Epilogue of -Ever Believe- ブリーダーになるって決めてから今まで、ホントにいろんなことがあった。 楽しいことは多かったけど、それなりに辛いこともあった。 ブリーダーになろうって決めたことは間違いだったんじゃないか……? ブリーダーをやめようかって思ったこともあったんだけど……さすがに、それはできなかったな。 あまり考えもせずに、だけど「やろう!!」って決めて選んだ道だし、オレ一人で何でも決めていいわけじゃなかった。 最後までやり抜くって決めて、それでみんなに打ち明けて、納得もしてもらった。 途中でやめるのって、みんなに対する裏切りだって思ってたんだよな。 それに、別の道に踏み出そうって思うだけの度胸もなかったし。 みんなと一緒に頑張ってきたから、辛いことだって乗り越えられた。 時に仲良く、またある時にはケンカして、絶交寸前の状態まで行ったこともあったっけ。 だけど、いろんなことを乗り越えてきたから、今のオレたちがある。 そう思えば、辛かったこともいい思い出……なのかもな。 本当にいろんなことがあって、説明するとあっさり一日くらいは過ぎちまうから、ここじゃ省略しとく。 ま、機会があったら話してみるのもいいなって思ってるけどな。 今のオレは……そりゃ、幸せに決まってる。 みんな一緒にいてくれるし、オレ自身が望んだ道を、思う存分突き進んでるんだから。 だけど、時々は原点に戻りたいって思うんだ。 オレが生まれ育ったマサラタウン。 ……今、オレはマサラタウンに向かう船に乗ってる。 もう、かれこれ十年以上は戻ってないし、久しぶりに元気な顔でもみんなに見せてやるのもいいかなって思って。 十年以上戻ってないって、どういうことなのかって? そりゃあ……決まってる。 ブリーダーとして旅に出て、いろんな地方を回ってきた。 フィオレ地方とかアルミア地方……ポケモントレーナーがほとんどいない地方にも足を延ばして、いろいろと見てきた。 ブリーディングの大会に出場して、ライバルたちとガチで勝負したりもした。 ……時々は辛いこともあって、何日も塞ぎ込んでみんなに心配かけたこともあったっけ。 ま、そんなこんなで十年以上あっさり過ぎちまって、オレも二十五歳になった。 歳相応の顔つきなのに、時々「おじちゃん」とか「おじさん」って呼ばれることが多くなって、何気にショックなんだよなぁ。 どうせなら「お兄さん」って呼んでくれた方がうれしいなって思うようなビミョーな年頃さ。 ……あ、おじさんだって思ったろ。 ま、いいけどさ。 年齢云々じゃなくて、これにはさすがにみんな驚くだろうなあ…… オレは小さく笑いながら、左手を頭上にかざした。 ――薬指に、鈍く光る指輪。 ……そう。 オレ、結婚したんだよ。 昔、一度だけ会ったことのある相手と。 旅の途中でバッタリ再会したんだよ。 初めて会ってから八年くらい経ってたから、互いに大人になって顔立ちもそれなりに変わってたけどな。 それに、会ったって言っても、そんな大層な出会いをしたわけじゃない。 実際はオレが倒れてるところを見つけてくれたんだ。 それから目が覚めるまで、そいつのお姉さんが傍についててくれてただけなんだけど。 数分話をして、それですぐに別れただけの相手。 二度と会うことはないと思ってたけど、いざ顔を合わせた時、オレもあいつも、すぐに相手のことが分かったんだ。 そういうの、運命って言うのか? 運命なんて言葉は信じないけど、運命『めいたもの』なら信じてもいいかなって思ったもんさ。 世界は思ったよりも狭いんだって、つくづく感じちまうほどにさ。 初めて出会った時は別に親しげに話したわけじゃなかったけど、八年ぶりに会って、なんでだかいろいろ話が弾んだんだ。 それからは頻繁に連絡取り合うようになって、互いに悩みを打ち明けたりするような間柄になっていった。 結婚したのは、再会してから一年が経った頃だったっけ。 つまり、今からちょうど一年前。 プロポーズはオレの方からした。そりゃあ、相手のこと好きだったし。 だけど、結婚式は挙げてないし、そもそも結婚したってことさえ誰にも教えてなかったからなあ。 いろいろ都合があって新婚旅行には行けなかったし、婚姻届を役所に届け出て、どっかの教会で、二人だけで契りを交わしただけ。 マサラタウンに戻ったら、たぶんみんな腰を抜かしちまうんじゃないだろうか? ……なんか、想像してみたら、笑えてきた。 みんながどんな顔するのか、楽しみなんだよ。 意地悪って言うなよな? どうせ結婚しましたって報告するんだったら、ドッキリみたいなの、仕掛けたくなるのが人情ってヤツだろ? ……え、違うって? なんだ、調子狂うなあ。 だけど、そうも行かなかったりするんだよな。 なにせ、オレのカミさん、遠く離れた地方で仕事してるからさ。 家庭内別居とかってんじゃなくて、カミさんはどうしてもその地方で仕事しなきゃいけないんだ。 責任ある立場だから、旅なんてできない。 それに、オレだって一応、ブリーダーとして各地を回って、いろいろと講演とかやってきたりもしたんだよ。 オレはあいつのこと愛してるし、夫婦になって良かったとも思ってる。 あいつが別の地方で頑張って、自分の職責を一生懸命果たそうって姿を見てきたから、別居も気にはしてないんだ。 なにせ、あいつが頑張ってる地方はこれから大変な事態に見舞われるかもしれないらしい。 ポケモンリーグの上層部がカリカリしてるらしいから。 あいつ、とある地方のチャンピオンなんだよ。 責任ある立場だから、何があってもその地方を離れるわけにはいかない。 立場って、時々何気に辛いこともあるんだけど、あいつが決めたことなら、オレは何も言わないって決めてる。 あいつも、オレがブリーダーとして頑張ってるのを喜んでくれてるからさ。 それに、会いに行こうと思えば、いつだって会いに行ける。 力を貸してやりたい、傍にいてやりたいって思うけど、オレにはブリーダーとしての『仕事』もあるから、ちょっと無理。 だから、オレの代わり……になるか分かんないけど、ロータスをあいつに預けてある。 チャンピオンって立場上、ポケモンを戦わせなきゃいけないこともあるんだけど、オレはトレーナーの夢を棄てて、ブリーダーになった。 チャンピオンの屈強なポケモンにロータスをくっつけてどうにかなるのかって意見は確かにあったらしい。 だけど、あいつがロータスを選んだんだ。 鋼タイプの使い手だけあって、メタグロスはパートナーとして最適だって思ってるらしかった。 それに、何も言わず、オレが差し出したロータスのボールをつかんで、こう言った。 「キミだと思って、一緒に頑張ってみる」 ……ってさ。 まあ、ブリーダーとして頑張ってきたわけだけど、どういうわけかロータスはメタングからメタグロスに進化しちまってさ。 メタグロスってポケモンの特性を生かして、面白そうな技を編み出してみた。 あいつにそれを見せたら、いたく気に入られちまったんだな。 ぜひ力を貸してほしいって言われたから、オレの代わりに、ロータスをあいつに預けたんだ。 今度、あいつの肩の荷が下りた頃合いを見計らって、スケジュールでも組んであいつのところに遊びに行ってみるか。 だけど今は、マサラタウンに戻って、たまにはじいちゃんや親父、ナミにも顔を見せとかなきゃいけないんだ。 帰るって約束、一応してあるからさ。 その時に見せたナミのうれしそうな顔と言ったら……ホントにうれしそうだったな。 気づけば、船はマサラタウンの南にある小さな船着場にたどり着こうとしていた。 さて…… 身支度を整えて、みんなを一旦モンスターボールに戻して、大きく息を吸い込んだ。 マサラタウンに戻って、みんなに久しぶりに会ったら、何て言おうかな? ……ま、考えるまでもなく決まってんだけど。 それから程なく船着場に到着して、オレは船を降りた。 十年ぶりくらいだけど、やっぱ変わってないな……桟橋に毛が生えた程度のシロモノ。 マサラタウンは少しずつ発展してるって聞いてはいたけど、郊外にまではまだ手が回ってないってトコか。 苦笑しながら、船着場を歩く。 元々定期便として運行されてない船に乗ってきたから、乗客だってほとんどいない。 増してや、ここには無理言って寄ってもらったから、オレしか降りるヤツいないんだよ。 おかげさまで、貸切みたく、ノンビリ歩けるんだけどな。 大きく深呼吸してみる。 故郷の『におい』って言えばいいんだろうか。 分かるんだよ。マサラタウンに戻ってきたんだって。 土や草、樹木の香りが風に乗って漂ってくる。 懐かしい香りで肺を満たし、何とも言えない気分に浸っていると、前方から黄色い声が飛んできた。 ……うん? 知らず知らずにうつむき加減だった顔を上げて、道の先を見てみると、どっかで見た懐かしい顔があった。 十年近く会ってないと、やっぱ大人になるんだよな。 オレは苦笑しながら、そいつに向かって手を振った。 あいつは手を振りながら走ってくる。 オレは歩いてたけど、距離がぐんぐん縮まる。 オレはあいつの前で足を止めた。 そして、笑顔と共に、ずっと言おうと思ってた言葉を口にした。 「久しぶりだな、ナミ。 ……ただいま」 あいつ――ナミの笑顔がぱっ、と弾けた。 十年ぶりに見る太陽の笑顔は、相変わらず明るく優しく、オレを照らし出してくれていた。 Ever Believe 完