リーグ編Vol.02 本選〜栄光へのロード 大歓声が響くホウエンスタジアムに設けられたバトルフィールドのスポットに、オレは立っている。 反対側のスポットには対戦相手の女性が不敵な笑みをたたえたまま、余裕の表情を崩さない。 (圧されてる……) 額を一筋の汗が流れ落ちていく。 分かってるのに、それを拭うつもりにもなれないのは、バトルがかなりヤバイ状態になってるからだ。 本選の一回戦でこんなヤバイ相手が出てくるとは、正直予想していなかった。 一回戦はコンピューターによってランダムに相手が決定される。 言い方を変えるなら、用意されたトーナメント表に、コンピューターがランダムに選手をはめ込んでいくんだ。 オレの相手は、アザミという女性。 年の頃は二十歳過ぎといったところか。 艶やかな黒髪を背中に伸ばして、顔立ちも整ってて、スラリと背も高い。 ここまでなら掛け値なしの美人なんだけど、その美貌を半ば台無しにしてしまっているのは、刃物のような鋭い視線だった。 別にこの人に好意を持ってるわけじゃない。 むしろ、今は敵同士だ。 すでにオレも相手も二体のポケモンを失い、今フィールドに出ているそれぞれの二体が最後のポケモンなんだ。 オレの意表を突くバトルで――そこのところはキャリアの差を思い知らされた気がするけれど――、 序盤は一気に攻め入られたものの、徐々に押し返している。状況としては五分と五分。 ただ、彼女の放つ独特の、トゲなんて生温いものじゃなく、地獄の剣山すら思わせる雰囲気が、予断を許さないものとしている。 オレのポケモンはラッシーとルース。 対するアザミはハブネークとギャラドス。 どういうわけかヘビのような形をしたポケモンばかりを使ってきた。 すでに倒した二体はミロカロスとハガネール。 ヘビのようなポケモンが好きというこだわりがあるんだろうかと思ったけど、戦い方はこだわりだけのものじゃなかった。 高い特殊耐性と優れた体力を武器としたミロカロスのミラーコートは脅威。 ハガネールの物理的な攻撃力と防御力の高さはそれこそ驚愕の一言に尽きる。 レキとロータスで何とか倒したけど、ハブネークとギャラドスが出てきたところで、二体が一気に倒されてしまった。 ギャラドスはルースの「雷パンチ」を食らって戦闘不能寸前だけど、だからこそすぐにでも倒しておきたい。 ハブネークはダメージを一切受けてないけど、どんな隠し玉を用意しているか分からない。 あんまり手の内を晒さないようなバトルをしてるような節さえある。 特性は脱皮で、受けた状態異常を時折自動で回復するというもの。 ただ、自動というだけに、自分でそのタイミングを計れなかったりするのが難点だ。 ここは、それを利用するしかない。 マジカルリーフと状態異常の粉を駆使して、先にハブネークを眠らせてからギャラドスを一気に叩くか……? よし…… 互いに指示を出さず、硬直状態が続くこと二分弱。 ここでバトルを動かすのはオレだ。 「ラッシー、眠り粉とマジカルリーフ!!」 「バーナーっ……!!」 ラッシーは眠り粉を巻き上げると同時にマジカルリーフを発射!! ギャラドスの破壊光線やハブネークのポイズンテールを受けて、満身創痍に近い状態だけど、それでも森林の王者としての気迫は微塵の揺らぎもない。 というのも、ギャラドスやハブネークの攻撃を避けづらいからなんだ。 ルースは素早い動きで、相手の攻撃を掻い潜りながら攻めることができる。 だけど、ラッシーは身体の大きさが災いして、相手の攻撃をほとんど避けられない。 日本晴れを使ってはみたけれど、そうしたらハブネークとギャラドスが揃いも揃って火炎放射をラッシーに浴びせてきた。 これで大ダメージだ。 その間ルースに攻撃されてたけど、それすら意に介さない。 どうやら、アザミにはルースよりもラッシーの方が危険と映ったらしい。 ラッシーが発射したマジカルリーフは、ギャラドスの脇をすり抜けて、ハブネークに命中!! 「…………」 命中したのはいいけど、むしろこうもあっさり命中したことの方が不可解だった。 普通は、火炎放射で焼き払うとかして、受けないようにするはずだ。 ラッシーを危険視しているのなら、なおさらだ。 なのに、なんで回避を指示しなかった……? アザミは不敵に笑っている。 ボウヤがいくらやったってムダよ……なんて皮肉っぽく物語ってるけど、そんなことは気にしない。 ともかく、あっという間にハブネークがその場に倒れた。 眠り粉が効いて、すっかり夢の中だ。 脱皮でいつ回復するかも分からない以上、さっさとギャラドスを倒してしまわないと!! でも、さすがにそう簡単には行かなかった。 「ギャラドス、ハイドロポンプ!!」 アザミの指示に、ギャラドスが地の果てまでも響くような咆哮を上げ、口から水の弾丸を発射した!! 狙いはルースか……!! ラッシーを攻撃するのに、ルースが邪魔なんだ。 さっき雷パンチを何発か受けてそれに気付いたようだ。 ルースは弱点の水タイプのポケモンを返り討ちにできるよう、電気タイプの技である雷パンチを覚えている。 覚えさせるのには苦労したけど、できるようになった時のルースの喜びようと言えば、それはもう感涙モノだったよ。 「ルース、電光石火で避わして雷パンチ!!」 ここで決めれば確実に倒せる。 ギャラドスはかなり弱ってるけど、ラッシーと同じで、気迫が衰えることはない。 凶悪ポケモンという呼び名を見せ付けられるような迫力だ。 ルースが動く!! さっと横に動いて水の弾丸を避わし、素早い動きでギャラドスに迫る!! 直線軌道の技なら、避けることは造作もない。 念力で操られていない限り、その軌道を変えることはないんだから。 「バクぅぅっ!!」 ギャラドスの眼前に迫ったルースが雄たけびを上げて、グーの形に握りしめた拳を突き出す!! ビリリッ!! 拳に電撃が宿り、ギャラドスの腹を打ち据える!! 「ガァァァァァァッ!!」 電撃が全身を駆け抜け、悲鳴を上げるギャラドス。 「ふん、これで勝った気になるんじゃないよ!!」 アザミは表情を崩さぬまま、咆えるように声を荒げた。 「ギャラドス、電磁波だッ!!」 やっぱり、誘い込みをかけてたか……!! 何か良からぬことを企んでるのは分かってた。 でも、ここでギャラドスを倒しておかなければならない。 だからこそ危険を承知でルースを飛び込ませたんだ。 一発で倒せれば良し。 倒せなければルースがソーラービームを発射する…… ギャラドスの身体から別の電撃が生まれ、至近距離にいるルースに巻きついた!! 「バクっ!?」 突然電撃に巻きつかれ、ルースは身動きが取れないまま地面に落下した。 ダメージ自体はないに等しいけど、電磁波による麻痺の効果はかなり痛い。 「ルース、振り解け!!」 電磁波は厄介な技だ。 それでも、頑張ればなんとか振り解くことができる。 ただ、それだけの時間をアザミが与えてくれるはずもない。 「じたばたするんだよッ!!」 げ、最悪…… オレは自分でも表情が引きつったのが分かった。 ギャラドスは今、戦闘不能寸前のダメージを受けている。 体力の残り少なさに比例して相手に与えるダメージが大きくなる技、じたばた。 ただでさえギャラドスは攻撃力が高いんだ、そんな技を食らったらどう転ぶかも分からない。 それだけはさせない!! 「ソーラービーム!!」 日本晴れの効果で、ソーラービームはすぐに出せる。 ここでギャラドスに当てさえすれば確実に倒せる……!! しかし、予期せぬアクシデントはその時起こった。 「くくっ……甘いよ、ボウヤ」 アザミが小さく漏らす。 ギャラドスが暴れ狂い、身動きの取れないルースを蹂躙する!! ラッシーは…… ソーラービームを放てなかった。 「そんな、バカなッ!!」 というのも、真下から加えられた攻撃によって、ラッシーが宙に舞い上がったからだ。 一体何が起こってるんだ……!? 慌てちゃいけない。 身体は熱く燃やそうと、心だけはいつも水のようにしていなければならないんだ。 分かってるけど、一度芽生えた動揺の芽を摘み取ることは難しい。 増してや、正体不明の攻撃によってラッシーのソーラービームが不発に終わり、 ギャラドスの猛攻に耐え切れずルースが戦闘不能になってしまったんだから。 「バクフーン、戦闘不能!!」 審判の無情な宣告。 徹底的に蹂躙され、ルースはうつ伏せに倒れたままピクリとも動かない。 あんまりダメージは受けてないはずだけど……今の一発で一気にやられたか…… じたばたで残った体力を使い果たしたか、ギャラドスもその場に倒れて戦闘不能を宣告された。 「戻れ、ルース!!」 「戻るんだよ、ギャラドス」 オレとアザミはそれぞれのポケモンをモンスターボールに戻した。 これで残りは最後の一体…… 状況はマジで最悪かもしれない。 ラッシーは投げ出された時の体勢が良かったせいか、着地に成功したけど、身体が重い分、脚にかかる負担が大きくなる。 ハブネークは眠り粉の効果で眠ったままだから、まだいいとして…… さっきまでラッシーがいた場所に目を向ける。 「なんだ、あれ……?」 地面に、突起のようなものが見える。 先端が鋭く尖っていて、まるで刃物のような…… 待てよ? ギャラドスはルースを相手にするのに精一杯だ。 だとすると、攻撃を仕掛けられるのはハブネークだけ。 でも、ハブネークは眠り粉で眠ってて…… 一体何がどうなって…… 様々な情報が頭の中で交錯して、何が本当なのかも分からなくなっていく。 頭が真っ白になるっていうのはこういう感覚なんだろうかと思い始めた時、オレは情報の中から一つ、見落とせないものを拾った。 脱皮……!? まさか、ハブネークはすでに……!! 恐ろしい想像に、背筋が凍りつくような気持ちになる。 「ふふ、気付いたみたいね……」 アザミが笑う。 と、その時だ。 眠っていたハブネークが萎み、ぺしゃんこになった。 ごごごご…… ラッシーのいた場所に生えた突起が背丈を伸ばしたかと思うと、それはハブネークの形になって現れた。 「ハブネーク……」 目を覚ましてたんだ。 特性で、状態異常を回復してたんだ。 それを悟られぬよう、脱皮した抜け殻をその場に残し、穴を掘って地中を移動して攻撃を加えた……!! 想定外の攻撃だ。 普通、そんなギャンブル要素満載の攻撃を出そうなんて思わないだろ!! それを逆手に取ったんだ。 運任せで破天荒な戦い方。 でも、それはセオリーを地で行く一般のトレーナーにとっては脅威以外の何者でもない。 いくら計算しようと、追いつくはずがないんだから。 これから何度眠らせても、同じことが起こる……それは確かだ。 いつ特性が発揮されるのか、それが分からない以上、対抗策がない……!! 「気付かなければ、簡単に終わらせてあげたのにさ……ふふ、運のないボウヤだね」 アザミが手を振り上げる。 攻撃の指示が来る……!! ラッシーにダメージを与えるのなら火炎放射……? それとも、穴を掘って攻撃を……? どちらで来るのか、ぜんぜん読めない!! まだ終わったわけじゃない。 対抗策はどこかにあるはずだ!! 考えるんだ、アカツキ!! ここで負けたら、サトシと戦えないじゃないか。ここで勝てば、次はサトシとのバトルなんだから。 あいつと戦わずに、ホウエンリーグに幕を下ろすことなんてできやしない!! それに、目指すのは優勝だ。 こんな序盤で躓いてる場合じゃない!! 観客席では、アカツキとサトシがオレのバトルを見てるんだ。みじめなバトルはできない。 「ソーラービームを放つのがいいのか、それとも……」 火炎放射で来れば、確実に当てられる。 だけど、穴を掘ったら……? 先手を取れば、確実に穴を掘って逃げるだろう。 アザミの出方次第で決まるってのはシャクだけど、こればかりは…… アザミが笑みを深める。 ネズミを弄るネコのような、でも狡猾ささえ漂わせる笑みに、オレは吸い込まれそうになった。 オレを奈落の底に突き落とす気満々といった感じだ。 「…………」 オレはハブネークを睨みつけているラッシーに目をやった。 何があろうと絶対にあきらめないという気持ちがひしひしと伝わってくる。 「…………バカだな、オレ」 なんか情けなくなってきた。 絶体絶命には違いない状況なのに、なんでオレの方が先にあきらめようとしてたんだろう。 ラッシーはまだ戦うつもりでいる。 ここまで頑張ってくれたみんなの努力をまったくの無にするのか、それとも少しでも無形効果として残すのか。 決まってるじゃないか。 まったくの無になんて、ムダになんてさせない。 どんな攻撃だっていい。 来いっ!! 勝てないとしても、絶対に最後まであきらめないぞ。 オレはアザミを睨みつけた。 バトルで負けようと、心までは絶対に負けない。 アザミの口が動く。 「ハブネーク。もう十分さ。戻んな」 「……!?」 本気で頭の中が真っ白になった。 アザミはモンスターボールを翳し、ハブネークを戻してしまったんだ。 戦闘不能どころか、まだピンピンしてる。 このまま普通に攻めても、ラッシーを倒すことなど造作もなかったはずだ。 アザミのメチャクチャなやり方で、確実に勝利をもぎ取れたはずなんだ。 それなのに、なんで戻すんだ……!? スタジアムが騒然とする。 普通、確実な勝利が目の前にあるのにそれをみすみす逃すようなトレーナーがいるわけがない。 審判までもが唖然とした表情でアザミを見つめている。 オレも、唖然としてた。 なんでこうなるんだ? 交代要員のいない状態でポケモンをモンスターボールに戻せばどうなるか……それくらい、考えなくても分かるはずなのに。 勝利を自ら棄ててしまうなんて、オレには信じられなかった。 周囲がどう思ってるのか、まったく意に介する様子もなく、彼女は笑みを浮かべている。 「まあ、こんなくらいでいいだろ……ボウヤ、頑張んな」 アザミはオレに背を向け、スタジアムを去った。 ……一体、なんなんだ? この人にとってのホウエンリーグって……? ただの腕試しのつもりなのか? それすらも分からなかった。 「あ、アザミ選手、棄権っ!? よって、アカツキ選手の不戦勝!!」 審判が慌てて言葉を出すが、騒然とした場の空気が変わることはなかった。 オレも、唖然としたまま、しばらくは何をする気にもなれなかった。 「お情けってのは気に入らないけど……」 夕食の席で、オレはテーブルの反対側で黙々と食べているアカツキとサトシに言った。 オレの一言に、箸が止まった。 「一応、コマを進めたわけだし、明日は全力で戦うからな」 「あ、ああ……もちろん!!」 サトシは一瞬取り繕うとしたらしいけど、すぐにいつもどおりの得意気な表情になった。 アザミ。 彼女が何を考え、何のためにホウエンリーグに出たのかなんて、オレには関係ないしどうでもいいことだと思ってる。 あのままバトルを続けても勝機は薄かっただろう。 何を考えて棄権したのか。 そんなことはどうでもいいんだ。 結果として、オレは二回戦へとコマを進めることができた。 さすがに、お情けみたいな感じでいい気分はしないんだけど…… それでも、結果オーライってことでポジティブに考えよう。 そうじゃなきゃ、みんなに申し訳が立たない。 アザミの棄権は様々な論議を呼んだけど、それも他のバトルが巻き起こした興奮によって、すぐに消えてしまった。 だから、オレが少しでも気にすることの方が、むしろいけないことなんだろうと思う。 難しく考えなくてもいい。 明日は、サトシとのバトルなんだ。 待ちに待った、ホウエンリーグでの決着をつける時なんだ。今日味わったムカムカを一気に放出して、全力で戦って勝つ!! 落ち込んでた気分も、かなり上向いてきた。 「あの人、何を考えてたのかな……?」 アカツキがスパゲッティをフォークにクルクル巻きながら、小さくつぶやく。 オレの気分が上向いてきたのを察したらしい。 「さあ……」 オレは肩をすくめた。 何事もなかったように装って、ひと口サイズに切り揃えたハンバーグを口に運ぶ。 人の考え方はひとつじゃないということの典型だったんじゃないかと思う。 アザミにとってのホウエンリーグは、オレやアカツキやサトシが思っているものとはかなりかけ離れているのは確かだ。 けれど、それを一概に否定することはできない。 否定してしまえば、それはオレたちのホウエンリーグすら否定することになる。 「分かってるのは、オレとサトシが明日戦うってことだけだ。友達だからって、手を抜くなよ!!」 「当たり前だろ。アカツキ相手に手なんて抜けるか!! 抜いたら押し切られちまう!!」 それはそうだ。 互いに手を抜けるようなレベルの相手じゃない。 気付けば、オレとサトシは互いに笑みを向け合っていた。 アクシデントはあったけれど、今日のことばかりに気を取られていては、優勝なんて無理な話。 今回のはチャンスと割り切って、明日から頑張っていかなきゃいけない。 ただ……オレにはアカツキやサトシに言えないことがあった。 今は何もないように装っているけれど、明日になれば分かってしまうだろう。 「ラッシー……」 ハブネークに徹底的にやられたラッシーが、回復しきれなかったんだ。 アザミが残した「頑張んな」という一言。 そのことを言ってたんだって気づいたのは、ジョーイさんが申し訳なさそうに謝ってきた時だった。 「回復しきれませんでした。あと一日あれば、完全に回復できますが……」 ラッシー抜きで戦ってみろ、そういう意味だったんだ。 やっぱり、チャンスをくれるってポジティブに考えても、リスクがないわけじゃなかった。 そこのところまでキッチリ計算に入れた上で、ラッシーを集中攻撃してきたんだ。 「……どうしたの、アカツキ?」 「いや……なんでもない」 「なんか変だよ。やっぱり、気になるの? あの人のこと……」 アカツキが食い入るようにオレの顔を覗きこんでくる。 心配してくれてるってことが分かる。 心配かけちまってるな…… なんか、せっかくコマを進めたのに、雰囲気をぶち壊しにしてるみたいで、なんだかとても悪い気分になる。 なんでもないって、表情には出さないように努めてるんだけど、分かるヤツには分かっちゃうものなんだろうか。 でも、この場で言ったとしても、何にもならない。 ラッシー抜きというのは辛いけど…… それでも、戦えないことはない。ラッシーに頼りっきりになるわけにはいかない。 一度、ラッシーが戦闘不能になったことがあった。 だから、そうなってもいいようにと、いろいろと準備をしてきた。 「ちょっとだけ……な。 でも、それとこれとは話は別だ。明日は全力でおまえのポケモンを倒す。覚悟しろ」 「アカツキこそ。なに考えてるかは知らないけど、思いつめるなよ」 「…………」 サトシの一言は、さり気ない励ましのつもりだったのかもしれない。 でも、心に突き刺さるように感じられるのはなぜだろう……? もしかしたら、核心までは触れなくても、薄々は察しているのかもしれない。 旅に出る前のサトシは、他人の気持ちなんてあんまり考えなくて、泣かせたら謝るし、バカにされたら怒る。ごく普通の少年だった。 でも、いつの間にか、他人の気遣いができるようになってたんだな。 ぜんぜん変わってないように見えるけど、本当は結構大人になってるのかも。 サトシに励まされる形になったのはちょっと気に入らない。 もしもシゲルが今のオレの立場に立ったら、うれしいと思う反面、やっぱり表面では反発したりするんだろう。 少しだけ、シゲルの気持ちが分かる気がした。 「……負けるわけにはいかないよな……ラッシー……?」 ラッシーだって、オレが不甲斐ない顔を見せるのは望んじゃいないだろう。 モンスターボールの中から、 「アカツキ、頑張れ!!」って、エールを贈ってくれるはずだ。 だから…… 「大丈夫。ラッシー抜きでも勝ってみせる」 準備してきたんだ。 考えうる対策は施してきたし、コンビネーションも高い水準にまで引き上げることができた。 勝てない戦いじゃない。 いつまでもこんなことを考えるのはやめよう。 オレはサトシとアカツキを安心させようと、明るく振舞った。他愛のない話を持ち出して、二人を笑わせたりもした。 その晩は、思うように寝付けなかったけど、気付けば朝になっていた。 寝不足の感は否めない。 それでも、戦える。 意識の隅で確認して、オレは身を起こした。 歓声が響き渡るフィールドに、オレとサトシは対峙した。 お互いに真剣な面持ちで、油断ならない相手であると特に印象付ける。 「ホウエンリーグ、ベスト8を決定する二回戦、第四試合を行います!!」 観客席の最下段で、マイクを片手にバトルが始まる前からテンションがマックスになってるのは、実況担当だ。 いつもこの調子で血管が切れたりしないのかと思ってしまうけど、たぶん大丈夫なんだろう。 「同郷でライバル同士という二人の対決は目が離せない展開の連続になるであろうことは、想像に難くないでしょう!! マサラタウン出身のアカツキ選手対サトシ選手のバトルを行います!!」 ――どこでそういうネタを仕入れてるんだ? 実況の言葉に、オレは密かにツッコミを入れた。 エントリーの時に身分証明はちゃんとしなきゃいけないから、同郷の出身だってことは分かって当然だけどさ。 まさか想像でライバル同士なんて言葉をでっち上げたわけじゃないだろうな……なんか、そんな気がしてきた。 現に観客は盛り上がっちゃってるし、スタジアムのテンションを高める方便ってことでわざとライバルと口にしたに違いない。 審判が一歩足を踏み出し、 「先攻を決めるルーレットを回します」 言った瞬間、脇の電光掲示板に映ったオレとサトシの写真の間でルーレットが回転し始めた。 できれば先攻は避けたいところなんだけど…… サトシのポケモンは分かっているつもりだけど、先に出すのと後に出すのとでは、ずいぶん違う。 有利な状態で戦えるか、不利な状態で戦わざるを得ないか。 運も重要な要素のひとつなんだ、ポケモンバトルにとっては。 ポケモンを戦わせるよりも前に、バトルはもう始まってるんだよ。 固唾を呑みながらルーレットが止まるのを待つ。 ほどなく、ルーレットの先端がサトシの写真を指し示す。 「先攻はサトシ選手です。ポケモンを前に」 審判の言葉に、サトシが両手にモンスターボールをつかむ。 一体誰を出してくる……? 傍らに立つピカチュウは最後まで温存するだろう。 こちらの手をある程度さらした後で投入し、一気に決着を狙ってくる構えだ。 そう来るであろうことは、予想してた。 今までのバトルを見てみると、ピカチュウが勝敗のカギを握っていることが多かったんだから。 「行くぜ、ジュプトル、ヘイガニ!!」 叫ぶように言って、サトシはモンスターボールをフィールドに投げ入れた!! 着弾と同時に飛び出してきたのは、ジュプトルとヘイガニだ。 ジュカインに進化してもおかしくないレベルだけに、最終進化形じゃないからといって油断することはできない。 それはヘイガニも同じだ。 サトシのポケモンは、そのポケモンの種族的なポテンシャルを遥かに超える力を発揮することがある。 怖いのはそこだ。 素早く倒さないと、後で恐ろしいことになる。 ジュプトルとヘイガニでは、怖いのはもちろんジュプトルだ。 ヘイガニなら弱点を突かれてもそれほど脅威にはならない。 何より、ジュプトルのスピードは驚異的だ。 ジュプトルの素早さに対抗でき、なおかつ相性がいいのは…… ヘイガニは適当に往なせるポケモンがいればいい。 だったら…… 「ルース、ロータス!! 君に決めた!!」 オレはモンスターボールを引っつかみ、フィールドに投げ入れた!! コツンと乾いた音を立てて着弾すると、ボールの口が開いて、中からルースとロータスが飛び出してきた!! 「バクぅぅっ!!」 「ごぉぉぉ……」 飛び出すなり、ルースは背中の炎を爆発させんばかりに燃やし、ロータスは相手を威嚇するように腕を動かした。 コンディションは最高ってところだな。 ルースでジュプトルの相手をして、ジュプトルを倒すまでの間、ロータスが時間稼ぎをすればいい。 エスパータイプの技を使えるロータスなら、ヘイガニがバブル光線とかで横槍を入れようと、確実に攻撃を止めることができる。 さあ、この布陣にどういう戦いを挑む、サトシ……!? 先手はサトシだ。 初手でオレの布陣をどう崩すか……どこまで迫れるかで、決まる。 審判がオレとサトシを交互に見やる。 準備が整ったと確認して、旗を振り上げる。 「バトル、スタート!!」 ばっ、と旗を振り下ろし、バトルの火蓋を切って落とす!! さっそく、サトシは先制攻撃を仕掛けてきた。 「ジュプトル、メタングにタネマシンガン!! ヘイガニはバクフーンにバブル光線だ!!」 やっぱり、弱点を突いてきた。 両方で一体のポケモンを集中攻撃してくるかと思ったけど、そこまで無謀なことはしないってことか。 ジュプトルが驚異的な跳躍力でジャンプすると、口を大きく開いて、タネのような小さなエネルギーの塊を無数に放ってきた!! タネマシンガンは草タイプの技で、一発の威力はとても小さいけれど、チリも積もればなんとやらという言葉がピッタリなんだ。 連続で食らい続けると、ダメージはかなり大きくなる。 倒しやすいであろうロータスを狙ってきたのはさすがだけど、ヘイガニにルースを任せるのはいくらなんでも荷が重すぎじゃないのか? ヘイガニがハサミを開いて、ルース目がけてバブル光線を発射!! 当たれば痛いけど……当たればね。 当然、当たるつもりなんてこれっぽっちもない。 「ルース、ジュプトルに接近して火炎放射!!」 距離のある状態からじゃ、火炎放射でも命中しないだろう。 単純なパワーなら、どう考えてもルースの方が上だ。 「バクぅっ!!」 ルースは前傾姿勢になると、風のような勢いで駆け出した!! 続いて…… 「ロータス、念力でタネマシンガンを止めろ!!」 ロータスの目の色が変わる。 同時に、無数に降り注いでいたタネマシンガンが一斉に動きを止めた!! 「なっ……!!」 いきなり攻撃を外され、驚くサトシ。 感情を隠すっていうのが苦手なのは相変わらずってところか……呆れつつも、オレはサトシの直情径行ぶりに少し感謝した。 驚いてるとあからさまに分かるから、冷静に構えてるようなヤツよりもやりやすい。 ヘイガニのバブル光線の脇を通り抜け、自由落下中のジュプトルに迫るルース!! ロータスは念力を発動中で無防備だけど、ルースの火炎放射を食らってはジュプトルでもかなり危ないと考えたらしい。 「ヘイガニ、ジュプトルを守れ!!」 攻撃よりも、仲間のポケモンを守ることを選んだか…… ヘイガニは見た目とは裏腹に、意外な素早さでもって、ルースとジュプトルの間に割って入った!! そして、ヘイガニの眼前に淡いブルーの壁が現れる。 『守る』か……!! ルースは危うくヘイガニと激突しそうになるのを辛うじて回避したけど、そのわずかな時間に、ジュプトルは着地を済ませていた。 攻撃一辺倒ってワケじゃない……なかなかやるな。 どこかの誰かみたいに攻めて攻めて攻めまくるのをポリシーにしてるかと思ってたけど、 攻撃と防御を使い分けるってことを、今までのバトルから学び取ったんだろう。 さすがに、これは燃えてくるぜ。 「ジュプトル、メタングにリーフブレード!!」 ……!! そう来たか!! ルースはヘイガニに気を取られて、あっさりとジュプトルの進攻を許してしまう!! いや、ルースでもラズリーでも結果は同じだ。 ジュプトルの滑らかな動きは、普通には捉えられない。 無防備なロータスを狙ってきたのは、まあ確かに理に適ってる。 でも、だからってやられっぱなしだと思うなよ!! 「ロータス、ヘイガニにタネマシンガン!!」 「ヘイガニ、バクフーンにバブル光線!!」 オレの指示とサトシの指示はほぼ同時に出された。 ヘイガニを使って、ジュプトルの邪魔をさせないよう、ルースの相手をしようってことだ。 オレのやろうとしてたことを逆に利用するなんて、いつの間にこんな駆け引き上手になったんだ? だけど、ルースのパワーを甘く見てもらっちゃ困る。 ヘイガニのバブル光線は至近距離のルースを直撃したけど、大ダメージにはならない。 ロータスが念力で留めていたタネマシンガンをヘイガニに向けて放つ!! このままなら避けられるかもしれないから、こういう時は…… 「ルース、ヘイガニをつかんで投げちまえ!!」 「え……!?」 ルースはオレの意図するところを的確に汲み取ってくれた。 バブル光線を食らいながらもヘイガニの身体を持ち上げて、迫るタネマシンガン目がけて投げつけた!! この状態なら、どうやったってタネマシンガンを避わせない。 ジュプトルが止めに入っても、間に合うはずがない。 味方の放った攻撃でダメージを受けるのさ!! ぼぼぼぼぼぼぼばんっ!! ヘイガニは無防備なままタネマシンガンに突っ込んで、大ダメージを受けた!! よし、今のうちにジュプトルを倒す!! 「ルース、電光石火でジュプトルに迫れ!!」 鋼タイプの防御で、リーフブレードのダメージは削れるけど、だからといって受けるわけにはいかない。 ルースが急いでジュプトルに迫るけど、遅かった。 「ジュプッ!!」 ジュプトルが左右の腕に生やした葉っぱを剣のように尖らせて、裂帛の叫びと共にロータスに斬りかかる!! ずっ!! そんな音がして、ジュプトルのダブル・リーフブレードがロータスを直撃!! 一発のダメージはそれほど大きくなくても、二発重なるとどうなるか分からない。 たまらず吹っ飛ばされて地面を拭き掃除するロータス。 そこへルースが電光石火の勢いでジュプトルを突き飛ばす!! 戦況はオレの方が明らかに有利。 ジュプトルを倒すのは後だ。 先にヘイガニを倒し、サトシの三体目を引きずり出す。 そのポケモンが遅ければ、先にジュプトルを倒す。 そうすれば、素早いポケモンを二体相手にする時間が最小限になる。 「ルース、ジュプトルに火炎放射!! ロータスはヘイガニにコメットパンチ!!」 オレはルースとロータスに指示を出した!! それぞれの標的目がけて攻撃を繰り出す二体。 ジュプトルもヘイガニも立ち上がり、 「ジュプトル、タネマシンガン!! ヘイガニはクラブハンマー!!」 サトシも負けじと指示を出す。 完全にルース対ジュプトル、ロータス対ヘイガニの構図になってる。 二体のコンビネーションをこの状態で発揮するのは難しい。各個撃破で行くしかない。 ルースの火炎放射とジュプトルのタネマシンガンが激突!! でも、威力は火炎放射の方が圧倒的に上だ!! 一方、ロータスとヘイガニの技も激突!! 威力だけならコメットパンチの方が上だけど、水タイプの防御で威力を削られてしまう。 力負けなんてしないと思ってたけど、信じられないことに、吹っ飛ばされたのはロータスの方だった。 地面に激しく叩きつけられる!! ヤバ……マジで計算違いだ。 サトシのポケモンは相手が誰だろうとマジで関係ない。 相性なんて有利・不利を測る物差しのひとつでしかないことを何よりも如実に物語ってる。 でも…… ばぁぁぁぁっ!! ルースの火炎放射がジュプトルを直撃!! 「ジュプトル!!」 サトシが叫ぶけど、ジュプトルは強烈な炎から逃れることはできなかった。 壊滅的なダメージを受けたようで、ジュプトルは慌てて炎の中から飛び出したところで倒れて動かなくなった。 「ジュプトル、戦闘不能!!」 審判が告げる。 サトシはグッと拳を握りしめていた。 ジュプトルが一撃で倒されるとは思っていなかったようだ。 それなら、ロータスがヘイガニにパワー負けしたことが信じられないよ、オレにとっては。 「戻れ、ジュプトル!!」 サトシがジュプトルをモンスターボールに戻す。 次に出してくるのは誰だ……? ピカチュウか、それとも…… モンスターボールを持ち替えて、フィールドに投げ入れる。 「オオスバメ、君に決めた!!」 オオスバメか……!! フィールドに投げ入れられたボールは放物線の頂点で口を開き、中からオオスバメが飛び出してきた!! 艶やかな藍色の翼は前に会った時よりもさらに色鮮やかに、美しくなっている。 それだけ強くなったってことだろう……滑空するオオスバメを見やりながら、オレは思った。 「バトルスタート!!」 中断していたバトルが再開する。 「オオスバメ、メタングにつばめ返し!! ヘイガニ、クラブハンマー!!」 ここで同時に攻撃を受ければ、ロータスでもひとたまりもない!! 持ち直したロータスに、ヘイガニとオオスバメが迫る!! 鳥ポケモンだけあって、オオスバメのスピードは恐ろしいものがある。 その上『つばめ返し』を繰り出してくるんだから、本気でまずい。 「ルース、電光石火で食い止めろ!!」 ロータスは眼前に迫ったヘイガニの相手をするのに精一杯で、とてもじゃないがオオスバメには気が回らない。 いや、オオスバメに気を取られていては、ヘイガニの攻撃を避けられない。 そうなれば、オオスバメのつばめ返しをまともに食らうことになってしまう。 そうならないためにも、なんとしてもルースでオオスバメを止めて、ロータスはヘイガニを倒さなければならない。 「ロータス、瓦割り!!」 コメットパンチじゃ威力を削られる。 だったら、別の技で攻撃を仕掛けるだけだ。 振りかぶったハサミを叩きつけてくるヘイガニに対して、ロータスが瓦割りを繰り出した!! ごっ!! 威力は互角。 削られなかっただけ、パワー負けもせずに済む。 その間に、ルースが全力疾走するけど、追いつけない!! 地面を走るのと、空を飛ぶのとでは勝手が違いすぎる!! ルースがあと三メートルの地点までやってきたところで、オオスバメのつばめ返しがロータスに決まった!! 鍔迫り合いを繰り広げていたロータスが避けられるはずもなく、吹き飛ばされたロータスに、ヘイガニのクラブハンマーが炸裂!! 「ロータス!!」 地面に何度も叩きつけられたロータスは、それっきり動かなくなった。 「メタング、戦闘不能!!」 ちっ…… これで三対三…… 「戻れ、ロータス!!」 オレはロータスをモンスターボールに戻した。 次に出すべきポケモンは…… オオスバメのスピードに対抗するのは無理。 だから、受けるダメージを減らすことを重点に考えていかなければならない。 「リーベル、頼んだぜ!!」 オレはモンスターボールを持ち替え、リーベルのボールをフィールドに投げ入れた!! リーベルの『威嚇』で、オオスバメの攻撃力を下げておく。 つばめ返しのダメージを軽減できれば、攻撃を当てるチャンスが増えるだろう。 「ぐるるる……」 飛び出してきたリーベルは、ヘイガニとオオスバメをものすごい形相で睨みつけた。 ――よくもロータスを倒したな……この恨みは倍にして返してやる。 普段は穏やかな性格なんだけど、バトルが始まると途端に好戦的な性格に早変わり。 まずはヘイガニを倒す。 タネマシンガンで大ダメージを受けてるんだ、相手の頭数を減らせれば、その分だけアドバンテージを得られる。 「バトルスタート!!」 「リーベル、いちゃもんをつけろ!!」 まずはつばめ返しを連続で使われることを防ごう。 リーベルがオオスバメにいちゃもんをつけた!! 「ルース、ヘイガニに電光石火!!」 ここで確実に倒す!! オレの意気込みが伝わったらしく、ルースは素早い動きでヘイガニに迫る!! つばめ返しが使えないオオスバメはどう出てくる……? 「スピードスターだっ!!」 サトシの指示に、オオスバメは高く舞い上がると、口を開いて無数の星型の光線を吐き出した!! 驚異的な命中率を誇る技だけど、一発の威力は低い。 ヘイガニに迫るルースに確実にダメージを与えるために出したとしか…… いや、それと同時に、すぐさまつばめ返しを出せるように手っ取り早い技を選んだんだ。 何気によく考えてるな…… がががっ!! ルースは降り注ぐスピードスターを受けながらも、勢いをまったく落とさずにヘイガニに迫る!! 「ヘイガニ、バブル光線!!」 ヘイガニがバブル光線を発射!! ここで避けるべきか……!! オレは上空のオオスバメに目をやった。 スピードスターを取りやめている!! ここでつばめ返しが来るのは目に見えてる!! ヘイガニを倒す前に食らうわけにはいかない……!! 「つばめ返し!!」 オレの予想通り、サトシがオオスバメにつばめ返しを指示した!! バブル光線を避ければ、ヘイガニにチャンスを与えることになる。 それだけは、避けなくちゃいけない。 「ルース、このまま突っ込め!!」 「バクっ!!」 ルースがオレの指示に頷き―― ばぁぁぁぁぁっ!! ヘイガニのバブル光線がルースを直撃!! どこまでのダメージを受けたのかは分からないけど、今なら『猛火』の特性を発動できるかもしれない。 背後からルースに迫るオオスバメ!! こういう時、ヘイガニとオオスバメの両方に攻撃を加えるなら…… 「熱風!!」 ルースの背中の炎がさらに燃え上がる!! 通常を遥かに超える量の炎は『猛火』が発動した証だ。 バクフーンという種族のポケモンは、体毛を擦り合わせて背中の炎に風を送り、 灼熱の爆風を作り出すことができることから、そう名付けられたという説がある。 まさに今のルースはそのとおりだった。 「バクぅぅぅぅッ!!」 悲鳴のような声と共に、ルースの周囲に凄まじい熱風が渦巻いた!! ヘイガニとオオスバメを飲み込んでも足りないと、フィールドで荒れ狂う!! 「リーベル、退避しろ!!」 攻撃範囲の広い技だけに、こんなのに巻き込まれるわけにはいかない。 動きの遅いヘイガニは熱風を避けられず、このまま戦闘不能になるだろう。 ネックは、オオスバメだ。 熱風から脱出して、攻撃の機会を窺うか……? そうしたら、リーベルが毒々の牙をお見舞いする。 激しく動けば動くほど、毒は体力を奪っていく。素早く動くポケモンなら、毒の回りは速くなる。 「オオスバメ!!」 サトシが叫ぶ。 オオスバメの身を案じてのものではないと、感覚的に理解できたのはなぜだろう……? ばっ!! オオスバメが熱風の壁を突き破って、さらに高く舞い上がる!! まずい、これじゃあリーベルでも手を出せない!! 距離を開けて戦う相手にはシャドーボールを放てばいいんだけど…… オオスバメはノーマルタイプも持ち合わせているから、シャドーボールは通じない!! まさか、そこまで読んだ上で、高度を取ったのか? 「ゴッドバード!!」 「なっ、攻撃だとぉっ!?」 マジで信じられない。 オオスバメが上空で翼を広げると、その身体を激しい光が包み込む!! まさに神の鳥を思わせる輝きに包まれたオオスバメが、熱風に突っ込んだ!! いとも容易く熱風の壁を突き破り―― ごぅんっ!! 何が起こったのかは、見えなくても分かる。 ゴッドバードがルースに決まった……!! ヘイガニは倒せただろうけど、オオスバメまでは倒せなかったか。 熱風は力の源であるルースを失い、あっという間に消え去り、フィールドには熱気だけが残った。 熱風の中心で、ヘイガニに折り重なるようにルースが倒れている。 「ヘイガニ、バクフーン、戦闘不能!!」 これで、オレもサトシも残りは二体…… 審判の宣言で、互いに後がないことを悟る。 「戻れ、ヘイガニ!!」 「ルース、戻るんだ!!」 オレとサトシは同時にそれぞれのポケモンをモンスターボールに戻した。 サトシは最後に誰を出す……? オレの予想ではピカチュウ。 こんな大切なバトルを、ピカチュウなしで乗り切るとは思えない。 とはいえ、サトシもオレがラッシーを出すことを警戒して、オオスバメを出しておいたんだ。 最後にはラッシーが来ると思っている。 でも、ラッシーは戦える状態じゃない。 昨日の傷が響いて、少なくとも今日だけは安静にしてなきゃいけないんだ。 「ピカチュウ、行けるか?」 「ピカっ!!」 サトシの言葉に、ピカチュウがフィールドに入る!! やっぱりピカチュウか。 接近戦のオオスバメと、強烈な電撃で離れた場所から攻撃するピカチュウの組み合わせは、確かに強い。 しかも、両方とも素早さに優れてるんだから、その気になればオレを撹乱することも難しくないだろう。 その戦略を打ち崩すには、ピカチュウの強力な電撃を無効にできるポケモンを出すこと!! 「レキ、行くぜっ!!」 オレが選んだのはレキ。 フィールドに投げ入れたボールが口を開き、中からレキが飛び出してきた!! 「マクロっ!!」 飛び出すなり、ピカチュウとオオスバメを睨みつけるレキ。 「……!?」 信じられない、といった顔をするサトシ。 なんでラッシーじゃないんだと、驚いている。 ピカチュウを一撃で倒したラッシーを出されたら厄介だからと、オオスバメを出したはずだ。 当てが外れたというよりも、信じられない気持ちの方が強いのかもしれない。 でも、どんなに驚いても、時間は待ってくれない。 「バトルスタート!!」 オレに理由を問いただす間も与えられず、審判がバトルの再開を告げる。 「ピカチュウ、グラエナに10万ボルト!! オオスバメはヌマクローにつばめ返しだ!!」 瞬時に気持ちを切り替え、ポケモンに指示を出すサトシ。 気持ちを整理するってことに関しては、前向きすぎるほどなんだ。 ラッシーを出さなかった理由なんて、バトルの後で聞けばいいと思ってるんだろう。 オレにとっては、その方がとてもありがたい。 「ピカチュウぅぅぅぅぅッ!!」 ピカチュウが頬の電気袋から火花を激しく散らして、電撃を放ってきた!! 同時にオオスバメも動く。 10万ボルトが効かないレキが、サトシにとってのネックのはずだ。 だから、オオスバメで相手をする。素早い動きで撹乱しながら、ピカチュウと協力してリーベルを倒す。 レキが一体になったら、集中攻撃をして倒す……そんなところだろう。 そうと分かれば、怖くはない。 「レキ、リーベルの前に立って10万ボルトを受けろ!!」 レキで10万ボルトを受ければ、リーベルにダメージは及ばない。 レキを狙ってくるオオスバメは、リーベルで撃退する。 わずかにずらし、オレはリーベルに指示を出した。 「リーベル、オオスバメを嗅ぎ分けて捨て身タックル!!」 つばめ返しは脅威の命中率を誇ると同時に、攻撃時においては脅威の回避率を誇る。 いわば、影分身を同時に発動しているようなもの。 だからこそ、『嗅ぎ分ける』や『見破る』で相手の攻撃を見切ることができるはずだ。 レキとリーベルが動く。 レキだけが動くよりも、リーベルが一緒になって動く方が、相対的な距離はグッと縮まる。 ピカチュウの放つ電撃がリーベルに到達する前に、レキが身を挺して技を受ける!! もちろん、電気タイプの技でレキがダメージを受けることはない。 直後、オオスバメがレキに迫る!! 10万ボルトを防がれた時のことも、もしかしたら、考えてたのかもしれない。 リーベルがレキの背中に隠れるようにしながら、オオスバメを嗅ぎ分けようと鼻を鳴らす。 ひゅっ!! 風の唸りと共に、矢のような何かがレキとリーベルの頭上を通り抜けた!! 一旦後ろに通り抜けてから、急上昇して急降下、そして一撃を加える策だろうか……!? 「リーベル、上と後ろを警戒しろ!!」 オレが指示を出した直後、さっき見た矢のような何か――オオスバメが、リーベルを横から急襲する!! 突然の攻撃に為す術もなく吹っ飛ばされるリーベル!! 「ちっ……!!」 レキとリーベルを分断して、素早い二体で集中攻撃を仕掛けるかもしれない。 となると、こちらも早い段階で二体を近い場所に寄せておかなければ…… そのためにも、攻撃を受けていないレキで、ピカチュウを倒す。 まずは頭数を減らすのが先だ。 「レキ、マッドショット!!」 「食らうかよッ!! ピカチュウ、電光石火!!」 レキがマッドショットを放つのと、ピカチュウが駆け出すのは同時だった。 避けられる……!! ピカチュウの素早さはハンパじゃない。パワーでは中途半端な面があっても、スピードに関しては上位だ。 微妙な曲線を描きながら飛んでいくマッドショットの脇をピカチュウが走り抜ける!! オレはリーベルに目をやった。 立ち上がり、オレの指示を待っているようだ。 こういう時は…… 「リーベル、ピカチュウにシャドーボール!!」 「ぐるぅぅぅっ!!」 オレの指示に、リーベルは獰猛な声を上げながら口を開き、シャドーボールを放った!! ここでサトシがどういう反応を示すか…… シャドーボールのダメージが大きいと見て回避させるか、それとも構わずに突撃させるか。 ここで回避しようとすれば、レキが追い討ちをかける。 かといって突撃させれば…… オレの読みは完全に外れた。 「オオスバメ、ピカチュウをかばえ!!」 「っ……!!」 シャドーボールが効かないオオスバメを盾に、ピカチュウを守る作戦に出た!! オレがさっきやったことを、自分の戦術として取り入れたとでもいうのか……!? でも、サトシならそれくらいはやりかねないだろう。 勉強はからっきしだったけど、こういう感覚的なものを取り入れるのはクラスの中でもかなり早い方だった。 なんて思ってる間に、オオスバメが自慢のスピードを生かして、ピカチュウとシャドーボールの間に割って入った!! ピカチュウは電気技以外でレキを倒そうとするだろう。 受けるダメージはそれほど大きくないから、この際厄介なオオスバメをどうにかしよう。 「マッドショット!!」 シャドーボールを受けながらも平然と佇んでいるオオスバメに、レキが背後からマッドショットを放つ!! このタイミングなら避けようがないはず!! 「オオスバメ、後ろだ!!」 オオスバメが慌てて振り返るけど、眼前に迫ったマッドショットを避けられるはずもない。 ぼふっ!! オオスバメの腹にめり込んだマッドショットが、艶やかな色の身体を泥で汚していく!! ルースの熱風と加えて、ダメージはかなり与えられたはずだ。 オオスバメに確かなダメージを与えたことを確認していると、ピカチュウのアイアンテールがレキの横っ面を張り飛ばした!! たまらず吹っ飛ぶレキだけど、着地を決めて、何事もなかったようにピカチュウを睨みつける。 戦況は五分と五分。 ラッシーがいない状態でこれだから、ラッシーがいれば確実に勝てる。 いや、いなくても勝てる。 オレはぐっと拳を握りしめた。 ダメージを受けているオオスバメを集中攻撃すれば、ピカチュウだけにできる。 そうなれば、レキに満足にダメージを与えることができず、リーベルが倒されてもレキでピカチュウを倒すことができる。 瞬時に作戦を脳裏に組み立て、オレは指示を出した。 「レキ、オオスバメに水鉄砲!!」 リーベルは待機させておく。 まずはレキでオオスバメを動かしてから、リーベルに指示を出せばいい。 「オオスバメ、ピカチュウを乗せて飛ぶんだ!!」 「……!?」 またしてもワケの分からない指示を出してきた。 サトシ、一体何をするつもりだ……? 勝利を確信したような笑みは、強いヤツと戦えたことの喜びから来たものなのか、それとも……? 考える間もなく、ピカチュウがオオスバメの背に飛び乗った!! 当然、水鉄砲は掠りもしない。 ピカチュウとオオスバメで同時攻撃をするにはそれが一番だってことか……? でも、言い換えれば同じ場所にいるんだから、攻撃を受けるのも一緒。 攻撃対象がむしろ一つに絞られて危険なはずだ。 オレなら、そんなことはさせないんだけど…… サトシのことだ、とんでもない作戦を思いついたのかもしれない。 とりあえず、向こうの出方を見て……対策はそれからでも遅くないはずだ。 ピカチュウにとっても、オオスバメにとっても、負担が大きい。 そう長い間は背中に乗せていられないだろう。 ピカチュウを乗せたオオスバメが空に舞い上がる!! 攻撃をしてくる瞬間が勝負だ。 オレは注意深くオオスバメとピカチュウの動向を見守った。 「オオスバメ、つばめ返し!!」 サトシの指示に、オオスバメがリーベル目がけて急降下!! リーベルから狙ってきた……? 不可解なモノを感じつつ、オレは二体に指示を出さなかった。 直前になってからじゃないと、オオスバメには避けられてしまう。 それでは警戒されるだけだ。 オオスバメとリーベルの距離がものすごい勢いで縮まっていく!! タイミングを見計らい―― 「リーベル、捨て身タックル!!」 ベストだと思っていたタイミングは、しかしオオスバメのスピードアップによってあっさりと外されてしまった!! リーベルが捨て身タックルを放つ直前、オオスバメのつばめ返しが炸裂!! ほぼ同時に、オオスバメの背から飛び降りたピカチュウが追い討ち代わりに雷を放つ!! ダブルの攻撃に、リーベルがたまらず倒れる!! 「リーベルっ!! くそっ、レキ、水鉄砲でピカチュウを攻撃だ!!」 今は、リーベルの身を案じている場合じゃない。 オオスバメの背中から飛び降りて攻撃したピカチュウの隙を突くのが先だ。 急上昇して攻撃範囲から逃れたオオスバメを狙うのは無理。だとしたら…… レキが口を開き、水の弾丸を放つ!! 「……?」 ……って、水の弾丸!? 疑問に思っている間なんてなかった。 「ピカチュウ、ハイドロポンプだ、避けろ!!」 ものすごい勢いで放たれた水の弾丸を見たサトシがギョッとして声を上げる。 ハイドロポンプ!? オレが指示したのは水鉄砲だぞ!? だいたい、レキにハイドロポンプなんて使えるはずが……あった。 よくよく考えてみれば、レキはリーベルの危機に反応して、とっさに技を放ったんだろう。 だとすれば、手加減などせず、全力で相手を叩き伏せようとするだろう。 だから、水鉄砲がハイドロポンプになったのも頷ける。 というより、ハイドロポンプを覚えてたんだ!? オレでさえそれは知らなかったぞ。 バトルの間に技を覚えるってことは確かにあるけど、それを実際に経験するのは初めてだ。 驚く間に、レキの放ったハイドロポンプがピカチュウに炸裂!! 凄まじい水圧を解放して、ピカチュウをフィールドの端まで弾き飛ばす!! 特性が発動しているとは思えないんだけど……もしかして、レキの『あの性格』が姿を現したのか……!? 審判がピカチュウの脇に駆け寄る。 「ピカチュウ、立て!!」 サトシが懸命に声をかけるも、ピカチュウは倒れて動かなくなった。 「ピカチュウ、グラエナ、戦闘不能!!」 リーベルも戦闘不能か…… 審判の宣言に異を唱える気にはならなかった。 オオスバメとピカチュウの渾身の一撃をまともに受けたんだ、さすがに耐えられない。 互いに最後のポケモン……レキとオオスバメなら、相性的には有利も不利もないけれど、ダメージを受けているのはオオスバメの方だ。 でも、オオスバメの動きにはダメージを負ったような様子は見受けられない。 根性でカバーしてるんだろうか……? とりあえず、バトルは一時中断。 「リーベル、戻れ!!」 オレはリーベルをモンスターボールに戻した。 「ピカチュウ!!」 サトシはフィールドに立ち入って、ピカチュウを抱き上げた。 心配そうな眼差しとは裏腹に、口元には笑みが浮かんでいる。 よく頑張ってくれた、後は任せろと言わんばかりの。 「ピカ……」 抱き上げられたピカチュウは、うっすらと目を開け、小さく鳴いた。 「大丈夫だ」 サトシは大きく頷いた。 「あとは任せとけ」 その言葉に安心しきったのか、ピカチュウは目を閉じて頭を垂れた。 気を失ったんだ。 サトシは気絶したピカチュウをフィールドの外に出すと、壁にもたれさせた。 互いに最後の一体となると、これはもう総力戦だ。 まさか、ここまでもつれ込むとは思わなかった。 ラッシーがいれば、もっと早く決着がついていただろう。 もちろん、オレの勝利という形で。 でも、こうなった以上、レキの全力でオオスバメを倒して勝利をもぎ取るだけだ。 サトシがスポットにつく。 その顔には笑み。 オレがここまで戦るとは思ってなかったんだろうけど、それはオレだって同じことだ。 だからこそ、何がなんでも勝ちたいと思う。 「バトルスタート!!」 中断していたバトルが始まる。 オレとサトシの最終決戦だ!! レキはほとんどダメージを受けてない。ここは強気に攻めていけばいいだろう。 「レキ、マッドショット!!」 「オオスバメ、電光石火!!」 自慢のスピードで撹乱しつつつばめ返しで強烈な一撃を加える……それを繰り返して勝つつもりか。 なるほど、オオスバメのスピードを活かせば、それも十分に可能ってワケだ。 でも、そう都合よく行くかな……? 動き出したオオスバメに狙いを定めて、レキがマッドショットを放つ!! まともに当たるとは思わないけど、牽制球になれば十分。 近づかれた時に、ハイドロポンプをお見舞いすればそれでフィニッシュだ!! レキは無意識のうちに自分の力を抑え込んでいる。 でも、今は自分の隠された力と向き合って、ある程度は操れるようになっている。 だから、ハイドロポンプがあんな威力に化けたんだ。 そのハイドロポンプがあれば、ダメージを受けているオオスバメを一撃で倒すのは容易い。 レキが放ったマッドショットは、オオスバメをわずかに逸れて明後日の方向に飛んでいく!! いや、それでいい。 もともと外すつもりだったんだ。 レキとオオスバメの距離が縮まり―― さっきリーベルが倒されたのは、重力加速度を失念してたからだ。 急降下と自由落下を加えれば、勢いが増すのは当たり前。それを考慮すれば、タイミングを見誤ることはない!! 「ハイドロポンプ!!」 待ってましたと、レキが水の弾丸を放つ!! 「突っ切れ!!」 オオスバメは避けない!! ばしゃぁっ!! ハイドロポンプが炸裂!! ここでハイドロポンプを受ければどうなるか、分かってて突撃させたのか!? いや、サトシのことだ、突っ切れる自信があるからこそやらせたんだ。 だとしたら、次の一手は……!! 「マクロっ!?」 渾身のハイドロポンプを受けながらも怯まずに突っ込んでくるオオスバメを見上げ、レキは動揺に目を大きく見開いた。 まずい、このままじゃ……!! 「オオスバメ、がむしゃらだーっ!!」 サトシの指示に、オオスバメがレキの眼前に迫り、がむしゃらに攻撃をし始めた!! 凄まじいスピードで攻撃され、レキは防御することもできない!! がむしゃら…… そうか、ピカチュウをオオスバメの身代わりにしたのは、そういうことだったのか。 わざわざオオスバメの背中から飛び降りなくても、リーベルを倒すことはできたはずだ。 でも、もし飛び降りなかったら、オオスバメもろともレキの攻撃を受けてしまう。 オオスバメがそこで戦闘不能になったら、ピカチュウでレキを倒すことはできなくなる。 大局的な流れを見据えた上で、オオスバメを戦闘不能にしないようにピカチュウを身代わりにしたっていうのか……? いや、サトシがそこまで考えてるとは思えない。 カンとしか言いようのない直感で、オオスバメを残す方を選んだんだ。 ここまで来ると、オレがいくら準備しても防げなかっただろう。 でも、まだ決着がついたわけじゃない。 逆転の手段は必ず存在する!! 「がむしゃら」は、相手と自分の体力に差があればあるほど、相手よりも少なければ少ないほど攻撃力を上げる技。 「じたばた」や「起死回生」と似た印象の技だけど、重要なのは相手との体力差。 同じくらい減っていては効果を発揮しないし、相手が戦闘不能寸前で、自分が体力満タンの時も効果を発揮しない。 今のような現状であればこそ最大の攻撃力を発揮するんだ!! まずい!! ここでレキの体力をゴッソリ持っていかれたところで、つばめ返しで倒す作戦だろう。 つばめ返しを使われる前に、マッドショットやハイドロポンプで倒すしかない!! 「レキ、マッドショット!!」 「つばめ返し!!」 レキは猛烈な攻撃を受けながらも根性で口を開いて、マッドショットを放とうとする。 刹那、オオスバメが翼を広げる。こちらも根性で――気力だけで戦ってるようなモンだろう。 レキのマッドショットがオオスバメを直撃した瞬間、オオスバメがつばめ返しをレキに炸裂させる!! 相打ち!? レキとオオスバメがすれ違う!! 互いに背を向けたまま、ピクリとも動かない。 どちらが先に倒れるか……それが勝負の分かれ目だ。 あんなに盛り上がっていた観客たちが、声一つ上げない。 スタジアムに静寂が満ちる。 オレもサトシも、それぞれのポケモンが勝つことを確信しながら、決着の瞬間を待つ。 さあ、どうなる……? 十秒、二十秒。 時が止まったような感覚に襲われる。 しかし。 終わりはやってくる。 ぐらっ……ポケモンが動いた。 前のめりに倒れ、そのまま動かなくなる。 その瞬間になって、どちらが動かなくなったのか――戦闘不能になったのかを悟った。 倒れる時は、何がなんだかよく分からなかった。 倒れたのは…… 「ヌマクロー、戦闘不能!! よって、勝者はサトシ選手です!!」 倒れたのはレキだった。 ほんのわずかな気力の差で、レキは負けてしまったんだ。 オレは負けを宣告されても、不思議と悔しいとは思わなかった。 その時は、まだ何も感じなかった。 激しい戦いに、感覚が麻痺してしまったのかもしれない。 観客が沸き立つ。 最後の最後にあんな激しい攻防が繰り広げられたんだから、決着がついたら、どっちが勝っても沸き立つものなんだろう。 「…………」 サトシは勝ったというのに、なにやら考え込んでいるような、複雑な表情をオレに向けてきた。 何を訊ねたいのか……それは手に取るように分かる。 「……負けたか……」 まるで、他人事だ。 負けたからって頭がおかしくなったワケじゃないよ。 負けたっていう認識はある。 ただ、どういう反応をすればいいのか分からなかったんだ。 「レキ、戻れ!!」 オレはレキをモンスターボールに戻した。 死力を尽くして戦い抜いてくれたレキのボールを眼前に引き寄せて、じっと見つめる。 「レキ……ありがとう。よく、頑張ってくれたな……最後まで……」 この時になって初めて、オレは負けた悔しさがにじんでくるのを感じた。 胸に熱い気持ちが芽生え、突き上げてくるような衝動が感情を波打たせる。 「…………ッ」 オレは何も言わず、サトシに背を向けて、スタジアムを後にした。 なんで何も言わなかったのかって……? 決まってるじゃないか。 泣いてるところなんて、みっともなくて誰にも見せられないからだよ。 声を上げなくても、オレはちゃんと悔し涙を流して泣いていた。 心の底から悔しいって思う。 だけど、負けたことは負けたんだ。力を出し切って戦って負けた。 だから、悔いは残っちゃいない。 「…………」 これでオレのホウエンリーグは終わった。 だからなんだ、って言われると困るんだけど……優勝を手にできなかったのは確かに悔しいんだけど、オレはオレで満足いく戦いができたんじゃないかって思った。 ポケモンセンターに戻ったオレは、力を出し切って戦ってくれたみんなをジョーイさんに預けて、中庭に一人佇んでいた。 偶然か、中庭には誰の姿もなく、涙の跡を誰にも見られることはなかった。 泣いてるところを見られるのは当然だけど、泣いた痕跡を見つけられるのも嫌だ。 なんでこういう時だけ妙に意地を張ってるんだろうって思う。 張りたいんだから、しょうがない。 「ラッシー、出てきてくれ」 オレはサラサラと流れる小川の脇の岩に腰を下ろし、ラッシーをモンスターボールから出した。 傍に出てきたラッシーは、不安そうな、心配そうな顔でオレを見つめてきた。 頬に残る涙の跡を見たら、ラッシーならそう思うだろうし……もしかしたら、どうなったのかも分かっているのかもしれない。 だから、オレは包み隠さずに打ち明けた。 「ラッシー……オレ、負けちまったよ……ごめんな。みんな、頑張ってくれたのに……」 「バーナー……」 ラッシーは残念そうにうつむいた。 「…………」 ラッシーの顔を見てると、枯れたと思っていた涙が溢れて流れ出した。 誰にも見られてないから、拭う必要もない。 「ごめんな、本当に……」 オレはラッシーにもたれかかって、泣いた。 本当はみんなと一緒に優勝トロフィーを手にして、記念撮影して、一生の思い出にしたかった。 でも、それは無理だった。 ただそれだけのことなのに、無性に悔しい。 サトシに勝つだけの力がなかったとは思わないよ。 だって、あれはどっちに転んでもおかしくなかったんだから。 「バーナーっ……」 オレの肩を、何かが軽く叩いた。 蔓の鞭だろう。 「大丈夫だよ……泣いてるけど、後悔はしてない。ラッシーが戦えなくたって……大丈夫さ」 何言ってるのか、自分でもよく分からなかった。 不安そうな表情のラッシーを少しでも落ち着けようと、言葉をかけたんだけど……意味が分からないんだから、大差ない。 ラッシーのことだ、自分が戦えていれば、勝てたんじゃないか……きっと勝っていたはずだと思っているに違いない。 ラッシーの性格なら、オレやみんなを責めるより、自分の不甲斐なさを責めるだろう。 昨日アザミにやられたケガを圧してでも出ていれば……と。 オレが負けたのは自分のせいなんだと思うかもしれない。 オレは…… それだけは嫌だった。 ラッシーのせいになんてしたくないし、みんなのせいにもしたくない。増してや、誰のせいでもないんだから…… 「ラッシー、君が悪いんじゃないよ。もう終わったんだ……だから、考えなくたっていい」 オレは小さく耳元でつぶやいた。 終わったんだから、どうこう言っても仕方がない。 「…………」 大丈夫さ。 次はカントーリーグが控えてるんだ、一度負けたくらいでへこたれちゃいられない。 気持ちを切り替えていかなきゃ。 これでも、サトシには敵わないけど、気持ちの切り替えの速さには自信があるつもりなんだよ。 サラサラ流れる小川の優しい音だけを聞きながら気持ちを切り替えようとした時だった。 「アカツキ!!」 「……!!」 サトシ……!? 突然声をかけられ、オレはビクッと身体を震わせた。 慌てて涙を拭いてラッシーから離れる。 振り返ると、サトシが神妙な面持ちで、ゆっくりと歩いてくるところだった。 何を話してたのか、聞かれてはいないと思うけど……つまんない心配ほど、妙に気になるんだ。 「……その、なんて言えばいいのかよくわかんないけど……」 サトシはサトシなりに言葉を選んでるつもりなんだろう。 でも、どうにもまとまりがない。 オレのことを気遣ってくれてるのは、その不器用な様子を見ても十分に分かる。 「……オレ、頑張るからさ。応援してくれよ」 「分かってる」 オレは小さく頷いた。 「負けたよ……あの時はあっさり倒せたんだけどな……やっぱ、おまえも強くなってたんだよな」 「……オレが負けてもおかしくなかった」 「そうかもな……」 どっちに転んでも、おかしくはなかった。 接戦だからこそ、なんだか悔しいな。 相手がサトシだから、ってこともあるかもしれない。 大きな大会になるとテレビ中継される。 オレがサトシと戦ってる様子を、親父や母さんやナミやじいちゃんはちゃんと見てただろう。 みんなの目に映ったオレは、毅然としてただろうか。カッコよかっただろうか。 なんでだろ、終わってみて、そんなことを考え始めてしまうんだ。 みんな残念がってると思う。 …………だからなんだ? 確かに残念だけど、負けは負けだ。 今さら気にしてたってしょうがない。 次はカントーリーグが控えてるんだ。 「……なあ、なんでラッシーを出さなかったんだ?」 サトシは遠慮しつつも、訊ねてきた。 オレが一番聞かれたくないことを、堂々と。 「…………」 オレは振り返らなかった。 ラッシーの顔を、サトシの視界から隠した。 「オレが決めたことさ……出さないって」 オレは一言だけ言葉にした。 最終的な責任はオレが負う。 だってさ……アザミのハブネークから受けたダメージは完全に回復しきれていなかった。 そんな状態のラッシーをバトルに出すわけにはいかない。 そう、決めたのはオレなんだから。 ラッシーが悪いわけじゃない。 たぶん、この一言でサトシにも伝わったんじゃないかと思う。 サトシが目を伏せる。 昨日の、オレとアザミのバトルを見れば、分かることだ。 「あー、負けた負けた……オレの分まで頑張ってくれよ。仮にも、おまえはオレに勝ったんだ。この勢いで優勝しちまえよ」 「アカツキ……」 オレは別にわざとらしく元気に振る舞ったわけじゃない。 いつまでも背負い込んでたってしょうがないって思ったからさ。 早く、いつものオレに戻らなきゃ。 ラッシーだって、オレがいつもの表情に戻れば、安心してくれるだろう。 これがオレたちのためなんだ。 「分かった。頑張るよ」 サトシはそれだけ言って、小さく頷いてくれた。 つまらない言葉をたくさん投げかけられるよりも、心のこもった一言だけで十分だ。 サトシの目には、明日のバトルへの闘志が燃えていた。 オレは負けちまったけど、サトシには明日がある。 できる限り突っ走っていってもらいたいって思う。もちろん、行くのなら優勝だろう。 「…………」 オレは無言で手を差し出した。 サトシは目線を落としたけれど、すぐに差し出した手を握ってくれた。 負けたとはいえ、ライバルっていいモンだなあって、今ほど、痛いほどに思ったことはなかった。 しかし、翌日。 サトシはユウスケとのバトルに敗北を喫してしまうことになる。 ダブルバトルならではの戦術を駆使してきたユウスケ。 サトシは苦戦を強いられながらも、それぞれのポケモンの強さを発揮して、相手を倒していった。 最後の一体まで持ち込んだ接戦も、最後には、ユウスケのアルベルが放った破壊光線がピカチュウを吹っ飛ばしてフィニッシュ。 バトルが終わってポケモンセンターに戻ったサトシは、出迎えたオレに笑顔を見せてくれたけど、強がりにしか見えなかった。 上辺だけの励ましなら言わない方がいいと思って、オレは敢えて何も言わなかったし、 オレに勝ってコマを進めたという手前、オレの分まで頑張らなきゃいけないと思っていたんだろう。 ――サトシはそんな引け目を感じていたらしく、時折申し訳なさそうな、落ち込んだ表情を見せた。 何も言わずそっとしておくのが一番だということで、オレは順当に勝ち進んでいるアカツキと話をする方を選んだ。 八日間に渡って激しい戦いが繰り広げられてきたホウエンリーグも、終幕の時を迎えようとしていた。 スタジアムには、立ち見が観客席の後ろに何列もできるほどの人に埋め尽くされていた。 この頃には、オレもサトシも敗北の痛手から抜け出すことができて、それなりに気持ちの整理もついてきた。 優勝できなかったことは確かに悔しいけど、今の自分のレベルを知ることができたし、今より強くなるために必要なものも分かってきた。 だから、この戦いは決して、まったくのムダにはならないって確信できる。 もしかしたら、それこそがホウエンリーグに出場して得たものなのかもしれない。 隣の席でバトルフィールドに熱い視線を向けているサトシの横顔をチラリと見やる。 自分が戦っているわけでもないのに、とても興奮した表情で、オレが見てることなんてまったく気にしていないようだ。 でも、サトシが興奮する理由も分かる。 オレもたぶん、同じ理由でいるから。 これでも……一応興奮してるつもりなんだよ。 だって、決勝なんだから。ホウエンリーグの頂点に立つトレーナーが、この戦いで決まるんだから。 逸る気持ちを抑えるのに苦慮しつつ、バトルフィールドに顔を向ける。 決勝で戦っているのは、アカツキとユウスケだった。 ユウスケはサトシとのバトル以来、決勝に進出するのが当然だと言わんばかりの、安定した戦いで勝ち進んできた。 けれど、アカツキは準決勝で危うく負けそうになった。 アカツキよりもちょっと年上の少女――確か、名前はコゴミって言ったか。 ゲンガーの『催眠術→呪い→悪夢→夢喰い』のコンボや、ブラッキーの『黒い眼差し→怪しい光→毒々→嫌な音』のコンボ、 ヘラクロスの『こらえる→カムラの実の効果発動→起死回生』というスーパーコンボを次々と、 それこそ流れる数式のごとく繰り出して、アカツキを窮地に追い込んだんだ。 その時は本当に手に汗握る心地で、心の中で「アカツキ頑張れ!! 頑張って勝て!!」ってエールを贈ってた。 その祈りが通じてか、カエデが猛火の特性を発動した状態で繰り出したオーバーヒートが、 コゴミのヘラクロスを倒して、ライバルであるユウスケの待つ決勝の舞台に進出したんだ。 そして今。 長きにわたる戦いも、最終局面を迎えている。 アカツキもユウスケも互いの持ちうるすべてを出し切った。 日本晴れ、雨乞い、砂嵐、あられ。 フィールドの天候を局地的に変化させる技のオンパレードで、フィールドは荒れに荒れまくった。 ダブルバトルならではのコンボを次々と繰り出して、序盤から激しい戦いを繰り広げる。 『この指止まれ』で相手の攻撃を一手に引き受けている間にもう一体が能力アップを図ったり、 地面タイプの攻撃を弱点としているポケモンが『守る』を使うと同時にもう一体が『地震』…… マジで天変地異でも起こりそうな勢いのバトルだった。 それだけ、互いに勝ちたいという気持ちが強かったということだろう。 それぞれが六体のポケモンを使って行うフル・ダブルバトルも、残すところ一体ずつ。 アカツキは最高のパートナーであるオーダイル。 対するユウスケは、強力なドラゴンポケモンとして知られるボーマンダ。 激しい技の応酬で、二体とも疲れきっている。 だから、次の攻撃で決着がつくだろう。 どちらが勝ってもおかしくない。 でも、勝つのなら、オレはアカツキに勝ってほしいと思ってる。 あいつの親父さんが、その勇姿をテレビで観ているはずだから。 昨晩、決勝を前にしてなかなか寝付けないというアカツキが部屋に訪ねてきたんだ。 ちょっと遠慮気味にやってきたんだけど、さすがに『明日は決勝なんだから早く寝ろよ』と追い返すわけにもいかず、 オレはアカツキを部屋に招き入れた。 そこで、オレはアカツキの親父さんの近況を聞かされた。 いろいろと関わり合いになったから、話を聞いてほしいと思ったんだろうな…… 決勝に向けて昂る気持ちを冷やそうと思ったんだろう。 親父さんは、アカツキが頑張ってることを知って、記憶がないなりに、親として何が必要なのか考えて日々を過ごしているそうだ。 だから、そんな親父さんに、自分の勇姿を見せることで、頑張ってほしいと言っていた。 記憶がなくて、自分のこともあまり覚えてない父親でも、やっぱり血のつながった父親だから、頑張ってほしいと思ったって。 つくづく、強いヤツだって思う。 そんなヤツとライバルになれて、むしろそれを誇りに思うことができるんだ。 あいつがこれから親父さんとどういう関係を築いていくのかは分からない。 でも、あいつなら……記憶を失くす前と同じような関係になれると思う。 なんとなく……って言ったら無責任だけど、確実に、と言うよりはよっぽど説得力があるだろう。 なんてことはともかく…… バトルの行方は本当に分からない。 どっちに転んでもおかしくない。 オーダイルはボーマンダの弱点を突くことができる。 ボーマンダはドラゴンと飛行タイプを持ち合わせ、氷タイプの技に極端に弱い。 攻撃面ではボーマンダに分があるけど、防御面ではオーダイルに分がある。 とはいえ、ここまで来た以上、どちらも防御なんてことは考えないだろう。 攻撃で劣るけど弱点を突けるオーダイルと、持ち前の攻撃力で相手をねじ伏せるボーマンダ。 次の一手は…… スタジアム全体が固唾を呑んで、バトルが動き出す時を待つ。 一分、二分と膠着状態が続く。 どんな攻撃を組み立てていけば、相手に避わされることなく確実に命中させることができるか ……互いにそれだけを考えているに違いない。 そして。 二人の指示が同時に飛んだ。 「オーダイル、冷凍ビーム!!」 「ボーマンダ、破壊光線!!」 オーダイルとボーマンダが口を大きく開き、それぞれのトレーナーが指示した技を放つ!! 冷凍ビームと破壊光線。 弱点を突ければ確実に倒せるだろうし、破壊光線も、これが最後の一撃なら出し惜しみする理由がない。 ある意味、決着をつけるのに相応しい一撃だ。 ボーマンダは『竜の舞』で攻撃力をかなり高めている。 たとえオーダイルのハイドロカノンでも、破壊光線の前には敗れ去るだろう。 アカツキなら、それくらいは承知しているはずだけど……その上で冷凍ビームを選んだんだ。 次に何らかの指示が出るはず…… 冷凍ビームが、空に悠然と佇むボーマンダ目がけて突き進むけど、打ち下ろすかのような強烈な破壊光線が、一気に突き破る!! 散り散りになって消えていく冷凍ビーム。 その時だ。 「穴を掘って逃げるんだ!!」 アカツキの指示に、オーダイルが穴を掘って地面に潜る。 オーダイルの残された体力を考えれば、かなり投げやりな指示の出し方だけど…… アカツキの目は、バトルをあきらめてはいない。 穴を掘ってオーダイルが地面に潜った直後、ボーマンダの破壊光線がオーダイルの立っていた場所に突き刺さる!! 「ちっ……!!」 ユウスケの顔に痛恨の色。 最後の一撃のつもりで破壊光線を放ったものの、読みが外れたんだ。 エネルギーチャージが終わるまでは動けない。 その間に攻撃されたら確実に負ける。 とはいえ、アカツキのオーダイルも、体力は限界ギリギリだ。 ちょっと動くだけでも体力をすり減らし、いつ倒れるとも知れない。 破壊光線を避わしたのはいいけど、すぐにでも攻撃に打って出なければ、ボーマンダがエネルギーチャージを終えてしまう。 そうなれば、距離を詰められて一気に決められるだろう。 もちろん、アカツキがそんなことを許すはずがない。 「水鉄砲!!」 アカツキの指示に、オーダイルの水鉄砲が地面を突き破ってボーマンダを直撃!! 次の瞬間、オレは我が目を疑った。 それはオレだけじゃなく、スタジアムにいた人全員が同じだった。 間欠泉のごとく地面から吹き出す水の柱が、足下から凄まじい勢いで凍り付いていく!! 「しまったッ!!」 ユウスケがびくっと身体を震わせた。 ボーマンダの弱点は氷タイプ。 どのような形であれ、氷を絡めた攻撃をされたら、ひとたまりもない。 ボーマンダを真下から打ち据える水の柱はあっという間に凍りつき、ボーマンダの身体さえ分厚い氷に閉ざした!! それはさながら、氷の杖の先端に取り付けられた宝石に閉じこめられた猛獣のような光景だった。 「…………!!」 すごい…… ボーマンダの不意を突くためとはいえ、こんな方法、普通は思いつかないだろう。 唖然としていると、氷の柱がボロボロと崩れ落ちていく。 氷の塊をフィールドに撒き散らしながら、ボーマンダを包んでいた氷も砕ける。 氷に閉ざされたことでダメージを受けたボーマンダはそのまま地面に墜落して、動かなくなった。 戦闘不能になったかどうか確かめるために(?)地面の下から姿を現すオーダイル。 オーダイルは満身創痍もいいところで、足下なんて震えている。気力だけで戦ってきたんだろう。 ボーマンダは動かない。 審判が横から覗き込み―― ばっ!! 旗を振り上げ、戦いの終わりを告げた。 「ボーマンダ、戦闘不能!! よって、第26回ホウエンリーグ、優勝者はミシロタウンのアカツキ選手です!!」 これまでの沈黙の反動と言うべきか、スタジアムは一瞬で興奮の坩堝と化し、歓声と拍手が割れんばかりに響き渡った。 それは優勝したアカツキに対する賞賛でもあったし、ユウスケの健闘を讃えるものでもあった。 スタジアムの観客にとっては、どちらが優勝でも関係ない。とても素晴らしいバトルに対して拍手を贈っているんだ。 「戻れ、ボーマンダ」 ユウスケは浅く肩を落とすだけで、特にガッカリした表情も見せず、ボーマンダをモンスターボールに戻した。 負けた悔しさは当然あるはずだ。 でも、その顔にはアカツキに対する素直な賞賛があった。 「…………」 とはいえ、当の優勝者本人は事態を飲み込めていないらしく、呆然と立ち尽くしていた。 優勝したという事実を飲み込むのに時間がかかったけど、分かった時には飛び上がらんばかりに喜んだ。 「オーダイル、やったねっ!!」 アカツキは満身創痍のオーダイルに駆けていった。 「ダイル……」 オーダイルは前脚を広げて、飛び込んできたアカツキをぎゅっと抱きしめた。 「ありがとう、オーダイル!! やっぱり、キミがぼくの最高のパートナーだよ!!」 アカツキはただ喜んでいただけじゃなかった。 歩み寄ってきたユウスケに向き直って―― 「ユウスケ。ありがとう、君のおかげでここまで頑張れた。君と戦いたいって願ってたから……」 「それはオレも同じさ。 おまえっていうライバルがいてくれたおかげで、こんなに清々しい気分になれるんだ。 アカツキ、オレとライバルでいてくれてありがとう」 ユウスケが笑顔で差し出した手を、アカツキは躊躇うことなく握りしめた。 ――それから十五分後、ホウエンリーグの閉会式が始まった。 To Be Continued…