ホウエン編Vol.04 Commune with Partners ホウエン地方最初のジムがある街はトウカシティ。 オレはコトキタウンとトウカシティを結ぶ102番道路を西に進んでいた。 地図を見てみると、一日じゃたどり着けそうにないんで、もう少し先に行ったところにあるポケモンセンターで一夜を過ごすことにしよう。 ホウエン地方に来て早四日。 たった数日しか過ごしていないのに、カントー地方を旅してきた一ヶ月間よりも長く感じられたのは、 新しいライバルやポケモンとの出会いがあったからかもしれない。 これからどんなポケモンがオレの前に現れるんだろう? そんなことを思いながら、道の両脇に広がる豊かな森に目を向けた。 すぐ近くに小川が流れていて、町と街を結ぶ道路にいることを忘れてしまいそうな長閑さが、ここにあった。 でも、目と心の保養はそのくらいにして、オレは延々と続く道路の向こうに視線を戻した。 この道の先に、トウカシティがある。 地図によると、カントーで言うところのハナダシティかセキチクシティくらいの規模の街だそうだ。 ホウエン地方のジムリーダーは当然、ホウエン地方に棲息するポケモンを使ってくるだろう。 オレにとってはまさしく未知のポケモンだけに、相手のタイプをいち早く見抜いて、対抗策を採ることが求められるのは間違いない。 初めてづくしでいろいろ大変になるだろうけど、むしろその方がアツくなれていいかもしれない。 未知のポケモンを知ることも、オレの『成長』につながるんだ。 ホウエン地方のポケモンはカントー地方じゃ認知度低いから、カントーリーグじゃ優位に立てるだろうし。 「しっかし、人通り少ねぇなあ……」 人通りの少なさに、オレは思わずつぶやいた。 車の通る道路は高架上に設けられているとかで、実際に人と車が同じ道路を行き交うことはないらしい。 カントー地方とは違うけど、むしろその方がいいかもしれない。 単に旅するトレーナーの数が少ないだけなのか、102番道路を行く人は疎らだった。 マサラタウンのメインストリートも日中は人通りが疎らだけど、それを思い返すほどの少なさだった。 仮にも町と街を結ぶ道路なんだから、もっと人通りがあってもいいはずなんだけどな。 下手に混んでるよりはマシだから、文句は言えないけど。 「それよりやっぱり気になるのは……」 トキワジムのジムリーダーが使ってくるポケモンだ。 その時になって見なければ分からないのは言うまでもないことだけど、それでも気になるんだ。 ホウエン地方に棲息するポケモンで、オレの知らない戦術を披露してくるはずだからさ。 ホウエン地方のポケモンは、オレの知らない技を使ってくるかもしれない。 そうなると、それらの技で構成されたコンボもいくつかは存在してると考えるべきだ。 どちらにしても、相手の出鼻を挫ければ、そこから一気に相手のペースを崩すこともできるはず。 相手の出方を窺うか、あるいはオレが持ってる戦術を最初から惜しげもなく駆使して一気に攻め落とすか。 どちらがいいかは、その時その時によって違うんだろうけど、強気な姿勢でバトルに臨むべきなのは変わらない。 「どんなポケモンだっていいさ。戦って、勝って、バッジをゲットする」 カントーリーグと並ぶ、ポケモンバトルの祭典――ホウエンリーグに出場するって宣言しちゃったし、今さら後には退けないよな。 「……って、もうすぐ夕暮れか。早いな」 見上げた空の片隅が、薄い朱色に染まっていた。 ついさっきまでは見渡す限りの青空だったんだけど、考え事をしてると、時の流れが早くなるってことなんだろうか。 「そろそろポケモンセンターがあるはずだから、今日はそこでゆっくり休んで、英気を養わないとな」 明日、トウカシティにたどり着いたら、その足でジムに乗り込んでジム戦を行う。そしてバッジをゲットするつもりだ。 そのためにも、これから立ち寄るポケモンセンターで、ポケモンのコンディションをベストな状態に持っていっておかないといけない。 まあ、無理に調整する必要がないほど、みんなのコンディションはベストに近いんだけど。 それでも念には念を入れといた方が無難だよな。 空の片隅を染める朱色が、徐々にその版図を広げていくにつれて、周囲の景色も少しずつ変わり始めた。 近くを流れていた小川も見えなくなり、道の先に小ぢんまりとした佇まいの建物が見えてきた。 どうやら、あれがポケモンセンターらしい。モンスターボールのような看板が小さく見えてるあたり、間違いないだろう。 道路を行く人がこんなにも少ないんだから、多少規模が小さくても満室なんてことはないはずだけど……まあ、その時はその時で野宿すればいい。 食糧はちゃんと確保してあるし、いざとなれば自分で料理をこしらえるのもいい。 ポケモンセンターにたどり着くと、ロビーの人の少なさにホッと安堵した。 道を行く人が少なければ、ポケモンセンターを利用する人も少ない。 ある意味オレの読みは完璧に当たってて、小ぢんまりとした佇まいのポケモンセンターのロビーはガラガラだった。 オレはカウンターの奥でカルテにペンを走らせているジョーイさんに声をかけた。 ここのジョーイさんはメガネをかけてるから、ちょっとだけ他のポケモンセンターのジョーイさんと印象が違うけど、顔や髪の色はやはり同じだった。 「今晩泊まりたいんですが、部屋は空いてますか?」 「ええ、空いていますよ」 ジョーイさんは快く応じると、すぐにルームキーを発行してくれた。 「宿泊棟は右手になります」 「ありがとう、ジョーイさん」 キーを受け取って礼を言い、オレはジョーイさんに言われたとおり、ロビーの右手から宿泊棟に入った。 オレの部屋はロビーのすぐ近くだった。 ルームキーに印刷された番号と同じ番号の扉を開けて、部屋に入る。 一人用の割には結構広い部屋で、みんなを出しても窮屈しない程度の広さは優に確保されている。 それでも、常備されているベッドや机や椅子は、他のポケモンセンターとまったく同じものだったけど。 まずは換気のために窓を開け、爽やかな外の空気を部屋に取り込むと、リュックを机の上に置いて、脱いだ帽子をその上に乗せた。 みんなのモンスターボールを両手につかんで、 「みんな出てこい!!」 呼びかけながら、軽く放り投げる。 六つのボールは揃って一番高い位置で口を開いて、ポケモンを放出した!! ラッシー、リッピー、ルース、ルーシー、レキ、そして最後にリーベル。 傍に現れた、見慣れない黒い犬のようなポケモンに、リッピー以外の視線が集まった。 そういや、バトルで対峙したリッピー以外は初対面なんだっけ。顔見せもまだしてなかったな。 「ぐるる……」 リーベルが、血のような真っ赤な双眸で、一番大きいラッシーを睨みながら、低く唸る。 「……ッ!?」 それだけなのに、ルースがルーシーの後ろにそそくさと隠れてしまった。 ……敵意っていうほどの敵意はないと思うんだけどなあ。 「君、誰?」 みたいな視線を向けられてるだけだけど、リーベルからすれば、そりゃ面白くない。 なんとなく雰囲気が拗れそうな気がしたんで、オレはリーベルの傍に行くと、膝を折ってその頭をゆっくりと撫でながら、みんなに紹介した。 「みんな、新しい仲間のリーベルだよ。 見た目はちょっと怖いけど、結構穏やかな性格だったりするからさ。仲良くしてやってくれよな」 「ぐるる……」 オレの言葉に、リーベルが嘶く。 よろしく、と言ってるみたいだけど、ルースはルーシーの影に隠れて、恐る恐るといった感じでリーベルを見つめている。 自分よりも身体小さいのに、なんでここまで怯えられるんだ? 呆れちゃうのは仕方ないとしても、この性格だけは何とかしなきゃいけないなあ、と思わずにはいられなかった。 しばらく、緊張した空気が流れたけど、真っ先に友好的な態度を見せたのは、パーティのリーダーであるラッシーだった。 「バーナーっ……」 低く力強い声の中にも優しさをにじませ、友好の証である蔓の鞭をゆっくりとリーベルの目前に伸ばした。 オレと友達になった時も同じことをしたんだよな。 睨みつけられても、ラッシーは気を悪くした様子も見せなかった。 寛大さを、器の大きさを見せ付けるような格好になったけど、まあそれくらいは当然なんだろうな。 密林の王者という異名を持つフシギバナに進化しただけに、自分に自信を持って当たり前だ。 でも、だからといって自分の大きさをひけらかしたり、鼻にかけたりはしない。 そんな態度に好感を抱いたらしく、リーベルはラッシーの伸ばした蔓の鞭に前脚を軽く乗せた。 噛み付いたり引っかいたりしなかったのは、敵意がないという宣言だ。 「ぐるる……」 ニコッ。 リーベルが笑ったように見えた。 そこからは早かった。 リーダーのラッシーと新入りのリーベルが親交を結んだことで、みんなも安心して接することができるようになったんだろう。 「ゴロっ」 レキが小走りに走ってきた。 どんな相手でも物怖じせず、興味を向けるという前向きな性格が、こういう場面ではとても役に立つ。 穏やかな雰囲気のリーベルの前で立ち止まり、微笑みかける。 たったそれだけのことで、場の雰囲気が一変した。 さっきまでは結構ギスギスしてたんだけど、あっという間に和やかな友好ムードが広がった。 「ぐるぅ……」 リーベルが屈みこむ。 すると、レキがその背中に乗った。 レキを乗せたリーベルはゆっくりと立ち上がると、部屋の中を練り歩いた。 「ゴロっ、ゴロっ」 誰かの上に乗って闊歩するという経験がなかったのか、リーベルの背中の上で、レキはとてもはしゃいでいた。 レキの楽しそうな様子を、ルーシーの子供がお腹のポケットから顔をのぞかせて見ていた。 「がるぅ……」 「がーっ?」 ――乗りたいなぁ。 ――乗ってみる? 親子の間で交わされる小さな会話。 だけど、オレにだってそれくらいの意味は分かった。 「がーっ、がーっ?」 ルーシーはお腹の子供を片手で軽々と担ぎ上げると、リーベルの背中に乗せた。 「がるぅぅ……」 「ゴロっ!!」 すっかりお友達になっているルーシーの子供が隣にやってきて、レキが一層はしゃぎたてる。 手足を思いっきり振り回したり、声をあげたり……よくこれで背中から転げ落ちないものだと思ったけど。 レキたちが落ちないよう、リーベルがちゃんと気を配って、ゆっくりと歩いているからこそだ。 ポケモン図鑑じゃ、結構獰猛だって言われてたけど、実際はこれくらい穏やかだったりするんだな。 先入観や見た目でそのポケモンのことを判断しちゃいけないっていう、典型的な例じゃないだろうか。 たとえば、ヘドロから生まれたというベトベトン。 悪臭という特性を持ってるだけあって、結構臭かったりするんだけど、その割には和やかな性格でやたらと人懐っこかったりする。 サトシがゲットしたベトベトンなんか、オレがメシを持ってくと、じゃれ付いてきたりするんだよな。 獰猛なポケモンだからって、敬遠したりしちゃいけないってことだ。 「ピッキ〜♪」 レキとルーシーの子供がリーベルの背中の上ではしゃいでいる様子を眺めつつ、楽しげな歌声を披露して踊り始めたリッピーに視線を移す。 リーベルはリッピーの前で足を止めた。 バトルで手ひどくやられたから、苦手意識でも抱えてるんじゃないかとヒヤヒヤしたけど、いきなりバトルが勃発するようなことはなかった。 「ばう、ばうっ」 リッピーの奏でるリズムに合わせるように、元気よく吠える。 もうこんなに仲良くなってる。 ラッシーとルーシーはニコニコしながら、リッピーとリーベルとレキとルーシーの子供が楽しそうにしている様子を眺めていた。 ルーシーはともかく、ラッシーも保護者っぽくなってきたように思える。 まあ、一応パーティのリーダーだから、保護者を気取るのも当たり前のことなんだけどね。 そのうちこの二人も明るい輪の中に入って、さらに場を盛り上げてくれるだろう。 さて…… オレは部屋の片隅に目をやった。 ある意味、最後の難関って感じがしないわけでもない。 というのも、ルースが身体をブルブル震わせて、隅っこで縮こまっていたんだ。 ラッシーや他のみんなとは打ち解けあえるんだけど、見知らぬ相手を前にすると、途端に臆病さに火がつく。 みんなが楽しそうにしてるんだから、悪い相手じゃないってことくらいは分かりそうなものなんだけど。 やっぱり、潜在的な面で、恐怖というか、それに似た何かが植えつけられてるのかもしれない。 オレと出会う前は、あんまりいい人生……っていうか、送ってなかったみたいだし。 ルースに責任がないのは分かるけど、だからといってこれからの将来もそうやって怯えながら暮らしていくのは辛いだろう。 みんなとの温度差を意識するようになったら、もう手遅れだ。 そうならないうちに、なんとかルースの凍てついた気持ちを溶かして、春を迎えさせてやりたい。 そのためにも、多少はオレも悪役になろう。 それくらいの気持ちはある。 「なあ、ルース」 オレはルースの傍に行って、声をかけた。 恐る恐る振り返るルース。 涙目になってるところを見ると、第一印象があまりよろしくなかったってところだろう。 敵意に似た雰囲気を差し向けられて、それだけで尻尾を巻いて逃げ出してしまったんだ。 ……もしもトレーナーがオレじゃなくてシゲルだったりしたら、強制的にでも輪の中に放り込まれるんだろう。 オレには嫌味たらたらな態度見せてたけど、トレーナーとしてポケモンに接する態度は、優しさと厳しさを兼ね備えている。 オレはどっちかというと優しさばっかりで、厳しさに欠けてる面があるって、自分でも分かってるんだけどな。 厳しさが必要になる場面は、もちろんある。ポケモンバトルがその典型だ。 でも、弱ってたり傷ついてたりしてるポケモンに厳しさを差し向ければどうなるか。 おおよそ結果は二通りに分かれるけど、そのどちらも決して良いと言えるものじゃない。 だから、今のルースには優しさが必要だと思う。 「みんなのとこには行かないのか?」 「バクぅ……」 「そうやって閉じこもってばかりだと、後々辛くなるんだぜ?」 オレは腰を下ろし、ルースと同じ目線に立った。 そうすることで見えてくるものがある。 じいちゃんがそう教えてくれたのを思い出しながら、オレはルースに話しかけた。 「リーベルはさ、みんなに会うのが初めてだったから、ちょっと警戒してただけさ。 別にルースやみんなをどうにかしようって思ってたわけじゃない」 誰だって、知らない相手には警戒心を抱くものだ。 それは人間もポケモンも他の動物だって変わらない。 ただ、リーベルは犬っぽい習性があって、それが顕著に現れるんだろう。 ルースのように気弱なポケモンだと、それだけで逃げ出すこともある。 まあ、ルースが普通に戦えば、リーベルを倒すことくらいは造作もなさそうなんだけどな……自分を過小評価しているのかもしれない。 だから、自分よりも弱い相手でも、自分より強いと勘違いしちゃうんだ。 「バクぅ……」 ルースはチラリと、楽しそうなラッシーたちを見やった。 その視線がどこか羨ましげに見えて、オレは心にトゲがチクリ刺さったような痛みを覚えずにはいられなかった。 もしもルースが辛い目に遭ってなかったら――きっと、楽しそうにリーベルやみんなと触れ合っていたに違いない。 リーベルの代わりに、レキやルーシーの子供を背中に乗せて疾走していたとしても不思議はない。 「ほら、行こうぜ。 そんな気分じゃ、楽しい時間も楽しく過ごせないじゃないか」 オレはルースの手を取った。 不安げな表情を向けてくるルース。 やっぱり、オレに言われても、不安は隠せないらしい。 人間、第一印象……なんてよく言うけど、それってポケモンにも当てはまるものらしい。 リーベルから向けられた鋭い視線と雰囲気に、ルースは完全に飲み込まれてしまっている。 これでも穏やかな方だと思うんだけど、もしもリーベルがもっと強気だったりしたら、ルースは今ごろ逃亡していたかもしれない。 ある意味、幸運といえば幸運か。 「ラッシーやリッピーがついてるんだから、大丈夫。ほら」 「…………」 渋々といった様子で、ルースが立ち上がる。 その手を取って、オレは楽しげな輪に加わった。 リッピーが澄んだ声で歌い、軽やかなステップで踊る。 リーベルの声がバックコーラスのように響いて、さながら二重奏を聴いているような気分になる。 絶妙にマッチしたサウンドに、ラッシーの蔓の鞭が床をリズミカルに叩くドラムも加わる。 この部屋は完全にどっかのアーティストのライブ会場のような様相を呈していた。 単に触れ合ったりじゃれ合ったりするだけが『仲良くする』ってことじゃないんだ。 レキとルーシーの子供はリーベルの背中から降りて、リッピーのマネをして踊ってる。 みんなはとても楽しそうだ。 ルースは不思議そうな顔でみんなを見回している。 どうやったらこんな風に楽しくできるんだろう……そんなことを思っているように見えた。 少しでもそう思ってくれてるのなら、オレとしてもうれしい限りだ。 「バクぅ……バクぅ……」 ルースは小さな声で、コーラスに参加し始めた。 お……? リーベルのことが気になってるのか、どうにも頼りない声だけど、それでも何もしないよりはよっぽどマシ。 楽しそうなみんなを見て、自分もその一員に加わりたいと思っているようだ。 そういう積極的な姿勢を少しずつ持てるようになれば、この臆病な性格も、やがては上向いてくることだろう。 リズムに乗って、ルースが身体を左右に揺らす。 ルーシーが同じように身体を揺らしながら、ルースの肩に手を回す。 ルースの表情は見る間に明るくなり、心の底から笑っているような笑顔になった。 室内は決してうるさくないけれど、もしかしたら近所迷惑だと苦情が来るかもしれない。 まあ、その時はその時で素直に詫びよう。 でも、今はこの心地良いセッションを存分に堪能していたい。 オレはベッドに腰を落ち着けながら、耳を澄ませた。 みんながこうして心を一つにするのは初めてのような気がする。 バトルの時はいつも同じ目的を持って戦いに臨んでいたけれど、みんなが一堂に会して、同じ目的を持つ…… 心と心をつなぎ合わせて一つの大きな何かを生み出すのは初めてだ。 当たり前のことなのに、こうして実現するまでに時間がかかり過ぎてたような気がする。 遠回りした分、喜びも存分に噛みしめられるよ。 「……ラズリーとリンリがいたら、もっと良かったのにな……」 二人の姿がないことだけが、唯一の気がかりだった。 レキとリーベルが加わって、手持ちを二体、じいちゃんの研究所に送らなければならなくなった。 そこで、ラズリーとリンリを送ることにしたんだけど……こういうセッションは、やっぱりみんな一緒にやるからこそ楽しいんであって、 ラズリーとリンリがこの場にいたら、きっともっと盛り上がって、サーカスさながらのものになっていたかもしれない。 本当は、じいちゃんの研究所でやった方がいいのかもしれないけど、だからといって今この瞬間の明るい雰囲気をぶち壊す気にはなれない。 別にこれが最初で最後のセッションになるわけじゃないし、マサラタウンに戻った時に実現させればいい。 「……ルース、本当に楽しそうにしてる。 これがキッカケになって、もっと明るい性格になってくれればいいんだけど……」 そう都合よく行くとは思えないけど、まったくの無駄にならないことを祈るしかない。 ある程度はオレたちでどうにかできるだろうけど、最終的にはルースがチェックメイトの一手を打つんだ。 とやかく言わずに、ルースが内面から自然に変わってくれるのを待とう。 どうしても無理なら、その時はみんなの力を貸してやればいい。 オレは時が過ぎるのも忘れて、みんなが心を一つにして奏でるセッションに聞き入った。 新鮮で、それでいてどこかで聞いたことがあるような、不思議な懐かしさを覚えるみんなの声。 低音と高音がマッチして、さらにラッシーのドラムが絡んで、なんとも言えない軽やかな響きを演出する。 いつの間にか、部屋には赤々とした夕陽が差し込んで、オレは時間が移ろっていたことに気がついた。 なんていうか、一時間が一分のように短く感じられた。 オーケストラは、予め決められたプログラムに沿って演奏するだけだけど、みんなは完全に即興だ。 だから、次はどんなコーラスを聴かせてくれるんだろうと、心が躍って、次第に時間が経つのも忘れていったんだ。 実際のオーケストラを聴いたことがないから、なんとも言えないっていうのが正直なところなんだけど、 オレの心は小波も立たないほど落ち着き払っていて、スッキリした気分だった。 一時間が経っても、みんなはまだ歌い続けていた。 時間が過ぎるのを忘れられるほど熱心に、夢中になってるってことなんだろうけど、そろそろ終わりにしよう。やりすぎるのも、問題だから。 「みんな、そろそろ終わりにして、メシにしようぜ」 オレはパチパチ手を叩いて、みんなを止めた。 すると、指揮者が動きを止めるのに合わせるように、あっさりとみんなは静かになった。 一様に満足げな表情を向けてくる。もちろん、ルースも。 「とてもよかったよ。みんなとても楽しそうだったしな。 でも、お腹空いたろ。みんなで楽しくメシにしような」 水を差してしまったという後ろめたさは正直あった。 だけど、このまま続けさせると、際限がなくなりそうだったんで、適度なところで止める必要があった。 オレも、結構腹が減ってきたし。 ポケモンセンターを利用してる人の少なさを見れば、食堂でみんなを出しても、そんなに大事にはならないだろう。 ポケモンと触れ合うため、とかなんとか言い訳をつければ、ジョーイさんも許してくれるはずだ。 オレは瞬時に頭の中で計算を終え、食堂に向かうことにした。 その前に、ラッシー、リッピー、ルース、ルーシーをモンスターボールに戻した。 四つのモンスターボールを腰に差したところで、残ったレキとリーベルに向き合う。 オレはまだ二人のことをよく知らないから、少しでも長い時間一緒にいて、それぞれの個性とか特徴とかを見極めなければならない。 ポケモンバトルを制するには、知識、戦略、度胸、運、才能……と必要なものが夜空の星ほど限りなくあるけれど、 何よりも、自分のポケモンのことをよく知ることだ。 それぞれの個性や能力を最大限に発揮できるような戦い方ができれば、結果は自ずとついてくるものなんだ。 「レキ、リーベル。一緒に行こうな」 声をかけると、レキとリーベルは揃って元気よく頷いた。レキはリーベルの背中から飛び降りて、足早に駆け寄ってきた。 オレの足元でなにやらはしゃいでいるけど、甘えたい盛りってことだろう。 オレはレキを抱き上げた。 「ゴロっ」 うれしそうに嘶く。 オレと触れ合っていたいと思ってくれてるんだろう。 リーベルも負けじと寄ってくるけど、レキほど積極的にはなれないようだ。 たぶん、照れてるんだな……レキを羨ましげに見上げている眼差しを見れば、なんとなくそう思ってることが伝わってくる。 「大丈夫。これから長い間オレたちは一緒にいるんだからさ。そんなに慌てるなよ」 オレはリーベルに声をかけた。 抱きしめるという行為ほど説得力はないだろうけど、リーベルの頭をそっと撫でる。 「ぐるる……」 でも、何もないよりはマシと、納得してくれたらしい。 リーベルの満足げな表情に笑みを返し、オレは部屋を後にした。 ちゃんと鍵をかけてから、食堂に向かう。 一度ロビーを通るんだけど、たむろする人の数をざっと数えてみた。さっきと大して人数的には変わっていない。 この分なら、食堂の一角を借り切って、みんなで仲良くメシを食うってことも不可能じゃないだろう。 立ち止まらずにロビーを横切って、食堂に入る。 ここも例に漏れずバイキング形式が用いられていて、 長方形の長いテーブルに山のように盛られた料理を目の当たりにしたレキとリーベルは驚きの眼差しを向けていた。 人間が食べられるものなら、ポケモンだって大体は食べられる。 ただ、味の好みや味覚の違いはある。 オレにとって美味しいものが、ポケモンにとって不味かったり、とても食べられるようなものじゃなかったりすることもあるから、 ポケモンにはポケモンフーズを与えておいた方が安全だったりする。 みんなが食べたいって言うなら、一度は食べさせてもいいかなって思うけど…… オレは料理が盛られたテーブルの傍で足を止めた。 空席だらけで、どこに座ってもいいんだろうけど、なるべくならここから遠い位置を選びたい。 ざっと食堂を見渡してみると、端の一角が空いていた。 オレはリーベルを連れて、滑り込むようにその一角を占拠した。 なぜ一番遠い場所を選んだかというと、レキが興味本位に料理の盛られたテーブルに駆け寄って、水鉄砲吹きかけたり、 縁からはみ出たテーブルクロスを引っ張ったりして料理をひっくり返したりしないように、という配慮からだった。 口に出しても、レキは分からないといった顔をするんだろうけど……他のトレーナーに迷惑をかけないようにすることも必要なんだ。 「ゴロっ」 レキはテーブルに飛び降りると、手足をバタバタ振り回してはしゃぎ始めた。 食事をするためのテーブルも、レキにとってはお立ち台みたいなものでしかないんだろう。 そこんトコはオダマキ博士の研究所で暮らしていただけあって、マナーや世間一般の常識には疎い。 ま、ゆっくりとそういうのを覚えていってもらえばいいから、今日は大目に見よう。 ぽつりぽつりとバラバラに散らばっているトレーナーたちとの距離もそれなりにあるし、 薄い板で間仕切りがされてあるんで、少しくらいなら騒いでも問題ないだろう。 念には念を入れて確認してから、オレはみんなをモンスターボールから出してやった。 食堂に漂う芳ばしい香りを嗅ぎ取って、みんなの表情は緩みっぱなしだった。 「みんな、あんまり騒がないようにしてくれよ。他のみんなの迷惑になるからさ」 「バーナー……」 先に注意すると、ラッシーが「当然だ」と言わんばかりに頷いた。他のみんなも一呼吸遅れて頷く。 リーダーの意向に従います、って感じがしたんだけど、気のせいだろうか? まあ、それはともかくとして…… ひゅるるる。 テーブルの上で一人はしゃいでいるレキのお腹に、ラッシーの蔓の鞭が巻きついた。不思議そうな顔をラッシーに向けるレキ。 「バーナー……」 「ゴロっ」 一声かけると、レキはおとなしくなった。 オレがみんなに注意したことを、さらに噛み砕いて伝えたんだろう。 さすがにリーダーの貫禄が漂ってるなあ……フ シギソウの時は頼りなさが残ってたけど、進化してからというものの、みんなのリーダーで、お手本のような存在になったんだ。 「それじゃ、みんなの分も持ってくるから、適当にくつろいで待っててくれよ」 オレは料理のあるテーブルに行くと、所狭しと並んでいる数々の料理に目をやった。 呆れるほど甘いものから、口から炎を噴き出しそうなほど辛いものまで、文字通りピンからキリまでの味と見た目の料理が並んでいる。 ラッシー、リッピー、ルースは甘いものが好みのようだから、まずはみんなの口に合いそうなものから、大皿に装っていく。 「…………」 あまりに静か過ぎるのが気になって、途中で装う手を止めてみんなの方を見てみた。 すると、ルースとルーシーとリッピーが、行儀よく椅子に腰掛けて、料理が運ばれてくるのをじっと待っている。 三人の体格からすると、人間と同じように椅子に座った方が食べやすいんだろう。 ただ、レキとリーベルは高さが合わないようで、ラッシーと同じでテーブルのすぐ傍の床で三人して固まっている。 ラッシーが蔓の鞭を左右にリズミカルに揺らして、レキを楽しませている。 おおむね平穏だった。 オレはホッとしながら、料理を大皿に装っていった。 ルーシーはどちらかというと辛いものが好みだから、エビチリやキムチチャーハンを選んだ。 もしも彼女の口に合わなかった場合は、残すのはもったいないから、オレが食べられるようなものであることが条件だ。 最後にレキとリーベルだ。 先に甘いものと辛いものを装ったんで、そのどちらも口に合わない場合を考慮して、どちらでもない平凡な味付けの料理を選んでみた。 さて、何度も料理のテーブルとみんなのいるテーブルを往復して、みんなで食べる料理を運ぶ。 「ピッキ〜♪」 好物の甘い料理を前に、リッピーが待ちきれないといった様子で喜びの声をあげた。 ポケモンフーズも一応は持ってきたんだけど、やっぱり新鮮な料理の方に興味があるようで。 まあ、料理の方が口に合わなかったら、その時はポケモンフーズをかじることになるんだろう。 オレはルースの隣に腰を下ろすと、一様に輝く瞳を料理に向けるみんなの顔を見回した。 すぐに食べたいという欲求を無理に抑えて、オレの言葉を待っててくれてるんだろう。あんまり待たせるわけにもいかないな。 「みんな、食べようぜ。 行儀よくしててくれよ。あとでジョーイさんに注意されるの、嫌だからさ」 「ピッキ〜♪」 「バクフーンっ」 「がーっ」 みんなうれしそうに声をあげて、食事にありつき始めた。 リッピー、ルース、ルーシーのテーブル組は、料理を手づかみで口に運ぶ。 手が汚れるのは気にならないらしく、違う種類の料理に手を伸ばす時も、前につかんだ料理がちょっとこびり付いてたりしてるけど…… うーん、あんまりキレイとは言えないんだけど、それを注意するのも何か違うような気がして、オレは黙認することにした。 ポケモンに必要以上の行儀を求めるのは、『人間なんだからスプーンとフォークを使って洋食を味わえ』と言うのと同じことだ。 誰だって型に填められるのは嫌だろう。 あまりに行き過ぎた状況になったら、その時はその時で注意するつもりでいるけれど。 「うー、やっぱり本場のエビチリは辛いなぁ……」 痛烈な甘辛さが口の中で弾けるエビチリを味わいながら、オレはテーブルの傍でおとなしく食事を楽しんでいるラッシーたちに目を向けた。 こっちは、恐ろしいほど静かだ。 行儀のいいラッシーが静かなのはいいとしても、レキもリーベルもすごくおとなしく、粛々と料理にかぶりついている。 いつも賑やかなレキが食事の時にこんなに静かになるのには驚いたけど、それだけ夢中で料理を食んでいるということだ。 レキの年齢は分からないけど、身体の大きさからすると、大人ってわけじゃないんだろう。 成長期だとすれば、旺盛な食欲も頷ける。 対照的に…… 「ピッキ〜♪」 「バクぅ、バクぅ……」 「がーっ……」 「がるぅぅ!!」 テーブル組は賑やかだ。 いつの間にやらルーシーの子供までテーブルの上に出てきてるし。 いつでもどこでも陽気なリッピーは口元をエビチリのソースやらスパゲッティの青海苔やらで汚してる。 でも、それを気にする様子もなく、別の料理に手を伸ばしている。 ルースはいつもの控えめな態度とは一変、これでもかと言わんばかりの勢いでがつがつ食べている。 いつでもこんな風だと、オレももっと頼れていいんだけどなぁ…… ルーシーは子供のことを気にしつつ、大きな体格を維持するのに必要なカロリーを確保すべく奮闘中。 『母は強し』という言葉を体現するかのごとく、時にリッピーやルースが手を伸ばした先にある料理をかっさらう『荒技』まで見せてのけた。 テーブル組は思いっきり戦場になっちゃってるな……よくよく見てみれば、ソースとか料理の『破片』がテーブルに散乱してたりするし。 これは後でティッシュやお絞りを総動員してでもキレイにしておかなければならない。 またしても床で静かに食事している方に目を向ける。 こっちは料理を取りこぼすこともなく、レキとリーベルがラッシーに倣って、行儀よく食事を楽しんでいる。 だけど時折、なんでもないように見えて顔を向け合う。 こうして一つテーブルの下でメシを食ってると、なんだか不思議な気持ちになれる。 会話を交わすわけでもなく、ケンカになるわけでもない。 なんていうか、同じことをして、同じ時間を共有してるっていうか……そんな感じ。 言葉じゃうまく表現できないけど、みんなの存在を確かに感じられるんだ。 日も暮れて、さっきロビーにいた数人が食堂に入ってくる足音に気がついて、入り口に顔を向ける。 みんなして驚きの視線を向けてきた。 まさか、ポケモンとトレーナーが同じテーブルで食事してるなんて思わなかったんだろう。 あと、テーブル組が行儀などなんのそのと言わんばかりに豪快に食しているとも。 まあ、それはそれで誉め言葉ってことで受け取っておこう。 そうやって別のところに目を向けているうちに、テーブルの上の料理があっという間になくなっていた。 視線を戻した時には、リッピー、ルース、ルーシーとルーシーの子供の四人が、満腹感漂う表情で揃って腹をさすっていた。 「…………」 オレの分、残ってないし。 みんなの胃袋に入っちゃったものは、入っちゃったもので仕方がない。 賑やかな食事の後に残ったのは、飛び散ったソースや料理の具。 しかも、ポケモンフーズの方まできちんと一カケラも残ってなかったし。 食欲旺盛というか、なんというか…… これにはオレも苦笑するしかなかった。 これが普通の家庭なら、母親が子供に向かって、テーブルを叩いたりして怒鳴るんだろう。 「もっと行儀よくしなさい!!」 とか何とか言って。 でも、みんなの満足げな表情を見ていると、とてもそういうことはできそうになかった。 せめてもの慰めに、行儀よくしているラッシーたちを見て、気持ちを切り替えるしかなかったんだよな。 翌日、ポケモンセンターを経って三時間ほど歩いて―― お昼に近くなった頃、オレはトウカシティの東ゲートの前で立ち止まった。 ゲートの向こうに広がる街並みは、ヤマブキシティほどの都会ではないものの、ニビシティほど淋しい町ではなかった。 両者の中間といった規模で、それなりに高いビルも建ち並んでいる。 この街のジムで、ホウエンリーグに出場するためのジム戦の幕が開くんだ。 青空を背景に広がる街並みに目をやって、オレはギュッと拳を固く握りしめた。 ――みんなの力を合わせて、絶対に勝つんだと、強く心に言い聞かせて。 To Be Continued…