ホウエン編Vol.15 Get over your weir ホウエン地方はカントー地方と比べて自然が豊かである。 今までに幾度となく思っていることだけど、これで何度目になるんだろう……? まあ、どうでもいいことなんだけど、何度も何度もそう思うのは、やはり周囲の緑が色濃いからだろう。 オレは六つ目のバッジを求め、次のジムがあるヒワマキシティを目指して119番道路を北上しているところだ。 道路の両脇に広がる森林と、南の下流に向かって穏やかに流れていく川に彩られた場所で、メシを食ったり水浴びしたりするのには困らない。 フエンジムでのジム戦を終え、五つ目のバッジであるヒートバッジをゲット。 それから一度キンセツシティに戻って、ホウエン本島の東部へと足を伸ばすことにしたんだ。 というのも、ホウエン地方の西部と東部は険しい山脈や砂漠に隔てられていて、まともに横断するのは危険だと思ったから。 フエンタウンからヒワマキシティへ向かうなら、一度キンセツシティまで戻ってから東部へ足を踏み出した方が安全なんだ。 おかげで時間がかかってしまったけれど、さしたるトラブルもなく、順調に旅を続けているってところかな。 時折野生ポケモンが襲ってきたりしたけど――血の気の多いポケモンって、こういった場所にも出没するんだなあって思ったりしたよ。 もちろん、ちゃんと返り討ちにしといた。 ただ、タイプが今の手持ちと重なってたり、強さのバランスもあまり良くなさそうだったんで、ゲットはしなかったけど。 あと二日…… このまま順調に進んでいけば、明後日の昼過ぎにはヒワマキシティに到着できるはずだ。 別にトラブルが転がり込んでくるのを期待してるわけじゃない。 ナミと旅してた頃は、そういった類のものには事欠かなかったけれど、かといって今でもそういうのを欲しているかと言えば、そうでもない。 どーでもいいトラブルに巻き込まれるのは、正直言ってごめんだ。 無人島でマルノームに襲われるだの、ゴーストポケモン大好きな女性に絡まれるだの、どう考えてもタダモノじゃない冒険家と冒険しただの…… いずれも無収穫ではなかったけど、できれば二度と経験したくないものばかりだった。 「いや……戦いはこれからが正念場なんだ。 余計なトラブルに時間を割いてるだけの余裕はないはずだ……」 なにせ、ライバルが多い。 カントー、ホウエンを合わせて、すでに十人以上。このままのペースで増えてったら、一体何人がオレのライバルになることか…… 多少オーバーだとしても、数多いライバルのうち誰一人として、オレは負けたくない。 もちろんナミやサトシ、アカツキだって含まれてるんだ。 最強のポケモントレーナーになるんだから、いずれ戦う日は訪れるだろうし、 初戦を黒星で飾ったとしても、最後には白星で塗り替えなければならない。 そのためにも、オレのトレーナーとしての力量を高めなければならないし、ポケモンの方も強く鍛え上げておかなければならない。 だから、旅が順調に進んでるっていうのは、一概に悪いとも言えないんだ。 メリハリの利いた旅もいいけど、ホウエンリーグ、カントーリーグと立て続けに二つの大きな大会が控えているんだ。 順調に進んでいる方が良いに決まっている。 「…………」 なんていろいろと考えをめぐらせながら道路を歩く。 このあたりを旅しているトレーナーは他にいないようで、前も後ろも人気はなく、道路にはオレしかいない。 ちょっとした段差をいくつか乗り越えた先に、みんなでくつろげるような木陰を見つけ、オレは走っていった。 大きな木からたくさんの枝が伸び、枝からさらに伸びた小枝の先に生い茂る無数の葉っぱ。 それらがちょうど真上に差し掛かろうとしている太陽の光を遮って、ちょっと暗いけど涼しい木陰を作り出している。 ここでメシを食って、みんなで昼寝でも楽しむのも悪くない。 たまにはノンビリするのもいいだろう。 そう思って、オレはモンスターボールを両手につかんで、軽く放り投げた。 「みんな、出てこい!!」 頭上に放り投げたボールが次々と口を開き、我先にとみんなが一斉に飛び出してきた。 「ブーっ……」 「ぐるぅぅ……」 「マクロっ?」 飛び出すなり、みんな揃って周囲を見渡す。 いきなり木陰に飛び出してくるとは思わなかったようで、少し驚いているようだ。 でも、すぐに状況を理解して、いつもの表情に戻る。 「みんな、ここでメシにしようぜ。できるまで、好きに遊んでていいからさ。たまにはノンビリしなきゃな」 「マクロぉっ!!」 やっぱりと言うべきか……オレの言葉に真っ先に応えたのはレキだった。 木陰から飛び出して、ぴょんぴょん飛び跳ねて声を上げている。 そんなレキについて一緒にじゃれつきながら遊んでいるのは、ラズリーとリーベルだ。 体格的に似通っていることもあって、タイプや種族の枠を越えて、よく遊んでいる。 「バーナーっ……」 ラッシーは小さく声を漏らすと、木の幹にもたれかかるように寝そべった。 どういうわけか、オレにはそれが年寄りの言う『どっこいしょ』っていう言葉に聞こえてしまったけれど、気のせいだろう。 草タイプのポケモンだけあって、木の傍や草のクッションの上にいると落ち着くらしい。 「ごぉぉぉぉ……」 ラッシーが早々に休憩しているのを尻目に、ロータスは声を上げながら飛び回っている。 最近は特に積極的になってきて、ヒマさえあれば飛び回っているんだ。 自分の身体に流れる磁気と地磁気を反発させて宙に浮くことができるんだけど、その特性を活かして、空を飛び回っている。 鳥ポケモンのように滑らかな動きはできないけど、直線軌道でも本人はそれなりに楽しんでいるらしく、時折喜びの声を上げている。 で…… 「バク?」 最後に残ったのはルースだ。 みんなとじゃれ付くこともせず、かといってラッシーのように休むこともせず、オレの傍にピッタリと寄り添っている。 「ルース、みんなと遊ばないのか?」 「バクぅ」 声をかけてみても、ルースは首を横に振るだけ。 表情を見ている限りだと、みんなと遊ぶのが嫌だっていうワケじゃないみたいだけど…… もしかして、オレと一緒にいたい、なんてことはないよな。 まあ、こうやってじっとしててもしょうがない。 ラッシーを起こさないように静かに木の幹にリュックを立てかけて、中から調理器具と食糧を取り出す。 キンセツシティで多めに買い込んどいたから、一週間程度ぶっ続けで野宿しても問題ない。 上手に切り詰めれば、二週間くらいならなんとかなるかも。 ただ、たまにはこういった食糧を処分していかないと(もちろん食する形で)、リュックが重くて仕方ない。 みんなに持ってもらうわけにもいかないから、可能な限り中身を減らすように努力してるところだ。 今回は奮発してみようか……なんて思いながら、食糧の詰まった缶を並べる。 「バクぅ……バクぅ」 「ん?」 声を上げながら寄ってくるルース。 「手伝ってくれるのか?」 「バクぅ!!」 もしやと思って言葉をかけると、ルースはうれしそうに嘶いた。 そっか……手伝おうとしてくれてたのか。 どうやってそれを伝えようかと困ってた……そんなところだろうけど、手伝ってくれるって言うんだったら、手伝ってもらおうかな。 「ルース、この器具をもうちょっと向こうに運んでくれ」 「バクっ」 ルースは頷いて、器具を移動させた。 ラッシーの傍で調理するわけにもいかないだろうし。 必要なものを運んでから、オレはルースに鍋を渡した。 「水を汲みに行こう。すぐ近くだから、心配しなくてもいいよ」 「バクっ」 オレも数百cc入るカップを手に、ルースを連れて川へ向かった。 みんなは夢中で遊んでるから、手伝わせるわけにはいかない。 後片付けはやってもらうかもしれないけど、それはまた後で考えればいいや。 木陰を抜け出して、五十メートルほど東に歩いていくと、耳に心地良い音を立てながら流れていく川があった。 その流れは緩やかで、数十センチの深さがあるところでも、水は一点の曇りもなく透き通って見える。 これなら飲み水として確保しても問題ない。 「ルース、まさか君とこういうことするようになるとは思わなかったよ」 「バクぅ?」 一緒に水を汲みながら、オレはルースに話しかけた。 言葉の意味が正確に理解できたんだろう、だからこそルースは訝しげに首を傾げてきた。 互いに顔を見合わせる。 「ルースは器用だよな。レキなら同じことできるかもしれないけど……やっぱりルースじゃなきゃこれは無理かもな……」 鍋をちゃんとつかんだまま水を汲むのは、今の手持ちじゃルースしかできない。 こうやって手伝ってもらうのも、いいかもしれない。 「でも、こういうのも楽しいと思えるよ。な?」 「バクっ」 今までは調理なんてオレ一人でやってきた。 旅に出る前にじいちゃんの研究所でポケモンの食事を作ってきたし、それを応用すればオレ自身のメシだって作れる。 これでも下手な主婦に負けないだけの料理の腕はあると思ってるんだ。 でも、大切なポケモンたちとこうやって調理の作業を共有できるっていうのも、悪くないのかもしれない。 「さて、戻ろうぜ」 水でいっぱいになったカップを持って、オレは立ち上がった。 「バクっ」 ルースは左右の前脚で、鍋の取っ手を持っている。 鍋のだいたい半分くらい、それでもオレが持つと結構重く感じられるんだ。 大人になったら、少しは軽く感じられるのかもしれないけど……ルースが持っている分には、結構軽そうに見える。 オレよりも力はあるからな、軽いと思うけど。 みんなのいる木陰までは五十メートル弱。 普通に歩けば一分とかからずに戻れる。 でも、なんていうか…… まさかポケモンと水を抱えながら並んで歩くことになるとは、旅に出た当初は予想もできなかった。 旅をしたからこその経験なのかもしれないけど…… 他愛ないことの一つ一つで楽しみや親しみや喜びを感じられるなら、それを大切にしていかなくちゃな。 歩きながら、オレはチラリとルースの顔を横から覗き込んだ。 とっても楽しそうな表情をしてる。 ルースはルースなりにこの状況を楽しんでいるみたいだ。 まあ、呑気というか何というか…… 特に言葉を交わすわけでもなく、黙々と歩いていると―― 「シャモっ!!」 突然、前方から声が聞こえてきて、オレは足を止めた。 はて…… どっかで聞いた声だなあ。 「……バクぅ……」 ルースが小さく嘶く。 「ん、どうしたんだ、ルース?」 肩越しに振り向くと、ルースの表情がどこか強張っているように見えた。 これは……? 警戒とか注意とか……そういう類の表情じゃない。むしろ、何かを恐れているような…… いや、ルースが何かを恐れてるのなんて、今に始まったことじゃない。 だとすると、一体……? このまま素直に戻っていいものかどうか分からずに立ち止まっていると、 「お〜い!!」 今度は別の声。 これもどっかで聞いた声だけど……声の主を思い出すよりも早く、向こうから駆けてくる人影があった。 「……!! アカツキじゃないか!! なんでこんなとこにいるんだ!?」 どうということはない。 ミシロタウンで出会った、ホウエン地方で最初の友達――オレと同じ名前のトレーナーだった。 だとすると、さっきの声の主はワカシャモか…… 「久しぶりだねえ、アカツキ。元気だった?」 「ああ、そりゃもちろんだけど……なんでこんなとこに?」 オレの前まで走ってくると、アカツキはニコッと微笑んだ。 服装自体はミシロタウンにいた頃と変わってない。 ただ、リュックを背負ってるところからして、旅をしているのが分かる。 どうしてこんなところでバッタリ出くわすんだろう。 偶然……だとは思うんだけど、いや、偶然だからこそなんだかすごい。 「うん。今年のホウエンリーグに出るから、トレーナーとしてもう一度修行しなおそうと思って。 ミシロタウンにいたままじゃ、修行なんてできないでしょ? いい相手だって、カリンおばさんしかいないし……」 まあ、確かにそりゃそうだ。 ミシロタウンはお世辞にも大きいと言える町じゃない。 そこでくすぶってるトレーナーなんて多くないだろうし、アカツキ以上のトレーナーとなると、それこそ極端に少なくなるだろう。 カリンさんは昔トレーナーをやってたらしく、アカツキにとってはいい相手になる。 だけど、毎回相手が同じじゃ、多彩な戦い方は学べない。すぐマンネリに陥ってしまうだろう。 いかにもアカツキらしい発想というか……そうやってすぐに旅に出ちゃうところとか。 「だから、ジムリーダーに相手してもらって、みんなを鍛えようと思って…… ジム戦のポケモンじゃ物足りないだろうって、プライベートに育てた最強のポケモンで相手をしてくれたジムリーダーもいたんだよ」 「ヲイ……」 アカツキが何気なく漏らした一言に、オレは思わずツッコミを入れてしまった。 そりゃジムリーダーなら相手として申し分ないだろう。 でも、だからってプライベートで育て上げられたポケモンと戦うなんて、それはちょっといくらなんでも無謀というか…… 普通はしないよな。 でも、ジムリーダーがアカツキの実力を認めているからこそ、そういったこともしてくれるんだろう。 ……一度はリーグバッジを渡しているんだから、ジム戦用のポケモンでは物足りないと思っているのかもしれない。 「で、アカツキはこれからヒワマキジムに行くんでしょ?」 「ああ、そうだよ」 ここにいる理由なんて、それこそ一つか二つしかない。そんなに考えなくても分かることだろう。 「どう? 順調に行ってる?」 「ああ、おおむね順調だよ。バッジを五つゲットしたんだ。あと三つでホウエンリーグに出られる」 「へえ、すごいじゃん!! 一ヶ月で五つなんて……すごいペースだね。ぼくはもっと気長に集めてたけど……」 順調と聞いて、アカツキの表情が緩んだ。 驚きも感じてたみたいだけど、それ以上に喜びの方が大きなウェイトを占めていたように思えた。 ライバルが頑張ってると、うれしくなるんだろう。 そりゃオレも同じだからな……あの町でくすぶってるだけなんて、やっぱりアカツキらしくない。 でも…… 「でもさ、オダマキ博士とフィールドワークをしてたんじゃないのか?」 「うん。おじさんにはトレーナーとして頑張るって言って、ちょっと休ませてもらうことにしたんだ。だから、平気だよ」 「そっか。おまえの方はどうなんだ? オーダイルとかカエデとか……元気にしてるのか?」 「……バクっ……!?」 何気なく訊ねた一言に、ルースが小さく漏らした。 思わず視線を向けると、ルースが震えている。 ……これって、もしかして…… 思い当たる節があったんで、オレは単刀直入に訊いてみた。 「アカツキ。みんなはどうしてる? オレのポケモンたちがちょっと向こうの木陰にいるんだけど」 「あ、やっぱりアカツキのポケモンだったんだね。大丈夫だよ。ぼくのポケモンと遊んでるから。 オーダイルやカエデはもちろんいるよ。みんな元気にしてるよ」 なるほど……じゃあ、心配は要らないな。 不安要素があるとすれば…… 「ルース。そんなに怯えなくていいって。いくらなんでも、そこまでしてきやしないから」 ルースはカエデのことを恐れている。 同族ではあるけれど、それ以上に積極的過ぎる彼女の性格に振り回されてるんだ。 「バクぅ……」 ルースは鍋の取っ手を持ったまま、その場にしゃがみ込んでしまった。 やっぱり、カエデのことが恐いんだ。 まあ、恐いのも分からんでもないけど…… 「ほら、行くぞ!!」 いつまでこうしてるつもりだ。 一分先だろうが一時間先だろうが、カエデに会う時は会うんだから。 どうせならさっさと恐怖体験を済ませて、さっさと楽になった方がいいに決まってる。 オレの言わんとしていることを察してか、ルースは渋々立ち上がった。 「……ルース、もしかしてカエデのこと恐がってるの?」 きょとんと、不思議そうな顔をルースに向けてつぶやくアカツキ。 ヲイ、今さら気づいたんかい。 それこそツッコミ入れまくりたいところだけど、そんなことをして時間を無駄に費やしたくない。 みんなの食事だって作らなきゃいけないわけだし。 「どうやら、そうみたいだ。 でも、オオゲサだよな。そんなに恐がらなくてもいいのに」 別にカエデに悪気があるわけじゃないんだから。 ただ、うれしさのあまり大爆発しちゃってるだけのことだ。 ルースがそれをちゃんと理解して、淡々と処理していくくらいになれば、カエデと対等に付き合っていけるんだろうけど…… すぐには無理だな。 「それはいいとして……アカツキ、時間があるんだったら、少しゆっくりしていかないか? オレたち、あそこの木陰でゆっくりしていこうかと思ってるんだ。 せっかくここで会ったことだし……積もる話もあるだろうしさ。 それに、昼食をご馳走してやるよ」 「うん、そうだね。そうさせてもらうよ。ありがとう」 オレの提案に、アカツキは笑顔で頷いた。 久しぶりに再会したことだし、互いの近況でも話し合いたいし、アカツキのポケモンとも、みんなを遊ばせてやりたい。 ポケモンどうしの触れ合いが、みんなにとっては何よりのリラックスになるだろう。 ここはお互い様ってことで。 「って……」 アカツキの笑顔が驚きの顔に変わる。 「アカツキって料理作れるの!?」 驚くのそこかい…… 呆れつつも、オレはちゃんと答えてやった。 「一応な。 じいちゃんの研究所でポケモンの食事作ってた時期があったし、ちょっと手を加えればオレの食えるやつだって作れるよ。 味には自信があるんだ。期待してくれていいぜ」 「へえ、意外だなあ……」 意外……と言えば意外だろうな。 男の子が料理を作れるなんて。少数派の例として、申し分ない。 「んじゃ、行こうぜ。みんなが待ってる」 「うん」 話は簡単にまとまって、オレたちはみんなの待ってる木陰へと急いだ。 「マクロっ!! マクロっ!!」 「バクフーンっ!!」 「アブルルル……」 木陰は、さっきにも増して賑やかになっていた。 それも当然のことで、アカツキのポケモンも加わって、人数が倍になったからだ。 ミシロタウンでオレとバトルしたアブソルと色違いのリザードンに、鳴き声のうるさいワカシャモ。 アカツキの最高のパートナーであるオーダイル。 ルースにとっては戦々恐々の相手のカエデ。 最後の一体は、見たことのないポケモンだった。 どんなポケモンか知りたい気持ちはあるけれど、ポケモン図鑑を向けるのは後にしよう。 ゆっくり休んでいるのはラッシーとリザードンとオーダイルで、他のポケモンは一塊になって遊んでいる。 と、頭に水玉模様のピンクのリボンをつけたバクフーン――カエデがルースの存在に気がついて、みんなと遊ぶのをやめた。 びくっ。 ルースが傍で震えたのが分かった。 「バクぅ……」 カエデの表情が喜びにゆがむ。 「バクフーンっ!!」 電光石火の勢いで駆け出して、ルースに飛びついてきた。 ……ってヲイ!! オレは止めようとしたけど、もはや後の祭りだった。 がしゃーんっ!! ルースの持っていた鍋はひっくり返って地面に落ちて、中に入っていた水がぶちまけられた。 あーあ……せっかく汲んできたのに…… 「バクフーンっ(やっほー、久しぶりねぇ)♪」 カエデはルースを押し倒すと、じゃれ付いてきた。 「……相変わらずだな」 「うん。カエデはうれしいんだよ。大好きなルースにまた会えて」 「あ、そう……」 カエデの積極的さは相変わらず。 いや、前よりももしかしたらエスカレートしてるのかもしれない。 アカツキの言うとおり、カエデはルースのことが大好きなんだよな。 ルースのどこを好きになったのかを、別に知りたいとは思わないけど…… 「でもカエデ。それくらいにしてあげてよ。ルースが困ってるみたいだから。やるなら後でゆっくりやればいいんだよ」 ……って、なにげに爆弾発言!? 後でゆっくりと……って、やるのなら後でやってくれって言ってるようなもので、事実上のゴーサインじゃないか。 あー、反論する気も失せてきた。 ルースはカエデを振り払おうとしてるみたいだけど、ただ肢体をバタバタさせてるようにしか見えない。 女の子とはいえ、カエデとの実力の差は如何ともしがたいものがあるんだろう。 そこんとこはすごく恐ろしい限りだ。 特に、ホウエンリーグで戦うことになったら、ルースじゃカエデには勝てない。 それが目に見えているから。 まあ、今のままのルースなら、というだけの話だ。 ルースが頑張ってくれれば、カエデに勝つことも可能だろうし、こうやって押し倒されることもなくなる……かも。 「バクフーン……」 つまんないと言いたげに口を尖らせ、カエデはルースを解放した。 すかさず立ち上がって、ノンビリ寝そべっているラッシーの背中に隠れてしまった。 いきなり押し倒されてイチャイチャされたことがショックらしく、ラッシーの背中から覗いた耳は小刻みに震えていた。 あー、やっぱり情けないなあ。 女の子に押し倒されたくらいでビクビクするなんて……いつかどっかで性根を叩きなおしてやらなきゃいけないみたいだな。 オレだったら別にナミにじゃれ付かれても、ルースみたいにジタバタしたりはしない。 怒ることはあっても、怯えるとか逃げるなんてことは考えられない。 カエデのどこを恐がっているのか……そこが分かれば、ルースも多少はマシになってくれるのかも。 とはいえ…… オレはルースが落とした鍋を拾った。 縁に土が付着しちまってるな……もう一度汲み直してくるか。 「水、落としちゃったね。ごめん、カエデにはちゃんと後で言っておくよ」 「いや……別にいいさ」 アカツキはカエデの非礼を詫びてくれたけど、別にそれを期待していたわけではないから、受け取らなかった。 むしろ、悪いのはカエデじゃなくて、ルースの方だ。 女の子に詰め寄られた程度でうろたえて逃げようとするなんて……次のジム戦で一番手に出して、ビシッと鍛えなおすか。 「じゃあ、ぼくが汲んでくる。さっきの川で汲んでくればいいんだよね」 アカツキがオレから鍋をひったくったけど、 「一緒に行こうぜ。ひとりで行かせるのも悪いし……」 「うん、そうしよう」 オレの言葉に、アカツキはニコッと笑みを浮かべた。 本当はそれを望んでたんじゃないかと勘繰りたくなるけど……まあ、結果オーライってことで。 みんなを残し、オレはアカツキとさっき水を汲んだ川辺に再び赴いた。 アカツキは川辺でしゃがみ込んで、鍋についた土を丁寧に取ってから水を汲んでくれた。 「これでいいね」 「ああ……」 言い出そうか…… オレはアカツキの横顔をチラリ見つめながら、考えをめぐらせた。 みんなの前じゃ言えないことがある。 だから、ここまで一緒にやってきたんだ。話せば、たぶんそこにも気づいてくれると思うけど…… 「…………」 えーい、ルースじゃあるまいし、ここは切り出してみよう。 そういうわけで、オレはアカツキに訊ねた。 単刀直入に訊ねるのは、アカツキにとっては辛いのかもしれないけど、オレも一応関係者なワケだし…… 訊ねたところで不自然ではないだろう。 「ところで、親父さんはどうなんだ? 記憶……戻ったのか?」 「ううん、まだ戻ってない」 アカツキの表情が曇る。 あー、やっぱりこうなっちまったな。 本人が一番気にしてることだもんな……そりゃ、落ち込みたくもなるよ。 でも、アカツキは口の端を笑みの形にして、 「でも、お父さんはお父さんなりに、ぼくのことを息子だって思ってくれるようになったし…… お母さんも前と比べるとずいぶん笑顔が増えてきたんだ」 どこか寂しさの拭えない笑みで、淡々と言った。 ……もしかして、オレが親父さんの胸倉つかんで揺さぶって怒鳴ったのが効いたんだろうか。 なんて思ったけど、それも一部でしかないんだろう。 アカツキの表情を見ていると、そんな風に思う。 アカツキとおばさんの努力、それ以上に本人が半ば白紙になった記憶に、妻子のことを刻み込もうとしてる…… そんな努力が感じられるんだ。 「お父さんっぽく接してくれるの、ぼくはとてもうれしい。 お母さんもよく笑ってくれるから。でもね……」 アカツキは半分ほど水で満たされた鍋の底に視線を据えた。 鏡のような水面に、寂しそうな笑みが映る。少し揺れて、笑みが歪む。 「お父さん、やっぱり無理してるって思う。 ぼくは記憶を失う前にお父さんが見せてくれた優しさを知ってる。 ……お父さんがお父さんらしく接してくるほど、お父さんの記憶がないってことが気になるんだ。 やっぱり、普通の親子じゃないよね」 「……アカツキ……」 こればかりはどう言ったらいいのか分からず、オレは口をつぐんだ。 親父さんは、失くした記憶を手繰り寄せようとして、お父さんとしてアカツキに接してる。 本人は努力してると思う。たぶん誰よりも努力してるんだと思う。 でも、その努力が逆にアカツキには無理してるって映って、記憶を失う前のお父さんとのギャップが気になってしまう…… オレがアカツキの立場に立ったら、同じことを思うだろう。 とても心を痛めてるんだな……無神経なこと、訊いちゃったな…… オレまで、チクリと胸が痛むよ。 どんな言葉をかけてやればいいのか分からずに黙り込んでいると、アカツキは顔を上げて、オレを見つめてきた。 「ぼくは、お父さんがちゃんとぼくたちのことを思い出してくれるって信じてる。 だから、泣いたり逃げたりはしないよ。辛いけど、頑張れる」 「そっか……」 やっぱ、強いよな…… アカツキにとっては辛い現実だけど、目を背けもせず、ただありのままに受け止めて将来へ向かっているんだ。 大人だってそんなに上手くできない人が多いのにさ…… でも、だからこそ負けたくない。 トレーナーとしてもそうだし、男としても負けたくはない。 こんなに強く『負けたくない!』って思えるのは、同じ名前だからだろうか……そんなこと、あるはずないけど…… 「ごめん、なんか湿っぽい話になっちゃったね。もうちょっと明るい話をしようよ」 なんて言ってくれる。 切り出したのはオレの方だよ。 ごめんと言うのなら、それもオレの方さ。 でも、アカツキはオレのせいにはしなかった。 潔いというか、受け入れすぎというか……感心を通り過ぎて、ちょっとだけ呆れちゃったよ。 でも、そのおかげで少しは気持ちが上向いた気がする。 じゃあ……今度はこちらから。 「そういや、アカツキにはまだ紹介してなかったポケモンがいるんだ。もう会ったかもしれないけど」 「うん。グラエナとダンバルだね」 アカツキは頷いて、鍋を抱えて立ち上がった。 すっかり明るい笑顔が戻っている。 立ち直りが早いんだな。 でも、その方がありがたいよ。 オレも余計なことを考えないで済むから。 「ニックネームとかあるの?」 「ああ。リーベルとロータスっていうんだ。後でちゃんと紹介するけどさ……ま、その時のお楽しみってことで」 「うん」 オレたちは笑みを交わしながら、みんなのいる木陰に戻った。 アカツキに鍋を木の脇に置いてもらって、みんなを呼び集めた。 休んでいたラッシーも目を覚まして、ゆっくりと、威風堂々と歩いてきた。 あと、ルースはラッシーの背中に隠れていたけど、今度はオレの後ろに隠れた。 アカツキの傍にいるカエデを警戒しているからだろう。 もちろん、カエデはオレなんか眼中になくて、ルースをじっと見つめていた。 ニコニコ笑顔で。 まあ、それはそれでどうでもいいか。 本題に入ろう。 「リーベル、ロータス。 オレの友達のアカツキだ。オレと同じ名前だけど、オレと同じでいいヤツだからさ。仲良くしてやってくれよ」 「ぐるるぅ……」 「ごぉぉぉ……」 アカツキを紹介すると、リーベルとロータスは頷いてくれた。 すでにアカツキの傍にズラリ控えるポケモンたちと遊んで、アカツキの人となりとかも聞いているのかもしれない。 ロータスはともかく、リーベルがこんな簡単に打ち解けちゃうんだから、アカツキのポケモンには不思議な魅力があるのかもしれない。 まあ、レキやラズリーの様子を見ていれば、警戒すべき相手でないことくらいはすぐに分かるだろうけど。 「リーベル、ロータス。ぼくのポケモンと遊んでくれたんだよね。ありがとう。よろしくね」 アカツキは言葉をかけると、リーベルとロータスの頭を順番に撫でた。 ホウエン地方に棲息しているポケモンだから、よく知っている風だった。 そういや、オダマキ博士とフィールドワークをしてたんだよな。 ホウエン地方のポケモンのことは、オレよりもよく知ってるんだ。 だけど…… すぐにオレの方が『よく知ってる』ようになるさ。 ホウエンリーグが始まる頃までには、知識を吸収して、ホウエンリーグで有利に戦えるようになっているはずだ。 「いいポケモンだね。みんなとすっかり仲良くなってるみたい」 「ああ。リーベルは穏やかな性格だし、ロータスも最近はやんちゃ盛りになってきたからな」 オレはアカツキの言葉に頷いた。 誉められて、悪い気はしないよ。 「それよりさ、アカツキ。そのポケモン、初めて見るんだけど……」 オレはオーダイルの左隣のポケモンに目を向けた。 オーダイルに匹敵する立派な体格の持ち主で、全身をヨロイのようなもので覆っているように見える。 パッと見た目の印象だと、ボスゴドラに似ているんだけど……やっぱり別物。 「うん。つい最近ゲットしたばかりなんだけど、アーマルドっていうんだよ」 「へえ……アーマルドっていうんだ……」 オレはポケモン図鑑を取り出して、センサーをアーマルドと呼ばれたポケモンに向けた。 ピピッと電子音がして、図鑑がアーマルドを認識する。 液晶に映し出された姿は実物と瓜二つだった。 「アーマルド。かっちゅうポケモン。アノプスの進化形。 普段は地上で暮らしているが、獲物を獲る時は海に潜り、二枚の大きな羽根を使って自由に海を泳ぐことができる。 また、前脚の爪は鉄板を串刺しにできるほどの鋭さと力強さを持ち合わせている」 「へえ……岩と虫タイプか……珍しいなあ……」 オレはスピーカーから流れてくる説明を聞きながら、実物と図鑑を交互に見つめていた。 アーマルドが「何、この人?」と言いたげな視線でオレをじっと見つめてくるけど、そんなのはあんまり気にならない。 だってさ、控えめな雰囲気を放ちつつも、見た目は結構ハデな感じがするんだ。 全体的にブルーの身体を、縁取りするように黄色や黒が彩っていて、羽根は黄色の縁取りに黒塗り。 かっちゅうポケモンと呼ばれるだけあって、身体は微妙に光沢を帯びていて、岩タイプ特有の頑丈さを持ち合わせているようにも思えた。 目の下あたり、首筋から左右にそれぞれ三本ずつ、インディアンが差しているような羽根が生えている。 頑丈そうに見えるのに、ほのぼのとした雰囲気も見受けられる。 アカツキのポケモンだから、いい性格をしてるとは思うんだけどさ。 「なあ、アカツキはどれだけのポケモンをゲットしてきたんだ? たぶん、オダマキ博士の研究所には控えのポケモンがわんさかいるんだろうけど……」 「うん、十体くらいはいるよ」 「なんだ、ずいぶんと控えめなんだな」 意外と控えめな答えが返ってきた。 サトシ並に、二十体くらいゲットしてるのかと思ったけど、少数精鋭って考え方なんだろうか。 なし崩し的にゲットするよりは、少数精鋭で個々のポケモンのレベルを底上げして行った方がいい。 最終的にはオールマイティに戦えるパーティを編成できる。 それは親父から教わった理論だけど、アカツキもオダマキ博士からそういったことを教わっているのかもしれない。 別に、サトシのやり方がおかしいと言ってるわけじゃない。 それも方法のひとつだってことに過ぎない。 オレはどっちかというと、アカツキの考え方と同じかな。 むやみに手持ちを増やしたところで、育てきらないポケモンが出てくるのは間違いない。 そうなると、偏りとか出てきて悪影響を及ぼしかねないんだ。 だから、あまりゲットしないで、今の手持ちでどんな相手とでも戦えるように布陣を敷く……それがオレのやり方だ。 「そういうアカツキは? リーベルとロータスと、それ以外にはゲットしてないの?」 「ああ。無意味に手持ちを増やしてもしょうがないし、レキやロータスはこれから進化して強くなるだろうからさ。 なるべく早く進化させて、全体の戦力を底上げしていければいいなって思ってる」 アカツキの問いに、自分でも知らず知らずに熱弁を振るう。 ちょっとアツくなっていることに気がついたのは、アカツキが苦笑を浮かべた時だった。 たぶん、オレが熱血っぽくなってるのを見て、どうしたんだろう、って思ってるのかもしれない。 でも、これがオレの本音だ。 つまんないことで気持ちを偽りたくはないからな。 カントーでゲットしたポケモンはすべて最終進化形(進化しないポケモンも含む)だし、リーベルはゲットした時に進化していた。 進化を控えているのはレキとロータスだ。 レキはヌマクローから最終進化形のラグラージへ。 ロータスはダンバルからメタング、そして最終進化形のメタグロスへ。 それぞれの進化が待っていて、その先には今とは比較にならない強さがある。 二人が最終進化形に進化を果たしたなら、ホウエンリーグでも十分に戦っていけるだけの戦力が整う。 それだけの自信はあるつもりだよ。 「そっか。アカツキらしいね。 アーマルドはね、ゲットした時にはもうアーマルドに進化してたけど、ぼくには分かるんだ。もっともっと強くなれるって」 「そうだな。強さに限りはないからな」 オレは頷いた。 アカツキとアーマルドの視線が交わる。 アーマルドの表情が緩んだように見えたのは気のせいだろうか…… なんて思っていると、服の裾を誰かにつかまれた。 「ん?」 顔を向けると、レキが服の裾をつかみながら、笑顔でオレを見上げていた。 「マクロっ」 ――あたしだって、これからもっと強くなれるんだよね。 アカツキとアーマルドの微笑ましい様子を見て、レキも嫉妬心(?)が湧いてきたらしく、顔は笑ってても目元だけは笑ってなかった。 強くなりたいっていう欲求が垣間見える。 そういや、レキはバトルの最中に怒りすぎて我を失って、相手が戦闘不能になってもまだ攻撃を加えようとしていたことがあったっけ。 確か、カナズミジムのジム戦だったな。 でも、今のレキなら、そういうことにはならないと思う。 いろんな経験を積んできて、自分の土俵をあの時よりも拡げられたから。 自分の力を最大限に発揮できる状態で進化したら、一体どれだけの強さを手に入れられるのか……正直、想像に余りあるものだよ。 背筋が凍りそうだけど、それを前向きに受け止めていかないとな。 トレーナーであるオレ自身がさ。 「レキ、君も強くなれるさ。オレたちが頑張れば、それくらいは簡単なことだ。だから、頑張ろうな」 「マクロっ」 やっと、レキが笑ってくれた。 その言葉が欲しかったんだろうか……? そう思ってしまうけど、それはオレだけじゃない。 他のみんなだって同じことを思っているはずだ。 頑張れば強くなれる。 辛いことがあっても、みんなが一緒なら必ず乗り越えられる。 みんなと視線を合わせて、熱い気持ちが芽生えるのを確かに感じた。 ……と、アカツキがおずおずと口を開いた。 「ねえ、アカツキ。 ミシロタウンじゃ、ホウエンリーグで戦おうなんて言っちゃったけど……」 照れているのか、顔にかすかに朱が差している。 まあ、そんなことはどうでもいいんだが……大体、何が言いたいのか、この時点で分かるよ。 「今の君たちを見てたら、なんだかバトルしてみたくなっちゃって……いいかな?」 「おいおい……そんな風に言うなよ」 許可を求めるような口調で言うものだから、正直、呆れちまった。 「バトルしていいかな、じゃない。バトルしよう!! じゃないのか? 大体、オレたちはトレーナーだろ。それに、一応は親友だし……そんな水臭い言い方しなくてもいいじゃん」 そう!! あまりに水臭いんだよ。 縁あってミシロタウンで出会って、友達に、ライバルになったんだから。 そんな風に遠慮されると、こっちもかえって余計な気を遣わなきゃいけないし、いいことなんて一つもない。 だから、ちょっと慇懃無礼でも、ストレートな物言いで接してくれた方がよっぽどマシだし、小気味良いんだ。 ちょっとキツク言ったことが胸に沁みたのか、アカツキは唖然とした表情を見せていた。 だけど、すぐにキリッと引き締まった顔つきに変わった。 親父さんのこともあるし、あんまり明るくなれないのは分かるけど…… せめてライバルの前では虚勢でもなんでもいいから元気でいて欲しいと思う。 オレのワガママかもしれないけど……それでもいいさ。 「うん、バトルしよう、アカツキ!!」 「おう、そう来なくっちゃな」 アカツキの元気な一言に、オレは親指を立てて応じた。 ホウエン地方に来てから一ヶ月が経つ。 アカツキと出逢ってから同じ時間が経った。 一ヶ月っていう、お世辞にも長いとは言えない時間だけど、お互いに旅をして、少しは強くなれたはずだ。 ここで、中間結果発表っていう具合でバトルをしてみるのもいいだろう。 逆に、オレがどこまでレベルアップできたか、というのを確かめるいい機会だ。 ホウエンリーグの前哨戦とも言えるから、負けたくはないんだけどな。 「ここでバトルするのは……ちょっと気が引けるな」 オレは周囲を見渡した。 木陰は瑞々しい草のクッションで覆われていて、ここでバトルをしたら、それが焦土になってしまうだろう。 そこまで行かなくても、ぐちゃぐちゃになってしまうのは間違いない。 だから、提案した。 「さっきの川辺に場所を移してバトルしようぜ。あそこなら、ちょっとくらい暴れても大丈夫だ」 「オッケー、そうしよう」 あっさり受け入れられる。 食事のために用意していたものを木の根元にまとめてから、三度、川辺に場所を移した。 小川のせせらぎを小耳に挟みながら、オレとアカツキはそれぞれのポケモンをしたがえて対峙した。 真剣な目つきながらも、口元はバトルの楽しみに笑みの形に歪んでいる。 オレもたぶん、同じような表情だろうと思う。 自分じゃ自分の表情って分からないけど、バトルが楽しみだっていう気持ちはホンモノだ。 だったら、それに近い表情をしてるってことなんだろう。 ま、表情なんてどうでもいいや。 「ダブルバトルって知ってる?」 「ああ、知ってるよ」 アカツキが提案してきた。 ダブルバトルは、それぞれが二体ずつのポケモンを同時にフィールドに出す形式のバトルだ。 二体を同時に扱うのは難しいけど、シングルバトルじゃできないような夢のコンボも成立させることができる。 それだけ相手の戦略を打ち崩して自分のペースに持っていくのが難しいけど、やりがいのあるバトルだ。 「ホウエンリーグの本選じゃ、ダブルバトルが採り入れられてるんだよ。その練習をしようよ」 「ああ、いいぜ。そうしよう」 ホウエンリーグの本選の練習か……そういう意味合いも兼ねているのなら、頑張らなきゃいけないな。 とはいえ、二体のコンビネーションや、弱点が重ならないといったことを考えなきゃいけない。 ポケモン選びでさえ難しい。 弱点が重なったら、相性の悪い相手と当たったら、それこそ最悪だ。 そうならないようにするには……シングルバトル以上に気を遣わなければならない。 誰と誰を出すべきか…… 考えていると、先にアカツキがポケモンを送り出した。 「ワカシャモとアーマルド。お願い!!」 「シャモっ」 「マルぅ……」 指名された二体が、アカツキの前に躍り出た。 ワカシャモとアーマルドか…… 弱点が重ならないようにするというセオリーをいきなりぶち壊してくれたな。 二体に共通する弱点は水タイプ。 その他の弱点は、互いがカバーするようになっている。 水タイプのポケモンを出されても勝てるという自信がある……そう見て間違いない。 いっそセオリーどおり水タイプのレキを出して、タフじゃなさそうなワカシャモを集中攻撃するという手も使えるが…… それがトラップだってことも考えられる。 ……深読みしすぎても元の木阿弥だし、かといって何も考えないのも自殺行為だ。 罠だと分かっていても飛び込んでみるのが一興か。 「レキ。行ってくれ」 「マクロっ」 意気揚々と前に出るレキ。 「やっぱりレキで来たね……」 弱点を突くのは当然だ。 アカツキの笑みが深まる。 さて、もう一体は…… ワカシャモもアーマルドも、見た目やタイプからして、物理攻撃が得意そうだ。 ワカシャモは炎を吐けるけど、攻撃の主体はなんといっても強力な格闘タイプの技。 それを考えると、いくら弱点を突けるとしても、先にレキを集中攻撃されたらひとたまりもない。 弱点を突けなくなったら、それだけ勝ち目が失われるんだ。 いっそ、リーベルの威嚇で攻撃力を下げておくか? ワカシャモの格闘タイプの技には弱いけど、リーベルの身のこなしなら、アーマルドの攻撃を避わせる。 さらに、レキと連携を取ってワカシャモを集中攻撃することもできるだろう。 ラッシーを出せれば一番なんだろうけど…… ミシロタウンでバトルした時、すでにハードプラントやマジカルリーフ&各種異常の粉のコンボを披露している。 当分は使えない。 日本晴れからソーラービームのコンボで一気に決めることも可能だけど、ダブルバトルじゃかなり難しい。 一体を攻撃している隙に、もう一体がラッシーに最大威力の攻撃を食らわしてくるだろう。 シングルバトルなら、ラッシーに頼りっきりでもなんとかなる。 ダブルバトルじゃ、ラッシーだけで戦い抜くことはできない。他のみんなとのコンビネーションが重要なんだ。 ならば…… オレは振り返り、リーベルに目を向けた。 「ぐるぅぅ……」 何か言い出すよりも早く、リーベルが悠然と歩み出た。 こりゃやる気だな…… ワカシャモと睨み合っているリーベルの背中を見ているだけで分かる。 オレが「出るな」って言っても、言うことを聞きそうにない。 そんな雰囲気が立ち昇っているように思えるんだ。 他のみんなはどう思ってるんだろう。 このままリーベルを出していいものかどうか迷ってしまい、オレは他のみんなに視線を向けた。 すると…… 「バーナー……」 みんなを代表して、ラッシーが大きく頷いてくれた。 同意するように、みんなも小さく頷く。 「本当にいいのか?」 なんて二言は言い出せなかったよ。 みんながそれでいいと言ってくれてるんだから、それ以上、何が必要だと言うのか。 「…………」 リーベルの『威嚇』でワカシャモとアーマルドの攻撃力を下げて、相対的にこちらの防御力を上昇させるのがベストか。 やはりそっちの結論に至り、オレはリーベルを出すことを決めた。 「リーベルでいいんだね?」 「ああ」 確かめるように訊いてくるアカツキ。 もう決めたんだから、くどいと言ってやりたいところだけど、思いっきり迷いまくった手前、言い出すことはできなかった。 代わりに頷く。 こうなったらレキとリーベルの、ホウエン地方でゲットしたポケモンで戦ってやる。 二体がどこまで強くなったのか、二体をどこまで上手に戦わせることができるのか。 全体的なオレたちのレベルを見極めるのにはちょうどいい。 「じゃあ、みんな戻って」 オレは戦う二体以外のポケモンをボールに戻そうと、腰に手を持ってきて―― 「バクーっ♪」 不吉な声が。 背後から聞こえてきましたよ。 あんまり聞きたくなかった声なんだけど……恐る恐る振り返るより早く、オレの脇を疾風のごとき勢いで赤い矢が通り抜けた。 カエデだった。 ざざっ!! 突然の出来事にみんな驚いて、カエデに道を開ける。 ラッシーでさえ驚くんだから、カエデの目的――大好きなルースはそれこそひとたまりもない。 オレがモンスターボールに戻す間もなく、ルースがカエデに背中を向けて逃走!! 「バクぅぅぅぅっ!!」 みっともない泣き声を上げながら、脱兎のごとく全力疾走。 でも、そうやってルースが逃げようとするから、なおさらカエデのハートに火がついたらしい。 「バク、バクぅ♪」 いつの間にやら背中にメラメラ炎を燃やしながら、ルースを追いかける。 「…………」 一体、なんなんだ? バトルを始めようという状態だったのに、雰囲気が一瞬にして白けたぞ。 バトルっていう雰囲気じゃなくなったけど……いや、このまま始めていいものかどうか、分からなくなってきた。 ルースは背後に迫る大いなる脅威から逃れるべく必死の形相だけど、カエデは笑っている。 純粋にルースを戯れたいと思っているのが分かるけど…… ルースからすれば、同族の彼女はいつか空から降ってくるという恐怖の大王みたいな存在なんだろう。 でも、ルースの必死の願いも虚しく、あっという間に追いつかれて、ボディプレスを食らう。 「バグェっ」 つぶれたカエルのような声を上げて、ルースはその場に崩れ落ちた。 その背中の上に馬乗りになって、笑顔のカエデ。 ミシロタウンの時のように、器用にうつ伏せのルースを仰向けにひっくり返して、再び馬乗り。 圧倒的な力の前に、ルースは為す術もなかった。 「…………」 アカツキも止めなかった。 カエデは別にルースに危害を加えようとしているわけじゃない。 ただ遊びたいだけ。 それはオレにも分かる。 ただ、ルースは嫌がってるっていうか、恐がってるというか……あんまり「遊ぼう♪」なんて心境にはなれないだろう。 積極的過ぎる女の子には慣れていないから。 荒療治だけど、ここは頑張ってもらうしかない。 オレが無理に入っても、かえって拗れてしまうだけだ。 だったら、ポケモンのことはポケモンに任せるのが一番だ。 「じゃあ、みんな戻っててね」 カエデとルースのことは見て見ぬフリで、オーダイル以外のポケモンをモンスターボールに戻す。 オーダイルはモンスターボールの中よりも、外にいる方が落ち着くんだそうだ。 それに、カエデが無茶をした時には止める役割もあるんだろう。 「じゃ、みんな戻っててくれ」 オレも、ラッシー以外のポケモンを戻した。 ラッシーはじっとルースの方を見ていたけど、手出しはしない。 これはルースの問題だと、薄情にも割り切っているようだ。 「バクぅぅぅ、バクぅぅぅぅぅっ!!!!」 助けて、助けて!! もがきながら悲鳴を上げてるけど、もちろん助けたりはしない。 むしろ、助けるというよりも脱走を幇助(ほうじょ)するような形だよな。 女の子に詰め寄られた程度でうろたえてるようじゃ、一人前の男じゃない!! それがポケモンにも通じるのかはさておき、ルースにはここいらで一発、度胸をつけてもらわないと困る。 そのためのいい経験だと思えば…… ちょっと心は痛むけれど、これもルースに強くなってもらうためだ。 断腸の思いで、視線をアカツキに戻す。 よし、なんとなくバトルする気が漲ってきたぞ。 「じゃ、始めよっか」 「うん」 背後でルースとカエデがイチャイチャしてるのは正直結構気になるんだけども。 まあ、目の前で繰り広げられるバトルに夢中になれば、多少は気も紛れるだろう。 むしろ、アカツキの方が大変かもしれない。 オレの向こうでイチャイチャしてるカップルの姿を見続けることになるんだから。 まあ、それはそれとして…… 「……レキ、ワカシャモに水鉄砲!!」 リーベルの弱点を突くワカシャモがとても危険。 ……ってワケで、オレはワカシャモをまず倒すよう、レキに指示を出した!! ぶぅぅぅっ!! 腰を低く構え、水鉄砲を撃ち出すレキ。 一直線に突き進む水鉄砲を、好戦的とは思えないような、妙に醒めた眼差しで見つめるワカシャモ。 さあ、どうする? 避けるか、それとも攻撃してくるか…… どっちにしても迎撃することはできる。 胸中で自信を滲ませていると、アカツキがレキを指差して、真剣な面持ちでワカシャモに指示を下した。 「ワカシャモ、電光石火でレキを攻撃!! アーマルドは岩石封じでリーベルの動きを封じて!!」 別々のポケモンに攻撃を指示してきたか…… 次の瞬間、ワカシャモが電光石火の勢いで駆け出す!! アーマルドの岩石封じでリーベルの動きを封じてから、ワカシャモとタッグを組んでレキを集中攻撃する作戦だな。 両方の弱点を突けるレキは、アカツキからすれば脅威以外の何者でもない。 真っ先に叩きに来るであろうことは、オレとしても当然予想している。 ワカシャモはわずかに横に動いただけで、水鉄砲を軽く避わして、レキに迫る!! 一方アーマルドは爪を伸ばして地面に突き刺した!! どごんっ。 そんな音がして、地面がかすかに揺れる。 岩石封じの効果は、確か…… 「リーベル、レキを守るんだ!!」 オレはとっさにリーベルに指示を出した。 刹那、地を蹴ったリーベルの足元から、岩の柱が六本、取り囲むようにせり出してきた!! 一瞬でも遅れていたら、逃げるに逃げられなくなっていただろう。 一メートル近くせり出してきた岩の柱は、ほとんど同時に内側に六本すべてが倒れ込んで、岩の牢獄を作り上げた!! 岩石封じは、相手にダメージを与えつつ動きを封じる効果を持つ、強力な岩タイプの技だ。 これで動きを封じられていたら、レキは集中攻撃を受けて、たぶん撃破されているだろう。 一対二じゃ、いくらなんでも分が悪い。 でも、これでアカツキの作戦は分かった。リーベルが動きを封じられないように、 立ち回りに気をつけていけば、いずれはワカシャモかアーマルドに付け入る隙が見つかるだろう。 その時に攻撃を仕掛けられれば、勝つことができる。 それまでは我慢強く待つしかないか…… リーベルがさっと、レキの前に飛び出した。 「……!?」 いきなりリーベルが現れるとは思っていなかったようで、ワカシャモの勢いでわずかに衰える。 よし…… 「シャドーボール!!」 リーベルが口を開き、闇を凝縮したボールを発射した!! 「シャモっ!!」 しかし、さすがはワカシャモ。 飛んできたボールを間一髪のところで避ける。 「なかなかやるね……」 アカツキが小さくつぶやく。 その顔には得意気な笑みが浮かんでいる。 相手が強ければ強いほど燃える性分なのかもしれない。どっかの誰かさんと同じで。 「ワカシャモ、火炎放射でまとめて攻撃!! アーマルドは岩石封じだよ!!」 「……そう来たか……!?」 チャンスだと思っていたけど、それはアカツキにとっても同じだったってことか。 「レキ、リーベル、左右に散開するんだ!!」 慌てて指示を出す。 ワカシャモがレキとリーベルに向かって渾身の火炎放射を発射!! 二体が一塊になる瞬間を狙ってたって言うのか……罠に填めたつもりでいたけれど、逆に填められた!! すました顔して、なかなかやる……!! でも、今ならまだなんとかなる。 レキとリーベルはオレの言わんとしたことを理解して、さっと飛び退いた!! その直後に火炎放射が二体のいた場所に突き刺さる!! これまた少しでも遅れていたら、まとめてレアに焼きあがるところだった。 「レキ、雨乞い!! リーベルはアーマルドにシャドーボール!!」 岩石封じを発動しようとしているアーマルドなら隙だらけのはずだ。 レキは弱点を突いた時に大きなダメージを与えることができるよう、雨乞いで水タイプの技の威力を引き上げておこう。 再び爪を地面に突き刺すアーマルド。 攻撃態勢に入って、身動きの取れないアーマルド目がけて、リーベルがシャドーボールを発射!! 位置的に考えて、ワカシャモは間に合わない。 これならアーマルドにダメージを与えられる。 確信した直後、信じられないことが起こった。 「マクロっ!?」 出し抜けに聞こえてきた悲鳴に思わず振り向くと、せり出した岩の柱が、レキの動きを封じていた!! しまった……!! そういうことか……!! 『火炎放射も囮』ってことだ!! 時間差で岩石封じを発動させ、レキの動きを封じることが狙いだったんだ。 やられた……てっきり、リーベルの動きを封じてから、じっくりレキを料理するんだとばかり思ってたけど…… いや、アカツキのプランのひとつだった、という言い方のほうが正確か。 逆に、レキの動きを封じて、リーベルを倒してから、数の上で優位に立つという算段も考えていたんだろう。 状況を上手く利用しているというか……トレーナーとしての強さを見せ付けている感じがする。 でも、負けないぞ。 「レキ、雨乞い!!」 岩石封じで中断させられてたけど、逆に今なら岩の柱の圧迫以外の攻撃は受け付けない。 ワカシャモの火炎放射も、岩の柱が邪魔をして威力を削げる。 「マクロぉぉぉ……」 岩の柱に圧迫されながらも、レキは裂帛の声をあげて空を仰いだ。 ちょうどその時、爪を地面から引き抜いたアーマルドの腹に、シャドーボールが炸裂!! 闇が撒き散らされ、アーマルドが大きく吹き飛ばされる!! 「アーマルド!!」 アカツキがアーマルドの方を向く。 よし、今ならワカシャモに指示を出せない!! 「リーベル、ワカシャモに突進!!」 らしくないと言えばらしくないけど、今がチャンスだ。 アカツキが動揺している今なら、攻勢を仕掛けることができる。 リーベルは身を翻し、ワカシャモに飛びかかった!! でも、そう簡単には勝たせてくれなかった。 「ワカシャモ、リーベルを受け止めてスカイアッパー!!」 アカツキはすぐに気持ちを切り替えて、ワカシャモに指示を出してきたんだ。 どこに目がついてるんだってツッコミたくなるほどの素早さだ。 身動き取れないレキをほっといて、先にリーベルの相手をしようという魂胆だな。 その間に、アーマルドが持ち直せば、一気に有利になる…… 上手いやり方だとは思うけどね。 レキの雨乞いが発動し、川辺に大粒の雨が降り出した。 そして、リーベルの全力の突進がワカシャモを打ち据える!! ダメージは与えられたけど、ワカシャモは持ち前のパワーでリーベルをそのまま受け止めて、空に投げ飛ばした!! うわ、なんて怪力ッ!! 驚くオレを尻目に、ワカシャモは投げ飛ばしたリーベル目がけて、脚をバネのように勢いよく伸ばしてジャンプ!! あっという間に追いついて、リーベルに強烈なアッパーを食らわした!! 「リーベル!!」 今のはクリーンヒットだ。 『威嚇』で攻撃力が下がっていても、弱点の攻撃を受ければ大ダメージだ。 攻撃力の低下を過信してばかりいると、思わぬ一撃を食らって戦闘不能になることもある。 さすがに、今の一撃で戦闘不能になることはないと思うけど…… またまた宙に投げ出され、落ちていくリーベル。 と、そこへ…… 「アーマルド、地震だよ!!」 「なにぃっ!?」 さすがにこれには目が飛び出るかと思った。 アーマルドはいつの間にやら持ち直して、ワニのそれを思わせる太い尻尾を勢いよく地面に叩きつけた!! 刹那、凄まじい揺れが周囲を駆け抜けた!! 地震まで使うのか……!! オレは足腰に力を入れて、隙あらば転ばそうとする強烈な揺れに耐えた。 揺れはしばらく続き、リーベルが地面に叩きつけられると同時に地震によってまた跳ねる。 「そこまでやってくれるとはな……甘く見すぎてた……甘く見たつもりはないけどさ……」 オレはぐっと奥歯を噛みしめた。 揺れが収まるのを待っていたように、ワカシャモが軽やかに着地する。 地震は強烈な技だけど、攻撃範囲があまりに広い。 相手のポケモンのみならず、自分以外のすべてのポケモン――仲間のポケモンすらその牙にかけるというリスクがある。 もちろん、タッグを組むポケモンが地面タイプを無効にできるタイプや特性を持っていれば使い放題だけど、ワカシャモは炎タイプ。 地面タイプの技を苦手としているんだから、まさか地震を使ってくるとは思わなかったんだけど……認識が甘かった。 地震を食らわない工夫をしていればよかったんだ。 たとえば、ジャンプで地震の効果が及ばないところに逃れるとか……リーベルを落として、巻き添えを食らわすなんていう破天荒な戦術には面食らったけどな。 リーベルはぐったりしたけど、ゆっくりと立ち上がろうとする。 だけど、スカイアッパーに地震と立て続けに強烈な攻撃を食らい、足元はどうにも覚束ない。 少しでも気を抜けばそのまま倒れてしまうのではないかと思えるほどだ。 とはいえ、地震でレキもダメージを受けているはずだ。 岩の柱がダメージを少しは吸収してくれていると思うんだけど、まったくの無傷とは行かない。 ただ、岩の柱にも大きな亀裂が入って、少しでも力を加えれば、内側からでも簡単に破壊できるだろう。 「オレの方が不利か……」 相性の良さばかりで見ていたのが間違いだった。 それを覆す戦術があれば、相性なんてほとんど無視できる。それを思い知らされたよ。 リーベルはあと一撃……どんなに小さな攻撃でも食らえば戦闘不能は免れないだろうし、レキも身動きが取れずにいる。 リーベルの弱点を突いてくるワカシャモを真っ先に倒そうと思ったけど…… 地震で広範囲を無差別に攻撃してくるアーマルドを野放しにしておくのは何よりも危険だ。 くっ、どうすればいい……? ワカシャモもアーマルドもそれなりにダメージを受けているものの、単純な度合いだけ考えれば、こっちの方が被害は甚大だ。 唯一の救いは、レキの水タイプの技を強化してくれる雨が降っていることくらい。 「……なら、一発やってみるか……?」 あの大技なら、ワカシャモとアーマルドをまとめて攻撃することができるし、雨の効果で威力が上がっている。 その上、特性の発動も可能だとしたら、威力はそれこそ甚大。 一発逆転の可能性があるのなら、賭けるしかないだろう!! 「…………」 「…………」 アカツキもオレに秘策があると踏んだんだろう、迂闊に攻撃を仕掛けられずにいるようだ。 互いに睨み合い、時間が流れる。 ザァァァァァァッ…… 「バクぅ〜♪」 「バクぅ、バクぅ……!!」 「…………」 「…………」 雨の音と、カエデの楽しそうな声と、ルースの悲鳴が聞こえる。 またしても一瞬雰囲気が白けそうになったけど、すぐにピンと空気が張り詰める。 「来なよ、アカツキ。君の全力、ちゃんと受け止めてみせるからさ!!」 アカツキの方から誘いをかけてきた。 真剣な表情ではあるけれど、口元に笑みを忘れない。 どんな攻撃が来ようとも、耐え切って反撃できるだけの自信があるってことか。 確かに…… この攻撃に耐えられたら、状況は絶望的なほど悪化する。好転はしない。 なら、やらせてもらおう。 「レキ!! 濁流ですべてを押し流せ!!」 オレの指示を待っていたように、レキを取り囲んでいた岩の柱が勢いよく吹き飛んだ。 そして、その中から膨大な濁流が流れ出してワカシャモたちへなだれていく!! 「なるほどね、いい作戦だよ!! アーマルド、アイアンテール!!」 何をするつもりだ……!? アイアンテールで濁流をどうにかするつもりじゃないだろうな…… ワカシャモが下がり、代わりにアーマルドが前に出た。 身体ごと太いシッポを振り回す!! シッポの先が、押しよせる濁流の先端に触れて―― ざぁっ!! 「げっ!!」 オレは驚愕の声を漏らした。 自分でも、つぶれたカエルのようなヘンな声だって思ったけど、それが何だと思うような光景を目の当たりにした。 濁流が、真っ二つになった。 アイアンテールの風圧で濁流を真っ二つにするなんて、普通は考えないぞ、普通は!! でも、その勢いを止めることはできなかった。 濁流に飲み込まれ、アーマルドが倒れる!! 真っ二つになった濁流の一部が逆流してリーベルを直撃!! リーベルも倒れて動かなくなってしまった!! まさか、こういう展開を狙ってたとか? いや…… 一歩間違えばアーマルドだけが戦闘不能になってた。 そうなる公算の方がよっぽど高い。 起死回生の一打を繰り出したのは、オレだけじゃなかったってことか…… 濁流が収まった後には、リーベルとアーマルドが倒れていた。 次の一瞬―― レキとワカシャモが動き…… ピタリ。 オレとアカツキのちょうど中間の位置で動きを止める。 レキは大きく口を開き、いつでも水鉄砲やマッドショットを放てる体勢で。 ワカシャモはレキの鼻先スレスレに鋭い爪のついた脚を突きつけて。 正面切っての早撃ちか…… まるでどっかの西部劇に出てきそうなワンシーンに、緊迫の度合いが深まるのを感じた。 一瞬で勝負が決まる。 先に攻撃した方が有利になるのは言うまでもない。 一秒、また一秒と時間が過ぎていく。 攻撃のタイミングを探り合ううちに、いくらでもそのチャンスは流れていく。 そして…… 「やめよう……」 緊迫の空気を壊したのは、他ならぬアカツキの一言だった。 肩を落として、アーマルドをモンスターボールに戻した。 ……と、レキとワカシャモの間に流れていた空気も動きを止めて、二人とも攻撃態勢を崩した。 「……そうだな。リーベル、戻ってくれ」 これ以上のバトルはやっても意味がない。 そう感じたのはオレも同じだ。 ――お疲れさん。よくやってくれたな。ゆっくり休んでてくれよ。 リーベルをモンスターボールに戻し、労いの言葉をかける。 ともあれ、バトルは終わった。 「やっぱ強いな、アカツキは……もう少しで負けるとこだった」 歩み寄ってきたアカツキに、オレは言葉をかけた。 正直な感想だよ。 もしあのままバトルを続けていたら……どちらに転んでもおかしくなかった。 勝利と敗北が天秤の上で等しく釣り合っていた。本当の意味での『均衡』を体現したバトルだったよ。 ここまで際どいトコまで行ったのは久しぶりだ。 それだけドキドキしたし、いい経験にもなった。 「ううん、それはぼくも同じだったよ。あれからアカツキも腕を上げたんだね。今のバトルでよく分かったよ」 「まあ、お互いにな……」 これ以上の言葉も握手も必要なかった。 互いに互いを認め合うっていうのは、そういうことなんだから。 オレもアカツキも、互いに腕を上げた。 一ヶ月の間で、思った以上に。 これならホウエンリーグでも十分通用する……そんな手ごたえは確かにあったな。 あとは、形になってないところをどういう風に形付けてゆくかということだけだ。 オレとアカツキの共通の課題とも言える。 さて、バトルも終わったことだし、オレたちもゆっくり休まなきゃな。 「んじゃ、さっさと戻ってメシにしようぜ」 「うん。ぼく、お腹空いちゃったよ」 アカツキはお腹をさすりながら、笑顔で頷いた。 当面の問題は…… オレとアカツキはほぼ同時に『そっち』に目を向けた。 「バクぅ、バクぅっ♪」 「バクぅぅぅぅぅぅぅ……!!」 仰向けにひっくり返されたまま、ルースがジタバタしている。 その上に馬乗りになったカエデが、じゃれ付いて遊んでいる。 あー、まだ続いてたんだ…… 驚きなんて今さら感じないよ。 とりあえず…… 「カエデ、そろそろ戻るよ。遊ぶのはそれくらいにして」 「バクっ♪」 アカツキが声をかけると、カエデは大きく頷いて、ルースから離れた。 その隙を逃すまいと、ルースは飛び起きてオレにしがみついてきた。 「…………ルース、ずっと遊んでもらってたのか?」 「バクぅ……」 ルースは今にも消えそうな声で嘶いた。 やっぱり、ルースにはハードルが高すぎるんだろうか。 いきなりカエデにぶつけて慣れさせようなんて……同族だけど…… いや、逆に同族だから、積極的すぎる女の子にビックリしているのかも。 「まあ、いきなり仲良くなるのは難しいかもしれないけど……頑張らなきゃな。 カエデはルースのこと大好きなんだから。そう思われるの、嫌じゃないだろ」 「バクっ」 「じゃ、頑張れっ」 オレは半ば無責任とも取れるような一言と共に、ルースの背をぽんと叩いた。 カエデとちゃんと仲良くなれれば、大きくステップアップできるのは間違いない。 逆に、そこがポイントなのかもしれない。 一段落ついたところで、オレたちは木陰に戻って、昼食の下ごしらえにかかった。 バトルで頑張ってくれたレキとリーベル、ワカシャモとアーマルドは木の傍でぐっすり休んでいる。 戦い疲れた身体は、嫌でも休息を求めているんだ。 他のみんなは、四人を起こさないよう、ひっそりと佇んでいた。 「えっと……ここにこれを入れればいいんだよね?」 「ああ、頼む」 アカツキがコンビーフの缶をひっくり返して、中身を鍋に放り込む。 その後で、調味料を一掴みパラパラと注いで掻き混ぜる。 コンビーフの塩気が元からあるから、調味料はコショウと砂糖を少々で十分事足りる。 鍋がぐつぐつと煮える音だけが、不気味に響いているように感じられるのは気のせいだろうか? なんていうか、いつも元気なみんなが、レキたちに気を遣って静かにしているのはありがたいんだけど、みんならしくないというか…… やっぱり、違和感みたいなものがある。 それはアカツキも同じみたいで、特段やることがない時は、ワカシャモやアーマルドの方をチラチラ見ている。 この近くにはポケモンセンターがないらしく、こうやって外でゆっくり休ませてやることしかできないんだけど、 休んだ後にはたくさん食べれば、バトルで消耗した体力の回復も早まるだろう。 そのためにも、美味いと喜んでもらえるような料理を作らなきゃな…… 今回の手料理はスパイシーなカレーだ。 ご飯は飯盒で炊いている。鍋の傍で、蓋の隙間からゴボゴボと香ばしい匂いを漂わせる泡を吹かせている。 原始的だけど、こうやって炊いたご飯の方が美味しいんだ。 トキワの森が舞台の林間学校で、こういうことやったっけ……煮えるカレーに目をやりながら、オレは当時のことを思い出していた。 十歳になる少し前だから……そう、今から二年くらい前のことだ。 引率の先生の指示のもと、六人一班の生徒たちが、それぞれの班でカレーを作ったんだ。 下ごしらえも何もしてない状態で、皮むきや米研ぎといった一からの作業を、先生の指導にリードされる形でやった。 そりゃ年端も行かない子供ばかりで、順調に進むはずがない。 時間はかかるわ、ご飯は焦がすわ、カレーの具は大きすぎて切らなきゃ口に入らないわ…… それぞれの班でそれぞれのアクシデントがいくつか発生し、調理は終了。 いよいよ美味しいカレーを食する時になって、事件が起こった。 事件っていうか……ちょっとしたケンカだったかな。 オレはシゲルと同じ班だったんだけど、別の班にいたサトシがちょっかいかけてきたんだよ。 無視すりゃいいのに、シゲルがそれに応じていろいろと皮肉たっぷりな言葉を容赦なく浴びせたものだから、さあ大変。 その頃から辛口な言葉を容赦なくサトシにぶつけていたんで、今と大して変わりはしないんだけどね。 言葉の応酬からグーの応酬になるのに、あの二人のことだから、時間はかからなかった。 あっという間に乱闘騒ぎに発展し、他のクラスメイトを数人巻き込むような事態にまで拡大してしまった。 どうでもいいことに自分から首を突っ込むほどバカじゃなかったオレは、ずっと黙って見てたんだ。 なのに…… ナミが「頑張れシゲル〜♪」なんて応援し始めたんだよ。 おかげで、サトシとシゲルと一緒に、幇助罪(……で合ってたっけ?)で先生にこってりしぼられたんだ。 ありゃ完全な笑い話だよな。 さすがにあの時とは状況が違うから、思い返すなんて場違いかもしれないけどさ……今は楽しい思い出になっている。 こうやってアカツキやポケモンと触れ合ってることも、いつかは思い出っていう言葉で片付けられるんだろうか……? なんか、すごく寂しい気がするけど…… そう思ったからには、そんなくだらない言葉で片付けさせたりはしないさ。 うん、そうだ、そうなるように頑張ろう。 「なあ、アカツキ」 「なあに?」 オレはグツグツと煮えるカレー鍋をお玉で掻き混ぜながらアカツキに訊ねた。 「サトシとはあれからどっかで会ったりしたか?」 「ううん、会ってない」 「そっか……」 「そういえば、アカツキとは幼なじみなんだよね。気になるの、サトシのこと?」 「いや……気になることは気になるんだけど……そういう意味じゃないと思う」 「ふーん……」 今頃どこを旅してんだか。 ホウエンリーグが始まる前には一度くらい会えるだろうけど……やっぱ、ライバルだから、気にならない方がおかしい。 別に、心配なんてしてるわけじゃない。 あいつなら何があっても大丈夫だって、漠然とそう思えるからさ。 無責任かも、しれないけど。 黙々と鍋を掻き混ぜるオレに、アカツキが笑顔を向けて話してきた。 「ぼくもトレーナーだし、サトシくらいのトレーナーなら、やっぱり今頃何してるのかって気になるよ。 でも、ホウエンリーグで会えるだろうし、そんなに気にはならないよね」 「そうかもな……」 なに、ホウエンリーグが始まれば嫌でも顔を合わせることになる。 あいつに限って、バッジを八つ集められませんでしたとか、予選で敗退しちゃいました、なんてヘマはしないだろうし。 なんてつまんないことを考えてたんだろ、オレ。 幼なじみで友達だし、ポケモントレーナーとしてはライバルになる。 だから気になるのは当たり前だ。余計な心配をしたってしょうがないんだ。 「でも、そういうのが友達なんだって思うよ。 ユウキも、もう半年以上帰ってこないし…… ミナモシティでどんな勉強してるのかな、って気にはなるけどね。 だけど、邪魔しちゃうといけないから、立ち寄ったり電話かけたりもしてないんだ」 オレにとってのサトシと、アカツキにとってのユウキは同じなんだろう。 どこにいるかも分からないヤツとは連絡が取りようがないかもしれない。 でも……ユウキは違うだろ。 ミナモシティにいるって分かってるんだ。 研究所って言ったら、街中にあるわけじゃないから、ちょっと考えれば、どの辺にあるのかだって分かるはずだ。 アカツキがユウキのことを心配してるように、ユウキだってアカツキのことを気にかけているだろう。 だったら顔を合わせたり、連絡を取ればいい。 互いに心が癒されるだろうし、これからの活力にできる。 でも、アカツキもユウキもヘンなところで優しいというか、遠慮しいしいっていうか…… 「……まあ、そういうシケた話はやめようぜ。そろそろ美味くなる頃だからさ」 「うん。ごめん」 こればかりはオレが口出しする問題じゃない。 オレに後押しされてユウキと連絡とっても、どこかで『シコリ』が残るだけだ。 もっとも、オレはミナモシティに行ったら、ユウキに会うつもりだけど。 二年近くも会ってないとなると、お互いにどんだけ成長したか分からないからな。 あいつが研究者としてどれくらいの器になったのか、確かめに行くのも悪くない。 それに、オレがトレーナーとして頑張ってるってことも見せてやりたい。 ここでそれを口にしたら、アカツキのことだ、 「ぼくも行く!!」 ……って言い出すに決まってる。 そうなると、ナンダカンダでややこしくなりそうなんで、口が裂けても言えないのが辛いところだ。 「さぁて、美味しく炊き上がったかな……?」 火を消して、オレは飯盒の蓋を開いた。 ぶわっ。 そんな音はしなかったけど、そんな雰囲気は確かにあった。 立ち昇る白い湯気は、どこか甘い香りが混じっていた。 「うわぁ……」 アカツキが湯気の向こうで感嘆の声を上げている。 きっと、目はキラキラしてるんだろう。 意外と、こういう野外での食事に憧れでも抱いているのかもしれない。 アカツキ、料理が作れないって話だから。 だったら、オレの自慢の手料理に、存分に舌鼓を打ってもらおう!! ……ってワケで、オレは大皿にふっくら炊き上がったご飯を装った。 白いご飯の上に、お玉いっぱいに救った具沢山のカレーをシャワーのように振りかける。 福神漬けとかラッキョウとかはないけど、こればかりはしょうがない。漬物を持ち歩く趣味はないんで…… 「ほれ、食ってみ。美味いぜ」 「うん、いっただっきま〜す」 山盛りのカレーを渡すと、アカツキはガッツガッツかぶりつき始めた。 うわ、すげぇ勢い…… カレーの香ばしい匂いに釣られてやってきたみんなも、唖然とアカツキを見つめている。 かき込むという表現が似合うくらい、猛烈な勢いでアカツキはカレーを平らげた。 一分と経たずに、山盛りのカレーが盛られた大皿はきれいになった。 「すっごく美味しいよっ!! お代わりっ!!」 「あ、ああ……」 キッチリとお代わりと言われ、オレは気圧されつつももう一杯装った。 一杯食べたということを感じさせないような勢いで、口の中にかき込んでいく。 よっぽど腹を空かせてたんだな…… ヒワマキシティのポケモンセンターからここまで来る間、大したモノを食ってなかったんだろうか……? なんだかカワイソウな感じがするけど、それはしょうがない。 アカツキは料理作れないんだから。 オレが料理を作れる、ってだけの話だ。 カレーなら、ちょっと頑張ればすぐ作れるようになる。ルーなんて市販のものを使えばいいし、作り方だって難しくもない。 ただ、水の分量を間違えると、カレーの粘度が違ってくるところが要注意ってところだな。 「さ、みんなも食べな」 オレは複数の皿にカレーとご飯を装い、みんなに振る舞った。 「ブーっ……」 オレのポケモンは言うまでもないけれど、アカツキのポケモンも、カレーの盛られた皿を興味深く見つめている。 そしてみんながぱくつき始める。 その勢いは見る間に増して、すべての皿にお代わりを注いでやらなければならなくなった。 みんなの分はこれくらいでいいとして…… オレも食べなきゃな。 自分の分もちゃんと確保して、残りは三割ほど。 飯盒のご飯はカラッポになっちゃったけど、もう一度炊き直せばいいから、カレーと比べると手間はかからない。 「アカツキ、すっごく美味しい!! 料理上手なんだねっ!!」 「あ、ああ、ありがと……」 すごい勢いで迫ってくるものだから、皿に伸ばしかけたスプーンを思わず止めてしまった。 まあ、料理が上手だと言われて悪い気はしないよ。 オレは一呼吸置いてから、カレーを食した。 うむ、我ながら美味い。 口に出しては言えないけど、やっぱ自画自賛したくなる料理だよ。 ジャガイモは口の中でとろけそうだし、コンビーフの塩加減がスパイシーな味にパンチを加えている。 ルーは中辛を使ったけど、辛口と遜色ない。 ケンジやナナミ姉ちゃんとポケモンの食事を作ってた成果がこうした形で現れるのは、やっぱりうれしいものだ。 みんなも美味しそうに平らげてくれた。 心から満足しているような表情を見られて、作り甲斐があったと思えるんだ。 オレもあっという間に平らげたけど、アカツキほど食欲旺盛じゃなかった。 余った水を使って新しく米を研いで、火にかける。 レキとリーベルなら、そろそろ起き出しても不思議はない。 何しろ、ポケモンは体力の回復が人間とは比べ物にならないほど早いからな。 バトルでダメージを受けても、ちょっと休んだだけで、普通に活動する分には支障ないだけの体力は取り戻せるんだ。 「ねえ、アカツキ。 どうやったらこんなに美味しいカレーを作れるの? やっぱり、隠し味とかあるの?」 「決まってるだろ」 オレはアカツキに顔を向け、口の端に笑みを浮かべた。 「そりゃ数をこなせば上手にできるようになるさ。 隠し味なんてないけど、あり合わせのモノでできるようにする工夫はしなきゃいけないけどな」 「へえ……」 アカツキは感動しているらしく、表情も輝いて見えた。 別にそこまで感動しなくても…… オレのカレーを美味しいと言ってくれるのはうれしいんだけどさ。 その感動も行き過ぎたところまで来ると、ちょっとだけ鬱陶しいかも。 でも、料理はやっぱり数をこなすのが大事だ。 隠し味として一品付け加えたとしても、最後にモノを言うのは経験だ。 味の微妙な変化に気づいて、最小限の調味料で本来の味に戻す。 素人は、味が本来のものと違っていると気づいても、過剰に調味料を加えて、逆に余計変な味にしてしまうことが多いんだ。 旅に出る前によく見てた料理番組――紅白の対抗戦のヤツだった――でも、芸能人がその馬鹿さ加減を存分に披露していた。 上手い人はトコトン上手い。 でも、下手な人はマジでド下手。 料理もポケモンも、そういったところは同じみたいだ。 「そこはポケモンも同じなんだと思う。 必要な技だけ覚えて、不必要な技は忘れさせる。 思い描く戦術をちゃんとした形にするには、そういったところも考えなきゃいけないだろ」 「うん。ワカシャモも、もうちょっとでブレイズキックっていう技を使えそうなんだ。 だけど、あと一歩っていうところがなかなか上手く行かなくて……」 アカツキは木の傍で眠っているワカシャモに目をやった。 オレも同じように視線を向ける。 バトルで思いきりはしゃいだせいか、仰向けで、文字通り大の字で眠っている。 これじゃあ、目を覚まさないかな…… ご飯を炊いている飯盒に目を戻し、オレはふと考えた。 「ブレイズキックって……確か炎タイプの大技だったっけ」 名前どおりの技というか、ブレイズキックは、炎をまとった強烈な蹴りを食らわせる技だ。 威力も火炎放射には及ばないものの、そこそこ高いから、レベルとしてはかなり高い位置にある。 一回だけ見たことがあったっけ。 ジョウトリーグでサトシに勝った相手――名前や人相は忘れたけど、その相手のポケモンが使ってた。 今だから分かるけど、そのポケモンはバシャーモって言うんだ。ワカシャモの進化形。 オレが勉強したところによると、ブレイズキックはバシャーモにしか使えないって話なんだけどな…… まあ、アカツキのワカシャモなら、進化しなくても使えるようになるかもしれないし、進化しなくても十分に強い。 バシャーモに進化できるくらいのレベルには達しているはずなんだ。 進化しないっていうことに理由というか、こだわりみたいなものがあるんだろう。 ちょっと、気になるな…… ワカシャモも眠ってるみたいだし、本人が知らない間に聞きだしてみるか。 そう思い、オレは火加減を確かめながらアカツキに問いかけた。 「アカツキのワカシャモって強いよな。 バシャーモに進化できるくらいのレベルにはなってるんじゃないの?」 「うん、そうなんだけどね……」 どことなく歯切れの悪い返事。 理由があります、と言わんばかりだけど、それを訊く前に、アカツキの方から話してくれた。 オレなら話してもいいって思ったんだろう。 「ワカシャモ、バシャーモには進化したくないんだって。 カリンおばさんにも言われたんだけど、もうバシャーモに進化できるくらいのレベルになってるんだって。 でも、ワカシャモはワカシャモのままでいたいって言ってたよ」 「……進化を拒むってことか……」 妙なこだわりかと思ったけれど、ポケモン自身が進化を望まないケースは、少数ではあるけれど確かに存在する。 進化すると姿形が変わる。 当然能力は全体的に底上げされるから、強くなる。 進化前と比べると、段違いの強さを手に入れられるポケモンだっている。 でも、そうやって『変わる』ことが嫌なんだと、アカツキは言っていた。 ワカシャモはワカシャモのままで――今の自分のままでいたいと思ってるんだろう。 あどけない寝顔の裏に、そんな深刻そうなことを考えているとは、露とも思わなかったよ。 でも、サトシのピカチュウだって、ライチュウには進化したがらないらしい。 以前雷の石をちらつかせたら、ピカチュウは自慢のシッポで雷の石を放り出しちゃったって聞いた。 ピカチュウもピカチュウのままでいたいってことなんだろう。 それはそれで、別に問題ないと思う。 ポケモンだって生き物だし、心を持っている。進化を望むポケモンもいれば、望まないポケモンだっている。 それをトレーナーの都合でどうこうするのは、あまり感心しない。 もっとも、オレのポケモンたちは、自分の意志で進化を選んでくれてるけどな。 ポケモンの意志を尊重するのも、トレーナーとして必要なことだから。 ワカシャモがワカシャモのままでいたいのなら、それを尊重してあげるのは当然だ。 「……強いんだな、ワカシャモは」 「うん。ぼくの、自慢の家族だからね」 アカツキは頷き、笑みを向けてきた。 アカツキにとって、ポケモンは大切な家族だ。 仲間でもあり、相棒でもあり、友達でもある。 でも、一番なのは家族という表現だ。 オレも似たような感じだけど、やっぱり仲間かな。 なんて思っていると…… 「シャモぉぉ……」 ワカシャモの声が聞こえて、振り向いた。 木の幹に背中をもたれて、ワカシャモが欠伸を欠いていた。 まだまだ休み足りないらしく、寝ぼけ眼で周囲を探るように見渡している。 こういう表情のワカシャモも、どこかカワイイ感じがするな。 カメラで撮ればよかった。 「ワカシャモ、もうちょっと休んでなよ。 頑張ってくれたんだから、ちゃんと休まなきゃダメだよ」 「シャモぉ……」 アカツキが笑顔で頭のトサカを撫でてやると、ワカシャモは小さく頷いて、その場でまた眠り始めた。 ふとした拍子に目を覚ましてしまっただけか…… もしかしたら、と思ってレキとリーベル、アーマルドにも目を向けたけど、三人は爆睡中。 とても目を覚ます様子はない。 「ねえ、アカツキ」 「ん、なんだ?」 何か言いたげな口調に、オレはゆっくりとアカツキに顔を向けた。 満面の笑顔で、アカツキは言った。 「アカツキは五つ、バッジを集めたんだよね。 どうだった? ホウエン地方のジムリーダーは。みんな強かったでしょ」 「ああ、さすがにジムリーダーは強いよ。そりゃカントーでもホウエンでも同じだな」 弱いトレーナーがジムリーダーなんかになったら、意味ないだろ。 思いっきり心の底からツッコミたかったけど、ぐっと我慢する。 でもさ、ジムリーダーはマジで強かった。 もしプライベートなポケモンで相手をされたら、とてもじゃないが、今のオレじゃ勝ち目はない。 ラッシーのハードプラントや状態異常のコンボが成立すれば、なんとかならないこともない……ってところか。 「でも、ジムリーダーに勝ってバッジをゲットしなきゃ、ホウエンリーグには出られないんだよな」 「うん。ぼくは集める必要ないから、アカツキよりは気楽かな。 でも、さっきのバトルを見てたら、やっぱりまだまだ修行が足りないなって分かるよ。 アカツキはとっても頑張ってるし、ぼくも負けてられない」 「まあ、お互いにもっと伸びるってことさ」 さっきのバトルがアカツキにとっての励みに、追風になるのなら、オレにとってもうれしいことだ。 もちろん、オレにだって励みになった。 アカツキのポケモンはやはり強い。 色違いの――段違いの強さを持つリザードンを出しこそしなかったけど、それでもあんなに苦戦したんだ。 今以上にもっともっと強くならなきゃ、ホウエンリーグで戦う時に勝利することはできないだろう。 ああいう舞台でなら、アカツキも気兼ねなく、最強のポケモンであるリザードンを繰り出してくるだろうから。 少なくとも、あのリザードンに勝てるくらいの力がなければ、ホウエンリーグで優勝することはできない…… とても高いハードルだけど、それくらいのハードルがなきゃ、遣り甲斐もあまり感じられない。 「二戦とも引き分けとなると、次はホウエンリーグだな。絶対勝つ」 「それはぼくだって同じだよ。アカツキには……ううん、アカツキが相手だから、負けたくない」 「まあ、お互いに頑張らなきゃいけないんだよ。 サトシとか他のライバルに負けてちゃ、決着はつけられないだろうし」 「うん、そうだね」 それから、話は面白いように弾んで―― オレたちは時が経つのも忘れて、いろんなことを話した。 危うくご飯を焦がしそうになったけど、その時に大騒ぎになって、レキたちが目を覚ました。 カレーの香ばしい匂いに気がついて、眠気が一気に吹き飛んだらしい。 オレが大盛りに装ったカレーを差し出すと、みんな夢中になって食べていた。 その時の美味しそうな顔と言ったら、ほかのみんなのものとはまた違って見えて、新鮮だった。 バトルで疲れていた分、食欲も旺盛で、残っていたカレーをペロリと平らげてしまった。 食べ終わると、回復したと言わんばかりに身体を動かして、みんなと遊び始める。 その様子を見て、オレとアカツキは顔を見合わせて、ふっと微笑んだ。 そして翌日。 オレたちは再び、それぞれの道を往こうとしていた。 アカツキはオーダイルだけを外に出して、ほかのポケモンは腰のモンスターボールに戻している。 オレはというと……誰も出してない。 みんなを引き連れていくのもいいんだけど、ヒワマキジムのジム戦を前に、余計な体力の消耗は避けたい。 「じゃあ、次はホウエンリーグで会おうね。 アカツキと戦えること、楽しみにしてるから!!」 「ああ、それまでにもう少し強くなっとけよ。オレも、もっともっと強くなってるからな。 今のおまえじゃ、絶対に勝てないくらいにな!!」 「言ったな!?」 オレたちは拳と拳をガチッと突き合わせた。 痛いけど、その痛みが活力になると、本気でそう思った。 「じゃあ、アカツキももっともっと強くなっといてね。ぼくだって、もっともっともっと強くなるから!! 今のままじゃ、コテンパンにしちゃうからね!!」 「へっ、言うだけ言ってろ。 じゃあな!!」 「うんっ!!」 手を振り、オレはアカツキに背を向けた。 振り返るまでもなく、アカツキも同じように背中を向け、反対側へ向けて歩き出したことが分かる。 もちろん、振り返りはしなかった。 今以上に強くなる……強い決意を胸に、オレは歩き出した。 次のジムのある、ヒワマキシティへ。 To Be Continued…