カントー編Vol.18 Sunlight smile again 見上げた空には雲一つなく、文字通りの晴天が遥か彼方まで広がっている。 風を切って進むオレのすぐ傍には、同じように自転車にまたがっているハルカの姿。 ……えっと、一応シャレにかけるつもりはなかったんで、あしからず。 雲がないおかげで、視界を遮るものは何もなく、一本道のサイクリングロードが延々と続いているのがよく分かる。 分かったからってどうにかなるというわけではないけど、意外と長いんだなあってしみじみと感じるよ。 見えるだけでも三つの小さな島があって、洋上にポツリと浮かぶ島と島を結んでいるのが、橋のようなサイクリングロードだ。 ここからだと二つ目の島の辺りに中継点となる宿泊施設があって、ナミは昨日そこに泊まったとのこと。 オレとはぐれた場所から目的地に近づいているわけだから、再会するのにそれほどの時間はかからないだろう。 ともあれ、再会の時まで、爽やかな景色と潮風を存分に堪能することにしよう。 ノンビリできるのも、今のうちだけかもしれないし。 極端な話、セキチクシティ側の宿泊施設で待っててもいいんだけど、それだと退屈だ。 ご都合主義だなって自分でも思うけれど、何もしないよりはまだマシだろう。 待ってるだけなんて、なんだか性に合わないし。 それに…… 様々なことに考えをめぐらせていると、なんとものんきな声が耳に飛び込んできた。 「キレイな景色よね〜。 ホウエン地方にだってサイクリングロードはあるけど、海は見えなかったの。 こんなにキレイな景色を見たのって、ホントに久しぶりかもしれないなあ」 ハルカはどうやら景色の美しさに感動しているようだ。 一面の海景色なんて、ホウエン地方から海を渡ってやってきた彼女にとっては見飽きたものじゃないんだろうか? 感受性が豊かなのか、それとも単に飽きが来ないだけなのか。 どっちでもいいことなんだけど、そんなことを気にしてしまうんだ。 「そういえばさー、アカツキってカントーリーグに出るんだよね?」 「そうだけど……ハルカも出るのか?」 「一応、その予定。 ホウエンリーグに出場できたってだけで満足したってワケじゃないの。 少しでも強くなりたいから、頑張って出てみようかな」 「そっか」 景色に感動しているかと思ったら、口調もガラリと変わって、カントーリーグに挑戦するか、なんて訊いてきた。 でも、正直ホッとしたよ。 ハルカはオレが今まで出会ったトレーナーの中で、掛け値なしで最強のトレーナーだ。 ポケモンは強く育てられているし、的確なタイミングで指示を出してくる。 さすがはホウエンリーグに出場した経験を持っているだけのことはある。 いつか戦ったセイジやミツルよりも明らかに強い。 トレーナーとしての腕はもちろんのこと、ポケモンとの信頼関係もバッチリだ。 悔しいが、今のオレじゃとても釣り合いの取れる相手じゃないな。 バトルには負けちまったし…… よくよく聞いてみれば、彼女はトレーナー暦が二年とのこと。 一般的な認識からしたら短いものの、オレと比べたら雲泥の差だ。単純に比べて十倍近い差がある。 とはいえ、実力の方もそれくらいの差があるのかと言えば、そうでもない。 もうちょっと頑張れば勝てるってくらいの手ごたえはつかめたように思える。 今まで様々な相手と戦ってきて、オレもトレーナーとしての実力がついてきたってことなんだろう。 「なあ、ハルカ。 ホウエン地方じゃダブルバトルが広く普及してるって聞いたんだけどさ。 ジム戦でダブルバトルやってるところってあるのか?」 「うん。 トクサネジムのジムリーダーなんかそうだよね。 ダブルバトルにかけたら天才的で、あたしもずいぶんと苦戦させられちゃったわ……もちろん勝ったけど」 オレの問いに、ハルカは首肯した。 ダブルバトル……それぞれのトレーナーが二体のポケモンを同時に繰り出して行われるバトルのことだ。 オレはまだ体験したことないけど、自分と相手のポケモン――合計四体分の動きをちゃんと見ていなければならない。 シングルバトルと比べて大変だっていうのは、やるまでもなく分かる。 増してや、ジム戦なんて相手のタイプが固定されていることを差し引いても、 相手のポケモンが強いことを考えると、分がいいなんてとても言えるはずがない。 そのジムリーダーは、ダブルバトルのエキスパートなんだから。 ポケモンの息もピッタリ合ってるだろうし。 「カントー地方じゃあんまり普及してないとか?」 「ああ……実際にやったことないからな。 少しずつは取り入れてるみたいだけど、爆発的に広がるってことはないと思う」 「ふーん……」 見解を述べると、ハルカは興味深げに眉を上下させた。 でも、大きくは間違っていないはずだ。 ダブルバトルはトレーナーへの負担がかなり大きく、シングルバトルに慣れきったトレーナーでは、ひとたまりもない。 逆に言えば、ダブルバトルで腕を鳴らせば、シングルバトルなんて、とてもやりやすく感じるに違いない。 今からでもダブルバトルに慣れとく必要があるのかもしれない。 いつかはカントー地方だってダブルバトル専門のジムが登場するかもしれないし、カントーリーグにも取り入れられるかもしれない。 二体のポケモンを使うんだから、一体じゃとても考えられないようなコンボだって組み立てられるわけだし、 トレーナーの戦略というのがとても重要になってくるんだろう。 コンボを組み立てるのに、それに見合ったポケモンの組み合わせも考えなければならない。 あー、難しいな…… 二体のポケモンの技の組み合わせで様々なコンボを考え出せるんだから、とても奥が深い。 「ああ、そうそう。ホウエンリーグの本選はダブルバトルなんだよ。知ってる?」 「マジ?」 「うん」 思いもかけない言葉に、オレは絶句した。 自転車を漕ぎ続けながら考えたのは、『ホウエンリーグってとってもクレイジーな大会なんだなぁ』ってことだけだった。 ハルカは、『ホウエンリーグの本選は、四体のポケモンを使ったダブルバトルだ』と自慢げに言った。 一体が戦闘不能になったら、三体目のポケモンを出してバトル続行、先に相手のポケモンを四体倒したトレーナーが勝利するんだそうだ。 二体のポケモンで相手の一体を集中攻撃して倒すか、 それとも一体が相手の攻撃を一身に受けている間に(もちろん『守る』とかでダメージを極力抑えて)、 もう一体が能力を高めて、能力の高まったポケモンと力を合わせて怒涛の攻撃(ラッシュ)を加えるとか…… 今のオレには想像すら手に余りそうな気がしてならない。 手に余る想像を頭ん中に浮かべているオレの顔をチラチラと覗き込みながら、ハルカは言った。 「ダブルバトルって難しいんだって思ってない?」 「思ってる。悪いかよ」 「ううん。そう思うのも無理ないかなって。 でも、やってみればそんなに難しくないって分かるんだよ。 そりゃ最初は大変だけど、要領をつかめるようになったら、あとは作戦を立ててそれを実行していけばいいだけだから、どんどん上達できるの。 今のキミなら、結構面白いバトルしそうな気がするな」 「それって誉め言葉?」 「もっちろん」 自信たっぷりに断言するハルカ。 からかってるのか……? あらぬ疑いを抱いてしまうほど、彼女はいやに饒舌だった。 想像すら大変だってのに、いきなりバトルなんてのも無茶な話だ。 せいぜいがラッシーの状態異常コンボを活かした『じっくりジワジワ大作戦♪』くらいしか思いつかないんだよな、戦略らしい戦略っていうのは。 およそダブルバトル向きの技をポケモンが覚えていないってのも、あんまり肯定的に受け止められない原因なんだろう。 そういえば…… ダブルバトルってことで思い浮かんだんだことがある。 リッピーは『この指止まれ』っていう技を使えるけど、それはダブルバトル専用の技と言ってもいい。 相手の攻撃を自分に引きつける効果を持つんだから、一対一で戦うシングルバトルじゃ、ほとんど役に立たない。 むしろ、ダブルバトルで仲間のポケモンを守るために存在しているような技だ。 特に、ゴーストタイプの技を弱点とするポケモンと組ませ、相手のゴーストタイプの技を引き寄せることができれば…… ノーマルタイプのリッピーには、シャドーボールやナイトヘッドなど、ゴーストタイプの技は通用しない。 仲間を守るという意味では、かなり使いやすいのかもしれない。 なんて思っていると、ハルカがやる気満々といった表情で口を開いた。 「ねえねえ、やってみない、ダブルバトル?」 「冗談。今はそんな気にはなれないよ。 もう少し経験積んで、ポケモンがたくさん技を覚えてきたら、その時は考える。 オレも、まだまだポケモンとの信頼関係が足りないって思ってるんだ。 君のアーミットやゼクシオを見ているとそれがよく分かるよ」 「そんな、照れちゃうな〜」 照れ隠しのためか、ハルカは「あははははは」なんて、ちょっと気味の悪い声で笑ってごまかした。 だけど事実だし。 ダブルバトルで重要なのはトレーナーの戦略と、ポケモンとポケモンの、あるいはトレーナーとの信頼関係だ。 ちゃんとした信頼で結ばれているからこそ、タイミングを計ることができる。 コンビネーションだって完璧なものに近づくだろう。 継ぎ接ぎだらけのコンビネーション(って言えないんだろうなあ)じゃ隙だらけで、相手に各個撃破のチャンスを献上するようなもの。 慎重な……それでいて大胆なバトルの進め方を要求されるだけに、やりがいってのも大きいのかもしれない。 なんだか一長一短って感じだよな。 「カントーリーグには出なくても、ジムには挑戦するんだろ?」 「うーん……やってみようかなって思ってるよ。 手っ取り早く自分の実力を確かめるんだったら、ジムリーダーくらいの相手がちょうどいいだろうし」 「まあ、そりゃそうだな」 今までだって、ホウエン地方のジムリーダーに挑戦してきたんだ。 相手の戦い方を見れば、自分の欠点ってのも分かってくるだろうし……そう思っていると、ハルカが問いを投げかけてきた。 「アカツキはカントーリーグに出るんだよね。バッジはどんな感じでゲットできたの?」 「あと三つで出場権をゲットできるんだ」 あと三つ……セキチクジムと、グレンジム、そしてトキワジムでジムリーダーに勝利すれば、カントーリーグの出場権をゲットできる。 旅立ちから一ヶ月足らずで五つもバッジをゲットできたんだから、オレたちって意外と頑張ってるのかもしれない。 何気に自信がついたな。 「すごいじゃない。どーりであんなに手こずっちゃうと思ったら……」 大げさな声を上げてるあたり、感心してるんだか分かんない。 オーバーリアクションもここまで来ると、感心してるんだって分かんなくなるよな。 言葉にしたって馬の耳に念仏みたいになりそうだったんで、何も言わなかった。 「でも、アカツキはもっともっと強くなれるよ。次にバトルするのが楽しみだよ」 「そう言ってもらえるとありがたいな。やる気になるってモンさ」 もっと強くなったら、その時は昨日のリベンジを果たしてやるのさ。 負けたまま終わるなんて、オレ的には許せないし。 やっぱり、強くなるんだったら次は何としても勝ちたいよ。 それからは互いに言葉も発さず、黙々と自転車を漕ぎ続けた。 陽光を受けてキラキラ輝く海と、青い空がどこまでも広がっている。 潮風が気持ち良くて、足の疲れなんてほとんど感じられなかった。 それはそうとナミのヤツ、ポケモンの一体でもちゃんとゲットしてるんだろうか? 今はまだ三体だけど、カントーリーグに出るには六体フルに揃えておかなければならない。 手持ちの六体が最低条件なんで、それ以上ゲットしていても問題はない。 むしろ、様々なタイプのポケモンをゲットしておけば、バランスの良いチームができるから、本当はそうするべきなんだろう。 オレの手持ちは五体。 つまり、最低条件をクリアするにはあと一体ゲットするだけでいい。 とはいえ、タイプが結構偏ってる感じがするんで、少なくともトータルで十体以上はゲットしておきたい。 ラッシーとリンリは氷タイプに弱いし、ラズリーとリンリとルースは水タイプに弱い。 そういう風に、複数のポケモンで弱点が被っちゃうチームにだけはしたくない。結構難しいことなんだけどな。 だけど、どうしても弱点が被ってしまうことがある。 ポケモンの特性や技の構成とかを考えると、やむを得ないってこともあるんだけどな。 カントーリーグが始まるまでに、バランスのいいチームを作り上げなきゃいけない。 課題山積って感じしかしないけど、だからといってやる前から文句垂れてても仕方ないだろ。 やらなきゃいけないわけだし。 頭の中で理想のチームがモヤモヤと湧きあがるのを感じながら自転車を漕ぎ続けていると、 「アカツキってさあ、途中まで一緒に行くって言ってくれたけど……途中までってどこまでなの?」 「……たぶん、今日までだろうな」 「今日まで?」 「そう。今日まで」 ハルカの言葉に、オレは首を縦に振った。 イマイチ理解できなかったようで、彼女はしばらく何も言ってこなかった。 「えっと……それって、どういうことなのかな? ゴメン、あたしちょっと分かんないわ」 まともな反応かもしれない。 今日までってアバウトに言ってみたけど、今日中にサイクリングロードを走破できるはずないんだから、本当に途中で別れるってことだ。 このまま黙っていても絶対に理解できないだろうと思って、オレは思い切って事情を打ち明けた。 「話してなかったけど、オレ、連れとはぐれちまってさ。 今ごろはこの辺り通ってるだろうと思って、サイクリングロードにやってきたんだ。 たまたま進む方向が同じだから、途中まで一緒に行こうって言ったんだよ」 「そうなんだ……でも、はぐれちゃったって、どうして?」 「ちょっとしたアクシデントがあってさ。 あ、ケンカとか、そういうんじゃないからな。アクシデントだよ、アクシデント」 「あたしは一人旅だからそういうのよく分かんないけど…… 一緒に旅してた人とはぐれちゃうのって、不安にならない?」 「不安って言えば不安だけどな。 でも、それはオレがって意味じゃなくて、その連れはどうしてるかなって感じだよな。 あいつ、オレがいないとどんなトラブル引き起こしてるんだか……考えるだけでなんだか憂鬱になりそうだ」 「仲いいんだね。うらやましいなぁ」 「…………」 ハルカは素直に感心しているようだった。 あー、そういえばナミは変なトラブルを引き起こしちゃいないだろうか? あいつを一人にするってことの意味を、今になって思い出すなんて。 でも、ハルカって一人で旅をしてきたんだ……なんだか意外だ。 サトシみたいに、カスミやタケシと言った仲間と旅をしていたとばかり思ってたんだけど。 だって、妙に明るいし。 「その連れって、女の子?」 楽しむような口調に一抹の不安を覚え、オレはハルカの横顔を覗き込んだ。 案の定、ニヤニヤしていた。 イエスかノーで答えるしかないところだけど、直球勝負ってのもなんだか芸がない気がしたんで、事実を一言で告げる。 「ああ、従兄妹だ」 「従兄妹!? うっわ〜……」 「ヲイ、それどういう意味だ?」 やっぱり…… 思わずツッコミを入れてしまったけど、実際彼女が何を考えてるのか、皆目見当もつかないんだ。 まさか、変な想像してるわけじゃないだろうに。 「従兄妹なんて、普通はライバル同士でしょ? 一緒に旅するなんて、とても考えられないなあって……」 「まあ、そりゃそうなんだけど、なんていうかあいつを一人にすると何をしでかすか分かんないから不安なんだ」 「そういうことなんだ」 「そういうことだ」 皆まで言わなきゃ理解してもらえないなんて、さすがに思ってはいなかった。 一体何を想像していたんだか……まあ、訊くだけヤボだろうから、何も言わないけどさ。 友達同士で旅をするトレーナーだって現実にはいるわけだし、それが従兄妹になっただけで、別に珍しくもなんともないと思うんだけどな。 「もちろんあいつには負けたくないさ。 オレだってトレーナーだからな、いつかはあいつと白黒キッチリつけなきゃいけないって思ってる」 オレは抱いている気持ちを素直に話した。 オレもナミもトレーナーなんだ。 いつかはちゃんとした形で決着をつける必要がある。 リンリをめぐってバトルしたことがあった。 だけど、トレーナーになって一ヶ月足らずの状態だから、バトルらしいバトルって感じてたわけじゃない。 そうだな……できれば、カントーリーグのような場所で決着をつけたいと思ってるんだ。 「そうなんだ……従兄妹なら、キミのこと心配してるよ、きっと」 「まあ、そりゃそうだけど、むしろ逆なんだよな」 「相思相愛ってヤツ?」 「相思はいいとして、相愛っていうのは絶対違うな」 オレは頭を振った。 相思ってのは間違っちゃいないけど、いくらなんでも十一歳で相愛とまでは行かないだろ。 微妙に合ってるようで間違ってるような感じなんで、一概に否定はしなかったけどさ。 互いのことを大切に思ってるという意味じゃ、確かにそうだ。 と、不意にハルカがスピードを上げて、オレを追い抜いた。 三メートルほど前に出たところで振り返り、言ってくる。 「ほら、さっさと行こうよ。 キミの元気な顔、ちゃんと見せてあげなきゃ」 「言われなくても分かってるさ」 発破をかけられたような気がして仕方がない。 言われなくたって分かってる。 でも、会えるって分かってるんだから、そんなに急ぐ必要はないんだ。 元気な顔をちゃんと見せてやれば、それでいい。 オレも足に力を入れて、ペダルを漕ぐペースを上げる。あっという間に追いつき、横に並んだ。 ハルカは小さく笑った。 その横顔を見ていると、子供なんだから……って物語ってる。 何とでも言えばいいさ。 年下なんだから、子供だと言われたって別に構わない。 オレ自身、自分が大人だなんて思ってるワケじゃないし。 それに……ホウエン地方じゃ、そういう人が多いんだろうか。 まあ、オレに付け込むだけの隙があるって考えるのが一番なんだろうけど。 ん? ホウエン地方と言えば…… 思い当たることがあって、オレはハルカに訊ねた。 「そういやハルカ。 ホウエン地方にサトシっていうオレの幼なじみが行ったんだけど、会ったこととかないか?」 「ないよ」 「あ、そう……」 取り付く島もないってこのことなんだって分かった。 あっさりと否定され、オレは返す言葉もなかった。 サトシは別に有名人でもなんでもないんだから、そりゃ知らなくて当然と言えば当然だ。 ただ、あいつがどういうポケモンを手に入れて、どんなバトルをしてるのかは気になるかな。 トレーナーになるまでは、あいつのことはちょっと小うるさいヤツだって思ってた。 でも、いざ同じ立場に立ってみると、あいつがオレやシゲルのことを猛烈にライバル視していた理由も分かってきた。 幼なじみが相手だからこそ、勝ちたいと思うんだ。 自分が強いってことを示すためじゃない。 あいつもオレもシゲルも、自分を誇示するのを至上に思うようなタイプじゃないさ。 ただ、負けたくないと思っているだけ。 オレはトレーナーとして、シゲルにもサトシにも、ナミにも、ハルカにも……誰にも負けたくはない。 最強のトレーナー=ナンバーワンを目指すんだから、相手が誰だろうと負けるわけにはいかないんだ。 しっかし…… 時期的に考えて、サトシがハルカと会ってたとしても不思議じゃないんだよな。 まあ、すれ違った程度じゃ、まず覚えてないだろうし。 ハルカが知らないと言い張るんなら、それ以上を聞き出すのは無理だろう。 いつかじいちゃんに電話入れて、サトシの近況でも訊いてみようか。 「アカツキって、そのサトシって子のこと、ライバルだって思ってるんでしょ? 幼なじみだって言ってたし」 「まあな」 オレは否定しなかった。 トレーナーとしてはライバルだ。 マサラタウンにいた頃とは違う。トレーナーとしていつか出会ったなら、その時は私情ヌキでバトルに全力投球したいもんだ。 冒険している地方が違うから、それはもっと先のことになるだろうけど。 「幼なじみか……」 ハルカは視線を前に据え、しみじみとした口調でポツリ漏らした。 オレが向けた視線を敏感に感じ取ったのか、何も言わなくても自然に言葉を続けた。 「バトルした時に言ったかな。キミと同じ名前の子がいるって」 「ああ、そういえばそんなこと言ってたっけ」 詳しくは覚えてないけど、そんなニュアンスの言葉は言ってたような気がする。 あー、そうか。オレと同じ名前のトレーナーがいるんだ、ホウエン地方にも。 名前が同じなんて、今時珍しくも何ともないんだけどさ。 そう思っていると、 「あの子の幼なじみに、博士になろうと頑張ってる子がいるんだけどね、あの二人はとても仲が良かったな」 「博士……」 なんでだか、博士っていう言葉に敏感に反応してしまう。 オレに一方的に自分の理想論ばかりを押し付けてくる親父が『博士』だからかもしれない。 知識が豊富で、トレーナー時代に培った実力やその他諸々の要素が絡まりあって、将来を嘱望されている研究者だ。 そういう風に穿った見方をしてしまうほど、オレにとって『博士』って言葉はタブーなのかもしれない。 改めて、親父に対する『嫌い』っていう気持ちが湧きあがる。 そんなオレの気持ちなど知ってか知らずか、ハルカは事も無げに言ってきた。 「あたしは引っ越してきたばかりだったけど、二人は引っ越してきたその日に友達になってくれたの。 同い年だっていうのが一番大きかったかな」 「そうなんだ……いいよな、そういうの」 引っ越しってのは、友達と別れるってことだから、新天地に対する期待と不安は大きいかったんだろう。 引っ越してきたその日に友達になってくれる人がいるって、すごくうらやましいことだと思うな。 オレは引っ越しなんて経験したことないから、よく分からないけど…… 「キミは、あの子に似てるかもしれないね」 「あの子って……どっち? 同じ名前の方? それとも博士になりたがってる方?」 「両方かな。足して二で割った感じ」 「そう来るか……」 足して二で割ったなんて、また微妙な言い回しを使ってくる。 でも、それは二人の平均ってことだ。 ハルカの友達になったその二人はオレに似てるんだろう。順序が逆だとは思うけどさ。 正直、どうでもいいことではある。 オレに似てようが似てまいが、知ったことじゃない。 ただ、懐かしむような顔を見せるハルカに、そういった類の言葉を突きつけることはできなかった。 「キミとサトシって子は、そういう関係なのかな?」 「ビミョーに違う気がするな。 あいつはオレのことライバル視してたし……オレは旅立つまでちょっとうるさいって思ってたくらいだから」 「じゃあ、今は?」 「どうだろうな。 仲良しってほど仲が良かったわけじゃないし……友達以上親友未満ってところか」 「ビミョーだねえ」 「まあな」 仲がいいってほどじゃない。でも、悪いってこともない。 落ち着くのは『ビミョーなところ』なんだよ、結局。 「だけど、オレだってトレーナーだ。 あいつとどっかで会ったら、その時はバトルで決着つけてやるつもりさ」 「そうだねえ。 トレーナーってそういうモンだもんね」 「ああ……オレと同じ名前の友達って、バトルは強いのか?」 「強いよ。あたしと同じくらい、かな? ホウエンリーグに出たんだよ。 本選の一回戦で負けちゃったけど、それは相手が悪かったからかな」 「ふーん……」 なんて冷めた受け答えしてたけど、ハルカと同等の実力を持つトレーナーの存在が気にならないはずがない。 しかもオレと同じ名前ってのが因縁みたいなのを感じさせるんだ。 いつかホウエン地方に行くことがあったら、ぜひ会ってみたい。 ホウエン地方には、ハルカが出してきたラグラージをはじめとする、オレも知らないポケモンがたくさん棲息しているんだろう。 いつかは……っていうか絶対に行く。 カントーリーグが終わってからになるのか、それとももっと先のことなのか…… それは分からないけど、ポケモンのことを知りたいっていう気持ちは誰にも負けてないと思ってる。 だから、いつかは絶対に足を運ぶだろう。 まだ先のことなのに、今から期待が弾んでしまうよ。 いつかホウエン地方へ行く時が来るまで、オレはオレのできることをやっていくしかないんだ。 カントーリーグに出場するためにバッジをゲットすることはもちろんのこと、ブリーダーとしての腕も磨いていかなくちゃいけない。 やることは多いけど、その方がやっぱ燃えるよな!! ……なんて胸のうちでやる気の炎を燃やしていると、 「あっちから誰か来るよ?」 「ん?」 ハルカの声に弾かれたように顔を上げて、視線を前方に据える。 彼女の指差した先には、自転車に乗っている人影があった。 遠いから男か女か、あるいは大人か子供かの区別もつかなかったけど、確かにあれは人だ。 まさかな……ナミがこんなに早く来るはずないか。 「もしかして、キミの従兄妹だったりしてね」 「ははは、まさかぁ」 お茶目につぶやくハルカの隣で、オレは自分でも分かるくらい声を大にして笑い立てて―― びきっ。 人影との距離が縮まるにつれて、オレの表情はひび割れていった。 こっちに向かってきているのは…… 「ナミ!!」 間違いない。 あれは絶対にナミだ。 オレは叫ぶと、全速力でペダルを漕いだ。 「あ、ちょっと!!」 背後で声を上げるハルカ。 あっという間に彼女の声が遠ざかっていき、反対にナミとの距離がぐんぐん縮まっていく。 オレの声を耳にしてか、それともオレの顔を確認してか、ナミの顔もぱっと明るくなった。 「あ、アカツキ!!」 彼女もペダルを漕ぐスピードを上げた。 当然と言えば当然だけど、あっという間にオレたちは再会を果たした。 女のカンって、意外とよく当たるんだなって…… ほら、当てにならないものの代名詞みたいな言い方されてるから、まさかホントに当たるとは思わなかったんだ。 でも、当たってくれてよかったと思ってる。 おかげで、ナミと再会することができたんだから。 ナミのすぐ傍で急停止すると、オレは自転車を乗り捨てた。 「ナミ、よかった。おまえは無事だったんだな」 「アカツキ……」 手を取ると、ナミは瞳を潤ませた。 それからすぐに、声を上げながら抱きついてきた。 「あ〜ん、アカツキぃっ!! 会いたかったんだからぁ……ホントに……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」 泣きついてきたナミを、オレは優しく包んでやった。 なんて言葉をかけてやればいいのか、どうしてか忘れてしまったんだ。 ナミはオレのこと、すごく心配してくれていたんだろう。 それでいて、今まで一人で不安だったんだろう。 堪えていた気持ちが一気に噴き出して、ナミは声を上げてオレの耳元で泣いていた。 「今までどこ行ってたの? あれから一時間くらい待ったんだよ。 でも、アカツキったら戻ってこなくて…… このままじゃあたし、風邪引いちゃうかもって思って、先を急ぐことにしたんだけど。 アカツキどこにもいなかったんだもん……」 「ごめんな、心配かけて……」 泣きじゃくる従兄妹を前に、悠長に事情を説明するわけにも行かず、オレはただ詫びることしかできなかった。 無理に弁明したところで、感情を悪化させるだけだ。 「でも、大丈夫だ。 おまえに心配かけたこと、ホントに悪かったって思ってるよ」 「うん……ねえ、今までどこにいたの?」 低い嗚咽を漏らすナミ。 オレの胸から顔を離し、濡れた頬を拭おうともせず、じっとオレの顔を見上げてきた。 不安だったんだな…… オレがいないって、それだけのことで。 まあ、あの状況じゃ、置いていかれたと思ってしまうのかもしれない。 なんだか、とっても悪い気がする。 仕方がなかったって、オレから割り切るのは簡単だけど、ナミにしてみれば、それは単なる言い訳程度にしか思えないんだろう。 「どこにいたってさ…… オレはちゃんと戻ってくるって。 いろいろあったから、すぐには戻れなかったけど……ほら、ちゃんと今はおまえの前にいるだろ」 「うん……」 すぐに戻ってこられるわけがない。 気がついたのは昨日……ナミとはぐれた翌日だったんだから。 これでも、急いだ方だ。 ナミが感情を落ち着けてくれるまで、一連の事情は伏せておくことにしよう。 不安そうな眼差しを向けてくるナミの顔を、少しでもいつもの明るいものに戻したい一心で、オレは笑みを浮かべた。 ホントは笑ってられる気分じゃないんだけど、繕ってでも、こいつをどうにかして安心させなくちゃいけない。 心配をかけたオレができる、唯一の罪滅ぼしみたいなものだ。 「大丈夫。 これからはできるだけおまえの傍にいるって。約束する」 そう言って、何度か背中を軽く叩いてやった。 「ホントに?」 「オレが約束を破ったこと、あったか? 一昨日のはカウントしなかったとしても」 「ないよね」 「だろ? だからもう泣くの止めてくれよ。 こんなところ誰かに見られたら、恥ずかしいったらありゃしないからな」 とは言ったものの、背後に人の気配をずっと感じてたんだ。 あっという間に追いついてきたな、ハルカ。 それでいて、何も言わずにじっとやり取りを見てるだけなんだから、殊勝な趣味というか何というか。 こればかりはオレ自身が撒いた種だ。見られていても、それはそれで仕方がない。 「ホントにごめんな。で、おまえ、あれからどうしてたんだ?」 「セキチクシティに向かってたの。 アカツキのことだから、セキチクシティにまで行けば会えるかなって……そう思って」 「そっか……」 オレがいなくても、ナミはちゃんと目的地を目指して、一人だけでもちゃんと歩き出していたんだ。 力強いその足取りに、オレは思わず胸が熱くなった。 昨日の段階で分かっていたことだけど、本人の口から直接聞いたことで、その重みが伝わってくる。 だから……オレはもう、こいつにどんな些細な心配もかけちゃいけないって思った。 自己保身のセコイやり方だって思う。 そう言われたって仕方ないと思う。 でも、思うことからでも始めなきゃ、先に進めないから。 「あたし……すっごく心配したんだから。 もう遠くになんて行っちゃダメだよ?」 「ああ……」 これには頷くしかない。 ナミの気持ちを落ち着かせてからじゃないと、経過説明に入れない。 「ナミ。なんとか再会できたし……行かないか? セキチクシティに」 「うん。ノンビリしてられないんだよね」 「ああ」 ナミはやっと笑顔を見せてくれた。 太陽のような微笑みに、オレの心の片隅に残っていた氷のような何かが、音もなく溶けていくのを感じずにはいられなかった。 「ところで……」 オレの胸から顔を離したことで視界が利くようになったナミは、オレの肩越しに、背後に立っているハルカに目をやった。 「そこの人、誰? アカツキの知り合い?」 「あ……ああ、まあな」 いきなりそこの人って言うか……? 思わず顔が引きつったけど、いかにもこいつらしい言葉だって思うと、安心したよ。 「あなたがナミちゃんね。アカツキからあなたのこと、少しだけ聞かせてもらったよ」 オレが振り返ると同時に、ハルカは笑みを浮かべてナミに話しかけた。 彼女なりに気を利かせているんだろう。 少しだけって……ホントに少しだけだろ。 しかも、名前なんか話した覚えねえし。 ツッコミのセリフはいくつも脳裏に浮かんだけれど、突如として生まれた和気藹々とした雰囲気に口出しはできなかった。 割って入るわけにも行かず、オレは黙ってナミの隣に立ち、ハルカと向かい合った。 「あたしはハルカ。彼とはポケモンバトルで知り合ったんだよ」 「え、バトルで?」 「うん」 同世代(って言っても二つほど歳が違うけど)の、しかも同姓ということもあってか、ナミはすぐに彼女と打ち解け合った。 助けられたかな、今回は…… 自然とため息が漏れた。 「ハルカって、ホウエン地方から来たんだね。 カントー地方にはいないポケモンとかも、持ってるんでしょ?」 「もちろん」 ナミの問いに、ハルカは笑みを深めた。 オレたちは今、セキチクシティ側から一番近い中継点の宿泊施設にいる。 今日はここに泊まることにしたんだ。 ナミとハルカがいきなり意気投合しちゃったものだから、オレは半ば引きずられる形でついていくことになった。 よくよく考えれば、性格も似通ってるわけだから、意気投合するのも自然の流れなのかなあ……という感じで。 つまり、オレが引きずられるのも自然の流れってことで。 逆らうなんて論外だった。 『その気』になった女の子ってココまで強くなるんだって思い知らされる結果に終わったけれど、 まあそれも仕方のない話ということであきらめることにした。 人生あきらめが肝心なんてどっかで聞いたことがあるんだけど、まさにその通りと言うしかない。 意気投合したことを見せ付けるかのごとく、宿泊施設に入るなり二人は同じ部屋で寝泊りすることをジョーイさんに告げて、 ロビーの椅子に二人並んで腰を下ろしている。 オレは少し離れたところで、ルースに食べさせるポケモンフーズのレシピを紙に書き出すことにした。 話を小耳に挟むってのも、意外と楽しいものだと思う。 とはいえ…… 「いいなあ……あたし、見たいなあ」 誘惑でもするように身体をくねらせて、顔をハルカに近づけるナミ。 ヲイ……子供なのに色仕掛けするか? しかも相手は同姓だろ。 ナミの意外な一面を目の当たりにして、オレはペンを止めて顔を向けてしまった。 こういうの、いつかはオレにも仕掛けてくることになるんだろうか……? そう思うと、気が気じゃないんだけれど。思い過ごしならいいなあ、って何気に希望的観測に浸ってみたりしてマス。 「あ……後で見せてあげるからさ、そんなに顔近づけないでお願いだから」 ハルカはウンザリといった表情で、間近まで迫ったナミの顔を両手で遮った。 うーん、ある意味で『効いてる』みたいだ。恐るべしナミ。 オレも用心しなきゃな…… 気を取り直し、オレはルースの好みの味をピックアップしてみた。 昨晩の食事を見てみた限りだと、ルースはリッピーと同じで甘い味が好みのようだ。 となると、モモンの実やマゴの実を中心に使っていくのがベストってことか。 甘味とコクを出すためには、牛乳も混ぜてつなぎにした方がいいのかもしれないけど…… 実際に作ってみて、ルースに食べてもらわないと、完璧なものにはならない。 ……ってワケで、さっそく作ってみましょう!! 思い立ったが吉日ということで、オレはレシピを走り書き程度にまとめて、立ち上がった。 がたん、という音に気がついて、ナミとハルカがこっちを向いた。 「あれ、どしたの?」 「先に部屋に行ってる。ポケモンフーズを作んなきゃいけないからな。 お二人さんはじっくり話に興じてればいいさ。んじゃな」 オレは一方的に言い放ち、身を翻した。 ロビー脇の階段を一段飛ばして駆け上がり、あっという間に三階の部屋にたどり着く。 ベッドは二つあるけど、別に気にしない。 使わない方のベッドにはみんなを寝かせればいいし。 部屋の奥の方にあるベッドに腰を下ろし、荷物を置く。 リュックの紐を解いて、中から粉挽きマシン……通称『パウダーメーカー』を取り出す。 自力で粉を挽くのが一番だって思ったけど、一回やってみたら、これがもう時間はかかるわムラができるわ…… 挙句の果てには疲れ果てて、小一時間ばかり何もやる気がしなかったっていう逸話が残ってるモンで、 大枚叩いて自動粉挽きマシン『パウダーメーカー』を購入したんだ。 手でやってみてダメだった点が見事なまでに改善されて、サラサラした粉ができたものだから、ここぞとばかりに使い始めた。 構造としては、黒塗りの機体に電動の臼を内蔵していて、投入された木の実をその臼で粉々にひき潰すんだ。 ひき潰して下に落とす途中で、温風を当てて水分を飛ばして乾燥させる。 木の実は何気に水分を含んでいるから、手でやった時には、すり鉢が濡れるわ、飛び散った液体が服にこびり付いて、 何度か洗濯しないと落ちなかったりするわと、それはもう散々な結果だった。 続いて、甘い味の木の実を何個か取り出した。 勾玉のような形をしたマゴの実と、桃のような形をしたモモンの実だ。 他にも甘い味の木の実はあるけど、苦味だの酸味だの辛味だのが混じってたりして、種類次第ではとんでもない味のものもある。 だから、純粋に甘味のある木の実はこの二種類だけだ。 オレはパウダーメーカーを机に置いた。 水平な場所で使わないとムラができることがあるって、説明書に書いてあった。 疑うわけじゃないけど、ベッドの上じゃ、振動で傾いたりすることもある。 蓋を開けて、中にマゴの実とモモンの実を入れる。 粉の排出口に透明な受け皿を置いて、準備完了だ。 プラグをコンセントに差し込んで、スイッチを入れる。 すると…… ぎゅいぃぃぃぃぃぃんっ!! 凄まじい音がして、受け皿にピンクの粉が落ちてきた。 マゴの実とモモンの実を混ぜるとこんな色になるんだろうか…… 両方とも赤味のある粉になるから、この色彩も当然と言えば当然なんだけどさ。 受け皿の半分くらいまで粉が積もったところでスイッチを切る。 入れた木の実の数から考えると、粉の量はこれくらいが妥当だろう。 念のためにプラグを抜いて、誤動作しないようにしておく。 そこまでしたところで、オレはモンスターボールを引っつかんで、軽く投げ放った。 「みんな、出て来い!!」 オレの言葉に応え、ぽんぽんぽん、と景気のいい音を立て、みんながボールから飛び出してきた。 「ソーっ……」 「ピッキー♪」 「ブーッ……」 「…………」 「バクぅっ……」 ラズリーは強気な一声を。 リッピーは呆れるほど陽気に。 ラッシーはいつものように元気よく。 リンリは相変わらず無言で。 ルースは忙しなく周囲を見回す。 三者三様……ならぬ五者五様の反応を見せるオレの仲間たち。 まあ、それぞれの個性が強烈に出てていいと思うけど…… 「ソーっ? ソーッ?」 ラッシーは『パウダーメーカー』を見て、楽しそうに声を上げた。 オレが何をしているのか、分かっているからだろう。 他の四人はイマイチピンと来ないようで、不思議なものでも見るような眼差しを黒塗りの機体に向けている。 「みんなのポケモンフーズを作るんだよ。楽しいから、見てみるか?」 揃いも揃って、首を縦に振るみんな。 まったく……分かりやすい反応だ。 とはいえ、今回はルースのポケモンフーズ製作が中心になるんだけど。 実のところ、リンリの分はまだ作ってないんだ。先にルースのを作るって変かもしれないな。 だけど、リンリの好みってイマイチよく分からないんだ。 今晩の食事でもじっくり観察して、好きな味を絞り込んでいこう。それからでも遅くはない。 「そうだ。ここから見てごらん。ほら……」 オレは背の低いリンリを机の上に乗せた。 興味深げに『パウダーメーカー』を見つめるリンリ。 無言でも、好奇心旺盛なのがよく分かる。 なんて言えばいいのか分からないから、黙っているだけなのかもしれない。 ラッシーとラズリーとリッピーは、すぐ傍の椅子の上に乗っかって、覗き込むように机の上を見つめている。 「ルース、この粉、舐めてくれる?」 「…………?」 桃色の粉が積もる受け皿をルースの目の前に差し出すけど、ルースはオレと受け皿に交互に視線を向けるばかり。 ――これ、なに? 正体不明のピンクの粉を前に、戸惑いを抱いているようだ。 あー、ルースらしいと言えばルースらしいんだけど……指の先に少しでもつけて、軽く舐めてくれればいいんだけどな。 毒なんて入ってないんだからさ。 「こうやるんだよ」 ルースが躊躇うものだから、オレは実践してみせた。 人差し指に粉を少しつけて、ペロリと舐める。 ぶッ…… 恐ろしいほどの甘さが口の中に広がっていく。 思わず綻びそうになる顔を必死に保って、ニコッと笑いかける。 今回の木の実はやたらと甘味が強いな……ここまで甘いモモンの実とマゴの実は初めてだ。 木の実にも『個性』というものがあるから、生息している場所によって、微妙に味が異なるのは当然なんだけどさ。 「ほら、こうやればいいんだよ。さあ、やってごらん」 「…………」 ルースは恐る恐る、差し出された受け皿に指を突っ込んだ。 オレを含めたみんなの視線が集まる。 みんなの視線を一身に浴びながら、ルースは先端にピンクの粉がついた指を口に入れた。 しつこくはないけど、目いっぱい砂糖をつぎ込んだ砂糖水よりも甘いのは間違いない。 これでルースがうれしそうな顔をすれば、この粉を元にポケモンフーズを作れるんだけどなあ。 万が一不評だったら、その時は練り込む量を減らせばいい。 どっちにしても、『パウダーメーカー』で作った木の実パウダーを無駄にする必要はない。 「どうだい?」 小指を口の中に入れたまま硬直しているルースに答えを促す。 やっぱり甘すぎるんだろうか……? 人間のオレですら『超が何個もつくほど甘い』って感じてるんだ。 感覚に優れたポケモンは、どれだけ『甘い』と感じるのか。 あんまり想像したくないけど……結果はいかに。 ルースは無表情でくわえた小指を口から出して―― ニヤリと微笑んだ。 「バクぅ♪」 美味しい!! ……と言わんばかりの笑みだったんで、オレはホッと胸を撫で下ろした。 ルースは甘いものが大好きってことがハッキリした。 しかし、こんなに甘い味を口に含んで喜ぶなんて、ルースって、それこそ超が何個もつくほどの甘党なんだなあ。 リッピーやラッシーだったらたぶん無理だろう。 オレの頭ん中にある『バクフーン』像を、ことごとくぶち壊してくれる逸材だと思ったよ。 でも、そういうポケモンが手持ちにいるっていうのも、面白い。 「バクッ、バクッ!!」 もっとボクにちょうだい!! ……と言わんばかりに、ニコニコ笑顔で手を伸ばすルース。 でも、ここは心を鬼にしなければ。 この味の木の実パウダーを原料にしたポケモンフーズだからこそ、ルースのコンディションを最大限に高めることができるんだ。 とはいえ、強く言うこともできないんで、 「ルース。後でこれを元に作ったポケモンフーズをあげるからさ。今だけは我慢してくれ。な?」 「バクぅ……」 残念そうに俯くルース。 今回ほど甘味の強い木の実って、そうそう手に入るものじゃないからな。 今後はもう少し甘味を抑えたもので我慢してもらうしかないけど、好きな味なら、まあそれなりに食べてくれるだろう。 「ラッシー、リュックから『フーズパウダー』とシートを取ってくれるか? リッピー、コップに水を汲んできてくれ」 「フッシーっ!!」 「ピッキーっ!!」 オレの指示に、ラッシーとリッピーが椅子から飛び降りた。 ポケモンフーズは色んな味のものが市販されているけど、ありふれた味で納得できないようなヤツ…… たとえばオレやセイジのようなブリーダーだよな。 自分のポケモンに合った味と栄養のポケモンフーズを作りたいと思うたくさんの人のために売り出されたのが『フーズパウダー』という粉だ。 「ソーっ」 ラッシーの声に振り向くと、蔓の鞭が巻かれた『フーズパウダー』の袋と透明なシートが目の前にあった。 「サンキュ、ラッシー」 オレが運んでくれた物を手にすると、ラッシーはうれしそうに嘶いて、蔓の鞭を外した。 『フーズパウダー』は茶色い粉で、見た目こそカレー粉と間違えそうだけど、味はまったくしない。 『フーズパウダー』と『木の実パウダー』を混ぜたものに水を注いで練り合わせ、思い思いの形に千切って乾燥させれば出来上がりだ。 それが普通の作り方なんだけど、オレは練り合わせる段階で牛乳や、液体や粉状のサプリメントを加えて、味や栄養をグッと底上げする。 自分のポケモンに合ったポケモンフーズを作りたいって思うんだったら、ありきたりな汎用品に満足せず、あくなき追求はしないと…… とまあ、そーいうワケで、隠し味を加えることでラッシーは最高に満足してくれたんだ。 自分の家族とも言えるポケモンが喜んだ顔を見られるなんて、本当にうれしいんだ。 それも、自分で作ったポケモンフーズを食べて見せてくれたんだったらなおさらだ。 汎用品よりもコストが多少かかってしまうけど、そんなことを恐れてたら、本当に満足できるポケモンフーズは作れない。 ――コストダウンがなんだっ!! ――質より量がなんだっ!! ――結局最後にモノを言うのは質なんだッ!! ……ってことで。 オレはラッシーがリュックから取ってくれたシートを広げて、机の真ん中に置いた。重石代わりに『パウダーメーカー』を乗せる。 シートを置くことで、机を汚さないようにするんだ。 自分の机だったらここまでやらないんだけど、まあそれは仕方のない話。 あと、粉が飛び散っても平気なように、周囲も同じように養生をして、準備完了だ。 受け皿の粉をその真ん中あたりに注いで、『フーズパウダー』をパラパラとかける。 割合としては『木の実パウダー』1に対して、『フーズパウダー』が4くらいだ。 『フーズパウダー』が少ないと、ちゃんと練り合わせられなくて、乾燥させた時にボロボロと崩れてしまうんだ。 かといって多くしすぎると、粘着質の物体に成り果ててしまう。 噛んでも歯ごたえを感じられず、それどころかガムを噛んでるような感じになる。 ポケモンフーズを初めて作った時なんか、何回失敗したことか……その度に失敗作を廃棄処分して、何度も作り直したっけ。 あの頃は笑えない話だったけど、今じゃ単なる苦労話に成り果てちゃってるんだなあ…… 『木の実パウダー』と『フーズパウダー』が混ざった粉末は当然ながら茶色が色濃かった。 「ピンクぅ? おまえらなんか目じゃねえよ」 と言わんばかりに茶色が目立っていて、ピンクがポツリポツリ見受けられるって程度。 色彩的にそうなっちゃうのは仕方ないにしても、肝心なのは味!! そう、味なんだ!! それと食感だけど、とりあえずそれは二の次。 姿勢を正し、足を肩幅に広げて、力が入りやすいように、腰を低く据える。 やるんだったら、やっぱり正統派っぽいカッコでやんなきゃ、気分も盛り上がんないでしょ。 オレの方の準備も終わったところに、 「ピッキーっ♪」 「お、サンキュー」 リッピーがコップ一杯分の水を持ってきてくれた。 これくらいあれば、今回の粉の量から見て十分に足りるだろう。 リッピーを労うと、オレは粉に水を適量注いだ。 水分を帯びて、黒く変色する粉を手で捏ねる。 手が汚れてしまうのは毎度のことなんで、特に気にする必要はなし。 「ピッキ〜……」 リッピーが歌うような声を上げ、テーブルの上に躍り出た。 視界の隅に捉えただけだけど、どんな風に上がったのかは分かる。 身体の割に小さな羽を必死に羽ばたかせて浮かび上がったんだろう。リッピーって何気に芸が細かかったりする。 本来、ピクシーは繊細(デリケート)な種族だって言われてる。 耳がとても良くて、一キロ先で針が落ちた音さえ聞き逃さないほどだって言われてるんだ。 でも、リッピーに限って言えば、繊細さを通り越して完全に陽気だ。 ホント、オレのポケモンたちってとっても個性が強いな。 何気に話が脱線してたりするけど、頭でそんなことを考えているうちにも、オレはちゃ〜んと手を動かしてるんだぜ。 考えにかまけて手がお留守になってるようじゃ、いいポケモンフーズは作れない、ってね。 無言でひたすら粉と水を練り込んでいくと、少しずつ粘土みたいに粘り気が出てきた。 「バクぅ……」 横手からルースの驚嘆のつぶやきが聞こえてきた。 へえ、こんな風になるんだ……って言いたそうだ。顔を見なくても、なんとなく分かる。 これって、少しは心が通じ合ってるってことなんだよな。 出会ってまだ三日しか経ってないけど、ルースもオレの家族の一員なんだって、そう思えるのがうれしいんだ。 「もうすぐできるからさ……もう少しだけ待っててくれよ」 「バクぅっ♪」 声をかけてやると、ルースはうれしそうに嘶いた。 臆病なのは他人と接している時だけらしい……少なくともオレやオレのポケモンたちの傍にいる時には明るい笑顔も見せてくれる。 みんなの視線が、作りかけのポケモンフーズに集まる。 ラッシー以外のみんなは初めてみるものだから、とても興味深げに凝視している。 さらに練り込んでいくと、完全に粘土状になった。 それこそ見た目は茶色い粘土だけど、この状態でも一応食べることはできる。 ただ、水分を多く含んでいるから、食感は水っぽくて、味らしい味もしない。 本当ならここで牛乳やらサプリメントやらを入れとくべきなんだけど、生憎と今は切らしてしまっている。 味にコクを出せないのが唯一の心残りなんだけど、こればかりは仕方がない。 どんなに急いでもセキチクシティまでは一日かかるわけで、目の前のポケモンフーズを放っておくなんて論外だ。 初めてのポケモンフーズだから、隠し味までは考えなくてもいいだろう。 さっきの『木の実パウダー』でルースがあんだけ満足してくれたのを見ると、むしろ牛乳とかを入れるのは逆効果ってことも考えられるんだ。 味覚って、ホントに複雑なんだな…… 粘土のように固まったポケモンフーズを、親指の爪ほどの大きさに千切って、丸める。 小さく丸めたものを、次々に並べていく。 数が増えるにしたがって、粘土のようなポケモンフーズは少しずつ小さくなっていった。 そして、 「よーし、完成!!」 百数十個の小さなポケモンフーズが目の前にズラリと並んだところで完成だ。 とりあえずこれくらいあれば、一ヶ月とまでは行かなくとも、それなりに保つだろう。 「どう? 結構面白いだろ? 次やる時はみんなで一緒に作ろうな」 「バクフーンっ♪」 「ピッキー!!」 振り返ると、ルースとリッピーが特に『楽しみにしてます』と如実に物語る表情で頷いてくれた。 この二人が目立ったけど、リンリもウインクしてたし、ラズリーはじっとポケモンフーズを見つめていた。 それなりに感じるものがあったってことなんだろう。 「ルース、今はまだ食べちゃダメだからな。 ちゃんと水分を飛ばしとけば、カリカリしてて美味しいぞ」 「バクぅ……」 念のために釘を刺しておくと、ルースは残念そうに俯いて、上目遣いでズラリ並んだポケモンフーズを見つめた。 何気に指をくわえて、食べたいとアピールしてたりするけど、最高の味と食感を楽しみたいと思うんだったら、ここは我慢のしどころである。 ……って、ルースに説明したって完全には理解してくれないだろうけど。 オレは、ルースに最高の味と食感を楽しんでもらいたい。 だから、今回は心を鬼に(……にしては優しすぎたかな?)して釘を刺した。 できあがったポケモンフーズを、陽の当たる場所に移す。 俗に言う『天日干し』ってヤツだな。 自然な状態で少しずつ水分を飛ばした方が、形も味も栄養も損なわれずに済むんだ。 ミディアムレアに火炎放射とか、ヴェルダンにオーバーヒートなんて、ポケモンの技なんて使っちゃ、最高の仕上がりは期待できない。 ってゆーか、むしろ黒コゲか。 「いいかい? つまみ食いなんてしたってダメだからな。ちゃんと数は頭に入れてあるから」 「……バクっ」 ダメ押ししたら、ルースは真剣な顔で頷いた。 絶対にそんなことしないから安心して。 そう言ってるみたいだけど……ま、心配してても仕方ないな。 でも、次にポケモンフーズを作る時は、みんなでワイワイ楽しくやってみよう。 その方が一体感も生まれるし、コミュニケーションを深めるのにも役立つはずだ。 他愛ない作業の一つ一つが、ポケモンバトルの重要な要素にまで結びつくんだから。 ホント、ポケモンの世界って想像したよりもずっとずっと奥深いものなんだな。 何気にその一端を垣間見れたような気がしたよ。 シミジミしてると、リンリが無言でシートを畳み出したではないか。 何気に後片付けやってくれてるし…… いつも黙ってて、端から見れば愛想がないように映るけど、リンリはリンリでやるところはちゃんとやってるんだ。 有言実行ならぬ、不言実行ってヤツだな、これは。 ほかに、ラッシーが『パウダーメーカー』を蔓の鞭で巻き取って、リュックに戻してくれたり、 ラズリーがコップを加えて洗面所に入っていったりと、オレがやるよりも前に後片付けをやってくれた。 おかげでオレはノンビリ……ってワケにも行かなかったな。 ラッシーの蔓の鞭は二本しかないから、パウダーメーカーを巻き取ったおかげで、リュックの口を開けることもできなくなってしまったんだ。 「ソーっ……」 リュックの傍まで運んでから気がついたのか、ラッシーは気まずそうな顔を見せていた。 やれやれ…… やることはちゃんとやってくれてるんだけど、ラッシーって意外と間が抜けてるところもあるんだよな。 「ラッシー、入れてオッケーだぜ」 「ソーっ……」 オレがリュックの口を開けて、入れやすいように中を整理したところで、ラッシーがゆっくりと『パウダーメーカー』を戻してくれた。 「ソーっ、ソーっ」 本当ならオレが礼を言うべきところなんだけど、逆に礼を言われてしまったみたいだ。 ……こういうのもまた楽しいかもしんない。 何もかも自分一人でやろうとしてたのかな、オレは。 今になって思えば…… みんなの手を煩わせるまでもないと思って、野宿の時に食器を出したり、洗ったり、しまったりするのも、みんな自分でやることが多かった気がする。 もしかしたら、みんなはそのことを歯痒く思ってたのかもしれない。 だから、オレが何も言わなくても、勝手に――いや、自主的に、率先してやってくれたんじゃないだろうか。 都合のいい解釈かもしれない。 だけど、オレ自身がそう思えるんだから、意外と当たってるのかもしれない。 ……そうだな。 何も自分一人で片付けることはないんだ。 なんだってそう。 ポケモンバトルだって、トレーナーの一人芝居じゃないんだ。 ポケモンたちの力があってこそのものであって……みんなとの旅も、きっと同じなんだと思う。 オレたちトレーナーが、ポケモンから教わることだってきっと多いんだな。 「みんな、ありがとな。おかげで早く片付いたよ」 ラズリーが戻ってきたのを確認し、オレはみんなに礼を言った。 みんな、とてもうれしそうな顔を見せてくれた。 さて…… ポケモンフーズも作り終わったことだし、なんだか暇になっちゃったな。 ルースをナミにまだ紹介してなかったし、お披露目と行くか。 そろそろハルカとの話も区切りがついて、隣の部屋に入った頃だろう。 話し声とかは聴こえてこないけど、行くだけ行ってみるか。いなければ、探しに行けばいい。 というわけで、 「みんな、ちょっとだけ戻っててくれ」 みんなをモンスターボールに戻した。 五つのモンスターボールを腰に装着して、ルームキーだけを持って部屋を出て行く。 ナミやハルカに会いに行くのに、荷物なんて持ってっても仕方ないだろ。 「ナミ、いるか〜?」 隣の部屋の前まで歩いていって、ドアを軽くノックする。 「アカツキ〜? 入ってきていいよ〜」 少し遅れてナミの言葉が返ってきた。 なにやら楽しそうな口調だったけど……何かあるのか? そう思ってドアノブに手をかけた時だった。 「ちょっと!! ナミ、あんた一体何を考えてんの!! あたし……あたしはまだ……!!」 なにやらただならぬ悲鳴が中から聞こえてきた。 これは……ハルカの声!? 一体中で何が起こってるんだ!? きな臭いものを感じて、一気にドアを押し開くと、そこには―― 「…………あ」 「…………?」 結論―― 何もありませんでした。 あったとすれば…… 「いぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁっ!!」 ぼふっ。 凄まじい悲鳴と共に投げつけられた枕がオレの顔面を直撃した。 痛みはほとんどなかったけど、それ以上に精神的なダメージを受けたような気がした。 「…………」 オレは何も言わずにドアを閉めた。 なぜかドキドキしていた心を宥めすかして、最初に思ったのは、ナミがやたらと無神経だったということだった。 ナミが、ハルカは自分と同じタイプだと勝手に思い込んでいたであろうことが原因だったんだ。 つまり、その…… あんまり口に出したくないことが、部屋の中で起こってたってワケで……一応、想像にお任せします。 女の子が悲鳴を上げて枕を投げつけるようなことなんて、よくよく考えれば分かりそうなものだけど。 「いいわよ、アカツキ」 待つこと一分弱。 落ち着き払ったハルカの了承を得て、オレは室内に足を踏み入れた。 さっきオレの顔面に当たった枕は元ある場所に戻されていた。 「やっほ〜」 ソファに深々と腰を下ろし、ナミは陽気にくつろいでいた。 その隣で、ハルカが顔を真っ赤にして視線をあちらこちらに泳がせている。 落ち着いたって言っても、声だけのようだ。 表情も、ましてや気持ちなんて全然落ち着いてないようだ。 というのも…… 「ナミ」 「なあに?」 なにが楽しいのかニコニコ笑顔を向けてくるナミに、オレは自分でも分かるほど鋭い視線を向けた。 「おまえな、ハルカのこともっと考えてやれよな。 おまえみたいなタイプじゃないんだからさ……」 「なっ……!!」 ハルカの顔がさらに真っ赤に染まった。 ナミは何を言われているのか分かっていないようで、首をかしげた。 「どーゆーこと?」 「『オレとおまえ』の関係が『おまえとハルカ』にそのままそっくり当てはまるワケじゃないんだよ。分かったか?」 「あー、そーゆーことね。オッケーオッケー分かったよ」 本当に分かってるんだろうか……? もう二言三言付け加えてやろうかと思ったけど、やるだけムダかもしれないと思って、言葉をぐっと押し留めた。 気楽な口調と仕草で分かったと言われても、あなたなら信頼できますか?――っていうレベルなんだからさ。 言い方には結構気を遣ったつもりなんだけど、ハルカが真っ赤な顔で食らいついてきた。 「ちょっとそれもどーいう意味!?」 猛烈な勢いに、オレは思わず一歩退いてしまった。 それくらいの迫力というか、そういうものがあったんだ。 「あー、それはその…… そうだな、従兄妹と出会ったばかりのトレーナーっていう関係だ」 「そうだなって、即興じゃん!?」 ……そういうところには無情なほどツッコミを入れてくるのな。 口に出せばもっとすごい勢いで噛み付かれそうなんで、言わないでおいたんだけど……こりゃ怒ってるな。 まあ…… 今になって考えてみれば、おまえみたいなタイプじゃないっていう言い草が気に入らないんだろう。 おまえみたいなタイプ……つまりナミのタイプとは違うのはどういう意味だと……そう言いたいわけだ。 しっかし……こりゃどういう風に収拾をつければいいのやら。 火のないところに煙は立たぬ、とはよく言ったもので。 ハルカを納得させられるだけの文言というのは、そう簡単には浮かんでこないんだ。 単純なナミなら、適当に褒めちぎっとけば納得して気持ちも落ち着くんだろうけど。 でも、やってみないことにはなんとも言えないだろう。 オレは何気に勇気を振り絞り、口を開いた。 「女の子としての魅力があるってことだよ」 「……魅力?」 ハルカは唸るような声で漏らし、疑いの視線をオレに向けるばかり。 素直には信じてくれてないか……まあ、そりゃ当然の反応なんだけど。 でも、ここで別のニュアンスを臭わせれば、余計に怒らせることにもなりかねない。 とりあえず、同じ文言でも一言二言言葉を変えて塗り重ねるのがいいだろうか。 「そう、魅力だよ」 オレはニコッと微笑みかけた。 言葉だけで納得させるのは無理。 そう判断して、表情や仕草も付け加えることにしたんだ。 ハルカったら、オレが×××を見たってんで怒ってるんだろう。 火元はそこに違いない。 でもあれは不可抗力であって、オレにその気はなかった。 むしろ、悪いのは×××をしてるってのを知りながら部屋に入って良いとゴーサインを出したナミだ。 辛抱強く説き伏せたところでシコリが残るのは目に見えてる。 だから、ここは面倒でも魅力って部分で褒めちぎるしかない!! 何気に話が脱線しまくってる気がしないわけじゃないけど、このまま終わらせるというのも後味が悪い。 面倒でもやるしかない。 「ナミってあんまり女の子としての魅力を感じないんだよな。 まあ、それはいつも一緒にいて、従兄妹だっていうレッテルが貼られてるのが一番大きいと思うんだ」 「ふーん」 「なによそれぇっ!!」 どうでもいいみたいに、適当な相槌を打つハルカ。 今度はナミの目くじらが立った。 ああああ。 両方が敵に回ったかも……そうするつもりはなかったけど、結果が結果だ。 真摯に受け止めて、どうにかして悪化した関係を改善することだけを考えなければ。 どう考えても、ナミよりもハルカの方が説得難しそうだし。そっちが終わればナミなんてスルーみたいに簡単に行くはずだ。 「でも、君は違う。 先に、ああいう場面を見てしまったことについては謝るよ。悪かった」 オレは潔く(計算のうちだったかも?)頭を下げた。 不可抗力とはいえ、結果が結果だ。 一応の詫びは入れておかないと、丸く収まらないだろう。 「だからそれどーいう意味!?」 悲鳴のような声を上げるナミ。 ハルカは据わった目つきでオレを睨むように見つめているばかり。 ……まさか、関係悪化!? オレは頬を一筋の冷や汗が流れ落ちていくのをまざまざと感じずにはいられなかった。 うー、次の手を打ちたいのは山々だけど、謝ってもなお言葉を足してこないのを見ると、こりゃ相当怒ってるのは間違いない。 どうにかして波風を収めたいと思うけど、次の一手が思い浮かばない。 せめて、何かしらのキッカケみたいなものがあれば…… 神様に祈りたい気持ちになっていると、 「分かったわ。 キミにその気がないのは分かってた。謝ってくれるなら、それでいいわ。 あたしも大人気なかったかも。ここはケンカ両成敗ってことでお互いに痛み分けにしましょう」 ため息混じりに漏らしたセリフに、オレはホッと胸を撫で下ろした。 やっぱり、話をすれば分かってくれるんだな〜って思ったよ。 都合のいい解釈だけど、この際結果オーライだ。細かいことなんか気にしない気にしない。 だけど…… 「オレにその気がないって分かってたんだったら、なんであんなに食いついてきたんだよ」 これだけは確かめずにはいられなかった。 だって、そうじゃないか。 わざとらしすぎるんだよ。 今度はオレがハルカを睨みつけるような形になったけど、彼女は別段動じる様子もなく、淡々と返してきた。 「だって、キミって男の子として結構面白そうだったから。 キミの言葉を借りるとね、男の子の魅力ってのを感じたからだよ」 「う……」 オウム返しされるとは思ってなかっただけに、オレはさらなる返し手を失った。 叩き落とされたようだ。 男の子の魅力ってなんだよ…… そう訊ねようかと思ったよ、一瞬だけ。 でも、想像すればするほどとんでもないシロモノが戻ってきそうで、嫌だったんだ。 なんていうか……魅力とはおよそかけ離れてるような、雪ダルマ式に膨らんでいく債権みたいな…… 少なくとも歓迎できないようなモノじゃないかと。 オレは自分で表情が引きつってるのが分かった。 ハルカはそれを見て満足げに口の端を吊り上げると、ナミの肩を叩いた。 「そういうことだから、ね」 「どーいうことよ、それ!!」 気楽な口調で言ってのけるハルカに対して声を荒げるナミ。 当然だよな。 そういうことだからって、どういうことだって言いたくなるよ。 オレだってどういう意味か全然分かんないんだから。ナミが分かるわけないって。 ハルカもそれを承知でそう言ったに違いない。 オレとケンカさせようと、わざと仕向けてるとしか思えないぞ、これは…… 「ナミ、女の子の魅力ってのは一つだけじゃないんだよ。 ハルカにはハルカなりの魅力があるし、おまえにゃおまえにしかない魅力ってのもある」 「へ……?」 オレの言葉に、ナミの表情が変わった。 唖然としているようで、ハトが豆鉄砲食らったような顔だ。 さっきみたいな怒りや勢いはどこへやら。 すっかり腑抜けにされたような……そんな感じです。 さらに、ダメ押しの言葉を付け加える。 「オレさ、おまえの笑顔に何度も励まされてきたんだぜ。 おまえ自身は意識してないかもしんないけど……おまえっていつでも前向きだろ。 シゲルは煙たがってたみたいだけど、少なくともオレは違う。 おまえの笑顔を見てるとさ、悩んでるのがバカバカしくなってくるんだよな」 ナミは相変わらず唖然としていたけど、ハルカの口元に浮かんだ笑みが深まる。 上手い言い回しね……素直に誉めてるんだか、上手にやったわねと思ってるんだかは分かんない。 口に出してまで真意を確かめようとも思わないさ。 だって、そんなの無意味だろ? ハルカがどう思ってようが、ンなことは関係ない。 「だから、機嫌直してくれよ。な?」 「アカツキがそう言うなら……」 ナミはようやっと笑みを取り戻してくれた。 太陽のような微笑みだ。 そう…… 旅立つ前から――マサラタウンにいた頃からそうだったっけ。 親父に『研究者になれ』って言われ始めたあたりから、オレはずいぶんと悩みを抱えるようになったんだよな。 トラウマとまでは行かないけど、結構コンプレックスになったりしたモンだよ。 ガキのクセに博士級の知識を持ってるってことをさ。 ホントはそれって他人に誇れることだし、オレ自身にとっての財産でもあるんだけど、 そのせいで『研究者になれ』って言われてるってのが幼心にも分かってたから。 いっそ、これ以上ポケモンのことを知るのをやめようかと思ったことだってあった。 持ち前の知識のせいで進む道を強制されようとしたんだから、いっそそれを捨ててしまえば、 そうされることもないんじゃないかって、今になって思えばひねくれた考えを持ってたんだよな。 誰にも言えるわけないし、一人で抱えて悩んでた時に、 「どしたの?」 ……ってさ、何も知らないような顔をしてナミがやってきたんだ。 悩んでて、どうすればいいかも分かんなくて、それなのにおまえはどうしてそんなに笑ってられるんだ――って。 ナミに八つ当たりしようって気持ちが湧き立ってたんだけど、彼女の浮かべる微笑みを見つめたら、 あっという間にそんな気持ちは消え失せたんだ。 太陽みたいに、心の奥底にまで光を届けてくれる。 悩みなんて氷解して、それからは以前ほど深刻に考えないようにすることができた。 極端なことを言えば、ナミのおかげで今のオレがある、みたいな部分もあるわけ。 だから、オレはナミには笑ってて欲しい。 無責任なお願いで、そんなの、口が裂けても言えないけど、それでも。 「そう、それでいいんだ。おまえにゃ笑顔が似合ってるよ」 トドメの一言。 ナミは完全に怒りを収めてくれたようだ。 「で、アカツキは何しに来たの?」 「ああ……」 ……って!! 何事もなかったかのようにこのタイミングで訊くか普通!? 今度はオレの心に波風が立ったぞ。 元はと言えばおまえのせいで話が脱線して、元に戻すのにオレがこんなにも苦労したわけで。 まあ、今さら持ち出したってしょうがないか。また拗れるの、ヤだし。 剣のように突き立った心の波風を鞘に収め、オレは本題を切り出した。 「せっかくだし、お互いにポケモンを出して、違う地方のポケモン同士の交流でも図ろうかと思ってさ。 あと、オレたちも違う地方のポケモンのこと、もっと知りたいしな」 「グッドアイディア!!」 「決まりね。断る理由はないわ」 話はあっさりとまとまった。 トレーナー同士の交流は図られたから、次のステップとして、ポケモン同士の交流を深めるということ。 ナミにルースを紹介するのもあるけど、本当の目的はそこだったりする。 先にハルカの持つホウエン地方のポケモンに慣れさせておけば、いつかホウエン地方へ行った時に、大事にならずに済むからさ。 賛成大多数で、オレたちは場所を中庭に移した。 池があり、小川が引き込まれていたりして、水ポケモンにとってはかなり居心地のいい場所だろう。 そこで、オレたちはそれぞれの手持ちのポケモンを全部出して、大交流会を行うことにした。 とはいえ、実際はポケモン同士に任せるわけだからな…… オレはラッシー、ラズリー、リッピー、リンリ、ルース。 ナミはガーネットにトパーズ、そしてサファイア。 最後にハルカだけど、アーミットとゼクシオはすでに認知済み。 さて、残りの四体は……? 「るぅぅぅ……」 出てくるなり甲高い声を上げたのは、緩やかなウェーブがかかった鮮やかな緑の髪と、 胸元に赤いアクセント(?)がついた白いドレス(あるいは身体の一部?)が印象的な、人型のポケモン。 二体目は…… 身体の割に小さな翼を羽ばたかせて宙を舞う鳥ポケモンだ。 やたらと大きな黄色いくちばしが最大の特徴で、白い身体と、先が鮮やかなブルーの翼の持ち主。 続く三体目。 全身に赤いブチ模様が入ったパンダのようなポケモンだ。 渦巻きをそのままにしたような目と、踊ってるんだか酔ってるんだか分かんないような特異な身のこなしをしている。 これってポケモン……だよな。思わず疑いたくなった。 そして四体目。 「ごぉぉぉ……」 低い唸り声を上げ、背中に生やした葉っぱのような翼を動かす。 土色の身体に、キリンのような長い首。首元にはバナナのような果物がいくつか実っている。 これってどんなタイプのポケモンだろう…… いずれも興味をそそられるものばかりだったんで、パッとした特徴を掴んだ傍から、ポケモン図鑑でそれぞれのポケモンのことを調べた。 まずは、緑の髪と白いドレスのポケモンから。 「サーナイト。ほうようポケモン。 エスパータイプで、ラルトスの最終進化形である。 未来を予知する能力を持ち、トレーナーを命がけで守ることもあると言われており、その際に最大のサイコパワーを発揮する」 「サーナイト……」 オレは図鑑の姿と実物を見比べた。 ハルカのサーナイトは落ち着き払った様子で、優雅な動作で首を動かして周囲を見回す様は、貴婦人を思わせる。 エスパータイプか……カントー地方のエスパータイプ、フーディンとかスリーパーとはずいぶんと毛色が違う。 棲息する地方によって、ポケモンにもそれなりの特徴づけがされるということなんだろう。 次に、大きなくちばしの鳥ポケモンに図鑑のセンサーを向ける。 「ペリッパー、みずどりポケモン。 水タイプと飛行タイプを併せ持つ、キャモメの進化形。 くちばしに小さなポケモンを入れて運ぶこともある、海の運び屋さん。 大きなくちばしを海に浮かべてひと休みする姿が目撃されている」 なるほど……運び屋さんですか。 オレが向ける視線などまったく意に介さず、ノンビリと宙を舞っているペリッパー。 あのくちばしの大きさと言ったら……カントー地方にもくちばしが大きなポケモンはいるけど、あれほど大きくはない。 身体の割合で言えば七割近くを占めるだけに、刃物のように鋭く尖ったくちばしが特徴のオニドリルと比べても、圧巻だ。 オニドリルは攻撃的な先鋭のくちばしだけど、ペリッパーは丸みを帯びていて、お世辞にも攻撃的とは言えない。 むしろ運び屋さんってのが似合う。あれじゃあ『つつく』なんて使えないんだろうな。 続いて全身ブチ模様の酔っ払い(?)をサーチ。 ポケモン図鑑のセンサーはそれをポケモンと認識したようで、その姿を液晶に映し出した。 「パッチール。ぶちパンダポケモン。 同じ模様のパッチールは全国津々浦々、どこにもいないと言われている。 人間で言う指紋と同じものではないかと考えられているが、真偽は定かでない。 酔っ払いのようなダンスのような覚束ない足取りで相手を惑わせる」 確かに…… ブチ模様は病気でついたものじゃなさそうだ。 それに、同じ模様のパッチールがどこにもいないってのも、ツボを擽られるような感じだよな。 自分だけのパッチールって感じなんだから。 あと、覚束ない足取りって言えば…… あれでよく転ばないものだと、変なところで感心してしまう自分に気がついて、思わず笑みが漏れた。 酔っ払ってるんだかダンスしてるんだか、本人にも分かってないのかもしれない。 ナミはパッチールを見ると、目をキラキラさせて、 「かっわE〜♪」 なんて感激してるし。 ホウエン地方に行ったら絶対にゲットするんだって燃えてるんだろうな…… そして締めくくりとして、バナナのような果物を首元に実らせているポケモンへ。 「トロピウス。フルーツポケモン」 その説明を聞いた瞬間、やっぱりフルーツなんだと思った。 あれは果実……人間やポケモンの食べものだ。 「草タイプと飛行タイプを併せ持つ。 熱帯のジャングルに棲息しているとされ、首元に実った果物はとても美味しいと言われている。 南国の子供たちに大人気のポケモンである」 やっぱり果物か。 ……っていうか、バナナだ。 オレを乗せて空を飛べるくらいの体躯の持ち主で、葉っぱのような翼を使って、巨体を空に浮かべるんだろう。 葉っぱのように見えて、実はスゴイ力があるのかもしれない。 あと、首元の果物。 実際に食べてみたいけど、ハルカはダメって言うんだろうな。 南国の子供たちに大人気というのも、多分その果物があってのものだろうし。 やっぱそれだけは口が裂けても言えないだろ。ちょいとパンチが効きすぎてる。 とはいえ、カントー地方のポケモンとは結構違う点が多いっていうのが第一印象だった。 なんていうか……しなやかって感じなんだよな。 「…………?」 身体つきもスマートなポケモンが多いし、温暖な気候というと、こんな風になるんだろうか。 意味不明なことを思っていると、リンリがサーナイトの前に歩み寄り、無言でその顔をじっと見上げた。 見つめられているサーナイトは、別段動じているわけでもなく、こちらもクールに決め込んでいる。 エスパータイプらしく、落ち着き払っている。 見つめ合って、一体何をやってるんだろうか? 確か、リンリとルースが初対面した時もこんな感じだったっけ。 じっと見つめ合って、それだけなのになぜか意気投合しちゃってたり。 無言の対話ってヤツか、もしかして……? 一言も交わすことなく、リンリはおもむろに手に持った骨をサーナイトに差し出した。 表情を変えずにリンリの差し出した骨を見やるサーナイト。 どこからどう見ても骨。 何の骨かは分かんないけど、犬に投げてやったら喜んで飛びついていきそうな感じだろうか。 リンリにしてみれば、ルースの時と同じように、友達になろうというサインのつもりなのかもしれない。 サーナイトがどういう風に受け止めているか、だよな。 見た目からして気難しそうなんだけど…… 何気にドキドキしていると、サーナイトの腕がゆっくりと骨に伸びた。 そして、しっかりとその端をつかんだ。 ニコッ。 お互いの表情に笑みが浮かぶ。 言葉を交わさなくても、アイコンタクトでちゃんと意思疎通ができたいたようだ。 心配することもなかったんだろうけど……でも何も言わないってのは心配だな。 見てる方がハラハラしちまうよ。 ともあれ、こっちは一件落着だ。何気に意気投合しちゃったみたいだし。 えっと、問題は…… 視線を別のところにやると、 「バクぅぅぅぅぅぅっ!!」 悲鳴が大気を震わせたかと思うと、一瞬視界に影が差した。 ルースが頭上を飛び越え、オレの背後に隠れてしまったんだ。 「バクぅ……」 尻尾を巻いた犬のように覇気のない声を漏らす。 何気にオレの肩をガッチリつかんで、顔だけをチラリと覗かせて、オレの前を見ている。その視線の先は…… 「あ、あれ……?」 唖然としているナミの姿。 一体何が起こったのか、ナミにも分からなかったようだ。すぐ傍にいるハルカは苦笑を浮かべているばかり。 ハルカはルースが体格に似合わぬ気弱さの持ち主だと分かってるから、別になんとも思ってないんだろうけど…… 「あのー……なんであたしの顔見て逃げちゃうの?」 ナミはコミュニケーションを取るつもりで笑顔を浮かべたんだろう。 それがどういうわけか、ルースには『食っちゃうぞ〜』みたいに映ったのかもしれない。 結構多感なんだよな、ルースって。 どんな多感だ――って自分でツッコミ入れちまってるけど、そんなのはどーでもいいんだ。 問題は、これからナミと一緒に旅をするにあたって、この状態を脱却しなければならないってことだ。 このままじゃ、オレの背後に隠れたままで、一生ナミに怯えてなくちゃいけない。 それだけはオレとしても困るんだよな。 「ねえ、アカツキ。このバクフーン、つい最近ゲットしたんでしょ?」 「ああ」 「あたしとは初対面……だよね?」 「ああ」 「なんでこんなに怖がるのかな? この子の方が、身体大きいのに」 「さあ……」 ナミは首を傾げた。 不可解なものを見たと言わんばかりに、眉根を寄せて神妙な面持ちを見せる。 全然似合ってませ〜ん。 「なあ、ルース」 オレはルースの手を掴むと、肩から離して、振り返った。 なんでか涙目のルースをじっと見つめて、 「あいつ、オレの従兄妹なんだよ。 別に怖い性格してるわけじゃないから、そんなに怖がんなくても大丈夫だって。な? ちゃんと挨拶してこいよ」 背中を撫でながらその背後に回りこみ、軽く背中を押してやる。 ルースは数歩たたらを踏んで、恐る恐る振り返る。 「ホントに大丈夫……?」 不安げな表情と視線がそう物語ってるけど、ナミ相手に不安なんて持ってても仕方ないだろ。 不安に思うような要素はまったくないと思うんだけど…… やっぱり、オレとルースじゃ感覚が違うんだろうか? ルースは観念したようにナミの方を向くと、とぼとぼと、戦に負けた落武者みたいな頼りない足取りで歩いていく。 ナミはルースを笑顔で出迎えた。 「ねえ、名前は?」 「ルースだ」 「はじめましてルースちゃん。 あたし、ナミ。アカツキの従兄妹だよ」 「ば、バクぅ……」 どっからどう見ても人畜無害なんだけど、ルースってオーバーに捉えちゃうんだろうな…… ナミでこれだ……相手がカスミだったりしたら、本気で逃げ出すな、こりゃ。 「キミと仲良くしたいな。 あたしのポケモンたちも、そう思ってると思うの。 ね、ガーネット?」 「ガーっ!!」 いつの間にやらナミの傍にいたガーネットが声を上げて頷く。 「ワンっ」 トパーズもリラックスしきっているようで、全身の毛を逆立てることもなく、うれしそうにシッポを振っている。 ナミとガーネットとトパーズを交互に見つめるルース。 サファイアはというと、水の中で楽しそうに泳いでたりする。 やっぱり水ポケモンなんだな、池の中だと本当に活き活きしているよ。 同じ水タイプのアーミットと一緒に遊んでる。 「ガーっ!?」 同じタイプのポケモンだと気が合うんだろう。 ガーネットは、それはもううれしそうな顔で、シッポの炎もいつもより大きく燃えてる。 ルースとラズリーも、同じ炎タイプということもあって、結構簡単に意気投合できたんだけど。 今回もそう都合よく行くかなあ……? 「バク?」 「ガーっ」 「バクぅ?」 「ガー、ガーっ」 「…………」 ポケモン同士でしか通用しない会話(?)を交わすルースとガーネット。 一体何を話してるのか、すっごく興味が湧くんだけど、知る手立てがない以上、考えていても仕方がない。 ここは見守るしかないだろう。 炎タイプなんだから、ここは熱い心意気ってのを見せてほしいところ。 ルースも、やればできるんだから。 ハルカのゼクシオとのバトルじゃ、健闘したものの、残念ながら敗北を喫してしまったけれど……でも、普通のヘラクロスなら絶対に勝っていた。 自分に自信を持ってくれれば、少しはマシになるんだろうな。 と思っていると、 「バクぅ♪」 ルースがおもむろに手を差し出した。 おっ……? 自分から手を差し出したってことは……? その意味を理解するのと同時に、差し出された手をガーネットが握った。 お互いの顔には笑みが浮かんでいる。 さっきの会話(?)で心の壁を取り払ったんだろう。 炎を操る同じタイプのポケモンと言うことで、親近感が湧いたのかもしれない。 まあ、なんにしても…… いい意味に作用したんだから、何も言うことはないさ。 「ガーっ♪」 「バクぅ♪」 すっかり意気投合。 いつの間にやらその傍に同じ炎タイプのポケモンとしてラズリーも駆け寄り、あっという間に和気藹々と言った雰囲気に早代わり。 やれやれ…… こっちもすんなり片付いちまったな。 ポケモン大交流会は、その後もしばらくはほのぼのとした雰囲気の中、平和的に続いたのであった。 時は移ろい、月が中天にかかる頃。 屋上で夜風に当たっていたオレの傍に、ハルカがやってきた。 「どうしたんだ?」 「うーん……明日になったらキミたちとお別れなんだなって思うと、なんだか淋しくて」 「ああ、そっか……」 そういや、そうだな。 オレはナミと再会するためにここに来たわけだけど……ハルカはこのままタマムシシティまで進むんだっけ。 オレはナミを連れて、セキチクシティに取って返すんだ。 目的はもちろんジム戦だ。 なぜか気になって、ハルカの顔を見やる。 月が浮かぶ夜空を見上げる彼女の横顔は、言葉どおりでどこか淋しげだった。 まあ……出逢いがあれば別れもあるわけだし……それは仕方のない話だ。 「ま、確かに淋しいことは淋しいけど…… でもさ、今生の別れってワケじゃねえだろ」 「難しい言葉知ってるね。 まあ、そうだよね。会おうと思えばいつだって会えるわけだし……あたし、ちょっと考えすぎてたかな」 「ああ、そうかもな」 今はポケモンの背中に乗って、世界中を飛び回ることだってできてしまうんだ。 だから、会おうと思えばいつだって会える。 世界は狭くなったけど、その分だけ友達との距離も短くなったってことなんだ。 深く考える必要はないけれど……だからといって軽く見ていいっていうワケでもない。 ハルカの顔に笑みが浮かぶ。 「あーあ、やっぱり友達がいっぱいいる地方を離れると、弱気になっちゃうのかなあ?」 「オレにはよく分かんないけど……」 頼れる相手がいないってことなんだろうか? オレにはじいちゃんやシゲルや、ナナミ姉ちゃんや、今まで戦ってきたジムリーダーとか、 頼れる人は考えられるだけでも両手両足の指の数以上は思い浮かぶ。 でも、オレがホウエン地方に行ったら、少しはハルカと同じような気持ちになるのかもしれない。 分かる、なんて胸を張って言えないから、想像するしかないけれど…… 「それでもさ、声を聞いたりするだけで結構安心するんじゃないか? 今はテレビ電話もあるし……いつだって顔を合わせるくらいはできると思うんだ。 そんなに深刻に考える必要はないよ」 「そうだね……ありがと。 まさか年下の男の子に慰められちゃうなんて、思わなかったよ」 「ははは……」 年下の男の子ね…… 確かにオレは二歳年下だけど……ハルカって、あんまり年上って感じしないんだよな。 むしろ同い年みたいに感じられるんだ。 オレの一方的な思い込みかもしれないけど、気兼ねなく接することができるって言う意味なんだろう。 「まあ、いずれにしても……」 オレも同じように月を見上げ、言った。 「目標があるんだったら,それに向かって頑張らなくちゃな。 また戦うこともあるだろうけど……そん時は絶対に負けないからな」 「あたしもノンビリしちゃいられないね。まあ、その方が面白みがあっていいわ。 ライバルって多ければ多いほど燃えてくるわ」 「そう、その意気で頑張れば大丈夫だろ」 オレは明るい口調で言った。 本当にそう思えるくらい、力強い言葉だったんだから。 ハルカには信頼できるポケモンが六体もついてるんだ、ちょっとやそっとのことじゃ挫けたりしないだろう。 トレーナーとしてオレより強いんだから、それくらいは分かるさ。 「次はいつ会えるか分からないけど……お互い、トレーナーとしてこれからも頑張っていきましょ。 なにせ、あたしとキミはライバルなんだから」 「ああ、そうだな」 知らず知らずのうちに、お互いに顔を見合わせる。 ライバルか…… サトシやシゲル、ナミ、カスミ……オレにとっては出会ったトレーナーすべてがライバルだと思えるんだ。 だから、当然ハルカだってライバルだ。 今のオレじゃ勝てないけど、次は絶対に勝つ。それまでに強くなっとかないとな。 「ハルカの知らないポケモンをいっぱい捕まえて、ぎゃふんと言わせてやるからな。覚悟しとけよ」 「楽しみにしてるよ」 オレの言葉に、ハルカは笑みを深めた。 太陽の光を受けて輝く月に負けないくらい、彼女の笑みも光って見えた。 To Be Continued…