カントー編Vol.03 鉄壁を貫け!! ニビシティのポケモンセンターにたどり着いたオレたちは、早速寝泊りする部屋を取った。 訪れるポケモントレーナーが少ないこともあって、トキワシティと比べると、ロビーは閑散としていた。 それでも、一生懸命職務に励んでいるジョーイさんはトキワシティと変わらない……っていうか、みんな同じに見えるんだけど。 まあ、ポケモンセンターのジョーイさんと言えば、だいたいが親戚だったり身内だったりして、 一族で全国のポケモンセンターを牛耳ってるようなモンだからな……みんな同じ顔に見えるのも、ある意味当然だったりする。 まあ、ジョーイさんのことはともかく、宿泊してるトレーナーが少ないってことで、見晴らしのいい部屋を取ってくれた。 これからジム戦に挑むってのに、見晴らしのいい部屋なんて取ってもらっても仕方ないんだけど、 せっかくの厚意だから、ありがたく受け取ることにしたんだ。 ジム戦で勝って、清々しい気分で見下ろす街並みってのも、悪くないかな。 「にゃ〜♪」 部屋に入るなり、ナミは奇声を上げて、ベッドに飛び込んだ。 ホテルのツインと同じで、ベッドが隣り合って二つ。ナミが飛び込んだのは、部屋の入り口に近い方のベッドだった。 「…………」 これにはオレも何を言ったらいいものか分からない。 言い出そうとしたことも、気のせいか忘れてしまったような…… まあ…… トキワの森から何時間か歩いてきたわけだから、疲れてるのも分かるし。 ここは好きにさせてやるか。 あいにくと、オレはそんなに疲れてもいないんだけど。 昨日、いきなりスピアーたちに襲われてからというものの、目立った出来事もなかったから、退屈してるってのが本音なんだよな。 オレが思い描いてたプランってのは、こうだ。 トキワの森でポケモンバトルを何回かこなしたところで、ニビジムでジム戦に挑むっていうヤツなんだけど、 ポケモンバトルは結局スピアーたちを相手にした一回きり。 トレーナーとのバトルは、実質ジム戦が初めてってことになる。 それがいいことなのか悪いことなのかはあえて論議しないとしても、いきなりジム戦っていうのは結構辛いのかもしれない。 トレーナーとのバトルっていうのは、野生のポケモンと比べて、明らかに『相手の裏を掻こう』という概念が強いものなんだ。 悪い言い方をすれば腹の探り合いってヤツだな。 互いに相手の予期せぬ方向から致命的なモノを差し込むっていうか……要するにあれこれ考えるってこと。 オレは親父を相手に駆け引きってのを学んだ。そこんとこは反面教師なんだろうけど、それを他の人で試すってのは初めてだ。 だから、どうもさっきから気持ちが落ち着かないんだな。 自分でも分かるほど渋い顔をして考え込んでいると、ナミはベッドの上で転げ回りながら言葉をかけてきた。 「あれ〜、アカツキもこのふかふかベッドに入らないの?」 「いや……オレ、あんまり疲れてないから」 これじゃ犬か猫みたいじゃないか……なんて愚痴りそうになる口にチャックする。 ジム戦を目前にしてるってのに、どうしてこうもリラックスしていられるんだか。 ナミの神経の図太さには呆れすら通り越して、ある種の感動さえ覚えるよ。 ……ん? ジム戦? さっきナミに言おうとしたことをやっと思い出せた。 そう、ジム戦に関して話すことがあったんだ。 「なあ、ナミ」 オレは椅子に腰を下ろし、口を開いた。 「なあに?」 すっとぼけた顔で返すナミ。 お世辞にも疲れてるようには見えないんだけど、見た目で分かれば苦労はしないわな…… 変なペースに引き込まれそうになっている自分に気がついて、オレは頭を振った。 ジム戦を目前にしてるってのに、なんで他人のペースになんか引き込まれそうになってるんだ。 気を取り直し、切り出す。 「ジム戦のことなんだけど」 「うん。一緒に行くんでしょ?」 オレの言葉が終わらぬうちに、ナミは即答してきた。 どうあっても、オレと一緒に行くということにこだわっているらしい。 笑みの裏に、計算高さを漂わせる一言だった。 「いや、そうじゃない。別々に行こうと思う」 「え? なんで?」 ヲイ…… 皆まで言わせるか、こいつは。 ちょっと考えれば分かるだろ、普通は!! 腸が煮えくり返りそうな何かを感じながらも、オレは続けた。こんなつまんないことで時間を無駄にはしたくない。 「ジムリーダーは一人だろ。 オレたちが一緒に行ったところで二人同時にバトルできるわけでもないし、続けてバトルってのは無理だ。 ポケモンを回復させる時間も考えれば、時間を置いて別々に行くのが一番なんだよ」 「おーっ、なるほどぉ」 「なるほどって、おまえなあ……」 拍手なんぞしながら歓声を上げるけど、本当に分かっているのか疑わしい。 これこそ見た目で判別つかないから、余計にややこしいんだよ。 「それでなあ、いろいろ考えて、一日ずらしてジム戦に行こうかって思ってるわけ」 「うん」 「おまえ、疲れてるんだろ?」 「うん」 「だったら今日はオレが行くよ。すぐに行こうって思ってたしな……」 「明日があたしってことね。オッケー、頑張ってねぇ」 「…………」 軽いノリで返し、手を振るナミ。 ジム戦ってそんなにつまんないものなんだろうか? ナミの笑顔とノリの軽さを見てると、どうにもそんなことを考えてしまう。 まあ、ジム戦やるのはオレであって、ナミじゃないんだ。気にする必要はないんだろう。 「吉報を期待してろよ」 オレは立ち上がると、ナミのエールを背中に受け、部屋を後にした。 はぁ…… 廊下を歩く中、知らず知らずため息が漏れてきた。誰にも見られてなかったのが幸いだったかもしれない。 なんでかナミと一緒にいると、ペース狂うな…… 『歩くトラブルメーカー』っていう不名誉な呼び名を(オーキド家の中で)賜っているあいつを一人で行かせるよりはマシかもしれないけど、 もしかしたら余計悪いかも。 ジム戦を前に、およそ不要な考えばかり頭を埋めてたりするんだけど、ポケモンセンターを出る頃には、追い払うことができた。 不純な考えほど、簡単にホームランできるものなんだな。 さて……初めてのジム戦だ。 どんなジムリーダーがどんなタイプのポケモンを繰り出してくるのかは分からない。 どのタイプだろうと、一筋縄で行くような相手じゃないってことだけは確かなんだ。 ポケモンセンターの前にある広場には、町の地図がプレートとして設置されていて、その中からニビジムを探す。 と、視界の隅にニビジムの文字が躍っているのを認めた。 ポケモンセンターからだと北西か……指でニビジムまでの道筋をなぞった。 ここから見ると、ポケモンセンターの左右に延びている道で、左の道をまっすぐ歩いていけば、たどり着けるようだな。 よし、決まり。 オレは地図で見たとおりの道を歩き出した。 南側の入り口からポケモンセンターまで行ったのと同じように、道の両脇には鉄筋コンクリート製の建物が並んでいる。 石の町って割には、建物が石じゃないのっておかしいかも。 時代の流れってのもあるんだろうな。 石よりも、鉄筋コンクリートの方が耐震性とか強度とかが高いから、そっちの方を優先するのは分かるけど。 今時『石』なんて、墓石とか噴水の縁とか……あんまり使い道がないのが現実なんだよな。 それを踏まえれば、コンクリート製の建物が目立つってのも当然のことなんだけどさ。 やっぱ、町の特色ってのを活かすんであれば、一軒くらい一枚岩をくり貫いて作ったような建物があってもいいと思うんだ。 現に、カントー地方で最大の都市タマムシシティには、カントー地方最大のデパート……その名もズバリ『タマムシデパート』がある。 ナナミ姉ちゃんの話によると、地上十階建てで、そこにはモンスターボールから傷薬、衣服、食料、 日用品から電気製品まで、だいたいのものは売っているとか。 他の追随を許さない品揃えが自慢で、ニュースで今期決算が過去最高だとかって聞いたことあるけど、 大都市タマムシシティの顔として恥じないだけの特徴があるってことなんだろう。 でも、ニビシティにはそれらしいものが見当たらない。 無理に挙げるとすれば、町の北に位置する科学博物館か。 恐竜時代に生きていたっていうポケモンの化石とか、宇宙から降ってきたっていう不思議な石とか…… 結構面白そうなモノがゴロゴロしてるんだろうけど、それくらいしか考えられないだろう。 ジム戦が終わったら、暇つぶしがてら見に行こうか。 今日ジム戦に勝利すれば、明日はナミの番。 オレはオフだから、ナミが戻ってくるまでは自由に時間を過ごせる。 「たまにはノンビリ過ごすってのも悪くないんだけどな……」 ナミと旅を始めてからというものの、なんだか疲れてるような気がしてならないんだ。 トラブルメーカーと一緒ということで、いろいろと気苦労も多くなったってことなんだろうか? だったら、半日くらい自由に羽を伸ばしてもいいはずだよな。 いろいろなことを考えているうちに、オレは一風変わった建物の前にたどり着いた。 岩のようにゴツゴツした建物だ。 ……っていうか、マジで岩じゃん!! オレは危うく叫びそうになった。それくらい驚いた。 切れ目が見当たらないところから、建物が巨大な一枚岩をくり貫いて作られたように見える。 重厚な鉄の扉はところどころに赤茶色い錆らしい何かが浮き出ている。雰囲気作りのために放っているのかまでは読めないけど。 壁の上の方に、ニビジムと大きな文字が描かれている。 夜になれば光るんだろうか、ネオン管のように見えるんだけども…… ともあれ、ここがニビジムなんだろう。 石の町ということで、ジムは町の特色を活かしているものと思われる。 まあ、ポケモンジムっていうのは、だいたいがその町の顔になっている場合が多い。 つまり、ジムリーダーなんて町を代表する人間って言っても差し支えないほどなんだ。 マサラタウンにジムはないけど、町の顔って言えば、やっぱりじいちゃんだろう。 ポケモン学の権威……オーキド=ユキナリ博士だ。 ジムリーダーは町の名士って言われた時代もあったらしいし……さて、ここのジムリーダーはどんな人だろう。 逸る気持ちを抑えるように拳を堅く握りしめ、オレはジムの敷地へと足を踏み入れた。 背丈の高い草があちらこちらに生えてて、マジで荒れ放題に見えるんだけど、手入れは行き届いてないんだろうか。 ともすれば、重厚な扉にこびりついている赤茶色の正体はやっぱり錆? ジム戦にはまったく関係ないことも気になってしまうなんて。 それくらいの心の余裕は残ってるってことなんだろうか。 緊張しきってない気持ちがどこかに残ってるのなら、それはそれでいいことだと思える。 相手は、トレーナーとしてなら間違いなく格上だ。 少しは冷静でいられる気持ちがなきゃ、まともに考えて戦えないんだろうな。 さっきはよく分からなかったけど、扉の脇には申し訳程度の大きさのインターホン。 ボタンを押すと、ピンポーンというお決まりの音がした。 何度か反響して、消えそうになった時、スピーカーから声が聞こえた。 「ジムのチャレンジャーかい?」 「マサラタウンから来ました。ジム戦を受けてもらいたいんですけど」 「了解。では、真っ直ぐ進みたまえ。そこがニビジムのバトルフィールドだ」 相手は男だった。 はて……どこかで聞いたことのある声だったな。気のせいか? そんなこと考えてても仕方がない。 ごごごご…… いかにも重たそうな音を立てて、扉が左右に開かれていく。 その先には、煌々と明かりが焚かれていた。天井から無数に降り注ぐスポットライトが映し出すのは、ポケモンリーグ公式のバトルコートだ。 一般にはバトルフィールドとも言うけど、厳密にはちょっと違う。 バトルフィールドはポケモンがバトルを行う場所のこと。トレーナーが指示を出す場所(スポット)は含まない。 バトルコートは、それら一切を含めた全体のことを言う。 降り注ぐ光に導かれるように、ジムへと入る。 観客席の間を縫う形で延びている廊下を歩いていくと、すぐにバトルコートにたどり着いた。 ジムが得意とするタイプによって、コートは異なっていると言われているけれど、このジムは荒地のようなコートだ。 砂と土の地面が広がり、ところどころには岩が転がっている。 ということは、このジムの得意タイプは岩か地面? なら、ラッシーで楽に勝てるかも。 ……な〜んて楽観視するのは禁物だけど、多少の心の余裕は取り入れておきたい。 相性が有利っていうのは、多少の余裕になりうるんだ。 実物を見るのは初めてだけど、バトルコートの広さは、縦が二十メートル弱、横は十メートル弱。 こちら側と向こう側にはトレーナーが立ってポケモンに指示を行うスポットが設けられている。 互いのポケモンは、センターラインを挟んで対峙することになる。バトルの開始と同時に、息もつかせぬ攻防が繰り広げられるんだ。 向こう側のスポットに男が立っていた。 腕を組み、真剣な表情でオレを出迎えたのは、思ったとおり、見覚えのある顔だった。 そうか、この人がニビジムのジムリーダーだったんだ。 とはいえ、向こうはオレの顔を見ても、表情一つ変えなかったけど。 オレよりも少し背が高く、がっちりとした体格の持ち主だ。 年の頃は十五歳前後といったところで、顔なんか結構大人びているように見える。 わざとなのかは分からないけど、目はとにかく細く、まるで糸のようだ。 「ニビジムへようこそ」 「あんた、確かタケシとかって……」 スポットに立つなり、オレはジムリーダーに問い掛けた。 すると、彼は意外そうな顔をして眉を動かした。 「確かにオレの名はタケシだが……なぜ君がオレの名を知っているのかな?」 「覚えてないのも無理はないよな…… オレは一度、マサラタウンのオーキド研究所であんたの顔を見かけたことがある。 サトシがカントーリーグを終えてマサラタウンに戻ってきた時だ」 「あの時か……」 合点が行ったように――懐かしむように、ジムリーダー――タケシは何度も頷いた。 頷いてくれたとはいえ……それでもオレの顔に見覚えはなさそうだったけど。 「とすると、君は博士の研究所の関係者なのか? 悪いが、オレは君に見覚えがない」 覚えてないってことか。 まあ、あの状況じゃ覚えてないってのも無理はないけど……って、こんなところで押し問答をやってる場合じゃない。 ジム戦のためにやってきたんだから。 「オレはマサラタウンのアカツキ!!」 オレは景気付けに名乗ると、腰のモンスターボールを手にとって、突きつけるように前に押し出した。 「ニビジムのジムリーダー・タケシ。オレとバトルしてもらうぜ!!」 「望むところ!!」 お互い、余計な言葉を交わすのを良しとしないのだろう、タケシもモンスターボールを手に取った。 「ルールを説明しよう!!」 タケシは声を張り上げ、ルールの説明を始めた。 「互いに二体のポケモンを使えるものとし、二体とも戦闘不能になるか、降参した時点で負けが決定する。 ポケモンの交代はチャレンジャーである君にのみ認められる。 時間は無制限。 以上だが、質問はあるか?」 「ない」 オレは短く答えた。 こいつ、できる……!! 短いやり取りの間にも、相手に隙がないのが分かるんだ。 地面タイプか岩タイプのどちらであっても、これは簡単に勝たせてもらえそうにない。 もっとも、簡単に勝てるようなジム戦なら、やるほどの価値もないのかもしれないけどさ。 「では、ニビジムの一番手、イシツブテ!!」 タケシは朗々と宣言すると、モンスターボールをフィールドに投げ入れた!! ワンバウンドして口が開くと、中から石に二本の手が生えたようなポケモンが現れた。 飛び出すなり、そのポケモンは二本の手に握り拳を作り、練習中のボクサーのようにジャブを繰り出してみせた。 やる気満々というわけか…… イシツブテ。 岩タイプと地面タイプを併せ持つポケモンで、物理攻撃力と物理防御力に優れている。 並の物理攻撃ならモノともしないほどの防御力だから、ノーマルタイプや飛行タイプの技は効果が薄い。 だけど、石のような外見だけあって、動きは鈍く、岩と地面タイプを併せ持つことで、水や草タイプの技にはめっぽう弱い。 もちろん、弱点を突けると分かった以上、それを逃す道理はないってことさ!! オレはボールを掲げ、 「ラッシー、出番だ!!」 言葉に応え、モンスターボールが口を開く。ラッシーがフィールドに飛び出した!! 「フッシーっ」 ラッシーは飛び出すと、イシツブテを睨みつけた。 相性が有利だってのはたぶん肌で感じ取ってるんだろうけど、それでも油断できる相手じゃないってことも同時に感じ取ったんだろう。 そう、いくら相性が有利であったとしても、ポケモンバトルに『絶対』なんて言葉はない。 『絶対に勝てる』『絶対に負ける』バトルは存在しないんだ。 油断すれば負けることだってありうるから、相性が有利だからって油断はできない。 全力で戦わなければ勝てないんだ。 「なるほど、草タイプか。 弱点を突けるからといって、油断はしない方が身のためだな」 「安い挑発だよな」 タケシが笑みを交えて発した言葉を、オレは鼻で笑い飛ばした。 本気で挑発しているとは思えないけど、オレが乗ればそれでよし……まあ、大方試すつもりでいたんだろうな。 レオといいタケシといい、ジムリーダーってそういう人間が多いんだろうか。 なんて思うけど、それとこれとは関係ない。 「ジャッジはオレの弟が務めよう」 タケシの指差す先に目を向けると、いつの間にそこにやってきたのか、両手に旗を持った少年が立っていた。 弟というのがよく分かるほど、とにかく似ていた。 糸目なんか特にそうだ。 「これより、グレーバッジを賭けた、ニビジムのジムリーダー・タケシ対マサラタウンのアカツキによるジム戦を行います」 タケシの弟は無表情のまま言うと、旗を振り上げ―― 「バトル・スタート!!」 ジム戦の火蓋を切って落とした!! 「イシツブテ、体当たりだ!!」 先手を打ったのはタケシ。 相性の悪いポケモンを相手にする場合、先手必勝で相手に攻撃をさせないってのが一番効果的ってワケか。 それならこっちは…… 「ラッシー、葉っぱカッター!!」 相性のいい技で畳み掛けるのみ!! ラッシーが得意とする草タイプの技で、一気に勝ちに行く。 ラッシーは毒タイプも持っているんだけど、毒タイプの技は使い勝手がいいとは言えない上に、イシツブテには効果が薄い。 ラッシーは一直線に突き進んでくるイシツブテに狙いを定めると、葉っぱカッターを撃ち出した!! 一発でも当たればかなりのダメージを期待できるけど、そう簡単に食らってくれるはずもない。 直線軌道の葉っぱカッターを、意外なほど軽いフットワークで避わしてみせるイシツブテ。 なかなかやるな。さすがに、まともには食らってくれないってワケか。 「ソーっ?」 まさか避けられるとは思っていなかったのか、ラッシーは驚きの声を上げ、身体をぴくっと震わせた。 今までバトルらしいバトルなんて経験してないから、ちょっとしたことで慌てたりするのは分かるけど……ラッシー、君なら勝てるんだ。 もっと堂々としてていいんだよ。 それを伝えるべく、次の指示を出す。 「蔓の鞭!!」 オレの指示に、ラッシーは背中から二本の蔓の鞭を伸ばす。 そこへ、 「一本で薙ぎ払え!!」 再びオレの指示。 ラッシーは戸惑いながらも、言われたとおり、一本だけでイシツブテに攻撃を仕掛ける!! 「何を企んでいるのかは知らないが……」 たかが一本でイシツブテを止められるものかと言わんばかりに、タケシは口の端に笑みなど覗かせた。 油断してるのか? だったら思い知らせてやるだけさ。ラッシーの草タイプの技の威力を!! 一本の蔓の鞭が地面と平行にしなり、うねり、イシツブテを薙ぎ払おうと迫るけど、縄跳びの要領でそれを避わすイシツブテ。 だが、オレはその時を待ってたんだ。 「もう一本で攻撃だっ!!」 「なに!?」 単なる陽動とも気づかなかったってのか、ジムリーダーともあろう者が? 信じられない気持ちはあったけど、イシツブテの動きの速さを見ていれば分かる。 ジムリーダーはやはり、普通のトレーナーとは一線を画した存在だと。 ラッシーがあと一本の蔓の鞭で、飛び上がったイシツブテを攻撃する!! 宙に浮いている状態では、着地するまで避けようもないはずだ。 それに、手で打ち払おうと、それはそれでダメージを受けることに違いはない。 どちらにしても必ず攻撃を食らうという方向に持ってったのさ。 大なり小なり、攻撃を当てられればその分有利になる。 びゅんっ!! 風の唸りと共に、蔓の鞭がイシツブテの横っ面を張り倒した!! バットに打たれたボールよろしく、地面に叩きつけられるとゴロゴロと転がっていく。 これは結構効いたはず……どんなに少なく見積もっても、体力の三分の一は奪っているに違いない。 言い換えれば、あと二発当てれば倒せる。 イシツブテっていう種のポケモンのことは、だいたい分かってるつもりだ。 攻撃力、防御力に優れているけど、それほどタフってワケでもない。 およそ、体力というのはポケモンの身体の大きさに比例するとさえ言われているほど、見た目で分かるものなんだ。 「やるな……」 自分のポケモンがダメージを受けているというのに、余裕の表情で口元を緩めるタケシ。 何か考えてるな……そう思いながら、耳を傾ける。 「マサラタウン出身のトレーナーにはかなり手ひどくやられているんでな……それなりに鍛えられているんだ、オレのポケモンは」 「へえ……」 軽口に応じる。 その間は攻撃を仕掛けてこないと分かっているからこそ、平気で乗れたんだけどな。 イシツブテはようやく止まると、何事もなかったかのように立ち上がった。 ……っていうか、石のボールみたいな身体なのに、どうやって立ち上がるんだろう。 素朴な疑問だけど、ポケモンに関しては分かっていないことが実に多い。これも、その分かっていないことのひとつなんだろう。 マサラタウンのトレーナーにやられたって……そんなにやられてるのか。 考えられるだけでも、サトシにシゲル……この二人と同じ日に旅立ったもう二人のトレーナー。 他の町の出身者と比べて比率が多いだけってことなんだろうけど。 なんだか、あいつらと一緒にされるのはオレとしても素直には喜べないんだよな。 オレはオレだって気持ちが強いから、余計にそう思うのかもしれない。 だけど…… 皮肉のスパイスがたっぷり塗されてても、褒められるってのは悪い気がしないんだな。 「イシツブテ、捨て身タックル!!」 突然バトルに戻るタケシ。 なるほど、軽口はそっちを紛らわすためのフェイクか。 ジムリーダーらしく、多少はバトル以外のことも考えているらしい。 向こうのペースに乗せられなくて正解だった。 タケシの指示に、イシツブテは先ほどに増して、より真剣な表情でラッシーに向かってくる!! 防御をまるで考えない、文字通り攻撃一辺倒だ。 捨て身タックルは、防御のことを考えず、すべての力を攻撃にまわすことで強烈なタックルを繰り出す技だ。 そのあまりの強烈さに、攻撃を放ったポケモン自身が反動でダメージを受けてしまうほど。 反動となるダメージは相手に与えた量に比例する。 しかし、それを無効化することができるポケモンがいるというのだから困ったものだ。 イシツブテは、特性『石頭』のおかげで、捨て身タックルや突進などで受ける反動のダメージを完全に無効化できる。 だから、捨て身タックルを受けて損をするのはラッシーだけ。イシツブテはダメージを受けることなくガンガン繰り出せる。 こういう場合は…… 「ラッシー、タネマシンガン!!」 捨て身タックルを止めるために、オレはラッシーに指示を出した。 口を大きく開き、オレンジ色の輝きを帯びた種のようなエネルギーを無数に吐き出す!! 草タイプの技で、一発の威力は低いけど、数で勝負できる。 捨て身の攻撃を仕掛けてくるイシツブテは、襲いかかるタネマシンガンを何発もまともに食らいながらも向かってくる!! やっぱり、塵が積もればなんとやらって言葉が現実になるのには時間がかかりすぎるか…… そう思っている間にも、イシツブテはラッシーとの距離を着実に詰めてきている。 多少のダメージでは怯まないっていうのなら、ダメージじゃない攻撃を加えるのみ。 「ラッシー、毒の粉!!」 「むっ!?」 オレの指示に、タケシが表情をわずかに変えた。 葉っぱカッターか蔓の鞭で来ると読んでたんだろう。 でも、こっちの方が実は効果的だってことに気づいたんだ。 イシツブテを毒に冒してしまえば、後は攻撃を避け続けるだけで、向こうが勝手に体力を使い果たしてくれる。 相性が有利なのを利用して、無理に攻撃を加え続ける必要もない。 イシツブテの後に控えている最後の一体こそ、タケシの切り札となるエースポケモンのはず。 エースと戦えるほどの体力を温存しておくのも、戦術のひとつだろう。 ラッシーは背中の葉っぱをユラユラ揺らしながら、毒の粉を舞い上げた!! 天井から降り注ぐライトに反射してキラキラ輝く粉は、鮮やかで、でもどこか毒々しい紫。 肌に付着するか吸い込むかすれば、血管に取り込まれて毒が全身に回る。 致死性のものじゃないけど、だからといって無視できるような毒ではない。 体力をじわじわと削る効果があるからだ。 オレの意図を読み、タケシは一旦イシツブテを毒の粉の降下範囲から遠のけるはず……そう読んだけど、甘かった。 「そのようなもので怯むと思ったら大間違いだぞ!!」 タケシが叫ぶ。 イシツブテは彼の意志を汲んだかのごとく、降り注ぐ毒の粉をものともせずに迫ってくるではないか。 「ちっ……」 完全に読み違えたのはオレの方か!! 胸中に芽生える焦りを押し殺しながら、イシツブテを倒す方法を模索する。 イシツブテは毒の粉をまともに浴びた。 となれば、毒に冒されているのは間違いない。 あとは勝手に倒れてくれると思うんだけど、勇猛果敢なその様子を見る限り、それはかなり先になるだろう。 なるべくラッシーの体力を温存しておきたいのだけど、全力で攻撃を仕掛け続けられたら、それもままならない。 岩タイプの技は強力なものが多く、範囲で一気に攻撃できるものもあるから、避けるだけでもかなりの体力を使ってしまう。 とはいえ、ここでラズリーに交代したとしても、ノーマルタイプの技しか使えないラズリーじゃ、 イシツブテに大きなダメージを与えることはできない。 こういう状況でどうすればいいのか…… びゅんっ!! イシツブテが剛速球のような勢いで、とっさに身を避わしたラッシーの脇を通り過ぎていく!! あれをまともに食らえば、ラッシーでも辛いだろう。 「イシツブテ、岩落とし!!」 ラッシーを行き過ぎたイシツブテはタケシの指示に素早く応えた。 ぴたっと止まると、振り返り、握り拳をフィールドに叩きつけた!! 握り拳を中心に、半径一メートルの範囲で地面にヒビが入り、衝撃で大小の岩が舞い上げられる!! それらはまっすぐにラッシー目がけて降り注ぐ!! さすがにジムリーダーのポケモンだけはある。上手く育てられているっていうのが素直な感想だ。 ブリーダーとしても見習うべきところがあると感心したけど、今はバトルが最優先。 「ラッシー、蔓の鞭で叩き落とせ!!」 岩の攻撃力は侮れない。 そこにイシツブテ本体の攻撃が重なれば、いくらなんでも避けきることは難しい。 タケシが狙っているのはそこか……どちらにしても攻撃を食らってしまうという選択肢。 なら、オレはその選択肢のどちらも選ばずに解決してみせるさ。 ラッシーは多少驚きながらも、蔓の鞭を打ち出して、次々と降り注ぐ岩を粉砕していく!! 大きさがそれほどでもないから、砕くのは簡単だった。 だけど、その大きさこそがタケシの罠だったとは……降り注ぐ岩に紛れ、イシツブテが再び捨て身タックルを仕掛けてきた!! イシツブテは岩を食らっても痛くも痒くもない。 そこを利用した一種の戦術だ。 これを破るには…… ラッシーの体力を少し多めに使うハメになるけど、何もしないままでいる方がよっぽど悪い。 オレもタケシと同じで覚悟を決めた。 「ラッシー!!」 オレは声を張り上げ、指示を下した。 「蔓の鞭と葉っぱカッターの同時発射!!」 「なにっ!?」 同時攻撃……その言葉に、タケシの顔色が変わった。 刹那、ラッシーは蔓の鞭で岩を粉砕しながら、葉っぱカッターを発射した!! できるかどうか心配だったけど、ラッシーならできるって信じてた。 蔓の鞭は岩を粉砕し、葉っぱカッターが次々とイシツブテを打ち据える!! 苦手なタイプの攻撃をまともに食らったイシツブテは推進力を失い、派手な音と共に地面に叩きつけられた!! 「イシツブテ、戦闘不能!!」 タケシの弟が左手に持つ旗を振り上げ、イシツブテの戦闘不能を宣言した。 審判の判定はポケモンバトルにおいて絶対的な権限を持っていて、トレーナーはそれに従うしかない。 まあ、よっぽど変な判定をした時には両方のトレーナーから文句が出て、その判定を取り消すこともあるけど、それはごく稀。 ジムリーダーとて、審判の判定に従うしかないんだ。 「イシツブテ!! ……くっ、戻れ!!」 タケシはイシツブテをモンスターボールに戻した。 その顔には悔恨と驚愕の色。 「よくやったな。ゆっくり休んでくれ」 労いの言葉をかけると、イシツブテが戻ったボールを腰に戻した。 続いて、最後のポケモンが入ったモンスターボールを手に取った。 「ラッシー、その調子だぜ!!」 「ソーっ!!」 ちゃんとできたということが分かったのだろう、ラッシーの鳴き声には確かな自信のようなものが宿っていた。 蔓の鞭と葉っぱカッターの同時攻撃……これができるようになったというのは、実に大きな収穫と言えるだろう。 これを応用すれば、多段複合技を生み出すことも夢じゃないんだ。 あー、ちなみに多段複合技っていうのは、複合技を複数繰り出す技のこと。 言い換えれば、複数の複合技を……えーと、一言で言えばたくさんの技を短時間で繰り出せるってことになる。 相性の悪い相手が出てきても、手数で圧倒すれば優位に立てる……これは使えると心の中で笑っていると、 「やるな。同時にふたつの攻撃を繰り出すとは…… だが、オレの最後のポケモンを倒せるか!? 行くぞ、イワーク!!」 タケシがモンスターボールをフィールドに投げ入れた!! ボールから飛び出してきたポケモンは、イシツブテとは比べ物にならないほどの大きさだった。 イワーク……!! オレはタケシのエースポケモンであるイワーク――岩を一直線に繋ぎ合わせたような姿をしたポケモンを睨みつけた。 全長約七メートル……あるいはそれ以上か。 単なる大きさだけで言えば、ポケモンの中でもトップクラスと言ってもいい。 頭部は角のような突起が生えていて、体組織が岩なのに、目と口がちゃんと存在する。 そこのところは今じいちゃんが研究を進めているところらしいんだけど、イシツブテと同じようにちゃんと目が見え、 口で鳴き声を発することができるんだ。 とはいえ、最後にイワークを出してくるとは…… 岩タイプを扱うジムだというなら、ゴローニャとかカブトプスとかを出してくると思っていたんだけど…… でも、イワークは岩タイプの中でもどちらかというと素早さに優れている方だ。 まあ、岩タイプの中でだけの話だから、全体的に見ればイシツブテとそんなに違わない。 このイワークが一体どんな戦い方をしてくるのか……それによって、こちらも戦法を変えなくてはならないか…… 「では、バトル再開!!」 審判の言葉と共に、中断されていたバトルが再開される。 「ラッシー、痺れ粉!!」 まずはオレの番。ステータス異常を与える技を使ってみて、それに対する相手の出方をうかがう。 相手の戦術が読めない状態では、迂闊に攻撃を仕掛けるよりは、よっぽど効果的だ。 ラッシーは痺れ粉を巻き上げた。 天井からのライトを受けて、キラキラと輝きながらフィールドに降りてくる粉。 少しでも触れれば、たちまち全身の自由を奪われる。麻痺すれば技も出にくくなるし、素早さなんか大幅に低下するんだ。 ジムリーダーともあろう者が、それをまともに受けるとも思えないからな。 相手の攻撃をおびき出すのには有効なはず。 思ったとおり、タケシはまるで動揺していなかった。 腕を組み、無表情でイワークに指示を下す。 「穴を掘れ!!」 「――!!」 オレが息を呑んだのと、イワークが首を擡げるのは同時だった。 まさか、そう来るとは……!! 相手の出方をうかがう、なんて次元の話じゃない!! 先ほどとは比べ物にならない動揺を完全に押し殺すのは無理だった。 表情にまで上り詰めた動揺を見逃さないタケシ。オレの顔を見て、口の端を吊り上げた。 「ラッシー、逃がすな!! 蔓の鞭!!」 頭からまともに地面に突っ込み、そのまま穴を掘って地中に潜ろうとするイワークを逃がすわけにはいかない。 オレの指示と共にラッシーは蔓の鞭を打ち出すけど、直撃する前に、イワークが完全に地面に潜ってしまった。 厄介なことになったな……誰も見ていなければ、ため息のひとつでも漏らしたい気分だけど。 地面タイプのポケモンが得意とする技「穴を掘る」。 その名前どおり、穴を掘って地中に潜る技だ。 あとは地中を掘り進んで、どこからか顔をのぞかせて攻撃を仕掛ける。 神出鬼没な技として、トレーナーからはかなり嫌われている技だ。 もちろん、オレも使われるのは嫌いだ。 真下から突き上げてくるか、それとも…… なんとかしてタケシの意図を読もうと彼の表情をうかがうけど、口元を真一文字に結んだままで無表情、ポーカーフェイスもいいところ。 これじゃあ、考えを読むどころの話じゃない。 イワークが姿を現したその一瞬に、ラッシーの草タイプの技を当てるしか方法がないか。 「フフ、どこから来るか、君には分かるかな?」 タケシは小さく笑った。 穴を掘る技がトレーナーの間じゃ嫌われてるってのは、単に攻撃がどこから来るか分からないというだけじゃない。 どこから来るか分からないから、トレーナーもポケモンも必要以上に警戒する。 真下、前、後ろ、左右……どの方向に警戒を払っても足りないくらいだ。 その分、神経もすり減らしていくわけだから、実際のダメージより、精神的なダメージを奪う意味合いの方が強い。 恐らく、タケシもそこを狙っているはずだ。 オレの気持ちを挫く手管として……でも、オレは何があったって、あきらめたりなんかしない。 ラッシーのことを信じるだけなんだから。 絶対に気持ちを挫けたりなんか、するもんか。 言葉に出さずともオレの意気込みが伝わったのか、タケシは笑みを潜めた。 「イワーク、攻撃だ!!」 精神論は無駄と悟ったらしく、早々に攻撃を指示。 ごごごごご…… 地鳴りが音として、振動として響く。 足の裏から伝わってくるかすかな胎動が徐々にその大きさを増し、 どんっ!! 案の定、ラッシーの真下からイワークが姿を現した!! 突然の攻撃に避けることもできず、ラッシーはまともに頭突きを食らって空中に投げ出された!! 「ラッシー、蔓の鞭!!」 口を真一文字に結び、両目を堅く閉じて痛みをこらえるラッシーに、オレは指示を下した。 攻撃した直後に、再び地面に身を潜めることはできない。どんな攻撃にも必ず隙が存在するんだ。 そこを突いて、穴を掘る技を駆使するイワークを倒す方法はない!! 「フッシーっ!!」 ラッシーは気合いの叫びと共に、背中から蔓の鞭を伸ばし、イワークの頭部に叩きつけた!! 「ごぉぉぉぉっ!!」 強かに額を打たれ、イワークは苦悶の声を上げた。 よし、効いてる……!! オレは確かな手ごたえを感じた。 さて、続いては…… 「蔓の鞭で真下を打て!!」 落下を始めるラッシー自身をどうにかしなければならない。 お世辞にもラッシーは身軽と言えないポケモンだ。 単純な素早さだけで言えば、ラズリーにも負けてしまうだろう。 だから、このまま地面に落下したら、華麗に着地、どころじゃない。 重力加速度に従って加えられた速度で地面に叩きつけられるんだ。 足腰が丈夫なら衝撃を堪えることもできるだろうけど、オレが見た感じ、今のラッシーにそれは無理だ。 ラッシーは言われたとおり、イワークの頭部を打った蔓の鞭を、今度は地面に叩きつけた!! そのまま落下し―― どんっ。 思ったよりも軽い着地だった。 落下の勢いを蔓の鞭の打撃力で殺すっていう作戦は、一応成功したようだ。 とはいえ、これまでの『隙』をタケシが指をくわえて見ているはずもなかった。 結局はどっちを取るかの違いに過ぎなかったんだ。 「イワーク、尾でなぎ払え!!」 次の瞬間、オレは本気で面食らった。 「……なっ!?」 地面が割れ、イワークの岩の尻尾が飛び出したかと思ったら、ラッシーを強く打ち据えた!! 着地したばかりのラッシーは避けられない!! 吹き飛ばされ、何メートルも地面を拭き掃除してようやく止まった。 まさか、尻尾で来るなんて……盲点だった。 いや、言い訳はこれくらいにしとこう。 オレの認識が甘かったんだ。 イワークは頭突きでラッシーを空中に投げ出した時、頭部と一部の身体しか地上には現してなかったんだ。 残りは未だ地面の中。 タケシの作戦はだいたい読めた。 想像だから、これが正しいとは限らないけれど……タケシは、まず真下から頭突きを食らわそうと考えたんだろう。 食らえばよし、食らわなければ、背後から尻尾で薙ぎ払う。前後から頭と尻尾で挟み撃ちにする作戦だったんだ。 なるほど、イワークの身体が長いという特徴を利用しての作戦だ。 「ラッシー、葉っぱカッター!!」 よろよろと頼りない足取りで立ち上がったラッシーに、オレは指示を下した。 頭突きと尻尾での薙ぎ払いでかなりのダメージを受けてしまったけど、その目に宿る強い闘志はまったく揺らいでいない。 立ち上がるなり、ラッシーは葉っぱカッターを連続で放った!! そこで、タケシは―― 「硬くなれ!!」 イワークに防御技を指示。 イワークは飛来する葉っぱカッターを避けようともしない。 この場合、地面に潜るというのが最良の策のはずだ。 オレがタケシの立場なら、間違いなくそうする。 それをしないということは、防ぎきれるという自信があるからだ。 イワークの見た目には変化がないけど、硬くなるという技を使っているはず。 硬くなるというのはその名前どおり、身体を硬くして、防御力をアップさせる技だ。 葉っぱカッターがイワークに直撃し―― ぴきっ!! 剣戟にも似た響きと共に、葉っぱカッターは弾かれた!! やはり……!! オレは奥歯を強く噛みしめた。 葉っぱカッターは効かない……弱点の技でも、防御力を上げることで防ぐってことか。 物理攻撃力において、ラッシーがイワークの防御力を上回る技を繰り出すことはまず不可能。 そこを考慮した上で、タケシはラッシーから葉っぱカッターや蔓の鞭による攻撃を奪ってのけたんだ。 さすがはジムリーダー、一筋縄じゃいかないな。 でも、その方が遣り甲斐ってのを感じるよ!! 絶対に負けない!! そんな気持ちが内側から突き上げて、身体と心を熱くするのを感じるんだ。 葉っぱカッターが効かないってことは、粉を混ぜた複合技も効果がないってことだ。 単体で粉を出したとしても、それが収まるまで地面の下に潜っていれば、被害はゼロ。 タケシならそこのところも分かるはずだ。 なら、どうすればいいか……答えは一つだ。 葉っぱカッターで破れない『鉄壁』を破る手段はただ一つ。 生半可な攻撃でイワークの防御を突き崩すことはできないなら、それを上回るだけの攻撃を加えればいい。 それに、硬くなる技で『鉄壁』の防御を手に入れたイワークなら、わざわざ地面の下に潜ってまで攻撃を仕掛ける理由はない。 真正面からのガチンコ勝負でガンガン来るはずだ。 「イワーク、頭突きだ!!」 ほら、やっぱそう来た…… タケシの指示を受け、イワークは全身を地面の上に引き上げると、ラッシーに頭突きを食らわそうと迫ってきた!! そちらが『逃げ』を打ってこないなら、こっちもガチンコ勝負に応じてやろうじゃないか!! 「ラッシー、日本晴れ!!」 オレはラッシーが持つ最強の攻撃技を準備するための技をラッシーに指示した。 単体で放てば、相手に対して背中を見せるのと同じくらいの隙が生まれる。 だけど、この技を使えば、その隙を完全無欠な『時間』に変化させることができるんだ。 草タイプのポケモンを主軸に置いている今のオレには、これが最高の攻撃手段さ。 ラッシーが空を振り仰ぐと、ジムの窓という窓から強烈な日差しが入り込んできた!! バトルフィールドに限って日差しを強くする技、日本晴れ。 日差しを強くすることで空気中の水分を減少させるというのが一般的な認識だけど、この技様々な効果がある。 まず、水分が減少することで炎タイプの技の威力を高め、対照的に水タイプの技は弱まる。 次に、天候変化によって特性を発動するポケモンが存在する。 草タイプで『葉緑素』という特性を持っているポケモンであれば、日本晴れを発動して日差しが強くなっている間は能力が上昇する。 そして最後に―― 草タイプ最強の技を短時間で発動できるんだ。 オレは手を振り上げ、 「ソーラービーム!!」 「なにっ!? そういうことか……!!」 オレの策が読めたようで、タケシの表情に驚愕の色が浮かんだ。 ラッシーが背中で閉じた花に太陽光を集約し―― 何かヤバイ雰囲気を感じてか、速度を上げたイワークが発射寸前になって、ラッシーに強烈な頭突きを食らわした!! 「ラッシー!! 怯むな、撃て!!」 真正面から食らい、毬のようにゴロゴロと転がるラッシーだけど、花に集まった光はそのままだ。 集中力を維持し、光を繋ぎとめているんだ。 ラッシーは歯を食いしばり、身体に力を込めて転がる勢いを弱めようとしている。 そこへ、イワークがさらに追い打ちをかけるべく突進を開始した!! 二撃目を食らったらどうなるか、分かったモンじゃない。だったら、やられる前にやれ、だ!! ラッシーが踏ん張り、立ち上がる。 そして―― 「ソーっ!!」 裂帛の叫びと共に、身体を前に傾け、光る花をイワークに向ける。 どぉんっ!! 耳を劈く音と共に、花に集った光を強烈なビームとして撃ち出した!! 草タイプ最強の技、ソーラービームだ。 これを食らえば、相性のいい相手は確実に戦闘不能に陥る……のが確実なくらい威力が高い。 草タイプに強いポケモンであってもダメージはかなりのものになる。 ただ、ソーラービームには弱点がある。 日差しが強くないと、発動までにかなり時間がかかってしまうんだ。 日本晴れを使うことで日差しを強くしてやれば、光を集める時間を大幅に短縮できる。 つまり、隙が小さくなるってことだ。 本来発動するまでの時間の差を使って、別の技で畳み掛けることもできる。 ただ、日本晴れは炎タイプの技の威力を高めるから、草タイプのポケモンにとってはいいことばかりではない。 草タイプの弱点は炎タイプ。 相手から食らうダメージが大きくなるけど、そのリスクを度外視できる場合は、すべてをメリットに転化することができる。 「イワーク、避けろ!!」 タケシの指示が飛ぶ。 だが、ソーラービームのスピードは凄まじく、イワークが慌てて地面に潜ろうとした矢先、その身体に突き刺さった!! 続いて大爆発!! 土煙が立ち昇り、視界が遮られる。 イワークとラッシーの姿がオレの視界から掻き消えてしまった。 どんな状態かは分からないけど、イワークがソーラービームをまともに受けたのは間違いない。 そのダメージが決して小さくないということも。 タケシが避けろと言ったのは、ダメージが大きいと判断したからだ。 葉っぱカッターの時と同じように、防ぎきれるという自信があれば、何の指示も下さなかったはず。 つまり、ラッシーのソーラービームはイワークの『鉄壁』を貫くだけの攻撃力があったってことだ。 これで戦闘不能を免れたとしても、日差しの強い状態は当分の間続く。十発近く連射してやれば、さすがに戦闘不能になるだろう。 土煙で何がなんだか分からない状態ではお互いに指示のしようもなく――土煙が収まるまで、事態は膠着する。 そして、土煙が晴れた時、イワークは長い身体を地面に横たえていた。 ラッシーは――立っている!! 審判がイワークの表情を覗き込み、旗を上げる。 「イワーク、戦闘不能!! よって、勝者はマサラタウンのアカツキ!!」 勝った…… それを実感するのに、なぜか時間がかかってしまった。現実は目の前に広がっているのに。 「ソーっ、ソーっ!!」 オレよりも先に勝利の実感を表したのはラッシーだった。 うれしそうな顔でぴょんぴょん飛び跳ねながら、オレの胸に飛び込んできた。 「わっ!!」 いきなり飛び込んできたものだから、危うく押し倒されるところだった。 とっさに足腰に力を込めてなければ、本気で押し倒されてたな。 でも、ラッシーの本当にうれしそうな顔に、オレも喜ばないわけにはいかなくなった。 「よく頑張ったな、ラッシー。ありがとう。君のおかげだよ」 「ソーっ!!」 オレはラッシーを地面に下ろすと、頭を撫でて労いの言葉をかけた。 そうさ。 ラッシーが頑張ってくれたから、勝つことができたんだ。 ソーラービームまで覚えさせたのが役に立ったんだよな。 葉っぱカッターや複合技だけではどうにもならない場合を想定したけど、このジム戦、ソーラービームがなければ勝つのは難しかっただろう。 「負けたな……イワーク、戻れ」 タケシは別段ガッカリするでもなく、イワークをモンスターボールに戻すなり、こちらに歩いてきた。 その顔には満足したかのような笑みが浮かんでいる。 オレは目の前まで歩いてきたタケシに顔を向けた。 「完敗だ。君のフシギソウは本当に強いな。一体だけでオレのイシツブテとイワークを倒すとは……」 「オレのポケモンのエースだからな、そりゃ」 素直にラッシーのことを褒められ、オレとしてもすっごくうれしかったよ。 ラッシーが頑張ってここまで強くなってくれたんだからさ。 「君はオーキド博士の知り合いなのか?」 「孫だよ」 「孫か。なるほど……だが、君は君だ。博士の孫だろうと関係はないんだろうな」 オレがオーキド博士の孫だって分かっても、タケシは顔色一つ変えなかった。 ポーカーフェイスっていうんじゃなくて、本当にトレーナーとしてそんなことは関係ないって思ってくれてるんだろう。 オレ、あんまりじいちゃんとの関係を知られたくないけど、こういうタイプのトレーナーなら、話してもいいと思った。 オレを『オーキド博士の孫』として見るんじゃなくて『アカツキっていうトレーナー』として見てくれてるんだから。 タケシはズボンのポケットに手を入れた。 何かを取り出したようだけど、握り拳になっていて、その中にあるものは……もしかして。 「さあ、受け取ってくれ。ニビジムを制した証。グレーバッジだ」 握り拳を開くと、そこには鈍く輝く四角形のバッジがあった。 これが、グレーバッジ…… ジム戦を制した証として、ジムリーダーより与えられるものだ。カントーリーグに出るのに必要なバッジのひとつ。 「サンキュー。ありがたくいただくぜ」 オレはグレーバッジを手に取り、頭上にかざした。 直径数センチの小さなバッジだけど、オレがトレーナーとして頑張った証なんだって思うと、とても大きく、重みがあるように思えてくるんだ。 もちろん、オレが頑張っていろんな作戦を考えただけじゃなく、身体を張ってバトルに臨んでくれたラッシーの頑張りもその中にある。 「これからも頑張ってくれ。一人のトレーナーとして、君のことを応援している」 「ああ、任せとけ」 応援していると言われてしまったから、オレは思わずガッツポーズを取ってしまった。 取った後で、それがとても恥ずかしくなって、しばらく赤面したまま動けなかった。 オレがポケモンセンターに戻ってきたのは、シロガネ山の稜線に太陽が沈む頃だった。 バッジをゲットしてから、オレはニビジムの居住スペースに招待されたんだ。 断る理由もなかったし、せっかくの機会ということもあって応じたんだけど…… タケシも将来の夢がトップブリーダーになるっていう共通のものだったから、いろいろと話に花を咲かせてた。 ブリーダーの基本理念とか、ブリーダーはこうあるべきだ、とか。 ポケモンフーズの作り方とかレシピとか、たくさんの情報を交換し合ったんだ。 おかげで、オレに足りないものも見えてきた。 ああ、こういうこともできるんだって、教えられることがたくさんあった。 それはタケシも同じだったようで、お互いにブリーダーとして頑張ろうと誓い合った。 ブリーダーとしては、いろんな味のポケモンフーズのレシピがあるのって、とっても重宝するんだよな。 ポケモンって、種族としての好みもあるんだろうけど、性格によっても、また好きな味が違ってくるんだ。 だから、たくさんの味のレシピを知ってるってことは、ラッシーやガーネットの好みに応じた味付けのフーズを個別に作ってやれるってことなんだ。 ブリーダーとしてあれこれ話している合間にも、タケシの兄弟が話しかけてきた。 弟やら妹やら……それも、十人近くはいたか。 みんなよくタケシに似てたけど(糸目なんかは特に)、結構明るくて人懐っこかったから、すぐに仲良くなれた。 気がつけば夕方になってたけど、時の流れを忘れてしまうほどだった。 ここまで楽しい想いをしたのは久しぶりだったから、すごく新鮮だったよ。 ラッシーはニビジム備えつけの回復装置でイワークとのバトルで負ったダメージも回復できた。 戻っても、ジョーイさんに預ける必要はないだろう。 旅がこんなにも楽しいんだって、マサラタウンにいた頃は想像もできなかったな。 いや、楽しいとは思ってたさ。 親父に干渉されなくて済むし、やりたいことをトコトンまで追及していけるんだから。 でも、オレが考えていた以上だった。 楽しさを噛みしめながらポケモンセンターに戻ってきた。 部屋の扉を開けると―― 「遅〜いっ!!」 不機嫌に頬を膨らませたナミが仁王立ちしていた。 もしかして、一人でずっとこの部屋にいたとか? なんて聞こうと思ったけど、その前にナミが口を開いた。 「アカツキったらヒドイよ!! あたしのこと忘れてたんだもん!!」 「あ、あのなあ……」 「どこ寄り道してきたの!?」 弁明しようにも、ナミはその暇すら与えてくれない。 普段からは想像もできないような饒舌ぶりでじわりじわりと迫ってくる。 妙な雰囲気に気圧されて、オレは思わず一歩下がってしまった。 「ジムリーダーと気が合って、いろいろと話をしてきたんだ。 そいつ、オレと同じでトップブリーダーになるのが夢だって言うから、ポケモンフーズのレシピを交換したりとかしてさ…… ガーネットが好きな味のポケモンフーズ作ってやるから」 「…………」 何も言わないナミ。 考えすぎだとは思うけど、もしかしてオレの言葉の一言一句を咀嚼して、意味を考えているとか? 「それにさ……」 黙っているというのは、オレにとって好都合でもあった。 こうなったら、オレが悪くないってことを徹底的に主張してやるまでだ。 「おまえ、ずっとオレのこと待ってたみたいだけど…… だったらなんで外に出かけるなりしなかったんだ? はは〜ん、さてはもしかして、迷子になるのが怖かったとか?」 ナミは気まずそうな顔で、視線をあちらこちらに泳がせ始めた。 ……ってヲイ、図星かよ!? 一人で出歩くってのがそんなに嫌なのか? なんて思っていると、 「だって……一人で出かけたって、面白くないんだもん」 ひん曲がったような口調で言うと、ナミは人差し指を突き合せてもじもじと動かした。 上目遣いでオレを見つめ、まるで何かを期待しているようだ。 「まあ、そりゃそうかもしれないけどな…… でも、オレも悪かったよ。 話に夢中になって、おまえに連絡するのも忘れてたからさ。 ここはお互い様ってことにしようぜ。こんなことでいつまでもウダウダ言ってたくないから」 「うん、そうだね」 オレにも非があると認めたことで、ナミもようやく分かってくれたようだ。 もちろん、方便なんかじゃなくて、本当に悪いって思ってる。 楽しいことを前に時間を忘れるほど熱中してしまうと、連絡を忘れてしまうってことは今までに何度かあったんだ。 その度に母さんに心配かけてたっけ……今回はナミに心配かけてしまったけど。 それについては反省してるよ、ホントに。 穴埋めはちゃんとさせてもらわなくちゃ、ケジメつかないよな。 いつもの笑みを浮かべ、ナミは言った。 「ねえ。お腹空いたから、お食事しましょ♪」 「ああ、そうだな」 そういえば、オレは昼ご飯を抜いたんだっけ。 話に夢中になると、空腹すら忘れてしまうんだなぁ。 ナミが腕に絡み付いてくるのも、愛嬌だと思って振り払わなかった。 本当にうれしそうな顔を見せてくれると、本当に淋しかったんだなって思うからさ。 今くらいは思う存分甘えさせてやりたい。 ナミの非はあえて口にしなかった。 本当に暇なら、自分から外に出て行けばよかったんだ。 ナミだって、引きこもりなんかじゃないんだから。 でも、それを責め立てたところで解決にはならないだろう。 だったら、オレが少し悪役になってでも強引に解決した方がお互い嫌な想いをせずに済むはずだ。 すぐに食堂にたどり着き、トキワシティのポケモンセンターと同じように、好きなものを好きなだけ装って席に就く。 下手にメニューを決めてしまうと、好き嫌いの関係で残飯が多くなってしまうから、敢えてバイキング形式にすることで、 残飯を極力減らそうとしたんだって。 いつだったかな、この形式の食堂を見て、じいちゃんが言ってたよ。 「最近の子供は好き嫌いが多い!!」って、肩を怒らせてたな。 もちろん、オレは食べものに好き嫌いはないよ。 食べられるものならなんだって食べれるから。 好き嫌いなんて、牛や豚や鶏や魚に申し訳ないじゃないか。 ……で、相変わらずナミは想像を絶する量を皿に装い、他のトレーナー達の注目を浴びていた。 その食べっぷりも……言うまでもない。 人が少ないとはいえ、好奇の視線で見られてるとなると、あんまりいい気分はしない。 「なに、あの子? あんなに食べるなんて、絶対太るよ」 「すっげー食べっぷり。ホントに女の子? 男が仮面かぶってるだけだったりしない?」 なんて、視線からそいつが何考えてるのかまで本気で読めてくる。 だから、オレはナミがおいしそうな顔で山のようなスパゲティミートソースをすすっているのを尻目に、 好奇の視線を向けてくるヤツを一人一人睨みつけ、退散させた。 オレまでバカにされてるような気がするから、ホントにムカつくんだよな。 これ以上首突っ込むと殴られそう……なんて思ってるんだろう。 それ以後、オレたちに視線を向けてくることはなかった。 どう思ってもらっても構わないけど、好奇の視線にさらされることがなくなったってだけで十分さ。 「なあ、ナミ」 「なあに?」 オレは魚の小骨を取り除きながら、ナミに訊いた。 「おまえ、明日ジム戦なんだろ?」 「うん」 「戦法とか考えてるのか?」 「むー、考えてナイ」 「マジで?」 「うん」 予想通りの答えが返ってきた。やっぱり何も考えてやしなかったんだな。 タケシは本当に強かった。 対トレーナーとして初めてのバトルだったけど、普通のトレーナーとは明らかに格が違うって分かったよ。 ラッシーとの相性が良かったから何とか勝てたけど、ナミの主戦力はリザードに進化したガーネットだから、 岩タイプのポケモン相手にはかなり苦しい戦いを強いられるだろう。 とはいえ、ナミはタケシが岩タイプを出してくるってことを知らないんだよな。 だったら、戦法の練りようがないってのも分からなくはない。 それでも、苦手なタイプのポケモンにはこうやって攻めの一手を加えるとか、少しくらい考えても良さそうなんだけど。 「ねえ、ジムリーダーはどんなタイプのポケモンを出してきたの?」 何食わぬ顔でいきなりトップシークレットを訊いてきた。 大胆って言うか、なんて言うか……これには一瞬言葉に詰まったぞ。いきなりオレにそんなことを訊くか、おい? これにはさすがに呆れちまったけど、ちゃんと言うことは言っとかないとな。 「それは秘密だ。絶対に教えられない」 オレが口を酸っぱくして返すと、ナミは頬を膨らませ、ぶーぶーと唸りだした。 「あのなあ……だいたい、楽して勝ったって、そんなの何のためのジム戦なんだ? カントーリーグに出る気があるんなら、楽して勝とうなんて思うなよ。 そんな甘ったるい根性で予選を勝ち抜けるほど、甘くはないんだぞ」 「むぅ……」 ちょっときつめに言ったのが功を奏し、ナミは渋々納得した様子を見せた。 でも、本当のことさ。 カントーリーグは八つのリーグバッジを集めたトレーナーだけが出場を許される、バトルの祭典なんだ。 楽をしたって、予選を勝ち抜けるとは思えない。 オレは、ナミに惨めな想いをしてもらいたくないんだ。 だから、敢えてキツイことを言った。 分かってくれとは言わないけど、いつかはそれが身に沁みる時が来るはずだ。 「明日になれば分かるんだ。何も焦らなくていいって」 今分かったって、どうせ混乱するだけだろう。 タケシのポケモンのタイプは岩。 ガーネットを主軸に置くナミじゃ、かなりキツイバトルになることは間違いない。 岩タイプの技は炎タイプのポケモンに効果抜群で、対照的に炎タイプの技は岩タイプのポケモンに効果は半減する。 それでも相性が『悪い』程度で済むんだから、勝機は十分にある。 ガーネットの『特性』を引き出せれば、タイプ間のダメージ計算が変わるんだ。 効果半減が改善されるから、勝ち目は十分にあるはずだ。 オレだって、タケシがどんなタイプで来るか分からなかったんだから。ここで教えたら、それはフェアなんて言えないだろ。 誰にだって機会は均等に与えられるべきなんだから。 「大丈夫。おまえなら勝てるさ」 オレはわざと明るく言った。 相性の悪い相手に勝つのって、口で言うほど簡単じゃないってことは分かってるつもりだけど、 それでも明るく振る舞わなきゃいけない時だって、きっとある。 ナミはトレーナーとしての素質がある。 たぶん、オレよりもずっと。 少しくらい辛い経験をすれば、その実力がきっと大きく伸びるだろう。 オレはちょっとだけ、それに期待してるんだ。 意地悪だって思われてもいい。 オレが少し悪者になることでナミの将来が少しでも明るいものになるのなら、それも悪くはないから。 オレの気持ちが通じたか、ナミはニコッと笑った。 「うん。あたし、頑張るから。絶対に勝つよ♪」 「よし、その調子だ」 オレも釣られるようにして笑みを浮かべた。 これなら大丈夫……漠然と芽生えたその予感は、すぐに確かなものへと変わっていった。 翌日。 ナミはニビジムの前に立っていた。 その傍らには、目の前の建物に好奇の視線を注ぐガーネット。 巨大な岩をくり貫いて作られたようなその建物こそがニビジム。 これから自分の実力を試すのだ。 ナミの主戦力は言うまでもなくガーネット。 面と向かっては口に出せないが、トパーズはまだジム戦に挑戦するレベルに達していない。 もしかしたら出すかも……といった程度で、たぶん、今回は出番がないだろう。 「頑張るよ、ガーネット」 「ガーっ」 ガーネットの元気な返事を受け、ナミはギュッと拳を握りしめ、歩き出した。 大きな扉の前で立ち止まると、傍らのインターホンを押す。 程なく返事が来た。 「あたし、ジム戦に来たんだけど……受けてもらえる?」 「分かった。このまま真っ直ぐ進むとバトルフィールドだ。待っているぞ」 ちょっと低めの男性の声。 この声の主こそ、ニビジムのジムリーダー・タケシその人だった。 もっとも、ナミは向こうから名乗ってもらうまで分からなかったが。 唐突にドアが左右に開かれ、その向こうにスポットライトが燦々と降り注ぐ広間が見えた。 「うっわ〜♪」 降り注ぐスポットライトが眩しくて、ナミは目を細めた。 キラキラしてるのって美しい。 こんな場所でバトルができるなんて、なんてあたしは幸せなんでしょ〜。 ナミはバトルを前に緊張感などまるで抱いていなかった。 こういった神経の太いところをアカツキに羨まれていることなど露知らず。 優しいけどちょっと厳しい従兄妹の少年は、ナミがジム戦を行っている間にあちこちに買出しに出かけて、 ナミのガーネットやトパーズにも食べさせるポケモンフーズを作ろうと頑張っているところだ。 そんな従兄妹の少年に、ナミは吉報を届けたいと思った。 「ゼッタイに勝たなくちゃね!!」 胸の内に闘志の炎を点火して、バトルフィールドへと歩き出す。 ガーネットはこういった建物の中に入るのが初めてのようで、キョロキョロと田舎者よろしくあちこちに視線をめぐらせていた。 ポケモンはトレーナーに似るという格言があるが、ナミとガーネットはピッタリだ。 乾いた地面と岩に覆われたバトルフィールド。 センターラインを挟んだ反対側のスポットには、真剣な表情(?)で腕を組みながら、足を肩幅に広げてでんと構えている少年。 かなり年上に見える。もう少し背が高ければ大人と見間違うかもしれない。 「あなたがジムリーダー?」 ナミもスポットに立つと、少年に訊ねた。 大人びた雰囲気こそ帯びているものの、見た目は間違いなく少年だ。ジムリーダーが少年ということで、ナミは少なからず驚いていた。 「うむ。ニビジムのジムリーダー、タケシだ」 タケシは緊張感のカケラも見せない少女に何かを感じながらも、ジムリーダーとしての務めを果たすべく名乗りを上げた。 「我がニビジムによくぞ参られた。バトルの前に、君の名前をうかがっておこう」 「はーい!!」 ナミは妙に間延びした声を出すと、笑顔で片手を高々と挙げた。 「あたし、マサラタウンのオーキド・ナミでぇ〜すっ!!」 「マサラタウン……オーキド……? もしかして……オーキド博士の孫とか言わないだろうな?」 「うん!!」 「…………」 あまりに突拍子な名乗り方に、タケシは唖然としていた。 なんだかいきなり調子を狂わされそうだ。 昨日挑戦してきた少年とは大違いだ。 年の頃は同じだろうが、礼儀を多少なりとも心得ているし、物事をよく考えてから言葉を紡ぐタイプだった。 だが、目の前に相対している少女はまったく正反対ではないか。 笑顔を見れば、なにも考えずにフルネームで名乗っているのがバレバレだ。 これでもし本当にこちらのペースを狂わせようと考えているのであれば、彼女は掛け値なしの天才かもしれない。 もちろん、本当にそうとは思っていないが。 「なるほど……オーキド博士の孫とは驚きだ」 タケシは表面上何事もなかったかのように装うと、モンスターボールを手に取った。 「オーキド博士の孫ということは、アカツキやシゲルとは従兄妹ということか……」 胸のうちでは、いろいろと想いをめぐらせていたりする。 タケシが見た限り、アカツキもシゲルも、トレーナーとしてかなりのレベルに達していた。 果たして、彼らと同じ立場の少女は前の二人に並ぶだろうか? オーキド博士の孫が相手ということで、タケシも血が滾るような興奮を覚えていた。 「まあ、いい。 相手が博士の孫であろうとなかろうと、そんなのはバトルに何ら関係はない。ルールを説明する」 「うんっ」 気を取り直し、ルール説明に入る。 「使用ポケモンは互いに二体。 どちらかのポケモンがすべて戦闘不能になるか降参した時点で勝敗を決することとする。 ポケモンの交代は君にのみ認められる。好きなタイミングで交代してもらって構わない。 以上だが、質問は?」 「ないよ」 「審判はオレの弟が勤める」 タケシが手を伸ばすと、その先には旗を持ったタケシ似の少年。 弟というだけあって、よく似ている。特に糸目なんかがそうだ。 「では、はじめよう。 ニビジムが得意とするは岩タイプ。 固き意志を体現したその肉体は岩と同様に硬く、それでいて気高いものだ……!! 行け、イシツブテ!!」 タケシはナミに乱されたペースを取り戻すべく口上を述べると、モンスターボールをフィールドに投げ入れた!! ワンバウンドした後でボールが口を開き、中からポケモンが飛び出してきた。 丸っこい岩に顔と二本の手がついたポケモン……イシツブテだ。 「わー、これがイシツブテなんだね」 ナミは興味津々といった様子で、目をキラキラ輝かせながら飛び出してきたイシツブテを見つめた。 これには見つめられた本人が困惑してしまう有様だ。 「いきなりイシツブテのペースを狂わせるとは、なんたる策士……!! オーキドの名は伊達ではないということか……油断ならぬ相手だ」 タケシは表情をわずかに強張らせた。 ナミは『それ』を意識せずにやってのけているのだ。 だから、なおさら油断できない。 笑顔の裏には殺意にも似た何かがうごめいているような気もしないわけではないのだ。 「だが、固き意志は揺るがん……!!」 タケシが闘志を燃やしているのを尻目に、ナミはポケモン図鑑を取り出すと、センサーをイシツブテに向けた。 すると、センサーが光って、ぴこぴこと電子音が鳴った。 液晶にイシツブテの姿が映し出され、スピーカーから声が流れた。 「イシツブテ。がんせきポケモン。 草原や野山に主に棲息し、石ころと気づかずに踏んでしまう人も多い。 丸くて持ちやすい身体のため、とある国ではイシツブテを投げ合う競技が行われている」 「へぇ〜」 聞き覚えのない声だったが、ナミはその声の主が誰だろうということより、その文面が気になって仕方なかったのだ。 まあ、今はバトル。そう割り切って、図鑑をバッグにしまった。 後でアカツキにでも聞けばいい。 彼のポケモンの知識は群を抜いていて、祖父であるオーキド博士に匹敵するほどの量を持ち合わせている。 きっと、納得いく答えを返してくれることだろう。 後のお楽しみができたところで、ナミもバトルモードに突入だ。 「よ〜し、ガーネット、行っくよーっ!!」 「ガーッ!!」 ナミの意気込みに呼応するように、ガーネットは声を上げてフィールドに踏み込んでいった。 それを見て、タケシは眉をひそめた。 本当に何も考えていないのか……そう勘繰らせるに十分すぎるほど普通ではなかった。 「岩タイプに炎タイプだと? 余裕ということか、それとも……? 警戒させることが罠か……油断するのを狙っているのなら、それは浅はかとしか言えんな」 何か策が隠れているかもしれないと思い、タケシは一応警戒することにした。 相手が自分に不利なポケモンを出すのを見ると、罠と疑ってしまうのだ。 もっとも、ナミは他に出すポケモンを考えていなかっただけなのだが……さり気なささえ罠と錯覚させるのだから、ある種の才能だろう。 「どちらにせよ、全力で戦うのみ……!!」 結局自分がやることに変わりはない。 タケシは落ち着いた。 「これより、グレーバッジを賭けた、ニビジムのジムリーダー・タケシ対マサラタウンのナミによるジム戦を行います」 絶妙なタイミングで、タケシの弟が凛とした声で告げた。 「バトル・スタート!!」 バトルの火蓋が切って落とされ、先手を取ったのはタケシだった。罠だろうとなかろうと、バトルをしていれば分かることだ。 ナミのリザード……ガーネットの実力というヤツを。 「イシツブテ、転がれ!!」 タケシの指示に、イシツブテは二本の手を引っ込めると、ガーネットめがけて転がり出した!! 徐々に速度を上げ、迫る!! ナミは一向に緊張感のカケラもない表情を浮かべたまま、ガーネットに指示を出した。 「火炎放射!!」 ガーネットは躊躇うことなく口を大きく開き、紅蓮の炎を噴き出した!! 太い炎の矢が一直線にイシツブテに向かって飛んでいく!! 「岩タイプに火炎放射だと? やはり罠か……?」 タケシはこの期に及んで、ナミが何の考えもなしに技を指示していることに気づいていなかった。 少なくとも彼の常識の範疇では考えられないことだったので、余計な勘繰りを起こさせたのだ。 「ならば、その罠に乗ってみるのも一興だな」 敢えて罠に飛び込んでみることにしよう。 そうすれば、逆に相手の懐に入ることができる。 炎が最大の攻撃力を持つのであれば、懐に入ればそれを放つ前に一撃を加えられる。 獅子身中の蟲とはよく言うものだと、笑みが込み上げてくる。 イシツブテはガーネットが放った火炎放射に突っ込み―― シャッ!! 風を切る音と共に、火炎放射を真っ二つに切り裂きながら突っ込んでくるではないか!! 「ありゃ!? 効いてない!?」 ナミは驚いた。 場違いとも思えるような声だったので、真剣に驚いたとはタケシも受け取っていなかったようで…… 「これも戦略のうちだとすれば、獅子身中の蟲は本当に安全か?」 不幸なことに、タケシにはナミがただの天然少女ということに気づけなかった。 それはともかく、イシツブテは転がるという行為によって周囲に薄い風を帯びた。 炎の真っ只中に突っ込んでも、周囲を流れる風が炎を分散させ、ダメージを最小限に抑えられたのだ。 もっとも、岩タイプは炎タイプに耐性があるから、転がっていなくても受けるダメージはそれほどでもなかったはずだが。 勢いが衰えるどころか、むしろ速度を増しながら突っ込んでくるイシツブテを見据え、ナミは次に何を指示すればいいのか、迷っていた。 「ど、どうしよう……火炎放射が効いてないよぉ」 ナミは一応オーキド博士の孫なので、それなりにポケモンのタイプによる相性を知っている。 もちろん、炎タイプの技が岩タイプのポケモンには効果が薄いことも知っている。 だが、初めてのジム戦ということで、そこのところを忘れていたのだ。 いかにもナミらしいのだが、それを責めても仕方あるまい。 「えっと、炎タイプの技は岩タイプのポケモンに効果が薄いから……えっと……」 必死に考えている間に、イシツブテは速度を増しながらガーネットに迫っていた。 転がり始めた時とは、勢いなど比べ物になっていない。 でも、ガーネットはでんと構えたまま動かない。 トレーナーの指示がなければ動けないというわけではない。 その気になれば自分で考えて戦うこともできる。 だが、トレーナーのことを信じているから、自分で避けられないと判断するまでは指示を仰ぐことにしているのだ。 「じゃ、覚えたての技で……って、避けた方がいいよ、ガーネット!!」 いつの間にやら距離を詰めてきたイシツブテを見て驚き、ナミはガーネットに回避を指示した。 言われるまでもなく、ガーネットは闘牛士さながらの軽いフットワークでイシツブテの攻撃を避けた。 「もっかい火炎放射!!」 背を向け遠ざかっていくイシツブテに、ナミは再び火炎放射を指示した。 ガーネットは大きく息を吸い込み、口から炎を噴き出した!! いくらイシツブテが速くても、炎が大気中を進むスピードには敵わない。 イシツブテは大きなカーブを描きながら再びガーネット目がけて突き進んでくるところであったが、炎に飲み込まれた。 真正面よりも風の抵抗を受けなかったので、イシツブテもそれなりにダメージを受けたようだが、どれほどのダメージかは窺い知れない。 「また来る……!!」 気のせいじゃない。 転がれば転がるほど、イシツブテのスピードが増しているのは。 このままではガーネットでも避けられないほどになるであろうことは、ナミにも分かっていた。 普段はどうしようもない天然だが、バトルになるとちょっと違う。 「このままじゃ同じことの繰り返しだわ。だったら……」 転がることを止めさせるには、外からの攻撃では無理。 そう判断して、 「ガーネット、アイアンテール!! 目の前の地面にやっちゃって!!」 「むっ!?」 次は一体どんな策で来るのか。 イシツブテに火炎放射は、きっとサルも木から落ちるというヤツだろうと思っていたので、タケシは警戒を払った。 ガーネットは再び向かってくるイシツブテを睨みながら、尻尾を振り上げると、眼前の地面に叩きつけた!! 一時的に鋼の硬度を得た尻尾は地面を易々と陥没させた。 人間の顔がすっぽり収まるほどの穴を穿ったのだ。 「ガーネット、そのまま引き付けて」 「何をするつもりだ……?」 タケシは眉をひそめた。 目の前の地面を陥没させて一体何をするというのか。 イシツブテのスピードは最高潮に達しつつある。どんな穴を空けようが、その勢いを止めることは―― がごんっ!! 「なに!?」 信じられない光景を目の当たりにして、タケシは驚きを隠しきれなかった。 ガーネットに体当たりを食らわそうとしたその瞬間、イシツブテがガーネットの目の前にある穴に落ち、 さらに次の瞬間には穴の縁を飛び越えて宙に跳びあがったのだ。 跳びあがり、無防備になったイシツブテに笑みを向けると、ナミはガーネットに指示を下した。 「ガーネット、メタルクロー♪」 「ガーッ!!」 待ってましたと言わんばかりに叫ぶと、ガーネットは地を蹴った。 何が起こったのか分からずにあたふたしているイシツブテに急接近。 「イシツブテ、気合いパンチだ!!」 タケシの指示受け、イシツブテは下からぐんぐん近づいてくるガーネット目がけて、渾身の力を込めたパンチを繰り出した!! だが、ガーネットは爪の先でそれを器用に受け流し、カウンターに一撃を加えた!! 鋼タイプの技、メタルクロー。 アイアンテールの爪バージョンで、一時的に鋼の硬度を得た爪で相手を切り裂くのだ。 まともに一撃が入り、イシツブテは大きく弾き飛ばされた!! 「炎タイプのポケモンだからと言って、武器が炎タイプだけとは限らないというわけか……なるほど」 タケシは妙なところで感心していた。 これが『罠』だったのだ。 不利なタイプを出しておきながら、技のバリエーションによって相性の不利を覆す。 ポケモンバトルでは常套手段となっている。 水タイプのポケモンが苦手な電気タイプのポケモンを返り討ちにしようと地面タイプの技を覚えていたりとか…… それが今のガーネットとイシツブテの間にも起きているのだ。 「よーし、火炎放射だよっ!!」 ガーネットは落ちていくイシツブテめがけて、紅蓮の炎を浴びせかけた!! 避けることもできず、イシツブテは炎に飲み込まれた。 「く、戻れ!!」 メタルクローに強烈な火炎放射。 そのダメージがバカにならないと判断し、タケシはイシツブテが地面に叩きつけられる直前に、モンスターボールに戻した。 「あ、あれ? 戻しちゃうの?」 軽やかに着地したガーネットも、不思議そうな目でタケシを見ている。 戦闘不能にもなっていないのに、どうしてイシツブテをモンスターボールに戻したのか。 トレーナーとしての判断なのだが、ナミにはそこのところがよく分かっていないようだった。 「イシツブテ、戦闘不能!!」 審判は旗を振り上げた。 規定では、ジムリーダーはポケモンの交代ができない。 よって、ポケモンを戻す行為は戦闘不能と同等の扱いとなる。 「やるな。だが、オレの切り札を倒せるか!? 行け、イワーク!!」 タケシはモンスターボールを持ち代えると、次のポケモンが入ったボールを投げ入れた!! 飛び出してきたのはイワーク。岩を繋ぎ合わせた蛇のようなポケモンだ。 「わー、おっきい……」 ナミはイワークの大きな身体を見上げ、ため息を漏らした。 イワークはテレビやパソコンなど、画面上でしか見たことがなかったので、実物を見るというのは初めてだった。 噂に違わぬその巨体に、思わずため息が漏れてしまったのだ。 重ねて言うが、ナミはオーキド博士の孫なので、それなりにポケモンのことは知っている。 もちろんアカツキには及ばないが、十一歳の少女にしては物知りな方と言える。 だから、ポケモンの体力が身体の大きさにおよそ比例することも知っている。 ガーネットは今のところ無傷だが、だからといって相性の悪さと相手のタフさを考えると、お世辞にも優位に立っているとは言いがたい状況だ。 「バトル再開!!」 準備が整ったところで、審判がバトルの再開を告げた。 「イワーク、岩落とし!!」 先手を取ったのはまたしてもタケシだ。 相性が有利なのを利用して、一気にガーネットを倒す作戦に出たようだ。 いきなり相性の悪いポケモンを出したのは、水や草タイプなど、イワークの天敵となるタイプのポケモンを持っていないから。 その読みは見事に的中していた。 炎タイプのガーネット。ノーマルタイプのトパーズと、岩タイプを相手にするには攻撃面、防御面とかなり厳しい状況。 ジムリーダーとしての采配は見事の一言だ。 イワークはタケシの指示に素早く応え、長い尾を振り上げると、その重量を利用して地面に叩きつける!! 地面に亀裂が走り、衝撃で舞い上げられた岩がガーネットめがけて降りそそぐ!! 「ガーネット、メタルクローで全部つぶしちゃえ!!」 対するナミは、岩を撃墜する手に打って出た。 炎タイプのガーネットには、岩の攻撃はかなり痛い。 まあ、炎タイプであろうがなかろうが、人間の顔ほどの大きさの岩に打たれれば痛いだろうが。 ガーネットは跳びあがると、鋼の硬度を得た爪で、飛来する岩を次々と打ち砕いていった。 時には岩を足場代わりに、別の岩目がけてその爪を振りかざしながら。 「やるな……だが、これで攻撃を防いだと思っているのなら、それは浅はかとしか言いようがない」 タケシは動じなかった。むしろ、こうなってくれることを望んでいたのだ。 ガーネットが岩をぜんぶ砕き終え、 「次はイワークの頭に一撃くれちゃえ!!」 ナミの指示に、ガーネットは着地すると再び地を蹴って、イワークの頭部へと迫る!! 言うまでもなく、攻撃はメタルクロー。 空中という不安定な状態では、アイアンテールを出すのが困難だと見て取ったのだ。 だが―― 「イワーク、叩きつける攻撃!!」 「にゃ!?」 タケシの指示とナミの悲鳴は見事に重なった。 イワークは慌てず騒がずといった表情で、尾をすごい速さで振り回した!! 「ガッ?」 横手から飛んでくるイワークの尾に驚くガーネット。 メタルクローで防ごうと爪を振りかざした瞬間、横っ面を強かに打たれ、大きく吹き飛ばされた!! 地面に叩きつけられてから、何回かバウンドしてようやく止まったほどだ。 「ガーネット、しっかり!!」 今の一撃はかなりのダメージになったはずだ。 ナミにもそれくらいは分かった。 よろよろと立ち上がるガーネット。 周囲の空気が歪んで見えるのは、その身体が発熱しているからだ。尻尾の先に燃えている炎が、いつもよりも大きい。 ガーネットは尖った視線をイワークに向けていた。 よくもやってくれたな……この借りは大きいぞと言わんばかりに、闘志を全身から熱として放っている。 「よーし、それじゃあ次は……」 ガーネットはとてもやる気に満ちているようで――いや、トレーナーが止めろと言っても平気で突っ込んでいきそうなほどの気迫だ――、 それに安心したナミが指示を出そうとした時だ。 またしてもタケシが先手を取った。 「イワーク、穴を掘れ!!」 イワークは頭部を擡げると、勢いよく地面に潜っていった。 「……あらら、逃げちゃった……」 「フフフ。どこから来るか、君には分かるかな?」 唖然とするナミに、タケシは余裕とも受け取れるような笑みを向けた。 とはいえ、イワークがどこから来るなんて、そんなの分かるはずがない。 イワークの気分次第だし、ナミがそれを決めるのは不可能だからだ。 だから、ナミは深く考えないことにした。考えたところで分からないのだから、深刻になったところで、それこそ相手の思う壺なのである。 「ガーネット、そこらへんに適当に炎吐いてて」 何を考えてか、ナミはガーネットに指示を出した。 ガーネットは疑うことなく、周囲に火炎放射を放った。 「……? 何を考えているんだ?」 タケシは理解できなかった。 突拍子もない行動。 何もないところに火炎放射など放ったところで、イワークからすれば痛くも痒くもない。 それどころか、ガーネットの体力を無駄に使うだけだ。 イワークの叩きつける攻撃を受け、かなりのダメージを負っていることを考えると、無駄な体力の消費はたとえわずかであっても惜しいはず。 少なくとも、普通のトレーナーならそう考えるだろう。 だが、ナミはあいにくと普通のトレーナーとは考え方が違うのである。 いい方か、あるいは悪い方か……たぶん両方で。 ともあれ、ガーネットの火炎放射で地面は赤々と熱された。 「なるほど、そういうことか……」 そこでようやく、タケシはナミの策に気がついた。 地面を熱することで、飛び出した時にイワークにダメージを与えるつもりなのだろう。 なるほど、攻撃対象が見えていない状態では、ダメージを受けるように仕向けるというのも立派な戦術だ。 だが、この戦術には大きな穴がある。 それは…… 「真下だ!!」 タケシの指示が飛び、イワークは唯一熱されていない『ガーネットの真下』を突き破って現れた!! 「締め付けろ!!」 イワークはガーネットを易々と宙に放り投げると、長い尾を利用してその身体を絡め取った!! 突然放り投げられた上に巻きつかれ、ガーネットは驚く暇もなかった。 キリキリと身体を締め付けられ、苦悶の表情を浮かべる。 だが、辛うじてメタルクローを発する爪は巻きつかれずに済んだ。 「ガーネット!!」 叫ぶ――が、その声は悲鳴ではない。 ナミはこの時を待っていたのだ。 わざと作り出した『隙』を突かせ、イワークをおびき出すことに成功した。 もしもタケシがダメージを恐れず、ガーネットの真下以外の場所から攻撃させていたら、失敗していただろう。 イワークは穴を掘れる。 炎だろうとメタルクローだろうと、確実に食らわない安全圏を常に確保しているのだ。 ナミは、それをどうにかして取り払おうと思って、わざと何もないところに炎を吐かせていた。 だが、今は時間の問題だ。 このままガーネットが締め付けられ続ければ、戦闘不能になることも十分にありうる。 そうなる前に、決着をつけなければならない。 「ガーネット、今なら逃げられないよ!! メタルクローを連発しちゃって!!」 「な、なんだと!?」 これにはタケシも目を剥いた。 盲点を突いたつもりが、それが罠だったとは…… およそナミの考えにはついていけないところがあったが……まさか、そこまで考えていたとは思わなかった。 ガーネットはナミの指示にきっ、と目を大きく見開くと、 「ガーッ!!」 咆哮と共に、鋼の硬度を持つ爪を何度も何度もイワークの岩の身体に突き立てた!! 「がぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」 ザクザクと爪で攻撃され、さすがのイワークも悲鳴を上げてのた打ち回った。 ガーネットを身体に巻きつけていては、逃げるに逃げられない。 何度も何度も攻撃を受け、イワークはついにガーネットを解放した。 「イワーク、再び地面に潜れ!!」 こうなったら安全圏に逃げ込むしかない。 悔しいが、地上でのスピードはガーネットに分がある。 地中に潜れば、安全は確保されるし、機動性も向上する。 長期戦になろうと、イワークのスタミナなら打ち勝つことができるはずだ。 タケシの意図を察し、イワークは痛みをおして地面に潜ろうとしたが、ナミがそんな無防備なところを見逃すはずもない。 「ガーネット、アイアンテール!!」 ガーネットは垂直落下し始めると同時に、身体を器用に回転させ、遠心力を利用して鋼の硬度を得た尻尾でイワークを殴りつけた!! そして、さらに―― 「火炎放射―っ!!」 ガーネットが火炎放射を繰り出し、先ほどとは比べ物にならない威力の火炎放射がイワークの身体を包み込んだ!! 「な、なんだと!? まさか、『猛火』の特性が発動したのか!?」 タケシはギョッとした。 ヒトカゲとその進化形であるリザード、リザードンには、『猛火』という特性がある。 体力が低下した時に、炎の威力が上がるという、一発逆転の要素を秘めた特性だ。 ダメージを受け、その特性が発動する状態にあったのだ。 威力が上がった炎をまともに食らったとなれば、相性によるダメージ計算が狂う。 それも、この状況ではタケシにとって悪い方向へ。 アイアンテール、火炎放射と威力の高い攻撃を連続で受け、イワークはついに倒れた。 アイアンテールよりも、『猛火』によって威力を増した火炎放射によるダメージの方が大きかったのは言うまでもない。 「それを見抜けなかったオレの迂闊か……戻れ、イワーク」 タケシは躊躇せずにイワークを戻した。 「イワーク、戦闘不能!!」 審判はイワークの戦闘不能を宣言、その瞬間、ナミの勝利が確定した。 「よって、この勝負、マサラタウンのナミの勝利!!」 「え、あたしの勝ち? やりぃ〜♪」 ナミは駆け寄ってきたガーネットの頭を撫でてやった。ニコニコ笑顔がガーネットにも移る。 「ガーネット、やったじゃない♪ タイプの相性なんてそれほどの壁じゃなかったってことよね!!」 「ガーッ」 ガーネットは喜びのあまり、天を仰いで炎を噴き出した!! ナミはナミで喜びを全身で余すことなく表現している。 「やれやれ、負けたか……」 タケシは釣られるように笑みを浮かべた。負けたのは悔しいが、それはすべて自らの未熟が原因だ。 イワークの入ったモンスターボールを腰に戻すと、タケシは周囲を気にせず喜びまくっているナミの傍へと歩いてきた。 「おめでとう、君の勝ちだ。 しかし、あんな戦略をよく思いついたものだ。君は見かけによらず策士なんだな」 「え〜? それほどでも〜。っていうか、策士ってなあに?」 「とぼけなくても結構。やはり、君は大したものだ」 ナミは別にとぼけてなどいなかった。 策士という難しい言葉に首をかしげていたのだが、タケシにはそれが謙遜と映ったようで……本当に不幸である。 残念なことに、彼は一生、ナミが本当に天然ボケだと気づくことはなかった。 「さて。君にこのバッジをあげよう」 ズボンのポケットから鈍く光るバッジを取り出すと、タケシはそれをナミに渡した。 「これって、リーグバッジ?」 「ああ。ニビジムを制した証、グレーバッジだ。勝利した君に相応しいバッジだよ」 「やりぃっ♪ グレーバッジ、ゲッチュでチューっ!!」 「ガーっ!!」 バッジを受け取ると、ナミはガーネットと一緒になって喜びを爆発させた。 ……かくして、ナミも無事にニビジムを制したのであった。 ナミはニビジムを後にすると、喜びで軽くなった足取りでスキップなどしながら、真っ直ぐにポケモンセンターに戻った。 頑張ってくれたガーネットの体力を回復させるのが一つ。 むしろ、もう一つの方が大きいのかもしれない。 ガーネットのモンスターボールをジョーイに預けると、寝泊りする部屋へと文字通り凱旋した。 「にゃっフォ〜、アカツキぃ〜」 扉を勢い良く開くと、アカツキは振り返った。 机に向かって何かをしているようで、それを中断されたにもかかわらず、彼の顔には笑みが浮かんでいた。 ナミのただならぬ喜びように、すべてが手に取るように分かったのだろう。 ただ、ニッコリと笑っていた。 ナミのヤツ、やりやがったな。 勢い良く扉を開け放たれた時は驚いたけど、振り返った先にあったナミの笑顔に、ジャマするなって怒ろうと思ってた気持ちが一瞬で吹き飛んだよ。 オレは机に向かってポケモンフーズを作ってたんだ。 ラッシーやラズリーのは作り終えたから、あとはガーネットとトパーズの……っていう、ちょうど区切りのいい場面だった。 だから、気にはしていない。 「にゃ〜、勝っちゃった〜♪」 「やるじゃん。おまえなら勝てると思ってたぜ。苦手なタイプだったのに」 「ポケモンはタイプだけじゃないよ。えへっ」 ナミは笑みを深めると、ブイサインをした。 確かに…… タケシの岩ポケモン相手に、ナミは良くやったと思うよ。 懐からグレーバッジを取り出し、満面の笑みを湛えてるのを見ると、もしかしたらオレよりもうれしく思っているのかもしれない。 苦手なタイプのポケモンで挑まなければならなかったのは辛かっただろう。 オレがナミの立場に立ったとしても、最後まであきらめずに戦ったと思う。 苦手なタイプのポケモンだからって最初から負けるなんて決まっちゃいないし、 ナミのガーネットなら、岩タイプを倒すために『メタルクロー』とか『アイアンテール』とか覚えてると思ったからな。 勝ち目はそれなりにあったはずだ。 でも、勝利を呼び込んだのは、ナミとガーネットの努力が大きかったと思う。 そんなあいつに、ご褒美でもやらなきゃいけないかな…… なんて思ってると、 「あっれ〜?」 オレの後ろにドッグフードのようなものを見つけて、ナミが声を上げた。 「あれってポケモンフーズでしょ?」 「ああ」 オレは振り返った。 そこにはちゃんと区分けされたポケモンフーズ。 ラッシーとラズリーでは好みの味が違うから、混ざっちゃわないように区別してあるんだ。 何しろ見た目に変化がないから、最終的には味と匂いで判断するしかない。 とはいえ、オレの鼻じゃそこまでは分からないから、区別してある。 「もしかして、あたしのポケモンの分まで作ってくれてたの?」 「ああ。これから作ろうと思ってたんだ。そんなに時間はかかんないぜ」 「うっわ〜、ありがとーっ!!」 ナミはグレーバッジをゲットした喜びと相まって、ぴょんぴょん飛び跳ねて喜んだ。 こいつのうれしそうな顔見てると、こっちまでうれしくなってくるんだよな。 なんでだろ、すっごく不思議だよ。 とはいえ、喜んでばかりもいられないのが現実なんだよな。 ナミがニビジムに行っている間、オレはポケモンフーズを作りながら、とあることを考えていたんだ。 親父のこと。 別に恋しくなったとかってワケじゃない。 何が哀しくてあんな親父を恋しく思ったりするか。 オレが心配してるのは、そろそろ親父もオレが旅に出たってことを知ったんじゃないかってことなんだよ。 オレは親父に干渉されるのが嫌だから旅に出た。それも理由の一つだったけど、ウェイトとしては結構大きいと思ってるよ。 ハイエナのような執念を見せる親父にはウンザリしてたんだ。 だから、鳥のように自由になりたくて。 そんなこと、口が裂けても言えない。 親父を悲しませたくない、なんてらしいことを言う気はないさ。 親父が悲しむとは思えないし、そんなの、逆にじいちゃんや母さんが悲しむに決まってる。 親父は超が何個もつくくらい(あるいはそれ以上かも……)嫌いだけど、じいちゃんや母さんのことは、オレ、好きだからさ。 で、親父は数日から十日おきくらいに電話をかけてくる。 だから、そろそろ気づくはずなんだ。 オレが旅に出たってこと。 母さんが教えたって可能性も考えると、親父がオレの旅立ちに気づいてるのはほぼ間違いない。 何らかの妨害工作とか、干渉があるのは目に見えてるからさ、なるべく親父の目に留まらないようなところに行きたいんだよな。 ノンビリしてるだけの時間は惜しいけど、ナミはジム戦が終わって疲れてるはずだ。 どうしようと、今晩はここで休んでいくしかないんだな。 結局そうするしかないんだから、今夜は祝杯でもあげようか。 それに、ポケモンフーズの材料を買いに行った時に、ニビ科学博物館の前も通ったんだ。 垂れ幕がかかってて、今日と明日は入館料が半額になる上、お月見山で見つかったっていう大きな月の石も特別に展示されるって話なんだ。 月の石っていうと、ポケモンの進化を補助する役割を持ってる『進化の石』の一種だ。 この石で進化するポケモンは、ニドリーノにニドリーナ、ピッピにプリンあたりが有名だな。 進化の石で進化するポケモンは、他に進化方法がない。 進化の石自体が希少価値の高いものだけど、特に月の石は他の石と比べるとその価値が高いものなんだよ。 それが飾ってあるんだから、これは見に行かない手はない。 明日は科学博物館に寄ってから、次のジムがあるハナダシティへ向かうとしよう。 そのことは、夕食の席で言うことにするよ。 今はバトルで疲れたナミをゆっくり休ませてやりたいと思ったからさ。 To Be Continued…