シャイニング・ブレイブ 第10章 レイクタウンの感謝祭 -Give for the Thanks-(中編) Side 3 ――アカツキが故郷を旅立って31日目。 その日、レイクタウンは朝から賑わっていた。 普段の穏やかな街並みは一変、感謝祭当日の賑わいは、他の祭りとは比べ物にならない熱気を街中にもたらす。 闘争心を高めるような音楽が鳴り響き、通りを行く人たちの表情は煽られたかのように明るいものだった。 彼らが向かっているのは、セントラルレイクに面した南方の高台に設けられた特設ステージ。 すでにステージの周囲を幾重の人垣が取り囲んでいる。 感謝祭は一日かけて行われるのだが、堅苦しい儀式はそこそこに、住人や観光客の関心はポケモンバトルに移っていた。 セントラルレイクの畔に棲むラグラージたちを招き、かつてこの町を救ってくれたことに対する感謝を捧げる『謝清の儀』は終わった。 肉や魚、果実といった新鮮な食糧を山積みにした台は、ラグラージたちが豪快に平らげてくれたおかげでカラッポ。すぐに撤去された。 その代わり、高台の周囲には屋台が並び、バトルを観戦する住人や観光客相手に商売に勤しんでいる。 今か今かと待ち侘びる観客たちが、視線をステージに注ぐ。 極限まで強化された金属で覆われたステージでバトルが行われるのだが、それは周囲の環境に影響を及ぼさないようにとの配慮。 このステージに最後まで立ち続け、覇者となるのは誰か……? そんなことはどうでもよく、観客はバトルを純粋に楽しみたいだけだった。 今か今かと待ち侘びること三十分。 脇からステージに上がった司会が高らかに開始を告げる。 「お待たせいたしました。これより、ポケモンバトル大会を行います!! 皆様、盛大な拍手を!!」 司会の言葉にボルテージが一気に高まり、割れんばかりの歓声と拍手が鳴り響く。 むしろこの声の方が環境破壊のような気もしなくはないが、セントラルレイクに戻ったラグラージたちはそれほど気にしていなかった。 ああ、いつものことか……と、慣れた様子で彼らの営みを送っていた。 人間は人間、ポケモンはポケモン。 同じ場所に住んではいても、営みは別たれている。 それでもポケモンバトルの熱気はラグラージたちに伝わっているのだ。 人間が自分たちに守られなくても大丈夫…… ラグラージたちにはラグラージたちの生活があるのだから、自分たちのことはあまり気にかけなくてもいいというメッセージはちゃんと届いている。 だから、気にしないでいられる。 いつも通りの営みを続けることができる。 言葉にしなくても通じる思いを抱きながら、司会者は歓声と拍手をバックコーラスに言葉を続けた。 「ルールは前年と同様、ペアを組んだトレーナーがそれぞれ一体ずつのポケモンを持ち寄るマルチバトル!! 二体とも戦闘不能になったペアの負けとなり、決勝で勝利したペアがパートナーと戦い、今年の覇者が決定します!! それでは、早速バトルを開始しましょう!! 第一回戦は、レイクタウンの期待の新星がペアを組みました……アカツキ&キョウコペア!!」 言葉が終わるが早いか、司会がステージの東側を指し示す。 席についていたアカツキとキョウコが真剣な面持ちで立ち上がり、ステージに進んだ。 二人がスポットについたことを確認してから、司会が反対側を指し示す。 「対するは、この組み合わせは吉と出るか凶と出るか……カイト&トウヤペア!!」 『なにーっ!!』 司会の宣言に声をハモらせたのは、アカツキとキョウコ、カイト、トウヤの四人だった。 まさか一回戦からぶつかることになろうとは、予想もしていなかったのだ。 ガタンと椅子を蹴って立ち上がり、カイトとトウヤは表情を引きつらせた。 彼らの視線は、ステージで同じような表情を見せているアカツキとキョウコに注がれている。 同じように、アカツキたちも視線を返す。 決勝近くになってぶつかり合うとばかり思っていたが、とんでもない。 いきなり大番狂わせではないか。 確かに確率上は、いきなり当たる可能性はゼロではないのだが…… アカツキたちは知らなかったが、主催者がこんなことを考えていたのだ。 「アカツキとカイトを戦わせてみたら面白いんじゃないか」 参加する当人にとっては傍迷惑な話だったが、どういうわけかその提案が通ってしまい、いきなり戦うハメになった。 もちろん、そんなことは口が裂けても言えないのだが。 「うう……まさかいきなり戦うことになるなんて……」 アカツキはステージの反対側に立ったカイトとトウヤを見やり、小さく唸った。 いくらなんでも出来すぎだとは思ったが、文句を言ったところで始まらないことも分かっている。 心の準備なんてできているはずもない。 いつかは戦うことになるだろうと思っていたが、いきなりなんて…… だが、アカツキはすぐにケリをつけた。 「でも、負けるわけにゃいかない!! トウヤとカイトだもん!!」 相手が誰であろうと、戦う以上は勝利をつかみたい。 やる気の炎を燃やし、気持ちを奮い立たせる。 そんな少年に触発されたように、キョウコもいつもの調子を取り戻していた。 「さあ、勝つわよ!!」 「おうっ!!」 キョウコの気勢に、アカツキが大声で応じる。 対戦者がいつになくやる気になっているのを見て、カイトとトウヤもいきなりの対戦に対する驚きを吹き飛ばした。 「まあ、ちゃっちゃと片付けて次行くで」 「もちろんだよ。せっかくトレーナーとして旅立てたんだから、一度くらいは頂点に立ってみたいものさ」 バトルを前にしているとは思えない言葉が飛び出すが、彼らもやる気を滾らせていた。 真剣な表情で対峙する。 見えない火花がすでに飛び散り、波乱の予感を巻き起こす。 「誰を出してくるんだ……?」 アカツキは他愛ない笑みを浮かべているトウヤとカイトを睨みながら、考えをめぐらせていた。 公平を期すために、バトルの直前に出すポケモンをあらかじめエントリーしておくのだが、 相性が有利になるか、不利になるか……それは蓋を開けてみなければ分からない。 だからこそ公平性に期待できる、というのが主催者側の主張らしいが、本当かどうか疑わしいところだ。 もっとも、そんなことを論じてみたところで、エントリーしたのだから後の祭り。 どんな相手が出ようと、勝たなければならないことに変わりはない。 バトルに臨む四人が互いに睨み合っているのを見て、準備が整ったと判断したのだろう。 司会がポケモンを出すように促す。 司会は審判も務めており、ポケモンバトルに詳しい審判だからこそ司会進行から実況まで手広くやってのけるのだ。 「アリウス、出番だっ!!」 「アニー、行くわよっ!!」 アカツキとキョウコが声高らかにモンスターボールを投げ入れると、 「ルナ、行くで〜っ!!」 「グレイス、出番だっ!!」 トウヤとカイトも負けじとモンスターボールをフィールドに投げ入れる。 ……と。 「げっ、相性最悪じゃん!!」 モンスターボールからポケモンが競うように飛び出すのを見て、カイトが早速悲鳴を上げた。 アカツキのポケモンはエテボースのアリウス。 何気に一番警戒されているポケモンだが、それはキョウコのアニーも似たようなものだった。 アニーはキョウコの最初のパートナーであり、手持ちでは最強のポケモンだ。 対するトウヤはルナ。並外れた攻撃力を持つブラッキー。 最後に、カイトは新入りのグレイス。炎タイプのアニーとは相性が最悪である。 アリウスがルナの相手をしている間に、アニーが速攻で倒しに来る可能性もある……そう考えると、かなり厳しい戦いを強いられることになる。 四体のポケモンがフィールドに出揃ったのを見て、キョウコは小声でアカツキに話しかけた。 「作戦変更ね」 「うん。そうだな」 同じことを考えていたらしく、アカツキは間を置かずに頷いた。 「じゃ、あんたはルナの相手してちょうだい。その間に、あたしがグレイスを叩きつぶすわ」 「了解♪」 アニーの攻撃力の高さを以ってすれば、グレイスを倒すのは苦にならないだろう。 とはいえ、ルナがサポートに入ると難易度がグッと引き上げられてしまう。 アリウスでルナの気を引いておく必要がある。 「こりゃアカンな。あいつら、アニーでグレイス叩く作戦立てとる」 「う……それは分かるけど」 「こーなったら、グレイスはひたすら逃げ回るしかあらへん。なるべく、相手の誤爆を誘うんや」 「そんな簡単に言わないでよ〜。アニーから逃げられたら苦労しないって」 トウヤはアカツキとキョウコが小声で話しているのを見て、アニーでグレイスを倒そうとしているのを察した。 カイトは悲鳴を上げたい状況だったが、それでもトウヤの言うとおりにしなければならないことくらいは承知している。 相性に有利・不利が出てしまえば、相手が作戦を変えてくることも分かっているのだ。 そうなれば、グレイスを倒されないようにしなければならない。 攻撃を避けつつ、相手の誤爆を誘う……結局、アニーとの相性の悪さを克服するには、そうするしかない。 「へえ、あれがグレイシアなんだ……」 トウヤとカイトがなにやら小声で話し合っているのを横目に、アカツキはカイトのグレイス……グレイシアをじっと見つめていた。 透き通るような鮮やかなスカイブルーの身体で、額には飾りのような触角を生やしている。 昨日調べたところによると、グレイシアは氷を操る力を持ち、大気中の水分を凍らせることで氷のトゲを作り出し、身を守ることができるそうだ。 直接攻撃をするのは危険だが、アニーの火力を以ってすれば、触れることなく撃破できる。 それよりも、まずは…… 「ルナを押さえないと……」 相変わらず素っ気ない表情のルナを見やる。 ポケモンはトレーナーに似るという格言がある通り、ルナはトウヤのように飄々としているのだ。 どこにどんな隠しダマを持っているか分かったものではない。 やるからには、アリウスの能力を最大限に引き出した上でキッチリ押さえなければならない。 昨日はアカツキが前面に出て、キョウコが後方支援を行うという作戦を立てていたが、いきなり瓦解。 無計画とは言うなかれ。 臨機応変に、柔軟に対応できなければポケモンバトルは勝ち抜けないものなのだ。 必要とあらば、作戦など丸ごとぶっ壊して再構築することもある。それだけのこと。 トレーナーとポケモンがやる気をぶつけ合っているのを見て、司会が朗々と宣言した。 「それでは、バトルスタート!!」 戦いの火蓋が切って落とされると、すぐさまトレーナーの指示が飛んだ。 「アニー、一気に突っ切ってグレイスを倒しなさい!! 火炎放射!!」 「ルナ、妖しい光や!!」 まずは、グレイスを倒そうとアニーに指示を出すキョウコ。そうはさせまいと、トウヤがルナに指示を出す。 アニーが駆け出すのと同時に、ルナがグレイスの前に躍り出て、瞳を妖しく輝かせる。 周囲にフラッシュを焚いたような輝きが満ちて、妖しい光が発動する。 相手を混乱させる技で、目を閉じるか、光が届かない場所に行かない限りは防ぎようがない。 無論、グレイス目がけて駆け出しているアニーが技を防げるはずもなく、混乱に陥ってしまった。 フラフラとフィールドを走り回り、迂闊に動けばぶつかりそうだ。 「ちっ、やるわね……」 キョウコは我を失ってフィールドを闊歩しているアニーを見やり、舌打ちした。 ルナが妨害してくるとは思っていたが、まさか妖しい光で来るとは…… だが、これならまだアカツキがしっかりしていれば…… チラリとパートナーの少年に視線を向けると、それを合図にするように、アカツキが指示を出す。 「アリウス、高速移動からスピードスター!! まとめて攻撃だっ!!」 アニーの移動ルートが特定できないのは痛いが、ここで何もしなければ、アリウスまで妖しい光で混乱させられてしまう。 そうなると、じっくり料理されるのがオチだ。 アカツキの指示を受けて、アリウスがアニーにぶつからないよう気を遣いながら高速移動でフィールドの中央まで駆けて、ジャンプ。 二本の尻尾を顔の前で交差させ、広範囲にスピードスターを発射した。 これを無視するわけにもいかず、トウヤとカイトが指示を出す。 「ルナ、電光石火で回避や!!」 「グレイスも電光石火!!」 やはり、回避してきた。 威力がそれほど高くないとはいえ、食らえば痛い。 ルナとグレイスは左右に散り、電光石火でスピードスターを避わした。 本来は避わすのが難しいとされている技だが、電工石火や神速といった技を使えば避けることも可能となる。 しかし、二人はただ避けるだけでなく、電光石火を次の技のつなぎとして利用してきた。 アリウスが着地すると同時に、グレイスが迫る。 「よし……」 アニーが混乱したままではやりづらい。 まずは、相手にダメージを与えるよりもアニーの混乱状態を解くのが先決だ。 アカツキはフラフラとフィールドを駆け回っているアニーの位置を大まかに割り出した。 しかし、カイトが先手を打ってきた。 アニーが混乱しているうちに攻撃しようと言う腹だ。 「グレイス、アイスバーン!!」 アリウスの眼前に迫ったグレイスが、角のような触角をフィールドに叩きつけると、周囲の地面が瞬時に凍りついた。 「なっ……!!」 半径三メートルの範囲が一瞬にして凍りつくのを見て、アカツキは驚愕した。 こんな技があるのかと思ってしまったが、一瞬の油断がケガにつながる。 「さらにアイステール!!」 驚くアカツキの隙を突いて、グレイスが氷の力をまとった尻尾をアリウスに叩きつける!! ……が、アリウスは間一髪のところで避わす。 足元の氷が邪魔してまともに避わせないと思っていたのだが、逆に、動きにくさという副作用が過分に作用したのだ。 アイステールは氷タイプの技で、氷の力をまとった尻尾を相手に叩きつけて攻撃する。 グレイスのように、大気中の水分を自在に凍らせる力を持つポケモンだからこそ可能な攻撃だ。 「なにっ!!」 アイスバーンにアイステール。 相手の動きを封じつつ攻撃する必殺コンボが回避され、今度はカイトが驚く番だった。 「今だアリウス!! アイアンテールでグレイスを吹っ飛ばせ!! アニーにぶつけるんだ!!」 「なんですってぇ!?」 とっさに出したアカツキの指示に、カイトのみならずキョウコまでもが驚いた。 「なるほどな……それやったら」 唯一冷静だったのはトウヤだ。 アカツキが何をしようとしているのか、瞬時に理解した。 とはいえ、今からでは間に合いそうにない。 だとすると…… 「キキッ、キ〜ッ!!」 アリウスは不安定な体勢のグレイスに、鋼鉄の硬度を得た尻尾を二本まとめて叩きつけた!! 氷タイプのグレイスに、鋼タイプのアイアンテールは効果抜群だ。 しかも、二本まとめたことで威力が倍増し、グレイスは多大なダメージを受けてしまった。 アニーにぶつけるようにと、ずいぶんと具体的な指示を出されたが、アリウスはそれを容易くこなした。 攻撃の打点を微妙にずらすことで、バッターに打たれたボールのごとく、アニー目がけて一直線に吹っ飛ぶグレイス。 空中では受け身も取れず、かといって軌道をずらすこともできない。 「ルナ、月光波!!」 と、そこでトウヤがルナに指示を出す。 アカツキはアリウスのアイアンテールでグレイスをアニーにぶつけることしか考えていなかったので、ノーマークだった。 ルナは足腰に力を込めて跳躍すると、全身から神々しい光を放った!! 「な、なんだあれ!?」 聞いたこともない技の名前とエフェクトに、アカツキは驚いた。 ルナが放った光はフィールドに降り注ぎ、弾けて消えた。 傍目には何事もなかったように見えるが、光が直撃すれば相手に大きなダメージを与える攻撃だ。 月光波はトウヤの奥義で、滅多なことでは出さない。 言い換えれば、出さざるを得ないような状況になったということだ。 強烈な光を放って広範囲を攻撃する悪タイプの技だが、攻撃後は一定時間、反動で攻撃力が著しく低下するというリスクを負う。 もっとも、トウヤはそれを計算した上で使わせたのだ。 光は広範囲に無差別に降り注ぐため、どこへ避ければ安全ということはない。 そこのところはアリウスも雰囲気で察しているらしく、グレイスを吹っ飛ばした地点から一歩も動かなかった。 アニー目がけて飛んでいくグレイスだったが、幸い(アカツキにとっては不幸でもあったが)にも光に巻き込まれることはなかった。 ごっ!! ボールのように飛んできたグレイスが激突し、アニーは大きく仰け反った。 足腰の強さには定評のあるギャロップである。そう簡単には転んだりしない。 しかし、予想外のところから加えられた衝撃が、アニーの正気を取り戻させた。 「ヒヒーッ!!」 アニーは目の前に倒すべき相手がやってきたことを察すると、よろよろと立ち上がったグレイスを睨み付けた。 「よしっ、フレアドライブで決まりよっ!!」 アニーが正気を取り戻したと悟ったキョウコが、早速指示を出す。 今なら、ルナが直接妨害しに来ることはない。グレイスを倒す絶好の機会だ。 キョウコの指示を受けたアニーが、鬣の炎を激しく燃え上がらせ、グレイス目がけて突進しようとした矢先だった。 しゅこーんっ!! 頭上から飛来したルナの光が、アニーを打ち据える!! 「んがーっ!!」 アニーの悲鳴は光がフィールドに叩きつけられた音でかき消され、代わりにキョウコの怒りの声のような悲鳴が上がる。 せっかく追い討ちをかけるチャンスだったというのに、棒に振るハメになろうとは…… だが、キョウコが仕損じても、アカツキは逃さなかった。 ルナが着地するまでは月光波以外での攻撃手段がないことを察し、アニーから逃れようと動くグレイスを視界に捉える。 「アリウス、グレイスにダブルアタック!!」 ルナが合流するまでにグレイスを倒す。 そうしなければ、最初の状態に戻ってしまうだけ。 アカツキの並々ならぬ意気込みを肌で感じてか、アリウスがグレイス目がけて駆け出した。 何も言われなくても高速移動を使って、予想外のスピードでグレイスに迫る。 「ちっ……!!」 アニーを止めても、アリウスを止めなければ意味がない。 ルナの月光波がアリウスにも当たれば良かったのだが、ガンガン光を降らせまくったせいか、打ち止めだった。 これではアリウスの勢いを止められない。 「こ〜なったら……」 カイトは決意と共に拳を握りしめた。 「グレイス、吹雪!!」 並大抵の技では止められないなら、大技で勝負。 カイトの指示を受け、グレイスはその場に立ち止まり、口から猛吹雪を吐き出した!! フィールド全体を攻撃範囲とする吹雪ゆえ、避けることは難しい。 アリウスは吹き付けてくる氷点下の強風を受けて一瞬怯んだものの、身体を震わせつつもグレイスに迫る。 多少のダメージは与えられただろうが、これでは倒すには程遠い。 少しでも怯めばと思ったが、期待するだけ虚しかったらしい。 「キキッキ〜ッ!!」 アリウスはこれでも食らえと言わんばかりに声を上げると、渾身の力を込めて二本の尻尾で次々にグレイスに攻撃を仕掛けた。 互い違いに攻撃を食らわせるダブルアタック。 グレイスは吹雪を取り止め、回避に移るしかなかった。 おかげでアリウスは大きなダメージを受けることがなかったが、冷たい風を受けて体温が下がれば、動きが鈍る。 グレイスは互い違いに左右から繰り出されるダブルアタックを回避していたが、徐々に後退を余儀なくされる。 「あっちは大丈夫そうね……問題は……」 月光波による攻撃をまともに食らったとはいえ、アニーは大きなダメージを受けていない。 ルナがゆっくりと降りてくるのを見て、キョウコは作戦を組み立てた。 グレイスはアカツキに任せておけば大丈夫だろう。 一対一に持ち込めば、アニーなら力押しでルナを倒せる。 そう踏んで、キョウコはアニーに指示を出した。 「アニー、フレアドライブでルナを攻撃するのよ!! 押して押して押しまくるのよ!! 徹底的に叩きなさいっ!!」 「…………!!」 グレイスが圧されているのを見て、トウヤは小さく舌打ちした。 一対一に持ち込まれれば、グレイスの応援をすることはできない。アニーの相手で精一杯だ。 とりあえず、アリウスはカイトに任せるしかない。 指示を受けたアニーが鬣の炎を激しく燃え上がらせ、ルナ目がけて突進した!! フレアドライブは炎タイプの大技で、激しい炎と共に相手に突撃して大ダメージを与える。 あまりに激しい攻撃ゆえ、繰り出したポケモンも反動でダメージを受けてしまうが、バックファイアなど気にしていては、ルナには対抗できない。 反動ダメージは痛いが、アニーなら何発か繰り出しても十分に耐えられる……耐えてくれるという判断があった。 ルナが着地すると思われる場所に向かって、アニーが自慢の脚力で迫る。 一方、アリウスはダブルアタックで攻撃し続けるうちに、吹雪によって下がった体温が戻ったらしく、グレイスに次々と攻撃を命中させている。 グレイスは反撃に転じようとするが、アリウスの波状攻撃の前に、その糸口をつかめずにいた。 「よし、このままなら……」 攻撃を命中させ続けることができれば、いつかは倒せる。 見たところ、グレイスは体力的に優れているポケモンではなさそうだ。 アイアンテール、ダブルアタックと、強力な攻撃を受けて、グレイスはかなり疲れている様子。 ダブルアタックが避けられないのも、ダメージが重なったことで足元が覚束なくなったからだろう。 アカツキは猛攻を続けるアリウスからカイトに視線を移した。 このまま終わるとも思えないのだが、果たして……? 「…………カイトのヤツ、まだあきらめてないな。何かしてくるかも……」 カイトは表情こそ強張らせてグレイスを見つめていたが、その目には闘志が色濃く浮き出ていた。 ギリギリまで勝負は分からない。 最後に一花咲かすべく……一矢報いるべく何か大きなことをしてくる。 アカツキには、そんな風に思えてならなかった。 伊達に親友などやってはいない。相手が何か考えているであろうことはすぐに読み取れた。 何を考えているのかは分からないが、どちらにしても、攻撃の手を緩めてはならない。それだけは確かだった。 アリウスの猛攻に、やがてグレイスががくりと膝を突いた。 攻撃の重みに耐え切れず、足腰が砕けてしまったのだろう。 だが、それがカイトに最後の指示を出させるキッカケになった。 「グレイス!!」 カイトは声を張り上げ、 「必殺のノーザンレイド!!」 「……!?」 何をしてくる? アカツキはグレイスを睨みつける目を細めた。 何かしてくるとは思っていたが、聞きなれない技の名前。 最後の大勝負に打って出たのは間違いなさそうだ。 その効果は……? 倒れたグレイスの身体から、淡いブルーの光が粒子となって周囲に渦巻いた。 「氷タイプの技か……!? アリウス、逃げるんだ!!」 見た目こそ光の粒子だけだが、これは何かある。 直感し、アカツキはアリウスに回避を指示したが、間に合わなかった。 光の粒子は瞬く間に巨大な氷と化し、瞬時に周囲を分厚い氷に閉ざした!! アリウスはもちろん、倒れたグレイス共々、周囲が分厚い氷に覆われる。 「な、なんだあれ……? どーなってんだ?」 倒れたグレイスはもちろんのこと、ダブルアタックを放った体勢のまま、アリウスまで固まっている。 氷の中にいるのだから、当然のことなのだが……アカツキはあまりの驚きに声も出なかった。 直後、氷に無数の亀裂が走り、轟音を立てて氷が砕け散る!! 分厚い氷がフィールドに欠片を盛大に撒き散らした跡には、倒れたアリウスとグレイスだけが残った。 「エテボース、グレイシア、共に戦闘不能!!」 すかさず司会が駆け寄り、アリウスとグレイスの戦闘不能を宣言する。 フィールドの周囲に、どよめきが上がる。 傍目から見れば相討ちだろうし、確かにそれはその通りだった。 しかし、どこか腑に落ちない…… 「今の技、なんかヤバそうだったな……」 後でカイトに聞いてみるか。 アリウスが戦闘不能になってしまった以上、今の自分にできることは何もない。 「キョウコ姉ちゃん、ごめん。後は任せるよ」 キョウコに小さく詫びて、アカツキはアリウスをモンスターボールに戻した。 グレイスを道連れに……逆に道連れにされたようではあったが、相手を倒せたのは大きい。 少なくとも、アリウスだけが戦闘不能になったわけではないのだ。 一対二という最悪な状況にならなかっただけでも儲けものだ。 アリウスとグレイス……アカツキとカイトのバトルは決着がついたが、アニーとルナの攻防はいよいよ激しさを増していた。 アニーの渾身のフレアドライブが、着地寸前のルナに直撃し、大きなダメージを与えた。 どちらかというと丈夫な部類に入るルナ(ブラッキー)だが、フレアドライブのダメージは決して小さなものではない。 「ルナ、影分身や!!」 いきなり戦闘不能にされることはなかったが、何発も食らえばそうならないとも限らない。 トウヤはルナに回避率を上げるよう指示を出したが、キョウコにはお見通しだった。 一撃のダメージがかなり大きいと見れば、無理に攻撃には打ってこないだろうという読みが当たった。 「甘いわよっ、嗅ぎ分ける!!」 ルナはアニーから一定の距離を保った状態で影分身を発動したが、アニーは動じることなく、鼻を鳴らした。 影分身は無数の分身を生み出すことで回避率を上昇させる技。 対する『嗅ぎ分ける』は、相手のにおいから本体を割り出し、影分身の効果を無効にする。 影分身はあくまでも目に見える分身を作り出すだけであり、分身には実体がなく、衝撃を受ければすぐに消えてしまう。 無味無臭の存在ゆえ、においを発するのは本体のみ。 嗅ぎ分けることにより、目には分身がいくつ映ろうとも、その中から本体を割り出すことができるのだ。 アニーは周囲をぐるりとルナの分身が取り囲んでいても、まったく動じていなかった。 ――この程度の小細工、あたしには効かないわ!! ……とでも言いたげだ。 「くぅ……さすがにこの姐ちゃんは楽に勝たせてくれへんなあ……」 影分身で撹乱してやろうと思っていたが、揚げ足を取られた。 トウヤは悔しげに歯軋りしつつも、頭の中で策をめぐらせていた。 幸い、グレイスがアリウスを巻き添えにして戦闘不能になったので、アニーとの一騎打ちに心置きなく集中できる。 もちろん、アリウスだけが戦闘不能になってくれればそれが一番だったのだが、すでに結果が出ている以上、望んだところで無意味だ。 「影分身には頼れへんな……となると、フレアドライブ全開で来るからなあ」 アニーの最大の武器は、自慢の炎技。 フレアドライブは、威力だけなら火炎放射をも上回る。 反動によるダメージなど、よほどのことがない限り、キョウコなら気にしないだろう。 素早さに定評のあるギャロップに、同じ素早さで対抗するのは無謀。 となると…… 「耐久力でガチンコ勝負ってトコやな。よし、それしかあらへん」 トウヤが策を思いついたところで、キョウコが声高らかにアニーに突撃を指示した。 「アニー、フレアドライブで狙い撃ちよ!!」 アニーは後ろ脚で地面を軽く蹴ると、斜め右のルナ目がけて突進を開始した。 アニーの嗅覚が見抜いた本体……それが、今目の前にいるルナだ。 トウヤにはルナの本体の見分けはつかなかったが、アニーの感覚に狂いがないのは明らか。 「ルナ、リフレクターで受け止めるんや!!」 無理に回避することはしないほうが良い。 どうせダメージを受けるなら、どうにかして少なくした方がいいし、アニーだって反動でダメージを受けるのだ。 自軍の被害を最小限に食い止めつつ、敵軍に甚大なダメージを与えるにはどうすればいいか。 それが勝利の鍵になると、トウヤは踏んでいた。 アニーが見抜いたとおり、ルナは彼女の正面に立っていた。 正体が見破られたからには、分身など何の意味もない。 ルナはトウヤの指示を受けて、前面にオレンジの壁を作り出した。 物理攻撃の威力を軽減する壁に、炎を猛々しく燃やしたアニーが突撃!! 音もなくリフレクターは砕け散り、残った威力でアニーがルナに渾身の体当たりを食らわす。 威力が落ちた分、ルナは吹き飛ばされずに済んだ。精一杯の力で踏ん張り、アニーの勢いを受け止めたのだ。 「よし、嫌な音や!! ガンガンやれ〜っ!!」 渾身の一撃を受けても踏ん張られるとは思わなかったので、アニーは驚きの視線をルナに向けたが、ルナにはその一瞬で十分だった。 ルナは耳を激しく震わせると、フィールドどころか、周囲にまで黒板を爪でゆっくり引っ掻いたような不快な音を響かせた。 「んきゃーっ!!」 「うわーっ!!」 これにはトウヤとルナ以外の全員が悲鳴を上げた。 こういう音は、何度聞かされても慣れないものらしい。 アニーは嫌な音によってさらに怯んでしまった。 度胸があると言っても、トレーナーの動揺が伝わっている状態では素直に戦うことはできないのだ。 「今は反撃できへん。とにかく時間を稼ぐことが大事なんや」 トウヤは、月光波によって下がったルナの攻撃力を取り戻すまでの時間を稼いでいた。 元の攻撃力に戻れば、その時はフレアドライブなどものともせずに反撃することができる。 中途半端な状態でサイコキネシスを発動させたとしても、アニーならその呪縛を強引に打ち破って攻撃してくるだろう。 相手が強敵であることは承知の上。 これでも、詰めを誤らぬよう、慎重にやっている方なのだ。 嫌な音も程々に、ルナは足元の砂をアニーに蹴りつけた。 目に砂が入り、アニーがひどくうろたえる。 嫌な音が余韻を残しながら棚引いていく中、キョウコはアニーが砂かけを受けたのを見て、檄を飛ばした。 「アニー、うろたえないで!! 『嗅ぎ分ける』でルナの位置は分かるはずよ!! フレアドライブ!!」 「おっと、リフレクター!!」 アニーは砂が涙によって流れ落ちるのを待たずして、ルナにフレアドライブをお見舞いする。 しかし、ルナはリフレクターで勢いを殺し、ダメージを最低限に抑えた。 距離がなかったため、思ったほどのインパクトを生み出せなかった。 「だったら火炎放射よ!! ゼロ距離でも構うモンですか!!」 物理攻撃がダメならと、キョウコはすぐさま技の属性を切り替えてきた。 彼女の意に応じ、アニーが強烈な炎を吹きかける!! 「……!!」 そこまではさすがに読みきれず、トウヤは対応が遅れた。 何らかの指示を出してくるものと思っていたルナはその場を動かず、火炎放射をまともに食らってしまった。 「アカン……このままやったらマジでヤバイわ……」 キョウコが強いということは聞いていたが、予想以上だ。 アカツキと共に旅をしていた間も、彼女は気を抜くことなく特訓を続けてきたのだ。 やむを得なかったとはいえ、月光波を使ってしまったのが大きかったのだろうか……? 今さら後悔しても何にもならない。 アリウスを道連れにしてくれたグレイスに報いるためにも、なんとしても最善を尽くさねばならない。 「ルナ、しっぺ返しや!!」 防戦一方では無理。 攻撃力が低下している状態とはいえ、リフレクターでフレアドライブを凌げなくなった以上は、攻撃に打って出るしかなかった。 ルナはトウヤの指示を受けて炎から飛び出すと、お返しと言わんばかりに尻尾でアニーに攻撃した。 しっぺ返しは悪タイプの技で、相手の技を受けた直後に発動すると、威力が高くなるという効果を秘めている。 攻撃力が下がっている状態では、普段(威力の低い状態)ほどの威力も出せないだろうが、ノーダメージというわけでもあるまい。 アニーは突然の攻撃に蹈鞴を踏んだものの、すぐに反撃に転じてきた。 「アニー、フレアドライブ!!」 攻撃した直後ならリフレクターを使うだけの余裕はない。 キョウコの読みは見事に当たった。 アニーのフレアドライブが、三度ルナを襲う!! ここまで来ると反撃ダメージもバカにならないが、それでもアニーは気にすることなくフレアドライブを使っている。 勝利につながる攻撃だと、トレーナーを信頼しているからだろう。 ルナはフレアドライブを受けて跳ね飛ばされると、ゆっくりと立ち上がろうとするが、足元は覚束ない。 度重なるアニーの攻撃で、大きなダメージを受けてしまっているのだ。 「…………」 トウヤは黙って、ルナが立ち上がるのを見ていたが…… 「……無理すんなや、ルナ。もうええ」 月光波の影響で下がってしまった攻撃力が取り戻せない状態で、これほどのダメージを受けてしまっている。 とてもではないが、勝ち目は薄い。 最後まであきらめたくないところだが、トウヤはアカツキやカイトとは違って、ドライな感情を持ち合わせていた。 「ルナ、戻れ」 戦闘不能を宣言される前に、ルナをモンスターボールに戻してしまったのだ。 これにはキョウコもアカツキもカイトも呆然としていたが、トウヤは構うことなく、ルナのボールを見やりながら、彼女に労いの言葉をかけた。 「ルナ、おおきに。よう頑張ってくれたな。ゆっくり休むんやで?」 これ以上戦わせたところで、ルナの傷が増えるだけだ。 余計な痛みを与えないうちに戻すのも、トレーナーの判断として重要なところなのだ。 もちろん、一体しかポケモンを使えない状態で、戦闘不能を宣言される前にポケモンをボールに戻す行為は、戦闘不能と同等の扱いとなる。 それが分からぬトウヤではない。 「…………」 司会は一瞬、呆然としていた。 まさか、感謝祭のバトルで自分からポケモンをボールに戻すトレーナーがいるとは思わなかったからだ。 しかし、ルールを理解して参加している以上、規律としてきちんと守らなければならない。 司会は右手でアカツキたちを指し示すと、呆然としていたことを忘れるように、朗々と声を張り上げた。 「ブラッキー、戦闘不能!! よって、勝者はアカツキ&キョウコペア!!」 勝者を高らかに宣言したことで、クールダウンしていた観衆のボルテージは再び高まった。 歓声と拍手が響く中、勝利した当人たち――アカツキとキョウコは喜びを素直に表すこともなく、じっとトウヤに視線を注いでいるだけだった。 素直に喜んでいいものかどうか分からなかったし、それに…… トウヤはアカツキとキョウコの目を見返して、小さく笑っていた。 困ったな……と言いたげに。 だけど、少し寂しそうだった。 Side 4 一回戦が終わった後、アカツキたちはポケモンを回復させるため、ポケモンセンターへ向かった。 閑散としたロビーには、ポケモンを預けたアカツキたちしかいなかった。 普段から人手も少ない場所だが、感謝祭でポケモンバトルが催されるということで、宿泊客も高台に赴いている。 もっとも、ジョーイとラッキーはポケモンセンターでいつもどおり働いているから、彼女らは頭数に入らなかった。 ポケモンの体力回復装置が、うぃぃぃん……と唸りながら稼動するのが聴こえるほど、ロビーは静かだった。 二回戦までにはまだ時間があるから、ここでポケモンのみならず、トレーナーもしっかり休息しなければならない。 初っ端から激戦だったのだ、少しも疲れないはずがない。 まあ、それよりも重要な意味が、アカツキたちにはあったようだが。 「悪いな、カイト。あそこでルナを戻してもうて」 「ううん、別に気にしてないよ〜」 トウヤは隣に腰を下ろすカイトに顔を向けると、謝罪の一言と共に頭を軽く下げた。 グレイスが戦闘不能になったとはいえ、ルナが残っている以上、勝利を手にすることは可能だったはずだ。 しかし、決着がつく前に、トウヤはアニーの激しい攻撃を受け続けたルナを、モンスターボールに戻してしまった。 自分から負けを認めるのは確かに潔いことだが、ポケモンバトルは最後まで行方が分からないもの。 それが分からないトウヤではない……と思うから、アカツキもキョウコも不思議に思っていた。 ポケモンセンターに場所を移したのも、ポケモンを回復させることだけでなく、トウヤの真意を知りたかったからだ。 どうしてルナをモンスターボールに戻したのか。 トウヤなら、あの状況からでも一発逆転を狙えたはずだ。 ――なんでルナをモンスターボールに戻したんだ? アカツキがそう言い出そうとした矢先、トウヤが先に答えてくれた。 「あの状況やったら、さすがに無理がある思うてな。 興醒めみたいで悪いんやけど、これ以上ルナを傷つけられへん。 ……てなわけで、ルナをボールに戻したんや」 曰く、アニーの猛攻の前に、反撃の糸口がつかめずにいたらしい。 妖しい光を放とうにも、フレアドライブの連発でそれもままならない。 かといって他の技で勝負をつけようにも、月光波の効果で攻撃力が下がっている状態ではアニーに満足なダメージは与えられなかった。 総合的に状況を鑑みて、トウヤは自らルナをモンスターボールに戻すことを選んだのだ。 「そっか、そうなんだ……」 アカツキは小さくつぶやき、肩をすくめた。 トウヤらしいと思ったからだ。 ドライな性格の割には、引き際を心得ている。 状況が不利だから、などと強調して言ってのけたが、やはりこれ以上ルナを傷つけられないという想いがあったからだろう。 彼のその気持ちは尊重してやりたかったから、何も言わなかった。 しかし、キョウコは本気で興醒めだと思っていたようで、ご立腹だった。 アカツキとカイトに関しては、グレイスのノーザンレイドでアリウス共々戦闘不能になったため、口出しするのを控えていた。 ある意味、キョウコよりも大人の対応ができるのかもしれない。 「まったく……あんたの実力だったら、アニーを倒せたかもしれないのに。 も〜、中途半端なトコで戻さないでよ」 「堪忍な。 おまえもトレーナーやったら、ポケモンを不必要に傷つける行為が愚かしいことくらい、分かるやろ」 「まあ……ね」 そんな風に言われては、まるでこちらが悪役ではないか。 キョウコは深々とため息をついた。 トレーナーとして痛いところを突かれたが、転んでもただでは起きなかった。 そういったところでは、年長者の威厳を見せ付けた形だ。 「でも、次はトコトンまで付き合いなさいよ。 あんな呆気ない幕切れは勘弁してもらいたいところなんだから」 「おう、分かった。約束するわ」 「よし、破ったらハリセンボン飲ますわよ」 「任せとき」 再戦の約束を取り付けて、キョウコは満足げに笑みを浮かべた。 トウヤの気持ちは理解できないでもないが、どうせなら徹底的に戦いたかった。 ポケモンバトル大好きな彼女は、強い相手と戦うことにこそトレーナーの醍醐味を感じていたのだ。 トウヤがあっさりと約束したものだから、アカツキとカイトは唖然としていた。 てっきり、難癖つけて遠のくとばかり思っていたからだ。 あいにくと、トウヤはアカツキたちが思っているほど子供ではない。これでも自分では大人だと思っているくらいだ。 まあ、それはともかく…… 「トウヤ、ルナを傷つけたくないのは分かったよ。 それより、まさかいきなりバトルすることになるなんて思わなかったよな〜。驚いちまったよ」 「そうね。てっきり、決勝戦で総力戦!! ……になるとばかり思ってたからねえ」 アカツキの言葉に、キョウコが困ったような顔で頷いた。 そう思っているのはトウヤとカイトも同じだった。 いつかは戦うことになると思っていたが、初っ端でいきなり……とはさすがに予想もしていなかった。 「でもまあ、いつかは戦うことになってたわけだし、いいんじゃない?」 「まあ、そうやな」 どうせ戦うことになるのだから、一回戦も決勝戦も同じだと言わんばかりのカイト。 確かにそれはその通りだったが、シチュエーションというか、場の雰囲気というか……気の持ち方は違っていたはずである。 終わってからどうこう言ったところで仕方のない話ではあるが。 「だけどさ〜、なかなか面白いバトルだったわ」 「うん。オレもそう思う」 「オレたちに勝ったんだから、絶対優勝してよね」 「もちろん。あたしとアカツキのペアなら優勝くらい軽いわっ!!」 キョウコはトウヤ&カイトペアに勝利したことで、優勝への弾みをつけたらしい。自信たっぷりに頷いてみせる。 自信過剰に映るが、それが彼女の良さでもあるのだ。 「そうやって自信満々にしとったら、足をすくわれてしまうで?」 トウヤは得意気に胸を張るキョウコに、胸中で忠告を投げかけた。 口にしたところで、彼女は聞き入れないだろう。 困った少女だが、下手な小細工で他人の気を引こうなどという気がないだけ、今時の少女よりはマシだと思った。 「他の人たち見てたけど、キョウコ姉ちゃんよりは弱そうだったから、まあなんとかなるよな」 「当たり前じゃない。トウヤとカイトのペアが一番の強敵だって思ってんだから。 これで優勝できなかったら、申し訳ないじゃない」 「まあ、そりゃそうだよな」 アカツキはニコッと微笑んだ。 他の出場者の顔ぶれを見てみたが、キョウコ以上のトレーナーは見当たらなかった。 出場者のほとんどはアカツキとキョウコの顔なじみであり、よく知った間柄である。 相手のトレーナーとしての実力も分かっているし、当面の強敵はトウヤとカイトのペアだという認識を持っていた。 それはトウヤたちも同じようなものだったから、アカツキたちなら優勝できると踏んでいた。 互いに同じ認識を持っていたからこそ、話が簡単に進んでいく。 いつしか話題は、アカツキとカイトが新しくゲットしたポケモンに移った。 「アリウス、なかなか強いな〜。まあ、今度戦ったら絶対グレイスが勝つけど」 「なに言ってんだよ。グレイスもなかなかだけど、アリウスには勝てないって」 カイトが鼻を鳴らすと、アカツキはカチンと来ながらも、何事もなかったようにニッコリ微笑みながら言葉を返した。 見えない火花が両者の間で飛び散っていたが、キョウコとトウヤは気づかぬフリをした。 互いをライバル視しているからこそ起こる現象であり、それは人畜無害なシロモノなのだ。 「ま〜、機会があったらまたバトルしようぜ。そん時にでもシロクロハッキリさせてやる」 「望むところだぜ。次は相打ちなんかじゃなくって、ちゃ〜んとボコってやるからな」 「吠え面かくなよ」 「んっふっふっふ……」 「あっははははは……」 「…………」 「…………」 キョウコとトウヤが止めないのをいいことに、アカツキとカイトは不敵に笑い、キツイ言葉を浴びせ合う。 同い年で、同じ日に旅立ったライバルだ。 誰よりも負けたくないと思える相手だからこそ、こんなやり取りが発生する。 「あ、そういえば……相打ちってことで思い出したんだけどさ」 「ん?」 カイトの『相打ちなんかじゃなくって』の一言に、アカツキは思いついたようにポンと手を叩いた。 「グレイスが最後に使った技、なんなんだ? 聞いたこともない技だったぜ?」 「そういえばそうね」 「そうやな……」 アカツキの言葉に、トウヤとキョウコがハッとした表情で頷く。 ネイゼル地方では、グレイシアは珍しいポケモンだ。 進化前のイーブイは遺伝子的に不安定なポケモンらしく、それゆえに様々な進化形態を有している。 進化の石を宛がうと、石の放射線により、ブースター、シャワーズ、サンダースの三種類に進化する。 生活環境によっては、エーフィ、ブラッキーに進化する。 そのほかに、深い緑に覆われた場所ではリーフィアに、極寒の地ではグレイシアに進化するのだ。 グレイスは遥か北のシンオウ地方から来たトレーナーからトレードでゲットした。 ネイゼル地方にも極寒の地は存在するが、遺伝子を変質させる放射線がないらしく、そこでは進化しないそうだ。 だから、ネイゼル地方ではグレイシアは珍しいポケモンなのだ。 技が知られていないのも無理のない話だったのだが…… 「あー、ノーザンレイドのこと?」 「そう、それそれ」 カイトが事も無げに言うと、アカツキは何度も頷いて、顔を近づけた。 あんな技があるなんて知らなかったから、ワクワクしているのだ。 一体どんな効果を持つ技なのか……聞き出せれば、いつかシロクロハッキリさせる時の対策も練られるというもの。 キョウコとトウヤも興味深げな視線を向けてくるものだから、カイトとしても答えないわけにはいかなかった。 もっとも、隠し立てするような技ではなかったが。 「ノーザンレイドって言うんだ……聞いたことない技ね。 スクールでも習わなかったわよ」 「キョウコ姉ちゃんがそう言うんだから、珍しい技なんだな」 「そうみたいやな」 ポケモントレーナーズスクール・ネイゼル分校――通称スクールを主席で卒業したキョウコですら知らない技だ。 一般トレーナーが知らないのは当然のことだと思った。 三人の期待するような眼差しを向けられ、カイトは一瞬怯んだものの、すぐに何事もなかったように表情を戻した。 「ノーザンレイドは、相手を確実に戦闘不能にする代わりに、自分も戦闘不能になっちゃう技なんだよ。 できれば使いたくなかったんだけど、あそこじゃ使うしかなかったんだよね」 「うわー、そんな技があったのか……」 「ヤバイわね。クレイジーすぎるわ」 「ん……」 カイトの説明を受けて、アカツキたちは顔を見合わせた。 相手を戦闘不能にする代わりに、自分まで戦闘不能になる……まるで道連れ。 道連れという技は確かに存在するが、それは相手が自分を戦闘不能にすると同時に、相手を道連れにする。 結果だけ見れば同じだが、プロセスが違う。 グレイスに使わせた割には、カイトも詳しいことを理解していなかったらしい。 トレードしてもらったトレーナーから、最後の切り札だから、ということで教えてもらった技。 あの状況でアリウスを倒すには、ノーザンレイドで道連れにするしかなかった。 カイトとしても、できれば使いたくなかったのだが、やむを得なかったというのが本音だ。 ノーザンレイドは自身が持つ力を解放し、周囲一帯を瞬時にして絶対零度に閉ざす技。 空気に含まれる水分が超低温によって凍てつき、瞬時に巨大な氷を発生させ、相手もろとも自分を閉じ込め、粉砕する。 相手を確実に道連れにするという、究極の自己犠牲技である。 ピンチになった時に使えば、相手のエースすら一撃で沈められるのだ。 ちなみに、自分と相手の体力が満タンだろうと、戦闘不能寸前であろうと威力が変わらないというのだから、 相手にとっては脅威としか言いようがない。 しかし、ノーザンレイドを確実に防ぐ技がある。 効果を発揮する前に『守る』や『見切り』で防いでしまえばいいのだ。 効果を発揮したら、確実に戦闘不能になる。言い換えれば、その前に防げば、使ったポケモンだけが戦闘不能になる。 そういったリスクがあるが、相手の不意を突くことができれば、確実に決めることができる。 恐ろしい効果に、アカツキたちが言葉を失っていると、カイトは困ったように笑いながら言ってきた。 「でもさ、これからは使わせないから安心していいよ。グレイスは元から強いし」 「んー……」 本当に信じていいものか。 ピンチになったら、すかさず使ってきそうな効果の技だ。 いくらアカツキでも、素直に信じられなかった。 まあ、カイトのことだから、本当に使わないのだろう。 どちらにしても、相手を道連れにできる技がヤバイことに変わりはない。グレイスを相手にする時は気をつけるようにしよう。 使用したポケモンが確実に戦闘不能になってしまうのだから、トレーナーとしてもできれば使わせたくないだろう。 カイトの気持ちは分からなくもないから、信じようと思った。 暖かい気持ちが胸を満たすのを感じていると、キョウコが勝ち誇ったように笑いながらこんなことを言った。 「まー、あんたたちもそれなりにやるようになったってことは分かったわ。 これからが楽しみだけど、勝つのはあたしよ。それだけは忘れないでね♪」 「今はとても敵わないけど、いつかはちゃ〜んと勝つから。安心していいよ」 「オレも同じ」 「可愛くないジャリガキね……まあ、いいわ」 自信過剰な言葉を逆に返されて、キョウコは鼻白んだ。 将来が楽しみな逸材ではあるが、勝つのは自分だ。 伊達にスクールを主席で卒業したわけではない。バトルの腕には自信があるし、ポケモンも可能な限り鍛えてきた。 トレーナー歴で劣る年下の子供に負けるつもりなどこれっぽっちもない。 「なんや、こいつらめっちゃ仲ええやん」 アカツキとカイトがキョウコとなにやら話しているのを耳に挟みながら、トウヤは思った。 同郷だけあって、話題が弾むらしい。 互いのことを理解しているからこそ、こうやって自然体で話ができるのだろう。 そういうのも悪くない。 「サラに会うたら、俺も別んトコ行かなあかんからな……」 元々、ネイゼル地方にやってきたのはサラに会うためだ。 他の目的もあるが、今はネイゼル地方に留まっているだけのこと。 トウヤが話の輪から外れている間に、ジョーイがニコニコ笑顔でモンスターボールを持って来てくれた。 「はい、回復が終わりましたよ」 いつものニッコリスマイルに、ポケモンのみならず、トレーナーも癒される。 「ありがと、ジョーイさん」 「ありがと〜」 口々に礼を言い、死力を尽くして戦ってくれたポケモンを受け取る。 「さて、回復も終わったし、戻りましょっか。 そろそろいい感じに盛り上がってる頃かもしれないわ」 「うん、そうだな」 ポケモンセンターにやってきた目的も達成されたことだし、そろそろ戻るとしよう。 キョウコの言葉に頷いて、アカツキは席を立った。 一番の強敵を下したとはいえ、残った相手の中にも油断ならない者がいるはずだ。 敵の視察という意味も込めて、そろそろ戻るのがいいだろう。 ポケモンの回復が終わり、トウヤやカイトから話も聞けた。 「よし、次のバトルがオレたちを待ってる!! レッツゴーっ♪」 恥ずかしがることなく大声で言い放つと、アカツキは拳を高々と突き上げ、駆け出した。 「あ……」 止める間もなく、ロビーを出て行ってしまった。 足の速い彼に追いつくのは無理そうだった。 ゆっくりと閉まる自動ドアの向こうに少年の揚々とした背中が消えるのを見やりながら、残った三人は顔を見合わせ、 「相変わらずだな、アカツキのヤツ……」 「まあ、それがあいつの強みやからな」 「そうね……」 口々に言い、困ったように笑うしかなかった。 To Be Continued...