シャイニング・ブレイブ 第10章 レイクタウンの感謝祭 -Give for the Thanks-(後編) Side 5 感謝祭のバトル大会はあっという間に佳境を迎えた。 カイト&トウヤの激戦を制したアカツキ&キョウコペアは順調に勝ち進み、決勝戦へとコマを進めた。 しかし、決勝戦も五分と経たずに終盤に差し掛かった。 ポケモンは四体ともまだフィールドの上に立っているが、相手方のポケモンは二体とも疲れ果てている。 アカツキとキョウコの、息の合った波状攻撃の前に、為す術もなく総崩れになっていたのだ。 破竹の勢いをそのままに、二人はそれぞれが対峙している相手のポケモンを倒すべく、最後の指示を出した。 「ネイト、アクアジェットでトドメだっ!!」 「こっちもよ、アニー!! フレアドライブで決めちゃいなさいっ!!」 アカツキの指示に、ネイトが速攻のアクアジェットで瞬時にゴローニャに迫り、強烈な一撃をお見舞いする。 アニーも指示を受け、ネイトに負けじとフレアドライブを発動させ、絶大な威力の一撃でエンペルトを打ち倒す。 「あーっ!!」 「うっそだーっ!!」 自分たちのポケモンが戦闘不能になったのを見て、相手は頭を抱えて悲鳴を上げた。 進化してたくましくなったアニーはともかく、進化していないネイトにまで倒されてしまったのだから、泣きたくもなる。 ただ、それでも決着がついたことに変わりはなかった。 「ゴローニャ、エンペルト、共に戦闘不能!! よって、感謝祭ポケモンバトル・ダブルバトルの優勝者が決定しました!! その名は、アカツキ&キョウコペア!!」 審判も務める司会が、拳を高々と突き上げながら絶叫(?)すると、観衆のボルテージは最高値に達した。 歓声と拍手が飛び交い、フィールドを余すことなく包み込む。 「戻れ!!」 「戻って!!」 戦闘不能になった自慢のポケモンを、相手は潔くモンスターボールに戻した。 二人ともアカツキとキョウコの顔見知りだったが、ポケモンバトルでは伸び盛りの二人に及ばなかった。 敗者は潔く去るのみと言わんばかりに、その二人はアカツキとキョウコに背を向けてステージを降りた。 「ん〜、さすがにやるな〜」 「そうだね。こうなるのは分かってたんだけど」 歓声と拍手に笑顔で応えているアカツキとキョウコを見やり、トウヤとカイトが会話を交わす。 最前列に腰を落ち着けているのは、これから始まるアカツキとキョウコのバトルを間近で観戦しようという気持ちからだった。 トウヤとカイトのバトルが事実上の決勝戦と言わんばかりに、アカツキとキョウコはそれ以後、あっという間に勝利を収めてきた。 二人の息は初めて組んだとは思えないほどピッタリで、次々と繰り出される波状攻撃に、相手は手も足も出ないことさえあった。 だが、その二人がこれから戦うのだ。 いろいろと参考になるだろうし、最高の見物である。 アカツキが強くなっているのは分かるが、キョウコ相手にどこまで食らいつけるか……? トウヤは意地悪にもそんなことを考えていたが、キャリアの差は容易く埋められるものではない。 それが分かっているからこその考えだが、もちろんアカツキを応援していた。 キョウコは強いトレーナーだ。 スクールを主席で卒業しただけあって、ポケモンの知識に優れている。 強気な戦略で常にバトルをリードし、ガンガン攻めることで相手に小細工させる暇を与えない。 真正面から戦えば、これ以上ないほど強力なトレーナーだろう。 「さて、これからどうなるか……」 アカツキも強くなった。 出会った頃は素人もいいところだったが、ほんの一月で見違えるほど強くなった。 彼がそれだけ努力していたということだし、元から備わっているトレーナーとしての資質が、彼の実力をぐいぐい押し上げているのだ。 もちろん、アカツキは素質などお構いナシに努力を重ねてきた。 それだけは手放しで認めなければならないところだろう。 「どっちが勝つかな?」 あれこれと考えていると、カイトが肘で脇腹を突っついてきた。 「さあ、どっちやろな」 トウヤは振り向きもせず、淡々と返した。 「…………ちぇっ、つまんない」 あまりに素っ気ない態度。 カイトは不満げに頬を膨らませた。これでもトウヤにはいろんな意味で憧れているのだ。 その相手に素気無くされたとなれば、気にしないはずもない。 しかし、すぐに興味がこれからのバトルに移る。 「どーせキョウコさんが勝つんだろうな〜」 キョウコの強さは半端ではない。 今のアカツキに勝てるはずがないし、そもそもカイトでさえ勝てないのだ。 これでもキョウコのポケモンについては知っているつもりだし、対抗策だって練ってきたが、 実際にバトルしてみて、見事にその対抗策を打ち砕かれて敗北した。 身を以ってキョウコのポケモンの強さを知っているからこそ、カイトはやる前からアカツキに勝ち目がないことを悟っていた。 まあ、それをバカ正直に口に出したところでしょうがないから、黙っているだけ。 それでも、トウヤと同じでアカツキを応援している。 ステージの傍で、二人がそんなことを思っているとは露知らず、アカツキはキョウコに身体を向けた。 「よし、キョウコ姉ちゃん。バトルだ!!」 アカツキがグーに固めた拳を突きつけると、キョウコは不敵に笑った。 「望むところよ!! 一回あんたをコテンパンにしてあげたかったの!!」 「うわ、趣味悪……」 鞭を振りかざしながら『おーっほっほっほ!! 女王様とお呼び!!』と叫ぶストリッパーが脳裏に浮かび、アカツキは顔を引きつらせた。 いくらなんでも趣味が悪すぎである。 コテンパンにしてあげたいと言われて喜ぶわけはないし、そもそも相手は自分より格が上なのだ。 こんなところで相手のペースに嵌るわけにはいかない。 アカツキは気持ちを強く保ち、反対側のスポットへと駆け出した。 「相手はキョウコ姉ちゃんだ。まともにやったんじゃ勝ち目なんてない。 でも、やれるだけのことはやんないとなあ……兄ちゃんが見てたら、なんて言うか……」 トウヤとカイトの脇をすり抜けて、センターラインを飛び越える。 スポットに立つまでの間に、アカツキはあれこれと考えを働かせていた。 今はウィンシティに滞在しているとはいえ、レイクタウンのメインイベントである感謝祭―― クライマックスとも言えるポケモンバトルはテレビで中継されるのだ。 アラタなら、きっとテレビで観ているはずだ。 それを理解している以上、不様な戦いはできない。 相手がキョウコだろうと、他の誰かであろうと同じことだ。 自分がここまで頑張ったというところを見てほしい。 だから、できるだけのことはする。 スポットに立ち、アカツキはキョウコと対峙した。 ――あんたのやろうとしてることなんてお見通しよ、ジャリガキ。 そう言いたげに、キョウコが口の端を吊り上げながら見つめてくる。 アカツキは眼差しを鋭く尖らせ、睨み返した。 確かにキョウコは強い。共に肩を並べて戦ってきたからこそ、彼女の強さは理解している。 それでも勝ち目がないわけではないのだ。 上手く相手の虚を突けば、勝つこともできる。 さて、どうしたものか…… 誰を出し、どのように攻めて行くか……考えをめぐらせていると、司会がハイテンションな声音で言った。 「それではこれより、優勝ペアによる、真の優勝者を決定するためのバトルを始めます!! ルールは簡単!! 互いに一体のポケモンを持ち寄った、時間無制限のシングルバトル!! どちらかのポケモンが戦闘不能になるか降参した時点で決着します!! 両者、ポケモンをフィールドへ!!」 司会はポケモンバトルが大好きで、興奮が最高潮に達していた。 顔を真っ赤にして、声もどこか枯れているようではあったが、そんなことを気にしている表情ではなかった。 これで血管が切れないのだから不思議なものだが、それがプロというものなのだろう。 アカツキが誰を出すべきか考えている間に、キョウコがあっさりとポケモンを出してきた。 「行くのよ、ラチェ!!」 「…………?」 聞き覚えのないニックネームに、アカツキは眉根を寄せた。 フィールドに投げ入れられたモンスターボールから、キョウコのポケモンが飛び出す。 「グギャァッ!!」 飛び出してきたのは、立派な体格で、磨き抜かれたサファイアのように鮮やかな青さを湛える頭を持つポケモンだった。 恐竜を思わせる外見だが、事実、ずいぶんと昔に生きていたポケモンらしい。 アカツキもこのポケモンのことは少し知っていたので、余計に驚きを禁じ得なかった。 「げっ……ラムパルドなんて持ってたのか……!!」 ニックネームはラチェというそうだが、キョウコが繰り出したのはラムパルド。 岩タイプのポケモンで、硬い頭蓋骨の持ち主だ。 すさまじい突進から繰り出される頭突きは、頑丈な城壁すら粉砕すると言われている。 まさかキョウコがラムパルドを持っているとは思わなかった。 とはいえ、母親がポケモンの研究などやっているのだから、どんなポケモンを持っていたとしても不思議ではないのだが。 それに、相手が誰であろうと全力で戦うことに変わりはない。 「なんか強そうだな……でも、それなら……!!」 初めて実物を見るが、眼光鋭いところを見る分に、とても強いのは間違いない。 だが、岩タイプと言うのなら、まだ対抗することはできる。 「ドラップ、キミに決めたっ!!」 アカツキはドラップのボールをつかむと、フィールドに投げ入れた。 こつん、と乾いた音を立ててフィールドに落下したボールが口を開き、中からドラップが飛び出してきた。 「ごおぉっ!!」 ドラップはラチェの姿を認めるなり、両腕のハサミをガチャガチャと言わせて、雄叫びを上げた。 強そうな相手……だが、ドラップは強い相手との戦いに至福の喜びを見出していた。 これでもポケモンバトルは好きな性分なのだ。 「ラムパルドは岩タイプだから、ラシールは出せない。 リータじゃ辛そうだし、アリウスも弱点は突けないから、ここはドラップに任せるしかない!!」 アカツキがドラップを出したのは、アイアンテールが使えることと、相手の攻撃を受け止められるだけの膂力を持っていると判断したからだ。 単純に弱点を突くのであれば、リータが一番なのだろうが……それだけでは勝てない。 ネイトは先ほどのバトルのダメージが残っていて、とても戦える状態ではないし、それはキョウコのアニーも同じだった。 「なるほど、ドラップか……」 キョウコはドラップを見やった。 なかなかいい判断だと思った。 ドラピオンは攻撃力と防御力に秀でているポケモンだ。 ラチェの強烈な攻撃を受け止めた上で反撃できると踏んでいるのだろう。 確かに、それは間違っていない。 「あとは、弱点を突けるって考えてるわけね。 アイアンテールとか……ま、いいんだけど」 ドラピオンという種族のことは知っているつもりだ。 それほどの脅威にはなりえない。 「両者のポケモンが出揃いました!! ラムパルドにドラピオン!! これは強そうです!! 真の勝者を決めるのに相応しい、屈指の好カード!!」 体躯の立派なポケモンが対峙する貫禄に、司会の目がキラリ輝く。 本気でそう思っているのか、それとも実況のネタにできると思ったのか……それは分からないが、いよいよバトルの時が来たようである。 「それでは真の決勝戦、スタートォォォォッ!!」 じゃーん!! なぜか戦いの開始を告げる言葉の後に銅鑼の音が鳴り響くが、アカツキとキョウコは意に介さず、すぐさまバトルモードに突入した。 「ラチェ、原始の力!!」 先手を取ったのはキョウコだ。 ドラップの動きの遅さを利用し、近づかれる前に攻撃するつもりだ。 だが、それくらいはアカツキにだって分かった。 「ドラップ、アイアンテールで跳び上がってラチェに迫るんだ!!」 まともに動いていたのでは避わせない。 ドラップはアカツキの指示を受け、ラチェに背中を向けると、尻尾をピンとまっすぐに立てた。 戦うべき相手に背中を向けるなど、武人の片隅にも置けぬわ……と思う人もいるだろう。 しかし、それはアカツキの作戦のうちだった。 ドラップがピンと立てた尻尾を地面に叩きつけるのと、ラチェが原始の力を放ったのは同時だった。 ラチェの内面に眠る力によって生み出された岩が、地面を――フィールドを突き破り、ドラップ目がけて雪崩打つ!! ポケモンが暴れても周囲に影響を及ぼさないようにと配慮されたはずのフィールドだったが、度重なるバトルで傷んでいたのだ。 フィールドを破壊しながら突き進む岩。 ドラップは地面に叩きつけた尻尾を支えに、その巨体を宙に投げ出した!! てこの原理を利用し、相手の攻撃を避わすのと同時に、相手の懐に迫る移動術だ。 「……こないだカイトと戦った時に使った方法ね」 巨体が宙を舞い、放物線を描きながらラチェに迫るのを見ながら、キョウコは胸中でつぶやいた。 なんてことはない。 フォレスタウンから戻ってきたアカツキが、カイトのゼレイド相手に見せた方法だ。 ドラップはお世辞にも動きが素早いポケモンとは言えない。素早さだけで言えば、ラチェの方が上だ。 相手の攻撃を回避しつつ、懐に迫るための手段としては、まあ悪くない。 だが、まだまだ甘い。 「一度あたしに見せた方法を使うなんて、バカね」 ドラップは遠距離攻撃の技を覚えていない。 そうでなければ、わざわざアイアンテールで避けたりはしない。 原始の力によって生み出された岩が、ドラップが先ほどまでいた場所を薙ぎ払い、さらなる破壊の爪痕を残す。 まともに食らったら、防御力が高いドラップでも大きなダメージを受けるだろう。 もっとも、一度攻撃を避わしたからといって図に乗られても困るが。 キョウコはドラップの技の構成をおおよそ把握した上で、ラチェに攻撃を指示した。 「ラチェ、迎え撃つのよ、諸刃の頭突き!!」 「……!?」 アイアンテールによる移動を読まれていた……!! 脚を踏み晴らし、やる気満々のラチェを見やり、アカツキは息を呑んだ。 キョウコはすべて分かっている。読んでいる。 スクールを主席で卒業しただけあり、基礎から応用に至るまで、持ち前のポケモンの知識も相まって、すさまじいことになっている。 ラチェの最大の武器は、鋼鉄やダイヤモンドよりも硬いと言われる頭蓋骨だ。 それを使って頭突きの技を指示してきたということは、一気に決めようとしていることに他ならない。 ドラップ相手に長々と戦うのは危険だと思っているのか、それとも…… どちらにしても、着地する寸前――少なくともラチェを攻撃範囲に捉えるまでは無防備だ。 それなら、せめて…… 「ドラップ、アイアンテール!!」 緩やかな円弧を描きながらラチェ目がけて落下するドラップに指示を出す。 相打ちになるとしても、ダメージを与えておくに越したことはない。 ラチェがこちらの弱点を突けるかどうかは分からないが、ドラップはアイアンテールでラチェの弱点を突ける。 その分だけ、長期戦になれば打ち勝てる。 ラチェは体内に力を溜め込み、必殺の一撃を食らわそうと身構えている。 一方、ドラップも力を込めて、尻尾を鋼鉄並に硬くしている。 両者の距離が詰まる。 そして、両者の渾身の一撃が激突した。 ドラップのアイアンテールがラチェの頭から腹にかけてを縦に薙ぎ、直後、ラチェの諸刃の頭突きがドラップをフィールドの反対側にまで吹き飛ばす!! 「げっ!! なんて威力だ!!」 ドラップの巨体を一度も地面に落とすことなく、フィールドの反対側まで吹っ飛ばすとは…… 諸刃の頭突きの勢いと威力に、アカツキは喉がカラカラに渇いていくのを感じずにはいられなかった。 「ドラップ、しっかり!!」 盛大に吹っ飛ばされ、地面に激しく叩きつけられるドラップに、アカツキは檄を飛ばした。 一撃で倒されることはないと思うが、大きなダメージになったのは間違いないだろう。 ドラップがゆっくりと立ち上がるのを見て、アカツキはラチェに視線を向けた。 鉄より硬い頭蓋骨を持つと言っても、痛かったのだろう。 ラチェは激しく頭を振り、低く唸っていた。どうやら、こちらもそれなりにダメージを受けたようだ。 ラチェに代表されるラムパルドは、攻撃力こそ恐ろしく高いが、その他の能力は高いというほど高いわけではない。 見た目に反して、体力も並のポケモンに毛が生えた程度のものでしかないのだ。 長期戦は不利。短期決戦で強引に相手をねじ伏せるのに適したポケモンと言えるだろう。 もっとも、そんな専門的なことなどアカツキが知る由もない。 どちらも大きなダメージを受けた。それだけは確かだ。 アイアンテールは一時的に鋼鉄の硬度を得た尻尾で相手を薙ぎ払う技。 一方、諸刃の頭突きは自身の生命すら賭して、相手に渾身の頭突きを食らわせる技。 威力は絶大で、アイアンテールとは比べ物にならないが、高い威力と引き換えに、相手に与えたダメージの半分近い反動を受けることになる。 体力的に優れているとは言えないラムパルドが使うには、あまりにリスクの高い技としか言うほかない。 それを敢えて使わせたのだから、キョウコはドラップのことを―― ひいてはフィールドを挟んで対峙している少年を侮れない存在だと認識しているのだろう。 とはいえ…… 「んー、やっぱ一発じゃ倒れてくれないわね…… ラチェもアイアンテールで結構ダメージ受けちゃってるし、こりゃさっさと決めちゃわないとね。 余裕なんてかましてられないわよ、まったく……」 キョウコは胸中で愚痴りながらも、ドラップの実力を認めていた。 スコルビから進化しただけあり、落下の勢いも加えて、アイアンテールでラチェに大きなダメージを与えた。 普通のポケモンのアイアンテールでは、ラチェもここまでのダメージは受けないだろう。 諸刃の頭突きのカウンターダメージがあるとしても、なかなかの威力と誉めてやるべきところだ。 アイアンテールのダメージと、諸刃の頭突きの反動……それによって、ラチェは息を切らしていた。 ドラップも似たようなものだったが、防御力には定評のあるドラピオンなら、 先ほどと同じ攻防をもう一度行っても、フィールドに立ち続けることができるだろう。 「なら、さっさと決めちゃいますか」 キョウコはラチェに指示を出した。 距離が開いているなら、一気に押し切るしかない。 「ラチェ、原始の力!! 撃って撃って撃ちまくるのよっ!!」 キョウコの指示に、ラチェが再び原始の力を放つ。 フィールドを突き破り、無数の岩が波打ちながらドラップに迫る!! まともに動けば避けられないだろう。 かといって、先ほどと同じでアイアンテールによる回避をしたとしても、次は通じない。 着地点を読んで、原始の力を発動させるだけだ。 「さ、どう来る?」 どんな手で来られても、対応することはできる。 あらゆる状況を想定した上でバトルに臨まなければ。 キョウコはアカツキの次の一手を聞き逃すまいと、じっと少年に視線を据えた。 「ドラップ、地震!!」 「……?」 アカツキは迫り来る岩の群れを睨みつけながら、ドラップに指示を出した。 アイアンテールで跳んで逃げたとしても、ラチェなら確実に攻撃を仕掛けてくるだろう。 そんな危険なことはできない。 前後左右と上に逃げても結果は変わらない。 それなら、真下に逃げるだけである。 ドラップは身体の大きさの割には細い脚に力を込めて小さくジャンプする。 着地した瞬間、内に秘めた力を解放し、フィールドに地震を引き起こす!! もしかしたら、ドラップなら地震を使えるのではないか……そんなことを思い、昨日密かに練習してみたら、使えたのだ。 仲間に加えてから今まで、共に過ごした期間は長いと言えないが、元から強いから、地震ほどの大技も使いこなせる。 フィールドを襲う地震は、原始の力によって生み出された岩の勢いを削れたが、 惰性で飛んでくる岩の群れから逃れるには、それだけでは足りない。 「ギャウッ……」 強い揺れはフィールドを幾重にも駆け巡り、ラチェにダメージを与える。 岩タイプゆえ、地面タイプの技には弱いのだ。 「ラチェ……!! ちぇっ、地震まで使ってくるなんて、のん気にやってられないわね!!」 まさか地震を使ってくるとは思わなかった。 震源に近ければ近いほど威力が高まる技だ。 諸刃の頭突きで吹き飛ばしていなかったら、戦闘不能になっていたかもしれない。 稼いだ距離に救われたというところか。 「でも、これじゃあ勢いは殺せない。 どこに逃げるかしらね……?」 ドラップが逃げそうな場所は分かる。 アカツキの次の一手は、すでに読めていた。 キョウコが慌てる必要などどこにもない。 「ドラップ、そのまま穴を掘って地面に逃げるんだ!!」 「やっぱり来たわね……!!」 続くアカツキの指示に、キョウコは口の端を吊り上げた。 ドラップに迫る岩の群れに視線を向けているアカツキが、彼女の口元に浮かんだ笑みに気づくことはなかった。 ドラップは地震の衝撃で細かくひび割れたフィールドを容易くぶち抜いて、地面の中に潜った。 地面の中なら、原始の力や諸刃の頭突きを食らうことなく、ラチェの虚を突いて攻撃することができる。 「よし、このまま行けば……」 アカツキが思い描く作戦は、こうだ。 度重なるバトルによって傷んだフィールドに対して地震を放ち、地面に潜れるようにしておく。 そこで地面に潜り、真下からラチェにアイアンテールを食らわせる。 目に見えない場所に攻撃する術がなければ、アイアンテールを決め続けられれば勝てる。 アカツキなりに考えて立てた作戦だったが、それには一つだけ穴があった。 地面タイプの技を弱点とするドラップにとっては致命的とも言える、恐ろしい穴。 キョウコはすでにそれを見抜き、ドラップを倒す算段を立ててしまっていた。 「惜しい……実に惜しいわ」 ラチェが放った岩の群れが、ドラップのいた場所を貫き、フィールドの端に打ち立てられた壁に激突する。 派手な音を立てて、砕けた岩の破片が周囲に飛び散った。 「アカツキ、あんたがやろうとしてることは分かってるわよ」 岩が砕け散る音が消えるのを待って、キョウコは大声でアカツキに話しかけた。 「……?」 余裕のつもりか……と思ったが、そうでもなさそうだ。 かといって、時間稼ぎをしているとも思えない。時間を稼いで有利になるのはアカツキの方なのだ。 だとすると、一体何のために? アカツキは怪訝な面持ちをキョウコに向けていたが、彼女は口の端に笑みを浮かべるのみ。 「地面に潜れば、原始の力も諸刃の頭突きも食らわずに済む。 そんでもって、アイアンテールで攻撃すればラチェを倒せるって思ってるわね。 まあ、確かにそれは間違っちゃいないわよ」 「げ……ヤバ……」 笑みを浮かべたまま、こちらの算段を見事に言い当てられ、アカツキは絶句した。 そこまで見抜かれていたとは思わなかったが、本当に見抜かれてしまっていたら…… キョウコはすでに対抗手段を手にしている。 今さらドラップを外に出しても、何の意味も無いだろう。 かといって…… アカツキがどうすべきか迷いまくっていると、キョウコは笑みを深めた。 カマをかけたわけではないが、アカツキは思っていることを表情に出しやすい少年だ。 「うふふ……それじゃあ、終わらせてあげましょうかね。ラチェ、地震!!」 「うわーっ!!」 キョウコの指示に、アカツキが絶叫する。 しまった…… 今頃になって、自分の作戦の穴に気付いたが、遅かった。 ラチェはトレーナーの感情を敏感に感じ取ってか、勝ち誇ったように笑うと、大きくジャンプし、地震を引き起こした!! ごぅんっ!! 強い揺れがフィールドを駆け抜ける。 しかし、その効果はフィールドだけにとどまらなかった。 どんどどんっ!! 何かが破裂するような轟音が轟いたかと思ったら、傷みきったフィールドを突き破り、ドラップが飛び出してきたではないか。 「ドラップっ!!」 ドラップはぐったりと地面に横たわり、立ち上がろうとさえしなかった――いや、できなかった。 「はい、おしまい」 キョウコはふっと息をつき、倒れたドラップを見やった。 「ああああ……」 アカツキは頭を抱え、その場に座り込んでしまった。 どうしてこんな簡単なことに気づかなかったのだろう……今になって後悔しても遅かったが、それでも悔やまずにはいられない。 ラチェが地震を使えるかも……という予想ができなかったのだ。 身体の大きなポケモンは地震を使えることが多い。覚えさせるのは難しいが、威力は抜群だし、効果が高いタイプもそれなりに多いのだ。 「ドラップ、ごめんな……」 深いため息をつき、アカツキはドラップをモンスターボールに戻した。 諸刃の頭突きを食らった上、地中にいる状態で地震まで食らえば、耐えられないだろう。 それくらい、審判に戦闘不能を宣言されなくても分かる。 立ち上がろうとしても、できなかった。それを見てしまったのだから、なおさらだ。 地震は威力の高い技だが、効果範囲がとても広く、相手のみならず味方まで巻き添えにすることがある。 その効果は地上のみならず、地中にまで影響を与えるのだ。 表面に出て発散される力はそれほど大きくないが、地中には逃げ場がない。 逃げ場のない場所に力が集まったらどうなるか。 地震の隠された効果は、地中にいる相手に、地上にいる時以上のダメージを与えること。 キョウコはそれを理解していたからこそ、ドラップが穴を掘って潜っても動じることなく、ラチェに地震を指示したのだ。 毒タイプと悪タイプを併せ持つドラップは、地面タイプの技だけが弱点となる。 地中にいる状態で、弱点の技を食らえばどうなるか。 大ダメージどころの騒ぎではない。戦闘不能は免れまい。 「でも、やれるだけのことはやったんだ。後悔なんてしてない!!」 相手の手を読みきれなかったばかりに負けてしまったが、やれるだけのことはやった。 相手が相手だけに、手加減はおろか、全力を出し切るしかなかった。 それでも勝てなかったのだから、仕方ない。 負けが確定してから咆えたところで無意味だし、やれることはやった。 後悔などしていない。 トレーナーである自分が少しでも後悔してしまったら、懸命に戦ってくれたポケモンに申し訳が立たないではないか。 「ドラピオン、戦闘不能!!」 と、そこで司会が裁定を下した。 キョウコを手で指し示し、高らかに宣言する。 「よって、真なる勝者……今年のナンバーワンに輝いたのは、我がレイクタウンの期待の新星、キサラギ・キョウコ!!」 最後のバトルだけあって、最高に盛り上がっていた。 バトル中は気にしているだけの余裕もなかったが、周囲はこれでもかとばかりに盛り上がっていたのだ。 拍手と歓声がフィールドのみならず、レイクタウンを丸ごと包み込んでいるような印象さえ受けた。 勝者であるキョウコへの賞賛と、力闘及ばず負けてしまったアカツキへの労い。 「やっぱ、キョウコ姉ちゃんには敵わないなあ……」 アカツキはため息をつくと、頬に擦り寄ってきたラチェの頭を笑顔で撫でるキョウコを見やった。 バトルではあれほど獰猛だったというのに、バトルが終わった途端、甘えん坊に変わったではないか。 もっとも、これがラチェの素顔なのだろう。 見た目はゴツイが、中身はとても繊細なのかもしれない。 「ラチェ、お疲れさま。ゆっくり休んでなさい」 キョウコは満足げな笑みでラチェをモンスターボールに戻すと、歓声と拍手をバックに、悠然とフィールドを歩いてきた。 ラチェの原始の力で無残に破壊されてしまっているが、破壊の爪痕のすぐ脇を、悠然とした足取りでゆっくりと。 「……?」 何しにきたのかと訝しむアカツキの前で足を止め、キョウコは口元の笑みを深めた。 「あたしの勝ちね、アカツキ」 「……あ、うん。やっぱ、キョウコ姉ちゃんは強いって。オレじゃまだ勝てないや」 「まあ、当然の結果よ」 もし相手がキョウコでなければ――見知った間柄でなければ――嫌味でしかない一言。 しかし、これが彼女の地なのだから、嫌味には聴こえない。 良く言えば自分に自信を持ち、悪く言えば自信過剰で傲慢。 もっとも、二人のやり取りはフィールドを漏れなく包み込む歓声にかき消され、誰の耳にも入らなかった。 「あたしとあんたじゃ、キャリアが違うんだから」 「うん、それは分かってる」 アカツキは小さく頷いた。 キャリアが違う……確かにそのとおりだ。 彼女はアラタと同じで、十二歳になった日にスクールに入学したのだ。 旅立つ前に、スクールで二年間、トレーナーとしての知識や技術を習得してきた。 実際に旅立ったのは数ヶ月前だが、それ以前の経験もあるのだから、いくらなんでもすぐに勝てる相手ではない。 それは分かりきっていることで、アカツキとしても口に出すだけ無意味だと割り切っていた。 「でもさ」 いつまでも負けっぱなしなのは癪だ。 アカツキはグーに握りしめた拳を眼前に突き出して、キョウコに言い放った。 「次は絶対(ぜってぇ)勝つから!!」 気合がこもった一言。 それだけ、アカツキがキョウコに負けたくないと思っているからだろう。 今回のバトルで、彼女の強さを知った。 今の自分ではとても勝てないが、努力すれば勝てる。抗いがたいほどの差があるとは思わない。 アカツキの意気込みを肌で感じて、キョウコは胸中でつぶやいた。 「なるほどね……確かに、手加減できるような相手じゃなかったわ。 こりゃ、あたしも呑気に構えてられなくなったわね…… でも、その方が楽しみも増えるってモンよ。 アラタとこのジャリガキ、まとめて叩きつぶしてあげるってのも、いいわね」 決して負けられない相手が増えるというのも、やりがいがあって面白い。 もちろん、その分油断できないし、今まで以上の努力を求められるだろう。 だが、その方が面白い。 ポケモントレーナーという職業に、ヤミツキになるような刺激を感じているキョウコにとっては、悪い話ではなかった。 キョウコは不敵な笑みを湛えたまま、 「せいぜい今のうちに粋がってなさい。 次も……ううん、次はちゃんと泣かしてあげるから」 「おう!!」 バカにしているような一言と共に差し伸べられた手を、アカツキも笑みを浮かべて握りしめた。 言葉こそ女の子がつむぐものとは思えないほど悪いが、本当に心の底から相手のことをバカにしているわけではない。 これでも、同じ町で生まれ育ち、それなりに交流もある相手だ。 そんなことが分からないほどバカなつもりはない。 「キョウコ姉ちゃん、オレ、ガンバるから!! 兄ちゃんと同じくらい強くなって、次は絶対にキョウコ姉ちゃんに勝つ!!」 「うふふふふ……」 アカツキの決意に満ちた宣言に、キョウコは笑みを浮かべたままだった。 できるモンならやってみなさい…… 暗にそう言われているような気分になるが、その程度でアカツキの決意が揺らぐことはなかった。 Side 6 その日の晩、アカツキはポケモンセンターの屋上にやってきていた。 明日はディザースシティへ向けて旅立つが、今回も家には戻らない。リーグバッジを四つ揃えるまでは家に帰らないと決めているからだ。 それはアカツキなりの意地というか、ケジメのようなものだった。 今日のバトルでは、本当にいろんなことを勉強した。 頑張るだけ頑張ったから、悔いは残っていない。負けてしまったのは残念だが、結果よりも大事なプロセスがあるということだ。 「やっぱ、みんな強くなってたなあ……オレも、ウカウカしちゃいられないや」 静まり返り、夜の闇に同化しかかっている町並みを見やりながら、小さくつぶやく。 ディザースシティのように娯楽に溢れているわけでもないこの町は、夜になると、民家に灯る明かりが点々としているだけ。 静かで穏やかな夜の景色が、アカツキは好きだった。 どうして好きになったのか、自分でもよく分からないのだが……多分、気持ちが落ち着くからだろう。 こうして、ポケモンセンターの屋上にまでやってくるくらいだ。 「カイトもキョウコ姉ちゃんも……きっと、兄ちゃんも」 景色を楽しみながらも、アカツキはトレーナーとしてライバルだと思っている相手の顔を脳裏に浮かべながら、考えに耽っていた。 一緒に旅をしているトウヤは言うに及ばず、久しぶりに再開し、戦ったカイトとキョウコ。 自分が旅を続けている間、彼らも努力を積み重ねてきたのだ。 強くなっていて当然だし、出遅れているなんて思いたくない。 カイトは新しくグレイシアなんて手持ちに加えていたし、キョウコのポケモンはその強さに磨きがかかっていた。 実際に戦ってみると、二人が努力を重ねてきたことがよく分かる。 それと…… 今はウィンシティに滞在している兄アラタも、アカツキが旅立った一ヶ月前と比べて強くなっているだろう。 すでにポケモンを六体揃えているらしいが、多分、新しくゲットしたポケモンがいるだろうし、 主戦力であるアッシュも今まで以上に強くなっているはずだ。 ――おーい、おまえも早くここまで来いよ〜!! ……って、アラタが笑顔で手を振っている光景が脳裏を過ぎる。 「そうだよな〜。 兄ちゃんとネイゼルカップで戦うって約束したんだ。 明日からもっともっとガンバんなきゃ!!」 そうだ…… ネイゼルカップで戦うと約束したのだ。 今まで以上に努力をしていかなければ、大好きな兄と戦えるところまで勝ち進めるかどうかさえ分からない。 漠然とした目標だが、アカツキにとってはしっかりしたものだった。 だから、こんなにもやる気になる。 少し冷たい夜気にも負けないくらいの闘志を膨らませていると、背後に気配を感じた。 「……?」 さっとふり返ると、カナタが屋上の入り口に立っていた。傍らにはアズサもいる。 「あれ、カナタ兄ちゃんにアズサさんじゃん。ど〜したの? こんなトコに来て……」 カナタならともかく、アズサまでこんなところに来るなんて珍しい。 そう思って声をかけたのだが、彼女は不機嫌さを隠そうともせず、ムッと頬を膨らませた。 「私だって来たくて来たわけじゃありません。 カナタがどうしてもついて来いと言うから、来ただけです。 夜風は美肌の天敵だというのに……私の電気ポケモンの電気療法だって限度があるんですよ、まったく……」 「? どーゆーこと?」 愚痴るように言葉をこぼすアズサ。 アカツキは意味が分からずに首を傾げたが、何も知らない子供につまらないことを話してしまったと、彼女はさらに不機嫌そうに顔をしかめた。 「別に、どうでもいいことです。それよりカナタ、早く用件を済ませなさい。 後で部屋に戻ったら、デンリュウのサンダーパックをしなければ……」 「ん、分かったよ」 やれやれ…… カナタはどこか呆れ顔で肩をすくめた。 双子の姉が夜型の人間でないことは知っているが、何もそんなに機嫌を悪くする必要もないだろうに。 「サンダーパック?」 アカツキは疑問符を浮かべた。 後日知ることになるのだが、サンダーパックとは、アズサのポケモンが行う電気療法の一環だった。 微弱な電流を頬に這わせ、老廃物を電気分解するという、新感覚の肌の手入れ方法なのだ。 少しでも加減を間違えれば火傷にすらつながりかねない危険なものだが、アズサのポケモンなら加減は容易い。 アズサの機嫌をこれ以上損ねたくないのか、カナタはすぐに切り出した。 「今日のバトル、なかなか面白かったぜ。見てて久しぶりにコーフンしたよ」 「え、そう?」 「おう。キョウコに負けちまったのは残念だが、なかなかいいトコまで行ってたしな。 おまえはガンバりゃもっともっと伸びる」 「ありがと、カナタ兄ちゃん」 素直に褒められて、アカツキは満面の笑みを湛えた。 憧れの人に褒められて、うれしくならないはずがない。 「おまえのようなヤツがトレーナーで、ドラップも幸せだろ。 なんとなくだけど、そんな風に思えるんだわ」 「……そうだといいけど」 アカツキは頭を振った。 そう言ってもらえるのはうれしいことだが、正直、よく分からない。 ドラップと心を通わせることはできても、ドラップの気持ちをすべて理解できるわけではないのだ。 もちろん、そう思いたいに決まっている。 「オレ、ドラップをちゃんと守ってみせる。 だって、仲間を守るのって当然のことだろ? そこに理由なんて求めたりしないし」 「ま、そうだな」 ――おまえのそういう、飾らないトコが好きなのかもしれないぜ。おまえのポケモンは。 アカツキがまっすぐに視線を向けてくるものだから、思わず口走りそうになった。 真剣だけど、それに対して義務感のような重苦しいものは抱いていない。 何があっても守らなければ……そう思うのは確かに立派なことだが、 理由など求めないモノに対して義務感を抱いてしまうようでは、不自然になってしまうだけ。 アカツキにはそれがない。 当然のものを当然だと受け入れているだけだが、その潔さがかえって好感度を高めてくれる。 カナタが思う分に、アカツキの飾らない自然体な気持ちを、ポケモンたちが好きになっているのではないか。 もちろん、そんなことはポケモン当人に聞いてみなければ分からないが、そんなことをする必要もないのだろう。 「で、話ってのはな、そのドラップのことなんだよ」 「?」 カナタは座るように促すと、自身もその場に腰を下ろして、夜空を見上げた。 星が敷き詰められた夜空は、ディザースシティではとても見られない。 煌びやかなネオンライトが中空に光の幕を作り、そこから先が見えないのだ。 たまには、こういった自然豊かな場所で過ごすのも悪くない。 カナタが気楽に構えているのを余所に、アズサは不機嫌なままだった。 何をのんびりしているのだと言わんばかりの視線が突き刺さるが、カナタは気にしていなかった。 彼女がお堅いのは、今に始まったことではないのだ。今さら気にするほどのことでもない。 アズサが視線だけで抗議しているのは、カナタがこれからアカツキに話すことを理解しているからだ。 こればかりは、一人の人間としてではなく、四天王のカナタとしての話になる。 二人一組で行動することが多い双子だからこそ、こうして連れ添っているのだ。 ただ、それだけのこと。 「……一番大変なのが私ではないのだから、何を言う筋合いもないんでしょうけど」 小さくため息をつく。 双子の姉のため息を合図に、カナタは口を開いた。 「ソフィア団の連中がドラップを狙ってるのは分かってるだろ」 「うん。でも、誰が来たって負けたりしない!!」 そんなことは言われなくても分かっている。 誰がやってきたって、ドラップを守るのは自分たちだ。 アカツキはカナタに言われたことで、自分の立場を再確認した。 グッと握りしめた拳が、少し痛い。 だけど、その痛みが思い起こしてくれる。初めて、ドラップを守りたいと思った時の気持ちを。 アカツキの強い気持ちを理解してか、カナタは声のトーンを落とした。 今さら改めて言うことでもなかったのかもしれないが、四天王して話をしている以上は、責任を持たなければならない。 「そうだな。今はどういうわけか行動を控えてるようだけど、いずれは大がかりに動くと、チャンピオンが言ってたんだよ。 それを、おまえに伝えときたくてな」 「チャンピオンが……?」 「ああ、そうだ」 アカツキはヒックリした。 チャンピオンと言えば、四天王を統括する存在であり、その地方では最強のポケモントレーナー。 ポケモンリーグがバックアップしてくれているのは知っているが、いよいよ本格的に始動を開始したということだろうか。 四天王であるカナタが、チャンピオンの肩書きを口にした。 それはつまり、そういうことではないか…… 陽気なアカツキでさえ、それが理解できるような雰囲気だった。 さっきまでの和やかだった空気はどこへ消えたか、夜の闇が少し重苦しく感じられる。 「俺にもどういう意味があるのかはよく分からねえ。 でも、こうやって平和に過ごせるのも、そう長くないってことだけは覚悟しといてくれ。 俺たちもちゃんとサポートはするけど、本格的な戦いになったら、息つく暇もないかもしれないからな…… まあ、おまえなら大丈夫だと思うけど。 カイトってヤツから聞いたけど、旅に出る前は格闘道場に通ってたんだってな。 腕っ節が強いって言ってたから、俺、何気に安心してたりするんだぜ」 「いや、そういうわけじゃないけど……でも、分かってるよ。 ソフィア団をつぶさなきゃ終わらないってことくらい」 「うん」 いつかはソフィア団と本格的に戦う日が来る。 それも、そう遠くはないだろう。 少なくともチャンピオンの見立てでは、一ヶ月以上先であることはない。 永遠に来なければいいのに……と思っても、それが無理であることも知っている。 なぜなら、ソフィア団にとって、ドラップは貴重な研究材料……素材なのだから。 エージェントが二人もやってきたくらいだ。 それだけの価値がなければ、強奪などしない。 カナタは、アカツキに覚悟を促している。 本人に強い自覚がある以上は、言うまでもないことだが、それでも言わなければならないのは意外と辛いものだ。 ナンダカンダ言っても、アカツキはまだ十二歳の子供だ。 大人の都合で振り回すのは身勝手だし、できることならカナタだって、自分たちだけで解決したいとさえ思っている。 だが、それが無理なのだ。 「でも、こいつなら……乗り越えられる。きっと……大丈夫だ」 無理なら無理なりに、ある程度は覚悟してもらうしかない。 そう思っていたが、アカツキなら大丈夫だろうと、カナタは漠然としながらも、そんなことを思った。 明るく陽気で、ただそれだけかと思わせるような性格ではあるが、その裏には強い決意を秘めている。 いつも明るく振舞っているのは、張り詰めたままではいつか切れてしまう気持ちを繋ぎとめておくためだ。 そういった手段を知らず知らずに手にして、使いこなしている。 大人顔負けと言ってもいいが、だからこそ安心してドラップを任せられる。 実は、チャンピオンからは別のことも言い付かっていた。 カナタの尺度で考えて、アカツキがドラップを守るに値しないトレーナーだったら、無理を言ってでもドラップの身柄を確保するように……と。 いくらチャンピオンの指示だからといって、そんなことをする気はサラサラなかったが。 「今のオレじゃ、どこまでやれるか分かんないけど、できるだけのことはやってみる。 だから、カナタ兄ちゃんもアズサさんも見ててよ。 ちょっと危なっかしいって思ったら、無理だって思ったら、その時からでもいいから、力を貸してほしいんだ」 「…………」 静かな言葉。 だけど、その裏に秘められた力強さ。 アズサは頬を叩かれたような衝撃を覚え、思わずアカツキに視線を移した。 どこか寂しげな笑みを浮かべながらも、瞳には強靭な意思の光が灯っている。 「なるほど……」 道理で、チャンピオンがテコ入れするわけだ。 顔見知りというトウヤに任せたりするわけだ。 アズサは改めて、アカツキという少年の強さを見た。 「おう、任せとけ。俺とアズサがついてりゃ鬼に金棒だ」 カナタが胸を叩いて言うと、アズサは少しズレていた眼鏡を直してツッコミを入れた。 「自分で言うものじゃないですよ、それ」 「いーじゃん。俺とおまえが組めば無敵だってあいつも言ってくれたし」 「まあ、そうですね……そういうことにしておきましょう」 悪びれることなく言ってくるものだから、アズサとしても何を言うだけ無駄だと悟った。 双子の弟は、決して物分りが悪いわけではないのだが、お気楽なところだけはどうにかならないか。 「よし、決定♪」 「…………やっぱり仲いいんだね」 「え……?」 「ま〜な♪」 アズサが呆然としていると、カナタはニコッと微笑んだ。 性格が正反対でも、ペアを組んで行動するだけあって、二人は仲良しだった。 そうでなければ、二人して四天王など務めてはいないだろう。 アカツキはカナタの笑みに釣られるようにして笑った。 自分なりにできることはやっていくつもりだ。 それでも力及ばず、窮地に陥ってしまったら……その時は目の前で微笑んでいる青年と、困ったように口元を吊り上げている女性の力を借りよう。 もちろん、彼らに頼りっきりでいいというわけではない。 できることは自分でやる。 いつだったか、同じような気持ちになったことがある。 その時の気持ちを思い返し、アカツキはいま一度、夜空を見上げて誓った。 重苦しい雰囲気も少し軽くなったところで、明日から向かう場所を口にした。 「明日、ディザースシティに行くよ。三つ目のバッジ、ゲットしなきゃ」 「ん。分かった。 ネイゼルカップはまだ先だけど、やっとかなきゃいけないことは多いからな。 でも、無茶だけはすんなよ」 「分かってる」 無茶をしなかったことなどないような気がするが、ウソでも何でも頷いておかなければならないだろう。 「ソフィア団の連中が来たら、無茶しまくらなきゃいけないんだろうな〜。 でも、そういう時のために、オレ、格闘道場でガンバってきたんだもん」 兄アラタが通っていたというだけの理由で、同じ道場の門を叩いたアカツキだったが、今は道場での経験がありがたく思えてならない。 考え方や価値観の多くを、道場で叩き込まれたようなものだから。 辛かったり苦しかったりしても、すぐにあきらめたりせず、少しでも楽に歩いていける方法を模索する。 それでも無理なら他人の力を借りる。 一人で抱え込んで、傷を広げたりするようなことがないように…… それが強さだと教わった。 「よ〜し、明日からまたガンバろっ!! そうと決まったら、寝る!!」 「ん。じゃあ、また明日な」 「うん!!」 アカツキは頷くが早いか立ち上がり、屋上を後にした。 まるで突風が吹いた後のようだった。 アズサは呆然と、アカツキが消えた屋上の入り口に視線を向けていたが、カナタは微笑んだままだった。 「明日からが大変だけど、まあ、息抜きにはちょうど良かったよな……」 大変なのはこれからだということを知っても、アカツキは変に気負いすることもなく、自然に構えていた。 これなら大丈夫だ。 改めて確信し、カナタは懐から携帯電話を取り出すと、ある場所にかけた。 第11章へと続く……