リーグ編Vol.05 VSナミ 〜従兄妹だからこそ!!〜 明日はいよいよ、ナミとのバトルだ。 カントーリーグが始まる前に、小指と小指を絡ませて約束したんだ。カントーリーグで、絶対に戦うって。 その約束が現実になった。 破られても何日か経ったら、そのことすらケロッと忘れて仲直りできる程度のものだって、当時はそう思ってた。 だってさ、順当に勝ち進めば戦えるわけだし、何も約束まですることじゃないだろうと思ってたんだから。 でも…… 今になってみると、約束しといて良かったって思う。 だって、今日のバトルは、かつてないほどの激戦だったから。 どちらに転んでもおかしくない、白熱したバトル。 もし、ナミとの約束がなかったら、負けてたかもしれない。 そう思えるくらい、せっぱ詰まって、追い詰められてた。 バトルの光景は目を閉じても瞼に焼き付いているように離れない。レキがラグラージに進化してくれなければ、確実に負けていた。 それ以外にも、幸運(チャンス)のカードをいくつも引き当てることができたから、勝てたようなものだ。 実力云々というものではないし、ましてや相手より運が良かった、なんて言うものでもない。 オレとミツルの間に、違いなんてほとんどなかったはずだ。 だから、何が勝因だったのかなんて、オレには分からない。 一番そうだって思えるのは、レキの懸命の努力が実を結んだってところだろうか。 勝利の立役者は、今モンスターボールの中で明日の決戦に備えて休息中。レキだけじゃなくて、他のみんなも同じだ。 オレはポケモンセンターの自室のベッドで仰向けになって、変哲のない天井をじっと見上げながら、ため息を漏らした。 外は夜の帳が降りて、黒々と異彩を放つ山影の向こうに、星のカーテンが広がっている。 良い子ならとっくに眠って、夢の中に入り込んでるくらいの時間だ。 オレは夕食を摂って、風呂をして、それからは何をするでもなく、ベッドで仰向けになって、いろいろと考え事をしていた。 初めてマサラタウンを旅立った時、こんな風になるなんて、カケラほども予想していなかった。 いずれはナミとも戦うんだろうな……って、曖昧に考えてたんだけど、いざそれが現実になると、どうも気合が入る。 それは、ナミがオレに『ライバル』と言わしめるだけの実力を身につけたからに他ならない。 予選や今までのバトルを見て、舌を巻いたよ。 オレと一緒にいた頃は、はっきり言って頼りないっていう印象が先立ったんだけど、今はまったく違う。 その気になった女は、かくも輝くかと思ってしまうくらいだ。 普段、風はとても穏やかだけど、台風になったり竜巻になったりハリケーンになったりと、時に鬼神のごとき荒々しさを見せる。 それと同じで、バトルもずいぶんと激しさを増してたんだ。 ダイアの攻撃力は驚異的で、単純なパワーで言えば、ラズリーをも上回る。 ガーネットの炎は、ルースと互角か、それ以上だ。 他のポケモンもかなりよく育てられていて、もしもナミがバランスよくオーダーを組んできたとしたら、 今まで以上に苦戦を強いられるのは間違いないだろう。 でも、だからこそ楽しみでもあるんだ。 「……あいつはもう寝たかな……?」 不意に、ナミの笑顔が脳裏に浮かぶ。 オレがミツルに勝った時、あいつはとてもうれしそうだった。 オレと戦えることを心の底から喜んでいた。 控え室に戻ったオレを出迎えては、喜びと期待に彩られた言葉をこれでもかとばかりに浴びせてきたほどだ。 オレが楽しみにしているように、ナミもオレとのバトルを心待ちにしてたんだ。 そう思うと、悪い気はしない。 あいつもずいぶんと自信に満ちた表情を見せるようになったモンだと思う。 いつも笑顔だけど、自信に満ちた笑顔とただの笑顔は全然違う。 自分のポケモンに対する絶対的な自信は、ポケモンに不安を与えることなく、全力でバトルに集中させることができる。 「オレだって、それは負けちゃいないけどな……」 当たり前だ。 ナミは確かに強くなった。 けれど、オレはあいつよりも強くなってる。それだけの自信がある。 いくらポケモントレーナーとして大きく成長しても、根本的な部分は変わってない。 やっぱりナミはナミなんだって思って、安心できる部分がたぶんに残っている。 ちょっと突くと、すぐに調子付く。 そんなヤツだから、緊張だってあまりしてないだろうし、今頃は高鼾でも欠いてるんだろう。 別に、オレはそんなに緊張してるつもりはないよ。 眠れないから、こうして天井を見上げてボーっとしてるってワケじゃない。 ナミのポケモン相手にどんな戦術を用いて戦っていくのか……それを考え出すと、どうにも止まらないんだ。 ガーネットの火力に対抗するには、もらい火の特性を持つラズリーをぶつける。 最大の武器である炎を封じてから、物理攻撃でじっくり料理するとか、単純に相性論でレキをぶつけるとか。 ヌマクローだった時のレキはちょっと心細い印象があったけど、今は違う。 最終進化形に進化した途端、とても頼りになるように見えてくるんだから不思議だ。 こうして、トパーズやパール、サファイアといったポケモンにも当てはめていくうちに、あっという間に時計の長針が一周する。 カチッ、という音がして、壁にかけられた円形の時計を見やると、十時だった。 明日に備えて、そろそろ寝ようか…… みんなを十分に休息させることも必要だけど、指示を出すオレもちゃんと休んでおかなきゃいけない。 ちゃんと頭が働く状態にしとかないと、まともな指示を出せなくなってしまうかもしれない。 明日のバトルはオレにとって、カントーリーグの中の最大のイベントだって思ってる。 だから、何がなんでも負けたくない。 相手がナミだから。 薄いオレンジの蛍光灯を消そうと壁際のスイッチに手をかけたその時だった。 コンコンと、ドアをノックする音が聞こえた。 振り向くと、外から声がした。 「アカツキ、起きてる?」 ナミの声だった。 あいつ、まだ寝てなかったのか…… 珍しいこともあるもんだ、明日は雨でも降るんじゃないかと思ったけど、起きている以上は、無視するわけにもいかなかった。 ベッドを降り、ドアの前までゆっくり歩いていく。 こんな時間に一体何の用だと思いながらドアを開くと、神妙な面持ちのナミがじっと立っていた。 「…………」 今までに見せたことのない、複雑な表情だ。 喜びと哀しみが入り混じっているようなものじゃない。 もっとこう、真剣に悩んでますみたいな、板ばさみになっているような表情なんだ。 せっぱ詰まった感じはないけど、だからといって放置し続けると危険、みたいな…… 「どうしたんだ、そんな顔して。まさか、眠れないとか? いや、おまえに限ってそんなことは……」 冗談めかしてナミの表情を笑顔に戻してやろうとしたんだけど…… 「ううん、ホントに眠れないんだけど……冗談じゃないからね」 「……マジ?」 言葉の途中であっさり切り返されて、オレはマジで唖然とした。 笑顔だって戻るどころか、どんどん深刻になってる感じさえするし。 ナミにも眠れない夜なんてモノがあるんだろうか。 いかにもっていう表情を前にしても、信じられない気持ちの方がよっぽど強かった。 オレがいない間に、いろいろとあったのかもしれないけど、それをオレの方からいろいろ聞きだそうなんてことも思ってない。 話したくないのなら、話さなければいい。 「で……」 オレは唖然とした表情を隠して、咳払い一つして、 「相談なら、乗ってやるよ。 そんな辛気臭い顔で明日のバトルなんてしてみろ、絶対に勝てないぞ」 「うん……分かってるんだけど、なんかねぇ……」 ナミも、分かってはいるようだ。 ただ、キッカケが足りなくて一歩を踏み出せないってところだろうか。 その割に深刻そうな表情を見せているのは、それがナミにとって未知なるものだからに他ならない。 オレがどこまで力になれるかは分からないけど、こんな表情で明日バトルなんてしてみろ、オレの方まで滅入ってくるぞ。 そんな辛気臭いバトル、何の意味もない。 どうせやるなら、いつものナミの笑顔を見ながらバトルをしたいと思う。 「……屋上に行こうぜ。眠れない時は、夜風に当たるといいって話だからさ」 「うん」 オレはナミを連れて、屋上へ向かった。 屋上に着くまでの数分間、オレはナミと一言も言葉を交わさなかった。 今、何を言っても、無駄になりそうな気がして。 ……オレも、ちょっと臆病かもしれない。 ナミほどじゃないけど、無責任な言葉で相手を傷つけることの方が、自分が傷つくよりもよっぽど辛いし怖いからな。 もしかしたら、ナミが黙っているのも同じ理由かもしれない。 そんな風に考えたけれど、屋上に出るなり目に飛び込んできた満月を見るなり、考えは吹き飛んだ。 「……っ」 ナミが声にならない声を上げる。 気になって振り向いてみたら、満月を見上げながら口をポカンと開けていた。 端から見ればマヌケな表情でも、さっきの辛気臭いヤツと比べれば、天と地ほどの差はあるだろう。 もちろん、今の方が何百倍も、何千倍も、何万倍もマシだけどな。 少しは落ち着いてきただろうし、じっくり話でもしてやるか…… よくよく考えれば、オレがナミの相談に乗るのって、これが初めてなんだよな。 今までのナミは、悩みとは無縁の生活をしてきてたんだ。 でも、やっぱり少しは大人になったんだ。 悩むって、それだけでもいろんなことを考えるから、成長したっていう証になる。 「オレに話したいことがあるんだろ。 ほら、ここでなら話せるだろ。慌てなくたっていいからな。少しくらいなら待ってやるよ」 オレは柵にもたれかかり、振り返った。 ナミはしばらくうつむいていた。 何をどう言えばいいのかもよく分からないっていうか、適当な言葉が見当たらないんだろう。 急かしたってしょうがないから、オレはじっと待った。 急かせば、無理には話すだろう。 でも、それじゃあ意味がない。 あいつなりの言葉でなきゃ意味がないんだ。 オレには何を悩んでいるかなんて分からない。 ちょっと前のナミの考えてることなら大体お見通しなんだけど、今のナミが何を考えてるかなんてことは予想すらつかない。 それだけいろんな経験をして、幅広く物事を見られるようになったってことだろう。その分、悩みだって大きく膨らむんだ。 オレにだって、悩みはある。 最強のトレーナーに、そして最高のブリーダーになるという夢を掲げて旅に出たわけだけど、 当初はトレーナーとブリーダーを適度に両立していた。 でも、今はどうだろう? 思い返してみれば、ブリーダーとして頑張ってたのは最初の方だけ。 ホウエン地方に旅立ってからは、トレーナーに専念してた。 ブリーダーなんてもうやめた、なんて投げ出したワケじゃない。 最高のブリーダーになりたいっていう気持ちは今だって変わらない。 ただ、今まで歩いてきた道を振り返って、圧倒的にトレーナーに傾いてた現実を突きつけられて、そこで初めて考えた。 本当に両立なんてできるんだろうか……って。 考える前は、それくらいできる……オレならできるって強気で思ってたし、信じてもいた。 けれど…… いろいろと経験を重ねるうちに、あの時には分からなかったことも、少しずつは分かるようになったし、 見えなかったものも見えるようになってきた。 幸か不幸か、そのおかげで悩みだって増えた。 その最たるものが、トレーナーとブリーダーの両立。 どっちかに絞った方が、早く叶えられることは間違いない。 「旅立った頃の気持ち、オレは今だって忘れちゃいない」 初心は持ち続けてる。 だから、どちらに決めるわけにも行かない。 人間の欲って、厄介だって思う。 どちらも欲しいから、手放せない。 ナミの悩みはオレのようなタイプとは違うのかもしれないけど……根本に横たわるのは同じだ。 いろいろ考えをめぐらせているうちに、ナミは決意したように顔を上げて、口を開いた。 「つまらないことかもしれないけど、アカツキと戦えるって思うとね、それだけで興奮しちゃって、寝ようと思っても眠れないの。 なんだか、息苦しくなっちゃって……それで、ちょっと話してみようかなって……」 「つまらなくなんてないさ」 いつからこんな奥ゆかしくなったんだ……? 苦笑しながら、オレは言った。 「ナミはいろいろと考えて悩んで、それでも解決できなかったから、オレに話そうと思ったんだろ。 そのどこがつまらないんだよ? そういう風に考えられるようになっただけ、あの頃のおまえとは明らかに違う。成長したってことなんだよ」 「そ、そうなのかな……? あたし、よく分からない……」 「そうなんだよ。オレが言うんだから、間違いねえ」 戸惑うナミに、オレは自信を持って断言した。 こういう時、相手に対してキッチリ断言することが一番大切なんだ。 曖昧な言葉は、かえって心に抱く迷いを大きくしてしまう。 オレは親父からいろんなことを教わった。 トレーナーやブリーダーとしての技術や知識よりも、むしろ人間関係の方が多いかな。 トレーナーやブリーダーとしての技術や知識は旅を続ければ自然と身につくけれど、人間関係は、人と接しなければ身につかない。 とても難しいものだから、先に教えてくれたんだって思う。 そりゃ、仲悪かった頃だから、馬の耳に念仏みたいに聞き流してたんだけどね。 それが今、こんな形で役立って、それでもなんだかうれしい。 「なんていうのかな……アカツキと戦えるって、あの時はすごくうれしかった。今だってうれしいよ。 だけど、アカツキはあたしにとって大好きな従兄妹だし…… 戦えるんだってうれしく思うけれど、反対にやりにくいんじゃないかって思って」 「オレが従兄妹だから?」 「うん……」 ナミは申し訳なさそうに頷いて、上目遣いにオレの目を見つめてきた。 つまらないことでこんなところまで来てもらってゴメンネと、本当に謝ってるように見えてくる。 だから、余計にナミらしくないと思う。 深刻そうな悩みかと思ったら、なんてことはない。 踏ん切りがつかないだけだ。 いつものナミなら、スパッと決めちゃうだろう。 でも、いざバトルを目の前にして、余計な感情が芽生えてしまった。 ナミもそういう感情を抱くくらいに大人になったんだなって思うと、うれしいけれど、その反面、ちょっと寂しい気もする。 オレだってナミのことは好きだ。 けれど、それは男と女の間に通う『好き』っていうものじゃない。 ナミの場合はどうなんだろうな……? オレの考えをそのまま当てはめられるわけじゃないから、何とも言えないんだけど。 ただ言えることは、今のナミはいつものナミじゃない。 ナミらしくない!! ……ってことだ。 「ナミらしくないよな、そういうの」 「え……?」 オレの一言に、ナミは弾かれたように顔を上げた。 何を言われてるのか分からないような顔を見せたけど、オレは言葉でデコピンを食らわせた。 「そうやってウジウジしてるの、オレの知ってるナミじゃねえよ。 なんだって相手がオレだからってそういう風に遠慮するんだ? もし相手がアカツキだったら遠慮なくバトルできるだろ。相手が違うだけだよ、相手が。 おまえがオレのことを特別に思ってくれてるのなら、それはありがたいし、うれしいって思う。 だけどな、バトルとそれはぜんぜん関係ないだろ。 違うか?」 「…………」 「オレとおまえは確かに従兄妹だ。 そりゃ今さら変えられようがないし、おまえのような危なっかしいヤツが従兄妹だってのはちょっと心配だけど。 バトルするのに従兄妹だろうと兄弟だろうと、そんなのは関係ない。 バトルするからには、一トレーナーとして戦うだけなんだ。 アカツキってヤツと、ナミってヤツが戦うってだけだ。そこに私情なんて持ち込むなよ。 おまえが私情挟んだって、オレはおまえのポケモンをザクザク倒していくだけだからな。 それにさ……」 オレはナミの傍に歩み寄り、肩に手を置いた。 救われたように表情を輝かせる。 小さく頷きかけ、 「オレはおまえとバトルできるの、すっげえ楽しみにしてるんだ。 おまえが相手だと戦いにくい、なんて考えたことは一度もないよ。 むしろ…… 相手がおまえだから……従兄妹だから、存分に戦いたいって思うんだよ。 勝ち負けよりも、全力でぶつかって、楽しみたいと思ってる。 おまえだって、それは同じだろ?」 「う、うん……」 「だったら、それでいいじゃないか。 何も戦いにくいなんて思うなよ。 相手がオレだから、全力で戦えるんじゃないのか。 ガーネットだって、ラッシーと決着つけることを望んでると思う」 「うん、そうだよね……」 ナミはニコッと笑った。 やっと、いつものナミに戻った。 ワケもなくうれしくて、オレまで笑顔をもらったよ。 「おまえのバトル見ててさ、ずいぶん強くなったって、正直に思ったよ。 従兄妹っていう贔屓目はなしでさ…… ほら、一緒に旅してた頃って、なんか危なっかしくて、見てらんなかったけど……今は違うな。 一人前のトレーナーさ。 だから、自信を持ってオレと戦えよ」 「うん。今のあたしだったら、アカツキにも勝てるかもね」 「そう、そのイキだ」 笑顔でバトルして欲しいモンだ。 さっきみたく塞ぎ込んだ表情見せられたら、こっちまでマジで戦いにくくなる。 それよりは、存分にハジけて、全力でぶつかり合って楽しみたい。 もちろん、戦うからには勝つんだけど。 オレと戦えてうれしいと満面の笑みをたたえながら、ナミが口を開く。 「アカツキがホウエン地方に行ってた間ね、ママやケンジやカスミと特訓してたんだよ」 「カスミが……? なんでまた……」 カスミって、ホウエン地方に行ってたんじゃないのか? もしかして、カントーに戻ってきてるとか…… そうでもなきゃ、ナミと付き合ってなんかなかっただろう。 でも、まあ…… 一人で頑張ってきたわけじゃないよな。 いくらなんでも、それじゃああれだけ伸びたりしない。 ハルエおばさんはトレーナーだったし、ケンジも一時は旅をしていた。 カスミは世界旅行に出かけたお姉さん方の代わりにジムリーダーをやってる。 特訓の相手に事欠くことはなかったってことだろう。 マサラタウンに引きこもってたままじゃなくて、いろいろな場所に出かけたりもしたんだろう。 ダイアやアメジストを見れば、じいちゃんの研究所のポケモンと違うのは一目瞭然だ。 オレの知らないポケモンをゲットし、リーグに通用するまでのレベルに育て上げたナミの実力は、マジでホンモノだ。 元々、オレよりもトレーナーとしての素質はあるわけだし、今はオレの方が上かもしれないけど、いずれは抜かれるのかも。 おとなしく抜かれてやるつもりはないさ。 最強のトレーナーを目指すオレには、オレ以上の素質を持つナミは絶対的なライバルとなる。 誰よりも高いハードルとして、いつかはオレの前に立ちはだかるんだろう。 とても楽しみだ。 「だから、今のあたしならやれる。アカツキにも勝てる」 「そう簡単には行かせないさ」 ナミの自信たっぷりな宣言を、オレは鼻で笑い飛ばした。 誰が簡単に勝たせてやるモンか。 だから、オレは言った。 エンジンみたいに燃えてきた闘志を隠さず、 「オレに勝ちたきゃ、全力でぶつかって来い。 そうじゃなきゃ、オレには勝てないぜ」 それからオレはナミと別れ、自室に戻った。 ベッドに潜り込んで、目を閉じたけれど、興奮した気持ちが容易く冷めるはずもない。 時計の長針が「12」のところに来た時にカチッと鳴る音が二回聞こえたところで、ようやく睡魔に引き込まれた。 翌日―― 草のフィールドで、オレとナミは対峙した。 「これより、三回戦第一試合、マサラタウンのアカツキ選手対、同じくマサラタウンのナミ選手のバトルを行います」 審判が朗々たる声で告げる。 フィールドを挟んだスポットに立つナミは、自信満々の笑顔で、オレとのバトルを真剣に楽しもうとしている。 オレだって楽しみさ。 表情には出さないけど、興奮で鼓動は速くなり、今にも爆発してしまいそうなんだ!! この気持ちを全部出し切って戦ってやる。 ナミ、今のオレに勝てるか……? 胸中で問いを投げかける。 もしこの声が届いたなら、ナミは自信を持って「勝てるよ!! あたしなら!!」って答えるんだろう。 挑発にも怯まずに自分のペースを保ち続けるあいつだからこそ、戦い甲斐があるってモンだ。 さて…… バトルが始まるわけだけど、ナミは一体どんなオーダーを組んでるんだろうか。 ガーネットはどこかで必ず出てくるだろう。 オレのポケモンのことを一番よく知ってるのがガーネットだ。 ガーネットを中心に、弱点を補い合える組み合わせ…… オレの頭の中で、何パターンか浮かぶけれど、その中のどれをナミが採用するのかまでは分からない。 オレとしても、どのパターンが出されてもいいように、オーダーを組んでおいた。 あとは、それにしたがって戦っていけばいいわけだけど…… 「アカツキ選手の先攻です。ポケモンを出してください」 「はい」 先攻はオレだ。 どういう基準でオレが先攻なんだろうか……今がバトルの直前でなければ訊いてたかもしれない。 まあ、想像はつかなくもない。 オレとナミが同じ日にトレーナーとして旅立ったことは調査済みだろうから、それ以前の経緯を見て、 オレの方が知識が優れてるってところを拾ったか、あるいはそれ以後――? オレがホウエンリーグに出たっていう実績を拾ったか……どっちかだろう。 序盤がちょっと不利になるけれど、それはしょうがない。 中盤にかけての戦いで、一気に盛り返してみせるさ。 驚くほどのことじゃない。 オレは腰のモンスターボールを手に取った。 「ロッキー、行くぜッ!!」 オレが一番手として選んだのはロッキー。 フィールドに投げ入れたボールが口を開いて、中からロッキーが飛び出す!! 「ヤルッキ〜っ!!」 戦いたくて仕方ないと言いたげに、ウズウズした気持ちを吐き出すように腕を大きく振りかざす。 じっとしているのが苦手って言う性分は、種族的なものだからしょうがない。 まずは弱点の少ないノーマルタイプのポケモンを出して、ナミの反応を見よう。 ノーマルタイプならルーシーでも良かったんだけど、ルーシーより体力では劣るけれど、ロッキーの方が攻撃力は高い。 ケッキングへの進化を控えているだけに、潜在能力の高さだけを見れば、ロッキーの方が上だ。 ノーマルタイプのポケモンに対して有効なのは格闘タイプのポケモン。 ナミの手持ちには、格闘タイプはいない。 出してくるとしたら…… ナミもモンスターボールを手につかむ。 相手がロッキーなら、このポケモンで倒せると言わんばかりの笑みを浮かべて。 さあ、誰を出す……? 「それじゃあ、行っきま〜す!! トパーズ、ステージ・オン!!」 ナミが元気に声を弾ませながら、モンスターボールをフィールドに投げ入れる!! トパーズか……!! 随一の素早さを持つトパーズで、撹乱しながら攻めてくる作戦か……単純なパワーや体力なら、ロッキーの方が上。 だったら、スピードで対抗するのがセオリーだろう。 あるいは、鈍重なダイアで体力勝負を仕掛けてくるか…… トパーズの素早さは脅威的だけど、大丈夫。 付け入る隙はある。 ナミが投げ入れたモンスターボールが口を開き、中からトパーズが飛び出してきた!! 「ワンワンワンッ!!」 トパーズは猟犬みたいに吠え立てると、全身の毛を針のように逆立たせた。 リラックスしてる時は毛が寝てるんだけど、それ以外の時は、静電気で毛が逆立って、紙程度ならあっさりと突き破ってしまう。 こういう状態の攻撃を受けるのはイヤだな…… なんて思っていると、審判はオレたちの準備が整ったと見て、 「ヤルキモノ対サンダース、バトルスタート!!」 バトルの火蓋が切って落とされた!! オレの先攻ってことで、いきなり攻撃させてもらうぜ。 「ロッキー、あくびで眠りを誘え!!」 トパーズの最大の武器は類稀なスピードだ。 それさえ封じてしまえば、恐れる相手じゃない。 スピードを封じるには、あくびで眠気を誘い、眠らせてしまえばいい。 『あくび』は、徐々に相手の眠気を誘い、眠らせてしまう技なんだ。 特性や神秘の守りといった防御がなければ、まず防げない。 ましてや、先攻なら相手は必ずロッキーが欠伸するところを見ることになる。 それで十分なんだ。 ふわぁぁぁ…… いかにも眠たそうに、ロッキーが欠伸をする。 ぴくっ、とトパーズが小さく反応する。 よし、効いた……!! あとは、トパーズが眠るまで、どうやって時間を稼ぐかだけど……そればかりは刻々と変わる状況に合わせて指示を出していくしかないだろう。 「トパーズ、一気に決めちゃうよ!! 電光石火から雷!!」 本気で決めるつもりだな…… 『あくび』の効果を知っていれば、短期決戦で勝負を挑んでくるだろう。 でも、それこそオレの望むところなんだ。 時間が経てば、トパーズは眠ってしまう。 相手のペースを崩してやれば、どんどん焦って、思い描いた作戦に綻びができてくるだろう。 そうなれば、もうこっちのモンだ。 トパーズはナミの指示を受け、さっと疾風のごとく駆け出した!! やっぱ、素早い……!! 予想はしてたんだけど、さすがの一言に尽きる。 あっという間にセンターラインを飛び越えて、ロッキーに迫る!! 圧倒的なスピードで距離を詰めて、雷を放って逃げてしまえば、通り魔的に、でも確実に相手に攻撃を当てることができる。 蝶のように舞い、蜂のように刺す…… スピードが命のトパーズにはピッタリの作戦だ。 でも、そう簡単にはやらせないぜ。 「ロッキー、アンコール!!」 「ええっ!?」 オレの指示に、なぜかいきなり悲鳴をあげるナミ。 あー、感情がすぐに表に出てくるところは相変わらずってところか…… でも、トパーズのスピードは、一緒に旅をしてた頃とは段違いだ。 トパーズは確かに強くなってる。 でも、基本的な戦術までガラリと変えることはできない。 そこんとこは、トパーズの能力配分を知ってるオレの勝ちさ。 オレはロッキーにアンコールを指示した。 「ヤルッキー、ヤルッキ〜!!」 ロッキーは楽しそうに手を叩く。 アンコールという技は、文字通り、相手に対してアンコールを出すんだ。 『相手が最後に使った技』を、一定時間、使わせ続ける。他の技を出すことは一切できなくなる。 雷をすぐに発射されてればかなり厄介だ。 だけど、攻撃力の低いトパーズの電光石火なら、何発か食らったくらいでロッキーがやられることはない。 とはいえ、アンコールを出している間に、トパーズの電光石火がロッキーを吹っ飛ばした!! コロコロと一メートルほど転がったところでさっと立ち上がり、方向転換して再び迫ってくるトパーズに向き直る。 攻撃を食らったせいでボルテージが上がったロッキーの目つきは、十時十分に近くなっていた。 「うーん、まあいいや!! トパーズ、そのまま電光石火でやっちゃって!!」 ナミは困った顔を見せたけど、アンコールは時間で解ける技。 それまでの間、すごいスピードで動き回っていれば、攻撃を受けないだろうと思ってるんだ。 果たして、そうかな? 確かに、オレはトパーズの雷が怖くて、電光石火しか出せないようにアンコールを使わせた。 けれど、本当の目的は、トパーズが必ずロッキーに触れざるを得ない状況を作り出すこと!! 電光石火は相手に体当たりを食らわして攻撃する技だ。 だから、ロッキーに必ず触れる。 その瞬間なら、どれだけスピードに差があっても、相手に必ず攻撃を命中させられる!! 下地を作れば、あとはアンコールが解ける前に確実にトパーズを倒すだけだ。 いつ解けるか、それはオレにも分からない。 だから、倒すのは早ければ早いほどいい。 「ロッキー、ブレイククロー!!」 アンコールはいつ解けるか分からないけど、そのための保険として、『あくび』も使っておいた。 万が一アンコールが解けるまでに倒せなくても、しばらく経てば『あくび』の方で眠ってくれるだろう。 何も焦る必要はない。 反撃なんて食らわないとタカをくくってか、自信があってか、トパーズは真正面からロッキーに電光石火を放ってきた!! その瞬間、ロッキーの左腕が動いた。 がごんっ!! 電光石火とブレイククローは同時に炸裂し、ロッキーとトパーズは大きく吹っ飛ばされた!! いくらブレイククローが強力でも、電光石火の勢いを止めることまではできなかったようだ。 大きく吹っ飛ばされて地面に叩きつけられるロッキーとトパーズだけど、両者ともすぐに立ち上がる。 ダメージ的にはロッキーの方が少ないはず。 このまま電光石火とブレイククローの相打ちを続けていけば、先に参るのはトパーズだ。 となると…… 真正面からの勝負は仕掛けてこない。 あるいは時間を稼ぐ……どっちも厄介だけど、時間をかければかけるほど、眠りのリスクが高まる。 そうノンビリはしてられないはずだ。 こういう時、どんな指示を出す……? 成長したおまえの姿を見せてみろ。 「トパーズ、撹乱しながら電光石火だよ!!」 ナミが指示を出すと、トパーズが駆け出す!! 右に左にと微妙に立ち位置を変えながら、ロッキーに迫る。 前か横か後ろか……それとも斜め上か。 どこから攻撃してくるか読めなくしようっていう魂胆だな。 なるほど、真正面から攻撃するよりはリスクが減らせるし、ほんの少しだけど、時間も稼げる。 うまいやり方だとは思うけど…… ロッキーを甘く見てもらっちゃ困るな。 ルーシーじゃなくてロッキーを選んだのは、単に攻撃力が高いからだけじゃない。 ルーシーはどっちかというと攻撃的な技が得意なのに対し、ロッキーは補助的な技を多く覚えられる。 スピードで勝負してくる相手には、真正面から勝負を挑むより、補助の技を織り交ぜながら戦う方が効率的なんだ。 だから…… 「ロッキー、カウンター!!」 「……っ!!」 迫るトパーズを睨みつけるロッキーの身体が、赤い光に包まれる!! 刹那、トパーズの電光石火が斜め横からロッキーを直撃!! そのまた直後、背後に抜けようとロッキーの脇を通り過ぎたトパーズの背に、ロッキーのカウンターが放たれる!! どんっ、ごろごろごろ…… 背後からカウンターを食らい、成す術なく転がっていくトパーズ。 こうやって、相手の行動を限定して、確実に返し技を決めていくという堅実な戦い方もアリなのさ。 逆に、相手が格闘タイプの技でロッキーを倒そうとした時なんかも、カウンターで逆に相手をノックアウトすることができる。 ルーシーよりもロッキーの方が、こういった変則的なバトルには向いてるんだ。 トパーズは地面に突っ伏したけど、それも一瞬だった。 さっと立ち上がり、ロッキーに向き直る。 その目つきが変わったように見えたのは気のせいか…… そろそろアンコールが溶けてしまうかもしれない。 雷を一発食らった程度じゃ、ロッキーは倒れないと思うけど……念には念を入れておくに越したことはない。 カウンターで、ロッキーに与えたダメージの倍を受けたけれど、トパーズはさっと立ち上がって、ロッキーを睨みつける。 と、ちょうどその時。 ぱんっ。 何かが弾けたような音が響く。 アンコールが切れたか……こういうタイミングで切れるとは思わなかった。 今の音がアンコールの効果切れを示すものだと知っていたらしく、ナミの口元にイジワルな笑みが浮かぶ。 ロッキーを指差し、トパーズに指示を出した。 「トパーズ、10万ボルトだよっ!!」 雷では体力の消耗が激しいと思って、負担の軽い10万ボルトを出すってところか。 ロッキーのブレイククローとカウンターで、そこそこのダメージは受けているようだ。 ナミの指示を受け、トパーズが駆け出す!! さっきと同じで、右に左にと、ジグザグに位置を変えながらロッキーに迫る。 『あくび』の効果が現れるまでの間をどうやって凌ぐか……そこが勝敗の分かれ目になりそうだ。 「ロッキー、吹雪だ!!」 こうなったら、あらゆる技を使ってトパーズを妨害する。 こんなこともあろうかと、いろんなタイプの技を覚えさせておいたんだ。 「ヤルッキーッ!!」 ロッキーははしゃぐような声を出すと、口から吹雪を吐き出した!! 氷タイプのポケモンと比べると、威力に関してははっきり言って段違いに低い。 元々、ヤルキモノやその進化形のケッキング、あるいは進化前のナマケロは、特殊攻撃はどちらかというと不得手。 だから、威力に期待するのは無理があるんだけど…… オレが重要視しているのは、威力じゃなくて戦略性。 威力が低くても、相手の弱点にフィットすれば、そこそこダメージを与えられる。 それに、何とかとハサミは使いようで、使い方によっては攻撃以外の用途も見出せる。 ロッキーが吐き出した吹雪は、微弱ながらもトパーズにダメージを与えている。 でも、さすがにこの程度で動きを止めるはずがない。 スピードを緩めることなく、一気に迫ってくる。 10万ボルトを食らうと、結構痛いだろうからなあ…… 吹雪がフィールドに生い茂る草を少しずつ凍らせていくのを見ながら、オレは思った。 トパーズの武器はスピードを活かした電気の速攻。 それを封じる手段は講じたけど、同じ手は二度と通じない。 一度眠ったら、起きる前に倒さなければ。 トパーズはあっという間にロッキーの眼前まで駆けてきて、全身に溜め込んだ静電気を増幅させ、強烈な電撃を浴びせてきた!! 「ロッキー、気張れ!!」 一撃でやられるとは思えないけど、できるだけダメージを小さくしてもらわなければ…… トパーズを倒したら、ナミはロッキーに対して有利なポケモンを出してくるだろう。 その時に少しでも相手にダメージを与えられるよう、体力は残しておいてもらわないと。 ロッキーが強烈な電撃を浴びている最中に、トパーズがその腕にがぶりと噛みついた!! 噛みつく攻撃か…… 自分からそうやって攻撃を出すってことは、相当育てられている。自分で考えて、攻撃を出している。 トレーナーの指示を受けずに戦うためには、相当な場数を踏んでいなければならないんだ。 野生のポケモンなら自分で考えて戦うけれど、トレーナーのポケモンは、 基本的にトレーナーからの指示がなければ戦わないし、技も出さない。 オレがいつか行ったシロガネ山のポケモンがやたら強いのは、自分自身の力だけで生きていかなければならないという厳しい環境…… 生存競争が為せるワザだったんだ。 ナミのトパーズは、それに近い状態かもしれない……想像だけど、それをすぐに否定することはできそうにない。 「ヤルッキ〜ッ!!」 ロッキーは負けないようにと大声を出すと、身体を捩って、腕に噛みついてきたトパーズを振り解く!! 吹っ飛ばされながらも、トパーズはさっと着地して、再びロッキー目がけて駆け出そうとする。 「……っ、まだ効果が出ないのか……」 この状態が十秒でも続けば、ロッキーでも苦しい状況に陥るだろう。 トパーズの速攻は、オレのポケモンにとって脅威なんだから。 十秒あれば、二回は10万ボルトを放ち、噛みついてくることもできるはず。 『あくび』の効果が出てくれないと……マジでヤバイ。 焦り始め、トパーズが駆け出そうとした矢先。 やっと、効果が出てきた。 トパーズの足が突然止まり、目を閉じて、立ったままうとうとし始めた。 ようやく、眠気が襲ってきたな……? うとうとしたかと思ったら、すぐにしゃがみこんで、身体を丸めて寝息を立て始めた。 針のように逆立っていた体毛が横に寝た。どっちにしても、睡魔には勝てなかったってことだ。 「あ、トパーズ!! 起きるの!!」 ナミが慌てて声をかけるけど、一旦眠りに落ちたトパーズが、そう簡単に起きるはずがない。 その間に、決着をつけるぜ!! 「ロッキー!!」 オレは寝息を立てるトパーズを指差し、ロッキーに指示を出した。 「ビルドアップから、ブレイククロー!!」 トパーズは無防備だけど、万が一、一撃で倒しきれなかったら……起きて反撃を食らったら、さすがにヤバイ。 だから、今の間に攻撃力を強化し、一気に倒す。 ロッキーが、ボディビルダーが鍛え上げた筋肉を誇示するようなポーズを取る。 ビルドアップは、攻撃力と防御力を強化する技だ。 ただでさえ高い攻撃力をさらに強化したら、トパーズを一撃で倒すことも可能になる。 攻撃力と防御力を強化し終えると、すかさずトパーズ目がけて駆け出す!! 結構大きな足音を立ててるのに、トパーズは夢の世界の居心地がとても良さそうだ。 ロッキーが迫ってくることに気づいてもいない。 そういうトコは、ナミにそっくりだ。 「トパーズ!! ロッキーちゃんが来るよ!! 早く起きて雷でドカーンと倒しちゃって!!」 身振り手振りまで交えているけど、当然、ロッキーの足音よりも小さなその声がトパーズに届くはずもない。 ロッキーは走りながら、左前脚を大きく振り上げた!! 眼前に迫り、振り上げた前脚を打ち下ろす!! 眠っていてはこの一撃を避けられるはずもなく、ロッキーの渾身のブレイククローはトパーズにクリーンヒット!! 痛みで目を覚ましたトパーズだけど、大きく吹き飛ばされて、為す術もない。 フィールドのバックラインを軽く飛び越えて、ホームランの勢いで観客席眼前の壁に叩きつけられる!! ポトリと地面に落ちたトパーズは立ち上がろうともがくけれど、立ち上がる寸前に、糸の切れた人形みたいにその場に崩れ落ちた。 「あーっ、トパーズちゃん!!」 「サンダース、戦闘不能!!」 ナミの悲鳴は、審判の声に制された。 自慢のトパーズが負けるわけなんてないと思ってたらしく、ナミは半分放心状態といった表情を隠そうともしなかった。 こいつが表情を隠すなんて器用なマネ、するはずはないんだけど…… 「戻って、トパーズちゃん」 ナミはトパーズをモンスターボールに戻した。 ともあれ、これで先手のリスクは解消できた。ロッキーは結構ダメージを受けてるけど、ポケモンの数はオレの方が上だ。 問題は、ナミが次にどのポケモンを出してくるか…… エスパータイプを出してきて、サイコキネシスで決めてくるだろうか……? それとも、いきなりガーネットが出てきて、一気に三体ごぼう抜きを果たしてみせるのか……? どっちにしても、ロッキーに対して有利なポケモンを出してくるのは目に見えている。 さあ、どう来る……? オレはトパーズのモンスターボールをじっと見つめているナミに目をやった。 口元が小さく動くのが見えた。 労いの言葉をかけてるんだろう。 すぐにトパーズのモンスターボールを腰に戻し、代わりに次のモンスターボールを手に取った。 一瞬、真剣な表情をモンスターボールに注いでいたけど、顔を上げた時にはいつもの笑顔だった。 「やっぱりアカツキは強いね。 でも、勝つのはあたし!! 行くよっ、ダイアちゃん!!」 ニコニコ笑顔でそう言って、モンスターボールをフィールドに投げ入れる!! 二番手はサイドンのダイアか…… フィールドに着弾したボールは口を開き、中からダイアが飛び出してきた!! 「がぉぉぉぉっ!!」 ダイアは屈強な肉体を誇示するように、その場で地団太を踏んだり腕を振り上げたりして、咆えた。 しまいには、額の角を高速で回転させ始める。 ダイアは物理攻撃力・防御力に優れたポケモンだ。 反面、水タイプや草タイプにはめっぽう弱かったりと、特殊攻撃に関する能力は低い。 それでも、ロッキーと真正面からぶつかり合うのなら、ダイア以上に頼れるポケモンはいないだろう。 なるほど、ナミにしては上手いチョイスだ。 「ヤルキモノ対サイドン、バトルスタート!!」 中断していたバトルが再開される。 先攻はナミだ。 「ダイアちゃん、地震っ!!」 フィールド全体に効力を及ぼす強力な地震で、ロッキーを倒そうっていう作戦か……ダイアの動きはそれほど素早くない。 スピードで対抗しようとはせずに、圧倒的なパワーでねじ伏せようって魂胆だ。 オレがトパーズ相手にやろうとしたことをそのままそっくりやり返すなんて、さすがに成長したってところだな。 ダイアが咆えながら、丸太のように太い脚を振り上げ、振り下ろす!! ごぅんっ!! 草のフィールドに強烈な揺れが迸る!! 「わっ……と」 上下に突き上げるような揺れに、オレは危うく転びそうになった。 これほどのパワーが相手となると……さっさと倒さないと危険だ。 でも、さすがはロッキー。 地震をまともに食らうはずがなく、ジャンプして避けていた。 よし…… 「ロッキー、瓦割りで速攻だ!!」 地面と岩タイプを持つダイアには、格闘タイプの瓦割りが効果抜群。 ただ、ダイアの防御力はとても高く、弱点を突いても満足にダメージを与えられるかどうかは微妙だ。 でも、弱点を突かなければ、倒すことはできない。 オレの指示に、ロッキーが揺れの収まった地面に着地して、ダイア目がけて駆け出した!! 「ダイアちゃん、迎え撃つの!!」 「がぉぉっ……」 ナミの指示に、ダイアが低く唸りながら、腰を低く据えてロッキーを迎え撃つ。 こっちの攻撃を受けて、ロッキーに隙ができたところに反撃するってところだろう。 自分から攻撃するよりは、そうやって受けてからキッチリ返すっていう方が、ダイアには似合っている。 強固な防御は、易々と貫かれないっていう自信がなきゃ、こんなことはできないんだろうけど。 でも、スピードで対抗できないなら、ヒット・アンド・アウェイで撹乱しながら戦おう。 ロッキーがダイアを射程圏内に捉え、前脚を水平になぎ払う!! 瓦を割るような勢いで繰り出された一撃が、ダイアの胸を真一文字になぎ払う!! 弱点を突かれて、痛くないはずがない。 ダイアは一瞬怯んだ様子を見せたけど、そこは気合でガッチリカバーしてのけた。 さっと横に回りこんでもう一発瓦割りを繰り出そうとした矢先、ダイアがロッキーの前脚をガッチリとつかんだ!! 「しまった……!!」 思った以上に反応が早い。 ナミのヤツ、遅くても遅いなりにスピードを多少は鍛えていたようだ。 短所を棄てて長所を伸ばすというやり方が一般的だけど、逆に長所はそのまま取っといて、短所を補うというやり方もある。 読み違えたオレのミスだ。 ロッキーは前脚をガッチリつかまれて、宙ぶらりんの状態。 慌ててもう一方の前脚でダイアの腕に瓦割りを繰り出そうとするけれど…… 「地面に叩きつけてから、地震!!」 ナミの方が上手だった。 ダイアははじめからそうするつもりだったかのようにロッキーを地面に叩きつけ、すぐさま地震を起こした!! 震源地に程近い場所に叩きつけられただけに、ロッキーは地震で大ダメージを受けてしまった。 大きく跳ね飛ばされてしまうけれど、辛うじて着地に成功する。 ただ、その足元は覚束ない。 肩で荒い息を繰り返し、傍目にも体力が残り少ないのが明らかだ。 さすがにダイアの攻撃力は高い。 ロッキーはビルドアップで防御力を上げていたのに、あれだけのダメージを受けてしまった。 そして、防御力も高い。 ビルドアップで強化した攻撃力で弱点を突いても、何事もなかったかのように佇んでいる。 物理攻撃で対抗するのは無理があるか…… でも、やれるだけはやっておかないと。 「ロッキー、もう一度瓦……」 オレが指示を出そうとした矢先、ロッキーが倒れてしまった。 「ロッキー!!」 さすがに、今の一撃は厳しかったか…… 正直なところ、ダイアの力を見くびっていた。 受けた分はキッチリ返す。 それは分かってたけど、いくらなんでも返しすぎだ。 「ヤルキモノ、戦闘不能!!」 審判がロッキーの戦闘不能を告げる。 こうなってしまっては、脚がもつれて転倒しただけでも後の祭り……冗談は程々にして、オレはロッキーをモンスターボールに戻した。 「ロッキー、お疲れさん。あとは任せとけよ」 十分すぎる働きを労い、ロッキーのボールを腰に戻す。 トパーズを倒しただけでも十分すぎる。 ついでにダイアに少しでもダメージを与えられたんだ。 進化を控えてこれだけのパワーなんだから、もしケッキングに進化したら、どれだけのパワーを身につけることか…… 想像すると、ゾクゾクするよ。 なんて、将来のことは置いといて、今は目前のバトルに集中しなければ。 物理攻撃と物理防御力の高さには定評があるサイドンが相手だ。 物理攻撃で対抗するのは厳しいけれど、相性やその他諸々の要素を考えれば、次に出すべきなのは…… 「リゼール、頼む!!」 オレはモンスターボールを引っつかみ、フィールドに投げ入れた!! 選んだのはリゼールだ。 ボールが着弾と同時に口を開き、中からリゼールが飛び出してくる!! 「キノ〜ッ!!」 優に五十センチ以上は背丈の違うダイアを前にしても、格闘ポケモンらしい勇敢さで、リゼールは恐れも抱いていないようだった。 オレがリゼールを選んだのは、格闘タイプの強力な技を使えることが一番大きい。 それに、いざとなれば『キノコの胞子』でダイアを眠らせてから『気合パンチ』で一気に決めるっていう戦略が取れることだ。 あとは、ダメージを受けてしまっても、ギガドレインといった草タイプの技でダイアの体力を吸い取ってしまえばいい。 草タイプにめっぽう弱いから、それをフィニッシュにして、次の相手に備えて体力回復という手段にも使える。 「リゼールちゃんか……強敵だなあ……」 ナミが小さくつぶやくのが聞こえた。 相性は不利なんだ、強敵だって思うのは当然。 審判がリゼールとダイアの様子を見て、バトルの再開を告げる。 「バトルスタート!!」 「リゼール、マッハパンチ!!」 速攻で仕掛ける!! グッと拳を握りながら指示を出すと、リゼールは矢のような勢いで駆け出した!! 瞬く間にセンターラインを越えて、ダイアに迫る!! まずは、マッハパンチで先制し、ダイアが反応しきれない間に追撃を加えていく。 ロッキーと同じような方法だけど、ロッキーはトパーズとのバトルでダメージを受けていたし、 マッハパンチのような先制の技を使えなかったから、ダイアにつかまってしまった。 リゼールには速攻型の作戦があるんだ。 それを今、見せてやるぜ。 「ダイアちゃん、慌てなくていいから。迎え撃つのよっ!!」 ナミの指示に、ダイアが腰を低く据える。 予期せぬ一撃を食らっても動いてしまわないように、重心を低く構えるんだ。 そうして、相手の攻撃を受けても動かなければ、反撃はより早く可能となる。 なるほど、上手い方法だとは思うけど…… リゼールにそんな作戦は通用しない。 「キノ〜ッ!!」 リゼールが気合の掛け声を上げながら、目前に迫ったダイア目がけて、伸縮可能な前脚を伸ばす!! バネのように瞬時に伸びた脚によるマッハパンチがダイアに命中!! 「ごぉぉっ……」 強烈な先制パンチを浴び、ダイアが苦悶に唸る。 ナミの読み通り、一歩もその場を動かなかったけど…… 「アイアンテール!!」 マッハパンチを食らわした勢いを落とすことなく、身体を横に捻る!! 一時的に鋼鉄の硬度を得たシッポが、ダイアの胸をなぎ払う!! 「ダイアちゃん!! 反撃よ、メガホーン!!」 強烈な連続攻撃を受けて怯むダイアに気合を注入するナミ。 反撃なんてさせないぜ!! 「スカイアッパー!!」 アイアンテールを食らわして、ちょうど横に一回転して向き直ったリゼールが、突き上げるようなパンチを繰り出した!! これがリゼールの三段コンボ!! マッハパンチは先制攻撃であると同時に、連続攻撃の勢いを作り出すためのスピードメーカー。 勢いを衰えさせないうちにアイアンテール、スカイアッパーと威力の高い技を連発し、一気に相手を倒す。 通用しなければ、キノコの胞子で相手を眠らせてから、気合パンチを決めて倒す。 ロッキーやレイヴにそれぞれに見合った戦い方があるように、リゼールの戦い方は超攻撃型なんだ。 相手に反撃の暇を許さず、一気に打ち倒すための戦い方。 そのおかげで、防御はからっきしだけど、そこんとこはギガドレインで体力を取り戻せばいい。 ごっ!! リゼールのスカイアッパーが、ダイアに炸裂!! 怒涛の連続攻撃(ラッシュ)に、さすがのダイアも蹈鞴を踏んで、その場にどうと崩れ落ちた!! 「あ、ダイアちゃん!!」 仰向けに倒れるダイアに向かって、ナミが驚愕の表情で叫ぶ。 リゼールがどんなポケモンか知ってはいたみたいだけど、ここまで攻撃に特化しているとは思わなかったんだろう。 ホウエンリーグにも出さなかったし、今までのバトルだって、ここまで攻撃的に技を出したことはなかった。 ミツルとのバトルでは、攻撃一辺倒ではどうにもならないと分かってたからこそ、控えめにしてたんだ。 伸び上がるようなアッパーを繰り出したリゼールは、空中で器用に回転してみせると、軽やかに着地を決めた。 マッハパンチ、アイアンテール、スカイアッパーと、弱点を連続で突いてはみたけど…… さすがにこれだけで倒れるとは思えない。 防御力の高さで、弱点を多少突かれたところで倒れるようなポケモンじゃないんだ、サイドンっていうポケモンは。 オレの読み通り、ダイアはゆっくりと立ち上がった。 「その調子よ、ダイアちゃん!!」 背後でナミがキャーキャー騒いでいるのを知ってか知らずか、ダイアは立ち上がるなり腕を掲げ、咆えた。 この程度でやられるとでも思ってたのか……と言わんばかりだけど、その通りだろう。 とはいえ、弱点を立て続けに突かれて、結構なダメージを受けてるのは間違いない。 このまま行けば、倒すことはそう難しくもないんだろうけど……ナミのことだ、何か仕掛けてくるのは目に見えている。 ここからは慎重に行くとするか…… 「ここから反撃スタート!! ダイアちゃん、吹雪!!」 吹雪を使うか…… 胸中で小さく舌打ちしていると、ダイアが口を大きく開いて、吹雪を吐き出した!! ロッキーと同じで威力自体は低いけど、相手の攻撃を妨害したりするのに覚えさせたんだろう。 さすがにそこは同じレベルで物事を考えてるってことだな。 なんだか、ちょっとだけうれしくなったけど…… 防御がからっきしのリゼールが、威力は低いとはいえ吹雪なんて食らったら、一大事だ。 「リゼール、マッハパンチからキノコの胞子!! 一気に決めるぞ!!」 こうなったら一気に決める。 本当は最初にこっちのプランを入れといた方が良かったんだろうけど…… 気合パンチ一発で倒せなかった場合のことを考えると、先にアイアンテール、スカイアッパーの三連コンボを入れとくべきだった。 リゼールは吹雪の中を突っ込んでいく!! ダメージを受けるのは計算のうち。 「ダイアちゃん、迎え撃って、メガホーン!!」 ナミが吹雪をやめて迎え撃つように指示を出す。 リゼールにダメージを与えると同時に、誘いをかけてたってことか。 まんまとナミの策にはまったってことになるんだろうけど、生憎とそんな意識はこれっぽっちも持ち合わせてない。 吹雪が止み、ダイアが額の角をドリルのように高速で回転させた!! 角ドリルと見紛うような攻撃だけど、実際にそれだけの威力はあると見るべきだ。 メガホーンは虫タイプの攻撃技で最強と言われている。 ただ、使えるポケモンが少なく、元はサイドンじゃなくて、ヘラクロスがその第一人者なんだ。 リゼールの弱点ではないけれど、受けるとかなり痛いな…… でも、そうなる前に…… 「キノッ!!」 リゼールが跳び上がり、頭のカサの突起から、胞子を撒き散らした!! 無数に降り注ぐ胞子を、ダイアが見上げ―― 「あーっ、ダメ!!」 慌ててナミが顔を下ろすように指示を出すけど、遅かった。 ダイアの鼻に、胞子が入った。 キノコの胞子は草タイプの技で、肌に付着するか、鼻から吸い込んだ相手を確実に眠らせることができる。 効果としては眠り粉と同じだけど、眠り粉よりも強力なんだ。 「ごぉ……」 ダイアはあっという間に胞子に身体を冒され、その場に崩れ落ちて眠ってしまった。 元が豪快な性格だけに、寝息もイビキと思えるほど大きいものだった。 よし、こうなっちまえば、あとはこっちのモンだ…… リゼールが勝ち誇った顔で、ダイアの目の前に着地する。 「あぁぁぁ……」 ナミがあたふたする。 相手の目の前で不覚にも眠ってしまったポケモンが、反撃などできるはずもない。 もちろん、反撃なんてさせるつもりはないけどな…… 「リゼール、気合パンチだ!! どどーんと決めてやれっ!!」 オレはダイアを指差し、リゼールに指示を出した。 気合パンチは、格闘タイプで最強の威力を誇る。 発動までには時間がかかり、最強の威力を生み出すためには、並々ならぬ集中力を必要とする。 だから、攻撃する前に攻撃を受けてしまえば、集中力が途切れて、出すことさえできなくなるんだ。 相手から反撃されないような状態なら、気兼ねなく出すことができるってワケさ。 リゼールが後脚を広げ、腰を低く構える。 威力が一番高まる姿勢だ。 「ダイアちゃん、起きてってば!! このままじゃやられちゃうよ!!」 いくら喚いてもムダ。 ダイアにその声は届いていない。 リゼールが左半身を斜めに引いて―― 「キノーッ!!」 鋭い気勢と共に強烈なパンチを繰り出す!! ごぅんっ!! 天をも穿たんばかりの轟音。 リゼールの気合パンチが、無防備なダイアの腹に突き刺さる!! 格闘タイプ最強の技を受け、さすがのダイアも目を覚ました。 だけど、凄まじい衝撃を受けて、声を上げることすら許されずに後方に吹っ飛んでいく!! 今の一撃で倒せたかどうかは分からない。 だから…… 「追いすがって、ギガドレインでフィニッシュだ!!」 立ち上がる前に決めてやる。 地面に這うダイア目がけて、リゼールが駆け出す!! 「ダイアちゃん、立ち上がって起死回生!!」 ナミがダイアに指示を出す。 そんな技まで覚えさせてたか…… 見たところ、ダイアは戦闘不能寸前。 威力がもっとも高くなる技で攻撃すれば、一撃でリゼールを返り討ちにできるっていう魂胆だろう。 やり方としては悪くない。 ただ…… ダイアがゆっくりと立ち上がる。 気迫のこもった目つきでリゼールを睨みつけているけれど、リゼールがその程度で怯むはずがない。 ダイアの二メートル手前で立ち止まり、ギガドレインを繰り出す!! リゼールの足元から光の蔦のようなものが地面を這って、ダイアの足元に絡みつく!! 「ごぉぉぉ……」 光の蔦に絡みつかれ、ダイアが悲鳴を上げて仰け反った。 ギガドレインは、相手の体力を吸い取ってしまう技。 リゼールは大技を連発して、ダメージこそ受けていないけど、体力はそこそこ消耗してるんだ。 その分とまではいかなくても、幾分かギガドレインで取り戻せれば、次のバトルで少しは優位になる。 草タイプのギガドレインは、ダイアにとって効果抜群となる。 残り少ない体力を吸い取られ、ダイアがうつ伏せに倒れた!! 同時に光の蔦が消える。 「サイドン、戦闘不能!!」 すかさず、審判がダイアの戦闘不能を宣言。 これでナミのポケモンは一体になった。 ナミは信じられないモノを見たような表情をダイアに向けて、呆然と突っ立っている。 ここまでやられるとは、さすがに予想してなかったんだろう。 でも、ダイアを相手に、リゼールが一歩も遅れを取らないことは確信してたさ。こうなるってことくらいは。 もしオレがナミの立場に立っても、同じことを思うだろう。 ナミはグッと拳を握りしめ、唇を噛みしめた。 こうもあっさりダイアがやられるとは思わなかったんだろうけど、それはそれで、現実として受け入れているようだ。 「ダイアちゃん、戻って!!」 すぐにダイアをモンスターボールに戻し、最後のポケモンが入ったモンスターボールに持ち替える。 オレの読みが正しければ…… いや、読むまでもないことなんだろうけど、ナミの最後のポケモンはガーネットだ。 リゼールに対して圧倒的優位に立てて、なおかつ最強のポケモン。 オレとの決着をつけるなら、最後に相応しいポケモンと言えるだろう。 「やっぱりアカツキは強いね……でも、勝つのはあたし!!」 ナミは顔を上げた。 「あたしのガーネットに勝てる!? さあ、行くよっ!!」 モンスターボールをフィールドに投げ入れ、口を開いたボールから、ガーネットが飛び出してきた!! 「がおぉぉぉぉぉっ!!」 最終進化形に相応しい気迫をにじませた咆哮をあげ、翼を広げてリゼールの眼前に現れる!! 「……っ」 ホウエン地方に旅立つ前とは比べ物にならない迫力に、オレは思わず一歩後退りした。 さすがにナミの最強のポケモンだ。 あのガーネットがここまで立派になったのかと思うと感涙モノだけど、今はバトル。 非情なようだけど、相手として立ち塞がった以上、倒さなければならない。 ドジでオマヌケでちょっと泣き虫なガーネットの姿は、どこにもない。 リザートンと呼ぶに相応しい貫禄…… 炎と飛行タイプを併せ持つガーネットを相手に、リゼールは圧倒的に不利だ。 草タイプの技も格闘タイプの技も、ガーネットに大きなダメージを与えることはできない。 対照的に、ガーネットの炎タイプの技と飛行タイプの技は、リゼールに効果抜群となる。 少しでもダメージを与えることが、勝利への近道だ。 オレはグッと拳を握りしめ、ガーネットを睨みつけた。 「バトルスタート!!」 両者の準備が整い、バトルが始まる。 「ガーネット、火炎放射でやっちゃって〜♪」 ナミが拳を突き上げて指示を出すと、ガーネットが口を大きく開いて、炎を吐き出した!! まともに食らったら一撃でやられる……!! そう思わせるだけの威力は十分にあった。 防御を鍛えていても、リゼールではひとたまりもない。 これを食らわずに、ガーネットに一撃を加える!! 「リゼール、避けてスカイアッパー!!」 空中にいる相手にはスカイアッパーが効果的だ。 与えるダメージは変わらないけど、その他の技と比べると、格段に当てやすい。 オレの指示に、リゼールが降り注ぐ炎から身を避わしながら、ガーネットに迫る!! でも、さすがはガーネット。 首を動かすだけで、炎の向きを変えて、リゼールに接近を許さない!! くっ……このままじゃ本気でまずい…… 簡単に勝てる相手じゃないとは思ってたけど、接近するだけでこんなに苦労するなんて…… それだけ、ナミがガーネットを本気で強く育て上げたってことだ。 うれしいやら、悲しいやら……結構複雑だったりするよ、心ん中は。 ガーネットの炎に追いかけられて、リゼールは攻撃どころじゃない。 完全に逃げてる。 一撃でも食らえば戦闘不能は免れない。 でも…… 「リゼール、スカイアッパーだ、炎を突き破れ!!」 ダメージ覚悟で攻撃しなければ、事態は好転しない!! オレの意気込みが伝わったのか、リゼールが炎から逃げるのを止め、渾身のスカイアッパーを繰り出し、ジャンプ!! ガーネットがすかさず火炎放射で攻撃してくるけれど、リゼールの勢いが勝っている。 炎を吹き散らしながらガーネットに迫る!! 「うそっ!!」 ナミが短く叫ぶ。 自慢の火炎放射を突き破りながら迫られるとは思ってなかったんだろう。 とはいえ、このままの勢いがガーネットに届けばいいんだけど…… 「キノ〜っ!!」 リゼールが叫ぶ。 スカイアッパーがガーネットの腹を捉え―― その瞬間、炎の勢いがリゼールを吹っ飛ばした!! 一瞬、ガーネットの表情が歪んだように見えたけど、すぐに何事もなかったかのように、リゼールに炎を浴びせかける!! さすがにこれだけの炎を浴びれば、戦闘不能は免れない…… と、数秒後、ガーネットが炎を吐くのをやめた。 リゼールを中心に数メートル半径が黒く焼け焦げているけれど、ガーネットの火炎放射の威力をまざまざと見せ付けている。 リゼールは仰向けに倒れ、目を回してピクリとも動かない。 「キノガッサ、戦闘不能!!」 さすがに、戦闘不能になるよな…… 審判の宣言に、オレは肩をすくめた。 「戻れ、リゼール!!」 立派に戦ってくれたリゼールをモンスターボールに戻し、 「リゼール、君の頑張りは無駄にしない。ゆっくり休むんだぞ」 労いの言葉をかけ、ボールを腰に差す。 これでオレも残り一体…… まさか、ここまで白熱して、緊迫したバトルになるとは思わなかったよ。 気づけばニコリと、ナミに微笑みかけていた。 オレの笑みに気づいてか、ナミも同じように返してくる。 負けたくないっていう気持ちはもちろんある。 でも、ナミとここまでのバトルができるようになったんだっていう喜びの方が、大きいかもしれない。 「…………」 ガーネットを倒せるポケモンは、オレの手持ちに二体いる。 一体はレキだ。 ミツルとのバトルで最終進化形のラグラージに進化して、全体的な能力が底上げされて、ラッシーと並ぶエースに成長した。 ガーネットに対して有利に攻撃できる技をいくつも覚えているし、相性論で考えれば、レキが一番だろう。 もう一体はラッシーだ。 相性は圧倒的に不利だけど、今までに培ってきたコンボをガンガン放てば勝てないことはない。 どっちを出すべきか……確実に勝利を呼び込むのならレキだ。 迷う必要なんてない。 それは分かってる。 だけど…… オレはラッシーのボールを手に取った。 じいちゃんの研究所で、たくましく成長したガーネットと再会した時のことが、不意に脳裏に過ぎった。 あの時、ラッシーとガーネットは友達との再会を純粋に喜んでたんだよな…… ――また会えたね…… ――元気してた? 蔓の鞭を伸ばしたラッシーと、それをぎゅっと握りしめたガーネット。 そんな会話が交わされていたのは、見れば分かった。 友達として再会して…… でも、トレーナー同士でバトルをすることになって……ラッシーはどうなんだろう。 やっぱり、ガーネットとバトルしたいと思うんだろうか。 相性は不利だって、そんなのはマサラタウンにいた頃から分かりきってたことだし…… 実際にモンスターボールから出して訊ねるわけにはいかない。 ポケモンのチェンジはできないんだから。 だから…… オレは考えてみた。 ラッシーの立場になって。 ラッシーなら…… 相性の有利、不利なんてあんまり執着しない。負け戦だろうと関係ない。戦うべき時は戦うんだし、負ける時は負ける。 オレはナミと戦えてうれしい。 ラッシーも、ガーネットとバトルすることを望んでるんだろうか? 友達だけど…… オレとナミは従兄妹だし、友達でもある。 だから、バトルできてうれしい。 オレと同じ図式をラッシーに当てはめてしまっていいものか、オレは分からずにいた。 そんなオレを叱りつけるように、その時、握りしめたラッシーのモンスターボールが大きく震えた。 「……!! ラッシー、戦いたいのか?」 答えは返ってこないけれど、一度芽生えた予感が確信に変わるまでに、時間はかからなかった。 相性は圧倒的に不利。 けれど、そこんとこは戦い方でどうにでもなる。 「分かったよ……ラッシー、一緒に戦おう!!」 ラッシーなら、オレがここでレキを出したとしても、嫌な顔一つ見せないだろう。 でも、オレが選んだのはラッシーだ。 そうと決めたからには、ラッシーでガーネットを倒して勝利する!! 「行くぜ、ラッシー!! オレたちの戦いを見せてやれ!!」 オレは腕を振りかぶり、ラッシーのボールをフィールドに投げ入れた!! 少し時は遡って…… 観客席の最前列で、バトルの行方に目を光らせている青年がいた。 「……どうなるのかな?」 「さあ」 隣に座ったアカツキの問いかけに、青年――ハヅキは頭を振った。 ここからどうなるかなど、予想もつかない。 草のフィールドで戦っている少年と少女は、その歳にしてはハイレベルなバトルを繰り広げている。 序盤は少年が一方的なペースでバトルを繰り広げていた。 けれど、今では少女の奮闘もあって、五分と五分の状態にまで盛り返した。 ここで少年が最後のポケモンを選んでいるが、どのポケモンを選ぶかで、勝敗が変わってくると言っても過言ではあるまい。 弟の友達という贔屓目を抜きにしても、ハヅキはこの次のバトルを楽しみにしている。 というのも、フィールドで対峙している少年と少女。このバトルの勝者が、ハヅキの次の対戦相手になるからだ。 「どちらが勝っても不思議じゃない。 それはそうと、おまえはどっちに勝ってほしいと思ってるんだ?」 「え……?」 予期せぬことを、視線も合わさずに突然訊ねられ、アカツキは言葉に詰まった。 一瞬兄に視線を向けたが、すぐにフィールドに戻す。 「それは……」 フィールドでは、少年がモンスターボールを手に、なにやら真剣に考え込んでいる様子だ。 最後のポケモンを誰にするか……迷っているようだ。 少女のリザードンはよく育てられている。 アカツキの『黒いリザードン』と比べるのは酷だが、体格もそれなりに立派だし、炎も強力だ。 話を聞いたところでは、リザードンは少女の最初のポケモンということで、 トレーナーのために頑張ろうとするその気持ちが、凄まじい火力を与えているのかもしれない。 そんなポケモンを相手に、並のポケモンなど出したところで勝ち目はない。 だからこそ迷っているのだ。 傍目にもそれがよく分かる。 「アカツキは迷ってる……ラッシーを出すか、レキを出すか……」 モンスターボールをじっと見つめている少年の迷いが、手に取るように分かる。 仮にも親友と呼び合える間柄だ。 それくらいは分かってしまう。 もし自分があの場に立っていたなら、同じように迷っていただろう。 相性を取るべきか、それとも絆を信じて、もっとも信頼するポケモンに任せるか。 「その……やっぱり、アカツキに勝ってほしいって思ってるよ」 「なら、信じてやるんだ」 「うん……」 迷いながらも出した答えに、ハヅキは満足したように笑みを浮かべたが、アカツキはその笑みを見ようともしなかった。 見なくても、兄がどんな表情をしているのかくらいは分かるからだ。 「分かったよ……ラッシー、一緒に戦おう!!」 「…………!?」 食い入るようにモンスターボールを見つめていた少年が顔を上げた。 決意を秘めた強い眼差しが、少女に向けられる。 少年は大きく腕を振りかぶり、 「行くぜ、ラッシー!! オレたちの戦いを見せてやれ!!」 モンスターボールをフィールドに投げ入れた。 フィールドに着弾したボールが口を開いて、中からポケモンが飛び出す。 「バーナーっ!!」 飛び出してきたのはフシギバナ。 王者の貫禄に恥じない声を上げ、翼を上下させてその場に留まっているリザードンを睨みつける。 「フシギバナ……? 相性が圧倒的に不利だぞ」 「…………」 唸るような声を上げたハヅキを横目で見やる。 険しい顔をフィールドに向けているが、それは当たり前なことだ。 少年が出したのは、炎と飛行タイプを持つリザードンに対して圧倒的に不利な、草タイプのポケモンだ。 相性で不利なのは言うまでもないが、それ以上に、スピードで勝負されたらひとたまりもない。 常識で考えれば、普通はレキ――ラグラージを出すだろう。 先のバトルで進化して強くなったラグラージなら、リザードンを相手に有利に戦える。 「…………」 アカツキはフィールドに視線を戻した。 少年の目に浮かぶ決意は、リザードンのシッポに灯る炎にも負けないほどの熱を放っているように見えた。 「相性じゃないよ」 「どういうことだ?」 ハヅキは怪訝な表情で、アカツキに向き直った。 相性でなければ、一体何だと言うのか。 フィールドで対峙する少年と少女の関係が従兄妹であることは知っているが、それ以上のことは知らない。 少年は息子の親友で、窮地を救ってくれた恩人でもあると。 「迷ってたと思うけど……でも、やっぱりガーネットを倒すのはラッシーなんだよ。 だって、アカツキとナミは、この場所でバトルすることにこだわってたから……」 「それは分からなくないけど、だからって、何も相性の不利なポケモンを出さなくても……」 アカツキの言いたいことは分かる。 ハヅキにも同じような経験があるからだ。 だが、真剣勝負の場で、意地などというモノのために勝利を棄てるのはいかがなものかと思う。 本気で決着をつけたいのなら、何もこの場所にこだわる必要はないはずだ。 だが…… 「この場所にこだわっているからか……」 裏を返せば、相性の不利なポケモンを出しても勝てるという自信があるということだ。 そうでもなければ、わざわざ出したりはしないだろう。 自爆以外の何者でもない。 改めてフシギバナのトレーナーである少年の目を見やる。 絶対に勝つという決意と、絶対に勝てるという自信が、瞳ににじんでいるように思えた。 「……やっぱり、同じ名前だけのことはあるってことか……」 小さくため息。 弟と同じ名前というのは偶然だろうが、同じ名前だけに、似ているところがある。 やると決めたことはやるという、意思の強さだ。 「なら、君がどういう戦いをするのか、見せてもらおう」 次に戦うのがこの少年であればいいなと、ハヅキは胸中で思うのだった。 「やっぱり、ラッシーで来たね」 ナミが小さく微笑む。 レキかラッシーで来ると読んでいたらしい。 こうなると、どっちを出しても同じだっていう気になってくるけど、オレが選んだのはラッシーだ。 相性は圧倒的に不利だけど、勝ち目はある。 いや……何がなんでも勝つ。 絶対勝つ。 それだけだ。 「でも、勝つのはガーネットだよ。オーバーヒートでやっつけちゃうんだから」 「そう都合よく行くかな……?」 ナミの勝ち誇ったセリフに、オレは軽口で返した。 とはいえ、ガーネットのオーバーヒートを食らったら、ラッシーも窮地に立たされてしまうだろう。 スピードでは勝負にならない。 背後に回りこまれたら、一巻の終わりだ。 そうならないように気を配りながらバトルを進める必要があるな…… 戦い方を頭の中で組み立て終えると同時に、審判がオレとナミの顔を交互に見やった。 「フシギバナ対リザードン、ファイナルバトル・スタート!!」 泣いても笑っても、これが最後のポケモンだ。 いざとなったら、必殺のハードプラントで勝負をつける!! ナミは、完全版のハードプラントを知らない。 巨木の幹がガンガン突き立つだけのハードプラントなら防がれるだろうけど、木の葉が茂り、 すべての葉っぱがラッシーの意のままに操れることは知らないはずだ。 でも、長期戦になれば不利になるのはオレの方。 短期決戦を余儀なくされたようで、ちょっと気が滅入りそうだけど……相手がナミなんだから、何がなんでも負けられない。 「行くぜナミ!! オレのすべてを見せてやる!! ラッシー、日本晴れ!!」 ハードプラントに次ぐ武器はソーラービームだ。 ソーラービームをノーチャージで撃てるようにしておかないと、ガーネットの炎に対抗するのは難しい。 日本晴れの効果で炎の威力も上がってしまうけど、それくらいのリスクは承知の上さ。 ラッシーが空を仰ぐと、フィールドに燦々と陽光が降り注ぎ、むせ返るような熱気が漂い始める!! 「いいの、ホントに? ガーネット、火炎放射♪」 オレの作戦は理解しているようだけど、それゆえにナミの指示は単純で効果的なものだった。 ガーネットが翼を広げて滑空しながら、ラッシーに火炎放射を放つ!! 日本晴れの効果で威力の上がった火炎放射は、普段のオーバーヒートに匹敵するほどの規模だったけど、それも想定の範囲内。 「ラッシー、ソーラービームで撃ち落とせ!!」 まずはソーラービームで相手の炎を消すことだ。 一撃でも受けたら命取りだってくらいに思わないと…… ラッシーがソーラービームを撃ち、ガーネットの炎のど真ん中をぶち抜く!! 「避けて、後ろに回りこんで!!」 やっぱりそう来たか……!! ナミの指示に、ガーネットが垂直に飛び上がる!! ソーラービームはシッポの先をわずかに掠めたけど、ダメージらしいダメージにはなっていない。 ガーネットはあっという間にラッシーの頭上を飛び越えて、背後に回りこんだ!! そう来ることも読めてるさ。 ラッシーの弱点は、巨体ゆえのスピードの低さ。 それが分からないナミじゃない。 だからこそ、オレもナミの手が読めるのさ。 「ラッシー、痺れ粉からマジカルリーフ!!」 オレの指示に、ラッシーは振り返りもせずに痺れ粉を舞い上げ、マジカルリーフを発射する!! 痺れ粉をまぶしたマジカルリーフが、ガーネットに迫る!! ナミの表情が引きつる。 痺れ粉とマジカルリーフのコンボの恐ろしさは身に沁みているらしい。 「ガーネット、空に飛んで!!」 この場で迎撃するのは不可能。 炎を吐いていては間に合わないと判断して、ガーネットが飛び上がる!! ラッシーにダメージを与えることができても、満足に動けなくなってしまっては、勝負にならない。 むしろ、一撃で戦闘不能にできなければ、特性『新緑』が発動し、ただでさえ強力なハードプラントの威力がさらに跳ね上がる。 弱点でなくても、食らえば大ダメージを被るのは間違いない。 ナミも、そこんとこは警戒してるんだ。 「ガーネット、燃やして!!」 ナミがガーネットに、迫るマジカルリーフを燃やすように指示を出す。 ガーネットは炎を吐いて、挟み撃ちのように左右から飛んでくるマジカルリーフを燃やした!! そうやって避わすから、能力強化のチャンスが訪れる。 「成長!!」 少しでも技の威力を上げておけば、ソーラービームで与えられるダメージもアップする。 そこに『新緑』をプラスすれば、ハードプラントの威力は恐ろしいほどのものになるだろう。 ナミとしては、それだけは避けたいはずだけど…… 「ガーネット、腹太鼓!!」 「なっ……!?」 能力アップを考えていたのはナミも同じだった。 こればかりは、オレとしても想定外だ!! ガーネットが空高く舞い上がると、 「がーっ!!」 咆えながら、手で腹をぽんぽんと叩きはじめる!! 腹太鼓だと……!? そんな技まで覚えさせてたのか……さすがに予想もしていなかった。 腹太鼓は、体力を半分削ることで、物理攻撃力を最大までアップさせるという、恐ろしい技だ。 ガーネットの最大の武器は強烈な炎。 物理攻撃力も決して低くはないんだけど、高いと言うほど高いわけでもない。 でも、腹太鼓を使うことで、飛行タイプの威力もぐんと跳ね上がる!! 物理攻撃と炎の攻撃を絡めて、一気に攻め立てようっていう作戦だな…… そうでもなきゃ、体力を半分削ってまで攻撃力をアップさせないだろ。 短期決戦を睨んでいるのはナミも同じ……正直、やりにくくなった。 ゆったりと構えててくれてたら、隙を突くことも簡単だったんだろうけど、ナミはオレが短期決戦を挑んでくることに気づいた…… だからこそ、腹太鼓なんてリスクの高い技を使ってきたんだ。 ラッシーの身体がうっすらと光に包まれる。 草タイプの技の威力を一時的に引き上げる『成長』が発動したんだ。 身体を包んでいた光は薄れ、すぐに消えてなくなる。 ここから、ガーネットの猛攻が始まる!! それをどうやって耐え凌ぐか……それが勝敗の分かれ目になるはずだ。 「がーっ!!」 極限まで攻撃力を高めたガーネットが、息巻きながらラッシーを見下ろす。 つばめ返しで来るか、それとも…… 「ガーネット、メガトンキーック!!」 威力の高いメガトンパンチで来るか…… 弱点を無理に突くより、単純に威力の高い技で攻めた方が効果的と踏んだんだ。 よーし、それなら…… 「ラッシー、ハードプラント!! ドカンとお見舞いしてやれ!!」 「え、もう使ってくるの!?」 このタイミングでハードプラントを使うとは予想していなかったらしく、ナミがマジで驚愕する。 全体重をかけたキックを繰り出そうとまっすぐに落ちてくるガーネット!! まともに食らったらマジで痛いな…… 光合成で体力を回復させてくれるだけの時間を与えてくれるとは思えない。 メガトンキックからオーバーヒートで一気に決めてくるのは目に見えている……!! こうなったら、こっちもハードプラントで一気に決着をつけるしかない!! 「バーナーっ!!」 渾身の叫び声と共に、ラッシーが背中から蔓の鞭を伸ばし、眼前の地面にめり込ませる!! 刹那―― ごごごごごっ……!! 凄まじい地鳴りがスタジアムに轟く!! ハードプラントの前ぶれだ。 「来る……!!」 ナミが鬼気迫った表情でつぶやくのが聞こえた。 でも、ガーネットの動きは止まらない。 真上にいるガーネットに、ソーラービームは放てない。 痺れ粉+マジカルリーフでも、麻痺するより先に勝負を決めてしまう。 だから、ハードプラントしかない!! 何が始まるのか…… スタジアムにそんな空気が漂い始めた時、ラッシーの周囲に、次々と巨木の幹が突き立つ!! それはさながら、天に屹立せんとする勢いだった。 「ガーネット、構わないで攻撃〜っ!!」 斜めに突き立った巨木の幹がガーネットの翼を、脇腹を次々と打つ!! でも、ガーネットは止まらない!! さすがにこれだけじゃ倒せないか……!! 巨木の幹の攻撃をものともせず、ガーネットのメガトンキックがラッシーの背を直撃!! ごぅんっ!! それこそ天を穿たんばかりの轟音だった。 「ラッシー、踏ん張れ!!」 オレはラッシーに喝を入れた。 ここで堪えられなければ、勝つことはできない!! ラッシーの脚が深く地面にめり込むほどの勢いだ……ダメージも決して小さくはないだろう。 オレに背を向けたラッシーがどんな表情をしているのかは見えないけど……想像しなくたって分かる。 分かるから…… 「ラッシー、君のパワーを見せてやれ!! ハードプラント、完全版……ラストプラント!!」 「させないよ、オーバー……」 ナミの指示は途中で途切れた。 ラッシーの周囲に突き立った巨木の幹から太い枝が生え、それが分かれてさらに細かな枝になり、無数に葉を茂らせる!! これが、ハードプラントの最終形……親父のリザードンに大ダメージを与えた、その名も……ラストプラント!! ラッシーが放てる最強の技だ。 今なら『新緑』を発動しているはずだから、その威力は発動前の比にならない。 「ガーネット、構うことなんてないよ!! オーバーヒートで決めちゃえーっ!!」 ラッシーが次々と、木の葉を操ってガーネットを攻撃するけど、ガーネットはそれを気にすることなく、オーバーヒートを放つ!! まずい、避けられない!! どーんっ!! 凄まじい火柱が立った。 ラッシーが作り出した巨木の幹も、枝も、葉も、すべてが火柱の中に消えて、焼き尽くされる!! 耐えられるか……? いや、普通に考えれば耐えられない。 日本晴れの効果はまだ残ってる。 だから、オーバーヒートの威力が上がってるんだ。 いや…… 日本晴れの効果があるにせよ、ないにせよ……オーバーヒートの威力は恐ろしい。 一定時間、炎の威力ががくっと下がるというリスクはあるけど、トドメの一撃として放つなら、そんなリスクを想定する必要はない。 「ラッシー!!」 火柱に消えたラッシーの名を、オレは叫んだ。 こんなんで負けるようなラッシーじゃないと、何があっても信じたかったから、何度も何度も叫んだ。 火柱はそんなオレを嘲笑うように、轟音を立てて燃えさかった。 「うわ……」 「これは耐えられないだろう……」 観客席で、アカツキは手で顔を覆った。 日本晴れと『猛火』によって威力が極限まで高まったオーバーヒートがフシギバナ――ラッシーに炸裂。 常識的に考えれば、まず耐えられない一撃だ。 勝負はこれで決まったかもしれない。 スタジアムの空気は、そんな感じだった。 相性が圧倒的に悪いのだ。 健闘しても、勝ち目は薄い。 相性がすべてだとは思わないが、重要な要因であることに変わりはない。 「アカツキ……」 少年に勝ってほしいと思った。 今でもそう思っているが……この状態で逆転勝利のメイクドラマを魅せるのは、ほぼ不可能に近い。 常識的に不可能と考えるようなことでも、彼はまだあきらめていない。 火柱をじっと見つめる彼の目は、バトルを棄てたトレーナーの目ではない。 「最後には相性がモノを言う…… 相性を覆すバトルも経験してきたけど、今回ばかりは相手が悪すぎた」 ハヅキが頭を振った。 バトルは相性がすべてだ、などという戯言を抜かすつもりはない。だが、相手が悪すぎる。 弟には悪いが、この状態で少年に勝ち目があるとは思えない。 火柱は少年のフシギバナが打ち立てた巨木の幹を容赦なく焼き尽くし、巨大な炭に変えてしまった。 少しずつ火柱が細く小さくなっていく。 巨木の幹が無残な姿をさらし、やがて…… リザードンの背中が現れ―― 「……!!」 ハヅキは目を瞠った。 ありえないと思ったが……目の前の現実は否定できなかった。 「アカツキ……!!」 弟が期待に弾んだ声を上げた。 「ラッシー……!!」 火柱が消えた跡に、身体のあちこちを焦がしながらもガーネットを睨みつけているラッシーの姿を見つけ、オレは思わず叫んでいた。 戦闘不能にはなっていないけど、あと一撃でも受ければそうなりかねない。 でも、それはガーネットも同じだった。 腹太鼓で体力を削ったところにラストプラントの一撃を受けたんだ。 その上、オーバーヒートのバックファイアが襲い掛かった。 どちらも戦闘不能寸前。 ラッシーとガーネットが対峙する。 だけど動かない。 気力を奮い立たせて、それを立つ力に変えているようなものだ。 攻撃なんてしたら、その途端に体力を使い果たして戦闘不能になる。 オレたちが指示を出さなくても、ポケモンたちがそれをよく心得ている。 オレがラッシーを真剣な眼差しで見つめているように、ナミも強張った表情をガーネットに向けている。 先に倒れるのはどちらか……? スタジアム中の観客も、固唾を飲んでバトルの決着を見守っている。 フィールドには静寂が舞い降り、冷たい風が頬を撫でていく。 これは、どちらに転んでもおかしくない。 オレが勝っても、ナミが勝っても。 どっちにしても、オレは絶対に後悔はしない。 負けて悔しい想いをしたとしても、このバトルの内容自体は素晴らしいものだったし、みんなの努力も手放しで賞賛したい。 だから、後悔なんてしない。 後悔したら、みんなの努力を無駄だとなじることと同じ。 勝っても、負けても、オレは笑うことに決めたんだ。 火柱によって高められたフィールドを冷やすように吹き抜ける冷たい風に、思わず鳥肌が立った時だった。 決着がついた。 身体が傾く。 スローモーションに見えるのは、激しいバトルがゆえの反動だったのかもしれない。 ごぅんっ!! その身体が力なく地面に横たわった時、審判が旗を振り上げ、勝者の名を高らかに告げた。 「リザードン、戦闘不能!! よって、勝者はアカツキ選手!!」 スタジアムは割れんばかりの歓声と拍手で満たされた。 バトルが終わり、オレとナミはポケモンセンターに戻った。 死力を尽くして戦ってくれた仲間たちをジョーイさんに預けた後―― オレはなんとなく誰もいない場所で青い空を見上げたいと思って、ナミを誘って屋上へと繰り出した。 今は各スタジアムで予選の三回戦が行われているから、ポケモンセンターにいるのは予選が終わった選手くらいで、 屋上に行くだけの余裕なんて、誰も彼も持っているはずがない。 予想通り、彼方に青空を望む屋上には誰の姿もなかった。 柵にもたれかかりながら、オレは空を見上げた。 青くてキレイだった。 思わず深呼吸したくなる。 深呼吸して、昂っている気持ちを冷やす。 「……あのバトル、どっちが勝ってもおかしくなかった」 「うん、あたしもそう思う」 オレの言葉に、隣で同じように柵にもたれかかっているナミが小さく頷く。 どちらともなく相手の顔を見やる。 揃いも揃って笑顔だ。 ホント、バカバカしいほどの青空に似合う、笑顔だった。 「だから、細かいことは言いっこなしだ。オッケー?」 「うん、オッケー」 オレが握り拳に親指を立てると、ナミも同じように親指を立てた。 本当に、あのバトルはどっちが勝ってもおかしくなかった。 ガーネットが倒れるのがあと五秒遅かったら……ラッシーが倒れていただろう。 実際、審判が宣言した直後、ラッシーも倒れてしまった。 ラッシーの気合がわずかに勝った……という言い方をすれば、多少は専門家としての見地だと思われるかもしれない。 でも、オレはそんなくだらない言葉で区別したくなかった。 ラッシーの気合がわずかに勝ったっていうのは、あくまでも結果論でしかない。 それが本当だったのかは、今となっては分からないことだから。 ガーネットの気合が劣っていたとか、ラッシーの気合が勝ったとか、そんな言葉でせっかくのバトルを汚すのも、嫌だった。 ナミもたぶん、同じことを考えてるはずだ。 「やっぱり、アカツキは強いよね……負けちゃったもん」 「おまえの方こそ、よくあそこまで腕を上げたよな。 ま、元々おまえの方がトレーナーとしての素質は上なんだから、当然と言えば当然だろ」 ナミの言葉に、オレは笑いながら返した。 オレよりトレーナーとしての素質は上だって言われたら、驚くだろう。 ナミの驚いた顔見たさに口に出した一言。 でも、その反応はオレの期待を百八十度ほど裏切ったものだった。 「おじさんから聞いたよ。 あたしの方が、トレーナーとしての素質があるんだって。 でも、本当なのかなあ……?」 「……親父から聞いたのか……」 驚いたのはむしろオレの方だったのかもしれない。 じいちゃんは絶対にそんなことは言わないだろうし、ハルエおばさんも、ナミを調子付かせるようなことは絶対に口にしない。 アキヒトおじさんなら言いかねないけど、ハルエおばさんの目を気にしているのなら、言い出すこともない。 だけど、親父なら言いかねない。 あのバカ親父め……久しく会ってないかと思ったら、ナミにそんなことを吹き込んでたなんて…… マサラタウンにいないと思って油断したよ。 オレがこうやって驚く様を想像しながら、大爆笑してたのかもしれない。 そう思うと、なんだかちょっとだけ悔しい。 「まあ、一応ホントのことさ」 疑問に首を傾げるナミに、オレは首肯した。 「なあ、ナミ。覚えてるか? 一緒に旅してた頃……ハナダシティで、トパーズがサンダースに進化しただろ」 「うん」 「あの時……正直、おまえに負けてるんじゃないかと思って、結構焦ってたんだよ、オレ」 「……だから、夜遅くに特訓してたの?」 「…………!!」 正直に告白しときながら、なんなんだけど…… さすがに驚いた。 ナミは何気なく言ったつもりかもしれない。 でも、それってサラリと言うことじゃないだろ。 ラズリーとリッピーを特訓させてたこと、ナミが知ってるなんて思わなかったんだよ。 見られてたんだ……あの光景。 なんだか、恥ずかしいな…… 思わず赤面していると、ナミがニコッと笑った。 「カスミ、言ってたよ。 アカツキはあたしに追い抜かれたって思ったんじゃないかって。 正直には信じられなかったよ。 だって、そうじゃない? アカツキって、いつでも頼りになるし、度胸もあるし、いろんなことを知ってるじゃない。 そんなアカツキが、なんであたしに追い抜かれたって思ったのかなって……でも、今なら分かるような気がするの。 だって、アカツキは人の前で弱音なんて吐かないでしょ? 辛い時だってあったでしょ? でも、あたしの前じゃみっともないところを見せたこと、なかったよね。 なんでだろうって思ったけど……今なら分かるよ。 あの時、アカツキが見せた真剣な表情の理由とか……あたしの前でいつも弱いところを見せなかった理由とかも」 「……そこまで分かってるなら、話は早いな」 ナンダカンダ言って、ナミはちゃんとオレのことを見てたんだ。 ちゃらんぽらんしてるとばかり思ってたけど、むしろオレの方がナミのことをちゃんと見てなかったのかもしれない。 見事に言い当てられて、オレは肩をすくめた。 やっぱ、成長したんだなあ…… ナミはトレーナーとしても、人間としても、一回り、いや二回り、それ以上の成長を遂げていたんだ。 オレだって負けちゃいないけど、自分自身の成長より、ナミの成長の方がよく分かるのは不思議なことだよ。 「そうさ。オレは人の前で弱いところなんて見せたくなかった。 ただでさえ親父の影に怯えてたんだ……絶対、人の前じゃ泣かないようにしようって決めてた。 弱いところだって見せないようにしようって決めてた。 特におまえには……見せたくなかったな。 一回、見せちまったけど……その時はとっても後悔したよ」 「でも、安心したんだよ、あたし」 「……?」 笑みを深めるナミ。 オレが後悔して、なんで安心したんだろう…… 問いかけようと口を開く前に、ナミが話してくれた。 「いつもアカツキは強くて、あたしにはとってもまぶしく見えてた。 あたしもね、あの時はちょっとだけ、アカツキのこと、ちょっとだけ遠い人みたいに感じてたの。 でも……アカツキがおじさんに負けて泣いてたのを見て、本当に安心したんだよ。 アカツキだって、あたしと同じなんだって。 強がってても、泣いたり悲しんだり怒ったりするんだって……人前じゃ見せないから、なおさらだよ」 「……そっか……」 オレ、いつの間にかナミにとって『ちょっと遠い人』になってたんだ。 そんなことにも気づけなかったなんて……親父の影に怯え、がむしゃらになってた、なんて言い訳にはしたくない。 今さらそんなことをぶり返しても何にもならないのは分かってる。 でも、やっぱり一度気になったことを消すことは難しい。 ヒトデみたいに、中途半端に千切っても消えることはないんだ。 ナミにそういう風に言われて、あの時のオレって、無意味に肩肘張ってたんだなあって思ったよ。 今だから、そんな風に『○○だなあ』って思えるんだろうけど…… 普通に泣いたり怒ったり、なんでできなかったんだろう。 ナミの前じゃ、強くいたかったのかもしれない。 オレの強がってるところ見れば、ナミが安心するとばかり思ってたのかも。 でも、それは結局ナミを不安にさせてただけだったのかもしれない。 今だから話せることで……今だから簡単に受け入れられることでもある。 今だから……どうにもならないことだけど…… 「ありがとう、ナミ。少しだけ、肩の荷が降りた気がする」 「うん」 感謝の言葉を伝えると、ナミは笑顔で頷いてくれた。 こんな風にナミと話したのって、初めてだ。 マサラタウンにいた頃は四六時中一緒にいたのに、こんな話はしなかった。 仮に話をしたとしても、ナミはまともに聞いてくれなかっただろう。 互いに成長して、いろんなことを知ったから、そうやって本音を口にすることができるようになたんだ。 そう思うと、オレは一人でホウエン地方に旅に出てよかった。 ナミと袂を別ち、別々の道を歩んだからこその今なんだって、本当に心の底から思えるんだ。 なんかホッとしたところで、闖入者が現れた。 「あ、こんなところにいた!!」 入り口から聞こえた声に振り向くと、ニコニコ笑顔のアカツキとハヅキさんがこっちに向かって歩いてくるではないか。 あー、なんでこんなシリアスな時にやってくるんだ……!! あまりの間の悪さに思わず全力でツッコミたくなったけど、ここはハヅキさんの手前、ぐっとこらえるしかなかった。 もちろん、アカツキ一人なら、問答無用でツッコミ入れてたよ。 「どしたの?」 オレとの話など完全にすっぽかし、ナミがやってきたアカツキに訊ねた。 あー、こいつもこいつでやっぱ変わってねえ…… なんて思いつつ、オレもアカツキとハヅキさんに身体を向けた。 何かしらの話があってここに来たんだろ。 だったら、ちゃんと向き合わなきゃ失礼だ。 「何か用ですか?」 オレはハヅキさんに訊ねた。 用があるのはハヅキさんだと、直感で悟ったから。 三回戦を突破したオレが次に戦う相手……それはハヅキさんだから。 理由なんて、それだけで十分だろ? 読み通り、ハヅキさんが小さく頷きながら口を開いた。 「明日、君とバトルすることになるけれど……僕は弟の親友が相手だろうと、手加減はしないよ。全力で戦おう」 「もちろんです。絶対に手加減できる相手じゃないですよ」 オレは軽口で返した。 アカツキでさえ全力で戦っても勝てるかどうか分からない相手なんだ。 アカツキに輪をかけて強いハヅキさん相手に手加減なんぞしていたら、あっという間に負けてしまう。 手加減せず、全力で全力で全力でぶつかっていっても、勝てるかどうか……アカツキに難なく勝てるだけの実力がなければ問題外。 勝ち目は薄いけど、勝てないバトルじゃない……っていうのが正直なところかな。 ハヅキさんのポケモンはマジで強い。 どのポケモンがやや弱いとかって比べられないし、特にその中にあって、バシャーモの強さは群を抜いている。 強烈なブレイズキックと格闘タイプの技で、あっという間に相手を倒してしまう。 ナミのガーネットが腹太鼓を使った状態……それが素の状態だと思えば、どれほどの強さかは想像できるだろう。 「で……何話してたの?」 横槍を入れてきたのはアカツキだった。 興味津々といった眼差しで、オレとナミを交互に見つめてくる。 こいつはぁ…… 思わず拳骨を食らわしたくなるのを、グッとこらえる。 オレの代わりに、ハヅキさんがアカツキを窘めてくれた。 「アカツキ。気になるのは分かるけど、これってたぶん本人たちの問題だと思うから、口出しはしない方がいい。 せっかくできた友達だって考えるのは分かるけど、それとこれとは別。 そろそろ、いい加減そこんとこの分別は身につけた方がいいぞ」 「う……」 痛いところを突かれ、アカツキが口ごもる。 口の中に丸めた新聞を詰め込まれたようなその声音に、一瞬吹き出しそうになる。 けれど…… ハヅキさんがすぐさま向き直ってきて、すぐに表情を整える。 「まあ、どうでもいい話に行きかけたけど……」 シラけた雰囲気を直そうと、咳払いをしてから、本題に入る。 「明日のバトル、楽しみにしているよ。 今日のバトルを見たけれど……あれでも、君の全力じゃない。僕はそう思ってる。 だから……明日はもっともっと強い君を見せてくれ。 そうじゃなきゃ……僕があっさり勝っちゃってつまらないからさ」 「…………」 言いたいこと、言ってくれるじゃん…… ライターで火をつけたくらいじゃ効かないくらいの闘志がメラメラと燃え上がっていくのを感じずにはいられなかった。 心を焦がしてしまうほどの熱に身じろぎしたくなる衝動をグッと押さえ込み、 「楽しませてみせますよ」 笑顔で返した。 ……難しい注文を難なく言ってくれる。 オレはナミとのバトルで、力はすべて出し切ったんだよ。 それなのに、あれでも君の全力じゃないって……どうしたらそんな風に言えるんだか。 オレを鼓舞するための方便だとしても、ちょっと言いすぎだよな…… ラッシーが行き着いた究極技はラストプラントで、それ以上の技はない。 探し出し、覚えさせるにしても、膨大な時間がかかるのは言うまでもない。 だけど、オレもおとなしく負けてやるつもりはない。 戦うからには勝つ。 それくらいの気迫を持たないトレーナーに、ポケモンがついてくるものか。 「でも、侮りすぎると返り討ちにしちゃうかもしれませんよ?」 「それくらいじゃなきゃね……」 ハヅキさんは笑みを深めた。 目は笑ってるけど、見えない火花がビリビリと散っているのは明白だった。 周囲の空気が瞬く間に灼熱する。 幻だけど、周囲に燃えさかる炎が見える。 もう、この時からバトルが始まってたんだ。 To Be Continued…