カントー編Vol.10 ブリーダーふたり そよ風が頬を撫でるようにそっと流れていく。 鳥のさえずりが妙に心地よく聞こえる。 オレたちはヤマブキシティを出て、クチバシティへ向かって6番道路を南下しているところだ。 ヤマブキシティからクチバシティまでは三日ほどかかるから、たどり着くのは明後日の昼過ぎになるだろう。 言い換えれば、次のジム戦まで、今日を含めてあと三日しかないということになる。 さらには…… 「クチバシティっていっぱい船が泊まってるんだよね」 「そうね。潮風がとても気持ちいいのよね」 すぐ後ろでなにやら盛り上がっているナミとカスミ。 二人が作り出す騒ぎの輪の傍にいなきゃならないってことだ。三日間。 うるさいってほど不快に感じるわけじゃないけど、だからって「ああそうだね」なんて話に加わりたいとも思わない。 なにしろ、前途洋々と旅立ったはずがいきなり頓挫し、あまつさえ親父が旅先を横切るクロネコのごとく登場して悩みの種を植え付けてくる。 いっそこいつらから逃げ出して一人で頑張っていこうかとさえ思うことがあるけれど、さすがにそれを口に出すこともできない。 結局、さ。 何にもならないと分かっている自分が一番腹立たしいワケさ。 あー、なんか違うものとか見て気を紛らわしたい気分だ。 よし、そーゆー時は今までのことをちょっとばっかし振り返ってみるのがいいかもしんない。 ……ってワケで、ヤマブキシティのヤマブキジムに挑戦して、三つ目のバッジをゲットした。 ヤマブキジムを制覇した証――ゴールドバッジは、金色に輝く硬貨のようなバッジだった。 ある意味スゴイ戦い方してたな、ジムリーダーは。 ナツメっていう大人の女性。成人女性って感じより、むしろ大人になりかけの少女って感じだった。 バリヤードの持つ技の特性を理解しているからこその戦法で、苦戦を強いられた。 けど、逆にその特性を利用して勝利を収めた。 もしもそれに気づけなかったら、負けていたかもしれない……そう思うと、かなり手強かったんだろうな。 ユンゲラーにバリヤードと、打たれ弱いポケモンを使っていたとは思えないくらいさ。 「船って一回乗ってみたいと思ってたの〜」 「船っていいわよぉ、あたしも海の一部になんだ〜って気分になれるから。 一面見渡す限り大海原……一回は味わった方がいいわね」 「いいなぁ、カスミは……」 「んふふふふ……」 後ろではまだまだ盛り上がっているようで。 こんだけしゃべってもなお、よく飽きないものだと思いつつ、周囲をぐるりと見回した。 前も後ろもただただ道路が続いているばかり。左右は背丈の低い草が生い茂っているばかり。 遠くに山が霞んで見えるけど、ただの背景以上にはならないのは間違いないだろう。 そんなことを思いながら、視線を前方に戻す。 6番道路の先にはクチバシティがある。 カントー地方の海の玄関口として有名で、一年ほど前には世界に名だたる豪華客船サント・アンヌ号が停泊したこともあった。 だけど、サント・アンヌ号は不幸にも沖合いで沈没してしまったそうだ。なんでもその一件にサトシが関わっていたとかいなかったとか。 まあ、それはともかく。 クチバシティは港町として、人と物資の出入りを一手に引き受けている港町なんだ。 ヤマブキシティには及ばないもののそれなりに規模は大きいし、彼方まで広がる、煌めく大海原…… そしてその海から吹き付ける潮風という特異なシチュエーションもついている。普通の都会とは一味も二味も違うだろう。 オレだって、それなりに楽しみにはしてるつもりだ。 今まで見たこともないような景色が広がっていると思うと、人知れず胸が熱くなるんだから。 それに、クチバシティにはクチバジムがある。 四つ目のバッジを手に入れなければならないんだ。 岩、水、エスパーとそれぞれのジムで戦ってきて、次のジムではどんなタイプのポケモンが相手になるのか。 次も厳しい戦いになることは間違いない。 ジムリーダーは、普通のトレーナーとはワケが違う。掛け値なしの「凄腕トレーナー」だ。 想像以上に厳しい特訓も積んできたんだろう。 そう、なにやら楽しそうにナミとくっちゃべってるカスミも。 ジム戦で見せる激しい気性と、ナミと話してる時の気さくなところ。そこんトコのギャップも相まって、同い年だって素直に信じらんないけど。 「ねぇ、アカツキ〜」 がばっ。 声と共に、何かが背後からぶつかってきた。 ……って。 肩越しに振り向くと、ナミがオレの腰に手をかけて抱きついてきているではないか。それも、笑顔で!! 「お、おい!! いきなりなにすんだ!!」 オレは突然の凶行に思わず声を荒げたけれど、ナミは笑顔を崩さなかった。 まさか、子猫のようにじゃれ付いてるつもりだって言うんじゃないだろうな、いい年こいて!! 二歩ほど離れたところでは、カスミが口元に手を当てて、声も出さず笑っているけれど……ちくしょー、完全に面白がってるな。 当然、オレからすれば面白いわけがない。 周囲に人の目がないのがせめてもの幸いだけど……それでもいきなり抱きつくなんてこと、許してたまるか。 ここで甘い対応をすれば、これ幸いとばかりに、ナミはこれからも隙あらば抱きついてくることだろう。 オレとしてもそれだけは勘弁してもらいたい。 「おい、ナミ!!」 オレはナミの手を取ると、強引に腰から離して、 「をぉ?」 いきなり怒鳴られるとは思っていなかったようで、ナミは驚いていた。不思議そうな顔でオレを見つめる。 対するオレは……言うまでもない。それなりに怒り心頭デス。 「人前でそういうことを平気ですんな!! おまえはどう思ってるか知らないし、知りたいとも思わねえけど、オレは恥ずかしくてたまらないんだ!! いいか、二度とそんなことするなよ!!」 「じゃぁ、人前じゃなかったらいい?」 「よくない!! ってか、ぜんぜん反省の色ねえな……」 ナミはぜんぜん反省してないようだった。 額面どおりにオレの言葉を受け取ってるだけって感じしかしない。 それ以上のことはしてないだろうし、それ以下のこともしてない。本気で中途半端な対応だ。 怒るだけ無駄だろうか。そう思った時だ。 「ほらほら、それくらいにしときなさいよ。みっともないわよ、男のヒステリーは」 横からカスミがちょっかいを出してきた。 ナミを弁護するつもりなのか、それとも事態をややこしくしたいのか。それこそ知りたいとも思わないけど。 でも、多分後者なんだろう。 「うるせえ!!」 「ほら、照れてる照れてる」 カスミがオレを指差して笑う。 顔が熱を帯びて、本気でクラクラしてきそうだ。 もしかして、オレの顔、今赤くなってたりするんだろうか。 でも、そうじゃなきゃ照れてるなんて言い出すはずも……なんて思ってると、とんでもない言葉が飛んできた。 「ナミ。アカツキは単に照れてるだけなのよ。 あんたの行為を本気で罰しようなんて思っちゃいないって。人の見てないところでジャンジャンやればいいんだから」 「そうなの?」 「だぁぁぁぁっ、もーっ!! 違うわぁぁぁぁぁぁっ!!」 本気で何がしたいんだ、カスミは!? ナミの弁護をするでもなく、オレを宥めるわけでもなく……火に油を注いでるみたいじゃないか!! いや……『みたい』じゃなくて本気で火に油を注いでるだろ。 オレを怒らして何が楽しいって言うんだか。本気で悪趣味としか言いようがない。 サトシも、こんな性悪女とよくもまあ旅なんかできたもんだ。 いろいろと泣かされてきたに違いない。遠くホウエン地方を旅してるあいつに思わず同情しちまうよ。 「勝手にしてろ!! オレ、先に行くからな!! 照れてるだの照れてないだの、好きに話してろ!!」 一方的に話を打ち切り、オレは大股で走るように歩き出した。 呆然と見守るナミとカスミの視線を背中に受けながらも、オレは立ち止まりも振り返りもしなかった。 あー、くそっ、腹立たしい!! ロクに反論できないオレ自身の口の下手さに腹が立つし、何が楽しくて事態を今一つややこしくするカスミにも腹が立つ。 ああ、もう何もかもが腹立たしい!! 少し前をコラッタが横切っていく。 オレが大股で歩いて立てる足音に驚いたのか、一瞬立ち止まる。 顔を引きつらせたかと思うと、一目散に傍の茂みに逃げ込むかのように飛び込んでいった。 オレ、そんなに怖い顔してるのか。自覚がないんだけれど。 煮え切らない気持ちを捨てることもできず、持て余したまま歩いてしばらく。 道路の先に建物が見えてきた。 「ポケモンセンターか……」 小ぢんまりとした佇まいを認め、ほんの少しだけ気持ちが落ち着いたような気がした。 「アカツキ、怒ってなかった?」 彼の姿が道の先で小さくなるのを見つめながら、ナミは口元に人差し指を当てて首をかしげた。 気のせいか。妙な迫力があったような気がする。 「怒ってたわね」 隠しもせず頷くカスミ。間違いなく彼は怒っていた。 ちょいと煽ってやったらさらに怒って、一人で先に行ってしまった。 実に分かりやすいタイプである。煽てりゃ豚も木に登る、などと言うが、似たり寄ったりかもしれない。 「でも、さすがに悪いことしちゃったかも……サトシにさえそんなことしなかったし。あたし、サービス精神旺盛かしら」 胸中でのつぶやき……その前半とは裏腹に、顔はぜんぜん反省していなかった。 「一応、後で謝っといた方がいいかもね。あたしも一緒に行ってあげる」 「うん。なにがなんだかよくわかんないけど……アカツキが怒ってたんだったら、悪いのはあたしなんだよね。 素直に謝れば許してくれるかな?」 「許してくれるでしょ。あいつだって、鬼じゃないし」 これも間違いないだろう。 素直に謝られて許さないような、血も涙もないような少年ではないはずだ。 多少はぐつぐつと気持ちを煮えたぎらせながらも、最後の最後には許しを与えてしまう。 なにげに優しい少年なのだ。 だから…… 「あいつはあいつなりに成長してるってことなんじゃない?」 そう口に出そうとした時だった。 ざざざっ。 すぐ近くの茂みから小さな音が聞こえて、ナミは振り向いた。 すると、タイミングを計ったように茂みからちょこんと小さな頭が出てきた。 やや黒めの混じった鮮やかなダークブルーの頭に、パッチリ見開かれた目が二つ。ピンクの唇はタラコのごとくとても厚い。 「ニョロっ」 その口が開いて、高いような低いような声音を発する。 「あ、ニョロモ!!」 茂みから現れた頭を指差し、カスミが声を上げた。 「ニョロモ? これが?」 ニョロモという名前に聞き覚えがあったナミは、すかさずポケモン図鑑のセンサーを向けた。 「ニョロモ。おたまポケモン。 すべすべした皮膚は湿っており、内臓の一部が透けて、渦巻状に見える。歩くよりも水の中を泳ぐ方が得意」 「こんなところにいるなんて珍しいわね。水辺でもないのに……」 ポケモン図鑑の言葉を継ぐように、カスミが驚きを込めてつぶやいた。 さすがは水ポケモンマスターを目指しているだけのことはある。水タイプのポケモンについてはとても詳しい。 「でも、かっわE〜♪」 ナミが黄色い悲鳴を上げると、ニョロモはパッと飛び出してきた。 図鑑の説明と同じで、渦巻状の模様がくっきり浮かんでいた。とはいえ、頭と足が二本に、尻尾だけというシンプルな身体だった。 人の頭ほどの大きさだが、身体の大きさとは不釣合いと思えるほど、尻尾が大きく見えた。 だが、そういったシンプルなボディがナミの興味を引きつけたのだろう。 「ゲットするの?」 「もっちろん!!」 ナミは大きく頷くと、腰のモンスターボールをつかんで、ニョロモの目の前に突きつけた。 「ニョロモ、勝負よ!!」 ポケモンセンターに入ったオレは、カウンターの中で忙しそうにしているジョーイさんに今晩ここに泊まっていくとの旨を伝えた。 彼女は快く了承してくれて、部屋のカギを渡してくれた。 いきなり部屋に向かうのもいいんだけど、ナミとカスミを待ってた方がいいのかもしれない。 今でこそ気持ちは落ち着いているんだけど、さっきはそうもいかなかった。 二人とも勝手なことを並び立ててオレを煽ってたんだから。 とはいえ、そんなつまんない言葉で煽られてたと思うと、なんだかとても虚しくなって…… 罪滅ぼしってワケじゃないけど、せめて到着するまではロビーで待っててやろうかと。 「…………」 別に、あいつらがどうこうっていうワケじゃないんだから、勘違いするなよ。 がらんと虚しく広がっているロビー。 いくつも並んでいる椅子には、少年が一人、腰を下ろしているだけだった。 オレより少し年上だろうか。 どういうわけか目にあまり良くなさそうなピンクのエプロンを首からかけている。 はっきり言って似合っているとは言えない。 それどころか、完全に不釣合いだ。ファッションの勘違いも甚だしい。採点するとしたら間違いなく0点だ。 「……?」 とはいえ、他に見るべきところもなかったし、何もせずにナミたちを待つのもいかがなものか。 そんな風に思うと、視線が自然と少年に向いて――彼の膝で気持ち良さそうな顔をしているポケモン(に留まった。 少年は手に持った櫛をゆっくりと動かし、そのポケモンの毛を梳いてやってるんだ。 一見すると、抱き枕のように一直線な身体をしたポケモン。 四本の脚の先には鋭く光る爪がある。バトルになると、あれで引っかいたりして攻撃するんだろうか。 でも、そのポケモンはとてもリラックスしてるように見える。 オレがラッシーにポケモンフーズを手渡しで食べさせてる時に似てるなあって思ったよ。 丁寧に毛を梳いてやった結果なんだろう、灰色がかったクリーム色の毛と、茶色の毛がキレイに生え揃っているように見えるんだ。 でも、一体なんていうポケモンなんだろう? 見たことも聞いたこともないポケモンだってのは分かる。 「カントー地方やジョウト地方にはこんなポケモンはいないはずだけど……」 それぞれのポケモンの版図を脳裏に思い浮かべつつ、記憶を辿る。 どこまで辿っても、そのポケモンは出てこなかった。 と、じっと見つめられていることに気づいたのか、ポケモンが目を開いてこっちを見つめてきた。 空のように青く澄んだ瞳。パチパチと何度か瞬きをして、身体を起こす。 鼻先をこっちに向けて、小さく動かす。 ……って、オレの『におい』とか嗅いでるんじゃないだろうな。 ポケモンが動いたためか、少年が背中の毛を梳く手を止めた。 顔を上げて、ポケモンに釣られるようにしてこちらを向いた。 「なんか用かい?」 軽い調子で声をかけてくる。 どうやら、オレがずっと見てたのに気づいていたのはポケモンだけではなかったらしい。 気づいてないと思ってたのはオレだけか、結局。 「そのポケモン……見たことも聞いたこともなかったからさ。ちょっと、気になって」 オレは素直に白状した。 体格だけなら、ジョウト地方に棲息しているオオタチに似ているけど、顔とか毛の色はぜんぜん違う。 ましてや雰囲気なんか似ても似つかない。 それから沈黙が続く。 互いに何を言えばいいのか分からなかったんだろう。 でも、このままじゃいけないと思って、思い切って口を開く。 「あの……隣、いいかな」 「ああ、どうぞ」 意外なほどあっさりと少年の同意を得て、オレは彼の隣に腰を下ろした。 改めて彼の膝の上に乗っているポケモンを見やる。 「なんていうポケモンなんだ? カントー地方やジョウト地方じゃ、見かけないポケモンだよな」 「マッスグマっていうんだよ」 「マッスグマ……?」 「そう、マッスグマ」 本気で聞いたことのない名前だった。 種族名……にしても聞いたことがない。 カントー地方やジョウト地方のポケモンのことならほとんど知ってるけど、ぜんぶを知ってるわけじゃない。当たり前だよな。 「ここからずいぶんと南のホウエン地方に棲息してるポケモンだよ」 「ホウエン地方……!?」 息を呑むオレの顔を見もせずに頷くと、少年は再びポケモン――マッスグマの背中の毛を梳く。 なるほど、どうりで知らないはずだ。 ホウエン地方のポケモンはほとんど知らないんだよな。 海を隔てた南方だからっていう理由もあるけど、じいちゃんの研究所にはホウエン地方に棲息するポケモンがいないんだ。 じいちゃんも、ホウエン地方のポケモンについては未開拓な部分が多いみたいだ。 でも、知らないことがあるって、悪いことじゃないと思うよ。 だって、知らないから、知った時に興味を抱けるんだ。 どんなポケモンだろう、どんな技を使うんだろう、どんな性格なんだろう……っていう具合にね。 知りたいことが泉のように湧き上がってくるんだ。 そういうのって、悪いことじゃないだろ? 「じゃあ、君はホウエン地方から?」 「ああ。でも、ホウエン地方からやってきたのはずいぶん前だよ。 ジョウト地方から流れてきたんだ」 「へえ……」 他愛ない話で盛り上がって(?)いると、不意にマッスグマと目が合った。 とても優しい目だ。 強い意志と優しさを秘めた、オレとしても憧れるタイプの目だったよ。 ラッシーやラズリーに似てるかな……どことなく、雰囲気が。 ホウエン地方からの旅人か…… 船が多く出てる今のご時世、他の地方からやってくる人ってのも、珍しくはない。 だけど、見たことのないポケモンを連れているとなると、話は変わってくる。 いろんなことを知りたくて、オレは少年に問いを投げかけた。 「毛並みがすごくキレイだよな。艶やかだし、ちゃんと生え揃ってるし……もしかして、ブリーダー?」 「ああ。一人前かはともかく、一応ブリーダーだよ。名前はセイジ」 「オレはアカツキ。信じられないかもしれないけど、オレもブリーダーなんだ」 「ホントに?」 少年が、どこか期待しているような表情を向けてきた。 本当なのか――? 表情とは裏腹に、向けられた視線にはわずかに疑いの色が混じっているように思えた。 そりゃそうだよな。 見たことのないポケモンに興味本位で近寄って、話を合わせてるんだから。 多少は疑いを持たれたって仕方がないけれど、だからといって疑われたままじゃ、オレとしてもあんまり気分がよくない。 こういう時は…… 「ラッシー、出てきてくれ」 モンスターボールを手に、呼びかける。 すると、ボールが開いて、ラッシーがオレの前に出てきた。 「ソーっ……ソーっ?」 出てくると、見たことのないマッスグマにいきなり視線が釘付けに。 見たことのないポケモンだから、気になるんだろう。 マッスグマも、ラッシーを見つめる。お互いに見たことのないポケモン同士ということだろうか。なにげに気にしてるようだ。 セイジも興味深そうにラッシーに目をやって―― 「なるほど……」 小さくつぶやくと、口の端をゆるく上げた。 「フシギソウだね。カントー地方じゃ、最初の一体に数えられてるフシギダネの進化形だって聞いたけど」 「ああ。オレの最高のパートナーさ」 「良い育ち方をしてるね。 背中の葉っぱは青々としてるし、身体にも艶がある。それに、蕾は鮮やかだ……今にも花開きそうなくらい」 「ありがとう」 なんとなく分かってもらえたような気がする。オレがブリーダーだってこと。 まあ、最近はトレーナーとしての顔の方が大きかったから、一目見てそう見られなくても仕方がないと思ってたんだ。 「君もブリーダーなんだな。疑ってすまなかった」 「いいよ、別に」 セイジは素直に頭を下げてくれた。 オレがどう受け止めていたのか、本気で分かっていたのかまでは疑問だけど…… そこまでしてくれたんだから、これ以上オレが口を挟むのも無粋というものだろう。 「一応ブリーダーなんだけど……トレーナーでもあるんだ。 最近はリーグバッジばっかり集めてたから、ブリーダーとしてはあまり活動してないんだよ。 せいぜいがポケモンフーズを作ったりしてるくらいでさ」 「オレも似たようなもんだよ。ポケモンのコンディションを高めたりとか……だけど、あんまりバトルとかはさせてないね。 せっかく高めたコンディションが悪い方に向かっちまう」 「なんだ、オレなんかよりよっぽどブリーダーらしいことしてるじゃん」 会話を交わすうち、オレたちは自然と笑顔になっていた。 同じブリーダーだけど……ニビジムのタケシとは微妙に違うような気がして、彼からもいろんなことを学べそうな気がするんだ。 「マッスグマは君がゲットしたのか? ずいぶんと懐いてるように見えるけど」 「いや……」 訊ねると、セイジは首を横に振った。 「このマッスグマはトレードでゲットしたんだ。 磨けば光るって強く感じてさ。 半ば強引にトレードを受けてもらったんだ。 そのトレーナー、あんまり気が強くなかったから。それに、こっちとしてもそれなりのポケモンを出したんだけどね」 「そうなんだ、意外だな」 本気で意外に思ったよ。 ポケモンは基本的にゲットしたトレーナーに一番懐くものなんだ。 まあ、ガーネットやラッシーのように、他人にも懐くポケモンだって多いけど、それでもここまで懐いているのは珍しい。 マッスグマは、彼が自分をゲットしたかのように――彼こそが自分のトレーナーだと言わんばかりに、リラックスしてる。 それくらい、セイジがマッスグマを大切にしてきたってことなんだ。 トレードでゲットしたからといって特別扱いせず、自分のポケモンと同じように接してきたんだろう。 さり気ない態度や言葉……それら小さなことの積み重ねが、最高の懐き具合として跳ね返ってきたんだ。 ブリーダーとして、これほどうれしいことはないだろう。 「それを言えば、アカツキ、君のフシギソウ――名前はラッシーって言うのかな?」 「ああ」 「ラッシーも君には全幅の信頼を置いてるように見える。いや、置いているんだろう。 オレが今まで見てきたブリーダーの中でも一、二を争うように思えるんだ」 「そう言われると悪い気はしないよな、ラッシー」 「ソーっ!!」 ラッシーはうれしそうに、笑顔で大きく嘶いた。 そうだな。 オレもラッシーには全幅の信頼を置いてるよ。ラッシーだって、オレのことを信じてくれてる。 それを言われると、やっぱりうれしくなる。 「セイジはトップブリーダーになるのか?」 「まあね。やるんだったら、やっぱり高みを目指さないと……アカツキも?」 「ああ。最高のブリーダーになりたいな。 最高のポケモンを育て上げる……まあ、言い換えればトップブリーダーってことか?」 「じゃあ、お互いに負けてられないな」 「ああ」 すっかり話に花が咲いていた。 いろんなことを話すうち、オレはナミとカスミがまだ到着していないことに気がついた。 ……っていうか、気づくの遅すぎだって自分でもうツッコミを入れたくなるくらい。 そういえば、あいつら何やってんだ? 人気のないポケモンセンターだ、誰かが出入りすれば、嫌でも分かるはずなのに。 まさかここを素通りして先を急いだんだろうか、とも思ったんだけど、それもないと即座に訂正する。 ナミはともかく、カスミはそこまでバカじゃない。 無理に歩みを進めても、クチバシティに到着する日にちが変わるわけじゃないんだ。 なら…… 大して長くもない道のりの中で何かがあったってことか……変なことに巻き込まれてなきゃいいけど。 「アカツキ? どうかした?」 「あ……いや、なんでもない」 声をかけられ顔を上げると、セイジが何かあったのかと言わんばかりの顔を向けてきていた。 オレは何でもないと言ったけど……分かっちゃっただろうな。 「それならいいけど……」 なんて言いながら、気にしてるってのが目で分かるんだ。 ブリーダー同士、お互いに隠し事はできないってことなんだろうか。あんまりうれしい気はしないけれど。 「そういえばさ、ホウエン地方じゃポケモンコンテストとかってのが流行ってるらしいけど、セイジは出たりしてないのか?」 「いや、そういうのにはあんまり興味ない」 さり気に話題を変えても、セイジはちゃんと合わせてくれた。 気を遣ってくれてるってのが分かるけど、なんか、気を遣わせちゃってるなって、申し訳なく思ってしまうよ。 だから、素知らぬ顔で明るく振る舞うことにした。 「見せびらかすようなものじゃないさ。ブリーダーというのは」 「そうだな」 強い口調で言うセイジの意見にはオレも賛成だった。 ブリーダーはポケモンの育成に全精力を傾けるんであって、その育成は他人に見せびらかしたり、そのポケモンを目立たせたりすることとは違うんだ。 オレに言わせれば、ポケモンコンテストなんていうチャラチャラしたのは、ただのお遊戯(おあそび)だ。 本当のブリーダーならそんなのに参加させず、地道にポケモンを育て上げるべきだ。オレはそうするつもりだからさ。いや、そうしてみせるさ。 「オレは、このマッスグマを世界一のマッスグマに育てたいんだ。 実力もそうだけど、雰囲気とか毛艶とか……ああ、なんにしてもぜんぶ世界一にしたいね」 「そりゃ大変そうだな。できそうかい?」 「やってみせるさ」 セイジは不敵な笑みを浮かべた。 今までいろんな経験を積んできたんだろう。それゆえの自信が、笑みに秘められているように、オレには見えたんだ。 少なくとも、ブリーダーとしてのキャリアや実力は、セイジの方が上だろう。 マッスグマとラッシーは比べても遜色ないくらいだって思ってる。 ポケモンは同格だとしても、問題はオレとセイジを比べた場合だ。 オレは彼ほどの経験を積んでない。今のオレに足りないのは経験。 様々なブリーダーと出会って、いろいろと話を聞くなりして、頑張っていかなくちゃな。 「いや〜、大漁大漁……!!」 間延びした声が聞こえてきたかと思うと、自動ドアが開いて、ナミとカスミが入ってきた。 やっぱり、通り過ぎてたりはしなかったか。 「遅いぞ、おまえら。どこで油売ってたんだ」 声をかけると、二人は立ち止まり、こっちを向いた。 「仕方ないじゃない。ポケモンをゲッチュしてたんだから」 ナミはニコニコ笑顔で目の前までスキップしてくると、手に持ったモンスターボールを突きつけてきた。 なるほど…… どうりで遅いと思ったら、ポケモンをゲットしてたのか。 でも、なんで『ゲット』を『ゲッチュ』って言うんだろうか。意味分かんないや。 どっかで聞いたようなセリフだけど、思い出すのが面倒くさくて途中でやめた。 「知り合い?」 突如現れた少女二人に目をやり、セイジが訊いてくる。 「ああ。従兄妹と、当面の目的地が同じなんで一緒に行くことになった性悪女」 「なっ……しょ、しょうわるって……」 手で差しながら丁寧に紹介したんだけど、どういうわけかカスミは顔を真っ赤にして、握り拳をわなわな震わせた。 「なるほど。一人身とは違うんだね」 「ああ。その分苦労は絶えないよ」 「大変だね、君も」 「なによそれ〜っ!!」 カスミは憤怒の面など着けながら、大股で歩み寄ってきた。 「性悪ってどういう意味!?」 「そのまんまだと思うけど」 憤慨しまくっているカスミに、オレは粛々と、言葉を突きつける。 「オレをからかって怒らせて先に行かせたのは誰だっけ?」 「うっ……」 すぐに仮面は剥がれ落ちた。 なにげに気にしてたんだろう。オレを怒らせたこと。 それをこういう形で返されたものだから、本気で何も言えなくなったに違いない。 まあ、これくらいはいい薬だろ。 「は〜い、あたしナミっていいま〜す」 「ナミちゃんか。オレはセイジ。ポケモンブリーダーだよ」 「それじゃあ、アカツキと同じだねっ」 「ああ。よろしく」 ニコニコしながらセイジが自己紹介する。 ナミの溌剌としたところが気に入ったんだろう。意気投合してるっぽいのはすぐに分かった。 とはいえ……オレの目の前で固まっちゃってるカスミはどうすればいいのか。 「おい、カスミ」 「…………」 声をかけても、まったく動かない。石になったみたいに。 あー、どうしようか。 このまま目の前にいてもらっちゃ、こっちも参っちゃうんだけどな……そう思っていると、 「君はカスミって言うんだね。オレはセイジだよ。よろしく」 セイジが柔らかな笑みを浮かべて手を差し伸べると、ようやく我に返ったようで、 「あ、え……よろしく」 驚きながらも、差し出された手を握り返す。 よかった。ちゃんと元に戻った。 一瞬どうしようかと思ったけど、これで解決だ。 「ブリーダー同士で気が合ったの?」 「まあ、そんなところだ」 「いいわね。そういうの。あたしも混ぜてよ」 「カスミずる〜い。あたしもあたしも」 なんて、瞬く間にナミとカスミが割り込んできた。 オレ的には、もう少しセイジとブリーダー同士での話をしたかったんだけど……見つかっちゃったんだから仕方がない。 それに…… 「セイジはここに泊まってくのか?」 「ああ。しばらくはこのポケモンセンターを根城にしようと思ってるんだ。 結構静かでノビノビしてるからね。マッスグマもリラックスできる」 よしよし。 他愛のない話で、突破口を見出す。 とはいえ、セイジがそれに気づいた様子はない。 ブリーダー同士で腹を割って話し合う機会がつぶれたというのなら、また作ればいいだけのことさ。 「わあ、かっわいい〜♪」 「ぐぐぅ……」 黄色い悲鳴を上げるナミに背中を撫でられ、マッスグマは唸るような声を上げた。 たぶんこれが地声だろう。少々くぐもっているように聞こえるけど。 どんなポケモンかも知らずに平気で触るっていうその度胸は、さすがだとは思ったな。 もしこれがエレブーやベトベターやエアームドだったらどうするつもりなのか。 静電気でビリビリ痺れたり手に悪臭がついたり刃物のような翼で指を切ったりするぞ。 「ねえねえ、このポケモン、マッスグマっていうの?」 「ああ。ホウエン地方に棲息してるんだ」 「へぇ……」 「ホウエン地方ね……」 海を隔てた南の地方。 自然が色濃く残っているけれど、同じ島に砂漠や火山、森林まで共存しているという、かなり面白い地方でもある。 そこにはどんなポケモンがいるのやら……考えるだけで面白くなりそうだ。 「じゃあ、セイジはホウエン地方から来たんだね?」 「そうだよ」 優しく答えるセイジ。 オレに一度聞かれたことだから、嫌な顔の一つでも見せるかと思ったけど……セイジは底抜けに優しいのかもしれない。 「ホウエン地方は自然がたくさん残ってる地方だって聞いたけど……本当なの?」 続くカスミの質問にも、セイジは首を縦に振り、 「ホウエン本島の中央部には、今は活動を停止してるけど火山があるし、近くには砂漠もあるんだ。 自然という意味では豊富な地方だよ」 「ふーん……楽しみだな」 ん? 遠い目をしてカスミがポツリと漏らす。 楽しみ……って? オレが向けた視線に気がついて、カスミはあちらこちらに視線を泳がせた。 何事もないなんて装ってるのかもしれないけど、逆だって。モロバレだよ。 まあ、いいや。後で訊いてみるか。どっちにしても、だいたい分かったけど。 「それよりナミ。ポケモンをゲットしたんだろ。ジョーイさんに診せなくていいのか? 一応、ゲットした時にバトルを挑んだんだろうから、それなりにダメージは受けてるはずだ」 「あ、そうだね。そうする」 言われて初めて気がついた。 そんな顔でカウンターに向かうナミ。 ヲイ…… オレにそんなこと言わせるなよ……でも、言ったのはオレだし。 なんか違う気もするけど、まあいっか。 「あの子……ずいぶんと楽しい子だね」 セイジが笑いながら言う。 「楽しいのかよ……」 まあ、セイジには楽しく見えるんだろうけど。 それは一緒に何日も過ごしたことがないからそういうことが言えるんであって…… じゃあいっそオレと立場入れ替えてみるか、って口走りそうになっちまったよ。危ない危ない。 「カスミ」 「ん?」 ナミがカウンターに向かったのを見計らい、オレはカスミに声をかけた。 「おまえ、ホウエン地方で誰かに会うんだろ」 「え、どうしてそう思うの?」 どうしてそれを――って返されるとばかり思っていたから、一瞬言葉に詰まってしまった。 やっぱ、カスミは自分で自分の首を絞めるほどバカじゃないか。 なら、正直に答えてやるまで。 「楽しみだなんて言ってたからさ。 それって、ホウエン地方に行って、誰かに会うってことなんだろうな、って思ったんだ」 「まあ、あんたには隠しても仕方ないわね。そうよ。その通りよ」 カスミは仕方なさそうに答えてくれた。 チラリとカウンターに目を向け、ナミが耳を欹てていないことを確認してから、小声で続ける。 「クチバシティに到着した時に話そうと思ってたんだけど……バレちゃ仕方ないわね」 「まあ、どこの誰に、どんな理由で会うのか、までは訊かないさ。オレには関係ないからな」 「……ありがと」 カスミははにかむような笑みを浮かべた。 ホントのことさ。 誰に会いにホウエン地方に行くのか。 ちょっと考えれば嫌でも分かりそうなものなんだけど、そこまで根掘り葉掘り聞き出すのって、デリカシーのない行為だ。 ナミならそこまでやっちゃうかもしれないけど……オレは少なくともそこまではしない。 カスミにはカスミの事情があるんだから、それだけで十分だろう。 「それより……」 気になることがあった。 セイジの膝に乗っかったままのマッスグマは、カントー地方やジョウト地方には棲息していないポケモン。 だから、確かめたいことがあるんだ。 リュックからポケモン図鑑を取り出し、開いてからセンサーをマッスグマに近づけた。 センサーの青色LEDがひこぴこ光るのに興味を覚えたのか、マッスグマは顔を近づけて、鼻を鳴らした。 まさか、匂いなんて嗅いでるんじゃないだろうな……なんて思いつつも、図鑑から応答があった。 「マッスグマ。とっしんポケモン。 時速百キロを超えるスピードで走ることができるが、緩やかにカーブした道はとても苦手である。 角を曲がる時は、直前で一度急停止する習性がある」 図鑑はマッスグマをちゃんと認識している。 今オレが手にしている図鑑が、サトシとシゲルが旅立った時のモノとは違うから、もしかしたらと思ったんだけど…… やっぱり、じいちゃんはホウエン地方のポケモンの情報も図鑑にインプットしていてくれたんだ。 いわゆるバージョンアップというヤツだ。 オレやナミが旅先で出会うかもしれないと思って。 何の情報もないのでは困るだろうと…… そのつもりがないにしても、うれしいな。カントー地方やジョウト地方のポケモンなら図鑑がなくても大丈夫なんだけどね。 とはいえ、マッスグマっていう名前は「まっすぐ」っていう意味もあるってことも分かった。 細長い身体で、百キロ近いスピードで走るんだ。 素早さに優れたポケモンってことか…… 「それってポケモン図鑑?」 「ああ、そうだけど……」 興味深げに、液晶に映ったマッスグマを覗き込むセイジ。 ポケモン図鑑はまだあんまりメジャーなマシンじゃないから、普通の人なら興味を抱いて当然のシロモノなんだ。 見たことがなくたって、それは仕方がない。 でも…… 「なんでポケモン図鑑だって知ってるんだ?」 普通なら名前すら知らないはずなんだ。それを知ってるってどういうことなんだ? オレが向けた視線を『そう』受け取ったのか、セイジは短く答えた。 「形とかは違うけど、見たことがあるんだ」 「…………」 知ってるってことは見たことがあるっていうこと。それはまあ当然のことだけど……一体誰に見せてもらったんだ? 確か、ポケモン図鑑はじいちゃんやじいちゃんの知り合いの研究者が共同研究で作り上げたものだって聞いたけど…… 一応、ホウエン地方にも、じいちゃんの知り合いがいるし。 大方その人に見せてもらったに違いない。 なんて、膨らんだ想像で自己完結しかけているところに、セイジがさらに言葉を継ぎ足してきた。 「ミシロタウンのオダマキ博士って言ってたっけ。その人からもらったって言ってた」 「オダマキ博士か……」 その言葉を聞いて納得できた。 オレの想像はあくまでも想像であって、それ以上じゃなかったってことも。 オダマキ博士といえば、フィールドワークを得意とする珍しい研究者だ。 たいがいの研究者はインドアで、中で地道な研究を続けているものだけど、 オダマキ博士は逆に、外に飛び出して直接ポケモンと触れ合うことで研究している人なんだ。 じいちゃんとしてもオダマキ博士のことを買ってるらしくて、よく話してくれたっけ。 「オダマキ君は優秀な研究者じゃ。フィールドワークを得意としている研究者はそうおらんから、学会の中でも貴重な存在になるじゃろう」 それこそ口癖のように聞かされた。 でも、実際に会ったことは一度だけ。 それも、一家揃ってじいちゃんの研究所にやってきた時だけだ。 研究者の集いとかっていう学会にじいちゃんは度々招待されるけど、オレはあんまり興味がなかったから。 むしろ、そういう学会に積極的に連れてってもらってたのはシゲルだったな。 シゲルなら何度もオダマキ博士に会って、深い話とかしたことがあるかもしれないけど……まあ、気にしてても仕方ない。 ポケモン図鑑を作るのに、じいちゃんとオダマキ博士が共同作業してたとしても不思議じゃないか。 オダマキ博士からポケモン図鑑をもらった人っていうと、知り合いとか従兄妹とか? あるいは息子とかだったりするんだろうか。まあ、普通に考えれば息子(あいつ)だって考えるのがベストなんだろうな。 まあ、そこまで訊くつもりはないけどさ。 「でも、まさかカントー地方でもポケモン図鑑を持ってる人と会うなんて……いやあ、面白いもんだね」 ニッコリとするセイジ。 確かに面白いかもしれないけど……なんか、喜ぶところが違ってるような気がするのは、果たしてオレだけなんだろうか。 「なあ、君のラッシーにも向けてくれよ」 「ああ、いいぜ」 ポケモン図鑑の性能とか、ラッシー=フシギソウの説明が聞きたいんだろう。 オレはリクエストに応え、センサーをラッシーに向けた。すると、ぴこん、と電子音が鳴って、説明が始まる。 「フシギソウ。たねポケモン。 背中のつぼみは養分を吸収して大きく育つと、大きな花を咲かせるという。 また、その過程において、つぼみが大きくなると2本足で立つことができなくなってしまう」 「へえ〜」 説明を聞き終え、セイジは図鑑に映ったフシギソウ(標準体型)とラッシー(実物)を見比べた。 オレが見た限りじゃ、それほどの差はないと思うんだけどな……そういった細かいところも、セイジには分かるんだろうか? なんてワクワクしてみたけど、 「本当に2本足で立つのは大変そうだね」 説明の中身を確認してただけか。 まあ、当然の反応かも。 ラッシーは旅に出る少し前までは、時々2本足で――後ろ足だけで立ち上がって歩くことがあったんだ。 今になってそれは見られなくなったけど、その時と比べるとつぼみが大きくなっている。 もうすぐ花が咲くんだろうか。花が咲くってことは、言い換えればフシギバナに進化するってことだ。 フシギダネの最終進化形だけあって、その実力は折り紙つき。 できるだけ早く進化して欲しいと思うけど、ラッシーにはラッシーなりのペースってものがあるんだろうから、急かしたりはしない。 それで進化が遅れたりしたら、踏んだり蹴ったりだ。 「なあ、セイジ」 「なんだい?」 オレはセイジの耳元に、そっとつぶやきかけた。 「今晩屋上でいろいろと話をしないか。 旅のブリーダーとは会うのが初めてだから、いろいろと聞いてみたいこととかあるんだ。 ここだと、あんまり集中できそうにないしさ」 「いいよ。オレもそうしてみたいと思っていたんだ」 セイジは笑みを深めた。 オレとセイジが内緒話をしているのが気になったのか、カスミは「あんたたち何やってんの?」と言わんばかりの顔を向けてきた。 もちろん、オレもセイジもそんなの気にならなかった。 「にゃっほ〜。お待たせ〜♪」 それから程なくナミが戻ってきて、内緒話は終わった。 でも、お互いに浮かんだ笑みは消えそうになかった。 その晩。 オレはポケモンセンターの屋上にやってきた。 別室のナミやカスミはすでに眠りについていることだろう。 それくらいの時間帯を選んだのは、言うまでもなくオレの方だ。 ナミやカスミがいたら、ブリーダー同士、腹を割って話に興じることもできないだろうから。 「ソーっ……」 柵にもたれかかっているオレの傍にはラッシー。星空の大パノラマに、興奮しているようだ。 そういや、最近はバトルに出してなかったっけ。 ラズリーの活躍が目立って、ラッシーの影が薄くなってるような気がするもんな。 まあ、ポケモンバトルで一番大事な相性の関係で出せなかったんだから、こればかりは仕方がなかったのかもしれないけど。 少しくらいは外で羽を伸ばさせてやってもいいだろう。 ブースターに進化したラズリーとも顔を合わせてることだし、今は取り立ててやるべきことが見当たらない。 セイジが来るまで、夜風に当たって星空を見上げるなんていうロマンチックもアリだろう。 まあ、あんまりやる気はしないんだけど。 すぐ傍を南北に走る6番道路を除けば、ポケモンセンターの周囲はあふれんばかりの木々に覆われている。 こういった自然がたくさんある場所の方が、ラッシーも落ち着けるんだろうな。草タイプのポケモンだし。 「キレイだよな、星ってさ」 「ソーっ」 ポツリつぶやくと、ラッシーは大きく嘶いた。 オレよりもラッシーの方がよっぽどロマンティストなのかもしれない。天体観測とかに、オレは興味ないからさ。 むしろ、ポケモンに関する方が興味をそそられるよ。 オレの知らないことが、広い世界にはあふれてるんだ。 ホウエン地方に棲息するポケモンのこととか、伝説のポケモンと呼ばれてる、滅多に出会うことのないポケモンのこととか。 できれば、そのすべてを知りたいと思ってるんだ。 知識に対して貪欲になるのって、悪いことじゃないって思ってるからさ。 伝説の鳥ポケモンと呼ばれるサンダー、フリーザー、ファイヤーは、オレンジ諸島にも棲息してるって言われてるけど、真偽は定かじゃない。 なにせ、カントー地方での目撃情報もあるくらいだし……もしかしたら、伝説のポケモンでも、交尾の末に繁殖してたりして。 そんな風に想像が風船のように膨らんでいくのを感じていると、横手から軋んだ音が聞こえてきた。 顔を向けると、セイジが笑みを返しながら歩いてきた。 「悪い、遅くなったかな」 「いや、ちょうどいいくらいだよ」 オレの方が約束の時間より少し早く来てただけだ。セイジが悪い、なんて謝る必要はないんだ。 ともあれ、セイジが来てくれたってことは、ナミやカスミは完全に沈黙してるってことだ。 彼の傍にピタリと寄り添うマッスグマがそれを物語っている。 人間よりも五感が優れているポケモンなら、気配を消したところで、人間がいるかいないかくらいは分かる。 言い換えれば、ポケモンを欺ける人間はいないってこと。 「しかし、いい星空だ。いい風も吹いてる……マッスグマもうれしいだろ」 「ぐぐぅ……」 マッスグマはうれしそうに喉を鳴らした。 ポケモンは人間よりも敏感だから、「いい風」っていうのもちゃんと分かるんだろうか? オレには、熱くもなく寒くもなく……ちょうどいい涼しさだとしか思えないんだけれど…… まあ、いっか。気にしてても始まらない。 「あのさ……」 「アカツキは誰からポケモン図鑑をもらったんだい?」 オレが口を開きかけた矢先、先に問いを投げかけてきたのはセイジだった。 先制攻撃されたってことだ。 「ポケモン図鑑? ああ、それはじい……オーキド博士からだよ」 「オーキド博士から!? そりゃすごい!!」 じいちゃんの名前を出した途端、セイジの目がキラリと輝くのをオレは見逃さなかった。 夜空の星の輝きが弱々しく感じられるくらいだ。 張り上げたその声に、思わず一歩引いてしまったけれど。 オーキド博士がオレのじいちゃんだ、なんて言わなくて良かったよ。 とっさに言い換えたから良かったものの……もしあのまま口にしてたら、すごい剣幕で詰め寄られてたかもしれない。 よし、なんとしてもじいちゃんとオレの関係は伏せておくことにしよう。 「オーキド博士といえば、超が何個ついても足りないくらいの有名人だからね。 ポケモンブリーダーのみならず、 ポケモントレーナーやその他の仕事についている人ですら知らない人がいないって言われるくらいのすっごい人だからね!!」 興奮してるようで、セイジの口調には熱がこもっていた。 もしかして、じいちゃんのことを尊敬とかしてたりして。 オレだって尊敬してるわけだから、そういう人が一人でも多くいてくれるってのはうれしい限りだよ。 だって、オレのじいちゃんだよ? じいちゃんがすごい人なんだって実感するじゃないか。 「じゃあ、アカツキはマサラタウン出身なんだな!?」 「ああ、ナミもだよ。一応、従兄妹だし……」 「ああ、いいなぁ。 オレもミシロタウンとかマサラタウン出身だったら、ポケモン図鑑もらえてたかもしれないのに……今さらどうしようもないけど」 一転、興奮から落胆へとセイジの表情が変わる。 肩ががくりと落ちた。 ため息など漏らしながら続ける。 「もう一度見せてくれない? ポケモン図鑑」 「ああ、いいけど……」 慰めの言葉が見当たらなかったんで、それくらいはしてもいいだろうと思った。 ズボンのポケットからポケモン図鑑を取り出して、セイジに手渡す。 他の荷物は部屋に置いてきた。オレが持ってきたのはポケモン図鑑とモンスターボールだけだ。 セイジのことだから、今のように「ポケモン図鑑を見せてくれ」って言ってくると思ってたんだ。 「さすがにホンモノは違うなぁ……オレがホウエン地方で見たのは、もっとなんていうかプロトタイプ的な要素が強かったからな。 液晶といい、ボタンといい、似ている部分が多いが……こっちの方が新しく見えるな」 なんて一人でぶつぶつ言いながら、いろんな角度からポケモン図鑑を見つめる。 舐め回すように……という表現がよく似合うけど、それよりは角度を変えながらピンポイント爆撃を繰り返す戦闘機みたいな感じだろうな。 「ふふふ……あいつが持ってたように、オレもほら!! 持てたんだ……やっぱりいいなぁ」 セイジはポケモン図鑑のセンサーをマッスグマに向けた。 説明は昼に聞いたけど、自分で一度やってみたかったんだろう。 「マッスグマ。とっしんポケモン。 時速百キロを超えるスピードで走ることができるが、緩やかにカーブした道はとても苦手である。 角を曲がる時は、直前で一度急停止する習性がある」 とまあ、昼と同じ説明が流れる。 「ほほぅ……」 「ぐぐぅ?」 「ソーっ?」 図鑑のマッスグマと実物を見比べて唸るセイジ。 当のマッスグマとラッシーは、「何やってんだこいつは?」と言いたそうに首をかしげた。 まあ、気持ちは分からんでもないけどな。未知への憧れが強いってことで。 「ほれ、このボタンはなんだ?」 なんて言いながら、適当にボタンを押していく。 ヲイ…… 「あんまりやりすぎるなよ。壊しちゃ元も子もないんだからさ」 「分かってる」 さり気に注意するけど、あんまり聞いてなさそうだ。 口の端をこれでもかとばかりに吊り上げて浮かべた笑みは、マニアな部分が多分に見受けられたから。 ホントに、壊さなきゃいいけど…… セイジから無理矢理ポケモン図鑑を取り上げるわけにもいかず、壊れませんようにと胸中で祈りながら、彼が飽きてくれるのを待つ。 「身長、体重のデータに……なぬっ!? 実物も測定できるのか。これは興味深い……」 ぴこぴこぴこ。 ボタンが押されるたびに、異なる電子音が鳴り響く。 反復して押してるように見えても、異なる操作をしてるってことか。なにげにセイジは機械に詳しいのかもしれない。 「身長……ってか体長か。1メートル50センチ……体重は35キロと。高さは標準的だな、50センチ。 マッスグマは後ろ足だけで立つと身長がオレよりも高くなるわけだ……」 なんて完全に独り言。 ラッシーやマッスグマの視線など目に入ってないんだろう。 変に忘我してなきゃいいんだけど。 完全に魅入られてるような気がしないわけでもないんだよな、端から見た分に。 「マッスグマ、立ってみて」 「ぐぐぅ?」 不思議に思いつつも、マッスグマは言われたとおり、二本の後ろ足だけで立ち上がる。 「うおっ!!」 意外なほどの背の高さに、オレは思わず声を上げてしまった。 オレよりも高いし…… だけど、マッスグマは二本足で立つのが苦手なようで、すぐにバランスを崩して四つん這いに戻った。 やっぱり、いきなり二本足で行動するのって無理だよな。普段が四本足なら。 「なるほど……確かに背が高い。マッスグマ、おつかれさん。いい経験させてもらった」 「ぐぐぅ……?」 おつかれさん、なんて言いながらも、セイジはポケモン図鑑の液晶から目を逸らしていなかった。 気のせいか、その目になにやらキケンな何かが宿ってるように見えるのは……気のせいだろう、たぶん。 「じゃあ、このボタンは一体なんだ?」 ぴこぴこぴこ。 三つ四つ適当にボタンを押す。 すると、 「親愛なるわしの孫、アカツキへ」 じいちゃんの声が聞こえてきた!! それも、スピーカーから。 「なっ、なんだ!?」 突然の声に、セイジは驚きを隠しきれなかったようで、目を大きく見開いて、画面を凝視している。 オレも横から覗き込んでみると…… 「あ……」 液晶画面には、真剣な顔でこちらを見つめるじいちゃんの姿が。 でも、テレビ電話のようにつながっているわけじゃない。 じいちゃんがこの図鑑にオレへのメッセージを入れておいたんだろう。 なにげに、面白いことしてくれるんだから…… そう思っている間に、じいちゃんは咳払いなんかして、口を開いた。 「おまえがわしの声を聞いている頃には、おまえもリーグバッジをいくつか手にしているだろう」 当たってるし。 直接やり取りしてるわけじゃないのに、まるでオレの近況を知っているかのようだ。 先見性は、やっぱりじいちゃんには敵いそうにない。 「セイジ、ちょっと貸して」 驚いている隙を突くようで気が引けたものの、オレはセイジから図鑑をひったくった。 これはオレへのメッセージなんだ。 だから、オレがちゃんと受け取らなくちゃいけないんだ。そう思ったから。 図鑑を前に、じいちゃんの顔を見つめる。そうするのを待っていたように、じいちゃんが言葉を続けた。 「おまえが最強のトレーナーと最高のブリーダーを目指しているということも、わしはよく知っているつもりじゃ。 もちろん、わしとしては最大限おまえのことを応援してやりたいと思っている」 「な、なあ、一体なんなんだ?」 「話は後で」 横から割り込んでくるセイジをシャットアウトして、オレはじいちゃんの言葉に耳を傾けた。 セイジがどんな操作をしたのかは分からないけど、今と同じ状況を再現するのはたぶん無理だろう。 機会は一度きりかもしれない。だから、ちゃんとした形で聞いておきたい。後で後悔しないように…… じいちゃんの表情がかすかに曇り―― 「じゃが、いつかはどちらかに決めなければならない時が訪れるであろうことも、おまえ自身がよく分かっているはずじゃ。 無論、それは今すぐではないじゃろうが、そう遠い未来というわけでもない……」 「分かってるよ、そんなこと……」 聞こえるはずがないと分かっていても、思わずじいちゃんに口答えしてしまう。 だって、本当のことなんだから。どっちかの夢に決めなければならない時が来る。 トレーナーとブリーダーの二束の草鞋を履くことが無理だってことも分かってるんだ。 ある程度の両立はできるかもしれないけど、それは言い換えればどちらも極められないということ。 自分の納得するまで、思う存分やり尽くすっていう選択肢を消してしまうってことなんだ。 トレーナーか。ブリーダーか。いつかは決めなくちゃならない。 でも、今のオレにはできそうにない。両方とも捨てられないから。 じいちゃん…… オレのこと、思ってくれてるのはうれしい。 だけどさ、今は無理だよ。 簡単に捨てられるような夢だったなんて、その時になってから思いたくないんだよ……本当に。 「すべてを決めるのはおまえ自身じゃ。 わしやショウゴやトモコ……ナミやアキヒトがなんと言おうと、最後の最後で決断を下すのはおまえ自身。 それだけは忘れないでいてもらいたい。 様々な人と出会い、いろんな経験を積んで、それから決めれば良いんじゃ。焦ることはない。おまえはおまえじゃ。 では、元気で頑張るんじゃぞ。 アカツキ、おまえはわしの自慢の孫なんじゃから。為せば成る、じゃ!!」 ニッコリと笑って、じいちゃんは手を振った。 そして画面が暗転する。 それっきり、じいちゃんは何の言葉もかけてくれなくなった。 ………… オレはじっと、黒くなった画面を見つめていた。 その中に、じいちゃんの笑顔が映っている。 もちろん、オレの思い込みに過ぎないけれど…… 「あのさ……今の、なに?」 「あ……」 横から声をかけられ―― 我に返ったオレは、なにやら不満そうな視線を向けてくるセイジの顔を見つめた。 今ので絶対、オレがオーキド・ユキナリ博士の孫だってこと、気づかれたよな……本当は隠しておきたかったけれど。 でも、セイジがめちゃくちゃに操作してくれたおかげで、じいちゃんのメッセージを聴くことができた。 悪いことばかりじゃ、ないんだ。 だから…… 「隠しててごめん」 オレは素直に頭を下げた。 「君も気付いてるだろうけど…… オレはオーキド博士の孫だ。オーキド・アカツキ……それがオレの本名(フルネーム)なんだ」 「らしくないじゃないか。そんなことで謝るなんてさ」 「え?」 セイジが浮かべた笑みに、オレは一体何がなんだか……分からなくなっていた。 ポケモン図鑑にインプットされた、オレに宛てられたじいちゃんのメッセージ。 それを聞けば、誰だってオレがじいちゃんの孫だってことに気づくはずだ。セイジなら、気づかないはずがない。 『言わなかった=隠してた』なんだ。 だから謝った。 でも、セイジはその言葉を鼻で笑い飛ばし、 「もしかしたら、って思ってたよ」 柵にもたれかかり、広がる夜の大パノラマに目を向け、独り言のように言う。 「ポケモン図鑑はオダマキ博士やオーキド博士といった研究者が共同で開発した機械だって、聞いたことがあったし。 現に、ホウエン地方でオレが会った図鑑の所有者は、オダマキ博士の息子の親友だったからね。 だからさ、君がオーキド博士の近くにいる人間じゃないかって、図鑑を見た時に思った。 でも、まさか本当に孫だなんてね……」 「隠すつもりがなかったなんて言わないさ」 同じ方に目をやり、オレは言った。オレの気持ちだけは分かって欲しいと思ったから。 「でも、オーキド博士の孫だって……そんな理由で特別扱いだとか、色眼鏡で見られたくなんかなかった。 オレはオレだって、それだけでよかったんだよ」 「オレがそういう風に物事を見るヤツだって思ってた、そういうことかい?」 「違う!!」 オレは声を上げてセイジの言葉に反論した。 セイジはそんなヤツじゃない。 ブリーダーとしての直感が告げてるんだ。 マッスグマがあんなに幸せそうに懐いてる……セイジがそんなタイプの人間じゃないってことくらいは分かるよ。オレにだって。 「セイジはオレなんかよりもよっぽどブリーダーとして立派だし。 オレも、君みたいなブリーダーになりたいって思ってるし…… だから……」 「分かってる」 自分でも歯切れの悪い言い方だと分かっていたけれど、セイジは口の端をゆがめた。 そしてオレの方を見て、 「やっぱり、オレが思った通りのヤツだったよ、君は」 「……?」 何が言いたいのか分からず、オレも言葉を返せなかった。 ……さっきのは意地悪な質問だったってことなんだろうか? 「君は自分の気持ちをそのまま誰かに伝えられる。 色眼鏡だとか、普通の人じゃ言えないからね。 そうやって自分の気持ちをありのままに、素直に伝えられるのって、ブリーダーとして、トレーナーとしても大切なことだと思うよ。 オレが会った……ホウエン地方の図鑑の所有者も、君と同じようなタイプだったからさ。 あの時はちょっと不器用で……まあ、トレーナーとしても駆け出しだったからね。 それでも、ちゃんとやるべきことはやってたし、伝えるべき気持ちを自分の言葉で伝えてたよ。 あーあ、君を見てると、思い出しちゃうな。ホウエン地方で過ごしてた日々のこと」 「楽しかったんだな……」 「ああ……とても楽しかった。またいつか戻るつもりでいるんだ。あの地方がオレのふるさとだし」 ホウエン地方か…… セイジが前に会ったっていうポケモン図鑑の所有者と、オレが同じタイプか。 なんか、運命めいたものを感じちゃうよ。それこそ『らしくない』って分かってるけど。 「なあ……その人のこと、聞かせてくれないか?」 「聞きたいのかい?」 「ああ。気になるよ。そこまで言われちゃ……オレと同じタイプなんてさ。脚色しすぎてやしないか?」 「いや、それはない。本当のことだからね」 「どうだか……」 軽口を返し、オレも笑みを浮かべた。 セイジは、オレがオーキド博士の孫だと知っても、何事もなかったかのように接してくれる。 今日初めて会って、少し話をしただけでも……オレのことを、ちゃんと友達だって思ってくれてるんだろうか? もちろん、オレはセイジを単なるブリーダー仲間だなんて思ってるわけじゃない。それ以上さ……友達だって。 「オレがあいつと会ったのは、コトキタウンって町と、トウカシティって街の間を通ってる道路の外れだったっけ」 夜空を見上げ、懐かしむように言う。 本当に懐かしいんだろうな……そう思いながら、じっと耳を傾ける。 「ポケモントレーナーとして旅に出たばかりだって話だったから、バトルしてみたんだ。 あの頃はオレもバトルは上手にできなかったけど……ビギナーズラックって本当にあるんだなって思い知らされたよ」 「負けたのか?」 「ああ。なんていうか、もうめちゃくちゃだった」 「どういう風にめちゃくちゃだったのかって、すっげぇ興味あるんだけど」 「そのまんまの意味だよ。まさかあんな方法で攻撃してくるとは……って具合にね。 で、あいつはあれからいろんなことがあって成長したんだな、ホウエンリーグに出るまでになってさ。 予選を見事に通過したかと思ったら、一回戦で実の兄貴と戦うことになって、いいとこまで行ったんだけど、負けちまったんだ。 結構すごいバトルだったな。準決勝よりも白熱してた」 「そうなんだ……」 簡単に言ってのけるけど、ホウエンリーグに出るってことがそんなに簡単じゃないってことくらい、オレにだって分かるよ。 ホウエンリーグといえば、カントーリーグと同じで年に一度催されているバトルの祭典だ。 カントーリーグとはいろいろとルールが違うらしいけど……そういえば、開催時期はホウエンリーグがカントーリーグよりも少しだけ早いんだっけ。 まあ、同じ十二月だけど。 八つのバッジを集めて出場権を得るのは同じだな。 だから言える。簡単なことじゃないって。 出るにしても、予選を勝ち抜かなければ本選に駒を進めない。 バッジを集めても、本選に出られないトレーナーの方が多いくらいなんだから。 一回戦で負けてしまったってのは、当人からすればすごい悔しいことだと思う。 それも、相手が実の兄だってことなら。 でも…… 「そういう人と同じタイプってのは、悪くないかもな……」 素直にそう思った。 オレもカントーリーグには出るつもりだし……励みになるよ。 オレと同じタイプの人が、ホウエンリーグに出たってこと。 それに、ホウエンリーグって言えば、サトシも今年のホウエンリーグには出るんだろうな。 あいつ、ポケモンバトルが好きだし。 カントーリーグ、ジョウトリーグ、オレンジリーグと出場してきたから、間違いなくホウエンリーグにも出るんだろう。 カントーリーグ、ホウエンリーグ。 名前もルールも違うけれど、バトルの祭典だってことは変わらないし、出場するトレーナーの気持ちというか心意気というか…… そういうのも、たぶん同じだと思うからさ。 「君もホウエン地方に行くことがあったら……その時はミシロタウンに立ち寄ってみなよ。 たぶん、会えると思うからさ。まあ、一目見ればたぶん分かると思うけど」 「そんなに見た目で分かるのか?」 「ああ、ありゃ分かるな」 セイジの浮かべた笑みに、空恐ろしい何かが見えたような気がしたけど……たぶん気のせいだろう。 これ以上何を企むってのか…… 「セイジはこれからどうするんだ?」 「しばらくはこの地方を旅するさ。ホウエン、ジョウトと来たからな……この地方のポケモンのことも知りたいし。そういう君は?」 「オレは……今はトレーナーとしてカントーリーグに出るっていう目標があるから、当分はトレーナーとして頑張ることになるかな」 「そっか。 じゃあ、カントーリーグ、観に行ってみようか。君が気張ってバトルしてる光景を見るのも悪くないかな……なんてね」 「ヲイ……」 冗談なのか本気なのか全然分からねぇ…… どう受け止めていいのかも分からないよ、まったく。 でも、こうやって誰かに話しちゃったってことは、なんとしてもカントーリーグに出なきゃいけないなぁ。 頑張らなきゃ、オレも。負けてられないよ。 「とはいえ……お互い、ブリーダーとして頑張っていかなくちゃな。 トップブリーダーになるって言うんだったら、絶対、いつかどこかでぶつかる時が来るんだからさ」 「ああ、そうだね」 お互いに顔を見合わせる。 今はこうして穏やかに話していられるけど、いつかどこかで、セイジとはブリーダーとして火花を散らす時が来るはずだ。 それがいつかは分からない。 オレがまだ行く先を示しきれていない段階かもしれないし、ブリーダーとして頑張ると仮定して、 その道をまっすぐに進んでいる最中かもしれない。 でも、必ずぶつかるはずだ。 その時のことを考えたら、何があってもセイジには負けられない。 彼のマッスグマを超えるくらいに育て上げなくちゃいけないんだ、ラッシーだけじゃなく、ラズリーやリッピーも。 ブリーダーで言うところの『勝負』ってのは、ポケモンバトルでもあるし、どれだけポケモンを上手に育てられたかっていうものでもある。 ブリーダーとしてバトルするわけだから、トレーナーとしてのバトルとは勝手が違う。 セイジか、あるいは別の相手か。 いずれ誰かとブリーダーとしてのバトルをすることがあるだろうから、その時に説明するけど…… ともかく、今のオレじゃ、ブリーダーとしての『勝負』はまともにできないってことだけは確かだ。 なにしろトレーナー全開でやってきたからなぁ、少しはブリーダーとしても頑張っていかなくちゃいけないか。 軸を傾けるってのも大事だけど……そうコロコロ変わるってのも考えものだ。 「難しいな……口にするよりもずっと。 でも、やりもしないうちからあきらめるってことだけは絶対できない。 じいちゃんも、オレには期待してくれてるんだから」 正直、じいちゃんの『期待』を『重荷』に感じることだってある。 過度の期待は単なる重荷に過ぎず、その人の足を引っ張るだけだって、テレビに映るスポーツ選手とかを見てるとよく分かるんだ。 でも、つまんない『重荷』なんかにつぶされてるだけの時間なんて、オレにはないはずだ。 「アカツキはポケモンフーズを自分で作ってる?」 「当たり前だろ。一応、これでもブリーダーなんだし」 「そうだよな」 「あのなあ……」 一体何を訊いてくるかと思えば…… もしかして、オレが市販のポケモンフーズをそのままポケモンに与えてるなんて思ってたわけじゃないだろうな? 唖然としているオレに、セイジは小さく笑いながら、 「オレのマッスグマは甘い味のポケモンフーズが大好きでさ……カントー地方には甘い木の実ってあるのかい? なにぶん、カントー地方は初心者だからさ、どういう甘い木の実があるのか分からないんだ。 そこんとこ教えてもらえると、もっと良いポケモンフーズが作れそうな気がするんだけど……」 「甘い木の実?」 「うん」 「甘い木の実といえばマゴの実とか? でも、あれは量がないと思ったほどの甘みが出ないのが難点なんだよな。試したことはあるのか?」 「いや……」 セイジは首を横に振った。 オレが知る限りじゃ、甘い木の実と言えば、マゴの実だ。 甘いことは甘いけど、クセのあるような甘さじゃなくて、どちらかというとスッキリしたタイプの甘さなんだ。 甘い物好きな人だったら、それこそマゴの実パウダーを一缶かけちゃうことがあるくらい、量を必要とする木の実だ。 「マゴの実って、どの辺に生えてるんだろう?」 「この辺りなら手に入ると思う。ピンクで勾玉みたいな形してるからさ。見れば分かるよ」 「そっか……じゃあ、試してみよう。 待ってろよ、マッスグマ。もうちょいで美味しいポケモンフーズを食べさせてやるからな」 「ぐぐぅっ!!」 セイジが力強く宣言すると、美味しいポケモンフーズという響きに呑まれたんだろう。 マッスグマは「待ってますよ」と言わんばかりに、うれしそうな顔で嘶いた。 そういや、マゴの実って、ホウエン地方にはあんまり見られないんだっけ……セイジが知らないってことは、たぶんそういうことなんだろうけど。 ポケモンフーズの味を向上させるためには、木の実パウダーによる味付けは欠かせない。 市販の材料を使っても、それだけじゃ味なんて指で数えられる程度のバリエーションしか揃わないんだ。 自分のポケモンの舌を納得させられるくらいのポケモンフーズを作りたいんだったら、 様々な味の木の実パウダーをブレンドして練り込まなくちゃいけない。 オレもタケシも良くやってる。 まあ、ブリーダーなら誰だってやってることだと思うけどさ。 オレはこれでもトップブリーダーを目指してるから、カントー地方で主に採れる木の実の種類とその場所はだいたい頭に叩き込んでる。 言い換えれば他の地方のことはぜんぜん分からないってことだけど……セイジもオレと同じらしい。 ホウエン地方のことだったら、すっごく詳しいんだろう。 いつかホウエン地方に行くことがあったら、その時はセイジに案内でも頼もうか。 なんて思ってると…… 「アカツキはポケモンフーズに木の実パウダーを入れて味付けとかしてるんだろ?」 「ああ、そうだよ」 「ほかに隠し味とかはつけないのかい?」 「隠し味ねぇ……」 隠し味って言うほどの味付けはしてないけど、単に木の実パウダーだけの味付けで終わらせてるわけじゃない。 でも、そこまで教えていいものか…… 不意に考え込んでしまったよ。 セイジが答えを急かすように、胸の高さで握り拳を小刻みに震わせながら、輝いた目を向けてきている。 うう……これってじいちゃんの『期待』よりもプレッシャーになるかも。 まあ、それはともかく。 ポケモンフーズの細かい味付けっていうのは、ブリーダーにとって秘伝みたいなものなんだよな。 基本的にオリジナルレシピなワケだから、他人にそう気安く教えられるようなシロモノじゃない。 木の実パウダーのほかに、微量の牛乳とか酢とか。それなりに食材を加えたりはしているんだけど…… よし、こうなったら…… 「教えてもいいけど、君のも教えてもらえる?」 「う……!!」 オレの提案に、セイジが顔を引きつらせた。 そう来るとは思っていなかったんだろう。 でも、ホントはそれくらい予想してしかるべきものだったんだよ。 対価もなしに教えられるような軽いモノじゃないんだ、ポケモンフーズのレシピっていうのは。もちろん、その一部であっても。 唐突な駆け引きに、セイジはしばらく言葉を捜しているようだった。 そして―― ゆっくりと顔を上げて、口を開く。 「分かった。教える。お互い、部分的に。それでいいかい?」 「え……あ、ああ……」 これにはオレも驚きを隠しきれなかった。 セイジとしても苦渋の決断だっただろう。 でも、まさか本当に選ぶなんてね……痛み分けって感じがしないわけじゃないけど……承諾しちゃったから、まあいいだろう。 セイジのレシピの一部でも、オレのレシピに取り込むことができれば、少しはいい味、いい栄養価のポケモンフーズができるかもしれない。 可能性が少しでもあるのなら、賭けてみるのも悪くないだろう。 メリットとデメリットを背負っているのは、オレだけじゃない。セイジも同じことだ。 オレの場合は栄養価の部分で結構弱いんだ。 味はまあまあイケてると思うから、セイジが提供してくれる『レシピの一部』が栄養面でのプラスになることを祈るのみだ。 微量の牛乳で、それこそ少しは補えるけど、高みを目指すのであれば、それだけじゃあ不十分。 取り入れるべき部分があるのなら、積極的に取り入れていかないと。 自分だけのレシピじゃ、どうしても足りない部分はあるんだ。 「オレの場合は牛乳とか酢とか……なるべく健康にいい食材を取り入れてるよ。 その方が味に深みも出るだろうし、少しは栄養も補えると思ってね。 甘さにコクを出したいんだったら牛乳は欠かせないよ。 まあ、多すぎると牛乳の味になっちゃうから、味とコクのさじ加減ってのが実際難しいんだ。 いつだったか、10ccくらい多く入れちゃって、ラッシーが食べてくれなかったことがあったんだ。その時は大変だったな…… 甘い味とか苦い味が好きなポケモンのポケモンフーズには酢とかは入れない方がいいよ。 酸味が強いと、その味が薄れちゃって、最悪別のシロモノに成り果てちゃったりとか…… やっぱり、木の実パウダーとの兼ね合いってのも大切かな。 極端な配分にすると、それこそ味が……」 そこまで言ったところで、セイジの表情が変わっていることに気がついた。 唖然とした顔をしている。 あ……つい、しゃべり過ぎちまった。 なんていうか、同じポケモンブリーダーがすぐ傍にいると思うと、なんだかいろんなことを話したくなっちゃうんだよな。 お互いに親交を深めて、頑張ろうって言う気になれるっていうか…… 「悪い。ちょっと話脱線してた?」 「いや……興味深いよ。 オレも少しはそれをやってるんだけどね。 あまり深く突っ込みすぎると、木の実本来の味が薄くなって本末転倒になっちゃうんじゃないかって思ってね……」 セイジは何事もなかったかのように装っているらしく、頬をポリポリ掻きながら言った。 でも、その視線がどこか余所余所しく泳いでるように見えるのは気のせいだろうか? ……オレも話しすぎたな。 言わなくても分かるようなことだって、その中にはあったはずなんだ。 とはいえ、オレもここまでしゃべれるんだ、って思ったよ。 自分で思うなんてそれこそ不思議だけどさ…… 自分の新しい一面に気がついて、少しは成長したかな、なんてらしくないことを胸中に抱いていると、 「それって大切だと思う。んじゃ、次はオレね」 ゴクリと喉が鳴った。 セイジは木の実パウダーのほかに、どんな味付けをしているんだろうか……一言一句、聞き逃さないようにしなければ。 取り入れるべき部分がわずかでもあったなら、次から実践しなくちゃいけないんだから。 オレの話のどこまでをセイジが吸収しているのか……それも気になるからさ。 「オレの場合は――って言っても、マッスグマだけなんだけどさ。お菓子のクッキー、あるだろ?」 「ああ……」 クッキーね……それで一体何をしようって言うのか。 オレの胸中はどこへやら、セイジは続ける。 「クッキーを粉々にならない程度に小さくしたのを、ポケモンフーズに練り込むんだよ。 そうすると、味もそうだけど、食感もパリパリして、結構よくなるんだ」 「食感……? 考えつかなかったな。なるほど、そうか……」 意外なレシピだったから、オレは素直に取り入れることにしたよ。 未知への挑戦だけど、やってみたいと思った。 ラッシーがちゃんと食べてくれるのかっていう心配がないわけじゃないけど、やってみなくちゃ始まらないだろう。 オレはどうにも味と栄養にばかり気を取られてた。 食感までは考えていなかったよ。 ポケモンがポケモンフーズを食べることによる効果……味付けと栄養価がすべてとばかり思ってたんだ。 だから、セイジの言葉は意外な角度から突きつけられた。 ポケモンがポケモンフーズを食べる時に感じる食感。 それも、確かに大切かもしれない。 ゴツゴツしてたり、妙に粘着質だったりすれば、食べにくいだろう。 それを改良する余地ってのが残されてるんだ、今のオレのポケモンフーズには。 いいことを教わったような気がするよ。 これは使える。いや、使っていかなくちゃいけない。 オレはセイジの顔を見て、 「どうやらお互い……」 「ああ」 「足りない部分を補い合えるようなレシピだったみたいだな」 「そのようだね」 ニッコリと笑い合う。 ブリーダー同士の会話がこんなに楽しいものだったなんて、オレは改めて、ブリーダーをやっててよかったと思った。 それからしばらくセイジと話をして……月が中天にかかる頃に、それぞれの部屋に戻って眠りについた。 翌朝。 食事を摂り、身支度も整え、オレたちはポケモンセンターを後にしようとしていた。 「お待たせ」 なにやら身支度に時間をかけていたカスミがロビーに到着して、人数も揃った。いよいよ出発だ。 「なにしてたの?」 「え……エチケットよエチケット。常識でしょ?」 ナミが興味本位の口調で訊ねると、カスミはどういうわけか狼狽しながらも、何事もなかったかのように装って答える。 でも、モロバレだろ。 「そうなんだ。ふーん」 でも、ナミはなんか納得してるみたいだし。 ま、いいだろう。 オレも、あんまり立ち入ったことには興味ないしな。 下手に踏み込んで後戻りできませんでした、じゃあ、それこそシャレにもなってない。 「それじゃあ、行くぞ」 「うん」 「おいおい、オレに挨拶なしに出かけるってのか? そりゃあんまりだよな」 ナミとカスミが頷いて、さあ出発という雰囲気に水を差したのは、背後から聞こえてきた声。 「を?」 振り返るオレたちに、意地悪な笑みを浮かべるセイジ。 あ……ナンダカンダ言って、忘れてたかも。 昨日はやたらと興奮してたからな。目が覚めて少しは落ち着いたけど。 まあ、言い訳にしちゃ間が抜けすぎてるか。 「セイジ……」 「よう。いくらオレが寝てるからって、挨拶くらいしてくれてもいいだろ」 「悪い……」 オレは素直に謝った。 確かに、まだ寝てるみたいだったから、起こしちゃ悪いと思って、黙って出発しようとしてしまったんだ。 オレに非があるのは否めないさ。 「クチバシティに行くんだったよな?」 「ああ」 「トレーナーとしても、ブリーダーとしても頑張れよな。 まあ、トレーナーばかりやってたら、オレがもっともっと差をつけちまうかもしれないけど」 「そうならないように頑張るさ」 目には目を。軽口には軽口を。 でも、お互いに負けてはいられないんだ。 まだ手の届く範囲内にいる。 今から少しずつ追いつくための努力をしていかないと、それこそセイジの言葉どおり、もっともっと差がついてしまう。 そうなってからじゃ、取り戻すのは大変だ。 トレーナーとブリーダーの両立が難しいってことは知ってるけどさ……だからといって、いきなり投げ出したりはしない。 できるところまでやってみて、それでもダメだったら……その時はどちらかをその場に置いて、先に進めばいい。 それだけのことさ。 「お互いに頑張ろうぜ。トップブリーダー目指して」 オレはセイジの前まで歩いていくと、左手を差し出した。 視線を落とし、差し出された手をしばし見つめるセイジ。 その眼差しに、オレはブリーダーの感情ってのを感じたよ。 友として、ライバルとして……頑張っていこうという意思表示なんだ。 セイジはゆっくりと手を伸ばして、オレの手をつかんだ。 軽い握手を交わす。 「戦う時が来たら、その時は手加減なしだ。 友達だからって手を抜いたら……その時は許さないからな」 「もちろん。でもさ、手加減なんてできるような相手じゃないだろ、君は」 「まあ、そういえばそうだな」 オレの言葉に、セイジは小さく笑った。 そして、手を離す。 今だって、セイジは手加減のできるような相手じゃないんだ。これから先だって同じことだと思う。 悠長に手加減なんかしてたら、絶対に負かされてしまう。それだけの実力を持ってるよ、彼は。 「それじゃあ、オレはもう行くよ。セイジ、またどこかで会おうぜ」 返事の代わりに、セイジは大きく頷いてくれた。 オレは彼に背を向け、手で「じゃあな」と示すと、歩き出した。 「それじゃあ、またね」 同じように声をかけ、ナミとカスミが続く。 自動ドアが左右に押し開かれ、オレはポケモンセンターを後にした。 それから少し歩いたところで、一度立ち止まり、振り返る。 ゆっくりと閉まっていく自動ドアの向こうで、セイジが笑みを浮かべたままで、オレを見ていた。 オレと目が合って、手を振る。 程なく自動ドアは閉まり、セイジの姿は見えなくなった。 「…………よし、行くぜ!!」 意気込みを示すように声を上げ、オレは走り出した。 一秒だって無駄にはしたくない。セイジに勝つっていう新しい目標もできたわけだし、立ち止まることなんか、できないんだ。 「あ、待ってよ!!」 「まったく……」 口々に何かを言いながらも、ナミとカスミは追いかけてきてくれた。 クチバシティまで、あと二日。 この二日の間に、オレはどこまで頑張れるんだろう。 心はとても弾んでいた。 目の前に広がる道が、どこまでも続いているような気がして。 To Be Continued…