ホウエン編FINAL 絶対、負けられない!! 八つのバッジを集め終わったオレが、ホウエンリーグが開催される十二月までの、約五ヶ月の間に行うことは二つある。 一つは、優勝を狙えるレベルまで、みんなを強く鍛え上げること。 もう一つは、みんなが安心して戦えるよう、トレーナーとして――あるいは人間としての強さをオレが身につけること。 どっちも簡単なことじゃないけど、嫌でもやらなきゃいけない。 だって、ホウエンリーグに出場するのなら、やっぱり目指すは優勝の二文字だろ。 それ以外を目指すのなら、バッジを集めても出場資格など与えられない。 オレは今、サイユウシティへと向かう定期船の甲板で、潮風に吹かれながら水平線の彼方に何かを見ていた。 自分でも、何を見ているのかよく分からないんだけど……それはたぶん、考え事をしているせいだろうと、適当に処理しておく。 別に、大したことじゃないだろうし…… 答えなんて出ないけど、そんなのを求めているわけじゃない。 今はホウエンリーグのことを考えていればいい。 サトシやらアカツキやら……ホウエンリーグで激突するであろうライバルたちのことも、今は頭の片隅に追いやる。 どうすれば優勝を掻っ攫えるか……それだけを考えてみんなを鍛え上げていけばいいんだ。 だから、本当は定期船に乗って、潮風に吹かれながらぼーっとしてるだけの余裕なんてない。 今はそんな気分になれないから……なんて、言い訳をするつもりもない。 先にサイユウシティに行って、そこで特訓をしようと思ってるわけでもない。 ただ、どんな場所で大会が開かれるのか、場所や雰囲気を一足先につかんでおこうと思って。いわば、下見というヤツである。 もしこの場にシゲルやユウキがいたら、 「ヒマなんだね。それとも物好きかな」 なんて皮肉混じりに言うのかもしれない。 それならそれで別に構わないし、オレ自身、少しは自覚してるつもりなんだ。 ルネジムで八つ目のリーグバッジをゲットした翌日、ルネシティから定期船でミナモシティに戻り、 ミナモシティからサイユウシティ行きの定期船に乗った。 明日の朝になればサイユウシティにたどり着ける。 なんでそんなややこしいルートでサイユウシティを目指しているかと言えば、 サイユウシティに向かう定期船がミナモシティからしか出てないからなんだ。 不便だって思ったけど、海を渡れるポケモンや空を飛べるポケモンを持っていない以上、オレに定期船以外の選択肢はなかった。 でもまあ、ルネジムでのジム戦が終わってからは、さしたるトラブルもなく、ここまで順風満帆の旅路だ。 ホウエン地方はカントーと比べて海が多いから、どうしても移動手段として定期船に頼ってしまう。 ラプラスやギャラドスといった大型のポケモンの背に乗って、碧い海を進んでいく方がやっぱりロマンを感じるけれど、 今さら無いモノ強請りをしたところで虚しくなるだけ。 それでも、定期船もそんなに悪くはない。 「サイユウシティか……確か、色とりどりの花が咲き乱れる、楽園のような街だってタウンマップに載ってたっけ……」 今朝方、起きてから朝食の時間まで時間を潰すのにタウンマップを眺めてたんだけど、サイユウシティのことをそういう風に評していた。 色とりどりの花が咲き乱れる楽園のような街なんて、ずいぶんとオオゲサだなあって思ったんだけど、 よく考えてみれば、それは決して誇張なんかじゃない。 ホウエン地方は一年を通して温暖な気候で、山の上でもない限りは冬でも雪が降ることはないし、霜が降りることもない。 温暖な気候と豊かな水に育まれた植物は鮮やかな花を一年中咲かせるんだろう。 そんな街で熾烈なポケモンバトルが繰り広げられるんだから、皮肉というか、なんというか…… 適当な言葉が見つからず、オレはホウエンリーグが開催される見知らぬ街に想いを馳せていた。 サトシも、アカツキも、五ヶ月経てば、サイユウシティにやってくる。 それまでに、どれだけあいつらに近づき、そして追い越せるか。 トレーナーとしての経験じゃ勝てないけど、知識は誰にも負けてないっていう自信がある。 だから、追い越すことは不可能じゃない。 オレやみんなが一生懸命頑張れば、それくらいはできる。 サトシにはピカチュウ、アカツキにはオーダイル。 それぞれがもっとも頼りとなるポケモンを引きつれ、どんなバトルをするのか。 ちょっと考えるだけで、頭の芯まで燃え尽きちゃいそうになる。 やっぱ、ライバルなんだって強く認識してる。 何があっても負けたくないんだって思うからさ。 「オレだって、負けちゃいないさ……な、ラッシー」 オレはラッシーのボールを手にとって、そっとつぶやいた。 サトシのピカチュウに遅れを取るラッシーじゃない。 電気タイプの技は威力が半減するし、ハードプラントを使えばピカチュウなんて一撃で倒せる。 ピカチュウは素早いポケモンだけど、全体的な能力で見れば、中の下くらい。 ただ…… 「あいつのピカチュウはライチュウと同じくらい強いんだよな……」 そう。 サトシのピカチュウはただのピカチュウじゃない。 相性の悪いポケモンにも勝っちゃうし、レベルの離れたポケモンだって倒しちゃう。 得体の知れない力でもまとってるんじゃないかって思うけど、今だからその正体が分かる。 それは、サトシとの間に結ばれた強固な信頼関係だ。 もしも今のまま……あるいはそれ以上の信頼関係があったままでライチュウに進化したら、ラッシーでも結構苦戦しそうだ。 そう思わせるところがあるんだよ。 一方で、アカツキのオーダイルは最終進化形だから、パワーにおいてはラッシーとほぼ互角と言っていい。 相性は有利だけど、それだけで易々と勝てるような相手じゃないだろう。 しかも、アカツキにはあのリザードンがいる。 色違いで、強さも段違いのリザードンだ。 ラッシーでも、リザードンに勝つのは至難の技だ。 最終進化形のポケモンをずらり引き連れてるアカツキの方が、サトシよりは強敵だろう……たぶん。 なんて、分析し出すと止まんない。 どこかで歯止めをかけなきゃいけないってことは重々承知してるんだけどさ。 ホウエンリーグで戦うことになるライバルのことを考えずにはいられない。 相手のことを知らなきゃ、戦ったって勝てないんだから。 「まあ、相手のことばっか分析しすぎて自分のポケモンのことがおざなりになってちゃ、元も子もねえよな……」 オレの止まらない考えを止めてくれたのは、目の前を横切っていったつがいのペリッパーだった。 ヤシの実が入っちゃいうほどの大きなくちばしを邪魔に思う風でもなく、翼をばたつかせて、飛んでいくのをじっと見ていた。 パッと見た目じゃよく分からないんだけど、ちょっとだけ身体が大きいのがオスだろうか。 もう一体のペリッパーをリードしているようにも見えるし…… 時折鳴き声を交わしながら、定期船と並走するように飛んでいくペリッパーたちを見ていると、 昂っていた心が少しずつ熱を発散していくのを感じたよ。 海を見ているだけっていうと、時間の流れが遅くなって、意外と時間が経ってないんじゃないかって思うけど、むしろ逆で。 あっという間に時間が経って、翌日。 乗客の少ない定期船は、サイユウシティに到着した。 船から降り、サイユウシティの地を一歩踏みしめる。 やっぱり他の街とは違う。 タウンマップにも載っていたように、色とりどりの花があちこちに咲き誇っているけれど、 そんな柔らかな景色とは裏腹に、張り詰めたような緊張感が漂っている場所がある。 目を向けた先に、十階建てくらいのビルがあった。 張り詰めたような緊張感は、気のせいか、そのビルから漂っているように思える。 というのも…… 桟橋から街に上がるための階段の手前に設置されたサイユウシティのミニチュアマップに、ちゃんとそのビルが載っていたからだ。 オレは小走りに駆け寄って、ビルの正体を確かめた。 「ポケモンリーグ、ホウエン支部……」 道理で、緊張感があると思ったら。 ホウエン地方のポケモンセンターやジムを束ねる組織こそが、ポケモンリーグのホウエン支部だ。 言い換えれば、ホウエン地方を旅するポケモントレーナーがお世話になっている場所でもある。 それに、ホウエン支部には、ホウエン地方の中でもずば抜けた実力の持ち主である、ホウエンリーグ四天王がいるはずなんだ。 ジムリーダーをも上回ると言われる四天王。 オレは一応、カントーリーグ四天王の一人と知り合いだけど、あんまり会いたくないんだよな、あの人には。 ……あんま、いい思い出とかないし。 普通のトレーナーが束になっても勝てないような四天王って、一体どんな人だろう……? ホウエン支部のビルを見上げながら、オレは思った。 いつかはそんなレベルのトレーナーになるんだ。 最強のトレーナーになるんだから、四天王だって通過点でしかない。 最終目標はその上……四天王を束ねるチャンピオンよりももっともっと高いんだ。 「頑張らなきゃ……」 ごぉぉぉぉぉぉ、と胸の奥底から突き上げる熱い想いを噛みしめながら、オレはミニチュアマップに目を落とした。 エスカレーターがついている階段を登った先がサイユウシティ。 一個の島から成り立っている街で、ホウエンリーグが開催されるスタジアムが街の真ん中にでんと鎮座している。 その周囲にもバトルフィールドがいくつかあるんだけど、予選はたぶんそこで行われるんだろう。 ホウエンリーグに出場するトレーナーは百人を優に超えるだろうから、 トレーナーとポケモンを受け入れられるだけのポケモンセンターがなければならない。 一箇所じゃ無理だろうから、スタジアムの周囲に四箇所のポケモンセンターがある。 言ってしまえばそれだけしかない街だ。 ホウエンリーグのためにあるような…… そんなこと言っちゃいけないんだろうけど、ミニチュアマップを見てると、そう思ってしまう。 住宅街はないし、人があまり住んでいないからこそ、色とりどりの花が島中に群生してるんだろう。 それはそれで、悪いことじゃない。 現に、定期船から降り立った人の多くはポケモンリーグの関係者のようだし…… 定期船に目をやっていると、見覚えのある顔が降りてくるのが見えた。 オレがその人に気付くのと同時に、その人もオレの存在に気がついたらしく、ニコニコ顔で手を振ってくれた。 「確か、あの人は……」 オレの傍にやってくる頃には、その人のことを思い出していた。 「やあ、久しぶりだね」 「お久しぶりです」 名前は分からない。 アカツキの家で会った、ダイゴさんの連れの一人だ。 鮮やかなライトブルーの髪を風になびかせ、純白の帽子をかぶり、ビシッと決まったスーツに身を包んでいる男性だ。 まあ、ダイゴさんやフヨウさんと一緒にいた人だから、どう考えてもタダモノじゃないとは思うけど…… こんなとこで偶然(?)会うくらいだし。 「こんなところで会うとは思わなかった……少したくましくなったような感じがするな」 彼は帽子を脱いだ。 ライトブルーの髪が風に揺れて、小川の流れのように見えた。 どうしてこの街に来たのかとオレが尋ねる前に、彼の方から尋ねてきた。 「ホウエンリーグが開催されるのは五ヶ月も後だよ。 気が早いにしても、ずいぶんと本格的だけど……一応、理由だけでも訊いとこうか」 「一足先に、どんな雰囲気か、だけでも掴んどこうと思って……」 一応、ホントのことだ。 別に隠し立てするような理由じゃない。 「ふむ……」 オレの答えに納得したらしく、彼は口元を緩めた。 「下見は大切なことだ。 しとくのとしとかないのとじゃ、結構な開きが出てくる」 ダイゴさんからオレのことを聞いてるんだろう、オレがホウエンリーグに出ることは知っているようだった。 「でもまあ、ここで会うなんて本当に偶然だね。 ポケモンセンターに向かっているのかい?」 「まあ、一応。 大会で使うポケモンセンターみたいですけど、普段でもちゃんと泊めてもらえるんですか?」 「大丈夫だよ。ポケモンセンターは年中無休だからね」 彼は白い歯を見せた。 芸能人は歯が命……なんて、ちょっと前にどっかのCMでやってたのを思い出しちゃうほど、彼の歯は白かった。 まあ、そんなことはどうでもよくて…… ポケモンセンターに泊まれると聞いて、正直ホッとしたよ。 ミニチュアマップを見る分に、スタジアムの周囲のポケモンセンターは大会のためにあるような感じだったからさ。 無理なら野宿でもすればいいんだろうけど、できるならちゃんとしたところで休みたい。 「さて、こんなところで立ち話もなんだから、あの階段を登りながらゆっくり話でもしようよ」 「……そうですね」 ややあって、オレたちはサイユウシティへ続く階段を登り始めた。 話をしながらゆっくりと足を動かしてる状態だから、遅れてきた人に次々と追い抜かれ、ガンガン距離が開いていく。 「ここに来たってことは、八つのバッジを集めたってことかな?」 「はい」 オレは頷いた。 バッジも集めずに来たってしょうがない。ここに来る暇があれば、さっさとバッジを集めるべきだ。 「確か、君はカントー地方から来たって、ダイゴから聞いたけど……どうだい? ホウエン地方のジムリーダーも手強いだろう」 「そうですね。カントーのジムリーダーとはまた違ったポケモンや技を使ってきて……結構苦労しました」 「そう言ってもらえると、うれしいね」 「……?」 正直に答えたんだけど…… なんか釈然としない言葉が返ってきた。 そう言ってもらえるとうれしいって……別にジムリーダーじゃないだろうに、なんでそんなこと言うんだろう。 気になって振り向いてみるけど、彼は素知らぬ顔で階段の先をじっと見つめていた。 知らん振りしてるってのが妙によく分かるものだから、ちょっとムッとしちゃうけど…… 捲くし立てたって、たぶん答えてくれそうにない。 「苦労すれば、トレーナーやポケモンが強くなれるものさ。 ところで……ルネジムには挑戦したのかい?」 「最後になりましたけど……」 「そうか」 こうやって脈絡なくルネジムに話を持ってくところからして、この人もフヨウさんみたいにつかみ所のないモノを持ってるのかも。 さすがにフヨウさんほどのレベルじゃないけど、よく似てる部分があるのは否めない。 でも…… オレから話しちゃいないのに、なんでルネジムのことを訊ねてきたんだろう? よく分からずに考えていると、向こうの方から話してくれた。 「ジムリーダーは……アダンって人だったと思うけど」 「ええ。知り合いなんですか?」 「僕にポケモンの技術を教えてくれた、師匠(せんせい)だよ」 「えっ!?」 さすがにこれには驚いた。 ルネジムのジムリーダーであるアダンさんと知り合いだっていうだけならそんなに驚かないんだけど……まさか弟子だとは。 心なしか、表情がさらに緩み、目元に懐かしさに似た雰囲気を感じたよ。 「トレーナーの相手をしてるってことは、元気にしてるってことだね。 まあ、あの人がそう簡単にくたばったりしないとは思ったんだけど」 ホッと胸を撫で下ろす彼。 わざわざオレに訊ねてくるところを見ると、仕事が忙しくて、アダンさんに会いに行くヒマがなかったんだろう。 そんなに忙しい仕事って何なんだろう? ダイゴさんはそれなりの地位にいるらしいんだけど…… 「彼は強かったかい?」 「そりゃ、もう……負けるかと思いました、本当に」 そりゃ強いだろう。 ジムリーダーだし。 親父との勝負以来だったよ……あんなに、負けるんじゃないかって本気で思ったのは。 おかげでオレの欠点もつかめてきたし、一概に悪いことばかりじゃない。 「まあ、僕の師匠だし、今でもあの強さは変わらないんだろうね。 ありがとう、君に訊いて正解だった」 「はあ……」 何を基準に『オレに訊いて正解だった』なんて言うんだか。 それこそ本当に分からない。 「ホウエン地方を旅してきて、たくさんライバルとかできただろう。 どうだい、ホウエンリーグの舞台で戦って……勝てるかな?」 「勝ちますよ。勝てる、勝てないの問題じゃない。 戦うからには勝ちます。オレたちならそれができるはずだから」 「そうだね。そうじゃなきゃ、ホウエンリーグに挑戦しようなどとは思わないだろう。 やっぱり、ダイゴが見込んだトレーナーだけのことはある」 オレの答えに満足したらしく、彼は笑みを浮かべたまま小さく頷いた。 ダイゴさんが見込んだ……か。 ロータスを託されたから、それでダイゴさんに見込まれたっていうのは間違いないと思うけど。 そこまでオオゲサなものじゃなかったと思うな。 ダイゴさんは、外の世界を見せて欲しいと言って、ロータスをオレに預けてくれた。 今はメタングに進化して、実際のバトルでも活躍できるくらいに成長した。ダイゴさんが今のロータスを見たら、なんて言うんだろう。 カナズミシティで会って以来だから、今も元気してるかな……アヤカさんも、お子さんが産まれただろうし。 もしかしたら、ダイゴさんは彼女につきっきりかもしれない。 産後の女性はいろいろと苦労が多いって聞くから。 さすがにそんなことを公然と訊くのは憚られたから、オレの胸の中に仕舞い込むことにした。 「そういえば、自己紹介が遅れたね。 あの時は、あまり話もできずにミシロタウンを発ってしまったから……僕はミクリ」 「アカツキです。 オレのこと、ダイゴさんがいろいろと調べてくれたみたいで……たぶん、知ってると思いますけど」 自己紹介してくれたんで、オレもちょっと辛味のスパイスを混ぜて返した。 ふふ…… ミクリさんは小さく笑った。 「たとえば……」 声の届く範囲に人がいないことを確認して、言ってくる。 「オーキド博士のお孫さんだとか?」 「ええ……」 やっぱり、そこのところもダイゴさんから聞いてたか。 同僚なら、別に不思議でも何でもないことだけど……あんまり広く言いふらされると、さすがにいい気分はしない。 でもまあ、ダイゴさんのことだから、ちゃんと人を選んで話をするんだろう。 ただ、フヨウさんはちょっと心配だけど。 「それは事実に過ぎないさ。 君はアカツキというトレーナーだし、それ以上でもそれ以下でもない。 ダイゴも他のみんなも、色つきメガネを通して君を見たりはしてない」 「分かります」 ダイゴさんはそういう人じゃない。 ミクリさんも同じだ。 「さて、そろそろ到着か……」 ほどなく、オレたちは階段を登り終えた。 花が咲き乱れるアーチをくぐると、その先がサイユウシティ。 赤レンガが敷き詰められた道の両脇に、白や黄色の花が咲いている。 そよ風に揺れて、ようこそと話しかけているようにも見えた。 「じゃあ、ここでお別れだ。僕はあっちに用があるんでね」 指差した先には、ホウエン支部のビル。 あそこに用があるってことは、ポケモンリーグの関係者か。 ジムリーダーが手強いと聞いて「それはよかった」って言ったことも頷ける。 お互い、余計な詮索はなしだ。 ダイゴさんなら、オレのことをもっともっと詳しく調べられるだろうし…… 「ホウエンリーグ、頑張ってね。僕もダイゴも期待しているからさ」 「頑張ります」 「うん。それじゃ、またね」 ミクリさんはウインクすると、ホウエン支部のビルへと向かって歩いていった。 他にも赤レンガの道をビルに向かって歩いていく人がいるけれど、ミクリさんだけが浮いているように見えたんだ。 着ている服が、どことなくアダンさんに似てるような感じだし…… やっぱり、師匠と弟子って似る部分が少なからずあるってことだろうか。 とはいえ、いつまでも立ち止まってミクリさんの背中を見ているわけにはいかない。 二股に分かれた赤レンガの道のもう片方の先に目を向ける。 ホウエンリーグが開催されるサイユウスタジアムだ。 中には……入れてもらえそうにない。 入り口には屈強な警備員が二人立っていて、周囲に鋭い眼光を飛ばして警備をしている。 「今度の大会に出場するトレーナーなんですけど、一度スタジアムを見てみたいと思うんですけど、いいですか?」 ……って礼儀正しく交渉してみても、たぶん無理っぽい。 スタジアムが無理なら、その周囲のバトルフィールドを見て回るしかない。それだけでも、来た甲斐はあるはずだ。 ということで、オレはスタジアムをあきらめ、予選が行われるであろうバトルフィールドを見て回ることにした。 ホウエンリーグほどの大きな大会の予選が行われるフィールドだから、さぞ立派なものなんだろう。 そう思って、ちょっとだけ期待してみたんだけど……実際に見てみると、なんてことはなかった。 どこの街にでもあるようなバトルフィールドが十面あった。 乾いた土にホワイトラインが敷かれたバトルコートを柵が取り囲んでいる。 バトルが行われる時には、観衆(ギャラリー)や他の選手が観に来るんだろう。柵であまり近づかないようにしてるんだ。 予選とはいえ、八つのリーグバッジを集めてきた強者揃い。繰り広げられるバトルは、ジム戦の比じゃない。 取り立てて見るべきところもなく、十面のバトルフィールドの半分ほど見たところで、オレはポケモンセンターに向かった。 「今日はゆっくり休んで、明日から修行を始めよう。 さすがにこの街でやるわけにはいかないから……またホウエン地方を巡ることになるんだろうな……」 なんて、ホウエンリーグ開催までの予定を頭の中で立てながらポケモンセンターへと向かって歩いていく。 今の時期、あんまりポケモンセンターに用がある人はいないらしく、ポケモンセンターのロビーに入った時、 そこにはジョーイさんとラッキーしかいなかった。 大会に出場するトレーナーとポケモンを受け入れるポケモンセンターだから、規模はそれなりに大きい。 ロビーだって、椅子が百脚近く並べられているんだけど、一つとして埋まっていない。 やっぱり、時期尚早ってことなんだろうか……? 人気のないロビーで呆然と立ち尽くし、オレは思った。 とはいえ、人目を気にすることなくみんなとくつろげるっていう点では、これ以上ない好条件だ。 マイナス面も、プラスで考えれば結構前向きに物事を捉えることができるものだと、親父が言ってたっけ。 外に花がたくさん咲いていることもあって、ポケモンセンターの中も緑がたくさんあった。 窓際には植え込みがあって、ちょっとした大きさの木や、草花が芽吹いていた。 床も天井もシックなグリーンが基調で、葉っぱのような模様がところどころに刻まれている。 ホウエンリーグに出場するトレーナーとポケモンが落ち着けるようにという配慮が、随所に見られる。 その配慮を一つずつ確かめながら、オレはジョーイさんとラッキーが忙しなく働いているカウンターに向かった。 人がいないのに、なんでそんなに忙しいんだろう。 考えてみたんだけど、準備は半年前から着々と進めてるんだろうか。 ポケモンの回復装置が壊れた、なんて言ったら、大会の運行にも影響が大きいし。 だから、大会を滞りなく進めていくために準備を早くから進めてるんじゃないだろうか。 そうじゃなきゃ、ここまで忙しそうに働いたりはしないだろう。 邪魔にならないだろうか、なんて思いながらも、オレはジョーイさんに声をかけた。 「あの……泊まりたいんですけど、大丈夫ですか?」 「ええ、大丈夫ですよ」 忙しそうにしていても、いつもの笑顔は絶やさない。 快く応じてくれた。 ラッキーに仕事を任せ、カードキーを発行する。 「下見ですか?」 「ええ、そんなところです」 気さくに話しかけてくれるものだから、人気の少なさを気にしなくて済む。 泊まるのはオレだけなのかと思うと、このロビーもむやみに広くて虚しくさえ感じられるんだ。 カードキーを発行するまでにはもう少しかかりそうだから、その間に少しでも情報を仕入れることにしよう。 「ホウエンリーグの時は、とても賑わうんですよね」 「ええ。わたしとラッキーがフル回転ですよ。いくつかポケモンセンターはありますけど、どのセンターも似たような状況です」 オレの言葉に、ジョーイさんは苦笑混じりに答えてくれた。 予選が終わるたびに、トレーナーが傷ついたポケモンを連れて戻ってくるんだ。 十面もバトルフィールドがあると、何人ものトレーナーがポケモンを連れてくるんだろう。 かなり忙しいんだろう……ジョーイさんとラッキーがてんてこ舞いになってる姿が脳裏に浮かんだ。 「泊まるのって、オレだけなんですか? 定期船にはトレーナーがぜんぜん乗ってなかったし……」 「ほとんどの人はホウエン支部のビルに用があるんです。 自分のポケモンで飛んできた方が、経費の節約になっていいと思うんですけどね……」 「…………」 ジョーイさんはどこか愚痴るようにこぼした。 ポケモンリーグの関係者なら、自分のポケモンを頼ってもいいんじゃないか。 そうやって経費を節約し、それをトレーナーやブリーダーたちのために還元するべきだと言ってるんだ。 ジョーイさんはジョーイさんでいろいろと考える部分があるんだろう。ポケモンリーグの関係者だからこそ、考えるんだろう。 「実は、あなたのほかに一人、数日前から泊まってるトレーナーさんがいるんですよ」 「……!! そうなんですか……」 オレ一人じゃなかったんだ。 オレと同じように、下見をしておこうと考えるトレーナーはやっぱりいるんだな。 でも、数日前から泊まってるっていうのはどういうことだろう? 下見なら一日あれば十分だ。 サイユウシティはそれほど広い街じゃないし、そんなに見るべきところもない。 ホウエンリーグには出ないで、旅の途中で立ち寄ったってだけだろうか。 なんて思っていると、 「確か、カントー地方から来たと言っていました」 ジョーイさんが言った。 カントー地方から……? まあ、ホウエンリーグに出るか出ないかはともかく、他の地方からやってくるトレーナーは結構多い。 現に、カントー地方を旅していた時なんか、ホウエン地方から来たトレーナーやブリーダーと何人か会った。 セイジ、ハルカ、ミツル…… みんな、元気に旅を続けてるんだろうか。 他の地方……って聞くと、やっぱり今まで出会った人のことが気にかかる。みんな強いポケモンを持ってるから、大丈夫だとは思うけど。 「可愛らしいピカチュウを連れていましたね」 「…………」 ジョーイさんは世間話でもするような口調で、さりげなく言った。 でも、そのひと言がオレを戦慄させた。 カントー地方出身でピカチュウを連れてるヤツなんて、オレの知る限り一人しかいない。 サトシがここにいるっていうのか……!? まあ、カントー地方出身でピカチュウを連れてるトレーナーなんて、何人いたっておかしくない。 考えすぎかもしれないけど、一度芽生えた疑念が消えることはなかった。 「はい、ルームキーです。 お部屋は見晴らしのいい最上階になります」 オレの心情など知らぬ存ぜぬと言わんばかりに、いつもの笑顔のまま、ジョーイさんがカードキーを手渡してくれた。 「ありがとう、ジョーイさん」 オレは礼を言い、カードキーに記された部屋に向かった。 サトシがここにいようといまいと、別にそんなことはどうでもいい……ワケないか。 あいつじゃなきゃ、こんなに考えることもないんだけど…… ロビーの脇のエレベーターに乗って、四階へ。 ガラス張りのエレベーターは外から丸見えだけど、それ以上に中から見る外の景色は格別だった。 なだらかな斜面に咲き乱れる花は、海からの風を受けてなびいている。 淡くて心を落ち着かせる色彩の花ばかりで、バトルの興奮を一時でも忘れさせてくれそうだ。 何百万もの花に囲まれた街。 サイユウスタジアムは屋根が閉じていて、中は見えない。 ホウエンリーグが開催される時期だけ開閉式の屋根が開いて、青い空と太陽の下、トレーナーたちが知略の限りを尽くしてバトルに臨む。 中が見えないから、余計に気になる。 忘れたバトルの興奮が一気にぶり返してきて、心が逸った。 あっという間にエレベーターは最上階に着いて、オレは正面の壁に書かれた部屋割りを見て、右に進んだ。 エレベーターから見た景色でさえ格別だったんだ。 部屋の窓から見る景色は、もっともっと素晴らしいものなんだろう。 ホウエンリーグが開催されていない今だからこそ、こうやって最上階という格別な部屋を宛がわれたんだ。 これがあと五ヶ月経ってみろ、あっという間に最上階は埋まってしまう。 最悪、一階で地べたと睨めっこしながら過ごすことになるんだ。 「今日はみんなであの景色を楽しみながら過ごそう……」 いつしかカントー地方から来た、ピカチュウを連れたトレーナーのことなど気にすることもなくなり、オレは廊下の曲がり角を曲がろうとした。 その時だ。 「ピカっ!!」 どっかで聞いたような鳴き声に、オレは足を止めた。 この声…… ピカチュウの声だ。 もう一人の宿泊者も、やはり最上階に部屋を用意してもらったってところだろう。 ……って、普通ならそれだけを思って、何事もなかったように歩き出すところなんだけど。 なんか、嫌な予感がするぞ。 なんでだか分かんない。 分かんないから、余計に不安になる。 最悪の堂々巡りを繰り返しつつ、オレは今しがた歩いてきた廊下に顔を向けた。 「ピカっ!!」 そこにいたのはピカチュウだ。 カントー地方ならトキワの森など、緑の多い場所に好んで住むピカチュウだ。 一目散に駆けてくると、 「ピカチューっ!!」 いきなりオレの胸に飛び込んできやがった。 「うわ……なんだよ、いきなり……」 いきなり飛び込んでくるか、普通? よっぽど人懐っこいピカチュウなんだなあ……そう思いながら、甘えた声を上げてじゃれ付いてくるピカチュウの背中を撫でる。 楽しいのか、ピカチュウのシッポは犬みたく揺れ揺れしていた。 「おい、おまえのトレーナーはオレじゃないんだぞ。分かってんだろうな……」 オレはボソリとつぶやいた。 これでピカチュウのトレーナーに誘拐犯と間違えられでもしたら、こいつ、どう責任取るつもりだ? 人懐っこいのはいいことだけど、時と場合を考えてやってもらわないと…… 「ほら、そろそろ戻れよ。 おまえのトレーナー、心配してるかもしれないぞ」 オレは言って、ピカチュウを胸から離してそっと地面に下ろした。 不満顔のピカチュウ。 甘えてきたり、不満そうに頬を膨らませてくるところなんか、どことなくナミに似てる。 あいつ、オレ以外の人には甘えたりはしないんだよな。 ケンジ辺りにやってくれると面白かったりするんだけど…… 「ピカぁ……」 ナミとピカチュウの姿がどことなくダブって見える。 ……と、オレは不意に思った。 このピカチュウ……もしかして…… 単に人懐っこいだけじゃなく、オレのことを知ってたりするんだろうか。だとすると…… 警戒もせずに他人に抱きつけるようなポケモンなんて、そうはいない。 必ずどこかで警戒しているはずだ。 でも、このピカチュウはそんな素振りなど一切見せない。心の底から陽気でいる。 まさかね…… どう対応していいものか分からずにぼーっと立っていると、 「おーい、ピカチュウ。どこ行ったんだ〜?」 「げ……」 廊下の反対側から、耳に馴染んだ声が聴こえてきた。 「ピカっ!!」 ピカチュウがその声に反応して、元来た道を戻っていく。 嫌な予感って、本当に嫌になるくらいよく当たるものなんだ。 ピカチュウは、廊下の隅からひょいと顔を覗かせたトレーナーに抱きついた。 「サトシ……」 見間違うもんか。 エレベーターを挟んだ反対側に現れたのは、間違いなくサトシだ。 「ピカっ、ピカチュウ!!」 ピカチュウがオレを指差してきた。 釣られたサトシがこちらに顔を向けてきて―― 「アカツキ!?」 やっぱり驚いた。 オレはジョーイさんから聞いて、もしかしたらって予想してたから、あいつほどオオゲサに驚いたりはしないけど。 ともあれ、やっぱりサトシだった。 「いやー、久しぶり。元気してたか?」 潮風吹き抜けるポケモンセンターの屋上で、オレとサトシは久々の再会を祝った。 とはいえ、飲み物だの食べ物は用意されちゃいないけど。 転落防止用の柵にもたれかかりながら、話す。 「オレの落ち込む姿なんて、おまえに想像できるのか?」 「いや、できないよ」 「オレも同感だ」 サトシは相変わらず元気そうだ。 ピカチュウとの掛け合いを見てれば、それくらいはすぐに分かる。 「でも、アカツキがホウエン地方に来てるなんて、さすがに予想できなかったな。 やっぱりおまえも、ホウエンリーグに出るのか?」 「ああ……おまえとはホウエンリーグで決着つけることになりそうだよ」 「そりゃ楽しみだ」 サトシは不敵な笑みを浮かべた。 でも、何かを喜んでいるように、オレには見えたんだ。 「でも、トレーナーとしての経験ならオレの方がずっと長いんだからな。 簡単に勝てるなんて思うなよ」 「経験じゃ勝てないだろうけど、知識なら? ぶっちぎりでオレの勝利だな」 互いに挑発し、不敵な笑みを口元に浮かべる。 ナンダカンダ言って、互いに自分の実力に自信があるってことを見せ付ける。 トレーナーとしての経験なら、サトシには勝てない。 でも、知識ならオレの方が圧倒的に上だ。 それらをミックスすれば、実力的には大して変わらないんだろうと思う。 「ピカチュウも元気そうだな……ホウエン地方に連れてった唯一のポケモンだし、無理はさせてないんだろうな」 「そりゃ、多少は無理したけど……大丈夫だよな、ピカチュウ?」 「ピカっ」 ピカチュウも元気そうだし、サトシの言うとおり、多少は無茶をさせたかもしれないけど、全然気にしちゃいないらしい。 このピカチュウのほかは、ホウエン地方でゲットしたポケモンで固めてるとなると…… ベトベトンやケンタロス、ベイリーフにワニノコやヒノアラシ。 カントーやジョウトでゲットしたポケモンはじいちゃんの研究所でのびのび過ごしてるってところだろう。 オレのように、ローテーションを組んでるんだろうか。 ……いや、じいちゃんやケンジと電話で話した時の様子から考えて、それはなさそうだ。 「アカツキ」 「ん?」 胸の中で甘えているピカチュウの頭を撫でながら、サトシが言ってくる。 「おまえが旅に出たって、オーキド博士からは聞いてる。 でも、ホウエン地方にいるなんてことは聞いてなかったよ。だから、すごく驚いた」 「予想できなかったのか?」 「いきなりホウエン地方に来るなんて、普通は考えないだろ。 オレだって、カントーリーグを経験してからジョウト地方に旅立ったわけだし……」 「まあな。でも、カントー地方やジョウト地方のポケモンのことは大体知ってるからさ。 知らないポケモンの多い地方に足を運んだって、全然不思議じゃないよ、オレにとっては」 「はは、アカツキらしいや」 サトシは小さく笑った。 旅立つ前……何かにつけてオレに突っ掛かってきたり、シゲルと見えない火花を散らしていたサトシとは何かが違う。 やっぱり、旅を通じて人間的にも成長したってことなんだろうか。 成長したって意味じゃ、オレだって負けちゃいないんだけど。 「でも、これでアカツキともトレーナーとして戦えるんだよな……へへ、なんだかとってもうれしいんだ」 サトシはキラキラ目を輝かせた。 トレーナーとして、か…… 思えば、オレはサトシとポケモンバトルをしたことがないんだよな。 ああやって突っ掛かってたのは、何かしらの形で戦いたいと思ってたからかもしれない。 あくまでもオレの勝手な想像で、サトシがそれを認めたわけじゃない。かといって、真偽を確かめようとも思わない。 「だって、アカツキってガリ勉ってイメージがあったからさ。 話しかけても相手にしてくれなかったし……シゲルくらいライバル視してくれたら、面白かったんだけどさ」 言うに事欠いてガリ勉かよ…… サトシから見れば、そういうイメージがあったのかもしれない。 あんまり相手してなかったし。 じいちゃんの研究所に入り浸っては、研究資料を毎日見てたり、ポケモンの世話をしてたり。 野山を駆け巡って遊ぶタイプのサトシからすれば、そういう風に見えてもおかしくはない。 むしろ、そう見えちゃうところがあるんだろう。 でも、シゲルは昔からサトシに対抗したがってたからな…… シゲルは人の見てないところでコツコツと努力を重ねるタイプだ。 表面上との対比で、余計にそう思われてたのかもしれないけど。 ともあれ、旅に出たことで、ガリ勉なんて不名誉なイメージからは完全に脱却できた。 めでたしめでたし…… なんていくはずがない。 「なあ、サトシ」 どうにもムカムカした気分が抜け切らないものだから、オレは話を変えることにした。 「ん?」 「おまえ、ピカチュウ以外にどんなポケモンをゲットしてきたんだ? オレのポケモンも見せてやるからさ、交流会でもしないか?」 「それ採用」 サトシは頷くが早いか、腰に差した五つのモンスターボールをつかんで、頭上に放り投げた!! うわ、即断即決だよ…… 猪突猛進なのは、昔も今も変わらずってところだろうか。 でも、飛び出してきたポケモンを見て、オレは目を瞠った。 「へえ、結構面白い布陣なんだな……」 知らないポケモンばっかりだったからだ。 オレはポケモン図鑑を取り出し、一体一体にセンサーを向けた。 キモリの進化形のジュプトルに、クラブに似たヘイガニっていうポケモン。 炎のカメを思わせるコータスに、氷の塊と形容するのが相応しいオニゴーリ。 最後に、鮮やかなブルーの羽根が印象的なオオスバメという鳥ポケモン。 いずれもホウエン地方に棲息するポケモンばかり。 草、水、炎、氷、ノーマルと飛行……タイプとしては偏りがないけど、エスパーやゴーストタイプを相手にすると苦しいかも。 みんな、オレを見ても驚きもしない。 サトシの友達だって、なんとなく感じてるからだろうか。 だとしたら、ずいぶんとよく育てられてるってことだな。このポケモンたちで頑張ってきたんだから。 「この六体で、リーグバッジを集めてきたのか?」 「ああ。八つ集め終わったんだ。アカツキは?」 「オレも集め終わった」 「えっ、マジ!?」 さり気なく言ったつもりなんだけど、サトシはマジで驚いていた。 旅立って三ヶ月で、ホウエン地方に足を伸ばして八つのバッジをゲットしたって言ったら、やっぱり驚くものなんだろうか。 そう思っていると、頼まれもしないのにサトシが言葉を発した。 「オレよりも何ヶ月遅くホウエン地方に来たんだ……? それなのに、オレと大して変わらないうちに集めちゃうなんて……アカツキって結構すごいんだな」 「おまえが寄り道してたんじゃないの? 学校行ってた時も、そうだっただろ」 「はは、そう言われると……返す言葉がないや」 やっぱりな。 サトシのことだから、いろいろと寄り道をしながら旅を続けてきたんだろう。 オレは極力寄り道をしないように、最短ルートで旅をしてきたんだ。 幻影の塔ってところに立ち寄ったけど、それでも一日と変わらない。 もっとも、そのせいでサトシほどホウエン地方のポケモンで固めてないんだけどね。 「それよりさ、アカツキのポケモンも見せてくれよ。ラッシーは連れてきたのか?」 「もちろん。 ラッシーはオレにとって特別なポケモンなんだからな」 サトシは逸る気持ちを抑えきれないと言わんばかりに、オレにもポケモンを出すように急かしてきた。 サトシとラッシーは面識がある。 そりゃ当然のことだけど、ラッシーはサトシのことをどうでもいい人その1みたいに思ってるらしい。 オレがあんまり相手しなかったから、ラッシーも同じことを考えてたんだ。 今はどうか、さすがに分からないけど。 でも、サトシのポケモンを見せてもらったんだ、オレのポケモンだってちゃんと見せなきゃな。 サトシのポケモンとは毛並みが違うってことも、分かってもらいたい。 「よし、みんな出てこい!!」 オレもボールを六つつかんで、頭上に放り投げた。 次々にボールの口が開いて、中からみんなが飛び出してきた。 サトシとオレのポケモン、総勢十二体が屋上に勢ぞろい。 お互いに見知らぬポケモンがすぐ傍にいるってことで、はじめは警戒心を剥き出しにしているポケモンもいた。 リーベルとかジュプトルなんかは、おまえら一体何者だ、と言わんばかりの鋭い視線を相手に向けてたんだけど…… 少し悪くなった雰囲気を払拭してくれたのは、昔から顔なじみのラッシーとピカチュウだった。 「ピカっ!!」 久々に再会したラッシーを見て、瞳をキラキラ輝かせながら駆けてくる。 「バーナーっ……」 ラッシーも久々にピカチュウに会って、機嫌がいいようだ。 目の前まで走ってきたピカチュウに蔓の鞭を差し出す。 とはいえ…… 微笑ましい様子を見ながら、オレは思った。 「ラッシーは進化したけど、ピカチュウはちゃんと分かってるみたいだな……」 ピカチュウはフシギソウだった時のラッシー以来、今まで会ってなかった。 進化して、姿形が変わっても、存在感というか雰囲気というか…… そのポケモンを形付けるメンタル的な部分をちゃんと感じ取っているんだろう。 ピカチュウはサトシと旅に出る前は、ラッシーやガーネット、シゲルのゼニガメと仲良しで、いつも遊んでたんだ。 ピカチュウはラッシーと再会できたことを素直に喜んでるようだけど、サトシは驚いていた。 「ラッシー、進化したのか!?」 「ああ。まあ、いろいろとあってな……」 あからさまに驚くサトシ。 オレは言葉を濁しといたけど、確かにいろいろと紆余曲折はあった。 「ラッシー、元気そうだなあ。 オレだよ、サトシだよ。覚えてるだろ?」 サトシは笑顔でラッシーの前に躍り出た。 「バーナーっ……」 もちろん――そう言わんばかりに、ラッシーも笑顔で頷いて、蔓の鞭をサトシの手首に巻きつけた。 軽いスキンシップだ。 サトシのことも知ってるけど、オレと同じように感じてたからなあ…… あんまりいい感情を持ってないんじゃないかと、オレはそう思っていたんだけど。 ニコニコ笑顔でスキンシップを図るなんて。 オレの、サトシに対する考え方が変わったことを察して、ラッシー自信も考えを改めたんだろうか。 ラッシーならそれくらいは簡単だ。 「すごくたくましくなったよな……それに、他のポケモンも結構強そうだ」 「結構じゃないさ、すごく強いんだ」 「それならオレだって負けちゃいないさ!!」 ちょっと訂正するつもりが、なぜかサトシはいきなりムキになって握り拳をオレの眼前に突きつけてきた。 あー、こういう時にライバル心むき出しにするんだな。 そりゃ、自分のポケモンは強いんだって…… 八つのバッジを集めてここまで頑張ってきた大切な仲間たちのことだから、胸を張るのは当然のことだ。 サトシはもちろん、オレだって同じだ。 「進化前のポケモンが多いみたいだけど……それで頑張ってきたんだもんな。そりゃ強いだろ……」 オレはサトシのポケモンを見回した。 ヘイガニとジュプトルは最終進化形に達していない。 その状態で八つのバッジを集めてきたんだ。 もしもこの二体が最終進化形になったら……強敵になりそうだ。 「なあ、アカツキ」 「なんだ?」 「ここで再会したのも何かの縁だし、ポケモンバトルやろうぜ。 ホウエンリーグで決着つける前に、お互いにどんだけ強くなれたのか……確認しとくのも悪くないと思うんだ」 「よし、いいだろう」 望むところだ。 オレはサトシの提案を受け入れた。 とはいえ…… 結構口実だなって思える部分が多いのは否めない。 サトシからすれば、ここで会ったが百年目、みたいな感じで、決着つけるタイミングを虎視眈々と狙い続けてたんだろうから。 もちろん、売られたケンカはちゃんと買うさ。 ラッシーなら、相性の悪いコータスやオニゴーリが相手でも十分に勝てる……それだけの自信があるから。 「まずはポケモンバトルと行こうぜ。 そうだな……あのコートを使わせてもらうか」 オレはポケモンセンターから一番近いバトルコートを指差した。 言い終えてから、本当にコートを使わせてもらえるのかという懸案が首をもたげたことに気付いたんだけど…… もし無理なら、環境を意識することなく存分にバトルできる場所をサトシと二人で手分けして探して、そこでバトルをすればいい。 何も不安になることはない。 「オッケー。それじゃ、みんな戻っててくれ」 サトシはピカチュウ以外のポケモンをモンスターボールに戻した。 オレも、全員をモンスターボールに戻す。 バトルすることになって、サトシは興奮しているようだった。 オレだってそれなりに興奮はしてる。 トレーナーとして、初めてサトシとバトルをするんだから。 あいつの実力は知ってるつもりだけどオレだって負けちゃいない。 でも、サトシは感情を隠すのが苦手らしく、完全に息巻いていた。 ここが地上十メートルの屋上でなければ、柵を飛び越えてそのまま飛び降りちゃいそうな雰囲気を辺りに振り撒いていたんだから。 まあ、それはともかく…… オレたちはロビーにいるジョーイさんに、バトルコートを使わせてもらえるのかどうか訊ねた。 ジョーイさんはオレとサトシが同じ町の出身だと聞いて驚いていたみたいだけど、すぐにホウエン支部に問い合わせてくれた。 この街のバトルコートはすべてホウエン支部の管轄で、ホウエンリーグが開催される時期以外は、許可がないと使えないんだとか。 ジョーイさんは電話口で一分ほど話していたけど、受話器を置いて振り返った時にはいつものニコニコ笑顔を浮かべていた。 「構わないと言っていたわ。存分にバトルしなさいって」 「分かりました。ありがとうございます、ジョーイさん」 許可が取れて、オレとサトシはジョーイさんに丁寧に礼を言うと、競うように駆け出した。 自動ドアの前では一旦停止したけど、ドアが開くまでのわずかな間に顔を向け合い、誇るような笑みを浮かべる。 そうしようって、はじめから話をつけてたワケじゃない。 ただ、やっぱりライバルなんだって、互いにそんな意識が完全に芽生えてるんだって思っただけ。 ポケモンセンターから一番近いコートに入るまで、学校の運動会でやるかけっこの要領で競ってた。 旅立つ前のオレなら、つまらないと思って、相手にもしなかっただろう。 でも、今は違う。 なんか、メインディッシュであるバトルの前の……前菜みたいな感じだけど、それでもなんだか楽しい。 たぶん、友達として、同時にトレーナーとして接しているからだろうと思う。 「じゃあ、オレが向こうのスポットに立つから、ちょっと待っててくれよ」 「分かった」 オレはコートの奥のスポットに走っていった。 スポットに立つまでの間に、これから始まるバトルのことを考えてた。 サトシは一体誰を出してくるんだろうか……って。 シチュエーションにもよるんだろうけど、それでもやっぱり考えちゃうな。 戦ってみれば分かる……やっぱり気になる。 オレはスポットについて、サトシと対峙した。 あいつの口元に浮かんでるのは不敵な……それでいて勝利を確信した笑みだ。 でも、負けるもんか。 どんな相手が立ち塞がろうと、オレは絶対に乗り越えていくんだから。 「ルールはどうする?」 「一対一の時間無制限ってところでどうだ?」 「よし、それにしよう!!」 オレの提案したルールに、サトシは呆気ないほど簡単に乗ってくれた。 どんなルールだって同じだって顔してる。 まあ、そりゃそうだ。 一番シンプルで、それでいて奥の深いルール……それが、一対一のシングルバトルだ。 これで、自ずと最強のポケモンを出さざるを得なくなるんだ、お互いに。 もちろん、オレのポケモンはすでに決まっている。 サトシが誰を出してこようと、オレが繰り出すのは…… 「ラッシー、行くぜっ!!」 オレはフィールドにボールを投げ入れた。 オレの意思に応え、ラッシーがボールの中から飛び出してきた!! 「バーナーっ……!!」 ラッシーは飛び出してくると、低い唸り声を上げた。 密林の王者の貫禄を十二分に漂わせる声音は、サトシに対する威嚇でもある。 友達でも、バトルの時はライバルだ。 バトルにまで個人感情を持ち出したりはしない。オレも、ラッシーもそれは同じことだ。 むしろ、友達だから、力を尽くして戦い抜くのさ。 「やっぱり、ラッシーで来たな……」 サトシの口元が緩む。 オレがラッシーで来ることは予測済みってことか……だとすると、相性的に有利なコータスかオニゴーリを出してくる。 ポケモンバトルのセオリーを踏襲するのなら、当然そうするだろうと思った。 でも、オレは肝心なことを忘れてた。 相手はサトシなんだってこと。 相性が有利とか不利とか……あいつはカントーリーグやジョウトリーグで、そんなのを度外視して戦い続けてたってことを。 「だったら、こっちはピカチュウだ!!」 「ピカっ!!」 サトシはピカチュウで来た。 ……あいつが何を感じてたのか、オレには分からない。 ただ一つ言えるのは、このバトルが、それぞれの最大のパートナーによって行われるものであること。 そして。全身全霊を賭すべきものだってことだ。 ピカチュウの電気技じゃ、ラッシーには満足なダメージを与えられないことは、サトシも重々承知してるはず。 まあ、あいつのことだから、そんなモンは根性でどうにでもなるって思ってるのかもしれないけど…… ピカチュウは素早いポケモンだ。 ラッシーのような重量級にはできないような変則的な動きで相手を混乱させ、不意を突いて一撃を食らわしてくるんだろう。 スピードで対抗しても、まず勝てない。 一撃のパワーで押し切るのがベストだろう。 「ピカぁぁ……」 ピカチュウは頬の電気袋からスパークを出して、やる気満々といった様子だ。 相手がラッシーだからこそ、最終進化形まで進化したからこそ、油断ならない相手だと理解しているんだろう。 緊張した空気がフィールドに漂う。 観客(ギャラリー)なんて一人もいないけど、そんなのは関係ない。 オレもサトシも、このバトルに勝ちたいと思う気持ちに違いはないんだから。 だけど…… 悪いけど、勝つのはオレだ。 先手はもらうぜ。 「ラッシー、痺れ粉!!」 「10万ボルトだ!!」 オレの指示に呼応するように、サトシもピカチュウに指示を出した。 ラッシーが背中の花から痺れ粉を放出すると同時に、ピカチュウが電気袋をスパークさせて強烈な電撃を生み出し、放った!! 痺れ粉で近づけない代わりに、遠くから10万ボルトでラッシーの体力を少しでも削っておこうという作戦か…… 猪突猛進な割には考えたな。 ピカチュウの放った電撃が槍となってラッシーに突き刺さる!! けれど、草タイプのラッシーにとって、10万ボルトの一発や二発は、食らってもかすり傷程度のダメージしか負わない。 ピカチュウの電気技は封じたも同然だし、ラッシーに効果的にダメージを与えるのなら、やはり物理攻撃だ。 ……お世辞にも、物理攻撃力は大したことないんだけど…… それでもたくさんのバトルを戦い抜いてきたんだ、種族的な限界を突き破ってくることも、珍しくないかもしれない。 どちらにしても、油断できる相手じゃないんだ。 時間が経てば経つほど、相手に手札をさらさなければならなくなる。 ホウエンリーグ開催までに対策を練られると厄介だ……ここは一気に決めさせてもらうか。 「マジカルリーフ!!」 状態異常の粉の次はマジカルリーフ……コンボはラッシーが意識するまでもなく成立する。 背中から二枚の葉っぱを放ち、舞い降りる痺れ粉を突っ切ってピカチュウへと突き進む!! 「マジカルリーフか……食らうと痛そうだな。 ピカチュウ、アイアンテールで防ぐんだ!!」 すかさずピカチュウに防御を指示するサトシ。 指示の様子を見る限り、状態異常の粉がまぶしてあることには気づいてないようだ。 単純に、ダメージを受けるのは得策じゃないとの判断か。マジカルリーフは、相手がいくら逃げても追いかけていく特性がある。 それを知っていれば、下手な回避よりも防御の方がいいと判断できるだろう。 「ピカっ!!」 ピカチュウはジャンプし、身体を縦に回転させ、鋼鉄の硬度を得たシッポを眼前の地面に叩きつけた!! すると、豪快な音と共に地面がめくれ上がった!! なるほど、この地面でマジカルリーフを受けてもらい、ダメージをゼロにするってことか。 うまいやり方だと思う。 見抜かれなかったとはいえ、自慢のコンボを防がれて、オレもこれでも結構ビックリしてるんだ。 でも…… だからこそ燃える。 やっぱりサトシは強いって思える。 痺れ粉つきのマジカルリーフを、ピカチュウがアイアンテールで持ち上げた地面が受け止めて――敢え無く防がれる。 そろそろ痺れ粉も地面に落ちて効果を失う頃だ……次の手を講じなければ。 そう思った矢先、サトシの指示が飛ぶ。 「電光石火からアイアンテール!!」 刹那、ピカチュウの姿が一瞬消えたようにブレた。 素早い……!! 下手なライチュウよりもよっぽど素早い。 そう思わせる、しなやかで無駄のない動きで、ラッシーに迫るピカチュウ!! 攻撃力は無視できるくらい低くても、素早さはとんでもなく高い。これで撹乱されると、かなり危険だ。 そうなる前に、倒すのみ!! 「蔓の鞭!!」 オレの指示に、ラッシーがピカチュウに向かって蔓の鞭を発射!! 「避けろ!!」 当然、受けてくれるはずがなかった。 ピカチュウは最低限の動きで蔓の鞭を避けると、何事もなかったように再びラッシーとの距離を詰める!! さすがに素早いな……ここは一撃食らうのを覚悟で、反撃で確実に倒すとするか…… 考えをめぐらせている間にピカチュウは距離を詰め、身を翻す!! 一時的に鋼鉄と化したシッポで、ラッシーの顔面を真一文字になぎ払う!! 「バーナーっ……!!」 アイアンテールを食らい、仰け反るラッシー。 ダメージ自体は大したことないんだろうけど、顔面に食らうと実際のダメージよりも大きく感じてしまうものらしい。 でも…… 「ラッシー、ハードプラント!!」 その瞬間、ラッシーの瞳に炎のような闘魂が宿る。 伸ばした蔓の鞭をそのまま地面に突っ込む!! 「なんだ……?」 聞きなれない技に、サトシの表情が曇る。 「ピカチュウ、戻るんだ!!」 近くにいたら何をされるか分からないって考えてるんだろう。 でも、どこにいようと関係ない。 ラッシーは大地の力を一時的に自由に操ることができるんだ。 どこにだって巨木を発生させることができる。 ラッシーが地面に蔓の鞭を突っ込んだまま、数秒は何も起きない。 いきなり攻撃するんじゃ怪しまれるかもしれないし、たまには焦らしてみようか。 毎回すぐに攻撃したんじゃ芸がないし、相手に与えるプレッシャーがどれくらいなのか、調べてみるのもいいだろう。 相手がサトシっていうのが、通常のサンプルケースと違うんだけど。 まあ、それもいいだろう。 「聞いたことのない技で、ビックリしただろ」 「……なんか、とんでもない技のような気が……」 サトシはフィールドを見渡すけど、何もあるはずがない。 変化が起きれば、それは一瞬。 避ける暇など与えない。 「ラッシーが使える最強の技……おまえに見せてやるっ!! ラッシー、発動だ!!」 「バーナぁぁぁぁぁぁっ!!」 裂帛の叫びと同時に、ピカチュウの足下がひび割れた。 「えっ!?」 サトシが怪訝そうに眉をひそめた……次の瞬間。 どごぉぉぉぉぉぉんっ!! 突如地面を割って突き出した巨木の幹が、悲鳴を上げることすら許さずにピカチュウを上空に放り投げた!! 「ピカチュウ!!」 サトシが叫ぶ。 だけど、今の一撃でピカチュウは戦闘不能になった。 ハードプラントの威力はソーラービームを上回る。 巨木の幹の直撃を受けたからって、ソーラービームのダメージよりも小さいわけじゃない。 圧倒的な質量を、圧倒的なスピードでぶつける攻撃は、威力が桁違いなんだ。 ……ここんとこはよく分かんないんだけど、一見物理攻撃のような光景も、実は草タイプの扱い。 つまり、物理防御力がいくら高かろうが、受けるのは特殊防御力だ。 たとえば、パルシェンやイワークといった物理防御力に優れるポケモンにぶつけてこそ、その威力が真価を発揮するのさ。 高々と投げ出されたピカチュウが、放物線を描きながら落ちてくる。 地面に激突するだけでもダメージは大きい。 当然、サトシがそれを許すはずがない。 「ピカチュウ!!」 ピカチュウはモンスターボールに入りたがらない。 ……っていうか、サトシと冒険する前はモンスターボールに入ってたんだけどなあ。 一体何があったのか、モンスターボールに入りたがらなくなってしまった。 だから、モンスターボールには戻さない。 代わりに、サトシはピカチュウが落ちてくるであろう地点に駆け出して、腕を広げて受け止めようとする。 「……相変わらずだなあ……でも、そういうところがピカチュウは好きなんだろうな」 自分の身を挺してポケモンを受け止めるっていう行為は、実はポケモンにとって『愛情』なんだ。 ほどなくピカチュウはサトシの腕の中に落ちてきた。 「ピカチュウ、大丈夫か?」 ピカチュウの頭をそっと撫でながら、優しい声音でサトシが言った。 すると、ピカチュウはうっすらと目を開けて、小さく頷く。 こういうことを繰り返して絆を深めていったんだろう。 見てると、微笑ましく思うよ。 フシギソウだった頃のラッシーなら受け止められるんだろうけど……さすがにフシギバナに進化しちゃったから無理。 受け止めるどころか、オレの方がつぶされちゃう。 「あはは、オレの負けだよ……」 サトシは肩を落としたけど、全然ガッカリしていないような……むしろ晴れ晴れとした口調で言った。 「ラッシー、すごくよく育てられてるし……今の技、全然聞いたことも見たこともなかった」 「……まあ、特製の技だからな……でも、弱点があるんだよ。破壊光線と同じで、一回放つと、しばらく動けなくなる」 ハードプラントの弱点は、破壊光線と同じで、反動で動けなくなってしまうことだ。 相手を確実に仕留められる時でなければ、使ってはいけない。 『守る』とか『こらえる』とかでやり過ごされると、かなり危険なんだ。 「ピカチュウだってよく育てられてると思う。 ……大丈夫か? ハードプラントは強力だから……身体を傷めてなきゃいいんだけど……」 オレはピカチュウの容態が気になって、サトシの元に駆け寄った。 防御力がかなり低いピカチュウだけに、ハードプラントの一撃は重く圧し掛かってきただろう。 そっと身体に触れてみたけど、それほど深刻なダメージは受けていないようで、正直安心した。 「大丈夫。ピカチュウはたくさんバトルを経験してきたから、結構丈夫なんだ」 笑うサトシ。 負けた悔しさなんて微塵も顔に出さない。 本当は悔しいんだろうけど……無理に隠してるとも思えない。いや、こいつはそんなに器用なヤツじゃないし。 「ラッシー、よくやった。戻って休んでてくれ」 アイアンテールのダメージは小さいだろうけど、一応、後でジョーイさんに看てもらおう。 オレはラッシーをモンスターボールに戻した。 サトシに擁かれたピカチュウに向き直り、 「いつの間にこんな強くなったんだ?」 「さあ、いつだろう。オレもよく分からない」 サトシの問いに、オレは言葉を濁した。 正直、オレにもよく分からないんだ。さすがに『最初から』ってワケじゃないだろうし、かといってつい最近ってワケでもない。 たぶん、その間のどこかさ……オレは胸中で付け足した。 ラッシーがフシギバナに進化して、ハードプラントを習得した時……圧倒的なパワーを身につけた。 強さにランクをつけるとしたなら、二段階どころか、三段階、四段階はランクを上げただろう。 「でも、ホウエンリーグじゃ負けないからな」 「ああ、楽しみにしてるぜ。 じゃ、ポケモンセンターに戻ろう。ピカチュウを回復させてやらなきゃいけないからな」 「ああ」 どちらともなく差し出された手を、ぎゅっと握りしめる。 それ以上、どんな言葉も必要なかった。 友達で、ライバルで……ただそれだけだけど、互いの気持ちがひとつになったと解かった今、何を言う必要があるんだろう。 その晩―― オレとサトシは別に待ち合わせをしたわけでもないのに、ポケモンセンターの屋上でバッタリ行き会った。 先に屋上にいたのはサトシだ。 ピカチュウと二人で、空に昇りはじめた月を見ながら、何やら話をしていたらしい。 オレの登場で、話の腰を折っちゃったような気もするけど、サトシは気にする様子もなかった。 「悪い、邪魔しちゃったか?」 サトシの傍まで歩いていって、オレは声をかけた。 「いや……そんなことはないよ」 「ピカチュウは大丈夫か?」 「ピカっ」 「そっか。それなら良かった」 ピカチュウは元気そうだ。 ジョーイさんに看てもらったら、これくらいのダメージなら休めば回復すると言われて、 オレもサトシもホッと胸を撫で下ろしたんだけど、やっぱり本人が元気なところを見るのが一番説得力あるよな。 「なあ、アカツキ」 「うん?」 声をかけられ、オレはサトシに顔を向けた。 月明かりに照らし出された笑顔は、どこか儚く見える……たぶん、気のせいだろうと思いながら、言葉を待つ。 「トレーナーって、楽しいだろ? もちろん、楽しいことばかりじゃないよ。 辛いことだってあるけど、みんなと一緒なら何があっても乗り越えていける……そう思うだろ?」 「ああ。オレもいろいろと辛い目に遭ってきたからさ……自慢できることじゃないけどな」 「でも、それがトレーナーの醍醐味だと思う」 ………… こいつ、ホントにあのサトシなんだろうか? やけに悟ったような、ロマンチストを思わせるような言葉が素直に信じられなかった。 だってほら、サトシって昔から猪突猛進で前しか見えないみたいなところがあったんだ。 もしかしたら、何かヘンなものでも食って頭でも打ったのかと思っちゃうんだ。 いや…… いつまでもあの頃のままってワケじゃないだ。 「ホウエンリーグって、どんな大会なんだろうな……?」 「予選がシングルバトルで、本選がダブルバトルだって聞いてるけど?」 「うん。それはオレも知ってる。 でも、雰囲気はどんな感じなんだろうかって思って……」 そればかりは、実際にその舞台に立ってみなければ分からないだろう。 言葉にするより感じた方がよっぽど手っ取り早いはずだ。 だけど、それができないから気になる。 オレもサトシもそれは同じだろうか。 「ま、どんな雰囲気だって関係ないさ」 言い出しといて、勝手に納得する。 だけど…… 「アカツキ。今回は負けたけど、ホウエンリーグで戦う時は勝つからな。負けたまま終わらせたりはしない」 「望むところだ。楽しみにしてるぜ」 互いに不敵な笑みを浮かべる。 負けっぱなしで終わるのは嫌だって思うのは当然だし、オレはこのまま連勝を狙うぜ。 オレもサトシも、目指すのは優勝だけだ。 だから、何があっても絶対に負けられない。 月の浮かんだ冷たい空を見上げて、オレはグッと拳を握りしめた。 早くも、心は数か月先のホウエンリーグに向かって飛んでいた。 ホウエン編 END