シャイニング・ブレイブ 第8章 アイシアのやんちゃ坊主 -Enjoy mischief-(前編) Side 1 ――アカツキが故郷を旅立って21日目。 その日、アカツキはフォース団のアジトを出て、アイシアタウンへ向かうことになった。 今朝までの約三日間、フォース団のアジトで過ごしていたのだが、フォース団の首領ハツネが、外に出ていいと言ってくれた。 三日間、アカツキと共にフォース団のアジトに閉じ込められていた(匿われていた?)ヒビキも、共に外に出してもらえた。 というのも、ジムリーダーを辞してまでアカツキのバックアップをしてくれているヒビキが、 ポケモンリーグとつながっていないのを確かめるのに何日か様子を見ていたらしいが、結局、何も起こらなかった。 そのため、ハツネの疑惑も払拭され、晴れて外に出ることができたのである。 アカツキはフォース団のアジトを後にすると、ヒビキのポケモンに乗ってノースロードまで送ってもらい、そこで彼と別れた。 曰く、やらなければならないことがあるとかで、ディザースシティへ向かうそうだ。 フォース団のアジトで過ごした三日間、アカツキは何も無為に時間を過ごしていたわけではない。 警察やポケモンリーグを敵に回しているという組織ではあったが、その構成員は気さくな性格をしている者が多く、 アカツキはともかく、堅物のヒビキですら心を許していたほどだ。 それに、ヒビキやリィがポケモンバトルの特訓をしてくれた。 二人のポケモンはアカツキのポケモンよりもずっと強く、一度として勝てた試しはなかったが、 そのおかげで今の自分に足りないものや、ポケモンに覚えさせた方が良い技、戦い方もなんとなく理解できた。 三日間、アジトから外に出られないという生活を送ってきたわけだが、退屈することはなく、むしろ充実した時間を過ごせた。 だから、アカツキは正直、フォース団のことを味方だとさえ思っている。 ドラップを狙うソフィア団に敵対しているから、という理由もあるが、 何よりも、ハツネやフォース団の団員の人柄が、アカツキにとってはとても受け入れやすいものだったからだ。 「ん〜っ……」 ノースロードを北上しながら、アカツキは思いきり身体を伸ばした。 今まで運動らしい運動もできなかったので、どうにも身体が鈍って仕方ないが、それはこれから身体を存分に動かしていけばいい。 そういうのは得意分野だから、ランニング代わりに走っていくというのも手だろう。 そんなことを思いながら、道の先に高くそびえるアイシア山脈の頂上を見やった。 ネイゼル地方の水瓶と言われるアイシア山脈。 中腹に築かれたアイシアタウンより標高の高いところでは、一年を通じて雪と氷に閉ざされていて、人やポケモンを寄せ付けない。 しかし、雪と氷の大地を吹き降りる風は冷たいほどに涼しく、夏は快適な涼しさを提供してくれる。 アイシアタウンが避暑地として発展しているのも、そういった地域の事情があるからだ。 アイシア山脈に入り、つづらおりの道を行く。 道の両脇には豊かな森が広がっているが、高度を増すにつれて、森は少しずつ姿を消していく。 やがて、森に取って代わったのは、乾ききった岩場だった。 むき出しになった山肌。周囲には雑草も生えず、文字通りの殺風景。 草木が生えるのに適していない環境だからこそ、いつしか緑は退去を余儀なくされたのだろう。 そんな自然界の厳しい掟を知らないアカツキは、景色が変わったのを素直に喜んでいた。 「やっぱ、同じ景色ばっかじゃつまんないもんな〜」 などと、陽気な口調でそんな言葉を口走る始末だ。 それだけ、気分的にリラックスしているということだろう。 フォース団のアジトで過ごした三日間は、アカツキにとってプラスになりこそすれ、マイナスになどなるはずもない。 歳の近いリィは友達に近い存在になったし、ハツネともいろいろと話すことができた。 時にはアカツキも真剣になって舌戦を繰り広げたが、大人に勝てるはずもなく、敢え無く論破された。 それでも楽しい時間を過ごせたから、口げんかで負けたこともそんなには気にならない。 「もっとガンバんなきゃ!!」 ヒビキやリィを相手に特訓して、上には上がいることを痛感させられた。 二人のポケモンはとてもよく育てられており、攻守に秀でていた。 勝つことはできなかったものの、ドラップやラシールといった最終進化形のポケモンは相手を一体倒すことができたし、 ネイトやリータは進化への階段を着実に登っていた。 負け続けたのは悔しいが、その代わりにポケモンとトレーナーのレベルアップが図れた。 今度は特訓ではなく、一人のポケモントレーナーとして正々堂々と勝負してみたいものだ。 フォース団の一員であるリィと、今はジムリーダーを辞して一トレーナーとして活動しているヒビキ。 二人の顔を脳裏に浮かべながら、アカツキはため息をついた。 いつかは彼らのように強いトレーナーになりたい。 そのためにも、アイシアタウンへ向かわなければならない。 ネイゼルカップ出場のためのリーグバッジをゲットすることはもちろん、今のアカツキにはそれ以上の目的があった。 「トウヤとミライ、アイシアタウンにいりゃいいんだけど……」 リィとヒビキの顔が脳裏から消え失せ、代わりに浮かんできたのはトウヤとミライの顔だった。 三日前、ソフィア団のエージェントをおびき出すための茶番劇で二人と離れ離れになってしまったのだが、 それはアカツキが自分で選んだ結果だった。 有無を言わさないだけの雰囲気だったし、何よりもそれはリィとマスミが一芝居打ったからだ。 「ミライはともかく、トウヤは怒ってんだろうなぁ……」 再びため息。 脳裏に浮かんだトウヤの顔は、怒りに染まっている。 彼が自分のためにあれこれと手を尽くしてくれているし、考えを働かせてくれている。 それが分かるだけに、独断でその場を離れてしまった自分に憤りを感じているであろうことも容易に想像できた。 だから、二人と再会して、今までの経過をすべて話す。 それと、ちゃんと謝る。 心配かけてごめんなさい……と。 二人ならちゃんと説明すれば分かってくれると思うが、それでも心配をかけてしまったことは事実。 フォース団が巧みに立ち回っていたからそうなったのだとしても、謝らないわけには行かないではないか。 「アイシアタウンに着けば分かるよな。トウヤなら、いると思うけど……」 アカツキは特別不安がることもなく、あっけらかんとそんなことを言った。 ワカバタウンを発つ前に、アイシアタウンへ向かって、リーグバッジをゲットすると言っていたのだ。 今の今までトウヤが目の前に現れないのを見る分に、彼がミライと共にアイシアタウンへ向かったのは間違いない。 もし自分が彼の立場なら、同じことをしている。 アカツキはただ陽気に振る舞っているように見えて、実は他人のことをちゃんと見ているのだ。 ともあれ、まずはアイシアタウンに無事にたどり着くことだ。 ソフィア団のエージェント――ソウタとヨウヤは、フォース団のアジトに囚われているから、すぐに襲われる心配はない。 そう言ってくれたのはハツネだった。 根拠は示してもらえなかったが、自信たっぷりに言うものだから、それだけで信じるに値した。 もっとも、ソウタとヨウヤほどのエージェントを簡単に用意できるとも思えないし、 今回の一件で、ソフィア団もフォース団がアカツキの後ろ盾となっていることに気づいたはずだ。 そう易々と手出しはできなくなった。 そういった意味で、アカツキは安心して旅を続けることができる。 自分をエサにしてソフィア団をおびき出したということを聞かされた時は憤慨したが、ハツネはそこまで考えを働かせていたのだ。 一人でアイシアタウンまで向かうことになっても、アカツキが不安がったりしなかったのは、ハツネの言葉によるところが大きい。 女性とは思えないような豪快な性格や粗野な言動から、とんでもない不良を思わせるが、胸中では常に策をめぐらせるような頭脳も持つ。 そのせいでヒビキまでフォース団のアジトに三日間閉じ込められるハメになったのだが、彼は彼で貴重な経験だと言っていた。 「アイシアタウンのジムリーダーって、どんなヤツだろ?」 フォース団のことは程々に、アカツキはアイシアタウンに到着してからのことを考え始めた。 まずはポケモンセンターだ。 トウヤとミライがいるとしたら、ポケモンセンターしかない。 たぶんそこで会えると思うから、心配も不安もない。 それから、ポケモンのコンディションを整えて、アイシアジムに挑む。 フォース団のアジトで特訓を重ねたこともあり、アカツキのポケモンは全体的にレベルアップしている。 今なら、ジム戦を挑んでも無茶ではないレベルのはずだ。 ジム戦に向けてやる気満々のアカツキだったが、それは無理もなかった。 ヒビキもリィも、口を揃えて『キミなら行ける』と太鼓判を捺してくれたからだ。 自分より強い人にそこまで言ってもらえたのだから、うれしくならないはずがない。 「ま、どんなヤツでも勝っちゃうけどなっ♪」 ネイゼル地方のポケモンジムでは、ジムリーダーは二つのタイプのポケモンを使ってくる。 今でこそジムリーダーを辞しているが、元フォレスジムのジムリーダー・ヒビキは、 メガニウムとストライク……草と虫タイプのポケモンを繰り出してきた。 同じように、他の街のジムでも、異なる二つのタイプのポケモンを使ってくるのだ。 だが、アカツキの戦力もそれなりに充実しているため、よほどのことがない限りは相手の弱点を突けない、といった事態には陥らない。 ポケモンがレベルアップしたこともあり、アカツキはトレーナーとして少しは強くなれたという実感があった。 だから、鼻歌など交えながら、ノリノリの気分でいられた。 「よ〜っし、行っくぞ〜っ!!」 周囲に誰もいないことを確認し、アカツキは声を張り上げると、さっと駆け出した。 格闘道場で鍛えられたこともあり、十二歳とは思えないような脚力で、山道をガンガン突っ走っていく。 山間地帯に棲息するイシツブテやゴローン、グライガーといったポケモンたちが、 人間の男の子がすさまじいスピードで山道を駆け上がっていくのを見て、呆然とするほどだ。 もっとも、アカツキは周囲のポケモンの視線など意に介さず、疲れが出てくるまで延々と山道を駆け上がっていた。 ちょっと涼しすぎるけど、火照った身体には心地良い山風を浴びながら、気持ちよささえ感じていた。 久しぶりに見る空はとても明るく、それでいてキレイだった。 ……とまあ、そんなことをしているものだから、あっという間に陽が暮れて、夜の帳が訪れた。 アカツキは陽が暮れる前に今晩の寝床を見つけ、そこで腰を落ち着けていた。 道の両脇に岩場がゴロゴロ広がっているような場所だったから、寝床を定めるのに苦労はしなかった。 それなりに大きな岩に囲まれた場所で、四体のポケモンを出しても窮屈しなかった。 アカツキは薪をせっせと集めてくると、携帯燃料に着火して、焚き火を作った。 何しろ、夜の山は冷えるのだ。 大きな岩に囲まれた場所を選んだのは、冷たい夜風を浴びることなく、それでいて焚き火で作った暖かい空気を逃がさないため。 しかし、アカツキはそういったことを考えるでもなく、野性的なカンで場所を選んでいた。 そこのところは、物事を考えるよりも身体を動かす方が得意といった身体的な特徴が為せるワザなのかもしれない。 それはともかく、アカツキは焚き火を熾すと、すぐさま四体のポケモンをモンスターボールから出した。 「ブイ〜っ」 「チコっ」 「ごぉぉ……」 「シーっ……」 四体は外に出てくるなり、思い思い身体を伸ばしていた。 フォース団のアジトで貸し与えられた部屋では、全員をモンスターボールから出して過ごさせるだけのスペースがなかったので、 特訓の時以外はモンスターボールに入ってもらっていたのだ。 だから、今晩くらいは外でゆっくり羽を伸ばしてもらいたい。 アカツキは全員の顔を見渡して、口を開いた。 「みんな、窮屈だったろ? 今日は外でゆっくりしような」 「ブイっ!!」 笑顔で紡いだ言葉に真っ先に頷いたのは、ネイトだった。 アカツキの家族として、彼と最も長く過ごしてきたポケモンだからこその反応だろう。 アカツキの傍までやってくると、ゴロッと横になる。 「チコっ!!」 アカツキにベタベタ甘えるネイトを見て、リータが頭上の葉っぱを逆立たせた。 女の子だけあって、何気にヤキモチを焼いているのかもしれない。 負けじと、リータはネイトの反対側でアカツキにピッタリと身体を密着させた。 ぬくもりを共有していたいと思っているのかは分からないが、アカツキは気分を悪くしたりはしなかった。 「ネイトもリータも甘えん坊だな〜。ま、いいけど」 ネイトがこうやって甘えてくるのはずいぶん久しぶりだった。 アカツキが記憶の引き出しからその場面を拾い上げるのは少々時間がかかったが、それくらい前の話だったのだ。 いつのことか、アカツキも正確には覚えていないが、久しぶりだということだけは間違いなかった。 ネイトとリータがアカツキにべったりしているのを見て、ドラップは羨ましそうな表情をしていた。 ラシールは『熱いね、お二人さん』と言わんばかりにニコニコしていた。 アカツキはそんな二人の様子にも気がついて、言葉をかけた。 「ドラップとラシールも来る? 暖かくて気持ちいいぜ」 ポケモンの気持ちを把握し、心をつなぐことのできる天才。 もし、ポケモンの研究者が目の前にいて、今のアカツキを見たら、きっとそう評するのだろう。 ドラップはアカツキの言葉に甘えると、短い脚を必死に動かしながらアカツキの背後に回り込んでくる。 そんな回りくどいことは必要ないと言わんばかりに、ラシールはアカツキの帽子に留まった。 「シーっ……」 「ごぉ……」 「暖かいだろ?」 二人がやってきたのを待ってから、再び言葉をかける。 アカツキが感じていたのは、四体のポケモンの、それぞれ異なる温もりだった。 それぞれ異なっているからこそ、合わさった時の温もりは何とも言いがたい。 「ん〜っ、気持ちいい!!」 アカツキは惜しげもなく、感動を口にした。 「……?」 リータは突然の大声にビックリしていたが、他の三体は表情ひとつ変えなかった。 「これから大変だと思うけどさ、よろしく頼むぜ」 感動をあっさり破り捨て、別の言葉を口にする。 ドラップの温もりに触れて、改めて思ったことがあるからだ。 当分はソフィア団もエージェントが不足していて、ドラップを狙って襲ってくることはないだろうが、それも永遠ではない。 いずれは戦力を整えて、ドラップを奪いにやってくるだろう。 今までも十分すぎるほど大変だったが、これからがむしろ大変なのだ。 ソフィア団も、相手が子供だからといって手加減はしてくれないだろうし、街中でだって平気で襲撃してくるのだ。 厄介な敵を生み出してしまったと思うが、だからといってドラップが悪いとは思わない。 ドラップがソフィア団の元を脱走したからこそ、彼らが血眼になって追いかけてくるのだが、逃げたいと思うような環境を与えた側に責任がある。 アカツキは少なくともそう思っているし、何よりも…… 「ドラップ、暖かいな……」 ドラップの温もりは格別だった。 常日頃から感じているネイトのものとは、どこか違う。 種族が違うのだから、体温が違っていて当然だが、そういった理屈的なものではない。 上手く言葉にできないが、心の温もりとでも言えばいいか。 人間不信に陥るようなことをされながらも、ドラップはアカツキを慕い、ついてきてくれている。 そんなドラップに、自分たちは一体何をしてあげられるだろう? アカツキには一つの結論しか考えられなかった。 「何があったって守ってやる。 ドラップはオレたちの、大事な仲間なんだからさ」 混じり気のない純粋な想い。 ピュアな心に惹かれ、ドラップはアカツキについていくことを選んだ。 彼なら信じられる……そんなことを思って。 アカツキがあれこれと思っていると、 「ブイっ、ブイブイっ♪」 ネイトが一際大きな声で嘶いた。 進化していなくて、ドラップやラシールと比べれば実力的にまだまだな面の強いネイトだが、アカツキのチームのリーダーだ。 リータやドラップはもちろん、新しい仲間であるラシールも、ネイトをリーダーと認めているのだから、 リーダーとしての資質には恵まれているのだろう。 ネイトの声に、三体のポケモンが大きく頷く。 ポケモンにはポケモンの言語があり、彼らの間では言葉が通じているのだ。 だけど、アカツキにはネイトが何を言っているのか分からない。 それでも、ネイトの気持ちは理解しているつもりだ。 ――今までだって大変だったけど、みんなで力を合わせて乗り越えられた。   だから、これからだってみんなで力を合わせれば乗り越えられる。頑張ろう!!―― 「そうだな〜。みんなと一緒なら大丈夫だよなっ」 ネイトの頬を軽く撫でながら、アカツキはニコッと笑った。 確認するまでもなかった。 自分とポケモンたちの間には、確かな絆がある。 ハサミでも、斧でも、増してやポケモンの技を使ってでも断ち切れない、揺るぎない絆がある。 大切な仲間たちと一緒なら、どんな困難だって乗り越えていける。 トウヤとミライが離れて、一人で旅をしている今だからこそ、仲間たちとの絆が結ばれていることを強く感じた。 Side 2 ――アカツキが故郷を旅立って23日目。 「ふ〜、やっと着いた〜」 ため息混じりにつぶやき、アカツキはそこで足を止めた。 目の前には街の入り口を示すゲート。 その向こうには、モダンな佇まいの街が広がっている。 レイクタウンを発って八日目の昼、アカツキはアイシアタウンにたどり着いた。 フォース団のアジトを出てからは、然したるアクシデントやトラブルに巻き込まれることもなく、平穏に旅を続けていた。 「トウヤたち、いっかな〜っ♪」 新鮮な空気を存分に堪能しながら、アイシアタウンに足を踏み入れる。 ポケモンセンターは白煉瓦が敷き詰められた大通りの先に見えている。 避暑地……リゾート地としての佇まいを見せるだけあって、ポケモンセンターもどこかのホテルのような外観だった。 季節は春から夏に変わり行く頃。 避暑地として機能し始める時季だけあって、通りを行く人たちの服装はどこか華やかだった。 「ここがアイシアタウンなんだ……なんか、すっげえな〜」 レイクタウンともフォレスタウンとも違う佇まいの街並みに、アカツキは田舎者よろしく、周囲をキョロキョロと見渡した。 今まで回ってきた町と比べて、ずいぶんと整った印象を受ける。 リゾート地だけあって、区画整理が進んでいるからだろう。 「おみやげとかいっぱい売ってんだろうな。母さんに買ってくか……」 これまたリゾート地だけあって、街を南北に貫くメインストリートの両脇には土産物を扱う店が並んでいた。 ポケモンセンターへ向かう道すがら、土産物の店を覗いてみる。 当分は家に帰るつもりがないものの、ポストの中にお土産を突っ込んでおくというのもいいだろう。 置手紙でも残しておけば、どこかシャレていて、何気にカッコイイ。 『アイシア饅頭』『アイスクッキー』『スノーシュガー』など、 雪と氷を抱く山に築かれた街だけあって、そんな名前の土産がこれ見よがしに堆く積まれている。 しかし、両親が甘いものをあまり好まないと分かっているので、いかにも甘そうなお土産を買うことはなかった。 白煉瓦を敷き詰めたメインストリートはポケモンセンターの前で左右に分かれ、街の奥へと続いている。 どちらかの先にアイシアジムがあるのだろうが、今はポケモンセンターに行くのが最優先だ。 トウヤとミライが、自分の到着を今か今かと待ち侘びているのかもしれない。 そう思うと、寄り道をしようという気は起こらない。 平地よりも高く位置しているだけあって、降り注ぐ陽射しは少し強かった。 しかし、その暑さを相殺するように、街の奥――尖った形の山頂から吹き下りてくる涼風が身体を撫でていく。 爽快な風を満喫しながら歩くうち、ポケモンセンターにたどり着いた。 ガラス張りのロビーは、天井が吹き抜けになっていることもあって、外よりも明るいのではないかと思わせる。 屋内だというのに、中央には小さな噴水が設けられている。 台は水と氷をイメージしたもので、天窓から燦々と降り注ぐ陽光を照り受けた噴水は、キラキラと輝きの粉を放つ。 噴水を取り囲むのは、バラを思わせるような色彩の長椅子だった。 ユニークな佇まいで、こちらもリゾート地としての趣きを意識したのだろう。 「さ〜て、いるかな〜」 入り口から少し入ったところで立ち止まり、アカツキはロビーを見渡した。 トウヤとミライがいるなら、ロビーのどこかだと思ったのだが…… 「おっ、いたいた」 右手の奥の方に、ミライの姿を認め、アカツキは喜びに弾む気持ちを抑えられなかった。 トウヤの姿は見当たらないが、ミライがいれば彼もここにいるはずである。 彼女はこちらに背を向け、アカツキがいることに気づいていないようだったが、それは無理もない話だった。 唯一の手持ちであるパチリスの毛を梳いていたからだ。 そこのところはポケモンブリーダーの日常作業といったところか。 「ミライ、元気そうだな。よかった〜」 アカツキはホッと胸を撫で下ろすと、小走りに駆けていった。 「お〜い、ミライ〜っ」 そんなに大きな声を出したつもりはなかったが、アカツキの声は広いロビーに何度も反響した。 のんびりと佇んでいたトレーナーやポケモンたちが、一斉に振り向いてくるが、アカツキは彼らの視線など意に介さなかった。 ミライはアカツキの声を耳にして、ハッとして振り返ってきた。 驚きを顔に貼り付けて、せっかくの可愛い顔立ちも台無しになっていたが、彼女の顔はすぐに喜びのものに変わった。 「あっ、アカツキ!!」 パッと表情を輝かせ、パチリスの毛を梳くことなどあっさりやめて、駆けてきた。 二人はどちらともなく手を差し出し、相手の手をギュッと握った。 まるでロマンチックな再会シーンだが、もちろん当の二人にそんな意識はない。感じるにはあまりに幼すぎたからだ。 「無事だったんだ。良かった〜」 「まあな〜」 ミライが本当にホッとしているのを見て、アカツキは得意気に胸を張った。 本当は自慢するようなことでもないのだろうが、彼女を安心させてやりたい一心で、鼻を鳴らす。 「パチっ、パチパチっ!!」 ミライの大切な友達がやってきたということで、パチリスがやってきて、うれしそうに嘶いた。 「よっ、パチリス。久しぶりだな〜。元気してたか?」 アカツキはニコニコ笑顔で膝を折ると、足元ではしゃいでいるパチリスの頭を撫でた。 ミライがアカツキのことを心配していたのと同じように、パチリスもネイトやリータたちのことを気にしていたのだ。 パチリスに構うのも程々に、アカツキは立ち上がると、ミライの目をまっすぐ見つめた。 喜びの感情を湛えた瞳の奥に、うっすらと浮かぶものに気づきつつも、確かめるより先に、彼女が口を開いた。 「アカツキなら無事だって信じてたよ。だって、ネイトたちが一緒だもんね」 「うん。みんながガンバってくれたからな。オレだけだったら、ちょっと大変だった」 ちょっとどころか、とても大変だったのだが、せっかくの再会シーンを台無しにするようなことは言えなかった。 ミライが心配性なのを理解しているからだ。 彼女はアカツキが無事にここにたどり着くことを信じていながらも、やはり心配していたのだ。 瞳の奥に浮かぶのは、彼を純粋に心配する気持ちだった。 「心配かけてごめんな」 アカツキがそう言い出すのを察したのか、ミライは笑みをひそめ、不満げに頬を膨らませた。 「……?」 何を言い出すのかと思って眉をひそめたアカツキに、ミライがここぞとばかりに言い募る。 「もう、心配したんだから!! 勝手にいなくなって!! トウヤなんてわたしよりももっとカンカンだよ!! 思いきり頭ぶん殴ってやる!! って、本当に怒ってるんだからね!!」 「あ……ああ」 今まで見たことのない迫力に、アカツキはなぜか気圧されていた。 得意気に笑っていられれば良かったのだろうが、彼女が本当に自分のことを心配してくれていると分かっていたから、何も言えなかった。 おとなしいとばかり思っていたが、言う時には言うような性格らしい…… アカツキはそう思ったが、それは半分、間違っていた。 彼の影響を受けて、少し積極的になったからこそ、思いつくままの言葉を募ってきたのだ。 「し、心配かけてごめんな……」 思いきり叱られた後で、謝るように言うハメになるとは思わなかった。 だが、心配をかけてしまったことは事実だ。 謝るべきところは謝らなければならないし、弁解もしなければならないだろう。 そこのところは理解しているつもりだった。 「まったくだよ……」 言いたいことを存分に言ったことで気持ちが晴れたのか、ミライは笑みを浮かべた。 「でも、ホントに無事でよかった。トウヤはああ言ってるけど、ホントに心配してたんだよ」 「そうだな。後でちゃんと謝っとくよ。 あと……心配してくれてありがとな」 「うん」 アカツキの顔にも笑みが浮かぶ。 心配をかけたことは申し訳なく思っているが、こんな自分のことでも心配してくれてありがとうという気持ちがある。 「トウヤは? 見当たんないけど」 アカツキは改めてロビーを見渡したが、トウヤの姿は見つからなかった。 部屋に引きこもっているのかと思ったのだが…… ミライは困ったような顔で肩をすくめた。 「今、外に出かけてるの。 なんでも、アイシアジムに行くって言ってたけど……」 「ジムに? なんで?」 彼女の口から飛び出した場所があまりに意外だったものだから、アカツキは飛び上がらんばかりに驚いた。 トウヤのことだから、ポケモンセンターで待っているとばかり思っていたのだが、まさか、アイシアジムとは。 トウヤはネイゼルカップに出ないのだから、ジムに行く必要などないではないか。 アカツキが驚いているのを見て、ミライは自分も同じだと言わんばかりに言葉を付け足してきた。 「わたしも知らないの。 なんでって訊いたんだけど『大人の事情があるんや』の一点張りで、答えてもらえなかったのよ」 「そうなんだ……」 大人の事情があると言われても、正直ピンと来なかった。 トウヤは確かに年上だが、大人と子供ほど離れているわけではない。 多少は大人びているところがあるにしても、精神的には子供っぽいところが色濃い。 「でも、ジムに行くなんて、どうしたんだろ?」 アカツキは首を傾げ、疑問符を浮かべた。 トウヤがジム戦に行く理由が、皆目検討もつかない。 彼なりの考えがあるのだろうが、ミライにさえ打ち明けないとは。 それに、彼女がここに残ったのは、アカツキを待っていたからだ。 結局、自分が足を引っ張ったようなものだから、これ以上ミライに訊ねる気にもならない。 「ま、戻ってくるまで待ってりゃいいや」 ミライを残してきたところを見る分に、そう長々と用事があるわけでもないのだろう。 アカツキは気楽に構えることにした。 「なあ、ミライ。ちょっと座んない?」 「? どうしたの?」 「トウヤを待とうと思って。ほら、心配かけちまっただろ? 探しに行ければいいんだけど、大人の事情があるんじゃ、ジャマになるだけだろうし」 「うーん……そう言えばそうよね」 アカツキの言葉に、ミライは納得して何度も頷いた。 屁理屈もいいところだったが、今トウヤを追いかけてジムに向かったところで邪魔になるだけだろう。 一人で赴いたということは、ミライに来てもらっては困るのだろう。 アカツキを待つという大義名分(?)を掲げれば、ミライが言うことを聞くということも分かっている。 トウヤがいるのなら、ジムに行ったとしても、ジム戦は受けてもらえないだろう。 だったら、彼がここに戻ってくるのを待って、その間に英気を養えば良い。 「分かった。 それじゃ、部屋に行こうよ。トウヤがアカツキの分まで取ってくれてるから」 「オッケー」 ミライの一言に、アカツキは笑みを深めた。 自分で部屋を取ってもいいのだが、彼女が言うところによると、三人で一室を取ってあるそうだ。 なんでも、二人がこの街に到着した日は、年に一度の祭りが催されていたため、 一グループにつき一部屋というルールを設けなければ対応できなかったらしい。 もっとも、アカツキもミライも三人一緒で寝泊りすることに抵抗など感じていない。 これでも野宿を何度も経験してきたからだ。 「じゃ、案内してあげる」 ミライはパチリスをモンスターボールに戻すと、アカツキの手を取って部屋に案内した。 ロビー脇の螺旋階段を昇り、三階へ。 右手に伸びる円弧の廊下をしばらく歩いていくと、ミライとトウヤが寝泊りしている部屋にたどり着いた。 「わお……すっげ〜」 部屋に足を一歩踏み入れるなり、アカツキは感嘆のため息を漏らした。 「ふふ……」 彼が驚くと分かっていたから、ミライは含み笑った。 通された部屋は、外観と同様に、ホテルを思わせる佇まいだったからだ。 柔らかいタッチの絨毯が敷き詰められ、高価ではないにしても、調度品にはそれとなく品が漂っている。 宿泊者が感じるリラックスを意識したのか、広すぎず、狭すぎず。 その部屋の中に、家具類が計算づくで配置されている。 心理的な安らぎを計算した部屋は、さながら高級ホテルである。 リゾート地というイメージを汚さないために、ポケモン省も苦心したそうだ。 金をかけずに高級感を示すのに、心理的な効果を選んだ。 「こりゃいいや」 こんなポケモンセンター、見たことない。 アカツキは満面の笑みで室内を練り歩いた。ホテルに宿泊している錯覚に陥りそうになるが、ここはれっきとしたポケモンセンターだ。 一通り室内を見て回ってから、入り口に一番近いベッドに腰を下ろす。 真ん中のベッドはトウヤが、奥のベッドはミライが使用しているとのことだ。 どこのベッドでも、ふかふかであればそれで良かった。 アカツキはリュックを放り出して寝転がると、すっかり夢見心地になった。 「う〜ん、やっぱいいな〜」 「そうでしょ? やっぱりリゾート地よね」 「ゆっくりできそうだ」 ミライも、このベッドはお気に入りらしい。 トウヤと二人で先に来て良かったと思うほどだが、それとアカツキが無事で良かったというのは別の話である。 程よく沈むマットレスの心地良さにウットリした後、アカツキは身を起こした。 「ミライ、聞きたいことあるんだけど」 「なあに?」 「オレがいなくなってからさ、ソフィア団の連中に襲われたりとかってこと、なかった?」 「? なかったけど……」 突然の問いにミライは驚いていたが、すぐに頭を振った。 アカツキがその場を離れたことで、フォース団共々、ソフィア団のエージェントもそちらに向かったらしい。 ミライが言うところによると、それからアカツキを捜したが見つからなかったため、止む無くアイシアタウンを目指すことにしたそうだ。 トウヤが、アカツキのことを信じていると言っていたのを聞いて、アカツキはじんと胸が熱くなった。 「やっぱりトウヤはオレのこと、信じてくれてるんだ……」 自分が彼の立場なら、同じことをする。 そう思っていたからではないが、純粋に自分のことを信じてくれたのがうれしかった。 アイシアタウンという目的地が変わったわけではないのだから、先に行って待つことにした。 アカツキが熱い気持ちを噛みしめていると、ミライは満足げにニコッと微笑み、言葉を継ぎ足した。 「それからは、ホントに順調だったの。 トウヤがそこらのポケモントレーナーの挑戦を受けてたけど、あっさり打ち負かしちゃって。 それくらいしか面白いことなかったよ」 「そうなんだ……」 「うん」 もうすぐアイシアタウンにたどり着くといったところで、通りすがりのポケモントレーナーからバトルを挑まれたらしい。 同じポケモントレーナーでもあるトウヤは挑戦を受け入れ、バトルが始まったのだが、勝敗は言うまでもない。 トウヤはあっという間に相手のポケモンをなぎ倒し、勝利した。 あまりに呆気なさすぎて張り合いはなかったが、彼のポケモンのレベルの高さと、計算され尽くしたタクティクスは鮮やかだった。 ミライは黄色い声援を送ってトウヤを応援した。 まるで自分がやっているかのように興奮したと、息を弾ませ、瞳を輝かせながら話した。 「だったらさ〜、ミライもポケモントレーナーになればいいじゃん。今からだって遅くないぜ?」 彼女が本当に楽しそうに、我がことのように話すものだから、アカツキは笑みを深めながら言葉を返した。 ミライがこんなに楽しそうに話をするのは初めてだった。 だから、なんとなくそんな風に言葉を返したのだが…… 「う〜ん……」 ミライは怪訝に眉根を寄せた。 「それはちょっと……」 「嫌なのか?」 「嫌ってワケじゃないんだけど……やっぱり、わたしはブリーダーになりたいの」 「そっか。そうだよな。ミライはブリーダーになりたいんだよな」 「うん……」 彼女が一人前のブリーダーを目指していると知っているから、アカツキは多くを言わなかった。 彼女の行く道は、彼女が決めればいい。 ただ、トレーナーに魅力を感じたのなら、ただ感じるだけにしておくのはもったいない。 それをなんと言えばいいのか分からず、アカツキは舌の上で形にならない言葉を転がすしかなかった。 二人はしばらく黙っていた。 何を話せばいいのか分からなかったし、室内に満ちる静寂が、なんとなく言葉を発することを躊躇わせる。 しかし、アカツキは形になった言葉を口に出した。 「少しくらい経験してみたら? 別に、トレーナーにならなきゃいけないってワケじゃないんだしさ。 少しくらいポケモンバトルのことを知っといた方がいいって。 ブリーダーとトレーナーの違いって、オレはよく分かんないけどさ、やってみりゃ分かるかもしれないぜ」 「そうねえ……」 ある意味詭弁でしかなかったが、ミライは思うところがあるのか、考え込んだ。 「……?」 少しはやる気になっていると見て、アカツキは彼女の言葉を待った。 少しでもトレーナーをやりたいと思うなら、できることはやってあげるつもりだ。 「考えてみるよ。今すぐには決められないけど……」 「うん。そうしなよ」 今すぐ決める必要はない。 一人前のブリーダーになるという目標があるのだから、すぐに決められる方がどうかしている。 それはアカツキも重々承知しているから、気長に待つことにした。 彼が口元に笑みを浮かべているのを見て、ミライは救われたような気がした。自然と笑みが顔に浮かんだ。 ……それからふと、あることを思いついた。 「ねえ、アカツキ。聞きたいことがあるんだけど……」 「ん、なに?」 不意に訊ねられ、アカツキはキョトンとした。 どこかためらいがちな口調とは裏腹に、顔にはかすかな笑み。 一体どうしたのかと思ったが、 「アカツキ、カヅキさんの上司からポケモンレンジャーにならないかって言われたんでしょ?」 「うん、そうだよ。すぐ断ったけど」 ミライの言葉に、即答する。 ポケモンレンジャーになるつもりは毛頭ない。仮に一定期間経験するのだとしても、その間トレーナーから離れることになるのだ。 トレーナーとして復帰した時に、以前よりも実力が低下するのが避けられない。 それに、ポケモンレンジャーはミッションに赴く時は、パートナーとなるポケモンを一体しか連れていけないとされているためだ。 すでに四体のポケモンを持っている以上、それはできない相談だった。 一体何を思ってそんなことを訊いてきたんだろう……? アカツキは釈然としない表情で首を傾げていたが、 「でもさあ、その時カヅキさんの上司がアカツキに言ったことって、今あなたがわたしに言ったことと同じなんじゃない?」 「あっ……」 そこまで言われ、アカツキは初めて気がついた。 本人にその気があるなら、力になってあげたい……そう思っていただけだが、改めて言われてみると、確かにその通りだった。 「そっか。オレ、あの人と同じこと言ってたんだ……」 カヅキの上司……名前は確かハヤテと言ったか。 自分と彼が同じことを言っているとは思わなかったが、なんとなく思うところがあった。 「……オレ、そんなつもりはなかったんだけどな〜」 意識したつもりはない。 ただ、結果だけを見てみれば同じだったのだろう。 「そういう考え方もできるってことなのかな……?」 アカツキは窓の外に目を向けた。 青々と広がる空と、雪を冠して白く染まったアイシア山脈。 ポケモンレンジャーになるつもりはない。 ただ…… 『少しくらいポケモンバトルのことを知っといた方がいいって。 ブリーダーとトレーナーの違いって、オレはよく分かんないけどさ、やってみりゃ分かるかもしれないぜ』 自分がミライに対して言った言葉と、ハヤテが自分に対して言った言葉が同じだったから、その意味まで同じだったのかと、考えてしまう。 「…………」 自分の夢はポケモンマスターだ。 ポケモンレンジャーではない。 トレーナーから離れるなんて考えられないけど、ポケモンレンジャーとトレーナーの違いって何だろう? 「アカツキ?」 彼が一点に視線を留めたままなにやら考えているのを見て、ミライは首を傾げた。 一体何を考えているのだろうと思ったが、それを口にすることはできなかった。 Side 3 「せやったら、ええわ。ホンマ、頼むで〜」 「ああ、そっちに回すように手配するよ。今回はちゃんと手筈を整えてるから。安心してて」 「ん。頼んだで」 「任せといて」 相手の返事に満足して、トウヤは電話を切ると、ホッと胸を撫で下ろした。 ずいぶんとヤキモキさせられたが、ようやっと相手も重い腰を上げてくれた。とりあえずでも何でも、口約束を取り付けておけば大丈夫だろう。 幸い、証人がいるからすっ呆けられるようなこともない。 こういう時こそ、ジムリーダーが傍にいてくれて良かったと思う。 「良かったわね。サラさん、あなたの言いたいことをちゃんと察してくれたみたい」 「ああ、まあな」 受話器をゆっくり置いて、トウヤは振り返りながら小さく頷いた。 彼の視線の先には、穏やかな物腰の女性が立っていた。 ダークブルーの髪を背中に束ね、ドレスのような服をまとっている。 物腰と同様に、淡く漂う水泡を思わせる瞳はどこか安らぎを与えてくれる彼女が、アイシアジムのジムリーダー。 トウヤがいるのは、アイシアジムの事務室だった。 ポケモンリーグ・ネイゼル支部のチャンピオンであるサラに直談判をするのに、ジムを選んだのである。 ジムリーダーが立ち会っている状態で話をすれば、重い腰を上げてくれると踏んだのだが……間違ってはいなかった。 「まあ、なんや……礼を言っとくわ。おおきに。ホンマ助かった」 「いいのよ。あなたの力になってあげるようにって、サラさんも言っていたから」 トウヤはひとまず、こちらの事情を汲んでくれたジムリーダーに礼を言った。 彼女はサラから事前にトウヤのことを聞いていたため、すぐに力を貸してくれたのだ。 電話を貸し、トウヤとサラの話に立ち会うというだけだが、その効果は絶大なものだった。 ジムリーダーが立ち会っているということもあり、サラはトウヤの言葉を無下に扱うことができなかったのである。 結果、サラはトウヤの言葉を全面的に受け入れ、今度こそ本当に力を貸してくれると約束してくれた。 「せやけどなあ……」 トウヤは小さくため息をつくと、傍のソファーに腰を下ろした。 すかさずジムリーダーが冷たい飲み物を出してくれた。 ……交渉、お疲れさま。 口には出さなかったが、コップをテーブルに置いた時の仕草から、労ってくれているのが分かった。 「おおきに〜」 トウヤはニコッと微笑みながら礼を言うと、コップの中身を一気に飲み干した。 渇いた喉を、冷たい刺激が駆け抜ける。 瞬く間に潤い、気分的にも楽になった。 「だけど、サラさんだって結構大変だったのよ。そこだけは理解してあげて」 「分かっとる。あいつが大変なのは、俺だって知っとる。 せやけど、やらなあかんのや。それはあいつも知っとることや」 「まあ、確かにそうね……」 テーブルを挟んだ向かい側に腰を下ろし、彼女は小さく頷いた。 ポケモンリーグから全幅の信頼を受けてジムリーダーに就任した身である。 実質上の上司であるチャンピオン・サラから、トウヤたちが置かれている状況を教えられているのだ。 だから、サラが大変な立場にいることだって理解しているし、トウヤがヤキモキしていたことも分かる。 歳が離れている相手にも遠慮なくタメ口でズバズバ言うトウヤの度胸には恐れ入ったが、 それ以上に彼を一向に窘めないサラの豪胆さにも感服してしまう。 「で……満足できた?」 「うん。これでええやろ。四天王を寄越してくれる言うたからな」 「あの二人が来るの……大変だと思うけど、頑張ってね」 「…………? どういうこっちゃ?」 「まあ、会ってみれば分かるわ」 「ふ〜ん……」 どこか腑に落ちない言い方だったが、戦力を寄越してくれると約束してもらった以上、ワガママは言えないところだ。 彼女はサラが寄越すと約束してくれた四天王のことを知っているらしい。 いろいろと会合や会議もあるだろうから、面識があったとしても不思議ではない。 ただ…… 「なんや、あんまええ印象持っとらへんみたいやな……」 彼女の口振りから察するに、手放しで喜べるような性格の持ち主ではないのだろう。 訊いてみようかと思ったが、素直に答えてもらえるとも思えない。 目の前にいるジムリーダーは、見た目と同様にずいぶんと褪めた性格の持ち主らしい。 変なところで『煮ても焼いても食えない』のが分かる。 「ま、ええねんけど……」 四天王とは長々と付き合うわけでもないから、そんなに気にする必要もないだろう。 結果オーライということで落ち着けるのがいい。 「さて……」 コップの中身を飲み干して、トウヤは席を立った。 「あら、もう行くの?」 ゆっくりしていけばいいのに…… 彼女は目を細めて、暗にそのようなことを言ったのだが、トウヤは頭を振ると、 「そろそろあいつも心配してるからな。戻るわ」 「そう。だったら、ポケモンセンターの部屋を教えて。四天王の二人にあなたの部屋を教えておくわ」 「そっか。ほな、頼むわ」 彼女の言葉に甘えて、トウヤはポケモンセンターの宿泊室の番号を教えた。 一定の成果を挙げることができたし、これ以上ここに留まる理由はない。 「それじゃあ、また……」 「ええ」 トウヤは軽く手を挙げると、事務室を後にした。 「…………さて、後はあいつがこの街に来るのを待つだけやな」 薄暗い廊下を抜け、ジムを出る。 空は茜色に染まり、夕陽に照らし出されたアイシア山脈は橙色に輝いて見える。 夕焼けの景色は雄大で、それでいてどこか優しく抱擁してくれるように思える。 サラとの交渉が上手く行って、気持ちが落ち着いているせいか、どこにでもあるような夕焼けの景色にも心が和んだ。 人通りの少ない坂道をポケモンセンターへ向かって歩きながら、トウヤは考えに耽っていた。 「あいつ、今頃どうしとるんやろうなあ……」 脳裏に浮かぶのは、陽気で快活な少年の笑顔だった。 アカツキ。 それが少年の名前。 どこにでもいるような、元気で明るい性格の少年である。 だが、それだけではない。 「無事でいてくれたらええねんけど……」 変なところで優しくて気が利く。 そのおかげで(あるいはそのせいで)、サラに直談判までしなければならなくなったのだが、それはまあいい。 いずれはそうするつもりだったから、その予定が早まったと思えば。 「…………」 自分たちの安全のために、自ら囮になることを選んだ少年は、今頃元気にしているだろうか? すでにこの街に到着し、ミライと和気藹々とした時間を過ごしているとは予想もしていなかっただけに、心配になる。 その少年は、とても正義感が強くて、まじめで熱い気持ちの持ち主だ。 「まあ、正義感なんて、あいつはンなこと最初っから考えとらへんのやろうけど……」 正義感などと大それたものではないだろう。 彼にとっては、大事な仲間を守る……ただ、それだけのことだ。 ただそれだけのことでも、それを当たり前と思い、気取っていないのが大したところだ。 トウヤは気づけば、少年に肩入れしていた。 本当にバカバカしいと思えるほど。 しかし、それでも微笑ましく感じられる自分自身の気持ちの柔らかさに気づいて、苦笑する。 「まあ、あいつなら無事やろ。笑ってガンバっとるんやろうな」 自分にできることなど高が知れている。 少し手を貸して、背中を押してあげることしかできないが、それでもいい。 傷つくことも厭わずに困難に挑む少年に対してできることがあるなら、精一杯のことはしていくつもりだ。 サラに直談判などしたのも、少年の負担を少しでも軽くしてやりたいという思いからだった。 「さて、いつ来るんやろ……?」 ジムがある北西部の小高い一画を下りて、メインストリートと交差する道を行く。 やがて左手に、夕陽を反射するポケモンセンターのまばゆい佇まいが見えてきた。 明日になれば来るだろうか……? そんなことを考えながら、道を行く。 いつ四天王が来て、力を貸してくれるのかという漠然とした不安はすっかり陰を潜め、代わりに浮かんできたのは穏やかな気持ちだった。 人通りの少なくなったメインストリートに入って程なく、根城としているポケモンセンターにたどり着く。 ホテルのような佇まいを見せるロビーを通り抜け、寝泊りしている部屋へと一直線に戻る。 部屋の扉を押し開いた次の瞬間、 「あ」 トウヤは目の前の光景を思わず疑ってしまった。 今頃どこで何をしているのか……何気に心配していた相手が、部屋の中で和気藹々とミライ相手にしゃべっているではないか。 「あ……」 ……と、相手――アカツキも同様にトウヤの存在に気づき、パッと表情を輝かせた。 「トウヤ!! お帰りっ!!」 アカツキは席を立つと、さっと駆け出してきた。 ミライが少し遅れてやってくるが、その時にはすでにアカツキが口火を切っていた。 「トウヤ、やっと会えたな!! 元気そうで良かったよ〜」 「あ、おう……」 出し抜けに元気さを見せ付けられたものだから、トウヤは唖然とした。 心配するまでもなく、元気にやっていたのだろう。 そうでなければ、こんな笑顔は見せられない。 お世辞にも演技が得意とは思えない性格である。 「トウヤ。アカツキはずっと元気にしてたみたいだよ。良かったね」 ミライがニコッと微笑みかけながら話してくる。 今までいろいろと話をしていて、アカツキが元気に過ごしていたのを理解しているからだろう。 安堵に満ちた表情が、すべてを物語っていた。 「ま、そうやろうとは思っとったけど……」 いつかは必ずこの街にたどり着くと思っていた。 心配はもちろんしたが、不安というわけでもない。 「まあ、なんや。元気にしとったみたいやし。良かったわ」 とりあえず、元気な顔を見せてくれたのだから、良しとしようか。 一時はどうなることかと思ったが、彼ならどんな困難をも仲間と共に乗り越えてここに辿り着くだろう。 そう信じていたから、不安らしい不安は特に感じていなかった。 「せやけどな……」 満面の笑みを湛えるアカツキを見やり、トウヤはすっと目を細めた。 「? どうかした?」 表情もどこか固くなったような気がして、アカツキは怪訝そうに首を傾げた。 「あわわわわ……」 トウヤの表情が変わったのを見て、ミライは恐る恐る後ずさりした。 雷が落ちる。それも、特大のが。 ミライはもちろんだが、トウヤは彼女以上にアカツキのことを心配していたのだ。 信じていると口火を切って、アイシアタウンへ向かうことを提案したが、 それでもやはり彼がアカツキのことを誰よりも心配していたのは疑いようもない。 それが分かっているからこそ、ミライは特大の雷が落ちるのだと確信し、そーっと逃げ出した。 彼女がバスルームに逃げ込んだのと同時に、トウヤは大きく息を吸い込んで―― 「おんどりゃーっ!! どんだけ心配したと思うとるんや!! 独りよがりで勝手にフラリいなくなりおって!! 俺とミライがどんだけ心配したんか、おまえに分かるんか!! あぁ!?」 「う……」 暴走族がエンジンを吹かして道路を走り回るのとは比べ物にならない大声がポケモンセンター中に響き渡る。 心なしか、床やら柱やらが揺れていたような気がしたが、アカツキはそんなことも気にならなかった。 それくらい、トウヤの剣幕はすごかった。 顔を真っ赤にして、アカツキを怒鳴りつけたのだ。 その迫力たるや、凶悪と名高いギャラドスが束になっても敵わないほどのすさまじさだった。 アカツキもこれにはさすがにポカンと口を開いて、呆然と佇むしかなかった。 「まあ、無事やったから良かったようなものの……一歩間違ってたらどうなってたか分からんかったんや!! 反省せい、反省っ!!」 「…………」 トウヤのあまりの剣幕に、アカツキは俯いた。 彼がここまで怒る理由は、アカツキ自身が誰よりも理解していたからだ。 「…………」 トウヤも言いたいことを言ったのか、そこでトーンダウンした。 バスルームから恐る恐るといった様子で顔を覗かせたミライは、アカツキが俯いているのを見てビックリした。 てっきり、笑って済ませるとばかり思っていたのだが…… いくら陽気で明るい性格でも、他人に心配をかけてまで笑って済ませようというフザケた根性は持っていなかった。 ミライが不思議に思っていることなど露知らず、アカツキは真剣な面持ちで顔を上げた。 「ごめん。心配かけちゃって……」 「ん……」 素直に謝ってくれたので、トウヤはそれ以上言わないことにした。 明るく陽気ではあるが、聞き分けは人一倍良いのだ。 自分とミライがとても心配したということを理解してくれればそれで良い。 怒る方も嫌だし、怒られる方だって気分が悪くなる。 だから、トウヤはよほどのことがない限り怒らない。 「まあ、おまえが俺らのこと考えてくれたっちゅ〜ことは、よ〜く分かっとるからな。 気遣いはありがたくいただいとくけど、そういうことはちゃんと言ってもらわな困るで」 「次からは気をつけるよ」 下手な言い訳などせず、アカツキは自らの非を素直に認めた。 誰もが自分の嫌なところや悪いところを認めたくはない。悲しいかな、それが人間の性というものだ。 それでも、アカツキはトウヤとミライに心配をかけたということを認め、詫びた。 言い訳や弁解を一切しないで、ただ詫びる。 それは口で言うほど簡単ではない。 だからこそ、トウヤはアカツキが素直に反省しているのを見て、これ以上は言わないようにしようと思えるのだ。 「……よかった、終わった……」 これ以上は雷が落ちることもないだろう。 ミライはホッと胸を撫で下ろし、そ〜っとアカツキの傍に戻った。 彼女の動向など気にすることなく、トウヤは言葉を発した。 「ま、立ち話もなんや。 今までのこととこれからのことを話しときたいから、そこに座って話そうや」 「うん、分かった」 謝ることは謝ったし、それについてはトウヤも許してくれたようだから、アカツキの顔に笑みが戻った。 やっぱり、笑顔がよく似合う…… ミライは心が暖まる想いだった。 三人は窓際のテーブルに場所を移した。 椅子に腰を下ろし、真っ先に口を開いたのはトウヤだった。 「まあ、おまえのことやから、俺らが先にアイシアタウンに行くと分かっとったんやろ?」 「うん、まあね」 アカツキは満面の笑みで頷いた。 トウヤが自分のことを信じてくれていたから、アイシアタウンで待っているという選択肢を選んだと分かっている。 「オレがトウヤの立場だったら、同じことするんだろうな〜って思って」 「ん。まあ、ええわ」 無邪気に言うアカツキの笑みに釣られるように、トウヤの顔にも笑みが浮かんだ。 先ほどまでの暗雲はどこへやら。 室内はすっかり和やかな雰囲気に包まれていた。 そんな雰囲気だったから、誰もが話しやすい状況だったのは間違いない。 「でも、トウヤとミライがオレのこと信じてくれてるって分かってたから、そんなに不安じゃなかったんだ。へへ」 「まあ、おまえにゃネイトやリータたちがついとるもんな。 無事やったってことは、あれからいろいろあったんやろ?」 「うん。実は……」 さり気なく『説明しろ』と言われ、アカツキはアイシアタウンに到着するまでの出来事を話した。 ノースロードでの襲撃はソフィア団のものではなく、ソフィア団のエージェントをおびき出すためにフォース団が画策したものだったこと。 アカツキを現場から離れるように扇動したのもフォース団のエージェントで、 トウヤとミライから引き離すことでソフィア団のエージェントが確実に乗ってくるように仕向けたこと。 フォース団の作戦にまんまと引っかかり、ソフィア団のエージェント(ソウタとヨウヤ)がフォース団の捕虜になったこと。 フォース団のアジトに行くことになって、そこにヒビキが現れて一悶着あったこと。 彼がポケモンリーグの回し者でないことを確認するため、フォース団のアジトで三日過ごしたこと。 大まかにいくつかに分けて話したのだが、トウヤはともかく、ミライはあからさまに驚きを示した。 ここで父親が登場するとは思っていなかったからだろう。 「なんでパパがそんなところにいるの?」 「パパは何か言ってなかった?」 ……とまあ、こんな風に、心配げな表情で矢継ぎ早にアカツキに言葉を投げかけてきた。 父親を心配するのは娘として当然のことだったから、アカツキはミライに正直に打ち明けた。 生半可な優しいウソで納得するような少女ではない……それくらいは分かっていたからだ。 ヒビキはアカツキのバックアップに回るため、一時的にジムリーダーを辞した。 表で実力を存分に振るうのではなく、裏方としてこれからも支えてくれる。 フォース団のアジトで過ごしていた時は、ポケモンバトルの特訓までしてくれたということで、 ミライは安心したように深々とため息を漏らした。 「そっか……パパはやっぱりパパなんだね。良かった……」 ジムリーダーを辞したということには驚いたが、そうしなければアカツキのバックアップなどできないということだ。 一時的にということだから、この件が決着したら、再びジムリーダーとして挑戦者を出迎えることになる。 だから、ミライとしても安心できるというところか。 「なるほどな……」 トウヤは話を聞き終えて、腕を組みながら何度も頷いた。 ようやく合点が行ったようだ。 「確かに、あの時の襲撃はなんか変やったな……なるほど、おまえをエサにして、ソフィア団をおびき寄せてたってワケや」 「うん。そういうことらしいよ。やり方は嫌だったけど……」 「そうやろうな。エサにされてええ気分のヤツなんか、おるはずあらへん」 年端も行かぬ子供をエサにするなど、トレーナーとして風上にも置けないやり方だが、フォース団としては致し方なかったのだろう。 当面の敵がソフィア団であると認識しているからこそ、アカツキたちはやむを得ないと納得するしかなかった。 「で……うまく行ったんやろ?」 「うん。なんかすごいことになってたけど、ハツネさんっていう、バクフーン使ってた人が一網打尽って感じで」 「ああ、あの女か……」 ソフィア団のエージェントを捕虜にしたということからしても、フォース団の作戦は功を奏したということだろう。 最後の最後までハツネが出てこなかったからこそ、ソフィア団のエージェントの意表を突けた。 ただそれだけのことだが、アカツキたちにとっては大きかった。 ドラップを狙うソフィア団のエージェントが減ったのだから、襲われる頻度も減るだろう。 プロセスは気に入らないが、結果オーライということで済ませるしかない。 「でも、おまえがピンピンしとるんやったら、フォース団のアジトでもええ扱いされとったんやろ?」 「うん。外に出られなかったけど、ポケモンバトルの特訓もしてもらったし、退屈はしなかったよ」 「ふーん……」 フォース団のアジトでは、気さくな団員と打ち解け合うことができたし、退屈するようなことはなかった。 アカツキが楽しそうに話すものだから、ミライは一度、フォース団のアジトに行ってみたいと思った。 もちろん、それが一朝一夕にできることではないと分かってはいたが。 「で、トウヤは何をしてたんだ? ここのジムリーダーのトコ行ってたんだろ? ミライから聞いたぜ」 「おう、まあな……」 アカツキの話は終わったので、次はトウヤの番だった。 ちょうどアイシアジムから戻ってきたところである。情報としても出来たてホヤホヤといったところだし、タイミングが良い。 「サラがいつまで経っても援軍寄越さんから、ジムリーダーに立ち会ってもろうて、直談判しとったんや」 ソフィア団と戦っていくには、戦力が決定的に不足している。 アカツキから話を聞くまで、ソフィア団のエージェントが二人フォース団の捕虜になっていたことは知らなかったが、 そこのところはポケモンリーグとしても情報として得ていなかったということだろう。 ヒビキがジムリーダーとしてではなく、一個人として活動しているなら、サラとのつながりが切れていたとしても不思議はない。 サラと話をしたところ、四天王を二人寄越してくれると約束した。 エージェントを欠いて戦力的に不安定になったとはいえ、ソフィア団は侮れない組織である。 ジムリーダーよりも強い四天王を二人も寄越してくれるのは、実にありがたいことだった。 「これでなんとかなるかも……」 どんな人だろう……? 期待に胸を弾ませながらも、気持ちを落ち着けようと、アカツキは胸に手を当てて小さく息をついた。 四天王と言うからには、トレーナーとしての実力に優れ、また人格的にも尊敬できる人なのだろう。 いつ来るのか知らないが、会うのが楽しみで仕方ない。 互いが今までどうしていたのかという説明も終わったことだし、そろそろこれからのことを考えよう。 そう思い、トウヤは話題を変えた。 「で……これからどうするん? まあ、聞くまでもあらへんけど」 「明日一番でジム戦に行く!! なんか変なトラブルに巻き込まれて出遅れちまったからなあ……何がなんでもリーグバッジをゲットしてやる!!」 「ん。ええ意気や」 「そうだね。アカツキなら大丈夫だよね」 「おう、任せとけ!!」 トウヤとミライが太鼓判を押してくれたので、アカツキは気を良くして、さらに息巻いた。 「ヒビキさんにも特訓してもらえたし、今のオレたちならリーグバッジくらい軽くゲットできるさっ!!」 いささか自信過剰な気がしないでもないが、トウヤの目から見て、それは微笑ましいことだった。 To Be Continued...