カントー編Vol.14 ダブルVSマルチ……強いのはどっちだ!? 夕陽が西の彼方に沈みつつある頃、オレたちはタマムシシティの東ゲート近くの草むらで夕食を摂っていた。 エリカさんが「ここにお泊まりになってはいかがですか?」って誘ってくれたんだけど、オレは丁重にお断りした。 その時、エリカさんは残念そうな顔を見せていたけど、仕方のない話だった。 お互いにこれ以上アドバンテージを持たせるわけにはいかない。 そんなんじゃ、フェアなポケモンバトルなんてできっこないって思ったからさ。 もしかしたら、オレが風呂に行ってる隙にナミからいろんなことを聞き出したりするかもしれない。 その可能性だって、皆無じゃないんだ。 まあ、やりはしないと思うけど……敵地で一夜を明かすとなると、それなりにいろいろなことを疑い出してしまう。 それじゃあ、ジム戦をする前に精神(こころ)が参っちゃうような気がしてさ。 当初の予定通り、野宿することにしたんだ。 「なあ、ナミ。明日のジム戦のことなんだけど」 「うん。なあに?」 スプーンを止めて訊ねるオレに、ナミは口いっぱいにオレ自慢のお手製チャーハンを詰め込んで頬を膨らませてみせた。 うーむ……行儀っていうモノがないんだろうか? 口にモノを詰めてる状態で話をするのは失礼だ、とか。 行儀に厳しいハルエおばさんに注意されてる様子が目に浮かぶんだけど、左の耳から入った言葉が右の耳からそのまま抜けてくんだろうな。 ナミが口いっぱいにチャーハンを詰めてる時に話しかけたオレも悪いんだろうけど…… まあ、いいや。話を進めよう。 「エリカさんが草タイプのポケモンを二体使ってくるってのは分かったよな?」 「うん」 口の中のモノを咀嚼してごっくんと飲み込むという一連の動作の合間に頷く。 大人になってもそんなトコ見せるわけじゃないだろうな……? 頭の片隅に恐ろしい想像が浮かびかけるけど、言葉を発することでそういった想像を振り払う。 「で、オレたちはそれぞれ一体ずつポケモンを使って、エリカさんのポケモンと戦う」 「うん」 ……そうなんだよ。 今回のジム戦は、今までのとは明らかに違うんだ。 だから、対策もしっかり練っておかなければならない。 偶然(……だと思う。たぶん)自然公園で出会った着物姿の女性。 彼女――エリカさんが、この街のジム……タマムシジムのジムリーダーだったんだ。 なんか天然っぽいところのある人だけど、モノの考え方は大人のものだった。 まあ、いろいろと話が弾んだついでにお茶を一緒にすることになった。 ジムに招待されたんだけど、オレは敵地を視察するつもりで行ってきた。 植物園が周囲を囲んでいるという特異なバトルフィールドだけど、それもエリカさんが自然を愛しているからこそだった。。 そういうフィールドを見ていると、彼女が使ってくるポケモンのタイプなんてすぐに分かってしまった。 エリカさんが得意とするのは草タイプだ。 相性で有利に立てるのは炎、虫、飛行、氷、毒タイプのポケモン。 逆に不利になるのは、地面、岩、水タイプのポケモンだ。 タイプの相性論はそれくらいにしておいて、本題に入ろう。 今までのジム戦と違うのは、ジムリーダーであるエリカさんが、オレとナミの二人を同時に相手することだった。 それに伴って、エリカさんがポケモンを二体同時に使い、オレとナミは一体ずつ出して戦うことになる。 「二体同時にポケモンを使うのって大変だよね。 それでも、あたしたちなら勝てるよっ♪」 「そうだといいんだけどな……」 ナミのお気楽発言がそのままそっくり現実になってくれたら、どんだけありがたいか…… それが無理だってことをオレは知っている。 エリカさんはジムリーダーとしての自分を磨くために、敢えてそういうバトルを提案してきたんだ。 自らを苦境に立たせることで、成長を促す……荒療治もいいところだ。 でも、エリカさんにはそれだけの覚悟がある。 オレとナミを同時に相手にしても勝てるだけの実力と、ポケモンへの信頼があるってことなんだ。 そして、自信も…… ポケモンと固い絆で結ばれたトレーナーが相手であるほど、勝つのは難しくなる。 たぶん、今までのジム戦とは比べ物にならないくらい大変なんだろうな。 オレとナミが同時にかかっても。 エリカさんは二体のポケモンを同時に操って戦っていかなければならない。 常にそれぞれのポケモンの状態に気を配り、的確な指示を与えていかなければならないんだ。 南方のホウエン地方ではポケモンを二体同時に使うバトルをダブルバトルと言って、数年前から公ルールとして用いるようになったとか。 とはいえ、公式ルールとして用いられるからには、悪いことばかりじゃない。 二体のポケモンの動きをちゃんと読んでいれば、的確なタイミングでコンビネーションを発揮することができる。 二体のポケモンのトレーナーが同じということで、タイミングを計ることができるんだ。 対するオレたちは、それぞれ一体ずつポケモンを出して戦う。 自分のポケモンを一番に見ていればいいわけだから、二体のポケモンを使うよりも楽と言えば楽だろう。 だけど、パートナーと息を合わせて戦わなくちゃいけない。 チグハグな指示の組み合わせだと、相手にダメージを与えるどころか、下手をすれば同士討ちにすらなりかねないんだ。 ちゃんと作戦を立てて、刷り合わせを行っておかなければならない。 とはいえ、頭にお花畑が広がるナミに完璧を期待するのも酷だろう。 エリカさんの初手の種類によって、数種類の対抗策を用意して、それを覚えてもらうくらいでいいだろうか。 重要なのは、どれだけパートナーと息を合わせることができるかなんだ。 絶対に息を合わせられるようにするぞ、とオレは意気込み、切り出した。 「相手のポケモンは草タイプ。 となれば、オレたちが扱うべきポケモンは炎タイプだ」 「ということは……」 ナミは水を飲みながら、上目遣いでオレを見つめてきた。 エリカさんが草タイプのポケモンを使うんだから、オレたちは有利なタイプのポケモンを使う。 少しでも戦いを優位に進めるためには、相性を押さえておかなければならない。 というわけで、オレたちが使うのは…… 「ラズリーとガーネットで行く。 トパーズとラッシーじゃ草タイプのポケモンにダメージを与えづらいだろうし、ニョロモやリンリなんか相性が最悪だから使わない。 あと、リッピーは火炎放射使えないからパスだ」 「う〜ん、それしかないよねえ」 オレの言葉に、ナミは眉間にシワなど寄せながら唸った。 全然似合ってないけど、それなりに考えをめぐらせてるんだろう。 なんだかカワイイな。 ともあれ、今回はラズリーとガーネット――炎タイプでタッグを組んでエリカさんとのジム戦に臨む。 「ナミがメインに戦ってくれ。オレがサポートをする」 「うん。この間とおんなじだね♪」 ナミはニコッと笑った。 この間というのは、他でもない。 ホウエン地方からやってきたブリーダー・セイジと、彼の親友のミツルを相手に、激しいバトルを繰り広げたんだ。 完璧なコンビネーションは隙を突くのが難しかったけど、何とか勝つことができた。 一体ずつポケモンを使うって一口に言っても、結構難しいってことが分かったんだ。 オレ一人ならもっと楽だったかもしれないけれど、だからこそ、エリカさんは大変そうに見えて実は簡単かもしれないんだ。 セイジとミツルのペアを相手にする際、オレはナミのポケモンをメインに据えて、自分のポケモンに援護射撃をさせていた。 役割を逆にすると、ナミのことだから変なことをしかねない。 結果、自滅……なんてことになったら、それこそ本気で目にも当てられないからな。 そういう危険性が1%でもあるなら、完全に排除するためにあらゆる手を打っておかなきゃいけない。 ポケモンバトルは万全の態勢(コンディション)で行うべきものなんだ。 メインで戦ってる方がバトルを握っているというのは、大きな勘違いである。 だけど、普通はそう思うだろうし、一般論としても定着していることだ。 本当は逆で、サポートしてる方が、バトルの流れを一定の方向へ作り出しているんだ。 サブがメインで、メインがサブっていうのも変だけど、この間のバトルでオレが素直に感じたことだ。 ガーネットが全力で心置きなく戦える状態を作り出すべく、オレはラズリーに指示を与え、相手の動きを制限したり、注意を引き付けたりする。 今回のオレの役割はそういったところか。 隙あらば攻撃に打って出ることもあるだろうし、あるいは、その構図自体を壊すことが必要になるかもしれない。 何気に『破れかぶれ』って感じもしないわけじゃないんだけど、そこまで考えても仕方ないかな。 「で、ナミ。 まず、エリカさんが最初にどんな手段を採ってくるかで、オレたちも出方を変えなくちゃいけないと思うんだ」 「エリカさんに先手を譲るってこと?」 「まあ、そういうことだ」 ポケモンバトルにおける『初手』っていうのは結構重要視されるものなんだけど…… その考え方は大きく二つに分けられると、いつだったかシゲルが言ってたっけ。 先手を取るか。相手に譲るか。 相手に先んじて一撃を加えて体力差をつけるか、相手の出方をうかがって、初手に対してもっとも有効な手を返すか。 一長一短って感じもしないわけじゃないんだけど、相性が有利っていう大前提が目の前にある以上、相手に先手を譲っても、 こちらの攻撃を効きにくくするか、能力アップを行うか……初手はこちらが先に握っておいた方が有利なのは言うまでもない。 だけど、向こうが能力アップを行うなら、その隙に攻撃を仕掛けるというのもまた有効。 ……ってワケで、オレ的にはエリカさんに先手を譲って、それからどうするかって考えてるのさ。 一長一短ならどっちを選んでもいいんだろうけど、なんかありそうなんだよな。 いきなり踏み込んで落とし穴に落ちました、じゃシャレにならねえし。 とりあえず、今回はエリカさんに先手を譲ろう。 彼女の『覚悟』に敬意を表して――って言うと、キレイに聞こえるんだろうな。 オレ自身、そうだっていう部分は少なからずあるつもりだけど。 「ナミ。 おまえがもしエリカさんの立場に立ったとして……相性の悪いポケモンが相手になったら、まず何をする? いきなり攻撃には打って出ないだろ?」 「うん。 自分(こっち)の能力を高めるか、状態異常の技で相手を弱らせるか。 あたしだったら攻撃はしないね」 「いい答えだと思う。オレも同感だ」 試しに訊いたつもりだったけど、ナミとは思えないくらい的確に返してくれた。 図らずもオレと同じことを考えてくれていた。 ならば、対する手段も一致するはず。 「エリカさんが能力アップを計ってくるなら、こっちは二体分の火力を集中させて、確実に一体を倒しておく。 たぶん、能力アップしない方が邪魔してくるだろうけど、その時は邪魔してきたヤツを倒しちまえばいい。 能力アップしたって、一対二じゃこっちの方が有利だからな」 「そーだね。 で……眠り粉とか使ってきた場合は?」 「速攻で焼く。まともに食らったらヤバイからな」 「ポケモンに攻撃するってこと?」 「とりあえずおまえが眠り粉とか焼いてくれ。 その間にオレが手を打っておく」 「分かったよ〜♪」 ……ナミはいとも簡単に頷いてくれた。 とはいえ、オレとしてもそこは考えてなかったんだ。 言葉を濁すしかなかったけど、ナミはオレのこと信じてくれてるんだろうな。 だから、騙してるような気がしてなんとなく辛いよ。 明日までに、そこんトコを考えとかなくちゃいけないな。 余計な課題がまた一つ増えたけど、こればかりは仕方ない。オレ自身が蒔いた種なんだから。 ま、そこは飛ばしといて、次行こう。 「エリカさんが出してきそうな草タイプのポケモンなら、だいたい最終進化形と見ていい」 「最終進化形って言うと……えっと……」 ナミはスプーンをくわえ、視線を上に移した。 草タイプのポケモンで最終進化形と言えば……頭の中に、瞬時にその姿が浮かんだ。 自然公園でエリカさんが見せたクサイハナの進化形であるラフレシア、キレイハナ。 あとはウツボットにキマワリ、ワタッコあたりが有力か。 今回のバトルでは、そのうちの二体が出てくるのは間違いない。 生半可な戦力じゃ、こっちのダブル火炎放射には耐えられないだろうから、エリカさんも炎技を警戒しているはずだ。 ジム戦用のポケモンでもっとも鍛えられた二体でバトルを挑んでくるだろう。 いろいろ考えていると、ナミが何かを思いついたような顔をした。 「あ、ラフレシア!!」 「まあ、そうだな。他には?」 元気いっぱいに答えてくれた割には、思いつくのが一体だけってのは…… オーキド・ユキナリ博士の孫としていかがなものかと思うんだけれど。 「うーん……」 ナミもそれなりに必死に考えてくれているみたいだけど、これ以上は思いつかないようだ。 このまま考え続けさせるのもかわいそうだから、オレは答えを言ってやった。 「キレイハナにウツボット、キマワリ、ワタッコがいるな。 ラフレシアが出てくるかは微妙だけど……」 今名前を挙げたポケモンの特徴は、もちろん頭に入っている。 ジム戦で使うなら、素早い方がいいに決まってるんだ。 なにせ相性は不利。炎を避けられるくらいのスピードがなきゃ、どうにもならないからな。 スピードじゃ、同じクサイハナの進化形であるラフレシアよりもキレイハナの方が上だ。 ラフレシアは頭の上に大きな花を咲かせているから、その分動きが鈍い。 ほかにも、キマワリは向日葵のような頭が重くて動きが鈍い。 ウツボットはそこそこなんだけど、意外と素早いなのがワタッコ。 ワタッコの素早さは侮れないものがある。手のような綿胞子で風を読み、自由に空を飛べるんだから。 スピードを重視するなら、キレイハナとワタッコで決まりなんだけど…… そんな在り来たりなパターンじゃ、読まれるって警戒しているかもしれない。 フタを開けてみなくちゃ分からないっていうのが現実なモンで、とても悔しいところなんだけど。 「でもさ、アカツキ。 相手は草タイプなんだし、こっちは強気に攻めてっていいんじゃないの?」 「まあ、そりゃそうだな」 さっきちゃんと答えられなかったのを気にしてるのか、ナミは早口で捲くし立てるように言葉を並べてきた。 「じゃー、あたしはガーネットに攻撃だけ指示してればいいかな? アカツキがサポートしてくれるわけだし……」 「それも考えたんだが……悪くない」 「え、ホント!? ちょっとした冗談のつもりで言ったんだけど……?」 「冗談でもいい作戦だと思うな。今んトコは」 「うー……」 オレなりの誉め言葉に、なぜか唸るナミ。 でも、冗談にしてもいい作戦だと思うのは確かだよ。 ナミには何も考えずに攻撃だけしてもらうというのも。 オレに下手に気を遣わずに済む分だけ攻撃に専念できるし、万が一ラズリーに火炎放射を浴びせてしまったとしても問題ないからな。 「ま、いいや。 それより、早く食っちまえよ。時間が経つと油汚れがこびりついてなかなか落ちないんだからな」 「うん。分かったよ。 頑張って食べて、エリカさんみたいなナイス・バディーになるんだから!!」 ナミは張り切ってチャーハンを口の中に掻き込み始めた。 なんで張り切ってるのか、一瞬分からなかったけど、その答えはすぐにひらめいた。 ナイスバディーね…… オレが言うのもなんだけど、エリカさんはそういう部類(タイプ)じゃないぞ。 まあ、ナミがエリカさんみたいなおしとやかな女性を目指すって言うなら、オレは止めない。 むしろ、その方がいいくらいさ。 だけど……それを面と向かって口には出せないけどな。 西の地平に半分ほど沈んだ夕陽に顔を向ける。 「明日は一筋縄じゃ行かないのは目に見えてる。 ラズリーの『特性』の使い方がキーになるかもしれねぇな……」 オレは人知れず、ラズリーが秘めた一発逆転の『特性』に考えを移していた。 そして、その時はやってきた。 草の絨毯が敷き詰められたバトルフィールドで、オレたちとエリカさんが対峙する。 ガラス張りの植物園がギャラリー代わりってワケだ。 いざ立ってみると、今までのバトルと比べて落ち着けるような気がするな。 周囲に生い茂る緑のおかげかもしれないけど。 豊かな自然が目の保養になる……そんなことを思っていると、エリカさんは深々と頭を下げてきた。 「アカツキさん。ナミさん。 ようこそお出でくださいました。タマムシジムのジムリーダー・エリカ。謹んでお相手いたします」 エリカさんは雰囲気に似合わぬ大きな声で言ってきた。 細身の身体のどこから、良く通る声が出てくるのか……不思議だけど、まあいいや。 今はこれから始まるバトルのことだけを考えていればいいんだ。 エリカさんと似た着物をまとった女性が審判として、センターラインの延長線上に旗を持って立っている。 もしかしてこのジム、着物の着付け教室も兼ねてたりするんだろうか? 見事な着付けに、なんとなくそんなことを考えてしまうけど。 「ルールは昨日ご説明した通りです。 わたくしが二体、あなた方がそれぞれ一体ずつのポケモンを使った、二対二のマルチバトルです。 わたくしかあなた方、どちらかのポケモンが二体とも戦闘不能になったか、降参した時点で勝敗は決します。 時間は無制限……質問はございますか?」 流暢な口調でルールを説明してくれたエリカさんに、オレは返事代わりに首を横に振った。 下手に言葉なんか発せない雰囲気が、オレたちとエリカさんの間に張り詰めていたんだ。 ちょっとでも気を抜けば、膝が笑い出してしまいそうな……緊迫した雰囲気。 普段おっとりしてる人ほど、激情に刈られた時は何をしでかすか分からない。 エリカさんには、そういったところさえ感じられるんだ。 「では、わたくしのポケモンをお目にかけましょう」 エリカさんはバトル前だというのにニコッと微笑み、手にしたモンスターボールを二つ、同時に投げ放った!! 「ラフレシア、キレイハナ。バトルのお時間でございますよ!!」 彼女の言葉に応えるように、ボールからポケモンが飛び出してきた。 「ラフ〜……」 「ハナっ!!」 気の抜けたソーダ水のような声を上げたのがラフレシア。 頭に大きな花を咲かせているけど、なんとなく重そうだ。 それに、身体の色は紫と黒の中間くらいで、見た目からして毒々しい。 一方、凛々しくもかわいい声はキレイハナ。 草タイプらしく緑色の身体で、頭には小振りな赤い花をふたつ咲かせ、腰には葉っぱを束ねたスカートをまとっている。 ラフレシアとは対照的に、明るい雰囲気の持ち主だ。 だけどこの二体、信じられないことに同じクサイハナから進化した最終進化形なんだ。 見た目からして思いっきり違うんだけど、それは進化を行うのに用いる『進化の石』が違うからだ。 ラフレシアになるためには『リーフの石』、キレイハナになるためには『太陽の石』がそれぞれ必要になる。 能力的にはラフレシアの方がやや攻撃的で、キレイハナはラフレシアよりも守りとスピードに優れている。 お互いの不得手とする部分を補うには、絶好のコンビと言える。 でも、草タイプという共通項があるせいで、相手のタイプとの相性が悪いと、補い合っても苦しいのが現状だろう。 さて…… エリカさんのポケモンが出てきたところで、オレもモンスターボールをつかんだ。 一躍エースの座に登りつめたラズリーの出番だ。 「ガーネット、レッツ・ゴーっ♪」 「ラズリー、頼んだぞ!!」 ナミがモンスターボールをフィールドに投げ入れ、続いてオレも投げ入れた。 ぽんぽんっ!! ボールからガーネットとラズリーが飛び出し、威嚇するように声をあげた。 エリカさんの『草の布陣』に対し、オレたちは『炎の布陣』だ。 持ち前の火力による炎タイプの技が一発でも決まれば、それだけで有利になる。 「やはり、炎タイプで来ましたね」 すっ、と目を細めるエリカさん。 その顔から笑みが消えた。 オレたちが炎タイプのポケモンを使うと読んでたか……どっちにしても、こっちにアドバンテージがある状態なんだ。 有利なタイプのポケモンを使ってくることくらいは当然読んでいるだろう。 もちろん、対抗策も用意しているはずだ。 油断はできない。 「ですが、わたくしのクサイハナ進化形タッグは相性の差をもひっくり返してみせますわ。 それでは、はじめましょう」 審判はエリカさんの言葉に頷くと、一歩前に歩み出た。 「それでは、レインボーバッジを賭けたジム戦を行います。 ジムリーダー・エリカはラフレシアとクサイハナ、挑戦者・アカツキ、ナミペアはリザードとブースター。 ――バトル開始!!」 勢いよく旗を振り上げると同時に、バトルの幕が切って落とされた。 「ガーネット、火炎放射だよ!!」 開始早々、ナミが隣り合って立っているラフレシアとキレイハナを指差し、火炎放射を指示!! ををっ、いきなり攻撃するか……まあ、悪くないんだけど。 「ガーッ!!」 ガーネットが雄たけびと共に、炎を吐き出した!! あと一回進化を控えていると言っても、リザードは一般的に攻撃力が高めだからな。 一発でも食らえば大ダメージになるだろう。 もちろん、エリカさんならまともに食らうような不様なマネはしないはずだ。 さて……どう来る? なだれ込んでくる炎の波をじっと見つめ、エリカさんが指示を出す。 「キレイハナ、日本晴れです」 「なにぃっ!?」 あまりに予想外な技に、オレは思わず声を上げてしまった。 びくっ。 オレの声に驚いたのか、ラズリーが一瞬身体を震わせる。 いけない……トレーナーであるオレがいきなり動揺なんかしたら、ラズリーも戦いにくくなる。 そんな当たり前のことすら忘れさせるほど、エリカさんの指示は意外すぎるものだった。 炎ポケモンが相手だって言うのに日本晴れを使うなんて。 いくらなんでも、これじゃあ自殺行為だ。 キレイハナが楽しそうな顔で踊り出すと、フィールドに降り注ぐ陽射しが強まり、熱気が周囲に立ち込めた。 ガーネットが吐き出す炎も大きくなり、威力と共に攻撃範囲まで広がった。 こんなのを食らったら、いくらなんでも耐えられないかもしれない。 でも、エリカさんはちゃんと考えていた。 オレが指示を出し忘れている間に、 「ラフレシア。守ってください」 ラフレシアがキレイハナの前にゆっくりと足を踏み出し、短い手を前に出した。 すると、音もなく青い壁が現れ、ガーネットの炎はあっさりと弾かれてしまった。 「……そういうことか」 そこで、オレはエリカさんの策を知った。 日本晴れは炎タイプの技の威力をアップさせてしまうデメリットがある。 だけど、それ以上のメリットがある。 ソーラービームのチャージ時間短縮、そしてキレイハナとラフレシアの特性『葉緑素』を発動させるための布石!! 陽射しが強くなれば、植物は活発に活動を行う。 それと同じように、この特性を持っているポケモンは能力がアップするんだ。 相性をさらに悪くしても、全体的な能力の底上げを計って、不利な分を打ち消そうという考えか。 『守る』を使うとはさすがに思ってなかった。 いきなり「してやられた」ワケだけど……挽回は十分に可能だ。 「ラズリー、火炎放射!!」 「ガーネットもお願い!!」 ラズリーとガーネットが同時に火炎放射を放つ!! 威力、攻撃範囲とアップしたふたつの火炎放射が、キレイハナとラフレシアに迫る!! 『守る』を使われたのは意外だけど、次に攻撃を完全に防ぐこの技を使えるようになるには時間がかかる。 それまでは防御なんてできないはずだ。 だけど、エリカさんは防御なんて考えていなかった。 「ラフレシア、キレイハナ、ソーラービームで反撃です!!」 エリカさんの指示に、ラフレシアとキレイハナは一瞬でチャージを終え、自慢のソーラービームを発射!! ノーチャージに近い状態で放たれるとなると、正直かなり痛い。 いつもいつもぶっ放す立場から一転、放たれる立場になった。 立場が逆になると、相手がどれだけ「日本晴れ→ソーラービーム」コンボを嫌がっているのかがよく分かる。 まあ、分かったからって、うれしくなんかないけどさ。 ソーラービームと火炎放射は真っ向から激突し、有り余るエネルギーをその場に吹き散らした。 相殺……!? 日本晴れで威力を増した火炎放射が、ソーラービームと相打ちという形で消えたのを見て、オレは背筋がゾッとした。 ラッシーのソーラービームとは比較にならない。 そりゃ相手は最終進化形だから強いのは分かるけど、オレの予想を遥かに超えていた。 ラフレシアもキレイハナも、よく育てられている。 ジムリーダーということを差し引いても、トレーナーとしてかなりの域に達しているのは間違いない。 この人の作戦の裏をかいて勝利を収めなければならないと思うと気が重いけど、だからこそ遣り甲斐もあるし、何よりも燃えてくるんだ!! そういう難題を突きつけてくるなら、オレはそれを撃破してやるまでのことだ。 「わぁぁ……ソーラービームで消えちゃった……」 ナミが小さく悲鳴を上げた。 まあ、ラッシーのソーラービームは、並大抵の火炎放射なら軽く吹き飛ばすからなあ。 その威力と比べても明らかに段違いだから、驚くのも分かる。 でも…… 「ラズリー、電光石火でキレイハナを攻撃!!」 オレはラズリーに接近戦を指示した。 炎攻撃も強力だけど、何よりもラズリーは接近戦が強い。 小柄な身体からは想像もできない怪力の持ち主で、物理攻撃力は全ポケモンの中でもトップクラスだ。 電光石火で距離を詰めて、ソーラービームをチャージして、発射するまでの時間を与えずに攻撃し続けるしかない。 接近戦なら、炎を吐いて相手に当たる方が早いはずだ。 「ガーネット、火炎放射でラズリーちゃんを援護して!!」 よし、ナイスだぞナミ!! オレは胸中でナミに感謝した。 ラズリーが単身敵陣に乗り込むのに、援護射撃がないと正直厳しいと思っていたんだ。 ラズリーは一気にラフレシア・キレイハナとの距離を詰めた。 先に狙うのはキレイハナ。 素早い方を先に叩いておけば、ナミも援護をしやすくなる。 そう思ったんだけど…… 「キレイハナ、神秘の守りを。 ラフレシアはラズリーさんを丁重におもてなししてください。花びらの舞い!!」 「!?」 エリカさんの指示と共に、ラフレシアがキレイハナの前に躍り出た。 さっき『守る』を使った時とは段違いのスピードだ。 ラズリーにとってはついていけないほどでもないんだけど、急激なスピードの変化に、戸惑いは隠しきれないようだ。 一瞬、勢いが鈍った。 でも、今さら攻撃を取りやめるなんてことは考えられない。 「ラズリー、ラフレシアにアイアンテール!!」 こうなったら、ターゲットを変更するしかない。 ラフレシアを素通りしてもいいけど、それじゃあ背後を突かれる危険性が高い。 ならば、目の前に立ち塞がるラフレシアを倒すべきだ。 ラズリーはラフレシアの眼前まで迫ると、素早く身を翻し、一時的に鋼鉄の硬度を得た尻尾でラフレシアを薙ぎ払った!! 同時にラフレシアが身体を回転させ、その周囲に花びらが乱れ飛ぶ。 花びらの舞いか……!! 草タイプの大技で、一発の威力こそ低いけど、攻撃回数で言えばスピードスターに匹敵する。 言うなれば『塵も積もれば山となる』タイプの技だ。 「……!?」 吹っ飛びながらもラフレシアが放った花びらの舞が、ラズリーを傷つけていく!! ダメージは大きくはないだろうけど、無視できるものでもない。 さらに…… 「きゃーっ、避けてラズリーちゃん!!」 ナミの悲鳴がフィールドを駆け巡り―― ごぅっ!! ガーネットの火炎放射が、花びらの舞でダメージを受けているラズリーの背に当たって炸裂した!! ……って、思いっきり誤爆じゃん!! 「ふふ……」 誤爆されたラズリーを見つめるエリカさんの目が細くなる。 ラフレシアがキレイハナの前に立ち塞がったものだから、とっさに倒すことにしたんだけど…… まさか、エリカさんはそこまで読んでたのか? いや、そうでなければ花びらの舞で出迎えたりはしないだろう。 ラズリーの足を止めることで、火炎放射の直撃から逃れた…… ――違う!! ラズリーの一撃を受けた方がダメージ的には小さいと判断したから、ラズリーに炎を受けさせたんだ!! さすがに一筋縄では行かないか。 燃え盛る炎に包まれるラズリー。 姿は見えないけど…… 「ああああ、どうしよう……」 「落ち着け。それよりも攻撃だ。ラフレシアに火炎放射、早く!!」 ラズリーに火炎放射を当ててしまったことでナミは完全にパニックに陥っていた。 まさかそうなるとは思っていなかったようで、普段からは想像もできないほど狼狽している。 完全にガーネットに指示を出せずにいるようだ。 「ガーネット、ラフレシアに火炎放射!!」 見るに見かねて、代わりにオレがガーネットに指示を出した。 ガーネットは素直に炎を吐き出してくれた。 花びらの舞いは一定時間攻撃し続ける技だから、発動中は回避行動を取れなくなる。 そこを見越して、ラフレシアを倒す!! しかし!! 「キレイハナ、ソーラービームで撃ち落としてください」 キレイハナが俊敏な動作でラフレシアの前に躍り出ると、ソーラービームを発射してガーネットの火炎放射を撃墜する!! 炎に包まれたラズリーは無視ってワケか…… でも、その方が好都合さ。 さすがのエリカさんも、ラズリーの『特性』にまでは頭が回らない。 誤爆したということで、満足している。 吹っ飛びながらも、ラフレシアは花びらの舞を続けている。 時が来るまで、これを解除することはできない。 言い換えれば、その間はキレイハナだけを相手にすればいい。 とはいえ、花びらの舞の効果が切れた時、技を放ったポケモンは混乱するんだけど、キレイハナが使った神秘の守りの効果で、混乱は無効となる。 花びらの舞を使うのを前提に神秘の守りを指示したとしか思えないけど…… 「キレイハナ、痺れ……」 「ラズリー、火の粉!!」 エリカさんの指示を遮り、オレはラズリーに指示を飛ばした。 火だるま状態のラズリーに聞こえるかは疑問だけど、ここはやるしかない。 花びらの舞でまともな攻撃ができないラフレシアを無視して、キレイハナだけを倒すチャンスは今だけだ。 刹那―― ばっ!! ぼぼぼぼぼぼっ!! 身体を包み込んでいた炎を吹き払い、ラズリーがジャンプ!! 口から無数の火の粉を放った!! 『なっ……!?』 ナミとエリカさんの驚愕の叫びが重なった。 無理もない。 ガーネットの渾身の火炎放射をまともに食らいながらも、ラズリーはまったくダメージを受けていなかったんだ。 それも、ラズリーの特性『もらい火』のおかげだ。 炎タイプの技なら、威力の大小に関わらず、ダメージを受けないんだ。 言うなれば炎タイプの技を無効にできる特性だ。 さらに、炎タイプの技を受けたら、その熱を取り込んで、しばらくは自身の炎タイプの技の威力がアップする。 日本晴れと『もらい火』の相乗効果で、ラズリーが放つ炎タイプの技は凶悪と表現するに相応しいほどの威力になっていた。 現に、火の粉ですら、キレイハナからすれば大型の隕石が降り注いでいるように見えるだろう。 人の顔ほどの火の粉が無数に降り注ぎ、キレイハナは逃げ惑うことしかできなかった。 「キレイハナ、ソーラービームでブースターを撃ち落としてください!!」 エリカさんの指示が飛ぶ。 ラフレシアは未だに花びらの舞を続けていて、まともに戦える状態じゃない。 指示を出すだけ無駄だろう。 キレイハナはソーラービームのチャージをしながら、降り注ぐ火の粉から身を避わし―― チャージが終わり、ソーラービームを放つ!! その瞬間、ナミがガーネットに指示を出した。 「ガーネット、キレイハナに火炎放射!!」 「……!!」 エリカさんの顔が強張ったのを、オレは確かに見た。 ソーラービームはラズリーに炸裂し、その身体を大きく吹き飛ばして地面に叩きつけた。 その間に、ガーネットが放つ火炎放射がキレイハナへと突き進む!! キレイハナは休む間もなく、さらに降り注ぐ火の粉から身を避わし―― 当然ながら、横手から飛び込んできた火炎放射から逃れることはできなかった。 成す術なく炎に飲み込まれる。 「キレイハナ……!!」 炎は容赦なくキレイハナを蹂躙し、ソーラービームを受けたラズリーがゆっくり立ち上がった頃、ようやく鎮火した。 地面にぐったり横たわるキレイハナ。 戦える状態でないのは、誰の目にも明らかだった。 「キレイハナ、戦闘不能!!」 「戻りなさい、キレイハナ」 審判の言葉を受け、エリカさんは潔くキレイハナをモンスターボールに戻した。 さて、残りはラフレシアだけど…… 花びらの舞を終えて、普通なら混乱するところを、キレイハナが事前に使っていた神秘の守りによって混乱を逃れている。 とはいえ、有利なのはこっちだ。 日本晴れ+『もらい火』のダブルコンボで炎技の威力がむやみやたらとアップしているラズリーと、 火力では及ばないけどラフレシアとは相性がいいガーネットが残っている。 数の上から見ても、普通に戦えば勝利は間違いないんだけど…… エリカさんの真剣な面持ちが、それを許さないような気がしてならない。 彼女の抱く『覚悟』は、その程度のものではないはずなんだ。 むしろ、ここからが本番と見て間違いない。 特性『葉緑素』で能力の上がっているラフレシアは、侮れる相手じゃないんだ。 「さすがですね。 ですが、わたくしは簡単には負けませんわよ」 エリカさんはバトルの最中にも関わらず、口の端に笑みを浮かべた。 オレたちが予想以上に戦るものだから、期待した甲斐があった……と言わんばかりだ。 もしかしたら、心の底からポケモンバトルを楽しんでいるのかもしれない。 「ラフレシア、痺れ粉を」 「ラズリー、後ろに下がれ!!」 エリカさんの指示に対し、オレはラズリーに後退するように指示を出した。 痺れ粉の攻撃範囲はそれほど広くない。 ラフレシアが頭上の花からキラキラ輝く粉を放出した。 粉は舞い上がると、ユラユラとこちらへ向かってくるが、その速度は感動的なまでに遅い。 この分だと、後退してガーネットに並んだラズリーにも届かないだろう。 まあ、効果が薄れたのを見計らって、ガーネットとラズリーを突撃させれば、それだけで十分か…… 今火炎放射で痺れ粉を焼いてもいいんだけど、それだとソーラービームで撃ち落とされるのが関の山。 なら、余計なことはせず、じっとしているのが一番だろう。 ラズリーがソーラービームで受けたダメージはかなりのもので、身体を支える四本の脚も、かすかに震えている。 いくら相性が良くても、ソーラービームの威力自体が高いものだから、ダメージはバカにならない。 でも、二対一なら、勝つことはできる。 「ラフレシア、花びらの舞!!」 「え、また!?」 エリカさんの指示に、ナミが素っ頓狂な声を上げた。 花びらの舞……? 疑問に思うのはオレも同じだった。 技を出している間はどんな指示も受け付けず、ひたすら花びらを撒き散らし続けるんだ。 エリカさんは何を意図して花びらの舞を指示したのか……きっと、何かしらの考えがあるはずだ。 彼女の真剣な眼差しに、捨て鉢な行動を取るような自暴自棄は見られなかった。 いや…… エリカさんは窮地に追い込まれても冷静さを失うような人じゃない。それだけは嫌と言うほどよく分かる。 だから、この指示にも何かしらの意味が……でも、どんな? ラフレシアはトレーナーの指示に従い、くるくると回り始めた。周囲に生まれた風に、花びらが舞い上げられる!! 回りながら、こちらへ向かってくるラフレシア。 一体何を考えている……? ヤケクソでもなければ、反撃覚悟の一発勝負とも考えられない……じゃあ、エリカさんの考えは? 「ガーネット、切り裂いちゃえ!!」 エリカさんの意図を読もうと考えをめぐらせていると、何をトチ狂ったか、ナミがガーネットに突撃を指示したんだ。 「おいナミ……!! ちょっと待て!!」 ガーネットはオレの声にも耳を貸さず、ナミに言われたとおりに、花びらの舞を放つラフレシア目がけて駆け出した!! あぁぁぁ、何考えてんだ……!? エリカさんの考えが読めないってのに、いきなり攻撃に打って出るヤツがいるかぁっ!? とはいえ、ラズリーでガーネットを止めるわけにも行かない。 すでにガーネットはラフレシアの花びらの舞の攻撃範囲に入っていたからだ。 体力を消耗しているラズリーにこれ以上の負担はかけられない。ここは黙って見ているしかなかった。 ザシュッ、ザシュッ…… 風に巻き上げられた花びらが、ガーネットの身体を掠めては小さなダメージを与えていく。 だけど、猛るガーネットがその程度で怯むはずもない。 「ガーッ!!」 裂帛の気合と共に、鋭く光る爪をラフレシアに振り下ろす!! がっ!! 渾身の切り裂く攻撃が命中、ラフレシアに確かなダメージを与えた。 を……? これならもしかすると、ガーネットに任せただけで勝てちゃうか……? 「よーしっ!!」 ラフレシアにダメージを与えられたことに気をよくしたのか、ナミが声を弾ませてさらにガーネットに指示を出した。 「火炎放射だよっ!!」 ガーネットは必殺の火炎放射を放つべく口を開き――至近距離なら、ソーラービームを発射する暇はない。 いや、それどころか今のラフレシアは回避行動すら取れない。 オレたちの勝利か……? しかし、淡い期待は脆くも崩れ去った。 ガーネットは口を開き――そこで動きを止めた。 一体何が起こったのかと思った。 「ど、どしたのガーネット!?」 この一発で決まるという時に、攻撃の不発。 一体何が起こったのか理解できず、ナミは激しく取り乱した。 ……もしかしたら。 オレは驚きの中に、ガーネットが動きを止めた理由を見出した。 エリカさんは、オレがラッシーに使わせている『状態異常の粉』+『葉っぱカッター』のコンボを応用したんだ。 痺れ粉を使ったのは伊達でも酔狂でもない。 花びらの舞に乗せて、相手を確実に麻痺に陥れるための手段だったんだ。 もちろん、オレが痺れ粉を警戒して手を出さないことも読んでいたに違いない。 まんまといっぱい食わされたってワケだ…… ガーネットは痺れ粉を存分に浴びた花びらによる攻撃を何度も受け、あっという間に痺れて動けなくなってしまったんだ。 しかも運が悪いことに、ラフレシアの花びらの舞がそこで途切れた。 逃げるも攻撃するも自由になったんだ。 キレイハナが使った神秘の守りの効果が今もまだ残っているから、混乱もしない。 ガーネットに生まれた致命的な隙を、エリカさんが見逃すはずもない。 「ラフレシア、ソーラービーム」 その指示から程なく、ラフレシアのソーラービームがガーネットを盛大に吹っ飛ばした!! 「ああああ、ガーネットっ!!」 すぐ傍まで吹っ飛ばされてきたガーネットを見下ろし、半泣き状態で悲鳴を上げるナミ。 ガーネットは地面に叩きつけられると、そのままピクリとも動かない。 一撃で戦闘不能か……!! ソーラービームはガーネットにも大ダメージを与えたってことだな。 それだけの威力を有するまでにラフレシアを育て上げたエリカさんの努力が並大抵のものでないことが分かったけど…… 別にうれしくもなんともない。 審判がガーネットの顔色をうかがうように身を乗り出し、ガーネットの戦闘不能を宣言した。 「リザード、戦闘不能!!」 「えーっ、うっそーっ!!」 ナミとしてはまだ戦えると思っていたんだろう。 でも、審判の決定には従うしかない。 納得いかない様子を見せながらも、ガーネットをモンスターボールに戻した。 「ありがと、ガーネット……アカツキ、あとはお願い」 「ああ、任せとけ」 オレはナミに親指を立ててみせた。 ナミはよく頑張ってくれたと思うよ。 あとはオレがエリカさんのラフレシアを倒せば……オレたちの勝ちだ。 『もらい火』で炎技の威力が上がっているラズリーと、『葉緑素』で全体的な能力の底上げが行われているラフレシア。 相性はこっちの方が有利だけど、かなり厳しい戦いになるのは間違いない。 まあ、どっちにしても、やりもしないうちからあきらめる気はないさ。 しかし…… ラフレシアは短時間のチャージで威力全開のソーラービームを放てる。 威力の強化された火炎放射がどこまで通用するのやら。 試してみたいのは山々だけど、かなり危険な賭けになる。 それに、フィールドを見つめる目を凝らしてみれば、キラキラと輝く粉が漂うのが見て取れる。 痺れ粉はまだその効果を有しているんだ、 接近戦でソーラービームの発動自体をつぶそうとしても、その前にガーネットの二の舞を踏んでしまう危険性が高い。 さて、どうしたものか。 作戦を練っていると、 「やはり、あなたが残りましたね」 「……?」 エリカさんが口の端に笑みを浮かべた。 一体何を言い出すかと思えば…… 「エリカさん、もしかして、オレが残るって分かって……?」 「ええ、予想はしていました。 やはり、あなたはわたくしが思っていた通り、情熱的に見えて実は冷静にバトルを運ぶタイプのトレーナーですね。 途中経過はずいぶんと異なりましたが、こういう構図になるであろうことは薄々察していましたよ」 いけしゃあしゃあと言ってのける。 こうなることが分かってた……か。 それにしては妙に控えめな言い方で、分かってたなんて断言ぶった風に言わず、『薄々察していました』なんてさ。 ジムリーダーだけあって、ポケモンバトルの腕だけじゃなく、人を見る目も慧眼に等しいほどの域に達しているんだろう。 別にオレ自身が冷静にバトルを運んでるなんて思っちゃいないよ。 それなりに熱くなってるんだからさ、この心が。 「では、続きと参りましょう。ラフレシア、ヘドロ爆弾」 エリカさんの指示に、ラフレシアが頭に咲く花をラズリーに向けた。 ぼんっ!! 花の中心に開いた穴から、見た目からして毒々しい紫のボールが撃ち出された!! ヘドロ爆弾……!! ラフレシアのタイプのひとつである毒タイプの技で、そのタイプの中ではかなりの威力を誇る。 着弾した時点で凝縮された毒素をばら撒いて、相手にダメージと同時に毒を浴びせかけるんだ。 しかし、なんでヘドロ爆弾なんだ? ヘドロ爆弾じゃ、火炎放射で水分を飛ばしてしまえば、ボールはただの土塊となってボロボロ崩れていくだけなんだ。 もちろんオレはそうするつもりだけど…… いろいろと考えてみたけど、答えは出そうにない。 「ラズリー、火炎放射!!」 「ブーッ!!」 オレの指示に応え、ラズリーが大きく開け放った口から、それはもう凄まじい炎を吐き出した!! ガーネットの火炎放射とは比較にならない威力だけど、もしも特性『猛火』を発動したら、互角に渡り合えるかもしれない。 ラズリーが放った炎はあっという間にヘドロ爆弾を飲み込んだ!! 炎の中から煙が上がる。ヘドロ爆弾の水分と毒素を焼いて生まれたものだ。 これほどの炎にさらされたら、水分も毒素もあっという間に蒸発してしまうだろう。 オレの読みどおり、乾ききったヘドロ爆弾はただの土塊となって、炎の中で砕け散った。 そして、攻撃を相殺して少し威力を失った火炎放射がラフレシアへ突き進む!! 元々の素早さが高くないラフレシアなら、回避を選んだ瞬間に電光石火で距離を詰める。 そこでもう一度火炎放射を決めれば、それでフィニッシュだ。 「ラフレシア、ソーラービーム」 しかし、エリカさんは回避を選ばなかった。 避けられないと判断したのか、それとも…… ラフレシアは瞬く間にチャージを終了し、ソーラービームを発射!! 炎の先端に触れた瞬間、耳を劈く爆音。 二つの技はエネルギーをぶつけ合って消滅した。 爆発によって生まれた風がフィールドを吹きぬけていく。 ……そういうことか。 オレはエリカさんが先にヘドロ爆弾を指示した理由を悟った。 エリカさんとしても、オレと同じように、いきなりソーラービームと火炎放射をぶつけようとは考えていなかったんだ。 まずヘドロ爆弾でいくらか火炎放射の威力を削って、それからソーラービームをぶつける。 それで相殺できたわけだから、単純な威力で言えば火炎放射の方が上ということになる。 日本晴れと『もらい火』で二重に強化されているからであって、そのどちらかでも欠けていたなら、力関係は逆転していただろう。 でも、それはラズリーがヘドロ爆弾を火炎放射でつぶすことが分かっていなければ使えない手段だ。 となると、エリカさんはオレがとる行動を読んでいたってことか。 人を見る目があるっていうのは、そういうことでもあるんだな。 ソーラービームの威力が火炎放射に及ばないことを悟ったエリカさんが次に打つべき手として考えられるのは…… 「ラフレシア、ソーラービームです」 やっぱりその手で来た……!! 「ラズリー、避けながら接近するんだ!! 慌てなくていいからな!!」 オレの指示がラズリーに届くが早いか、ラフレシアがソーラービームを放ってきた!! 威力で及ばないなら、手数で勝負ってワケだ。 ほとんどチャージの要らないソーラービームなら、体力が続く限り連発することができる。 威力、攻撃速度のどちらをとっても、今のラフレシアには最高の攻撃だろう。 大技は基本的に体力を消耗するから、連発するのは容易いことではないんだけど…… 「ソーラービームを放ち続けてください」 エリカさんはどっしりと構え、動揺もしなかった。 ラフレシアの体力はまだまだ残っていると言うポーズのつもりか? でも、ポケモンは人間より素直なんだよ。 ラズリーが一発目のソーラービームを避け、ラフレシアが二発目を放った時、オレは確かに見たんだ。 ラフレシアもガーネットの切り裂く攻撃を受けて、かなりのダメージを負っている。 大きな花のみならず、全体重を支える細い脚が震えていた。 ラフレシアも必死なんだろう。 イマイチ緊張感漂わない表情からは読み取れないけど、きっと必死なんだ。 絶対に勝つっていう意気込みが、ソーラービームに込められているように思えるんだ。 ラズリーはほとんど紙一重でソーラービームを避け続けながら、ラフレシアに迫る。 二者の距離が縮まるにつれて、ソーラービームを避けるタイミングが計りにくくなるのか、思ったように近寄れない。 このままラフレシアの体力が尽きるのを待つという控えめな手段もあるんだけど…… それはオレの頭の中にある考えで一番実行に移したくないものなんだ。 ラフレシアがソーラービームを放ち続ければ、それだけで体力を使い果たして勝手に倒れてくれる。 だけど、ラズリーがソーラービームを避けられるように距離を取ったら、その瞬間に『光合成』で体力を回復される恐れがある。 日本晴れの効果で『光合成』の効率も最大限に高まっているから、最悪、体力がほとんど回復してしまうだろう。 ソーラービームで費やした分は言うに及ばず、ガーネットが与えてくれたダメージすらなかったことになるかもしれないんだ。 だから、『光合成』を使うだけの余裕――つまり回復する時間を与えてはならない。 距離を詰めなければならないんだ。 ラズリーには辛いだろうけど、オレたちは負けられないんだ。 ナミとガーネットの想いも背負ってるんだから。 ここで負けたら、ナミとガーネットの頑張りが無駄になってしまう。 それだけは絶対にさせない。 オレの勝利への意気込みを背に受け、ラズリーが孤軍奮闘、ラフレシアを物理攻撃の射程圏内に捉えた!! 痺れ粉も効果をほとんど失っていて、虚空に漂う輝きも消えつつある。 今なら―― 「ラズリー、火炎放射!!」 待ってましたと言わんばかりに、ラズリーが至近距離からラフレシアに炎を浴びせかけた!! 「ら、ラフレシア!?」 エリカさんが表情を強張らせ、悲鳴を上げた。 ラフレシアはあっという間に炎に飲み込まれた。 ただでさえソーラービームの連発で体力をすり減らしている状態だ。 日本晴れと『もらい火』で二重に強化された炎を受ければ、いくら最終進化形のラフレシアでも、ひとたまりもないだろう。 でも、念には念を入れ、トドメの一撃を放つ!! 「ラズリー、アイアンテール!!」 ラズリーが身を翻し、炎の中にシッポを突っ込んだ!! ごっ!! 何かにぶつかった音がして、炎の中から程よく焦げたラフレシアが転がり出てきた。 「ああ、ラフレシア……」 変わり果てたラフレシアを見つめ、エリカさんが今にも消えそうな弱々しい声で、嘆くように漏らした。 仰向けに倒れ、身体をあちこち焦がしている。 ラフレシアはもう戦える状態ではないだろう。 炎を消せないのなら、せめて炎の中から出してやろうと思ってアイアンテールをトドメの一撃代わりに出したんだけど…… 「戻ってください」 エリカさんは素直にラフレシアをモンスターボールに戻した。 戦えない状態のポケモンをフィールドに出す意味などないってことか。 「ふう……」 バトルが終結し、肩の荷が下りたんだろう。 エリカさんはラフレシアが戻ったボールを胸に抱きながら、ホッと一息ついた。 「ラフレシア、戦闘不能。よって……」 審判がラフレシアの戦闘不能を告げ、オレたちの方に顔を向けた。 「チャレンジャー・アカツキ、ナミペアの勝利といたします!!」 「やった〜っ!!」 オレたちの勝利が宣言され、ナミは喜びの声を上げながらオレに抱きついてきた。 「おい……ちょっと……」 いきなりのことにオレは驚いたし、エリカさんや審判だって見てるんだ。 いくらなんでもこれは恥ずかしいっつーの!! ナミを振りほどくのに何気に必死になっているオレを見つめるエリカさんと審判の視線が気になって、オレはしどろもどろ。 何がなんだか分からなくなっていると、エリカさんがニコニコしながらやってきた。 「仲がよろしいのですね。うらやましいことですわ」 「いや、これはそういう意味じゃ……」 「うんっ♪ あたしとアカツキはいつも仲良しなんだよ〜」 エリカさんの言葉を全力で否定するけど、ナミの元気な発言がそれをあっさり覆した。 ああああ、また余計な誤解が増えるぅ…… オレとナミが仲良しだってことを否定するつもりはない。 だけど!! いきなり抱きついてきた上に仲良し宣言をされるとなると、さすがに冷静ではいられくなる。 「あのなあ、ナミ……オレのこと大好きだって気持ちは分かったから離れてくれよ。 余計な誤解をされちまうだろうが……!!」 「うん」 ナミはあっさりとオレから離れてくれた。 大好きだって気持ちは分かったから……っていう言葉に気を良くしているようで、上機嫌な顔を見せている。 まったく、いい気なもんだぜ…… いくらオレのことが好きだからって、何も抱きついたりしなくてもいいだろうに。 なんて注意したところで、その場では納得してもすぐに忘れちゃうんだろう。 ほら、鳥は三歩歩くと忘れるって言うじゃない。それと同じだよ。 「本当にうらやましいですわ。 わたくしには歳の離れた姉がおりますが、あまり馬が合いませんで…… あなた方を参考にさせていただこうかしら……」 「いやいやいや……それは止めといた方がいいんじゃないかと思います」 「冗談ですよ」 「…………」 わ、笑えねえ…… エリカさんは口元に手を当てて笑っているけど、彼女の冗談のセンスって一体……なんだか疑いたくなっちゃったよ。 ついでとばかりにナミも笑ってるし。 女性は女性同士、気が合うってことなんだろうか……? 唖然としているオレを尻目に、審判の女性がエリカさんに筆箱ほどの大きさのケースを手渡した。 そのケースの中身が気になって、オレは我に返った。 「アカツキさん、ナミさん。 あなた方のコンビネーション、お見事でした。 自分のポケモンを信じ、最後まで戦い抜いたあなた方に、タマムシジムを制した証・レインボーバッジを差し上げますわ。 どうぞ、お受け取りください」 エリカさんはケースの蓋を開けた。 すると、中には七色の虹を象ったバッジがふたつ並んでいた。 これがレインボーバッジか…… 「じゃあ、ありがたくいただきます」 オレはケースからレインボーバッジを取り出し、空に翳してみせた。 吹き抜け部分に顔を出した太陽がバッジを透けて見えた。 これで五つ……カントーリーグに出るにはあと三つだ。 「やったね、アカツキ!!」 「ああ、そうだな。エリカさん、ありがとうございました」 「いいえ、わたくしもいい経験をさせていただきました」 エリカさんはニッコリ微笑んだ。 彼女にとっても、今まで経験したことのない形でのバトルだったから、いい経験になったってことなんだろう。 それはオレも同じだったよ。 だって、力を合わせなきゃ勝てないバトルがあるって、改めて思い知らされたんだから。 バッジをしげしげと眺めているオレとナミに微笑みかけ、エリカさんは言葉を続けてきた。 「ナミさん」 「なあに?」 「これからショッピングも兼ねて、サーティーエイトのアイスでも食べに行きませんか?」 「行く行くっ!!」 エリカさんの提案に、ナミは一も二もなく大賛成。 そういえば、昨日ジムの屋上でお茶した時に、そんなこと言ってたっけ。 サーティーエイトの直営店があるから、ジム戦の後で食べに行こうとか何とか…… エリカさんはオレに目を向け、 「アカツキさんもいかがですか?」 「え……」 やっぱり誘ってきた。 甘いものが嫌いってワケじゃないんだけどさ…… 女性のショッピングって妙に時間がかかるし、オレとしては面倒くささが先に立つんだよな。 「アカツキも行こうよ!!」 ナミが、今度は腕に絡み付いてきた。 彼氏におねだりする彼女みたいな感じだけど、生憎とオレとナミはそんな関係じゃないし。 ナミもエリカさんも、オレも一緒についてきて欲しいと思ってるみたいだけど……なんだか、あんまり気が進まないな。 「ナミ、ごめん。 今日はちょっと疲れたよ。ポケモンセンターでゆっくり休ませてもらう。 エリカさん、すいません」 「いいえ、構いませんわ。むしろ、余計な気を遣っていただいたみたいで……恐縮です」 「え〜、行かないのぉ?」 「あのなあ……」 エリカさんはあきらめてくれたみたいだけど、ナミは不満顔。 オレと一緒に行くのを楽しみにしていたんだったら悪いことをしたと思うけど……でも、本当に気が進まないんだ。 エリカさんと楽しくショッピングしたってことを土産話に聞かせてもらえれば後でいいだろう。 今回の埋め合わせは後でするつもりだよ。 「たまにはオレだってゆっくり休みたいんだよ。 最近はいろんなことあって、オレ、すっげぇ疲れてるんだ」 いろんなこと…… そうさ、いろんなことがありすぎた。 親父がしゃしゃり出てきたり、セイジとミツルのペアとバトルをしたり、エリカさんと知り合ったり…… なんだかいろんなことがあったような気がするんだ。 そのせいか、妙に疲れてるんだよな。 「ポケモンセンターって大丈夫なの? あそこ、昨日は満室だって言ってたじゃない?」 「今日なら大丈夫だってジョーイさんが言ってた。無理なら無理で、昨日と同じ場所で野宿するだけのことさ」 「う〜ん……分かったよ。後でお土産に話をいっぱい聞かせてあげるね」 「ああ、楽しみに待ってる。 ナミ、ガーネットのモンスターボールをオレに預けてくれないか。ラズリーと一緒に回復させとく」 「うん」 ナミはガーネットのモンスターボールを渡してくれた。 さて…… 「ラズリー、お疲れさん。ゆっくり休んでくれよ」 ラズリーをモンスターボールに戻し、準備完了。 「それじゃあ、エリカさん。 ナミのこと、よろしくお願いします」 「ええ、こちらこそよろしくお願いいたします」 「ナミ、ワガママ言ってエリカさんを困らせるんじゃないぞ」 「分かってるって。大丈夫だよ〜♪」 念を押してみたんだけど、ナミは分かってるんだか分かってないんだか……陽気に頷いていたり。 エリカさんと一緒なら大丈夫だと思うんだけど、それでも心配の種は尽きそうにない。 とはいえ、いつまでも心配してたって仕方がない。 オレはレインボーバッジをバッジケースに収め、モンスターボールを腰に差してバトルフィールドを後にした。 目指すはポケモンセンター。 今日なら空室がある……ジョーイさんは昨日、オレにそう言ったんだ。 部屋が空いているなら、今日はポケモンセンターに泊まろう。 無理なら無理で、昨日と同じポイントで野営をすればいい。 あるいは、このジムに泊めてもらうという選択肢もあるわけだけど、その時はその時だ。 あっという間にジムの敷地を飛び出して、タマムシシティを南北に貫く通りに出る。 吹き付けてくる風が妙に心地良かった。 バトルで疲れたオレを労わってくれているようで、オレは身も心も、清々しい風に任せていた。 To Be Continued…