カントー編Vol.07 強くなるということ ハナダシティからヤマブキシティまでは約三日の道のり。 言い換えれば、あと三日で次のジムに挑戦するってことになる。 オレもナミもブルーバッジをゲットできたから、この街に滞在する理由も特になくなり、いよいよヤマブキシティへと向かって発つところだ。 昨日は休めたんだか休めなかったんだかよく分からなかったけど、いい気分転換になったのは確かだ。 カスミがいろいろと話してくれたおかげで、それなりにいろんなものが見えてきた気がするから。 で……いよいよ出発ってところで、 「あ!! ちょっと待ってて。あたし、忘れ物しちゃった♪」 なんて、ジョーイさんに世話になったと謝意を告げて寝泊りしてた部屋のカギを返して、入り口に差し掛かったところで、 いきなりナミがそんなことを言って、ロビーの脇にある階段を一段飛ばして駆け上がっていった。 忘れ物って……? 少し待つことになるかもしれないから、オレはロビーの椅子に腰を下ろした。 幸い、ポケモンセンターの利用客はそれほどでもないから、座っていたって特に問題はない。 まあ、座る場所があるというだけでも感謝しなきゃいけないんだろうけど。 しっかし…… 忘れ物なんて、ナミらしいというかなんというか…… オレは早起きして、ちゃんと荷物をまとめていた。 忘れ物はないかとか、傷薬の類で不足がないかとか、いろいろと念入りにリュックの中身をチェックしていたんだ。 ナミはその間、隣のベッドで大の字を描いて寝てやがった。 ジム戦での疲れやら、その他もろもろの疲れが残ってたのかもしれないからと、無理には起こさなかったけど。 でも、それなりに時間は提供したつもりだ。 忘れ物はないかって、部屋を出る時もちゃんと念を押したんだ。 それでも忘れ物をするなんて、よっぽど間が抜けてるんだなあ。 こいつを一人で旅させなくてよかったと、こういう時ほど痛感するよ。 とはいえ、一緒に旅してるオレの身にもなってみろと言いたくもなるんだけどな。 「ヤマブキシティに行くまでの間が勝負ってところだな……」 窓の外に目を移し、オレは胸中でつぶやいた。 ハナダシティから一番近いのがヤマブキシティ。そこにはポケモンジムがあるから、たどり着いたら挑戦することになる。 どんなタイプのポケモンを使ってくるのか…… 心配ではあるんだけど、いちいち心配してたら、バトルにも集中できなくなる。 ヤマブキシティまでは約三日。 それまでの間にラッシーはもちろん、ラズリーやリッピーも育て上げなくちゃいけない。 オレの理想まで育て上げるとなると、言うまでもないけど三日じゃ短すぎる。 もっと時間をかけるべきだ、ってのは分かってるんだ。 だけど、あまりにノンビリしすぎると、今度はカントーリーグに対するタイムリミットに追われることになるんだ。 なるべく時間をかけずに、それでいて理想のレベルまで育て上げるっていうのがかなり難しいことだっていうのは分かってる。 でも、やらなきゃいけないことなんだ。 進化してある程度の実力を持っているラッシーよりも、むしろラズリーやリッピーの方を重点的に育てておく必要がある。 進化前で、技のバリエーションもあまりないから、根本的な部分――つまり実力を底上げしない限りは、どうにもならない。 こればかりは大抵のトレーナーがぶち当たる課題だから、仕方ないにしても…… カントーリーグが開催されるまで、あと八ヶ月弱。九ヶ月は残っていない。 単純なタイムリミットはそこなんだけど、オレとしては、それよりも遥かに近く感じられる。 その最大の原因は、親父の存在だ。 一刻も早く親父を超えるだけの力を身につけて、ポケモンたちも育て上げなくちゃいけない。 これからだって、親父はオレの前に立ち塞がるって宣言してた。 四つ目のバッジをゲットした頃、なんてキザったらしく言ってたけどな。 それでも、オレは親父がウソを言うような人間じゃないってことくらい知ってるんだ。 だから、本当にそれくらいの頃には再びやってくる。 それまでに、何としてもポケモンたちを育て上げなくちゃ。 もう二度と、あんな負け方だけはしたくないんだ…… 一昨日の、バトルとも言えぬ現実を思い返し、オレは奥歯をぎりっ、と噛み締めながら拳を握りしめた。 身体に走る痛みと共に、悔しさを思い出す。 そうだ。 この悔しさをバネに、オレはこれから頑張っていかなくちゃいけない。 今度こそ親父のポケモンを倒して、オレの道――オレの夢を認めさせてやる。 立ち塞がったりジャマしたりするってことが間違いだったって、後悔させてやる。 重ねて言うけれど、オレは親父のことが大ッ嫌いだ。 オレを博士にしようとして、いろいろとちょっかい出してきたり…… そりゃ、ポケモンの知識に関しては並の研究者に負けないっていう自信はあるよ。 だけど、それだけの理由で勝手に博士なんかにされちゃ、たまったモンじゃない。 素質とか、そういうんじゃなくってさ…… オレが本当に望んでる道を歩く、っていうことを認め、後押ししたりするのが親ってモンじゃないのか? オレが想像する親というのは、断じて親父のようなシロモノじゃない。 ジャマばっかしてさ。気まぐれで現れたかと思ったら、勝手なこと言っていなくなってさ。ホント、いい迷惑だ。 だけどな……親父の存在ごときで、一度歩き出した道を引き返そうと思うほど、オレもヤワじゃないつもりなんだ。 背を向けて逃げるっていうのは最低な選択肢だ。選ぶつもりはない。 なら、立ち向かって撃破して先へ進む。 これが最高の選択肢だし、オレはもちろんこれを選ぶ。 「焦るな、アカツキ……オレなりのペースで行けばいいんだ。惑わされちゃダメだ」 小さく口に出し、言い聞かせる。 半ば無意識のうちに、手は胸に押し当てられていた。 心臓の鼓動がなんか速く感じられる。 焦ってる、ってことなんだろうか。 親父は恐らく時期的に『バッジを四つゲットする頃』と言っていたに違いない。 いつだ、って明言はできないけど、それはそう遠くない未来のはずなんだ。 時間が足りない。たぶん、いや間違いなく。 だから、オレもどこかで焦ってるんだと思う。 時間がなくちゃ、ポケモンたちを育て上げることはできない。 だけど、焦ってたって時間の流れが遅くなるわけじゃない。焦るだけ無意味だって、分かってるんだ。 それでも焦りを覚えてしまうのは、いつ親父がオレの道を『親父の願う道』へ架け替えるか分からないからなんだろう。 親父がその気になれば、難しいことじゃない。 分かってるから、余計に焦っちまうんだろうな。 深呼吸して、少しは落ち着けたけど……心に波風が立たないようにするのは、思ったよりも難しいみたいだ。 「にゃっほ〜、お待た〜♪」 考えごとをしているうちに、ナミが戻ってきた。 振り向き、ニコニコ笑顔に言葉を投げかける。 「忘れ物は見つかったのか?」 「うん。待っててくれてありがとー」 「そっか。それじゃ、行くぞ」 「うんっ」 元気のいい返事に背中を押されるように、オレは立ち上がった。 ナミが戻ってきたから、考えごとをするわけにもいかない。 今はその時じゃない……誰かがそう言っているみたいだ。 ポケモンセンターの自動ドアを抜け、ハナダシティの大通りに出る。 太陽の位置から方角を割り出し、迷うことなく南へと歩き出した。 早朝の時間帯はとうに過ぎているけど、通りに人の姿はそれほど見られなかった。 平日の街中って、こうも閑散としてるものなんだろうか。 マサラタウンも似たような感じだけど、あそこは休日でも閑散としてるからな……他の町を見てきて、静かでいい町だと素直に思えるんだ。 誇りとまでは行かないだろうけど、それなりに安らぎを覚えられる。 マサラタウンに似た何かを、このハナダシティにも感じられたんだ。 ホームシックってワケでもないんだけどね……別に、あの家に帰りたいと思ってるワケじゃないから。 今はやるべきことがある。いちいち家になんか戻っていられないんだ。 「次のジムリーダーはどんな人なんだろうね?」 「どうしたんだよ、いきなり」 「気になるじゃない」 「そりゃそうだけどな……」 いきなり何を言い出すかと思えば…… まあ、確かに気にはなるんだけど。 オレは気を紛らわすのにちょうどいいと思って、話に興じることにした。 「次のジムリーダーはどんな人だと思うんだ?」 「え〜、そうだねぇ……」 オレの問い掛けに、ナミは口元に人差し指を当てて、しばし考えをめぐらせて―― 言い出すのを待つ。 無理矢理答えを引っ張り出したって、それが本心とは限らないし、こちらとしても計り損ねる場合もあるんだ。 だから、問い掛けに対して、答えを急かしたりするのは、あまりいいことじゃない。 一分、二分と時間が経って、いつの間にやらハナダシティの南ゲートが近づいてきても、ナミは「うーん」とか唸りながら、一向に答えを出そうとしない。 ……いくらなんでも、待ってる方が嫌になるだろ、これは。 いい加減早く答えろ、と口を開きかけた時だ。 「やっほ〜、アカツキ、ナミ〜!!」 不意に前方から声が聞こえ、顔を向けると―― ゲートのすぐ傍に、リュックのようなものを背負ったカスミがこちらを向いて手を振ってるじゃないか。 「あ、カスミ!!」 ナミはキラキラ瞳を輝かせるなり、一目散に駆け出した。 「あ……」 思った時には遅かった。 ちくしょう逃げられた……ナミのヤツ、ホントはあんまり深く考えてなかったんじゃないか。 なにやらカスミと手を取り合って喜んでいるのを見てると、そう思いたくもなる。 とはいえ、なんでカスミがこんなところにいるんだか。 オレは胸中に芽生えた信じられない気持ちを抑えるように、ゆっくりと歩いていった。 「よう……」 「おはよう」 自分でも分かるほどぶっきらぼうな口調だったけど、カスミはごく普通に返してくれた。 なんか楽しいことでもあるみたいに、ニコニコしてるけど。 「ねえねえアカツキ」 ナミが同じ笑みなど浮かべつつオレの服の袖をぐいぐい引っ張った。 「なんだよ、そんなことしなくたって聞こえてるって」 乱暴にならない程度に、ナミの手を払って訊く。 「一体何があったんだ? うれしそうな顔して」 「うん。カスミ、ホウエン地方に行くんだって」 「ん? ホウエン地方?」 ある意味で意外な地名に、オレはカスミに視線を送った。 それを「教えろ」と解釈したんだろう。 カスミは頷いて、 「うん。ちょっと、ホウエン地方に用事があってね。良かったら、途中まで一緒に行かない?」 「そういうことか」 「えへへ……」 道理で、南ゲートなんかで待ってたわけだ……意外にちゃっかりしてるよ、カスミは。 さすがにジムリーダーなんて務めてるだけのことはある。 ん? 待てよ? ジムリーダー? そういえば……ハナダジムはどうなるんだ? だいたい、カスミは世界一周旅行とやらを満喫中のお姉さん方に代わってジムリーダーやってるって聞いたんだけど。 カスミがいなくなったら、ジムは蛻の殻。 挑戦者が来ても、相手してやれないってことになるぞ。 まあ、ポケモンジムは小さな町にだってあるから、ハナダジムでブルーバッジをゲットしなくても、そんなに問題はない。 オレたちはわざわざ大きな町のポケモンジムばかりを回ろうと思ってるけど。 オレたちと同じ考えのヤツがいたら、大変なんじゃないだろうか。 小さなジムって、ジムリーダーがあんまり強くない場合が多いんだよな。 失礼かもしれないけど、大きなジムの方が挑戦者は多いから、ジムリーダーも彼らに負けないようにポケモンを強く育てている。 そういう意味じゃ、大きな街のジムリーダーの方が戦い甲斐があるっていうか…… 「なあ、おまえがいない間、ジムはどうなるんだ?」 「大丈夫」 なにやら自信たっぷりに笑みを深めるカスミ。 その答えとは…… 「ちゃんとカントー支部には届出をしておいたから。 代わりのジムリーダーが、あたしのいない間ハナダジムを守ってくれることになってるの」 「なるほど……」 道理で笑顔でいられるわけだ。 ポケモンリーグの方から、代わりのジムリーダーを派遣してもらうとは…… そこまで人材が豊富なら、もっと別の活動に力を入れればいいのに……とは思うんだけどな。 もっとも、その組織に少なからず属しているカスミを前にそれを言うつもりはない。 ジムリーダーに恥じないだけの実力者が派遣されるなら、カスミがいない間も、安心して任せられるってことなんだろう。 「で、なんでわざわざ南ゲートに?」 「決まってるじゃない。 東に行ったってポケモンジムのある町があるわけじゃないし、ニビジムを制覇したって聞いたからね。 なら、次に通るのはここかな、って思っただけ。簡単でしょ?」 「そりゃそうだ」 考えるまでもないことだった。 どうせナミが余計なことしゃべったんだろう。 カントーリーグに出るつもりだ、とか。 まあ…… ポケモンジムに挑戦するってこと自体が、だいたいカントーリーグに出るという意志を示しているからな。 想像することだけならそう難しい事じゃない……っていうか簡単すぎ。 「一緒に行こうよ。そんなに急ぐ用事じゃないし。 ホントはね、もうちょっと余裕があったの。 でも、どうせならあんたたちと少し一緒に旅をしてみたいと思ってね」 「オレは構わないけど、ナミは?」 断る理由もなかったんで、オレとしては賛成だ。 「あたしもオッケー。一緒に行こうよ〜♪」 聞くまでもないことだった。 ナミは諸手を挙げての大歓迎ムード。 どう考えてもナミが断るなんて展開は予想できなかったけど。 「それじゃ、お言葉に甘えて……」 仰々しく頭を下げるカスミ。 ……ってか、そうするつもりだったんなら、そこまでしなくたっていいのに。 そこまでされると、かえって白々しく思えてくるぞ。 まあ、いいけど。 「よろしくね、アカツキ、ナミ」 「ああ、よろしく」 こうしてカスミがついてくることになり―― 話もそこそこに、ヤマブキシティ目指して、ハナダシティの南ゲートをくぐって、5番道路へと繰り出した。 5番道路はヤマブキシティへ続く幹線道路だけど、人通りはあまり多くない。 今のご時世、車でどこの街まで行く、っていうのは確かに珍しいかもしれない。 鳥ポケモンの背中に乗って運んでもらった方が早いし、燃費もかからない。 時間の短縮と経済的の二点の理由で、車は街中を主に走っているんだ。 ヤマブキシティへ向かう人も、その逆もほとんどないから、この道路はオレたちの貸しきり状態と言ってもいい。 おかげで、三人横に並んで歩いても、ぜんぜん気にならないくらいだ。 でも、ただ歩いてるだけっていうのもつまらないんで、話でもすることにした。 「なあ、カスミ」 「なあに?」 「途中までってことは、クチバシティまでってことでいいのか?」 「うん。そこで船に乗ってホウエン地方に行くつもり」 「ねえねえ。ホウエン地方ってどこらへん?」 「ヲイ……」 「このカントー地方からずっと南なの。オレンジ諸島よりももっと南だって」 「へえ……」 途中から割り込んできたナミによって、話の腰が思いッきり折れてるんですけど。 だけど、カスミの言うとおり、ホウエン地方はカントー地方の南に位置している。 オレンジ諸島も南という意味では同じだけど、ホウエン地方はオレンジ諸島のさらに南なんだ。 もちろん、同じ国の中にあるから、ポケモンリーグ本部の下部組織――つまり支部――はホウエン支部という形で存在している。 普通に暮らしていれば、観光目的以外には訪れない地方ではある。 ホウエン本島という一番大きな島を中心に、ほかに群島とか離れ小島とかがあるって話だ。 で、その本島にほとんどの街がある。 ホウエン地方は緑豊かな温暖な地方として知られているけど、実際には同じ島に火山があったり砂漠があったりと、 いろいろな意味で自然が豊かな地方でもある。 森と砂漠って、基本的には相容れないものだから、同じ島に同居してるってのはどうも信じがたいんだけど……たぶんホントなんだろうな。 この目で見ないことには、どうにもならないけれど。 「なにしに行くの?」 「んふふ、ヒミツ」 「あー、ずる〜い、教えてよ〜」 「んふふ」 ナミがさり気ない口調でで訊ねるも、カスミは口に人差し指を当てて、笑ったまま教えてくれなかった。 あんまり知られたくない理由、とは思えないけど。 「ねえ、教えてよ〜」 オレが胸中で考察を述べていると、ナミの行動はエスカレートしていった。 知りたいと言う気持ちが純粋で、それでいて強いのは分かる。 でも、そこまでする必要はないと思うほどに。 「教えて教えて教えて〜」 駄々を捏ねながら、ハエのごとくカスミの周囲を飛び回る。 もちろん、ホントに飛ぶんじゃなくて、走り回ってるだけだけど。 でも、そう見えるのは間違いない。 オレだったら鬱陶しくて思わず叫んでるんだけど……カスミはニコニコしたままだ。 まさか、鬱陶しく思ってないとか? でも、これはいくらなんでも目に余る行為だ。 ナミが前を通過する瞬間を狙い、右手を差し出す。がしっ、とナミの腕をつかんで引き止めた。 「にょ?」 止められるとは思っていなかったようで、ナミは意外そうな顔を向けてきた。 「ナミ。もうやめとけ。 カスミにはカスミの事情があるんだ。話したがらないんだったら、無理に聞き出す必要はない」 鬱陶しく思っていないにしても、どうしようかと対応に苦慮していたらしい。 カスミはナミの視界に入らないよう、オレの陰でホッと小さくため息をついていたけど、 「なに、あとでホウエン地方から帰ってきた時にでも、土産代わりに聞かせてもらえばいいだろ」 「う……」 オレの言葉に気まずそうな顔をして呻いたのは、ナミじゃなくてカスミの方だった。 ……って、なんでそういう反応をする? 普通、当然じゃね? オレはマジで驚いた。 ナミがそういう反応を見せるのが当然だと思ってたからだ。 なるほど……土産代わりにするのが嫌な理由だったりするのか、ホントは。 「うん、そうだね」 ナミは駄々を捏ねるのをやめると、何事もなかったかのようにオレの隣にやってきた。 あとで聞かせてもらえばいい……って、ホントにそれで納得するとは。 意外なほどあっさりしてたから、拍子抜けしちまったよ。 「で、カスミ……なんでそんな顔してるんだ?」 「え……だって、それは……」 訊ねると、カスミは両手の人差し指を突きあわせてぐにょぐにょと動かしながら、 「人に話すの、恥ずかしいの。一応、あたしだって、女の子なんだから……ね」 「そういうことか」 「え、どういうこと?」 ここぞとばかりに首を突っ込んでくるナミ。 あっははは、だいたい分かったぞ。カスミがどーして話したがらないのか。 まあ、そういう事情に土足で踏み込んでいく気はないし、度胸もない。 オレはこれでこの話をオシマイにすると決めた。 確かに、カスミだって女の子だ。 ナミのようなお子ちゃまとは違うけど。 その証拠に、ナミはぜんぜん分からずにいる。 カスミが頬を紅葉のように赤らめてるってのに、とぼけた顔なんかしてるんだ。 「ナミもあと何年かすれば分かることだ。それまで気長に待てよ」 「そうなの?」 適当に言うと、ナミはカスミを見つめ、訊ねた。 カスミはあちこちに視線を泳がせてばかりで、答えない。 「そうなんだよ」 代わりにオレが答えてやった。 自分で言って自分で答えるなんて、自分でもバカらしいとは思うんだけどな。 これ以上カスミに恥ずかしい想いさせても、オレには何の利益もないし……だから、半強制的にカミングアウトだ。 ナミも少しは落ち着いたようで、それ以上は何も言わなかった。 それからしばらく言葉は途切れ―― カスミとしては気まずい雰囲気を感じてるんだろう。 ナミには理由を話せなかったし、オレには何にもなかったことにしてもらったし……複雑な胸中ってのも、幾許かは理解してるつもりだからさ、なにげに。 振り返ればハナダシティは遠ざかり―― 「カスミ。ひとつ聞いていいか?」 立ち込める沈黙が何となく辛くなって、オレは思い余ってポツリ口にした。 弾かれたように顔を上げるカスミ。 放心状態だったんだろうか、なんか慌ただしい仕草に見える。 「な、なに?」 「おまえさ、ジムリーダーはどれくらいやってたんだ?」 「だいたい二ヶ月くらい。ジョウトリーグが終わってからだから、うん。間違いないわ」 「そっか……」 「それがどうかした?」 「いや……二ヶ月にしちゃ、ずいぶんと手こずらせてくれたなって、そう思ったからさ」 「んふふ、驚いた?」 「まあな」 不敵な笑みを浮かべるカスミに、オレも微笑みかけた。 何はともあれ、さっきの表情が消えたことに対して、オレは正直ホッとしたよ。 深刻に受け止めてるんじゃないかって思ったからさ。 こういう年頃の女の子って、結構敏感なんだよな。 それゆえに思いつめることもある。 ナミには当分無縁のことなんだけど、カスミはそうでもない。 だから、それなりに気の利いた対応をしておかなくちゃいけないんだよな。 別にプレイボーイ気取りなワケじゃないけどさ。 隣でずっと肩落とされて暗くジメジメした雰囲気を放ちまくってるヤツと、数日とはいえ一緒に旅をするのは嫌だからさ。 まあ、そういう理由で。 「旅をしてる間にトレーナーとしての実力を磨いたってところだろ。 ジムリーダーになって二ヶ月でここまでやるってのも、かなり大変らしいからな」 「そうなの? あたしにはあんまり実感なかったな……」 カスミは小さく笑うと、空を仰いだ。 海と同じような色を呈した青が広がっている。 「お姉ちゃんの代わりにジムリーダーやることになって、いろいろと忙しかったから」 「そうだろうな」 カスミはひとりでジムを切り盛りしてきたんだ。 ジムに家賃はかからないし、光熱費はポケモンリーグの方から出してもらえる。 ジム戦でだって水や電気は使うからな。それくらいはしてもらえるだろう。 ジムリーダーという仕事に対する給与ももらえるだろうから、実際はそんなに不自由はしてなかったはずなんだ。 でも、一人ってのは大変だったと思う。 あれもこれもぜんぶひとりでやらなくちゃいけない。 言葉にはできないほどの大変さがそこにはあったはずだ。 だから、カスミは二ヶ月っていう長いような短い間でジムリーダーとして大きく成長することができたんじゃないか。 オレはそう思ってるんだ。 「そういやさ……おまえの夢ってなんなんだ?」 「あたしの夢?」 「そう」 「水ポケモンマスターになることよ」 「水ポケモンマスター? なにそれ?」 真剣な話に脈絡なく割り込んできたのはナミだ。 知らない単語が出てきて、思わず訊ねたってところなんだろうけど……ちっとは場の雰囲気ってか、そういうの読めよ。 でも、それを言うと漫才になりそうな気がして……やめた。 オレの心中を察しているかのようなタイミングでカスミが口を開く。 「水タイプのポケモンを極めつくして、極めつくして、極めつくすのよ。 そう、どんなタイプの相手だろうが水タイプのポケモンで攻めて攻めて攻めまくる……そして勝つ。 それが水ポケモンマスターよ」 「へぇ〜、すごいんだね」 本当に分かってるんだろうか。 ナミは手を叩きながら賞賛してる。 たぶん、言葉の中身じゃなくて、その外面だけですごいと思ってるんだろうけど。 しかし…… 「水ポケモンマスターって、電気タイプとか草タイプのポケモンにも勝つってのがモットーなんだよな?」 「もっちろん」 オレの質問に胸を張るカスミ。 意気込みは十分ってことか。やる気があればそれくらい屁でもないわ、とでも言いたそうだ。 まあ、そうなんだろうけど。 「できそうか?」 「やってみせるわ。おてんば人魚はどんな圧力にだって負けないんだから」 「そうだな」 強気なカスミ。 そうだな……それくらいの意気込みがなくちゃ、やってけないだろう。 オレだって負けちゃいないさ。 「あんたは?」 「オレ?」 「そうだよ」 訊き返された。 まあ、そうなるだろうなとは思ってたけど。 ニコニコ笑顔で訊いてくるカスミに、オレは自分でも分かるほど意地悪な質問を投げかけてみた。 「最強のポケモントレーナーと最高のポケモンブリーダー。 さて、オレがなりたいと思っているのは?」 「へ?」 「制限時間は十秒だ。 10、9、8……………………………………………………はい、時間切れ」 カスミは結局答えられなかった。 考えてはいたみたいなんだけど…… 「どっちなの? あんたの場合、どっちもありそうで分からなかったわ」 「両方だ」 「……両方?」 「そう」 呆気に取られたような表情を見せるカスミ。 だけど、ホントのことさ。 最強のトレーナーと、最高のブリーダー。 オレはその両方になろうって思ってるんだ。 ほとぼりを冷ますようにしばらく経ってから、カスミはポツリつぶやくように言った。 「簡単なことじゃないと思うよ?」 「はじめから知っててやってるんだ。今さら言われたって変わりゃしないさ」 「そう……ね」 「よく贅沢とかって言われる」 「夢って大きい方がいいでしょ」 「ああ」 「そうだよね。夢って、でっかい方がいいよね♪」 図らずも、総括はナミがやってくれた。 そうさ。 夢は大っきい方がいいんだ。 叶えられるか、叶えられないかが問題じゃない。やろうっていう意気込みが重要なんだ。 プロセスより結果の方が大切だって言われることもあるけど……それが間違いだとは思わない。 でも、やる気にならなくちゃ、どんなことだってできはしないはずなんだ。 「どっちが先に夢叶えられるか……勝負しましょ」 「望むところだぜ」 安っぽい挑発……なんだけど、オレはそれに乗った。 ライバルは多ければ多いほどやる気が出てくるものなんだ。 少なくともオレはそう思うからさ。 負けてられないよな、やっぱり。 となると、まずは…… やるべきことをいくつか脳裏に思い浮かべながら視線を前方に据える。 と、道の向こうから似た顔の女の子が三人並んで歩いてくるのが見えた。 三つ子か何かだろう。恐ろしいほど顔がよく似ている。髪型や背格好まで同じ。 唯一違うのは服の色くらいなもので、もしそれまで同じなら、親でも見分けがつかないだろうと思えるほどだ。 「なんだろう、あの子たち。すっごく似てない?」 「似てるわね」 興味津々といった様子で言うナミに、カスミは興味ないわよと言わんばかりに口を尖らせて応じた。 「三つ子かなあ?」 「かもね」 どうでもいいと思ってるのはカスミも同じらしい。 オレも、別にどうだっていい。 三つ子は確かに珍しいけど、世界に一組しかいないってほど希少価値があるわけでもなし。 ……っていうか、周囲から間違われたりする分、むしろ不便だし。 なんて思いながら歩を進める。 距離が徐々に縮まり――不意に視線が合った。 足が止まる。 オレも、向こうも。 時が止まったような気がしながらも、それがありえない話だと思ったのは、何事もなかったかのようにナミだけが歩いているからで…… 「お?」 ちょうど三つ子の女の子(らしい)の横に差し掛かったところで足を止め、振り返ってくるナミ。 「アカツキ。カスミ。どしたの?」 「いや、その……」 声を掛けられ、不意に我に返る。 「なんか、目が合って……」 「キミ、トレーナー?」 オレの言葉を遮るように、真ん中の女の子が訊ねてきた。 「ああ、そうだけど……」 無下にするわけにもいかず、オレはどうでもいいやと思いながら適当に答えた。ってか、ホントにトレーナーだけど。 「そこの彼女も?」 「うん」 オレから見て左の女の子がカスミに対して訊ね、 「あんたも?」 「うん」 ナミに一番近い右の女の子が彼女に訊ねる。 三人とも同じ答え。つまりイエス。 あの、これってもしかして、もしかすると、いや、もしかしなくても…… 「あたしたちとポケモンバトルしましょ」 ああ、やっぱり。 普通「トレーナーか?」と相手に訊ねるのは、ポケモンバトルを申し込む前段って場合が多いんだけど。 やっぱりそうだった。もしかしなくたって。 「言うまでもないけど」 「あたしたちもトレーナーだから」 「断るとは思ってないけど」 『さあ、どっち!?』 交互に言ったかと思えば、最後は見事にハモってるし。 三つ子ゆえのシンパシーってヤツなんだろうか? 本気でどうでもいいやと思っていると、ナミとカスミがこちらを向いた。 「どーする?」 「あたしはどうでもいいんだけど……あんた決めて」 「あのなあ……」 なんでオレに同意を求めてくるんだ。深々とため息を漏らしたくなった。 問:あなたたちはトレーナー。相手もトレーナー。 相手はポケモンバトルを申し込んできました。 こちらのポケモンは一体も傷ついていません。 みんなピンピンしています。 あなたならどうしますか? そんな問題出されて、断るって答えたらトレーナー失格だろ。 いちいちオレに訊かなくたって……まあ、同意を求めてるって意味ならいいんだけども。 「受けてやろうじゃないか。バトルの経験は一度だって貴重なんだからな」 「そーだね」 「よし、決まり。受けるわ」 イエスと答えると、ナミもカスミも同調してくれた。 ……って、なんか白々しすぎなんだけど。 オレが胸中でどういうこと思ってるかなんて置き去りにする形で、女の子トリオがニコニコと揃いも揃って笑みを浮かべ、 「やっぱり受けてくれると思ってたわ」 「トレーナーだもんね」 「断れないもんね」 『でも、勝つのはあたしたちよッ!!』 また同じパターンで言ってきた。 しかも、トレーナーかって聞いてきた女の子がオレたちにそれぞれ人差し指を突きつけてきてる辺り、普通じゃないデス。 まあ、いいんだけど。 バトルするって決まったら、全力で相手して勝つだけなんだから。 「で、ルールは?」 決まったんならさっさとしようじゃないか、ってことで、ルールを確認する。 「三対三のチームバトルで」 「それぞれ一体ずつポケモンを使って」 「二勝以上になったチームが勝ちってことで」 『いい?』 『いいよ』 あらかじめ用意してたようにスラスラとルールを説明してくる女の子トリオ。 対抗するかのように、オレたちはそれこそ図らずも同じ言葉、同じタイミングで応じた。 コンビネーション抜群です、なんて見せ付けられると、こちらとしてもあまりいい気分にはならないんだから。 「んじゃ、二分ほどあげるから、誰から戦うか、決めてね」 女の子トリオはそう言うなり、十メートルほど下がってコソコソと話を始めた。 誰を一番手にするか、決めているらしい。 それなら…… オレたちも顔を突き合わせて、小声でヒソヒソと話す。 「誰から行く? まあ、なんでもいいんだけど」 「あたしもどうでもいいわ」 オレとカスミは、誰が一番に出てもいいという意見。 まあ、勝ち抜き戦じゃないから、順番なんか関係ないってことだろう。 必ず戦うことになるわけだし、相手のタイプを考えれば、そうやって投げやりにするのはいけないんだろうけど。 そんなに気にしても仕方がないような気もしてるんだ。 「じゃ……」 ナミは人差し指で自分自身を指し、 「あたしが一番に行くね♪」 「お、やる気満々だな」 「もっちろん!!」 反対意見は出ず、ナミが一番手に決まった。 どういうわけかすっごくやる気に満ちてるぞ。ポケモンバトルという言葉に血が滾ってるのかもしれない。 それとも……含むところはあるけど、まあ、本当に順番なんかどうでもいい。 「じゃ、あたしが二番に行くわ」 「オレは最後か。オッケー、それでいい」 意外なほどあっさりと順番が決まった。 ナミ、カスミ、オレ。 バトルはこの順番で進めていく。 ナミとカスミが出しそうなポケモンはだいたい分かってるんだ。 それぞれ一体ずつというのがルールなら、最強のポケモンを出すのが定石。 「決まったようね」 「それなら、はじめましょう」 「一番手はわたし、三女アリスから行くわ」 オレたちと女の子トリオは横一列に並んだ。 そして一歩踏み出したのは、一番右の女の子。 さっきナミに声をかけてきた子……だろう。たぶん。 「負けないからねっ」 「頑張れ〜、ナミ〜!!」 ナミも一歩前に踏み出した。その背中にエールを贈るカスミ。 いよいよバトルの始まりだ。 腰のポーチからモンスターボールを取り出すと、アリスはそれっ、と言いながら軽く上に放り投げた。 「行くわよ、ピカチュウ!!」 その声に応えるように、頂点に達したボールが口を開き、中から飛び出してきたのはピカチュウだった。 ネットによる人気ランキングでは何年もトップの地位を不動のものにしているという、ポケモン界の超売れっ子アイドル。 少し丸みを帯びた黄色い身体に、ギザギザな尻尾。 頬の電気袋に電気を溜め込んで、バトルではそこから放電して相手を攻撃する電気タイプのポケモンだ。 そんなに力は強くないけど、意外なほど素早いのが特徴か。 「ピカっ!!」 アリサのピカチュウは飛び出してくるなり、威嚇の声を上げて頬の電気袋から火花を散らせた。 見え透いた挑発だけど、ナミは引っかからないんだろうな。 挑発だって理解すらできてないみたいだから。 「うわ〜、ピカチュウだ〜。かっわE〜♪」 なんて、ピカチュウを見てはしゃいでるんだからさ。 「…………あの子、マジで天然ね」 「ああ」 今さらのように当然のことを口にするカスミ。 もしかして、今まで気づかなかったのか。 まあ、そんなことはどうでもいい。 ナミが繰り出すポケモンは…… 「行くよぉ、トパーズ!!」 モンスターボールを高く掲げ、トパーズを送り出す。 「ワンッ!!」 ボールから飛び出したトパーズは犬よろしく、空を仰いで嘶いた。 その拍子にぱりっ、と乾いた音がして全身の毛が針のように逆立った。 「サンダース……同じ電気タイプのポケモンで対抗するなんて……まあ、いいわ。 勝つのはわたしなんだから。行くわよ!!」 アリサは不敵な笑みを浮かべた。 電気タイプは使い慣れてるのか……だから、トパーズを見ても臆さないんだ。 単純にポケモンの種族としての実力で比べたら、ピカチュウよりもサンダースの方が強い。 物理攻撃力以外は、サンダースの方が上なんだ。 素早さは言うに及ばず、電気タイプの攻撃力も。 それに……ピカチュウとサンダースじゃ、特性にも差がある。 どこまでバトルを面白くしてくれるか、注目だな。 「ピカチュウ、手始めに電光石火!!」 アリスの指示に、ピカチュウが前傾姿勢を取り、勢いよく駆け出した!! かなりのスピード……!! 少なくともリッピーやラッシーには出せないスピードで、左、右と位置を変えながらトパーズに迫る!! 電気タイプのポケモンに電気タイプの技で攻撃するのは効果が薄い。なら、物理攻撃でどうにかして倒そうという考えか。 それはアリスのみならず、ナミにも同じことが言える。 技のタイプの幅が広いのはトパーズの方だから、有利なのはナミの方か。 そう思っていると、ピカチュウの電光石火がトパーズに炸裂した!! ……ってヲイ、何も指示しなかったのか!? トパーズの身体が宙を舞う。 だけど、二メートルほど吹っ飛ばされたところで軽やかに着地する。 その表情に苦痛は見られなかった。それほど効いていないということか。 でも…… 「なんでナミは何も指示しなかったんだろう?」 「さあ……」 カスミの問いに、オレは答えることができなかった。 だって、本当に分からないんだから。 ナミが何かしらの考えを持ってバトルに臨んでることは間違いないだろう。 でも、オレじゃそれを読めない。 予期せぬところで面白い手を打ってくるっていうところなんだろうけど……ああ、なにげに気になる。 「続いて必殺の10万ボルト!!」 アリスの攻撃は続く。 彼女の指示を受け、ピカチュウが頬の電気袋から渾身の電撃を放った!! 電気タイプの中でも威力が高い方に属する電撃がトパーズに迫る!! 「トパーズ、電光石火で突き破っちゃえ!!」 そこで初めてナミが指示を下す。 トパーズはピンと背筋を伸ばすと、駆け出した!! 「速いッ!!」 驚きの声を上げたのはカスミだった。 でも、驚いているのはカスミだけじゃなかった。 「なんですって、そんなスピードが……!!」 アリスたち三姉妹も驚きを隠しきれない様子だ。 でも、一番驚いているのは当然アリス。バトルしてる張本人なんだから。 トパーズは躊躇うことなく、迫り来る電撃に突っ込んで―― オレにはすり抜けたように見えた。 何の抵抗もなく、トパーズは電撃を突き破ったんだ。 そうか……ナミがガーネットじゃなくてトパーズを出したのは、そういうことだったんだ。 「ダメージを受けてない……電気タイプの技でも、効かないってことは」 「特性だな」 「特性?」 カスミがオレの方を向いた。 「トパーズの特性は……」 道理で自信たっぷりに堂々とナミが構えているわけだ。 どんっ!! トパーズの電光石火が決まった!! 身体の大きさからしても、今のはクリーンヒットだ。ダメージは相当大きいはず。 ピカチュウは毬のように空に跳ね飛ばされる!! そのピカチュウを指差し、ナミが再びトパーズに指示。 「行っくよ〜、雷♪」 トパーズが全身を震わせる。 ばりっ…… そんな音がしたかと思ったら、トパーズの全身から電撃が迸った。 ピカチュウの10万ボルトなんかとはワケが違う、本気で雷を思わせるような、太い電撃の帯だ。 雷……!! トパーズ、そんな大技まで覚えてたのか!! これにはさすがにオレも驚いた。 雷っていえば、電気タイプで最強威力の技だぞ。 威力が高い分、体力も使うけど、威力は折り紙つきだ。 電気タイプが無効になる地面タイプ以外のポケモンなら、かなりのダメージを与えられる。 その上、運が良ければ麻痺させることだってできるんだ。 空に跳ね上げられて無防備になっているピカチュウが、雷を避けられるはずもなく、 「ピカチュウ、光の……」 壁。 アリスが技の名前を言い終える前に、トパーズの雷がピカチュウに突き刺さった!! ばりばりばりばりっ。 すごい音がしたかと思ったら、大爆発。 ピカチュウは呆気なく地面に落ちた。 「ああ、ピカチュウ……なんてこと……!!」 地面に叩きつけられたピカチュウに駆け寄り、抱き上げるアリス。 「ピカ……」 力なく漏らすと、ピカチュウはそれきり動かなくなった。完全に気を失ったからだ。 「やりぃ♪ あたしの勝ちだねっ」 ピカチュウが戦闘不能になったのを認めると、ナミは飛び上がって喜んだ。 「ワォォォォンっ!!」 一緒になってトパーズもぴょんぴょん飛び跳ねる。 ポケモンはトレーナーに似るって良く言うけど……本当にそうなんだな。 目の前で同じことをしてるってのを見せ付けられると、本気でそう思ってしまう。 「強いな、トパーズ……」 「うん。あたしのギャラドスはあの子にあっさりやられちゃったんだから。 あんたのフシギソウ相手に、結構いいバトルやってたけど」 「そりゃ、弱点だからな」 カスミのギャラドスは電気タイプにとにかく弱い。 身体も大きいから、狙いなんか定める必要もなかったんだろう。 文字通り撃ち放題……ナミが意気揚々とトパーズに指示している様が頭に浮かんでくるよ。 「うう……わたしが負けるなんて……悔しいよ〜」 「安心してアリス。わたしが次の相手をけちょんけちょんにしてあげるから」 うずくまったまま低い嗚咽すら漏らすアリスの肩にそっと手を置いたのは、左側にいた女の子。 そう。さっきカスミに声をかけていた。 「ってわけで、一勝は許したけど、あんたたちの快進撃もここまで!! 次の相手はこのわたし、次女エリスよ!! さあ、出てきなさい!!」 カスミに声をかけていた女の子――エリスは妹を下がらせると、本気で敵討ちにでも出かけそうな態度を見せた。 次女ってことは、アリスよりもポケモンバトルの経験はあるってことなんだろうか。 勝手にそう思ってしまうけど…… 「いいバトルだったわ。あたしも頑張るから、応援してね」 「うん♪」 戻ってきたナミに労いの言葉をかけると、カスミはエリスと対峙する。 「アカツキ。あたし、頑張ったよ。えへへ」 「まあな……」 「ワンっ」 ニコニコ笑顔を向けてくるナミ。 確かに頑張ったことは頑張ったけど……相手が弱すぎただけじゃないだろうか。 効果が薄いとはいえ、電気タイプの大技で一気に決めちまったんだ。 トパーズも、勝利の喜びに酔いしれているようにニコニコしていた。 ここまでトレーナーに似るポケモンも珍しいと思うけど。 それはさておき、トパーズがピカチュウの10万ボルトを突き破れた理由はただ一つ。 トパーズの特性『蓄電』のおかげなんだ。 『蓄電』は電気タイプの技を食らうと体力を回復できる特性だ。 10万ボルトだろうと雷だろうと、電気タイプに属する技によってダメージを受けることなく、体力に変換してしまう。 だから、10万ボルトを食らったことによって、多少なりとも電光石火で受けたダメージを回復させた。 ガーネットじゃなくてトパーズを出したのは、相手の電気タイプの技を完全に無効化するためだったんだ。 ピカチュウは電気タイプの技さえなければ、そんなに怖い相手じゃない。 そこまで本当に読んでいたとすれば、見事な戦術と言うしかないだろう。 そこんとこは本人に直接訊くしかないんだけど、今となってはどうでもいいことだ。 ナミは勝った。意外なほどあっさりと。 それだけで十分すぎると思うからさ。 さて…… 次は二回戦。カスミとエリスのバトル。 ここでカスミが勝てば、オレたちの勝利だ。オレが勝とうと負けようと、二勝を収めることになるんだから。 とはいえ……やるんだったら、やっぱ勝ちたいよな。 「不覚にも妹は敗北を喫したけど、わたしは必ず勝つわ」 エリスはモンスターボールを持つ手を突き出した。 真剣な面持ちと、強い意志が宿る瞳。 でも、カスミも負けちゃいなかった。 「勝つのはあたしよ。んじゃ、行くわよ、ギャラドス!!」 まずポケモンを出したのはカスミ。 ってか、ギャラドスでやるのか…… 投げたモンスターボールから、ギャラドスが飛び出した!! がぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!! ギャラドスは細長いその身体を槍のようにピンと伸ばし、威嚇の鳴き声など発しながら、遥かな高みからエリスたちを睨みつけた。 「わ〜、怖いよお姉ちゃん……!!」 ギャラドスの凶悪な眼差しに負けたようで、アリスは一番上の姉――オレと戦うことになる女の子だ――に泣きついた。 「大丈夫よ。エリスが蹴散らしてくれるわ」 怯える妹に優しい言葉をかけ、その頭をゆっくりと撫でる。 嗚呼美しき哉姉妹愛…… 普通の情景なら絵にもなるんだろうけど。 「ギャラドス……いきなりそんなポケモンで来ますか」 エリスは姉に泣きついた妹みたく負けないように、奥歯を噛みしめながらギャラドスを睨みつけていた。 「でも、一対一なら、最強のポケモンで来るのがセオリーね。 ならば、わたしも……行きなさい、タマタマ!!」 エリスがモンスターボールを投げる!! ワンバウンドと同時に口が開いて、ポケモンが飛び出してきた。 「…………」 飛び出してきても鳴き声一つ発しないポケモン。 見た目こそ薄いピンクに染まったタマゴを六つ寄せ集めたみたいだけど、これでもれっきとしたポケモンなんだ。 タマタマ。たまごポケモン。 見た目こそタマゴだけど、実際は植物の種に近い生物らしい。 タマゴだと思って油断すると、どんどん仲間を呼んでくるという習性を持ってるんだ。 タイプは草タイプとエスパータイプを持ち合わせている。 でも、葉っぱカッターや蔓の鞭といった技は、見た目からも分かるとおり使えない。 でも、エスパータイプの技なら苦もなく使いこなす。 ナッシーへの進化を控えているものの、これはかなりの強敵か。 とはいえ、カスミのギャラドスは火炎放射を覚えている。 草タイプを返り討ちにすることは造作もないだろう。 「タマタマか。 草タイプのポケモンならギャラドスを倒せると踏んだんでしょうけど、おあいにく様。そんなに甘くないわよ」 「ふふ、どうかしら……」 互いに不敵な笑みを向け合う。 互いに自分のポケモンに自信があるからだろう。 ならば、なおさら油断はできない。 さっきのアリスはあっさりしすぎてたんだ。 今回のエリスは次女ということで、実力も彼女よりは上なんだろう。 揺るがぬ自信に満ちた表情が物語っている。 「なら、こっちから行かせてもらうわ。タマタマ、痺れ粉!!」 先手はエリス。 状態異常の技で相手の自由を奪ってから攻撃技を畳みかける。 絡め手という意味では、セオリーどおりの戦い方だろう。 タマタマが身体を震わせると、キラキラと輝く粉が舞い上がってギャラドスへとゆっくり棚引いていく。 いくらギャラドスでも、痺れ粉が付着すれば身体の自由をたちどころに奪われてしまう。 だけど、それを無効にする手段ならいくらだってある。 カスミは不敵な笑みを崩さず、 「ギャラドス、火炎放射で蹴散らしちゃいなさい!!」 ギャラドスに対して火炎放射を指示。 やっぱり、その手で来た。オレがカスミと同じ立場だったなら、火炎放射を指示していたところだ。 ギャラドスは大きく開いた口から炎を噴き出した!! 徐々に扇状に広がりながら突き進んでいく炎は痺れ粉をあっさり蒸発させると、眼下のタマタマめがけて降りそそぐ!! これを受ければタマタマは大ダメージ。いや、運が悪ければ戦闘不能だ。 しかし、エリスも不敵な笑みを崩していない。 火炎放射から逃れる方法を既に見つけたか…… そう思っていると、 「念力!!」 エリスの指示と同時に、タマタマの身体が淡く輝いた。 そして、炎が不意に動きを止めた。空中に縫い止められたかのように。 念力で炎を止めたか。 エスパータイプの技である念力は、形のないもの――たとえば炎とか水とか電気とかの動きを操ることができるんだ。 炎を止めるという使い方もできるし、ちょっと応用すれば…… 「返しなさい!!」 続くエリスの指示で、炎がボールのような形になってギャラドスへと突き返される!! いくら炎タイプに強いギャラドスでも、自慢の火力を受ければそれなりのダメージになるはずだ。 上手な返し方だ……オレはそう思った。 どこかに捨てるわけでもなく、わざわざ相手に返すとは。 でも、返すってことは? 「火遊びはここまでよ。ハイドロポンプ!!」 炎に対しては水。 カスミの指示に、ギャラドスは口から水塊を吐き出した!! 水塊は炎のボールとぶつかると、一気にその水圧を撒き散らした。 あっさりと炎を消し飛ばし、周囲に雨となって降りそそいだ。 一瞬だけ、降りそそぐ雨でエリスとカスミの間が遮られ―― 「タマタマ、ヤドリギの種!!」 ばっ!! タマタマが撃ち出したいくつかの種が、ギャラドスの身体に食い込む!! その瞬間、種は食い込んだ相手の栄養を糧に恐ろしいスピードで発芽し、蔓や葉が生まれ、ギャラドスの身体に巻きついた!! がおおぉぉぉぉぉっ!! 突然のことに、ギャラドスはうろたえた。 ばりばりばりっ!! ギャラドスの身体が赤い光に包まれる!! 「ギャラドス!!」 カスミの悲鳴じみた声は、光が発する耳障りな音にかき消された。 ヤドリギの種か…… 草タイプのポケモンが得意とする技の一つで、種を植え付けられた相手は体力を種に吸い取られる。 その体力(栄養)を基にして、種は成長してそのポケモンの動きを封じていく。 草タイプのポケモンには効果がないけど、草タイプの技の中では警戒すべき方だということに違いはない。 「これでギャラドスもおしまいね。 時間が経てば、体力を吸い尽くされてあなたの敗北が決定するの」 エリスはニコニコ笑顔で、面白がるように言った。 その間にもギャラドスは伸びた蔓に身体を巻き取られ、動きを封じられていく。 徐々に体力を奪われ、身体を支えられなくなって地面に倒れる!! これは窮地。 カスミも、そう認めなくてはならないんだろう。 ぎりっ…… 小さく音が聞こえ、カスミはギュッと拳を握りしめた。 こういう方法で攻撃されたことがないんだろう。焦りは隠し切れない。背中越しにも伝わってくるほどだ。 「カスミ、大丈夫かな……」 さすがにここまで見せられると、ナミも不安そうに漏らした。 「さあ。カスミならやってくれるだろう」 根拠はないけど、そんな気がする。 カスミはここでおとなしく負けるようなトレーナーじゃないはずだ。 水ポケモンマスターを目指すなら、草タイプのポケモン一体倒せなくてどうする。 相性の悪い相手と戦って勝てなきゃ、マスターにはなれない。 姉の勝利を疑っていないのだろう。アリスは泣き顔から一転、得意気に微笑んでいる。 自分がバトルしてるわけでもないのに。 「ギャラドス、堪えて!!」 カスミの激励に、ギャラドスは目を大きく見開いた。 そして、自由を奪われつつある身体を必死の形相で動かして、再び槍のようにピンと伸ばした。 「そんでもって、竜巻で吹き飛ばしちゃって!!」 ギャラドスが咆えた。 刹那。 その足元に一陣の風が生まれ、ギャラドスを中心にして瞬く間に竜巻へと変わった!! 「げげっ!!」 ギャラドスをすっぽり包み込む竜巻を見て、女の子らしからぬ下品なつぶやきを漏らすエリス。 竜巻と言えばドラゴンタイプの大技だ。 荒れ狂う風によって、ギャラドスの身体に巻きついていた蔓やら葉っぱやらはあっさりと引きちぎられた。 もちろん、外からはその様子が見えないけど、そうなっているであろうことは想像に難くない。 「ギャラドス、突進!!」 竜巻を身にまとったギャラドスが動いた!! 「タマタマ、逃げて!!」 慌てて指示を下すが、遅い。 ばんっ!! 竜巻に触れたタマタマはあっさりと宙に巻き上げられた。 軽く数十メートルは巻き上げられて――そのまま落下する。受け身も取れずに地面に叩きつけられ、タマタマは目を回していた。 「ああ、なんてこと……!!」 エリスは離れたところに落ちたタマタマに駆け寄った。 先ほどまで見せていた余裕はどこへやら。すっかり意気消沈している様子だ。 「ギャラドス。もういいわ。ありがとう」 カスミはモンスターボールから捕獲光線を発射し、ギャラドスを戻した。 決着はついた、と言わんばかりだ。 「わたしが負けるなんて……信じられない。戻って、タマタマ」 傷ついたタマタマをモンスターボールに戻すと、エリスはとても長いため息を吐いて立ち上がった。 「あなた、強いわね。そのギャラドス、よく育てられているわ。だけど、今度戦う時は負けないから」 「楽しみにしてるわ。あんたこそ、なかなかやるじゃない」 「次は勝つから。覚悟しててね」 「は〜い」 悔しそうに歯軋りするエリスに対し、カスミはあくまでも余裕の態度。 ニコニコ笑顔の裏には、ギャラドスをここまで手こずらせる相手と戦えてよかったと思う気持ちが見え隠れする。 戦い甲斐のある相手だと思ったんだろう。 ともあれ、これで二勝。 オレたちの勝ちは決まったんだけども…… エリスは引っ込んでいくと―― 「姉さん。わたしも負けてしまったわ」 「そうね……チームとしては敗北が決定してしまったけれど、わたしが全力を尽くすということに変わりはないわ」 優しく包んでくれる姉と会話を交わした。 柔和な笑みこそ浮かんでいるものの、負けてしまったということを悔しがっているのは明白だった。 でもさ、同じ顔が三つ並んでて、それで姉さんとかって言われても、ぜんぜん説得力ないんだよな。 なんか、芝居でも見てるような気分になるよ。 「ってわけで……シメは頼むわよ」 「おう、任せとけ」 カスミに肩をぽんと叩かれるまでもなく、オレだってやる気満々なんだ。 一歩前に出る。 長女も意を決したような硬い表情でオレと向き合った。 「最後のお相手はわたし、長女クリスが務めます」 「アカツキだ」 「では、参ります」 クリスは硬いままの表情でモンスターボールを手に取ると、頭上に掲げた。 ……って、なんで名前も似通ってるんだ? 見た目が酷似してるところからして、三つ子だってのは間違いないんだ。 でも、名前までそっくりにする必要って、あるんだろうか。 クリス、エリス、アリス。 いくら両親だって、ここまで来れば紛らわしいと思うものなんだろうけど。 思わないんだろうか。もしかして…… 疑問に思ってるのはきっとオレだけじゃないと思う。 後ろじゃ、カスミとナミが頭捻ってるんだろうな、たぶん。 「ガーディ、出番よ!!」 凛とした声に応えるように、モンスターボールの口が開き、中からポケモンが飛び出してきた!! 「グルルルル……ばうばうっ!!」 飛び出すなり、けたたましく咆える。 ガーディか…… ポケモン図鑑を出さずとも、そのポケモンがどういう特徴を持ってるのかくらいは分かる。 じいちゃんの研究所にだって、ガーディはいるからさ。 見た目は本気で犬。 身体は炎のように赤いけど、下半身には黒い縞模様が目立つ。 身長はラッシーよりも少し低い程度か。ラズリーやリッピーと大して変わらないかもしれない。 胸元や尻尾はフサフサの体毛で覆われている。 種族的には非常に縄張り意識の強い性格で、よそ者が自分の縄張りに入ってきた場合には激しく咆えたり噛み付いたり炎を吐いたりして追い払う。 でも、人懐っこい性格でもあって、警察犬としても活躍しているんだ。 タイプは炎タイプ。 見た目が犬だけあって、かなり身軽。 動きがそれほど速くないラッシーじゃ、狙い撃ちにされるのが関の山か。 単純なパワーでは負けてないんだけど……相性が悪いな、今回は。 「さあ、あなたのポケモンを出してください」 「分かってるさ」 促されるまでもない。 オレは腰のモンスターボールに触れ――ラズリーとリッピーのどちらを出すか、不意に考えだした。 どっちも早急に育て上げなければならない。そう、急務だ。 リッピーはいつでも進化できるから、そう焦る必要もない。 ラズリーに関しては、進化の石が見つかったらその時点で進化させたいと考えてる。 だから、出すとすればラズリーか。 あー、でも、臆病な性格がいつバトルに影響を及ぼすか分からないのがネック。 ………… だーっ、迷ってても仕方ない!! モンスターボールを引っつかみ、投げ放つ!! 「ラズリー、君に決めた!!」 ボールは最高点に達したところで口を開いた。 中からラズリーが飛び出してくる!! 「ブイっ!!」 軽やかに着地を決めて気分がいいのか、ラズリーは清々しい表情を見せてくれた。 でも…… 「グルルルル……」 びくっ!! 対戦相手を睨みつけながら唸り声を上げるガーディを見て、身体を震わせてしまった。 いくらバトルでも、そう簡単に割り切ることはできないんだろうか。 でも、こればかりは数をこなして克服してもらうしかないだろう。 カスミとのジム戦では身体を震わせることもなかったから、時と場合によると考えてもいい。 最高のサプリメントは、数をこなすということ。 今回のバトルも、その一つだ。 「あらあら……」 クリスは小さく笑いながら瞳を細めた。 「頼りないポケモンですこと。それでわたしに勝とうというのですか?」 「どっちが頼りないんだろうな?」 「んふふ……では、行きますよ」 ラズリーをバカにされて一瞬カチンと来たけれど、そんなの戦ってみれば分かることだ。 オレが返した挑発に乗ることもなく、クリスはガーディに指示を下した。 「ガーディ、遠吠えで攻撃力を上げなさい」 まずは能力を上げて、それから一気に押し切るつもりか。 落ち着き払った態度といい、やはり、妹たちとは『格』が違う!! 「ラズリー、電光石火!!」 天を仰いで口を開こうとするガーディを指差し、ラズリーに指示を下す。 身体の震えを止めると、ラズリーは勢いよく駆け出した!! 先ほどまで怯えていたとは思えないくらいのスピードでガーディに迫る!! ワォォォォォォォンッ!! ガーディの遠吠えが響く!! 遠吠えは気合いを高めて攻撃力をアップさせる技だ。 重ね掛けができない分、同じような効果を持つ剣の舞や腹太鼓と比べると隙は小さめ。 攻撃力の上昇は抑えられているけれど、使い勝手はこっちの方が上だろう。 「ブイィィィッ!!」 ラズリーが渾身の力で体当たりを食らわす直前に、ガーディの攻撃力がアップ!! でも、ガーディは電光石火を避わせない!! どんっ!! 「ばうっ!!」 ラズリーの電光石火がまともに入り、ガーディは大きく吹き飛ばされた!! よし、クリーンヒット!! 最高の入り方に、思わずガッツポーズを取りそうになるけど、そんなことしてる場合じゃないと頭で押さえ込む。 「やりますね。前言は撤回します」 クリスは笑みを崩さない。 このくらいじゃガーディは倒れませんよ、という宣言か。 確かに、ガーディはあっさりと立ち上がった。 先ほどにも増してその眼差しが鋭く尖っているように見えるのは気のせいだろうか。 あ……そういや、犬って危害加えられると激しく怒るんだっけ。 人間や他の動物も同じだけど、その度合いが比べ物にならないような気がするんだけども。 まあ、バトルだからそういうこともあるだろう。適当な結論に落ち着ける。 「わたし、小細工は好みません。一気に決めさせてもらいます」 クリスはそう言うと、ガーディに目配せをして―― 一体何を……? 一気に決めるったって、ガーディがラズリーを一撃で倒せるような技を覚えてるってのか? 半信半疑でいると、 「オーバーヒート!!」 「……なっ!!」 クリスの言葉にオレは息を飲んだ。 怯んだ一瞬を突いて、ガーディが口を開いて凄まじい炎の奔流を吐き出してきた!! オーバーヒート……このガーディが覚えてるだと!? 信じられない気持ちでいっぱいだけど、ガーディが繰り出した技は紛れもなくオーバーヒート。 名前どおり強力な威力を持つ技だ。 炎タイプの中でも一、二位を争うほどの威力で、フルパワーで攻撃する。 その威力ゆえ、反動で一時的に能力が下がってしまうけど、並のポケモンならこれ一発で倒すことが可能。 相性の悪い水タイプのポケモンが相手でもかなりのダメージを与えられる。 ……って、オレのラズリーを並のポケモンと思ってるのか? いや、違う。 それなら火炎放射で事足りるはずだ。 いきなりオーバーヒートで決めてきたってことは、ラズリーに侮れない何かを感じたってことに他ならない。 余裕をかましているわけでもなく、かといって慎重というわけでもない。 一気に押し切るってことか!! 「ラズリー、避けろ!!」 あんなのを食らったら、いくらラズリーでも耐えられるかどうか分からない。防御技も使えないラズリーじゃ、避けるしかない!! ラズリーは慌てて飛び退いて―― ごぅんっ!! その足元にオーバーヒートが突き刺さる!! 爆発が起こり、ラズリーは大きく吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた!! 「ラズリー!!」 たまらず、オレは叫んだ。 直撃は避けられたけど、爆風によるダメージも侮れないはずだ。 くっ…… オーバーヒートを発動させる前にもう一撃加えておくべきだったんだろうか。 オレは奥歯を噛みしめながら、ラズリーが立ち上がるのを待つしかなかった。 「これはまずいわね……」 「え? なんで?」 バトルに臨んでいるアカツキの背後で、カスミとナミは小声で話していた。 普通なら聴こえるのだろうが、バトルに集中している彼に聴こえているとは思えない。 カスミは怪訝そうな顔を、よろよろと頼りない足取りで立ち上がるラズリーに向けた。 痛みに耐えているようなその顔が、とても悲しく見えてくる。 「オーバーヒートの直撃は避けたけど、爆発でダメージを受けてるわ」 「うん。それはそうだけど……そんなにダメージ大きいのかなあ?」 「イーブイは体力に優れてないわ。 まあ、あれがハナダジム自慢の水槽にヘドロ爆弾ぶちまけるフシギソウだったら、一発で戦闘不能になってたかもしれないけど。 でも、今アカツキが苦しい立場にあるのは間違いないわ。あたしたちは結構ラクに勝てたけどね」 「そうなんだ……」 カスミの言葉にトゲが生えていたことに気づくでもなく、ナミはごくりと唾を飲み下した。 アカツキが苦しい立場にある…… 背中を向けた彼がどんな表情をしているのか分からないからピンと来ないのだが、ラズリーの苦しそうな顔を見れば、なんとなく分かる。 彼女はトパーズで楽にピカチュウに勝ち、カスミは少し苦戦したが大技でタマタマを一撃で倒した。 だが、アカツキは、ラズリーの電光石火で先制の一撃を与えたものの、反撃となるオーバーヒートでラズリーは大きなダメージを受けてしまった。 「ラッシーなら、今頃勝ってると思うんだけどな……」 ナミは胸中でつぶやいていた。 彼の最高のパートナーであるラッシーがガーディとバトルしていたら、 たぶん今頃はソーラービームを連発してガーディに付け入る隙を与えていないはずだ。 「そういえば、どうしてラッシーじゃなくてラズリーちゃんを出したんだろ?」 不意に疑問がよぎる。 アカツキだって、ラッシーを出した方が楽だということは分かっているはずなのだ。 敢えてラズリーを出したその意図は? 残念ながら、戦力に恵まれたナミにはよく分からなかった。 「ラズリー、立て!!」 気がつけば、オレはラズリーに向かって叫んでいた。 自分でもよく分からない。なんでそんなことを言ったのか。 だけど、負けたくない。ラズリーに負けて欲しくないっていう気持ちが爆発しそうだってことは分かるんだ。 とても、ココロが熱いから。 ラッシーじゃなくて、ラズリーでバトルに臨んで…… ラッシーならどうにだってできると思ってたからこそ、その反動で、ラズリーで戦い慣れてないってことが露呈した形になってる。 だから、なんだろうな。 こんなにもドキドキして、負けたくないって強く思うのは。 カスミとのジム戦だって、ここまで強く思ったことはない。 本当の窮地に立たされてるからこそなんだろうと思う。 「オレは君ならできるって信じてる!! 立つんだ、ラズリー!!」 激を飛ばす。 今のオレにできるのはそれくらいだ。 ラズリーの代わりに戦ってやりたくても、人間の力じゃポケモンには敵わない。 もう一つの選択肢は、最後の最後まで封印するつもりだ。 だから、考えない。 「ブイ……ッ!!」 よろよろと立ち上がるラズリー。 脚が震えているように見えるのは、きっと気のせいじゃないんだろう。 オーバーヒートの直撃を受けてれば確実に戦闘不能になってたけど…… でも、ラズリーはまだ戦える。 少なくとも、オレの目にはバトルを捨てているようには見えない。 いつもは気弱で臆病なところがあるけど、今のラズリーは勇敢だ。 揺るがぬ意志を瞳に宿し、戦うことをあきらめていない。 ラズリーだって、逃げ出すことは簡単なんだ。 それをしないってことは……戦うという意志を明確に体現してるってことなんだ。逃げないと決めたんだ。 なら、オレはラズリーを勝利に導いてやらなくちゃいけない。 条件はフェアとは言えない。 それでも、あきらめはしない。あきらめるつもりはない。 「直撃は避けたようですが、満身創痍という感じですね。それで勝てるのですか?」 余裕の構えを見せるクリス。 電光石火を一発食らっただけじゃ、戦闘不能には程遠いからだろう。 まあ、普通は両者のコンディションを見比べれば分かりそうなものである。 だけどさ、ポケモンバトルはそれだけで勝敗がつくような単純なモノじゃないんだ。 確かにラズリーは満身創痍に等しい状態だ。 でも、ガーディも息を切らしている。 ダメージはほとんどないけど、オーバーヒートによって能力がダウンしているんだ。 どうやら使い慣れていないようで、その度合いも大きいように思える。 ガーディは進化を控えているポケモンだ。 進化によって能力が大幅に底上げされるから、言い換えれば体力とかはそれほど優れていないということ。 大技によって体力をかなり使っているとなると……これはかなりイケるかも。 「なに、勝負はこれからさ」 強がりに取られているのは間違いなかった。 クリスのみならず、彼女の後ろで姉の優勢に気を良くしているエリスとアリスも、そんな表情をしていたから。 「まあ、そう簡単に勝負を捨てるつもりはないようですね。 なら、行かせていただきます。ガーディ、火炎放射!!」 クリスの指示に、ガーディは口を大きく開いて炎を―― ぼっ!! 「……へ?」 飛び出した『炎』を見て目を丸くしたのは、当のクリスだった。 …………………… …………………… 微妙に空気が白ける。 ガーディは火炎放射を出そうとして口を開いたけど、その口から飛び出したのは、火炎放射とは名ばかりの火の粉だったんだ。 しかも、一メートルと進まないうちに消えてしまった。 クリスは恐らく、オーバーヒートによる能力ダウンを甘く見ていたんだろう。 目の前の『現実』に目を丸くして、呆然と立ち尽くすクリスとガーディ。 生まれた隙。なら、そこに付け込むしかない!! 「ラズリー、電光石火!!」 「ブイッ!!」 オレの指示に、ラズリーは一気に駆け出した!! 持てる力を振り絞るかのように。 「なっ……スピードが落ちていない!? そんな!!」 二重の驚きに、ガーディに指示を出すことすら忘れているクリス。 火炎放射が火の粉……それも、あっさりと消えてしまう『不発』と、満身創痍とは思えないようなラズリーのスピード。 まあ、そりゃ信じられないよな。 オレだって、まさかラズリーがここまで根性を見せてくれると正直思ってなかったけど。 もちろんうれしいさ。 これなら勝てる……『それ』は確信に変わった。 ラズリーは瞬く間にガーディとの距離を詰めていく!! はっ。 我を取り戻したクリスが慌ててガーディに指示を下す。 「ガーディ、噛み付くのよ!!」 だけど、ガーディの反応は予想以上に鈍かった。 能力ダウンの影響がここまで出ているとなると、一撃で仕留められなかったのがクリスにとって致命的だったんだ。 ガーディがやっと反応した時には、ラズリーが眼前にまで迫っていた。 で、やっと動き出そうとしていたものだから、当然避けられるはずもない。 どんっ!! 渾身の一撃を受け、吹っ飛ぶガーディ。 「ラズリー!! 君ならできるはずさ、アイアンテール!!」 能力ダウンで防御力まで低下しているガーディに、今の電光石火はかなり効いたみたいだ。 吹っ飛ばされても、立ち上がるのが容易でない様子。 そんなガーディにトドメの一撃を食らわすには、これしかない。 アイアンテール。 一時的に鋼の硬度を得た尻尾を相手に叩きつける技だ。 タイプは鋼で、炎タイプには効果が薄いけど、威力は高い。 なら、相性のダメージ倍率を無視しても、ある程度のダメージは与えられるはず。 ラズリーは躊躇うことなく駆け出し、ジャンプ!! 初めて聞いた技の名前だと思う。 でも、知っているのかもしれない。 じいちゃんの研究所にいたのなら、もしかしたら…… 「ガーディ、立ちなさい!! 立つの!!」 目の色を変えて叫ぶクリス。 背後のエリスとアリスは気が気じゃなさそうだった。 そう。 さっきのオレを見てるみたいだったからさ。 だけど、オレたちは負けない!! 「ブイーっ!!」 裂帛の叫びと共に、ラズリーが鋼鉄の硬度を得た尻尾をガーディに叩きつける!! ごぅんっ!! 轟音と共に衝撃が駆け抜けた。 肌がピリピリ粟立つ感覚。それは気のせいなんかじゃない。 「が、ガーディ……!!」 信じられないものを見ているような表情をガーディに向ける。両手で口元を抑えているあたり、間違いない。 ラズリーのアイアンテールに、たまらずガーディがうつ伏せに倒れる!! さっと飛び退いて間合いを取るラズリー。 足元が小刻みに震えているが、油断ならないとその表情が物語っている。 もしかして、ガーディはまだ……? ガーディは本気でマンガ調のポーズで倒れている。 立ち上がるのか……果たして…… 視界の隅でクリスの表情が変化したのを認め―― 「戻りなさい、ガーディ」 モンスターボールを突き出して、ガーディを戻した。 ……? 自分から負けを認めた? 信じられない気持ちで、視線をクリスに送る。 いかにもプライドが高そうで、負けず嫌いに思えたのは果たして気のせいなのだろうか? ガーディが戦闘不能になったとは限らないんだ。なのに、戻すなんて…… 「完敗です」 クリスはニコッと笑った。 負けたっていうのに、晴れ晴れしているように見える。 そう、胸の痞えが取れてスッキリしたように。 「あなたとあなたのイーブイの気迫……負けたくないと言う気持ち。 確かに受け取りました。 まあ、わたしが持つにはずいぶんと過ぎたものではありますけどね。 ともあれ、三戦全敗。 わたしたちもまだまだ未熟だと言う事が分かりましたし、いい経験になりました。 ありがとうございました」 クリスがペコリと頭を下げると、エリスとアリスも同じように頭を下げた。 いい経験になった……か。それはオレたちも同じことだ。 カスミはともかくとしても、オレとナミにとっては貴重な一戦になったような気がする。 「オレたちの方も勉強になったよ。お互いにこれからも頑張ろうな」 「ええ、そうですね。 次にどこかでお会いすることがありましたら、その時は負けませんから。そのつもりで」 「ああ」 晴れ晴れした表情でも、負けたってこと自体に悔しさを感じているんだろう。 クリスはそれを噛みしめているような口調だった。 「ラズリー、戻ってくれ」 立っているのもやっと、というラズリーをモンスターボールに戻す。 「ゆっくり休んでてくれ。ありがとうな……」 最大限の労いの言葉をかけ、ボールを腰に戻した。 「アカツキ。やったじゃない」 「すごいバトルだったよ〜♪」 「ああ……でも、オレもまだまだだってことが分かったからな。いい勉強になったよ、ホントに」 カスミとナミが口々に褒めてくれるけど、正直あんまりうれしくはなかった。 うれしくないわけじゃないけど、喜びと感じるようなレベルにまでは達してなかったんだ。 なにしろ、オレのトレーナーとしての弱さをある意味で露呈したバトルと言えたんじゃないかって、思ってるんだから。 「次のジム戦までに、もっともっと強くなっておかないと……」 「うん。そーだね」 ナミは頷いてくれたけど、ホントに分かってるのか疑わしい。 まあ、それは口に出さないお約束としても…… クリスたちはハナダシティに向かっているんだろう。 オレたちの傍を通り過ぎようとして――ふと動きが止まった。それも、三人一緒に。 で、三人一緒に身体の向きを変える。こっちに。 これには面食らったけど……三つ子のシンパシーだっていうなら、それもアリなんだろうな。 「ん……なんだ?」 「これをあなたに差し上げようかと思いまして」 声をかけるオレに、クリスは先ほどの笑みをそのままに、腰のポーチをまさぐって―― 手のひらと同じくらいの大きさの、オレンジ色の石を取り出した。 そしてオレに手渡す。 これは…… やや透き通ったその石の真ん中には、偶然の産物か、燃える炎のような模様が入っている。 「炎の石……!?」 「ええ。今のわたしが持っていても仕方がないと思いまして……それはあなたに差し上げます」 「でも……」 炎の石は、ポケモンの進化を促す『進化の石』の一種だ。 どこでも気安く見かけるほどポピュラーなものじゃない。 捨て値でさばいたって、子供のお小遣い数年分くらいの金にはなるだろう。 それを「あなたに差し上げようかと思いまして……」なんて一言でくれるなんて、一体何がどうなってるんだか…… 炎の石を見つめたまま戸惑いを隠しきれないオレに対し、クリスは続けた。 「大丈夫です。 わたしたちの家にはまだまだ進化の石がありますから。今すぐ必要というわけでもありませんし。 ガーディを進化させるのはもう少し先にしようと思います。 それでは、ごきげんよう」 軽く会釈すると、彼女たちは何事もなかったかのように、再びハナダシティ方面へと歩き出した。 本当にいいんだろうか? 何か言い返すべきではないか。 わたしたちの家にはまだまだ進化の石がありますから…… 本当にそうなんだろうか? もしかして裕福な家に生まれたんじゃないか。 途中で言葉遣いがお嬢様風に変わったから、そういう可能性もあるんだけど。 万が一オレに炎の石をくれるためにあんなウソをついたりしてたら…… 本当はもらっておきたい。ありがとうって言いたい。 でも、今のオレには素直に受け取ることができない。 「炎の石ねえ……ガーディやロコンを進化させるのに使えるわね。 それに、あんたのイーブイにも」 カスミとナミが横から炎の石を覗き込んできた。珍しいものだから、興味深いんだろう。 「ねえアカツキ。あんた、素直に受け取ろうって気持ちじゃないでしょ」 「え〜、どうして? せっかくもらったんだから、ありがたくもらっておけばいいのに〜」 「あのなあ……」 オレの気持ちなんて知ってか知らずか、勝手なことを述べる二人。 怒りを感じるというより、これには呆れ果ててしまったよ。 たぶんそんな表情でふたりを見つめてるんだろうなぁ…… 「オレだって素直に受け取りたいよ。できればさ。 でも、あいつが言ったこと、本当かどうかも分からないんだぞ。 珍しい石だから、そう簡単に受け取れるかよ」 「あのねえ……女の子のナイーヴな気持ち、ちょっとは分かってあげなさいよ」 オレの言葉に、分かってないな〜と言いたそうな口調で述べて、カスミはオレの肩に手を置いた。 「ナイーヴな気持ちってなんだよ」 「分かんないならいいわ。あの子があんたにあげたってこと。よく考えてみなさいよ。 それにね……返そうったって、あの子たち、結構向こうに行ってるわよ。今から追いかけてみる?」 カスミが親指で指し示した先には、豆粒ほどの大きさの人影が三つ。 言われるまでもなくあの三人だ。 ……いつの間にあんな遠くに行ってたんだ……? 目測だけでも数百メートルはあるだろうか。追いつくのは本気で簡単じゃないな。 「仕方ない……これはもらっとこう」 「はじめからそうすればいいのよ」 やっと分かったか。 そう言いたそうに、腕組みなどしながら何度も頷くカスミ。 まったく……気楽に言ってくれるぜ。他人事だからってさ。 追いかけるのも面倒だし、返しに行くってのも、もらっておいて要らないって言うのも悪い気がするな。 そこまで結論が至るのに時間がかかったってことか。まったくオレらしくもない。 どうかしちまってる、きっと。 「どうするの? 炎の石っていったら、イーブイを進化させることができるけど?」 「どうしようかな。今進化するのもいいけど、できればまだ先に取っときたい」 「そう……それもいいわね」 カスミはそれ以上突っ込んでこなかったけど、変なところで容赦ないのはナミだった。 「え〜、使わないの〜? あたしはトパーズをさっさと進化させちゃったよ?」 「んふふふふ……さっさと進化させてくれちゃったおかげで、あたしのポケモンはコテンパンにされたわけだけど」 「えへへ♪」 カスミがジト目で睨みつけるのも意に介さず、といった風に笑う。 こういう底抜けた部分が、ホントに恨めしいよな。 ナミは進化の石をもらった時に迷わず進化させたらしい。 おかげでトパーズはイーブイの時とは比べ物にならない実力を身につけたわけだけど…… オレは改めて炎の石を見つめた。 隣でナミとカスミがなにやら言い合っているが、気にしない。 これがあれば……炎の石があれば、ラズリーはブースターに進化できる。 ブースターと言えば炎タイプのポケモンで、イーブイ五進化形の一つだ。 トパーズ――サンダースが稀に見る素早さの持ち主であるように、ブースターは稀に見る怪力の持ち主だ。 ラッシーと同じくらいの大きさでも、ポケモン全種類の中でもトップクラスの物理攻撃力を誇る豪傑になるんだ。 イーブイの進化形はいずれも特異な能力を持つから、どの進化形にしても頼もしいことは間違いない。 けれど。オレの最終的なパーティ設計としては、ラズリーの進化先は…… 「カスミのギャラドスってパワーはすごいけど、トパーズの雷でイチコロだったよね」 「あんなにハッスルして放たれたら逃げ場なんかないじゃない。 だいたい、水槽の水伝って攻撃するなんて反則よ……まったく」 なんでかはしゃぐナミに、愚痴る気満々のカスミ。 ………… さらに声を大にして言い合う。 ………… ………… ぶちっ。 頭ん中で何かが切れるような音が聞こえた気がして、オレは炎の石をリュックにしまうなり彼女らに向き直った。 「おまえらな……人が考えごとしてる時に傍でゴチャゴチャぬかすのやめろ!! うるさくてたまらねえよ!!」 オレが手加減なしに怒鳴りつけると、ナミもカスミも雷が落ちた跡のように静まり返った。 鳩が豆鉄砲食らったような顔をして、呆然とオレを見ている。 まったく…… オレがラズリーをどの進化形にするか、真剣に考えてたのに。 どうでもいい言い合いを聞いてたせいで、考えが途切れてしまった。 今ここでその考えを再開するのは無理だろう。昂ぶった気持ちがそれを許してくれそうにない。 踵を返し、オレはヤマブキシティの方角へと歩き出した。 こういう時は、ゆっくり歩きながら気分を変えるのが一番だ。 少し遅れてナミとカスミが黙ってついてくる。 オレを怒らせたことに対して悪いと思っているんだろうか、背後霊のように沈黙を守り続けている。 なんか、不気味っていうか……こいつららしくないっていう感じのほうが強いかも。 だけど、今すぐにこの昂ぶった気持ちを抑えられるか、といえば、答えはノーに決まっていた。 「あんた、寝ないの?」 「カスミこそ寝ないのか?」 同じような問いを返すと、カスミは小さく笑った。 道路端の茂みの奥で、オレたちは一夜を過ごすことになった。 カスミの話だと、ポケモンセンターはもう少し先とのこと。 無理をしてそこまで進む必要がないと判断したから、こうして野宿を選んだんだ。 ナミは「え〜、野宿〜?」と不満を漏らしていたものの、オレの手料理(夕食)を頬張るなりニコニコ笑顔。 瞬く間に不安も消えて、カスミの水ポケモンで風呂代わりの水浴びをして着替えると眠ってしまった。 三秒と経たないうちに寝息が聞こえ、夢の世界へ旅立ったことが分かったくらいだ。 すぐに眠れるなんて、まったくもってうらやましい限りだよ。 オレは焚き火の前で、手に取った炎の石をじっと見つめていた。 石の放射線がポケモンの身体に作用して進化を促す……結果的に進化させるっていう不思議な石。 これがあれば、ラズリーは今以上に強くなれる。 ラズリーが強くなるということは、オレとしても歓迎すべきことだ。 だけど、そう簡単には進化させられない。 何か一つ……胸に痞えてるような気がするんだよ。 考えがスルーに流れていかない。 気持ちの流れを堰き止めている岩のような何か。 その正体が分かれば、楽なんだろうけど。 焚き火越しに、カスミが言葉を投げかけてきた。 「あんた、さっきからずっとその石見てるね。進化させるか、迷ってるように見えるけど?」 「そうだよ。迷ってる」 「否定するかと思ったんだけど……しないの?」 「あのなあ、オレはそこまで子供(ガキ)じゃない」 ひゅ〜。 オレが頬を膨らませて返したのが気に入ったのか、カスミは小さく口笛を鳴らした。 ま、勝手にしてもらうとして…… ラズリーを進化させるべきか。 カスミの言うとおり、オレが迷ってるのはそこだ。 戦力を底上げすると言う意味では、進化させるべきなんだろう。 ラズリーがブースターになれば、攻撃力は格段にアップするし、対応できるタイプも増える。 その分弱点も増えるけど、炎タイプの弱点は草タイプの攻撃技でカバーできるものばかり。 ラッシーで補完できるから、防御面での不安は見られない。 そう考えれば、メリットの方が圧倒的に高いんだけれど、やっぱり、そう簡単には割り切れないよな。 オレが進化しろって言えば、ラズリーはたぶん石に触れて進化してくれるだろう。 だけど、なんか違うって思うんだ。 進化して、姿形が変わって、能力も大幅に引き上げられて。 強くなるって、そういうことかもしれないけど…… オレが思い描く『強さ』って、単純に見えるものじゃないんじゃないかって、そう思えるんだよ、なんとなく。 トレーナーとしての判断を優先するとしたら、進化させるべきなんだろう。 多少の無理をしてでも、今後の展開を少しでも有利にするっていうことも、大切なことだと思う。 それでもさ、ラズリーが進化を望んでいるのかいないのか。 オレにとってはそっちの方が大切だって思えるんだ。 ラズリーが進化を望んでいるとしたら、オレはその望みを叶えてやりたいと思う。 たぶん叶えてやるんだと思う。 でも、望んでいなかったら、無理に進化させることで信頼関係に軋轢が生じるんじゃないか。 そういう心配もあるんだ。 たかだか十日程度でどれだけの信頼関係を結べているのかは分からない。 ラズリーはオレの傍にちゃんといてくれるし、バトルではちゃんと言うことも聞いてくれる。 オレが見る分には結構懐いてくれてると思う。 ラッシーほどじゃないけど、それなりに信頼関係があるってことなんだろう。 ラッシーほど『絶対的に等しい』信頼関係じゃないから、ほんのちょっとのきっかけで壊れちゃうんじゃないか。 そういう不安も、確かにあるんだ。 不安に怯えてるなんて、本当にオレらしくもない。 すっぱり決められるとばかり思ってた。こういう場面に出くわすまでは。 現実をちょっとだけ甘く見すぎてた。 だから、進化して力を身につけるってことが真の意味での『強くなる』ってことなのか。 オレにはよく分からない。 「なあ、カスミ」 オレは顔を上げた。 声をかけると、カスミはナミからオレに視線を移した。 「カスミはさ、進化の石とかでポケモンを進化させたこと、あるのか?」 「あたし? 進化の石じゃ進化させたことないけど、似たようなもので進化させたことはあるよ」 「そっか。その時、躊躇ったりはしなかったか?」 「……正直言えば、躊躇ったかな」 カスミは一拍置いてからそう言って、空を仰いだ。 オレはその視線を追うことなく、ずっと彼女を見ていた。 「でも、ポケモンが自分から進化を受け入れてくれたの。 だから、あたしは進化させようって決めたわけだし……やっぱりね、少しは躊躇ってた。 本当に大丈夫なのかって言う不安もあったし、姿形が変わっちゃうわけだから、もしかしたら性格まで変わっちゃうんじゃないかって。 でも、記憶まで消えてなくなるわけじゃないから……違和感はそれほどなかったよ」 「そっか……」 そうだ。 何か一つ見落としていると思ったんだ。 ポケモンは進化することで姿形を変える。時には性格も変わる。 だけど、変わらないものもある。 オレは片手に炎の石を持ち、もう片方の手にラズリーのモンスターボールを持った。 視線が注がれているのは、言うまでもない…… 「オレたちが一緒に過ごしてきたってことが消えるわけじゃないんだよな」 ポケモンの持つ記憶。 同じ時、同じ場所で過ごしたって事実(こと)。 ポケモンが変わってしまうということに、オレは本当に臆病なんだって思ったよ。 ラッシーがフシギダネからフシギソウに進化した時は、不安も戸惑いも感じなかった。 これからも一緒に過ごせるっていう期待と、進化するっていう喜びでいっぱいだったから、それらが入り込む余地が皆無に等しかったんだ。 進化っていう現象が珍しくて、好奇心の塊とも言える視線を向けていたんだっけ。 今はトレーナーとして、ポケモンのことも意識してる。 だから、将来的なことも考えて、簡単には決められなくなってるんだ。 「悩みは解決したかな?」 「少しだけ……な。ありがとう、カスミ。少しだけスッキリしたよ」 向けられた笑みに、オレも笑みを返した。 本当に、自分でも不思議だと思っているくらい、胸の痞えが消えていくんだ。 姿形が変わっても、時が移っても、変わらないモノがあるんだ。 姿形や能力という目先のものに囚われて、そこまで考えられなかった。 やっぱり、オレはトレーナーとしてまだまだ未熟なんだなって、なんだか思い知らされたよ。 ポケモンの知識になんて自信があったって、こういうことには全然役に立ちゃしなかった。 オレが持ってるのなんて、本当にちっぽけなものなんだなって。 バトルだって、知識だけじゃどうにもならないところがある。 相手の使う技を完璧に把握できるはずもないし、バトルには予想外のアクシデントがつきものだ。 相手の技を食らって自分のポケモンがどれだけのダメージを受けるか。 おおまかなところは分かっても、ピタリ当たっているとは限らない。 それに、精神的な面でも、バトルというのは分からない部分が多い。 知識だけじゃ、本当に埋められないものばかりなんだ。ポケモントレーナーって。 だからこそ、面白みっていうのも感じられるんだろう。 「もう少しだけ、待ってみる。 ラズリーにそれとなく話してみて、オッケーだったら、その時は進化させるよ」 「そうね。それがいいわ。答えを急いたところで、ポケモンが納得しなきゃ、結局は独りよがりで終わっちゃうから……」 オレの結論に、カスミは同調してくれた。 ポケモンが納得しない形での進化は、精神的な面で後々『しこり』を残すものだと、遠回しにそう言ってるんだ。 「カスミ」 「なあに?」 「頼まれついでって言ったらなんだけど……」 炎の石をリュックにしまいこんで、オレは言った。 「少し、付き合ってくれないか?」 モンスターボールを見せ付けるように掲げると、カスミの笑みは深まった。 「オレ、少しでもトレーナーとして強くなりたい。 ポケモンだけが強くなっても、トレーナーが強くならなくちゃ、バトルは勝てないって、今日のあのバトルで分かったような気がするんだ。 知識だけ持ってたって、それを使いこなせるだけの勘とか経験がなきゃ、宝の持ち腐れだって」 「いいわ。少しだけ、付き合ってあげる」 「よし、決まりだな」 少しだけ、なんて強調してたけど……カスミがやる気満々だってのは、間違いなさそうだ。 今晩は少しだけ、寝るのが遅くなりそうだ。 だけど、時間があるのなら少しでも強くなりたい。 その気持ちに偽りはなかったんだ。 To Be Continued…