カントー編Vol.06 ひとときの気休め 窓の外に広がる景色を見ても、オレはなんとも思わなかった。 普段なら、風に乗った花びらが街にひらりひらりと降り注ぐのを見れば、少しはキレイだなって思うんだろうけど…… あいにくと、今のオレはそういう気分になれなかった。 ポケモンセンターの一室で。 窓際の椅子に腰を下ろして、眼下に広がるハナダシティの街並みを見つめながら、いろんなことを考えてたんだ。 これ以上ないってくらい、今のオレは陰湿な表情(カオ)してるんだろうな…… ナミがこの場にいたら、きっと慰めてくれるんだろうけど…… 「元気ないね、どしたの?」 ……って、オレが何を考えてるのかなんてお構いなしの、まぶしい笑顔でさ。 でも、ナミは今ハナダジムに行ってる。二つ目のバッジ――ブルーバッジを賭けた戦いに臨んでいるはずだ。 オレは一足先に、昨日ゲットしたんだけど……ジムリーダー・カスミはマジ強かったな。 オレのキャリア不足ってのがよく分かったよ。 とはいえ……オレをこんなにも悩ませてるのは、カスミのことじゃない。 彼女とのジム戦を終えて、ポケモンたちを回復させるべくポケモンセンターに戻る途中、オレは親父とバッタリ出くわした。 なんでこんな時に……って。そう思った。 だって、急いでるオレの前に立ちはだかったんだから。 大嫌いな相手に構ってる暇なんてない。 だから、その脇を通り抜けたってよかった。 けど、トレーナーとしてオレの前に現れたって言ってた。その言葉の意味するところはただ一つ。 トレーナーとしてオレとバトルするってことだったんだ。 旅立ったオレがどれだけ強くなってるのか、試しに来たんだ。 仕事だって暇じゃないだろうに、何が楽しくて嫌われている息子の前にのうのうと姿を現したんだか。 親父の『気紛れ』にはいい加減ウンザリしてるんだ。 オレが一番悔しくて、情けなくて、みっともないと思ってるのは、事もあろうに親父に一瞬で負けたってことだ。 ……親父がトレーナーをやってたってことは知ってたよ。 けど、まさかあんなレベルにまで達してたなんて。 間違いなく、ジムリーダーより強い。 タケシのイワークやカスミのギャラドスでさえ、リッピーを一瞬で倒すなんて芸当はできないだろう。 そう考えれば、その強さの領域がハンパなモノじゃないってことくらい、簡単に想像がつくんだ。 親父が去ってから、オレは大急ぎでポケモンセンターに戻り、疲れ果てたみんなを回復させた。 親父のピクシーが放つ、反則的なスピードの雷によって一撃で戦闘不能にされたリッピーも、夕食の席では元気な顔を見せてくれた。 バトルで――バトルって言うほどのものじゃなかったような気がするんだけれど…… 戦闘不能になったことなんか、気にしてないと宣言してるみたいに。 あんまりこういうの、引きずってると身体にも心にも良くないって、分かってはいるけれど。 なんでだろ、忘れようとしても頭ん中から消えてくれない。 嫌なこと、それとも辛いこと……? どっちなんだろう。 たぶんどっちもだ、って思う。 そういえば、親父はじいちゃんの研究所のほかにも、いくつか小さな研究所(ラボ)を持ってるって聞いたことがある。 そのうちの一つがこのハナダシティにもあるんだろう。 ハナダジムに行くオレの姿をどこかで見てたんだろうな、だから帰り道に待ち伏せしてたみたいにタイミングよく現れた。 厄介な街に立ち寄っちまったって思うけど、ナミがバッジをゲットするまでは、発つわけにはいかないっていうのが現状だ。 親父のことだから、たぶん現れないと思うけど…… でも、同じ街にいるなんて、正直言って居心地は良くないよ。 同じ空気を吸うのも嫌だ、なんてことを言うつもりはないけど、大嫌いな親父がこの街のどこかにいると考えるだけで憂鬱になる。 ほら、気持ちが上向かないのはきっとそのせいなんだ。 特にするべきことも見当たらないから、こうしてぼんやりしてるけど…… むしろ、何かひとつでも、些細なことでもいい。 するべきことがあったら、多少は気も紛れるかもしれない。 そう思って机の上のリュックを手繰り寄せ、中を見てみる。 ポケモンフーズはそんなに減ってないし、調理器具はまだそんなに使ってないから汚れてもいない。 だから、特にするべきことなんてないんだ。 暇を持て余すって、このことなんだろうなって、頭の片隅で誰かが嘯いてる。 「はあ……こんな気持ちになるの、はじめてなんだよな」 ポツリつぶやく。誰が聞いているわけでもない。 それでもよかった。 少しでもこの憂鬱な気持ちを吹き飛ばしたいと思っているから。 少しは……オレも前向きに戻れたかな。 ゆっくりと立ち上がり、背伸びをする。足から頭まで一直線にピンと伸びたところで、気分転換を兼ねて散歩することを思いついた。 少しでも気持ちを切り替えたい。 このままじゃ、前には進めないような気がするから。 いつまでも親父のことに囚われてたら、オレが進みたい道が曇って消えてしまうんじゃないかって、正直怖くなったよ。 もし親父がそれを狙ってたんだとすれば、「ふざけるな!!」って言葉と一緒に拳でも飛ばしてたんだろうけど。 まあ、いいや。 リュックを背負い、モンスターボールを腰に差すと、カードキーを手に部屋を出た。 取られるような荷物なんてないんだけども、一応念のためにカギを掛け、人気のない廊下を一人、ゆっくり歩く。 平日の午前って、こういうもんなんだろうか。 コツコツと、オレの立てる足音だけが幾重にも反響して聞こえる。 階段を降り、なにやら忙しそうに仕事をしているジョーイさんにカードキーを預けた。 しばらく外出する旨と、ナミが戻ってきたらカギを渡すように頼んで、ポケモンセンターを出た。 外の空気は妙に生温くて、憂鬱になりかけていた気分を吹き飛ばしてくれるとは言いがたい。 でも、街の高台に咲いている色とりどりの花を見てると、心なしか気分が落ち着くな…… 宛てもなく、足の赴くままにハナダシティの通りを歩いていると、不意に前方が賑やかになった。 やたらと陽気な女性の声に、俯きがちだった顔を上げる。 花をモチーフにした(カラフルな服をまとった女性たちが、道行く人に何やらチラシらしきものを配っているではないか。 うあ、目痛くなりそう…… あまりにまぶしく見えたものだから、オレは彼女らの傍で道が分かれている方へ足を向け―― その矢先、オレはひとりの女性に捕まってしまった。 差し出されたチラシを,半ば無意識のうちに受け取る。 「ハナダシティ名物の花見が今日から解禁になりました。よかったら見に来てね」 遊園地で自慢のアトラクションを宣伝しているような言葉をかけられた。 ……って、オレ何気にチラシ受け取ってるし。 なんか、まともな判断ができなくなってるんだろうか? そう思ってチラシに目を落とすと、ゴールデンブリッジの向こう側――郊外で今日から花見が解禁されるって書いてあった。 特に目立ったイベントは行われないようだけど、むしろそれくらいがちょうどいいのかもしれない。 花を見るのにわざわざ騒ぐ必要はないし……まあ、大人たちはそういうの、無意味に好きらしいけど。 「見に行こうか……」 なんとなくそう思った。 ポケモンセンターを出てみたのはいいけど、何をするワケでもない。 行きたい場所もないし、やりたいこともない。 文字通り暇を持て余しているんだから、気分転換を兼ねて花を見に郊外に繰り出すって言うのも悪くないかもしれない。 「みんな、出てこい」 道端に移動して、通行人のジャマにならないような場所でモンスターボールからみんなを出した。 「ソーっ」 「ブイっ」 「リッピー♪」 出てくるなり、みんな珍しそうにハナダシティの街並みを見回している。 特に田舎モノ丸出しなのはリッピーだ。 期待を膨らませたような顔で、道行く人を見つめては意味なくはしゃいでたりするし。 まあ、オレと旅するまではずっとお月見山で暮らしてたわけだから、それも分かるけどさ。 リッピーの無邪気さに納得し、でもどこかバカバカしく思い……だけど、なんか少しだけ清々しい気持ちになれる。 混じりっ気のないリッピーの笑顔に、癒されたってことなのかねえ…… そう考えれば、みんなの存在ってのも意外と大きいんだなって思うよ。 「なあ、みんな」 オレは屈み込むと、手に持つチラシをみんなに分かるように見せてやった。 チラシは色とりどりの花が隅々にまで描かれていて、本気で花見のことだけ書いてある。 他のことが何一つ書かれてないところを見ると、本当に花だけを見てもらいたいんだなって思えてくる。 「花でも見に行かないか? いろいろとあって、ちょっと気分もへこんでたんだ。 な、たまにはいいだろ?」 「ソーっ」 オレの言葉に真っ先に賛成してくれたのは、当然なんだけどラッシーだった。 草タイプということで、近くに草花が多い場所に行くと、とても元気になるんだ。いつでも元気なんだけど、もっと元気になる。 一方、 「ピ?」 「クーン……?」 花を見る……ということがどういうことかよく分かっていないのはラズリーとリッピーだ。 ……ってまさか、経験なしってヤツ? チラシに目を留めたまま、微動だにしない。 必死に(?)意味を理解しようとしてるんだろうけど……それにしては無反応。 目の前で手をヒラヒラさせても何も反応しないし。 「まあ、行ってみれば分かるさ。ほら、行こうぜ」 呆然としている二人の頭を順番に撫で、オレはチラシをくしゃくしゃに丸めると、近くのゴミ箱に投げ込む。 ぴったりホールインワンだったものだから、ちょっとだけうれしくなった。 「ソーっ、ソーっ」 ラッシーは花を見に行けるということで、とにかくはしゃいでいた。 そのうれしそうな様子が伝わったんだろう、ラズリーもリッピーも笑顔になった。 何をしに行くかはよく分からないけど、楽しみになってきた、ってところなんだろう。 でも、楽しみにしてくれてるってのは、オレとしてもうれしい限り。 行く甲斐があるっていうか…… ともかく。 オレたちはゴールデンブリッジの向こう側――郊外を目指して通りを歩き出した。 その頃―― ハナダジムでナミとカスミの間でこんなやり取りがあったことを、オレは知る由もなかった。 「いやー、あんた強いわね。気に入ったわ!!」 ジム戦を終えた後という微妙な時期だったものの、カスミはとても上機嫌だった。 それも、結果は負けである。 普通、負けたら嫌な気分になったり、悔しがったり、泣いたり…… それはもう人によって様々な反応を見せるものだが、カスミは笑い上戸になっていた。 彼女に見事勝利したナミも、ニコニコしていたり。 昨日のことなど、すっかり水に流したのだろう。 ポケモンセンターに入った途端、従兄妹のアカツキに対し高圧的な態度をカスミが取っていたこと。 ナミは一人でリベンジなど誓っていたが、ジム戦で吹き飛んだのかもしれない。 「カスミも強いじゃないっ。あたしも、気に入っちゃったよ♪」 カスミから、ハナダジムを制した証としてブルーバッジを受け取った後での会話の一幕。 ナミはガーネットとトパーズの二体を使ってカスミのパウワウとギャラドスに勝利した。 もっとも、二体しかポケモンを持っていないナミに、どのポケモンを使うかという選択の余地などなかったが…… 結果的にはそれが幸いしたらしい。 相性的に不利なガーネットは戦闘不能になってしまったものの、トパーズが獅子奮迅の活躍をし、勝利を収めることができた。 ナミとしては、同じ年頃の女の子がジムリーダーとして頑張っていること。 そして素晴らしい勝負をしてくれたことに、憎むべき対象のカスミにすっかり心を許してしまっていた。 過去の遺恨をさっぱり切り捨てて、世にも美しい友情を育んでいたり…… 女の子というのも、意外と優しい時代になったものである。 「あたしと同じ歳でここまでやるなんて……そうそういるものじゃないわよね。特に女の子は」 「うん。あたしも。だって、女の子のトレーナーとは戦ったことなかったから。いい勝負できて、あたしとてもうれしいよ」 笑みを向け合う。混じりっ気のない純粋な感情で浮かべた笑顔。 完全に友達になってしまっている。 まあ、それが悪いこととは言わないが…… どこかプロセスを履き違えているような気がするのは、果たして…… まあ、当のふたりにそれは関係ないようである。 「しっかし……」 カスミは「なぞのポケモン」と言われているスターミーが持ってきてくれたタオルで汗ばんだ肌をさっと拭くと、笑みを深めた。 「まさか二日も立て続けに負けるなんてねぇ…… あたしとしても頑張ってるつもりなんだけど、そうそう上手く行くとは限らないってことなのかな」 窓の外に目を向け、小さくため息。 昨日といい、今日といい、二日続けて負けてしまったのは初めてだ。 「昨日って?」 「ああ……あたしね、昨日も頑張ったんだけど負けちゃったのよ」 素知らぬ顔で訊ねてくるナミに、カスミは顔を向けてポツリ話し始めた。 ちょうどいいや、聞いてもらっちゃおう……その方が気も晴れるかもしれないと思ったからだ。 「あんな戦い方するヤツ見たの、初めてだわ。 ハナダジム自慢の水槽を汚したり、ソーラービームで水を蒸発させたり…… キレイにするのに、結構時間かかっちゃったんだから」 その時のことが脳裏に浮かんでくる。 やられたことはハッキリ言って嫌だが、ポケモンバトルでの出来事と割り切るだけの気持ちはあるつもりだ。 「それってもしかして……」 「ま、あんたに話しても分かんないと思うけどね……結構すごいヤツだったわ。あんな方法、普通は思い浮かばないだろうし」 普通の人とはちょっと違う発想。 それに見習うべきところがあるのもまた事実。 だから、また戦うことがあれば、次こそは必ず勝つ。リベンジを果たすのだ。 カスミはカスミで、結構やる気になっていた。 だから、ナミがどこか気まずそうな表情になっていることには気づいていなかった。 なぜ気まずそうな表情をしているのか。 ハナダジム自慢の水槽を汚したり、ソーラービームで水を蒸発させるという戦い方をしていた相手を知っているからだ。 まさかそこまでしていたとは。 さすがの天然ボケでも、それはまずいだろうというまともな判断はできるらしい。 「あたしの従兄妹だったりして……名前、アカツキって言ったでしょ?」 「そうだけど……」 ナミがポツリ漏らすと、カスミは腕など組みながら頷いて…… 「……って……!!」 はたと気づき、目を大きく見開いた。 「従兄妹!? あんたとあいつは従兄妹なの!?」 「そ、そうなのよぉ」 「へぇ〜」 カスミの目は据わっていた。 これはいいことを知った…… ドラマとかでよくある、悪役が誰かの弱みを握って悪巧みをするワンシーンのような表情になっている。 これにはさすがにナミもタジタジ。まさに未知との遭遇だ。 「気にしてないわ」 「結構気にしてるようにしか見えないけど」 「バトルの中での出来事だし。あれも立派な戦術よ」 「掃除は結構時間かかったんでしょ?」 「ああいう奇想天外な相手と戦えたのも、勉強になったと思ってるから」 「そういう相手ってそうそういないんじゃない?」 完全にボケとツッコミの世界になっている。 「でもね……」 カスミは口の端に笑みを浮かべると、 「あんたにも、似たようなものを感じたわ」 「え、あたしにも?」 「そう」 ナミは唖然としていた。 奇想天外な戦い方でジム戦を制したというアカツキに似ているようなものがあるのだろうか? ナミはナミなりに、ちょっと考えてみた。 ほとんどないような脳ミソをフル回転させるも、答えは見出せなかった。 眉間にシワなど寄せながら考えているナミに微笑みかけ、カスミは言った。 「言葉にするのは難しいけれど……分かりやすく言うと、空気っていうのかな?」 「くうき?」 「そう。空気。そうとしか言えないわ」 「ふーん……」 空気が似ていると言われても、ピンと来なかったのだろう。ナミは首をかしげていた。 そんな彼女に納得を強いるがごとく、カスミはニコニコしながらナミの肩に手を置いて、 「そういえばさ、せっかく友達になれたんだから、ちょっとくらい遊びたいなぁって思うんだけど……」 「うん。あたし、遊ぶの大好きだよっ♪」 遊ぶという一言に、ナミは考えごとなど適当に投げ捨てたようで、ニコニコがカスミから移った。 「あ、でも、アカツキにちゃんと許可取っとかないと……」 「許可? あんた、いちいちあいつから許可なんてもらってるの?」 「一緒に旅してるわけだし……あんまりワガママ言って困らせるの、あたしとしても嫌だから」 「ふーん……そうね、じゃあ、遊ぶんじゃなくて、花見ってどう?」 「花見?」 「そう!!」 どういうわけか乗り気でないナミをその気にさせる切り札をカスミは繰り出した。 それも、自信満々の笑みと一緒に。 「今日からゴールデンブリッジの向こう側が花見できるようになったの。 もちろん、騒いだりするのは禁止だけどね。 でも、一年に一度の花見だから、どうせなら誰かと一緒に行きたいなって思ってたのよ。 ウチはお姉ちゃんたちが揃いも揃って世界一周旅行なんて行ってるものだから、あたしひとりしかいないし…… だから、せっかく友達になれたんだし、一緒に花でも見に行かないかなって」 妙に饒舌だった。 本当にひとりぼっちで淋しいのかもしれない。 微笑みの裏の淋しさに、ナミは何となく気づいていた。 友達が淋しそう。 そのまま見捨てるかと言えば、答えはもちろんノーだった。 ナミは思い浮かべた。 ハナダシティの北に架かるゴールデンブリッジ。その向こう側は色とりどりの花が咲いていたか。 4番道路からハナダシティに入る時に見た光景はとても忘れられそうにない。 「そうだね。あたしも花見してみたいな。 じゃあさ、アカツキも一緒に誘わない? カスミも、あたしたちのこと、知りたいって思ってるんでしょ?」 「それじゃあ……」 カスミの顔がぱっと輝いた。 「うん♪」 ナミはニッコリと頷いて、 「ポケモンセンターに行こっ。アカツキだったらきっと分かってくれるよ!!」 かくして、少女二人は結託したのだった。 「しっかし、遠目に見るよりもずいぶんと大きな橋だよな……」 ハナダシティと郊外を結んでいるゴールデンブリッジ。 ハナダシティに入る前に見た時よりも大きく見えるのは、そこに人がたくさんいたからだろうと思う。 押し競饅頭しなきゃ通れないほど混んでるワケじゃない。 だからといって誰とも肩をぶつけずに堂々と通れるほど空いてるわけでもない。 適度に混んでるって感じで、時間帯から若い男女が多い。 ほとんどがイチャイチャしてるバカップルで、見てる方が恥ずかしくなるようなことばかりしてる。 人目も憚らずにキスなんてしたり。 オレにはとても信じられないことだけど、目の前の現実を無理に否定するつもりもないよ。 「ピ?」 「クーン……」 町での生活が長いラッシーはさして驚いてなかったけど、リッピーとラズリーは初めて見る『橋』に興味津々といった様子だ。 タマムシシティとセキチクシティを結ぶサイクリングロードと比べると物足りないのは否めない。 それでも、マサラタウンにはここまで大きな橋はない。 せいぜいが幅数メートルの川の対岸と行き来できる程度だ。 この橋と比べると、木の板を渡したのと大して変わらないか。 「大丈夫。すぐに渡りきれるさ」 オレはどこか不安そうなリッピーとラズリーを抱き上げると、橋を渡った。 一体何組のバカップルの脇を通り過ぎたのか…… 途中までは数えてたけど、橋の半ばを過ぎた辺りでそれもバカバカしくなって止めた。 何が悲しくてそんな人類の敵みたいな連中の数数えなきゃいけないんだか。 つまんない考えを頭から一掃して、足早に橋を渡り終える。 青々とした草が短く生い茂り、ところどころには色とりどりの花を咲かせた大きな木がそびえている。 その根元でシートを敷いて座り込んでる大人がちらほらと見受けられる。 それってたぶん、会社の新入社員が夜のドンチャン騒ぎのための場所取りをやらされてるんだろう。 どこの世界でも下っ端は辛いですと言わんばかりに、昼間だとゆーのに、とにかく辛気臭い顔を見せてる。 人が多くなければ「ンなシケた面してんじゃない」って怒鳴ってるかもしれない。それくらい、なんだか疲れているように見えるんだ。 平日の昼間にもかかわらず、郊外は花見の見物人で賑わっていた。 川の辺には屋台がずらりと並び、子連れのママさんが子供のおねだりに根負けして焼きソバを買い与えたりしている。 ……っていうか、子供は花見よりも川辺で水掛け合ったりして楽しそうに遊んでるけど。 オレにもそういう時期があったっけ。 「ラッシー、みんな、行こう」 人込みは抜けたから、抱えていたラズリーとリッピーを地面に下ろす。 「ピ〜♪」 リッピーは目に飛び込んできた美しい花に心を奪われたのか、すっげぇうれしそうな声を上げて、花を実らせる木の傍まで駆けていった。 「やれやれ……」 止める間もなくこれだ。 でも、少しくらいおてんばな方がいいのかもしれないと思った。 おてんばって言うけど……うん、リッピーは女の子なんだ。 ポケモンセンターでジョーイさんに調べてもらったから、間違いない。 自分のポケモンの性別くらい、ハッキリさせておきたいんだよ。 ラッシーとラズリーは男の子だ。 ポケモンって一部の種類を除くと、オスとメスを見た目で分けるのがとても難しい。 じいちゃんならできるかもしれないけど、少なくともオレには無理だ。 ニドランっていうポケモンは、オスとメスで特徴がかなり異なるから、見た目ですぐに分かるんだけれど…… ともあれ、リッピーは女の子だ。 調べてもらうまでは男の子だと思ってたんだけどな…… ナミと同じで、花には興味を持っているらしい。 女の子は花に弱いんだろうか、ってそう思うけど、そういう考えは程々に、リッピーの後を小走りに追う。 こういう拓けた場所なら、少しはノンビリするのもいいかもしれない。 そもそもはそのためにこういう場所にやってきたんだし……気休めにはちょうどいいだろう。 旅はまだ始まったばかりなんだ。 そんなに慌てる必要もないはずさ。 これからに備えて英気を養うっていうのも、大切なことだって思うからさ。 こじ付けがましいかな? でも、本当のことだと思うよ。 親父がやってきてリッピーを一瞬で倒しちゃいました。勝手なセリフを並べて勝手に立ち去って行きました。 ンなことでいちいち傷ついてたり遣る瀬無くなったりしてたら、いくら根性があったって足りやしない。 そんな惨めな思いをしなくても済むように、普段から心に余裕を作っておかなくちゃ。 リラックスすれば、自然と余裕って出てくるものなんだよ、きっと。 それこそこじ付けがましいけど、気にしない気にしない。 「ほら、いきなり離れたりしちゃダメじゃないか」 「ピ?」 リッピーの傍まで歩いていくと、拳骨を作って、軽く触れる。 「迷子になったら、オレもラッシーもラズリーも心配するんだからさ。次からはなるべくそういうことはしないように、ね?」 「ピッピ〜♪」 リッピーは素直に頷いてくれた。 聞き分けがいいって言うか……頭ごなしに叱りつけるのは、人間もポケモンも同じ。 いきなり怒られちゃ、たとえ悪いのが自分であっても、反発してしまう。 だから、あんまり怒りたくはない。 オレも、リッピーも、嫌な思いをするに決まってるから。 重大な事象なら怒ることもあるかもしれない。 でも、迷子になりそう、っていう程度なら、それほどの問題じゃない。ちょっと言い聞かせる程度でちょうどいいんだ。 そりゃポケモントレーナーには厳しさも必要だけど、それはバトルの中で十分だとオレは思う。 普段は明るく優しく愛情を持って接さなきゃいけないんだから。 厳しさと優しさを時と場合によって使い分ける……なんて世間じゃよく言われてるけどさ、それってどこか違うって思うんだよな。 「でも、キレイだよな。リッピーが真っ先に見に行きたくなるってことも分かるよ」 リッピーが立ち止まっていたすぐ傍の木の幹を下からゆっくりと見上げる。 視線がたどり着いたのは、美しく咲き誇る桃色の花びら。 パッと見た目は桜なんだけど、微妙に違うようだ。 この木の名前は知らないけど……でも、キレイだ。 そよ風に吹かれてハラハラと舞い散る花びらの、なんと美しいこと。 「ここで少し休もうか……」 「ソーっ」 風に流される様がとても風流で、木の幹に背をもたれて座り込む。 芝生のような瑞々しい草が絨毯のように、とても気持ちいい。 ラッシーはオレの傍で横になった。身近に草や木があると、落ち着くんだろう。 リラックスしきった表情だ。 「クーン……」 ラズリーはオレの胸に飛び込んできた。 知らない場所で、知らない人がたくさんいるとなると、不安になるんだろう。怯えた目で周囲を見つめている。 「大丈夫だって。少しは落ち着けよ」 弱気になっているラズリーの頭を撫で、つぶやく。 いつまでもこのままっていうのは、オレとしても困るんだよな。 新しい場所に行くたびにこれじゃあ、オチオチ屋外で昼寝なんてしちゃいられない。 それに比べて…… 「ピッピ〜、ピッピ〜♪」 楽しそうにはしゃいでいるリッピー。 木の傍で走り回っている。 舞い散る花びらの中で踊ってるつもりなのかもしれない。 陽気な性格はこういう場所で如何なく発揮されるんだろうな。 ラズリーも、少しはリッピーみたいに陽気になれるといいんだけど。 今すぐには無理な相談だけど、いつかはそうなってもらいたいもんだ。 いつかどこかで進化した時もそれじゃ、本気で困るから。 臆病なサンダースとかブースターとかシャワーズとかってのも、なんだかサマになってないから。 「ま、そんなに慌てなくたっていい。少しずつ変わってけばいいんだからさ」 「クーン……」 オレの傍にいると少しは落ち着くんだろう、ラズリーは身体を丸めた。 臆病な性格が少しでも変わるまでは、いつでも傍にいてやらなくちゃいけないんだよな。 それに…… ラズリーに投げかけた言葉は、同時にオレ自身に向けたものでもあったんだ。 少しずつ変わっていかなくちゃいけないってこと。 いきなり変わるなんて無理だって思う。 でも、いつまでも変わらないなんて、それじゃあ親父に一生勝てないってことと同じなんだ。 少しずつでも強くなって、親父に負けないくらいにならなきゃ。 いつまでも負けてばかりはいられないんだ。 親父をどうにかして打ち負かさなきゃ、オレはオレの望む道を歩いていけないような気がするんだ。 親父の影に怯えて、コソコソと泥棒みたいに日陰を歩いていかなくちゃいけない……そんなのは金輪際お断りだ。 一刻も早くトレーナーとしての実力を身につけて、親父を打ち負かさなきゃ。 急がば回れって言うように、たまにはゆっくりと気持ちを落ち着けることも必要なんだ。 冷静にならなきゃ、思うように動けないものだから。 都合のいい言葉だなって自分でも思う。 だけど、人間ってそういうものだよ。都合のいいものは信じて、都合の悪いものは信じない。 無理に抑圧する。 オレだってそうだ。都合の悪い親父の言葉は信じない。頭から否定する。 まあ…… 生きるってのはそういうことを幾度となく繰り返すってことなんだろうから、奇麗事なんて言わないよ。 十一歳とは思えないような考えだなって自分でも思う。 じいちゃんからは、 「おまえは歳の割にはどこか大人びているようじゃな」 なんて、呆れてるんだか感心してるんだか分からないような口調で言われたこともある。 まあ、オレ自身はあんまり気にしてないんだけどさ。 「少し、ゆっくりするか……リッピー、走り回るのは程々にしとけよ。オレ、少し休むからさ……」 「ピっ」 聞いてるんだか聞いてないんだかよく分からない返事を受け、オレは木の幹に背をもたれたまま目を閉じた。 爽やかな風に吹かれてると、なんだか眠たくなってしまったんだ。 昨日の疲れが何気に取れてないのかもしれない。 少しは眠れたんだけど、寝不足は否めない。 たった一日の寝不足がどこでツケとして回ってくるか分かったもんじゃないから、休める時に休んでおこう。 なんて思ったんだけれども…… 「あーっ、見ぃ〜つけたっ♪」 びくっ。 どこからともなく聞こえてきた声に、オレは半ば無意識のうちに身体を震わせ、不吉な予感を抱いた。 恨めしいことに眠気は一瞬で覚め、見開いた目はパッチリだ。 自重で閉ざされるということもない。 この声、どぉ考えても…… 「やっほ〜、アカツキ〜っ。こんなところにいたんだねっ♪」 前方から手を振りながら駆けてくるのは、やっぱりナミだった。その脇にいるのは……カスミだった。 二人揃ってニヤつきやがって……オレの昼寝をジャマしに来たのは間違いない。 ナミもカスミも、どこか似通ってるように思えるんだから。 とはいえ……知らん振りはできないだろう。 目と目が合ったんだから、不貞寝してたって、叩き起こされるのが関の山だ。 無用なイザコザは避けておくのが正解だ。 しかし…… オレが本気で気になったのは、そんなことじゃない。 記憶に間違いがなければ、ナミとカスミは険悪。 少なくともナミはカスミのことを毛嫌いしてるはずなんだが……それがどういうわけか一緒に来てるし。 しかも笑顔で。 おおかたジム戦で気が合ったってところなんだろうけど。 ……いえ、深いところまでは追究しません。女の子はなにげに怖いんで。 「……よくここが分かったな」 傍までやってきたナミとカスミを上目遣いで見つめ、オレは拗ねた口調で漏らした。 せっかくの昼寝をジャマされたんだから、そりゃ少しは不愉快にもなる。 オレの気持ちなんて知りもしないで、よくもまあいけしゃーしゃーとやって来れたもんだ。 それも、丁寧に……オレにトドメ刺すみたいにタッグなんて組んでさ。 「だって〜、ポケモンセンターに戻っても外出中です、なんて言われちゃって〜。 で、どこにいるか分からなくなったから、カスミと一緒に花でも見に行こうかってことになって。ホントはね、アカツキも誘う予定だったんだよ。 でも、結果オーライだよね。いたんだから」 「あんたもかわいそうだね……」 「同情されるくらいなら侮蔑の言葉浴びた方がよっぽどマシだ……」 「そうしょげないで……ね?」 ナミは陽気に姦しく言うし、どういうわけかカスミには慰められちゃうし…… あー、オレの立場って一体どこに消えたんでしょーか? 「ピ?」 リッピーは興味深げにカスミを見上げている。 初対面の少女がどんな人物なのか、気になっているようだ。 ラズリーは不貞寝を決め込んでいるようだ。 まあ、カスミのギャラドスにコテンパンにされたんだから、そりゃ苦手意識も持つだろうから、今回はそっとしておいてやろう。 「で……?」 「で、って?」 「いや、オレを誘ってお花見して、それでどうするつもりだったんだろうなって思って」 「それだけだよ」 「マジ……オレ、本気で立場ねえじゃん……」 オレはガックリと肩を落とした。 結局のところ…… ナミはオレと花見をしたかっただけか。 そういや、ハナダシティに入った時に、花見しようねって言ってたっけ。 同意したってことも、今この瞬間までは忘れてたけど。 ナミは律儀にも自分で言ったことを実践してただけだったわけで…… 本気でオレの立場無ぇ…… 「そういやさ、ナミ……ひとつ聞きたいんだが」 「なあに?」 オレの隣、ラッシーとは反対側に座り、ナミは肩にもたれかかってきた。 図々しいっていうか、なんというか…… カスミはそんなオレとナミを見つめて笑みなんて深めてたりするし。 なんだかすっげぇ苦い思い出になりそうな気がするぞ。思いっきり。 ベタベタした、くだらない気分を払拭するように、疑問を口に出す。 「おまえ、カスミのこと毛嫌いしてなかったか? ポケモンセンターの入り口でいきなり怒鳴ってさ、何なのよこの子って、ずいぶんと息巻いてたよな。 その時の勢いはどぉしたんだ?」 何気に話を摩り替えるんだけど、ナミはホントに気づいてないようで……ベラベラと答えてくれやがりました。 「うーん、あたしもカスミとバトルする前はそういう風に思ってたんだけどぉ……でもね。 同い年でここまで強い女の子って、あたし憧れちゃって。 バトルが終わった頃には意気投合♪って感じなの。ね?」 「そーいうことよ」 「あ、そうですか……そりゃおめでたいことで……」 要するに…… バトルで相手のことを認め合ったものだから、つまんない言いがかりは捨てて、手に手取って仲良しこよしと…… そういうことなんだな。 女の子ってホント、風にも負けないくらい気紛れなんだろうな。 「花見花見って言うのはいいけど、本気で花を見るだけってつもりなんじゃないだろ? オレは腹が減ったらすぐにでもポケモンセンターに戻るつもりだけど」 「もちろん、そういうことは考えてるわよ」 カスミは微笑むと、背負ったリュックを目の前に下ろし、中から三段重ねの重箱を取り出してきた。 「うわ……」 辛うじて漏れ出たのは驚きの一言。 一段一段取り外して並べて置くと、そこには立派なピクニックランチの出来上がりだ。 和風の重箱には似合わぬサンドイッチやポテトフライ、コーンサラダがあったりして…… もしかしてこれ、カスミの手作りなんだろうか? なんとなく興味が沸いたものだから、気づかないうちに重箱に顔を近づけていて―― 「うふふ、気になるんでしょ。あたしの手作りかどうかって……」 「そりゃあ、な」 「残念でした。コンビニで買ったのを詰め込んだだけよ」 「あ、そう」 手作りだとしたら、時間的につじつまが合わない。 どうせ手作りじゃないとは思ってたんだけど、本人の口から否定されると、なんとも言えない気分になる。 せめてウソでもいいから「あたしが作ったのよ。美味しそうでしょ」とかって言って欲しかったな。 その方がオレもその気になるのに……何気に読まれてたのかもしれないな、そこんとこも。 「あたしたち、これでもジム戦でお腹ペッコペコなの。んじゃ、食べましょっか!!」 「賛成〜♪」 女性二人はいきなり重箱に詰められた出来合わせの弁当をぱくつき始めた。 ジム戦でいろいろとあったんだろう、食べっぷりは見事の一言に尽きた。 コンビニのサンドイッチを至福の顔で食べてるのを見ると、本当に疲れてたんだなって思うよ。 あっという間にサンドイッチは残り一切れになって、タマゴとハムが挟まれた最後の一切れを掻っ攫うようにオレはつかみとった。 「で、意気投合して花見しに来て……それで何をするつもりだったんだ? その後は?」 「あんたたちからいろいろと聞こうと思って」 「いろいろと? 何を?」 「決まってるじゃない。あんたたち、オーキド研究所の関係者なんでしょ。近況でも……ね」 「ちゃっかりしてるな」 「ちゃっかりしてるわよ。そうでもなきゃ、旅なんてやってられなかったわよ」 「なるほど……」 ちゃっかりしてるな、ホントに。 花見なんかただの口実じゃないかって、疑いたくなってきたよ。 コンビニのサンドイッチとかの出来合わせとはいえ…… ちゃんとした形で弁当を持ってきたところを見ると、そこを確信的にしたかったという意図はミエミエだ。 まあ、そういうのもたまにはいいだろう。トコトンまで付き合ってやろうじゃないか。 カスミの度胸と行動力に敬意を表して。 「あんたたち、旅には出てばかりなの?」 「ああ……一週間ちょっとってところだ」 「へえ……にしては、ポケモンバトルには慣れてるところがあったわね。 マサラタウンにいた頃にいろいろとやってたの?」 「これでも知識には自信があるからな……こいつはどーだか知らねえけど」 オレはおにぎりを頬張りながら、怒涛の勢いで口の中に食いモン押し込んでいくナミを親指で差した。 ナミに関しては、ポケモンの知識云々ってモノより、トレーナーとしての気質って方が強いんだろうけど。 ガキの頃から、オレはオレ自身よりもナミの方がトレーナーとしての素質があると思ってきた。 じいちゃんもそう思ってるらしいからさ。 親父がオレを研究者にしようと思ってるのは、研究者としての素質の方を強く持ち合わせているからだろう。 まあ、素質を生かすも殺すもオレしだいのわけだし…… 望んでもいない道を歩まされるくらいなら、少しくらい劣っていようと、トレーナーとして頑張る方がマシだ。 「それでも、すごいわよ。あーあ、あたしも形無しよね。旅に出て一週間弱の相手に負けちゃうなんてさ」 笑みなんて浮かべながら肩を竦めるカスミ。 本気でそう思ってるとは思えないような顔だな。 ポケモンバトルに『絶対』がないっていうことを知っているからこその反応だろうか。 そんなに悔しがってるようには見えない。 「キャリアはサトシやシゲルには勝てないだろうけど、それを補うだけのものは持ってるつもりだ」 「そうね。そうじゃなきゃ、あんな戦い方するわけないもんね」 「ヘドロ爆弾のことか……もしかして、まだ怒ってるのか?」 「ううん、吹っ切ったわ」 「そっか。安心した」 あんな戦い方か……褒められてるとは思ってないけれど。 そりゃ、ジムの水槽に毒を流し込んだり、ソーラービームで水を蒸発させるなんて。 そういう戦い方、普通は思いつかないだろうから。多少は根に持ってるんだろうな。 「ハナダジムは二つ目のジムなんだって? この子から聞いたよ」 「ああ……ニビジムのグレーバッジを頂いてきた」 「タケシに勝ったんだ。すごいじゃない」 「そういや、一時期一緒に旅してたんだって?」 「うん」 旅をしていた頃のことを思い出したんだろうか、カスミはニコニコしていた。 楽しいことの方が多いっていうのは、オレとしてもうらやましい限りだよ。 今はまだ、どっちの方が多いなんて言えるほどの時間を外で過ごしてるわけじゃないからな。 サトシとカスミとタケシ……あとケンジ。 一緒に旅をしてたらしい。 オレンジ諸島を旅していた頃はタケシの代わりにケンジがいたらしいけど…… そういや、サトシは意外と変なところで頑張ってるみたいだった。 オレンジリーグを制覇するわ、どこかの街のお祭りじゃ優勝掻っ攫うわ…… 積極的にいろんなことにチャレンジしてるのは、オレも見習いたいと思ってる。 「サトシからは連絡とかあるの?」 「あるらしいけど……オレはよく分からない。じいちゃんとテレビ電話してるところなんか、見たことないし」 「じ、じいちゃん……って?」 「あ……」 つい……口に出しちまった。 オレは開けた口を塞ぐことすら忘れていたよ。 つい……言っちまった。じいちゃんって。 ナミはひたすら食べていて話に首を突っ込んでくる気配すら見られない。 リッピーはカスミに興味を失ったようで、木の周りをまた走り出した。 ラズリーは不貞寝を決め込んでいるし、ラッシーは本当に気持ち良さそうに眠っている。 こっちは不貞寝じゃないだろう。 つまり……オレには助けてくれるべき味方がいないわけで…… どうしようかと思っていると、 「あんた、まさかと思うけど……」 彼氏の隠し事を知って頭に血が昇った彼女のような顔を近づけ、カスミが追及するような口調で言った。 「オーキド家の人間?」 「そうだよ」 隠し立てはやめた。 ここでウソをついても、調べれば分かること。 じいちゃんと面識があるんだから、それくらい聞き出すのは造作もないことだろう。 なら、白状するしかない。 ……って、オレは凄む検察官を前に自白する容疑者かよ。 「オーキド・アカツキ……それがオレの名前だ。 シゲルと同じで、おまえがオーキド博士って呼んでるオーキド・ユキナリ博士はオレのじいちゃんだ」 「へえ……シゲルと同じ立場なんだ。どぉりで強いと思った」 「関係ないような気もするんだけどな」 「そうね」 オーキドっていう名前でオレ自身のこと判断されるのは嫌だ。 一生その名前が付いて回るんだから、今さらそれを捨てることはできない。 けれど、なるべくならそういうのは抜きで他人と付き合っていきたいと思う。 カスミも、少しはオレのことを『オーキド家の人間』と見ているのは間違いない。 タケシほど簡単に割り切ってはくれないんだろうな。 「オレはオーキド家の人間だけど……あんまりそのことをひけらかしたりする気はないよ。 他人にとってみれば嫌味でしかないだろうし。 オレも、オーキド家の人間だっていう理由だけで優越感に浸るつもりなんてないからさ」 「シゲルと似た考えだね。あいつも同じことを言ってた」 「シゲルが?」 「うん」 満面の笑みを湛えるカスミ。 その笑みを見て―― タケシと同じようにオーキド家って名前を割り切ってくれたらしい。理解ある人でよかったと思う。 変に媚び売ってきたりするような人間がジムリーダーになんか、なれるわけないんだけどさ。 でも…… シゲルと同じってどぉいう意味だか。 短い間とはいえ、オレとあいつはライバルだった時期があるんだ。 だから、同列に扱われるってことには、どうしても抵抗を感じてしまう。 「オレからもひとつ聞いていいか?」 「なあに?」 カスミはとぼけた顔でオレの言葉を待っている。 本気でそう思ってるってことか…… まあ、どうでもいいや。 今、オレとシゲルは袂を別っているんだ。同じテーブルに夢は共存していない状態。 なら、同列に扱われるということもない。 そう考えれば、少しは慰めにもなるんだから。 「サトシと出会ってからさ、あいつは成長してるのか? あいつがマサラタウンに帰ってきた時は……オレ、忙しくて会えないこと多かったからさ。 気になるんだよな」 「あいつはいつでも一生懸命だから……成長してるよ、一日一日。確かにね」 カスミは白い雲が泳ぐ青い空を見上げた。 その目がとてもとても遠い場所を見ているような気がするのは、果たして気のせいだろうか? 「カントーリーグでしょ? オレンジリーグに、ジョウトリーグ、今はホウエンリーグに出ようとしてるみたい。 オレンジリーグ以外は優勝できなかったけど、あいつはあいつなりに、自分の欠点と向き合って、 最高のポケモンマスター目指してまっしぐらなのよ。 そんなあいつのペースに引き回されたことだって、一度や二度じゃなかったもの。 今じゃ、いい思い出よ。ささいなことでも」 「そっか……」 シゲルと比べて、サトシの動向ってのは、イマイチ耳に入ってこないんだ。 だから、意外に思ったよ。 マサラタウンにいた頃のサトシは、何かといえばオレやシゲルをライバル視してた。 シゲルは何が楽しいんだかサトシをライバルだって認識してたから、ガキの頃から張り合ってきたんだっけ。 一方、オレは別にあいつにはあんまり興味なかったし、適当に往なして済ませてた。 勘違いしてもらっちゃ困るんだけれど…… 逃げてたワケじゃない。 構うことがめんどくさいというか、時間の無駄というか…… いろいろ張り合ったって何にもならないって思ってたからさ。 だけど、シゲルとはビリビリ火花散らせてたっけ。 身近にいる方が、余計ライバルとして認識できたってことなのかもしれないけど。 「アカツキはサトシとは面識あるんでしょ?」 「あるよ」 ないとでも思ってたのか。 まあ、サトシは成長してるのかなんて聞かれちゃ、そう思うのも無理はないかな。 「あいつ、オレのこと一方的にライバル視してきたっけ。 自分で言うのもなんだけど、すました態度してるのが気に食わなかったみたいだな。 相手にされてないって思い込んでたんじゃないか?」 「そうね。あいつは結構ヤケになって突っ走ることだってあったから。 でも、意外だな」 「そうか?」 今に始まったことじゃないんだ。意外ってほど意外じゃないだろう。 オレは胸中でつぶやいてた。 でも、どうしてだろう。とても清々しくなってくる。 今のオレって、ポケモントレーナーでも、ポケモンブリーダーでもない。 増してや、カスミはジムリーダーとしてここに来ているわけじゃない。 一人の人間として、十一歳の少年少女として接しているんだから、そりゃ清々しくもなってくるんだろう。 たまには、トレーナーであるということを忘れてもいいのかもしれない。 いつも気持ちを糸みたくピンと張り詰めてたら、いつかは音を立てて切れてしまうってことなんだろうか。 なんて思いながら、いろいろと話に花を咲かせるオレとカスミ。 自然と笑みが浮かんでるってことに気づいたのは、それからしばらく経ってのことだった。 途中でナミも話に加わってきて、和気藹々とした雰囲気を存分に感じていた――その時だ。 ずごぉぉぉんっ!! 突然横手から爆発音が聞こえ、オレは弾かれたように飛び起きた。 半ば無意識に音の聞こえた方に身体を向ける。 「な、なに!?」 「ブ、ブイッ!?」 突然聴こえた爆音に、みんなして驚いた。 でも、驚くよりもやんなきゃいけないことって、きっとあるんだと思う。 「みんな、戻れ!!」 オレはみんなをモンスターボールに戻すと、駆け出した。 花火とかが暴発したような音じゃない。 ホントの『爆発』だ!! 何があったのか、確かめなきゃ。 野次馬根性って言われりゃそれまでだけど、大変なことが起きてるんだとしたら、いても立ってもいられない。 「あ、あたしたちも行ってみよっ!!」 「そうね!!」 少し遅れてナミとカスミがついてきた。 かすかな足音でそれを確認すると、前方に煙が立ち昇っているのを見つけた。 黒煙って言うほど黒くはないけど、だからといって白くもない。 明らかに『何かがあった』ってことだ!! 走っていくにつれ、あることに気づく。 オレたちとは逆の方に――こっちに向かって走ってくる人の数が増えてきてるんだ。 みんなパニックに顔を染めて、逃げるような足取りだった。 走ってくる人たちを掻き分けて走っていくと、突然視界が拓けた。 腕を組んで立っている男女が、なにやらつまらなそうな顔をして佇んでいる。見慣れないポケモンをそれぞれ従える形で。 何か危険なニオイがする。半ば本能に近い感覚でそれを感じ取り、オレは立ち止まった。 金髪をツインテールにした女と、鮮やかなグリーンの髪を短く切り揃えた男。 歳は両方とも二十歳過ぎといったところか。 胸元に大きく『R』とプリントされた黒いスーツをまとっている。 スーツと言っても、身体にピッタリフィットするダイビングスーツに近い。 普通の服装なら、それなりに美男美女と引き立っていたんだろうけど、 ファッションにしてはお粗末過ぎるその服装が人間を台無しにしてしまっている、といったところか。 でも……その目には危険な何かが宿っているように思えるのは、果たして気のせいだろうか? なんて思っていると、女の方がこっちを向いた。 「……!?」 「おや、子供が残っていたのかい。これはちょうどいい」 「飛んで火に入るなんとやら、とはこのことだ」 女の声に、男も振り向いてきた。 一体、なんだっていうんだか。何がなんだか分からないでいると、追いついてきたカスミが声を上げた。 「あーっ、あんたたちーっ!!」 「うわっ……!!」 いきなり耳元で声を上げられたものだから、思わず飛び退いてしまったよ。 でも……カスミはこの人たちのことを知ってるのか? 改めて男女を見やる。 「ヤマトにコサンジ!!」 名前と思われる――それにしては妙に古風漂うのは気のせいだろうか?――言葉を叫ぶカスミ。 すると、なぜか男の方が目くじらを立て、猛烈に反論してきた。 「コサンジじゃな〜いっ!! コサブロウだっ!! いい加減人の名前を覚えろぉぉぉっ!!」 名前呼び間違えられたことに怒ってるみたいだ。 でも……いい加減って言ってるあたり、カスミは何度も呼び間違えてるんだろうか。 まあ、紛らわしい名前だってことは否めないけど。 「カスミ、この人たち……一体なに? どう見ても善人には見えないけど」 素直な気持ちを口にする。 証拠はないけど、この人たちがさっきの爆発の張本人であることは疑いようがない。 ふたりの背後に小さなクレーターができているし、傍にいるポケモンは確か…… カントー地方じゃ見慣れないポケモンだから、頭ん中から名前と特徴を引っ張り出すのに時間がかかった。 その間にも、カスミはいよいよ怒ったように眉を吊り上げて声を上げた。 「あんたたち、一体こんなトコで何してんの!!」 「ふっ……」 女は妙にたっぷり口紅塗られてタラコみたいになった口の端を笑みの形にゆがめた。 まるで、何も知らない子供をバカにしているような笑みを浮かべ、口にした言葉は…… 「一体こんなトコで何してんの!! と聞かれたからには特別に答えてやろう」 「ボスに献上する上質のポケモンをゲットしに来たのだ!! こういう人の良く集まる場所なら、ポケモンも集まる!! とはいえ、ちょっと騒ぎを起こすだけで逃げ出すような連中では持ってるポケモンもたかが知れてるんだよなあ……」 「余計な事は言わんでいい!!」 男――コサブロウって名前らしい――が意気揚々とベラベラしゃべるものだから、 女――どうやらこっちがヤマトって名前らしい――が言葉通りのことを言ってその頭を叩いた。 これ、夫婦漫才? なんてことを思ってしまうけど。 「アカツキ、ナミ。こいつらはロケット団よ!!」 「ロケット団? じゃあ、あのRってマークは……ロケット団ってことなのか?」 「そう!!」 ロケット団……カントー地方を根城にして各地で活動しているという犯罪組織だ。 そういえば、トキワジムが壊滅した件についても関与していたと言われてるけど……組織の団員を直接この目で見るというのは初めてだ。 まあ、そんなに目立ちまくっていれば、今頃は摘発されててもおかしくないだろうから。 犯罪組織の人間にしては、口が軽い。 「特別に答えてやろう」 「ボスに献上する上質のポケモンをゲットしに来たのだ」 なんてベラベラしゃべってる。どうせ下っ端なんだろうな。 「そうとも、我らは誇り高きロケット団の一員!!」 「ポケモンを使って悪巧みして、暗躍して、ガバガバ大もうけするのだぁっ!!」 「ホントにロケット団なのか、こいつらは……」 得意気な顔をして、口から生まれてきたんじゃないかと思わせるほどおしゃべりな犯罪組織の人間がどこにいるんだか。 思わず疑いたくなって、カスミに言葉を向けるけど、 「一応ロケット団なのよ。旅してた時に、何度ジャマされたか!!」 なんでだか逆ギレされた。 その相手はもちろんヤマトとコサンジ……じゃなくてコサブロウみたいだけど。 今にも口から怪光線でも出しそうな顔して、手にはモンスターボールをがっちりつかんでいる。 「そっか……」 夫婦漫才する犯罪組織の人間ってのも、ある意味で珍しいんだろうけど、カスミがウソついてるようには見えない。 ウソであんなに怒ったりはしないだろう。 なら…… 花見客で賑わう場所で騒ぎを起こして、上質のポケモンとやらを捕まえようとしていたことも、あながちウソでもないってところか。 正義の味方なんて気取るのはガラじゃないけど、こういう奴らって野放しにしてちゃダメなんだよな、きっと。 それに…… カスミが立ち向かってるところを見ると、そんなに強くもなさそうだ。 ヤマトの傍にいるのは、見た目黒い犬で、種族名はデルビル。 悪タイプと炎タイプを併せ持っていて、炎タイプの技が強力だ。 コサブロウの傍にいるのは、頭のてっぺんに角のような突起のあるポケモンで、名前はカポエラーという。 格闘タイプのポケモンで、肉弾戦を好むんだ。 全体的に見て、そんなに手強いポケモンではないけど、油断はできない。 「飛んで火にいる夏の虫とは、まさにおまえらのことだ。ならば、ここでゲットしてやろう!!」 「させるもんですか!! 来て、スターミー!!」 ロケット団のふたりに対抗すべく、カスミはスターミーを出した。 ジム戦では出してこなかったけど…… スターミーは、なぞのポケモンと呼ばれている。 星型の物体をふたつ、向きを変えて重ねたような身体。 身体の中心には、宝石のような核(コア)が陽光を受けてキラキラ光っている。 カスミが持ってるだけあって、スターミーは水タイプの強力なポケモンだ。 エスパータイプも持ち合わせているから、技の幅もそれなりに広い。 なるほど、考えたな。 スターミーの水タイプはデルビルに有利だし、カポエラーに対しても、エスパータイプの技で大ダメージを期待できる。 ただ、デルビルの悪タイプはエスパータイプの天敵だから、そこにさえ気をつければ、かなり有利だ。 じゃ、オレはどうしようか…… 腰のモンスターボールに手を触れて、誰を出そうか考えていると、 「あたしも手伝うよっ!!」 ナミがオレの前に躍り出てきた。 なんか、すっごくやる気になってるように見えるのは気のせいだろうか? 友達であるカスミが悪役に立ち向かおうとしてるのを見て、自分だけ黙ったままでいるのは嫌だと思ったんだろうか? どっちにしても、やる気になったナミを止めるのは、多分無理だろう。 腰のモンスターボールを引っつかんで頭上に掲げると、 「トパーズ、キミの力、見せてあげて!!」 ぽんっ!! 呼びかけに応えてポケモンが飛び出してきた!! 「ワンワンッ!!」 「え……!?」 飛び出してきたポケモンを見て、オレは本気で驚いた。 トパーズが……進化してるぅ!? 「サンダースにスターミーか。なかなかいいポケモンだ!! なら、早速ゲットさせてもらうわよ!!」 「行けーっ、カポエラー!! トリプルキックだ!!」 あまりの衝撃に何も言えずにいるオレを置き去りに、事態は一つ一つ着実に進行していく。 「デルビル、火炎放射!!」 ナミとカスミのポケモンを『上質』と判断したようで、ヤマトとコサンジ…… だーっ、紛らわしい!!――コサブロウは自分のポケモンに指示を出した。 サンダース……って、トパーズ、いつの間に進化したんだ!? 夢じゃないかと思って目を擦ってみたけど、トパーズの姿はまるで変わりやしなかった。 夢じゃない、やっぱりトパーズは進化してるんだ!! イーブイの進化形は五つ。そのうちのひとつ、サンダース。 電気タイプのポケモンで、黄色い体毛は身体に溜め込まれた電気で逆立っていて、針のような鋭さを持っている。 トレーナーや心を許した人間、あるいはポケモンが触れる時は毛を逆立てないってことを聞いたことがある。 でも、今はその時じゃないって、トパーズ自身も感じ取っているようだ。 いや、そんなことはどぉでもよくて…… オレの記憶に間違いがなければ、ハナダシティに来るまでの間に進化したってことはありえないはずなんだ。 いつでも行動を共にしていたから。 ハナダシティに着いてからってことか。 ナミはどうにかして雷の石を手に入れ、トパーズをサンダースに進化させたということしか…… 少なくともオレには考えられない。 一体どうなってるんだか…… 複雑に絡まりあった事象が頭の中を埋め尽くして、一瞬何にも考えられなくなってしまう。 科歩得たラーは角のような突起を地面に押し付けて、逆立ちする格好で回転を始めると、そのままの体勢でスターミーに向かってくる!! ヤマトの目の前で脚を肩幅に広げると、デルビルが口を大きく開いて紅蓮の炎を吐き出してきた!! 先手はロケット団の二人だが、カスミとナミが黙っているはずもない。 「カスミ、カポエラーって方は任せるよ!!」 「オッケー!!」 昨日あんなに毛嫌いしていたとは思えないくらい、ナミはカスミと呼吸をピッタリ合わせていた。 役割分担もすんなり決まり、それぞれのポケモンが相手にするポケモンを見据える。 「スターミー、サイコキネシス!!」 「トパーズ、炎からスターミーを守って!! 守る!!」 スターミーはその場から動かず、エスパータイプでも高度な技を発動させる!! その全身が淡い光に包まれると、唐突にカポエラーの回転が止まり、凍りついたように動かなくなる。 その身体にも同じ色の光が宿り―― 技を発動して動けないスターミーにデルビルの火炎放射が迫る!! だが、技の威力が高くても、水タイプのスターミーには大きなダメージを与えられない。 それでも、ナミはスターミーがダメージを受けることを望んではいなかったようだ。 先回りするように、トパーズが持ち前の俊足を生かして、一秒と経たずにスターミーの前に滑り込む!! 「ワォォォォンッ!!」 天に向かって咆える。 刹那、その前に青い壁が出現し、矢のような勢いで突き進んできた炎と激しくぶつかった!! しかし、炎は青い壁に阻まれて左右に吹き散らされる!! 「くっ、デルビル、直接サンダースを狙え!! ヘドロ爆弾!!」 ヤマトは悔しそうに歯軋りなどしながらも、次の指示を下す。 だが、ナミがそんなことを許すはずもない。 デルビルは高く跳びあがり、口から毒素を凝縮したボールを吐き出す!! 黒々とした液体を周囲に撒き散らしながらトパーズに迫る毒タイプの技。 対して―― 「10万ボルトだよっ!!」 ナミの指示と同時に、トパーズは全身に蓄えられた電気を一瞬にして解放した。 空気絶縁すら突き破る強烈な電撃が、空中にいるデルビルへ向かって突き進む!! 「デルッ!?」 空中で逃げ場のないデルビルに、電撃が容赦なく突き刺さる!! 「なっ、デルビル!?」 ヤマトの表情が驚愕に歪んだ。 トレーナーとしての経験が豊富とは思えない少女に、短い間にここまでされるとは思っていなかったのだろう。 強烈な電撃に打たれたデルビルが力なく地面に落ちる。 毒素がたっぷり詰まったボールは強烈な電撃に触れると、途端にバラバラに弾けて消え失せた。 コサブロウも同じように驚いていた。 スターミーのサイコキネシスによって徐々に持ち上げられるカポエラーを見て、 「振りほどけ!!」 サイコキネシスの呪縛を振りほどけと指示するが、カポエラーはまったく身動きが取れない!! これがサイコキネシスの怖いところ。 発動すると動きを封じられた上に、どこかに叩きつけられるとかしてダメージを受ける。 技を発動している方も動けなくなるが、1対1のバトルでは反撃される恐れがない。 シングルバトルにおいてはトレーナー泣かせの技なのだ。 カスミがスターミーをジム戦で出さないのは、そこのところを考慮していたからかもしれない。 カポエラーは五メートル以上も持ち上げられ―― 「サイコキネシス、ストップ!!」 カスミの指示と共に、スターミーがサイコキネシスを解除する。お互いの身体の光が消え、自由を取り戻す。 「水の波動!!」 翼のないポケモンは空を飛べない。 重力にしたがって地面に落ちていくだけだ。 カポエラーも、自由を取り戻したはいいが、いきなりの落下に驚きを隠しきれない様子だった。 そこへ、スターミーが身体を回転させ、コアから渦を巻く水を発射した!! 水の波動……超音波を含んだ水流を発射し、ヒットした相手を時々混乱に陥れることがある。 技の威力こそそれほど高くないが、追加効果が魅力的で使っているトレーナーが意外と多い。 スターミーが発射した水流は、自由落下中のカポエラーに見事ヒットした!! 撃ち落とされたハエのように墜落するカポエラー。 水流に押されて、落下地点は微妙にずれて―― 『あ』 ヤマトとコサブロウの声がちょうど重なり、カポエラーは力なくぐったりしているデルビルの上に落ちた。 カスミとしてもそこまで狙ったつもりはなかったのだろうが、だからこそ偶然というのは恐ろしい。 サイコキネシスによって縛られている間も、カポエラーはダメージを受けていたようだ。 そこに水の波動が加わって、大ダメージ。 デルビルも、たかだか一発の電撃で完全にのびている。 両方とも体力に優れたポケモンとは言えないので、強烈な技を一発食らうだけで戦闘不能になることがままある。 で……今は間違いなく戦闘不能になっていた。 「ば、バカな……なんでわたしたちが……」 自信のポケモンをあっさり戦闘不能にされ、驚愕するヤマト。 「こんなにあっさりと…… これでも、ロケット団の中では将来は有望と……なのに負けるのかぁぁ……!?」 「意外と……あっけなかったね?」 ニコッと笑うナミ。 「そうね」 笑い返すカスミ。 短い時間のバトルでも、それなりに信頼関係を築けたようだ。 トパーズがデルビルの炎を吹き散らしてくれたからこそ、安心してサイコキネシスを発動させることができたのだ。 サイコキネシスは強力な技だが、だからこそ高い集中力が必要となる。 いくらダメージが小さくとも、炎の中にいては、いつ集中力が途切れるか分からない。 そうなると、カポエラーも自由を取り戻し、炎と格闘タイプの技をダブルで受けていた。 カスミは不意に先ほどのジム戦を思い返した。 ナミのトパーズに手ひどくやられたものだ。 一番手のガーネットは倒せたものの、満を持したように登場したトパーズによって、ギャラドスはあっけなく倒された。 目の前に折り重なって倒れているカポエラーとデルビルのように。 「あはは……」 その時の光景が微妙にダブって、力ない声がこぼれる。 「あたしたちの勝ちだね、おばさん♪」 「なっ……!!」 ナミが勝利を素直に喜んでいるのに対し、ヤマトは最後の一言に怒りを膨らませていた。 おばさん…… 年頃の女性に対しては禁句(タブー)となっている言葉だ。 男性に対して「おじさん」と言うよりも、精神的なダメージは圧倒的に大きい。 刃物で胸を抉られるような痛みがヤマトを襲う。 痛みは怒りとなって顔に出てきた。 「あ……ダメだって、ナミ。いくら本当のことだからって口にしちゃ」 「あ、そうだね。ごめんカスミ」 「うがーっ!! よくも言ってくれたわね!! おばさんですって!? あたしのどこがおばさんだってゆーのよ!!」 「お、おい……」 完全に棒読みのカスミとナミに、怒り爆発のヤマト。 ポケモンをモンスターボールに戻すことも忘れて、今にも突っ掛からんばかりの雰囲気。 それを諌め、腕をつかんで引き止めるコサブロウ。 完全にお笑い芸人のショーになっていた。 さしずめ第二幕といったところか。 「あーっ、やる気満々だねぇ!? だったら……トパーズ、やっちゃいなさ〜い、10万ボルト〜っ!!」 正義は我にありと完全に確信しているようで、ナミはヤマトを指差してトパーズに指示した。 トパーズはトレーナーと同様、完全にやる気になっていた。 「ワォォォォォォンッ!!」 踏ん張るように脚幅を広げると、全力の10万ボルトを放った!! デルビルに放ったものとは桁が違う。 電撃は地面を抉りながら、デルビルとカポエラーを巻き込み、ヤマトとコサブロウを直撃!! そして大爆発!! ポケモンたちと共に、盛大に吹き飛ばされるヤマトとコサブロウ。 「きーっ、悔しいっ!!」 小娘ごときに負けたことが悔しくて、ヤマトはいつの間にか取り出していたハンカチを手で引っ張りながら噛み締めている。 だが―― 『やな気持ち〜っ!!』 そんな捨て台詞を二人揃って残し、彼方へと吹き飛んで行ったのだった。 「おととい来やがれっての〜!!」 花火のように景気よく吹き飛んで行ったロケット団の二人に、ざまあ見ろと言わんばかりの口調で言うと、 カスミは大声で笑った。 いいことをした後は気持ちがいい……というわけではなく、本当にウサ晴らしになったと思っているからだ。 「いや〜、トパーズったら強くなったねぇ。ガーネットと同じくらい強くなったよ、たぶん」 「ワンっ!!」 ナミが腕を広げると、トパーズはトレーナーの胸に飛び込んでいった。 心許すトレーナーには、毛を逆立てない。 滑らかな肌触りに、ナミは思わずうっとりしてしまうほどだ。 これがバトルになると鋭く尖り、ポケモンを傷つける刃となるのだから、本当にリラックスしていることは間違いない。 「う〜ん、やっぱり進化はサンダースに限るよね〜」 ナミは今さらのように黄色い悲鳴を上げた。 と、そこでオレは眼前からロケット団の二人……ヤマトとコサンジとかいったか――がいなくなっていることに気づいた。 なんか、気のせいか? 記憶がちょいと飛んでしまってるような気がするんだけど……うーん、なんか変だ。 頭を軽く横に振って―― 目に入ったのは、抱き合うナミとトパーズ。 というより、ナミがトパーズに押し倒されてるけど。 トパーズはとてもうれしそうな顔で、じゃれついてるつもりなんだろうな。 ……って、トパーズはサンダースに進化してたんだっけ? 一体いつの間に…… あれこれ考える間に頭がややこしくなって、気がついたら今だったんだ。 下手に考えるとあんな風になるってことなんだろうか。 うーん、なんだかワケ分かんない。 「なあ……」 「なあに?」 話どころではないナミより、オレはカスミを選んだ。 「あの二人、どーしたんだ?」 「倒したわよ」 返ってきたのはごく当たり前な答え。 で、オレはどういうわけかそれすら忘れてこう返した。 「誰が?」 「あたしとナミが。決まってるじゃない。あいつらが自分で逃げるわけないって」 「ああ、そっか」 「当たり前のことじゃない。 あんた、そういえばどうしてたわけ? ぼーっとしてたままだったけど」 「ああ……いろんなこと考えてて、それどころじゃなかった」 「そう……」 やたらと『ぼーっとしてたまま』というところを強調されたけど、それ以上は何も言ってこなかった。 オレにとっては実にありがたいことなんだけど、そこになんだか含むところが在るように感じられるのは気のせいだろうか? 敢えて訊かないのでは、と余計な勘繰りさえしてしまう。 ホント、どうにかしてるよ、オレ。 なんだかワケ分かんないうちに、ナミとカスミは協力してあの二人を追い払ったんだ。 何もできなかった自分の不甲斐なさに腹が立たないわけじゃないけど、それよりも、気になることがあるんだった。 その晩。 オレはシャワーを終えて部屋に戻った。 ナミは先にシャワーを済ませてて、ベッドの上で、一緒に身体を洗ったガーネットとトパーズの毛を櫛で梳いていた。 隣のベッドで――しかも同室で――寝るってことに抵抗がないわけじゃない。 ……っていうか大アリなんだけど、今さら部屋変えてくれって言ったところで余計な確執を生むだけ。 オレとしては、それと引き換えにするのが嫌だから、渋々同室ってことに同意したってワケ。 まあ、今になっちゃそれも過去の話なんだけれど。 ホントは何歳なんだオレ? 自分自身でそんなツッコミさえ入れられそうだけど、無視無視。 「ナミ、ひとつ聞いていいか?」 「なあに?」 ナミはひどく上機嫌だった。 鼻歌なんて交えながら、トパーズの毛を梳いている。 トパーズはバトルの時のように毛を逆立てることもなく、うっとり夢心地の表情を浮かべて、なされるがまま状態。 イーブイだった頃と比べると、身体も結構大きくなって、ガーネットとタメ張れるくらいになってる。 全体的に能力が底上げされてるから、イーブイの頃とは比べ物にならないくらい強くなってるんだろう。 なんていうか…… 違和感、感じちゃうよな。 いつの間にかサンダースに進化しちゃってて。 その疑問を解決すべく、オレは切り出したんだ。 「トパーズ、いつの間に進化したんだ? オレ、あそこで見るまで知らなかったぞ」 あそこ、とは他でもない。 ハナダシティの北、ゴールデンブリッジの向こう側にある、花の名所だ。 いろいろと美しい花が咲いていた。 オレとしては…… ナミがそれを隠してたってことを責めるつもりはない。 いつどこで誰がどのように進化しようと、それは自由だし、オレが口出しできることじゃないから。 でも、いつ進化したのか、どういう経緯があったのかは知っておきたい。 ナミって、変なところでチャッカリしてるくせに、変なところで間が抜けてるんだ。 変なことに巻き込まれてないか、心配させるんだよな。 本人にその気が無いのが、余計に始末が悪いよ。 「うん。アカツキには説明してなかったよね」 毛を梳く櫛を止め、ナミはニッコリ笑いながらこっちを向いてきた。 パジャマ姿で笑みを向けられるとは思ってなかったな。 なんだか、ドキッとしたよ。それこそ、なんでだか分かんないけど。 「トパーズはね、今日ハナダジムに行くちょっと前に進化したの」 「ちょっと前?」 「うん。ポケモンセンターを出て……ハナダジムに行くまでの間かな」 「はあ? なんだよ、それ」 ポケモンセンターにいた時とか、ハナダジムのジム戦が終わった後とか、タイミング的にはそのどっちかだと思っていた。 だから、驚きは隠しきれない。 かといって、ナミがウソをついてるようには思えないんだ。 ウソをつくの、世界の誰よりも下手だから。 旅に出る前のことだったっけ。 一度ナミがオレにウソついたことあるけど、あっさり見破ってやった。 ナミはウソをつくと笑うんだ。 今浮かんでいる笑みは、その時とは別だから、ウソをついてないってことは分かる。 だから、余計信じられない気持ちなんだ。 「スキップしながらハナダジムに向かってたらね、変なおじさんに呼び止められたの」 「変なおじさん? それって変質者って意味か?」 訊き返すと、ナミは人差し指を口元に持ってきて、眉根などひそめて、 「どうだろう? 変な帽子かぶってて、サングラスかけてて、ヒゲもじゃで…… ちょっと変わってたと言えば変わってたけど」 「それを変質者ってゆーんだ、覚えとけ」 一体何がなんだか……ますます分からなくなっていく。 変な帽子とサングラス、ヒゲもじゃと来れば、どう見たって変質者だろ!! これにマスクが加われば完璧なんだけど、そんなことは問題じゃない!! それとトパーズの進化とどう結びつくのかってことが重要なんだ。 オレには接点なんか到底見出せそうにないから、余計信じらんない。 ともかく、ナミの話を聞いてみなくちゃ始まらない。 「で?」 先を促す。 ナミは何事もなかったかのように言った。 「その人にね、キミのイーブイを進化させるための石をあげようって言われて〜。 目の前にね、炎の石と水の石と雷の石差し出されて、一つくれるって言われたの。 だから、雷の石選んで、そこでトパーズをサンダースに進化させたんだよ♪ あたしね、トパーズはサンダースに進化させよう!! って前々から決めてたの。 ほら、だってサンダースってカッコイイじゃない!! 電気タイプってシビれるぅ〜♪」 「…………」 返す言葉なんて、あるはずもなかった。 完璧にナミらしいとしか……あの、ごめんなさい。何も言えません、オレにはちょっと…… 変質者らしき人からもらった石で進化させるなんて…… およそ人を疑うってことを知らないナミだからこそって言えるのかもしれないけど。 思いっきり怪しくて、いくらオレでも素直に受け取ったりはしないぞ。 多少はなんかしてから……受け取るのはその後だ。 「で、トパーズで楽にハナダジムを制した、と」 「うん」 電気タイプのサンダースに進化すれば、ハナダジムを制すること自体はそれほど難しいことじゃない。 パウワウやギャラドスは電気タイプが弱点だ。 それも、並々と水が張られた水槽なら、電撃を放てば水槽全体に流れちまう。 パウワウやギャラドスには逃げ場なんてないんだから、的は限りなく大きくなったって言える。 その状態なら、カスミが相手でも勝つことはできるだろう。 多少は苦労したんだろうけど……オレほどの苦労はしてなかったのは間違いないだろうな。 「その変質者……じゃなくておじさんとは何か会話したのか?」 「別に。石もらったら、ハナダジムのジム戦頑張れって言って、さっさと姿消しちゃったから」 「怪しすぎ、それ……」 怪しさ大爆発。 シャドーポケモン・ゲンガーなんて目じゃないぞ、それはいくらなんでも。 変質者としか思えないような男に雷の石なんてもらうんだから。 今さらナミの性格を変えられるわけじゃないし、その変質者を突き止めるなんてことをするつもりもない。 だけど、気になるだろ、それはいくらなんでも。 ジム戦を目の前に、ポケモンが怪我する可能性がある『外出』なんてさせないはずだ。 オレもそうだけど、ポケモントレーナーは普通、ジム戦の前は、ポケモンをモンスターボールから出さない。 万が一怪我とかして、ジム戦に支障が出たら、それこそ目にも当てられないからな。 でも……もしかして、ナミは…… 試しに訊いてみる。 「トパーズはモンスターボールから出してたのか?」 「ううん。おじさんに石をもらってから出したよ」 「疑問に思わなかったのか?」 「え、なにが?」 うわぁダメだこいつ。ぜんぜん自覚ありゃしねぇ。 トパーズをボールから出してないんだったら、どうして『キミのイーブイを進化させるための石をあげよう』なんて言えるんだ? あたかもナミがイーブイを持ってることを知ってるような口ぶりじゃないか。 なんでそれを知ってるのか。 話を聞く分に、ナミはその変質者に初めて会っているようなんだ。 だから……矛盾してるところが多い。 それに、どうしてハナダジムに挑戦するってことが分かったんだか。 これは偶然って可能性もあるから明言はできないけれど…… 「怪しいなとかって思わなかったのか?」 「ああいう人って結構いるんじゃないの?」 「……まあ、そりゃそうだけど。でも、怪しいとか思うだろ、普通」 変質者が結構いるって意味じゃ、そりゃ否定はしないけど。 怪しむだろ。普通。少しくらいは。 ナミだからねぇ……って一言で済ませることはできるけど、なんでだろ、気になって仕方ない。 「人それぞれって言うじゃない」 「おまえが言うと、とても薄っぺらく聴こえるセリフだな」 「えへへ。それほどでも……」 「褒めてない褒めてない……」 褒めるどころか、侮辱と受け取られて当然なんだが…… ナミにはそういうプライドがないみたいだから、まるで効いていない。 どんな罵詈雑言も、その心を折ることはできないんだろう。 ある意味うらやましい神経だけど、あんまり持ちたくないな。 人それぞれってよく言うけど……でも、ナミの言う意味とはぜんぜん違うんだよなぁ。 変質者はそういうのに含まないって、全世界じゃ暗黙の了解になってるんだよ。 しかし…… 気にはなるけど、ナミからこれ以上の話を聞きだすのは無理だな。 そう判断して、この話は終わりにしようと思った。 いつまでも気にしてたら、本気で眠れなくなりそうだから。 「そういえば、アカツキのラズリーちゃんはまだ進化してないんだよね」 「ああ。まだ進化するには早いと思ってる。バトルの経験も、あんまりないしな」 ラズリーは無理だけど、リッピーはいつでも進化できる。 でも、そのことは言わなかった。 月の石を持ってきていたんだけど、それは今オレが預かってるんだ。 リッピーが、オレに持っててくれって、渡してくれたんだ。 言葉じゃなくても、それくらいは分かる。 だから、いつか進化できると思った時まで、月の石はリュックの中に入れておくことにしたんだ。 リッピーもラズリーと同じでバトルの経験が少ないから、すぐに進化、と言うわけにはいかない。 いろいろと経験を積んでからの方がいいって聞いたことがあるんだ。 「ま、先を越されたとは思ってるけど、そんなに気にしちゃいねえよ」 「ホントに?」 「ホント」 疑うように言葉を返してくるナミに、オレは断言した。 気にしちゃいないよ。ホントに。 だってさ、ポケモンには進化の時が訪れるんだから。 ナミのトパーズはそれが少し早かっただけの話。いつかはラズリーも進化できる。 どの進化形にするかまでは決めてないけど……なるようになるって思う。どの進化形であっても、 ラズリーがラズリーであるということは変わらないから、ありのままを受け入れられると思うんだ。 「ねえ、次はどこのジム?」 「そうだな。ヤマブキジムになるだろ。ここからは一番近い」 「ヤマブキシティって、とても大きいんだよね」 「ああ」 頷き、オレはベッドで仰向けになった。 ライトに照らされた天井を見やる。 ヤマブキシティ。 ここハナダシティの南に位置してるんだ。 四方に道路が延びてて、その先には必ず街がある、いわば中心都市みたいなものだ。 北にはハナダシティ。西にはカントーで一番大きなデパートで有名なタマムシシティ。 南には港町クチバシティに、東には静かな山間の町シオンタウン。 どうせ通ることになるのなら、そこでジム戦をやってくのも悪くないだろう。 ここからだと三日もあれば行けるだろうし…… その間に、少しでもラズリーやリッピーのレベルを上げておかないと、キツイかもしれないな。 オレのチームの主戦力は、もちろんラッシーだ。 ラズリーもリッピーも、実戦経験は乏しいし、ラッシーと比べると、戦力的にも低いのは否めない。 そればかりはどうにもならないことだけど、ラッシーにばかり頼る戦い方だけはそうそうできないだろう。 万が一ラッシーが戦闘不能になったら、その時はラズリーとリッピーで何とか切り抜けていかなくちゃいけない。 だから、その時のことも想定して、少しでもバトルの経験を積ませて、レベルアップをしておかないといけないんだ。 特にジム戦なんかはそうだ。 ニビジム、ハナダジムと、ラッシーにとって相性のいい相手が続いたからいいものの…… 今後もそういうタイプのポケモンばかりが出てくるとは限らない。 ポケモンジムはそれぞれ得意なタイプでバトルを挑んでくるけど、他のジムとタイプが重なっていることが少ないらしい。 ラッシーが苦手としているのは炎、氷、飛行、エスパー… …この四つのタイプが相手にいたら、ラッシーが戦闘不能になってしまうことは十分にありうる。 だから、ラズリーとリッピーのレベルというのが重要になってくる。 ある程度経験を積ませて……ジム戦はそれからでも遅くはない。 なにせ、カントーリーグは年末だ。今からでもまだ九ヶ月ある。 急がば回れっていう言葉もあることだし…… なにも、リーグバッジを集めるということだけがポケモントレーナーとして強くなるということじゃないはずだ。 「頑張ろうね、次のジムも」 「ああ」 次のジムか…… ヤマブキジム。どんなジムリーダーがどんなポケモンを使ってくるんだか…… オレとナミの戦力を単純に比較すると、今はナミの方が強いんだろうな。 全ポケモンの中でも屈指の素早さを誇るサンダースと、リザードンへの進化を控えたガーネット。 相性抜きで、ラッシーがガーネットとイーブンで距離が縮まっていると考えてみよう。 リッピーとラズリー二体合わせてトパーズに勝てるかどうか…… 持ち前の素早さで撹乱されたら、とてもじゃないが勝ち目はない。 ……ってわけで、総合的な戦力はナミの方が上ってことになる。 追い抜かれたのは悔しいけど、挽回のチャンスはいくらでもあるはずだ。 だから、そんなに焦りはしないよ。 さて…… 部屋の時計を見やる。そろそろ良い子は眠りに就く頃だろう。 「ナミ、明日も早いことだし、そろそろ寝ようぜ」 「うん。そうだね。はい、トパーズ、おしまいだよ」 「ワンっ」 トパーズはうれしそうに嘶いた。 本当に懐いてるんだな。 出会って十日と経ってないのに。まあ、懐いてるからこそ本当の実力も発揮できるわけだし…… だけど、懐き具合だけで言えば、オレのラッシーには絶対勝てないはずだ。 何年も一緒にいて、その間に育んだ絆は合金よりも固いって信じてるからさ。 今日はもう寝よう。 明日からはヤマブキジムに挑戦することを第一に考えなくちゃいけないんだから。 リモコンで窓やドアのカギを閉める。 最近は便利なもので、カギさえ電子的になってるんだ。 まあ、カギ本体はアナログだけど、アプローチは電子機器だ。 「おい、いいか?」 「うん」 ナミはトパーズと一緒に布団に潜った。 ガーネットは尻尾の先が燃えてるから、やむなくモンスターボールに戻された。 オレはラッシーもラズリーもリッピーも、ベッドのすぐ傍で休んでる。 昨日の疲れがちゃんと取れていないのかもしれないけど、一晩寝れば大丈夫なはずだ。 むしろ、これからが大変なんだ。 休める時にはゆっくり休んでもらいたい。オレも、なるべく休ませる方向で行くつもりだ。 「じゃ、電気消すぞ」 「うん。おやすみなさい」 「ああ、おやすみ」 部屋の電気を消し、布団に入り――目を閉じる。 こうして、長いような長くないような一日は終わった。 To Be Continued…