シャイニング・ブレイブ 第9章 水の妖精 -Icy edge-(前編) Side 1 「そうか。あいつは何の痕跡も残していなかったか……まあ、あいつらしいな」 電話による報告を受け、シンラは小さくため息をついた。 ある程度は予想していたことだ。 別段、驚くほどのことではない。 むしろ、反応を示さなければならないとしたら、目の前で縮こまっている二人に対してだろうか。 ソウタとヨウヤ。 二人して、テーブルの向かい側に座っているが、申し訳ないとでも思っているのか。 俯きがちで、シンラが報告を受けている間、一言も発しなかった。 「分かった。とりあえず、フォース団のアジトをつぶしてくれたことには礼を言う。 引き続き、君はあの女に勘ぐられない程度にポケモンリーグの動きを僕に伝えてくれ。 君が僕の指示に従ってくれている限り、悪いようにはしない。 それだけは約束しよう」 ソウタとヨウヤの処遇はいつでも決められるが、今は電話口の相手との会話が最優先だ。 相手の口調、息遣い、テンポ……すべてが今後の指標となる。 一字一句、聞き逃すようなことがあってはならない。 神経を集中し、耳を欹て、相手の状況を会話から読み取ることに全力を傾ける。 相手はどこか不満げな雰囲気をにじませていたが、それは仕方のないことだ。自分のしたことを考えれば、不満があって当然。 しかし、どのようなことであろうと、必要だと思うからやっているのだ。 それでも人の道に反するようなことをしているつもりはないから、責められる謂れはない。 「…………」 相手が、ポケモンリーグの動きを細かく報告してくる。 今のところ敵として認識している組織の一つだ。その動きを把握しておけば、少なくとも出遅れることはない。 電話口の相手は、貴重な情報源だ。 弱みを握り、こちらの言うことを聞かせる。弱みを握れば、交渉に優位に立てる。 それが駆け引きというものだ。 「なるほど。あの女らしいやり方だな……」 一通りポケモンリーグの動きを聞き終えて、シンラは口の端に笑みを浮かべた。 こちらの動きが読まれているとは思えないが、油断はできない。 ポケモンリーグ・ネイゼル支部を統括するチャンピオン……シンラ曰く『あの女』は、侮れないところがある。 得体の知れなさで言えば、激しく対立しているフォース団を率いる女以上だ。 不安と言うほどの不安ではないが、それにつながる芽は、早いうちに摘み取るに限る。 そうして不確定要素を排除していけば、計画は完璧に近づき、迅速に実行される。 「四天王の二人……アズサとカナタがついたか。そうなると、こちらも迂闊には手を出せんな」 こちらの手を読んでいるとは思えない。 だとすると、念のための一手だろう。余計なことをしてくれたとは思うが、最終的な計画に支障はない。 ポケモンリーグが大きく動くことも、織り込み済みだ。 今のこの状況も、まあそんなに悪くない。上を見ればキリがないが、悪い方に傾いていなければ特に問題はない。 「分かった。それでは、逐一状況を報告してくれ」 相手の言葉を聞きながら、今後の方針を立てる。 まとまったところで会話を終え、電話を切った。 ふたつに折りたたんだ携帯電話をスーツのポケットに放り込み、シンラは黙りこくったままのソウタとヨウヤに向き直った。 彼らからの報告も併せて受けて、現状の把握は完璧だ。 次は、彼らの処遇。 若輩者ではあるが、使える部下だ。 使えるところで使っていく……適材適所こそ、大きな組織が潤滑に動くための油となる。 錆びついた歯車では、組織の足枷にしかならない。 弁護士として何年か司法の場に立ち、そういうことを学んだ。 それが組織運営に生かされているのだから、一概に無駄な時間を過ごしたというわけでもないだろう。 さて、それはさておき。 「正直、ソフィア団きってのエージェントである君たちが失敗を重ねるとは思わなかった。 そこのところは失望を隠しきれないところだが、ケガの功名というところもある。 二人とも、顔を上げたまえ」 ソフィア団の中でも上位に位置する実力の二人が失敗を重ねるのは予想外だったが、そのおかげで得たものもある。 この程度のこともできぬとは……失望は確かにあるが、失敗を論じても未来にはつながらない。 今は、建設的な組織運営が必要だ。 「…………」 失敗を重ねた二人は、雷が落ちるとばかり思っていたのだろう。 顔を上げた時、二人揃ってシンラに向けていたのは、驚きと疑念の眼差し。 普段穏やかな人物ほど、怒ると恐ろしいもの。 だが、怒らなければならないような状況ではないから怒らない。それだけのことだ。 「正直、あそこでハツネが待ち受けていたとは思わなかったが、君たちではあいつの相手は荷が勝ちすぎているだろう。 ダークポケモンでも、分が悪いのは否めない。 ベルルーンの強さは非常識だからな……まあ、それはいい」 ソウタをソフィア団の死神ことマスミの監視につけた。 ヨウヤは引き続きドラピオンを奪うために派遣していたが、マスミがドラピオンのトレーナーに接触したのは予想外だった。 フォース団がドラピオンに興味を持つとは思っていなかったし、だからこそそれが罠だと思えなかった。 ソウタとヨウヤはまんまとおびき出され、捕らえられた。 もっとも、二人には常に現在位置を発信する機械を取り付けており、そのおかげでフォース団のアジトをつぶすことができた。 活動拠点の一つがなくなれば、それなりの痛手を被ると思っていた。 しかし、相手はこちらの動きを察してか、すでにアジトを引き払い、証拠物件を完全に隠滅していた。 「こちらの動きを読んだというより、最初からそうするつもりだったか……だとすると、すでに違う場所にアジトを構えている。 まあ、相手の出方が分からないのは困るが、すぐに打って出られる状況でもあるまい。 ならば、状況的に問題はない」 先ほど電話していた相手が、フォース団のアジトをつぶしてくれた。 ソウタとヨウヤに取り付けた発信機から場所を割り出し、それを教えただけだったが、思いのほかいいタイミングで動いてくれた。 これなら、ポケモンリーグとソフィア団の関係を――ポケモンリーグの中にソフィア団への内通者がいると悟られることもない。 ドサクサに紛れて、ソウタとヨウヤは敵のアジトから脱け出し、こうして戻ってきてくれた。 失ったものは何もない。 これを成果と呼ばずして何と言うのか。 「処分はこの作戦が完了した時に下す。つまり、保留だ。 だが、これ以上失敗を重ねるようなことがあれば、その時は厳しい処分を下すから、そのつもりでいることだ」 「分かったよ……」 「ああ……」 シンラの言葉に、ヨウヤはふてくされた表情で、ソウタは観念したような表情で、それぞれ首を縦に振った。 抑揚がなく、特に感情らしい感情を漂わせぬ声。 それがかえって空恐ろしさを漂わせ、二人とも萎縮しっぱなしだった。 萎縮している部下を前に、シンラは表情を変えることなく、淡々と続けた。 「とりあえず、当分はドラピオンを取り戻すのを断念する。 四天王が二人もつくとなると、さすがに厳しいからな。失敗するのは目に見えている。 そこで、ヨウヤはアルデリアとボルグ顧問のサポートに回ってもらいたい。 物足りない役割かもしれないが、これも重要だ。抜かりなく頼む。 ソウタには、フォース団の動向を探ってもらいたい。 居場所も分からないが、とりあえずはそれらしいところに張り込んでもらうことになる」 今できることはそれくらいだろう。 自分たちの計画を進めることと、相手の居場所を探ること。 とはいえ、見つかったら終わりという状況はこちらも同じ。失敗を重ねているとはいえ、部下に無茶はさせられない。 功を焦っての失敗は、深手になることが多いのだ。 「さて、話は以上だ。各自、すぐに行動を開始したまえ」 必要な指示は与えた。 後は、結果がどう転ぶか。 ソウタとヨウヤは席を立ち、そそくさと部屋を出て行った。 ここに長居するのに耐えられないのだろう。いい気分もしなかったに違いない。 それももちろん分かっているが、必要だからやっている。 扉が閉められ、シンラは右手のパソコンに向き直った。 液晶画面は暗転し、何も映っていなかったが、暗い画面のその先に、彼にしか見えないものを見ていた。 「もうすぐだ……もうすぐ終わる。もう少し、待っていてくれ」 そのつぶやきは、誰の耳に入ることもなかった。 Side 2 ――アカツキが故郷を旅立って25日目。 エテボースのアリウスを仲間に加えた翌日、アカツキは晴れてアイシアジムに挑んだ。 リゾートエリアでアリウスとバトルをしたことで、トウヤはアカツキの実力が上がったことを確認した。 自分がついていなくても大丈夫と考え、ミライと共にポケモンセンターで待つことにしたのだ。 だから、独りぼっちではあるが、アカツキの胸に不安や寂しさは微塵もなかった。 それどころか、意気揚々と道を歩いていた。 新しい仲間を加え、リータがベイリーフに進化し、戦力の厚みがさらに増した。 この状況で不安に思うことなどあるはずもない。 「ミズキさんって、水タイプのポケモンを使うんだよなぁ……」 なだらかな坂道の先にそびえるアイシアジムを見やり、アカツキはジムリーダー・ミズキのギャラドスを脳裏に思い浮かべた。 昨日、アリウスを仲間に加えてポケモンセンターに戻った後、ポケモンセンターの地下にある学習室で、あれこれと調べてみた。 アリウスはノーマルタイプのポケモンだが、使える技の幅が広く、実力を伸ばしていけば、ドラップのようなテクニシャンになれる。 リータはベイリーフに進化したことで使える技が増えた。 一方、敵として戦うことになるギャラドスも、様々な技を使いこなすテクニシャン。 進化前は世界一弱いとされるコイキングだったが、ギャラドスになると一変する。 多彩な技を使いこなし、攻撃力は種族的にかなり高め。 最大の弱点は電気タイプの技で、電気タイプの技で攻めていかなければかなり厳しい戦いになるだろう。 「でも、アリウスじゃ警戒されちまうからな〜。ま、作戦考えたし、普通にやりゃいいだろ」 ミズキにはアリウスが電撃波を放つところを見られている。 当然、警戒されているだろう。 しかし、アカツキはアリウスを今回のジム戦に投入するつもりはない。 水タイプのポケモンを使うなら、フィールドは水ポケモンが戦いやすいような状態になっているだろう。 そう考えれば、作戦はすぐに思い浮かぶ。 ……というわけで、アカツキに不安要素はほとんどなかった。 むしろ、ミズキがどんなポケモンを使ってくるのか、気になっていた。 どんなポケモンで、どんな戦いを仕掛けてくるのか……そう考えると、心がワクワクして、居ても立ってもいられなくなる。 今すぐ突っ走っていきたい気持ちをグッと押さえ込み、ゆっくりと一歩ずつ道を行く。 ドキドキした気持ちを持て余しながら歩いていくと、やがてアイシアジムにたどり着いた。 古代神殿を思わせる佇まいは昨日と変わっていないが(たった一日で変わるはずもないのだが……)、アカツキには別物に見えていた。 荘厳な佇まいは、ジムリーダーの性格を反映しているかのようだ。 もしかしたら、堅実な戦いでこちらを苦しめてくるかもしれない。 下手な小細工など一切せず、真っ向勝負を挑んできたら……かなり苦しくなるだろう。 それでも勝てる自信はある。 昨日のアリウスとのバトルで、トレーナーとしてのレベルが上がっていることを確信したのだ。 だから、物怖じする理由など何一つない。 扉にかけられたベルを手に取り、左右に振る。 チリンチリーン…… 澄んだ音色が周囲に響き渡った。 お決まりの音だが、ジムの扉や壁などに幾重に反響して、美しく聴こえる。 余韻を棚引かせながら少しずつ小さくなっていくベルの音。 ……と、アカツキの顔から笑みが消えた。 ここからが本番だ。気を抜くなど愚の骨頂。 澄んだベルの音が空に溶けてしばらく経ってから、ジムの扉が重そうな音を立て、左右に押し開かれた。 しかし、扉の向こうにミズキの姿はなく、蒼白い明かりにうっすらと照らし出された石造りの廊下が延びているだけだった。 「フィールドでお待ちかねってことか……上等じゃん」 フィールドで首を長くして待ち受けているということだろう。 そんなことを思っていると、どこからか声が聴こえてきた。 『アカツキ君。待ってましたよ。 廊下をまっすぐ抜けて、フィールドにいらっしゃい。ギャラドス共々、首を長くして待っていますよ』 壁か天井にスピーカーが備え付けられており、そこからミズキの声が聴こえてきたのだ。 どこか余裕綽々といった風に聴こえたのは、どっしりとフィールドで構えているからだろう。 自身のポケモンに絶対的な自信を抱いているからこそ、動じることなく、どっしりと構えていられる。 「よし、行くぜっ!!」 アカツキは啖呵を切ると、両手で頬をパンパン叩いて、開け放たれた扉の向こう側へと足を踏み入れた。 蒼白い照明で照らし出された廊下は冷たい印象で、まるで水の中か、氷の壁に囲まれているような錯覚を与える。 青い壁には、壁画のような模様が描かれているが、ジム戦というシチュエーションでなければじっくりと見ているところだ。 なんとなく気にはなるが、今はジム戦が最優先。 左右の壁に目をやりつつも、足を止めることなくフィールドを目指す。 思いのほか長い廊下を抜けると、眼前にバトルフィールドが広がっていた。 「うわ……ここで戦うんだ……」 アカツキはフィールドを前に立ち止まり、感嘆のため息をついた。 巨大な水槽がフィールドをすっぽり包み込み、左右のトレーナー・スポットと、両者の間に高さがバラバラの足場が突き出ている。 それ以外はなみなみと水で満たされており、このジムが水タイプを得意としているのがうかがえる。 左手にはすでにミズキが臨戦態勢に入っていて、アカツキが入ってきたことに気づきつつも、目も向けてこない。 真顔で彼女がじっと見つめているのは、アカツキが立つべき右手のスポット。 戦うべき相手はそこに立つ……そう思っているのだろう。 審判はいないが、今回は不要だと思って外しているのか、それとも単に審判など面倒くさいからつけていないだけか。 どちらにしても、やることに変わりはない。 アカツキはグッと拳を握りしめると、歩を進めた。 スポットについて、高さがバラバラの足場の向こうに立つミズキを睨みつける。 そこではじめて、彼女は口の端に笑みを浮かべた。 ずっと同じ姿勢でいて、待ちくたびれていたのかもしれない。 「改めて、ようこそアイシアジムへ」 ミズキが口を開く。 それほど大きく開いているわけではないのだが、声はよく通っていた。 「この街の窮状を救ってくれたこと、改めて礼を言います」 ジム戦に入る前に、昨日のことに感謝を述べた。 ジムリーダーとしてこの場に立っていても、それ以前にアイシアタウンで生まれ育った一市民だ。 生まれ育った街を救ってくれたことに礼を言うのは当然だと思っているのだろう。 アカツキがアリウスをゲットしたことで、リゾートエリアが荒らされることはなくなった。 これから観光のシーズンを迎えるアイシアタウンでは、観光地の目玉とも言えるリゾートエリアはどこよりも大事な場所なのだ。 これ以上汚されずに済むし、今頃は街の委託を受けた清掃業者が汚れを洗い落としていることだろう。 リゾートエリアが完璧な形で蘇るのも、時間はかからないだろう。 「別に、オレはこの街を助けようと思ったわけじゃないって。 帽子、取り戻したかっただけなんだ」 アカツキはミズキの謝意を素直に受け取りながらも、街のためにアリウスをゲットしたわけではないと言葉を返した。 そんな大それたことをするつもりはなかった。 帽子を取り戻せればそれでよかったわけで、アリウスをゲットしてこの街を救ったのはほんのついでだ。 「それでもいいわ。君がやってくれたことで、わたしたちは救われた。 そのことに礼を言うのは当然だもの」 ミズキはニコッと笑ったが、すぐにその笑みは陰を潜めた。 「だけど、それとジム戦とは別です。君とポケモンの情熱、見せてもらいましょう」 真顔で言葉を継ぎ、腰のモンスターボールを手に取る。 「……ギャラドスか?」 目を凝らし、彼女の手に握られたモンスターボールを見やる。 何体のポケモンを使うのかは知らないが、ギャラドスを使ってくるのは間違いない。彼女は昨日、堂々と宣言したのだ。 わざとあの場でウソをつく必要もない。 どこでギャラドスを出してくるのか……気になるのはその一点だ。 昨日アリウス相手にはいいところを見せられなかったが、実力を発揮する前にダメージを受けてしまっただけ。 アカツキはそう見ている。 このジム戦ですべてがハッキリするのだ。 「ルールは二体のポケモンを使ったシングルバトル。 入れ替えは君にだけ認められるけど、最初にエントリーした二体以外のポケモンを出しても無効になります。 質問は……ないですね。 では、わたしのポケモンをお目にかけましょう。 ギャラドス、行きなさい!!」 「いきなりギャラドスか……」 ミズキはルールの説明を終えると、すぐにモンスターボールを掲げ、ギャラドスをフィールドに送り出した。 アカツキが口を挟む間もなかったが、そもそも質問するつもりなどなかった。 シングルバトルで、入れ替えは自分だけが認められる。フォレスジムでヒビキと戦った時と同じルールだ。 「ガァァァァァ……」 ギャラドスは細長い身体を一直線に伸ばし、一番高い足場にも負けない高みからアカツキを睨みつけた。 水深が何メートルあるか分からないが、ミズキのギャラドスは普通のギャラドスよりも大型に見えた。 仲間だと心強いが、敵に回るとかなりヤバイ。 「ん〜、大丈夫かなあ……?」 ミズキがギャラドスを使ってくることは分かっていたし、それに対してある程度作戦も立てていた。 それでもどこか不安が芽生えてくるのは、ギャラドスの威嚇が思った以上に激しいからだろう。 「…………」 様々な技を使いこなすテクニシャン。 無骨な見た目とは裏腹に、意外と繊細なところも持ち合わせているらしい。 「でも、大丈夫だろ」 アカツキは気楽に構え、不安をさっさと振り払った。 フィールドは水タイプのポケモンが戦いやすいよう、水が張られている。 水タイプ以外のポケモンでも戦えるよう、足場が打ち立てられているが、それでも水タイプのポケモンが有利に戦えるのは間違いない。 そうなると、身体の大きなギャラドスでも、足場を利用して相手の攻撃から身を避わすこともできるだろう。 まあ、これくらいは予想済みだ。 「さあ、君のポケモンを見せて。まあ、誰で来ても同じだと思うけど……」 ミズキが薄ら笑いを口の端に浮かべる。 安っぽい挑発だが、無論アカツキは引っかからなかった。 挑発に引っかかるようでは、勝利などつかめない。 ミズキは暗に、アリウスを出したってギャラドスの敵ではないと言っているのだ。 もっとも、アカツキはこのジム戦でアリウスを出すつもりはない。 警戒されていると分かっていて出すほど、バカであるつもりもないのだ。 「なに考えてっか分かんねえけど、まあいっか」 アカツキは息を吐き、肩の力を抜くと、モンスターボールを手に取った。 事前に思い浮かんでいた作戦通り戦うことにしよう。 「うっし!! 行くぜネイト!! オレたちの力、見せてやれっ!!」 手に取ったモンスターボールを力の限りフィールドに投げ放つと、アカツキの意思に応えて、ネイトが飛び出してきた。 「ブイ〜っ!!」 久々のバトルだと、ネイトは楽しげに声を弾ませた。 目には目を、水タイプのポケモンには水タイプのポケモンを。 ……などということを考えていたわけではないが、フローゼルに進化してもおかしくないだけの力量を身につけたネイトなら大丈夫。 アカツキは一番付き合いの古いパートナーの力を信じている。 それだけだ。 首の浮き袋でプカプカ浮いているネイトを見やり、ミズキが怪訝に眉根を寄せた。 「わたしは水タイプのエキスパートだけど、同じタイプのポケモンで戦いを挑んでくるなんて……何か考えてるわね」 彼女には、水タイプのポケモンのエキスパートであるという自負がある。 だからこそ、アカツキがなぜ自分が得意とするタイプのポケモンで挑んできたのか分からなかった。 何か企んでいるのは間違いないだろうが、戦ってみれば分かるだろう。 自分の土俵で戦う度胸は買うが、こちらの方が何枚も上手だ。それを思い知らせてやろう。 「ここならあの技を使える。ネイトなら勝てるさ」 アカツキは、ネイトをすさまじい形相で睨みつけているギャラドスに目を向けた。 身体の大きさや攻撃力は如何ともしがたい差があるが、それをひっくり返す技をネイトは覚えている。 キサラギ博士にその技のことを説明したが、彼女でさえ知らなかったのだ。 いわばネイトオリジナルの技で、ミズキは知らないだろう。 それなら、彼女の裏をかいて戦いを進めることができる。 「それじゃあ、はじめましょうか」 両者のポケモンがフィールドに出た以上、無駄話で熱を冷ますのも味気ない。 「先手は譲るわ。どこからでもどうぞ」 腕を組み、ミズキが言う。 あくまでも余裕だが、それは水タイプのエキスパートだからこそだ。 この場所で何十回、何百回も戦ってきたのだ。あらゆる状況を想定し、あらゆる策を瞬時意打てるだけの自信はある。 自分の土俵で相撲を取れば、どんな相手にだって負けない。 彼女はそうして、ジム戦を戦い抜いてきたのだ。 「…………」 アカツキはしばしギャラドスを睨みつけていた。 ギャラドスの攻撃力の高さは脅威だが、単純なスピードではネイトの方が上だ。 水陸両方で戦えるので、水の中で戦えなくなったら、足場を利用して戦えばいい。 相手が得意とするタイプで戦うのは度胸が要るが、作戦を練ってきたのだ。 「かかってこないの? それなら、こちらから行くわよ」 三十秒経ってもアカツキが指示を出さないものだから、業を煮やしたのだろう。 ミズキが手を振り上げ、ギャラドスに指示を出そうとしたタイミングを見計らい、アカツキがネイトに指示を出す。 「ネイト、スピードスター!!」 いつまで睨み合っていても仕方がないし、とりあえずこちらが攻撃に打って出れば、相手が何らかの反応を示すだろう。 アカツキの指示に、ネイトは勢いよく水面から飛び上がり、シッポを振ってスピードスターを発射する。 ギャラドスの特性は、相手の物理攻撃力を無意識に低下させる『威嚇』だが、スピードスターは特殊系に属する技ゆえ、威力の低下はない。 星型の光線が、水槽に打ち立てられた足場の合間を縫うようにしてギャラドスへ向かう。 しかし、ミズキは驚くこともなく、淡々とギャラドスに指示を出した。 「ギャラドス、火炎放射で焼き払いなさい」 「…………!!」 これに驚いたのはアカツキだった。 水タイプのポケモンが炎タイプの技を使えるとは…… 確かに、学習室でギャラドスが使えそうな技の中に火炎放射は含まれていたが、覚えさせているトレーナーは多くないと記述されていた。 ジムリーダーなのだから、世間一般のポケモンと同じ育て方はしていないのだろう。 そこのところはアカツキの認識不足だった。 草タイプのポケモンを出されても返り討ちにできるよう、炎タイプの技を覚えさせていたとしても不思議はない。 ネイトのスピードスターと、ギャラドスの火炎放射が真っ向から激突する!! 特殊系の技が得意でないとはいえ、火炎放射の方が威力的には上。 スピードスターを次々とかき消しながら、残った炎がネイト目がけて虚空を迸る!! 食らったところで大ダメージにはならないだろうが、相手の土俵で戦う以上、少しのダメージでも受けたくないところだ。 すかさず指示を出す。 「ネイト、水鉄砲!!」 攻撃ではなく、迫る炎から身を守るため。 アカツキの意図を察して、ネイトが水鉄砲を吐き出す。 絶妙な力加減(?)で、水鉄砲は迫る炎を消したところで水蒸気と化して消えた。 そこでネイトが再び水槽に飛び込み、浮き袋で水面に顔を覗かせた。 再びギャラドスを睨み合う。 「やっぱ、近づいて攻撃しなきゃダメか……」 ギャラドスの最大の武器は、物理攻撃力の高さから繰り出される技だ。 相手と距離を置いた戦いは得意ではないが、接近戦となるととても強い。 とはいえ、火炎放射でそれなりに遠距離の戦いもこなすのだから、ここは危険を承知で飛び込んでいくしかない。 アカツキは腹をくくり、ネイトに指示を出した。 「ネイト、足場を使って近づくんだ!! そんでもって、噛み砕く!!」 「近づけさせないで。竜の息吹!!」 接近戦を挑むつもりだと悟り、ミズキも対抗する。 彼女の指示に、ギャラドスが口から緑のブレスを吐き出す!! 水面を這い、水蒸気のように立ち昇りながらネイトに迫るブレス。 しかし、ネイトは素早く足場に飛び移ると、軽業師のように次々と足場を行き来し、麻痺の追加効果を持つブレスから身を避わす。 ネイトに代表されるブイゼルは、スピードに優れているのだ。 距離を開いた状態で攻撃されても、速攻可能な技でなければ容易く避けられる。 増してや、水辺の戦いは得意分野だ。 ネイトはギャラドスを撹乱しながら少しずつ近づいていく。 ネイトを近づけまいと、ギャラドスは大きな身体をくねり、時には場所を変えながら攻撃を繰り出すも、いずれも命中しない。 「……なに考えてんだ?」 ミズキが特段指示を出さないことを不審に思い、アカツキは眉根を寄せた。 指示を出さなくてもギャラドスならやってくれると信じているのか。 ただ、ネイトはギャラドスに確実に接近している。この状況で指示を出さないとは、何か企んでいるのではないか? 相手の手の内が読めないというのは痛いが、だからといって何もしないままでは、それこそ相手の思う壺。 虎穴に入らずんば虎児を得ずという言葉もあるし、危険を承知で飛び込むしかない。 ネイトはギャラドスが繰り出す緑のブレスを掻い潜り、一番高い足場からジャンプ!! 電光石火を併用することで勢いを飛躍的に増し、弾丸のごとき勢いでギャラドスの首筋に体当たりを食らわすと、 そのままガブリと噛みついた。 「ガァァァァッ!!」 いくら強力なポケモンと言っても、噛みつかれて痛くないはずがない。 ギャラドスはネイトが噛み砕かんばかりの力で噛みついてくるものだから、悲鳴を上げ、身を捩った。 噛み砕く攻撃は、見て分かるとおり物理系の技。 ギャラドスの『威嚇』で威力が落ちていると言っても、無害というわけにはいかない。 ネイトを振り払おうとギャラドスは激しく身体を振るが、ネイトは負けじと牙を突きたてる。 動けば動くほど、傷口が広がっていくものだ。 ミズキがそれに気づかぬはずがないのだが、指示を出さない以上、彼女の真意を図ることはできない。 今は余計な詮索より、相手を追い詰めるべく攻勢に打って出るべき。 しかし、そこで彼女は指示を出した。 「ギャラドス、そのまま水中に引きずり込んで引き離しなさい!!」 水中でなら、水の抵抗もあって牙を突きたて続けることはできないという読みだったが、彼女の真意はその奥にあった。 ギャラドスは痛みに身体を捩りながらも、指示通り長い身体を水中に潜めた。 水中で身体をくねらせ、ネイトを振り払うつもりだ。 ただでさえ巨体のギャラドスが身体を激しく動かすものだから、水面は波打ち、水しぶきが立った。 水中に引きずり込まれながらも、ネイトはギャラドスを離さない。 この状況ではネイトもさらなる攻撃に打って出ることはできないが、噛みつき続けることが攻撃の代わりになる。 進化前のブイゼルでありながら、なんと力強いことか。 ミズキはネイトの力量を認めながらも、全力で叩きつぶすべき相手であることを忘れなかった。 「ギャラドス、アクアテール!!」 こうなってしまった以上は、やるしかない。 水中に引きずり込んで離れればよし。 もし離れなくても……手は打ってある。 ミズキの指示に、ギャラドスは長い身体を器用に使い、尾に当たる部分を激しく振りかざす!! 身体をくねらせる時とは桁違いのパワーに、水中に振動が走る。 ギャラドスの並々ならぬ膂力から繰り出される振動は、水流の強い乱れを生み出し、その力に押されたネイトがついに牙を離す。 その瞬間を見計らい、ダメ押しの指示。 「もう一度アクアテール!! 振り払いなさい!!」 離れたネイト目がけ、ギャラドスが再び荒々しい海のごとき勢いで尾を振りかざす!! 水タイプの技は、同じ水タイプの相手には効果が薄い。 それでも、ギャラドスの攻撃力の高さは脅威である。 ネイトは本能的に相手の攻撃を察知し、尻尾を高速回転させてギャラドスから離れたが、完全には逃れられなかった。 再び水流の乱れが発生し、ネイトは体勢を崩した。 一旦崩れると、乱れに飲み込まれるのは早かった。 激しく脈打つ水面に、アカツキは嫌な予感を覚えずにはいられなかった。 ギャラドスのごとく、水面が乱れている。 これは良からぬことの前触れではないかと思わせるのに十分だった。 足場に遮られ、ネイトがどのような状態になっているのか見えないが、ただごとでないのは乱れる水面を見れば容易に知れる。 一方、激しい水流の乱れに巻き込まれたネイトはその勢いから逃れられず、足場の一つに背中から叩きつけられた!! 水中ゆえ、ダメージはそれほど大きなものではなかったが、少しのダメージでも痛いものは痛い。 足場に到達した乱れが左右に分散されるのを利用し、ネイトはすぐさまその流れに乗って水上へと脱出した。 「ネイト!!」 一番高い足場に着地したネイトを見て、アカツキはホッと胸を撫で下ろした。 ネイトがダメージを受けているのは見れば分かるが、それほど大きなものではないようだ。 ギャラドスだって噛み砕く攻撃でかなりのダメージを受けているようだし、お相子と言ったところか。 「やっぱ、近づいて戦うのも危ないな……」 ギャラドスのアクアテールはヤバイ。 水タイプの攻撃技で、物理系に分類されている。 ギャラドスの高い物理攻撃力から繰り出される一撃は、太いコンクリートの柱である足場さえ軽く粉砕するだろう。 そんな攻撃をまともに受けたら、どうなることか……ネイトでは一撃で戦闘不能にされかねない。 そうなる前にどうにかして決着をつけなければならないが…… 「こーなったら、あの技使って一気にやるっきゃないか……」 ここぞという時に出すべき技だが、四の五の言っていられない状況かもしれない。 ギャラドスが水面から顔を覗かせたのを見て、アカツキは悟ったが、ミズキもまた同じことを考えていた。 延々と長引かせたところでイタチゴッコだ。 それなら、さっさと決着をつけた方がいい。後腐れもなくなる。 「ギャラドス、竜巻!!」 ミズキの指示に、ギャラドスが天を仰いで咆哮を上げる。 力強い咆哮と共に、周囲に不思議な力を放つ。 同時に、水面から複数の竜巻が発生し、フィールドで荒れ狂った。 「竜巻か……」 こんな大がかりな技まで使うとは……噛み砕くとかスピードスターでゆっくり攻撃を加えてなどいられない。 「ネイト、水の中に飛び込め!! ギャラドスの後ろに回り込むんだ!!」 「無駄よ。竜巻からは逃げられない」 アカツキの指示を鼻で笑い飛ばすミズキだが、ネイトは言われたとおり、水中に飛び込んだ。 水中からギャラドスの背後に回ろうと足場を迂回するが、水上ではネイトがいつ顔を覗かせてもいいように、竜巻が追尾する。 複数あるものだから、一つに合わさった時、その大きさはすさまじいものになる。 ギャラドスの身体をいくつ合わせたら釣り合うのかと思わせるほどの大きさで、これでは迂闊に顔など出せない。 竜巻はドラゴンタイプの大技で、規模は大きいが、自身が竜巻に巻き込まれることはない。 その特性を利用しているからこそ、ギャラドスは強烈な風にさらされても平然としていられるのだ。 ネイトが顔を覗かせた瞬間、破壊光線でもぶっ放してやろう。 ミズキはその瞬間を今か今かと待ち侘びながら、水中に身を潜めているネイトを凝視した。 しかし、その瞬間は訪れなかった。 代わりに、アカツキの指示がフィールドに響く。 「今だ、ネイト!! アクアスクリュー!!」 「……?」 彼の指示に、ミズキが訝しげに眉根を寄せる。 聞いたことのない技だったからだ。 一体何をするつもりだ? ミズキは目を凝らしたが……水中でネイトが何をしているのかまでは見えなかった。 それがネイトに時間を与えることになり、ミズキにとっては致命傷を呼び込む結果となった。 ネイトは水中にいてもアカツキの指示をちゃんと聞き取っており、技を発動させていた。 「ブイっ……」 気合を入れ直し、尻尾に力を込める。 頭上では、ギャラドスが生み出した竜巻が荒れ狂っている。 この状態で顔など出そうものなら、すぐに巻き上げられ、大きなダメージを受けてしまうだろう。 だが、ネイトは水中から大技を繰り出した。 泳ぐ時とは比べ物にならないほど尻尾を激しく回転させ、水中で渦を作り出す。 渦の勢いはあっという間に大きくなり、ネイトは尻尾を動かす角度を変えながら、巨大化した渦をギャラドス目がけて発射!! 水中をスクリューのごとく突き進む渦は斜め下から突き上げ、膨大な水を巻き上げながらギャラドスの身体を打ち据える!! 「なっ……!!」 突如水面から突き出した激しい水流に、ミズキの表情が変わった。 聞いたことのない技とはいえ、まさかこんな攻撃ができるとは……どうやら、甘く見ていたようだ。 激しい水流は竜巻を内側から切り裂いて、ギャラドスを蹂躙する。 いかに竜巻が強くとも、内側からの圧力には脆いのだ。 アカツキがそこまで計算していたかは定かでないが、この大技が決まれば、ギャラドスに大きなダメージを与えられると確信はしていた。 アクアスクリューという、ネイトだけが使える水タイプの技だ。 ポケモンリーグが公式に認定した技ではないが、そんなものは我流技としてどこにでも存在している。 たとえば、ヒビキのメガニウムが使うニードルブレスなどはその最たるものだ。 ポケモンリーグが公式に認定した技ではなかったからこそ、ミズキも対応できなかった。 そういう意味では、彼女が得意とする土俵で戦いながらも、アカツキは見事に相手を出し抜いた。 激しい水流はギャラドスを一通り蹂躙した後、突然内側から割れて、フィールドに雨を降らせた。 「……やるわね」 ギャラドスが、身体を伸ばして佇んでいるのがやっとの状態だと分かるから、ミズキは息を呑んだ。 まさか、水中からこのような大がかりな攻撃を繰り出してくるとは思わなかった。 過小評価していたことを認めなければなるまい。 一方、ネイトは水中を泳ぎ回り、ギャラドスの直接攻撃を食らわない位置で浮上し、手近な足場に着地した。 「ネイトの方も疲れてるなあ……やっぱ、あの技は強力だからなあ……」 ギャラドスに負けないくらい、ネイトも疲弊していた。 肩で荒い息を繰り返しつつも、ギャラドスを睨みつけている。 相手に戦う力が残っていると分かるからこそ、疲れていても気張るのだ。 アカツキがネイトに指示した技はアクアスクリューといい、命名したのはアカツキである。 ゆえに、この技はネイトにしか使えない。 尻尾を超高速で回転させることによって渦を作り出し、その渦を自在に操って相手にぶつけて攻撃する大技だ。 ネイトがセントラルレイクで遊んでいる時に戯れで見せて、アカツキはこんなことができるのかと目を丸くしたほどだ。 しかし、だからこそポケモンバトルに取り入れようと素直に思えたのだが。 ポケモンに詳しいキサラギ博士にこの技のことで相談したところ、大事にしなさいと言われた。 オリジナルの技を持つポケモンなど珍しいのだから、とっておきの切り札に取っておくのがいいとアドバイスを受けた。 多量の水がある場所でなければ使えないという制約はあるが、威力はハイドロポンプすら上回る。 進化を控え、攻撃力が心もとないネイトにとっては、文字通りの切り札となる技なのだが、体力の消耗がとても激しいという欠点がある。 そう連発できる技ではないのだ。 これでギャラドスを倒せればいいのだが、倒せなかったらどうなるか…… ポケモンチェンジを認められているのだから、ここでネイトをボールに戻し、少しでも休んでもらうというのがベストなのかもしれないが。 ネイトとギャラドスの睨み合いが続く。 「もっかい使うのは無理だよな……」 もう一回使えれば確実にギャラドスを戦闘不能にできるだろう。 だが、相手の戦闘不能と引き換えに、ネイトも体力を使い果たしてしまう。 それが分かっている以上、アクアスクリューに頼ってばかりもいられない。 かといって、何もしないわけにもいかない。 どうにかしてギャラドスを倒す方法はないものかと思案していると、ミズキが動いた。 「ギャラドス、無理はしなくていいわ。戻りなさい」 モンスターボールを頭上に掲げると、捕獲光線を発射してギャラドスをボールに戻したではないか。 戦闘不能でもないのに戻すということは、ポケモンチェンジを認められていないジムリーダーにとっては戦闘不能を認めるのと同じことだ。 「戻しちゃうんだ……」 アカツキは自身のポケモンの戦闘不能を宣言したようなミズキの態度に驚きながらも、無理はさせられないから戻したという優しさも見て取れた。 ここでギャラドスが無理に戦い続けても、ネイトが倒せるわけではないと踏んだのかもしれない。 それでも、相手が一体のポケモンを戦闘不能にしたのはアカツキにとって大きなアドバンテージになる。 相手の最後のポケモンを見て、相性の有利なポケモンを選べるのだ。 「ギャラドス、お疲れさま」 ミズキはギャラドスが入ったモンスターボールを胸の高さに下ろすと、微笑みかけながら労いの言葉をかけた。 予期せぬ形で途中退場になり、さぞかし無念に違いない。 しかし、その無念を次のポケモンで晴らしてくれる。 ミズキは表情を引きしめると、モンスターボールを持ち替えた。 「なかなかやるわね。思っていたよりも強いじゃない、そのブイゼル。ネイトって言ったかしら」 「まあな♪ ネイトはオレの最高のパートナーなんだ。強いに決まってんじゃん」 彼女の言葉に、アカツキは鼻高々だった。 半分皮肉混じりの褒め言葉だが、そんなことは知ったことじゃない。 ネイトはアカツキにとって最高のパートナーである。 褒められてうれしくないはずがなかったが、すぐに表情を真剣なものに変えた。 まだバトルは終わっていない。 大きなアドバンテージを得たと言っても、ネイトもかなり疲れている。 下手をすると、相手にダメージを与えられないまま戦闘不能にされる恐れもある。 だから、油断はできない。 「でも、次のポケモンに勝てるかしら? 君がネイトを最高のパートナーと呼ぶように、わたしの最後のポケモンもね、わたしにとっては最高のパートナーよ」 ミズキは手に取ったモンスターボールに軽くキスをすると、フィールドに向かって投げ放った。 「出てきなさい、ラプラス!!」 「ラプラス!? ンなポケモン使うのかよ……!!」 ミズキが叫んだポケモンの名前に、アカツキは身体をぶるっ、と震わせた。 ラプラス……記憶に間違いなければ、一時期絶滅の危機にさらされていた、心優しい水ポケモンだ。 投げ込まれたボールは着水と同時に口を開き、ミズキの最大のパートナーをフィールドに送り出した。 「ク〜ン……!!」 どこか物悲しさを漂わせる甲高い声。 大きな嘶きを上げたのは、ライトブルーの身体と、背中の大きな殻が印象的なポケモン……ラプラスだった。 「うわ、実物初めて見た……」 アカツキは生まれて初めて見るラプラス(実物)に、思わず見惚れてしまった。 ギャラドスほどではないが、普通のポケモンよりも大きな身体をしており、ドラップよりも大きいかもしれない。 ラプラスは心優しいポケモンとして知られており、人を乗せて海を行くのが好きという報告もされているほどだ。 だが、その優しさが仇となった。 かつて、ラプラスの身体の一部が百薬の長として知られるようになると、乱獲が相次いだ。 人を乗せて海を行くのが好きという性格を利用され、乱獲の憂き目に遭い、あわや絶滅というところまで数を減らした。 今では乱獲などされることはないが、決して生息数が多いとは言えないポケモンなのだ。 そんなラプラスのタイプは水と氷。 アイシアジムが得意とするのは、ラプラスのタイプ……水と氷である。 「驚いたかしら……」 アカツキがラプラスに視線を釘付けにしているのを見て、ミズキは満足げに口の端を吊り上げた。 どこか気品を漂わせる佇まいは、海の貴婦人という別名を冠するに相応しい。 「でも、わたしのラプラスは優しいだけじゃない。 強いってことよ。さ、バトルを始めましょう!!」 ミズキは腕を広げると、中断していたバトルの再開を告げた。 To Be Continued...