シャイニング・ブレイブ 第4章 再戦と決意 -To be strong-(中編) Side 5 食事を終えたアカツキが向かったのは、ポケモンセンターの地下にあるコンピュータールーム――通称『学習室』だった。 食堂ほどの広さをした空間にはズラリと学習机が並べられ、それぞれの机に一台ずつパソコンが備え付けられている。 数十台のパソコンが備え付けられている部屋だが、実際に使用されているのはほんの数台。 宿泊室数と同じだけ備え付けているものでも、森の中にある街だけあって、その稼働率は低い。 アカツキがそんな実情を知る由もないのだが、人があまりいないというのは幸いだった。 思う存分調べられる。 「さて、と……」 アカツキは入り口から最も遠い机まで歩いていった。 ドラップをはじめ、大切な仲間たちがゾロゾロとついてくる。 ネイトを含め、三人は初めて見る『学習室』の光景に何やら戸惑っているようだったが、アカツキは構うことなく歩みを進めた。 ネイゼル地方のポケモンセンターには『学習室』と呼ばれる部屋があり、パソコンでいろいろなことを調べることができるのだ。 アカツキは席につくと、パソコンの電源を入れた。 ネイトたちが興味深げにディスプレイに視線を注ぐ。 パソコン自体はアカツキの家にもあったから、ネイトにとってはそんなに珍しいものではないが、 リータとドラップは生まれて初めて見る文明の利器に興味津々と言った様子だ。 やがてパソコンが起動すると、画面にいくつかのメニューが表示された。 『学習室』のパソコンでは、いろいろなことを調べられる。 インターネットに接続して、世情やら流行やらをチェックすることもできるし、 ポケモンデータベース……通称PDBに接続すれば、ポケモンについての知識を得ることもできる。 「えっと……確か、これだったよな」 マウスを動かして、PDBへと続くリンクをクリックする。 レイクタウンにいた頃、一度だけPDBを使ったことがある。 独学でネイトが使えそうな技を知るのは限度があったので、アラタに薦められるまま、ポケモンセンターの『学習室』でPDBを使ったのだ。 そうしたら、知りたい情報がこれでもかとばかりに出てきて、その情報量にアカツキはただただ驚くしかなかった。 PDBは、ポケモンリーグが作成したデータベースで、ポケモンの種族によって使用可能な技から、技の効果など、 ポケモンバトルにおける様々な要素を調べることができる。 もっとも、これはネイゼル地方でしか施行されていないが、それは他の地方でも受け入れられるかの試金石。いわばプロトタイプだ。 それでも情報量はとても多く、トレーナーはその中から自分に必要なものを選び取って使っていかなければならない。 情報はただ与えられるものではなく、増してや与えられたものをそのまま貪っていれば良いというものでもない。 何が自分にとって必要なのか。あるいは不必要なのか。 それを見極めた上で使っていくことが重要なのだ。 ポケモンバトルで必要となる判断力を養うという意味でも、アカツキがPDBに目をつけたのはまずまずの成果と言えた。 「さ〜て。まずは……」 PDBを起動させて、アカツキが真っ先に調べたのは、ポケモンの種族ごとに使える技だった。 ポケモンによっては百種類近くの技を使いこなすテクニシャンもいるが、一般には数十種類が限度。 技によっても相性があり、そのポケモンと相性が合わないような技だったりすると、 覚えさせることは可能でも、習得までに恐ろしく時間がかかる場合もある。 ゆえに、一概に『覚えられる』と言っても、よく考えた上で戦略に練り込まなければならない。 ポケモンリーグがPDBを作成したのは、何もトレーナーに情報を与えるためだけではなく、 強いトレーナーとして育つための手助けをするという狙いもあった。 アカツキはポケモンの種族名から、使用可能な技をサーチした。 「えっと……ドラピオン、っと」 キーボードを見ながら、一字ずつ間違えないように打っていく。 「ドラップが使えそうな技をちゃんと知っとかないとなあ……ジムリーダーに勝てないし」 打ち終えてから、Enterキーを押す。 マウスの矢印がモンスターボールに変化して、ドラピオンが使える技のデータを取り寄せる。 まずは、ドラップが使える技を知っておくこと。 ネイトに関しては長い間ずっと一緒にいることもあって、だいたいの技は把握している。 リータも、ネイゼル地方では一般的に知られているチコリータなので、普通に戦うのに必要な技も知っている。 そこで問題になるのは、ドラップだった。 ドラピオンと言うポケモン自体、アカツキは一昨日まで知らなかったので、どんな技を使えるのかも分からない。 それでは、いくらドラップが強くても、ちゃんと戦うことができない。 ネイトと戦った時に見せたクロスポイズンや毒ガスといった技なら、草タイプの相手なら戦えるだろうが、 毒タイプの技が通用しない鋼タイプのポケモンが出てきた場合、最悪手も足も出ないという可能性すらあるのだ。 アカツキだって、それくらいは分かっている。 いろいろと考えながら待っていると、ドラピオンという種族が使える技が羅列された。 「へえ……こんなに使えるんだ……」 数自体は大したことがなかったが、技のバリエーションを見て、アカツキは度肝を抜かれた。 「炎の牙、氷の牙、雷の牙、毒々の牙……うわ、結構すげえ」 「ごぉぉっ?」 アカツキが画面を見て感嘆の声を上げたものだから、ドラップは不思議そうな顔でトレーナーを見つめながら首を傾げた。 一体何に感動しているのだろうと思った。 ドラップがこんなにもアカツキのことを気にしているのは、やはり仲間と認めた相手だからだろう。 ネイトとリータも、ドラップがこんなに変わるとは思っていなかったから、最初は戸惑いがちだった。 だけど、すぐに戸惑いも消えて、気にならなくなった。自然な態度で接することができるようになった。 ポケモン同士がそんな風に思っていることなど知らず、アカツキは画面に表示された技を頭の中に叩き込もうと必死だった。 「牙だけで結構あるんだなあ。 炎に氷に雷に毒……あと、毒びしってのもある。 アイアンテールも使えるんだ……こりゃ意外……」 ドラップは物理攻撃が得意で、いずれも自身の身体を用いた肉弾戦用の技。 クロスポイズンは、毒の力を爪に凝縮して切り裂く技だ。相手の急所を捉えやすく、ドラップの特性とも相性が良い。 その他にも、鋭く長い牙を使った技のバリエーションが豊富だった。 牙に炎の力を宿して噛みつく『炎の牙』、その氷バージョンである『氷の牙』、 電気バージョンの『雷の牙』、そして本家の毒タイプバージョンの『毒々の牙』。 離れた相手には攻撃できないが、手の届く範囲にいる相手なら射程に捉えて、ガンガン攻撃していける。 それに、毒のついたまきびしをバラ撒く『毒びし』。 踏めばたちまち毒に冒されるというすごい技だが、言い換えればそれは味方のポケモンが踏むと大変なことにもなる。 使いどころが難しい。 それと、ドラップの太く大きなシッポを使った『アイアンテール』。 一時的にシッポの硬度を引き上げて繰り出す技で、威力はなかなか高い。 攻撃力の高いドラップにはうってつけの技ばかり揃っていて、この上もないほど魅力的だった。 おかげで、アカツキはあっという間に画面に表示された技を覚えることができた。 ドラップが使えそうな技さえ分かれば、あとは実際に戦わせるだけだ。 だけど、まだまだPDBには用がある。 「ドラップの特性ってなんだろ? ネイトは『すいすい』で、リータは『新緑』……ドラップの特性だけ知らないんだよなあ」 種族名から、今度は特性をサーチする。 アカツキがマウスを巧みに操っているのを見て、ネイトたちは素直に『すごい』と思った。 学校の授業でパソコンを使うのがあったから、それで操作に慣れているだけなのだが、 自分にないものを相手が持っていると、素直にすごいと思うのがアカツキのポケモンらしい。 ポケモンたちが尊敬の眼差しで見ていることなど気にならないくらい、アカツキはPDBに熱中だった。 「スナイパーっていうのか……なんか、カッコイイ名前の特性だな」 スナイパーとは、狙撃者という意味である。 特性名の下に書かれてある説明を目で読む。 相手の急所に技をヒットさせた時、その技の威力を引き上げることができる。 攻撃的な技が多いドラップにはもってこいの特性だ。 特に、クロスポイズンは相手の急所を捉える可能性が他の技と比べると高く、特性も相まって、急所にヒットした時の威力は絶大になるだろう。 普通に使っていっても強いだろうが、一発逆転の強力な手札になることは間違いない。 「ふーん……」 一通り目を通して、アカツキは机に肘など突きながら、あれこれ考え始めた。 急所に当てれば威力がアップする特性。 それに、ドラピオンという種族は元々の攻撃力が高く、技の威力をさらに高める特性も持っている。 アカツキの手持ちでは最も攻撃力が高くなるだろう。 それだけに、とても頼もしい。 ドラップの技や特性を理解したし、次はリータの番だ。 チコリータと入力してサーチする。 一般的に分かっていることはすっ飛ばして、技を調べる。 葉っぱカッターや毒の粉、草笛といった技を覚えられるらしい。 それに、小さな身体からは想像もできないが、圧し掛かりといった大がかりな技も使えるようだ。 他にも、物理攻撃の威力を軽減できる『リフレクター』も使える。 攻撃、防御とバランスのいい布陣になっていて、使いこなせればオールラウンドに戦えるだろう。 もちろん、オールラウンドに戦うには、トレーナーがそれ相応の経験を積み、豊かな判断力を身につけることが前提である。 そんなことを知らないアカツキには、リータがどんな場面でも卒なく戦えるだけの技を覚えられるということがすべてだった。 「リータも頑張れば、ドラップと同じくらい強くなれるんだぜ。一緒にガンバろうな」 「チコっ」 アカツキが言葉をかけると、リータは『任せろ』と言わんばかりに大きく嘶いた。 画面に映し出されている文字の羅列は意味不明でも、アカツキが何か期待するような目で見ていることは分かった。 仲良くなった相手の期待に応えたいという気持ちが膨らむ。 「ブイ〜っ……」 一方、ドラップとリータばかり持ち上げられて不満げな表情をしたのはネイトだった。 二人に期待する気持ちは分かるが、除け者にされたような気がして、ちょっとだけご立腹だった。 ネイトが頬をむすっ、と不満げに膨らませながら声を上げると、アカツキはハッとして振り向いた。 「あ……でもさ、ネイトがやっぱり一番だよ。ドラップに負けないようにガンバらなきゃな」 「ブイっ!!」 ――当然だ。 ちゃんと言葉をかけてもらえただけで満足したのか、ネイトは声を大に嘶いた。 学習室という場所柄を考えないのは、アカツキとあまり変わらないらしいが、そもそも人数がいるわけではないので、 『元気なポケモンがいるな……』 と、他の席についているトレーナーはそう思うだけだった。 「よし……」 ポケモンたちが何やらやる気を漲らせているのを見て、アカツキは不意に思い立った。 ドラップとリータの技はだいだい頭に叩き込んだし、これ以上は特に調べたいと思うようなことはない。 もしかしたら、もっと調べるべきことはあるのかもしれないが、思い当たらない以上、ここにいても仕方ない。 アカツキはPDBを終了し、パソコンの電源を切ると、席を立った。 「さ、中庭に行こう!!」 不思議そうな顔を向けてくるポケモンたちには目もくれず、足早に学習室を出ていく。 ネイトたちは何がなんだか分からないままアカツキについていった。 階段を登ってロビーに出た後、ロビー脇の小さな扉を抜けると、その先には自然豊かな中庭に出る。 敷地には水路が引き込まれていて、水タイプのポケモンでも快適に過ごせるように工夫されている。 「よ〜し……」 アカツキは中庭を見渡した。 トレーナーやポケモンの姿がないのを確認して、口元に浮かべた笑みを深める。 これなら、思う存分暴れても問題なさそうだ。 「ネイト。お願いがあるんだけど」 屈みこんでネイトに向き直ると、頼みごとをする。 「ブイ〜?」 「ドラップとバトルの練習をしてほしいんだ。 ドラップはオレの指示で戦ったことないし、オレもドラップを戦わせたことがないから、イマイチ勝手がよく分からないんだよ。 だから、ネイトに練習相手になってほしいんだ。 ネイトは自分で考えて戦って構わないからさ。頼むよ」 アカツキがネイトに頼んだのは、ドラップをどうやって戦わせればいいのかを練習するための相手だった。 普通にイメージトレーニングを積み重ねたり、あるいは一人と一体で練習するのもいいのだろうが、どうせなら相手がいた方がやりやすい。 相手にネイトを選んだのは、リータだとドラップの肩慣らしにもならないかもしれないし、 そこそこ強いポケモンの方が、より身の入った練習になる。 たかが練習……と高を括ってはいけない。 本番のつもりで練習しなければならないのだ。 ただ普通に練習をするのでは、本番になって上手に戦えない。 アカツキはそこのところだけはよく心得ている。 トレーナーの言いたいことをすぐに理解し、ネイトは大きく頷いた。 大事な仲間のためになることなら、少しくらい痛い想いをしてでも我慢しよう。 それに、これはネイト自身のためにもなる。 もしもアカツキの指示を受けずに戦うようなことになった場合、自分で考えて戦えるのと、 トレーナーからの指示がなければ何もできないのでは大きく違ってくる。 そこまでのことは分からなくても、これが自分のためにもなると分かっているからこそ快諾したのだ。 「ネイト、ありがとな。それじゃ、あっちに立って」 「ブイっ」 ネイトは颯爽と駆け出すと、ドラップと十メートルほどの距離を開けて対峙した。 「よし、ドラップ。ネイトとバトルの練習をしよう」 「ごぉぉ」 アカツキの言葉に、大きく頷くドラップ。 バトルの練習……とは言っても、いつかはジムリーダーのポケモンと戦う時が来るのである。 相手がネイトとはいえ、ジムリーダーと戦うつもりでやらなければならない。 お世辞にも、ネイトは侮れる相手ではないのだ。 そこのところは、ドラップもよく承知していた。実際にネイトと戦ったからこそ分かる感覚なのかもしれない。 「上手くできるか分かんないけど、オレも一生懸命やるからさ。ドラップも全力で頼むぜ」 「ごぉぉっ」 ドラップは嘶き、アカツキの前に躍り出た。 やるからには全力でやる。 その姿勢を示すかのように、腕の先の鉤爪をガチャガチャと鳴らして、ネイトを威嚇した。 「ドラップが使える技は結構たくさんあるんだよな……ゴチャゴチャにならないようにしないと」 アカツキはいま一度、先ほど学習室で調べた内容を思い返した。 ドラップは毒タイプのポケモンだが、使える技は意外と多岐に渡っている。どこでどの技を指示するかが重要になってくる。 「ジムリーダーのポケモンって、みんな炎タイプに弱いから……」 フォレスジムのジムリーダー・ヒビキのポケモンはいずれも炎タイプの技に弱い。そこで活躍するのが、『炎の牙』だ。 しかし、ストライクは素早い動きを得意としているポケモンだ。 一方、メガニウムは素早さこそそれほど高くないが、ネイトを戦闘不能にした『ニードルブレス』が侮れない。 「まずは、ドラップが相手に近づけるようにしないと……」 攻撃技が豊富でも、それを当てられるような位置を常にキープしていなければならないし、 攻撃を確実に当てなければ、バリエーション豊富な技も宝の持ち腐れになってしまう。 ネイトに相手を頼んだのは、ドラップのレベルにちょうど合っているから、という理由もあるし、 何よりも素早くて攻撃を当てるのが難しそうだと思ったからだ。 「よし、ネイト!! 始めよう!!」 「ブイっ!!」 アカツキの宣言に、ネイトは四つん這いになると、水鉄砲を放ってきた!! 相手がドラップであろうと手加減はしない……というよりも、ドラップだからこそ悠長に手加減などしていられなかった。 やると決めたからには、全力でやる。 「ネイトのヤツ、やる気だなあ……よ〜し、オレも負けてらんないぜ!!」 いきなりの全力投球に少し驚きつつも、アカツキの負けん気が燃え上がった。 虚空を切り裂きながら迫る水鉄砲を指差し、ドラップに指示を出す。 「ドラップ、近づきながらクロスポイズンで薙ぎ払うんだ!!」 動きの遅いドラップでは、水鉄砲から身を避わすことは難しい。 避けようとして食らったのでは意味がないし、それこそ相手に対して背中を向けるようなものだ。 ならば、無理に避けようとせず、少しでも相手に近づくことに時間を費やそう。 ドラップは指示の通り、四本の脚を使って少しずつ前進しながら、クロスポイズンを繰り出した!! 毒々しい紫に染まった鉤爪を左右交互に目の前で交差させ、飛来してきた水鉄砲を打ち払う!! だが、打ち払ったところで水鉄砲のダメージがまったくないわけではない。 強烈な奔流に打たれて、ドラップの表情が曇る。 たかが水鉄砲でも、ネイトに使わせればかなりの威力を誇るのだ。 ネイトの実力はアカツキが一番よく知っている。 だから、そう何度も水鉄砲を放たせるわけにはいかない。 「ドラップ、全力で突き進めっ!!」 まずは距離を詰めることだ。 アイアンテールかクロスポイズンで相手に攻撃できるだけの位置をキープしなければ、そこから先に駒を進めない。 「ここからネイトがどう出てくるかなあ……?」 ネイトが何を考えて攻撃してくるのか読めないのが痛いが、それはジムリーダーのポケモンが相手でも同じだ。 相手が何を考えているのか……それを読めれば苦労しない。 だからこそ、相手が何を考えていようと、攻撃を確実に当てられるようにしなければならない。 ネイトがどう出てきてもいいように、頭の中に数種類の指示を浮かべておきながら、ドラップがネイトとの距離を詰めるのを見守る。 ……と、もう少しでクロスポイズンが当たるというところで、ネイトが動いた。 「高速移動か!!」 ドラップとの距離を一気に詰めてきたのだ。 間合いを狂わされ、アカツキが頭の中に浮かべていた指示は水泡に帰した。 それでも、ここで動揺するわけにはいかない。 芽生えた動揺を踏み消しながら、何事もなかった顔で指示を出す。 「ドラップ、惑わされるな!! 慌てなくていいから!! ネイトの動きをじっと見てるんだ!!」 ここで慌ててはいけない。 自分に足りないのは、ちょっとしたことでもすぐに驚いてしまう、精神的な脆さだ。 身体はそれなりに鍛えてあるから自信があるものの、精神面では子供ゆえの弱さを孕んでいる。 一朝一夕に克服できるものではないが、それでも何もせずに漫然と過ごすわけにもいかない。 ――できることをやる。 トウヤにそう表明した以上、途中でシッポを巻くのは嫌だった。 誰かに負けるのは嫌だが、自分自身に負けるのはもっと嫌だ。 アカツキは拳をグッと握りしめると、ドラップの傍を忙しなく周回するネイトの動きを凝視した。 「ネイトが攻撃してきた瞬間に、雷の牙で……」 ネイトは水タイプ。弱点となる電気タイプの『雷の牙』で攻撃を仕掛けるのがベストだ。 ドラップが使える『炎の牙』『氷の牙』『雷の牙』の三種類は、 それぞれのタイプに付随した追加効果(火傷、凍結、麻痺)を相手に与えることができ、なおかつその威力で相手を怯ませることがある。 追加効果に期待して技を使うのは無茶なことだが、まずはタイプと相性だ。 噛みつく動作は同じだから、どれか一種類でも使いこなせるようになれば、それで十分。 アカツキが真剣な面持ちであれこれと策を弄していると、ネイトがアクアジェットで速攻を仕掛けてきた。 走り回りながらでは水鉄砲を放てないと判断したのだろうが、それは正解だった。 水鉄砲でもドラップの巨体を倒すことは難しい。多少は怯むのだろうが、 水鉄砲を放っている間は動けない。それこそ致命的な隙を見せることになる。 どぉんっ!! 渾身のアクアジェットが、ドラップの胴体に命中する!! 「ごぉぉっ!!」 脇腹を殴られたような痛みに、ドラップが悲鳴を上げた。 気のせいか、二日前に戦った時よりも威力が増していたのだが……それは気のせいなどではなかった。 ドラップとの戦いで、ネイトは大きくレベルアップしていたのだ。それに伴って技の威力が上がるのは当たり前だ。 それに、ジムリーダーのストライク相手に健闘したことも、ネイトのレベルアップに大きく貢献していた。 突然の速攻だったが、これは願ってもない好機(チャンス)。 「ドラップ、怯まないでネイトをつかんで!!」 アカツキはすかさずドラップに指示を飛ばした。 相手によっては、自分から近づいてくることもある。こちらから向かうだけではなく、相手の勢いを利用することも大事な要素のひとつだ。 強烈なアクアジェットを放ちながらも、そのせいでドラップに限りなく接近したネイト。 ドラップは一撃を受けながらも怯むことなくネイトに向き直り、 胴体を踏み台にして飛び退こうとしていたネイトの身体を鉤爪でガッチリつかんだ。 「ブイっ!?」 まさか身体をつかまれるとは思っていなかったのか、ネイトがギョッとした表情を浮かべる。 しかし、それで終わりではなかった。 ドラップに身体をつかまれたままの体勢で、水鉄砲を放ってきたのだ。 「ごぉぉぉぉ……」 顔面に怒涛の水鉄砲が炸裂!! 「ネイトのヤツ、マジで考えてるな……」 下手をすれば、自分よりも一、二枚は上手なのかもしれない。 動けないからといってあきらめたりせず、むしろドラップの鉤爪でガッチリ固定されている状態で水鉄砲を放てば、反動など気にせずに済む。 今後の戦いでこういう場面が出てくるかは分からないが、取り入れてみようと思いながら、 ドラップが怯みそうになっているのを見て、再び指示を飛ばす。 「今だっ!! 雷の牙っ!!」 今のドラップに使えるかどうかは分からないが、とりあえずは指示を出さないことには分からない。 「…………!!」 アカツキの指示に活を入れられたか、ドラップはカッと目を大きく見開くと、口も大きく開いて、鉤爪でガッチリつかんだネイトに噛み付いた!! 「ブイっ……!!」 首筋に噛みつかれ、ネイトの身体がかすかに震えた。 瞬間、その身体に強烈な電撃が駆け巡る!! 「で、できた……」 ドラップの牙が黄色く輝いているのを見て、アカツキは雷の牙をちゃんと使えたのだと理解した。 この分なら、炎の牙と氷の牙も使いこなせるかもしれない。 そう思ったが…… 「ドラップ、ネイト!! ここでおしまいだ!!」 とりあえず、こんなものでいいだろう。 二人からすればまだまだ物足りないかもしれないが、収穫はあった。 ここで練習をおしまいにしよう。 アカツキの宣言に、ドラップはネイトを解放した。 これ以上電気タイプの技を受けてたまるかと、ネイトはさっと飛び退いてドラップとの距離を取ると、鋭い眼差しで相手を睨み付けた。 「……なんか、まだやる気だなあ……」 二人して真剣に睨み合っている。 本当は続けたいところだが、不必要にポケモンを傷つけるようなことはしたくない。 「また後でたくさん特訓するからさ。今は収めてくれよ。な?」 アカツキが粘り強く説得すると、ネイトとドラップは仕方ないと言いたげに肩をすくめた。 まだまだ戦い足りないのは、やはり相手が強くて、戦い甲斐があると思っているからだろう。 そこのところはアカツキもよく理解していた。 理解していたから、次はもっとドラップを上手く戦わせられるようにしようと思った。 Side 6 「なんや、一生懸命やなあ……」 夕食の席で、トウヤは感心しているのか呆れているのか分からないような口調でポツリつぶやいた。 通路を挟んだ反対側の席で、アカツキが何やらノートにまとめているのをじっと見つめながら。 トレーナーを釘付けにしているものに興味があるのか、ルナもポケモンフーズを食べるのを止めて、同じ方向に目を向けた。 窓際のその席では、ポケモンたちが食事をしている中にあって、ただ一人、アカツキが鉛筆片手に、ノートにいろんなことをまとめていた。 今日一日の特訓の成果や、特訓の中で気づいたことなど、忘れないうちに、目に見える形で残しておこうと思い立ったのだ。 たとえば、ドラップが使える技。 ドラピオンという種族的に使用可能な技は分かっても、実際にドラップが使える技と、まだ使えない技があった。 だから、それらを混同しないように、書き留めているのだ。 「炎の牙、氷の牙、雷の牙……と、毒々の牙だったっけ。 アイアンテールと毒びしは使えなかったんだよなあ……ガンバって覚えてもらおう!!」 今日一日、何度かネイトとドラップを戦わせてみて、自慢の牙で相手に噛みつく技を使ってもらった。 ドラップなりの『クセ』とでも言うのだろうか。 噛みつく動作や、そのタイミング……アカツキが思っていたよりもズレがあったから、 それを踏まえた上で指示を出さなければならないというのも、目には見えなくても大事な収穫だった。 指示を出してから実際に行動に移すまでの反応時間、相手を離して放り投げる位置や高さなど、今までに見てきたものをありのままに記す。 勉強が苦手なアカツキには、たったそれだけのことでも相当な作業量だった。 だが、勉強というほどの大変さはなく、むしろドラップのことが分かって、気持ちはとても弾んでいた。 これらのことを頭に叩き込んだ上でバトルをこなしていけば、一人前のポケモントレーナーに近づけるはずだ。 アカツキはトウヤが微笑ましい表情で見ているとは露知らず、一心不乱にノートに鉛筆を走らせていた。 「あと、リータもガンバってもらったんだよな」 ドラップのことについて大方書き終えて、次はリータの番だった。 いつになるかは自分でも分からないが、再度フォレスジムに挑戦する時も、ネイトとドラップという、同じ布陣で行くつもりだ。 だから、リータは今回のジム戦は二度続けてお休み。 しか、だからといってリータだって大切な仲間である。バトルに慣れさせておかなければ話にならない。 ネイトとドラップでは対応できないような相手が出てきた場合、もしかしたらリータで倒せるかもしれない、といったことだってありうる。 それに、リータはジムリーダーのメガニウムに強く憧れているようだった。 キラキラ輝いた瞳をメガニウムに向けていたのを思い出しながら、アカツキはリータが使える技を書き記した。 「葉っぱカッターに、鳴き声に、毒の粉、草笛……リフレクターも使えたなあ。 圧し掛かりとかソーラービームとかは使えなかったけど、リータもガンバりゃ使えるようになるんだ」 直接相手を攻撃する技より、むしろステータス異常を引き起こしたり、能力を下げる技が得意なようだ。 ネイトとドラップとはまた違った技の覚え方で、ステータス異常や能力低下の技を駆使して戦うのがリータのバトルスタイルだ。 ネイトを相手にちょっとだけバトルの練習をしてみたが、バトルという行為に馴染めていないのか、 動きはどうにもぎこちなく、及び腰な姿勢さえ見て取れた。 決して臆病というわけではないのだが、まだ慣れていないだけだろうと思い、 アカツキは明日からも引き続きリータをバトルに慣れさせるための特訓を続けようと決めた。 「よし、こんなトコかな」 今日一日の成果は、ノート三ページ分になった。 もっとも、行間を詰めれば一ページに収まる程度の量でしかない。 いろいろと他に書き込みができるように空けたつもりなのだが、それすらも怪しいものだった。 だけど、アカツキはアカツキなりに満足していた。 今日一日で、それなりにドラップを戦わせるのに何が必要なのか見えてきた気がしたし、 ドラップとの間に芽生えた信頼関係も強固であると確認できた。 もちろん、長年一緒に過ごしてきたネイトには及ばないが、それでもバトルを共に戦っていくのに必要な信頼は築けたはずだ。 ドラップの元々の実力はかなりのものだから、実力的な伸びはそれほどではなかった。 むしろ、アカツキのトレーナーとしての実力が上がっていた。 相手が何を考えているのか分からない状態でバトルをして、カンが養われたというところだろう。 明日、明後日、明々後日…… この調子で続けていけば、そう遠くないうちにジムリーダーに挑戦することができるかもしれない。 昨日、ソウタが襲ってきたことも、いつかまた自分の前に現れるであろうことも、すっかり忘れて、ただひたすら特訓に打ち込んでいた。 その様子をロビーからずっと見ていたトウヤは、アカツキのひたむきな姿を見て、何気に心を打たれていた。感動とまではいかなくても、それなりに「あぁ、いいな……」と思っていた。 「なかなか頑張りよるなあ……さっすがに、ジムリーダーが肩入れするだけのことはあるわ……」 今日一日で、それなりにトレーナーとしての実力もついてきたように思える。 トウヤが感心しているのを余所に、 「じゃ、食〜べよっ!!」 一作業終えて、アカツキは待ってましたとばかりに表情を輝かせると、和食中心の夕食を摂り始めた。 ネイトたちはアカツキが特訓の成果をまとめていたことなど露知らず、空腹を満たすべくポケモンフーズを食べていた。 実際に身体を動かしてバトルの練習などしていると、普通に活動する以上に腹が減る。 運動量が人間のそれとは比べ物にならないゆえ、食物の摂取量もそれなりに多い。 深皿を自分で持って運べるネイトとドラップが、リータの分までお代わりをもらいに行ってくることさえあった。 そういったことを通じて、ポケモン同士でも信頼関係を築くことができた。 これはバトルのみならず、日常を過ごす上でも貴重な財産になるだろう。 「そろそろええかな……?」 トウヤはすでに夕食を摂り終えていた。 頃合を見計らい、一旦食器類を戻してからデザートだけを取ると、ルナを連れてアカツキの席にお邪魔した。 ジムリーダーにいろいろと頼まれて、世話を焼いているのだが、自分が世話を焼く必要がないくらい、アカツキはとにかく活動的だった。 ただ、それではいろいろと立つ瀬がなかったりするので、邪魔でなければ少しちょっかいを出そうと思った。 まるで小姑か何かのようなやり方だが、トウヤはトウヤで、さほど気にしてはいなかったが。 「よー、今日はずいぶん頑張ったみたいやんか。見直したでえ」 一心不乱に白いご飯を口の中に掻き入れているアカツキの前に座って、トウヤは微笑みながら声をかけた。 食事が最優先だったらしく、アカツキが彼の存在に気づくのに少し間があった。 「あ、トウヤ」 口に入れていたご飯を飲み干してから、言葉を返した。 「どうかした? いきなり来るなんて……」 「んーっ、結構今日頑張ってたみたいやし、なんやおもろそうやと思うてな」 「どういうこと?」 「おまえ、ポケモンたちとバトルの練習しとったやろ。なかなか上手いやり方や思うたんや。 やるんやったら、実戦に即した方が成果は出るからな」 「うん。オレもそう思ってやってみたんだよ」 トウヤがどうして目の前に現れたのか、その意味は分からなかったが、 今日一日の頑張りを褒められたような気がして、そんなことは瞬く間に気にならなくなった。 「次にジムリーダーに挑戦する時は、ちゃんと戦えるようになっときたいからね。 ドラップもやる気出してくれるし、結構楽しいよ」 「そっか、それはええこっちゃ。おまえも気張らなあかんで?」 「もちろん!!」 「ふふっ……」 言葉であれこれと聞き出さなくても、アカツキたちが一生懸命やっていたのは、ガラス越しに見てきてよく分かる。 表情も、心なしか昨日と比べて見違えたようだ。 少しは、トレーナーらしくなってきたというところか。 楽しい気持ちを持て余しながらデザートを口にするトウヤに、アカツキは笑顔で言った。 「だけど、まだまだだよ。 ジムリーダーのポケモンってすっごく強いし……ストライクにあれだけ手こずらされてたら、メガニウムはもっと大変だと思うから。 だから、もっともっとガンバる!!」 「おう、その意気や」 自分の実力をちゃんと、ありのままに見つめることができれば、問題はない。 ジムリーダーのポケモンは普通のポケモンよりも数段強いから、ジム戦を戦えるくらいにまでポケモンの力量を高めるのは重要なことだ。 ジム戦に向けて邁進するアカツキの姿勢は、トレーナーになって何年も経つトウヤにとっても、かなり新鮮だった。 「せやけど、自分一人でやってっと、思ったほど上手く行かないこともあるやろ」 「そうなんだよね……」 デザートの最後の一口を飲み込んでから投げかけた質問に、アカツキの表情がかすかに曇った。 眉間にシワなど寄せながら、小さくため息をつく。 今日一日頑張ってみて、一人ではどうにもならないところというのが分かってきた。 たとえば…… 「ネイト、リータ、ドラップでガンバってるけど、すぐにみんな疲れちゃって。 体力が足りないってことじゃないと思うんだけど、こまめに休まないといけないから、はかどらないな、って思うことがあるんだ」 「そうやな……」 アカツキが口にしたのは、特訓では常に二体のポケモンを戦わせている状態だから、残りの一体の特訓をする時に、 先に戦ったポケモンは疲れた状態から始まる……という、アンフェアな状態だった。 手持ちが偶数であれば問題ないのだろうが、奇数だからと言って一体を除け者にするわけにはいかない。 結果、疲弊するのが早くなり、その分こまめに休憩を取ったり、ジョーイに回復してもらったりと、 特訓本体よりも、そちらに余計な時間を割かなければならなくなる。 今日の分は終わりだからまだいいが、明日からもそうやって無駄な時間をかけることになるのかと思うと、どうにも気持ちがスッキリしない。 「トウヤだって、ポケモンの特訓することってあるだろ? オレと同じような状態になったら、どうするの?」 アカツキは思いきって訊いてみた。 昨日はいろいろと助けてくれたのだ。助けを乞うことを恥じるより、助けてくれる者がいることを誇る。 だから、素直に訊ねてみた。 「そうやなあ……」 トウヤは『難しい質問が来た』と思ったが、だからといっていきなり放棄せず、とりあえず考えてみた。 足元ではルナが不思議そうな顔でトレーナーを見上げていたが、気にしない。 一頻り考えてから、答えを出す。 「そういう時は、誰かと一緒に特訓するってことやな。 ジムリーダーやて人なんやから、相手がトレーナーゆうこと考えたら、やっぱりトレーナー同士で戦うゆうんが一番ええんとちゃうか?」 正直、トウヤにはアカツキと同じような経験がなかったので、何とも言えないところだったのだが、 一人でどうにかならないなら二人でどうにかすればいいという提案をするのが精一杯だった。 だが、苦しい提案にも関わらず、アカツキの表情がパッと輝いた。 「あ、それいいかも。 オレ、一人でガンバることばっか考えてたなあ……そっか。誰かに付き合ってもらえばいいんだ!! そーいうわけで、トウヤ!! 明日からオレたちの特訓相手になってよ!!」 「え、ええけど……」 キラキラ輝いた瞳と表情で詰め寄られ、トウヤは思わず頷いてしまった。 「あ、しもた……」 勢いで頷いてしまったが、今になって気がついた。 もちろん、手遅れである。 「ありがとう、トウヤ!! 明日からよろしくお願いしまっす!!」 「あ、ああ……」 トウヤが特訓の相手になってくれるということで、アカツキはすっかり舞い上がっていた。 言うまでもなく、彼のポケモンたちも同じだった。 話の流れはよく分からないが、アカツキが喜ぶようなことだ。 きっといいことがあったのだろうと、揃いも揃ってそう思い、一緒になって舞い上がっていた。 「…………困ったやっちゃ……」 ちょっとだけちょっかいを出すつもりでいたら、こんな展開になってしまった。 素直に喜ぶアカツキを見ていると、今さら断るのもバカバカしく思えたし…… 「ええよな、ルナ?」 「ブラっ……」 ――しょうがない。乗りかかった舟だから、付き合ってあげる。 ルナの返事を承諾と受け取って、トウヤは口元の笑みを深めた。 「よーし、そうと決まったら……」 アカツキは残った夕食を瞬く間に平らげると、紙ナプキンで口元をさっと拭った。 「オレ、もう寝るよ!! 明日からよろしくっ!!」 ニコニコ笑顔のポケモンたちを引き連れて、そそくさと食堂を立ち去ってしまった。 今日の疲れを明日に持ち越すようなことがあっては、相手をしてくれることになったトウヤに対して失礼だし、 実力を出し切れないなどという言い訳だってしたくない。 だから、今日はさっさと風呂を済ませ、さっさと寝よう。 アカツキはアカツキなりにあれこれと考えた上で行動しているのだが、 その中身を相手に言わないものだから、余計な誤解を生むのもまた確かだった。 「やれやれ……」 ちゃんと行動に移すのはいいが、必要なことはちゃんと言ってからにしてもらいたい。 深々とため息をつくトウヤだったが、それを言わなかった自分にも責任があると思い、どうにもならない気持ちを持て余すしかなかった。 アカツキと、彼のポケモンたちが食堂から出ていくのを見届けて、トウヤは窓際のとある席に目を向けた。 先ほどからこちらに意識を向けている何者かの気配を感じ取っていたが、会話中ということもあって、取り合わなかったのだ。 もっとも、その相手が危険な存在でないと分かっていたからなのだが…… 席について、こちらに背中を向けている相手に向かって、周囲に聞こえない程度の声で話しかける。 「ジムリーダーも大変なんやな。そんなカッコせんと、外に出られへんなんて」 「そう言わないでくれ。こっちだって、いろいろあるんだから」 言葉と共に振り向いてきたのは、付け髭をしたジムリーダー・ヒビキだった。 サングラスに付け髭では変装というほどの変装ではないが、それでも思いのほか効果はあった。 ジム戦で使うポケモンではなく、プライベートのポケモンを連れているのも、ジムリーダーと気づかれにくい工夫だったのかもしれない。 ヒビキはサングラスと付け髭を取らないままで、先ほどアカツキが座っていた席に移動した。 アカツキのことをいろいろと気にかけているのだろう。 そうでなければ、こんなところに変装をしてまで出かけたりはしない。 トウヤだってジムリーダーの胸中は理解しているつもりだから、そこについては言及しなかった。 その代わりに…… 「一応、あいつにゃソウタのことは話さんかった。 どうせ、あんさんが後で教えるつもりなんやろうから、俺が余計なこと言う必要もなかったやろうし」 「そうだな。感謝するよ」 意外と辛口な言葉に、ヒビキは苦笑しながらコーヒーを一口含んだ。 プライベートに育てているポケモンは、二人の会話に加わるつもりがないらしく、ヒビキの足元でのんびりとくつろいでいた。 「それより、君がここまで彼に力を貸すなんて思わなかったよ。 たとえ勢いまかせの結果だとしても、手を貸すと決めたのは君自身だし。思いのほか、彼に気があるんじゃないの?」 「むう……」 辛口な言葉のお返しと言わんばかりで、トウヤは顔を引きつらせた――が、すぐに何事もなかったかのように装う。 もちろん、ヒビキは彼が精一杯ポーカーフェイスを装うとしていることに気づいていたから、カップの縁で隠した口元に小さく笑みを覗かせた。 「せやけど、あれでホントにええんかいな?」 「いいんじゃないのかな。 まずはジム戦に来てもらわないと話にならないし、次にソウタが来た時のことを考えると、トレーナーとしてももっともっと強くなってもらいたい。 君が手を貸すとなると、思ったほど時間はかからないのかもしれないけどね…… 僕たちの立場からしたら、その方がずっとありがたいんだけど」 「…………まあ、ええわ」 上手く担がされているような気がしてならないが、それを率直に訊ねたところで答えてくれそうにないだろう。 トウヤは打算を働かせ、言葉を控えた。 どちらにしても、時機が来れば必要なことは話してくれる。 それなら、焦って先走りする必要はない。無用な情けなさをさらすだけだ。 「で、用件はなんや? まさか、あいつの顔拝むためだけにこんなトコに来たワケやないやろ」 「そうだね。いろいろと頼みがあって」 「頼みね……」 「そう。君の実力と人柄を見込んで頼みがあるんだ」 改めて、ヒビキは言った。 コーヒーカップをテーブルに置いて、妙に真剣な表情で。 トウヤは無表情だった。 ジムリーダーがこんな表情をするような話だ。どう転んでも『おもろい』とは言えないものだろう。 聞かなかったことにしたい気持ちはあるが、それこそ乗りかかった舟だ。途中下車ならぬ途中下船はできない。 できたとしても、岸辺までは遠い。溺れてしまうのが関の山。 嫌な表現だ……と胸の内で皮肉に塗れたアナウンスを垂れ流しながら、相手の言葉を待った。 「あの子がジム戦で僕に勝ったら……その後、あの子をソウタから守るために旅に同行してもらいたい。 あの子も、君をずいぶん頼りにしているみたいだし、君からすれば、そう難しいことではないと思うんだ」 「また難儀なこっちゃな……嫌やあらへんけど、正直、乗り気でもあらへん。 なんや、大人の都合ですべてが決まるっちゅーのも、気に入らへんのや」 ヒビキの頼みに、トウヤは口を曲げた。 何もかも大人の都合で動いている。 大きな流れがすでにできていて、仕方がないというのは分かっているが、それでも気に入らないものは気に入らない。 とはいえ、断るつもりはなかった。 昨日出会ったばかりの少年がトウヤのことを頼りに思っているように、トウヤも相手のことをいろいろと気に入っているからだ。 問題があるとしたら、それは役割の重さ。 昨日はソウタがあっさりと引き下がってくれたからいいものの、次は本気で来るだろう。 引き際を心得ているにしても、序盤であっさりと……というわけにはいかない。それくらいはやる前からでも結果が見えている。 トウヤが普通のトレーナー以上の実力の持ち主とはいえ、そこのところだけは気が重い。 下手をすれば、ソフィア団全体を一度に的に回すことになる。 それで気分よく旅をしろという方が無理である。 だが、 「それを言えば、ジム戦が終わったら僕はあの子に、あの子が置かれている状況を素直に話すつもりだよ。 何も知らないまま巻き込まれ、翻弄されるのではあまりに気の毒だ。 もちろん、僕にできることは精一杯させてもらうけれど」 「…………」 状況的に、止めようがないのもまた事実。 気に入らないが、ポケモンリーグの都合で動くしかなさそうである。 仮に断ってみたとして、相手は間違いなく彼女を引き合いに出してくるだろう。 トウヤが苦手としている、ネイゼル地方のチャンピオンを務める女性のことを。 そうなるとさすがに逃げるに逃げられない。すでに有無を言わさず……といったところだ。 「分かった。今回だけは引き受けたるわ。 どーせ、断ったってサラのこと引き合いに出すんやろうからな……断ったって同じや」 「そうか……助かる。もっとも、これはサラさんが望んでいることでもある。 君ならきっと彼の力になってあげられると言っていたよ」 「けっ……」 結局は、彼女の手のひらの上で踊らされていただけだったのだ。 今さらどうにかしようとは思わないが、せめて舌打ちの一つでもしたい気分だ。 「ほな、明日から気合入れていかなあかんな。 あいつにええトレーナーになってほしい言う気持ちは俺も同じやし。ビシビシやったるわ」 「ああ、その意気で頼むよ。 済まないが、ポケモンリーグとしても大っぴらに動けない以上、頼れるのは君だけだ」 「そんな言い方されると、余計な力入るやないか」 「ふふ……」 「…………」 ジムリーダーの口元に浮かぶ笑みに無邪気さを感じ取って、トウヤは何も言い返せなかった。 できることはさせてもらうと言ったのは嘘ではないのだろう。 負担が自分だけに来るわけでないことを考えれば、それほど分の悪いことでもない。 ただ…… 「やっぱり気に入らへん……」 サラという女性のことはよく知っている。 だからこそ、彼女を引き合いに出されるのはどうにも気に入らない。 当てつけになるような言葉が見当たらず、胸中では溶岩が煮えくり返っていた。 相手のペースに嵌ることは大嫌いなのだが、だからといって脱する術もない。 だったら、棄て台詞とまではいかなくとも、それなりに『納得しているわけではない』という姿勢を示したいところだった。 しばらく考えた後、トウヤはいい一言を思いついた。 席を立ち、ヒビキに背中を向けて、口を開く。 「寝る。明日から特訓やし。ルナの実力出し切れへんなんてことになったら、それこそアカンからな。 ……ほな、さいなら」 「うん、お休み」 「…………」 嫌味のつもりで言ったのに、呆気ないほど簡単に避わされた。 これ以上はさすがに言う気にもなれず、ムカムカした気分を持て余したまま、ルナを連れて食堂を後にした。 トウヤの怒った肩を見て、ヒビキは困ったように笑みを深めた。 「怒らせちゃったかな? そんなつもりはなかったんだけど……まあ、いっか」 結果オーライとしよう。 大変なのはむしろこれからだ。この程度のことでいちいちうろたえてなどいられない。 窓の外に広がる夜景に目を向け、ヒビキはコーヒーを飲み干した。 窓ガラスに映り込んだその表情は、お世辞にも明るいとは言いがたいものだった。 Side 7 ――レイクタウンを旅立って5日目。 その日、アカツキは早朝から特訓に勤しんでいた。 少しでもトレーナーとして強くなりたい。ジム戦で雪辱を晴らしたいし、 何より、ドラップを奪っていこうとする相手とちゃんと戦えるようになりたい。 自分の大切なものは、誰かに守ってもらってはいけない。自分の力で守らなければならない。 そんな義務感……いや、使命感にも似た何かを表情に湛えながら、十数メートルの間を空けて対峙する相手を睨みつける。 アカツキが真剣な面持ちをしているのとは対照的に、相手――トウヤは口元に笑みなど浮かべている。 真剣なのは、目だけだろう。 もしかしたら、楽しみだと思ってウキウキしているのかもしれないが、そんなことはどうだっていい。 トウヤだって暇ではないだろうに、わざわざ自分の特訓に付き合ってくれているのだ。 さっさと戦って、さっさと終わらせたい。 アカツキの一番手はネイト。対するトウヤはルナだった。 かれこれ十分ほど戦っているのだが、思うようにルナにダメージを与えられずにいた。 それでも、激しく戦ったのがありありと見て取れるように、ネイトもルナもかなり疲れていた。 ルナに代表されるブラッキーは、攻撃力こそ高いとは言えないが、防御力と体力については高い部類に入る。 スレンダーな体型からはとても想像できないことだが、見た目と中身は必ずしも一致しないものなのだ。 「アクアジェットも使ったし、スピードスターだって使った。 それで、まだこんなにケロッとしてられるなんて……不死身みたいじゃん……」 ルナを睨みつけながら、アカツキは胸中で呻いた。 ネイトが覚えている技を駆使して戦ってきたつもりだ。 だが、トウヤもルナの技を巧みに使いこなして、攻撃を受け流したり体力を回復したりしながら、脅威的な粘りを見せている。 相手が自分より格上であることは分かっているが、それでもここまで時間がかかるとは思わなかった。 相手を倒すか、あるいは倒されるか……どちらにしても、もっとシンプルに決着がつくとばかり思っていたのだ。 「持久戦って、ネイトはあんま得意じゃないんだよなあ……」 ネイトは体力的に優れているとは言えない。 アクアジェットの速攻と、スピードスターによる命中率の高さ。 攻撃に関しては、苦手なタイプのポケモンでも出てこない限りは問題ないが、防御面では不安がある。 その上、ルナのように体力を回復させるような技は使えない。 少しずつのダメージでも、積もり積もれば山となるのだ。 「でも、オレがあきらめちゃダメなんだ。ネイトが戦おうとしてるのに」 有利とは言いがたい状況ではあるが、それでも戦うことを棄てたりはしない。 ポケモンが戦う意思を示している以上、トレーナが先にあきらめるのは、一生懸命戦っているポケモンに対する冒涜になる。 「でも、どうしよう……」 もし近くにたくさんの水がある場所なら、『とっておきの大技』を使って勝負を決められるのだが、あるのは小さな池だけ。 大技を発動するほどの水量は期待できない。 ルナに体力回復の暇を与えずに一気に倒す方法が見当たらない以上、少しずつでもダメージを与えていくしかない。 今まで以上に激しく動き回ることになるが、背に腹は代えられないのだ。 「よし……」 アカツキがグッと拳を握ったのを見て、トウヤは何か思いついたのだと思った。 「ふーん……」 何を思いついたのか知らないが、睨み合って動かなかった時間は、トウヤだって無駄にはしなかった。 思ったよりもアカツキのポケモンは強く、ルナでも簡単には勝てそうになかった。 何食わぬ顔で強烈な攻撃を加えてみたが、なかなか倒れない。 しぶといことはしぶといが、気力が半端ではないのだろう。 だから……一気に手折る。 「ネイト、アクアジェットからスピードスター!!」 アカツキの指示に、ネイトが動く。 速攻可能なアクアジェットから、脅威の命中率を誇るスピードスターの連携技だ。 ずばぁっ!! 水の飛沫が散ったと思えば、瞬く間にネイトがルナの目前に迫る!! 「なるほどなぁ……一気にケリつけよう言う魂胆かい。なら……」 速攻を重視して、ルナの『願い事』による体力回復をさせずに倒そうと考えているのが分かる。 それなら…… 「ルナ、踏ん張りや」 トウヤの指示に、ルナは脚を横に広げると、その場に踏みとどまった。 刹那、ネイトのアクアジェットが炸裂!! 凄まじい勢いに、ルナは後方に圧されながらも、辛うじて四本の脚を地面から離さずに済んだ。 いや、違う。 トウヤが表立って指示したわけではなかったが、ルナは周囲の草に『サイコキネシス』をかけ、四本の脚に絡みつかせていたのだ。 ソウタのハガネール……スティールの動きをも一時的に封じたサイコキネシスによる戒めは強靭で、 アクアジェットの勢いを受けながらも引きちぎられることなく、ルナを支えていた。 まさか、さり気なくサイコキネシスを使って攻撃の勢いを殺されたことなど気づくはずもなく、アカツキは驚くばかりだった。 アクアジェットの威力はよく知っている。 ルナのような軽量級のポケモンが踏みとどまることなどありえない。 ここがアカツキの悪いクセなのだが、動揺がすぐ表に出てしまう。 身体的に鍛えられたと言っても、精神的にはいわゆる子供特有の脆さがある。 こればかりは場数を踏んで度胸をつけてもらうしかないのだが、ポーカーフェイスへの道のりは遠そうである。 トレーナーの動揺を肌で感じつつも、ネイトはシッポを振ってスピードスターを繰り出した。 至近距離からの攻撃をまともに食らい、たじろぐルナ。 しかし、この時点で勝敗は決していた。 「ルナ、電光石火から居合い斬りや」 次々と襲い来るスピードスターに耐えつつ、トウヤの指示に応えて駆け出す。 至近距離の攻撃を避けられなかったのはネイトも同じだった。 「ブイっ!?」 突然、ルナの姿が掻き消える。 どこへ行った……!? ネイトは視線を左右に這わせるが、ルナの姿はない。 「ネイト、後ろっ!!」 ものすごい速さで後ろに回り込んでいたと気づいたのはアカツキの方だった。 慌てて指示を出すが、間に合わない。 ネイトの後ろに回り込んだルナは、一瞬立ち止まったかと思えばすぐさま駆け出し、ネイトを後ろから突き飛ばした!! 盛大に吹っ飛ぶネイトに追いすがり、前脚を剣に見立てて振り下ろす!! ごっ、という鈍い音がして、バレーボールのスパイクを受けたように、ネイトは斜めに地面に叩きつけられた。 「ええっ!?」 「あらー、当たってもーた……日頃の行いがええからやの〜」 偶然とは言えない結果。 しかし、トウヤは緊張感のない声でそんなことを言った。 さり気なさを装って相手に強烈な攻撃を叩きこんでいくのが彼のバトルスタイルだ。 ネイトは激しく地面に叩きつけられると、そのまま目を回してぐったりしてしまった。 ただでさえ疲れていたのに、こんな風に攻撃を食らってはひとたまりもない。 「ネイト、戻れっ!!」 アカツキはすかさずネイトをモンスターボールに戻した。 これ以上は戦えない。 「サンキュー、ネイト。頑張ってくれて……」 モンスターボールに戻ったネイトにそっと声をかけ、微笑みかけた。 ネイトは精一杯戦った。たぶん、悔いは残していないだろう。 精一杯戦ってくれたのに、自分が悔いを残していては意味がない。 できるだけのことはやった。それで負けたのなら、仕方がない。負けたことを受け入れるしかない。 「あれ、もう戻すんか?」 アカツキが潔くネイトを戻したのを見て、トウヤは首を傾げた。 てっきり『立ち上がれ、ネイト!! まだ戦えるっ!!』なんて言い出すのではないかと思ったが、ちゃんと引き際は心得ているようだ。 「だって、ネイトはもう戦えないし。 トウヤのポケモン、ホントに強いなあ……参っちゃうよ」 アカツキはネイトのボールを腰に差すと、深々とため息をついた。 トウヤのポケモンは、まだルナしか見たことがないが、他のポケモンもきっと強いのだろう。 「おおきに。せやけど、次行くで〜。おまえの特訓なんや、おまえが音を上げるまでやらなあかん」 「うん、分かってる!!」 トウヤが白々しい表情で受け流すと、アカツキは大きく頷いた。 せっかく特訓に付き合っているのだ。 トコトンまでやってもらわないと困ると思っているが、アカツキは最初っからそのつもりだった。 自分のポケモンが戦えなくなるまで続ける。 ポケモンだって、精一杯戦えばその分レベルアップするし、そうすれば次はもっと上手に戦えるようになる。 トレーナーがポケモンのクセや特性を見抜いて、それに沿った戦い方をしなければならないのと同様に、 ポケモンも自身の能力をちゃんと把握しなければならない。 ポケモンバトルは、トレーナーだけのものではない……と言われているが、それがその言葉の所以である。 「よし、次はドラップだ!!」 アカツキはドラップのボールを手に取ると、頭上に軽く放り投げて呼びかけた。 すると、ボールの口が開いて、ドラップが飛び出してきた。 「ごぉぉっ!!」 飛び出すなり、鋭い声でトウヤを威嚇する。 好戦的な性格ゆえ、戦いたくてウズウズしていたのだ。 鉤爪をガチャガチャと動かしながら、相手が登場するのを待つ。 「ほー、やる気やなあ……ルナ、戻れ。代わりにガスト、おまえの出番やっ!!」 ドラップがやる気でいるのを見て、トウヤは笑みを深めた。 恐らくはネイトより強いであろうドラップを相手に、このポケモンでどこまで戦えるか。 それを試してみるのも悪くない。 表面上はアカツキの特訓に付き合っている形だが、実際はトウヤにとっても特訓になっているのだ。 バトルに慣れ親しんでいないリータは除外して、他の二体……ネイトとドラップはそこそこ戦い慣れていて、一筋縄では倒せない。 そんな相手に、自分のポケモンがどこまで通用するのか。それを知るのも大事なことなのだ。 トウヤが投げたボールから飛び出してきたのは、ガーディだった。 「ばうっ!!」 「あ、ガーディだ……」 まさかガーディで来るとは思っていなかったので、アカツキは一瞬拍子抜けしたのだが、 「でも、なんでハチマキなんて巻いてんだ?」 ガーディ――ガストの額にハチマキが巻かれているのに目が行った。 見た目は普通のガーディで、キサラギ博士の研究所にいたのと同じくらいの大きさだし、お世辞にも迫力があるようにも見えない。 炎の石を使ってウインディに進化したら、相手を威圧するに相応しい体格を得られるのかもしれないが。 「ハチマキ巻いてるのが気になるみたいやな。 ま、それは後で教えたるわ。 ガスト、スピードスターやっ!!」 アカツキがガストの額に意識を向けている間に、トウヤがいきなり指示を出してきた。 今は戦いの途中だ……余所見はするなと言いたげな口調だったが、言われるまでもなく、アカツキはすぐさま気持ちを切り替えた。 「ドラップ、クロスポイズンを地面に向かって放つんだ!!」 ガストが口を開いて、スピードスターを放ってくる。 威力は低いが、チリも積もれば山となるというのがピッタリな技だ。 ドラップが避けようと思って避けられるものではないが、できるだけのことはやっておかなければならない。 アカツキの指示を受け、ドラップは鉤爪に毒素を凝縮させると、紫に染まった爪を地面に振り下ろした!! がっ!! すさまじい衝撃を叩き込まれ、地面に蜘蛛の巣のような亀裂が入る。 「よし、それを持ち上げて投げつけろっ!!」 ドラップは遠距離攻撃の手段に乏しい。 対して、ガストに代表されるガーディは、炎を使えるのだ。 距離を開いた状態では、いくらドラップが強くても、相手に攻撃を当てられない。 ……まともに戦ったら。 それなら、使えるものは何でも使わなければならない。 アカツキは頭をフルに回転させ、その方法を探し当てた。 地面に亀裂を入れて、ひび割れた部分――土塊を持ち上げて攻撃するのだ。 ほとんど破れかぶれのやり方だが、これも立派な攻撃の手段。少なくとも、トウヤはそんな風に思っていた。 「ほう、やるなあ……」 ドラップは左右の腕を交互に使って土塊を持ち上げると、ガストに向かってバッティングマシーンの要領で投げつけた!! 並々ならぬ膂力で放たれた土塊は剛速球の如き勢いを宿し、ガストのスピードスターを打ち砕く!! それを見て、トウヤが口笛を吹いた。 なかなかやるな……という意味だった。 自分で攻撃できないなら、周囲のモノを利用して攻撃手段を手に入れる。 ポケモンバトルは、フィールドに存在するあらゆるモノを使用しても良い、というのがルールなのだ。 「せやけど、まともに食らいやせえへんでぇ?」 上手いことをするとは思ったが、その程度でガストを倒せると思ったら大間違いだ。 「ガスト、撹乱しながら火炎車や。頼んだでぇ〜」 おどけるような口調で指示を出すと、ガストはスピードスターを取り止め、目の前に迫っていた土塊から身を避わしつつ駆け出した。 技の切り替えの早さは高かったが、火炎車がどういった技なのか知っているアカツキにとっては、これこそがチャンスだった。 とはいえ、チャンスが来た……とまともに表情に出すわけにはいかない。 相手の表情の変化を読み取って、それを自分の戦略に活かしていくのがポケモンバトルの真髄だ。 昨日今日になって、自分がいかに感情を表面に出しやすいのか理解できた。 少しずつでも、動揺を表に出さないようにする手段を身につけなければならない。 アカツキが表情を維持しようと努めている間に、ガストはドラップの傍を周回し始めた。 素早く振り向いて攻撃できないというドラップの欠点を突くような行動だったが、真正面から攻撃が来ないことは読めていた。 この程度で動揺したりはしない。 今はドラップの隙を窺っていても、攻撃するその瞬間だけは近づいてくる。 意識を研ぎ澄まし、ガストの足取りを目で追う。 攻撃してきた瞬間に、クロスポイズンを繰り出す。 牙の攻撃では、身体の小さいガストを捉えられるかどうか分からないが、 毒素を凝縮した爪で薙ぎ払うクロスポイズンでなら、攻撃範囲が広く相手を捉えやすい。 ガストが放とうとしている火炎車は、炎をまとって相手に体当たりを食らわせる技だ。 物理攻撃ではあるが、炎タイプの技で、相手を時に火傷させることがある。 もちろん、相手に触れるわけだから、その瞬間だけは反撃を食らう可能性がある。 しかし、そこのところはトウヤも考えていたから、ガストはドラップが腕を伸ばしても届かないギリギリの位置で周回を続けている。 「焦るな、焦っちゃダメだ」 もう何十周しただろう。 ガストはドラップに視線を向けたまま、延々と走り続けていた。 よく疲れないなと変なところで感心してしまうが、その気の緩みがトウヤの狙うところだとしたら、つまらない考えに心を囚われてはいけない。 必ず相手は攻撃をしてくる。 その瞬間だけは逃してはならない。 自分自身にそう言い聞かせ、アカツキはグッと拳を握った。 爪が皮膚に食い込むかすかな痛みが、興奮状態の気持ちに冷たいシャワーとなって降り注ぎ、意識を研ぎ澄ませる。 一方、ドラップも相手に惑わされないよう、常に一点を見続けていた。 口元に何やら嫌らしい笑みを浮かべているトウヤを、視界の中心に据えたまま、微動だにしない。 アカツキと同じことを考えているのだという自覚はなくても、実際のところ、二人の呼吸はひとつになっている。 理屈や計算などではなく、単純な感覚的なもの。 それが意識的なものか、あるいは無意識的なものか……その程度の違いに過ぎない。 ……と、やがてガストはドラップの左手に回り込んだ瞬間に炎を身にまとい、飛びかかってきた!! 「左っ!!」 刹那、アカツキが叫ぶ。 その言葉が来るより先に、ドラップの鉤爪は毒素をたっぷりと染み込んで、毒々しい紫へと色を変えていた。 「ん……?」 不意を突いたと思ったのに、こんなに速く反応してくるとは思わなかった。 正直、かなり驚いたのだが、これもまた計算のうちだった。 そう簡単に撹乱させられる相手だとは思っていない。 仮に、ドラップがアカツキと心を通わせていなかったら……その状態なら、撹乱させることはできたかもしれないが。 炎をまとい、火球のように突っ込んでくるガスト目がけ――正確にはその気配目がけて、ドラップが紫に染まった鉤爪を振るった!! 紫の筋が虚空を疾り、その先端がガストに突き刺さった瞬間、ガストは大きく吹き飛ばされ、激しく地面に叩きつけられた!! 痛みに集中力が途切れ、身にまとっていた炎が霧散する。 「よしっ!!」 ガストが吹き飛ばされた方向に向き直るドラップ。 アカツキは、ガストを倒せると確信した。 動きこそ素早いが、単純なパワーはドラップの方が圧倒的に上だ。 トウヤは冷静な眼差しで、地面に叩きつけられたガストを見ていた。 ガストはすぐに立ち上がると、傷みを振り払うように頭を左右に打ち振った。 クロスポイズンの片方で大きなダメージを受けながらも、その瞳に宿る闘志はまるで衰えない。 「さて……ガスト、鬱憤も溜まったやろ。存分に暴れてええで」 「……?」 何を言いたいのか分からず、アカツキは眉根を寄せた。 しかし、それだけの言葉でも、ガストは何を言われたのか理解したらしく、すぐに行動に打って出た。 再びドラップに接近し、周回する。 さっきと同じかと思った瞬間、まったく違った行動を取り始めた。 「ばうっ、ばうばうっ!!」 けたたましく咆えながら、ドラップに体当たりしたり噛み付いたりと、文字通り暴れ始めたのだ。 「えっ……!?」 いきなりのことに、アカツキは思考回路が麻痺してしまった。一瞬でも、表情に感情の色が差す。 トウヤが指示したのは『暴れる』という技だ。 一時的に理性の枷を取り外し、本能のまま暴れて相手を攻撃する技だ。 痛みや悲しみ、不安といった、あらゆる感情を一時的に封印することで、 通常は無意識のうちにセーブしているパワーまで引き出して攻撃する技ゆえ、その威力はすさまじい。 しかし、暴れ終わると理性を取り戻し、今までしてきたこととのギャップによって混乱してしまうが、それを差し引いても魅力的な技である。 恐れもせず、ただひたすらにドラップに攻撃し続けるガスト。 ドラップはガストの執念のような攻撃に一瞬たじろいだが、 「ごぉぉっ!!」 大きな声で咆えた。 驚いているアカツキに『指示を出せ』と言っているかのようだったが、その声がアカツキを我に返した。 防御を考えていないガストの攻撃は強力だが、今なら確実に攻撃を当てられる。 そう判断して、ドラップに指示を出す。 「クロスポイズン!!」 そう言われるのが分かっていたように、ドラップは素早く鉤爪に毒素を染み込ませると、 一心不乱に攻撃し続けているガストに必殺のクロスポイズンを繰り出す!! 攻撃のことしか考えていないガストがこれを避けられるはずもなく、左右にクロスする強烈な一撃がガストを捉え、吹き飛ばす。 そのまま真正面にあった木の幹に叩きつけられ、地面に落ちた。 「うっわ〜……やるなあ……」 強烈な一撃を受けて、ガストは戦闘不能に陥った。 目を回してぐったりしているガストを見て、トウヤは驚愕に目を見開いたが、すぐに表情を戻した。 「戻れ、ガスト」 もう戦えないと分かって、トウヤはガストをモンスターボールに戻した。 火炎車をクロスポイズンで強引に打ち払った際、ドラップに多少のダメージは与えられたようだが、 バトルの続行に関わるほどの大きなものではなかった。 ドラップを相手にするには、ガストはいささか力不足だったかもしれない。 もっとも、アカツキとドラップの呼吸がピタリと合っていなければ、もっと違った結果になっていただろう。 二人の呼吸がピタリと合致していたのを確かめられただけでも、トウヤとしては満足だった。 ポケモンとトレーナーの呼吸の合致。 それこそが、比類なき力を生み出すのだ。 「ドラップ!! やったぜ!!」 相手がガーディとはいえ、ピタリと呼吸を合わせて戦って、勝った。 それが分かったから、アカツキは跳び上がって喜んだ。 ドラップは振り返ると、笑顔で「ごぉぉっ!!」と嘶いた。 「ふむ……」 特訓を始めて二日目でここまでやるようになるとは思わなかったが、この調子で成長したら、どうなるだろう。 トウヤはそんなことを楽しみに思ったが、今はまだ特訓の最中だ。気を抜かせるようなことは言えない。 「ほな、次行くで?」 まだ戦えるポケモンが残っているのだ。 トウヤはモンスターボールを持ち替えると、新たなポケモンが入ったボールを軽く放り投げた。 閃光に包まれて飛び出してきたのは、薄い紫の殻の塊――に見えるポケモンだった。 「……? なに、それ?」 意味不明の物体が飛び出して、アカツキは首を傾げた。 これがポケモンだというのか? しかし、殻が中央から開いた。すると、黒真珠のような丸い顔が出てきた。 いかにも意地悪そうな笑みを浮かべている。 殻のあちこちには鋭いトゲが生えていて、触れるだけでダメージを受けそうだ。 初めて見るポケモンだったが、相手が誰であっても戦うことに変わりはない。 「ドラップ、お疲れさん!! ゆっくり休んでて!!」 アカツキはドラップをモンスターボールに戻すと、代わりに、 「リータ、出番だっ!!」 リータをボールから出した。 「チコっ!!」 やっと出番が来た♪ リータは大きな声で嘶いたが、これから戦う相手を見て、表情が凍りついた。 ――何、この物体。 アカツキと同じような考えで、トウヤのポケモンを見ていた。 二人して、どんなポケモンなのかと思っているのが分かったので、トウヤは説明してやった。 「ふふ〜ん、驚いたやろ? こいつはパルシェンゆうポケモンでな、防御はバカみたいに高いんや。リータで戦えるんかいな?」 トウヤの声に呼応するように、パルシェンの殻が閉じたり開いたりした。 手足がついておらず、陸上ではいかにも動きは鈍そうだが、防御力はルナにも勝り、全種類のポケモンの中でも五本の指に入る。 二枚貝ポケモン・パルシェン。 殻は非常に硬く、ナパーム弾ですら壊せないとさえ言われており、普段は閉じているが、攻撃する時は開く。 水と氷タイプを持ち合わせており、草タイプのリータからすると相性はいいのだが、逆に防御面では氷タイプの技を繰り出されると辛いところだ。 「水タイプ……みたいだよな」 二枚貝ということで、見た目から水タイプであることは想像できたのだが、やはり見た目からして硬そうである。 だが、付け入る隙はあるはずだ。 「よし、やろう!!」 こうなったらやるっきゃない。 「おう、どっからでも来いや!!」 アカツキの言葉にトウヤが応じる。 互いにこれが最後のポケモンである。勝つにしろ負けるにしろ、精一杯戦い抜くことに変わりはない。 アカツキはパルシェン――ニルド(ニックネーム)を指差すと、リータに指示を出した。 「リータ、葉っぱカッター!!」 まずは葉っぱカッターで相手の出方を窺う。 いかにも動きが鈍そうだったので、不意を突かれない限りは大丈夫だ。 根拠のない自信ではあったが、気持ちを支えられるのなら、そんなものでも構わない。 アカツキの強い意思を感じ取ってか、リータは頭上の葉っぱを渾身の力で打ち振った。 数枚の葉っぱが、回転しながらニルドに向かって飛んでいく!! 切れ味の鋭い葉っぱは、人の髪の毛や服程度なら軽く切り裂くだけの威力があるのだ。 いくら硬くても、少しくらいはダメージを与えられるはずだ。 しかし、そう簡単には行かなかった。 「ニルド、殻を閉じるんや」 トウヤの指示に、ニルドが殻を閉じる。 リータが放った葉っぱカッターは、ニルドの歪な形をした殻にぶつかったが、呆気なく弾かれてしまった。 「ええっ!? 硬すぎっ!!」 「チコっ……」 まさか、いきなり防がれてしまうとは思っていなかった。 アカツキはリータと共に思いきり驚いてしまったが、仕方のない話だった。 初対面のポケモンなのだ。知らないことは多い。 とはいえ、それでも戦わなければならないのだから、どうにかしてダメージを与える方法を考える必要がある。 殻をこじ開けなければ、中にある本体にまともなダメージを与えることはできないだろう。 いかにも硬そうな殻の中身は、大抵柔らかいものなのだ。 だが、それが難しいから困っている。 「リータが使えそうな技って言ったら……」 攻撃、防御とバランスの良い技の揃え方をしているリータだが、言い換えればそれは攻撃、 防御のどちらにも特化したとは言えず、悪い表現をすれば中途半端なものだった。 攻撃技として使える技は葉っぱカッターと体当たりくらいだ。 他は防御技の『シッポを振る』や『リフレクター』、あとは相手を眠らせる『草笛』程度なのだが…… 「あ、そうだ!!」 殻をこじ開けたり壊したりするのが難しいなら……と、あることを思いついた。 実行に移そうとした時だった。 ニルドの殻の周囲に生えていたトゲが、ばしゅんっ、という音と共に打ち上げられた。 まるでロケットか何かを思わせたが、トゲは次々と打ち上がっていく。 「な、なに……?」 一体何をしようとしているのか分からず、アカツキはリータに指示を出すことをすっかり忘れてしまった。 なぜなら、トウヤはニルドに指示を出していなかったからだ。 指示を出されなくても戦えるポケモンというのは確かにいるが、どうもニルドはそういったポケモンとは違ったらしい。 というのも、トウヤが困ったような顔でニルドを見つめていたから。 実は、ニルドはトウヤでさえ手に余るほどのポケモンで、なかなか言うことを聞いてくれないのだ。 それでもトウヤのトレーナーとしての実力は認めているし、単にふざけているだけだ。 不真面目とでも言えばいいのか、よほどのことがない限りはマジメに、トレーナーの指示に則って戦おうとしない。 そんなことをアカツキに話したところで仕方がないから、黙っているだけだ。 次々と打ち上がったトゲは、緩やかな放物線を描きながらリータ目がけて降り注いでくる!! 身体に生えているトゲを打ち上げて相手を攻撃する、トゲキャノンという技だ。 この技を使えば、殻を閉じた状態でも攻撃を仕掛けることができる。 鉄壁の防御を維持したままで攻撃するなど、端から見れば無敵もいいところだった。 しかし、アカツキはそんなことを考える暇も与えられず、対応に迫られた。 「リータ、避けて!!」 放物線を描いているとはいえ、トゲの軌道が急に変わるとは思えないから、リータでも十分に避けられるはずだ。 リータはアカツキの指示通り、次々と降り注ぐトゲから身を避わした。 だが、波状攻撃の最後だけは避けきれない。 着地したところに、斜め上から降ってくるトゲを見やり―― 「リフレクター!!」 避けきれないなら、防げばいい。 アカツキの指示に、リータは迅速に応えた。 頭上の葉っぱをピンとまっすぐ立てると、目の前に鮮やかなオレンジ色の壁が現れた。 物理攻撃の威力を軽減する技、リフレクターである。 ニルドが放った最後のトゲは、リータが生み出した壁にぶつかると、小さな音と共に弾け飛んだ。 同時に、壁が音もなく砕け散る。 「…………!!」 その様子を見て、アカツキは驚くしかなかった。 リフレクターは、物理攻撃の威力を『軽減する』のであって、決して無効化するわけではない。 ただ、壁の厚みや範囲を小さくすれば、その分強度が上がって、技の威力を軽減する度合いも上がるのだが、 トゲキャノン一発の威力が低くとも、無効化するほどの強度を生み出すのは至難の技だ。 リータはそれを難なく行ってしまったのである。 真剣な表情はしていた。 それなりに強い気持ちでリフレクターを展開したのだろうが、バトルについて素人のリータがそこまでの技量を持ち合わせているとは思えない。 これにはアカツキもトウヤも思わず驚いてしまったが、 「リータ、草笛っ!!」 そういうことは後で考えるとして、今はバトルを進めよう。 リータはお世辞にもタフとは言えない。見た限りだと、間違いなくニルドの方が体力的に優れている。 攻撃面での相性の良さを活かして、さっさと決着をつけたいところだった。 リータは頭上の葉っぱを寝かせると、口笛を鳴らした。 草を口に宛てて、笛のように吹く『草笛』に似た音が、周囲にじわりと広がっていく。 相手を眠らせる技、草笛。 この音に聞き入れば、特性によって眠りの状態異常を無効にするポケモン以外は確実に眠ってしまう。 そして、眠ってしまえば、殻を閉じるという、力の要ることなどできはしない。 眠っている時、生物は無防備であるが、それは余計な力がどこにも入っていないから。 ありのままの状態だからだ。 それなら、ニルドも無防備に本体をさらけ出すはず。 トウヤはニルドに何も指示を出さなかったが、出したところで素直に聞いてくれるはずがないと思ったからだ。 それに、ニルドが自身で考えたなりに戦っているのを見るのも悪くない、という考えもある。 草笛の音が広がっていく中、ニルドは殻を閉じていても、その音を完全に遮断することはできなかった。 殻を伝って、音が振動となって本体に伝わってくるのだ。 「…………っ」 心地良い草笛の音に、ニルドはあっという間に眠りに落ちた。 その証拠に、殻を開いて、本体を無防備にさらしている。 「よしっ!!」 今なら葉っぱカッターで大ダメージを与えられる。 確信して、アカツキの表情に輝きが戻った。 「リータ、葉っぱカッターだっ!!」 何やら気持ち良さそうな表情をしているニルドの本体を指差して、リータに指示を出す。 「チコリーっ!!」 リータは渾身の力で葉っぱカッターを放った!! 殻を閉じていないのだから、避けられるはずがない。 回転しながら飛んでいく鋭い葉っぱは、吸い込まれるようにニルドに迫り、無防備な本体を直撃した!! 「……っ!!」 ダメージを与えられた。 しかし、その衝撃でニルドが目を覚ましてしまったのだ。 元々深い眠りに落ちていたわけではなかったし、リータの草笛は未完成で、そう長い間相手を眠らせることができないのだ。 「…………」 ニルドは目を開くと、不機嫌極まりない表情でリータを睨み付けた。 怒っているというのが傍目から見て分かるほどだった。 「リータ、葉っぱカッター連発だ!! 一気に倒しちゃえ!!」 この状態なら防御を忘れて攻撃してくるに違いないと思い、アカツキはリータに一気に畳み掛けるように指示を出したのだが、 その直後、ニルドがすさまじい技を繰り出してきた。 殻に生えたトゲをすべて一気に打ち上げると、冷凍ビームを真下から発射し、打ち上げたトゲに直撃させる。 凍りついたトゲが、一斉に広範囲に降り注いだ!! 「げっ!! リータ、リフレクターで防ぐんだ!!」 無差別爆撃という様相すら呈している光景に、アカツキは攻撃を撤回し、防御するよう指示を出した。 氷をまとって数倍の大きさに膨れ上がったトゲは、地面に落ちると破裂して、周囲に氷の飛礫を撒き散らした!! それはさながら、破裂する雨。 トウヤが『バーストレイン』と名付けた、強力な氷タイプの技だ。 リータは無数に降り注ぐトゲを見上げながら、慌ててリフレクターを展開したのだが、 氷をまとったことで強度まで強化されたトゲはその防御を容易く突き破り、リータを直撃した!! 「チコっ……!!」 直撃するだけに留まらず、衝撃によって氷が砕けて、飛礫がさらにリータを打ち据える!! まるで、二重攻撃(ダブルアタック)。 一つの技で相手に複数回攻撃する恐ろしい技だ。 一発目でさえ強烈だというのに、リータが苦手とする氷の飛礫をぶちまけたのだ。 「リータっ!!」 無数に降り注ぐ氷のトゲは、倒れこもうとするリータを次々と直撃して、氷の飛礫を撒き散らす。 強力な技を立て続けに食らい、リータはその場に倒れると、ぐったりしてしまった。 「戻って!!」 このままでは降り注ぐトゲの餌食になる。 そう思い、アカツキはリータをモンスターボールに戻した。 その後も、ニルドが放った『バーストレイン』はしばらく降り注いでは、氷の飛礫を撒き散らし続けた。 それが一段落したところで、 「ニルド、好き勝手やって満足できたやろ。そろそろ戻ってな」 トウヤもニルドをモンスターボールに戻した。 アカツキの手持ちが尽きた以上、特訓を続けることはできない。 もっとも、アカツキ自身は特訓などしなくても問題ない。 「とりあえず、こんなモンやな」 小さく息をつき、ニルドのボールを腰に差す。 「はあ……」 対照的に、アカツキは大きなため息を漏らし、その場に座り込んだ。 一気に緊張から解放されて、力が抜けてしまったようである。 「あかんなあ、ため息なんて漏らしてちゃ……」 トウヤは苦笑混じりに言いながら、アカツキの傍まで歩いていった。 「まだ朝は早いんやで? ポケモンの体力回復させたら、またやるんやから。朝っぱらからそんなことじゃ、強くなれへんで?」 「うーん……分かってるんだけどさ」 この程度で一日の特訓が終わるはずはない。 それはアカツキだって分かっているし、そもそも終わらせるつもりはない。 ポケモンにだって休息は必要だから、体力を回復させた後で、いろいろと休ませてから、特訓を続行させるつもりだ。 ただ…… アカツキはトウヤを見上げた。 困ったような顔で、どこか照れくさそうな笑みなど浮かべながら、 「腹減ったんだよ〜。朝からいろんなこと考えてっと、やっぱ腹減るんだよなあ……」 「せやったら、ポケモンセンターに戻ろか。 俺もお腹空いてたとこやねん。ぎょーさん食べて、体力つけなあかんで」 「もちろん!!」 まだまだ特訓続行。 『この程度で音を上げるとはだらしない。そのフ抜けた根性、鍛えなおしてくれるわっ!!』 ……などと言われたらどうしようと思っていたのだが、トウヤはあいにくとそこまで厳しい少年ではなかった。 彼自身も腹を空かせていたのだから、朝食を摂らないわけにもいかないではないか。 アカツキがため息など漏らしていたのは、空腹に耐えかねたからだ。 成長期ということもあって、とにかく腹が減る。 たくさん食べても太らないのは、身体を成長させるエネルギーとしてカロリーを消費するからだ。 「じゃ、早く戻ろう!! オレ、腹減って死にそうだよ〜」 「そやな。ぎょーさん食べて、これからも頑張らなあかんで」 「うんっ!!」 特訓も一区切りついたところで、アカツキとトウヤはポケモンセンターに戻ることにした。 朝起きて、顔を洗った後、朝食も摂らずに特訓に打ち込んでいたのだ。 朝から頭を使って、緊張して、腹が減らないはずがない。 「何食べようかな……」 和食から洋食、中華まで揃っているポケモンセンターの食事は、アカツキにとってこの上なく魅力的だった。 ポケモンセンターに戻る道すがら、何を食べようかと迷ってしまうほどだ。 「ま、いいや」 ジムリーダーに勝ってリーグバッジを手に入れるまでは、この街のポケモンセンターに世話になるつもりだから、そう迷うこともないだろう。 いっそ、バイキング形式のメニューを制覇するのも悪くない。 空腹を感じていながらも、アカツキの頭の中にはめくるめく料理ワールドが広がっていた。 言うまでもなく、足取りはとても軽かった。 To Be Continued...