シャイニング・ブレイブ 第7章 絡み合う思惑 -Into the black stream-(中編) Side 4 「ふ〜、ここまで来れば大丈夫でしょ」 「…………」 立ち止まるなり息を切らした少女を、アカツキはじっと見つめていた。 自分が囮になることで、ミライとトウヤを青年のポケモンから遠ざけることができると考えて彼女の後についていくことを選んだが、 本当にそれで良かったのかと、今になってふと不安になった。 青年のポケモンはよく育てられており、まともに戦っても勝ち目はなかった。 それだけは分かる。 ドラップが狙いなら、自分が逃げてしまえば追いかけてくると思った。 だけど…… 「…………ホントにこれでよかったのかな……?」 誰に相談することなく、突然現れた少女の言葉に従って、安易に決めてしまった。 自分の行動の先にある結果だけを……目に見える結果だけを見て、簡単に決めてしまったという自覚はある。 ……だから、不安になる。 たぶん、今頃トウヤとミライはパニックに陥っているか、アカツキに対して暴言でも吐いているだろう。 ミライはともかく、トウヤはアカツキの保護者を自称するだけあって、いろいろと気を遣ってくれた。 そんな彼を半ば裏切ったとも言えるのだ。 気にならないはずがない。 アカツキの胸中を知らない少女は、息を整えると、笑顔を向けてきた。 「や〜、キミがあたしのこと信じてくれなかったらどうしようかと思ったよ〜」 「え……いや……」 今になってよく見てみれば、その出で立ちは少女のモノとはかけ離れていた。 なぜ今になって気がついたのかと言うと、トウヤとミライを危険から遠ざけることばかり考えていて、他のことに目が向かなかったからだ。 もっとも、それは言い訳にしか過ぎなかったが。 黒髪はボサボサで、結構ダメージとかが溜まってそうに見えたし、Tシャツにハーフパンツという、どちらかというと少年のような服装だ。 顔立ちで辛うじて少女だと分かるくらい。 それに、よくよく考えてみれば…… 「オレ、どうしてこの人についてきたんだ?」 突然現れた彼女についてきた理由がよく分からない。 彼女の言葉に従ったのは、ミライとトウヤを危険から遠ざけられると考えたからだ。 それ以上のものはない。 だが、それは彼女の言葉が後押ししたからであり、彼女が何者か知らなかったことなど考えに含まれていなかった。 「さて、ゲンキ〜。戻ってきて〜」 少女がネコをかぶったような声音で言うと、茂みを掻き分けてライチュウが現れた。 先ほど青年のカブトプスを倒して、リングマに破壊光線を叩き込んでいたあのライチュウだ。彼女がトレーナーだったのだ。 「チュウ〜」 ゲンキと呼ばれたライチュウは少女の傍まで歩いてくると、愛しそうに頬を寄せた。 よく育てられているし、トレーナーとの絆も深い。 悔しいが、今の自分ではとても敵いそうにないと、アカツキは素直に認めるしかなかった。 「あのさ、キミは……?」 アカツキは恐る恐る、ライチュウの頭を笑顔で撫でている少女に声をかけた。 十分以上も走って、道路からはかなり離れた場所までやってきたのだ。ここまで来れば、ミライとトウヤは大丈夫だろう。 カブトプスが倒されたのは目の前で見たから、少しは余裕らしい余裕もできていた。 アカツキの胸中を察してか、少女は顔を向けると、ニコッと微笑んで自己紹介した。 「あたしはリィ。で、こっちはゲンキって言うの。 えっと……確かキミはアカツキって言うんだよね。あたしの上司から聞いてるよ」 「はあ……」 どうやら、こちらの事情を察した上で助けてくれたようだ。 だとしたら、彼女はポケモンリーグから遣わされたトレーナーということになる。 いつになったらポケモンリーグが手を貸してくれるのかとヤキモキしていたが、実際に手を貸してくれる人が現れたとなれば、もう大丈夫だろう。 アカツキは胸に手を当てて、ホッと胸を撫で下ろした。 ネイトとラシールが戦闘不能になってしまい、残っているのはリータとドラップだけだ。 この状態であの青年のポケモンと戦うのは正直言って厳しい。 だけど、少女――リィのポケモンがいれば、恐れることはない。 ネイトとラシールの攻撃でダメージを受けていたとはいえ、あのカブトプスを一撃で倒してしまったのだ。 アカツキが安堵しているのを見て、悪い気分はしなかったのだろう。 リィはゲンキの頭を撫でる手を止めて、言葉をかけてきた。 「キミの事情は大体聞いてるけど、あたしが来たからもう大丈夫だよ。 もうちょっとあいつを泳がせてから戻ろう」 「あいつって……カブトプスとリングマのトレーナーのこと?」 「うん。 あいつ、マスミって言うんだけどさ、なんていうかムチャクチャ強いトレーナーなの。 あたしもできれば敵には回したくなかったんだけどね、キミが頑張ってくれてたから、ゲンキで不意打ちかましてカブトプスを倒しちゃった」 「…………」 お茶目に言うが、あの状況で茶目っ気など出されても困るというのがアカツキの正直な感想だった。 もちろん、助けてくれた相手にそんなことは口が裂けても言えなかったが。 「でもさ、なんだか疲れちゃったから、ここで休もうか」 リィがゲンキをモンスターボールに戻し、その場に座り込もうとした時だった。 ざっ…… 茂みが揺れて、アカツキは反射的に顔を向けた。 まだ完全に危機を脱したわけではないとどこかで感じていたのかもしれない。 反応の速さは格闘道場で鍛えた賜物か。 茂みを踏み越えて、あの青年……マスミが姿を現したのだ。 「げっ……」 逃げおおせたとばかり思っていたが、相手はそんなに甘くなかったようだ。 マスミの傍に、ボーマンダが舞い降りる。トウヤが倒し損ねたボーマンダだった。 強敵がやってきたことに気づいて、リィが鋭い眼差しを向ける――が、ゲンキをもう一度モンスターボールから出そうとはしなかった。 アカツキとリィが、マスミと睨み合う。 カブトプスとリングマを倒されても、ボーマンダが残っていれば大丈夫だと思っているからこそ、こうして追いかけて勝負を挑んできたのだ。 ドラップを狙ってさえいなければ、見上げた根性だと思って素直に賞賛できたのだろうが、場合が場合だけに、そういうことはできなかった。 「…………」 マスミは何も言わず、じっとアカツキを見つめてきた。 無言のプレッシャーとでも言うのか、おとなしくドラップを渡せと鋭い眼差しで迫っている。 無論、アカツキはそんなものに怯えたりすることなく、毅然とした態度で睨み返した。 「まだやるって言うんなら、オレが相手になってやる」 ボーマンダ一体なら、リータとドラップでなんとかなるかもしれない。 ボーマンダは氷タイプの技を最大の弱点としており、ドラップなら『氷の牙』でその弱点を突くことができるし、 クロスポイズンなどの強烈な技を組み合わせれば勝てない相手ではない。 しかし…… 「は〜い。動かないでね〜」 「……?」 緊迫した雰囲気をぶち壊すように、リィの陽気な声が響き渡る。 なんでそんな声を出すんだと全力でツッコミを入れてやろうとしたアカツキの動きが、凍りつく。 背中に、何か鋭いモノを押し当てられたような感覚を覚えて。 「…………!!」 背後に生まれた気配に気づく。 いつの間にやらモンスターボールから外に出ていたゲンキが、鋭い尻尾の先をアカツキの背中に突きつけていた。 リィが動かないでと言ったのは、アカツキに対してだったのだ。 「ま、まさか……」 アカツキの額を一筋の冷や汗が流れ落ちていく。 モンスターボールを手に取ることなど、できるはずもない。 ここに来て、初めて事態が飲み込めた。 「リィ。キミってもしかして……」 「う〜ん。今頃気づいたって遅いよ〜。あたし、マスミの仲間なんだも〜ん」 「…………」 リィは素直に認めた。 彼女はポケモンリーグから遣わされたトレーナーを装って、アカツキをミライとトウヤから引き離したのだ。 ここに来るまで気づかなかったなんて……アカツキは己の迂闊さを呪ったが、それでこの状況がどうにかなるとは思えない。 前後を挟み撃ちにされ、逃げ場などない。 増してや、まともに戦っても勝ち目はない。 ミライとトウヤもここに来るまでには時間がかかるだろう。 マスミが短時間でここまで来られたのは、あらかじめリィと落ち合う場所を決めていたからだ。 これ以上ない窮地だと、認めざるを得ない。 「おまえら、ソフィア団なのか……?」 ドラップを狙うからには、それしかありえないと思い、アカツキは試しに訊いてみた。 しかし、返ってきたのは意外な答えだった。 「ううん。あたしたちをあんな頭でっかちの薄らバカと一緒にしないでよ。 あんまナメた口利いてると、ゲンキの雷浴びせちゃうよ?」 「……え、じゃあ……」 眼光鋭くなったリィの雰囲気に気圧されながらも、アカツキは信じられない気持ちを抱かざるを得なかった。 ソフィア団と一緒にされるのが嫌だとしか思えない。 だが、ソフィア団でないのなら、どうしてドラップを狙っているのか……? アカツキの事情も分かっているようだったし、ポケモンリーグの裏切り者とも思えない。 一体、目の前にいる二人は何者だ……? アカツキは探るような眼差しを向けていたが、 「あんな頭でっかちの薄らバカじゃないんだから、考えられるの一つっきゃないでしょ。 あたしたちはフォース団だよ」 「フォース団って、確か……」 フォレスタウン以来聞いた単語だ。 フォース団と言えば、ソフィア団と敵対している組織で、いつもあちこちで抗争を繰り広げているとか。 フォレスタウンでソウタのハガネールを一撃で倒したあの女……名前はハツネと言ったか、彼女がフォース団の首領だったのを思い出す。 だとすると、目の前にいるのは彼女の部下ということになるのだが、どうにも腑に落ちない。 ソフィア団と敵対しているのなら、ドラップを狙う理由はないはずだ。 一度、冗談でもらっていこうかと言われたことはあるが、彼女にそのつもりがないのは明白。 なら、なぜ今頃になってドラップを奪おうとする? 意味が分からず、アカツキはリィとマスミを睨みつけたままだった。 「このライチュウを何とかできれば……」 まずは、背中にシッポの先端を突きつけているゲンキだ。 コイツをなんとかできれば、逃げられないこともない。 ……が、その後が問題になる。 屈強なドラゴンポケモンであるボーマンダを敵に回すことになる。 ゲンキを行動不能にさえできればなんとかなるが、それが無理の場合、二体のポケモンが敵に回る。 さすがにその状態で逃げおおせるのは難しいだろう。 せめて、少しでも隙が見えれば…… 「焦るな、焦っちゃダメだ……」 嫌でも逸る心に言い聞かせ、アカツキは握りしめた拳をグッと握りしめた。 無言でじっと見つめてくるマスミと、ニコニコ笑顔のリィ。 まるで対照的な存在だが、だからこそ互いに足りないものを補い合えるのかもしれない。 そんなことはどうでも良かったが、焦るなと言い聞かせようと、功を奏するはずもない。 焦るアカツキを嘲笑うように、リィはニコニコ笑顔を絶やさなかった。 ……しかし。 「勝手なマネをされては困る」 「まったくだ!! この野蛮人どもめ!!」 「……!?」 横手から、どこかで聞いたような声が飛んでくる。 慌てて振り向くと、ソフィア団のソウタとヨウヤが木立から姿を現した。 「な、なんで……」 尾行されていたのか……? そうでもなければ、こんなタイミングで現れたりはしないだろう。 いや……それよりも、二人がリィとマスミ――フォース団の面々に敵意を剥き出しにしていることだ。 敵対している組織なのだから、それは当然なのだが、尋常ではない。 もしかしたら、煮え湯を飲まされてきたのかもしれない。 ソウタとヨウヤはアカツキなど眼中にないらしく、リィとマスミを睨みつけていた。 彼らにとって大事なのは、ドラップを奪うことだ。アカツキをどうこうすることではない。 これから一体何が始まるのか…… アカツキは額を冷や汗が流れ落ちていくのが妙に気になった。 フォース団とソフィア団。 敵対している者同士が顔を突き合わせれば、始まるのがオトモダチの戯れでないことくらいはすぐに知れる。 「…………」 だが、こういう時こそチャンスかもしれない。 ソウタとヨウヤが現れて混乱したが、アカツキはこのピンチをチャンスに変える術を思いついた。 彼らが敵対しているなら、ここで確実に戦うはずだ。 その隙を突いて、ドラップを奪って逃げればいい。 互いに相手を叩きつぶしたいと思っているだろうし、アカツキにかまけていれば、それはそれで隙を作り出すことにもなりかねない。 タイミングを狙えば、あるいは何とかできるかもしれない。 リィがソフィア団を快く思っていないのは分かったし、ソフィア団の二人も、フォース団の二人に向ける眼差しがどこか危険だ。 「今は待つんだ……待つしかない」 ドラップを取り返すのに大切なのは機を制すること。 アカツキは気持ちをクールダウンさせようと努めた。 そんな彼のことなど知らぬと言わんばかりに、すぐに彼らのやり取りが始まった。 「この子のドラピオン、そんなに欲しいの?」 「当然だ」 答えたのはソウタだった。 ヨウヤほど感情的ではなかったので、じっと視線をリィに注いだまま、抑揚のない口調で言う。 「そのドラピオンを必要としている。 それは野蛮人のおまえらでさえ分かっていることだろう。 だから奪いに来た。それだけだ。相手がおまえらに変わろうと、俺たちのやることは変わらん」 「ま、そりゃそうだね。で、どうすんの? ここでやる?」 「当然。おまえらをここでつぶせれば、僕の面目躍如にもなる。逃がすわけにはいかないね!!」 リィの言葉に鼻を鳴らすと、ヨウヤは腰に差した三つのモンスターボールからポケモンを出した。 キリンリキと、ダークポケモンであるパルシェンとラフレシア。 「またダークポケモンを使うのか……」 アカツキは奥歯を噛みしめながら唸った。 ダークポケモンは、戦闘マシンとして作り変えられた存在だ。 心を持たず、トレーナーの命令のまま動く操り人形。 黒いオーラが立ち昇るのを見て、アカツキは居たたまれない気持ちでいっぱいだった。 増してや、ヨウヤはポケモンを『武器』と称し、自らの手足のごとく扱うことを好むトレーナーだ。 戦闘不能に陥ってモンスターボールの中で休んでいるラシールも、元はダークポケモンとしてヨウヤの手持ちにいた。 同じように、パルシェンとラフレシアも助けてやりたいと思うが、キャプチャ・スタイラーがなければそれもできない。 カヅキに応援を頼もうにも、レイクタウンからここまでは遠すぎる。 無念だが、ここはダークポケモンのことよりも、ドラップのことを考えるべきだ。 それはアカツキが誰よりもよく分かっていた。 「どうせならまとめて叩きつぶす方がいいだろう。2VS2でやろうじゃないか」 ソウタは言うなり腰のモンスターボールを二つ手に取り、軽く投げ放った。 飛び出してきたのは、アリゲイツとエアームド。 ヨウヤのダークポケモンたちと釣り合いを取るようなタイプの取り合わせだった。 「ふーん……」 五体のポケモンが勢ぞろいしているのを見ても、リィは顔色一つ変えなかった。元から無表情のマスミなど、語る必要もないほどだ。 アカツキ以外の四人には、パルシェンとラフレシアが発する黒いオーラが見えていないのだから、驚かないのは無理もなかった。 「んじゃ、あたしもやろっかな」 リィはゲンキをアカツキの監視につけたまま、別のポケモンを出した。 ダンスでもするようなステップを刻みながら、モンスターボールを放り投げる。 出てきたのはメガニウムとライチュウだった。 「もう一体持ってたんだ……」 ゲンキよりも一回り以上は小さいであろうそのライチュウのシッポは、 ズタズタに引き裂かれたようになっていたが、当人はさして気にしていないようだった。 メガニウムはフォレスジムのジムリーダー・ヒビキが使ってきたメガニウムよりもかなり大きく、 ちょっとした緑の恐竜に見えないこともない。穏やかな顔立ちさえ除けば。 「……ジェノ、やれ……」 マスミがボソリとつぶやくと、ジェノ――ボーマンダが足音を立てながら躍り出た。 フォース団は三体のポケモンで、ソフィア団は五体のポケモンで戦うことになるようだ。 数から見ればソフィア団の方が有利だが、一体ずつの強さを考えれば、あながちそうとも言い切れない。 「オレの考えてること、お見通しって感じ……?」 アカツキは恐る恐る振り返った。 ゲンキが挑発的な目でこちらを見ている。 ――逃げられるものなら逃げてみろ。その瞬間に電撃を食らわしてやる。 そう言いたげだったが、事実その状態だった。 人間とポケモンでは、そもそもの身体的なポテンシャルが違いすぎる。 敵対している二つの組織が戦っている間なら、ドラップを取り戻せるとばかり思っていたが、 アカツキがそう考えることなど、リィはお見通しだったのだ。 これでは逃げるに逃げられないが、まだ望みはある。 フォース団のポケモンが倒されれば、リィとしてもゲンキを戦いに投入せざるを得ないだろう。 そうなるとは限らないが、一縷の望みは捨てたくない。 「じゃ、始めようか♪ あたしのポケモンでコテンパンにしてあげるっ♪」 リィが陽気な口調で言うと、場の緊張感が一気に高まった。 Side 5 「テアルスは原始の力!! テイローはホバーから10万ボルトだよ!!」 戦いの始まりを告げたのは、リィがポケモンに指示を出す声だった。 「させん。グラムはライチュウを叩き落とせ。ストラはメガトンパンチの準備」 「…………」 「パルシェン、ラフレシア!! ダークレイヴをお見舞いしてやれ!! キリンリキは毒々から念力!! 奴らを叩きつぶせぇぇぇっ!!」 彼女の声に重なるように、ソウタとヨウヤの指示が飛ぶ。 マスミは特にジェノに指示を出していないが、ジェノは彼なりの考え方で戦いを始めていた。 特に指示を出されなくても、自分で考えて戦うことができるのだ。 トウヤとの激戦で疲れていると思いきや、実は一度もダメージを受けておらず、疲労はまるでなかった。 テアルスと呼ばれたメガニウムが咆哮を上げると、 フォース団とソフィア団のちょうど中間から切り出された地面が飛び出して、雪崩打つようにソフィア団に迫る!! 岩タイプの大技、原始の力だ。 「す、すげえ……」 その威力のすさまじさに、アカツキは背筋を震わせた。 あんなのをまともに食らったら、ドラップでも防ぎきれるかどうか分からない。 テアルスのすさまじい攻撃に驚いていると、テイローと呼ばれたライチュウがフワリと空に舞い上がった。 目に見えない力でホバーを作り上げ、宙に浮いているのだ。 何の支えもなく宙に浮かぶのを見て、アカツキはこれまた驚くしかなかったが、実は「身代わり」と呼ばれる技を応用したものだった。 自分のそれとは比べ物にならないような激しいバトルが繰り広げられている。 一方、ソフィア団の二人のポケモンもリィのポケモンに負けないほどすごかった。 グラムと呼ばれたエアームドは音もなく舞い上がると、テイローに向かって翼を広げて飛んでいく。 相性が不利だと分かっていても怖気付かないのはさすがの一言だ。 ストラと呼ばれたアリゲイツは腰を低く構え、グラムがテイローを叩き落してくるのを待ち構えている。 ヨウヤのポケモン――パルシェンとラフレシアは身体から立ち昇る黒いオーラと同色の衝撃波を放つ!! ラシールが暴走状態の時に放ったのと同じ技だ。 そして、キリンリキが猛毒をシッポの口から放つと、それを念力で捉えて薄く広げると、フォース団のポケモン目がけて解き放った。 形のないものを操る念力だからこそできる芸当だろう。 最後に、ジェノはテイローとグラムよりも高く舞い上がると、口を大きく開いて、隙を見て攻撃技を放とうと構えている。 知略と意地を賭けた戦いだけに、ポケモンのみならず、 バトルの行方を左右する四人のトレーナーの表情は一様に真剣そのものだった(いつの間にやら、マスミの表情も引き締まっていた)。 「な、なんかすごいことになりそう……」 逃げるに逃げられない状況なのだから、いっそこのバトルの結末を見守ろうか……などとさえ、アカツキは考え始めていた。 直接戦ったことのあるソウタとヨウヤは言うまでもなく、リィとマスミのトレーナーとしての実力は自分のそれを遥かに上回っている。 そんな四人がタッグでバトルをしているのだから、一体どんなことになるのやら。 アカツキは今自分が置かれている状況すら忘れていた。 もっとも、いくら考えたところで、ゲンキが見逃してくれるとも思えなかったから、ある意味達観しただけなのかもしれない。 空に浮かぶテイローとジェノ目がけて、パルシェンが放った衝撃波が虚空を突き抜けながら迫る!! グラムは味方の攻撃に当たらないような位置を取っているが、 ダークポケモンの攻撃が普通のポケモンにとっては有害なものであるとは認識しているようで、少しそちらに視線を向けていたりする。 テイローが10万ボルトを放ってグラムを迎撃するが、直線軌道の電撃は呆気なく避わされてしまう。 グラムがその隙を縫って迫るが、そこでジェノが動いた。 口から紅蓮の炎を吐き出す。 しかし、その炎はグラムに直撃する前に、パルシェンの黒い衝撃波――ダークレイヴに衝突し、相殺される。 空中で起こった爆発を突き抜けて、グラムがテイローに迫る。 鋼タイプの持ち主だけあって、物理的な防御力はピカイチだ。少しの爆発などものともせずに攻撃に打って出られるのだろう。 一方、地上でも激しい戦いが繰り広げられていた。 テアルスの原始の力による攻撃は、ストラとラフレシア、パルシェンの三体を狙った広範囲のものだったが、 ラフレシアの衝撃波が雪崩打つ岩を次々と打ち砕き、無力化していく。 「すげえ威力だ……」 アカツキは喉がカラカラに渇くのも忘れて、バトルに見入っていた。 一撃一撃の威力がとにかくすさまじい。 何がなんでも絶対負けられないというトレーナーの気持ちを背負っているように、ポケモンたちは全力で戦っていた。 もっとも、ポケモンバトルというのは常に全力投球の一本勝負だ。 地上と空中でそれぞれの戦いが行われている中、キリンリキが放った毒の網が頭上からテイローとジェノに降り注ぐ!! パルシェンのダークレイヴとグラムの突撃を防ぐことに集中していた二体が、 徐々に体力を削り取っていく恐ろしい毒に塗れるのを防ぐことなどできるはずもない。 「ちぇっ……」 長期戦になればなるほど、体力は加速度的に削り取られる。 ただでさえ数で不利なのに、状態異常の時限爆弾まで抱え込まなければならないとなると、これはもう短期決戦に挑むより他はない。 リィはつまらなそうに舌打ちしたが、マスミは無反応だった。 「毒? だからどうした」 ……と言わんばかりだったが、ジェノは身体に付着する毒素などものともせず、グラムに突撃を開始した。 「テイロー、地上で待ってるアリゲイツに雷!! ついでに他のヤツも攻撃しちゃえ!!」 「パルシェン、ダークレイヴ!!」 リィの指示に応じるように、ヨウヤもポケモンに指示を出した。 「グラム、エアカッターでまとめて攻撃しろ。ストラはライチュウに水鉄砲」 続いてソウタも指示を出す。 指示が入り乱れ、ポケモンたちは混乱するどころか、むしろ活き活きとしていた。 こんな状況だからこそ、余計に燃えてくるのかもしれない。 テイローは翼も何もないのに器用に空中を滑ると、ストラの真上で強烈な雷を放つ!! 位置的にはパルシェンやラフレシア、キリンリキもいるので、まとめて攻撃するのは打ってつけだった。 ジェノは相手の中で唯一空中戦が可能なグラムを抑えにかかる。 地上からの攻撃が厄介だが、グラムを抑えていれば、ダメージを受けるにしても相手に誘爆させられる。 そういった意味では、マスミにとってグラムを抑えるのは悪くない行動だったのかもしれない。 グラムは広範囲攻撃のエアカッターを放つが、効果の薄いテイローには然したるダメージを与えることもできず、雷を止めることはできなかった。 ジェノはエアカッターを食らいながらも、怯むことなくグラムに迫ると、その身体を鋭い爪の生え揃った脚でガッチリつかむ。 テイローに水鉄砲を放つストラだが、頭上から強烈な雷が発射されると知ると、すぐさま攻撃を取り止めて飛び退いた。 まともに一撃を食らったら、それだけで戦闘不能にされると理解しているらしい。 中途半端なところで取り止められた水鉄砲をまともに食らうテイローだが、気にするでもなく、ひたすら雷を放ち続ける。 ジェノ目がけてダークレイヴを放つパルシェンが雷の一撃を避けられるはずもなく、あえなくノックアウト。 「ちっ、使えないヤツめ……」 雷を受けて一発KOされたパルシェンに向かって吐き捨てると、ヨウヤはパルシェンをモンスターボールに戻した。 しかし、パルシェンが怨念代わりに放ったダークレイヴがジェノと、ジェノに身体をつかまれているグラムをなぎ払う!! 「……っ!!」 味方の攻撃でダメージを受けたことに、ソウタは驚きを隠しきれないようだった。 敵に身体をつかまれて、共々ダメージを受けるハメになるとは……だが、防御力の低いジェノの方が受けるダメージは大きいはずだ。 「ストラ、吹雪!!」 動揺を押し殺す代わりに指示を出すと、ストラは口を大きく開いて、吹雪を吐き出した!! ジェノの最大の弱点となる氷タイプの広範囲攻撃だが、 テアルスが放った原始の力が吹雪の軌道を易々と変えて、ジェノとテイローにダメージを与えることはなかった。 テアルスは地上組――ラフレシアとキリンリキの相手をしながらも、空中組のサポートを忘れていなかった。 元々はサポートの方が得意だったし、テアルス自身もそのような性格をしている。 「キリンリキ、ラフレシア!! 何をしている!! さっさとそのメガニウムを叩きつぶせ!!」 テアルスが見事なアシストを見せたことに――正確にはそれを許してしまった情けない自分のポケモンたちに向かって、ヨウヤが声を荒げた。 ポケモンのことを『武器』だと思っているからこそ、そこまで冷徹になれるのだろう。 ダークポケモンであるラフレシアに彼の感情の変化が届いているはずはないが、キリンリキは違った。 必死の形相でサイコキネシスを繰り出すと、テアルスの動きを封じ、そこにラフレシアがすかさずダークレイヴをお見舞いする。 ストラが水鉄砲を次々と放って、テイローとジェノのアシストを許さなかったから、 テアルスは次々と繰り出されるダークレイヴをまともに食らった。 「あ〜ん、も〜っ!!」 強烈な攻撃を食らい続けるテアルスにギョッとした表情を向けて、リィが悲鳴を上げる。 ……が、その割にはイマイチ緊張感のない声音だったのは気のせいだろうか? アカツキが気に留める暇もなく、バトルは進んでいた。 ジェノは状況を空から見て取ると、グラムをつかんだまま、地上目がけて落下を始めた。 グラムはもがいているが、元々のパワーはジェノの方が上のようで、振り解くことができずにいた。 それでも、ドリルくちばしを繰り出してジェノにダメージを与えるなどの努力はしていた。 「テイロー、アリゲイツをつぶしちゃって!!」 先ほどのアシストを逆に使われたような気がして、リィは頭に血が昇ったらしい。 感情の変化が激しいというか、表情がコロコロ変わるというか……落ち着きのなさはヨウヤ以上だった。 テイローはアリゲイツ目がけて空を滑ると、空中から連続で破壊光線を放った。 先ほどマスミのリングマを戦闘不能に陥れた、破壊光線の連発技……フルバーストだ。 一発一発の威力がダウンする代わりに連射が可能という恐ろしい技だが、 反動さえ押さえ込んで連続で放つ分、体力の消費は破壊光線の比ではない 「ストラ、迎え撃て」 ソウタはストラにそれだけを指示すると、ジェノにガッチリ押さえ込まれたグラムに目を向けた。 下手に指示を出せば、その技から逆に相手にヒントを与えるようなことになりかねない。 だが、ストラは明確な指示を出されなくてもある程度は自分で考えて戦うことのできるポケモンだ。 だから、心配なのはむしろグラムの方。 ジェノはグラムをガッチリつかんだまま、地上に激突することを恐れぬスピードで急降下。 しかし、まともに地上に激突するはずなどなく、その寸前でグラムを蹴り落として、 反動を利用して力いっぱい羽ばたくと、再び宙に舞い上がった。 中途半端な力では、逆に地面に激突してしまうが、再び舞い上がることを可能にしていたのは、ジェノの並外れたパワーの為せるワザだった。 解放されたグラムはジェノと同じように力いっぱい羽ばたいて舞い上がろうとしたが、あまりに遅すぎた。 翼を広げたところで地面に激突した。 それだけならまだダメージはそれほど大きくなかったが、運が悪かったのは、 落下地点がラフレシアとテアルスを結ぶ直線上だったということだ。 ラフレシアが無表情で放つダークレイヴが、地面に激突したグラムを打ち据える!! 強烈な攻撃を食らい、グラムが戦闘不能に陥った。 「くっ……!! ヨウヤ!! どこを狙っている!!」 一度ならず二度までも味方に攻撃され、さすがのソウタも堪忍袋の緒が切れたのか、バトルに目を向けるどころか、ヨウヤに詰め寄った。 こんな時に仲間割れなどするべきではないのだろうが、それでも狙いが単調なせいで、 味方に被害を出すのはいかがなものかという思いがあるのだろう。 味方に詰め寄られても、ヨウヤは慌てるどころか、鋭い眼差しをソウタに向けて、いけしゃあしゃあと言葉を返した。 「ふん、知るか。おまえのポケモンがあんなところに落ちるのが悪い」 「なんだと!?」 ソウタは眉を吊り上げ、憤慨した。 いくらなんでも、今の言い草は我慢できるものではなかったようだ。 ヨウヤと違い、ポケモンを『武器』だと思っているわけではないのだ。怒るのは当然である。TPOさえ考えなければ、の話だが。 「キサマ、それでも幹部か!! シンラ総帥がどんな理由でキサマを抜擢したのか分かっているのか!! それを裏切る行為だぞ!!」 「ふん、知らないね。そもそも僕はおまえなんかと同列に扱われること自体不愉快だ」 「キサマぁぁぁぁぁっ……」 「それより、先にあいつらを殲滅しなきゃね」 ヨウヤは一方的に話を打ち切ると、ポケモンに指示を出した。 「キリンリキ、ボーマンダにサイコキネシス。ラフレシアも目標を切り替えろ」 二人が口げんかなどしている間に、テアルスは連続でダークレイヴを受けて戦闘不能に陥っていた。 いくら最終進化形で能力が優れていると言っても、ダークポケモンの攻撃は底知れないダメージを与えていたのだ。 「くぅぅ……」 口げんかなどしている相手にポケモンを倒されるとは…… リィは唇をグッと噛むと、テアルスをモンスターボールに戻した。 テイローは仲間が倒されたことに怒ってか、それ以前と比べてフルバーストの威力を増加させた。 絶え間なく降り注ぐ破壊光線を避けきれず、ストラは怒涛の連続攻撃を受けて戦闘不能に。 仲間の敵を討ったと言わんばかりの攻撃だったが、体力消耗の激しさゆえ、 テイローも宙に浮かんでいられるだけの力を失くし、そのまま地面に落下すると、倒れて動かなくなった。 これで、残っているのはジェノとキリンリキ、ラフレシアの三体だ。 「…………」 なんだかよく分からないようなバトルの展開だが、それぞれのポケモンが全力を出し切っていたのは、見ていてよく分かった。 「すげえ……」 ソウタとヨウヤが口げんかしていたことなど、まるで目に入らなかった。 二転三転するバトルの展開に、アカツキはただ立ち尽くすしかなかった。 状況的にはフォース団の方が断然不利なのに、ゲンキは未だアカツキの監視を続けていた。 それがトレーナーの絶対的な命令だったからだろう。 だが、バトルは最終局面を迎えた。 キリンリキのサイコキネシスがジェノを虚空に縫い止めると、すかさずラフレシアがダークレイヴを連続でお見舞いする。 普通のポケモンには効果抜群の技を連続で受けて、さすがのジェノも戦闘不能を免れることはできなかった。 かくして、フォース団のポケモンが全滅。 タッグバトルはソフィア団の勝利に終わった。 「ふん、こんなものか」 戦闘不能になったポケモンがモンスターボールに戻っていくのを見て、ヨウヤは鼻を鳴らした。 紆余曲折はあったが、結局は勝てれば良い。 フォース団の『死神』ことマスミの相手は骨が折れると思っていたが、タッグバトルともなると、そういうわけでもないらしい。 もっとも、彼がジェノしか使わなかったから勝てたようなものだが。 それでも、勝てればそれで良い。 ヨウヤは得意気な表情をしていたが、ソウタは苦虫を噛み潰したように渋面だった。 勝利したことは間違いないが、手柄のほとんどはヨウヤのものだ。 それが気に入らないのもあるし、何よりも味方にポケモンを倒されるというのは痛恨の極みだった。 「じゃあ、そういうわけで……」 ヨウヤはソウタがどんな目で自分を見ているか知る由もなく、アカツキに向き直った。 キリンリキとラフレシアの眼差しがアカツキに注がれる。 「え、オレ……?」 バトルが終わってしまえば、彼らのやることは決まっていた。 「そこのライチュウを倒せ」 ヨウヤの指示に、キリンリキがサイコキネシスを発動し、ゲンキの動きを封じると、宙に持ち上げた。 「あーっ、なんてことすんのよ!!」 リィが顔を真っ赤にして抗議するが、そんなものがヨウヤに通用するはずもなかった。 ラフレシアがダークレイヴを連続で放ち、ゲンキも戦闘不能に陥った。 これで正真正銘、フォース団のポケモンは全滅。 「でも、これって……」 言い換えれば、アカツキはゲンキの監視を逃れ、自由になったのだが、キリンリキのサイコキネシスから逃れる術はなかった。 結局、状況は何も変わらない。 バトルで変わるかと思っていたが、それこそが甘い認識だった。 「さて、手こずらせてくれたが、これで終わりだ。 アカツキ、今日こそおまえを泣かしてやる」 ヨウヤは口の端を笑みの形にゆがめると、目を細めた。 一度負けた相手に屈辱を味わわせることができるのだから、それはうれしくもなるだろう。 「く……」 逃げるにも逃げられない。 ドラップとリータが残っているが、キリンリキとラフレシアの絶妙なコンビネーションにかかれば、間違いなく負けてしまう。 ヨウヤは自身の優位を疑いもせず、嫌らしい笑みを浮かべながら一歩、また一歩とにじり寄るように歩いてきた。 「ちっ……」 ソウタがおもしろくないものでも見るような顔で舌打ちする。 悔しいが、手柄らしい手柄は横取りされたようなものだ。 とはいえ、ヨウヤのダークポケモンの破壊力は嫌でも認めなければならないだろう。 マスミと戦うことになって、彼を追いかけていたのはいいが、途中でヨウヤが合流してきた。 どうも上司の方針らしいのだが、仕方がなかった。 「だが、これで目的が達成されるなら、まあ悪くはないか……」 ドラップを奪って今までの失敗を帳消しできるのだから、 ヨウヤに自分のポケモンを倒されるという憂き目を見たが、まあ悪いことばかりでもないか。 戦えるポケモンを持たない身では何もできないと判断し、ソウタはヨウヤがドラップを奪うのを見ていることにした。 「…………」 アカツキは思わず後ずさりしたが、逃げるに逃げられない状況なのは変わらない。 「ど、どうすりゃいいんだ……!!」 絶体絶命だ。 レイクタウンではアラタやキョウコがいてくれたが、今は助けてくれる人がいない。 トウヤとミライは今、どこにいるのか分からない。追いかけてきてくれていればいいのだが、それを期待するのも筋違いだ。 かといって、少しでも抵抗する素振りを見せたり、逃げようとすればキリンリキがサイコキネシスを発動させ、動きを封じてくるだろう。 どちらにしても、逃げることはできない。 ならば…… 「やるだけやってやる……」 後ろに回した左手をグッと握りしめる。 抵抗するチャンスがあるなら、徹底的に抵抗してやろうと思った。 何もせずにむざむざとドラップを渡したりはしない。 ヨウヤが一歩ずつ近づいてくる。 無意味に時間をかけてアカツキの前までやってきたのは、 心理的な圧力をかけるためだったが、アカツキにとってはあれこれと考える時間でしかなかった。 「さて、以前は負けたが、今回は僕の勝ちだ。 まあ恨むならそのドラピオンに出逢ってしまった自分自身を恨むんだね。じゃ、いただいていこうか」 パチンと指を鳴らす。 それがキリンリキへの合図だった。 ――サイコキネシスを発動し、周囲の人間の自由を奪え―― しかし。 ――どんっ!! 鈍い音だけが響く。 「……?」 サイコキネシスが来ると思って、アカツキは身体が自由に動かせる残り少ない時間を使って、左の拳を振りかぶり、ヨウヤに殴りかかった。 もし自由を奪われようと、絶対に屈服しない!! そんな強い意思の現れだったが、アカツキが繰り出した拳はヨウヤの横っ面を張り倒した。 「なっ……!!」 何歳も年下の子供に殴り倒されたのはショックだったが、ヨウヤが衝撃を受けたのは、キリンリキのサイコキネシスが発動しなかったことだ。 「やり〜っ♪」 その場に倒れたヨウヤに向かって、リィが歓声を上げる。 いい気味だと言わんばかりにうれしげな表情をしていたが、それにはもちろん理由があった。 「ば、バカな……」 ソウタは言葉を失った。 鈍い音の正体は、キリンリキとラフレシアの足元から噴き上がった大量の炎が爆ぜ割れる音だった。 強烈な炎はキリンリキとラフレシアを一瞬にして戦闘不能に陥れた。 ゆえに、キリンリキがサイコキネシスを発動させることはなく、アカツキは身体の自由を奪われることなくヨウヤを殴り倒したのだ。 「サイコキネシスが来ない……って!!」 アカツキはヨウヤを殴り倒してから驚いていたが、すぐにその驚愕の表情は木立から現れた女性に向けられた。 「うふふふ……」 赤い髪を短く切り揃えた、美しくもどこか妖しさを秘めた野性的な女性――フォース団の首領、ハツネだった。 彼女が悠然と歩いてくるのに合わせて、先ほど炎が噴き上がった場所から、一体のバクフーンが姿を現す。 「さて、思ったとおりに行って何よりってトコだね……」 ハツネは余裕綽綽といった様子で笑みを浮かべると、呆然としているソウタとヨウヤに視線を向けた。 「…………?」 一体何がどうなっているのか。 アカツキはハツネに視線を向けたまま、逃げることも忘れていた。 フォース団までドラップを狙っていたのだと分かっても、事態についていけない。 少し前の時間に置いていかれたように、何がなんだか分からない。 だからこそ、どんな行動も起こせなかったのかもしれない。 「ソウタとヨウヤって言ったっけ。 ギッタンギッタンにされたくなかったら、おとなしく投降しな。悪いようにはしないからさ」 アカツキが呆然と立ち尽くすのを余所に、ハツネは笑いながらソフィア団の二人に降伏勧告をした。 ソフィア団の二人に戦えるポケモンはいない。 フォース団のリィとマスミも戦えるポケモンがいなくなったが、ハツネには精強なバクフーンが残っている。 「確か、あのバクフーンって……」 アカツキはハツネにつき従って周囲に睨みを利かせているバクフーンを見やった。 フォレスタウンでは強烈な炎でソウタのハガネールとトウヤのルナを一撃で戦闘不能に陥れたのを思い出す。 キリンリキとラフレシアも一撃で倒され、見た目は普通のバクフーンなのに、中身はとんでもなく強いのだと思い知らされる。 「…………」 「ふ、ふん……おとなしく言うことを聞くとでも思ってるのか。野蛮人め」 ソウタが苦虫を噛み潰したような渋面でハツネを睨みつけるが、 ヨウヤはよろよろと立ち上がり、驚愕にゆがんだ表情を浮かべながらも挑発的に言葉を返した。 アカツキの目にも、それは単なる強がりにしか映らなかったが、ハツネはそれほど気にしていないようだった。 「言うこと聞かなかったら、ギッタンギッタンにするだけさ。 あたしらに楯突いたことを死ぬほど後悔させてあげる。死んだ方が楽だって思うくらいにね」 「くっ……」 挑発に挑発で返され、ヨウヤが鼻白む。 精神的な駆け引きで女に負けて、悔しいらしい。 ポケモンを『武器』と称するだけあって、自分以外の他人を見下すようなクセがあるが、 それを鼻で笑われたのだから、悔しい想いもするだろう。 「まあ、それはどうでもいいや。 エージェントを二人つぶしとけば、あいつもやりにくくなるだろうからね」 ハツネはため息をつくと、バクフーンに顔を向けた。 「ベルルーン、その二人を気絶させな。ま、骨折らないように手加減してね」 言い終えるが早いか、ベルルーンと呼ばれたバクフーンは目にも留まらぬ動きでソウタの眼前に躍り出ると、 その腹に拳を突きこんで気絶させ、ヨウヤも同じようにして気絶させた。 あまりの早業に、アカツキは呆気に取られるしかなかった。 「さてと……」 他愛ないことと言わんばかりに、ハツネは倒れたソフィア団の二人を引きずって戻ってきたベルルーンの頭を撫でた。 彼女の瞳が愛しげに潤んでいたように見えたのは気のせいだろうか……? だが、アカツキはそこでハッとした。 ハツネには精強なベルルーンがいる。これでは逃げるに逃げられないではないか。 結局、逃げようとしたところで逃げられなかった。 ある意味、逃げなかっただけまだ良かったのかもしれない。 「リィ、マスミ。よくやった。 大変だっただろうけど、これであたしらの勝利に一歩近づいた。これからもこの調子で頼むよ」 「は〜い」 「はい……」 ハツネはリィとマスミを労った。 リィは褒められてうれしいらしく、ニコニコ笑顔で手を振りながら応じていたが、マスミは相変わらず無表情で、ボソリと返事をするだけだった。 対照的な二人だったが、アカツキは彼らの反応を見ることなく、ハツネに視線を向けたままだった。 「…………どうしよう」 本格的にヤバイ。 二転三転する事態に置いてきぼりを食らいそうになるが、今になって急速に引き戻される。 フォース団までドラップを狙っていたのだ。 極端な話、フォース団もソフィア団も大差ないということが分かった。 どちらも自分たちの目的のために他人のポケモンを奪う極悪非道な組織だ。 フォレスタウンでは、敵にはならないと言っていたが、それはウソだったのか。 アカツキが眼差しを尖らせて睨みつけていることに驚くでもなく、ハツネはお手上げと言わんばかりに手を挙げた。 「それじゃ、アカツキ。あんたにもちょっと来てもらおうかな」 「……?」 「ここで帰してやってもいいけど、それじゃちょっと困るからね」 「ど、どこへ連れてく気なんだ? それに、ドラップは……」 「ああ……リィがそんな風に言ってたんだ。まあ、いいんだけどさ。 あたしらはこいつらをおびき出して倒せればそれで良かったんだよ」 「えっ……?」 一瞬、思考が麻痺する。 フォース団も、フォース団と同様にドラップを狙っていたのではなかったのか? 彼女がこちらの動揺を誘うためにわざとそんなことを言ったのだという可能性すら考えられないほど、アカツキの思考は麻痺していた。 驚かれても困ると、ハツネはすべてのカラクリを明かしてくれた。 ソフィア団のエージェントを装ったマスミがアカツキたちを襲撃し、 ポケモンリーグのトレーナーを装ったリィがアカツキをトウヤとミライから引き離す。 頃合を見計らってマスミがトウヤとミライから離れて、あらかじめ打ち合わせておいた場所でリィと合流する。 マスミがアカツキたちと戦っていることを知っているからこそ、それを利用してソフィア団のエージェントをおびき出すことを考えた。 そこでアカツキのドラップを狙っていると話せば、 ドラップの確保を優先しているソフィア団としては、たとえそれが罠だとしても踏み込んでいかざるを得なくなる。 ポケモンバトルで負けたのは計算外だったが、それは数の差があったのと、ヨウヤのダークポケモンが強烈だったから仕方なかった。 結果的にソフィア団の戦力を削ることには成功したため、 身を潜めていたハツネがベルルーンで残ったポケモンを戦闘不能にして、フィニッシュ。 フォース団が勝利を収めた、というわけである。 だから、ハツネたちは最初からドラップを狙っていたわけではなかった。 それをエサにしてソフィア団のエージェントを無力化しようと狙っていたのだ。 すべてを聴き終えて、アカツキは驚いてリィに振り向いた。 「それじゃあ……あんたはドラップを狙ってたわけじゃなかったんだ……」 「そうだよ。 まあ、そう言わなきゃ、ソフィア団の連中がやってこなかっただろうから」 アカツキの言葉に頷いて、リィは肩をすくめた。 結局、フォース団の都合のいいように泳がされていただけだ。 「そういうわけだからさ……あんたには悪いことしたと思ってるよ」 どんな理由があっても、罪のない子供を自分たちの都合のいいように利用していたことに変わりはない。 それが許されないことだと分かっているから、ハツネはアカツキに素直に詫びた。 だが、こう付け足した。 「でもね、あたしらがソフィア団をつぶしてやらなきゃいけないんだ。 それだけは分かって欲しいんだよ。許してくれとは言わないけどね」 「当たり前だろっ!!」 アカツキははちきれんばかりに声を張り上げると、ハツネに怒鳴った。 利用されたのはもちろん許せないが、そのためにネイトとラシールがマスミのポケモンに戦闘不能にさせられたのだ。 痛い思いをしたのが自分でなくても、自分のポケモンであれば同じことだった。 それだけは何があっても許せなかった。 「だいたい、なんでオレをそんな風にエサみたいにしなきゃいけないんだよ。 そんなの、情報だけ勝手に流せばいいじゃないか!!」 「まあ、そうなんだけどね」 カリカリした雰囲気で食ってかかってくるアカツキの言葉に一理あると、ハツネは小さく頷いた。 「でもさ、それだけじゃ証拠がなさすぎて逆に疑われちまうだろ。 だったら、本人をエサにした方がよっぽど信憑性も高いし、相手も無視するわけにはいかなくなる。 確実性を重視するんだったら、それしかないってワケさ」 それでも、すぐに言葉を返してきたのは、本当にそう思っているからだろう。 「で……どうする? ここで無意味に抵抗してベルルーンにコテンパンに伸されるのがいい? それともおとなしくあたしの言葉に従って、あたしたちのアジトに招待されるのがいい? はい、どっち?」 「…………」 アカツキに不必要に考えさせる間を与えず、ハツネは究極の二択を突きつけた。 戦うか、それとも戦わないか。 ただそれだけのことなのに、ハツネの言い方が巧みだったせいか、アカツキはすぐに考えを決めた。 「…………分かったよ。一緒に行けばいいんだろ?」 「話が分かるね。助かるよ」 仕方ないと言わんばかりに口を尖らせたアカツキの言葉に、ハツネは満足げに微笑んだ。 彼がここで戦いを選ばないであろうことは確信していた。 ふてぶてしい質問だという自覚はあったが、それが性分だと、胸中で苦笑する。 「…………しょうがないんだ。ここで抵抗したって……それに、ドラップを狙うつもりはないって言ってたし」 アカツキは、本当にこれで良かったのかと、合意した後になって、不意に不安が首をもたげるのを苦々しい表情で見ているしかなかった。 彼女は本当に信用できるのか? 疑い出せば、それこそキリがない。 ソフィア団のエージェントを無力化するという目的のために、他人を――増してや年端も行かぬ子供を平然とエサとして利用したのだ。 そんな狡猾なところがハツネにはあった。 だから、素直に信じていいのかどうか迷ったが、本当にドラップを奪うつもりでいたなら、初めからベルルーンで相手をしていればいい。 その方がソフィア団の二人が介入する前にケリをつけられた。 それをしなかったのは、するつもりがなかったからだ。 結局はそこに結論が行き着いて、アカツキは不安を払拭した。 ただ、気になることがあった。 「アジトってどこ?」 「そんなのすぐに言ったらおもしろくないだろ。それじゃアジトにもなりゃしない」 アカツキの問いは素気無くはぐらかされた。 警察やポケモンリーグにまでマークされているような組織である。場所を明かせばアジトにならないではないか。 「…………」 当然と言えば当然だが、言われて初めて気がついた。 それに…… 「トウヤとミライはどうしよう……」 今さら考えを変えたとしても、ベルルーンが黙ってはいないだろう。 ベルルーンはジムリーダーのポケモン以上によく育てられている。 先ほどまで目前で激しい戦いを繰り広げていた四人のポケモンよりも強いのは間違いない。 そんなポケモンを擁する彼女に対抗する術は……ない。 それはともかく、自分の一存でトウヤとミライをノースロードに置いてきてしまった。 どうにもならないことだと分かってはいるが、やはり気にかかる。 フォース団のアジトに招待されている間、彼らは恐らくアカツキを探し回るだろう。 さすがに『フォース団のアジトにいます』と書置きを残すわけにもいかないだろうし、どうしたものか…… アカツキが眉間にシワを寄せて考えていると、ハツネは声を立てて笑った。 「……!!」 バカにされたと思って、アカツキは弾かれたように勢いよく振り向いたが、彼女は別にアカツキをバカにしたわけではなかった。 「大丈夫さ。 あんたが一緒にいたトウヤってトレーナーは、ヒビキに信頼されてるくらいだからね。 一番手っ取り早く、確実なことをするはずさ」 「そ、そりゃそうだけど……」 ハツネの言葉は真実だった。 ほとんど会ったことのない相手にもかかわらず、人物像を見事に言い当てた。 人を見る目はホンモノだろう。 アカツキが何を考えていたのかまでピシャリと言い当てたのだ。 少なくとも、ソフィア団よりは信じられる……なんとなく、根拠はなかったがそう思えた。 「ベルルーン、その二人を縛って運ぶから。大変だと思うけど、頼むよ」 「バクフーン♪」 ハツネの指示に、ベルルーンは元気に嘶くと、嬉々とした表情でソウタとヨウヤをどこから取り出したのか、 ロープでぐるんぐるんに縛り上げて、軽々と担いでみせた。 「うわ、すげえ……」 パッと見た目はそれほど強そうに見えないのに、軽々と人間二人を担ぎ上げてしまった。 アカツキは驚いたが、ハツネは「それが当然だ」と言わんばかりに小さく笑う。 「で、次はあんたなんだけどさ。目だけ隠してもらおうかな」 「はい。これで目を隠してね」 ハツネの言葉に応じる形で、リィがアカツキに帯を手渡した。 着物の帯ではないが、それに近いくらいの幅があり、目だけでなく顔まで覆い隠せそうだ。 「…………分かったよ」 アカツキは嘆息しつつも、受け取った帯で目を覆った。 トウヤとミライのことは気になるが、トウヤなら悪いようにはしないはずである。 フォース団のアジトがどこにあって、いつまでそこにいなければならないのかは分からないが、今は自分のことを考えるべきだ。 トウヤなら大丈夫……そう信じなければ始まらなかった。 「じゃ、あたしが先導してあげるね」 きゃぴきゃぴと騒がしい声を上げて、リィがアカツキの手を取った。 ハツネはソフィア団のエージェント二人を背負ったベルルーンを伴って歩き出した。 リィと手を繋いだアカツキが彼女の後を追い、マスミは殿を務めた。 招待とは体のいい文句で、実際は誘拐に等しい状態だった。 To Be Continued...