リーグ編Vol.03 帰郷、そして新たな戦いへ <後編> 十二月十日。 ミシロ港を旅立った翌日の昼過ぎ。 ついにオレたちはカントー地方に……マサラタウンに帰ってきた。 ホウエン地方は遥か南の水平線の彼方で、昨日の夕方には見えなくなった。 代わりに、北にはミシロタウンの景色が見える。 緑が豊かな町並みはもちろんだけど、何よりも目立つのが、高台に設けられたじいちゃんの研究所。 とりわけ、風を受けて回る風車が一番だ。 やっぱりマサラタウンと言えば大きな風車。 オレたちは三人揃って船首に固まっていた。 いよいよマサラタウンに戻るのかと思うと、やっぱりドキドキワクワクするんだよ。 カントーを旅して一ヶ月、マサラタウンに戻った時は、とても懐かしくて故郷のありがたみというのを感じた。 でも、ホウエン地方を旅したのはその八倍の、八ヶ月。 生まれ育った地方じゃなくて、縁もゆかりもなかった地方を長く旅するなんて、皮肉かもしれない。 だけど、だからこそ懐かしさもひとしおだ。 まずはじいちゃんの研究所に行って、みんなに会おう。 じいちゃんに、ナナミ姉ちゃんに、ケンジに……それから、ホウエンリーグに出られなかったみんなに。 今頃の時間なら、三人とも研究所にいるはずだ。 「……ナミのヤツ、迎えに来てるんだろうな……」 うっすらと見えてきた桟橋に、人の姿はなかった。 あいつのことだから、たぶん迎えに来てるだろう。 一目会うなり、「アカツキ〜♪」なんて黄色い悲鳴をあげながら抱きついてくるのかもしれない。 一昨日電話した時、電話越しに感じ取った雰囲気は、旅立つ前とほとんど変わらなかった。 根本的なところは変わってないだろうけど、少しは大人になってるかもしれない。 アカツキやサトシがいる手前、いきなり抱きついたりしてくることはないと思うんだけど……なんか、やっぱり不安になってきた。 誰も見てない場所なら、オレもそんなには気にしないんだけどな。 ただ、人がいる場所だったら恥ずかしい。 「しっかし、久しぶりだよなあ……」 マサラタウンの方角に目を向けたまま、感慨深げにサトシがつぶやいた。 「ああ……」 サトシにとっても、マサラタウンは特別な場所だ。 当たり前だよな、生まれ育った故郷で、今までにゲットしたポケモンがじいちゃんの研究所にいるんだから。 先に家に帰るんだろうか。 それとも、オレと同じで研究所に寄ってからになるんだろうか……? サトシなら、先に家に帰って、ママさんに元気な姿を見せるのかもしれない。 なにせ、サトシのパパさんはサトシがガキの頃に旅立ったきり行方不明だって話だから。 女手一つで育てられたことが災いしてか、頭よりも身体の方が先に動くような情熱的な性格になったわけだけど…… 元気な姿を見せて、ママさんを安心させてやりたい気持ちの方が強いんだろう。 オレもナミもシゲルも、サトシの前ではパパさんの話はしない。 誰よりもサトシ自身が気にしているはずだから。 じいちゃんの話だと、サトシのパパさんは優れたトレーナーだったそうだ。かれこれ八年前に旅に出て、それ以来音信不通とか…… 「……ま、今はそんなことを考えてる場合じゃないよな」 オレは頭を振った。 生まれ育った、この世界でもっとも愛すべき故郷にせっかく戻ってきたんだ、暗いことを考えてても仕方ない。 徐々に近づいていく桟橋。 人影はまばらで、その中にナミらしき姿は見られない。 今頃家を飛び出して、慌ててダッシュしてるんだろうか……相変わらずマヌケかもしれないし。 なにせ、ガーネットと出会ったのも、そのマヌケさのたまものだったからだ。 じいちゃんの研究所には電気を食う機械がたくさんあるものだから、床や天井を所狭しと電源ケーブルが這ってるんだ。 天井はケーブルラックを使ってるからいいんだけど、モンスターボールの保管庫には何本もケーブルが床を這ってるんだ。 その一本に足を引っ掛けて転び、たまたまモンスターボールの棚が倒れてモンスターボールが辺りに散乱したんだけど、 そのうちの一個がたまたま開閉スイッチの故障か何かで開いて、ナミの目の前にガーネットが飛び出してきた。 それがどういうわけかいきなり意気投合してナミのファーストポケモンになってたりして…… いやあ、偶然って怖いなあって思う。 ナミはそれをドラマチックに語るけど、たぶんそういう類のモノじゃないだろう。 世の中には不思議としか言いようのない巡り合わせがあるってことだろうな。 「わあ……」 アカツキが感嘆のつぶやきを漏らす。 横顔を見てみれば、キラキラと目を輝かせている。 オレたちにとっては見慣れた地方でも、アカツキにとっては未知なる世界なんだ。 アカツキの知らないポケモンがたくさん待ってる。いわば、宝の宝庫みたいな場所。 これから、アカツキはカントー地方でどんなポケモンと出会い、どんなトレーナーとしての道を歩んでゆくんだろうか? それを見届けられないのは残念だけど、同じ地方にいるのなら、どこかで会うこともあるだろう。 その時には久しぶりにバトルをして、互いの健闘を讃えてみたいものだ。 目前に迫る故郷に想いを馳せていると、船内にアナウンスが流れた。 「当船は、まもなくマサラ港に到着いたします」 マサラ港って言うほど大げさなものじゃない。 チケット売り場と、船が一隻停泊できるスペースと一つの桟橋があるだけで、港と呼ぶにはあまりに小さいものだから。 せいぜいが埠頭だろうか…… それを言ってしまえば、ミシロ港も同じだけど。 でも……やっと戻ってきたんだ。 ホウエン地方へ向けて旅立った時は、もっと長くかかるんだろうと思ってた。 過ぎてみればあっという間で……八ヶ月は瞬く間に過ぎていった。 光陰矢のごとしとはよく言ったもので、本当に一瞬の出来事だったかのようだ。 その時は、やっぱり長いって思っても。 「……みんな、元気にしてるかな……」 腰に差したモンスターボールに入っていないみんなは、じいちゃんの研究所でのびのびと羽を伸ばしているだろう。 ラズリー、リッピー、リンリ、ルーシー…… 他に、ホウエン地方でゲットしたポケモンもいる。 じいちゃんと話をしたら、研究所の敷地に繰り出して、みんなに会いに行こう。 今オレの傍にいるみんなと一緒に、久しぶりの再会を祝おう。 戻ってもノンビリなんてしてられないけど、それくらいの時間はあってもいい。 マサラタウンからセキエイ高原までは、三日もあれば到着できるんだ。 「……今のオレを親父が見たら、なんて言うんだろう……?」 初めて旅立った時には考えたこともなかったけれど…… 親父はトレーナーとしての、ブリーダーとしての道を歩むオレの背中を押してくれた。 ホウエンリーグだってたぶん観ててくれたと思う。 少しは大きくなったオレの前に現れたら、どんな言葉をかけてくれるんだろう。 まだまだだな……って、笑顔で、でもちょっとだけ厳しい言葉をかけてくれるんだろうか。 それとも、よく頑張ったって、負けたけれどオレの健闘を讃えてくれるだろうか。 どっちにしても、一度は家に帰るんだ。 母さんにも親父にも、いろんな話をしよう。 オレ自身のこと。 出会ったライバル達のこと。 それから、オレを支えてくれたみんなのこと。 海の上を走っていけるなら、オレはすぐにこの場所から飛び降りて、全力で突っ走っていくだろう。 だから、船が接岸するまで待たなきゃいけないっていうこの時間が、どうにももどかしい。 ヤキモキするけど、その分期待が膨らむんだ。 憎らしい演出に、だけどオレは少し感謝した。 船が速度を落とす。 桟橋が目の前に迫ってくる。 集まった数十人の人の顔に、笑みが浮かぶ。手を振る人もいる。 でも、ナミはいない。 マサラタウンの南ゲートで待ち伏せしてるんだろうか。 チケット売り場の影を見てみたけど、やっぱりいない。 あいつなら、隠れるなんてマネはしないだろう。 そしてほどなく、マサラ港に到着した。 「ご乗船、お疲れ様でした。当船は、マサラ港に到着いたしました。 お忘れ物などなさらぬよう、お手回り品をご確認の上、下船ください。 この度はシー・エンタープライズの定期船をご利用いただき、誠にありがとうございました」 そのアナウンスが聴こえた頃には、オレは一番に桟橋に降り立っていた。 大して意味のあることじゃないんだけど、やっぱり一番に戻ってこれるのって、うれしいものだ。 「ここがカントー地方なんだね。やっぱり、ホウエンとは空気が違うよ」 アカツキは降り立つなり、腕を広げて大きく深呼吸した。 確かに、空気が違う。 どっちがキレイだっていう問題じゃない。 あくまでも、雰囲気的な問題だ。 オレにとっては肌ににじんだ空気で、とても心地いい。 どこかミシロタウンの雰囲気が似てるけど、同じくらいの町の規模だってことがその理由なんだろう。 「本当に久しぶりだなあ……みんな、元気にしてるかなあ」 サトシが笑顔で周囲を見渡した。 コンクリートが打ちっぱなしの桟橋。 チケット売り場はリニューアルしてちょっとだけそれっぽくなったけど、全体的な変化は乏しい。 時の流れに取り残されたような、一昔前の情景。 都会に住んでる人にとっては「ダサい」ような景色も、オレにとっては最高の景色だ。 生まれ育った町が変わらないというのは、やっぱりうれしいんだよ。自分の知ってる故郷だって、改めて確認できるのが。 自分の足で走れる場所に立って、逸る心が一気に爆発したようだ。 「さあ、行こう!!」 オレは身を翻し、駆け出した。 「あ、ちょっと待って!!」 アカツキとサトシが数歩遅れて、慌てて駆け出す。 チケット売り場の脇をすり抜けて、階段を一段飛ばしで駆け上がり、マサラタウンへと続く短い道へと差しかかる。 と、そこで目の前に影が差した。 オレは慌てて立ち止まり―― 「アカツキ!! お帰りなさい!!」 「ナミ!?」 親しげに声をかけて、いきなり抱きついてきたのはナミだった。 「お、おい!! こんなトコでいきなり抱きつくな、恥ずかしいッ!!」 ただいま、と言うよりも早く、オレはいきなり抱きついてきたナミを振り払うのに必死だった。 やっぱり、こいつは変わってなかったんだ…… 抱いた不安はやっぱり的中した。 女がらみの不安や嫌な予感ってのは、それこそ嫌になるくらいよく当たる。 だからってうれしくも何ともないんだけど。 「聞いてんのか!! 人が見てるんだよ、だから放せって!!」 オレは火照る気持ちを持て余していた。 見てるのはサトシとアカツキだけじゃない!! 船から降りて続々とマサラタウンに向かう人の何割かが、オレたちの方を冷やかし半分に見つめてるんだ。 あー、もー、恥ずかしいッ!!!! 「やれやれ、相変わらずだなあ、ナミ」 サトシは困り果てたような表情で、お手上げのポーズを取った。 オレを助ける気があるんだか、ないんだか…… それはアカツキも同じだ。 いきなり女の子に抱きつかれたのを見て、ビックリして立ち尽くしてる。 オレはやっとの思いでナミを振り払った。 オレにもぎゅっと抱いてもらいたかったらしく、ナミは不満げな表情を隠そうともせずに見上げてきた。 「ま、まあ、相変わらずだな。元気そうで何よりだ」 「うんっ」 でも、すぐにニコニコした。 その変わり身の早さも、相変わらずだ。よく言えば気持ちの切り替えが速く、悪く言えば気まぐれだ。 「わあ……アカツキ、背が伸びたね。あたしも伸びたってよく言われるんだけど、やっぱりアカツキの方が背、高いよっ」 「そうだなあ……おまえもちょっとだけ伸びたよな」 ナミが背伸びして、オレの頭に手を置く。 オレは自分がどれだけ背を伸ばしたのかなんて分からない。 だって、みんなと比較しても、そんなに縮まったとは思わないし、あまり気にしたこともなかったから。 だから、ナミとの身長差が少し開いたことも、言われるまでは気づかなかったよ。 「それに、ちょっとだけ大人っぽくなったか? ハートの方は相変わらずだけど」 「うん。ちょっと胸が大きくなったんだよっ♪ ママにはね、その歳でそこまで胸が大きくなるなんて珍しいわねって言われたんだもん!!」 それって誉め言葉じゃないような気がする…… もちろんオレの言葉もそうだけど。 身体つきはちょっとだけ大人になった。 でも、ハートの方は相変わらずだ。 いきなり抱きついてきたり、振り払われたら不満そうにしたり……オレと話す時はいつも笑顔だし。 いや……ハルエおばさんはあからさまな誉め言葉なんて用いない。 むしろ冷たく突き放すような言葉の方が多い。 甘やかしても子供は正しく育たないというのが信条の人だからなあ。 「その歳でそこまで胸が大きくなるなんて珍しいわね」っていうその一言、ちょっとだけ僻みが入ってるかもしれない。 あの人なら、そう言うだろう。 おばさんも相変わらずキツイ性格してるんだなって思ったよ。 「ホウエンリーグ観たよ!! サトシに負けちゃうなんて思わなかったけど、すごいバトルだったよ!!」 言い終えるや否や、オレの傍らに立つサトシを睨みつけるナミ。 自分のことのように悔しがったんだろう。 だから、サトシを睨みつけたんだ。 その気持ちは分からないわけじゃないけど、当事者はオレなんだし……そこまでしなくても、という想いはある。 「でも、サトシだって次で負けちゃったんだよね」 「……悪かったな」 ナミは別に嫌味のつもりで言ったわけじゃないだろう。 嫌味の「い」の字も知らないようなヤツだ。 でも、サトシはばつの悪そうな顔で目をそらした。 やっぱり、ユウスケに負けたことを気にしてるようだ。 ナミから指摘されたから、余計にぐっと来るものがあるんだろう。 それはそうと…… 「なあ、ナミ。話はじいちゃんの研究所に行ってから、じっくりと……」 「ねえ、そこの人だあれ?」 人の話を聞こうともせず、オレのとなりに立つアカツキに興味のまなざしを向ける。 オレやサトシは見慣れた顔だけど、アカツキとは初対面だもんな。 「ああ、こいつ? ホウエン地方でできた最初の友達さ」 「あ!! ホウエンリーグで優勝した人!! 確か、名前もアカツキって言うんだよね!?」 「あ、うん……」 ナミが大股で歩み寄る。 アカツキは見えない気迫に圧されたように、表情を引きつらせて一歩後ずさりした。 こういうタイプのヤツには免疫がないらしい。 ちょっと、からかえるところを見つけたような気がして、オレは思わずニヤリとした。 忘れた頃にチクリと口に出したら、きっとドキリとするんだろう。 アカツキのそういう顔を見るのも、面白そうだ。 とはいえ、あまりイジワルなことばかり考えてると悪いんで、オレは助け舟を出した。 「ほらほら、初対面の相手にそこまで詰め寄るなよ。困った顔してるだろ。 ハルエおばさんに言われなかったのか? 礼儀正しくしろって」 「うん、言われたよ」 「だったら、それは守らなきゃいけないんだぞ」 「うん、そうだよね」 そこでやっと、ナミは一歩下がった。 アカツキは胸に手を当てて、ホッと胸を撫で下ろしていた。 ひとつ年下の女の子に詰め寄られたくらいでこんな風になるなんて……まるでルースみたいだ。 今も、カエデのことは苦手らしい。 実力の違いもあるんだろうけど、ルースは本能的にカエデのことを苦手としているようだ。 アレルギーみたいなものなんだろう。 でも、だからってカエデのことが嫌いってワケじゃない。 一方的にじゃれ付いてきて、反撃の暇を与えられないところが嫌い……って言うよりも、怖いだけだろう。 本当は仲良くしたいと思ってるに違いない。 カエデがもう少し「おしとやか」にしてくれたら……たぶん、いい関係になってるんだと思う。 まあ、当分はカエデと離れられるだろうし、ルースもバトルに専念できるんだろうけど。 「はじめまして。あたし、ナミだよ」 「あ、ぼくはアカツキ。よ、よろしく……」 恐る恐る差し出すアカツキの手を、ナミがぎゅっと抱きしめる。 アカツキの顔が火照ったように赤くなる。 ホントに免疫ないんだな…… 呆れて言葉をかけることさえ忘れてた。 どうも、アカツキにはそっち系の経験が足りないようだ。 ユウキはちょっとプレイボーイみたいなところがあるけどさ。 同じくらいの年頃の女の子と一緒にいても、アカツキほど極端な反応は示さないだろう。 「なあ、ナミ」 「なあに?」 アカツキの手を離し、オレに向き直るナミ。 「じいちゃんは元気にしてるか?」 「うん。元気すぎて困るくらい」 「そっか、それならいいんだけど……」 じいちゃんが元気にしてくれてるのはうれしい。 けれど、今のオレにはそれ以上に気になることがあった。 それは…… 「フェッフェッフェ……」 びくっ!! 突然聴こえてきた声に、オレは思わず身体を震わせた。 ああ、やっぱり、この声……あの人なんだ…… 不吉な予感が一気に花開く。 ナミの影が、不自然な形に歪んでたんだ。 アカツキもサトシもそれに気づいていた様子はないけれど……気づいたのはオレだけらしい。 ナミの影が波打ち、立体感を伴う!! 「げっ!!」 「な、なにっ!?」 さすがにこれにはアカツキもサトシも驚きを隠しきれなかった。 だって普通、影が動くなんて考えられないんだから。 でも、それを可能とするポケモンを知っている。 ゲンガーだ。 立体感を伴った影はナミの影から離れて、別の個体を作り出す。 徐々に形が整っていき、それはシャドーポケモンのゲンガーになった。 「ケケケケ……」 ゲンガーが白い歯を見せて不敵に笑う。 黒くてずんぐりむっくりした体型で目つきが悪いけど、いつでも白い歯を見せていて、なんだか憎めない。 ずいぶんと悪い言い方をされてることが多いけど、本当は見た目に反して優しい性格のポケモンなんだよ。 「ゲンガー……?」 「え、これがゲンガー!?」 アカツキは驚きながらも、すかさずポケモン図鑑をゲンガーに向けた。 「ゲンガー、シャドーポケモン。ゴーストの進化形で、ゴースの最終進化形。 夜の帳が降りた頃、自分の影が勝手に動いたなら、それは影に化けたゲンガーが悪戯をしているからだと言われている」 「へえ……」 図鑑の説明に納得するアカツキ。 ホウエン地方にはゲンガーは棲息してないんだもんな……なんて思っていると、ゲンガーの内側から、人影が現れた。 「うわっ!!」 まるでホラー映画のワンシーン。 サトシとアカツキがその場に腰を抜かしてしまった。 ゲンガーの身体は影みたいなもので、実体が薄い。 バトルの時も、その特性を活かして、ノーマルタイプと格闘タイプの技を一切受け付けないんだ。 でも、今回のこれは、それとは明らかに違う。 ゲンガーを透き通って目の前に現れたのは、杖をついた金髪のおばあさんだった。 もちろん…… 嫌というほど見慣れた人だったりするんだけど…… 「フェッフェッフェ……久しぶりだねえ、アカツキ」 「あ……お、お、お久しぶりです、キ、キ、キクコさん」 大した声量じゃないのに、妙な迫力がある。 オレは思わず背筋をピンと伸ばして、軍隊式な挨拶をしてしまった。 ああ、この人の前だと、どうしても思うように身体が動いてくれない。 パッと見た目は、目つきはちょっと鋭いけど、どこにでもいるようなおばあさん。 でも、じいちゃんの知り合いで、昔はトレーナーとしてライバル関係にあった。 そして今は、カントーリーグ四天王の一人として――当然最年長の四天王として君臨しているんだ。 得意なのはゲンガーをはじめとしたゴーストタイプ。 変幻自在な戦いで、相手に付け入る隙を与えない……というのがキャッチコピー。 ナミは突然キクコさんが現れたのに驚いちゃいない。 大方、事前にゲンガーと一緒に迎えに行こうなんて誘われて、あっさりオッケーしたんだろう。 キクコさんなら、ナミを手駒にすることくらい造作もない。 オレは、サトシやアカツキが不思議そうな顔で見つめてきていることにすら気付かなかった。 当たり前だ、そんな余裕なんか、あるはずがない。 「結構大人びてきたじゃないか……顔つきも、悪くない。だけど……」 キクコさんの目が、オレを射抜く。 金縛りにあったように、身体が動かなかった。 ゲンガーが何かしてるわけじゃないんだ。 オレはこの人が一番苦手!! じいちゃんや親父や母さんは苦手っていうタイプじゃないんだけど、この人はどうにも苦手なんだ。 昔からちょくちょく現れては、オレのことをからかったり、皮肉ってみたりと、結構いろんなことをしてくる。 それなりにオレのことを気にかけてくれてるみたいなんだけど、そんなところを全然感じさせないんだから、大したものだ。 さすがは四天王だと思わずにはいられない。 トレーナーとしても、人間としてもこの人にはとても敵わない。 アレルギーみたいな感じなんだ。 「ホウエンリーグ、観たよ?」 ギロリと光るキクコさんの双眸。 ちょっと頬から落ち窪んだ具合が微妙に迫力を掻き立てる。 うわあ…… この人に観られてたのか……すげぇ嫌な予感…… 胸のうちで恐怖に打ち震える。 せっかく故郷に戻ってきたっていうのに、なんでこんな寒い想いをしなきゃいけないんだ? さすがに言葉にするわけにはいかずに黙っていると、キクコさんはニヤニヤしながら切り出してきた。 「初挑戦で本選まで勝ち抜けたのは、まあ見事なものだったさ。 でもねえ……あのタイミングで負けるとは思わなかった。 ちょっと、ガッカリしたね……」 誉めてるんだけど、やっぱりちょっとだけ非難じみてる。 だけど……残念がってるようにも見える。 これもキクコさんなりのエールだろう。 うん、そうだ。そうに決まってる。そうだってことにしておこう。 「それに引き換え……」 キクコさんはおもむろに、腰を抜かしたままのアカツキに目をやって微笑んだ。 「あんたは大したものさ。 その歳で優勝するなんてね……さすがに、いい仲間に恵まれたようだ。 あんたも同じ、アカツキって名前なんだろ。ゲンジからいろいろと話を聞いてるよ」 「ゲンジさんから……?」 「うん」 オレは知らないけど、アカツキはゲンジって人を知ってるらしい。 キクコさんに得体の知れない何かを抱いていたようだけど、すぐに表情を緩ませるアカツキ。 ああ、アカツキはキクコさんの恐ろしさを知らないから、そんな表情を見せていられるんだ…… 羨ましかったし、同時に哀れみさえ覚えてしまう。 そんなことなど露知らず、キクコさんが小さく笑いながら話す。 「決勝戦は際どいバトルだったね。 ありゃどっちに転んでもおかしくなかった。あの接戦を制したのは、見事って一言に尽きるよ。 アカツキ……」 「は、はい……!?」 続いて、向き直ってくるキクコさん。 またしても身体が痙攣したように震える。 「あんた、これからカントーリーグなんだって? 今のあんただと優勝は難しいかもしんないが…… まあ、せいぜいオーキドの名に恥じない程度には頑張んな。いいね?」 「あ……は、はい!!」 序盤で負けたら承知しないよって宣言だけに、何がなんでもカントーリーグでは優勝を目指さなければ!! 別にヒドイ目に遭わされてきたわけじゃないけど、ハート的には結構突きつけられてるモノを感じるよ。 「まあ、それなりに期待してるからさ。それじゃあ、またね。 仕事があるから、直接観には行けないが、録画して、後でちゃんと見るからね。 当日にあたしがいないと思って油断するんじゃないよ。 フェッフェッフェッフェ……」 一方的な言葉を残し、キクコさんはゲンガーを引き連れて港の方へとゆっくり歩いていった。 オレは振り返ることもできず、ただ震えているだけだった。 とんでもない置き土産を残されたような気がしたんだよ。 もしも…… もしも、本当に序盤で負けるようなことがあったら、本当にお仕置きされちゃうのかもしれない。 そう考えると、オチオチ夜も眠れないぞ。 口調こそ穏やかだけど、その言葉はナイフのように研ぎ澄まされている。 「…………な、なんだったんだ、今の人……」 キクコさんの姿が遠ざかり、ようやっとサトシとアカツキが立ち上がった。 彼女の妙な迫力に圧し負けて、ずっと尻餅ついた状態だったらしい。 「なんか、すっごい迫力だったよね……」 「ああ、タダモノじゃないって言うか……」 アカツキとサトシは互いに顔を見合わせた。 緊張と言い知れない恐怖に歪んだ表情だけに、互いに何を思っているのか、簡単に汲み取れたようだ。 オレたちが戦々恐々しているのを尻目に、ナミはずっと笑顔を振り撒いていた。 鈍い……っていうか、ナミはキクコさんのことを苦手としてないんだ。 キクコさんはナミやシゲルなんてはじめから眼中になくて、標的をオレ一人に絞って、ああやってチクチクやってきたりする。 傍迷惑この上ないんだけど、さすがにそれを面と向かって言う勇気がない。 情けない話なんだけど…… とても、あの人には勝てないし。 「あの人、キクコさんって言ってね、おじいちゃんの知り合いなんだよ」 オレがまともに説明できる状態じゃないと判断してか、ナミがアカツキたちに説明した。 「なんでも、カントーリーグ四天王の一人なんだって」 『なにぃぃぃっ!?』 四天王という言葉に敏感に反応するアカツキとサトシ。 それは当然だと思う。 普通のトレーナーにとって、四天王とは卓越した実力の持ち主で、高貴な人格者というイメージがある。 もちろん、オレにとってキクコさんが「高貴な人格者」なんてはずはないんだけども…… 「ど、どうりですごい迫力だったわけだ……」 「うん。アカツキが固まっちゃうのも分かるよね」 サトシの意見には賛成だけど、アカツキのには反対だ。 ……っていうか、異議を唱えたい。 オレは相手が四天王だからって固まったりはしない。 ずっと前に、同じ四天王のワタルさんに会ったことがあるんだけど、あの人はとても気さくで、雲の上の人って感じがしないんだ。 だから、オレが固まっちゃったり戦々恐々しちゃったのは、相手がキクコさんだから、なんだ。 そこんとこだけは勘違いしてほしくないなあ。 「でね、キクコさんはアカツキのことをとっても気にかけてるの。 だから、あんなこと言うんだよ。羨ましいなあ……」 ナミはなぜかうっとりした口調で言った。 羨ましがることか、それって……? 全力投球でツッコミを入れてやりたかったけど、そんなことをしたらキクコさんの耳に届いてしまうかも。 そうなったら、今ここでゲンガーにお仕置きされてしまう。 親父よりも母さんよりもじいちゃんよりもハルエおばさんよりも、この世の誰よりも恐ろしいんだ、あの人は!! 元々カントーリーグで誰かに負けるつもりなんてないんだけど、あの人に睨まれちゃったからには、本気で負けられない。 「なあ、ナミ……」 やっとキクコさんの呪縛から解放され、オレはホッと胸を撫で下ろした。 「なあに?」 自分が何を言ったのかも分かっていない様子で、ナミがけろっとした顔で首を傾げる。 「勘違いするなよ。 あの人は何もオレのことを本気で可愛がってくれてるわけじゃないんだ。からかい甲斐のあるヤツだからなんだよ!! そこんとこだけは勘違いするな。オッケー?」 「ええ? ちょっと羨ましい」 「……勝手にしてろ」 完全に勘違いしてる。 これは何を言ってもムダだと想い、オレはゆっくりと歩き出した。 「なあ……なんか、嫌な想い出でもあったのか?」 「普通じゃないって、あれは絶対」 オレについてきながら、サトシとアカツキがナミを左右から挟んで、小声で質問を投げかけている。 思いっきり聴こえちゃってるところからして、オレに聴こえないようにっていう配慮は感じられない。 完全にからかうネタにしちまってるよ…… あー、あんまり他人に弱みなんて見せなかったのに、キクコさんのことになると、途端に弱腰になる。 こればかりは本能的にどうしようもないんだ。 なんでこんなタイミングで現れるんだあぁぁぁ……キクコさんの出現を呪わずにはいられない。 「さあ……あたしはよく分からないんだけど……」 ナミは知らないだけだ。 知らないことなら絶対に答えられない。 これ以上変なことを言われずに済むのなら、それでいい。 「おじいちゃんなら知ってるかも」 「げ……」 思わず声が出た。 自分が知らないことなら、他人に聞けばいい。 ナミもそれなりに学習したってことだろうか……そういうところは学習しなくてもいいんだけど。 この分だと、親父に聞けばいいだの、ナナミ姉ちゃんに聞けばいいだのと、余計なことを言い出しかねなかったので、 「そんなことは知らなくたっていいんだよ。 つまらないこと考えてるヒマがあるんなら、カントーリーグのことでも考えとけ」 オレはナミに釘を刺しておいた。 余計なことで心を乱されるのは嫌だ。 どうにも、キクコさんのこととなると、心に荒波が立ってしまうんだ。 落ち着こうと気持ちを集中させても、思うようにいかない。 今、それが順調に進んでいるところなんだ。 これ以上掻き乱されてたまるか。 「うん、そうだね」 ナミは笑顔で返してくれた。 オレの言うことが正論なものだから、言い返せないんだ。 よし、これでこれ以上の蔓延は防げたぞ……!! って、何がなんだか分かんないうちに――キクコさんの影を引きずりながら歩くうち、オレたちはマサラタウンの南ゲートをくぐった。 そこで、オレたちは一度足を止めた。 空気が変わる。 とても懐かしくて暖かな空気に包まれて、オレは知らず知らずに表情を明るくしていた。 気持ちも、すごく上向いてきた。 キクコさんの件は、これで完全に払拭できた。 「帰ってきたな……」 サトシがつぶやく。 あいつの目とオレの目に、同じ景色が映っている。 だから、分かるんだ。 故郷は変わっていない。 近代化の波が押し寄せてるなんて言うけれど、八ヶ月前と比べると、ほとんど変わっちゃいない。 店が一軒新しくオープンした程度で、アパートが建ったり、集会所ができたわけでもない。 季節が変わって、道端に咲いてる花は違うけれど……変化なんて、それくらいのものだった。 「じゃあ……アカツキ。 オレ、家に帰るよ。後でオーキド博士の研究所に行くからさ」 「ああ。待ってるぜ」 「うん」 サトシが一足先に駆け出していった。 久しぶりに帰ってきたという喜びに足取りは軽く、今にも舞い上がりそうなほどだ。 でも、オレだってそれは同じ。 あっという間に道を曲がって、サトシの姿は小高い丘の向こうへと消えていった。 「サトシって、お母さん想いなんだね」 「ああ……」 アカツキも、サトシが女手一つで育てられたことは知っているらしい。 オレが話した覚えはないんだけど……本人から聞いたんだろう。 「で、おまえはどうするんだ?」 「ぼく?」 「どうせならじいちゃんの研究所に行くか? おまえも、じいちゃんには会いたいだろうし」 「うん。そうする」 「わーい、一緒だね♪」 アカツキも一緒に行くことになって、ナミはとてもうれしそうだ。 初対面の相手だっていうのに警戒心のカケラも見せずに……まあ、それは今に始まったことじゃないからいいけど。 それどころか好意さえ抱いているではないか。 どういう風の吹き回しかは知らないけど、敢えてそこには触れないようにしよう。 世の中、知らない方がいいことだってあるんだから。 「じゃ、行こう」 オレたちは再び歩き出す。 ここからだとじいちゃんの研究所まで五分とかからない。研究所は町の郊外――南側にあるからだ。 「ねえ、オーキド博士ってどんな人なの? ぼく、会ったことがないから、よく分からないんだ。 おじさん……オダマキ博士が言うのは、とても尊敬できる人ってだけで……」 道中、アカツキが訊ねてきた。 会えば分かることなんだろうけど、やっぱり気になるんだろう。 問いかけは、不安を意味しているのかもしれない。 自分の思っているイメージと違っていたりしたらどうしよう……とか。 でも、オレが言うのもなんだけど、それは詮無いことだって思うよ。 「大丈夫だよ。すっごい人だもん!! ね、アカツキ?」 「ああ。そんなに心配しなくてもいい。会えば、すごくいい人だって分かるはずだ」 ナミがベストなタイミングでフォローして、オレが言葉を継いだ。 すると、アカツキの顔から不安が消えていく。 ナミも、結構他人の気持ちを慮るっていうことを覚えたのかも。 それでも、お子ちゃまだってのは消えないんだけど。 「ねえ、アカツキって、ホウエン地方とかのポケモンを持ってるんでしょ。後で見せてよ。ね?」 「いいよ。ぼくも、オーキド博士の研究所のポケモンを見たいって思ってたんだ。みんなと仲良くなれるといいよね」 「うんっ」 割り込む間もなく意気投合。 ナミにとって、アカツキは取っ付きやすいヤツだってことなんだろう。 アカツキも出会い頭はナミの積極的過ぎる部分に面食らってたけど、すぐにナミの「いいところ」に気づいたようだ。 まあ、なんていうか…… オレとしても、アカツキのポケモンとじいちゃんの研究所のポケモンが仲良くなってくれるとうれしい。 ナミとアカツキの弾んだ会話を背に聞きながら歩く。 意外と、これが退屈しないんだ。 「アカツキのオーダイル、すごく強かったよ」 「ホウエン地方ってどんな場所なの?」 ……って、矢継ぎ早にナミが質問してるんだけど、アカツキは嫌がるでもなく、笑顔で受け答えしている。 ここはさすがにオレよりも年上だなって思うところだ。 普通のヤツなら、鬱陶しいと思うか、タジタジになってるかのどちらだ。 でも、アカツキはそのどちらでもない。 数十段の階段を登り終えた小高い丘の研究所に到着する。 玄関は開け放たれている。 オレが帰ってくるのを待っていると言わんばかりだ。ナミから聞いてるから、今頃だってのは分かるだろう。 遠慮する必要なんてないんだけど、久しぶりに戻ってくるとなると、やっぱり少しは遠慮してしまう。 少しは大人っぽくなったってことなんだろうか。 思いつつ、オレは足を踏み入れた。 「お、お邪魔しま〜す……」 オレやナミはともかく、アカツキは本気で遠慮しいしい態度だった。 人様の家に入るんだから、それなりに遠慮もするし、緊張だってする。 オレにとっては見慣れた景色。 町並みもそうだけど、研究所も全然変わってない。 じいちゃんが元気にやってるって証拠だ。 だけど、アカツキは初めての場所ということで、いろんなものに興味を示していた。 オダマキ博士の研究所にもありそうな機械だとか、ケーブルラックで天井近くを通っているケーブルはどんな機械のものだろう、とか。 そんな親友の態度を微笑ましく思いながら歩く。 廊下を進んで、一枚の扉の前で足を止める。 「この向こうに、オーキド博士がいるの?」 「ああ……この時間ならここにいる」 アカツキがごくりと唾を飲む音が聞こえた。 オレたちが足を止めたのは、モンスターボール保管室の前だった。 今の時間なら、じいちゃんもケンジもここにいるだろう。 じいちゃんが今のオレを見たら、喜んでくれるんだろうな……抱きしめてくれたり、頭を撫でたりしてくれるんだろうか。 どっちでもいい。 オレはじいちゃんに会えれば、元気な姿を見れればそれでいいんだし。 じいちゃんもオレの元気な姿を見れればそれでいいと思ってくれるだろう。 オレはグッと拳を握り、ドアをノックした。 「誰かな?」 中からじいちゃんの返事があった。 今は、モンスターボールの中にいるポケモンの体調をチェックしてるんだ。 逸る気持ちを抑えつつ、オレは声を張り上げた。 「じいちゃん。アカツキだよ」 「おおっ、戻ってきたか!! ささ、入っておいで」 オレの声を聞いて、じいちゃんの声が期待に弾む。 今、きっと笑顔なんだって、想像しなくても分かる。 オレはノブを回して、ドアを押し開いた。 「おお、アカツキ。久しぶりじゃな。元気そうで何よりだ……」 「じいちゃん!!」 オレは部屋に足を踏み入れ、早足でじいちゃんの前まで歩いていった。 「じいちゃん、元気そうで何よりだよ」 「うむ、おまえこそ元気そうだな。ホウエンリーグ、観たぞ。サトシに負けてしまったのは残念じゃが、おまえはよく頑張った」 「うん、ありがとう」 オレもじいちゃんも満面の笑顔だった。 八ヶ月ぶりの再会にしては安っぽいシーンだけど、しょうがない。 言葉で語りつくせない気持ちって言うのがいっぱいあるんだから。 「しかし、背が伸びたな……」 「うん、そうだね」 じいちゃんの目線に届きつつあるのが分かるんだ。 自分で言うのもなんだけど、一応育ち盛りだし、食べれる時には食べてるし。それなりに身長が伸びるのは当たり前だ。 だけど、そんな当たり前なことだから、言われてうれしく思える。 「じいちゃんも、ちょっとだけシワが増えたよな……」 「うむ……って、それは誉め言葉なのかな?」 「あはははは……」 オレの言葉にじいちゃんがツッコミを入れる。 誉め言葉のつもりじゃないけど、じいちゃんも歳を取ってしまったんだなあって、ちょっとだけ増えたシワを見て思う。 歳を取った証拠だけど、じいちゃんに限って言うなら、年輪を帯びて深みが増したように感じられるんだよ。 だから、決して誉め言葉じゃない、ってワケじゃない。 「ところで……」 感動の再会もほどほどに、じいちゃんが咳払いをひとつ。 それから、オレの脇で背筋をピンと伸ばして、緊張の面持ちで立っているアカツキに目を向ける。 「キミがアカツキ君じゃな? わしの孫と同じ名前とは、これはまた奇遇だと思うんじゃが……」 「は、はじめまして、オーキド博士!! ぼ、ぼ、ぼくは……」 こりゃダメだ。 じいちゃんは気さくに話しかけてるってのに、アカツキの方が緊張に凝り固まっちまってる。 「まあ、そんなに緊張しなくても良い。 わしは、ほれ、見てのとおり、このようなジジイじゃしな……」 なんて言うけど、すぐに緊張が解けるはずもない。 アカツキにとっても、じいちゃんは憧れの人なんだ。 だから、いざ当人を目の当たりにして、緊張してしまったとしても不思議じゃない。 でも、いくらなんでも極端すぎだろ。 胸中でツッコミの嵐。 「キミの活躍は、わしも見ておったよ。 ホウエンリーグを見事制したそうじゃな。今から言うのも遅いかもしれんが、おめでとうと言わせてもらうよ」 「あ、ありがとうございます、オーキド博士!!」 ホウエンリーグを話に出されてやっと、アカツキはパッと表情を輝かせた。 憧れの人に誉めてもらってうれしいんだろう。 じいちゃんはニコッとしながら、これ以上ないほど舞い上がって上の空という顔になっているアカツキから、オレに視線を移す。 「おまえもよく頑張った。 サトシに負けてしまったのは残念じゃったが、素晴らしいバトルじゃった。 わしの中では、優勝したのはおまえだった」 なんだか、胸にじ〜んと込み上げてくるものがあった。 じいちゃんはオレが一番活躍していたと思ってくれてるんだ。 誰も、そんなことを言ってはくれなかった。 思っているにしても、それを言葉にしてくれる人なんていなかった。 だから、なんだか込み上げてくるものを感じたよ。 「ありがとう、じいちゃん。そう言ってもらえると、頑張った甲斐があったよ」 オレが戦ってきたのはオレ自身と、オレを信じて頑張ってくれたみんなのためだ。 でも、じいちゃんに誉められると、やっぱりうれしいな。 「カントーリーグじゃ、今度こそ優勝を目指すよ。今のオレなら……できなくはないと思う」 「うむ。その意気じゃ」 オレの言葉に、じいちゃんは本当にうれしそうに目を細めて頷いてくれた。 さすがに、カントーリーグでも簡単には優勝できないだろう。 ナミとだって戦うことになるだろうし、ハルカやミツルといった強力なライバルも出場してくるんだ。 あいつらに勝てなければ、優勝なんて夢のまた夢。 「ところで、サトシは戻ってきたのか?」 「ああ。先に家に戻ったよ」 「さすがに、母親っ子じゃな……」 「それより、じいちゃん」 「うん、なんだ?」 「オレのポケモン、元気にしてる?」 「うむ。 元気すぎて手に余ってしまうほどじゃ。 ほれ、おまえのザングース、あいつがサトシのケンタロスをライバル視しておってな。 いろいろとちょっかいを出したりして、結構大変だったりするんじゃよ」 「げ……マジ……?」 何気なく訊いたつもりなんだけど、じいちゃんの口から飛び出したのは、とんでもない言葉だった。 オレはホウエン地方で、ザングースというポケモンをゲットした。 素早い動きが得意なポケモンで、ホウエンリーグではルースの代わりに出そうとすら考えたほどだ。 でも、電気タイプの技を使えるポケモンがほしいから、止む無くルースを選んだんだけど…… 確かにあいつは好戦的で、戦うの大好きっていう性格だからなあ…… じいちゃんの研究所でも、強くなるためにライバルを見つけてはちょっかいを出すんじゃないかとは思ってた。 しかし、手を出す相手がまずいだろ…… サトシはケンタロスをたくさんゲットして(たぶん、不可抗力だと思う)、じいちゃんの研究所に預けている。 ケンタロスはパワーが身上のポケモンで、攻撃力ならレイヴ(ザングースの名前)を軽く上回ってる。 それなのになんでちょっかいを出そうとするんだか。 ケンタロスも好戦的なポケモンだけど、ちょっかい出されない限りは手を出さないんだ。 なんか、想像するだけですごいことになってそうだ…… 頭の中でドロドロとしていると、じいちゃんが肩に手を置いてきた。 「じゃが、ケンタロスもおまえのレイヴのことを好意的に思っておるようじゃ。 互いによきライバルとして、頑張っておるようじゃよ」 「そっか……それならいいんだけど……」 レイヴって、悪い言い方をするとちょっと喧嘩っ早い。 ゲットした時だって、モンスターボールから飛び出すなり、いかにもやりやすそうなルースを相手にケンカを売ってたっけ。 もちろん、ルースはオレの後ろに隠れてビクビクしてたけど。 「他のポケモンも元気にしてる?」 「うむ。さすがにおまえのポケモンは躾がされておるな。サトシのポケモンと違って、面倒を見るのに苦労せんわい」 別に、躾らしい躾をしたわけじゃない。 オレはポケモンの自主性を尊重してやりたいと思ってるだけだからさ。 レイヴみたいに好戦的で相手にすぐケンカを売るようなポケモンだって、それでいい。 ただ、やりすぎたりした場合はさすがに怒るけど、レイヴ本人だってそこんとこはちゃんと弁えてる。 対照的に、サトシのポケモンはかなり変わったヤツが多い。 ベイリーフはヤキモチ妬きだし、ワニノコはどんな相手にだって噛み付くし、ヘラクロスはいつだってノンビリしてるし…… いや、なんていうか個性的って感じか。 あいつらも元気にしてるんだろうか? オレには結構懐いてくれてるから、久しぶりに顔を見せに行けば、喜んでくれるのかもしれない。 「それよりアカツキ」 「なんだい?」 「しばらくぶりに顔を見せとらんかったんじゃ。ポケモンに会いに行けばどうじゃ? わしとならいつでも話はできよう」 「……うん、そうするよ」 じいちゃんに気を遣われると、オレとしてもなんだか申し訳ない気がしてくるんだ。 マサラタウンにいれば、いつだってじいちゃんの研究所に遊びに来て、じいちゃんと話だってできる。 でも、そういう風に言われると、まるでつまらないことのように断じられてるような気がして、なんだか複雑だ。 じいちゃんだって、そんな風に思って言ってるわけじゃないと思うけど…… 気になっちゃうと、どうしてもその考えを頭から離せなくなるんだよな。 悪いクセさ。 でも、せっかくじいちゃんがそう言ってくれてるんだ、お言葉に甘えさせてもらおう。 「じゃあ、また後で来るよ。ナミ、アカツキ、行こうぜ」 「うん」 「あ……うん」 ナミはすぐに頷いてくれたけど、アカツキはやっと我に返ったって感じで、話の展開についていけてない様子だ。 まあ、強引過ぎる気がしないわけじゃないけど、少なくともアカツキはオレのように先の予定が詰まってるわけじゃない。 じいちゃんとだって、話そうと思えばいつだって話せる。 今は、みんなに会いたい。 オレはナミとアカツキを連れて保管庫から出ると、廊下の突き当たりの扉から敷地に出た。 「うわぁ……広いなあ!!」 敷地に一歩入るなり、アカツキが歓声を上げた。 初めてここに来たら、誰もが同じ反応をするだろう。 景色の雄大さと、そこに住むポケモンの多さ。 遥か向こうまで広がる森も、研究所の敷地なんだ。 草原の部分は頑丈な柵で囲まれてるけど、その柵も森の中に続いていて、そこから先は見えない。 ドームが何個も軽く入ってしまうほどの広大な敷地に、一体何体のポケモンが住んでいるのか…… オレも、その数を正確に把握していない。 つまり、それくらいのポケモンが住んでるってことだ。 確か……五百はいたような…… でも、オレが旅に出てからたぶん増えてるだろうから、下手をすると六百を越えてるのかもしれない。 「あれって、ミルタンクだよね!? あと、あそこを群れで走ってるのはケンタロス!? なんかすごいなあ!!」 アカツキは興奮気味に叫んでいる。 指差した先には、ノンビリと草の上に寝転がっているミルタンクと、草原のど真ん中を群れで土煙を上げながら猛進するケンタロス。 あのケンタロスたちは、サトシがゲットしたんだ。 あんなにゲットして、バトルする時に一体どのケンタロスを選ぶんだろう……? ……って思うんだけど、そこんとこはハッキリ言ってよく分かんない。 でも、やっぱり久しぶりだ。 変わってない。 変わってないよ、なにも……ずっと変わらないでいてほしいと思える場所なんだ。 旅に出る前、オレは毎日のようにここでたくさんのポケモンと遊んでた。 自分でゲットして、連れているポケモンはもちろんだけど、ここのポケモンだって、オレにとっては大切な存在だったりもする。 「あ!! あそこの水辺にはハスボーとヤドランとパウワウが!!」 ずいぶん遠くの水辺のポケモンまでちゃんと識別するなんて、アカツキってとても目がいいんだな。 ……って思った矢先、アカツキは猛烈な勢いで駆け出していた。 マジで止める間もなかったけど、まあ、別にいいやということで止めなかった。 途中でケンジやナナミ姉ちゃんに会っても、アカツキのことはちゃんと知ってるはずだ。 なにせ、ホウエンリーグの優勝者なんだから。 不審人物とさえ思われなければ、それでいい。 ここはアカツキにとってポケモンの宝庫みたいな場所だし、気の済むまでゆっくり見てもらってもいい。 「なんだか、すごい人だね……」 アカツキがケンタロスと比肩するほどの土煙を巻き起こしながら突っ走っていくのを見ながら、ナミは驚いていた。 オレも、まさかアカツキがここまで積極的でぶっ飛んだ性格をしているとは思わなかった。 表情には出してないけど、これでも結構驚いてるんだ。 ほら、アカツキって気の強そうな顔立ちとは裏腹に、ちょっとおっとりしたところがあったし。 でも、もしかしたら…… 本当はああいう性格なのかもしれない。 好奇心が膨らむと、ああやって明るく積極的になるのかも。 あっという間にアカツキは敷地の向こう――遠くに見える水辺に到達した。 オレにはハスボーやらヤドランやらパウワウなんてポケモンの区別はつかなかった。あまりに遠すぎて見えないんだ。 言われてみると、確かにそんな感じの色だけど…… それだけじゃ、ヤドランはヤドンやヤドキングと見間違えるかもしれないし、パウワウなら進化形のジュゴンと見間違うかもしれない。 「……ま、いいや。みんな、出てきてくれ!!」 オレは腰のモンスターボールを全部まとめて引っつかみ、頭上に放り投げた!! せっかく戻ってきたんだから、わずかな間でも、ここで骨休めをしてほしい。 カントーリーグは今まで以上の激戦になる。だから、休める時には休んでほしいんだ。 この前みたく、ラッシーが戦えないような状態になったら、その時は本気でヤバイからね。 ラズリー、リッピー、リンリ、ルーシー…… ラッシー、リーベル、ルース、レキ、ロータス、そして…… ホウエンリーグの予選の二日目で一度だけ出した、ルンパッパのルンバ。 「ルンバルンバ〜♪」 ルンバは飛び出してくるなり、飛び跳ねるような軽やかな足取りで踊り始めた。 「…………」 「わー、かわいい〜」 ルンバが軽快なリズムで踊っているのを見て、ナミがキラキラ目を輝かせた。 「…………」 はあ…… また始まったよ。 ルンバはのんきな性格で、飛び出すといつでもどこでも平気で踊るんだ。 そこんとこはレキに負けないくらいマイペースだけど、それでもやる時はやってくれる。 予選で出した時も、相手の攻撃を食らうまで延々と踊ってたし……さすがにその時ばかりは人選を間違えたかと思った。 でもまあ…… ルンバのそういうところが、バトルを前にささくれ立ってたオレたちの気持ちを落ち着けてくれたのも事実なんだ。 リッピーに負けないくらいのムードメーカーだ。 「バーナーっ……」 「バクぅぅっ……」 ラッシーとルースは懐かしい場所に戻ってきて、すっかり笑顔を見せてるけど、 レキとリーベルとロータスは初めてだから、「ここはどこだろう?」と言わんばかりの表情で周囲を見渡している。 「ほかのみんなも初めましてだねっ♪ みんな、とっても強そう!!」 ナミは初めて見るポケモンに、完全に興奮している。 興味津々の視線を向けられて、レキたちはどこか戸惑い気味だ。 「しょ、紹介するよ……レキと、リーベルと、ロータス。あと、踊ってるのはルンバ」 なんだかみんなが気の毒だ。 ルンバはマイペースで踊り続けてるから、ナミがどんな顔してても関係ないんだろうけど。 さすがに他のみんなはそうもいかない。 「ホウエン地方でゲットしたポケモンなんだ。 あとはザングースのレイヴと、キノガッサのリゼール、ヤルキモノのロッキーと…… そこんとこはおまえの方がよく知ってるかもな」 ああ、だいたい手持ちと合わせて十五体ほどになる。 「うん。みんな、とってもいい子だよ」 ナミは大きく頷いた。 他のみんなは研究所でノンビリくつろいでるだろう。 ラッシーたちを引き連れて会いに行くか……だいたい、どこでノンビリしてるかくらいはすぐに分かる。 「サトシのオオスバメと頑張って戦ったのがレキちゃんだね。うーん、カッコいいなぁ……」 「ま、マクロ……?」 間近に顔を近づけられて、レキが珍しく困惑している。 いつもマイペースで陽気なんだけど、同じタイプの相手が目の前にいると、自分のペースを崩されたような気になってしまうんだろう。 「あ、いつも相手を威嚇してたのがリーベルちゃんね。硬くて強いのがロータスちゃんね。 いいなあ、アカツキってば強そうなポケモンばっかりゲットしちゃって……」 「いや、ゲットした時はリーグで戦ったほどのレベルじゃなかったんだぞ。 そうでもなきゃ、まともにゲットなんてできないって」 オレはナミの言葉をキッパリと否定した。 だって、事実だし。 レキなんて、ゲットした時は愛くるしいミズゴロウだったんだ。進化して強くなった。 いや…… 別に今は愛くるしくないとかって言ってるわけじゃない。 姿形は変わっても、レキっていう本質は変わらないんだから。 「ラッシーもルースちゃんも、とても元気そう!! バトルじゃ大活躍だったよね!!」 「バーナーっ……」 「で……」 オレは半眼であちらこちら忙しく動き回るナミを見やった。 興味を振り撒くのはいいんだけど…… 「おまえのポケモンも見せろよ。オレだけ見せておまえは見せないなんて、いくらなんでもそれじゃあフェアじゃねえよ」 「うん。分かってる!!」 ホントに分かってんのか? 即答するところが、とっても怪しいんだけど……ツッコミはなしにしよう。 ここで下手に機嫌を悪くされても困る。 でも、ナミはちゃんと自分のポケモンを見せてくれた。 「みんな〜!! こっちお〜いで〜っ!!」 声を張り上げて、敷地に放しているポケモンを呼ぶ。 ちゃんとその声が届いたらしく、こっち目がけて走ってくるポケモンたちの姿。 近づくに連れて、その姿が鮮明になってくる。 最先頭はやはりトパーズだ。 脚の速さに磨きをかけて、他のポケモンを引き離し、ぶっちぎりで一位。 他のポケモンが追いついてくるには時間がかかりそうだ。 その間に、オレは屈み込んで、トパーズに話しかけた。 「よう、トパーズ。元気にしてたか?」 「ワンっ!!」 身体の大きさはそれほど変わってないけど、顔つきは結構サマになってる。 脚の速さからしても、結構よく育てられてるな。 今はリラックスしている状態で、全身の毛は逆立っていない。 「トパーズちゃん、とっても脚が速いんだよ。 他のサンダースと勝負しても、たぶん負けないと思う」 「そりゃすげえや。バトルするのが楽しみだ」 オレはトパーズの首の下の毛に触れた。 気持ちいいのか、トパーズはニコニコ笑顔のままで、じっとしている。 で、こうしている間に、他のポケモンが追いついてきた。 ハピナスに進化したパールに、ニョロトノに進化したサファイア。 オレが知ってるのはこの二体だけで、あとは知らない。 オレがホウエン地方に旅立った後にゲットしたポケモンだろう。 サイドンに、ナッシー、ルージュラと、ニューラ。 結構面白い顔ぶれだと思う。 ナミとは明らかに無縁と思えるサイドンとかナッシーとかニューラ。 ルージュラあたりは結構雰囲気がナミと似ているというか……どちらにしても、みんななかなかよく育てられている。 やっぱり、ニックネームは宝石にちなんだものなんだろうか。 「名前は? やっぱり宝石?」 オレが訊く前に、ナミの方から話してくれた。 「サイドンがダイア、ナッシーがオパール、ルージュラがマリン、ニューラがアメジストなんだよ」 「宝石か……それらしくないのも混じってるけど」 似合ってるんだか似合ってないんだかもよく分からない。 呆れつつも、オレは見慣れた姿が傍にいないことに気づいた。 ナミのオマヌケさを体現したような、あのポケモンがいない。 「ナミ、ガーネットはどうした?」 ナミと言えばガーネットだ。 仮にもファーストポケモンなんだから、いつも傍にいて然るべきじゃないか? でも、ナミはニコニコ笑顔で空を指差した。 「……空?」 なんで空なのかと思いながら、ナミの指差した先を見やると…… 「ガーッ!!」 雄たけびを上げながら飛んでくる翼の影。 あれって……!! 「おい、あれがガーネット!? リザードンに進化したのか!?」 「うん!! ガーネット、こっちこっち〜♪」 オレの言葉にナミは大きく頷いて、飛んでくるリザードン――ガーネットに手を振った。 そっか…… ガーネット、進化したんだ。 ラッシーだって進化したわけだし、ガーネットが進化しても不思議じゃないとは思うんだけど…… いざ進化したガーネットをこの目で見ると、なんだか感じるものがあるよ。 ガーネットはナミの傍に降り立つと、オレに向かって首を伸ばしてきた。 ほぅ…… 「ガーネット、おまえ、本当にガーネットか? すげぇたくましくなったなあ……」 身体つきも立派になったし、貫禄もそれなりには漂わせている。 ヒトカゲの時は、すごくマヌケで、いつもオレに甘えてきてたけど…… さすがに進化して、そういった性格は影を潜めてきたようだ。 「でも、ちょっとマヌケなんだよ」 「……マジ?」 オレはナミの言葉に耳を疑った。 マヌケって…… まさか、パワーアップしたなんてことは……力が強くなった分、オマヌケで撒き散らすパワーもハンパじゃないってことか? いや、いくらなんでもそれはないだろう。 脳裏に芽生えた不吉な予感を振り払う。 でも、ナミは完全に自爆としか言いようのない言葉を突きつけてきた。 「オーバーヒートを覚えさせようと思って頑張ってたんだけど、火加減間違えちゃって、あそこをちょっと焼いちゃって……」 「ヲイ……」 ナミが指差した先――森に程近い部分が、焼けている。 言われるまで気づかなかったのは、あれが森の一部だと思ってたからかもしれないけど……確かに焼けている。 でもまた、ずいぶんと凄まじいオマヌケぶりを発揮してるなあ…… これには呆れるしかない。 火加減を間違えたなんて、ナミはいとも容易く言ってくれるけど、それって結構大変なことだろ。 だってさ、一歩間違えたら森林火災になってただろうし、じいちゃんだってさすがにそれは黙っちゃいなかったはずだ。 いや、それ以上にハルエおばさんには、こってり絞られただろう。 「だいたい、そういうのは場所を考えてだな……海に向かって放つとか、それくらいの工夫はしろよ」 オマヌケなのはガーネットだけじゃない。ナミも同じだ。 呆れるべきところなんだろうけど、なぜかホッとした。 オマヌケがナミの一部だって思ってるからかな……? 「でも、もう大丈夫。 オーバーヒートは覚えたし、これ以上は炎タイプの技を覚えさせるつもりなんてないんだから」 「いや、そういう問題じゃなくて……」 TPOを考えろってことだよ。 言うだけムダかもしれないけど。 「まあ、でも本当に久しぶりだよな、ガーネット。パールにサファイアも元気そうで何よりだ」 「ハッピー♪」 「トニョーロっ!!」 パールもサファイアもオレのことをちゃんと覚えててくれてるんだな。 なんだかうれしくなる。 あと…… 「ダイアにオパールにマリン、アメジストか……はじめまして、だな」 オレは残りの四体にも挨拶した。 みんなナミ色に染められているらしく、とても陽気で明るかった。 「さて……互いのポケモンを見せ合ったことだし、みんなを遊ばせよう。 カントーリーグが始まるまでは友達だろうし……」 「うん、そうだよねっ。みんな、アカツキのポケモンだよ。みんないい人ばかりだから、心配なんてしなくてもいいからね」 なんか言葉の使い方間違ってるだろ。 それこそツッコミを入れてやりたくなる。 だけど、ナミのポケモンたちはオレのポケモンたちに好意的な視線を向けている。 そのおかげか、みんなもナミのポケモンに対して警戒心を持ってないみたいだ。 リーベルは用心深いから、警戒心を持ってるんじゃないかと思ったけど……心配するだけムダだったらしい。 しかし…… 「これだと、カントーリーグで存分に戦えそうだな」 オレはニヤリとした。 ナミのポケモンは、オレがホウエン地方に旅立つ前と比べると、よく育てられている。 ナミが人知れず努力と苦労を重ねてきたことがよく分かるんだ。 これなら、カントーリーグで全力を出し切って戦えそうだ。 強敵だけど、その分燃えてくるってモンさ。 「バーナー……」 ナミがこの八ヶ月間、どれほど実力を上げたのか、とても楽しみに思ってワクワクしていると、ラッシーがガーネットに近づいた。 「がおっ!?」 ガーネットが目を見開いてラッシーを見やる。 二人はとても仲が良かったから、久しぶりの再会を喜んでいるんだ。 「がーっ!!」 「バーナーっ……」 ラッシーが背中から伸ばした蔓の鞭を、ガーネットが前脚でそっと包み込むように握りしめる。 ラッシー、とってもうれしそうだ。 ガーネットが進化して翼を宿し、たくましい体躯になったことを、友達として素直に喜んでるんだ。 ラッシーとガーネットの微笑ましい様子に中てられてか(あてられてか)、他のポケモンも少しずつ打ち解け合うようになった。 特にナミのポケモンは積極的で、オレのポケモンがむしろ戸惑いさえ見せていたほどだ。 でも、すぐにワイワイと騒ぎ出す。 「みんな楽しそう……」 「ああ、そうだな」 オレはニコッと笑いながら、みんなの楽しそうな顔を見やった。 ホウエンリーグで戦いの日々を過ごしてきたみんなが、こうやって心の底から楽しそうな、 うれしそうな顔を見せてくれるんだから、それだけで戻ってきた甲斐があったってことだろう。 少しはリラックスしてくれなきゃ、神経を張り詰めたままじゃ、最後まで戦い抜くことなんてできない。 ナミのポケモンと親睦を深められるんだから、それこそ一石二鳥だ。 「んじゃ、他のみんなを迎えに行くか……」 「あたしも行く〜っ!!」 「そうだな、一緒に行こう」 「わーい!!」 オレはナミを伴って、研究所に預けているポケモンの元へ向かった。 楽しそうに遊んでいるみんなはここに残す。 水を差しちゃ悪いからな……今日は、存分に遊ばせよう。 オレの気遣いを理解してか、みんなは遠ざかっていくオレたちを気に留める様子もなかった。 なだらかな坂を下り、森に向かう。 ホウエン地方でゲットしたポケモンの多くは森を棲み家にしているんだ。 青々とした葉が生い茂った大きな木が屹立する森は、さながらジャングルだ。 蔦が垂れ下がり、ポケモンたちが楽しそうに遊んでいる。 オレは森の手前で足を止め、声を張り上げた。 「お〜い、レイヴ、リゼール、ロッキー!!」 オレの声に驚いたポケモンたちが森の奥へと逃げるように走り去っていく。 なんだか悪いことをしちゃったけれど、その穴埋めは後できっちりやっとこう。 ケンジや姉ちゃんの手伝いで食料を運んでくるのもいいし、体調のチェックをするのもいい。 どのような形であれ、オレはここのポケモンたちが少しでも幸せになれるのなら、その手伝いをしたいと思ってる。 声は幾重にも反響しながら、徐々に小さくなっていく。 そんな中、ナミがポツリと漏らした。 「みんな、あんまり外に出てこないんだよね。なんていうの? そう、孤高の戦士ってヤツ」 「へえ、そんな言葉、いつ覚えたんだ?」 ナミがそんな難しい言葉をいつの間に理解したのか、オレはマジで驚いた。 目を剥くってのは、こういうことを言うんだって、自分でも分かるくらいさ。 何気に勉強とかしてるんだろうか。 ちょっと、期待してみたんだけど…… 「パパが、レイヴちゃんたちのことをそういう風に呼んでるから。覚えちゃった」 「なるほど……」 ありがちなことだったんで、驚いて損したと思ったよ。 ブリーダーをやっていたアキヒトおじさんは、時々研究所の敷地に赴いては、ポケモンの生態を調査してるんだ。 現に、今はそういう仕事をしてるって話だし。 ナミのことだから、おじさんにくっついて歩いて、何気におじさんが漏らした言葉を覚えてしまったんだろう。 レイヴやリゼールのことを言うのはまあ、間違っちゃいないんだけど……果たして、その意味を知ってるかどうか疑わしいけど。 完全にオレの声が森に吸い込まれて、不気味なほどの静寂が訪れて―― 「グゥゥゥスっ!!」 オレの声に応えるような、一際大きな鳴き声が森に轟いた!! この声は…… 前方、斜め上の枝に飛び移る影。 それは素早い動きでオレの目の前に着地した。 「お、レイヴ!! 元気してたか〜?」 「グ〜スっ!!」 現れたのは、ホウエン地方でゲットしたレイヴだった。 ザングースという種類で、ノーマルタイプのポケモンだ。 背丈はオレより少し低い程度で、全身を白い体毛が覆っている。 後ろ脚だけで立ち、鋭い爪が生え揃った前脚は、バトルの時に容赦なく相手を切り裂く刃となる。 左耳は紅を染み込ませたように赤くて、その色が頬の左側を稲妻のように走って、左目を貫いているように見えるんだ。 それは左肩から胸にかけても同じなんだけど、先祖代々から続く宿命のライバルとの戦いによってできた模様らしい。 ともかく、レイヴはとても元気そうだ。 挑戦的な性格で、ちゃんと元気でやってるかどうか、無茶なケンカばかり売ってないかどうか心配してたんだけど…… 最近は森の中でじっとしていたらしい。 まあ、いくら挑戦的でも、肩肘張りっぱなしっていうのは疲れることだからな。 「ぐぅぅぅ?」 レイヴはオレの手を取り、森の奥に案内しようとしているようだ。 「リゼールとロッキーがあっちにいるんだろ?」 「グ〜スっ!!」 レイヴの考えそうなことだ。 リゼールとロッキーはレイヴほど動きが素早いわけじゃないから、ここまで来るのに時間がかかっているらしい。 だから、一緒に行こうと言ってるんだ。 オレはレイヴに引っ張られるようにして駆け出した。 危うく足下を這う蔦に足を取られそうになったけど、すぐに体勢を立て直す。 一分ほど走ったところで、レイヴが立ち止まってオレの手を離す。 案内されたのは、森の中にあって拓かれた場所だった。 オレは研究所の敷地を知り尽くしたつもりでいたけれど、こういう場所があるとは知らなかった。 もしかしたら、オレが旅立ってから、こういう風になったのかもしれない。 そう思っていると、茂みの奥から二体のポケモンが姿を現した。 「リゼール、ロッキー。久しぶりだなあ……元気だった?」 「キノ〜っ!!」 「ヤルッキ〜っ!!」 声をかけると、リゼールとロッキーはうれしそうに嘶きながら走ってきた。 駆け寄ってくるなり、いきなり抱きついてくる!! 「うわっ!!」 二体の勢いにはさすがに逆らいきれず、オレはそのまま押し倒されてしまった。 服が汚れるのは覚悟の上だけど、それ以上にみんなが元気そうにやってる姿を見られて、それだけで満足だ。 リゼールはキノガッサというポケモンで、草と格闘タイプの持ち主だ。 頭にキノコのカサをかぶっていて、バトルの時は自慢の胞子を放って、相手を眠らせることができる。 下半身はというと、レイヴと同じく後ろ脚だけで立ち、前脚は強烈なパンチを繰り出せるよう、数十センチ伸び縮みするんだ。 そのスピードと威力は、オレのポケモンの中でも上位に位置する。 ロッキーは、いかにもやる気満々といった表情の持ち主だ。 体格的にはレイヴと同じくらいで、攻撃力だけならレイヴに劣るものの、その他の能力ではレイヴに勝っている。 特性『やる気』は、バトルで眠り粉を受けようと、歌われようと、眠りの状態異常を一切受け付けない。 ただ、それだと自分から『眠る』こともできないんだけどね。 ともあれ、みんなとっても元気そうだ。 「ホウエンリーグじゃ出してやれなくてごめんな。 でも、カントーリーグでちゃんと出してやるからさ。楽しみにしといてくれよ」 「キノ〜っ!!」 「ヤルッキーっ!!」 「グ〜スっ!!」 押し倒されたままの状態で言葉をかけると、三体揃って喜び始めた。 やっぱり、ホウエンリーグに出してもらえなかったのはショックだったんだろう。 でも、カントーリーグではちゃんと出番を用意するつもりだ。 単純な実力なら、ラッシーたちと比較しても遜色ない。 ただ、ホウエンリーグはダブルバトルだったから、コンビネーションを最大に発揮できるオーダーを組む必要があった。 だから、レイヴたちは止む無く外すしかなかったんだ。 「よかったね〜」 みんなが喜んでいるのを見て、ナミが笑いながら手を叩く。 カントーリーグはシングルバトルだから、単純にタイプバランスのいいオーダーを組めばいい。 コンビネーションは関係ないから、ホウエンリーグのオーダーよりも自由度が高くて、オレの裁量を存分に発揮できるんだ。 今のところは、リゼールは確実に出すとして、レイヴとロッキーはどちらかを出したい。 バトルによって交代させるのが一番かもしれない。 ただ、後々までよく考えて、そのオーダーも途中で変えてしまうかもしれないけど…… リゼールとロッキーが喜んでる間に、オレはゆっくりと立ち上がって、服やズボンについた泥を拭った。 「なあ、他のみんなも帰って来たからさ、会いに行けよ」 喜ぶのはほどほどにして、そろそろみんなと遊んでもらわなければ。コミュニケーションの醸成には、実際に触れ合って遊んでもらうのが一番なんだ。 「さ、行くぞ!!」 「グ〜スっ!!」 「あ、待ってよ!!」 オレたちが一斉に駆け出したことに驚いて、ナミが慌てて後を追ってくる。 こういう日常のひとコマも、たまに存分に味わうってのもいいモンだな……みんなのいる場所に戻るまでの間、オレはそんなことを思わずにいられなかった。 その晩は、やはりパーティだった。 親父は海外に出張してるんで、さっき電話でいろいろ話をした。 オレの成長ぶりを素直に喜んでくれてたけど、やっぱりまだまだだなって、ちょっと厳しい意見ももらった。 出張でパーティに出られない親父に代わって、アキヒトおじさんとハルエおばさんが出席することになって…… 「なかなかいいバトルだったわ。でも、優勝を目指すならもっと頑張らなきゃね」 ハルエおばさんにジュースを注いでもらった時、チクリとそんなことを言われた。 それはおばさんなりの励ましだと思って、素直に受け取っておいた。 厳しいとばかり思ってたんだけど、オレがホウエン地方で旅をしていた八ヶ月間に、 ちょっと角が取れて雰囲気が柔らかくなったというか、優しくなったというか…… 少なくとも、旅立つ前のおばさんとは明らかに別人だ。 ナミが変わったように、おばさんもちょっとは変わったんだろう。 厳しさばかりじゃ子供はちゃんと育たないって、親父から言われて気づいたらしい。 「ホウエンリーグ、すごかったよ。手に汗握るバトルだった」 「そうね。オーダイルとの絆を見せてもらったわ」 「いや、それほどでも……」 アカツキは隣のテーブルで、ケンジとナナミ姉ちゃんの質問攻めに遭っている。 ポケモンを研究する立場からして、アカツキが強く育てたポケモンについて興味津々といった様子だ。 でも、アカツキは嫌がりもせず、素直に答えている。 そういった姿勢が、ケンジと姉ちゃんの好感度を上昇させたらしく、質問の内容が徐々にシビアでプライベートなものへ。 果たして、アカツキがそれに気づいているのか……いや、ケンジと姉ちゃんの誘導尋問は巧みで、気づいてる様子はない。 サトシはナミとオーキド博士の三人と話し始めて、当分は終わるとも思えない。 アキヒトおじさんとハルエおばさんは夫婦の話を弾ませるばかりで、入り込む余地はなさそうだ。 消去法で、オレは母さんと話をすることになった。 もちろん、久しぶりに話すものだから、いろいろと話に花が咲いて、気づかないうちにすごく楽しい気持ちになってたんだ。 「やっぱり、あなたって男の子ね。 そうやって、夢を一途に追いかけてる姿を見ると、本当にそう思うの」 「そうかな……オレ、よく分かんないけど……できることを一つ一つ積み重ねてるだけだよ。そんなにオオゲサなものじゃない」 唐突に投げかけられた言葉にオレは驚いたけど、頭を振った。 危うくグラスを取り落としそうになった。 母さんがこんな風にオレをドキッとさせるようなことを言うのは、本当に久しぶりだと思う。 オレは別に驚いたことを表情に出したつもりはないんだけど、母さんは当たり前のように見抜いて、ニコッと笑った。 やっぱり、親だから子供の感情を理解しちゃうのかな。 「それを一途って言うの。お父さんによく似てるわ。 あの人も若い頃、ちょっと無謀だったけど、一生懸命に走ってた。そんな姿に惹かれたのね、あっという間に好きになっちゃった」 うれしそうに話す母さんの顔は、まるで花園でときめく少女のようだった。 いや、実際、気分は少女そのものだろう。 青春時代に戻ったみたいな笑顔に、オレは母さんの息子で本当に良かったって思ったよ。 ときめいて言葉を止められないといった風に、母さんは続ける。 「いつかはあなたもそういう風になるのかなって思うと、本当に楽しみなの。 ホウエンリーグじゃ負けちゃったけど……カントーリーグは前以上に頑張れるように。期待してるわよ」 「うん、頑張るよ」 目指すのは優勝だけ。 それはカントーリーグでも同じ目標として掲げていく。 オレが頑張ることで誰かが喜んでくれるのなら、それも悪くはない。 もちろん、オレ自身や、オレのために頑張ってくれるみんなが最高に喜べる形にするのがベストなんだけどさ。 「たくさんの良き仲間に恵まれたのね…… やっぱりラッシーはあなたにとって特別な存在だと思うけど、同じくらい、他のみんなもよく頑張ってくれたもの。 それは、あなたのために頑張ろうって思ってたからだわ。お父様がよく仰られてたもの」 「そうだと、うれしいな……」 みんながオレのために頑張ってくれてるのは知ってる。 でも、それを自慢にしたりはしない。したくないから、オレは言葉を濁した。 オレだって、みんなの頑張りを無駄にしたくないから、トレーナーとして的確な指示を出せるように、 脳細胞をフルに活用してバトルを戦い抜こうと思って頑張ってきたつもりだ。 当たり前なことだけど…… みんながオレのために頑張ってくれるように、オレもみんなの信頼に応えられるように頑張ろうと思える。 みんながオレを支えてくれるから、オレは頑張れる。 オレがみんなを信じているから、みんなも頑張ってくれる。 お互いに支え合ってきたから、ここまで頑張ってこれた。 そうやって今まで歩いてきた道を振り返ってみると、この八ヶ月間は、やっぱり長いようで短かった。 「みんな、とっても大切な仲間だし……家族だからさ。やっぱり、トレーナーを続けて正解だって思った」 「そうね。お父様の手前、研究者よりも似合ってるなんて、声を大にしては言えないんだけどね」 母さんは頷くと、サトシとナミに両脇を囲まれて談笑しているじいちゃんを盗み見るように振り返りながら含み笑いを漏らした。 母さんらしいや…… 親父がいなくて、寂しかったんだろう。 だから、オレが帰ってきて、とてもうれしいんだ。 いろいろと話に花を咲かせるのは、寂しさの裏返し。 ちょっとだけ、複雑だけど…… 「でも、まあ……」 母さんは笑みを浮かべたまま、水をひと口含んだ。 「カントーリーグじゃ、ナミちゃんと戦うことがあるかもしれないわね。 今まで以上に辛い戦いになるかもしれないけど……わたしはあなたを応援してるわ。 お父さんも、生中継は見られないとしても、録画くらいはしてるはずだもの」 「そうだよな……親父、後で絶対見るよな。変な戦いなんてできないや……」 「うん。 あの人、ホウエンリーグであなたが負けた時、本当に悔しがってた。 自分のことみたいに、純粋に、子供じみて見えたものだから、笑っちゃいけないところなんだけど、ちょっとだけ笑っちゃったの」 「そうなんだ……親父がねえ……」 オレは意外に思った。 だって、あの親父が、オレがホウエンリーグでサトシに負けたところを見て、感情むき出しにして悔しがるなんて…… そんなの想像すらつかないだろ!? これはマジでサプライズだ!! あの親父にそんな一面があったなんて、知らなかった。 これで少しは親父をからかえるかも……何気に、からかってみたくなったんだ。 今度マサラタウンに戻ってきた時には、このネタを使って、親父が悔しがるシーンをプレイバックしてみるのもいいかも。 「今……あの人がいないから言えるんだけどね」 「……?」 意味深な言葉を漏らす母さん。 一体何を言い出すんだろう? オレは知らず知らずに身を乗り出していた。 親父がいたら言えないことか……となると、やっぱり親父の隠された一面か!? なんて無責任な期待を馳せていると、 「わたし、あなたが初めて旅立つ時まで、お父さんが言ってたみたいに、博士になった方がいいんじゃないかって思ってたの」 「そうなんだ……知らなかったよ」 意外なものかと思ったけど、案外そうでもなかった。 「あなたはあなたで、やりたいことがあるんだし、そっちを尊重したいとも思ってたの。 でもね、あなたはポケモンの知識をすぐに吸収しちゃうから、博士に向いてるんじゃないかって思うのが普通よ」 「うん」 「その知識をフルに使ってトレーナーをやれば、その方が伸びるのは当たり前な話よね。 あの人はよく言ってたわ。 『アカツキの知識なら、どんな不利な状況でも必ず覆して勝利への方程式を立てられる』って」 「そんな、オオゲサな……」 なんだかくすぐったくなるような一言だ。 でも、うれしかった。 親父は、表向きはオレに博士になれって強要してたけど、それはオレの成長を促すためのものだった。 半分は本気で博士になってほしかったみたいだけど、残りの半分は、オレの思い描いた道を進んでほしいと思ってたんだ。 だから、親父がそんなことを言ってたと知って、とてもうれしかった。 とはいえ、ホウエンリーグじゃ方程式は完成しなかったけど。不利なバトルを覆して勝利したことはある。 ジム戦なんかはその典型的なパターンだ。 キャリアじゃ勝てないから、知識をフル活用しなきゃ勝てなかった。 やっぱり、親父はオレのことをちゃんと見てくれてたんだなって思う。 「あなたならできるわ。 でもね、だからって無理をしなくていいのよ。 あなたにしかできないバトルをしなさい。 勝ち負けじゃない。 他の人には絶対にマネできないようなことをしていけば、それでいいんだから」 「うん」 オレにしかできないバトルか…… 母さんの言葉はありふれたものだけど、やっぱり母さんが言ってくれただけあって、その重みは確かだった。 でも、だからといってそれはプレッシャーなんかじゃない。 心のこもったエールだ。 胸が熱くなった。 何がなんでも、次は負けられない。 オレのハートはすでに熱く燃え上がっていた。 新たな戦いの舞台へ、心が飛んでいくのを感じたんだ。 To Be Continued…