リーグ編Vol.04 ライバルたちとの戦い <後編> ――翌日。 二回戦の相手は、ホウエン地方からやってきたミツルだった。 岩のフィールドで対峙したミツルは、以前にバトルした時のような、 どこか気が弱そうで頼りないという印象をまったく感じさせないような表情をしていた。 本当に同一人物かと見紛うけれど、だからこそ強敵だとすぐに分かったんだ。 「これより、二回戦第二試合、トウカシティのミツル選手対、マサラタウンのアカツキ選手のバトルを行います」 審判の言葉に、フィールドの空気が緊張に引き締まるのを感じた。 昨日の相手みたく、ミツルはおしゃべりなヤツじゃないんだ。昨日のような調子で勝つことはできないだろう。 「ミツル選手の先攻です。ポケモンを出してください」 「はい」 審判に促され、ミツルは緊張した面持ちで腰のモンスターボールに手を触れた。 どんなポケモンを出してくる……? 以前にバトルした時は、地面とドラゴンタイプを併せ持つフライゴンを出してきた。 圧倒的な攻撃力で、オレとナミを窮地にまで追い込んだんだ。 あの時の強さも脅威的だったけど、今はさらに磨きがかかってるはずだ。 オレが胸のうちで考えていることなど露知らず、ミツルは手に取ったモンスターボールをフィールドに投げ入れた!! 「サーナイト、出番だよ!!」 サーナイト……!! 着弾したモンスターボールから飛び出したポケモンに、オレは目を瞠った。 「るぅぅぅ……」 旋律のような声を出すサーナイト。 ほうようポケモン・サーナイト。 エスパータイプのポケモンで、物理的な攻撃や防御は弱いけど、特殊な攻撃や防御には強い。 服とスカートが一体になったようなモノをまとった緑の髪の女性に見えるような外見が特徴だ。 もちろん、見た目がそれでも、性別がオスってこともあるんだけどね。 サーナイトは何も言わず、じっと佇んでオレに静かな視線を向けている。 ――あなたが何を出そうと、必ず勝ちますが……何か? ……って、穏やかだけど芯のある視線が物語っている。 ともかく、いきなりサーナイトを出してきたのは、ラッシーを警戒してのことだろう。 ラッシーは毒タイプを持つから、サイコウェーブやサイコキネシスといったエスパータイプの攻撃を受けるとかなりヤバイ。 オレならそれを承知でラッシーを出そうと思わない。 ミツルはオレの心理を巧みに突いて、一番手にサーナイトを持ってきたんだろう。 上手いな…… だけど、相手がエスパータイプなら、こっちは…… オレは腰のモンスターボールをつかんだ。 「ロータス、行くぜっ!!」 フィールドに投げ入れたのは、ロータスのボールだ。 ロータスは着弾と同時に飛び出してくると、サーナイトを威嚇するように腕を大きく振りかぶった。 鋼タイプとエスパータイプの防御で、相手のエスパータイプの技のダメージを大きく減らせる。 その上、ロータスはエスパータイプ同士の戦いになることを想定して、シャドーボールを覚えさせてある。 もちろん、サイコキネシスや念力といったエスパー技だって使えるけど、どっちかというと、物理攻撃の方が強い。 「メタングか……なかなか面白いポケモンを出したね」 ミツルが口元に笑みを浮かべつつ、小さくつぶやく。 サーナイトに対するポケモンを出してくることは織り込み済みといった様子だ。 まあ、それくらいは見越しとかないと、バトルには勝てないだろう。 「準備は整いましたね。では、バトルスタート!!」 「サーナイト、封印!!」 「……くっ!!」 開始と同時にミツルがサーナイトに指示を出す。 オレは呻くしかなかった。 いきなり『封印』を仕掛けてくるとは思わなかったんだ。 この技は効果が発動するまでの時間が短く、今から攻撃を仕掛けたところで止められるものじゃない。 サーナイトが両腕を胸の前で交差させ、なぎ払うように左右に打ち広げる!! その瞬間、フィールドを青とも赤とも区別のつかない色の光が駆け抜けた!! 『封印』は、自分の覚えている技のいくつかを、相手に使わせなくする技だ。 ミツルのヤツ……やってくれるぜ。 オレが『サーナイトに対して有効なポケモンを出す』ことを見越して、『封印』を使わせたんだ。 サーナイトがどの技を選んで封印をかけたのかは分からない。 ただ、エスパータイプということで共通する技……サイコキネシスや念力は確実に封印しただろう。 あとは、弱点を突かれることを警戒して、シャドーボールも……サーナイトもシャドーボールを覚えられる。 ただ、物理攻撃力に乏しいサーナイトがシャドーボールで相手の弱点を突いたとしても、与えられるダメージはそれほど大きくはない。 それならむしろ、相手のシャドーボールを『封印』して、相手の手数を減らして身を守るために覚えさせるだろう。 実に厄介なことをしてくれるよ。 ここは、シャドーボールも封印されたという前提で戦うしかない。 『使える』か『使えない』か、どっちかを早めに決めておいた方がいいんだ。 もちろん、ここで『封印』したように見せかけるという可能性もある。 だけど、それを論じて意識が離れている間に攻め込まれては本末転倒。 だったらこの際、シャドーボールは使えないと決めてかかるべきなんだ。 ロータスの攻撃技は、なにもシャドーボールだけじゃない。 コメットパンチや瓦割りといった強力なラインナップがまだまだ控えている。 それらの技を駆使して、一気に攻め込む!! サーナイトは接近戦を苦手としている。 懐に入ってしまえば、ロータスを暴れさせてやればいい。 「ロータス、突進!! サーナイトに迫れ!!」 オレの指示に、ロータスが腕を引っ込めて、一直線にサーナイト目がけて突き進む!! 重力を打ち消して宙に浮かんでいるだけに、動きはとても滑らかで、無駄な部分が一切ない。 この突進でダメージを与えられれば良し。 与えられなくても、距離を詰められれば攻撃のチャンスは増える。 だけど、そこはミツルもちゃんと考えている。 「サーナイト、10万ボルト!!」 慌てることなく、堂々と指示を出す。 10万ボルトか…… エスパータイプのポケモン同士の戦いでは、サイコキネシスやサイコウェーブじゃ決定打にならない。 だからこそ、他のタイプの技で攻撃する必要があるんだ。 もちろん、10万ボルトだって厄介だから、これは攻撃と同時に、『封印』で防御するために覚えさせたんだろう。 ダブルバトルで、電気タイプの技にめっぽう弱いギャラドスやマンタインといったポケモンと組む際には、 10万ボルトを『封印』することで、電気技の脅威から仲間を守ることができる。 面白い戦い方だ、とても参考になる。 オレのポケモンに『封印』を使えるヤツはいないけど、ゲットしたらさっそく実践させてもらおう。 サーナイトは飛来するロータスを前にしても、全然慌てていない。 見た目とは裏腹に、ずいぶんと肝の据わったポケモンのようだ。 両腕を前にかざすと、腕から電撃の槍が飛ぶ!! かなりの威力だけど、本家の電気タイプと比べると、やっぱりちょっと劣る。 バトルではそのちょっとの差が大きく響いてくることがある。 電撃の槍はロータスを直撃したけど、ロータスの動きはまったく鈍らない。 ダメージはそれほど大きくないと分かるんだ、回避させる必要がない。 むしろ、回避させることでサーナイトから遠ざかれば、今度は容易に近づけさせてはくれないだろう。 だから、リスクを冒してでも、一気に相手の懐に飛び込む必要がある。 虎穴に入らずんば、虎児を得ず……っていう言葉があるだろ。 それと同じさ。 相手を確実に倒すには、相手の苦手とする接近戦に持ち込むしかない。 近づかれれば不利になる…… ミツルもそれは分かっているはずだ。 次はどんな手で来る……? 「サーナイト、スキルスワップ!!」 スキルスワップ……!? 一体何をする気だ? オレはミツルの意図するところが読めなかった。深い霧がかかっていて、覗こうにも覗けない。 サーナイトとロータスの身体に淡い光が宿る。 攻撃技じゃないから、慌てる必要はないんだけど…… 本当に何をするつもりだ? サーナイトとロータスの身体から、ドッジボールほどの大きさの光の珠が飛び出して、交差して戻っていく。 スキルスワップは一時的に自分と相手の『特性』を交換する技だ。 これを使えば、『なまけ』がネックのケッキングをずっと行動させっぱなしにすることができるし、 『浮遊』を持つゲンガーに地震でダメージを与えられるようになる。 使い方によってはバトルの流れをグッと引き寄せることができるんだけど…… サーナイトの特性は『トレース』か『シンクロ』。 対するロータスは、能力低下を防ぐ『クリアボディ』だ。 スキルスワップで特性を交換するなら、サーナイトの特性は『シンクロ』。『トレース』は相手の特性を写し取るんだから、わざわざスキルスワップを使う必要はない。 「続いて、鳴き声!!」 「……そういうことか……!!」 ミツルの指示に、オレはやっと何をするつもりなのか、理解できた。 サーナイトとロータスの身体から光が消える。 「るぅぅぅぅぅっ!!」 続いて、サーナイトがけたたましく鳴き声を上げる!! 鳴き声は相手の攻撃力を少し下げる効果がある。 ……そう、ミツルはスキルスワップで特性を交換することで、ロータスの『クリアボディ』を奪ったんだ。 能力低下を一切受け付けない特性を外されれば、鳴き声で攻撃力を下げることができる。 ロータスが物理攻撃主体のポケモンだと見抜いたからこそ、そうやって攻撃力を下げる方法を選んだんだ。 くっ……いきなり流れがミツルに向いているとは……!! 簡単に勝たせてくれないとは思っていたよ。 でも、まさかここまでしてくれるとは思ってなかった。 ロータスの攻撃力が少し下がった状態で、突進がサーナイトにヒット!! サーナイトは二メートルほど吹っ飛ばされたけど、大したダメージを受けていないらしく、軽やかに着地した。 どんどん攻撃力を下げていけば、受けるダメージを小さくできる。 倒されるまでにかかる時間も長くなり、その間に相手を倒すチャンスが増える…… 完全に計算づくの戦術だけど、それを見事にやってのけてるところがマジですごい。 だから、今回は何がなんでも負けられない!! 「ロータス、怯むな!! シャドーボールがダメなら、コメットパンチだッ!!」 ロータスはすでにサーナイトと目と鼻の先の位置まで接近している。 ここからなら、まず避けられない。 シャドーボールが封印されたなら、最大の威力を誇るコメットパンチで攻めまくるのみだ!! コメットパンチは、時々自分の攻撃力をアップさせる追加効果を秘めている。 鳴き声で下がった分を補ってもお釣りが来るほどの上昇幅だから、ここはコメットパンチをメインにして戦っていくしかない。 ロータスが掲げた腕に、神秘的な色の光が宿る!! 「ごぉぉぉっ!!」 裂帛の気合(……だろう)と共に、ロータスがコメットパンチを繰り出す!! これならいくらなんでも避けられまい!! 彗星がたなびくように光を放出しながら、ロータスの渾身の一撃がサーナイトを直撃!! 「サーナイト……!!」 ミツルが叫ぶ。 攻撃力を下げられてもなお、ここまでの威力を発揮するとは思わなかったんだろう。 高い威力の一撃を食らい、サーナイトが大きく吹き飛ばされる!! うーん…… 技は充実してるけど、防御力に関しては本気で鍛えてないな…… 短所には目をつぶり、長所を特に鍛えて強くするやり方は確かにあるけど、ミツルはより実戦的にポケモンを鍛えているようだ。 スキルスワップと鳴き声のコンボで相手の攻撃力を下げることで、防御力を上げずとも、受けるダメージを少なくできる。 でも、それが効かない相手には辛い気がするぞ。 コメットパンチの攻撃力アップの効果は発動していないようだけど、これだけのダメージを与えられれば、このまま押していける。 「ロータス、コメットパンチを連発だ!!」 「ごぉぉっ!!」 オレの指示に、ロータスがサーナイトに追いすがる!! 鳴き声で攻撃力を下げられた時にはどうなることかと思ったけど、なんてことはない。 心配するだけ損をした気分だ。 一直線に飛んでくるロータスを見やりながら、サーナイトがゆっくりと立ち上がる。 手痛い一撃を食らったっていうのに、まったく慌てていない。 それだけトレーナーのことを信頼してるってことか……次の指示で状況を覆せるという確信だ。 ふん…… どんなモンか、見せてもらおうじゃないか。 「サーナイト、10万ボルト!!」 って、何をしてくるかと思えば、またしても10万ボルト。 サーナイトが放った電撃を受けながらも、ロータスは怯まない。 与えたダメージに比べれば、大したことはない。 「未来予知!!」 続いて未来予知……!? 未来予知は、未来に攻撃を予知して、それを現実にする技だ。 言い換えれば、迫り来るロータスに対して攻撃することができない。 サーナイトの身体から淡い光が立ち昇り、空に吸い込まれて消えた。 目の前の相手を攻撃せずに、何をするつもりだ……? そうやってサーナイトが変なことをしている間に、ロータスが眼前まで迫る!! 二発目を食らえば、いくらサーナイトでも戦闘不能寸前のダメージになるだろう。 そうなってからじゃ、回復技を使おうが追いつかないぞ。 ミツルならそれを承知しているはずなんだけど…… もちろん、承知してた。 だけど――オレは、ミツルの計算高さを誤解していた。 「サーナイト、道連れ!!」 「げっ!!」 オレはマジでビクッと震えた。 「ロータス、ストップストップ!! 今、攻撃するな!!」 慌てて指示を出したけど、遅かった。 ロータスはサーナイトに接近しすぎていて、今さら攻撃を取りやめることなどできなかった。 このタイミングまでキッチリ計算してたってことか……!! サーナイトの身体から、夜の闇を思わせるオーラが噴出する。 そのオーラに包まれたロータスが、サーナイトにコメットパンチを食らわせた瞬間…… ばしぃんっ!! 今度は雷がはじけるような音。 二発目のコメットパンチを受けたサーナイトがその場に崩れ落ちると、ロータスまで倒れてしまった!! 本気で道連れにしてきた、だと……!? サーナイトの上に覆いかぶさるようにしてロータスが倒れると、闇のオーラは消えてなくなった。 「くっ、やられた……!!」 まさか、このタイミングで道連れを使ってくるとは思わなかった。 道連れは、自分が倒されると同時に相手も戦闘不能にしてしまう、相打ちにする技なんだ。 ミツルはマジで計算高い。 ポケモンの交代ができないバトルで、分が悪いと踏んだら即座に相手を道連れにする。 10万ボルトで満足なダメージを与えられず、かといって得意のエスパー技でも同じ。 攻撃的な面で勝てないと踏んで、ジリ貧になる前に見切りをつけ、ロータスもろとも戦闘不能になる方を選んだ…… マジでヤバイだろ、そのやり方。 別に悪いと言ってるわけじゃない。 でも、あまりに突飛すぎて、普通のトレーナーの思考には入り込めない。 「メタング、サーナイト、戦闘不能!!」 審判が両者の戦闘不能を告げる。 いきなり相打ちとは…… 残りが二体になったということよりも、精神的なショックの方がマジで大きかった。 計算づくのバトルとなると、ミツルはすでに次の手を用意していると見るべきだ。 フライゴンで来るか……!? 次のポケモンは誰か……そんなことを考えていると、 「戻って、サーナイト!!」 ミツルが倒れたサーナイトをモンスターボールに戻した。 「戻れ、ロータス」 オレも少し遅れてロータスをモンスターボールに戻す。 こういう形で倒されるとは、さすがに予想もつかなかったよ。 普通に勝てる相手なら、10万ボルトやサイコキネシスで攻撃するだろう。 勝てない相手なら、道連れで確実に倒す。 倒したポケモンが相手のエースなら、それこそ相手に与えるプレッシャーは甚大。 何とかとハサミは使いよう、と言うように、道連れも使い方によっては戦況をひっくり返すほどになるんだ。 「サーナイト、お疲れ様。ゆっくり休んでて」 ミツルは優しい声でつぶやいた。 その顔には寂しげな笑みを浮かべている。 やっぱり、あんな戦い方をさせたことを申し訳なく思っているらしい。 いくら計算高くても、心が痛まないはずがない。 でも、サーナイトはそれでもいいって思ってるんだろう。互いに信頼しているんだから。 オレなら……あんな戦い方はさせないし、できない。 「両者とも、次のポケモンを出してください」 二体目か…… ここで先にミツルのポケモンを倒すことができれば、勝利は近い。 それだけに、ミツルが何を出してくるのか、ちゃんと見極めなければ。 道連れでロータスを戦闘不能にしたということで、先攻はミツルだ。 「…………」 表情を真剣に戻して、モンスターボールを手に取る。 しげしげとボールを見やる。 何かを確かめているようにも見えるけど、すぐにボールをフィールドに投げ入れた!! 「行くよ、シャワーズ!!」 二番手はシャワーズか…… 投げ入れたボールが口を開き、中からシャワーズが飛び出してきた!! 「しゃうぅぅぅ……」 甲高い声を上げ、身構えるシャワーズ。 五つあるイーブイの進化形の一つだ。 ブースターに進化したラズリー。 サンダースに進化したトパーズ。 シゲルが進化させたのはブラッキーだ。 残りはエーフィとシャワーズ。 シャワーズは名前どおり、水タイプのポケモンだ。 ブースターほど攻撃力に優れたわけでも、サンダースほどスピードに優れたわけでもない。 だけど、シャワーズがその二体を遥かに上回る能力は、何と言っても体力。 シャワーズは見た目とは裏腹にかなりタフで、弱点の攻撃を受けても一発じゃ倒せないとさえ言われている。 透き通るような鮮やかなブルーの身体。 背中から尻尾にかけて、人魚と見紛うようなヒレがついていて、一時期は人魚と間違えられたことがあるらしい。 でも、なかなか強敵だ。 シャワーズに対して有利なタイプのポケモンで戦わなければ、確実に負ける。 そこで、出すべきなのは…… 「リゼール、行くぜ!!」 弱点を突くことができるのは、リゼールとラッシー。 ラッシーは最後まで温存しときたいから、ここはリゼールで相手をしよう。 オレがフィールドに投げ入れたボールが口を開き、中からリゼールが飛び出してきた!! 「キノッ!!」 リゼールはプロボクサーのようにパンチを繰り出しながら声を上げた。 草タイプの技で弱点を突くことができ、なおかつ強力な格闘技でサポートする。 その上、キノコの胞子でシャワーズを眠らせることもできる。 「キノガッサか……やっぱり、弱点を突いてきたね……」 ミツルが目を細め、小さくつぶやく。 弱点を突いてくるなら、ラッシーを予想してたんだろう。 でも、シャワーズならリゼールの弱点を突くことができる。 冷凍ビームで動きを止めれば、勝つことはできるから、慌てちゃいない。 両者の準備が整ったところで、審判がバトルの再開を告げる。 「バトルスタート!!」 「シャワーズ、雨乞い!!」 先手はミツル。 水タイプの技の威力を引き上げる雨乞いで、バトルを有利に進めようということか…… でも、威力が上がったハイドロポンプを受けても、リゼールなら大したダメージにはならない。 水タイプの技の威力を上げるという意味じゃなく、他に何らかの意図があって使ったとしか思えない。 要注意だ。 でも、ここは一気に攻める!! 「リゼール、マッハパンチ!!」 マッハパンチは素早い動きで相手にパンチを食らわせる技だ。 電光石火と並ぶスピード技で、一気に相手との距離を詰められる。 リゼールが一歩、脚を前に踏み出し―― その姿が消える!! 目にも留まらぬスピードで、瞬く間にセンターラインを通り過ぎてシャワーズに迫る!! 「速いッ!! でも、甘いよ!! シャワーズ、吹雪!!」 ミツルはリゼールのスピードに驚きながらも、冷静さを保っている。 やっぱり、雨乞いで何かを企んでるな…… シャワーズも慌てることなく、口から猛烈な吹雪を吐き出す!! 本家に威力が及ばない吹雪なら、弱点でもダメージはそれほど大きくない。 その気になればギガドレインでシャワーズの体力を吸い取れるんだから、ここはダメージ覚悟で一気に攻め入る!! オレの気持ちを汲んで、リゼールは立ち止まるどころかスピードを上げて、シャワーズに迫る!! 吹雪を食らいながらも、リゼールのマッハパンチがシャワーズに炸裂!! ごぅんっ!! 目にも留まらぬパンチを避けられるはずもなく、シャワーズが毬のように転がって、運悪く岩に叩きつけられる!! これはかなりのダメージだ。 シャワーズがタフでも、これを何度も受ければさすがに戦闘不能になるはず…… シャワーズはパッと起き上がると、何事もなかったように身構える。 ……もう一発マッハパンチで攻撃を加えてもいいけど、同じ手を二度も食らうほど、ミツルはバカじゃない。 自慢の計算力で、すでに対策は練っているだろう。 そうなると…… 考えている間に、突然空から光の槍が降り注いできた!! これは……未来予知……!? サーナイトが残した技だ。 やられた時のことを想定して、次のポケモンを出した後でも攻撃できるようにしといたのか。 「リゼール、避けろ!!」 リゼール目がけて降り注ぐ光の槍。 でも、リゼールは左右に軽く動くだけで、降り注いで炸裂する光の槍をすべて避わしてみせた。 この間に冷凍ビームでも放たれたら、ひとたまりもないんだけど…… 「水鉄砲!!」 「……?」 未来予知による攻撃を避わした直後、ミツルが指示を出す。 冷凍ビームじゃなくて、水鉄砲だ。 リゼールにダメージを与えるなら氷タイプの技を使うのがセオリーなんだけど……何を考えてる? オレの考えをよそに、シャワーズは口を大きく開いて、水鉄砲を発射する!! 雨乞いによって威力の上がった水鉄砲は、並のポケモンが放つハイドロポンプに匹敵するほどになっている。 でも、直線軌道の技を食らうほど、こっちも甘くない!! 「リゼール、避わせ!!」 オレが指示を出すまでもなく、リゼールは軽いフットワークで水鉄砲を避わす。 「続いて水の波動!!」 水の波動……? 超音波を含んだ水鉄砲を放ち、相手を混乱させることがある技だ。 超音波のおかげか、威力は水鉄砲より高いけど、これまたリゼールが軽く避けてみせる。 「ハイドロポンプ!!」 今度はハイドロポンプ? まともに食らわないことくらいは分かりきってるだろ。 ヤケを起こしたんじゃないかと疑いたくなるけど、ミツルの目は冷静そのものだ。 何らかの企みがあって、わざとこんな単調な攻撃を仕掛けてるとしか思えない。注意が必要だ。 強烈な水の弾丸も、リゼールの脇を通り過ぎて、フィールドの中央に炸裂!! 水鉄砲、水の波動、ハイドロポンプと、水タイプの技・三連発で、岩のフィールドには水たまりができていた。 水たまりに降りしきる雨が、無数の波紋を作り出す。 しかし……一体何をするつもりなんだ? 攻撃の合間に冷凍ビームでも放たれちゃたまらないから、リゼールには避けるように指示を出したけれど…… 単調な攻撃は罠だ。 ミツルなら、確実にトラップとして用いるだろう。 一番注意しなければならないのは、恐らく、次の指示…… フィールドにたまった水を利用して、何かをするつもりなんだ。 水たまりを凍らせて、こっちの動きを封じる作戦か……? 警戒しつつ、攻撃の機会を窺う。 「シャワーズ、電光石火!!」 ミツルの指示に、シャワーズが駆け出す!! トパーズの電光石火と比べるのは酷だけど、それでもなかなかのスピードだ。 ここでマッハパンチを放って迎え撃つべきか…… いや…… ギリギリで回避して、直後に追い討ちをかけるべきだ。 「リゼール、避けろ!!」 オレの指示に、リゼールが直前になってひらりと避ける。 シャワーズはリゼールの脇をすり抜けて―― 「今だ、追撃の瓦割り!!」 マッハパンチよりも威力の高い技で攻撃すれば、それだけ大きなダメージを与えられる。 何をするつもりかは知らないけれど、する前に叩き潰せば問題ない。 リゼールが追撃しようと動いた時だ。 「シャワーズ、水に『溶ける』!!」 「……!!」 マジでやられた。 シャワーズは水たまりに飛び込むと、そのまま水に溶けてしまった。 これじゃあ、攻撃できない。 リゼールは相手の姿を見失い、水たまりの端で立ち止まってしまった。 そういうことか…… オレは舌打ちした。 ミツルがリゼールに対して効果の薄い水タイプの技を連発してきたのは、このためだったのか。 降りしきる雨と合わせて、フィールドに巨大な水たまりを作り出すためだったんだ。 そして、シャワーズの身体的な特徴を利用すれば、水たまりに溶け込んで姿を消すことができる。 サーナイトの時もそうだったけど、技とポケモンの特性を把握した上で成り立つ作戦は巧妙だ。 作戦の組み立て方が上手というか、オレとしても見習うべきところは多い。 でも、今はそれどころじゃない。 リゼールは姿の見えない相手に攻撃する術を持たないんだ。 シャワーズの体細胞は水の分子と酷似していて、『溶ける』技を使うことで、簡単に水に溶けることができる。 完全に溶けている間は攻撃できない。 「いや……瞬時に水から飛び出し、冷凍ビームで背後から一撃を食らわすこともできる……!!」 ミツルが狙っていたのはこの展開だろう。 もしもオレが電気タイプのポケモンを繰り出したら、電気を通す水に溶けるなんてことはできなかっただろうけど…… 読み負けたのはオレの方だ。 シャワーズは水たまりのどこに潜んでいるか分からない。 どこからでも攻撃を仕掛けてくることができるんだ……一瞬たりとも気を抜くわけにはいかない。 「リゼール、慌てるな!! 反撃のチャンスは必ず訪れる!! それまで待つんだ!!」 キョロキョロと水たまりを見渡してシャワーズの姿を探すリゼールに、オレは強気に言い放った。 ここでオレが強気でいなければ、リゼールは慌てかねない。 大切なのは、劣勢でもトレーナーが冷静さを失わないことだ。 シャワーズが攻撃する瞬間に反応できれば、一撃を加えることができる。 何も、そんなに慌てることはないんだ。 こんなトリッキーな戦い方をしてくる相手は初めてだから、さすがに面食らったけど…… これもまた、ポケモンバトルなんだ。 考えを廻らせつつも、シャワーズが攻撃してくるタイミングをつかもうと様子を窺う。 けれど、そんなオレを嘲笑うように、シャワーズは何もしてこない。 長い間何もしなければ、戦意喪失で戦闘不能と同じ扱いになる。そうなる前に、一撃を食らわしてくるだろう。 心理戦を仕掛けてきているのは明白だ。 サーナイトの時と同じで、トリッキーなバトルで相手の心理を乱すのが、ミツルの戦術なんだろう。 「シャワーズ、冷凍ビーム!!」 そして、ミツルの指示が飛ぶ。 どこから来る……!? 前か、後ろか、横か……それとも真下か。 雨の波紋に混じって、シャワーズが水面に顔を現す!! 波紋に紛れて攻撃するっていうのも、ずいぶんと面白いやり方だけど…… シャワーズが姿を見せたのは、リゼールの右斜め後ろ!! 「後ろだ!!」 オレの指示に、リゼールが振り返る!! 刹那、水面に映ったシャワーズの口から冷凍ビームが発射され、リゼールの脚を氷漬けにした!! 至近距離から攻撃を受ければ、避けられない。 今は避けるよりも攻撃だ。 リゼールが繰り出したパンチは、シャワーズに避けられてしまった。 冷凍ビームで攻撃した直後、再び水に溶けてしまったからだ。 「く……厄介な……」 この調子で攻撃され続けたら、先に参るのはリゼールの方だ。 体力にも差があるし、何よりも『攻撃は最大の防御』と言うから。手数や心理的な圧力が違う。 「リゼール、氷を砕け!!」 「キノっ!!」 リゼールが、脚を縛り付ける氷を砕く。 草タイプのポケモンは、氷に包まれるだけでも、大きなダメージになることがある。 バラバラに砕けた氷が水たまりに飛び散る。 このままじゃまずい…… せっかく有利なタイプのポケモンで打って出たのに、ここで先に倒されたら、ミツルは最後にとっておきのポケモンを繰り出してくるだろう。 そうなる前に、対策を練らなければ…… 「冷凍ビーム!!」 今度はすぐ目の前に!! シャワーズが繰り出した冷凍ビームは、リゼールの左前脚を凍てつかせた!! 「キノッ!!」 襲いかかる寒さに身を震わせるリゼール。 「冷たくて痛いかもしれない!! でも、リゼール。氷を砕くなよ!!」 「キノッ!!」 リゼールが大きく嘶く。 左前脚は凍りに閉ざされたまま。一刻も早く氷を砕くべきなのは分かってる。 でも…… 氷を砕くショックで、リゼールの前脚がダメージを受けることを考えると…… 自慢のパンチの力が弱まれば、翼を奪われた鳥と同じだ。 「……くそっ、どうすれば……!!」 オレはグッと拳を握りしめ、フィールドに広がる水たまりを睨みつけた。 そんなオレの顔を、シャワーズはどこかで見てるんだろう。 「ざまあみろ」 なんて思ってるかもしれない。 ちくしょう……マジで悔しい。 ここまで追い詰められるなんて、思わなかった。 これは本気で何とかしないと、次のポケモンも同じ手で倒されてしまうだろう。 まずは、この水たまりをなんとかしなければならない。 日本晴れで水を干上がるのを待つというのを考えたけど、時間がかかりすぎる。 日本晴れを使った途端、ここぞとばかりにシャワーズが猛攻を仕掛けてくることも考えられる。 最悪のトリガーを引かせるわけにはいかない。 水を失くせば、シャワーズは姿を現さざるを得ない。 その状態でもう一度、水たまりを作り出そうとしても、オレがそれを許さない。 いわゆる一発芸だからこそ、ここまで凝った仕掛けを作り出したんだ。 水を蒸発させるのは無理…… 一体、どうすれば…… 「冷凍ビーム!!」 三発目は、真後ろから。 リゼールが振り返る暇もなく、背後から直撃した冷凍ビームが、リゼールの下半身を氷に閉ざす!! 「砕け!!」 下半身の動きを封じられてはたまらない。 リゼールは凍っていない右前脚で、下半身を包む氷を砕いた!! でも、左前脚の氷は砕かない。 三発も冷凍ビームを受ければ、さすがにリゼールも疲れの色が濃くなってきた。荒い息を繰り返している。 次の攻撃を受けたら危ない…… こんな時に限って、頭が上手く働かない!! ポケモンの知識に自信があっても、こういう非常時に役に立たないんじゃ、何の意味もない!! 今必要とされているのは、知識じゃなくて知恵だ!! 身体がカッと熱を帯びるのを感じながら、一方で頭を冷やせと胸中で叫ぶ。 こういう時こそ落ち着かなければ…… 唇を噛みしめながら冷静になろうとするけれど、思うようにはいかない。 これがミツルの意図する結果だとすれば、オレは本気で大馬鹿者だ。たぶん、そうなんだろう。 逆転のカードはあるはずだ。 それを手札に加えなければならない。 水たまりを蒸発するのを待つ時間はない。 かといって、手ですくって掻き出すだけの時間もない。 ソーラービームで消し飛ばしたって、同じことだ。 短時間で水を消して、シャワーズが姿を現さざるを得ない状態を作り出すには…… オレは改めてフィールド全体に目をやった。 岩のフィールドは吸水性が悪い。 もしこれが草のフィールドだったなら、水をガンガン吸収して、こうまで上手くは運ばなかっただろう。 ミツルはフィールドを確認した上で、作戦を組み立てている。 一見完璧に見えるけど、付け入る隙はどこかにあるはず……一体、どこに……!? 「それじゃあ、そろそろ終わりにしようか!!」 ミツルが腕を振り上げる。 いつまでも時間をかけていては、オレが策を思いつくかもしれないと焦ってきたのかもしれない。 腕を振り上げるのなら、振り下ろす…… なぜか、オレはそんなことを考えていた。 今必要としているのは、そんなことじゃないのに。 不思議……なんだ。 頭の中のモヤモヤが消えて、ミント味のガムを噛んだように、スッキリしていく。 神経がおかしくなったかと思ったけど、そうじゃない。 見つけたんだ、対策を!! やるなら、これしかない!! どうせやらなきゃリゼールは負けてしまうんだ。一パーセントでも可能性があるなら、それに賭ける!! 「メガトンパンチで地面を撃て!!」 「キノ〜ッ!!」 「……!?」 オレの指示に、ミツルが怪訝な表情で目を細めた。すっかり指示を出すことさえ忘れている。 何をする気だ…… さっきとは逆に、オレに問いかけの視線を投げかける。 言葉では教えてやらないさ。 どうせ、すぐに答えはフィールドに示される!! リゼールが右前脚でメガトンパンチを地面に穿つ!! がぼぉぉんっ!! パンチを叩きつけた部分が陥没し、ひび割れていく!! そして…… 「……なっ、しまった!?」 ミツルが気づいた。 水たまりが、ひび割れた地面に吸い込まれていく!! 「シャワーズ、姿を現すんだ!! 水に溶ける必要はない!!」 慌てて指示を出すミツル。 このまま水に溶けたままでいたら、地面に吸い込まれてしまう。 そうなってからでは、水から抜け出ても、行く場所がなくなってしまうだろう。 オレが思い浮かべた策は、乾いた地面の中に水を流し込むことだ。 そうすれば、嫌でも姿を見せるしかない。 案の定、急激な勢いで地面に水が吸い込まれていく。 シャワーズは慌てて姿を現した。これじゃあ、攻撃どころじゃない。 自分の身を守るのに精一杯で、これ以上はないというほどの隙を見せている!! ちょうどセンターラインの上で、シャワーズが姿を見せる。 「今だ、マッハパンチからスカイアッパー!!」 「キノ〜っ!!」 待ってましたと言わんばかりに、リゼールが駆け出す!! 雨は止み、太陽が姿を現した。 陽光に照らし出されたシャワーズの鮮やかなブルーの身体に、リゼールの渾身のパンチが突き刺さる!! 避ける間もなく、追撃のスカイアッパー!! 斜め下から突き上げるような一撃に、シャワーズの身体が易々と宙に打ち上げられる!! 高い攻撃力で繰り出された、高い威力の技に、シャワーズは為す術なく地面に叩きつけられ、そのままぐったりした。 「シャワーズ、戦闘不能!!」 「よしっ!!」 審判の宣言に、オレはまだ勝ったわけじゃないのに思わずガッツポーズを取っていた。 窮地に追い込まれたからこそ、逆境を跳ね除けた時の喜びは大きいんだ。 「戻って、シャワーズ!!」 ミツルがシャワーズをモンスターボールに戻した。 これで最後の一体…… とはいえ、リゼールも疲れきっている。 戦闘不能にされる前に、どれだけダメージを与えられるか、ってところだろう。 「なかなかやるね。 シャワーズの作戦には自信があったんだけど……やっぱり、アカツキは強くなったよ」 何を思ったか、ミツルは小さく笑った。 お互いに、あの時よりは強くなってる。それが分かるから、うれしく思っているのかもしれない。 でも、今はバトルだ。 「だけど、僕の最後のポケモンは、簡単には倒されないよ!! フライゴン、君が最後の砦だ!!」 やっぱり、フライゴン……!! ミツルがモンスターボールを投げ放つ!! フィールドに投げ入れられたボールが口を開き、中からフライゴンが飛び出してきた!! ドラゴンと地面の二つのタイプを持ち合わせる、強力なポケモンだ。 ミツルが言うように、最後の砦に相応しい相手。 以前にバトルした時よりも、身体つきがたくましくなっている。 赤い膜に包まれた目も、幾分か鋭さを増しているし、相当強くなっているのは間違いない。 フライゴンの最大の弱点は氷タイプの技。 冷凍ビームを一発でも当てられればかなりのダメージになる。 でも、リゼールじゃ弱点を突くことはできない。 倒される前に、どれだけダメージを与えられるか……それが、フライゴン攻略の鍵になる。 「バトルスタート!!」 フライゴンの状態が整ったことで、審判がバトルの再開を告げる。 「フライゴン、火炎放射!!」 いきなり弱点を突いてきた。 戦闘不能寸前だっていうのに、手抜きなどせずに、一気に倒そうとしてくる。 少しでもリゼールからダメージを受けまいと、ミツルも必死の形相だ。 フライゴンが口を大きく開き、炎を放ってきた!! 本家の火炎放射とは明らかに違うけど、それでもリゼールを倒すには十分な威力を持っている。 この一撃を掻い潜り、至近距離から爆裂パンチを食らわすのみ!! 「リゼール、マッハパンチで迫って爆裂パンチ!!」 黙ってやられるわけにはいかない。 オレの指示に、リゼールが残った力を振り絞るように、それこそ必死の形相で駆け出した!! さすがにスピードは落ちてるけど、炎を掻い潜ってフライゴンに迫るには十分だ。 凍った左前脚で爆裂パンチを繰り出せば、かなりのダメージを与えられるはずだ。 なんで左前脚の氷を砕かなかったかと言ったら、突き刺すような寒さを核として、意識を保ってもらうためだったんだけど…… フライゴンが出てきてくれた以上、その氷を使って相手にダメージを与えられる!! 世の中、何が役立つのか分からないモンだなあ…… なんてしみじみ思っていると、フライゴンの炎のすぐ脇をすり抜けて、リゼールがフライゴンの眼前に肉薄する!! 黙って接近を許したのが解せないけど、当然、ミツルが何も考えていないわけがなかった。 「フライゴン、砂嵐!!」 ミツルの指示に、フライゴンが赤く縁取られたグリーンの翼を羽ばたかせた!! すると、周囲に風が巻き起こり、瞬く間に砂の竜巻となってリゼールに襲いかかる!! 砂嵐の範囲を狭めることで、その強さを増す……そういうやり方をするとは、やっぱりミツルはすごい。 リゼールは砂の竜巻を目の当たりにしても怯まずに突っ込んで―― あっという間に弾き飛ばされた。 ダメージを受けていなければ、易々と突破できたんだろうけど……さすがに、それだけのパワーは残ってなかったのか。 リゼールは地面に叩きつけられると、それっきり動かなくなった。 「キノガッサ、戦闘不能!!」 これでオレも残り一体…… でも、予想はしてたよ。 ミツルは強いトレーナーだ。 「戻れ、リゼール!!」 オレはぐったりと仰向けに倒れたリゼールをモンスターボールに戻した。 「よく頑張ってくれたな。ゆっくり休んでてくれよ、リゼール」 劣勢に追い込まれながらもギリギリのところでシャワーズを倒し、闘志を振り絞ってフライゴンに立ち向かったリゼール。 オレは心からの労いをかけて、モンスターボールを腰に差した。 フライゴンの弱点は、氷タイプとドラゴンタイプ。 ドラゴンタイプの技を使えるポケモンはいない。 氷タイプの技で一気に勝負を仕掛けるしかない。手持ちで氷タイプの技を使えるポケモンは、レキしかいない。 ラッシーを出してもいいんだろうけど、火炎放射や大文字で攻められると苦しい。 砂嵐でもダメージをあまり受けないレキで戦うのが一番なのかもしれないけど…… 最終進化形のフライゴン相手に、どこまで食らいつけるか。 とはいえ、レキだって最終進化形のラグラージに進化してもいい頃なんだ。 それだけのレベルには達している。 ここは進化に賭けて、出してみようか…… オレはレキのボールを手にとって、じっと見つめた。 フライゴンは強敵だ。 弱点を突いていかないと、勝つのは難しい。 本当にレキで大丈夫かという不安は、確かにある。 でも、レキはやる気になればとっても強いんだ。 相手が最終進化形でも、そう易々と遅れを取ることはないはずだ。 こうなったら、レキを信じて最後まで戦ってやるだけさ。 無邪気な笑顔と、戦っている時に見せる真剣な表情が交互に浮かんで、オレの決断を促す。 「よし、行くぞ、レキ……」 オレはそっとささやきかけた。 モンスターボールの中で、レキは今か今かと出番を待ち侘びているだろう。 相手が誰であろうと、物怖じすることなく戦う。 それなら…… オレは腕を大きく振りかぶり、モンスターボールを投げた!! 「レキ、君に賭ける!!」 放物線を描いてフィールドに飛び込んだモンスターボールが、口を開く。 中から飛び出してきたのは、やる気満々に身構えたレキだ。 「マクロっ!!」 相手の方が迫力を宿していても、身体が大きくても、レキは怯えたりしない。 相手が伝説のポケモンだろうとそれは変わらないだろうと思う。 強気に声をあげてフライゴンと対峙するレキ。 ミツルが目を細める。 レキがフライゴンの弱点を突くことができると理解しつつも、不可解さを隠し切れない……そんなところだろうか。 「バトルスタート!!」 やる気に満ちた表情のレキをチラリと見て、審判がそそくさとバトルの再開を告げる。 『浮遊』の特性を持つフライゴンに対して、地震は効果が薄い。 かといって、マッドショットを放っても、砂嵐で弾かれてしまうだろう。 可能な限り接近し、冷凍ビームで決める!! レキは冷凍ビームを使えるけど、威力はやっぱり本家に及ばず、最終進化形のポケモンと早撃ち勝負をしても負けてしまう。 でも、距離さえ縮まれば、早撃ちなんてことをしなくても済む。 「レキ、ハイドロポンプ!!」 まずは先制攻撃で、最強の水タイプの技で一撃を加える。 ミツルの反応を見て、作戦を組み替えよう。 レキが大きく口を開いて、水の弾丸を発射した!! たとえ砂嵐でも、これを完全に吹き散らすのは不可能だ。火炎放射や大文字じゃ、相手にならない。 そうなると、避けるだろう。 回避すれば、攻撃までに時間がかかる。その隙に接近し、冷凍ビームで一撃!! それがオレの思い描いたプランだ。 さあ、ミツル、どう来る……!? フライゴンでも、ハイドロポンプをまともに受けたら痛いはずだ。まともに食らうとは思えない。 「フライゴン、飛び上がって避けるんだ!!」 やっぱり、回避してきた!! フライゴンが翼を羽ばたかせて、垂直に舞い上がる。 「レキ、フライゴンに接近するんだ!!」 攻撃までには今しばらくの猶予があるはず。 だったら、できるだけ距離を詰めて、冷凍ビームを当てやすくしよう。 「マクロっ!!」 レキは水の弾丸を追うように駆け出した!! 水の弾丸が、さっきまでフライゴンのいた場所を貫いて、フィールドの端に程近い場所に着弾し、水流を撒き散らす!! 「冷凍ビームなんて食らわないよ!! フライゴン、竜の息吹!!」 お見通しってワケか…… ミツルの指示に、フライゴンが口から緑のブレスを吐き出した!! 竜の息吹は、威力こそドラゴンタイプの技の中でも中の下くらいだけど、時々相手を麻痺させる効果を持つ。 これはまともに食らうと、一気に劣勢に立たされてしまう。 冷凍ビームを確実に当てようと接近する前に麻痺しちゃ、それこそ本末転倒だ。 「レキ、立ち止まれ!! 斜め下にハイドロポンプ!!」 扇状に広がっていく竜の息吹を確実に避けるためには、下がるしかない。 でも、下がったらフライゴンから遠ざかることになり、攻撃のチャンスをゲットできなくなる。 だから…… レキはオレの指示に従って、斜め下にハイドロポンプを放った!! 地面に着弾した水の弾丸が、竜の息吹に向かって水流を撒き散らす!! まともに放ったら、変な方向に水流を撒き散らして、竜の息吹を防げなくなると思ったんだけど、ビンゴだ。 水流は扇形に広がる竜の息吹と衝突し、広範囲を無力化する!! 残った部分はレキとは関係ない場所に流れていくから、心配する必要もない。 よし、これでまた距離を詰められる!! 「レキ、走り出せ!!」 「砂嵐!!」 何がなんでも冷凍ビームを食らいたくないらしく、ミツルが指示を出す。 フライゴンが空中で大きく羽ばたくと、その眼前に砂の竜巻が現れた!! フライゴンは羽ばたくだけで砂漠の砂を舞い上げるほどのパワーを持ってるんだ。 空中にいたって、羽ばたけば砂嵐を作り出すことなど造作もない。 このまま砂嵐に突っ込んでいくべきか…… 迂回したら、フライゴンは反対側から逃げていくだろう。 いや、突っ込んだとしたら、それこそ逃げ場がなくなって、真上から破壊光線でも放たれたら大変だ。 安全に行くなら迂回。 一気に勝負をつけるなら突っ込む…… レキが砂嵐に向かって突っ走るのを見ながら、オレはマジで迷った。 次のミツルの一手が読めないんだ。 迂闊に仕掛ければ、手痛いしっぺ返しを食らうのは間違いなさそうだけど…… いっそ、相手の攻撃を誘って、裏を掻くか……? レキなら、何とかできるだろう。 長期戦になれば、不利になるのはオレの方だ。 かなり危険な賭けでも、やらないままじゃ勝てない!! 失敗した時のリスクは甚大だ。 取り戻せないかもしれない。 けれど、何もしないままじゃ変わらない。 オレはグッと拳を握りしめた。 賭けっていうのは苦手だけど、四の五の言ってられない。 「レキ、砂嵐に突っ込め!!」 レキは迷うことなく砂嵐に突っ込んだ!! 中がどうなっているのかは分からない。 でも、フライゴンが攻撃を仕掛けてくるなら、砂嵐の真上からだ。攻撃してくる方向が限定されていれば、対応することはできる。 フライゴンが舞い降りようとするなら、砂嵐から脱出して攻撃を仕掛ければいい。 安全に攻撃するなら、真上から来る…… 「フライゴン、火炎放射!!」 破壊光線で決めてくるかと思いきや、火炎放射!? オレが驚く間に、フライゴンが火炎放射を放った!! 砂嵐の真上から、炎が降り注ぐ!! 「レキ、ハイドロポンプで凌げ!!」 炎には水。 オレからも、ミツルからも、レキの姿は見えない。 ただ、砂嵐の中にいることだけは分かる。 降り注ぐ炎に対してハイドロポンプを放ったんだろう、轟音が空気を震わす。 ハイドロポンプなら、火炎放射を易々と吹き飛ばせると思ったんだけど……甘かった。 少しずつ、砂嵐が赤味を帯びていく。 その周囲が蜉蝣のようにブレて見える。 「……しまった……!!」 オレはやっと気づいた。 火炎放射を放ったのは、破壊光線のリスクを恐れてのものではなかった!! 渦巻く砂嵐の風に乗って、炎は空気を取り込んでより大きく、強く燃えさかるんだ。 限定された空間で燃えさかるからこそ、その威力は並の火炎放射とは比べ物にならなくなる!! ハイドロポンプの水流を持ってしても、消火できないほどになるんだ。 「レキ、脱出だ!! 急げッ!!」 炎の竜巻と化した砂嵐の中にいるレキに届くように、オレははちきれんばかりの声を振りしぼって叫んだ。 いくらレキでも、この中にいたら、長くは保たない。 飛び出した瞬間を狙って、フライゴンが攻撃を仕掛けてくるであろうことも読めている。 現に、フライゴンは炎の竜巻の中じゃなく、その周囲に注意を向けているんだ。 あれだけの炎の中からだと、冷凍ビームだって放てない。 オレがあの中から冷凍ビームを放つと見越したからこそ、炎タイプの技を指示したんだ。 炎の竜巻から脱出したところに、フライゴンが攻撃を仕掛けてくるのは明白。 その次はどうする……? 先の先を読まなければ、本気で太刀打ちできない。 予想外のカードでミツルの動揺を誘うことこそが、最大の攻撃だ。 本気で読めないのは、ミツルが何手先を見ているのか、だ。 とりあえず、炎の竜巻から脱出するとして…… ばっ!! そんな音がして、レキが炎の竜巻を脱出した!! よかった、戦闘不能にはなってなかった……オレはホッと胸を撫で下ろしたけど、そう喜んでばかりもいられない。 荒れ狂う炎を受けて、粘膜で覆われているはずのレキの身体がすっかり乾ききっている。 この状態で攻撃を受けたら、ひとたまりもない。 予想したとおり、フライゴンが攻撃を仕掛けてくる。 「フライゴン、ドラゴンクロー!!」 本気で決めに来たか!! フライゴンが、脚の爪に灼熱の炎を思わせる赤いオーラをまとわせながら急降下!! ドラゴンタイプの技で最強クラスの威力を誇るドラゴンクローだ。食らったらひとたまりもない!! 「レキ、冷凍ビームだ!!」 攻撃を食らう前に食らわせれば、ドラゴンクローを避わすことができる。 炎の竜巻が近くにある状態じゃ、動ける範囲も限られるからな……追撃されるのが目に見えている。 レキが降ってくるフライゴンを見上げ、冷凍ビームを発射!! フライゴンが避けてくれれば、レキもドラゴンクローを避けることができる……そう踏んだんだけど、甘かった。 フライゴンは冷凍ビームを胸に食らいながらも、勢いを衰えさせることなく突っ込んでくる!! 「ちっ……!!」 舌打ちの一つもしたい気分だ。 胸を氷漬けにしながらも、フライゴンは怯む様子がない。 後で、火炎放射で溶かせばいいと思ってるんだろう。 今、レキに攻撃を仕掛けて優勢に立ちたいというしたたかなミツルのやり方が滲んでるよ。 今からじゃ避けられない!! レキが耐えてくれるのを祈るしか……!! 「レキ、気張れぇっ!!」 レキが腰を低く構える。 ここで耐えられれば、フライゴンに勝てる。 いわば、ここが正念場なんだ。 オレにとっても、ミツルにとっても。 赤々と燃えるオーラをたなびかせながら――それはもう、伝説の鳥ポケモン・ファイヤーを思わせる姿で、 フライゴンがドラゴンクローを繰り出す!! ごぉぉぉぉっ!! レキの周囲の地面が弾け飛ぶ!! 尋常じゃないドラゴンクローの威力だ!! 「レキ、気張れっ!!」 オレはレキに声をかけ続けた。 ここで耐えてくれなければ、負ける。 ナミと戦ってもいないのに負けるのは嫌だ。 だって、約束したんだよ。 絶対にカントーリーグで戦おう、って。 それまでは…… グッと歯を食いしばってバトルの行方を見守っていると、レキが毬のようにコロコロと転がり出てきた。 凄まじい威力のドラゴンクローを食らって、全身傷だらけだ。 粘膜が乾ききってしまったことで、普通よりも肌が傷つきやすくなるんだ。 状態としては最悪。 うつ伏せに倒れたレキだけど、ピクリと動いて、ゆっくりと立ち上がろうとする。 何とか耐え凌げたか……!! 予断を許さない状態だ。 フライゴンはレキの十メートルほど前に着地した。 胸を凍てつかせる氷を溶かそうともせず、レキにじっと視線を向けている。 攻撃を仕掛けてこようものなら、すぐさま破壊光線を発射して倒そうと身構えてる。 「ま……」 レキが立ち上がる。 肩で荒い息を繰り返し、足下は小刻みに震えている。 気力だけで立ってるようなもんだ。 この状態で勝てるのか……? 冷凍ビームをあと二発叩き込めば、確実に勝てる。でも、それを放つだけの体力が残っているか……? 際どいところだ。 このバトル、どっちに転んでもおかしくない。 どうせ転ぶのなら、こっちに転がってきてほしいんだけどな…… 「マクロっ……」 レキが乾いた声を出す。 疲弊しきって、声を出すのもやっとだっていう印象を受ける。 後ろ姿はボロボロで傷ついてるけど、戦おうという意思をまだ棄ててはいない。 最後まで戦うって言うのなら、それはオレだって同じことさ。 負けるなんて考えちゃいけないんだろうけど、負けるなら負けるで、堂々と戦ってやるさ。 「あのドラゴンクローに耐えるなんて、君のヌマクローはよく育てられてるよ」 何を思ってか、ミツルが大きな声で話しかけてきた。 情けをかけてるつもりかと疑いたくなるけど、すぐにそうじゃないことに気づく。 ミツルの目には、確かな賞賛が浮かんでいた。 ここまで堂々と戦ったオレたちに対する賞賛だ。 でも……なんか、シャクだ。 勝ちを確信することを悪いとは言わない。 だけど、まだ負けたわけじゃないのに、一体何を言い出すんだ。 とはいえ…… ここで腹を立てても何にもならない。むしろ惨めだ。 カッと込み上げてくる感情をこらえる。 「でも、それ以上は戦えない」 「……馬鹿か、おまえ」 「…………?」 何を言われているのか分からないらしく、ミツルが怪訝そうにオレに目を向けてきた。 「よく見てみろよ、レキはまだ戦おうとしてるんだぞ。 それで戦えないって? その目は節穴か!!」 身構えている相手を前に、戦えないなんて、よく言えたものだと思わずにいられなかった。 レキはやる気なんだぞ。 ギリギリで立ってるのに。 そんなレキをバカにするなら、相手が誰だろうと許さない!! 昂るオレの気持ちが伝わったのか、レキがピクリと身体を震わせる。 「レキ。君はまだ戦える!! 君がそう信じるなら、オレもそれを信じるぜ!!」 戦う意思があるのなら、オレがそれを信じなくてどうする? ロータスと、リゼールが頑張ってくれた分を、レキが、大きいとは言えない背中で背負ってるんだ。 オレが信じなきゃ、しょうがないだろ。 レキは潔い敗北よりも、泥まみれの敗北の方を選ぶだろう。 何をしてもしなくても負けるなら、精一杯足掻いて、惨めでもみっともなくても情けなくても、その方がいいと思う。 それがオレの知ってるレキだ。 「…………」 フィールドに静寂が訪れる。 炎の竜巻は音もなく弾けて消える。 「…………」 一秒が過ぎ、二秒が過ぎ…… 突然だった。 「マクロぉぉぉぉぉぉっ!!」 張り裂けんばかりの咆哮を上げると、レキの姿がまばゆい光に包まれた!! まさか、進化……!? 光に包まれたレキの姿が膨れ上がっていく!! 一回りも、二回りも大きくなったところで、全身を包み込んだ光が消えて――そこにいたのは、ヌマクローのレキじゃなかった。 「ラージ……?」 自分の身に何が起こったのか分からないといった表情で、大きくたくましくなった身体を見回している。 その表情には、疲れきった色など微塵も浮かんでいなかった。 まさか、本当に進化するなんて…… 期待はかけてたけれど、サイコロで願った目が出る程度の期待だったんだ。 言い換えれば六分の一。 外れる方が五倍も高い。 でも、レキは六分の一の確率をつかみ取った!! 最終進化形のラグラージに進化したんだ!! 一気にオレの背丈を追い越して、ラッシーと肩を並べるほどになったし、太く長くなった脚は岩をも砕くほどの力を見せ付けている。 レキは戸惑っているようだった。 本当に進化してしまうなんて、予想もしていなかったんだ。 でも…… 進化に脅威を感じ取ったミツルが攻撃を仕掛けてきた!! 「破壊光線だ!!」 体力がギリギリまで減っているとはいえ、進化したことで攻撃力がグッと高まっているのは間違いない。 攻撃されてはひとたまりもないと判断してきたんだろう。 フライゴンが破壊光線を放つ!! これで勝負を決めるつもりだな……!! だったら…… こっちも勝負を仕掛けてやる!! 「レキ、破壊光線!!」 オレの指示に耳を欹て、レキが前脚を地面につけた前傾姿勢で、破壊光線を発射!! 威力は互角。 レキとフライゴンが放った破壊光線が、両者の中間で激突する!! わずかでも威力が弱まれば、すぐさま押し切られるだろう。 それだけに、レキもフライゴンも必死の形相だ。 破壊光線同士の激突の余波で、周囲の地面がゴッソリと削り取られて、消えていく。 これだけの威力があれば、フライゴンを倒すこともできるはずだ。 「レキ、気張れ……!!」 オレは胸中で、レキに喝を入れ続けた。 進化によって新たな力を手にしたレキなら、今までにはできなかった無茶な戦い方だってできるはずだ。 十秒、二十秒と、両者一歩も譲らない展開が続く。 オレもミツルも、じっと破壊光線の激突に見入っていた。 そして、決着の時が訪れた。 ほんのわずかに弱まったフライゴンの破壊光線が、徐々に――でも加速度的に圧され始め、 五秒と経たないうちに、レキの全力投球がフライゴンに突き刺さって、大爆発!! 「フライゴン!!」 爆発の煙に包まれたフライゴンの名を叫ぶミツル。 でも、その声は爆音にかき消された。 「……レキ……」 オレはレキに目をやった。 肩で荒い息を繰り返しながらも、煙に包まれたフライゴンにじっと視線を向けている。 相手が倒れたのを確認するまでは、喜ぶことはできないと思っているんだ。 そうさ……油断はできない。 咄嗟に『こらえる』を使った可能性だってある。 増してや、ミツルは計算高いトレーナーだ。 この展開さえ、招き入れたということも…… 煙が晴れた時、フライゴンはうつ伏せに倒れていた。 ミツルが、フライゴンをじっと見つめている。 立つか、立たないか……見極めるために、言葉をかけない。 でも…… 「フライゴン、戦闘不能!!」 フライゴンは立ち上がらなかった。 審判の宣言の後も、ピクリとも動かなかったんだ。 「よって、勝者はアカツキ選手です!!」 ミツルの最後のポケモン、フライゴンが倒れれば、当然勝者はオレになる。 でも、なんだか遠い世界の出来事のように感じられた。 あれだけ熱いバトルをしながら、幕切れはあっけなかったように思えたから。 でも…… 「ラージ……!!」 オレよりも、レキの方が先に勝利を実感し、喜びを噛みしめていた。 その姿を見て、ようやくオレも実感が沸いてきた。 「レキ、やったな!?」 「ラージ……!!」 オレの言葉に、レキは大きく頷いた。 戦闘不能寸前のダメージを負っていることなど感じさせない動きで駆け寄ってきて、オレを抱き上げた!! 「お、おい……大丈夫なのか、そんなことして……?」 父親に「高い高い」された子供のような感じで、オレはマジで恥ずかしかったけど、レキはとてもうれしそうだ。 本当に父親にでもなったつもりでいるんだろうかと、一瞬だけそんな恐ろしい想像をめぐらせたけれど…… 「アカツキ、おめでと〜!!」 観客席から飛び込んできた声に、オレは顔を向けた。 身を乗り出して、ナミが手を振っていた。 まるで自分が勝ったような笑顔で、一直線にオレを見ていた。 ナミが喜んでる理由は簡単だ。 明日、このスタジアムでオレとバトルできるから。この舞台で勝負しようという約束を守れるからだ。 ナミはすでに三回戦へとコマを進めている。 あとは、オレがあいつに追いつくだけだったんだけど……本気で、今回ばかりは際どかった。 昨日のバトルは、前半こそ掻き回されたものの、後半は一気にペースをつかんで、流れを引き寄せることができた。 だけど、今回は最後の最後まで勝負の行方が見えなかった。 最後までミツルに引っ掻き回された感は否めないけど、それは仕方がない。 あんなトリッキーなトレーナーがいるとは思わなかったから。 「フライゴン、戻って」 ミツルの声がして、振り向いた。 残念そうな表情で、ミツルがフライゴンをモンスターボールに戻した。 壮絶なバトルの末に力及ばず倒れたフライゴン。 でも、フライゴンはオレたちを窮地に追い込んだ。力及ばず、なんてことは言いたくない。 オレもミツルも、互いによくやったと思うからさ。 ミツルはフライゴンが戻ったモンスターボールをじっと見ていたけど、やがて顔を上げた。 オレと視線が合うと、ニコッと微笑んだ。 負けた悔しさはあるけれど、悔いは残っていない。 そう思わせるような、清々しい表情だ。 だから……オレも笑った。 下手に気遣うよりは、喜びを満面の笑顔として湛えた方がいいんだ。 それはそうとして、オレは再びナミに顔を向けた。 オレとのバトルを楽しみにしているのは、笑顔を見れば分かる。 オレだって楽しみさ。 ホウエン地方に旅立ってからの八ヶ月間の間に、ナミがトレーナーとしてどこまで成長したのか……? それを確かめるには、バトルしかない。 ダイヤやオパール、マリン、アメジストといった、オレがいない間にゲットしたポケモンは、果たしてどんな戦いをしてくるのか…… 興味は尽きないよ。 オレの知らない戦い方だって覚えただろう。 オレだって、ナミが想像もつかないようなコンボをいくつも組み立てたし、みんなを強く育て上げた。 まさに総力戦。 相手がナミだからといって、手加減なんてしない。 「明日が一番大変かもしれないな……」 オレはナミに微笑みかけながら、胸中でそんなことを思った。 戦いはむしろ、これからが本番だと、誰かの声を聴きながら。 To Be Continued…