カントー編Vol.26 不器用な親子 「ラッシー、ハードプラント!!」 「バーナーっ!!」 オレの指示に、ラッシーは裂帛の叫びと共に、背中から伸ばした蔓の鞭を地面に突き刺した。 いつ吹き付けてくるかもしれない突風から身を守るように踏ん張るラッシー。 自分の力を、大地に注いでいるんだ。 それから数秒と経たずに、数メートル前方の地面がひび割れて盛り上がった。 一瞬の間にひび割れて盛り上がった地面が吹き飛んで、巨木の幹のような物体が突き出した!! そのスピードたるや、光陰矢のごとしという言葉がよく似合うほどだ。 「ラッシー、なかなかよくなってきたぜ。覚えたての頃と比べても、ずいぶん違う」 オレはラッシーの元へ駆け寄り、労いの言葉をかけた。 「バーナー……」 誉められてうれしいんだろう、ラッシーはガタイに似合わぬ明るい声で応えてくれた。 フシギソウからフシギバナに進化したってことで、身体は倍……いや、三倍近くまで大きくなり、密林の王者としての風格を漂わせるようになった。 とはいえ、ラッシーはラッシーだ。 身体が大きくなった分、動きは鈍くなったけど、持ち前の性格はまったく変わってない。 「ハードプラントは、攻撃した後しばらくの間、エネルギーチャージで動けなくなるんだったな……」 先端を天に突きつけて屹立する物体を見やり、オレは胸中でポツリつぶやいた。 ソーラービームをも上回る草タイプの技、ハードプラント。 じいちゃんのフシギバナとの実戦形式での修行でラッシーが身につけた技だ。 威力は申し分ないんだけど、攻撃後の反動が痛い。 トドメの一発として期待できる半面、トドメを刺しきれなかった時は一転窮地に陥るという、ギャンブル性の強い技でもあるんだ。 それを補ってもなお余りある威力を持つから、今後はこの技を軸にさまざまなコンボを織り交ぜて臨機応変にバトルを進めることにしよう。 威力の高い技は制御が難しいけど、覚えたての頃と比べると、発動までのスピードと、狙いの正確さが格段に上がっている。 たったの二日間だけど、暇を見てはラッシーにハードプラントを出させる特訓をしてるんだ。 いくら威力が強くても、実戦で使えなかったらどうしようもないからな。 それに…… 親父がいつトキワシティに戻ってくるか分かんないし。 オレたちはトキワシティのポケモンセンターを拠点として、ハードプラントをいくら使っても問題ないように、郊外に出向いてるんだ。 おかげで雑音もなく、特訓に専念できる。 親父との決着はまだついてないから、今度戻ってきた時に、何が何でも白黒はっきりしなくちゃならない。 そのためにも、ラッシーがハードプラントを完全に使いこなせるように頑張らなきゃいけないんだ。 「親父め……オレにチャンスを与えたこと、絶対に後悔させてやるからな」 オレは拳をきつく握りしめ、固く誓った。 何のつもりか、親父はオレに一度だけチャンスを与えたんだ。 与えて『くれた』んじゃない。 文字通りの押し売りさ。 感謝なんてしてないけど……そうやってオレにチャンスなんて与えたこと、ぐうの音も出ないくらい後悔させてやらなきゃな。 これ以上、オレの邪魔をしてもらいたくはないし。 「ラッシー、十分くらい休憩しよう。ゆっくり休んでてくれ」 オレはラッシーに休憩を指示した。 かれこれ一時間ほどハードプラントだけを使わせ続けてたせいで、ラッシーも結構疲れてるんだ。 もっとも、そうやって特訓したおかげで、ハードプラントを自分の手足のように使うことができるようになった。 あとは、使用後のエネルギーチャージの時間短縮と、威力のさらなる上昇が課題となる。 「バーナー……」 いろいろと考えていると、ラッシーが甘えるような声をあげて擦り寄ってきた。 身体は大きくなっても、心は全然変わってない。 むしろ、思うように動けなくなった分、スキンシップを大切にしようという趣向なんだろう。 まあ、それはそれでいいことだと思うんだけどな。 「よしよし……」 オレはラッシーの頭を撫で、その場に寝そべった。 緑の芝生はクッションのようにフカフカしてて、目の前にそびえる物体が別世界のもののように思える。 「これでも親父に勝てない……か」 吸い込まれそうな青空を見上げながら、オレはポツリつぶやいた。 ラッシーがハードプラントを習得した時、じいちゃんが言っていた言葉を思い出した。 「不完全なハードプラントではショウゴには勝てんじゃろう」 ……と。 確かに、ハードプラントの威力は絶大だけど、上手く当たらなければ意味がない。 それどころか、エネルギーチャージしているところを狙われて一気に突き崩されかねない。 諸刃の剣ともなる技をいかに上手に使いこなしていくか。 それこそが、親父に勝つための重要なカギになるんじゃないだろうか。 覚えたての頃と威力は変わんないけど、それでも着実に使いこなせるようになっている。 じいちゃんが『不完全』と言ったハードプラント。 威力を高めるにはどうすればいいのか…… オレはこの二日間、メシ食ってる時やナミと話してる時にだっていろいろと考えてみた。 でも、明確な答えは出てこなかった。 無知なのかって思ったけど、そういうわけじゃないみたいだ。 どうすればハードプラントを強化できるのか…… たとえば、ソーラービームを『強化』するには日本晴れを使えばいい。 威力自体は上がらないけど、発動までの時間が劇的に短縮されるから、普通に一発撃つまでの間に何発も連射ができる。 時間単位で計算すれば、威力は撃った分だけ上乗せされるのと同じことになる。 次。葉っぱカッターやマジカルリーフは普通の攻撃技だ。 でも、様々な状態異常をもたらす粉とコンボを組めば、ダメージを与えつつ状態異常に陥れることができるようになる。 強化とはまた違うけど、一発でもヒットすれば戦況が一気に有利になる。 数を頼みに一気に攻めることができるのが最大の強みだ。 それらの技を勘案した上で、ハードプラントの強化方法を探ってみたけれど、どれも上手くいかない。 技の組み合わせを、思いつくままに、ラッシーにもいろいろと試してもらったけど、どうにも納得行く結果が出ないんだ。 状態異常の粉と組ませたって仕方ないし、日本晴れで威力が上がるわけでもない。 ちょっとだけ、八方塞かもしれないって思ってるんだ。 だからといって、あきらめるつもりはこれっぽっちもないんだけどさ。 今は焦らずに、やれることを一つずつやっていけばいい。 焦って背伸びしたって、足元を固めてない状態じゃ危なくて仕方ない。 足元すくわれて転んで擦りむいて、後で身に沁みるのさ。無茶をしたんだって。 だから、焦ったりしちゃいけない。 たとえ、親父が一時間後にオレの目の前に現れたとしても、一年後だとしても……それは同じことなんだ。 青空を背にゆっくり流れて行く雲を見つめ、どうにかならないものかと考えをめぐらせる。 昨日も一昨日も同じように、寝そべって雲を見つめながら考えてたけど、答えは出てこない。 今日出るかもしれないし、明日以降に持ち越しになるかもしれない。 でも、焦れば目の前を通り過ぎる答えを見逃してしまうかもしれないんだから。 「今以上にハードプラントの威力を強くする……か」 並の技と組み合わせたところで逆効果になるだろうし、だからといってソーラービーム級の大技と組み合わせるのも無理がある。 もし可能だとしても、体力の消耗が激しい。 弱いポケモンが相手なら問題ないだろうけど、親父を相手にするにはあまりに危険すぎる。 簡単に見つかるわけがないと分かっていながらも、だからこそ答えを求めて、暗闇を手探りで進んで行かなきゃいけない。 こんなの、シロガネ山をラッシーと二人きりで登ったのに比べれば、屁でもないさ。 そうやって考えていると、十分なんてあっという間に経ってしまった。 本当なら特訓を再開しなきゃいけないんだろうけど、何かをつかみかけたような気がして、それどころじゃなかった。 ラッシーも『続けよう』と言ってこなかったから、今しばらく答えを追い求めてみよう。 さっきまで視界に収まっていた雲が、左に流れて見えなくなった。 ラッシーが使えそうな技とハードプラントを頭の中で組み合わせてみる。 その結果を、同じく頭の中で想像として作り出す。 でも、どれも実戦的なものとは程遠いシロモノばかり。 何十個か考えてみたけど、オレが納得できるものはひとつとしてなかった。 と、不意に視界に人の顔が飛び込んできた。 「やっほ〜」 「ナミか……」 太陽に勝るとも劣らないニコニコ笑顔で声をかけてきたのはナミだった。 このまま寝そべってるのもなんか悪い気がして、オレはゆっくりと身を起こした。 話をするのに寝てるんじゃ、いくら相手がナミでも失礼だろ。 ほら、親しき仲にも礼儀ありって言葉があるじゃん。 「休んでたの?」 「ああ。いろいろと考え事してた」 「アカツキらしいね」 あのなあ…… オレはそうツッコミを入れようとして、言葉を止めた。 ナミが後ろ手に何かを持っていることに気づいたんだ。 そのつもりはなくても、隠してるように見えるんだよな。 オレの視線が下に逸れていることに気がついたようで、 「じゃーん」 なんて言いながら、後ろ手に持っていたものを前に突き出した。 バスケットだった。 香ばしいにおいが鼻を突く。 「アカツキが頑張ってるから、あたしも腕によりをかけて作ってみたの」 「へえ……」 差し入れを持ってきてくれたらしい。 でも、気になるのはナミが『腕によりをかけて作った』っていう中身だ。 あんまり料理は得意じゃないみたいだから、漂ってくる香りの芳ばしさがかえって不気味に思えるんだけど。 バスケットの中が惨劇に彩られてなければいいんだけど。 嫌な想像ばかりが苦労もなく膨らんでいく。 差し入れって意外とありがたみがあるんだけど、作者がナミということで、なんだか不安。 「…………」 「ネ、食べてみてっ♪」 拭いきれない不安と格闘するオレを尻目に、ナミはそこが指定席だと言わんばかりにオレの傍に座り込む。 それから、これ見よがしにバスケットをオレとの間に置いた。 「なあ、一体何を作ってきたんだ?」 芳ばしい香りを放つ中身が一体何なのか気になって、オレは思わず訊ねてしまった。 言い終えてから気づいたんだけど…… 中身が悲惨なことになっている場合、言葉で聞いた時とのギャップに打ちのめされるんじゃないだろうか? 「…………バカバカバカ、言う前に気づけよオレ!!」 なんて、胸のうちじゃ断崖絶壁に荒波が打ちつけるような光景が広がっている。 「ふっふ〜ん、聞いて驚かないでね」 なんでだか得意気な顔で息巻くナミ。 「じゃーん、ハンバーガーを作ってみました♪」 ハンバーガー。 その単語を聞いた瞬間、オレの脳裏には凄惨と呼ぶほかない光景が過ぎった。 パンと中身が分離して、周囲にドロドロのチーズやらマヨネーズやらが飛び散ったような……凄惨な、光景。 ナミがバスケットの蓋を開ける。 目に飛び込んできた『それ』に、思わずホッとする。 白いナプキンの上に鎮座するのは、まさしくハンバーガー。 小麦色にこんがり焼けたパンが、しゃきしゃきレタスとお肉を挟んでいる。 チーズがトロッ、とかすかにはみ出てるところが何気に芸術的で繊細なタッチを思わせる。 見た目は、ファーストフード店のハンバーガーをワンランク格上げしたような感じだった。 白いナプキンが、何気にハンバーガーを引き立てていて、高級感を漂わせてるんだ。 しかし…… 200gのステーキのライスセットと同等のハンバーガーだけに、本当に作者がナミなのか、すっごく気になるんですけど。 別人が作ったハンバーガーを、さも自分で作ったような顔してるってワケじゃないんだろうな? 「ナミ。別に疑ってるわけじゃないんだが……」 ハンバーガーからナミの顔へ、視線を真っすぐ引き上げる。 「これ、ホントにおまえが作ったんだな?」 「当たり前じゃない。アカツキのために頑張って作ったんだよ」 ナミは胸を張って、当然だと言い張った。 まあ、そこまで言い張るんだから、本当なんだろう。 とはいえ、どこをどうやったら、ゲテ専(ゲテモノ専門料理の略)のナミがこういういいハンバーガーを作れるんだ? 消えない疑念を持て余していると、 「ケンジに作り方教わったんだけど、作ったのはあたしだよ♪」 「なるほど……」 協力者がいたわけね。 そりゃ、ナミが一人でこんなハンバーガーを作るなんて、夜に太陽を望むようなもんだろ。 まあ、ケンジが協力してくれたんなら、これくらいは当然だな。 ケンジはオレと同じで料理が得意なんだ。 マサラタウンにいた頃は料理の話で何時間も話し続けられたくらいだから、味にはうるさいはず。 ナミ相手に手こずったところもあるだろうけど、無事に完成してめでたしめでたし、と胸を撫で下ろしている姿が脳裏を過ぎる。 いくらケンジの協力があったとはいえ、作り上げたのはナミだ。 ここまでのものを作り上げた努力と根気は素直に誉めるべきなんだろう。 「じゃ、もらおうかな」 「うん。食べて食べて♪」 オレの言葉に、ナミは瞳を輝かせながらバスケットを近づけてきた。 ケンジが協力したんだから、味は保証書つきだろ。 食っても腹を壊すようなことだけはないはずだ。 腹を括って――もとい期待を込めて、オレはハンバーガーに手を伸ばした。 ふんわりした食感と、パンを持った指がかすかに沈む感触……焼き具合も程よい感じだ。 すべてがケンジのおかげってワケじゃないんだろうけど、それでもなかなかたいしたもんだ。 「ラッシーも食うか?」 オレはハンバーガーを真っ二つに割り、半分をラッシーに差し出した。 「バーナー……」 うれしそうな声をあげるラッシー。 ナミが作ったモノとはいえ、ちゃんとしてるのを見て安心したらしい。 「ええっ、どうしてラッシーにあげちゃうの!?」 対照的に、ナミは信じられないものでも見たような顔をした。 そっか……オレに食べてもらいたかったんだな。 オレ『一人』に。 他の誰にも食べさせたくないのが、ナミの本音なんだろう。 「ナミ、ラッシーは今まで頑張ってきたんだから、トレーナーとして労ってやるのは当然のことなんじゃないか?」 ナミには悪いけど、こんなにいいハンバーガーを独り占めする気にはなれない。 オレなんかよりも、ラッシーの方がハードプラントを出しまくって疲れてるんだ。 だから、体力回復の意味も込めて、ラッシーにも食べてもらいたい。 オレだけ食べるなんて、そんなのラッシーにとって辛いことじゃんか。 「……うん、そうだね。ラッシーにも食べさせてあげて」 「ごめんな、ナミ」 どこか淋しそうな顔を見せるナミに、オレはただ謝るしかなかった。 半分になったハンバーガー。ナミがオレのためにって、丹精込めて作ってくれたものだからさ。 でも、こればかりはオレとしても譲れない。 ナミが頑張ったように、ラッシーだって頑張ったんだ。 オレ一人が食べるなんて、そんなことはできない。 いつまでもクヨクヨするのが性に合わなかったんだろう、 ナミは何事もなかったかのように、笑顔に戻った。 「さ、食おうぜラッシー。いただきま〜す」 オレとラッシーはハンバーガーを口に放り込んだ。 半分ずつだけど、一緒に食べれば美味しさは二倍になるような気がする。 がぶりとハンバーガーに噛み付くと、レタスがパリッと音を立てた。 続いて肉汁が溢れて、舌を満たす。 パンとマヨネーズ、チーズが加わって、なんとも言えない味に仕上がる。 「バーナーっ……!!」 ラッシーは一口でハンバーガーを頬張ると、さっきよりもうれしそうな声をあげた。 その声につられるように顔を向けると、大好きなポケモンフーズを食べている時と同じ、喜悦の表情を見せていた。 ラッシーの舌すら満足させるほどのハンバーガーか。 ファーストフード店のヤツよりもツーランク上に昇格してもいい。 これなら、うな重に汁物をつけたセットを食えるくらいの金を出してもいいだろう。 「どお?」 「めちゃくちゃ上手ぇっ……ナミ、よくこんなハンバーガー作れたな。感心しちゃうぜ」 噛めば噛むほど味が出るという言葉がピッタリなハンバーガーだった。 これはもう感涙モノさ。 普通に旅してたんじゃ、とても食べられないようなシロモノだ。 「うん。アカツキが喜んでくれて、あたしもうれしいよっ♪」 ナミは飛び上がらんばかりの勢いでぴょんぴょんと跳ねた。 オレが美味しそうにハンバーガーを平らげたのを、心の底から喜んでいるようだ。 ケンジに協力してもらってまで作った甲斐があったと、喜びを噛みしめているんだろう。 それが手に取るように分かったから、オレとしてもなんだか明るい気分になれるよ。 さっきまで頭ん中で試行錯誤してたことがウソみたいだ。 「ねえ、アカツキ。おじちゃんには勝てそう?」 喜びの勢いをそのままに、ナミが極めて明るい口調で訊ねてきた。 こいつも、オレと親父の間に何があったのか、もう知ってるんだよな。 だから、オレのことを素直に応援してくれてるんだ。 ……あー、期待を背負うのって苦手なんだけど、応援してくれてるっていうんなら、何とかして応えてやらないといけないな。 ますます親父に負けてられなくなってきた。 そうと決まったら、のん気に休んでる暇はねえや。 「ラッシー、続きやるぞ。こいつのためにも、親父には負けられないからなっ」 「バーナーっ!!」 オレは立ち上がり、さっき生み出した物体を指差した。 「ラッシー、ハードプラント!!」 次はあの物体を弾き飛ばすんだ。 なにぶん初めてのケースだから上手くいくかは分かんないけど、あらゆる想定で特訓をしていかなきゃいけない。 こういうケースもあるかもしれないからさ。 ラッシーは背中から蔓の鞭を二本伸ばし、地面に突き立てた。 「ねえねえ……」 ラッシーが何をしようとしているのか分からないんだろう、ナミがオレの上着の裾を引っ張ってきた。 「ん?」 「ハードプラントって言ったっけ? どんな技なの? 初めて聞いた名前だけど……」 「ああ、おまえ、知らないんだっけ……」 そういや、ナミはハードプラントのこと知らないんだっけ。 秘密の特訓ってことで、ケンジから邪魔しないように止められてたからな。 今の今までこうやって差し入れとか持ってきてくれたことがなかったから、知らなくたって無理はない。 ちょうどいい機会だから、ラッシーが進化を果たして身につけた力を見せてやるとしよう。 「すっごい技さ。見て驚くなよ」 「うん」 ナミはオレが指差した物体に、期待に弾んだ顔を向けた。 どうやら、ラッシーが生み出したものだってことは知らないらしい。 まあ、それはそれでどうでもいいか。見れば分かることだし。 「でも、ラッシー、動いてないよ」 「ああ、そういう技なんだよ」 実際に動きがあるのは蔓の鞭を地面に突き立てる時だけで、目立った動きはない。 でも、実際はラッシーが自分の力を大地に注いで活性化させてるんだ。 目に見えれば分かりやすいんだけど、こればかりはどうしようもない。 力に色をつけることはできないんだからさ。 「さて、そろそろか……」 オレは胸のうちで巨木の幹のような物体が地面を突き破って出現するタイミングを数えていた。 すると…… ドォォンッ!! 轟音と共に、巨木の幹を思わせる物体が新たに地面から出現した!! さっきまで突き立っていた物体がバラバラに砕けて宙を舞う!! ……って、さっきより威力上がってないか!? 「うわ、すっごーいっ!!」 ナミは歓声をあげ、パチパチと手を叩いた。 見たこともない技に、完全に興奮しているようだ。 興奮してるのはオレも同じだけど、ナミのように表面には出さない。 ……っていうか、ホントにさっきよりも威力が上がってるし。 まさか、あのハンバーガーのおかげだってのか……? ありえないことだって分かってるけど、そう思わずにはいられない。 だって、あのハンバーガーを境にして威力が急上昇したんだから。 まるで、食べ盛りの子供って、あっという間に成長するだろ。一日だけでもずいぶん違って見えたりすることもあるっていう話だし…… 「ん……?」 何かが心に引っかかる。 でも、一体なんなんだ? 喉に魚の小骨が痞えたみたいに、そのままじゃ飲み下せない何かがあるんだ。 「アカツキ、どしたの?」 「なんか、閃きそうなんだ」 ナミの問いかけを一蹴し、オレは考えに耽った。 もう一度、整理してみよう。 深呼吸して、『答えは何だ』と逸る気持ちをクールダウンする。 落ち着いて考えてみるんだ。 時間には限りがあるけど、それでも焦っちゃ肝心なことを見過ごしてしまうから。 それじゃ、本末転倒だ。 「そういや、一つだけ試してない組み合わせがあったな。 やるだけ無駄だと思ってやんなかったけど……」 今までにやってきたことをひとつひとつたどって行くと、一箇所だけブラックボックスになっているところを見つけた。 さっき頭の中に浮かんできた『成長』って言葉だ。 そうだ、『成長』だ。 ラッシーが使える技の中に、同名のものがある。 新陳代謝を一時的に高めることで、攻撃力を上げることができる。 だけど、一時的なものだから、効果としては決して高いとは言えない。 剣の舞や腹太鼓の方が長時間続くし、その効果も『成長』と比べて圧倒的に高い。 剣の舞や腹太鼓はラッシーじゃ使えないからどうしようもないけど、『成長』なら使える。 攻撃の合間にも使えるほど汎用性の高い技で、効果の低さを差し引いても、ここぞという時には結構使えたりするんだ。 なるほど……『成長』ならハードプラントを発動している最中にも使える。 試してみる価値はありそうだ。 喉に痞えた小骨が取れたように、スッキリした気分が残った。 「よし、ラッシー。もう一度ハードプラント。途中で成長を入れて試してみよう」 口を開こうとした瞬間だった。 空から嫌な声が響いてきたのは。 「何か閃いた顔だな」 「……!!」 その声に振り仰ぐと、ゆっくりと降下するリザードンの背中にまたがった親父の姿があった。 「親父……」 「おじちゃん……」 まさか、こんなに早くやってくるなんて。 もしかすると、今までオレたちがやってたことも筒抜けになってたりするんじゃ……ハッキリ言って、それは最悪だろ。 今までの努力が無駄になったような気がするんだから。 どうしたものかと、いろいろと考えをめぐらせていると、リザードンが着地し、親父が降りてきた。 「安心しろ。おまえが何をしていようと、そんなことはどうでもいい。 いろいろと忙しくて、あちこち飛び回っていたんでな」 親父はそう言うと、肩についたホコリを手で払い落とした。 めちゃくちゃ白々しいんだけど…… 素直にその言葉を信じていいものか。 「信じようと信じまいと、それはおまえの勝手だ。 だが、俺とておまえのことをすべて知っているわけじゃない」 親父はオレと目も合わせず、傍らにたたずむリザードンの頭を優しく撫でた。 うれしそうな顔をするリザードン。 カイリューとは違って、親父のことを完全に信じてるって顔だな。 なんか、すっげぇムカつく。 オレとラッシーだって、それくらい……いや、それ以上の絆で結ばれてるんだ。 親父だろうがサトシだろうが、誰にも負けやしない。 「さて、もう分かっていると思うが……」 「決着をつけるんだろ。望むところだ」 親父がオレの前にやってきた目的はただ一つ。 オレの夢を叩き潰し、博士として育てること。そのための地均しだ。 当然、ここで負けたってオレはオレの夢をあきらめるつもりはない。 だって、勝つんだから。 勝てば、何にも気兼ねすることなく先へ進んで行ける。 もし……万が一負けたって、親父の言葉に屈しなければいいだけの話だ。 どちらにしても、まずは決着をつけなければならない。 三回も立て続けに負けたことの雪辱を果たさなきゃ。 「ラッシーは進化したようだが、それだけで勝てるほど、俺は甘くない。行け、リザードン」 「ちょ、ちょっとおじちゃん……」 いきなり臨戦態勢の親父に、ナミが慌てふためいて手を大きく振った。 「いきなりバトルなんてしなくても……」 「いいんだ、ナミ」 オレはナミの手をつかんで、止めた。 何を言いたいのかも分かってるつもりだ。 だけど、ここまで来た以上、余計な言葉は要らない。 オレが、このバトルで親父を超えたっていう証明をしなければ、親父はいつまでもオレを追ってくるだろう。 ストーカーのごとく執拗な追跡をされるのは嫌だから、この際ここで後々の憂いを断ち切っておかなければならない。 「ちゃんと決着をつけとかないと、親父のことだからストーカーになってでもオレを博士にしようとするだろ。 これはオレたち『親子の問題』だ。 ここはおとなしくポケモンセンターに戻っててくれないか?」 オレは、ナミが言うことをちゃんと聞くようにトーンを抑えて話したけど、さすがに納得してくれなかった。 不満げに頬を膨らませ、 「だって、二人っきりにしたら、またこの間みたいなことになっちゃうかもしれないじゃない!!」 自分の気持ちをさらけ出すように、語気を強めて反論してきた。 この間みたいなこと、か。 ナミは、オレのこと心配してくれてるんだ。 なんでだか、とってもうれしかった。 でも、だからこそオレはそれ以上の心配をかけたくない。 親父に勝てば、それも立ち消える。 「その時はナミが親父をぶっ飛ばせばいい。悪いのは親父なんだから。だろ?」 「その通りだ」 何気に親父に話を持ちかけたら、頷き返してきたし。 親父も、ナミを巻き込むのを極力避けようとしてるみたいだ。 まあ、ハルエおばさんは弟である親父にすら手加減無用の強烈な人だからなあ…… あの人を怒らせないように、細心の注意を払ってるってワケだ。 オレと親父、双方の言葉を受け、ナミはふてくされたような顔を見せてたけど、 「分かったよ。ポケモンセンターで待ってる」 肩を落とし、どこか淋しげな口調で言った。 ポケモンセンターの方へ歩いていこうとして――足を止め、振り返ってきた。 「あたし、アカツキのこと応援してるから。だから、絶対に勝ってね」 「ああ、任せとけ」 オレは親指を立てた。 ナミはニコッと笑うと、足早に駆けていった。 「…………」 ナミの背中が小さくなる。 なんか、悪いことをしたような気がしてきた。 ナミを巻き込みたくないのはオレだって同じだ。 だから、ちょっとくらいキツイこと言ってでも、追い払わなくちゃいけない時ってのはあると思う。 あいつのこと考えるたびに傷つけてるような気がするの、単なる思い過ごしなんだろうか? だって…… 「強い娘だ……」 親父が感慨深げにつぶやいた。 オレは振り向き、言葉をぶつけた。 「ハルエおばさんの娘には愛想良くしてる割に、実の息子にゃずいぶんと手荒なマネするんだな」 「実の息子だからこそ、だ」 「ああ、そう……」 皮肉のスパイスをたっぷり塗した言葉にも、親父はまるで動じない。 ハルエおばさんを敵に回すのだけは、親父としても避けたいところなんだろ。 まあ、どうでもいいけど。 ナミのヤツ、どう考えたって強がりで微笑んでただろ。 くそっ、なんでオレはあいつのこと傷つけてんだ……!? あいつのこと、考えてるだけだってのにさ……あー、もうワケ分かんねえ!! もう、こうなったらバトルに持ち込んで、このイライラをぜんぶ叩きつけてやるまでだ!! 考えるのが面倒くさくなって、オレは親父に人差し指を突きつけた。 「親父!! オレはあんたになんか絶対に負けないからな!!」 「意気込むのは結構だが、それが空回りしないように気をつけることだ」 親父はオレの言葉をさらりと受け流すと、数歩下がった。 ナミがいなくなって、心置きなくバトルができるっていう顔をしていた。 ふん、こっちこそ望むところさ。 「ラッシー、行けるか?」 「バーナーっ……」 さっきまで特訓詰めで、体力の消耗もそれなりにあるはずだけど、ラッシーは疲れた様子も見せず、オレの前に躍り出た。 鋭い視線でリザードンを睨みつける。 リザードンは臆することなく、睨み返してきた。 バトルがまだ始まってないのにこれだ……始まったらどうなるんだろう。 進化を果たして、今までにないパワーを身につけたラッシーだから、最終進化形という同じ土俵に立ったことで気が強くなったのは当然だ。 このまま強気に攻められれば、勝つこともできるはず。 「ルールは?」 「この間のようにポケモンを何体も使うのは面倒だろう。 ならば、一対一で雌雄を決することにしよう。 俺はリザードンで行くが……おまえはラッシーでいいのか? チェンジするなら今のうちだぞ」 「チェンジ? バカ言うんじゃねえよ。 ラッシーは、オレの最高のパートナーだ。親父だってそれは同じだろ」 「後悔しても知らんぞ」 「後悔なんて捨てたよ。そんなモン、今のオレには要らねえんだ」 「いいだろう」 文字通りの一騎打ち。 相性的には圧倒的に不利だけど、こっちには親父も知らない『ハードプラント』がある。 タイミングを計って発動させられれば、戦況は一気に傾くだろう。 チャンスが訪れるまでは、普通の戦い方でカムフラージュして、とてつもない技を覚えてるってことを悟られないようにしなければ…… オレは親父を睨みつけた。 何があっても絶対に負けないという意思を込めて。 親父は冷めた眼差しをオレに向けてきた。 オレなんか、怖くもなんともないってワケか。 なら、その鼻っ柱をへし折ってやる。 そうすりゃ、慌てふためく親父が拝めるかもな。 温度差のあるオレと親父の間を、生暖かい風がそっと吹きぬけていく。 仕掛けるべきか、それとも待つべきか…… この時点でバトルは始まっている!! 迂闊に仕掛ければ、親父は搦め手で返してくる。 かといって向こうから仕掛けてくるのを待つんじゃ、『準備』を整えさせるだけだ。 ――どっちにしても同じこと。 ならば…… 「ラッシー、痺れ粉!!」 オレはラッシーに指示を下した。 背中の花から、キラキラと輝く粉を撒き散らす。 ラッシーの周囲に、粉のベールができあがった。 物理攻撃で攻めてこようとすれば、必ず麻痺させる、物理攻撃主体のポケモンにとってはこれ以上ない脅威だ。 でも、リザードンには強烈な炎技がある。 親父が採るべき手段は、炎を吐いて痺れ粉を蒸発させるか、空に飛んで逃げるかのどちらかだ。 もちろん、どっちを選んでもいいように、追撃の指示は頭の中でゴーサインを待ってるけどな。 「リザードン、飛び上がれ」 親父は冷静だった。 抑揚のない平べったい声で指示を出すと、リザードンは翼を広げて飛び上がった。 痺れ粉が届かない高さをちゃんと見極めている。 ラッシーを覆うドームのようなベールは、ちょっとでも高く飛んでしまえば、届くことはない。 だけど、それにプラスアルファしてるところを見ると、それ相応に警戒してるってことか。 ふふん、いくら飛んで逃げたところで無意味だってこと、教えてやるぜ。 「ラッシー、成長からマジカルリーフ!!」 オレがリザードンを指差して指示すると、ラッシーは四本の脚を広げて踏ん張って、身体に力を込めた!! 『成長』で一時的に攻撃力をアップし、マジカルリーフの威力も高める。 さらに…… 「バーナーっ……!!」 重低音を思わせる声と共に、背中から先が尖った二枚の葉っぱを撃ち出した!! マジカルリーフ……『成長』で威力を高めると、こんな風になるのか。 今の今まで、あまり『成長』を使ったことがなかったんで、どんなものになるのかは分からなかったけど…… 見た目同様、威力が上がったのは間違いない。 ともあれ、マジカルリーフは決して狙った相手を外さない。 逃げるにしても、どこまででも追尾する。 そうなれば、今度は炎を吐くしか逃れる手段はないはず。 なにせ、痺れ粉がたっぷりついた葉っぱだ。ちょっとでも掠めれば、たちまち全身が鈍い痺れに支配される。 さあ親父、リザードンに火炎放射でも大文字でも指示するがいいさ。 「リザードン、高度を上げろ」 オレの思惑とは裏腹に、親父はリザードンに回避を指示した。 音もなく、リザードンはさらに高度を取る。 だけど、ラッシーが撃ち出した葉っぱは風に乗って角度を変え、一直線にリザードン目がけて突き進む!! いくら逃げても無駄さ。 追いすがる葉っぱを見下ろし、表情を変えるリザードン。 まさか本当に追いかけてくるとは思っていなかったんだろう。 「もっと高く飛べ」 親父は再三にわたって回避を指示するけど、その度に葉っぱは角度を変えながら、しかし確実にリザードンに肉薄している。 いくらタイプ補正でダメージが小さいとはいえ、受けたら痛いだろうし、今の状況じゃ確実に麻痺する。 だったら、早いうちに炎で焼いた方が確実に回避できるし、オレに余計な時間を与えずに済む。 そう…… どんな意図があるにせよ、親父がリザードンに回避を指示しているのは、オレに『時間稼ぎをしろ』っていうことに他ならない。 リザードンがラッシーから離れるほど、炎による痛い攻撃を受けずに済むんだから。 追尾する葉っぱから逃げている間に、こっちは作戦を進めさせてもらうだけのこと。 後で泣きっ面見せても遅いんだからな。 「そろそろいいだろう、リザードン、火炎放射で目障りな葉っぱを焼いてしまえ」 親父の指示に、リザードンは待ってましたと口を大きく開いて、炎を吐き出した!! 葉っぱは炎に触れ、あっという間に消し飛んだ。 これで痺れ粉も吹き飛んだってワケだ…… なるほど、ラッシーの追撃を受けないように距離を取ってから、葉っぱを処分したってことだな。 でも、それだけの時間を与えてくれたことが、親父の迂闊さ!! 「ラッシー、日本晴れからソーラービーム!!」 距離が開いている今こそ最大のチャンスだ。 オレは迷うことなく、ラッシーに日本晴れを指示した。 「バーナーっ……」 ラッシーが太陽を振り仰いだ瞬間、陽射しが一気に強くなって、汗ばむ熱気が周囲に漂い出した。 これで、ソーラービームのチャージが一秒と待たずに完了する。 反面、親父のリザードンにとっても炎技の威力が上がる。 でも、これだけ離れていれば、いくら威力が上がっていても、火炎放射や大文字じゃまずラッシーまでは届かないだろう。 仮に届くにしても、その時には威力も弱まってるだろうし、ソーラービームで撃退できる。 有利な要素は、オレの方が多いくらいだ。 ラッシーは背中の花に降り注ぐ陽射しを存分に集めて、空中のリザードン目がけて、ソーラービームを発射!! 斜め上に撃ち上げられたソーラービームは、空気抵抗をものともせずに、リザードンへ向かって突き進む!! 「リザードン、回避だ」 親父の指示に、リザードンが翼をさらに広げて宙を滑る。 滑らかなその動きで、ソーラービームを難なく避わしてみせる。 格の違いを見せ付けてるようにも受け取れるけど、そんなことはどうでもいい。 「ラッシー、ソーラービーム連射。リザードンを絶対に近づかせるな!!」 不必要に距離を詰められれば、渾身の一撃を食らう恐れがある。 日本晴れで威力の上がった炎技なんて、一発でも命取りだ。 だから、近寄られないように、ソーラービームを連発していくしかない。 それで体力を使い果たしても、光合成で一気に取り戻すことができる。 半永久的にソーラービームで攻撃し続けられれば、先に体力を使い果たすのはリザードンの方だ。 いくら強いポケモンでも、体力を使い果たして動けなくなれば、敵じゃない。 親父がどうして攻撃に転じてこないのかは気になるけど、ここはこっちが主導権を握ってバトルを進めて行けばいい。 ラッシーはあっという間にチャージを終えて、二発目、三発目と、次々とソーラービームを発射する!! リザードンは眼下からの攻撃に四苦八苦しているようだった。 それでも、紙一重でソーラービームを避わす。 さすがに簡単には当たってくれないか……でも、防御っていうのは手数が多くなるものなんだ。 攻撃を食らわないように、細心の注意を払わなければならない。 その分神経をすり減らして疲れやすくなる。 じいちゃんが著した『バトルアナライザー=戦略分析』っていう本にそんなことが書かれてあるんだけど、今の状況はまさにそれと同じ。 もちろん、神経をすり減らしていくのはリザードンだけど。 四発目、五発目と、ラッシーの放つソーラービームをただ避けるしかないリザードン。 親父の指示が出ていないから、ひたすら回避を続けてるってところだろうけど、いつまでそうやって回避させてるつもりだ? この分だと、リザードンの方が早くバテてしまうぞ。 『成長』の効果はまだ残ってる。普段よりも威力を増したソーラービームだ。 まともに食らったら、マジカルリーフとは比べ物にならないダメージを受けるだろう。 相性の補正を考慮しても、決して軽いダメージにはならないはず。 「親父、いつまでリザードンを放っとくつもりなんだ? このままじゃ、リザードンがバテちまうぜ?」 オレは何も指示しない親父に言葉をぶつけた。 親父には親父なりの考えというか、それに準ずるものがあるんだろうけど、そんなものはどうでもいい。 理解したって仕方ないし、理解したくもないからさ。 ただ、何も指示しないというのはどういうことか。 妙にそればかりが気になる。 「おまえが気にすることじゃない。一応、これでも少しは考えてるつもりなんでな」 親父は口元に笑みなんか浮かべながら返してきた。 ふん……少しは考えてる、か。 ま、どうでもいいけどな。 六発、七発、八発、九発……そして十発。 大技を立て続けに乱射して、さすがのラッシーにも疲労の色が見えてきた。 そろそろ光合成で体力回復を行うか。 そう思った矢先だ。 「リザードン、近づいて火炎放射」 「……!!」 突然の指示に、オレは不意を突かれてしまった。 まさか親父、このタイミングを狙ってたのか……!? 脳裏に浮かんだ想像に、思わず背筋が震えそうになる。 リザードンはさっきまでソーラービームから逃げていたとは思えない俊敏な動きで、急降下!! ラッシーとの距離がみるみる詰まる!! このままじゃまずい……!! 体力を消耗している状態で火炎放射なんて食らったら、いくらラッシーでも危険だ!! 「ラッシー、ソーラービームで撃ち落とせ!!」 悠長に光合成なんかやってる余裕はない。 ここはリスクを承知の上でソーラービームを使ってリザードンを撃墜する!! ラッシーは疲れた身体に鞭打って、十一発目のソーラービームを発射!! しかし、リザードンは何事もなかったかのように渾身のソーラービームを掻い潜ってラッシーに肉薄する!! 距離が詰まり、リザードンが口を開いて炎を吐き出した!! その直後、リザードンは急上昇!! ラッシー目がけて斜めに吹き降ろされる炎が、風にあおられたように勢いを増した!! これは……!! 「ラッシー、ソーラービーム!!」 回避は間に合わない。 頭の中で鳴り響く警鐘。 オレの指示に、ラッシーがソーラービームを発射し―― ぼぉぉっ!! ソーラービームは炎の端っこを掠めた程度……外した!? 刹那、炎がラッシーを包み込む!! 「ラッシー!!」 日本晴れの効果はまだ続いてる。 この火炎放射を凌げなければ、確実に負ける……!! 焦りがさらなる焦りを呼び寄せ、加速させる。 パニック寸前のオレに向かって、親父が一言。 「もっと落ち着いたらどうだ」 落ち着けだと……? パートナーがこんな状態だってのに、どうやって落ち着けっていうんだ……!! 隙あらば噴出しそうになる親父への怒りを、辛うじて胸の奥に押しとどめる。 ここで親父に食ってかかったって、状況がよくなるわけじゃない。 それに、癪だけど親父の言うとおりだ。こんな時だからこそ、オレが落ち着かなくては…… 「おまえはいつもそうだ。 俺が相手だと、すぐに冷静さを失う。 おまえがもう少し冷静になれば、この勝負、どちらに転んでもおかしくないのだがな」 「うるせえ!!」 身勝手なことを並べ立てる親父に、オレは声を荒げて反論した。 はっ…… 落ち着かなきゃいけないってのに、なんで苛立ってるんだ、オレは!! 親父が相手だからこうやってムキになるってのか……? 他のヤツが相手でも、熱くなる時は熱くなるんだ、今回だってその延長線に過ぎない!! 「すぐに取り乱すようでは、最強のトレーナーになるなど、夢のまた夢だ。 もちろん、最高のブリーダーも同じこと。 いかな状況であろうと、凛然とした態度を見せ続けろ。ポケモンが余計な心配を抱かずに済むように」 「あー、うるせえ!! 黙ってろ!! 気が散る!!」 もっともらしい言葉で、オレを苛立たせてるんだ。 これ以上親父の口車に乗る必要はない!! オレは自分でも分かるほど眉を吊り上げて、親父を睨みつけた。 オレから冷静さを奪って、自分にとって有利な状況を作り出すつもりなんだ。 こんなのに引っかかる道理はないのさ。 「ラッシー、しっかりするんだ!!」 炎が消え、ラッシーは身体のあちこちを焦がしていた。 でも、倒れてはいない。 気力を振り絞って立っている。 「よかった……」 オレはホッと胸を撫で下ろした。 今の一撃で戦闘不能を免れたのは奇蹟に近いけど、オレはそんな都合のいいものをアテにしたりはしない。 これはラッシー自身の力によって成し遂げられたことだ。 でも…… 親父の前に舞い降りたリザードンは無傷。 状況は、圧倒的にこっちが不利。 親父は待ってたんだ。 ラッシーが疲れだすその時を。 だから、わざわざ空を飛んでこっちの攻撃手段をソーラービームに限定した。 炎で焼かれずに済む――言い換えれば大ダメージになる可能性のあるソーラービームだけを使わせることで、ラッシーの体力を削っていたんだ。 そして疲れ出したところで、攻撃に転じて一気に決める……オレが日本晴れを使おうとしてたのも、読んでたんだろう。 まったくもって、抜け目のないやり方だ。 こっちの作戦すら抱き込んでしまうんだからさ。 でも、まだハードプラントの存在は知らないはず。 知っていれば、悠長に体力の消耗を待ったりはしない。 自分で言うのもなんだけど、あれは危険な技だ。 いくらリザードンでも、食らえばソーラービーム以上の大ダメージを被るだろう。 「ハードプラントと『成長』を組み合わせれば、何とかなるか……」 リザードンは地上にいる。 ハードプラントの発動スピードと威力を考えれば、避けられることはないだろうけど…… オレはラッシーに目をやった。 足元が震えてて、立ってるのもやっと、って感じだ。 こんな状態でも、ラッシーは最後の最後まで戦いをあきらめないんだろう。 オレが勝利に導いてくれると、信じて疑わないんだろう。 だったら、裏切れないよな、その想いを。 「その眼……まだ戦いをあきらめるつもりはないようだな」 「当たり前だ!! オレがあきらめたら……」 オレはぐっと拳を握り、親父にありったけの想いを込めた言葉をぶつけた。 「オレがあきらめたら、そこで終わっちまうんだ!! ラッシーやみんなを裏切るようなマネはできない!! そんなことするくらいなら、死んだ方がマシってモンだぜ!!」 当たり前のことだろ? オレのことを誰よりも強く信じてくれてるヤツを裏切れないってことはさ。 オレがあきらめたら、そこで終わっちまう。 みんなを裏切ることだけは……死んだってできないさ。 「この一撃にすべてを賭ける!!」 オレは手をかざした。 ラッシーがオレのことを信じてくれている。 そのオレなら、できないことはないはずなんだ!! 親父のリザードンに勝つってことくらい、奇蹟じゃなくて、実力で証明してやる!! 幸い、今のラッシーは『深緑』の特性が発動している。ピンチに陥った時、草タイプの技の威力が強くなる。 今のラッシーなら、ハードプラントと『成長』、そして『深緑』を組み合わせることで、絶大な威力を生み出すことができる。 リザードンを倒すほどの力があるのかは分からないけど…… それでも、可能性が1%でもあるのなら、それに賭けないわけにはいかない。 「来い、アカツキ。 おまえの最高の一撃を見せてみろ!!」 親父はオレの覚悟を受け止めるかのごとく、腕を広げ、朗々と声をあげた。 ああ、言われなくたってそうしてやるさ!! 「バーナーっ!!」 ラッシーは裂帛の叫びと共に、蔓の鞭を地面に突き立てた!! これから大地に力を送り込んで、リザードンの足元から巨木の幹を生やして攻撃するんだ。 普通のハードプラントじゃ、一発当てたところでリザードンを倒すことはできない。 でも、『成長』と『深緑』をトッピングすれば…… 今までの特訓の中から、地面から幹が生えるまでにかかる時間はおよそ算出済みだ。 あとは、それに合わせて『成長』を指示すればいい。 一秒一秒が、たまらなく遅く感じる。 もちろんそれは気のせいだろうけど、タイミングこそ命なんだ。 ここで仕損じたら、後々まで絶対後悔する!! ごごごごごご…… 地鳴りに似た音が聞こえ始めた。 それが合図。 「ラッシー、成長!!」 指示を飛ばした瞬間、リザードンの真下から巨木の幹が矢のような勢いで撃ち出された!! たまらず突き飛ばされるリザードン!! 不意を突いたとはいえ、これで倒せるほど甘いものじゃないはずだ。 「なに……!?」 親父が初めて表情を変えた。 目を大きく見開いて、頬を驚愕に引きつらせている。 親父でも、こんな表情をすることがあるのかと、思わず疑いたくなるものだった。 でも、それだけじゃ終わらなかった。 巨木の幹はさらに高く屹立し、途中で木目調の木肌から枝が伸びてくる!! 「ハードプラント……こんな技だったのか!?」 親父の知るハードプラントと、ラッシーが使っているハードプラントは別物ってことだ。 オレも、まさかこんな風になるとは思わなかったけど。 驚いているのは親父もオレも同じだった。 枝が生えたかと思ったら、さらに無数の小枝が生え、青々とした葉っぱまで生い茂った。 あっという間に、裸の幹は枝葉をつけた巨木となってその場に君臨した!! これが、ラッシーのハードプラント……『成長』と『深緑』を組み合わせたら、こんな風になるのか。 驚くオレと親父を尻目に、リザードンは炎を吐いて巨木を焼き尽くそうとした。 しかし!! ざぁぁぁぁぁぁぁっ!! 風に木の葉がそよぐような音と共に、巨木の枝が揺れ、無数の葉っぱがリザードン目がけて飛んでいった!! なんなんだ、一体!? オレにも、今何が起こっているのかさっぱり分からない。 ハードプラントでも倒しきれなかったのは分かってる。 でも、今の状況はオレの理解の範疇を超えている……!! 無数の葉っぱは、まるで意思を持つかのごとく、炎を避けてリザードンに迫る!! まさか、これぜんぶマジカルリーフとか言うんじゃ…… ありえないことだと思いながらも、すでにこの状況が『普通』じゃない。 何があってもおかしくないんだ。 『成長』で巨木になったかと思ったら、今度は葉っぱがリザードンを追いかけるなんて…… どこまでも、ポケモンの世界って奥が深いんだって思い知らされるよ。 「逃げ切れんか……リザードン、ブラストバーンで一気に焼き尽くせ」 「……!!」 考えに耽ったオレの意識を揺り起こしたのは、親父の『ブラストバーン』という技の名前だった。 火炎放射、大文字をも凌ぐ威力と攻撃範囲を持つ炎の技だ。 まともに食らえば、確実に戦闘不能だ。 リザードンは大きく息を吐いて、ラッシー目がけて灼熱の炎を吐き出した!! 動きの鈍いラッシーに避わす術はない……絶体絶命か……!? 最悪の展開を覚悟した瞬間、リザードン目がけて突き進んでいた葉っぱが軌道を変え、炎からラッシーを守るように展開した!! 「なんだと……!?」 まさか、葉っぱがラッシーを守るように展開するとは思っていなかったんだろう。 親父は本気で驚いていた。 轟ッ!! リザードンの炎は、無数の葉っぱをことごとく焼き尽くした。 でも、火の粉の一つも、ラッシーには届かなかった。 あれだけの炎を、葉っぱだけで食い止めたっていうのか……? 驚くのはそれだけじゃなかった。 葉っぱが焼き尽くされたのを感知したように、巨木から次々に葉っぱが飛び出した!! この木……『生きてる』のか!? ラッシーの力が生み出した巨木……言い換えれば、それはラッシーの『分身』!! ハードプラントの反動で動けなくなった本体の代わりに、巨木が意思を持って戦いを進めているかのような……そんな感じだ。 「くっ、リザードンは動けん……!!」 ブラストバーンを放ったリザードンは、その場で羽ばたいたまま、襲い掛かってくる葉っぱをまともに食らった!! そうか……ブラストバーンも、ハードプラントと同じで、攻撃した後は反動で動けなくなるんだ。 そうでなきゃ、おとなしく食らうはずがない。 この状況では、リザードンが動けるようになるまで、親父も指をくわえて見ているしかない。 一度リザードンを掠めた葉っぱは、しかし力を失うことなく、向かい風に吹かれたように向きを変え、再びリザードンを襲う!! 無数の葉っぱに何度も何度も襲われて、リザードンも苦しそうだ。 塵も積もれば何とやらって、このことを言うんだ。 一発一発のダメージは皆無に等しくても、それが積み重なれば、無視できないほどのものになる。 ましてや、葉っぱは意思を持っているかのような動きを見せている。 リザードンからすれば、それだけでも十分なプレッシャーになっているんだ。 ブラストバーンの反動から解放されるのが早いか、それとも無数の葉っぱに襲われて力尽きるのが早いか……文字通り、時間との勝負だ。 ラッシーはあと一撃でも攻撃を食らえば戦闘不能、というほど疲弊している。 今も、気力でギリギリ持ち堪えている状態だ。 ラッシーも、無数の葉っぱがリザードンを傷つけて行くのを、顔を上げてじっと見つめているばかり。 オレも、これ以上は指示の出しようがない。 光合成を発動した途端に、葉っぱが力をなくしてしまうという可能性すらあるんだ。 それは今のオレたちにとって、これ以上ない致命的なミスとなる。 だから、何も言わない。 この一撃にすべてを賭けるって、決めたんだ。 無数の葉っぱは、それから十秒ほどリザードンを襲い続けた。 そして突然、力を失ったように四散し、風に流されて行く。 何を意味していたのか、それは明白だった。 リザードンは力尽き、地上目がけてまっ逆さまに落ちていく。 「戻れ、リザードン」 親父はためらいもなく、リザードンをモンスターボールに戻した。 何事もなかったかのような顔に戻ると、ポツリ一言。 「おまえの勝ちだ。好きにするといい」 「…………」 親父に勝った……? なんか、実感が沸いてこなかった。 感覚が麻痺しちゃったように、なんにも考えられない。 だって、親父、自分から負けを認めたんだ。 もしかしたら、リザードンはまだ戦えたかもしれない。 リザードンに声もかけず、あっさりとモンスターボールに戻しちまうなんて…… それに、親父が自分から負けを認めるなんて、普通ありえないって!! 今までのことを思えば、こんなあっさりした終わり方は、なんだか納得できない。 今までオレたちが背負わされた苦労は一体なんなんだ? 積み上げてきた何かが、強風に煽られて瓦解したみたいな終わり方。 オレたち、こんなあっさりした終わり方のために、今まで頑張ってきたのか……? 一瞬、今までの努力すら無だったかのような気持ちになる。 やるせなさに、頭が熱くなる。 余計なことなんか一切考えられずに、ただ親父だけを鋭い目で睨みつけ―― そんなオレの目を覚まさせたのは、親父の鋭い声だった。 「アカツキ!!」 「……!?」 その声に、遠のいていた何かが鮮明に蘇ってくる。 と―― 「動かないでいただきましょう、ショウゴさん」 聞いたことのない女の声と共に、背後に気配を感じた。 一体誰が……振り返ろうとしたオレの喉元に、黒い針のようなものが突きつけられ、動くに動けなくなってしまった。 別に羽交い絞めにされているわけでもないのに、金縛りに遭ったように、身体がまったく動かない。 顔を動かさないように視線を落とすと、突きつけられているものが黒いバラだってことが分かった。 もちろん、自然に生えてるようなものじゃない。 鉄か何かで作ったものだ。 花の形はずいぶんと精密で、色が赤かったら、ホンモノと見紛うところだ。 枝にはところどころにトゲがついている。 喉元に突きつけられている部分は鋭く尖っていた。 本気になれば、オレの喉を貫けるほどの先鋭さだ。 一体、これってどうなってるんだ? 自分が置かれてる状況は何気なく分かるんだけど…… 「お子さんがかわいいのなら、おとなしくわたくしの要求に従うことです」 「額面どおりにその言葉を受け取れと?」 親父は今までに見せたことのない険しい表情を向けてきた。 オレに、ではなく、オレの背後にいる人物に。 声からすると、若い女のようだけど…… 「信じる信じないはあなたの自由です。 ただ、あなたにとって、血を分けた息子が大切か、大切でないか、ということです」 「言ってみろ」 「あなたが研究してきたポケモンゲノム(遺伝情報)のデータを渡していただきたいんですよね。 白衣のポケットにそのディスクが入っているでしょう」 「な……」 オレは言葉も出なかった。 親父の研究をよこせって言ってるのか、こいつ? しかも、オレを人質にしてるあたり、まっとうな研究者じゃないのは間違いないんだけど。 人質に取られながらも、オレは背後の女の正体を胸中で探っていた。 親父がオレのために、ポケモンゲノムなんていう貴重な研究データを渡すわけがない。 だって、嫌われてるんだぞ? そんな息子のために何かしたって…… 親父は白衣のポケットに手を突っ込むと、ケースに入ったディスクを取り出した。 ……って、本気でオレのために渡そうってのか!? 夢であるなら覚めてくれと、何がなんだか分かんなくて混乱していると、 「バーナーっ……!!」 今の今まで黙っていたラッシーが、声をあげて蔓の鞭を伸ばしてきた!! 「いいんですか?」 女は面白がるように言うと、黒いバラを軽く振るった。 その瞬間―― 「うあぁっ!!」 全身を鈍い衝撃が駆け抜け、オレは悲鳴をあげた。 黒いバラから発射されたのが強力な静電気であると、後で教えられた。 「ぐ、うう……」 あまりの痛みに倒れこみそうになるオレを、女の手が支える。 ラッシーは蔓の鞭を伸ばせなくなってしまった。 一体何が起こったんだ……? そんなことはどうでもいいんだ。 痛いことは痛いけど、耐えられないことはない。 いっそ、ラッシーには問答無用で女をぶち倒せと指示を出してやりたいところだけど…… 「ラッシー、よせ。アカツキを傷つけるだけだ」 親父が歩み出て、ラッシーを手で止めた。 「手に持っているバラ……もしや、ロケット団の幹部の一人、ブラックローズか?」 「ご明察です。そこまでご存知なら、わたくしが目的のために手段を選ばないこともご存知のはずですね」 ロケット団の幹部……ブラックローズ……? 聞いたことはないけど、各地で悪さをしているロケット団の幹部ともなると、やることもずいぶんと大胆なんだな。 なんか、とんでもないヤツに人質にされてる気がするぞ、何気に。 痛みのせいか、視界がぼやけてくる。 輪郭がハッキリしたり、ぼやけてきたり……そのくり返しと共に、意識が少しずつ薄れていくのを感じる。 「このディスクを渡せば、アカツキを解放してくれるんだな?」 「もちろんです。悪名高きロケット団の幹部といえど、一度交した約束は守ります。 それがわたくしのポリシーですので」 「そうか……」 親父は手に持ったディスクに視線を落とした。 そのディスク…… 親父にとって、とっても大切なものなんだろう。どこか淋しげに見える表情が、そう物語っていた。 「親父、渡すんじゃねえ!! それは親父にとって大切なヤツなんだろ!? だったらオレなんかのためにこんなヤツに渡す必要……」 オレは親父にありったけの声をぶつけた。 でも、その途中で再び鈍い痛みが全身を駆け抜ける!! 「ぐぅぅっ……」 「余計なことは言わなくていいんですよ、アカツキ君。 君がそうやって苦しむの、ショウゴさんは望んじゃいませんって」 平坦で無機質な声。 感情が欠落しているようにすら思えるのは、気のせいだろうか? ロケット団の幹部ともなると、感情を捨て去ることくらい、造作もないんだろうか……? 遠のいていく意識の片隅で、そんなことを思う。 「アカツキ。 俺にとって、おまえはただ一人の息子だ。いかに嫌われていようと……それは変わらない」 「バカやろう……親父の……バ……」 親父の言葉に、オレは胸を打たれたような気持ちになった。 輪郭がぼやけて、親父がどんな顔をしているのかも分からない。 ただ、分かることは…… 親父にとって、オレがただ一人の息子であること……家族だってことだ。 でも、だからって、今まで研究してきたものをみすみす渡すことないだろ……それも、ロケット団なんかにさ。 「受け取れ、ブラックローズ」 親父の手からディスクが飛ぶ。 ディスクはブラックローズの手に納まった――ように見えた。 朦朧とした意識の中、視点が定まらなかった。 「確かにいただきました。では、さようなら……」 背中を強く押され、オレは前のめりに倒れ込んだ。 顔が地面にぶつかるよりも早く、意識が飛んだ。 ――なにか、間違ってたんだろうか? 不意に、そんな問いかけを聞いたような気がした。 ――親父を嫌うの、間違ってたんだろうか? 間違ってなんかないよ。だって、嫌われたって仕方ないだけのことをしてきたんだから。 ――本当に? 子供の夢をつぶそうとする親だろ? 言葉を額面どおりに受け取れば、そうなるけど……親父が何を考えてるかなんて、昔から分かんなかった。 ――だったら、聞いてみればいいじゃないか。 本当にそう思ってるのか。 ――アカツキ、おまえ、一度もそれを確かめたこと、ないんだろ? …………!! はっ……!! 意味ありげな自問自答から目覚めたオレは、ベッドの上に横たわっていた。 身を起こし、ここがポケモンセンターの自分の部屋だってことに気づく。 「……オレ、一体どうなったんだ……?」 なんだか身体がだるい。 室内を見回してみても、変わった様子はない。 机の上にはリュックとモンスターボール。 窓は開いていて、吹き込む風にカーテンが小さく揺れる。 「確か、オレは……」 声に出し、今までのことをたどってみる。 親父に勝って、それから……ブラックローズだとかいうロケット団の幹部に人質にされたんだっけ? なんだか分かんないうちにこんなところで気がついたわけだけど…… 「夢だったのかなあ……?」 なんかずいぶん痛い思いもしたけど、今じゃなんともない。 親父も、ラッシーもいない。 もしかしたら、ぜんぶ夢だったんだろうか? 親父に勝ったなんて、都合のいい夢を見て、満足してたのかな? なんでだか、そんなことを思う。 だって、現実味がありすぎるんだ。 実際よりも夢の方がリアリティだなんて、よくある結末だろ? 親父がポケモンゲノムなんて貴重な研究資料をロケット団の幹部なんかに易々と渡すなんて。 そんなの天地がひっくり返ったってありえないことだって。 それくらい、分かってるんだ。 ポケモンゲノム……ポケモンの遺伝情報だ。 生態にダイレクトに関わるモノだから、その資料の持ち出しだって、ずいぶんと制限されているはずなんだ。 親父が持ち歩いてることを知ってるヤツなんか、そうそういるはずないし。 はあ…… 「つまんない夢だよな」 ある意味、夢であってよかったと思った。 これが現実なんて、いくらなんでも後味悪すぎだし。 なんて思っていると、部屋の扉が開いて、親父が入ってきた。それも一人で。 「親父……」 「気がついたようだな」 親父は口元に笑みを浮かべると、オレの傍まで歩いてきて、引っ張り出した椅子に腰を下ろした。 「なんでここに?」 「なんでって……決まっているだろう。気を失ったおまえを、ここまで運んできたんだ」 事も無げに言ってくる親父。 気を失った、って…… 「夢じゃなかったのか……」 「俺も夢なら良かったと思っている。 だが、生憎とこれは現実だ。夢なんかよりもよっぽど厳しい」 「じゃあ親父、やすやすとポケモンゲノムのディスクなんか渡したのか!?」 「そうだ」 あっさりと首を縦に振る親父。 夢じゃなかったんだ…… ああ、あんなヘンな夢、夢としてもずいぶんとお粗末な気もするんだよなあ。 現実なのか…… 親父がポケモンゲノムのディスクをロケット団の幹部に渡すなんて。 でも、何のために? 疑問が首を擡げてきた。 「親父、なんでほいほい渡したんだよ。 オレ、親父のこと大嫌いなんだぞ? そんなことしたって、オレが親父のこと好きになると本気で思ってんのか?」 「いくら嫌われていようと、俺はおまえの父親だ。親が子供を助けるのは当たり前なことだ。 邪(よこしま)な気持ちはない」 「冗談だろ……」 聖人君子のようなセリフに、オレは頭を振った。 もしかして、ディスクを渡したことを激しく後悔して、頭がおかしくなっちまったのか? あの親父の口から、そんな言葉が飛び出してくるなんてさ。 ああ、もう本気で何がなんだか分かんなくなってきた。 いよいよ頭ん中が混濁していくのが分かる。何もかも白濁した何かに飲み込まれて行くのが分かるんだ。 「おまえが俺のことを目の敵にしているのは分かっている」 「じゃあ、なんで……」 「さあ、どうしてだろうな。俺の言葉を、いくら並べたところでおまえは信じないだろうな」 「なんだよ、それ。言ってくれなきゃ分からないじゃないか……」 言わなくても分かるだろう。 そう言われて、さすがにオレもカチンと来た。 親父が大事にしてた研究の資料……ポケモンゲノムを引き渡してまでオレを助けてくれたことには感謝してる。 オレだって、そこまで恩知らずじゃないからさ。 ただ…… 今までの親父と、今の親父が似ても似つかぬ別人みたいだから、分からなくなってる。 どっちの親父が『ホンモノ』なのか。 頭を振るオレに、親父は言った。 「なあ、こんな場所じゃ気も上向かないだろう。屋上に行かないか」 「デートの誘いか?」 「似たようなものだ」 親父は口の端を吊り上げた。 デートねぇ…… 一体どんなデートだ、とツッコミ入れてやりたいのは山々だけど、確かにいつまでもベッドの上に座ってるってのも、意外と辛い。 オレは布団を退けてベッドから降りた。 幸か不幸か、服装は気絶した時と同じ…… つまり、あれからどんくらい寝てたのかは知らないけど、風呂に入ってないってことだ。 着替えなくて済むってのは確かにうれしいな。 後で風呂に入ればそれで済む話だし。 釈然としないものを抱えながら振り返ると、親父は席を立って部屋を出て行くところだった。 その背中が『ついて来い』と無言の圧力を放っている。 「…………ま、いっか」 考えるだけ無駄みたいだ。 まともな考えが頭に入ってこない。 意味が分かんないよ、まったく…… 今まで散々嫌がらせしてた親父が、妙に親身になってきたりしてさ。 これも何かの罠かと勘繰りたくもなる。 オレは机の上のリュックを背負い、モンスターボールを六つ腰に差すと、親父の後を追って部屋を出た。 どうやら、ラッシーはモンスターボールの中に戻ったらしい。 親父がジョーイさんに診せてくれたんだろう。 だから……余計に分からなくなる。 手のひらを返したような対応だよ。 「誰かの変装ってことはないんだよな……」 ロケット団の幹部に人質にされるなんて非日常的な経験なんぞしたせいか、妙に勘繰りたくなっちまう。 ……なんてことを考えながら親父の後をついていく。 廊下の角を曲がり、階段を昇り、ほどなく屋上にたどり着いた。 心地良い風が吹いてくる。 確かに、部屋の中にいるよりはよほど居心地がよく感じられる。 と、柵にもたれかかって背中を見せている人を見つけた。 あれって…… 「親父、こんなところにいたのか」 「んんっ?」 振り返ってくる。 ……って、じいちゃんだし。 なんでじいちゃんがこんなところにいるんだ? 親父といい、じいちゃんといい、動向の知れない二人が揃うと、こっちのペースが音もなく崩れるよな。 親父には言いたいことがたくさんあるのに、じいちゃんを傷つけてしまいそうで言い出しづらい。 「アカツキ、気がついたようじゃな。元気そうで何よりじゃ」 「ああ……」 じいちゃんはニコッと微笑みながら声をかけてきた。 「ごめん、心配かけちゃって」 オレは小さく頭を下げた。 じいちゃんに心配をかけてしまったんだ。 オレのせいじゃないとはいえ、一応謝っとかないと……誰よりもオレのこと心配してくれてたんだし。 「しかしショウゴ、どういう風の吹き回しじゃ? アカツキを連れてくるなど……しかしまあ、よく素直に言うことを聞いたものじゃ」 「あのなあ……」 親父は呆れたような顔をじいちゃんに向けた。 ……親父でも、あんな表情を見せることがあるんだ。 ちょっとだけ意外に思った。 だって、親父といえば仏頂面か無表情か、どっちかっていうイメージがあったからさ。 親父でも、じいちゃんの前じゃいくつになっても子供なんだろう。 親にとって子供は、生涯子供なんだから。 「まあ、いい」 じいちゃんは親父の呆れ顔を見ているのが面白いらしく、笑みを深めた。 決まりの悪そうな顔で目を逸らす親父。 親父にとってじいちゃんは頭の上がらない存在であり、同時に苦手とする人でもあるんだろう。 文武両道を地で行く親父だけど、天敵っているもんだなあ……ヘンなところで感心しちまうよ。 「ショウゴ、そろそろおまえの本音を聞かせてやったらどうじゃ?」 「むう……」 じいちゃんの言葉に、親父は苦虫を噛み潰したような顔で唸った。 「本音……?」 一体何のことだろう? 親父に本音もクソもあるってのか? だいたい、建前と本音を使い分けるようなタイプじゃないだろ、親父は。 相手が傷ついてようが有頂天になってようが、本音っていうフォークでザクザク刺してくるタイプのはずだ。 なのに、じいちゃんは『本音を聞かせてやったらどうだ』と言う。 今までの親父は本音じゃなくて、建前でオレと接してたってことなんだろうか? うーん…… 信じられないようなことばかり立て続けに起きて、じいちゃんさえまともなことを言ってるように思えなくなってきた。 「アカツキ。ショウゴは何もおまえの夢を本気で摘み取ろうとしていたわけではないんじゃ」 「はあ?」 「親父……」 「よかろうに。本当のことじゃろ?」 「それは……」 親父は表情を険しくしていた。 自分で言おうと思っていた言葉を先に言われて口ごもっているようにすら感じられるんだけど……気のせいだろうか? それにしても、オレの夢を本気でつぶそうとしてたわけじゃないって? なんか世も末のセリフだよなあ…… どう受け取っていいものか分からずに、頭の中で持て余していると、 「分かった。言えばいいんだろ。言えば……」 「はじめから素直になっておればいいものを……」 「ふん……」 なんか、親父ずいぶん投げやりになってきたなあ。 じいちゃんを前に、ペースを崩されてるのは親父も同じってことなんだろうか。 今までの親父は、どんな時も主導権を握ってきた。 だから、今との落差が素直に信じられない。 でも、親父の本音ってなんなんだろう? 今までが建前だとしたら…… 本当に、オレの夢をつぶそうと思ってたんじゃないってことになるけど。 でも、この親父に限ってそんなことが……ホントにあるってのか? イマイチ信じられないけど……親父の口から聞かないことには、どっちとも判断がつかない。 「アカツキ。 一応、親父の言ったことは本当だ。おまえのことだ、素直には信じないだろうが……」 なんて前置きをつけてくる。 これまた親父らしくない。 今までだったら、前置きなんか置かずに、一気に本題に切り込んでくるはずだ。 じいちゃんを前に、完全にペースを崩されてるんだな。 むしろ、そういう親父を見れて、心はなんだか晴れ晴れしてたりするんだけど。 そういう風に気がついたオレ自身もなんだかすごいなあ、なんて思ってたり。 「俺はおまえの夢にケチをつけるつもりなど、はじめからなかった」 「…………」 「だが、おまえのポケモンの知識は、子供にしては親父に迫るほどのものがあった。 それを活かさないのは勿体ないと思っていたのは、本当のことだ」 「…………」 オレは何も言わず、親父の話を聞いていた。 今さらになって、そんなことを言い出すんだから。 都合のいい話だなって、頭のどこかで親父のことをせせら笑ってる声が聞こえてくる。 それでも何も言わずに、話に耳を傾ける。 親父が『父親』として話をしているのなら、オレも『息子』としてそれを聞かなくちゃいけない。 「だが、最終的にはおまえの選んだ道なら、それで構わないと思った」 「なら、なんで邪魔したりしたんだ?」 黙ってるつもりだったけど、そうもいかなかった。 親父の言動に矛盾したものを感じたからだ。 だって、そうだろ? オレの選んだ道ならそれでいいと思ったって言うんだったら、どんな形であれ邪魔する気はなかったってことになる。 だったらなんでポケモンバトルでオレを叩き伏せたりしたんだ? 言ってることとやってることが全然違うじゃないか。 『身勝手だ!!』っていう想いがマグマのように心を突き上げて、オレは知らないうちに怒りの表情を親父に向けていた。 「…………」 「何とか言えよ、親父」 親父は答えない。 いくら答えを迫っても、それは同じだった。 黙ったまま、何も答えようとしない。 ただ、その目から、何かを考えていることだけは分かった。 「……やれやれ。肝心なところは言い出せんのじゃな」 じいちゃんは呆れたように言うと、肩をすくめた。 親父がオレに見せる態度と、じいちゃんに見せる態度がまるで違うことに呆れているようだった。 二枚舌ならぬ、二枚顔だって、呆れてるんだ。 「なら、わしが直接アカツキに話してやろう。 実はな、アカツキ。ショウゴは……」 「もういい!! 言えばいいんだろう、言えば!!」 言いかけたじいちゃんの言葉を遮って、親父は何かを決心したように顔を上げ、声を荒げた。 余計なことを言うな、と言わんばかりの迫力だったけど、それだけムキになるってことは、相当言いづらいことなのか、それとも…… じいちゃんは安心したような顔を親父に向け、それ以上は何も言わなかった。 「アカツキ……」 一転、声がトーンダウン。 少しは落ち着いてきたらしく、無表情に戻った。 「今さら信じてもらえないかもしれないが…… 俺はおまえに最強のトレーナー、そして最高のブリーダーになってもらいたいと思っている」 「なんだよ、それ……」 言いにくいことって、それだったのかよ。 その一言だったっていうのかよ…… オレは怒りに肩を震わせた。 その一言を言うのに、なんでこんなに時間かかってるんだよ。 オレだったらスパッと即決してるのに!! 並々ならぬ怒りが湧き上がってきた。 今にも空を切り裂く稲妻にグレードアップしかねないほどだ。 ゲームとかのラスボスなら、一気に三段階は変身できそうだ。 「そう思ってるんだったら、なんでオレの邪魔をしたんだよ!? ラッシーやリッピーを……みんなをなんで苦しめたりしたんだよ!! そんなにオレに恨みでもあるってのか!?」 堰を切ったように、今まで溜めていた感情が一気にあふれ出した。 言葉という津波となって、親父に押しよせる!! ホントに身勝手だよ!! オレの夢を応援してくれてるって言うのなら、なんでいちいち邪魔するような、挫けさせるようなことばかりしたんだ!? その度にラッシーたちがどんだけ苦しい想いをした? オレ一人が我慢して済むのなら、どんな嫌がらせだって受けても構わない。 でも、どんな理由があったって、みんなを巻き込むことだけは許せない!! 「今さら信じろって……? 都合良すぎやしないか!? 今さらそんな都合のいい言葉でオレを惑わそうってのかよ!!」 あまりの怒りに、我を忘れそうになる。 燃え滾る火山の火口に立たされたように、身体が熱い。 握り拳にさらに力がこもる。 爪の食い込む痛みすら、痛みとして感じられるのではなく、恍惚そのものだ。 「本当にオレの夢を応援してくれてるって言うのなら、邪魔するんじゃなくて支えてくれよ!! 何度も挫けそうになったことはあったけど…… それは全部親父がもたらしたことなんだからさ!!」 「…………」 息子に散々に罵られて気分が参ったんだろうか、親父が沈痛な(?)面持ちを見せた。 それがどうした? 今のオレにとっては、それすらも興奮剤でしかない。 「親父のせいでオレたちがどんだけ苦しんだか、親父に分かるのか!? そのくせナミやじいちゃんにはいい面見せてさ…… なんでオレにだけ辛く当たるんだ!! オレは親父にとってなんなんだ!? 息子なのか!? それとも他人なのか!?」 「もうそれくらいにしておいてやれ、アカツキ」 「……!!」 聞くに堪えなかったのか、じいちゃんが親父をかばうように歩み出てきた。 じいちゃんに言われたら、さすがにこれ以上親父に言葉をぶつける気にならなかった。 興奮が一瞬で冷めて、なんとも言えない複雑な気分になる。 言いたいことを言ったのにスッキリするでもなく、かといって言いすぎたと後悔の念に駆られることもない。 生温い空気に包まれているように、なんとも言えない遣る瀬無さだけが残る。 「おまえの思っていることは、ショウゴも本当はよく分かっていることじゃ。 もちろん、わしもな。 だから、それくらいで勘弁してやってくれんか?」 「うん……じいちゃんが、そう言うなら……」 言いたいことは言い切ったし、じいちゃんが止めるなら、それ以上は言わない。 身体も心もクールダウンしたところで、じいちゃんが言葉を継ぎ足してきた。 「ショウゴはな、何もおまえを苦しませようと思っておったわけではない。 博士になれと将来を押し付けたり、ポケモンバトルでおまえのポケモンをコテンパンにしたわけではないんじゃよ」 「じゃあ、どうして?」 「……最強のトレーナーと、最高のブリーダーへの道は長く険しいものじゃ。 それはおまえも承知しておるじゃろ?」 「ああ、そりゃ分かってる」 オレは頷いた。 頂点に立つって口じゃ簡単に言えるけど、言うだけなら傷つかないし、尊大とも思われない。 だけど、実際にやってみると、それってとっても難しいことなんだ。 バトルで勝ち続けられるとは限らないし、ブリーダーとしてポケモンを育てるにしても、いつかは障害にぶつかる。 思うような毛並みにならなかったり、目標に達していなかったりもする。 簡単なことじゃないって、そんなのはじめから覚悟の上で、トレーナーとブリーダーの道を選んだんだ。 そう思っていると…… 「ショウゴは、ポケモンバトルという形で、おまえの『覚悟』を確かめていたんじゃよ」 「覚悟……?」 思いもよらない一言に、オレは頭を殴られたような感覚を覚えた。 親父がオレの覚悟を試してたって……? でも、一体なんでそんなことを……親父への怒りが一気に立ち消える。 「そうじゃ。 どんな困難があろうと、おまえがおまえの道を踏み外さずに歩いてゆけるか…… ショウゴは、それを確かめたかったんじゃ。 だからこそ、いくら憎まれても、おまえにおまえの道を歩かせたかったんじゃよ」 「…………!!」 じいちゃんの言ってることが本当なら……親父は、親父は……!! 今まで親父がやってきたことは、単なる邪魔じゃなかったってことか? わざとオレに嫌われてまで、オレのこと応援してくれてたのか……? そんなこと、あるはずない。 オレは身体の震えを止めることができなかった。 極寒の海辺に立たされたように、身体の震えが止まらない。 じいちゃんの言葉は単なる美辞麗句とも受け取れるものだったけど、それを『嘘だ!!』って斬り捨てることもできない。 なんで……? その理由すら分からないんだ。 「そこから先は、ショウゴ。おまえから話してやるんじゃ。 それが親としての責務ではないのか? わざと憎まれ役を買って出たんじゃ、今まで辛かったじゃろう。 じゃが、これでおまえも楽になれるはずじゃ」 「…………」 憎まれ、役…… 親父、わざとオレに憎まれようと仕向けてたってのか……? 何を考えたらいいのか分からなくなっているところに、親父が口を開いて、言葉を投げかけてきた。 氷に覆われた湖にヒビを入れるような、言葉を。 「おまえの夢は、誰にも負けないものなんだろう? 俺の言葉や、圧倒的なポケモンバトルの実力の差を見せ付けられたところで揺るぎないものなんだろう? もしそうでないのなら…… 俺の言葉で簡単に揺らいでしまうようなものなら…… そんな夢に、人生のすべてを賭けてまで踏み出す価値などないはずだ」 「あ……!!」 本当に氷が粉々に砕けた。 「ああ……」 じいちゃんの前で、親父は嘘なんかつかない。 これが、親父の本音なんだ…… 「アカツキ。 おまえはショウゴのことを、口うるさく将来像を押し付けてくる鬱陶しい父親と思っておったかもしれん。 じゃが、本当は誰よりもおまえのことを想っていたんじゃよ。 ショウゴは真剣におまえのことを思っておった。 だからこそ、態度も硬化していったんじゃ。 おまえがショウゴのことをそう思ってしまうのも無理はない。 間違いだとも言わん。 じゃが、ショウゴの気持ちの幾許かでも構わんから、汲み取ってやってはくれんか……? それが、わしのおまえに対する願いじゃ」 「う……う……」 オレは呻くことしかできなかった。 今さら……今さら親としての情を持ち込まれても…… 今までオレが親父を憎んでたのは、単なる勘違いだってことか? 親父がそうなるよう仕組んでいたとは言え、オレは親父の本音を履き違えていたってことか? なんだよ、それ…… 「なんで、それを一言でも言ってくれなかったんだ……? オレがどれだけ親父のことを無意味に憎んでたのか、分かってたのか……?」 声は震えてた。 頬を伝う一筋の涙。 親父の前で泣くなんて、今まではとても考えられないことだった。 親父に弱みなんか見せたら、それだけで終わりだ、って思ってた。 でも…… 「…………」 親父は何も言わない。 淋しそうな顔をオレに向けてくるばかり。 何も言わない親父が、これほど憎たらしくて、それでいて『父親』なんだって思えたのは初めてだった…… やっぱり、親父は親父なんだ。オレのたった一人の父親なんだって、心から思ったよ。 「最後の最後までなんで悪役を貫かなかったんだよ…… 中途半端なところでそうやって悪役の仮面脱ぎ捨ててさ!! 親としての情を持ち出してさ!! そんなの、卑怯じゃないか!!」 張り裂けんばかりの想いを、オレは止めることができなかった。 泣きながら親父の胸に飛び込み、胸板を握り拳で強く、強く叩き続ける。 「なんでだよぉ…… 親父……う、うう……うわぁぁぁぁぁぁぁっ……」 オレは声をあげて泣いた。 これでもかってばかりに、全世界に知らしめるように泣いた。泣いて、泣いて、泣き続けた。 ちょっと前までのオレなら、これを醜態と呼んで蔑んでいただろう。 でも今は違う。 「アカツキ……すまなかった……」 親父は小さく耳元でつぶやくと、両腕でオレを抱きしめてくれた。 これが親父の暖かさなんだ……こうやって抱きしめられたの、何年ぶりのことだろう……? オレ、どこで親父のこと勘違いしてたのかな…… 将来像を押し付けてくるようになる前は、普通の親子として接していた。 でも、それからは親子断絶、みたいな感じだった。 だけどまさか、すべてオレの『覚悟』を後押しするためにやっていてくれたことなんて…… 気づけなかったなんて…… 親父はいつでもオレのことを応援してくれてた。 気づけなかったのはオレのせいだ。 もちろん、親父が気づかせないように態度をきつくしてたのは言うまでもないけれど…… 信じるのがモットーだって言いながら、なんで親父のことだけ信じてあげられなかったんだろう……? 後悔が我先にと押しよせてくるけれど、これからなら……親父のこと、信じられる。 「俺は、誰よりもおまえのことを応援している。 これからは、それを誰よりも素直に伝え続けて行く。 だから……おまえを支えさせて欲しい。今までできなかった分を、これから取り返したいんだ」 「うん……」 親父の言葉を素直に受け入れることができた。 頬を伝う涙はまったく減らない。どころか、その流れは支流から本流に拡大していた。 親父は、オレのことをずっと応援してくれていた。 どんな外圧にも負けないように、厳しく接してくれていた。 親父の言動で費えるような夢ならば、そんなものに価値などないと教えてくれていたんだ。 なのに、どうしてだろう? 次で最後だという言葉を間に受けて、本当に夢を投げ出しそうになったのは。 誰にも負けない大きな夢だって、ずっとずっと信じて歩いてきたのに。 親父は、夢を追いかける上での覚悟を教えてくれていた。 不器用なくらい純粋だったから、オレも純粋に親父を悪だと思ってた。 だけど、そんな親子関係も、もう終わりだ。 これからは…… 本当の親子として接して行ける。 いきなり180度方向転換できるわけじゃない。 いきなり今までのシコリを解消できるはずがない。 みんなだって、親父に対する不信感みたいなものはあるだろう。 粘り強く接していって、少しずつ解消していくしかない。 「親父、ありがとう。オレのこと、ずっと支えてくれていたんだな……」 オレは生まれて初めて、親父に謝意を告げた。 長い悪夢が終わったように、これからの日々が光り輝くものになることを、オレは確信せずにはいられなかった。 親父の胸元から顔を離し―― 見上げた空は、吸い込まれるほどに蒼かった。 To Be Continued…