ホウエン編Vo.14 火を噴くFighting Spirit フエンタウンは、エントツ山という火山――今は火山活動を停止しているらしい――の麓にある街で、温泉街として賑わっている。 石畳の純和風のメインストリートは浴衣姿の観光客で賑わっている。 通りの左右では、名物のフエンせんべいやご当地限定のキーホルダーなどを売る露天商が声を張り上げている。 まあ、どこにでもある観光名所といった雰囲気だ。 建物も和風の佇まいが色濃く残り、近代化の波も、ここまでは到達していないような、そんな印象を受けた。 素朴な雰囲気の残る、落ち着いた雰囲気の温泉街だけに、観光名所としてはホウエン地方の中でも五つ星だとか。 かくいうオレも、この街にあるジムを探して、白い石畳のメインストリートを西へと向かって歩いている。 途中で買ったフエンせんべいの袋を片手に、せんべいをぼりぼりとかじりながら。 しょうゆ味だけど、噛めば噛むほど甘さがにじみ出てくる。 せんべいというと硬いっていうイメージがあるけど、それを感じさせない程よい『硬さ』だ。 これなら名物になるのも頷ける。 一枚、また一枚と袋の中のせんべいを手に取り、口に放り込む。 街の入り口には、おおまかな地図のボードが置かれていて、それによるとフエンジムは街の西部に位置しているらしい。 ポケモンセンターもジムの近くにあるということで、ジム戦で勝利を収めてから、ポケモンセンターでゆっくり休むことにする。 なにせ、この街のポケモンセンターは温泉が引かれているっていうんだ。 それも源泉かけ流しだって言うから、これはまた健康に良さそうだ。 ジム戦を終えて、みんなと一緒に一っ風呂浴びれればいいなあ。 そのためにも、ジム戦、絶対に勝たなくちゃ。 温泉街のジムリーダーっていうと、やっぱり身体も心も健康で、ほのぼのとした雰囲気の持ち主だったりするんだろうなあ…… 頭の中で勝手に想像してみる。 温泉が好きな人に悪い人はいない。 だから、多少エネルギッシュでも、ほのぼのした雰囲気を忘れてたりはしないんだろうなあ……って具合に。 もしかしたら、キンセツジムのジムリーダーのように少々お年を召していらっしゃって、だけど性格は正反対で穏やかだったりするのかな。 なんて、ジムリーダー当人に会えば分かることなんだけど、あれこれ考えてしまう。 というのも、純和風の佇まいを見せる温泉旅館にも飽きてきたから、何か考えないと、オレ自身の雰囲気が白けちゃいそうな気がしてきたんだ。 まあ、自分勝手って言っちゃ、自分勝手なんだけど。 「…………」 街の北には、温泉の恵みを与えてくれている火山がある。 火山って言っても、今は活動してないらしいけど。 もっと上にも温泉旅館があるのかと思ったけど、見たところ登山道がちょっと整備されているだけで、 火山自体はほとんど手付かずの状態で残っているようだ。 「……火山ってことは……この街のジムリーダー、もしかして炎タイプのポケモンの使い手とか?」 火山つながりで思い出したのは、カントー地方のジムリーダーの一人。 グレン島のジムリーダーで、じいちゃんの知り合いでもあるカツラさんだ。 カツラさん、元気にしてるかなあ……? 炎タイプのポケモンを得意とするだけあって、ちょっとしたことで燃えまくってガンガン突っ走る性格の人なんだ。 歳に似合わず平気で無茶なこともするって、じいちゃんが困ったように言ってたっけ。 あの人と同じような性格の人だったら、ちょっと考えちゃうかも。 燃えてる人って嫌いじゃないけど、暑苦しいのは嫌いだ。 サトシくらいなのがちょうどいいな。 あいつも、たぶんこの街のジムをクリアーしたんだろうし。 「……絶対、負けてたまるか、あいつには……」 ギュッと拳を握る。 はじめはカツラさんのことを考えてたのに、どうしてサトシに飛ぶんだか……突飛もない考え方に、疑問符を浮かべる。 どうしてこんなにサトシのことが気になるんだろう。 やっぱ、ライバルだって認識したからだろうか。 ……どうせ、そうなんだろう。 ライバルには負けたくない。今は同じ方向を目指して歩いてるんだから。 「でも、オレにはオレのやり方がある。だから、あいつには負けない」 自分なりのやり方で、自分の土俵を拡げていけばいい。 焦れば向こうのペースにはまるだけ。 あいつがどんなポケモンをゲットしてようと、そんなのも関係ない。オレはオレの手持ちで正々堂々戦って勝利を収める。 それ以外はない。 西へ向かううち、右手に見慣れた建物が見えてきた。 「ポケモンセンターだな。じゃあ、あれがジムか……?」 メインストリートを挟んで左手に、純和風の建物がある。 パッと見たところ温泉旅館かと見紛うばかりだけど、決定的に違うところがある。 デカデカと『フエンジム』って看板が掲げられてるんだ。 あそこに、五つ目のリーグバッジを守るジムリーダーが…… ごくり。 一転、緊張してきた。 唾を飲み込んで、来るべきジム戦に気持ちを整えておく。 ぐら付いた気持ちじゃ、絶対に勝てない。 ジム戦っていうのはいつだって首の皮一枚の勝利だった。 全力でぶつかって、それでやっと初めて勝利をつかめるんだ。 いつものことだけど、それだけに気持ちが昂るんだ。 メインストリートを行く浴衣姿が、次第にトレーナーやブリーダーに取って代わっていく。 ポケモンセンターの近くには、観光客も用はないってことだろう。 おみやげを売る店もめっきり少なくなってきた。 むしろそういった光景が、ジムがすぐ近くにあるという気にさせてくれる。 トレーナーとしての立場で考えれば、それは好ましいことだ。 「さあて、いっちょ行きますかっ!!」 ジムの前で、オレは足を止めた。 木造建築のジムの壁は元の色が分からなくなるくらいくすんでいて、年季を感じさせる佇まい。 雰囲気も重厚で、ずいぶん昔からここでジムをやってるってことが分かる。 純和風ということでインターホンはなく、オレは玄関の引き戸を開けて、大きく息を吸った。 「ごめんくださーい、ジム戦しに来ました!! ジムリーダーはいらっしゃいますか〜!?」 ずいぶんと長い廊下の先まで届くように声を張り上げる。 外が外なら中も中。 和風な雰囲気が漂い、まるでお寺だか神社に来たような気持ちになるけど、ここはジムだ。 そんな大層な場所じゃない。 オレの声は長い廊下の奥に吸い込まれ―― 「…………」 返事がない。 ジムリーダーは留守なんだろうか? その割には、玄関の鍵もかけないなんて、ずいぶんと無用心だ。 まあ、ジムに泥棒に入ろうなんて身の程知らずなヤツもいないだろうけど。 ジムリーダーが使うポケモンは二種類に分類される。 ジム戦にはジム戦用に鍛えたポケモン。 他のバトル――プライベートでは、自分が好きなポケモン。 この二つがかぶることが多いらしいけど、親父はジム戦用とプライベートのポケモンをちゃんと使い分けているんだってさ。 「公私混同はしない」 ……っていうのが親父の弁だそうで。 まあ、どっちでもいいんじゃないかっていうのがオレの本音だ。 ジム戦って、挑戦者がジムリーダーと戦い、ジムリーダーがその実力を認めた相手にリーグバッジを与える場なんだから。 極端な言い方をすれば…… どんなポケモンを使っても、ジムリーダーが認めればそれでいいっていうだけの話だ。 それはさておき。 返事がないばかりか、人っ子一人見当たらない。 玄関をくぐり、中に入ってみる。 挑戦者なんだから、これくらいはしたってオッケーだろ。 そう思いつつ、下駄箱の上に活けられた花に目をやる。 生憎と花には詳しくないんでどんな花なのかも分からないけど、真っ赤な花びらが、まるで燃える情熱を表しているように見える。 活け花の奥には、竜虎の激突を描いたらしい掛け軸。 本気で和風だ。 ジムリーダーも、エリカさんみたいに和風な雰囲気を持つ人なのかも。 そう思っていると…… 「おっ、挑戦者やなっ!?」 なにやら元気な声が廊下の向こうから聞こえてきた。 身体ごと振り向くと、ジーパン姿の少女がゆっくりと歩いてくるのが見えた。 腰にはモンスターボールを差している。 「……まさか、この人がジムリーダー……?」 和風どころの話じゃない。 ジーパンなんて洋風だし。 赤い髪を後ろに束ねつつも、束ねたところから先は花のように広がっている。 スプレーで固めたか、クセっ毛なのか。 どっちにしても普通の髪型じゃない。 きりりとした瞳が印象的な少女だ。どことなく気の強そうな印象も受ける。 「あんさんが挑戦者やな!?」 やってくるなりいきなり人差し指を突きつけてきて、挑発的とも受け取れるような高圧的な口調で言葉をぶつけてきた。 一瞬その雰囲気に気圧されそうになったけど、すぐに理解した。 「この人がジムリーダーだ……」って。 向こうから名乗りを上げたわけでもないのに、直感で悟ったんだ。 この勢いある雰囲気、気の強さ……ジムリーダーとして必要な『強さ』の一環を細身の中に宿している。 カスミがもう少し大人になったら、たぶん彼女のようになるんだろう。 なんとなくだけど、そんなことを思った。 本人に知られたら、殴られるんだろうなあ…… オレが何を思っているのかなど知ってか知らずか、 「なあ、あんさん。挑戦者なんやろ?」 オレがビックリしたと思ったらしく、語気がいきなり弱まる。 いきなり驚かしすぎたか……かすかに曇ったその表情が物語っている。 まあ、それはともかく…… 「そうだけど……あの、君がジムリーダー?」 「そうやで。フエンジムのジムリーダー、燃えろいい女アスナっちゅーのは、あたいのことや!!」 問いかけると、彼女は腰に手を当て、胸を張り、声を上げた。 年の頃は十代後半……オレよりも五つは年上だろうか。 トレーナーとしてのキャリアは、言うまでもなく彼女の方が長い。 若くしてジムリーダーに就任したんだから、その実力と才能は並のトレーナーとは比較にならないだろう。 何を言ってるのかはよく分かんないけど、彼女がジムリーダーなら話が早い。 こんないきなりテンション高いのがジムリーダーじゃなかった、なんてことになったら、それこそやる気が萎えてきそう。 「おっしゃーっ!! バトルフィールドに案内したるわ!! ついて来ぃ!!」 拳を突き上げながら宣言し、アスナはくるりと背を向けて歩き出した。 「……なんで関西弁なんだ?」 つまんないことを疑問に思いつつも、オレは彼女の後について行った。 彼女が靴を履いているところからして、土足で上がり込んでもいいということなんだろう。 「……向こうでルール説明すんのも面倒やから、歩きながら説明させてもらうわ。ええやろ?」 「はあ……」 これから始まるバトルにウキウキしているのか、アスナは大振りな動作で歩いていく。 なんていうか、めっちゃ体育会系の性格だったりして。 見た目こそ歳相応で、美少女と呼べないこともないだろう。 いや、その気になればお年頃の男をじゃんじゃん釣り上げることができる。 そっち系にはあんまり興味がなさそうだけど。 ポケモンバトルが生きがい、みたいな雰囲気が背中から立ち昇ってるように思えるのは気のせいか? ジムリーダーなんだからポケモンバトルが大好きなのは当然のことだけどさ。 あー、なんていうか…… いきなり熱すぎて、熱気に中てられそうっていうか……ハイテンションすぎる相手は苦手なんだよ。 カツラさんは知り合いだったから、今さらハイテンションになられても別に困らないんだけど、初対面の相手だと、やっぱり驚いちまう。 でも、ここで相手のテンションに負けちゃいられない。 それを上回るテンションでバトルに応じて、勝利を収めるのだッ!! 胸中で闘志の炎を燃やしていると、アスナは本気で歩きながらルールの説明を始めた。 「バトルは三対三のシングルバトルや。 勝ち抜き方式で、挑戦者だけにポケモンチェンジが認められとる。 審判の人は明後日まで休暇取っとるから、審判は抜きでやらしてもらうけど……ええやろ?」 フィールドに着いたら、速攻でバトルを始めるつもりらしい。 その方が早くて、こっちも助かるんだけどな。 「ああ、別に構わない」 審判がいようがいまいが、正直なところどっちでもいい。 いなければバトルができないなんて規定があるわけじゃないんだから。 「ところで名前、まだ聞いとらんかったな」 「アカツキ。カントー地方のマサラタウンから来た」 「へぇ〜。他の地方からわざわざ来たんか。こりゃ、期待できるわなぁ……」 名乗ると、アスナの肩がかすかに震えた。 他の地方から来たということで、多少は驚いているらしい。 でも、それ以上に他の地方のポケモンと対戦できるということで、楽しみにしてるんだろう。 言葉の節々から、喜びに似た感情が滲み出している。 隠せないくらいに楽しみにしてるってことか。 だったら、その期待に応えてやろうじゃないか。 んでもって、リーグバッジをいただいてやる。 長い廊下の角を曲がり、すぐに差し掛かったT字路をさらに左に曲がり―― アスナが扉を押し開いた先に、バトルフィールドが待ち構えていた。 屋外か…… 庭にしては広い敷地の中央に、バトルフィールドが鎮座している。 塀に囲まれた約五十メートル四方の敷地には草一本生えておらず、地面がむき出し。 無骨な印象を受けるけど、バトルフィールドとしてはシンプルでいいかもしれない。 「ここが、フエンジム自慢のバトルフィールドや!!」 アスナが声を張り上げて自慢する。 その割には目立った設備とかもないし、仕掛けが施されている様子もない。 シンプル・イズ・ベストだって思っているらしい。 「ほな、さっそくバトルを始めるでぇ〜!!」 イエスであれノーであれ、オレが答えるのを待たずして、アスナは揚々と奥のスポット目がけて駆け出した。 元気ハツラツなのはいいとして…… これじゃあ、ついて行く男の方が先に音を上げてしまうな。 もしもオレが彼女と付き合うなんて話になった日には、ショッピングにポケモンバトルにと散々付き合わされて、バテてしまうに違いない。 当人が自分の元気の良さ――『良すぎさ』にどこまで気づいているかってところだな。 オレとアスナがそれぞれのスポットについたのはほぼ同時だった。 いよいよバトルだ。 オレを見つめるアスナの瞳はギラギラと輝き、口元に浮かんでいるのは不敵な笑み。 自身の勝利を信じて疑わない、絶対の自信をのぞかせた笑みだ。 「ほな、あたいのポケモン、見せたるわっ!! 出て来ぃ、マグカルゴ!!」 アスナは叫ぶように言い放ち、フィールドにモンスターボールを投げ入れた!! 飛び出してきたのはマグカルゴ。 「ごぉぉ……」 低い声を上げ、マグカルゴはこちらを威嚇してきた。 岩のような殻を背負った炎のカタツムリ、という言葉がピッタリな外見の持ち主で、言うまでもなく炎タイプの持ち主。 ついでに岩タイプも持ってるけど、メインは強烈な炎タイプの技だ。 となると…… ここのジムは炎タイプを専門に扱ってるってことだな。 間違ってもラッシーやロータスは出せない。 炎タイプの技は威力が強くて、扱いやすいものが揃ってるんだ。 ジムリーダーは、それぞれのタイプのエキスパートでもある。状況に合わせて、炎タイプの技を使い分けてくるだろう。 攻撃範囲が広く、威力も高めで安定した火炎放射と、攻撃範囲は劣るけど威力なら火炎放射を上回るオーバーヒート。 ……といった具合に、確実に倒せると判断したら、一気呵成に攻め込んでくるだろう。 付け入る隙を与えないことが大切なんだ。 そのためにも、炎タイプの技で受けるダメージを可能な限り減らさなければならない。 いかにダメージを受けずに相手のポケモンを倒せるか……今回のバトルのカギになりそうだ。 「ほら!! あんさんもポケモン出しぃや!!」 頭ん中で考えをめぐらせていると、アスナの叱咤が飛んできた。 早くバトルがしたくてウズウズしているんだ。 だったら…… オレはモンスターボールを手に取り、フィールドに投げ入れた。 「レキ、君の出番だっ!!」 フィールドに飛び込んで、ワンバウンドしたボールが口を開き、中からレキが飛び出してきた!! 「マクロっ!!」 前脚をバタバタと動かすレキ。 ボールの中は退屈だと言わんばかりだけど、その背中からはやる気がオーラのように立ち昇っている。 最近はいろいろと活躍して、実力にも磨きがかかっているんだ。 自分に自信が持てて、より積極的に頑張りたいと思ってるんだろう。 とってもいいことだから、何も言うつもりはないけれど。 「へぇ〜。セオリー通りで行くんやな。ま、ええけど」 水、地面タイプと、マグカルゴにとっては最悪と言ってもいいタイプのレキが出てきたにもかかわらず、アスナは不敵な笑みを崩さなかった。 相性が最悪でも勝てる自信があるってことか。 まあ、それくらい強気な性格でもなければ、女身ひとつでジムを守り立てていくことはできないだろう。 一番手で、なおかつレキにとっては最高に相性の良い相手だとしても、油断はできないってことか。 水鉄砲で一気に倒せば、余計な心配もせずに済むだろう。 ポケモンバトルは相性がすべてじゃない!! アスナはたぶんそう言いたいんだろうけど……確かにすべてじゃない。 でも、何割かは相性だ。 今回は……たぶんその何割かに憂き目を見ることになるぜ。 「ほな、始めよっか!! どこからでもかかって来ぃっ!!」 アスナは手で『かかってこい』というポーズを取ってみせた。 挑発のつもりか……? ずいぶんと安っぽいやり口だ。 今時こんな挑発に引っかかるのはサトシのように猪突猛進タイプのヤツだけ……って言いたいトコだけど。 今回は思い切って飛び込んでやるぜ。 それを『引っかかる』って言うのは絶対違うと思うけど。 「レキ、水鉄砲!!」 先手必勝!! しかも相性が有利なんだから、強気で攻め込んだっていい。 相性っていう勢いを借りて、一気に押し切るくらいの気持ちでやらなきゃ!! オレの指示に、レキは口を大きく開いて、水鉄砲を撃ち出した!! マグカルゴは動きが鈍く、十数メートル程度の距離なら、ほぼ確実に当たるはずだ。 「ふふん、やっぱり水鉄砲で来よったなッ!?」 アスナの口元が笑みに吊り上がる。 「マグカルゴ、転がる攻撃や!!」 レキを指差し、マグカルゴに指示!! 転がる攻撃か……なるほど、上手な使い方をする……シャクだけど、感心するしかない。 水鉄砲が直撃する寸前、マグカルゴは炎の身体を岩の殻に収めて、レキ目がけて転がり出した!! スピードはそれほどじゃないけれど、この技の特性は、使い続ければ続けるほどスピードが上がる。 もともとのスピードが大したものでなくても、転がっている間はスピードが上がり続けるんだ。 その上―― じゃじゃじゃじゃぁっ!! マグカルゴを打ち据えるはずだった水鉄砲も、あっさりと吹き散らされてしまう。 転がる攻撃は、攻守一体のややこしい技なんだ。 でも、破る術はある。 「レキ、避けろ!!」 「マクロっ!!」 やたらと重そうな音を立てて転がってくるマグカルゴ。 レキは指示通り、闘牛を軽やかに避わす闘牛士のような軽いフットワークで、あっさりとマグカルゴの突進から逃れた。 マグカルゴはレキの脇を通り過ぎると、フィールドの端でターンし―― 「火炎放射や!!」 ……って、いきなり転がる攻撃を解除したッ!? あまりに意外な指示に、オレは面食らった。 マグカルゴは意外なほどのスピードで殻から炎の身体を出すと、火炎放射を放ってきた!! 扇のような攻撃範囲を持つ火炎放射の威力は炎タイプの技の中でも高めだ。 動きが鈍い代わりに、攻撃力は高いってことか。 でも、転がる攻撃でその鈍さを打ち消せるんだから、なかなかよく育てられてるってことさ。 「水鉄砲!!」 再びレキが水鉄砲を放つ!! 火炎放射と水鉄砲が真っ向からぶつかり合う!! 火炎放射をかなり押し分けて進んだんだけど、強烈な炎を浴び続けた水鉄砲は水蒸気となって立ち消える!! 残った火炎放射がレキに迫る!! 単純な攻撃量なら向こうの方が上か。 水鉄砲を当てられさえすれば簡単に勝てるとばかり思ってたけど……それは間違いだったみたいだ。 攻撃で防御を補い、技でスピードを補う……攻撃的に見えて、実は欠点をちゃんと補う育て方をしてるんだ。 若いとはいえ、ジムリーダーはジムリーダーってことか。 「レキ、穴を掘れ!!」 水タイプで火炎放射のダメージが軽減されるって言っても、まともに食らうとかなりのダメージを受けるだろう。 最終進化形まで進化すれば、それなりに体力的にも磨きがかかるから、相性の悪い一撃なら食らったって平気なんだろうけど…… さすがに、今の状態で火炎放射を食らうのはキツイ。 レキはオレの指示に迅速に応え、地面に穴を掘って、その中に姿を晦ました!! 刹那、穴の真上を火炎放射が通り過ぎる!! 「ちっ……なかなかやるやん……」 アスナが舌打ちする。 穴を掘るで逃げの一手を打たれるとは思ってなかったんだろう。 いや、それ以上に、好戦的で笑みを浮かべてた表情に翳りが差している。 穴を掘って火炎放射をやり過ごし、思いもしなかったところから攻撃を加える……それが穴を掘る技の厄介なところだ。 レキは地面タイプだから、穴を掘る技を使うことができる。 地中から攻撃してマグカルゴを宙に投げ出すことができれば、マグカルゴは着地するまで、転がる攻撃を使うことができない。 炎の身体を守ろうと岩の殻に逃げ込んでも、レキの水鉄砲で岩の殻を攻撃してダメージを与えることができる。 弱点は裏返すと利点に早代わりするって言うけど、その逆もある。 転がる攻撃さえ使えなくなれば、スピードは元に戻るし、防御もできなくなる。 さて…… 問題は、どのタイミングで攻撃するか。 あんまり長引かせすぎても、レキの方が辛くなるだけだろう。 アスナだって黙っちゃいないだろうし。 かといっていきなり攻撃したって、アスナも警戒しているだろう。 それより、どの角度から攻撃するか。 真下は一番警戒されるだろう。 炎タイプのポケモンのエキスパートなら、弱点となる地面タイプの技に対する対処法をちゃんと心得ているだろう。 なら、弱点を突かれたところで、それだけで倒されないような育て方をし、対策も立てていると見るべきだ。 こういう時は…… 「…………」 効果的と思える方法を思いついたけど、それをレキに伝えることはできない。 致命的なミスに行き当たって、オレは息を飲んだ。 マグカルゴを填められる作戦があっても、レキにそれを伝えられなければ意味がない。 それに、無理に伝えようと言葉に出したなら、アスナにも伝わって、台無しになってしまうかもしれない。 「……つまり、オレの意思を、レキがどんだけ汲み取ってくれてるか、ってことなんだ……」 トレーナーとポケモンの間の絆を試されてるような気がしてきた。 「あー、どっから来るんや!! はっきりせえっ!!」 たかだか十秒ちょっとだっていうのに、痺れを切らしたんだろう。 アスナが顔を怒気に染めて抗議してくる。 ちょっと攻撃してこないからって言って、まさかいきなり戦意喪失と見なす、なんていう暴挙に出てくることはないと思うけど。 でも、あんまり怒らせるのもまずいだろう。 オレの考えている作戦に必要な時間だけ待ってから、レキに指示を出すか。 それまでアスナをヤキモキさせて、冷静さを欠かせておくのもいいだろうし。 案の定、彼女はひっきりなしに右に左に、下に上にと視線を巡らせて、レキがどこから出てくるのか、必死に探っているようだった。 反面、マグカルゴは落ち着いている。 焦っても仕方ないよ……と、トレーナーを諌めているかのようだ。 ポケモンはトレーナーに似るなんて言葉があるけれど、このマグカルゴは冷静な性格の持ち主らしい。 トレーナーの方がカッカしやすいみたいだな。 「早ぅ(はよう)せい!! あたいは待つの嫌いなんや!!」 いや、そんなこと言われても…… ジムリーダーにあるまじき身勝手な発言に、こっちも声を大にして言葉を返すわけにもいかず、オレは肩をすくめた。 なにも、真正面からガチンコ勝負するだけがバトルじゃない。 こうやって心理戦を仕掛けるのも、当然、戦略の一つとして存在しているんだ。 別に卑怯なことでもなんでもない。 責められるいわれはない――って理路整然と告げたなら、彼女はきっと顔を真っ赤にして、烈火のごとく罵声を浴びせてくるんだろう。 「ううううっ……」 アスナは歯をぐっと食いしばりながら、犬の威嚇の鳴き声のような唸りを上げた。 待つのが嫌いっていうのもあるんだろうけど、やっぱり心理的なプレッシャーが効いてきているみたいだ。 若いだけあって、そういうのにはすぐに心を乱される。 オレもそうだけど、やっぱり鷹揚に構えてられるようなトレーナーになりたいって思うよ。 ちょっとした動揺がポケモンに伝わって、思うように戦えなくなってしまうことがあるんだ。 もっとも、アスナのマグカルゴには無縁なのかもしれないけど。 レキが穴に潜ってから約一分。 オレがレキに伝えようとした作戦を実行するなら、そろそろ頃合だ。 試しに、指示を出してみようか。地中からなら、どんな形であってもマグカルゴの不意を突くことはできる。 「レキ、飛び出せ!!」 「んんっ!?」 オレの指示に、アスナが視線を足元に落とした。 飛び出せって言うんだから、当然足元から攻撃が来ると思ってたんだろう。 確かにそれはそうだけど…… オレにも、レキがどこから飛び出してくるのかは分からない。どこから飛び出してもすぐに攻撃できるとは思うけど。 がしゃぁっ!! 派手な破砕音と共にレキが現れたのは―― 「なっ、前やてぇっ!?」 「水鉄砲!!」 アスナが素っ頓狂な声を上げるのと同時に、オレの指示が飛んだ。 マグカルゴの真ん前に現れたレキが口を大きく開き、驚愕するマグカルゴの炎の身体目がけて、渾身の水鉄砲を放った!! 至近距離、しかも不意を突かれて、避ける術があるはずもない。 ばしゃぁぁぁぁっ!! マグカルゴの顔面に水鉄砲が炸裂!! その勢いに圧され、じりじりと後退するマグカルゴ。 オレの考えていた作戦とは違うけど、これもまたマグカルゴに効果的なダメージを与えることに成功したから、結果オーライだ。 それも、水鉄砲ならマッドショットよりもダメージを多く与えられる。 「マグカルゴ、負けたらあかんでぇ!! 火炎放射やーっ!!」 アスナの指示が飛ぶ。 きっ!! マグカルゴの黄色い瞳が見開かれる!! まさか、水鉄砲を食らいながらも怯まずに、火炎放射で返してこようっていうのか……!? 不安というのはくだらないくらいよく当たるもので、マグカルゴは負けじと火炎放射を放ってきた!! これまた至近距離で放たれた火炎放射から逃れる方法はなく。 ぼぉぉぉっ!! 炎の津波がレキを飲み込んだ!! 「レキ!!」 これはヤバイ。 マグカルゴは冷静で、それでいてタフなんだな。 水鉄砲を食らっても反撃できるだけのパワーがあるなんて。 さすがはジムリーダーのポケモン……というべきか。 でも、感心してばかりもいられない。 向こうにそれだけの根性と馬力があるって言うんなら、こっちだって負けちゃいない!! こうなったらガチンコ勝負を制してやる!! 「レキ、負けるな!! 必殺のマッドショットで決めてやれ!!」 「無駄や!! あたいのマグカルゴの炎に耐えられたポケモンなんておらへん!!」 オレの指示を、アスナがせせら笑う。 それだけマグカルゴの火炎放射の威力に自信があるってことなんだろう。 それが何だって言うんだ。 レキはマグカルゴに負けたりしないさ。 トレーナーであるオレがレキのことを信じなきゃ、誰がレキのことを信じるっていうんだ。 その時だった。 ばがぁぁっ!! 凄まじい音がして、レキを飲み込んだ炎の津波が爆ぜ割れた。 そこには、それこそ凄まじい光景が広がっていた。 「な、なんやて!?」 アスナの驚愕の叫びがフィールドを駆け抜ける。 まるで、この光景に彩りを添えるかのごとく。 レキのマッドショットが、マグカルゴの岩の殻を砕き、炎の身体を晒し出したんだ。 マグカルゴにかなりのダメージを与えられたみたいだけど、レキの方も、火炎放射で同じくらいのダメージを受けている。 長期戦は危険――ならば、次の一撃で決める!! そんな腹積もりは向こうも同じで、 「水鉄砲!!」 「火炎放射!!」 オレとアスナの指示が同時に飛んだ。 ……と、互いの指示が飛んだ直後、アスナの口元にかすかな笑みが浮かぶ。 水鉄砲と火炎放射なら、威力だけで言えば火炎放射の方が上。 打ち負けることはないと確信しているんだろう。 確かにその考えは間違っちゃいない。 ただし、普通に考えたら……の話だ。 オレだってそれくらい最初(ハナ)っから承知した上で、水鉄砲を指示したんだ。 負けるつもりなんて、それこそこれっぽっちも存在してないってことさ!! レキとマグカルゴが、それぞれの得意技を放つ!! それを見たアスナの表情が、再び驚愕する。 先ほどの倍以上の威力を秘めた水鉄砲が、激突した火炎放射を吹き散らしながらマグカルゴに突き進む光景を目の当たりにして。 「な、なんやて!? 能力アップの技なんか使っとらんかったはずやで!?」 そうやって叫んでいる間に、水鉄砲が火炎放射を押し切って、マグカルゴにクリーンヒット!! たまらず吹っ飛ばされて、それきり動かなくなる。 水鉄砲を一発耐えただけでも十分にすごいぞ、このマグカルゴ。 オレは倒れたマグカルゴに密かに賞賛を贈った。 ジム戦用に育てられた割には、プライベートなポケモンにも匹敵するほどの能力を持っている。 「くぅぅぅっ……!!」 アスナは倒れたマグカルゴを見やり、 「戻るんや、マグカルゴ!!」 戦闘不能と判断して、モンスターボールに戻した。 よし、これで一体。 レキの消耗もかなりのものだけど、発動した特性『激流』を考えると、このまま戦ってもらうのがベストだ。 威力的には下位の水鉄砲が、マグカルゴの火炎放射を上回った理由は、レキの体力が減少したことで特性の『激流』が発動したからなんだ。 普段はまったく発動しない特性だけど、ピンチに陥った時に一発逆転のチャンスを与えてくれる。 水タイプの技の威力を倍近くに引き上げる効果があるんだ。 だから、威力的には上位の火炎放射を凌駕するほどにまで引き上げられた。 それだけのことだけど、レキの体力が減少してるってことが痛いな。 「レキ、行けるか?」 オレはこちら側に戻ってきたレキに問いかけた。 「マクロっ」 レキはいつもと同じで元気に頷いてくれた。 結構なダメージを受けてるはずなんだけど、それを苦にはしていないみたいだ。 レキらしいといえば、そうなんだろうな…… 「ふーん……なかなかやるやん。 あたいのマグカルゴをこうやって倒したんは、あんたが初めてや」 「そりゃどーも」 素直な誉め言葉とも思えなくて、オレは素っ気なく返した。 アスナは鼻で笑い、 「でも、次のポケモンは簡単には倒されへんで!! 来ぃ、バクーダ!!」 次のポケモンが入ったモンスターボールをフィールドに投げ入れた。 バクーダ……聞いたことのないポケモンだな……放物線を描いて地面に落ちるボールに目をやる。 ワンバウンドしたと同時に口を開き、中からポケモンが飛び出してきた!! 「バクゥゥゥゥダッ!!」 名前どおりの鳴き声を上げたのは、赤いラクダを思わせるポケモンだった。 これがバクーダか。 ホウエン地方に棲息するポケモンだと思って、オレはすかさず図鑑を取り出して、センサーをバクーダに向けた。 ピピッと電子音がして、液晶にその姿が映し出される。 「バクーダ。ふんかポケモン。 怒りっぽい性格で、本気で怒ると灼熱のマグマを背中のコブから噴き上げる。火山の火口に棲むと言われている」 「なるほど……」 何から何までピッタリな説明だと思わずにはいられなかった。 不機嫌そうな表情で、目尻なんて十時十分に吊り上がっている。 説明から察するに、たぶんこれが平素なんだろう。 背中には岩のような色と見た目のコブが二つ並んでいて、脇腹には青い輪っかが三つ。 まるで子供の落書きか何かと見間違いそうになるけど、これも身体の特徴なんだろう。 タイプは……炎と地面……!? 単純に考えれば、さっきのマグカルゴと大して変わらないじゃないか。 水タイプが最大の弱点で、レキとは相性が悪い。 その上、動きが素早いとも思えないし。 「……それを分かってて出してきたってことなんだろ」 それだけは確かだ。 最後の一体を切り札として温存しておきたいから、相性が最悪なポケモンを先に出してレキを倒そうとしているのか…… いや、それは違う。 このバクーダで勝負を挑んできたってことは……考えてみればすぐに分かる。 相性が不利でも、レキを倒せると確信しているからだ。 オレよりもアスナよりも身長のあるバクーダ。パワーの面で言えば、マグカルゴを上回っているのは間違いない。 消耗しているレキに、一度でも攻撃を当てさせるわけにはいかない。 どうにかして、水鉄砲を連続で叩き込んで一気に倒さないと…… 「ほな、今度はこっちから行かせてもらうでぇ〜!!」 策をめぐらせているところに大声で割り込んできて、 「バクーダ、地震やぁっ!!」 バクーダに指示を出した!! ……って、地震!? まずい、って思うよりも早く、オレはレキに指示を出していた。 「水鉄砲!!」 レキは突然の指示に慌てつつも、バクーダ目がけて水鉄砲を発射する!! 地震は避けようと思って避けられるものじゃない。 ならば、ダメージ覚悟で、最大の弱点である水鉄砲をぶつけてやる。 迫る水鉄砲を恐れることなく、バクーダは鋭い眼差しをそのままに、なにやら重たそうに前脚を振り上げ―― そのまま体重を生かして振り下ろす!! ごぅんっ!! 前脚が地面に触れた瞬間、地面が脈打った!! かと思えば、凄まじい衝撃が地面を伝ってフィールドを駆け抜けていく!! 「くっ……!!」 足腰に力を入れて、しっかり踏ん張っていないと、あっという間に転んでしまいそうだ。 それはアスナも同じようで、歯を食いしばって踏ん張っている。 ……と、地震の影響を受けない水鉄砲が、バクーダの顔面にクリーンヒット!! 「ばくぅぅっ!!」 悲鳴をあげ、仰け反るバクーダ。 最大の弱点だけあって、ダメージはかなり受けたらしい。 でも…… 「マクロっ!?」 水鉄砲を発射していたレキは踏ん張ることができずに、衝撃に打たれて宙に投げ出された!! 耐えられるか…… これで耐えられたら、追撃の水鉄砲を放ってバクーダを撃沈できるが…… 「クロぉぉ……」 地面に落ちたレキは目を回して、仰向けに倒れてしまった。 「…………無理っぽいな」 全力投球の火炎放射を受けても戦えたんだから、出来は上々だろう。 「レキ、戻れ!!」 オレはレキをモンスターボールに戻した。 「よくやってくれたな。ゆっくり休んでてくれよ」 精一杯戦ったレキに労いの言葉をかけて、モンスターボールを腰に戻す。 「これで同じ(イーブン)やな」 アスナが鼻を鳴らした。 確かに数の上では二対二……でも、バクーダは水鉄砲のダメージを受けている。 激流によって強化された水鉄砲は、ハイドロポンプに匹敵するだけの威力を持っている。 それを考えれば、イーブンとは言えないと思うんだけど…… 見る限り、満身創痍という風でもない。 それでも、かなりのダメージを受けているのは間違いないんだ。 攻め方さえ間違えなければ、バクーダをすぐにでも倒すことができる。 とはいえ…… オレはレキのモンスターボールにそっと触れた。 「レキが戦闘不能になっちまったのは、痛いな……」 アスナの炎タイプのポケモンに対して攻撃、防御面でも優位に立てるのはレキだけだ。 ラズリーとルースは、防御面こそ優位に立てても、攻撃面では決め手に欠ける。 ラズリーとルースなら、ラズリーの方が物理攻撃の威力が高いことを考慮すれば、ラズリーの方が優位だけど…… ラッシーとロータスは論外だ。 炎タイプの技を食らったら、それだけで戦闘不能になりかねない。攻撃面でも、相手に効果的な技が揃っていない。 ならばいっそ有利でも不利でもないリーベルを出すか……とも、一瞬は考えたけど。 ここはひとつ、試してみるか。 ラズリーが使えそうな技で、必殺コンボを組み立ててみたんだ。 それが実戦で通用するものであるかどうか。 ジム戦で試して、通用するのであれば、これはホウエンリーグでも通用するはずだ。 リスクは結構高いけど、物理攻撃力の高さを活かして、炎タイプ以外の技で相手を攻撃すれば、互角以上に戦えるだろう。 それに、防御面でも、炎タイプの技を受けてもダメージはゼロ。 特性『もらい火』を考えるなら、『激流』と同じ効果を持つ『猛火』のルースよりは安定していると言える。 よし……やってみよう。 「ん……? 何か思いついたような顔やね。まあ、ええわ。どんなポケモンが出てきおったって、あたいのバクーダが蹴散らしたる!!」 「できるもんならやってみな。行け、ラズリー!!」 アスナの挑発に、同じく挑発的に言葉を返し、オレはモンスターボールを投げ入れた!! 放物線の頂点でボールが口を開き、中から飛び出してくるラズリー!! 「ブーっ……!!」 低く構え、唸り声を上げる。 身体が何倍も大きいバクーダを前にしても、怖気付く様子もなければ、一歩も退かない。 これが旅立つ前と同じ性格だったりしたら……戦う前にシッポを丸めて逃げ出してたな。 ラズリーはシッポをピンと立てて、バクーダとの対決ムードに入っている。 臆病な性格から、勇敢な性格へ。 思わぬアクシデントではあったけど、進化がキッカケで積極的になってくれたのは大いに歓迎すべきところだ。 「へぇ〜、炎タイプで挑んでくるなんて、思っとらんかったわ。 あんた、意外と度胸あんのやな。 でも、どういう意味か、分かっとるん? あたいは炎タイプのポケモンのエキスパートやで?」 「だから? なんだって言うんだ?」 「まあ、ええわ」 あからさまな挑発が通用しないと見て取って、アスナはガッカリしたように言うと、肩をすくめた。 そんな安っぽい挑発、今時誰も引っかかりやしないって。 サトシとか……あーいう熱血系なら話は別だけど。 「バクーダ、突進や!!」 なるほど、熱血系は話が早い。 アスナの指示に、バクーダが地面を蹴って突進してきた!! 炎タイプの技がラズリーには通用しないと分かってるからこそ、物理系の攻撃しか仕掛けてこない。 だったら地震の方が手っ取り早いはずだけど、地震はジャンプで避わされる恐れがある。 攻撃中は隙だらけになってしまうから、ラズリーのシャドーボールで一撃くれてやることができる。 だから突進だ。 さすがに、炎タイプのポケモンのエキスパートを名乗るだけのことはある。 熱血系とは思えないくらい慎重だ。 でも、そうやって慎重になる方が、こっちには好都合。 より大胆に攻めることができる。 「ラズリー、ギリギリまで引きつけてから、アイアンテール!!」 こっちから攻めていけば、下手をするとアスナの術中にはまる恐れがある。 だから、なるべく引きつけてから、強烈なアイアンテールを食らわしてやる。 相手の勢いを利用すれば、さほど力を使わずとも、威力の高い攻撃を生み出すことができる。 たとえが悪いけど、車の正面衝突では、お互いが四十キロ程度の速度で衝突しても、車はぐしゃぐしゃにひしゃげてしまう。 それくらいのインパクトを生み出すのは、スピードと物体の重量。 バクーダの勢いを利用して、アイアンテールで大ダメージを与える。 それで倒れてくれれば良し。 倒れてくれなければ、シャドーボールで追撃の一撃を食らわすだけだ。 勢いに乗って、スピードを上げて突進してくるバクーダ。 俊敏なラズリーなら、タイミングを計るのは造作もない。 見計らったように斜め前に飛び出した!! 「……!?」 突然の行動に間合いを狂わされ、バクーダの表情がかすかに変わる。 それでも勢いを止めることはできず、そのまま走り続ける。 刹那―― 「ブーっ!!」 ラズリーが裂帛の気合と共に身体を横に回転させ、一時的に鋼鉄の硬度を得たシッポでバクーダの脇腹を薙ぎ払う!! 「ぐるぉぉぉぉっ!!」 アイアンテールの一撃を食らい、バクーダが悲鳴を上げながら横転する!! タンクローリーが横倒しになる光景をミニチュアで再現したような感じだったけど、実際、転ばせただけで思った以上の効果があった。 「あーっ!! なんてことするんや!!」 アスナが非難じみた声をあげる。 というのも、バクーダがなかなか起き上がれなかったからだ。 身体が大きくて重いからと言うだけの理由じゃなく、脚が短くて、横に転んでしまうと立ち上がるのが難しいんだ。 決定的な隙を、見逃す理由はない。 「ラズリー、破壊光線で決めちまえ!!」 オレはバクーダを指差し、ラズリーに指示を出した。 今のバクーダなら、破壊光線で倒せる。 ラズリーは軽やかに着地すると、脚を広げ、腰を低く構えて、口を開いた!! 「ブーっ!!」 その口から、絶大な威力を持つ破壊光線を発射!! 「わーっ!!」 アスナの悲鳴が響き―― 逃げる隙など与えず、破壊光線がバクーダに突き刺さって大爆発!! 百キロは軽く超えるであろうバクーダの巨体が爆風で易々と宙を舞った。 「戻るんや!!」 バクーダが着地する前に、アスナがモンスターボールから捕獲光線を発射し、バクーダをボールに引き戻した。 これで二体…… 残りはアスナの切り札……ラズリーの必殺コンボは、そいつに決まることになりそうだな。 「ふう……」 早くも二体を倒され、さすがに焦りを感じているんだろう。 アスナは目線を伏せて、深々とため息を漏らした。 それを隠そうともしない。隠したって無駄だって思ってるのか…… 長い髪が顔の前に垂れて、どんな表情をしているのかは分からない。 まあ、どちらにしろ平常心を失くしているのなら、オレに有利になる。 「久しぶりや……」 「…………?」 小さく、今にも消えそうな声でつぶやき、ゆっくりと顔を上げるアスナ。 髪が顔の前から離れて―― 「久しぶりやで。ここまでやってくれたんは……」 その顔には笑み。 さっきとは全然雰囲気が違う。 不敵な笑みというよりも、燃えに燃えまくっている、悦に浸りきったような笑みだ。 これって、もしかして……嫌な予感がする。 女性に対する嫌な予感っていうのは、これが嫌ってほどよく当たったりするんだけど…… 「はーっ!! ここまでワクワクすんのは、ほんに久しぶりや!! 燃えてきたでぇぇぇぇっ!!」 ギラギラと怪しく輝く瞳。 口元に浮かんだ笑みがなんとなくコワイんですけど。 完全に燃えちゃってますよこの人。 熱血だとは思ってたけど、まさかここまでハイテンションになっちゃうとは……さすがにこれはタダモノじゃない。 バトルを楽しむっていう姿勢には共感するけど、そういう楽しみ方はちょっと…… でもまあ、アスナに残されたポケモンは一体。 オレはラズリーとあと一体が残っている。 ラズリーが無傷であることを考えると、アドバンテージはこちらにある。 ただ、ラズリーは破壊光線の反動でしばらくは思うように動けないけれど……これも、計算のうちだ。 どんなポケモンが出てこようと、その反動から脱け出すまでにラズリーを戦闘不能にすることは不可能。 それを見越した上で、オレは破壊光線を使わせたんだ。 さあ、どんなポケモンを出してくる……? 得意とする炎タイプの技は、ラズリーには効果ないんだ。 得意でない技の一撃なら、水だろうが地面だろうが岩だろうが、食らったところで戦闘不能には程遠いさ。 「ほな、あたいの切り札で行かせてもらうでぇ!!」 切り札なんぞと言いながら、アスナが最後のポケモンの入ったモンスターボールを頭上に掲げた。 炎タイプのポケモンだってことは間違いないとして……やはり、ホウエン地方に棲息するポケモンか。 「行くでぇっ!!」 アスナが裂帛の気合と共にモンスターボールをフィールドに投げ入れた!! 地面にワンバウンドした直後に口を開き、中から飛び出してきたポケモンは―― 「バクフーンっ!!」 ……バクフーン!? 種族名と同じ鳴き声をあげたのは、なんとバクフーン!! やる気満々といった表情で、鋭い視線をこちらに向けながら、背中から凄まじい炎を噴かせている。 ルースと違って、臆病な性格はしてなさそうだ。 さすがに同族を見ると、ルースと比べちゃうんだよな……こればっかりはどうしようもないか。 オスかメスかは分かんないけど、そのバクフーンを見ていると、不意にカエデのことを思い出した。 メスのバクフーンで、ミシロタウンのトレーナー・アカツキが連れていたポケモンの一体だ。 とんでもなく強くて、その上やんちゃな女の子。 ルースのことを気に入って、じゃれ付くつもりで追い回してルースを恐怖のどん底に突き落としたのが印象に残ってる。 だけど、意外と純情だったりするんだよな。 怯え切ったルースが思わず火炎放射をぶっ放しても平気な顔してるし、怒ったりもしないし…… むしろそういった態度がルースを恐怖の縁に突き落としたんだけど。 まあ、彼女と比べると、アスナのバクフーンは存在感や威圧感がそれほど感じられない。 ……ああいうバクフーンがいるってこと自体が驚きだし。 「ふふん、驚いて声も出ぇへんのか? そりゃ、そうやな。 あたいのバクフーンは強いんやで。 ホントは別のポケモンを出すべきなんやけど、そのポケモンがケガしてバトルできへんようになってしもうてなぁ。 今回は仕方なくバクフーンで……って聞いとるん?」 得意満面の笑みで自慢を始めるものの、途中でオレが全然聞いてないことに気づいて、表情が硬くなる。 「ああ……いろいろと思い出してて聞いてなかった。悪い。もっかい頼む」 「んがーっ!! 人が話するのをちゃんと聞いとけぇぇっ!! まあ、ええわ。もっかい説明したる」 火山が噴火したような叫び声をあげて頭を掻き回したかと思ったら、すぐに冷静になって自慢を始める。 目立ちたがり屋なのか……と思ってしまうよ。 「あたいのバクフーンは強いんや!! ホントはジム戦用のポケモンやないんやけど、別のポケモンがケガしてしもうて、代わりにエントリーさせたんや!! だから、あたいのバクフーンに敵はなしっ!! あんたがブースターをどんなに育てとっても、別のポケモンを出してきおったとしても!! あたいの勝利は約束されたっちゅーことや!!」 なんか好き勝手なことほざいてるし。 別に無理に聞く必要もなかったかな。 自分の勝利を確信するのは大いに結構だが、だからといってそれを言いふらす必要はないだろ。 それでオレが怖気付いて勝負を投げ出すなんてバカなこと考えてるんだったら、その頭をぶん殴ってやりたいところだが…… ふん、だったらその代わりにバトルで証明してやる。 勝つのはオレだってことを。 「あんたのブースター、破壊光線で動けへんやろ。 そのうちにキメたるさかい。バクフーン、雷パンチや!!」 「……っ!?」 そう来たか…… 正直、舌打ちのひとつでもしたい気分だ。 得意な炎タイプの技がなければ、バクフーンはそんなに恐くない。 物理攻撃力は言うまでもなくラズリーの方が上だし、ラズリーの炎技を食らえば、バクフーンはダメージを受ける。 スピードだって互角以上だろうし、総合的に考えればこっちの方が有利だ。 ただ、意外な技を使ってくるなあ、って思っただけの話。 バクフーンは四つん這いになって駆け出すと、あっという間にラズリーの眼前に迫った。 破壊光線の反動で思うように動けないラズリーは、眼前にやってきたバクフーンの大きな身体を、鋭い視線で見上げるばかり。 反撃できないのが辛いんだろうけど……悪いけど、それがオレの作戦だよ。 バクフーンが前脚を振りかぶる。 ――と、その瞬間、前脚に稲妻の輝きが宿った!! 雷パンチ……その名のとおり、電撃を宿したパンチで相手を殴って攻撃する技。 ラズリーがどれだけのダメージを受けるか……まずはそれを見てからだ。 動けないラズリーに、バクフーンの雷パンチが炸裂!! いとも容易くラズリーの身体が宙を舞う!! ラズリーなら耐えられると思うけど……それでもやっぱり心配だ。 電気タイプの技と同じく、食らうとマヒしてしまう可能性があるんだ。 でも、心配は無用だった。 破壊光線の反動から脱け出したラズリーは、軽やかに着地して、バクフーンを睨みつける。 ダメージは受けたけど、戦意は衰えるどころか、より激しく燃え上がっているのが黒い瞳からでも分かる。 「へぇ、破壊光線の反動からは脱け出しおったな。 だけど、変わりはせえへん。あたいの勝ちはなッ!! バクフーン、影分身!!」 「…………」 アスナの指示が終わらぬうちに、バクフーンが影分身を発動する。 ラズリーを取り囲むように、無数のバクフーンが出現した。 どれがホンモノか、この状態じゃとても見破れない。 ラズリーは日本晴れを使えないし……教えてれば、影分身を打ち破ることが可能だけど、ないモノ強請りをしたところでしょうがない。 ここは、セオリーどおりの戦い方をさせてもらおう!! 「ラズリー、全方位に火炎放射!! バクフーンを捉えろ!!」 ホンモノさえ分かれば、あとはどうにでも手の打ちようがある。 相手がニセモノなら……雲をつかむような話になるのなら、それこそ打つ手がない。 あぶり出しでもなんでもいいから、まずはホンモノを見つけなければならない。 「ブー……スタぁぁっ!!」 ラズリーも負けじと裂帛の叫びと共に炎を噴き出した!! 千度を軽く上回る炎の帯が、取り囲むバクフーンを一体、また一体とかき消していく!! 百八十度――ちょうど半分のバクフーンが消えた時、アスナが指示を出した。 「バクフーン、電光石火から雷パンチや!!」 一斉にバクフーンが行動を開始する。 ラズリーは構うことなく火炎放射で一体、また一体とバクフーンを消していくけど―― 目の前に迫るバクフーンが三体!! 一か八かで攻撃に打って出るか……!! 「アイアンテール!!」 オレの指示に、ラズリーが身体を翻してアイアンテールを放つ!! ひゅっ!! 鋼鉄のシッポがなぎ払った二体のバクフーンの姿が掻き消え、残るは一体!! ちっ、三分の二の確率まで外したかッ!! 最後のバクフーンがラズリーに電光石火のタックルを食らわし、すかさず雷パンチで追撃!! 吹っ飛ばされ、地面を吹き掃除するラズリー。 今のはさっきよりもダメージが大きいな。 「ラズリー、立てるか!?」 「ブーっ!!」 オレの言葉に、ラズリーは「当たり前だ」と言わんばかりに、すぐに立ってみせた。 バクフーンはノーダメージ。 ラズリーはダメージを受けてるけど、残りのポケモンが一体いることを考えると、そんなに慌てる必要はないのかもしれない。 ただ、ラズリーが倒れてしまえば、アスナのバクフーンはこれ幸いと炎タイプの技で攻めてくるだろう。 そうなると、リーベルやルースで相手をしても不利になるのは目に見えている。 こういう場合は、多少無茶をしてでも、ラズリーでバクフーンを倒さなければならない。 必殺コンボが炸裂すれば、バクフーン程度なら確実に倒せる。 そのためには、ラズリーには悪いがもう少しダメージを受けてもらわないと…… 影分身の回避率の高さを活かして攻めてくるのがアスナの戦術だとするなら、必殺コンボで打ち破るしか手はない。 「影分身!!」 ほら、また来た。 ラズリーのずっと前で、次々と数を増やすバクフーン。 「行けっ、雷パ〜ンチ!!」 自分でもパンチの真似事をして、バクフーンに指示を出すアスナ。 「火炎放射であぶり出せ!!」 オレもさっきと同じで、火炎放射であぶり出すことにした。 あぶり出せて、アイアンテールでもシャドーボールでも炸裂させられれば、コンボの安全性と確実性が、より100%に近づける。 一斉に突進してくるバクフーンめがけ、ラズリーが火炎放射を放った!! 一気に広範囲を攻撃できる火炎放射に飲まれ、バクフーンの七割が消失する!! その中にホンモノのバクフーンがいた!! 炎を受けても消えない――つまりホンモノ!! 「シャドーボール!!」 「遅いわっ!!」 続くオレの指示に、アスナが哄笑する。 確かに、バクフーンの電光石火のスピードには敵わない。 シャドーボールは闇を凝縮しなければ放てない。 そのわずかなタイムラグを存分に利用して、バクフーンが再びラズリーにタックルを食らわし、すかさず雷パンチ!! 地面を這うラズリー。 またしても立ち上がるけど、その足元は覚束ない。 「ラズリー、大丈夫か……?」 「ブーっ……!!」 声をかける。 やっぱり返事は心もとないものだった。 さすがに、これ以上のダメージは受けさせられないな…… 「ふふんっ!! 大口叩いた割には、あんたのブースター、もう戦闘不能寸前やないか!!」 確かに、それだけは認めなくてはならないだろう。 アスナが笑いたくなるのも分かる。 オレが彼女の立場なら、同じとまでは行かなくても、似たようなことはしていたかもしれない。 でも、だからってオレが負けたわけじゃない。 ラズリーが戦闘不能になったわけじゃないんだから。 いや…… ラズリーを戦闘不能になんか、絶対にさせない。 そうなる前に決着をつける。 必殺コンボの条件はすべて整った。 あとは、タイミングを計って、バクフーンが近づいてきた時に発動させるだけだ。 「まあ、そんなに慌てるなよ。勝負はこれからなんだからさ……」 「強がりを!! なら、次でキメたるわ!! バクフーン、影分身や!!」 同じ戦術を三度も続けて実行するなんて、よっぽどオレのことを舐めてるみたいだな。 まあ、別に気にはしないけど、次で決めるのはこっちのセリフだ。 煮え湯を飲むのはおまえの方さ。 さながら一列に並んだ特攻兵のごとく現れるバクフーンの分身。 「行けっ、雷パンチ!!」 これで最後にするという強い意気込みを感じさせる声音に背中を押され、バクフーンが一斉に駆け出してきた!! 「ラズリー、次で決めるぜ!! 準備はいいか!?」 「ブーっ!!」 ダメージを受けているとは思えない、いい返事だ。 これなら大丈夫……胸の中で、コンボの成功率が100%になった。 それが現実でどこまで引き上げられるか……そこがポイントだ。 タイミングをつかむこと。 それでコンボの成否が決まると言ってもいい。 ギリギリまで引きつけて―― 「バクフーンっ!!」 バクフーンが咆哮と共に、電光石火のスピードでラズリーに集束する!! ――今だっ!! 「こらえる!!」 「なんやて!?」 オレの指示とアスナの悲鳴が聞こえたのは同時だった。 どんっ!! バクフーンの電光石火を食らいつつも、ラズリーはその場に踏ん張った!! 『こらえる』は相手の攻撃を必ず堪えることができるけど、その分エネルギー消費が激しい。 運が悪いと、使った直後に戦闘不能ということさえある。 でも、今のラズリーなら心配ない。 心配する理由なんてないんだから。 続く雷パンチも、しっかりと堪えきる!! 押し込まれるようにして、仰向けになるラズリー。 最高のタイミングだ……そう思わずにはいられなかった。 知らず知らずに浮かんだ口元の笑みを見て取ってか、アスナの表情が変わった。 「バクフーン、逃げるんや!! ヤバイのが来るでぇぇぇっ!!」 何がどうヤバイのかは分かってないみたいだけど、確かにヤバイよな。 「じたばたさせてもらうぜ!!」 その瞬間、勝敗は決した。 ラズリーが仰向けになったまま脚をバタバタ動かした。 たったそれだけのことで、バクフーンは凄まじい力を当てられたように吹っ飛び、フィールドを飛び出して遥か後方の壁に打ち付けられた!! その部分を中心に、周囲に蜘蛛の巣のようなヒビが走るほどの衝撃といえば、一体どれほどのものだろう。 想像するに余りあるよ。 「あぁぁぁ……」 アスナが恐る恐るといった表情で、地面に落ちたバクフーンを振り返る。 ピクリとも動かないバクフーン。 目を回しているのかは分からないけど、この技を受けて立っていられるヤツは、そうはいないはずだ。 『じたばた』は、体力が減っている時に最大の威力を発揮する技だ。 同じ効果を持つ技で『起死回生』があるけれど、あれは格闘タイプ。 『じたばた』はノーマルタイプだから、岩や鋼、ゴーストタイプのポケモンには効かないけれど、 それ以外のタイプのポケモンになら等しく効果を与えることができる。 『こらえる』で戦闘不能寸前のギリギリまで体力を減らし、その状態で『じたばた』を発動すれば、どうなるか……? ラズリーの攻撃力の高さを加味すると、相手に与えるダメージは想像を絶するものになるだろう。 体力満タンの相手ですら一撃で倒すことも可能だと、オレはそういう風に見ている。 さて、結果はどうなったか。 アスナが慌ててバクフーンに駆け寄った。 「バクフーン、大丈夫か?」 膝を折って、バクフーンの身体を抱き上げる。 「バクぅ……」 ゆっくりと目を開けて、弱々しい声で返すバクフーン。とてもじゃないが、戦えるようには見えない。 「ラズリー……大丈夫か?」 かくいうこちらも。 「ブーっ……」 声をかけた途端、ラズリーは目を閉じて、糸が切れた人形のように、そのまま横に倒れて動かなくなってしまった。 『じたばた』で文字通り全力を使いきってしまったんだ。 「ラズリー、戻れ」 モンスターボールの中でゆっくり休んでほしい。 オレはラズリーをボールに戻した。 このコンボ……思った以上の威力と一発逆転の可能性を秘めている。 ラズリーのボールをじっと見つめ、オレは確信した。 このコンボを使えば、絶体絶命の状況をも覆すことが可能だ……と。 だけど、ラズリーが戦闘不能寸前の状態に追い込まれてこそ真価を発揮するコンボだけに、そう何度も続けて使えるものじゃない。 使えたとしても、せいぜい二回まで。それ以上はラズリーの体力が保たない。 まさに切り札……ラッシーのハードプラントに匹敵するだけのカードを手に入れた。 それは間違いない。 今回のジム戦での収穫って言えば収穫かな。 「よく頑張ってくれたなぁ。ゆっくり休んどってーな」 その声に顔を上げると、アスナが抱き起こしたバクフーンをモンスターボールに戻すところだった。 安心しきった表情で、モンスターボールに引き戻されるバクフーン。 バクフーンはバクフーンなりに精一杯、悔いを残さないように戦ったってことだろう。 それならそれで、お互いに満足できたってことだ。 勝敗もそりゃあるだろうけど、負けたら負けたで悔いを残さないこと。 意外と軽く見られがちなことほど、本当は大切なんだよ。 「はーっ、負けた負けたっ!! あんさん、ホンマに強いんやね〜」 アスナは負けたことを気にしないように笑みを浮かべた。 そこんとこ、キンセツジムのテッセンさんとかぶって見えた。 負けたけど、充実感が胸を満たしているってことなんだろう。 「おめでとさん。リーグバッジ、受け取ってや」 そう言って、アスナはジーパンのポケットをまさぐって取り出した何かを、オレ目がけて放り投げた。 ……柄は分からないけど、バッジなのは確かだ。 本当なら、ジムリーダーがバッジを投げるなってツッコミを入れるべきなんだろうけど、そんなことをしたって、勝利の喜びが翳るだけだ。 見事なコントロールでもって投げられたバッジを、オレは一歩も動かずに、ただ手を伸ばすだけで受け取ることができた。 拳を開いて、受け取ったバッジを見やる。 まさに炎そのものを象った、曲線が目立つ赤いバッジだった。 「これで五つ……」 ホウエンリーグ出場に必要なバッジの過半数をこれで獲得したことになる。 残りは三つだけど、タウンマップを見た限り、いずれの街もここからは遠く離れている。 むしろ、これからが長い旅になりそうだ。 そう思っていると、アスナがずかずかと遠慮なく足音立てながら歩いてきた。 笑顔たっぷりで、手を差し出してくる。 「あんさん、ホンマに強いなあ。 なあ、やるべきことが終わってからでええんやけど、ジム戦じゃなくって、プライベートな方で思う存分バトルしたいんや。 ええか?」 「もちろん。オレも思う存分やってみたいと思ってるんだ。あんたの、プライベート用に育てられた最強のポケモンとさ」 差し出された手を握り、言葉を返す。 アスナの笑みが深まる。 「でも、結構時間かかりそうなんだ。 それまでに、お互い今よりももっと強くなってるだろうから、その時が楽しみだよ」 「まったくやな。 よし、これであたいとあんさんはライバルっちゅーことで!!」 ライバルか…… また一人、厄介な……もとい、手強いライバル出現ってことだ。 ホウエン地方に来てからの方がライバルが多いのは気のせいだろうか…… アスナはオレが思っていることなど知らんと言わんばかりに握り拳に親指を立て、オレの眼前に突き出してきた。 「次は、絶対に負けへんでぇっ!!」 彼女の中にある闘志が、ジム戦以上に火を噴いているのを感じずにはいられなかった。 心なしか、その炎がオレの励ましになっているように思えた。 To Be Continued…