ホウエン編Vol.05 ノーマルの脅威 <前編> 目の前に、体育館を思わせる佇まいの建物がそびえている。 くすんだ灰色の壁と、円弧を描いた屋根が特徴で、パッと見はどこの学校にもある体育館といったところか。 だけど、メタリックで重厚なボンテージの扉の脇にかけられた表札が、この先がオレの行くべき場所であると教えている。 そう、ここがトウカジム。 オレの、ホウエンリーグ出場を賭けた戦いの始まりとなるジムだ。 どんな相手だろうと、どんなポケモンを使ってこようと、オレは絶対に勝つ!! カントーのジム戦で培った経験とカン、じいちゃんの研究所でガキの頃から培った知識をミックスさせた必殺コンボ!! あらゆるものを駆使して、どんな相手もイチコロさ!! さて、心のヴォルテージも十分すぎるほど上昇したところで、本題に入ろう。 インターホンがついてなかったんで、オレはボンテージの扉を軽く叩いて、中に声をかけた。 「ジムリーダーはいらっしゃいますか!? ジム戦をしに来ました!!」 この扉を吹き飛ばして、中にいる人に聞こえるくらいに声を張り上げる。 「…………」 返答がない。 周囲にこだましていたオレの声も消えたけど、中には人の気配がまったく感じられなかった。 もしかして留守? だったら、扉にその旨を記した看板をかけておくくらいはしといてもらわないと、骨折り損って感じなんだよな。 せっかく気分もハイテンションになってたってのに。 なんて心の中で愚痴をこぼしていると、不意に扉の向こうに人の気配を感じた。 オレのような子供でも分かるほど強烈な気配だっただけに、一瞬たじろいだけど。 いかにも重そうな音を立て、扉が左右に押し開かれていく。 その向こうに、柔和な笑みを浮かべる背の高い男性が立っていた。 オールバックにした黒髪と、ハンサムともいえる顔立ちが妙にしっくりしている。 見たところ三十代そこそこといったところだけど、もう少し若かったら、親衛隊ができるほどの美男として世の注目を浴びたかもしれない。 まあ、そんなことはどうでもいいとして……もしかして、この人がジムリーダー? 探るように、男性の顔を見つめる。 「ようこそ、トウカジムへ。君が挑戦者かな?」 「え、はい、そうですけど……」 柔和な笑みに違わぬ、優しい口調で問いかけられ、オレは面食らった。 『これからバトルしよう!!』っていうオレの心のヴォルテージを削ぐような、甘くささやくような声だったからだ。 いや、これも向こうの戦術というか卑怯な罠に違いない!! 戦う前に、先にこっちの心を折ってしまおうという心理作戦に出てきたんだろう。 だとすると、その笑顔の裏に一体何を隠しているのやら。 ……ってオレが考えていることなど知ってか知らずか、男性は笑みを崩すこともなく、言葉を継ぎ足してきた。 「私がジムリーダーのセンリだ。よろしく」 「はあ……」 バトルの真剣さなど微塵も感じさせない明るさで、手など差し出してきた。 一応、差し出された手を握る。 しかし…… 言っちゃなんだけど、あんまりジムリーダーには見えない。どこからどう見ても人のいいおじさんって感じなんだけどなあ。 カントーのジムリーダーの中には結構変わった人もいたし、地方は違えど、ジムリーダーの中には趣味・趣向の変わった人がいるのかもしれない。 この人もその類だろうと思っていると、男性――ジムリーダー・センリさんが口を開いた。 「さて、君の名前をうかがっておこう。戦う相手の名前を知らないのは失礼だからな」 「アカツキです。カントー地方のマサラタウンから来ました」 「……カントー地方から、か。それは遠路遥々ご苦労なことだね」 名乗りを上げると、センリさんは怪訝そうに眉をひそめた。 挑戦者が別の地方からやってくるとは思ってなかったんだろう。 まあ、ポケモントレーナーやブリーダーに国境はないからね。 「わざわざ別の地方からやってくるくらいだから、それなりに腕には自信があるんだろう。 ついてきたまえ。我がトウカジムが誇るバトルフィールドへ案内しよう」 そう言って、センリさんは背中を向けて歩き出した。 オレは無言で彼の後について行った。 ボンテージの扉をくぐった先がすぐバトルフィールドになっていた。 さっきまでは、センリさんの姿で隠されて見えなかったけど、なんてことはない。 中も外観と同様に体育館を思わせる佇まいで、ただ一つ違うのは、フローリングの床に直接バトルコートが描かれているところだ。 もしかしたら、見た目はフローリングでも、実際はコンクリートのような硬さを持つ別の材質だったりするのかもしれない。 天井から煌々と降り注ぐライト。 観客席と思しき二階席が三百六十度、フィールドを取り囲んでいる。 ここで大きなイベントでも催されるんだろうか? そう思いながら視線をめぐらせると、二階席にたった一人腰掛けている少年の姿が目に入った。 ――と、その少年と目が合った。 オレよりも年上で、見たところは十五歳くらいだろうか。 好き勝手な方向に跳ねた短い茶髪と、幼さの多分に残る表情、どこか鋭い視線が印象的だ。 服装こそ歳相応の派手目のものだけど、チンピラまがいのチャラチャラした雰囲気はまったくない。 むしろ、これから始まるバトルを心待ちにしてるような……そんな雰囲気さえ感じられた。 もしかしてトレーナーなのか? 少年の姿を視界の隅に捉えつつ、オレはセンリさんと反対側のスポットに立った。 ま、誰だろうと別に構わない。 オレがここで勝って、このジムが守ってきたバッジをいただいていくだけの話だ。 経緯に紆余曲折はあっても、結果は常に一つ。 オレの思い描いた結果を迎えるために、全力で相手を倒すのみ。 「ん?」 背後の二階席にたたずむ少年の存在に気がついたのか、センリさんが振り返って二階席を仰いだ。 「ユウスケ、来ていたのか?」 「はい」 センリさんの問いかけに、ユウスケと呼ばれた少年は小さく頷いた。 よく通る声で、実際はたいした声量じゃなくても、はっきりと聞き取れるんだ。 「たまにはジムリーダーに稽古でもつけてもらおうかと思いまして。 でも、デモンストレーションを見せてもらえるとは思いませんでしたけどね」 「やれやれ……ジム戦は前座じゃないんだぞ」 屈託のない笑みを浮かべながら言うユウスケに、センリさんは苦笑を浮かべてるんだろう、声音がどこか冗談めいて聞こえた。 デモンストレーションね…… ジム戦を舐めくさってるようにしか聞こえないけど、ポケモンバトルの実力にそれ相応の自信があるってことだろう。 少なくとも、オレにはそういう風に受け取れた。 しかし、ジムリーダーに稽古をつけてもらうって、一体センリさんとどういう関係なんだ? 「まあ、いいだろう。 ジム戦が終わってひと休みしたら、稽古をつけてあげよう。 あれからどのくらい腕を上げたのか、私としても気になっていたんでね」 「やりぃ♪」 センリさんは困ったような笑みを浮かべたまま、振り返ってきた。 前々からの知り合いらしい。 まあ、どうでもいいけどさ。 「彼は私の弟子だったトレーナーだよ」 「弟子?」 オレがユウスケの存在を気にしていると分かっていたんだろう。 気になったままじゃバトルに集中できないかもしれないという気遣いからか、センリさんは二階席でくつろいでいる少年のことを話してくれた。 しかし、弟子って? あ、もしかするとジムトレーナーのことだろうか。 オレはジムの制度について、少しくらいなら知ってる。 ポケモンリーグから任命されたジムリーダーが、それぞれのジムで挑戦者の相手をする。それがジム戦だ。 ジム戦の結果、挑戦者の力量が一定の基準を上回っているものだと認められたら、バッジを与える。 ジムリーダーはいわば街の顔とも言える存在で、その街のトレーナーたちに基本的な技術や知識などを教える役目も担っているとか。 オレと同い年のカスミや、おっとりしてるエリカさんでその役目が務まるのかどうかは正直疑わしいところなんだけど…… そういう場合は補佐役が駆けつけてくれたりするんだろう。 で、ジムトレーナーっていうのは、一言で言えばジムリーダーの弟子だ。 『弟子だった』とセンリさんが言うんだから、ユウスケはすでに一人前のトレーナーとしてこのジムから巣立っていったってことなんだろう。 「このジムの期待の新星(ホープ)でね」 「嫌ですよぉ、ジムリーダーってば。期待の新星なんて、言いすぎですよ」 なんて笑って否定するけど、まんざらじゃないのは緩みっぱなしの表情が如実に物語ってる。 まあ、それもどうでもいい。 「それより、熱が冷めるといけないから、早速ジム戦を始めるとしよう」 オレが頷くと、センリさんはルールを説明してくれた。 三対三のシングルバトルで、時間無制限。 どちらかのポケモンが三体とも戦闘不能になるか、降参(サレンダー)で勝敗を決する。 ポケモンの入れ替えはオレにのみ認められている。 どこのジムにでもある平凡なルールだけど、かえってその方がやりやすい。 「では、私のポケモンをお見せしよう。行くぞ!!」 気勢とともに、センリさんがボールをフィールドに投げ入れる!! ボールは乾いた音を立ててバウンドすると、口を開いて中からポケモンを放出した!! 出てきたポケモンは……? 「ラッキーっ」 「……ラッキー?」 どこのポケモンセンターでも見かける、ジョーイさんの助手を務めるラッキーだった。 タマゴのような身体つきをしていて、全身がピンク色。 出っ張っているお腹にはポケットがあって、その中に真っ白なタマゴが入っている。 胴体の割合が圧倒的に多いために、手足がとても小さく見える。 でも、愛くるしい顔立ちと穏やかな雰囲気は、心を和ませる……って、これからバトルするのに和まされてどぉする!! ナンダカンダ言って和みかけていた自分に気がついて、オレは自分で自分にツッコミを入れた。 しかし、ラッキーを一番手に出してくるとは思わなかった。 お世辞にもバトル向きとは言えないポケモンだからさ。 物理攻撃・防御力は全ポケモンの中でも最低クラスで、どんだけ鍛えていても、最低クラスから脱出することは不可能だと言われているほどだ。 タマゴのような体型をしているように、動きもどっちかというと鈍い方。 ラッキーよりも鈍いポケモンも多いから、さすがに最低クラスとは言えないけど、平均より下のレベルであることは否めない。 反面、特殊攻撃・防御力はなかなかのもので、火炎放射や冷凍ビームを使わせたら、かなりの使い手だ。 そして、ラッキーの最大の特徴は、見た目に反した恐ろしい体力にある。 どういうわけか体力だけは有り余ってて、物理防御力の低さを差し引いても、なかなか倒れてくれなかったりするんだ。 恐らくは有り余る体力を軸にした作戦を組み立ててくるんだろうけど……まさかラッキーで来るとは思わなかったな。 せめてハピナスに進化させていたら、もっとマシになるんだろうけど。 挑戦者としては、進化してない方がありがたいかな。 「トウカジムが得意とするは、可もなく不可もないノーマルタイプのポケモンだ」 センリさんが、真剣な面持ちで言い放つ。 そうか、このジムの得意とするタイプはノーマルタイプ……カントー地方じゃノーマルタイプのポケモンを扱うジムはごく少数だって聞いている。 まさに、未知の相手と言ってもいい。 ノーマルタイプは、攻撃面で効果抜群となるタイプが存在しない代わりに、防御面でも、格闘タイプ以外の攻撃では効果抜群にはならない。 増してや、ゴーストタイプの技はまったく通用しない。 いわば『可もなく不可もない』タイプと言える。 それだけに、ノーマルタイプのポケモンを上手に使いこなせば、これ以上心強いパートナーもいないだろう。 そして目の前にいるジムリーダーは、ノーマルタイプのエキスパートだ。どんな戦術で挑んでくるのか……? 「さあ、君のポケモンを出したまえ」 「…………」 ノーマルタイプのポケモンを相手にする時、格闘タイプのポケモンで挑むのがセオリーだ。 とはいえ、オレは格闘タイプのポケモンを持っていない。 格闘タイプの技を使えるポケモンならいるけど……バリエーションが少ないのは否めない。 ラッキーの防御力の低さを考えると、単純に物理攻撃の攻撃力が高いポケモンをぶつけてもいい。 ちっ、ラズリーをじいちゃんの研究所に送ってしまったのはミスだったか。 今さらラズリーを引き取りにポケモンセンターまで行くのも、恥ずかしい話。 今の手持ちで何とかするしかない!! オレの手持ちで物理攻撃の得意なポケモンといえば…… 腰のモンスターボールをガッチリつかみ、フィールドに投げ入れる!! 「行け、ルーシー!!」 オレが選んだのはルーシー。 投げ入れられたボールは一番高い位置に達したところで口を開き、ルーシーをフィールドに送り出した!! 「がおぉぉぉっ!!」 久々のバトルに血が滾るのか、ルーシーはフィールドに現れると、ラッキーを睨みつけながら咆哮をあげた。 びくっ!! ルーシーの迫力に面食らったようで、ラッキーの身体が一瞬震えたように見えた。 だけど、表情はジョーイさんの助手をしている時とまったく同じだった。 「ほう、ガルーラか」 センリさんが不敵な笑みを口元に浮かべ、興味深げな眼差しをルーシーに向けた。 好奇の眼差しを向けられるのが癪に触ったようで、今度はセンリさんを睨みつけるルーシー。 でも、センリさんはまったく怯まない。よほど自信があると見えるな。 まあ、それも当然のことだと、オレは自分でも分かってた。 だって、ルーシーはノーマルタイプ。 ノーマルタイプのエキスパートに同じタイプのポケモンでガチンコ勝負挑もうとしてるんだから、それがどんだけ無茶なことか、分からないはずがない。 でも、ルーシー以外にラッキーの物理防御力の低さを突けるポケモンがいないんだ。 リンリかラズリーなら、存分に物理攻撃力の高さを生かして楽に戦えるだろうけど、いないポケモンのことを考えても仕方がない。 「ガルーラはカントー地方に棲息していると聞くが……なるほど、実際に目の当たりにしていると、なかなかの気迫だ」 センリさんは満足げな表情で、腕組などしながら言った。 「だが、私の得意とするノーマルタイプのポケモンで戦いを挑んでくる度胸は認めよう。 それでこそ挑戦者に相応しいというものだ」 ……と、そこでセンターライン上に審判が立った。 いつの間にやってきたのかは分からないけど、そんなことはどうでもいい。 「それでは、バランスバッジを賭けた、ジムリーダー・センリ対挑戦者・アカツキのジム戦を執り行います。 両者、準備はよろしいですか?」 朗々と響く審判の言葉に、オレとセンリさんがほぼ同時に頷く。 彼はばっ、と旗を振り上げ―― 「バトルスタート!!」 バトルの火蓋が切って落とされる!! 同時に、オレはルーシーに指示を下した。 「ルーシー、地震!!」 ラッキーとの距離は、一瞬で詰められるほどの短いものじゃない。 だったら、先制攻撃でダメージを与え、相手の動きが鈍ったのを見計らって距離を詰め、ルーシーお得意のパンチ技を叩き込む。 そのための第一歩が地震だ。 ルーシーは脚を大きく振り上げると、突き刺すような勢いで振り下ろした!! ごぅんっ!! 周囲の地面を強烈な揺れが駆け巡る!! 「ぬぅっ……!!」 センリさんが小さく呻くのが聞こえた。 ルーシーを中心に発生した強烈な揺れに耐えられなかったのか、 ラッキーは必死に小さな手をバタバタさせてバランスを取ろうとするも、どうにも無理っぽい。 だけど…… 「ラッキー、リフレクター!!」 センリさんの指示に、ラッキーの眼前にオレンジ色の壁が出現した!! リフレクター……? 足元から来る揺れのダメージを抑えるのに、なんで目の前にリフレクターを作り出したんだ? 技を指示するタイミングとしてはやや遅く、オレが指示した直後でなければ、リフレクターの効力を最大に発揮することはできなかったはずだ。 なら、どうして……? オレが抱いた疑問に対する答えは、すぐに用意された。 前のめりに倒れかけるラッキーが、オレンジ色の壁に当たって止まった。 「……そういうことか……」 リフレクターを壁代わりに、倒れ込んで隙を作るのを避けたってことか。 でも―― 「ルーシー、接近してブレイククロー!!」 これも見方によっては『隙』だ!! 地面の揺れが収まらぬうちに、ルーシーが駆け出す!! 時に脚をとられそうになりながらも、それほど危なげのない動きでラッキーに迫る!! ラッキーを受け止めたオレンジの壁はあっという間にひび割れて虚空に溶ける。 その直前、ラッキーは体勢を立て直した。 地震でそこそこのダメージは受けたはずだけど、そんな風には見えない。 まあ、恐ろしいほどのタフさを誇るポケモンだ、並のポケモンなら戦闘不能に陥るほどのダメージを受けても、まだピンピンしてるんだろう。 「ラッキー、タマゴ爆弾!!」 ルーシーが迫る中、センリさんの次なる指示はタマゴ爆弾!! その名のとおり、タマゴのような形をした爆弾を投げつけて攻撃する技だ。 ノーマルタイプの技で、威力は高め。 でも、ラッキーの物理攻撃力自体が大したことないんで、それほど恐ろしい技でもないんだけど……そこんとこ、センリさんなら分かってるはずだ。 つまり…… 「なにかあるってことか……」 タマゴ爆弾の裏に、何か隠された戦略があるに違いない。 そう見るべきだ。 だけど、だからこそルーシーが攻撃の手を緩めてはならない!! ラッキーはお腹のポケットにあるタマゴを取り出すと、ルーシー目がけて投げつけた!! お腹のポケットにあるタマゴは、タマゴ爆弾に転用できるんだ。 普通は『タマゴ産み』という技で体力回復を担うべきタマゴなんだけどな。 ラッキーは不思議な力で、回復のためのパワーを攻撃のパワーに変えることができるんだろう。 ルーシーは身体の大きさからは想像もできないような、ボクサー顔負けの軽いフットワークで、投げつけられたタマゴ爆弾を避わした!! 直線軌道のタマゴ爆弾なら、避わすこと自体はそう難しくない。 あっさりと目標を外れたタマゴ爆弾は地面に落ちて――爆発しなかった。 衝撃が弱かったのかと思ったけど、とっさの指示に、回復のパワーを攻撃のパワーに転化しきれなかったんだろう。 そうと分かれば、タマゴ爆弾は無視しても問題ない。 ルーシーがラッキーの眼前に迫り、伸び上がるようなアッパーを繰り出す!! 鋭く尖る爪が光り、ラッキーをなぎ払った!! 悲鳴をあげることも叶わず、ラッキーは吹っ飛ばされて地面を拭き掃除した!! よし、クリーンヒット。 かなりのダメージが期待できるはずだ。 それ以上に、ブレイククローには、相手の防御力を引き下げる効果もある。 ただでさえ最低ランクの防御力がこれ以上下がったら、ほとんどゼロに等しくなり、物理攻撃の威力を最大限に叩き込むことができる。 この分ならそれほど時間をかけずにラッキーを倒すこともできそうだ。 ラッキーの素早さじゃブレイククローを避わしきれないと踏んでタマゴ爆弾を指示したんだろうけど、同じ手は二度とは通じない。 「ほう、なかなかの攻撃力だな。だが、ラッキーの体力はその程度では削り取れないぞ」 「なら、何度でも叩き込んでやるまでのことですよ!! ルーシー、もう一度ブレイククロー!!」 センリさんの言葉を鼻で笑い飛ばし、オレは再びルーシーにブレイククローを指示した!! ラッキーはよろよろと頼りない動きで起き上がった。 そんなに苦しくなさそうな表情からは、一体どんだけの体力があるんだって、底知れない感じがするけど、無限に体力が続くわけじゃない。 ルーシーだって普通のポケモンと比べればタフな方だから、攻め続ければ、先に体力が尽きるのはラッキーのはずだ。 ルーシーが地面を蹴って駆け出す!! すると、センリさんの指示が飛ぶ。 「ラッキー、タマゴ爆弾を連射!!」 一発じゃルーシーの勢いを止められないと判断して、連発で勢いを削ごうという考えか。 ラッキーのお腹のポケットには、いつの間にか別のタマゴがあった。 あっという間に生成したってところだろう。 技で使うくらいだから、何分も待たなければ生成されないのでは使い物にならない。 ラッキーはお腹のポケットからタマゴを取り出して、ルーシー目がけて投げ放つ!! と、次の瞬間にはまた別のタマゴがポケットから顔をのぞかせた。 「……!!」 あまりの生成の早さに、オレは思わず息を飲んだけど……結局は当たらなければ何の意味もないと悟って、すぐにその驚きが引いていく。 センリさんはタマゴ爆弾、あるいはタマゴ産みを連発できるよう、ラッキーのタマゴの生成スピードを極限まで高めたんだろう。 元から低い防御力はどうしようもないから、手付かずといったところだろうか。 ラッキーがまたしてもタマゴ爆弾を投げる!! でも、ルーシーはあっさりと避わしてのける。 そうやってタマゴ爆弾を無駄打ちしている間に、ルーシーがラッキーの傍まで駆けてきた!! 地面に落ちたタマゴ爆弾はさっきと同じで爆発せず、その場に転がった。 不発なら不発でいい。 威力だって大したことはないんだから、不発弾的に見えても、問題ない。 ルーシーのブレイククローが、ラッキーの丸々とした身体を空高くに放り出した!! ブレイククローはノーマルタイプの技で、威力はそこそこ高め。 その上防御力低下の追加効果まで与えるとなれば、かなり使い勝手のいい技だろう。 ルーシーの持ち前のパワーも考えると、これをメインに組み立ててもいいと思えるほどだ。 ともあれ、二発のブレイククローで、ラッキーもかなりのダメージを受けているはず。 ここでタマゴ産みを使って体力回復を狙ってくるかもしれない。 ただでさえタフなラッキーがタマゴの回復パワーで体力を回復すれば、それこそ目にも当てられないんだけども。 でも、それならそれで、こっちは破壊光線を放って一気に倒すという強引な作戦も考えてある。 そう……抜かりはない!! 「さすがにラッキーの防御力の低さは致命的だが……それはそれで有り余る体力で補えるから、そんなに問題じゃないね」 しかし、センリさんは余裕綽々と言った表情を浮かべた。 やはり、タマゴ産みで体力回復を狙っているのか……? でも、破裂もしないタマゴ爆弾を三発も放ってどうするつもりでいたんだ? 単に思いつきで指示したわけじゃないはずだけど…… 偶然か、地面に落ちたタマゴ爆弾(不発弾)はそれぞれが正三角形の頂点に位置していた。 まあ、そこんとこは偶然に違いないんだろうけど、何かおかしい。 順調に『行き過ぎている』気がするんだ。 単に相手が何も考えずにごり押ししてきた可能性も捨てきれないけど、余裕を見せ付けられると、そういう気も萎えてくる。 もしかすると、オレのペースで進んでいるように見えて、実はそれがセンリさんの術中にはまっているとしたら……!? ありえないことじゃない。 そうでもなきゃ、余裕を見せ付けてきたりはしないはず。 オレの反応を見て、タイミングを計ってるとしたら……? あり得る。 大いにあり得るし!! 「その様子だと、気付いたようだね」 ……やはり!! 「ルーシー、破壊光線!!」 相手のおしゃべりに悠長に付き合う必要はない!! オレは一気に決めるべく、ルーシーに最強威力の破壊光線を指示した!! ルーシーが口を大きく開き、オレンジ色のど太い光線を発射する!! ノーマルタイプの破壊光線の威力は、ノーマルタイプのポケモンが使った時、最大まで引き上げられる。 同じ攻撃力なら、ルーシーとラズリーが破壊光線をぶつけ合った場合、ルーシーの破壊光線がラズリーのそれを上回るってことだ。 いくらタフでも、強力な破壊光線を受ければ一発で撃沈となるはずだ。 しかし!! 「そう急くものではないね。ラッキー、カウンター!!」 「な……っ!?」 センリさんの指示に、オレは鼻っ柱をへし折られたような気分になった。 ベラベラおしゃべりするフリをして、攻撃させるように仕向けたんだ!! そうでもなければ、カウンターなんて技を指示したりしない!! ラッキーの身体が赤い光に包まれる。 カウンターはその名前どおり、物理攻撃で受けたダメージを二倍にして相手に返す、肉を斬らせて骨を断つという言葉が似合う技だ。 でも、相手の攻撃に耐え切れなければ発動しないことと、ゴーストタイプのポケモンに通じないという二つのデメリットを除けば、 使い勝手はかなりいい。 なるほど…… オレはセンリさんの作戦が分かったような気がした。 ラッキーの有り余る体力を利用して、防御力の低さという弱点を突いてくる相手にはカウンターで手痛いダメージを与えてくるんだ。 運が悪ければ、カウンターによって跳ね返ってきたダメージで、ポケモンが戦闘不能に陥る!! しかも、ラッキーはタマゴ産みで体力を回復させることができる。 その上、タマゴの生成スピードが速いおかげで、あっさり連発して、あっさり体力を全快にすることができる。 そして相手がカウンターを警戒して思うように物理攻撃を出せなくなったら、それこそセンリさんの思う壺、といったところなんだろう。 あまりに消極的な姿勢を続けていると、審判はそのポケモンが戦意を失ったとみなして、戦闘不能と同等の判定を下すことがある。 つまり、そのポケモンは体力が残っていても戦闘不能ということになる。 なるほど、あわよくば判定で相手を敗北に追いやるという手段もあるってことか……さすがはジムリーダー、面白いことを考える。 ……って、感心ばっかりしてられないし!! ルーシーの破壊光線が、赤い光を帯びたラッキーに突き刺さる!! 生粋の防御力の低さから、相当なダメージが期待できるけど、万が一倒しきれなかったら、逆にこっちがピンチに陥る。 一種の賭けだけど、ラッキーを倒せるか……!? しかし、並々ならぬ体力のすべてを削り取ることはできなかった。 ラッキーに突き刺さった破壊光線が赤い光を帯びて、今度はルーシー目がけて跳ね返ってきた!! それも、倍近い大きさになって!! カウンターによって返された攻撃を避わす術はない。 かといって、カウンターに対してカウンターで返すこともできない。 ならば…… 「ルーシー、堪えろ!!」 避けられないなら、戦闘不能にならないような手を講じるしかない。 ルーシーは両腕で顔を守るように覆って―― そこに、倍返しされた破壊光線が突き刺さる!! どぉぉぉんっ!! 耳を劈く爆音が空気を震わせる!! 空気の振動がフィールドを、ジムを駆け抜けていく!! ガラス窓がカタカタと音を立てて揺れる。 「くっ……」 髪が、服が激しくなびく。 足腰に力を込めて踏ん張らなければ吹き飛ばされてしまいそうな衝撃が身体を叩く。 少なくとも、『堪える』でルーシーが一発で戦闘不能になることはない。 ただ、戦闘不能寸前の状態なんで、一発でも攻撃を食らうとアウトなんだけど…… ルーシーが、顔を覆っていた腕をどける。 苦痛に耐えるような顔つきをラッキーに向けた。 なんとか耐え切った。 よし、ここから反撃だ!! 「ルーシー、ブレイククロー!!」 「ラッキー、火炎放射!!」 オレとセンリさんの指示はほぼ同時だった。 ルーシーが最後の力を振り絞って駆け出すと、ラッキーが手を振って、炎を発射した!! 今のルーシーなら、この一撃を食らったら即座に戦闘不能に陥るだろう。 でも、ラッキーだって破壊光線を受けて相当のダメージを受けているはずだ。 相手に回復手段があることさえ除けば、状況は五分と五分と見ていい。 ラッキーの火炎放射は直線軌道ながらも、その両脇に小さな火の粉を飛ばしながら飛んでくる!! あの火の粉にも攻撃判定があるから、当たるわけにはいかない。 そこのところは指示しなくても、ルーシーは鮮やかな身のこなしでさっと避わした。 そのままラッキーに肉薄し――と、そこでオレは気づいた。 ラッキーが放った火炎放射の向かう先は…… 「しまった……!!」 不発弾状態でフィールドに残っているタマゴ爆弾!! まさか、センリさんははじめからこうするつもりで、タマゴ爆弾をわざと爆発させなかったのか!? 気付くのがちょっとばかり遅かった。 ラッキーの火炎放射が、フィールドに転がるタマゴの一つを飲み込んだ瞬間―― どんっ!! 大爆発!! 熱を帯びた風がフィールドを駆け巡る!! ルーシーは背後から予期せぬ風圧を受け、思わずよろめくも、足を止めることはなかった。 「むぅっ……!?」 今の爆風でルーシーをどうにかできると思っていたのか、センリさんが驚愕の声をあげる。 だけど、それはこっちも同じだった。 タマゴ爆弾をフィールドに残し、火炎放射をトリガーとして爆発させるなんて……でも、まだフィールドには二つの爆弾が残っている!! どんっ、どんっ!! 一つ目の爆発による爆風がトリガーとなって、残った二つも爆発して、さらなる爆風をもたらす!! 爆風にも少しは攻撃力があり、戦闘不能寸前のルーシーにはかなり苦しい一撃となった。 だけど!! 「ガーっ!!」 ルーシーは裂帛の気合とともに、腕を振りかぶった!! よし、今だ!! 「起死回生に切り替えろ!!」 オレの指示に、ルーシーの耳がピンと欹ち…… ごっ!! 渾身の一撃が、ラッキーの腹に突き刺さる!! ブレイククローと見せかけて、起死回生を放つつもりでいたんだ。 起死回生はその名のとおり、体力が残り少なければ少ないほど――戦闘不能に近ければ近いほど威力を増す技だ。 だから、『堪える』→『起死回生』のつなぎ方は、文字通り一発逆転の可能性を秘めた強力なコンボとなる。 ヘラクロスやカポエラーのような格闘タイプのポケモンが使った時に最強の威力を発揮するんだけど、この際贅沢は言っていられない。 ラッキーほどの防御力の低さなら、こっちのタイプはそれほど関係ないだろう。 ラッキーは弾丸のごとき勢いで吹っ飛ばされ、そのままセンリさんの後方の壁に叩きつけられた!! 「むっ!!」 驚愕の表情で振り返るセンリさん。 壁に叩きつけられたラッキーはそのまま床に落ちて、動かなくなる。 タマゴ産みで体力を回復させられていたら、もしかしたら耐えていたかもしれないけど……さすがに、間に合わなかっただろう。 審判がさっと動いて、ラッキーの表情を覗き込む。 そして判定を下した。 「ラッキー、戦闘不能!!」 よし、これで白星スタートだ。 だけど、ルーシーは戦闘不能寸前のダメージを受けている。 この状態で戦うとすれば、やはり起死回生をメインに組み立てていくのがベストだけど、相手の一撃を食らえばその時点で戦闘不能が確定する。 だからといって慎重になれば、それこそ相手の思う壺だ。 ここは戦闘不能になるのを覚悟で、大胆に攻めていくべきだろう。 今後のバトルの方針を頭の中で練り合わせていると、 「戻れ、ラッキー」 センリさんはラッキーをモンスターボールに戻した。 そのボールをしげしげと見つめ、小さくつぶやくのが聞こえた。 「よく戦ってくれた。ゆっくり休んでいてくれ」 死力を尽くして戦ってくれたポケモンに労いの言葉を忘れない。 それでこそポケモントレーナーの鑑だ。 「なるほど、ガルーラというポケモンのことをあまりよく知らなかった私の不徳といったところだな」 ため息混じりに漏らすと、ラッキーのモンスターボールを腰に戻す。 ジムリーダーでも、他の地方の――海を隔てた地方のポケモンのことはあまりよく知らないらしい。 ……これはいいことを知った。 他のジムでも同じかもしれない。 「あのタイミングで起死回生を使ってくるとは、さすがと言っておこう。 だが――」 センリさんは不敵な笑みを口元に浮かべると、次のポケモンが入ったモンスターボールを手に取った。 「裏を返せば、君のガルーラは戦闘不能に近い状態にいるということだ。 一撃を加えれば、それだけで戦闘不能になるだろう。 では、次のポケモンでそれを実現して見せようか。行け、マッスグマ!!」 二番手はマッスグマか…… あの時戦った姿が脳裏を過ぎる。 センリさんの投げ入れたボールが口を開き、中からマッスグマが飛び出してきた!! 「ぐぐぅっ……」 喉を鳴らし、ルーシーを睨みつけるマッスグマ。 器用にも、後ろ脚だけで立って、自分の背の高さをアピールしているようだ。 オレと同じくらい……あるいはちょっとだけ高い。 「そういえば……」 ポケモンブリーダーとしてのライバル・セイジも、マッスグマをポケモンバトルで投入してたっけ。 高レベルの技『神速』で恐ろしいスピードを発揮してたけど、このマッスグマも使ってくるかもしれない。 なるほど、それなら反撃を受けずにルーシーを戦闘不能にできるか。 スピードで掻き回してくるんだから、嫌味ったらしい戦法と言わざるを得ない。 「マッスグマ対ガルーラ、バトルスタート!!」 いつの間にやら元のポジションに戻っていた審判が、旗を振り上げバトルの再開を告げた。 刹那、センリさんの指示が響く。 「マッスグマ、電撃波!!」 「……!?」 聞いたことのない技に、オレは困惑し――その次の瞬間、マッスグマの前脚の爪から伸びた光の矢が、ルーシーを貫いた!! 「なっ……!?」 なんだ今のは!? 一撃を受け、倒れ伏すルーシー。 「ガルーラ、戦闘不能!!」 宣告する審判。 …………一体、今の攻撃はなんなんだ? 技の指示から、攻撃がヒットするまでの時間があまりに短すぎる。 電撃波……聞いたことのない技だけど、名前からして、恐らくは電気タイプの技だろう。 でも、あの圧倒的な攻撃の速さは異常と言うほかない。 威力はそれほど恐ろしいものではなさそうだけど、雷や10万ボルトでも、あんなに速く相手に命中することはない。 速効可能な技か……!! ルーシーの起死回生を警戒し、速攻可能な技で一撃を与えて戦闘不能にさせたってことだろう。 さすがに易々と繰り出させてはくれないか。 「ルーシー、戻ってくれ!!」 オレは倒れたまま動かないルーシーをモンスターボールに戻した。 「よく頑張ってくれたな。後は任せてくれ」 労いの言葉をかけて、ボールを腰に差す。 さて…… その場から動かずに速攻可能な技を持ったマッスグマを相手に、どう戦うかだけど…… 電気タイプの技が効きにくいラッシーで戦うのがベストか。 威力はそれほどでないにしても、接近して一撃を加えるまでに手数で押される恐れがある。 警戒しなければならないのは、発動の速さと、それを時間で割った手数の多さの二点。 さすがに一筋縄では行きそうにない。 「さあ、次のポケモンを出したまえ」 「…………」 そう簡単には決められそうにないけど、電気タイプの技に弱いレキを出すわけにはいかない。 狙い撃ちされるのが関の山。 それに、ラッシーは切り札として温存しておきたい。 センリさんの最後のポケモンは、ラッキーやマッスグマに輪をかけて強力なヤツが出てくるのは目に見えてるんだ。 じゃあルースかリッピー? それもどっちかというと厳しい。 となると…… 消去法で決めていって、残ったのはリーベル。 電撃波のダメージを軽減できるタイプじゃないけど、特性の『威嚇』で相手の物理攻撃力を下げることができる。 マッスグマだって物理攻撃を仕掛けてくるはずだから、相手の手段を限定する意味も含めて、かなりいい選択と言える。 ……ってワケで、リーベルに決めました。 「リーベル、行くぞ!!」 オレはフィールドにボールを投げ入れた。 実力を測るのにはあまりに大きすぎる舞台かもしれないけど、こういう舞台だからこそ本当の意味で実力を正確に測ることができる!! 「ぐるるるる……」 フィールドに躍り出ると、リーベルはマッスグマを睨みつけ、低い唸り声を上げた。 特性『威嚇』の発動だ。 相手の物理攻撃力を無意識のうちに低下させる。 トレーナーが攻撃力の低下を察知することができても、ポケモン自身は相手に攻撃するまで―― その攻撃が命中するまで、自身の攻撃力が低下したことを察知する術がないんだ。 「グラエナか……さっそくホウエン地方のポケモンをゲットしたようだな」 センリさんが不敵に笑う。 ホウエン地方のポケモンなら、センリさんもいろいろと知ってるだろう。 だけど、見たところマッスグマは格闘タイプの技を使えなさそうだ。 弱点を突かれる危険は低い。 センリさんは審判に顔を向けた。 審判は頷いて、旗を振り上げた。 「マッスグマ対グラエナ、バトルスタート!!」 「リーベル、噛みつけ!!」 まずは悪タイプの技の基本である『噛みつく』でリーベルの実力を見てみよう。 オレはバトルがスタートするや否や、リーベルに指示を出した。 電撃波がヒットするまではほんの一瞬。 避けようと思って避けられるようなシロモノじゃない。 それは距離が開いていようと変わらないだろう。 なら、リーベルが得意そうな接近戦で攻撃を畳み掛けていけばいい。 向こうも、迂闊に電撃波ばかりに頼ってはいられなくなる。 リーベルが地面を蹴って駆け出した!! 黒い鬣が風になびき、さながら黒い風が駆けめぐっているように見える。 スピードはなかなか……ルーシーと互角以上に渡り合えるだろう。 あと、パワーはいかほどのものか…… 接近するリーベルを睨みつけ、センリさんがマッスグマに指示を出す。 「マッスグマ、凍える風!!」 「……!?」 電気タイプに続いて、今度は氷タイプと来たか……!! でも、ここでリーベルに別の技を指示するわけにはいかない。 なにしろ、凍える風は攻撃範囲が広く、締め切られたフィールドの中じゃ、とても避けられない。 マッスグマは四つん這いになると身体を震わせ、口を開いた!! シャァァァァァッ!! そんな音がして、その口から凍える風を吐き出した!! 空気中の水分がその風に触れて凍え、キラキラ光る粒子となって宙を舞う。 凍える風は扇状に広がりながら、リーベルへ向かって勢力を拡大する!! 凍える風は、吹雪や冷凍ビームほど威力の高い技じゃなく、相手を氷状態にすることもない。 その代わりに、冷気が体温を低下させ、素早さを下げる効果がある。 なるほど、こっちの素早さを下げてからじっくり料理するつもりだな。 リーベルが凍える風の先端に触れた瞬間、ビクッと身体を震わせた。 突然の冷気に一瞬怯んだ様子を見せたものの、すぐに力強く駆け出した!! すぐに素早さが下がるわけじゃない。 じわりじわりと染みていくように、ゆっくりと素早さを下げていくんだ。 しかし…… 電気タイプの次は氷タイプの技を使うとは……ノーマルタイプのポケモンの中には、たくさんのタイプの技を使いこなすポケモンもいる。 たとえば、リッピーとか。 10万ボルトや火炎放射など、高位の技だって難なく繰り出せるんだ。 恐らく、マッスグマもその類なんだろうけど…… リッピーとは威力で劣る代わりに、クセの強い技が好みらしい。 降り注ぐ粒子の合間を縫って、リーベルがマッスグマに迫る!! さあ、次はどう来る!? 「乱れ引っ掻き!!」 接近戦で来た!! リーベルがマッスグマを間合いに捉え、大きくジャンプ!! 口を大きく開き、生え揃った鋭い牙が閃く!! と、マッスグマが狙いすましたように、鋭い爪を生やした脚を縦横無尽に振るう!! がしゅがしゅっ!! 「がうっ!!」 続けざまに乱れ引っ掻きがリーベルの顔面にクリーンヒット!! リーベルはまたしても怯んだ様子を見せたものの、根性がそれを難なく跳ね除けた。 鋭い牙がマッスグマの胴体を捕らえた!! 「ぐぐうっ!? ぐぐっ!!」 目を大きく見開き、悶えるマッスグマ。 まさか胴体に噛みつかれるとは思っていなかったのか、激しく動揺している。 胴体の長いポケモンだけど、それってある意味どこでも噛んでくださいっていう風に見えるんだよな。 マッスグマはリーベルを振り払おうとフィールドを走り回るけど、リーベルも力を込めて食らいつく。 暴れれば暴れるほど牙が深く突き立って、ダメージを大きくする。 「マッスグマ、電磁波!!」 「……空に放り投げてアイアンテール!!」 電磁波まで使うのか!? なんて驚いてるヒマはなかった。 思いつくままにリーベルに指示を下す。 リーベルは身体に力を込めて踏ん張ると、頭を大きく振って、マッスグマを宙に投げ飛ばした!! 直後にジャンプして、身体を半回転!! 一時的に鋼鉄の硬度を得たシッポが、マッスグマを横になぎ払う!! 攻撃力もかなりのものだ。 さすがにラズリーには及ばないものの、ジム戦でも通用するレベルには十分に達している。 普通のポケモンが相手なら、噛みつくとアイアンテールを一回ずつ当てれば倒せるだろう。 でも、さすがはジムリーダーのマッスグマ。 やられっぱなしじゃなかった。 ダメージを受けつつも、空中で器用に体勢を立て直し、全身から電磁波を放つ!! 近距離、遠距離双方を卒なくこなすポケモンを二番手に持ってきたのは、相手のペースを崩すためだろう。 でも、タネが分かればとりたて恐ろしいものでもない。 「避けろ!!」 リーベルはさっと後ろに退ったけど、電磁波がその脚を掠めた!! 「……!!」 着地したリーベルが身体を震わせる。 掠めただけでも軽い麻痺に陥るのか…… はじめに接近された時じゃなく、このタイミングで使ってきたところを見ると、電磁波はそこそこの切り札として取っといたってことだろう。 でも、軽い麻痺でも、ジム戦ともなると戦局を左右しかねないほど大きな障害となる。 「マッスグマ、連続切りで畳み掛けるぞ!!」 「ぐぐぅっ!!」 ――任せろ!! センリさんの指示に、着地したマッスグマは大きく嘶き、リーベル目がけて駆け出した!! 連続切りまで……やっぱ、恐ろしいマッスグマだ。 能力の高さは当然ながら、様々なケースを想定して、技に幅を持たせている。 でも、裏を返せば、それらの技はそれぞれのタイプのポケモンから比べると、威力的に物足りない。 それを解消するのが『連続切り』だ。 最初の何発かは威力が低いものの、連続で当てれば当てるほど威力が上がっていくという、ある意味最強の技。 麻痺で思うように動けない相手になら、それ相応のダメージは期待できるだろう。 しかも、虫タイプの技はリーベルに効果抜群だ。 まあ、さすがに黙って食らうつもりはないけど。 せめてクロスカウンターの形でも、相手にダメージを与えておきたい。 マッスグマを十分引きつけて―― 「噛み砕く!!」 オレの指示がリーベルに伝わった瞬間、マッスグマの連続切り、その一撃目がリーベルにヒット!! 続けて別の脚で二撃目を繰り出す!! 二本の前脚で、続けざまに繰り出して、威力アップのための時間を短縮しようという戦法か。 でも、相手が手の届くところにいれば、反撃のしようがある。 リーベルは攻撃を食らいながらも口をさらに大きく開き、勢いよく首を突き出した!! がぶりっ!! そんな音を立てて、リーベルの牙がマッスグマの胴体――先ほどとは別のところに突き刺さる!! 『噛みつく』よりも威力は高く、時折相手の特殊攻撃に対する防御力を下げる追加効果も期待できる。 まあ、リーベルは特殊攻撃を使えないだろうけど、能力低下は相手にとってかなりのネックだ。 それでもマッスグマは怯むことなく、連続切りを繰り出し続ける!! 五発目を受けたあたりから、リーベルの表情が曇り始めた。 威力が本格的に高まり始めた証拠だ。 そうノンビリしてられない!! 「リーベル、そのまま破壊光線!! できるか!?」 マッスグマを『連続切り』の射程外に追い出すことが一番の目的。 これで戦闘不能になれば、ラッキーってくらいのつもりで指示を出す。 「そう来るか……!!」 センリさんは妙案を思いつかないのか、表情を曇らせている。 リーベルはマッスグマをくわえたまま、破壊光線を発射!! 凄まじい勢いに押され、マッスグマが破壊光線を背負ったままフィールドに叩きつけられる!! 続いて爆発!! いくらなんでも耐え切れないだろう。 さっきのラッキーなら耐えるだろうけど、以前戦ったマッスグマの体力を考えると、まず耐えられないはず。 そうなると、破壊光線の反動で動けないリーベルは不利になるけど…… 爆発が収まった後、マッスグマは目を回して倒れていた。 「マッスグマ、戦闘不能!!」 オレの側の旗を振り上げ、審判がマッスグマの戦闘不能を宣言した。 よし、これで残るは一体……!! 「マッスグマ、戻れ!!」 センリさんは何も言わず、マッスグマをモンスターボールに戻した。 タフで、カウンター狙いの戦法を得意とするラッキー。 多彩な技で相手を翻弄するマッスグマ。 センリさんが繰り出してきた二体のポケモンは、それぞれがクセの強い戦法を得意としている。 となると、最後のポケモンは一体どんな戦略で来るのか…? …数の上で優位に立っても、油断してたらあっという間にひっくり返されてしまうだろう。 「ふふ……」 崖っぷちに追い込まれたというのに、センリさんは不敵な笑みを浮かべた。 こんな時でも強気な態度を崩さない……最後のポケモンによほど自信があるのか、ここはさすがと言うべきところだろう。 「ここまで戦るトレーナーと出会えたのは久しぶりだ。今、私はとても気分が良い」 センリさんは胸を張った。 目を閉じ、腕を広げて深呼吸。 存分に息を吸い込むと、目を開いて腕を下げた。 「カントー地方から来たトレーナーで、私の最後のポケモンを引きずり出せたのは、君が今年で二人目だ」 「……二人目……」 なんか嫌な予感がした。 もしかして、一人目って…… 脳裏に浮かんだ想像を確かめようと口を開くよりも先に、センリさんが言葉を投げかけてきた。 「君に私の自慢のポケモンを倒せるかな? バランスバッジは、そう簡単には渡さない……」 そして最後のポケモンが入ったモンスターボールを手に取った。 「君にとっての最後の砦、行くぞケッキング!!」 ケッキング……? 知らないポケモンの名前だ。 センリさんが投げ放ったモンスターボールが口を開き、中から飛び出してきたのは…… 「…………」 なんともやる気のなさそうなポケモンだった。 ラッシーをも上回る巨体。 だけど、戦うべきフィールドで寝そべって退屈そうに尻を掻いているところを見ると、なんか頼りなさそうな…… いや、だけどセンリさんの最後のポケモンだ。いわば最後の砦。 見た目と中身が一致するとは限らないんだ。 身体の大きなポケモンは、総じてパワーに優れている。 ましてやオレの知らないポケモンとなれば、なおさらだ。 茶色の剛毛に覆われた全身は、原始人かに見えないこともない。 ハートのような形をした鼻と、いかにもやる気のなさそうな半円の目が印象的だ。 一体、どんなポケモンなんだろうか? 今までの二体と同じで、クセの強いポケモンであることは疑う余地もないけど…… 頭の中で考えをめぐらせるけど、想像以上のものにならないことに気づいて、ポケモン図鑑を取り出して調べることにした。 電子音がして、センサーがケッキングを認識した。 図鑑の液晶にその姿が映し出される。 やる気のなさそうな映像は同じだけど、むしろ目の前にいる実物の方が、その度合いは勝っているだろう。 「ケッキング。ものぐさポケモン。 ヤルキモノの進化形で、ナマケロの最終進化形。 何をするにも面倒くさいと思う性分で、その場から動くことなく、手の届く範囲に生えている草を食べる。 なくなったら、渋々場所を変える」 「…………」 図鑑の説明に、オレはマジで絶句した。 最終進化形というのはある意味当然なんだけど、まさかそこまで面倒くさがりなポケモンだとは。 最後の『渋々』というあたりが、それを如実に表してるように思える。 リーベルが敵意を込めた眼差しを突き刺すように向けているのに、ケッキングは気にする様子もなく、眠たそうに欠伸をしながら尻を掻いている。 ホントに、これでバトルできるんだろうか? 思わず疑いたくなってくる。 「ケッキング対グラエナ。バトルスタート!!」 審判はオレの都合などお構いなしに、バトルの再開を宣言した。 おかげでこっちも気持ちの切り替えができた。 「ケッキング、気合パンチ!!」 ……と、出し抜けにセンリさんの指示が響く。 破壊光線の反動で、リーベルは動けない!! リーベルが動けないところを狙って気合パンチを指示するあたり、機の読み方は冴え渡っている。 気合パンチは、絶大な威力を誇る格闘タイプの技だけど、並々ならぬ集中力が必要となる。 集中力を高める間に攻撃を受けたら怯んでしまうというリスクはあるけど、今のリーベルを相手に、そんなリスクは限りなくゼロに近い!! ケッキングは面倒くさいと言わんばかりの緩慢な動作で立ち上がると、ゆっくりとリーベルの方へ歩いて行った。 全ッ然、緊張感ねえっ!! 思わず突っ込みたくなるけど、そんな場合じゃない!! 動けない状態じゃ、リーベルの『威嚇』も発動しない。 攻撃を食らう前にケッキングの攻撃力を下げられれば、気合パンチを受けても耐えることができるかもしれないけど…… そのタイミングを逃さないように、全神経を集中させなければ。 のっそのっそと歩いて、ケッキングがリーベルの眼前で立ち止まる。 なんだおまえ……? そんな感じの眼差しでリーベルを見下ろす。 そして腕を大きく振りかぶる。 気合パンチを発動するのに必要な集中力を高めている!! 「発動!!」 センリさんの裂帛の気合とともに、ケッキングが振りかぶった腕を矢のような勢いで振り下ろす!! まずい、避けられない!! とても避けられるタイミングではない。 ごっ!! リーベルの身体に、ケッキングの丸太のような太い腕が叩きつけられた!! あまりの勢いに地面に激しく叩きつけられ、その場所が蜘蛛の巣のようにひび割れる!! 普通のバトルじゃ傷一つつかないようなフィールドに、いとも容易く亀裂を入れて見せたんだ。 気合パンチの威力を差し引いても、ケッキングの攻撃力の高さが脅威となるのは間違いない。 ピクリとも動かないリーベル。 「グラエナ、戦闘不能!!」 審判がリーベルの戦闘不能を宣言した。 『威嚇』を発動していたら戦闘不能を免れていたか……? さっきと同じことを考えてみたけど、ケッキングの攻撃力の高さを目の当たりにした以上、イエスなどと答えることはできなかった。 ただでさえ弱点だったんだ。 攻撃力を多少下げた程度じゃ、ダメージに大差ない。 リーベルを戦闘不能に追いやったケッキングは満足げな表情をするでもなく、面倒くささを漂わせる足取りでゆっくりと元いた場所に戻っていった。 ……一体なんなんだ? こいつ、攻撃力の高さとは裏腹に、やることなすこと、なんでもめんどくさそうにしてる。 乗り気ってワケじゃないし、かといって拒絶を示すワケでもない。 まるで分からないヤツだ。 「リーベル、戻れ!!」 オレはリーベルをモンスターボールに戻した。 初バトルにしてはなかなかよくやってくれたように思う。 予想以上の強さでマッスグマを倒した健闘は讃えるべきものだ。 「サンキュー。なかなか強いじゃないか。君の頑張りは絶対に無駄にしないからさ、ゆっくり休んでてくれよ」 オレは思いつく限りの、最大限の賛辞をリーベルに贈り、モンスターボールを腰に差した。 これでオレも残り一体……後がなくなったってワケだ。 まさか、リーベルが一撃でやられるとは思わなかったけどな…… あの攻撃力の高さに対抗するには、攻撃が当たらないような素早さを持つポケモンか、それに耐えうるタフなポケモンでなければならない。 両方を兼ね備えたポケモンは、オレの手持ちにはいない。 誰を出すべきか考えていると…… 「ケッキングの攻撃力の高さは生粋のものだ。 生半可なポケモンでは、一撃で沈められてしまうだろう。慎重にポケモンを選ぶことだ」 センリさんが腕組みなどしながら言ってきた。 ケッキングに全幅の信頼を置いているってことなんだろう、余裕綽々の表情だ。 それに…… 「攻撃力の高さだけ見れば、これほど魅力的なポケモンはいないのだがね、困るのはその特性だ」 「……?」 オレの興味を引き付ける一言。 特性……? そういえば、ケッキングの特性ってなんなんだ? やる気のなさそうな態度ばかりに目を奪われ、そこまで考えたことはなかったんだけど……っていうか、考えすっ飛ばしてたし。 もしかすると、あの攻撃力の高さの秘密が特性にあるのか……? 「一度攻撃すると、次攻撃するまでに時間がかかる。『なまけ』と言うんだが、それさえなければ無類の強さを発揮してくれるだろう」 「弱点はそこか……」 言い換えるなら、攻撃の間隔が普通のポケモンと比べて長いってことか。 致命的な弱点だけど、それを補うのが圧倒的な攻撃力の高さ。 一長一短とはこのことを言うんだ。 でも、なんでセンリさんはそんなことをわざわざ口走ったりしたんだ? 考えるまでもない。 オレが対策を立てても、それを打ち破るだけの自信があるからだ!! それ以外に何が考えられる? 「……こうなったら、ラッシーしかいないか……」 相手の攻撃の間隔の長さを利用してコンボを完成させられれば、その分だけ有利になる。 必殺コンボを得意とするのはラッシー。 ならば、これで決まりだ。 「ラッシー、君の力を見せてやれ!!」 オレはラッシーのボールをつかみ、フィールドに投げ入れた!! ラッシーはボールから飛び出してくると、威嚇するかのように低い声を上げたんだけど、ケッキングはまったく気にしていなかった。 ものぐさというだけあって、気にすることすら面倒くさいと思っているのかもしれない。 あー、なんていうかやりにくいかも。 「フシギバナか。カントー地方の『最初の一体』……」 センリさんが目を細めた。 『最初の一体』に特別な思い入れでもあるのか、妙に感慨深げな口調だったけど……まあ、それはどうでもいい。 ケッキングの気合パンチも、ラッシーなら毒タイプで効果を半減できる。 ケッキングが持つノーマルタイプの技に対しては威力を落とせないけど、攻撃間隔の長さを利用すれば、その間に体勢を立て直すこともできるだろう。 戦い方によっては、一方的に優位に立てるかもしれない。 審判がケッキングとラッシーを交互に見やる。 準備はできたと判断したようだ。 「ケッキング対フシギバナ。バトルスタート!!」 最後のポケモン同士のバトル、その火蓋が切って落とされた!! 後編へと続く……