シャイニング・ブレイブ 第8章 アイシアのやんちゃ坊主 -Enjoy mischief-(後編) Side 6 「キキッ、キ〜ッ!!」 バトルの開始を告げたのは、エテボースのけたたましい鳴き声だった。 アカツキとリータの戦意を感じ取り、エテボースもすっかり戦闘モードだ。 軽く跳躍すると、シッポを振ってスピードスターを放ってきた。 まずは小手試しと言わんばかりだったが、アカツキは最初から全力だった。 ポケモンバトルは常に全力投球。 手加減などして勝てるほど、トレーナーとして経験を積んできたわけではないのだ。 それに、なんだってやると決めたからには最初から全力投球しなくてどうするというのか。 すさまじいスピードで降り注ぐスピードスターに目を向けながら、リータに指示を出す。 「リータ、光の壁で防ぐんだ!!」 スピードスターを回避するのは難しい。 だったら、無理に避けようとはしない方がいい。 ダメージが大きくならないのなら、敢えて受けるのも一つの方法だと、フォース団のアジトでの特訓で教えられた。 アカツキの言わんとしていることを察し、リータは頭上の葉っぱをピンと立てると、 「チコっ!!」 気合のこもった声を上げ、目の前に淡く輝く壁を生み出した。 光の壁……スピードスターなどの特殊攻撃技の威力を削る壁を生み出す技だ。 特訓によって覚えた技で、リフレクターと併せて使うことで、物理、特殊、両方のダメージを抑えることができる。 リータが生み出した壁に、スピードスターが次々と命中!! どどどどっ……と轟音と共に、光の壁に少しずつヒビが入り、半分以上を受け止めた時、音もなく崩壊する。 残ったスピードスターがリータを直撃するが、リータは固く目を閉じて耐えるだけだった。 無理に避けたところで、相手に付け入る隙を与えるだけだ。 もっとも、スピードスター程度の威力の技では、攻撃よりも防御に優れるリータにとって大きな痛手にはならない。 スピードスターを耐え切ったリータに、アカツキが次なる指示を出す。 「草笛!!」 エテボースが着地した瞬間を狙い、リータが草笛を発動した。 周囲に、どこか懐かしさが漂うような音色が響き渡り、その音を耳にしたエテボースの目がとろんっ、とトロける。 ゲットしたばかりのリータが放つ草笛は相手の睡魔を軽く呼び覚ます程度の効果しかなかったが、今は違う。 睡魔を強く呼び覚まし、相手を眠らせるほどの効果を身につけた。 なかなか強そうなエテボースでも、草笛の効果で眠りに落ちた。 「ZZZ……」 程なく舟を漕ぎ始め、エテボースは完全に眠りに落ちた。 「キキ〜ッ!!」 戦いの最中だというのに眠ってしまうのはどういうことか。 そう言いたげに、背後のエイパムたちが一斉に騒ぎ立てる。 バトルの邪魔をするというより、エテボースに檄を飛ばしているのだ。 アカツキはエイパムたちの騒ぎ声に構うことなく、さらに手を進める。 「よ〜し、次は宿り木の種!!」 一息つく間もなく指示を受けながらも、リータは慣れた様子で動きを見せた。 エテボースに少し近づくと、口から茶色い種を吐き出した。 弧を描いて飛んでいく種。 ほとんどがエテボースに命中することなく地面に落ちたが、そのうちの一つがエテボースの頭に当たった。 刹那、すさまじい速度で発芽し、葉っぱをつけた蔓がエテボースの全身に巻きついて動きを封じ、体力を奪い始める!! 身体に迸る電撃のような強い衝撃に目を覚ましたエテボースは、全身に巻きついた蔓に驚きながらも、振り払おうとジタバタする。 「よし……このままなら……」 思った通りにバトルが進んでいる。 アカツキは口元に笑みを覗かせた。 ソフィア団のアジトで特訓してきた成果だと素直に思った。 手持ちのポケモンのレベルが全体的に底上げされたのはもちろん、トレーナーとしての実力も上がっている。 何をしでかすか分からない野生ポケモンを相手に思った通りに戦えるのだから、本人がそれを一番実感できる。 もっとも、トウヤとミライも彼の上達ぶりに舌を巻いていた。 「ほう……なかなかやるようになったやないか」 「なんか、すごい……」 トレーナーの経験が長いトウヤは、アカツキがリータの能力的な特性を活かして戦っているのがよく分かった。 ベイリーフ、メガニウムへと進化を控えたリータの実力は、アカツキの他のポケモンと比べるとやや見劣りする。 それを承知の上で、能力を補うように戦い方で工夫している。 攻撃よりも防御が得意なリータなら、攻撃技で一気に畳み掛けるより、相手を状態異常に陥れながらじっくり戦う方が得意である。 おあつらえ向きの技が揃っているし、リータの戦い方としては最適だろう。 相手を状態異常にしてからは、少し頼りないかもしれないが攻撃に打って出る。 トウヤの思ったとおり、アカツキはここから一気に攻勢に出た。 「リータ、のしかかり!!」 リータはアカツキの指示に従い、エテボース目がけてダッシュ!! エテボースはリータが迫っているのを認めながらも、痛みと共に体力を奪っていく宿り木の種をどうにかしようと必死だ。 ここで葉っぱカッターを指示しなかったのがミソである。 葉っぱカッターでエテボースの全身に巻きつく蔓が切れてしまったら、そこで宿り木の種の効果が切れてしまう。 草タイプのエキスパートであるヒビキから、宿り木の種を絡めた戦い方の極意を教わっていたのだ。 「チコぉっ!!」 エテボースの眼前に迫ると、リータは渾身の声を上げてジャンプした。そして、斜め上からエテボースにダイビング!! 小さな身体から生み出される強い勢いを受けて、のしかかりを受けたエテボースがよろめき、地面に押し倒される。 受け身も取れなかったのだから、ダメージはかなりのものだ。 だが、ここで手を緩めない。 ポケモンをゲットするなら、時にトレーナーは鬼にならなければならないのだ。 「体当たり!!」 アカツキの指示が響くが早いか、リータは着地と同時にエテボースにダメ押しの体当たりをぶちかます。 倒れたエテボースは地面を拭き掃除するハメになるが、宿り木の種の戒めを解き放てなければそれは当然のこと。 しかし…… 「キキ〜ッ!!」 負けてたまるかとばかりにエテボースが声を上げると、辛うじて自由だったシッポの片方を自身の身体に叩きつける!! 「えっ!?」 自分で自分に打撃を与えるなど、考えつくはずもなく、アカツキは思いきり驚いた。 シッポを身体に叩きつけることで、宿り木の種によって生み出された蔓を引きちぎり、自由の身となったのだ。 「うわ、やるなあ……」 驚きつつも、アカツキはエテボースの機転の利いた行動と力強さにさらに惹かれていた。 なかなか強い。 手持ちに加われば、いろんなところで活躍してくれるだろう。 なにがなんでもゲットしなければ……握りしめた拳により一層力がこもる。 「キ〜……キ〜……」 宿り木の種で体力を奪われ、さらにリータの渾身の攻撃を受け、エテボースは疲れを見せていた。 それでも、リータを睨みつける眼差しは力強さを秘めていた。 「キキッ、キキキキッ!? キキッキッ!!」 次の手をどうするか考えているアカツキを尻目に、エテボースは手を口元に宛てて、含み笑いを始めた。 「……?」 一体何をしているんだ? 怪訝な顔を向けるアカツキだったが、 「あかん!! 悪巧みや!! さっさと決着つけるんや!!」 トウヤの鬼気迫った声が響く。 悪巧みとは、悪いことを考えて頭を活性化させることで特殊攻撃力を高めるという補助の技だ。 電撃波やスピードスターなど、特殊攻撃の威力がアップする技ゆえ、侮ることはできない。 いろんな技の名前や効果を教わったアカツキには、悪巧みの効果が理解できた。 いきなり含み笑いを始めて、それが技によるものだと思わなかっただけだ。 そこのところは、経験を積んでどうにかするしかないだろう。 「リータ、葉っぱカッター!!」 宿り木の種の蔓を切断する心配がなくなった以上、葉っぱカッターで遠距離から攻撃を仕掛ける。 リータは頭上の葉っぱを打ち振って技を発動させたが…… 「キキッ!!」 悪巧みによって特殊攻撃力が上昇したエテボースが、電撃波を放つ!! 葉っぱカッターの合間を縫って飛来する電撃が、リータを打ち据える!! 「チコっ……!!」 電撃がもたらす衝撃はすさまじく、リータは踏ん張りきれずに仰向けに倒れてしまった。 「リータ!!」 「キキッ!!」 心配そうな顔を向けて叫ぶアカツキを、軽々と葉っぱカッターを避けてみせたエテボースが嘲笑する。 さっきまでのお返しだと言わんばかりだったが、その通りだった。 電気タイプの技で、元々の威力がそれほど高くない電撃波。 しかし、悪巧みによって引き上げられた特殊攻撃力から放たれた一撃は強烈だ。 草タイプである程度威力を落とせると言っても、受けるダメージはそれなりに大きい。 その証拠に、リータは立ち上がるも、その足元がどこか覚束ない。 「こ、こりゃかなりヤバイかも……」 相性間のダメージ軽減によって一撃で倒されるようなことはなかったものの、並のポケモンなら確実にKOされている。 悪巧みによってぐんと威力を引き上げられた電撃波に、アカツキは思いきり気圧されていた。 電撃波は回避がとても難しい技である。 何度も立て続けに放たれると、さすがにキツイ。 リータがいくら攻撃より防御に優れていると言っても、それは対等に近い実力を持ったポケモンを相手にした時に通用する表現である。 これは、本格的にヤバイ。 宿り木の種によって体力を吸い取られ、のしかかりと体当たりを受けていることもあり、エテボースは肩で息をしている。 どこか辛そうだったが、それはリータも同じだった。 効果の薄いはずの技を受けて、かなりのダメージを負ったのだ。 ここは短期決戦を仕掛け、一気に勝利をもぎ取るしかないだろう。 「今モンスターボールを投げても、無理っぽいなあ……」 疲れを見せていると言っても、今モンスターボールを投げたところで無駄になると、アカツキは判断した。 もう少しダメージを与えてからだが、その『もう少し』がシビアだ。 エテボースとリータの睨み合いが続く。 リータはアカツキの指示を受けて戦うが、エテボースの方は迂闊に仕掛けられずにいるらしい。 葉っぱカッターや宿り木の種といった技を警戒しているのだろうか。 「あのエテボース、なかなかやりおるな」 「そうね……」 トウヤがつぶやいた一言に、ミズキが同意する。 悪巧みによって、お世辞にも元が高いとは言えないエテボースの特殊攻撃力を引き上げて、電撃波を放ってくる。 トレーナーも顔負けの戦術である。 もし、悪巧みを使われた後の電撃波を受けていたら、ギャラドスもどうなっていたことか…… あまり想像したくなかったが、エテボースが普通の野生ポケモンより強いことは認めなければならないところだ。 「アカツキ、勝てるかな……?」 電撃波を放ち続けられたら苦しいというのは、ミライにも分かっていた。 だから、不安が思わず口を突いて飛び出したのだが、 「勝つやろ。 あいつ、一度決めたことは何が何でもやり通そうとするみたいやし」 トウヤは躊躇うことなく断言した。 アカツキの実力を認めた上で、信頼も置いているからだ。 フォース団のアジトで特訓してきたらしいが、その成果は確実に出ている。 さすがに上を見ればキリがないが、それでも新人トレーナーとは思えないくらいの進歩を見せている。 「…………」 トウヤが自信げに言うなら大丈夫だろう。 ずいぶんといい加減な根拠だが、ミライは不安が取り除かれていくのを感じていた。 背後でそんなやり取りが行われていることなど気づく由もなく、アカツキはエテボースの体力をすり減らす方法を考えていた。 「えっと、確か……」 葉っぱカッターや宿り木の種では警戒されてしまうだろう。 かといって、体当たりやのしかかりと言った直接攻撃の技では、電撃波を放たれてつぶされる。 今はまだ様子見の段階だからまだいいが、本格的に電撃波を連発されるようなことになったら、それこそ目にも当てられない。 他にエテボースを攻撃できる技はないか……? 相手を睨みつけて牽制している間に、なんとかしなければならない。 ここでなんとかエテボースをゲットしなければ、時間を割いてまで特訓に付き合ってくれたリィやヒビキに顔向けができないではないか。 必死に考えをめぐらせた末、アカツキはヒビキから教えてもらった技を思い出した。 まだ使えるか分からないけど……と前置きを受けたものの、リータはその技を会得すべく、一生懸命頑張った。 結局、今の今まで使えずじまいだったが、試す価値はあるかもしれない。 エテボースと戦っている今も、着実にレベルアップしているのだから。 「どうせやんなきゃ負けちまうかもしれないんだ。 え〜い、やっちまえっ!!」 決定打が見出せない現状で、何もしないで漫然と時間を経過させることほど愚かしいことはない。 やった後悔より、やらなかった後悔の方が大きくてタチが悪いことをよく知っているアカツキは、 一度傾いた考えに抗うことなく、リータに指示を出した。 「リータ、ニードルブレス!!」 「んっ……?」 「え……」 アカツキの指示に驚いたのは、トウヤとミライの方だった。 ニードルブレスといえば、ヒビキのメガニウムが得意とする草タイプの技だ。彼が編み出した技でもあり、会得は難しい。 一通りやり方は教わったが、ちゃんと出せるかどうか…… 一抹の不安を覚えつつも、アカツキは指示を出したことに後悔など見せなかった。 トレーナーの強い意思を背に受けて、リータも腹を括ったようだった。 身体を大きく後ろに反らし、前に突き出しながら口を開き、パラパラと小さな種を吐き出す!! 宿り木の種にも似た色彩の種は、緩やかなカーブを描きながらエテボース目がけて飛んでいく。 だが、これを宿り木の種と警戒しているエテボースがまともに受けるはずもなく、 「キキッ!!」 今なら葉っぱカッターは放てまいと言わんばかりに声を上げ、リータ目がけて跳躍した。 空から電撃波を放って攻撃する気だ。 分かってはいても、防ぐ手立てがない。 なんとかニードルブレスが発動してくれればいいが…… 地面に着弾した種が、小さく転がる。 今まではただ地面に落ちるだけだったが、今回は違った。 リータの意気込みが、種に力を与えたのだろうか。 転がった種が地中の養分を吸い取り、ものすごいスピードで発芽し、槍のごときトゲを真上に突き出した蔓を生やす!! 「キキッ!?」 真下からリータの間までの一直線上に突然生えた蔓に、エテボースの目の色が変わった。 電撃波を出そうとしてシッポを振ったが、驚きで集中力が途切れたせいか、不発に終わる。 「やった、出せたっ!!」 アカツキはまだ戦いが終わっていないにもかかわらず、喜びの声を上げ、ガッツポーズなどしてみせた。 ニードルブレスは草タイプの上級技である。 今まで何度試しても出せなかった分、出せた時の喜びはとても大きかった。 「ほう、やりおった」 「すご〜い」 トウヤとミライも目を瞠りつつも、感嘆のつぶやきを漏らした。 ヒビキが特訓しただけのことはあると思っているのだろう。 「キキキキッ!? キキ〜ッ!!」 着地予定の場所にトゲつきの蔓がびっしり生えているものだから、エテボースは気が気ではない。 空中で体勢を立て直すことなどできるはずもないし、ちょっと足掻いたところで着地点を変えられるわけでもない。 エテボースは思いきりうろたえまくり、バトルどころではない。 そんなリーダーを、エイパムたちが心配そうに見つめている。 五体とも、手助けしたい気持ちでいっぱいだったが、何があっても手を出すなと厳命されている以上、その言葉に背くことはできない。 「よし、これなら……」 エテボースが攻撃どころでないのを察し、アカツキはリータにダメ押しの指示を出した。 「葉っぱカッター!!」 トゲつきの蔓目がけて落下中のエテボース目がけ、リータが渾身の葉っぱカッターを放つ!! 電撃波や他の技で迎え撃つことなく、エテボースは鋭く回転しながら迫る葉っぱカッターをまともに食らい―― さらに、びっしりと生えたトゲつきの蔓に向かって華麗なるダイビング。 「…………」 以下、描写省略。 蔓に生えたトゲでチクチク痛い思いをして地面に落ちたエテボースは、立ち上がろうともがくものの、思うようにいかない。 「よし、今だっ!!」 チャンスは今しかない。 アカツキは空のモンスターボールを手にすると、エテボース目がけて投げ放った。 エテボースは自分目がけて飛んでくるモンスターボールを睨みつけるも、シッポを使ったり弾き飛ばすだけの体力を残していなかった。 乾いた音を立て、モンスターボールがエテボースにぶつかる。 刹那、ボールは口を開くと捕獲光線を発射し、エテボースをボールの中に引きずり込んだ。 「…………」 地面に落ちたボールがカタカタと小刻みに揺れる。 「…………」 アカツキやトウヤ、ミライは言うまでもなく、ミズキやエイパムたちまでもが、固唾を呑んで行方を見守る。 外で抵抗できなくても、エテボースはボールの中で抵抗を試みているらしい。 小刻みな揺れが、時にボールを転がすほどの大きな揺れになったり、逆になくなりそうになったり…… そんなことを繰り返しながら、時間が過ぎていく。 一秒が一分に引き延ばされたように感じるのは、これ以上戦いが続けば、リータの体力が保たないと理解し、緊張しているからだ。 陽気な少年と言えど、アカツキにはトレーナーとしての最低限のプライドというものがある。 一体のポケモンをゲットするのに、二体以上の力を借りるなど言語道断。 もちろん、それが正しいことだと誰が決めたわけではないが、それでもプライドはなくてはならないのだ。 一同の視線が注がれる中、やがてモンスターボールの揺れが収まった。 エテボースが抵抗をあきらめ、ゲットされたのだ。 「やりぃっ♪」 アカツキはすぐさま駆け寄り、ボールを拾い上げてガッツポーズを取った。 「チコっ!!」 アカツキの笑顔から溢れる喜びを感じ取り、リータは疲れが吹き飛ぶのを感じた。 トレーナーと一緒になって、新しい仲間の加入を喜んでいた。 「エテボース、ゲットだぜ〜っ!!」 アカツキが高々とモンスターボールを掲げて勝利の声を上げると、トウヤとミライが満面の笑顔で拍手を贈った。 悪巧みで特殊攻撃力をアップさせられるというアクシデントはあったが、 リータの起死回生の一手であるニードルブレスが決まり、勝利した。 もっとも、苦戦を強いられなくとも、新しい仲間を得た喜びは何事にも代えがたいものだ。 「なかなかやるわね……」 ミズキはトウヤとミライがアカツキの元へ歩いていくのを見つめながら、口元に笑みを浮かべた。 ジム戦に訪れるだけのことはあると認めてもいい。 正直、まだまだのところはあるが、粗削りだからこそ、磨けば光るというものだ。 ドキドキした眼差しを手にしたボールに向けているアカツキに歩み寄り、ミズキは口火を切った。 「さて、アカツキ君と言ったかしら」 「うん」 顔を上げ、ミズキを見つめる眼差しは喜びを満遍なく湛えていた。 仲間を得てうれしい気持ちは分かるが、それとこれとは別だ。割り切って考えてもらいたい。 「ジム戦は明日にしましょう。 君のポケモンをちゃんと回復してあげて。わたしも、ギャラドスをちゃんと回復させてから、ジム戦を受けるわ。 そうね……ギャラドスを使うから、そのつもりでいてね」 「へっ?」 「じゃ、わたしはこれで。明日、ジムで会いましょう」 アカツキのみならず、トウヤとミライまで呆然とした表情を向けてきたが、ミズキは意に介することなく、さっさと立ち去ってしまった。 エテボースの電撃波を受けたギャラドスを回復させてあげたいと思っているのか、それとも…… 確かめる間もなく、ミズキは足早にリゾートエリアを出て行った。 Side 7 「なに考えてんだろ……?」 「さあな」 アカツキは首を傾げたが、トウヤはそんなこと知らないと言わんばかりにお手上げの仕草を見せた。 ミズキは、ジム戦でギャラドスを使うと宣言したのだ。 ジム戦の前にそんなことを教えて、何を考えているのか……そう思ったが、すぐに答えは知れた。 「こいつやリータを使われても勝てるって思ってるからだよなあ」 エテボースが電撃波を使うことや、リータがニードルブレスを使うことを承知の上でギャラドスを使うと宣言したのだ。 それは裏を返せば、仮にその二体をジム戦に投入したとしても、わたしのギャラドスは負けないという決意でもある。 それほどに、ジム戦にジムリーダーとしての使命感を見出しているのだろう。 これは、強敵かもしれない…… そんなことを思いつつも、アカツキはせっかくの喜びをフイになどしなかった。 「これでポケモンも五体だな。あと一体ゲットしなきゃ。これからもガンバろっ♪」 ネイゼルカップの出場条件の中には、手持ちのポケモンを六体揃えなければならないというものがある。 もちろん、六体以上ゲットしていても問題ないが、ボーダーラインとなるのが手持ち限度の六体。 「さ〜て、早速お披露目だな。帽子、返してもらわないといけないし……」 エテボースはアカツキの帽子をシッポでつかんだままモンスターボールに入ってしまった。 元はといえば、帽子を返してもらうためにここまでやってきたのだ。 ゲットしたから、話をすればちゃんと返してもらえるだろう。 言うことを聞かないのではないかという不安はまったく感じることなく、アカツキはモンスターボールを軽く放り投げた。 「キ〜ッ……」 オブジェクトの陰で、不安げな表情を向けていたエイパムたちが一斉に駆け寄ってきた。 ボールから自分たちのボスであるエテボースが出てくるのを心待ちにしているのだ。 頭上に放り投げたモンスターボールが口を開き、中からエテボースが飛び出してきた。 リータとの戦いでダメージを受けているはずだが、そんなことを気にしていないような笑みを浮かべている。 どうやら、元から陽気な性格らしい。 「キキッ、キキキッ!!」 エテボースは出てくるなりエイパムたちに向き直った。 やった、出てきた……!! エイパムたちの瞳が希望に輝く。 「すげえ、慕われてるんだなあ……」 「そうやな」 アカツキの言葉に、トウヤが頷く。 エイパムたちを引き連れて東の森からやってきたのだから、相当慕われているのだろう。 手下(?)たちとなにやら話しているエテボースの背中を見て、アカツキはそんなことを思った。 ネイトたちがアカツキを慕っているように、アカツキもみんなのことを大事に思っている、慕っていると言えば、その通りかもしれない。 エテボースが自分で、エイパムたちが自分のポケモン…… そんな風に見えて仕方なかったが、だからこそ理解できることもあった。 「キ〜っ、キキ〜ッ!!」 何を話していたのか、一斉にエイパムたちが騒ぎ出した。 エテボースの手やシッポを次々に引っ張りながら、なにやら一生懸命訴えているようである。 「な、何言ってるの?」 「さあ……」 ポケモンの言葉など分かるはずもなく、ミライは首を傾げた。 トウヤは分かっているのかいないのか……どちらとも取れるような表情でお手上げのポーズをしてみせた。 「ん〜……」 アカツキはリータを傍に寄せると、その場にしゃがみ込んだ。 「なあ、どうしたんだ?」 声をかけると、エテボースはくるりと振り向いてきた。 「キキッ、キキッキッキッ」 アカツキをトレーナーとして認めているらしく、彼が何も言わなくても、ちゃんと帽子を返してくれた。 まあ、それはそれでいいとして、彼が気になっているのは、エイパムとエテボースのやり取りだ。 エイパムたちの表情がどこか必死に見えてきて、気になって仕方ない。 「うん、ありがと。で、どうすんだ?」 アカツキは帽子を返してくれたことに礼を言いつつ、エテボースに何がどうなっているのか訊ねた。 「キキッ、キキッキッキ〜ッ」 「そっか……」 身振り手振りを交えて説明(と言えるのか?)をしたものだから、アカツキはなんとなくエテボースの言いたいことを察した。 「分かるの?」 「ん〜っ、なんとなくな」 不思議そうにやり取りを見つめているミライの言葉に、アカツキは振り向くことなく頷いた。 言葉が通じているわけではない。 ただ、気持ちが通じているとでも言えばいいのか。 雰囲気や仕草、微妙な言葉のアクセント。 そういったものを敏感に感じ取り、理解しているのだ。 こればかりは、天性の才能と言ってもいい。 「キッキキキッ!!」 「うん。で、どうしたい?」 「キキッ!! キキキキッ!!」 「そっか……分かった」 トウヤとミライには何がなんだか分からないが、少なくともアカツキとエテボースの間では会話が成り立っているらしい。 会話と呼べるかも疑わしいが、気持ちが通じているのなら、それはある意味で会話と呼べるのかもしれない。 アカツキはエテボースの話を聞き終えると立ち上がり、くるりと振り返った。 「で、どうしたいって?」 「うん。エイパムたちと離れたくないって。ずっと一緒に暮らしてたんだって。 オレと一緒に行くのはいいって言ってるんだけど、それでもエイパムたちと一緒だって言ってる。 なんていうか、家族……友達とは違うんだけど、家族みたいだって言ってるから」 「家族……そっか。そうよね」 エイパムたちに慕われているのだ。 エテボースからすれば、共に行動をしているエイパムたちは手下というよりも弟分……いや、家族のような存在だろう。 アカツキのポケモンとなり、彼と一緒に行くことに異論はないが、それでもエイパムたちと離れるのは嫌だと言っているのだ。 じかに会話をしたアカツキにはエテボースの気持ちが痛いほど理解できるから、なんとしてもその願いを叶えたいと思っていた。 そこで、いいことを思いついた。 「なあ、ミライ。お願いがあるんだけど、聞いてくれる?」 「え……なに?」 いきなりお願いがあるんだけどと言われ、ミライは面食らった。 どんなお願いをされるのか理解できないが、できることなら聞いてみよう。 そう思って小さく頷いたのだが、 「ミライはパチリスしか持ってないだろ? だから、五体のエイパムを一緒に連れて歩いても問題ないと思うんだ。 エイパムたちのブリーダーになってくれない?」 「えっ!?」 「おお、それええな〜」 アカツキの『お願い』に、ミライは素っ頓狂な声を上げた。 まさかそんなことを言われるとは予想もしていなかったが、トウヤは『上手いこと考えたな』と言わんばかりに笑みを浮かべ、手を叩いた。 だが、現実的に考えれば、それが最善の策だった。 「え、ええ〜っ……?」 ミライは戸惑いながらエイパムたちを見つめていたが、エイパムたちは彼女が何を考えているのか分かっているらしく…… 「キキッ」 「キ〜ッ」 ミライに駆け寄ると、彼女の足元から縋るような視線を向け、スカートの裾や彼女のだらりと垂れ下がった手を引っ張って訴えかける。 ――オレたち、離れたくないよ。 ――だから、一緒に行かせてよ〜。 エイパムたちはかなり必死になってミライに頼み込んでいる。 それほどまでに、エテボースと一緒にいたいのだろう。 だが、ミライについていくということには一つ、問題がある。 それは、いつまでもアカツキとミライが一緒にいるわけではないということだ。 違うトレーナーのポケモンになるということは、いずれは離れる日が来るということ。 それを承知でミライに頼み込んでいるのか、定かではないが…… アカツキとトウヤは何も言わず、ミライが自身の考えで判断するのを待った。無理強いしたとして、彼女は否定せず、受け入れてくれるだろう。 ただ、それでは後々になって余計な火種を燻らせる結果になりかねない。 だから、拒否されるかもしれなくても、彼女自身の口から答えを聞きたかった。 「…………」 ミライは、エイパムたちの必死な様子を見て、心を動かされた。 「もしかして、分かってるのかな……?」 彼女はもちろん、いずれアカツキと別の道を行くことを考えているし、そうなるであろうことも承知している。 だから、いずれはエテボースとエイパムたちも別々の道へ歩いていくことも分かっている。 当人たちは、それを理解しているのだろうか……? それだけが妙に引っかかって、すぐに答えを出せずにいた。 だが、こう考えてみたらどうか。 『いずれ離れることは分かっているけれど、今はまだ一緒にいたい。今離れるのは嫌だ』 極端な話、生き物はいつか死ぬ。 その時が別れの時だと言えば、それはその通りである。 そこまで極端な話でなくても、いずれ別れることを承知の上で、今は深めた絆を温めたいと思っているのだとしたら。 「断れないよね……パチリスしかいないし」 ミライはふっと小さく息を漏らし、決意を固めた。 エイパムたちがいつか来る別れの時を覚悟の上で一緒に行きたいと言うのなら、自分も腹を括ろうではないか。 顔を上げ、小さく頷く。 「分かったわ。わたしが面倒見る。一気に五体っていうのは大変だけど……アカツキもトウヤも手伝ってくれるよね?」 「うん、もちろん」 「ええで。こいつら、よく見たら可愛えやん」 ミライの言葉に、二人してニコッと微笑みを返してくれた。 彼女なら分かってくれると信じていたのだ。 二人の笑みと、ミライの決意が伝わったのか、エイパムたちはエテボースと手を繋いだりして騒ぎ出した。 一緒にいられてうれしいのだろう。 無邪気に笑い、騒ぐエテボースたちに、アカツキは改めて仲間の絆の大切さを見たような気がした。 何も、仲間というのは人間と人間、人間とポケモンの間に限ったことではない。 ポケモンとポケモンの間にだって絆がある。 家族だったり、友達だったり……いろんな形で、絆は存在しているものなのだ。 当たり前のことだけど、こうして目の前で見ていると、気持ちが暖かくなってくる。 当たり前のことがとても眩しく、それでいて大切だと理解できる。 「良かったな〜、みんな一緒に行くことができて」 アカツキが笑顔でしゃがみ込むと、ちょうど目の前にやってきたエテボースが満面の笑みで頷き返してくれた。 「キキッ、キキッキッキ〜ッ」 「そんなことないって。ミライが受け入れてくれたからだよ。 ありがとうって言うんだったら、ミライに言ってやってくれよ」 『キキ〜ッ』 アカツキの言葉に、エテボースたちは一斉にミライに向き直ると、小さく頭を下げた。 妙に人間くさい仕草が気になったものの、彼らの顔に浮かんだ喜びの感情に、口を挟むことなどできなかった。 仲間と一緒にいること。 ただそれだけのことなのに、本当はそんなに簡単なことじゃないと思い知らされる。 だから…… 「そ〜だ。一緒に行くんだから、ちゃんと名前つけてあげなきゃな。 エテボースってのも悪くないけど、みんなと同じようにしなきゃ」 アカツキはエテボースのニックネームを考えた。 「キキ〜ッ」 その間にも、ミライのポケモンとなったエイパムたちは彼女の腕にぶら下がったり肩に乗ったりと、好き放題を始めていた。 「あ、ちょっと……!!」 いきなりそんなことをされるとは夢に思わず、ミライは慌てふためいた。 それでも、無理に振り落としたり、引き剥がしたりはしなかった。 自分と共に行くパートナーになったという自覚があるからだろう。 「困ったなあ……でも、可愛いから許してあげるわ」 トウヤがニヤニヤしながら見ているから、恥ずかしい気持ちになる。 エイパムたちがミライの身体をジャングルジム代わりに遊んでいるのを見ながら考えるうち、名案を思いついた。 「よし、決めたっ!!」 発した一言に、全員の視線がアカツキに集中する。 しかし、誰よりも興味深げな眼差しを向けてきたのは、エテボースだった。 「キミの名前はアリウスに決定♪ じゃ、そーゆーワケだから、よろしくな、アリウス!!」 「キキ〜ッ!!」 エテボース――アリウスはアカツキのネーミングセンスにケチをつけることなく、素直にそのニックネームを受け入れた。 トウヤとミライが困ったような顔を見合わせているのを余所に、エイパムたちが再び騒ぎ出す。 リーダーのことで何かが決まったと悟り、うれしく思ったのだろう。 「キキッ」 エイパムたちの声がバックコーラスに響く中、アリウスがシッポの先にある手をアカツキに伸ばす。 奇しくも、彼の帽子を奪い取り、そして返した方のシッポだった。 それを知ってか知らずか、アカツキは目の前に伸ばされたアリウスのシッポをそっとつかんだ。 「うん、よろしく。 でも、オレたちと一緒にいる時は、ここみたいにイタズラなんかしちゃダメだからな」 「キキキッ」 アリウスは大きく頷いた。 イタズラをしていたという自覚があるのかは分からなかったが、これなら大丈夫だろう…… 根拠のない自信ではあったが、理詰めのものよりは信じるに値する。 そう思って、アカツキは安心した。 同時に、新たな仲間を得た喜びがあふれ出し、エイパムたちと一緒になって、アリウスと喜びを分かち合った。 アリウスたちのイタズラで汚れまくったリゾートエリアに、ほのぼのとした雰囲気が満ちる。 ……と、その時だった。 「チコっ……!?」 リータが小さく身体を震わせた。 身体の奥底から湧き上がる力に、戸惑う。 彼女の変化に、アカツキはいち早く気づいた。 いくら喜びに心が躍っていると言っても、自分の仲間たちの変化を見逃すはずはない。 「リータ、どうかした?」 リータの声音にただならぬものを感じたのか、表情を強張らせるとしゃがみ込み、同じ視点に立つ。 リータは虚空の一点に視線を縫い止めたまま、呆然と……唖然としたような表情を浮かべていた。 心ここに在らずとでも言いたげだったが、リータの視界にアカツキの心配げな表情は入ってこなかった。 滾々と湧き上がる泉のように、絶え間なく身体の奥底から突き上げてくる力。 それは力強さを前面に押し出しながらも、包み込むような優しさも秘めていた。 言葉にしなくても、どんな力であるか、リータは理解していた。 次の瞬間、リータの身体がまばゆい光に包まれた。 アカツキとミライは、これから一体何が始まるのかと戸惑っているようだったが、トウヤはニコッと笑みを浮かべた。 旅を続けてきて、何度か経験してきたから、分かっているのだろう。 「おっ、始まるみたいやな、進化」 「え、進化!? リータが!? マジ!?」 トウヤの言葉に、アカツキが驚く。 ポケモンの中には、進化を経て姿形が変わるものが存在する。 ネイトは進化するとブイゼルからフローゼルになり、ドラップはすでに進化を経験しているが、その前はスコルピというポケモンだった。 アカツキもミライも、ポケモンの進化については知っていても、その瞬間に立ち会ったことがなかったものだから、驚きも一入だった。 「リータ、進化するんだ……」 チコリータが進化するとベイリーフになる。 今までの努力が進化という形で現れるのだ。うれしくないはずがない。 先ほどまでの心配げな表情はどこへやら、光に包まれ、少しずつ身体が大きくなっていくリータに輝く瞳を向けるアカツキ。 リータの身体は二回り以上大きくなり、そこで身体を包み込んでいた光が音もなく消え去る。 そこには、ベイリーフに進化したリータの姿があった。 若葉萌える鮮やかな緑の身体は薄い黄緑色になり、頭上の葉っぱはより大きく、力強さを漂わせている。 小さなポケモンなら背中に乗せて運べそうな身体つきになりながらも、アカツキに向ける優しい眼差しは変わらない。 「ベイっ♪」 ――やった、進化したよ♪ そう言いたげに、小さく嘶く。 その声音はチコリータの頃のあどけなさを残しつつも、進化によって身につけた力強さを漂わせていた。 「リータ、やったじゃん!! ベイリーフに進化するなんて、すげえよ!!」 アリウスが仲間に加わったこともうれしかったが、まさかここでリータが進化してくれるとは…… 二重の喜びに、アカツキは思わず感極まりそうになった。 さすがに人前で涙を見せるのは恥ずかしいから、グッと堪えたが、流すとしたら、それはもちろん嬉し涙だ。 「今までリータがガンバってきたんだもんな。良かったな」 「ベイ〜っ♪」 リータはアカツキに頭上の葉っぱを撫でられ、うれしそうに嘶くと、彼に頬擦りした。 ――あたし、頑張ったよ。もっと褒めて褒めて〜。 アカツキとリータが以前と変わらぬ様子で接しているのを見て、ミライはホッと胸を撫で下ろした。 ポケモンの進化の中には、元の姿とは似ても似つかないものに変化してしまうものもある。 たとえば、テッポウオというポケモンは魚のような外見をしているが、進化するとオクタンというポケモンになる。 オクタンは魚というよりも、タコと言った方が手っ取り早いような姿をしているのだ。 進化によって得るものもあれば、失うものもある。 それは元の姿だったり、可愛げだったり…… しかし、アカツキに限っては失うものなんてほとんどなくて、むしろ失うべきものが得るものに回っているようにさえ感じられるから不思議だ。 「ん〜っ、進化はいつ見てもええな〜」 「うん」 トウヤの言葉に、ミライが小さく頷く。 ポケモンの進化は不思議で神秘的な現象だ。 進化の形は複数存在し、どういった基準でポケモンの進化が区切られているのかなどはまだ解明されていない。 研究者の飽くなき探究心を満たす格好の研究材料となっている。 まあ、それはともかく…… 「リータ、これからもよろしくな」 「ベイっ」 リータはアカツキに頬擦りしながら頷いた。 進化しても、以前のことを忘れてしまうわけではない。姿形は変わっても、記憶は残るのだ。 「よしっ!!」 アカツキはリータの葉っぱから手を退けると、グッと拳を握りしめた。 「リータも進化してくれたことだし、これならジム戦もクリアできるよな」 今まで、リータはよく頑張ってくれた。 ドラップやラシールなど、最終進化形のポケモンが同じチームにいて、どこか小粒さを感じさせていた。 しかし、ベイリーフに進化して、力強さに磨きがかかった。 アイシアジムのジムリーダー……ミズキはギャラドスを使っていたことから、水タイプのポケモンを得意としているのだろう。 ならば、相性的には草タイプと電気タイプが有利。 ベイリーフに進化したリータに出番が回ってくるのは確実だ。 ジム戦の経験はないが、進化するまでに実力をつけたのだから、不安らしい不安は特にない。 ヒビキ直伝のニードルブレスも使えることだし、防御的な能力であっても、攻撃面に抜かりはない。 だから、不安に思うことなど何もない。 「んじゃ、ポケモンセンターに帰ろう!! 明日のジム戦に備えて、みんなの技もちゃんと復習しとかないとな」 「そうやな。 いつまでもここにおったら、いろいろと邪魔になりそうやし……帰ろか」 「うん。そうね」 アカツキは明日のジム戦に備えて、新しく仲間に加わったアリウスや、ベイリーフに進化したリータの技を知る必要がある。 そうでなくても、ミズキがすでにリゾートエリアを元通りにするために動き始めているだろう。 業者や町の住人の邪魔にならないよう、ここは早く退散しよう。 アカツキは満面の笑みを浮かべ、一同を見渡した。 「よ〜し!! みんな、ポケモンセンターまで競争だ!! 行っくぜ〜っ!!」 言い終えるが早いか、すごい勢いで駆け出す。 すぐさまアリウスとリータ、エイパムたちが追いかけていく。 「あ、待ってよ!!」 エイパムたちから解放されたのはいいが、全力疾走するアカツキに追いつくのは簡単なことではない。 ミライは慌てて彼らの後を追いかけた。 その場に一人残ったトウヤは、アリウスたちのイタズラでぐちゃぐちゃになったリゾートエリアを見渡した。 「やれやれ……」 アカツキの行動力には敬意を表するが、もう少し落ち着きがあってもいいのではないか。 そんなことを思うのは、彼に情が移ったからだろう。 今まで旅をしていて、そういった経験は一度もしたことがなかった。 本音をさらけ出して他人と付き合うようなことはなかったし、そもそも旅から旅の生活を続けてきたのだ。 深く付き合ったところで別れが辛くなるだけ。 元々、社交的な性格だとは思っていないし、人付き合いはどちらかというと苦手とさえ思っている。 だから、不思議に思う。 「あいつのことになると、なんでやろ、力になりたくなってまう……不思議やな」 どこにでもいるような陽気な少年だ。 特別な境遇で育ったわけでも、特別な存在として崇められているわけでもない。 そんな少年に気を許している自分の心の変わりように、物思いにふけるようにただただ考えをめぐらせるばかりだった。 トウヤがポケモンセンターに戻るべく駆け出したのは、それから十分後のことだった。 アイシアタウンの住人を悩ませていた問題が解決したその日、別の場所で、別の動きがあった。 ポケモンリーグ四天王の一人が、仲間と警察を引き連れてフォース団のアジトに強制捜査を行った。 しかし、すでにアジトを引き払っていたらしく、フォース団の団員は一人として逮捕することができず、 また重要な資料も持ち去られた後であった。 第9章へと続く……