ホウエン編Vol.05 ノーマルの脅威 <後編> 「ラッシー、毒の粉からマジカルリーフ!!」 バトルの再開直後に、すかさず第一のコンボを発動!! ラッシーが、背中に咲いた花から毒々しい紫の粉を巻き上げた。 「んっ……?」 センリさんが怪訝そうな顔をする。 ゆらゆら漂う毒の粉がケッキングに届くまでには時間がかかりすぎると考えているんだろう。 でも、そんなことはない。 続いて、背中から二枚の葉っぱを打ち出した!! 風にそよぐ頼りない葉っぱは、しかし毒の粉の中を一直線に突き進み、ケッキング目がけて飛んでいく!! これぞ複合技、ポイズンリーフ。 マジカルリーフの攻撃力と、毒の粉の効果を宿した技だ。 相手にダメージを与えつつ毒に冒す。 攻撃間隔が長いなら、一撃一撃の間に毒によってすり減らされる体力の量も大きい。 いくらタフなポケモンでも、長期戦になれば不利だろう。 「ケッキング、迎え撃て!!」 センリさんは一直線に飛来する二枚の葉っぱを指差してケッキングに指示を出した。 あれが『危険なシロモノ』だと気づいたようで、表情は険しくなっていた。 トレーナーの指示にもやる気を見せないケッキング。 渋々といった様子で起き上がり、飛んでくる葉っぱ目がけて腕を振るう!! ぶんっ!! 丸太のような腕を振り回して生まれる風圧はすごいんだろうけど、生憎と、普通の葉っぱなんかじゃない。 文字通り、魔法がかかってるんだ。 どんな風にも負けず、標的目がけて突き進んでいく魔法の葉っぱだ。 ザシュッ!! 毒の粉を存分に浴びた二枚の葉っぱは、左右からケッキングを薙いだ!! ダメージは与えられたのに、ケッキングは表情一つ変えない。 うわ、もしかして鈍感……? 痛みを感じたような表情じゃない。面倒くささが先に立ってるような。 でも、ケッキングはこれで攻撃行動を取ったことになる。 次に攻撃するまでに時間がかかる!! 今のうちに、第二のコンボを発動させておこう。 「ラッシー、日本晴れ!!」 指示に、ラッシーが空を仰ぐ。 かっ!! ジムの窓という窓から差し込む日差しが強まり、フィールドに徐々に熱気が立ち込める。 「なるほど、面白い戦い方をするな」 日本晴れの効果と、それの意味するところ――コンボの狙いに気づいてか、センリさんが漏らした。 「日本晴れでソーラービームに必要なチャージを短くし、光合成で回復する体力の量を増やす……」 その通り。 もちろんリスクはあるけど、ケッキングは炎タイプの技を使うようには見えない。 後ろ手にそのカードを隠し持っている可能性はあるけど、本家の炎ポケモンほどの火力がなければ、ソーラービームで撃沈する。 然したる脅威とは思えない。 「……っ!?」 ……と、ケッキングの表情が変わった。 画鋲を踏みつけたように、驚愕に目を見開いている。 笑いを誘う半円状の目つきが膨らんで円形に変わった。 ようやく全身に毒が回り始めたか…… マジカルリーフに付着した毒の粉が、ダメージと同時に全身の毛穴から体内に取り込まれて、血流に乗って全身に広がっていくんだ。 時間が経てば経つほど、全身に回った毒が体力を削り取っていく。 マジカルリーフのダメージは皆無に等しくても、毒によるダメージは避けようがないのさ。 ただでさえ攻撃間隔の長いケッキングなら、毒を治したりするまでにも時間がかかる。 その分、体力は削られていく。 特性を逆手に取った作戦さ。 センリさんはそれに気づいたようだけど、余裕の態度を崩さない。 この状況を打破する戦術が既に頭の中にあるということか……単なる強がりとも思えないな。 でも…… 「ラッシー、ソーラービーム!!」 どんな戦術だろうと、攻撃間隔の長さはどうしようもない。 次の攻撃が来るまでにソーラービームを連続で叩き込むまでだ。 ラッシーが背中の花に光を集め、口を大きく開く。 ごぉぉっ!! 轟音と共に強大な光の奔流が撃ち出される!! さすがは最終進化形!! これなら、ケッキングにも大ダメージを与えられる。 何発も放てば、フィールドに沈めることも容易だろう。 オレは勝利が揺るがないことを確信した。 ――しかし、さすがに甘くなかった。 「ケッキング、空元気!!」 センリさんの指示が響く!! このタイミングで来るということは、ソーラービームを受けることは覚悟の上ってことか!! 案の定、ケッキングがラッシーの方へゆらりゆらりと歩き出す。 そのどでっ腹に、ソーラービームが命中!! 耳を劈く爆音。生まれる爆風がフィールドを駆け回る。 ケッキングの歩みは止まらない。 痛そうな表情にはなるものの、足の速さはまるで変わっていない。やはり、タフなポケモンか。 でも…… 「ラッシー、連射!!」 ソーラービームのチャージはほんの一瞬。 ラッシーはソーラービームを連射!! 接近戦の苦手なラッシーは、何がなんでもケッキングを近づけさせるわけにはいかない。 次々にソーラービームが命中するも、ケッキングの歩みは止まらない。 なんなんだ、これは!? 普通のポケモンなら一発で戦闘不能になってなお余りある力を持つソーラービームを何発も受けて平然としてられるなんて。 神経つながってないのか……いや、そんなはずはない。 毒が回った時の表情は、とても作り物とは思えない。 一体どんなカラクリがあるんだ。 それに、空元気って技の名前なのか? オレの知らない技を次から次へ繰り出してくるセンリさん。 ホウエン地方のポケモンがよく使う技なんだろうか? 空元気っていうと、上辺だけ元気があるように見せることだから、虚勢だってことになる。 言い換えれば単なる強がりだ。そんな意味を持つ技の効果とは? 攻撃なのは分かるけど。 ラッシーはソーラービームを何度も何度も放つけど、ケッキングは止まらない。 十発ほど受けたところで、ついにラッシーの眼前にたどり着く!! 「……!!」 ラッシーは目の前にそびえる巨体に息を飲んだ。 ラッシーをして、怯ませるほどの威圧感…… やっぱ、ケッキングはタダモノじゃない!! 「ケッキーングっ!!」 腹の底から搾り出したような声を上げ、ケッキングが腕を振るう!! 動きの遅いラッシーに避わす術はない。 「ソーラービームだ、怯むなラッシー!!」 ソーラービームで押し留められるか…… オレの指示に、ラッシーが慌ててソーラービームを放とうとして―― ごぅんっ!! ケッキングの強烈な一撃がラッシーの横っ面を弾き飛ばした!! 百キロ近いラッシーの身体が、かすかに宙に浮く。 「ラッシー!!」 何メートルも後退させられるほどの勢いとはいかほどのものか。 いくらラッシーでも、大ダメージは免れない。 これが空元気の威力か……オレは奥歯を強く噛みしめた。 あんなのをもう一度食らったら、次は耐えられるかどうか。際どいところだ。 「空元気は、自分が状態異常になっている時にこそ最大限の威力を発揮する技だ。 君がケッキングを毒状態にしてくれたおかげで、ぐんと使いやすくなった」 「くっ……」 そういうことか。 毒の粉が付着したマジカルリーフをおとなしく受けたのは、ケッキングを毒状態にして空元気の威力を最大限に高めることが目的。 攻撃頻度の低さを、攻撃力の高さと技の威力で補う作戦だったんだ。 なるほど、やられたよ。 毒による体力減少というリスクを背負ってでも攻撃に打って出る強気の戦法。 攻撃以外のことは考えてなかったに違いない。 「ラッシー、大丈夫か!?」 「バーナー……」 オレの言葉に、ラッシーは小さく頷いた。 だけど、その顔には疲労が色濃く滲み出ていた。 今の一撃で相当大きなダメージを受けたようだ。 もしもラッシーが最終進化形になっていなかったら、一発で戦闘不能に陥っていた。 ルースやリッピーでも同じだっただろう。 むしろ、ラッシーだからこそ耐えられたと言ってもいい。 ケッキングの最大の弱点は、攻撃頻度の低さ。 次の攻撃が来るまでの間に何をするかが勝負の分かれ目となる。 攻撃か、回復か。 回復して持久戦に備えれば、毒状態のケッキングは時間の経過で戦闘不能になる。 攻撃に打って出て一気に決めるという荒技もある…… どちらがベストなのかはオレにも分からないけど、どっちかを選ばなければならないことだけは確かだ。 さあ、どうする……? ラッシーとケッキング。 両者の表情を交互に見やる。 どっちも辛そうだ。 絶大な威力の空元気を受けたラッシーと、全身に回った毒とソーラービームの連発を受けたケッキング。 長期戦は狙えないと見るべきか。 センリさんは真剣な眼差しをポケモンに注いでいる。 ケッキングが次に攻撃できるようになるまでの間は、何を指示しても無駄。 こうなったら……一気に決める!! 「ラッシー、成長からソーラービームだ、一気に決めてやれ!!」 防ぎ手がないというのなら、怒涛の勢いで攻撃し続けてやるまでのことだ。 ラッシーは四本の脚を広げて、踏ん張る。 『成長』は草タイプの技の威力を一時的に高める効果を持つ。 それに、今のラッシーなら…… 『新緑』の特性と『成長』を組み合わせれば、草タイプの技の威力は倍以上に跳ね上がる。 ピンチの時にこそ役立つ組み合わせでソーラービームを放つ!! 「なっ……!?」 至近距離からソーラービームを受け、ケッキングの巨体が軽々と宙を待った。 センリさんは唖然とした顔をしていた。 さっきまでのソーラービームとは段違いの威力に、驚きを隠しきれない様子だ。 どっ!! アニメでよく見るレーザー砲を思わせる強烈な一撃はジムの壁を軽々と突き破って空へ飛び出した。 「あう……」 オレはケッキングが地面に叩きつけられたことよりも、そっちの方が気になって仕方がなかった。 床のみならず、天井とかも丈夫に出来てるはずなのに、こうも容易く撃破してしまうなんて。 ああ、後で損害賠償請求とか来なきゃいいんだけど。 そうなったら身元とか調べられるだろうし、じいちゃんやナナミ姉ちゃんにも迷惑かけちゃうし。 どうしようかと思っていると、フィールドで動きがあった。 ケッキングが起き上がろうとしてたんだ。 まさか、あの一撃に耐えたっていうのか……!? 冗談じゃないぞ。 どんなタフなポケモンだって――相性的に不利な毒タイプや鋼タイプのポケモンでさえ、あれだけの一撃を受ければ耐えられないはずだ。 相性による補正はない。 その上、威力は劣るけどソーラービームを十発以上受けてるんだ。普通なら絶対に耐えられない。 オレの『常識』じゃ測りきれないってことか。 だったら…… ラッシーに再びソーラービームを指示しようとした瞬間、センリさんがモンスターボールを掲げた。 「戻れ、ケッキング」 戦闘不能と宣言されてもいないのに、ケッキングをモンスターボールに戻した。 これ以上傷つけさせるのを潔しとしないのか。 今までにもそういうジムリーダーはいた。 おかげで勝利し、リーグバッジをゲットできたこともあった。それを悪く言う人もいるけど、オレはそうは思わない。 だって、負けを自分から認めるのって、すごく勇気の要ることだって思うんだ。 「ジムリーダー、よろしいのですか?」 審判が改まった口調でセンリさんに問いかける。 今なら取り消せると、暗にそう言ってるんだけど、センリさんは首を横に振ると、ケッキングの入ったボールを腰に戻した。 「戦闘不能でいい」 言葉にせずとも、それくらいは分かる。 審判は不満げな表情をしていたけど、すぐに無表情に戻り、旗を振り上げた。 「ケッキング、戦闘不能!! よって勝者、挑戦者・アカツキ!!」 「……勝った……」 もしもあそこでセンリさんが何かしらの攻撃技を指示していたら……それが破壊光線だったりしたら、負けていたのはオレの方だっただろう。 光合成を使って体力を回復しても凌げたかどうか。 どのジムでもそうだったけど、首の皮一枚の勝利だったよ。 「ラッシー、お疲れさん。よく頑張ってくれたな」 オレはラッシーの傍へ駆け寄ると、ケッキングの強烈な一撃を受けたところをそっと撫でた。 「バーナー……」 満足げに微笑むラッシー。 それこそ空元気なんだろうけど、とてもまぶしく見えた。 日本晴れの効果で陽射しが強くなったことだけが原因じゃないんだろう。 「やっぱりラッシーが一番だよ。 どんなに崖っぷちな状況に追い込まれたって、君なら盛り返してくれるって信じてたから」 なんとなくラッシーのことを頼りにしすぎてるなって、自分でもそう思う。 だけど、事実なんだから仕方がない。 「実に見事な一撃だった」 その声に振り向くと、センリさんが歩いてくるところだった。 負けたと言うのに、清々しい気分に浸っているのか、妙に爽やかな表情をしていた。 「あれほどのソーラービームは滅多に見られないな。私もいろいろと勉強になった」 「いえ、こちらこそ。あんな威力の技は初めて見ました」 ジムリーダーでも勉強になることがあるんだ……なんて思いつつも、オレは同じ内容の言葉を返した。 ホウエン地方最初のジム戦で、威力全開の空元気を見せられたんだ。 これから訪れる七つのジムでも、あんなすごい威力を持った技が続々と繰り出されるんだろうか……? そう思うと、楽しみだったり、不安だったりする。 だけど、どんな相手が出てこようと、オレたちは絶対に勝つ。勝たなきゃいけないんだ。 意気込みを新たに、闘志を爆発寸前の勢いで燃やしていると、センリさんがズボンのポケットに手を突っ込んで、なにやらガサガサとやり始めた。 気づけば、膨らんだそのポケットに視線を向けていた。 何を取り出すのか、無意識のうちに分かっていたからかもしれない。 案の定、センリさんが取り出したのは、ダンベルを模した形のバッジだった。 これがバランスバッジ……ホウエン地方で最初にゲットしたリーグバッジだ。 オレはセンリさんの手のひらの上で輝いているバッジを、吸い込まれるように見つめていた。 これでオレはカントーリーグの分も含めて、九つのバッジをゲットしたことになるんだなあ。 そう思うと、激戦に次ぐ激戦を駆け抜けてきたんだなあって、感慨に耽っちゃいそうになる。 もっとも、今のオレたちに、そんなヒマはないんだけど。 オレの目線が手のひらに注がれていると悟り、センリさんはオレの手を取り、バランスバッジをそっと載せてくれた。 「あ……」 手のひらに乗ったわずかな重みに、オレは顔を上げた。 センリさんの笑顔が目の前にあった。 「持っていきたまえ。そのバッジはたった今から君のものだ」 満足げに微笑むと、優しい言葉で労ってくれた。 ああ、親父が最初(ハナ)っからそういう風に接してくれていたら、オレもここまで性根を曲げずに済んだのかもしれない。 まあ、ちゃんとした形で仲直りして国交樹立した今となっては、それも単なる過去の遺物でしかない。 大切に持ってたって仕方のないものだけどさ。 やっぱり、そういうことって、簡単には忘れられないものなんだな。 センリさんの顔を見ていると、なんとなくそんなことを感じてしまう。 親父でもないのにさ。 「君は大したトレーナーだ。未熟な面は否めないが、筋がいい」 「そ、そうですか? ありがとうございます」 未熟か…… そりゃ、トレーナーとしてのキャリアは二ヶ月足らず。 未熟なところがあって当然だし、オレ自身、まだまだだって思う部分はたくさんある。 一つ一つ、それらをちゃんと克服していかなきゃいけないってことも分かってるつもりだ。 そういう『弱いところ』があるから、それをバネにしてより高いところを目指そうって思えるんだよな。 なんていうか、トランポリンみたいなものだ。 センリさんの言葉には深みがあって、じいちゃんに言われているような気持ちになる。 身が引き締まる想いというか……そんな感じ。 「自分のポケモンを信じ、交替することなく戦い抜いた。それが君の作戦だったのかは分からないが……」 「あう……」 言われて思い出した。 このジム戦のルールを。 そういや、交替は認められてたんだっけ。 そこまで考える余裕がなくて、ずっと出しっぱなしにして、戦闘不能になれば戻して……っていうことを繰り返してたけど。 作戦ってワケじゃない。むしろ忘れてた。 さすがにそうとは言い出せず、オレは「あははは……」と力ない笑みを浮かべるばかりだった。 「君はいい仲間を持ったな。やはり、若きトレーナーが夢へ向かって突き進んでいくのを見るのは、私としても喜ばしい限りだ。 その調子で、これからも頑張って行ってほしい」 「もちろんですよ。な、ラッシー?」 頷き、ラッシーに話を振る。 「バーナーっ……」 ラッシーは大きく頷いてくれた。 当然だ、オレがいればアカツキに負けの二文字はない、と言わんばかりに力強かった。 しかし……センリさんって、とっても優しい人なんだな。 カントー地方のジムじゃ、ジムトレーナーなんてあんまり見かけなかった。 タケシやカスミは年齢的に弟子を取るわけにはいかないだろうけど、他の六人はそれ相応のキャリアを積んでるから、十分にそうすることもできただろう。 それをしない理由は様々あるけれど…… センリさんはちゃんとジムトレーナーを擁し、『後輩』を育てようという気持ちにあふれている。 だから、ジムを卒業して一人前になっても、師匠(ジムリーダー)の教えを乞おうとわざわざやってくるようなトレーナーがいるんだ。 そう、たとえば……二階席でバトルを眺めていたユウスケの様子を窺おうと視線を引き上げた。 「……って、あれ?」 でも、ユウスケの姿はどこにもなかった。 バトルの間にどっか行っちゃったんだろうか? 「やれやれ……成長しているかと思ったが、そういうところは変わっていないな」 センリさんもオレと同じように二階席を仰ぎながら、ため息混じりに漏らした。 「?」 そういうところは変わってない? どういう意味かと疑問に思ったけど、オレは何も訊かなかった。 そこまで立ち入ったことを訊くのは、失礼じゃないかと思ったからだ。 「さて、アカツキ君。ポケモンセンターに戻るんだ。 君のために戦ってくれた大切な仲間たちに、勝利の報告をしなければならないはずだ」 「そうですね。ラッシー、戻ってくれ」 センリさんの言葉に頷き、オレはラッシーをモンスターボールに戻した。 いろいろと気になることがあって、センリさんに言われるまで、ラッシーをモンスターボールに戻すのを忘れてた。 ラッシーの姿が赤い閃光となって、モンスターボールに吸い込まれる。 「センリさん。ありがとうございました」 「うむ。気をつけてな」 「はい」 オレはセンリさんに深々と頭を下げると、バランスバッジをギュッと握りしめたまま駆け出した。 ジムを飛び出し、一路ポケモンセンターへと向かう。 背後で、センリさんが深々とため息を漏らしていたことなど、オレは当然知る由もなく―― 『気をつけてな』という言葉の意味も、これからの道中に対してのものだと思っていたから。 ポケモンセンターの直前で立ち塞がった相手のことを指していたなどと、理解できるはずもなかった。 というのも…… 「そんなに急いでどこ行くんだ?」 「…………」 ポケモンセンターの手前で声をかけられ、オレは立ち止まった。 聞き覚えのある声に振り返れば、ポケモンセンターの敷地をぐるりと取り囲む塀にもたれかかる少年の姿があった。 ……ユウスケ? バトルの途中で姿を消して、どこへ行ったのかと思っていたけど…… まさか、こんなところにいたとは。 ニコニコと笑みを浮かべながら近づいてくる。 「よう。その様子だと、ジムリーダーには勝てたみたいだな。おめでとさん」 「……あ、ありがと」 やたらと軽い調子(ノリ)で言ってくるものだから、言われてるこっちの方が妙に恐縮しちまうよ。 見た目はオレよりもいくつも年上だけど、実年齢はオレと同じくらいなのかも。 ……なんて思っていると、 「ここで待ってりゃ通りかかるだろうと思って張ってたんだけど、ビンゴだったな。 どうせ、ジムリーダーに勝つだろうってことは分かってたし」 「待ち伏せしてたってことか?」 「まー、そーゆーことだ」 いけしゃあしゃあと言い放つユウスケ。 待ち伏せなんてしなくてもいいじゃないか。 しかも、尊敬するジムリーダーがバトルしてる途中でジムを脱け出して、 あまつさえ戦い終えたオレを待ち伏せしているなどと、よっぽど退屈してたんだろうか。 でも、オレに何の用があるってんだ? 声をかけられるまで、そこにいることに気づかなかったんだけど。 言っちゃ悪いんだけど、あんまり印象に残ってなかったっていうか、風景と同化してたというか…… 「……ってワケでさ、一目おまえの姿見た時に、ピンと来ちまってさ。 オレのライバルによく似てるんで、つい相手したくなっちまったんだよ」 「……なんだよ、それ」 話の前後が全然つながってない。 精一杯ツッコミを入れたにもかかわらず、ユウスケはへらへらしていた。 あー、なんていうか、すっげぇつかみどころのないヤツ…… ナミを少し大人にしたのが目の前にいるような気がして、思いっきりため息漏らしたい気分になってきた。 「まあ、そういうワケなんで、オレと勝負しな!!」 なんて強気に言い放つと、ユウスケは腰のモンスターボールを手に、突きつけてきた!! 「はあ?」 いきなり何を言い出すかと思ったら勝負しろ!? いくらなんでもこれは無茶だ。 「あのなあ、オレはジム戦終えたばかりでいろいろ疲れてるんだ。 勝負なら明日にでもしてくれないか? みんなを休ませてやらなきゃいけないんだからさ」 オレは当然主張すべきところは主張した。 ポケモンバトルはフェアなものでなければならない。大前提だ。 オレはジム戦でいろいろと疲れてるし、ルーシー、リーベル、ラッシーも大健闘してくれて、今はモンスターボールでゆっくり休んでいる。 残りの三体でポケモンバトルをするには無茶がある。 まして、レキは実力的に謎が多くて、対トレーナー戦じゃ活躍は見込めないだろう。 そこんトコはそのまま伝えるわけにはいかなかったんで、多少は言葉を濁したけど、今は無理だということを主張した。 でも、ユウスケにはオレがそんな風に言うのも分かってたらしい。 あっさりと切り返してきやがった。 「じゃあ、ポケモンの回復が終わるまで待ってやるよ。それならいいだろ」 うわ、そう来たか。 ポケモンバトルは、ポケモンが戦える状態であれば、トレーナーが病気とかでとても指示を出せない場合を除いて、受けなければならない。 ユウスケは、オレとしては痛いところをソフトに突いてきた。 何も考えてないように見えて、頭の回転はすごく速いのかもしれない。 「……ってワケで、さっさと回復させてやってくれよ。オレ、ここで待ってるからさ」 「……分かったよ」 そこまで言われては、断るのも気が引けた。 この分だと、逃げても逃げても追いかけてきそうだ。 オレとしてもそれだけは勘弁してほしいんだよな。 もっとも、逃げるつもりなんて最初っからないけど。 オレはポケモンセンターに駆け込んだ。 ジム戦にも勝ったことだし、勢いをそのままユウスケに叩きつけて、快勝してやるとしよう。 カウンターの奥でカルテと睨めっこしているジョーイさんにポケモンの回復と今晩宿泊する旨を伝え、 バトルで傷ついた三体のポケモンが入ったモンスターボールを差し出した。 カードキーの発行はすぐに済み、ポケモンの回復が終わるまで、オレはロビーの長椅子に腰を下ろして休むことにした。 ホウエン地方最初のジムってことで、いろいろと気を遣わなくちゃいけないところがあって、マジで大変だった。 追い討ちをかけるようにユウスケがバトルを挑んできたんだから、今晩はよく眠れそうなんだけどさ…… でも、ホウエン地方に来て一週間も経ってないっていうのに、何回バトルしてきたんだ? カントー地方を旅してた頃と比べると、割合的にこっちの方が多いような気がする。 見たことも聞いたこともないポケモンを相手にして、いろいろと手こずる面もあったけど、白星の方が多いだろう。 つまり、トレーナーとしての成長は確かにあるってことだ。 これからも、オレの知らないポケモンが立ち塞がるんだろうな。 ジム戦なんていい例だ。 ケッキングなんて、とんでもない攻撃力ととんでもない特性を持ったポケモンがジム戦の最後で登場してきた。 ジムリーダーにとって最後のポケモンは文字通りの切り札だ。固い絆で結ばれた、最高のパートナーだ。 ホウエン地方に棲息するポケモンを最後に出してくるんだから、数の上でこちらが勝っていても、それを考慮してバトルを進めてはならない。 何があるか分からないんだから。 バトルってのはいつだってそうだ。 一見有利な状況に見えて、実はそれが相手の策略で、落とし穴に落とされるようにピンチに陥るってこともある。 どんな時も全力で勝負……それも、ポケモンバトルの前提だったりする。 ……今まで楽に勝てた相手なんていないから、なおさらそう思えるだけかもしれないけどさ。 刃物のように鋭くシャープなその考え方は失くしちゃいけない。 「だから、もっと経験を積んで、実戦のカンを養ってかなくちゃいけないんだけどさ」 頼りにならないものの代名詞みたいな散々な言われ方してるけど、論理的に物事を突き詰めて考えていくにも限度がある。 そういう時は、いっそカンに頼っちゃおうってことだ。 いつかは必要になる時が来る……漠然とだけど、そんな風に感じられるんだ。 それもあるいは直感の一部なのかもしれない。 だったら、それを否定する理由はない。 オレはセンリさんからもらった時からずっと手の中に握りしめていたバランスバッジに目を落とした。 ……激戦だった。 ノーマルタイプのポケモンだから、あんまりクセなんて強くないだろうと思ってたけど、それは大きな間違いだった。 センリさんが繰り出した三体のポケモンはいずれも特徴的なスタイル(見た目はもちろん、技や戦い方も)で、 一体目のポケモンを倒したからと言って、次のポケモンの異なったバトルスタイルに翻弄されてペースを狂わされる…… 大方、そんな作戦でも練ってたんだろう。 オレが今まで戦ってきたジムリーダーの中で、センリさんだけは別格のように思える。 単純な強さなら親父の方が上だろうけど、それ以上に性格とか戦い方とかポケモンのセンスとか…… 単純な『洗練さ』じゃなくて、余計なところを極限までそぎ落としてシャープになってるっていうか。 うまくは言えないけれど、そんな感じがするんだ。 ジムリーダーとしても、一人の人間としても、ジムトレーナーから尊敬されてるんだなって。 ユウスケの言動を見れば、それくらいのことは分かる。 とはいえ、こんなところでバトルをすることになるとは……本当に予想外だ。 ジム戦に退屈してどっか出かけたとばかり思ってたのに、まさか待ち伏せしてたなんて。 まあ、受けると言っちゃった以上は、もう後の祭りなんだけどね。 しかし、あいつは一体どんなポケモンを使うんだろう? 肩越しに窓の向こうに振り向く。 アチャモとミズゴロウを伴ったトレーナーが水辺の岩に腰を落ち着けて、楽しい一時を満喫している。 ポケモンセンターにいる時くらいはリラックスしたいんだけど、それはユウスケとのバトルが終わってからになるだろう。 そう……それなんだけど、ユウスケはどんなポケモンを使ってくるのか。 考えなくちゃいけないのはそれだ。 トウカジムのジムトレーナーという経歴だけ見てみれば、 熱烈に慕っていたセンリさんと同じタイプの――ノーマルタイプのポケモンを使ってくる可能性が高い。 でも、さすがにそれだけだと格闘タイプには太刀打ちできないから、 格闘タイプを倒せるタイプのポケモンを、弱点を補う目的で手持ちに加えているのは間違いない。 だいたいのトレーナーは、六体のポケモンがそれぞれの弱点を補い合えるような組み合わせで手持ちを固める。 そうすれば、どんなタイプのポケモンが出てきても、そのポケモンに対して有利なポケモンで迎え撃つことができる。 臨機応変ってヤツだ。 相手の手の内なんて読みようがないんだけど、それでも考えることだけは止められない。 どっちにしても、ホウエン地方に棲息するポケモンをメインに組み立ててるだろう。 考えるだけ無駄だってことだ。 心の中に張り詰めていた緊張の糸がプツリと切れると同時に、ジョーイさんがやってきた。 「ポケモンの回復が終わりましたよ」 「ありがとう、ジョーイさん」 笑顔と共に差し出された三つのモンスターボールを受け取り、丁重に礼を言う。 よし、これで準備は整った。 オレは席を立ち、ユウスケが待っているポケモンセンター前の通りに急いだ。 彼はさっきと同じ場所で、同じように塀にもたれかかっていた。 通りを行く人を観察しているように見えたのは気のせいか……そう思いつつ声をかける。 「待たせたな」 「おう。んじゃ、おっ始めるとしようぜ」 ユウスケは口を広げて笑った。 「でも、ここじゃ人通りが多いからな。こっち来いよ、いい場所に案内してやるぜ」 モンスターボールを片手に、歩き出す。 こんなところでバトルなんかしたら、すぐにジュンサーさんがすっ飛んできて、二人まとめて逮捕されるに決まってる。 バトルをするなら、あまり人の通らない場所とか、人気のない場所を選ぶべきだ。 公式のバトルコートなら、話は別だけど。 オレはユウスケについて行った。 いい場所って表現が気になるけど、変なところには連れてかないだろう。 いざとなれば、ラッシーのソーラービームで吹っ飛ばすっていう手段もあるし。 なんて仮定の話を適当に進めつつ歩いていくと、街の外れにある寂れたバトルコートに案内された。 オレは立ち止まり、フィールドを見渡した。 「……ここか?」 「そうだよ」 オレの発した疑いの言葉にも、あっさり頷くユウスケ。 ……って、バトルするにはずいぶんと荒れ果ててるように見えるんだけど。 コンディションとしてはお世辞にも良いとは言えない。 フィールドはデコボコしてるし、コートを取り囲む白いラインも、ところどころが擦り切れていて、フィールドと外の境目が曖昧になっている。 手入れがされていないところを見ると、ずいぶん前に打ち捨てられたってところだろう。 センリさんってジムリーダーもいるし、わざわざこんなところに来る必要もないって思うのは、ある意味当然のことなんだけど…… なんか、淋しいな。 オレが呆然としていると、ユウスケはすでにスポットらしき場所に立ってスタンバイしていた。 「おーい。こっちは準備できたんでさ、そっちも早いとこスポットについてくれよ」 「あ、ああ……」 どこか呆れたような声に、オレは慌てて反対側のスポットについた。 うーん、改めてスポットからフィールドを見てみると、思いっきり起伏に富んでる。 高低差は、数十センチはあるだろう。 このフィールドをいかに使いこなすかが勝負の分かれ目になるな。 それに、わざわざこんなところに連れてきたくらいだ。 ユウスケが、このフィールドで戦うことを選んだなら、有利に戦えるポケモンを用意しているはず。 こっちを動きにくくするためか、それともフィールドの状態など関係なく空を飛んで戦う鳥ポケモンか……どっちかと見ていい。 「付き合ってくれてありがとな。 んじゃ、そういうわけでバトルを始めようぜ」 不敵な笑みを浮かべ、ユウスケが腰のモンスターボールをつかんだ。 「ルールは、一対一のシングルバトルで、時間無制限。そんなトコでどうだ?」 「いいぜ、受けて立つ」 オーソドックスなルールだ。 シンプルだけどその分奥が深く、トレーナーとしての実力を試される。 実際、変則的なルールよりはやりやすいよな。 「よし。それじゃ、オレのポケモンを出そう」 いよいよ臨戦態勢ってことで、ユウスケも気合が入っているようだ。 すっかり意気込んでいる。 「アルベル、カモーン!!」 中にいるポケモンの名を呼び、モンスターボールをフィールドに投げ入れる!! アルベルって名前のポケモンか、それともニックネームか。 判別できないんで、そのポケモンが出てきてから判断しよう。 デコボコしたフィールドにモンスターボールが落ちて、バウンドした瞬間、ボールの口が開いて、中からポケモンが飛び出してきた!! 「ぐるるるるぅ……」 「グラエナ……!!」 聞き覚えのある鳴き声と、見知ったその姿。 間違いない、グラエナだ。 でも、リーベルよりも『格』は上だろう。 腰を低く構え、いつでも獲物に噛み付けるような体勢。 刃物のような鋭い視線と、敵意のこもった唸り声。 リーベルとは比べ物にならないレベルだ。 ユウスケのグラエナ――アルベルは並のグラエナじゃない。 グラエナと見て侮ると、手痛いしっぺ返しを食らうだろう。 悪タイプの弱点は格闘タイプと虫タイプだけ。 その上、特性『威嚇』で相手の物理攻撃力を潜在的に下げられる。 特性と弱点の相性が完璧にマッチしているポケモンと言える。 それはリーベルも同じだけど、同じポケモンをぶつけても、とても勝てる気がしない。 情けない話だけど、アルベルの『威嚇』はオレにも心理的なプレッシャーを与えてるんだ。 「さ、そっちのポケモンを出しな。あのフシギバナってポケモンでもいいぜ。 こっちとしちゃ、強いポケモンの方が戦い甲斐があるからな」 「…………」 ラッシーがバトルに出てくる段階まではジムにいたか。 とすると、バトルが終わる直前の前後でジムを出たってことになるな…… ユウスケの言葉から、そんなどうでもいいことを分析している自分に気がついて、つい笑みがこぼれた。 さて……誰を出すか。 物理攻撃で攻めるのには限度がある。さっきジム戦を戦ってくれたルーシー、リーベル、ラッシーの三体は論外だ。 ユウスケには悪いけど、リクエストには応じられない。 となると、リッピー、ルース、レキの中から選ぶことになる。 レキは問題外。アルベルに通用するレベルじゃない。 「リッピーかルース。となると、どっちがいいかは決まってるよな」 ……ってワケで、決定。 オレが選んだのは…… 「ルース、君に決めたッ!!」 ルースのモンスターボールを引っつかみ、フィールドに投げ入れる!! ぽんっ!! フィールドにバウンドすると痛みでも感じるのか、ルースはその前にボールの外に飛び出してきた!! と、対峙する相手を見て…… びくっ!! あ、震えた。 背中に燃えていた炎が、心の状態を表しているように大きく揺れ、その勢いが弱まったように見えた。 「……?」 ルースの状態に気がついたんだろう、ユウスケは怪訝そうに目を細め、首をかしげた。 ああ…… 出してから気がついたんだけど、ルースが『威嚇』の特性を持ってるアルベルを相手にするのは辛いかもしれない。 普段からただでさえ臆病なのに、見た目がマジで怖いポケモンを目の前にすると、その臆病さに拍車がかかる。 現に、ルースは本気で怖がってるし。 だけど、ルースには何がなんでも振り切ってもらわないと!! アカツキのカエデみたく超積極的になれとまでは言わないけど。 せめてバトルする時くらいは持ち前の火力を最大限に発揮できるように、気持ちを強く持ってもらいたい。 荒療治はあんまり好きじゃないけど、こうでもしなきゃ、ルースは本気でやってくれないだろう。 「な、なあ……」 ルースがアルベルに怯えていることを悟って、ユウスケが躊躇いがちに訊いてくる。 「おまえのバクフーン、思いっきり怯えてないか?」 怯えてないかも何も、見たとおりなんですけど。 もはや答える気すら起こらない。 でも、その代わりに、オレは声を大にして言ってやった。 「バトルになると人格が変わるから安心していい」 ……と。 実際、バトルになると、逃げられないと悟って、ルースもやる気になってくれるんだ。 今まで何体の相手を倒してきたか。 ちゃんと気持ちを強く持つことができたら、持ち前の火力にも磨きがかかって、さらに強くなれるだろう。 さらに強くなれば、その分自信を持つことができる。 そう、まさに好循環!! 「そ、そうか……」 オレよりもユウスケの方がどことなく不安そうに見えるんだけど、気のせいだろう。 「そういうワケで、バトルを始めようか」 どういうワケだ。 思いっきりツッコミを入れたくなる気持ちを抑え、オレはバトル開始の瞬間を待った。 「誘ったのはオレだからな。先手は譲るぜ」 「……? 余裕のつもりか?」 「まさか」 先手は譲るってか? 紳士的な対応と言えないことはないけど、相手に先手を譲るってことは――自ら後攻となることで、何かしようとしてると勘繰られても仕方ない。 ……っていうか、絶対そうだし。 余裕っていうより、むしろ後手に回った方が都合がいいってことだろう。 何かしらの作戦だとしても、先手必勝。 ルースがやる気になれば、そんな拙い策は自慢の火炎放射で焼き払ってやるまでだ。 さて、最初の一手をどうするか。 こっちの攻撃がどういったタイプか――攻撃か、能力アップか、逆のダウンか。 そのどれかによって、戦い方を決めていこうとしているのは目に見えている。 ならば…… 「ルース、火炎放射!!」 オレはアルベルを指差し、ルースに指示を出した。 「……っ!!」 ルースは一瞬躊躇ったように身体を硬直させたけど、すぐに背中の炎を激しく燃やし、口から強烈な炎を吐き出した。 やっぱ、バトルになると変わるんだな。 「ほう……なかなかやるじゃねーか」 ユウスケは犬歯をチラリ覗かせて小さく笑った。 ルースの火炎放射の威力はなかなか……というよりも、かなりすごい。 これで性格が臆病じゃなきゃ、戦力的にかなり飛躍的に上昇するってことなんだけど、そこは長期的に見ていこう。 ルースの吐き出した炎が、空気抵抗をものともせずにアルベルめがけて一直線に突き進んでいく!! 「アルベル、避けて接近!! 噛み砕け!!」 笑みを浮かべたまま指示を出すユウスケ。 アルベルは地を蹴って駆け出した!! 空気を焼きながら突き進む炎を難なく避わすと、鋭い目つきはそのままに、俊敏な動きでルースへ向かってフィールドを駆ける!! 「……速い!!」 アルベルの予想外のスピードに、オレはマジで度肝を抜かれた。 フィールドがデコボコしてるのに、それをものともせずにルースへ向かってくるアルベル。 オレのリーベルと同じレベルで見たら痛い目を見るな。 でも、リーベルとアルベル――グラエナは接近戦が得意。 なら、ルースの炎で近寄らせないようにすれば、ダメージを受ける心配はない。 もし近づかれたなら、その時はその時で至近距離から炎を浴びせればいい。 ルースの炎は、接近戦、距離を空けた戦いのどちらでも活躍できる。 ただ問題があるとすれば…… いや、今はそんなことを考えてる場合じゃない。 「ルース、火炎放射!! アルベルを近寄らせるな!!」 接近戦が得意なら、リーベルに使えないような技もいくつか隠し持ってると見ていいだろう。 オレには想像もつかないけど、あんまり使わせていい技でもなさそうだ。 ルースは背筋をピンと伸ばし、さらに炎を吐き出す!! 近寄れば近寄るほど避けるのが難しくなる炎も、アルベルは持ち前の身軽さで次々避わしてみせる。 まるでサーカスの華麗なショーを見ている気分だけど、実際はそう感心もしていられない。 少しずつではあるけれど、確実に距離を詰められている。 炎を避ける時に遠ざかるものの、すぐにそれ以上の距離を踏み込んでくる。 このまま同じことが続けば、いずれは至近距離に接近される。 こういう時は…… 「ルース、火炎車でアルベルにぶつかれ!!」 接近されるなら、逆にこっちから接近してやる。 そうすれば、ユウスケの戦略も崩れるはずだ。 こっちにゃ遠近両用の炎がある。いざとなれば火炎車でダメージを軽減しつつ、相手にダメージを与えるっていう戦法を採択すればいい。 「バクっ!!」 ルースは天に向かって咆えると、背中で燃えている炎が全身を包み込んだ!! 「んっ!?」 ユウスケが怪訝そうな顔を見せる。 アルベルは構うものかと、ルース目がけて一直線に走る!! 火炎車がどういう技か知らないのか……だったら好都合。 だっ!! ……と、アルベルがルースを間合いに捉えたのか、力強く地面を蹴ってジャンプ!! 脚に生えた鋭い爪を陽光に反射させギラギラ輝かせながら、鋭い牙をのぞかせる。射程圏内……ならば!! 「ルース、電光石火!!」 びゅんっ!! 火炎車を発動したまま、ルースが電光石火の勢いでジャンプ!! 「なにっ!?」 ごっ!! ユウスケの驚きの声と、ルースが全力でアルベルに体当たりを食らわす音は同時に響いた。 炎をまとったルースの体当たりに、アルベルは大きく吹っ飛ばされるものの、器用に体勢を立て直して着地する。 でも、さすがに今の一撃を食らいたくないと思ったのか、接近してこない。 「なるほど、そういう使い方があるとは思わなかった。 さすがにジムリーダーに勝っただけのことはある」 火炎車からの電光石火など、考えつかなかったみたいだ。 かくいうオレも、これはグレンジムのジムリーダー・カツラさんのウインディが見せた技をマネしたに過ぎない。 ただ、威力的にはかなり劣るけど。 実際にカツラさんのウインディがやったのは、火炎車と神速の複合技だ。 さしずめ神速火炎車といったところか。 炎は言うに及ばず、神速の勢いで相手に衝撃を叩きつけるんだ、その威力は電光石火とは比べ物にならない。 でも、これは使える。 いつかは使ってみようと思って……今に至るってワケだ。 葉っぱカッターやマジカルリーフ、各種状態異常を引き起こす粉とかにも、 火炎車で炎をまとえば、ダメージは受けずに済む。これってなかなかいいかもしれない。 「こりゃ迂闊に近寄れないな……」 ため息を漏らし、困ったような表情になるユウスケ。 「…………」 こうも白々しいと、返す言葉もない。 ナンダカンダ言って、ちゃんと対策を用意しているようだ。 アルベルが警戒しているのも、そのためだろう。 「ルース、火炎車を解除!! 火炎放射だ!!」 だけど、バトルは続いている。 オレはルースに指示を出した。 ルースは全身を包む炎をかき消すと、口から炎を吐き出した。 全身に炎をまとっていると、火炎放射を使うのに邪魔だろうと思って解除したんだけど、ビンゴだった。 視界を炎で埋め尽くしたって、相手の姿が見えなくなるだけで、百害あって一利なし。 ルースの火炎放射がアルベルへ向かって迸る!! ここでまた近づいてこようとしたら、火炎車と電光石火の複合技を食らわしてやる。 「同じ手は何度も通じないぜ。そっちの魂胆は分かってんだ」 そんなことを言い放ち、ユウスケが指示を下す。 「アルベル、シャドーボール!!」 「……!?」 アルベルは口を大きく開け放つと、闇を凝縮したボールを吐き出した!! シャドーボールを使えるのか!? これにはオレも驚いた。 接近戦が得意だと思っていたアルベルが、よもやシャドーボールを使えるとは。 でも、言い換えればリーベルも使える可能性があるってことだから、一概に悪いことばかりじゃないな。 アルベルのシャドーボールが、火炎放射の先端に触れた瞬間―― ごぅんっ!! 大爆発!! 闇色の球体は轟音に引き裂かれるように弾け、盛大に砂煙を巻き上げた!! 砂煙に紛れ、アルベルの姿が見えなくなる!! それはユウスケの側も同じだろう。砂煙のカーテンに、ルースの姿が隠れる!! ……これはまずい。 相手にも同じことが言えるけど、姿が見えないってのはまずい。 どこから攻撃を仕掛けてくるか分からないんだ。 仕掛けるべきか……濛々と立ち昇る砂煙が収まるまで待つべきか? 突きつけられた選択肢はこの二つ。 ルースに能力アップの技は使えない。相手の能力をダウンさせる技は使えるけど、砂煙が邪魔になって効果が届かない。 アルベルが火炎車と電光石火の複合技でダメージを受けたけど、戦闘不能には程遠い。事態は膠着する寸前…… 待っていたとしてもメリットはない。 「ルース、火炎放射でこの砂煙をブチ破れ!!」 立ち込める砂煙を指差し、ルースに指示しようとした、まさにその瞬間!! ごっ、どんっ!! 立て続けに響く大きな音。 ルースの足元が盛り上がり、地面の下からアルベルが姿を現した!! 「なにぃっ!?」 オレは驚愕に自分でも分かるほど表情が引きつっていた。 まさか、穴を掘るで急襲をかけてくるとは、露ほども思ってなかったんだ。 なるほど、いつ炎に襲われるか分からないと心配するよりは、立ち込める砂煙を利用して攻める方がマシと考えたか。 真下から予期せぬ一撃を食らい、ルースの身体が宙に浮いた!! 「よし、そのまま噛みつけ!!」 「……!?」 砂煙でアルベルの姿が見えないっていうのに、ユウスケは平然と指示を出してくる。 音と、オレの声と……どちらにしたって、音だけで状況を把握してるってのか!? だとしたら、恐ろしいトレーナーだ。 自分から視界を遮って、音とカンを頼りにポケモンに的確な指示を出せるんだから、これはもうすごいとしか言いようがない。 宙に浮いたルースの首筋目がけ、アルベルが大きく開いた口でがぶりと噛みつく!! 「バクぅっ!!」 ルースが痛みに身体を捩り、悲鳴をあげる。 「ルース!!」 相手に情報を与えるような声は出すべきでないと分かっているはずなのに、とっさにルースの名前を呼んでしまった。 ヤバい……オレも落ち着きがなくなってきてる。 予期せぬ攻撃と、ユウスケの的確な指示。 確実にオレたちを追い詰めてるって、強迫観念にも似たプレッシャーが押しよせてくるのが分かるんだ。 「く……」 ルースは牙を突きたてるアルベルを振り払おうと、メチャクチャに動いてる。 自分でも混乱してるって分かってるんだろうけど、身体に突き刺さる痛みから逃げようという気持ちでいっぱいなんだろう。 完全に余裕なんてない。 「どうすれば……」 土煙が晴れれば、その時にこそユウスケはトドメの一発を放ってくるだろう。 あいつならやる。間違いなくやる!! そう思わせるだけの鋭さを、砂煙の奥で研ぎ澄ましている!! アルベルを振り払おうと躍起になっているルースは、とてもそれどころじゃない。こういう時は、オレがしっかりしなきゃ。 「ルース、落ち着け!!」 まずはルースを落ち着かせることから始めなければならない。 パニックに陥ってる状態じゃ、的確な指示でも聞き入れてくれないだろう。 簡単なことじゃないけど、それでもやらずにあきらめるよりはマシだ。 「バクっ、バクぅぅぅぅっ!!」 ルースは身を捩り、地面に身体を叩きつけ、アルベルを引き剥がそうとする。 かくいうアルベルも、振り落とされてたまるかと必死に牙を突きたてている。動けば動くほど、その牙が深く突き立つのは分かりきっている。 オレは何度もルースに呼びかけたけど、聞き入れてはくれない。襲い掛かる痛みから逃げようと必死になって、聞こえてないんだ。 そうしているうちに、砂煙が少しずつ薄れていく。 時間がない……!! 焦りがさらなる焦りを呼び込む。 瞬く間に胸中は大嵐になった。 どうすればいいか、オレも必死になって策をめぐらせるけど、決定打となるものは見出せなかった。 ……と、その時だった。 ルースの動きが止まった。走り続けた勢いをそのままに、うつ伏せに倒れ込んだ。 「……!?」 力尽きた……ようには見えなかった。 一体今のなんなんだ? いつの間にやら背中の炎も立ち消えている。 倒れ込んだままピクリとも動かない。 対照的に、アルベルがゆっくりとルースから離れた。 「…………」 倒れたルースに、鋭い視線を向けるアルベル。立ち上がってくるかもしれないと警戒しているんだろう。 「よし、これくらいでいいだろう」 砂煙が晴れる。 ユウスケが口元に笑みを浮かべ、腕を組んでいた。 「何かしたのか? ただの噛みつく攻撃じゃないだろ」 普通の噛みつく攻撃なら、ルースを戦闘不能に追い込むことはできない。 走り回ってダメージが増したとしても、だ。 考えられるのは、噛み付いた状態でアルベルが何かをしてたってことだけど。 別段変わった様子はなかった。振り落とされまいと、必死に牙を突き立ててただけ。 「さすがに分かったようだな。いいぜ、教えてやる。 その前に……戻れ、アルベル!!」 オレの投げかけた問いに、ユウスケは満足げな表情で頷くと、アルベルをモンスターボールに戻した。 「噛みついた状態からでも放てる技がある。 ジムリーダーに勝った褒美代わりに教えてやるぜ。 毒々の牙って言ってな、牙から染み出した毒が、相手の体を蝕むのさ。 ただの噛みつく攻撃だと侮ってると、毒に体力を奪われてくって寸法だ」 「そういうことか……」 噛みつかれただけで戦闘不能に至ったのは、そういうカラクリがあったからか。 一見すると、毒に冒されたようには見えなかったけど、そう見えないくらい、ルースが激しく暴れていたからだろう。 アルベルを振り払おうと躍起になったのが仇になったか……毒が全身を回る手助けをしてたことになる。 「ルース、戻ってくれ」 オレは倒れたまま動かないルースをモンスターボールに戻した。 「よく頑張ってくれたな。オレがもっとちゃんとしてたら、勝ててたかもしれなかったけど……今はゆっくり休んでてくれ」 精一杯の労いをかけ、ボールを腰に差した。 負けた……か。 センリさんに勝った勢いをそのままぶつけてやろうかと思ったけど、そう都合よくは行かなかったってところだろう。 でも、いい勉強になった。 噛みついたままでも、アイアンテールなど別の部位を使った技以外に攻撃する手段がある。 ユウスケが『ジムリーダーに勝った褒美代わりに……』と言っていたのは、リーベルにも使える当てがあるということなんだろう。 なかなか粋なことしてくれるけど、それはそれでありがたく受け取っておこう。 リーベルがさらなる活躍を見せてくれるはずだ。 「いやー、いい勉強になった」 清々しい表情で、腕を大きく振り回しながら、ユウスケが歩いてきた。 「おまえのバクフーン、なかなか強いじゃねえか。 まともに火炎放射なんか食らったら、アルベルでもどうなってたか分からなかったけどな」 「いや……こっちもいい勉強になったよ。 リーベルも、シャドーボールや毒々の牙といった技を使えそうだからさ。今以上の活躍を見込める」 「まあ、お互いにプラスになったんなら、勝ち負けは二の次ってことにしとこうぜ」 手を差し出してきた。 勝ち負けは二の次なんて言ってるけど、ホントはうれしいんだろう。 オレだって、悔しいことは悔しいんだけど、ドロドロした負け方じゃない。 むしろ、相手の鮮やかな攻撃に呆気にとられてた感じで、涙出るほど悔しいっていう感じじゃないんだ。 いい勉強になったと、そう思ってるのが大きいんだろうなあ。 今回ばかりは、勝ち負けにこだわろうという気がしない。 オレは差し出された手を握った。すると、ユウスケも握り返してくる。 「ジムリーダー以外にここまで戦るヤツとバトルしたのは久しぶりだったぜ。 それよりおまえ、ホウエンリーグに出るのか?」 「出るつもりだけど、それがどうかしたのか?」 妙に馴れ馴れしく話しかけてくる。バトルですっかり友達気取りか? まあ、別に嫌じゃないからいいけど。 「オレ、ホウエンリーグに出るんだけどさ、一人で出るのもつまんないから、ライバルいないかな〜なんて思って」 「あ、そう……一応出るんだけど」 「なにっ!!」 オレの答えに、ユウスケはもう片方の手で握手しているオレの手を挟みこんだ。 なんか、すっげぇ意気込んでるし。 「じゃ、ライバルだな!! ホウエンリーグでまた戦おうぜ!!」 「あ、ああ……」 ライバルねえ…… なんか、強引にその展開に持ち込んだって感じしかしないんですけど。 力いっぱい突っ込んでやりたい気持ちはあるんだけど、ユウスケの全身から漲る凄まじい気迫に圧倒されて、何も言えなかった。 あー、こういう暑苦しいタイプのヤツがライバルになるとは……オレもついてないかもしれない。 これでホウエン地方でのライバルも三人目。 アカツキにタクヤにユウスケに……このまま行ったら、ホウエンリーグが始まるまでに何人のライバルができるんだろうか。 カントー地方を旅してた時よりも多くなるのは確実だ。 まあ、その方が張り合いがあっていいんだけどな。 「……ってワケで、オレはこれからジムリーダーに特訓してもらうから!! おまえもガンバってバッジをゲットしろよ!! じゃあな!!」 豪快に笑いながら、颯爽とした足取りでフィールドを走り去るユウスケ。 「…………」 オレは呆気に取られたまま、彼の姿が見えなくなるまで、じっとそっちの方を見ていた。 あー、なんていうか…… 妙に暑苦しくて強引なヤツだけど、悪いヤツってワケじゃないんだよな。 サトシが成長するとあんな風になるっていうか……そんな感じだ。 だけど…… 「次は絶対に勝つ!!」 青空の真ん中で力強く輝く太陽を見上げ、オレはグッと拳を握りしめて誓った。 今回の負けは、ホウエンリーグでのバトルで必ず取り戻してみせる――と。 To Be Continued…