リーグ編FINAL リーグ閉幕〜戦いの終わり 状況は、決して有利とは言えない。 カントーリーグ四回戦。 広がるのは岩のフィールド。 激しい戦いの余波はすさまじいものだった。 せり出していた岩のほとんどがバラバラに砕かれて、乾いた砂と乾いた土の支配する荒野に成り果ててしまっている。 フィールドの向こう側――スポットに立っているのはハヅキさんだ。 真剣な表情で、最後のポケモンを送り出す。 前々からの予想通り、ハヅキさんが最後に選んだのはバシャーモ。 オレはすでに最後のポケモンをフィールドに出していたんだけど……だから、解せない。 なんで、わざわざ相性の悪い相手を出してきたのか。 オレの最後のポケモンはレキだ。 ラッシー、ルースと強力なポケモンで出迎えたんだけど、二体とも戦闘不能にされた。 最後に出したレキで、ハヅキさんの二体目のポケモン――ヘルガーを撃退した。 とはいえ、ハヅキさんがただでやられてくれるはずもなく、ヘルガーのソーラービームで、レキは深刻なダメージを受けてしまっている。 肩で荒い息を繰り返しつつも、闘志の衰えない瞳で、射抜くようにバシャーモを睨みつけている。 相性では優位に立っている。 だけど、決して優位とは言えない。 ハヅキさんがやろうとしていることは……やっと分かった。 昨日のオレと同じだ。 相性の不利なラッシーでガーネットを迎え撃ったように、相性の不利なバシャーモでレキと戦おうとしてる。 やろうとしてることはオレと同じだけど、その理由は明らかに違う。 オレは半ば意地でラッシーを出したわけだけど、ハヅキさんはむしろ『挑戦』を掲げているように思えるんだ。 相性の悪い相手に挑み、そして勝利する。 そのことで、自分の成長を確かめようとしているようにさえ……思えるんだよ。 バシャーモは声も出さずに、手首の炎を激しく燃え上がらせる。 炎タイプの技じゃレキを倒すことはできないだろうけど……格闘タイプの技は相性の計算を受けない。 物理攻撃力も高いバシャーモなら、レキに大ダメージを与えることなど容易いことなんだ。 とはいえ…… 極限まで体力を消耗しているレキ。今なら特性『激流』を発動している。 この状態でハイドロポンプを放てば…… 当たれば、一発でバシャーモを倒せるかもしれない。 そう、当たれば。 簡単に受けてくれるとは思えないし、仮に受けたとしても、『こらえる』を使われたらおしまいだ。 次の一手で、勝負は決まる。 ハヅキさんもそれが分かっているからこそ、表情をさらに引き締めたんだ。 勝つか、負けるか。 一手でシンプルに決まるバトル。 どのタイミングで仕掛ければ、確実に相手を倒せるか……オレもハヅキさんも、互いに相手の隙を窺っている。 バシャーモが使える技を頭に思い浮かべてみる。 火炎放射にブレイズキック、瓦割り、気合パンチ、電光石火…… 距離を詰めるなら、電光石火から他の技に繋いで攻撃してくるだろう。 相手のタイミングを外してやれば、確実に当てられるんだろうけど、それもかなり難しい。 単純な勝率で言えば、オレの方が50%を切っている。 さあ、どうする……? 勝率はゼロじゃない。 当てさえすれば勝つことはできるんだ。 猶予はない。一発外せば、それで終わり。 こういう場合、相手の攻撃を誘う方がいいだろう。 こっちから仕掛けて、外せばそれで終わりなんだし。 それはハヅキさんも分かっているらしく――いや、分かっているからこそ、逆に仕掛けてきた。 人差し指でレキを指し、 「バシャーモ、電光石火からブレイズキック!! これで決めろ!!」 鋭い声でバシャーモに指示を出す。 「バシャーモッ!!」 バシャーモは勇敢な声をあげると、凄まじい脚力で駆けてきた!! 電光石火で距離を詰め、ブレイズキックで決めてくるか…… 炎タイプの技であるブレイズキックじゃレキにダメージを与えるのは難しいけど、今のレキなら、それでも十分に倒せてしまう。 「レキ、慌てるな!!」 オレはレキに慌てないように伝えた。 ここで慌てて攻撃されても困るんだ……大事なのは、相手のタイミングを外し、最適なタイミングで攻撃を当てること。 当てれば倒せる。 それは間違いないんだから。 オレ自身が落ち着かなければならないんだと分かっているけれど、心臓の鼓動は高鳴っていくばかりだ。 そっと胸に手を当てる。 バシャーモが右足、左足と交互に動かしながらレキに迫る。 その歩幅、スピードを見極めながら、レキに指示を出すタイミングを探る。 バシャーモがセンターラインを飛び越え―― 今だ!! オレが頭の中で算盤を弾いて導き出したタイミングがやってくる。 「レキ、ハイドロポンプ!!」 「ラージっ……!!」 オレの指示に、レキは低く嘶くと、口を大きく開いて、水の弾丸を発射した!! 特性『激流』が発動したこともあって、いつもより大きな弾丸だった。 これが直撃すれば、確実に倒せる……!! バシャーモの歩幅や、一歩進むスピードを考えれば、このタイミングがベストだ。 あまり引き付けすぎると、むしろ当たらなくなる。近からず遠からず……このタイミングが一番なんだ。 加速度的に水の弾丸とバシャーモの距離が縮まっていく。 「…………!!」 ハヅキさんが目を細める。 タイミングが悪いと思っているのか、それとも…… 刹那、その口元に笑みが浮かぶ。 避けられる……!! 確信すると同時に、バシャーモはさっと横に動いて、水の弾丸を容易く避わしてのけた!! 「…………」 避わすかもしれない……とは思ってた。 オレにとってベストなタイミングでも、ハヅキさんにとって最悪でなければ……そういう展開も確かにありうるんだ。 想定の範囲内さ。 負けることも。 バシャーモの背後で、着弾した水の弾丸が猛烈な水圧を撒き散らして、乾いた地面を抉り取っていく!! その時すでに、バシャーモはレキの眼前に迫り、燃えさかる炎を宿した脚を振り上げていた。 ……負けたな。 バシャーモのブレイズキックが炸裂し、レキは地面に倒れた。 審判が旗を振り上げて、勝者の名を告げ―― オレのカントーリーグは終わった。 負けて悔しい気持ちは当然抱いたけれど、それでも最後に残ったのは、スッキリとした気持ちだった。 カントーリーグが終わったと感じると同時に、オレの中に新たな目標が生まれた。 最強のトレーナーと最高のブリーダーになるっていう究極の目的は当然変わらない。 だけど、その前にやらなければならないこと……ハヅキさんに勝つことだ。 今回は負けたけど、次は勝つ。 胸に誓い、オレは歓声と拍手に満ちたスタジアムを後にした。 三日後、カントーリーグは七日にわたる激しい戦いを終えて、閉幕の時を迎えた。 数列に整然と並ぶ出場選手の前に、表彰台がある。 三位から順に、上位入賞者が段上に上る。 最後に、カントーリーグの優勝者。 カントー支部の理事長が賛辞を述べて、上位入賞者にトロフィーを手渡していく。 三位は銅のトロフィー、二位には銀のトロフィー。 ホウエンリーグのトロフィーとは、デザインが少し異なっているけれど、材質は同じ。 そして優勝者に与えられるのは、クリスタルのトロフィーだ。 「ハヅキ君、優勝おめでとう」 理事長がにこやかに微笑みながら、優勝者――ハヅキさんにクリスタルのトロフィーを手渡した。 「ありがとうございます」 小さく頭を下げながら、ハヅキさんは優勝トロフィーを受け取った。 そう……今回のカントーリーグの優勝者はハヅキさんだ。 前年のジョウトリーグの雪辱を晴らしたような形だけど、振り返ったハヅキさんは誇らしげな笑みを浮かべていた。 オレとのバトルの後…… ハヅキさんは準々決勝、準決勝と、最後のポケモンまでもつれ込む接戦の末、決勝の舞台に立ったんだ。 決勝戦は今まで以上に激しく厳しい戦いだった。 それこそ、どちらが勝ってもおかしくなかった激戦を制したのは、ハヅキさんだった。 『猛火』が発動したバシャーモのブレイズキックと、起死回生のダブルコンボを相手のリングマに叩き込み、勝利を収めたんだ。 自分が戦ってるわけじゃないのに、とっても興奮してた。 プロレスの試合とかで、「やれ〜」とかって観客が叫んでるような状態。 手に汗握るっていうんだろうか……? ハヅキさんが優勝を決めた時には、オレは思わずアカツキと抱き合って喜んだモンだよ。 オレはハヅキさんに負けちゃったけど、そのハヅキさんが優勝してくれたんだ、なんていうか、優勝の立役者みたいで、気分が良かったんだ。 どこからともなく拍手が起きて、それは瞬く間にスタジアム全体に広がって行った。 オレやナミやミツルを含めた全員が、カントーリーグの優勝者と、出場者全員の健闘を讃えた。 拍手と歓声が鳴り止まぬうちに、司会がカントーリーグの終了を宣言し――名実共に、今年のカントーリーグは終わった。 それぞれの心に、確かな何かを残して。 グランドスタジアムの前で、何をするでもなく佇んでいたら、いつの間にやら出場者でオレの知ってるトレーナーが集まってきた。 ハヅキさんに、ミツルに、ハルカ。 結局ハルカと戦う機会はなかったんだけど、彼女は準決勝で惜しくも敗れてしまった。 それでも三位入賞を果たしたんだから、成果を残したと、笑顔で話してくれたっけ…… はじめは、今回のリーグはどうだったとか、君の戦い方は参考になったとかっていう話だったけど、 リーグが終わったということもあって、自然とこれからどこへ向かって何をするんだという、決意表明みたいな感じになっていった。 「僕はホウエン地方に戻るよ」 「あたしも」 「そうだな……久しぶりに戻るのも悪くないか」 ミツルの言葉に、ハルカとハヅキさんが首を縦に振った。 カントーリーグに出たということで、それぞれに目標を達成したみたいなところがあったんだろうと思う。 ホウエン組は地元に戻ることを選んだらしい。 「…………」 そういえば、ホウエン組というと…… オレはアカツキに顔を向けた。 それを合図に、全員の目線がアカツキに集中する。 まさか、カントー地方に来て早々、故郷に戻るなんて言い出すとも思えないんだけど…… いや、だからこそみんな気にしてるのかもしれない。 ホウエンリーグが始まった日に知ったんだけど、アカツキはミツルやハルカと知り合いだったらしい。 ミツルとは途中一緒に旅をしていたことがあったとかで、ハルカとは同じ日に同じミシロタウンから旅立ったとか。 どちらにしても、ただならぬ縁で巡り会ったということだろう。 四方から突き刺すような視線を向けられても、アカツキは怯むことも驚くこともせず、堂々と顔を上げて、口を開いた。 「ぼくは、ジョウト地方に行く」 「……ジョウト地方に?」 「うん」 怪訝そうに顔をしかめて訊き返したのはハヅキさんだった。 弟がこれからどこへ行くのか。 一番気にしているのがハヅキさんなんだから。それはある意味当然のことだった。 でも、アカツキは迷ってなんかいなかった。 カントーリーグで繰り広げられた戦いを見て、インスピレーションが働いたらしい。 それに、触発されるところがあったのかもしれない。 オレがアカツキの立場になったら…… たぶん、負けちゃいられないって、インスパイアされているだろう。 「カントー地方にはアカツキやサトシやナミがいる。 でも、ジョウト地方には誰もいない。誰もいない場所で、ぼくは自分の力を試してみたいんだ」 アカツキは晴々とした表情で言った。 自信に満ちた明るい笑顔に、不安な顔を向けるヤツなんていなかった。 むしろ、自信満々で逆に安心させられたようだ。 「まあ、そうよね」 ハルカがお手上げのポーズを見せた。 「今からホウエン地方に戻ったって、大変なことになるだけだし」 「大変なことって……なに?」 言葉の意味が分からず、ナミが訊き返す。 「…………」 アカツキに集中していた視線が、ナミに向かう。 「え、なに?」 場の雰囲気を読む力はからっきし……ってところか。ハルカの言葉の意味が分からなかったのはナミだけ。 向けられた視線の意味も当然分かっているはずもなくて。 ナミはキョロキョロと、なにやら焦りながら周囲を見回している。 ちょうどオレと目が合った。 やれやれ、しょうがないな…… このまま誰も何も言わないんじゃ、埒が明かない。 「今アカツキとハヅキさんが揃ってミシロタウンに戻ってみろ。大変なことになるだけだろ。 兄弟揃って、ホウエンリーグとカントーリーグで優勝しちまったんだぞ。 これがどんだけすごいことが、おまえでも分かるだろうが」 「あ、そういうことか……」 ナミはようやく合点が行ったように手を打った。 ハルカが言ったのは、そういうこと。 今頃、ミシロタウンはお祭り状態だろう。 町を旅立ったトレーナーが、カントーリーグという大きな大会で見事優勝を果たしたんだ。 アカツキがホウエンリーグで優勝した時だって、お祭り騒ぎだった。 その上、ハヅキさんまでカントーリーグで優勝したとなれば、一体どれほどの騒ぎになるか…… 町中が盛り上がるだけならいいけど、テレビ局なんかが取材に来たら、それこそ大騒ぎ。 揃ってアカツキとハヅキさんが戻ったら、狂乱もいいところさ。 あー…… 誰も言わないけど、もし今頃ミシロタウンが大騒ぎなら、アカツキの家の前はすごいことになってそうだ。 お母さん、対応に追われてるかも。 親父さん、どうしてるんだろう。 なんか、人様の家族のことだけど、とっても気になるよ。 アカツキがジョウト地方に行くと決めたのは、ミシロタウンに余計な混乱をもたらさないようにするのと、 本人が言ったとおり、トレーナーとして、人間として強くなるための修行の旅という二つの意味があったんだ。 そうだよな…… 「兄ちゃんなら、上手くやり過ごせるかもしれないし」 「言うようになったな、おまえも」 「うん」 アカツキが苦笑混じりに放った一言に、ハヅキさんが渋面になる。 つまり、ハヅキさんに押し付けるような形になったわけだ。 でも、アカツキよりもハヅキさんの方が上手だろう。 町の人の興味を反らすとか、やり過ごすとかいうのは。 「それはさておいて……」 弟に一杯食わされたのを相当気にしているようで、ハヅキさんは赤らめた頬を見られまいと顔を逸らし、 「そろそろ行くとしよう。モタモタしてると、ここまでテレビ局の取材が来るかもしれないからな」 腰のモンスターボールを軽く頭上に放り投げると、中からボーマンダが飛び出してきた。 「がぉぉぉぉ……」 ボーマンダはハヅキさんの傍に舞い降りると、甘えるように頬擦りをしてきた。 そういえば…… ハヅキさんはオレとのバトルでボーマンダを使ってはこなかった。 『竜の舞』を使えば、あっという間にオレのポケモンを蹴散らすことができたはずなんだけど、なんでそれをしてこなかったんだろう。 不意に浮かんだ疑問を口にするより早く、ハヅキさんがボーマンダの背にまたがり、振り返った。 「ミツル君、ハルカちゃん。 ホウエン地方に戻るなら、一緒に行かないかい? ボーマンダなら、二人くらい簡単に乗せられるし、ずっと早く戻れる」 「いいんですか?」 ハヅキさんの厚意に、表情をパッと輝かせたのはミツルだった。 ハルカもうれしそうにしてたけど、ミツルの方がよっぽどうれしそうに見えた。 単に、ボーマンダの背に乗って空を飛べるって思ってただけかもしれないけど…… 「ああ、いいよ。弟の友達だし、いろいろと世話になった礼もしてなかったからね」 「じゃあ、お言葉に甘えて……」 ハヅキさんの鶴の一声に、ハルカとミツルがボーマンダの背に乗った。 ハヅキさん以外を乗せて空を飛ぶのは初めてなんだろう、ボーマンダは翼を広げて浮かび上がった。 少し辛そうに見えたけど、すぐに慣れたようだ。 「アカツキ」 「…………」 ハヅキさんは振り返り、名残惜しそうな顔でアカツキを見つめた。 アカツキも、どこか寂しそうな顔を見せる。 二年ぶりに再会して、わずか一週間。 兄弟は、違う場所へと向けて、また旅立っていく。 「ぼく、もっともっと強くなるよ。今度は兄ちゃんに勝てるように」 「楽しみにしてる。じゃあな、アカツキ。身体に気をつけるんだぞ」 「うん、兄ちゃんこそ!!」 手を振るアカツキに大きく頷きかけ―― ハヅキさんはボーマンダを駆って、飛び立って行った。 南東の方角……ホウエン地方へと向かって。 ボーマンダは大声をあげながらぐんぐんスピードを上げて、あっという間に見えなくなってしまった。 なんていうか……あっという間だったなあ。 ホウエンリーグもそうだったけど、カントーリーグも、今になって振り返ってみたら。 これで、本当に終わったんだって思った。 だけど、リーグに出場するっていうゴールには到達したけれど、そこで終わりじゃない。 本当にたどり着きたい場所は、もっともっと先にある。 青い青い空を見上げながら、そう思ったのはオレだけじゃないはずだ。 ナミやアカツキだって。 言葉にこそ出さないけれど、きっと同じことを思っているはず。 「行っちゃったねえ……」 「うん」 ナミがしみじみつぶやくと、アカツキは小さく頷いた。 もう、ハヅキさんの姿は見えない。 それでも、飛び去った方角をずっと見つめている。 やっぱり気になるんだろうな。 この世で二人といない兄だし。 ここでしばし立ち止まるのもいいだろう。 新しいスタートラインに立ったということを再確認するという意味でも。 だけど、新しいスタートラインに立ったのなら……すでにレースは始まっている。 だから…… 「オレたちも行こう。ハヅキさんやミツルやハルカには負けてられないからな」 「うん」 「そうだね」 オレの言葉に、二人は揃って頷いてくれた。 「で、どこに行くの?」 「決まってるだろ」 なんでそんなことを訊いてくるんだか…… オレはため息を漏らし、何かを期待しているようにニコニコしたナミを見やった。 まあ、何に期待してるのかなんてことは後回しにして…… 「一度、マサラタウンに戻るんだよ。旅立つのは、その後でも遅くないさ」 オレは答えた。 とはいえ…… 実は、どこへ行こうか、まだ決めてないんだ。 カントー地方とホウエン地方は歩き尽くした感じだし、かといってジョウト地方はアカツキがこれから向かう場所。 ジョウト地方のポケモンはオレも大体知ってたりするから、敢えて行く必要もない。 オレンジ諸島でもめぐってみようか…… なんて思うけど、行き当たりばったりで行動しても、結局どこかで後悔しちゃいそうな気がするんだよ。 しばらくはマサラタウンで腰を落ち着けて、自分を見つめなおしてから旅に出ても、遅くはない。 その分スタートは遅れるけど、遅れを取り戻せるだけの自信はある。 それからオレは何も言わず、グランドスタジムに背を向け、セキエイ高原を後にした。 歩き出して何分が経ったか……風の音と自分の足音だけが聞こえて、そろそろ退屈になったかと思い出した時だった。 「途中でお別れだね」 「そうなるな……」 背中にかけられた言葉に、オレは背中で頷いた。 「え、そうなの?」 「そうなんだよ」 振り返らずに、オレはナミの言葉に答えた。 「ジョウト地方に入るんだったら、トキワシティでお別れさ」 「そうなんだ……ちょっと、寂しくなるね」 「しょうがないだろ。アカツキにはアカツキの道があるんだ。 いつかは交わるかもしれないけど……少なくとも、今は別々の場所に行くんだよ」 ――寂しくなるね。 ナミの言葉が、心に刺さった。 悟られまいと、オレは歩くペースを速めた。 別に、表情に出てたわけじゃない。 ただ…… やっぱり、一時とはいえ、友達と別れるのは辛いんだなって、今になってそんなことを思っただけさ。 「……なに、後でまた会えるんだ。あいつなら、ジョウトリーグに出るだろうし……」 来年のジョウトリーグには、アカツキの姿があるだろう。 ホウエンリーグを優勝するだけの実力があれば、次のジョウトリーグで優勝することもできるだろう。 そうなると、またミシロタウンはお祭り状態になるんだろうな。 想像するだけで、なんとなく笑えてくる。 他愛のない話をしながら――別れなんて感じさせないまま、オレたちはトキワシティへとやってきた。 「ここでお別れだね、アカツキ、ナミ」 「ああ。元気でやれよ」 「うん、任せといてよ」 オレが差し出した手を、アカツキがギュッと握りしめてくれた。 トキワシティの中心部。 アカツキの背にはジョウト地方へと続く道がある。 これからの道行きに期待を弾ませてるんだろう、あいつの表情は青空のように晴れ渡っていた。 「アカツキも、ナミも、頑張って。またどこかで会ったら……その時はバトルしようよ」 「うん!!」 「今度こそ決着つけような。白黒つかないまま終わるのは……負けるよりもなんか悔しいからさ」 「うん。それじゃあね」 つかなかった決着。 ここでバトルするわけにはいかないから、結局は持ち越しだ。 白黒つける時は、お互いにもっともっと強くなっているだろう。 その時のこと、考えるだけで楽しみなんだ。 アカツキはオレたちに背を向けて、歩き出した。 五十メートルほど歩いたところで振り返り、笑顔で手を振ってきた。 オレも手を振った。 あっという間に人込みに紛れて姿が見えなくなる。 「行っちゃったね……」 「ああ……」 ナミのつぶやきに、オレは肩をすくめた。 行っちまったな…… アカツキがジョウト地方でどんなポケモンに出会い、どんなトレーナーと出会うのか…… オレには分かんないけど、あいつなら何があっても乗り越えていけるだろう。 トキワシティからジョウト地方に行くには、街の西に出て、山に突き当たったところで南下していくんだ。 トージョウの滝っていう、カントー地方とジョウト地方の境を流れ落ちる滝を越えれば、そこから先がジョウト地方。 最初にたどり着くのはワカバタウン。 始まりを告げる風が吹く町って言われてるけど……確かに、アカツキのジョウト地方の旅が始まる町でもあるんだよな。 あいつはあいつの道を歩き出した。 忙しなく行き交う人たちを見ていると、オレたちもノンビリしてはいられない。 「ナミ」 「なあに?」 「オレたちも帰ろう。マサラタウンに」 「うん!!」 オレたちは歩き出した。 途中でナミが強引に手をつないできたけど、オレは払わなかった。 たまにはこういうのもいいかなって……なんとなく、そう思ったから。 夕陽が西の地平線に沈んでいく頃―― オレたちはマサラタウンに戻ってきた。 静かで、何もない町だけど…… やっぱり、生まれ育った町の空気が一番新鮮で心地良かった。 沈みゆく夕陽に目を細め、オレははっきりと感じていたよ。 リーグが終わり――新しい何かが始まっていく瞬間を。 To Be Continued…