シャイニング・ブレイブ 第8章 アイシアのやんちゃ坊主 -Enjoy mischief-(中編) Side 4 ――アカツキが故郷を旅立って24日目。 その日の昼前、アカツキはアイシアジムへ向かって意気揚々と通りを歩いていた。 数歩遅れて、トウヤとミライがついていく。 太陽は高く昇り、通りはそれなりに活気に賑わっていた。 行き交う人もかなり多く、人込みとまではいかなくとも、誰かの肩にぶつからずに歩くのに気を遣う必要があるくらいだ。 「ふんふふ〜ん、ふふ〜ん♪」 そんな中を、アカツキは鼻歌混じりに、機嫌よく歩いていた。 機嫌がいいのは、いつになく目覚めが爽快だったからである。 ただ、昼前になってジム戦に赴くのは、昨日の晩に三人であれこれ楽しく語り合って夜更かしをしてしまったせいだ。 それでも目覚めは爽快だった。 滅多に……どころか、一度も寝坊したことのないトウヤでさえ、目を覚ましたのは朝の十時という有様だ。 彼よりも寝つきの良いアカツキとミライは、壁にかけられていた時計でその時刻に気がついたトウヤに叩き起こされるという状態だった。 「ま、ウォーミングアップはしてないけど大丈夫だろ」 アカツキは寝起きで鈍っていた身体を動かしながら、小さくつぶやいた。 どうも頭がボーっとしているが、ジム戦に臨むとなれば、その時までにはミントを口に含んだようにスッキリしているはずである。 根拠のない自信だが、計算によって導き出された確たる証拠に比べればまだ気軽でいい。 「さて、今回のジムリーダーはどんなポケモン使ってくんのかな〜?」 緩やかな坂道の先にそびえるジムを見やりながら、アカツキはこれから始まるジム戦へと向けて心を弾ませていた。 古代の神殿を思わせる佇まいで、外観は落ち着いた雰囲気のライトブルーで統一されている。 ギリシャのパルテノン神殿のように、柱には遠目に見ても分かるほど細かな装飾が惜しげもなく施されている。 ここまで手の込んだジムである、ジムリーダーの自信のポケモンの強さは筋金入りで、戦略も並大抵のものではないはずだ。 勝手にそんなことを想像しながら、道を行く。 アカツキが意気揚々と歩いているのを見て、ミライは口元に笑みを浮かべた。 ジム戦を前にして、気負った様子がない。 緊張感もどこか欠如しているような気がするが、それがアカツキの長所だと割り切って、そんな考えを側溝に投げ捨てる。 「やっぱり、アカツキらしいね」 「ん、まあな」 ミライがポツリつぶやいた言葉に、トウヤは笑みを深めながら小さく頷いた。 緊張感がないのはどうかと思うが、変に気負って緊張で凝り固まるよりはずっとマシである。 その方がポケモンものびのびと戦うことができるだろう。 意外と忘れがちなことだが、トレーナーが開放的な気分で戦うのは、ポケモンに良い影響を与える。 勝敗に対するプレッシャーを与えず、ポケモンの能力を最大限に引き出せるのだ。 それを意識しないでやっているのだから、存外、アカツキは大したトレーナーになるのかもしれない。 「ま、それも楽しみやな」 ネイゼル地方にやってきたのは、アカツキと共に旅をするためではない。 ポケモンリーグ・ネイゼル支部のチャンピオンであり、トウヤのポケモンバトルの師でもあるサラに会うためだ。 昨日の晩に、自分の抱えている事情をアカツキとミライにすべて打ち明けた。 隠すほどのことではないし、いずれはサラと会うのだから、先に話しておいても問題ないと思ったからだ。 二人して『チャンピオンと知り合いってすごい!!』と瞳をキラキラ輝かせ、尊敬の眼差しを向けてきたが、どうにも気持ち悪かった。 尊敬されて悪い気はしないが、あからさまな尊敬度アップに、トウヤが引いてしまったのだ。 ソフィア団がアカツキのドラップを狙って行動を起こした以上、ポケモンリーグとしても知らん振りはできない。 いずれはサラと会う機会もあるだろうから、今はアカツキと共に旅をして、彼をできるだけ手助けしよう。 いつか、ソフィア団がドラップから手を引いて、サラと会っていろいろ話をしたら、その時はどうしようか……? ちょっと気が早いことを考えてしまうほど、トウヤにとってアカツキのトレーナーとしての成長は魅力的だった。 三日ほどソフィア団のアジトに厄介になった時に、相当鍛えられたらしい。 彼のポケモンをパッと見せてもらったが、明らかに離れ離れになった時と比べてレベルアップしている。 これならジム戦でも良いバトルができるだろうと思わせるほどなのだから、それは間違いない。 「お手並み拝見と行こか」 どこまで強くなったのか見極めるためにも、ジム戦は自分の目で見なければならない…… しかし、トウヤはミライを誘い、暇だからジム戦を見に行くと公言した。 もちろんこれは建て前で、本当はアカツキがどれだけ強くなったのかを確かめるためだった。 トレーナーとしての力量が上がっているなら、ソフィア団のエージェントと互角に戦えるはずである。 とりあえずはジム戦で力量を見極め、今後のことを考える。 いかにも抜け目のないトウヤらしい方法であるが、それが一番アカツキのためになると思っていた。 トウヤが今後のことを考えていることなど露知らず、アカツキはワクワク弾んだ気持ちを抑えようともしなかった。 それから程なく、アカツキたちはアイシアジムにたどり着いた。 柱のみならず、入り口の扉にも細かな装飾が施され、近くに来てみると、ずいぶんと神々しい感じを受ける。 さすがにここまで来ると、アカツキの顔に笑みはなかった。 緊張に凝り固まっているというわけではなく、ジム戦で絶対に勝つという決意に満ちた勇ましい表情だ。 「な、なんかすごいトコだね……」 ジムからオーラのごとく漂う神々しさに、ミライが思わず息を飲む。 こういった雰囲気にはずいぶんと敏感な少女だけに、本人は気づいていなかったが、膝が小刻みに震えていた。 「ん〜、見た目はそうなんやけどな……」 何を大げさな……と言いたげな表情でトウヤが言う。 昨日、一足先に中に入ってあれこれ見てきたので、そんなにすごいとは思わなかった。 「まあ、中に入ってみたら分かるやろ。ほれ、そこのベルを鳴らして入るんや」 「これ……? 飾りじゃなかったんだ」 トウヤの指差した先には、青いベルがあった。 扉にかけられていたが、それさえ装飾の一部のように見えたから、まさか本当に鳴らすものだとは思わなかった。 アカツキは驚きつつもベルに手をかけ、鳴らそうとしたが…… 「キキッ、キキ〜ッ!!」 けたたましい鳴き声が幾重も響き渡ったかと思ったら、アカツキの視界に影が差した。 「……!?」 同時に、頭上に何かの気配を感じ、アカツキはベルを鳴らすよりも先に振り仰いだ。 逆光でよく見えなかったが、サルのようなポケモンが何体も落ちてくる。 「……!!」 「な、なにっ!?」 突然のことにミライは頭上を仰いだまま呆然と口を開け放ったままだったが、アカツキとトウヤは素早く反応した。 アカツキは格闘道場で鍛えられたおかげで、トウヤは長く旅を続けて経験を積んだおかげで、危険に対してとっさに反応できるのだ。 アカツキがさっと飛び退くと、先ほどまで彼が立っていたところに、淡い紫の色をしたサルのようなポケモンが降り立った。 「エイパム!? しかもいっぱいいるし!!」 ポケモンは一体ではなく、五体いた。 いずれも自慢げに口の端を笑みにゆがめながらアカツキをじっと見つめていた。 「ジムの歓迎?」 とか思ったが、そういうわけでもなさそうだった。 五体のエイパムの真ん中に、一際大きな別のエイパムが降り立ってきた。 どうやら、リーダーのようだが…… 「エイパムじゃないの?」 「エテボースやんけ。珍しいポケモンやな」 「エテボース? どんなポケモンなんだ?」 三人が口々につぶやく。 一際大きなエイパムのように見えたそのポケモンは、エイパムの進化形のエテボースだ。 淡い紫のボディカラーは変わらないが、シッポが二股に分かれていて、その先には手のようなものがついている。 見た目はかなり可愛いが、実際は戦闘能力も侮れないポケモンだったりする。 トウヤは何度か見かけたことがあるが、アカツキとミライは生まれて初めて見るポケモンだった。 新化前のエイパムは見たことがあるが、そもそもエイパムに進化形が存在することすら知らなかったのだ。 それはともかく…… 「なんでそのエテボースがこんなトコに?」 いきなり頭上から降ってくるとは思わなかった。 アカツキはトウヤに訊ねたが、彼に聞いたところで分かるはずもない。 「さあ、なんでやろ。 せやけど、エイパムもエテボースも人里には滅多に下りてこうへんポケモンなんやけど……」 ただ一つハッキリしているのは、エイパムもエテボースも森の中で暮らすポケモンであり、 滅多なことでもない限りは人里に出てくることはない……ということ。 しかも、この街の周囲には彼らの住処である森が存在しない。 ノースロードを下り、アイシア山脈の麓まで行かなければ森はないのだ。 「キキッ、キキッキ〜ッ!!」 エテボースはいかにも悪気のなさそうな顔をアカツキに向け、シッポをなにやら振りながらエイパムに指示を出している。 「……?」 一体なんだろう? 気になってアカツキがエテボースを凝視していると、エイパムたちが一斉に動いた。 トウヤがモンスターボールを手に取る暇もないほどの素早い動きで、アカツキの帽子を掻っ攫っていく。 「あ〜っ!!」 まさか帽子を掻っ攫われるとは思わず、アカツキは本気で驚いた。 慌てて取り戻そうと思った時には、すでに帽子はエテボースのシッポが握っていた。 「キキッ、キキキキ〜ッ!!」 ――上出来だ、ヤローども!! と言わんばかりに、どこか自慢げに、それでいて嫌味に聴こえたのは気のせいか。 「おい!! オレの帽子返せ!!」 アカツキはモンスターボールを手にエテボースたちに詰め寄ったが、彼らは持ち前の素早い動きでジムの壁をよじ登り、屋根に到達した。 「逃げるな〜っ!!」 手の届かない場所に逃げてしまえば安心♪ そう考えるのは人間もポケモンも同じらしい。 だが、アカツキはそんなことを気にすることなく、屋根の上からこれ見よがしに帽子を見せつけるエテボースに怒声を浴びせていた。 「オレの帽子返せ〜っ!! こら〜っ、ドロボーっ!!」 負け犬の遠吠えとはよく言ったもので、エテボースは顔を覗かせるなり、あっかんべ〜して、アカツキの神経を逆撫でする。 「こいつら……もう許さねえっ!!」 ちょっとしたイタズラで、おとなしく帽子を返してくれればそれで良しと思っていたが、堪忍袋の緒が切れた。 モンスターボールを引っつかみ、空へ向かって投げ放つ!! 「ラシール!! オレの帽子、取り戻してくれ!!」 ジムの屋根に届くのはラシールだけだ。 ネイトやリータなら、ボールが屋根に到達すれば大丈夫かもしれないが、不安定な足場で戦う必要のないラシールが一番だ。 しかし、アカツキのやろうとしていることなどお見通しと言わんばかりに、 「キキ〜ッ、キキッ!!」 エテボースの号令が下り、エイパムたちが一斉にスピードスターを発射してきた!! 「あかん、避けるんや!!」 トウヤの声に、アカツキたちは一斉に飛び退き、スピードスターから逃れることができた。 ただ、スピードスターはラシールのモンスターボールを弾き飛ばし、アカツキの手元に戻した。 残りはどどどどどんっ、と轟音を立てて地面に突き刺さる。 これではモンスターボールから出すことができなかったのだが…… 「危なかったあ……」 いきなり攻撃されるとは思っていなかったから、ミライは胸に手を当て、高鳴った胸の鼓動を抑えるのに必死だった。 「こうなったらもう一度……」 アカツキはラシールのモンスターボールを再び放り投げようと頭上を振り仰いだが…… 「あ、あれ……?」 「おらへん……」 呆然とつぶやくトウヤ。 アカツキたちがスピードスターを避けるのに夢中になっている間に、エテボースたちは屋根から姿を消していた。 「…………」 「…………」 「…………」 突然現れたかと思ったら、帽子を掻っ攫って姿を消す。 まるで神出鬼没。 エテボースたちの早業に、アカツキたちは呆然とジムの屋根を見上げるしかなかった。 「ど、どうしよう……」 しばらく言葉をなくしていた三人だったが、ミライが躊躇いがちにつぶやいたその一言に、ハッと我に返る。 「どうするもこうするも!! オレの帽子、取り戻すんだよ!! そうじゃなきゃ、ジム戦に集中できないし!!」 アカツキはいきり立ち、地団駄を踏んで悔しがった。 レイクタウンで暮らしていた頃から毎日かぶっていた、愛用の帽子なのだ。 ジム戦へ向けて高まっていた闘争心を一気に冷やされたようだ。 今からジム戦を挑んでも、中途半端な気持ちでやらなければならない。 エテボースたちに一泡吹かせる意味でも、愛用の帽子を取り戻さなければならない。 「まあ、そうやな……」 トウヤも、アカツキの戦意が完全にエテボースたちに向いているのを雰囲気で感じ取り、同意した。 中途半端な気持ちで挑んだところで、勝てる戦いにも勝てなくなってしまう。 それなら、その前にやるべきことをやって、気持ちの揺れを消した方がいい。 「せやけど、あいつら、どこ行ったんや?」 「分かんない」 エテボースを追いかけたい気持ちはあったが、どこへ行けば追いつけるのか分からない。 アカツキは意気消沈したように肩をすくめた。 帽子を取り返さないことには、ジム戦に集中するなど無理な話。 「ど、どうすればいいのかしら……」 エイパムとエテボースは素早いポケモンである。 普通に追いかけていたのでは煙に巻かれるのがオチだ。 とはいえ、手をこまねいて見ているわけにもいかない。 先ほどの怒りようを見れば、エテボースに取られたのがアカツキにとってとても大切な帽子であることは分かる。 「とりあえず、情報を集めなあかんな。街ん人が知っとるかどうかや」 「うん、分かった」 アカツキやミライほど心を乱していないトウヤの冷静な言葉は、心に深く染み入った。 「よし、そうと決まったら……」 踵を返し、ジムに背を向けた時だった。 ぎぃぃぃぃぃぃ…… 重たそうな音を立てて、装飾の扉が左右に押し開かれた。 あまりに重たそうな音に気を取られ、アカツキたちは押し開かれた扉の向こうに佇む女性に目を向けた。 「何かあったの? すごい音がしてたけど……」 年の頃は二十歳過ぎで、ダークブルーの髪をツインテールにまとめた女性だ。 いかにも物腰穏やかそうで、優しげな瞳は水泡を思わせる。 白と青が混ざったドレスのような服を身にまとい、いかにも動きにくそうなのだが……ジムの関係者だろうか? ……と、彼女はトウヤの姿を認め、目を細めた。 「おーっ、ちょうどええわ。聞きたいことがあるんやけど」 トウヤはポンと手を打ち、彼女に単刀直入に訊ねた。 なんて言うことはない。 彼女はアイシアジムのジムリーダーであり、トウヤは昨日彼女を交えてサラと話し合ったのだ。 見知った相手だから、物怖じする必要もない。 「最近この街にエテボースとエイパムが現れたんやと思うけど、あいつら、どこを根城にしとるんや?」 「ああ……」 彼女はトウヤの質問の意味を理解してか、長いため息と共に肩をすくめた。 ――またか……と言わんばかりだったが、アカツキとミライにとっては何がなんだかよく分からなかった。 「こいつの帽子がな、エテボースに取られてしもうたんや。 なかなかすばしっこくて、ポケモン出す暇もあらせえへん」 「そうなの……それは災難ね」 トウヤの言葉に、彼女は表情一つ変えることなく淡々と返してきた。 「…………」 どこかこの状況を楽しんでいるようにさえ見えて、アカツキはムッと顔を膨らませた。 『あの帽子がなければ生きていけない!!』などと軟弱なことを言うつもりはサラサラない。 ただ、やはり帽子をかぶっていないとしっくり来ないのだ。 ファッション云々よりもむしろ、精神的な安定感の問題だろう。 「トウヤ、知り合い?」 アカツキが不満げにしているのを悟って、ミライがすかさず言葉をかけた。 ここで言い争いなどしたところで意味はない。 彼女なりにあれこれと気を遣っているのだ。 「おう。ここのジムリーダーや」 「ええっ!?」 「うっそーっ!!」 トウヤが素気無く答えると、アカツキとミライが揃って素っ頓狂な声を上げた。 ジムの建屋以外に障害物のない周囲に、これでもかとばかりに響き渡るが、二人ともそんなことに興味はなかった。 年下の少年少女が驚いているのを尻目に、女性はニコッと微笑みかけ、自己紹介した。 「はじめまして。わたしはミズキ。 彼の言うとおり、ここのジムリーダーをさせてもらっているわ。 キミがアカツキ君で、そちらの可愛いお嬢ちゃんがミライちゃんね。よろしく」 「それより、エテボースたちのこと知らへん?」 自己紹介も程々に、トウヤが問いかける。 「あいつらに取られた帽子がないと生きてかれへんって言っとるから、取り返したいんやけど」 「誰もそんなこと言ってないってば!!」 いとも容易く言ってのけるトウヤに、アカツキはなぜか顔を真っ赤にして怒鳴った。 ある意味、精神的な落ち着きの拠り所と言えないこともないので、真っ向から否定することはできなかったが。 それでも、あの帽子は母親が買ってくれた大切なものだ。 在り来たりの、どこにでも売っているものかもしれないが、あの帽子はアカツキだけのものだ。他の誰のモノでもない。 「まあ、そんな具合や」 「なるほど……」 アカツキが顔を真っ赤にしていることも構わずに続けるトウヤ。 彼の言葉に、ジムリーダー――ミズキはなにやら納得したように頷いて、アカツキの顔をじっと見つめた。 「……って、納得すんなよ!!」 アカツキはこれでもかとばかりに怒鳴り散らしたが、物腰穏やかな彼女には何の効果もなかった。 すぐにそのことに気づいて、クールダウン。 どうしてこんなにムキになって否定していたのか……今になって、無性に恥ずかしくなってきた。 「うわ〜、穴あったら入りてぇ……」 頭隠して尻隠さずでもいいから、穴を掘って入りたい気分だった。 それでも、やるべきことは見失わない。 「あのさ、エテボースたちに取られちゃった帽子、オレにとっては大事なものなんだよ。 だから、取り戻したいんだ。 知ってることがあったら教えてください!!」 アカツキはミズキの目を真正面から見据え、思いの丈をぶつけた。 ジムリーダーなら、この街の情勢をつかんでいるはずだ。 周囲に森のないアイシアタウンでエイパムやエテボースが現れたら、嫌でも彼女の耳に入るだろう。 ジムリーダーとはポケモンリーグに派遣された凄腕トレーナーというだけではない。 街の顔役でもあるのだ。 「ふ〜ん……」 一生懸命なアカツキのまっすぐな瞳を見て、ミズキは彼に悪いとは思いつつ、人物像を勝手に推測してみた。 一見、どこにでもいるような元気な少年だが、やる気になるとすごい力を発揮するタイプ。 完全に当たっているわけではないが、的外れなものでは決してなかった。 「なるほど、このコがサラさんの言ってた……ふんふん。なるほどね……」 サラからの通達にもあった、ソフィア団から狙われているドラピオンのトレーナー。 なるほど、ドラピオンという扱いの難しいポケモンを使いこなすだけの顔つきはしている。 トウヤの知り合いであったとしても不思議はないだろう。 ……ということで、 「知ってるわよ。最近、東の森からやってきたポケモンたちだから」 「どこにおるん?」 ミズキの言葉が終わる暇もあらばこそ、トウヤはすかさずエテボースたちの居場所を訊ねた。 せっかちもいいところだが、遠くに行かれたり、帽子を隠されたりすると厄介だ。 見たところ、それほど強いポケモンではなさそうだが、ワル知恵は働きそうだった。 「街の東端のリゾートエリアに住み着いてるわ。 おかげで観光客から苦情が上がってるの。一応、対応はしてるんだけどね……」 「じゃあ、ここの反対側なんだな……? よ〜し、行くぜっ!!」 場所を聞くなり、アカツキはいても立ってもいられなくなり、踵を返して坂道を駆け下りた。 その脚力たるや、電光石火を使ったポケモン並だ。 「…………」 「行っちゃった……」 「…………」 ミライは呆然とつぶやいたが、呆然としているのはミズキも同じだった。 場所を聞くなりいきなり駆け出すとは。 せっかちという意味では、トウヤに輪をかけて落ち着きがない。 それだけ、エテボースに取られた帽子を大事にしているのだろう。 「ほな、俺らも行くで」 このまま放っておいたら、アカツキがどこまでも突っ走っていきそうだ。 勇み足を諌めるのも年長者の役目と言わんばかりに、トウヤはミライを連れてアカツキの後を追おうとしたが、 「わたしも行くわ」 「えっ?」 ミズキが同行すると申し出て、ミライはあからさまに驚いていた。 極端な話、彼女には関係のないことだったからだ。 しかし、ミライが思っているほど、ジムリーダーというのは薄情になれないものなのだ。 街の顔役であるがゆえに、街で起きているトラブルとは無縁ではいられない……率先して解決に当たらなければならないのだ。 ジムリーダーの務めは、派遣された街のトレーナーレベルの向上と、リーグバッジを賭けて挑戦者と戦うこと。 そして、街のトラブルを解決し、平穏な風土を作り出すことなのだ。 彼女が同行を申し出るのは当然のこと。 そう言わんばかりに、トウヤはミライを言い包めた。 「ジムリーダーが力借りてくれる言うとるんや。ここはありがたく来てもらおうや」 「うん、分かった」 「そーゆーわけやから、頼むで」 「ええ、任せておいて」 ミズキが頷くと、トウヤは駆け出した。 少し遅れてミライとミズキが続く。 Side 5 アイシアタウンの東端には、観光客の憩いの場所として有名なリゾートエリアがある。 寒冷地ゆえ、植えられているのは針葉樹ばかりだが、周囲には見られない鮮やかな緑が観光客の心を和やかにしてくれる。 小さな滝や岩場もあり、ポケモンを遊ばせる場所としての機能も宿している。 最近は観光客の中にポケモントレーナーやブリーダーが多くなり、必然的にリゾートエリアがポケモンの憩いの場にもなっているのだ。 しかし、リゾートエリアはいまやエテボースたちの牙城となっていた。 全力疾走するアカツキに追いつくなり(全力を超える全力を出さなければ追いつけなかった)、ミズキが現状を話してくれた。 「ほんの数日前なんだけど、突然エテボースたちがこの街に現れてね。 何を思ってか、リゾートエリアに住み着いちゃったの」 彼女曰く、数日前、突如としてエテボースたちが現れて、リゾートエリアを我が物顔で闊歩するようになったらしい。 エリアにはポケモンが好む木の実がたくさん生っており、エテボースたちにとっては食糧に事欠くことのない楽園だった。 だから、住み着いてしまった。 少し居座る程度ならいいだろうと思っていた街の住人たちだったが、何日も居座られてはそうもいかない。 なんとかしようと思って近づくと、問答無用でスピードスターで攻撃してくるエテボースたちに業を煮やしている。 ミズキは街の顔役として、どうにかこの問題を解決できないかと奔走しているそうなのだが、有効的な手段が見当たらなかったそうだ。 力ずくで追い返すのが手っ取り早いだろう。 住人の一部がそんなことを言い出したそうだが、ミズキはそんなことをするつもりなど毛頭なかった。 確かに手っ取り早いが、そんなことをしたらリゾートエリアがメチャクチャになってしまう。 ジムリーダーのポケモンは普通のポケモンより段違いに強いが、だからこそ攻撃は強力で、周囲の景観をも破壊しかねない。 それに…… 「わたしは、そんなことしたくないの。 力で解決したって、今度はエテボースたち、問答無用で無差別に攻撃してくるかもしれないもの。そんな不毛な争いはごめんだわ」 ミズキの言葉は本心からのものだった。 力で押さえ込もうとすれば、相手は必ず抵抗する。抵抗する相手をさらなる力で押さえ込もうとすれば、悪循環に陥るだけだ。 彼女の言葉を聞いて、アカツキはさすがはジムリーダーだと思った。 いかにも落ち着き払った物腰で、盛り上がりに欠けるとばかり思っていたが、芯の強さは『さすがジムリーダー』と唸らせる。 「キミはキミの帽子を取り戻す。わたしはエテボースたちをどうにかする。 目的は違うけど、利害は一致しているわ。だから力を貸すだけ」 「それでもいいよ」 「ふふっ……」 ミズキは、アカツキの個人的な理由に首を突っ込む気はなかったが、それでもいいと言われてはお手上げだ。 「せやけど、ジムリーダー。一つ聞かせてくれへんか?」 「なに?」 「東の森から来た言うけど、東に森なんてあらへんのちゃう?」 「あ、そっか……この辺、アイシア山脈だから森なんてないんだよね」 トウヤの疑問はもっともなものだった。 アイシアタウンはアイシア山脈の中腹に築かれた街だ。それはネイゼル地方に住む者にとって常識中の常識である。 だからこそ腑に落ちないのだ。 東の森から来た……と言われても。 トウヤが疑問に思うことなど想定済みと言わんばかりに、ミズキはあっさりと答えてみせた。 「最初は麓の森から来たと思ったけど、あの辺りにはエイパムもエテボースも棲んでないの。それは調査で分かってることなのよ。 知らない人が多いけれど、アイシア山脈の東には、忘れられた森って呼ばれてる森が広がっているの。彼らはそこから来たのよ」 「忘れられた森?」 「ええ」 聞いたことのない地名に、アカツキが疑問符を浮かべる。 レイクタウンで生まれ育ったのだから、ネイゼル地方の大まかな地理は頭に入っている。 そこのところは義務教育で習うところなので、間違いない。 だが、忘れられた森などというのは聞いたこともない。少なくとも学校では習わなかった。 「ネイゼル地方の北東部……アイシア山脈の東端に広がっている森よ。 あそこまで行くの大変だから、普通の人は存在さえ知らないんだけど……いろいろと珍しいポケモンが棲んでるらしいの」 麓の森に棲息していないからこそ、エテボースたちが忘れられた森からやってきたのだと推測した。 裏づけもなく、どこか強引な理論だと思ったが、エテボースたちがどこからやってきたのかなど関係ない。 どうにかして、リゾートエリアを解放する……それがミズキの目的だった。 彼女の案内でリゾートエリアにたどり着いたアカツキたちは、信じられないものを目の当たりにした。 「な、なんかすげえことになってない?」 「……なってるわね」 青々と生い茂る草の絨毯。サラサラと涼しげな音を立てて敷地を流れる小川。 岩場や針葉樹が彩りを添えて、まるで箱庭にいるかのような気持ちにさせるリゾートエリアは、無残なことになっていた。 木の実が飛び散り、その汁で草は赤や紫などの色に染まり、小川も汚れている。 幸い、変な臭いはしなかったのだが、見ていて気分のいいものではない。 リゾートエリアというより、荒れ放題の遊園地と言った方が手っ取り早いかもしれない。 エテボースたちがやってくる前は、こんなことになってなどいなかったのだが…… それはとりもなおさず、彼らの仕業だということに他ならない。 「ここにエテボースたちがおるん?」 「そのはずよ。ここに来るまでに警備員の人、見たでしょう? 外に出てれば嫌でも分かるわ」 「なるほどなあ……」 ミズキの話では、エテボースたちはたまに街に繰り出してはイタズラをするそうだ。 アカツキの帽子を取ったように、市場の新鮮な野菜や魚を強奪したり、工事現場のセメントを絵の具代わりに建物に落書きをしたり。 笑って済ませられるようなイタズラもあるが、された方からすれば怒り心頭である。 さすがにこれは野放しにできないから、どうにかしなければならない。 被害が広がる前に。 そして、本格的な夏が到来し、観光客が大挙押し寄せてくる前に。 なんとかしなければ、アイシアタウンのイメージダウンにもつながる。 観光が街の主要な収入源だけに、死活問題になりうるのだ。 どうしてエテボースたちがイタズラをするのか分からないが、放っておくことはできない。 「さ、行くわよ」 ミズキは先頭を切って、リゾートエリアに足を踏み入れた。 木の実が散乱し、汁を撒き散らしている。 足の踏み場がないほど荒れているわけではないが、これは早々に修復作業を進める必要があると思った。 アカツキたちは彼女の後を追ったが、リゾートエリアとは呼べないような景色に呆然とするしかなかった。 観光客が立ち寄るサロンの窓ガラスは粉々に打ち砕かれ、外から見ても分かるほど、中もぐちゃぐちゃになっている。 エテボースたちが遊び場代わりにして暴れたせいだろうか。 彼らにとっては軽いイタズラのつもりかもしれないが、アイシアタウンの住人にしてみれば、故郷を土足で踏み躙られるも同然だ。 もしレイクタウンで同じことが起こったら……そう考えると、とても他人事とは思えなかった。 帽子を取り戻すのは確かに重要だが、エテボースたちをどうにかしなければならない。 アカツキは荒れ放題のリゾートエリアを歩きながら、いつしかそんなことを思うようになっていた。 「でも、どうすりゃいいんだろう……? あいつらを力ずくで追い払うわけにも行かないだろうし……」 とはいえ、力を以って相手を制したところで、それは虚しいものだ。 住人はエテボースたちから解放されたと手放しで喜べるかもしれないが、そういう問題ではない。 いろいろと思案しながら歩くうち、前方にエイパムの姿を認めた。 一体だけで、エテボースや他のエイパムたちの姿は見当たらない。 「いた……!!」 「でも、なんか変ね……」 アカツキは声を押し殺してつぶやくと、エイパム目がけてダッシュしようとしたが、ミズキに手で制された。 しかし、エイパムはアカツキたちの気配に気づくなり、けたたましい声を上げて奥へと逃げていった。 「追いかけるで!!」 「うん!!」 エイパムが向かう場所なら、エテボースたちがいるはずだ。 そう踏んで、アカツキたちは全力でエイパムを追いかけた。 落書きだらけのサロンの脇を通り過ぎ、木の実の残骸が浮かぶ小川を飛び越え、やがてたどり着いたのはリゾートエリアの奥地だった。 ストーンヘンジを模したオブジェクトが設けられた場所で、エテボースたちはそこにいた。 余談だが、ストーンヘンジとは岩の柱が環状に建ち並ぶ遺跡のことである。 真っ白なはずのオブジェクトの柱は、木の実の汁で汚れ、見る影もなくなっていた。 「キキッ、キキキッ!!」 オブジェクトの天辺に佇むエテボースは、アカツキたちを見下ろしながら、「よく来たな」と言わんばかりに声を上げた。 「あーっ、オレの帽子っ!!」 そのシッポには、先ほどアカツキから奪った帽子が握られていた。 幸い、木の実の汁などで汚されてはいないようだが、早く取り返さないことには、そうならないとも限らない。 今にも飛びかからんばかりの雰囲気を放っているアカツキを手で牽制し、ミズキは一歩前に躍り出た。 「キキッ?」 エテボースが意地悪げに口の端に笑みなど覗かせながら、首を傾げる。 ――今度は何くれるんだ? と言いたげだったが、ミズキは無表情でエテボースに視線を据えていた。 「ねえ、エテボース。 どんな理由があってこの街に来たのかは知らないけれど、誰かを困らせるなんて、やっちゃダメよ」 鈴音のような声で、諭すように言う。 人間の言葉をある程度理解するポケモンもいるそうなので、言葉で気持ちを伝えようというのだろう。 なるべく穏便に済ませたいと思うミズキだからこそ、いきなり実力行使に打って出るようなことはしないのだ。 「キキッ?」 エテボースが反対側に首を傾げる。 どう見てもちゃんと聞いているような様子ではないが、それでもミズキは構わなかった。 気持ちは必ず通じる。 それが人間とポケモンの間柄なのだ。 ジムリーダーとして様々なポケモンと戦ってきたからこそ、人とポケモンの絆の強さを知っている。 彼女の背中が並々ならぬ決意を発しているのを見て取って、アカツキたちは口を挟めなかった。 とりあえず、彼女に任せてみよう。 行動を起こすのはその後でも遅くはない。 「あなたたちの望みが何かは分からないけど、一緒に暮らすことはできるはずよ。 イタズラなんてしなかったら、みんなきっと、あなたたちを受け入れるから。 だから、やめましょう。 一緒に暮らすんだったら、お互いに嫌だと思うことはしちゃダメよ」 どうやら、ミズキはアイシアタウンの仲間に彼らを迎え入れようとしているようだ。 共生できれば、それ以上に喜ばしいことはない。 エテボースたちなら、身軽さを活かしていろいろと活躍してくれるはずだ。 そう思っていたのだが、ミズキの期待と願いは淡くも打ち砕かれた。 「キキ〜ッ!!」 エテボースのけたたましい鳴き声が聴こえたかと思うと、傍に控えていたエイパムたちが、シッポを使って何かを放り投げた。 「あっ……」 べしゃ。ぐちゃ。 アカツキのマヌケな声と、その音はほぼ同時に発せられた。 エイパムたちが一斉に投げたのは、柔らかい果肉が詰まった木の実。 それらはミズキの顔や肩に当たり、中身をハデに撒き散らした。 おかげで、彼女の顔は木の実の汁で赤く染まり、せっかくの衣装も台無しになった。 「…………」 「…………」 「キキキキッ!!」 「キキ〜ッ!!」 あまりにマヌケな光景だったので、アカツキたちは思わず笑いたくなったが、彼らの代わりにエテボースたちが大爆笑。 柱の上でぴょんぴょん飛び跳ねたり、笑い転げたり。 ほのぼのした光景のようだったが、それはすぐに凍てつく氷原に変わった。 「やったわね……?」 ミズキが肩を震わせ、押し殺した声でつぶやく。 「……っ!!」 彼女の背からどす黒いオーラのようなものが立ち昇っているように見えて、アカツキたちは思わず背筋をピンと立てた。 怒っている…… 背中から立ち昇るすさまじい怒気に、声をかけるどころの騒ぎではなくなった。 怒気に中てられて、エテボースたちの動きも止まる。もちろん、爆笑など論外だった。 凍りつく雰囲気をよそに、ミズキは一言一言、ハッキリと区切りながら言葉を紡いだ。 「わたしはね、穏便に済ませたい……そう思ってね、ここに来たの。 どうしてだか、分かるでしょう? 力で解決したって、意味ないって、分かってるから。 あなたたちだって、分かってるわよね? だけど……そんな風に出てくるなら、容赦、しないわよ?」 言葉が終わるが早いか、その手が腰のモンスターボールをつかむ。 アカツキたちが止める暇もなく、ミズキはモンスターボールを掲げ、中にいるポケモンに呼びかけた。 「そんな悪い子にはお仕置きが必要ね!! ギャラドス、やっちゃいなさいっ!!」 「ぎゃ、ギャラドス……!?」 「うわ、やべえ……」 「…………」 アカツキたちがオロオロしながら発した言葉は、モンスターボールが開き、中からポケモンが飛び出してくる音にかき消された。 ごぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 飛び出してきたのは、蛇のように長い身体を持ったポケモン……ギャラドスだった。 凶暴ポケモンと呼ばれており、街を破壊光線で焼き尽くしたという逸話も残っているほどの力を持つ。 攻撃力に優れたポケモンだけに、その気になればエテボースたちなど軽く蹴散らしてしまうだろう。 要するに、それだけミズキは本気で怒っているのだ。 下手に出れば、相手は付け上がって木の実など投げつけてきた。 誠意を持った話し合いどころではない。彼女が怒るのも無理はない。 「キ、キキ……?」 凶暴な顔つきで睨まれて、エイパムたちはエテボースに縋って身体を震わせた。 人間は怖くなくても、自分よりも大きくて強いポケモンは恐ろしいのだろう。 ギャラドスの特性は『威嚇』。 相手の物理攻撃力を下げる効果を持つ。 もっとも、エイパムたちにはそれ以上の心理的なプレッシャーを与えているようだったが。 しかし、エテボースは違った。 配下(?)のエイパムよりも根性が据わっているらしく、不敵な笑みなど浮かべながらギャラドスを睨み返している。 「うわ、すげえ……」 「めっちゃ根性あるやんけ、あいつ……」 ギャラドスに睨みつけられて平然としている野生のポケモンは珍しい。 それも、ジムリーダーのギャラドスともなれば、並のギャラドスとは一線を画すのだ。 思ったよりも、エテボースは強いのかもしれない。 なんとなくそんなことを思い、アカツキは自分の帽子を奪った憎い相手に気持ちが移りかけたことに気づいた。 「……って、何やってんだよオレ!! あいつから帽子取り戻さなきゃいけないのに!!」 今は敵である。 そんな相手に情が移るなど、あってはならないことだ。 激しく頭を打ち振って、エテボースを睨みつける。 このまま行くと、ミズキは力ずくでエテボースたちを蹴散らすだろう。そうなると、不毛な争いに発展しかねない。 なんとかしたい気持ちはあるが、どうすればいいのか分からない。 何を言っても、怒り心頭のミズキのハートには無意味になりそうだ。 それどころか、火に油を注ぐような事態にもなりかねない。ギャラドスを差し向けられるのは勘弁だった。 だが、アカツキたちの心配は無用の長物だった。 「キキキッ!? キキッ!!」 エテボースはぴょんっ、と跳び上がると、アカツキの帽子を握っていないシッポで虚空を真横に薙ぎ払った。 傍目には空振りしているようにしか見えなかったが、次の瞬間、薙ぎ払われたところから強烈な電撃が迸り、ギャラドスを打ち据えた!! 「な、な、なっ……!!」 まさかいきなり電撃を放たれるとは思わなかった。 ミズキは戦意を削がれたように呆然と立ち尽くした。 水と飛行タイプを併せ持つギャラドスの最大の弱点が、電気タイプの技なのだ。 「今のは……」 「電撃波や……あのエテボース、なかなかやりおるわ」 唖然とするアカツキとミライをよそに、トウヤは一人、感心したようにつぶやいた。 エテボースが放ったのは電撃波という、電気タイプの技だ。 速攻が可能で、スピードスターの電気タイプ版だと思ってもらえればいいだろう。 すさまじいスピードで飛来した電撃は、相手に回避を許さないのだ。 電撃に打たれたギャラドスはのた打ち回っていたが、一撃で倒されるほどヤワではなかった。 電撃に打ち勝つなり、先ほどにも増して怒りに猛る眼差しでエテボースを睨みつける。 これにはエテボースも震え上がるかと思いきや、 「キキッ、キ〜キキ〜ッ!!」 ギャラドスに背中を向け、電撃波を発したシッポで自身の尻を何度か叩いた。 ――おまえなんか怖くないよ〜だ。へへ〜ん。 そう物語る鳴き声と仕草。 ぶちっ。 そんな音が確かに聴こえ、アカツキたちは思わず顔を見合わせた。 気のせいなどではない。 ミズキの怒りが頂点に達したのだ。下手に出れば、こんな風にしっぺ返しを食らわす…… そんなエテボースたちにはお仕置きが必要だ。 当初の予定やら考えはどこへやら、彼女はすっかり怒り狂っていた。 ギャラドスが本気で暴れれば、リゾートエリアなど不毛な荒野に成り果ててしまうだろう。 今でさえかなりひどい状態だというのに、それに輪をかけたとなると、修復は難しくなる。 アイシアタウンのイメージがダウンするのは避けられない。 もっとも、今の彼女がそんなことを気に留めているとも思えないのだが…… ……と、ギャラドスがミズキに振り向く。 その顔が驚愕に凍てついていた。 凶暴なポケモンとは思えないほど、ミズキの怒りに満ちた雰囲気に圧倒されていた。 トレーナーが恐ろしく怒っていることに気づいて、どうしよう……と戸惑っていたのだ。 ギャラドスさえ凍てつかせるトレーナーの怒りとはいかほどのものか。 「ど、どうしよう……」 「あかん。このままやったら木っ端微塵や」 ここにいては危険だ。 心の奥底から、警鐘と共にそんな声が聴こえる。 それは決して幻聴などではない。本能が叫んでいる。 なんとなくそんなことが分かる。 しかし…… 「オレの帽子っ!!」 アカツキに限っては、帽子を取り返すのが最優先だった。 だから、考えていたことをすぐに行動に移した。 「ミズキさん!! そいつの相手、オレがするっ!!」 「邪魔しないでよ。お仕置きするんだから」 アカツキが傍にやってきても、ミズキの怒りは収まらなかった。 据わりまくった眼差しを年下の少年に向け、ぶっきらぼうに言う。 こうなったら、是が非でもエテボースたちに鉄槌を下すと言わんばかりの雰囲気だったが、アカツキも負けてはいなかった。 「ほっといたら、何するか分かんないって!! このままじゃ、ミズキさんが何しでかすか分からないし、ここが吹っ飛んじまうって!! だから、そうならないようにオレがやるんだよ!!」 「言っている意味が分かんないけど?」 「だーっ、なんで分かんないかな!!」 何がなんでもお仕置きするつもりのミズキ。 アカツキは彼女の鈍さに嫌気が差したが、当初の目的を思い出させるべくとっておきの一言を突きつけた。 こういった直感勝負では強いのだ。 「一緒に暮らすんだって言ってたじゃん!! それ、ウソだったのかよ!! 手に手取り合って一緒に暮らしたら争う必要だってないんじゃないのかよ!!」 「そ、それは……」 怒りに染まっていた彼女の気持ちに変化が現れた。 口ごもるミズキに、アカツキはさらに言い募る。 「このエテボース、なんかすげえ強そうだし、こうなったらついでにオレがゲットする!! そうしたら、この街に迷惑かけることもないだろ?」 「あ……」 「なるほど……うまいこと考えおったな」 アカツキの言葉に、トウヤはニコッと微笑んだ。 ゲットしてしまえば、エテボースがこの街に迷惑をかけることもなくなる。 簡単である。 この街を出ていけば、それでいい。 力ずくで追い払って嫌な気持ちをせずに済むし、リゾートエリアをこれ以上荒らされることもない。 ミズキやこの街にとってはそれが最善の選択だった。 彼女はそれに気づいたのだ。 すでに手持ちのポケモンが多いミズキにはとても考えられないことだったが、改めて言われてみれば、それが一番だ。 「いいの、本当に?」 怒りが収まり、ミズキは戸惑いながらアカツキに訊ねた。 彼に押し付けるようなきがしてならなかったのだが、一度決めたことをすぐに投げ出すような少年ではなかった。 「いいったらいいんだよ!! あいつ強そうだし、帽子を取り戻すんだったらバトルするっきゃないだろ!?」 帽子を取り戻し、その上エテボースをゲットしてしまえば、一石二鳥……いや、三鳥だ。 アカツキはすっかりやる気になっており、止めるのは無理だろう。 ミズキはどこか困惑を隠しきれないようだったが、トウヤとミライはため息などつきながらも、彼に任せるつもりでいた。 「じゃ、そーいうワケだから、おまえの相手はオレがするぜ!!」 アカツキは腰からモンスターボールを引っつかむと、エテボースに見せ付けるように掲げた。 「……お手並み拝見と行きましょうか」 やる気になった少年を止めるのは困難だろう。 サラがいろいろと気にかけているようだから、エテボース相手にどんな戦いを繰り広げるのか、見ておくのも悪くない。 困惑を打算に摩り替えて、ミズキはギャラドスをモンスターボールに戻した。 エテボースの電撃波はそれほど強烈ではなかったが、最大の弱点である電気タイプの技で受けたダメージは大きい。 ジム戦を控えている相手に醜態を見せてしまったのは痛いが、そこまでいちいち覚えてはいないだろう。 どうでもいいところにまで打算を働かせ、ミズキは数歩下がった。 「キキッ、キッキッキキッ?」 ――オレとやろうってのか? いい度胸だ。 エテボースは挑発するような声音で嘶くと、周囲に展開するエイパムたちに話しかけた。 「キキッ、キッキキ〜ッ!!」 ――手出しはするなよ、ここはオレがやるからな。 エテボースの言葉が終わらないうちに、エイパムたちが彼(?)の背後に駆けていく。 戦いを見守ることにしたようだ。 「これで一対一だな。よし……」 エイパムたちとまとめて相手をしても良かったが、エテボースはどうやら一対一の戦いにこだわっているらしい。 これはなかなか根性のあるポケモンである。 なんとしてもゲットしたくなってきた。 「んじゃ、行くぜリータ!!」 エテボースと睨み合うのも程々に、アカツキは早速ポケモンを出した。 弧を描いて着弾したボールから飛び出すなり、リータは頭上の葉っぱを思いきり振り回した。 ボールの中で退屈していたんだ、と言いたげだったが、アカツキと同じように、リータもやる気だ。 「チコリータか……進化前だけど、どこまでのレベルか、見せてもらおうじゃない」 進化前のポケモンではあるが、だからこそ、ごまかしが効かない。 トレーナーの素の力量が分かるのだ。 「でもまあ、なかなかええ選択やないか」 「そうね……」 「……? どういうこと?」 アカツキがリータを出したのを見て、トウヤが感心したようにつぶやいた。 ポケモンバトルに疎いミライにはよく分からなかったが、ちゃんと説明してくれた。 「ネイトとラシールを出しとったら、電撃波を連発されてオダブツや。 かといってドラップを出したとしても、エテボースのスピードについてかれへん。 電撃波のダメージを抑えつつ、ある程度のスピードを持っとるヤツ言うたら、リータしかおらへんやろ。 あいつもそこまで考えとるんや」 「なるほど……」 何も考えてないように見えて、実はエテボースが先ほど電気タイプの技を繰り出したのを見ていたのだ。 だから、リータを選んだ。 ミライはアカツキの力強い背中を見つめ、改めて感心した。 「おまえの親父にどんくらい鍛えられたんか、見てみるのもええやろ」 フォース団のアジトでヒビキ相手に特訓していたそうだが、どこまで強くなったのか。 それを見てみたい。 トウヤはこれから始まるバトルに、人知れず心を躍らせるのだった。 To Be Continued...