セレビィ編・後編 〜たとえ生きる時代が違っても……〜 やっとこの時がやってきた、と言うべきか。 それとも、もう来てしまった、と言うべきか。 セレビィがオレの前で、小さな手を動かして、なにやら祈りを捧げている様子だ。 元の時代に帰る時が来たんだ…… 嫌でも、理解せざるを得なかった。 なんだか、あっという間だった。 五十五年も時を越えて、未来にやってきたなんて。 だって、はじめは信じられなかった。 信じられなくて、不安でいっぱいだった。 でも、オレのことを知ってる――知ってくれてる人に出会えて、ようやく少し心が落ち着いた。 そいつはオレの友達で…… でも、この時代じゃすっかり孫をこさえたじいちゃんだ。 サトシに励まされるなんて思わなかったし、ここまで力を借りるとも思ってなかった。 おかげで、こうやって元の時代に戻ることができるんだけど…… 「……?」 セレビィの澄んだ瞳に、一瞬、ナミやじいちゃんや親父や母さんの顔が映り込む。 オレの記憶を映しているんだろうかと思うけど、時間を越える力があるのなら、それも現実味を帯びる。 オレを待ってくれている、大切な人たち。 彼らのもとに帰れるのはうれしいし、オレの望んでることでもある。 ――五十五年前、オレがこの時代に飛ばされた日。 翌日のニュースには、オレが消息を経ったという記事があった。 みんなに心配かけたんだろうなあ……って思うと、なんだか胸が痛い。 オレが悪いわけじゃないって分かっていても、大切な人たちに心配かけて何も感じないほど薄情ではないつもりだ。 だけど、その翌日……あるいは翌々日? オレはちゃんとみんなの元に戻ったことになっている。 それも、五十五年後のこの時代で、みんながオレたちに力を貸してくれたからこその結果であって、 何もしなかったら――この時代で生きることを選んでしまっていたら、セレビィはオレの前に現れなかっただろう。 元の時代に戻れなかっただろう。 オレが元の時代に戻ったという『過去』があって……それは訪れるべくして訪れた『予定』だったのかと思うことがある。 けれど、それは違うんだ。 やるべきことをやってこそ訪れる『予定』なんだって、今ならそう思える。 伝説のポケモンを相手に戦いを挑むなんてことは、それこそ二度とないだろうし、できればこういう戦いはこれで最後にしたい。 なんて想いを馳せていると、セレビィの身体に淡い緑の光が宿る。 この色……この時代に流れ着く前に見た光の色に似ている。 いや、同じ色だ。 いよいよ、元の時代に戻れるんだな……そう思うと、うれしい反面、どこか寂しい気持ちになる。 ……っていうのも、やっぱり…… オレは顔を上げた。 アカツキとサトシがオレをじっと見ていた。 二人とも、良かったねと、笑ってくれていた。 笑顔で見送ってくれるんだ。 「…………」 オレが元の時代から五十五年間生きれば、この時代はやってくる。 また会えると分かっているからこそ、笑っていられるのかもしれない。 けれど…… 「そんな顔するなよ、アカツキ」 サトシがふっと、小さく息を吐いた。 「ナミやオーキド博士や……他のみんながいる時代に戻るんだろ。 だったら、笑顔で戻ろうぜ。永遠の別れじゃ、ないんだし……」 「あ、ああ……」 またしても励まされたな…… そう思うと、恥ずかしくなる。 サトシの言うとおり、永遠の別れってワケでもないんだ。 元の時代に戻る……オレの生きるべき時代に帰るだけなんだ。 それでも、やっぱり…… 短い間とはいえ、友達になったヤツと別れるのは辛いよ。 「アカツキ、元の時代に帰るんだよな」 「ああ。五十五年前が、オレの生きる時代だからさ」 結果だけを見れば、元の鞘に納まるだけ。 でも、その経緯を無視することはできない。 孫をこさえたサトシと出会い、その孫のアカツキと出会い、友達になったこと。 セレビィを助けるために、白百合に戦いを挑んだこと。 それらすべてまで忘れ去ることなんてできないんだ。 もしかしたら、元の時代に帰った時、オレはこの時代で起きたことをすべて忘れているのかもしれない。 たとえ、そうだとしても…… 「サトシ、アカツキ。 ありがとう……君たちがいなかったら……オレ、この時代で細々と生きてく道を選んでたかもしれない。 でも、やっぱりオレの生きる時代は五十五年前なんだ。 ナミやじいちゃんや……大切なみんなが待ってる時代に、オレは帰るよ」 「ああ。帰るんだ、おまえの時代に」 オレはサトシとアカツキに感謝の気持ちを伝えた。 照れくさいけれど……それくらいしか、オレにできることはない。 だけど、二人はそれで満足してくれたようだ。 「アカツキ……これ、元の時代に戻ったら読んでくれないか」 「……?」 アカツキは懐から一通の封筒を取り出すと、オレに手渡した。 「手紙?」 宛て先も、差出人も書かれていない、クリーム色の封筒。 太陽にすかしてみれば、中に折りたたまれた便箋が入っているのが見えた。 アカツキがオレに宛てた手紙……? どういうことか分からずに首をかしげていると、 「その……素直に言うの、恥ずかしいんだよ……」 アカツキが戸惑いがちに言った。 顔を向けると、本当に恥ずかしがっているようで、顔を赤らめていた。 オレより年上だってのに、妙にナヨナヨしてる。 口に出すと恥ずかしい言葉でも綴ってるのか? 笑っちゃいたい衝動に刈られたけど…… 「分かった。元の時代に帰ったら……読むよ」 オレは頷き、封筒をリュックに入れた。 何が書かれてるのかは分からないけど……やっぱり、アカツキなりにオレに伝えたいことがあるんだろう。 その気持ちは尊重すべきだと思う。 「さあ、セレビィ。アカツキを元の時代に帰してやってくれ」 サトシに促され、セレビィが腕を広げる。 身体を包む淡い緑の光が周囲に広がっていく。 オレとセレビィをすっぽり包み、円筒形に形を変える。 光の向こうで、アカツキが笑顔で手を振っている。 また会える…… だから、オレも笑って手を振った。 サトシは…… 言いにくいことでもあるのか、口を真一文字に結んで、オレを見ている。 じいちゃんによろしくとか、五十五年前のオレによろしくとか……そんな類の言葉だろうと思い、オレからは何も言わなかった。 「アカツキ、サトシ。また……この時代で会おうな!!」 オレは声を振り絞って、叫んだ。 五十五年間生きれば……また、会えるんだ。 その時のオレは、ヨボヨボのじいちゃんになってるだろうけど……絶対に忘れてないと思う。 だから……オレはオレの時代に戻って、精一杯生きてやるんだ。 この時代で再会した時、誇っていられるように。 セレビィが放つ光が視界を埋め尽くし、この時代に来る時に見た、淡い緑の空間の中に、オレは放り込まれた。 セレビィと少年を包み込んだ光は、小さな球となって、空に立ち昇り――そして消えた。 何事もなかったように静寂を取り戻した森に、穏やかな風が吹く。 「……行っちゃったな……」 何分経ったか。 小さく、寂しげなつぶやきを漏らしたのはアカツキだった。 せっかくできた友達。 だけど、彼はこの時代の住人ではない。五十五年前からやってきた旅人だ。 元の時代へと帰っていった。 ただそれだけのことなのに、なぜか寂しい。 後でまた会えると分かっていても、久しぶりにできた友達だから、やっぱり寂しいのだ。 「……じいちゃん?」 アカツキは傍でじっと空を見上げたままの祖父を見やった。 なぜか、寂しげな顔をしている。 自分よりも、よっぽど寂しそうだ。 伝えられなかった言葉があるのだろうかと思ったが、どちらにしても、彼らしからぬ表情に、かすかに不安を覚えた。 「じいちゃん、どうしたんだ?」 「……いや、なんでもない」 改めて声をかけると、やっと我に返ったようで、サトシは頭を振った。 寂しそうな表情が立ち消えて、いつもの笑顔に戻る。 「…………」 急ごしらえの笑顔だと分かって、アカツキは心配になった。 伝えられなかった言葉は何なのか……たぶん、大切なものだったのだろうと思ったが、訊ねることはできなかった。 「それはそうと……」 孫が内心戸惑っているのを余所に、サトシは先ほどから何も言わずじっと少年が元の時代に帰るのを見守っていた白百合に声をかけた。 「セレビィを使って、失った記憶を取り戻すというのは分かったが……具体的に何をするつもりだったんだ?」 今なら話せるだろうという意図を含んだ言葉を、彼女は素直に受け取った。 すべてが終わった今なら……誰に話しても問題ないだろう。 「私が十五までの記憶をなくしたことは、先ほどお話したとおりです。 セレビィの力で過去に戻り、私は何者なのか知りたい。 私を産んでくれた両親の名前も顔も知りません……だから、一目会いたい……そう思って、私は力を求めました。 そして、行き着いたのがセレビィだったというわけです」 「その後は?」 「この時代に戻った後、セレビィは解放するつもりでした。 フリーザーたちは好んで私についてきてくれているだけですが、セレビィはそうではないでしょう」 「……そうなんだ……」 アカツキは空を悠々と舞うフリーザーとファイヤーを見上げた。 伝説のポケモンが、ただの人間の、しかも一個人にここまで肩入れすることがあるのだと、思わずにはいられなかった。 だが、似た例は何度か経験してきたから、それを嘘だとは思わなかった。 それに…… 「そういう事情があるんだったら、やっぱり責められないな……」 挑戦状を送りつけてきたり、伝説のポケモンを使ってセレビィをゲットしようとするなど、少々行き過ぎた行為も、責めることはできない。 両親の顔を知らず、自分が何者かを知らないのは、本人にとっては辛いことなのだ。 「オレも…… じいちゃんに出会うまで、本当の両親がいるなんてことも知らなかったし……」 アカツキにも親は二組いる。 産んでくれた両親と、育ててくれた両親。 今思えばヘンな環境で育ってきたのだろう。今になって、白百合に親近感さえ抱ける。 「でも、もう良いのです。 私は失ったものを取り戻したかっただけ。 ポッカリと胸に空いた、記憶という穴を埋めて、自分が何者なのか知りたかっただけなのですから。 過去にすがっても、結局未来にはつながらない。 けれど、あの子はそうじゃない。 過去があの子のいるべき場所です。 そして、元の時代に戻った彼は、未来を紡ぐのでしょう。 だったら……どちらの方が重いのか、考えるまでもありません」 「それが、君の導き出した結論か?」 「ええ」 独白にも似た白百合の言葉に問い返すサトシ。 彼女はニコッと笑みを浮かべ、頷き返した。 どんな怪盗にも盗めないものがある。 それははじめから分かっていたことだし、自分が有名になれば、親が自分のことを知って、 会いに来てくれるかもしれないという淡い希望が間違っていることも分かっていた。 今さら、両親が欲しい年頃でもないのだ。 「それより……私も一つ訊きたいことがあるのですが」 「なんだね?」 「あなたが彼に言いそびれた言葉……きっと、お孫さんも気になっていらっしゃいます」 「…………」 フェアな問いに、サトシは深々とため息を漏らした。 一つ問いを投げかけて、ひとつ問いを受けた。 ただそれだけのことなのに、なぜか急に気持ちが重たくなった。 「…………」 アカツキはサトシの目を見やる。 その視線を受けてか、サトシは目をつぶった。 まぶたの裏に、今しがた元の時代へ戻っていった懐かしき親友の顔が浮かぶ。 「言えないさ……五十五年前のあいつには言えない……」 サトシは言った。 「言いたいことはあったさ。 でも、言えないんだ。今ここで言っちゃいけないことなんだ……あの時代を生きるあいつには……」 結局、アカツキと白百合がその言葉を知ることはなかったが、二人は薄々その一言の意味を悟って、それ以上は何も言わなかった。 緑の空間の中、オレはじっと目をつぶったまま祈りを捧げているような格好のセレビィを見つめていた。 他にやることが見つからなくて、かといって見渡す限り緑の世界。 元の時代から、五十五年後の未来に渡る時は、セレビィの姿は見えなかったけど……今ははっきりと見える。 あの時も、セレビィはオレの傍にいてくれたんだろう。 「……時間を越えるって一言で言うのは簡単だけど、やっぱり大変なんだな。 それに、時間、かかるんだな」 オレはセレビィの邪魔をしちゃいけないと思い、何も言わなかった。 元の時代に戻った後で訊ねてみようか。 人の言葉をしゃべれるとは思えないけれど、イエスかノーかくらいは分かるかもしれない。 「…………」 セレビィは、じいちゃんのスケッチブックで見た姿と同じだった。 そりゃ、当たり前なことなんだろうけど…… 元の時代に戻るのに、どれだけかかるんだろう……? 何もすることがなかったから、結局は自分が動くことになった。 顔を動かし、緑の世界を見渡す。 同じ色が上下左右、三百六十度に広がるばかり。 そういえば、あの時…… オレは今とは逆に、元の時代から五十五年後の未来に渡る時のことを思い返した。 あの時、オレは死んじゃったんじゃないかと思った。 あの世みたいなところなんじゃないかと思ったけど……よく考えてみれば、あの世がこんな単色の世界なワケないよな。 天国にしろ地獄にしろ、景色としては殺風景すぎる。 『アカツキ……』 もう少し彩がないものかと思っていると、不意に声が聴こえてきた。 いや、直接頭に響いてきたような感じだ。 この空間にいるのは、オレと…… まさか、セレビィがテレパシーでオレに話しかけてきたのか。 エスパータイプのポケモンなら、それくらいは容易いはず……そう思って振り返ると、 『うん、そうだよ。ぼくだよ』 やっぱり、セレビィが語りかけてきたんだ。 『やっぱり、キミは強いんだね』 「そうでもないさ……」 オレは頭を振った。 オレは強くなんかない。 ただの人間で、むしろガキだ。 何が強さなのかも分かってないし、自分の強さなんて分からない。 そういうのは、元の時代に戻ってから、じっくり捜せばいい。 それが見つかった時、オレは生れ落ちたことに意味を見出すのかもしれないし、そこが到達点(ゴール)になるのかもしれない。 『キミは分かってないかもしれないけど……あの人の言うとおりだよ』 「あの人って、白百合?」 『そう。キミのことは前から知ってたんだ。ユキナリの孫だし……』 じいちゃん…… このセレビィが、じいちゃんを未来に飛ばした張本人だったんだ。 てっきり、別のセレビィかと思ってたんだけど…… これも、運命なんだろうか。 「あの頃のじいちゃんって、どんな人だったんだ? 知ってることでいいから、教えて欲しい」 『それは、本人に訊くといいよ。ぼくから教えることじゃない』 若かりし頃のじいちゃんのことなんて、オレはあんまり知らなかった。 名のあるトレーナーだったってことは知ってるけど、それ以前のことはまったく知らないんだ。 だって、じいちゃんは話してくれないし…… 「あ、そっか……」 セレビィが『本人に訊け』と言った意味がやっと分かった。 要は、自分を引き合いに出せば分かると案を示してくれたんだ。 まあ、確かにそりゃそうだ。 たぶん、じいちゃんは驚くんだろうな……セレビィの力で未来に飛ばされたなんてことを知ったら。 何気に、セレビィも上手なんだなって思った。 幻のポケモンと呼ばれる理由も、時を越える力だけではなかったらしい。 そういうことを分かっただけでも、五十五年後の未来に飛ばされた甲斐があったって言うか…… 決して、自慢できる体験じゃないんだろうけど。 『キミはあきらめなかったね。 あきらめかけてたけど……サトシの言葉があったから、キミは立ち直れたかもしれない。 でもね、最終的にキミが立ち直ったのは、キミ自身の心に光が残ってたからなんだよ』 「そういうものなのか? オレにはよく分からないけど……」 セレビィは、オレがあの時あきらめなかったのはオレ自身の強さだと言ってくれた。 けれど、オレには分からない。 サトシが励ましてくれなかったら、たぶんあそこであきらめてたと思う。 だから、オレ自身の心に光が残ってたんだってことを素直には信じられない。 セレビィがそう言ってくれるのはうれしいけど……それを実感するには、オレはあまりに幼すぎたのかもしれない。 『さあ、そろそろキミの時代だよ。ユキナリに……よろしくね』 セレビィとも別れの時が来たようだ。 もうちょっと話していたかったけど……元の時代にたどり着くのなら、それはできそうにない。 オレと長い間話していたら、それだけ人に見られる可能性が高くなって、セレビィの身に危険が及ぶかもしれない。 白百合みたいに、狙ってくるヤツがいないとも限らないんだ。 セレビィの身の安全を考えるなら、ここでお別れだ。 「……セレビィ、また会えるか?」 『うん、きっと会える。それじゃあ……』 短い会話。 でも、それだけで十分だった。 目の前に、オレが生きるべき時代がある。 期待と希望が胸の中に膨らんでいって―― 緑色の光が視界にあふれ、弾けた。 オレの意識は光に消えた。 「…………」 目覚めた時、視界に入ってきたのは鮮やかに色づいた木の葉だった。 「あ、気がついたみたいね」 聞き慣れない声が傍から聴こえ、オレは慌てて身を起こした。 身体を向けると、ちょうどいい大きさの岩に腰かけた女性が立ち上がり、傍らのポケモンと歩み寄ってきた。 見たこともない女性だ。 その割には、妙に人懐っこい雰囲気を放っている。 でも…… 「えっ……?」 彼女の傍に付き従っているポケモンを見て、オレはマジで仰天した。 「ライコウ……!!」 メタモンが変身しただけなんだろうか。 それとも、幻でも見てるんだろうか。 そもそも、ライコウって言えば伝説のポケモンの一種で、雷から生まれたと言われる、電気タイプのポケモンだ。 そんなポケモンが目の前にいるなんて、それこそ素直に信じられない。 彼女はオレの前まで歩いてくると、クスクスと小さく笑った。 本当のライコウかどうか疑ってると気づいたんだろう。 「素直に信じられないのは分かるけど……彼は、正真正銘、ライコウだよ」 彼女は素っ気なく言った。 「ぐるぅぅ……」 ニセモノ扱いするな…… 彼女の言葉に頷いて、低い唸り声を上げるライコウ。 ……ホンモノなんだ。 図鑑を取り出さなくても、これならホンモノだろう。 わざわざメタモンに変身させて連れ歩くなんて、目立ちたがり屋のただのバカだ。 少なくとも、彼女がそんな人間には見えない。 でも、本当にライコウなんだ…… 電気ポケモンらしく、鮮やかな黄色い身体をしてて、大きさは彼女よりも少し大きいくらいか。 普通に構えてても大型のポケモンだけど、放つ雰囲気はまさに伝説級。 さすがに、フリーザーやファイヤーほど威圧的じゃないけど、このライコウは『能ある鷹は爪を隠す』みたいに控えめな様子。 鬣の代わりに雨雲のような、紫のカールした髪が生えていて、シッポは雷のようにジグザグ。 ライコウはいかずちポケモンと呼ばれていて、ジョウト地方に伝わる伝説のポケモンの一種だ。 雷の化身と言われ、ものすごいスピードで大地を駆け巡るというけれど……実際に目の当たりにしたのは初めてだ。 最近は伝説のポケモンによく会うなあ…… 未来じゃカントーに伝わる伝説の鳥ポケモン三体に会ったし…… 「あ……!!」 オレはハッとした。 そういえばオレ、ちゃんと元の時代に戻れたんだろうか……!? 目の前に伝説のポケモンがいるから、また変な時代に飛ばされたんじゃないかと思って、マジで焦った。 オレがしどろもどろしている様子を見て、女性が首を傾げる。 何をしてるんだと言わんばかりだけど、確かに端から見ればそのとおりだった。 今がいつなのか、それを知るにはポケナビを見ればいい。 電源がオンになっている時は、常にGPSとやり取りをしているから、極端な時間差があれば、即座に修正するだろう。 そういうわけで、リュックのベルトからポケナビをもぎ取って、画面を開く。 ボタンを押して、現在時刻を調べる。 「……12月29日……」 良かった…… ポケナビに表示された日付を見て、オレは胸に手を当てホッと胸を撫で下ろした。 セレビィはオレをちゃんと元の時代に戻してくれたんだ。 セレビィの手際を疑ってるわけじゃないけど、それでもやっぱり心配になるんだ。 悪い癖だよな……小さく笑いながら、オレはポケナビをリュックのベルトに戻した。 「……どしたの?」 女性が心配そうに顔を覗きこんできた。 「…………」 バカ正直に『未来に行ってきました』なんて言ったら、即座に病院行き決定だ。 だから、適当に嘘をついてみました。 「なんか、とんでもないものを見て気を失ってたような気がしたんで…… どれだけ気を失ってたのかって、気になっちゃって」 「そうなの。でも、その顔を見ると、思ったほど時間が進んでなくてホッとしたって感じだね」 「え、まあ……」 鋭い……力なく笑いながら、オレは胸中でつぶやいた。 一応、ホンモノのライコウを従えてるわけだし……彼女もどうせタダモノじゃないんだろう。 「でも、なんでまたこんなところで気を失ってたの? ここ、道路からずいぶん離れてるよ? まあ、そのおかげで無事だったんだろうけど……」 「……そうですね」 彼女の言葉に、オレは小さく頷いた。 今日は、旅客機墜落の三日後……先明後日だ。 だから、無事だった。 彼女の一言で、オレは本当に自分の時代に戻れたんだってことを噛みしめたよ。 「キミ、トレーナーなんでしょ」 「ええ、そうです。 でも……ライコウを連れてるのって、すごいですね。初めて見ましたよ」 「ありがとう。 でもね、ライコウはゲットしたわけじゃないの。あたしと一緒にいるのが楽しいからって、ついてきてくれてるだけ」 「それでもすごいと思いますよ。 だって、伝説のポケモンにそんなことを思われるトレーナーなんて、そうはいないじゃないですか」 どう考えたって、ただのトレーナーじゃない。 だからって、一体何者ですか、なんて訊けない。白百合みたいな怪盗じゃないとも限らないし。 でも…… 伝説のポケモン連れてる割には、気取った様子もない。 淡い紫の髪を短く整えた、どちらかと言うと背の低い女性。 顔にあどけなさが残っているところから見て、まだ二十歳には届いていないかもしれない。 質素な印象を受けるけど、円らで優しげな瞳に、しかし伝説のポケモンを連れて歩くに相応しい何かを見たような気がする。 「あの……」 「ん、なあに?」 「オレが目を覚ますまで、ずっと見ててくれたんですか?」 「まあね。特にやるべきこととかなかったから」 「ありがとうございます」 「やだなあ……そこまで頭下げないでよ」 小さく頭を下げたオレに、彼女は照れくさそうに顔を赤らめた。 でも、ホントに感謝すべきことだって思うよ。 道路から離れた場所ってことは、野生ポケモンが多く棲んでるってことだ。 さすがにトキワの森に獰猛なポケモンがいるとは思えないけど、無防備な人間を襲うヤツくらいならいるかもしれない。 彼女がライコウなんて連れてるからこそ、そういったポケモンも畏れ多くて姿を見せないんだ。 そう思えば、彼女がオレのことを守ってくれたんだって感謝しなきゃならない。 「…………」 「そういえば、自己紹介、まだだったね」 顔を上げたオレに、彼女は赤味の引いた頬に手を当てながら、ニコニコ笑顔で名乗った。 「あたしはリラ。キミは?」 「アカツキです」 「オッケー、アカツキ君ね。いい名前〜♪」 「……あ、ありがとうございます」 一瞬彼女――リラさんがナミにダブって見えて、オレは思わずビックリしてしまった。 それ見たことかと、ライコウが不敵に笑う。 「…………」 伝説のポケモンだけあって、油断も隙もありゃしない。 「…………」 伝説のポケモン……か。 オレは空を見上げた。 元の時代に戻ってきた……でも、今になって思えば、本当にオレは未来に行ってたんだろうか……? 青々とした空に似合わぬ、疑問が浮かんだんだ。 未来に行くなんて、滅多にない経験だし……そもそも、オレは旅客機の墜落で吹っ飛ばされて気を失っただけかもしれない。 だって、未来でサトシの顔したサトシの孫に会うとか、伝説の鳥ポケモン総登場とか、 普通に考えればありえないシーンのオンパレードだったわけで…… 夢だって断じることは簡単だった。 でも……なんでだろ、妙な現実味を帯びて、夢だなんて一言じゃ切って捨てられなかった。 「本当に夢だったのか……? でも、なんでこんなに胸が重いんだろう……」 出会いと別れ、そして戦い…… 単なる夢にしてはリアリティがありすぎて、仮想現実の枠から抜け出しているようにさえ思える。 どっちかに割り切ってしまえばいいんだろうけど、今のオレにはできそうにない。 どうにかして、判断しなきゃいけないんだけど…… オレは周囲を見渡した。 夢か、そうじゃないのか…… 分からないんだ。 セレビィが足跡を残したわけでもなければ、周囲に破壊の痕が見られるわけでもない。 曖昧な記憶を辿るうち、オレはとあることに気づいた。 半ば無意識にリュックを下ろして、中身を弄る。 もし……あれが夢でなかったら、あるはずなんだ。 あの時、あいつから渡された手紙が。 「……どしたの?」 リラさんが怪訝そうな顔を向けてくることなど、今のオレに気にするほどの余裕はなかった。 今すぐに知りたいことがあるんだ。 「……!!」 紙に触れた感覚。 もしかして…… そう思いながら、それをつかんでリュックから出す。 クリーム色の封筒。 「やっぱり、夢じゃなかったんだ……!!」 あの時、アカツキがオレに渡した封筒はクリーム色。 じいちゃんがニビシティの科学博物館宛てに認めた手紙が入った封筒は別に入っている。 だから…… オレは封を切り、折りたたまれた便箋を取り出した。 一体どんなことが書いてあるんだろう…… オレは確かに未来に行っていた。この手紙が、証拠になる。 五十五年後の未来にできた友達がオレに宛てた……時を越えた手紙だ。 五十五年後のサトシと……サトシの孫のアカツキと、白百合……彼らと出会ったことは夢じゃなかったんだ。 サンダーとの戦いも、セレビィとの出会いも、すべて。 思わず胸が熱くなる。 震える手で、便箋を開く。 そこには…… アカツキなりの想いが綴られていた。 ――アカツキ。   君がこの手紙を読んでるってことは、元の時代に戻れたってことだよな。   いろいろあったけど、元の時代に戻れて良かった。   正直、オレのことをサトシと呼ぶヤツがこの時代にいるなんて思わなかった。   それも、オレと同じくらいの年頃のヤツだったから、なおさらだよ。 やっぱ、そういう風に思われてたんだ。 オレは思わず笑ってしまった。 アカツキの立場になって考えれば、それは当然のことだ。自分を祖父と間違えるようなヤツが目の前に現れれば、驚くだろう。 笑いながら、オレは目で手紙を読み進めた。 ――君はオレより年下だっていうのに、オレよりも大人だって思った。   考え方とか、モノの見方とか。   そんな君と、短い間だったけど同じ屋根の下に暮らして、いろいろと学んだ気がする。   エンディやブースターのことなんて、特にそうだった。   久しぶりにできた友達だから、できればずっと一緒にいたいと思ってた。   トレーナーとしてライバルになれるかもって思ってたんだ。   だけど、やっぱり、君は君の時代に戻るべきなんだよな。   知らないと思うけど、じいちゃんは口癖のようにそう言ってたんだ。   だから、君が君の時代に戻れて良かった。   もしかしたら……   もう会えないかもしれないけど、だからってサヨナラなんて言わないよ。   だって、そうだろ?   オレたちは、ずっとずっと友達さ。   たとえ、生きる時代が違っても……   だから、また会おうな!!   それまで、くたばるんじゃないぞ!!   あと……   五十五年前のじいちゃんと、仲良くしてやってくれよな。 「…………」 全然まとまってない手紙。 文章の構成だって、お世辞にも上手だって言えない。 けれど…… たった一枚の手紙に込められた想いに、オレは涙をボロボロ流してしまったんだ。 人が見てるって分かってるのに、堪えきれなくなった。 胸が熱くなって、とても熱くて、だけど気持ち良くて……オレはあふれた感情を止めることさえ忘れていたよ。 涙が染みを作って、インクの字が滲んでいく。 「……ありがとう、アカツキ……」 五十五年後の友達。 くたばるんじゃないぞって言われたら、あいつにまた会うまでくたばるわけにはいかないよな。 オレが一気に涙を溢れさせたのは…… ――オレたちは、ずっとずっと友達さ。   たとえ、生きる時代が違っても……―― その一文だった。 生きる時代が違っても、ずっと友達だって。 手紙という形であれ、そう言ってくれるのがうれしかった。 オレたちの出会いと別れは決して無駄じゃなかったんだと、その一言で胸が満たされたような気がして、涙が止まらない。 オレは未来で、とても大切なものを手に入れたんだ。 元の時代に戻っても、それは色あせることも、変わることもない。 ずっと、大切にしよう。 胸に芽生えた想いは、ずっと。 オレは涙を拭うこともせず、空を見上げた。 雲一つない青空が、とても眩しく、愛しく見えた。 その向こうに…… きっと、あいつは笑ってるんだって思った。 「…………」 手紙を読んで涙を流したオレを、リラさんはじっと眺めてた。 ――どんな内容だったの? ……って、そんな風に聞くこともせず、ただじっとしてた。 何も言わないでいてくれることが、今のオレにはとてもうれしかった。 だけど、いつまでも泣いてばかりもいられないんだよな。 涙を拭って、手紙を折りたたんでリュックにしまう。 ……と、そこにほんわかと明るい声が響いた。 「リラおねえちゃん!!」 「ん?」 声の聞こえてきた方に顔を向けると、リラさんをオレと同じくらいの年頃に幼くしたような少女が笑顔で走ってくるのが見えた。 ……おねえちゃんって言ってたから、姉妹なのか? 少女は息を弾ませながら走ってきた。 オレたちの傍で足を止めると、笑顔をさらに輝かせてオレの方を見やった。 「あ、気がついたんだね。良かった〜」 「……君は? リラさんの妹さん?」 「うん。ぼくはサラ。リラおねえちゃんの妹。トレーナーやってるんだよ」 リラにサラ……か。 似てるのは名前だけかと思ったけど、顔立ちから髪の色、着てる服まで良く似てる。 俗に言う、シスコンってヤツ? よく分かんないけど、さすがに口に出しては言えないことを考えてたみたいだ。 ともあれ、元の時代に戻ってきた時に気を失ってたオレを見つけたのがこの二人なんだってことは分かった。 ちゃんと、礼は言っとかなきゃな。 「サラ……だっけ。ありがと。倒れてたオレを見つけてくれたんだろ?」 「うん。何もないところに倒れてたから、てっきり行き倒れか何かと」 「……まあ、ありがと。礼は言っとくよ」 「うん」 行き倒れかよ…… しかも、笑顔でそんな朗らかに言われると、なんか脱力しちまうんだな。 自分でも分かるくらい、げんなりした顔をしてると、リラさんが苦笑を向けてきた。 「こらこら。サラ、あんまり純真な子をからかっちゃダメだよ。好みなのは分かるけどさ」 「そんなつもりはないんだけどなあ……」 「…………」 この姉妹、どこかでボタン掛け違えてないか? 姉はライコウなんて連れてるし、妹は妹で姉から『純真な子をからかっちゃダメ。好みなのは分かるけど』って窘められてるし。 ……あははは。 考えるとどんどん変な方にイッちゃいそうだから、何も考えないことにしよう。 それに、このままだといつまで経っても帰れない。 そう思って、オレはゆっくり立ち上がって、リラさんに頭を下げた。 「さて……そろそろオレは帰ります。マサラタウンに実家があるんです」 「そっか。じゃ、ここでお別れだね」 「はい。それじゃあ失礼します。リラさんに、サラさん」 「うん、元気でね」 特に引き止められることもなく――これは素直に意外だって思った――、オレはリラさんとサラ、二人と別れた。 別れ際、彼女はオレにこう言った。 「キミとは、またどこかで会うかもしれないね」 オレは、そうだといいですねと相槌を打ち、彼女と反対側の道へと歩き出した。 話半分で頷いたから、本当にまたどこかで会うとは思わなかったんだけども。 しかも、オレの運命を左右するような展開になるとも思わなかったんだけどさ。 旅客機が墜落して早三日。 トキワシティとニビシティを結ぶ道路は通行止めになっていた。 だから、ポケナビを頼りに、道なき道をトキワシティへ向かって歩いていくしかない。 じいちゃんから頼まれたことはまだ果たしていないけど…… 今はニビシティに向かうより、マサラタウンに帰るべきだって思った。 きっと、みんな心配してるだろうし…… オレが無事な姿を見せてあげることが最優先じゃないかって思ったからだ。 下手をすれば、遺体のない葬式なんてやられてるかもしれないし……それこそ、シャレにもなってないよな。 いざマサラタウンに帰ったら、 『幽霊が出たァァァァ!!』 ……って大騒ぎになったりして。 ナミやケンジやナナミ姉ちゃんやじいちゃんや母さんが驚愕する表情も見ものだけど、いくらなんでも縁起じゃない。 歩き出して三時間。 陽が西に傾いて久しくなった頃、視界が拓けた。 目の前に、見慣れたトキワシティの街並みがあった。 五十五年後には、高層ビルが建ち並び、空前の発展を遂げるんだろう。 だけど…… オレはじいちゃん以外の人に、セレビィに会ったことや、未来に行ってきたことを言うつもりはない。 余計な混乱を招くだけだし。 ナミはしつこく訊いてくるんだろうな……その言い訳も考えなくちゃいけない。 元の時代に戻ったのはいいけれど、気の休まる日が来るのはいつのことだろう。 「でも、それでもいいさ」 五十五年後の未来に、もう一度あいつと会うために、オレは今を精一杯生きてかなきゃいけないんだから。 「アカツキ、待ってろよ。もう一度おまえに会いに行くからな!!」 オレはトキワシティを前に、声を張り上げて叫んだ。 その声があいつに届けばいいなと、小さく祈りながら。 トキワシティのポケモンセンターで、オレはじいちゃんに連絡を取った。 研究所にかけた電話を取ったのは、期待も虚しく、じいちゃんじゃなかった。 ナナミ姉ちゃんだった。 まあ、誰が取っても同じだと思うんだけど、彼女の反応もまた、オレの予想通りだった。 『アカツキ!? 本当にアカツキ!?』 オレの顔を一目見るなり、せっかくの美人が台無しになるような顔で驚いて。 矢継ぎ早に質問を投げかけてくる。 それだけオレのことを心配してくれたんだって思って、胸が痛んだよ。 オレは一つ一つの質問に丁寧に答えた。 もちろん、多少は言葉を濁したけれど。 「姉ちゃん、心配かけてごめん。 オレ、ちゃんと生きてるから。ちょっと遠くに吹っ飛ばされて気を失って…… それで、トキワシティに戻ってくるのに時間がかかっちゃったんだ」 『よかった……本当に、みんな心配したんだよ』 「うん……」 急ごしらえの言い訳にも、姉ちゃんは納得してくれた。 疑うよりも、オレの無事にホッと胸を撫で下ろしてる。 やっぱり、心配かけたんだな……不可抗力とはいえ、気にならないはずがない。 「姉ちゃん、じいちゃんは? この時間ならいると思うんだけど……」 『あなたを捜しに、トキワの森に出向いてるわ。ナミも一緒に行ってるはずだけど……会わなかった?』 「ううん、会わなかったよ」 そっか…… じいちゃんはナミと一緒に、オレを捜しにトキワの森に行ってくれてるんだ。 ある程度、予想はしてたんだけど…… だけど、オレは2番道路を通ってトキワシティに戻ってこなかった。 リラさんが、道路が通行止めになってると教えてくれたから。 あの一言を聞かなかったら、今頃はじいちゃんとナミに会えてたんだな……そう思うと、リラさんも粋なことをしてくれたもんだ。 胸のうちで笑っていると、姉ちゃんもニコッと微笑んでくれた。 『でも、無事だったんだから、それ以上は何も言わないわ。 おじいちゃんとナミちゃんに、会いに行ってあげなさい。マサラタウンに戻ってくるのは、それからでいいから。ね?』 「うん、そうするよ。ありがとう、ナナミ姉ちゃん」 『うん……』 オレは電話を切り、ポケモンセンターを飛び出した。 進路を北に向け、走り出す。 空を飛べるポケモンがいれば、あっという間に行けるのに、生憎と手持ちはラッシーだけ。 でも、自分の足で走っていけることがうれしかったな。 ナミ、じいちゃん…… あっという間にトキワの森に差し掛かり、道路をひたすらに突っ走る。 途中から焦げ臭いにおいがした。 旅客機が墜落して、数百ヘクタールか、森が焼失してしまったんだ。 燃えた木の臭いというべきにおいが鼻を突く。 現場検証はすでに終わったらしく、警官や調査隊の姿がない代わりに、旅客機の部品があちこちに転がっている。 後片付けはまだ終わってないらしい。 その中を、じいちゃんとナミはオレのことを捜してくれてるんだ。 オレが無事だって、一刻も早く知らせてあげたい。 その一心で走り続けた。 周囲の木々が消し炭と化して、殺風景となった森の一画。 旅客機は静かにそこに横たわっていた。 オレ、危うくこれにひき潰されそうになったんだよな……ジャンボ機のような大きさの旅客機を改めて見やり、背筋が震えた。 セレビィが助けてくれなかったら、本気でミンチになってた。 「…………」 偶然なんかじゃないよな…… セレビィはどこかでオレのことを見てくれてたんだ。 そうじゃなきゃ、あんなタイミングで助けてはくれなかったんだろう。 やっぱり、じいちゃんの孫だってことで、ずっと見てくれてたのかな…… そう思いながら空を見上げた。 セレビィは今もこの森のどこかにいて、オレを見てくれてるんだろうか? それとも、別の時代にいるんだろうか。 分からないけど…… なんとなく、セレビィや未来との出会いも、運命だって思いたくなる。 だけど…… 「あーっ、見つけた〜っ!!」 叩きつけるような声が背後から聴こえた。 心臓が口から飛び出るんじゃないかと思うほどビックリして振り返った先には、ナミとじいちゃんがいた。 二人して、一目散に走ってくる。 じいちゃんなんて結構トシなのに、ぎっくり腰になんてならないんだろうか……なんて思うけど、そんなつまんない考えは一瞬で吹き飛んだ。 「ナミ、じいちゃん!!」 ここに来れば会えると思っていたけれど……案外簡単に会えたな。 下手をすれば森の中を探し回らなきゃいけないわけだけど、その手間が省けて良かったし、 何よりも、一刻もオレの無事な姿を見せたいと思ってた。 セレビィが手招きしてくれたんだろうか…… でも、 「アカツキ〜っ!!」 距離が縮まって、オレが立ち止まろうとした時だった。 ナミは勢いを落とすことなく、腕を広げて、オレに飛び込んできたんだ。 「なっ……ヲイ、いきなり何しやがるんだ……!!」 何とか受け止められたけど、もうちょい勢いが強かったら、完全に押し倒されてたぞ。 いきなり飛び込んでくるなんて、最近特に大胆になってないか、こいつ……? そもそも、大胆になるっていう言葉の意味が違ってるし。 なんて胸中でブツブツつぶやきながらも、オレはナミと久しぶりの、本当に久しぶりの再会を果たした。 オレは未来で三日間過ごしてきたから、その分時間間隔がおかしくなってるんだろうけど、実際は三日ぶり。 オレにとっては六日ぶりなんだけどさ。 そこんとこは、うっかり口を滑らせないように注意しよう。 そう思いつつ、オレは喜びで輝いたナミの顔を見やった。 「ナミ……心配かけちゃったな。ごめん……じいちゃんも」 「うむ……」 じいちゃんも、顔を綻ばせている。 オレが無事だと分かって、ホッと胸を撫で下ろしている様子だ。 ナミほど喜びを大胆に示しちゃいないけど、心の中では、子供ができたくらいの喜びがあるに違いない。 「ホントに心配したんだからねっ!!」 喜びはどこへやら、一転、ナミはわんわん声を上げて泣き出した。 そんなにオレのことを心配してくれてたんだ…… またしても胸が熱くなるけれど、もらい泣きなんてしない。 さっき泣いたせいで、涙はすっかり枯れてた。 「ごめん……オレも、まさかこんなことになるとは思わなかったからさ…… あれが降ってきた時は、本気でヤバイと思ったよ。 でも、風で吹っ飛ばされて、気を失ってただけ。結構離れた場所まで飛ばされちまったけど」 何とかしてナミを泣き止ませたくて、オレは頭を撫でながら、一言一言、しっかりと口に出した。 嘘なんだけど、それでも構わない。 二人とも、オレがセレビィの力で未来に跳んだことなんて知らないんだから。 バレなきゃ、その嘘を突き通せばいい。 今は、ナミにいつもの笑顔を取り戻して欲しいとだけ、考えていたから。 「気がついたのはついさっきだったんだ。 助けてくれた人がいてさ……その人と話をして、それからトキワシティに戻ったんだけど……」 オレは今までの経緯を端折って話した。 その方が安心してくれるだろうと思って。 リラさんの名前は伏せといたし、もちろんライコウを連れてたことも。 あと、アカツキの手紙を読んで泣いたことも。 「じいちゃんたちが心配してるだろうと思って研究所に電話かけたんだけどさ、ナナミ姉ちゃんが出て。 じいちゃんたちが捜しに来てくれてるって分かったから、急いでやってきたんだ」 「うむ……無事で良かった。細かいことは抜きにしよう……」 「…………」 じいちゃんは笑顔の裏に、とんでもない何かを隠し持ってるような気がした。 細かいことって……後で訊かれるんだろうか? でも、知らないだから嘘を突き通しても大丈夫だろうし。 何も、不安になんて思うことはないんだ。 「でもさ……心配してくれて、ありがとう」 「うんっ!!」 ありがとうの一言にすっかり涙は消えて、ナミはいつもの笑顔で頷いてくれた。 思わず、オレも笑顔をもらったよ。 「それより……」 オレはじいちゃんに顔を向けた。 「じいちゃん、まだ科学研究所に行ってないんだ。あんなことに巻き込まれて……ごめん」 「いや、構わんよ。おまえが無事なら、それでよい。なんなら、今から行けば良いのじゃ」 「今からって……もしかして」 じいちゃんの言葉に、オレはもう一度空を見上げた。 「ぐりゅぅ……」 タイミングを計ったように、カイリューが舞い降りてきた。 このカイリュー……親父のか。 未来でもアカツキとサトシのカイリューを見てきたけれど、最近特にカイリューとは縁があるなあ…… なんて思ううちに、カイリューはじいちゃんの傍に舞い降りて、愛くるしいファンシーな顔を向けてきた。 あー、相変わらずだなあ……心が癒されるようだ。 「うむ。 わしとナミは、カイリューの背に乗って、空からおまえを捜していたんじゃが…… ふむ、二日間捜したが、おまえは木の多い場所に飛ばされてしまったようじゃな。見つけられんかった」 ビミョーに鋭い…… オレはじいちゃんのセリフに、思わず背筋を震わせた。 でも、ここで表情に出しちゃいけない。 「ああ……あんまり光が入ってこなかったから、結構長い間寝てたみたいなんだ」 一応、話を合わせておく。 そうでもしとかないと、後で厄介なことになっても困る。じいちゃんの言葉を肯定しておけば、それだけで大丈夫だ。 「強風に吹っ飛ばされたんだけど、荷物は無事だった。 じいちゃんが一緒に行くのなら、手紙は要らなくなるんじゃないかな?」 「そうじゃな……後で処分しておくとしよう。では、参ろうか」 「ああ!!」 オレたちは久方ぶりの再会もほどほどに、急いでニビシティへと向かうことにした。 積もる話はニビシティで……という趣向だろう。 三人もの人間を乗せても、カイリューは苦にする様子もなかった。 翼を広げて飛び立つと、ニビシティへ向かって滑らかに空を滑っていく。 一日と経たずに地球を一周できるだけのスピードを持つカイリューにかかれば、ニビシティまで行くのに三十分もかからなかった。 科学博物館の前で降り立ったオレたちは、じいちゃんの用事を済ませた。 もっとも、当初はオレが行く予定だったんだけど、しょうがない。 じいちゃんは顔が広く知れているから、すぐに博物館の中の研究室に通されて、研究材料である『月のカケラ』を受け取ることができた。 ただ、そこの室長さんとじいちゃんが話を弾ませてしまったから、オレとナミは退屈でたまらなかった。 最初の方は何とか分かったんだけど、だんだんと専門用語が増えていき、十分と経たずにちんぷんかんぷんになってしまった。 ただ聞いてるっていうのも退屈だって、ナミが場も弁えずに発言したものだから、一時はどうなることかと思ったけれど…… オレたちは、科学博物館を見て回った。 以前見た時よりも品揃えっていうか、展示物はかなり変わっていたから、おかげで退屈を紛らわすことができた。 展示物の一つ一つの前で立ち止まっては、ナミと話が弾む。 半ばボケとツッコミの夫婦漫才になってたりするけど、気にならないほど、オレも気持ちが弾んでた。 なんでかって言ったら、決まってる。 オレにとってナミがどんなに大切なヤツか、分かったからだ。 ただ同じ時代を生きてるだけじゃない。 ただの従兄妹ってワケでもない。 ……じゃあ、何かって? いろんな意味でのライバルさ。 あっという間に時間が過ぎて、研究室に戻った時には、じいちゃんと室長さんの話はすっかり終わっていた。 オレたちが戻ってくるのを待っていたようでもあったし、なんだか悪い気がしたんだけど…… 科学博物館を出た時には、すっかり夕暮れ時になっていた。 かつて石の町として知られていたニビシティ。 今じゃその面影をわずかに残すだけなんだけど、夕陽を浴びた町は、また味わい深い景色を生み出す。 その景色にある種の感動さえ覚えながらも、オレたちはポケモンセンターへと向かった。 今晩はポケモンセンターで泊まって、明日、カイリューの背に乗ってあっという間にマサラタウンに帰るんだ。 帰ったら帰ったで、また一悶着ありそうな気がするんだけど、今は考えないことにしよう。 オレたちは、三人別々に部屋を取った。 それができるくらい、ニビシティのポケモンセンターは閑散としていた。 もっとも、そのおかげでオレは夜分、じいちゃんの部屋に行って、じいちゃんと二人で話をすることができたんだけど…… ここでは感謝すべきことなのかもしれない。 時計の針は十時を指し示し、今頃ナミはベッドで大の字になって寝ている頃だろう。 じいちゃんは、研究材料である『月のカケラ』を前に、さっさと眠ってしまうとは思えない。 だから、話をしに行くことはできるはずだ。 そう思って訪ねたんだけど、目論見どおり、じいちゃんは嬉々とした表情でオレを部屋に迎え入れてくれた。 「どうしたんじゃ、こんな時間に?」 オレを椅子に座るよう促し、じいちゃんが扉を閉める。 「うん、ちょっと話したいことがあってさ……」 オレは椅子に腰を下ろし、じいちゃんに向き直った。 こんな時間に子供が起きているとは何事か、と怒り出すかと思いきや、研究材料を見ていただけあって、極めて上機嫌だ。 今のうちに、話をしておこう。 「オレ、さっきじいちゃんとナミに言ったよな。強風に吹き飛ばされて気を失ってたって」 「うむ」 じいちゃんは頷きながらも、オレの目をじっと見つめてきた。 思わず吸い込まれそうになるけれど、それは笑顔の割に瞳だけ笑っていなかったからだ。 でも、オレは自分の身に何が起こったのか、正直に話そうって決めた。 「あれ、嘘なんだ」 「…………?」 「ナミを安心させたくてさ…… じいちゃんには悪いって思ってるよ。でも、オレの気持ちも分かってくれるだろ?」 ずいぶんと虫のいいことを言ってるなあ…… 自分でも分かるんだけど、ナミに笑顔をもたらすのにはそれ以外なかった。 納得はしてもらえなくても、理解してくれればいい。 「うむ…… おまえは昔からナミに対してはとても優しかったからの。とっさに嘘をつくのも、仕方がないことじゃろう。 じゃが、素直に嘘と認めたことは、むしろ微笑ましいことじゃよ。 大人は自分の過ちを素直には認められんから…… それで、本当はどうだったのじゃ?」 「うん、じいちゃんなら分かってくれるだろうと思って…… 本当は、未来に行ってた。セレビィの力で」 「…………!!」 じいちゃんの表情が強張る。 ハッ、と息を呑む音が聞こえた。 未来――セレビィ―― なんてことのない単語の意味を理解したからこその反応だと、オレは思った。 「他のヤツに話したら、病院行けって言われるのがオチだろうって思ったから、こういうこと話せるのはじいちゃんだけなんだ。 そうだろ? じいちゃんも、セレビィの力で未来に行ったことがあるって、オレは未来で出会ったヤツに言われたからさ」 「…………」 じいちゃんは目を閉じた。 何かを考えているようだったけど、すぐにゆっくりと目を開き、口元に笑みを浮かべると小さく頷いた。 「確かに、わしはセレビィの力に巻き込まれて未来に跳んだことがある。 跳ばされた先は……ちょうど、今から一年前のことじゃ」 じいちゃんはポツリポツリと語り始めた。 孫に、同じ体験をしたと言われて、隠すわけにもいかなくなったってことだろう。 「セレビィはハンターのポケモンに狙われておった。 ヘルガーとハッサムの絶妙なコンビネーションに追い詰められてしまって、逃げるには時間を跳び越えるしかない。 そうしようとした場所に、わしがたまたまいて、何がなんだか分からんうちにセレビィを助けようと駆け寄ったら、 時渡りに巻き込まれて未来に跳ばされたのじゃ」 「……そうなんだ……」 セレビィがじいちゃんに心を許すのも分かる気がする。 テレパシーだったけど、じいちゃんに肩入れしてるのがよく分かったんだ。 だから、ピカチュウと一緒に寝そべっているところをスケッチブックに描かせたんだ。 普通の人間相手にそんな無防備なところは見せないだろう。 「そして、わしはこの時代で、とあるポケモントレーナーと出会った……」 「サトシだったんだろ?」 「そこまで知っておるのか」 オレの一言に、じいちゃんは苦笑した。 サトシはつくづくセレビィに縁があるんだって思う。 オレの時代では、過去から飛ばされたじいちゃんと、未来ではオレの時代からやってきたオレと。 オレとじいちゃんと、その時代とを結び付けているのがサトシなんだよな。 ……そうすると、未来でのあいつは、結構大物になってたのかもしれないな。今じゃ、分からないことだけど。 でも、本当に不思議だ。 まさかサトシが共通項になってるなんて。 「わしはサトシと出会い、いろいろなことを教わった。 もっとも、今のあいつは、セレビィの力で過去からやってきたユキナリがわしであると知らないようじゃが……」 「だろうな。知ってたら、大騒ぎだ」 「うむ……」 「でも、未来のサトシは、じいちゃんだって分かってた。どこかで知ったんだろうけど……」 そういえば、サトシはいつ、セレビィと共にやってきたのがじいちゃんだと気づいたんだろう? これもまた、今となっては確かめようもないんだろうけど…… じいちゃんは懐かしさすら滲んだ目で、オレを見ていた。 オレを、過去の自分自身と重ねているのかもしれない。 まあ、一応孫だし。 昔の自分と似ていたとしても、不思議じゃない。 ちゃんと確かめておけばよかったと思っていると、 「おまえが飛んだ時代はどんな場所だった……?」 じいちゃんが訊ねてきた。 セレビィの力で飛ばされた未来。 同じ力で未来に飛ばされたことのあるじいちゃんだからこそ、気になるんだろう。 オレはすべてを話すことにした。 じいちゃんはこれでも口が堅いんだ。話したところで、ナミや親父に漏れることはないだろう。 「オレがたどり着いたのは……今から五十五年後の未来だったんだ。 トキワシティは今とは比べ物にならないくらい発展してて、高層ビルがたくさん建ち並んでた。 そこで……オレはあいつと出会ったんだ」 「……サトシか?」 「ううん。最初に出会ったのはサトシじゃなかった。 見た目はサトシだったけど……蓋を開けてみれば、そいつはサトシの孫だった。アカツキって名乗ってたけどな」 「……なんと……」 これにはさすがにじいちゃんも目を丸くして驚いていた。 サトシに孫ができて、なおかつその名前が自分の孫と同じと来れば、偶然だとしても運命めいた何かを感じるんだろう。 じいちゃんはそんな顔をしてたんだ。 まあ、どうしてサトシが孫にオレと同じ名前をつけたのかって疑問はあるんだけど、それは五十五年後になれば紐解けてるかも。 それまでの楽しみにしてみるか。 「そいつと話してるうちに、ホンモノのサトシがやってきて……結構若く見えたけど、それは体質とか何とか言ってたな。 そこが未来だって信じられなかったオレに、『未来だ』って教えてくれたんだ。 それから…… いろいろとあって、セレビィのことを調べ始めたんだけど、未来にたどり着いて三日目に、セレビィを見つけたんだ」 「わしも、同じくらいの頃だったか……セレビィを見つけたのは」 そこまで同じなんだ。 偶然にしてはやっぱりできすぎている。 誰かが仕組んだ運命なんだろうか? 運命であるか否かはともかく、単なる偶然でないことだけは確かだ。 「でも、そこでいろいろと大変だったんだよ。 オレが過去からセレビィの力でやってきたって嗅ぎつけたヤツから挑戦状叩きつけられちまって。 応じる形でトキワの森に行ったんだけどさ…… そこで、伝説の鳥ポケモン三体をゲットした白百合ってヤツと戦うハメになっちまって……」 「…………」 口をポカンと開けて絶句するじいちゃん。 伝説の鳥ポケモン三体が勢ぞろいと聞いて、さすがに忘我してしまったようだ。 サンダー、ファイヤー、フリーザーの三体は、ずいぶんと謎の多いポケモンだ。 分かってることだって、そんなに多くない。 だけど、伝説のポケモンが普通のポケモンと比べてよっぽど強いってことくらいは誰の目にも明らか。誰だって知ってることなんだ。 「オレはラッシーしか持ってなくて、サンダーと戦うことになっちまったんだけど……それがまた強いのなんのって……」 サンダーのドリルくちばしや、最大最強の電気技ライジングボルトを食らって、 ラッシーは戦闘不能寸前のダメージを受けて、もうダメだってあきらめかけたことも話した。 「でも、あきらめかけたオレを励ましてくれたのはサトシだった。 まさかあいつに励まされるなんて夢にも思わなかったけど……でも、そのおかげでオレたちはサンダーに勝つことができたんだ。 サンダーが倒されたって言うんで、白百合もそれ以上争う気にはならなかったらしくて、セレビィを離してくれたんだ」 そして、この時代に戻ってこれた。 アカツキから受け取った手紙に書いてあった件……生きる時代が違っても友達だという一言に、涙が止まらなかったこと。 ……オレの話を聞き終えたじいちゃんは、どこかうれしそうな顔を見せた。 なんでそんな顔をしてるんだろう……? 「……じいちゃん?」 心配になって声をかけると、じいちゃんは弾かれたように顔を上げて――笑みを深めた。 「そうじゃよ。生きる時代は違っても……友達なんじゃ。 今、わしの中には……サトシと友達であったことを感じておるよ。もちろん、そんなこと本人には言えんが……」 「うん……オレもそう思う。 五十五年後、オレはまたあいつに会うだろうし……その時は、ちゃんと言いたいな。 『あの時助けてくれてありがとう』って……」 オレの言葉に、じいちゃんは大きく頷いてくれた。 じいちゃんも同じことを考えてるみたいだけど、やっぱり素直には言い出せないんだろう。 だけど…… 「だからさ、またあいつと会えるように、頑張って生きてかなきゃいけないかなって……そう思うんだ」 それがあいつらに対する、オレができる唯一の恩返しだ。 生きる時代が違ったって、きっとどこかでオレのことを見てるんじゃないかって、なんとなく、思うからさ。 「……じいちゃん」 「うん?」 オレはじいちゃんに向き直った。 眼差しから真剣な雰囲気を感じ取ってか、じいちゃんの表情が引き締まる。 「明日から、研究所で『月のカケラ』の研究を始めるんだよな?」 「うむ」 「手伝ってもいいかな?」 「構わんよ」 手伝うって言っても、それは助手と同じ。 研究は遊び気分でできるものじゃないから、真剣にやらなきゃいけない。 手伝ってもいいか……なんて訊ねたけど、じいちゃんは呆気なく許可してくれた。 オレが本気でそう思ってることが伝わったらしい。 「おまえと一緒に研究するのも面白そうじゃ。 しかし、研究は遊びではない。そこのところだけは、心得てもらいたい」 「分かりました。オーキド博士」 「うむ。よろしい」 助手として接してる間は、オーキド博士の孫じゃない。 今のうちからやる気を見せつけるのもアリだって思って、オレは頭を下げた。 「ふつつか者ですが、よろしくお願いします」 今を精一杯生きること。 それを積み重ねていけば、あいつらに会える。 先は長いけど、やるっきゃないよな。 オレのやる気を感じ取ってか、じいちゃんは暖かく、優しい笑みを向けてきていた。 セレビィ編 おわり