ホウエン編Vol.18 双子のジムリーダー 定期船は緩やかに桟橋に接岸し、船内に到着のアナウンスが流れた。 オレは大した荷物も持ってないから、大きなスーツケースを引きずってる人や、 どこへ行くんだか巨大なリュックを背負ってる人の脇を軽々とすり抜けて、すぐに船から降りた。 今降り立ったのは、トクサネシティ。 七つ目のリーグバッジをゲットすべく、ジム戦を挑みに来たんだ。 ミナモシティから定期船で約二日。 その間に、暇つぶしがてら、船の行く先――トクサネシティのことをタウンマップで調べてみたんだ。 一個の島で成り立っている町で、シティとは言われているけれど、実際の町並みを見てみると、 純和風の建物が結構多くて、古風な雰囲気は残しつつも徐々に近代化の波が押し寄せている、といったところだろうか。 もちろん、シティよりはタウンと呼ばれた方が親しみを持てる……そんな町だ。 名物らしい名物は、トクサネまんじゅうという、アンコにクリームと漉し餡を半分ずつ練り込んだまんじゅうくらい。 ちなみに、タウンと呼ぶべき町をシティに格上げしているのは、島の東に位置する「宇宙センター」だ。 拓けた広い土地があり、気候も穏やかということで、ロケットを打ち上げるには絶好の場所なんだって。 名所がそれだけだから、ポケモントレーナーがジム戦以外の目的であまり立ち寄ることもないらしい。 なんか淋しい感じがするんだけど、だからこそこうやって落ち着いた雰囲気に包まれているのかもしれない。 タウンマップには詳しい町の成り立ちとかが書かれてなかったんで、正直なところ、どういう町なのかはよく分からない。 でも、オレの目的はジム戦だから、それが書かれていなかったからといって悲観する必要はない。 桟橋から町中に続く階段を一段飛ばしで駆け上がりながら、オレは次に戦うことになるジムリーダーに想いを馳せていた。 これでホウエン地方のジム戦も七回目。 今まで負け知らずでガンガン突っ走って来れたんだけど、さすがにこれほど順調に行き過ぎると、むしろ不安だ。 時には躓いて、今までの軌跡を振り返るくらいの余裕があっていいんだと思う。 八つのリーグバッジを集め終わってからでも、まだ遅くはないんだろうけど……心配したってどうになる問題じゃない。 頑張れるだけ頑張ったら、悔いが残らないように頑張れたら、心配する必要なんてまったくないんだから。 今の手持ちはなかなかバランスがいい。 ロータスが進化してくれたことで、技のバリエーションも増えて、戦力も全体的に底上げすることができた。 もちろん、ホウエンリーグとカントーリーグを戦い抜くには不安要素が多いから、現状に満足することはできないんだけども。 でも、ジム戦を挑む分には、今の手持ちでも何とかなる。 「トクサネジムは……と」 階段を駆け上がって町のメインストリートに出ると、親切なことに案内図が掲示してあった。 今オレがいるのは、東西に長いトクサネシティの南西部。 ポケモンセンターは百メートルほど先にある。 ポケモンセンターに向かう道と、東側――宇宙センターに向かう道がすぐ傍で交差している。 ジムはトクサネシティのちょうど真ん中辺りに位置しているようだ。 だとすると、途中で枝分かれしてる道を進んでいけばいいのか。 距離的にはここから五百メートル弱と、そんなに遠いわけでもない。 位置を確認できたからには、立ち止まっている理由はない。 トクサネシティの東側に続いている道をゆっくりと歩き出す。 「結構いい町だよなあ……」 通りから少し離れたところに点々と建ち並ぶ一軒家を見つめながら、優しく吹き付けるそよ風に心地良さを感じる。 なんだか、マサラタウンと似てるんだよなあ…… 建物の雰囲気は全然違うんだけど、吹き付ける風や草のにおいは、マサラタウンのものとかなり似ているように感じられる。 ジム戦を前に、気持ちが穏やかな海のように落ち着いてるんだ。 ポケモンバトルでは、炎のごとく燃えるのも大事だけど、水のように冷静でいることも大事なんだ。 自分のペースを守ること。 それが一番大事なことなんじゃないかって思う。 シティと名のつく割に、通りを行き交う人は少ない。 カナズミシティやキンセツシティ、ミナモシティと比べたら雲泥の差だ。 道端で、中型のポケモンを連れたおばさんたちが集まって、声を立てて笑いながらなにやら話をしている。 まあ、なんていうか…… 都会じゃ見られない光景だよな。 おばさんたちの脇を通り過ぎながら、そんなことを思う。 マサラタウンでも近所のおばさんが井戸端会議なんてやってて、傍を通り過ぎる時に、 「アカツキちゃん、元気してる?」とか「ナミちゃんとはいい感じなの?」なんて他愛なく話しかけてきてくれる。 オレとしてもそういう気さくな雰囲気は好きなんだけど、 質問の中身が時々「?」とつくようなものがあって、ビミョーに理解できないところがあるんだ。 別にナミと結婚する予定なんてあるはずないし、「いい感じなの?」って聞かれても、適当にはぐらかすしかない。 冗談が通じないのか、それともオレの言葉に納得できないだけなのか。 おばさんたちは「また今度聞くから、それまでに答え用意しといてね」なんて言うんだ。 同じことの繰り返しで何年も過ぎちゃったりしたんだけど…… あー、なんでそういうことを思い出しちゃったんだろ。 井戸端会議してるおばさんたちの姿が、マサラタウンのおばさんたちと重なって見えたからなんだろうな…… ちょっぴりシミジミしながら道を歩いていくと、ジムらしき建物の前にたどり着いた。 パッと見た目は普通の民家と変わらない。 本当にジムか? ……って思うんだけど、屋根にこんな看板が。 「トクサネジム。ジムリーダー・フウとラン。神秘なるコンビネーション!!」 ……なんて掲げられてるんだから、ここがトクサネジムなんだろう。 「…………」 あー、なんていうか。 今までのジムと比べると、建物の特徴に乏しいというか……ここまで見事に普通の民家というのは初めてのような気がする。 でも、ここで油断しちゃいけない。 ジムの地味な外見で相手を油断させ、いざジム戦が始まったら猛攻を仕掛けてくる……なんて展開かも。 そう、ここからすでにジム戦が始まってるんだ。 「まあ、行ってみりゃ分かるよな……」 もしかしたら、地下にスペースを設けて、そこでジム戦をするのかもしれない。 まあそれはいいとして、気になるのが…… ジムリーダーが二人いるってことだ。 二人で交代しながらジムリーダーを務めてるってことなんだろうけど……なんだか引っかかる。 神秘なるコンビネーションって一体何なんだ? それこそ行ってみれば分かることなんだけど、やっぱり気になる。 トレーナーとポケモンのコンビネーションが絶妙ってことなんだろうか。 コンビネーションで言うんだったら、オレだって負けちゃいない。 ヒワマキジムでのジム戦じゃ、オレが言葉にしたわけじゃないのに、ラッシーは見事にオレの意図する攻撃を繰り出してみせたんだ。 コンビネーションじゃ負けないさ。 オレは扉の脇のインターホンを押した。 おなじみの呼び出し音が反響して消える前に、声が返ってきた。 「どちら様ですか?」 やけに強気な女性の声。 もしかすると、ジムリーダーか……? そう思いつつ、インターホンに口を近づけて、名乗りを上げる。 「オレはアカツキって言います。ジム戦をしに来ました。ジムリーダーはいらっしゃいますか?」 「挑戦者の方ですね? 扉を開きますので、フィールドまでお越しください。ジムリーダーがそこであなたの挑戦をお待ちしております」 声がそこで途切れ、言葉どおり扉がゆっくりと左右に開かれた。 誘いをかけてきてるってことか…… だったら、ジムリーダーは余裕の面してオレを出迎えてくれるってワケか。 ずいぶんと殊勝なご趣味だけど、だったらオレはその鼻っ柱を叩き折ってやるだけだ。 どんなジムリーダーだろうが、勝つのはオレだ。 グッと拳を握りしめ、オレはジムに足を踏み入れた。 数歩歩いたところで、背後で扉が閉じる音が聞こえた。 立ち止まることも、振り返ることもしない。 尻尾巻いて逃げ出すつもりなんてないんだから、別に構わない。 すぐ先に下り階段がある。 どうやら、バトルフィールドは地下に設けられているようだ。 階段を一段ずつゆっくりと降りて、すぐ左手に開かれたドアがあった。 くぐった先に、見慣れたバトルフィールド。 体育館ほどの広さの空間を、天井から無数に釣り下がったライトがこれでもかとばかりに満遍なく照らし出している。 と、フィールドの向こう側のスポットに立っていたのは…… 「……?」 二人、立ってる。 揃いも揃って得意気な笑みを浮かべてオレを見ている。 両方ともオレと同じくらいの年頃で、これまたお揃いのTシャツとラフなズボンで服装を統一している。 双子だろうか、背丈や顔立ちまでよく似ている。 ちなみに、男の子と女の子。 確かに男と女の双子で、顔が似てるっていうケースもあるみたいだけど……見れば見るほど、双子だ。 スタンバイ状態に入っていると言わんばかりに、両手に緑の旗を持った女性が、センターラインの延長線上に立っている。 たぶん、インターホンで受け答えしてたのはこの人だろう。 双子にしか見えない男の子と女の子に視線を戻すと、待っていたように男の子が口を開いた。 「ようこそ、トクサネジムへ」 続いて女の子も口を開く。 「おにいちゃんがあたしたちの対戦相手なんだね?」 タイミングを計ったように――声音まで結構似てるものだから、一人の人間が続けてしゃべっているように聴こえる。 何もそこまで似なくてもいいのに……なんて思っていると、審判の女性が口を開いた。 「ルールを説明いたします。 挑戦者、ジムリーダーとも二体のポケモンを同時にフィールドに出してバトルする形式…… ダブルバトルでのジム戦となります」 ダブルバトルか…… 確か、ホウエンリーグの本選がこの形式だって聞いた。 やっぱり、本選で採用されてるほどの形式だから、ジム戦でやることがあるんだろうとは思ってたけどね。 オレはあんまりダブルバトルには慣れてないんだけど、どうこう言ってもしょうがない。 ジムの規定で決められてるのなら、それに従うしかない。 でも、なんでスポットにジムリーダーが二人もいるんだか……交代で片方ずつ戦うんじゃないのか。 それともまさか…… 嫌な予感が脳裏を過ぎる。 それこそ嫌なタイミングで、その予感を裏付けるように女性が続ける。 「トクサネジムのジムリーダーは、フウとラン。二人で戦います」 「げ……」 マジかよ。 二人がタッグを組んで挑んでくるっていうのか。 ポケモンが二体ということは、それぞれが一体ずつ、自慢のポケモンを繰り出してくるってところなんだろうけど…… でもまさか、ジムリーダーが二人同時にバトルに参加するなんて。 それこそカントー地方やジョウト地方じゃまず考えられないことだ。 地方が違えばバトルの形式が違っていて当然と言えば当然なんだけど、それでもこれはフェアじゃないような気がするぞ。 「そういうわけだから」 「よろしくね、おにいちゃん♪」 オレの気持ちを知ってか知らずか、当のジムリーダーたちはいたって楽しそうな様子だ。 ポケモンバトルが大好きなんだろう。 男の子の方がフウで、女の子の方がランだろう。 まあ、どっちがどっちでもオレにはあんまり関係ないんだろうけど(本人に言ったら噛みつかれそうだな……)。 よくよく考えれば、フェアじゃないわけでもないみたいだ。 一体ずつポケモンを出してくるのなら、オレのようにタイミングを計って二体に指示を出すということが難しいはず。 相方のポケモンの動きや、相方の考えまでちゃんと知ってなきゃ、完璧に合わせることはできない。 いや…… ジムの看板に「神秘なるコンビネーション!!」なんて掲げられてたんだ。 二人の息はピッタリで、コンビネーションも抜群と見るべき。 どんなタイプのポケモンを使ってくるかは分からないけど、コンビネーションで勝てなければ、勝機はないと言ってもいいだろう。 さて、どんなポケモンを出してくるのやら…… 「おにいちゃん、アカツキっていうんだよね」 「どっかで聞いたような名前だけどね」 フウとランが顔を見合わせながら言う。 「でも、そんなことは関係ないよ」 「うん。あたしとフウのポケモンで……」 「おにいちゃんのポケモンを……」 「ギッタギッタにしちゃうんだから」 こうなると完全に夫婦漫才だ。 ロクでもないことを言ってるけど、本気とは思えない。せいぜいが冗談の延長線上ってところか。 「じゃ、行くよフウ」 「オッケー、ラン」 『出てきて!!』 声を掛け合い、最後には同時に叫ぶ。 それから、どこに隠していたかいつの間にやら手にしていたモンスターボールをフィールドに投げ入れた!! 二つのモンスターボールが口を開き、中からポケモンが飛び出してきた!! 左には、よく絵で描かれる太陽のようなポケモンが。 右には、夜空に浮かぶ三日月のようなポケモンが、それぞれ現れた。 大方、太陽がフウのポケモンで、月がランのポケモン……そんなところか。 どっちのポケモンも身体は岩でできているようで、タイプも岩タイプが入ってるんだろう。 でも、岩タイプならカナズミジムの得意とするタイプだから、別のタイプ(両方とも同じ)が入っているはず。 見たことのないポケモンということも相まって、オレはすかさず図鑑で調べてみた。 まずは、太陽の方から。 「ソルロック。いんせきポケモン。 昼間に太陽のエネルギーを蓄えている。いつも無表情だが、相手の考えを読み取ることができる」 続いて、月の方。 「ルナトーン。いんせきポケモン。 月の満ち欠けによって体調が変化すると言われている。満月の夜に最大のパワーを発揮する」 両方とも『いんせきポケモン』と呼ばれているのか。 太陽と月って、二つで一組という見方をされていることが多い。 まさしく双子のジムリーダーが扱うのに相応しいポケモンと言えるだろう。 ちなみに、タイプは岩とエスパー。 このジムの得意分野はエスパータイプか…… 岩タイプに有効なのは水、草、格闘、地面、鋼。 エスパータイプには、虫、ゴースト、悪。 ソルロックもルナトーンも『浮遊』の特性を持っている。 浮いている時は地震やマグニチュードといった技を無効にできる。 格闘タイプの技も、エスパータイプでカバーできる。 意外と攻守に優れたポケモンのようだ。 冷静に分析していると、フウとランが急かしてきた。 「さ、おにいちゃんのポケモンを出してよ」 「そうそう。早く早く」 おにいちゃん……って。 どう見ても同い年だろ。 そんなにオレって年上に見えるんだろうか。 悪く言えば老けてるっていうか……いや、冗談だろ、いくらなんでも。 そんなことはどーでもいい。 今はジム戦にすべてを費やす時だ。 余計な詮索はしてる場合じゃない。 とはいえ…… 誰を出すべきか。 単純に弱点を突くだけなら、ラッシー、レキ、ロータス、リーベルの四体から二体を選ぶだけでいい。 防御面で不安はあるけど、ラッシーとレキのコンビで猛烈アタックを仕掛けるか? それとも、攻撃面では前者に劣るけど、防御力や俊敏さでは勝っているロータスとリーベルが組むか…… どっちにしても、一長一短って感じが否めないんだけどな。 こういう場合はどうすればいいんだろう。 ラズリーはアイアンテールやシャドーボールでソルロックとルナトーンの弱点を突くことができる。 それに、万が一相手がラッシーをこっちのメインと読んで、弱点のタイプで攻撃した時のことを考えると、 ラッシーの弱点である氷、炎タイプの技をラズリーで受けるという展開も考えられる。 もしも炎の攻撃をしてくることがあったら、ラズリーならダメージを受けないし、炎がさらに強力になる。 タイプの相性で威力は落ちるかもしれないけど、強化されればそれもある程度はカバーできる。 攻守のバランスを考えるなら、ここはラッシーとラズリーがベストかもしれない。 ちなみに、ルースは論外だ。 パワーはあっても、相性が悪すぎる。 ラッシーの『マジカルリーフ+状態異常の粉』で相手のペースを狂わせられれば最高だ。 ラズリーが縦横無尽にフィールドを駆け回りながら攻撃を仕掛けて、こっちのペースに引きずり込んじゃえば…… よし、決定。 エスパータイプの技を出している間、相手は動けないんだ。 仮にラッシーが攻撃を受けたとしても、ラズリーで強烈な一撃を与えてやれば、 攻撃は解除されて、ダメージは大きなものにはならないだろう。 オレは腰のモンスターボールを二つつかんで、フィールドに投げ入れた。 「ラッシー、ラズリー、行くぜっ!!」 図らずも、初めて手にしたポケモンと、旅立つ時に手にしたポケモンでジム戦を挑むなんて…… 何か因縁めいたものを感じるよ。 フィールドに着弾したボールは続けて口を開いて、中からラッシーとラズリーが飛び出してきた!! 「バーナー……」 「ブーっ……!!」 飛び出すなり、フワフワ浮かんでいるソルロックとルナトーンに戦意むき出しの視線を向けて威嚇の声を上げる。 やる気は満々といったところだ。 「へえ……おにいちゃんのポケモンって」 「カントー地方のポケモンなんだってね」 「見たことないけど」 「タイプは分かってるよ」 「弱点を突こうとしても」 「あたしたちは防いじゃうんだから」 『ね〜?』 またしても夫婦漫才を始める二人。 こっちの考えを読んでるってことか……? いや、仮にどんなポケモンが相手だろうと、自慢のコンビネーションで倒してみせるっていう自信の表れだ。 大して歳の変わらないジムリーダーっていうと、やっぱり思い出すのがハナダジムのカスミだ。 あいつも自信に満ちてたっけ。 まあ、あいつと比べると、目の前の二人の方がまだ控えめな印象を受けるけど。 「挑戦者(チャレンジャー)、ポケモンの入れ替えは今ならまだ可能ですが、どうしますか?」 審判が訊ねてきた。 いったんバトルが始まると、二体で戦い抜くことになり、途中でポケモンのチェンジはできないと言った。 「いえ、このままでいいです」 「分かりました」 変えるつもりなどない。 相手のポケモンを見て決めたんだ。 今さら変えたってしょうがないし、変えたところで「ラッシーとラズリーのままの方が良かった」なんて後悔しちゃ本末転倒だ。 逆の可能性もあるけど、一度この布陣で行くと決めたんだから、今さら変えたりしない。 「どちらかのポケモンが二体とも倒れるか、降参を宣言した時点で決着するものとします。 以上ですが、質問はありますか?」 オレは首を横に振った。 そういう基本的なルールはどのジムでも共通だ。だったら、質問なんてあるはずもない。 「では、これよりマインドバッジを賭けた、ジムリーダー対挑戦者のジム戦を執り行います」 審判が旗を振り上げ、 「バトルスタート!!」 バトルの火蓋が切って落とされる!! 相手のコンビネーションは脅威だ。だったら、先にこっちから仕掛けてやる。 オレはどっちかというと動きの鈍そうなソルロックを指差し、ラッシーに指示を出した。 「ラッシー、マジカルリーフ!!」 どんなに逃げても追いかける『魔法の葉っぱ』で先制攻撃だ。 まず、相手の出方を見て、それからラッシーとラズリーの作戦(オーダー)を組もう。 「バーナーっ!!」 ラッシーが咆哮と共に、背中から二枚の葉っぱを打ち出した!! 頼りない葉っぱは、しかし風に流れることもなく、一直線にソルロックに迫る!! もちろん、まともに受けてくれるとは思ってないけど、相手のコンビネーションの度合いを見るのにはちょうどいいだろう。 なんて思っていると、 「ルナトーン、光の壁で防いで!!」 ランの指示が飛び、ルナトーンがソルロックの前に躍り出た。 そして、光の壁を張って、威力の落ちたマジカルリーフを食らう!! なるほど、互いにカバーし合うというわけか…… 今の一撃は大したダメージにはなってないだろうから、ここから攻撃を仕掛けてくるだろう。 「ソルロック、岩なだれ!!」 なんて悠長に考えてたら、いきなり轟音と共に、ラッシーとラズリーの頭上から、 人の顔ほどはあろうかという大きな岩が次々と降り注いできた!! ……って、一体いつの間にそんなことを……!? 驚くのは後だ。 今は、どうにかして岩なだれから逃げなければ。 ラズリーにとってはかなり痛い攻撃だから、絶対に受けるわけにはいかない。 「ラッシーは岩を砕いて!! ラズリーは電光石火で避わせ!!」 ラッシーに回避を指示したところで無理。自由自在に操れる蔓の鞭で、岩を砕いてもらうしかない。 破片は被るかもしれないけど、塊に比べればダメージは遥かに小さくて済む。 反対に、ラズリーは俊敏さを生かして、降り注ぐ岩から身を避わす。 適材適所と呼べる方法で岩なだれから身を守るラッシーとラズリー。 でも、オレは気づいた。 致命的なミスを犯してしまったことに。 しまった、って後悔する間もなく、 「ルナトーン、フシギバナに冷凍ビーム!!」 ランの指示に、ルナトーンが三日月の腹にくっついてる嘴のような口から冷凍ビームを発射してきた!! ラッシーじゃ当然避けられないけど、オレにとって最悪だったのは、岩なだれから逃れるために、 ラズリーに電光石火で回避を命じてしまったことだ。 そのせいで、ラッシーとラズリーが分断されてしまった!! 単なる岩なだれかと思って油断したよ。 こうやって分断したところに冷凍ビームを放ち、ラッシーを倒す作戦に出たんだ。 えーい、こうなったら…… 「ラズリー、火炎放射でラッシーを守れ!!」 一か八か、オレはラズリーに指示を出した。 オレの意図を汲んで、ラズリーは口を大きく開いて炎を吐き出した!! ラッシーに迫る冷凍ビームと、冷凍ビームを焼き尽くさんとする炎。 冷凍ビームが先か、火炎放射が先か…… 際どい勝負になりそうだ。 ラッシーは迫る冷凍ビームをじっと見据えたまま、取り乱すわけでもなく堂々と構えている。 森林の王者としてのプライドがあるのか、それともラズリーの火炎放射が冷凍ビームを撃墜してくれると信じているからか。 そんな時、予期せぬ指示が飛び込んできた。 「念力!!」 フウの声だ。 刹那、ルナトーンの背後に隠れたソルロックの身体が淡く輝き、冷凍ビームの動きが止まった!! 念力で冷凍ビームを絡め取ったのか……!! なんでそんな回りくどいことをしたのかと思ったけど、すぐに答えは出た。 ぼぉぉぉっ!! ラッシーの眼前を、猛烈な炎が通り過ぎる!! 危うく直撃するところだった。 さすがにこれにはラッシーも驚いていた。 今のタイミング……火炎放射が冷凍ビームを直撃し、ラッシーを守ることができたか…… だとしたら、念力で冷凍ビームを絡めたのは……!! 背筋が震えた。 まさか、そういう作戦で来るとは…… 嫌な予感と共に、時が動き出す。 「ルナトーン、もう一度冷凍ビーム!!」 「ソルロック、背後から冷凍ビームをお見舞いしちゃえ!!」 ランとフウの指示が同時に出された。 ルナトーンが再び冷凍ビームを発射し、ルナトーンの後ろに隠れたままのソルロックが念力を発動、 絡め取った冷凍ビームをラッシーの背後に移動させ、そこから放った!! 前後からの冷凍ビーム・挟み撃ち……!? 超攻撃的なコンビネーションだ。 悔しいけど、二人のコンビネーションは完璧だ。 何も言わなくても、互いの考えてることが分かってるんだ。 そうでもなきゃ、こんな絶妙なタイミングで指示を出したりはしないだろう。 やっぱり『二人で戦うこと』に慣れてる。 冷凍ビームの挟み撃ちを受ければ、ラッシーでも大ダメージは避けられない。下手をすれば戦闘不能になることさえある。 こういう時は…… 「ラッシー、前からの冷凍ビームにヘドロ爆弾!! ラズリーは火炎放射で後ろからの冷凍ビームを防ぐんだ!!」 全力で防ぐしかない。 ここで、これ幸いと次の一手を用意してるのは間違いないけど、冷凍ビームを防がないことには、 こちらも次の一手を繰り出すことができない。 相手に攻撃の機会を与えるのはシャクだけど、何とかしなきゃならない。 オレの指示通り、ラッシーがヘドロ爆弾を吐き出し、ラズリーが電光石火で素早くラッシーの後ろに回りこんで、 迫り来る冷凍ビームを睨みつけながら火炎を放つ!! ラッシーのヘドロ爆弾が冷凍ビームに当たって凍てつき、凍ったヘドロ爆弾が真下に落下する。 ラズリーの火炎放射は冷凍ビームを容易く消滅させた。 これで攻撃は防げたけど…… 読みどおり、ここで攻撃を仕掛けてきた。 ラッシーとラズリーが一箇所に固まっていることを利用して―― 「サイコウェーブ!!」 フウの指示に、ソルロックが宙に浮かび上がった。 放つ技はサイコウェーブ。 念力の波動を放って、一定範囲を攻撃する技だ。 サイコ、って名前が付くとおり、タイプはエスパー。 ラッシーの弱点だけに、当たると結構痛い。 「ろぉぉぉ……」 そんな声を上げながら、ソルロックの身体から紫の波動が迸った!! どんな状態でも、ラッシーに『防ぐ』なんて二文字はない。 こういう時は…… 「ラッシー、日本晴れ!! ラズリーは炎の渦で迎え撃て!!」 ラッシーが空を仰ぐと、地下だというのに熱気が立ち込めてきた。 一応、日本晴れの効果は発動しているようだ。 続いて、ラズリーがラッシーの眼前に躍り出て、火炎放射を放つ!! 日本晴れで威力を増した炎の渦が、ソルロックが放った紫の波動を迎え撃つ!! 火炎放射よりも威力は落ちるけど、攻撃範囲なら炎の渦の方が上。 そんな技の特性が見事にハマって、サイコウェーブがラッシーに届くことはなかった。 炎の渦と共に相殺される。 よし、ここから反撃開始だ!! 「ラッシー、ソルロックにソーラービーム!! ラズリーはルナトーンにシャドーボール!!」 「そうはいかないよ、ソルロック、火炎放射!!」 「ルナトーン、冷凍ビーム!!」 オレの指示に続けと、フウとランが言葉を重ねてきた。 ラッシーが一瞬でチャージを終え、ソーラービームを発射!! 時を同じくして、ラズリーが闇を凝縮したシャドーボールを発射!! ソルロック、ルナトーンもそれぞれの攻撃を放つ。 とはいえ、火炎放射を使ってくるとは思わなかった。 岩タイプの敵、草タイプと鋼タイプを返り討ちにするために覚えさせたといったところか。 それでも、本家の火炎放射と比べると、威力は劣る。 日本晴れで威力がアップしていることを差し引いても、普段のラズリーほどの火力はとても持ち合わせていないだろう。 どんっ、どぉんっ!! 四体のポケモンが繰り出した攻撃が、センターラインよりもやや向こう側でぶつかり合い、派手な音を立てた。 「へえ……」 「おにいちゃん、なかなかやるじゃない!!」 「でも、ぼくたちの」 「あたしたちの」 『コンビネーションは完璧っ♪』 なんてハイタッチするフウとランは得意気な笑みを崩さない。 お互いにダメージらしいダメージを受けてないんだから、それも当然なんだけど…… 片方が守り、もう片方が攻撃する。 かと思えば、時間差で攻撃を仕掛けてきたり、念力で前後から挟み撃ちにしようとしたり…… 今までのジムリーダーとは一味違う、ダブルバトルならではのトリッキーな戦い方も見せてくる。 ホウエンリーグの前哨戦ということで、この二人の戦い方には学ぶべきところが多いよ。 日本晴れでソーラービームを一瞬で出せることと、ラズリーの炎の威力が上がったこと。 そこを何とか上手に利用して、相手の戦略を崩せないものだろうか…… 日本晴れで効果が上がっているのは、何もラズリーの炎だけじゃない。 体力を回復させる光合成も、ずいぶんと使いやすくなっているんだ。 「いや、むしろハードプラントで相手の連携を崩すか……」 見たことのない技には、対処のしようがないはずだ。 いくら戦い慣れていようと、未知の攻撃をされたなら、どこかで必ずコンビネーションに綻びを見せるはず。 そこを狙って、ラズリーが速攻でアイアンテールやシャドーボールで一撃を加えれば、どうなる? その綻びはどんどん大きくなり、コンビネーションが破綻するんじゃないだろうか。 上手く行くかどうかはハッキリ言って分かんない。 でも、このまま戦ってても埒が明かないし、状況が悪化するのは目に見えている。 何はともあれ、まずは試してみることから始めよう。 「ラッシー、ハードプラントだ!!」 オレはラッシーに指示を出したけど、フウとランはきょとんとした顔をするばかり。 一体どんな技なのか、分からないといった様子だ。 よし、これなら何とかなるかも…… ラッシーが蔓の鞭を地面に潜り込ませ、その一秒後。 どんどんどんっ!! 豪快な音と共に、地面から巨木の幹が突き出して、地面スレスレのところに浮いていたルナトーンを宙に放り投げた!! 「ええっ!?」 「なに、今の技!?」 目論見どおり、混乱するフウとラン。 ソルロックは慌てて回避したおかげで、巨木の幹の直撃を受けずに済んだ。 でも、さすがはジムリーダー、建て直しは早かった。 「ソルロック、岩なだれ!!」 フウの指示に、ソルロックがルナトーンを守るように前面に出てきて、硬い身体をフィールドに思いっきり叩きつけた!! すると、地面に亀裂が走り、舞い上がった無数の岩が降り注いできた!! 攻撃している間に、ルナトーンが持ち直す……という作戦なんだろう。 でも、言い換えれば今はソルロックだけを相手にすればいいことになる。 ハードプラントの反動でしばらく動けないラッシーが攻撃されることはないだろうし…… これならラズリーだけでも十分に圧していける。 「ラズリー、避わしながらアイアンテール!! 速攻で決めるんだ!!」 オレの言葉が終わるが早いか、ラズリーが駆け出した!! 「えっ、ここで攻撃してくるの!?」 やっぱり混乱してる。 建て直しも、表面上だけってことだろうか。 なにせ相手はオレと同じ世代の子供。動揺を押し殺すには心があまりに幼すぎるといったところだ。 でも、それならそれでこっちにとっては好都合。 ラズリーは自信に満ちた足取りで、次々降り注ぐ岩なだれから身を避わしながら、ソルロックに迫る!! 「ブーっ!!」 鋭い声を上げながら、ジャンプ!! あっという間にソルロックの眼前に迫ったラズリーが身体を翻し、渾身の力で、鋼鉄化したシッポをその顔面に叩きつけた!! 「ああ、ソルロック!!」 あっさり吹き飛ぶソルロック。 でも、地面に激突するようなことはなかった。 寸でのところで持ち直し、 「でも、出る杭は打たれるって言葉、知ってる?」 自由落下するラズリーの前に、ルナトーンが現れた。 もう持ち直したって言うのか……!? ランの言葉……出る杭は打たれるってこのことか!! 「サイコキネシス!!」 その瞬間、ルナトーンとラズリーの身体に同じ色の光が宿り、ラズリーの動きが止まる!! まさか、この展開すら作戦だったってことなのか? いや、いくらなんでもそこまで計算高いなんて考えられないけど…… 「ブーっ……? ブーっ……!?」 いきなり動きを封じられ、ラズリーが激しく動揺する。 慌てて顔を動かすけど、脚や口はまったく動かない。 口だけでも動けば、ルナトーンにシャドーボールを叩き込むことができるんだけど…… 「さっきのお返し、しちゃうぞーっ!! ソルロック、捨て身タックル〜っ!!」 暴れん坊でやんちゃな子供のようなフウの声と共に、ソルロックが頭上から降ってきた!! ごっ!! 鈍い音がして、ラズリーはソルロックに押し潰される形で地面に叩きつけられる!! 「ラズリーっ!!」 思わずオレは叫んでいた。 一方がサイコキネシスで動きを封じ、もう片方がじっくり料理する…… それがエスパータイプのポケモンによるダブルバトルの真価!! いつかはこういう攻撃を仕掛けられるとは思っていたんだけど、いざやられてみると、なんかすっごくムカつくなぁ。 ラズリーは首を打ち振りながらゆっくりと立ち上がる。 ダメージはかなりのものだけど、まだまだ大丈夫だ。 ラズリーの根性なら、ある程度のダメージは気力でカバーできる。 そろそろラッシーも動けるようになる頃だし、これでまたダブルバトルに戻る。 二度目のハードプラントは通用しないだろう。 陽動にしても、確実に見抜かれるだろうし……ラッシーを集中攻撃してくるっていう展開は、できるだけ避けたい。 ラズリーがカバーするにも限度があるし、防御は攻撃に比べて手数が多くなる分、消耗も激しい。 多少のダメージを覚悟で一気呵成に攻め込んで、相手に最大のダメージを与える方法があればいいんだけど…… 考えをめぐらせている間にも、お構いナシに攻撃してくる。 「ソルロック、砂嵐っ!!」 「させるか!! ラズリー、オーバーヒート!!」 砂嵐で視界を埋められると、相手の行動が分からない。 双子のコンビネーションは一体何をしてくるのかも、まったく予想もつかない。 可能な限り、コンビネーションで攻撃してくることを防がなければ。 そこから突破口を見出して、何とかしていくしかない。 ソルロックの身体が回転し、その足元から砂が巻き上がる。 「ブーっ!!」 そこへラズリーが突っ込んで、 「ブースタぁっ!!」 裂帛の叫びと同時に、口から凄まじい炎を放つ!! 瞬く間にソルロックの周囲に渦巻いていた砂の壁が破られ、ソルロックに膨大な炎が押しよせた!! 「わーっ、なんでこんなことに!?」 「ルナトーン、念力で炎を遠ざけて!!」 悲鳴を上げるフウ。 ランはルナトーンに指示を出した。 ルナトーンの念力で、ソルロックを飲み込んでいた炎が真上に移動する。 一発で戦闘不能になるのを免れたか……オーバーヒートは放った後、一時的に炎の威力が著しくダウンするんだ。 でも、ラズリーはシャドーボールやアイアンテールといった物理攻撃の技だけでも十分に戦えるからね。 オーバーヒートの反動を心配する必要はない。 今度は向こうが防戦一方になった。 今なら、ハードプラントを放っても問題ない。 「ラッシー、ハードプラント!!」 二撃目も、防がれる心配はない。 ラッシーは蔓の鞭を地面の下に潜り込ませた状態だから、さっきよりも早く発動した。 どどどんっ!! 突き上がる巨木の幹が、一箇所に固まっていたソルロックとルナトーンに命中!! たまらず吹っ飛ぶソルロックとルナトーン!! 「あ、しまったっ!!」 「今度はぼくたちがやられてるよ〜っ!!」 二人して悲鳴を上げる。 いかに相手のコンビネーションを崩し、自分のコンビネーションを完成させるか…… そういった駆け引きが重要になるんだな、ダブルバトルは。 あまり慣れていないだけに、学ぶことは本当に多い。 「でもね、タダじゃやられないから!! ラン、あとは頼んだよ!!」 「うん、任せて!!」 さすがにやられてばかりじゃないのがジムリーダー。 フウの意志を汲んで、ソルロックがルナトーンに先駆けて持ち直し、ラズリーに急接近!! ……何をするつもりだ……!? 後は頼むなんて言い出すからには、ヤバイ技を使うのは目に見えてるけど……まさか!! あまりに恐ろしい想像に、背筋が凍りつきそうになる。 「ラズリー、逃げろ!!」 オレは慌てて指示を出したけど、間に合わなかった。 「ソルロック、大爆発!!」 「ルナトーン、守って!!」 フウとランの指示が同時に響き―― どぉぉぉぉぉぉぉんっ!! ラズリーに接触したソルロックが大爆発を起こした!! 直前に、ルナトーンの前にブルーの壁が現れたのを、オレは確かに見た。 凄まじい音と風が叩きつけるように襲ってくる!! まさか、このタイミングで大爆発とは……!! 使ったポケモンが戦闘不能になる代わり、広範囲にとてつもない威力の破壊の嵐を吹かせる、まさに超迷惑な技だ。 ダメージを受けているラズリーが爆心地にいるんだから、どう転んだところで戦闘不能は免れない。 ラズリーを道連れにして、シングルバトルの状況を作り上げたってトコか。 ラッシーは思うように動けない鈍重タイプのポケモンだから、ルナトーンだけでも何とかなると…… いや、違う。 ハードプラントの反動で動けないタイミングを狙ってきたとしか思えない。 ラズリーを確実に戦闘不能にし、ルナトーンは『守る』で一切ダメージを受けない。 爆発の規模からして、ラッシーにも多少なりともダメージは行っているはず。 ラッシーが動けるようになるまでの間に、ルナトーンで早期決着を狙ってきた……そう見て間違いない。 何も考えずに大爆発を使ってきたのかと思ったけど、それはとんだ思い違いだった。 爆発の余韻が収まった跡には、ラズリーとソルロックが共に倒れていた。 「ソルロック、ブースター、共に戦闘不能!!」 審判が判定を下す。 まあ、大爆発を食らって無事でいられるポケモンの方が少ないか…… たとえば、ゴーストタイプのポケモンなら、ノーマルタイプの最強技である大爆発を食らってもノーダメージだし、 カナズミジムで戦ったアヤカさんのボスゴドラは、大爆発のダメージを最小限に食い止められる防御力とタイプを持ち合わせている。 もちろん、それらがまったくないポケモンなら、食らったら一発でアウトだ。 「ラズリー、戻ってくれ!!」 オレはラズリーをモンスターボールに戻した。 少し遅れて、フウもソルロックをボールに戻す。 これで一対一…… ダブルバトルがシングルバトルになっちゃったけど、だからといって優位に立てたというわけでもない。 いくら岩タイプとはいえ、スピードならルナトーンに分があるし、 互いに弱点を突くことができる状態では、かなり厳しい局面を迎えたと言うほかない。 「これで一対一だね。 でも、あたしのルナトーンは一人でも十分に戦えるんだよ」 フウのソルロックがやられたっていうのに、ランは口元に笑みを浮かべている。 ルナトーンには冷凍ビームやサイコキネシスといった強力な技がある。 ポケモン自身の強さも、ランの自信を支えている要因の一つだろう。 「バトルを再開します」 「ルナトーン、冷凍ビーム!!」 冷静な審判の声とかぶるタイミングで、ランがラッシーを指差して指示を出した。 ルナトーンは高々と浮かんだまま、冷凍ビームを発射してきた!! まともに食らうとそれだけで危ない。 ハードプラントでどれだけのダメージを与えられたのか、ルナトーンの表情で読めない以上、慎重に戦うしかないだろう。 「ラッシー、ソーラービーム!!」 それでも、ソーラービームのチャージは一秒とかからない。 オレにとっては一瞬にすら感じられるほどに、ラッシーは瞬く間にソーラービームを放った!! ごぅんっ!! 激しい音を立てて、冷凍ビームとソーラービームが激突して、互いの技が立ち消える!! フウとのコンビネーションが取れない状態でなら、今までやろうとしてできなかったコンボを組み入れることができる。 ラズリーがいないのは正直言って痛いけど、一人で戦えるのはラッシーだって同じなんだ。 「ルナトーン、サイコウェーブ!!」 コンビネーションが取れないのなら、一気に圧倒しようというつもりらしい。 ランの指示に、ルナトーンが紫の波動を放つ!! 「ラッシー、痺れ粉からマジカルリーフ!!」 だったら、こっちは必殺コンボで行かせてもらう。 ラッシーは背中の花から痺れ粉を巻き上げると、間髪入れずにマジカルリーフを発射した!! いくらマジカルリーフでも、サイコウェーブで消されると効果が出ないから…… 「手加減してソーラービーム!!」 続いてソーラービーム。 体力消費の激しい戦い方だけど、日本晴れで回復量を増した光合成があればこそ可能となるものだ。 ラッシーがソーラービームを放つ。 だけどそれは、ルナトーンに大ダメージを期待するものじゃない。 手加減したソーラービームは、紫の波動と激突した瞬間、立ち消えた!! よし、これでいい。 「手加減って……何を考えてるの?」 ランが怪訝そうに眉根を寄せた。 もちろん、最大パワーのソーラービームならサイコウェーブを容易く貫けるだろうけど…… ヘンなところで余波が働いて、マジカルリーフに影響を及ぼすと思ったから、わざと手加減させたんだ。 その方が、ラッシーとしても体力消費を抑えられる、という点も逃しちゃいない。 紫の波動が消え、ルナトーンが無防備になる!! そこを狙って、痺れ粉を存分にまぶしたマジカルリーフがルナトーンに迫る!! 「別に、何考えてたっていいよ。 ルナトーン、念力でマジカルリーフを止めて!!」 マジカルリーフは、相手が逃げても追いかけて命中する特性がある。 それを見抜いて、ランが念力でマジカルリーフを止めることを指示した。 いや…… むしろ、それが狙いさ。 ルナトーンの身体に淡い光が宿ったかと思うと、その光がマジカルリーフに転移した。 いかなる相手にも命中するはずの葉っぱはその動きを止めた。 「ルナトーン、お返ししちゃって!!」 ランの指示に、ルナトーンが念力を発動して、マジカルリーフをラッシーに向けて打ち返した!! これをまともに受けてもダメージはほとんどないし、自分で生み出した粉で麻痺するようなことはない。 でも…… 「今だ、ラッシー!! 全力投球のソーラービーム、発射!!」 「……!?」 念力を発動して動けない今が、最大のチャンス!! 「バーナーっ……!!」 ラッシーが咆哮を上げて、大きく開いた口から全力のソーラービームを発射した!! 「しまった、念力を発動して避けられない!!」 今さら気づいても遅い。 「ルナトーン、念力を止めて回避するの!!」 慌てて指示し、ルナトーンがとっさに念力を解除するものの、もはや後の祭りだった。 ハラハラと落ちるマジカルリーフの真上を、ソーラービームが通過する!! 今さら回避したところで間に合うはずがないし、ここで『守る』を使ったとしても、 攻撃に移るまでの間に光合成で体力を回復した上でソーラービームを連発すれば、防ぎきることはできない。 どっちにしても、主導権を握っているのはオレの方だ!! そしてほどなく。 どぉぉんっ!! ソーラービームがルナトーンに炸裂!! 強烈な一撃に、たまらずルナトーンが地面に叩きつけられる!! 「ああ、ルナトーンっ!!」 ランが顔を真っ青にして悲鳴をあげる。 ルナトーンはピクリとも動かない。 そこへ審判が横からルナトーンの表情を覗き込み―― ばっ、と旗を振り上げて宣言する。 「ルナトーン、戦闘不能!! よって、挑戦者の勝利とします!!」 「ラッシー、よくやってくれたな。ありがとう」 「バーナーっ……」 言葉をかけると、ラッシーはゆっくりと振り返りながら、ニコッと微笑みかけてくれた。 普通なら、手加減してソーラービームを放てなんて言われないだろう。 それでも、ラッシーは疑うことなくその指示に従ってくれた。 もしもあそこで普段どおりのソーラービームを放っていたら、どうなっていたか…… 極端な話、負けていたのはオレの方だったかもしれない。 相手の防御を崩すために、必殺のコンボを囮にしなきゃいけないっていうのは、正直辛いところだけど…… やらなきゃいけない時があるってことなんだろうな。 「あーあ、負けちゃったぁ……戻って、ルナトーン」 ランはガッカリしたように言って、ルナトーンをモンスターボールに戻した。 視線を向けると、負けたっていうのに、二人して清々しい表情を浮かべていた。 負けても満足いくバトルができたということで、納得してるんだ。 「おにいちゃん、強いねえ……」 「あたしたちの完敗だわ」 なんて言いながら、二人して同じ足から踏み出して、同じ歩幅で歩いてきた。 うーん、こういうところで双子っぽい感じがするんだよな…… ここは「さすがは双子だね」って誉めてやるべきか、それとも呆れてやるべきなのか。 どう反応していいものか分からずに困っていると、 「ぼくたちに勝ったおにいちゃんには……」 「このバッジをあげちゃう!!」 ランがズボンのポケットをまさぐって、握り拳を取り出した。 オレの目の前に差し出した握り拳を開くと、そこにはハートマークのバッジがあった。 先端から真ん中にかけてが空洞だけど、その形のおかげで、二人が手をつなぎあったような形に見えないこともない。 ダブルバトルの勝利……っていう意味合いがあるのかもしれない。 そう思ってまじまじとバッジを見ていると、 「ささ、受け取ってよ」 フウがランの手のひらの上に輝くバッジを手にとって、オレに差し出した。 「じゃあ、ありがたく受け取っとくよ」 オレは微笑みかけ、トクサネジムを制覇した証――マインドバッジを受け取った。 「バーナー……」 「よかったね、って言ってる」 「……? 分かるのか?」 ラッシーの声を解釈するフウに、オレは問いかけた。 ラッシーの表情を見て分かったんだろうか。 そう思ったけど…… 「なんとなくだけど、分かるんだ。 ぼくたち、エスパータイプのポケモンが大好きだし……たぶん、エスパーつながりで分かるようになったのかもね」 「へえ……」 それでも立派なモンだって思う。 確かにラッシーはうれしそうな顔をしてる。 初対面でそこまで言えるんだから、オレと同い年くらいにしても、ジムリーダーはジムリーダーってことだろう。 「ねえ、おにいちゃん」 「うん?」 今度はランが声をかけてきた。 「おにいちゃんはホウエンリーグに出るの?」 「ああ、まあな」 「じゃあ、がんばってね。応援してるよ」 「ありがと。 ジムリーダーに応援されちゃ、カッコ悪い戦いなんてできないな……」 うれしくもあり、気恥ずかしくもあり…… オレは「あはは……」と苦笑しながら、肩をガクガク震わせるしかなかった。 ポケモンセンターでラッシーとラズリーの回復を終えて、オレ自身もゆっくりと休めたところで、 オレはロビー脇の転送装置つきテレビ電話の前に座った。 ちょうど夜の帳が降りたところで、ロビーにトレーナーやポケモンの姿はまばらだった。 別に大声で騒ごうなんて思ってるワケじゃないけど……そういうところは結構気にしてるんだ。 七つ目のバッジも無事にゲットできたところで、研究所にいるリンリをこっちに呼ぼうかと思ってるんだ。 レキが仲間に加わってから今までずっと、じいちゃんの研究所に預けっぱなしだった。 遅すぎるかもしれないけど、今からでも冒険に参加させてやりたいんだ。 よくよく考えれば、レキとリーベルとロータスとはまだ一度も会ったことがないわけだし…… 一刻も早く呼び寄せようと、オレは逸る気持ちを抑えながら、じいちゃんの研究所の番号を押した。 何度かのコールの後に、電話口に相手が現れた。 「あ、ナナミ姉ちゃん……」 「あら、アカツキじゃない。久しぶり、元気そうね」 電話口に現れたのはナナミ姉ちゃんだった。 一ヶ月半見ない間に、ずいぶんと色っぽくなったような気がするけど…… それを訊ねるよりも早く、姉ちゃんの方から話しかけてきた。 「ちょっと見ない間に、結構大きくなったのね。身長だって、旅立つ前と比べたら結構伸びたみたい」 「そうかな……?」 「そうよ。顔つきも、トレーナーらしくなってきたし……」 なんかいきなり話が横道に逸れてるんだけど、ナナミ姉ちゃんなりにオレと話せてうれしいんだろう。 彼女の表情は夜の闇に負けないほど明るかった。 「ありがとう。それより、じいちゃんはいないの?」 「おじいちゃんはね、ニビシティに出張中なの」 「ニビシティに……? 一体なんでまた……」 さり気なくじいちゃんの方に話を振ったつもりだけど、空振り。 でも、ニビシティに出張なんて、なんでだろう? ニビシティって言ったら、名物は月の石を飾ってある科学博物館くらいで…… まあ、それ以外にじいちゃんが絡むようなものはないだろう。 勝手に予想していると、姉ちゃんが言葉を続けてきた。 「科学博物館に、古代に生きていたポケモンらしい化石が運ばれてきたって話よ。 ほんの三十分ほど前にピジョットに乗ってすっ飛んで行ったわ」 「そ、そうなんだ……」 三十分前って…… オレが夕食に舌鼓を打ってた頃じゃないか。 でも、分かる気がするな。 古代ポケモンの化石が運ばれてきたって言ったら、じいちゃんなら今すぐにでも現地に向かうことだろう。 それも、研究所の敷地に棲息している鳥ポケモンに乗って、目的地にまっしぐらっていうくらいの勢いで。 でもまあ、じいちゃんがいないのなら、しょうがないや。 用件は、リンリを送ってもらうことだから、姉ちゃんでもいい。 「おじいちゃんに会いたかったの?」 「え……」 心の中を読み透かしているような言葉に、オレはドキリとした。 一度芽生えた動揺が容易く消えるはずもなく、電話越しに姉ちゃんに伝わってしまった。 「まあ、そうよね。 アカツキって、おじいちゃんっ子だったから……でも、いい加減卒業しなさいよ。 そうじゃなきゃ、一人前なんて呼べないんだから」 「分かってるよ……」 姉ちゃんは半分冗談のつもりで言ったんだろう。 表情もそれらしいし、口調もどこか砕けた感じを受ける。 でも、言われてることが正論なものだから、オレとしても真正面から言い返せないのが辛いところだ。 そうなんだよ…… オレはおじいちゃんっ子だったんだ。 そりゃガキの頃から今までまったく変わらない。 学校に行き始めたあたりから親父との仲が悪くなって、じいちゃんの研究所に居つくことが多くなった。 だから、それも当然のことなんだけど……いや、姉ちゃんが言うことも一理ある。 いつかはちゃんとした形で卒業しなきゃいけないってことも。 冗談の中にも、姉ちゃんなりの思いやりをちゃんと感じることができるよ。 「ふふ、そうやってるところ、結構カワイイわよ」 「…………」 からかってたのか…… 姉ちゃんがそういうことするタイプだったとは思わなかった。 「なんて、冗談はそれくらいにして……」 サラリと言い流すあたり、やっぱりオレのこと、からかってたんだ。 シゲルよりもオレの方がからかいやすいし、からかい甲斐もあると思ってるんだろう。 それに、シゲルは別の研究所でせっせと働いてる。 姉ちゃんとしても淋しいんだろう。 他愛ない冗談を漏らせる相手も、オレくらいだろうし…… ほとんど毎日一緒にいると言っても、やっぱりケンジとは他人だし、じいちゃんはいろいろ忙しい。 それに、同じ町にいると言っても、ナミはジョークの通じないヤツだから、姉ちゃんが淋しがる気持ちも分かるんだ。 なにせ、おばさんとおじさんは海外で働いてて、家に戻ってくるのも年に三回でもあればいい方だ。 それでも手紙や連絡はよこすし、誕生日プレゼントはメッセージと共にちゃんと贈ってくる。 何もしないよりはマシだけど……だけど、オレだったらあんまり良くは思わないな。 「こうやって連絡してくるってことは、単純におじいちゃんの顔を見たいっていうだけじゃなさそうね。ポケモンの交換?」 「うん、そうなんだ」 察しが早いのも、ナナミ姉ちゃんだからこそだ。 ケンジも同じことが言えるんだけど、電話口に現れたのがナミだったら、 自分の話したいことばかり話して、肝心の用事がズルズルと伸びてしまう。 話が早くて助かるよ、本当に。 「こっちからルースを送るから、リンリをよこしてほしいんだ」 「リンリね? 分かったわ。探してくるから、ちょっと待ってて」 言って、ナナミ姉ちゃんは席を立った。 回線はつなぎっぱなしだけど、姉ちゃんの姿はない。 背景を見てる分に、研究所のロビーだろう。 モンスターボール保管庫からリンリのボールを持ってきてくれるのを待つしかない。 だったら…… 「ルース、出て来い」 オレはモンスターボールからルースを出した。 「バクぅ?」 どうして僕だけを出したの、と言わんばかりの顔で、ルースが小さく嘶いた。 オレは向き直り、やろうとしてることを素直に言った。 「ルース。君とリンリを交代させる。 リンリは今までじいちゃんの研究所に預けっぱなしだったから、今からでもホウエン地方の冒険に参加してもらうんだ」 「…………」 「で、ルースはリンリの代わりに、じいちゃんの研究所にいてもらいたいんだ。分かるか?」 「バクぅ……」 なんで? ルースがそう思う気持ちは分かる。 だけど、カントー勢でメンバーチェンジしてないのはルースだけなんだ。 みんなには悪いけど、ラッシーは絶対に外せない。 オレのパーティの中核を為すラッシーが手持ちから外れたら、それだけで全体的な戦力が落ちてしまう。 そこだけは、みんなにも理解してもらいたいところなんだ。 でも、ルースに限っては、それだけが理由じゃないんだろう。 ルースのことだ、オレと離れて、じいちゃんの研究所にいるっていうのが不安で不安でたまらないんだ。 今にも泣き出しそうな、潤んだ瞳を見ればそれくらいは分かる。 オレとしても辛いことは辛いんだけど、ここは心を鬼にして、ルースをじいちゃんの研究所に送らなければならない。 黙りこくってしまったルースの肩に手を置いて、オレは言った。 「向こうにはリッピーやルーシーがいてくれるんだから、ルースは一人ぼっちにはならないよ。 それに、ちゃんと時期が来たらこっちに呼ぶし、この際だから、じいちゃんの研究所のポケモンとも仲良くしないとな」 「…………」 「友達を増やすのって、度胸がいるし、嫌われちゃうこともあるけど…… それでも、やってみなきゃ友達ってできないモンだよ。 だから、やってみるんだ。 どうしても一人じゃ無理なら、リッピーやルーシーに相談すればいい。 それくらいなら、ルースにだってできるだろ?」 「バクっ……」 オレの言葉に、ルースは小さく頷いた。 一人じゃできないことはあるだろう。でも、リッピーやルーシーがいるんだ。 悪いようにはしないさ。一緒に旅をした仲間なんだから、きっと力になってくれる。 「ルースが今までいろいろ見てきた代わりに、今度はリンリに外の世界をもっともっと知ってもらいたいんだ。 リンリがいつまでもあそこにいたんじゃ、それもできないからさ」 「バクっ」 「よし、ありがとな、ルース」 オレは立ち上がり、ルースの頭をそっと撫でた。 ニコッと笑うルース。 いつの間にこんなに物分りがよくなったんだろう……って思ったよ。 カエデの前じゃ、あんなみっともない姿を見せてたけど、ルースはルースなりにいろいろと強くなったってことだろうか。 オレの知らない間に、何かあったのかな。 まあ、それはさておき、 「ルース。みんなによろしくな」 「バクっ」 「それじゃ、戻っててくれ」 元気よく頷いたのを確認し、オレはルースをモンスターボールに戻した。 ルースとラズリーで、炎タイプのポケモンが二体いることになる。 一体減らして、代わりに地面タイプのリンリを加えると、レキではカバーしきれない部分を補って、さらに戦力の底上げを図れる。 ただ、ルースはラズリーよりもタフだし、炎の威力ならルースの方が上。 そこを差し引くと、プラスマイナスゼロ、といったところか。 でも、ローテーションを組んでやらないと、ポケモンもちゃんと育たないから、大変なんだ。 強くなるにも限度があるし、仲間のことを知り、仲間と絶妙な連携プレーができるようにならないと、大きな大会は勝ち抜けない。 ルースのボールを転送装置にセットして、テレビ電話の画面に向き直ると、すでにナナミ姉ちゃんがスタンバイしていた。 相変わらず、行動が早いんだから。 感心しつつ、呆れつつ、オレはナナミ姉ちゃんに問いかけた。 「どこから見てたんだ?」 「友達を増やすのって……とか言ってたあたりよ」 最初の方じゃないけど、半分は聞いてたな。 まあ、それこそどうでもいいんだけど…… 「やっぱり、アカツキはポケモンの扱いが上手ね」 「そうでもないよ。準備はできた?」 「ええ。それじゃあ、始めるわね」 ナナミ姉ちゃんはニッコリと笑みを浮かべて、転送装置のスイッチを押した。 回線がつながって、電極からルースのモンスターボール目がけて、一筋の電撃が落ちた。 電撃は十秒ほどモンスターボールと電極をつないで、そして消えた。 これで交換が完了した。 「オッケー。転送は成功よ」 「ありがとう、姉ちゃん」 「ううん、いいのよ。わたしには、これくらいしかしてあげられることがないんだけど……」 「それでもいいよ。大助かりさ」 どこか淋しげな笑みを浮かべるナナミ姉ちゃん。 かくいう姉ちゃんもおじいちゃんっ子だったって話だ。 じいちゃんやシゲル、それにおばさんとおじさんといった肉親が今そこにいないっていう淋しさを抱えてるんだ。 それを気取られないようにと必死に努めているみたいだけど、残念ながらオレにはそれが伝わってしまっている。 だからといって、口に出して指摘することなんてできやしない。こっちも気づかないフリを続けるだけだ。 「じいちゃんによろしく伝えといてよ。アカツキは元気で旅を続けてるって」 「ええ、分かったわ。 もう、夜も遅いから……切るわね。 アカツキ、気をつけて。それから、頑張ってね」 「オッケー、任せといてよ」 オレは口元に笑みを浮かべ、親指を立てた。 すると、姉ちゃんの笑みが明るくなったように感じられた。十分にそれを確かめる間もなく、会話は終わった。 画面が暗転する。 「…………姉ちゃんもあんな顔を見せることがあるんだな……」 リンリのモンスターボールを手に取り、オレは画面に映ったオレ自身を見つめながらポツリつぶやいた。 姉ちゃんはあんまり弱い顔を見せたことがなかったんだけど……オレには見せてもいいって思ったのかもしれない。 さすがにケンジやナミには見せられないんだろうけど。 それだけ、頼りにされてるってことなんだろうか? なんか、複雑だな…… でも、今はナナミ姉ちゃんの心配をしたってしょうがないし、姉ちゃんならどうにかなるだろう。 何でもこなす器量があるんだから。 今は、リンリをみんなと対面させてあげなきゃ。 テレビ電話を使いそうな人も見当たらなかったんで、オレは椅子に座ったまま、リンリのボールを頭上に軽く放り投げた。 「リンリ、出てきてくれ」 オレの声に応えて、放り投げたボールが口を開き、中からリンリが飛び出してきた。 「…………」 相変わらず無表情。 でも、オレを見つめる眼差しはとても穏やかでぬくもりに満ちているように感じられる。 「リンリ、久しぶりだなあ。元気してたか?」 「…………」 オレの言葉に黙って頷くリンリ。 黙ったままで、あんまり話さないっていう性格は変わってないみたいだ。 でも、なんていうか、暖かみというのが出てるような気がするな。 リンリもリンリなりに、じいちゃんの研究所のポケモンたちと仲良くなって、変わったんだろう。 途中経過を知らないっていうのが、ちょっと淋しいんだけど…… またこうして一緒に旅ができるんだから、それも些細な問題でしかないんだろう。 「今までじいちゃんの研究所で退屈だっただろ。 でも、これからは一緒に旅することができるんだからさ、またよろしく頼むぜ」 差し出した手に、リンリはホネの棍棒をそっと乗せてくれた。 何も言わないけど、それがリンリなりの親愛の証なんだ。 以前よりも説得力が増しているように感じられるのは、間違いない。 いろんなポケモンと触れ合って、学んだことがいくつもあるんだろう。 だったら、とても頼もしく思えるよ。 「それじゃあ、新しい仲間を紹介するぜ」 オレはモンスターボールを五つリンリの前に並べ、中にいるみんなに呼びかけた。 「みんな、出て来いっ!!」 張り上げた声に応え、みんなが次々に飛び出してきた!! 「…………?」 見慣れない顔が三つほどあって、リンリもどこか戸惑いを隠しきれない様子だ。 ホネのヘルメットで表情は覗けなくても、分かる。 「マクロ?」 「ぐるぅ……」 「ごぉぉぉ……」 レキ、リーベル、ロータスの方も、リンリとは初対面ということで「この人誰?」って言いたげな顔をしてる。 一方で、ラッシーとラズリーは見慣れた顔との再会にニコニコ笑顔を見せている。 これが本当の三者三様ってヤツだろうか…… それはともかく、ちゃんと紹介しなきゃいけない。 「レキ、リーベル、ロータス。 君たちが仲間になる前にじいちゃんの研究所に送っていたオレの仲間、リンリだよ。 リンリ、君が研究所に行ってから仲間に加わった、レキ、リーベル、ロータスだ。 みんなごついけど、結構いいヤツだからさ。レキたちも、仲良くしてやってくれよ」 「…………」 リンリが小さく頷いて、レキ、リーベル、ロータスの顔を一通りじっと見つめる。 どういう性格のポケモンなのか、目で探り出そうというのだろう。 実にリンリらしいんだけど…… 「マクロっ!!」 真っ先にリンリの前に躍り出たのは、当然と言えば当然か、レキだった。 好奇心旺盛な性格は、未知なるポケモンに如何なく向けられるものなんだろう。 「マクロ、マクロっ!!」 レキは身振り手振りを交えながら、リンリに話しかけた。 たぶん、自己紹介をしてるんだろうけど……さすがにオレには分からない。 「…………」 「マクロ、マクロっ!!」 「…………」 「ぐるるるぅ……」 「…………」 「ごぉぉ……」 「…………」 途中からリーベルとロータスも参加するけど、リンリは黙って頷くばかり。 リンリが何を言いたいのか、レキたちは分かってるんだろうか? なんて心配をしたんだけど、それは無用の長物だった。 リンリの目はとても優しい。 ポケモンバトルで相手に向ける鋭さは一片たりとも存在していない。 要するに、仲間として認めて、これから一緒に頑張っていこうという気持ちを抱いてるってことだ。 その証拠に、リンリは無言でホネの棍棒を差し出した。 「マクロっ!!」 当然真っ先に飛びついたのはレキだ。 ニコニコ笑顔のレキ。 表情がいつもより柔らかいリーベルとロータス。 ラッシーとラズリーは何も言わないけど、微笑ましいものでも見ているような顔をリンリたちに向けている。 この場の雰囲気もとても和やかだし、リンリがみんなと打ち解けられるかどうか…… なんてつまんない心配をしてた自分自身がなんだかバカらしく思えてきた。 でも、それでいいんだと思う。 レキはリンリの棍棒をグッと握りしめて、上下に揺らした。 いきなりそんなことをして、怒ったりはしないだろうか? レキの不躾な様子を見て一瞬そんなことを思ってヒヤヒヤしたけど、リンリはむしろ喜んでいるように見えた。 「…………」 リンリも一緒になってホネの棍棒を上下に揺らしている。 楽しいっていう意思表示なんだろう。 「リンリ」 楽しそうなところに水を差すようで悪いんだけど、オレはリンリに声をかけた。 リンリはレキと遊ぶのをやめて、すぐに向き直ってくる。 そこのところは相変わらずらしい。 「あんまりジム戦とかは経験させてやれないけど、できるだけ君が強くなれるように頑張るつもりだから。 よろしく頼むよ」 「…………」 リンリはホネの棍棒を高々と掲げ、大きく頷いた。 何も言わないけど、やる気満々ってことが雰囲気から押し付けるように伝わってきた。 今まであまり構ってあげられなかった分、バトルでは戦況が破綻しない程度にリンリを優先的に出そうと思った。 To Be Continued…