カントー編Vol.22 燃え滾る烈火の底力 「じゃ、頑張ってね〜♪」 ポケモンセンターのロビーで、ナミはジム戦へと向かうオレにエールだかなんだかよく分かんないものを贈ってくれた。 いや、贈ったっていうよりも単に『送った』って感じがしないわけでもないんだが…… 今回のジム戦は、オレが先に挑戦することになったんだけど、後出しジャンケンの要領でほんの少しだけ優位に立った瞬間、 ナミはニコニコして、やたらと上機嫌になってしまった。 後でオレからいろいろ聞き出そうと画策してるのは火を見るよりも明らかだったけど、オレとてそう簡単に口を割ったりはしない。 どっちが先だろうが、挑戦することに変わりはないんだし、後出しジャンケンだろうとなんだろうと、大差ない気がするんだよな。 そりゃ、後出しで期待する気持ちは分かんないこともないけど、オレがナミと同じ立場に立ったとしても、期待なんかしないだろう。 「モンスターボールが六つ……よし、ちゃんとあるな」 オレは腰に差したモンスターボールを指差しながら、一つ一つちゃんと数えた。 セキチクシティのサファリゾーンで新たな仲間が加わったことで、オレの手持ちは六体となった。 持ち歩ける最大数になったせいか、なんとなく安心感みたいなものがあるんだよな。 「それじゃ行ってくるからな」 「うん。頑張ってね」 オレはナミの声援を背に、ポケモンセンターを後にした。 なだらかな斜面が海まで続いていて、斜面に沿って建物が並んでいる。 グレン島は元々、火山の観測所しかなかったらしい。 今でこそカントー地方屈指のリゾート地としても有名になり、浜辺には外国から取り寄せたヤシの木が植えられていたりして、 国外へ渡航らずとも南国気分を味わえるようになっている。 リゾート色を出そうと、ポケモンセンターを含めた周囲の建物はかなり地味な佇まいだ。 とはいえ、今は春のど真ん中。客の書き入れ時じゃないこともあって、浜辺は閑散としており、 日焼けをしている女性が数人ポツリポツリ見受けられるだけ。 昨日は定期船で数百人の人が一気にこの島に押し寄せたわけだけど、リゾート目当てで来た人なんて、そう多くないはずだ。 となると…… 「ノンビリしてられないかも……」 オレはポケモンセンターの敷地を出て、振り返った。 横に長い一階建ての建屋の向こうに、火山が聳えている。 ジョーイさんに聞いたところによると、その火山にグレンジムがあるとか。 まさか火口のあたりでジム戦なんかやったりはしないだろう。 落ちたら絶対助かりっこないし。 ……なんてことを考えながら、歩き出す。 自然と早足になっていたのは、定期船に乗っていた人たちの中に、トレーナーらしき姿をいくつも見かけたからだった。 ポケモンセンターではあまり見かけなかったけれど、何人かはジム戦に挑戦しようとしているのは間違いない。 一刻も早くジム戦をしなければ……無駄な時間を過ごしている余裕なんか、今のオレたちにはないからだ。 歩き出してすぐに、浜辺と火山を結ぶ、いわばグレン島のメインストリートに出る。 ここを真っすぐに登って行けば、グレンジムにたどり着けるらしい。 「でも、火山にジムがあるなんて。 やっぱ、その街の特色を活かすっていうのが大切なのかな……」 何も火山にジムを設けなくてもいいのに……と思わずにはいられない。 だけど、石の町と呼ばれ、一時期めまぐるしい発展を遂げたニビシティ。 ニビジムだって、街の呼び名を冠するに相応しく、岩をくり貫いて造られていた。 それなら街の名物である火山を利用した造りになっていても、何の不思議もないんだけれど…… 「ま、行ってみりゃ分かるだろ」 余計な詮索はこれくらいで切り上げた。 どうでもいいことばかり考えて、肝心なものを見落としたり見過ごしたりしたら、それこそ本末転倒だ。 朝早いこともあって、斜面の通りを行く人はまばらだった。 なんだか、人通りの少ない通りを歩いていると、マサラタウンのことが頭に浮かんだ。 町の南に港がある。といっても、桟橋に毛が生えた程度のシロモノ。 グレン島やオレンジ諸島を結ぶ定期船が連絡している程度で、普通の人はクチバシティの大きな港を利用する。 片田舎なんて陰口を叩かれることもあるけれど、その片田舎がオレの生まれ育った町で、どこよりも好きな場所だ。 だけど、マサラタウンと違うのは、リゾート地として、夏を中心に賑わうってところだ。 マサラタウンはお祭りがあっても、隣町であるトキワシティから人が数十人やってくる程度で、 方々から大勢の人が押し寄せてくるなんてことはまず考えられない。 もっとも、そのおかげで静かで住みやすい環境を維持できてるんだから、悪い気はしないよな。 頭の中でマサラタウンとグレン島を比較しながら歩いていくと、火山に細い道のようなものが見えた。 「……?」 いや、道っていうよりも階段か。 それは蛇のようにグネグネと曲がりながら、麓から山頂へ向かって延びていた。 一体、なんなんだ……? 近づくにしたがって、もっとよく見えるようになってきた。 ゴマみたいな何かが動いているかと思ったら、それは階段を駆け上げる人の姿だった。 ちょっと登ったら休むを繰り返したり、途中であきらめてゆっくりと下りていったり…… 所々に何人か集まっているところがあったりと、何がなんだかよく分からない光景だった。 「…………なんだ、あれ?」 あの先にジムがあるんだろうか? まさか、火山見学ツアーのために設けられた登山道ならぬ登山階段とかっていうワケでもないんだろう。 今時そういうの流行らなそうだし。 好き好んで火山を巡る冒険家っていう人たちも時には現れるらしいんだけど、オレには理解できそうにない。 火山って気まぐれに噴火しては、流れ出た溶岩が流れとなってすべてを等しく焼き尽くしていくんだ。 いわば破壊の使者みたいなもので、災いにこそなれど、その逆にはなりえない。 そんな火山に魅せられた人たちを特集してた番組がやってたっけ。 煮えたぎる溶岩のすぐ傍まで、命がけで行ったり、耐熱性のお玉とかで溶岩掬ったりと、意味不明な行動をしてたな。 そういう物好きな連中がやってきたっていう風にも見えないし、一体あの階段で何をやってるのやら。 さらに歩いていくと、建物もまばらになり、すぐ傍に看板が立てかけられていた。 火山の方に矢印が向いていて、こんなことが書かれていた。 「グレンジムはこちら。 わははははっ!! 燃え滾る闘志を持ったチャレンジャー諸君の挑戦を待っているぞ!! ジムリーダー・カツラ」 真っ赤な文字を口に出して読んでみる。 わははは……のあたりで、すっげぇ恥ずかしくなったけど、幸い、周囲に人の姿はなかった。 ホッと一安心したところで、矢印が向いている方向を見やる。 通りの先に、門のようなものがあって、周囲には高い塀が張り巡らされてるから、中がどうなっているのかは分からない。 ただ…… 「カツラって……名前としちゃありふれてるよな。あの人じゃないとは思うけど……」 ジムリーダーの名前には、大いに聞き覚えがあった。 だけど、オレの知ってるカツラさんとは違うだろう。 オレの知ってるカツラさんって、じいちゃんの親友で、研究者として結構有名な人なんだ。 トレーナーもやってるらしいけど、本人曰く『ちょいと嗜んだ程度だよ』なんて笑ってたっけ。 謙遜してるのは傍目にも明らかだったけど、ジムリーダーほどの腕は持ち合わせてないんだろうな。 カツラさんとは何度か顔をあわせた程度だから、オレも実際に彼がどんな人なのかは分からない。 懐かしい名前も出てきたことだし、そろそろ行くとするか。 「あの階段、ジムの中にあるってことだな」 遠目では大したことがないように見える階段も、実際は数百段っていう単位で山頂まで続いてるんだろう。 途中でドロップアウトする人がいるのも分かる気がする。 だってさ、『燃え滾る闘志を持ったチャレンジャー諸君の挑戦を待っている』なんて…… 挑発めいた文言を看板に掲載するようなジムリーダーだ、煮ても焼いても食えそうにない。 最悪、あの階段を昇りきらなければジムリーダーと戦えないっていう可能性すらあるわけだし、ここは無茶でも行くしかないだろう。 立ち止まってたって、ジムリーダーが向こうから下りてきてくれるはずはないんだし。 「よし、行くぞアカツキ。 おまえの燃え滾る闘志、見せ付けてやるんだ」 山頂へ続く長い長い階段を前に、何気に挫けそうになる心を蹴飛ばし、オレは再び歩き出した。 火山を囲む塀の傍にある門の前にたどり着いた。門柱にはグレンジムという文字が彫られている。 敷地の中に目を向けると、何もしていないのに勝手に門が開いた。 自動ドアみたいに開いた門は、まるでオレを誘っているかのようだった。 ――入ってこい、おまえの力を見せてもらう、と言わんばかりに。 いい度胸だと思いながら、オレはジムの敷地に足を踏み入れた。 火山の麓だけあって、緑はあまり見られなかった。 むしろ殺伐とした景色だけが広がっていて、白い石畳の道の先には、さっきから見えていた階段が遥か彼方まで延々と続いている。 階段の傍に差し掛かったところで、『グレンジムのルール』と大きく書かれた看板が目に入った。 「ルール……?」 足を止め、看板を見やる。 『グレンジムのルール』と大きく書かれたその下に、箇条書きでいくつかの決まりごとが書かれてあった。 「どれどれ……ひとつ、ジムのバトルフィールドへ続くこの階段は、ポケモンの力を借りて登ってはならない」 オレは口に出した文字を人差し指で追いかけた。 「ふたつ、途中に五つのチェックポイントがあり、そこでポケモンに関するクイズに答えてもらいます。 間違えたら最初からやり直し。 みっつ、至るところに監視カメラが設けられており、トレーナー諸君の動向を常に見張っているぞ!! ズルをしてバトルフィールドにたどり着いても挑戦は受け付けない。以上!!」 ……ってヲイ。 三つの割には結構足かせになるようなことばっかり書いてあった。 途中でドロップアウトする人が出るのも分かる気がする。 遠目に階段を降りてゆく人を見て、なんで降りるんだろうと思ってたんだけど……これでやっと理由が分かった。 道のりが長いからだ。 その上、ポケモンの力を借りて登ってはならない。トレーナー自身の足だけで登らなければならないんだ。 ポケモンのクイズなんてオレからすれば『どんと来い!!』みたいなモノだから、別に恐れちゃいないけどさ。 やっぱ、一回でも間違えれば最初からやり直しってのは厳しいだろう。 階段の上り下りで足腰を痛めるに決まっている。 でも…… 「それでも、グレンジムのリーグバッジをゲットするために、今オレはここにいるんだ」 オレは延々と続く階段を見上げた。 火山に沿うような形の階段は、当然ながら終点が見えるものではなかった。 いざ目の当たりにすると、やっぱりやめようかなぁって気にもなるんだけど、それじゃあここに来た意味がなくなってしまう。 カントーリーグには、様々な試練を乗り越えて八つのリーグバッジをゲットした強者がひしめいてるんだ。 その中で優勝を目指すのなら、こんなところで物怖じしちゃいられない。 オレはやる気の炎を爆発寸前の勢いで燃やし、階段を一段飛ばしで駆け上がった。 一段の高さが微妙にちょうど良くて、一段飛ばしで登っても、ほとんど違和感がない。 こりゃイケるかも…… 調子付いて一段飛ばしを続けていたら、百段を過ぎたあたりで足が痛みを訴え出した。 無理に進むわけにもいかず、立ち止まって眼下に広がる景色を見やる。 「うわ……」 陽光を燦々と受けて輝く海の青さと、グレン島の地味な佇まいが妙にマッチしている。 これこそ絶景かな、と言えるような景色が眼下に広がっている。 「これを励みにするってのも、悪くないかもしれないな……」 静けさに満ちた景色に、心も身体も落ち着くのを感じた。確かに悪い気はしない。 「ジムリーダーが火山の上にバトルフィールドを作ったのも、この景色がいつでも見られるってところに惹かれたからかな……?」 オレはなんとなくだけど、そんなことを思った。 朝なら朝でこういった景色を見られるし、これが夕暮れ時ともなれば、美しさも格別になるんだろう。 そして夜、陽が沈んで月が夜空に浮かんだ時は、また違って見えるんだろう。 刻々と移り変わる景色に惚れ込んでしまうのも、無理はないと思った。 オレだって、なんでもあって、煌びやかなネオンライト輝く都会よりは、こういった景色の美しい静かな場所の方が好きだし。 案外、趣が合うのかも…… なんて思っていると、上の方からひとりのトレーナーがものすごい勢いで駆け下りてきた。 「うわわわわわっ……!!」 あっという間にオレの前を通り過ぎていく。 「…………なんなんだ、今の?」 トレーナーの姿はすでに階下の遠くで、豆粒くらいの大きさになっていた。 急いで降りてきたっていうよりは、むしろ止まりたくても止まれないっていう感じに見えたんだけど。 それだけの何かが上であったってことか……視線を先に向けるも、変化らしい変化も見当たらない。 「よし、そろそろ行くか……」 足の痛みも引いてきたことだし、休むのもこれくらいにして、先へ進もう。 まだ始まったばかりなんだ、先はまだまだ長い。 なるべく早くジム戦に挑むようにしないと、身体が保たないだろう。 足腰に力を込めて、階段を一段一段踏みしめながら登っていく。 さっきは一段飛ばしで登っていったから、百数十段で立ち止まってしまったんだ。 急がず、無理のないペースで登っていくとするか。 マイペースっていうのは、意外と速いもので……気がつけば第一チェックポイントにたどり着いていた。 フロアのような場所で、これから登る階段の前には門が設けられている。 そのすぐ傍に液晶画面と三つのボタンがテーブルの上に置かれていて、一人のトレーナーが画面と向き合っている。 クイズってこのことか? テレビ番組でよくやってるヤツを想像しながら、そのトレーナーの後ろに並ぶ。 画面は意外と小さく、真後ろからだと絶対に見えない。 さらに、画面の上にはレンズをこちらに向けている監視カメラが三台ほど取り付けられていて、不正を見逃さないようになっている。 なるほど、万全の体制ってヤツか。 でも、ポケモンのクイズったって、どんなのが出題されるんだろうか? 順番待ちの間、想像を膨らませてみる。 ……まあ、これでもポケモンの知識には自信があるんだ。大きく構えてりゃいいだろう。 気を大きく持っていると、ブーという大きな音が鳴った。 『はずれ〜。最初からやり直〜し』 「うわ、マジかよ……」 画面と向き合っていたトレーナーが呻くように漏らすと、がくりと肩を落とした。クイズに正解できなかったようだ。 ガッカリしたような顔で、無言で立ち去る。とぼとぼとした足取りで階段を一段ずつ降りていった。 なるほど…… 不正解になると、このようにまた一往復させられるって寸法だな。 ここのジムリーダー、ずいぶんと殊勝な趣味してやがる。 『次の方、どうぞ〜』 楽しむような声をぶつけられ、オレは画面の前に立った。 なんか、ずいぶんと楽しそうだな。 こっちは結構大変な想いをしてるってのに……愚痴りたい気持ちはあったけど、ここは我慢のしどころだ。 『第一問!!』 気合の入った声と共に、ババンッ、という効果音がした。 なんか、変なところで凝ってるな……それこそ、テレビでやってるクイズ番組でよく聞く音だし。 そんなことを思っていると、早速出題された。 『でんせつポケモン・ウインディはとても足の速いポケモンとして知られていますが、一日に走ると言われている距離は次のうちどれでしょう?』 問いかけが終わったところで、問題文と解答群が画面に表示された。 傍のボタンはそれぞれの解答に対応していて、正解だと思うボタンを押すっていう寸法だ。 あと、左下に『TIME』の表示、その右には少しずつ縮まっていくバー。制限時間もあるってワケか。 正解じゃない答を選んだのと同等の扱いを受けるってワケだな……こりゃ、気を引き締めてかからなきゃいけないな。 分かっていても迷ったりして、制限時間をオーバーしたらそれだけでやり直しになるんだ。 さて、最初の問題は……? 「ウインディが一日に走るっていう距離を選べってことだな……えっと……」 A:1000km。 B:10000km。 C:100000km。 これはそんなに悩む必要もなさそうだった。 オレは迷わずBのボタンを押した。 でんせつポケモン・ウインディは一日に一万キロ走ることもあるって言われてる。 Aだったらルースやラズリーでもこなせるだろうし、逆にCだったらどんなポケモンだって不可能だ。 単純な消去法で考えても十分に分かるんだから、一問目は小手調べのつもりで出題してるんだろう。 これで間違えてガッカリしながら戻っていったトレーナーって一体…… と、突然画面が消えて、ピロピロと耳心地の良い電子音が鳴った。 『正解で〜す。先へお進みください』 音声が流れ、閉ざされていた門がゆっくりと開いた。 なるほど……こういう仕組みか。 正解ということで、先に進めるんだ。 オレは開け放たれた門をくぐり、階段を駆け上がった。 背後で門が閉ざされる音を聞きながら、次のチェックポイントへ向かう。 さっき見た看板によると、チェックポイントはあと四つ残ってるはずだ。 今と同じような問題が続けば楽勝だけど、甘く見てはいけないんだろう。 一問目が小手調べなら、むしろこれからの問題が難しいと見るべきだ。 階段を登るにつれて、眼下の景色が小さくなっていく。そして遠くまで見渡せるようになる。 海の向こうにポツリ見える島影。 「双子島か……そういや、セキチクシティからの定期船に乗ってるときに見たっけ……」 フタコブラクダのように、島が隣り合って並んでることから、双子島と名付けられたらしい。 かつてはカントー地方に伝わる伝説の鳥ポケモンの一種・フリーザーの住処と言われていたけど、今じゃ観光地にもならないただの島。 ただ見た目で名前がつけられている程度で、特記すべき事項なんてないんだけどね。 とはいえ、双子島までおぼろげに見えてるってことは、それなりの高さには達したってことだろう。 さっきまでいたポケモンセンターなんか、豆粒ほどの大きさに見えた。 「いい景色だよな……登るまでがとっても大変だけど……」 よく考えてみれば、ジムリーダーはどうやってジムのバトルフィールドと麓を往復してるんだろうか? まさか、わざわざこの階段を上り下りしてるワケじゃないだろう。 鳥ポケモンで運んでもらってると考えるのが妥当だよな。 モロ体育会系のジムリーダーなら話は変わってくるけど。 「わははは、いい汗をかいたわい」 なんて言いながら、軽いジョギング気分で登ってる姿を想像してみたけど、背筋が凍りつきそうになった。 慌ててその想像を頭の中から追い出す。 あー、そういうジムリーダーでないことを願うだけだ。 あんまりオレとタイプ合いそうにないし。 変なことを想像している間に、第二チェックポイントに到着。 フロアには人の姿は見られず、先ほどと同じで閉ざされた門と、傍に液晶画面とボタンがあるだけ。 メインストリートを歩いていた時に見かけたトレーナーは、もっと先に進んでるってことか。 行き会わなかったのを見ると、そう考えて間違いないだろう。 ちっ、先を越されるなんて、冗談じゃない。 負けたくない一心で急ぎ足になって、液晶画面に駆け寄る。 『いらっしゃいませ〜』 妙に間延びした声に出迎えられ、問題が提出された。 『第二問!! ひのうまポケモン・ギャロップもとても足の速いポケモンとして知られていますが、 燃える鬣を風に棚引かせながら颯爽と草原を駆け抜ける速度はどれくらいでしょう?』 画面に問題文と解答が表示される。 A:180km/h B:210km/h C:240km/h 今回も三択で、どれもありそうな速度だから、普通のトレーナーならまず頭を抱えて悩むだろう。 その間にも下の方では残り時間がバーとなって表示され、それが少しずつ短くなっていくんだ。 しかし!! 今回もオレは悩まなかった。 今まで培ってきたポケモンの知識がこういう場面で役に立つんだから、何気にうれしいし。 答は……Cだ。 オレは迷わずにCのボタンを押した。 『正解で〜す。先にお進みくださ〜い♪』 当然正解で、門が開かれる。 ひのうまポケモン・ギャロップはポニータの進化形で、炎のたてがみを持つ馬のようなポケモンだ。 見た目からして炎タイプで、さっき問題に出されたウインディ同様、とても足の速いポケモンとして知られている。 新幹線と競争できるほどの俊足の持ち主だ。 で、学会とかで通ってるスピードが時速約240キロだったりするわけ。 なんで、正解はC。 どれも正解に含まれてるんだろうけど、こういう場合は最高速度(Max Speed)だ。 颯爽と草原を駆け抜ける速度……ってところがもしかすると引っかけなのかもしれない。 オレは門をくぐって階段を登りながら、そんなことをふと思った。 草原は見渡す限りの草の海で、障害物なんてないに等しい。 つまり、最高速度を出すのに最適な場所と言えるんだ。 だから、オレは問題文から解答として表示されているのが最高速度と読んで、Cと答えたんだけど…… さすがにそこまで凝ってなかったか。 たまにあるんだよ、ありうる解答ばかり並べて、回答者を悩ませる。 結局はどれを選んでも正解っていうヤツが。今回のが、そういった手合いなのかは分からないけどな。 あちこちに仕込まれた監視カメラを通じて、ジムリーダーが挑戦者であるオレのことを見ているのは間違いない。 となると、バトルフィールドにたどり着くまでの一挙一投足(こまかな動き)をつぶさに観察しているのかも。 神経質になりすぎか……? 斜め四十五度の角度からオレを見下ろしている監視カメラのレンズを睨みつけながら、そんなことを思う。 もっとも、その逆――ただの張り子という可能性もあるわけで、考えるだけ無駄なんだろう。 今できる精一杯のことをやっていけば、おのずと道は拓けるはずだ。 変な考えに気を取られていては、持てる力をぜんぶ出し切れない。 心の中の雑念を振り払い、黙々と階段を登る。 まだ先を行くトレーナーには追いつけない。何人かいたから、そのうちの一人がジムリーダーとバトルをしていてもおかしくない頃合だけど…… 考えごとをしているうちに第三チェックポイントにたどり着いた。 相変わらず無人で、閉ざされた門の向こうの階段にも、先を行くトレーナーの姿はない。 液晶画面の前に立つと、相変わらずの声で『いらっしゃいませ〜♪』と出迎えられた。 さ、次の問題を出してもらおうじゃないか…… どんな問題だろうと乗り越えてくだけの自信はあるつもりだからな。 大きく構え、問題が出されるのを待つ。 『第三問!! 金色に輝く滑らかな毛並みと、波打った九本のシッポが美しいきつねポケモンのキュウコン。 長寿の象徴として奉られている地方もあるといいますが、さて、キュウコンは何年生きると言われているでしょう?』 A:100年 B:500年 C:1000年 キュウコンか…… 九本のシッポを持つことから、九の根……キュウコンと呼ばれるようになったと、じいちゃんから聞いた覚えがある。 本当のことかは分からないけど、ネーミング的にそういうのもありかもしれないと、妙に納得してたっけ。 さて、今回の問題だけど、キュウコンが何年生きるかっていうヤツだな。 オレたち人間はせいぜい100年が精一杯だけど、ポケモンの中には人間の寿命を遥かに上回る寿命を持つ種族もいるって話だ。 イワークの進化形であるハガネールや、今回の問題にも名前が出てきたキュウコンなんかがそうだ。 キュウコンが何年生きるかなんて、そんなのは実際よく分かってない。 何代にもわたって研究を続けるとかしないと、まず分からないことだから、『〜と言われている』っていう曖昧な表現になってる。 変なところで言葉をいじってるあたり、ジムリーダーはそれなりに国語力というのを持っているってことか。 まあ、本筋を読み違えなければどうでもいい話ではあるんだろうけど…… オレが選んだのはC。 キュウコンは1000年生きるって言われてる。 実際に確かめたわけじゃないからよく分からないけど、オレが知ってるのはそれだけだ。 これで違ってるんだったら、今までの研究とやらが雑だったってことになる。 意外な事実を知ることができて、オレとしても何気に収穫になるから、ほんのちょっとだけ、不正解に期待してしまったけれど。 『正解で〜す。先へお進みください♪』 やっぱり正解だった。 開け放たれた門をくぐり、次のチェックポイントへ向かう。 さすがに数百段も登ると、歩きでもかなりきつくなってきた。 足腰が妙に痛むし、息も切れてきた。 「ふう……ホントにこの階段、どこまで続いてるんだ……?」 目を凝らして階段の先を見つめてみるけど、グネグネと曲がっていることもあって、果ては見えなかった。 ゆっくりと、一段一段踏みしめて登りながら、切り立った崖を見上げる。 山頂が意外と近く見えるけど、真下から見れば、そりゃ近く見えるはずだ。 実際の距離が分からないという意味では、まったく意味を成さない行動ではある。 『この切り立った崖を自力で登ったトレーナーの挑戦のみ受け付ける』なんてルールじゃなくて本当に良かったと思うよ。 階段っていう補助手段があってもキツイのは否めないけど、垂直に近い崖を登ることに比べれば、危険度も難易度も低い。 ……この高さから落ちたら、絶対に死んじゃうだろうし。 ジムに挑戦しに崖を登ってたら足場が崩れて落下、転落死、なんてことになったら、それこそ目にも当てられないよな。 ジムリーダーの管理責任も問われるだろうから。 とはいえ、階段は山肌とピッタリくっついてる感じで、反対側には転落防止のための柵なんて、当然あるはずもなく…… 万が一落ちたらもれなく死んじゃいます。 ……って、結局意味ないじゃん!! 胸のうちでツッコミを入れられるくらいの余裕が残っていたみたいで、オレはなんとなく安心できた。 「この景色、ナミが見たらどんな声を上げるんだろう……」 階段を登りながら、明日このジムに挑戦するナミが取るであろう行動を想像してみる。 チェックポイントを通過するたびに歓声を上げる。 そして、海までも一望できる景色を目の当たりにしては、黄色い悲鳴を上げてはしゃぐんだろうな。 オレですら結構きついと感じてるこの階段。女の子にはきついどころか辛く感じられるだろう。 でも、ナミなら持ち前のバイタリティーを生かして、意外と早く登りきっちまうのかもしれない。 なんだか頼もしく、それでいて悔しく感じられる。 オレは騒ぎ立てたり大げさな反応したりするのはあんまり好きじゃないけど、ナミはそういうヤツのオンパレードだもんな。 あいつのポケモンは、ホントに幸せだって思うよ。 太陽のような明るさに常に照らされてて、心も身体もポカポカ暖かいだろうから。 もちろんオレだってみんなを幸せにしたいと思ってるよ。 オレはみんなと一緒にいるのは幸せだけど……みんなも同じように思ってくれるようになったらいいなあ。 そうなるように、オレが努力を惜しんじゃいけないんだ。 そういや、みんなにとっての幸せってなんなんだろう? アバウトな一言で括られてしまってるけど、その中身は千差万別。 お金持ち=幸せと考える人もいるだろうし、お金なんてなくても、愛があればそれで幸せと思える人だっている。 だから、ラッシーやラズリー、リッピーの幸せだって、それぞれ違ってて当然だと思う。 できる限りの範囲で、オレはそれらを叶えてやりたいな。 心ん中で幸せについて討議していると、上から三人のトレーナーが急ぎ足で降りてくるのが見えた。 「ん……?」 遠くでこの階段を望んでいた時に見たトレーナーだろうか。 すれ違った彼らの表情は一様に暗く、悔しさを押し殺しているのがよく分かった。 言葉はかけなかったけれど、それで正解だって思った。 下手に情けをかけることが屈辱だと感じるトレーナーって、結構多いからな。 この先のチェックポイントで出題された問題に間違えたか、ジムリーダーに挑戦してコテンパンに叩きのめされたか。 どっちにしたって笑って話せるような話題ではないだろう。 見たところ三人ともオレよりも年上で、それなりにトレーナー歴も長いんだろう。 その三人が間違えるような問題なら、少しは歯ごたえのあるものかもしれない。 なんでか分かんないけど、妙に期待が膨らんでいく。 むしろ、今までの問題がちょっと物足りないと思ってたくらいだからな。 次はどんな問題が出てくるのか……勝手な想像を並べ立てながら登っていくと、第四チェックポイントに到着。 ここにも人の姿はなく、監視カメラを頭に乗せた液晶画面とボタンが佇むのみ。 さっきの三人で、オレが見た全員だろうか? それにしては少ない気がするけど……まあ、考えていても埒が明かない。 液晶の前に立ち、「さあ、やるぞ」と意気込む。 『第四問!!』 相変わらずの歓迎を受けてから、問題が出題される。 『ヒトカゲの最終進化形であるリザードンは炎・飛行タイプを持ち合わせているので、様々なタイプの技を覚えることが可能です。 次に示す技のうち、リザードンに覚えさせることができない技の数はいくつでしょう?』 な、なんかずいぶんすごいことになってきてるな……オレはごくりと唾を飲み下した。 『熱風、メタルクロー、吹き飛ばし、カウンター、捨て身タックル、竜の息吹』 六つの技の名前が並べられたところで、問題文と一緒に解答が表示される。 A:1つ B:2つ C:3つ D:4つ E:5つ F:全部 うわ…… こりゃさっきのトレーナーがヘコむのも無理ないかも。 リザードンが覚えられない技は六つのうちいくつか、という単純な問いかけなんだけどさ。 この解答の数はシャレになってないだろう。 選択肢としてすべてが用意されてて、さっきまでの三択から、一気に倍に増えてるし。 当てずっぽうに答えたとしても、正解する確率は六分の一でしかない。 ただ、いきなり難しくなった分、下に表示されている制限時間のバーが減少するスピードが遅くなっているのが救いなんだろうけどさ。 今まで運で正解してきた連中を篩い落とすための、意地悪な問題なんだろうな。 さて…… リザードンが覚えられる技は……今まで培ってきた知識を総動員して、この問題に挑む。 リザードンはヒトカゲの最終進化形で、今はリザードのガーネットも、進化すると翼が生えて、空を飛べるようになる。 行動範囲も広がって、バトルでも今までにできなかった動きで相手を翻弄することもできるだろう。 飛行タイプが加わったことで、弱点である地面タイプを克服することができる。 逆に、弱点として飛行タイプと共通している岩タイプが最大の弱点として付与されることになる。 単純な弱点論では一長一短といったところか。 もっとも、進化での能力アップを考えれば、弱点が増えようと、そんなに気にすることはないんだろうけど。 飛行タイプが加わり、使いこなせる技も大幅に増える。 持ち前の炎と、進化で生えた翼を使った熱風や、竜のような外見を生かした竜の怒りなんかがその典型的な例だろう。 『進化前に覚えられる技は、進化後にも共通して覚えられる』というのが、ポケモン育成の常識なんだ。 だから、ヒトカゲの時に覚えられるメタルクロー、カウンター、捨て身タックルの三つは除外。 リザードンになって初めて覚えられる熱風を加えると、この時点で『リザードンが覚えられない技』は二つ以下にまで絞り込めた。 つまり、正解はAかBのどちらかってことだ。 オレの頭の中で残ってるのは、吹き飛ばしと竜の息吹。 翼が生え、竜のような姿になったリザードンならどちらも覚えられそうなものだ。 だけど、オレの知る限り、吹き飛ばしと竜の息吹は覚えられないはずだ。 姿とタイプを加味した上での引っ掛け問題ということも考えられるだけに、ここは慎重に考えなければならない。 制限時間のバーが半分を切ったけど、ギリギリまで粘ってみよう。 吹き飛ばしは飛行タイプの技で、強烈な風を起こして相手を吹き飛ばしてしまう大技だ。 翼が生えたばかりで、空を飛ぶことに慣れていないリザードンには無理と考えるべきなんだけど…… それに、竜の息吹だって、キングドラやカイリューといった、純粋なドラゴンタイプのポケモンだからこそ使えるような大技だ。 いくらリザードンでもこれを使うのは無理と考えるのが正しいはずだ。 となると、やはり答はBの2つか…… 明確な根拠がないだけに、断言できない。 自分の優柔不断さに嫌気が差しかけたけど、だからと言ってポケモン図鑑で調べることもできない。 監視カメラで見張られてるってこともあるけど、カンニングなんて下衆な真似はオレのプライドが絶対に許さないからだ。 ……もっとよく考えるんだ。 『竜の怒り』や『ドラゴンクロー』を使えて、竜の息吹だけが使えないということがありうるのか? 『翼で打つ』や『空を飛ぶ』を使えて、吹き飛ばしが使えないのか。 図鑑で調べれば簡単に答が導き出されるだろう。 でも、オレ自身の力で乗り越えていかなければならない問題なんだ。 自分以外の第三者(モノ含む)の力を借りて解決できたって、それを『解決』と認めることはできない。 「…………」 こうして考えている間にも、制限時間のバーが少しずつ、しかし確実にその長さを縮めている。 四分の一を切り、いよいよ考える時間がなくなろうとしていた。 だけど、ここはじいちゃんの元で培った知識を、オレ自身の直感を信じてみよう。 考えたところで明確な答が導き出せないのなら、いっそ直感に任せるのも悪くない。 下手に考えれば、迷いが生じる……それならば、自分が思った方の答を選び取ればいいんだ。 今さらながらそんなことに気がついて、オレはBのボタンを勢いよく押した。 果たして、正解は…… 一瞬一瞬がとても長く感じられて、ドクンドクンと心音がいつにも増して大きく聞こえた。 画面が暗転する。 『正解で〜す。先へお進みください♪』 間の抜けた声に、心に張り詰めていた糸がぷつりと切れて、安堵感が心に広がっていく。 はあ……良かった、正解だった。 やっぱり、オレは間違った知識を頭の中に詰め込んでたワケじゃなかったんだ。 じいちゃんはオレに正しい資料を見せてくれていたし、オレも自分の中でそれを勝手にゆがめてはいなかった。 それが分かっただけでも、なんとなくうれしい気分になれる。 そりゃ、オレだってじいちゃんのことを誰よりも尊敬してるんだから。うれしいに決まってるよ。 じいちゃんの孫でよかったって、今以上に思ったことはないね。 なんとなく胸が熱くなったところで、開かれた門を抜けて、最後のチェックポイントに向かって階段を登り出す。 最後の問題はさっきのやつよりも難しいんだろうか……? 六つある選択肢を二つにまで絞り込めたとはいえ、結構際どい問題だった。 もう少し毛色が違っていたら、不正解になっていたかもしれない。 不正解になったら、言うまでもなく下山して、さらに階段を登りなおさなければならない。 想像するだけで嫌になるけど、現にそうなったトレーナーを四人も見てるんだ。 明日は我が身か……なんて変なことが頭ん中を過ぎっていく。 ともあれ、あと一問クリアするだけで、ジム戦に挑めるんだ。気張っていかなきゃな。 まだ百段以上続いてるように見える階段が、妙に少なく見えた。 「よし、行くぜ!!」 オレは再び一段飛ばしで階段を登っていった。 今まで何百段も登ってきて辛いことは辛いけど、あと少しなんだ。 ジム戦の前に小休止くらいは挟ませてくれるだろうし、あんまりノンビリはしたくない。 なんでだか知らないけど、心が躍ってる感じなんだ。 「でも、なんか気になるんだよなあ……」 何百段も階段を登ってきたとは思えないくらい、足取りは軽やかなのが気になるのは確かだけど、それ以上に気になることがあった。 「なんで、クイズに出されたポケモンはみんな炎タイプなんだろう」 そう。 なんとなくだけど、違和感みたいなものは感じてたんだ。 今までの四つのクイズで、それぞれポケモンのことを訊かれたけれど、炎タイプのポケモンばかりだった。 場所が火山だから、それにかまけて炎タイプのポケモンで問題を作ったのか……? そんな伊達でも酔狂でもなく、ジム戦で扱うポケモンが炎タイプだからか。 挑戦者に事前に自分のポケモンのタイプを知らせたところで、不利にしかならないだろう。 その逆で、自分のポケモンに対する自信から来る余裕なのかもしれないけれど。 炎タイプのポケモンに対して有効となるのは、水、地面、岩タイプの技だ。 オレの手持ちで弱点を突けるのはリンリしかいない。 ウインディやギャロップといった進化後のポケモンが出てきたら、弱点を突けたとしても、役不足ということにもなりかねない。 「最悪、炎タイプのポケモンを出すと見せかけて、草タイプだったりしてな……んなワケないか」 裏を読んでみたつもりだけど、それはまずないとすぐに否定する。 草タイプといえばタマムシジムだ。同じ地方の二つ以上のジムで、ポケモンのタイプが重複することはない。 だから、草タイプということはないだろう。 ならば、一体何タイプだというのか……? やはり、直球勝負で炎タイプなんだろうか。 そんなことを考えながら階段を駆け上がっていくと、やがて最後のチェックポイントにたどり着いた。 ここにもトレーナーの姿はない。 閉ざされた門の向こうも同じってことは、今まで出会った四人のトレーナーで全員ってことか。 オレが遠目に見かけたトレーナーは…… ま、誰がドロップアウトしようがしまいが、そんなことはオレに関係ない。 ここまで来た以上、最後の問題をクリアするだけさ。 液晶画面の前に立ち、最後の問題に臨む。 『ここまでよく参られました♪』 「…………」 画面脇のスピーカーから流れてくる声は今までと同じものだったけど、今回は微妙に口調が違っていた。 労いたいのか、それともバカにしたいのか……どっちにも取れるのが困るよな。 ま、いいだろう。 ここで正解すれば、そういうのとはオサラバさ。 気を取り直し、問題が提出されるのを待つ。 今回も炎タイプのポケモンについて訊かれるんだろうか? でも、カントー地方に棲息する炎タイプのポケモンというと、そうそう多くは残っていない。 ルースに代表されるバクフーンは主にジョウト地方に棲息しているから、一般的にカントー地方のポケモンとして認識されていない。 となると…… 『ついにやってまいりました最終問題!! この問題に正解したならば、ジムリーダーへの挑戦が認められます。 気張って燃えちゃってくださいね♪』 なんか、今回は妙に前置きが多いな。 『ではっ、最終問題!!』 よし、いよいよ本題だな……どんと来やがれ。 どんな問題だってクリアしてみせるぜ。 『カントー地方に伝わる伝説の鳥ポケモンの一種・ファイヤーは、赤々と燃える翼を持っています。 山で道に迷った遭難者がその翼に導かれるように歩いていたところ、助かったという逸話すら残っており、 また、火の鳥伝説としても知られています。 さて、学会上、ファイヤーの分類は次のうちどれでしょう?』 A:火炎ポケモン B:火の鳥ポケモン C:炎ポケモン D:不死鳥ポケモン E:紅蓮ポケモン F;導きポケモン G:伝説ポケモン H:橙ポケモン I:赤翼(せきよく)ポケモン J:灯火ポケモン 「…………」 最後の問題はファイヤーか。 なるほど、伝説のポケモンで炎タイプと言ったら、カントー地方じゃファイヤーだよな。 問題文にもあったとおり、山で道に迷った遭難者がファイヤーの燃える翼を目印に歩いて、見事に下山できたっていう話もあるらしい。 最後の問題ってことでファイヤーを出してくるのは順当だとしても……この選択肢の多さは一体なんなんだ? 三択から六択、最後には十択になるなんて。 しかも、十個の解答の中には、選択肢の多さに苦慮した跡が見受けられる。 見破られるのを覚悟で挙げてるとしか思えないのがいくつか並んでるから、『あり得る』と単純に思えるのがせいぜい六つ程度。 難易度としてはさっきと変わらないってところなんだろうな。 でも、この問題、オレが相手じゃ不運としか言いようがない。 なぜなら…… 「こんな問題でオレを追い返せると思うなよ。答はAだ!!」 オレはAのボタンを押した。 伝説のポケモンのことはそれなりに調べてるんだ。 学会上、なんてややこしい言い方をしてたけど、一般的に知られてるファイヤーの呼び名と学会上の通称が一致しないなんてことがあるはずがない。 B、C、D、E、F、G、I、Jはいかにもありがちって感じで、普通のトレーナーなら迷うかもしれない。 でも、Hはいくらなんでもヒドイだろ。ニセモノと見破られる可能性が高すぎる。 十個も選択肢を作るにあたって、思い当たらなかったのかもしれない。 これで間違ってたら最悪だよな。 オレの今までは何だったんだ、ってことになっちまうから。 でも、オレはこの答に自信を持ってるよ。今まで学んできたことが無駄じゃないって思うからさ。 妙に間が空いている。 もったいぶって正解って言わないつもりか? まあ、そうやって気を揉ませるってのも、結構駆け引きとして重要なものなんだけどさ。 たかだかクイズで駆け引きなんかやってたって仕方ないだろうと思うのはオレだけだろうか? そうやって別のことを考えているうちに、 『正解〜♪ お見事で〜す♪ ジムリーダーがお待ちです。バトルフィールドへお進みください♪』 またしても誉めてるのかバカにしてるのか分かんないような口調で正解を告げる音声。 ま、正解なんだから気にしない。 これで不正解とかだったりしたら、画面を一発くらい殴ってたかもしんないけどさ。 音を立てて門が開く。 この先にジムリーダーがいる……どんなポケモンを出してくるのか、楽しみで仕方ない。 炎タイプのポケモンの問題を出してくるところを見ると、ジムリーダーはよっぽど炎タイプのポケモンに愛着を持ってるんだろう。 やっぱ、ジム戦でも持ち前の火力で攻めてくるってことなんだろうな。 「首洗って待ってろよ、ジムリーダー。オレがリーグバッジをゲットしに行ってやるからな」 胸中で宣戦布告すると、駆け出す。門を抜けて先を見やると、終着点が見えてきた。 な〜んかやたらと長く感じられたけど、それはもぉこのクソ長い階段のおかげ(っていうか『所為(せい)』だろう)だ。 トレーナーの持久力を試すかのような長ったらしい階段と、知識を確かめるためのクイズ。 ジム戦する前に疲れ切っちまって、まともに戦えませんでした。 ……なんてトレーナーが今までに何人出たのやら……考えるだけでハードだ。 運だけで勝ち上がったようなトレーナーを完全に排除するための篩とはいえ、こういうやり口は、トキワジムのジムリーダー・レオを彷彿とさせるよ。 あー、思い出すだけで腹立ってきた。 旅立ったばかりでトレーナーとして成長していないというだけの理由で、ジム戦を拒否するようなジムリーダーだ。 まあ、今回の長い階段とややこしいクイズは、あんなヤツの理不尽な理由とは全然違うから、非難する気にはなれないけどな。 でも、このジムでリーグバッジをゲットしたら、いよいよトキワジムに挑戦だ。 旅立って一ヶ月しか経ってないけど、その間でオレはトレーナーとして成長してきた。 だから、問答無用で勝負して、相手のポケモンをKO(ノックアウト)してやるんだ。 今までにないやる気の炎が胸を焦がす。 何よりの原動力となって、身体を突き動かすのを感じずにはいられなかった。 急き立てられるように、オレは階段を一気に駆け上がった。 瞬く間に百数十段を登り終えると、平らな山頂に出た。 中央部にはすり鉢状の火口があり、バトルフィールドが浮かんでいるように見えた。 というのも、フィールドの四方が太い鉄の鎖によって山肌に繋ぎ止められていたからだ。 「……って、火口だよな、これ」 火口の真上に、バトルフィールドが設けられていたんだ。 転落防止用のネットが幾重にも張り巡らせてあるけど、煮えたぎる赤い溶岩の上に設けられていることに変わりはない。 結構ヤバイところにフィールドを創ったもんだよな……ってか、どうやって創ったんだろう。 なんか、ある意味ですごいジムリーダーなのかもしれない。 そう思いながら、バトルフィールドの脇にある一軒家に目をやる。 それがジムの建屋なんだろうけど、何もこんなところに造らなくてもいいだろうと思うのは気のせいだろうか? 水道とか電気はどうにでもなると思う。 だけど、いつ噴火するかもしれない場所で暮らして、怖いとは思わないんだろうか? 何から何まで理解できないジムだ。 いっそニビジムのように簡単だったら良かったのに…… なんて愚痴ってもしょうがないな。 今まで登ってきた階段にはたくさんの監視カメラが目を光らせてたんだ。オレがここまでやってきたことを知っているはず。 向こうが出てくるのを待つしかないか……と、その時建屋の扉が開いた。 中から白衣に身を包んだ男性が出てきて、オレの方を見つめた。 ……って。 「カツラさん!?」 オレはその男性を見て、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。 というのも、彼が『オレの知ってるカツラさん』だったからだ。 名前が同じだけの別人がジムリーダーをやってるだけだと思ってたけど、まさか本人がご登場とは……これにはさすがに面食らった。 中肉中背で、禿げ上がった頭と、翼のような口ひげが特徴の、どこにでもいるようなおじさん。 だけど、そのおじさんとじいちゃんはお友達なんだ。 「おおっ? アカツキ君じゃないか。こんなところで会うとはね……いやあ、奇遇奇遇……」 カツラさんはわざとらしい口調で言うと、腕を広げこちらへと歩いてきた。 監視カメラでずっとオレのこと見てたの、まさか忘れてたわけじゃないだろうな? なんて口に出せるはずもなく、舌の上で転がすしかなかった。 「お久しぶりです、カツラさん」 平静を装い――無理があるって自分でも分かってたけどね……――オレはペコリと頭を下げた。 じいちゃんの友達っていっても、オレにとっては単なる顔見知り程度でしかない。 親しき仲にも礼儀ありっていうけど、そうじゃなくても礼儀は大切なんです。 「ふむふむ、やはり君は博士に似ているな。 礼儀正しいし、ポケモンのこともその歳でよく知っている。 五問のクイズに見事正解してここまでたどり着けたんだからね」 なんか勝手に納得して頷いてるカツラさん。 「あの……カツラさんってジムリーダーだったんですか?」 「そうだが、博士は君に話していなかったようだな。 わはははは、いずれ挑戦しに来ると思っていたからな、それを見据えて話をしなかったのだろう」 「そうだったんですか……でも、意外です。カツラさんはバリバリの研究者だとばかり思ってましたけど」 「ふふふ、誰にもひとつくらい秘密にしていることがあるものだよ」 オレの問いに答えると、カツラさんは豪快に笑い立てた。 秘密って、ジムリーダーって職業って秘密にしとけるものじゃないような気がするんですけど。 オレがそう思ってるのを表情から察したか、 「まあ、細かいところはどうでもいいではないか」 「はあ、そうですね……そりゃそうです」 まあ、確かに細かいところはバトルとは無関係だ。 オレが戦うべき相手は、目の前にいる。 それが誰であろうと――シゲルだろうとじいちゃんだろうとサトシだろうとナミだろうと同じことだ。戦って勝利を手にするだけ!! 「しかし、数ヶ月の間に君は成長したようだ。 トレーナーとして引き締まった表情をしているな。ふふ、そんな相手だからこそ、戦い甲斐があるというものだ。 さあ、我がバトルフィールドに案内しよう。ついてきたまえ」 朗々と言い放つと、カツラさんは火口の上のバトルフィールドへとオレを案内してくれた。 頼りない浮島のようなフィールドだけど、近くで見ると造りはしっかりしているようだ。 煮えたぎる溶岩の海に落ちるような危険性はそれほど感じられなかった。もちろん、ゼロっていうワケじゃないけど。 「ようこそ、グレンジムへ」 改めて、カツラさんは言いなおした。 お互いにスポットに立ち、すっかり知り合いからジムリーダーと挑戦者という関係に摩り替わる。 「わしがジムリーダーのカツラだ。 今までのクイズからも分かると思うが、このジムでは炎タイプのポケモンを得意としておる」 「まあ、分かりきってましたよ。最後の問題は苦し紛れだったみたいですけど」 「わははは、そこまで分かっていれば話が早い!!」 誉めたつもりじゃないんだけど、豪快に笑うカツラさん。 これで黒いマントでも羽織って腕を広げたら、アニメで出てくるような『悪の帝王』の出来上がりってところなんだけどな。 リクエストしたらやってくれるんだろうか? なんてありもしない空想を膨らませていると、カツラさんはルールを説明してくれた。 「このジムのルールは、それぞれが三体のポケモンを駆使するシングルバトル!!」 拳を突き上げ、自らの主張を押し広めようとする政治家のごとく力説する。 こういう人だったっけ……? じいちゃんの研究所にやってきた時は、温厚な人柄を惜しげもなく振り撒いてたけれど。 いざポケモンバトルの舞台に立つと、こうも変わってしまうものなんだろうか。 それとも、研究所で見せた柔らかな表情はただの一面に過ぎないってことなんだろうか。 ま、どっちにしても穏やかにバトルを運ぶような人よりは、やってて張り合いってのを感じられるよな。 「勝ち抜き方式で、どちらかのポケモンがすべて戦闘不能となるか降参した時点でバトルが決着するものとする!! 言うまでもないが、時間は無制限!! 質問はあるか!?」 「ありません!!」 「よし、いい返事だ!!」 カツラさんの大きな声に負けないように気合込めて返すと、カツラさんは満足げに口の端を吊り上げた。 オレと同じように、燃えるバトルを望んでるってことだな。 あー、ジムとして扱うタイプと同じで、カツラさん自身も燃えちゃってるんだな。 やる気の炎で頭を焼いちゃったってワケじゃないと思うけど。もしそうなら笑い話でしかないんだろうな。 「では行くぞ!! 私の最初のポケモンは、こいつだ!!」 カツラさんは腰のモンスターボールをフィールドに投げ入れた!! 炎タイプのポケモンか。一体何が出てくる……? ボールが乾いた音を立ててバウンドすると、口が開き、中からポケモンが飛び出してきた!! 「ヒヒ〜ンっ!!」 飛び出してきたポケモンは、見た目からして馬、鳴き声からして馬!!……だった。 「ポニータですね」 「その通り」 ポツリ漏らしたつぶやきを聞き取ったカツラさんが頷く。 名前にもあるように、ポニーほどの大きさ、クリーム色の毛を持つ馬で、風に映える鬣は燃える炎。 言うまでもなく炎タイプのポケモンで、クイズに出たギャロップの進化前がこのポニータ。 見た目は炎の鬣を持つ馬だけど、細い脚には並々ならぬ力が秘められている。 黒いヒヅメでダイヤモンドすらぺちゃんこに押しつぶしてしまうことがあると言われているほどだ。 真偽の程は確かじゃないけど、それに近いだけの力があるということは間違いないだろう。 脚による攻撃はもちろん、炎の攻撃力も侮れない。 進化前にしては結構手強い部類に入るポケモンだ。 一番手に出してきたってことは、このポニータでオレの実力を測るつもりなんだろう。 クイズや長い階段では測りきれなかった、バトルでの実力を。 「さあ、君のポケモンを出したまえ!! 言っておくが、知り合いだからといって容赦はしないから、そのつもりでいるように。 もっとも、君はもう分かっているかもしれんがな!!」 ――当たり前だ。 相手が誰だろうと、勝負の世界はいつでも真剣勝負。 あっさり勝てるような相手であっても、手加減することの方が失礼に当たるんだ。 目の前の相手はオレよりもトレーナーとしての経験が長いベテランだ。 手加減をしていられるような相手じゃない!! さて、カツラさんの一番手はポニータ。 力強い足腰から繰り出される攻撃と、素早さには定評があるポケモンだ。 今回のジム戦ではラッシーを出すわけにはいかない。 動きが遅い上に、弱点を突かれて瞬く間に戦闘不能にされかねない。 日本晴れからソーラービームの必殺コンボもまったく通用しないだろう。 葉っぱカッターと各種状態異常の粉による複合技も、炎で焼かれては元も子もない。 だから、ラッシーは今回もお休みだ。 残り五体のポケモンから選ぶということになるけれど、なるべくパワーに優れたポケモンで一気に倒したい相手だ。 となると…… 手が腰のモンスターボールに触れる。 ひんやりした感触が腕を這い上がり、全身へと広がっていく。 カツラさんがオレの実力を測るというのなら、オレも……よし、決めた。 「ルーシー、君に決めたぜ!!」 オレはルーシーをフィールドに送り出した。 「がーっ!!」 出てくるなりポニータを睨みつけ、威嚇の声を発するルーシー。 これでビビってくれれば儲けと思っていたけれど、そう都合よくは行かないか。 ポニータは澄ました顔でルーシーを見つめるばかり。 何やってんだ、こいつ……っていう視線がなんとなく痛い。 「あ、そうだルーシー。 お腹の子供、オレに預けてくれるか? 気になって戦えないと困るからさ」 「がーっ」 オレが歩み寄ると、ルーシーはお腹の子供を大切そうに抱き上げて、オレの頭の上に載せた。 やっぱり、ルーシーも子供のことを気にして全力で戦えないと思ったんだろうな。 子供が安全な場所にいれば、気兼ねなく戦える……サファリゾーンでストライクと激しい戦いを繰り広げた時の光景が頭を過ぎった。 あの時も、子供が安全な場所にいると分かって、全力を出してストライクをねじ伏せたんだ。 あのパワーを今回も存分に活かすことができたなら、勝利は近くなるだろう。 ポニータの弱点は突けないけど、持ち前のパワーで叩き伏せることはできる。 帽子をマット代わりにオレの頭の上に載った子供は、もぞもぞと動いている。 なにぶん真上のことなんで、何をやっているのかまでは分かんないけど。 オレが子供を頭の上に載せたままスポットに戻るまで、カツラさんはちゃんと待っていてくれた。 こんな時にも、細やかな気配りは忘れていないらしい。変わるのは上辺だけか……? 「ほう、ガルーラとはな。そのようなポケモンをゲットしているとは思わなんだ。 まあ、お互いのポケモンも場に出揃ったことだし……始めるとしよう。 おいーっす!! 火傷なおしの準備は良いかッ!!」 カツラさんが声を張り上げる。 『おいーっす!! 火傷なおしの準備は良いかッ!!』って……どっかの芸人さんじゃないんだから。 口調を真似しなくたって……なんて脱線しかけた気持ちを元のレールに戻したのは、他ならぬカツラさんのポニータに対する指示だった。 「ポニータ、おまえの力を見せてやれぃ!! 炎の渦で歓迎してやるのだ!!」 指示を受けると、ポニータは脚を広げてその場に踏ん張ると、口から赤い炎を吐き出した!! 吐き出された炎は虚空で大きな渦を巻きながら、ルーシーに迫る!! なるほど、接近戦を得意とするルーシーの弱点を突いて、遠距離から炎で攻撃を仕掛けてくるってことか。 接近戦でこそ真価を発揮すると見抜いたからこそ、距離を置いて戦うことを選んだってところだろう。 そして隙あらば、持ち前のスピードを生かして撹乱をも狙っている……なんとなく読めてきたぜ、カツラさんの作戦。 ルーシーは、覚えようと思えば水タイプの技も覚えられるけれど、生憎とそこまで育成する時間的猶予はなかった。 持ち前のパワーで挑むのみ!! 「ルーシー、炎の渦を突っ切ってブレイククロー!!」 ダメージ覚悟での戦いになるけど、それは仕方がない。 炎を消す術がない以上、そうするしかないんだから。 「がおぉぉっ!!」 ルーシーは腕を振り上げ、雄たけびを上げると、渦巻く炎目がけて駆け出した!! 瞬く間に炎がルーシーを包む!! ダメージは決して小さくないけれど、ルーシーはまったく怯まない!! 駆け出した勢いのまま、ポニータに迫る!! 「おおっ? ダメージ覚悟で攻撃とは天晴れな心掛けよ!!」 衰えることないルーシーの勢いに、カツラさんが歓声を上げる。 天晴れって……こーいう時に使われる表現だったっけ? ともあれ、ルーシーは炎の熱さなど意に介さぬかのようにポニータに迫る!! 「ポニータ、飛び跳ねるのだ!!」 「させるな!!」 カツラさんの指示と同時に、ルーシーが渦巻く炎を脱け出してポニータの眼前に現れると、腕を振りかぶった!! 鋭く光る爪による一撃で、相手の防御力を一時的に低下させる追加効果を秘めたノーマルタイプの技……それがブレイククローだ。 鋭い爪がポニータに叩きつけられる――その直前に、ポニータは強い足腰を生かして高く跳び上がった!! ルーシーの一撃は、ポニータの赤い鬣の残像を貫く。 掠りもしないとは……さすがにスピードではポニータに敵わない。 でも、ルーシー――ガルーラの真価は、攻撃力の高さでもタフさでもない。 突出した能力がない代わりに、あらゆる能力で平均以上のものを持ち、どんな相手とも渡り合えるバランスの良さだ。 ラズリーのように物理攻撃が突出して高いわけではないけれど、戦い方によっては獅子奮迅の働きを見せてくれることだろう。 ポニータが跳び上がった高さは軽く数十メートルを超えていた。 これだけの跳躍力を秘めた脚で攻撃されたら、それだけでかなりのダメージになるだろう。 だけど、今のポニータは隙だらけだ!! 「ぐるぅぅ……」 頭の上の子供がもぞもぞと動きながら鳴き声をあげる。 「お母さん頑張って」って言ってるように聞こえるのは、きっと気のせいじゃないだろう。 子供なりに母親に――ルーシーに声援を贈ってるんだ。 ルーシーにとってこれ以上の励ましはないだろう。 ルーシーが空を振り仰ぐ。 とても手の届かない高みに達したポニータが落ちてくる。 空中にいる間――正確には着地する瞬間までは、ポニータは無防備だ。どんな攻撃をも避けられないだろう。 何気にチャンスだ。 もちろんカツラさんもそれを見越しているだろうから、相打ち覚悟で必殺の一撃を繰り出してくることも考えられる。 「ポニータ、大文字を食らわせるのだ!!」 やはり、威力の高い技で攻撃してきた……!! ブレイククローも威力は高い方だけど、炎タイプでも屈指の威力を誇る大文字には到底及ばない。 クロスカウンターにしても分が悪いだろう。 なら、どうするか…… ポニータが落下しながら口を開き、炎を吐き出した!! 炎の渦とは比べ物にならないほどの火力を宿した炎は空中で大の字となって、ルーシーを押し潰さんと降ってきた!! ここで避けようとすれば、ポニータへの攻撃もできなくなってしまう。 かといって避けなければ、攻撃できる代わりに、大文字と踏みつけのダブルアタックを受けることになる。 なるほど、攻撃を取るか防御を取るか、という微妙な状況を作り出すために、わざと跳びあがらせたってところか。 さすがに考えてるな。カツラさんはオレの一手先を読んでいる。 ここはダメージ覚悟で一気に倒すのがセオリーか……スタミナではルーシーの方が上。 よし、決まりだ。 オレはグッと拳を握りしめた。 「ルーシー、迎え撃て!!」 大文字と踏みつけのダブルアタックはかなりキツイだろうけど、ルーシーなら耐え切ることができる。オレはそう判断した。 相手を倒せる機会(チャンス)があるのなら、どんなものであってもつかみ取ろうという姿勢を見せなければならない。 戦うのはポケモンだけど、タイミングを計ったりチャンスを狙ったりするのはトレーナーだ。 「いかにガルーラとて、私のポニータのダブルアタックに耐えられるかな!?」 カツラさんが声を上げる。 降り注ぐ炎の後を追って、ポニータが落ちてくる。 でも、勢いはわずかにポニータの方が上。 別個に食らうよりも、同時に食らった方がダメージは当然上。 でも、攻撃を避けないのならどちらも同じこと!! 接近戦になれば、ルーシーのパワーで確実にねじ伏せられる。 ここは相手の出鼻を挫く意味も込めて、確実にポニータを倒さなければ…… 十メートル、五メートル、三メートル……ルーシーとの距離がぐんぐん縮まり、 「メガトンパンチ!!」 タイミングを計り、ルーシーに指示する。 腕を振りかぶり、覆いかぶさってきた炎と、次の瞬間に堅い蹄を叩きつけてきたポニータにメガトンパンチを繰り出す!! 先にダメージを受けたのはルーシーだけど、すぐにポニータも同じかそれ以上のダメージを受ける。 ノーマルタイプの技の中でも威力の高い部類に入るメガトンパンチを受け、ポニータは吹っ飛ぶと地面に叩きつけられた。 そのまま数メートルほどバウンドしながら地面を拭き掃除する。 炎はルーシーを包み込んだかと思ったら、あっという間にはじけて消えた。 大文字と踏みつけのダブルアタックはキツイけど、ルーシーは見事に耐え切った。 それどころか、かなりの余裕すらうかがえる。 一方、何度も地面に叩きつけられてやっと止まったポニータは……立ち上がろうとしているけど、動きはどこかぎこちない。 戦闘不能は免れたか……でも、受けているダメージは大きいと見た。 オレはポニータを指差し、ルーシーに指示を下した。 「ルーシー、地震!!」 ルーシーが唯一覚えている、接近しなくても相手にダメージを与えられる技……それが地震だ。 炎タイプのポケモンには効果抜群。 まあ、場所が場所だけに、本当はあんまり使わなかったんだけど……この際四の五の言ってられない。 ルーシーが思い切りジャンプし、渾身の力を込めて地面を蹴りつける!! 激しい揺れがフィールドを駆け抜け、ところどころが小さく波打つ!! 足場がもっと安定していれば、もっと威力は大きいものとなったんだけれど……それは仕方がない。 なにしろ、フィールドの四方が鎖によって山肌につながれているんだから、威力の幾分かは鎖を伝って山肌に吸収されてしまう。 でも、今のポニータにはそれでもなお十分すぎるほどの効果があった。 その身体が大きく跳ねると、再び地面に叩きつけられる。 「ぬぅぅ……」 ぐったりとうな垂れたポニータを見つめ、カツラさんが低く唸る。 軽く実力を測るつもりが、逆に返り討ちに遭ってしまうとは思っていなかったんだろう。 だけど、さすがはジムリーダー、引き際は心得ていた。 モンスターボールを手に、 「戻れ、ポニータ!!」 なんか必要以上に大きく声を張り上げ、ポニータを戻した。 …………なんか、イメージと違うなぁ。炎タイプのポケモンを扱うだけあって、やたらと燃えてるし。 ともあれ、これでカツラさんの出鼻を挫くことはできた。 それは言い換えれば、ここから本気を出してくるということ……ここからが勝負だ。 次のポケモンからは進化後の強者がゾロゾロ出てくることになるんだろう。 ルーシーがかなりのダメージを受けていることを考えると、長期戦はこっちが不利だな。 ポニータと同様に、一気に戦闘不能にしなければ負ける。 「フフフ……」 カツラさんはポニータのモンスターボールを腰に戻すと、腕組みなんかして、不敵に笑った。 本気で『悪の帝王』狙えるかもしれませんね……ツッコミたい衝動に駆られるも、今はバトルの最中だ。 笑いを取ってどうになるものでもない。 でもカツラさんは笑ってたりするし……なんだかなあ。 どこか煮え切らない気持ちを持て余していると、カツラさんが口を開いた。 「長〜い階段を登ってきたこと、クイズに正解したこと…… それだけでバトルの実力を測れないとは思っていたが、一番手として差し向けたポニータをこうもあっさり倒してしまうとはな!! 君のことをどうやら甘く見ていたようだ。 だが!!」 語尾をやたらに強めると、カツラさんは次のポケモンが入ったモンスターボールを掲げた。 「勝負はこれからだ!! 私の熱い闘志に支えられしポケモンを打ち破れるか!? 行くのだ、ギャロップ!!」 次はギャロップか……!! 投げ入れられたボールから飛び出してきたのはギャロップ。 ポニータの進化形で、身体も大きく、額には角が生えている。 ただでさえ脚力に優れているポニータの進化形となれば、脚の速さと、脚を使った攻撃はさらに強力なものとなるだろう。 言うまでもなく、口から吐き出す炎の威力も。 最後に据えてもおかしくないポケモンだけに、本当の最後に温存しているポケモンはどんなに強いのやら…… そんなことを考えてしまった。 さすがに、知り合いだからって手加減だとか妥協とかは全然感じられない。 むしろ逆。 顔見知りだからこそ、手加減なんてしない。 ギャロップはフィールドに姿を現すと、じっとルーシーに鋭い視線を注ぐばかり。 注意深く観察しているようにも見えるけど、視線で威嚇しているんだろう。 新幹線と並んで走ることができるほどの俊足は確かに脅威。 でも、ここは火口の上に設けられたバトルフィールド。 広さに制限がある場所でなら、その俊足を如何なく発揮することは難しいだろう。 取り付く島があるとすれば、それくらいか…… 「では行くぞ!!」 朗々と宣言し、またしてもカツラさんが先制攻撃を仕掛けてきた。 「ギャロップ、おまえの燃える闘志を見せ付けてやるのだ、火炎放射―っ!!」 拳を振り上げ、咆えるようにギャロップに指示を出す。 完全に燃えているカツラさんとは対照的に、ギャロップはあくまでも冷静に構えていた。 脚を軽く横に広げて踏ん張ると、口を大きく開いて炎を吐き出してきた!! トレーナーと逆で、性格は冷静なのか。 ……むしろ、冷静なポケモンほど自分の置かれた状況を的確に把握できる。かなり厄介な相手かもしれない。 ポニータとは比べ物にならない火力を宿した炎が、矢のごとき勢いでルーシーへと向かう!! これをまともに食らったら、さすがにルーシーでも耐えられないだろう。 ポニータ戦でダメージを受けたのが痛かった。 でも…… オレは押しよせる炎を睨みつけ、 「ルーシー、破壊光線!!」 ノーマルタイプの大技を指示した。 火炎放射から逃れることは難しい。少しでも掠ったら炎が絡み付いてくる。 なら、避けようと避けまいと同じこと。いっそ攻撃に打って出た方がいい。 ルーシーは怒涛のごとき炎を前にしても慌てることなく、肩幅に脚を広げて、大きく息を吸い込んだ。 「がーっ!!」 そして放つ最強の一撃!! 燃え盛る炎に匹敵するようなオレンジの光線が、一直線にギャロップへ向かって突き進んだ!! 押しよせる炎の真ん中に風穴を開けると、その先に望遠鏡で覗いたように相手の姿がくっきりと見えた。 これを食らえば、たとえギャロップといえど、かなりのダメージになるはずだ。 仕留めることはできないだろうし、ルーシーは反動でしばらくの間攻撃ができなくなる。 絶大な威力と引き換えにデメリットも大きいけれど、それでも使わなくちゃいけない時というのはあるんだ。 破壊光線が風穴を開けたものの、炎は勢いをわずかに落としただけで、津波のごとくルーシーに押し寄せてきた!! 「ルーシー、こらえろ!!」 相手の攻撃で戦闘不能になることが確実な場合に、『こらえる』という技を使えば、首の皮一枚のところで凌ぐことができる。 反面、その後はわずかなダメージでも食らえば戦闘不能は避けられないけれど。 ルーシーは背中を丸めると、押しよせる炎の津波を堪えた!! 「がるぅぅっ!!」 頭の上の子供が悲鳴のような声をあげる。傍目にも、母親を飲み込んだ赤い炎の威力を感じているんだろう。 ルーシーは炎の攻撃を耐え抜く……でも、破壊光線の反動で攻撃に打って出ることができない。 時間稼ぎ以上の意味は見出せないけど、それでもやるしかない。 一方、ルーシーの破壊光線がギャロップに迫る!! でも、ギャロップは慌てる様子もなく、冷めた視線を向けるばかり。 避けられる自信があるってことか…… それを裏打ちするように、カツラさんの指示が飛ぶ。 「ギャロップ、避けて電光石火だ!!」 やはり、避けながら攻撃へと打って出てきた。 ある程度はそう来るであろうことは予想できた。 ルーシーが炎を『こらえた』場合、電光石火程度の威力の技でも確実に戦闘不能にできると、カツラさんが思っていることも。 ギャロップは音もなく飛び退いて、破壊光線をあっさりと避わしてみせた。 ――こんな攻撃、まともに食らうほど落ちぶれてはいない。 鋭い視線が物語るのは、トレーナーに対する全幅の信頼と、自分の力に対する自信だ。 さすがに、まともに食らってくれるはずもなかったか。オレはわざと焦っているような表情を装った。 それを見たカツラさんの口元に笑みが浮かぶ。 ギャロップは持ち前の足腰の強さを存分に活かし、電光石火に相応しいスピードで駆けてきた!! 疾風のような素早さで、炎なんか軽く追い越して、ルーシーに向けてジャンプ!! 勢いをつけて攻撃を仕掛けてくるつもりか。確実に戦闘不能にするために。 『こらえる』を連続で成功させることはまず不可能。確実も何も、間違いなく戦闘不能になるだろう。 ルーシーにもそれが分かっているようで、炎が消えた後、飛び掛ってくるギャロップを前に動じたりはしなかった。 度胸も据わってるんだな……やっぱり『母は強し』ってところなんだろう。 「ギャロップ、踏みつけるのだ!!」 「起死回生!!」 「なにっ!?」 互いの指示がフィールドに響き――そして、カツラさんが悲鳴を上げた。 ギャロップがルーシーの頭を、腕を踏みつけてきた瞬間、ルーシーも残った力を振り絞って、必殺の一撃をギャロップに叩き込む!! クロスカウンターの形で決まった一撃に、ルーシーとギャロップが吹っ飛んで地面に叩きつけられる!! 「ギャロップ、しっかりするのだ!!」 カツラさんの檄が飛び、ギャロップは程なく立ち上がった。ダメージこそ受けているものの、まだまだやる気だ。 ルーシーは仰向けに倒れたまま、ピクリとも動かない。 ……戦闘不能だ。 オレはモンスターボールを掲げ、 「戻って、ルーシー!!」 ルーシーを戻した。 ついでに、暴れそうな頭の上の子供も母親のいるボールに戻してやる。 今ごろになって気が付いたんだけど、審判がいない。 戦闘不能を宣言する審判がいないから、どういう判断もできるんだけど…… 攻撃をこらえたところにキツイ一撃を食らったルーシーがバトルを続行できるとはとても思えなかった。 だから、素直にモンスターボールに戻したんだ。 「破壊光線は、当たればラッキーのフェイクだったとはな……さすがに一筋縄では行かないようだ。 君とてそれは同じだと思うがな!!」 「まあ、そうですね」 カツラさんの言葉に、オレは頷いた。 食らってくれればラッキーのつもりで、ルーシーには破壊光線を放ってもらった。 ダメ元だと分かってたから、『こらえる』を使ってギャロップをおびき寄せようと思ったんだ。 上手くいくかどうかは賭けだったけど、一応成功してよかったってところか。 こうやってバトルの合間に言葉を交わしていられるのも、相手のことを少しは知っているからだ。 それに……カツラさんの言う『一筋縄では行かない』というのが、 オレが旅に出てから今までにトレーナーとして成長した何よりの証なんじゃないかって思った。 じいちゃんからオレが旅立ったってことは聞いてたんだろう。 でも、キャリアが浅いということで、それほどの期待はしていなかったに違いない。 だからこそ、カツラさんはとても燃えている。 彼とはまったく違う性格(?)のギャロップに目を向ける。思ったよりもダメージを受けていないか…… ルーシーが最後に放った『起死回生』は、威力が体力の残り具合に反比例するという、極めて特異な性質を持った技だ。 『こらえる』で体力をギリギリまで減らしたところで放ったなら、その威力は絶大なものとなる。 文字通りの『起死回生』を図る技だけど、ギャロップを倒すには至らなかった。 不完全な体勢で放ったことと、ルーシーが得意とするノーマルタイプと、『起死回生』の格闘タイプが異なっていたのが原因だろう。 だけど、ちゃんとギャロップにはダメージを与えられた。 まったくの無駄にはならなかったんだ。 これで、次のポケモンも少しは有利に戦えるだろう。 さて、次は誰を出すか…… ギャロップを相手に素早さで対抗するのは無理。 ナミのトパーズほどの素早さがあれば話は別だけど、オレの手持ちにそれほどの素早さを持ったポケモンはいない。 ルースやラズリーは素早さに優れている『方』だけど、とてもギャロップには敵わない。 素早さで対抗できないなら……いっそこうするか……? オレは不意に閃いて、その閃きに突き動かされるようにして、モンスターボールを手に取った。 「さあ、次のポケモンを出すのだ!! どんなポケモンだろうと、我がギャロップの敵ではないがな!!」 豪語するカツラさん。 自分のポケモンに自信を持つのは結構なことだけど、その自信が強ければ強いほど、ポケモンが倒された時のショックも大きくなる。 もちろん、オレはカツラさん以上に自分のポケモンに自信を持っているし、信頼してるんだ。 「次のポケモンは……行けっ、ラズリー!!」 「ブーッ!!」 ラズリーは飛び出すなり、ギャロップを睨みつけて低い唸り声を上げる。 でも、ギャロップはまったく気にしていなかった。身体の大きさに差があるし。 「ほう、私に炎タイプのポケモンで戦いを挑んでくるとはな!! さすがに博士の孫だけのことはある!! その度胸だけは認めてやろう!!」 カツラさんは余裕の姿勢を崩さなかった。 炎タイプのエキスパートであるカツラさんに同じ炎タイプのポケモンで挑むのは確かに無謀なことだ。 でも生憎と、オレがラズリーを出したのは、ギャロップの炎技を無効にする特性が一番の理由。 もらい火……相手の炎技を食らってもダメージを受けず(無効にし)、その上自分の炎技の威力を高めるという、攻守一体型の特性だ。 ギャロップも同じ特性を持っているかもしれないけど、この際それは考えないことにする。 ギャロップは物理攻撃、炎の攻撃、どちらを取っても優等生と言えるほどの力を備えている。 互いに炎タイプの技が通用しない可能性があるのなら……相手にダメージを与えるには、接近戦で物理攻撃を当てるしかない。 「しかし、お互いに決定打が持てぬようだがな!!」 カツラさんが豪快に笑い立てる。 やはり、ギャロップも同じ『もらい火』の特性を持っているか……でも、その方が好都合。 「君が何を考えているのかは分からんが、ギャロップの力を侮ってもらっては困るぞ!! ギャロップ、電光石火だ!!」 侮ってなんかいませんよ。 カツラさんのあからさまな挑発に対して、オレは胸のうちでそっと言葉を返した。 だいたい、ジムリーダーのポケモンを侮るような挑戦者がどこにいるっていうんだか…… ルーシーの起死回生を食らったとはいえ、ギャロップはまだまだやる気だ。 カツラさんの指示に、ギャロップが素早く駆け出した!! 爆発的な加速度で、瞬く間に距離を詰めてくる!! その素早さは健在ってトコか……でも、オレの作戦の中じゃ、素早さなんて役には立たない。 いや、まったくの無意味だ。 なぜなら…… 「ラズリー、いつでも攻撃できるようにしとくんだ!!」 オレはラズリーに迎撃態勢を取らせた。 肉を斬らせて骨を断つ――という言葉がある。今回はそれを実践するしかない。 ラズリーもそれなりに素早い方ではあるけれど、ギャロップの素早さには敵わない。 ならば、相手に攻撃を当てさせて、その瞬間に反撃を加えるという方法しか、ギャロップを倒すことはできないだろう。 カツラさんがそれに気づいているかどうかがカギになるけど…… ラズリーが脚を横に広げ、身体を低くする。 少しでも重心を下げて、攻撃を食らっても吹っ飛ばされないように踏ん張るためだ。 剛速球のような勢いで駆けてきたギャロップが、頭の角をラズリーに突きつけてきた!! ごっ!! 勢いが勢いだけに、ちょっとした攻撃でもかなりのダメージになる。 ラズリーは電光石火からの角で突く攻撃をまともに食らったけど、持ち前の『怪力』でその場に留まった!! よし、今だ!! 「ラズリー、アイアンテール!!」 「ブーっ……スタぁっ!!」 裂帛一閃。 オレの指示にラズリーは身体を翻し、一時的に鋼鉄の硬度を得た尻尾でギャロップの横っ面を張り倒す!! 「なんと!! なかなかやるではないか!!」 さすがに横っ面を張り倒されるとは思ってなかったんだろう。 カツラさんの声には驚きの感情がありありと込められていた。 まともにアイアンテールを食らって、ギャロップが体勢を崩す。 相手に攻撃を食らわせた直後だけに不安定だったけど、足腰の強さで辛うじて転倒は免れたってところか。 炎タイプのポケモンはアイアンテールに代表される鋼タイプの技に強い。 ダメージは思ったより与えられなかったけど…… 「ギャロップ、そのまま角で突きまくるのだ!!」 カツラさんの指示が飛ぶ。 炎タイプの技ではどうしようもない以上、両者に残されているのは、それぞれの身体を武器とした接近戦のみ。 物理攻撃力の高さには定評のあるラズリーなら、普通にやっても打ち勝つことはできるだろう。 種族的な能力差というものも考えれば、シャドーボールや頭突きを連発していけばギャロップに勝つこともそう難しいことではない。 ただし、スタミナにどれほどの差があるかをまったく考えていない場合に限るけど。 角で突くとアイアンテールでクロスカウンターになったものの、単純なスタミナでは互角か…… いや、ほんの少しだけラズリーに分がある状態だ。油断はできない。 ギャロップはその指示に背中を叩かれたかのように、勢いよく立ち上がると、ラズリーに角を突き立ててきた!! 攻撃を加えるたびにバランスを崩すけど、持ち前の足腰の強さを活かして、脚の位置を微妙に変えながら、連続で攻撃を加えていく!! 「くっ……スピードは予想以上ってワケか。でも……」 ラズリーは避けようにも、先回りされているようにギャロップが攻撃を繰り出してくるものだから、とても避けられない。 でも、攻撃を加え続けている今がチャンスだ。 「ラズリー、破壊光線!!」 至近距離ならまず避けられないはず……!! ラズリーは口を大きく開くと、凄まじい威力の破壊光線を撃ち出した!! 「なにっ、破壊光線だと、うおっ!!」 カツラさんの語尾は破壊光線がギャロップを直撃した爆音にかき消された。 至近距離からまともに破壊光線を食らい、ギャロップが吹っ飛ぶ!! ルーシーをも上回る威力の破壊光線なら、ギャロップを倒すこともできるはずだ。 「ギャロップ、立つのだ!!」 地面に叩きつけられたギャロップは、カツラさんの声に応えて立ち上がろうとする。 だけど、やはりダメージが大きいのか、脚がもつれて上手く立ち上がれずにいる。 戦闘不能は免れたけど……このままあっさり立ち上がられたら、破壊光線の反動で攻撃できないラズリーにとっては史上最大のピンチだった。 ラズリーは角で突く攻撃を何度も受けて、受けたダメージもかなりのものになっている。肩で息をしているような状態だ。 ラズリーが反動を振り切って攻撃できるようになるまで、ギャロップが上手く立ち上がれない状態が続いてくれれば…… 虫のいいことを考えていると、カツラさんが一息ついた。 「さすがに物理攻撃力では定評のあるブースター。 私のギャロップにここまでのダメージを与えるとはな……やむを得ん」 立ち上がる、というだけの行為に悪戦苦闘しているギャロップを見るのも忍びないと思ったんだろう。 カツラさんは唸るように言葉を発すると、ギャロップをモンスターボールに戻した。 ラズリーが攻撃できない間に、次のポケモンを出して一気に蹴散らそうって考えてることくらいはお見通しだ。 時間を稼ごうと会話を持ちかけたところで、撥ね付けられるのも目に見えている。 こうなったら、少しでも早くラズリーが攻撃できるようになることを祈るしかない。 「さすがに君がここまでやるとは思わなんだ。 それでこそ挑戦者としての気概(いきごみ)を感じるというものだがな!! しかしっ!! 私の最後のポケモンを倒せるかな!? ゆくぞ、ウインディ!!」 最後のポケモンはウインディか…… モンスターボールから飛び出してきたのは、身体のところどころに黒い縞が走った赤い犬のようなポケモンだった。 シッポ、脚首、首周りをフサフサの毛が覆っている。 四本足で立っている状態でも、身長はカツラさんと同じくらいあるだろうか。 ラズリーを睨みつける鋭い眼差しは、ジムリーダーの最後のポケモンと呼ぶに相応しい威厳と迫力を漂わせている。 ガーディの進化形で、全体的にバランスの取れた能力から、実際のバトルで用いられる例は多い。 素早さはギャロップよりわずかに劣るものの、攻撃力はギャロップを遥かに上回る。 実は攻撃的なポケモンだったりするんだけど、当然ラズリーには及ばない。 近いところまでは行くけれど。 ウインディが持つ特性は『もらい火』か『威嚇』のどちらか。 『威嚇』は相手の物理攻撃力を少し下げることができる特性だ。 相手が物理攻撃を得意とするポケモンなら、防御力の低さを補ったり、ダメージを軽減することができる。 どちらの特性も防御系のもので、バランスの良い能力と絶妙にマッチしていて、全ポケモンの中でも屈指の強さの源となっている。 「ウインディか……強敵だな」 ギャロップよりも手強いのは間違いない。 素早さなんて補おうと思えばいくらでもその手段はあるし、物理攻撃力と強烈な炎は、相手を闘志ごと焼き尽くすかのような勢いを見せるだろう。 それに、ラズリーの炎技はウインディに対してほとんど役に立たないと見て良い。 今のところは、ギャロップと同じように、ガチンコ勝負でどうにかするしかないか。 でも、ラズリーはダメージを受けてる。明らかに不利だけど、どうにかするしかない。 破壊光線の反動による攻撃不能状態はいつ解けるのか、それはオレにも分からない。 迂闊にこちらから攻撃を仕掛けていけないのが痛いな。 そう思った矢先、カツラさんが肩で息をしているラズリーを指差した。 「ウインディ、おまえの実力を見せてやるのだ!! 神速〜っ!!」 「……神速!?」 カツラさんの指示に、オレは思わず身体を震わせた。その瞬間、ウインディが目にも留まらぬスピードで駆け出した!! あっという間に距離を詰めてくると、ラズリーに渾身の頭突きを食らわす!! 神速……いつかセイジのマッスグマも使ってたっけ。 でも、あの時のスピードとは比べ物にならない。 ジムリーダーがジム戦のために育て上げたポケモンの実力は、それこそハンパじゃないってことなんだろうけど…… そのスピードからはじき出される威力を、数メートル先に吹っ飛び、 何度も地面にバウンドしてようやく止まったラズリーの身体が何よりも如実に示しているんだろう。 そうだ…… ウインディが強いと言われているのは、種族的な能力の高さと、防御系の特性……最後の一つ。 この『神速』という技だ。 電光石火をも上回るスピードで相手に攻撃を食らわせる技で、ノーマルタイプに分類されている。 素早さではギャロップに劣っていても、神速を使うことで、攻撃時には爆発的なスピードを出せる。 衝突時のエネルギーの大きさは、『物体の重量×速さの2乗』で示される。 速さがあればあるほど、物理攻撃の威力は急激に上がっていく。 だけど、神速を使えるポケモンはほんの一握りで、しかも実力の高いポケモンに限られる。 なるほど、カツラさんが最後にウインディを出してきた理由も頷ける気がする。 バランスの取れた能力と、神速による攻撃…… 言うまでもなく、電光石火や神速は次の技へとコンボを繋げる『つなぎ』としての役目を持たせることができる。 あっという間に距離を詰め、至近距離から破壊光線をぶっ放したり、逆にすごいスピードで一気に回避行動に移ったり。 フィールドを縦横無尽に動き回れるこの技があれば、大抵のことはできてしまうんだ。 文字通りのオールラウンドファイターとして、カツラさんはウインディを切り札にしてたんだ。 神速を用いたウインディのスピードに対抗することはまず無理。 ナミのトパーズでも互角に渡り合えるかどうか疑わしいんだから、オレの手持ちのポケモンでどうにかするなんて、考えるだけ無駄だろう。 吹っ飛ばされたラズリーが、やっとの思いで立ち上がる。 防御力の低いラズリーにはかなりきつかったらしく、立つのもやっとというように見える。 むー……これは結構マズイ展開なのかもしれない。 ウインディの方に向き直るラズリーを見やり、オレは胸のうちで思った。 ラズリーでウインディを倒しきれなかった場合のことを考えると、 最後に誰を出すかによって、文字通り明暗を分けることになるかもしれない、と思ったから。 でも、今は後のことを考えていても仕方がない。 泉のように振って沸いた考えを頭の中から斬り捨てて、目の前のバトルに神経を費やす。 「ウインディ、神速だ!!」 またしても神速を指示するカツラさん。 神速は凄まじいスピードで移動する技だから、それだけ身体に負担がかかるんだ。 そう何度も連発できるものじゃない。 並のポケモンなら、一発使っただけで疲れ果ててしまうほどの体力を消耗すると聞いたことがある。 それだけの技を二度続けて出してきたってことは…… ウインディが駆け出す!! その足元は、霞がかかったようにボケて見える。 あまりの速さに、オレの目がついていけないってことだ。 それくらいの速さで脚を動かすのは、それこそ並大抵の筋力ではない。 雲に乗った仙人のように見えるけど、それって案外間違ってないのかもしれない。 今のラズリーに神速による一撃を避けることは不可能。 ならば……答は一つしかない。 カウンターでウインディに一撃を加える!! 攻撃を加えてくるのなら、その瞬間だけはこちらの攻撃も当たるという寸法だ。 カツラさんも、もらい火の特性を持つラズリーを厄介な相手だと思っているはずだ。 いや、むしろ炎タイプのエキスパートだからこそ、何としてもラズリーを倒さなければならないと思ってるんだ。 だからこそ、神速を二度続けて出してきた。 そう考えるしかない。 それだけラズリーのことを厄介だと思っているのなら、オレの手の内を読んでいたとしてもおかしくないだろう。 それを見越した上で神速で直接攻撃をかけてきたと考えれば、やっぱりカツラさんって大した人だと思う。 伊達にじいちゃんの友達なんてやってないよ。 「ラズリー、そのまま動くなよ!!」 オレはラズリーにその場にいるように指示を出した。 まあ、避けようと思って避けられるものでないことくらい、ラズリーには分かっているだろう。 でも、オレが伝えたかったのは、作戦があるということだ。 「何を考えていようと無駄なことだ!! 私のウインディに小細工は通用しない!!」 カツラさんが叫ぶ。 小細工なんてバカな真似、するだけ無駄でしょう? そんなものが通用するような相手じゃないんだ、そういう考えが浮かんでくること自体間違ってる。 その証拠を見せてやる……!! 「ラズリー、こらえるんだ!!」 オレはグッと拳を握りしめ、ラズリーに指示を出した。 「ぬうっ?」 オレが何をするつもりなのか分からないのか、カツラさんが顔をしかめた。 こらえたところで、体力がギリギリのところで残るってだけ。 あと一撃加えられたところで戦闘不能になるということに変わりはない。 大局的(ぜんたいてき)に見て何も変わらないと思っているからこそ、カツラさんは分からなかった。 オレのやろうとしたことを。 ラズリーが脚を左右に広げ、その場で踏ん張る態勢に入った。 そして、ウインディの頭突きが炸裂!! どぅんっ!! 爆弾が爆発したような音がフィールドを駆け抜け、鼓膜を震わせる!! 思わず耳を塞ぎたくなるところを堪える。 ラズリーは、ウインディの頭突きをまともに食らいながらも、その場から一歩も動かずに攻撃をこらえた!! 今のラズリーに残された体力はほんの一カケラ程度に過ぎないだろう。 どんなに弱い攻撃でも受ければ即座に戦闘不能になる、本当にギリギリのところだ。 でも、こんな時だからこそ有効に使える技があるとしたら……? 「こらえたところで次の攻撃を食らえば戦闘不能になるだけだ!! ガルーラの時もそうだが、君ならそれくらい分かっているだろう!?」 「分かってますよ!!」 カツラさんの言葉に、オレは負けないくらいの大きな声で返した。 「分かってるからこそ、オレはラズリーに『こらえる』ように言ったんだ!! ラズリー、じたばたするんだ!! 残った力をぜんぶ出し切れ!!」 「なっ……!!」 カツラさんの表情が引きつる。 やっと、オレの作戦を察したようだ。 「ウインディ、逃げ……」 逃げろと言う指示は間に合わなかった。 ラズリーは残った力を振り絞り、その場で四本の脚をばたつかせ、暴れ出した!! 文字通りじたばたして、ウインディを攻撃している!! 見た目は子供が駄々を捏ねて手足をばたつかせているみたいだけど、実際はそこに凄まじい力が働いている。 その証拠に、ウインディは痛みに表情をゆがめ、顔を逸らしている。 「なんと……!! ぬぅぅ、そういう作戦だったとはな!!」 カツラさんが悔しさを噛み締めるように言葉を漏らした。 『じたばた』という技がある。 体力が残り少ない時にこそ最大の威力を発揮する技だ。 単純な効果だけで言えば『起死回生』とまったく変わらない。 でも、技の名前やタイプはまるで別なんだよな。 見ての通り、今のラズリーは体力がギリギリまですり減っている状態だ。 『じたばた』が最大の威力を発揮している!! 痛みに表情が変わってしまうほどのダメージをウインディが受けているんだ。 たとえ『特性』が『威嚇』だったとしても、これほどのダメージを受けるんだ、ラズリーの攻撃力の高さが際立っていることは間違いない。 「ウインディ、アイアンテールで決めるのだ!!」 カツラさんが喝を入れる。 その瞬間、ウインディがかっと目を大きく見開き、身体を翻し――鋼鉄の硬度を得たシッポでラズリーを薙ぎ払った!! どんっ!! 薙ぎ払われたラズリーはそのまま地面に叩きつけられ、ピクリとも動かなくなった。 「君のブースターは戦えなくなったようだな」 カツラさんの口元にはかすかな笑み。 『もらい火』を持つポケモンが戦闘不能になって、一安心、といったところなんだろう。 これで、心置きなく遠距離から自慢の炎で攻撃できるってことだからな。 ま、確かにそれはオレにとって結構痛いことなんだけど…… 「ラズリー、戻れ!!」 オレはラズリーをモンスターボールに戻した。 「ありがとな、ラズリー……後は任せてくれ。君の頑張りを、絶対に無駄にはしない」 ボールの中で休んでいるラズリーに労いの言葉をかけて、オレはボールを腰に戻した。 これでオレも最後のポケモンを出すことになった。 ラズリーの『じたばた』をまともに食らったとはいえ、ウインディはまだまだやる気の炎を強く灯している。 全体的な能力の良さが、こういった場面では強みとなって現れてくる。 スタミナもそれなりにあるようで、ラッシーやリッピーじゃとても釣り合いが取れるような相手ではないだろう。 となると、候補はリンリとルースだ。 「リンリかルース……どっちかを選べってことだよな」 オレはリンリとルースのモンスターボールに手を触れた。 単純に考えれば、ここで選ぶべきなのはルースだ。 炎タイプの技でダメージは受けるけど、相性的に効果が薄いことを考えれば、防御面と体力面ではルースの方が安定している。 だけど、攻撃に難がある。 『もらい火』の特性かもしれないウインディに対し、炎タイプの技を使うのは厳禁。 目の前にいるのが普通のポケモンなら、ルースで軽く一捻りしてやれるところなんだけど…… 一方リンリは、炎タイプの技に耐性がない。 防御面で難があるけど、攻撃面ではウインディに効果的な技を持っている。 地面タイプの技は、炎タイプのポケモンに対して効果抜群なんだ。 ウインディのスピードに対抗するのが無理なら、いっそここは攻撃面で有利なカードを揃えているリンリを選ぶべき…… とはいえ、簡単には選べそうにない。 一発逆転を狙うならリンリ。 時間はかかるけど安定したバトルから勝利の糸口を掴むならルース。 なんかギャンブル的な決め方しなきゃいけないみたいで嫌だけど…… どちらにするか選びかねていると、カツラさんが腕を組んだ。 「さあ、君の最後のポケモンを出すのだ。 まあ、ウインディの敵ではないがな」 言うなり、待ちくたびれたと言わんばかりに左右に首を振った。 確かにウインディは強い。 ラズリーの『じたばた』でも、思ったよりもダメージを与えられなかったようだし…… でも、勝つ手段は残されているはずだ。 ウインディのパワーとスピードに無理に対抗しようなんて考えてちゃダメだ。 「……ルース、ここはリンリに任せていいかな?」 オレは胸のうちでそっとつぶやいた。 どちらにしても同じなら、ウインディに大ダメージを与えられるリンリに任せてみてもいいかもしれない……そう思ったんだ。 同じ炎タイプのポケモンを出して、それでカツラさんを出し抜くのはとても難しいだろうし。 ならば、いっそここでリンリを出してみよう。 モヤモヤしていた考えはあっという間に形を持って、オレの目の前に降ってきた。 その考えに突き動かされるようにリンリのモンスターボールを引っつかむ。 「君に任せてみるよ。オレも全力でサポートする。だから……リンリ、頼んだぜ!!」 持てる全てを出し切って、必ず勝ってみせる!! 力を込めて投げ入れたボールは乾いた音を立ててバウンドし、口を開いた!! 中から飛び出してきたのはリンリだ。 相変わらずノンビリした物腰で、周囲をゆっくりと見回している。 ここはどこだ……? 初めての場所に来て、案外戸惑っているのかもしれない。 背中を見せているリンリの表情は見えないけど、それでもマイペースなのは変わってない。 戦うべき相手が前にいるのに、ちっとも気にする様子がないからだ。 ……うーん、こういうのっていいんだか悪いんだか。 よく分からずに小さく唸っていると、 「ほう、カラカラとはずいぶんと面白いポケモンを出してくるな。 よもや、そのカラカラで私のウインディに勝つと?」 カツラさんが安っぽい挑発をしてきた。 「勝ちますよ。リンリはオレのポケモンです。オレが勝つって言ったんだから、絶対に勝つんです」 当然、オレもリンリもそんな見え透いたものに引っかかるつもりはないけれど。 だけど、言い終えてから気づいた。 自分で言ってて分かるんだけど、ずいぶんと屁理屈こいてたなあ……ってこと。 ま、どうでもいいや。屁理屈でも、押し通せば何とかなる……かもしれないし。 「ふむ、よく言った!! では始めようか、ファイナルバトルを!!」 カツラさんが腕を広げ、言い放つ。 言われなくてもそのつもりさ。 しかし…… ウインディに勝つには、攻撃を確実に当てていかなければならない。 リンリとウインディじゃ、そもそもの素早さが違いすぎる。 こちらが一回攻撃する間に、ウインディは何度も攻撃できるくらいの差はあるだろう。 だから、数少ないチャンスを確実にモノにしていくような戦い方をしていかなければならない。 「ウインディ、火炎放射だ!!」 カツラさんの指示がフィールドに響く。 火炎放射で遠距離から一気に決めてこようってことか。 なるほど、接近戦が得意なリンリには、その攻撃が届かない位置から一気に畳みかけようという考えがミエミエだ。 もちろん、そうなることは予想してた。 だから…… 「リンリ、ホネブーメランだ!!」 ウインディが炎を吐き出した瞬間、オレはリンリに指示を出した。 リンリはホネを持つ左手を振りかぶり、押しよせてくる炎目がけて投げ放つ!! ホネブーメラン……その名の通り、ホネをブーメランのように投げて相手を攻撃する技だ。 どういう風に投げても、どういうわけか必ず自分の手元に戻ってくるという、ある意味ミラクルな技。 だけど、この技を使えるのはカラカラと進化形のガラガラのみ。 ホネによる攻撃なら、相手の炎によって威力が変わることはない。 それに、微妙に不安定に揺らぐ軌道は、相手に読まれにくいという特長もある。 回転しながら飛んでいくホネは、押しよせる炎に触れた途端、周囲に風を起こして、炎を押し退ける!! 「そういう使い方もあるってわけか……」 オレは口の端に笑みを浮かべた。 ホネの回転力で風を起こし、炎を退かすことができる。 この方法を使えば、炎によるダメージを減らすことができるかもしれない。 ホネブーメランが真っすぐにウインディに向かう!! 押し退けられた炎は左右に流れ、リンリから遠のいていく!! 「なんと、そのような使い方があるとはな!! だが、そう易々と食らいはせぬぞ!! ウインディ、神速から火炎放射!! 必殺の神速火炎車を食らわせてやるのだ!!」 「げ……」 カツラさんもホネブーメランの意外な使い方に感心していたようだけど、やっぱりその程度で自信が揺らぐはずもなかった。 神速火炎車という言葉に、オレはやたらと不吉な何かを感じ取った。 神速から火炎放射……それで神速火炎車……なんか、やたらと威力高そうな一撃が来そうな気がするんですけど。 でも、ヤバそうだから早急に対策を打っとかないと!! 炎を裂きながら突き進むホネブーメランを一瞥すると、ウインディはさっと横に飛び退いて、その軌道から難なく逃れる。 まず普通にやったんじゃ当たらないだろう、とは思っていたけど…… ウインディが前脚で何度か地面を軽く蹴り、そして駆け出す!! 途中で口を大きく開いて炎を吐き出す!! 吐き出された炎をあっさりと追い抜いた、と思った瞬間!! 「なっ……!!」 やたらとすごい光景に、オレは言葉を失った。 ウインディが炎を追い越した瞬間、その身体が炎を浴びて真っ赤に染まった!! なるほど、神速火炎車ってそういうことか…… 炎をまとった身体で体当たりしてくるっていう、神速+火炎放射の複合技だ。 確かにこれならホネブーメランで炎を消されることはないし、多少の攻撃なら炎によってダメージを減らすことができる。 その上、直撃はしなくても炎に触れた相手にダメージを与えられる。これこそ攻守一体型の最高峰と言える技じゃないだろうか。 これがカツラさんの本当の切り札と見て間違いない。 この技をどうにかして防ぐか耐えるかしないと、確実に負ける……これは予感なんかじゃない、考えるまでもない事実だ!! ホネブーメランはさっきウインディが炎を吐いていた場所を通り過ぎると、斜め上に突き進み、 緩やかなカーブを描きながらリンリの元へ戻ってこようとしていた。 そういや、ホネブーメランはブーメランのようにホネが戻ってくるのが特徴だったな…… そうか!! これを使えば、あるいはウインディに大ダメージを与えることができるかも!! 「ほう、何か閃いたようだな」 げ…… 何気にカツラさんには見透かされてた。 オレ、知らないうちに表情を変えてたりするんだろうか……そうでもなきゃ、何か閃いたなんて言葉が飛び出してくるはずもないし。 まさかカマかけてくるだけとも思えない。 でも、今の段階じゃ、カツラさんがオレの閃いたことを知っているわけじゃない。 燃え盛る炎をまとったウインディが、虚空に赤い筋を残しながらリンリに向かって一直線に走ってくる!! ホネを持っていないリンリは、攻撃の手段が限られてくる。 主にホネを使った戦い方を得意とするだけに、ホネが手元にない状態は無防備に等しい。 こんな状態を攻撃されたら、いくらリンリでも大ダメージは必至。 ホネのヘルメットのおかげで防御力は結構高いけど、ウインディの攻撃の前でどれだけの効果を持つのか。 結構ビミョーなところだけど、ホネブーメランがリンリの元へ戻ってこようとしているのを見る分に、 ここは逃げを選ぶより攻撃に打って出た方がいいのかもしれない。 ホネがない状態でも使える技といえば…… 「リンリ、頭突きだ!!」 「無駄だ、頭突き程度で私のウインディの勢いを削げると思うか!!」 カツラさんの言葉は無視し、リンリはぐっと構えると、ウインディ目がけて頭を突き出す格好で駆け出した!! おとなしく見えて、本当は肝が据わってるんだ。 いつも冷静で、どんな時でも自分のペースを乱さない。 それがリンリの最大の武器なんじゃないかって、オレはそう思ってる。 リンリとウインディは急速に距離を詰め―― ごどんっ!! 「バウッ!!」 ウインディとリンリが激しい音を立てて激突した!! ウインディは悲鳴を上げると、その場に立ち止まって頭を激しく打ち振った。 リンリのホネのヘルメットによる頭突きは相当効いたらしい。 炎を吐くことも忘れ、いつしか炎に包まれていた炎は元に戻っていた。 一方のリンリは…… 声もあげることすら許されずに吹っ飛ばされていた。 小柄な身体が毬のようにフィールドを転がっていく。 「リンリ!!」 オレは思わず叫んでいた。 いくらホネのヘルメットがあるからと言っても、神速+火炎放射の強力タッグの一撃を受けて無事でいられるはずがない。 「…………」 フィールドの端近くまで転がったところで止まると、リンリはうつ伏せに倒れた。 今の一撃で戦闘不能になってなければいいけど…… そう思っていると、リンリが身を起こした。 眠りから覚めたようにぎこちない動きだったけど、それは今の一撃ですごいダメージを受けたからだろう。 リンリは立ち上がると、頭を左右に振った。 相変わらずマイペースだけど、これじゃあどれだけダメージを受けているのか、どんな状態なのか、こっちとしても掴みづらい。 もう少し表情ってモノがあったら、結構変わってたんだろうけど……愚痴ってたって仕方がない。 今はまだバトルの最中だ。 「ほう、今の一撃によく耐えた。 だが、次で終わりだ。ウインディ、神速火炎車で決めてやるのだ!!」 まずい……!! もう一度あの攻撃を受けたら、今度こそ戦闘不能だ!! リンリの肩がゆっくりと上下しているのを見ると、戦闘不能に近いダメージを受けているのが分かる。 やはり、無茶な攻撃だったのか…… でも、どうやったってウインディの神速から逃げおおせることは不可能だろう。 逃げられないのなら、攻撃に転じるしかない。少なくとも間違った判断はしていないはずだ。 「でも……」 リンリ目がけて駆け出したウインディの身体が、自身の吐いた炎によって赤く染まった!! その斜め上から、リンリの放ったホネブーメランがウインディを狙うかのような軌道で降ってくる!! それを見たカツラさんの表情が変わる。 「ウインディ、攻撃は中止だ!! 横に逃げろ!!」 悲鳴のような声を上げ、ウインディに指示を出す。 だけど、神速と言われるだけのスピードをそう簡単に抑えられるはずがない。 スピードと言うのは、最大の武器であると同時に、最大の弱点でもあるんだ。 諸刃の剣を上手に使いこなすことができるかどうかは、トレーナーの腕はもちろん、その時の状況も大きく左右するんだろう。 ウインディは最高速から減速しようとして勢いを落とす。 そうやって飛び退くつもりなんだろうけど、方向転換しようと脚を右に踏み出した瞬間、 ホネブーメランが斜めからウインディの身体を強く叩いた!! 「バウっ……!!」 バランスを崩し、倒れ込むウインディ。 その身体が何メートルもフィールドを滑る!! それくらいの勢いがあったってことだ。 まともに食らっていたら、間違いなく負けていた…… ウインディを打ったホネブーメランは不可思議な軌道を描くと、リンリの手元に戻ってきた。 「むぅ、ホネブーメランを待っていたとはな。 確かにウインディは大きなダメージを受けたが…… 度合いだけを見れば、そちらの方がよほどダメージを受けているだろう。 神速火炎車でなくても仕留めることはできよう……」 カツラさんの言葉に、ウインディがゆっくりと立ち上がる。怒りを湛えた瞳でリンリを睨みつける。 「結構痛かったぞ。この借りは絶対に返してやる……」と言わんばかりに。 さすがにこれには怒るよな…… 「突進だ!!」 指示を受け、ウインディが駆け出す。 リンリのスピードを見れば、普通の攻撃でも十分に仕留められると思ったんだろう。 体力消費の大きい神速でもなく、ホネブーメランで吹き散らされる炎でもなく、普通の攻撃をしてこようとしている。 となると、ホネブーメランを放ったところで無駄ってワケか…… 迫り来るウインディをじっと見つめるリンリ。 こんな時にでも慌てたり焦ったりしていない様子を目の当たりにして、オレは今こそトレーナーとして冷静に努めなければならないと知った。 実際、結構焦ってたりしてるんだからさ。 考えるんだ。 今のリンリがウインディに確実に攻撃を当てるにはどうすればいい……? 神速ほどのスピードでなければ、その制御は容易いだろう。 下手にホネブーメランを放ったところで避けられ、戻ってくる前に一撃を加えられてジ・エンドだ。 かといって、ホネ棍棒でクロスカウンターを狙うっていう作戦も、勢いの差で打ち負ける。 くそっ、これ以上いい手が思いつかない。 焦っちゃいけないと分かっているのに、どうしても内心の焦りを抑えきれない。 リンリは静かな眼差しをウインディに向けているけど、オレは急き立てられるような感情で胸がいっぱいなんだ。 落ち着かなければならないという意志とは裏腹に、感情は焦りへと傾いている。 リンリは一体今何を考えてるんだろう……? 考えるまでもない……オレの指示を待ってる。何をするでもなく、相手をじっと見つめ、攻撃のチャンスを探ってるんだ。 オレはそんなリンリに何ができる……? 最大の武器であるホネを存分に使った『ボーンラッシュ』は、このフィールドではまったく使えない。 ウインディにダメージを与えるのに一番の手段だけど、それが使えないのなら、考えるだけ無駄。 あとは…… そう、あの技だ。 リンリが使えそうな技の中で、『フルスイング』っていうのがある。 読んで字のごとく、ホネを全力で振りかざして、相手に渾身の一撃を加える技だ。 これを使うとリンリの能力が一時的に低下してしまうけど、威力は絶大。 あと一撃食らったら負けるという状況なら、そのリスクも関係ないかもしれないけど…… いや、これしかない。 迷いはあっという間に断ち切られた。 考えてるだけ無駄だ。 ここはリンリの可能性に賭けるしかない。 よし…… オレは爪が食い込むほどきつく拳を握りしめ、リンリに指示を出した。 「リンリ!! フルスイングだ!! 全力でぶっ放せーっ!!」 リンリは頷くと、ホネを両手で持って、大きく振りかぶった。 これが最後の一撃だと分かっているんだろう。 リンリは慌てる様子も見せず、打席に立ったバッターのごとく、打球を――ウインディを見つめている。 リンリ、君にならできるかもしれない。 この状況を打破することができるかも……おぼろげな希望だとしても、オレは信じる。 だって、信じなきゃ何も始まらないし、奇跡なんか生み出せない!! その瞬間、リンリの身に変化が起こった。 文字通り、奇跡と形容するに相応しい変化が。 全身が眩い光に包まれたかと思うと、少しずつその身体が膨れ上がっていく!! 「進化か!!」 カツラさんが叫ぶ。 「進化……リンリが……?」 そうだ…… リンリは進化しようとしてる!! ウインディは眩い光に目を細めながらも、勢いをまったく落とさずに迫ってくる!! 元の二倍近い大きさまで膨れ上がると、全身を包んでいた光が消えた。 そこにいたのは…… 「ガラガラ……!!」 カラカラの進化形であるガラガラだ。 ホネのヘルメットがフルフェイスになって、完全に顔と一体になっている。筋肉の付いた身体は、 全身に漲る力を体現したかのごとく立派に見えた。 「だが!! 進化などしても無駄なこと!! 戦闘不能寸前のダメージが回復するわけではないのだからな!!」 確かにカツラさんの言うとおりだ。 たとえ進化を果たしても、ダメージが回復するわけじゃない。 でも、進化のおかげで攻撃力も防御力も大きく上昇している。今ならウインディの攻撃力と互角のはず!! そして、フルスイングを命中させられれば、勝利することができる!! おぼろげな希望が、確かな形となって目の前に現れたような気がした。 そして―― 「ガルゥッ!!」 裂帛の叫びと同時に、リンリが迫ってきたウインディ目がけ、両手に持つホネを叩きつけた!! リンリが……しゃべった……!? なぜかオレはそっちの方で驚いてしまった。 今まで一言も発したことのないリンリの声は、勇ましく凛としていた。 進化を果たしたからこそのたくましさを強く感じた。 どォんっ!! 凄まじい打撃音が天を震わせた!! 必殺のフルスイングをまともに食らい、ウインディが跳ね飛ばされる!! そのままフィールドの反対側にまで孤を描いて飛んでいくと、激しく叩きつけられた!! まるでホームランのような勢いだ……オレはフルスイングの威力に思わず身震いした。 進化を果たしたことで、リンリの攻撃力はすごいことになっていた。 「な、なんと……!!」 カツラさんが呆然と口を開け放った。 ウインディはピクリとも動かない。 今の一撃で戦闘不能になるほどのダメージを受けたってことか……だとすれば…… いや、油断はできない。 一瞬勝利が舞い込んだような気になったけど、喜ぶのはまだ早い。 ウインディは全体的にバランスの取れた能力が強みだ……まだ立ち上がる可能性は残されている!! それに、リンリはフルスイングを放ったことで能力が低下している。 どんなに弱い攻撃でも、一発食らえばそれで戦闘不能確定だ。 いろんなことを考えるうちに時は過ぎていくけど、いくら待ってもウインディは起き上がる素振りを見せなかった。 リンリは一言も発さず、ウインディをじっと見つめているばかり。 さっきのは気合みたいなものだったんだろうか……いつものように沈黙している。 ウインディは果たして立ち上がるのか…… 固唾を呑んで事の行方を見守るオレの前で、カツラさんがモンスターボールを手にした。 「……戻るのだ、ウインディ。おまえはよく頑張った」 労いの言葉と共に、モンスターボールから捕獲光線が発射される。 一直線に伸びた光線はウインディにぶつかると、その身体を同じ色に染めてモンスターボールに引き寄せた。 そしてフィールドからウインディの姿が消え失せた。 「カツラさん……」 カツラさんはウインディをモンスターボールに戻したんだ。 ジムリーダーが自らのポケモンをボールに戻す理由はひとつしかない。その結果も。 ウインディのボールを腰に差すと、カツラさんは腕を腕を組み、大声で笑った。 「ははははは!! さすがにやるな!! 負けた負けた!! この勝負、君の勝ちだ!!」 笑いながら敗北宣言をするあたり、今の勝負に満足できたんだろう。 カツラさんの表情には、一片の後悔も見受けられなかった。 なんで笑ってられるんだろう……負けたのに。 オレはカツラさんが頭をおかしくしたんじゃないかと思ったけど、その考えが間違っていることにすぐ気が付いた。 カツラさんはこの勝負を純粋に楽しんでいた。 じいちゃんの……オーキド博士の孫のアカツキじゃなく、トレーナーとしてのアカツキと戦えたことに心の底から満足していたんだ。 だからこその清々しい表情だったんだ。 どうして疑ったりしたんだろう…… きっと、勝負を楽しむだけの余裕が、オレの心の中になかったんだろう。 相手が相手だけに、楽しむ以前に真剣に挑まなければ負ける。 もっと強くなれば、真剣さと共に勝負を楽しむだけの余裕も生まれるんだろうか……? 今のオレには、まだ分かりそうにないことだった。 「君は各地を旅して、トレーナーとしての腕を磨いてきたようだな。 そして、ポケモンを信じることで、その力を最大限に発揮できるようにしていた。 だからこそ勝利を掴んだのだ!! わははははっ、実にめでたい!!」 カツラさんは笑い続けていた。 オレがトレーナーとして強くなって……ジムリーダーとしてのカツラさんに勝利したことを素直に賞賛してくれてるんだ。 なんだか、うれしいな。 バトルに勝ったっていう喜びはもちろんだけど、こうして祝福してくれるって言うのも、悪くないかも。 「君はよく戦った。 君がそのポケモンを信じていたからこそ、その信頼に応えるように進化を果たし、見事私のウインディを撃破したのだ。 そんな君に、このバッジを与えよう!!」 カツラさんはオレの傍まで歩いてくると、白衣のポケットから炎を象った赤いバッジを取り出した。 そのバッジに目をやる。 「これって……」 「うむ。このジムを制した証・クリムゾンバッジだ」 クリムゾンバッジ…… これで七つ目だ。 残すはあと一つ……カントーリーグの入り口は目の前まで迫っている!! オレは嫌でもそれを実感した。 「さあ、持って行くがよい!!」 そう言うと、カツラさんはオレの手にクリムゾンバッジを握らせた。 たかだか数十グラムのバッジだけど、この手にのしかかる重みはそんな軽いものじゃない。 トレーナーとしての実力が認められた証なんだ。 手に入れるまでの苦労があった分、喜びはもちろん大きいし、それ以上にこれからも頑張っていかなきゃいけないんだっていう重圧もある。 でも、そんな重圧なんかに負けてちゃいられないんだ。 オレの想い描く夢はその先にあるんだから。 「カツラさん……ありがとうございます」 バッジを固く握りしめ、オレは小さく頭を下げた。 今はまだバトルを楽しめるような余裕はないけれど……いつかはカツラさんのように、真剣なバトルを楽しめるようになりたいと思ってる。 だって…… ポケモンと堅い絆で結ばれていると実感できるのがうれしいし、ポケモンバトルっていうのはトレーナー同士、 あるいはポケモン同士のコミュニケーションの一種だって思うから。 「君はカントーリーグに出るのか?」 「出ます。あと一つバッジをゲットすれば出られるんです。今まで……ジムを回ってきましたから」 「そうか……」 カツラさんは何度も頷いてくれた。 七つもバッジを集めたことを、我がことのように思ってくれてるんだろう。 どっかの馬鹿親父とは大違いだ……そんなことを思っていると、カツラさんは数歩後ろに下がった。 「さあ、君の信頼に応えて進化したポケモンを労うのだ」 その言葉と共に、リンリがオレの前まで歩いてきた。 進化を果たして、背丈は二倍以上になっていた。ラッシーやラズリーを追い越して、一気に成長したんだ。 ウインディの熾烈な攻撃にさらされて、あちこち傷だらけだけど、リンリの眼差しはとても輝いて見える。 「リンリ。ありがとう。やっぱり君はすごいよ」 労いの言葉をかけ、オレはリンリのフルフェイスのヘルメットを撫でた。 本当は頭を撫でたかったんだけど、ヘルメットは外せないみたいだから、こうするしかない。 オレの気持ちが通じたのか、リンリは目で笑ってみせた。表情は窺えないけど、リンリはとても嬉しそうだった。 「これからも一緒に頑張っていこうな」 オレが差し出した手を、リンリはホネを持っていない方の手で握り返してくれた。とても暖かくて、力強さを感じられる手だった。 腕に付いた傷も、リンリからすればきっと勲章のようなものなんだろうな。 「さて、残すはトキワジムとなるわけだが……」 カツラさんの声に、顔を向ける。 笑みは影を潜め、真剣な面持ちになっていた。 「先に言っておくが、あそこのジムリーダーは、私ほど甘くはないぞ。 存分に覚悟しておくことだ」 「分かってます。 あそこのジムリーダーにはいろいろと貸しがありますからね」 忠告のつもりで言ってくれたんだろうけど、オレにとってはハッキリ言ってどうでもいいことだった。 カツラさんの言うとおり、オレは最後にトキワジムに挑もうと思ってるんだ。 ジムって言ってもカントー地方だけで数十はあるから、最後にトキワジムに挑むなんて確率論の話にしかならないんだけど…… カツラさんがどうして当てられたのかは分からない。恐らくは確率の話だと思うけど。 まあ、どうでもいいや。 カツラさんはきっと、オレにトレーナーとしての気構えを教えようとしてくれたんだろう。 どんな相手だろうと絶対に勝ってみせる。 そして、カントーリーグに出場するんだ。 「リンリ、ご苦労さん。ゆっくり休んでてくれ」 オレは再び労いの言葉をかけると、リンリをモンスターボールに戻した。 手の中のクリムゾンバッジはほのかに暖かかった。 もしかしたら、リンリの温もりが伝わったんかもしれない。 進化してくれたリンリを、ボール越しに見つめる。その姿は見えないけど、存在は確かに感じられるんだ。 サーモグラフィーじゃないけど、なんとなく……言葉にできない何かでそう感じられる。 「ふむ……今の君なら、どんな相手が立ちはだかっても大丈夫かもしれんな……」 カツラさんが漏らした声はあまりに小さく、オレはほとんど聞き取れなかった。 だから、その言葉の意味も分からなかった。 トキワジムで待ち受けているのが、あまりに強大な敵であることにも、その時のオレには分かるはずもなかった。 To Be Continued…