カントー編Vol.20 サファリで勝負だ!! 草むらに身を潜め、物音を立てないようにじっとして、可能な限り息を殺して相手の出方をうかがう。 十メートルほど前方で、相手は手を伸ばして木の実を取り、美味しそうな顔で頬張っている。 ……この距離なら届くか? オレは相手に気づかれぬよう、細心の注意を払いつつ、考えをめぐらせた。 何を隠そう、相手はサファリゾーンのアイドル的存在であるガルーラだ。 ガルーラは大きな身体の割には素早く、それでいて慣れた手つきで木の実をもう一つ取ると、お腹の袋から顔を覗かせている子供に与えた。 まるでカンガルーの親子を見ているような感じだけど、実際、ガルーラは親子ポケモンという分類をされてるんだ。 子供をお腹の袋に入れて育てる習性があって、子供は三年くらいで親離れするって話らしい。 時々子供が袋から飛び出して一人で遊ぶことがあるんだけど、その時に手を出そうものなら、 母親が烈火のごとく怒り狂って攻撃してくるっていう、実に子供思いのポケモンだったりする。 「ガルーラか。こいつならナミに勝てるな」 オレはサファリボールを握った手に力を込めた。 サファリボールはサファリゾーンの中で使うモンスターボールのことで、単純な性能はモンスターボールと同じ。 ただ、見た目はサファリという言葉を意識してか、迷彩柄になっている。 まあ、それはさておいて……ガルーラはサファリゾーン以外の場所ではほとんど見かけないというレアなポケモンだ。 それでいて、能力的にもかなりのもの。 タイプはノーマルタイプで、弱点も少ない。 オレのチームに迎え入れたなら、戦力の底上げが大いに期待できるんだけども…… 残念ながら、オレの思い描く『手持ちポケモン最終形態』にガルーラの姿はないんだ。 ここでゲットして即戦力になったとしても、後になって二軍に転落って話にもなりかねないんだよな…… オレがあれこれ考えているのを余所に、木の実を頬張った子供は声をあげて喜んでいた。 そのうれしそうな様子を見たガルーラは満足げに微笑むと、オレに背を向け、のっしのっしと足音を立てながら遠ざかっていく。 そういえば、ガルーラってメスしか見かけないような気がするんだけど……だとすればお腹の袋の中の子供の父親って誰なんだろう? オスもいるにはいるんだろうけど、あんまり見かけないって話しだし……どこで子作りしてるのかも分かんないよな。 ま、ポケモンの世界には謎が多いから、これもその一種ってことなんだろう。 オレがそうやってあっさりと自己完結したのは、ガルーラをゲットしようと、頭の中でゴーサインが出たからだった。 こうなったら、このガルーラをゲットしてやる。 ガルーラはいろいろな技を使うことができるから、育て方しだいでは、オレのチームの弱点を補うこともできる。 つまり、全体的な戦力の底上げのみならず、エースとしての活躍も十分に期待できるってことだ。 ここでゲットしておいて損はない……どころか、ゲットすればそれだけで十倍以上の元が取れる計算だ。 わざわざ入園料を払ったんだから、ここはゲットした方がいい。 ……っていうかゲットすべきだ。 ここでガルーラをゲットすれば、ナミに勝てるに間違いない!! オレは茂みに隠れながら、ゆっくりとガルーラの後について行った。 手を振り上げたり、わざわざ歩幅を広げたりして、ガルーラは上機嫌のようだ。 好物の木の実を食べて、さらには子供にも喜ばれて……親としてはさぞかし気分がハイになってることだろう。 「油断してるな……今ならゲットできる!!」 オレに気づいていなければ、背後からこのままボールを投げてゲットすることもできるはずだ。 オレはそう判断して、茂みから勢いよく飛び出した!! ザザザザッ…… 葉の擦れる音に気がついたガルーラが慌てて振り返った時には、オレの投げたサファリボールが一直線に迫っていた。 よし、これでゲット!! ……と思ったのも束の間。 ガルーラはおもむろに腕を振ると、飛んできたサファリボールを難なく弾き飛ばした!! げげっ!! オレは自分でも表情が引きつっていると分かった。 まさかこんな簡単にボールを弾くとは…… さすがはガルーラといったところか。 レアで強いポケモンだけに、そう簡単にはゲットされないってワケだな。 ころっ、ころっ。 地面に落ちたサファリボールは力なく転がると、すぐに止まった。 ガルーラはオレとサファリボールを交互に見つめると、やがて何事もなかったように背を向け、再びのっしのっしと歩き出した。 ちっくしょ〜、余裕のつもりかぁぁぁぁ……!? オレは無性に悔しかった。 なんでだか分かんないけど、悔しくてたまらない。 普通にバトルに負けるくらいならこんなに悔しい想いはしないだろう。 だけど、こんな風に余裕ぶっこいて立ち去られると、無性に悔しくなる。 「おまえなんか目じゃねぇんだよ」 ……なんて言われてるような気分で、闘志の炎が胸を激しく焦がすのを感じずにはいられない。 このままじゃ……このままじゃナミとの勝負に負けちまうじゃんか!! オレは焦りと苛立ちを噛みしめた。 実は、ナミとどっちがレアで強いポケモンをゲットできるのか、勝負することになったんだ。 経緯は端折るけど、ここでナミに負けるようなことがあったら……相手が誰だって構うモンか。 絶対に負けるわけにはいかないんだ。 ガルーラよりもレアで強いポケモンなんて、サファリゾーンにもそうそういないから、ゲットできれば勝てると見ていい。 ……別に負けたからってペナルティがあるわけじゃない。 要は気分の問題。 このままハイテンションを続けていられたら、結構いい感じにバトルも取り組めそうな気がするんだよな。 「待てガルーラ!!」 オレは地面に落ちたサファリボールを拾い上げると、再び投げ放った!! 今度こそゲットだ……!! 無防備な背中に吸い込まれるようにして、サファリボールは一直線に飛んで―― べしっ。 今度は振り返りもしなかった。 ボールが飛んでくることを読んでいたように腕を後ろにやると、またしてもあっさりと弾き落としたんだ。 「…………」 これにはオレも言葉が出なかった。 こうもあっさり二度も弾かれるモンなんだろうか? まあ、ガルーラは元気いっぱいなワケだし、普通にゲットしようと思っても、モンスターボールを投げるだけじゃ無理だろう。 ガルーラはまたしても何事もなかったように、のっしのっしと歩いていく。 オレは呆然とガルーラが遠ざかっていくのを見るしかできなかった。 「…………」 気がつけばガルーラの姿は横手の茂みの奥に消えていた。 「ガルーラめ……絶対にゲットしてやるからな。覚悟しとけよ」 オレは中天に差し掛かった太陽を振り仰ぎ、固く心に誓った。 とはいえ…… そう簡単にゲットできる相手ではない。 サファリボールは一個しかないんだ。 万が一普通のポケモンをゲットした日には、それで終了になってしまう。 あまつさえ制限時間などというものがあるせいで、無収穫でゲームオーバーっていう結果にもなりかねない。 最悪……普通のポケモンでも満足するしかないんだけど、それは最後の手段だ。 まずはガルーラを追いかけ、何としてもゲットする。 何度サファリボールを投げることになっても、ゲットするまでは絶対にあきらめないぞ。 とは言ったものの、サファリボールを投げるという行為だけでゲットしなければならないというのは、意外と辛い。 コラッタやニドランなど、どちらかといえば弱い部類に入るポケモンなら、元気な状態でもゲットできるかもしれない。 でも、ガルーラほど強いポケモンとなると、まず無理。 幸運の女神様に一縷の望みを託すとか、千羽鶴を折るとか、丑の刻参りを行うとか、署名を集めるとか…… そんなことしても無理なものは無理なんだろうけど、縋りたくなる気分だよな、正直なところ。 いっそポケモンバトルが禁止されていなければ、ガルーラをゲットするのも簡単なのに…… オレはガルーラが消えた茂みへと向かいながら、受付で言われたサファリゾーンでのルールを思い返した。 1.サファリゾーン内では専用のサファリボールのみを使ってポケモンをゲットすること。 2.サファリゾーン内では手持ちのポケモンを使って園内のポケモンを傷つける、あるいはそれに準ずる行為を禁止する。 3.制限時間は何らかのポケモンをゲットするか、あるいは一時間が経過した時点までとする。 大まかなルールはこの三つ。 何よりもトレーナーの枷となっているのは、ポケモンバトルによるゲットが禁止されていること。 普通のポケモンゲットとは勝手が違うだけに、あまりの条件の悪さにガックリ。 「でも、絶対にあきらめないぞ。ガルーラの住処といえば……」 ガルーラは草原に住むポケモンだ。多少の例外はあろうと、草原を探せばガルーラを発見できる可能性は高いはず。 障害物の多い茂みや林でノンビリ休むというのも考えられない。 食後ということも考えると、住処に戻ってノンビリくつろぐってところか。 考えられる可能性はすべて当たってみるのがいいだろう。 オレはサファリマップを取り出し、今自分がいる位置を指で指し示した。 「サファリゾーンの東側……このあたりで草原といえば……」 今いる位置は林や岩山に近い。 このエリアでの草原といえば、南東の方角か。 太陽の位置から、南東の方角はすぐに分かった。 ちょうどガルーラが姿を消した茂みの向こう……ちょっとした林を抜けた先に、草原がある。 ガルーラの住処はそこに間違いない。 ここは先回りして、お帰りの挨拶代わりにサファリボールを投げつけてやろうか。 一時間の制限時間は、長いようで意外と短い。一秒だってムダにはできない。 オレは林をぐるりと回りこむ形でガルーラが向かったと思われる草原へ急いだ。 ポケナビに視線を落とす。 ポケナビが告げる残り時間は45分。一刻の猶予もない。 一方ナミはというと…… 目ぼしいポケモンが見当たらず、手に持ったサファリマップに時折目を落としながら、宛てもなくフラフラと歩いていた。 「はあ……」 自然と漏れるため息も、これで何度目になるだろうか。 羊の数え歌みたくカウントしてやろうかと思ったりもしたが、余計に気分が憂鬱になりそうな気がして、実行には至っていない。 「いいポケモンって意外と見当たらないんだねえ……」 ため息混じりに漏らし、つがいでいちゃついているコラッタの脇を通り過ぎる。 コラッタなんてカントー地方の至るところで棲息している、ある意味でメジャーなポケモンである。 わざわざ入園料を払ってまでやってきたサファリゾーンでゲットするようなポケモンではない。 ナミにゲットする気がないと分かっているように、つがいのコラッタはいちゃついている。 「どうせならラッキーとかケンタロスとかゲットしたいよね。 勝負しようって言い出したの、あたしだし……」 また、ため息が増えた。 どこかで「ため息をひとつ吐くと、幸せがひとつ逃げていく」などという名言を聞いたことがあるのだが…… 今の自分はまさにその言葉がピッタリ合う状況かもしれないと思えてくる。 しかも、始末が悪いのは、アカツキに対して、 「どっちが強くてレアなポケモンをゲットできるか、勝負しよっ!!」 などと、自分から勝負を持ちかけたことである。 アカツキは不敵な笑みなんか浮かべながら「いいぜ」と言ってくれたりしたのだが、 ナミからすればその笑みは「勝つのはオレだ。おまえにゃ負けねぇ」っていう勝利宣言に映って仕方がない。 しかし、一度言い出した以上、勝負を取り消すのは自分の負けを認めるのと同じことである。 ナミもそれなりにプライドを持っているので、それはそのプライドが許さなかった。 引くに引けない状況を自ら作りだしたのだから、それはある意味自業自得なのだが、どうにかする手段はちゃんと見出せた。 つまり、勝負を制することだ。 サファリゾーンに棲息しているポケモンで、強くてレアなポケモンをゲットすること。 サファリマップの裏に書かれている『棲息ポケモンリスト』によると、強くてレアなポケモンというのは、 ガルーラやケンタロス、カイロスにストライク、ラッキー、そしてハクリューの六種類のことを言うらしい。 ハクリューは基本的に水の中で暮らしているので、運良く水面に顔を出しているところにでも出くわさない限り、まず見つけ出すのは無理。 なので、事実上レアなポケモンはハクリューを除いた五種類ということになる。 単純なレア度では、名前どおりのラッキーがダントツだ。 今でこそどのポケモンセンターでも見かけるが、野生のラッキーはサファリゾーンしかお目にかかれないのだ。 単純な戦闘能力で言えは、六種のポケモンの中でダントツの最下位だが、 レア度から戦闘力を差し引けば、腕に覚えのあるガルーラやケンタロスと同等とになるだろう。 「やっぱり、ガルーラとかケンタロスを狙った方がいいんだろうなあ。 でも、バトルしちゃダメっていうのが苦しいよぉ……」 何を言うかと思ったら、口から飛び出したのは弱音。 だが、トレーナーにとって『バトルでポケモンゲット!』という常識が通じないのは、とても歯痒いものなのだ。 普通はポケモンバトルで相手を弱らせてからモンスターボールを投げてゲット、という方法が用いられているが、 サファリゾーンではポケモンバトルやそれに準じる方法でのゲットは固く禁じられている。 つまり、サファリボールを投げるという行為でのみポケモンゲットが許されるのだ。 あちこちに監視カメラが目(レンズ)を光らせていて、サファリゲームに参加している人間を監視している。 ポケモンバトル、あるいはそれに準じる行為が認められた瞬間、警備員が大挙して押し寄せて、即刻退場となってしまうのだ。 せめてポケモンバトルだけでもできれば……と思わずにはいられない。 ナミはその光景を脳裏に思い浮かべた。 「トパーズの電磁波で麻痺させて、それから10万ボルトを連発して、いよいよゲットって感じなんだけど…… できないんだよね、はぁぁ……」 またまたため息。 素早さに優れるトパーズの電磁波で麻痺させてから、じっくりと料理する。 そうすれば、ゲットできないポケモンなどいないだろう。 そういった自信を持っているだけに、できないのが無性に腹立たしくてたまらない。 とはいえ短気に走れば墓穴を掘るに決まっているのだ。 だからこそ難しい。スリルも感じられる。 「今のあたしにスリルを楽しむ余裕なんてないんだけど……」 アカツキとの勝負に勝たなければならないのだ。 現時点では一戦零勝一敗と、戦績では負け越しているのだ。 なんとかここで挽回して、一勝一敗と戦績をチャラにしておきたいところなのだ。 だから、何としても負けられない!! 闘志という油を心に注いで、やる気の炎を燃え上がらせる。 ため息も憂鬱な気持ちもあっさりと蒸発する。 「えっと、あたしが今いるのは……」 一度立ち止まり、サファリマップと周囲に交互に視線をめぐらせる。 各地に地点情報となる目印が設置されていて、今自分がどこにいるのか、マップを見るだけで分かるようになっている。 広大なサファリゾーンで迷わないようにとの配慮だ。 というわけで、ナミも今自分がいる位置をすぐに把握できた。 「北西のエリアだね……このあたりは草原なんだねえ。じゃあ、ケンタロスとかストライクとかがいるのかも」 すぐ近くの目印と、少し離れた場所にある目印の間隔から、方角も読み取れる。 「もうちょっと先に行けば、もっと広くなってるから、探しやすいかもしれない」 さらに北へ進んでいくと、まな板のように平坦な草原が広がっている一帯があるので、ナミはそこへ向かうことにした。 途中でナゾノクサやらドードー、ニドリーノといったポケモンを見かけたが、ゲットする気は起こらなかった。 レアで強いポケモン一筋なのだ。 他のポケモンなど構ってはいられない。 「ケンタロスかストライクかラッキーか……ガルーラもいいよね。 あ〜、みんなゲットしちゃいたいよぉ」 絶対に無理だと分かっているからこそ、余計にやってみたいと思ってしまう。 与えられたサファリボールは一個だけである。 二体以上のポケモンを捕まえることはできない。 なんて、無理難題ばかりを考えながら歩くうち、目の前に広大な草原が広がる場所にたどり着いた。 草は数十センチほどの高さしかないので、よっぽど小さなポケモンでない限り、身を隠すのは不可能。 木はほとんど生い茂っておらず、身を隠す場所はまったくない。 広いことは広いが、目のいいナミにとってはその広さすらマイナスとは映らなかった。 「これくらい広いんだから、何体もいるよねぇ〜」 などというポジティブシンキングすら湧き出しているほどだ。 だが、実際はそう甘いものではなく―― ドードーやニドリーノが草を食んでいるのが目立った。 探し求めているケンタロスとかラッキーとかストライクの姿はない。 ただ気づいていないだけかもしれないが、ドードーやニドリーノとは見た目が明らかに違うのだ。 見間違うことだけはないだろう。 「頑張らなきゃね。アカツキには負けてらんないわ」 言い出しっぺが負けるなど、情けないことこの上ない。 何が何でも勝利を収めなければならない。 ナミは草原に足を踏み入れ、レアで強いポケモンを探し始めた。 じっと立っているだけでは見つけられない。 何かを手に入れようとするならば、まずは自分が動かなければならないのだ。 「ケンタロスちゃ〜ん。ゲットしたげるから待っててねぇ」 変な歌など歌いながら、拳を突き上げたりして、意気揚々と行進する。 やる気に満ちた彼女には、周囲のポケモンたちが向ける好奇の視線など、まったく気にならなかった。 「どこ行ったんだ……?」 林をぐるりと迂回して草原にたどり着いたオレの前に、ガルーラの姿はなかった。 視線をめぐらせても、風に揺れる緑の草が広がるばかり…… まさかとは思うけど、ガルーラはオレの意表を突いて、林に留まっていたりとかするんだろうか? 追いかけてこなかったな、じゃあここでひと休み……とか。 先回りすれば、お帰りの挨拶代わりにサファリボールを投げてやれると思ったんだけど、考えが甘かったんだろうか。 とはいえ…… 周囲にはナゾノクサやパラスといった、目当てのガルーラとは天と地ほどの差はあろうかというポケモンしかいない。 ガルーラがここに戻っていれば、ナゾノクサやパラスなんか一目散に逃げ出すだろう。 それくらいの力の差はあるんだ。 人間よりも敏感なポケモンですらガルーラの気配を感じてないとなると……本当に戻ってないのか。 残り時間は30分を切った。 ここらで見つけとかないと、かなり厳しいことになるな……一発や二発でゲットできないのは実証済みだ。 根気よくボールを投げ続けるしかない。 弾かれても、食らいつくように、投げて、投げて、投げまくるっきゃない。 だから、一秒ですら惜しいんだ。 あー、なんでいないんだか…… 林に目を向けてみるものの、ガルーラらしき姿は見えない。 背丈の低い草が生い茂り、木もほとんど生えていない周囲で、ガルーラほどの巨体を隠せる場所はないだろう。 ここはいっそ林に飛び込んで勝負を仕掛けてみるか…… と思った時だった。 「あれは……ガルーラ……!?」 林の片隅に狙っていた姿を認め、オレは身を伏せた。 草の背丈は低いけど、しゃがめばオレの身体を隠すことくらいはできる。 これでガルーラの感覚を欺ききれるとは思ってないけど、やらないよりはマシなはずだ。 ガルーラは警戒する素振りも見せず、草原に足を踏み入れた。 余裕綽々とした足取りだけど、それはまさしく王者の風格と呼ぶに相応しいものだった。 当初の予想通り、ナゾノクサやパラスはそそくさと逃げ出していく。まともにやったらまず勝ち目はないと、本能で悟ってるんだろう。 オレを撒いたと本気で思ってんのか……? もう少し引きつけてから、勝負を挑むとしよう。 草原の真ん中辺りまで行ってくれれば、後はボールをひたすら投げまくるだけだ。 林が近い今の状態では、木立を盾に逃げられてしまうかもしれない。 そうなれば、追跡は困難を極めるだろう。 余計な警戒心を抱かせれば、それだけゲットできなくなる可能性は高くなる。 ここは慎重に行かなければ…… とはいえ、制限時間はすでに半分を切った。 せっかくガルーラなんてレアなポケモンを見つけたんだ。 お金ならもっとたくさん払ってやるからもっと時間をくれって状態だ。 ガルーラはオレの存在に気づいているのかいないのか、余裕綽々の足取りで草原の真ん中へ向かって歩いていく。 気づいていないならそれでよし……気づいてるんだったら、このまま泳がせとくか…… 微妙な判断が迫られ――オレは二者択一の道を選ばなければならなくなった。 と、ガルーラのお腹の袋から子供が顔を出し、手を伸ばした。 オモチャを欲しがる赤ん坊のような仕草が、妙に可愛く思える。 何か面白いものを見つけたんだろうか、子供は袋から飛び出した。 小さなその身体は、あっという間に草に隠れてしまった。 ガルーラはその場に腰を下ろした。 子供が遊んでいる間、休むことにしたんだろう。 ならば…… 「ガルーラ、見つけたぞ!!」 オレは思い切って仕掛けることにした。 声をぶつけると立ち上がり、ガルーラにサファリボールを投げつけた。 ひゅっ!! 風を切ってボールがガルーラに向かって飛んでいく!! ガルーラはゆっくりと身体の向きを変え――こっちを向いた。 「がーっ!!」 獰猛な唸り声を上げ、腕を振るう!! ……って、怒ってるし!! 四番バッターみたく、ガルーラは飛んできたボールを思い切り打ち返してきた。 しかも、一直線にオレに向かってくるし。 「……あだっ!!」 避ける間もなく、打ち返されたボールがオレの肩を直撃した!! 剛速球のような勢いに、思わずよろけてしまう。 足腰に力を入れて踏ん張ると、すぐ傍に落ちたサファリボールを拾い上げる。 ……なにげに痛いし。 いつかポケモンの頭突きを食らったことがあったけど、その時ほどの痛みじゃないのが救いだった。 でも、なんで怒ってるんだ……? 余裕の表情はどこへ消えたのか、ガルーラは憤怒の形相をオレに向けていた。 絶対に許さない、覚悟しろと言っているようにさえ思える。 こうして戸惑っている間も、本当はサファリボールを投げ続けなければならないはずだけど、なぜかそれができない。 まるで、金縛りに遭ったように、身体が動かないんだ。 ガルーラの剥き出しの怒りを浴びて、オレは動けなくなっていた。 憎悪をぶつけられたように、身体が動いてくれない。 怯えてるのか、オレ……? 怯えなんて抱いてないと思ってるけど、心の奥底では違っていたのかもしれない。 ガルーラが怒っている原因は何なのか……それが分からないから、なおさら戸惑ってしまう。 しかし、ガルーラは憤怒の形相こそすれ、オレをぶっ飛ばそうとはしなかった。 あらゆる感覚が圧倒的に劣る人間に対して手を出さない理由で、オレに考えられるのは…… まさか……!! ガルーラは本気で警戒してる……? いや、警戒なんて生温いレベルじゃない。いつでもオレを叩きのめせるような雰囲気だ。 一歩も動こうとしないのはなぜか? 考えてみれば簡単なことだった。 子供が外で遊んでいるからだ。 お腹の袋に入っていれば、気兼ねすることなど何もない。 隠れててもらえば、思う存分戦える。 だから、今のガルーラは、子供を守るためにオレを威嚇してるんだ。 子供から離れれば、その分子供が危険にさらされる。 親離れするまでは、ガルーラの子供に戦う力はほとんどない。 それまでは母親であるガルーラが守らなければならないんだ。 だから自分から手を出さず、相手が逃げるように仕向ける。子供から離れないで済むように。 母親としての防衛本能というやつだろう。 いざ目の当たりにすると、なんて深い愛情なんだ…… 親が子供を守ろうとするのって、こういうことなんだって、見せ付けられるんだ。 オレの親父がこんな感じだったらどんだけ良かったか。今さらどうにもならないことだけどさ。 とはいえ、このままじゃガルーラをゲットすることもできない。 いっそガルーラをあきらめて、別のポケモンに狙いを定めるか…… 子供を守ろうと本気になっているガルーラをゲットするのは、それこそ至難の業。 怒りが鎮まったら、何とかなるかもしれないんだけど、その方法すら考えつかないんだ。 あきらめて別のポケモンに乗り換えるのがベストかもしれない。 でも、ここであきらめるのか? ガルーラにするって決めたのはオレ自身だ。 他のポケモンを都合よく見つけてゲットできる確率なんて、多く見積もったって10%にも満たないだろう。 ポケモンバトルでゲットできれば楽なんだろうけど、それができれば苦労はしないんだな。 ルール違反を犯してまでガルーラをゲットしたところで、取り上げられて再びサファリゾーンに放されるのが関の山だ。 あきらめず、かといってルール違反をせずにゲットする方法なんて、ひとつしかない。 地道にサファリボールを投げまくるだけ。 「行くぜガルーラ!! 絶対におまえをゲットしてみせる!!」 オレは朗々と宣言すると、斜めに駆け出した。 ガルーラの横に回りこんでから、サファリボールを投げる!! 真正面からやったところで、さっきみたくピッチャー返しに遭うだけだ。 少しは工夫しないと、ゲットできる確率を上げられそうにない。 だけど、ガルーラもさるもので、素早く向き直って、再び腕を振る!! 丸太のような外見の腕は、見た目どおり力強く、ボールを軽々と打ち返してきた。 打ち返されたボールは、ガルーラから二メートルと離れていない草むらに落ちた。 ……いきなり膠着状態に陥ってしまった。 下手に近寄れば、ガルーラも本気で手を出してくるだろう。 そうなったらまず勝ち目はない。ポケモンを出さなければ乗り切れない。 今さら言うまでもないことだけど、バトル沙汰になればそれだけで退場だ。ガルーラをゲットすることはできない。 かといって、サファリボールを取り戻せない状態じゃ、どうしようもない。 こうやって睨み合い、考えをめぐらせている間にも、時間は刻一刻と過ぎてるんだ。 頭の中に時計が浮かんで、一秒一秒、時を刻んでいる。 ムダにできる時間はないけど、劇的な解決策も見当たらない。 どうすればいい……? 奥歯をぐっと噛み締めながら、サファリボールを取り戻す方法を思案する。 ガルーラの射程圏内に一瞬でも飛び込むのは、それだけで自殺行為だ。 ガルーラほどのポケモンなら、オレにモンスターボールに触れさせるほどの猶予も与えずに叩きのめすくらいは造作もないだろう。 一瞬でも隙を作れば、それで敗北が決定する。 妙にシビアなバトルだけど、だからといってあきらめるわけにはいかない。 なんとしてもナミにだけは負けられない。同じトレーナーとして、そしてライバルとして。 どんな形であっても、負けるっていうのは嫌だ。 「がるるる……」 ガルーラが口を開いて、声で威嚇してきた。 さっさと消えろ――そう言ってるんだろうと、なんとなく分かった。 でも、親が人間を追い払おうと怒りをむき出しにしてるっていうのに、子供はのん気に遊んでられるんだろうか? そう思ったけど、ガルーラの子供が母親の袋に戻った形跡はない。戻ってれば一目散に逃げてるはずだ。 何かが違うんだ。 釈然としない。 どこかで食い違っている何かを探していると、すぐ近くからシャン、という甲高い音が聞こえてきた。 続いて「ぎゃぁ」という悲鳴。 悲鳴……ってまさか!? 甲高い音と悲鳴は同じ方向から聞こえてきた。 身体を向けると、そこには緑色のポケモンがいて、鎌のような腕を振りかざしていた。 ストライク……!! サファリゾーンの中じゃ、レアな部類に入るポケモンだ。 無論、ガルーラの方がレア度は上だけど、ストライクは攻撃力と素早さに優れたアタッカー。 防御は弱いけど、相手を速攻で倒してしまえば問題ない。超速攻型のオフェンスが特徴のポケモンだ。 ガルーラはどちらかというとバランスが取れていて、ジム戦などの長期戦には強い。 一瞬ストライクに心奪われたけど、やっぱりガルーラ以外考えられない。 それに…… 「がーっ!!」 ガルーラは怒りの矛先をストライクに向け、猛烈な勢いで突進していった!! 本気で地響きが立つほどの力で地面を踏みしめて行ったんだろう、周囲に揺れが走った。 オレに向けてたのとは比べ物にならないほどの怒りだ。 それほどの怒りをストライクに向けたってことは、考えられるのはただ一つ。 ガルーラの子供がストライクに襲われてる……!? それ以外に説明のつかない状況だったんだ。 ストライクはかまきりポケモンと呼ばれていて、虫タイプと飛行タイプを併せ持っている。 緑の縁がついた白い羽で、短い間だけど空を飛ぶことができる。 でも、普段はそうしなくても十分なほどの素早さで地面を駆け抜け、鎌のような腕を一閃。 ストライクはガルーラの突進を易々と避けると、目にも留まらぬスピードで横に回りこんで、鋭く尖った腕を一閃!! ガシュッ!! 確かにそんな音が聞こえ、ガルーラが苦悶の悲鳴を上げる。 切り裂く攻撃がまともに入ったか!! ガルーラにこうも鮮やかに一撃を加えるほどなら、レア度は上の下としても、戦力としてはかなり期待できるかもしれない。 かくいうガルーラも負けてはいない。 攻撃を加えられた次の瞬間に、丸太のような腕を振り回して、ストライクを薙ぎ払った!! ストライクの姿が草むらに沈む。 ガルーラは子供を守ろうと、ストライクに戦いを挑んだんだ。 ストライクにとってみれば、ガルーラの子供はエサみたいなものだったんだろう。 いきなり襲い掛かったのはいいものの、ガルーラに気づかれて、子供をどうにかするどころの騒ぎじゃなくなった。 プライドが高いのか、ガルーラから逃げようともしない。 そんなに子供をエサとして欲しているのか、それとも…… オレにはストライクの気持ちは分からないけれど、やるべきことは分かっている。 ガルーラとストライクが戦っている間に、ガルーラの子供を見つけ、保護することだ。 もしかしたら、ガルーラは余計オレに敵意を向けるかもしれないけど、ストライクに襲われるよりはマシなはずだ。 相手が人間なら、追い払うのも叩きのめすのも簡単だから。 矢のように草むらから飛び出したストライクは、羽を激しく羽ばたかせて飛び上がり、斜め上から滑るような一撃を繰り出す!! ガルーラは一歩退いて鋭い一撃を避わすも、それを見透かしていたように、ストライクが着地と同時にもう片方の腕を突き出す!! 「……がっ!!」 刃物のような腕による突きをまともに受け、ガルーラが怯む。 このストライク……強い!! 元々の強さもあるだろうけど、今のガルーラは子供のことを考えて、思う存分戦えない状態だ。 となると……ガルーラの方が不利だ。 子供はたぶん近くで身動き一つ取れないような状態なんだろう。 だからこそ、ガルーラは思い切って戦えない。 間違って巻き込んでしまったら、それこそ目にも当てられないからだ。 せめて、子供が無事であることを知らせてやれれば、ストライクを追い払うこともできるんだろうけど…… 今が最大のチャンスだ。 ストライクとの戦いでダメージを受けているガルーラなら、さっきよりも格段にゲットしやすい。 さほど労せずゲットできるんだから、これは願ってもないチャンスだ。 でも、オレにはできそうもない。 どう考えたって、こんなやり方は間違ってる。 漁夫の利を得るなんて、そんなのはオレのポリシーに反する。 正々堂々バトルして、それでゲットするのが正しいやり方だと思うんだ。 奇麗事を、と思われるかもしれない。 でも、そんな卑怯なマネは絶対にしない。 そんなやり方でゲットしたって、ゲットしたポケモンが懐いてくれるとは限らないんだ。 正々堂々と勝負して、それでゲットできなかったのなら、悔しいけれど仕方がない。 「ホントにそれでいいのかなんて……そんなのはオレが決めるんだ。 誰にも決められることじゃない」 ポケモン同士の戦いに首を突っ込んだところで何の利益もない。 それでも、黙って見過ごすことはできない。 オレにできることが一つでもあるのなら、ムダだとしてもやってみたい。 何もせずに後悔するくらいなら、たとえ傷ついてでも信じる道を突き進みたい。 子供の絵空事でも構わないさ。 オレは腰のモンスターボールを一つつかむと、中にいるポケモンにそっと呼びかけた。 「リッピー、出てきてくれ」 すると、ボールの口が開いて、リッピーがオレのすぐ傍に飛び出してきた。 「ピっ……」 いつもは気楽なリッピーも、目の前で繰り広げられている戦いを呆然と見つめるしかない。 ポケモンだからこそ、ポケモン同士の激しい戦いというのを理解できるのかもしれない。 「いいか、リッピー?」 オレは身を屈め、リッピーの長く尖った耳に顔を近づけ、小声で言った。 「ガルーラの子供がこの近くにいるはずだから、その位置を教えてくれ。 あと、オレを案内してくれるか?」 「ピッ」 ガルーラとストライクの激しい攻防によって、周囲には轟音とも爆音ともつかない音が響いている。 それでも、リッピーはちゃんとオレの声を聞き分けてくれていたようで、すぐに頷いてくれた。 オレがリッピーを出したのも、リッピーの耳を使わないと、ガルーラの子供を見つけられないと思ったからだ。 リッピーはウサギのように長く尖った耳をぴくぴくと小刻みに動かした。周囲の音を集めているんだろう。 恐らくリッピーの耳はたくさんの雑音をも拾い上げているだろう。 一キロ先で針が地面に落ちた音さえ聞き分けられるほどの聴力なら、 たかだか数十メートル圏内でじっとしていると思われるガルーラの子供の動く音も、ちゃんと聞き分けられるだろう。 リッピーが音を集めている間にも、ガルーラとストライクの戦いは続いていた。 むしろ第七ラウンドに突入したように、いよいよ激しくなっていく。 お互いにかなりのダメージを受けているようだけど、まったく怯むことなく、渾身の一撃を相手に叩きつける。 ガルーラはメガトンパンチや連続パンチ、踏みつける攻撃を繰り出し、 対するストライクは切り裂く、連続斬り、追い打ちといった攻撃を繰り出している。 一歩も譲らぬ激しい攻防に、近くにいるはずのガルーラの子供も動けなくなっているに違いない。 下手に動けば技が当たると思って、怖がっているのかもしれない。 なら、一刻も早く安心させないと…… 今はサファリボールを取り戻すことよりも、ガルーラをゲットするよりも、ガルーラの子供を助けなきゃいけない。 「ピっ……!!」 リッピーの耳が垂直に立った。 「見つかったのか?」 「ピッ」 オレの言葉に頷くと、リッピーはゆっくりと歩き出した。 ガルーラとストライクを刺激しないように……いや、ガルーラの子供を怖がらせないように、という気遣いがあるんだろう。 もっとも、ガルーラとストライクに別の場所を見るなんて余裕があるとは思えないけど。 ガルーラの後ろをそっと通り抜けるけど、身体に叩きつけてくるような激しい攻防の音が、 意地でも負けられないって言う二体の強い意思を表しているようにさえ思えてくる。 こんなバトルに巻き込まれたら、人間なんてひとたまりもないだろう。 思わず背筋がぞっとしたところで、リッピーが草を掻き分けて小さく声をあげた。 ガルーラから十メートルと離れていない場所で、ガルーラの子供は泣きそうな顔で座り込み、身体をガクガクと震わせていた。 鬼か修羅のような激しい戦いを繰り広げる母親に恐れをなしている、という風には見えない。 ストライクに襲われたことが何よりも怖かったんだろう。 オレたちの方に顔を向けてくるガルーラの子供。 黒い双眸は今にも滝のように流れそうなほど涙があふれていて、その怖がりようが尋常じゃないことを如実に表していた。 オレたちのことも怖がっているに違いない。 だけど、なんとかして安心させないと……ガルーラの子供が声をあげていない今がチャンスだ。 ストライクを恐れてるのなら、鳴き声なんて上げないとは思うけれど……万が一ということも考えられる。 変な誤解を招いたら、それだけでガルーラを敵に回すことになってしまう。そうなったら、終わりである。 「リッピー、楽しい歌とか踊りで安心させてやってくれるか?」 「ピッ」 オレがリッピーを選んだのは、単に聴力に優れているという理由だけじゃない。 ガルーラの子供を安心させるのに、リッピーの優しい歌や楽しい踊りが効果的だと思ったんだ。 リッピーは悠長に礼などしてみせると、背筋をピンと伸ばした。 ビクビクしながら、リッピーを見上げるガルーラの子供。 一体何をされるんだろうという恐怖で胸がいっぱいになっているのは、見た目にも明らかだ。 何がなんでも、ガルーラの子供に、オレたちが危害を加える存在じゃないってことを分からせなきゃいけない。 リッピーは怯えているガルーラの子供に悠長に一礼してみせた。 ……って観客か、ヲイ? そう思っていると、リッピーは抱擁を求めるように手を左右に広げた。 「ラ〜ラララ〜リッピ〜っ♪」 空のように澄み渡った声で歌いだす。 美しい歌声は風に乗って周囲に広がっていくけれど、ガルーラとストライクには届いていないみたいだ。 今なお激しい戦いを繰り広げている。 ガルーラがストライクと戦っているのは、子供を守るためだ。 一度でも子供に襲い掛かったような相手を野放しにはしておけないんだろう。 親としての責務に刈られてるのは火を見るより明らかだけど……なにもそこまで激しく戦わなくてもいいはずなんだ。 人間のオレが言うのもなんだけど…… 子供が安全な場所にいると分かったら、きっとガルーラは戦いをやめるだろう。 どこかでストライクと折り合いをつけるはずだ。 オレから見れば、ガルーラとストライクの戦いは漁夫の利を得る絶好のチャンスだけど、何の意味もないことなんだ。 「……ぐすっ……」 ガルーラの子供は座り込んだままだったけど、少しずつ泣き止んでくれた。 リッピーの歌は効果覿面だったようだ。 高音と低音が絡み合うようなメロディーラインは、聴けば聴くほどに不思議な魅力を感じずにはいられない。 風になびく草のハーモニーも相まって、リッピーの歌声はさながらオペラ歌手の喉から漏れたもののようにさえ思えた。 それでも、ガルーラとストライクは戦うことをやめない。 リッピーの歌は優しくて、でもどこか物悲しくて……どう考えても、火に油を注ぐような歌ではないはずだ。 ガルーラもストライクも完全に意地で戦ってる。 そんな状態で歌なんて聴いたって、気持ちはまったく揺れ動かないだろう。 「リッピー、もういいぞ」 ガルーラの子供が慣れた手つきで涙を拭ったのを見て、オレはリッピーの頭を撫でてやった。 とりあえずはこれくらいでいいだろう。 もう一押しでガルーラの子供はオレたちのことを敵として認識するのを止めてくれるはずだ。 「オレたちが敵じゃないってことをこの子に伝えてやってくれないか? 君を助けに来たんだって。オッケー?」 「ピッ」 オレの言葉の子細をちゃんと理解したんだろう、リッピーは頷くと、その場に座り込んだ。 話し合いの体勢(?)に入ったらしい。 ホントかどうか分かんないけど。 リッピーはガルーラの子供の黒い双眸をじっと見つめた。 ガルーラの子供も、リッピーに視線を向けている。 心なしか、その表情が穏やかになったように思えた。 「ピッピッピ……ピピっ」 妙に人間くさい仕草で身振り手振りを交えながら、リッピーはガルーラの子供に話しかけた。 微妙にイントネーションが違ってるんだけど、オレには「ピッ」の繰り返しにしか聴こえない。 あー、ポケモンの言葉が分かったら、オレも話に加わってやれるのに…… どうにもならないことだと分かってはいるけれど、歯痒い思いがしてならない。 「がるるぅ……?」 リッピーの「ピッ」を何度聴いただろう。 ガルーラとストライクの戦いによる激しい音が止んだ一瞬の合間を縫うように、ガルーラの子供が低い声を上げた。 もしかして……リッピーの言葉に理解を示してくれたのか? そう思っている間にも、リッピーとガルーラの子供は会話を続けていた。 「ピッピ。ピッピッピ」 「がるるぅ……? がるぅぅぅぅっ?」 「リッピ〜っ♪」 そして、リッピーがオレのズボンの裾をぐいぐい引っ張った。 ガルーラの子供に向けていた視線を、リッピーに向ける。 「ピッピ♪」 リッピーは陽気な笑顔を浮かべてオレを見上げた。 それから、ズボンの裾をつかんでいない方の手でガルーラの子供を指差す。 釣られるように視線をやると、今度はガルーラの子供と目が合った。 とろけそうな黒い双眸に、意識が吸い込まれそうになる。 子供ゆえの無邪気な心がその中に凝縮されているような気がして、オレは自然と笑顔になった。 「大丈夫だよ。 オレもリッピーも、君に危害を加えようと思ってるわけじゃないんだ」 リッピーだけに任せておくのも限界に達して、オレは直接自分の口からガルーラの子供に自分が思っていることを伝えた。 言葉は通じなくても、気持ちなら通じてくれるはずだ。言葉はあくまでも気持ちに彩を添えるための花のようなもの。 「がるるぅぅ……」 ガルーラの子供は泣きもせず、逃げもしなかった。 オレの気持ちが少しでも届いてくれてるんだろうと思う。 「あそこで戦ってる君のお母さん、助けたいんだ。 君が無事なんだから、戦う理由なんてないだろ?」 オレは肩越しに振り返った。 ガルーラはまだ戦っている。このままだと、どちらかが倒れるまで戦いは終わらないだろう。 もっとも、両者ともとうに限界を超えているはずだ。 それくらいの激しいバトルだ。ジム戦でもここまで激化することは珍しい。 ガルーラの子供にも、母親が必死に戦っているのが分かるんだろう。 でも、自分が無事だと教えることができない。怖いから。 ガルーラの子供は『戦う』ってことを知らないんだ。 だから、どうしていいのか分からない。 それを優柔不断と責めるのは酷だろう。 オレがもしガルーラの子供と同じ立場に立ったら、きっと止められない。止められると断言できない。 だから、何も言わない。 激しい戦いに怯えてるんだ、とても止められるはずがない。 なら、オレたちが止めなきゃいけない。ガルーラとストライクの無意味な戦いに終止符を打つ。 「だから、君の力を貸してくれ」 オレはガルーラの目をじっと見つめて、頼み込んだ。 オレとリッピーだけじゃ、どうにもならない。 解決の鍵を握っているのは、リッピーの半分の大きさもない、ガルーラの子供だ。 ガルーラにダイレクトに気持ちを届けられるのは、この子だけなんだ。 ガルーラの子供は時折オレの肩越しに、必死の形相で戦っている母親の姿を見やっていた。 「がるぅ……」 ――ボクは大丈夫なのに、どうしてお母さん戦ってるの? いたいけなその瞳に、そんな言葉が浮かんでるように思えた。 ガルーラが丸太のような太い腕でストライクの横っ面を張り倒すと、ストライクは負けじと反撃に転じる。 その繰り返しで、両者とも徐々に体力をすり減らしている。 パワーゲームはエスカレートして、止めるに止められないレベルにまで達してしまっているんだ。 「これ以上、君のお母さんを傷つけさせたくない。分かってくれるかな?」 オレの言葉に、ガルーラの子供は小さく頷いた。 何ができるのか、自分ではよく分かってないんだろう。 でも、そこんとこの段取りはオレがやる。 「リッピー、その子を頭の上に乗せて。落とさないように」 「ピッキー♪」 オレの指示に頷くと、リッピーはガルーラの子供の頭を撫で撫でしてやった。 笑顔で頭を撫でられ、ガルーラの子供も悪い気がしなかったようで、ニッコリと笑ってくれた。 よし……この子はオレたちに心を開いてくれた。これなら大丈夫だ。 オレは確信した。 そして、リッピーが肩車の要領で、ガルーラの子供を頭に乗せた。 「ピッキーピッキー♪」 子供をあやしている親のように、とても楽しそうな声を上げるリッピー。 一度こういうのやってみたかったんだ……って言ってるように思えるのは果たして気のせいだろうか……? 胸に芽生えた一抹の不安を踏みにじってかき消す。 「リッピー、ゆっくりついてくるんだ。くれぐれも、その子を落とさないように」 「ピッ」 オレはリッピーを連れて、歩き出した。 激しい戦いを繰り広げているガルーラとストライクから一旦離れて、ゆっくりとガルーラの正面に回りこむ。 ガルーラはストライクとの戦いに夢中で、オレたちのことなんて眼中にないんだろう。 正面にいるっていうのに、一瞥もくれない。 それだけ余裕がないってことなんだろう。 だからこそ、子供が無事だっていう報せは、何よりの励みになるはずだ。 「よし……このロケーションでバッチリだな」 オレはこの位置取りに決めた。 リッピーの頭の上で、不安げに母親を見つめているガルーラの子供に目をやる。 あとは、この子がガルーラに呼びかけてもらえれば大丈夫。 ストライクよりもオレたちの手の中にあると分かれば、ガルーラの気はこちらに向くだろう。 つまり、戦いは終わる。 「ここからお母さんに呼びかけるんだ。ボクはここだよって」 オレは安心させるように頭を撫でながら言った。 あとはガルーラの子供の声を母親に聴かせてやるんだ。 子供が無事だと分かれば、ストライクとの無意味な戦いを継続する理由がなくなる。 でも、ガルーラの子供は俯いてしまった。 怖いんだな……不安そうな顔で、今にも泣き出しそうだ。 さっきの状態に逆戻りってワケでもないか。 ちゃんとリッピーの頭の上に乗ってるし。 最後にもう一押し。 ガルーラの子供に勇気を持ってもらうこと。 「大丈夫さ。君の言葉はきっと届くよ。ほら、君がちゃんと信じなきゃ、ね」 オレは急かさず、慰めた。 急かしたところで、余計に不安が大きくなるだけだ。自分の力でどうにか不安から立ち直ってもらうしかない。 「お母さん、傷つけたくないんだろ? 君の一声で終わるんだよ。こんな無意味な争い」 戦っている当人からすれば、意地とプライドを賭けているつもりなんだろう。 でも、ホントはそんなの無意味なんだ。互いに傷つけ合って、そこから何が生まれるというんだろう? 単にオレが子供なだけかもしれない。 それでも無意味なものは無意味なんだ。 「がるぅぅぅぅぅ……」 弱気な声を漏らすガルーラの子供。 こんな小さな声じゃ、戦いの音に消されてガルーラの耳には届かないだろう。 あと一押し……半歩でも進めたら、あとは勢いで突っ走っていけそうな気がするんだ。 「…………」 やっぱり踏み出せずにいる。 怖がりだけど、それは今に始まったことじゃないだろう。 母親のお腹の袋の中にいて、周囲が安全だと分かると、母親が外に出してあげるんだ。 これはいわば過保護だ。本当の危険とか、外の世界というのを知らない。 だから踏み出せないんだ。 いつも母親が、なんでもしてくれるから。 さっきみたいに、袋の外に出なくても木の実を食べさせてくれたり、住処まで運んでくれたり…… ポケモンの習性を人間に置き換えることなんてできるはずないけど、 「いいかい?」 オレはガルーラの子供の頭に手を置いた。 「人間もポケモンも、やらなきゃいけない時ってのがあるんだ。君にとってそれが今なんだよ。 さあ、声を上げるだけでいいんだ。こんなに楽なことって、ないんだよ」 声を上げるだけで、母親は我が子が無事であることを知るだろう。 それだけで戦いは終わり、母親は戻ってくる。 『やらなきゃいけないこと』の中でも、これは恐ろしいほど簡単な部類に入るだろう。 ひとつクリアするたびに、少しずつ自信を持っていけるものだから、オレはこの子にこれをクリアしてもらいたいと思ってるよ。 「…………」 ガルーラの子供はリッピーの頭の上でもじもじしていた。 ここまでしてもなお踏み出せないのを見ると、もしかしたラルースよりも臆病なのかもしれない、なんて思ってしまう。 だけど…… 「ぎゃるるぅぅぅっ!!」 何の前触れもなく、すぐ傍から大きな声が響いた。 ガルーラの子供が意を決して叫んだんだ。 さっきまでの弱々しい声音はどこへやら。 単に泣いているだけかもしれないけど、それでもさっきのような弱々しさはまるで感じられなかった。 これでもかとばかりに口を開いて、振り絞った声を精一杯放っている。 声はあっという間にガルーラの耳に入った。 その瞬間にガルーラが耳をピンと立てたのを、オレは見逃さなかった。 子供があちらにいる……少なくとも、ストライクの射程圏外に逃れていると知ってからは、早かった。 「がーっ!!」 裂帛の気合と共に、拳を捻りながら突き出す!! これはピヨピヨパンチか……!! ストライクはガルーラの攻撃をまともに食らって、その場に崩れ落ちた。 限界を超え、燃え尽きた松明のように、あっさりと決着はついた。 とはいえ、ガルーラの方も五体満足というワケじゃない。 目の前でのびているストライクに一瞥くれると、肩で荒い息などしながら、ゆっくりと振り向いてきた。 その目には、未だに冷めやらぬ闘志が燃え滾っていた。 あー、やっぱり…… オレたちのこと、敵だって認識してるんだ。 とはいえ、ガルーラはあちこちが傷ついてる。 今のガルーラが相手なら、オレでも逃げおおせるだろう。 このタイミングでゲットするのが正攻法ならベストなんだろうけど、やっぱりダメだ。 理性が身体にブレーキをかけるのが分かる。 「がーっ……がーっ」 ガルーラは唸り声でオレを威嚇しながら、ゆっくりと、覚束ない足取りでこっちに向かって歩いてくる。 どんなに傷ついても、我が子だけは渡さない。 絶対に守り抜くっていう強い意志が、ストライクとのバトルで傷ついた身体を突き動かしてるんだ。 「もう大丈夫そうだな……」 傷ついてもなおすごい気迫を放っているガルーラ相手に戦いを挑むような、身の程知らずなポケモンもいないだろう。 とりあえずのところは、安全は確保されたと考えていい。 「さ、帰るんだ。お母さんが待ってるぞ」 オレはガルーラの子供の身体を両手で抱え上げると、そっと地面に下ろした。 思ったよりも軽かった。 赤ん坊を卒業して間もないってくらいの年頃なんだろうか。 ガルーラの子供は立ち上がると、ゆっくりと母親の許へと歩いていった。 まったく緊張感のカケラがなかったのは、周囲が安全だと分かったからだ。 そしてほどなく、母親が伸ばした手に乗って、ガルーラの子供は無事に帰還を果たした。 「がーっ、がーっ……?」 「がるるぅ……」 我が子との再会に、ガルーラの顔にも笑みが浮かぶ。 オレに向けていた敵意は消えていた。 人間なんか恐れるに足らないと思っているのかもしれない。 頬擦りをして、互いの温もりを感じあう。 これで一件落着ってところかな…… 「ピッ?」 リッピーが声を上げる。 オレが目をやると、リッピーはニッコリ笑った。 子供が無事に母親の許に戻れてよかったね。そう言ってるように思えた。 ……ああ、そうだよな。 一時はどうなるかと思ったけど…… ポケモンをゲットするってことよりも大切なことって、きっとあるんだよ。 慰めにしかならないようなことだけど、やっぱり、ガルーラをゲットするのは無理だ。 今のオレじゃ……少なくとも無理だってことは分かってる。 親子の再会に水を差すようなマネはできない。 ……仕方ないよな。 理性がブレーキかけるのを、無理に振り切ったって、暴走して変なトコに激突して傷つくのが関の山だ。 「リッピー、行くぜ」 オレはガルーラの親子に背を向けた。 制限時間は10分を切った。 今さらガルーラをゲットする気にもなれない。別のポケモンを探しにいく。 ちゃんとゲットできるかな……? 今となっては、ナミとの勝負なんてどうでもよくなった。 ガルーラとストライクの問題をこういう形で解決して、それだけでなんか満足できた。 貴重な経験だってできた。 まあ、未練がないとは言わないけれど。 割り切った考えを抱いて歩き出した――その時だった。 「がるるぅ……」 ガルーラの子供の声がして、ズボンの裾を引っ張られた。 足を止め振り返ると、ガルーラの子供がオレの足元に立ち、見上げてきていた。 「……どうしたんだ?」 オレは屈み込み、言葉をかけた。 吸い込まれそうな黒い瞳はとても穏やかで、さっきみたいに恐怖に塗れていることもない。 穏やかで、澄み切っている。 「がるるるぅ……」 「…………」 何を言っているのか、オレには分からない。 行かないで、って言ってるのか。 それとも、もう行っちゃうの、って言ってるのかも。 ガルーラの子供はじっとオレの目を見つめてくる。 見つめ合っていると、ガルーラがのっしのっしと歩いてきた。 ……って!! はっとして顔を上げると、ガルーラの目から敵意が完全に消え失せているのに気づいた。 闘志の炎は消えて、波のない穏やかな海のように静かな瞳だった。 一体何をしようとしてるんだ? オレたちを引き止めるようなマネをして…… ガルーラと子供を交互に見やると、 「がーっ、がーっ……」 ガルーラは微笑んで、何度も何度も頷いてきた。 こればかりはさすがにどういう意味か分かったよ。 子供を守っていてくれてありがとうと、そう言ってるんだ。 たぶん、子供がちゃんとガルーラに伝えてくれたんだ。 オレたちがやったことを。 そうじゃなきゃ、炎のような闘志は簡単に鎮まらないだろう。 ま、分かってくれたんだから、めでたしめでたしってところだな。ホントの意味で一件落着ってところだ。 「いいかい? 今度は気をつけるんだぞ」 オレはガルーラの子供に言い聞かせると、立ち上がった。 いつまでもこうしていたら、本当に未練で胸がいっぱいになってしまいそうだ。 早く、ポケモンをゲットする作業に戻らないと…… 「がーっ」 ガルーラがすぐ傍の草むらから何かを拾い上げた。 「あ……」 さっき回収し損ねたサファリボールだ。 ガルーラは掌の上にある迷彩模様のボールを珍しげに、いろんな角度から見つめた。 「なあガルーラ。それ、返してくれないか? なきゃ困るんだ」 オレはガルーラに声をかけた。 すると、ガルーラはボールを返してくれた。 緩やかな放物線を描いて飛んできたボールをキャッチ。激戦地の近くに転がったけど、幸いなことに無傷だった。 「ありがとな。それじゃ……ん、どうしたんだ?」 サファリボールを手に、立ち去ろうとしたオレに見せ付けるように、ガルーラが親指で自身を何度も指し示した。 ……これって? これこそ何をしたいのか分からない。 何か伝えたいことがあるんだろうけど……ただ指で差してるだけじゃ分からない。 さすがに無視して歩き出す気にもなれず、考え込むしかなくなった。 そうしているうちに、ガルーラの子供が母親のお腹の袋に戻っていった。 むくっ、と顔を出しては、母親と同じように、自分自身を指差しだした。 親子揃って同じことをするのって、何か意味があるんだろうけど……ダメだ、分かんない。 「リッピー……君なら分かるか?」 どうしようもなくなって、オレはリッピーに話を振った。 ポケモンならポケモン同士、話が通じるのかもしれない。 「ピッ?」 リッピーはガルーラの前に躍り出ると…… 「ピッピピピ?」 「がーっ、がーっ」 なにやらガルーラと話を始めた。 さっきまで不倶戴天の敵みたいに険悪だったんだけど、すっかり意気投合しちゃってるみたいだ。 和やかな雰囲気をバックに、話は弾んでいく。 楽しそうな調子で話すリッピーとガルーラ。 ポケモン同士、気が合うんだろう。 何をするわけでもなく、オレはふたりのやり取りをじっと見ていた。 悔しいけど、オレだけじゃとても解決できそうにない。 ポケモンに頼ることも、トレーナーには必要なんだ。 トレーナーがポケモンを頼るように、ポケモンもトレーナーに頼っている。 かれこれ一分ほど話をして、リッピーは振り返った。 「終わったのか?」 「ピッ」 リッピーは頷くと、軽やかにジャンプして、オレの手の中にあるサファリボールを指差した。 「このボールがどうかしたのか?」 着地したリッピーは、なにやらピッチャーのような動きを見せた。妙に人間くさい仕草だけど、 オレについて旅に出る前に、地元(お月見山)でいろいろとやってたんだろうか? それはともかく。 腕を振りかぶって、前に向かって大きく伸ばす。 「……ピッチャーってことは……」 ピッチャーっていう脳裏に浮かんだ言葉から、オレはある可能性を想像した。 リッピーはサファリボールを指差し、ピッチャーのような動きを見せた。 この二つから考えられるのは、サファリボールを投げろ、ということ。 その相手は…… 「本気なのか?」 ガルーラだった。 ほかにボールを投げる相手なんていないはずだし。 まさか、すぐ近くでのびているストライクに向かって投げろってことじゃないだろう。 リッピーとガルーラが話をしていたのは、自分をゲットしろという意味をオレに伝えようと協議していたってことなんだ。 「ゲットしてくれってことなのか?」 ガルーラの真意を確かめるように、オレは言葉に出した。 言葉でどこまで通じるかは分からないけど、無理なら無理でリッピーが上手く補佐してくれるだろう。 こういう時は、ポケモンってとても心強く思えるよ。 オレの言葉に、ガルーラは笑顔のままで頷いた。 ……なんか、最高の展開になってるかも。 別にゲットしたくて助けたわけじゃないのに、蓋を開けてみれば、自分からゲットしてくれって言うなんて。 オレの想いが報われたってことなのかな。 躊躇う理由なんてなかった。 これこそ願ったり叶ったりってヤツだし。 さすがに口に出したり、ニヤニヤしたりはできないけれど。 ガルーラは自分の意志でゲットされることを望んでるんだろう。 だったら、それを蹴ったりするのはガルーラを裏切るのと同じだ。 だから……願ったり叶ったりっていう状況は斬り捨てて考えたい。 オレと一緒に行きたいと思ってくれてるんだ。 なんか、それだけで胸がじんと熱くなってくるような。 「時々、っていうか、今のような戦いがあるかもしれないけれど……それでもいいのか? ここの方が、よっぽど安全だと思うけど……」 本当にそれでいいのか。 一時の感情で安請け合いしてるだけじゃないか。オレは念には念を入れて訊ねた。 ここを出て一緒に旅をするというのは結構だけれど、荒波が渦巻く海に落ちたり、 ポケモンの頭突きを食らったりと、痛かったり辛かったりすることも一度や二度じゃないだろう。 ガルーラは子供を育てなきゃいけないんだ。 旅との両立は結構難しいと思うんだよな。 だから、ちゃんと確かめたい。 ガルーラの気持ちってのを。両立できるっていう意思表示を。 でも、オレが心配するようなことじゃなかった。 二束の草鞋を履くってことの意味を、ガルーラはちゃんと理解してたんだ。 「がーっ」 ガルーラは胸を張り、天に向かって咆えた。 大丈夫だ――オレにはそう聴こえた。 ……だったら大丈夫だ。ガルーラはとても強いんだ。子供のためならたとえ火の中水の中……って具合に。 これだけで十分だ。 オレにガルーラの同行を拒む理由は完全になくなった。 「それじゃ、早速ゲットさせてもらうぜ、ガルーラ」 「がーっ」 来い、と言わんばかりに頷くガルーラ。 子供が袋の中に潜る。 オレは腕を大きく振りかぶり、サファリボールを投げた!! ボールは吸い込まれるように、一直線にガルーラ目がけて飛んでいく。 お腹に軽く当たると、ボールが口を開いてガルーラを中に引きずり込む。 推進力を失ったボールはそのまま地面に落ちて、カタカタと音を立てて揺れた。 ガルーラはまったく抵抗していないのか、揺れはあっという間に収まった。 「ガルーラ、ゲットだぜ」 オレは喜びを噛みしめるように小さくつぶやくと、先ほどまでガルーラがいた場所へ歩いて行った。 動かなくなったボールを拾い上げ、じっと見つめる。 これでガルーラはオレの仲間になった。主戦力間違いなしの、期待の新人(ルーキー)だ。 当初の目的を果たせたわけだし、まさに一石二鳥だ。 「ピッピッ♪」 新しい仲間が加わったことを素直に喜んでくれているようで、リッピーはオレの周囲を踊るように飛び回った。 ちゃんと力添えできたから、喜びもひとしおなんだろう。 「リッピー、今回は君のおかげでゲットできたよ。ありがとな」 「ピッ♪」 オレの言葉にリッピーは立ち止まると、胸を張ってみせた。 ――どうだ!! 自信たっぷりに胸を張ってる。 だけど、ガルーラは期待の新人だ。 モタモタしてたら、すぐに追い抜かれちまうだろうな……みんな、そうノンビリできなくなったってワケだ。 こういうのも、結構面白いんだろうな。 「さて、ゲットできたことだし、早速出してみよう」 オレは心なしか重くなったサファリボールを軽く上に放り投げた。 「出て来い、ガルーラ!!」 オレの声に応えるように、投げ上げられたボールは口を開いて、中からガルーラが飛び出してきた。 「がーっ」 ニコニコ笑顔でこっちを向くガルーラ。 すっかり仲間って感じの顔になっている。 さっきストライクと戦ってた時の、鬼か修羅かと見まごうばかりの形相はどこへ消えたやら。 「リッピー、君と同じ女の子だから、仲良くしてやるんだぞ? ……って言っても、ママさんなんだけどな」 オレはリッピーとガルーラを交互に見やった。 リッピーは女の子。 対するガルーラはメスだけど、女の子って感じはしない。 なんでって……そりゃ子持ちのママさんだからさ。 強いて言えばマダムというか……ミセスって言うのかも。 どっちで呼べばいいのか、なんてどうでもいいことを考えていると、ガルーラは手を伸ばした。 リッピーに握手を求めているようだ。 仲良くしてやるんだぞって言葉がパンチになったのか、リッピーは相変わらずの笑顔で握手に応じてくれた。 これで友情成立ってワケか…… ま、こういうのは嫌いじゃないな。 「そういや、まだニックネームつけてなかったっけ」 「がーっ」 思わず漏らした一言に、ガルーラは身体をこっちに向けた。 期待してます、と言わんばかりにオレの顔を見つめてくる。 カッコイイニックネームつけてね、って。なんかプレッシャーだなあ…… でも、ちゃんと考えてやらなきゃ。 「…………」 ガルーラって身体が大きいし、それなりにビッグでグレートじゃなきゃ、格好がつかないだろう。 大きいとか強いとかっていうイメージがピッタリな名前が一番だよな。 「よし、決まった」 オレはニコッと笑いかけ、ガルーラのニックネームを言った。 「君の名前はルーシーだ。なんか女性っぽい名前だけど…… ママさんだから、これくらいがきっとちょうどいいって思うんだ。どうかな?」 ちょっと安直かもって、言った後になって思ったんだけど、どうだろうか。 このまま気に入ってくれれば、チェンジする必要もないかなあ……なんて。 もし気に入ってもらえなかったら、もっと他に女性の名前で彼女に合った名前を考えなきゃいけない。 たとえば、ジュリアとかネーブルとか。 オレの言葉を含むように、ガルーラは考え込むような表情で、眉間にシワなんて寄せてた。 やがて顔を上げ、ガルーラが出した答えは―― 「がーっ」 首を縦に振ってくれた……つまり、オッケーってことだ。 「よし、それじゃあ君はルーシーだ。よろしくなっ」 オレが差し出した手を、ガルーラ――ルーシーは握り返してくれた。 暖かくて大きな母親の手だ。 でも、今までに子供を守るために何度も戦いを経験してきたんだろう、ちょっと傷ついてた。 ルーシーからすれば、これは誇り……勲章みたいなものなんだろうな。 だけどこれからは大丈夫だ。 子供を危険な目に遭わせないように、オレもできるだけ頑張るから。 ルーシーがバトルに出ることになったら、ナミや他のみんなに子供を預ければ気兼ねなく戦えるはずだ。 これでオレも手持ちが六体フルに揃った。 カントーリーグ出場条件のひとつである、「手持ち六体以上」をクリアしたことになる。 あとはバッジを二つゲットできれば、それで出場できるんだ。 まさかこんな短期間にポケモンを六体揃えられるとは思わなかった。あと、バッジも。 リーグバッジはあと二つ――グレンジムと、トキワジムを残すのみ。 ポケモンもちゃんとゲットできたことだし、そろそろ戻ろう。 制限時間も残り少ないはずだし……そう思ってポケナビの時計を見たら、ちょうどタイムアップになった。 あちらこちらにカメラが設けられている園内では、どのトレーナーの制限時間をもちゃんと監視してるんだ。 ま、オレはセーフだろうけど…… 「時間切れになったところで、戻るとしようぜ」 「ピッ」 「がーっ」 オレの言葉に、リッピーとルーシーは揃って首を縦に振った。 今は戻さなくてもいっか…… リッピーとルーシーが仲良くしてるのを見ると、今戻したって仕方がないっていう気になってくる。 女の子同士(?)、いろいろと話が合うんだろう。 オレは微笑ましい気持ちでリッピーとルーシーのやり取りを見、ゆっくりと歩き出した。 「サファリゲームはお楽しみいただけましたか? またのご利用をお待ちしております」 決まり文句を述べる受付の脇を通り抜け、オレはサファリゾーンを後にした。 入り口の建物を出ると、ナミが待っていた。 一足先に出てきたらしい。 「あ、戻ってきた」 「よう……」 オレの姿を認めるなり、一目散に走ってきた。 待ちくたびれてたんだろうな……いいポケモン、ゲットできたんだろうか? そう思っていると、いきなり質問が飛んできた。 「ねえねえ、いいポケモンゲットできた?」 オレが思ってるのと同じ中身だっただけに、答える必要すらないと思ってしまった。 うんとも言わず、首を縦に振る。 「そうなんだー……」 ナミは口の端を笑みの形にして、小さく頷いた。 オレがゲットしたってのに、なんだか妙にうれしそうだ。 我が事のように思ってくれてるって言うんだろうか? まさかな…… 「そういうナミはどうなんだ?」 「あたし? チョー最高♪」 「ふーん……」 チョー最高なんて黄色い悲鳴上げてるけど、ナミもそれなりにいいポケモンをゲットできたようだ。 レアなポケモンかどうかはともかく、ナミが納得したんだから、どんなポケモンでもいいんだろうけど。 と、ナミの顔が変わった。 眉なんか十時十分にしちゃって、不満げに頬を膨らませている。 ……って、なんか怒らせるようなことしたかな、オレ? 慌てて思い返してみるけど、とても思い浮かばない。 「何よ〜、その反応。もっと盛り上がってくれてもいいじゃない」 ナミが不満げに漏らす。 あ、そっか……リアクションを期待してたのか。 でも、それってちょっと無理な相談じゃないか? ナミはナミなりに納得いくポケモンをゲットしたんだから、自分で喜んでればいいだけなのにさ。 オレにまでリアクションなんか期待してもしょうがないだろ。 リアクションを期待するほどいいポケモンをゲットしたんだから、それなりにいいポケモンだってことだ。 「あのなあ……おまえがどんなポケモンゲットしたのか、オレは知らないんだぞ? どうせならここで見せ合おうぜ。 勝負するってタンカ切ったのおまえなんだからな」 「オッケー、分かったよ」 ナミはあっさりと話に乗ってきた。 自信たっぷりなのを見ると、ケンタロスかストライクか……あるいはミニリュウといったドラゴンポケモンか。 どっちがレアで強そうなポケモンをゲットしたのか、ここで結果発表といこうじゃないか。 「1・2の3でお互いにゲットしたポケモンを出すんだ。いいか、後出しはなしだからな」 「そこまで子供じゃないってば」 苦笑するナミ。 そんな馬鹿なことしないよ〜、と言いたいんだろう。 でも、オレはその可能性が1%でもあったから釘を刺しておいたんだけどな……気づいてないみたいだ。 冗談なんかと思ってるんだろうか。 ま、どうでもいいや。 ナミのゲットしたポケモンを見せてもらおうじゃないか。 オレのルーシーはそう易々と負けるようなポケモンじゃないぞ。 何しろ、レアで強いガルーラなんだから。 「よし、それじゃあ行くぞ。 1・2の……3!! 出て来い、ルーシー!!」 「出てきてちょ〜だい!!」 同時にサファリボールを上に放り投げる!! 投げ上げられたボールは口を開き、それぞれのポケモンが中から飛び出してきた!! オレのポケモンは言うまでもなく、ミセス・ルーシーだ。 「わー、ガルーラだぁ。カッコE〜♪」 なんて、飛び出してきたルーシーを見て、メロメロになっているナミ。 勝負するっていう気概はどこ行ったんだ? とはいえ…… ナミが自信たっぷりな態度を見せるのも無理なかった。 それだけのポケモンが彼女の傍に佇んでいるからだ。 ラッキー…… 今じゃどこのポケモンセンターでも見かける、ある意味でメジャーなポケモンだ。 淡いピンクの色をした卵のような身体に、手と脚とシッポと羽のような耳を持っている。 あと、お腹にはタマゴが入ったポケット(らしきもの)。 そのタマゴはラッキー自身が産んだもので、栄養満点でとても美味しいらしい。 らしいって言うのは、もちろん食したことがないからだ。 一度は食べてみたいと思ってたんだけど……よもやこんな形で叶うことになろうとは…… 「…………」 オレの視線がお腹のタマゴに行ってることに気づいてか、ラッキーはそそくさとナミの後ろに隠れてしまった。 あ……もしかして臆病な性格だったりするんだろうか? なんか、悪いことしちゃったかもしれない。 ちょっとだけ罪悪感みたいなものを覚えたよ。 ま、それはともかく…… 気を取り直し、オレはラッキーの情報を頭の中のタンスから引き出した。 見た目どおり『タマゴポケモン』っていう分類をされていて、ノーマルタイプのポケモンだ。 オスとメスの比率はメスの方が圧倒的に多く、ポケモンセンターで働いてるのは当然メス。 オスを見かけるのはそれこそとても珍しい。 とはいえ、野生のラッキーを見つけるだけでも文字通りラッキーだ。 あまつさえ、ゲットできたんだから、今日のナミには幸運の女神様が微笑んでくれてたのかもしれない。 ラッキーは、いかにも動きが遅そうな見た目に反して、逃げ足だけはとても速いんだ。 サファリゾーンの中であっても、あっという間に逃げてしまうんだ。 強さはともかくとして、レア度だけで言えばガルーラよりもずっとずっと上だ。 さしずめ、強さを差し引けばちょうど釣り合いが取れるってところだろうか。 「おまえも結構いいポケモンゲットしたじゃないか。 ラッキーなんて、出逢えるだけでラッキーだってのに……ゲットしちまうんだから、今日のおまえはすごいんじゃないか」 「え、そう? じゃあ勝負はあたしの勝ちってことでいいの?」 「いや、全然違うな」 「えぇ〜?」 さり気に勝者を摩り替えようとしてたな……? 何食わぬ顔してそんなこと企んでたんだから、今日のナミには策謀の悪魔まで微笑んでるのかもしれない。 オレはその魂胆をいち早く見抜いて、ナミの勝利に終わらせないように「全然違う」と言ったんだ。 まあ、その前にオレが口にした言葉で誤解を与えちゃったってこともあるんだろうけど、オレは負けなんか認めないぞ。 少なくとも、負けだけは絶対認めない。 オレ的には全然イーブン(引き分け)なんだからさ。 「よく考えてみろ」 オレは再び不満げな表情になったナミに言った。 「どっちが『レアで強いポケモン』をゲットできるか勝負って、おまえがそう言ったんだよな? 『忘れた〜』なんて言わさないぞ」 「うん、そりゃそう言ったけど……」 「よし。なら、分かるよな。 単に珍しい=レアってだけだったらおまえの勝ちだろうが、強いポケモンかどうかってのは、戦ってみなくちゃ分からないよな?」 「あう……」 半ば詭弁に近い言い回しだったけど、一応事実もいくらか混じってる。 ナミとしても頭ごなしに否定することはできないってワケだ。 WoW、今日のオレは冴えてるぞ……!! 「ってワケで、勝負だ!!」 「がーっ!!」 オレが言葉と共にナミに人差し指をつきつけると、ルーシーも同じことをした。 WoW,ルーシーもやる気なんだなあ……よしよし、初バトルってのもいいなあ。 ストライクとの戦いで受けたダメージは完全に回復してないだろうけど、ラッキーを相手にするには十分だ。 ラッキーはレアなポケモンだけど、強さはそれほどでもない。 最悪コラッタより弱いってことさえありうるほどだ。 まあ、サファリゾーンにいたんだから、そこまで落ち込んでることはないと思うけど…… 少なくとも、ルーシーの敵じゃないだろう。 「えっと……」 しかし、ナミはどこか腰が引けている。 いつもの彼女なら「バトル? オッケー、やろうよ!!」って活発な声が返ってくるはずなんだけど…… 躊躇う理由があるとすれば、それは……肩越しに振り返ったナミの視線の先には逃げ腰のラッキー。 なるほど。 さすがのナミも、ラッキーがバトルに優れたポケモンじゃないと分かってるってワケだ。 オレだってラッキーがバトル向きのポケモンじゃないって分かってて勝負を投げてるわけだけど。 今のオレって悪役かなぁ? 確信犯だってのは疑いようもないんだけれど。 「あ、あのねアカツキ……」 ナミはどうしたらいいのか分からない様子だった。 意味不明な身振り手振りを交えながら、しどろもどろになって、 「この子……あんまりバトルは好きじゃないって言うんだけど……ほら、怖がってるじゃない?」 その言葉に呼応するように、ラッキーがさらに隠れた。 とはいえ、ずんぐりむっくりのその身体がナミの下半身からはみ出て見えてるあたりは、 それこそ「頭隠して尻隠さず」っていう言葉がよく似合っていた。 「そうか?」 オレはわざと明るく笑って、ルーシーの顔を見上げた。 「ルーシーはとてもやる気だぞ? ラッキーだってその気になればきっとバトルできると思うんだけどな…… それとも、おまえはトレーナーの約束を反故にするってのか?」 「え、それはその……」 トレーナーの約束という言葉が効いたんだろう、ナミは俯きながら両手の人差し指を合わせて、もじもじと動かした。 本格的に困っているようだ。 本当ならここで助け舟を出すのが正しいんだろうけど……今回はそれだけはできない。 なぜって、ナミ自身が撒いた種なんだから。ここで収穫しなくてどうするんだか。 「でも、ねえ……?」 「ラッキーっ……」 弱々しい声を漏らすラッキー。 こりゃやる気以前の問題だなぁ……完全にルーシーの雰囲気に飲み込まれてる。 やる気満々、闘志漲る視線をラッキーに向けているルーシー。 身体の大きさもあるんだろうけど、メンタル的な部分で完全に圧倒されちまってる。 これじゃ、勝負するだけムダか…… そう思った矢先、オレは不意に閃いた。 これはもしかすると、もしかするのかも……思い付いたが吉日、早速トライだ!! 閃いた言葉を口にする。 「それとも……オレのルーシーに勝てないからってあきらめるのか? トレーナーってそんなに弱いシロモノじゃないだろ? おまえがゲットしたそのポケモンに自信があるんなら、全力でぶつかって来い、オレも全力で当たってやる」 「まっ……」 ナミが鼻白む。 オレの言葉が刃となって喉元に突きつけられているような気分なんだろう。 でも、それこそオレの望むところだったりするんだな。 その表情が変わった。 眉など十時十分に吊り上げて、 「いいよ!! あたしのパールちゃんの実力、見せたげるんだから!! 行くのよ、パール!!」 後ろに隠れていたラッキー――パールを前に押し出した。 「ラッキー、ラッキーっ!!」 パールは精一杯拒否してるつもりなんだろう。 嫌だ行きたくない戦いなんて痛いのヤダ……なんて、少し前のルースみたいな言動だな。 だけど、ナミはすっかりやる気になっている。 これを止めるのはトパーズやガーネットでも無理だろう。 しっかし…… ラッキーの名前がパールってのはどういうんだろうか? オレにはイマイチ分かんないんだけど……ネーミングセンスに疑問を抱いていると、 「さ、バトルしましょ♪ あたしのパールちゃん、珍しいだけじゃないんだから!! 強いんだから!!」 息巻くナミがバトルを始めろと迫る。 よしよし、そっちがその気ならオレも頑張っちゃうぞ!! 「んじゃ、始めるか!! それ行けルーシー!! メガトンパ〜ンチっ!!」 オレの指示に、ルーシーが駆け出す!! 周囲の地面が揺れるほどの勢いだけに、バトルが不得手なパールは怯えきってしまった。 何もせず、ただ震えているばかりだ。 逃げるに逃げられない、蛇に睨まれたカエルってこのことを言うんだなぁ…… でも、ナミが何もせずに終わらせるはずがない。 ルーシーがラッキーとの距離を着実に詰め―― 「パールちゃん!! 秘密の力よっ!!」 ナミの指示に、パールは何かを思いついたように顔を上げた。 ん……? 秘密の力なんて、使えたっけ? でも、ちゃんと使ってきました。 パールが手をバタバタと振ると、その指先から淡い光が迸った!! 光は一直線にルーシーを薙ぎ払う!! ……これは効いたか……!? なんて思ったけれど、ルーシーは勢いを落とすことなくパールに迫る。 顔こそしかめたものの、ダメージらしいダメージにはならなかったらしい。 まあ、ラッキーは攻撃力が皆無に等しいほど低いからな。 秘密の力なんぞ食らったところで大したダメージにはならないんだろうけど、問題があるとすれば…… 「がーっ!!」 パールの目の前で腕を振り上げ、走ってきた勢いをも借りて渾身のパンチを繰り出すルーシー!! これが決まれば、ラッキーなら一発でKO請け合いだぜ!! 避けきれないと悟ってか、パールがきつく目を閉じる。 そんなパールの目の前で、不意にルーシーの拳が止まった。 サイコキネシスで動きを封じられたように、身動きひとつ取れないルーシー。 「……!?」 何が起こったのか分からないのか、ルーシーは唖然とした表情を浮かべた。 これはもしかしたら…… 秘密の力はノーマルタイプの技で、使った場所によって追加効果が変わるという、珍しい技だ。 ここのような普通の草地なら、一定の確率で相手を麻痺に陥れる。 でも、その確率はそんなに高いはずはないんだけど…… さてはナミのヤツ、パールの特性を活かすために秘密の力なんか使わせたな!? 確率論だから、そうとは言い切れないのだろうけど、ここは敢えて言わせてもらうぞ。 パールの特性は『天の恵み』!! この特性を持つポケモンが、10万ボルトや火炎放射のような追加効果で麻痺や火傷を負わせる技を使うと、 普通のポケモンが使うよりもずっと追加効果を与えやすくなるという、極めて厄介な特性だ。 なるほど、その特性が発動したからこそ、ルーシーは寸前で動きを封じられたんだ。 やるな、ナミ!! 「やった、今だよパール!! タマゴ爆弾!!」 ルーシーが目の前で動けなくなっている今が最大のチャンスと受け取ったんだろう、ナミは強気で攻撃技を指示する。 麻痺していれば攻撃を食らわない。 防御力の低さなどこの際気にせず、攻撃にって出たってワケだ。 確かに正攻法だけれど……甘い。 「詰めが甘いぜナミ!! ルーシー、空元気(からげんき)!!」 パールが攻撃を繰り出そうとした瞬間、ルーシーが目を大きく見開き、声にならない声を上げながらパンチを繰り出す!! どごっ!! ルーシーのパンチをまともに食らい、パールの身体があっさり吹き飛んだ。 「あ、パール!!」 ナミの叫びも虚しく、パールは近くの木の幹に叩きつけられ、あっさりノックダウン。 完全にイッちゃってる表情で倒れた。 「ああああ……なんてことなの、せっかくのチャンスだってのに……ともかく戻って!!」 ナミは嘆きつつもパールをボールに戻した。 ふーむ…… しかし、一発でノックダウンとは、さすがに防御力が低い。低すぎるだろ、いくらなんでも。 「はあ……」 パールをボールに戻すと、ナミは深々とため息を漏らした。 隠しもしないんだから、それなりに参ってたんだろう。 なんか悪いことしちゃったかな…… でも、ナミはすぐにいつもの表情を取り戻した。 「負けちゃったね。強いよ、アカツキのガルーラ。ルーシーって名前なんだね」 「まあな。これでも手負いなんだけどな……」 「がーっ」 勝ったということで、ルーシーは腕を突き上げて勝利の咆哮(おたけび)を上げている。 やっぱり母は強し、ってことなんだろうか。 ガルーラらしく、物理攻撃力の高さは目を瞠るものがあるな。 これは完全に即戦力だ。 同じノーマルタイプのリッピーはノンビリしてたらレギュラーの座を奪われることにもなりかねない。 切磋琢磨してくれるのはオレとしても望むところなんだけどさ。 「でもさあ、空元気って何? ポケモンの技?」 「ああ……おまえ、知らなかったのか?」 空元気っていう非常に使い勝手のいい技を知らなかったとは……やっぱりどこかで間が抜けてるよな。 でも、その方がナミらしい。 オレは空元気の特性をナミに説明してやった。 ノーマルタイプの技で、毒、麻痺、火傷といった状態異常の時に使うと最大の威力を発揮する、一発逆転の要素が強い技なんだ。 「そんな技があるんだ……知らなかったなあ……」 ルーシーは秘密の力&天の恵みコンボで麻痺させられた。 だけど、だからこそ空元気の威力は極限にまで高まり、パールを一撃で沈めてのけたんだ。 使いどころはかなり限られるけれど、これがあるのとないのとではずいぶんと違ってくるだろう。 一発逆転という最後のカードを切れるかどうかで、勝負の行方が変わることだってあるんだから。 「じゃあ、今度教えてね。あたしもそういう技を使いたいから」 「まあ、いいけどよ……」 あどけない顔でよく言ってくれる。 別に断る理由はないからイエスと言っといたけど……空元気を使えるポケモンって結構限られてるんだよな。 ナミのポケモンで使えるとすれば、ガーネットかパールくらいなんだけど…… パールの攻撃力の低さはよぉく分かったから、教える気になれるのはガーネットくらいか。 ナミのパーティの中で物理攻撃力が高いのはガーネットだからな。 簡単なことじゃないとは思うけど、ナミもガーネットもその気になれば何があってもあきらめたりはしないだろう。 とても頼りになるな……そういうのは。 それはそうと、気になることがひとつある。 「なんでパールってニックネームをつけたんだ?」 そう。 ラッキーのニックネームでパールなんて。 ナミのことだから、宝石にちなんだ名前だと思ってたんだけど……パールって言えば真珠だろ? 宝石に準じた価値があるのは分かってるんだけど、それだけじゃなんか違うだろうって思ったワケ。 ナミは「よくぞ聞いてくれました」と言わんばかりに胸を張り、自慢げに答えてくれた。 「パールちゃんの身体の色はピンクでしょ? ピンクの宝石って言うのは考えられなかったの。 ルビーじゃ赤くなっちゃうから、ここは宝石と同じくらいの価値があるピンクパールからニックネームをつけたってワケ。 どう、驚いた?」 「なるほど、確かに驚いた」 そういう手があったか。 オレは言葉どおり驚いた。 まぁ、それなりに。 ピンクの身体だから、ピンクパールから取ってパールってワケか。こりゃ意表を突かれたよ。 ナミも謎々考えるの上手くなったなあ…… ……って、感心してる場合じゃなかった!! オレは慌ててルーシーの傍に駆け寄った。 「ルーシー、大丈夫か? さっきのバトルの傷も癒えてないのに戦わせてごめんな」 ストライクとのバトルでダメージを受けてる状態で戦わせてしまったのはオレの落ち度だ。 それは否定しないさ。言い訳をするつもりもない。 オレの問いに、ルーシーは「がーっ」と大きな声で答えてみせた。 「この程度であたしゃへこたれたりしないわよ、安心しなさい!!」 ……って、自慢げに聴こえるのは気のせいだろうか? ま、気のせいだろうとなかろうと、すぐに回復させなくちゃいけないのは疑いようもない。 「ルーシー、戻ってくれ」 サファリボールにルーシーを戻す。 モンスターボールの中の方が居心地いいらしいから、体力を回復するまで、少しでもくつろいでもらおう。 「さ、ポケモンセンターに向かうぜ。 ルーシーとパールを回復させてやらなきゃいけないからな」 「うん!!」 オレたちは競争するように勢いよく駆け出した。 To Be Continud…