シャイニング・ブレイブ 第10章 レイクタウンの感謝祭 -Give for the Thanks-(前編) Side 1 ――アカツキが故郷を旅立って30日目。 一行はアイシアタウンからノースロードを通り、レイクタウンへと入った。 ゲートをくぐると、別世界のような雰囲気に包まれた。 「あれ……?」 ふと足を止め、以前と少し違うような街並みに目を向けたのはミライだった。 「ん、どうしたんだ?」 彼女の声を聞きとめて、アカツキも足を止め、くるりと振り返った。 トウヤや、四天王のアズサ、カナタも同じように振り向いてくる。 「…………」 ちょっと気になることがあっただけなのに全員の注目を浴びるとは思いもせず、ミライは顔を赤らめた。 なんだか照れくさかったが、それだけでは終わらなかった。 「……えっ?」 ミライが腰に下げたモンスターボールが、一斉にカタカタと小刻みに揺れだし、ポケモンが勝手に外に飛び出してきたのだ。 「キキッ、キキッキ〜ッ!!」 一斉に飛び出してきたのは、アイシアタウンで仲間に加えたエイパムたち……総勢五体だった。 顔を赤らめているミライをじ〜っと見やり、何が楽しいのか含み笑いなど漏らしているではないか。 まるで、彼女をからかっているかのように。 「な、なによ!! なんでわたしのこと見るのよ!!」 アカツキたちに見られることより、エイパムたちの視線が気になるのか、ミライは顔を真っ赤にして声を上げた。 ――なぜって? アカツキたちはエイパムたちのように好奇の眼差しを向けているわけではなかったから。 幸か不幸か、エイパムたちはイタズラ心が強いせいか、ちょっとした仕草もそんな風に見えてしまう。 ミライの精一杯の恫喝(?)に怯むことなく、エイパムたちはなにやらひそひそと話を始めた。 耳打ちしたり、小さく笑ったり……言葉が通じないから、何を言っているか分からない。 分からないから、余計にイライラする。 端から見れば結構ほのぼのとした光景だったりするが、ミライにとっては一大事だった。 「も〜っ、言いたいことがあるんだったらハッキリ言ってよ!!」 無理な相談だと知りつつも、叫ばずにはいられない微妙な心理状態だったのだが、そんなミライの悪夢はすぐに終わった。 「ん?」 今度はアカツキの腰のモンスターボールが一個、音を立てて揺れ始めた。 「アリウスのヤツ、何するつもりなんだ?」 視線を下ろし、アリウスのモンスターボールだと認めた途端、ボールが口を開き、中からアリウスが飛び出してきた。 ボスの登場に、エイパムたちの談笑が止まる。自然と、視線がアリウスに注がれた。 「キキッ、キッキッキキ〜ッ!!」 「キキッ? キ〜ッ……」 心なしか、表情が沈んでいるように見えるのだが……気のせいか。 アリウスはミライをからかっているエイパムたちに注意をしただけである。 人間の言葉に訳すなら、こんなところだろうか。 ――オイ、おまえら。オレのトレーナーの仲間に何やってんだ。   いい加減止めろよ。怒らせると後が怖ぇぞ。 アリウスはエイパムたちのボス……というかリーダー的な存在である。 アカツキがアリウスを仲間に加えて、エイパムたちはどこへ行けばいいのかという話になり、 アカツキの説得に折れた形で、ミライが五体とも引き取ることにしたのだ。 だが、元からイタズラ好きで、アリウス共々アイシアタウンのリゾートタウンで悪さをしていただけあり、ミライのことをからかうのがタマにキズ。 「なるほど……」 エイパムたちがおとなしくなったのを見て、アカツキはアリウスが何をしたのか悟った。 ポケモンの気持ちを読み取ることに長けている少年である、これくらいのことは造作もない。 視線をミライに向けて、口を開く。 「もう大丈夫だ。エイパムたち、アリウスが結構きつく言ったから、反省してるみたいだし」 「そう……それならいいけど……」 エイパムの愛くるしい表情は、反省しているようには見えないのだが…… アカツキがそう言うのなら、間違いないのだろう。 どうでもいいことと割り切って、ミライはこの問題をここで終わりにした。 「でも……これ以上わたしをからかったりしたら、どうなるか分かってるわね?」 ただ、最後にこれだけは言っておきたい。 怒りを表情ににじませ、意味深な一言。 ミライが何を言いたいのか察したらしく、エイパムたちの表情が変わった。 これ以上怒らせたら……背筋の代わりに、長い尻尾が小刻みに震えている。 ミライはエイパムたちが尻尾を震わせているのを見て、これで大丈夫だと確信した。 アイシアタウンで仲間に加えてから今日までの六日間、ブリーダーとしてポケモンフーズを与えたり、 毛繕いをしたり、それなりに頑張ってきたつもりなのだ。 エイパムたちだって、ミライの気持ちは承知しているはず。仲がいいと思っているからこそ、他愛ないイタズラをするものなのだ。 エイパムたちが一斉に尻尾を震わせているのを見て、アカツキはその場にしゃがみ込むと、アリウスに言葉をかけた。 「アリウス、ありがとな。助かったよ」 「キキッ」 礼を言うと、アリウスは当然だと言わんばかりに胸を張った。 手下の管理は自分の務めと主張しているようだが、それはそれで微笑ましかった。 「じゃ、戻っててくれよ」 アカツキはアリウスをモンスターボールに戻し、ミライに向き直った。 「エイパム、あなたたちも戻っててね」 外に出していては余計なトラブルを巻き起こしかねないため、ミライはエイパムたちをモンスターボールに戻した。 ポケモンはその気になれば自力でボールから外に出ることができるのだが、飛び出さないところを見ると、とりあえずは大丈夫だろう。 「まったく……」 ホッと一息つきながら、ミライはぼやいた。 エイパムたちのイタズラ好きは困ったものだが、悪気があってやっているわけではないのだ。 それが分かっているから、そんなに強く言うことができない。 困ったものだが、しょうがない。エイパムたちはイタズラ好きだが、とても可愛くて素直なポケモンたちなのだ。 ブリーダーとして躾け甲斐があるというか、ミライは何気にエイパムたちをちゃんと育てていくことに使命感を抱いている。 ナンダカンダとあったみたいだが、とりあえず話が一段落したところで、トウヤがミライに訊ねた。 「どうしたん? あれ、なんか言うて」 事の発端は、ミライが突然足を止めて「あれ?」と一言発したことだ。 トウヤの問いに、ミライは小さく頷いて、 「うん。なんか、この前と雰囲気違うなあって……そう思って」 「ん〜、言われてみたら、確かにそうやな……」 雰囲気が違う。 確かにそれはそうだと、トウヤは同意した。 しかし…… 「そうなんですか? 私にはよく分かりませんけど……」 「そうだな〜。俺たち、あんまりこの街にじっくりと居ついたことないからな」 アズサとカナタは顔を見合わせ、首を傾げた。 ジムリーダーをも凌ぐ実力を持つ四天王とはいえ、やはり双子。髪の色や格好は異なっても、仕草はよく似ている。 ミライとトウヤが、この街の雰囲気が以前と違うと思ったのは気のせいではないが、 この街に居ついたことのないアズサとカナタには、何が違うのかサッパリ分からない。 アカツキはこの街の住人だから、別に変わったことでもないと思っていたが、 「ああ、そういうことか〜」 対照的な見解を示す二組を見て、思いついたように手を打った。 その音に、全員の視線が集中する。 何か知っているのか……? 言葉にせずとも、全員の視線が同じ言葉を投げかけている。 もちろん、アカツキは知っている。 「そういえば、ちょうど今の時期、感謝祭をやるんだよ」 「感謝祭? ……って、何の?」 住人でなければ知らないのも無理はない。 アカツキはそう思い、歩き出しながら感謝祭について説明した。 感謝祭というのは元々、とある外国で開拓者が初めて収穫を得て神に感謝したことを記念したのが始まりと言われている。 レイクタウンでは年に一度、感謝祭が催される。 町を挙げて、ラグラージというポケモンに感謝を捧げるお祭りだ。 かつて天変地異によって湖の水位が上昇し、町が壊滅しかかった時、 セントラルレイク(当時はそんな大層な名前はついていなかった)の畔に棲んでいたラグラージたちが一斉に泥の壁を土嚢のように積み上げて、 町を水没の危機から救ったという言い伝えがある。 そのため、レイクタウンではラグラージというポケモンは救世主であり、特別な存在なのだ。 セントラルレイク周辺の豊かな自然が守られているのも、ラグラージの生活を脅かしてはならないという、住人の敬意があってこそ。 ラグラージは穏やかなポケモンで、町の住人と良い付き合いをしている。 感謝祭ではラグラージたちに感謝の意を込めて食べ物を捧げるのが習わしとなっており、アカツキはそれに違和感を抱いたことはなかった。 ラグラージはカッコイイし、強いし、できればいつかは自分もラグラージのトレーナーになりたいとさえ思っているほどだ。 まあ、彼の個人的な興味はともかく、その他にも、ポケモンバトルの大会が行われる。 『あなたたちに守られなくても大丈夫なくらい強くなりました』という気持ちをラグラージに捧げるため、 街の南部にある小高い丘でポケモンバトルの大会を開くのだ。 激しく熱気に包まれたポケモンバトルによって、住人の強い想いをラグラージに捧げるのだ。 一通りアカツキが説明をし終えた頃には、町の中ほどにあるショッピングモールに入っていた。 この辺りまで来ると、感謝祭の会場の近くだけあって、熱気にすら似た雰囲気がムンムンと漂っている。 「そんなお祭りがあるんですか……楽しそうですね」 「ん〜、バトル大会か〜、出てみたいけど無理なんだよな〜」 「そりゃそうだよ。四天王が出たら大変なことになるじゃん」 感謝祭の内容が気になるらしく、アズサは瞳を輝かせているが、カナタはバトルにしか興味がないのか、ため息を漏らした。 アカツキが苦笑するのも無理はない。 ただでさえ強い四天王が出たら優勝するに決まっているし、こんなところに四天王がいるとなると、それだけで大騒ぎになる。 アカツキは右手にある高台に目を向けた。 篝火を焚く台が設けられ、ポケモンバトルのためのステージが整えられている。 ラグラージたちに捧げる食べ物を置く台もすでに設置されており、準備は着々と進んでいるようだ。 ショッピングモールには、感謝祭開催の張り紙が至るところに張り出されていた。 それだけ、レイクタウンの住人にとって感謝祭は重要なイベントなのだ。 開催は明日から。 ちょうどいい時期に戻ってきたものだ。 今日はポケモンセンターでゆっくりくつろいで、明日は感謝祭に参加しよう。 この町の住人でなくても、感謝祭に参加することはできる。 踊ったり食べたり歌ったりと、町中が大騒ぎ。 たまにはハメを外してジュンサーの世話になる者もいるが、それはあくまでも例外中の例外だ。 いろいろあったせいか、ずいぶんと久しぶりに戻ってきたような気がする。 もちろん気のせいだが、せっかく感謝祭の時期に戻ってこられたのだ。明日くらい、存分にはしゃいだって罰は当たるまい。 四天王がついているのだから、ソフィア団のエージェントもそう易々と手出しできないだろうし。 あれこれ考えていると、トウヤがアカツキに声をかけた。 「なあ、アカツキ。感謝祭のポケモンバトルのことなんやけど」 「ん? どうかした?」 「まあな。どうせやし、出てみよう思うて」 「ええっ!? トウヤが出るの!?」 ポケモンバトルの参加は原則自由で、住人でなくても参加できる。 優勝しても賞品がもらえるわけではないのだが、腕試しにはもってこいということで、毎回かなりの数のトレーナーが参加している。 アカツキはもちろん参加するつもりでいたのだが、まさかトウヤまで出るつもりでいるとは……これは予想外だった。 アカツキがあからさまに驚いているのを見て、トウヤは訝しげに眉根を寄せて、口を尖らせた。 「なんや、俺が出たらあかんのか?」 「いや、そうじゃないけど……強敵だなあ……」 「ふふん、当然やろ」 出場は自由なのだから、腕試しの意味も込めて出てみるのも悪くない。 アカツキにとってトウヤは、ポケモンバトルの基礎を教えてくれた、いわば先生である。 生徒が先生に勝つのはそう簡単なことではない。 トウヤはアカツキのポケモンを知り尽くしているし、トレーナーの考えもある程度は読めるだろう。 だが、その逆が難しいのだ。 アカツキはトウヤの実力のすべてを知っているわけではない。 手持ちが三体で、そのポケモンの大ざっぱな特徴しか知らない。 奥の手があったり、今まで見せなかった戦略があったり……これはかつてない強敵の出現だ。 「結構楽しそうだな。おまえらが真剣に火花散らすのも、見物だ」 豪快に笑いながら、カナタがアカツキとトウヤの肩をバンバン叩く。 いくら参加が自由だと言っても、四天王が出るのは反則だ。 自分が出られないのなら、一緒に旅をすることになった二人が戦うのを見るのも悪くない。 「でも、感謝祭のバトルは特別なんだよ。ルール、知らないだろ?」 「ルール? なんや、普通のと違うんか」 「うん。ちょっとね」 ラグラージに人間とポケモンの力強さを捧げるポケモンバトル。 そのルールは、普通のポケモンバトルと異なっている。 「二人一組で参加するんだ。 そういうの、確かマルチバトルって言ったっけ。 マルチバトルで戦って、優勝したペアのトレーナー同士が最後に戦う。それがルールなんだ」 「へえ……」 「これは面白そうですね。是非参加してください。 見識を広めるためにも、見ておくべきですね」 アカツキの説明に、女性陣が瞳を輝かせる。 変則的なルールで、トレーナーがどのようなバトルを見せてくれるのか…… 四天王という立場から、アズサは興味津々といった様子だし、ブリーダーのミライも気になっているようだ。 「ん……なんや、ややこしいルールやな……最後の最後には、敵同士になるっちゅーことか」 一方、トウヤは複雑な心中を表したように、表情をしかめた。 アカツキは以前からそのルールでバトルが行われてきたことを知っているから、別に何とも思っていない。 タッグを組んで戦っても、最後には戦うべき相手となる。 「そんなトコ」 「で、おまえは誰と組むんや? 俺と組むんか?」 「うーん、それまだ決めてないんだ。 明日になっても間に合うから、今日はゆっくり考えてみる」 「そうやな、そうしよか」 誰と組むかによっても、勝敗は分かれるのだろう。 順当に考えれば、トウヤと組むのがベストだ。 彼はアカツキのポケモンや、彼の戦い方のクセまで理解している。 最後まで勝ち抜けばトウヤと戦うことになるが、それを考慮しなければ、心強いパートナーとなるだろう。 ただ、彼にばかり頼るわけにもいかない。 アカツキは一晩、じっくりと考えることにした。 「…………」 少しずつ自立しようとしているアカツキの気持ちを汲んで、トウヤはそれ以上何も言わなかった。 本当は自分と組んでほしいところだが、両者の合意があってパートナーとなるのだ。 「ホントは俺とアズサが組んで出たかったんだけどなあ……」 カナタは未だに感謝祭のバトルに未練があるようだった。 四天王ゆえ、カナタだけでも十分すぎるほどの腕を披露できるのだが、 双子のシンパシーを最大限に発揮したマルチバトルこそ、カナタとアズサが得意としている分野だ。 だが、四天王が出ては厄介なことになりかねない。 あらゆるバトルのイベントに参加しない……という誓約をさせられているので、どちらにしても出られない。 こういう時は、出られない自分の分まで頑張ってもらいたいと思うのがいい。 「ま、いいや。それより、おまえ、この町の出なんだろ?」 「うん、そうだけど。どうかした?」 いつまでもバトルに執着していても仕方がないと、カナタが強引に話題を変えると、アカツキはきょとんとした顔を向けてきた。 カナタはニッコリと笑みを浮かべ、 「おまえの家にでも厄介になるか。ポケモンセンターばっかってのも味気ねえからなあ」 「ああ、それはいいですね。賛成です」 タイミングをピタリと合わせ、アズサが感嘆の声と共に手を叩く。 阿吽の呼吸というか、ここのところはさすが双子と思わせる。 しかし、アカツキはそう切り出されるのを予想していたように、さっと斬り返した。 「あー、それパス。オレ、当分は帰らないって決めてんだ。 また機会があったら、その時はみんなまとめて招待するからさ。今は勘弁してよ」 「えーっ、なんだよそれー。おまえの母ちゃんの手料理でも満喫しようと思ったのに」 「だから、いつか機会があったら。 その時は母さんにちゃんと言うからさ。腕によりをかけて料理作ってくれって」 以前トウヤにも同じことを言われたので、対処法は身につけているようだった。 取り付く島もないと言わんばかりに突き返され、カナタはガッカリしたように深々とため息をついた。 だが、アカツキはウソをつくつもりなどこれっぽっちもなかった。 いつか機会があったら、今まで世話になった人たちを招待してパーティでもやりたいと思っている。 世話になっておいて、自分は相手にどれだけ恩を返せたのだろう? そう思うと、いつかはちゃんとした形で恩返しをしたい。 「だけど、今はまだ帰れないんだよな〜」 せめて、リーグバッジをすべて集めるまでは帰らない。 変に意地を張っているように見えるかもしれないが、これもアカツキなりのケジメだった。 確かに生まれ育った家というのは居心地が良くて、傷ついて帰ってきても優しく包んでくれる人がいる場所だ。 どこよりも安全で、安心していられる。 だが、安住の地に甘えてばかりもいられない。 今は四天王が護衛してくれているとはいえ、ソフィア団のエージェントに付け狙われているのだ。 のこのこ家に帰れば、家族の面が割れて、人質にさえ取られかねない。家族を危険にさらすわけにはいかないのだ。 そこのところはバカ正直に言わなかったが、みんななら分かってくれる。 「俺と同じこと考えとったんか、この四天王は……」 カナタがガッカリしているのを見て、トウヤは胸中で愚痴った。 今まで見てきた中では、付き合いやすい大人だと思っていたが、よもや自分と同じことを考えていたとは。 大の大人とは思えないような仕草を見せつけられて、自分が彼と同レベルであることを痛感する。 もちろん、痛感したからと言ってうれしくなるはずもないが。 「まあ、いずれは機会があるんでしょうから、その時を楽しみに待てばいいのよ。 カナタ、そんなにガッカリしなくても……」 アズサがカナタを慰める。 その割には何が楽しいのか笑顔で、堅物というイメージが吹き飛んでいくようだ。 いつかはアカツキの母親の手料理を堪能してやろうという下心が丸見えだったが、アカツキは気にしていなかった。 そうこうしているうちにショッピングモールを横断し、ポケモンセンターにたどり着いた。 ショッピングに目がない女性陣があれこれ言い出すこともなく、思いのほか順調だった。 誰も口には出さなかったが、感謝祭のことであれこれ考えていたからだろう。 かくいうアカツキも、トウヤと組むかどうか思案をめぐらせながら、ポケモンセンターの自動ドアをくぐる。 「どうせなら、頼れる人と組みたいな」 兄アラタとまでは言わないが、少なくとも自分と同レベルか、それ以上の相手と組みたいところ。 そう都合のいい相手がいるかどうかなど、まったく眼中になかった。 相変わらず小奇麗なポケモンセンターのロビーに足を踏み入れ、アカツキはふと足を止めた。 カウンターの傍で、キョウコとカイトがなにやら言い合っているのが目に入ったからだ。 「あ、キョウコ姉ちゃんとカイトだ。どうしたんだろ?」 「なんや、珍しい取り合わせやな」 アカツキが疑問符を浮かべると、トウヤが即座に同意してきた。 「どうしたのかしら、こんなところで……」 「なんだ、知り合いか?」 「うん、まあね」 アカツキは肩越しにカナタとアズサを見やり、キョウコとカイトのことを話した。 キョウコはアカツキの兄アラタのライバルで、自分にもちょくちょく手出しをしてくる。 カイトは同い年の幼なじみで、ポケモンバトルでは最大のライバル。 二人ともアカツキとは近い立場の人物ゆえ、カナタたちの理解も早かった。 一通り理解してもらって、アカツキは手を振りながらキョウコたちの元へ駆け寄った。 「お〜い!!」 ロビーに朗々と響き渡るような大きな声に気付いてか、二人が話をやめて顔を向けてきた。 「おっ!!」 「あら……」 懐かしい顔を見つけて、二人とも表情を綻ばせた。 「アカツキじゃん。戻ってたんだ〜」 「そういうカイトこそ戻ってたのかよ。で、キョウコ姉ちゃんと何話してたんだ?」 挨拶もそこそこに、アカツキはカイトたちの話に割って入った。 二人とも気を悪くする様子もなく、混ぜてくれた。 「感謝祭のことよ。 あたし、今年も出ようと思ってるんだけどさ〜、誰と組もうかと思ってね」 「そっか……やっぱキョウコ姉ちゃんも出るんだ」 「当たり前でしょ。去年はあと一歩、ってトコでアラタのヤツにやられちゃったんだもん。 今年は名誉挽回、汚名返上!! ……ってなワケで優勝目指してるのよ。誰と組むかって、結構重要なんだよね〜」 どうやら、キョウコとカイトは感謝祭のポケモンバトルで組もうとしていたらしい。 彼女は去年、アラタと組んでマルチバトルで優勝した。 しかし、最後の戦い……ペアを組んだパートナー同士の戦いでアラタに負けてしまったのだ。 その時のキョウコの表情は忘れられない。 悔しげに唸ったり叫んだりしながら地団駄を踏み、とても少女とは思えない表情だったからだ。 それだけ悔しくて、この敗北をバネに上を目指そうとしていることが分かった。 そして今年、彼女は雪辱を晴らすために燃えている。 物腰こそ穏やかだが、彼女の瞳の奥には、炎のような闘志が渦巻いているのが見える。 「キョウコ姉ちゃんも出るのか〜、なんかマジでヤバイなあ……」 普通に戦ったのでは彼女に勝てないと分かっているから、アカツキは焦りを覚え始めていた。 キャリアの差は、生半可な努力や付け焼刃の技術では埋められない。 どうしたらいいものかと思っていると、カイトがキョウコを横目で見やりながら言ってきた。 「それでさ、オレはキョウコさんと組もうかと思ってたりするんだよ。 キョウコさんもオレと組みたがってるみたいだし」 「兄ちゃんと組めばいいじゃん。どうせ雪辱晴らすんだったら、最後に兄ちゃんを倒した方がいいんじゃないの?」 キョウコがカイトに白羽の矢を立てていたのは意外だった。 アラタと組んで、最後の最後でギャフンと言わせるとばかり思っていたのだが…… もっとも、それはアカツキだけでなく、カイトも同じことを考えていた。 「なんや、面白そうな話しとるな。俺も混ぜてや」 「あら、トウヤも出るの?」 「おう、もちろんや」 「楽しみねえ、うふふふ……」 感謝祭の話ということで、トウヤも混ざってきた。 アカツキとトウヤも誰と組もうかと考えていたのだ。渡りに舟とばかりに飛びついてきたのだろう。 「でもさあ、アラタのヤツ、ウィンジムのジムリーダーに呼び出されて、昨日ウィンシティに向かって旅立っちゃったのよ。 おかげで感謝祭に出られないって言うから、リベンジも果たせなくて大迷惑なのよ」 キョウコは口を尖らせ、つまらなそうに言った。 「ああ、なるほど……」 道理で、カイトと組もうと考えていたはずだ。 アラタと組めないのなら、別のトレーナーと組めばいい。 だが、彼女はこう見えても意外と面食い(?)だから、相手の戦力などを見定めた上で相手を選別している。 カイトをパートナーに選ぶのは間違いじゃないと、アカツキは心の中で思った。 ポケモンの知識はかなり豊富だし、キョウコが前面に出て戦っても、カイトならちゃんと援護もできるだろう。 目のつけどころはいいのだろうが、カイトはどうにも乗り気ではなかったらしい。 「キョウコさんと組むのも悪くないけど、最後の最後に伸されるのって嫌だからさ。 そう言ったんだけど、キョウコさん、オレと組むんだって詰め寄ってきて……」 「そうなんだ……」 「おまえも大変やな」 「も〜、人聞きの悪いこと言わないでよ〜!! それじゃあ、あたしが変な女みたいに聴こえるじゃない!!」 アカツキとトウヤがカイトに同情などするものだから、キョウコは居たたまれなくなって大声で叫んだ。 ロビー中にけたたましく響く彼女の声に、くつろいでいた他のトレーナーたちの視線が集まる。 「う……」 さすがに周囲の視線は針のように突き刺さるらしく、キョウコは気まずい表情で目を泳がせた。 彼女の勢いが衰えた隙を逃すまいと、カイトがアカツキに言った。 「なあアカツキ。どうせならオレと組まないか? おまえとだったらいいコンビになると思うんだ。なあ、オレと組もうぜ〜」 手など取って、左右にブラブラ揺らしながら誘いをかける。 「んー、どうしようかなあ……」 「なあ、頼むよ〜。このままじゃ、オレ、キョウコさんと組まされちまう」 「んー……」 アカツキは意地悪などしているつもりはないのだが、渋っている様子がカイトにはそう見えたのだろう。 何気に切実な表情など向けてきて、切迫感など漂わせている。 キョウコと組まされた日には、最後の最後でけちょんけちょんに伸されてしまうのだ。 もっとも、それはマルチバトルで優勝した場合の話だが、キョウコの実力なら十分にそれを狙える。 だからこそ、カイトはなんとしてもアカツキと組もうと画策しているのだ。 そんな親友の打算は露知らず、アカツキは誰と組むべきか考えていた。 トウヤと組むのが一番だろうが、彼にばかり頼るわけにもいかない。ただでさえ面倒を見てもらっているという負い目があるのだ。 「なるほどなあ。俺もアカツキも感謝祭のバトルに出よう思うとるんやけど、誰と組もうか考えとったんや。 とりあえず俺たちは四人や。二人ずつこの場で組むんがベストや思うんやけど」 「それもそうね……」 意外と早く立ち直ったキョウコが、トウヤの提案を真っ先に受け入れた。 感謝祭には総勢五十人ものトレーナーが出場するのだ。 どうでもいいやり取りで時間を無駄にして、パートナーとの打ち合わせを怠っては優勝など狙えない。 ここは私情を捨て、合理的に考えた上でパートナーを選ぶのがベストだ。 そういう意味では、トウヤの提案はキョウコにとって有意義極まりないものだった。 四人の視線が交錯する。 誰と組むべきか……表面上は穏やかに見えても、腹の中ではあれこれと探り合っているのが見て取れた。 「ふ〜ん、戦いはもう始まってるってことだな」 「そうみたいね」 「…………」 カナタの言葉に、アズサが小さく頷く。 ミライはじっと彼らを見つめているだけだった。 話の邪魔になってはいけないと思い、少し離れた椅子に腰を落ち着けて耳を傾けていたのだが…… キョウコとカイトは、ミライやカナタ、アズサの存在に気づいていない。 感謝祭のパートナー選びが最優先で、それどころではないということか。 四人は互いに視線を向け合い、相手の胸中を探ろうとしている。 誰を選べば有利になるか…… もちろん、バトルを楽しむことが一番なのだが、同郷の相手がいるとなると、そうも行かなくなる。 アカツキとカイトが互いにライバル視しているのはもちろんだが、キョウコもアカツキとカイトをライバルと見定めているのだ。 唯一フリーな立場にいるのがトウヤだが、彼はレイクタウン組よりもさらに慎重に考えを働かせていた。 どうせ戦うのであれば勝利を収めたい。 腕試しという名目ではあるが、それでもポケモンバトルは常に全力投球がモットーだ。 相手が誰であろうと手を抜くつもりはないし、そもそもこの面々では手を抜くことなどできまい。 かれこれ三十分ほど無言で視線をめぐらせ、相手を見定める。 「んじゃ、そろそろ決めようぜ」 静かな戦いに終止符を打ったのはアカツキだった。 いい加減、ダンマリを決め込むのに飽きたのだろう。 そろそろパートナーを決めて、明日の打ち合わせでもした方がいい。 他の三人も同じことを考えていたようで、揃って頷いた。 「ほな、誰がええか、相手を指差して決めようやないか。 一組でも成立しとったら、そこで決定や。 誰となっても恨みっこなし。ええな?」 「いいわよ」 「お、おう……」 トウヤの提案もすぐに受け入れられる。 「じゃ、せーの……」 アカツキの声を合図に、それぞれがパートナーにしたいと思う相手を指差す。 アカツキとキョウコは互いに人差し指を突きつけていたので、この時点で決定だった。 「うふふふ、これでいいわ……」 「オレも」 二人はあっさりとパートナーになった。 ちなみに、トウヤはキョウコを、カイトはアカツキを指で指し示していたのだが、一組が決まった時点で、もう一組も決まる。 自分から提案した以上、トウヤはカイトと組むしかなかった。 不本意ではあるが、カイトの実力は分かっているから、不安に思うことはない。 「じゃ、トウヤさんがオレのパートナーってことで」 「おう、よろしゅう頼むな」 「任せといてよ」 アカツキとキョウコがすっかり意気投合しているのと同じように、トウヤとカイトも歩調を合わせていた。 感謝祭前の第一ラウンドは、パートナーとなる相手が決まったことで幕を閉じた。 Side 2 その晩、アカツキはポケモンセンター地下の学習室で、キョウコと感謝祭のバトルの打ち合わせをしていた。 夜の学習室は人もまばらで、秘密の打ち合わせをするにはもってこいの場所だった。 この町の出身である二人はそのことをよく心得ているらしく、すぐこの場所に決めたくらいだ。 「あんたが前面に出て戦いなさい。あたしがサポートしたげるから」 「キョウコ姉ちゃんがガンガンやればいいじゃん。兄ちゃんと組んでた時はそうしてたんだから」 「あんたとアラタを一緒にするわけにはいかないでしょーが。ちょっとくらい考えなさいよ」 「む〜……」 キョウコが口を尖らせると、アカツキは不満げに表情をゆがめながら唸った。 兄と比べられるような実力しかないのは承知しているが、だからといって何の不満もないわけではなかった。 アラタは今頃ウィンシティに滞在しているとかで、戻ってくるのは三、四日後のことになる。 それでも感謝祭のバトルの模様はテレビで放映されるから、アカツキとキョウコが組んで戦う姿を見ることになるだろう。 その時彼がどう思うのか……知る術がないのが残念だった。 キョウコはアカツキが不満げに頬を膨らませているのを見て、ちょっと言いすぎたと思った。 純粋に比べるつもりはなかったが、どうもそう受け取られたらしい。 誤解されたままではチームワークも発揮できないと思い、すぐに訂正した。 「悪い。言い過ぎたわ。 でも、あんたにはあんたの戦い方があるのよ。あたしはあんたがどういう戦い方をするのか分かんない。 だから、あたしがサポートするって言ってんの。 少しバトルを見て、あたしも攻撃できそうだと思ったら前面に出るし、役割を逆にした方がいいと思ったらそうするつもりよ」 「そっか……」 キョウコに悪意がなかったことを悟り、アカツキは肩をすくめ、表情を和らげた。 「あんた、アイシアジムをクリアしたみたいだから、それなりに実力も上がったんでしょ」 「まあ、それなりにね」 リーグバッジを二つゲットした実力は伊達ではない。 少しは自信のようなものがあったので、アカツキは悪い気はしていなかった。 アカツキは気づいていなかったが、表情が少し緩んでいる。 キョウコはそれを見て、安心した。 カイトをパートナーに選ばなくて正解だった……と言えば語弊があるが、彼よりもパートナーには向いていると思った。 「だったら、その勢いをぶつけるくらいガンガンやっちゃいなさい。 あたしのポケモンだって、サポートできるのはいるんだから」 「そうなんだ……キョウコ姉ちゃんのポケモンって攻撃ばっかりすると思ってたからさ。 意外だなあ」 「そうでもしなきゃ、アラタのヤツには勝てないわよ。 下手な小細工なんかしたってあいつには通じないし……」 キョウコはアラタとのバトルを振り返り、肩をすくめた。 一進一退という表現が似合う、今までの誰よりも白熱し、手に汗握る好カードだ。 実際、去年のバトルは接戦だった。 激しい技の応酬に隠された、緻密なタクティクス。 アカツキはもちろんアラタに勝ってもらいたいと思いつつ、ハラハラドキドキしながら観戦していたが、 いつ終わるとも知れない激しい戦いを制したのはアラタだった。 下手な小細工は一切なく、真っ向からぶつかり合うガチンコファイト。 その中に戦略が隠されていたのだから、これはもうすごいの一言に尽きた。 あれだけ激しい戦いを繰り広げたからこそ、負けたのがとても悔しいのだろう。 キョウコは、今年こそは頂点に立つと言わんばかりの熱気を全身から放出していた。 興奮しきっているのが傍目にも分かるから、これで今晩眠れなくならなきゃいいけど……アカツキは人知れずそんな心配を抱いた。 とはいえ、彼女のポケモンは強い。 どのポケモンもよく育てられているが、ギャロップのアニーは別格だ。 キョウコの性格を投影したようなポケモンで、烈火のごとき激しい攻撃は相手が水タイプや岩タイプであろうと関係ないほど。 彼女と組めれば、決勝までは確実に勝ち進めるだろう。 ただ、問題があるとしたら…… 「まあ、アラタのことはど〜でもいいのよ。問題はトウヤとカイトよ」 「だよね〜」 今度はアカツキが肩をすくめる番だった。 他の出場者は知らないが、アカツキとキョウコにとって強敵と呼べるのはトウヤとカイトだ。 アカツキもキョウコも、カイトの実力は知っている。 キョウコからすれば格が下の相手ではあるが、侮れない。 その上、トウヤは得体の知れないところがあるのだ。 不気味だし、アカツキの話を聞く限り並大抵のトレーナーでは手も足も出ないだけの実力の持ち主らしい。 ただ、相手のポケモンは面が割れているので(それについてはこちらも同じことが言えるが)、対策はある程度立てやすい。 他の出場者など眼中になく、優勝を阻む最大の難敵はあの二人。 というわけで、アカツキとキョウコは彼らに抗する対策を話し合うことにした。 相手も同じことを考えているに違いないが、それについてはどれだけ裏を読めるか、というところにかかっている。 「トウヤのポケモンは、ガーディにパルシェンにブラッキー。 他にゲットしてなければそれだけなんだけど……」 「なるほど、バランスとしてはなかなかね」 「でも、パルシェンのニルドと、ブラッキーのルナはとても強いんだ。 ルナなんて、ハガネールに電光石火で大きなダメージを与えたことがあるくらいだし……」 「強敵ね……」 アカツキの言葉に、キョウコはごくりと唾を飲み下した。 フォレスタウンでソフィア団のエージェントの襲撃を受けた際、トウヤのルナは相手のハガネールにガツンと一撃を食らわせたのだ。 鋼タイプには効果が薄いと言われるノーマルタイプの電光石火で。 相性によるダメージ軽減が働くとはいえ、そこはやはりルナが育て上げられたポケモンだから、という理由で片がつく。 ただでさえトウヤは常に全力を出すことなく、偶然を装って鋭い攻撃を仕掛けてくるのだ。 どこにどんな作戦が張り巡らされているのかも分からない。 ポケモンの実力のみならず、得体の知れなさもトウヤが強敵だと見なされる理由だった。 一方、カイトに関してもアカツキはこれ以上ない強敵だと思っている。 「カイトのポケモンはレックス、ゼレイド、クロー、それからグレイス……」 キョウコが眉間にシワなど寄せながらカイトのポケモンの名前を読み上げていく。 ……と、アカツキは聞きなれない名前に訊ね返した。 「グレイス? 誰、それ?」 「あー、あんたは知らないんだっけ。あれからあんたが旅立ったように、あいつもリーグバッジを求めて旅に出たんだよ。 戻ってきたのは昨日のことなんだけどさ、久しぶりにマミーの研究所訪ねてきたから、ついでにポケモンを見せてもらったの。 なかなかよく育てられててね……感謝祭でバトることになったら大変だと思ったモンよ」 「へえ……」 キョウコがそこまで言うからには、カイトも侮れない相手だろう。 トウヤとタッグを組んだカイトがどんな作戦を立ててくるのか……攻略法を探すのも一苦労だ。 「で、グレイスってのは、イーブイの進化形の一種、グレイシアのことなのよ」 「グレイシア……? 聞いたことないし。 ……っていうか、イーブイの進化形にそんなポケモンいたっけ?」 キョウコの言葉に、アカツキは要領を得なかった。 というのも、彼の知識によると、イーブイの進化形は五種類のはずなのだ。 炎タイプのブースター。 水タイプのシャワーズ。 電気タイプのサンダース。 エスパータイプのエーフィ。 悪タイプのブラッキー。 一般的に知られているのもこの五種類なので、キョウコの言葉は信じがたいものだったのだが、事実だった。 「なんか、最近になって発見された亜種なんだって話よ。 あたしだって、マミーから話聞くまで知らなかったくらいだからね」 「へえ……」 イーブイの進化形に新しい種類が発見された。 それだけで、アカツキはワクワクしていた。 どんな姿をして、どんなタイプを宿しているのだろう。 どんな戦いができるのか……これはもう、絶対に戦ってみたい!! トウヤとカイトのタッグが強敵であるということすら吹っ飛ばすほど、アカツキは燃えていた。 陽気な少年がいつになく燃えているのを見て、キョウコはニコッと微笑んだ。 この分なら、前面に出ての攻撃を任せても良さそうだ。 トレーナーとしてどれほど成長したのか、見極める。 ネイゼルカップで戦うことになったら、カイト同様、侮れない相手になるだろう。 今のうちに下見をしておけば、対策も立てやすい。 キョウコはすでにネイゼルカップに照準を合わせて物事を考えているが、あいにくとアカツキはそこまで考えていなかった。 ただ感謝祭のポケモンバトルに出て頑張りたいというだけだった。 もっとも、そんなところがアカツキの長所だったりするのだから、文句は言うまい。 「グレイシアは氷タイプよ。あんたのリータやラシールじゃ分が悪いわね」 「だったらドラップで行く。炎の牙とかアイアンテールとか使えるし」 「そうね。それがいいわね」 ドラップはたくさんのタイプの技を使いこなすテクニシャンだ。 素早さは低いが、そこのところはキョウコが上手く立ち回ればいくらでも補える。 「トウヤのポケモンは強いけど、ガストはあんまり打たれ強くないし、ニルドは素早さ遅いし、 ルナだってキョウコ姉ちゃんのアニーが一緒なら怖くない!!」 「煽てたって何も出ないわよ」 「やっぱり、一番気をつけるのはルナだ。 サイコキネシスまで使えるんだから、ルナを出してきたら、さっさと倒しちゃわないと」 「うーん、そうよねぇ……」 カイトのポケモンも強敵だが、トウヤのルナはそれに輪をかけた強敵。 全体的に高い能力の持ち主で、攻撃的ではないと言われているブラッキーの常識を打ち破るような強さを持つ。 カイトのポケモンの攻撃を食らうことになってでも、ルナを優先的に倒さなければならない。 トウヤと共に旅をしていたアカツキだからこそ、ルナの強さもよく知っているのだ。 確かな経験に裏打ちされた言葉は、キョウコの胸を打った。 当面の敵は、トウヤとカイト。 彼らに勝って優勝の栄誉を手にするには、まずは互いのポケモンを知ることだ。 「とりあえず、あんたのポケモンを見せなさい。 あたしのポケモンも見せてあげるから。 互いに使うポケモンが分からないと、作戦の立てようもないでしょ」 「うん、そうだな。じゃ、ロビーに行こう!!」 キョウコの提案を疑うことなく、アカツキは席を立つと、学習室を飛び出していった。 ジェット機がすぐ脇を通り過ぎたような勢いに、キョウコは目を丸くしていたが、 「まったく……ま、これであたしがネイゼルカップで優位に立てるわね……」 口の端を吊り上げる。 すでに、ネイゼルカップの前哨戦は始まっているのだ。 アカツキがそれに気づいている様子はなかったが、それこそ好都合。 「んふふ、悪く思わないことね、ジャリガキ。 最後に勝つのはこのあたし、キョウコ様よ」 小さく笑い、キョウコは席を立った。 自分のポケモンも見せることになるが、他人には見せたことのない戦略をいくつも隠し持っているのだ。 単に見せたからといって、いきなり不利になるようなことはない。 実力だって確かなのだから、並大抵の小細工など正面から突き破って相手ごと倒してしまえばいい。 人知れず打算を働かせながら、キョウコは学習室を後にした。 一方、ポケモンセンターの屋上では、トウヤとカイトが作戦会議を開いていた。 考えていることはアカツキとキョウコの二人と大差なかったが、こちらは思いのほか建設的な議論が白熱していた。 最初に互いのポケモンを見せ合い、使える技や得意な戦法を確認した。 カイトからしてみれば、トウヤはネイゼルカップで戦うことなどない相手だし、自分のポケモンを披露しても問題なかった。 それに、トウヤは得体の知れないところは確かにあるものの、話をしてみると案外付き合いやすい。 いくらアカツキと共に旅をしていると言っても、自分の手持ちのポケモンを彼にバラすようなこともないだろう。 トウヤのポケモンは、ブラッキーのルナ、パルシェンのニルド、ガーディのガストの三体。 対するカイトは、リザードのレックス、ロズレイドのゼレイド、ヌマクローのクロー、そしてグレイシアのグレイスだ。 各地を旅して、それなりに博識だという自信があったトウヤだが、カイトのグレイスを見て驚いた。 最近になって発見されたと言う、イーブイの新しい進化形。 グレイシアは氷タイプの持ち主で、見た目は透き通るような水色の毛並みを持つ美しいポケモンだ。 カイトがキサラギ博士から聞いたところによると、グレイシアのほかにも、リーフィアという別の進化形も発見されたらしい。 リーフィアは草タイプのポケモンとのことだが、それ以上のことは分からない。 グレイスはトレードでゲットしたポケモンで、グレイスの元トレーナーは北方のシンオウ地方からやってきたらしい。 カイトが別にゲットしていたポケモンに目をつけて、トレードを申し込まれた。 カイトはトレードの相手として相応しいと見ると、すぐに応じた。意外と計算高いというか、ドライな性格の持ち主らしい。 イーブイの進化形だけあって、グレイスはなかなか強かった。カイトのチームにもすぐに溶け込めたし、期待の新戦力といったところだ。 「なるほどな……これならええやろ」 互いの得意とする戦法を交換し合い、新しい作戦を立てる。 「強敵はアカツキとキョウコさんのペアだからなあ。他の人はどうだっていいんだけど」 「同感や」 カイトがため息混じりに漏らした言葉に、トウヤが満足げに口の端を吊り上げながら首肯する。 分かっているじゃないか……と言いたげだったが、トウヤとしてもパートナーにカイトを選んで良かったと思っている。 アカツキと似たり寄ったりかと思ったが、こっちの方がちゃんと物事を考えているし、何気に冷静だ。 アカツキみたいに勢いで突っ走ったりしにくいだけ、パートナーとしては安定していると言えるだろう。 そんなトウヤも、アカツキとキョウコが目の上のたんこぶだと感じているのだ。 アカツキの実力は今まで共に旅をしてきてそれなりに分かっているつもりだし、キョウコは自分に匹敵するだけの強さを持っている。 他にどんなトレーナーが出場してくるかは分からないが、当面の強敵はアカツキとキョウコのペアだ。 相手も同じことを考えていると知っていながらも、だからこそ早急に対策を立てなければならない。 キョウコのポケモンはカイトに訊けば分かるとして、問題は…… ふと、トウヤはアカツキのポケモンのことを思い返して口を開いた。 「そうや、アカツキのヤツ、新しいポケモンをゲットしおった」 「五体になったってこと?」 「そういうこっちゃ」 驚くカイトに頷きかけ、続ける。 「アイシアタウンで悪さしとったポケモンをゲットしたんや。 エテボースっちゅうポケモン、知っとるか?」 「? 知らないけど」 「エイパムの進化形や。なんや、珍しいポケモンみたいやで」 「そうなんだ……アカツキがそんなポケモンをゲットしてたんだ。しかも、エイパムの進化形って……想像もつかない」 カイトは惚けたような表情を見せたが、トウヤの突き刺さる視線を受けて、すぐさま頭を振った。 エイパムは知っているが、エイパムに進化形があったことなど知らなかった。 カイトはアカツキよりもポケモンのことに詳しいが、そんな彼でさえ知らないのだから、エテボースはネイゼル地方ではかなり珍しいポケモンなのだ。 愛くるしくもあるエイパムが進化したら、どんな姿になるのか…… 人知れずそんな空想を働かせているカイトに、トウヤが言う。 何を考えるのも自由だが、対策だけは立てておけと言わんばかりだ。 「エテボースはノーマルタイプや。 せやから、格闘タイプの技が効果抜群。まあ、防御はあんま高くないみたいやから、強力な攻撃を畳みかければ倒せるやろ」 「そうなんだ……」 「せやけど、なかなか侮れへんからな。出してきおったら、真っ先に倒すんやで。 俺も、あいつのことはよう分かっとらへん。 他のポケモンのことはだいだい分かっとるから、ええねんけど」 「うん、やってみる」 トウヤの言葉に、カイトは真剣な面持ちで頷いた。 アカツキのポケモンは五体。 感謝祭のポケモンバトルのルールは、それぞれが一体ずつのポケモンを持ち寄って、二対二で戦うマルチバトル。 確率で言えば、アカツキがアリウスを出す確率は五分の一だが、 キョウコがどういうオーダーを組んでいるかによって変わってくるから、正直確率論はアテにできない。 とはいえ、警戒はしておくべきだろう。 「こんなことになるんやったら、ジム戦観に行っとけばよかったな……」 アイシアジムで、もしかしたらアカツキはアリウスを出していたかもしれない。 そう思うと、無性に悔やまれてくる。 もっとも、今さらどうにもならないことだが、それでも後悔してしまうほど、アリウスの実力が気になるのだ。 アカツキとバトルした時は全力を出し切っていないような印象を受けた。 「エテボースかぁ…… ネイトたちのことは分かってるから、気をつけるのはそのポケモンだけってことだよね」 「ん。そういうこっちゃ」 カイトは物分りのいい少年だった。 何度目になるかは分からないが、彼とペアを組んで良かったと思う。 もしキョウコとペアを組むことになっていたら……想像するだけで嫌になる。 始終彼女のペースに巻き込まれ、イライライライライライライライラさせられていただろう。 まあ、そこはアカツキが自分から進んで生贄(?)になってくれたから、感謝すべきところだが。 カイトは擦り寄ってきたグレイシア――グレイスの頭をそっと撫でて微笑みかけた。 新しく仲間に加わったばかりだが、とても頭がよく、カイトに懐いている。 昔から一緒だったかのような気持ちになるが、穏やかな性格で仲間からの信頼も篤い。 「ほお……」 カイトとグレイスが仲睦まじくしているのを見て、トウヤは眉を動かした。 出会ってそれほど日にちが経っていないと聞いたが、その割にはずいぶん懐いているではないか。 トレードしたポケモンはトレーナーに懐きにくいとさえ言われているのだが、グレイスに限ってはそういうこともなさそうだ。 氷タイプで強力な技を扱うところからしても、安心して背中を預けられるだろう。 「明日はどう転ぶか……分からへんけど、なんや面白そうやないか」 トウヤは微笑んだ。 アカツキは言うに及ばず、キョウコは彼に輪をかけた強敵だが、カイトとペアを組んで戦えば、勝てないことはない。 自分もカイトも、アカツキがやりそうなことは大体把握しているのだ。 しかし、バトルは最後まで行方が分からないもの。 どう転ぶかも分からない。 予測など推測に過ぎないのだし、そんなことはするだけ無駄。 思い描くのは、カイトのポケモンとのコンビネーションが織り成す攻撃。 「アカツキ、おまえのホントの実力、キッチリ見せてもらうで?」 明日に向かって弾む気持ちを覚えつつ、トウヤは胸に手を当てて、夜空を見上げた。 気の早い月は、早くも中天にかかろうとしていた。 To Be Continued...