ホウエン編Vol.16 空翔ける翼 六つ目のバッジをゲットすべくやってきたヒワマキシティは、森の中に街があるような佇まいが印象的だった。 というのも、今までに訪れたどの街よりも緑が色濃くて、森の中にいるような気持ちになる。 街路樹も他の街と比べると数倍はあるし、大通りらしい道も、アスファルトの舗装じゃなくて、土をローラーで固めただけ。 時折吹き付ける暖かな南風が道端に生えた鮮やかな色の花を揺らし、木の葉の擦れる音が妙に心地良い。 自然に囲まれた生活をしているせいか、通りを行く人の表情は一様に明るく、素朴な雰囲気を醸し出している。 時間に追われ、喧騒に包まれた都会とはまた違う雰囲気が何とも言えない、結構いい街だ。 のどかで落ち着いている。 マサラタウンは町の外に自然が広がっているけれど、このヒワマキシティはまるで逆。自然の中に街がある。 それも、景観を壊さないようにと、マンションやビルはひとつも見受けられない。 「こういうとこのジムリーダーっていうと、やっぱ草タイプの使い手だったりするのかねえ……?」 街の入り口で見かけた看板にしたがって、ヒワマキジムへと向かって歩きながら、オレはこれから戦うべき相手のことを考えていた。 ジム戦の前だっていうのに、気持ちが落ち着いている。 濃い自然に囲まれて、リラックスでもしてるっていうんだろうか。やる気は十二分にあるけど、騒ぎたいという気はしない。 粛々とバトルを進めて、さっさと勝ってバッジをゲット……そんな感じだ。 「……草タイプっていえば、エリカさん、元気してっかなあ?」 自然といえば、ポケモンで言うところの草タイプ。 草タイプのポケモンを使ってきたジムリーダーといえば、タマムシジムのご令嬢、エリカさんだ。 実家はお金持ちらしいんだけど、エリカさんは別にお金に興味がないらしい。 実家からの援助を一切受けずにジムと活け花教室を経営しているやり手だ。 ただ、性格はのほほん系で、ヘンな意味でついていくのが大変な人だったっけ。 元気にしてればいいんだけどな…… 草タイプのポケモンを使っていたから、ラッシーもエリカさんには結構懐いてた。 時折、ラッシーの息抜きも含めて、エリカさんのジムに連れてってやらなきゃな。 この街みたく、ジムの中も自然に覆われてたんだ。 まさに植物園って感じだったよ。 「……草タイプの使い手だっていうのなら、ラッシーとガチンコ勝負するのも悪くないよな。 でも、コンボを見破られる可能性も高いし……」 相手はオレよりも実力が上で、キャリアも長い。 オレが考えそうなコンボは、実戦でガンガン使ってきそうなものだけど……だから、ガチンコ勝負でどうにかなるかは分からない。 そこんとこは、相手のポケモンを見てからでも十分に判断できるか。 先走りして考えてもしょうがないところだ。 あー、こんな風に考えるくらいなら、アカツキにヒントでももらっときゃ良かったって、一瞬だけ、そんなことを思った。 ホウエン地方で最初にできた友達で、ライバルでもある、同じ名前のトレーナーだ。 あいつ、こっちの方から来たみたいだし、一度この街のジムリーダーとリーグバッジを賭けて戦ったことがある。 ジムリーダーのこと、知ってたはずだ。 どんなポケモンを使うんだって訊いたところで、いくらあいつでも素直に教えてくれるとは思えない。 まあ、それでも少しくらいはヒントらしいものをもらえたかもしれない。 今さらそんなことしてもしょうがないんだけどさ…… あいつが頑張ってるんだから、オレだって負けちゃいられない。 自分を奮い立たせる理由なら、いくらでもある。 あいつは前々回のホウエンリーグで本選出場を決めたらしい。 三年以内の大会なら、一度だけリーグバッジを集めなくても参加できる権利を持っている。 でも、予選から出場しなきゃいけない。 仮に今回本選出場を決めたとしても、同じような権利は二度と発生しないんだとか。 だから、あいつもそれなりに必死なんだ。 一度きりのチャンスだから、それを確実にゲットしておきたいと考えても不思議じゃないし、あいつならそうするだろう。 もっともっと考えたいことはいっぱいあったけど、ジムについてしまったせいで、考え事を隅っこに払うしかない。 「ここがヒワマキジムか。なんか、意外だな……」 オレは、ジムの前で足を止めた。 目の前にはドームのような建物がある。 森の中にあるだけに、どっかのジムみたく植物園のようにも見える佇まい。 ジムの敷地をすっぽり覆う塀と、青々と生い茂る背の低い草。 「……やっぱ、ここがジムなんだよな?」 看板に書かれてた通りに歩いてきたし、すぐ傍の塀にデカデカと掲げられた文言を見ると、やっぱそうなんだろうと思う。 「『ヒワマキジムリーダー・ナギ。華麗に空翔ける蒼き翼』? ……ってことは、飛行タイプか……」 手書きの文言を見る分に、このジムのジムリーダーが使ってきそうなポケモンは、草タイプじゃなくて飛行タイプか。 飛行タイプに有効なのは、岩、電気、氷タイプの技だ。 手持ちに、それらの技を使えるポケモンはいない。 氷タイプの技なら、今はじいちゃんの研究所にいるリッピーが冷凍ビームや10万ボルトを使えるんだよな。 今からポケモンセンターに戻って、リッピーを送ってもらおうか…… なんてことを思ったけど、ジムを前にして一時撤退みたいなマネはできない!! オレ自身、なんてつまんない意地張ってんだろうって思うけれど、戦うべき相手を前に背中を向けるなんて、そんなのは嫌だ。 たとえ勝てない相手が目の前にいても、戦わずして負けを認めるのは嫌なんだ。 カントーを旅してた頃、圧倒的な実力差のある親父と何度も戦って、その度に負けて涙してきた。 でも、逃げようとは思わなかった。 親父が立ち塞がるなら、それをなぎ倒して越えてゆくだけだってね。 結局は、ちゃんと仲直りして、今じゃちゃんとした親子としての関係に戻ってるんだけどさ。 「飛行タイプのポケモンはみんな素早いからな……気をつけないと……」 視線をドームに戻す。 入り口からドームまでは、白い石畳の道が敷かれている。 どんなジムリーダーだろ……今になって、妙に心が騒ぎ出した。 鼓動がいつもより速く感じられる。 遅すぎだろ……って胸ん中でツッコミを入れたけど、この気持ちをバトルで思う存分相手にぶつけてやれば万事解決だ。 ……ってワケで、行こう!! ギュッと拳を握りしめて、オレはドームに向かって歩き出した。 石畳の道の両脇には、草の絨毯が広がっているだけで、花が咲いているわけでも、噴水があるわけでもない。 ましてや彫像のひとつもあるわけじゃなく、ある意味殺風景で、見るべきものは何もなかった。 閉ざされたドームの扉を前に立ち止まり、傍らのインターホンを押す。 すると、一秒と間を置かずに返事が来た。 「どちらさまですか?」 女性の声だった。 ジムリーダーは女性なのか……なんて思いつつ、インターホンに向かって口を開く。 「マサラタウンから来ました、アカツキといいます。 ジム戦をしに来たんですが、受けていただけますか?」 「承りました。どうぞ、お入りください」 女性の声には、かすかに喜びの感情が混じっているように聞こえた。 だけど、言葉が終わると同時にドームの扉が左右に押し開かれて、余計なことを考える暇はなくなっていた。 準備万端、いつでもバトルできます、ってことだろうから。 だったら、さっそく戦ってバッジをいただきます……ってことでオーライだ。 扉の奥に伸びた通路を抜けた先に、ドームの外と同じで青々とした草に覆われたバトルフィールドがあった。 ドームの天井は開かれ、陽光が燦々とフィールドに降り注いでいる。 神秘的なフィールドを思わせるけど、そこには先客が二名。 一人は旗を持った審判。 そして奥のスポットには女性。 インターホンに出た人だろうか……そう思いつつ、オレは手前のスポットについた。 「君が挑戦者ですね。 私が、ヒワマキジムのジムリーダー・ナギです」 そのタイミングを待っていたように、女性が口を開く。 「マサラタウンというと、北方のカントー地方にある町ね。 遠路遥々ようこそ、と言いたいところだけど、おもてなしはバトルで代えさせていただくわ」 口元に笑みなど浮かべつつ、会釈してくる。 女性――ナギさんは青を基調とした服に身を包み、女性には不似合いなヘッドギアを被っている。 ヘッドギアには羽根飾りがたくさんつけられていて、普通のヘッドギアの無骨さはあまり感じられない。 女性らしく、オシャレには気を遣っているということか。 年の頃は二十歳前後で、凛とした顔立ちとスラリとした体型が印象的だ。背中に垂らした白みがかった淡い色の髪が、そよ風になびく。 鳥ポケモンの使い手……油断できない!! 「ルールを説明します。 お互いに三体のポケモンを使ったシングルバトルです。 どちらかのポケモンが三体戦闘不能になるか、降参(サレンダー)した時点で勝敗を決するものとします。 また、ポケモンチェンジは挑戦者である君にだけ許されているわ。 時間は無制限……これがこのジムのルールだけど、質問はありますか?」 ナギさんはモンスターボールを手の中で弄びながらルールを説明してくれた。 手持ち無沙汰に何か持ちたかっただけだったのかもしれないけど、別に気にはならない。 「いえ、別にないです」 オレは首を横に振った。 ポケモンの数の違いだけで、どこのジムもルールに差はほとんどない。 もちろん、使えるポケモンは多ければ多いほどバトルに幅を持たせることができるけど、それは相手にとっても同じこと。 一長一短なんだ。 でも、ここではポケモンを三体のシングルバトル。 「よろしい。では、始めましょう!!」 オレから質問が出なかったこともあって、さっそくバトル開始だ。 ナギさんの口元に笑みが浮かぶ。 ――楽しませてちょうだいよ…… まるでそんな風に誘ってるみたいで、あまりいい気分はしないけど……さあ、どんなポケモンを出してくる? オレは目を細め、ナギさんが最初のポケモンを出してくるのをじっと待った。 「行くわよ、私の一番手……!!」 ナギさんが手にしたモンスターボールをフィールドに投げ入れた。 草の擦れる音が聞こえた瞬間、ボールが口を開いて、中からポケモンが飛び出してきた!! 飛び出してきたのは…… 「キェェェェッ!!」 けたたましい鳴き声を上げながら、羽ばたくポケモン。 「エアームドか……」 銀の輝きに覆われた鳥ポケモン。 よろいどりポケモン・エアームド。 鋼タイプと飛行タイプを併せ持つポケモンで、防御力は飛行タイプの中でもピカイチ。 丈夫な翼は重そうに見えるけど、実はとても軽いんだ。 なるほど…… 頑丈な鳥ポケモンを一番手に出すことで、いきなり倒される心配を取り除いて、かつ相手の実力を探る…… 実にジムリーダーらしい思考だと思わずにはいられない。 とはいえ、頑丈なエアームドにもちゃんと弱点がある。 飛行タイプの弱点である岩、氷タイプを鋼タイプでカバーし、鋼タイプの弱点である地面タイプを飛行タイプでカバーしている。 物理攻撃全般にはめっぽう強いけど、二つのタイプでカバーしきれない弱点が、炎タイプと電気タイプだ。 ここは素早くて相手の弱点を突けるポケモンということで…… 「ルース、頼んだぜ!!」 オレの一番手はルース。 投げ放ったボールが口を開き、ルースが飛び出してきた!! 「バクぅ!!」 バトルなら話は別だ、と言わんばかりに背中の炎を爆発させるように激しく燃やすルース。 同族のカエデは苦手でも、他のポケモンが相手なら自信を持って戦えるということだろう。 それだけでも十分に頼もしいけど、油断は禁物だ。 なにしろ、ジムリーダーの操るポケモン……相性では有利でも、どんな隠し手を持っているか分かったモンじゃない。 カエデを前にした時とはまるで違う堂々とした様子を見て、ナギさんの目がすっと細くなる。 「へえ、炎タイプのバクフーンで来ましたか。 弱点を突くのはバトルの定石……でも、それだけじゃあ、私のエアームドは倒せないわよ」 自信たっぷりに、口の端の笑みを崩すことなく、微笑みながらつぶやく。 まあ、そりゃそうだけど…… いちいち肯定する気にもなれず、オレは適当に聞き流した。 とはいえ、エアームドの使えそうな技で、ルースに対して効果抜群となるものは、せいぜい『岩なだれ』くらいだ。 奥の奥まで考えれば『目覚めるパワー』もあるけど、そこまで相手の裏を掻きまくったところでしょうがない。 無用な心配でバトルの調子を狂わせては、それこそ本末転倒だ。 相性が有利なら、炎タイプの技でガンガン圧していけばいい。 つまらない小細工を仕掛けてこようと、持ち前の炎で蹴散らしてやればいいだけの話だ。 対エアームドの方策を練っていると、ナギさんがセンターラインの延長線上に立つ審判に頷きかけた。 バトル開始の合図だろう。 そして、審判が先ほどにも増してピンと背筋を伸ばし、朗々と告げる。 「では、これよりフェザーバッジを賭けたジム戦を執り行います。 エアームド対バクフーン、バトルスタート!!」 ばっ!! 旗を振り上げ、バトルの火蓋が切って落とされた。 「では、私から参りましょう」 先手はナギさん。 「エアームド、その翼で高く、高く舞い上がりなさい!!」 広がる青空を仰ぎ、その一点を指差してエアームドに指示を出す。 なるほど……空に飛ぶことで炎から逃れようということだな。 そうなると、次の一手はあの技か…… エアームドが翼を広げ、空へ舞い上がった!! 炎を吐かれても、到達するまでに時間がかかる分、回避するのが容易になる。 鳥ポケモンにとって空を飛ぶということは、防御的にも有効な手段でもあるんだ。 増して、相手が空を飛べないのなら、そこは独壇場でもある。 相手の攻撃の届かない箇所から一方的に攻撃できる……とまでは行かなくても、回避するためのスペースはほぼ無限。 「そして、エアカッター!!」 オレが指示を出す前に、ナギさんの二度目の指示が響く。 やはり、エアカッターで来たか……予想通り。 エアームドは十メートルほどの高さまで舞い上がると、翼を激しく打ち振った!! びゅっ!! 空気の唸りが耳にこびりつき―― しゅしゅしゅっ!! 「バクっ!?」 見えない空気の刃に襲われ、ルースがうろたえる!! 「ルース、落ち着け!! そんなに威力は高くない!!」 オレが言うと、ルースは落ち着いた。 エアカッターは、翼を打ち振ることで気圧の差を生み、相手に空気の刃を放つ技だ。 なにぶん攻撃の正体が空気の刃だけに見えないんで下手に回避できないんだけど、だからこそ厄介だ。 ただ、威力はさほど高くないから、ルースなら十発受けたって戦闘不能にはならない。 問題があるとすれば…… ルースからすれば正体不明の攻撃だけに、物理的なダメージのみならず、心理的にもダメージを受ける可能性がある。 それを防ぎつつ攻撃に転じなければならない。 だったら、防御は考えずに、一気に攻勢を仕掛けるのみ……!! ぐっと拳を握りしめ、オレはルースに指示を出した。 「ルース、火炎放射でエアームドを撃ち落とせ!!」 炎タイプの技さえ当てられれば、エアームドを倒すことができる。 攻撃を受けて仰け反ったところに追撃の一撃をかけてやれば、倒せる可能性が高い。 そのためにも、一撃目を当てなければ……!! ルースは背中の炎を燃やし、口を開いて火炎放射を撃ち出した!! 炎の帯は空気抵抗をものともせず、エアームド目がけて一直線に突き進む!! 「距離があっちゃ、当たる技も当たらないわ!! エアームド、避わして岩なだれ!!」 ナギさんが笑う。 やっぱ、岩なだれを覚えてたか……!! 炎タイプのルースに、岩タイプの岩なだれは効果抜群。 でも、それはそれでチャンス。 岩なだれを使うために、一度地上に降りてこなければならないんだ。 距離が詰まれば、電光石火でさらに距離を詰めて、至近距離から火炎放射を放つことができる。 エアームドは身体を少し傾けただけ火炎放射から易々と逃れると、一度高く舞い上がり、滑らかな動きで降下してきた!! 「ルース、慌てるなよ。オレの指示があるまで待つんだ!!」 「バクっ!!」 オレの指示に、ルースは大きく嘶いて応えた。 先走ってヘンな指示を出しては、エアームドに隙を見せるだけ。 なら、ギリギリまで引きつけてから攻撃を加える。 それがもっとも確実にダメージを与えられる方法だ。 エアームドが地面スレスレのところまで降下したところで、水平に、一直線に翼を広げたままルース目がけて飛んでくる!! 狙いはそっちも同じ……至近距離から岩なだれを繰り出し、ルースに攻撃を加えて反撃を防ごうという魂胆だ。 そう簡単には行かないぜ。 エアームドが身体を傾け、左の翼が地面を掠める……と、その瞬間。 がしゃぁっ!! 地面に亀裂が入り、猛烈な勢いで小さな岩のつぶてがルース目がけて吹き付けてきた!! エアームド流の岩なだれってワケか。 前に進もうとするエネルギーに後押しされるように、野球ボールより一回りほど大きな岩のつぶてがルースを襲う!! 「バクっ……!!」 腕で顔を覆って、岩のつぶてに耐えるルース。 頼むからここで怯まないでくれよ……祈りながら、最適なタイミングを探る。 一発一発の威力は小さくても、数が積もり積もれば、ダメージは大きくなる。 そうなる前に、そのタイミングを必ず見つけ出す。 強い意志を胸に、オレはエアームドの動きを目に焼きつけるように凝視した。 岩なだれで怯んだ隙に、反撃を受けない隙に再び空に逃れるか、それとも攻撃を畳み掛けてくるか……? エアカッター程度なら何十発も放たなければルースを倒すことはできない。 かといって、今のように岩なだれを連続で使ってきたとしても、オレは必ず見切ってルースに回避させる。 そう考えれば、後者…… 攻撃を畳み掛けてくる公算が高い!! その読みは当たった。 「鋼の翼!!」 エアームドの硬い翼を最大限に利用した物理攻撃を、ナギさんが指示する。 翼を地面から引き抜き、岩なだれによる攻撃を中断するエアームド。 再び水平飛行でルースに迫るエアームド!! よし……今だ!! オレはエアームドを指差し、ルースに届くように声を張り上げた。 「ルース、今だ、火炎放射!!」 ルースが顔から腕を退かし、迫るエアームドの姿を捉えた!! 激しく背中の炎を燃やし、再び火炎放射を発射!! 「おっと、そうは行かないわ!! エアームド、左舷45度に急上昇、火炎放射を緊急回避よ!!」 ちっ、見抜かれてたか…… エアームドはナギさんの指示通りに急上昇し、火炎放射から間一髪のところで身を避わした!! 「バクっ……!?」 まさか今の一撃が避けられるとは思っていなかったらしく、思いっきり動揺するルース。 しかし…… 本当に避けられるとは思わなかったな。 鳥ポケモンは全般的にスピードに優れているけれど、エアームドはその中でも中の下くらいの位置にある。 急上昇なんて普通はできないけど、さすがはジムリーダーのポケモンってところか。 奇襲になると思ったのに…… さすがは飛行タイプのエキスパート。 思いの通りにポケモンを動かすことができるってワケだな。 こうなったら…… 優雅に空を舞うエアームドを睨みつける。 不意を突くには、生半可な覚悟じゃダメだ。 攻撃を一度まともに食らうくらいのリスクは覚悟しとかないと、とてもじゃないが出し抜くことはできない。 「少し危なかったわね。エアームドは頑丈だけど、炎タイプの技には弱いからね…… でも、いくら弱点でも、食らわなければ大丈夫なのよ。 エアームド、鋼の翼ッ!!」 再び鋼の翼を指示するナギさん。 滑らかに円弧を描きながら、ルース目がけて舞い降りるエアームド!! 鋼の翼は、名前のとおり鋼タイプの技だ。 威力はなかなかのものだけど、炎タイプのルースには効果は今一つ。 ただ、汎用性が高いから珍重される。 時々物理攻撃に対する防御力が上昇する効果もあるから、攻撃と同時に、追加効果を狙うことも可能だ。 物理攻撃に元々強いエアームドをさらに頑丈にする……そんな戦略もチラホラ見え隠れしている。 でも、そうは問屋が卸さないぜ。 「受け止めろ!!」 風の唸り。 オレの指示通り、ルースは鋼のごとく硬い翼を叩きつけてきたエアームドを受け止めた!! 「んんっ!? なかなかやるわねッ!!」 「火炎放射!!」 ナギさんは驚きもしないけど、エアームドの方はそうもいかない。 まさか受け止められるとは想像もしていなかったようだ。 ただ、勢いは凄まじかったらしく、ルースは数メートル押されていた。 それでもちゃんと受け止められたんだから、やっぱりルースはすごい。 並のポケモンなら、受け止めるまでもなく吹っ飛ばされるのがオチだ。 ルースのように脚を腕のように使えるポケモンだからこそ受け止められるんだ。 ルースはエアームドを受け止めたままの体勢で、至近距離から火炎放射を発射!! 避ける間もなく、炎の奔流に飲み込まれるエアームド!! 一撃で戦闘不能にならなくても、ダメージを受けて動きが鈍るはず。 そうなれば、倒しやすくなる。 「…………」 エアームドがまともに炎を受け、ナギさんの顔から笑みが消えた。 驚きこそ見せていないものの、口は真一文字に結ばれて、真剣きわまった表情に変わった。 「なかなかの炎ね。でもね、タダじゃやられないわよ。エアームド!!」 転んでもタダでは起きないってことか…… ナギさんが炎の中に消えたエアームドに指示を出す。 「まきびしを撒き散らしなさいッ!!」 ぶぉっ!! その時、炎を突き破って、エアームドが姿を現した!! 炎を受けながらも、ルースの手を振り払って脱け出すだけの力が残ってたか…… でも、エアームドの身体は炎の熱であちこちが焦げてしまっている。 戦闘不能には至っていないが、その寸前のダメージは受けているようだ。 でも、まきびしとはややこしい置き土産をしてくれたものだ…… エアームドは空に舞い上がると、翼を目いっぱい広げて、打ち振った!! ばばばばばっ!! そんな音がして、フィールドにエアームドの翼の一部が突き立った!! まきびしって言うより、これじゃあ鋼の刃じゃないか…… ツッコミはともかく、エアームドはフィールドに障害物をばら撒いて、墜落した。 空を飛ぶポケモンには効果のない置き土産。 後続の仲間のための援護を、最後の力を振り絞って行ったということか。 でも、ややこしいことをしてくれたよ。 障害物っていうよりも、凶器を撒き散らしただけ。 でも、スピードを出すポケモンほど、フィールドに突き立った凶器は危険だ。 エアームドの翼は一年に一度くらいの割合で生え変わる。 その時抜け落ちた翼を、昔の人は刀として使っていたという。 それくらい丈夫で切れ味が鋭かったということなんだ。 だから、下手に触れれば、それだけで大ダメージを受けてしまう。 それに…… 考えをめぐらせている間に、エアームドは力なく墜落し、審判が戦闘不能を告げる。 ぐったりしたエアームドは、ナギさんによってモンスターボールに引き戻された。 「デモンストレーションとしてはこれくらいで十分でしょう。 じゃ、ここからが本番だから。そのつもりでね」 一体目のポケモンがやられたってのに、ナギさんは悲観的な顔を一切見せず、むしろサバサバした感じで言った。 エアームドのボールと、次のポケモンが入ったボールを持ち替える。 デモンストレーションね…… その割には、ずいぶんハデに置き土産残してくれたじゃないか。 自分に有利な場を作っておいてから、一気に畳み掛けてくるタイプの人だと思った。 というのも、エアームドが残した翼は、地上にいるポケモンにしか効果を及ぼさないから。 空を飛んでいれば、墜落でもしない限りは当たることがない。 相手にだけ損害を及ぼすものをフィールドに撒いておけば、戦いにくくなるだろうという腹積もりなんだ。 「ルース、こっちに戻っててくれ」 「バクっ」 オレはルースを呼び戻した。 少しでも障害物から遠ざけておかないとな。 いざと言う時に相手の攻撃を回避するために動いた途端、刃のような翼でザクッ、じゃ話にならないから。 それを防ぐためにも、全速力で動ける場所を確保することが必要だ。 「なかなか楽しませてくれそうね。 世間じゃ、飛行タイプなんて電撃でイチコロ……なんてミもフタもない言い草が罷り通ってるみたいだけどッ!!」 何を思ったか、ナギさんはぐっと拳を握りしめ、熱く語り出した。 別に、なんでもいいんだけどさ…… 一応、聞いとこう。 「決して、そんなことはありえないわ!! 飛行タイプのポケモンだって……!! 電撃を無効にできるものもいるし、電気タイプのポケモンを返り討ちにできるものだっているッ!! そんな不名誉な言い草、この私が、絶対になくしてみせるのよッ!!」 飛行タイプなんて電撃でイチコロ……ねえ。 なんか、一昔前によく言われていたんだって。 でも、飛行タイプのポケモンは電撃に弱い。 ナギさんの言うとおり、電撃を防いだり、受けるダメージを減らせるポケモンもいるにはいるんだけれど、 飛行タイプを持つポケモンの中で、それらは一部でしかない。 ほとんどのポケモンは電撃に弱い。 だから、そういう悲惨な言われ方してたのかもしれない。 飛行タイプのエキスパートを自負する彼女からすれば、それは許しがたい誹謗中傷に感じられるんだろう。 だからこそ、その許しがたい言い草を全世界から一刻も早く払拭したいと思っているんだ。 彼女の強い意気込みが、演説ぶった口調からも感じられる。 「だから、君の目でとくと見るがいいわ!! 鳥ポケモンこそが、未踏の空を自分の力だけで飛べる鳥ポケモンこそが、最高だってことを!! これから、私が見せてあげるからッ!! 行くのよ、トロピウスッ!!」 一頻り熱く語ってから、ナギさんが次のポケモンのボールをフィールドに投げ入れた。 放物線の頂点で口を開いたボールから飛び出したポケモンは…… 「ごごぉぉっ……!!」 低い唸りを上げながら、巨体を浮かすにはあまりに頼りなく見える翼を羽ばたかせて宙に浮かぶ。 トロピウス……? 初めて見るポケモンだ。 すかさずポケモン図鑑を取り出して、センサーを向ける。 ピピッと電子音がして反応し、液晶に姿が映し出された。 「トロピウス。フルーツポケモン。 熱帯のジャングルに棲息している。 首に成ったフルーツは美味しく、栄養も満点で、南国の子供たちから慕われているポケモン」 図鑑の説明を聞いてから、タイプを調べる。 「草と飛行……ずいぶんと面白い組み合わせだな……」 カントーに棲息しないポケモンだけあって、タイプの組み合わせも変わっている。 南国に棲息しているのと、草と飛行タイプを持ち合わせていることが、身体の特徴となってよく現れてるよ。 土に似た色の身体は怪獣のように大きく、首周りに緑の葉っぱがマフラーのように巻かれている。 キリンのように長い首と、顎に実ったバナナのようなフルーツ。 最後に翼だけど、ヤシの葉を思わせる翼が左右に二枚ずつで、計四枚。 優に百キロはあろうかという巨体を浮かばせるのに、葉っぱのような翼で本当に揚力が足りてるんだろうか? 相手のポケモンなのに気になってしまうんだ。 でも、ジムリーダーのポケモンがそんな弱々しいはずがない。 しかし…… オレは図鑑をズボンのポケットに滑り込ませながら、トロピウスを凝視した。 「なんで草タイプのポケモンを……? いくら飛行タイプがついてるからって、エアームドと弱点が重なってるのに……」 身体の割には小さな翼よりも気になるのが、ナギさんがなぜトロピウスを出してきたかということだ。 そりゃ、飛行タイプのエキスパートなんだから、飛行タイプのポケモンを出してくるのは当たり前。 だけど、エアームドと同じで、炎タイプに弱いんだ。 ルースの火炎放射を食らったら、かなり危ないであろうことは、エアームドで実証済みのはずなのに…… 普通なら、一体目のポケモンと二体目のポケモンは、可能な限り弱点が重ならないように出すべきだ。 ジム戦は、ジムの得意とするタイプが決まっているから、それを完璧に守るのはほぼ不可能だろう。 それでも、不可能なりに工夫することはできるはずだ。 なにぶん相手はジムリーダー。そのタイプについては知らぬことはないほど精通している。 それを考えれば、このポケモンの順番は不可解極まりない。 「やっぱ、罠があったりするんだろうな……」 どう考えても、これは罠以外の何者でもない。 わざわざ苦手なタイプのポケモンを出してくるなんて、よっぽどの自信があるか、ただのバカか。 ジムリーダーは言うまでもなく前者。 何かしらの考え……企みがあって然るべきだ。 でも、相性はこっちの方が有利。 相手のペースに惑わされずに攻撃していけば、きっと勝てる。 大切なのは、相手の心理攻撃に心を動かされず、自分のペース――マイペースを保っていられるかなんだ。 ポケモンバトルはポケモンが戦うだけじゃない。 トレーナーも、心理的な戦いを強いられるんだ。それを制さなきゃ、とてもじゃないが勝ち目はない。 「じゃあ、始めましょう」 「トロピウス対バクフーン。バトルスタート!!」 オレの心理状況を知ってか知らずか、ナギさんが審判を急かして、半ば強引にバトルを再開させる。 そっちがそのつもりなら、今度はこっちから行かせてもらう!! 「ルース、火炎放射!!」 オレはトロピウスを指差して、ルースに指示を出した。 トロピウスは飛行タイプのポケモンの中でも屈指の体躯を誇る。それは間違いないだろう。 伝説のポケモンを除けば、三本の指に入るのは必至。となれば、動きはそれほど速くないと見るべきだ。 火炎放射さえ決まれば、倒せる。 そう踏んだんだけど、ナギさんは信じられない指示を出してきた。 「トロピウス、日本晴れよッ!!」 「なっ……!?」 日本晴れなんか指示するのか……!? 炎タイプの技の威力が上昇するんだぞ。 火炎放射を一発でも受ければ戦闘不能になるのが目に見えているはずなのに…… それでも、思惑が隠れていることは疑いようがない。 無策で日本晴れを指示するほど、彼女はバカじゃないんだから。 トロピウスが首を伸ばして天を仰ぐと、真上の太陽が一際その輝きを増した。 フィールドに熱気が舞い降り、額にじんわりと汗が浮かぶ。 同時に、ルースの火炎放射の威力が引き上げられ、トロピウス目がけて突き進んでいく!! どうやって防ぐつもりだ……? トロピウスの動向を注意深く見つめていると、 「トロピウス、飛び上がりなさい!!」 ナギさんの指示で、トロピウスが翼を広げて飛び上がる!! それも、巨体を引きずるような鈍い動きじゃなく、信じられないスピードで。 「うそっ!!」 思わず叫んでしまうほど、信じられない光景を目の当たりにした。 トロピウスは瞬く間に飛び上がり、火炎放射から容易く逃れたんだ。 一体どうなってやがる……!? トロピウスって、元からあんなスピードを持ってたのか……いや、違う。 日本晴れだ……意味もなく日本晴れを使うはずがない。 となると、考えられるのは、草タイプのポケモンがよく持っている特性『葉緑素』を使ったのか。 上手い方法だと思わずにはいられない。 『葉緑素』は日差しの強い状態であれば、そのポケモンの能力――特にスピードが大きく上昇する。 スピードの低いポケモンでも、この特性が発動すれば、かなり素早く動けるようになる。 その上、トロピウスはソーラービームを使ってくるだろう。 オレのラッシーのように、チャージなしでバンバン使われると、いくらルースでも劣勢を強いられる。 ソーラービームの威力は、オレが一番よく知ってるんだからさ。 ジムリーダーが使うほどの戦法なんだから、それは強力なものだっていう証拠。 でも、オレが使ってる戦法を使い返されてるような気がして、複雑な気分になる。 でも、そんな気分に浸ってる場合じゃないんだ。 さっさとトロピウスを倒す算段を考えなければ……!! 「ふふ、驚いた、驚いた……!?」 オレが驚いたのを見て、ナギさんはそれ見たことかと言わんばかりに、口の端を吊り上げた。 「トロピウスは南国に棲むポケモンでね……暖かい場所が大好きなの。 特性『葉緑素』で、日差しが強い時は、いつもより素早く動けるから…… 私のトロピウスは、スピードを重点的に鍛えてるからね。 弱点となる炎タイプの技の威力が上がろうが、当たらなければ意味がないってことよ」 回避能力を高めれば、弱点の攻撃を避けられる可能性が高くなる。 当たらなければ意味がない……確かに道理だ。 あの巨体でここまで素早い動きができるんだから、スピードを重点的に鍛えたというのも頷ける。 ソーラービームの威力よりもスピードを重視したということは…… 相手の攻撃を避けつつ、自分の攻撃は相手に当てる。 一撃離脱の戦闘スタイルを得意としている……そう見て間違いない。 ソーラービームという技の威力自体がすでに完成されているものだから、 そっちの能力をわざわざ伸ばさなくても、手数でガンガン押していけばダメージは多く与えられる。 相手が炎タイプのポケモンでも関係ない。 素早くなり、ソーラービームをチャージなしで撃てるようになれば、攻撃も回避も思いのまま…… それがナギさんの戦略なんだ。 一番手にエアームドを出してきたのも、トロピウスの相手になるかどうかを測るため…… デモンストレーションっていうのは、そういう意味なんだろう。 さて、どうやって倒すか…… 「私のトロピウスのすごいところ、これから存分に見せてあげるわ。 南国の守護者たる所以、思い知らせてあげる!! トロピウス、ソーラービームを連発よ!!」 ナギさんの指示に、トロピウスが口を開き、瞬時にチャージを終了してソーラービームを発射した!! 「ルース、避けろ!!」 ラッシーのソーラービームにこそ及ばないものの、かなりの威力のソーラービームだ。 いくらルースでも、受ければかなりのダメージになる。 オレの指示にルースは身を翻し、降り注ぐソーラービームを避けた。 数瞬の後、先ほどまでルースがいた場所にソーラービームが着弾し、轟音と共に一メートル大の穴が穿たれた。 「いつまで避けられるかしら……?」 ナギさんの言葉を合図代わりに、トロピウスが二発目のソーラービームを発射!! またしてもルースは自慢の脚力で難なく避けてみせる。 トロピウスの口から次々と放たれるソーラービームを避けるルース。 避けるだけならなんとかなる。 でも、それだけじゃ勝てない。 攻撃は最大の防御とはよく言ったもので、攻撃することで『防御』する必要を失くす。 手数でガンガン圧せば、相手の反撃を封じることができる。 攻撃を受けなくすることができるんだから、まさにそれこそが最大の防御だ。 反撃できなければ、勝ち目はない。 ソーラービームほどの大技を調子に乗って放ちまくれば、それだけ体力の消耗も激しいけど、 ナギさんのことだから、日本晴れで効果の上がった光合成を使い、体力を一気に回復してくるだろう。 ヤケドでも負わない限り、体力を回復させながらソーラービームで攻撃し続けられる。 まさに無限のコンボだけど…… 対策は頭の中にある。 だって、自分で使ってるコンボなんだから、弱点だって分かって当然。 それを知らずにバトルで使うなんて、それこそ自殺行為さ。 どどどどどどんっ!! 次々と着弾しては轟音と共にクレーターを穿つソーラービーム。 強力な一撃を受けまいと逃げ回るルースと、早々にしてイタチゴッコの様相を呈してきた。 しかし…… この分だと、先に力尽きるのは間違いなくルース。 そうなる前に何とかするしかないんだけど…… いっそ、こうしてみるか。 オレはモンスターボールを掲げ、 「ルース、戻れ!!」 ルースをボールに引き戻した。 刹那、ルースのいたところをソーラービームが直撃!! 「ふぅん……ここで戻しますか。でも、なかなかいい判断なんじゃない?」 ナギさんはそんなことを言って、肩をすくめてみせた。 どんなポケモンが出てきたって同じよ…… 口元に浮かぶ笑みがそう物語っている。 でも…… オレはルースのボールと、次のポケモンの入ったボールを持ち替え、 「ラッシー、行くぜ!!」 選んだのはラッシー。 フィールドに投げ入れられたボールから、ラッシーが飛び出してきた!! 「バーナーっ……」 ラッシーはゆっくりとした動作で首を上げて、トロピウスを睨みつけた。 「フシギバナ……なかなかよく育てられているようね。 でも、分かってる? トロピウスは飛行タイプを持っているの。ソーラービームに頼りっきりでいるとは思わないことね」 ナギさんの言い分はごもっとも。 でも、それくらいはオレだって読んでるさ。 ラッシーを出せば、少なくともソーラービームを連発してくることはない。 ラッシーだって光合成で体力を回復できるし、ソーラービームをはじめとする草タイプの技にはめっぽう強いんだから。 オレがラッシーを出したのは、トロピウスの戦い方を変えさせるため。 ソーラービームを連発されなくなれば、付け入る隙はいくらでも見出せると踏んでのことだ。 「じゃあ、バトルを続けましょう。 トロピウス、撹乱しながら踏みつける攻撃!!」 ナギさんの指示に、トロピウスが右に左に高速で動きながら、じわりじわりとラッシーに迫る!! これじゃあ、ソーラービームの狙いを定めるのも難しい。 こうなったら…… 「ラッシー、慌てるな。オレの指示があるまで動くなよ!!」 「バーナー……」 分かったと、ラッシーはオレの指示に大きく頷いた。 葉緑素の効果で素早さが格段に上昇したトロピウスに、むやみに攻撃を仕掛けたところで当たらないだろう。 こういう時は、相手の攻撃を誘って、わざと懐に入れてから反撃に転じるのが有効だ。 肉を斬らせて骨を断つって言葉があるだろ? そうでもしなきゃ、トロピウスにはダメージを与えられないと思ってさ。 ゆっくりと、しかし確実に近づいてくるトロピウス。 高度を下げ、五メートル、四メートル、三メートル…… ラッシーの反撃を恐れてか、背中目がけて、自慢の巨体を叩きつけるように落とし込む!! ごっ!! 百キロ超の踏みつけ攻撃が炸裂し、ラッシーの脚が地面に潜る!! ただでさえ重い身体に、葉緑素で上昇した素早さ。 破壊力は、それこそ破壊光線と同等かもしれない。 でも、そこにこそ致命的な隙がある!! 「今だ、蔓の鞭でトロピウスを捉えろ!!」 「んんっ!?」 急上昇しようとするトロピウスの脚に、ラッシーが背中から伸ばした蔓の鞭がしっかりと巻きついた!! 蔓の鞭がピンと一直線に張って、トロピウスは翼を懸命に羽ばたかせても、それ以上上昇することができずにいる。 とはいえ、ラッシーが踏ん張ってもトロピウスを引き戻すことはできない。 単純な力比べでは互角か…… 「やるじゃない。トロピウスをこういう風に縛るなんて……でも、忘れてない? こっちから攻撃を仕掛けることができるってことを!! 圧し掛かり!!」 ナギさんの言うとおり、蔓の鞭で離れなくしても、近づくことはできる。 トロピウスはさっきと同じように、巨体を叩きつけてきた!! 「バーナーっ……!!」 強烈な一撃に、さすがのラッシーも悲鳴を上げる。 「踏ん張れ、ラッシー!!」 オレはラッシーに檄を飛ばした。 ここで力を緩めれば、トロピウスは再び空に舞い上がり、反撃の機会を失いかねない。 ここまでラッシーがダメージを受けるとは想定してなかったけど、光合成が使えるうちはまだ何とかなる。 圧し掛かりで一撃を加え、またしても飛び上がろうとするトロピウス。 しかし、ラッシーは力を緩めない。 さっきと同じところで、トロピウスの動きが止まる。 やられっぱなしっていうのも嫌だから、ここいらで反撃の狼煙を上げよう。 「ラッシー、痺れ粉!!」 「甘いわ、吹き飛ばしッ!!」 オレの指示に畳み掛けるようにナギさんが叫ぶ。 ラッシーが背中の花から痺れ粉を巻き上げるも、トロピウスが一際強く翼を打ち振ると、強風が起こって粉が吹き散らされる!! 一部がラッシーの頭にかかるけど、自身の粉で麻痺することはない。それは眠り粉でも同様だ。 さすがに飛行タイプのエキスパート。 粉系の攻撃は吹き飛ばせば無害だってことをちゃんと理解してる。 でも、本当にそれだけで無害になるのかな? ここからがラッシーのコンボの真骨頂だ……思い知れ!! 「マジカルリーフ!!」 その一言に、ナギさんの表情が怪訝にゆがむ。 まさに魔法にかかったような感じだった。 トロピウスに対して効果の薄いマジカルリーフを指示した理由が分かっていないようだ。 でもまあ、分かってないなら分かってないなりに、こっちとしてはやりやすい。 ラッシーが撃ち出した葉っぱは、ラッシーの頭上スレスレを掠め、痺れ粉を塗しながらトロピウスの腹を掠めた!! 痛そうな表情も見せないトロピウス。 草と飛行タイプを併せ持つトロピウスには、草タイプの技は効果が薄い。 ほとんど効果がない、とまでは行かなくても、十発食らっても大したダメージにはならないというほど、効果が薄い。 でも、それでいい。 狙いはダメージを与えることじゃないんだから。 「何を考えてるかは知らないけど……マジカルリーフの一発や二発、トロピウスには何の障害にもならないわ!! トロピウス、とっておきの技を見せちゃいなさい!! つばめ返しッ!!」 つばめ返し……? 聞いたことのない技だけど……だからこそジムリーダーをして『とっておき』と言わしめるんだろう。 なんかヤバそうな技だな……発動する前に、痺れ粉の効果が出てくれればいいけど…… トロピウスが翼を最大限に広げて、身体を上に反らす。 まるで、これから来る反動に備えているかのような動きだけど、ナギさんの指示した技が発動することはなかった。 トロピウスが「信じられない」といった驚愕の表情で、力なく地面に落ちていったからだ。 「な、なんですって!?」 何が起きたのか分からず、動揺するナギさん。 よし、この瞬間を待っていた!! 痺れ粉が全身の神経を狂わし、麻痺に陥れたんだ。 いくら葉緑素で素早くなっても、麻痺していれば本来の素早さを発揮することはできない。 それなら眠り粉の方が確実だったのかもしれないけど、永続的な効果を考えれば、痺れ粉の方がいい。 「ラッシー、戻れ!!」 オレはすかさずラッシーを戻し、 「ルース、行けっ!!」 ルースに入れ替える!! ラッシーが戻ったことで蔓の鞭の戒めから解き放たれたトロピウス。 何とか空に舞い上がろうと立ち上がって翼を広げるけど、葉緑素で素早くなった時の動きとは程遠いものだった。 「まずい、トロピウス、ソーラービームよ!!」 攻撃を受けてはたまらないと、ナギさんが指示を出す。 トロピウスが瞬時にチャージを終えてソーラービームを放つけど、 一瞬早く、ルースがトロピウスの後ろに電光石火の早業で回りこむ!! 「火炎放射!!」 オレの指示が届くが早いか、ルースがトロピウスの背中目がけ、渾身の火炎放射を叩きつけた!! 「ごぉぉぉっ!?」 弱点の炎を、日本晴れの効果で強力になった火炎放射を受け、絶叫するトロピウス。 能力上昇と引き換えに、弱点の技を受けた時のダメージも倍増する。 天気の変化は、いいこと尽くめってワケじゃないんだ。 「……っ、そういうことか……戻りなさい、トロピウス!!」 ナギさんが唇をきゅっと噛みしめながら、トロピウスをモンスターボールに戻した。 ようやっと、ラッシーの繰り出したコンボに気づいたらしい。 「どうしてフシギバナを出してきたのか疑問に思ったけれど、そういうことだったとはね…… なかなか侮れない頭を持ってるわね、君は……」 「ありがとうございます。お褒めに預かり恐縮です」 苦笑混じりにつぶやいた言葉に、オレは小さく一礼した。 別に嫌味でやってるわけじゃない。 どんな形であれジムリーダーに誉められるなんて、滅多にないことだからな。うれしいに決まってる。 今さらトリックに気づいたところで、次のポケモンにそれを使う気はない。 一度使ったコンボを同じバトルの中で再び使うなんて、普通はしないからな。 と、トロピウスがフィールドからいなくなったこともあって、日本晴れの効果が消えていく。 「でも、そんな君でも、私の最後のポケモンに勝てるかしら……?」 ナギさんの顔に笑みが浮かぶ。 最後のポケモン……ナギさんの切り札か。 一体どんなポケモンが飛び出してくるのやら。 切り札だけあって、そのポケモンに対しては全幅の信頼と自信を持っている。 いわば、ナギさんともっともシンクロしているポケモンだ。 簡単には勝たせてもらえそうにない。 トロピウスと最後のポケモンの入ったボールを持ち替えるナギさん。 飛行タイプのポケモン……まだこっちは一体もやられてないけど、油断は禁物だ。 油断すれば、あっという間に二体抜きされるかもしれないんだ。 「さあ、出番よ!!」 叫ぶと同時にボールをフィールドに投げ入れる。 やっぱ、ホウエン地方に棲息するポケモンが切り札なのか……? そう思いながら、オレはポケモンが出てくるのを待った。 すると…… ボールの口が開き、中からポケモンが飛び出してきた!! 「キェェェェェッ!!」 けたたましい鳴き声を上げたポケモンは、オレの見たことのあるポケモンだった。 「プテラ……!?」 それがそのポケモンの種族名だ。 でも、なんでまたプテラがジム戦で出てくるんだ……? ――かせきポケモン・プテラ。 恐竜が生きていた時代に棲息していたとされるポケモンで、今では絶滅して久しいと言われている。 そういや、シゲルが琥珀の化石から復元に成功したって話だけど……そのプテラがここにいるってワケじゃないんだろう。 まあ、そこんとこはどうでもいいや。 目の前にプテラがいる。 プテラを倒さなければ、勝利はなく、フェザーバッジをゲットすることもできないんだ。 しかし…… 正直、プテラの実力は未知数ってところが本音なんだ。 岩のような灰色の身体と、広げれば人間の身長を越す長い翼。 矢尻のような形をした長い尻尾に、ノコギリのような形をして口の中にズラリ生え揃った牙。 そしてその身にまとう剣呑な雰囲気。 じいちゃんの研究の論文をチラリと読んだ限り、プテラは岩タイプと飛行タイプを併せ持つ。 そして、岩タイプとは思えないような素早さを秘めているとか何とか。 実際にバトルしたことないから、どんなものかは分からないんだけど…… 侮れない相手なのは間違いない。 「プテラ対バクフーン、バトルスタート!!」 審判が旗を振り上げ、バトルの再開を宣言する。 炎タイプのルースに対して、岩タイプのプテラ。相性はこちらの方が不利。 攻撃される前に攻撃するしかない……!! ぐっと拳を握り、オレはルースに指示を出した。 「ルース、火炎放射!!」 効果は薄くても、ノーダメージとは行かないはず。 それに、首尾よくヤケドを負わせることができれば、それだけ有利になる。 他に効果的な技がなかったんで、しょうがなく火炎放射を選んだっていう解釈もあるんだろうけど……それはナシってことで。 ともかく、オレの指示にルースは口を大きく開いて、炎を吐き出した!! 迫る炎を目にしても、プテラは動じる様子もなく、悠然と翼を打ち振ってその場に留まっている。 まともに受けるつもりがない、というのは分かるけど…… 「プテラ、『翼で打つ』から捨て身タックル!!」 ナギさんの指示とほぼ同時に―― プテラはそう来ることが分かっていたような素早さでもって、大きな翼を打ち振って、風を起こした!! 本当は翼で相手を打ち据える技だけど、距離を置いた状態で使えば、強風を起こす技として発動する。 風起こしっていう技があるけど、それと同じだと思ってもらえばいい。 プテラの起こした風が、ルースの炎の先端にぶつかって、炎を揺らす。 風の壁にぶち当たったように、炎の勢いが弱まった!! 「……キェッ!!」 刹那、プテラが電光石火のごときスピードで炎に突っ込んだ!! 「速いッ!!」 オレはプテラの桁外れのスピードにギョッとした。 動揺すべきじゃないって分かってるのに、それでも驚きが口を突いて飛び出してくる。 電光石火を使ったわけでもないのに、ルース以上のスピードを軽々と出してるなんて…… これがプテラの『実力』だってことか。 プテラは炎をものともせずに突っ込んでくる!! 「転がる、と同じ原理か……」 細かいトコは違ってるけど、高速で動くことで周囲に薄い風をまとい、炎のダメージを軽減してるんだ。 岩タイプで炎タイプの技のダメージを抑えていることと併せて、さらにダメージを受けないように工夫している。 ただ闇雲に突っ込んでくるだけと見せかけて、防御のことまで考えている……!! 「ルース、受け止めろ!!」 避けたって、結局は同じ。 だったら受け止めて、相手が生み出した一瞬の隙を突いてオーバーヒートを放つ。 そうすれば、かなりのダメージを期待できる。 ルースが腰を低く構えて、プテラを受け止めるべく前脚を突き出した。 「無駄よ!! プテラのスピードを抑え込めるものですか!!」 ナギさんの言葉に後押しされたように、プテラが炎を突き破ってスパート!! ルースとの距離が見る間に縮まって―― ごぉぉんっ!! 一瞬が引き伸ばされたように見えたのは気のせいだろうか。 プテラはルースをいとも容易く弾き飛ばしてしまった。 受け止めるヒマすらなかった。 桁外れのスピードの前に、受け止めるという行為が意味を為さないことを、思い知らされたような気分になった。 ルースは激しく地面に叩きつけられた。 「アイアンテール!!」 ルースを弾き飛ばしたプテラはありえないような直角軌道で急上昇して、頭上から強烈なシッポの一撃を加えた!! 「バクぅっ!!」 何度も地面に叩きつけられ、うつ伏せに倒れてぐったりするルース。 「ルース!!」 オレは声をかけたけど、ルースが戦えないのは明らかだった。 背中の炎は掻き消えて、立ち上がる力も残されていない。 プテラは満足げな表情を浮かべて、ナギさんの前に揚々と戻っていった。 「ルース、戻れ!!」 オレはルースをモンスターボールに戻した。 戦闘不能を宣言される前でも、それくらいは分かってる。 「サンキュー、ルース。ゆっくり休んでてくれよ」 エアームド、トロピウスを倒してくれたルースに労いの言葉をかけて、ボールを腰に戻す。 「これで分かったでしょう。 私のプテラの前に、つまらない小細工なんて無意味だってこと」 ナギさんが淡々とした口調で話しかけてきた。 「いいことを教えてあげる。 トロピウスは真正面から勝負を挑んでくる相手を往なし、プテラは小細工を仕掛けてくる相手を粉砕する…… 風のように流れる戦術は、相手によって千にも万にも変わるもの」 つまり、プテラに小細工は通用しない。 本気で勝ちたいのなら真正面からぶつかって来い。 そう言ってるわけだ。 ガチンコ勝負か……上等じゃねえか。やってやるよ。 とはいえ…… プテラのスピードは、今まで戦ってきたポケモンの中でも群を抜いている。 あのスピードを相手に真正面から戦いを挑むのは、勇敢を通り越して無謀だ。 捨て身タックルでルースを弾き飛ばしておきながら、勢いを落とすことなくほぼ直角に舞い上がる。 さらに、慣性をも無視できるだけの頑丈な身体。 捨て身タックルの反動でダメージを受けた様子もないことから見て、プテラの特性は『石頭』。 ダメージ系の反動を一切無効にする。 だからこそ、あんな無茶な動きだって平気でできる。 特性と持ち前のスピードの二つが見事にシンクロしなきゃ、とてもできない芸当。 恐竜時代に生きてたポケモンっていうのも、伊達じゃない。 スピードで対抗するのは無理。 だったら、別の方法で対抗するしか……でも、スピードは技の威力にも影響を与えるから、技の威力で対抗しても無理がある。 かといって小細工は無理そうだし…… やっぱ、正面から勝負を仕掛けるしか……ん? 正面? 「…………」 もしかしたら、イケるかも。 不安要素は取り除けないけど、そんなものに恐れをなしてるだけじゃ、先へは進めない。 よし、試してみよう。 オレはボールを手に取り、フィールドに投げ入れた!! 「ロータス、行くぜ!!」 次のポケモンはロータス。 ラッシーを出すのは最後でいい。 その前に試してみたいことがあるんだ。 ロータスなら、あるいはプテラの無茶な動きにも対抗できるかもしれない。 ロータスはボールから飛び出てくると、身体の磁気と地磁気を反発させて浮かび上がった。 「ダンバル……? なかなか面白いポケモンを持ってるわね。 何を考えてるかは分からないけど、プテラの前じゃ意味なんてないわ。 ……続けましょう」 「プテラ対ダンバル。バトルスタート!!」 審判の言葉を合図に、中断していたバトルが再開された。 「プテラ、アイアンテール!!」 先手を取ったのはナギさん。 小細工するヒマも与えずにロータスを倒してしまおうという魂胆だろう。 でも、ルースみたくあっという間に倒されたりはしないぜ。 ロータスは鋼タイプを持つから、防御力が高く、アイアンテールや捨て身タックルなどの攻撃にも強い。 攻撃面では難があるものの、そこんとこもオレの考え次第でどうにでもなるはずだ。 ナギさんの指示に、プテラが空を翔ける!! アイアンテールなら一撃で倒される心配はないが……油断は禁物だ。 「ロータス、突進!!」 避けられるとは思うけど、ここは攻撃に打って出よう。 ロータスが体内の磁気の流れを変えて、バッティングマシンから打ち出された速球のようにプテラに突進する!! これがガチンコ勝負ってヤツだ。 ぐんぐん距離が縮まって―― 「プテラのスピードの前に、その程度の突進は無意味よッ!!」 ナギさんの言葉と同時に、プテラがかすかに斜めに上昇し、ロータスの突進を避わした!! そしてすれ違いざまに尻尾の一撃を加える!! 「ごぉぉっ……」 ロータスは一瞬地面に向かって落下しつつも、すぐに体勢を立て直して、制止する。 やっぱり、スピードではとても勝てない。 ただし、突進がヒットすればプテラにダメージを与えることができるはずだ。 こっちの勢いと、プテラの勢い。突進の威力は、両者の速度の和に比例する。 突進のみならず、物理系の技はそういった特性を持っている。 それを利用すれば、勝ち目はあるか…… 「さすがに頑丈ね。 でも、そう何度も今のように行くとは思わないことね。 プテラ、翼で打つ!!」 ナギさんの指示に、プテラが舞い上がり、そこから斜めに急降下!! 迫り来るプテラに向き直ったロータスに、オレは指示を出した。 「ロータス、突進!!」 突進しか使えないから、これしか指示できない。 ロータスが再びプテラ目がけて突進する!! 「確か、突進しか使えないポケモンだったわね……プテラ、後ろに回り込みなさい!!」 次の瞬間。 ロータスの視界からプテラの視界が掻き消えた。 というのも、プテラが尻尾を動かして身体の向きを変え、最小限度の動きでロータスの背後に回り込んだからだ。 本当に回り込まれるとは思わなかったけど…… でも、それでいい。 背後からなら攻撃は食らわないとナギさんが思うのは当然だ。 ロータスの視界から消えることで、動揺を誘おうとしているみたいだけど、それでいいんだ。 なぜなら、オレは全然動揺してないから!! 突進しか使えないポケモン。 確かにバトルでは突進しか攻撃手段を持たないけど、それはあくまでもバトルでの話。 普段の生活では、身体を廻る磁気と地磁気を反発させていろんなことができるんだ。 普段の生活とバトルは別だと切り離す人が多い。 でも、バトルで生活の動きを出せたら……相手の意表を突くことができる。 だから、オレはこの展開を待ってた。 プテラがもっとも安全に攻撃できるのは、ロータスの背後。 回り込むまで突進を続けてやろうかと思ってたんだけど、思いのほか早くその時がやってきてくれた。 ロータスは丈夫だから、翼で打つ攻撃を何十発食らっても倒されることはないだろう。 気長に構えてたんだけど……むしろいい方向に流れつつあるように感じるよ。 プテラがロータスとの距離をぐいぐい縮めていく。 持ち前のスピードで、このまま背後から翼で打つ攻撃をヒットさせるつもりだろう。 だったら…… 「ロータス、プテラに向かって突進!!」 「……?」 オレの指示が不可解と見て取って、ナギさんが怪訝そうな顔で眉根を寄せた。 次の瞬間、見た目じゃ分からないけど、ロータスが体内の磁気の流れを変化させたんだ。 一瞬その場に静止したかと思うと、正反対の方向――プテラに目がけて突進し始めた!! 身体の向きを変えたわけじゃないから、ロータスの目にはプテラの姿は映ってないけど、ロータスの動きに迷いは微塵も見られない。 オレのこと、信じてくれてるんだ。 オレの言うとおりにやれば大丈夫だと思ってくれてる。 だから、その気持ちを裏切るわけにはいかない。 「……そういうこともやるのね……」 ナギさんが小さく漏らす。 プテラは追いかけていた相手(ロータス)の予期せぬ動きに驚いたようで、動きが一瞬鈍った。 でも、その一瞬の間にロータスが距離を詰めていた。 調子に乗ってスピードを上げて、距離をぐいぐい詰めすぎたのが、プテラにとっては予想外のミスだったんだ。 あと一歩、という程度の距離なら、ロータスでも簡単に詰めることができる。 ロータスの身体の後ろにある、爪のような鋭さを持つ三つの突起が、プテラの顔面を直撃した!! 「プテラ……!! 怯まずに破壊光線よ!!」 一撃を加えられるとは思わなかった。 それも、意外と強烈。 プテラはまともに攻撃を受けて、バランスを崩して落下していくも、 地面に触れるか触れないかといった微妙な位置で持ち直し、再び翼を広げてロータスの眼前に舞い上がった。 その目には強い敵意が宿っている。 ――よくもやってくれたな……この借りは必ず返してやる…… まるでそう物語っているけれど、ロータスは全然気にしてない。 元々感情の起伏の少ないポケモンだから、凄まれたところで大して気にしないんだろう。 そういう気性が役に立つ場面って、あるんだな……それこそ意外に思ったよ。 なんて思ってる間に、プテラが口を大きく開いて、オレンジ色の光線を溜め込み始めた!! やばっ!! 破壊光線が来る!! どうにかして避けさせたいとは思うけど、プテラとのスピードの差を考えれば、それはほぼ不可能。 だったら、ダメージ覚悟でプテラに突進を食らわすしかない。 「ロータス、突進!!」 「発射!!」 オレの指示とナギさんの指示はほぼ同時だった。 プテラが溜め込んだ破壊光線を発射し、ロータスがプテラ目がけて突進を始める!! プテラとは程遠い位置で、先に破壊光線がヒット!! ロータスは多大なダメージを受けながらも怯む様子を見せず、スピードを落とすことなくプテラ目がけて突っ込んでいく!! 破壊光線の反動で動けないプテラの腹に、ロータスの突進が炸裂!! 「よし、そのまま地面に叩きつけちまえ!!」 オレの指示に、ロータスがプテラの腹に張り付いたまま、地面に向かって降下を始める!! 破壊光線の反動なら、すぐに硬直が解けることはないはずだ。 ここで一撃でも多くの攻撃を加えておけば、万が一ロータスがやられてしまった場合でも、有利に戦える。 「プテラ、振り解いて!!」 ナギさんの指示が飛ぶも、プテラの硬直は解けない。 そのまま地面に叩きつけられるプテラ!! その衝撃が災いしてか、プテラの硬直が解ける!! 「逆に地面に叩きつけちゃいなさい!!」 ナギさんが嬉々とした表情でプテラに指示を下す。 そこからのプテラの行動はとても早かった。 あっという間に舞い上がり、細いながらも力強さを感じさせる脚でロータスを上からガッチリつかみ、 そのまま地面に叩きつけた!! 「ロータス、頑張れ!! 突進だ!!」 「甘いわよ、地震!!」 オレの指示を鼻で笑うナギさん。 刹那、プテラが太い尻尾を地面に激しく叩きつける!! ごぅんっ!! 激しい揺れがフィールドを襲う!! 地面に叩きつけられたロータスは地震の影響をモロに受けて、激しく跳ね飛ばされてしまった!! 「くっ……」 まさか地震を決められるとは思わなかった。 次第に収まっていく揺れだけど、気を抜けば転んでしまいそうになる。 足腰に力を込めながら、オレは奥歯を強く噛みしめた。 鋼タイプのロータスは、地面タイプの技に弱い。 浮いてる時は地震やマグニチュードは食らわないけれど、地面と接している時は大ダメージを受けてしまう。 ナギさんはそこのところを見破って、地震を繰り出してきたんだ。 跳ね飛ばされて、またしても地面に叩きつけられるロータス。 戦えるだろうか…… ロータスが起き上がるのを待つことにしたけれど、無情なことに、その前に審判がロータスの戦闘不能を告げた。 ……まだ戦えるかもしれない。 時々ピクリと動くから、そう思ってしまうけど……ポケモンバトルにおいて、審判の判定は絶対だ。 文句を言いたい気持ちはあっても、それはできない。 「戻れ、ロータス!!」 グッとこらえながら、オレはロータスをモンスターボールに戻した。 「ロータス。今の戦い方に、君の無限の可能性を見出した気がする…… だから、相手を倒せなくっても恥ずかしいなんて思う必要はないからな。 ゆっくり休んでてくれ。 あとはラッシーが戦うからな……」 ロータスに労いの言葉をかけて、ボールを腰に戻す。 「これでイーブンね。 でも、相性の差は如何ともしがたいわよね……」 ナギさんが口元に薄く笑みを浮かべた。 イーブンか……ダメージを受けているのはラッシーも同じ。 ただ、プテラと比べるとラッシーの方がタフだから、体力面ではこちらが勝っているけれど…… 如何ともしがたいのは、相性の差。 草タイプのラッシーに、飛行タイプのプテラ。 こればかりはどうしようもない。 戦い方で覆していくしかないだろう。 ただ、プテラのスピードを考えると、『日本晴れ+ソーラービーム』のコンボも、当てられるかどうか。 持久戦になれば勝ち目があるから、日本晴れで回復量を増加させて、 ソーラービームと光合成で体力を繋ぎ止めておく作戦も有効かもしれない。 いざとなったら、ハードプラントで一気に勝負を決めるか。 ともかく、バトルを続けよう。 「ラッシー、頼むぜっ!!」 オレはラッシーのボールを引っつかみ、フィールドに投げ入れた!! ボールの口が開き、中からラッシーが飛び出す。 「バーナー……」 ラッシーは威嚇するように声を上げ、舞い上がったプテラを睨みつけた。 鈍重そうなポケモン(プテラから見れば)を目の前に、プテラは余裕そうな表情を浮かべていた。 余裕ね…… 別に、構わないけど。 ナギさんの今までの戦い方を見てみると、たぶん短気決戦で来るだろう。 さっき、トロピウス戦で見せた『マジカルリーフ+各種異常の粉』のコンボは通じない。 プテラのスピードを存分に活かした、怒涛の攻めを見せてくるのは間違いない。 だとしたら、さっき考えついた持久戦も通じないだろう。 やっぱり、ハードプラントで一気に決めるか…… 考えをめぐらせている間に、審判がバトルの再開を告げる。 「プテラ対フシギバナ。バトルスタート!!」 「プテラ、今こそ見せるのよ、つばめ返し!!」 つばめ返し…… 再開と同時にナギさんが指示した技は、さっきトロピウスが発動しようとして、痺れ粉によって阻まれたヤツだった。 今までに聞いたことのない技の名前……でも、飛行タイプの技だってことは分かる。 まともに食らうわけにはいかない。 「ラッシー、気をつけろ!! 何か大きなヤツが来るぞ!!」 「バーナー……」 オレの言葉に、ラッシーが脚を広げて踏ん張る体勢を取った。 圧倒的なスピードの差を前に、避けるなんてことは考えられない。 だったら、警戒し、可能なら迎撃する……そうやってバトルを進めていくしかない。 必殺コンボを半分以上潰されている状態では、慎重にバトルを進めていかなきゃいけないんだ。 プテラが翼を大きく広げ―― ふっ。 次の瞬間、その姿が掻き消えた!! 「なっ……どこだ!?」 上下左右、その姿はどこを探しても見当たらない。 「バーナー……?」 さすがにいきなり相手の姿が消えて、ラッシーも驚いている。 と、プテラの姿がラッシーの目前に一瞬現れたかと思うと…… 「バーナーっ!!」 ラッシーが仰け反って悲鳴を上げた。 ぶんっ!! 一陣の風が吹きぬけ、フィールドに生えた草を大きくなびかせた!! な、何なんだ、今のは!? 驚きで声も出ない。 一秒か二秒くらい経って、攻撃する前の位置に、音もなくプテラが舞い降りた。 これがつばめ返し……? 何がなんだか全然分かんなかったぞ!? 消えたかと思ったらいきなり目の前に現れて、分かんないうちに攻撃を食らって、分かんないうちに元の位置に戻るなんて…… いくら凄まじいスピードの持ち主だからって、今のはあまりに不可解だ。 何かカラクリがあるのは間違いないんだけど…… それを探るだけの暇はなさそうだ。 今の調子で放たれ続けたら、解明する前にラッシーが倒されてしまう。 余計な詮索は後にして、さっさとプテラを倒せって、背後で槍をちらつかせて追い立てられてる気分だ。 「ふふ、驚いているようね。 つばめ返しは、絶対に避けることの敵わない、超高速の攻撃技……防ぐ手立てなんて、存在しないのよ」 ナギさんが鼻を鳴らす。 ジムに伝わる自慢の技らしい。 確かに、あれじゃよっぽど素早いポケモンじゃない限りは防ぎようがない。 攻撃側のスピードが圧倒的である以上、攻撃は防げない。 いや……そもそも防ぐなんてこと自体、考えてもしょうがないんだ。 こういう時は、どうすればいいんだろうか。 一瞬で間合いを詰められるような相手と戦うには……? 「ハードプラントじゃ、プテラの攻撃を防げないだろうし…… 木を生やして攻撃しても、避けられるかもしれない……どうすれば……?」 今までに使ったハードプラントのタイプは二種類。 相手の足元から巨木を突き上げて攻撃するタイプと、別の場所に巨木を打ち立てて、さらに成長を使って木の葉を生やし、 ラッシーと『つながった』葉っぱを意のままに操って相手を撹乱、攻撃するタイプ。 今回の相手は、そのどちらも通用しない。 巨木が生える瞬間でも見られたら、すぐに飛び上がって避けてしまうだろう。 葉っぱを使っても、プテラならつばめ返しであっさり掻い潜ってくる。 相手に仕掛けることは無理。 かといって、ハードプラント以外に窮地を脱する術はない…… くっ、どうすればいい……!? 策をめぐらす間にも、ナギさんがプテラに指示を出してくる。 「つばめ返し!!」 プテラの姿が消え、あっという間にラッシーの眼前に現れ、一瞬で一撃を加え、音もなく元の位置に戻る。 「バーナーっ……」 強烈な攻撃を受け、ラッシーが声を上げながら頭を振った。 トロピウス戦でもダメージを受けてたし、ここでこれ以上のダメージを受けるのは危険だ。 光合成で回復する前にやられてしまうことも考えられる。 ハードプラントを仕掛ける場所が…… つばめ返しを防ぎ、なおかつプテラの――ナギさんの意表を突ける場所…… そんな場所、あるはずが…… フィールドをざっと見渡して、ハードプラントを仕掛けられそうな場所を探すけど、プテラの周囲は絶対にダメだ。 かといって、ラッシーの周辺に仕掛けても、回り込まれて一撃を食らうだけ。 「……!?」 回り込まれて一撃を食らう……? 何か、ピンと来たような気がした。 いや、待てよ……? あの場所なら……プテラも手出しはできないか…… 分かった……!! プテラの攻撃を防ぎ、なおかつ意表を突ける場所、それは…… 「ラッシー、ハードプラント!! 仕掛ける場所は、足元だ!!」 オレの指示に、ラッシーが素早く対応する。 足元……つまり、巨木を打ち立てる場所はラッシーを中心とする。 ラッシーなら、自分を巻き込まないように上手くやるだろうし、これなら…… 巨木をどうにかしない限り、直接ラッシーに危害を加えられることもない。 「何をするつもりかは分からないけど……」 ラッシーが蔓の鞭を地面に突き刺すのを見て、ナギさんが言う。 「プテラのスピードの前には無力よ!! つばめ返し!!」 三度、つばめ返し。 プテラの姿が消えるのと、ラッシーの周囲に巨木の幹が次々と打ち立てられたのは同時だった。 「なっ、中止よ、プテラ!!」 慌てて技を止めるナギさん。 ラッシーとの距離が半分ほどになったところで、プテラの姿が現れた。 プテラの顔にも驚きの色が濃い。 いきなり巨木が乱立し始めたんだから、そりゃ驚いて当然。 そうこうしてる間に、ラッシーは無数の巨木の幹の中に隠れて、見えなくなってしまった。 第一段階は終了……次は…… 「成長!!」 オレの声なら、ラッシーはどんなに些細な一言でも見逃さない。 それを示すように、無数の巨木の幹から大枝が生え、天に向かって伸び、いくつかの小枝に別れ、 その先に青々とした葉を茂らせる。 「へえ……こんな技を隠し持ってたのね、意外だわ……」 ナギさんが口笛を鳴らす。 ラッシーの姿が巨木の中に消えて、どこを攻撃すればいいのか分からないんだろう。 ナギさんはじっと巨木を見つめるばかりで、プテラに攻撃の指示を出さない。 とはいえ、オレにもラッシーが巨木のどこにいるのか分からない。 ただ、巨木とラッシーは蔓の鞭を通じてつながってて、巨木がダメージを受けると、 ラッシーもわずかながらもダメージを受ける。 それを元にして、プテラの攻撃してくる位置を探り、ソーラービームを放つ……!! それしかない。 さすがにそれを口で伝えるわけにはいかない。 ラッシーがどこまでオレの考えを読んでくれてるかどうか……そこにかかってるんだけど…… 「ラッシー、大丈夫だ……」 オレは小さくつぶやいた。 もしオレの考えが伝わってなくても、勝てなくても構わない。 ラッシーが精一杯やってるのを、オレがどうこう言えた義理じゃないんだから。 あとはラッシーに任せる。 「…………」 「…………」 睨み合いが続く。 見えない火花がフィールドのあちこちで激しくぶつかる。 風にそよぐ木の葉が、時の流れを唯一感じさせる。 「…………」 「…………」 「……君が何を考えているかは分からないけど……このまま手をこまねいているだけなんて思わないことね。 プテラ、その木をちょっとずつ削り取りなさい!!」 沈黙を打ち破ったのはナギさん。 「キェェッ!!」 プテラは大きく嘶いて、ラッシーを内に秘めた巨木目がけて飛んでいく!! 翼で枝を折り、幹を叩き、少しずつ巨木にダメージを与えていく!! ラッシーにもダメージが行ってるはず……でも、ここでこらえてもらわなければ、勝ち目はない。 オレとしては、姿が隠れているうちにソーラービームのチャージを始めておいてほしいんだけど…… それもまた口に出すわけにはいかない。 ラッシーに「確実に」伝わるけれど、ナギさんにも「確実に」伝わってしまう。 メリットとデメリットがフィフティ・フィフティの危険な賭けは、相性が不利な現状を考えると、止めておきたい。 『成長』でソーラービームの威力はかなり上がっているだろうから、当てさえすればプテラを倒すことができるはず。 ロータスが突進でダメージを与えてくれたから、それは間違いない。 それに、ラッシーの特性『新緑』も今なら発動している。 元の威力と比べれば、二倍以上になるはずだ。 それなら、プテラを倒すことは容易い。 唯一の弱点は、オレの考えを口で伝えられないということ。 もどかしさを噛みしめるように拳をグッと握り、オレはラッシーがソーラービームを放つのをじっと待った。 待つしかないじゃないか。 こっちの考えを見抜かれたら、そこで終わりだ。 だから、黙っているしかない。 黙って、バトルの行方を見守るしか。 なんか、すっげぇもどかしいよ。 ただ見ているしかできないっていうのが、こんなに辛いものだとは思わなかった。 だけど、こういうバトルもきっとあるんだ。 トレーナーは何も言わず、ポケモンが自分の考えに基づいて戦うような……そうしなければならない時も。 時間が過ぎていく。 プテラは『翼で打つ』で巨木を少しずつ削り取っていく。 最初はどこにラッシーがいるか分からないと、ずいぶんと慎重にやってたけど、 ラッシーが攻撃してこないと思ってか、調子に乗ってガンガンぶっ壊し始める。 ラッシーが光合成を使っているのか、それともソーラービームの準備をしているのか…… オレにはそれを探る手立てすらない。 「何も言わないなんて、バトルを舐めてるの……?」 ラッシーに何も指示をしないオレを見て、ナギさんがすっと瞳を細めた。 表情も強張り、怒っているような印象も受けるけど、すぐに口元を緩めた。 「いえ、違うわね。 君はバトルを棄てちゃいない。もちろん、舐めてもいないわ……恐ろしい子。 何を考えてるか、私でも読めないなんてね……」 なんて言いながらも、プテラの勝利を確信しているんだ。 「プテラ、あまり調子に乗って攻撃しないでちょうだい。何を考えてるか、まったく読めないわ」 ナギさんの言葉に、プテラは攻撃の手を緩めた。 そうやって警戒してくれてるあたり、オレにはうれしい限りだよ。 下手に「一気に攻撃ッ!!」なんて指示を出されたら、どうしようかと思ってたんだ。 攻撃の手を緩めている間……生まれた時間がオレたちにとって優位に働くか……それとも…… 一刻、また一刻と時間が過ぎる。 見た目の変化は、巨木が少しずつ削り取られて、突き立った時の三分の二ほどの大きさになったくらい。 でも、少しずつラッシーに近づかれていると思うと、楽観はできない。 削るだけ削ったところで破壊光線、なんて攻撃も考えられる。 と、これからの手立てを頭の中で探っていると、 「バーナーっ……!!」 ラッシーの咆哮がフィールドにこだました。 次の瞬間―― ぶしゅぅぅっ!! 巨木の幹、その真ん中あたりが吹き飛んで、膨大な出力のソーラービームが撃ち出された!! 「……そういうことか……プテラ、フシギバナはあそこにいるわ!! 攻撃よ!!」 しかし、プテラはその指示に応えることができなかった。 ソーラービームが瞬く間にプテラの姿を飲み込んでしまったからだ。 「ラッシー……サンキュー」 オレは小さくつぶやいた。 オレの考えを、何も言わなくてもちゃんと読んでてくれたんだ。 普通のソーラービームとは明らかに威力が違う。段違いに上だ。 『成長』と『新緑』の能力アップのダブルコンボを発動しなければありえない威力。 やっぱりオレの仲間で、家族で、最高の相棒なんだって思ったよ。 ソーラービームをまともに食らったプテラは地面に激突し、それっきり動かなくなった。 審判がその様子を横から覗き込み、判定を下した。 「プテラ、戦闘不能!! よって勝者は、挑戦者・アカツキ!!」 「よっしゃ!!」 ギリギリまで追い詰められて、どうしようかと思ったけれど……だからこそ、勝利の喜びはとても大きく感じられるんだ。 オレは思わず握り拳を突き上げてガッツポーズを取っていた。 「ふう……負けたわね」 ナギさんは肩をすくめながらも、負けた悔しさを表に出す風でもなく、 驚異的なスピードでオレたちを窮地に追い込んだプテラをモンスターボールに戻し、言葉で労った。 決着がつくのを待っていたように、巨木がゆっくりと崩れていった。 木の幹は割れて、細かいクズになって地面に降り積もる。 巨木が崩れた後には、ラッシーが何事もなかったように平然と立っていた。 それでも、かなりのダメージを受けてるってことが分かる。 蔓の鞭で、巨木とつながってたんだ。 削られたり燃やされたりしたら、ラッシー自身もダメージを受ける。 ハードプラントの最大の特長である『巨木との一体化』は、同時に最大の弱点を孕んでいる。 それをまざまざと見せ付けられたバトルだったよ。 「ラッシー!!」 オレはすかさずラッシーに駆け寄った。 「バーナーっ……!!」 ラッシーはうれしそうな顔で振り返った。 と思った時、目を大きく見開いて、その場に崩れ落ちた。 「……!? ラッシー!? 大丈夫か!!」 ラッシーの傍で、オレは膝を折った。 大丈夫か、なんて言っといて、ぜんぜん大丈夫じゃないってことくらい分かってた。 トロピウスの踏み付けを受け、プテラのつばめ返しを受けて、なおかつハードプラントなんて消耗の激しい技を使ったんだ。 体力も限界に達していたんだ。 もう少しプテラを倒すのが遅れていたら、ラッシーの方が保たなかっただろう。 これが本当の首の皮一枚の勝利なんだ。 でも、それもラッシーが死力を尽くして頑張ってくれたからだ。 「よく頑張ってくれたな。 オレの考えてたこと……何も言わなくてもちゃんと分かってくれてたんだよな。ありがと、ラッシー」 「バーナー……」 ラッシーは安心しきった顔で嘶き、そのまま目を閉じた。 バトルで疲れた身体を休めるために、眠りについたんだ。 「ゆっくり休んでてくれよ」 頭を撫で、オレはラッシーをモンスターボールに戻した。 辛くも勝利を収めた……ジム戦でこれだ。 ホウエンリーグで本気で優勝を目指すなら、アカツキに勝つなら、今のままじゃ絶対にダメだ。 いいところまで行けても、最終的には負けてしまうだろう。 ジム戦で躓いてばかりいたら、大会ではとてもじゃないが戦い抜けない。 もっともっと頑張らなければ……ジム戦を制した喜びを押し退けるように強い決意が胸のうちに湧き上がる。 そんなオレの雰囲気を察してか、パチパチと拍手が聞こえてきた。 立ち上がり、顔を向けると、満足げな笑みを浮かべたナギさんが歩み寄ってきた。 「おめでとう、君の勝ちよ。 でもまさか、ソーラービームのチャージをしていたなんてね…… てっきり、光合成で回復を狙っていたとばかり思っていたけれど……」 「ラッシーなら、オレの考えを読んでてくれるんじゃないかって思ってましたから」 「そうね。君の思った通りに、自分で考えてちゃんとバトルできるポケモンなのね。 じゃあ、このバッジを受け取りなさい。 ヒワマキジムを制した証、フェザーバッジよ。今の君が受け取るに相応しいバッジだから」 「ありがとうございます」 ナギさんからフェザーバッジを受け取り、オレは小さく頭を下げて礼を言った。 そして、視線を手のひらの上で鈍く光るフェザーバッジに向ける。 羽根のような形をしたバッジだ。 羽根って英語で言うとフェザーだし、飛行タイプを得意とするジムだけに、鳥の羽根を模したバッジが勝利の証だっていうのも頷ける。 まあ、それはどこのジムだって同じだけど、ここのジムに限っては、それがとてもしっくり来る。 気のせいかもしれないけどな…… オレはバッジをギュッと握りしめ、もう一度礼を言った。 「ナギさん。ありがとうございました」 何かを教えてもらったような気がするんだよ。 上手くは言えないけど、ゼロじゃないってことだけはちゃんと分かる。 「私の方こそありがとう。こっちも勉強になったわ」 どちらともなく差し出した手。 ガッチリと握手を交わし、オレはヒワマキジムを後にした。 ポケモンセンターに戻り、夜を迎えた。 色濃い自然に囲まれた街のポケモンセンターだけあって、今まで訪れたどのポケモンセンターよりも敷地が緑に溢れていた。 小川のせせらぎが耳に心地良い庭で、オレたちはノンビリとくつろいでいた。 バトルで活躍してくれたルース、ロータス、ラッシーの回復は終了し、 メンタル的にバトルから解放させてあげようと思って、庭でみんなと遊ばせることにしたんだ。 ラッシーはオレの傍でじっとしてる。 身体が大きくなって、思うように動けないから、どうせなら動かずにじっとした方がいいと思ってるんだろう。 それに、みんなが楽しそうに遊んでるのを見て、ラッシーもまたうれしそうだ。 みんなが楽しいなら、ラッシーも楽しい。 そんなところなんだろう。 リーベルとルースはラズリーと追いかけっこしてるし、レキは小川に入って、水をすくって撒き散らして楽しそうだ。 「ごぉぉぉ……」 そんな中、ロータスだけが一人きりだった。 ロータス自身もそれに気がついて、ふよふよとオレの方に飛んできた。 上下に揺れながら、どこか不安定にも見えるけど……バトルでの疲れが残ってるんだろうか。 傍にやってきたロータスの頭を撫でて、オレは言葉をかけた。 「ロータス、大丈夫か? バトルの疲れが完全に取れてないのか? だったら、あんまり無茶するなよ。オレの傍ででも、ゆっくり休んでてくれ。な?」 「ごぉぉ……」 ロータスは身体を前に倒して、頷いた。 感情の起伏が少ない上に、表情というのもよく分からないから、ロータスの気持ちを読むのは他のみんなと比べて難しい。 本当に大丈夫かって心配になるけど……心配しすぎるのも、かえって悪いことなんだよな。 もちろん心配しないっていうのも薄情だけど、そこんとこの折り合いも難しいんだ。 ロータスが無理をしてるようには見えないけど、表面で見えないからこそ逆に危ないんじゃないかと思ってしまう。 見た目で分かるのって、本当は幸せなことなんだよ。 「ごぉぉぉ……ごぉぉ……」 ロータスが唸るような声を上げる。 改めて見てみると…… かっ!! 夜の闇を切り裂くような光がその身体から溢れて庭を満たした!! まさか、このタイミングで……!? 「ブーッ……?」 「マクロ?」 「ぐるぅ……」 突然溢れた光に驚いたのはみんなも同じだった。一様に遊ぶのをやめて、ロータスに注目する。 みんなの注目を浴びて、ロータスは光に包まれたまま少しずつ大きくなった。 いや、たとえじゃない。 ホントに大きくなったんだよ!! 元の二倍ほどの大きさになったところで、身体を包んでいた光が消える。 庭に静けさが戻り―― 「ごぉぉぉ……」 そこには、進化を果たしたロータスがいた。 「ロータス……進化したんだ……」 てつツメポケモン・メタング。 ダンバルの進化形だ。 ロータスは自分の身体に何が起こったのかよく分からなかったらしい。 新たに生えた二本の腕を動かして、目らしくなった目で自分の身体をジロジロ見ている。 「おめでとう、ロータス。君自身が頑張ったから、進化できたんだよ」 オレはロータスに声をかけ、もう一度頭を撫でてやった。 「ごぉぉぉ……」 ロータスはうれしそうに嘶いた――少なくともオレにはそう聞こえた。 ダンバルの時は感情の起伏がほとんどなかったけど、メタングに進化してからはウインクもできるようになったし、 感情っぽい感情も見せられるようになったんだ。 これぞまさしく進化、って感じだよな。 とがったUFOのような形をした身体に、ダンバルの姿のような腕が二本ついている。 腕の先には鋭い爪が三本生えていて、マジでパワーアップしたのが分かる。 以前図鑑で調べたところによると、メタングはエスパータイプや鋼タイプの技も使いこなせるらしい。 ダンバルの時は突進しか使えなかったけど、進化して新たな攻撃方法を身につけたんだ。 これからロータスがぐんぐん強くなるのかと思うと、とても楽しみで胸が躍るよ。 「みんな、ロータスが強くなったんだぜ。 ウカウカしてたら、あっという間に抜かれちまうかもな」 オレはみんなに発破をかけるように言った。 まあ、これからすぐにメタグロスに進化するとは思えないけど…… もし進化したら、ルースやレキ、リーベルくらいならあっという間に追い抜いてしまうだろう。 それくらいの実力はあるはずだ。 なんて思っていると、リーベルが真っ先に反応した。 「ぐるるぅ、ぐるるっ!!」 オレは絶対に負けん!! と言わんばかりの声に、他のみんなも続いた。 仲間内でも競い合う気持ちが芽生えるのは、いいことだと思うよ。 ただ、それがヘンなところに作用すると困ったことになるんだけど、みんななら大丈夫だろう。 多少の衝突はあっても、それ以上のことにはならないはずだ。 「ロータス。これからもよろしく頼むぜ。期待してるからな」 「ごぉぉっ!!」 ロータスは頷き、二本の腕を高々と掲げた。 ――任せておけ。俺が進化したからには百人力だぜ。 そんな風に聞こえて、オレはなんとも頼もしくなったもんだと思わずにはいられなかった。 To Be Continued…