ホウエン編Vol.01 新たなる地方、新たなる出会い <後編> 場所を研究所のリビングに移して―― まずはバトルで頑張ってくれたポケモンたちが入ったボールを、リビングの隅にある回復装置にかけて元気を取り戻してもらってから。 カリンさんが淹れてくれたお茶を飲みながら、アカツキとの話に興じる。 オレたちは真新しい白いクロスのかけられたテーブルを挟んで座っていた。 向こう側のソファ――アカツキの隣で、カリンさんが足など組みながらゆったりと構えている。 我が家ということで、気が落ち着くのだろう。 対照的に、アカツキはどこか落ち着きのない表情をしていたけど……それはカリンさんがピッタリと横にくっついているからだろう。 まあ、それはそれでどうでもいいとして…… 「サトシとのバトルの結果はどうなったんだ?」 まずはさっきから気になっていたことを訊ねてみた。 サトシもそれなりにトレーナーとして技量を上げてるから、アカツキともいい勝負をしたんじゃないかって思ったんだ。 アカツキはチラリとカリンさんの方に目をやると、すぐにオレに向き直ってきた。 話をしている方が落ち着くと思ったんだろう。 「もちろん……ってワケじゃないけど、ぼくが勝ったよ」 どこか控えめな口調で言う。 ……って、勝ったんじゃん。 あんまりうれしそうに見えないのは、オレがサトシの幼なじみだってことを意識してるからだろう。 気遣いはうれしいんだけど、別にオレはサトシと親しいってほど親しかったわけじゃないんだから、そこまでしなくてもいいだろ。 言ったところで素直に受け取ってくれないと思い、オレはその言葉を飲み下した。 しかし…… そっか、アカツキが勝ったか。 サトシはホウエン地方での冒険を黒星スタートで飾ったわけだ……なんか、かわいそうな気もしてくるけど、勝つも負けるも実力と運しだいだ。 アカツキが少し幸運に恵まれていたと思えばいい。 今のオレがサトシと戦って勝てるかというと、どうとも言えないんだから。 あいつの最高のパートナーであるピカチュウは、最終進化形でもないのに、むやみやたらと強かったりするからな。 ホウエン地方に旅立ったサトシは、初心に帰るということで、ピカチュウ以外のポケモンをじいちゃんの研究所に預けていった。 だから、そもそも選択の余地などなかったわけで…… アカツキはどのポケモンで迎え撃ったのか。 「アカツキはどんなポケモンを使ったんだ? アブソル? それともリザードン?」 「ううん、ぼくがサトシのピカチュウを倒したのはね……」 アカツキは言うと、カリンさんに目配せをした。 ちょうど視線が合って、カリンさんは小さく頷いた。 アカツキが何をしようとしているのか、分かっているらしい。 アカツキはそれを了承と受け取って、腰のモンスターボールを一つ手に取った。 「中に入ってるポケモンってことか」 アブソルでもリザードンでもないポケモン。 ホウエン地方に棲息しているポケモンだろうか。 そう思いながらボールに視線を注いでいると、アカツキはボールに向かってそっとつぶやきかけた。 「出ておいで、新しい友達を紹介するよ」 友達……か。 オレはアカツキの他愛ない一言に胸が熱くなった。 初対面の相手でも、ポケモンバトルをした後は友達になれる。 それがポケモンバトルの長所であり、長く親しまれている理由でもあるんじゃないかと思う。 そうさ。オレとアカツキはもう友達なんだ。 だけどさ、いざ言われると、なんだかうれしくなる。 アカツキの言葉に応えるように、ボールが口を開いた。アカツキの傍に飛び出してきたポケモンは…… 「さっき見たオーダイルか……」 ここに来る途中でアカツキと丘で寝そべっていたオーダイルだった。 オレよりも背が高くて、立派な身体つきをしている。 興味深げな視線を向けてくるオーダイル。 ……って、オーダイルは水タイプですよ? 「相性悪いんじゃないのか? オレが言うのもなんだけど、サトシのピカチュウは強いぞ」 そう。 オーダイルでは相性が悪い。 水タイプとなんだから、単純な相性で言うなら最悪である。 まあ、オーダイルはピカチュウの弱点になる地面タイプの技を覚えられるとはいえ、分が悪いのは否めない。 勝てるだろうけど、結構苦しいバトルになったはずだ。 サトシのピカチュウの実力は、オレもよく知ってるから。 「でも、ぼくのオーダイルはもっと強いんだよ。ね?」 「ダイル……」 アカツキが見上げながら問いかけると、オーダイルはニコッと微笑みながら頷き返した。 その様子を一目見るだけで、オレには分かった。 アカツキとオーダイルは何があっても揺るがないほどの強い信頼関係で結ばれてるってことが。 オレとラッシーだって負けちゃいないけど、それでもすごいって分かるんだ。 「彼とオーダイルは昔からの付き合いなの。 最初に出会ったポケモンなんだって。 仲間っていうよりも家族っていう関係の方が似合うくらいなのよ」 「そうなんですか……」 カリンさんの言葉に、オレは妙に素直に納得できた。 昔からっていうと、オレとラッシーよりも古い付き合いなんだろうか。 ともあれ、家族という間柄で過ごしてきたんだから、強い絆で結ばれていて当然なんだ。 なんか、絆の強さを見せ付けられてるけれど、不思議とそういう風には思わないんだ。 見ていると、こっちまでなんだか暖かくなってくるような……そんな感じ。 「オーダイルの地震で一発KOだったよね。10万ボルトを一回食らっちゃったけど……」 「…………」 いかにもありがちな倒し方……でも、サトシのピカチュウの10万ボルトは強烈なんてモンじゃない。 ダメージを与えにくい草タイプにも大ダメージを与えたことだってあるんだから。 それを食らって耐えられたのも、オーダイルまで進化したからだろう。進化前のアリゲイツやワニノコだったら、まず耐えられない。 そして、電気タイプを返り討ちにするために地震を覚えさせる…… カメックスやオーダイルといった水タイプで大型のポケモンを持つトレーナーがよくやる手段だ。 だけど、地震って威力が高い上に扱いが難しいから、覚えさせるのには相当苦労したはず。 それを軽く言ってのけるんだから、苦労以上の収穫があったってことなんだろう。 「でも、いいバトルができたって思ってるよ。 ぼく、それまではカントー地方の人と戦ったことなかったし……実際にピカチュウと戦ったのも初めてだったんだ」 「うん、そういうもんだよな」 アカツキの言葉に頷き、オレは紅茶を口に含んだ。 甘く芳醇な香りが口の中に広がって、甘さと苦味が微妙な感じで混じった味に変わる。 甘すぎず苦すぎず……大人にはこれがちょうどいい味になるんだろうけど、生憎とオレの舌はまだまだ子供のものだから、ちょっと苦めかな。 でも、悪くはない。 眠気なんか一発で吹き飛ばすような味だし。 知らないポケモンを使うトレーナーと戦って勝つというのは容易いことじゃないけれど、それはトレーナーにとって大きな成長の機会になるんだ。 オレも今回のバトルで少しは成長したような気がするからさ。 相手に合わせた戦い方っていうのも、なんとなくつかめたような感じだし。 アカツキはオーダイルをモンスターボールに戻すと、話を続けてきた。 「アカツキはサトシと幼なじみなんでしょ? いろいろとバトルとかしたことはあるの?」 「いや、実を言うと今まで一度もバトルしたことないんだ」 「そうなんだ……意外だね」 オレの返した答えに驚くかと思ったけど、アカツキは思いのほか冷静だった。 これにはオレの方が意外に驚いたんだけど…… 「旅に出るまでのオレは、やたらと突っ掛かってくるサトシのことを疎ましく思ってたりしてたんだ。 でも、今は同じトレーナーとして、絶対に負けられない相手だって思ってる」 「ライバルってこと?」 「そうだな。ライバルってことだよな。 あいつと戦う時が来たら、ラッシーでコテンパンに伸してやるんだ」 「うん。できるかもね。キミなら」 アカツキは笑顔で頷いた。 ラッシーのハードプラントがあれば、ピカチュウは敵じゃない。 炎や飛行タイプといった相性の悪いポケモンが出てきたらどうなるかは分からないけど……ラッシーで戦えば勝つことはできるだろう。 実際に戦ってみないことには、相手の強さを測れない。 やたらと突っ掛かってきた昔の借りはバトルでキッチリ返しとかなきゃいけないな。 胸のうちでサトシに対する闘志を燃やしていると…… 「ポケモン図鑑はオーキド博士からもらったんだよね?」 「ああ……」 「サトシはオーキド博士とご近所さんだって言ってたけど……アカツキはどうなの? やっぱりご近所さん?」 「えっと……」 なんでそーいうプライベートな方に予告もなしに入ってくるんだ? でも、正直に答えるべきかどうか、答えに窮してしまった。 いや、いきなり『オーキド博士の孫だ』なんて言ったって、『いかにも』それっぽい感じしかしないし。 かといって『単なるご近所さんだよ』なんて笑いながら言うのもなんだか虚しすぎる。 どう答えようかと、視線と一緒にあちらこちら考えをめぐらせていると…… カリンさんが頼んでもいないのに代わりに答えてしまった。 「彼はオーキド博士の孫なのよ」 「ええっ!? そうなの!?」 驚愕に目を大きく見開き、声を大にするアカツキ。 傍にいたオーダイルも驚いたような顔を見せたけど、それはアカツキがいきなり大声を出したからだろう。 オーダイルがじいちゃんのこと知ってるとも思えないし。 「オーキド博士の孫って……やっぱりすごいんだね、アカツキは」 「親の七光りみたいなのは嫌いなんだけどな」 オレは答えを濁した。 なにやら期待するような眼差しを向けてくるけど、オレはじいちゃんが何者だろうと、オレ自身のことは関係ないって思ってる。 じいちゃんがとっても偉い博士なんだっていうのは、オレとしても誇りに思ってるよ。 でも、だからって『オーキド博士の孫』っていう色眼鏡で見られるのは嫌なんだ。 だから、できるだけオレは素性を知られないように、話の展開には気を配ってるんだけど…… 今回はカリンさんがバラしちゃったから、手のうちようがなかった。 ご愁傷さまってことで……あきらめます。 「オレは親父やじいちゃんのように博士になる気はないんだ。 やっぱ、トレーナーやブリーダーの方がロマンがあっていいんだよな」 「そうだよね。トレーナーってロマンがあるよね」 調子のいいヤツ…… コロコロと表情の変わるアカツキを見て、オレは正直そう思った。 相手に調子を合わせてるだけかもしれないけど、そうコロコロと表情を変えられると、そういう風に余計な勘繰りをされても仕方がない。 オレやシゲルのようなヤツが相手なら、なおさらだ。 対照的に、サトシやケンジなら、そういうこともないんだろうけど。 「あのさ……今さらって感じもするけど、オーキド博士の孫だからって、特別視はしないでくれ。 オレ、そういうの大嫌いだから」 「うん。分かってる。 アカツキはアカツキでしょ。ぼくが言うのもなんだけど……」 「やっぱ、そうじゃなきゃな」 アカツキはアカツキって…… 自分にもそう言い聞かせてるようにも聞こえるんだ。名前が同じだと、そういう風に聞こえてしまうものなんだろうか。 同じ名前の、しかも同年代のトレーナーとこうやって話すのなんて初めてだから、余計にそう思ってしまうのかもしれない。 でも、なんでだろ…… なんか、話してると不思議と気持ちが落ち着くんだよな。 さっきはオーキド家の一員だってバレちまって断崖絶壁から突き落とされた気分になったけど、どういうわけか今はすっかり落ち着いてしまっている。 カリンさんの穏やかな雰囲気だけじゃないんだろうと思う。 「オレの従兄弟にさ、じいちゃんのような立派な研究者になりたいってヤツがいてさ」 オレはシゲルのことを話した。 ジョウトリーグを最後にトレーナーとしての活動を停止し、研究者としての新しい一歩を踏み出したシゲルのことだ。 旅に出るまでは嫌味しか言わないヤツだって思ってたけど、今ならあいつのことを素直に立派だって思える。 それこそアカツキみたくコロコロと調子を変えてると思われてもしょうがないんだけど…… 軌道に乗り始めた道から、まったく別の新しい道に踏み出したんだから。 並大抵の情熱と決意じゃ、そこまでは行かないだろう。 話を終えると、アカツキは納得したように、何度も何度も頷いてくれた。 途中でも相槌を打ってくれたし、真剣に聴いてくれたんだ。 「じゃあ、アカツキがトレーナーとして頑張ってるってのも立派なことだと思うよ。 周りが博士さんばかりだと、やっぱりいろいろと期待とかプレッシャーとかあったんじゃないかな」 「まあな……」 オレは言葉を濁した。 期待……か。 親父は、オレに博士としての将来を嘱望していたんだろう。 オレは別に博士になりたくてポケモンの知識を吸収していったわけじゃない。 いつかトレーナー・ブリーダーになるにあたって、役に立つと思っていたからなんだ。 それだから、勘違いされても仕方なかったのかもしれない。 「博士にしても、トレーナーにしても、そいつが選んだ道だっていうなら、それでいいんじゃないか? シゲルは博士になろうってずっと前から決めてたみたいだし。 博士って言えば、ユウキもそうですよね?」 オレはカリンさんの顔を見て言った。 「ええ」 カリンさんは紅茶を一口含みながら首を縦に振った。 「あの子も小さい時から『お父さんみたいな立派な博士になる!!』って口癖のように言ってたわ。アカツキ君、君なら分かってると思うけど……」 「うん。ユウキ、ずっと前からそう言ってた」 そっか。 ユウキとシゲルって、よく似てる。 ……っていうか、ほとんど同じだって言ってもいい。 ずっと前から博士になるって目標を掲げてたんだ。 オレだって……ずっと前からトレーナーかブリーダー、あるいはその両方になろうってずっと思ってた。 負けてるつもりはないけどさ。 そう思いながら、テーブルの上のグラスに視線を落とす。 透き通った赤茶色の水面に、小さな波紋が立った。 「アカツキはユウキのこと、知ってるの?」 「ん?」 アカツキに言葉をかけられて、オレは顔を上げた。 どこか淋しげな表情をしているアカツキと目が合った。 あー、アカツキとユウキは親友なんだっけ。 少しの間とはいえ、留学という形でミナモシティに行っているユウキと離れ離れになって、本当は淋しいんだろう。 「何度か会った程度だよ。 それでも、向こうはオレのことをライバルだって思ってたみたいで、結構突っ掛かられたけど」 ラッシーと出会って一年くらい後だから、ずいぶん前のことになるけど…… オダマキ博士の一家三人がマサラタウンのじいちゃんの研究所に訪ねてきたことがあった。 じいちゃんも親父も、旧知の仲であるオダマキ博士やカリンさんと四人でポケモン研究の討論をしてたんだ。 その脇で、オレとユウキが二人っきりになってたんだ。 シゲルはナナミ姉ちゃんと一緒に、海外で働いてるおじさんとおばさんのところに遊びに行ってたし、ナミは…… あいつには珍しく風邪なんか引いて家で寝込んでたからさ。 子供はオレとユウキの二人っきりだった。 で…… 大人は大人、子供は子供と自然に区切られて、オレはユウキといろいろと話をすることになったんだけども。 将来の夢ってところに話が及ぶまでは、オレもユウキもすっかり気を許し合ってたんだけど、夢に触れた途端、ユウキは豹変した。 「オレは立派な博士になる。おまえになんか負けない!!」 なんてオレの鼻っ柱に人差し指突きつけながら、すごい剣幕で怒鳴るように言ったんだ。 その声に驚いたのはオレじゃなくて、オダマキ博士とカリンさんの方だった。 まさか息子がそんなことをするとは思ってなかったんだろう、呆然と口を開いたままだったっけ。 オレは幼心に、ユウキがオレのことをライバルだと認識したってことには気づいてたよ。 ただ、何も言い返せなかったけど。それくらい、本気だって伝わってきたから。 後になって分かったんだけど、ユウキはオレのことを羨んでいたらしいんだ。 ポケモン研究の権威として名を馳せたオーキド博士……その孫であるオレのことを、羨んでいたんだって。 当時は、オダマキ博士もそんなに有名じゃなかったから、ユウキがそう思ったのも無理はない。 何の不自由もなく、ポケモンの知識を貪るように頭に詰め込んでいくオレのことを、猛烈にライバル視するのも、今だからよく分かるんだ。 後日、ユウキはオダマキ博士とカリンさんに相当しぼられたらしく、電話でオレに直接謝ってきた。 言い過ぎたって、本当に申し訳なさそうに言っていたのを、今でも覚えてる。 いわれのない誤解で迷惑だったけど、謝ってくれたんだから、オレはそのことをすぐに水に流した。 意固地になって『許さない』って言ったところで、お互いにつまらない誤解に縛られるのは嫌だったし。 それからオレとユウキは定期的に連絡を取り合って、いろいろとポケモンのことについて話し合ったんだ。 最後に話をしたのは二年前のことだっけ……それからは音沙汰なしだった。 どうかしたのかと思ったけど、あいつはあいつで旅に出てたんだ。 だから、連絡したくてもできなかったんだ。 「そうなんだ、そんなことがあったんだ。ユウキって意外とムキになりやすいんだね」 アカツキはユウキの意外な一面を垣間見たといったような表情をしていた。 さすがにユウキもそういうことはアカツキにも話していなかったようだ。 あいつの性格なら、醜態を親友にさらすようなマネだけは死んでもやらないだろうし。 「ぼくのこと、よくからかってたけど……」 「それは君に心を許していたからよ。ありのままの自分を受け入れてくれる親友だからなの。 わたしとしても、息子に君のような親友がいてくれてありがたく思っているの。 まあ、ナオミとわたしが元々親友だったわけだし……自然の成り行きってことだけどね」 「おばさん……」 ニッコリ笑うカリンさんの顔を見つめ、アカツキも触発されたように笑みを浮かべた。 「ありがとう」 あー…… なんかいい感じで盛り上がってますねぇ。 こういう展開、キライじゃないんですけど……でも、見てる方の気にもなってくださいよぉ。 白けそうなオレの視線に気づいてか、カリンさんがコホンと咳払いして、紅茶を一気に飲み干した。 「ところで……」 空になったカップを音もなくテーブルに置くと、 「そろそろ話も尽きてきたでしょうし、君たちのポケモンをそれぞれ見せ合ったらいかが?」 ナイスな提案を出してきた。 ををっ、それ採用!! オレもアカツキも即座にその提案に飛びついた。 「じゃあおばさん、近くの丘に行くね。あそこなら結構広いから、みんなが出てきても大丈夫なはずだし」 「ええ、そうしなさい。 『友達』と、いろいろと話をして、君が変われるキッカケになればいいと思うわ」 「うん!!」 アカツキはすごい勢いで部屋を出て行ってしまった。 ……あ。 気づいた時には、その姿は影も形もなかった。 なんか、いきなり取り残されてません? オレは助けを求めるようにカリンさんに視線を向けた。 すると…… 「ずいぶんとはしゃいでるでしょ。 でも、あの子のそういうところを見るのは久しぶりなのよ」 カリンさんは困ったような顔で笑みを深めてきた。 「ユウキがミナモシティに行ってから、淋しそうにしてるの。 友達はいるんだけど……でも、ユウキの分を埋めることはできなかったみたいね。 だけど、君ならいい『親友』になってあげられると思うわ。 無責任なこと言うようだけど、あの子といろいろと話をしてあげて」 「はい。言われなくてもそのつもりですから。 だって、ホウエン地方で初めてできた友達だし……もっといろんなこと知りたいって思ってますから」 「そう……」 オレの素直な気持ちに、カリンさんはホッとしたように目を細めると、胸に手を当てた。 ああいう風に淋しそうな顔を見せられると、知らん振りはできないだろ。 オレと同じ名前で同年代ってのも、あながち偶然ってワケでもないだろうし。 信じちゃいないけど、神サマが引き合わせてくれただの、運命の導きだの……少なくとも偶然の出会いじゃないって思ってるからさ。 せっかく『友達』になったんだから、それだけの関係でいるのももったいない。 もっといろんなことを話して、お互いのことをもっとよく知って、『親友』になりたいって、心の底からそう思ってるんだ。 自分でも不思議に思うんだけどね。 ともあれ…… 「それじゃ、行ってきます。 ラッシーとラズリーのこと、お願いします」 「ええ、分かったわ」 カリンさんの笑顔に見送られ、オレは部屋を飛び出すと、廊下を抜けて研究所の外に出た。 丘って言ってたけど……オレはアカツキの姿を探して周囲を見回した。 「こっちだよ、アカツキ!!」 楽しそうな声に顔を向けると、ミシロタウンに続く道の左手にある丘の上で、アカツキが手を振っていた。 本当に、オレと『親友』になりたいって思っててくれてるんだなあ。 だったら、その気持ちにオレも応えてやらなきゃ…… オレはアカツキの待つ丘へと走っていった。 たどり着いたオレを、アカツキが笑顔で出迎える。 「おばさんと何か話してたの?」 「まあ、いろいろと積もる話とかあってさ……」 一応ウソじゃない言い訳はしておいた。 本人を前に、話せるようなことじゃないし。 ほとぼりが冷めるまで、そのことについては触れないようにしよう。 「アカツキはカントー地方を旅してきたんでしょ?」 「ああ。一ヶ月弱だけどな。そういうアカツキは? ホウエン地方のポケモンには詳しそうだけど」 「うん……ぼくも、一年半くらい前まで旅してたから」 アカツキは照れくさそうに頬を赤らめた。 一年半前って……それからはずっとミシロタウンに腰を落ち着けてたってのか? その割には、ポケモンはやたらと強かったけど。 そう思っていると、 「その時にゲットしたポケモンを見せてあげるね。みんな、出てきて!!」 アカツキは腰のモンスターボールを四つ手にとって、軽く投げ放った!! アブソルとリザードンは回復中だから、不参加ということで。 ラッシーとラズリーも、残念だけど仕方がない。 回復しきってない状態で無理をしても百害あって一利なし。 後で機会があれば、アカツキのポケモンたちと触れ合ってもらおう。 ぽぽぽぽぽんっ!! アカツキの言葉に応えて、ボールは次々と口を開いて、中にいるポケモンたちが飛び出してきた!! 「シャモっ!!」 「バクフーンっ!!」 「ダイル……!!」 「チルルルっ!!」 一体はオーダイル。 退屈だったと言わんばかりに、身体をあれこれ動かしている。 次にバクフーン。 ルースと同じくらいの体格だけど、頭の上に見えるのはピンクの水玉模様が特徴のリボン。 うーん、見た目じゃ分かんないけど、女の子なんだろうか。 残りの二体はオレの知らないポケモンだった。 一体は、「シャモっ!!」という威勢のいい鳴き声を発したポケモンだ。 まず目に付いたのは炎を模したような赤いトサカ。 次に縦に色が塗り分けられた身体だ。上半身は肌色を黄色に近くしたような色で、下半身は炎のような赤味が強い。 見た目からして炎タイプなのは間違いなさそうだけど、鋭い爪が三本ずつついた脚と、長い腕の先にも長い爪が三本ずつついている。 前脚が手で、後ろ脚で歩く二足歩行のポケモンだろう。 挑発的な視線をオレに向けてきている。 一体どんなポケモンなのかと思って、図鑑を取り出そうとした矢先、アカツキが説明してくれた。 「ワカシャモっていうポケモンなんだよ。 元々好戦的な性格だから、ちょっと目つきが悪く思えるかもしれないけど……」 なんて言いながら、ワカシャモの頭上のトサカをそっと撫でる。気持ちいいのか、ワカシャモの表情が緩んだ。 でも、オレに見られていることに気づいて、すぐに表情を硬くする。 なんか、かわいいかも…… そうやって強がったりしてみせてるのが、オレにはどうしようもなくかわいく思えてならなかった。 そっか、好戦的か。 そうでなきゃ、そんなことする必要もないし。 「炎タイプに見えるけど……」 オレは図鑑を取り出して、センサーを向けた。 ピコピコッ、と電子音がして画面にワカシャモの姿が映し出された。 「ワカシャモ。わかどりポケモン。 アチャモの進化形で、進化することで格闘タイプが加わった。 鋭い鳴き声をあげて集中力を高めた状態で放った足技は破壊力抜群」 「なるほど……」 オレはスピーカーから流れてくる説明を聞いて、ワカシャモの持つ鋭い爪について納得することができた。 格闘タイプが加わったから、それを活かすような身体が必要だったんだ。 鋭い爪を宿した手足で、相手をバッタバッタと薙ぎ倒していくんだろう。 なんか、すっごくパワフルなポケモンだな。 あのアチャモの進化形とは思えないくらいだ。 オレは顔を上げてワカシャモに目をやった。すぐ隣にアチャモの姿を浮かべてみる。 ちっちゃくてかわいいアチャモが進化すると、こうなるのか…… 勇猛果敢という言葉がよく似合うほど、ワカシャモは強気な表情を浮かべていた。 「ぼくが選んだ『最初の一体』なんだよ。 まだ最終進化形じゃないけど……でも、とっても強いんだ」 「へえ……今度はワカシャモとバトルしてみたいもんだな」 「そうだね。でも、今はやめようよ。 アブソルとリザードンを置き去りにするみたいで悪いから」 「ああ」 軽いジョークのつもりで投げかけた言葉を、アカツキは本気にしたようだった。 アブソルとリザードンを置き去りにするみたいで悪い……か。 やっぱり、バトルをするならすべてのポケモンが万全の状態を選ぶべきだって思ってるからだろう。 まあ、それはさておき…… 「こっちはどんなポケモンなんだ?」 オレとアカツキのやり取りなど知らぬ存ぜぬと言わんばかりに優雅に空を飛んでいるのが、最後の一体だ。 青い身体に、綿雲のような翼を存分に広げている。 翼で身体を満遍なく包んだまま空を飛んでいたら、ホンモノの雲なんじゃないかと思ってしまうほどだ。 すかさず図鑑のセンサーを向ける。 「チルタリス。ハミングポケモン。 チルットの進化形。美しい声を発して優雅に空を舞う姿はまさに美麗。その澄んだ歌声に、人間もポケモンも癒される」 「へえ……」 図鑑に表示されたチルタリスのタイプに、オレは正直驚いていた。 空を飛ぶんだから、飛行タイプがつくのは納得できる。 でも、ドラゴンタイプってのはどーゆーことだ!? 見た目もどっちかというとファンシー系で、ほのぼのとしたところはカイリューに通じるものがあるから、分からないこともない。 でも、カイリューはドラゴンっぽい体格をしてるからいいとして、これはいくらなんでもドラゴンには見えんだろ。 「ドラゴンタイプなんだ……」 答えなんて返ってこないと知りつつも、オレはマイペースで空を飛んでいるチルタリスを見上げてポツリつぶやいた。 カイリュー同様、ファンシーな外見とは裏腹に、結構な実力者なんだろうなあ。 あんまり鋭そうに見えない脚の爪でドラゴンクローを放ってきたり、口からは竜の息吹を吐き出したりするんだろう。 一頻りポケモンの観察を終えたところで、図鑑をポケットにしまった。 「バクフーンっ♪」 と、そこへ水玉模様のリボンを左右に揺らしながらバクフーンが歩いてきた。 なんかとてもうれしそうな顔でオレを見ている。 女の子って、何考えてるかぜんぜん分かんない。 もしかしたら、ナミと同類なのかもしれない……そう思っていると、 「カエデ。あんまりアカツキを困らせないでね」 「バクフーンっ♪」 アカツキがバクフーンにさり気なく注意した。 カエデ……っていうのはニックネームなんだろう。 だけど、分かっているのかいないのか、カエデは生返事するだけだった。 なんで生返事だって分かったかというと、オレが注意した時のナミの顔と同じように見えたからだ。 とはいえ、あんまり困らせないでねってどういう意味なんだ? カエデがオレを困らせるようなことをすると思ってるから言ったんだろうけど…… 「…………」 カエデは何かを期待するような目をオレに向けている。 期待? 何に? オレにはカエデが何を期待しているのかまったく分からなかったけど……その答えは後に明らかになる。 それは、意外と言えば意外なものだった。 「ま、まあ……」 ナミを相手にしてるみたいで、なんかペースが狂ってしまいそうだった。 そこから脱出するには、こっちもポケモンを出すしかない。 オレは腰のボールをつかむと、左右に二つずつ軽く投げ放った。 次々と口を開き、中からオレの大切な仲間たちが姿を現す。 リッピーにルース、ルーシーとレキだ。 「リッピーっ♪」 リッピーは飛び出してくるなり、軽いステップでワカシャモの傍へ寄っていった。 「シャ、シャモっ!?」 ニコニコ笑顔で近寄られ、さすがのワカシャモも驚きを隠しきれなかったんだろう。 二、三歩下がって、リッピーをジロジロ見ている。 リッピーのマイペースには、相手の性格なんて関係ないんだろう。 速攻で自分のペースに落とし込む……それがリッピーの最大の武器であり魅力でもあるんだ。 個性的なポケモンたちで組まれたパーティのムードメーカーを務められるのも、いつでも意気揚々としていられるからこそ。 いつの間にやらパーティの中核になってたんだから、本人にその気があるのかはともかくとしても、相当な策士だってことは疑いようがない。 「わー、見たことのないポケモンがいる〜っ!!」 アカツキは子供のように声を上げてはしゃぐと、リッピーの傍に駆けていった。 頭を撫でたりいろんな角度から顔を覗き込んだりして、『未知のポケモン』と触れ合い始めた。 うーん、今までの様子とはぜんぜん違うから、一瞬戸惑っちゃったけど……戸惑ったのはレキも同じようだった。 オレの足元にやってくると、ズボンの裾をつかんで離さない。 見慣れないポケモンがいっぱいで、どうすればいいのか分かんないんだろう。 そういえば、レキはみんなと会うのは初めてだったっけ。 バトルがあったせいで、顔見せをしてなかったな。 ちょうどいい機会だ、ここでみんなに慣れてもらおう。 「リッピー、ルース、ルーシー。新しい仲間を紹介するよ」 オレはレキを抱き上げると、みんなを呼び寄せた。 ルースとルーシーはすぐにやってきた。 アカツキとワカシャモを相手に得意の歌と踊りを披露していたリッピーも、一区切りついたところでやってきた。 みんな揃って、オレの胸に抱かれたレキに目をやった。 ほかに目のやり場がなかったんだろうけど。 でも、レキは緊張しきった面持ちで、向けられる視線に相対していた。 「ミズゴロウのレキだよ。 リッピーやルーシーと同じで女の子なんだ。仲良くしてやってくれよな」 一通り紹介すると、オレはレキを地面に下ろした。 そこへ、ルーシーがお腹の子供を外に出して、レキの目の前に置いた。 レキと子供の視線が合う。 ほんの数秒だったけど、それだけで気持ちを通わせることができたんだろう。 レキと子供は楽しそうに遊び始めた。 やるなあ、ルーシー。 大きさが同じくらいの自分の子供とレキを仲良くさせることで、自分たちに対するイメージ向上を図ったんだ。 当然、後で自分もレキと仲良くするんだろうけど、まずは似た者同士(?)を仲良くさせて、後でやりやすくしたんだ。 うーん、ルーシーも意外と策士だったりするのかも。 とりあえず、みんなはレキのことを仲間と認めてくれてるようだ。 リッピーは歌って踊りながらレキとルーシーの子供の後を追った。 ルーシーは暖かな目で遊んでいる三人(三体?)を見つめた後、ワカシャモの方に歩いていった。 こっちもまた、意外なほどあっさりと仲良くなった。 トレーナー同士が仲良しになると、ポケモンも自然とそういう風になるんだろうか。 さっきまで挑戦的な目をしていたワカシャモも、角が取れたように穏やかな表情を見せるようになった。 で……どうにも落ち着きがないのはルースだ。 知らない場所、知らない人、知らないポケモンという三拍子が揃ったんだから、臆病な性格のルースにとっては落ち着けないだろう。 でも、こればかりは経験がモノを言うんじゃないだろうか。 逃げてばかりじゃ何の解決にもならない。 「ルース、知らないポケモンがいるから驚くのは分かるけど……ほら」 ルースはいつの間にかオレの後ろに隠れてしまっていた。 アカツキやカエデからの視線を包丁か何かと勘違いしているのか、オレを盾にしてる形だよな。 あんまり誉められることじゃないと思うんだけど…… でも、その怖がりようが尋常じゃないと思ったのは、オレの肩をがっしりつかむルースの手がブルブル震えていたこと。 怖いっていう次元の話じゃない。 恐れ、恐怖……そんな感じにすら思えてくるんだけど。気のせいだろうか? 「あの……アカツキ」 「なんだ?」 恐る恐る声をかけてくるアカツキ。 指差した先にはオレがいる。 でも、彼が指を差しているのはルースだろう。 「なんか、君のバクフーン――ルースって言うんだよね。 すっごく怖がってるように見えるんだけど。気のせい?」 気のせいじゃないと思いマス。 オレは即座に頭を振った。 誰が見ても、ルースがビクビクしているのが分かるんだ。 知らない場所に独りぼっちで放り出された子供のように、周囲のすべてに怯えている。 でも、今回はなんか違うな。 手が震えるほどの恐怖を与える相手って言ったら…… 「バクフーンっ♪」 うっとりするような声を上げながら、耳ぴくぴく動かして頭上のリボンを左右に揺らすカエデ!! ……この場合、彼女しかいないだろ!! 「バク、バク、バク……」 カエデは身体を震わせると、 「バックフ〜ンっ♪」 黄色い悲鳴を上げながら駆け出した。 その先にはオレ……じゃなかった。ルースだ!! ビクッ!! 直接見えなくても、ルースが身体を一際大きく震わせるのを、オレは肩から伝わるかすかな衝撃から感じ取っていた。 「バク〜っ!!」 情けない声を上げ、ルースはカエデの猛突進から逃れるべく彼女に背を向けて駆け出した!! ……ってヲイ。 女の子に言い寄られたからって逃げる男がいるか、普通!? いくらなんでも情けなさすぎ!! オレと同じことを考えているのか、アカツキも唖然としていた。 オレたちが呆然としているのをいいことに、カエデは一目散にルースを追いかけている。 必死の形相で逃げているルースはともかく、他のみんなは「我関せず」みたいな感じで完全に無視している。 まあ、こういうのに好き好んで首突っ込もうっていう神経の方が尋常じゃないよな、普通…… 一方、楽しそうな顔でルースを追いかけるカエデ。 背後に隕石が迫っているかのように、必死の形相で逃げまくるルース。 同じバクフーンだっていうのに、なんでこんなことになってんだ? 意識の片隅がシラけ始めているのを知覚しながらも、オレは処置なしって感じで、カエデとルースのやり取り(?)を見ているしかなかった。 普通……っていうと語弊があるかもしれないけど、同じ種族のポケモンって基本的に仲がいいんだよな。 同じ環境で暮らしていることが多くて、いろいろと共通の話題……みたいなのもあるはずなんだ。 いくらルースでも、同じバクフーンという種族のカエデが相手なら、まともに向き合ってくれるんじゃないか……? なんて、触れ合ってくれるんじゃないかと思ったんだけど。 やっぱ、ルースにはハードルが高すぎるんだろうか? いや、そんなことはないはずだ。 バトルで見せる熱い闘志は、普段の臆病さを微塵も感じさせないほどの凄まじさを誇るんだ。 口から吐き出す紅蓮の炎に偽りなど何一つないはずだ。 でも、今回は普通じゃない。 少しずつではあるけれど、ルースとカエデの距離が縮まっていく。 何かに夢中になった女の子は強くなる……という言葉が頭ん中に浮かんでくるほど、カエデはとにかく素早かった。 元々の実力もあるかもしれない。 それからほどなく、必死の逃亡もむなしく、ルースは追いつかれてしまった。 勢いよくジャンプしたカエデにボディプレスされ、その場に倒れ込む。 「あーあ……」 アカツキが小さく漏らしたのが耳に入ってきた。 こうなることが分かってたみたいだけど……止めても無駄だって思ってたんだろうなあ。 女の子って、これだと決めたことを簡単にはあきらめたりしないものだ。 ここでオレが割って入れば、カエデに返り討ちに遭うのが関の山。 なんでだか、そういうことだけは考えるまでもなく分かってしまう。 カエデはオレの立ち位置をちゃんと計算しているのか、オレが捕獲光線を出しても、カエデの背中に当たるだけでルースを戻せない。 実際にそこまで考えているのかは分かんないけど、見事にそういうシチュエーションになってるんだから、穿った見方だってしたくもなる。 「バク〜♪」 カエデはこれ以上ないほど楽しそうな声を上げると、ルースを仰向けにした。 ルースは地面に爪を立てて抵抗したけど、あっさりとひっくり返された。 その眼前に、カエデの顔があった。 ルース、とっても怯えてた。 今までで一番、と言ってもおかしくないほどだ。 何に怯えているのかって、考えるまでもない。 「なあ……」 オレはアカツキの傍まで小走りに駆けてゆくと、そっと耳打ちした。 「止めなくていいのか? いや、止めてくれ」 「止められるなら止めてるよ」 返ってきたのは、至極当然の答え。 そうだよな……止められれば止めてるよな。 アカツキって、そういうタイプのトレーナーだろうし。 止めないってことは、止められないってことだ。 しかし、トレーナーですら止められないようなポケモンって一体どんなんだろうか? たとえば、恋する乙女のような心を持ったポケモンとか……いや、まさかね。 カエデの横顔は、恍惚に満ちたものだった。 対照的に、ルースは肉食獣に迫られた草食獣みたく、怯えきったものだった。 全身の毛が真っ白になってしまいそうな……そんな表情。 「なあ……」 どうにも落ち込んでしまいそうな気持ちに歯止めをかけるべく、オレはアカツキに言葉をかけた。 「カエデ、なんか楽しそうだよな」 「うん。だって、ぼくと出会ってから、同じバクフーンと出会ったの、これが初めてだから。 きっと、同族ってことで親近感が沸いたんじゃないかな、君のルースに」 「なるほど……」 ルースとは逆ってワケだ。 オレはアカツキの言葉にあっさり納得した。 ルースは同族云々以前に、知らない人や知らないポケモンがいるってだけで消極的になってしまう。 反面、カエデは同族と出会ったことで、ハートに火がついてしまったんだろう。 ルースと遊びたいのかもしれない。 やってることがそういう意味なのかはともかくとしても。 まあ、ルースには悪いけど、このやり取りを見ていることにしよう。 オレが横に回りこんだところで、カエデはまた身体の向きを変えたりして、妨害をしてくるだろう。 だったら、最初からあきらめてしまった方が楽だ。 ……がんばれ、ルース。たまには君にもこういう経験が必要だ。 と、勝手なナレーションを胸のうちで付け加える。 荒療治だけど、これで臆病な性格が一新されればいいなあ……って。期待しすぎか。 「バク〜っ♪」 ノリノリのカエデ。 「バクぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」 怯えているルース。 女の子にじゃれ付かれた程度――しかも同族――でうろたえるような気弱なところがいけないんだな、きっと。 「カエデ、ホントにじゃれ付いてるつもりなのか?」 カエデの顔が怯えきったルースに近づいて行く。 見せ付けるように、ゆっくり、ゆっくりと。 オレはアカツキに訊ねずにはいられなかった。 だって、じゃれ付くつもりなら、押し倒した時点でじゃれ付くだろ。 でも、カエデは結構回りくどいことしてるようにしか見えないんだ。 「うーん……」 アカツキはなにやら神妙な面持ちで唸りながら、 「ごめん。ぼくにも分からない」 すでに予想の範疇を超えているってことなんだろう、目の前で進行している事態は。 アカツキでさえ、カエデをモンスターボールに戻せずにいる。 怯えているルースはともかく……カエデ本人がとても楽しそうにしているからだろうか。 お互いの鼻が触れる寸前でカエデは前進をやめた。 ニコニコ笑顔をルースに向ける。 「バク……バク……」 ルースは全身を震わせ、今にも泣き出してしまいそうな表情。 ……っていうか、普通なら泣いてるよな。 泣きたくても泣けないような状態だってことか? 勝手な想像を膨らませていると、 「バク〜っ!!」 うわっ、本気で泣いた!! 鳴き声、という意味じゃなくて、普通に泣いたんだ。 その拍子に口を大きく開き、猛烈な炎をカエデ目がけて吐き出した!! 「うわぁぁっ!!」 「ルース、落ち着け!!」 これにはさすがにアカツキも頭抱えて悲鳴を上げた。 ルースの吐き出した炎はカエデの頭をまともに直撃した!! それどころか、噴火したような勢いで空を焦がす。 火炎放射……どころか、全力投球の大文字をも凌ぐほどの威力を、ルースの吐き出した炎は秘めていた。 炎タイプのポケモンは、当然炎の攻撃には強い。 でも、ノーダメージというワケじゃない。 あくまでも炎に『強い』だけで、自分の体温よりも熱い炎を受けたら熱いと感じるし、ダメージだって受ける。 カエデだって、これほどの炎を受けて無傷でいられるはずがない。 あー、これで機嫌を悪くしなければいいんだけど…… 機嫌を損ねたカエデがどんなことになるのか、想像したくないんだけど、なんとなく分かってしまう。 カエデはルースに迫った体勢のまま、為す術もなく炎を受けていた。 あー、すごい炎を受けて逃げるに逃げられなくなったのか……それは思い込みにしか過ぎなかった。 息が切れたのか、ルースは炎を吐くのをやめた。 炎が消え、カエデは……何事もなかったかのように佇んでいた。 笑みを浮かべたまま。 こ、こ、ここここ…… 『怖ッ!!』 思わず漏らした悲鳴は、アカツキと見事に重なった。 トレーナーですら怖いと悲鳴を上げるような状況とはいかなるものか。 しかも、自分のポケモンに対して上げる様は。 「カエデ、大丈夫なの!? 頭おかしくなってないよね!?」 アカツキは声が裏返っていることにも気づいていない様子で、カエデに問いかける。 おかしくなりそうな気持ちをつなぎとめるためという意味合いが大きいのかもしれないけど。 「バクフーンっ」 カエデは何事もなかったかのように頷いてみせた。 確かに、炎を浴びたはずの上半身には、焦げ目の一つも見当たらない。 大文字すら上回るだけの炎を受けても、平気だったっていうのか? いや、そうだとしても素直には信じられないし。 ――あなたのためなら火の中水の中……ってことなんだろうか? あー、でもあれって、単なる言葉の文なんじゃなかったけ? 「ああ……カエデ、ホントにルースのこと好きになっちゃったんじゃ……」 恍惚にすら見えるカエデの表情に、アカツキは呆然とつぶやいた。 「マジかよ……」 オレはげんなりしながらも、その可能性を捨てることができなかった。 同族、異性、同じくらいの体格…… あのー、カエデがルースのことを好きになるような要素が全部揃ってるような気がするんですけど。 それに、カエデがルースのことを好きになっちゃったんなら、ルースを追いかけ回したり、ボディプレスしたり、仰向けにしたり…… そういうことをするのも当然といえば当然のような気がするな。当のルースがどう思ってるかはともかくとしても。 「ば……バクぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」 ルースは火のついた紙のような勢いで泣き出すと、手足をメチャクチャに動かして暴れ始めた!! なりふり構わず迫ってくるカエデに対する恐怖が爆発したんだろう。 でも、現実っていうのは時に残酷なもので…… 必死の抵抗もむなしく、ルースはあっさり抑え込まれ、身動き一つ取れなくなってしまった。 カエデって恐ろしく上手なんだな。 元々ルースより強いってこともあるかもしれないけど。 男の子をこうもあっさり抑え込んでしまうなんてさ。 「えっと……これから何をするつもりでいるんだ?」 自然と、次の展開に気持ちが移った。 カエデがルースのことを好きになってしまったのなら、押し倒し、抑え込んだその次にやることと言えば…… 想像が一線を越えたところで、ようやっとアカツキが止めに入ってくれた。 「カエデ、ストップ!! これ以上やっちゃダメ!!」 大声で叫びながらカエデに駆け寄る。 頭の上で、炎を受けながらもなぜか(奇蹟!?)無事なリボンを優しく撫でる。 「バク?」 ルースをがっちり抑え込みながら、アカツキの方に振り向くカエデ。 ――ええ? もう終わり? ガッカリしているように聞こえたのは気のせいだろうか……? 「…………」 うん、気のせいだろう。 空気の具合でそんな風に聞こえただけだろうと、自分に言い聞かせる。 「君がルースのことを好きになるのは分かるけど、そういうハデなことはしちゃダメだよ。 見てるのがアカツキだけだったからいいけど……」 「あんまりよくないだろ……」 オレは小声でツッコミを入れたけど、アカツキは構わずにカエデを諭した。 「あんまりやりすぎると、嫌われちゃうかもしれないから。ね?」 「バク〜っ……」 つまんない…… 不満を残していることをうかがわせる声をあげながらも、ルースを解放する。 すると…… 「バクぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!!」 ルースは飛び起きてオレに駆け寄ると、後ろに隠れてしまった。 「バクぅぅぅぅ……」 身体をガチガチ震わせながら泣き出す始末。 カエデに詰め寄られたことがそんなに怖かったんだろうか? 「なあ、ルース」 オレは身体の向きを変え、ルースと向き合った。 でも、ルースは泣きじゃくるばかりで、一向にオレの目を見ようともしない。 『男のくせに女の子に詰め寄られたくらいで泣くとは何事か!!』なんて風に怒られるとでも思ってるんだろうか? 怒るつもりなんてないんだけどなあ…… こうなったら、アカツキがカエデにやってるのと同じように、こっちも諭していくしかない。 「ルース。よく聞くんだ」 オレは泣きじゃくるルースの肩に手を置いた。 トレーナーに触れられて安心したのか、ルースは顔を上げた。 涙でくしゃくしゃになった顔は、冗談抜きで怖かったっていう証明だろう。 「いいかい、ルース? カエデは君のことが好きなだけなんだ。 追いかけてきたのも、ボディプレス食らわせたのも、仰向けにひんむいたのも、全部君のことが好きだからなんだ。分かるか?」 自分でも言ってることがビミョ〜に分かんなくなってるんだけど、それでもルースを立ち直らせないと。 そんなビミョ〜な使命感を胸に、言葉を続ける。 「バクぅ……?」 本当に……? 物憂げな表情、上目遣いで見つめてくるルース。 追いかけ回され、ボディプレスされ……端から見ればじゃれついているようにしか思えない行動。 でも、ルースからしてみれば、身の毛もよだつ恐ろしい出来事だったに違いない。 そうでもなきゃ、ここまで不安げな声をあげたりはしないだろう。 「それとも……炎吐かれたり殴られたりした方が良かったか?」 ぶるぶるぶる…… ルースは頭を振った。 嫌われるよりも、好かれる方がいいのは当然のことだよな。 でも、ルースがそう思ってるってことは……もう一押しでなんとかなる。 オレは確信し、ルースを納得させる切り札となる言葉を口にした。 「ルース、あれはカエデなりのコミュニケーションなんだ。 ちょっと普通じゃないし、特大の炎食らっても顔色一つ変えなかった時には本気で怖いって思ったけど……まあ、それはともかく。 カエデは同じバクフーンっていうポケモンに出会えて喜んでるんだよ。 ルースだって、ホントはうれしいんだろ? 同じ種族のポケモンって大概仲がいいって聞くし…… 仲良くしたいって思うんだったら、少しは頑張らなきゃいけないぞ。な?」 「……バクぅ……」 ルースは弱々しい声を漏らしながらも、大きく頷いた。 カエデが『異性』に対する『行動』をしてたんじゃないと、そこんとこの誤解はきっちり解いとかないと、後々ややこしくなる。 「ってワケだから……」 オレはルースの後ろに回りこむと、そっと背中を押した。 顔を上げると、視線の先にはカエデがいた。 さっきみたいに楽しそうな表情じゃない。 それどころか、ちょっと淋しげにも見える。 悪いことをしたと反省してるんだろうか? いや、それにしては妙だ。 『やりすぎた』と『反省』は似ているようでまったく違うものなんだから。 「ちょっとずつだっていいさ。 カエデが君のこと好きになってること、受け止めてやってくれないか?」 「バク……」 ルースは躊躇いがちな態度を見せながらも、一歩ずつ、歩幅は小さくてもゆっくりとカエデに向かって歩いていく。 うん、それでいい。 ルースだって、元は臆病な性格じゃなかったはずだ。 カエデが今のこの性格を変えてくれるかもしれない。 そのキッカケをルースに与えてくれるかもしれない。 「バクぅ……?」 ルースはカエデの傍まで歩いていくと、恐る恐るといった感じで手を差し出した。 差し出された手とルースの顔を交互に見やるカエデ。 ――どうしたの? そんな顔をしているのは、ルースがさっきみたいに怖がってないことを不思議に思ったからだろう。 なんとなく、そんな気がしたんだ。 でも、カエデはすぐにルースの手を取って、ギュッと握りしめた。 「バクフーン♪」 さっきの笑顔が戻るカエデ。 相対しているルースに怯えは見受けられない。 ハードルを一つ、それも飛びきり高いのを超えることができたんだ。 あとは小さなハードルばかり。超えようと思えばいつだって軽々と超えられる。 「これでいいんだ……きっと」 ルースが頑張ってくれたように、オレもこれからもっともっと頑張ってかなきゃいけないんだよな。 なんか、今のルースを見てると、逆に励まされるようだよ。 あー、励まされてるって思うなんて……オレもずいぶんとヤキが回っちまったんだろうか。 「カエデ、よかったね。 ルース、カエデと友達になってくれるってさ」 ルースと握手しているカエデに駆け寄って、その背中を叩くアカツキ。 「バクフーンっ♪」 カエデの顔に浮かんだ笑みが、さっきとまた違って見えた。 『同族』に向けていた笑みじゃなくて、『友達』に対する笑みになったみたいだ。 その笑顔が太陽みたいにまぶしく見えて、オレは目を細めた。 吹き抜けていく風は暖かく、優しかった。 To Be Continued…