カントー編Vol.12 フェスティバル・オブ・マルチバトル これが夢だったらどれだけ良かっただろう…… 親父の言葉が脳裏に浮かぶたびに、胸中にこぼれ落ちる愚痴をオレは持て余していた。 次のジムがあるタマムシシティへ向かう道中。 晴れ渡った青空とウラハラに、気分的にはかなり……どころかヤバイほど憂鬱。 クチバジムで四つ目のバッジをゲットしたまでは良かったけど、その後が本気で最悪だった。 親父が現れてポケモンバトルを挑んできて、オレは力及ばず敗北。 とまあ、それだけなら別に最悪と言うほどでもないんだろうけど、問題はその先だった。 ――俺はおまえの夢を奪う。 トレーナーとしての不甲斐なさを嘆くオレに、親父が突きつけた一言。 それが最悪な気分の礎だ。 三度目の正直で勝てなかったら、その時はオレの夢を奪うって言うんだ。 トレーナーとしての未来も、ブリーダーとしての未来も、すべて叩き潰すって宣言してきた。 オレに発破をかけてるつもりなのか、それとも本気でそうするつもりがあるのか。 今のオレには判断がつかないけど、その言葉を本気だと思わせる迫力はあったように思う。 親父への怒りがたぎる中で、さらに追い打ちをかけてきたのが…… 「いい天気だねぇ♪」 隣で無邪気な笑みを浮かべて背伸びなんてしてるナミだったりする。 事もあろうに、親父とのバトルを見られてしまったんだ。 ナミが見てることにすら気づけなかったっていうのが無性に情けないんだけど……いつかは知ることだ。 今はそれなりに心の整理もつけているつもりだ。 ナミも……あいつなりに励ましてくれたしさ。 「……………………」 その日はなかなか眠れなかったな。 親父に対する怒りで興奮状態になって、眠ろうと思っても心が収まらない。 やっとの思いで眠りに落ちたのは、日を跨いで一時間ばかり経ってからのことだった。 翌日はナミがクチバジムに挑戦するって言うから、オレはノンビリとポケモンセンターの自室で休んでたよ。 気分も悪かったし……なんていうか、気持ちに整理をつけとかなくちゃいけないような気がしてさ。 よくよく考えてみれば、いくら親父がオレの夢を叩き潰しにかかったって、オレがもっとちゃんとしてれば、それだけで大丈夫なんじゃないかって。 二段階も一気にドドンッ、と気分が落ち込んだあの時には考えられなかったことが頭に浮かんできて、少しだけ落ち着かせてくれたんだ。 それに、オレがもっとトレーナーとして強くなればいいだけのことだ。 次こそ三度目の正直で、親父にぐうの音も出ないほどの、『勝利』という二文字を突きつけてやる。 そうすりゃ、オレはちゃんとオレの道を歩いていけるんだ。 今は強くなることだけを考えなくちゃいけない。どんな手段であれ、トレーナーとして強くならなくちゃ。 積極的にバトルに打ち込んだり、技の研究をしたり、ポケモンを強く育てたり……やるべきことは山積している。 特に近道なんて思い浮かばないけど、一つ一つ地道にこなしていくことが最大の近道じゃないかって思う。 今の戦力じゃ、親父のポケモンを相手にするには不足なのは言うまでもない。量も質も増強しておく必要があるだろう。 「……ねえ、アカツキ。何か考えごとでもしてるの? さっきから何話しても答えてくれないじゃない」 「あ……?」 ナミが不機嫌そうに頬を膨らませながら言ってきた。 そこで初めてオレは我に返り―― そうか。 ナミ、さっきからオレに話しかけてたんだ。 考えごとっていえば考えごとだけど……確かに他人の声も聞こえないくらい深く考え込んでたんだな。 生半可な考えじゃ、親父を出し抜くなんてできっこないって分かってるからこそ。 でも、ナミが話しかけてくれてたってのに無視し続けたってのはマズイだろう。 「悪い。いろいろと考えてたんだ。 これからのこととかさ……無視しようと思って無視してたんじゃない。謝るよ」 「ううん、それならいいんだけど」 素直に詫びると、ナミは意外とあっさり許してくれた。 こういうのには粘着質だとばかり思ってたんだけどな……旅に出て刺激を受けて、それなりに成長したってことなんだろうか。 でも、ナミの表情はどこか淋しげに見えた。 旅に出てオレが考え込むことが多くなって、構ってもらえないと思ってるんだろうか? オレはそんなつもりじゃないんだけど……誤解だって主張するのは簡単だ。 ナミを納得させることだってできる。 でも、それじゃ根本的な部分を解決できないままずるずる引きずってしまうだけだ。 今すぐは無理だろうけど……いつかはちゃんとした形で話し合いの場を持たなくちゃいけないな。 「なあ、ナミ」 「なあに?」 オレはさり気なく話を振った。 さっきのお詫び……のつもりで。 「オレもおまえも四つバッジをゲットしたんだよな」 「うん。カントーリーグに出るのに必要なバッジの半分だね。 あーあ、アカツキとあたしので合わせて八つなんだから、出してくれたっていいのにね」 「ヲイ……そりゃ無理だろ。バッジ重複してるし。重複してないにしても、どっちかしか出られないぞ」 オレが差し向けた言葉の意味を、百八十度ばかり履き違えているのは間違いないだろう。 持ち掛けといてなんだけど、呆れてるんだよ、一応。 まあ、ナミのそういったオトボケな部分に救われてるってのも正直なところなんだけどな。 「あと四つ。これで半分集めたわけだ。次はタマムシシティのタマムシジムに挑戦するんだぜ」 「うん。どんなジムリーダーが出てくるんだろうね? 楽しみだなぁ」 ウキウキ気分で瞳を輝かせるナミ。 気持ちの切り替えが早いというか何というか。 オレとしては何気にそういう部分が羨ましかったりするんだけれど…… とはいえ、神経を交換するとかって話はNGだ。 「ポケモンをゲットしたりしないのか? オレもおまえも三体しか持ってないわけだし。 一応、カントーリーグに出るには六体フルに持ってなきゃいけないって話だからな」 「そうだよねぇ。どうしよっか」 「その時になって捕まえたって育成が間に合わないのが関の山だ。 できれば今のうちに機会を作ってゲットするくらいの気構えがなきゃいけないのかもな」 「そうだよねぇ、そうしよっか」 「……本気で考えてんだろーな?」 「うわ失礼な。あたしだって、それなりに本気で考えてるんだよっ!?」 「それなりに、ね……」 ムキになって食ってかかってくるあたり、それなりに本気なんだろうな。 カントーリーグでオレとバトルするのが夢の一つだって、いつか言ってくれたっけ。 オレだってそういう大舞台で心おきなくナミとバトルしてみたいからな。 だけど、カントーリーグに出場するにはバッジを八つ集めるほかに、戦えるポケモンを六体以上持つことが条件だ。 決勝戦はフルバトル(互いに六体のポケモンを使うシングルバトル)だからさ。 「できるだけ早く六体のポケモンを持てるようにならなくちゃな。おまえにゃ負けてらんないよ」 「あたしだって、アカツキには負けないからねっ!!」 ビシッとオレを指差して宣言するナミ。 ナンダカンダ言って、真剣なんじゃん。 ナミがムキになるのを見るのって、結構珍しいことだからさ。 オレが見てないところで……たとえば今までのジム戦とかじゃ、結構真剣になってバトルしてきたんだろう。 それなりにそういった気質が身についたとしても不思議じゃない。 オレはナミほど変わったとは思わないけどな。 なんていうか……そんなにポンポン変われないよ。 「まあ、その気持ちはバトルまで預けとけよ。 今からそんなに興奮してたら、カントーリーグが始まる前にバテちまうぜ?」 「うん、そうだね。そうするよ」 聞き分けのよさは相変わらずといったところか。 ナミの興奮も収まったところで、視線を前方に向ける。 今オレたちが歩いているのは、目的地であるタマムシシティとヤマブキシティを結ぶ7番道路だ。 距離的にはそれほどじゃないから、明日になればたどり着けるだろう。クチバシティを発って五日目だ。 一日、また一日とカントーリーグの開催日に向かって近づいてるんだな。 あと八ヶ月もあるから、正直あまり実感は湧かないけど…… 「アカツキ。あれ、なんだろう!?」 「あ?」 ナミがはしゃぎながら前方を指差す。 道の向こうに、なにやら人だかりができているのが見える。何かイベントでも催されてるんだろうか? 「見に行ってみるか?」 「もっちろん!!」 気になるから見に行く。 お互いに考えていることは似たり寄ったりだったようで、話は簡単にまとまった。 どちらともなく走り出す。 競争でもしているように抜きつ抜かれつ走っていくうちに、人だかりができているのは道路の途中にある大きな公園だと分かった。 緑の木々が囲み込んでいる公園は、たくさんの人で賑わっていた。 近づいていくにつれて、先ほどまで涼風が吹いていたのがウソのように、むせ返りそうな熱気が吹き付けてきた。 「一体何があるってんだか……」 一旦抱いた興味を簡単に消せるはずもなく、オレたちは然したる時間もかけずに公園にたどり着いた。 「エントリーするならあちらへどうぞ」 公園に入るなり、エレガントなドレスに身を包んだ金髪の女性が、手で公園内のある一点を差しながら声をかけてきた。 エントリーって……? オレは女性が手で差した方に身体を向けた。 「うっわ〜、キレイ……」 オレたちと同じように公園に入ってきた人に、同じ女性が次々と同じ言葉をかけて回っている。 どうやら、宣伝の人らしい。 ナミはどういうわけかその女性に目を奪われたらしく、感嘆のつぶやきを漏らしていた。 胸元をバラのコサージュで飾り、肩口は大胆に省略されている。 オレにはよく分かんないんだけど、同性であるナミから見れば、キレイと素直に感じられるようだ。 ともあれ…… 「おい、ナミ。行くぜ」 「あ、うん……」 言い終えるが早いか、オレは歩き出した。 少し遅れてナミがついてくる。女性の服装がよほど気になるようで、時々振り返っては視線を注いでいた。 ……エントリーって言ってたっけ。 ってことは、何かの大会と考えるのが妥当か。 「なんか、人が並んでるね」 「ああ。何かの大会なんだろ」 ナミの言うとおり、前方には人の列ができていた。列の先にはテントが見える。 その最後尾に並んでから、オレは公園を見渡した。 中央にはステージのようなものが設けられていて、その側面に柵のついたスポットが設けられているのが気になるけど…… そう思っていると、 「なんかさ、優勝者にはポケモンがもらえるんだってよ」 「へえ〜、そうなんだ。じゃ、挑戦してみようかな……」 何人か前に並んでいる少年が交わした会話が耳に入ってきた。 気持ちと視線を向ける。 ポケモンがもらえる……優勝者……やっぱり、何かの大会か。 「ねえねえ聞いた? ポケモンがもらえるんだって!!」 「聞いたよ」 ナミが興奮気味に言ってきた。 何をそんなに驚いてんだか……オレはわざとらしく肩をすくめ、言葉を返した。 「何かの大会なんだろ。 でも、ポケモンを賞品にするなんて、あんまり感心できないけどな」 水を差すようで悪いとは思いながらも、正直に言った。 正直に、不機嫌さを隠しきれない口調で。 だって……ポケモンだって生き物なんだぞ。 なんでそれを賞品になんかできるんだよ。信じられないよ。 「それをやってるのがポケモンリーグだって言うんだからな……まあ、オレがゲットしちまえば問題ないか」 列の先にあるテーブルに就いているのは、ポケモンリーグの役員だ。 着ている服を見ればそれくらいのことは分かる。 ポケモンリーグ主催の大会のようだけど……一体何の大会なんだか。 「ねえアカツキ」 「なんだ?」 少し前に進んだところで、 「あたしがゲットするんだからね。アカツキには負けないよ」 「それはオレも同じだ。同じ大会に出るんだったら、おまえも敵だからな。手加減なんかするなよ」 「もっちろんっ!!」 ナミは元気よく頷いた。 笑顔に見え隠れする自信がどれだけのものか、見せてもらおうじゃないか。 オレと同じで四つのバッジをゲットしてるんだから、実力的にはオレと対等のはずだ。 今のナミとなら結構いいバトルができそうな気がする。 互いに順当に勝ち上がれれば、の話だけどな。 三十秒に一人分くらいのペースで前に進んでいく。 並び始めて十分くらい経って、ようやくオレは一番前までやってきた。 それまでの間時間をつぶすのに苦労したけど、結果オーライだ。なんだろうとここまで来れればそれで良し。 「ポケモンリーグ公認のリーグバッジは持っていますか?」 ポケモンリーグの役員はオレの顔を見るなり、問いかけてきた。 リーグバッジって……カントーリーグに出るのに必要なバッジだよな。 あまりに唐突なことなんで、一瞬言葉に詰まったけど、すぐにリーグバッジをケースから出して、見せてやった。 役員は食い入るようにケースに顔を近づけた後、テーブルの上の紙を指し示した。 「グレーバッジにブルーバッジ、ゴールドバッジとオレンジバッジ……分かりました。 出場を許可いたします。こちらに名前と出身、それとタッグを組む方の名前をお願いします」 「え、パートナーって?」 オレは枠がいくつも並んでいる紙に目を落とした。 オレの名前と出身を書く欄の隣に、同じものがもう一つあった。 ……って、これなんだ? 「この大会はリーグバッジを二つ以上有するトレーナーのみが出場できるマルチバトルです。 二人のトレーナーがタッグを組み、それぞれ一体ずつのポケモンを用いて戦う形式になっていますので、 タッグを組む方の名前を書いていただきたいんです。 パートナーの方はバッジを持っていなくても結構です」 「そうなんだ……」 タッグバトルか。 マルチバトルという言い方をしてたけど……道理で、紙に二人分の名前と出身を書き入れる欄があるわけだ。 オレは自分の欄に書き入れながら、後ろに立っているナミに言った。 「ほれ、隣におまえの名前と出身を書け」 「オッケー」 ナミは頷くなり、隣の欄に名前と出身を書き込んだ。 ……って、なんなんだその変な字は。 全体的に丸みを帯びているのは女の子特有のものなんだろうけど、丸みを帯びすぎて、字体が崩れているようにすら見えるんだ。 「はい、書いたよ」 そう言って鉛筆を置いた時に見せた役員の顔を、オレは見逃さなかった。 怪訝そうに眉をひそめ、強張った表情。 なんて汚い字なんだと思っているのがバレバレだけど、ナミはニコニコ笑顔だった。 ぜんぜん気になってないようだ。 まあ、本人が気にしてないんだから、無理に教えてやる必要もないだろう。 「…………」 役員は見やすいように紙を動かし、五秒ほど無言でナミの文字と格闘した。 「アカツキさんとナミさんですね。右へお進みください。出番が来たらお知らせいたします」 「分かりました」 どうやら、ちゃんと読めたらしい。 オレは何とか読めると思うけど、この人より時間がかかるかもしれない。 何の前触れもなくあんな字を見せられたら、普通は対応に困るもんな。 ともあれ、ちゃんと認識してくれたみたいだから、それ以上は何も言わない。 言われたとおり、右に進んで、大きなテントに入った。 その中には十組くらいのトレーナーがくつろいでいた。 リーグバッジを二つ以上ゲットしている実力者ばかりだ。 勝つって言っても簡単なことじゃないだろうな……もちろん、やる前から負けを認めたりはしないけどさ。 「みんな強そうだね」 「だろうな。オレたちより多くバッジをゲットしてるトレーナーだっているかもしれないぞ」 人は見た目じゃないってよく言うけれど……でも、テントの中にいるトレーナーの多くはキリッと顔を引き締めている。 戦う前だから、それなりに気持ちが昂ぶっているのかもしれない。 一部にナミのような楽天家が混じってるけど、それはあくまでも一部。 大勢を占めるのは、いかにもまじめそうなトレーナーだ。 この中にどれだけオレたちより多くのバッジを持ってるトレーナーがいるのやら。 バッジの数に実力が比例するとは言わないけど、一般的にはバッジの数が多いほど実力もあるっていう認識があるんだ。 でも…… 「おまえとペアなら負けないさ。どんな相手にだって」 「うん、そうだよね。あたしたち、最強だもんね!!」 「ああ、その意気だ」 オレはニコリと笑った。 ナミとタッグを組んでバトルすれば、相手がよっぽど強くない限りは勝てるはずだ。 お互いに最強のポケモンを出せば、勝つことくらいは造作もないだろう。 まあ、それは他のトレーナーも同じことを考えてるんだろうけど。 「エントリータイムは終了です。 これより、ポケモンリーグ主催・マルチバトルフェスティバルを開催いたします!!」 テントの中に、実況の声が入ってきた。 スピーカーは外だけど、大音量で響かせているに違いない。 そして、テントの真ん中に置かれたモニターに、ステージ=バトルフィールドが映し出された。 中央に立っている蝶ネクタイのスーツ男が実況だろう。 「始まったね。あたしたちはまだみたい」 「ああ。お手並み拝見と行こうじゃないか」 ナミは興奮を隠しきれないと言った様子で、声を弾ませていた。 誰が相手だろうと、勝つだけだ。 一回戦の勝者とぶつかる可能性もあるわけだし……一応、見るところは見ておこう。 「一回戦は、はるばるホウエン地方からやってきたトレーナーがタッグを組みました!!」 実況が声を張り上げているのはいつものことだけど、今回はなんか特別にトーン高いなあ。 登場するのが、わざわざホウエン地方から海を越えてやってきたトレーナーだからだろうか? まあ、それは置いといて……画面が滑るように切り替わった。 カメラが動いて、タッグを組んだトレーナーを映し出す。 「……げ」 映し出されたトレーナーを見て、オレは背筋が凍りつくのを感じずにはいられなかった。 「あ!!」 驚愕に声も出ないオレとは対照的に、ナミは表情を輝かせていた。 というのも、一回戦に登場してきたのは、セイジだったんだ。 数日前にとあるポケモンセンターで出会ったポケモンブリーダーの少年で、オレとすぐに意気投合して、 ポケモンフーズのレシピを交換したり、将来のことを語り合ったりと、親睦を深めたんだ。 そのセイジが今、バトルフィールドに立っている。 一緒にいるのは、細身でひ弱そうに見える少年。ミツルっていう名前らしい。 オレより年上だろうけど、背丈はオレとほとんど変わらない。 鮮やかな緑の髪を好き勝手な方向に伸ばしていて、地味な服装でまとめている。 でも、その瞳には揺るがぬ闘志が宿っていた。 ……結構強いかも。 そう思って、食い入るようにモニタを見つめる。 対戦相手のペアが紹介され、ルール説明に入る。 二人のトレーナーが一体ずつポケモンを出して戦うマルチバトルで、どちらかのペアのポケモンが二体とも戦闘不能になるか降参すれば勝敗が決する。 最近になって耳にするようになってきたダブルバトルと似ているけど、決定的に違うのは、一人のトレーナーが二体のポケモンを使うという点だ。 二体のポケモンの息が合っていないと、戦い抜くのは難しいと聞いている。 とはいえ、今回はダブルバトルに似ているところがあるのも事実だ。 タッグを組んだ相手のポケモンのことも考えながら戦わなければならない。 むしろ、二体のポケモンの動きを頭の中に組み立てられる分だけ、ダブルバトルの方がやりやすいと言えないこともない。 パートナーとの息がどれだけ合うか……それが勝敗を握る鍵になるだろう。 オレはチラリと横目でナミを見つめた。 ナミはセイジが出ているということで、声を張り上げて彼の応援を始めていた。 いくらポケモンが強くたって、パートナーとの息が合っていないと、メチャクチャな戦いになってしまう。 相手が、解れたこちらのコンビネーションをここぞとばかりに突いてきたら、各個撃破されてしまうこともありうる。 となると、ここはバトルの行方を見守ると同時に、ナミと戦い方を協議する必要もあるな。 「では、お互いにポケモンが揃ったところで、バトルスタート!!」 いつの間にか審判までついて、バトルが始まった。 セイジのポケモンはマッスグマ。 彼とペアを組んでいるミツルのポケモンは……見たことのないポケモンだった。 ホウエン地方に棲息しているであろうことは疑いようがないけど…… そうだ!! オレは図鑑を取り出し、センサーをモニタに映し出されたミツルのポケモンに向けた。 センサーはすぐに反応し、液晶にその姿を映し出した。 「フライゴン。せいれいポケモン。 主にホウエン地方に棲息していると言われている。 羽の羽ばたきで砂漠の砂を舞い上げて姿を隠す。 赤いカバーは網膜が表面に出てきたもので、砂から目を守る役割を持つ」 フライゴンっていうのか。 全身がライトグリーンで統一されているけど、赤く縁取られた一対の羽と、目を守る赤いカバーが印象的なポケモンだ。 立派な体格の持ち主で、なんか強そうにも見える。 マッスグマよりも大きいから、実際に目の当たりにすると、一体どれだけ大きく見えるんだか…… タイプは地面と……ドラゴン!? オレは危うく驚きを声に出すところだった。 ドラゴンタイプのポケモンなんか、こんな大会にエントリーさせるなよ!! ドラゴンタイプのポケモンは他のポケモンに比べて攻撃力が高く、それでいてタフなのが多い。 言うまでもなく他のポケモンと比べると強い傾向が見られる。 まあ、出すポケモンの種別に制限がないから、最強のポケモンということで出してきたんだろうけど。 ……正直、戦うことになったらこれ以上の強敵はないだろう。 そのフライゴンがどれだけ育てられているかにもよるけど、最終進化形なら実力も相当高いはず。要注意だ。 バトルが始まり、先に指示を出したのは、相手の方だった。 「リザード、火炎放射よ!!」 「カメール、冷凍ビーム!!」 いきなり強烈な技だ。 『最初の一体』の進化形であるリザードが口から紅蓮の炎を吐き出し、わずかにタイミングをずらしてカメールが冷凍ビームを発射する!! 波状攻撃を仕掛けたのは、互いの技を潰し合うことを警戒したんだろう。 それに、同時攻撃よりは避けるタイミングを取りづらい。 火炎放射はともかく、冷凍ビームはフライゴンにとって致命的な弱点だ。 ドラゴン、地面と、氷タイプの弱点が盛りだくさん。 でも、ミツルだってそれくらいは警戒しているはず……さて、どう出る? 虚空を突き進んでくるふたつの攻撃を睨みつけ、ミツルが指示を飛ばす。 「フライゴン、砂嵐!!」 「そう来たか……」 オレが感心するのと同時に、フライゴンが羽を激しく打ち振った。 フィールドを強い風が駆け抜け、瞬く間に砂嵐が巻き起こる!! 風に舞う砂が壁となって、マッスグマとフライゴンの姿を覆い隠した。 「うわ、いきなりすごいよ!?」 興奮しまくるナミを尻目に、オレはセイジとミツルがやろうとしていることを読もうと考えをめぐらせた。 もし戦うことがあったなら……この手で来るかもしれない。 視界を隠すと同時に、相手の攻撃を避けるための壁を作り出す……いい手だと思うよ。 フライゴンが起こした砂の壁に火炎放射と冷凍ビームがぶつかった!! 一足早くぶつかった火炎放射が壁の表面を舐めるように覆い、後から来た冷凍ビームが炎にあぶられて威力を急激に弱めていく!! 炎と氷。二つのタイプを上手に利用した防御法と言える。 これは……いきなり大番狂わせか? セイジだけがまだ指示を出していない。 砂の壁がなくなるのを待っているのか? だとすれば、それは相手にとって好機だ。能力を上げることだってできるんだ。 でも、セイジならそんなヘマは踏まないはず。能力上昇を許すようなヤツじゃないだろ。 オレなら…… 自分ならこうするという一手を思い浮かべた時、リザードの足元から、マッスグマが地面を突き破って姿を現した!! 穴を掘る攻撃!? 勢いよく真下から頭突きを食らわされ、リザードの身体が宙を舞う!! 砂の壁でお互いの姿が見えないのを利用して、地面の下から攻撃を加えたわけか。 穴を掘る技は炎タイプのリザードにとって効果抜群な技だ。 相手は面食らった顔で、ポケモンに指示を出すことすら忘れていた。 ペースはいきなり、完全にセイジとミツルに傾いた。 「フライゴン、アイアンテール!!」 ミツルの指示が飛ぶ。 ばっ!! フィールドに留まる砂の壁を突き破って、フライゴンが姿を現した!! 一直線にリザード目がけて飛んでいく!! 「か、カメール!! 冷凍ビームで撃ち落とせ!!」 慌てて指示を出すも、そんなのが通用するほど、セイジは甘くなかった。 「神速!!」 ごっ!! 冷凍ビームを出すよりも速く、マッスグマが恐ろしいスピードで近寄ってカメールを弾き飛ばした!! な……!? なんぢゃこりゃぁっ!? オレは呆然とするしかなかった。 マッスグマがここまで強いなんて……まともに勝負をすれば勝てるかどうかすら疑わしいぞ。 神速はノーマルタイプの技で、電光石火よりも素早く、威力が高い。 それだけに身体にかかる負担も大きく、経験を積んだ一定のポケモンしか扱えない技なんだ。 まさか、マッスグマが神速を覚えているなんて。 ブリーダーとしてだけでなく、ちゃんとトレーナーとしてもマッスグマを育ててたんだ、セイジは。 トレーナーとしての実力もかなりのものだ。 あんまりトレーナーをやってないなんて言ってたけど……ありゃ絶対ウソだ。 妨害の心配がなくなり、フライゴンはリザードの真上に回り込んだ。 落下を始めようとしていたリザードに、頭上から尻尾を叩きつける!! 強烈なアイアンテールを食らい、リザードがものすごい勢いで地面に叩きつけられた!! アイアンテールのダメージはもちろん、地面に叩きつけられる時のダメージを倍増させるための指示か…… 地面に叩きつけられたリザードはピクリとも動かなかった。 穴を掘る、アイアンテール、地面に叩きつけられる……たった三回の攻撃で敢え無くノックアウト。 「リザード、戦闘不能!!」 「よし、このまま一気に行くぜ!!」 審判の戦闘不能の宣言を合図に、セイジが声を張り上げる。 顔つきこそ真剣そのものだけど、とても楽しそうだった。 久々のバトルと言わんばかりに張り切ってる。 「マッスグマ、神速!!」 セイジの指示に、マッスグマが構える。 一瞬でカメールに近づき、その身体をリザードと同じように宙に放り出した!! 「ミツル、後は頼んだぜ!!」 「オッケー!! フライゴン、破壊光線!!」 ミツルの指示を受け、フライゴンが破壊光線を発射!! 空中で防御の術がないカメールはまさに狙い撃ち状態。破壊光線が突き刺さり、大爆発!! カメールは爆発の風圧で地面に叩きつけられ、リザードと同じようにピクリとも動かなくなった。 「カメール、戦闘不能!! よって、セイジ・ミツルペアの勝利!!」 「…………」 実況の宣言。 オレはぐうの音も出ないほど完璧にやられていた。 もちろん、心の方を。 セイジとミツルのコンビネーションは完璧だ。言葉を交わすでもなくタイミングを計り、攻撃を仕掛けている。 攻守一体の技を使うなど、技の選定も確かなものだ。 その上、ポケモンの実力が本気でハンパじゃない。 神速を覚えたマッスグマに、パワーとスピードを兼ね備えたフライゴン。 もしもオレたちの前にこいつらが立ち塞がったら……勝てるかどうか分からない。 「すごい!! セイジってすごく強いんだね。あと、ミツルって言うあの人も!!」 ナミはモニタを指差して黄色い悲鳴なんて上げてるけど……オレはそこまで楽観していられなかった。 こいつら、いきなり優勝候補じゃねえか。 歓声に笑顔で手を振って応えるセイジとミツル。 二人がフィールドを後にするのをモニタ越しに見つめながら、オレはどうにかして彼らを出し抜く方法はないかと必死に思案した。 言うに及ばず、ミツルのフライゴンの攻撃力がやたらと目立ちまくるバトルだった。 相手にしてみても、見たことも聞いたこともないようなポケモンがいきなり出てきて、浮き足立ってしまうのも仕方のないことだ。 それに関してはセイジやミツルも同じことが言えるけど、二人の方が圧倒的に戦い慣れている。 ポケモンブリーダーとして眼を養っているセイジなら、ポケモンを見ただけでタイプを当てるのは容易い。 控えのポケモンの実力も気になるけど、何よりもマッスグマとフライゴンの連係プレーが要所で際立ってたな。 マッスグマが神速で相手に一撃を加えて空中に放り、無防備になったところをフライゴンが狙い撃ちする。 コンビネーションの良さは言うまでもないけど、それ以上にポケモンの能力によるところが大きい。 空を飛べるポケモンなら二体のポケモンのコンボを防げるだろうけど、あいにくとオレたちは空を飛べるポケモンを持っていない。 やられる前にやるというのが一番なんだろうな…… 「ねえ、アカツキ」 「ん、なんだ?」 ナミが声をかけてくるものだから、オレは考えを中断せざるを得なかった。 無視してグレられても困る。 そんなのが原因でコンビネーションが乱れるなんてことになったら、本気で悔やんでも悔やみきれないし、 そんなみっともないことを理由にだってしたくない。 「あたしたち、勝てるよね?」 「勝てるって信じなきゃ勝てないだろ。信じることさ」 「うん。そうだね」 不安げに言うナミに、オレは必要以上に大げさに返した。 セイジとミツルの実力をすごいと思うからこそ、不安になるんだろう。 今の自分たちで勝てるような相手なのか……と。 でも、勝てるって信じなきゃ。 オレの持論は『信じる』っていうこと。 自分の力を、ポケモンの力を信じてバトルに臨まなきゃ、勝てるバトルにだって勝てなくなる。 信じるからやる気にもなるわけだし…… ナミの顔から少しだけ不安が取り除かれたようで、オレは正直ホッとした。 不安を抱いたままじゃ、上手く戦えないことだってありうるんだ。 不安要素を一つでも除去した方が、戦いやすいのは言うまでもない。 とはいえ…… オレは中断させていた考えを再開した。 ミツルのフライゴンのタイプは地面とドラゴン。 オレとナミのポケモンじゃ、弱点は突けない。 単純に考えても、弱点は氷とドラゴンタイプの技だけということになるんだから。 その上、攻撃面では地面タイプの技でラズリーとトパーズとガーネットが大ダメージを受ける。 他にもどんな技を使えるのか、未知数な部分(ブラックボックス)が多いから、ラッシーやリッピーでも油断はできない。 マッスグマも弱点は格闘タイプだけと、防御面ではかなり恵まれている。 能力の高さ、コンビネーションの良さ、技の威力。 この三点のうちの一つでも突き崩してやれれば、結構有利になると思うんだけどなあ……そうそう都合よくは行かないか。 出せるポケモンはオレとナミが一体ずつだから、弱点が重ならないようにしておかないといけない。 運が悪いとドツボにハマってあっさり戦闘不能、なんて憂き目を見るかもしれない。 「どうする? なんとかして対策を見出せないと、今のオレたちじゃ勝つのは難しいな……」 次の対戦が始まったモニタを見つめつつ、考えをめぐらせる。 ハッキリ言ってどうでもいいような対戦だとは思うけど、少しは参考になるところもあるだろう……と、そんなつもりで見てる。 「砂嵐を破る手段もないか。いや、ないことはないけど、結構キケンな賭けになる部分が大きいな……」 砂嵐を打ち破る手段はある。 でも、それはリスクを伴う。できるなら、些細なリスクであっても背負うのは得策と言えない。 ノーリスクで勝てるほど生易しい相手だとは思えないんだけれど…… 出し抜くのは難しいけど、戦う前からあきらめるつもりはない。 どうにかして出し抜ける方法はないものかと頭をフル回転させていると…… 「お。見覚えのある顔が二つ」 聞き慣れた声がして、またしても考えを中断せざるを得なかった。 顔を向けると、ニコニコ笑顔のセイジがミツルを伴ってやってくるところだった。 「セイジ……久しぶりだな」 「やあ。君もこの大会に参加してたんだ。 さっきは見かけなかったけど……締め切り間際にエントリーしたってところだろ。 オレたちは一回戦だったから、すぐにフィールドに行かなきゃならなかったんだ」 セイジは言うなり、大げさな手振りを加えてから肩を竦めてみせた。 まるで道化師(ピエロ)だ……ポケモンブリーダーだなんて思わせない。 さっきだってそう。まさか、あそこまで戦るとは思わなかった。 「すごかったよ!!」 ナミが黄色い悲鳴など上げたけど、セイジは困ったような顔をしながらも、ちゃんと答えてくれた。 無視すると後々厄介になると思ったのかもしれない。 どこか落ち着きのないミツルの肩をばんばん叩きながら、 「ありがとう。まあ、こいつと組めばこれくらいは朝飯前さ。な、ミツル」 「あ、うん……」 ミツルはセイジに「いい気なもんだよ」と言わんばかりの非難めいた視線を向けていたが、すぐにオレに向き直った。 「モニタ見てから言うのもなんだけど……一応、初めましてかな。 オレはアカツキ。こっちはナミ。マサラタウンから来たんだ。よろしく」 ミツルの態度を「自己紹介しろ」と受け取ったんで、言われる前にやってみた。 差し出した手を、ミツルはすぐに握り返してくれた。 「僕はミツル。セイジから聞いてるよ。カントー地方でできた初めての友達だって」 「そうなのか。知らなかったな」 ホウエン地方から来たって話だけど…… そういや、カントー地方に来たのはつい最近って言ってたっけ。 ブリーダーはトレーナーと比べると少数派だから、ブリーダーの友達って思うようにできないのが現実なんだ。 オレだって、タケシがブリーダー志望だと分かったのはジム戦の後だったし。 それなりにセイジも苦労してきたんだろうな。 なんとなく、そう思えるよ。 「マッスグマにフライゴンか……ずいぶんと育てられてるみたいだな。さっきのバトルを見ててそれがよく分かったよ」 「それほどでもないよ。フライゴンが頑張ってくれたから勝てたわけだし……」 ミツルは明らかに控えめな性格をしている。 照れ隠しのつもりなのか、笑みを浮かべながら声を小さく抑えてるんだから。語尾なんか、今にも消えそうな灯火みたいだ。 まあ、調子に乗るようなタイプの人間よりは戦いにくいのは言うまでもないな。 適当にカマかけて情報を引き出そうかと思ったんだけど、そんなに甘くないか。 でも、やるだけやってみよう。 「いや、砂嵐で炎と冷凍ビームを防ぐことを思いつくなんて、そうそうできることじゃないさ。 それに、フライゴンは最終進化形なんだろ?」 「うん。進化したのはカントー地方に来てからなんだよ。五日くらい前かな」 「へえ、そうなんだ……」 オレが相槌を打ってやると、ミツルは顔を上げて、楽しそうな表情になった。 ちゃんと話ができる相手だと思ってくれてるんだろう。 オレとしても、あそこまで強いポケモンを育てられるようなトレーナーと友達になれるのはうれしいからさ。 得られるものもそれなりにあると思ってるんだ。 そこからしばらく話を続けて、聞き出せたことがいくつかあった。 ミツルがカントー地方に来たのは最近のことで、トレーナーとしてもっともっと見聞を広めて強くなるために旅を始めたそうだ。 だけど、身体があんまり強くなくて、二年くらい前までは環境のいい街で療養生活を送っていたらしい。 セイジとは幼なじみで、カントー地方でミツルと落ち合う約束をしていたとか。 でも、ポケモンの話になると、途端に口が硬くなる。 オレが探りを入れてるってことに気づいたんだろう。なるほど、これは手強い。 それ以上聞いたところで収穫はないと判断して話を切ったところで、アナウンスが流れた。 「マサラタウンのアカツキ選手とナミ選手はフィールドにお越しください。対戦が始まります」 「もうオレたちか。意外に早かったな……」 オレは舌打ちした。 オレたちのバトルを、セイジとミツルに見られるということだ。 当たり前のことだけど、だからこそ無性に悔しかったりする。 オレたちのバトルを見て、二人も対策を練るだろう。 せっかく脳裏に浮かびかけた『出し抜く一手』が、搦め手に取られてしまう恐れがある。 だからといって、同等あるいはそれ以上の実力の持ち主に、リッピーとニョロモで挑むというのも無謀極まりない…… ここは一つ、速攻で決めるしかないか。 相手に必要以上の判断材料を与えないという意味も含めて。 「アカツキ、ナミ。頑張れよ」 「ああ。君たちと戦えるように頑張るさ」 「期待して見ててね」 セイジの応援を背に受け、オレは手を振りながら適当に返した。 テントを出て、フィールドに向かう。 歩いて十数秒と言う短い距離だったけど、その間にナミと話をした。 「ナミ。おまえがメインに戦ってくれ。オレはサポートに回る。協力して戦うんだ」 「うん。分かったよ」 「よし」 ナミも分かってくれたようなので、これで決まりだ。 オレは、ナミが有利に立ち回れるようにサポートする。 立場を逆にすると足を引っ張られる恐れがあるんで、不本意だけど、ここはオレがサポートに回った方がいいだろう。 サポートに最適なポケモンもいることだし。 役回りも決まったところで、フィールドにたどり着いた。 「アカツキ選手とナミ選手ですね。どうぞ、壇上へ」 待ち構えていた役員に促されるまま、オレたちはバトルフィールドに上がって、スポットについた。 対戦相手はすでに到着しており、オレたちが来るのを首を長くして待っていた。 相手は同じ顔の少女二人。双子か何かだろう。 コンビネーションはそれなりにできると見て間違いないか。そう思っていると、実況の声がスピーカーから聞こえてきた。 「続いての対戦は、マサラタウン出身のアカツキ・ナミペアと、トキワシティ出身のリン・レンペアです!!」 「お互い、ポケモンを前へ」 審判がセンターラインの延長線上に立ち、凛とした声で告げる。 オレはナミに目をやった。 ナミは頷いて、モンスターボールを手に取った。 「ガーネット、出てきて!!」 フィールドの中央目がけて投げ放ったボールは孤を描いて着弾し、ガーネットを放出した。 ナミのポケモンはガーネットか。 弱点となるタイプは水、地面、岩。 ならば…… 「ラッシー、行くぜ!!」 オレはラッシーを出した。 ガーネットの弱点となるタイプすべてに対して有利に戦える。弱点を補えるんだ。 ラッシーの弱点は飛行、虫、エスパー、氷。 ガーネットは虫、氷タイプに対して有利に戦える。お互いに弱点を補い合う戦い方が勝利への第一歩だ。 対するリン・レンペアのポケモンは…… 「行くよ、ポニータ!!」 「行くよ、ドードー!!」 同じような文言と共に、同じタイミングでポケモンを出してきた。 ポニータとドードーか。ラッシーの弱点を突くことばかり考えてるとしか思えない布陣だな。 炎のたてがみとシッポを持った仔馬のようなポケモンがポニータで、見た目どおりタイプは炎。 丸っこい胴体から二つの頭部が生え、それぞれに目やくちばしを有する、翼のない鳥のようなポケモンがドードー。タイプは飛行とノーマル。 オレたちのポケモンじゃ、弱点を突けないか。 オレがサポートに回ることを予期していたかのような布陣だけど、それをとやかく言っても仕方がない。 ラッシーの必殺コンボで早々に黙らせてやれば、それで済むことだ。 とはいえ…… 両方でラッシーを集中攻撃してくることがあったら、それこそ目にも当てられない。 ふむ、こういう場合は……考えをめぐらせている途中で、審判が旗を振り上げ、 「バトル、スタート!!」 「ナミ。ポニータの方は任せる。オレはドードーの相手をするからさ。頼むぜ」 「オッケー」 バトルの宣言がされた瞬間、オレはナミが指示を出す前に話しかけて、それぞれの担当する相手を一方的に決め付けた。 あっさり了承してくれたところで、これで第一段階が終了だ。 一対一の状況を作り出すこと。 ラッシーが圧倒的に不利な状態に立たされている今だからこそ、打っておかなければならない手なんだ。 守りを捨てて集中攻撃をかけてきたら、さすがに持ち堪えられないだろう。 そうなれば、ガーネットだけで勝つのは難しくなる。 それを防ぐためにも、一対一の状況を作り出さなければならない。 これも賭けなんだけどな……やらなくちゃいけないだろ。こういうのも。 オレとナミが小声で会話を交わしているのを付け焼刃の拙い策だと思っているのか、リンとレンは揃って笑みを浮かべ、 「なにコソコソ話してるかは知らないけど!!」 「そんなの無駄なことよ!!」 「ポニータ、火炎放射でフシギソウを攻撃!!」 「ドードー、ジャンプからドリルくちばしでフシギソウにダイレクトアタック!!」 やっぱり、集中攻撃を仕掛けてきたか。 ガーネットに一撃を食らうのを覚悟で、先にラッシーを倒しにかかってきたな。 でも…… 「ガーネット、火炎放射を受けて!!」 ポニータが口から炎を吐き出し、ドードーが力強く地面を蹴って空高く跳び上がった瞬間、 ナミの指示が飛び、ガーネットがポニータとラッシーの間に割り込んだ。 サンキュー、ナミ。 ジャストタイミングだ。 これでポニータとガーネット、ドードーとラッシーという対決の構図ができあがった。 こちらも分断されるわけだから、危険な賭けになるけど、ラッシーの必殺コンボでドードーを戦闘不能に陥れることはできる。 直接攻撃しかできないドードーが相手なら。 ごっ!! 火炎放射がガーネットを直撃した!! しかし、ガーネットは一歩も引かずに炎を浴び続けていた。 炎タイプの技だから、受けてもそれほどのダメージにはならないんだろう。 炎対炎なら、間違いなく長期戦になる。そうなれば、こっちもドードーの相手に専念できるってモンだ。 「ラッシー、葉っぱカッター!!」 オレは真上から急襲をかけてくるドードーを指差し、ラッシーに指示した。 ラッシーは臆することなく頭上に葉っぱカッターを放つ!! 葉っぱカッターは重力に負けず、垂直落下してくるドードー目がけて突き進んでいく!! 「草タイプの技なんかで、あたしのドードーを倒せるなんて思ってないわよね!? ドードー、全部粉砕しちゃいなさい!!」 当然のことだけど、草タイプの葉っぱカッターでドードーに戦闘不能になるほどのダメージを与えることはできない。 彼女が余裕の笑みを浮かべる理由は分かる。 がすがすがすっ!! ドードーの二つの頭がそれぞれドリルくちばしを発動し、葉っぱカッターをことごとく粉砕する!! やはり、迎撃してくる…… 「ソー……っ?」 ラッシーは不安そうな声を漏らした。 自信たっぷりに指示されたのに、葉っぱカッターは全滅。その上ドードーが接近中。 接近戦になれば不利だと分かっているんだろう。 だけど、ここまでは計算のうちだ。 「ラッシー、後ろに下がりながら痺れ粉!!」 オレの指示にやる気を取り戻したのか、ラッシーは言われたとおりに下がりながら痺れ粉を撒き散らした!! キラキラ輝く粉が周囲に徐々に広がっていく。 「ドードー、下がりなさい!!」 着地したドードーは、痺れ粉を受けないような位置にまで飛び退った。 痺れ粉を受ければ麻痺してしばらく動きづらくなる。運が悪ければ戦闘不能になるまでボコボコにされるんだ。 リーグバッジを二つゲットしているトレーナーなら、その恐ろしさは分かっているはず。 なら、それを思う存分利用してやるまでのことさ。 正直、痺れ粉を受けるのを覚悟で追い打ちを食らうかもしれないと思っていたんだけど、相手はやけに用心深いな…… 相性の良さを生かして、無理はせずにじわじわ攻めてくる方を選んだってワケだ。 オレはもちろんそんな『時間稼ぎ』を逆に利用するつもりなんだけどな。 相手が慎重であればあるほど、この作戦が成功する確率は高まるんだ。 痺れ粉が虚空にたなびく。 見た目にも濃度が薄くなっていくのが分かるけど、その分範囲が広がってるんだ。 ナミのガーネットはセンターラインの向こう側でポニータの相手をしている。 オレとラッシーに背を向けているところからして、ポニータを近づけさせないようにしてくれているのが分かる。 相手も、一対一の戦いを望んでいる節があるってところか。 ポニータの脚力ならこっちに乗り込んで来れなくもないんだけど…… ドードーがラッシーを倒すまで、ガーネットを引き付けるということを考えているのかもしれない。 まあ、それならそれでいいけどさ……こっちはこっちで、さっさと決めちゃうから。 「ラッシー、葉っぱカッター!!」 再び葉っぱカッターを指示。 ラッシーが複数の葉っぱカッターを打ち出す!! 薄く引き延ばされた痺れ粉を突っ切って、ドードーに迫る!! さあ、どう来る……? 相手の反応しだいで、次の手を二通りほど用意してあるんだ。 彼女は笑みを深めた。 「葉っぱカッターばかりで攻撃するなんて、攻撃に芸がないわね!! 単調な攻撃で、鳥ポケモンに勝てるとでも思ってるの!?」 葉っぱカッターでしか攻撃しないオレをバカにしてるのは目に見えていた。 でも……本当にそんなに余裕を見せてていいのかな? オレはわざと焦ってるような表情を作った。 もちろん、本当は焦ってなんかいないよ。焦るどころか、この分なら余裕で勝てると思ってるくらいだからさ。 「ドードー、避けるまでもないわ。ドリルくちばしで粉砕ッ!!」 よし、引っかかった。 葉っぱカッターなら、避けるよりも迎撃した方が楽だと思ったのかもしれないけど……その選択が命取りだ。 表面にたっぷりと痺れ粉を浴びた葉っぱカッターを、ドードーが再びドリルくちばしで粉砕する!! キラキラと、虚空に痺れ粉の輝きが散る。 「草タイプなんて、生態系の最下層よ!! 虫に食べられるの!! もちろん、その虫を鳥が食べちゃうんだけどね!! ドードー、こっちから仕掛けるわよ!! ドリルくちばし!!」 どうぞ好き勝手に講釈垂れててください。 そう言いたくなるのをグッと我慢した。 相性が良ければ、確かに勝てる確率は高まる。 でも、勝負に絶対はないんだ。 100%勝てるバトルなんて存在しない。それがポケモンバトルの『常識』だ!! 彼女の指示を受けて、ドードーが猛烈な勢いで走ってきた。 ドードーは空を飛べない代わりに脚力が発達していて、地上を駆けることなら、鳥ポケモンとは思えないくらいの足の速さを誇る。 その分、運動量は多くなるんだけど…… 「ラッシー、そのままじっとしてろよ!!」 ここで下手に動かれては台無し。 オレはラッシーに留まるよう指示を出した。 ラッシーは脚を横に広げ、その場で踏ん張った。 オレの読みが正しければ、そろそろ…… ドードーがジャンプ!! 勢いをつけて、そのままドリルくちばしを繰り出すつもりなんだろう。 ただでさえ威力のあるドリルくちばしを二つの頭から同時に食らうとなれば、ダメージは馬鹿にならない。 運が悪ければ戦闘不能になることだってあるだろう。 くちばしをドリルのように高速回転させて、そのまま相手に突っ込んで攻撃するのがドリルくちばし。 呼び名どおりの技なんだけど、どうやってくちばしを回転させるのかは、未だによく分かっていないらしい。 まあ、そんなことはどうでもいいさ。 今は…… ドードーが繰り出した必殺のドリルくちばしがラッシーをその射程圏内に捉えた、その瞬間。 ぴきっ。 ドードーの動きが止まる。 一瞬でくちばしの回転が止まり、垂直に落下。受け身も取れず、ドードーは地面に叩きつけられた。 「え、な、なに……!?」 彼女は呆気に取られた顔をドードーに向けた。 一体何が起こったのか、分からないんだろう。 相手が焦っている今がチャンスだ。 「ラッシー、日本晴れからソーラービーム!! 一気に決めるぜ!!」 オレはラッシーに必殺コンボを指示した。 センターラインの向こう側に目をやってみる。 ガーネットの相手で手一杯のポニータに邪魔されることはないだろう。 思う存分、ドードーを倒せる!! 「ドードー、立つのよ!! ちょっと、一体なにが……」 彼女は錯乱しながらも、ドードーに指示を出している。 でも、ドードーがその指示について行っていないんだ。 ドードーの身に何が起こったのかが分からなきゃ、対処のしようもないけどな。 焦りまくっている彼女を尻目に、ラッシーは空を振り仰いだ。 フィールドに熱気が立ち込める。 日本晴れの効果で、空から降り注ぐ陽光の量が増したんだ。 炎タイプの威力が上がるというデメリットはあるけれど、相手が飛行タイプで、なおかつ動けない状況にあるのなら、完全に度外視できる。 痺れ粉を浴びた葉っぱカッターを、くちばしを使って粉砕したわけだから、その成分がくちばしに付着…… そのまま体内に取り込まれ、血中に溶け込んだんだ。 それだけなら痺れが全身の自由を奪うまで時間がかかるけど、接近してからのドリルくちばしを指示したものだから、 運動によって血液の流れは盛んになり、痺れ粉の成分が全身を冒すまでの時間が劇的に縮まった。 じっとしていればよかったのに、血気に逸って攻撃になんか打って出てくるから、自分の首を絞める結果になったんだ。 日本晴れが発動し、ソーラービームに必要な光をチャージするまでの時間も劇的に縮まった。 「発射!!」 「ソーっ!!」 待ってました。 ラッシーは弾んだ声を上げ、ソーラービームを発射!! 草タイプ最強の技は動けないドードーを直撃し、大爆発を起こした!! 爆音が耳を劈き、爆風が吹き付けてくる。 パチパチと砂が飛んでくるけど、オレは手をかざして目をガードした。ソーラービームが爆発を伴うってのは毎度のことだけどな。 爆発が収まった時、ドードーはトレーナーの前で崩れ落ちて、戦える状態じゃなかった。 タイプの相性が良くても、勝負はそれだけじゃ決まらない。 オレはバトルの模様を生で控え室のテントに送っているカメラに目をやり、握り拳に親指を立ててみせた。 控え室で見ているであろうセイジへの宣言なんだ。 小細工はナシで、正々堂々真っ向勝負を挑むっていう、オレなりの決意表明だ。 一度、状態異常の粉に始まるコンボを披露してしまった以上、次のバトルからは通用しないだろう。 でも、それがなくたって戦い抜いてみせる。 その気持ちを、セイジには受け取ってほしかったからさ。 さて、ドードーを倒したことだし、次はポニータだ。 「ラッシー、ソーラービームのチャージだ。指示を出すまで放つなよ」 「ソーっ」 オレの指示に、ラッシーがソーラービームのチャージを始めた。 時は少し遡り…… セイジとミツルは、モニタに釘付けになっていた。 「なんか、面白いことになってるな……」 「面白いことなの? 応援してるんでしょ?」 すごく楽しそうに笑みを浮かべながら言うセイジに、ミツルは非難めいた視線を向けた。 モニタの向こうで行われているバトルは、セイジがカントー地方に来て初めてできた友達―― アカツキと彼の従兄妹であるナミがタッグを組んで、別のタッグと行うマルチバトルだ。 いきなり戦力が両陣営とも分断した状態で、しかもアカツキという少年の草ポケモンは、鳥ポケモンと相対している。 相性は圧倒的に不利だ。 楽観視できる状況でないことくらい、セイジなら分かっているはずなのだ。 友達を応援しているなら、なおさら。 「ミツル。な〜に勘違いしてるかは知らないけどさ……」 セイジは大げさな仕草で肩を竦めてみせた。 物々しい雰囲気すら背景に滲ませているミツルに笑みを向け、 「ポケモンバトルなんて相性ですべて決まるわけじゃないんだぜ? おまえだって、相性の不利な相手と戦って勝ったことくらいあるだろ」 「そりゃあるけど……」 「オレにゃ分かるんだよ。あいつには何かしらの考えがある。 だから、わざわざ戦力を分断させたんだ。 あの脳みそお天気な彼女にゃそれは無理だろうからな……」 「じゃあ、勝てる算段があるってこと?」 「たぶんな」 無責任に頷くセイジだったが、ミツルはどうにも信じられなかった。 目の前の親友は、勝ち負けなどどうでもいいような顔をしている。 本当は、アカツキに勝ってほしいと思っているはずだ。それくらいは分かる。 でも、それを表面に出していない。 勝敗よりもまずはバトルを楽しむ――それがセイジのモットーであることも分かっているつもりだ。 だが、戦っているのは自分ではなく、友達だ。 「おまえがキリキリするのも分かるけど……オレはあいつのことを結構買ってるんだ」 「それとこれとどういう関係があるわけ?」 「戦力を分断したのは、ポニータとドードーの集中攻撃をラッシーが受けないようにするための策だ」 「ラッシーって、あのフシギソウ?」 「そうそう」 ミツルが指差した先には、頭上から襲い掛かってくるドードー目がけて葉っぱカッターを打ち出すフシギソウが映っていた。 フシギソウという名前どおり、タイプは草タイプ。それと毒タイプがついているとセイジが言っていたのを思い出す。 さすがにブリーダーをやってるだけあって、ポケモンの知識は実に豊富だ。 セイジは話をバトルにすり替え、自分の所見を述べることでミツルが突きつけてきた刃の矛先を逸らすことにした。 一番効果的だし、その方が納得しやすいだろう。 「炎と飛行タイプの攻撃を受ければ、進化をあと一回控えて実力もまだまだ未完成なラッシーにゃ辛いだろうからな。 だから、わざわざ一対一を二組という構図を作り上げたんだろ。 ここから先どうなるのか楽しみってことなんだよ。 あいつがどんな作戦でドードーを倒してのけるのかってね」 「そうならはじめからそう言えばいいのに。わざわざ僕に誤解を招かせるようなマネして……」 「悪いな。おまえもおまえで馬鹿正直なんだよ。 オレが言うのもなんだけど、あいつは強くなるタイプだぜ。トレーナーとしても、ブリーダーとしても」 セイジはふっと息を漏らすと、モニタに映った少年の顔をじっと見つめた。 頭上からの攻撃を避け、フシギソウがキラキラ輝く粉を放出した。痺れ粉だ。受けると身体が痺れて動けなくなる。 相手が麻痺を恐れて攻めに入ってこないことが前提で仕掛けたとしか思えない。 もしも突破されたらどうするつもりだったのか…… 「そこんとこも考えてるんだろうけど……」 セイジは、自分だったらこういう風にすると、自分なりに目の前のバトルをシミュレートしていた。 彼の読みどおり、少しずつ虚空に広がっていく痺れ粉を警戒して、相手はドードーを下がらせた。時間経過で粉の効力が弱まるのを待つつもりなのだろう。 「さて……時間稼ぎをしたって相性が変わるわけじゃない。 むしろ、苦しくなるのが関の山なんだけどな。 オレだったら今のうちにリザードの手助けに入るか、能力アップに専念するか…… 少なくとも、攻撃には打って出ない」 抱いた考えをミツルに打ち明けてみた。 どういう反応が返ってくるのか。 あくまでも実験的な要素が強かったが、ミツルは少し考えた後、ちゃんと言葉を返してくれた。 「僕も同感。攻撃に打って出る理由がないからね」 「やっぱりな…… とはいえ、相手も攻めあぐねているみたいだな。 痺れ粉の怖さは知ってるんだろ。 バッジをゲットしたトレーナーだからこそ分かる恐ろしさ……そこを利用したとしか思えないな。 突破されるの覚悟で使うくらいだから」 「そうだね」 ミツルはセイジの意見におおむね賛成のようだ。 彼もトレーナーとしてはかなりのレベルに達しているからこそ、分かるものがある。 ポケモントレーナーにおける『弱さ』は二種類ある。 一つは、どうにもならない弱さ。一般的に言うところの実力不足という意味の弱さである。 もう一つは、強さから来る弱さ。 慢心や技の特性を理解していることによる躊躇い……モニタに映し出されている光景だ。 痺れ粉の効力を知っているからこそ、あえて攻撃に打って出ない。 麻痺と引き換えに相手に大ダメージを与えられたとしても、その後の展開がまったく読めないのだ。 迂闊に攻撃に出てもメリットがないと判断するのが一般的だ。 「さて……時間稼ぎなんかしたって、どうにもならないぜ、アカツキ。どうするつもりなんだ?」 セイジは胸中で、モニタの向こうでバトルに臨んでいる友達に語りかけた。 痺れ粉がなくなったら、ドードーは一気呵成に攻め込んでくるだろう。 それまでの時間稼ぎをしているとしか思えないのだ。 痺れ粉が消えるまでの間に策を思いつこうというのか…… だが、セイジの考えはあっさりと瓦解することになる。 アカツキはドードーを指差し、声高に叫んだ。 「ラッシー、葉っぱカッター!!」 「ん……?」 その指示に、セイジもミツルも怪訝そうに顔をしかめた。 痺れ粉で時間を稼いで考え抜いた割に、出す技がイマイチ威力の低い葉っぱカッターだ。 しかも、先ほどドリルくちばしで粉砕されたばかりだ。二の舞を踏むのは目に見えているはず。 「ちょっと、それじゃさっきと変わらないじゃない」 ミツルは呆れていたが、セイジはじっとモニタに視線を注いでいた。 何かある―― なんとなくそう思えたのだ。 バトルしている少年は見た目ほど(?)バカじゃない。葉っぱカッターなど、二の舞を踏むくらい分かっているはずだ。 それでも放つということは、よほどの自信があるということなのだろう。 「おまえの自信とやら……見せてもらおうか」 一体どんな策でドードーを倒しにかかるのか。お手並み拝見と行こう。 フシギソウが葉っぱカッターを放った。見た目は先ほどと変わりない。 それを見た相手が笑みを深め、言い放つ。 「ドードー、避けるまでもないわ。ドリルくちばしで粉砕ッ!!」 横回転しながら突き進んできた葉っぱカッターを、ドードーは二つの頭から繰り出したドリルくちばしであっさり粉砕する。 無論、ダメージはまったく受けない。 粉々に砕けた葉っぱカッターの周囲に、一瞬だけキラリと光る何かが見えた。 「ん……?」 今のは一体なんだろう? セイジは顔をモニタに少し近づけた。 だが、キラリと光る何かはもう見えなかった。 「……葉っぱカッターを粉砕されることを知ってるはずだ。何か考えてるな……?」 葉っぱカッターを放った直後にアカツキが見せた焦りの表情。 普通の人が見れば「失敗した」と映るのだろうが、セイジにはそう映らなかった。 「焦ってるって理由をつけてるようにしか見えなかった……ホントは焦ってないんだろ」 焦っている。相手にそう思わせるためのフェイク。 もしかすると、これは…… 「セイジ。もしかして……」 ミツルが顔を向けてくる。 セイジは顔を上げて、じっと親友の目を見つめる。 ……どうやら、考えていることは同じらしい。 「ああ……」 セイジは頷き、顔を再びモニタに向けた。 「あいつは既に勝利を確信している。 今の葉っぱカッターも、破れかぶれで放ったわけじゃないな。何かの策が隠されていると見るべきだ」 「うん。でも、どうやって相性をひっくり返すんだろう。鳥と草じゃ、結構開きがあると思うんだけど……」 会話を交わす間にも、バトルはちゃんと進んでいた。 どうでもいい途中経過だったので、二人とも敢えて無視していたのだ。 「草タイプなんて、生態系の最下層よ!! 虫に食べられるの!! もちろん、その虫を鳥が食べちゃうんだけどね!! ドードー、こっちから仕掛けるわよ!! ドリルくちばし!!」 葉っぱカッターを粉砕した相手が、勝利を確信したような顔でドードーに指示を下した。 虚空を漂う痺れ粉も薄く引き延ばされ、今にも消えそうだ。 その効力もかなり低下し、普通に突っ込んでもリスクはほとんど皆無に等しい状態。 モニタ越しであっても、それくらいは分かる。 ならば、実際にバトルフィールドに立っているトレーナーであればそれはよく分かるはずだ。 ドードーが自慢の脚力を存分に活かして、大股でフシギソウ目がけて駆け出した!! スピードはかなりのもので、背中に大きなつぼみを背負っているフシギソウがこれを避けるのは難しいだろう。 パッと見では、バトルは相手が優位に立っているように見える。 「ラッシー、そのままじっとしてろよ!!」 『え……?』 アカツキが言い放ったその一言に、テントの中の空気が一変した。 セイジとミツルとその他多数のトレーナーが、モニタに釘付けになった。 相手が必殺のドリルくちばしを繰り出してきたと言うのに、どうして「じっとしてろ」と言うのか。 迎撃するなり回避するなり、取るべき行動はあるはずだ。 少なくとも、何もしないということを指示するなんて、ありえないはず。 「ねえ、セイジ。彼、ホントに考えてるのかな?」 「ううむ……」 ミツルの声に、セイジは眉間にシワを寄せて考え込んでしまった。 ドードーはいよいよ勢いを増し、ジャンプ!! 一気に懐に入って、必殺のドリルくちばしを繰り出す体勢に入った!! しかし、アカツキは何の指示も下していない。 このまま黙ってドリルくちばしを受けるつもりだろうか? ドードーがくちばしを高速回転させながら、滑るように宙を移動し―― 刹那。 動きを止め、地面に落下。受け身も取らずに叩きつけられる。 「え、な、なに……!?」 突然のことについていけなかったのは、バトルの相手だけではない。 テントの中のトレーナーも同じだった。 今まさにドリルくちばしがフシギソウに炸裂せん、という瞬間だったのだ。 ドードーは立ち上がろうともがくものの、脚がもつれて立ち上がれない。 「ラッシー、日本晴れからソーラービーム!! 一気に決めるぜ!!」 焦ってドードーに指示を下している相手を尻目に、アカツキがここぞとばかりに声を張り上げて指示を出す!! 相手がまともに動けなくなったのを好機と捉え、一気に攻略する作戦に出たようだ。 アカツキのフシギソウが空を仰いだ。 見た目には何の変化もないが、日本晴れという技の効果は発動しているらしい。 「日本晴れでソーラービームのチャージを短縮し、ソーラービームを連射してドードーを倒すってワケか…… しかし、なんでドードーはいきなり動きを止めたんだ……?」 ソーラービームの威力はセイジもよく知っている。 草タイプで最強の威力だが、それゆえにチャージを必要とする、使い勝手がいいのか悪いのか分からない技だ。 使い勝手を良くする代わりにデメリットを伴う危険な技でもあるのだが、使いどころによってはデメリットを一切排除することができる。 なんて思っていると、 「発射!!」 「ソーっ!!」 光を溜め込んだフシギソウが、動けないドードー目がけて、ソーラービームを発射した!! 動けないだけに避けようがない。 どんっ!! 「きゃぁぁぁぁぁぁっ!!」 狙い違わず、ソーラービームがドードーを直撃した!! 生まれ出た爆風でドードーは何度も何度も地面に叩きつけられながら、悲鳴を上げるトレーナーの前まで転がっていった。 ぐったりしていて、遠目から見ても戦える状態でないことは確かだ。 苦手な相性のポケモンを一撃で倒すほどの威力を誇るのがソーラービーム。チャージが必要なだけあって、威力は抜群なのだ。 「す、すごい……ソーラービームの威力って、こんなにあったんだ……」 ミツルは声を震わせていた。 進化をもう一回控えているといっても、ソーラービーム一発で飛行タイプのポケモンを倒してしまったのだ。 ソーラービームの威力はいかほどのものか。 「ひゅぅ……やるじゃねえか」 ミツルとは対照的に、セイジは口笛を吹いた。 ソーラービームの威力はもちろんのことだが、アカツキが用いた『戦術』も分かったからだ。 モニタ越しにこちらを見て、親指を立てるアカツキ。 「なるほどな……」 バトルが終わってもいないのにそんなことをする理由はただ一つ。 これはセイジへの宣言だ。 同じ手は二度と使わない。戦う時は小細工なしで真っ向勝負だ――という。 「ミツル。オレたちもウカウカしてられないってことだ」 ドードーが途中で動きを止めた理由も、相手に単調と扱き下ろされるまでに葉っぱカッターを連発していた理由も、すべて分かった。 点と点がつながり、一本の線になったのだ。 「あいつと戦うのが楽しみだ……」 セイジはニコリと微笑んだ。 生まれて初めて、純粋にこいつとバトルをしたいと思った。 ドードーが倒れたことで、バトルの流れはアカツキ・ナミペアに一気に傾いた。 残った相手のポニータが戦闘不能になるまで、時間はほとんどかからなかった。 そして。 オレとナミは、バトルフィールドと言う舞台でセイジ・ミツルペアと対峙した。 オレたちと同じで、セイジたちも順当に勝ち進み、迎えたのは決勝戦。 勝者がポケモンをゲットできる。 もっとも……今のオレはポケモンが目的じゃなくて、セイジたちと真っ向勝負するのが楽しみで仕方がないんだけどな。 痺れ粉と葉っぱカッターのコンボは、一度見せたからまず通用しない。 向こう側のスポットでニコニコしているセイジの実力はかなりのものだ。 コンボを出した瞬間に潰されかねない。 それ以上に、真剣な面持ちのミツルのポケモンの強さに警戒しておかなければ。 あのフライゴンの他にも、サーナイトとかジュペッタとかいう、ホウエン地方のポケモンを今までのバトルで投入してきたけど、 いずれも攻撃力の高さはハンパじゃなかった。 セイジのサポートを受けて、存分に攻撃を繰り出せたんだから、相手にとっては台風がやってくるようなもので……結構簡単に倒されてたな。 「セイジ……オレたちは勝つからな。 オレは、もっともっと強くならなきゃいけないんだから。絶対に勝つ……!!」 オレは心の中で自らを鼓舞した。 もっと強くなる。 そのためにも、一戦一戦心を込めて、全力でぶつかっていかなければ。 見たところ、セイジたちのポケモンは親父のポケモンほど強いわけじゃない。 だから、勝てないことはないはずだ。 言い換えれば、彼らに勝てなければ、親父には勝てない。次のステップへ入るためにも、何としても勝たなければ……!! グッと拳を握りしめ、決意を新たにしたところで、実況の声が聞こえてきた。 「いよいよ決勝戦です!! マサラタウン出身のアカツキ・ナミペア対、ホウエン地方から殴り込みをかけてきたセイジ・ミツルペアによる運命の一戦が始まります!! ここは意地でもカントーの底力を見せてもらいたいというもの!!」 思いっきり脚色しまくった言葉に、観客たちの熱気も高まった。 殴り込みって言うか、こういうのを……思わずツッコミを入れたくなるけど、ここは我慢だ。 審判がセンターラインの外側に立ち、 「それぞれのポケモンを前へ」 朗々と告げる。 運命の一戦か……大げさだとは思うけど、それもあながち間違っちゃいないな。 どのポケモンを出すかで決まると言ってもいいんだから。 今までのバトルでは、オレはラッシーとリッピーを、ナミはガーネットとニョロモを出して乗り切ってきたけど、 セイジとミツルはその四通りの組み合わせに対抗する布陣を用意しているはず。 ならば…… 自ずと出すべきポケモンが決まってくる。 相手にとって未開拓なポケモンだ。 それはセイジたちにとっても同じことが言えるけど……そこまで考えてたら、何もできない。 「行くぜ、ラズリー!!」 「トパーズ、行くよっ!!」 お互いに出してこなかったポケモンで勝負。 モンスターボールふたつが孤を描いてフィールドに着弾する。 飛び出してきたのは、ラズリーとトパーズ。イーブイの進化形同士がタッグを組んだ。 対するセイジたちも、それぞれのパートナーが入ったボールをフィールドに投げ入れた!! 「マッスグマ、ステージ・オン!!」 「フライゴン、行って!!」 「……!?」 飛び出してきたポケモンを見やり、オレは一瞬言葉を失った。 最初の一戦で見せたポケモンをここで投入してくるか……!! オレはマッスグマとフライゴンがペアを組んで来た時の対策を用意してるけど、セイジたちもそれくらいは分かっているはずだ。 対策を練られていると分かっていても出してくるということは、それだけこのペアに自信があるってことに他ならない。 つまり、他の戦術も用意していると考えるべきだ。 フライゴンには電気タイプの技が通じない。 ナミのトパーズをメインに戦わせるなら、まずはマッスグマから倒さなければならないだろう。 それに、フライゴンがもし「地震」を覚えていたら……一網打尽にされる恐れがある。 フライゴンも無視できない存在なんだけど、ここはサポートしているマッスグマから倒すべきだな。 セイジがそれを読んでマッスグマを下がらせ、ミツルがフライゴンを前面に出してくる可能性もある。 その時はトパーズの素早さで一気にマッスグマに迫る……という策をナミに授けてある。 もちろん臨機応変に、柔軟に戦い方は変えていかなくちゃならない。 ともあれ、まずはバトルが始まってからだ。 「決勝戦……バトル・スタート!!」 審判が旗を振り上げ、バトルが始まる。 「砂嵐!!」 先手を取ったのはミツル。 フライゴンがマッスグマの前に滑るように躍り出ると、翼を打ち振って砂嵐を巻き起こした!! ぶあっ!! 猛烈な風に乗って、巻き上げられた砂がフィールドを舞い踊る!! 瞬く間に砂の壁が生まれ、セイジたちの姿を覆い隠した!! 相手のことは見えないけれど、相手からもこちらが見えないということだ。 砂の壁に隠れて何をしようとしているのか。 一回戦のように、マッスグマが穴を掘って奇襲攻撃を仕掛けてくるか……? いや、それは考えられない。マッスグマが孤立するだけだ。 ラズリーとトパーズの攻撃をダブルで食らえば、いくらマッスグマでも大ダメージは必至。 決勝戦にまでコマを進めたヤツが、そんなヘマをやらかすとは思えない。 なら…… 考えられるのは、砂の壁に守られている間に、何らかの形で能力アップを図っている!! 能力をアップさせられたら、ただでさえ不利な状況が悪化するだけだ。 中途半端なパワーじゃ、砂嵐を打ち破ってマッスグマたちに攻撃を仕掛けるのは不可能。 こういう手は序盤から使いたくはないけど、背に腹は代えられない。 「ナミ!!」 「オッケー!! トパーズ、手助け!!」 オレがやろうとしていることを瞬時に悟り、ナミがトパーズに指示を出す!! トパーズがラズリーに身体を向ける。 その身体から、淡い光が立ち昇るのが見えた。 光は一メートルほどの高さまで立ち昇ると、緩やかな動きでラズリーに宿った。 手助け……一時的にパワーを与えることで、手助けされた相手の攻撃力が劇的に高まる補助の技。 進化前のイーブイが覚えられるので、サンダースやブースターも覚えることができる。 もしかしたら、と思って覚えてるかどうか訊いてみたんだけど、ビンゴだ。 手助けで引き上げられたラズリーのパワーなら、砂嵐を破ることができる!! セイジたちがまったく攻撃の兆候を見せていないのは、能力アップを行っているからに他ならない。 砂嵐を一瞬で破れば、その目論みも費える!! 「ラズリー!!」 オレはセイジたちを覆い隠している砂の壁を指差し、 「破壊光線!!」 ラズリーが使える技の中で一番威力が高いものを指示した。 「ブーっ……」 ラズリーが肩幅に脚を広げ、その場で踏ん張った。 そして放つ一撃!! 「スタぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 口から吐き出されたオレンジの光線は、一直線に砂の壁へと虚空を貫き疾る!! 破壊光線はノーマルタイプ最強の技。 もともと物理攻撃に長けたラズリーが、さらに手助けで威力を引き上げられた破壊光線を放つとどうなるか…… 傍目にも凄まじい威力だと見て取れた。 これなら砂の壁を破れる!! オレは確信した。 ごっ!! ラズリーの全力投球の破壊光線が砂の壁に突き刺さる!! 次の瞬間、砂の壁が音もなく崩壊し、フライゴンとマッスグマの姿が露わになった!! 「なっ……!?」 セイジの表情も垣間見えた。 セイジもミツルも、砂の壁をいきなり破られるとは思っていなかったようで、明らかに動揺していた。 砂嵐の吹き荒ぶ音で、オレたちの指示が聞こえていなかったんだ。 砂の壁を易々と突破した破壊光線が、フライゴンに突き刺さる!! 回避する暇は、なかったはずだ。 フライゴンが破壊光線をまともに受けたのを見た。 なのに、なんでだ? 妙な胸騒ぎが消えない。 運が良ければ、今の一撃でフライゴンは戦闘不能。 でも、破壊光線を放った反動で、動くのに必要なエネルギーをチャージしなければ、ラズリーは何もできない。 万が一今のを凌がれたら、ラズリーが動けるようになるまで、トパーズでマッスグマとフライゴンの相手をしなくちゃならなくなる。 破壊光線はハイリスク、ハイリターンな技だ。 やはり、いきなり使うのはまずかったか……? 使わなければ砂の壁を破ることはできなかった。使って正解だったんだ。 その証拠に、セイジが声高に叫んだ。 「マッスグマ、神速でブースターに攻撃!!」 フライゴンを盾に破壊光線を逃れたマッスグマが、その脇から飛び出した――その瞬間。 光陰矢のごとしという言葉が似合うほどの勢いで、ラズリーとの距離を詰めてきた!! まずい……!! 今のラズリーは避けることもできない。まともに食らったら、大ダメージは必至だ!! オレは、やっちゃいけないと知っていながらも、動揺を隠し切れなかった。 破壊光線でフライゴンとマッスグマの二体を攻撃できるとは思っていなかったけど、セイジの立ち直りは意外なほど早い!! だけど、 「トパーズ、ラズリーを守って!!」 ナミの指示に応えたトパーズが、ラズリーの前に立ちはだかる。 でも、攻撃するだけの時間はない!! マッスグマのスピードは、本気でハンパじゃないんだ。 このままじゃ、トパーズが神速をまともに食らうことに…… ぎんっ!! 凄まじいスピードで迫っていたマッスグマが、トパーズの目の前で弾かれた!! トパーズの眼前には、淡い光を放つ壁ができていた。 「……守る……!?」 どんな攻撃も必ずガードする鉄壁の技だ。 トパーズ、こんな技まで覚えてたのか……ラズリーを守るために、攻撃のチャンスを棒に振ったんだ。 ナミ、この借りはキッチリ返すぜ。 『守る』という技は、どんな攻撃でも防げるけど、エネルギーの消費が大きく、一度使うと、次に使うまでに間を置かなければならない。 連続で使っても、成功する確率が大幅に下がってしまう。 いきなり『守る』を使って、肝心な攻撃をガードできなければ意味がない。 それだけの時間は稼がないと…… そろそろラズリーのエネルギーチャージが終了する頃だ。 あと少し時間があれば…… しかし、オレの目論見を打ち破ったのは、ミツルのフライゴンだった。 破壊光線をまともに食らいながらも、滑るように虚空を羽ばたき、こちらへと向かってきているんだ!! 「……んなアホな……!! 破壊光線をまともに食らったんだぞ!? そう簡単に動けるはずが……」 確かな手ごたえはあった。 影分身とか守るとかでガードされた形跡はないのに、なんで動ける!? あまりに信じられないことに、オレはラズリーに指示を出すことすら忘れていた。 「まともに食らっていれば危なかったよ……破壊光線で相殺しなかったらね!! フライゴン、ドラゴンクロー!!」 ちっ、そういうことか!! フライゴンは、直撃の寸前に自らも破壊光線を放ち、ラズリーの破壊光線の威力を削りにかかったんだ。 でも、元々の攻撃力に差がある以上、打ち負けたのは間違いない。 まともに食らうよりもダメージは遥かに少ないと踏んだか……なるほど、やはり一筋縄では行かない!! フライゴンの動きは、破壊光線のダメージを感じさせないほど俊敏だった。 まさか、砂の壁に隠れている間に、素早さをアップさせたか……!? フライゴンの脚に鋭く光る爪が、赤いオーラを帯びる!! 「マッスグマ、吹雪!!」 そこへ、セイジの指示が重なり、マッスグマが吹雪を吐き出した!! 威力はそれほどでもないけど、これはまずい。吹雪はこちらの足止めを狙った牽制球だ。 「ナミ、トパーズをどかせ!!」 「スパーク!!」 オレの言葉とナミの指示は見事に重なった。 トパーズは持ち前の素早さを活かし、身体中に電気をまとって、マッスグマに突っ込んだ!! 「くっ、マッスグマ!!」 強烈なスパークが決まり、マッスグマが吹っ飛ぶ。 よし、これでドラゴンクローの範囲からトパーズが外れた!! あのまま何もしなければ、ドラゴンタイプの大技・ドラゴンクローがトパーズとラズリーをまとめて攻撃していただろう。 そうなれば、状況は最悪なものになっていた。 ごっ!! フライゴンの渾身の一撃が、ラズリーに炸裂!! すれ違いざまに、赤いオーラを宿した爪を一閃!! ラズリーは吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた!! フライゴンが飛び去った跡には、赤いオーラが蜉蝣のように揺らめきながら立ち昇っていく。 今のは大きなダメージになったはず……タフじゃないラズリーが今の一撃に耐えられるかどうかで、すべてが決まる……!! フライゴンが地震を使わなかったのがせめてもの幸いといったところか。 フィールドにいる全てのポケモンが対象となる技だから、マッスグマにもダメージを与えてしまう恐れがある。 ラズリーとトパーズを一網打尽にするには打ってつけの技。 マッスグマを犠牲にしてでも勝つという非情な気持ちは、ミツルにはなかったということか……今のオレたちにはありがたいことだけどな。 ラズリーに一撃を加えたフライゴンはそのまま急上昇し、トパーズに狙いを定める!! ドラゴンクローでトパーズを攻撃するつもりか……!! いくら強力な電気技があると言っても、地面タイプのフライゴンにはまったくダメージを与えられない!! 「ラズリー、立てるか!?」 オレはラズリーに呼びかけた。 ラズリーはゆっくり立ち上がろうとしている。 ドラゴンクローのダメージは大きいけど、戦闘不能には至らない……ってところか。でも、マッスグマの神速を一発食らって大丈夫か、という保証はない。 それでも、やらなくちゃ!! 「マッスグマ、神速!!」 スパークを難なく凌いだマッスグマが、トパーズを宙に投げ飛ばした。 初戦で見せた必殺コンボか……!! 投げ上げられたトパーズ目がけて、フライゴンが再びドラゴンクローを繰り出した!! 最悪のパターンだ。迎撃しようにも、トパーズの電気技はフライゴンに通用しない。 マッスグマに到達する前に、ドラゴンクローが炸裂する!! こうなったら…… 「ラズリー、フライゴンに必殺のオーバーヒート!! 君のド根性、見せてやれ!!」 オレはフライゴンを指差した。 ラズリーは立ち上がり、空を仰いだ。 投げ飛ばされ、無防備なトパーズ目がけて、フライゴンが渾身の力を込めたドラゴンクローを繰り出したのを見た。 「…………」 ラズリーは大きく息を吸い込み―― ぼぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!! 火炎放射とは比べ物にならない量の炎が一筋の矢となって、フライゴン目がけて虚空を疾る!! 見たか、これがラズリーが誇る最強の炎技、オーバーヒートだ!! オレはフライゴンにばかり目を向けていたから分からなかったけど、ミツルの表情が変わっていた。 大きく目を見開き、見てはならないものを見たような顔になった。 オーバーヒートは、火炎放射、大文字をも上回る威力を誇る炎タイプの技だ。 ありったけのパワーを一気に放つことで、その反動で能力が一時的に著しく低下してしまうというデメリットがある。 でも、火炎放射とか大文字だったら、今のフライゴンを止めるのには役不足。 ドラゴンクローが決まったら、トパーズも大ダメージを受けてしまう。 そうなるくらいなら、フライゴンに少しでも多くのダメージを与えておきたい!! 必殺のオーバーヒートが、フライゴンを捉えた!! ぼぼぉぉぉぉぉんっ!! 矢の形に凝縮された炎が標的を捉えた瞬間、凄まじい奔流となってフライゴンを包み込む!! ドラゴンタイプで炎の技に強くても、オーバーヒートだけは「ちょっとしたダメージ」で済まないはず。 結果的にフライゴンのドラゴンクローは不発。トパーズは地面に着地することができた。 でも…… 「ブー……スターっ……!!」 ラズリーがその場に崩れ落ちた。 「ラズリー……!!」 今のオーバーヒートで、残された力をすべて使いきってしまったんだろう。倒れたまま、まったく動かない。 トパーズを助けるために、自分を犠牲にしたんだ。 オレがオーバーヒートを指示しなければこうはならなかっただろうけど……でも、使わなかったら、トパーズが倒れていたかもしれない。 「ラズリー、戻れ!!」 オレはラズリーをモンスターボールに戻した。 「ありがとな、ラズリー。あとはトパーズに任せよう。 大丈夫……君の頑張りを無駄にはしないよ、ナミは……きっと」 精一杯戦い抜いたラズリーに労いの言葉をかけ、ボールを腰に差した。 ナミ、あとは頼む……!! 祈るような気持ちでバトルフィールドに目を戻すと、ミツルがモンスターボールを掲げるところだった。 「フライゴン、戻って!!」 オーバーヒートのダメージが響いたようだ。 破壊光線、オーバーヒートと、最強威力の技を立て続けに食らい、さすがのフライゴンも戦闘不能になったんだ。 燃え盛る炎から抜け出したフライゴンが力なく地面に落ちた。 そして、モンスターボールから放たれた光線に包まれ、フィールドから消える。 これでお互いに残ったポケモンは一体……!! 「ブースター、フライゴン、戦闘不能!!」 おぉぉぉぉぉぉ…… 審判の宣言に、どよめく観客たち。 渾身の一撃を込めてオーバーヒートを放ったことで、ラズリーは力を使い果たした。 オーバーヒートを食らい、フライゴンも戦闘不能になった。 バトルの行方はどうなるのか……完全に分からなくなった。 フライゴンを戦闘不能に追い込めたのはいいけど、ラズリーがいなくなってしまったのは痛いな。 オレとミツルはリタイアし、ここからはナミとセイジの一騎打ちだ。 後は彼女に任せるしかない。 「トパーズ、雨乞いだよ!!」 「させないね、神速!!」 トパーズが空を振り仰いで咆えた瞬間、マッスグマの神速が決まる!! 一瞬で数メートル吹き飛ばされ、地面に叩きつけられるトパーズ。 トパーズは、痛みを忘れるかのように頭を何度も左右に振った。 ゆっくりと立ち上がるけど、神速を二発食らってダメージはかなりの量に達しているように見える。 細い脚が、さらにか細く見えた。 とはいえ、神速は放つ側にとっても負担の大きい技だ。 連続で使い続ければ、それだけで自滅することだってありうる。 トパーズの雨乞いの効果が現れ、フィールドに雨が降りしきる!! ここから一気に決めてやれ、ナミ。 雨でフィールドが濡れている今こそ、電気タイプの真価が発揮される。 ナミは肩(?)で息をしているマッスグマを指差し、 「トパーズ、雷ッ!!」 電気タイプ最強の技を指示!! 「そう来ると思ったぜ!! オレは転んでもただじゃ起きない!! 捨て身タックル!!」 それに対し、セイジはこの一撃にすべてを賭けるようだ。 雨が降りしきるフィールドでは、雷から逃れるには地面に潜るしかない。 でも、雷のスピードにはまず敵わない。 だからこそ、攻撃に打って出てきたんだ。 この一撃ですべてが決まる……!! オレは拳をギュッと握りしめ、固唾を呑んだ。 トパーズが雷を放つ!! 降りしきる雨を伝わり、電撃が蛇のようにマッスグマ目がけて突き進んでいく!! マッスグマは力強く地を蹴り、トパーズに渾身の一撃を食らわすべく、駆け出した!! 雷と捨て身タックルか…… どちらも威力は最強クラス。勝負の行方はまるで定まらない。 どちらに転んでもおかしくはない。 負けても後悔はないと思う。でも、できるなら勝ちたい。 トパーズの雷が、マッスグマの身体を捉える!! 凄まじい電流が流れ込み、痛いなんてモノじゃないはずだ。 しかしマッスグマはまったくスピードを落とさず、防御を顧みない捨て身のタックルをトパーズに繰り出し―― 「トパーズ!!」 ナミの最後の指示。 「守って!!」 「なんだとぉ!?」 セイジの悲鳴がフィールドにこだまして―― ぎんっ!! マッスグマの捨て身タックルはトパーズに届くことはなかった。 出現した淡い光の壁に跳ね返されたからだ。 ……さっき使ってエネルギーを消費したはずだけど、取り戻せたのか、この短時間に……!? でも、目の前の現実は、間違いなくオレたちの勝利をオレの目に映し出している。 「マッスグマ、戦闘不能!!」 審判が旗を振り上げ、宣言した。 「よって、アカツキ・ナミペアの勝利!! 最後の最後で大・逆・転ッ!! やってくれました!! カントーのトレーナーの意地を見せ、堂々の勝利ですッ!!」 わぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! フィールドを、大歓声が揺るがした。 ナミは雨が降りしきっていることなどお構いなしに、トパーズの元へと駆け出していった。 「トパーズ、ありがとーっ!! よく頑張ったねっ!!」 「ワンっ!!」 トパーズは本当に嬉しそうな顔でナミの胸に飛び込んでいった。 その勢いに負けて、ナミが背中から地面に押し倒される。 びしゃっ、と音がして、フィールドに溜まっていた水が跳ねた。 背中を濡らしながらも、ナミは笑顔を絶やさなかった。 じゃれついてくるトパーズに四苦八苦しながらも、勝利の喜びを噛みしめているようだった。 もちろん、オレだってうれしいよ。 途中で力及ばずラズリーは戦闘不能になったけれど、この戦い、オレたちが力を合わせて勝利を勝ち取ったんだから。 オレはフィールドの向こう側に目をやった。 セイジとミツルが、困ったように笑いながら、顔を向け合っていた。 負けた悔しさよりも、精一杯戦い抜いた自分たちを誉め合っているかのように見えた。 さて、問題はここからが本番で…… 表彰式を終え、オレとナミは優勝記念のトロフィーと、賞品の(……ってあんまりそういう表現はしたくないけど)ポケモンを受け取った。 マルチバトルフェスティバルはポケモンリーグのお偉いさんの講評で終了し、選手も観客もそれぞれの場所へと戻っていった。 祭典を終えた広場では、早くもフィールドの撤去作業が始まり、クレーンやブルドーザーといった重機が轟々と重苦しい音を響かせていた。 オレたちは、その音があまり聞こえないような場所まで移動した。 「完敗だ。勝てると思ってたんだけどね」 「まったく。君たち、強いねぇ」 「あはは、それほどでも」 「…………」 セイジとミツルがため息混じりに言うと、ナミはニッコリとうれしそうに笑った。 しかし…… バトルでは敵同士だったけど、いざバトルが終わってみると、普通の友達にすぐに戻れちゃうんだから、不思議なものだと思う。 正直、はじめは勝てる気がしなかった。 マッスグマとフライゴンの絶妙なコンビネーションに圧倒されていたけど、何とか勝てた。 ラズリーが戦闘不能になってしまって、最後はナミ任せになってしまったのが無性に悔やまれるな。 できれば、最後までラズリーにはフィールドに立ってほしかったけど、今さら何にもならないことなんだけどさ。 「セイジ。君、あんなに強かったなんてさ。あの時、ぜんぜん言わなかったよな」 「騙すつもりはなかったよ」 セイジがトレーナーとしてあそこまで戦る(やる)とは思わなかった。 ブリーダーとしては完全に負けてるんだって思ってるから、せめてトレーナーとしては完全勝利したいと思っていた。 でも、いざセイジのマッスグマがバトルしているのを見ていると、ブリーダーだけじゃなくて、トレーナーとしても強く育てているのが分かったんだ。 初めて会った時は、トレーナーとしてはあんまり強くないみたいなニュアンスのことを言ってたような気がしたんだけども…… まったく、とんでもない話だ。 セイジは口の端を不敵に吊り上げて、言葉を継ぎ足した。 「でも、君だって、オレがトレーナーとしてどんくらいできるのかって聞いてこなかったよな? おあいこだ。あの晩、君も同じ理由でオレに隠し事してただろ」 「……分かった」 耳に痛いことを言われ、オレは引き下がるしかなかった。 そうなんだよ…… 今のセイジと同じことを、オレは彼と初めて会った日の夜にしてたんだ。 だから、これ以上オレが言える筋合いじゃない。 「隠し事?」 ミツルが興味深げに眉を動かしながらセイジに訊ねた。 「なに、ちょっとした行き違いってヤツだよ。な?」 「あ……ああ」 なぜかセイジに同意を求められたんで、何がなんだか分かんないままにオレは首を振った。 すると、ミツルは「ふーん」と言って、それ以上は何も訊ねてこなかった。 なるほど…… オレの同意を引き出せば、ミツルは追撃してこないと分かってたから、意味不明なことを言ってきたわけか。 やっぱ、亀の甲より年の功ってヤツなんだろうか。若い人に使う言葉じゃないけど。 「君たちがサンダースとブースターを出してきた時点で、僕は勝てると思っていたよ。 両方とも地震には弱いわけだし……でも、さすがにマッスグマを巻き込んでまで倒そうとは思わなかったね」 「そうだな。味方を犠牲にした勝利なんて、オレには考えられないよ」 ミツルが残念そうに漏らした言葉に、オレは軽く頷いた。 複数のポケモンを攻撃できる技は、味方を巻き込む可能性が非常に高い。 縦しんば相手を全滅させられても、味方を戦闘不能に追い込んでしまっては意味がない。 そういう恐れがある場合には、巻き込まないよう養生をしっかりしてから使う。 でも、今回は養生できる状況じゃなかった、ってことなんだろうな。 「思ったよりは楽しめたよ。でも、今度会う時は負けないから、そのつもりで」 「ああ、もちろん。返り討ちにしてやるさ」 握り拳を顔の高さに持ってきたセイジに対し、オレは不敵な笑みを浮かべて返した。 相手が誰だって、どんな状況だって関係ない。 バトルになったら、勝つだけだ。 「それよりミツル」 「え?」 「カントーリーグには出るのか?」 「ミツル君、出るの!?」 ミツルに話を振ると、なぜかナミがキラキラと目を輝かせて、彼に顔を近づけた。 ミツルはナミの妙な迫力に圧されたようで、小さく一歩退いた。 「一応……出るつもり。バッジも三つ集めたし」 「そっか。それじゃ、オレたちとはライバルだな」 「え、じゃあ、アカツキたちも?」 「もっちろんっ!!」 ミツルは驚きの表情を向けてきた。 オレたちがカントーリーグに出るっていう想像をまったくしていなかったようだ。 ……っていうか、今回の大会はリーグバッジを二つ以上ゲットしたトレーナーがいないと参加できないタイプのヤツだったんだ。 オレかナミがリーグバッジを二つ以上ゲットしてるってことくらいは分かってるはずだ。 リーグバッジを趣味で集めるか、カントーリーグに出るか。 だいたいその二通りしか考えられないんだから、普通は分かるだろう。 ツッコミを入れてやりたいのは山々だったけど、さすがにそれはカワイソウだったんで止めといた。 「そっか……」 ミツルは表情を柔らかくした。 ギュッと拳を握りしめ、ゆっくりと顔を上げてオレの目を真正面から見つめてきた。 「カントーリーグで会ったら……その時は負けないからね。 僕たち、もっともっと強くなるから。アカツキたちも、もっともっと強くなってね」 「ああ。もちろん。 オレは誰よりも強いポケモントレーナーで、誰よりもすごいポケモンを育て上げるブリーダーになるのが夢なんだ。 期待してくれてていいぜ」 「頼もしいな、ミツル」 「うん」 カントーリーグでオレと戦っている様子でも思い浮かべているんだろうか、ミツルの表情はとても輝いて見えた。 触発されるように、セイジの表情も明るくなる。 オレだって楽しみに思ってるよ。ライバルがまた一人、オレの歩む道の先に待ち構えてるんだから。 「それじゃあ、オレたちはそろそろ行くぜ。最後の楽しみは君たちだけで堪能してくれ」 そう言って、セイジとミツルはオレたちが来た方向――ヤマブキシティへ続く道を歩き出した。 途中で一度だけミツルが振り返って、大きく手を振ってくれた。 オレたちは手を振り返し、彼らの姿が道の先に消えるまで、ずっと見つめていた。 「…………」 最後の楽しみ……か。 上手いこと言ってくれるよ、セイジも。 「さて、ナミ……」 「なあに?」 オレはナミに向き直った。 何を言いたいのか察したらしく、ニコニコと笑みを浮かべている。 「これ、なにか分かるよな?」 オレの手に握られたモンスターボール。言うまでもなく、優勝記念トロフィーと共に贈呈されたポケモンの入ったボールだ。 ポケモンリーグの役員さんはどんなポケモンが入っているのか教えてくれなかった。 オレも聞かなかったけど、そんなことは関係ない。 「うん。あたしたちの努力の結晶だよね」 「ああ、そうだ。 さすがにこれを分けるってワケには行かないからな……このポケモンを賭けて、オレとバトルしようぜ」 「オッケ〜ッ!!」 是も非もなくナミは飛びついてきた。 ポケモンは一体だ。 二人の共用とするわけにはいかない。 だったら今この場で、どちらのポケモンになるのか、決めた方がいい。 そして、その手段はポケモンバトルだ。 勝者がこのポケモンのトレーナーとなる。 「オレかおまえか。どっちかがトレーナーになるまで、この中のポケモンは出さない。 どんなポケモンだって、オレたちはちゃんと育てていかなくちゃいけないんだから。分かるよな」 「うん。あたし、どんなポケモンでもいいよ。 コイキングは弱い弱いって言われてるけど、見てると結構カワイイし。 臭い臭いって言われてるベトベターもプリンみたいにプニプニしてるのがたまらないんだよねっ♪」 「…………」 ナミが、それはもううれしそうに言うものだから、オレは思わず引いちまったよ。 まあ、ポケモンのことをどんな風に思おうがそれは人それぞれだと思うけど……なんか、オレとは全然違うなあって思い知らされたよ。 巷じゃ弱くて話にならないと揶揄されてるコイキング。 確かに弱いことは弱いんだけど、進化すれば鬼に金棒の実力を持つギャラドスになる。 カワイイのかは疑問だけどさ…… それに、ベトベターは身体から放たれる悪臭が、これはもう凄まじいものだから、結構敬遠されてる部分があるんだけど…… 身体がプニプニしてるって喜ぶのもなんか違うだろ。 もしかすると、サトシのベトベトンにじゃれついたりしてたのか? 感覚の違いだってのは分かるんだけど、何か違う気がする。 ともあれ…… この中にどんなポケモンが入っていようと、ゲットしたからには、責任をもって育て上げなくちゃいけない。 どんなポケモンだって分け隔てなく接することができなくちゃ、そんなの一人前のトレーナーとは言えないからさ。 オレは二人で力を合わせてゲットしたポケモンが入ったボールを、すぐ傍の岩のくぼみにはめ込んだ。 こいつには……ちゃんと見ててもらわなきゃいけないからな。どっちがトレーナーになるのかを。 「じゃ、始めるぞ」 「うん。負けないよっ」 その言葉、そっくりそのまま返してやる。 胸の内でつぶやき、オレはナミと十数メートルの距離を開けた。 普通にバトルするだけのスペースはある。大型のポケモンは動きづらいかもしれないけど、今のオレたちにそんな大きさのポケモンはいない。 なら、ノープロブレムってことさ。 向き直ると、ナミは自信を滲ませる笑みを浮かべていた。 でも、それだけじゃないってのは、オレにも分かるよ。 本気でオレとバトルできるってのが、うれしいんだろう。 それはオレも同じことだ。ナミと正面切ってバトルする日がこんなに早く訪れるとは思わなかった。 だけど、オレはナミが相手だろうと、手加減なんかしない。トレーナーとして、ポケモンと全力でぶつかっていくだけだ。 「ナミ。 オレさ、おまえと本気で戦えるの、楽しみにしてたんだ。おまえも本気でぶつかって来い!! そうじゃなきゃ、オレには勝てないぜ!!」 「当然!! アカツキ相手に手加減なんてできないでしょ!? それじゃ、行くよっ!! ガーネット、お願いっ!!」 ナミが出してきたのはガーネットだ。 「ガーッ!!」 ガーネットも、オレたちと戦うってことで、とても張り切っているように見える。 尻尾の先で燃えている炎も、いつもより元気そうだ。 楽しみだって思ってくれてるなら、それはなによりだ。 「さて、オレは……」 腰のモンスターボールに触れる。 単純に考えて、ラズリーを出すのがベストだ。 ガーネットが誇る強烈な炎技でも一切ダメージを受けない特性『もらい火』がある。 でも、ラズリーは先ほどのバトルで受けたダメージが回復していない。 かといって『最初の一体』で対抗するのも馬鹿げた話だ。 ラッシーなら、相性なんかに関係なく張り切るんだろうけど、それで割り切っちゃうなんて最悪さ。 相性が悪い上に、根本的なスピードで負けている。 とても分が悪い。 ならば……ここはとっておきの切り札を出してみるか……? オレは出すポケモンを決めて、そのボールをつかんだ。 そして頭上に掲げ、 「リッピー。出番だ!!」 その名を告げると、リッピーがボールから飛び出してきた!! 「ピッピ〜っ」 楽しそうに嘶いて、身体を左右に揺らした。 バトルするっていう雰囲気じゃないんだけど……まあ、元々陽気な性格なんだから、それはそれで仕方ないのかも。 「リッピーちゃんであたしのガーネットの相手するの?」 「そうだけど……不満か?」 「だって、リッピーちゃんはあんまり強くないんでしょ? ラッシーの方がいいんじゃ……」 リッピーとバトルしてもあっさり勝てるって思ってるのか、もしかして……? ナミの最高のパートナーであるガーネットの実力は、オレもよく知っている。 確かに、ラズリーやラッシーで戦うよりも苦しい展開が待ち受けていることも、重々承知している。 でも、今のオレがどれだけ強いのか……強くなったのか。 それを試すのに、ラズリーやラッシーにばかり頼ってちゃダメなんだ!! リッピーだってオレの大切な仲間だ。 時にはリッピーでポケモンバトルを切り抜けなくちゃいけないこともある。 それが今だ。 ラッシーが相手なら、ナミも対策を練っているだろう。 状態異常の粉と葉っぱカッターを組み合わせたコンボも、タネがバレれば、打ち破る方法なんて何通りもある。 だけどな…… 「リッピーを『ただのピッピ』なんて思ってると、痛い目を見るぜ……?」 オレはからかうように言い返すと、リュックから月の石を取り出した。 「ゲゲッ。そ、それは……!!」 ナミの表情が引きつる。 オレが何をしようとしてるのか、分かったんだろう。 「リッピー、受け取るんだ!!」 オレはリッピーに月の石を投げた。 「ピッピ〜っ」 リッピーはうれしそうな顔で、月の石を受け取った。 仲間に迎え入れた時に預かっておいた月の石。 受け取るって言い方も変かもしれない。だって、月の石は、元々リッピーの持ち物だったんだから。 オレはリッピーに月の石を返した。 その答えは一つしかない。 リッピーが月の石を懐に抱いた――その瞬間。 かっ!! リッピーの身体が光に包まれた!! 「あわわわわ……」 ナミが口元に手を当て、慌てふためいた。 端から見れば変な踊りをしているようにしか見えないけど、本人は思い切り慌てふためいているんだろう。 そう…… リッピーはピッピからピクシーに進化するのさ。 光に包まれたその身体が徐々に膨れ上がり、変化が止まったところで光が弾けるように消えた。 そこには…… 「ピッキ〜っ!!」 いつものように笑顔で愛くるしい仕草をするリッピー。 でも、大きさは一回り……どころか倍くらいになっていた。 黒い先端が特徴の耳は長く伸び、背中の羽も、空を飛べるんじゃないかってくらいの大きさになった。 ピクシー……ピッピの進化形で、とても耳がいいポケモンなんだ。 「う〜……リッピーちゃんを進化させるなんて……」 ナミは苦虫を噛み潰したような顔を、陽気なリッピーに向けた。 リッピーがピッピのままなら簡単に勝てると思ってたようだけど、ピクシーに進化したら、分からなくなった。 まぁ、そんなところだろう。 時期尚早という考えはあったけど、リッピーが月の石を預けてくれたのは、いつ進化させてもいいよ、という意思表示じゃないかって思えたんだ。 普通のピッピとは思えないくらい陽気で快活で、なんだかそこに器の大きさみたいなのを感じられたから。 ……ってワケで、 「リッピー、オレたち、勝つよな?」 「ピッキーっ!!」 リッピーはぴょんぴょん飛び跳ねて応えた。 持ち前の陽気さに磨きがかかったな、こりゃ。 バトルでどこまで通用するかは疑問だけど、やってみなくちゃ始まらない。 「い〜もん!! リッピーちゃんが進化しても、あたしのガーネットが勝つんだもん!! 行っくよ〜っ、火炎放射ァッ!!」 覚悟を決めたナミが、ギュッと拳を握りしめて、ガーネットに指示を出した。 「ガーッ!!」 ガーネットは雄たけびを上げると、特大の火炎放射を放った。 ヲイ、いきなり本気かよ…… まあ、進化でどれだけ実力が伸びたか分かんないリッピーを相手に、悠長に手加減なんかしてられないよな。 そーゆーワケで……こっちも行こう。今まで教え込んだ技をフル活用して、ガーネットを倒す!! 「リッピー、この指止まれ、だ!!」 「ピッキ〜っ」 オレの指示に、リッピーがユラユラと腰を左右に揺らしながら、楽しそうな顔で頭上に掲げた指を打ち振った。 「な、なにやってんの!? アカツキがそのつもりなら、ガーネットはリッピーちゃんを黒コゲにしちゃうもん!!」 ナミは顔を真っ赤にして声を荒げた。 オレが、ガーネットをおちょくってると思ってるみたいだけど……勘違いしてもらっちゃ困る。 そんな趣味は毛頭ないし、リッピーが繰り出したのは、れっきとした技なんだから。 「おいおい、楽しみはこれからだぜ。影分身!!」 次なる指示に、リッピーの数が増えた!! 影分身。 攻撃能力を有さない、見た目だけの分身を生み出して相手の目を惑わせる技だ。 回避能力を上げる技だけど、使い方によってはとんでもないことになる。 楽しそうに指を振っているリッピーが左右にズラリと増えていく。 さぁ、楽しい楽しいカーニバルの始まりだっ!! 「えぇっ……」 リッピーがたくさん増えたものだから、ナミは困ったような顔で、リッピーたちを見回すしかなかった。 どれがホンモノか、見るだけで区別がつくはずないんだから。 ガーネットが放った火炎放射が、真正面のリッピーを飲み込んだ!! その瞬間、リッピーの姿が掻き消える。 残念、ニセモノさ!! ホンモノのリッピーは、すでに別の場所にいるんだ。オレでさえ見分けがつかないけれど。 さて……十分にナミを混乱させたところで、こっちも攻撃に移るか。 オレはナミと同じで、たくさんのリッピーを呆然と見つめているガーネットを指差し、 「リッピー、歌うんだ!!」 状態異常の技を指示した。 待ってましたと言わんばかりに、リッピーは大げさとも思える仕草で一礼すると、口を開いた。 ラーラララーラー♪ リッピーの口から流れ出た甲高い歌が、周囲にゆっくりと響き渡る。心地良さを十分に思い知らせるかのごとく。 「が、ガーネット!! 眠っちゃダメだからねっ!?」 「ガーッ!!」 ナミの指示に、ガーネットは歌の効果で眠りに落ちないように、目をパッチリと見開いた。 三十秒ほどしても、ガーネットはパッチリと見開いた目を閉じなかった。 ……効いてないのか? ガーネットが厳しく自らを律してるってことか。眠気に負けないように。 ほー、そうか。 なら…… 「リッピー、コメットパンチ」 「ピッ!!」 歌を歌っていたたくさんのリッピーが、腕をグルグルと回しながら、一斉にガーネットに迫る!! 「が、ガーネット!! 火炎放射でまとめて薙ぎ払っちゃえ!!」 「が、ガーッ!?」 眠らないように緊張感を高めていたんだろう。 そのことに集中しすぎて、いきなりの状況の変化についていけないガーネット。 「ピッキーっ!!」 その間にも、複数の方向から、光を帯びたリッピーの腕が迫る。 ひとつだけがホンモノで、ほかは全部ガーネットの身体をすり抜けるんだ。 でも、見分けなんかつくはずがない。 「ガーッ!!」 ガーネットが口を大きく開いて火炎放射を撃ち出した時には、すでにリッピーのコメットパンチがガーネットを射程圏内に捉えていた!! リッピーの分身が二、三体消えたけど、必殺のコメットパンチがガーネットの腹に突き刺さり、その身体を宙に投げ飛ばした!! 「いや〜んっ!!」 口元を手で抑え、悲鳴を上げるナミ。 コメットパンチは鋼タイプの最強技だ。 彗星のように力強いパンチで相手を攻撃するんだけど、時々その神秘性(?)とか不思議な力とかで物理攻撃力が上がることがあるらしい。 うれしい追加効果がなくても、威力は折り紙つきって言うんだから、そういうのを抜きに考えても、リッピーの主力技になるのは間違いない。 鋼タイプの技は岩や氷タイプのポケモンに効果抜群。 反面、ガーネットのような炎タイプのポケモンには効果が薄い。 それでも軽々と宙に投げ飛ばしちゃうだけの威力があるんだから、そりゃもうすごいの一言に尽きるってモンさ。 やっぱ、進化させて正解だった。 そう思うのに十分な威力だ。 「よし、トドメの……」 長細い孤を描いて落ちてくるガーネットに対してトドメの一発を指示しようとした矢先に、ナミがガーネットをモンスターボールに戻してしまった。 「あれ……」 あまりにあっけない幕切れに、オレは自分でも分かるほどのマヌケな声を漏らした。 まだ、決着ついてないんだけどな…… 「リッピーちゃん強すぎ〜っ!! 何よ今の!! コメットパンチって!! 聞いたことない技だよ?」 進化したリッピーの強さに不満でもあるのか、ナミは大股で歩み寄って、抗議の声を上げた。 「コメットパンチは鋼タイプの最強技なんだ。 いくらガーネットでも、ダメージは大きかっただろうな。 で、言いたいのはそれだけか?」 「うっ……」 「おまえ、決着もついてないのにガーネットをボールに戻したんだぞ。どーゆー意味か、分かるよな。それくらい」 「うっ……」 ナミは呻いた。 リッピーの強さに驚いて、その拍子でガーネットをモンスターボールに戻してしまったみたいだ。 でも、決着がついていないのが明らかな状態でポケモンをモンスターボールに戻すということの意味は分かっているらしい…… 「分かったわよ。あたしの負け……負けたよ、アカツキ」 「よしよし」 物分りがよろしいことで。 オレはありがたく、すぐ近くの岩へと歩み寄り、くぼみにはめ込んだモンスターボールを手に取った。 経緯はどうあれ、勝ったのはオレだ。 リッピーは勝ったのがうれしいのか、全身で喜びを表現している。 バネみたくぴょんぴょん飛び回って、うれしそうな声を上げてる。 以前に増して陽気になったなぁ。 まあ、こういうムードメーカーも、パーティの大切な一員なんだ。 今まで以上に騒がしくなるけれど……悪くはないかもな。 さて…… オレは手に取ったボールをじっと見つめた。 どんなポケモンが入っていても、オレはちゃんと育てていく。 その決意を胸に秘め、ボールを軽く放り投げる!! 「出てきてくれ!!」 ボールは着弾と同時に口を開き、中からポケモンを放出した。 出てきたのは…… 「……?」 「あ、カラカラだ!! かっわE〜♪」 ナミの言うとおり、カラカラというポケモンだった。 進化する前のリッピーと同じくらいの体格で、背の高さはオレの膝と同じ程度だ。 茶色い身体と、頭にかぶった骨のヘルメット、片手に持った骨が印象的だ。 見知らぬ場所に放り出されたように、カラカラは無言で忙しなく周囲を見渡した。 ナミがキラキラと目を輝かせているのも知らん顔で、ヘルメットの穴から覗く円らな瞳が、不安な胸中を代弁しているかのようだ。 そりゃそうだろうな……って思う。 ボールから出てきたら見知らぬ景色が広がっていて、見知らぬ人間がいるんだから。 リッピーのように陽気でもない限り、不安にならない方がおかしい。 でも……そういや、カラカラって、結構珍しいポケモンなんだっけ。 骨のヘルメットをかぶっているせいで、その素顔は誰にも分からない。 頭にピッタリとフィットしちゃってるから、無理矢理外すこともできないんだ。 なんで手に骨を持ってるのかも分からないけど、バトルではその骨を武器に戦うことができる。 能力的には、攻撃力が高めといったところで、進化すると、能力が全体的に底上げされる。 「…………?」 カラカラはオレの方に身体を向け、円らな瞳をパチパチ瞬かせながら見上げてきた。 オレがトレーナーだってこと、分かったんだろうか。 「…………」 「…………」 無言で見つめ合うオレとカラカラ。 ナミが傍でぎゃーぎゃー騒いでるのなんか、耳に入っていないみたいに、カラカラは無言だった。 一言も発しない。 普通のポケモンなら鳴き声の一つでも上げるんだろうけど……おとなしい性格なんだろうか? そう思っていると、リッピーが飛び跳ねながらカラカラの傍までやってきた。 「…………?」 カラカラがリッピーに目を向ける。 驚くでもなく、慌てるわけでもなく……平然と。 「ピッキーっ」 気軽に声をかけ、カラカラの肩を叩くリッピー。 礼儀なんて何のそのって感じだけど、カラカラが気を悪くした様子は見られない。 ヲイ、本気でおとなしいよ。 あー、なんていうか…… 取り付く島もないって感じがするんだけど、それでもカラカラはオレの大切な仲間になったワケだし……コミュニケーション、しなくちゃな。 「はじめまして……だな」 オレはカラカラの前まで歩いていくと、膝を折った。 同じ視線に立つ。 カラカラはじっとオレを見つめてきた。 ヘルメットのせいで表情がよく分からないけど、目は笑ってない。 怒ってもいないし、嬉しそうでもない。 なんていうか、感情がこもってないって感じだな。 「オレはアカツキ。こいつはリッピー。オレの友達なんだ」 「ピッキ〜っ」 紹介されて、リッピーがカラカラの周囲を楽しそうに飛び跳ねる。 でも、カラカラはあんまりうれしそうじゃなかった。聞いてるかどうかすらよく分かんない。 あれ……? いきなりコミュニケーション失敗……? あまりにおとなしすぎて、リアクションを返してくれないなんて思わなかった。 とはいえ、ここで引き下がっちゃ、トレーナー失格だ。何としても頑張らなくちゃ!! 何気にくじけそうになる心を鼓舞して、カラカラに話しかける。 「オレ、最強のトレーナーになるのが夢なんだ。 君も一緒に行かないか? オレたちと同じものを見て、同じ時間を過ごそう。 楽しいことばかりじゃないけどさ……でも、オレは君と一緒に頑張って行きたいって思ってるんだ。 よろしく!!」 骨を持っていない方の手をギュッと握手代わりに握りしめる。 「…………」 「…………」 相変わらず無言のカラカラ。 う…… ここまでで十分仲良くなれると思ってたんで、さすがにそれ以上は言葉を思いつかず、口ごもってしまう。 「…………」 「…………」 「ピッキー、ピッキーっ!!」 「なんか、おとなしいねぇ」 傍でリッピーとナミがそれぞれの意見(?)を口にしてるけど、オレとカラカラの間には沈黙しか流れていなかった。 「…………」 「…………」 じっと見つめ合うこと三十秒ほど(ホントかなあ?)。 カラカラは手に持った骨を差し出してきた。 「…………?」 オレの視線は骨に落ちた。 カラカラにとって、手に持った骨は武器であり、大切なものだ。それを差し出してきたっていうことは……? 気づくのに時間はかからなかった。 「よし、これから君はオレたちの仲間だよ。よろしくなっ」 オレは差し出された骨を握った。 カラカラは、オレに心を開いてくれたんだ。 少しだろうけど、オレには大いなる前進に思えたから、それでよかった。 円らな瞳を何度も瞬かせ、腕を振る。 それがカラカラなりのコミュニケーションなんだって、すぐに分かった。 間違いない。 このカラカラ、おとなしい性格だ。 控えめってのも考えたけど、それにしては、ちゃんとコミュニケーションを取ってくれる。 やんちゃなラッシーに、勇敢なラズリー、陽気なリッピーに……控えめなカラカラ。 極端な性格の取り合わせだと思うんだけど、これはこれで結構面白いのかもしれない。 「じゃあ、君にも名前、つけてあげなくちゃいけないな……リッピー」 「ピッキ〜っ」 手招きすると、リッピーは飛び跳ねながらすぐ傍までやってきた。 オレはリッピーの頭を軽く撫でた。 さっきも同じことを言ったけど、聞いてたかどうか分からなかったんで、もう一度言った。 「こいつ、リッピーって言うんだ。オレたちの大切な仲間なんだよ」 「…………?」 カラカラは不思議なものでも見るような視線をリッピーに向けた。リッピーはニコニコ笑顔をカラカラに返した。 「よし、君の名前はリンリ、だ。オッケー?」 「リンリ? なにそれ」 イイ雰囲気になってきたのを、ナミがマヌケな声でぶち壊す寸前にまでやってくれた。 ……首、突っ込むなよ。こういうイイ場面にさ。 注意することで余計に雰囲気が壊れそうな気がして、とても言えなかった。 何事もなかったかのように、オレはカラカラに訊ねた。 「リンリってのは、あーなんていうか……とっても難しいことなんだ。 君、見てるとそんな感じするし……な? いいだろ?」 「…………」 カラカラはじっとオレを見つめてきた。オレも見つめ返す。無言で視線を交わして十数秒。 オッケーかダメなのか、ちょっと不安になりかけたところで、首を縦に振ってくれた。 「よし、決まり!! よろしくな、リンリ!!」 「…………」 「わ〜い、新しい仲間の誕生だねっ!!」 「ピッキーっ!!」 オレもナミもリッピーも。 新しい仲間の誕生に沸き立っていたけど、当のリンリだけは、相変わらず無言だった。 でも……円らな瞳は、うれしい感情を抱いているようにキラキラ輝いて見えた。 To Be Continued…