カントー編Vol.17 つながる気持ち サイクリングロードから落ちたオレたちが流れ着いたのは、セキチクシティの北部に位置するサファリゾーンの外れだった。 外れといっても、張り巡らされた柵の外側……ほとんど管理外の場所だ。 当然、草は伸び放題で、道らしい道なんかあるはずもない。通用門を探すのにも苦労した。 かれこれ何十分か柵に沿って歩いた末に何とかサファリゾーンの敷地に入ったオレは、真っ先に管理室に赴いて事情を説明した。 入り口で受付をしていないのに敷地内にいるのはマズイって判断したからだ。 無断で出て行くとなると、途中で見つかった場合、ややこしいことになると思ったからな。 とりあえずは事情を説明して、少しでもいいからオレたちが置かれていた状況を納得してもらおうと思った。 ……で、結果だけを言えば、すぐに立ち去ることを条件に罰しないというものだった。 今後一切出入り禁止という強硬な手段を採られなかったのは、幸いだったとオレ自身が思ったよ。 所長さんがオレの事情を理解してくれたからこその寛大な措置だ。 ホント、太っ腹だったな、身体も心も。 ま、それはともかく、礼を言って、すぐにサファリゾーンを出て行った。 今のオレはノンビリしてられない事情っていうものを抱えてるからだ。 「ナミのヤツ、どこにいるんだか……」 胸中でポツリつぶやく。 眼前の景色は田舎と言うほど田舎ではないが、都市と呼べるほど発展しているわけでもないといった風だった。 セキチクシティは、タマムシシティとサイクリングロードでつながっている街で、位置的にはカントー地方の南部に当たる。 規模はそれほどのものではないけど、ここの名物は何と言っても、今しがたオレが出てきたサファリゾーンだ。 入園料を払えば、ポケモンを一体だけ捕まえることができる(ある程度の実力と運が必要)っていう、 トレーナーやブリーダーからすれば夢のような施設なんだよな。 できるならオレもサファリゾーンを楽しみたいところなんだけど、今は我慢のしどころなんだ。 今は、ナミを探しに行かなくちゃならない。 昨日…… オレは嵐のせいでやたらとシケった海に落ちて、サファリゾーンの隅っこに流れ着いて、気がついたのはついさっきだった。 なんだかミョーにいろんなことがあったような気がするけど、嵐の海に落ちるなんて経験をしたのはある意味で貴重なものだったんだろうな、と思う。 もちろん、できればこんな経験は二度としたくないけどさ。 だけど、その中で出会いもあった。 新しい仲間が加わったんだ。 その喜びもそこそこに、オレは近くの案内板にしたがって、進路を西に採った。 洋上の島々を大きなつり橋で結んだサイクリングロードへ向かっているんだ。 サイクリングロードから海に落ちてしまう前、オレはナミを手前に残してきた。 一日が経ったから、たぶんどこかには移動していると思うんだけど、一応離れ離れになったってことで、心配だから探しに行くんだ。 それに、ナミもオレのことを心配しているはずだ。 あいつも一応はそれなりに成長したから、自分で考えて行動できるはずなんだけど、オレの元気な顔を見れば、あいつも肩の荷が下りるだろう。 つまるところ、オレとナミ、ふたり分の心配事を解消するためってことだ。 ジム戦とサファリゾーンはナミと再会してからでもいいだろ。両方とも逃げないわけだし。 あー、でも、ナミに会ったらどう言い訳しようか…… サイクリングロードへ向かう道すがら、オレはそればかりを考えていた。 サファリゾーンを出て南へ、緩やかな坂道を下ると、噴水の広場に辿り着く。 東西南北四本の道が交わった場所で、人々の憩いの場になっているようだ。老若男女問わず、噴水の周辺でくつろいでいる。 「えっと……サファリゾーンがこっちだから、サイクリングロードは……」 オレは広場の入り口で立ち止まり、今まで歩いてきた道を振り返った。 坂道の先に、サファリゾーンの入り口。 尤もらしく、庇の部分には気性の荒いポケモンのモニュメントが飾られている。 遠目からの見物は程々に、オレは太陽の位置から方角を読み取って、歩き出した。 選んだのは、噴水の右側から伸びている道だ。 鯨のように勢いよく水を噴き上げる噴水のすぐ傍を通り、西に続く道へ。 セキチクシティの西は18番道路で、途中からサイクリングロードに入ることになる。 反対側――東は15番道路で、クチバシティに行くにはそっちを通った方が早い。 残りの南は19番水道……セキチクシティとグレン島を結ぶ連絡船が停泊する港がある。 行くとすれば、ジム戦とサファリゾーンでのポケモンゲットをした後だ。 「ナミのヤツ、怒ってるかなあ……?」 オレは脳裏にナミの顔を思い浮かべた。不満げに頬を膨らませながら「今までどこ行ってたの?」と子供を叱る親のように言うんだ。 でも、もしかしたらそれはオレの単なる想像じゃないのかも。 ひどい嵐の中、結果だけを言えば置き去りにしちゃったわけで……今の今まで連絡もしてないし。 どこにいるかも分からないんだから、連絡のしようもない。 できることといったら、探しに行くってことだけだ。 会えたら会えたで、ナミはどんな反応を見せるんだろう。 涙を目に浮かべて抱きついてくるだろうか。 それとも、さっき想像したように、出会い頭に噴火でもするんだろうか。 どっちにしたって、会えればオレとしてもうれしいわけで……あんまり深く考えないようにしよう。 会えれば……それだけで十分だ。 お互いに、それ以上は何も要らないはずさ。 オレが荒れ狂う海に落ちてから、ナミはちゃんとどこか近くの宿泊所にたどり着けただろうか。 ――何度も言うようだけど、あれから一日が経った。 オレはついさっき気がついたばかりで、丸一日寝てた……ってか、気を失ってた。 よくよく考えればすっげぇみっともない話なんだけど、命が助かっただけでも儲けモノってことで。 ちゃんと事情も説明しなきゃいけないんだろうな…… 相手がナミだけに、面倒くさいことになるのは目に見えてるけど、それでもちゃんと説明しとかなきゃいけないな。 なんて考えながら歩くうち、道の向こうに小さくサイクリングロードの入り口が見えてきた。 タマムシシティ側と似たような外観の建物だ。 サイクリングロードはタマムシシティとセキチクシティを結んでいる道で、自転車でも渡り切るのに二、三日はかかるんだ。 この分だと、自転車を一日ばっかし漕いでいかなくちゃいけなくなるかもしれない。 ま、やんなきゃいけないわけだから、文句垂れても仕方ないさ。 「君のこと、ちゃんとナミにも紹介しとかなきゃいけないし……」 オレは腰のモンスターボールを一つつかみ取って、じっと見つめた。 このボールの中には、ついさっき仲間に加わったポケモンが入ってる。 元はと言えば、その仲間のために、オレは嵐の中、ナミを置いて先へ進んだワケで…… 当時って言っても昨日のことだけど、妙に昔のことのように感じるんだよな。 事実経過を説明する中に、このボールの中に入ってるポケモンのことも含めなきゃいけないんだろう。 大切な仲間をダシに使わなくちゃいけないなんて、とても心苦しいけど、仕方がないことだって割り切るしかない。 ナミに紹介することにもなるわけで、一石二鳥とプラス面で考えるのが一番だろう。 「なんか、すっごく遠回りしてるような気がする。気のせいか……?」 なんとなくそう思った。 途中でジムとポケモンセンターを示す標識が目に飛び込んできたけど、後ろ髪を引かれるような思いだったよ。 できれば今すぐにでも挑戦したいけど、今はナミにオレの元気な顔を見せてやる方が先なんだ。 これもスパッと割り切ったよ。 遠回りしてるように見えて、実はそれが一番の近道だったなんてこと、意外と多かったりして。 よくよく考えてみれば、タマムシシティを出発したのが昨日で…… 本当なら、セキチクシティに到着するのは明日か明後日のはずだ。 だけど、予期せぬアクシデントで一日か二日ほど早く着いてしまった。 結果オーライで済ませるのはあんまりいいことじゃないんだろうけど、本当に近道だったりしたわけで…… どちらにしても、ナミを捜しに行くことを含めれば、日程的には予定通りってところか。 世の中、変なところで奥が深いと思い知らされるよ、ホント。 セキチクシティは郊外と街の中心部で佇まいにほとんど差がないんだ。 そういう意味ではマサラタウンと同じだって言えるのかもしれないけど、少なくともマサラタウンよりは発展してる。 正直、郊外なのか中心部なのか区別をつけるのは難しい。 気がついた時には街の外に出て、18番道路に差し掛かっていた。 サイクリングロードまでは数百メートルってところだけど、そこまでの間に、何組ものトレーナーがバトルを繰り広げているではないか。 普通はこんなにバトルをやってる道路なんかないはずなんだけどな……ここはいつもそうなんだろうか? なんて思いながら、ポッポとコラッタが攻防を繰り広げている脇を通り過ぎる。 いかにもトレーナーに『なりたて』の、オレと同年代の男の子や女の子。 だけど、バトルに注ぐ眼差しは真剣そのもので、冗談や笑いが入り込む余地など皆無に等しい。 邪魔しちゃ悪いから、何も言わず、黙々と通り過ぎ―― 「ちょっと、そこのキミぃ!!」 「……?」 背後からかけられた声に、オレは立ち止まり、思わず振り返った。 なんか嫌な予感がしたんだけど、他人のフリはできなかった。 なにせ、周囲はポケモンバトルに燃えるトレーナーばかり。 通行人はオレと、声が聞こえてきた方でニコニコ笑っている少女だけだ。 で、考えれば分かることなんだけど、声をかけてきたのはその少女に間違いないわけで…… オレと同じ茶髪をツインテールで左右にまとめている少女で、年の頃はオレと同じか、あるいはちょっと上か。 少なくとも年下には見えなかった。 赤い半袖のシャツに短めのスパッツという軽装で、腰には左右それぞれ三つずつモンスターボールを差している。 アクセントのつもりか、頭にはシャツと同じ赤い色のバンダナを巻いている。 見た目からして間違いなくトレーナーなんだろうけど…… 少女は手を振りながら、ニコニコ笑顔を振り撒いてオレの傍へと駆け寄ってきた。 「キミはトレーナー?」 「あ、ああ、そうだけど……」 ナミによく似た雰囲気を彼女の口調から感じ取り、オレは思わず後退りした。 ……って、何見知らぬ少女相手に後退りなんてしてるんだ、オレ!? なぜか弱気になりつつある気持ちを奮い立たせ、オレは口を開いた。 「人にモノ訊ねるんなら、その前に自分から名乗ったら? ……なんて偉そうなこと言える義理じゃないとは思うんだけど」 「そー言えばそうだね」 彼女は含むところでもあるのか、軽く頷いて、口元を緩めた。 「あたしはハルカ。ポケモントレーナーよ」 「あ、ああ……それは分かるけど」 「用件はね、あたしとバトルして欲しいってことなんだけど」 「ああ……って、バトル? やっぱり……」 嫌な予感は当たってしまった。 こういうことばっかりよく当たるんだから……うれしくなんかないけどな。 「ね、受けてくれるでしょ?」 期待でも抱いているのか、鼻息なんか荒くして詰め寄ってくるハルカ。 なんなんだ、この妙な迫力。 普通のトレーナーとは思えない気がするのは、本当にオレの取り越し苦労で済むんだろうか? しかし、バトルを申し込まれた以上、オレもトレーナーだ……断るわけにはいかない。 心のどこかで「断っとけ」なんて意見もあるみたいだけど、相手が誰だろうと全力で相手をして勝つ!! それがポケモントレーナーってモンだ。 「いいぜ。 お互いに二体のポケモンを使ったシングルバトルで、時間は無制限。 どっちかのポケモンが二体戦闘不能になったらその時点で決着。入れ替えはあり。 それでどうだ?」 「オッケー。それでいいよ」 オレの提案を二つ返事でオッケーするハルカ。 これがナミなら、何も考えずに頷いてみましたって分かるんだろうけど、彼女は明らかに違っていた。 どんなルールだろうと絶対に勝ってみせるという、並々ならぬ気迫が漲っているような……気のせいか? ナミに似た少女が現れたってことで、動揺してるだけだろう。 いや、たぶんそうだ。そうに違いない。 一方的に結論付ける。 ハルカは周囲を見回し、 「ここじゃ他のみんなの邪魔になっちゃうから、あの辺りに行かない?」 指差したのはサイクリングロードの入り口にほど近い場所だった。 ちょうどその辺りだけポケモンバトルが行われていない。やるとしたらそこしかないだろう。 「分かった」 オレは頷き、存分にバトルできるスペースへと歩き出した。 少し遅れてついてくるハルカ。 「よーし、頑張るぞーっ」 腕を大きく振り回しながら意気込む様子を見て、オレは彼女が120%やる気だってのをひしひしと感じずにはいられなかった。 100%やる気だっていうのなら、それはどのトレーナーも同じこと。 だけど、120%だと感じさせるなんて、本当にタダモノじゃないのかもしれない。 ま、相手が誰だろうと全力で戦うってことには変わりはないわけだし……そんなに気負う必要もないだろ。 むしろ相手のペースに引きずりこまれて自分のバトルができないんじゃ、それこそ本末転倒だ。 自分のペースをバトルの最中でも保ち続けていれば、それだけで十分。 ほどなくオレたちは場所を移し、存分にバトルできる場所に着いた。 十数メートルの距離を開けて対峙する。 「そういえば、キミの名前、聞いてなかったね」 ハルカが声を張り上げた。 名前……ああ、そういえば名乗ってなかったっけ。 『まず自分から名乗れ』なんて言った割には名乗ってなかったんだから、こりゃ本気で人様のことなんか言えないのかも。 そう思いながらも、オレは口を開いた。 「オレはマサラタウンのアカツキ!! ハルカ、勝負だ!!」 「アカツキ……?」 オレの名前を聞いてか、ハルカは驚いたように目を見開いた。 どう見てもただ事じゃない。 表情は引きつって、何かを恐れているようにすら見えるんだ。 考えすぎだろうか? そう思っていると、ハルカは首を左右に激しく打ち振った。 ツインテールの髪が布のように揺れる。 「ううん、なんでもないわ。 あたしの友達に同じ名前の男の子がいるんだけど……あの子のこと、思い出しちゃっただけ。 それじゃ、あたしのポケモン見せたげるね!!」 なんて明るく言って、ハルカは腰のモンスターボールを引っつかんで、空へ投げ放った!! どうやら、考えすぎだったらしい。 オレと同じ名前の友達ってのが気になるけど、今はバトルのことに集中しよう。 「行くよ、ゼクシオ!!」 最高点に達したボールは、ハルカの声に呼応するように口を開き、中からポケモンを放出した!! 出てきたポケモンは、見た目がマジで青いカブトムシだった。 「ヘラクロスか……しかもニックネームつけてるな」 「ご名答」 オレが漏らしたつぶやきを聞き取ったハルカが、口の端を吊り上げた。 ヘラクロスって言えば、1本角ポケモンという分類をされているポケモンだ。 ジョウト地方に主に棲息していると言われてる。 堅くて立派な角はわずかな曲線を帯びつつ、天へ向かって伸びている。 角の先まで合わせた身長は一メートル以上で、オレの首の辺りまではあるだろう。 見た目どおり虫タイプだけど、同時に格闘タイプも持ち合わせているという珍しいポケモンだ。 単なる虫タイプのポケモンの枠に囚われず、格闘タイプの技も使いこなすパワフルな一面もある。 『なんだカブトムシか……』と甘く見ていると、手痛いしっぺ返しを食らうこともあるんだ。 格闘タイプを持っているだけあって攻撃力はかなり高く、立派な角を使った攻撃を得意としている。 弱点は飛行、炎、エスパーの三タイプと、意外と防御面もしっかりしているんだな。 攻守に優れたポケモンだけに、何としても弱点を突いておきたいところ。 ならば…… 「さ、キミのポケモンも出して。早く勝負しようよ!!」 「分かってるって。そう慌てるなよ」 息巻くハルカを諌め、オレは腰のモンスターボールに手を触れた。 ヘラクロス――ことゼクシオの弱点を突けるのは、ラズリー、リッピー、ルースの三体。 だけど、リッピーはノーマルタイプゆえ、ヘラクロスの格闘タイプの技を食らったら、一発でやられかねない。 となると、ラズリーかルースってことになるか。 ラズリーなら持ち前のスピードで撹乱しながらでも攻撃できるから、かなり楽勝なんだろうけど…… ここはいっそ、ルースを出してみようか。 最終進化形のバクフーンだから、それなりに実力も備わっているはずだし。 何よりも、ルースの実力を確かめないことには、いろいろな戦略とかも組み立てられない。 後学のためにも、ルースにはいろんな経験をさせといた方がいいんだろう。トレーナーとしての采配を試されている。 「んじゃ、行くぜルース!! 初お目見えだ!!」 オレはルースのボールを引っつかみ、投げ放った!! 緩やかな放物線を描き、地面にワンバウンドして、ボールが口を開く!! 飛び出してきたルースは勇ましい鳴き声を上げることもなく、「ここはどこ、私はだあれ?」と言わんばかりに、周囲を忙しなく見回している。 ……はて、こういう性格だったっけ? なんて思っていると、ルースの視線がゼクシオに釘付けになった。 「う……バクフーン……!?」 またしてもハルカの顔がゆがむ。 苦手なものを目の当たりにしてるように見えるのは、果たして気のせいだろうか? まあ、種族的な話で、ヘラクロスに対してバクフーンは相性的に不利だからな。無理もないことなんだけど。 ヘラクロスの専売特許とも言える虫タイプ最強の技メガホーンも、炎タイプのルースには効果が薄い。 しかし、相性による軽減を差し引いたとしても、ヘラクロスの攻撃力はかなり高い。 ダメージはかなりのものになるだろうけど、一撃で戦闘不能に陥ることはないはずだ。 ……と。 ザッ。 ルースが一歩下がった。 「……?」 一体何をするつもりだ……? お世辞にも元気とは言えないその様子に、何かあるんじゃないかと思ったりもしたんだけど……もしかして、気が昂ぶってるんだろうか? ――オレの想像は見事に外れた。 「バク〜っ!!」 叫ぶなりルースは身を翻し、オレの傍へ戻ってきた。 そしてオレの後ろに隠れて、恐る恐ると言った様子でヘラクロスを遠目に見つめている。 「……」 「…………」 「………………」 「……………………」 これには何を言っていいのか分からず、オレもハルカも沈黙してしまう。 いきなり逃げてくるか、普通? 肩越しに振り返ると、ルースは怯えたような眼差しをゼクシオに向けていた。 ……って、怯えてる? 「あ、あのさ……キミのバクフーン、なんだか怖がってるように見えるのは気のせいかな?」 躊躇いがちに、ハルカが訊ねてきた。 信じられない光景を目の当たりにしたと言う意味では、オレと同じ気持ちなんだろう。 だからって、うれしいわけじゃないんだけど。 「そうなのか、ルース?」 「バク〜っ……」 確認のために訊いてみると、見事に首を縦に振ってくれた。 トラベルチャンスで一発逆転がヒットして海外旅行が当たったような……ああ、なんかどうかしてるぞオレまで。 あまりに衝撃的すぎて、何をどう考えればいいのか、よく分からなくなってるみたいだ。 こういう時は深呼吸で気持ちを落ち着けよう。 ――すぅぅぅ……はぁぁぁ。 深く息を吸い込み、吐き出す。 そうして何度か深呼吸を繰り返すと、少しは気持ちが落ち着いてきた。 その間中、ルースはオレの影から出てこようとしなかった。 まるでオレを盾にしてるかのような……気のせいか。 「ねえ、それじゃあ勝負にならない気がするんだけど……どうするの? 入れ替えるなら別に構わないよ。あたし、どんな相手だって勝てる自信あるんだから」 胸を張って語気を強めるハルカ。 ――腰抜けと戦うつもりはない。入れ替えるなら早くしろ。 どこか人を小ばかにしたその口調からは、そういうニュアンスが垂れ流しにされているように思えた。 隠す様子すらないんだから、本気で悪意を漂わせているに違いない。 そこまでコケにされて引き下がってしまうような意気地なしであるつもりは、毛頭ない。 『オレは漢だ!!』 ……って胸張って言えるワケじゃないけど、バカにされて黙ってられるほど忍耐強くもないつもりだ。 オレは180度方向転換して、ルースと向き合った。 「ば、バク……?」 何するつもりなの……? 炭酸の抜けたソーダ水のような、弱々しい声をあげるルース。 オレよりも立派な身体してる割には、なんかむやみやたらに気が小さいみたい。 オレはルースの肩に手を置いた。 「ルース。行け」 「……?」 あまりにアバウトすぎたのがいけなかったのか、ルースは首をかしげた。理解しかねているようだ。 「大丈夫。君の実力ならちゃんと勝てるって。怖がらなくてもいいんだ」 「バク……?」 「ホントだって。オレがちゃんと指示出すから。それにさ、君の力を見たいんだ」 「バク……」 本当に? ルースはそう言いたそうだった。 ゼクシオに対してか、バトルに対してか。どっちに怯えているのかまでは分からない。 オレと出会うまでは、人間ですら恐れていたみたいだから、すぐにそういった恐怖症が治らないのも無理はないと思う。 だけど、少しずつでも治していかなきゃいけないんだ。 いつまでも怖がっていたんじゃ、何も変わらない。 「本当だよ」 オレはニコッと微笑みかけた。 ルースとやり取りしている間、ハルカは一切口を挟んでこなかった。 見守ろうという趣向か……殊勝な趣味だけど、そんなことはどうでもいいさ。 「君にはゼクシオに勝てるだけの力があるんだからさ。 怖がらなくたっていいんだ。 さ、行こう。 一人で戦うわけじゃない。オレだって一緒に戦うんだ。だから……ほら」 怯えているルースを、ゆっくりと前に押し出す。 最初こそ抵抗していたものの、観念したのか、やがてあきらめ、トボトボとした足取りでゼクシオと向き合った。 にやり…… ハルカの口元に笑みが浮かぶ。 そうよ、そうでなきゃ面白くないわ、と言わんばかり。 「心は決まったみたいね。 言っとくけど、あたしはこれでも手厳しい方よ? 中途半端な気持ちじゃ、勝てっこないってことだけは言っとくわ」 「中途半端かどうか……見せてやる」 余裕綽々の言葉を返され、オレは頭に血が昇りかけたのを感じつつも、拳を握って自制する。 爪が食い込む痛みで、意識が冴え渡った。 「ルース、火炎放射!!」 こうなったら意地でも倒してやる。 ルースに対する指示が、自分でも分かるほどの最大級の声で出される。 ルースはびくっと身を震わせながらも、背中から炎を噴き上げた!! やる気になったっていう証拠だ。これもオレを信じてくれているからだろう。 だったら、オレはその信頼に応えられるような指示を出して、バトルを勝ち抜いていかなくちゃならない。 責任重大だけど、その方がやりがいを感じられる。 ルースは口を大きく開き、紅蓮の炎を吐き出した!! 「……っ!!」 ヘラクロスに向かって突き進んでいく強烈な炎を見て、オレはマジで驚きを禁じ得なかった。 単純な威力だけなら、ラズリーより上だ。 『もらい火』が発動すればラズリーの方が威力は強くなるけど、素での威力は、間違いなくルースの方が上!! 最終進化形だけに、実力は確かだってことか。 心の底からやる気(マジ)になればどうなるやら……楽しみで仕方ない。 「やるわね……それじゃあゼクシオ、岩石封じ!!」 「……?」 突き進む炎を見つめながら、ハルカも指示を下した。 でも、岩石封じって……? 聞いたことのない技に、一瞬どうすればいいか迷いが生じる。 攻撃技なのか、それとも防御なのか……それすら分からないから、対応ができない。 その一瞬の間にも炎はゼクシオへと向かって突き進んでいく。 だけど、ゼクシオは炎から逃げる素振りすら見せない。 防ぎきれるってことか……なら、見せてもらおうじゃないか。 接近戦が得意なゼクシオに対して、こちらから距離を詰めるようなことは避けたい。 炎という武器があるなら、それを存分に使うのがセオリーだ。 ゼクシオは四股を踏む力士のように、片脚を持ち上げ、地面に叩きつけた!! どォんっ!! 揺れによる振動が地面を走り、足の裏に伝わって全身に這い上がっていく!! これは……地震!? いや、違う。地震の揺れはこんなもんじゃない。 やはり、岩石封じは別の……? それでもどんな技かは分からない。 「ルース、動くなよ!!」 「ば、バクっ……!!」 ルースは突然襲ってきた揺れに驚きを隠しきれずに周囲を見回しているが、オレの指示に応えて、その場を動かない。 何があるか分からないから、怖いのかな……まあ、それはさておき。 ヘラクロスの前の地面が轟音と共に盛り上がる!! ずどんっ、ずどんっ、ずどんっ!! 岩の柱が次々と打ち立てられる!! 計八本の岩の柱はヘラクロスを守るかのようそそり立ち、直線にしか進めない炎は岩の柱にぶつかって、左右に吹き散らされた!! 「……そういうことか……」 オレは岩石封じの効果を理解した。 本当なら、相手を岩の柱に閉じ込めてダメージを与える技なんだ。 だけどハルカは使い方を変えて、岩の柱で炎を防いだ。 やるなあ……オレの知らない技を使うなんて。 こっちの攻撃を防ぐ手段があるってことが分かっただけでも収穫と言えば収穫だ。 だけど、ちゃんと当てる手立てがなければ、何度も同じように防がれてしまうだろう。 炎を確実に当てようと近づいても、今度は岩の柱に閉じ込められてしまう。 炎という、ゼクシオの攻撃射程の外から繰り出される攻撃に対しても、ハルカはちゃんと防ぐ手立てを持っているということか…… ならば…… 「ゼクシオ、岩なだれっ!!」 今度は攻撃範囲を広めて、炎タイプに有効な岩タイプで攻めてきた!? ゼクシオは先ほど打ち出した岩の柱に、自慢の角をねじ込んだ!! 岩の柱に亀裂が走る!! 岩の柱を岩なだれの材料にすることで、一からのプロセスを省略する手で来るなんて…… トコトン得体の知れないポケモンとトレーナーだ……!! でも、今のゼクシオは隙だらけ!! 「ルース、電光石火でゼクシオの背後に回るんだ!!」 「バクっ!!」 オレの指示にルースは頷き、四本の脚で駆け出した!! 背中の炎が虚空に赤い残像を残す。 「速いッ!!」 駆け出したルースを見つめ、ハルカが驚愕に目を見開いた。 驚いたのはオレも同じだった。 ルースはぐんぐん加速し、あっという間にゼクシオの背後に回り込んだ。 「速っ……」 これには脱帽するしかない。 ラズリーの電光石火と、どっちが速いだろう……? 簡単には比べられそうにないけど、やっぱりルースはすごいぜ!! 臆病な性格はともかくとしても、ちゃんとした身体能力を備えてる。最終進化形っていう看板もダテじゃないっ!! 「ヘラクロっ!?」 すっ、と背後から差した影に、ゼクシオが驚く。 必死に角を動かして、岩を粉砕して雪崩のように降り注ごうとしているのに、焦っているせいか、なかなか捗っていないらしい。 「ゼクシオ、急いで!!」 ハルカの激が飛ぶ。 だけど、そう簡単に岩なだれなんて発動させやしないぜ!! オレはぐっと拳を握りしめ、 「ルース、火炎放射!!」 今なら絶対に避けられない!! ルースは大きく息を吸い込むと、紅蓮の炎をゼクシオに浴びせかけた!! 至近距離の炎が確実にダメージを与える!! ルースとゼクシオは荒れ狂う炎に飲み込まれ、姿を消した。 どれだけのダメージかは分からないけど、ヘラクロスは戦闘不能寸前が一番危険だ。 あの技だけは絶対に発動させないようにしないと…… ヘラクロスの攻撃力は確かに脅威だ。 メガホーンや突進といった威力の高い技もあるし、体力が少なければ少ないほど威力が上がるという『起死回生』が何よりも恐ろしい。 体力を極限まですり減らした状態で放たれる起死回生は、相性の悪いポケモンでも一撃で戦闘不能にしてしまうこともあるらしい。 そんなのをまともに食らったら、間違いなくヤバイ。 どうやって戦っていくか…… 脳裏に戦いのビジョンを描いていると、突然轟音が響き、無数の岩が空へ向かって舞い上がった!! 炎に巻かれながらも、渾身の力を込めて岩なだれを発動したか……!! 「ルース、離れてもう一度火炎放射!!」 岩タイプの技は、炎タイプのポケモンに対して効果抜群。 まともに食らったらかなりのダメージになるだろう。 ばっ!! 宙に舞い上げられた岩が次々と降り注ぐ中、炎から飛び出し、ルースはゼクシオとの距離を取ると、再び炎を吐き出した!! ゼクシオを包み込む炎に、吐き出した炎が突き刺さり、さらに大きな炎となる!! オレは暴虐なまでに荒れ狂う炎にじっと視線を注いでいたけど……何か釈然としない。 こうも簡単に炎を食らうものか? 岩なだれを発動した今、ゼクシオを縛っているものは何もないんだ。 逃げる気になれば逃げられるはずだ。 それに、炎の中のゼクシオを静かに見つめるハルカの眼差しは真剣そのもの。 逃げろだの、攻撃しろだのという指示も出していない。 これは何かあると見て間違いない。 策があるのなら、これ以上は迂闊に攻撃には打って出られない……!! 一体何を考えている……!? 相手の考えていることがまったく読めない。 起死回生を発動させようと、わざと体力をすり減らしてるってのか? だったら、その間に攻撃の一つでも繰り出して、ある程度は有利な状態を作り出すだろう。 それをしないというのは一体どういうことだ? 何かを考えているのは間違いないんだ。でも、それを読めない!! 「ふふ……驚いてるでしょ?」 ハルカが不敵な笑みを口元に浮かべ、話しかけてきた。 「……?」 「ゼクシオに逃げろとも、攻撃しろとも言わないんだから。何か罠があるなって、勘繰ってるみたいだけど……」 オレ、そういう顔をしてるのか。 自分じゃそういうの、よく分かんないけど……気持ちが無意識のうちに表情に出てしまうんだろうか。 まあ、そんなことはどうでもいいんだ。 驚いてるのは確かだし、見破られてるんだから隠し立てする必要もない。 ただ、ハルカがこうして話し出すのを見る分に、これからやることに自信があるってことだ。 防げるものなら防いでみろという宣言に他ならない。 「それはね!! あたしのゼクシオは相性なんて関係ない!! ゼッタイに勝てるって確証があるからだよ!! ゼクシオっ!!」 やっぱり、大きな何かを仕掛けてくる……!! 全身が粟立つ感覚を覚え、オレは叫んでいた。 「ルース、逃げろ!!」 「逃がさない!! 起死回生!!」 ばっ!! 炎が内側から破られる!! 姿を現したゼクシオが薄幕のような羽を広げ、逃げようとするルース目がけて突き進む!! でも、なんなんだ、このスピードは!? 一般的なヘラクロスのスピードは、それほどのものじゃないんだ。 炎で体力をすり減らしている状態でここまでのスピードを維持するなんて、一体何があった!? 一心不乱に逃げるルースと、矢のような勢いで追いすがるゼクシオとの距離がぐんぐん縮まっていく!! あっという間に追いつかれ、角による強烈な攻撃を受けるルース!! 「バクっ!!」 必殺の起死回生をまともに食らい、吹っ飛ぶルース!! 近くの木の幹に大きな音と共に叩きつけられる!! 「ルースっ!!」 オレは居ても立ってもいられず、ルースの傍に駆け寄った。 屈み込み、倒れたルースを揺り起こした。 背中で燃えていた炎はすっかり消えてしまっている。 バクフーンの背中で燃える炎は体力、気力といった身体のバロメーターなんだ。 炎の燃え具合で、今どういう状態か、というのが分かるんだそうだ。 「バク……」 ルースは弱々しい声を上げると、小さく目を開けた。 口の端にかすかに浮かぶ笑みが、あまりに痛々しく見えてしまう。 整えられていたはずの体毛は汚れ、捩れ、荒れ放題の草地のような有様だ。 ――僕、頑張ったよ。そうでしょ? そう言いたそうな笑みを見ていられなくて、オレはルースの身体をギュッと抱きしめた。 「ごめんな、ルース……君をここまで戦わせちゃって。 でも、よく頑張ったよ」 耳元でそっとささやく。 ルースは本当によく頑張ってくれた。 おかげで実力も確かめられたし、ゼクシオにかなりのダメージを与えることもできた。 起死回生は体力が存分に残っている間は威力が低いけど、体力が減れば減るほど威力がアップするのは先述の通り。 ルースはほとんどダメージを受けていなかったけど、起死回生一発で戦闘不能だ。 わざわざ発動させたんだから、それくらい体力が減ってるってことなんだけどな…… 「君はホントは戦いたくなかったのに……でも、後は他のみんなに任せて。 今はゆっくり休んでくれ」 オレはルースを心の底から労い、モンスターボールに戻した。 本当に戦いたくなかったのを無理に戦わせてしまったのは確かにオレだけど…… でも、それを差し引いてもルースは本当によく頑張ってくれた。 その頑張りを無駄にしないようにするのが、今のオレのやるべきことだ。 オレは絶対に勝つと誓い、立ち上がった。 「ねえ、カムラの実って知ってる?」 振り返りざま、声をかけられた。 ……カムラの実? それって確か…… 「カムラの実には風の力が宿ってるって言われてるんだよ」 「それがどうかした……って……!?」 得意気に話すハルカに言い返そうとして――はたと気づく。 カムラの実といえば、とても珍しい木の実と言われていて、なかなか手に入らないんだ。 進化の石と、一対一で、文字通り等価交換されることもあるって話だ。 それに、カムラの実には特別な力があるらしい。 くわえているポケモンの体力が減ると、身体に働きかけて、瞬発力や俊敏力を上昇させるっていう話らしいんだけど…… いざ目の前にして思い知らされた。 さっきゼクシオが体力の残り具合からは想像もできないようなスピードを発揮したのは、カムラの実の力だったんだ。 バトルでは、木の実は基本的に使い捨てのアイテムだけど、カムラの実のような『レア物』をこうも簡単に使ってしまうなんて…… バトルの勝敗って、そこまでしてまで……背に腹には代えられないってことなんだろうか? 「今のゼクシオは体力が残り少ない状態だけど…… カムラの実で素早さがぐんと上がってるんだよ。 さ、次のポケモンを出して。ギタギタにしちゃうから」 「言われなくても出してやるよ」 自信たっぷりに言うハルカの言葉を突っぱねて、オレは次のポケモンが入ったモンスターボールを手に取った。 スピードが上がっている今のゼクシオを相手に戦えるのは……君しかいない。 「行くぜ、ラズリー!!」 オレは迷うことなく、ラズリーのボールを投げた。 同じタイプのポケモンを続けざまに出すのは、ホントはあんまり良くないんだけど…… だけど、ゼクシオを倒さないことには、次のポケモンを引きずり出すことができない。 ボールは放物線を描き、地面に着弾する直前で口を開いた!! ラズリーはボールから飛び出すなり、低い唸り声を上げてゼクシオを威嚇する。 もちろん、そんなので怯むほど、ゼクシオは臆病ではなかったけれど。 飛び出してきたラズリーを見つめるハルカの目が細くなる。 炎タイプのポケモンを続けて出してきたということで、何か罠でも張ってるんじゃないかと警戒しているようだ。 もちろん、オレは罠なんか張ってない。張るほどの余裕なんて残ってるわけないし。 「炎タイプのポケモンね……起死回生を食らう前に炎で決めてやるっていう魂胆かな? ま、どっちにしたって、あたしのゼクシオの敵じゃないわ。 そっちがその気なら、リクエストどおり、これで決めてあげるわ、起死回生!!」 ハルカが指示を下す。 スピードが上がった状態で起死回生を放ち、一撃で決めてくる気か……!? でも、そうはいかない。 「ラズリー、火炎放射!!」 ラズリーはオレの指示に迅速に応えた。 羽を広げ、剛速球のような勢いで飛んでくるゼクシオめがけ、容赦なく炎を吹きつけた!! いくらスピードが上がっていようと避けられるはずもなく、為す術なく炎に飲み込まれるゼクシオ。 「……ゼクシオ!!」 炎に飲み込まれたゼクシオに向かって叫ぶハルカ。 起死回生を最大の武器にできるほど体力をすり減らしているのなら、この攻撃を一発受けた時点でジ・エンドのはずだ。 オレの読みは的中し、炎が消えた後には、仰向けに倒れているゼクシオの姿。 「……戻って、ゼクシオ」 悔しそうに唇を噛みしめると、ハルカはゼクシオをモンスターボールに戻した。 一撃を食らえば戦闘不能だけど、体力が残り少ない状態では最高の攻撃力を誇る…… ハイリスク・ハイリターンな作戦だけに、こういう事態を予期していたんだろう。 彼女は迅速にモンスターボールに戻した。 「お疲れさま、ゼクシオ。ゆっくり休んでてね」 ゼクシオが入っているボールをしげしげと見つめ、ハルカは決意表明でもするような口調でつぶやいた。 心なしか、その口元に笑みのようなものが浮かんでいるように見える。 無理もないか……オレは正直にそう思った。 ハルカからすれば、ゼクシオ一体でオレの二体目のポケモンまで引きずり出したんだ。 ラズリーに対して有利な水、地面、岩タイプのポケモンを持っていたら、間違いなく出してくるだろう。 弱点を突くことこそ、ポケモンバトルの一番のセオリーだ。 ウェイトとしてもかなり大きいだろう。 「やるわね。 あたし、これでもゼクシオには自信があったんだけどね……でも!! 次のポケモンはね、あたしの最初のパートナーなんだから。ゼッタイに負けないわ!!」 言い放ち、ゼクシオと引き換えに手にしたモンスターボールをかざす。 最初のパートナー……ってことは『最初の一体』か。 自信たっぷりに言うからには、最終進化形まで行っていると見て間違いない。一段階進化なら、相性の悪い状態でも十分に勝機はある。 ならば……ハルカの二番手はカメックス……!? そう思っていると、彼女は大きく腕を振りかぶり、モンスターボールを投げた!! 「アーミット、久しぶりにキミの力、借りるよ!!」 アーミット……? ああ、これもニックネームか。アーミットなんて名前のポケモン、聞いたことないぞ。 ボールは宙を舞い、地面にワンバウンドしたところで口を開いて、中からポケモンを放出した!! 「……なんだ!?」 オレは目を疑った。 ハルカの目の前に飛び出してきたポケモンは、見たことのない種類だったんだから。 身長はルースと同じくらいだけど、身体つきはガッチリしている。 透き通るような青いボディ。 左右の頬にはオレンジ色の突起が生えてるけど、これは一体なんだろう。 あと、額から斜め上に突き出しているのは耳……? 後ろ脚だけで立つポケモンに、オレはポケモン図鑑のセンサーを向けた。 見たことのないポケモンなら、まずは特徴とタイプをチェックしておかないと。 しようとしまいと、ラズリーに対して有利なタイプであることは疑いようがない。 ピコピコと電子音と共に液晶にその姿が映し出される。 「ラグラージ。ぬまうおポケモン。 主にホウエン地方に棲息しているポケモンで、ミズゴロウの最終進化形。 両腕は細く見えても岩のように硬く、一振りで相手を叩きのめすほどの怪力でもある。美しい砂浜で巣作りをする姿が見受けられる」 図鑑から流れてきた説明に、オレは衝撃を受けた。 電撃が駆け巡ったような衝撃におもわずよろけそうになったけど、そこは根性(ガッツ)でカバーだ。 ホウエン地方のポケモンか…… どうりで、見たことのない姿で、聴いたことのない名前だと思ったら。 でも、これでハッキリした。 ハルカはホウエン地方出身のトレーナーだ。 何らかの理由でカントー地方に渡ってきたってところだろう。 まあ、そこまで追及する気はないけど、気にはなるかな、正直なところ。 それはさておいて、図鑑の説明で分かったのは、ラグラージ=アーミットが物理攻撃力に優れているポケモンであるということ、 地面と水の二つのタイプを持ち合わせているということだ。 弱点は単純に考えて草タイプだけ。 それも飛び切り弱い。 言い換えれば、草タイプ以外のポケモンに対してはかなりの強さを発揮するってこと。これは強敵だ…… 水、地面ともラズリーにとっては苦手とするタイプだけに、炎だけに頼った戦いでは苦しい。 ある程度は物理攻撃も織り交ぜていかないと…… 「あたしのアーミットは強いよ。炎タイプを出したこと、後悔するかもね」 「しねえよ、絶対にな!!ラズリー、火炎放射!!」 後悔なんてしない。 仮にするとしたら、最後の最後で、どうしようもなくなった時だけだ。 ラズリーはオレの指示に口を開き、炎を噴き出した!! まともに食らったところで、アーミットには、無傷にはならないだろうけど、ダメージらしいダメージにもならないだろう。 まあ、運が良ければ火傷状態にして、攻撃力を減らすこともできるんだろうけど……状態異常になる確率を期待してもしょうがない。 まずは相手の反応を見てから、次の一手を考えよう。 とりあえずは様子見のつもりで放った火炎放射に対し、ハルカは―― 「アーミット、砂嵐!!」 ぶおっ!! 指示から間をおかず、アーミットが砂嵐を発動させた!! 天に向かって咆えると、アーミットを中心にして砂嵐が巻き起こる!! ラズリーの炎は砂嵐で生まれた壁にぶつかると、左右に吹き散らされてしまった。 避けるでも、迎撃するでもなく、わざわざ砂嵐なんて大技を使って、然したるダメージを受けるとも思えない火炎放射を防いだってことは…… 次の手は恐らく…… 「アーミット……!!」 ハルカの声が聞こえてきたけど、砂嵐が吹き荒れる轟音でよく聞き取れなかった。恐らくは次の指示。 だとすれば…… 「ラズリー、日本晴れだ!!」 防ぐ手段はないと考えて、オレはラズリーに持ち前の炎技にさらに磨きをかける技を指示した。 ラズリーが空を仰ぐと、陽射しが一際強くなり、周囲は瞬く間に熱気を帯び始めた。 強烈な陽射しに、砂嵐は徐々に弱められ、砂の壁も薄くなっていく。 その向こうに、アーミットの姿はなかった。 無論、これは予想通りだ。 アーミットは砂嵐で炎を防ぐと同時に姿を消すための時間を稼いだ。 無理に砂嵐を突き破ったところで体力を奪われるのは分かっていたし、ハルカもそこまではしないと読んでいたんだろう。 最終進化形のポケモンの穴を掘る攻撃に耐えられるかどうかは分からないけど、やってみなければ始まらない。 どこから攻撃されても大丈夫なように気を配っておくのが最良の手段だけど、それだけじゃどうにもならない。 いつでも火炎放射や大文字、あるいはオーバーヒートを放てるように準備を進めるしかない。 「ラズリー、いつでも攻撃できるように備えてくれ」 「ブーっ」 ラズリーは頷いた。 妙な静けさが周囲を満たす。 砂嵐は完全に消滅し、アーミットも攻撃を仕掛けてくる気配がない。 アーミットが消えたと思われる穴の向こうで、ハルカは腕など組みながら、真剣な視線をこちらに向けている。 ダメージ覚悟で攻め入るか、それとも別の方法を模索しているのか……どちらにしても、警戒するに越したことはない。 ラズリーもどこから攻撃が来るか分からないと認識しているようで、落ち着き払っている。 耳を立て、少しでも攻撃の兆候を読み取ろうとしているみたいだ。 何も起こらないまま時が過ぎていく。 日本晴れの効果で、汗ばむような熱気が身体を包み込む。 ハルカは心理戦を仕掛けてきているのか……? そう思った矢先だった。 「岩石封じ!!」 「なに……!? 逃げろ、ラズリー!!」 ハルカの指示と共に、地面が盛り上がる!! オレの指示が届く直前、地面から突き出した八本の岩の柱がラズリーを完全に包囲した!! これじゃ、逃げるに逃げられない!! なるほど、ハルカはこれを待ってたんだ。 岩石封じでラズリーの動きを封じてから、地面タイプか水タイプの技で一気に倒そうという作戦だ。 やはり、彼女は戦い慣れている。 トレーナー歴はオレよりも上だろう。 逃げ場をなくしてからじっくり料理するなんて、悪趣味と言えば悪趣味だけど……でも、一番効果的だ。 次の攻撃が来る前に、何とかして手を打たないと…… オレは焦りを隠しきれなかった。 この状況でポーカーフェイスを決め込んだところで無意味だとは分かってるのに、どうしてもそれにこだわってしまう。 ラズリーのアイアンテールで岩の柱を片っ端から壊して逃げ場を確保すると言うことも考えた。 でも、それだけの時間を与えてくれるとは考えにくい。 ならば…… 玉砕覚悟でこうするしかない。 「ラズリー、火炎放射!!」 「……なんですって?」 オレの指示に、ハルカが眉を訝しげに上下した。 ラズリーは躊躇わず、オレの指示に応えた。 鉄格子のように周囲を取り囲んでいる岩の柱に、自慢の炎を吹きかけたんだ。 何をするつもり……? ハルカの怪訝な表情が物語っている。 だけど、彼女はこれを見逃さない。絶対に仕掛けてくるはずだ。 ラズリーが吹きかけた炎は、外にはほとんど行かず、岩の柱に跳ね返り、ラズリー自身を襲う!! だけど、これでいい。 ラズリーは自分の炎でダメージを受けない。 それどころか、『もらい火』の特性を発動できる。ここでアーミットが直接攻撃を加えてくれば、反撃もできる。 案の定、アーミットはラズリーのすぐ近くに姿を現した。 「今だよアーミット、気合パンチ!!」 ハルカの指示に、アーミットが前脚をグルグルと回し始めた。気合を溜めているんだろう。 気合パンチはかなりの集中力が必要となる技で、発動までに集中力が少しでも緩めば、それだけで発動できなくなるという欠点があるけど、 気合を込めただけあって威力は抜群。 単純な威力だけで言えば、格闘タイプで最強を誇る。 もっとも、使い勝手を考えれば、爆裂パンチやクロスチョップの方が実際にはよく使われている。 「ラァァァァジッ!!」 裂帛の叫びと共に、アーミットが拳を繰り出す!! がぎっ!! 岩の柱はあっさりと砕け―― その瞬間、あふれんばかりの炎が噴き出して、アーミットを直撃した!! 「なっ……アーミット!?」 まさか炎が噴き出してくるとは思っていなかったようで、ハルカはうろたえていた。 岩でできた柱と柱の間の隙間は狭く、炎が噴き出すほどの隙間はない。 アーミットが気合パンチで炎の脱け出す道を作ったからこそ、こんなことになったんだ。 ハルカは驚きこそ見せているけれど……アーミットにダメージがあんまり行ってないのが問題だろうな。 アーミットも驚いていたけれど、そんなに痛がってるようには見えない。 でも、今がチャンス!! 「ラズリー、飛び出してアイアンテール!!」 噴き出す炎の中に小さな影が見える。 ラズリーは岩石封じでできた岩の牢屋から脱け出すと、炎の中からジャンプ!! アーミットの視界が炎で塞がっているのを利用するように、真上に躍り出る!! 「アーミット、真上!!」 太陽を背に落ちてくるラズリーを指差し、ハルカが叫ぶ。 重力加速度を味方につけ、ぐんぐんとアーミットに迫る!! 鋼の硬度を得た尻尾を真っすぐに伸ばし、ちょうど振り仰いだアーミットの顔面を叩きつけた!! 「グォォォっ!!」 渾身の一撃をまともに食らい、アーミットは何歩か蹈鞴を踏むと、激しく首を打ち振った。 鋼タイプの技は水タイプのポケモンに効果が薄い。 ラズリーの攻撃力の高さを加味したとしても、どれだけのダメージを与えられたのか。 さっきの炎よりは効いてるみたいだけど…… ラズリーは軽やかに着地すると、痛がるアーミットを睨みつけた。旅に出た当時のラズリーからはとても想像できない姿だ。 「やるわね……アーミットにここまでダメージを与えた炎タイプのポケモンなんて、そうはいないわよ」 ハルカは不敵な笑みを覗かせながらつぶやいた。 アーミットには自信を持ってるってことなんだろう。 だからこそ、相手が強いと燃えてくるんだろう。そこんとこはトレーナー気質って言うんだろうな。 「でも、最後にはあたしが勝つわ。アーミット、地震!!」 堂々と宣言した後に下した指示。 アーミットは眦を吊り上げ、ジャンプ!! 着地と同時に、凄まじい揺れが周囲を襲う!! 「うわっ!!」 身体の芯までグラグラ揺さぶるような強烈な揺れに、オレは危うく転びそうになったけど、何とかバランスを取って、倒れずに済んだ。 でも、ラズリーはそうも行かなかった。 震源により近い場所にいただけに、瞬時に襲い掛かってきた揺れに対応できず、転び、反動で宙に投げ出されてしまった!! 「ラズリーっ!!」 今のでダメージはそんなに受けてはいないと思うけど……問題なのは、着地するまで無防備だってことだ!! 不安定な体勢からじゃ、炎だって威力が落ちるだろうし、何よりも精密さに欠ける。 今はアーミットにとって最高のチャンス。 「よし、今よアーミット!! 必殺のハイドロポ〜ンプッ!!」 ハルカが意気揚々と指示を下すと、アーミットは口を大きく開くと背中を弓なりに沿った。 水タイプ最強の技だけあって、すぐには放てないんだ。 わずかな時間に何ができるか…… オレは必死に考えをめぐらせた。 ハイドロポンプは、水を圧縮した剛速球だ。 まともに食らえば、圧縮された水圧が解放されて、さらにダメージが膨らむという、いわば二段階攻撃の技。 今のラズリーが食らったら、間違いなく戦闘不能。勝利の鍵は、どこまでダメージを減らせるかに懸かっている……!! 導き出された結論は…… 「ラズリー、炎で自分を守るんだ!!」 「遅いわ!!」 ラズリーははじめからそうするつもりだったかのように、迅速に反応した。 瞬く間に小さな身体が炎に包まれる!! こうなったら炎でガードするしかない。 ガードって言っても、相性的に不利なんだから、どこまでダメージを減らせるかという次元でしかない。 何もしないよりはマシなはずだ。 ぼぼんっ!! アーミットが大きく開いた口から、水色の塊が撃ち出される!! 真ん丸な塊は、超圧縮された水の塊だ。衝撃が加われば、封じられた水圧が一気に解き放たれる。 細かな御託はともかく…… 空を裂き一直線に飛んでいく水の塊が、炎に身を包んだラズリーを直撃し、水圧を解き放つ!! 炎はあっという間に水にかき消され、解き放たれた水圧がラズリーの小柄な身体をあっさりと吹き飛ばした!! ラズリーは地面に叩きつけられると、何度もバウンドして、毬のように転がった。 「……っ」 オレはラズリーがゴロゴロと転がっていくのを見ていることしかできなかった。 今の一撃でラズリーは大きなダメージを受けただろう。 最終進化形のポケモンによるハイドロポンプだ。 見た目こそ大したことはなさそうに思えるけど、その威力は絶大。 いくら炎でガードしていると言っても、あってないようなもので……戦闘不能になってもおかしくないほどのダメージだ。 「決まりね」 ハルカが口元を緩める。 肩で荒い息をしているアーミットに目をやる。 アーミットは倒れたラズリーに視線を注いでいるばかりで、トレーナーの方を振り返ろうとはしない。 まだ戦う力が残っているかもしれないと神経質になってるんだろうか。 「ラズリー、立てるか!?」 オレは倒れたまま動かないラズリーに問い掛けた。 ラズリーは、オレの声が聴こえたのか、耳をぴくぴくと動かした。 そして、ゆっくりと、それはもう感動的な遅さだったけど、ラズリーはゆっくりと立ち上がると、アーミットを睨みつけた。 「うっそー。まだやる気なの?」 ラズリーのど根性に、ハルカが目を丸くした。 必殺のハイドロポンプを食らって立てる炎ポケモンを初めて見たような顔だ。 まあ、そりゃ普通はそう思っても不思議じゃないっていうか当然なんだけど。 でも、ラズリーは気力だけで立ってるような状態だ。 そんなの、見るまでもなく分かること。 細い脚はガタガタと震え、いつ倒れてもおかしくない。 アーミットを睨みつける目もどこか虚ろで、とてもじゃないがこれ以上バトルを続行できるとは思えない。 こういう時はこうしろっていうマニュアルがあるわけじゃない。 今だからこそ、やるべきことがある。 オレは腰のモンスターボールをつかむと、ラズリーに向けた。 「ラズリー、戻れ」 スイッチを押すと赤い光がボールから放たれ、ラズリーに突き刺さると、その身体をボールに引き込んだ。 「あれ、キミのブースター、まだやる気だったみたいだけど……?」 ハルカは別段驚きもせず、むしろからかうような口調で言うと、ゆっくりとこっちに向かって歩いてきた。 傍らにはアーミットがピタリと寄り添っている。 まるで彼氏彼女みたいだけど……まあ、そういう異種な取り合わせってのも意外と面白いのかも。 「ラズリー、ありがとな。 でも、これ以上戦わせるわけにはいかないんだ。分かってくれよ」 ボールの中のラズリーに労いの言葉をかけ、ボールを腰に戻す。 「でも、あたしがキミの立場だったら、同じことしてたよ」 「だろうな」 すぐ傍までやってきたハルカの言葉に、オレはため息混じりに答えた。 誰が何と言おうと、負けは負けだ。 敗因は……ゼクシオがカムラの実を含んでいたってことを読みきれなかったこと。 いや、それは読もうと思って読めるようなものじゃなかったんだ。 貴重なカムラの実をバトルでホイホイ使うようなトレーナーがいるなんて、普通は想像すらしないだろう。 使うんだったら、せめて増やしてから……そう考えるのが自然だ。 土に植えてやれば、芽が出て幹が伸び、花を咲かせて、その後で実を収穫すればいい。 まあ、そんだけの手間をかけてまで増やそうと言う余裕が、旅するトレーナーにあれば、の話だけどな。 「負けたよ。完敗だ」 「あら、潔いんだね」 「カムラの実なんか使いやがって反則だ……なんて、ゴネるとでも思ってたのか?」 「冗談だよ」 ハルカはニコッと笑った。 勝利の喜びはそれなりに噛みしめているようだけど、それ以上に楽しいバトルができたという満足感がその笑みから窺える。 オレとしても、負けた悔しさは確かにある。 けれど、それ以上になんか充実してるんだ。 これほどのバトルは滅多にできない……そんな気すらしているよ。 オレはアーミットの前へと歩いていくと、おもむろに左右の頬のエラに触れた。 アーミットは驚いていたものの、嫌がる素振りは見せなかった。 「ふーん……」 橙色のエラはサラサラしていて、肌触りとしてはマットを思わせた。 水中ではこれを使って呼吸してるってワケだ。 水ポケモンの中では大型だな。 カントー地方の水ポケモンでアーミットより大きいのは、ラプラスかギャラドスくらいなものだろう。 カメックスはわずかに劣るけど、まあ同じくらいか。 「ハルカはホウエン地方からやってきたんだろ?」 「え、どーして分かったの!?」 ポツリと問い掛けると、ハルカはギョッとした顔で叫んだ。 ……って、まさか見抜かれないとでも思ってたのか。 ゼクシオだけなら、まだカントー地方やジョウト地方だって可能性も否定できない。 だけど、アーミット――ホウエン地方で『最初の一体』として数えられているポケモンを、それも最終進化形を引き連れていれば、 そりゃその地方の出身だっていう可能性が高い。 だいたい、最初のパートナーなんて口走れば誰だって分かるだろ。 どうやら自分でボロを出したことに気づいていないようだ。 バトルでは的確なタイミングで的確な指示を下している割には、なんていうかマヌケな部分があるな。 ナミに似てるって思えるのは、そういうギャップがあるからだろうか…… 「ちょっとしたカンってヤツさ。 しかし、負けたよ。ゼクシオもアーミットもよく育てられてる。 単純なバトルの実力だけじゃなくて、身体つきだとか肌の具合だとか。結構イイ感じだよ」 「身体つき……? 肌の具合……? えっと、それって誉められてるのかな?」 「当たり前じゃないか」 ハルカはアーミットとオレを交互に見つめた。 オレとしては誉めてるつもりなんだけど……やっぱり、言い方がまずかったんだろうか。 身体つきとか肌の具合とか、女の子にとっては結構気になる言葉だったんだろう。 アーミットは困ったような顔をトレーナーに向けている。 言葉を理解できなくても、ニュアンスは伝わっているみたいだ。 「オレ、トレーナーだけじゃなくてブリーダーもやってるんだ。 勘違いさせたんなら謝るよ。そっちを先に言うべきだったな」 「え、いいよぉ。 あたしが勝手に勘違いしちゃったわけだし……」 オレが小さく頭を下げると、ハルカは慌ただしく手を振った。 こういうトコはナミに全然似てないかも。 そう思っていると、 「アカツキってブリーダーもやってるんだ。 もしかして二束の草鞋を履く、ってヤツ?」 「一応そういうことになるかな。でも、いつかはどっちかに決めるつもりさ。 両方欲張っても、中途半端になっちゃ意味ないからな」 「そうだね。ところで、アカツキってここの地方の出身?」 「ああ、そうだけど。それがどうかしたのか?」 わざわざオレがカントー地方出身か、なんて尋ねてくるんだから、きっと何かあるんだろう。 どこか余所余所しい態度を見せているのも気になる。 「アーミット、戻って。ありがとね」 なんてわざとらしく言って、アーミットをモンスターボールに戻すあたり、言いにくいことでもあるってトコだろ。 それが何かまではどうでもいいことなんだけど。 「あのね…… 実は、タマムシシティに行くつもりだったんだけど、どういうわけかセキチクシティにやってきちゃって」 「タマムシシティはここからずっと北だぞ」 「そうなんだ……やっぱりセキチクシティで地図買っとけばよかったかな。 なんとでもなるって思ってたんだよね」 「つまりは行き当たりバッタリでやってきたはいいけど、迷っちゃったと」 「うん、そういうこと」 ハルカはなぜか自慢げに胸を張って頷いた。 「…………」 勢いだけでやってきて、それで行き詰ったわけだ。 どこかサトシに似てる部分もあるな。 あいつも、すぐに熱くなるくせに、冷静になるのはとても苦手。 物事を考えるよりは先に身体が動いて、行き当たりバッタリで行動することも少なくない。 あいつに比べりゃずいぶんマシだとは思うんだけど…… 「タマムシシティに行きたいんだな?」 「うん。途方に暮れてたところでキミと会って、バトルしたってワケ」 目的地はタマムシシティか。 あそこの名物は何と言っても、カントー地方最大のタマムシデパートだ。 お年頃の女の子なら、そういう場所は気になるんだろう。 オレにはサッパリ分かんないんだけど……まあ、いろいろとあるんだろうな。 「ねえ、ここからタマムシシティに行くにはどうしたらいいの? 鳥ポケモンに乗って飛んでくってことも考えたんだけど、それじゃあ面白くないでしょ。 だったらカントー地方に棲息してるポケモンを見ながらってのが一番かなって思って」 ペロリと小さく舌を出すハルカ。 おどけてるつもりなんだろうけど……本気で言い訳取り繕ってるようにしか見えないのは気のせいか? でも、尋ねられたんだから答えないわけにはいかない。 それに…… 図らずも、目的地の方面は途中まで一致している。 「教えてやってもいいけど、その前にポケモンを回復させないか? バトルで疲れてるだろうから、休息が必要だって思うんだけどな」 「うん、そうだよね。でも、どこで?」 「あそこ」 オレはすぐ傍にあるサイクリングロードの入り口を指差した。 ドームのような建物に目を向けるハルカ。 「あそこ?」 「そう。あそこはポケモンセンターも入ってるんだ。今日のところはあそこで休んでいく方がいいだろ」 「そうだね、そうしよう」 ニコッと笑い、ハルカは意気揚々と腕など振りながら歩き出した。 やれやれ…… オレは深々とため息なんて漏らしたけれど、まんざらじゃないなって思った。 彼女の後を追い、オレもサイクリングロードの入り口をくぐった。 サイクリングロードの入り口は宿泊施設も兼ねており、イコール、ポケモンセンターでもあった。 オレたちはそれぞれのポケモンをジョーイさんに預け、回復が完了するまで、賑わいつつあるロビーの片隅に腰を下ろした。 それからはどちらともなく話を切り出して、すぐに盛り上がった。 その中で分かったのは、ハルカはオレよりも二つ上で十三歳ということだった。 はじめから年上のような気がしていたから、それほど驚かなかったけれど。 だけど、本気で面食らったのは、彼女の経歴だった。ホウエンリーグに出場した経験があるらしい。 ホウエンリーグといえば、カントーリーグのホウエン地方版みたいなもので、出場権としてリーグバッジが八つ以上必要というのも同じだ。 出場権なんて簡単に言えるけど、ジムリーダー八人に勝つってのは、簡単なことじゃない。 オレだって今まで五人のジムリーダーに勝ったわけだけど、どのジム戦も簡単なものじゃなかった。 勝利と敗北が隣り合わせに存在して、危うく敗北に転がり込みそうになったことは一度や二度じゃない。 それに、出場権を獲得しても、本選の前に予選が待っている。 運で勝ち上がってきたようなトレーナーを完全に篩い落とすためのものだ。 言い換えるなら、本選に勝ち上がったトレーナーはホンモノの強者揃いってことだ。 ハルカもその一員だったというんだから、オレが負けちまった理由もなんとなく頷ける。 しかし、ホウエンリーグに出場したことのあるトレーナー相手に、オレもよくあそこまで食い下がれたモンだ…… 不思議と笑いがこみ上げてくるけど、それは飲み下すことにした。 彼女が旅をしてきたホウエン地方は、緑が豊かな地方だけど、砂漠や火山があったりと、本当の意味で豊かな自然が広がっている。 胸を張って自慢げに話すあたり、故郷には愛着があるんだろう。 もちろんオレだってマサラタウンに愛着を感じないはずがないのさ。 タマムシシティやクチバシティと比べれば何もないに等しい田舎町だけど、だからこそ空気は澄んでいるし、自然も色濃く残っている。 オレはマサラタウンがどの町よりも大好きさ。 オレも彼女にはいろんなことを話したんだ。 自分でも不思議に思えるほど、いろんなことを話した。 さすがに「オーキド博士の孫だ」なんてことまでは口にしなかったけど、将来の夢だとか、ポケモンのことだとか…… 大体はトレーナーと言う共通項があっての話だった。 その中で、オレはホウエン地方の『最初の一体』についても話を聞くことができた。 彼女の話を聞く分に、どの地方でも考えてることは同じなんだろうな、と思ったんだ。 『最初の一体』は、初心者でも扱いやすいポケモンということで、タイプは『炎』『水』『草』の三タイプ。 カントー地方じゃヒトカゲ、ゼニガメ、フシギダネで、ジョウト地方はヒノアラシ、ワニノコ、チコリータ。 で、ホウエン地方の『最初の一体』は、炎がアチャモ、水がミズゴロウ、草がキモリっていう種族らしい。 ハルカが持っていたアーミット――ラグラージは、ミズゴロウの最終進化形だ。 実に興味深い話だったよ。 アチャモもミズゴロウもキモリも見たことはないけれど、図鑑で調べればその姿を見ることはできるんだろう。 でも、やっぱり見るんなら実物が一番だよな。 迫力というか、雰囲気っていうのは実物からじゃないと感じ取れないんだ。 ただ、ハルカ曰く、アチャモはヒヨコみたいで、キモリはちょっと変わったトカゲだとか。 想像するだけムダだとは思いつつ、その言葉どおりに想像してみると、なんだかとんでもないシロモノが出来上がってしまった。 およそ言葉にできないようなシロモノだからこそ、頭を振ってその映像をかき消す。 はあ…… 知らず知らずのうちにため息なんかが漏れてたりした。 オレさあ、ポケモンのこと知ってるつもりでいるけど…… まあ、確かに十一歳にしては博識だって、じいちゃんも親父も口を揃えて言ってくれたことがある。 だけど、頭でっかちっていう部分は否めないって、今までのバトルを通じて思い知らされた気分だ。 実際に見たことのないポケモンは多い。 カントー地方やジョウト地方は言うに及ばず、ハルカがトレーナーとして旅立ったホウエン地方のポケモンなんかは特に。 いくら知識として頭に刻み込んでいっても、その知識イコール実物と結びつくとは限らない。 トレーナーとして強くなるんだったら、やっぱり敵を知り己を知り、そしてポケモンのことも知らなくちゃいけない。 カントーリーグが終わってからでも、いっそホウエン地方に足を伸ばしてみようか……なんてことを本気で思ったよ。 話に興じているうちに、回復を終えたポケモンたちのボールを、ジョーイさんが笑顔で持ってきてくれた。 楽しい話題だったから、本気で時間が経つのを忘れていたらしかった。 それからもいろいろと話をして、今日知り合ったばかりとは思えないくらい仲が良くなった。 宿泊する部屋は当然別々で、夕食を摂ってからは自由行動ということになった。 夕食の時に、ハルカにはタマムシシティへの行き方を教えてあげた。 途中までは方向が同じだからと、一緒に行ってやると言葉にしたら、彼女はなんでだかとてもうれしそうに笑ってたっけ。 その理由は分からないけど……まあ、どうでもいいかな。 オレは部屋に備えつけのシャワーを風呂代わりに浴びた。 何時間だか知らないけど海を漂ってたわけだから、変な臭いとかが残らないように、念入りに身体と髪を洗った。 さらに、脱衣所の洗濯機(乾燥機内蔵型)に洗剤と一緒に放り込んで、汚れを落とす。 風呂上がり、オレはベッドに倒れ込むと、モンスターボールを手に取って、じっと見つめた。 かけがえのない仲間たちが入ったボールは、差し込む月明かりを浴びて冷たい光を放っているけど、ほのかに暖かい。 荒れ狂う海の大波に揉まれても、荷物やモンスターボールを一つも失わずに済んだのは、本当に奇跡かもしれないと思う。 普通だったら一家離散みたいな状況になってたはずだからな。 単に運が良かっただけなのか、それとも……奇跡と形容するほどの偶然に助けられたのかもしれない。 どちらにしても、これからもみんなと一緒にいられることが無性にうれしくて、目頭が熱くなるよ。 海水に浸かったリュックの中身は洗濯機に放り込むか、ジョーイさんに頼み込んで食器乾燥機に入れてもらうなりして、それなりの対処はしておいた。 明日になれば、ちゃんと使える状態に戻るだろう。 「これからも一緒にいられるってのがこんなにうれしいなんて……今までそんなこと、感じたことさえなかったよ」 思ったことが素直に口から滑り出てきた。 ラッシーとはずっと昔から一緒にいるから、いること自体が当たり前に思える。 でも、昨日のような壮絶(?)な経験をした後じゃ、ただ一緒にいられるというだけで、これ以上ないほどの喜びを感じられる。 その喜びを噛みしめられるから、トレーナーをやっててよかったと心からそう思えるんだ。 「ルース。出てきてくれ」 オレはルースのボールを左手に持つと、軽く天井目がけて投げた。 吸い込まれるように小さくなるボールの口が開き、中からルースが飛び出してきた。 周囲を一頻り見渡した後、オレの傍に顔を近づけてきた。 「さっきはお疲れさん。 ルースって、結構強いじゃないか。見てて惚れ惚れしちゃったぜ?」 「バクフーン?」 ルースは「本当?」とでも言いたそうに首をかしげた。 「ホント」 上体を起こすと、オレはニコッと微笑みかけて、ルースの頭を撫でた。 ウソで『結構強い』なんて言葉は使わないよ。 だって、ルースは本当に強かった。 相手にもよるけど、あれだけの実力があれば、多少の相性の悪さがあっても勝てるだろう。 簡単なことじゃないけれど、水タイプに有効な技を覚えさせれば、勝率はグッと上がるはずだ。 最終進化形ながらも、これからの成長が期待できるポケモンだよ。 「ホントはあんまり戦いたくなかったみたいだけど……でも、君は強いよ。 その才能を活かさない手はないって思うんだけど、無理には戦わなくていいよ。 戦いたいと思ったら、その時は戦えばいい。 バトルを拒絶したって、オレは別に君をぞんざいに扱う気なんてないんだから」 「バクぅ〜♪」 本心で思っていることを素直に打ち明けると、ルースも笑みを返してくれた。 臆病だけど、やる気になったらこれ以上頼もしいポケモンはいないだろう。 単純な実力だけで見れば、オレのどのポケモンよりも強いはずなんだ。 無理にやる気にさせるんじゃなくて、気分次第でもいいから、ルースに判断してもらうのが一番いい。 ポケモンの身体的なコンディションはトレーナーでも整えられるけれど、メンタルなコンディションでは、 トレーナーの役割はほんの微々たるものでしかない。 最終的にはポケモン自身がコンディションを整えるしかないから、こればかりはオレでもどうにもならない。 オレは、ポケモンの個性はできるだけ尊重してやりたいと思ってる。 ルースがバトルを怖がったりするのも、極端な話『個性』と言えるわけだし、 怯えてるポケモンを無理にバトルに出すようなマネも、できるならしたくはない。 ただ、今回はルースの実力を確かめるという目的があったから、止む無くバトルに参加させたんだ。 無理強いと言われればそうかもしれない。 「そうだ。君はまだオレの仲間たちを紹介していなかったな」 今の今まで、ルースをラッシーたちと対面させてなかったっけ。 バトルでもラズリーとは入れ違いになっちゃったわけだし、ゼクシオの起死回生で受けたダメージが大きかったから、回復させてたし…… 微妙なタイミングで対面のチャンスを逃し続けて、今になっちゃったけど、まあそれは仕方がないことだ。 オレは残った四つのボールを頭上に掲げ、中にいるみんなに呼びかけた。 「みんな、出てきてくれ。新しい仲間を紹介するぜ!!」 すると、ボールは次々と口を開いて、中からラッシー、ラズリー、リッピー、リンリが飛び出してきた。 姿形がまったく違う四体のポケモンを前に、ルースは驚愕(?)に目を大きく見開いた。 じっと見つめてくるみんなの視線に耐えかねたのか、大きな身体を感じさせない身軽な動きでオレの頭上を飛び越えると、 軽やかに着地して、オレの後ろに隠れてしまった。 「…………」 これにはさすがにオレも面食らうしかない。 自分よりも小さいポケモンを前にしても怖がるか、普通? もしかすると、ルースは単にバトルが好きじゃないっていうだけじゃなくて、それ以上にポケモン恐怖症? ヲイ……そんなバクフーン、見たことも聞いたこともないぞ。 『個性』っていう言葉でごり押しすることもできるんだろうけど、今のオレには、それは逃げの一手以外の何者でもなかった。 たとえそれが『個性』だとしても、それはトレーナーであるオレが向き合って、 治せるのであれば最大限の努力を払わなければならないことだ。 「……ソーっ?」 一体どうしたの? ラッシーはそう言いたそうに甲高く嘶いた。 まあ、そりゃ普通の反応だろうな。 元から陽気なリッピーは、今の状況を分かってるんだか分かってないんだか微妙なんだけど、 月明かりの差し込む床の上で、なにやら楽しそうに踊っている。 ラズリーはラッシーと同じ反応を見せ、リンリは相変わらず無言でオレに――正確にはオレの背後に隠れているルースに視線を注いでる。 「ば、バクぅ……」 オレよりも大きい身体をしているとは思えないような弱々しい声を漏らすルース。 オレの肩に捕まってるんだけど、ルースが震えてるってのが肩から振動として伝わってくる。 「…………」 とはいえ、いつまでもこんな調子でいたら、ルースも辛いだろう。 ここは多少強引にでも、みんなの輪の中に入れてあげないと…… そう思った時、ラッシーがベッドの上に上がってきた。 とぼとぼとオレの前まで歩いてくると、蔓の鞭をルースに伸ばした。 「ソーっ」 笑顔で鳴き声一つ。 ――仲良くなろうよ。 ラッシーなりのサインだ。 ラッシーは新しい仲間を歓迎してる。 拒否するなんてとても考えられないし、同じようにラズリーもベッドに上がり込んで、ラッシーの傍でシッポを振っている。 続いてリンリも骨の棍棒を手にしたままで、何とかベッドに上がってくる。 至極和やかムードだっていうのに、ルースは詰め寄られてると勘違いしてるんだろうか、いよいよその震えが大きくなった。 勘違いにしちゃやたらと悲しすぎるだろ、これは…… オレが口添えしてやれば一番いいんだろうな。 簡単で確実なんだろうけど、それじゃあ、ルースの気持ちにシコリが残ってしまう恐れがある。 ここは長丁場を覚悟してでも、ルースが本心から慣れるように、オレがじっくりと耐えなければならないのかもしれない。 苦手だけど、四の五の言ってられないんだろうな。 ニョキニョキと音もなく伸びてくる蔓の鞭。 オレの肩をすり抜けて、ルースに届こうとしている。 ルースは怖がってるみたいだ。 ――冗談だろ。 自分よりも身体の小さなポケモンに怯えるなんて……それくらい辛い経験をしてきたってことだろうか。 だけどさ、オレですらちゃんと受け入れてくれたんだ。みんななら、きっと大丈夫なはずだ。 信じなきゃ始まらないさ。 「ルース。怖がらなくていいよ。 みんなとってもいいヤツだからさ。すぐに仲良くなれるはずさ」 「ば、ば、ば……」 ルースはオレの肩から手を離すと、じりじりと後退った。 振り向くと、ルースは足を踏みはずし、音を立ててベッドから転落した。 「ソーッ、ソーッ」 ラッシーにとっては笑える光景だったんだろう。 ルースが転落したのを面白がっているようだ。 ホントは笑っちゃいけないところなんだろうけど……でも、笑いを堪えるのに実は精一杯だったりします。 悪いヤツだな、オレ。 「バクぅぅぅぅっ!!」 ルースは涙なんぞ流しながら身を起こすと、恨めしげな視線を、笑っているラッシーに向けた。 「そ、ソーッ?」 恨めしげな視線を向けられて、ラッシーは笑うのをやめた。 怨念オーラたっぷり漂う視線に、背筋でも凍らせたように、表情もどこか引きつっている。 ルースはそれから無言で再びベッドに上がると、オレを片方の前脚で押し退けて、ラッシーに背中を向けて座った。 「って……」 オレはルースが何をするつもりなのかいち早く気づいて、止めようとした。 でも、そうするよりもわずかに早く、 ボォォォォォォォォォォッ!! ルースの背中から噴き出した炎が、ラッシーをまともに直撃していた。 一瞬の出来事に誰もが唖然と見ているしかなかった。 炎が消えた後には、黒コゲになったラッシーが、ハトが豆鉄砲食らったような顔で瞬きするだけ。 ラッシーにも何が起こったのか分かっていなかったのかもしれない。 ただ怯えてるだけかと思ったら、意外と勇気あるんじゃん。 オレは何気にルースを誉めたい気分になったけど、それができないのも事実だった。 「そ……ソーッ!!!!」 ラッシーは激しく身体を震わせると、蔓の鞭でルースの背中をばちばちと叩き始めたんだ。 炎を浴びせられた恨みとばかりに、すごいスピードで、バトルでやるよりも強く叩きまくっている。 一方、勇気のあるところを見せ付けていたルースは、背中を丸めて耐えるばかり。 痛いものは痛いんだろうけど、ちゃんと耐えられるくらいの体力があるか、ダメージが少ないか……どっちかだろう。 「おい、ラッシー。 それくらいで勘弁してやれって」 ラッシーは何十発蔓の鞭を叩きつけても怒りが収まらないのか。 バックに怒りの炎など背負いつつ、執拗にルースに攻撃を繰り返す。 そんなラッシーとルースの状況を見かねて、オレとしても口と手を挟まざるを得なかった。 まさかこんなことになるなんて、予想もしていなかったからさ。 仕方ないよな。 オレはラッシーの背中を撫でてやった。 「ソーっ」 語気を強めて一言漏らすと、ラッシーは蔓の鞭を引っ込めた。 「偉いぞ、ラッシー。 あんまり新入りをいじめちゃダメだって。 調子に乗ってると、さっきみたいに逆襲されるんだから」 「ソーッ」 オレの言葉に、ラッシーは懲り懲りだと言わんばかりに表情をゆがめて頷いた。 思いがけないこととはいえ、炎をまともに浴びたのは精神的にも堪えたらしい。 あんな思いをするのは二度とゴメンだと、如実に物語ってるよ。 でも、昔からラッシーはそうだったんだ。 ご機嫌斜めになってる時は、背中を優しく撫でてやると、どういうわけか機嫌を直してくれる。 ケンカして怒らせちゃったりした時は、そうやって宥めてたっけ。 これでラッシーの方は何とか落ち着いた。 あとはルースが変にひねくれてなければいいんだけど…… そう思い、オレはルースの前に回りこんで、背中を優しく撫でながら声をかけた。 「ルース、大丈夫か? 痛くなかったか?」 「バクぅ……」 ルースは今にも泣き出しそうなほど、双眸を潤ませていた。 いくら草タイプに強いからって、何十発も叩かれたら痛いに決まってる。 それでも反撃せずにじっと耐えたのは、こっちも本気で偉いと思ったよ。 単に反撃する勇気がなかっただけかもしれないけど、泥沼にならなかっただけ偉いことさ。 しかし、どうすればいいものか。 ポケモンたちだけに任せていては、どうにも埒が明かない気がしてならない。 ラッシーとルースの相性はあんまりよろしくないようだし。 陽気なリッピーにつないでもらおうかと思ったりもしたけど、リッピーは我関せずと言わんばかりに鼻歌まじりに踊り続けている。 月の光を浴びるのが大好きなんだろう、とても楽しそうな顔をしているんだ。 邪魔をするわけにもいかず、振り出しに戻ってしまう。 ラズリーならルースの炎を受けてもダメージにはならないだろうから、その点ラッシーに比べれば安心して任せられるのかもしれないけど…… ああ、そんな考え方じゃダメだ。 強硬手段にも出られず、だからといって任せてもいられず、本気で八方ふさがりって言葉が頭ん中に首を擡げてきたよ。 何気に心の中で頭を抱えていると、音もなくリンリが目の前にやってきた。 「……?」 視線をやると、リンリは手に持った骨でルースの背中を軽く叩いた。 何をするつもりだ……? なにせ寡黙で何を考えているのかよく分からないんだ。 何をするつもりなのか、オレには皆目見当もつかない。 「バクぅ……?」 背中を叩かれたルースは、恐る恐る振り返った。 その瞳にはうっすらと光るものが浮かんでおり、ずいぶんと小さいリンリのことすら怖がっているようだ。 「…………」 リンリはじっとルースの目を見つめている。 ルースも、リンリを見つめている。 端から見れば、単に視線を合わせているようにしか見えないけど、見えない言葉でも交わしているんだろうか? 「…………」 「…………」 沈黙が張り詰める。 ラッシーもラズリーも、リンリとルースのやり取り(……って言えるのか?)を、固唾を呑んで見守っていた。 視線のやり取りはそれから一分近く続いた。 話すのが苦手なのか、リンリは一言も発しない。 かくいうルースも、無言のプレッシャーというヤツに足が竦んでいるのか、逃げようともしない。 怯えた雰囲気はそのままだ。 あー…… 何がどうなってんだか。 ポケモンが人間の言葉を話せるんだったら、今のこの状況を少しは理解できるのかもしれないけど。 ないものねだりをしたところで仕方がない。いっそオレがポケモンになれればいいんだけどな。 リッピーの歌声だけが虚しく響く中、リンリが骨をルースに差し出した。 ルースに向けた視線は外さない。 ルースはリンリと、リンリが差し出した骨に、交互に視線を向けている。リンリが何をしたいのか、分かりかねているようだ。 「バク?」 腫れ物に触るように、ルースは指を一本だけ立てて(人間で言えば人差し指だろうか)、リンリの骨に触れた。 かつん、かつんと乾いた音がする。 その音に合わせるように、リンリがかすかに首を縦に振った。 「…………」 相変わらず無言だったけど、リンリはニッコリと笑った。 骨のヘルメットのせいで表情の変化は目で判断するしかないんだけど、オレには分かるんだ。 リンリは笑ったんだって。 証拠はないけれど……なんとなく、としか言いようがない。 「……バクぅ?」 ルースは妙に人間臭い仕草で浮かんだ涙を拭うと、リンリの骨を握った。 「バクっ♪」 釣られるようにしてその顔に笑みが浮かぶ。 オレは正直ホッとしたよ。 少なくとも、リンリとルースは心と心がつながったんだって分かったから。 この分なら、他のみんなと仲良くなるのもそんなに時間はかからないだろうと思える。 肩の荷が下りたような気がした。 リンリはルースとつながっている骨を握りしめたまま、オレの方を振り向いてきた。 やったよ、と言わんばかりにウインクをする。 「ああ、リンリ。 よくやったよ。ありがとさん」 リンリの顔を見ていると、なんだかこっちまでうれしくなってくる。自然と笑みがこぼれた。 今だ――!! タイミングは今しかない。 そう思って、オレはルースに声をかけた。 「ルース、みんな君と仲良くしたいと思ってるんだ。 ラッシーだって悪気があったわけじゃないと思う。だからさ、許してやってくれないか?」 ラッシーだって……悪気があって蔓の鞭でルースの背中を叩いたわけじゃないと思う。 かといって、ルースが悪いとも言えない。 たぶん、感情の行き違いみたいなものがあって、ラッシーがむすっ、と来ちゃったんだろう。 些細な行き違いでも、大きなものに発展することがある。 「バクっ」 オレの言葉が通じたのか、ルースは笑顔で頷いてくれた。 リンリの骨から手を離すと、今度は―― ラッシーの方に向き直る。 「……ソーッ……?」 今度は何するの? また炎を浴びせられるかもしれないと不安に思ってるんだろう。ラッシーはマジで腰が引けていた。 今度は立場が逆転して、ラッシーがルースのことを怖がっているようだ。 怯えていたかと思ったら、今度は一転してニコニコ笑顔。 リンリと心を通い合わせることができて、ルースもとてもうれしかったんだろう。 ラッシーにとっては、その笑顔も空恐ろしく映るのかもしれない……って、考えすぎかなあ? こんな時にでもリッピーは楽しげに踊っているし。 それが自信のあらわれのように見えるのも気のせいか……? まあ、そこんとこはどうでもいいか。 「バクっ、バクっ」 ルースは笑顔のままで手を差し出した。 「……ソーッ?」 仲良くなろうというサインだ、ってことは一目で分かった。 ラッシーにも分かっているはずなんだけど、イマイチ信じきれない様子。 炎を浴びせられたのがそんなにショックなんだろうか…… まあ、オレがラッシーと同じ立場だったら、たぶん同じこと考えてるだろうから、強くは言えないけれど。 でも、ここはオレが勇気を出して…… オレはラッシーの背中を軽く押してやった。 不思議そうな顔で振り返るけど、ラッシーは渋々蔓の鞭を伸ばした。 カメのようにノロノロと、スローペースで伸びた蔓の鞭を、ルースはそっとつかんだ。 その瞬間、ラッシーは電撃に撃たれたように身体を震わせた。 そして…… 「ソーっ……」 「バクっ」 うれしそうに嘶く。 これでラッシーもルースと仲良くなった。後はラズリーとリッピーだけど、二人なら大丈夫だろう。 案の定、それから程なくラズリーはルースと楽しそうにじゃれ合った。 同じ炎タイプ同士ということもあって、すぐに意気投合できたようだ。 リッピーは…… 踊っているうちにいろいろとやってくれたようで、ルースはあっという間にリッピーの虜になってしまった。 方法は陽気なリッピーにしてはかなりえげつないものだったけど、結果良ければそれで良し、ということにしておこうか。 ルースがみんなと仲良くなってからは、屋上でドンチャン騒ぎだ。 意外と簡単に気持ちがつながってくれて、オレとしても本当に良かったと思っているよ。 あとは…… ナミを見つければ、当面の問題は一掃される。 明日には会えるだろうし。 サイクリングロードの入り口はポケモンセンターも兼ねていて、責任者はジョーイさんが兼務してるんだ。 ナミがここに来てないかって訊いてみたけど、答えはノーだった。 どんなに速く自転車を漕ごうと、一日でここまで来られるような人は皆無だと、ジョーイさんはクスクス笑いながら言っていた。 オレも釣られて苦笑いなんかしちゃったけど…… でも、そこはさすがにジョーイさん。 気を利かせてくれて、中継点の宿泊施設にナミが立ち寄っていないか、調べてくれたんだ。 本当なら事情を説明するべきだったんだろうけど、オレは言葉を濁すことにした。 素直に信じてくれるか分からないし。 嵐の海に落ちて、荒波に揉まれて、気がつけばセキチクシティのサファリゾーンにいました、なんてさ。 逆立ちしたって、自慢できるようなことでもないだろ。 で、ジョーイさんが調べてくれた結果、ナミは次の中継点にいるとのことだ。 「連絡を取りますか?」 ……って言ってくれたけど、、オレは丁重に断った。 明日になれば会えるからって言っといたんだ。 オレがいなくても、ナミはちゃんと目的地に向かって進んでるんだなって、そう分かっただけでなんとなくうれしくなったよ。 いつまでも一緒にいられるわけじゃないし。 それに、オレがいなくなってからのことだって、少しは考えていかなきゃいけないっていう、いい機会になったんだ。 体格の差なんてまるで気にする様子もなく、楽しそうに遊んでいるポケモンたちを見てると、なんかこう……気持ちが和むんだな。 ルースも昔から友達だったかのように、すっかりみんなの輪の中に溶け込んでいる。 臆病なバクフーンだなんて、そんなのホントにいるのかよと疑いたくもなったけど、心配は要らなかったみたいだ。 夜空を吹き飛ばすような明るい笑顔を見ていると、オレやハルカのゼクシオに対して見せていた怯えた表情なんか、ウソみたいに思える。 「ナミは元気にしてるかなあ……」 明日になれば会えるっていうのに、なんでだかあいつのことが気になって仕方がない。 オレと同じ、この夜空を見てるんだろうか? ちゃんとした形(?)で離れてみて初めて、あいつのことがこんなに気になるんだって、胸のうちでモヤモヤしちゃってる。 はあ…… みんなの笑顔に『当てられちゃってる』のかな? 「ま、楽しけりゃそれでいいんだけどなっ」 結果はこれに尽きた。 みんなの笑顔を見ていると、こっちまで楽しくなってくるんだ。 明日からも、こういった和気藹々とした雰囲気が続いていくと思うと、それだけでとてもうれしくなる。 「たったの一日だってのに、いろんな経験した気がするな」 ルースを仲間に加えて、ホウエン地方からやってきたトレーナーとバトルをして、ルースと他のみんなを仲良くさせて…… 本当にいろんなことがあったと思う。 ナミにも、オレと同じくらい……って言っちゃ怒られるか。 でも、それくらいのことはあったんだろうな。 島と島を結ぶサイクリングロードだけに、自然の残る島じゃポケモンだって棲息してる。 カントーリーグに備えて、一体くらいはゲットしてるだろうか。 オレの知らないポケモンが増えてたりするのかも、と思うと、これもまたなんだか面白そうだ。 「明日が楽しみだな……」 ナミと再会できる。 たったそれだけのことだけど、なんでだか心がワクワクして仕方がなかった。 To Be Continued…