ホウエン編Vol.12 電撃の牙 港町カイナシティを旅立って六日目の昼、オレは次のジムがあるキンセツシティにたどり着いた。 キンセツシティはカイナシティの真北に位置し、位置的にはホウエン本島の中心部に近いこともあって、四方に別の街へ通じる道が延びている。 カナズミシティに匹敵する規模の街だけど、カナズミシティほど最先端な都会といったイメージじゃない。 むしろ、どこかエンターテインメント的な要素の強い街のように思えた。 小道の多い街だそうで、観光客が迷わないようにと標識や看板が至るところに掲げられているけど、数が多い分判断に困ってしまう。 灰色に近い白で統一された通りの両脇にはモダンな街灯が建ち並んでる。 夜には両脇の建物の明かりと相まって、なんともいえない雰囲気を醸し出してくれるんだろう。 まあ、夜に出歩く機会なんてそうはないんだろうけど、一回はそういうモダンでちょっと危うい雰囲気というものも感じてみたいな。 なんてことを思いつつ、街の入り口に無数に掲げられた看板からポケモンセンターまでの道程を記したものを見つけ出し、その指示に従って歩き出した。 「カントー地方じゃ、歓楽街なんてタマムシシティくらいしかないけど……」 ポケモンセンターまでは約三百メートル弱。 短い道程の間にも無数の標識と看板が掲げられ、オレに要らない情報までもたらしてくれた。 この街の中心街は歓楽街になっていて、巨大カジノが入った高級ホテルが何軒も建ち並んでいるとか。 カジノっていうと、スロットとかルーレット、あとはブラックジャックやポーカーといったトランプゲームとかが主流なんだっけ。 オレはギャンブルに興味はないけど、カジノで一日に動く金がとんでもない額であることは知っている。 こうして大々的に標識や看板でカジノの存在をアピールすれば客は集まり、売り上げも伸びる。 売り上げが伸びればそれだけ税金を取れるから、街としても歓楽街は金蔓……貴重な税源なんだ。 多少の金をかけてもバックアップしようという体勢が整っていたとしても、何の不思議もない。 「…………」 あー、なんでこんな時に大人ぶったこと考えてんだろ。 オレは頭を振った。 カジノだの歓楽街だの税収だの、そんなものはどうでもいいんだ。 この街に来たのは、ホウエンリーグ出場に必要なバッジをゲットするためだ。キンセツジムに、四つ目のバッジがある。 今回のジムリーダーはどんな相手なのか……毎回同じこと言うようだけど、ジムリーダーは一筋縄で勝てるような相手じゃない。 知略と実力を尽くしてやっと勝てて……ちょっとでも気を抜けば、たちまち得意の戦略で押し切られてしまう。 そうならないように、こっちから一気に攻めてって、押し切っていかないと。 幸い、カイナシティからキンセツシティに来るまでの間に、ポケモントレーナーとのバトルを何度かやったから、みんなの実力もかなり伸びた。 純粋に力比べになってしまった場合のためにも、作戦とかタイプの相性ばかりに頼ってもいられない。 タイプの相性の悪さをひっくり返せるのは、純粋な実力なんだから。 「…………」 ジムリーダーが使うポケモンの多くは、ホウエン地方に棲息するポケモンだ。 ここに来るまでに、未知なるポケモンに何体も遭遇したけど、それだけで満足するわけにはいかない。 たぶん、今回のジムリーダーも、オレの知らないポケモンを切り札にしているだろう。 気持ちを切り替えて、ジム戦のことだけを考えたいんだけど、無数の標識と看板がオレの気を散らせる。 規模はカナズミシティと同等といっても、ここは一大アミューズメントパークみたいだよな。 都会かぶれした人には居心地がいいんだろうけど、片田舎で育ったオレには、あまりに刺激が強い。 気が散るわ、目移りするわ…… ホウエンリーグに出るためのバッジを集めて旅してる途中だってことも、一瞬忘れちゃいそうになる。 「こういう時は……」 どうしても気が散ってしまう時は、そうならない場所へ急ぐに限る。 オレがそう思うのを見計らったように、道の先に見えてきたポケモンセンター。 「ポケモンセンターでゆっくり考えるってことで!!」 オレはスパートをかけた。 時に店の行列に並ぶ人込みを掻き分け、真ッ昼間から周囲の目も気にせずイチャイチャするカップルの間を突き抜ける。 それほど時間もかけずにポケモンセンターにたどり着くことができた。 ホウエン地方の中心都市と言っていい位置にある街だけに、ポケモンセンターの規模も桁違いだった。 ドーム状の建物は五階建てで、一階が丸々ロビーになっている。二階から上がトレーナーの宿泊 室と食堂になっているようだ。 まるで映画館かコンサートホールのように、椅子がズラリ並んでいる。数える気は起こらないけど、百や二百じゃ効かないだろう。 昼間という時間帯もあって、椅子は三割ほどしか埋まっていなかった。 この分だと、今晩泊まる部屋は確保できそうだ。 吹き抜けになっているロビーには、太陽の光が燦々と降り注いでいる。 蛍光灯や電球を点灯させなくても十分に明るく、ところどころに観葉植物が置かれていて、開放的な雰囲気を演出している。 散歩でもするように、オレはゆっくりとカウンターへと歩いて行った。 と、ちょうどロビーの真ん中あたりを歩いていた時だった。 カウンターの奥でパソコンと睨めっこしていたジョーイさんが立ち上がり、カウンターの前にやってきた初老の男性となにやら話を始めた。 「先客か……」 オレは内心舌打ちした。 これほどの規模のポケモンセンターでも、ジョーイさんは一人だ。 アシスタントのラッキーは多く宛がわれているだろうけど、カウンターの業務が務まるのは、言うまでもなくジョーイさんだけだ。 だから、話が終わるまでは椅子に座ってノンビリしていよう。 オレはカウンターに程近い、最前列の椅子に腰を下ろした。 「…………結構疲れたな……」 思わず、本音が口を突いて出た。 カイナシティからここまで来るのに六日もかかった。 街と街の間の移動となると、今まではかかってもせいぜい三日程度だった。 単純計算で倍の時間を要したんだから、カイナシティとキンセツシティの間の距離は相当なものだったに違いない。 太ももの辺りが少し張ってるような感じがする、っていう程度で済んだのは、今まで旅をしてきて足腰が鍛えられたおかげだろう。 それでも、疲れてないってわけじゃない。 110番道路は二本の道路が絡み合うように上下で交差しているという、特殊な形状の道路だ。 オレが歩いてきたのは下の道。 草むらや水辺には、野生ポケモンの姿があった。 ゲットしたいと思えるようなポケモンはいなかったけど、人通りが少ないせいか、野生ポケモンはオレの姿を見ても逃げ出さなかった。 それどころか、逆にじゃれ付いてきたくらいだから、少しみんなを遊ばせたりもした。 上の道を行けば、そういう触れ合いもなかっただろう。 なぜなら、高架上に設けられたその道路はサイクリングロードだったから。 歩道とサイクリングロードを平面上に並べると事故が起こるだろうということで、敢えて高架の上に作られたんだとか。 ど太い鉄筋コンクリートの柱で支えられたサイクリングロードから見る景色は、まさしく絶景と言えるのかもしれない。 でも、野生ポケモンとは遭遇できない。 所要時間は言うまでもなくサイクリングロードの方が短いんだけど、多少の時間と引き換えにポケモンとの触れ合いを無駄にするわけにもいかないだろう。 それはともかく…… 「ホウエン地方って、街と街の間が長いのかもしれないな……」 それが、110番道路を歩いた素直な感想だった。 今度はサイクリングロードで颯爽と風を受けながら移動してみよう。 サイクリングロードにはサイクリングロードなりの楽しみというか、醍醐味もあるだろう。 「…………」 そろそろ話も終わったかと思って顔を上げたけど、ジョーイさんとじいさんの話は続いていた。 それどころか、ジョーイさんが笑っているではないか。 当分話は終わりそうにない。 後ろの方が少し賑わってきたから、二人が何を話しているのかは聞きづらくなってるんだけど、断片的に会話が聞こえてきた。 「……それでのう、わしが…………しとったら、……が……して、……にぶつかったんじゃ。 じゃからの、これこそがカエルの腸が煮えくり返るというヤツでな……はははははっ」 「…………」 一瞬寒気がしたのは気のせいだろうか? 暑くも寒くもないはずなんだけど、二の腕に鳥肌が立って、オレは思わず腕をさすった。 なんか、ありえないような内容の話っぽいんですけど。 カエルの腸が煮えくり返るって…… ジョーイさんの笑顔がどこか引きつって見えるのは、気のせいじゃなさそうだ。 だって…… ダジャレだよ。 ジョーイさんと話してるじいさん、こんな真ッ昼間から、こんな場所で、寒いダジャレを飛ばしてるんだから。 やっぱ、年寄りの冷や水ってヤツなんだろうか。 オレが背後で呆然としていることなど知らんと言わんばかりに、次々にダジャレを連発する。 「昨日の……は中華丼だったんじゃが、どういうわけか鶉の卵と……が多くてな。ちゅーか、それじゃあ親子丼じゃないかと……大爆笑じゃった」 「それに、普段は入れんはずのタコがタコスに入っとって……」 「チャイナレストランに行っちゃいなとか……」 「電話が鳴っとるのに、誰も出んわと……」 めっちゃ寒い。 一瞬、空気が凍りついたような寒気が全身を余すことなく包み込んだような……冷蔵庫に入ったような寒さが襲ってきたぞ。 なんて寒いダジャレなんだ。 呆れを通り越して、無感覚に陥りそうな……ある意味言葉の麻酔みたいな感じだ。 ジョーイさんは適当に相槌を打ってるけど、逆にそれがくそ寒いダジャレを促す結果になってて…… なんか、ここまで真正面で聞かされてるジョーイさんがかわいそうに思えてきたぞ。 オレとしてもこのまま延々とじいさんの寒いダジャレに付き合う気はない。 ジョーイさんを救い出すという意味も込めて、ここは割り込む!! オレは席を立ち、わざと足音を大きく立ててカウンターの前まで歩いて行った。 背後から聞こえてきた足音に驚く風もなく――ここんとこは年寄り特有の感覚の鈍さが現れているようだ――、じいさんは振り返ってきた。 「おう、お客さんが来たようじゃな。オーノー」 「…………」 こういう時にも平気でダジャレを飛ばしますか。 てかてか光る剥げた額を特大ハリセンで張り飛ばしたくなる衝動を堪えつつ(けっこぉ必死)、オレはジョーイさんに声をかけた。 「あの、ジョーイさん。今晩、泊まっていきたいんですけど……」 「か、かしこまりました。ルームキーを発行しますので、少々お待ちください」 じいさんのペースにすっかりハマっていたらしく、ジョーイさんの反応はどこか余所余所しく感じられた。 でも、語尾はちゃんとしてるし、オレが来てホッとしているのかも。 「じゃあ、ジョーイさん。わしのラクライを頼む」 じいさんはジョーイさんに微笑みかけると、「はっはっは」と豪快に笑いながらポケモンセンターを去って行った。 「…………」 オレは思わず振り返って、自動ドアの向こうに背中が消えるまで見ていた。 この人…… なんかヘンだけど、憎めないかも。 あの殺人的なダジャレはともかく、基本的には人のいいじいさんって感じがするんだよな。 それに、ラクライっていうと、110番道路で何回か見かけたポケモンだな。 名前どおり電気タイプのポケモンで、身体に蓄えられた電気で筋肉を刺激して爆発的な瞬発力を生み出し、素早い動きを得意としているとか。 見た目はいかにも素早そうだったけど、逆に見た目でパワー的な部分が劣っているのが分かる。 一長一短というのを絵に描いたようなポケモンだけに、ゲットしようという気にはなれなかった。 今のところは、このチームで満足してるからさ。 それなりにバランスも良いし、これ以上無理にポケモンをゲットする必要はなさそうだ。 新しい仲間を一から育て直す手間を考えると、当面はじいちゃんの研究所に送ったポケモンと手持ちを入れ替えるだけでも通用する。 ゲットするのなら、八つのバッジをすべて集めてからだ。 それまでは現在の戦力で乗り切るのがベストだろう。 ジョーイさんはパソコンのキーボードを何度か叩いて、磁気情報が書き込まれたカードキーを発行してくれた。 「部屋は三階の廊下の突き当たりになります。 ポケモンの具合は大丈夫ですか? よろしければお預かりしますよ」 「じゃあ、お願いします」 オレはカードキーを受け取り、みんなのモンスターボールをジョーイさんに預けた。 110番道路のポケモンセンターでゆっくり休ませたとはいえ、オレとしては十分じゃない。 ジム戦に挑むのなら、コンディションには一分の憂いすらあってはならない。 オレはジョーイさんに小さく頭を下げると、カードキーに書かれた部屋に向かった。 ロビーの左右にはそれぞれエレベーターがあるけど、オレは素直にエレベーターに乗った。五日も歩いて、それなりに疲れたんだよな。 エレベーターに乗り込んで、奥の手すりにもたれかかって、外の景色を振り返る。 しばらく経って誰も乗ってこなかったから、エレベーターが動き出した。 ポケモンセンターの敷地は緑に溢れていたけど、塀の向こう側は都会の街並みが山々の峰のごとく連なっている。 見るからに高級ホテルのようなビルが群生してる様子が見られた頃には、エレベーターは三階に到着していた。 オレはエレベーターを降り、ジョーイさんに言われたとおり、廊下の突き当たりの部屋に入った。 一人用の部屋ということで、広さとしては六畳程度。無駄な家具があっても使わないから、そんなに広くない方がどちらかというと落ち着ける。 少し休んで、ジム戦に備えよう。 リュックと帽子を机に置いて、傍のベッドに転がり込んだ。 何をするでもなく、仰向けに寝転がって目を閉じる。 横になるフリをするだけでも、結構休めたりするんだ。 視界をいっぱいに染める暗闇に、何を考えたわけでもないのに、じいちゃんの顔が浮かんだ。 ポケモンと触れ合っている時に見せる、優しくて朗らかな笑顔。 その脇に、ラズリー、リンリ、ルーシーの顔も浮かんできた。 レキ、リーベル、ロータスが加わった関係で研究所に送ったみんな、元気にしてるかなあ……? 元気だとは思うけど、会ってみないことには本当に元気かっていうのを確かめられないのが、ちょっと淋しい。 まあ、手持ちのメンバーとローテーションを組んで、定期的にバトルを経験させてレベルアップを図るというプランがあることだし…… 今回のジム戦で勝利したら、そろそろ入れ替えてみるのもいいかもしれない。 図らずも、キンセツジムを制覇すればバッジは四つ。ホウエンリーグ出場に必要なバッジの半分を集めたことになる。 ラズリーたちも、バトルをやらないと、身体が鈍って仕方がないだろうし。 じいちゃんの研究所はおおむね平和だから、諍いというのも最近はあんまり起きてない。 起きたとしてもサトシのフシギダネが解決しちゃうから、ラズリーたちの出番はあんまりなさそう。 進化前は臆病で仕方なかったラズリーだけど、ブースターに進化したことで勇敢な性格に早変わり。 ラズリーの驚異的な攻撃能力を生かすのに抜群な性格だから、これからのバトルでも活躍を十二分に見込めるんだよな。 他のみんなとも、馬が合いそうだし。 新しく加わった仲間たちとも顔を合わせて、早く仲良くなってほしいんだよ。 みんなのことだから、心配は要らないと思うんだけどさ……それでも、みんなが仲良くしてるところを見るのはオレとしてもうれしいんだ。 「カントーに戻るのは、ホウエンリーグが終わるまでお預けだからな……」 途中でカントーに戻ったとしても、後々日程が苦しくなるだけだ。 だったら、戻るのはホウエンリーグが終わってから。 カントーリーグが始まるまでの一週間弱の時間で戻り、カントーリーグが開かれるセキエイ高原まで行かなきゃならない。 それまでにもカントーリーグ用にポケモンの調整を行っとかなきゃいけない。 二つのリーグを戦い抜くのはそれこそ大変なことだけど、それまでに少しでも休める時は休んどかなきゃいけないってことだな。 たとえば、今とか。 ジム戦に赴くのに、ポケモンのコンディションを完璧にキープしとかなきゃいけないのは当然だ。 だけど、戦うのはポケモンだけじゃない。 ポケモンは身体を張って戦うけど、トレーナーは知略を尽くして、戦いを勝利へと導く方程式を立てる。 それぞれが、それぞれの方法で戦って勝利を収める。 オレだって、少しは頭を休めとかないと、まともな作戦を立てられないこともある。 だから…… 「少し、寝よう……」 別に、今日ジム戦しなきゃいけないわけでもない。 今日が無理なら明日でもいい。 大切なのは、限られた時間で、いかに無理をせずに頑張っていけるか。目標にたどり着けるか、なんだ。 別に、一日くらいなら…… なんて時間を軽視するわけじゃないけど、今日はゆっくりしてみようか…… 「…………」 身体が休息を求めるほど疲れているわけでもないのに、意識の方は簡単に闇に溶けていった。 翌日。 オレはキンセツジムにやってきた。 位置的には歓楽街から道を二本隔てた通り沿い。 「…………」 歓楽街の近くだけあって、周囲には五階建て以上のビルが鬩ぎ合うように建ち並んでいるけれど、 目の前の建物が『キンセツジム』だとすぐ分かるのは、それらのビルとは比べ物にならないような強烈なインパクトを放ってたから。 建物の形状としては他のビルとそう変わらない。 ただ、建物全体がまばゆいばかりの黄色で塗り潰されていて、ガラス窓も半透明なフィルムが張られている。 これは嫌でも目立つと思うんだけど、強烈なインパクトはそれだけにとどまらなかった。 マジで呆れるしかなかったのは、屋根についた、建物と同じ黄色の突起……のようなオブジェ。 悪趣味としか思えない。 ここのジムリーダー、まともな神経の持ち主なんだろうか。 そう思わずにはいられないよ。 さっきくぐったアーチにはネオンライト。昼間だってのに赤、青、黄色と忙しく色を変えている。 トウカジムやムロジムはどこにでもある体育館みたいな佇まいだった。 同じようなタイプのジムばかりじゃないってのは承知してるけど、ここまで悪趣味なジムは見たことがない。 目の保養どころか、逆効果だ。これじゃあ。 「……行こう」 フラッシュを焚いたような黄色い外観が目に入るのも嫌だ。 まあ、ジム戦をするのはバトルフィールド。室内だ。 中ならこんな派手じゃないだろ。 フィールドが派手だと、トレーナーやポケモンの気が散ってしまうから、内装は地味に留めておかなければならない。 確か、ポケモンリーグの規定で、フィールドの内装について定められていたような気がしたな。 中ならこの悪趣味な外観を目にしなくて済む。 ……ってワケで、オレは戸口に立った。 扉の周囲も黄色だけど、扉がまともな茶色だけに、さっきほどの強烈さはない。 傍らのインターホンを押す。 いきなり気持ちがやられそうになってるのは、ジムリーダーの知略のひとつだったりするんだろうか。 そう思うと、なんか憂鬱なんですけど…… さっきの黄色を塗り潰すようなブルーな気持ちになっていると…… 「おお、こんな朝から誰かな?」 インターホンから声が聞こえてきた。 声は男のものだけど、どこかシワの入ったような声音と物言いは、ずいぶんと歳を召した人っぽい。 「ジム戦をしに来ました。受けていただけますか?」 オレはブルーな気持ちをかき消すように、大きな声で返した。 戦う前から気持ちが沈んでてどーする。 『病は気から』っていう言葉もあるとおり、気持ちを強く持ってれば、いつも以上の実力が出せる場合もある。 オレが強気でいれば、みんなは安心してバトルに集中できる。 トレーナーはポケモンが動揺しないように、気を強く持つ必要があるんだ。 「ほっほっほ。元気のいい子じゃな。 いいじゃろう。今、扉を開くから、待っとってくれ」 「…………」 はて……? どっかで聞いたような声だな。 インターホンを通しているせいか、どこかくぐもって聞こえるけれど、確かにどっかで聞いた声だ。 どういうわけか記憶が曖昧で、いつどこで聞いたかは正確には思い出せないんだけど…… でも、今の声の主がジムリーダーなのは間違いない。 ジム戦で顔を合わせれば、脳裏に浮かんだ疑問もすぐに紐解けるだろう。 ここは大きく構えていればいい。 待つうちに扉が左右にスライドして開いた。 薄明かりの廊下の向こうに、光に満ちたバトルフィールドが見える。 準備は万端……いつでもバトルはできる。かかってこい……そういうことだな。 いいぜ、なら行ってやる。 ガチンコ勝負で堂々と勝利してやるさ。 オレはジムに足を踏み入れた。 廊下を抜け、フィールドに出る。 左右にスポットが設けられたフィールドの左側に、人影があった。 天井から燦々と降り注ぐ強烈なライトに目が眩んで、相手の顔が見えなかったけど、 「ほぉ、新しい挑戦者はキミだったのか。これはこれは……」 「……っ!!」 ようやっとライトに目が慣れ、オレは左のスポットに、あんまり会いたくない人の顔を見つけてしまった。 昨日、ジョーイさんを相手に寒いダジャレを連発して大笑いしてたあの人だ。 まさか、ジムリーダーだったとは…… さすがに予想できなかったな。 ジム戦の途中でもダジャレなんか飛ばさなきゃいいんだけど……あれって、結構気が散るっていうか、ある意味殺人的だし。 一回でもダジャレ飛ばされたら、それだけでやる気がなくなっちゃいそうだ。 そうならないことを祈るしかないか。 「ジム戦、始めようか。そっちのスポットに立つのじゃ」 オレの不安を余所に、じーさん……じゃなくてジムリーダーは右側のスポットを指差した。 「その前に……」 オレはジムリーダーに笑みを向けた。 「オレはマサラタウンのアカツキ。ジムリーダー、お名前は?」 「よくぞ聞いてくれた!!」 じーさん……じゃなかった、ジムリーダーは大きく胸を張った。 自己主張の強い人だって思わずにはいられない。 「わしはジムリーダー、テッセンじゃ。 人呼んで『電撃爆笑オヤジ、テッセン老』!!」 「…………」 「わはははははっ!!」 オレが唖然としているのを尻目に、ジムリーダー……テッセンさんは豪快に笑った。 こういう人がジムリーダーなら、ジムの外観があんな風になってるのも頷ける話だ。 まあ、それとジム戦とは関係ないんだろうけど。 「マサラタウンというと、カントー地方の町じゃな!? そんな遠いところから遠路遥々やってきてくれるとは、驚きじゃ」 意外なことに、ダジャレは一つも飛び出してこない。 「でも……電撃爆笑オヤジってなんですか。そんな風に呼ばれてるんですか?」 「うむ!!」 誉めてないのになぁ。 どうして、そうやって無邪気に笑ってられるんだか。 いきなりテッセンさんのペースに陥ってるような気がしてならないんだけど……別にいいや。バトルで気の遅れは取り戻してやる。 ある意味存在自体が凶器って感じもしなくはない。 ……何も聞かなかったことにしよう。 半ば無理矢理に気持ちのベクトルを変えて、オレはフィールドを挟んだ反対側のスポットに立った。 テッセンさんは不敵な笑みを浮かべている。 改めて見てみると、年の頃は若くても五十過ぎ……たぶん六十は過ぎてるだろう。 顔に浮かべる笑みは、年長者ゆえの自信か。 ジムリーダーとして……いや、トレーナーとしての経験はオレや親父とは比べ物にならない。 経験が自信となって表に出てくるんだ。 ダジャレとはともかく、厄介な相手だな…… 「臆さすにそこに立つとは、さすがは挑戦者ッ!! では、バトルを始めようか!!」 テッセンさんは大きな声で言うと、腰のモンスターボールをつかんだ。 視線を斜め前に向ける。 釣られるように目を向けると、いつの間にかジャッジが旗を両手に持って立っていた。 ジム戦をするオレたちよりも険しい顔立ちなのは、元々の性格なのかもしれないけど、まあどうでもいいや。 「ルールを説明しよう!! 使用ポケモンは三体。どちらかのポケモンがすべて戦闘不能になるか降参を宣言した時点で負けじゃ。 ポケモンの交替は挑戦者であるキミにのみ認められる!! だからといって気持ちを後退させちゃいかんがな。わはははは」 「…………」 あんたこういう時にダジャレ飛ばしますか……!? 一瞬、肩がこけた。 でも、すぐに体勢を立て直す。 この調子だと、バトルでもダジャレを飛ばしてきそうだな。 今から負けてちゃ、バトルの勝敗にまで響きかねない。 よし、ダジャレは聞かないフリを貫こう!! 「質問は……なさそうじゃな」 オレが呆れているのを『ルールに納得した』と勘違いしたらしく、テッセンさんは満足げに何度も頷いた。 まあ、確かにルールには納得したんだけど……なんか違うだろ。 ダジャレを飛ばすじーさんでも、ジムリーダーはジムリーダーだ。バトルになったら、別の顔を見せるに違いない。 「では、わしのキュートかつパワフルなポケモンを見せてやろう!! 行くのじゃ、レアコイル!!」 じーさんとは思えないような大きな声を響かせ、テッセンさんはフィールドにモンスターボールを投げ入れた!! 途中でボールの口が開いて、中からポケモンが飛び出してきた。 見慣れた姿に、ポケモン図鑑を向けるまでもなく、頭の中でレアコイルに対する知識がまとまって表示された。 「…………」 レアコイルってことは、電気タイプのポケモンで来るってことか。 さっき『電撃爆笑オヤジ』なんて自分のことを評してたけど、それは伊達じゃないってことだろう。 でも、電気タイプのポケモンで来ると分かれば、そんなに恐れることはない。 レアコイルは、左右にUの字をした電気集約装置(デバイス)を取り付けたユニットを三つ、三角形の形に連ねた形のポケモンだ。 いかにも鉄でできたような色と質感で、電気タイプと共に鋼タイプも持ち合わせている。 物理攻撃には強いレアコイルだけど、最大の弱点は地面タイプの技。 単純な相性論で考えると、電気タイプと鋼タイプの共通する弱点が地面タイプ。 地面タイプの技でダメージを与えると、それだけで戦闘不能にしてしまうことさえできるほどなんだ。 「さあ、キミのポケモンを出すのじゃ!! まあ、どんなポケモンだろうと、わしのレアコイルが倒してしまうがなっ!!」 自信たっぷりに笑うテッセンさん。 レアコイルの強さに自信があるってことか…… 大方、地面タイプ対策は練ってあるんだろうけど…… 「…………」 誰を出すべきか、考えをめぐらせる。 タイプの相性で言えば、最有力候補はレキだ。電気タイプを無効とする地面タイプを持ち合わせている。 テッセンさんがどんな作戦を用意しているのかは知らないけど、レアコイルの使えそうな技を考えると、 一発でレキを倒せるような大がかりな作戦は組み立てられないはず。 ここは深く考えず、レキを出して強気に攻めて行こう。 「レキ、行ってくれ!!」 オレはレキのモンスターボールを引っつかみ、フィールドに投げ入れた。 コツンと乾いた音を立ててバウンドしたボールは口を開き、中からレキが飛び出してきた。 「マクロっ!!」 レキは大きな声で嘶くと、やる気満々と言わんばかりに大きく腕を振って、レアコイルと対峙した。 レアコイルの最大の武器である電気タイプの技は、これで完全に封じられる。 その上、マッドショットで強烈なダメージを与えることができる。 攻撃・防御面、どちらを取ってもレキ以上の対抗馬はいないだろう。 「ほぅ、ヌマクローとはシャレたポケモンを出してきたのぉ。 地面タイプで、レアコイルの電気タイプの技を無効にする作戦に来たようじゃが……そう上手くはいくかな?」 大丈夫。 心配してもらわなくても、なんとかするから。 オレはぐっと拳を握りしめながら、胸中で言葉を返した。 今の言葉は、『わしには地面タイプのポケモンを倒す秘策があるんじゃよ』という宣言だ。 本当かウソか、そんなのはどっちてもいい(できればウソの方がいいんだけどね……)。 それに、たとえどっちであったとしても、オレの不安を煽り立てる手管と考えるべきだ。 だから、気にする方が相手の思うつぼ。 「それでは、これよりダイナモバッジを賭けたジム戦を執り行います」 真剣な面持ちで、ジャッジが言った。 「レアコイル対ヌマクロー。バトルスタート!!」 旗を振り上げ――振り下ろした瞬間、バトルの幕は切って落とされた!! 「レキ、マッドショット!!」 相性の良さを生かして、先制攻撃を仕掛けて主導権を握ってしまえばこちらのものだ。 オレの指示に、レキが口を開いて、泥のボールを撃ち出した。 緩やかなカーブを描きながら、レアコイル目がけて突き進んでいく!! これが当たれば、戦闘不能は免れたとしても、大ダメージを与えることができる。 外れてしまっても、それなりに作戦を立てられる。 まずは、テッセンさんがどういう作戦に出るか、頭の方でも知っとかないと…… 「レアコイル、ソニックブームを連発じゃ!!」 すかさずテッセンさんの指示が飛ぶ。 すると、レアコイルの三つのユニットがそれぞれのデバイスの向きを前方に変えて、立て続けに輝くブーメランのような衝撃波を発射した!! 目には目を、飛び道具には飛び道具を、という趣向か。 レアコイルはロータスと同じく身体から磁気を発していて、地磁気と反発させることで宙に浮いている。 レアコイルがわずかにでも地面に接している状態じゃなきゃ『地震』は効かない。 でも、マッドショットや泥かけといった、地面に接していなくてもダメージを与えられる技は存在する。 テッセンさんは、それらの対策としてソニックブームを覚えさせたんだろう。 確かにいい方法だとは思うけど……いきなり手の内を見せて、それでも勝てる気でいるってことか。 油断は……しない方がいいな。 レキのマッドショットとレアコイルのソニックブームが激突!! 大音響と共に、相殺!! 一発の威力はマッドショットの方が断然上だけど、ソニックブームの数で威力を削り取ったか。 でも、相殺以上の効果はなかった。 不意を突いてマッドショットを放てば確実に当たるんだろう。 ここは、マッドショット以外の技で勝負を仕掛けよう。 レキが持つ水タイプの技でも、レアコイルには普通にダメージを与えられる。 「レキ、雨乞い!!」 水鉄砲の威力を少しでも上昇させるには、雨乞いを使うのがベストだ。 レキの特性『激流』の方が上昇幅は大きいけど、体力を減らしてまで発動させることはない。 このままバトルを進めて、危なくなった時に起死回生の一打として放つべきだ。 「マクロっ、マクロっ!!」 レキは歌うように声を上げた。 足下の泥をすくって真上にばら撒くような動きと楽しそうな声で、雨雲を呼ぶ。 少しずつ、フィールドの真上に雨雲が集まってきた。 次第にライトが雲に遮られて薄くなる。 「今じゃ、レアコイル!! トライアタック!!」 ポツリポツリ雨が降り始めたところで、テッセンさんの指示が響く!! トライアタック……これも想定のうちさ。 「レキ、マッドショットで迎え撃て!!」 雨乞いは発動した。 ここから攻撃を開始しよう。 マッドショットや水鉄砲を織り交ぜながら攻めれば、向こうにも隙ができるはずだ。 対するレアコイルの攻撃は、ソニックブームかトライアタックがメイン。それらに気をつければ、恐れることはない。 レアコイルがそれぞれのユニットのエネルギーを集め、身体と同じ三角形の形をしたエネルギー体を撃ち出してきた!! トライアタックという、ノーマルタイプの技だ。 威力は高めだけど、レアコイルの攻撃力を考えれば、まともに受けたとしても、ダメージはそれほどではないだろう。 だけど、トライアタックの厄介な点は、威力のほかに、一定の確率でマヒ、火傷、氷漬けの状態異常を与えるというところだ。 どうやら、電気、炎、氷の三タイプが絶妙なバランスの上で混ざり合ってノーマルタイプとして機能しているとか。 相手にぶつかった際にそのバランスが崩れるとか崩れないとか……じいちゃんがそういう論文を発表してたっけ。 状態異常を無効にするポケモンなんて、それこそ存在するはずがないから、まずはトライアタック自体を受けないようにすることが大切だ。 トライアタックを迎え撃つのは、レキのマッドショット。 再び大きな音と共に、双方の攻撃が掻き消えた。 威力は互角……だとしたら、タイミングを誤らなければ、相手の攻撃をつぶすことは容易い。 「わははは、なかなかやるなっ!!」 テッセンさんが豪快に笑った。 今までの短いやり取りで、オレの実力を測ったとでもいうのか……? 亀の甲より年の功、とは良く言うけれど…… でも、だからといってオレの秘策まで測れたわけじゃないだろ。 雨乞いは水タイプの技の威力を上昇させるのと、電気タイプの技の命中率を極限まで高める効果を持つ。 レキにとってのメリットは前者で、レアコイルにとってのメリットは後者。 でも、レキには電気タイプの技はまったく効かないから、レアコイルに対するメリットは何もない。 それを生かそうとするなら、ムキになってレキを倒しにかかってくるだろうけど、それこそこっちの思うつぼ。 あと、ラッシーにとってはデメリットばかりが並ぶんだけど、ここで説明する必要はないだろう。 「電気タイプの技がなくとも、キミのヌマクローを倒すことはできるんじゃ!! 今からそれを見せてやろう!!」 何をするつもりだ? 電気タイプの技がなくてもレキを倒せる……? 本当か、ウソか。 一瞬判断に迷ったけど、相性の強みを生かして、一気に攻略するという方針に変わりはない!! 「レアコイル、ロックオンッ!!」 「…………!!」 なるほど、そういうことか。 オレはテッセンさんの言葉の意味を理解した。 そっちがそう来るなら、オレは…… 「レキ、レアコイルの横に回りこみながらマッドショット連発!!」 「マクロっ!!」 レキはオレの指示に迅速に応え、駆け出しながらマッドショットを放った。 動きながらだと狙いが定まらないかと思ったけど、意外なことに、ストライクゾーン真っ只中って感じだ。 対するレアコイルは、ユニットの中央にある目のようなセンサーを、レキに向けた。 『ロックオン』で狙いを定め、次の攻撃を確実に命中させようという作戦だ。 その攻撃に使用すると考えられるのは、トライアタックかソニックブーム。 オレなら連射の効くソニックブームだな。 「ソニックブーム!!」 ほら、やっぱりそう来た!! 『ロックオン』は、次の攻撃を確実に命中させるための技だ。 言い換えれば、命中率の低い、強烈な攻撃の前に使うことで、最大威力の攻撃を確実に命中させる。そういう風に使うんだ。 素早い動きを苦手とするレアコイルの補助、という意味合いが強いだろうけど。 次々と剛速球みたく飛んでくる泥のボールを迎え撃つべく、レアコイルがソニックブームを連射!! 次々と激突するマッドショットとソニックブーム。 ソニックブームが弾けるたびに、マッドショットは泥を周囲に撒き散らす。 互いへのダメージは通らない。攻撃力が互角で、不意を突いてるわけじゃないから、当然こうなる。 でも、これでいいんだ。 本当ならレアコイルにマッドショットを食らわすのが一番だけど、テッセンさんの不意を突いてマッドショットを放つのは難しそうだ。 だったら、別のシチュエーションを作り出せばいい。 マッドショットはそのための布石だから、当たればラッキーのつもりで放ってる。 まあ、当たったら当たったなりに作戦は立ててるけど。 「ハッハァ!! なかなかやるようじゃが、その程度ではレアコイルのソニックブームを超えることはできんぞ!!」 ソニックブームの連射は確かに驚異的な防壁となる。マッドショットや水鉄砲程度の攻撃じゃ、完全に防がれてしまうだろう。 「じゃが、だからといってあきらめるわけでもないんじゃろ。 キミのその瞳……何かを思いついたようじゃが……よかろう、やってみるがよい!!」 オレが作戦を立ててることには気づいてるようだけど、中身までは分からない。 だから、誘いをかけてるんだ。 そんな安っぽい挑発に引っかかるほど、オレはアツくなっちゃいないぜ、まだ。 サトシなら平気で引っかかるかもしんないけど…… でも、作戦は途中だ。ここで挑発に乗ってはすべてが水の泡。 「レキ、そこで立ち止まってマッドショットを連発!!」 オレの指示に、レキはその場に立ち止まって、レアコイル目がけ、真正面からマッドショットを連発!! 対するレアコイルもソニックブームを連射して、ことごとくマッドショットを弾いてみせる。 そのたびに、マッドショットは泥を撒き散らしてフィールドに溜まっていく。 雨も程よく降ってきているし、マッドショットのパワーの源は自動供給の状態。 単純にマッドショットとソニックブームのガチンコ勝負でも、体力差で勝つことはできるだろう。 だけど、それをすると二体目のポケモンに苦戦してしまうかもしれない。 そうなると、後々苦しくなる。 そうならないように、いろいろと立ち回ってきたんだ。 「小細工なしの真っ向勝負!! ハッハァ、子供とはいえ、やはり男じゃのぉ!! 気に入った!!」 なんか意味不明なことを言ってるテッセンさんはほっといて…… そろそろ『いい時期』だ。作戦を実行に移そう。 「レキ、濁流ですべてを押し流せ!!」 雨乞いとマッドショットは、すべて『濁流』の布石!! その一言を聞いたテッセンさんの表情が変わる!! レキは足元目がけて全力で水鉄砲を発射した!! 地面に反射した水鉄砲が、徐々にフィールドに飛び散った泥を巻き込み、うねりながら濁流となってレアコイルへと襲い掛かる!! 「なんとっ!!」 これが、レキが放つ最強の攻撃……濁流だ!! 泥流で相手を押し流して攻撃する、水タイプの技でも威力の高い部類に属する。 これほどの攻撃なら、ソニックブームやトライアタックじゃ簡単には相殺できない。 かといって、無理に回避をしようとしたら……マッドショットで追い討ちをかける!! マッドショットは濁流を強力にするための触媒であり、テッセンさんに作戦を気取られないようにするためのカムフラージュでもある。 「レアコイル、回避じゃ!!」 やはり回避で来た……!! 簡単に相殺できないと悟ったテッセンさんが取るべきなのは、回避のみ。 思い通りに作戦が運ぶと、やっぱり爽快なんだよな。 荒波のごときスケールと勢いで迫る濁流から逃れようと、レアコイルが真上に動いた!! よし……今だ!! 「レキ、追撃のマッドショット!!」 どんっ!! レキがマッドショットを放つ!! 完全に回避姿勢を取っていたレアコイルに、追撃を逃れる術はない!! 「なっ、レアコイル、トライ……」 ぼんっ!! テッセンさんが慌てて指示を下す途中、マッドショットがレアコイルを直撃!! ボール状のショットがボロボロに砕けるほどの衝撃を受けて、たまらず地面に墜落するレアコイル。 さらにダメ押しを加えとくか。 「レキ、水鉄砲!!」 「も、戻るんじゃレアコイル!!」 オレの指示とテッセンさんの悲鳴めいた声が響いたのは同時だった。 レキが水鉄砲を放とうと息を大きく吸い込んだ時、テッセンさんがレアコイルをボールに戻した。 「レアコイル、戦闘不能!!」 すかさずジャッジがレアコイルの戦闘不能を宣言し、オレの方の旗を上げた。 ジムリーダーが自らポケモンをボールに戻すことは、戦闘不能を認めることと同義だ。 ともあれ、これで白星スタートだ。残り二体も、この調子で蹴散らしてやるぜ。 テッセンさんが、レアコイルのモンスターボールを腰に戻した。 顔を上げ、不敵な笑みを浮かべる。 「わしのレアコイルを倒すとは、なかなかやるのお。 じゃが、次もそう簡単に行くかな!? 行くのじゃ、ビリリダマ!!」 次はビリリダマか…… 相手のポケモンが分かれば、倒すための戦略もなんとか立てられる。 頭の中であれこれ考えをめぐらせていると、テッセンさんが投げ入れたモンスターボールから、ビリリダマが飛び出してきた!! 見た目はそれこそ大きくなったモンスターボールに似ているけど、中身は全然別物。 ちょっとした衝撃で驚くとすぐに爆発するという、ある種の危険物扱い。 ボール状の見た目とは裏腹に意外と素早いんだ。 でも……レアコイルと比べると、そんなに手強い感じはしない。 まずは、テッセンさんの作戦を見てから……だな。 「ビリリダマ対ヌマクロー。バトルスタート!!」 ジャッジが朗々と宣言し、バトルが再開される!! 「今度はこちらから行かせてもらうぞ!! ビリリダマ、コロコロ転がるのじゃ!!」 またしてもダジャレまじりの指示!! 脇腹を突かれたような衝撃に見舞われたけど、すぐに立ち直る。 そんなつまんないダジャレを真に受けてる場合じゃないっての!! テッセンさんの指示を受けて、ビリリダマが転がり始めた!! 転がるなんて、ずいぶんと大胆に攻めてきたな…… 「レキ、避けろ!!」 オレはレキに回避を指示した。 とりあえず、ビリリダマをどうにかするための作戦を立てるまでは、避け続けてもらうしかない。 『転がる』は岩タイプの技。 地面タイプを持つレキには効果が薄いけど、徐々に勢いが増し、それに比例して攻撃力も高くなる。 時間が経てば経つほど、相性によるダメージ軽減を無効にしていくんだ。 だから、なるべく早く作戦を立てないと…… 時間との勝負っていうのは苦手だけど、だからといってやる前からあきらめるわけにはいかない。 レキがさっと身体を捻って、ビリリダマの転がる攻撃から身を避わした!! 通り過ぎたビリリダマは、フィールドの端の方まで行くと緩やかに方向転換して、再びレキ目がけて転がってくる!! この技を見るたびに思うんだけど、目が見えてない状態でどうやって相手の居場所を突き止めるんだろう。 疑問はあるけど、今はそれを紐解いてる場合じゃない。 マッドショットで進撃を止めることはできない。 転がってる勢いの方がよっぽど強いから、弱点の攻撃を当てたとしてもダメージは期待できない。 水鉄砲も同じようなものだから、以下略。 こういう時は…… 「レキ、受け止めろ!!」 威力が高くならないうちに受け止めて、動きが止まったところでマッドショットや水鉄砲でダメージを与えていくしかない。 ノーダメージでどうにかできるような相手じゃないんだ。 多少のダメージを覚悟の上で攻撃に転じなきゃ、先には進めない。 「マクロぉっ!!」 レキは声を上げると、その場に踏ん張って腕を突き出した。 「受け止めきれるかなッ!?」 「受け止めてみせる、レキ!!」 テッセンさんの軽口。 オレは大きな声で返した。 レキならそれができる。トレーナーがそれを信じることが、ポケモンにとっても力になる。 今までだって、そうだったんだ。 ビリリダマが剛速球の勢いで迫り―― ごぅんっ!! 天を穿たんばかりの轟音を立て、ビリリダマとレキが激突!! 五メートルくらい押されたけど、レキがビリリダマを見事に止めてくれた!! よし、この状態から…… 「レキ、マッドショット!!」 「大爆発じゃあっ!!」 オレの指示とテッセンさんの指示が同時に下る。 でも……大爆発!? 「な、なにぃっ!?」 どぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんっ!! 驚くオレの目の前で、ビリリダマが轟音と共に大爆発!! 凄まじいエネルギーを周囲に撒き散らした!! ……大爆発か。 まさか、このタイミングで来るとはさすがに予想してなかったな…… 想像を絶する爆発に巻き込まれ、レキは宙を舞って、オレの目の前に落ちてきた。 だらりと脚や腕を伸ばして、目を回してしまっている。 同時に、降りしきっていた雨が止み、雨雲もさっと霧散する。雨乞いの効果が切れたんだ。 レキの戦闘不能が原因じゃない。時間的な限界が訪れたんだ。 そこへジャッジの視線が向けられて―― 「ヌマクロー、ビリリダマ、共に戦闘不能!!」 相打ち(ダブルノックアウト)を宣言。 大爆発や滅びの詩なんかで自分と相手のポケモンがほぼ同時に戦闘不能に陥ることを、ダブルノックアウトと言う。 滅多にあるものじゃないんだけど、あったらあったで、観客は結構盛り上がったりする。 まあ、それは置いといて…… レキが戦闘不能になったのは痛い。 「よくやってくれた、ビリリダマ。戻るのじゃ!!」 先にポケモンを戻したのはテッセンさん。 「レキ。お疲れさん。ゆっくり休んでてくれよ」 悔しいが、モンスターボールに戻すのが遅れてしまった。 ……まさか、大爆発でレキもろとも戦闘不能になるなんて、思ってもみなかった。 電気タイプの天敵である地面タイプのポケモンを確実に倒すために、自軍の犠牲を厭わない……見上げた根性だ。 ダジャレじーさんも、何気にバトルの時はジムリーダーの顔になって……肝が据わっていらっしゃる。 レキが戦闘不能になって、相手の電気タイプの技を無効にできるポケモンがいなくなった。 相手の最大の武器を使用可能にしてしまったのは痛いけど、こればかりはしょうがない。 テッセンさんはオレが「ビリリダマを受け止めろ」とレキに指示することを見越して、大爆発でレキを倒そうと狙ってたんだろう。 そうじゃなきゃ、あのタイミングでいきなり大爆発なんて使ってこない。 そして、それはすなわち最後のポケモンには絶対の自信を持っているからこそ、なしえたものだ。 一対二。 数の上ではこちらの方が優位で、どのポケモンを出すか選べるけれど、最後のポケモンはジムリーダーの切り札だ。 そう易々と倒させてくれる相手じゃない。 電気タイプのポケモンは、素早いヤツが多いからな……そこんとこも考慮すると、強敵になりそうだ。 「このポケモンを使うのは久しぶりじゃ。その分強いぞ。覚悟は良いかの?」 ジムリーダーをして強いと言わしめるポケモンか……まあ、ジムリーダーのポケモンに『弱いポケモン』なんてのはいないんだけどさ。 今さら覚悟なんか訊ねられても、困っちゃうな。 「うむ……」 テッセンさんはオレの顔色がまったく変わらないのを見て取ると、顎鬚をいじくりながら、口元に手を当てて不敵に微笑んだ。 どんなポケモンが出てきたって、勝ってみせるさ。 今までだってそうしてきたんだ、これからもそれは変わらない。 「では行くぞいっ!! ライボルト、出番じゃぁっ!!」 テッセンさんはご老体ながらもスポーツ選手顔負けのフォームでボールを振りかぶり、フィールドに投げ入れた。 若い頃は野球選手でもしてたのか、と思わせるフォームだけど、それとバトルは関係ない。 テッセンさんのボールが口を開き、中からポケモンが飛び出してきた!! 「ギャオォォォンッ!!」 そのポケモンは飛び出してくるなり、威嚇の声を上げ、身体から激しく放電して火花を散らした!! 「ライボルト……初めて見るポケモンだな。どんなヤツなんだろ……」 初めて見るポケモンに、オレはすかさず図鑑を取り出し、センサーをライボルトに向けた。 「ライボルト。ほうでんポケモン。ラクライの進化形。 近くに雷が落ちることから、雷から生まれると考えられていた。 戦いになると雷雲を作り出し、身体に溜め込まれた電気を利用して雷を自在に落とす」 説明文を聞く限りだと、かなり強そうなんだけど……まあ、実際に強いんだろうけどさ。 図鑑をしまい、実物をじっと見つめ、オレは小さくため息を漏らした。 背丈はレキと同じくらいだろうか。 四本脚で立ち、鮮やかなブルーの身体のところどころには、ジムの外観と同じ黄色い体毛が生えている。 頭部をすっぽり覆うヘルメットのように見えるのも、たぶん体毛なんだろう。 フォルムとしてはサンダースと似ているけど……その分、素早さも似通っているのかもしれない。 単純にスピード勝負を仕掛けられそうなのは、リーベルとルースくらいだけど…… ここは堅実にラッシーで決めるべきか。 なんて対抗馬を模索していると、 「どうじゃ!! わしのライボルトは、毛並みが美しいじゃろ!! 凛々しいじゃろ!! カッコイイじゃろ!!」 テッセンさんが同意を促してきた。 イエスって答えさせたいんだろうなあ…… なんか、妙に必死になってるように見えるから、こっちとしてもイエスと答えたいところだけど、そんなことにかまけてられるだけの余裕はない。 「むぅ……つまんないのぉ……」 オレが無視してると思ったんだろう、テッセンさんは一瞬だけ、しょげたような顔を見せた。 別に無視してるわけじゃなくて……それはこの人の独りよがりってモンだよ。 確かにカッコイイけど、オレとしてはサンダースの方が好きだな。 バトルになると、電気を帯びた体毛が逆立って針のようになる。それがとってもカッコイイからさ。 「まあ、バトルをしてみれば、キミにもライボルトの素晴らしさというものを分かってもらえるじゃろ。 というわけで、キミのポケモンを出すのじゃ!!」 すっかりライボルトのカッコ良さに酔いしれているらしく、テッセンさんは甲高い声で笑った。 自分のポケモンに自信を持つのは大切だけど、だからってバトル中に酔いしれなくてもいいじゃないか。 ツッコミどころ満載のテッセンさん。 さあ……誰を出すか。 ここはスピードがどれほどのものか確かめるべく、こっちもスピードで対抗してみようか。 もしこっちが劣っているようなら、それはそれで補助の技を織り交ぜれば、対等に渡り合えるだろう。 そういう役目に適しているのは…… 「リーベル、頼んだ!!」 偵察や戦力ダウンといった変則的な戦い方に向いているのはリーベルだ。 単純なパワーファイトも得意だけど、相手の能力を落としたり、混乱させたりする戦い方にも向いてるんだ。 正直、それに気づいた時には意外だと思ったけど、それもまたリーベルらしいと思えるから不思議だ。 オレが投げ入れたボールから、リーベルが飛び出した。 「ぐるるるる……」 すかさずライボルトを威嚇するリーベル。 これで物理攻撃の攻撃力を落とせる。スピードに乗って体当たりとかを仕掛けてきたとしても、大したダメージにはならないだろう。 この時点で相手の能力を落とせるんだから、ただ「フィールドに出す」だけに効果がある。 物理攻撃を得意とするポケモンを中心にパーティを組んでるトレーナーには、これ以上ないプレッシャーになるだろう。 今回はどれだけのものになるか……それは分かんないけど、ゼロってワケじゃないだろ。 「なかなか獰猛そうなポケモンじゃな……じゃが、わしのライボルトの方がカッコ良いわい」 「…………」 誉めたいのか誉めたくないのか、なんだか微妙によく分かんないセリフだなあ。 テッセンさん、リーベルに対抗心持っちゃってるし。 呆れるのも程々にしとこう。 オレは別にライボルトに対抗心なんか燃やしちゃいないからな……はっきり言って、どーでもいいし。 白けた雰囲気を向けられるのが嫌なのか、ジャッジが表情をかすかに引きつらせた。 「ライボルト対グラエナ。バトルスタート!!」 旗を振り上げ、バトルの再開を宣言。 さっきは先手を譲ったから、今回は先手を頂く!! 「リーベル、挑発!!」 「ぐるるぅ……ばうばうっ!!」 オレの指示に、リーベルが鼻を鳴らしたり吠え立てたりして、ライボルトを挑発した!! ぴくっ。 ライボルトの身体が小さく震える。 恐れをなして……じゃない。 挑発されたことに怒りを覚えたんだ。 表情も怒りを帯びているし、目なんか真っ赤な炎が燃えてるようにすら見える。 よし、これでライボルトは小細工をできなくなった。 『挑発』は、相手の補助、回復技を一時的に封じる効果を持つ。 攻撃技しか使えなくしてしまうんだ。 使い方によっては、相手の戦術を完全に崩すことができるから、とっても重宝する。 電気タイプのポケモンの多くは『電磁波』を使ってくるからな……単純にマヒさせられなくなった、ってことだけでも十分なんだよ。 10万ボルトや雷を食らった時にもたまにマヒすることがあるけど、そこまで考えてたらキリがない。それこそ『封印』でもしちゃわないとな。 でも、今は電磁波を封じられるだけで十分だ。 「小細工無用の戦いを望むとは、さすがじゃのう!! ならば、わしもガチンコ勝負と行こうではないかッ!!」 笑うテッセンさん。 さっきからずっと思ってたんだけど、バトルの最中にも笑ってられるなんて、よっぽど神経が太いんだな。 なんて考えてるとは露とも思ってないんだろう、テッセンさんはリーベルを指差し、ライボルトに指示を出す!! 「ライボルト、スパークじゃ!! ビリビリ痺れさせてしまうのじゃ!!」 スパークか…… 身体に電撃をまとって体当たりをする技だ。 10万ボルトと比べると少し相手をマヒさせやすいけど、威力としては中程度。 頭の中で技の特性を思い浮かべていると、ライボルトが黄色の体毛に火花を散らす電撃を集め、駆け出した!! 「……なかなか速い!!」 なかなか素早い。 リーベルよりも素早いのは、ライボルトの脚力を見れば分かる。 確か、進化前のラクライは身体に蓄えられた電気で筋肉を刺激して、爆発的な瞬発力を得ることができるって、図鑑の説明にあったっけ。 ライボルトの走りを見ていると、進化したからといってその特性が消えてなくなるわけじゃないんだろう。 スピードは厄介だけど、ついていけないわけじゃないから、対抗する術はある。 「リーベル、突進!!」 スパークは体当たりで効果を発揮する技。 なら、ダメージ覚悟で、相手に確実にダメージを与えていこう。それを積み重ねていけば、勝機は自ずと見えてくる。 オレの指示に、リーベルは臆することなく駆け出した!! ライボルトの周囲に弾ける電撃が、黄金の残像を作り出す。 神々しさすら漂わせるその雰囲気に、並のポケモンなら怯えて逃げ去ってしまうだろう。 でも、リーベルなら驚いたりなんかしない。 ガチンコ勝負だって言うんなら、こっちだって正々堂々、正面から戦ってやるさ。 接近戦でなら、こっちに分があるに決まってる。 ライボルトとリーベルの距離がぐんぐん縮まり―― ごぅんっ!! 二体が激しい音を立てて激突!! ライボルトの身体に蓄えられた電撃がリーベルに襲い掛かるけど、リーベルは歯を食いしばって電撃に耐える!! 勢いはリーベルが勝っていた。 大きく吹き飛ばされるライボルト。 よし、今なら追撃できる!! リーベルが辛うじて踏ん張ったところを見て、オレは指示を出した。 「リーベル、シャドーボール!!」 電撃に耐え切ったリーベルが、口を大きく開いて、闇を凝縮したボールを撃ち出した。 着地するライボルト目がけ、シャドーボールが追いすがる。 これなら迎撃に時間がかかるはずだ。タイミング的に、攻撃を食らってからの反撃になるだろう。 そう思ってたんだけど…… 「ライボルト、電撃波ッ!!」 「……?」 テッセンさんの口から出てきたのは、聞きなれない技の名前。 電撃波(でんげきは)……? 名前からして、電気タイプの……しかも、攻撃技なんだろうけど……一体どういう技なんだ? ライボルトが脚を広げ、踏ん張った。 びりりっ!! びしっ!! その身体から電撃の槍が迸り、シャドーボールを貫き、延長線上のリーベルを直撃した。 「なっ……リーベル!?」 突然の電撃を浴び、リーベルが身を捩って後退する。 な、なんなんだ今のは!? 一瞬で電撃がやってきたぞ!? なんて頭の中がゴチャゴチャしている中、リーベルのシャドーボールがライボルトを打ち据える!! 10万ボルトや雷だって、ここまで速攻できるものじゃない。 むしろ、最大限電撃を蓄えてから放つ分、今の一撃よりは威力が高いだろう。 とすれば…… 今の一撃――電撃波は、威力は劣るけど速攻可能な電気タイプの技……!! 恐らくは連射も可能だろう。 「ぐるるぅっ!!」 電撃の槍を受けても怯むことなく、リーベルは頭を打ち振って、ライボルトを睨みつけた。 「……厄介な技だな。今の……」 初めて食らうけど、それでも厄介なんだって分かる。 威力がなくても速攻可能なら、相手の出鼻を挫くのに使えるし、連発することでダメージを膨らませることもできる。 使い方によっては10万ボルトや雷と対等、あるいはそれ以上の効果を期待できる。 やっぱり、レキが倒されたのは痛い。 テッセンさんなら、電撃波で押して押して押しまくる戦い方をしてくるだろう。 ビリリダマに大爆発を使わせた本当の目的は、電撃波を放ちまくるためか…… とはいえ、今のこの状況を、手持ちで何とかするしかない。 最後の切り札として、ラッシーのハードプラントも用意してるから、本当に負ける可能性は低いだろうけど…… あんまり頼りたくないんだよな、ああいう大技には。 だから、リーベルと他の一体で、ライボルトを倒さなければ。 シャドーボールのダメージは小さくはなさそうだけど、ライボルトはまだまだやる気だ。 倒すのなら十発近くは当てなければならないだろう。 それまでに電撃波を何発食らうか考えてみると、どう考えても先に参るのはリーベルだ。 できるなら、それは防ぎたい。 こういう時は…… 「リーベル、いちゃもんをつけろ!!」 「ぐるるぅぅっ!! ぐるぅっ!!」 リーベルがライボルトに鳴き声でいちゃもんをつけた。 これで、電撃波を続けて放つことができなくなる。 電撃波と電撃波の間に、クッションとして別の技を使わなければならない。 電撃波を立て続けに食らわずに済むし、別の技を使わせることで体力の消耗も狙える。 「何を考えておるかは知らぬが、無駄なことじゃ!! ライボルト、10万ボルトじゃ!!」 ワンクッション置くにしても、やはり電気タイプの技で畳みかけてくるか。 相手に与えるダメージを考えれば、体当たりなんて弱い技は指示しないよな。 テッセンさんの指示に、ライボルトが身体に蓄えられた電撃を放つ。 電撃の槍となって、リーベル目がけて虚空を突き進む!! 「リーベル、回避しながら噛み砕く攻撃!!」 電撃波を続けて使えないのなら、いっそ接近戦を挑んでみよう。単純な攻撃力だけで言えば、リーベルの方が上のはずだ。 オレの指示に、リーベルは駆け出した!! 飛来する電撃の槍から身を避わしながらも、突き進む勢いはまったく衰えない。 スピードを殺さずに回避できるなんて、さすがはリーベルだ。 なんてことを思っていると、 「電撃波ッ!!」 やっぱりそう来た。 使える時に使ってくる。 ライボルトはすかさず速攻可能な電撃の矢を撃ち出した。 瞬時にリーベルを射抜く!! それでもリーベルの勢いは衰えない。 だっ!! リーベルが跳び上がり、ライボルトとの距離を一気に詰める。 「むっ、10万ボルトじゃ!!」 回避すればシャドーボールで追い討ちを食らうと思ったか、テッセンさんが打って出てきた。 ガチンコ勝負上等!! リーベルが口を大きく開き、ライボルトの胴体に食らいついた!! 苦しげに表情を歪ませながらも、ライボルトの闘志は衰えを見せず、至近距離から10万ボルトを繰り出してきた!! 避ける間もなく、リーベルの全身を電撃が駆けめぐる!! 「電撃波ッ!!」 またしてもすかさず電撃波!! いくらリーベルでも、電気タイプの強力な技を立て続けに食らえばどうなるか分からない。 それでも、リーベルはライボルトに食い込ませた牙を抜くまいと、身体に力を込めている。 ダメージを与えて振り払おうとするライボルトと、食らいつくリーベル。 ここまで来れば根性勝負だ。 「10万ボルト!!」 「電撃波!!」 交互に指示を出すテッセンさん。 対するオレは、リーベルの根性を信じて、何も言わず見守るだけ。 ここでシャドーボールを出しても、ゼロ距離だとバックファイアを食らってしまう。 下手をすれば、与えたダメージ以上の反動を受けることもあるんだ。 この状況で、そんな危険な賭けに手を出すつもりはない。 次々繰り出される電気タイプの技が、リーベルにダメージを与えていく!! リーベルはライボルトの胴体に噛み付いたまま、離れようとしない。 でも…… 「…………っ」 何度目の電撃波と10万ボルトの交互攻撃を受けて、リーベルがついにライボルトから牙を抜いた。いや、振り払われて倒れた。 とっさに飛び退いて、攻撃に警戒するライボルト。 その息遣いはとても荒い。 噛みつかれ続けて、体力をゴッソリ奪われたのが目に見えて分かる。 「グラエナ、戦闘不能!!」 すかさずジャッジがリーベルの戦闘不能を宣言する。 さすがにあれだけの攻撃を食らっちゃ、戦闘不能になっちゃうよな……でも、リーベルの根性は一級品だ。 野生時代に、様々な経験を積んだおかげだろう。 「リーベル、戻ってくれ!!」 オレはモンスターボールを掲げ、リーベルを戻した。 「お疲れさん。次で、必ず決めてやるからな。ゆっくり休んでてくれよ」 労いの言葉をかけ、ボールを腰に戻す。 顔を上げた先に、テッセンさんの不敵な笑み。 消耗したライボルトでも、オレの最後のポケモンを倒せると確信しているようだ。 「わしのライボルトを相手に、なかなかやるのぉ!! じゃが、次のポケモンも倒させてもらうぞ!!」 そうは問屋が卸さないさ。 胸中で軽口を叩き、オレは最後に誰を出すか、考えをめぐらせた。 確実性を求めるなら、ラッシー以上のポケモンはいない。必殺のコンボで速攻倒すことができる。 勝つことが目的なんだから、それが最善の策だ。 でも…… それだと、リーベルの頑張りが無駄になっちゃうような気がするんだ。 あそこまでの根性を見せて、ライボルトの体力をゴッソリ奪ってくれたリーベルの働きに報いるには、ラッシーに頼っちゃいけない。 遠回りで、バカバカしいって思われるかもしれないけど…… 別のポケモンでライボルトを倒してみせる。 「ライボルトほどの素早いポケモンが相手なら、逆にこっちのペースに引きずり込みやすいか……だったら……」 素早さを逆に利用したり、受けに徹して隙を誘うやり方もありだろう。電撃波を連続で出せない状態は今も続いているんだ。 こっちの方が有利。 強気に攻めていいだろう。 ならば…… 「リッピー、君に任せたっ!!」 オレはリッピーのボールをフィールドに投げ入れた!! 「ピッキ〜♪」 リッピーは飛び出すと、ここがどこかも、今がどんな時なのかも素知らぬ顔で踊り始めた。 習性っていうか、これがリッピーのペースなんだろう。 一回りしたところで、リッピーが息を切らしているライボルトに向き直る。 「ピッ」 オレには背中を向けてるから、リッピーがどんな表情をしているかは分からない。 でも、分かることがある。 リッピーはいつになくやる気だ。 陽気な性格にやる気って似合わないけど、今のリッピーは、今まで以上にバトルに対して真剣になっている。 ひしひしと伝わってくる雰囲気が、物語っている。 「ほう、なかなかプリティなポケモンじゃが、バトルは別じゃぞ!?」 「やってみなきゃ分からない……そうじゃないですか?」 「うむ、道理じゃな」 あからさまな挑発に、ちょっと冷めた口調で返すと、テッセンさんは一瞬怯んだ様子を見せた。 子供だから、ちょっと挑発すれば引っかかるだなんて、つまんないことでも考えてたか。 リッピーはこう見えても、様々なタイプの技を自在に使いこなす、器用な一面を持っているのさ。 「では……」 テッセンさんの向けた視線に、ジャッジは小さく頷いた。 「ライボルト対ピクシー。バトルスタート!!」 バトルの再開宣言と同時に、オレとテッセンさんの指示が飛ぶ!! 「リッピー、冷凍ビーム!!」 「ライボルト、電撃波!!」 リーベルを倒したのは10万ボルト。 だから、いきなり電撃波を放つことができるってワケだ。 でも、電撃波を一発食らった程度じゃ、意外とタフなリッピーにとって、ダメージらしいダメージにはならない。 瞬時に伸びてきた電撃の矢を受けながらも、リッピーは身体をわずかに震わせるだけで、驚きの声をあげることはなかった。 その代わり―― 「ピピッ!!」 腕で虚空をぐるぐると撫でると、指先から青い光線を発射した!! 冷凍ビーム……直撃すれば氷漬けにできる技だけど、今回はそれに期待して放つわけじゃない。 「ふんっ、食らわんぞっ!!」 テッセンさんが鼻で笑うのと同時に、ライボルトはさっと横に飛び退いた。 刹那、さっきライボルトのいた場所から一直線に奥へと冷凍ビームが迸り、フィールドを凍らせる!! 相手を氷漬けにするほどの力を秘めた冷凍ビームなら、フィールドを凍らせることなんて造作もない。 「スパークじゃ!!」 冷凍ビームを放った後の隙を逃すまいと、畳み掛けてくるテッセンさん。 「ギャオォッ!!」 ライボルトが咆哮と共に身体に電撃をまとい、突進してくる!! 自慢のスピードを存分に活かした一撃だ。 避わせないことはないけど……確実に攻撃を当てるために、敢えてダメージを受けるのも悪くない。 肉を斬らせて骨を断つ……相手を懐に誘い入れてから、手痛い一撃を食らわせるのも、一種の戦術だ。 でも、一度受けるダメージは、小さければ小さいほど良い。 「リッピー、コスモパワー!!」 防御技を指示してみました。 「ピッピッピっ!!」 リッピーが両腕を頭上に掲げ、ぐるぐると左右に振り回した。 キラララララ…… なんて煌くような音と共に、宇宙の神秘さすら漂うような輝く光の粒子が出現し、リッピーの全身を包み込んだ!! コスモパワーは、物理攻撃、特殊攻撃に対する防御力を上昇させる技だ。 本来なら物理攻撃に対する防御力を上げるなら『丸くなる』、特殊攻撃に対する防御力を上げるなら『ド忘れ』と、 それぞれの攻撃に対する技を使わなきゃいけないんだけど…… コスモパワーは、なんと、その両方を一度に使えてしまうという、ワンダホーな技なのだ!! 強力だけど、使えるポケモンは限られてくる。 それをリッピーが使えるんだから、細かい話は抜きにして……バトルに戻ろう。 光の粒子が、物理攻撃、特殊攻撃に対する防御力をリッピーに与えているんだ。 これならスパークだろうが体当たりだろうが、受けるダメージを減らすことができる。 さあ、飛び込んでこい!! オレは一直線にリッピーに迫ってくるライボルトを睨みつけながら、反撃のタイミングを計った。 ぐんぐん迫るライボルト!! 「…………今だ!!」 リッピーが攻撃するタイミングも加味した上で、引きつけられるギリギリの距離を計算し―― ライボルトがオレの脳裏に抱いたボーダーラインを越えた瞬間を狙って、オレは指示を出した。 「リッピー、電磁波!!」 「むぅっ!?」 リッピーが左腕をぐるぐる回したのと、テッセンさんが怪訝な表情を見せたのは同時だった。 ライボルトがリッピーに渾身のスパークを食らわせた瞬間、リッピーの腕から迸った電撃の網がライボルトを締め付けた!! よし、成功!! リッピーは二メートルほど飛ばされたけど、ちゃんと着地できた。 ダメージをあまり受けていない証拠に、着地するまでの間、ライボルトを締めつける電撃の網が緩むことはなかった。 「続いて火炎放射!!」 ライボルトを電磁波で縛ってマヒさせている間なら、攻撃は避けられない!! 普通に電磁波を放ったのでは確実に避わされるから、それが不可能な距離……ゼロ距離で放てば、確実にマヒさせることができる。 電気タイプのエキスパートであるはずのテッセンさんが『電磁波』を今まで使ってこなかったことの方が、 オレにとってはよっぽど不思議なんだけど……まあ、ありがたいことだから、そんなに気にしないことにしよう。 「ライボルト、雷じゃ!! 全力の雷じゃ!!」 避わせないなら避わせないなりに、全力投球の攻撃を仕掛けてこようという魂胆なんだろう。 歳をとっても、ガチンコ勝負を選ぶその男気には、何気に尊敬できちゃうぞ!! だから、こっちも全力で倒してやる!! ライボルトが全身に溜め込んだ電撃を放ってきた!! リッピーも腕から炎を放つ!! 距離的に詰まっているところからして、互いに攻撃を避けるのは不可能!! 炎と電撃は狙ったように左右逆の方向から相手に迫る!! ライボルトはリーベルの噛みつく攻撃で体力をゴッソリ持って行かれている。 そもそもの体力はリッピーの方が上で、コスモパワーによる防御力強化によって受けるダメージは低く抑えられている。 火炎放射でも倒せなかったら、その時は必殺のコメットパンチを叩き込んでやる。 ごぅっ!! びしぃぃっ!! リッピーの炎が、ライボルトに襲い掛かり―― ライボルトの電撃が、リッピーに突き刺さる!! 「ギャオォォォォッ!!」 「ピピピピピピピピッ!!」 炎に身体を焦がされて身を捩るライボルト。 電撃に身体を痺れさせ、声まで痺れてるリッピー。 見た目からして、どちらの方がダメージを受けているのか、それは明白だった。 「ライボルト、しっかりするんじゃ!! 気張れ、気張れっ!!」 テッセンさんが気合の入った声でライボルトを応援する。 その声に力をもらってか、ライボルトが大きく目を見開いた!! 「スパーク!!」 「ギャォッ!!」 ライボルトが、リッピーが放った電磁波を強引に破って、迫る!! うわ、すげぇ根性ッ!! 驚かずにはいられないけど、今はバトルだ。目の前の相手を倒すことだけを考えなければ。 雑念を捨てて、気持ちを切り替える。 「リッピー、コメットパ〜ンチ!!」 渾身の雷を受けつつも、息一つ切らしていないリッピーに指示を出す!! リッピーが使える技の中で、威力が一番高いのがコメットパンチだ。これが当たれば、たぶん倒せる。 リッピーの腕に、彗星の尾のような光が淡く宿り…… ごんっ!! がっ!! ライボルトのスパークがリッピーに炸裂したのと同時に、アッパーのごとく伸び上がるリッピーのコメットパンチがライボルトの顎を捉えた!! 勢いの差はほとんどなかっただろう。 勝敗を決したのは、お互いの体力の差。 リッピーがわずかに後退したのに対し、ライボルトは宙に投げ出された。 「ライボルトっ!!」 テッセンさんが叫ぶも、今回は力をもらえなかったようで―― ライボルトは着地もできず、フィールドに叩きつけられた!! そしてそのまま動かなくなる。 ジャッジが横からライボルトの顔を覗きこみ…… 「ライボルト、戦闘不能!!」 旗を振り上げ、ライボルトの戦闘不能を宣言した。 「よって、挑戦者の勝利とする!!」 朗々とした声で、オレの勝利を確定する!! よーし、勝利ぃっ♪ 「リッピー、よくやった!!」 「ピピッ!!」 声を大にしてリッピーに労いの言葉をかけると、リッピーは倒れたライボルトに背を向けて、揚々と駆け寄ってきた。 「ピッ♪」 胸を張って、うれしそうに嘶く。 「よしよし、久しぶりのバトルにしては、上々だ」 オレはリッピーの頭を優しく撫でて、誉めた。 ムードメーカー的な印象の強いリッピーだけど、バトルでの実力も上々なんだ。 他のみんなの実力が知りたくて、あまりリッピーをバトルに出してないんだけど、リッピーの腕はまったく鈍っていない。 むしろ、冴え渡っているようにすら感じられる。 密かに特訓したわけでもないけど……リッピーはすごく器用なのかもしれない。 まあ、器用じゃなきゃムードメーカーなんて務まらないか。 当たり前のことを考えていると…… 「わはははははっ!!」 フィールドに響き渡るテッセンさんの豪快な笑い声。 オレは思わず顔を上げた。 ライボルトを戻したボールを手に、テッセンさんは負けたにもかかわらず、笑っているではないか。 気が狂ったんだろうか……なんて思ったけど、そうじゃないことはすぐに分かった。 「さすがじゃのう!! わしの負けじゃ!!」 負けたけど、精一杯バトルして、満足できたってことなんだろう。 そういう風に考えるのも、とても大切なことだ。勝ち負けはそりゃ大事だけど、それ以上に大切なことも、ポケモンバトルにはある。 テッセンさんがそうであるように。 改めて、そう思ったよ。 「はっはっは!! 気に入った、気に入ったぞいっ!!」 テッセンさんは笑いながら、こっちに向かって歩いてきた。 「疲れただろ。ゆっくり休んでてくれよ」 「ピッ」 オレはリッピーをモンスターボールに戻した。 ともあれ、これで四つ目のバッジも無事にゲットできたことになる。 やっと半分…… でも、ホウエン地方入りしてから一ヶ月経ってないことを考えると、これくらいのペースでちょうどいいのかもしれない。 なんてことを考えているうちに、テッセンさんが歩いてきた。 ズボンのポケットから、バッジを取り出した。 「さあ、このダイナモバッジをキミに贈ろう!! 受け取ってくれたまえ!!」 「じゃあ……ありがたくいただきます」 オレは小さく頭を下げ、テッセンさんの手のひらに乗ったバッジを手に取った。 串に刺さった団子のような……お世辞にもバッジらしくない形のバッジだけど、天井から降り注ぐライトに反射する光沢が、つまんない疑いを振り払う。 串が銀色、団子がオレンジ。 これが……キンセツジムを制した証、ダイナモバッジか。 毎度毎度そうだけど、みんなの頑張りの結晶なんだ。大事に大事にしていかなきゃいけないんだよな。 オレは手のひらの上に輝くダイナモバッジをじっと見つめて、そんなことを思った。 その晩…… オレはポケモンセンターのロビーにやってきた。 カウンターの脇にズラリと並ぶ、転送装置つきのテレビ電話の一台の前に、腰を下ろす。 夕食時を過ぎたくらいの時間帯のせいか、ロビーは人やポケモンで賑わっていて、 あと一分来るのが遅かったら、たった一台しか空いてなかったテレビ電話も、埋まっていただろう。 ジム戦には勝利できたし、最後の一台を滑り込みセーフでゲットできたし。 ちょっとした喜びに浸りつつ、オレはタッチパネルに電話番号を入力した。 受話器を耳に宛て、呼び出し音を聞きながら相手が出るのを待つ。 五回ほど呼び出し音が鳴ったところで、画面が変わった。 大きく映し出されたのは、久しぶりに見る顔だった。 「おお、アカツキ。久しぶりじゃな」 ニコニコ笑顔のじいちゃんが、電話越しに現れた。 「じいちゃん、久しぶり。元気してる?」 気づかないうちに、オレの表情は笑みに緩まっていた。 なにせ、じいちゃんと顔を合わせるのは久しぶりだからさ。オレとしても、すっごくうれしいんだよ。 訊ねるまでもなく、じいちゃんが元気にしているのが分かったからさ。 「うむ。もちろんじゃ。 しかし、本当に久しぶりじゃな。三週間ぶりくらいか?」 「うん。それくらい」 オレは小さく頷いた。 オレがホウエン地方に旅立った日には、じいちゃんはタマムシシティで開催された学会に出席してた。 二回ほど電話した時には、ケンジと親父がそれぞれ出て、じいちゃんと顔を合わせることができなかった。 だから、本当に久しぶりなんだ。 三週間も顔を合わせなかったことはなかったしさ……なんか、すっごく懐かしいよ。 「今、キンセツシティにいるんだ」 「キンセツシティか。もうそこまで到達しておるとは……さすがはわしの孫じゃ!!」 じいちゃんはとてもうれしそうな顔を見せた。 いや……なんていうか…… ミシロタウンから直接キンセツシティに行くんだったら、半分の時間で済むんだけど…… カナズミシティやムロ島を回ってきたって正直に話したら、じいちゃん、すごく驚くんだろうな。 その顔を見てみたい反面、無理に驚かす必要もないと思った。 じいちゃん、結構トシだし。 あんまり驚かせて、そのまま心臓発作でポックリとかってなったら、マジで目にも当てられない。 ちょっとしたジョークはそのまま胸のうちにしまい込み、 「ありがとう、じいちゃん。 オレ、ホウエンリーグに出てみようと思ってるんだ」 「うむ。ショウゴから聞いておる」 ホウエンリーグの話題を出すと、じいちゃんの表情が見る間に厳しくなった。 「厳しい道のりになるじゃろうが、おまえなら大丈夫じゃろう。ラッシーや他のみんながついておる」 「もちろんだよ。無理だって思ったら、最初から選んだりしない。 じいちゃんなら、一番分かってるはずだよ」 「うむ」 どんなに大変でも、やる前から『無理』だなんて思わない。 やるだけやって『無理』だって思うことと、やる前からハードルを吊り上げるのとじゃ、根本的に違うんだから。 たとえ無理にしても、やるだけやってみるさ。 それがオレのポリシーだし、オレについてきてくれるみんなに対する責任でもあるんだ。 日程的にもきついし、精神的にも切り替えが必要になる。 「サトシもホウエンリーグに出ると言っておるが……ヤツには会ったのか?」 「いや……まだ会ってない。ずいぶん先を越されたし……結構バッジを集めてるんじゃないか?」 サトシか…… あいつ、今頃どのあたりを旅してるんだろう? 相棒のピカチュウだけを連れて、マサラタウンから旅立ったライバルの清々しい顔を思い出し、オレはふっと息を吐いた。 あいつのことだから、何がなんでもホウエンリーグに出場するんだろう。 今頃、息巻いて突っ走ってるんだろうか。 まあ、今すぐ会えなくても、ホウエンリーグの開催地サイユウシティで顔を合わせるだろう。 その時に練習がてらバトルを申し込んでみるのもいいかな。 なにせ、あいつとは一度もバトルしたことないからさ。 トレーナーとしては先輩だけど、あいつよりはオレの方が知識は上だし、バトルで勝つ自信はある。 「あいつからは、ポケモンは送られてきたの?」 「いや、今はまだじゃな」 ……ってことは、ピカチュウを含めて、六体以上のポケモンをゲットしてないってことか。 あいつらしいと言えば、そうかもしれないけどさ…… 「じゃが、おまえからはすでに三体のポケモンが送られてきた。 カントーでゲットしたポケモンばかりじゃが……」 ラズリー、リンリ、ルーシーのことを言ってるのか。 確かにカントーでゲットしたポケモンばかりだよな。 まあ、それはこっちでゲットしたポケモンをいきなり送っても、そのポケモンが困ってしまうだろうという気持ちがあるからで…… いつかはちゃんとじいちゃんの研究所に送ろうと思ってる。 研究所のみんなとローテーションを組むつもりでいることをじいちゃんに告げると、すぐにじいちゃんの表情が輝いた。 「うむっ、どのポケモンを送ってくれるのかな!?」 「…………」 ホウエン地方のポケモンを見たい。 ……っていうか、オレがどんなポケモンをゲットしたのか知りたいっていうことなんだろうけど。 生憎と、じいちゃんの期待には応えられそうにないんだな。 ローテーションを組むにしても、ホウエン地方でゲットしたレキ、リーベル、ロータスはまだ手持ちに残しておきたいと思ってるからさ。 ガッカリさせてしまうのは忍びないんだけど、これもトレーナーとしての大事な判断だから、分かってもらうしかない。 「じいちゃん。悪いけど、送るのはリッピーなんだ。 ホウエン地方でゲットしたポケモンは、まだ手持ちに加えておきたい。 もうちょっと鍛えとかないと、ホウエンリーグとカントーリーグで戦い抜けないから」 「そうか……それは仕方がないのう……」 じいちゃんはガックリと肩を落とした。 なんか、すごく悪い気がしてきたけど……じいちゃんなら分かってくれる。そう割り切っておくしかない。 「で、どのポケモンを送ればいいのじゃ?」 「ラズリーを頼むよ」 「うむ。少し待っておれ」 じいちゃんは頷くと、背後のモンスターボールがズラリ並ぶ棚に向かった。 マサラタウンを旅立ったトレーナーのポケモンを一元管理している、モンスターボール保管庫だ。 この中には、オレやサトシ、シゲル、ナミのモンスターボールがある。 じいちゃんは迷うことなく中段のモンスターボールを手にとって、戻ってきた。 さすがはじいちゃんだと思わずにはいられない。 何百、下手をすれば千に達するかもしれないモンスターボール。 誰のポケモンがどのモンスターボールに入っているか。 ボールの位置を正確に覚えてるんだから、本気で頭が下がる想いだよ。 今回、オレはリッピーを研究所に送り、ラズリーを手持ちに加えることにした。 リンリとルーシーは、また別の機会に、ということで。 「転送装置を作動させるから、ボールをセットするのじゃ」 「オッケー」 オレは腰のモンスターボールを手に取り、傍らの転送装置の窪みにセットした。 リッピー……しばらく、じいちゃんの研究所でゆっくり羽根を伸ばしててくれよ。 セットしたボールに――ボールの中にいるリッピーに、胸のうちで言葉をかける。 画面の向こうでじいちゃんもラズリーのボールをセットしてくれたらしく、カチッという音が聞こえてきた。 「では、スイッチオン!!」 じいちゃんが転送装置のスイッチを押した。 すると、ボールの真上にある電極から稲妻とも受け取れるような電気がボールに突き刺さる!! 約十秒。 電気が電極に戻って行ったところで、ポケモン交換が完了した。 中のポケモンを一時的にデータに変換して、回線を通じて転送するんだ。 原理とかはよく分かんないけど、失敗しないのがすごい。 失敗したら、データだからすぐに消えちゃうってことだよな。 「…………」 何度か転送装置のお世話にはなったけど、失敗した時のことを考えたのは今が初めてだ。 背筋が震えそうになった。 あー、考えないことにしよう。 せっかくジム戦に勝利して景気がよくなってるのに、暗雲なんて垂れ込ませたらダメだ。せっかくの気分が台無し。 「じいちゃん。ありがとう。リッピーのこと、頼むよ」 「うむ。任せておくのじゃ」 礼を言うと、じいちゃんは胸を張って頷いてくれた。 陽気なリッピーなら、研究所のポケモンにもすんなり受け入れられるだろうし、争いを解決することもできるだろう。 じいちゃんとしても、研究所の秩序を保つためには不可欠な存在となるはずだ。 オレは転送装置にセットしていたボールを手に取った。 この中に、三週間ばっかし離れていたラズリーが、今か今かと外に出る時を待っている。 「アカツキ。頑張るのじゃぞ。わしはいつでもおまえのことを応援しておるからな!!」 「ああ。任せといてよ。ホウエンリーグで優勝を狙うからさ」 「うむ!! では、またな!!」 「バイバイ、じいちゃん」 互いに画面越しの相手に手を振って―― 画面が暗転し、通話を終えた。 「……じいちゃん、相変わらずだな。でも、ああいう風に応援されると、優勝を狙わないわけにはいかないか。頑張る気にもなるよ」 じいちゃんのことだから、ホウエンリーグのテレビ中継を、食い入るように見ることだろう。 たぶん、声を張り上げて応援してくれるに違いない。 サトシの時でさえ、ずいぶんと興奮してたから……オレが出るとなると、それ以上のすごい状態になるのは間違いない。 興奮のし過ぎでぶっ倒れなきゃいいんだけど…… ま、オレが頑張らなきゃいけないことに変わりはないか。 「ラズリー、すぐに出してやるから、待っててくれよ」 オレはボールの中のラズリーに言葉をかけると、ボールを腰に戻し、席を立った。 ロビーじゃポケモンを二体以上出しちゃいけないっていう決まりになってるらしいから、みんなを出すためには、中庭に行かなきゃいけない。 混雑したロビーを抜け出して、ライトアップされた中庭に差し掛かる。 夜の帳の降りた星空の下、煌々と照らし出される中庭だけが別世界に在るような錯覚に陥りそうになる。 まあ、感動の(?)再会には、ちょっとシャレた場所の方がいいだろう。 時間が時間だけに、余計な人やポケモンはいないことだし…… 「ラズリー、出て来い!!」 オレは庭の真ん中で足を止め、ラズリーのボールを軽く頭上に放り投げた。 庭の両脇から差し込むライトと重なって―― ボールの口が開き、中からラズリーが飛び出した!! ラズリーは強烈なライトに小さく声をあげて目を瞑ったけど、すぐに光に慣れたのか、ゆっくりと目を見開いた。 「……ブーっ!?」 視線の先にオレの姿を認め、ラズリーの目が一気に見開かれる。 そして輝く表情。 「ブースタぁぁっ!!」 ぴょんっ。 ラズリーは、表情を輝かせながらオレの胸に飛び込んできた!! 「ラズリー、久しぶりだな。元気してたか?」 「ブーっ!!」 声をかけると、ラズリーはうれしそうに大きく嘶き、じゃれついてきた。 フサフサのシッポを左右に大きく振って、甘えてくる。 久々に感じるラズリーの温もりは、リーベルを仲間に加えた代わりに研究所に送る直前と、まったく変わっていない。 ポカポカ暖かくて、とても気持ちいい。 「またこれから一緒に旅を続けられるんだ。よろしく頼むぜ」 「ブーっ!!」 オレはラズリーをそっと足元に下ろした。 まだ甘えたりないのか、ラズリーは笑顔の中に不満げな感情を滲ませていた。 まあ、今はこれくらいにしとこう。 後でじっくり甘えさせてあげるからな。 胸中でラズリーにささやきかけて、オレは残り五つのボールを手に取った。 「ラズリー、君が研究所に行ってから、新しい仲間が加わったんだよ。 出て来い、みんな!!」 五つのボールを、一斉に頭上に投げ放つ。 次々とボールが口を開き、中からみんなが飛び出してきた!! ラッシー、ルース、レキ、リーベル、ロータスだ。 ラッシーとルース、レキは久しぶりだからラズリーに笑みを向け、親しみを込めた感情を見せている。 だけど、リーベル、ロータスの二人は初めて見る顔だけに、『この人誰?』と言いたげだった。 まあ、そりゃ無理もないんだけど…… 「リーベル、ロータス」 オレは警戒している二人に声をかけた。 「ラズリーだよ。オレの仲間なんだ。仲良くしてあげてくれよ」 続いてラズリーに、 「ラズリー、リーベルとロータス。見た目は怖いかもしれないけど、根は優しいヤツだからさ。よろしく頼むぜ」 双方に声をかけて、互いを紹介する。 じっと見つめ合うラズリーと、リーベル&ロータス組。 オレの大切な仲間だってことは分かってくれたようで、すぐに警戒を解いた。 ピンと張り詰めていた空気がさっと消えたのを感じて、オレはすぐに理解できた。 「ブーっ……」 ラズリーが、ゆっくりとリーベルとロータスに歩み寄る。 円らな黒い瞳には、親愛の感情が浮かんでいるように見える。 「ブーっ……ブーっ?」 リーベルの目の前で足を止め、話しかけるラズリー。 何を言ってるのかは分かんないけど、場の雰囲気から察するに、仲良くなろうっていう意思表示じゃないだろうか。 ポケモンの言葉が分かればなあ……って常々思うけど、こればかりはどうにも分からない。 いつかは分かる日が来るかな……? なんて遠い未来に想いを馳せていると…… 「バウっ」 「ごぉぉ……」 リーベルとロータスが、小さく頷く。 「バウっ、ガウっ」 「ごぉぉ……」 「ブーっ、ブーっ!!」 何がなんだかよく分かんないうちに、ラズリーとリーベルたちは意気投合したらしく、じゃれ付きあい始めた。 なんか、心配する必要なんて、なかったのかもしれない。 リーベルは見た目こそ相手にプレッシャーを与えるけれど、実際はとても優しい性格だ。 ラズリーが仲間だと分かって、すぐに警戒も消えて、代わりに親愛の感情が浮かんできたんだろう。 それから十分ほど、ラズリーたちはラッシーとルース、レキの視線など気にする様子もなく、遊び続けていた。 To Be Continued…