カントー編Vol.09 壁を越えて届け!! 「うっわぁ……ここがヤマブキシティなんだ」 通りに溢れる人ごみを見て、呆然とつぶやくナミ。 その横で、つまらないものでも見ているような眼差しを向けているカスミ。 オレはというと……ナミと同じで呆然としてました。マジで。 ヤマブキシティの北ゲートをくぐって中に入った途端、目に入ったのは通りを行き交う人、人、人。 オレの中にある常識を吹き飛ばすような人数を見て、今まで通ってきた街がいかに田舎だったのか、思い知らされたような気がしたんだ。 脳天にハンマーを打ち下ろされたように。 マサラタウンは、このヤマブキシティから比べたら、田舎なんて生温いレベルじゃないかもしれない。 中心部へ向かうほどビルは高くなり、数十階建てなんて、珍しくもなくなる。 人々の活気で賑わう通りは、マサラタウンではとても考えられないものだった。 「これが都会か……」 オレよりもいくつか年上……ちょいと前までよく遊んでくれた人がいたけど、その人は都会に行くとか言って、マサラタウンを出てしまった。 都会に魅力でも感じたんだろうか。 オレには分からないけれど……少なくとも、今のオレには、魅力らしいものは感じられなかった。 人は多いし、うるさいし…… 「ねえ、いつまでここに突っ立ってるつもり?」 立ち止まったままでいることに苛立っているらしく、カスミは語気を強めて言ってきた。 「ポケモンセンター、探すか」 「そうそう。さっさと寝床確保しちゃいましょ」 オレがポツリと漏らすと、そうだと言わんばかりに大きく胸を張りながら頷いてたりする。 あー、なんつーか……要するにヒマだったんだ。 カスミが苛立ってるワケがなんとなく理解できたところで――当面の予定を思い返す。 このヤマブキシティにやってきたのは言うまでもない、ジム戦をするためだ。 ヤマブキジム……オレたちにとっては三つ目のバッジを賭けて、ジムリーダーと戦うことになる。 でも、その前にポケモンセンターで、少なくとも今晩の宿を確保しておかなければならない。 明日以降は、部屋に空きがあれば取るとして…… 「んじゃ、行くか」 「オッケー」 カスミが短く答え、オレはヤマブキシティの街中へと足を踏み出した。 ところ構わず標識が突っ立ってるものだから、その中からポケモンセンターとヤマブキジムの二つを探し出すのは結構骨が折れた。 まあ、ちゃんと見つけられたけど。 標識の指し示す方向へ足を向け、数歩歩いたところで、不意に気づく。 妙に足音が軽いような気がするんだ。 振り返ると、さっきオレたちが突っ立ってたところで、ナミが身動ぎ一つせずに立ち尽くしていた。 なんか、なにもかもが上の空のような表情を通りに向けたままで。 「ヲイ……」 「何考えてるわけ、あの子は……」 カスミは呆れながらも、どうしてそんなところでぼーっとしてるんだと言いたげに頬を膨らませた。 意外に気が短いんだな。 思わずツッコミを入れてしまいそうになったけど、ここで茶々を入れるだけ無意味だろう。 怒りの矛先を向けられるのは嫌だからな。 「やれやれ……」 何を考えてるかは分かんないけどさ、あの場所で突っ立ったままじゃ、通行人のジャマになるかもしれないな。 そう思って、オレは小走りにナミに駆け寄った。 「お〜い、行くぞ〜」 「あ、え、うん」 目の前で手を上下に振ってやると、ナミは今さらのように驚いて、顔を上げた。 こいつ、本気で何か考えてたな……? 似合わないことしてやがるよ。 「あのなあ……考え事するのは勝手だけど、こういうところでやらない方がいいぜ。 ほら、行くぞ。ポケモンセンターで今晩の宿を確保しとかなきゃいけないからな」 「あのね、アカツキ」 「ん?」 何か言いたそうな表情を向けてきた。 一体どうしたんだ? いつものナミじゃない。 知らないものを見れば真っ先に瞳ギラギラ輝かせ、黄色い悲鳴を上げまくっているいつものナミじゃないって!! 何か悪いものでも食ったのか、頭でも打ったのか……そっちの心配をしてしまうほど、いつもとは何かが違っていたんだ。 「あたし、先にジム戦行くね」 「……迷子になるなよ」 「うん。ポケモンセンターで待っててよ」 唇の両端を吊り上げ、ナミは颯爽と駆けていった。 『ヤマブキジム →』と書かれた標識の方向へ。 止める間もなかった。 いや――何か、決意みたいなものがこもってたような気がする。言葉とか、表情に。 いつものナミと違うと思ったのは、楽天的な部分がこれでもかとばかりに欠如していたからなんだ。 「あの子、どしたの?」 「ジム戦に行くってさ」 「へえ〜、意外だねぇ。あんたの後をチョコチョコついてくるものだとばっかり思ってたけど」 「ナミにもナミなりの考えがあるってことだろ」 カスミの眉がかすかに上下するのを横目でチラリと見、オレはナミが駆けていった方角に目をやった。 人込みに飲まれ、ナミの姿はすでになかった。 ジムはちゃんと目立っているはずだから、迷子になるってことはないと思うけれど。 でも、一体なんだったんだ? あんな顔、見たことなかった。 気の抜けたマヌケ面と、明るく元気な顔。 落ち込んだり、真剣に考えたり、本気で怒ったり。 よくよく考えてみたらオレって、ナミのことを知ってるようで知らなかったんだな。 なんて思いながらも、ポケモンセンターへ向かって再び歩き出す。 半歩遅れてカスミがついてきた。 特に会話もなく――もっとも、そのおかげでオレは存分に考えごとをすることができたんだけどね。 やっぱり気になるのはナミのことだった。 ちょっとおっちょこちょいだけどいつも明るく前向きで。 オレはナミがそんな風だとばかり思ってた。 背が低いとか胸がないとかいう悩みなんてなくて、いつもニコニコ笑って過ごしてるとばかり思ってたんだ。 だから、あんな風な表情を目の当たりにして、驚いてしまった。 どう対応していいか分からなくて、表面上は何事もなかったかのように装って、適当な言葉をかけて送り出した。 今になって気づくなんて、ホントにオレらしくない。 もしかしたら、いつも見てる部分がすべてだと思い込んでたのかもしれない。 空の上で燦然と輝くお月さんの裏側が見えないように、ナミの悩みとか、そういうのも見えなかったのかな? いや、見ようとしてなかっただけかもしれない。 オレと一緒にいない時、ナミはどんな表情を見せていたのか。 どんな言葉を発していたのか。どんな気持ちを抱いてたのか。 知りようがないけれど、そこまで考えてしまうと、やっぱり気になっちゃうよな。 でも、ナミだってオレのすべてを知ってるわけじゃないし…… 知らない部分をお互いに抱えているってことも別に特別なことでもないんだろうけど。 初めてな分だけ、気になってしまうんだろうな。 「なんだか暗いね〜」 「……?」 針のような声に顔を向けると、いつの間にやらカスミがオレと並んで歩いていた。 気づかないほど、オレは考えごとをしてたんだろうか……だとすれば、ホントにらしくない。 カスミにすら気づかれてしまうんだから。 声をかけられた以上無視するわけにもいかず、自分でも分かるほどつっけんどんに言葉を突っ返した。 「いろいろと考えてたんだよ。悪いか」 「ううん、悪くないよ」 カスミはいけしゃあしゃあと言い、首を振った。 「誰にだって考えごとはあるわけだし……まあ、サトシにはあんまりなかったけど」 「そりゃそうだろうな。あいつは考えるより先に身体が動くタイプだろ」 気づけば口の端が緩んでいた。 カスミが気を利かせてくれたのか……だとすれば、感謝すべきなんだろうな。 暗いなんて自分じゃ思ってなかったけど、彼女の目に、オレの姿はそう映っていたのかもしれない。 「その点、あんたたちと一緒にいると、なんだか新鮮なのよね。 今までとは違う空気って言うか……まあ、そんな感じ」 「そうだろうな。オレはサトシほど情熱的にはなれないし。 まあ、そうやって悟っちまってるオレ自身もなんだか変な気もする」 「かもね。でも、それとジム戦は話が別よ」 「わかってる」 オレは短く答えると、深く頷いた。 ジム戦……これで三回目だけど、直前になると、なんだかドキドキしちゃうんだよな。 今回のジムリーダーはどんなタイプのポケモンと戦術でオレの前に立ちはだかるのか。 そう思うと、ワクワクしてしまう。 不安はもちろんあるけれど、やってみなくちゃ分からないわけだから、やる前から必要以上に不安を感じてたって仕方ない。 不安に思うくらいなら、いっそ楽しんじゃおう。 そう思えるくらい、心の余裕もできてきたみたいだ。 ポケモンバトルで大切なのは、ポケモンの実力と、ポケモンとトレーナーの呼吸の一致。 でも、一番大切なのは、トレーナー自身の心の余裕。 自分なりのペースをいかに維持できるか。 今までのジム戦でも、それを何とか失わずに済んだからこそ勝利することができたわけだし。 だけど、今回からはそうもいかないのかもしれない。 ニビジム、ハナダジムと、オレのパーティのエースであるラッシーが優位に立つタイプのポケモンばかりを繰り出してきた。 タケシは岩タイプ、カスミは水タイプといった具合に。 もちろん、タイプの相性なんて努力と根性と戦術でどうにもできるわけで、両方ともかなりの苦戦を強いられた。 タイプが優位でもそんな状態だったんだ。タメか不利に立たされた時は、もっと苦しい戦いになるのは火を見るより明らかだ。 そういうジム戦もいつか必ず訪れるはず。その時までに、なんとかしなきゃいけない。 たとえタイプが不利であっても、相手の戦術に踊らされず、自分自身のペースを見失わない戦い方を見つけなきゃいけないんだ。 多彩なタイプのポケモンを揃えて、相手に対して有効なタイプのポケモンを出す。 それがベストなんだろうけど、バランスよく育てるってことも考えると、これだってかなり骨の折れる仕事だ。 もうヤマブキシティまで来てしまったわけだし、今回はそれも無理な相談。 今の戦力でなんとかやり繰りしてくしかない。 草、毒タイプのラッシーと、炎タイプのラズリー、ノーマルタイプのリッピー。 ラッシーとリッピーはまだ進化を控えているけど、進化をしてもタイプは変わらない。 この三体だけでも、それなりの相手とは戦っていけるんだろうけど……不安は否めないな。 「やっぱり気になってるんでしょ。 ヤマブキジムのジムリーダー、ナツメさんがどんなポケモン使ってくるのか」 黙りこくったままのオレにカスミが話しかけてきた。沈黙はなにげに苦手なようだ。 「気になるけど、教えてくれないんだろ。だったら、話したところで同じだ」 「そりゃそうだけど……」 直球で答えを返してやったら、カスミは口ごもってしまった。 ジムリーダーの名前はナツメか……たぶん女の人だろう。 年齢だの性格だの容姿だのというのはどーでもいいんだけど、彼女がどんなポケモンを使ってくるのかは正直、気になるところだ。 戦う前に少しでも情報を仕入れることができれば、バトルはかなり楽になるはずだけど、それはたぶん無理な相談。 すぐ傍にいる情報源が、それを明かす気になってないから。 無理に聞き出しても仕方ないし、ここは黙しておくとしようか。 そう思っていると、視界の先にポケモンセンターが見えてきた。 まだ何分かかかるか……距離から到達時間をある程度割り出し、まだ余暇があるということを確かめる。 「一つ聞きたいことがあるんだけど」 「ん、なあに?」 オレはカスミに問いを投げかけた。 かねてから気になっていたことだけど、訊ねられるのはカスミだけ。ジムリーダーである彼女だけだ。 ナミや他の人に聞いたところで答えはおろか、答えにならないような言葉しか返ってこないだろう。そう思って。 「カスミはそれなりにジムリーダーの会合とかにも出席してるんだよな?」 「なによ、改まって……」 何が言いたいのか分からず、カスミは困ったような顔を向けてきたが、オレは構わず、 「トキワジムのジムリーダーのことなんだけど」 「レオさんのこと?」 「ああ」 トキワジムのジムリーダー、レオ。 柔らかな物腰の奥に、強固な意志を持つ人だ。 ジム戦を挑もうとしたオレたちに、あの人はこともあろうに、こんなことを言って挑戦を拒否したんだ。 『トレーナーになりたての君たちとバトルしても楽しくない』 あー、あの時は腹立たしさで頭がいっぱいになったっけ。 見返してやる、その姿勢を後悔させてやるって燃えてたりもしたけどさ、今はそういう気にはなれないな。 平たく言えば、バカバカしく思っちまったんだ。 そんなことしたって急に強くなれるわけじゃないし。 でも、見返してやりたいと言う気持ちはまだあるよ。 七つのバッジを集めて、最後には、育て上げたポケモンと練り込まれた戦術を織り交ぜて勝利を収める。 カントーリーグに出るには、バッジを八つ集めなきゃいけないんだから。 いずれは通ることになる道だと、オレはそう思ってる。 だから、一応……知っときたいよな。戦う時が来るんなら。その人となりとかくらいは。 「あの人、どういう人なんだ?」 「そうねぇ」 カスミは人差し指を立てると口元に持ってきた。それなりに考えてますと言わんばかりのポーズだ。 十歩ほど先に進んだところで、カスミが言ってきた。 「優しい人だよ。 あたしのような新参者にだって気さくに話しかけてくれるし、なんていうかすごく大人思考の人なのよね。 物事を冷静に見てて、必要ならちょっとは冷酷になったりとか……そんな感じ。普通の人よりは尊敬できるかな。 あ、ちなみにカントーの中であたしが一番尊敬してるジムリーダーはレオさんなの」 「そっか……」 「どしたの? いきなりそんなこと聞くなんて……」 「前に一度会ったことがあってさ」 オレはため息混じりに、トキワシティでレオと会った時のことをカスミに話した。 どうして話そうという気になったのか、不思議なことに、オレ自身にも分からなかった。 ジム戦を申し込んだけど、拒否されたこと。 七つのバッジを集めてからなら挑戦を受けると言われたこと。 主なのはその二点だけど、結構長々と話したような気がする。 話を終えると、カスミの表情が歪んだ。 そんなことがあったなんて……そう物語っている。 「そんなことがあったんだね」 表情通りの言葉を投げかけてくるが、適当に応じる。 「まあ、それをバネにしていくさ。 あの時の悔しさは忘れない……七つのバッジが集まった時は、あの人に勝つ。それだけだ」 「そうね。トレーナーとして頑張らなきゃね」 「悪いな。おまえにとってはあんまりいい話じゃなかっただろうけど」 「いいの。あんたの話なら聞いてみたいのよ、どんなことでも。あたしはそう思っただけだから」 「…………?」 一瞬、何を言われているのか分からなかった。 沈痛な面持ちは一転、曇り空すら吹き飛ばすような笑顔に変わっていた。 その一瞬の間にカスミはスキップでオレを追い越し、振り向きざまに、 「気にしなくたっていいよ♪」 「そんな言い方されたら気になるだろうが思いっきりッ!!」 意味深な言葉を投げかけられ、オレとしても黙っているわけにはいかなかった。 だけど、すぐ傍までポケモンセンターが迫っていて、大声を出すわけにもいかず…… オレはスキップのカスミを追いかけていくしかなかった。 「ここがヤマブキジムだね……うーん、ドキドキしてきちゃったぞ、どうしよう……」 なんてことを言っているものの、ナミはヤマブキジムを前に、弾む心を抑え込むのが精一杯だった。 ヤマブキジム……見た目はどこにでもあるような洋館といったところだろうか。 看板もどこか地味で、目立とうという趣旨があまり見受けられない。 とはいえ、街中にぽつんと洋館があるというだけで目立つことは目立つが、その両隣がマンションということもあって、陸の孤島という印象も受ける。 もっとも、今のナミには、そんなことまで気を配るような余裕はなかったが。 ジム戦となると、毎回毎回、こんなにもドキドキするのだ。 どんなジムリーダーがどんなポケモンを従えて手薬煉引いて待ち構えているのかと考えるだけで。 「ガーネットとトパーズがいるんだし、勝てるよね、きっと」 全幅の信頼を置く仲間の存在を再確認し、心を奮い立たせる。 「それに……」 先ほど街の入り口で別れた従兄妹の少年の顔を脳裏に思い浮かべる。 「アカツキにだって、負けてられないし。あたしだって……」 先日覗き見た彼の真剣な表情――今まで知らなかった彼の一面を目の当たりにして、ナミは人知れずショックを受けたものだった。 あんな必死な顔で、自分に負けまいと特訓に励む姿が、ナミの心に火をつけた。 あたしだって負けられない。負けてられない。 そんな気持ちになったものだから、何が何でも彼に先を越されるわけにはいかなかった。 自分でも不思議に思うくらい、負けられない気持ちになった。 「あたし、こんなに負けず嫌いだったんだ……気づかなかったなぁ」 誰かに負けたくない。今までそんなに強く思ったことがなかっただけに、衝撃的だった。 でも、負けたくないという気持ちがあるから、こうして彼に先駆けてヤマブキジムに挑戦することになったのだ。 何も悪い事ばかりではない――と思う。 気持ちの整理もついたところで、意気込んでジムの敷地へと足を踏み込む。 ドアの前まで歩いていくと、インターホンのボタンを押した。 ピンポーン、と半ばお決まりの音が鳴る。幾重にも反響して、余韻を残して消えつつある。 ナミは返事が返ってくるのをじっと待ち―― 「はい。どなたさま?」 「あ、あの。ジム戦しに来ましたぁ〜♪」 返ってきた女性の声に、ナミは大きな声で応対した。 今にも鼻っ柱をぶつけてしまいそうなほど、インターホンに顔を近づけて。 まあ、向こうはそれを知らないようで、 「ジム戦の挑戦者さんね。分かりました。 ドアから入ってまっすぐ進んでね。フィールドでお待ちしていますよ」 何事もなかったかのように言うと、ドアが押し開かれた。 その向こうには誰もいない。どうやら、応対に出た女性が遠隔操作で開けてくれたらしい。 「よーし、行っくぞ〜っ!!」 息巻いて、ナミは開け放たれたドアを抜けてジムへと入っていった。 玄関の先はまっすぐな廊下が続いていて、他の場所に行く余地はなさそうだった。廊下の先が白んで見える。 進んでいくにつれて、その正体が天井から降りそそぐライトであると気づく。 「あたし、絶対勝つもん」 自分に言い聞かせる。 どこか不安を捨てきれない心を闘志の炎で燃え上がらせるのだ。 自分を見失ってはいいバトルなどできない。 いつか父親であるアキヒトがナミに言ってくれた言葉がよみがえる。 「パパだって応援してくれてるんだから。負けないよっ!!」 笑顔で送り出してくれた父親の顔が脳裏をよぎった。 彼のためにも、勝たなければならない。 通路を抜けた先に、バトルフィールドが広がっていた。 天井からは燦々とライトが降りそそいでいる。 ニビジム、ハナダジムと、どのジムも照明にはかなり凝っているようだ。 数を揃えて、夜でもバトルできるように備えているのだろう。 すぐ傍にトレーナーのスポットがあり、ナミは無言で位置についた。 そしてフィールドの反対側を見やる。 反対側のスポットに、女性が立っていた。 歳は二十歳くらいだろうか。スラリと背が高く、凛と整った顔立ちが印象的な女性だ。 前髪を額の高さで切り揃え、後ろ髪は背中よりも長く伸びている。 艶やかな黒髪が、ライトに反射して、一部白い線として浮き上がっているように見える。 身体にジャストフィットした服をまとい、その顔には柔和な笑み。 しかし、ナミには分かった。 その笑みに隠されているのは、絶対的な自信。自分の勝利を確信し、どんな相手でさえも倒すという、実力の証明。 「頑張らなきゃ……」 拳をギュッと握りしめた。 相手のキャリアは自分よりもずっと上だ。真正面からぶつかったところで勝ち目はない。頑張って相手の意表を突くしかないだろう。 「ようこそ、ヤマブキジムへ」 女性の唇が動く。 それに合わせて、フィールド全体に彼女の声が響き渡った。首元に小型マイクを仕込んでいるのだろう。 「わたしがジムリーダーのナツメです。あなたの名前をお聞きしましょう」 「ナミよ。マサラタウンのナミ!!」 彼女――ジムリーダー・ナツメに負けないほどの声を絞り出して返すと、彼女は満足げに微笑んだ。 「オッケー。ナミちゃんね。さて、ルールを説明しましょう」 鷹揚に手を広げる様は、わたしに勝てるものなら勝ってみなさいと挑発しているかのようだ。 しかし、ナミはその手には乗らない。 悲しいかな、挑発とは思わなかったからだ。 「使用ポケモンは二体のシングルバトルよ。 どちらかのポケモンが二体とも戦闘不能になるか、降参した時点で決着するわ。 もちろん時間は無制限だけど、あまり逃げ回っていると、審判が戦意喪失とみなして戦闘不能扱いになるから注意してね。 あと、ポケモンチェンジはあなたにだけ認められるわ。わたしはポケモンチェンジしない」 言い終え、ナツメは中央線の延長線上に顔を向けた。 釣られるようにそちらを見てみると、いつの間にか旗を持った女性が立っていた。 ナツメと同じくらいの年頃だが、彼女が審判を勤めるようだ。 「では、はじめましょう。わたしの一番手は……」 すっと目を細め、腰のモンスターボールを引っつかむと、ナツメは掛け声と共に投げ放った。 「行くわよ、ユンゲラー!!」 ボールがフィールドの中に投げ入れられる。 かつん、と音を響かせ、ワンバウンドしてからボールは口を開いた。 中から飛び出してきたポケモンは…… 「フーっ……」 体格はガーネットと大して変わらないだろう。 全身黄色で、片手にはなぜかスプーンを握りしめ、胴体には皮の鎧のようなものを身につけている。どうやら、身体の一部らしい。 「ユンゲラー? どんなポケモンだろ?」 ナミはポケモン図鑑を取り出すと、センサーをユンゲラーに向けた。 ぴこん、と電子音が鳴り、その姿が液晶に表示された。 電源を入れなくても、センサーは常に働いており、ポケモンの姿を捉えたらすぐに映し出すのだ。 「ユンゲラー、ねんりきポケモン」 スピーカーから流れ出したのは、祖父であるオーキド博士の肉声。 数百種類はいるであろうポケモンの説明を一手に引き受けたというのだから、録音だけでも相当大変だっただろう。 まあ、そんなことはどうでもよくて―― ナミはその説明に耳を傾けた。 「身体から特別なアルファー波が出ていて、傍にいるだけで頭が痛くなってしまうぞ、気をつけろ。 タイプはエスパータイプじゃ」 「エスパータイプ……」 最後のキーワードをつぶやく。 オーキド博士は彼女にヒントを与えてくれた。 ポケモンのタイプはエスパータイプ。 つまり、ナツメのポケモンはすべてエスパータイプなのだ。 弱点となるのは、ゴーストタイプと悪タイプ、そして虫タイプの技。 「う〜ん、どのタイプも持ってないなぁ……」 その三種類のタイプを持つポケモンは手持ちにない。 まあ、ガーネットとトパーズの二体だけで臨もうというのだから、それは仕方のない話だ。 もう少し仲間を揃えた方がいいと思うのは、果たして彼女だけだろうか? 「あんまり頼りになるようには見えないから、きっと打たれ弱いんだろうな」 ナミは直感的にそう思った。 図鑑をバッグに滑り込ませる。 彼女の直感は見事に当たっていた。ユンゲラーは体力的に劣っているポケモンだ。 だが、得意のエスパータイプの技の威力はかなりのもの。 攻撃を受ける前に相手を倒す……短期決戦型のポケモンと言えるだろう。 「さあ、あなたのポケモンを見せてもらいましょうか」 ナツメの手にはいつの間にかユンゲラーと同じスプーンが握られており、軽く振ると、それだけで先端がぐにゃりと曲がった。 パフォーマンスのつもりか、手品など披露しているのだ。 彼女自身の超能力がスプーンを曲げたのか、それとも、力を加えるだけで曲がるように細工されているのか。 ナミには判断がつかなかったが、今はそれどころではない。 「よーし……」 ナミはモンスターボールをつかんで、フィールドに投げ入れた。 飛び出してきたのは―― 「ガーっ!!」 ガーネットだった。 飛び出すなり天にも響かんばかりの咆哮を上げて、ナツメをビックリさせた。 パフォーマンスしているところにいきなり大声を浴びせかけられたのだから当然の反応だが、次の瞬間には何事もなかったかのように笑みを浮かべている。 「元気のいいリザードね。それじゃあ、はじめましょうか」 ナツメが手で合図をすると、審判が首を縦に振り、 「これより、ヤマブキジムのゴールドバッジを賭けたジム戦を行います。 ユンゲラー対リザード。バトルスタート!!」 凛とした声で告げ、旗を振り上げる。それがバトルスタートの合図だ。 「ガーネット、火炎放射だよっ!!」 先手を取ったのはナミだった。 どんな技を繰り出してくるのか分からない以上、先に攻撃しておく方がいいだろう。 先手必勝という言葉が、今の彼女の脳裏に浮かんでいた。 「ガーッ!!」 ナミの指示に応え、ガーネットは口から紅蓮の炎をユンゲラー目がけて吹き出した。 渦を巻く激しい炎がユンゲラー目がけて一直線に虚空を疾る。 「いい炎ね……でも、エスパータイプの力を見せてあげましょう!! ユンゲラー、念力!!」 ナツメの指示がフィールドを駆け抜けた。 ユンゲラーは飛来する炎に臆する様子もなく、手に持ったスプーンでくるくると円を描いた。 すると―― ぎんっ!! 炎が動きを止めた。虚空に縫いとめられたかのように。 「え!?」 突然の出来事に、ナミはいきなり動揺を顔に出してしまった。 それくらい信じられなかったのだ。目の前の光景が。 炎を放ったガーネットでさえ唖然としている。 トレーナーに似て、感情が表に出てきやすいのだろうか。 念力は、エスパータイプのポケモンが全般的に得意としている技だ。 炎や水など、形のないもの――言い換えればエネルギー体の動きを自由に操ることができる技。 操った後はそのポケモンの意のままに動かせるので、多くの可能性を秘めているのだ。 「さあ、その炎をお返しして差し上げなさい、ユンゲラー!!」 ユンゲラーは炎を一箇所に集めると、自身の身体をすっぽり包み込めるほどの火球へと変化させた。 威力こそ変わっていないが、見た目からしてパワーアップしていると思えるかもしれない。 「ガーネット、避けて!!」 「遅いわ!!」 ユンゲラーが、火球を打ち出す。 炎だった時のスピードを上回り、文字通りの剛速球となってガーネットへと飛来する。 とっさに身を避わすが、とても間に合わない。 ギョッとした表情を浮かべ、ガーネットが自ら放った炎を受けたが、然したる熱さを感じていなかった。 当然である。 自ら吐いた炎の温度に負けてしまうほど軟弱な身体ではないし、もし負けてしまうのなら、そもそも吐くことさえできないのだ。 いきなりのことにビックリしたが、次の瞬間には炎の中で目をパッチリと大きく見開いた。 「ガーネット、もう一発火炎放射!!」 ナミはガーネットが無事であると確信を持ち――指示を出した。 ユンゲラーが念力で炎の動きを操ることができると知りながらも、もう一度火炎放射を指示したその意図は――? 少なくともナツメには分からなかった。 むしろ、破れかぶれにさえ聞こえたのだ。 「自慢の炎を返されて驚いているのね。だから、無理だと知りつつ炎を放ってきた……」 冷静に分析できるほどの余裕を彼女は保っていた。 当たり前である。 ガーネットの攻撃のメインが炎であるなら、ユンゲラーは念力を以ってその炎を自由自在に操れる。 有利にこそなれ、不利な要素にはなり得ないのだ。 対照的に、ナミの額には汗がうっすらと浮かんでいる。 ガーネットは炎による攻撃が一番強いが、それが返されるとなると、曲がりなりにも有利とは言えない。 だが―― 「あたしは勝つんだから。絶対に……」 賭けに出た。 ユンゲラーを倒せないようでは、背後に控えているであろう彼女の切り札に勝つことなどできないだろう。 いきなりだが、正念場だった。 刹那、ガーネットを包み込んでいた炎が轟音と共に爆ぜ消え、炎の帯がユンゲラー目がけて突き進む!! 「無駄なこと……ユンゲラー、念力を」 完全に冷静さを失くしている。 これなら勝つのは簡単だろう。ナツメはそう思いながら、ユンゲラーに指示を出した。 再び炎はユンゲラーの前で動きを止めた。 先ほどと同じように、炎の球にしてガーネットに打ち返す。 「ガーネット、走って!!」 明確な意志を込めた指示に、ガーネットは迷うことなく駆け出した。 「一体何を考えているのかは知らないけど……無駄なこと」 ナツメの心には小波さえ立っていない。 冷静に、ガーネットが駆けてくる様を見やる。 炎の球がガーネットに触れ、再び炎を撒き散らす!! 「もう一度!!」 そこへナミの指示が響く。 何がなんだか分からないが、ガーネットは再び炎を吐き出した。 「何をするかと思えば……」 ナツメは冷笑を浮かべ、 「単調な攻撃ね。芸がないわ!! ユンゲラー!!」 何をするかと思えばまたしても火炎放射。 同じ技を二度出すならまだ分かるが、立て続けに三度も放つとは……バカにしているのか。 それとも、単調な攻撃であるとすら気づいていないのか。 どちらにしても、愚かしいことには変わりない。 こちらはユンゲラーの念力で、いくらでも炎を返せるのだ。 ダメージを受けることなどありえない。 三度炎はユンゲラーの念力で動きを止められ、ガーネットへと返される。 轟ッ!! 炎はガーネットを包み込み、激しく燃え上がる。 まるで炎の柱を打ち立てたような光景だが、炎タイプの技でガーネットが致命的なダメージを負うことはない。 「何か違う……?」 と、そこでナツメの心に疑問が芽生えた。目の前の光景に、何か引っかかるものを感じたのだ。 「ガーネット!!」 炎の柱を突き破って、またしても炎が飛んでくる。 「甘い!!」 一喝と共に、ユンゲラーが念力を発動させる。 炎の柱から勢いよく飛び出してきたガーネットが、またしてもユンゲラーの返した炎に包まれる。 同じことの繰り返し。単調な攻撃。同じ技で返す。 だが、何かが違う。かすかに漂う違和感。 少しでも気を抜けば見逃してしまいそうな……微少な。 「もう少し……」 ナミは奥歯を噛みしめた。 ガーネットがいくら炎タイプに強いと言っても、まったくダメージがないというわけではない。 少しずつ、しかし確実にダメージは積み重なっているのだ。 七度目の炎が返され、ガーネットの身体が包み込まれた!! 「今……!!」 チャンスは巡ってきた。 ナミは直感的に悟り―― 「火炎放射!!」 「何度やっても同じ!!」 ユンゲラーの念力が炎を虚空に縫いとめ―― ナツメは気づいていなかった。 ガーネットとユンゲラーの距離が縮まっていることに。 駆け出せば、一秒と経たずに、ユンゲラーを攻撃範囲に捉えられるということを。 単調な攻撃を繰り返すものだから、こちらも単調な応じ方をする。 だからこそ気づけなかったのだ。 「今だよ、切り裂く!!」 「……なっ!?」 ガーネットが大きく跳躍した。 ユンゲラーの頭上に躍り出て――ライトを照り受けて輝く爪を振りかざす!! ゾッ!! 確かな手ごたえと共に、ユンゲラーは仰向けに倒れた。 集中力が途切れ、炎が霧散する。制御を失った炎は虚空に揺らめくエネルギーすら残していなかった。 「ユンゲラー……!?」 ナツメが息を呑む。突然のことに驚きを隠しきれない。 その間にも、ナミの攻撃は続く。 「アイアンテール!!」 倒れたユンゲラー目がけ、ガーネットが炎の灯る尻尾を振り下ろした。 ごっ!! 起き上がろうとしていたユンゲラーの脳天に見事クリーンヒット!! たまらず、再び倒れるユンゲラー。 落下速度を加えたアイアンテールの威力はかなり高かった。 「フーっ……」 ユンゲラーは小さく呻くと、その手のスプーンを取り落としてしまった。完全に気を失っている。 「やられた……」 小さく漏らし、ナツメは自らの詰めの甘さを呪った。 念力で返されると知りながらも火炎放射を連発していたのは、ユンゲラーとの距離を詰めるためだったのだ。 普通に距離を詰めれば、他の技で迎撃されていただろう。 だが、炎なら避けるか返すかしなければならない。 避けることを選んだなら、その間にガーネットは距離を詰めていた。 分かってはいたのだ。 だが、そんなミエミエの作戦をするとは思えなかった。 どう取り繕ったところで、自分の判断ミスがこんな事態を招いたことに変わりはない。 ユンゲラーが物理攻撃にめっぽう弱いことを知っていたのか…… 切り裂く、アイアンテールと威力が高めの技を連続で受けて、さすがにノックアウト。 審判はその様子を見て旗を挙げた。 「ユンゲラー、戦闘不能!!」 ユンゲラーの戦闘不能が告げられた。 ナツメもその判断には逆らえず、モンスターボールを掲げ、ユンゲラーを戻した。 「やったよ、ガーネット!!」 「ガーっ!!」 相手を倒したということに喜びを感じているのだろうか。 ガーネットは雄たけびを上げると、天井目がけて炎を吐き出した。 ナミとしても、作戦が成功して良かったと、ホッとしていた。 あまりに単純すぎるものだから、見破られるんじゃないかとヒヤヒヤしていたが、ナツメは物事を難しく考えてしまっていたようだ。 だが…… 「これからが本番。喜んでばかりはいられないよね……」 喜びを心の中にしまう。 ナツメの表情は真剣なものになっていた。 先ほどまで浮かべていた笑みは影を潜め――浮かんでいたのはジムリーダーとして全力投球を誓った顔だ。 「やられたわ。多少のダメージを覚悟しなければ、その作戦は成功しなかったでしょう。 決して低くはないリスクを背負いながらもユンゲラーを倒したその覚悟を讃え、わたしも最高のパートナーでお相手するわ」 ナツメは凛とした表情で言うと、次のポケモンが入ったモンスターボールを手にした。 「簡単にゴールドバッジは渡さない!! 行くわよ、バリヤード!!」 投げ放ったボールは着弾の寸前に口を開き、中からポケモンを送り出した。 出てきたのは―― 「かわいいかも……」 ナミにそう思わせるポケモンだった。 無論、一般人が見ても、可愛いとは思わない外見だったりする。 背はナミよりも少し低い程度なので、ガーネットよりは大きいだろう。 手足はやせ細ったように頼りなく、ほんの少し力を込めれば折れてしまいそうにさえ見える。 トウシューズのようなものを履き、手には白い手袋のようなものをはめ――いずれも身体の一部と思われる――、身体と顔は丸みを帯びている。 挑発のつもりか、なにやら意味不明な踊りを披露しているが…… 少なくとも、ナミが見たことのないポケモンだった。 すかさず図鑑で調べる。 「バリヤード。バリアーポケモン。 パントマイムで作った壁が本当に現れることもあるそうじゃ。 また、パントマイムのジャマをすると、大きな手でビンタをしてくることもあるから気をつけるように」 オーキド博士の流暢な言葉が流れてきた。 聞き入るナミに、ナツメはバカにするような笑みを向けていたが、無論彼女がそれに気づいているはずもない。 そんな機械でいちいち調べなきゃ戦えないの――? そう物語る笑みすら、ナミの前ではまったく役に立たなかった。 「なるほど……」 図鑑をポケットにしまいこみ、視線をバリヤードに向ける。 先ほどまでは変な踊りにしか見えなかったものも、心なしかパントマイム『らしく』見えてきた。 あれで見えない壁を作っているのだろうか? 見えないだけに、ホンモノかどうかも疑わしいのだが…… 「それじゃあ、バトルを続けましょう」 「バリヤード対リザード。バトルスタート!!」 ナツメの言葉に、審判がバトルの続行を宣言。 「次はこちらから行かせてもらうわよ」 先手はナツメ。 ユンゲラーを二撃で沈めてのけたガーネットの攻撃力を脅威だと感じているのだろう。 「バリヤード、バリアー!!」 ナツメの指示に、バリヤードが一層激しく踊り出す。 とはいえ、真剣な顔でパントマイムをされても、正直なところそんなに迫力があるはずもなく、 ナミの目には、変な踊りコンテストに出場しているようにしか見えなかったのだが、 「指示したんだから、なにかあるんだよね……」 無害なはずがない。 ナミは、ナツメが何かしらの作戦でバリアーなどという防御技を使っているに違いないと確信していた。 バリアーはその名の通り、物理攻撃に対して有効な壁を生み出す技だ。 炎や水といった特殊攻撃に対してはまったく役に立たない……とまでは言わないが、実戦で役に立つほどの強度にはなりえない。 言い換えれば、炎とか水の技で破ってしまえばいいのだ。 多少は知識のあるナミは、それをいち早く見抜き、ガーネットに指示を出した。 「ガーネット、火炎放射っ!!」 なぜだかパントマイムするたびに立ち位置を変えていくバリヤードを指差す。 一体何のためにわざわざ場所を変えるのか。 さすがにそこまでは分からなかったが、炎に対してバリアーがあまり役に立たないことを考えれば、脅威だとは思えなかった。 ナツメは一直線にバリヤード目がけて突き進む炎を見つめ、 「身代わり!!」 その指示に、バリヤードが一歩後ろに飛び退いた。 刹那、その眼前に、怪獣の人形が煙に包まれながら現れた。 「身代わり……って、見たまんま!?」 ガーネットの火炎放射は、バリヤードが生み出した人形を直撃した。 身代わりとは呼び名どおりの技なので説明は不要なはずだが、一応説明しておく。 自分の体力を削って身代わりを生み出し、相手の技を受けさせるために使う。 エネルギーを物体化するにはかなりの体力を使うようなので、戦闘不能寸前の状態では使えない。 だが、一撃で戦闘不能になりそうな威力を持つ攻撃でも、身代わりが受けてくれるので、本体へのダメージはなしという使い方が多いだろうか。 炎は身代わりを焼いて、満足げに消えた。 その向こうには、何事もなかったかのように踊り続けるバリヤード。 身代わりを生み出すことで消費する体力と、炎を受けて削り取られる体力。 双方を比べ、前者が少ないと判断したからこそ、ナツメは身代わりを使わせたのだろう。 「炎じゃダメってこと? でも、どうして身代わりなんか……」 ナツメの意図が分からず、戸惑っていると、 「バリヤード、一気に決めるわよ。破壊光線!!」 ナツメの指示が響いた。 バリヤードはさっと飛び退き、ガーネット目がけてオレンジ色の光線を発射した。 破壊光線はノーマルタイプ最強の技で、絶大な威力を誇るが、放った後は反動でしばらく動けなくなってしまう。 一気にエネルギーを放出するため、それを補うためだと言われているが、真偽は定かではない。 しかし、その威力は折り紙つき。 仕留め損なった時の隙は大きいが、そのデメリットを考えてもなお使い勝手のいい技なのだ。 オレンジ色の光線はガーネットへと向かって一直線に進み―― 突然、その方向が変わった。 「え、なんで!?」 一直線に飛んでくるとばかり思っていたので、ナミは驚きを隠しきれなかった。 炎や水流は基本的に一直線に飛んでくるので、念力などでその動きを抑えられない限り、軌道が変わることなどありえない。 だが、バリヤードが念力を使った様子はない。 となると…… 「なんで!?」 理由が分からず、ナミの頭にはヒヨコがたくさんたくさん飛び回っていた。 脳内に響くその鳴き声に、何をどうすればいいのか分からない。 天井へ向かったかと思われた破壊光線が、再び軌道を変える――が、それで終わりではなかった。 数秒おきに見えない壁に反射するように軌道を変え、徐々にガーネットに迫る。 「見えない壁……」 ふと思いついた言葉。 気づき、ハッとする。 バリヤードがバリアーを生み出し続けていたのは、もしかしたらこのためだったのかもしれない。 しかし、気づいた時には遅かった。 真横から飛んできた破壊光線が、ガーネットを盛大に吹き飛ばしていた。 「ガーネット!!」 吹き付ける爆風に負けないよう大声で叫ぶが、ガーネットはぐったりと地面に倒れたまま、ピクリとも動かない。 「戻って!!」 戦闘不能になったと判断し、ナミはガーネットをモンスターボールに戻した。 バリヤードは、道化師のような外見とは裏腹に、攻撃力がかなり高いようである。 「リザード、戦闘不能!!」 やや遅い審判の裁決。 遅くても言わなければならないのだから、言っただけでもまだ褒められることだろう。 「あんな使い方があったなんて……」 見抜けなかったのが無性に悔しかった。 バリアーは、物理攻撃から身を守るためと、破壊光線を反射させて、軌道を読まれないようにするために使っていたのだ。 今さら気づいても遅いのかもしれないが、何もないよりはよほどマシである。 壁が見えないからこそ、どちらに向かって反射するのかも分からない。 本当に壁を生み出してしまうバリヤードだからこそ可能な芸当だ。 直線軌道では避けられやすいという技の欠点を見事に補ったコンボだけに、正直面食らってしまった。 「でも、トパーズのスピードなら、バリアーなんて作る前にどうにかできるよね」 予期せぬ方法で攻撃をされて驚いたものの、ナミはそれ以上動揺しなかった。 トパーズのスピードはそれこそ折り紙つきなのだ。 縦横無尽にフィールドを駆け回る脚力を利用すれば、バリアーを作る前に一撃を加えることもできるだろう。 「さあ、次のポケモンを出しなさい」 その言葉に促されるように、ナミはトパーズのモンスターボールを手にした。 投げる前にじっと見つめる。 「…………頑張るよ、トパーズ」 自らの意気込みを伝えるようにつぶやいてから、ボールを投げ放った。 フィールドにかつん、と景気のいい音を立ててバウンドして、ボールは口を開いた。 「ワンッ、ワンッ!!」 相手を威嚇するような声を上げて飛び出してきたのはトパーズ。 ナミの最後のポケモンであり、ガーネットと同様に頼りになる仲間だ。 自慢のスピードで相手を掻き回すのだ。 「サンダース……」 やる気満々のトパーズを見るナツメの目がすっと細くなった。 「バリヤード対サンダース。バトルスタート!!」 「破壊光線!!」 またしても先手はナツメ。 しかも、いきなり破壊光線だ。 先ほどの破壊光線によるエネルギーチャージは、既に終了しているのだ。 なにせガーネットが戦闘不能になってから今まで、優に一分を超えている。 それだけの時間があれば、エネルギーチャージは終了する。インターバルの時間も、こういう使い方ができるのだ。 バリヤードが再び破壊光線を撃ち出した!! 「どこに壁があるのか、なるべく覚えとかないと……よーし、頑張るぞ」 ナミは胸中でつぶやき、破壊光線を反射する壁がどこにあるのか、目を凝らして探した。 破壊光線は次々と見えない壁に反射しながら、徐々にトパーズへと迫ってくる。 先ほどよりも、放つ角度が微妙に上向いているような気がするが、そこまでいちいち見ていられない。 「トパーズ、大回りしながらバリヤード目がけて走って!!」 軌道を変えなくなった――変える必要がなくなった破壊光線が一直線に向かってくるのを見て、ナミはトパーズに指示を出した。 トパーズは本気で迅速に応えた。 瞬時に加速すると、円を描くようなコースでバリヤード目がけて駆け出す!! 「素早いわね……でも……」 ナツメはトパーズのスピードに驚嘆しながらも、それに対する策をちゃんと頭に浮かべていた。 「バリヤード、バリアー!!」 バリヤードが手でペタペタと虚空を叩くと、見えない壁が生まれる。物理攻撃に対して効果を発揮する壁だ。 「読んでたよ♪」 バリヤードがバリアーを仕掛けてくるであろうことも、ナミには読めていた。 ここで攻撃技を放ったところで避けられる――と。 だからこそ―― 「トパーズ、ジャンプ!!」 小柄な身体に似合わぬ足腰の強さを見せ付けるかのごとく、トパーズは大きく跳躍した。 「ミサイル針!!」 続くナミの指示に、空から無数の針が降りそそいできた!! 「バリヤード、防御を!!」 ミサイル針の効果を理解し、ナツメが慌ててバリヤードに指示。 しかし、バリヤードは冷静に自らの前面と頭上に壁を作り出す。 ライトを照り受けてキラキラ輝くその針は、バリヤードが生み出した壁に次々と突き刺さったが、壁を突き破ることはできなかった。 ミサイル針。 大層な名前の技だが、実はトパーズの逆立った毛をミサイルのように発射するのだ。 これまた意外なことに、ミサイル針は虫タイプの技。 エスパータイプの弱点となるタイプの技だが、一発一発の威力はとても低く、 どんなに弱いポケモンでも十発は受けないと戦闘不能にならないとさえ言われている。 とはいえ、何しろ数が数なので、受ければ受けるほどダメージが加速度的に膨れ上がるのだ。 結果として、トパーズのミサイル針はバリヤードのバリアーに防がれて、ダメージを与えるには至らなかった。 トパーズはバリヤードの頭上を飛び越えて、反対側に着地した。 「10万ボルト、行っちゃえ〜!!」 「させないわ。サイケ光線!!」 トパーズが全身の電気を掻き集めて電撃として放つのと、ナツメの指示が響いたのは同時だった。 次の瞬間、バリヤードが手のひらを突き出し、様々な色に変じる光線を発射した。 二つの技は真正面からぶつかり、小さな爆発を起こして相殺した。 威力はほぼ互角といったところか。 しかし。 「サイコキネシス!!」 ナツメの指示と同時に、トパーズの身体が淡い光に包まれる。 「……!!」 トパーズは身体の自由が奪われたのを感じ取り、何とかしようともがくものの、身体はまるで動かない。 電撃を放とうとするが、同じだった。 「トパーズ、しっかり!!」 サイコキネシスの効果で捕縛されたトパーズがそう簡単に抜け出せるはずがないということを知っているものの、檄を飛ばすしかない。 頑張れば、サイコキネシスの捕縛から抜け出すことができる、と誰かから聞いたことがあったのだが、今回は無理そうだった。 「フィールドの反対側まで吹き飛ばしなさい!!」 ナツメがフィールドの端を指差すと、バリヤードがその位置目がけてトパーズを投げ飛ばす。 宙に浮かんだままフィールドを移動し、トパーズはナツメの指示したポイントに叩きつけられた。 「トパーズ!!」 ナミの声は悲鳴じみていた。 サイコキネシスといえば、泣く子も黙るエスパータイプの技だ。 悪タイプの防御で無効化しない限り、身体の自由を奪われ、ダメージも受ける。 しかしその分体力の消耗は激しく、連発できるポケモンは、そうはいないと言われている。 ダメージこそ受けていなくても、破壊光線、サイコキネシスと大技を使っているバリヤードの体力の消耗も、それなりに激しいはずだ。 だからこそ、ナツメは時間稼ぎのためにトパーズをフィールドの反対側まで吹き飛ばさせたのだ。 それくらいのことはナミにも分かる。 マサラタウンにいた頃、アカツキにチョコチョコとついて行って、それなりにポケモンのことは観察してきたのだ。 「バリヤード!! バリアーを連発するのよ!!」 ナツメの指示に、突貫工事に臨むような顔つきになったバリヤードが、張り手のような勢いで手を突き出してはバリアーを作っていく!! 立ち位置を変えながら、様々な場所にバリアーを築く。 一体何をするつもりなのか…… 彼女の意図は分からなかったが、不必要にバリアーを築かれると、破壊光線の反射に使われる恐れがある。 というわけで…… 「トパーズ、電光石火からミサイル針!!」 立ち上がったトパーズに指示を下す。 それなりにダメージは受けているものの、足元がおぼつかなくなる程のダメージではない。 トパーズの動きはまるで鈍っていなかった。 電光石火の勢いでバリヤードに迫り、先ほどと同じように跳躍してからのミサイル針をお見舞いする。 頭上から迫る無数の針だが、バリヤードはそれを無視――黙々とバリアーを築き続けている。防御をする必要がなかったのだ。 事前に頭上に設けていたバリアーが、ミサイル針をすべて受け止めていた。 攻撃は不発。 トパーズはかすかに焦りの色を表情ににじませながらも着地した。 ナミには何かしらの意図があったのだろうと判断し、気持ちを切り替える。 「何をしようとしているのかは分からないけれど……バリヤードにたどり着けるかしら?」 「たどり着いてみせるもん。なんとなく、そういうことするんじゃないかって、分かってたんだ」 「へぇ〜」 軽口にムキになって返すナミに、冷笑を向けるナツメ。 バリヤードのバリアーで何をしようとしていたのか、それを見破られたのは意外だが、それでも『迷宮』を抜けてたどり着いたトレーナーはごく少数。 見えない壁に彷徨っている間に、破壊光線に狙い撃ちされて沈んだポケモンは数え切れない。 ナツメ自慢の戦術だった。 バリアーを壁に見立てた『見えない迷宮』。 言うまでもないことだが、製作者であるバリヤードはどの位置にバリアーを張ったのか見えているので、間違ってぶつかることはありえない。 バリアーは物理的な衝撃に対してのみ効果を発揮するので、特殊攻撃しかできないようなポケモンでは、破壊することなどできない。 だからといって炎や電気などでどうにかしようとしても、念力を発動させればいい。 作戦を見破られたところで、勝つ自信はあるのだ。 「トパーズ!!」 ナミが叫ぶと、トパーズの耳がさらに垂直に立った。 「ミサイル針を天井目がけて発射するの!!」 「!?」 何をするつもり……? ナツメは怪訝に思ったが、ここは相手の出方を見てから対応することにした。 ナミの指示に、トパーズは逆立てた全身の毛をミサイルのごとく、天井目がけて斜めに撃ち出した。 角度をつけて飛ばせば飛距離も稼げる。 「なるほど……」 ナツメはナミの意図を読んだ。 「遠距離からバリヤードを攻撃しようってことね。電気じゃ念力で跳ね返されると、知っているから。でも……」 致命的な弱点があるということも読めた。 アーチを描いて、ミサイル針が降りそそぐが、明らかにバリヤードには届いていない。 斜めに飛ばすことで飛距離を稼いでも、バリヤードまではまだ足りない。 「せっかくの攻撃も不発……ならば、次はこちらから行かせてもらうわ」 ナツメはお返しとばかりにバリヤードに指示した。 「破壊光線!!」 待っていたと言わんばかりに、意気揚々とした表情でバリヤードが破壊光線を放つ。 見えない壁に次々と反射しながら、トパーズへと迫る!! サイコキネシスのダメージがある以上、まともに食らったら、それだけでも危ないが、ナミはそんな心配をまったくしていなかった。 する必要さえなかったのである。 バリヤードまでの『道』が、その目にはくっきりと映っていたのだ。 「トパーズ、今のキミになら見えるよね!! バリヤードに電光石火!!」 刹那、破壊光線を紙一重で避わすトパーズ。 そして、駆け出す!! 「迷宮の道が見えている、ですって……? ありえないわね、そんなことは。そう、ありえ……るですって!?」 迷うことなく駆けてくるトパーズの姿を見やり、ナツメの表情が凍りついた。 見えないはずの壁が……見えている!! 製作者――つまりバリヤード以外には見えるはずのない壁が、はっきりとナツメ自身の目にも映っている!! 「バカな、どうして……!!」 驚愕している間にも、トパーズは『迷宮』を踏破しつつあった。 角を曲がり、分岐を迷わず進み―― 「今は驚いている場合じゃない、サイコキネシス!!」 恐ろしい勢いで進んでくるトパーズを撃退しようと、サイコキネシスを発動させようとするが、 「噛み付く!!」 一瞬早く、トパーズが口を大きく開き、バリヤードの細い腕に噛み付いた!! 「……突破された!?」 信じられないことが起きていた。 侵入者撃退用の『迷宮』が突破され、バリヤードは攻撃を受けている。しかも、接近戦が苦手なバリヤードには辛い状態だ。 バリヤードはじたばたしているものの、トパーズも意地になって噛み付いているものだから、まったく振りほどけない。 それどころか、じたばたすればするほど牙が突き立ってダメージが増す。 痛みをどうにかしようと、余計にじたばたする。完全な悪循環だ。 「あんなやり方で突破するなんて……!!」 ナツメの胸中には焦りが激しく渦巻いていた。 ナミが斜めに撃ち出させたミサイル針は、バリヤードを攻撃するためのものではなかったのだ。 そう『思わせる』というフェイクに、ナツメはまんまと引っかかってしまったのだ。 実際、ミサイル針はバリヤードに届かなかった。 子供だからそういう計算は無理だろうと思っていたのだが、甘かった。 バリヤードのバリアーで築かれた『迷宮』は目に見えない。 だからこそ、距離を詰めようとする相手には絶好のトラップとなりうる。 ミサイル針は、見えないはずの『迷宮』を見えるようにしてしまったのだ。 天井から降りそそぐライトが、バリアーに突き刺さったミサイル針を照らし出す。 そのおかげで、どこに壁があり、どのような道になっているのか、トパーズには筒抜けだったのだ。 あとは接近すればいい。 瞬発力に優れ、狭い通路ですら立ち止まることなく駆け抜けられるトパーズにとって、それは造作もないことだった。 「今なら避けられないよね、10万ボルト!!」 トパーズが全身の電気を放出する!! ゼロ距離の攻撃に、バリヤードは成す術がなかった。 念力を発動させようにも、その暇すら与えてもらえない。 「バリヤード……!!」 ナツメはどうすればこの窮地を抜け出すことができるか……それだけを考えていた。頭をフル回転させ、脱出口を探る。 だが、脱出口を探す前に―― どぅんっ。 ゼロ距離で発射された強烈な電撃に耐えきれず、バリヤードが目を回して倒れてしまったのだ。 「な……」 ナツメは絶句した。 信じられない作戦で、信じられない倒し方をされたのだ。 今までとは明らかに違う毛色の女の子に、何も考えられなくなっていた。 ただ、トレーナーの習性とでも言えばいいのか、自然とモンスターボールを手にし、バリヤードを戻していた。 戦闘不能になったことくらい、見れば分かる。いや、見なくても…… バリヤードが戦闘不能になったことで、フィールドに張り巡らされた『迷宮』は音もなく消えた。 バリアーに突き刺さっていたミサイル針が、小さく音を立ててフィールドに落ちた。 「バリヤード、戦闘不能!!」 審判の判定を耳にして、ナミの表情が変わった。 「よって、挑戦者の勝利です!!」 「やったーっ!!」 ぴょんぴょんと飛び跳ねて、勝利の喜びを全身で惜しげもなく表した。 「ワンっ!!」 トパーズは電光石火のスピードで戻ってくると、ナミと抱き合った。 先ほどまで針のように逆立っていた体毛も、流れる水のようにしなやかな感触に戻っていた。 完全にリラックスしているのだ。 「トパーズ、ありがと!! キミのおかげで勝てたよっ♪」 「ワンワンッ!!」 「あははははっ!!」 じゃれ合っているナミたちを見て、ナツメは思わず吹き出しそうになった。 素直に喜びを表現している彼女たちを見ていると、負けた悔しさもどこかバカバカしく思えてきたのだ。 「しかし、あんな方法でやられるなんて。 世の中は広いのね、やっぱり。 わたしにも分からないやり方がある。今回のバトル、わたしにとってもいい経験になったわ」 胸中で、賞賛と共に感謝を述べた。 何故口に出さなかったのか。 ――恥ずかしかったから。 しかし、こればかりは口に出さなければ伝わらない。 「おめでとう。あなたの勝ちよ」 小型マイクのスイッチを入れて言葉を発すると、フィールド全体に響き渡った。 ナツメの声に、ナミとトパーズが彼女の方を向いた。 「ヤマブキジムを制した証は、すでにあなたのもの……さあ、その手を開いてごらんなさい」 「へ?」 何を言われているのか、一瞬理解できなかった。 だが、素直に彼女の言うとおりにしてみた。 ギュッと握りしめた拳を開くと、そこには金色に輝く円形のバッジがあった。 「あ、あれ……いつの間に……」 ナミはそれを見て呆然としてしまった。 いつの間に手の中にあったんだろう。 あったのなら気づいているはずなのだが……頭の中がマーブル模様のようになってきた。 誰かがこっそり持たせてくれた、なんてことはないし。 「うぅ……どーなってるの?」 ナツメが持たせてくれたにしては、いくらなんでも脈絡がなさ過ぎる。 理由を求めるようにナツメに視線を向けてみるものの―― 「うふふ……」 彼女は輝くような笑みを浮かべ、答えてはくれなかった。 それからナミは一時間ほど粘ったものの、ナツメから返ってきたのは、 「この世の中、科学がすべてじゃないってことなのよ、きっと」 という言葉だけだった。 ナミがその言葉の意味を理解できたかといえば、もちろんノーであった。 「へぇ〜、ポケモンフーズって、そうやって作るんだね」 「どうやって作ると思ってたんだ?」 作業の様子を横から食い入るように覗き込むカスミの言葉にも、軽口を返せるくらいの余裕がオレにはあった。 寝泊りのために取った部屋の中にはオレとカスミの二人だけ。 ナミがジム戦から戻ってくるまでは今しばらく時間があるから、退屈を紛らわすのと実益を兼ねて、 ナミやカスミのポケモンの口に合うポケモンフーズを作ることにしたんだ。 そのことでカスミの部屋に、ポケモンの味の好みとかを聞きに行ったら、逆に『何をするつもり?』と聞かれ、正直に答えた結果がこれだ。 部屋に乗り込まれ、ポケモンフーズ作成の見学会。 まあ、それはそれで別にいいんだけど。 ひとりきりで退屈していたのはカスミも同じだったようで、オレがポケモンフーズを作るのを観察することにしたそうだ。 ……っていうより、半分以上は興味本位なんだろうけど。 ナミのように無意味にワイワイ騒いだりしないだけ、作業する方としてはやりやすかったのが事実だから、文句は言うまい。 カスミのパウワウやギャラドスの味の好みを聞き出して、 それぞれのポケモンに合った栄養素をミックスして、スペシャルなポケモンフーズを作ったんだ。 味のベースは調味料なんて人工的なシロモノなんかじゃなく、ポケモンが好む木の実だ。 数種類の味が混ざった木の実もあるから、ブレンドが味の明暗を分ける。 ちょっとでも配合を間違えると、途端に出したくない味が濃くなったりもするからな。 慎重なさじ加減が要求されたけど、意外と楽にやれた。 木の実をすり潰した粉末を混ぜ合わせてから、茶色い粉を取り出す。 ポケモンフーズの本体とも言うべきシロモノだ。これをさらに木の実の粉末と混ぜ合わせてから、水を足して団子を作るように捏ねるんだ。 それから水分を完全に飛ばして出来上がり。 一応、手作り(ハンドメード)なんだよ。 一連の作業をじっと見つめていたカスミは、意外そうな顔を見せていた。 なんかの機械を使って作るものだと思っていたらしい。 まあ、普通のトレーナーとかだったら、物言わぬ機械(オートマトン)が黙々と作り出した汎用品でも満足するんだろうけど…… オレみたいに本気でブリーダーを極めようってヤツだったら、真心と愛を込めて作るんだ。 で、今は水気を含んだポケモンフーズの水分を飛ばしているところだ。 ドライヤーを使えば手っ取り早いんだけど、そんなことをすると味が変わったりしてしまうんだ。 だから、自然に乾燥させるのが一番なんだ。 そんなには時間もかからないはずだから、気長に待つ……一段落ってところかな。 「普通、ポケモンブリーダーは自分のポケモンに食わせるポケモンフーズを自分の手で作るものなんだぜ?」 理解を求めるように語気を強めて言いながら、オレは椅子を回転させてカスミの方を向いた。 「だいたいさ、タケシと旅してたんだったら、一度くらいはポケモンフーズを作ってるとこ、見たことあるだろ」 「ううん、ないの」 「はあ? なんだよ、それ」 言い終えてから呆れてしまうのもなんだけど、それってある意味で当然の反応かもしれないと思った。 タケシは、サトシやカスミと旅をしていた頃に、自分だけのレシピや作り方ってのを誰にも教えていなかったらしい。 いわゆる『門外不出の秘伝』ってヤツだろう。 まあ、健全な考え方だとは思うよ。 でも、オレはカスミがオレの作り方を真似できるとは思ってない。 だからこそ、あえて作業の現場を見せたりしたんだ。カスミって、微妙なさじ加減とか苦手そうだからな。 「初めてなんだよ。でも、手作りだったなんて驚き……」 「ブリーダーにとっちゃ、それが普通なんだ。覚えとけよ」 「うん」 トレーナーの「常識」とブリーダーの「常識」に幾許かの隔たりがあるって分かっただけでも収穫と言えるんだろうけど。 あんまり実用的な収穫じゃないよなぁ。 ……なんて思いながら、リュックからオレのポケモンのポケモンフーズが入ったビンを取り出して机に並べた。 それぞれのビンにはポケモンの名前が書かれたラベルが張ってある。 誰のポケモンフーズか、一目瞭然って具合に。 で、どのビンのポケモンフーズもまだ結構残ってるから、今すぐ作る必要もないだろう。 「アカツキってマメなんだね」 「そうか? これくらい、当然だろ」 「うーん、どうかな」 カスミは小さく笑った。 マメってのを褒め言葉として素直に受け止めていいんだか……カスミの微妙な表情見てると、正直疑いたくなってくるんだよな。 さすがにジムリーダーやってるだけあって、同い年とは思えないくらい『食えない』からさ。 「そういえばさ、聞きたいことあるんだけど」 「ん?」 「あんたの知るサトシってさ、どういうヤツだったの?」 「なんだよ、それ」 本気でどうでもいい質問に、答える気なんて失せちまった。 オレよりもカスミの方がよく知ってると思うんだけどな。 カントー、ジョウト、オレンジ諸島と、結構長い間一緒に旅してたんだから。 なんでオレなんかにいちいち聞くんだか…… まあ、カスミとしてもそれが分からないほどバカでもないだろう。 知った上で聞いてきてるんだったら、答えてやらなきゃいけないか。 あんまり答えたくなんか、ないけれど。 わざとらしく考えるフリなんかしながら、オレは口を開いた。 「暑苦しいヤツだったな。正直」 「…………」 「それから……情熱的なところは、まあ嫌いじゃなかった。 ことあるごとにライバル視してくるのは、正直気持ちよくなかったけど。シゲルだけにしとけばいいのにさ」 「…………」 カスミは無反応だった。 じっとオレの顔を見ているだけ。 何考えてるのか、本気で分かんない表情だぞ。 どう言えばいいのか分からず、とりあえず反応を求めてみた。 「あ、あのなあ……聞いてる?」 「聞いてるよ」 「だったらそれらしいフリでもしてろよ。首を振るとか、へえ〜って相槌を打つとかさ」 「やっぱり、あたしと同じ感じなんだなって。そう思ってたの」 「…………」 口ごもるのはオレの番だった。 オレとカスミじゃ、カスミの方がサトシのことをよく知ってるとばかり思ってたけど。 同じ感じってことは、カスミも自分で思うほどサトシのことを知ってるってワケじゃないんだな。 意外と言えば意外なんだけれど。 「少なくとも……今のオレじゃ釣り合いは取れないかもな」 「そうなの?」 「オレとしてはそう思ってる。おまえがどう思ってくれてるかは分からないけどな」 今のオレとサトシを比べてみる。 トレーナーとしての実力はたぶんサトシの方が上だろう。 いろいろと経験を積んでるし、ポケモンも育てられてるから。 トレーナーの勘ってのもそれなりに養われてるだろうから、直感勝負はサトシの方が強いはずだ。 その他の部分じゃ挽回する余地があるにしても、イーブンで考えるのはたぶん無理だろう。 「あたしはあんたの方が強いって思うな。 もちろん、サトシの強さとは違うけど。なんていうか、あいつと違って冷静って言うか……」 「そういうもんかねぇ。オレにはよく分からないな」 強さとか、なんだとか。 そんなのはどうでもいい。 よく分からないんだから。 無理に答えを出したところで、間違っているか、核心から遠ざかっているか…… どっちにしたって、真実とは似ても似つかぬシロモノに成り果てるに決まってる。 今のオレの手の届く範囲内のものだけ見てればいいんだ。 無理をして背伸びしたって、足元が危うくなるだけなんだから。 「それはそうと……」 別の話題に持って行こうとした時だった。 けたたましい足音が廊下から響いてきた。 顔を向けてみると―― どんっ!! 蹴破られたような音を立ててドアが押し開かれた。 そういえば、カギ、掛けてなかったっけ。 こんな真っ昼間から闖入者なんてないだろうと思ってたから。 でも、ある意味そうだったりして。 押し開かれたドアの向こうに立っている笑顔のナミを見て、なんとなくそう思った。 「ナミ、どうしたの、そんなに慌てて……」 カスミは慌てていた。 いきなりナミがドアを開けて乗り込んでくるとは思ってなかったんだろう。なにげにうろたえている。 「吉報ってヤツか?」 「うんっ!!」 オレの言葉にナミは笑顔のままで大きく頷くと、握り拳を突き出して、開いてみせた。 その中には、金色のバッジが光っていた。 ナミは本気でオレを追い越しているのかもしれない――その時、オレは確かにそう思った。 翌日。 燦々と降りそそぐライトに照らし出されたバトルフィールドに、オレとジムリーダーは対峙した。 ヤマブキジムのジムリーダー・ナツメ。 艶やかな黒髪を背中まで伸ばした大人の女性で、美女と呼べないこともない、凛と整った顔立ちをしている。 前髪は額の辺りでキレイに切り揃えられているし、気立てが良さそうに見える。 でも、それとバトルとは話が別だ。 どんなポケモンを使ってくるのか……不敵な笑みを浮かべる彼女の一番手は……? 一足先にこのジムを制したナミにそのことを聞いてもよかったんだけど、やめておいた。 ナミなら何の疑いもなくベラベラしゃべってくれたかもしれないけど、それじゃあズルをしてるようなものだ。 ちゃんとフェアな条件で勝負して勝つからこそ、バッジを与えられる。 これでも、ジム制度の意味を履き違えてるつもりはないからな。 「質問は?」 ルールに対する質問は、あるはずもない。 オレは首を横に振った。 「それじゃあ、早速はじめましょう。一番手は……行くのよユンゲラー!!」 ナツメがモンスターボールをフィールドに投げ入れた!! ボールの口が開き、中から飛び出してきたのは、黄色い身体に鎧のようなものをまとったポケモンだった。 ユンゲラー…… なにげにスプーンを持ったポケモンの情報が脳裏に浮上する。 特殊なアルファー波を全身から放出してるだの、超能力少年が朝目覚めたらユンゲラーになってただのと言われているけど、本当なのは前者だろう。 後者はいくらなんでも突拍子がなさ過ぎる。 さて、ユンゲラーのタイプはエスパー。 体力はやたらと乏しくて、基本的に攻撃技なら全般的にダメージを与えられる。 相性によるダメージ軽減の恩恵を受けられるほどの体力があるわけじゃないから、普通に攻めれば倒すのは簡単だ。 無論、ナツメもそこのところは考慮したうえでバトルに投入してきたんだろうけど。 ヤマブキジムはエスパータイプのポケモンを使う。有効なタイプの技は……今のところなし。 というわけで…… 「出番だ、リッピー!!」 オレが選んだのはリッピーだ。 フィールドに投げ入れたボールから飛び出すと、楽しそうに手を振って踊り出した。 こんな時にまで踊れるんだから、ホントに陽気なんだな。ナミにも引けを取らないかも。 しかし…… 今回のジム戦、ラッシーの出番はなしってことだな。 ラッシーの毒タイプは、エスパータイプと相性が悪い。サイケ光線とか一発ぶつけられただけでも危ないんだ。 リッピーとラズリーでなんとかして切り抜けるしかない。 簡単なことじゃないだろうけど、その方が燃えてくるんだ。 グッと拳を握る。絶え間なく緊張感を持ち続けていなければならないんだ。 「ユンゲラー対ピッピ。バトルスタート!!」 センターラインの延長線上に立つ審判が宣言し、バトルの火蓋は切って落とされた!! 「リッピー、ユンゲラーに『はたく』攻撃!!」 オレは悠々と佇むユンゲラーを指差して指示を出した。 途端にリッピーは踊るのを止め、一直線に駆け出した。 スピードは……お世辞にも速いとは言えないけど、出会った当初と比べればかなりの進歩を果たしている。 実戦で通用するレベルかどうかってのは、この一戦で分かるはずだ。 「ユンゲラー、サイケ光線!!」 食らってもあんまり痛くないと思ったのかもしれないけど、油断ならないと判断したんだろう。 ナツメが迎撃を指示。 遠距離攻撃で、近づかれる前に倒そうという腹積もりか。 ユンゲラーがスプーンを前に突き出すと、七色に光る不可思議な光線が撃ち出された。 サイケ光線。エスパータイプの技で、威力はなかなか。当たれば時々混乱してしまうこともある、意外と厄介な技だったりする。 もちろん、そんなのをまともに食らってやる必要はない。 「リッピー、横に飛んで避けろ!!」 真正面からなら、避けるのは難しくはない。 リッピーは言われたとおりに横に飛び、軽々とサイケ光線から身を避わした。 だけど、 「させないわ。ユンゲラー!!」 ナツメの言葉に、ユンゲラーの身体に光が宿る。 次の瞬間、信じられないことが起こった。 不発になったはずのサイケ光線が突然向きを変え、リッピーを背後から追撃してくるじゃないか!! 「念力……!?」 「ご名答……」 思わず漏れた声に、ナツメの口の端がかすかに上がる。 不発になったサイケ光線を、念力でリサイクルするって戦法か……なるほど、確かにそれならこういう不自然な動きも説明がつく。 「リッピー、後ろからサイケ光線が来てる!! 急げ!!」 オレはリッピーにスピードアップを指示した。 下手に避けたところで、念力でユンゲラーの思い通りの軌道でサイケ光線は追撃して来るんだ。 なら、いっそ防御は捨てて攻撃に打って出るべき。 「無駄よ、どんな軌道だって思いのままなんだから!!」 ナツメの言葉は正しい。 念力という技は、炎や水といった『形のないもの』を操ることができるんだ。 だから、光線とかいったものも自由に操れる。 直線軌道だったサイケ光線を、自分の意のままに操れるわけだから、そりゃ使い勝手はいいってモンだ。 威力はサイケ光線のままだし、念力ならそれほど労力を必要としない。 なんか違う気はするんだけど、リサイクル精神ってヤツだろうか。 リッピーはちらちらと背後を振り返りながら、急ぎ足でユンゲラーへと向かう。 とはいえ、スピードの差は歴然だった。 えーい、ここはいっそ……と、思った時だった。 どんっ!! サイケ光線が無防備な背後からリッピーを直撃した。 「ピィッ!!」 たまらず前のめりになって転がるリッピー。 「リッピー、大丈夫だ!! そのまま転がれ!!」 言い終えてから気づいたんだけど。 リッピーは転がりたくて転がってるわけじゃないんだよな。 でも、利用できるものは利用する。それがポケモンバトルの鉄則だ。 踏ん張って転がらないようにすれば、その分ダメージも少なくて済むんだろうけど、ここはダメージを大きく受けてでも攻撃に打って出る。 サイケ光線のスピードを考えれば、今のリッピーのスピードじゃ太刀打ちできない。 なら、今のうちに距離を詰められるだけ詰めておく方がいいだろう。 「その状態じゃ避わせないでしょ、サイケ光線!!」 またしてもナツメがサイケ光線を指示。 ユンゲラーは転がってくるリッピーに照準を合わせ―― 「コメットパンチ!!」 刹那。 ばっ!! リッピーが転がっている勢いを利用して、前へ大きくジャンプした。 先ほどとは比べ物にならないスピードで一気に距離を詰めると、 「ピィィィィッ!!」 裂帛の叫びと共に腕を振り上げる。 「速いっ!! 間に合わない!?」 ナツメは驚愕の表情を浮かべた。 先ほどのスピードと思い込んでいただけに、それはなおさらだった。 伊達に転がる勢いを利用してないさ。 歩くより転がる方が速いってことも、実際にはあるんだから。 サイケ光線が発射されるよりもわずかに速く、光を帯びたリッピーの腕がユンゲラーに振り下ろされる!! ごぅんっ!! 必殺のコメットパンチがユンゲラーの脳天を直撃した。 「フーッ……」 ユンゲラーが悲鳴にならない悲鳴を上げる。 「ユンゲラー!!」 コメットパンチの威力はなかなかのものだ。 鋼タイプの技で、彗星を思わせる強烈なパンチを食らわせる。 接近しなきゃ当てられないけど、その分威力は大きい。ここ数日頑張って覚えてもらったんだ。 でも、コメットパンチ一発で終わりじゃないさ。 せっかく接近したんだから、ここはもっともっと攻撃する!! 「往復ビンタ!!」 ばちんばちんばちんばちんばちんっ!! すかさずリッピーが往復ビンタを叩き込む。 十発ほど食らわしたところで、蹴りを入れて吹っ飛ばす。 地面を拭き掃除したユンゲラーは立ち上がれなかった。 事実、体格が劣っているリッピーの方が、スタミナ面ではユンゲラーを上回ってるんだから。 小さな一発でも、かなり重く受け止めてしまうんだろう。 「くっ……戻って!!」 ナツメは審判が戦闘不能と判断する前にユンゲラーを戻した。 ジムリーダーとしての決断はさすがと言うしかない。ポケモンのコンディションをいち早く感じ取り、対応も早い。 「ユンゲラー、戦闘不能!!」 審判が旗を振り上げて宣言するも、なんだかとても虚しく聞こえてくるぞ、そのポケモンが既にモンスターボールに戻った後じゃ。 まあ、文句を言うつもりはないけど、やっててそうは感じないんだろうか? 素朴な疑問は置いといて…… 「どうやら君を甘く見ていたようね。でも、次はそうはいかないわよ……」 ユンゲラーを倒されたのに、ナツメは笑みを深めていた。 最後のポケモンに絶対の自信を持ってるってことか。 ナミが倒せたんだから、オレに倒せないはずがない。 「エスパータイプの底力、見せてあげるわ、バリヤード!!」 ナツメは頭上にモンスターボールを掲げた。 投げもしないのに、ボールの口が開く。 フィールドに飛び出してきたのは、いきなりパントマイムなんてやってるポケモンだった。 バリヤード。 ユンゲラーと同じでエスパータイプのポケモンだ。 パントマイムが好きらしくて、暇があればどこでもやってるらしい。 で、そのパントマイムで叩いた虚空(ばしょ)に本当の壁を作り出すこともできるって話だけど……手強いかもしれない。 「バリヤード対ピッピ。バトルスタート!!」 対策を練るよりも早く、審判がバトルの再開を宣言した。 考えるのは後だ。 とりあえず、バリヤードのパワーを見てから…… 「バリヤード、バリアー!!」 なんて思った矢先、ナツメの指示が響く。 ……? バリアーって……防御技を何のために? バリヤードは言われたとおり、パントマイムのスピードを速めて、見えないバリアーを作り出した。 まあ、見えないから本当にそこにあるのか分からないんだけれど…… バリアーは物理攻撃に対して有効なもので、炎や水といった特殊攻撃には効果を発揮しない。 言い換えれば、物理攻撃の得意なポケモンにとっては、とてつもなくジャマな存在になるってことだけど。 こっちが攻撃を仕掛けていないのにバリアーを作るということは……備えか? それとも…… まあいいや。考えるだけ時間の無駄。 というわけで…… 「リッピー、もう一発コメットパンチ!!」 リッピーが使える技の中で一番攻撃力の高い技をチョイスした。 バリアーったって、どんだけ強い攻撃も防御できるわけじゃない。 一定限度を超えれば、あっさりと破壊されてしまう。 さて、リッピーのコメットパンチはそれ以上か、それ以下か……見極めてから対策を練っても遅くはないはず。 「ピィッ!!」 リッピーが大きく跳び上がり、腕をくるくると振り回した。 コメットパンチは威力の高さとは別に、もう一つの魅力がある技なんだ。 時々、その神秘的な力(?)のおかげで攻撃力が一時的に上昇する。 狙って出せる効果じゃないけど、恩恵を受けられるのは実にうれしい限りだ。残念なことに、今はその効果が発現していないようだけど。 頭上から必殺のコメットパンチをお見舞いしてやるってのに、バリヤードは相変わらずマイペース。ただただバリアーを作っているばかり。 とはいえ、どこにあるのか分からない以上、迂闊に攻撃はできない。 微妙にポジションを変えたりしてるあたり、広範囲にバリアーを張ろうっていう魂胆なんだろう。 オレのポケモンが広範囲の物理攻撃を持ってることを警戒しているとすれば……的外れとしか言いようがない。 リッピーもラズリーも、範囲を攻撃できるのは特殊攻撃だけ。 物理攻撃では範囲と呼べるほどの範囲を攻撃することはできない。 重力につかまって速度を上げながら落下するリッピーを見上げ、ナツメは指示を下した。 「破壊光線ッ!!」 「……なにぃっ!?」 その指示に、オレは驚きを禁じ得なかった。 エスパータイプのポケモンは総じて物理攻撃力が低めなんだから。 一部例外もいるけど、例外は例外だ。 ユンゲラーとかバリヤードとかは、他のタイプのポケモンと比べてもなお、物理攻撃力は低い。 それを知りながら破壊光線を出すということは……技の威力で補うというのか。 攻撃力が高いというのか。 どちらにしても―― 「突き破れ!!」 「ピィィィッ!!」 真下から斜めに撃ち出された破壊光線を避ける術はない。 ここはコメットパンチで突き破るしかない。 しかし、破壊光線は突如その矛先を変えた。 「……!?」 一体なんなんだ? 念力で軌道を変えたわけではない。 それくらい、バリヤードの動き見ていれば分かる。 念力を発動しているようには見えない。 いや、そもそも破壊光線を発射した後は反動でしばらく動けなくなるんだから、念力自体使えないはずだ。 なら、どうして……? 次々と方向を変える破壊光線に、何がなんだか分からなくなる。 何らかのトリックがあるんだろうけど……それは一体なんだ? 破壊光線が変な方向に行っている間にも、リッピーはバリヤードとの距離を詰めているんだ。 加速度的に距離が詰まり、もうすぐ届く、というところにまで近づいた時だった。 ごぅんっ!! 破壊光線が真上からリッピーを直撃した。 「なっ、リッピー!?」 真上からなんて、そんなのアリか!? これも念力による作用じゃない。 幾度となく直線的に軌道を変えていた。念力ならどこかでカーブを描くはずだ。その方が楽なんだから。 破壊光線が生み出した爆風によってバランスを崩し、リッピーは地面に叩きつけられた。 それも、バリヤードの目の前に。 破壊光線のダメージは決して低くはないはずだ。曲がりなりにも、ジムリーダーのポケモンが繰り出す一撃なら。 「バリヤード、往復ビンタ!!」 地面に這いつくばったままのリッピーに、バリヤードが往復ビンタを繰り出す。 ばちばちばちっ!! 連続で打たれ、再び地面に叩きつけられるリッピー。 「戻れ!!」 抵抗さえできないほどのダメージを受けていたのは明白だ。 審判の戦闘不能の宣言がなくても、戻すのが定石。 オレはリッピーをモンスターボールに戻した。 「戦闘不能と判断しますが……よろしいですか?」 「はい」 審判が確認するように訊ねてきても、オレは頷くだけだった。否定する理由がなかったからさ。 「ピッピ、戦闘不能!!」 「ご苦労さん。ゆっくり休んでてくれ」 ボールの中のリッピーに労いの言葉をかけ、そのボールを腰に戻した。 戻しざまに、ラズリーのモンスターボールを手に取る。 ただでさえスピードの低いラッシーをこの重要な局面に投入するのは論外だ。 スピード云々じゃなくて、そもそもは相性の問題で。その上スピードの差というのが重なれば、不利な方に天秤が傾くに決まってるんだ。 そして同時に、オレは破壊光線が念力以外で軌道を変える理由を知った。 バリヤードのバリアーだ。それ以外に考えられない。 物理攻撃にのみ作用するバリアーを張って、破壊光線を反射していたんだ。 自分の目の前のみならず、頭上の空間にまでその効力を伸ばすなんて、本気で並大抵の実力でできる芸当じゃない。 ジムリーダーが使うほどのレベルに達したポケモンだからこその戦術だ。 もちろん、破壊光線ほどの威力がある技を反射すれば、バリアーは消えてなくなる。 そこに壁があると相手が思い込めば、それこそ一粒で二度美味しい。 いつの間にかリッピーの上にもバリアーを張ってたんだ。 ナツメは、範囲攻撃を警戒していたわけではなかった。 破壊光線を反射させる『壁』が欲しかっただけなんだ。 まんまと引っかかってしまったことになる、ナツメの策に!! このインターバルの時間に、バリヤードは破壊光線を撃ったことで生じるエネルギーチャージを完了させるだろう。 『相手のポケモンが戦闘不能になることを見越して練り上げた戦術』にしては、本気で手が込んでいる。 この戦術を破らない限り、オレに勝ち目はない。 それくらいのことは分かってるつもりだ。 なら、破ってやる。 「ラズリー、行けっ!!」 オレはラズリーをフィールドに送り出した。 こうなったら、ブースターに進化して全体的な能力を底上げしたラズリーの持てる力をフル動員するしかないだろう。 ボールが口を開くと、ラズリーが飛び出してきた!! 「ブースタぁっ!!」 勇ましい声を上げるその姿に、マサラタウンで初めて出会った頃の臆病さはまったく見られなかった。 進化と共に勇敢な性格になったんだろう。 まあ、進化がすべてってワケじゃないんだろうけどな。 ともあれ……今までラズリーに教え込んだ技をどう活かすか。 すべてはこのバトルにかかっているんだ。 「ブースター……炎タイプのポケモンね。どう来るのか……楽しみだわ」 口にこそ出していないものの、目を細めたナツメがそんなことを思ってるんだろうと、なんとなく分かった。 「バトル続行します。バリヤード対ブースター。バトルスタート!!」 「ラズリー、火炎放射!!」 バトルの再開と同時に、オレは指示を出した。 ラズリーは息を吸い込むと、口を大きく開き、紅蓮の炎を吐き出した。 これならガーネットにも引けを取らないだろう。それくらいの威力はあるはずだ。 体温が九百度に達することもあるというラズリーの体内では、炎を吐くために体温を急上昇させていることだろう。 「念力!!」 ナツメの指示に、バリヤードが指を立て、その腕で円を描いた。 すると、虚空を滑るようにバリヤードへ向かっていた炎が動きを止めた。 止めたか……!! やはり、バリアーを張っているから、炎とかでどうにかされるのを嫌ったってところなんだろう。 ともあれ、物理攻撃に対してはバリアー、特殊攻撃に対しては念力と、向こうの防御策は読めた。 あとは、それをどう利用するか……だけだな。 念力で炎を返されたって、今のラズリーには本気で『痛くも痒くもない』からな。 そっちは気にしないとして…… 「ラズリー、電光石火!!」 炎が捕らわれたことにも動じることなく、ラズリーは駆け出した。 「返しなさい!!」 やっぱり、返してきた。 バリヤードが腕を動かすと、炎はボールのように形を変えて、ラズリーに向けて撃ち出された。 でも、それがどうした。ラズリーには避ける必要すらないんだから。 ごぅっ!! 炎のボールがラズリーを直撃し、周囲に炎を撒き散らす中、ラズリーが炎を突き破って姿を現した。 まったく苦にしていないような表情で。 「なっ……効いていない!? そんなはずは……」 ナツメの悲鳴めいた声が響いてきた。 いくら炎タイプだからって、炎の技を食らって痛くないはずがない。 少しくらいのダメージは受けているはずだ。そう思っているに違いない。 でも……ラズリーにその図式は当てはまらない!! 「ラズリーの特性、もらい火が発動したのさ!!」 オレはさらにナツメを動揺させるべく、言葉を発した。 心理戦でどうにかなる相手ではないだろうけど、少しでも利用できるものがあるなら、利用すべきだと思って。 「もらい火……!?」 「そう。ラズリーは炎タイプの技を受けてもダメージを負わない。 そして、その炎の力を自分の技の威力に加えるのさ!! 見せてやれ、火炎放射ッ!!」 言葉より、現実を見せた方が早い。 ラズリーは駆けながら炎を吐いた。 先ほどと同じつもりで吐いたに違いない。 でも、その差は一目瞭然だった。 倍とまではいかないものの、明らかに威力が上がっている。 炎の太さがそれを如実に物語ってるんだ。 「炎の威力が上がっている!? 念力!!」 再び念力が発動し、炎の動きが止まった。 でも、返してこない。 返しても無駄だと分かったんだろう。 ともあれ、こっちが炎で攻撃しても、向こうが念力で捕縛するということに変わりはないわけで…… 少しは落ち着きを取り戻したのか、ナツメは表情を固くした。 動揺に解れた顔ってのも結構可愛いような気がするんだけど…… ジムリーダーとしてこの場に臨んでいる以上は、そんな不様な醜態を晒したくないと思ってるのかもしれない。 ラズリーは何事もなかったかのように走り続け―― ごんっ。 突然何かにぶつかったように弾き飛ばされた。 バリアーか!? 物理攻撃に対してのみ効果を発揮すると思っていたけど……ただ普通に走っていることも『物理攻撃』とみなされてるのか!? だとすれば、かなりヤバイかもしれない。 普通に触れるだけで壁として存在するなら、使い道は決まっている。 それをさせたらこっちが不利になるのは目に見えてるんだ。 だったら…… 相手に有利なものでも利用できるなら、利用するさ。 なんとなく……バリヤードを倒せる方法が思い浮かんできたんだ。 「横から電光石火!!」 弾き飛ばされながらも見事に着地を決めたラズリーが、間髪置かず駆け出す。 大きな円を描くようにしてバリヤードの横に回りこみ、一直線に突き進む!! だけど、またしても弾かれた。 ここにもバリアーを張ってたか!! えーい、それなら…… 「後ろだ!!」 再び電光石火を指示。 ラズリーのいる方へ身体の向きを変えるバリヤード。 今はオレに対して背中を向けてるけど―― 「何をしようとしているかは分からないけど、無駄よ。バリアー!!」 オレの意図を読みきれていないようで、ナツメがバリアーを指示。 そこだけはバリアーを張ってなかったってことか。 バリヤードが手を突き出した途端、ラズリーが弾き飛ばされた。 背後なら、バリアーを張ってない可能性が高いと思って攻撃を仕掛けてみたんだけど……読まれてたな、さすがに。 三回もバリアーに弾かれてると、ラズリーもそれなりにダメージを受けているはずだ。 その影響が表にはまだ出てきてないけど、いつ出てくるか分からない以上、そう長々とやっていられない。 「右に回り込め!!」 四度目の指示。 だけど、これが恐らく最後。 ナツメの口が開く瞬間――オレは勝利を確信した。 「バリ……」 「火炎放射!!」 言い終えるよりも早く、ラズリーが口から炎を吐き出していた。 威力、スピードと先ほどとは比べ物にならないほど強力になった炎の帯がバリヤードへと向かう!! 「甘いわ、念力!!」 とっさに指示を切り替えるナツメ。 直前のところでバリヤードが念力を発動させ、炎の動きを止める。 まともに食らっていれば危ないところだった。 ナツメは恐らく、これで攻撃を防ぎきったと思っているに違いない。 でも、それは間違いだ。 「ラズリー、今だ!! 電光石火!!」 光陰矢のごとし。 そんな勢いで駆け出し、瞬く間にバリヤードの眼前に躍り出るラズリー。 「なっ……しまった……!!」 ナツメが痛恨の極みと言わんばかりに表情を凍らせた。 念力を発動している今なら、バリアーを張ることはできない。 二つの技を同時に使いこなすなんてこと、どんなポケモンにだって不可能なんだから。 ナツメがバリアーを張ろうとしていたのを見れば、そこにバリアーがない、というのはすぐに分かることだ。 で、そこから一気に突入したってワケ。 ここまで距離を詰めれば、バリアーを張ることもできないはずだ。張る前に攻撃を仕掛けられる!! なら、一気に決める!! 「ラズリー、火炎放射!!」 「念力を解除、逃げなさい!!」 ナツメはできる限りの指示を飛ばしたんだろう。 信じられないことに、ラズリーが炎を吐くよりも早く、バリヤードが念力を解除したんだ。 それには驚いたけど、同じこと。 バリヤードはラズリーから少しでも遠くへ逃れようと、後ろに跳んで―― ごんっ。 当たった。 そして、ラズリーの火炎放射がバリヤードを飲み込んだ!! 「バリヤード!!」 ナツメが叫ぶ。 しかし、バリヤードが炎の中から脱け出すことはできなかった。 バリヤードは自分で張ったバリアーに退路を阻まれ、炎から逃げられなかったんだ。 至近距離にまで近づかせたのは、必殺の火炎放射から逃げられなくさせるためだったんだな、ホントは。 バリアーは、物理攻撃に対して効果を発揮する……言い換えれば、普通の動きすら阻むんだ。 さっきラズリーがバリアーに弾かれたのを見て思いついた作戦だけど、完全に成功した。 さて……その結果は? 炎が消えた後には、黒コゲになったバリヤードがラズリーの眼前に倒れていた。 ピクリとも動かない。 審判がバリヤードの表情を覗き込もうと横から回り込んで―― ばっ。 その旗がひらめいた。 「バリヤード、戦闘不能!! よって、チャレンジャーの勝利とします!!」 オレの勝利が確定した。 倒れてるバリヤードを見れば分かりそうなものだけど、審判の言葉で告げられてこそ、その実感が沸いてくるんだ。 オレは知らなかったけど、この時バリヤードが張り巡らせていたバリアーは音もなく崩れ、虚空へと消えていた。 勝利という言葉に何かを感じたんだろう。ラズリーがうれしそうな顔をして走ってくるのが見えた。 ……って、それがどれほどの勢いなのか、知覚した時には腕を広げ、飛び込んできたラズリーを受け止めていた。 すっげぇ衝撃が胸を中心に全身に広がっていく。 ヲイ、少しは加減しろよ。 オレはただの人間なんだからさ。 なんて言おうとしたけど、人懐っこくオレの腕の中でじゃれついてるラズリーに、かけてやれる言葉は一つだけだった。 「よく頑張ったな。ありがと、ラズリー。 やっぱり、強くなったよ、君は……」 「ブーっ……」 頭を撫でながら労いの言葉をかけると、ラズリーはニコニコ笑顔で応えてみせた。 バリアーとかでそれなりにダメージは受けてるみたいだけど、まだまだ余力は残しているみたいだ。 本気で強くなったよ、ラズリーは。 もしかしたらラッシーを抜いちまったんじゃないだろうか? 特訓と進化による相乗効果で。 だとしたら、これから先はラズリーに頼りっきりってことになるんだろうか。 頼もしいのはありがたい限りだけど、それだけはしたくないな。 一体のポケモンに過度の負担をかけるのは、トレーナーとしての精神に反しているからさ。 と、ラズリーを腕に抱きながらいろいろと考えをめぐらせていると、ナツメが傍まで歩いてきた。 その顔に浮かぶのは負けた悔しさではなく、満面の笑みだった。 「おめでとう。あなたの勝ちです。これを受け取ってちょうだい」 ナツメは握り拳を突き出すと、ゆっくりと開いてみせた。 彼女の手のひらで輝いているのは紛れもなくゴールドバッジ。このジムを制した証だ。 「ああ、ありがたくもらっとくよ」 オレは頷き、ラズリーを右手に抱えて、左手でナツメからゴールドバッジを受け取った。 これで三つ……カントーリーグに出るためにはあと五つ必要だ。 まだまだ折り返し地点までは遠いってことを実感するよ。 それに…… 円形のバッジの中央に、親父の顔がなぜか浮かんできた。 自分でもどうしてだか分からない。 ただ、あと一つバッジを集めたら……その時にはまたバトルすることになるんだろう。 そう思うと、なんだか複雑な気分だ。 トレーナーとして強い相手とバトルできるのはうれしいけど、その相手が親父だなんて。 うれしい反面、嫌な気持ちも反対方向に渦を巻いてるような感じなんだ。 そんなオレの気持ちを知ってか知らずか、ナツメが言葉をかけてきた。 「驚いたわ。バリアーを逆に利用するなんて……そういうやり方は初めてだったから。 でも、参考になったわ」 「最大の武器は同時に最大の弱点だって。じいちゃんからそういう風に聞いてたからさ…… ホントにそうだったって分かったよ」 「そうね」 ナツメの笑みが深まった。 負けた悔しさはあるんだろうけど、それ以上に勉強になったことが多いと感じているんだろう。 オレも、そういう風に感じられるようになったらいいな。 「あなたはきっと強いトレーナーになれる……そんな気がします」 「なんで、そう思うんだ?」 「わたし、これでも……」 なんかよく分からない言葉に対して質問を返すと、ナツメは子猫のように舌を小さく出して、 「超能力者(エスパー)だから」 「ああ、そう」 どうでもいいことだった。 自称でも他称でもいいけど。 超能力ね……エスパータイプを使ってるからこそ、なんだろう。 でも…… その笑みを見ていると、心なしか昂ぶりかけた気分が収まっていくような気がした。 To Be Continued…