シャイニング・ブレイブ 第5章 黒い影 -The power of the dark-(中編) Side 4 敷地の真ん中でポケモンバトルに興じるわけにも行かず、アカツキたちは場所を敷地の北端に移した。 ここでなら、いくら暴れても他のポケモンには迷惑がかからないし、何よりも気兼ねなどせずに済む。 場所を移し、アカツキとカイトがバトルフィールドのスポット間の距離を開けて対峙するまでの間に、いろんなことを話した。 話したいことが多すぎてまとまらなかったが、ミライがカイトやアラタ、キョウコと一通り話して、 それなりに打ち解けることはできたように思う。 そして今。 旅に出る前と比べて、互いがどれだけ強くなれたのかを試すのに、これ以上に相応しい相手もいないだろう。 同い年で、同じ日に同じ街を旅立った親友でありライバル。 好敵手(あるいは親友)と書いてライバルと読むという表現が似合う二人だからこそ、このバトルは見物だった。 公式戦ではないし、勝敗は見た目にも明らかだろうから、審判はつけなかった。 代わりに、少し離れたところでアラタたちがバトルの行方を見守ることにした。 「そういや、アカツキのバトルを見るのは初めてなんだよな〜」 「言われてみるとそうよね〜。なんか、おもしろそうだわ」 アラタとキョウコが、期待に胸を弾ませて、バトルの開始を今か今かと待ち侘びている。 対照的に、ポケモントレーナーではないミライとカヅキは、何が始まるのかといった表情だった。 「よ〜し、やるぞっ!!」 アカツキは拳を高々と掲げて叫ぶと、腰のモンスターボールを手に取った。 気合や良し。相手にとっても不足はなし。 勝ち負けはもちろん大切だが、できるだけ楽しめるように頑張ろう。 そう思いながら、大きく腕を振りかぶり、モンスターボールを放り投げた。 「ドラップ、行くぞっ!!」 放物線を描いて草むらに着弾したボールから飛び出してきたのはドラップ。 三対三のルールゆえ、アカツキもカイトもそれぞれのポケモンをすべて出すことになるが、総力戦だからこそ気合が入るのだ。 「ごぉぉ!!」 アカツキの気合を背に受けて、ドラップもまたやる気になっていた。 「……ドラピオンをゲットしてたんだなあ。なかなかやるようになったってトコか」 「そうね。バトルがどこまでできるかってところだと思うけどね」 「フン、オレの弟なんだ。やる時はやるんだよ」 「うふふふ……」 アラタとキョウコがなにやら小声で言い合っているのを横目に、アカツキはカイトがポケモンを出すのを待った。 「カイトのヤツ、どんなポケモンをゲットしたんだろ……?」 一体はリザードのレックス。残りの二体は、旅に出てゲットしたポケモンということになる。 相性的に不利な地面タイプの相手が出てこようと、ドラップには『氷の牙』がある。 命中させられれば、不利な戦況をひっくり返すほどのダメージを与えられるから、相性論ではさほど危機感は抱いていなかった。 それから程なく、カイトはモンスターボールを手に取り、頭上に軽く放り投げると、中のポケモンに呼びかけた。 「ゼレイド、行けっ!!」 トレーナーの呼びかけに応えてボールが口を開き、中からポケモンが飛び出してきた。 そのポケモンは…… 「な、なんだこいつ……?」 見た目からして草タイプだと分かるようなポケモンだった。 鮮やかな緑の身体は細くしなやかで、頼りないというよりも、むしろ芯の強さが引き立つように見えた。 右手には赤い花の、左手には青い花のブーケをそれぞれ持っているが、それは身体の一部だった。 甘く誘惑するような眼差しと、人のシルエットを為した身体が特徴のそのポケモンは、ネイトよりも少し大きいくらいだった。 「わあ、ロズレイドだ……初めて見た……」 カイトのポケモン――ゼレイドを見て、ミライは感嘆のつぶやきを漏らした。 「ロズレイド……?」 彼女のつぶやきを耳に挟み、アカツキは眉根を寄せた。 見たこともなければ、聞いたこともないポケモンだ。 見たことがないのだから、聞いたことがあってもそうとは分からないだろうが。 ブーケのようなものを持っていたり、身体が鮮やかな緑をしているのを見る分に、草タイプだということは間違いない。 アカツキが警戒感を剥き出しにしてゼレイドを見ているものだから、カイトは得意気な笑みを浮かべて、胸を張った。 「ふっふ〜ん。 オレがロズレイドをゲットしたことに驚いてるみたいだな。 オレも、まさかおまえがドラピオンをゲットしてるなんて思ってもいなかったけど……さあ、どこかでもかかってこいよ!!」 「よーし……」 相手が草タイプなら、毒タイプのドラップが有利に戦える。 間違ってネイトを出さなくて良かった。 だが…… 「でも、ドラップのこと知ってるんだったら、どうして草タイプのポケモンを出してきたんだろ?」 攻撃に出る前に、一歩身を引いて考えてみる。 ロズレイドは草と毒タイプを持ち合わせている。 毒タイプのドラップと戦うには相性が悪いとまでは行かないが、攻撃面では苦しいはずだ。 身軽さを活かして撹乱してくるか、あるいはドラップの攻撃範囲外から一方的に攻撃する手段を持っているか……そのどちらかだろう。 「だけど、ドラップには氷の牙と炎の牙があるんだ。クロスポイズンだってある。 当てちまえば決められる……よし……」 カイトのことだ、何か考えがあってのことだろう。 しかし、彼の戦略に肩透かしを食らわしてやれば、どうにでもなる。 相性が不利なレックスでネイトを倒してしまうくらいだ。 あれこれ考えているのは間違いないが、物怖じして攻撃できなくなってしまっては本末転倒。 守っているだけでは勝てないのだ。 「よし、やってやる……!!」 まずは、相手に接近すること。 接近戦ではドラップに分がある。 アカツキはそう踏んで、ドラップに指示を出した。 「ドラップ、ゼレイドに近づいてクロスポイズン!!」 「ごぉっ!!」 その指示に、ドラップは鉤爪をガチャつかせながら、ゼレイド目がけて駆け出した。 フォレスジムで土壇場に追い込まれた時に使ったような方法を、いきなりさらけ出すわけにはいかない。 あれはあくまでも最後の手段であって、いきなり手の内を見せるようなやり方をしては意味がない。 ドラップが攻撃力に優れていることは、カイトも理解しているはずだ。 見た目からしていかにも攻撃的なのだから。 ならば、近づかれるまでの間に何らかの行動を取るはず。それを見てからでも、アイアンテールによる跳躍を使うのは遅くない。 「へえ、やる気だな〜。さすがはアカツキのポケモンってトコかな?」 ドラップが肩を怒らせながらゼレイドに迫っているのを見て、カイトは口元の笑みを深めた。 旅に出て、相手はそれなりに強くなっているようだ。 それなら、相手にとって不足はない。 「ゼレイド、リーフストーム!!」 カイトの指示に応え、ゼレイドは両手に持ったブーケを前に突き出した。 「――っ!!」 声にならない声を上げると、左右のブーケからものすごい勢いで無数の葉っぱが打ち出され、ドラップ目がけて虚空を突き進む!! 「……!?」 弾丸の如き勢いで打ち出された葉っぱは見えない渦に乗るように螺旋状の軌道を描きながらドラップを打ち据える!! まるで、木の葉の嵐――リーフストームだ。 「ドラップ、怯むなっ!!」 攻撃の勢いはすさまじいが、ドラップの歩みを止めるには若干力不足だ。 アカツキの声に、ドラップは力を振り絞って、前進を続けた。 草タイプの技――リーフストームは威力が高く、速攻性にも優れており、ゼレイドの主力技の一つだ。 攻撃面で相性の悪いドラップにもかなりのダメージを与えられたようだが、歩みを止められなければ意味がない。 「なかなかタフだなあ……よし」 近づかれる前に打てる手はすべて打っておきたい。 そこで、カイトは次なる指示を出した。 リーフストームの攻撃が終わるのを待って、 「ゼレイド、日本晴れ!!」 日本晴れによって、一帯に光と熱が降り注ぎ、汗ばむ熱気が周囲をあまねく包み込んだ。 「日本晴れってことは、次はソーラービームが来るっ!!」 フォレスジムのジムリーダー・ヒビキが使ってきた攻撃法が脳裏を過ぎり、アカツキはギョッとした。 日本晴れの効果でアカツキの中で最も印象的なのは、ソーラービームをほぼノーチャージで放てるというものだった。 『日本晴れ→ソーラービーム』は、草タイプのポケモンを使うなら、必須と言っても良いコンボである。 カイトなら必ず使ってくる。 悠長に時間をかけて接近していては、ソーラービームの格好の的になるだけだ。動きの遅いドラップでは、ソーラービームを避けられない。 こうなったら、奥の手として温存しておいた手段を、ここで使うしかない。 ソーラービームを発射した直後を狙えば、ゼレイドは動けないはずだ。 そのタイミングでやるしかないが、フォレスジムでやった時のように、上手く行く保証はない。 だが、それでもやるしかない。 「よ〜し、ゼレイド!! ソーラービームをぶっ放せーっ!!」 案の定、カイトはゼレイドにソーラービームを放つよう指示を出した。 日本晴れを使った以上、相手が威力を増した炎タイプの技で攻撃してくるかもしれないという警戒心が働き、短期決着を狙うのだ。 ゼレイドはカイトの指示に応え、両手のブーケを胸の前で交差させると、その先端から強烈なソーラービームを放ってきた!! 「今だ……!!」 ソーラービームを発射した直後は、ゼレイドは動けない。 強烈な技は、放つと反動を受け、数秒は動けなくなるものなのだ。 威力の高い技で一気に畳みかけるか、それとも小技を織り交ぜて着実に攻略していくか…… トレーナーとしての技量が問われるところだが、カイトは大技の連発で一気に突き崩しにかかってきた。 「ドラップ、止まってゼレイドに背中を向けてアイアンテール!! 地面を打てっ!!」 ソーラービームが視界の中で徐々にその大きさを増していくのを認めながら、アカツキは大声で指示を出した。 ドラップはさっと足を止めると、言われたとおりゼレイドに背中を向け、シッポを斜めにピンと立てた。 「……?」 何をするつもりだ? カイトはドラップの不可解な行動に怪訝な表情を見せた。 しかし、今までのスピードから見ても、ドラップがソーラービームを避けられる可能性はゼロだと踏んでいたから、さして驚かなかった。 戦うべき相手に背中を向けて、何をしようというのか。 怪訝に思っていたのはカイトだけではなかった。 バトルを見物している四人も、アカツキが何をしようとしているのかまるで見当もつかなかった。 「あきらめてるワケじゃないんだろうけど……」 「さあ、アカツキにはアカツキの考えがあるんじゃないか? ま、見てみよう」 「そうね……」 何かやろうとしているのだろう……それなら、高みの見物とシャレ込もう。 どこまでやれるようになったのか、見てみるのも悪くない。 アラタたちが殊勝な心がけでバトルを見守っていることなど露知らず、ドラップは立てたシッポを勢いよく地面に振り下ろした!! 鋼鉄の硬度を得たシッポは地面に深くめり込み―― 刹那、シッポを力点にして、ドラップの身体が傾き、宙に舞う!! フォレスジムで土壇場に追い込まれた時に、最後の賭けとして打って出た手段。 こんな早くに見せることになろうとは思わなかったが、そうでもしなければソーラービームの狙い撃ちを受けるだけである。 『なにーっ!?』 見るからに重量級のドラップが、アイアンテールの力を利用して宙に舞うなど、誰が予想できただろうか。 バトルしているカイトだけでなく、見物を決め込んでいたアラタたちまで声を揃えて絶叫した。 ゼレイドが放ったソーラービームは、先ほどまでドラップがいた場所に突き刺さり、 爆発を起こすが、無論ドラップはダメージを一切受けていない。 「…………!?」 渾身のソーラービームを避けられて、ゼレイドは頭上を振り仰ぎ、動揺したように目を見開いた。 燦々と陽光を降り注がす太陽を背に、放物線を描きながら落ちてくるドラップを見上げながらも、ゼレイドは動くことができなかった。 ソーラービームの反動で、身体が硬直して動くことができなかったのだ。 強力な技は、高い威力と引き換えにポケモンの身体に大きな負担を強いるものなのだ。 使いどころを間違えれば、逆に自らピンチを招きかねない、諸刃の剣となる。 アカツキは、ソーラービームが引き起こした爆発の音に負けないくらいの大きな声で、ゼレイド目がけて落ちていくドラップに指示を伝えた。 「ゼレイドをつかんで炎の牙!!」 日本晴れの効果で炎タイプの技の威力が上がる。 それなら、草タイプに対して有効な氷タイプの『氷の牙』よりも、炎タイプの『炎の牙』を使った方が与えるダメージは大きくなる。 アカツキの計算は大当たりだった。 ドラップがゼレイドの眼前に轟音と共に着地する。 身体の大きさの割に脚が細く小さいが、重量級の身体を支えるほどの強度を宿しているのだ。落下時の衝撃にも耐え切った。 「ゼレイド、逃げてからリーフストーム!!」 ドラップの腕が届かない場所まで逃げなければヤバイと分かったのだろう。 カイトは驚愕の表情を隠そうともせず、ゼレイドに指示を出した。 反動から脱け出し、ゼレイドがドラップを睨みつけたまま背後に飛び退こうとした時だった。 斜め右から伸びたドラップの鉤爪が、ゼレイドの身体をガッチリとつかんだ!! 「げっ!!」 「その調子だっ!!」 顔を引きつらせて呻くカイト。 アカツキはドラップが上手にやってくれたのを見て、このままゼレイドを倒せると確信した。 「引きつけて炎の牙!! 一気に決めろっ!!」 「させるかーっ!! ゼレイド、リーフストーム!! 全力でぶっ放せ!!」 このまま何もしなければ負けると判断して、カイトは回避よりも全力で攻撃してドラップを倒せと指示を出した。 逃げることを考えていては、ドラップを倒す手段を失ってしまう。 それなら、ゼロ距離からの攻撃で多少バックファイアを食らおうと、攻撃し続けなければならない。 カイトの切羽詰まった意気込みを背に受けて、ゼレイドは至近距離からリーフストームを放った!! 限定された空間に無数の葉っぱが乱れ飛び、ドラップのみならずゼレイド自身をも巻き込んだが、気にする様子もなく放ち続ける。 周囲一帯に葉っぱが散乱するような状況になりながらも、ドラップは動きを止めることなく、 鉤爪でガッチリつかんだゼレイドの身体を口元に近づけ、ガブリと噛みついた!! 刹那、炎の力を宿した牙から発せられる膨大な熱量が、ゼレイドの身体を貫く!! 「わーっ、ゼレイドーっ!!」 カイトが頭を抱えて絶叫するが、ドラップはゼレイドに噛み付いたまま、離さない。 ゼレイドはもちろん抵抗していたが、リーフストームの勢いは弱くなり、やがて完全に収まった。 威力の上がった炎の牙一発で、戦闘不能になってしまったのだ。 「…………」 ドラップは、相手がぐったりして戦えなくなったことが分かると、牙を離し、ゼレイドの身体を足元にそっと横たえた。 好戦的な性格ではあるが、相手が戦えないと分かると、無意味に傷つけたりしないという優しさも持ち合わせているのだ。 「あーっ、ゼレイド〜っ!! 戻れーっ!!」 カイトは悲鳴のような声を上げると、顔を引きつらせたままでゼレイドをモンスターボールに戻した。 相性的に有利とは言えない相手だったが、勝てないことはないと思っていたのだ。 それどころか、ソーラービームの連発でどうにかなると思っていたが、 そこは認識不足というか、相手を甘く見ていたせいでしっぺ返しを食らったところだろう。 「くぅ……やるようになりやがったなあ、こいつ〜……」 カイトがゼレイドを労いながら、アカツキもやるようになったものだと思っていると、 「ドラップ、その調子!! 次も頼むぜ!!」 「ごぉっ!!」 アカツキは喜びを爆発させたような声でドラップの健闘を讃えた。 リーフストームで大きなダメージを受けているが、満身創痍と呼べるほど深刻な状態ではない。 多少息を切らしていようと、闘志はまるで衰えていない。 「へえ……アカツキもやるようになったなあ。驚いた」 「まったく……」 「…………」 「…………」 アカツキがドラップの技をちゃんと理解した上で使わせているのだと分かって、アラタとキョウコは脱帽したようだった。 まさか、旅立って二週間弱でここまでやるようになったとは…… 予想外だったが、それはそれで楽しめる要素が一つ増えたということで、二人してニコッと微笑んでいた。 「…………んじゃ、次行くか……」 カイトはモンスターボールを持ち替えると、呻くようにつぶやいた。 正直、ここまでやるとは思わなかったが、それでこそ戦い甲斐があるというものだし、ライバルと呼んでも良いと、改めてそう思える。 カイトがボールを持ち替えたのを見て、アカツキは眉根を寄せた。 「次は誰で来るんだろ……レックスかな? それとも……」 ドラップが遠距離戦を苦手としているのは分かったはずだ。 アイアンテールによる跳躍があるにしても、それはそう何度も使えるやり方ではない。 それなら、レックスで戦いを挑んでくる可能性が高い。 しかし…… もう一体のポケモンを出してくるかもしれない。 どちらにせよ、三対三のバトルである以上は、互いの手持ちをすべて出さなければならない。 いずれは戦うのだから、気にするだけ詮無いことではある。 「おまえがここまでやるなんて正直思わなかったけど、やっぱおまえはオレのライバルなんだって分かるぜ!! それじゃ、次のポケモンを見せてやる!! 来いっ、クロー!!」 レックスではない……? アカツキはカイトが軽く投げ放ったボールを注意深く見つめていた。 草むらに着弾すると同時に口を開き、中から飛び出してきたのは…… 「マクロっ!!」 「ヌマクロー? ゲットしてたんだ……」 アカツキの見知ったポケモンだった。 ぬまうおポケモン・ヌマクロー。 少しくすんだような青い身体が特徴で、頭上にはモヒカンを思わせるヒレが生えている。 左右の頬にはオレンジ色のエラがついていて、愛嬌のある顔立ちも相まって、カッコイイというよりも可愛いという表現が似合うほどだ。 ヌマクローは水と地面タイプを併せ持ち、両方の技を使いこなすテクニシャン。 ネイトより少し大きいくらいだが、ドラップと比べれば大人と子供ほどの違いはあるだろう。 「ヌマクローって、進化するとラグラージになるんだよな……」 ヌマクロー――クローをじっと見つめながら、アカツキはそんなことを思った。 ヌマクローはミズゴロウの進化形で、そこからさらに進化するとラグラージになる。 ラグラージと言えば、レイクタウンの住人にとっては英雄――救世主のようなポケモンだ。 というのも、かつてレイクタウンが未曾有の大洪水で水の底に沈みそうになった時、 セントラルレイクに棲んでいたラグラージたちが泥の壁を街に築いて、水没の危機から救ったとされているからだ。 今でもミズゴロウやヌマクロー、ラグラージはセントラルレイクやその畔で静かに暮らしている。 まさか、そこに暮らしているヌマクローと仲良くなってゲットしたのだろうか? ……とも思ったが、それはバトルが終わってから、互いの経過報告でもしながら聞けばいい。 アカツキはバトルに頭を切り替えた。 「よし、んじゃ次はこっちから行かせてもらうぜ!!」 それを待っていたように、カイトは朗々と宣言すると、クローに指示を出した。 「マッドショット!! 連発だ!!」 「マクロっ!!」 指示を出されたクローは口を大きく開くと、ボール状の泥の塊を次々と吐き出した!! 見た目こそかなり汚いが、これもれっきとした技だ。 粘着性の強い泥のボールを吐き出し、当たった相手の動きを鈍らせることができる、地面タイプの技。 毒タイプのドラップには効果抜群となる技だが、 「ドラップ、クロスポイズンで打ち払えっ!!」 アカツキが黙って食らうはずもなかった。 避けることはできそうにないから、技と技をぶつけ合うことで凌ぐしかない。 バッティングマシンから放たれた野球のボールのごとく、すごい勢いで泥の塊がドラップ目がけて飛んでいく。 ドラップは鉤爪に毒素を凝縮させると、裂帛の声を上げながら腕を振るった。 真っ先に放たれた泥の塊は、丸太のような太い腕から繰り出される強烈な一撃に耐え切れずに破裂し、泥と泥水を周囲に撒き散らした。 クローがピッチャーだとしたら、さしずめ、ドラップはバットを二刀流にしたバッターといったところか。 自慢のクロスポイズンで次々と飛来する泥の塊を撃ち落とし、直撃を許さない。 「いいぞ、ドラップ!!」 素早く動くことは苦手でも、腕を振るうのは別ということか。 驚異的な命中率でもって泥の塊を次々と撃墜するドラップに、アカツキは黄色い声援を贈った。 直撃さえしなければ、ダメージなど大したことはない。 クロスポイズンで打ち払っていても、少しはダメージを受けるが、直撃を受けるよりは遥かに被害が少ない。 「ちっ、さすがにやるなあ……」 アイアンテールを使って跳躍してきたり、ゼレイドを炎の牙の一撃で倒したりと、 脅威的なパワーを見せつけるドラップを睨みつけながら、カイトは舌打ちした。 さすがに、相性が有利でも、単純なパワーでは負けている。それだけは認めなければならないだろう。 しかし…… 「いいんだな、これで……ウシシシ……」 舌打ちなどしていても、胸中では思い通りに行っていると、人知れずほくそ笑んでいた。 ドラップは息を切らしながらも、クローが放ち続ける泥の塊を片っ端から振り払い、撃墜していく。 その度に泥が飛び散り、ドラップの周囲はいつの間にか泥の海で覆われていた。 せっかく青々と生い茂った草も、泥に塗れて無残な姿をさらしている。 それに、ドラップ自身も泥に塗れていた。 直撃を受けなかった分、動きが鈍るということもなさそうだったが…… 「…………っ」 百発近くマッドショットを放ったこともあり、クローは息も絶え絶えといった様子だった。 大技ではないにしろ、短期間に数を撃てば、それなりに体力を消耗する。 一発も直撃させられなかったのはカイトの誤算だと睨み、アカツキは口元の笑みを深めた。 それを見て、カイトは胸中の笑みをさらに深めた。 思い通り……アカツキは勝ち誇ったつもりでいる。 昔から詰めが甘かったが、それは旅に出ても変わらないらしい。 「クロー、ハイドロポンプ!!」 カイトは疲れを見せているクローに、水タイプ最強の技を指示した。 指示を受け、クローは疲れた身体に鞭打って、大きく開け放った口から水の塊を吐き出した!! 何かに触れた途端、猛烈な水圧を解放して相手に大ダメージを与える技、ハイドロポンプだ。 これならば、ドラップが仮にクロスポイズンで打ち払おうと、大きなダメージを与えられる。 ゼレイドとの戦いで疲弊したドラップにはかなり辛い一撃になるはずだ。 それに…… 「さっきのパターンからすりゃ、必ずやる……」 カイトはこの時点で、ドラップを倒せると確信していた。 親友が焦りを滲ませた表情の裏に、勝利への階段を築き上げていることなど知る由もなく、 アカツキは勝ち誇った表情のまま、ドラップに指示を出した。 「ドラップ、アイアンテール!! もっかい空を飛ぶんだ!!」 大技を放った直後にできる隙を狙い、再びアイアンテールによる跳躍で距離を詰め、猛攻を仕掛ける手に打って出た。 クローは水タイプを持っているが、同時に地面タイプも持ち合わせているため、水タイプの弱点となる『雷の牙』によるダメージは期待できない。 ならば、他の技で攻撃するだけのことだ。 マッドショットを数十発放った後でハイドロポンプと、体力を浪費するようにしか思えないような戦い方をしてきたツケを、 ここいらで支払わせてやるのだ。 ドラップは素早く身体の向きを変えると、シッポをピンと立て、地面目がけて思い切り振り下ろし―― ずぼっ。 泥を跳ね除けて地面にめり込んだが、それからは何も起こらなかった。 「……!? あ、あれ……?」 予想と大きく異なる結果に、アカツキは勝ち誇っていた表情はどこへやら、口をポカンと開け放ったまま、唖然とするしかなかった。 戸惑っているのはドラップも同じだった。 全力で振り下ろせば、シッポを中心にして膨大な力が働き、重量級の身体さえ宙に投げ出すことができるのだ。 それなのに、今回はできない。 ……なぜだ? ポケモンとトレーナーが一緒になって動揺しまくっている間にも、クローが渾身の力を込めて放ったハイドロポンプがドラップに迫っていた。 今から避けることなど論外だし、アイアンテールでもう一度身体を宙に投げ飛ばそうという考えすら湧かなかった。 動揺している間に、剛速球の如き勢いで放たれた水の塊がドラップを直撃し、 内に秘めた猛烈な水圧を解き放ち、ドラップの身体を軽々と吹き飛ばした!! 「ドラップっ!!」 アカツキの声は、もはや悲鳴だった。 まさか、ハイドロポンプをまともに食らうことになるとは思わなかったのだ。 だが、事実は事実として受け止めなければならない。 激しく地面に叩きつけられたドラップだったが、立ち上がろうともがいていた。 「ドラップ……」 ゼレイドとの戦いで疲弊していたのが堪えてか、立ち上がる途中に、 プツリと糸が切れたようにその場に崩れ落ちると、ピクリとも動かなくなった。 「……っ、戻れ!!」 もう戦えないのは見た目に明らかだったので、アカツキはドラップをモンスターボールに戻した。 ゼレイド、クローと、強敵二体を相手に、よく戦ってくれた。 アカツキはドラップが戻ったボールに微笑みかけて、 「ドラップ、ありがとう。ゆっくり休んでてくれ」 ゼレイドを倒すことができたし、クローをかなり疲れさせることもできた。 よく頑張ってくれたから、ちゃんと労いの言葉をかけてやる。 それはトレーナーにとって当然のことだった。 「でも、なんでアイアンテールが上手く行かなかったんだろ……?」 ドラップのボールを腰に戻し、肩で息をしているクローを見つめながら、アカツキはなぜアイアンテールによる跳躍が失敗したのか考えていた。 「なるほどね……うまいことやるじゃない、あの子」 「…………」 キョウコはいち早く、ドラップのアイアンテールによる跳躍が失敗した理由を見抜いた。 実際、アラタでもなぜ上手く行かなかったのか分からなかったのだが、 そこのところは学業で圧倒的な差をつけられたところが大きく響いていたのかもしれない。 アラタは横目で、何が楽しいのか笑みなど浮かべているキョウコを睨みつけながら、愚痴るように言った。 「どういうことなんだ?」 「簡単なことじゃない。あんたねえ、仮にもスクールを卒業したんだったら、これくらいのトリックは見抜けないと……」 「んだとぉ!?」 鼻で笑われて、アラタは額に青筋を浮かべ、素っ頓狂な声を上げた。 「…………っ!!」 すぐ傍で大声を上げられたので、ミライは身体を大きく震わせた。 驚かされるのが苦手な少女には、心臓が止まるような想いだったのだ。 「ほらほら、そうやって大声上げないでよ。ミライちゃんが驚いてるじゃない」 「あう……悪い。悪かった」 してやったりと言わんばかりの笑みを浮かべ、キョウコはアラタをたしなめた。 慌てて振り返ったアラタは、ミライが荒い息遣いをしているのを見て、素直に詫びた。 驚かせるつもりはなかったが、要は結果論だ。 まさか、ここまで驚くとは思わなかった。 「い、いえ……」 ミライとしても、いつまでもこのままではいけないと思っている。 少しくらい驚かされたって、何ともないような顔をしていなければならないことだってあるはずだから。 いきなりそんな風にはなれなくても、少しずつ変わっていかなければならない。 変わろうと努力しなければならないのだと言い聞かせながら、荒い呼吸を落ち着けた。 「で……どういうことなんだ?」 ミライが落ち着いてきたのを見届けてから、アラタはキョウコに訊ねた。 「普通の場所なら、アイアンテールでさっきみたく空跳べたと思うけどね。泥に塗れた場所じゃ、そうも行かないのよ」 「あ……」 泥と言われて、やっと分かった。 物分りが悪いわけではないのだが、キョウコほど頭の回転が速くないのだ。 バトル、学業ともトップクラスの成績を誇り、主席でスクールを卒業したのは伊達ではない。 キョウコがアラタやミライ、カヅキに対して説明を始めようとした矢先、 「ふっふーん。なんでアイアンテールで空飛べなかったのか、驚いてるんだろ〜?」 「……!!」 カイトが一足早くアカツキにカラクリを説明し始めた。 ドラップのような重量級のポケモンがいなければ、二度と同じ手を使われる心配がない。 そこを理解しているからこそ、説明しようという気になるのだ。 「泥でいっぱいのところに力なんか加えても、泥が力を吸収しちまうんだよ。 地面にちゃんと力が伝わらなきゃ、アイアンテールだろうが何だろうが、空なんて飛べないってことだ。上手いことハマってくれて助かった〜」 「うう……」 説明を受けて初めて、アカツキはカイトが何を企んでいたのか理解できた。 説明されなければ分からなかったし、カイトの企みを見抜くことができなかった。 てっきり、相性的に有利な技で攻撃してきているのだとばかり思っていたのが罠だった。 カイトは前々から、直接攻撃してくるより、外堀を埋めてからじわりじわりというやり方が得意だった。 珍しく直球勝負に出たものだから、回りくどい手など使ってこないと思っていたのだが、甘かった。 相手の企みを見抜けなかった自分の迂闊さが、無性に悔しい。 だが、 「ここから巻き返してやるんだ……」 アカツキはその悔しさをバネに、拳をグッと握りしめた。 イーブンではあるが、相手の二体目を先に引きずり出し、その上かなり消耗させられた。この状態なら、十分に勝てる。 アカツキはモンスターボールを持ち替えると、頭上に軽く投げ放った。 「リータ、出番だよっ!!」 トレーナーの声に応えてボールが口を開き、中からリータが飛び出してきた。 「チコっ♪」 やっとあたしも戦えると、リータは頭上の葉っぱをヒラヒラ左右に振って喜んだ。 相手は地面タイプと水タイプを併せ持つポケモンだ。 両方のタイプが弱点とする草タイプの技を受ければ、それだけで大ダメージを与えられる。 攻撃面、防御面と、相性的にはリータが圧倒的に有利だ。 「ここでクローを倒して、レックスにも少しはダメージ与えときたいな……」 リータはベイリーフ、メガニウムと進化を二段階控えていて、実力的にはネイトやドラップと比べるとやや物足りないところが否めない。 それでも、フォレスタウンで一週間特訓を続けて、着実に実力をつけてきた。 相性の有利さも手伝えば、クローを倒すことは可能だ。 ここは強気に攻撃に打って出れば、苦労せずに相手を倒せるはず。 アカツキはカイトの外堀を埋めてから一気に攻めるような戦略を警戒しながらも、大胆に攻め入る方法を考えた。 Side 5 「へぇ〜、やっぱチコリータで来たか……」 カイトはアカツキの二番手がリータだと分かっても、動揺しなかった。 なぜなら、ここでネイトを出さないことは分かりきっていたからだ。 カイトが最後に温存したのはレックス。 ならば、アカツキはレックスに対して有利で戦えるよう、クローと有利に戦えるリータを先に出してくる。 リータとレックスではあまりに相性が悪すぎるからだ。 「相性は悪いけど、ま、なんとかなるだろ」 カイトは相性の悪さなどまるで感じさせないほど、楽観的に振る舞っていた。 こちらはすでに進化を一段階経ているのだ。単純な実力ではこちらの方が上。相性など、戦いを決める一つの要素でしかない。 「行くぜカイト!!」 アカツキは大声でカイトの思考に強引に割って入り、叫ぶ。 ここでモタモタしていれば、インターバルの間にクローの体力が回復してしまう。 ほんの数分で満タンになるとは思えないが、マッドショットを十発放った分の体力なら回復してしまうのだろう。 相性的に有利であっても、不利になりうる要素は見逃せない。 肩で荒い息を繰り返しながらリータを睨みつけているクローを指差し、リータに指示を出す。 「リータ、葉っぱカッター!!」 手負いの獣ほど危険とはよく言ったもので、短期間に倒してしまわなければ危ない。 ラグラージを守り神と崇めている街出身ゆえの強みか、アカツキはその進化前であるヌマクローやミズゴロウのことをよく知っていた。 いずれのポケモンも、特性は『激流』。 体力をすり減らした時に、得意とする水タイプの技の威力が引き上げられると言う、一発逆転の要素を秘めた特性だ。 特性が発動した状態のハイドロポンプの威力は恐ろしいものになるだろう。 相性で多少ダメージを軽減できるとはいえ、進化を控えて実力が未完成なリータが食らえばひとたまりもない。 だから、特性を発動させる暇を与えずに倒す。 それに尽きた。 アカツキの気持ちを理解してか、リータは真剣な面持ちでその場に踏ん張ると、頭上の葉っぱを大きく打ち振って、葉っぱカッターを発射!! 数枚の葉っぱが勢いよく回転しながら、クローへと向かって虚空を突き進む!! 草タイプの技はクローの最大の弱点。 そう易々とは食らわない。 「クロー、マッドショットで撃ち落とせ!!」 目には目を。飛び道具には飛び道具を。 そう言わんばかりに、カイトの指示を受けたクローがマッドショットを放つ!! 両者の中間で技が激突し、葉っぱカッターは細切れに吹き飛び、マッドショットもただの土塊と化してボロボロと崩れ落ちていく。 技の威力では互角だった。 「うえっ……!?」 葉っぱカッターとマッドショットが相殺する形になって、カイトは驚愕に表情を引きつらせた。 進化を経て全体的な能力が底上げされたクローのマッドショットを粉砕するほどの威力が、リータの葉っぱカッターにあったとは思うはずがない。 だが、フォレスタウンでの集中特訓で、リータは進化してもおかしくないくらいの実力を身につけているのだ。 とはいえ、アカツキも技が相殺したからと言って喜べるわけでもない。 「リータの技とクローの技は威力が互角なんだ。このままじゃまずいなあ……」 葉っぱカッターを普通に放っても、クローがマッドショットで相殺するだろう。 リータは攻撃から防御まで卒なくこなせるが、裏を返せばどちらにも秀でているとは言いがたい。 攻撃面で優れているわけでも、かといって防御面で優れているわけではないのだ。 進化を二段階控えて、能力的に未完成な部分が多いからこそ、特徴となるものが乏しい結果。 だが、それでも攻撃しなければ勝てない。 葉っぱカッター以外の方法で攻撃をするとしたら…… 考えをめぐらせている間に、カイトが反撃してきた。 「クロー、水鉄砲!!」 マッドショットよりも威力は落ちるが、攻撃範囲が広く、 体力の消耗も少なめな技で攻撃してくることを選んだのは、クローの体力を考えてのことだろう。 クローは言われたとおりに、水鉄砲を放って攻撃してきた。 「葉っぱカッターじゃ無理だ。こうなったら……」 まともに攻撃しても、埒が明かない。 葉っぱカッターとマッドショットのガチンコ勝負を仕掛けてもいいのかもしれないが――気持ち的には仕掛けたかったが――、 それではリータの体力を無駄に消費する結果になりかねない。 仮にクローを倒せても、最後に出てくるレックスにかすり傷一つ与えられずに倒されたのでは本末転倒だ。 可能な限り力を温存してクローを倒したい。 そんな都合のいいやり方があるとは思えないが、搦め手から攻めるというやり方を、アカツキはフォレスタウンでの特訓で覚えていた。 押してダメなら、一度引いてみる。 攻撃技だけで埒が明かないなら、補助の技を駆使して、流れを変えて仕掛けてみる。 「リータ、避けて草笛!!」 一時的にでも、クローが攻撃を避けられない状態を作り出せれば、葉っぱカッターの連発で大ダメージを与えることができる。 アカツキの判断に従い、リータは押しよせる水の奔流からさっと身を避わすと、着地と同時に草笛を発動した。 「おまえのやりそうなことは分かるけど、させないぞ!!」 カイトは、アカツキのやろうとしていることを瞬時に察知して、クローに指示を出した。 「ハイドロポンプ!!」 草笛は発動までに少し時間がかかる。 それまでにダメージを与えて、技の発動自体をつぶしてしまえばいい。 カイトは草笛による『眠り』をマイナス要素として捉えながらも、技の発動までの時間を好機として捉えていた。 リータが草笛を発動して動けないのを狙って、クローがハイドロポンプを放つ!! アカツキにとって幸いだったのは、水タイプの技の威力が上がる『激流』の特性が発動していなかったことだ。 食らえば痛いだろうが、リータなら耐えられるはずだ。 アカツキはそう信じて、避けろという指示を出さなかった。 ネイトやドラップと比べるとやや気弱な印象が否めないリータだが、やる時はやるのだ。 剛速球の勢いで迫り来る水の塊を前にしても一歩も退かず、その場に踏ん張って草笛を発動していた。 ハイドロポンプがリータを吹き飛ばす直前、草笛が発動!! 一種独特な音色が周囲を漏れなく包み込み、クローは体内から湧き上がってくる睡魔に抗う暇もなく、その場に横になって寝息を立て始めた。 「あーっ、クローっ!!」 カイトが叫んだ次の瞬間、ハイドロポンプがリータを盛大に吹き飛ばした!! 「リータ、気張れっ!!」 水の塊から解放された水圧は、小柄なリータの身体を容易く宙に投げ飛ばし、大きく吹き飛ばしていた。 ハイドロポンプ自体のダメージはそれほど大きくないだろうが、地面に激しく叩きつけられた衝撃と合わせれば、侮れないほどになる。 「チコっ……」 痛いけど、頑張る。 リータは小さく声を上げると、ゆっくりと立ち上がった。 足元が一瞬覚束なかったが、すぐに全身に力を込めて踏ん張った。 立ち上がったリータが見たのは、草笛で眠りこけたクローの無防備な姿だった。 「よし……」 リータがまだ十分に戦えるだけの力を残しているのを悟り、アカツキは今ならクローを倒せると確信した。 クローはダメージこそ負っていないが、度重なる大技の連発により体力をすり減らしている。 ここに怒涛の勢いで葉っぱカッターを叩き込めば勝てるはずだ。 やると決めたら早い方がいいということで、アカツキは早速リータに指示を出した。 「リータ、クローに近づいて葉っぱカッター連発!! 一気に倒せっ!!」 「チコリーっ!!」 リータはクロー目がけて駆け出しながら、頭上の葉っぱを打ち振って葉っぱカッターを連射!! 可愛いながらも気迫をみなぎらせた表情で放った葉っぱカッターは、 ゼレイドのリーフストームにこそ及ばないものの、それに近いだけの激しさを宿していた。 眠りこけて無防備なクローは、葉っぱカッターの連続攻撃を避けることができなかった。 次々と葉っぱカッターを食らい、その痛みに目を覚ましながらも、避けようと身体を動かすことができなかった。 リータの草笛は未完成なもので、相手を眠らせる時間が極端に短いが、それでも相手に無防備な姿をさらさせるには十分だった。 「クロー、踏ん張れっ!! 特性さえ発動させられりゃ、楽に蹴散らせる!!」 次々と襲いかかる葉っぱカッターの猛攻に、身体を丸めて耐えているクローに向かってカイトが檄を飛ばす。 ここで堪えてさえくれれば、特性『激流』が発動し、相討ち覚悟のハイドロポンプで確実にリータを倒せる。 アカツキと違い、カイトは直感的な計算力に優れており、ネイトをレックスで倒し続けてきたのも、 そういったインスピレーションの為せるワザだった。 だが、今回はそうも行かなかった。 最大の弱点である草タイプの技を食らいまくり、あっという間にダメージが雪ダルマ式に膨れ上がったことから、 クローは堪えることさえできずに倒れてしまった。 「うわーっ!!」 いくら相性が最悪とはいえ、進化さえしていないチコリータに負けるとは思わず、カイトは髪の毛をぐちゃぐちゃに掻きむしりながら絶叫した。 認めたくはなかったが、旅に出てアカツキが実力をつけてきたのだけは間違いない。 「くぅぅぅ……」 寂しいと甲高い声で嘶く犬のような声を上げ、カイトは奥歯をグッと噛みしめた。 まさか、先にこちらの手持ちが二体倒されるとは思わなかった。 「戻れ、クロー!!」 それでも、クローが戦えないのは傍目にも明らかだった。 カイトは潔くクローをモンスターボールに戻した。 「よ〜しっ!!」 悔しがるライバルとは対照的に、アカツキは舞い上がらんばかりの声を上げてガッツポーズを取った。 これで、カイトの手持ちはレックスしか残っていない。 リータでレックスを倒せるとは思えないが、相性的に圧倒的に有利なネイトが残っている。 この勝負は、もらったも同然だった。 「リータ、その調子で次も頼むよ!!」 「チコっ!!」 頑張ってクローを倒してくれたリータに労いの言葉をかける。 リータは『次もジャンジャン倒してあげる』と言わんばかりに元気に嘶いた。 トレーナーとポケモンの息がピタリと合っているのを見て、アラタは「なかなかやるなぁ」と素直に思った。 「ふふ〜ん、少しは頑張ってるみたいじゃない。 カイト相手にここまでやるなんて、正直思わなかったけどね〜」 反面、キョウコはやや手厳しい反応だった。 どこか小ばかにしたような口調に、アラタとミライはむっとしたような表情を向けたが、険悪な雰囲気を察したカヅキが『まぁまぁ』と宥める。 とはいえ、キョウコとしても、アカツキがここまで頑張るとは思わなかった。賞賛はしているのだが、口調がまずかった。 「ふん、オレの弟だ。これくらい当たり前さ」 いくら言葉を尽くしても態度は直らないだろうと一方的に決め付けて、アラタは不機嫌さを隠そうともせずに吐き捨てた。 元々、アカツキにはトレーナーとしての高い資質が眠っていたのだ。 旅に出て様々な経験を積むことで、資質が揺り動かされて実力に変わっていく。 ただそれだけのことだ。 「でも、次で最後のポケモン……まあ、あんたなら分かるでしょ。レックスは手強いわよ?」 「ま、そりゃそうだな……」 「…………」 「…………」 アラタが不機嫌になっているのは分かったので、キョウコは少し口調を緩やかにして言葉を返した。 事実ゆえ、アラタもそれ以上は言い返せなかったようだ。 「でもまあ、今のあの子なら勝てるんじゃない?」 「当然だろ。いつまでもカイトに負けてもらってちゃ困るんだ。オレとネイゼルカップで戦うんだって約束したんだからな」 いつまでもカイトに負けていては、ネイゼルカップ出場など夢のまた夢だ。 ここでぜひとも勝利して、次への弾みにしてもらいたい。 それは兄としての気持ちではなく、トレーナーとして……同じ目標を持つライバルとしての気持ちだった。 何気にしみじみと物思いに耽っていると、ミライがキョウコに訊ねた。 「……レックスって、カイトの最後のポケモンのこと?」 「そうよ。リザードなの。いろんな技が使えるから、あたしも初めて戦った時は驚いちゃったなあ」 「へえ……」 キョウコが驚くのだから、かなりのテクニシャンなのだろう。 そんなリザード相手にアカツキがどうやって戦っていくのかが気になって、ミライは感嘆の声を漏らしながら、視線をアカツキに向けた。 カイトがまだポケモンを一体残しているにもかかわらず、彼の表情は勝ちを確信しているかのようだった。 事実、胸中はすでに勝利した後のことに飛んでいた。 まあ、それはともかく…… 「ふぅ……」 カイトは落ち着きを取り戻し、大きく深呼吸した。 ゼレイドに続いてクローまで倒されるとは思わなかったが、さすがはライバルといったところか。 残っているのはレックスだけだが、よく考えればレックスでリータ共々ネイトまで倒してしまえばいい。 今までだって、レックスでネイトをコテンパンに伸してきたのだ。 今さらできないことではない。 そう分かってからは早かった。そこのところはライバルと似た者同士なのかもしれない。 「アカツキ。おまえ、なかなかやるようになってきたなあ。驚いたぜ」 「そりゃあ、ガンバったもん。 オレだけじゃなくって、ネイトやリータやドラップとみんなでガンバってきたんだ。少しは強くなったさ!!」 アカツキがやるようになったのは認める。 だから、カイトはまだ戦いが終わっていないにもかかわらず、彼に褒め言葉をプレゼントした。 アカツキは浮付いた調子で答えたが、 「でもな、調子に乗るのはここまでさ。 オレの最高のパートナーを倒せるか? 行けっ、レックス!!」 その鼻っ柱をへし折ってやると意気込み、カイトは最後にして最強のポケモンが入ったボールを放り投げた。 着弾と同時に口を開いたボールから飛び出してきたのは、リザードのレックス。 アカツキにとってはカイトと同じような間柄のポケモンだが、今は敵同士。戦うからには倒さなければならない相手だ。 「ガーっ!!」 レックスはアカツキの姿を認め、一瞬うれしそうな表情を見せたが、すぐに戦いの顔つきに変わった。 多くを言われなくても、今が戦いの途中であることを理解しているのだ。 「レックスも強くなってるんだろうな……ガンバらなきゃ……」 自分たちが強くなったように、レックスだって強くなっているはずだ。 旅に出る前と同じような感覚で戦ったら、絶対に勝てない。 相性で不利なはずのネイトでさえ倒すほどのテクニシャンだ。 警戒してもしすぎることはないだろう。 「レックス、火炎放射!! 一気に決めるぜっ!!」 レックスがどれだけレベルアップしたのか気にしていると、カイトが先手を打ってきた。 ここでノーダメージでリータを倒せば、イーブンに持ち込める。それなら確実に勝てるという読みだろう。 それはアカツキにも分かったから、そうはさせまいとリータに指示を出す。 「リータ、避けながら体当たり!!」 体力が全快の時ならともかく、クローのハイドロポンプによるダメージが痛い。 一発でも火炎放射を食らえばノックアウトされるのは間違いないから、避けつつ攻撃するしかない。 アカツキの指示にリータが駆け出すと、ほぼ同時にレックスが口から紅蓮の炎を吐き出した!! 「げっ……めちゃ強いっ!!」 炎の勢いが、旅に出る前のものと段違いだったのを見て、アカツキはギョッとした。 フォレスタウンでの特訓でネイトがぐんとレベルアップしたのと同じように、レックスも旅先で特訓を重ねて強くなっている。 それが分かるような激しさを持つ炎だった。 リータは周囲の空気を灼熱させながら虚空を突き進む炎から逃れることができた。 直線軌道の技なら、攻撃範囲にさえ気をつければ直撃は避けられる。 しかし、 「チコっ……」 熱せられた空気の熱は、余波に近いだけのダメージをリータに与えていた。 身体があぶられる熱に顔をしかめながらも、リータは足を止めることなくレックス目がけて突き進む。 レックスの最大の武器は強烈な炎だ。 接近戦もこなすが、それはリフレクターで防げばいい。 炎を吐く暇さえ与えなければ、どうにかなる。 アカツキの判断は間違っていなかったが、見落としているところがあった。 カイトが、そう易々とリータを近づけさせはしないということだ。 リータを存分に引きつけてから、カイトはレックスに指示を出した。 「レックス、アイアンテールから火炎放射!!」 待ってましたと言わんばかりに、レックスは身を翻すと、鋼鉄の硬度を得たシッポで周囲の地面をなぎ払う!! 草が綺麗に刈り取られ、土の茶色が露わになって、地面を小さく削り取った。 「……?」 何をするつもりか分からず、アカツキは眉をひそめた。 カイトのことだから、きっと何か考えているのだろうが……それでも、策らしいものが見当たらなかったから、特に注意は払わなかった。 アイアンテールはリータに当たるどころか、自ら外したようなものだ。 警戒すべきは火炎放射。 今のリータが食らえば一発でノックアウトは確実だ。 食らわないようにしなければならないが…… リータが目前に迫ったのを視界の隅に収めながら一回転し、周囲に土を削り取った窪みで円弧を描く。 そして大きく息を吸い込むと、足元目がけて渾身の火炎放射を放つ!! 「…………!?」 一体何をするつもりだ……? 疑問に思うアカツキだったが、答えはすぐに示された。 カイトの足元に絨毯のように広がった炎は、彼が描いた窪みに流れ込み―― 刹那。 どぉんっ!! 窪みに溜まった炎があふれ、爆発的な勢いで周囲に広がっていく!! 「やべっ!!」 直線軌道が特徴の技を、他の技と重ねることでこんな形にしてくるとは思うはずもなく、 アカツキはリータを待避させようと指示を出そうとしたが、遅かった。 「チコっ!!」 リータの驚きの声が響くが早いか、その姿が広がる炎に飲まれて消える!! 「リータっ!!」 叫んだが、どうにもならなかった。 炎に巻かれたリータは逃れようともがくものの、完全にパニックに陥っていた。 「よし……これであとはネイトだけだな」 火炎放射はただ放つだけじゃない。 アカツキが信じられないと言わんばかりに瞳を震わせているのを見て、カイトは口の端に笑みを浮かべた。 これでリータは確実に戦闘不能。 ダメージを受けずにリータを倒せれば、あとはネイトだけ。 今まで倒せたのだから、今回も倒せる。よって、カイトの勝利。 そんな方程式がすでに完成していた。 気が早いのは言うまでもないが、それはアカツキも同じだった。 相性が有利なのだから、負ける道理はない。今までと違うのは、これまでのバトルで分かるはずだ。 「リータ、戻れ!!」 アカツキは炎が消えるのを待たずして、リータをモンスターボールに戻すことを選んだ。 空気中の酸素を糧としてレックスの周囲で激しく燃え盛る炎に、ボールから伸びた捕獲光線が突き刺さり、リータが引き戻される。 「リータ、ありがと。ゆっくり休んでてくれ。あとはネイトがやってくれっからさ」 傷つき、疲れ果てたリータを笑顔で労い、そのボールを腰に戻した。 「ふぅ……」 リータでレックスを倒せないというのは最初から分かっていたことだ。 体力差は言うまでもなく、相性が最悪だ。 少しでもダメージを与えられればと思っていたが、見込みが甘かった。 やはり、レックスにはネイトでなければならないのだ。 因縁に決着をつけるには、やはりネイトでなければならない。 最後の一体……それが、互いに旅立つ前から一緒に過ごしてきたポケモンとなると、やはり特別な感情を抱いてしまう。 アカツキは深呼吸を繰り返し、隙あらば興奮に鼓動を速く刻もうとする気持ちを落ち着けた。 気持ちが落ち着く頃には、燃え盛っていた炎が綺麗に爆ぜ、そこにはレックスの姿があるばかり。 炎に巻き込まれた周囲の草は完全に焼き尽くされ、さながら小さな焼け野原だ。 「やっぱ、レックスは強いなあ……」 「へへん、当然だろ。もーちょっとでリザードンに進化できるかもしれねえんだから」 アカツキの素直な感想に気を良くして、カイトは得意気な表情で胸を張った。 旅先で、レックスは大活躍してくれたのだ。 メキメキと実力を伸ばして、とあるジムリーダーには『もうちっとでリザードンに進化できるかもしれねぇな』と励まされたくらいだ。 確かにレックスは強くなった。 だが、ネイトだって負けてはいない。いや、レックスよりも強くなっている。 そのことを証明するためにも、ここで相手を打ち倒さねばならない。 「でもな、ネイトの方が強いってことを見せてやるよ!! オレが今までのオレじゃないってことも!!」 アカツキはネイトのボールを手に取って、得意気なカイトに向かって言葉を叩きつけた。 その迫力に一瞬、カイトは怯んだ。表情が引きつったが、それに気づいて何事もなかったように装おうとする。 そんな相手に構うことなく、アカツキはネイトのボールを頭上に放り投げた。 「ネイト、オレたちの力、見せてやろうぜっ!!」 トレーナーの強い意思に応えるように、ネイトはボールが最高点に達したところで飛び出してきた。 「ブイっ!!」 最後に勝つのはオレだと言わんばかりに、ネイトはレックスを睨みつけながらも胸を張って自分を大きく見せた。 そこのところは少し前のカイトにそっくりだったが、レックスは構うことなくネイトを睨み返した。 気心の知れた間柄ゆえ、バトルになると余計に負けたくないと思えるのだ。 「あんまり変わったようには見えないんだけどね〜」 パッと見た目、ネイトは旅に出る前とまったく変わっていないように見える。 キョウコは素直な感想を漏らしたのだが、ミライが口を尖らせた。 「でも、強くなったんだよ。 わたしの見てないところで特訓してたんだもん。そりゃもう真剣だったんだって」 「へぇ……」 強い口調で言うものだから、興味が湧いて、隣に座っている年下の少女の横顔をチラリと見やる。 何かに期待しているような、明るい表情だった。 彼女の視線が惜しげもなく注がれているのはアカツキとネイト――いや、アカツキの方だろう。 トレーナーとして強くなった彼がどんな風にライバルとの最終決戦に臨もうとしているのか、気になっているらしい。 「なら、見せてもらおうじゃない。どんだけ頑張ったのかをね」 「後で吠え面かくなよ」 「ふふん……」 相変わらず辛口のキョウコに鋭い声音でツッコミを入れるアラタ。 どのような形であっても、弟をバカにするようなことを言われては我慢ならないらしい。 兄心というモノを剥き出しにした口調に、キョウコは不機嫌そうに息をついた。 別にバカにしているつもりなどないのだが、どうもそういう風に聞こえているらしい。 まあ、そんなことはどうでもよかったが…… アカツキとカイトが睨み合う。 トレーナーの前では、それぞれのポケモンが、倒すべき相手を睨みつけている。 周囲が緊張に包まれる。 「さて、どうやって戦おう……」 レックスは旅に出る以前よりも多くの戦法を覚えているだろう。 ただでさえトリッキーだというのに、多彩な技を効果的に組み合わせて新たな効果を生み出すようなやり方は脅威だ。 互いに相手の戦略が気になるあまり、身動きが取れずにいた。 そのまま時間が過ぎていく。 風が吹いて、青々と茂る草が、さぁぁぁぁぁっ、と涼やかな音を立てて揺れる。 その音だけが、周囲に響き渡った。 To Be Continued...