シャイニング・ブレイブ 第5章 黒い影 -The power of the dark-(前編) Side 1 ――レイクタウンを旅立って13日目。 「お待たせ♪」 ポケモンセンターのロビーの長椅子にゆったりと腰を下ろし、窓の外の景色に目を向けていたアカツキの背中に、少女の陽気な声がぶつかる。 アカツキはゆっくりと振り返り、席を立った。 「おはよう、ミライ」 「おはよう、アカツキ」 目の前に立つ少女と挨拶を交わす。 旅支度を整えたミライは、心なしか、出会ったばかりの頃と比べて、少し凛々しく見えた。 十日ほどが経つが、その間にミライはミライなりにいろいろと考えて、変わろうと努力したのだろう。 その結晶が、昨日の直談判だったのではないか……なんとなくだが、そんなことを思った。 ノースリーブの服に、白いニット帽。 今回はポケモンを連れてきているのか、腰にはモンスターボールが一つ。 ブリーダー志望のミライはポケモンバトルが苦手で、ポケモンをゲットしたことがないのだそうだ。 「準備はオッケー?」 「うん。オッケーだよ」 アカツキの問いに、ミライは笑顔で頷いた。 本格的に旅立つにあたって、いろいろと不安はあったのだろうが、とうに吹っ切ったのだろう。 どこか控えめでおどおどしている印象の強い少女だっただけに、満面の笑顔が不安を吹っ切った証なのだと思えてならない。 本当は、アカツキはミライを連れていくことに反対だった。 口が裂けても言えないが、足手まといだと思ったし、他人を危険に巻き込むようなことはできない。 しかし、彼女の真剣な直談判によって、父親でありジムリーダーでもあるヒビキが心を動かされ、彼女を連れて行ってほしいと言い出した。 ミライが伊達や酔狂で『一緒に行く』と言い出したわけではないと分かったから、結局は首を縦に振ってしまったのだが…… 「でも、ミライも変わったなあ……」 出会った頃は、笑顔なんてあまり考えられないような印象しかなかったのだ。 それなのに、今はニコニコ笑顔。 何か楽しいことでもあるかと思って訊ねようとしたが、聞くだけヤボだろう。 しみじみと物思いに耽っているアカツキを余所に、ミライは周囲に視線をめぐらせると、 「ねえ。トウヤさんはどこ? 一緒なんでしょ?」 「うん。部屋に忘れ物したって言ってた。すぐ来るよ」 「そう……それならいいんだけど」 アカツキの答えに、肩をすくめた。 もう一人の同行者であるトウヤは、部屋に忘れ物をしたので、取りに戻っている。 忘れ物をするほど荷物があるわけではないのだろうが、細かいところは詮索しなかった。 「誰かと一緒に旅するなんて思わなかったなあ……」 アカツキは肩越しに窓の外に広がる森の風景を見やりながら、胸中でポツリとつぶやいた。 正直、ずっと大切な仲間たちと旅をするのだと思っていたのだ。 予期せぬ事態が発生したとはいえ、同行者が加わるなど予想もしなかった。増してや、旅に出てから知り合った相手だ。 「でも、トウヤがいてくれなきゃ、ドラップを守れるかどうかも分からないし……しょうがないんだよな」 初めて自力でゲットしたポケモン――ドラピオンのドラップを、ソフィア団の魔手から守るためには仕方がなかった。 自分一人の力ではとても守り抜けない。 それが分かっているから、トウヤにも一緒に来てもらうことにしたのだ。 一方、ポケモントレーナーとしての実力にまったく期待できないミライについては、バックアップ的な意味合いが強かったのかもしれない。 ポケモンブリーダーを目指しているだけあって、ブリーディングの知識についてはかなり詳しいところまで知っていて、 アカツキが気づかないような些細なところまで気にかけてくれそうだ。 「…………」 これからどうなるかはよく分からないが、自分にできることをやっていくしかない。 先が見えなくて不安になることもあるが、不安がってばかりいても先には進めない。 改めて決意を固めていると、ミライに声をかけられた。 「ねえ、アカツキってリーフバッジをゲットしたんだよね?」 「うん。そうだけど。どうかした?」 振り向きながら答えると、ミライは笑みを深めて頷き返してきた。 「パパに勝つなんてすごいよ。やっぱり、アカツキだったらやるんじゃないかって思ってたんだ」 「そうかなあ……ありがとう」 彼女の笑みに釣られるような形で、アカツキも口元にニコッと笑みを浮かべ、腰に差したモンスターボールに手を触れた。 「ドラップが頑張ってくれたからだよ。 そりゃあ、オレやネイトやリータだって一生懸命頑張ったけど、やっぱりドラップが一番頑張ってくれたんだ」 それが素直な気持ちだった。 リベンジマッチで出したのはドラップであり、彼が死力を尽くして戦ってくれたからこそ、リーフバッジをゲットすることができたのだ。 無論、アカツキ自身も努力してきたが、自分の努力よりもポケモンたちの努力の方が上だと思っているから、 そうやって素直にポケモンの頑張りを褒め称えることができる。 ポケモンを立てるというのも、トレーナーにとって必要なことだ。 「だけど、トウヤがいろいろ教えてくれなかったら、たぶんリーフバッジをゲットできなかったと思うよ」 「それはそうかもね。 あの人、なんでだか分からないけどパパの知り合いで、すごく強いトレーナーなんだよ。 普段はあんまりそんな風には見えないんだけどね」 「そうだよな……でも、すごく頼もしいよ。 いろいろと教えてくれてるから、余計そう思えるのかもしれないけどなっ」 「うん」 結局、一番大きいのは、トウヤという師匠がいることだろう。 特訓の相手を務めてくれたが、それだけでもすごく助かったし、トレーナーの技量を引き上げるのに一役も二役も買った。 「……あ、来た!!」 彼がいてくれれば心強い。 なんて、ウワサをすれば何とやらという言葉がピタリと合うように、トウヤが廊下から小走りに駆けてきた。 「すまんすまん。待たせてしもうたなあ」 なんて言いながらも、顔は笑っている。 愛想笑いなどではなく、本当に笑っているようだった。 「忘れ物って、何を忘れたの?」 遅れてきた罰だと言わんばかりに、ミライが訊ねる。 一瞬、トウヤはドキッとしたような表情を見せたが、すぐに何事もなかったように、 「どうでもええこっちゃ。思い出したくもない……」 「……?」 トウヤの言葉に、アカツキは人に見られては困るようなモノでも忘れたのだろうと思った。 誰にでも人に秘密にしておきたいものはある。 それを無理に穿り返そうとか、暴き立てようとかいう趣味はない。 アカツキが謙虚な気持ちを抱いているのとは対照的に、ミライはどこか興味津々といった様子だった。 教えてと言わんばかりの視線を浴びながらも、トウヤは決して口を割らなかった。 本当に思い出したくないような忘れ物だったのだ。 いつまでもこんなことに固執していては先に進まないと、無理やりに話題をすり替えた。 「そういや、ミライのポケモンってどんなん? 一緒に旅するんやから、顔くらい知らんと良うないやろ。ついでやし、ここで見せたってな」 「わたしのポケモン? ああ、パチリスのこと?」 「パチリス?」 「うん。パチリスっていうポケモンなんだよ。そういえば、アカツキはとは会ってなかったよね。 あの時は家に置いてきてたからね……」 眉根を寄せ、首を傾げるアカツキに、ミライは困ったように笑いかけた。 今の今まで会わせていなかったのを思い出したのだ。 「一緒に旅するんだもん。顔くらい知らなきゃダメだよね」 「そやそや。その通りや」 ミライが乗ってきたのを見て、トウヤはここぞとばかりに煽り立てた。 思い出したくない忘れ物から注意をそらすためなら、どんなことだってできそうな気がした。 「じゃあ、パチリス。出ておいで」 ミライは腰のモンスターボールを手に取ると、頭上に軽く放り投げた。 すると、ボールの口が開いて、中からポケモンが飛び出してきた。 ミライの足元に飛び出してきたポケモンは、リスを大きくしたような外見だった。 「パチ〜っ♪」 甲高い声で嘶くと、目の前でしゃがみ込んできたアカツキを不思議そうな目で見上げた。 「へぇ、かわいいなあ……パチリスっていうんだ……」 初めて見るポケモンだが、愛嬌があってとても可愛らしい。 純白という表現が似合うほど白みの強い身体をしているが、耳とシッポの一部がストライプのように鮮やかな青に塗られている。 もちろん、塗ったものではないのだろうが、青のラインが一直線になっているので、元々のものではないのではないかと思わせる。 頬には黄色い電気袋があって、体内に溜まった電気を放出することができるらしい。 そこのところは、ここ数年、インターネットのランキングで一位をキープしているピカチュウと同じだから、すぐに分かった。 「かわいいでしょ? でも、あんまり気安く触られると、ビックリして10万ボルトとか放つから、気をつけてね」 「見た目によらないんだなあ……なんかすげえ」 アカツキがちょっかいを出そうとしているのを見て取って、ミライがそんなことを言った。 ウチの可愛いポケモンに手を出すなという意味の脅しなどではなく、 本当に気安く触れられると、驚いて電気技を放ってしまうことがあるのだ。 パチリスはでんきりすポケモンという分類をされていて、呼び名どおり、電気タイプの持ち主だ。 10万ボルトやスピードスターなど、可愛らしい見た目とは裏腹に、実戦向きの技を多く覚えるが、 バトルが苦手なミライがそれらの技を使わせるようなことはほとんどないし、使わせたことだって数える程度しかない。 「パチリスか。なかなか毛並みがええなあ……ポケモンフーズとかも、結構工夫しとるんやろ。 モモンの実とか、オボンの実とかの粉末入れたりしとるみたいやな」 「え、分かる!?」 パチリスの毛並みがいいのを見て取ってトウヤが言うと、ミライはパッと表情を輝かせた。 ポケモンフーズに天然の木の実の粉末を混ぜたりして、パチリスが美味しく楽しく食べられるように工夫をしてきたのだが…… 話さなくてもそれを理解してくれるというのは、ミライにとって感動的なことだったのだ。 「まあな。俺も少しはかじっとるからな……」 「う〜ん、さすがトウヤさん。話が分かる〜♪」 「…………」 本当にうれしそうに言うものだから、トウヤはむしろ戸惑いを隠しきれなかった。 一瞬、パチリスと戯れている誰かに似ているような気が……そう思ったが、それは間違いではなさそうだった。 ミライはアカツキの影響を受けて、積極的な性格になっている。 前々からヒビキとは知り合いだったし、ミライのこともいろいろと話を聞いてきた。控えめだと聞かされたが、とんでもない。 アカツキには及ばないだろうが、それなりに積極的ではないか。 話が違うと、胸中でヒビキに愚痴ってしまいたくなるほどだ。 控えめならアカツキと二人まとめて御しやすいと思っていたが、とんでもない。逆に猛然と噛みついてくるだろう。 とんだ子守を引き受けてしまったとグチグチ愚痴っていると、 「なんか、身体がサラサラしてるよな〜。フワフワしてて気持ちいい〜」 「……?」 アカツキがパチリスの身体を撫で回しながらそんなことを言った。 気になって視線を向けたミライは、ハッと息を飲んで身体を強張らせた。 「あ、ちょっと……」 パチリスは知らない人に気安く触れられると、10万ボルトやスピードスターを放って相手を追い払おうとすることがあるのだ。 驚かされるのに弱いというのは、トレーナーに似ているところだろう。 しかし…… 「パチ〜♪」 パチリスは初対面の相手に身体を撫で回されても気を悪くするでもなく、むしろ喜んでいるようだった。 身体より大きなシッポを左右にリズミカルに振って、楽しそうな顔を見せている。 「え、ウソっ……!!」 10万ボルトを放って追い払うどころか、逆にアカツキを受け入れてしまっているではないか。 何年も一緒に過ごしてきたからこそ、知らない相手を容易く受け入れているパチリスの姿に驚いてしまった。 「なんか、すっごくかわいいなあ……パチリスってずっとミライと一緒にいたんだよな〜。なんか、よく似てる」 「パチ〜♪」 増してや、アカツキはパチリスと笑顔で言葉を交わしているのだ。 人間の言葉とポケモンの言葉はまるで違う。 翻訳機など作れないほどに厚い壁に阻まれているのだが、 アカツキはポケモンの言葉を理解しているのではなく、雰囲気や表情から気持ちを読み取っているのだろう。 ポケモンと心を通わせる天才と言えるのかもしれない。 「パチリス……あなた…… でも、アカツキってそういえば……」 自分と一緒に過ごしてきたポケモンだからこそ、そう容易く他人になびいたりはしないということも分かっている。 だが、今までのことを思い返してみれば、パチリスがアカツキに懐いてしまうのも分からない話ではない。 「そういえば、リータともすぐに仲良くなったんだもんね」 今はモンスターボールの中でのんびりくつろいでいるが、フォレスの森で出会ったチコリータ――リータとあっという間に仲良くなった。 それだけならまだしも、強く慕われて一緒について行きたいとまで思われたのだから、恐ろしいものだ。 「でも、一緒に旅をするんだし、仲良くなってもらった方がいいよね。 10万ボルトとか飛び出さないのはすごいことだけど……」 リータとあっという間に仲良くなったのを見て、驚愕したものだ。 だが、今はアカツキのそんな素質が頼もしく思えてならない。 「へぇ〜、やるやんけ。そんな簡単に仲良くなるなんてなぁ……」 アカツキがパチリスと笑顔で触れ合っているのを見て、さすがのトウヤも脱帽した。 リータやドラップと心を通わせた時のことをあまり知らない彼からすれば、 アカツキが初対面のポケモンとあっという間に意気投合しているのは信じられないことだった。 「なあ、ミライ。他にはポケモンいないのか?」 「え……いないけど……でも、旅の途中でできればゲットしたいな……」 「そっか。楽しみだなっ」 「う、うん……」 自分のことでもないのに、どうしてそこまで笑顔で話せるのだろう。 アカツキの底抜けな陽気さに驚くしかない。 だが、なぜだろう? その陽気さがとても明るく、まぶしく……それでいて、暖かい。 「それじゃあ、パチリス。戻っててね」 ミライはパチリスをモンスターボールに戻した。 いつまでも外に出しておくと、好き勝手に走り回りかねない。 驚かされると10万ボルトを放つクセに、好奇心だけはむやみやたらと旺盛なのだ。 だから、フォレスの森には連れて行かなかった。広い森で迷子になられると困るから。 しかし、これから旅に出るのだから、そうは言っていられない。 少しずつでも、慣れていかなければならないだろう。 パチリスが目の前からいなくなって、アカツキはゆっくりと立ち上がり、脱帽しっぱなしのトウヤに振り向いた。 「そういや、トウヤのポケモンってルナとガストとニルドだっけ? 他にはいないの?」 「あ……おらへん。あんまポケモンとかゲットしてもなあ……ちゃんと育てられへんから」 「そうなんだ……」 トウヤのポケモンとも仲良くなりたいと思ったのだが、先に挙げた三体のポケモンとはすでに仲良くなっているため、 他のポケモンはいないのかと思ったのだが、いないようだった。 残念に思って肩をすくめたが、ポジティブシンキングが身上のアカツキは、その程度でへこたれはしなかった。 それどころか、 「オレがもっとたくさんポケモンをゲットしてけばいいんだよな♪ よし、そうしよう!!」 なんてはしゃぎ出す始末。 周囲のトレーナーが何事かと思って振り向いてきたが、当人はそういった視線を気にしていなかった。 むしろ、トウヤとミライの方が戸惑ったほどだ。 「ま、ええねんけど……」 そういった明るい性格がアカツキ『らしさ』なのだし、一緒にいるのも悪くない。 胸中でため息混じりにつぶやく。 アカツキがはしゃぎ終えるのを待って、トウヤは口を開いた。 「ほな、そろそろ行くで〜。 おまえ、ネイゼルカップに出るんやろ? せやったら、ちゃっちゃとリーグバッジをゲットせなあかんからな。のんびりしとる時間なんてありゃせえへん。そ〜やろ?」 「そうだな。そろそろ行くか」 「うん」 関西弁全開のセリフではあったが、アカツキとミライは辛うじて理解できた。 危うく旅をしている目的を忘れそうになったが、ネイゼルカップ出場が当面の目標なのだ。 「兄ちゃんやカイトとも約束したもんな。オレだけ出られないってのも嫌だし、頑張らなきゃいけないんだよな」 闘志を奮い立たせ、やる気をみなぎらせた。 「それじゃ、行こう!!」 「おう」 「うん!!」 アカツキの言葉に、トウヤとミライは大きく頷いた。 満足げにアカツキは微笑んで、歩き出した。 こうして、三人の旅が始まったのだった。 Side 2 ――レイクタウンを旅立って15日目。 ……というよりも。 「もう戻ってくるなんて思わなかったなあ……」 目の前に広がる長閑な風景に、アカツキは困ったような笑みを浮かべながら、ポツリとつぶやいた。 対照的に、ミライは目の前に広がる長閑な風景に「わぁ……」と感嘆のつぶやきを漏らしていた。 「ここがレイクタウンなんやな〜。いや〜、久しぶりやわ〜」 二人の間に立つトウヤが、懐かしむように言う。 というのも、アカツキたちがたどり着いたのはレイクタウンだったのだ。 この街が生まれ故郷のアカツキからすれば、たかだか半月で戻ってくることになるとは思わなかったというのが正直なところだし、 フォレスの森からほとんど外に出たことのないミライにとっては、話に聞くレイクタウンの風景に思わずウットリしてしまうところだ。 どちらでもないトウヤは、以前に立ち寄った時とまるで変わっていないのを見て安心してしまう。 三者三様の反応を一通り堪能したところで、 「レイクタウンがアカツキの故郷なんだよね?」 いち早く感動から戻ったミライが、アカツキに顔を向けて訊ねた。 「うん。そうだよ」 アカツキは頷きながらも、レイクタウンの街並みから視線を外すことはなかった。 こんなに早く戻ってくるとは思わなかったが、よく考えてみれば、ネイゼル地方の街というのは、 レイクタウンの四方にあって、いずれの街とも道でつながっているのだ。 他の街へ行こうと思えば、意図して道を踏み外さない限りはレイクタウンに立ち寄ることになる。 いわゆる中継地点のようなもので、アカツキも『通るだけ』と思っていたが、いざ故郷の長閑な街並みを見て、心を揺さぶられた。 やはり、ここが自分の生まれ故郷で、気持ちが一番落ち着く場所なのだと思い知らされる。 離れてこそ故郷の大きさや暖かさを知るものなのだ。 半月程度で変わるはずもないが、だからこそここが故郷なのだと改めて感じていると、 トウヤが朗らかな笑みなど浮かべながらアカツキの肩に手を置いた。 「せやったら、おまえの家にでも寄って、ご馳走でも食わしてもらおうか」 「え……それはダメ!!」 突然の訪問宣言に、アカツキは驚きをあらわにして飛び退くと、すぐさま猛反対した。 「なんで〜?」 「だって、こんなに早く戻るつもりなんてなかったんだよ!! オオミエ切って出てったんだから、四つのバッジをゲットするまでは家に帰らないって決めてんの!! 悪いっ!?」 「あー、そっか……悪ぃ悪ぃ。そんなつもりやなかったんや。堪忍な」 まさかここまで反発してくるとは思わなかったので、さすがのトウヤもたじろいだ。 四つのバッジをゲットし、ネイゼルカップ出場の資格を得るまでは帰らない……なかなか立派な心がけではないか。 この分だと、家がどこか訊ねても教えてはくれないだろうし、アカツキ自身が帰ろうとは思っていないのだから、 友達ですという理由で寄ってみるのも無理があるだろう。 フォレスタウンからこの街にたどり着くまでの二日間は野宿で、お世辞にも美味いと言えるようなモノを食べていなかっただけに、 ここいらでポケモンセンターとは違う美味しい料理を堪能したかったのだが……さすがにそう簡単には行かなかった。 今晩もポケモンセンターのバイキングを楽しむことになりそうだ。 もっとも、ミライはアカツキが家に帰りたがっていないのを尊重して、何も言わなかった。 トウヤのように気楽な性格ではないから、からかったりすることもないのだろう。 「じゃあ、今日はポケモンセンターに泊まって、明日からアイシアタウン目指して頑張るんだね?」 「うん、そうする」 ミライの言葉にアカツキは大きく頷いた。 次の目的地はアイシアタウン。 レイクタウンの北にある街で、徒歩では五日近くかかり、途中からはあまり舗装されていない山道を行かなければならない。 アカツキは視線を北に向けた。 頂に雪を冠した山脈地帯が広がっていて、その中腹にアイシアタウンがある。 ここからではその街並みは見えないが、リゾートタウンとして有名なのだ。 アイシアタウンにあるアイシアジムに挑戦する。 それがアカツキの次の目的だ。 だが、今からアイシアタウンに向かったところで、野宿を強いられるだけだ。 今晩はこの街のポケモンセンターでゆっくり休んで、英気を養いたいところ。 「せやったら、さっさとポケモンセンター行こか」 「うん」 「ちゃんとお風呂したいなあ……」 ミライは年頃の女の子らしく、野宿でちゃんと風呂に入れなかったことを気にしているようだった。 とはいえ、ネイトやニルドの水鉄砲のシャワーで身体を洗ったりはしてきた。 それでは不十分だと思っているのだろう。 一応、水鉄砲とは言っても真水ではないわけだし。 「ホント、ちょっと離れてただけなのに、なんだか何年も離れてたような気がするなあ……」 イーストゲートをくぐって街に入り、メインストリートを西へと向かいながら、アカツキはため息混じりにつぶやいた。 たかだか半月とはいえ、その間にいろいろなことがあったから、長い間……という風に思ってしまったのだろう。 半月で、リータとドラップというかけがえのない仲間に二人も会えて、心を通わせ合うことができた。 今まで頑張ってきた以上の収穫を思い返し、思わず表情が緩む。 「なんだか、アカツキってばご機嫌だね。やっぱり、故郷って特別なんだもんね」 「そりゃ当たり前だよ」 アカツキがニヤついているのを見て、ミライが笑顔で話しかけてきた。 トウヤは何やら考え込んでいるようだし、話しかけづらかっただけかもしれない。 「レイクタウンって、結構大きな街だって聞いてたけど、そうでもないんだね」 「広さなら結構大きいんだよ。後でいろいろと案内してやるよ。いろいろとやりたいこととかもあるし」 「うん。お願い」 「トウヤはどうする? ポケモンセンターでのんびりしてる?」 ミライは話しかけなかったが、アカツキは気にするでもなく、あっさりと話しかけた。 「んん?」 深く何かを考えていたのか、トウヤはあまり聞こえていなかった。 「何やて?」 「ポケモンセンターで部屋取ったら、ちょっと出かけようかなって思ってるんだけど、トウヤはどうするのかと思って」 「そうやなあ……」 トウヤはアカツキの問いにしばらくは黙っていたが、緩やかな右カーブを描く道の先に、 ポケモンセンターらしき建物が見えてきたところで、小さく息をつきながら答えた。 「俺はゆっくりするわ。おまえらで好きにしい」 「そっか……分かったよ」 残念だが、のんびりすると言うなら、それを止める理由はない。 トウヤにだっていろいろとやりたいことがあるのだろうから、邪魔してはいけない。 やがてメインストリートは階段坂に差しかかる。 左手に、一段一段の幅がずいぶんと長い階段のような上り坂が広がる。 「なんか、おもしろいね」 「うん。階段坂って言うんだよ」 フォレスタウンでは見かけなかった自然の階段に、ミライは好奇心を刺激されたのか、あれこれとアカツキに質問を投げかけた。 アカツキは嫌がることなく、むしろ誇らしげに胸を張って、彼女の質問に答えていた。 階段坂を上りきった先にある高台には、かつてこの街を洪水の危機から救ったラグラージの像が建っているとか、 ネイゼルスタジアムで繰り広げられる、手に汗握るネイゼルカップのバトルとか。 いずれもミライにとっては垂涎モノの話だったので、彼女は飽きることなく、相槌など打ちながら聞き入っていた。 そんな中、トウヤは一人、考えをめぐらせていた。 彼が何を考えているのかなど分かるはずもないが、ただ一つ言えるのは、 彼はアカツキやミライと違って、いろんなことを見て、聞いて、知っているということ。 それだけ考えが深いところに及ぶのだ。 「アカツキって物知りなんだね」 そんなことなど露知らず、二人の会話は北の高台に続く緩やかな坂道に差しかかっても続いていた。 「生まれ育った街のことだし、これくらいは当然だよ」 アカツキは鼻を鳴らした。 褒められて悪い気はしないといったところだろう。 それに、何気にうれしい。 レイクタウン出身者からすれば当たり前なことでも、他の街の出身者にとっては未知の領域なのだ。 「じゃあ、後ですっごいトコに案内してやるよ。ポケモンがたくさんいる場所なんだよ」 「うわ〜、すごく楽しみ♪」 アカツキはポケモンセンターで一晩の部屋を取った後、ミライを連れてキサラギ博士の研究所に行こうと思っている。 今はまだポケモンを預かってもらうことはないが、手持ちが六体を越えたら、預かってもらうことになる。 それに、自分が頑張ってるんだってことも知ってもらいたい。 もしかしたら、カイトかキョウコか、顔見知りもいるかもしれないし。 そんなことを思っているうちに、ポケモンセンターに到着した。 自動ドアを抜けてロビーに出ると、アカツキは一目散にカウンターに駆け寄った。 「ジョーイさん!! 久しぶり〜っ♪」 今日は空いているらしく、ロビーにトレーナーの姿がほとんど見られないので、 アカツキは声を大にしてパソコンに向かっているジョーイに話しかけた。 耳に馴染んだ声に、ジョーイが顔を上げる。職業病の笑みが柔らかくなった。 「あら……本当に久しぶりねえ。 旅に出たってユウナさんから聞いたけど、元気そうで何よりだわ」 「うん、ありがとう。 それで、今晩泊まりたいんだけど、部屋空いてる?」 「空いてるけど、家には帰らないの? ユウナさん、心配してるわよ?」 久しぶりに訪れた少年相手に、話に花が咲くかと思いきや、 ポケモンセンターに泊まるくらいなら家に帰って母親に元気な顔を見せてあげなさいと暗に言われてしまった。 アカツキはほんの少しだけ後ろめたい気持ちになったが、キッパリと言った。 四つのバッジを集めるまでは、絶対に家には帰らないと。 「うーん。まだ帰らないって決めてるんだ。それに、一緒に旅してる人もいるし」 「ども〜」 「こんにちは」 アカツキの言葉に合わせるように、トウヤとミライが左右から顔を覗かせた。 一緒に旅をしている人がいるから、自分の家では手狭になると思ったのだろう……ジョーイはアカツキの配慮に苦笑した。 明るく陽気なだけの少年ではないことを、彼女はよく知っている。 他人への気配りもちゃんとできるのだ。 今回は、その気配りに免じて、おとなしく引き下がろう。 「空いているわよ。三人用の部屋だったら、北側の見晴らしのいいところが空いてるけど、そこでいいかしら?」 「うん。お願いします♪」 「はい、かしこまりました」 ジョーイはパソコンに宿泊データを入力すると、三人分のカードキーを発行し、それぞれに手渡した。 「場所は、二階の北側になります」 「おおきに〜」 「ごゆっくりどうぞ」 トウヤに笑みを返し、ジョーイは仕事に打ち込んだ。 カウンターの裏に山のように積まれた書類の処理が大変そうなので、 アカツキたちはこれ以上彼女の邪魔をしないよう、カードキーに記された部屋へと向かった。 カウンターの脇にある階段を昇り、二階に出る。 勝手知ったるなんとか、という言葉が似合うほど、アカツキはポケモンセンターの構造を熟知していた。 ジョーイがアカツキのために取ってくれた部屋は、北に延びる廊下の突き当たりにある。 当然、迷うことなくたどり着き、室内に足を踏み入れると…… 「わーっ、すっご〜い!!」 ミライが黄色い声など上げながら、北に面した窓際に駆け寄った。 大きめの窓の向こうには、緑豊かな草原が辺り一面に広がっていた。その向こうには、アイシアタウンへと続くノースロード。 さらには、アイシア山脈を遥かに望む絶景だ。 フォレスタウンにいたままでは、テレビや写真以外で絶対に見ることなどできない絶景に、ミライは心が洗われるような心地だった。 もっとも、アカツキもトウヤも彼女ほど極端な反応は示さなかった。 確かに絶景ではあるが、アカツキは見慣れたものだったし、トウヤに限っては、生まれ育った街と比べるとやや見劣りする感じがしたからだ。 「ほな、のんびりさせてもらうで」 トウヤは部屋の右側に位置するベッドに荷物を投げ出すと、ダイビングするように倒れ込んだ。 シーツの柔らかさと、洗い立ての清々しい香りにくすぐられ、そのまま眠ってしまいたくなる。 部屋は三人用だけあってかなり広く、真ん中にテーブルがあって、左側に一つ、右側に二つのベッドが設けられている。 アカツキは右の奥側に位置するベッドに荷物を降ろした。 「キレイだろ?」 「うん。すっごい……」 トウヤが何やらのんびりモードに入ったのを肌で感じて、ミライの相手をすることにした。 窓際に歩いていき、草原地帯の左手に位置する建物を指差した。 「ほら、あそこにポツンと建物があるだろ。そこに連れてってやるよ」 「あれって……牧場か何かなの? 柵みたいなので囲ってるよ」 「まあ、似たようなモンかな……」 アカツキは曖昧に答えたのだが、もちろん違う。 そこの住人が聞けば『牧場じゃな〜いっ!!』と、さぞ憤慨するだろうが、あいにくと彼女たちはこの会話を聞いていない。 「んじゃ、行ってみるか」 「うん!!」 ミライが行きたがっているのが表情でよく分かったので、アカツキは彼女を誘って、キサラギ研究所へと向かった。 「トウヤ。夕飯までには帰ってくるから。心配しなくていいよ」 「おう、分かった。気ぃつけや〜」 「うん」 故郷の街にいるのだから、そう心配することもないのだろうが、今のアカツキは……正確にはドラップだが、ソフィア団に狙われている身だ。 街中にいれば、相手もそうそう手を出してくることなどできないだろうと思ったから、トウヤも多くを言わずアカツキたちを送り出した。 バタンと乱暴に扉が閉められ、ドタバタした足音が遠のいていったのを確認して、身を起こす。 「ホンマ、嫌な役や……」 荷物から携帯電話を取り出しながら、愚痴る。 折りたたみ式の赤い携帯を開いて、着信履歴を確認してみるが、ここ一月ほどは一件もなかった。 もっとも、かかってくる相手など数人しか心当たりがないし、そのいずれもがロクでもない用事で電話をかけてくる連中ばかり。 正直、どうでも良かったりするのだが、今はそうも言っていられない。 着信履歴から発信履歴に切り替えて、十日ほど前に話した相手に電話をかける。 お決まりの呼び出し音が数回鳴って、相手が電話口に出た。 「お電話ありがとうございます。ポケモンリーグ・ネイゼル支部、総務部広報課でございます」 「……………………おい、サラ。ええかげんにせえ。おまえの携帯にかけとるんやで?」 よく通る女性の声だったが、トウヤはげんなりしたように深々とため息をついた。 個人の携帯にかけたというのに、どうして会社の電話に出たような対応をするのだろう。 しかも、着信画面を見た時点で相手がトウヤであると理解しているはずだ。 それなのに、事務員を装ったような対応をするのだから、始末に負えない。 「分かってるって。トウヤ、久しぶりだね。何か用?」 女性――サラはトウヤがげんなりしていることなど知らんと言わんばかりだった。 「まあ、ええわ……」 今に始まった付き合いでもない。 元々こんなヤツなのだからと勝手に決め付けて、話に入る。 「ソフィアの連中の動きをつかんでんなら教えてくれへんか。こっちも、後手後手に回るわけにゃ行かんからな」 「それなら仲介役にヒビキさんをつけたはずだけど? ああ、彼から電話がかかってこないから、直接ぼくにかけてきたってワケだね?」 「分かっとるんやったら、ちゃっちゃと教える!! こっちゃ、余裕らしい余裕なんかありゃせえへんのや。ただでさえガキの子守を二人もせなあかん」 自分の倍近く生きている相手にさえ、トウヤは敬語を使うことなく、強気に言葉をぶつけた。 もっとも、そこまで自分の気持ちを正直にさらけ出せる相手なのだから、それなりに深い付き合いの間柄なのだ。 歳の差や立場による敬語や無駄な気遣いが要らぬほどに。 そこのところを心得ているからこそ、女性――サラも思い切ってトウヤと話ができるのだろう。 「じゃあ、少しだけ教えてあげる。 トウヤがフォレスタウンで戦ったソウタってトレーナーは、今はフォース団の『死神』ことマスミの相手をしているらしいよ。 で、その代わりに別の幹部が来るって話らしい。そこのところは確かな情報筋からの話だから、信憑性は高いよ」 「うわ……なかなか厄介なことになってんがな……」 信憑性は高いに越したことがないが、相手がコロコロ変わるのは、どうにもやりづらい。 なにせ、顔も知らない相手がいきなり襲ってくるのだから、警戒しようにも、どう警戒すればいいのか分からない。 極端な話、顔見知り以外は全員敵と思えと言われているようなものだ。 「今のところ分かってるのはそんなところかな」 「その割にゃ、ポケモンリーグが全面的に協力するっちゅーようなことをジムリーダーがが言っとったな。 本気や言うんなら、おまえが出てくりゃええ話やんけ」 「そうも行かないんだよ。 君も知ってると思うけど、チャンピオンって言うのは意外と制約が多くてね。 会議とかなんとかに引っ張りダコで忙しいんだよ。 そういうのはアズサやカナタにやらせてるんだけど」 言葉の後半はほとんど愚痴だった。 サラもそれなりに苛立っているようだった。チャンピオンという立場が邪魔をして、やりたいことを思うようにやれていないらしい。 そこのところを感じて、トウヤはとっておきの一言を突きつけた。 「その割にゃ、電話に出た時なんか事務員装ってたな? ホントは暇やあらへんのか?」 「それは君がかけてきたって分かったからだよ。茶目っ気全開の対応だったでしょ?」 「アホウ。本気でやるんやったら、四天王でも四人くらい連れて来んかい」 「うわ、無茶言うよ。それができれば苦労しないって分かってるクセに」 「当たり前やろ。相手がそれくらいヤバイ連中なんやぞ。それくらいせんと、どうすんねん」 「一理あるから言い返せないんだよね。なんだか悔しいな〜」 「言い返すくらいならさっさと戦力寄越さんかい。俺一人やったらいつまで保つんか分からんで?」 「考えておくよ」 「頼むで、ホンマに」 「うん。ぼくのネットワークで人を手当たり次第に捕まえてみる。ぼく自身が動けないけど、その分周囲の力を借りないとね」 「やっと分かったな……最初からそうしとけばええんや」 「ふふ、言うようになったね。ぼくのポケモンに手も足も出なかったのに……今は違うと思うけど」 「当たり前やろ。いつまでも弱いままでいると思うなや」 不毛な言い争いをしていながらも、トウヤの顔にはいつの間にか笑みが浮かんでいた。 電話口で声を弾ませているサラも同じような気持ちを抱いているのだろうかと思い、トウヤは今まで散々愚痴ったことなどどうでもいいと思った。 Side 3 ポケモンセンターを出たアカツキとミライは、キサラギ研究所へ向かって歩き出した。 ショッピングモールを避けて、東側にある緩やかな坂道からぐるりと回り込む形でのルートを選んだ。 「アカツキの家ってどこにあるの?」 坂道を歩きながら、ミライが笑顔でアカツキにこんなことを訊ねた。 アカツキは思わずギョッとしたが、平静を装って、 「行くワケじゃないよな?」 トウヤも似たようなことを言っていたが、今さらそんなことを言われても、家に帰る気などサラサラない。 両親に元気な顔を見せたいという気持ちは確かにあるが、ここで帰ればトウヤやミライの思う壺になりそうで、なんだか悔しかった。 半ば意地でだった。 「あそこだよ」 アカツキは坂道の先――右手にある人家を指差した。 言うまでもないが、自分の家など間違えない。 両親は子供が産まれたからという理由でマイホーム購入を決めたそうだが、綺麗に使い込んでいるせいか、外観は新築と大差ない。 「へえ……」 綺麗に磨き抜かれたガラス窓が陽光をあまねく反射しているのを見て、ミライは目を細めた。 アカツキがあそこで暮らしていたのかと思うと、なぜだか分からないが笑みがこぼれてくる。 やがて左手にS字カーブの道が現れ、進路をそちらに採る。 「行ってみたいって気持ちはあるけど、アカツキが行きたくないって言うんだったら、それでいいよ」 「行きたくないってワケじゃ……でも、帰らない。うん、決めた。帰らないぞ」 「もう……ムキになっちゃって」 他愛ない話として持ちかけたつもりなのに、アカツキが意固地になっていくものだから、ミライは苦笑した。 からかい甲斐があると思うのと同時に、なんだか微笑ましくて、頼もしくも思えてきた。 意固地になりっぱなしというのも難しいもので、アカツキはあるところまでは頑張っていたが、 風船が針で容易く割られるように、あっさりと気持ちを切り替えた。 これから向かうところを思えば、後ろ向きの考えなど一気に吹き飛んでいく。 「でさ、これから行くのは兄ちゃんのライバルのお母さんがやってる研究所なんだ。 ポケモンがいっぱいいて、オレも結構あそこで遊んでたんだ」 「へえ……なんか、おもしろそうだね」 「もちろんさ」 ポケモンがいっぱいいて、遊べるような場所。 ミライは遊園地のような場所を想像したが、もちろんそんなものではない。 ただ、道端でヌオーやウパーが無防備にも寝そべっているのを見ると、遊園地のように騒がしく、 人が多く入るような場所ではなく、自然の中に放たれたポケモンたちがありのままに暮らしているのだと想像できる。 期待に胸弾ませながら、緩やかに続くS字カーブの道を行く。 「ガーディたち、元気にしてっかな〜。またポケモンが増えてたらおもしろいんだけど」 ミライが期待しているのと同じように、アカツキもキサラギ博士の研究所の敷地で のんびりと暮らしているポケモンたちが元気にしているのかと、いろいろと考えていた。 知らないうちに、ポケモンが増えていることがあるのだ。 それは研究所の敷地で愛を育んだポケモンの夫婦が産んだ子供なのだが、 そんな理屈をまともに考えられないアカツキにとっては、不可思議でありながらもなんだか楽しい出来事だったりする。 子供に大人の営みは理解できないものらしい。 それはともかくとして、S字カーブの道が東西に伸びる道に突き当たったところで、今度は右折。 「あれね?」 「うん」 曲がったとたんに、研究所が見えてきた。 ミライの目には、庭に花が咲き乱れた趣の良い人家にしか見えなかったが、住居を兼ねたポケモンの研究所なのだ。 やがて、研究所の前にたどり着いたアカツキは、玄関の扉を軽くノックした。 「研究所なんだ……なんか、それっぽくは見えないけど」 ミライは、周囲の景観に配慮しているような、明るくソフトな色使いの研究所の壁を舐め回すように見つめていた。 お世辞にも、研究所には見えない。 研究所の主が女性であることを知らないのだから、それが率直な反応なのだろう。 ノックして十秒ほどが経った頃、扉が開いた。 現れたのは研究所の主――キサラギ・アツコ博士だ。 彼女はアカツキの顔を見るなりパッと表情を輝かせた。 「……!?」 一瞬、夢見る少女のように見えたのだが、それは気のせいだろう。 アカツキは驚きつつも考えを整理して、久しぶりに会うキサラギ博士に笑みを向けた。 「おばさん、久しぶりっ♪ 元気してた〜?」 「当たり前じゃな〜い。アカツキちゃんも元気そうで良かったわ〜」 アカツキの陽気な声に応えるように、キサラギ博士もピンク色の声など上げながら、 アカツキに抱きついたり頭を撫でたりしてスキンシップを図った。 「えっ……ええっ……!?」 いきなり目前で繰り広げられた光景に頭が麻痺して、ミライは表情を引きつらせながら、口をパクパクさせていた。 まるで、陸に打ち上げられて酸欠状態になった魚のようだ。 無論、当人にそんな自覚などあろうはずもないが。 ミライが唖然呆然としているうちにスキンシップは完了し、アカツキとキサラギ博士の顔には明るい笑みが浮かんでいた。 「帰ってたのね、知らなかったわ」 「うん。今日戻ってきたんだよ。でも、家には帰らない。まだやること残ってるし、中途半端って感じがして嫌だからさ」 「そうねえ。ユウナにはわたしが伝えておくわ」 「うん。お願い」 「…………」 一通りの会話が終わった頃になって、ミライはやっと我に返った。 言葉はちゃんと聞こえていたが、右の耳から入って左の耳に抜けていくようで、ほとんど考える暇などなかった。言葉がすっ飛んでいた。 だから、アカツキが『やるべきことが終わるまでは中途半端な状態だから家には帰らない』と言ったこともちゃんと聞き取れなかった。 「で、そこの女の子はだあれ? ガールフレンド? そうなんでしょ〜? や〜ね〜、アカツキちゃんも隅に置けないじゃな〜い」 「違うよ。一緒に旅することになった仲間だよ。ミライって言うんだ」 ベタベタするような声音で言い寄ってくるキサラギ博士に動じることなく、アカツキはミライのことを旅する仲間だと紹介した。 ガールフレンド呼ばわりされたが、ミライは怒ることなく、むしろ心がドキッと弾んだような気がしていた。 だが、途端に否定されたものだから、ほんの少しだけ寂しくなった。 アカツキがそんなミライの胸中を理解しているはずなどなく、 「ミライ。この人が兄ちゃんのライバルのお母さんで、キサラギ博士って言うんだ。 ポケモンのこと、すっごく詳しいんだぜ〜」 「み、ミライです。初めまして……」 「初めまして、ミライちゃん。よろしくね」 「あ、はい、よろしく……」 初対面だというのに遠慮することなく笑顔で握手など求めてきたものだから、ミライは戸惑いながら握手するしかなかった。 フォレスタウンにはこんな性格の女性がいなかったので、カルチャーショック(?)を受けてしまったようだ。 握手を終えると、キサラギ博士はアカツキに向き直り、 「ミライちゃんを連れてきたってことは、敷地のポケモンを見せたいって思ってるんでしょ?」 「うん、さっすがおばさん。よく分かってる〜」 「当たり前じゃな〜い。子供の考えることなんてお見通しよ。 ほら、早く連れてってあげなさい。ポケモンたちが自然に暮らしているのを見ると、結構おもしろいわよ」 「うん、そうする。ありがと、おばさん。行こう、ミライ!!」 アカツキは大きく頷くと、ミライの手を取って歩き出した。 ミライは引きずられるような格好になったが、それでもちゃんとキサラギ博士に顔を向けて、小さく一礼した。 「え、ええ……それじゃあ」 「行ってらっしゃい」 キサラギ博士はニコニコ笑顔でアカツキとミライを見送り、研究所に戻っていった。 扉を閉めて、玄関に背を向けた時、言い忘れていたことがあるのに気づいたが、 「まあ、いいでしょ。どうせ、敷地に出れば分かるし。さ、仕事仕事♪」 気にすることなく、廊下を歩いていった。 一方、私有地と公有地の境となる柵を飛び越えたアカツキとミライは、研究所の敷地に繰り出していた。 「うっわ〜……」 見渡す限りの草原には、多種多様なポケモンが暮らしている。 フォレスタウンやフォレスの森には棲息していないポケモンが多く含まれていることもあって、 ミライは瞳をキラキラ輝かせながら、ポケモンたちの営みを見つめていた。 ちちうしポケモン・ミルタンクが、のんびりと草を食む。 こいぬポケモン・ガーディが所狭しと仲間と駆け回っている。 奥にある湖では、ウパーやヌオーといった水ポケモンが涼んでいる。 「な? すげーだろ?」 「うん、すごい!! いいなあ、アカツキってこういうところで遊んでたんだ……」 「そうでもないって。旅に出る前は、ちょくちょく友達とポケモンバトルしてさ……その度に負けて、悔しかったんだよ。 それで、気を紛らわすのによくここに来てたってだけ」 「……そうなんだ……」 アカツキの言葉を意外に思い、ミライは眉根を寄せた。 振り向くと、どこか懐かしむような視線を敷地の彼方に向けていた。 旅に出る前……といっても、三週間と経っていないが、やはりずいぶんと長くこの街を離れていたような気がしてならなかったのだ。 見慣れた光景が、なぜだか新鮮に映る。 幼なじみでありライバルでもあるカイトとのバトルに負けた後、アカツキはよくここに来て気持ちを紛らわしていた。 陽気で明るい性格でも、敗戦の痛手というのは拭い去れないものなのだ。 だが、今となっては笑い話。 「ま、オレのことはどうでもいいじゃん。ほら、もっと向こうには別のポケモンもいるよ。 んじゃ……」 アカツキはケラケラと笑い、腰のモンスターボールを両手につかんだ。 「ネイト、リータ、ドラップ、出てこいっ!!」 三つまとめて軽く頭上に放り投げると、トレーナーの声に応えてポケモンたちが飛び出してきた。 「ブイ〜っ♪」 「チコっ」 「ごぉぉぉ……」 久しぶりに外の空気を吸ったと、ネイトたちは身体を大きく伸ばしていた。 ……と、見慣れた景色に気づいたネイトが、周囲を忙しなく見回した。 「ブイブイ〜っ!!」 キサラギ博士の研究所の敷地だということに気づいたようである。さすがに、ここによく来ていただけのことはある。 対照的に、リータとドラップは『ここはどこ?』と言わんばかりの視線で周囲を見渡していた。 レイクタウンに来たことがないのだから、当然である。 「リータ、ドラップ。 ここはオレとネイトが旅に出る前によく来て遊んでた場所なんだ。だから、安心して大丈夫」 それでもアカツキの言葉が鶴の一声となって、二人はホッとしたような表情を見せた。 「すごい……」 たった一言でポケモン気持ちを落ち着けてしまうアカツキに感心しながらも、ミライもポケモンを出すことにした。 「パチリス、来て」 ボールを頭上に掲げ、呼びかける。 すると、ボールが口を開いて、中からパチリスが飛び出してきた。 「パチパチっ♪」 シッポからパチパチと放電しながら声を上げるパチリスだったが、リータやドラップのように、見慣れぬ景色に戸惑ったりすることはなかった。 肝が据わっているというか、トレーナーと一緒ならどんな場所でも安心というか、そんな態度だった。 「パチリスも楽しそうだな」 気前よく放電しているのを見て、アカツキはパチリスに笑みを向けた。 「分かる?」 「うん。ほら、もっと奥に行ってみよう」 「うん!!」 ミルタンクがのんびり草を食んでいるのを横目に通り過ぎ、敷地の北側へと向かって草原を縦断する。 歩き出して少し経ったところで、ガーディの群れ(推定十数頭――いちいち数えてはいなかったが)がやってきた。 「ばうっ、ばうっ!!」 群れの先頭にいたリーダー格と思しきガーディが、アカツキに向かって吠え立てた。 「お?」 どこかで見たガーディだなと思って、アカツキは顔を向けた。 「あっれ〜。おまえ、久しぶりだな〜。元気してた〜?」 どこかで見たと思ったら、旅立つ前によく遊んでいたガーディではないか。 しばらく見ないうちに、群れを率いるまでに出世していたのだ。 もっとも、旅立つ前は二、三体で遊んでいるだけだったが、それなりに種族的な集団生活に馴染んできたのだろう。 「ばうっ!!」 アカツキが屈み込むと、そのガーディはじゃれ付いてきた。 リーダーに倣って、他のガーディも同じようにじゃれ付いてきた。 「あっ……」 アカツキはあっという間にガーディに囲まれてしまったが、驚くでも嫌がるでもなく、むしろ自分から進んでじゃれ付いていた。 「くすぐったいじゃん。あはは……」 ポケモンと遊ぶのが大好きなのだと分かるほど、アカツキは楽しそうな笑顔を見せていた。 突然のことにミライは驚いていたが、見ているとなんだか心が和んでくる。 「ブイブ〜イっ♪」 オレもやると言わんばかりに、ネイトがガーディの群れにダイビングして、そのままじゃれ付き出す。 リータとドラップは、目の前で繰り広げられている光景をただ呆然と見ていたが、やがてそれぞれのやり方でその輪の中に入っていった。 あっという間にアカツキと彼のポケモンたちがガーディたちと戯れてしまったのを見て、 パチリスは驚きのあまり、ミライの後ろにさっと隠れてしまった。 恐る恐る、顔をのぞかせる。 あまりに積極的過ぎるコミュニケーションに、逆に引いてしまったようである。 しかし、 「いいなあ、なんだか見てるだけで楽しくなっちゃう……」 パチリスとは対照的に、ミライはニコッと微笑みながら、アカツキが楽しそうにガーディたちと遊んでいるのを見ていた。 こういうコミュニケーションには慣れていないゆえ、飛び込もうとは思わないのだが、 彼らが楽しそうにしているのを見るだけで楽しい気分になる。 なぜだか分からないが、明るい気持ちになれるのだから、余計なことは考えなかった。 いつかはこんな風に、じかにポケモンとスキンシップを図れるようになればいいな……とだけ、ほんの少しだけだけど、そう思った。 そこのところは、元の性格が出ているのかもしれないが、変えようと思えばいくらでも変えてゆけるのだ。 ミライが微笑ましいものでも見ているような視線を向けていることに気づくことなく、アカツキはただひたすらにガーディたちと戯れていた。 そんな中、 「ブ〜イっ♪」 ネイトがちょっとしたイタズラ心で水鉄砲をアカツキの顔に吹きかけてしまった。 「んぎゃっ!!」 予期せぬ攻撃の洗礼に、アカツキは思いきり悲鳴を上げて、水鉄砲の勢いに圧されるようにして仰向けにひっくり返った。 さすがにこれにはガーディたちやリータ、ドラップも動きを止めてアカツキを心配そうに見やった。 じゃれ付いているだけならまだ良かったが、いきなり水鉄砲を食らわされたのだ。心配にもなる。 「あっ……」 ネイトに悪意がないのは表情を見れば明らかだったのだが、あまりに唐突な行動だったものだから、 ミライは口を大きく開け放ったまま固まってしまった。 「うぅ……」 アカツキは呻きながら起き上がると、首を左右に激しく振った。 顔だけでなく、上半身びしょ濡れになってしまった。ちょっとやそっとでは乾きそうにない。 いくら悪意がないとはいえ、いきなり水鉄砲を受けたらアカツキでも怒るだろう。 「ど、どうしよう……」 どうにかすべきなのだが、どうしたらいいのか分からない。 とりあえず、ネイトに悪気がないことを説明して、アカツキが怒るのをどうにかして阻止すべきなのだろうが、 なかなか思い切って一歩を踏み出せない。 ミライがそうやってモタついている間に、アカツキは立ち上がり―― 「ネ〜イ〜ト〜? いきなり水鉄砲なんてぶっ放すなよ〜っ!! 冷たかったじゃないか、このヤローっ!!」 地の底から響くような低い声を上げて、ネイトを追いかけ始めた。 さすがに怒っている……と思いきや、 「待て〜っ!! こらーっ!!」 声音はすぐに明るく上向き、表情にも笑みが戻っていた。 実際、それほど怒ってはいないようである。 「…………」 何の前触れもなく水鉄砲などぶっ放されたら、普通は怒りそうなものなのに、アカツキは笑って許してしまった。 悪気がなく、コミュニケーションの一環だと分かっているからだろう。 そこのところは、何年も一緒に暮らしてきたからこそ、相手がどんなつもりで水鉄砲を放ってきたのか理解しているからこその対応に違いない。 「…………」 ミライはホッとした。 てっきり、ケンカが始まるのではないかと思ったが、すぐにガーディたちやリータ、ドラップを交えて再び戯れ始めたものだから、安心した。 アカツキはガーディたちが先回りしてくれたおかげで簡単にネイトをつかまえると、 頬を軽くつねったり左右に引き延ばしたりと、水鉄砲の仕返しと言わんばかりにあんなことやこんなことをしていた。 ネイトも嫌がることなく、まんざらでもなさそうだった。 「なんていうか、普通の男の子なのにね……こうしてると……」 一時はどうなることかと思ったが、結局は楽しそうに遊んでいることに変わりない。 こうやってポケモンと戯れて明るい表情をしているのを見ていると、どこにでもいるような、ごく普通の男の子だ。 だが、今はドラップをめぐる争いに巻き込まれている。 いつ、ソフィア団がドラップを狙って襲ってくるかも知れないのに、どうしてそんな風に遊んでいられるのか。 ミライは一瞬、そんなことを考えて不安に陥ったが、アカツキの明るい笑顔を見て、すぐに考えが変わった。 「いつ来るか分からないから、遊べる時に遊んで、不安を紛らわそうとしてるんだわ……」 大したものだと思った。 自分と同い年なのに、本当はいろんなことを考えているのだと思った。 一応、それはそれで正解だったのだが、付け加えるなら、アカツキは遊びたいと思ったから遊んでいるだけだ。 不安を紛らわす云々というのは二の次。 まず、遊べる時に遊ぶ。それがアカツキのライフスタイルだったりする。 ミライはアカツキの明るい部分ばかりが目に付いて、彼が何を考えているのかをちょっと読み違えていた。 ネイトに対する仕返しも終わったということで、先ほどにも増して賑やかになる。 ネイトが空に向かって水鉄砲を放つと、シャワーのように降り注いできた水流をドラップが自慢の腕を打ち振って払いのけ、 キラキラ輝く飛沫を離れた場所に飛ばす。 リータが打ち上げた葉っぱカッターを、ガーディたちが火の粉で撃ち落としたり、それぞれが趣向を凝らして遊んでいた。 これだけ見ていると、擬似的なポケモンバトルに見えないこともないのだが、 ドラップまでもが楽しそうな表情をしているものだから、そうは思わせない。 楽しそうに遊んでいるアカツキたちを見守っていると、前方から人がやってくるのが見えた。 「……?」 誰かと思ったが、少年が三人に少女が一人という、ずいぶんと偏った四人組だった。 仲が良いのか、笑顔で何やら話している。 「誰かしら?」 ここはキサラギ博士の研究所の敷地であり、知らない人はまず入ってくることがないような場所だ。 アカツキなら知っているかと思って顔を向けたが、向かってくる少年たちには気づくことなく、ガーディたちと遊んでいる。 ミライたちと少年たちの距離はだんだんと近くなり、五十メートルほどになった時、少年たちの足が止まった。 「あーっ、どっかで見たジャリガキ発見〜っ!!」 茶髪をツインテールにまとめた少女が、ガーディたちの群れの中に埋もれかけているアカツキを指差して叫んだ。 キサラギ博士の愛娘――キョウコである。 「えっ……?」 一体何がなんだか分からず、ミライが固まっていると、 「おーっ、ホントだ!! 誰がガーディたちと遊んでるのかと思ったら、アカツキじゃん!!」 茶髪を背中に束ねた、どこか優しげな顔つきの少年がパッと表情を輝かせて走ってきた。 アカツキの最高の親友――カイトだ。 「おっ……?」 さすがにこの声には気付いたのか、アカツキはガーディたちと遊ぶのを止めて、声の聞こえてきた方へ身体を向けた。 「あっ!!」 明るかった表情が、さらに明るくなる。 「カイトじゃん!! ひっさしぶり〜っ!!」 駆け寄ってきたカイトとガッチリ握手した。 久しぶりに親友=ライバルと再会したが、まるで変わっていない。 たかだか二週間ちょっとなのだから、互いの見た目で変わっているところなど高が知れているが、 変わっていないと分かって、互いにホッと一安心した。 「なんだよカイト、戻ってたんだ」 「ま〜ね。そういうアカツキも戻ってたんだな。知らなかったぜ」 「そりゃあ、今日戻ったばっかだもん」 相手が元気にしていると分かって、二人して表情は明るく、安堵に満ちたものだった。 他愛ない会話を交わしていると、カイトと一緒にいた他の三人もやってきた。 カイト、キョウコと同じく茶髪だが、顔立ちがどことなくアカツキに似ていながらも、少し大人にしたような感じの少年――アカツキの兄アラタ。 最後に、赤と白が基調の制服のような服に身を包んだ、紺色の髪の少年。 こちらはアカツキも初対面の相手だった。年頃はアラタと同じくらいだろうか。 「兄ちゃんにキョウコ姉ちゃんまで……」 身近な……しかしネイゼルカップ出場を掲げて旅に出ていたと思っていた人が一堂に会したものだから、 アカツキは笑みを浮かべつつも驚きを禁じ得なかった。 「よう、アカツキ。元気そうだな」 「まったく……あんたが元気じゃないところなんて想像できないんだけどね」 口々に挨拶してくるアラタとキョウコに、アカツキは胸を張り、強い口調で言葉を返した。 「当〜然っ♪ オレはいつだって元気さ!! だって、それが取り柄だって兄ちゃん言ってたじゃん」 「まあな」 前にも増して元気にしていると分かって、アラタの口元に笑みが浮かぶ。 兄弟とはいえ、ポケモントレーナーとして旅をして離れていると、やはりいろいろと気になるのだろう。 アカツキが元気そうにしているのが分かって、ホッと一安心した様子だ。 久しぶりに再会を果たして、兄弟水入らずになるかと思いきや…… キョウコは少し離れたところで呆然とこちらを見ているミライに視線を向け、口元を緩めた。 どこか嫌らしささえ漂う笑みを浮かべながら、肘でアカツキの脇を突付いた。 「それより、あんたも隅に置けないわねぇ〜、このこの〜っ♪」 「え?」 何を言われているのか理解できないのか、アカツキはハトが豆鉄砲食らったような顔を見せた。 あまりに反応が乏しく、からかい甲斐がないとすぐに理解したキョウコは、嫌らしい笑みなどどこへやら、 ガッカリしたような表情で深々とため息を漏らした。 「……?」 ニコニコしたかと思えば、いきなり落胆などするものだから、まるで意味が分からない。 アカツキは怪訝そうな表情でキョウコを見やり、首を傾げた。 「どしたの?」 「いい……あんたがモテモテだなんて思ったあたしがバカだったわ……」 「な、なんだよそれ」 あっさりと話を打ち切られてしまった。 どうやら、アカツキのようなジャリガキにはまだ早かったらしい。あと何年か経たなければ、言葉の意味さえ理解できないのだろう。 「そういやそうなんだよな……アカツキ、友達?」 アラタとカイト、それから名前の知らない少年までミライを見やる。 「えっ……」 見知らぬ四人から視線を向けられ、ミライは思わず後ずさりしてしまった。 足にしがみついていたパチリスを危うく踏んでしまいそうになったが、そこはポケモンの敏捷さが勝利した。 どうやらアカツキの知り合いらしいが、何がなんだかよく分からない。 アカツキは、ミライが戸惑っているのを肌で感じて、口を開いた。 「うん。友達なんだよ。 一緒に旅することになってさ……ミライって言うんだ。フォレスタウンから来たんだよ」 「へえ、そうなんだ……」 どうやら、期待していた間柄ではないらしい。 それでも、キョウコはニコッと笑みを浮かべながらミライの手を取った。相手が同姓となると、途端に優しくなるのが女の子らしい。 アカツキと同年代ということで、ライバルであるという認識はないようだ。 「あたしはキョウコ。このジャリガキのオトモダチ。 で、こっちがアラタ、アカツキの兄貴。そっちがカイト、アカツキのライバル。 で……」 自己紹介を兼ねて、アラタとカイトを軽く紹介して、最後に制服の少年。 アカツキも知らない相手なので、どう紹介したらいいのか分からないようだったが、代わりにアラタが紹介した。 「アカツキは初めて会うんだよな…… オレの友達で、カヅキって言うんだ。ポケモンレンジャーをやってる」 「初めまして。君のことはアラタから『自慢の弟だ』って聞いてるよ。よろしく」 「よろしく〜っ♪」 「あ、よろしく……」 少年――カヅキはニコッと微笑みながら、アカツキとミライ、二人と握手を交わした。 二人とも、カヅキの柔和な笑顔と明るい雰囲気に触れて、あっさりと心を許せたようだった。 「で……ポケモンレンジャーって何?」 相手のことが分かったところで、アカツキはカヅキに訊ねた。 ポケモンに携わる職業なのだろうが、トレーナーやブリーダーとは違うのだろうか? カヅキの腰には、なにやら機械のようなものが挿してある。仕事道具だろうか? いろいろと好奇心に満ちあふれた視線を向けられても、気を悪くすることなく、明るい笑顔で応じてくれた。 「ポケモンの力を借りて、困ってる人を助けたりするのが仕事なんだよ」 「へえ……でも、モンスターボール持ってないけど?」 「僕たちは必要な時だけポケモンの力を借りるんだ。自然を大事にするのがポケモンレンジャーだからね」 「そうなんだ……」 必要な時は、ポケモンの力を借りる。 いつもパートナーとなるポケモンが傍にいるわけでもないのに、どうやって困っている人を助けるのだろう……? カヅキの答えにさらなる疑問が浮かんできたが、再度訊ねるよりも早く、カイトが割って入ってきた。 「なあなあアカツキ。 ここに戻ってきたってことは、リーグバッジを一個でもゲットしたってこと?」 「うん。フォレスジムでガンバって、リーフバッジをゲットしたんだよ!!」 「へ〜、やるぅ〜。オレはディザースジムでサンドバッジをゲットしたんだ。オレもおまえも一個ずつだな♪」 気になる話だったものだから、カヅキに対する疑問があっさりと吹き飛んで、そっちに挿げ代わる。 「そっか〜、カイトも一つゲットしたんだな」 「おうよ」 互いにバッジが一つずつ。 旅に出て二週間という時間を考えれば、上々の成果だろう。 同じポケモントレーナーであるアラタとキョウコは顔を見合わせて、小さく微笑んだ。 この分なら、ネイゼルカップには間に合うだろう……ネイゼルカップで戦うという約束は守ってもらえそうだ。 アラタがそう思っていると、カイトはアカツキがゲットしたリータとドラップに視線を移した。 「アカツキもポケモンをゲットしてるんだな。そこのチコリータと、ドラピオン。ネイトと合わせて三体なんだな?」 「うん。カイトは?」 「オレも三体。そこまで同じなんて思わなかったけどなあ」 「偶然でしょ」 「ま、そうだよな。で……」 視線をアカツキに戻すと、カイトの顔に挑戦的な笑みが浮かんだ。 「積もる話は置いといて……久しぶりにバトってみないか?」 この二週間でどこまでお互いが強くなれたのか確かめようと言うのだ。 無論、アカツキはその挑戦を受けた。 「よし、受けるっ!! 今度こそ勝って、ギャフンと言わせてやる!!」 「よ〜し、それでこそオレのライバルだ!!」 何度も何度も負け続けるわけにはいかない。 苦戦の末に勝利したとはいえ、ジム戦を制して幸先がいいのだ。上昇気流を捉えた状態で連勝を狙い、さらなる弾みとしたい。 アカツキとカイトは、これからバトルするというのに、顔に笑みを浮かべていた。 互いに遠慮しなくて済む相手だと理解しているからこそ、楽しみで仕方がないと考えているようだった。 To Be Continued...