ホウエン編Vol.13 冒険、幻影の塔!! <前編> オレはキンセツシティの北西に位置するフエンタウンへ向かって、111番道路を北上していた。 次の目的地はフエンタウン。 タウンマップによると、フエンタウンはホウエン地方にある火山――エントツ山の麓にある街なんだ。 名物は様々な効能があるという温泉と、地熱を利用した砂風呂とフエンせんべい。 ジム戦が終わったら、みんなと一緒に温泉でも入って、リラックスしようか……なんてことを想いながら、北西に見える険しい山に目を移す。 頂にうっすらと薄雲を孕ませるその山が、エントツ山だ。今は火山活動を停止しているとか。 あの山の麓がフエンタウンだから、そんなに遠くはないな。 キンセツシティを出発して五日目。 カイナシティからキンセツシティに行くのに六日かかったんだっけ。 あと二日もあれば、十分にフエンタウンに到着できる。 「しっかし……」 オレは人通りの少ない道路の真ん中で足を止め、北東に目を向けた。 高い岩山の向こうには砂漠が広がっている。 砂漠っていうと砂ばっかりで、他には何もない不毛な場所ってイメージしかないんだよな。 昼はとても暑いクセして、夜は凍えるほど寒いんだってさ。 うだるような暑さと、芯まで凍りつくような寒さ。 どうやったらそんなに昼夜の温度差が生まれるのか、よく分かんないけど……無理してまで行きたいなんて思わない。 砂漠にしか棲まないポケモンもいるらしい。 カントーやジョウトには砂漠がないから、そこにいるのは知らないポケモンばかりなんだろう。 そういうポケモンを見たいっていう気持ちがないわけじゃない。 ただ、砂漠に入るなら、それなりの準備は整えとかなきゃいけない。 今はまだ、そこまでするだけの時間も余裕もないからな。 「ポケモンセンター、もう少し先だっけ……」 さっきタウンマップを見たところ、ポケモンセンターはもう少し先に行ったところにある。 北に延びる111番道路は、真北にそびえる岩山に阻まれて、途中から西に折れ曲がっている。 曲がった先は、フエンタウンへと続く112番道路だ。 ポケモンセンターは112番道路に入ったところにあるけど、もう少し歩かなきゃたどり着けないか。 一昨日と昨日は野宿だったから、そろそろ手持ちの食糧も心もとなくなってきたところだ。 今日はポケモンセンターに泊まって、みんなに思う存分食べてもらいたいんだよな。 リュックは軽いけど、気持ちはどこか重い。 野宿は平気。 でも、何日も続くとさすがに飽きてくるんだ。 非常食で作れる料理のレパートリーもそんなに数多いわけじゃないし、非常食の種類が少なくなると、料理の幅も狭くなる。 フエンタウンじゃ、ジム戦と温泉だけじゃなくて、食糧の調達もしとかなきゃいけないな。 「……やれやれ。やる前だってのに、やらなきゃいけないことばかり増えるんだから……」 オレはふっとため息を漏らした。 嘆いてたって始まらない。 何はともあれ、フエンタウンに到着してからの話なんだから。 「行くか……そろそろ」 何かに背中を押されるように、オレは歩き出した。 「でも、五つ目のバッジなんて、オレもずいぶん頑張ってきたんだなあ……」 みんなの方が頑張ってるんだろうけど。 オレもオレなりに頑張ってきたつもりだ。 ハイペースだけど、無理をしてきたつもりはない。 たぶん、ちょっと駆け足なくらいがちょうどいいんだろう。 なんてことを考えながら、土を固めた道路を踏みしめながら歩いていると…… 「うわわわわわぁっ!!」 「……!?」 前方から悲鳴のような声が聞こえてきた。 ……悲鳴? 身体で意識するよりも早く、オレは駆け出していた。 こういう道でも、ポケモンは茂みやら岩山の影から飛び出してくることがある。 特に自然災害とかが見当たらないような道路だから、悲鳴の原因は野生ポケモンの襲撃くらいしか考えられない。 悲鳴の主を救出したいっていう気持ちと、どんなポケモンがいるのかという好奇心に突き動かされるように、オレは足を速めた。 と、百メートルほど走って、緩やかな右カーブを曲がった先で、事件(?)は起こっていた。 さっきいた場所からは、せり出した岩山がジャマで見えなかったんだけど、ここからならよく分かる。 いかにも冒険者らしい風体の男性がポケモンに追いかけ回されて、みっともない悲鳴を上げていた。 他に逃げ場がなかったのか、大きな円を描いて、同じ場所をぐるぐると逃げ回ってるんだけど…… 無理に助ける必要はないんだろうか。 大げさに怖がって逃げ回っているんじゃないかと、そう思えてきた。 見た目は強そうに見えても、中身は繊細で臆病な人って、結構いたりするんだよな。 この人も、もしかしたらそういう類の人なのかもしれない。 だって、追いかけてる方のポケモンが、どうにもノンビリしてるような外見だったから。 見た目はラクダっぽいんだけど、目は円らで敵意なんて漂ってないように見える。 追いかけてる当人は、『追い回してる』って思ってるんじゃなくて、むしろ『遊んでる』って思ってるのかもしれない。 そもそも、ポケモンが本気で敵意なんて持ってたら、追いかけ回す程度じゃ済まないと思うんだよな。 それに、逃げ回ってる人、腰にモンスターボールを持ってるし、いざとなれば応戦すればいいだけの話だ。 だから無理に助ける必要もないかと思って、迂回して先に進もうとした時だった。 「……!?」 「……!!」 なんともなく、目が合った。 ……これは、もしかしたら…… 「ちょっとそこの君ぃっ!! かわいそうなおじさんを助けてくれないかぁぁぁっ!? うひぁぁぁぁっ!!」 悲鳴を上げながら、オレに助けを求めてきた。 その割には、同じ場所をただただ逃げ回ってるだけなんて、本気で情けない。 対抗手段がありながら、なんで逃げるっていう選択肢を選んだんだか。 ハッキリ言って、理解に苦しむんだけど…… もしかすると、腰のモンスターボールには、このポケモンとは相性の悪いポケモンが入っているのかもしれない。 だから、無理に戦わせて傷つけてしまうのが嫌だからっていう理由で、だったらいっそ自分が逃げ回っちゃえって思ってるのかもしれない。 ……あー、あんまり考えたくなかったことなんだけど、いったん頭に浮かぶと、その考えを消すことができなくなった。 「仕方ねえなあ……」 直々に助けを求められたのに見捨てて先に進んだ、なんてことになったら、それこそ嫌な気分に何日も浸かってしまいそうだ。 『じゃれてる』と思ってるようなポケモンを傷つけるのは気が進まないけど、今回ばかりは仕方ない。 どうでもいいような人助けは、最初で最後にしよう。 なんて思いつつ、ポケモン図鑑を取り出して、男性を追い回しているポケモンにセンサーを向けた。 ピピッと電子音がして、画面に同じ姿が映し出された。 「ドンメル。どんかんポケモン。 背中のコブに煮えたぎるマグマを溜める。 小柄な身体とは裏腹に、100kgの荷物を運ぶことができるため、昔から人の仕事を手伝っている」 「なるほど……」 のほほんとしてるように見えても、実際は力持ちなのか。 図鑑の説明を聞いて、現物に目を移していると、 「感心してないで早く助けてくれぇぇぇぇっ!!」 どこでオレが感心してることを察知したのか、男性が悲鳴混じりに再び助けを求めてきた。 ホント、目ざとい人だなあ。 そんな注意力があるんなら、無理に助けなくてもいいかもしれない。 図鑑をしまいながら一瞬本気でそう思ったけど、いったんは助けることを了承した以上、逃げるに逃げられない。 男性を追いかけているポケモン――ドンメルのタイプは炎と地面。 相性が抜群なのは…… オレはモンスターボールをひとつ手に取り、軽く放り投げた。 「レキ、頼む」 ボールは土を固めた道にバウンドすると口を開いた。 オレの気持ちを汲んでくれたように、どこか仕方なく……って風に見えたけど、きっと気のせいだろう。 「マクロっ?」 飛び出したレキは、「何をしたらいいの?」と言わんばかりに嘶き、オレの顔を見上げてきた。 目の前で起こってることは、あんまり気にしてないらしい。 緊迫感の感じられない出来事だけに、今すぐ助けてあげなくちゃ、という気にはならなかったんだろう。 まあ、そりゃ当然なんだけど…… 「レキ、あのポケモンに水鉄砲。手加減してやってくれよ」 「マクロっ」 ドンメルを指差して指示すると、レキは頷いてドンメルに向き直った。 腰を低く構え、水鉄砲を出すタイミングを計っている。 レキなら外すことはないと思うけど、いくら手加減した水鉄砲でも、人間に当たったら、軽く何メートルかは吹っ飛ばしてしまうだろう。 でも、レキにとってはそんなに難しいことじゃないはずだ。 むしろ手加減するってことの方が、今までの激戦を考えると、難しいのかもしれない。 バトルじゃ、手加減なんてできない。 手加減できる相手でも、手加減することの方が失礼に当たることだってあるし、今まで戦ってきた相手で『手加減できる相手』など一人もいない。 相手が全力でぶつかってきてるのに、悠長に手加減なんてしてたら、押しきられて負けちまう。 男性が悲鳴をあげながら正面を横切った瞬間を狙って、レキが水鉄砲を発射!! バトルで見せている水鉄砲の半分ほどの量。 だけど、炎と地面タイプを併せ持ち、水タイプを最大の弱点としているドンメルには十分すぎるほどの威力だった。 びしゃぁぁっ!! 横っ面に水鉄砲をまともに食らい、ドンメルの動きが一瞬止まった。 「……ドン、ドンっ!?」 いきなり水鉄砲を受けるとは思わなかったらしく、ひどくうろたえるドンメル。 恐る恐るといった動きで顔をこちらに向けて―― 「……っ!?」 一目散に逃げ出していった。 さっき男性を追い掛け回していた以上のスピードだ。 レキなら水鉄砲やマッドショットで追い討ちをかけられるけど、そこまでする必要はないだろう。 あんまり、ポケモンを傷つけるようなやり方は認めたくないからな。 ……ごめんよ、ドンメル。 オレは脱兎のごとく逃走するドンメルの背中を見つめながら、胸中で小さく詫びた。 ドンメルは近くの茂みに飛び込むと、それっきり姿を見せなくなった。 あー、やむを得ないとはいえ、悪いことしちゃったな……ため息混じりに思っていると、男性が駆け寄ってきた。 「いやぁ……ありがとう、助かったよぉ」 後ろ頭をバリバリ掻きながら、おどけるような仕草で小さく頭を下げて礼を言う。 「……別に、礼なんていいです。そんなつもりでやったわけじゃないし」 男性に一瞥くれると、ドンメルが消えた茂みに視線を移した。 オレが何を思ってるのかなど、露とも感じ取っていないらしく、男性は膝を折って、レキの頭を撫でていた。 「君のヌマクロー。とても強いなあ。感心したよ」 「それはどうも」 誉められて悪い気はしないけど、あんまりいい気分もしない。 受け答えの口調は自分でも分かるほどぶっきらぼうだった。 茂みの奥へ消えてったドンメルの足取りを見てみると、本気で彼を襲うつもりがあるんだったら、逃げる時のスピードで追いかけ回すだろう。 あれなら、人間の足で逃げおおせるのは難しい。 それをしなかったということは、襲うつもりなどなかったということだ。 じゃれ付こうとしてるポケモンに悪気などあるはずもないし…… そんなポケモンを水鉄砲で追い払ってしまったという、一種の罪悪感みたいなものが胸に芽生えた。 だから、素直にうれしいなんて気持ちにはなれない。 「…………」 とはいえ……この人、全然自覚ねえし。 じゃれつかれてただけ、っていう自覚。 レキをつぶさに観察しているのか、前から横から斜め上から後ろから…… とにかく様々な角度からレキを見つめては、なにやら小さく独り言を漏らしている。 ……一体なんなんだ、この人は。 いっそ水鉄砲で吹っ飛ばしてやりたい気になった。 レキは困ったような顔でオレを見つめている。 その眼差しが、 「この人吹っ飛ばしていい?」 ……って了承を求めているようにも見えてきたよ。 でも、それはさすがにまずいだろう。 助けといて吹っ飛ばすなんて、警察にでも駆け込まれた日には、それこそ厄介だ。 オレは軽く首を横に振った。 傍目には、気持ちの切り替えをしてるって風に映るんだろう。 レキに、この人をふっ飛ばさないようにという意思表示をしただけだ。 「うむ、合格ッ!!」 「……?」 次はなんだ? 合格って……オーディションでもあるまいし。 ふと思いついた単語が、よもや現実のものになろうとは、この時点ではさすがに予想できるはずもなく。 「君ッ!!」 「……あっ!?」 何の前触れもなくいきなり手を握ってきた。 ついさっきまでレキの相手をしてたと思ったのに……ワケ分かんない。 「砂漠に眠るという、大いなる宝に興味はないか!?」 「砂漠の……宝?」 「そう!!」 男性は大きく頷くと、オレの手を離した。 右の拳をぐっと握りしめ、天に向かって突き上げ、なにやら燃えているらしい表情で語り始めた。 「砂舞う地に幻の塔現れし時、大いなる宝が眠りより覚める……そんな言い伝えが、このホウエン地方にはある!!」 うわ、完全に燃えちゃってます。イッちゃってます。 もしもオレがニュースキャスターだったりしたら、たぶんそんなツッコミを入れてたんだろうなあ、なんて思いつつ。 「ホウエン地方の砂漠は、その岩山を越えた先にしかないッ!!」 ビシッ、と左手の人差し指で、右手の岩山を指し示す。 確かに方角的には、あっちが砂漠だし、岩山の向こうに広がってるってのも間違いじゃない。 でもなあ…… なんか、ありがちなホラ話じゃねえか? 砂漠に宝が眠ってるなんて、確かにロマンあふれる話だとは思うんだけど、いくらなんでもロマンチストが過ぎてるような気がするんだよな。 言い伝えっていうのを『ウソだ』なんて言い切るつもりはないけど…… そういうのって、大概どこかが違ってたりするものだし。 「レキ。戻ってて」 オレはレキをモンスターボールに戻した。 レキまで無理に付き合う必要はない。 なんか、話が恐ろしく脱線しまくってるから。 「その言い伝えをとある古文書より紐解いた時、僕はあの砂漠にその宝が眠っているに違いないと確信したッ!!」 ……見た目、無精ひげを生やしてる、平均的な顔立ちで中肉中背の二十代後半と思しき男性が一人称で『僕』を使いますか。 また別の場所にツッコミを入れたくなるのをぐっとこらえる。 あぁ、あんまりこういう人には付き合いたくないなあ……どうやって逃げようか。 このまま突っ走って、レキで足止めしつつ逃げるっていう手段がベストだろうか。 直接危害を加えなければ、別に問題ないし。 「というわけで僕はここまでやってきたんだが、あのドンメルに追いかけ回されてヒドイ目に遭った、というわけだ!!」 逃げる算段を考えていたところに、男性がくるりと身体の向きを変えてきた。 うわ、意外とロマンチスト終わるの早いなあ。 呆然としていると…… 「僕はウィノ。見てのとおり、冒険家だよ」 いきなり自己紹介し始めましたよ。 別に頼んでもないのに。 「今回のミッションの助手として、君は合格ラインを楽にクリアしている!! だから、君を助手に任命しようと思う!! ……ってことで、君は砂漠に眠る宝に興味があるかい!?」 ヲイ。 次は助手ですか。 勝手に合格になんかしやがって……レキをじろじろ見てたのは、ポケモントレーナーとしてのオレの実力を測ってたってことなのか。 観察しているように……ではなく、本当に観察してたってのか、この人。 でも、この人冒険家って語ってる割には、軽装だ。 普通の冒険家なら、不測の事態に備えて食糧を多めに携帯してるだろ。 他にも、ロープだとかテントだとかが入った大きなリュックを重そうに背負ったりしてるものだけど…… この人――ウィノさんは、小粋なテンガロンハットを除けば、どこにでもいるようなただのおじさんにしか見えない。 とてもじゃないが、冒険者という出で立ちではない。 話してることも、どこか眉唾物っぽいし……素直に信じようっていう気にはなれない。 増して、助手とやらに勝手に任命されても困るし、手伝うつもりもない。 「いや、あんまり興味ないんですけど……だいたい、どんなものかも分からないのに、興味なんて湧きません」 「むぅ……確かにそのとおりだな」 素直な気持ちを口にすると、ウィノさんは表情をゆがめた。 眉間にシワなんぞ寄せ、小さく唸っている。 あんた何を困ってんだと、胸中で皮肉たっぷりにツッコミを入れた。 だって、そうだろ。 宝って一口に言ったって、その解釈は人それぞれで違うんだ。 金銀財宝を思い浮かべる人もいるだろうし、金には代えられないようなものだと思う人だっている。 だから、宝、宝と連呼されたって、どんなものか分からなきゃ興味なんて持てない。 それがオレの考え方だ。 冒険家って人は、『それ』が何であろうと、危険も顧みずに突っ込む人のことを言うんだろう。 たとえば、幾多の困難を乗り越えた先にたどり着いた『宝』がどんなものであっても、喜びを感じたりとか…… なんか、すっげぇ迷惑。 この場をどう切り抜けようかと、気がつけばそればかり考えている自分がいる。 「君の言うことはもっともだ。どんなものか分からないのでは、普通の人は興味など持てないだろう」 やっとまともなこと言い始めましたよ。 思わず拍手したくなる衝動を、ぐっと抑え込む。 なんか、オレの方までおかしくなっちゃいそうだ。嫌だなぁ…… さっさと立ち去って、フエンジムでジム戦でもやってる方が何百倍も気分的に楽だし高揚するし余計なこと考えずに済みそうだ。 「だがしかしッ!!」 ウィノさんは大声を上げると、いつの間にやら取り出した(?)一冊の革表紙の本を高々と掲げて、 「この古文書によると、砂漠に眠る大いなる宝とは、在りし日の姿を後世に伝えるものだと記されているッ!!」 いや、根本的にそこから間違ってる気がするんですけど。 本気でツッコミ入れようとした矢先、ウィノさんが言葉を継ぎ足す。 「壁画の類ではないか、と僕は睨んでいるのだが……」 古文書らしき革表紙の本を開き、ページをペラペラめくりながら言う。 いや、違うでしょ、それ。 古文書って言うヤツとは。 本人は古文書だと信じて疑ってないようだけど、傍目から見ても鰐皮の表紙した本のどこが古文書だって言うんだよ。 ウィノさんが新しく表紙を付け替えたにしても、紙の方は古くてくたびれているようには見えない。 どう見ても古文書じゃないし、それ。 ツッコミ入れても「これは古文書だ!! これがロマンだ!!」なんて力説されるだけだろうと思い、オレは何も言わなかった。 こういう風に狂信的な人には何を言ってもムダ。 適当に断って、さっさとフエンタウンに向かおう。 オレはそう決めて、口を開きかけて―― 「君はそういうの、どう思う? やっぱり、古代史の偉大なミステリーとロマンが隠れていると思わないか……!?」 「え……あ、まあ……」 はっ、しまった!! ウィノさんの言葉に思わず頷いてしまい――頷いてから気がついた。 オレ、墓穴掘っちまった。 認識したのと同時に、ウィノさんは満足げに何度も何度も頷いた。 うわわわわわっ!! 最悪な展開に陥りそうな気が…… スピアーの大群に追いかけ回される方が、何倍も何十倍もマシかもしれない。 昔の人が残したっていう壁画なんぞ見ても、正直何も感じない。 ポケモンの壁画だったりしたら、そりゃ少しは見てみたい気持ちはあるんだけど…… あくまでも、『壁画』だって言うのは、ウィノさんの『想像』でしかない。 『在りし日の姿を後世に伝えるもの』っていうのは壁画以外の解釈だってありそうだし。 そもそも古文書かどうかすら疑わしいシロモノに書かれてることを素直に信じるあたりで間違ってるし、冒険者には向いてないだろ、この人。 素人でも分かりそうなものだけど……いや、だからこそ当人は気づかないのかもしれない。 「いくら古代史のミステリーを理解してくれていたとしても、ただで助手を引き受けてくれ、っていうのは虫のいい話だから。 そういうわけで……」 報酬と引き換えってワケ? どんな報酬なんだか……大して期待はしてないよ。 軽装で砂漠に入ろうなんて人だ。底も知れてる。 ウィノさんはズボンのポケットをまさぐって―― 「助手を引き受けてくれたら、ミッションの成否に関係なく、これを君にあげよう!!」 取り出した握り拳を開く。 そこには…… 「……木の実?」 「詳しくは知らないんだが、スターの実という木の実らしい。 この間別の地方を冒険した時に見つけたんだ。 知り合いに訊いたら、かなり珍しいものらしいんだけど、僕はあんまり木の実に興味はないからね」 ウィノさんは簡単に言ってくれたけど、彼の手のひらに乗っている木の実……オレが見たことのないタイプのものだ。 オレが記憶している約四十種類近い木の実の形状と、目の前のそれは一つとして合致しなかった。 そもそも名前自体聞いたことのないヤツだし。 スターの実…… 先端の切り口が星のような形をしてて、鮮やかな緑色の皮で覆われている。 大きさは一般的な木の実と同じくらいだけど、一体、どんな力を秘めた木の実なんだ? ウィノさんの依頼を受けるかどうかはともかく、スターの実の方が気になって仕方ない。 木の実の半分くらいは、ポケモンバトルで何らかの効果を持っている。 たとえば、クラボの実なら麻痺したポケモンを回復させてくれるし、カムラの実は持たせたポケモンがピンチに陥ると素早さを上昇させてくれる。 とはいえ、ランクの低い実からレアな実まで、効果は一度きり。使い捨てなのだ。 だから、レアな実なんて、土に植えて増やしてからでなければ、とてもじゃないけどバトルで投入することはできない。 木の実の種類によって、育ちやすさ(実が成るまでの時間)が違うから、それも考えなきゃいけないし…… 目の前の実は、一体どういうタイプの効果を発揮し、どれだけの時間で実をつけるのか。 実際に手に入れてみて、じっくり調べてみたいという気持ちが沸々と湧きあがる。 無論、古代史のミステリーだのなんだの、というのにはあんまり興味がないけど…… この木の実のためなら、少しくらい無茶なことをやってみてもいいか。 みんなもいることだし、少しくらいなら問題ないだろう。 しかし……!! 一番の問題が、ウィノさんの軽装だった。 砂漠に入るのに、何も持たずに入るなんて、それこそ自殺行為。 食糧はおろか、砂漠で寝泊りするためのテントとかも持ってない。 これじゃあ、砂漠に住むポケモンに『襲ってくれ』と言っているようなものである。 こればかりはどうにかしとかないと、心許ないんだよな…… 成否にかかわらず、という条件はこっとしても悪くない。 ただ、少なくとも安全面でもう少しフォローしてもらえれば、言うことはないんだが…… 「ウィノさん。砂漠に入るのはいいとして、装備はちゃんとしたほうがいいと思うんですけど」 こうでも言っとけば、どうにかしてくれるだろうか。 大きな不安とちっぽけな期待を抱きながら言葉をかけると、ウィノさんはどういうわけか自信たっぷりの笑顔を浮かべて、 「うむ!! そこのところはなんとかなるさ。心配しなくていいよ」 いや、心配だから言ってるんですけど……思いっきりツッコミを入れたくなった。 『なんとかなる』じゃなくて『なんとかする』だろ、普通ッ!! 自信たっぷりな割にはずいぶんと投げやりな調子に聞こえてくるんだ。 ホントにこの人についてって大丈夫なのかという疑問が消えるはずもない。 まともな装備がないと、砂漠には入れない。 この人に頼ってると、どんどん惨めになっていきそうな気がしたぞ。 どうにかして装備を整えてミッションに挑んで、成否にかかわらずスターの実をゲットできるか…… こうなったらオレが何とかするしかないか。 そう思い始めた時、ウィノさんは懐から携帯電話を取り出した。 「……携帯? 何する気なんだ?」 どこかに電話するつもりなんだろうけど……どうするつもりなんだか。 ウィノさんは電話番号を慣れた手つきで入力し、アンテナを立てて耳に宛てた。 数秒後、会話が始まる。 「あ、僕だけど。 今ホウエン地方中部の砂漠の近くにいるんだ。 うん、これからまたミッションを行おうと思って。うん、うん……」 まあ、別に何を話しててもオレには関係ないからいいとして……話させるだけ話させよう。 その間にオレがあれこれ考えてればいい。 「僕のいる位置は分かるよね。 GPSで探ってくれればすぐに分かると思うけど、そのポイントに砂漠探検用の装備を投下してもらいたいわけ。 うん、十分でお願いできる?」 ……!? なんか、さり気なくとんでもないことを言ったように聞こえたのは気のせいか? あんまりまともなことを言ってなかった人だから、天地がひっくり返るような衝撃を受けたぞ、今!! 「オッケー。じゃあ、お願い」 ウィノさんは通話を終え、携帯を懐にしまい込んだ。 「もうすぐ装備が届くから、それまで待っててくれ」 「はあ……」 オレは曖昧に頷いたけど…… この人一体何者様ッ!? 装備を要請し、なおかつ十分で届けさせるなんて…… 投下なんて言葉を使ってるあたり、ヘリで空輸してもらうってところなんだろうけど。 それにしても、簡単に言ってのけてくれやがりましたよ。 普通の人じゃまず無理だと思うぞ。 大方、金持ちのボンボンとか、軍の関係者とか……ヘリを使える人なんて、限られてくる。 どっちであっても、オレには関係ないんだけどね。 「一応助手はやらせてもらいますけど、危険だと思ったらオレすぐに逃げますんで。よろしく」 一応、これくらいは言っとこう。 危険な状態でもミッションを続けるんだったら、スターの実はもらえなくてもいいから『一抜けた』でさっさと逃げるぞ。 砂漠って危険がいっぱいだからな。 ちゃんとした装備があっても、危険がゼロになることはない。 「うむ。それでは交渉成立だな」 ウィノさんは満足げに頷いてみせた。 はじめから交渉が成立すると確信していたようだ。 まあ、スターの実という、オレにとってこれ以上ない魅力を持つ木の実を見せられては、断ろうという気が起こらない。 「じゃあ、先に木の実を君にあげよう」 そう言って、ウィノさんはスターの実を渡してくれた。 思いのほか軽く、硬い皮の感触がそっと手のひらに乗る。 ……って待て待て。 「あの、いきなりもらっちゃっていいんですか?」 「うん」 ヲイ。 オレがこのままトンズラするかもしれないっていう可能性は全然考慮してないのか? 思わず疑いたくなるけど、そうしたところでどうにもならない。 スターの実をこうやって手軽に渡してくれるところを見ると、彼にとって木の実は『価値はあるけど魅力はないもの』でしかないんだろう。 彼が金持ちのボンボンだとすれば、彼の家の庭にはスターの実やカムラの実といった珍しい木の実がゴロゴロ生ってたりするのかもしれない。 ……深く考えるのは止めとこう。 この人が何者であってもそんなことは関係ない。 そういう話題は抜きで、取引をしたんだから。 装備が届くまでにはもう少し時間があるらしいから、少しはミッションの中身について聞いといた方がいいな。 オレはスターの実を木の実の入ったビンに入れた。 他の木の実と比べ物にならない存在感。 見慣れた木の実にただひとつ混じる、新種の木の実。 見慣れてる分、存在が薄く感じられるのは当然のことだったりするんだけども…… あー、なんか新鮮。 なんてうっとりしていると、ウィノさんが笑いながら訊ねてきた。 「……ところで、助手を引き受けてくれた君の名前を聞いときたいんだが」 「アカツキです」 「そうか。アカツキ君か。よろしく頼む」 「こちらこそ」 差し出された手を握り、握手を交わす。 今の今までオレの名前を尋ねようと思わなかったその神経の図太さといい加減さには呆れちゃうけど、まあこれもノーカウントってことで。 「ところで……ミッションの中身というか、概要を教えてもらえます? 助手を務めるんだったら、それくらいは知っとかないとまずいような気がするんですけど」 「うむ。そのとおりだ。 さすがは僕の見つけた助手。考えていることが的確で鋭い」 いや、そこんとこ着眼点違う気がするんだけど。 『助手』に対する誉め言葉というより、『僕の見つけた』という、自分に対する誉め言葉にしか聞こえない。 「今回のミッションは、あの岩山を越えた先にある砂漠にそびえる『幻影の塔』に奉られた『大いなる宝』をゲットすることだ」 あー、そこんとこは前にも聞いた。 「幻影の塔は、現れたり姿を消したりするという不思議な塔で、僕の調べによると、今日から明後日にかけては姿を現しているはずだ」 はず……ですか。 ずいぶんと不確かな調べだけど……本当にあてにしていいんだろうか? やっぱり不安だ。 姿を現したり消したりする塔なんて、蜃気楼でできた、文字通りの『幻影』だったりするんじゃないのか? まあ、この人に何を言ってもしょうがないんだけどさ。 スターの実を受け取っちゃった以上は、助手をきっちり務めないとな。 「僕も、ここに来る前にその塔が『幻影』なのか『形あるもの』なのか、気になったんで調べてみたんだ。 GPSの応用で、複数の衛星を使うんだよ。 三次元で多角的な、精度の高いサーチを行うことができるんだよね。 それで調べてみたら、ちゃんとした実体を伴っていることが分かったんだ」 なんか難しいことをベラベラと、舌を噛まずに言ってのける。 要は、『幻影』なんかじゃないってことか。 形を伴っているのに、姿を現したり消えたりなんて、何度もできるものなんだろうか? 誰かが塔を建てて、壊して、の繰り返し……なんてあるはずないよな。 それだったら、その兆候をさっきウィノさんが言ってたGPSの応用とやらが察知しているはずだ。 話を聞いていると、この人がどんどん『ただの人』から離れていくようにしか思えないな。 冒険かとは思えないくらい科学の造詣が深そうだし、ヘリを軽々と呼び寄せたりするし。 でも、疑問は減ってもゼロにはならない。 「どうして明後日まで姿を現しているって分かったんですか?」 「うむ。今までの気象データと、姿を現している期間を重ね合わせたところ、とある法則が見つかってね」 一体どんな法則だっていうんだか。 オレにはてんで想像もつかないよ。 「その法則と、今日から二週間後までの気象予報を重ね合わせてみたんだよ。 そしたら、今日から明後日まではちょうどその法則に合致していることが分かってね。 明後日以後はまた姿を消してしまうらしい」 話を聞く分に、砂嵐に飲まれて消えたように見えるってワケじゃないらしい。 本気で科学じゃ説明できないような塔なんだな。 ま、科学がすべてだなんて思う人がいるみたいだけど、ポケモンの生態なんて、科学じゃ説明のつかない珍現象ばかりさ。 こういう神秘があって然るべきだ。 姿を現したり消したりする塔か…… ウィノさんのペースに引きずり込まれたわけじゃないけど、なんか興味が湧いてきた。 古代史のミステリーだのロマンだのはどうでもいい。たまにはバトルのことを忘れて、こういう風に探検をしてみるのもいいだろう。 ……自分を無理に納得させるための方便だとは分かっているけれど。 上辺だけでも納得するのと、まったく納得してないのとでは、意味合いが違ってくる。 「さて、そろそろか……」 ウィノさんが腕時計に目を落とした――ちょうどその時だった。 頭上からバタバタと何かが忙しそうに飛んでいるような音が聞こえてきた。 思わず振り仰ぐと、西の空から一機のヘリがプロペラを回転させながらゆっくりと飛んできた。 「お、来た来た」 ウィノさんは顔を上げて、ヘリに向かって手を振った。 空から見れば人間なんて豆粒みたいなものなんだろうけど、乗ってる人は眼下で手を振ってるのがウィノさんだって区別がつくんだろうか。 でも、それは無用な心配だった。 ヘリはオレたちのちょうど真上で動きを止めた。 ヘリの扉が開き、中から迷彩服に身を包んだ兵士らしい人が姿を現した。 ……って、軍人!? 迷彩服ってところからして、民間人じゃないのは確かだ。 ウィノさん、軍人を動かせるほどの立場の人だってのか? なんて思っていると、兵士らしい人が中から荷物を押し出し、そのまま突き落とした。 なんか、傍目には小さく見えるけど、落下するにしたがって、ぐんぐんその大きさを増し――あっという間に一メートル四方を超えた。 途中でパラシュートが開き、降下が緩やかになる。 それを確認すると、兵士らしい人がヘリに引っ込んで、扉を閉めた。 そしてヘリが元来た方角へと飛び去って行った。 まさに早業。必要なことをしたら、さっさと撤退する。 荷物はオレたちから三メートルほど離れたところにゆっくりと着地した。 「おお、来た来た。これだよ、これ」 ウィノさんは歓声を上げて、荷物に駆け寄った。 分厚いシートに包まれて、落下時の衝撃で中身が破損しないように対策を施しているんだろう。 ウィノさんはそのシートを慣れた手つきで一枚一枚剥ぎ取っていく。 三十秒ほどしたところで、一メートル四方の荷物の全容が明らかになった。 「…………すげぇ」 思わず感想が漏れる。 テントに食糧に戦闘服にジュラルミンの盾に……それこそ機動隊や軍隊が使うようなシロモノばかりが収まっていた。 さすがに拳銃とかライフルとかバズーカとか重火器とかはなかったけど。 「まあ、これくらいあれば十分だろう」 ウィノさんは荷物の量に満足してるみたいだけど、これほどの荷物をどうやって運ぶつもりだ? まさかこんなところに置いていくわけにはいかないだろう。 野生ポケモンに襲われてボロボロにされるだけだ。 まさかオレのポケモンに運ばせるつもりじゃないだろうな……? いくらなんでも、六体総動員しても絶対無理だし。 なんて思ってると、ウィノさんが腰のモンスターボールを手に取った。 「カモン、フレンズ」 なんてキザな言葉と共に、ボールを軽く頭上に放り投げる。 一体どんなポケモンが出てくるんだ? ドキドキしてみていたけど……出てきたのは、見慣れたポケモンだった。 「カイリキーっ!!」 飛び出してきたポケモンは、筋肉隆々で四本の腕を持つポケモン、カイリキーだった。 名前どおりの怪力の持ち主で、物理攻撃力はトップクラスだ。 腕が四本あるおかげで、二本で相手の動きを封じ、残りの二本でクロスチョップ、なんて荒技も可能。 使いようによっては、最強になりうるポケモンなんだ。 まさかこんなポケモンを持ってるとは思わなかったんだけど……でも、カイリキーだったらドンメルくらい軽く追い払えると思うんだけどな。 オレの視線に対抗するように、カイリキーもじっとオレを見つめてくる。 ――あんた誰? 剣呑さ漂うその眼差しは、如実にオレのことを警戒していた。 まあ、見知らぬ人間が近くにいれば、普通は警戒するだろ。人間以上の感覚を持つポケモンなら、なおさらだ。 「こいつ、僕の友達。ハーバルって名前なんだ。よろしく頼むよ」 「はあ……」 ニックネームまでついてる。 しかも、ハーバルって……一体どういう意味だろ。 カイリキーのニックネームとしてはあまり合ってないような気がひしひしとしてくるんだけど。 そこんとこは本人のセンスだから、口出ししちゃいけないな。 ウィノさんは再び荷物の山に戻って、いろいろと漁り始める。 何かを探すにしても、これだけの量の荷物だから、目的のものを見つけ出すのにも苦労するのかもしれない。 これほどの荷物を用意させ、しかも要請してから十分とかからずに運ばせる手腕には舌を巻くけどさ。 荷物の用意だけなら、こういうシチュエーションを想定して、前々から用意することはできるか。 ヘリが十分以内に到達できる場所ということは、ここからそう遠くは離れてない。 西の方角から来て、そして去って行ったことを考えると、カナズミシティの辺りから全速力ですっ飛んできたんだろう。 そこんとこも詳しく詮索する気はないんだけど……ただ、ちょっと気になる。 「あった、あった」 ウィノさんが歓声を上げる。 思わず顔を向けると、彼は笑顔で振り返り、手に持ったものをこっちに放り投げてきた。 「……?」 受け取ってみると、それは黒い紐のゴーグルだった。 とはいえ、目立つのがゴーグル部分であって、鼻と口までちゃんと覆うようになっている。 ゴーグル? 何のために……? なんて、ゴーグルを凝視しながら訝しげに思っていると、ウィノさんが口を開いた。 「幻影の塔は、激しい砂嵐が吹いている時に姿を現しているという調査結果が出ているんでね。 何も身につけずに砂嵐の中を行軍するとなると、それこそ自殺行為だ。 というわけで、このゴーグルを填めていれば、少なくとも目に砂が入ることはない」 「はあ……」 そりゃそうか。 砂嵐の中、目を保護するものでもなきゃ、歩くことさえままならない。 方角を定めるためにも、視界ほど有効なものはない。 このゴーグル、見たところ外国製で、結構精密に作られてる。 額とゴーグルの間に隙間を作らないように、樹脂にも見える黒いゴムはちゃんとしているし、それでいて通気性も良さそうだ。 ヘリを使って運ばせただけあって、高級そうに見えてくるのは気のせいか。 「あと、これも着た方がいい」 続いてウィノさんが荷物から引っ張り出したのは、真っ黒なスーツだった。 スーツっていっても、サラリーマンが着るようなヤツじゃなくて、全身にピッタリフィットした、ダイバーが着るようなタイプだ。 これも、砂嵐の中を進んでいくのに必要なんだろう。 「君のサイズは……そうだな。これでいいだろう。ちょっと着てみて」 おもむろに引っ張り出した別のスーツを放り投げてくる。 受け取ったスーツを広げる。 サイズ的には確かにオレの体型に合ってるけど……これを着なきゃ砂漠を進んでいけないんだろうか。 ふとした疑問が湧きあがる。 別に着るのが嫌だってわけじゃない。 必要なら着ることになるだろうし、嫌だと駄々を捏ねてたら、せっかくの取引がパーになってしまう。 スターの実を返すことになってまで、このスーツを着ないと固執するつもりはない。 「まあ……着てみるか」 オレは周囲に人の姿がないことを確認してから、荷物を足元に下ろして、着替え始めた。 上半身は裸で、下はパンツだけ。 恥ずかしいけど、だからこそ急いでスーツを着用する。 「ふーん、結構似合うじゃないか」 ウィノさんは顎に手を当て、満足げに言った。 似合ってんだろうか。 オレは上半身と下半身に分かれたスーツをつなぐファスナーを閉めながら、全身を視線で撫で回した。 別に似合うなんてつもりはないんだけど……思ったほどカッコ悪くはないし、ジメジメしてたり、動きにくいということもない。 首から下を余すことなく包み込んで、外気とシャットアウトしている割には、そこそこ快適だ。 どっかで空気の循環があるのか、スーツの材質が通気性に優れているのか。 身体の動きにも柔軟に対応していて、複雑な動きにも、動きにくさは感じられない。 たぶん、このスーツも高級なものなんだろうな。 安物のスーツなら、ちょっとした動きにも制約が出てきてしまうだろうし。 「このスーツ、着た方がいいんですよね」 「ああ。砂が身体につくと、いろいろとやりにくいからね」 オレの言葉に、ウィノさんは自信たっぷりに頷いてみせた。 今までの経験に裏打ちされたものだと、口調からなんとなく読み取れた。 そういうことなら、仕方がない。 オレは脱いだ服をリュックに詰めた。 「では、僕も着替えるとしよう」 そう言って、ウィノさんは彼用のスーツを持って、荷物の向こう側に歩いて行った。 オレにでも、見られていると恥ずかしいと思っているのかもしれない。意外とシャイなのかも。 なんて思いつつ、オレはゴーグルを着用してみた。 今のうちにつけてみて、サイズが合わないようなら、交換してもらった方がいい。 ゴムを引っ張って、首にかけてから、顔につける。 「……うん、なかなかいい感じ」 肌とゴーグルとの間に隙間はないし、違和感も思っていたよりは感じない。 下手に意識しなければ、何もないように感じることはできる。 ただ、つけたままだと傍目から見て怪しい人にしか見えないから、一応外して首にかけておいた。 と、そこにウィノさんがスーツ姿で戻ってきた。 「準備は整ったかな?」 問いかけるその背には、オレの足元にあるくらいの大きさのリュック。 食糧やら暗視スコープやら、必要なものを詰め込んでいるらしい。 「オレが持ってくものはありますか? ポケモンとか……機材とか」 「ポケモンを三体ほど持ってってほしいな。人選は君に任せるよ。 できれば身軽で力の強いポケモンだとうれしいけど」 何気にシビアな要求を平然と突きつけてくる。 でも、それは当然のことだった。 砂漠という悪条件でバトルが発生した場合、重いポケモンだと砂に足を取られて動くことができなくなる。 増してや、悪条件でのバトルなら、先制攻撃で相手を一撃でねじ伏せるくらいの力が欲しい。 「残った三体はどうすればいいんですか?」 連れて行くのが三体なら、残す三体はどうすればいいのか。 これもまた当然の疑問だったけど、ウィノさんはハーバルを指差した。 指先からハーバルに伸びた見えない糸を辿るように視線を向けると、 「ハーバルと一緒にここに残って、荷物の番をしてもらいたいんだ」 なるほど……そういうことか。 ウィノさんがこれほどの荷物を投下させておきながら、持って行く素振りを見せなかった理由がやっと分かった。 ハーバルを出したのは、荷物運搬ではなく、荷物の警備をさせるためだったんだ。 もっとも、ハーバルの実力を信頼できなければ、警備なんてとてもじゃないけど務まらない。 本気で荷物を運ぶつもりがあるんだったら、運べるだけの量に留めておくだろう。 これはオレの勘違いだったようだ。 「…………」 またしてもハーバルと視線が合って、オレは慌てて目をそらした。 誰を残せば、ハーバルと円満に荷物の警備をすることができるだろう。 余計なぶつかり合いを避けるためにも、できれば性格が温厚で、大きな器のポケモンを残しておきたい。 となると…… 「今回は、ラッシーはこっちに残っててもらうか……」 ウィノさんのオーダーを最優先に考えるなら、重量級のラッシーは残っててもらうしかない。 ラッシーの性格なら、ハーバルとも仲良くやっていけるだろうし。 他の二体は、ルースとロータスがいいだろう。 タイプのバランスも考えると、この辺りが最適。 連れて行くのはラズリー、リーベル、レキ。 身軽で力強く、偏りないタイプの編成となると、これくらいしか思いつかない。 ラズリーとルースを交替させようかと思ったけど、ここでラズリーに、リーベルとレキにより深く親しんでもらいたい。 そう思うと、連れていくのがベストだろう。 炎タイプの技が効きにくい相手と出会った時でも、持ち前の物理攻撃力で粉砕していけばいい。 戦力としては、ルースと同等と見ていい。場合によってはルースよりも頼りになる。 「ラッシー、ルース、ロータス。出てきてくれ!!」 オレはモンスターボールを三つ、頭上に放り投げた。 残る三つは腰に差す。 スーツの腰の部分に、モンスターボールをつけるための吸盤みたいな突起がついていることに、今さらながら気がついた。 砂嵐で吹き飛ばないように、そこそこ吸引力は強いらしい。 そう思っているうちに、ボールの口が開いて、中からラッシー、ルース、ロータスが飛び出してきた。 「……バクっ……?」 ルースは飛び出すなり、見知らぬポケモン(ハーバルのこと)と目が合って、慌ててラッシーの後ろに隠れてしまった。 「…………ヲイ、またかい……」 オレはマジで呆れちまった。 ハーバルの眼差しがキツイのはしょうがないとしても、そろそろそういうのには免疫ができてもいいと思うんだけど…… こればかりは仕方がないんだろうか。 「…………」 さすがに、ウィノさんがルースに向ける眼差しもどこか不安げだ。 でも、ラッシーとロータスの様子を見て、すぐに笑みを取り戻す。 「なかなか強そうなポケモンだね。これなら、ハーバルと協力して、僕らが戻るまで荷物を守ってくれるだろう」 額に浮かんだ汗(?)を拭うウィノさん。 その原因、やっぱルースなんだろうか。 でも、ルースもルースなりに一生懸命らしい。 ゆっくりと、だけど確実にラッシーの後ろから姿を現して、ハーバルを直視しようとしている。 いろいろと辛い想いをしてきたから、こういうのにはとても敏感になってしまうんだろう。 時間をかけて、少しずつでも治していけばいい。 「ラッシー、ルース、ロータス。 オレはこれから砂漠に冒険しに行くんだ。 君たちはここに残って、そこのポケモン――ハーバルと協力して、オレたちが戻ってくるまで、荷物を見張っててくれないか?」 オレはラッシーたちに事情を説明して、荷物の番をしてもらえるように頼んだ。 ルースとロータスは怪訝そうに顔を見合わせた(ロータスは微妙だけど……雰囲気的にはそれっぽい)。 一方、ラッシーは躊躇うことなく、オレの目をまっすぐに見つめて、大きく頷いてくれた。 さすがはラッシーだ。 オレの気持ちを的確に汲み取ってくれている。 本当は誰もここに残しておきたくはない。みんな一緒に冒険を楽しみたい。 でも、荷物の番は確かに必要だし、ハーバル一体では、ウィノさんも心許ないと思っているんだろう。 この分は、後できっちり取り返して穴埋めする。 オレはそう誓った。 「ウィノさん。みんなの了解は得ました。出発しますか?」 「ああ。すぐに出発すれば、一時間弱で塔に到着できるだろう」 一時間…… 砂漠入りしてないのに一時間となると、砂漠の入り口から近い位置にあるってことになるのか。目的とする塔は。 でも、砂漠の入り口ってどこにあるんだろう? ここからじゃ入り口らしい入り口も見当たらないけど。 ウィノさんの『調査』を信じて、ついて行くしかない。ここは言われたとおりの行動をしていけば、問題なく進んでいくだろう。 「それじゃあ、行くとしよう」 ウィノさんが背を向け、歩き出した。 「みんな、すぐに戻ってくるからさ。ハーバルとケンカしないで待っててくれよな」 オレはみんなに声をかけ、彼について行った。 みんなの名残惜しそうな視線が向けられているのを、背中で感じ取る。 みんなを置いてかなきゃいけないのは正直辛いけど……でも、こういうことだってこれから先、あるかもしれない。 慣れたくはないけど、慣れなきゃいけないんだろう。 なんとも煮え切らない気持ちを抱えながら歩いていると、 「残してきたみんなのことが気になるのかい?」 「……?」 突然ウィノさんに言葉をかけられ、オレは足を止めて、足元に向けていた顔を上げた。 すると、彼も足を止めた。 振り返りもせず、言葉を投げかけてきた。 「君はポケモン思いなんだな。 でも、心配するほど弱いポケモンじゃないと思う。今は先に進もう。なるべく早く戻れるように、頑張っていけばいいよ」 いつになく優しい言葉をかけてくれた。 ……っていうか、今まで優しい言葉らしい言葉を発してこなかっただけに、今の一言は意外なものに聞こえてならなかった。 「……そうですね。そうします」 この人に慰められるとは思わなかった。 確かに、みんなのことは気になる。心配だとは思ってないけど……気になることを心配と言うんだろうか。 ……オレは違うと思ってるけど。 ふと振り返る。 歩いてきた道が延々と続いているばかり。 みんなの姿は、カーブした道の内側にある岩山に隠れて見えない。 考え事をしながら歩いてきたせいで、どれだけ歩いたのかっていう距離感もどこかマヒしてしまったらしい。 「じゃあ、行こうか」 言って、ウィノさんは再び歩き出した。 「…………」 シャクだけど、彼の言うことは正しい。 早くミッションを終わらせてみんなのところに戻ることが一番なんだ。 オレは頭を振って、モヤモヤした考えを振り払って、再び歩き出した。 十分ほど歩いて、たどり着いたのは岩山の真ん前。 「…………?」 オレは岩山を呆然と見上げた。 こんなところで一体何をするつもりなのか。 視線を戻すと、ウィノさんは岩壁を叩いて回っている。 そもそも砂漠に入らなきゃいけないんだけどな。 どこから入るんだろう。 まさかこの断崖絶壁を登っていくわけじゃないんだろうけど…… なんか、それとは違うと理解できたのは、ウィノさんが懐から取り出したものを岩壁に貼り付けた時だった。 手のひらと同じくらいの大きさで、真ん中にある赤い塊が時折光を放っている。 これ、一体なんなんだ? 岩壁に貼り付けたものの正体が気になって、光る塊にじっと視線を向けていると、ウィノさんに肩を叩かれた。 「ここにいちゃ危ないから、少し離れていよう」 「……あ、はい」 これまた一体何を言い出すのかと思ったけど、オレはおとなしく彼の言葉に従った。 五メートルほど離れた場所まで誘導され、そこで足を止めて、岩壁に張り付いて光を放つ塊に目をやる。 「あの、あれって何ですか?」 塊を指差して、ウィノさんに訊ねようとした時だった。 ごぅんっ!! 突然、轟音と共に衝撃が身体を揺らした!! 「……な、なんだ!?」 岩壁から濛々と煙が立ち昇っているのを見やり、オレは目を見開いた。 一体何が起こったっていうんだか…… 爆発したみたいだったけど。 「最新式のコンパクト爆弾だよ」 「ば……」 爆弾ッ!? ……ってヲイ、そんなもの使ったのか!? 驚きと呆れで声も出なかった。 爆弾を使って岩壁を爆破するなんて、ぜんぜん冒険者らしくないんですけど。 冒険者って名乗るんだったら、一本のロープと自身の肉体を武器に、垂直に切り立つ断崖絶壁を登っていくのが一番なんじゃないだろうか。 まあ、やっちゃったんだから、しょうがないんだけど…… 濛々と立ち込める煙が徐々に晴れ、岩壁にポッカリと穴が空いていた。 「……あれ?」 なんか、思ってたよりもずっとキレイに穴が空いてるなあ。 人が通れるくらいの大きさの穴が穿たれながらも、他の部分が崩落することもなく、健在だ。 爆弾を使った割には、ずいぶんと小奇麗な印象を受けるけど…… 「最近のは精度が良くてね。 狙ったところだけを爆破して、他のところに影響を出さないように火薬の量を調整することが多いんだけど」 一体どんな爆弾だ、それは。 ツッコミどころ満載の一言に、しかしオレはツッコミを入れなかった。 こんなところでツッコミ入れたら、ミッションを終えるまでに一体何回ツッコミを入れるハメになるのか分かんない。 爆弾まで隠し持ってるなんて、下手にポケモンに攻撃されたら爆発するんじゃないだろうか? 巻き添え食って『ドカーン』なんてのは嫌だぞ、いくらなんでも。 なんてオレが思ってることなど露知らず、ウィノさんは爆弾が穿った穴をくぐった。 頭上の岩壁をこんこん叩きながら「これはいい。パーフェクトだ」なんて満足げに言葉を発している。 「さあ、行こうか」 「…………」 返事もせず頷いて、オレも穴をくぐった。 驚いたことに、穴はキレイに岩壁を貫通していた。 切り口も不自然と思えるくらい一直線で、途中で小さくなることなく、同じ大きさで貫通している。 爆弾でできるようなことなんだろうか。 不可解だけど、敢えてそこには触れないことにしよう。 世の中、知らなくてもいいことや、知らない方がいいことというのがあるんだろうから。 「もうすぐ穴を抜けるよ。ゴーグルを着用して」 「はい」 岩壁のトンネルを抜けると言われても、目の前には思ったより大きなウィノさんの背中があるだけ。 その向こうが見えない状態だから、なんとも言えない。 でも、言われたとおり、ゴーグルを着用する。 そして程なく。 言葉どおり、トンネルを抜けた。 ぶおっ!! 耳元でそんな音が聞こえたかと思ったら、視界に黄色い無数の粒が乱舞する。 あまりに不可解でいろいろなことがあったから、こんなことにも驚いてしまったけど……大したことはない。 砂が風に舞っているだけだった。 「……砂嵐……」 砂嵐が吹いている時だけ、幻影の塔は姿を現す…… ウィノさんの言葉がふと脳裏を過ぎった。 オレの足が踏みしめているのは、砂漠の砂。 さっきまでと全然感触が違うものだから、すぐに気付いた。 そう……ここはもう砂漠なんだ。 ウィノさんは、岩壁の薄いところを狙って、最新式のコンパクト爆弾で岩壁を爆破して、砂漠へのショートカットを作成したんだ。 即興にしてはずいぶんと手の込んだやり方だけど、手っ取り早さという点で言えば、これほど有効な手段はないんだろう。 「思ったより弱いな……まあ、こっちとしては好都合だけど」 ウィノさんの声がくぐもって聞こえる。 顔面を覆うゴーグルのせいだろう。 「…………」 ウィノさんは嘗め回すように周囲を見渡した。 砂嵐のせいで、思うよりも視野が狭く感じられるけど、太陽はちゃんと見えるし、五十メートルくらいなら、視界は確保できている。 「……こっちだ。行こう」 ウィノさんは一点に目を留め、しばし砂嵐の向こうに何かを確かめるような仕草を見せて、歩き始めた。 大方、ゴーグルに高感度センサーでも取り付けて、砂嵐の向こうに何があるのか、確かめていたんだろう。 岩壁を簡単に貫通してのけた爆弾が飛び出してきたんだから、それくらいのものがあったって、今さら驚いたりはしない。 ……ああ、慣れって恐ろしい。 そう思いながら、ゆっくりと歩く。 砂がパチパチとゴーグルを叩く音が絶え間なく聞こえてくる。 身体を撫でるような叩くような、どちらともつかないような感触が、スーツ越しに伝わってくる。 これが砂漠の行軍か……砂嵐の中にいても、身体中が熱を帯びたように感じられる。 やっぱ、砂漠って砂嵐があろうがなかろうが、昼間はとっても暑いみたいだ。 このスーツを着てなかったら、たぶんえらいことになってたんだろうな。 テレビでは見たことがあっても、実際に体験してみると、やっぱり面白くない。 早いトコ、幻影の塔とやらに到着したいね。 そうすれば、少なくとも砂嵐の影響を受けずに済む。 ヒューヒューと砂が風に舞う音と、砂を踏みしめて歩く足音だけがただ聞こえる。 ゴーグルの内側で呼吸する音は、まるで遠い世界の出来事のように、まったく気にならなかった。 どうしてなんだろう? 前を行くウィノさんの背中を頼りに歩きながら、オレはふと思った。 こんな場所に来たから、そういう風に考えてるだけなんだろうか? 一面の砂景色。 前も後ろも左も右も。 砂のベールに覆われた太陽は、さっきよりも少し小さく、翳りを帯びたように見える。 足元は、海のように広がる砂。 時折足を取られそうになるけど、すぐに持ち直し、少し離れたウィノさんに小走りで追いつく。 何度それを繰り返しながら、考えただろう。 「……何も見えないから、耳が敏感になったりしたのかな……?」 いや、それは違う。 何も見えていないわけじゃない。 ウィノさんの背中と、砂のベール。 ゴーグルにかすかに映ったオレ自身の双眸。 景色はちゃんと見えている。 でも、目よりも耳の方が、ちょっとだけ敏感になったように感じられるのは、きっと気のせいじゃない。 少し意識するだけで。 耳を澄ましてみるだけで。 ちゃんと聞こえるんだ。 ウィノさんが砂を踏みしめて歩く音。 どことなく重たそうに聞こえるのは、足元の砂が湿っているせいだろうか。 なんて、余計なことまで頭の中に浮かんでくる。 景色に変化はないけれど、耳はいつもより良くなったように思えるんだ。 本当に不思議なことだと思う。 ウィノさんの依頼を受けて助手にならなかったら、たぶんこういう風に考えることって、なかったのかもしれない。 今こうしてここにいるから、そんな風に考えられるわけで…… 違った道を行けば、当分は――ううん、もしかしたら一生そんな考えに至らなかったかもしれない。 そう思うと、ひとつひとつの選択肢がとっても大事なものなんだってハッキリと感じられるんだ。 その時選ばなかったもうひとつの選択肢は、もしかしたら二度と巡ってこないかもしれない。 そっちを選べばよかったって、後悔することがあるかもしれない。 でも……それだけは嫌だな。 選んだ道を突き進んで、これでよかったんだって、そう思えるようになりたいな。 その方がカッコイイし……冗談だけど。 自分にウソをつかないで、自分を信じたいから、選んだ道は最後まで進んで行きたい。 途中で「あっちがいい」なんて他に目移りするのは嫌だ。 ……と、考えに耽りながら歩いていると、出し抜けにウィノさんの鋭い声が飛んだ。 「ストップ!!」 「……!?」 その声に足を止め――思わず背筋が震えた。 急に視界がハッキリしてきた。 別にぼんやりしてたわけじゃない。 ただ、考えに夢中になって、目の前のことにすら気づかなくなっていただけだ。 刹那、エアガンでスポンジを撃ったような音がすぐ傍で弾けた。 「……っ!?」 何を思うでもなく、気がつけば身体が反応していた。 理性(あたま)よりも、身体は何倍も何十倍も素直なんだって、改めて思った。 ずっ。 着地し、先ほどまでオレ自身がいた場所に目を向けると、一瞬、そのすぐ近く――オレが進もうとしていた方向で、何かが光ったように見えた。 目を細めて見てみると、それは砂に斜めに突き立った針のようなものだった。 五本、横に仲良く並んでいる。 「……毒針ッ!?」 背筋がゾクゾクした。 ウィノさんが教えてくれなかったら、もしも歩き続けていたら、足にその針が突き立っていたんだろう。 角度から見て、何者かがオレの足を狙って放ったとしか思えない。 毒針を使えて、砂漠に棲息しているポケモンと言えば…… 「あっちだ!!」 少し離れたところに立っているウィノさんが、オレの斜め右を指差した。 でも、そこには砂のベールが広がるばかり。 砂嵐の向こうに、何かを見つけたんだろう。 さっきオレに警告を発した時も、それ以前にもずっと周囲の様子を探ってたに違いない。ゴーグルについた、センサーみたいなもので。 これで『直感だった』って言うんだったら、すごくカッコイイって思えるんだけど…… まあ、それに期待するのはやめよう。 期待するだけ虚しいし。 でも、今オレがすべきなのは、考えることじゃない。 「レキ、水鉄砲!!」 オレはモンスターボールを頭上に掲げ、呼びかけた!! オレの腕からボールに――中のポケモンに気持ちが伝わったかのように、ボールの口が開き、中からレキが飛び出す。 それから何を言うでもなく、レキは口を大きく開き、ウィノさんが指差した方向に、水鉄砲を発射した!! ばざぁっ!! 砂のベールを突き破る音と同時に、もうひとつの音が聞こえてきた。 「ぎゅるぅぅぅっ!!」 悲鳴のような音――いや、悲鳴だ!! 水鉄砲の直撃を受けたらしい。 この声……サンドか、サンドパン……どっちかだろう。 声だけじゃどっちかまで判別はつかないけど、どちらかであることは間違いない。断言するだけの自信がある。 ウィノさんが指を差した瞬間を見たわけでもないのに、レキは一発で水鉄砲を命中させたんだ。砂のベールの向こうにいる何者かに。 並大抵の芸当じゃできないことだと思うけど、やっぱりポケモンは人間よりも感覚に優れてるんだって、改めて思い知らされる。 「……大丈夫。倒れたっきりで動かない」 ウィノさんが言う。 再び周囲を覆う砂のベールの向こうで、何者かが倒れたことを確認したんだろう。 「さすがに頼もしいね。この調子でこれからも頼むよ」 「ありがとうございます」 親指を立てて誉められたんだから、悪い気はしない。 「レキ、サンキュー。やっぱりすごいぜ」 「マクロっ」 オレもレキを誉めた。 レキの水鉄砲の『キレ』は、ますます鋭くなっている。 下手なポケモンが放つハイドロポンプに勝るとはいわないけど、それに匹敵するだけの精度と威力を備えつつある。 このまま進化したら、きっと文字通りの『大物』になるんだろう。 楽しみに思いつつ、レキの頭を撫でる。 「……このまま連れて行こう。わざわざボールに戻したんじゃ、対応が遅れるかもしれない」 ふと思った。 レキは地面タイプを持ってるから砂漠にも強いだろうし、何より、砂嵐の影響を受けずに戦うことができる。 今回みたいに、ウィノさんが毎回異変に気付いてくれるとは限らない。 そればかりを期待するのはバカのやることだ。 いくら好感度のセンサーがあったって、足元や背後といった、視界に含まれないところまでカバーしきれるものじゃない。 一歩間違ってたら、毒針に刺されて、今頃動けなくなってたかもしれなかった。 ムロ島からカイナシティに向かう途中に、エンジントラブルで定期船が停泊した無人島での出来事…… 不意に頭の中に浮かんで、オレはブルッと身を震わせた。 あれは完全な不意打ちだった。 予想しなかったオレもドジだったんだろうけど……生身でヘドロ爆弾を食らって、本気で死ぬかと思った。 爆弾の衝撃じゃなく、その中に込められた毒で。 なんとか死なずに済んだけど、あんな想いをするのは嫌だ。 オレ自身がどうにかなることじゃなくて、みんなに心配をかけることの方が、よっぽど辛い。 その埋め合わせにと、オレは今まで精力的に活動してきた。 今回のミッションも、その一環だ。 オレが元気に頑張ってるってすぐ傍で見れば、みんなも安心するだろう。それが空振りにならないことを祈るばかりだよ。 「さて。それじゃあ、行こう。 あまり長い間こういうところにいると、スーツやゴーグルを着込んでいても、身体が砂まみれになる」 ウィノさんの言葉に頷いて、オレはレキを連れて歩き出した。 彼一人に偵察を任せておけないと、レキは忙しなく周囲を見渡していた。 オレンジの双眸は、スキャナのように砂のベールの向こう側の景色をハッキリと捉えているんだろうか。 危険因子がないかどうか、探っている。 なんだか、ラッシーに負けないくらい、頼もしく思えるようになった。 出会った頃は、とても人懐っこくて陽気だとばかり思ってた。 今だって陽気な性格は変わっちゃいない。 周囲に向ける表情はあどけない子供のようだし、声をあげてはしゃぐことだってある。 でもその裏、力強さも備えてくるようになった。 進化による影響が大きいんだろう。 地面タイプが付加され、マッドショットという強力な技を使えるようになった。 それに、脚も手のように伸びて、手と同じように使えるようになった。 レキも自信を持てるようになって、その自信に支えられて、こうして力強さを発揮してるんだろう。 オレが見る限り、その自信は堅牢で、とても破れそうにない。 タイプによる相性論がなければ、レキはラッシーと互角に戦えるのかも。さすがに試そうという気はしないけど。 砂漠に来てからの正確な時間は分からない。 時計代わりのポケナビはラッシーたちの場所に残してきたから。 でも、まだ一時間は経っていないはずだ。 ウィノさんは、一時間ほどで着くと言っていた。 冒険者らしくないけど、一人の人間としてなら、その言葉は信じるに値するものだ。 どうせまだ到着できないのなら、今のうちに話でもしてみよう。 塔に入れば、たぶんそんなことはできなくなる。 「ウィノさん。幻影の塔って、どんな形の塔なんですか?」 オレは吹き荒れる砂嵐に負けないよう、声を張り上げた。 自分の声なのにくぐもって聞こえる。 本当に相手に伝わるのかどうか不安だったけど、ウィノさんにはちゃんと届いたようだ。 同じように声を張り上げ、言葉を返してきた。 「別に変わった形の塔じゃない。 スキャニングした限りだと、材質は岩か……それに似たレンガのようなものでできているみたいだ。 内部をサーチしようと思ったら、塔が消えてしまってね。 中がどうなっているのかまでは分からないんだが、その方が冒険心をくすぐられる気がして、憎めない演出だと思ったよ」 「なるほど……」 つまり、訊くだけムダだったらしい。 確かに『入ってからのお楽しみ♪』だったら、冒険心をくすぐられるのは分かるんだけど…… やっぱり、分かってる方がムダのない動きができて、現実的だと思うんだけどなあ。 口にすると『夢がないッ!!』って猛烈なツッコミを入れられそうだったんで、さすがに言えなかったんだけど。 それが吉と出るか凶と出るか……どっちでもいいや。 楽しけりゃそれでいいし。 あー、なんか投げやりになってるな。 この人についてってると、考え方までどっかいい加減になっちゃいそう。 これが『良い加減』の方だったら良かったんだけど……期待薄だな。 頭ん中で一人漫才を続けながら歩くうち、不意に前方に濃い影が現れた――ように見えた。 足を止めると、三メートル先で、ウィノさんも同じように足を止めて、砂のベールの向こうに現れた巨大な影を見上げていた。 「おお……」 ウィノさんの口から漏れるのは、歓喜とも受け取れるような声。 無意識に(だろう)、腕を広げ、天を仰ぐように掲げる。 「これが……これが幻影の塔ッ……!! ついに、ついにここまで来れた……」 感極まって泣きそうな声だったけど、本人にとっては長年の悲願が成就したような、まさに感無量の心地なんだろう。 なんとなくそう思ったんだけど……次のセリフがなければ。 「ここまで来るのに、五年もかかってしまったが……やっと……」 ずげっ。 あまりにマヌケなセリフに、オレは思わずその場でずっこけてしまった。 「マクロっ……?」 レキが声をかけてくる。 どうやら、意味が分かっていないらしいけど……いや、その方が幸せなんだろ。たぶん。 五年もかかったのか……ここまで来るのに。 ウィノさんの家だか軍だかの科学技術の優れたところを集めれば、一週間でできそうなことなのに。 それこそツッコミを入れてやりたいところだが、ここは我慢のしどころだ。 ウィノさんが感激に浸っているところに茶々を入れて、せっかくの雰囲気をぶち壊したくない。 「いや、大丈夫だ、レキ」 オレはゆっくり立ち上がり、頭を振った。 今のは……なかったことにしよう。 何も聞いてないし、転んでもいない。一瞬頭の中が真っ白になったような気がしたのは、たぶん気のせいってことで。 よし、完結ッ!! 一通りの手続きが頭の中で完了したところで、ウィノさんの感動のシーンが終わったらしく、 「よし、乗り込もう」 ウィノさんが意を決したような声音で言い、振り返ってきた。 自信に満ちた表情。 優しさすら滲む、細めた瞳には達成感と充実感が見受けられた。 まあ、ここで満足してもらうのもいいけど、目指すものはその先にあるんだ。 それを手にしてから、存分に喜んでもらいましょう。その方が、きっといいだろうし。 オレが頷いたのを確認してから、ウィノさんはそびえる影に向かって足を踏み出した。 「……在りし日の姿を後世に伝えるもの……か。どういうものなんだろう……?」 オレは影を見上げ、ふと考えた。 ウィノさんの姿が見えなくならないうちに歩き出す。 歩きながら、考えてみた。 単純に言葉の文で考えてみれば、昔の姿が今でも見られるっていうか……その当時の姿を後世に伝える何かってところなんだろう。 ウィノさんは壁画だって言ってたけど、本当にそれだけだろうか? 確かに壁画なら、昔の姿――その当時の営みが形となって残り、後世に伝えられるだろう。 それが一番的を射ているような気がするんだけど、何か別のものもあったような…… うーん、一体なんだっただろう。 なんて考えながら歩くうち、砂のベールを抜けた。 目の前に、土色の塔がそびえていた。 To Be Continued...