カントー編Vol.05 静かに、そしてしなやかに…… ハナダシティ。 カントー地方の北東部に位置しているその街は、名前にもあるように花がキレイなことで有名なんだ。 オレたちは街中へと続く長い階段の手前で立ち止まり、街の北にあるゴールデンブリッジとその周辺で優雅に咲き誇る花々を遠目に見ていた。 ハナダシティには二番目のジムがあるから、挑戦する前に少しは気持ちをリラックスするという意味も込めて。 薄い桃色が多いけど、その中に鮮やかなオレンジの金木犀が混ざってて、視覚的になんとも言えない景色が広がってる。 こういうところで花見とかしたら、結構楽しいんだろうなあ。 マサラタウンには花見のスポットなんてなくて、じいちゃんの研究所の敷地にある大きな桜の木の下で毎年決まって花見をしてたんだ。 だから、たまにはああいうキレイなところで花見でもしてみたいよ。 ミもフタもない言い方すれば、飽きちゃったんだよね、同じ場所、同じ面々ってのも。 別に、参加する人のことが嫌いになったってワケじゃなくて……なんだかハリがないんだよ、やっぱり。 「あそこに咲いてる花で首飾りなんて作れたら、キレイでいい香りして、いいんだろうなぁ……」 ナミは胸の前で両手を組んで、うっとりした視線を街の向こうに広がる花の景色に向けてばかりいた。 オレにはイマイチよく分からないんだけど…… 女の子ってのは、お花に興味があるんだろうか。 学校の同級生にも当然女の子はいたんだけど、どういうわけか半数以上がお花に興味を持ってるみたいで。 いや、それが悪いこととは言わないけど、オレは正直なところ、あんまり興味はないな。 キレイなものはキレイだけど、それがどうしたんだ、ってそんな感じだから。 リラックスするのにちょうどいいくらいで、それ以上の意味は求めてないんだ。 それはどうでもいいとして…… ハナダシティは花の都という異名をとっているだけあって、街の周囲の花景色を壊さないように、 建物の高さは厳しく制限されているって話を聞いたことがある。 どの建物も、高くても二階建てで、周囲の景観を損ねないようにいろいろと設計されているらしかった。 それに、ニビシティほど殺風景じゃない。 いや、ニビシティがあまりに殺風景すぎたんだろうな。 花とか遺跡とかっていう見所もないし、なにせ地味すぎる。 それに比べて、ハナダシティは花景色に同調しているかのように、街の中に緑が幾分か見受けられるんだ。街路樹とかがそうだ。 「ねえねえアカツキ」 「ん?」 ナミがオレの顔を覗き込んできた。それも、とびきりの笑顔で。 何か企んでるな……? 一目で分かるぞ、オレには。 なんて思っていると、ナミはゴールデンブリッジの向こうに広がる花景色を指差して、 「あそこに行って、みんなで花見しよっ♪」 やっぱりそう来たか……大方そんなとこじゃないかって思ってたんだ。 頭ん中にお花畑が広がってるから、それに連動するような形で花見なんて言い出すんじゃないかって。 当たってたって、ぜんぜんうれしくもなんともないんだけどさ。 「花見って……おまえ、そんなに花見したいのか?」 「うん♪」 ナミは悪びれる様子もなく頷いた。 悪びれるようなことじゃないけど、オレたちがこうして旅をしてる目的を二の次にしちゃってるんじゃないだろうな? なんて疑いたくなってくるけど、なにもトレーナーやブリーダーとして旅をしているだけじゃない。 人間として少しでも成長するための旅でもあるんだ。 その一環として目の保養を兼ねて花を見に行くというのもいいのかもしれないけど…… 今日は3月17日。 だからどうしたってことはないんだけど、そういえば花見のシーズンなんだよな。 心なしか、ゴールデンブリッジの周辺には人がいるし。 平日だから、あんまり見かけないだけかもしれない。これが休日になれば、人で溢れかえるんだろうな。 マサラタウンを旅立って早一週間が経って…… マサラタウンにいたままじゃ見られないようなモノもいくらか見てきたし、経験だって積んできた。 それなりに充実感のある日々だったなって思うんだ。 「ねえ、いいでしょ?」 「ジム戦終わったらな」 「うん。わかった」 オレの返答をイエスと判断したようで、ナミはうれしそうな顔で何度も何度も頷いた。 確かにイエスと取られかねない言葉を返したけど、もちろんオレだってたまにはああいう場所でノンビリ過ごしてみたいと思うんだ。 それが花見だっていうことじゃないけど、ノンビリ過ごすってことには大賛成だ。 ここんとこなんだかバトルはあるわ仲間は増えるわで、いろいろと気苦労もあってさ、少しは休んでみたい。 「んじゃ、行くとするか。ポケモンセンターに」 「うん♪」 花を見るのはジム戦で勝利してバッジをゲットしてからのお楽しみ……ということで、まずはジム戦だ。 ポケモンセンターでみんなのコンディションをチェックして、それから挑むのがセオリー。 こうして街中へと続く階段を一段一段降りていく。 ナミはスキップでもするような軽い足取りで、 「ふんふふ〜ん♪」 鼻歌を交えながら半歩遅れてオレについてくる。 転ばなきゃいいけど…… 何十段もある階段を降りると、ハナダシティに入る。 街の規模としてはニビシティと大して変わらない。景観はそれこそ比べ物にならないけどさ。 通りは整然としていて、区画整理もちゃんとされている。 建物の高さがそれほどでないのも、ところどころに植えられてある街路樹という緑と、 郊外の高台にある花の景色を引き立てている要因の一つじゃないかと思うんだな。 たぶん、視覚的なエフェクトとかは計算されてるんだろうけど…… 計算された美しさを『美しい』と考えるかどうかは人それぞれだけど、オレはどちらとも言えないと思うな。キレイなものはキレイだし。 素直にそう思えるっていう気持ちが大事なんじゃないかな。 ナミはたぶん、そういったことでゴールデンブリッジ周辺の景色に感動したんじゃないだろうか。 あ、そうそう。 ゴールデンブリッジっていうのは、ハナダシティの北にかかっている橋のことだ。 名前のような大層な橋じゃないけど、ハナダシティと郊外を結んでいるだけあって、人通りはかなりのもの。 北東にある岬のデートスポットとかっていう場所へ向かうのには必ず通るから、そんな大層な名前がついたんだろう。 オレには大して関係のない場所なんだけども…… 花を見に行くんだったら、通ることになる。それくらいの予備知識があっても、別に罰当たんないだろ。 と、ゆーワケで…… 標識に従って歩いていくと、ポケモンセンターはすぐに見えてきた。 「ジョーイさんに聞いてみよっ♪ あの花、なんて名前なのか」 「…………」 ナミはウキウキ気分だ。 ホントに、ジム戦のこと考えてるんだろうか? 良くも悪くも『つかみどころのない性格』だから……心の奥底では何を考えてるのか、オレにも分からない。 人間、表情に出てる部分だけが気持ちのぜんぶってワケじゃない。 オレだって表情に出さないけど、いろいろなことを考えてる。 人に言えないようなことの方が多いんだけど…… ナミも、きっとそうなんだろう。たぶん。 とはいえ、ジム戦はこれで二度目だけど、今度はどんなポケモンを出してくるんだろう。 どんなジムリーダーがどんなポケモンを出してこようと、オレたちはそれに対して全力でぶつかっていき、勝つだけだ。 小手先の詮索なんてしないけど、気になるってのが本音だよな。 ハナダシティは花の都とも言われる街だから、ジムリーダーは草タイプのポケモンを使ってくるんだろうか? なんて勝手な想像が少しずつ膨らんでいくけど、途中で消した。 相性の悪い相手に勝つ手札なら用意してあるんだ。 それに、仲間に加わったリッピーやラズリーの実力も知りたい。 たった一度のバトルでも、やるべきことは山積みなんだ。 いちいち考えてたら、それこそ上手くいかなくなってしまう。 だから、深く考えるのはやめよう。 ナミは緊張感のない顔で、ニヤニヤ笑みなど浮かべている。 大方、花見のことばっか考えてるんだろう。リラックスするって言う意味じゃ、いいのかもしれないけど。 あまりに張りがないというのも考え物だ。 どうせオレが先に行くんだから、リラックスする時間は十二分にあるんだ。 全力投球。それがトレーナーとしてのオレの使命。たった一つのやるべきことだ。 考えをまとめ終えるのと、ポケモンセンターの自動ドアをくぐるのはほとんど同時だった。 涼しい風が吹き込んできて、気分が少し変わった。 ポケモンセンターの内部は他のところと同じでスッキリしていた。 ニビシティほど寂れちゃいないけど、トキワシティほど混み合っているワケじゃない。 「は〜い、どいてどいて〜!!」 カウンターに目をやり、カルテにペンを走らせているジョーイさんの姿を認めた瞬間、横手から声をかけられた。 思わず振り向くと、そこにはオレンジ色のショートヘアーを強引に左右で結んでいる少女が大股で歩いてきた。 あれ……? 勝気な目つきと表情に、見覚えがあるような気がする。 美しいっていう言葉より、可愛いって言う言葉の方が似合う少女だ。年頃はオレと同じくらい。 オレがいろいろと考えてるのをよそに、少女はオレの前で立ち止まると、頬をむすっと膨らませて、 「ちょっと、どいて!!」 「あ、ああ……」 すごい剣幕で怒鳴られ、オレはさっと横に退いた。 ……って、いきなり怒鳴らなくてもいいじゃないか。 その言葉を言い出すよりも先に、少女は不機嫌そうに肩を怒らせ、閉まった自動ドアの向こうへと消えていった。 「な、なんだったんだ、今の……?」 ポケモンセンターに入ったと思ったら、いきなり怒鳴られて退かされるし。 「なによ、今の娘(コ)!!」 唖然としているオレを尻目に、ナミは珍しく怒りを表情に出して、声を荒げた。 「アカツキに『どいて!!』なんてさ……生意気ったらありゃしない。ねえ、そう思うでしょ?」 「さあ……」 こっちも今ひとつ面白いことになってるんですけど。 ナミが怒るなんて、とても珍しいことだ。 お花畑も火事になることがあるんだな。意外と…… 入り口に立っててジャマだってのは分かるけど、何も怒鳴らなくてもいいじゃないか。 気分が昂ぶってるのか、単に性格がキツイだけなのか、それは分からないけど。 勝気な表情は取り繕ったモノじゃない……それだけは確かだ。 「今度会ったら、タダじゃ済まさないんだから」 「分かったから、少し落ち着けよ。ここ、ポケモンセンターなんだからさ」 「うん」 勝手にリベンジを誓ってるナミに、場所を弁えるように言う。 ポケモンセンターはポケモンの病院みたいな場所だ。人間のためじゃなく、純粋にポケモンのための施設。 そんなところで騒げば、それだけで追い出されてしまう。そこは人間の病院と同じだ。 「部屋、取っとくぞ」 「オッケー」 早速部屋を取りに、ジョーイさんの元へ小走りに急ぐ。 コツコツという靴音に、ジョーイさんは弾かれたように顔を上げた。 そこにはいつもどおりの笑顔。 いつでも笑顔で接してくれるのはうれしいけど、人の見てないようなところでも同じような笑みを浮かべてると想像すると、なんだかコワイ。 まあ、それはないと思うけど。 「ジョーイさん。今晩一泊していきたいんですが」 「お二人さんね? 部屋はどうします?」 宿泊名簿をパソコンに打ち込むジョーイさん。 「もちろん分けて……」 「一緒で〜♪」 オレが口を開くよりも早く、ナミがオレの腕に絡みつきながら陽気な声を上げた。 うわ、いきなり何しやがるこいつッ!! 「はあ? 何言ってやが……」 思いッきり抗議の声を上げるも、 「分かりました。ご一緒なのですね」 ジョーイさんは聞かなかったフリを貫き通してくれた。 もちろん、うれしくもなんともないけど!! 深まった口元の笑みが如実に物語っている。 一緒に仲良くやってくださいね――なんてさ、冗談じゃねえっ!! 胸中では豪華絢爛な嵐が…… 「では、二階で一番見通しのいいお部屋を用意いたします」 「うえぇ……」 抗議の後半で、半ば無意識にこぼれ出てきたのは呻き声だった。 なんで女って、そうやって男の知らぬうちに無言で結託してるわけ? オレ、別にイヤとかそういうワケじゃないんだけど、だからって毎日毎日ナミと同じ部屋で寝泊りすると思うと、 なんだか気が気じゃなくなるんだ。 最初の数日はそれでもよかったけど、ニビシティを出たあたりからはとても……なんでだか分かんない。 でも、心臓がばくばくとすごいビートを刻んでるんだ。 毎日毎日そんな想いするんなら、いっそ別々の部屋で過ごした方がよっぽどマシなんだけど、もう遅すぎた。 カードキーが発行されちまったから。 それは、宿泊名簿にオレとナミが一緒の部屋に泊まるってことを意味してたんだ。 今さら変えたって、たぶんナミが怒り出すだけだな。 さっきの尋常じゃない様子を見れば、危険を冒してまで別々の部屋にしようという気が萎えてくる。 もうあきらめよう。 人生、あきらめが肝心ってこともあるからさ。使い方、間違ってる? 「はい、どうぞ」 「あ、どぉも……」 オレは震える手で、差し出されたカードキーを受け取った。一日限定で使えるカードキーだ。 何かの記念に取っとけとかいう意味だったら…… うわぁ、考えるだけで嫌な気分になっちまうよぉ…… でも、こうなったら気分を変えて、ジム戦に挑むって気持ちにならなくちゃな。 少しでも衝撃(ダメージ)を軽くするためには有効な手段だ。 「さ、行こうね」 「はいはい」 ナミに腕を引っ張られ、オレは引きずられるようにして部屋へ向かった。 ロビーのイスに腰を下ろしてる人のほとんど全員が奇異の眼差しを向けてきているのが、痛いほど分かる。 ちくしょう……次は絶対に別々の部屋にしてやる!! オレはリベンジの炎を胸中で轟々と燃やしながら、部屋へと向かった。 階段の半ばに差し掛かったあたりで、ナミの腕を振りほどく。 気のせいか深まったナミの笑みを見ないフリで部屋に到達する。 「いやぁ、疲れたねぇ」 白々しいセリフと共に、ナミは窓を開け放って、傍のイスに深々と腰を下ろした。 さっきは全然疲れてるように見えなかったんですけど。 なんて、ツッコミを入れてやりたいところだけど、そうするとさっきの悪夢が蘇りそうだったので、止めといた。 「はあ、疲れるよな、まったく……」 今すぐにでもジム戦に行きたい気持ちはある。 でも、さっきのやり取りで激しく疲れた。 最悪だ……気分は今にも沈みそうな豪華客船のように最悪だ。 オレは救いを求めるようにベッドに転がり込んだ。拍子でリュックが枕にぶつかったけど、気にしない。 いきなり少女に怒鳴られた上、強制的に退かされるわ、ナミのせいで一緒の部屋で寝泊りすることになるわ…… 本気で最悪だぞ、これは。 旅先でクロネコが目の前横切ったのと同じくらい、いや、それ以上かもしれない。 こんな心理状態でジム戦に挑むなんて、よくよく考えれば玉砕覚悟で負け戦に臨むようなもの。 病は気から、という言葉と同じような感じで、バトルだって気持ち次第でいくらでも変わっていくものなんだ。 だから、今の気分じゃどんな相手にだって勝てないかも。 少しでも気分を切り替えなくちゃいけないんだ。 「ナミ」 「なあに?」 窓辺でそよ風を浴びて優雅(?)に佇むナミに、オレは言った。 「一時間くらい経ったら起こしてくれ。オレ、ちょっと寝るよ」 「うん、わかった」 「頼むぜ」 オレは大きく息を漏らすと、目を閉じた。 少しでも気分を変えるには、やっぱり時間の経過が一番だ。時が解決してくれるはずだ。 窓から吹くそよ風はとても涼しく、心なしか汗ばんだ肌を優しく撫で過ぎて行くようだ。 あっという間に意識が溶けていった。 一時間後。ナミはちゃんと起こしてくれた。 目覚めは爽快だった。結構良く眠ってたみたいで、さっきのことは思い出しても気分が悪くならないくらいだ。 これならジム戦に挑んでも大丈夫そうな気がする。 リュックを背負い、腰のモンスターボールを三つ確認して、ベッドを降り立つ。 「よし、ジム戦行ってくる」 「頑張ってね」 「おう!!」 ナミの笑顔と声援を背に受けて、オレは部屋を後にした。 さて……今回はどんなジムリーダーなんだろう? 戦うべき相手の姿を勝手に想像するけど、それだけで血が湧き立つような気持ちになってくる。 戦いたい、戦って勝ちたい……そんな想いにいつしか至っていた。 どんな相手だろうと、オレたちは勝つんだ。 夢を叶えるんだ、こんなところで躓いてなんか、いられない!! カントーリーグに出るのはトレーナーとしての力量を高めるため。 それに、オレはブリーダーでもある。 旅の中でいろんなポケモンフーズやポロック(ポケモンのお菓子みたいなもの)を作って、ラッシーたちを喜ばせたい。 トレーナーとブリーダーの道を究めるのは簡単じゃないけど、だからこそ遣り甲斐ってのを見出せるような気がするんだ。 やる気の炎を燃やしながらポケモンセンターを出ると、すぐに標識が目に入った。 『ハナダジム、こちら→』 本気で分かりやすい案内に従って五分ほど歩くと、道の先にでっかい建物が現れた。 ジュゴンっていうポケモンを看板のように掲げて、サーカスのテントを思わせるようなピンクの屋根をしているその建物が、ハナダジムだ。 ジムとしての用途のほかに、水中ショーを披露しているらしい。 すれ違った人の会話を耳に挟んだんだけど、今は美人三姉妹とやらが不在とかで、 ハナダシティの隠れた名物になっている――っていうか、公然の秘密って感じらしいけど――水中ショーはお休みしている状態なんだって。 言い換えれば、ジムとして存在してるってことさ。 ジムリーダーと美人三姉妹とやらがどんな関係かは知らないけど、ジムとして営業してるってんなら、 挑戦するのがトレーナーとしての性じゃないか。 ま、そーゆーワケで…… 固く閉ざされたジムの扉の前に立ち、インターホンを押した。 「は〜い、ハナダジムのジムリーダー……またの名を、おてんば人魚のカスミで〜すっ!! 何か御用ですかぁ?」 スピーカーからは、やたらと元気のいい声が返ってきた。 ……はて? どこかで聞いたような声なんだけど……気のせいだろうか? 含むところがあって考えていると、 「あの〜、冷やかしは遠慮してね〜。あたし、マジでチョ〜忙しいから」 なんかいきなり話を打ち切られそうになったんで、オレは慌てて用件を告げた。 「ジム戦!! ジム戦に来たんです。受けてもらえるんですよね!?」 「もちろん!! 挑戦者はいつでも歓迎するわ!! ってワケで少し待っててちょーだい。今行くからね」 ぶちっ。 耳障りな音を立てて、会話は途切れた。 乱暴に受話器を叩きつけたのかどうかは分からないけど、急いでるってのは分かるな。 忙しいって割には、ジム戦という話を持ち出した途端、やけにやる気になってたりするあたり、やっぱりジムリーダーなんだなって思うよ。 だけど…… おてんば人魚って一体なんだろう? 別名ってヤツなのか? ……にしては、自分で名乗ってるあたり、怪しいモンだよな。 何より気になるのが、カスミって名乗ってたところだ。 声は紛れもなく少女のものだ。それも、声変わりしてない。 オレたちと同じ年代なのは間違いないんだろうけど……それでジムリーダー務めてるのって、規約とか何とかに違反してないんだろうか? カスミ。カスミ……? はて? どっかで聞いたことのある名前なんだよ。 えっと、確か…… 思い返していると、カチッと音がして、扉が左右に押し開かれた。 現れたのは、ノースリーブのシャツに短いズボンという出で立ちの少女だ。 簡素な服装でまとめているのは、見た目よりも機能性を重視しているからなんだろう。 「は〜い。挑戦者(チャレンジャー)さん。あたしがハナダジムのジムリーダーにして、人呼んで、おてんば人魚のカ……」 『あーっ!!』 それなりに決まったポーズを取って、半ばまではいい感じで言葉を紡いでいたけど、 オレと彼女はほとんど同時に声を上げて互いを指差しあった。 見覚えのある顔。聞き覚えのある名前。 間違いない。こいつは…… 「あんた、さっきポケモンセンターの入り口であたしのジャマしてた!!」 「だからっていきなり怒鳴ることはないだろ!?」 「まあ、過ぎたことは忘れたわ」 「あ、そう……」 互いに一頻り罵り合い――それが急に虚しくなって、すぐに口を閉じた。 ……ってヲイ一体なんなんだ? 開口一番いきなり怒鳴るなんて。どうかしてるよ、オレ。 「まさか、あんたがチャレンジャーだなんてね」 「そりゃこっちのセリフだ」 すかさず言い返す。 オレだって、まさかポケモンセンターの入り口でいきなり怒鳴ってきたヤツがジムリーダーなんて、思いもしなかった。 「でもさ、そういえばあんたの顔、どっかで見たことあるような気がするんだけどねぇ」 少女――カスミは顔を近づけてきた。 舐め回すようにオレの頭から足まで見つめてくる。 一体なんなんだか…… 正面きって怒鳴るワケにもいかず、オレは向こうからのアクションを待つことにした。 下手に口を挟めば、逆に何倍にもして返されるかもしれないと思ったから。 「うーん、どこだっけ?」 一通り見つめてきた後で、人差し指を口元に当てて考え込む。 「…………」 こっちはジム戦しに来たってのに、どうしていきなりこんなことになってるんだ? どぉ考えても、これはジム戦しようっていう雰囲気じゃないぞ。 「どっかで会ったことあるような……うーん、えーと……」 「…………」 思い出せないらしい。自分の記憶力の乏しさに苛立ってるのか、爪先をコツコツと鳴らしている。 あー、もぉ、じれったい!! 待つのに飽きて、オレは声を荒げた。 こんなところでのんきに世間話なんてやってる暇ないっつーの!! 感情を爆発させ、一気に早口で捲くし立てた。 「君とはマサラタウンのオーキド研究所で会ったことがある!! サトシがカントーリーグ終わって帰ってきた頃だ!!」 「ををっ、思い出した!!」 皆まで言わせてから思い出すなよ。 本気でツッコミ入れてやろうかと思ったけど、それすらも億劫に感じるオレって一体……やっぱり、どうかしてるな。 カスミは一歩下がると、ビシッと指を突きつけてきた。 「あんたは確かにオーキド研究所にいたわね!! 確か、庭のポケモンにご飯あげてたわ!!」 「そうそう。やっと思い出してくれたんだ……長すぎ」 「あんた、なんであんなとこにいたの!? 研究所の関係者!?」 「そうじゃなきゃ食事なんてやってない。サトシからは……なにも聞いてないみたいだな」 「サトシとは知り合いなの?」 さっきまでの勢いはどこへやら。 サトシって名前を聞いた途端、きょとんとした顔になった。 勢いはどっかへ流しちまったようだ。 もしかして、これって…… 想像が膨らむよりも、カスミが言葉を足してくる方が先だった。 「あんた、サトシの何!?」 「幼なじみと言ったら? って、そうなんだけどさ」 「へぇ〜、あんた、サトシの幼なじみなんだ。サトシ、今頃ホウエン地方を旅してるんだってね」 「らしいな。オレにはあんまり関係ないけど」 「幼なじみにしては薄情ね」 「否定はしないよ」 お互いに口元に浮かべるは不敵な笑み。 なんか、いつの間にかやる気モードになってるし。オレも、カスミも。 やっぱりそうだ。 カスミはサトシのこと……いや、オレには関係ない。 他人のことなんてさ……ハッキリ言って、こういう類のことはどーでもいいんだ。 「って、そんなことは関係ないだろ。それよりもジム戦、受けてくれるんだろうな? 一応、ジムリーダーなんだろ?」 「もっちろんっ!! あたし、こう見えてもハナダジムのリーダーだし? 世界一周旅行になんて出ちゃった裏切り者のお姉ちゃんの代わりに……ううん、その分もジムリーダーを務めなくちゃいけないんだもの!! だから、誰の挑戦でも受けるわっ!!」 「んじゃ、決まりだな。早速フィールドに案内してもらおうか」 「ついてらっしゃい!! ギャフンと言わせてやるわ!!」 女の子とは思えないような荒い鼻息を漏らすと、カスミは挑発的な笑みを浮かべて、バトルフィールドに案内してくれた。 扉をくぐった先にはゲートがあり、その向こうに通路が続いている。 券売機に改札みたいなゲート。 まるでどこぞの駅みたいだ。 チケットを買って改札に入れると、ゲートが開いて中に入れるって仕組みか。 水中ショーのために作られたような、そんな感じがするんだな。 通路は十メートルほどで終わり、唐突に視界が拓けた。 天井から燦々と降り注ぐ無数のライト。巨大な水槽が中央にでんと広がっていて、その周囲にすり鉢状に客席が広がっている。 なるほど…… 周囲を見渡し、オレは悟った。 ここはジムのバトルフィールドであり、水中ショーのステージでもあるってことか。 もっとも、今は水中ショーが中止されているから、観客席には薄い埃が積もっている。使わないんだから掃除する必要もないってワケか。 ま、どーでもいいけど。 「さ、あそこがハナダジムのバトルフィールドよ!!」 腕を広げ、バトルフィールドを示すカスミ。 水槽には水が張られていて、色とりどりのボードが浮島のようにポツリポツリと浮かんでいる。 左右に一つずつと、その間に点々といくつか。 左右のボードにトレーナーが陣取るってワケか。要するにそこがスポット。 水のフィールドを張り巡らせているところを見ると、ここの専門は水タイプと見て間違いない。 草タイプのラッシーには有利……と言いたいところだけど、実際はそうも言い切れない。 なんて、水のフィールドでどうやって戦うか考えていると、 「ってワケで、早速はじめましょ!! あたし、バトルは大好きなんだから!!」 「オッケー」 オレは応じると、カスミに指示されたとおり、右のスポットへと向かった。 その間に、考えを進める。 水のフィールド……ジムのフィールドというのはそれぞれ異なっている。 大抵はジムの特色(使ってるポケモンのタイプとか)を表しているんだ。 ニビジムが岩ゴツゴツの殺風景なフィールドだったのは、ジムリーダーであるタケシが岩タイプのポケモンを使っているから。 たぶんここも同じはずだ。水タイプのポケモンでなければ、水の中に入って戦うことはできない。 つまり、カスミは水タイプのポケモンを使ってくるのは間違いない。 有利なタイプは草と電気。 水タイプのポケモンは弱点が少なく(草、電気)防御的にはかなり恵まれている上に、攻撃面でも効果抜群となるタイプが多い。 炎、岩、地面……およそ主力となるポケモンが多いタイプに強いんだ。 攻撃面、防御面でもそれなりに強いタイプなんだけど、水タイプのポケモンの真価が如何なく発揮されるのが、水中戦。 水タイプには泳ぎが得意なポケモンが多いから、水に潜ってしまえばスピードが上がる。 水に入れないポケモンの方が実際は多いから、フィールドを自由に動き回れるという点では圧倒的に有利なんだ。 相性ではラッシーが有利なんだけど、自由に動き回れないフィールドでは、相性の良さだけを活かして勝つのは難しい。 点々と浮かんでいるボードは見た目と同様に不安定だろうから、蕾を背負って動きにくいラッシーが飛び移るのはまず無理。 ……となると、初期位置で動かずに戦うというのが一番なんだろうけど、移動できないってのは、狙い撃ちされているのと同じだ。 でも……やるっきゃない。 ジムにはそれぞれのルールがあるんだ。 それを乗り越えてこそ、リーグバッジを手にするトレーナーに相応しい。 なら、オレはそのトレーナーになってやるだけさ。 相手が誰だろうと、どんなフィールドだろうと関係ない。 勝つ!! それしか今のオレには考えられないんだよ。 水槽の縁からスポットに飛び移る。 着地の時に一瞬だけ揺らいだけど、トレーナーの立つスポットだけは鉄鎖で水槽の両端に繋ぎ止められている。 よっぽど激しく動かない限りは落ちる心配はない。 反対側のスポットでは、すでにカスミがスタンバイしていた。 余裕の笑みなんて浮かべて、腕組みなんてしてやがる。 使い慣れたフィールドだから、それを利用すれば相性の悪い相手でも勝てるって思ってんのか? ま、それならそれでもいいさ。 どっちみち、有利なタイプのポケモンで戦わなくちゃ戦況は厳しそうだし。 「んじゃ、ルールを説明する前に……あんたの名前、聞かせてもらいましょうか!!」 「アカツキ。マサラタウンのアカツキ!!」 「オッケー、アカツキね。んじゃ、ルールを説明するわ!!」 声を張り上げ、カスミはルール説明を始めた。 「使用ポケモンは二体。 二体とも戦闘不能になるか降参するまではバトル続行よ。 ポケモンのチェンジはあんたにだけ認められる。 言うまでもないけど、時間は無制限。 この水槽のすべてを利用して構わないわ!! 質問は!?」 「ない!!」 「オッケー。なら、あたしのポケモンは……」 特にルールで変わったところはない。 ただ、水槽を自由に使えるという点だけは特異だけど、使いこなす術がオレにない以上、注目する必要もないんだろう。 カスミは腰からモンスターボールを引っつかみ、投げ放った!! 「行くわよ、パウワウ!!」 パウワウ…… その名前を心の中でつぶやくのと、モンスターボールの口が開くのは同時だった。 宙に浮いたボールから飛び出してきたのはアシカのようなポケモンだ。 ちょっとした角と牙を生やしている以外はどこをどう見ても真っ白なアシカ。なんでだか分かんないけど、犬みたいに舌を出してたりする。 と、そのポケモンの情報が脳裏に浮かんだ。 パウワウ。あしかポケモン。 真っ白な体毛に覆われた皮膚は分厚くて丈夫。零下数十度でも活動できる。角は小さく見えて、意外と強力なんだ。 ぷかぷかと浮いているパウワウは、つぶらな目をぱちくりさせてオレを見つめてきた。 パウワウか…… 水タイプのポケモンだ。 アシカというだけに、もちろん泳げる。 このフィールドでは機動性に優れているだろうから、単純なスピードで上回るのはほぼ不可能。 この際、それは度外視してバトルに挑むしかないと、改めて思い知らされる。 意外とややこしいフィールドなんだな、ここは。 パウワウは水タイプの技のほかにも、氷タイプの技も使える。 このパウワウが使えるかどうかは分からないけど、使ってきたら厄介なことになる。草タイプのラッシーは、氷タイプの技に弱いから。 でも、食らわずに済む方法はいくらでもあるんだ、そんなに慌てなくてもいいだろう。 「さ、あんたのポケモンを出しなさい!!」 ポケモンを出すように催促してくるカスミ。 オレがいろいろと考えめぐらせてるのが気に入らないんだろうか。どことなく目尻が吊り上がってるように見える。 とはいえ……リクエストされなくたって、ちゃんとポケモンは出すさ。 オレは腰のモンスターボールを手に取ると、頭上に掲げて中にいるポケモンの名を口にした。 「ラッシー、出番だ!!」 その声に応えるようにボールは口を開き、中からラッシーが飛び出してきた。 着地した先はオレに一番近いボードだ。 「そ、ソーッ?」 あんまり大きくない足場に、ラッシーは戸惑いを隠しきれない様子。 まあ、無理もないんだけど、そこはガッツでなんとかしてもらうしかない。 下手に動けば足場が揺れて水中に放り出される危険が高い。 なるべくラッシーを動かさないような戦い方を考えなくちゃいけないな。 幸い、草タイプの技は飛行タイプやノーマルタイプの技と違って、その場から動かなくても放てるものが多い。 それらを中心に作戦を組み立てるのがベターってところなんだろうけど…… 「へぇ……」 カスミはどこか落ち着きのないラッシーを見つめる目を細めた。 それはどこか小馬鹿にしているようにも見えたけど、たぶん気のせいだろう。 「ラッシー。慌てるなよ。大丈夫、絶対勝つんだからな」 「ソーっ」 激を飛ばすと、ラッシーは戸惑いを吹っ切ったように堂々と構えた。 「フシギバナね。水タイプのパウワウに草タイプなんて、相性どおりの戦い方ね」 「セオリーだろ、これくらい」 「なら、セオリーで勝てるとは限らないってことは知ってるんでしょ?」 「たまには……な」 「ふふん……」 カスミは鼻で笑った。 どんなポケモンが来てもビビってない。相性が不利でも、勝てる自信があるからだろう。 単なる強がりじゃないと感じるには十分な表情だった。 自分のポケモンに絶対の自信を持ち、このフィールドならどんな相手でも倒せると確信しているからこその自信だ!! なら、こっちもそれ相応の覚悟で挑まないと、勝てないんだろうな。 サトシと旅をしてきて、いろいろと見てきたんだろう。 単純に旅をしていた年月を比べるなら、カスミの方に分がある。 様々なバトルだってこなしてきたはずだから、キャリアではとても勝てない。 でも、ポケモンバトルはキャリアなんて要素の一つ。 バトルに『絶対』なんてないんだから。 「ジャッジはいないけど、別に構わないでしょ?」 「構わないぜ」 「オッケー。なら、先手はあんたに取らせてあげるわ」 余裕のつもりか? それとも攻撃を誘って、反撃でどうにかするつもりか? どちらとも取れないが、どちらでもいい。余裕のつもりなら、その鼻っ柱、叩き折ってやる!! オレはぷかぷかと浮いているパウワウを指差して、ラッシーに指示した。 「ラッシー、蔓の鞭!!」 「フッシーっ!!」 ラッシーは鋭い声を上げると、背中から二本の鞭を打ち出した!! 撓ることなくまっすぐに伸びて、パウワウへと向かって一直線に突き進んでいく!! カスミの笑みが深まったのをオレは見逃さなかった。 ――やっぱ、攻撃を誘ってからどうにかするつもりだったか…… 「パウワウ、水に潜って避わすのよ!!」 予想通りの指示だ。 パウワウは水中に身を潜めると、伸び来た蔓の鞭からあっさりと逃れた。 水に潜れば蔓の鞭も葉っぱカッターも届かない。 なるほど、フィールドの特性とポケモンのタイプを最大限に利用した防御方法だ。 効果が重なると、ますます侮れない。 厄介なフィールドでどう戦うか考えていると、カスミの指示が飛んだ。 「水の波動!!」 同時に、パウワウが動く!! 水中なら自在に動けるんだろう、オレの予想を上回るスピードで迫ってくると、水面に顔を出して、口を大きく開いた!! ぱぶるるるるるっ!! その口から渦巻く水流が飛び出した!! 水の波動……超音波を含んだ水の流れをぶつけられた相手は時々混乱してしまうという、攻撃と状態異常が一体となった技だ。 さすがにジムリーダーだ。厄介な技を覚えさせてやがる。 でも、それをおとなしく食らうつもりはない!! 「ラッシー、右に少し動いて避けろ!!」 ラッシーは言われたとおり、右に少しだけ動いた。 刹那―― ぶおっ!! 水流がすぐ横を貫いた!! まともに食らったところで、ラッシーならそれほどのダメージは受けないだろう。 でも、追加効果の混乱を受けると、正直痛い……むしろ、混乱の方が恐ろしいくらいだ。 下手に混乱して水槽にダイビングされたら、かなりヤバイ。 さて、反撃は…… 「潜って!!」 再びパウワウが水中に身を潜めた。 攻撃の瞬間だけ頭を出して、攻撃が終わったら反撃を受けないように水に潜る……ヒット・アンド・アウェイって言われてる戦法だ。 確かにこれは厄介だけど、大量の水があればこそ。 言い換えれば、水さえなければ、パウワウは身動きが取れなくなるから、狙い撃ちすることも可能。 とはいえ、これほど大量の水を短時間で蒸発させることは難しい。 バトルの最中に継ぎ足すってことはしないんだろうけど……それを差し引いても厳しい選択だ。 あと、水中に身を潜めたパウワウにダメージを与える方法ならある。 こちらも水中戦を挑んで、ガチンコ勝負する方法。 でも、オレは水に潜れるポケモンを持ってないから、それは無理。 あとは、電気タイプの技を水槽にぶち込む方法。 水は電気を通すから、パウワウがどこにいてもダメージを与えられる。 一番確実な方法だけど、電気タイプのポケモンがいないから、これも無理。 ここは地道にでも、隙を探るしかないか…… 「冷凍ビーム!!」 「……!? 氷タイプの技、しかも冷凍ビームだと!?」 轟くカスミの指示に、オレは息を呑んだ。 まさか冷凍ビームまで覚えさせてるってのか!? パウワウはいつの間にかラッシーの右斜め前の位置に顔を出すと、口から輝くビームを発射した!! 冷凍ビーム……言うまでもなく、ラッシーが苦手としている氷タイプの技。 効果も、言うまでもない。 ラッシーが咄嗟に身を屈めると、その頭上を冷気のビームが行き過ぎた!! 冷気のビームは壁に突き刺さると、その部分を中心に、数十センチ範囲を氷に閉ざす。 冷凍ビームを受けると氷漬けになる。 直接的なダメージもかなりのものだけど、氷漬けになれば、自力で脱け出さない限り戦闘不能の扱いになる。 長く眠り状態にいるのと同じ要領だ。 さては、状態異常で撹乱する作戦に出たか!? 水の波動といい、冷凍ビームといい…… パウワウは再び水に潜った。 攻撃の瞬間だけ顔を出して、安全圏に隠れて反撃をやり過ごす。 オレがカスミだったら、たぶん同じことをしてたはずだ。 それ、なにげに一番厄介な方法。 攻撃も状態異常を軸に据えているあたり、苦手なタイプというのを想定しているのは間違いない。 タケシとはまた違った意味で厄介な相手だ。 「うふふっ。文字通り、手も足も出ないってカンジね!!」 カスミは嫌らしい笑みを浮かべて言い放った。 オレをバカにしてるんだろうけど…… あいにくと、そんな安っぽい挑発には乗らない。いくら積まれたって同じことさ。 反撃を受けないという、絶対的優位に立っているからこその余裕だろう。 でも、その余裕が命取りになる。 調子に乗ってるヤツって、大概余裕ぶっかましてるところに隙を作り出すんだ。 ……ちょうどいい、短期決戦に適した策を思いついた。 今回こそ鼻っ柱、へし折ってやるぜ。 「サトシの幼なじみって割には、大したことないわね!!」 「ラッシー……」 余裕で口上かましてるカスミは無視。 オレはかすかに波打つ水面を指差し、ラッシーに指示を下した。 「ヘドロ爆弾」 「へ……?」 オレの指示を理解しかねたのか――カスミは笑みをそのままに、凍りついた。 ラッシーはオレの指示どおり、口から体内の毒素を爆弾のように凝縮して吐き出した!! 見た目こそすっげぇ汚いけど、ラッシーはもともと毒タイプも持ってるんだ。 だから、毒タイプの技は得意だ。相性的に有利なのが草タイプだけなんで、あんまり使わせることはないんだけどな。 黒々と染まったヘドロ爆弾が水面を突き破って水中に入り込むと、じわじわとその黒が広がっていく。 墨をたっぷり染み込ませた筆を水の中に入れた時に、黒い色が水の中に広がっていくのと同じように。 「よし、連発!!」 ラッシーはヘドロ爆弾を連打した。 澄んだ水の色が、工業廃水を垂れ流しにしたような感じに黒々と染まっていく。 「って、あんたドサクサに紛れて何やってんのよ!?」 カスミの顔が憤怒に染まった。 そりゃ、気持ちは分からなくもないけど……なにせ、自慢のバトルフィールドである水槽を汚しまくってるんだから。 でも、バトルフィールドのすべてを利用してもいいという大原則は、ポケモンリーグ本部が定めたものだ。 つまり……これは反則でも何でもない。 怒られるようなことではあるんだけど……それを理由にオレを反則負けにすることはできないのさ。 「見て分かるだろ。パウワウが……水に潜れないようにしてるだけ」 「って、よくもやってくれたわねぇぇっ!? パウワウ、止めさせるのよ、冷凍ビーム!!」 カスミが完全に怒り心頭になった頃には、すでにフィールドの半分…… とまではいかなくても、かなりの部分が薄汚いヘドロによって黒々と染まっていた。 表面上だけと言っても、時間が経てば毒素が水に染みこんでいく。このままだと、パウワウは水中にいられなくなる。 オレが狙ってるのはそこなんだ。 『まともな水』なら、パウワウは苦にもしないだろう。 でも、毒素に染まった水なら? パウワウでなくても、いられなくなってしまう。 そうすれば、水に潜っていたところで徐々に毒に蝕まれていくだけ。 反撃こそ受けないけど、体力を削り取られてしまうという状況を作り出せる。 誰かさんが余裕でベラベラ調子乗ってしゃべりまくってる間に、攻略法をちゃんと見つけ出してたんだよ、オレは。 すげーだろ、とか自慢する気はないけどさ…… ばしゃーんっ!! 大好きな水槽の水を汚されているということで、パウワウも怒っているようだ。 水面から飛び出した顔はカスミと同じで怒りに染まっていた。 うわっ、ポケモンはトレーナーに似るって格言第二号!! 「パウワーウッ!!」 ボクの場所を汚すなと言わんばかりに声を上げると、パウワウは冷凍ビームを撃ち出した!! ……今だ!! 「ラッシー、マジカルリーフ!!」 今が最大のチャンス。 オレの気持ちを読み取ったように、ラッシーは背中から数枚の葉っぱを撃ち出した!! マジカルリーフ。 草タイプの技で、見た目は葉っぱカッターに似ている。 ただ、葉っぱカッターのように回転はしていない。風の流れに身を任せてそよぐ葉のように、見えない流れに乗ってパウワウに迫る!! 「避けろ!!」 飛来する冷凍ビームから、ラッシーは間一髪のところで身を避わした。 パウワウは『反撃』を受けない。 だけど、攻撃するのと攻撃されるのが同時なら、どうだろう? 毒だけじゃ保険としては心もとないから、多少の危険は承知で攻撃を仕掛けるしかない。 虎穴に入らずんば虎児を得ず……そんな言葉だってある。 だから、ここは腹を括ってでも攻撃に打って出るしかないんだ。 「ずいぶんと頼りない葉っぱね。そんなんであたしのパウ……」 ラッシーの『マジカルリーフ』はそんなにヤワじゃない。 カスミの言葉が終わらぬうちに、冷凍ビームを掻い潜ったラッシーの葉っぱがパウワウを直撃した!! 風の流れに乗って飛んできたような葉っぱだけど、パウワウには効果が抜群なんだ。 苦しげな顔で身体を仰け反らせると、パウワウは水の中へと消えていった。 「な、なんで!? ただの葉っぱなんじゃ……」 「誰も『ただの葉っぱ』なんて一言も言ってないぜ!!」 カスミは動揺してる。 ただの葉っぱにしか見えないラッシーの攻撃がパウワウに大ダメージを与えたということが信じられないんだろう。 だけど、おあいにくさま。 マジカルリーフは風にそよぐ普通の葉っぱに見えて、相手に『必ず命中する』草タイプの大技。 まあ『必ず命中する』けど、それで『必ずダメージを与えられる』かと言えば、そうでもない。 草タイプが弱点のポケモンならダメージは大きいってのは確かだ。 現に、パウワウにはかなりのダメージを与えられた。 水の中に消えてからは音沙汰ないけど、反撃の機会を探っているのか、それとも毒で体力を使い果たしているか……さて、どっちだろう。 「くっ……あんた、お人よしに見えて、えげつない手、使ってくるのね」 カスミは悔しそうな顔で、握り拳を震わせながらつぶやいた。 オレ、お人よしに見えるんだろうか? そんな自覚はあるはずもないんだけど。 「オレがお人よしだろうと、お人よしでなかろうと……」 帽子のつばをギュッと前に引き寄せ、オレは言った。 「今のオレはポケモントレーナーだ。トレーナーとして、ジムリーダーとしての君に勝つ…… そんだけだ」 「そう……なら、あたしもそれだけの覚悟、見せなくちゃね」 彼女の顔から悔しさが消えた。 吹っ切ったってことか……自慢のフィールドを汚されたことも。ぜんぶ? なら…… 「パウワウ、吹雪!!」 カスミの指示に、パウワウは槍のような勢いで水面を割って飛び出すと、猛烈な吹雪を吐きつけてきた!! 吹雪まで……氷タイプの最強の技だぞ!? 普通のパウワウじゃない!! 相当疲れているように見えるから、これが恐らくは最後の一撃。 それだけに、全力投球なのは間違いない。まともに食らったら、ラッシーでもさすがに辛い。 食らうわけにはいかない!! 「ラッシー、タネマシンガン!!」 ラッシーも口から無数のエネルギーの塊をマシンガンのように放った!! 吹雪とぶつかり合うタネマシンガン!! どちらも一歩も譲らない!! ラッシーも全力に近い威力を出しているはず。 これ以上の攻撃力アップは望めないところなんだけど、まだ手はある。 「成長!!」 刹那、ラッシーのタネマシンガンの威力が上がる!! 「――なっ!!」 カスミの驚愕の声と。 どぉんっ!! タネマシンガンがパウワウに炸裂するド派手な音が重なった!! 草タイプのエネルギーの塊に弾き飛ばされ、パウワウはカスミの背後の壁に叩きつけられた!! 「パウワウ!! くっ、戻って!!」 カスミはパウワウをモンスターボールに戻した。 『成長』によって威力を増したタネマシンガンはかなり効いただろう。 草タイプのポケモンだけが使える『成長』は、草タイプの技の威力を一時的に高める働きがある。 チリも積もれば何とやらという言葉がピッタリなタネマシンガンの威力を高めるのには一番なんだ。 「やるわね……あたしのパウワウ、結構自信あったんだけど……」 カスミはパウワウのモンスターボールを腰に差すと、ふっと息を漏らした。 サバサバした雰囲気で、さっきのようにフィールドを汚して怒りに猛っていたのがウソみたいだ。 まあ、気持ちの切り替えが早いってことなんだろうけど…… 「さっきあんたに言ったこと、取り消すわ!!」 「さっき……? ああ、別に気にしちゃいない」 ――サトシの幼なじみって割には、大したことないわね!! ホント、気になんてしてないんだ。 オレ自身……今の自分を大したことないって思ってるんだから。 親父から逃げるしかない自分。向き合うほどの強さがないから。 だけど…… 「だけどな、オレはサトシなんかには負けない。さあ、続けるぜ。次のポケモン、出せよ」 「いいわよ」 満足げに微笑むと、カスミは最後のポケモンが入ったモンスターボールを手に取った。 サトシには負けない。シゲルにも……ナミにも。他の誰にも。 今は負けてても、いつかは強くなって勝ってやるんだ。 そのためにも、今はジム戦に勝つことだけを考えてればいい。 「あたしの最高のパートナー……行くわよ、マイ・ステディ!!」 カスミがモンスターボールを高く投げ放つ。 キラめくライトが反射した瞬間にボールが口を開いて、ポケモンが飛び出してきた!! がぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!! 飛び出すなり獰猛な鳴き声を上げたのは…… 「ギャラドス!?」 オレは思わず声を上げていた。 刃物のように尖った眼差しが、呼び名どおりの『凶悪さ』を存分に見せ付けている。 凶悪犯ですら、このポケモンの威嚇を受ければたちまち竦み上がってしまうだろう。 凶悪ポケモン・ギャラドス。 青いヘビを思わせるような細長い身体。だけど、パワーは同じような体格を持つイワークとは比べ物にならない。 水タイプのポケモンだけど、様々なタイプの技を使いこなすんだ。 カスミがどれくらいギャラドスを育てているかにもよるんだけど、総合的なパワーではとても敵わない相手だ。 パワー不足の部分は、手数と戦術で補うとしても…… こいつだけは本気で厄介だ。最後の砦ってこのことを言うんだろうなって……そう思うよ。 どこでどうやってギャラドスをゲットしたのか……それも気になるけどな。 「さ、始めましょ」 「日本晴れ!!」 オレはすかさず指示を下した。 ラッシーが天を仰ぐと、窓の外から強い日差しが差し込んできた!! 瞬く間にバトルフィールドは汗ばむ熱気に包まれる。 「何をしたって、ギャラドスのパワーには敵わないわ!! ギャラドス、冷凍ビーム!!」 カスミの言うとおり、日本晴れを使ったところでギャラドスのパワーが落ちるわけじゃない。 ギャラドスは毒に塗れた水槽から脱け出そうともせず――あれだけの巨体だから脱け出そうにも脱け出せないんだろうけど――、 カスミの指示通り頭を擡げて、大きな口から冷凍ビームを発射した!! パウワウの冷凍ビームとは本気でケタが違う!! でも、直線軌道なら、話は別だ。 「ラッシー、避けろ!!」 ラッシーはさっと身を避わし、冷凍ビームの直撃を免れる。 そのすぐ傍に冷凍ビームが着弾し、周囲を氷に閉ざした。 このギャラドスは、カスミの切り札なんだろう。 ホントは別のポケモンを出してきたのかもしれないけど……それは気にしないことにしよう。 目の前の相手を倒すことだけ考えてればいいんだから。 「な、なに!?」 急にカスミの悲鳴めいた声が響いた。 というのも…… 水槽が湯気を立ててるんだ。 差し込んできた強烈な日差しで、徐々に水温が上がって、少しずつ蒸発していく。日本晴れで、今度は水槽の水を失くす。 とはいえ、温度が上がっているのは表面のみ。水槽の深部に熱が届くのには時間がかかってしまうだろう。 ギャラドスを相手にするのに、水があるのはかなり不利。 それはパウワウでも大して変わらないけど、単純な強さを比較すれば、ギャラドスの方がよっぽどキケンだ。 「水槽の水が……!! 今度は一体何を企んで……」 「ソーラービーム!! 連発!!」 カスミがうろたえている間に、オレはさらに指示を下した。 ラッシーが瞬時にチャージを終えて、ソーラービームを水面目がけて撃ち出した!! ばしゅっ!! ソーラービームが水面に突き刺さると、その部分の水があっさりと蒸発した。 一秒と間を置かずにソーラービームを次々と発射し、ラッシーは水槽の水を徐々に減らしていった。 「水を失くそうっての!? そうはいかないわ!! ギャラドス、火炎放射!!」 ソーラービームで水槽の水が半分ほど干上がった頃、カスミが握り拳をわなわなと震わせながらギャラドスに指示を下す。 火炎放射か……!! ギャラドスは口をさらに大きく開くと、炎を吐き出してきた!! 冷凍ビームに火炎放射と、実にマルチに覚えさせてるな…… どんなタイプのポケモンとでも渡り合えるように技の幅を増やすというのは、実はかなり有効な方法だったりする。 トレーナーが一般的に厄介なポケモンと思うのは、特定の能力だけが際立っているよりも、オールマイティに育てられたポケモンなんだ。 一体でどんなタイプのポケモンだって相手にできる。それほど厄介なものはない。 「ラッシー、火炎放射を消せ!!」 ラッシーは十発目くらいのソーラービームをギャラドスの炎目がけて撃ち出した!! 日本晴れの効果でソーラービームが瞬時に発動できるのはメリットだけど、火炎放射の威力が上がってしまうのがデメリット。 もちろん、何の考えもなしに一長一短の作戦を打ち出したワケじゃない。 カスミのように勝気な性格をしてれば、日本晴れで炎タイプの効果が上がったと分かれば、すかさず火炎放射を使ってくることだろう。 つまり、ギャラドスが火炎放射を覚えているかを確かめるという意味もあった、ってわけさ。 分かったところで、ソーラービームの力で撃退するに決まってるんだけど。 ソーラービームと威力の上がった火炎放射が真正面からぶつかり逢い―― ばしゅんっ!! 「なんですって!?」 カスミの悲鳴。 火炎放射を易々と突き破ったソーラービームが、ギャラドスの身体に突き刺さった!! 威力が上がった火炎放射だから、ソーラービームにも負けないと思ってたんだろうけど…… 残念ながら(?)、ラッシーのソーラービームは強力なんだ。 がぉぉぉぉぉぉっ!! ソーラービームをまともに受け、ギャラドスは身悶えた。 ギャラドスほどのポケモンでもかなりのダメージを与えられる……それが分かった。あとは…… 水槽の水は絶え間なく蒸発していく。 すでに当初の四分の一まで減少してる。身体の小さなポケモンでも走り回れるくらいだ。 湿気が100%に達してるんだろう、空気はジメジメして、服が身体にべっとり貼りついてるような感覚なんだ。 その上、鼻を突く臭いが周囲に充満していたり…… まあ、これはラッシーがヘドロ爆弾を水槽に打ち込んだ時の影響なのかなって思うけど、そんなの気にしちゃいられない。 「やるわね!! 水を失くしたその方法には感服するけど、あたしのギャラドスは水なんてなくても戦えるんだからね!!」 そりゃ見れば分かる。 カスミの言葉を受けなくても、ギャラドスが水のない場所でも戦えることくらいは知ってるんだ。 幾分か動きは制限されるだろうけど、やりようによってはいくらでも戦える。 「よし、ラッシー戻れ!!」 オレはモンスターボールを掲げると、ラッシーをモンスターボールに戻した。 「戻すの?」 呆気に取られた顔をするカスミ。このタイミングでポケモンチェンジをするとは思っていなかったんだろう。 ラッシーがソーラービームを撃ちっ放しにすればギャラドスを倒すことはできる。 でも、体力の消耗はかなり激しいはずだ。 ラッシーの体力が尽きてしまう可能性があるから、ここは温存しておいて、他のポケモンで少しでもギャラドスにダメージを与えておきたい。 ギャラドスはタフだからな……ソーラービーム連発でかなり体力を使っているラッシーで倒せるかどうか分からない。 調子に乗りまくって水槽の水を蒸発させたことにちょっとだけ後悔しちゃうけど、こうしなきゃポケモンチェンジなんてできない。 ラズリーもリッピーも、水の中では動けないんだから。 「ラッシー、後でまたバトルしてもらうからさ。今は少し休んでてくれ」 パウワウ、ギャラドスを相手に奮闘してくれたラッシーに労いの言葉をかけると、オレは次のモンスターボールを手に取り、 「ラズリー、行け!!」 水槽に投げ入れる!! ボールはカチンと音を立ててバウンドすると口を開き、中からラズリーが飛び出してきた!! 「クーン……」 ラズリーはすごい迫力を漲らせたギャラドスを前に、完全に萎縮してしまっている。 ヲイ、戦う前に負けててどーする!? なんて喝を入れる前に、 「あら、ずいぶんと気弱なイーブイね。 そんなんでギャラドスをどうにかできると思ってるワケじゃないでしょ?」 ラズリーがギャラドスに怯えているのを見て、カスミは口の端に笑みを浮かべた。 ラッシーとラズリーの落差が激しいからこその反応なんだろうけど……でも、ラズリーだってちゃんとバトルできるはずなんだ。 これがデビュー戦になるわけだけど……大丈夫。 ラズリーが使えそうな技は把握しているから。 「やってみなくちゃ分からない。ポケモンバトルの鉄則だろ?」 「まあね。でも……」 オレの言葉に、カスミは目を細めた。 口元の笑みが消える。 「どんな相手だっていつでも全力投球。それも、ポケモンバトルの鉄則よね?」 「まあな」 お互いやる気十分ってワケか。 「ラズリー、怯えるな!! 君ならできる!!」 オレの言葉に、ラズリーは弾かれたように振り返った。怯えを捨てきれない表情でオレを見つめる。 「恐れる気持ちは分かる。だけど、今は立ち向かう時なんだ。オレを信じろ!!」 「…………ブイっ!!」 ラズリーはどこか躊躇いながらも、凛とした表情で頷いた。 そして、ギャラドスに向き直る。 よし…… 「なら、行くわよ!! ギャラドス、ハイドロポンプ!!」 バトル再開のゴングを鳴らしたのはカスミ。 ……って、ラズリー相手にいきなりハイドロポンプで来るか!? いきなりの猛攻に、さすがのオレも目を点にしちゃったけど、んなことしてる場合じゃない!! 「ラズリー、体当たり!!」 オレの指示にラズリーが走り出すのと、ギャラドスの口から水のボールが飛び出してきたのは同時だった。 見た目こそボール状だけど、何かしら刺激を受けると、猛烈な水圧を周囲に撒き散らすんだ。 ハイドロポンプは水タイプ最強の技だけど、これも直線軌道。 避わすことだけなら、そんなに難しくもない。 ラズリーはギョッとしながらも、飛来した水のボールを避けてギャラドスに迫る!! ぶしゃぁぁぁぁっ!! その背後で、着弾した水のボールが猛烈な水圧を凄まじい水流と共に撒き散らす!! 間一髪のところで水流に巻き込まれずに済んだようだ。 いくらなんでも、ラズリーがあんなのをまともに食らったら、それだけで戦闘不能になりかねない。 ラッシーでもそれなりのダメージを受けるだろうから、ハイドロポンプは要注意だ。 「ブイっ!!」 ラズリーは意外と素早い動きでギャラドスに迫ると、がら空きの腹目がけて体当たりを食らわした!! おっ、なかなか戦るぅ〜!! 普段は臆病だけど、バトルになると豹変するんだろうか。 まあ、それほどの変化ではないにしても、ちゃんとそれなりにバトルをこなせると分かって安心できた。 「よし、次はギャラドスの背中に飛び乗って尻尾を振るんだ!!」 「残念だけど、ギャラドスには全然効いてないわよ!! 暴れて振り払いなさい!!」 カスミの指示が飛ぶ。 ラズリーはギャラドスの身体に飛び乗ると、オレに言われた通り、その背でひたすらに尻尾を打ち振った。 尻尾を振るという行為も、一応はポケモンバトルで認められている技なんだ。 相手の注意を逸らすことで防御力を低くする……どういう因果関係があるのかは不明だけど。 「ガーッ!!」 ギャラドスはラズリーが背中の上にいることを鬱陶しく思っているようで、カスミの指示がなくてもそうするつもりだったようだ。 激しく身体を動かして、ラズリーを振り落とそうとする!! 突然の揺れに、ラズリーは驚いて尻尾を振るどころではない。振り落とされまいと、必死にしがみついているような状況だ。 振り落とされたら、それだけで結構なダメージになるんだろうけど、逆に言えば、それはチャンスだ。 「ラズリー、ギャラドスに噛みつけ!!」 がぶりっ!! ラズリーがギャラドスに噛みついた!! ぎゃおぉぉぉぉぉぉっ!! ギャラドスの悲鳴がフィールドに轟く。 一層激しく暴れ、ラズリーを振り落とすことに必死だ。 ラズリーはギャラドスに噛みついたままだ。 振り落とされないように必死に牙を突きたててるものだから、ギャラドスが暴れるたびに牙が食い込み、ダメージが大きくなっていく。 カスミはどうやらそこに気づいていないようだ。 ラズリーの攻撃力自体はそれほど高くないんだけど、チリも積もれば何とやらという言葉もあるように、 少しのダメージでも積もり積もれば大きくなる。 シビアなバトルであればあるほど、そのダメージは無視できない。 もちろん、オレにとってジム戦ってのはシビアなバトルだと思ってるよ。相手の方がキャリアは上なんだから。 ラズリーとギャラドスの体力を比べれば、それはもちろんギャラドスの方が上に決まってるから、先に力尽きるのはラズリー。 オレだって、それくらいは分かってるんだ。 主戦力であるラッシーは体力を使っている状態。 少しでもギャラドスにダメージを与えるために、ラズリーにはなるべく長い間ネバってもらわないと…… なんて思いが通じればよかったんだけど…… 「ぎゃんっ!!」 ギャラドスが一際大きく身体を捩ると、ラズリーはたまらず振り落とされ、地面に叩きつけられた!! 「よーし、今よ、ハイドロポンプ!!」 ラズリーが頼りない足取りで立ち上がったのを見て、すかさず指示を下すカスミ。今ならハイドロポンプで倒せると思ってるのか? 直撃しなくても、この至近距離からでは、撒き散らされる猛烈な水流で倒せると踏んでるとすれば……逃げられない!! 「ラズリー、電光石火!!」 オレはラズリーにごめんと胸中で謝りながらも、トレーナーとしての責務を全うすることを選んだ。 ラズリーもオレの気持ちを汲み取ってくれたのか、残された力を使って、文字通り電光石火の勢いでギャラドスに体当たりを食らわす!! だが、次の瞬間、ギャラドスが発射したハイドロポンプがラズリーを直撃した!! 「……!!」 ラズリーは悲鳴を上げたのだろうけど、撒き散らされる水流の音がジャマで聞き取れない。 でも…… 「ラズリー、戻れ!!」 オレは水流に押されてフィールドをゴロゴロ転がっていくラズリーをモンスターボールに戻した。 「あら……イーブイは戦闘不能って扱いで結構なの?」 「ああ、構わない」 確認の意味で(だと思う)聞いてきたカスミに、オレは首を縦に振った。 今のハイドロポンプで、ラズリーは戦闘不能寸前……あるいは戦闘不能になっていたはずだ。 万が一戦闘不能を免れても、まともに戦う力は残っていないはず。 なら、戦闘不能扱いしたって差し支えないと判断したんだ。 ラズリーには、本当に悪いけど…… 「ラズリー、初めてのバトルにしては上々だったぜ。これからもっともっと強くなろうな。今はゆっくり休んでくれ」 ラズリーに労いの言葉をかけ、ボールを腰に戻した。 これで互いに後がなくなった。 カスミのギャラドスはそれなりにダメージを受けているようだけど、満身創痍には程遠いか…… でも、ここであきらめるわけにはいかない。 勝負はまだついてないんだ。負けを認めるのは最後の最後でいい。 「ラッシー、行くぜ!!」 オレはひったくるようにラッシーのボールをつかむと、フィールドに投げ入れた!! 水のないフィールドなら、どこだろうと構わない。 中央よりややこちら側にラッシーは飛び出した。 「ソーっ!!」 ラズリーの頑張りは無駄にしないと言わんばかりに、大きな声で嘶くラッシー。 「やる気満々って感じね。いいわよ、その方が燃えてくるわ!! ギャラドス、火炎放射!!」 やる気を全身から漲らせているラッシーに笑みを向け、カスミは早々とギャラドスに指示を下す。 いよいよヒートアップしてるっぽいけど、オレはそこまでヒートアップしてない。 熱く燃えるのは結構なことだけど、不用意に燃えちゃうと、我関せずみたいな感じになっちゃうから。 周りが良く見えなくなるのが、とても怖いからさ。 ギャラドスは口を大きく開くと、赤々と燃ゆる炎を吐き出した!! 日本晴れの効果は切れていない。 フィールドには強い日差しが射しこみ、息苦しいほどの熱気が渦巻いている状態だ。 これはギャラドスもラッシーも辛いところなんだけど、日差しの強い状態はむしろラッシーにとって優位に働く。 「ソーラービーム!!」 ラッシーは迅速にオレの指示に応えた。 一瞬で光を吸収すると、草タイプ最強の技を素早く発動する!! 火炎放射とソーラービームは真正面からぶつかり合い―― ぶしゅっ!! 火炎放射をあっさり打ち破ると、渾身の一撃はギャラドスの身体に突き刺さった!! ぎゃぉぉぉぉぉぉっ!! 強烈な一撃に、ギャラドスは激しい声を上げると、身を捩った。 「ギャラドス!! まずい、ダメージが大きい!!」 カスミが叫ぶ。 さすがのギャラドスでも、ソーラービームのダメージはバカにならないらしい。 たった一発でも、体力をかなり持っていかれているのは間違いない。 とはいえ…… ラッシーもそれなりに体力を消耗している。 ダメージを受けなくても、ソーラービームを連発しているだけで体力をガンガンすり減らしているんだ。 その状態で威力の高い火炎放射が掠りでもしようものなら、それだけで戦闘不能になりかねない。 でも―― ラッシーが優位に立っているのは、ソーラービームを瞬時に発射できるだけじゃない!! 「光合成!!」 射し込む日差しを存分に浴びて、ラッシーは体力を回復していく!! 「回復技!? そうはいかないわよ!! 破壊光線!!」 ラッシーの体力がみるみる間に回復していくのを目の当たりにして、いよいよカスミも最終手段に打って出た。 破壊光線……ノーマルタイプで最強と名高い技だ。 攻撃力の高いポケモンが使えば、体力が満タンのラッシーでも一撃で戦闘不能にされかねないほどの威力。 これだけは食らってはいけない!! 「ラッシー、ソーラービーム!!」 オレは躊躇わずにソーラービームを指示した。 逃げるでもなく、防ぐでもなく――迎え撃つんだ!! 下手に避けたところで、爆風によるダメージも大きい。 ギャラドスは一般的に攻撃力が極めて高いポケモンだ。 カスミがどこまで育てているのかにもよるんだけど、単純に種族的な攻撃力だけで見てみれば、これ以上ないほどの威力となるだろう。 だから、最後の賭けに打って出る!! ギャラドスが口から強烈な光線を吐き出した!! オレンジと黄色が入り乱れているように見えるのは、太陽光線が変な具合に作用しているからだろう。 同時にラッシーもソーラービームを撃ち出した!! ノーマルタイプと草タイプの最強技。 打ち負けた方が、バトルの敗者となる。とてもシビアで、分のいい賭けとは言えない。でも、逃げるわけにはいかない!! 技の見た目は破壊光線の方が大きく、そして強く見える。 だけど―― こっちには切り札がある。 「成長!!」 「やっぱり!! でも、負けないわ!!」 成長でソーラービームの威力が強化されることを、カスミは読んでいたらしい。 まあ、そうでもなければ破壊光線なんて大技を放ったりはしないはずだ。 破壊光線は威力の高さと引き換えに多大なリスクも持ち合わせている。 それを考慮した上で放ったとすれば…… いや、間違いない。カスミの真剣な眼差しを見れば、嫌でもそれが読み取れる。 オレはその『覚悟』を超えてみせる。 ラッシーが『成長』によってソーラービームの威力を上げると同時に、ソーラービームもその大きさを増す!! 見た目が互角になったふたつの技は真正面から激突し―― かっ!! 眩い光がそこから溢れたかと思うと、大爆発!! 耳を劈く爆音と共に、台風並の強烈な風がフィールドを駆け抜けた!! 「っ……!!」 思わずオレは腕で視界をかばい、目を閉じた。 吹き付ける砂がバシバシと音を立てて身体に当たる。痛いほどじゃないけど、気になるくらいの衝撃だ。 カスミもたぶん同じような状態だろう。目には見えないけど、何となくそんな気がする。 砂が飛んでこなくなったのを見計らって、オレは腕を退けた。 目を開けると…… 「!!」 ラッシーもギャラドスも、足元が覚束ないような状態だった。 技と技のぶつかり合いによって生じたエネルギーでダメージを受けたのか…… 威力の高い技がぶつかると、ある程度のエネルギーが反射波として跳ね返ってくるって聞いたことがある。 もしかして、これが……!? ラッシーが光合成で体力を回復していなかったら、間違いなく戦闘不能になっていた。 ……いや、今は両方とも戦闘不能寸前だ。 根性で何とかするしかないか…… そう思った時だ。 「今がチャンスよ。攻撃しないの?」 カスミが言葉を投げかけてきた。オレはその意味を瞬時に理解した。 目の前にあるチャンス。 だけど、それを活かすことが今のラッシーにできるかどうかと言えば、微妙なところだ。 「破壊光線の反動で動けないってことを言ってるのか?」 「ええ」 カスミは頷いた。 そう。 破壊光線はその威力の高さゆえ、エネルギーを大量に消費する。 反動で、使った分のエネルギーをチャージし終えるまで、動くことができなくなる。 一撃で相手を戦闘不能にできる――それも100%に限りなく近いくらい確実であれば、反動のエネルギーチャージを考えなくてもいい。 でも、それが外れた時には、決定的な隙を生むことになるんだ。 今のギャラドスは、まさにその状態。 ラッシーを睨みつけているものの、動くことができない。 今ギャラドスを攻撃すれば、確かに倒すことはできるだろう。 しかし…… 今のラッシーに攻撃できるだけの体力が残っているか。 光合成を発動した瞬間、体力を使い果たして戦闘不能、という可能性すらあるんだ。 攻撃するか、ギャラドスが自然に戦闘不能になるのを待つか…… どちらにしても分が悪いのは否めない。 だけど、待つのはオレのポリシーに反する。 「ラッシー、蔓の鞭!!」 ここは攻撃に打って出る!! 最悪でも相打ちに持っていく!! 何もせず負けるよりはよほどマシ。 「……フッシーっ!!」 ラッシーが渾身の力を込めて蔓の鞭を放つ!! 満身創痍なのが災いしてか、威力は普段よりも明らかに低いけど、それでもギャラドスには効くはずだ。 互いに満身創痍なら、これで倒せるはず。 だが、蔓の鞭がギャラドスを打ち据えるよりも早く、カスミが行動を起こした。 「ギャラドス、戻りなさい。これ以上ダメージを受ける必要はないわ」 モンスターボールを掲げ、ギャラドスを戻した。 ジムリーダーがポケモンをモンスターボールに戻すということの意味は……無論承知している。 だから、信じられないと言う気持ちがあるんだ。 カスミが自ら負けを認めた……そのことに対して。 でも、カスミはニコリと笑った。 「いいのか……?」 「いいのよ。あんたが攻撃に打って出ることは分かってたわ。臆して何もしないようなタイプじゃないんでしょ」 「バレてたか……」 「まあね」 満足そうに笑みを浮かべるカスミ。 オレが攻撃に打って出たら……その時はギャラドスをモンスターボールに戻すつもりでいたんだろう。 どんな些細な攻撃でも、受ければ戦闘不能になると踏んでいたに違いない。 だからこその迅速な決断。 負けを自ら認めるという行為だけど、ポケモンを不必要に傷つけないという意味では賞賛されるべきことかもしれない。 ポケモントレーナーはそこんとこの兼ね合いが難しいんだ。 誰もが的確な采配を下すことを躊躇う。 オレだって、たぶんそうだ。 今だって、攻撃に打って出るか、待つか……どちらを選ぶべきか、少し迷ったから。 「あたしの負け。あんたの勝ちよ」 「分かった……」 カスミは水槽の外に出ると、外周沿いに駆け寄ってきた。 その間に、オレはラッシーをモンスターボールに戻した。 「ラッシー、ありがとう……」 心からの感謝を、言葉にしてラッシーを労った。 ラッシーはオレのポケモンの中で一番強いから、どうしても主軸に据えてしまう。 それはすなわち、バトルで傷つくことが多いってことなんだ。 だから、申し訳ない気持ちもある。 だけど、それ以上にラッシーと共に戦えるということの方がうれしい。誇りに思えるよ。素直にね。 カスミが負けを認めた時点でオレの勝ちは確定。 ラッシーをモンスターボールに戻したところで、ペナルティは課されない。 カスミは傍にやってくると、 「あんた、強いわ。きっといいトレーナーになれる。サトシに負けないくらい、ね」 そう言って、カスミはズボンのポケットから水滴を模った青いバッジを取り出した。 これは、ハナダジムの…… カスミはオレの手を取り、それをそっと握らせた。 「おめでとう。ハナダジムを制した証、ブルーバッジはあんたのものよ」 「ああ、ありがとう。いいバトルができて、よかったよ」 オレはバッジをリュックから取り出したバッジケースに入れると、カスミに握手を求めた。 さすがにサトシと旅をしていただけのことはある。 そう思わせるトレーナーだよ、彼女は。 「あたしこそ。いいバトルだったわ」 がっちりと固く握手を交わす。自然と、互いの顔には笑みが浮かんでいた。 オレはハナダジムを後にすると、大急ぎでポケモンセンターに取って返した。 カスミとは少し話をしただけだったけど、サトシと旅をしていた頃のことが、頭に浮かんでくる。 結構ムチャして、痛い想いもしたみたいだ。 だけど、それらを乗り越えたからこそ今のあたしがあるんだよと、笑顔でそう言っていた。 辛い経験も、そうやって笑顔で語れる時が来るんだろうなって、なんか考えさせられたけど…… オレにはまだそういう経験はないから、なんとも言えなかった。 なんて言葉を返したかは覚えていない。曖昧な答えだったんだろうと思う。 経験したことがないから、それも仕方のない話だと、すっぱりと割り切る。 ポケモンセンターへと続く通りを駆けてゆく。 ジムのフィールドは日本晴れの効果で強い日差しが射しこみ、汗ばむ熱気だった。 全身汗まみれで、服が肌にベタリくっついてたから、気味の悪いことこの上ない。 一生懸命戦ってくれたラッシーとラズリーの体力を回復させるということと、 バトルでいい汗をかいたこの身体をシャワーで洗うというふたつの目的のために、オレはポケモンセンターへ急いでいた。 もう少しでポケモンセンターにたどり着く――視界の先にうっすらとその姿を確認した時だった。 「……!!」 路地から飛び出すように姿を現した男性を目の当たりにしたオレは、思わず足を止めてしまった。 そうするべきではないと、頭では分かっているのに…… 身体が言うことを聞いてくれなかった。 まるで、足がすくんで動けなくなってしまったみたいに。 「久しぶりだな、アカツキ。元気にしていたか?」 世間話でもするような口調で話しかけてきた白衣の男。 言うまでもない――クソが何個もつくくらい大ッ嫌いな親父だ!! 一ヶ月前に家を出てって仕事場に戻ったあの日とまったく変わってない。 優男に見えるものだから、女性には結構モテてるらしいけど……人間見た目じゃないっていう言葉が似合うようなヤツだ。 ファッションのつもりなのか、顎にはヒゲを蓄えている。 オレに言わせればぜんぜん似合ってなんかないけど…… 「な、なんで親父がここにいるんだよ……」 いきなり親父が現れたから、オレは驚きを隠しきれなかった。声が震えてるって、自分でも分かるんだ。 「その様子だと、二つ目のバッジはゲットできたようだな。 どうだ? トレーナーとしては強くなったと思っているか?」 「親父には関係ないだろ。さっさとどけよ。ラッシーとラズリーを回復させなくちゃいけないんだからさ!!」 身勝手なその言葉に、オレはマジで切れた。 自分の考えや願望をこれでもかと押し付けてくるクセに、オレの道にまで汚らしい言葉で障害物を築こうとするなんて…… こいつ、本当に親なのか? 「親父はオレにトレーナーになってほしくなかったんだろ!? 残念だな、オレはトレーナーなんだ!! 分かったらさっさとどけよ!!」 「どいて欲しいなら……」 親父はしかし顔色ひとつ変えることなく、白衣のポケットからモンスターボールを取り出した。 まさか……浮かんだ想像に、オレは背筋を震わせた。 ジム戦でポケモンが傷ついてるってのに、ここでバトルなんてするつもりなのか!? 「おまえが旅立ってからどれだけ強くなったのか、俺に見せてもらおう。さあ、ポケモンを出せ」 「バカ言うな!! ラッシーもラズリーもジム戦で傷ついてるんだ!! バトルしてる暇なんてない!!」 「残りの一体はどうだ? おまえの言葉から察するに、あと一体のポケモンは無傷……そうだな?」 「……!!」 リッピーのことを言ってる…… 理解した――けど、だからって親父のバトルを受けなくちゃいけないなんてワケはない。 ここで親父を強引にどかしてでもポケモンセンターに向かうことだってできる。 いや、本当はそうすべきだ。 大嫌いな親父となんて、話をすることだって嫌なんだから。 だけど…… 「今の俺はトレーナーとしておまえの前にいる。だとしたら、どうかな?」 「受けろってことかよ……嫌だって、ホントはそう言いたいところなんだけどな…… 親父がそうやってオレの道を妨げようとするのなら、オレは親父を倒してでもその道を切り拓いてやる!!」 「では、行くぞ」 逃げることはできない。オレにはまだリッピーがいるから。 リッピーの持っていた月の石は、オレのリュックの中にある。 親父のポケモンとバトルするのには、今のリッピーじゃ力不足だ。 だけど、リッピーは一度もバトルさせていない。進化をするには時期尚早なんだ。 勝ち負けはともかくとしても、バトルに応じるしかないと思った。 親父は楽しそうに笑みなんて浮かべてやがるけど、その鼻っ柱、すぐに叩き折ってやる。 今のオレには、時間なんてないんだから!! 「行くぜ、リッピー!!」 オレはリッピーのモンスターボールを手に取ると、呼びかけた。 すると、ボールは口を開き、中からリッピーを放出した!! 「リッピー♪」 飛び出してくるなり、リッピーは興味深げな眼差しを親父に向けた。 ――この人いったい誰? そう言いたいんだろう。 でも、あいにくとその人はオレの大ッ嫌いな親父だ。 「ほう、ピッピをゲットしたか。ならば……行くぞ、ピクシー」 「なっ……!!」 親父の言葉に応えて飛び出してきたのはピクシーだった。 リッピーの身体を二回りほど大きくしたような体格で、耳を尖らせて、背中から小さいけれど羽を生やしている。 身体は全体的に縦長になっているけど、印象は進化前のピッピとあまり変わらない。 そう、親父が出してきたのは、こともあろうにピッピの進化形、ピクシーなんだ。 「ピクシー……親父、持ってたのかよ」 「これでもトレーナーはやっていたからな。ピクシー、雷」 「リッピー、歌え!!」 「――遅い」 電気タイプ最強の技を指示してきた親父に対して、オレはリッピーに『歌う』技を指示した。 どんなポケモンだろうと、この歌を聴けば夢見心地に陥るんだ。 雷を発動させる前に眠らせれば、それだけで戦意喪失――つまり戦闘不能と同等の扱いにすることができる。 手っ取り早く済ませるつもりだったんだけど、まさか逆に『そうされてしまう』とは…… リッピーが歌い出そうと口を開きかけた瞬間、ピクシーの指に光が宿り、一瞬でリッピーを貫く!! 「ピッ……!?」 一体何が起きたのか。 リッピーには分からなかったのかもしれない。 小さくつぶやくと、仰向けに倒れてしまった。 「な……雷!? 今のが!?」 オレは素直に信じられなかった。今のは一体なんなんだ? いくらなんでも、雷にしては発動スピードが速い……!! ……っていうか、ンな雷なんて聞いたこともない!! サトシのピカチュウが使う雷は、発動までにもう少し時間がかかっていた。 それに…… リッピーはピクリとも動かない。 まさかとは思うけど、一撃で戦闘不能に!? トレーナーをやっていたとは言うけど、一体どれだけの強さを持ってたんだ? オレは親父がトレーナーをやってた頃のことなんて興味ないから、敢えて知ろうともしなかったけど…… 「やはり、旅立って一週間弱となると、それほど成長はしていないようだな……戻れ、ピクシー」 リッピーを一瞬で倒したピクシーをモンスターボールに戻す親父。 その時の言葉は――オレにとって侮蔑にしか聞こえなかった。 でも、憤ることはできない。 オレの弱さをぜんぶさらけ出してしまうような気がして。 親父になんか、知られたくないんだよ。弱いところなんか。 それ見たことかと、そう思われてしまうのが嫌だ。嫌いな相手だからこそ、なおさら。 「アカツキ。俺のことを嫌いと言うなら、俺を乗り越えてみせろ。 おまえが四つのバッジを手にした頃、俺は再びおまえの前に現れよう。 その時までに、もう少しマシなポケモンに育てておくことだ」 自分勝手な言葉を並べ立て、背を向ける親父。 ――なにが、俺を乗り越えてみせろ、だ。 ――なにが四つのバッジを手にした頃にオレの前に現れる、だ。 ――なにが!! もう少しマシなポケモンに育てておけ、だ!! オレはたとえようのない苛立ちと悔しさを噛みしめていた。 ギュッと拳を握る。 血が流れてしまうかもしれない、そう思えるくらい強く握ってたのは、それくらいオレの中で何かが荒れ狂っていたからなんだ。 「親父!!」 「……?」 オレは路地へ入りかけた親父に言葉を投げかけた。このまま消えるの待つなんて、あまりに惨めすぎる。 「オレはあんたの指図なんて受けない。 だけど……オレの前に立ち塞がるなら、相手が誰だろうと倒すだけだ!! 覚えとけ!!」 「期待している」 親父は振り返ることもなく一言返すと、路地へと消えていった。 ……一体、なんなんだか。 何しに来たんだよ、親父…… いきなり現れたかと思ったらバトルを挑んできて……一瞬でリッピーを倒して、自分勝手なことばかり言って、勝手に消えて。 オレには分からない。理解できない。親父の考えなんか。 「リッピー、戻ってくれ」 オレは今さらのようにリッピーをモンスターボールに戻した。 一瞬で戦闘不能なんて……親父がここまで強かったなんて、思わなかった。 研究のために必要だからポケモントレーナーをやってた、って聞いたけど…… 今のオレじゃ、絶対に勝てっこない。 ポケモンバトルに『絶対』はないと言われているけど、直にバトルをして分かった。 今のオレじゃ、親父には『絶対』に勝てないってこと。 トレーナーとしての根本的なレベルが違いすぎてるのはもちろんだけど、ポケモンの能力にも圧倒的な差がある。 反則的な速さで雷を発動するピクシー……信じられないことだらけだ。 「ごめん、リッピー……オレ、すっごくみっともなかった」 リッピーのモンスターボールを胸に抱き、オレはその場に蹲った。 なんて惨めなんだろう……いくら実力に差があったからって、一瞬で負けるなんて。 親父の力量を読み違えたオレのミスだってのは間違いないんだ。 それを差し引いたって、惨めさは消えない。むしろ増幅されるばかりだ。 「でも……絶対、次に戦う時は負けない。一緒に頑張っていこう……な?」 気がつけば、涙が頬を伝っていた。 泣いていたことにも気づいていなかったなんて……それだけ惨めで、みっともなくて、情けなくて…… 恥ずかしかったけど、誰も見ていなかったのは不幸中の幸いだ。 親父の戦い方……いや、あのピクシーの雷は、水のように静かで、そしてしなやかに見えた。 一瞬のことだったから、それはあるいは幻だったのかもしれない。 だけど……大ッ嫌いだけど、少しはバトルのやり方に見習うべきところがあるのは否めない。 そこまで否定する気は……今のオレにはないんだ。 「乗り越えるんじゃない。 オレは親父の言う道を歩いてくつもりなんか、ないんだから……何があろうと、絶対に……オレはオレの道を行く。それだけだ……!!」 ほぼ真上の角度に昇った太陽を見上げ、オレは静かに、そして力強く誓った。 To Be Continued…