ホウエン編Vol.01 新たなる地方、新たなる出会い <前編> ミシロタウン――それがオレが今いる町の名前だ。 パッと見た感じ、マサラタウンとそんなに差は見られない。 いわゆる片田舎ってヤツで、落ち着いた雰囲気の漂う町だ。 まあ、そんなことを公言しようものなら、間違いなく袋叩きに遭うだろうけど。 『南のミシロ港で船から降りて、ホウエン地方の第一歩を踏み出した!!』 ……ってな具合に興奮してたんだけど、のどかなミシロタウンの町並みを見て、興奮が一気に冷めてしまった。 だけど、ドキドキしてる気持ちは変わらない。 だって、通りを行く人が連れているポケモンは、オレが今まで見たことがない種類のポケモンだったからさ。 ――後で、ポケモン図鑑で調べてみよう。 そう思いながら、オレはオダマキ博士の研究所を目指して歩みを進めた。 これから向かう研究所の主――オダマキ博士は、ホウエン地方のオーキド博士と言われるほどの著名な研究者で、オレも何度か会ったことがある。 奥さんは言わずと知れたカリンさん。 この間までカントー地方にいたんだけど、オレがマサラタウンを旅立つ数日前にミシロタウンに帰ったんだ。 オレが行ったら、ビックリするんだろうか。 なにせ、ホウエン地方に行くなんてこと、言ってないからさ。 親父が話してる可能性はあるけど、それはこの際考えないことにするよ。 道行く人にオダマキ博士の研究所がどこか訊ねると、自慢げに教えてくれた。 「そこの交差点を右折して歩いていくと、それらしい建物が見えてくるよ」 ……とのことだった。 礼を言って、言われたとおりすぐ近くの交差点を右折する。 さっきまで歩いてたのは、町を南北に貫くメインストリート。 町の中央で交差するもう一本の大きな道に、オレは踏み出した。 この交差点、規模は大きいんだけど、建物の数はとても少ない。 緑が数多く残っていて、空気も新鮮だ。 建物の形状はマサラタウンとちょっと違うけど、これはその地方の風習というか、生活の知恵の結晶みたいなものだろうと思った。 それはともかく、オダマキ博士って町の人から尊敬されてるんだなあ……さっき道を教えてくれた人の自慢げな様子からもよく分かる。 ま、じいちゃんには敵わないけどな。 だって、マサラタウンの人はじいちゃんのことをとても尊敬してるし。 熱心な信者……じゃなくて研究者を志す若人も、自分がまとめた論文を持って研究所の門を叩くことだって珍しくない。 じいちゃんはどんなに忙しくても無下に追い返したりせず、じっくりとその論文に目を通して、ちゃんと口頭で添削するんだ。 それだから、みんな光栄に思って、「オーキド博士に論文を見てもらった」って触れ回ったりする。 おかげで知名度と尊敬度がぐんぐん上昇ってワケ。 オレとしても、じいちゃんがオーキド博士でとても鼻が高いよ。 歩いていくにつれて、周囲から人家が一軒、また一軒と数を減らしていった。 代わりに、道の左右に緩やかな斜面の小高い丘が見えてきた。青々と茂った草が、涼しいそよ風になびく。 マサラタウンにも小高い丘はあるけど、こういうのって、片田舎の条件の一つだったりするんだろうなあ。 タマムシシティやクチバシティにはこういったロケーションの良い場所はないんだから。 店やビルが建って、人を呼び込むだけ。 「なんだか、マサラタウンに帰って来たみたいだ」 周囲に誰もいないから、ついそんな言葉が口をついて出てしまった。 でも、本当のことなんだ。 マサラタウンによく似てる。 望郷の念に刈られそうになったオレの気持ちのスイッチを切り替えたのは、右側の丘の斜面で寝そべっている少年と、彼のポケモンの姿だった。 「ん、あれって……オーダイルか?」 少年に寄り添っているポケモンは、オーダイルだ。 ジョウト地方に棲息してるポケモンで、同地方の『最初の一体』に数えられているワニノコの最終進化形。 好戦的な性格と言われていて、自身の持つ水タイプの技はもちろん、物理攻撃の攻撃力にも定評がある。 見たところ、すごくリラックスしているような表情で、風を感じながら心地良いまどろみの中をユラリユラリとしているんだろう。 オーダイルのパートナーである少年も、心地よさそうな表情で、楽しい夢でも見ているのか、口元には笑みが浮かんでいる。 「ああいう髪型って珍しいんだろうな……ホウエン地方には面白い人が住んでるのかな」 少年の髪型を見て、思わずそんなことを考えてしまう。 というのも、前後逆にかぶった帽子の隙間から、前髪が一房(ひとふさ)だけ飛び出て激しく自己主張してるんだから。 その他は歳相応の少年の佇まいだ。 黒いシャツの上に、白いフードのついた赤い服を着ている。黄色と黒の短パンに、短い靴下とスポーツシューズ。 オレよりも少し年上か……あるいは同じくらいか。 どちらにしても、腰のモンスターボールが、彼がポケモントレーナーであることを如実に物語っている。 ジョウト地方のポケモンを連れてるなんて、他の地方で冒険したことがあったんだろうか。 レアがつくほど珍しいポケモンではないけれど、他の地方のポケモンを連れてるんだから、それ相応の経験者なんだろう。 そうこう思っているうちに、オレは少年とオーダイルの脇を通り抜けた。 タイミングを見計らったように、前方に二階建ての建物が見えてきた。 少し大きめな家だけど、すぐにそれがオダマキ博士の研究所だと分かった。 研究所というイメージからは程遠い家だけど、それくらいは分かるさ。 男のカン……ってヤツかな。 空調のファンとか意味不明な機械の一部が外にはみ出ていなかったり、二階の窓際には花が飾られてたりとか、ちょっと大きい普通の家ってところだ。 そういえば、じいちゃんから聞いたことがある。 オダマキ博士の研究所は住居も兼ねていて、往来で無駄な時間を取らずに済むよう、自宅と研究所が一つ屋根の下にあるって。 じいちゃんの研究所も同じだけど、規模が違う。 敷地に住むポケモンの体調管理やモンスターボールの保管庫が一番のスペースを占めてる。 それに、ずいずんと意味不明な機械やカルテとかがいっぱいあるから、増築を何度も重ねてきたって話だ。 親父に言わせれば、昔の小さな研究所の方が落ち着けた、とか。 ま、オレ的にはどっちでもいいけどさ。 無責任な言葉を胸のうちで垂れ流しているうちに、オレはオダマキ博士の研究所にたどり着いた。 実際に来るのは初めてだけど……この奥に、オダマキ博士とカリンさんがいるんだ。 中はどうなってるんだろう? オレの知らないポケモンがたくさん……ってほどじゃなくても、何体かはいるんだろうか? 逸る気持ちを抑えるように、インターホンにゆっくりと手を伸ばす。 震える人差し指で、ボタンを押した。 ――ピンポーン。 聞き慣れた音に、ホッと心が落ち着く。 すると…… 「は〜い、どなた様ですか?」 インターホンの向こうから女性の声が返ってきた。 この声、カリンさんだ。 いつもはインドアワークで、研究所の中にこもりっきりのようだ。 「オーキド・ユキナリの孫のアカツキです」 「ええっ!? アカツキ君!? ちょっと待って今そこに行くから!!」 カリンさんはオレの名前を聞いた途端、狼狽したように声を震わせた。 まるで、掃除していない家に友人が突然やってきて、慌てた時みたいに。 でも、カリンさんって家事も研究も卒なくこなしてるとかで、掃除を怠ったりすることはないはずなんだけど……どうしたんだろ? 頭ん中に疑問符を浮かべていると、扉の奥から地響きのようなドドドドド……と物音がして、次の瞬間、扉が勢いよく押し開かれた。 身体が浮かび上がりそうな風圧に、オレはビックリしてしまったけど、カリンさんの方がよっぽどビックリしていた。 だって、驚愕に目を大きく見開いていたり、表情が引きつっていたりと、せっかくの美人が台無しになってたりするから。 「アカツキ君!? ホウエン地方に来てたの!? なんだ、教えてくれたら港まで迎えに行ってたのに……ささ、入って入って」 有無を言わさぬ口調で言葉を並び立て、背中に手を添えて研究所の中に招いてくれた。 なんか、イメージ違うんですけど〜。 前に会った時はシックな雰囲気の持ち主で、ただそこにいるだけで気品が漂ってくると言うか、空気が一変するような人だった。 だけど…… 気にする暇もなく、オレは研究所の一室に通された。 落ち着いた佇まいは、『研究所なのに住居?』と思わせるのに十分だった。 でも、その一室だけは違ってた。 ランプが点滅する電子機器がいくつも並んでいて、パソコンやポケモンの回復装置もあった。 隅っこの方で、パソコンと睨めっこしている男性がいる。 オダマキ博士だ。 白衣にTシャツ、短パンにスリッパっていう、およそ研究者とは思えない、あられもない格好。 だけど、フィールドワークをやるには、むしろ身軽な格好の方がいい。 いつでも外に飛び出せる服装でまとめてるんだ。 「あなた、お客さんよ」 開け放たれたままの扉を軽く叩き、カリンさんがオダマキ博士に声をかけた。 「んん? お客さん? 誰だね、こんな平日に」 傍のコーヒーカップの取っ手をつまみながら振り返ってくるオダマキ博士。 オレの顔を見た途端、パッと表情が輝いた。 「おお、アカツキ君。久しぶりだなあ。ずいぶんと大きくなって……」 立ち上がり、歩み寄ってくる博士に、オレは小さく頭を下げて挨拶した。 「お久しぶりです、オダマキ博士。お元気そうで何よりです」 「うん。君も元気そうで良かったよ。 オーキド博士からは、君がトレーナーとして旅立ったと聞いていたからね。 いつかはこの地方にも来るんじゃないかとは思っていたんだけど、まさかこんなに早く来るなんてね」 「意外ですか? そうですよね。まだ、旅立って一ヶ月ちょっとが過ぎたくらいだし……」 訊き返しといて、自分で答えてしまう。 博士がオレとの再会を心から喜んでくれているのが分かるんだ。 まるで、我が子と接しているような表情を向けてくれてる。 我が子といえば、オダマキ博士とカリンさんの一人息子のユウキは遠い街の研究所で頑張ってるんだっけ……訊く必要もないかな。 「わざわざ来てくれたのに、こんな格好ですまないね」 「いえ、お気遣いなく」 オレはかぶりを振った。 わざわざ気を遣ってもらう必要はない。 旧知の仲なんだから、お互いに気を遣っていては話しづらいだろう。 「どうだね、ホウエン地方は? 緑豊かな地方だろう」 「はい」 オレは船の上から見たホウエン本島の印象を博士に話した。 カントー地方もそれなりに自然が豊かだけど、ホウエン地方には及ばないと率直に思ったよ。 だって、砂漠や火山があるってだけで、カントー地方とはまた違った趣だって分かるじゃん? 「ところで……ホウエン地方に来たのは今日かい?」 「はい。さっき港に着いたばかりです。 これからゆっくりとこの地方を巡ってみようと思ってるんです」 「そうか、それがいい。この地方には君の知らないポケモンがまだまだたくさんいる。 知識として吸収するのも、バトルに活かすのも、どちらも大切なことだと思うよ」 博士、オレがこの地方に来た目的っていうか、やろうとしてることをあっさりと見抜いてるし。 まあ、別に後ろめたいことがあるわけじゃないから、どうでもいいことだけど…… なんか、オレって考えてることが表情に出てるんだろうか、と思っちゃうよ。 まあ、それはともかくとして…… 「ユウキがいれば良かったんだが……今はミナモシティにある知り合いの研究所で助手をやっていてね」 「やっぱり、ユウキは研究者志望なんですね」 「ああ、うれしいことだよ」 ニッコリと笑う博士。 自分と同じ道を子供が歩むのって、親としてはどんな気持ちになるんだろう。 親父はオレに『オレの道』を行ってほしいと思っていたけれど、本当は自分と同じで研究者になってほしいと言っていた。 やっぱり、うれしく思うんだろうか。 いつかは自分と肩を並べてポケモンの研究をしたり、自説を持ち寄って、言葉による火花を散らしたりするのとか。 楽しみにしてるんだろうな……博士の表情を見てると、嫌でも分かるよ。 「君はどうなんだい? オーキド博士やショウゴのように、研究者としての道は考えてない?」 「いえ……オレは最強のトレーナーと最高のブリーダーを目指します。 じいちゃんも親父も、オレにはオレの信じる道を行ってほしいと言ってましたから」 「うん。それがベストだね」 「じゃあ、ショウゴとは仲直りできたのかしら?」 カリンさんの言葉に、オレは大きく頷いた。 仲直りって言えば仲直りなんだろうな。大げさな表現だなあと思わずにはいられないけど、そうなる前は、親父のことを悪鬼のごとく恨んでたからな。 カリンさんは、親父やじいちゃんから聞いていなかったらしい。 オレと親父が仲直りしたってこと。 でも、オレの答えがイエスだと知って、笑みを深めた。 それがあるべき姿なのよと、細めた目が優しく語り掛けてくれているようだ。 「そういえば、カントーリーグに出るんですってね」 「まあ……そうです」 カリンさんは何かを思いついたように顔を上げると、手を叩いた。 「だったら、ホウエン地方のポケモンをゲットして行くといいわよ。 カントーのトレーナーにとって、ホウエン地方のポケモンって未知なる相手だもの」 「一応考えてます」 カリンさんの言葉には一理ある。 確かに、他の地方のポケモンは見慣れてなくて、それだけ戦い慣れしていない相手になる。 ゲットして実戦に投入できるくらいのレベルまで育てれば、相手に対するプレッシャーにもなる。 そのポケモンのことも詳しく分かるから、一石二鳥だ。 それくらい、オレも考えてるよ。 だからと言って、「それくらい考えてますって」なんて言えなかった。 カリンさんはオレのことを思って言ってくれてるんだから。それくらい分かるって。 ……ん? ホウエン地方のポケモン? カリンさんの言葉に、オレはピンと来た。 「オダマキ博士。ホウエン地方の『最初の一体』って、この研究所にいるんですか?」 「『最初の一体』……ああ、アチャモ、ミズゴロウ、キモリの三体のことか」 博士は顎鬚をいじりながら頷いた。 ほう…… ホウエン地方の『最初の一体』の名前は、それぞれアチャモ、ミズゴロウ、キモリっていうのか。 タイプはカントーやジョウトと同じで、炎、水、草だったりするんだろうか……? 未知のポケモンに心躍らせていると、 「一応この研究所にいるが……そうだな、わざわざ訊ねてきてくれたんだ。 君にそのうちの一体をあげようじゃないか」 「え、本当ですか!?」 思いもよらない言葉をかけられ、オレは一気にスーパーハイテンションになって舞い上がってしまった。 知らずと表情はキラキラ輝き、期待のこもった眼差しを博士に向けていた。 だって、だって、だって!! ホウエン地方の『最初の一体』をくれるって言うんだから!! こんなにありがたいことってないだろ!? ホウエン地方に来て早々、願ったり叶ったりさ。 やっぱ、最初に研究所に来てよかったぁ。 一体どんなポケモンなんだろう……ああ、早くゲットしたい!! 期待に胸を膨らませていると、カリンさんがニッコリと微笑んで博士に言った。 「あら、太っ腹ね、あなた」 「それは誉め言葉かね?」 「ええ、もちろんよ」 なぜか引きつった表情をカリンさんに向ける博士。 でも、カリンさんは笑みをまったく崩さずに頷いた。 本人は誉め言葉のつもりなんだろうけど、博士は『太っ腹』って言葉をひどく気にしているようだ。 だって、下っ腹のあたりをシャツの上からつまんでるんだから。 博士って肩書きに似合わず、カワイイとこがあるんだなあ……って思ったよ。 「それはいいとして、早速見せてあげなくては……」 下っ腹が出てるってことをよっぽど気にしているんだな。 博士は慌てて部屋の隅にある棚に駆け寄るとガラス戸を開き、三つのモンスターボールを取り出してオレの前にやってきた。 「一体どんなポケモンが……?」 オレはごくりと唾を飲み下し、博士の手にある三つのモンスターボールを凝視した。 『最初の三体』っていうと、進化前のポケモンで、新人トレーナーにも扱いやすい性分なんだよな。 様々な想像が、湖に浮かぶ小舟のように次から次へと頭の中に湧き上がった。 「みんな人懐っこいからなあ。君もきっと気に入ると思うよ。 でも、あげられるのは一体だけなんだ。そこんとこは分かっておくれ」 「はい、もちろんです」 できるなら三体ともゲットして、『最初の一体』の最終進化形トリオでバトルに臨むっていうことも考えてたんだけど、仕方がない。 一体でもゲットできれば、それだけでも十分にありがたいよ。 でも、人懐っこいんだ、『最初の一体』って。 そういや、オレとナミ、シゲルがそれぞれゲットした『最初の一体』も、やたらと人懐っこかったんだよな。 おかげですぐに仲良くなれたし、今でもラッシーとガーネットとカメックスは仲良しだ。 進化して姿形が変わっても、友情は途切れることなく今も続いてる。 今回もらえる『最初の三体』も同じように、同じ研究所にいるということで仲良しなんだろうか? だとしたら、そのうちの一体を取り上げてしまうような感じで、なんだか悪い気もする。 でも、ここにやってくれば、友達とも会えるわけだから、そんなに深刻になって考えることでもないんだろう。 「さあ、出ておいで」 博士は中にいるポケモンに呼びかけると、三つのモンスターボールを軽く放り投げた。 タイミングを計ったように、三つのモンスターボールは一斉に口を開いて、中からそれぞれのポケモンが姿を現した。 「チャモっ」 「ゴロゴロ〜っ」 「キャモ……」 三者三様という言葉が似合うほど、それぞれのポケモンの特徴は異なって際立っていた。 左で「チャモっ」というカワイイ声をあげたのは、オレンジ色の毛並みと頭上のトサカが特徴の、ヒヨコのようなポケモンだ。 真ん中は「ゴロゴロ〜っ」って、どこか間の抜けた声をあげたポケモン。 水色の身体と頭上のヒレ、それと左右の頬についたオレンジのエラが特徴だ。 最後に右だけど、「キャモ……」と他の二体と比べると控えめな声をあげていたポケモンだ。 新緑を思わせる鮮やかな黄緑の身体と、黄色い大きな双眸が特徴だ。 三体とも、カントーやジョウトの『最初の一体』とはずいぶんと趣が異なっている。 棲息環境が違うと、身体つきも違ってくるってことなんだろう。 「やっぱ、『最初の一体』ってカワイイんですね」 オレはしゃがみ込み、三体の頭を順番に撫でてやった。 すると、三体ともうれしそうにじゃれ付いてきた。 「赤いのがアチャモで炎タイプ、水色がミズゴロウで水タイプ、黄緑のポケモンはキモリで草タイプ。 見た目でタイプが分かるのが『最初の一体』のいいところだよ」 「なるほど……」 見た目どおりってワケだな。 アチャモにミズゴロウ、キモリ……確かに、カントーやジョウトの『最初の一体』も、見た目からタイプがすぐに分かるようになってる。 みんなとても人懐っこくて、キモリなんかオレの背中に飛び乗ったり、頭の上でぴょんぴょん飛び跳ねたりと、とてもやんちゃだ。 アチャモは甘えん坊で、ミズゴロウはどこかのん気なところがある。 こうも性格が違うのに人懐っこいっていう共通性があるのは、三体がとても仲良しだってことになる。 あー、できることなら三体とも新たな地方の冒険に連れてってやりたいんだけどなあ…… 交渉しても無理そうだから、断腸の思いで一体だけ選ばなきゃいけないんだな。 やっぱ、迷っちゃうよな、こんだけ魅力的なポケモンたちだから。 「チャモチャモ〜っ」 「ゴロッ!!」 「キャモぉ……」 『僕を連れてって』と言わんばかりに、自分の存在をアピールする三体。 みんな、冒険の旅に憧れを抱いてるんだろう。 でも、連れてってあげられるのはそのうちの一体だけ。 誰を選ぶかで明暗が分かれるってことはないんだろうけど、やっぱり後悔だけはしたくないな。 言っちゃなんだけど、どのポケモンを選んでも性格的には大差ないような気がするなあ。 だから、ここは心を鬼(?)にして、今必要なタイプを考えてみることにした。 アチャモは…… 「チャモっ!!」 ヒヨコらしいカワイイ鳴き声で擦り寄ってきてるけど、いきなり落選決定。 だって、炎タイプならラズリーとルースがいるから、これ以上炎タイプのポケモンを増やしても、全体的なバランスが悪くなってしまう。 となると、残りの二体――ミズゴロウとキモリから選ぶのがベストか。 「ゴロゴロ〜」 「キャモ……」 候補が自分たちに絞られたことを知ってか知らずか、ミズゴロウとキモリがさらにアピールを活発にする。 アチャモは二体に押し出されるようにして、控えめになった。 んー、なんか悪いことしちゃった気がするけど…… 『これもトレーナーとしての宿命なんだ、頑張って生きろよ!!』って応援するしかないんだよな。 さて…… ミズゴロウって言えば、最終進化形がラグラージなんだっけ。 えっと、どこで会ったんだっけか……ホウエン地方からやってきたハルカって少女トレーナーがラグラージを使ってたな。 残念ながら負けてしまったけど、そのパワフルな身体つきと圧倒的な攻撃力は、一緒に旅をする上じゃとても頼もしい。 かくいうキモリも、なんだか大物になりそうな予感。 一体どんなポケモンに進化するのか、ミズゴロウと比べると未知の領域と呼べるところがある分、楽しみなんだな。 よし、決めた!! 「決まったようだね」 「はい」 博士の言葉に、オレは頷いた。 期待するような目で見上げてくる三体。 アチャモも、まだ希望を捨てていないらしい。 そういう健気なところ見せられると、なんだか迷っちゃうんだけど、もう決めたものは決めたんだ。 そう、男に二言はねぇ!! 胸を張り、オレはそのポケモンの身体を抱き上げた。 「おおっ?」 「ゴロっ!?」 選んだのはミズゴロウだ。 「ミズゴロウ、君に決めたよ」 顔の高さにまで持ち上げて、目と目を合わせる。 すると、安心したのか、ミズゴロウはニコッと微笑んでくれた。 「ミズゴロウでいいのかい?」 「はい。もう決めましたから」 オレはミズゴロウを片手で胸に抱いたまま、もう片方の手でアチャモとキモリの頭を撫でた。 「ホントはみんな一緒に行きたかったんだけど、また機会があったら誘うからな。 その時は一緒に冒険しようぜ」 トドメにニコッと微笑みかけると、アチャモもキモリも表情を明るくして嘶いた。 できるだけ、選ばれなかったポケモンを前向きな気持ちにさせるのも、トレーナーとして大切なことさ。 「それじゃあ、アチャモ、キモリ、戻って」 博士はアチャモとキモリをモンスターボールに戻すと、元あった棚に戻した。 「ゴロ、ゴロぉ〜!!」 他の二体がいなくなったことで、気兼ねする必要もなくなったと思ったんだろう。 ミズゴロウは喜びを爆発させたようにオレの腕から脱け出すと、オレの足元を楽しそうに走り回って、無邪気にじゃれ付いてくる。 なんかくすぐったいんだけど、喜びをそうやって表現してくれるのはスキンシップの一環だから、何も言わないよ。 「ミズゴロウね……やっぱり、君ならその子を選ぶと思ったわ」 「え? 分かってたんですか?」 「まあね」 カリンさんは最初からオレがミズゴロウを選ぶと分かっていたらしい。 『らしい』というのはほかでもない、どのポケモンを選んでも同じ言葉をオレに向けて言うかも、と思ったからだ。 ま、どうでもいいことなんだけどね。 キモリを選ばなかったのは、ラッシーがいるから。 草タイプのポケモンを増やしても仕方がないんで、結果的にまだ持ってない水タイプのポケモンを選んだんだ。 草と炎タイプのポケモンは今のメンバーで完全に決定だ。 ラッシーとラズリー、ルースの三体がいれば、それだけで十分。 「ゴロゴロ〜っ!!」 ミズゴロウは周囲の空気などお構いなしに、オレと冒険できることを素直に喜んでくれている。 あー、こういうポケモンを仲間に加えると、選んで良かったと思えるんだ。 「それじゃ、君に名前をつけてあげなくちゃいけないな」 オレは膝を折り、ミズゴロウの頭上のヒレを撫でた。 「ゴロッ!!」 早くつけてと、一際大きく嘶いた。 ホウエン地方で最初にゲットしたポケモンだ。 んーっ、ゲットって言い方がいいのかは分かんないけど、新しい仲間として迎えるからには、ちゃんと名前をつけてあげなきゃいけない。 他のみんなだって、特徴ある名前を持ってるんだから。 「君はポケモンにニックネームをつけるのかい?」 「ええ。その方がみんな喜ぶと思って」 オレはミズゴロウに視線を据えたまま、博士の質問に頷いた。 種族名をそのまま呼ぶトレーナーの方が、ホントは多いんだけどね。 だけど、それじゃあ自分の仲間なのか、それともそこいらに棲息する野生ポケモンなのか区別がつかなくなるんだよ。 だから、自分の大切な仲間だという気持ちを込めて、オレはニックネームをつけてあげてるんだ。 そこんとこは人それぞれの解釈があるだろうから、それ以上は言わないけどさ。 「ミズゴロウ、水……んんっ」 なかなかいい名前が思いつかず、ひたすら考える。 一分くらい(ちっぽけだなあ、我ながら……)考えたところで、不意に閃いた。 ともすれば、頭の中で電球がピカッと明るく点灯したように。 「よし、君の名前はレキだ。よろしくな、レキ」 「ゴロゴロっ!!」 オレのつけた名前に、ミズゴロウ――レキはうれしそうにはしゃぐと、オレに擦り寄ってきた。 レキって名前を気に入ってくれたらしい。 なんでレキかって? 理由は特にないんだよな。 ミズゴロウという種族名や、水タイプのポケモンから連想される名前でピンと来たものがなかったから。 語感が良くてピッタリな言葉を探してみたんだ。 そうしたら、レキっていう言葉が胸をくすぐったってワケ。 「レキちゃんね、かわいい名前じゃない。女の子にはちょうどいいわ」 「かわいい名前ですか、ありがとうございます」 カリンさんはニコッと微笑むと、しゃがみ込んでレキの頭を撫でる。 「いい名前つけてもらったでしょ」と言わんばかりに、レキは自慢げな顔をカリンさんに向けていた。 「って……女の子!?」 レキって女の子なのか!? オレは驚きのあまり、思わず身を引いてしまった。 そこに追い打ちをかけるように、カリンさんが当たり前のように言ってきた。 「あら、分からなかった?」 「わ、分かるわけないですって。圧倒的大多数のポケモンって見た目でオスメスの区別つかないんですから」 「まあ、そりゃそうよね。 でも、レキちゃんは女の子よ。アチャモとキモリは男の子だったんだけどね」 だいたい、ポケモンはニドランを除いたほとんどの種類で、見た目でオスとメスの区別がつかない。 人間みたく、女性なら胸があるっていうような分かりやすい特徴があるわけじゃないんだ。 おかげで、筋肉隆々でいかにも男っていう外見をしていても、中身は女の子だったりすることもある。 幸か不幸か(たぶん前者だろう)、オレはそういったケースに遭遇したことはないんだけど…… そっか、レキは女の子か。 じゃあ、ルーシーとは仲良くできそうだな。 身体もルーシーの子供より少し大きいくらいだし。 ラッシー、ラズリー、リッピー、リンリ、ルース、ルーシー、レキ……カントー地方で六体の仲間を加え、ホウエン地方で七体目の仲間が誕生した。 ……ってことは、こういうことだ。 「七体目のポケモンは持ち歩けないんだな……一体誰をじいちゃんの研究所に送ればいいんだろう」 ついに来ました。 七体目のポケモンの加入による、手持ちポケモンの転送!! ポケモントレーナーやブリーダーなら誰もが知ってて当然のルール。 一人につき手持ちは六体までと厳格に決められてるんだ。 その理由は、ひとりのトレーナーやブリーダーが手持ちで均等に接することができると定義されてる数が六体ということ。 オレなら十体くらいはイケるんじゃないかと思うけど、ルールを破ってまで記録を更新しようとは思わない。 レキを手持ちで連れていきたいなら、手持ちの中から一体を、レキと交換といった形でじいちゃんの研究所に送らなきゃいけない。 正直なところ、レキと引き換えに誰を研究所に送っても、全体の戦力が低下するのは避けようがない。 結局……誰を送っても同じだって分かってるからこそ、気軽に考えることができるんだけど。 「何を悩んでいるの?」 「え……?」 カリンさんが横からオレの顔を覗き込んできた。 その顔にはニッコリした微笑み。 悩んでるように見えたんだろうか。 そうじゃなきゃ、悩んでるのか、なんて声をかけてきたりはしないよな。 いや、もちろん悩んでるつもりなんかないんだけどさ。 誰を預けても、定期的にローテーションを組んで、交代で研究所に送るつもりだから、深く考えるだけ無駄。 ……ってワケで。 「レキで七体目のポケモンだから、誰をじいちゃんの研究所に送ろうか、考えてたんです」 「ああ、そういうこと……でも、悩む必要なんかないんじゃない?」 「そうですよね。誰を預けてもローテーションで回してくだけだから」 カリンさんの言葉に背中を押されたように、オレは誰を研究所に送るか、すぐに決めることができた。 「あの、カリンさん。モンスターボールの転送装置を使わせてもらえますか?」 「決めたのね?」 「はい」 「そう……案内するわ。ついてきて」 この部屋に転送装置はない。 カリンさんの案内で、オレは転送装置のある別室に案内してもらった。 「ゴロッ、ゴロッ!!」 何が始まるのかと、楽しそうにはしゃぎながらついてくるレキ。 これから一緒に旅できるから、楽しみに思ってるんだろう。 十秒ほど廊下を歩いていったところに部屋があって、そこにモンスターボールの転送装置が置かれていた。 「ちょっと待っててね」 言うと、カリンさんは装置の電源を入れ、セットアップを始めた。 傍のパソコンを立ち上げて、すごい速さでキーボードを叩く。 詳しい原理とかシステムは分かんないけど、プログラムを展開しないと、ちゃんと働かないらしい。 機械いじりが大好きな親父なら知ってるかな……? キーボードを叩いているカリンさんの背中が、不意に親父に重なった。 親父、パソコンとかすっごく得意だからな、ちょっとしたプレゼン用の資料なんか、ものの一時間でゼロから完成させちまうんだ。 離れてみて、親父がつくづく大きな存在だって、そう思ったよ。 と、ズボンの裾を引っ張られて、オレは足元に視線を落とした。 レキが前脚でズボンの裾を引っ張っていた。 「ゴロ〜っ?」 「ん、どうした、レキ?」 「ゴロゴロ〜っ?」 ――これから何するの? オレには、そんな風に聞こえた。 「これからさ、一緒に旅することになった君の代わりに、じいちゃんの研究所に一人送るんだよ」 じゃれつくレキを抱き上げて、モンスターボールの転送装置を指し示す。 釣られるように、顔を向けるレキ。 転送装置は、一メートルくらいの高さの円形の台と、その上にあるパラボラアンテナのような形の装置を一組にしたものだ。 ポケモンセンターにあるのはこれよりも小型で、テレビ電話と対になっている。 転送先の相手と双方向の回線でつないで、それからボールを転送するんだ。 今は物質をデータに変換することができるんだとか。 モンスターボールと中にいるポケモンを擬似的にデータに変換して、回線を通じて相手先に転送することができるらしい。 なんでも、ポケモンの遺伝子というか身体的な構造は、データと物質……双方向の変換に長けてるんだとか。 「さあ、できたわ。ボールを置いてちょうだい」 「分かりました」 キーボードを叩き始めてからものの一分と経ってないけど、装置はちゃんと起動していた。 その証拠に、ウィィィィィィィン、というけたたましい音が聞こえてくる。 オレはカリンさんに促されるまま、台の中央にある半円状の窪みに、手に取ったモンスターボールを置いた。 「リンリ、しばらくお別れだよ。じいちゃんのところでゆっくり休んでてくれ」 じいちゃんの研究所に送るのはリンリだ。 他のみんなももちろん候補には上げたけど、最終的にリンリに決まってしまった。 その基準はとても曖昧で、ルースやルーシーになる可能性だってあった。 ただ、どこかでリンリがベストだって折り合いをつけたってことなんだろう。 自分で決めたことなのに、なんでだかよく分かんない。 無理に理由を探ってみたところで、余計に辛くなるだけだ。 そう思って、オレは考えを途中で切り上げ、装置から離れた。 「それじゃあ、お願いします」 「分かったわ」 カリンさんは頷くと、プログラムを展開し、装置を動かした。 セットされたモンスターボールの真上にある尖った電極から、雷のような電気が放たれ、ボールを包み込む。 「……!!」 突然のことに驚いたのか、レキは呆然としていた。 うーん、水タイプだけに、本能的に電気っていうものに対して、敏感に反応してしまうのかもしれない。 バトルじゃ、電気タイプの技を食らったらそれだけで危ないからなあ……これが地面タイプだったりしたら、痛くも痒くもないんだけど。 でも、レキも進化したら地面タイプが加わって、それまで苦手としていた電気タイプなんか、食らったところで痛くも痒くもない日が来るんだ。 ボールは放たれた電気と同じ色に染まって、スッと掻き消えた。 吸い込まれるように、電気も電極に戻っていった。 何もなかったように、装置が沈黙する。 これでモンスターボールがじいちゃんの研究所に転送されたはずだ。 あとは、届いたかどうかちゃんと確認しよう。 室内を見渡して、電話を探す。 ケンジかナナミ姉ちゃんか……どっちでも、話は通しやすいだろう。 「電話、かけてるわよ。探さなくていいから」 「え……あ、ありがとうございます」 さすがはカリンさん。 気を利かせて、パソコン上から電話をかけてくれたらしい。 画面を見てみると、真っ暗になって、傍のスピーカーから「ぶるるるる……」とお決まりの呼び出し音が聞こえる。 最初から到着確認の電話をするつもりだったらしい。 やっぱり、内助の功を体現した人だから、どこまでも気が利いてるんだ。 まあ、気を遣わせてしまったみたいで恐縮なんだけども…… 何度目かの呼び出し音の途中で、ぷつっ、という音と共に画面にケンジの顔が映った。 「お?」 「オーキド研究所ですが……って、カリンさんじゃないですか。傍にいるのはアカツキ?」 オレの存在に気づいたようで、ケンジはパッと表情を輝かせた。 オレも口元に笑みを浮かべて、画面に映るよう、カリンさんの傍に立つ。 「よう、元気かケンジ?」 「当たり前じゃないか。それより、君、オダマキ博士の研究所にいるのかい?」 「ああ」 「ナミから君が旅に出たって聞いてさ。 僕やナナミさんにも話をしてくれれば良かったのに……餞別くらい、してあげられたんだから」 言って、ケンジは残念そうに肩をすくめた。 あー、そういやケンジやナナミ姉ちゃんには話もせずにマサラタウンを出てきちまったからなあ。やっぱり気にしてたか……とりあえず、謝っておこう。 心配かけちゃったかもしれないし。 「悪ぃ。船が出るまで時間がなかったからさ、ホウエン地方に着いた時にでも連絡しようかと思ってたんだ」 「でも、元気そうで何よりだよ」 「ああ」 「それより……」 このまま話し続けているとキリがなくなると思ったのか、カリンさんがちょうどいいところで割り込んできた。 画面の向こうで、ビクッと身体を震わせるケンジ。 一体どうしたんだ? オレに見せる表情とはまるで別だけど……ま、どーでもいいんだけど。 カリンさんは何事もなかったように、ケンジに切り出した。 「ケンジ君。さっき、そっちにモンスターボールを転送したんだけど、ちゃんと到着してるか確認してもらえる?」 「あ、はい、分かりました。少々お待ちください」 なにやら妙に事務的な言い方をすると、画面が変わった。 オルゴールの音楽に乗って、『保留中』の三文字がなにやら左右に揺れている。 モンスターボール保管室に行ったんだろう。 じいちゃんの研究所で転送装置があるのはそこくらいだし。 「あら……保留になったわ。そこまでしなくてもいいのに……」 画面に目を留めたまま、今度はカリンさんが肩をすくめた。 でも、これもケンジなりの気遣いだろう。 電話をつないだままで、ガチャガチャと物音を立てるのが忍びないんだろう。 まあ、確かにそりゃそうだけど、何もそこまでしなくてもいいのに……そう思ってるのはオレも同じだ。 「転送装置の傍に電話があるんじゃないの?」 「モンスターボール保管室じゃない場所で電話に出たんじゃないですか?」 「ああ、なるほど……」 保留するんだったら、それくらいしか考えられないだろう。 そんなには間違ってないはずだ。 それからほどなく、画面が変わって、ケンジの顔が映った。 「これですか?」 顔の高さに持ってきた手の上に、モンスターボールがある。 「ああ、それそれ」 うん、これはリンリのボールだ。 ちゃんと転送されたんだ、良かった……オレはホッと胸を撫で下ろした。 「もしかして、君が抱いてるそのミズゴロウの代わりに送ってきたの?」 「そうなんだ。オレの新しい仲間のレキさ。 ほら、レキ。あいつはケンジって言って、オレの友達なんだ。さあ、あいさつしような」 胸に抱いたレキに、画面に映ったケンジを紹介する。 目をパチパチさせながら、レキがニッコリ微笑む。 「ゴロっ!!」 頭上のヒレを左右に振りながら挨拶。 ――よろしくね、あたしレキっていうの!! そう言ってるように聞こえました。 元気なレキを見つめ、ケンジは口元の笑みを深めた。 「レキっていうんだ。よろしくね、レキ。 それより、君はもうホウエン地方でポケモンをゲットしたんだな。 時間的に、着いたばかりじゃないのかい?」 さ、さすがに鋭い…… オレはドキッとしたけど、辛うじて表情に出すことなく、いろいろあったんだよ、と一言漏らした。 うーん、さすがにオダマキ博士からもらったんだ、なんて言えないよな。いくらなんでも。 そこんとこはカリンさんも承知してくれているみたいで、特には言わなかった。 「それはそうと、このボールの中のポケモンって?」 「ああ、リンリだ。 おとなしい性格だけど、すぐにみんなと打ち解けられるんじゃないかと思ってさ」 「へえ……」 オレの言葉に興味深そうに耳を傾けると、好奇心の塊のような視線を手にしたモンスターボールに注ぐ。 「ガラガラって好戦的なポケモンだから、おとなしい性格ってのは珍しいんだと思うんだよね」 「まあ、そりゃそうだけど……」 おとなしいガラガラって、珍しいもんな。 ケンジの目つきが、如実に物語ってる。 ――このガラガラ、とっても珍しいから、観察のしがいがあるよ!! 気になったポケモンはスケッチブックを片手に、トコトンまで観察するってのがケンジの研究スタイルなんだよな。 まあ、リンリとしても注目されることを悪くは思わないだろうし、気に触れられるようなことさえなければ、それでいいんじゃないだろうか。 「そういうわけでさ、ケンジ。 観察ならいくらしてくれても結構だから、リンリの世話を頼むよ。 こうやって真正面から頼めるの、ケンジだけだからさ」 「オッケー、任せといてよ」 ケンジは得意気な笑みを浮かべると、ボールを持っていない方の手の親指を立ててみせた。 オレの承認を取り付けられたことで、気をよくしてるな。 一段落したところで、カリンさんがケンジに問いかけた。 「ケンジ君。オーキド博士はいつになったらお戻りになるの?」 「明後日の夕方に戻られると聞いています。何か急用があるんですか? でしたら取り次ぎますけど……」 「ううん、そういうんじゃないわ。 ただ、学会で忙しいんだろうなと思って……結構お年を召していらっしゃるから。ちょっと心配になってね」 カリンさん…… 心配りのある優しい口調から、カリンさんが心の底からじいちゃんのことを心配してくれているのが分かる。 同じ研究者としてじいちゃんのことを尊敬しているのはもちろんだけど、それ以上に一個人としてじいちゃんと親交があるからこそ、 そういう風に素直に心配してくれるんだろう。 「…………」 「…………」 そこから話が途切れて、しばらく画面越しに見つめ合うオレたち。 あー、何を話せばいいんだろう……? なんだか妙にシンミリしちゃったけど、このまま無駄に回線つなぎっぱなしにするのも悪いよな。 せめて何か話を……と考えをめぐらせると、すぐに見つかった。 「ケンジ。リンリを出してもらえるか?」 「オッケー。出ておいで、リンリ」 ケンジはオレの言葉に頷くと、手に持ったボールを軽く放り投げた。 ボールは画面の外に飛び出したところで口を開いたんだろう、すぐにリンリが姿を現した。 「…………?」 リンリは不思議そうな目で画面越しにオレを見つめてきた。 「なんでそんなところにいるの?」と言わんばかりだ。 うーん…… そういう目で見つめられると、ホントに悪いことしたような気分になっちゃうんだよなあ。 でも、話を振ったのはオレだ。最後まで責任持たなくちゃ。 「リンリ。しばらくそっちでくつろいでてくれないか。 もうちょっとしたら、他のみんなと入れ替えて一緒に冒険しような」 「…………」 オレの言葉に、リンリは黙ったまま頷いた。 進化する前――ひいては出会った時からこんな感じで、声もほとんど出さないんだ。 出せないっていうよりも、意識して出さないようにしてるって感じなんだろうけど。 じいちゃんの研究所の敷地に住んでるポケモンたちと友達になって、寡黙な性格も少しはオープンになればいいなって思ってる。 いつもクールにキメてるのはいいことかもしれない。 冷静に物事を見るってのも大切なことだって思う。 でも、なんか冷めたヤツって見られることだってあるだろうから、少しは熱い(あっつい)ハートってのも知ってほしいんだ。 「そういうわけだからさ、ケンジ。 リンリのこと、頼んだぜ。おとなしすぎて張り合いがないかもしれないけど……それがリンリのいいところだからさ」 「オッケー、任せといて」 ケンジは自信たっぷりな顔で頷いてくれた。 おとなしいガラガラなんて、面倒見甲斐のあるポケモンだって思ってるんだろう。 研究がてら、いろいろとやってくれれば一番いい。 ケンジに任せておけば間違いない。優しいし面倒見はいいし、敷地のポケモンからは結構慕われてるからさ。 「じゃあ、またな」 「ああ。君もホウエン地方での冒険、頑張ってね」 そこで電話を切った。 画面がブラックアウトする。 「気は済んだかしら?」 「はい。ありがとうございます」 オレはカリンさんに向き直って、小さく頭を下げた。 ホウエン地方の『最初の一体』をくれた上に、モンスターボール転送装置や電話まで使わせてもらったんだ。 これ以上望むのは罰当たりというものさ。 「それじゃあ、さっきの部屋に戻りましょう」 カリンさんは笑顔で頷くと、パソコンをシャットダウンし、装置の電源を切った。 装置から発せられていた唸るような音も、徐々に聞こえなくなる。 装置が完全に止まったことを確認してから、オレたちはさっきの部屋に戻った。 「あら……?」 先に部屋に入ったカリンさんが小さく声をあげる。 何かあったのか……そう思いながら部屋に入ると、見知らぬ少年がオダマキ博士となにやら話に興じていた。 「ん……?」 完全に知らないヤツかと思ったけど、そういうわけでもなかった。 研究所と町中を結ぶ道の途中……その脇にあった丘でオーダイルと寝そべっていた少年だ。 オーダイルの姿は見えないけど、腰に差したモンスターボールに戻っているんだろう。 少年と博士の話は、オレたちの入室によって途切れた。 なんか、話の腰を折ってしまったような感じで、悪い気がしたけれど、博士も少年も気を悪くした様子もなかった。 「おや、もうモンスターボールを送ったのか?」 「まあね。積もる話をしたわけでもないから」 博士の問いに、カリンさんは小さく頭を振って答えると、少年の方に向き直った。 「それより、いつ来たの? 来てるって分かってたら、お茶の一杯でもごちそうしていたんだけど」 「ううん、そんなに気を遣わないで、おばさん。 今度のフィールドワークがいつか、それをおじさんに聞きに来ただけだから」 お……おばさん!? おじさん!? この人一体何者様!? 妙に馴れ馴れしい態度の少年に、オレは絶句するしかなかった。 ミシロタウンの住人で、オダマキ博士やカリンさんとは昔からの知り合いなんだろう。 それくらいのことは分かるんだけど……やっぱり、オレよりも付き合いが深いってことなんだろうな。 気軽におじさんおばさんなんて言えるあたりは。 なんて思っていると…… 「で、いつになりそう?」 「明後日あたりにはトウカシティの方に行けるって言ってた」 「そう。良かったわね。 最近は立て込んでてフィールドワークに連れてってあげられなかったみたいだから……久しぶりでしょ?」 「うん!! 一ヶ月ぶりくらいだよ」 我がことのようにカリンさんが親身な口調で言うと、少年は本当にうれしそうに頷いた。 オレよりも年上なんだろうけど、タメに見えてきた。 しかも、フィールドワークって……オダマキ博士の助手? 遊びで連れてくほど博士もヒマってワケじゃないだろうし……となると、やっぱり助手ってことだよな。 よっぽどフィールドワークの才能があるか、あるいは熱意か。 オレの向けた視線を『値踏み』と受け取ったのか、少年は不思議そうな顔で見つめてきた。 「おばさん、この人は?」 「ああ……」 振り返ると、カリンさんは手のひらでオレを差し、 「カントー地方から来たトレーナーよ。わたしの知り合いの息子でね、君と同じでアカツキ君って言うのよ」 『ええっ!?』 他愛ない――つもりで言ったんだろう――カリンさんの言葉に、オレと少年は互いに驚愕の表情を突き合わせて声をあげた。 だって!! オレと同じ名前のヤツが目の前にいるなんて、そりゃ普通は驚くだろ!? 「うふふ、やっぱり驚いたわね。 こうなるんじゃないかとは思ってたんだけど……」 悪戯っぽい笑みを浮かべてカリンさんが言う。 絶対にからかってるな……胸のうちでオレは確信していた。 一見すると人のいいタイプだけど、中身はちょっと小悪魔っぽいところがある。 まあ、そういうところもカリンさんの魅力だったりするから、今さらどうになるものでもないんだろうけど。 それでも、からかわれるのはいい気分じゃない。 「ぼくと同じ人がいるなんて……しかも、ポケモントレーナー……だよね?」 「あ、ああ……一応」 オレと同じ名前だという少年は、恐る恐ると言った様子で訊ねてきた。 まあ、オレのカッコ見りゃ分かるよな。 モンスターボールにリュック、それと胸に抱いたレキを見れば、普通は分かる。 でも、彼はオレよりも気が強そうには見えないんだよな。 せめてオレと同じ名前だって言うのなら、もうちょっと気が強い方がありがたいような気がするのは贅沢だろうか? しかし、ホウエン地方で最初に出会ったトレーナーが、まさかオレと同じ名前だったとは。 これも何かの縁だと思った。 「ポケモントレーナーってことは……」 知らず知らずに互いに視線を突き合わせていた。 ああだこうだと語るよりも先に、トレーナーであればやることがある。 それは…… オレが口を開くよりもわずかに早く、少年――アカツキの方から誘ってきた。 「ポケモンバトルしない? カントー地方のトレーナーって、ずいぶんと久しぶりだから」 「オッケー」 オレは間を置かずに頷いた。 ホウエン地方のトレーナーがどんなものか……一度バトルして確かめてみたいと思ってたんだ。 向こうから誘いをかけてきてくれたんだから、願ったり叶ったりってヤツさ。 受けて立たない理由はない。 「おばさん、審判お願いできますか?」 「任せといて」 これまた話はすぐにまとまった。 ……ってヲイ。 「カリンさん、審判なんてできるんですか?」 いとも容易く頷いてみせたカリンさんに、オレは素っ頓狂な声で問いかけた。 すると、不思議そうな顔で首を傾げられた。 「できるわよ。あら、君には話してなかった? わたし、これでも昔はトレーナーやってたのよ」 「いや、聞いたことないですけど……」 「あら、わたしとしたことが……話してなかったのね。いやだわ、うふふ」 口元に手を当てて小さく笑うカリンさん。 いやだわ、うふふ……って。 そんなつまんないことみたいに言われても困るんですけど。 だって、カリンさんがポケモントレーナーをやってたなんて、聞いたことなかったし。 そういや、グレン島からマサラタウンに行くまで、一緒にいた時はブラッキーを見せてくれたっけ。 トレーナーをやってたなんて話はなかったな。 まあ、今は研究者をやっているわけだし、どうでもいいことかもしれないけど。 なんでだろ、妙に気になるんだよな。 親父に聞けば、何か分かるんだろうか? なんて考えていると……声をかけられた。 「えっと……アカツキ君だよね。 なんかぼく自身を呼んでるみたいで不思議なんだけど……行こう。こっちだよ」 「ああ」 オレはアカツキの言葉に頷き、彼の後について歩き出した。 オレの後にカリンさんが続く。 研究所を出て、さっき彼を見かけた丘に案内された。 「ここなら、いくら暴れても大丈夫だね」 なんて、周囲を見渡しながらつぶやく。 いくら暴れてもって……そんなバトルをするつもりなのか、もしかして? 「ルールは2対2のシングルバトルで勝ち抜き形式。 時間は無制限で、どっちかのポケモンが二体とも戦闘不能になるか、降参した時点で決着。 それでどう?」 「うん、いいよ。アカツキ君は?」 「オッケー。それでいい」 カリンさんの提案したオーソドックスなルールに決まった。 2対2のシングルバトルは数あるルールの中でも一番スタンダードなものじゃないだろうか。 出会いのしるしのポケモンバトルとしてはもってこいだ。 「それじゃあ、お互いに位置について」 カリンさんの言葉に背を押されるように、オレとアカツキは十五メートルほど距離を開けて対峙した。 ずいぶんと楽しそうな顔をしてるな……口元に自信ありげな笑みを浮かべているアカツキを見つめ、オレは思った。 自信ありげっていうよりも、ホントに自信があるように見えるんだよ。 思い過ごしでなければいいけど…… 妙な不安を紛らわすように、オレはしゃがみ込むと、レキを傍に下ろした。 「ゴロ?」 どうしたのと言いたげに見上げてくるレキに、オレはニコッと微笑みかけた。 「大丈夫。レキは傍でじっとしてればいいよ。 これからこんな風にバトルすることがあるはずだから、参考にする程度でいいからな」 「ゴロっ!!」 今後のバトルの参考になればいい。 いきなりレキをバトルに出すわけにはいかないからな。 相手の手の内も力量も読めないような危険なバトルに出すわけにはいかない。 なにせ、レキの実力もよく分かってないんだ。 ある程度使える技を把握して、戦術を組み立ててからデビューさせるのが筋ってモンだ。 「それじゃあ、ぼくの一番手はアブソル、君だよ!!」 アカツキは声を張り上げると、腰のモンスターボールを引っつかんで投げ放った!! アブソル……? 聞いたことのないポケモンだ。 ホウエン地方に棲息しているポケモンだなと思っていると、バウンドしたボールが口を開いて、中からポケモンが飛び出してきた!! 「アブルルル……」 飛び出してきたポケモン――アブソルはオレを睨みつけ、威嚇してきた。 やる気満々って感じだな。 それより、このポケモンはアブソルっていうのか。 一体どんなポケモンなんだ? ズボンのポケットからポケモン図鑑を取り出し、センサーを向ける。 「あ、それってポケモン図鑑!?」 アカツキが驚きの声を発するけど、オレは構わず画面に映ったアブソルと現物を交互に見つめながら流れる説明に聞き入っていた。 「アブソル、わざわいポケモン。 自然災害を事前にキャッチする能力を持つポケモン。 人前に姿を現すと災いが起こるとされていたことから、わざわいポケモンという呼び名がついた。 ただし、アブソルは危害を加えられなければ手を出さない性格なので、災いを起こすと勝手に思い込んでいただけである」 「わざわいポケモン、アブソル……」 オレは図鑑をしまい込むと、睨んでくるアブソルに目をやった。 呼び名はいわれのない誤解から生じたものなんだろうけど、そう呼びたくなるような雰囲気は確かに漂わせている。 白い体毛に覆われた犬のようなポケモンで、ラズリーよりも二周りほど大きいってところか。 体毛に覆われていない顔は黒っぽくて、血のように赤い双眸が微妙に危険な相手であると警戒を促しているかのようだ。 額から生えたカマのような形の角と、剣のように尖ったシッポも、攻撃手段の一つだろうから、バトルになったら気をつけなければ。 アブソルのタイプは悪。 見た目どおりって感じだけど、実際にどんな技を使うかは、戦ってみなければ分からない。 向こうの戦い方に応じて、こっちも有利な手を打てるようにしていかなければならない。 未知なるポケモンと戦う時は、相手のことを一秒でも早く理解して、それに対応する手段を的確に採っていかなければならないんだ。 とはいえ、アカツキからしても、カントー地方のポケモンは未知なる存在のはず。 序盤はお互いに大きな攻めをすることもないだろう。 どっちが先に相手のポケモンの弱点を突けるか……新しい戦い方だよ。 「オレのポケモンは……」 オレは腰のモンスターボールを探った。 相手は悪タイプ。 弱点となるのは虫と格闘タイプの技だけだ。 とはいえ、アブソルは俊敏な動きができそうだから、威力はあっても当たらないような攻撃を出したって意味はない。 ならば…… 「ラズリー、行ってくれ!!」 弱点を突けるポケモンはいない。 ならば、素早い動きと高い攻撃力を持つラズリーで攻めるしかない。 オレが投げ放ったボールはバウンドする直前に口を開いて、ラズリーをバトルに送り出した!! 「ブーっ……!!」 久しぶりのバトルということで、気合が入ってるんだろう。 ラズリーはアブソルに負けじと睨み返し、威嚇の鳴き声をあげた。 しかし、アブソルは澄ました顔で睨んでくるのみ。 冷静ってことか……お互いに相手がどんな攻撃をしてくるのか読めない以上、相手を刺激することは避けたいってところだろう。 「ん……?」 ラズリーを――いや、ブースターを見るのが初めてなんだろう。 アカツキは興味深げな眼差しをラズリーに向けると、なにやら手をズボンのポケットに押し込んだ。 一体何をする気だ……? その手元を注意深く見つめていると、なにやら細長い手帳のようなものを取り出して、開いてみせた。 ……って!! オレはアカツキが取り出した手帳のようなものの正体に気づいて、小さく声をあげた。 「ポケモン図鑑……!!」 オレの持ってるタイプとはちょっとばっかし違うけど、間違いない。 あれはポケモン図鑑だ。 正解と言わんばかりに、ラズリーに向けられたセンサーがかすかに光り、ピコピコと電子音を立てた。 とはいえ、ちゃんと考えてみれば、そんなに驚くこともなかった。 なにせ、ポケモン図鑑と現物(ラズリー)を興味深げに交互に見つめている少年は、オダマキ博士の知り合いだ。 本人の口から聞いたわけじゃないけど、ユウキとも親交があるんだろう。 ポケモン図鑑はじいちゃんとオダマキ博士が共同で研究して作り上げたもの。 だったら、彼が持っていたとしても何の不思議もない。 ただし…… オレもアカツキも、持っているのは試作品(プロトタイプ)だ。 試験的に使って、普及できるレベルに達しているかを判断するためのものに過ぎない。 とはいえ、相手もオレと同じようにポケモン図鑑で相手の特徴をつかめるとなると、楽観はできない。 「へえ、ブースターっていうんだ。炎タイプなんだね」 オレには聞こえないけど、スピーカーからは説明が流れてるんだろう。 アカツキはなにやら頷いたりしながら感嘆のつぶやきを漏らしていた。 「よーし、これでもう大丈夫だ!!」 アカツキは意気込むように声をあげると、図鑑をズボンのポケットに滑り込ませた。 掲げた拳をグッと握りしめ、その表情には揺るがぬ自信を体現したような力強さが漂う。 「……強いかも……」 その表情にほんのわずかでも気圧されてることが、自分でも分かる。 だからこそ、負けるわけにはいかない!! アブソルとラズリーが睨み合う。 見えない火花を散らし合ってる。すでにバトルは始まってるんだ。 「準備はできたみたいね」 カリンさんがお互いの場を見渡しながら言う。 オレもアカツキも無言で頷く。 「それじゃあ、始めましょう。バトル・スタート!!」 パンっ。 カリンさんが軽く手を叩いた音が、バトル開始を告げるゴングとなった。 弱点を突けないのなら、先手必勝!! 「ラズリー、火炎放射!!」 でも、相手も同じことを考えていた。 「アブソル、剣の舞から電光石火!!」 オレの指示に、ラズリーが口から紅蓮の炎を吐き出した!! 同時にアカツキの指示が飛んで、アブソルがその場で軽快なステップを刻み始める。 剣の舞……いきなり能力アップの技を使って、上昇した攻撃力から繰り出した技で一気に押し切る作戦だな。 相手に手の内を見せていない序盤でそういうことをするのって、意外と有効だったりする。 下手に技を知られていたら、いくら攻撃力を上げていたって、知らず知らずにそれを防ぐ手段を与えているのと同じだ。 あんまり深く考えてないように見えて、本当は何手も先の攻防を頭の中でトレースしているのかもしれない。 でも、ラズリーの炎が、軽快なステップを披露しているアブソルに迫る!! 直撃すればかなりのダメージを期待できるけど、そう簡単に食らってくれるはずもない。 その証拠に、炎が鼻先を掠めるか掠めないかという微妙なタイミングで、アブソルがさっと横に飛び退いて駆け出した!! 攻撃をギリギリまで引きつけてから攻撃に転じた、だと!? 今のタイミング、どう見ても紙一重だ。 ほんの一瞬遅れれば、炎の直撃を受けていただろう。 そんな危険な賭けを平気でやってのけるところからして、相当場慣れしているのは間違いない。 しかも、電光石火の勢いでラズリーに迫ってくる!! 「接近戦で一気に決めようとしてるな……」 オレは迫るアブソルを睨みながら、小さく舌打ちした。 遠距離からの炎で決められるかと思っていたけど、読み違えてた。 アブソルは接近戦でこそ真価を発揮するポケモンだ。 遠距離攻撃ができないわけじゃないだろうけど、それをしないところを見ると、接近戦の方が得意なのは手に取るように分かる。 だけど、ラズリーだって接近戦は得意だ。 全ポケモンの中でも、種族的にはトップクラスの物理攻撃力を備えている。 見た目と同じで非力かと思うと、痛い目を見るんだ。 相手が接近戦を望んでるのなら、こっちもトコトンまで付き合ってやるさ。 「ラズリー、丁重に迎え撃ってやれ。捨て身タックル!!」 ギリギリまで引き付けてから、オレは指示を下した。 刹那、音もなく駆け出したラズリーとアブソルが真正面から激しくぶつかり合った!! ごぅんっ!! 轟音が空気を震わせ、かすかな振動が身体に降りかかってきた。 激しくぶつかった二体は互いに弾き飛ばされると、揃って軽やかに着地して、再び睨み合う。 勢いは互角ってところか。 アブソルの方がスピードに乗っていたとはいえ、電光石火と捨て身タックルで互角ってのはどうにもいけ好かない。 単純な威力だけで言えば、捨て身タックルの方が圧倒的に上だ。 捨て身タックルは威力こそとても高いけど、相手にダメージを与えたらその何割かが自分にも跳ね返ってくる、恐ろしい技。 電光石火と剣の舞のコラボレーションで、威力を捨て身タックルと同等にまで高めてきたってことか…… これはいよいよ、油断できる相手じゃなくなったな。 「やるね……でも、アブソルの力はこんなんじゃないよ」 アカツキは不敵な笑みを浮かべると、アブソルに指示を出した。 「電磁波!!」 「なにっ!?」 あまりに意外な技の名前に、オレは驚いてしまった。 「ら、ラズリー、避けろ!!」 慌てて指示を出した時には、アブソルが額の角から強力な電磁波を発射していた!! 広範囲に撃ち出された電磁波は、瞬く間にラズリーを絡め取って、その動きを封じた!! しまった……!! まさか、電磁波を使ってくるなんて…… 接近戦を仕掛けてきたのは、電磁波を使えるということを予想させないためのカムフラージュ!! その上、剣の舞でダメ押しまでしてたんだから、ホントに抜け目のないヤツだ。 しかし…… 電磁波で動きを封じられるとなると、ラズリーの最大のウリである接近戦ができない。 炎なら、狙いは定まらなくともアブソルを攻撃することはできるけど、麻痺が解けるまでの間、アカツキが採ると思われる行動は…… 「アブソル、剣の舞でもっと攻撃力を高めて。それからカマイタチで一気に決めるよ!!」 能力のさらなるアップ!! アブソルは電磁波で動けなくなったラズリーを尻目に、さっきと同じように軽快なステップを刻み始めた。 今以上に攻撃力をアップして、ラズリーを次のポケモンもろともなぎ倒すっていう強引な作戦か……!! こういうシンプルな――それでいて有効な作戦を堂々と使ってくるようなトレーナーなんて、そうはいない。 ラズリーが動けないっていう有利な条件が整ったから、堂々と使ってくるだけなんだろうけど。 なるほど、炎を警戒して、近寄らずに攻撃できるカマイタチを用意してるんだ。 そこまで来ると、はじめからこうなることを狙っていたとしか思えない。 「でも、何とかしないと……ラズリー、振り解け!!」 電磁波の支配から逃れるのは簡単なことじゃないけど、それでも何もしないよりはずっとマシなはずだ。 身体を包む鈍い痺れを振り払うように、ラズリーは必死の形相で身を捩った。 でも、思うように動かない身体。 アブソルが剣の舞による強化を終えるまでの間に身体の自由を取り戻せなかったら、かなりヤバイことになる。 「ホウエン地方の冒険を黒星でスタートにするわけにはいかない……!!」 オレは拳を固く握り、奥歯を強く噛みしめながら思った。 新しい地方の、新しい冒険はまだ始まったばかりなんだ。 負けから幕開けなんて、なんかやたらと縁起悪いじゃん。 それだけはなんとしても避けなくては……!! 妙な使命感がオレの心と身体を支配していた。 ラズリーは少しずつではあるけれど、身体の自由を取り戻しつつあった。 でも、動きはどこかぎこちなく、アブソルの攻撃を避けられるほどのキレを取り戻すにはまだまだ時間がかかる。 「よぉし、カマイタチだ!!」 アカツキがラズリーをビシッと指差してアブソルに指示を出した!! ……って、もう剣の舞による強化を終えたってのか!? 信じられない気持ちのオレを余所に、アブソルは容易いことだ……と言わんばかりに角を振るい、三日月の形をした衝撃波を撃ち出した!! 衝撃波はすごい速度で縦に回転し、触れた地面を抉りながらラズリーに迫る!! なんて威力なんだ……!! 常識外れの威力に、オレは背筋が震えた。 剣の舞で攻撃力をアップしたこともあるだろうけど、ここまでの威力にまで練り上げるなんて、元々の攻撃力もそれなりに高いってところか。 こんなのをまともに食らったら、体力が満タンでも耐えられるかどうか分からない。 轟音を立てながら迫り来る衝撃波を見据えながら、ラズリーが必死に身体を動かす!! 少しずつ……いや、結構キレが戻ってきてる。今ならまだ避わせる!! ラズリーは足元に向けて炎を吐き出した!! オレは何の指示もしていない。 でも、ラズリーは自分で考えてる。 こうするのが最善策だと信じてるからだろう。 だったら何も言わないよ。 足元から噴き上がった炎は瞬く間にラズリーの身体を包み込んだ!! 「何をするつもりなんだろう……?」 アカツキが訝しげに目を細めた。 カマイタチを食らえば確実に戦闘不能。 かといって、あきらめた様子もない。 だから、何をするつもりなのか、分からないんだろう。 分からないのはオレも同じだけど……ラズリーは相手を倒すために全力で戦ってる。 なら、それをどうこう言うことはできない。 ここはラズリーに任せてみよう。 ポケモンを信じて任せるというのも、トレーナーのやるべきことじゃないかな。 都合のいい解釈だとは思うけど……それでも信じなきゃ始まらないさ。 ラズリーの身体は炎に包まれて、何をしようとしているのか、オレにも分からなくなった。 まあ、その方が表情に出したりせずに済むという意味ではいいことかもしれない。 なにせ、アカツキにだって分からないんだ。 『分からない』ほど、バトルの中において怖いものはない。 衝撃波が炎ごとラズリーを切り裂く!! 真っ二つに切り裂かれ、左右に散った炎からラズリーが姿を現す。 その瞬間、オレンジの光線が地面を抉りながらアブソルへ向かって突き進む!! 『破壊光線!?』 オレとアカツキは同時に声をあげた。 ラズリーはアブソルのカマイタチを受けながらも、破壊光線を発射したんだ。 炎で身体を暖めて、電磁波による麻痺を軽減してたんだろう。 そうでなきゃ、破壊光線なんて大技を放つことはできないはずだ。 不意を突かれ、アブソルは破壊光線をまともに食らって吹っ飛んだ!! 「あ、アブソル!!」 アカツキがアブソルの吹っ飛んだ方に身体を向けて叫ぶ。 攻撃力の高さに定評のあるラズリーが放つ破壊光線の威力は凄まじい。 この一撃で戦闘不能にできれば、最高なんだけど……さすがにそう都合よくは行かないか。 「ラズリー、大丈夫か?」 オレは破壊光線を放ち終え、力尽きたように倒れたラズリーに駆け寄り、その身体を抱き上げた。 「ゴロ……ゴロっ!?」 レキも大丈夫かと、必死に声をかけているけど、ラズリーは目を閉じたままピクリとも動かない。 今のカマイタチで戦闘不能になったか……剣の舞で大幅に上がった攻撃力から放たれたカマイタチの威力も、確かに凄まじい。 クロスカウンターと言う形でも、ラズリーは相手にダメージを与えておきたかったんだろう。 次のポケモンが有利に戦えるように、と。 「ラズリーちゃん、戦闘不能!!」 カリンさんがラズリーの顔を覗き込み、戦闘不能を宣言した。 宣言されるまでもなく戦闘不能なのは明らかだけど、一応のつもりでやったんだろう。 「ゴロっ……」 戦闘不能という言葉の意味が分かっているのか、レキは弱々しい声をあげると、しゅんとしてしまった。 バトルってこんなものさ。 レキは実戦経験がないんだろう。 だから、バトルのすごさに圧倒されている。 これから少しずつ経験を積んでいけば、自信もつくだろう。そんなに深刻になることでもない。 ただ、今は…… 「ラズリー、よく頑張ってくれたな。ゆっくり休んでてくれ」 オレはラズリーに労いの言葉をかけ、モンスターボールに戻した。 もしも今戦っていたのがラズリーじゃなくてリッピーやルースだったら、アブソルに破壊光線なんて食らわせられなかっただろう。 そういう意味では、ラズリーを出しておいて良かったって思う。 それに、ラズリーが後続に託してくれた破壊光線は無駄にしない。 オレはラズリーのモンスターボールを腰に差すと、元いた位置に戻った。 アブソルは、アカツキの前で何事もなかったようにたたずんでいる。 だけど足元はどこか覚束なくて、真っ白な体毛も地面に叩きつけられたり擦れたりしたせいか、汚れ、乱れている。 破壊光線のダメージは甚大だったけど、戦闘不能に至るほどではなかったってことか。 これなら、次のポケモンで攻撃を加えれば倒せるだろう。 ここからイーブンに持ち込むことも十二分に可能だ。 「アブソル。大丈夫?」 アカツキが声をかけるけど、アブソルは黙って頷くだけ。 大丈夫だってアピールしてるつもりでも、見てる側からすると、声も出せないほど疲れていると思えてしまう。 強がってるな……そう思わずにはいられない。 トレーナーのために、疲れていることを隠そうとしてるんだ。 わざわいポケモンなんて不名誉な呼び方をされてるけど、トレーナーのために必死になってるポケモンに呼び名や種族は関係ない。 それに、そんな風にポケモンに慕われているトレーナーが相手だからこそ、なおさら負けられない!! 「さて、次のポケモンを出してちょうだい」 「分かってますよ」 カリンさんの急かすような声に、オレは言われるまでもなく次のモンスターボールを手に取っていた。 こうなったら、オレの最高最強のパートナーで一気に決める……!! オレの強い意思を感じ取ったのか、アカツキの表情が変わった。 真剣さはよりその鋭さを増し、頼りなくも見える少年の顔つきは、どこか猛禽を思わせるようだ。 ま、そんな表情されたからってどうというわけじゃないけれど…… 「行くぞラッシー!! 君の力を見せてやれ!!」 オレは叫び、ラッシーのボールを投げ放った!! ラズリーの頑張りは無駄にしない……その強い気持ちに呼応するように、ボールはすぐに口を開いて、中からラッシーが飛び出してきた!! 「バーナーっ……!!」 深緑の王者の貫禄を十分に与える低い声で、アブソルを威嚇する。 「わお、進化しちゃったのね!? たくましくなったのねぇ……」 ラッシーの姿を見て、カリンさんが黄色い悲鳴をあげる。 年甲斐もなく、とバッサリ斬り捨ててしまえばそれまでだけど、カリンさんとしてもラッシーがフシギバナに進化したとは思わなかったんだろう。 親父やじいちゃんからそこんとこは聞いてなかったってことか……オレも進化したラッシーを今まで見せてなかったけど。 「フシギバナ……カントー地方のポケモンだね」 アカツキはフシギバナを初めて見るようで、すかさず図鑑を取り出して、調べ始めた。 草と毒タイプを持ち合わせていて、全体的にバランスの取れた能力が強みのポケモン……オールマイティな戦い方ができる。 説明とすればそんなところか。 もちろん、その説明を額面どおりに受け取ればそう思うだろうけど。 いくつかボタンを押し、十秒ほど図鑑と睨めっこしていたアカツキも、図鑑をズボンのポケットにしまって、すぐにバトルできる態勢に戻った。 攻撃力が大幅に上昇しているアブソルでこのまま押し切れるって考えてるのかどうかは知らないけど…… どっちにしたって、ラッシーの前じゃそんなことは関係なくなるさ。 「それじゃあ、バトル再開!!」 カリンさんの声に、途切れていたバトルが再び幕を開けた!! 「アブソル、電光石火からカマイタチ!!」 先手を取ってきたのはアカツキだ。 一気に距離を詰めて、至近距離からのカマイタチでラッシーを戦闘不能にしようという作戦だな。 破壊光線で大きなダメージを受けているアブソルは、持久戦じゃ不利……そう判断するのは当然だけど、それくらいはオレだって分かってる。 後ろ手に何か隠し持ってると考えるべきだけど……考えるだけ詮無いな。 アカツキの指示に、アブソルはすごいスピードで駆け出した!! スピードで相手に対抗するのは無理。 なら、それ以外の能力と技を駆使して対抗するのがセオリーだ。 「ラッシー、眠り粉からマジカルリーフ!!」 ラッシーはそう指示されるのが分かっていたように、迅速に行動を開始した。 オレが言い終わるが早いか、背中の花から粉を舞い上げた!! 陽光に照らされて淡いグリーンに輝く粉が身体に付着すると、睡魔を増幅させて、相手を眠りに陥れる。そう、眠り粉さ。 でも、この状態じゃ、まともに食らってくれないだろう。 眠り粉の届かない場所からカマイタチで一撃、ということになるのは目に見えている。 「アブソル、距離を取ってカマイタチ!!」 やはり、そう来た…… それも戦術の中に織り込み済みさ。 アブソルは途中で立ち止まると、角を振りかざしてカマイタチを発射した!! 回転する衝撃波は、触れた草を片っ端から切り刻みながら突き進んでくる!! ラッシーなら一発くらい受けたって戦闘不能にはならないだろうけど、それでも余計なダメージは受けないに越したことはない。 ラッシーは衝撃波に臆することなく、二枚の葉っぱを撃ち出した!! 得意な草タイプの技だけに、そのキレは凄まじいものがある。 眠り粉を突き破ると、衝撃波の左右に分かれて、アブソル目がけて突き進んで行く!! マジカルリーフは相手に必ず当たるからいいとして、問題はカマイタチだ。 動きの遅いラッシーは避わすことができない。 そう、『避わす』ことはできない。 ならば…… 「ラッシー、守れ!!」 『守る』技で防げばいい。 ラッシーの目の前に淡く輝く壁が現れ、衝撃波はその壁に激突して消えた。 壁も、細かくひび割れて虚空に溶けた。 「……防がれたか。でも……」 「でも?」 アカツキは小さく舌打ちしたけど、まだまだ余裕といった様子だった。 マジカルリーフは決して威力が大きいと言える技じゃない。 そのことを承知しているからだ。 でも……マジカルリーフのダメージに、オレは期待をかけてるわけじゃない。 いくら避けても執拗に追撃してくると分かっているからこそ、アブソルは避けもせず二枚の葉っぱによる攻撃を食らった!! ダメージは大したことはない。 破壊光線のダメージとプラスとしても、戦闘不能にはならなかったんだから。 でも、オレが欲しいのはダメージじゃなくて、眠りの状態異常!! ほどなく、アブソルはその場に崩れ落ちた!! 「え……!?」 突然の事態を飲み込めなかったのか、アカツキは呆然と崩れ落ちるアブソルを見つめていた。 ……普通はそうなるな。 だけど、一度タネがバレたら、二度目は通じない。 次のポケモンに同じ手は使えないな。 いくら粉を乗せても、マジカルリーフ自体を防がれたらそれまでさ。 「あ、アブソル!?」 アブソルは眠りに堕ちた。 慌てふためいているアカツキに、理解させるだけの時間は与えない!! 「ラッシー、ソーラービーム!!」 オレの指示に、ラッシーが背中の花に光を吸収し始めた!! 痺れ粉の効果で眠りに堕ちたアブソルは、攻撃でも受けない限りは時間が経たなければ目を覚まさないんだ。 ソーラービームを撃つだけの時間は十分に確保されてるはずだ。 ここでハードプラントを選ばなかったのは、あの技は『切り札』だからさ。 軽々しく使うような技じゃないんだよ。 ……ってワケで、ソーラービームで決定♪ 「アブソル、起きて!! バトルはまだ終わってないよ!!」 必死になって言葉をかけるものの、アブソルが目を覚ますはずもない。 状態異常の粉とマジカルリーフのコンボのカラクリは解けただろうけど、今はアブソルに目覚めてもらうことが最優先ってところか。 フッフッフ……これでイーブンに持ち込み確定♪ 光を吸収し終えたラッシーが、口を大きく開いてソーラービームを発射!! 空気抵抗をものともせずに突き進む光線が、アブソルを直撃!! 地面に何度も何度も叩きつけられる。これで戦闘不能は間違いない。 「アブソル、戦闘不能!!」 カリンさんの宣言が響く。 「あ、アブソル……」 アカツキは信じられないといった顔をぐったりしたアブソルに向けた。 いきなり眠らされて、そのまま一気に決められたんだから、衝撃を受けない方がおかしい。 でも……二度目はないんだよな。 次のポケモンを相手にする際は、ソーラービームかハードプラントを主軸に据えて攻撃して行くしかない。 いきなりコンボを披露することになったのは痛いけど、背に腹は代えられない。 躊躇していたら負けてしまう……目の前にいるのはそんな相手だ。 「まさか、今のマジカルリーフで眠らされるなんて思わなかったけど……でも、これで同じ手は使えないよ」 「もちろん、承知してるさ」 アカツキはアブソルをモンスターボールに戻すと、不敵な笑みを浮かべてきた。 オレも同じように笑みを浮かべて応じる。 同じ手は二度と使わない。 効果が期待できる時は使うけど、それ以外の時は別の方法で戦って行くのさ。 でも、アカツキは笑ってる。 アブソルを倒されて内心はガタガタしてるはずだけど、それでもトレーナーとしてバトルを精一杯楽しもうとしてるんだろう。 今のアカツキを見ていると、サトシを思い出すよ。 あいつ、バトルを楽しもうとする姿勢はオレをも凌いでるからな。 ホウエン地方で一人頑張ってるんだろうな……んーっ、あいつには負けられない!! 一瞬、アカツキがサトシと重なって見えた。 負けられないという気持ちが猛る炎のように膨れ上がる。 「さあ、アカツキ君。君も最後のポケモンを」 「うん」 カリンさんの言葉に、アカツキは小さく頷いた。 これでイーブン……いや、前言撤回しよう。 イーブンじゃない。 わずかにオレの方が不利だ。 アカツキはラッシーに対して有利なタイプを持つポケモンを出してくる。 相性の面では不利だから、完全な形でのイーブンにすることはできなかった。 でも、相性なんて問題ない。 ラッシーのハードプラントは、相性の壁をいとも容易くぶっ壊せるんだから。 どんな相手が出てきても、慌てずに対処して行こう。 親父のリザードンさえ倒してしまったハードプラントの威力なら、普通のトレーナーのポケモンなどひとたまりもないはずだ。 さーて、どんなポケモンを出してくる? 炎か、飛行か、毒か……あるいは氷か。 どんなポケモンでも、ラッシーのハードプラントの前じゃイチコロさ!! 胸のうちで手招きなんてしていると、アカツキは意を決したようにモンスターボールを手に取り、じっと見つめた。 特別な思い入れのあるポケモンを出してくるつもりか…… ま、どーでもいんだけど。 「勝つには、君の力を借りるしかない!! 行くよ!!」 なにやら意味深な言葉と共に、ボールを投げるアカツキ。 君の力を借りるしかない……どういう意味だ? 最終兵器みたいな言い方だなあって思っていると、ボールは放物線を描きながら口を開き、ポケモンが飛び出してきた!! 空中に姿を現したそのポケモンは…… 「な……!!」 オレはそのポケモンを凝視した。 黒い。 いや、色は微妙に黒ずんでるけど、完璧な黒というわけじゃない。どこか紫っぽくも見える。 「リザードン……色違いか……!!」 姿形は間違いなくリザードンだった。 でも、身体の色が黒ずんでいる。さしずめ『黒いリザードン』ってところか。 どんなポケモンにでも色違いという珍種がいるんだ。 色素が突然変異を起こして、普通のポケモンとは身体の色が異なる……そのポケモンを『色違いのポケモン』って言うんだ。 オレは今まで『色違いのポケモン』を見たことがなかったけど……そっか、これが世にも珍しい色違い…… 翼を羽ばたかせて空に浮かんでいるリザードンは鋭い視線でラッシーを、オレを睨みつけている。 何をジロジロ見てやがる、シメるぞと言わんばかりだ。 親父のリザードンと同じくらいの大きさで、単純な迫力で言えば親父のリザードンよりも上だ。 オレと同年代のトレーナーが連れるには『過ぎた』ポケモンなのは間違いないんだけども…。 ハードプラントを使っても、簡単に勝てる相手じゃないと、意識の片隅で警戒を促す声が聞こえる。 アカツキがこのリザードンを持ってるのには何らかの事情があるんだろうけど、今はこのリザードンを倒すことだけを考えなければならない。 気を抜けば……すぐに負ける。 なんでだか分かんないけど、そんな気がするんだ。 リザードンの漂わせる迫力が、そう思わせているだけかもしれないけど、それをただの『気のせい』と受け止めることほど愚かなことはないだろう。 こいつは手強い……本能的な直感が警鐘を鳴らしている。 「やはり、このリザードンを出してきたわね……」 カリンさんは笑みを浮かべると、リザードンを見上げる目を細めた。 やはり、か。 アカツキがこのリザードンを出してくることが分かっていたような口ぶりだけど、事実その通りなんだろう。 「それじゃ、バトル再開」 カリンさんは軽い調子で手を叩き、バトルが動き出す。 アカツキはラッシーを指差し、声高に叫んだ。 「リザードン、火炎放射!!」 ポピュラーかつ威力の高い技で一気に決めるつもりだな? それだけラッシーを警戒してるってことか。 さっきの『状態異常の粉+マジカルリーフ』のコンボ以上のものがあると。 鋭いカンをしてるけど、その中身が見抜けないんじゃ、何の意味もない。 リザードンはアカツキの指示通り、口を開くと、凄まじいばかりの炎を吐き出した!! ……って。 「強い……!!」 オレは背筋が凍りつくような感覚を覚えた。 これ以上はないほどの恐怖と言ってもいい。 というのも、リザードンが吐き出した炎は、今まで見てきた火炎放射の中でも群を抜いていたんだ。 親父のリザードンの火炎放射よりも間違いなく強い!! 親父のリザードンより強いリザードンなんてそうはいない。 あんなのをまともに食らった日には、いくらラッシーでも耐えられるかどうか疑わしい。 一パーセントでも戦闘不能に陥る可能性があるのなら、可能な限り防ぐ手段を講じなければならない。 いつにも増して頭が冴えているように思えるのは、相手がとっても強いからかもしれない。 強い相手と戦えば、自分に足りないものが何か、自ずと見えてくるものだから。 成長の絶好の機会だと、どこかで自覚しているからだ。 だからこそ……負けられない!! 「ラッシー、守れ!!」 少しは間を置いたから、この炎を凌ぐことはできるはずだ。 オレの指示に、ラッシーは眼前に淡い壁を出現させた!! よし、これで一撃目はブロックできる。 二撃目が来るまでにハードプラントの準備をしなければ……一難去ってまた一難という言葉が、今のオレには嫌と言うほど似合っていた。 目論見どおり、火炎放射はラッシーが生み出した壁に当たると左右に吹き散らされた。 「また『守る』で防御したね。でも、次は防げないよ、火炎放射!!」 アカツキが勝ち誇ったような笑みを浮かべた。 確かに…… 『守る』は一度使うと、次に使うまでに間を置かなければならない。 立て続けに使っても失敗するに決まってるんだ。 だから、確かに防ぐことはできない。 リザードンが口を大きく開く。 自慢の火炎放射を防がれたのに、その表情には一片の焦りも見られない。 トレーナーのことを信頼しているからか、それとも…… 今はそんな詮索よりも先に、やらなきゃいけないことがある!! オレは頭ん中のスイッチを切り替えて、ラッシーに指示を出した。 「ラッシー、一気に決めるぞ。ハードプラント!!」 手強かったり相性の悪い相手は一気に倒すしかない。 チビチビとダメージを与えていたのでは埒が明かない。 こうなったらラッシーの最高最強の技で一気にキメるしかないってことさ。 多少はタイプの相性でダメージを削られるだろうけど、ハードプラントに究極のトッピングを与えれば、それもたちまち無効になる。 つまり、リザードンを倒せる。 それくらいの自信がなきゃ、リスクの大きなハードプラントなんて使わせたりしない。 ラッシーが背中から蔓の鞭を二本伸ばすと、勢いよく地面に突き刺した!! 「ハードプラント……聞いたことない技だけど……」 アカツキが眉をひそめる。 聞いたことのない技だから、警戒感を強めているようだ。 でも、リザードンは火炎放射を吐き出した。 地面に蔓の鞭を突き刺したラッシーが避けられないと確信しているからこそ、何も言わないんだろう。 ラッシーが大地に力を注いでいる。 力を与えられて活性化した大地が、轟音と共に地面から巨木の幹を生み出し、リザードン目がけて撃ち出した!! ごんっ!! 地面を突き破って現れた巨木の幹に、アカツキが驚愕の表情を浮かべる。 真下から槍のような勢いで迫る巨木の幹。 まともに食らったら大ダメージになると判断したんだろう、すぐに指示を打ち出した。 「リザードン、一旦炎を吐くのを止めて相手に接近して!! 至近距離から火炎放射を食らわせるんだ!!」 賢い。 素直にその直感力を誉めたいところだけど、生憎とそういうワケにもいかない。 一見すると無茶に思える指示。 でも、実際はなかなか有効だったりする。 ラッシーが撃ち出した巨木の幹はリザードンのいた場所を虚しく貫く!! 当たれば大ダメージは間違いなかったんだけど……でも、ハードプラントはこれだけがすべてじゃない!! リザードンは炎を吐くのを止め、翼を目いっぱい広げてラッシー目がけて空を駆けた!! その背後に、巨木の幹。 ちょっとは火炎放射を食らうけど、これくらいは大目に見るしかない。避けられないし、エネルギーチャージの関係で、『守る』でも防げないんだから。 それよりも、攻撃のチャンスをみすみすフイにするようなマネだけはできない。 「成長!!」 オレの指示に、ラッシーが低く唸り声を上げながら『成長』を発動する。 一時的に能力を上昇させる技だ。 でも今は、ラッシー自身の能力を上昇させるためのものじゃない。 リザードンの背後にある巨木の幹を、ホンモノの大樹に生まれ変わらせるためのものだ!! ラッシーがさらに力を注ぐと、巨木の幹はコーティングされたように艶を帯びた。 表皮を突き破って無数の枝が生え、途中で幾多にも分かれ、その先端にさらに無数の葉っぱが茂る…… 瞬く間に、ただの幹は豊かな大樹へと生まれ変わった!! 「なっ……なにこれ!!」 瞬く間に出現した大樹に、アカツキは驚きの声をあげた。 まあ、これが普通の反応だろう。 無機質な木の幹に枝が生え、葉っぱが茂り……あっという間に別物に生まれ変わったんだから。 でも、それだけじゃない。 「行け!!」 オレの言葉に応えるように、大樹に茂る無数の葉っぱが枝を離れ、リザードン目がけて一斉に津波のように押し寄せた!! まるで意思を持っているかのごとく、一糸乱れぬまとまった動きで。 「リザードン、後ろ!!」 アカツキの指示にリザードンがその場に止まって振り返る。 と、そこへ無数の葉っぱが一斉に襲い掛かってきた!! 葉っぱはリザードンに襲い掛かると、いくつかのグループに分かれて、脚、顔、翼と身体の部位にまとわりついて、行動を邪魔し始めた!! 親父のリザードンと戦った時はこんな風じゃなかったんだけど……ラッシーは自分の意志で大樹を思うように動かすことができるんだ。 その一部である葉っぱを手足のように操ることができても不思議はない。 ……ってことは、これもラッシーの『意志』!! 自由に動けない代わりに、大樹という別の攻撃手段を手に入れたんだ。 これがハードプラントの本当の使い方…… でも、そう感心してばかりもいられなかった。 持ち前の火力を発揮して、リザードンが葉っぱを手当たり次第に焼き始めたんだ。 葉っぱなら焼いてしまえば怖くないと思ったんだろう。 でも、それに対抗するように、新しく生い茂った葉っぱが大樹を離れてリザードンに襲い掛かる!! 葉っぱを完全に焼き払うのが早いか。 それとも、葉っぱをたくさん増やしてリザードンの攻め手を封じるのが先か。 際どい勝負になりそうだ。 リザードンがまとわりつく葉っぱを焼き払い、ラッシーがさらに力を注いで焼き払われた葉っぱを補充する。 いつまで続くとも知れない膠着状態に陥るか――に見えた時だった。 アカツキが意を決したような表情を見せた。 ……大技が来る予感が電撃のように背筋を駆け抜けた。 「リザードン、ブラストバーンで一気にあの木を焼き払うよ!!」 ブラストバーン!? 『あの技』を、このリザードンも使えるっていうのか!? 言うまでもなく、アカツキは使えない技を指示するようなトレーナーじゃないはずだ。 リザードンは目を大きく見開くと、まとわりつく葉っぱの隙間に大樹の姿を認め、口を開いた!! ごうっ!! 驚異的な火力を凝縮した炎の塊を吐き出し、大樹に叩きつけた!! その瞬間、内に秘めた凄まじい火力が解き放たれ、炎の奔流となって周囲を駆け抜ける!! 広範囲にわたって炎は燃えさかり、あっという間に大樹を包み込んで巨大な松明にしてしまった。 「ラッシー、つながりを切れ!!」 ラッシーは間接的に大樹とつながりを持っている。 そうでなければ、自分の意志で葉っぱを飛ばしたりすることはできないだろう。 言い換えれば、そのつながりが残っている状態で大樹を焼き払われたり切り倒されたりすれば、ラッシーにも何らかのダメージが及ぶかもしれない。 だから、被害は水際で食い止める!! ラッシーは慌てて蔓の鞭を地面から引き抜いたけど、その先端に炎が灯っている!! 完全には間に合わなかったけど、この程度で済んでよかったと思ってるよ。 もう少し遅かったら…… オレは燃え落ちる大樹を呆然と見つめるしかなかった。 巨大な松明となって燃えさかる大樹。 ラッシーがつながりを切るのがもう少し遅れていたら、こうなっていた。 ラッシーの身体も炎に包まれていただろう。 そうなったら、戦闘不能は免れない。 とはいえ、お互いに『攻撃後は反動で動けなくなる』技を使った。 どっちが早く反動から脱け出せるかで勝負は決まるだろう。 ラッシーか。リザードンか。 早く動けるようになった方がチェックメイトの一手を突きつけられるのは間違いない。 これ以上際どい勝負というのも、前にも後にもそう経験するものじゃないだろう。 でも…… 「はい、今日のところはこれまで」 カリンさんがパチパチと手を叩いて、ラッシーとリザードンの間に立った。 引き分け……ってことか。 身体と心が緊張から解き放たれる。 「やれやれ……」 カリンさんとしても、コールドゲームになるなら引き分けにした方がいいと思ったんだろう。 まあ、オレとしても悪い結果じゃないわけだから、文句を垂れるのは筋違いというものだけど。 『勝ち』でも『負け』でもない。 引き分けだけど、言い換えれば『負けはしなかった』ってことだ。 幸先のいいスタートとは言えなくとも、上々のバトルができた風に思うよ。 いきなりこんな相手とぶつかることになるなんて、さすがに予想してなかったからさ。 「あーあ、引き分けかぁ……」 アカツキはため息混じりに漏らすと、残念そうに肩を落とした。 でも、その表情はカリンさんと同じでどこか晴々として見えた。 「リザードン、頑張ってくれてありがとう。戻って」 モンスターボールを掲げ、リザードンを戻した。 引き分けっていう中途半端な結果を潔く受け入れたってことか。 だったら、オレもそれに倣わなければならないな。まだ勝負は続けられただろうけど、審判の判断は絶対だ。 「ラッシー、お疲れさん。ゆっくり休んでてくれ」 オレもボールを掲げ、ラッシーを戻した。 その頃には、ラッシーが打ち立てた大樹も無残に焼け焦げ、炭化してしまっていた。 うーん、これはこの後どう処理するんだろうか……バトルの後始末というところまでは気が回らなかった。 だけど、ハードプラントを使ってなければ確実に負けていたことを考えると、なにげに頭痛の種として残ってたりする。 「なかなかいい勝負だったわ。 ただ、このままだとコールドゲームになりかねなかったからね。 無駄にポケモンを傷つけない配慮というのも、時に必要になるわ」 「まあ、そりゃそうですね」 いたずらにバトルを引き伸ばしにすることを善しとしなかったのは当然のこととしても、それでもなんとなく想像しちゃうんだよな。 あのままバトルが続いていたらどうなってたかってさ。 最悪、負けてたかもしれないし。 負ける前に引き分けにしてもらったのかもしれないと考えれば、仕方のないことだと納得できる。 でも…… オレはゆっくりと歩いてくるアカツキに顔を向けた。 引き分けの結果を残念そうにしてたけど、これだけのバトルができて満足してるってところだろう。 カリンさんもアカツキにくっついて、一緒になって歩いてきた。 アカツキはオレの傍で足を止めると、声をかけてきた。 「アカツキ君ってとっても強いんだね。驚いちゃったよ」 「ありがとう。でもさ、そのアカツキ『君』っての、やめてくれないか? あー、なんていうか……オレたち、あんまり歳も変わんないだろうし」 「うーん、それもそうだよね」 オレの言葉に、アカツキは納得したように小さく頷いた。 と、そこへカリンさんが横から言葉をかけてきた。 「まったくだわ。この子ね、君より一つ下なんだから。 年下の相手に『君』なんてつける必要ないと思うわよ。本人、ことさらに気にしてるみたいだし」 「そうだよね。って、ええっ!?」 諭すような口調で言われて、アカツキは素直に頷きかけ――素っ頓狂な声をあげた。 年下ってところが素直に信じられなかったんだろうか。 まあ、オレとしては同年代だってことは分かってたから――一つ年上だったとは、言われるまで分からなかったけど――、 最初から『君』付けするつもりも、敬語で話すつもりもなかったんだけどな。 「キミ、ぼくより年下だったの!?」 「いや、そんな大げさに驚かれても……」 なんつーオーバーリアクションなんだ。 これにはオレもどう返せばいいのか、言葉に詰まってしまう。 大げさに腰なんか引いたりして、さっきのバトルで見せてた真剣な表情とはまったく違う。 いや……あるいは、こっちの方が素顔なのかもしれない。 同じ名前なんだってことが、とっても不思議に思えたよ。 オレと同じような性格なんだろうかと思ったけど、そうじゃなさそうだし。 「オレは十一歳だ。 もうちょっとで十二になるけど……君はどうなんだい?」 「ぼくはあと一ヶ月くらいで十三歳だよ。本当に一つ違いなんだね」 「その割にはオレよりも子供じみてるけど」 さすがにその言葉だけは口にできなかった。 たとえ本当のことでも、言っていいことと悪いことがあるんだ。 子供じみてるってのは疑いようがない。 オレがちょっとだけ大人びてるってことかもしんないけど…… 「まあ……そういうわけだから、変に気なんか遣わなくたっていいよ」 「うん、わかった」 オレの言葉に深く頷くアカツキ。 聞き分けはとてもいいようだ。 「君のポケモン、すごくよく育てられてる。 ホウエン地方のポケモンのことはよく分からないけど、ゲットしたてじゃ、あんなに強くはならないはずだし」 オレが言ったのはアブソルのことだ。 リザードンの強さはハッキリ言って反則もいいところだった。 悪い言い方だけど、ポケモンの力量にトレーナーが追いついてないって印象を受けたんだ。 だから、リザードンについては触れないことにした。 もっとも……後でいろいろ聞かせてもらうことにはなりそうだけど。 「うん。アブソルはゲットした時もそれなりに強かったけど、今と比べると弱かったよ」 アカツキはモンスターボールをつかむと、視線を注いだ。 アブソルのモンスターボールだろう。 ゲットした時の強さがどれほどのものかは知らないけど、特別な思い入れがあるんだろう。 彼の瞳には特別な感情が宿っているように見えた。 「でも、カントー地方のポケモンも、すごく強いんだね。キミがちゃんと育てたからっていうのもあるんだろうけど……」 「まあ、それなりにはね」 言っちゃなんだけど、ハードプラントを使えるフシギバナはほとんどいない。 この技がなければ負けてたんだから、アカツキがすごく強いんだってことは分かるんだ。 でも、特別な技なんだっていうことを知っているのかどうか…… なんて思っていると、 「アカツキはカントー地方のどこから来たの? もしかして、マサラタウンとか?」 「そうだけど……なんで分かったんだ?」 出身地を一発で言い当てられ、オレは内心驚きを禁じ得なかった。 もちろん、表情には出さないようにしてたけど。 アカツキが抱くカントー地方のイメージにもよるんだろうけど、それでもいきなりマサラタウンが出てくるなんて驚いたよ。 胸のうちで驚いているオレにニコッと微笑みかけ、アカツキは言った。 「キミがさっきアブソルに向けてた機械、あれってポケモン図鑑でしょ? ぼくも同じものを持ってるけど……」 ズボンのポケットから、さっきラズリーとラッシーを調べるのに使っていたポケモン図鑑を取り出した。 近くで見てみると、オレの持つ図鑑との違いもよく見えてくる。 基本的な大きさや形状には違いが見られないけど、細かいところがちょくちょく違ってる。 じいちゃんとオダマキ博士の美的(?)センスの違いってことだろう。 「おじさん……オダマキ博士から聞いたんだけど、ポケモン図鑑って、オーキド博士と共同で研究して作った機械なんだって。 まだ試作品とかで、あんまり持ってる人がいないって聞いたから、もしかしたらオーキド博士にもらったものなんじゃないかって思って。 だったら、マサラタウンの出身なんじゃないかって思ったんだよ」 思いきり当たってるし。 ポケモン図鑑というのがどういうものなのか、それを知っていれば、オレがマサラタウン出身だと思って当然だろう。 「そこまで論破されると、驚く気もなくなっちまうけど……まあ、その通りだし」 オレは肩をすくめ、ポケモン図鑑を取り出してアカツキに見せた。 図鑑に興味深げな視線を向けてくるアカツキ。 自分の持ってるヤツと違うから、なおさら気になるんだろう。 「ちょっと形は違うけど、やっぱり同じだ」 合点が行ったように何度も頷くと、 「――サトシの持ってたポケモン図鑑と」 ぶゥッ!! いけしゃあしゃあと発したその一言に、オレはたまらず吹き出した!! 直前に顔を横に向けてたからよかったものの……いきなりサトシの名前を出すか、そこで……? マサラタウン出身ってことで、自然とその名前が出てきたんだろうけど、サトシのこと知ってるのか? 「え? え? どうしたの!?」 オレがいきなり吹き出すとは思ってなかったんだろう、アカツキは大げさに驚くと、心配そうに声をかけてきた。 「今、サトシって言った? あいつのこと知ってるのか?」 「う、うん。バトルしたことがあって」 「そういうことか……」 バトルしなきゃ、そうそう知り合う機会もないだろう。 そんな当たり前のことも思いつかなかったなんて。 不意を突かれて驚いてしまうんだから、オレもまだまだガキってことか。 あー、この場に親父がいなくて良かった。 これ幸いとからかってくるだろうから。 それからしばらく、オレとアカツキは互いに何も言わなかった。 互いに考えるところがあったんだろう。 しっかし…… サトシがアカツキとバトルしてたなんてな。 まあ、あながちありえない話じゃないんだけど、それよりも気になるのがその時の勝敗だ。 訊こうかと口を開きかけた時、カリンさんが先に言葉を発した。 「こんなところで立ち話もなんだし、一度研究所に戻りましょう。 ポケモンも回復させてあげられるし、こういう話はお茶菓子でもつまみながらするものよ」 言うまでもなく、オレもアカツキもすぐにその話に飛びついたのだった。 後編へと続く……