シャイニング・ブレイブ 第12章 オアシスの街で -The Turning Point-(前編) Side 1 ――アカツキが故郷を旅立って36日目。 「うわー、ここがディザースシティか……なんか、テレビで観るよりド派手だな〜」 「う、うん……」 アカツキがため息混じりに漏らした一言に、ミライが唖然としながらも小さく頷いた。 そんな二人を置き去りに、街を東西に貫くメインストリートは活気で賑わっていた。 手前(東側)にはショッピングモールが広がり、西へ進んでいくとカジノやシアターが軒を連ねる歓楽街がある。 ここはディザースシティ。 ネイゼル地方でもっとも発展を遂げた街にして、ポケモンリーグ・ネイゼル支部のある街。 昔からこの街の周囲には水が滾々と湧き出すオアシスがあり、砂漠を往来するキャラバンが立ち寄ったことから小さな町ができた。 西の地方と、この地方の東部を結ぶ交易の要所として発展を遂げ、いつの間にかネイゼル地方一の都市になった。 アカツキとミライがこの街の歴史を知っているはずもなかったが、少なくとも彼らの故郷では考えられないような光景が目の前に広がっている。 様々なファッションに身を包んだ老若男女が街を闊歩し、鳴り響くファンファーレと、真っ昼間から目障りなほどに通りを照らすネオンライト。 何の祭りもなく、一年を通じてひっそりとしているフォレスタウンはともかく、 ネイゼルカップが開かれるレイクタウンでも、これほどの人波はまず見られない。 あまり例えは良くないが、掃いて捨てるほどに人、人、人……通りという名の血管に通う血のように、人の流れができている。 アカツキもミライも、故郷にいた頃、テレビでこの街の賑わいを見たことはある。 しかし、実際にそれを目の当たりにしてみると、頭が真っ白になりそうなくらいすごかった。 「こんなにいっぱい人がいるんだ……なんか、窮屈そうだなあ」 「うん……」 アカツキの言葉に、ミライがまたしても頷く。 実のところ、ディザースシティの面積はレイクタウンやフォレスタウンよりも狭い。 狭さを補うようにして、高層ビルが建ち並んでいる。人などその高さに飲み込まれんばかりだ。 これが都会かと、圧倒されるアカツキとミライを余所に、カナタはため息など漏らしながら周囲に視線を這わせた。 「いや〜、まさかこんな早く戻ってくることになるとは思わなかったな」 「ええ……でも、仕方ないじゃない。 これも、アカツキ君の旅に付き合っているからこそよ。仕事なんだから、文句は言わない事」 「分かってるけど、こういう小うるさいトコは苦手だな」 すかさず飛んでくるアズサの愚痴を払いのけ、ため息が続く。 ディザースシティはネイゼル地方の中ではもっとも歴史が浅く、急激な発展を遂げた街だ。 人を集めるために最先端の設備を作り、カジノやシアター、ジャズクラブなど、人が好むものを狭い街の中に凝縮する。 それゆえ、うるさいと感じるほどに、昼夜を問わず賑わっている。 カナタとアズサの故郷もそれなりに賑わっている街だが、ディザースシティほど無秩序な賑わいではなかった。 急激な発展によって支えられたこの街は、何でもかんでも無秩序に凝縮しただけの、どうでもいい産物のように思えたのだ。 とはいえ、アズサの言うとおり、これも仕事なのだから仕方がない。 二対二で何やらやり取りが行われている中、トウヤは人でごった返すメインストリートの先にそびえるビルを見ていた。 いつか見たタウンマップの記載に間違いがなければ、街の中央に天高くそびえるシンボルのようなそのビルが、ポケモンリーグ・ネイゼル支部。 真っ白な外観は、高さに比例するだけの横幅があれば白亜の城に見えないこともないが、内部は厳重なセキュリティで守られている。 「あそこにサラがおるんやな……」 自然と、視線がビルをなぞりながら這い上がっていく。 目を留めたのは、最上階の一室。 偉い人はどういうわけかビルの最上階が好きらしい。 そこから街を見下ろして、自分がナンバーワンだとでも気取るつもりでいるのか……? 皮肉を並び立てながらも、トウヤの心はすでにそこに飛んでいた。 ネイゼルリーグのチャンピオンにして、トウヤの恩師である女性・サラ。 彼女のいる街に、ついにやってきた。 旅を続けてきたのも、すべては彼女に会うためだ。 久しぶりに顔を突き合わせて話をしたいし、トレーナーとして育ててくれたことに礼も言っておきたい。 しかし、今は互いに込み入った事情がある。 プライベートなことは二の次になるだろう。 トウヤもそこのところは理解していたし、彼女に会うのは頼みごとがあるからだ。あるいは、彼女もそれを望んでいるのかもしれない。 ……と、改めて視線を引き戻すと、四人は相変わらず二組に分かれて何やら会話を交わしていた。 このままでは先に進まない。 第三者ゆえの客観的な判断で、トウヤは口を開いた。 「そろそろ行こか。ぼーっと突っ立っとったって、邪魔になるだけや」 「そうね。そうしましょう」 現実的な言葉に真っ先に反応したのは、アズサだった。 カナタとのやり取りで影が薄くなっていたが、彼女は現実的でドライな性格の持ち主だ。 「まあ、できりゃこういううるさいトコはとっととオサラバしたいからな。 俺はサラに用があるから、トウヤを連れてネイゼル支部に行くんだが……おまえらはどうすんだ?」 愚痴に歯止めをかけ、カナタはアカツキとミライに向き直った。 「決まってんじゃん。ジム戦だよ、ジム戦!!」 言うまでもなく、アカツキは瞳を輝かせ、期待に胸を弾ませながらジム戦と連呼した。 そもそも、この街にやってきた目的は、ディザースジムでのジム戦だ。 アカツキの旅に同行しているだけの他の四人は、彼の目的に従って行動しているに過ぎない。 ドラップを狙っているソフィア団がいつ襲ってくるかも分からない状況では、一丸となって行動するしかないのだ。 もっとも、ポケモンリーグ・ネイゼル支部のお膝元でもあるこの街で騒ぎなど起こしたりはしないだろう。 そんなことをした日には、ネイゼル地方チャンピオンであるサラが、自慢の鋼ポケモンを引き連れて大立ち回りを演じることになる。 もちろん、サラの相手はコテンパンにされてお縄につくハメになる。 それが分からないほど、ソフィア団もバカではないだろう。 そういった意味では、ネイゼル地方で一番安全な場所と言える。 そんなに心配する必要もないのだろうが、心配するべき要素があるとしたら、それは別の方だろうか。 「まあ、アカツキはジム戦一色だからそれでいいとして。 ミライはどうする? アカツキと一緒にジムに行くか?」 カナタの言葉に、ミライはしばし口を噤んでいたが、ため息混じりに答えた。 「……ポケモンセンターで休むわ。パチリスやエイパムたちのコンディションを整えてあげたいし」 「そっか……」 「だったら、私が一緒に行くわ。サラにはあなたとトウヤ君で会いに行けばいい」 「じゃあ、そうしよう」 アカツキと一緒にジムに行ってくれれば良かったのだが、アズサが一緒なら、ポケモンセンターで待っていても大丈夫だろう。 心配事が予期せぬ形で解決し、カナタも一安心できた。 ソフィア団に襲われる心配はなくても、この街は無秩序に発展してきたゆえに、裏に蠢くものもそれ相応に大きいのだ。 年端の行かぬ女の子を一人で歩かせるなど、もってのほかだ。特に、夜は…… まあ、そこはおいおい教えていくとして、方針が決まった以上は、そろそろ行動に移すとしよう。 「なあ、カナタ兄ちゃん。ジムってどこにあるんだ?」 息巻くアカツキの肩に手を置き、慌てるなと一言かけてから、カナタはジムの場所を教えた。 「街の西端にある。この道をまっすぐ行けば、街外れにピラミッドのような建物が見えてくるんだが、それがディザースジムだ。 で、ジムリーダーなんだが、あいつは結構……」 道の先にそびえるネイゼル支部のビル――正確にはその向こう側を指差しながら教えたのだが、 「この道をず〜っとまっすぐ行きゃいいんだな? よし、行くぜっ!! じゃ、後でポケモンセンターでランデブーなっ!!」 カナタの言葉が終わらぬうちに、すごい勢いで駆け出していった。 驚いた人たちが、さっと道を譲る。海を割るようなその勢いに、カナタは開いた口が塞がらなかった。 「……やれやれ」 ジム戦のヒントでもあげようかと思っていたのに、それを聞かずに飛び出してしまった。 アカツキの行動の早さというか、無鉄砲さには呆れてしまう。 だが、それが彼の長所なのだ。とやかく言うところでもないだろう。 気を取り直し、カナタは音頭を取った。 「さて、俺たちも目的の場所に向かうとしよう。 あいつが言ってた通り、後でポケモンセンターで落ち合おうか」 「そうね。じゃあ、私とミライはポケモンセンターに行っているわ。何かあったら連絡をちょうだい」 「分かった」 アズサはミライを連れて、通りを左折した。 ポケモンセンターは街の南東部に位置しており、ジムと同様、その一画は閑静な住宅街だ。 二人の姿が人込みに紛れるのに時間はかからなかった。 万が一変な趣味のヤツに襲われても、アズサなら容易く返り討ちにするだろう。 ミライが一人で行かなくて済んだだけ、マシとしよう。 何度目かになるか分からないため息をつき、カナタはトウヤを振り仰いだ。 「んじゃま、行くか。 サラもおまえのことを待ってるみたいだからな。感動の対面とシャレこもうじゃないか」 「感動でもないんやけど、まあええわ。行こか」 「おう」 三人に遅れて、トウヤとカナタはネイゼル支部のビルに向けて歩を進めた。 一方、通りを軽快な足取りで駆け抜けているアカツキは、あっという間にネイゼル支部のビルの前にたどり着いた。 ビルをぐるりと取り囲むように環状の道が設けられており、そこから四方に別の道が延びている。 時計回りにビルを迂回しながら、アカツキは眼前にそびえる真っ白な建物を見上げた。 特に看板が出ているわけではないが、建物からにじみ出る雰囲気は、ただのビルと呼ぶのを躊躇わせる。 「あそこがネイゼル支部なんだ…… サラって人がいるんだよな。トウヤが会いたがってる……」 サラがトウヤにとって大切な人であると聞いているからこそ、なぜか気になる。 多分いつかは会うのだろうから、今気にしても仕方ないのかもしれない。 チャンピオンと言うからには、ポケモンバトルの腕はもちろん、人格的にも尊敬できる人物なのだろう。 トウヤが良く言うくらいだから、期待して待つのも一興か。 「でも、今はジム戦だよなっ!!」 南へ延びる道を左に通り過ぎたところで、アカツキはさっと気持ちを切り替えた。 この街に来たのは、ジム戦のためだ。 先ほど歓楽街を通り過ぎてきたが、耳ざわりな音楽や煌びやかなネオンライトが目に痛かった。 巷をにぎわせている人気ユニットの最新曲らしいのだが、英語が多くて、アカツキには何を言っているのかよく分からなかった。 それに、ネオンライトなどレイクタウンではポケモンセンターの照明か、ネイゼルスタジアムにしか用いられていない。 テレビで観たよりもずっと大きくて煌びやかな都会だが、アカツキは正直、この街に住みたいなどとは思っていない。 確かに便利で、何でも揃うのかもしれないが、それはそれで味気ないし、賑やかなのは苦手だ。 西へと続く通りに足を踏み入れると、先ほどまでの賑やかさが嘘であるかのように……水を打ったように静まり返る。 「今回のジムリーダーは、どんなポケモン出してくるのかな?」 静まり返った街並みに驚きつつも、頭ではジム戦のことを考えている。 街の西側はオフィス街であり、華やかさとは無縁の世界なのだ。 通りを行くのはスーツ姿のサラリーマンが目立ち、アカツキのような旅のトレーナーなどむしろ浮いて見えるくらいだ。 堅苦しい雰囲気を振り払うように、アカツキはあれこれと考えを膨らませていた。 「強いヤツが出てくるんだろうけど、オレたちなら大丈夫だよな。よしっ!!」 どんなタイプのポケモンが出てこようと、どんな戦略で戦いを仕掛けられようと、勝つのは自分だ。 ジム戦などで躓いていては、ネイゼルカップを戦い抜くなど無理な話。 どこか無気力そうな顔立ちのサラリーマンたちの脇を通り抜けていくと、右手にピラミッドのような建物が見えてきた。 「おっ、あそこだな!?」 カナタの話だと、その建物がディザースジムとのことだが…… アカツキは足を速め、ディザースジムと思われるピラミッドの前まで走っていった。 オフィス街を抜け、街の郊外。 都会のビル群を外から取り囲むように、多くの木々が植えられ、砂漠の中にいるとは思えないような新鮮な空気に満ちた一画。 そこに、周囲の景観をぶち壊すようにレンガ色のピラミッドがそびえている。 「……なんか、浮きまくってるなあ……」 口をポッカリと開くピラミッドの前で足を止め、アカツキは素直な感想を口にした。 ピラミッドという雰囲気を出すためか、塀に囲まれた敷地には粒の細かな砂が敷き詰められているのだが、それがかえって異様に見える。 これでよく景観に関する条例に引っかからなかったものだ。 とはいえ、砂漠の中にあるのだから、ピラミッドもある意味当然と言えるだろう。 古代エジプトにおいては、ピラミッドは王(ファラオ)の墓として作られた神聖な場所であるとされている。 ビル群と森という、砂漠には不釣合いなモノが周囲にあっては、ピラミッドが浮いて見えるのは仕方のない話だ。 「……いや、でもこれがジムリーダーの狙いなんだ。シャキッとしなきゃ!!」 アカツキは頭を振った。 景観によって、気持ちを惑わそうとしているのかもしれない。 もしそうだとしたら、ジムリーダーは戦う前から挑戦者のやる気を削ぐという作戦に打って出たということになる。 もう少しでその術中に嵌るところだったと、アカツキは小さくため息をついた。 ピラミッドの中にバトルフィールドがあるのだろう。 だとすると…… 「地面タイプとか使ってくんのかな? ま、それだったらネイトとリータでやっちゃえばいい話だし。 入ってみりゃ分かるよな。よし、行こうっ!!」 アカツキは気合を入れ直し、誘うように口を開くピラミッドに足を踏み入れた。 まっすぐに延びた薄暗い通路は黒い石が敷き詰められており、天井からは申し訳程度の照明しか差し込まない。 だが、この先にジムリーダーがいる。 手薬煉引いて待ち構えているのか、それとも……? 陽気なアカツキも、ジム戦を前にしてはさすがに緊張を強いられる。 拳をグッと握りしめ、真剣な面持ちを通路の先におぼろげに見えてきたバトルフィールドに向けている。 通路は思ったほど長くなく、十秒ほどで終わり、その先には荒野を思わせるバトルフィールドが広がっていた。 草一本生えない、土と岩で覆われた殺風景な景色が広がっている。 天窓が設けられているのか、天井から差し込んでくるのは人工の照明ではなく、正真正銘、太陽の光。 余談だが、ピラミッドを建造していた古代エジプトでは、太陽は神聖なものとして崇められていたらしい。 ジムリーダーにそうした趣向があるのかは分からないが、何気に凝っていて、アカツキには意外と受けが良かった。 まあ、それはともかく…… 「……? あれ、あの人がジムリーダー?」 フィールドの隅っこで、こちらに背を向けてしゃがみ込んでいる男。 ジムリーダーでないにしても、ジムの関係者だろう。 そう思い、アカツキは声をかけた。 「あの〜、すいませ〜ん。ジム戦に来たんですけど〜」 朗々と響く声にピクリと肩を震わせ、男はしゃがみ込んだまま振り返ってきた。 「アァ?」 どうでも良さげな声を発しながら、なんだかやる気のなさそうな態度を見せる。 「チャレンジャーか?」 「うん!! ジム戦に来たんだ!!」 「そっか……んじゃ、相手してやるよ」 挑戦者だと分かると、男……青年は立ち上がった。どこか動きにキレが見られなかったのは、やる気がないからだろうか。 どこか緩慢で、やる気がなさそうに見える。 だが、アカツキは相手の目を見て、この人がジムリーダーだと悟っていた。 背丈はそれほど高くないが、しっかりとした身体つきで、年の頃は二十歳過ぎだろうか。 好き勝手な方向に跳ねた茶髪に、やや童顔ながらも精悍な顔つき。 背中を向けてしゃがんでいた時は何を着ているのかよく分からなかったが、立派な(であろう)スーツをだらしなく着崩している。 「なんかやる気なさそうだけど、ジムリーダーなんだよな……一応」 欠伸など欠きながらスポットへ歩いていく青年を眺め、アカツキは今まで戦ってきたジムリーダーの顔を脳裏に浮かべた。 フォレスジムのジムリーダー・ヒビキは、ミライの父親にしてマジメ一筋の性格が印象的だった。 アイシアジムのジムリーダー・ミズキは、街のために身を粉にして働く、意外と情熱的な女性だった。 で、今回のジムリーダーは…… やる気がまるで見られず、相手にする方がやる気を失くしてしまいそうな倦怠感を漂わせている。 もっとも、見た目と中身が必ず一致するのなら、世の中はもっと単純に再構築されているだろうが。 ともあれ、アカツキもスポットについた。 それを確認すると、青年――ジムリーダーが腰のモンスターボールを手に取って、指の先でクルクルと回し始めた。 やる気がなさそうな割には手先が器用だが、それは関係なさそうだ。 「んじゃ、ルールを説明してやるよ」 再度欠伸を欠いてから、眠たそうに目を擦る。 「…………」 アカツキは相手の態度に引きずられまいと、拳をグッと握りしめ、真剣な表情でジムリーダーを見やった。 これは相手の策略だ。 やる気がないと見せて、相手に安心感(に似たようなもの)を与え、その隙を突いて苛烈な攻撃を仕掛けてくる…… そうでも思わないと、本当にやっていられなくなりそうで怖い。 「坊主、ダブルバトルって知ってっか? アァ?」 ルールを説明すると言っておきながら、出し抜けに問いを投げかけてきたが、アカツキはすんなりと答えてみせた。 これでも、旅に出るまでにあれこれと勉強してきたのだ。ポケモンバトルの形式くらいは知っている。 「ポケモンを二体ずつ出して戦わせるバトルだろ? 知ってるよ、そんくらい」 「それなら話が早ぇな」 アカツキの回答に満足したのか、ジムリーダーは口の端を吊り上げ、ルールの説明に入った。 「このジムのルールは、それぞれ二体のポケモンを使ったダブルバトルだ。 最初にエントリーした二体だけしか使えねえから、誰を選ぶかが運命の分かれ目ってトコだな」 回転力を失ったボールを指先で真上に弾き、浮かんだボールを手で掠め取る。 「まあ、ここんとこ挑戦者がいなかったんでな。 加減できなくてやりすぎちまうかもしれねえが、そこんとこは勘弁しろよ」 「加減なんて要らないって。ポケモンバトルはいつだって全力投球じゃなきゃ!!」 「ま、そりゃそうだ」 苦笑する青年。 アカツキは素直な印象として、手強い相手だと受け止めていた。 やる気がなさそうに見えて、本当は自身の実力に自信を持っているのだ。 ポケモンバトルは常に全力投球。 妥協などしていては……叩きのめすべき相手に情けなどかけていては、勝てるものも勝てなくなる。 それはある意味、戦争に似ている。 もちろん、殺したり殺されたりすることがないから、戦争とは似て非なるものと言い換えられることもある。 それはともかく、バトル開始のゴングが鳴るのも、そう遠くなさそうだ。 「まずは俺のポケモンから見せてやるぜ。 ニドキング、アーマルド、出番だぜヒャッフォ〜♪」 最後に奇声など上げながら、両手に握りしめたボールをフィールドに投げ入れた。 荒れ放題の荒野を模したフィールドに着弾したボールが口を開き、中から飛び出してきたのは、立派な体躯を誇る二体のポケモンだった。 「ニドキングとアーマルドか……じゃ、ここのジムは地面と岩タイプだな。 な〜んだ、見た目どおりじゃん」 鋭い眼差しで睨みつけてくるポケモンなど意に介さず、アカツキはこのジムが得意とするタイプを悟った。 地面と岩……確かにフィールドから連想されるタイプだったし、ピラミッドのような外見にも通じている。 二つのタイプとも、水タイプと草タイプに弱いが、 ニドキングとアーマルドが持っているタイプから考えると、草タイプのポケモンを出すのは危険だろう。 アカツキから向かって左手に陣取っているのがニドキング。 淡い紫の恐竜のような外見で、毒と地面タイプを併せ持つ。 額にはダイヤモンドさえ貫くと言われる立派な角を頂き、丸太のように太い尻尾は、木々さえ容易くなぎ倒さんばかりだ。 一方、右手にはアーマルド。 黄色に縁取られた鮮やかなブルーの身体を持ち、全身が頑丈な鎧に覆われている。 タイプは虫と岩を併せ持ち、指はないが手のように使える前脚はすごい勢いで伸び縮みすると言われている。 その威力たるや、鉄板を容易く貫くとさえ囁かれるほどだ。 どちらも攻撃力が高く、持ち前のパワーで相手をガンガンなぎ倒していく戦いを得意とするポケモンだ。 「弱点は……水タイプが共通してんだな。 あとは……バラバラだから、ネイトは出すとして、あとは誰にしようか」 アカツキはニドキングとアーマルドを睨み返し、どのポケモンを出すか思案した。 地面と岩タイプだけであれば、ネイトとリータを出せば事足りるのだが、二体が持つ先述以外のタイプが厄介だ。 ニドキングは草タイプの天敵である毒タイプの技を得意とするし、アーマルドも草タイプに強い虫タイプの技を使う。 リータを出したのでは、弱点を突くどころか、逆に突かれてしまうのだ。 ネイトは両者の弱点を突くことができるから、決定。 残り一体がネックであり、アカツキの戦術を決定づける重要なキーマン。 ダブルバトルはポケモンを同時に二体駆って戦わなければならない。 ゆえに、ポケモン同士の連携も重要になる。 それを考えた上でポケモンを選ばないと、相手のいいようにされてしまうだけだ。 誰を出そうか考えをめぐらせる。 ジムリーダーはアカツキの答えを急かすでもなく、立派な体躯のポケモンに守られるように陣取って、ニヤニヤと笑みを浮かべている。 どんなポケモンを選んだって無駄だと言いたげだったが、アカツキは意に介さなかった。 「ドラップじゃ地震とか食らいそうだからなあ……ラシールは岩タイプに弱いから出せないし。 そうなると、アリウスっきゃないかな?」 ニドキングもアーマルドもスピードに優れているとは言えないが、地面タイプのニドキングなら、絶大な威力を誇る『地震』を使えるはずだ。 地面タイプが唯一の弱点となるドラップを出すのも躊躇われる。防御面だけでなく、近づかなければ攻撃できないというのもネック。 そうなると、アリウスしか考えられない。 攻撃力自体はそれほど高くないが、ネイトに匹敵するほど素早く、持ち前のスピードで相手を翻弄する戦いを得意とする。 しばらく考えた後、アカツキはアリウスを出すことに決めた。 ジム戦デビューさせても大丈夫だと思っているし、相手がパワーで攻めてくるなら、こちらはスピードで対抗するしかないと理解したからだ。 「よし、行くぜっ!!」 アカツキはモンスターボールを手に取ると、フィールドに投げ入れた。 「ネイト、アリウス、出番だっ!!」 トレーナーの意思に応え、ボールは着弾する前に口を開き、中からネイトとアリウスが飛び出してきた。 「ブイブ〜イっ♪」 「キキッ!!」 二人ともやる気満々と言った様子で、自分たちの倍以上はあろうかという立派な相手を前にしても平然としていた。 「ほォ……なかなかアジなヤツ出してくるじゃねえか、アァ?」 肝が据わっている二体のポケモンを見やり、ジムリーダーは眉を上下させた。 どんな戦いを見せるのか、楽しみに思っているようだ。 「まァ、勝つのはオレ様だけどな……」 どんな相手が出てこようと、ニドキングとアーマルドのパワーアタックで捻りつぶせば済むだけだ。 戦う前から勝利の方程式を解き明かしているように、ジムリーダーの顔には余裕がありありと見て取れた。 「戦う前に、互いのことを知っとかなきゃな。 オレ様はヴァイス……このディザースジムのジムリーダーだ。 坊主、おまえの名前はなんてんだ? アァ?」 ジムリーダー――ヴァイスはからかうような、挑発的な口調でアカツキに問いかけてきたが、そんなものに心動かされたりはしない。 格闘道場で培ってきた心の強さは伊達ではないのだ。 拳を握りしめたまま、相手の目を一直線に見つめ返して名乗りを上げる。 「オレはアカツキ!! レイクタウンから来た!!」 「ふふん、なかなか活きがいいな。ま、その方が戦い甲斐があるってモンだ」 フィールドに響くアカツキの声に驚くことなく、ヴァイスは淡々と構えていた。 なるほど、レイクタウンから遥々挑戦しに来るワケだ。 そういえば以前、レイクタウンから同じくらいの年頃の男の子が挑戦しに来たが…… 「ま、あん時くらい楽しませてくれりゃ、それでいいんだけどな……」 ヴァイスにとって大事なのは勝ち負けではない。 どれだけポケモンバトルで楽しみ、心躍らせられるか、だ。 勝ち負けだけにこだわっていては、本当の意味でいいポケモンバトルはできない。 もちろん、勝ち負けもあるが、優先順位としてはそれほど高くない。 果たして、この活きの良い男の子はどんな戦いを見せてくれるのか? ダブルバトルではポケモン同士の息がピッタリと合っていなければ、戦い抜けない。 「よし、それじゃあバトルを始めようか」 指の関節をボキボキ鳴らし、ヴァイスが不敵に笑う。 審判はこのジムにいない……というより、必要ないからつけていない。 アカツキは別に、審判がいなければ嫌だと言うつもりはなかったし、審判抜きでバトルするのがルールなら、それに従うつもりでいた。 「先手は譲ってやるぜ。どっからでもかかってこいやァ!!」 ヴァイスは声を張り上げると、手でも「かかってこい」と示してみせた。 相手を懐に引き入れてから強烈な反撃をするつもりだというのがバレバレだったが、アカツキは敢えてそれに乗った。 罠を張っていても、懐に飛び込んでしまえば、水鉄砲を外すことはない。 虎穴に入らずんば虎児を得ずとはよく言ったもの。 攻撃を食らうかもしれないが、それでも思いきって飛び込まなければ勝利はつかめない。 「今回もリーグバッジをゲットしてやる!!」 強い決意と共に、アカツキはネイトとアリウスに指示を出した。 「みんな、思いきって突っ込め!!」 Side 2 「ブイっ!!」 「キキッ!!」 アカツキの指示を受け、ネイトとアリウスは吶喊を上げて駆け出した。 競うかのように、見る間にスピードが上がり、殺風景な荒野のフィールドを突っ切ってヴァイスのポケモンたちに迫る。 アカツキは相手の懐に飛び込み、アリウスが高速移動などの技で撹乱しながら、ネイトがアクアジェットで突撃するという作戦を立てていた。 相手がパワーで来るのなら、こちらはスピードを武器に立ち向かうのみ。 トレーナーの意図するところを的確に汲み取り、二体はつかず離れずといった適度な間を維持しながら併走する。 「ほォ、なかなか速いじゃねぇか」 ネイトとアリウスが土煙さえ上げながら突っ込んでくるのを見て、ヴァイスは眉を上下に大きく動かした。 さすがは大きな口を叩くだけのことはあると思ったが、その程度で驚いたりはしない。 なにせ、ジムリーダーなのだから。 ヴァイスは野太い笑みを浮かべたまま、ニドキングとアーマルドに指示を出した。 相手が弱点を突く術を心得ている以上、自分たちの実力を過信して余裕をかましているわけにもいかなかった。 「ニドキング、岩なだれ!! アーマルドはロックバースト!! おめーらのやり方で出迎えてやりなっ!!」 ヴァイスの指示に、ニドキングとアーマルドが素早く動いた。 ニドキングは太い尻尾や鋭い爪のついた腕を地面に叩きつけ、大小さまざまな岩を地面から削り出しては前方に巻き上げる。 一方、アーマルドは自身の持つ岩タイプの力を存分に発揮し、地面に無数の亀裂を生み出すと、岩と砂利を無数に噴き上げる。 「……ネイト、アリウス、左右に避けるんだっ!!」 斜め上からは岩なだれ、下からはロックバーストという名の技。 上下からの挟み撃ちを仕掛けてくるとは思わなかったアカツキは驚き、ネイトとアリウスに回避を指示した。 スピードの高さが災いするかと思いきや、二体は示しあったような動きで左右に散ると、 上下からの挟み撃ちが待ち受ける攻撃範囲から辛うじて逃れ、左右からニドキングたちに迫る。 指示を追加するタイミングを計りながら、ネイトとアリウスが相手に迫るのをじっと見やる。 その間に、ネイトとアリウスが突っ込むはずだった場所では上下からの攻撃が炸裂していた。 上からの攻撃が避けられても、下は避けられない。その逆もまた然り。 岩タイプの技は、岩という堅さから全体的に威力が高いものが多く、ヴァイスは上下からの攻撃を組み合わせることで、 やや難のある命中率と威力をこれ以上ないほど引き上げている。 ニドキングとアーマルドの呼吸がピタリと合わなければ、上下から挟み撃ちにすることなどできはしないだろう。 一見無骨に見える二体が阿吽の呼吸で行動しているのを見て、アカツキは強い絆のような力を感じ取っていた。 「ネイトとアリウスの力を合わせなきゃ、勝てない……」 だらしなくスーツを着崩した、不良のような外見とは裏腹に、ヴァイスは実力確かなジムリーダーなのだ。 ダブルバトルはポケモン同士のコンビネーションが鍵を握る。 ネイトとアリウスが最高のコンビネーションで相手を攻撃しなければ、勝ち目はないだろう。 最初の一撃で相手のコンビネーションを見せ付けられたが、それでもアカツキの作戦に変化はなかった。 ただでさえ仲間意識の強いポケモンたちである。 そんなに心配する要素もなかった。 相手に迫るにつれて、徐々にネイトとアリウスの距離が縮まる。散開していてはコンビネーションを発揮することができないと判断したからだ。 だが、それはそれでヴァイスにとっては好都合。 まとめて倒すチャンスだったからだ。 「ニドキング、毒突き!!」 真正面から堂々と迫ってくるネイトを指差して、ヴァイスが指示を出す。 ニドキングは前脚の爪に強力な毒素を滲ませると、ネイト目がけて突き出した。 毒突きは、毒を滲ませた爪や触手などで相手に突きを繰り出して攻撃する技だ。 毒タイプの技ではあるが、鋼タイプにも毒を除いた突きは通用するという特性を持つ。 これを食らえば、防御面では脆いブイゼルなら戦闘不能にもなるだろう。 しかし、ネイトはニドキングが突き出した毒の突きを紙一重で避わし、相手の巨体を掻い潜るように、真下に潜り込む。 そこへ、アカツキの指示が飛ぶ。 「アクアジェットで吹っ飛ばせ〜っ!!」 刹那、ネイトのアクアジェットがニドキングの無防備な腹に決まった!! 渾身の突きを避けられると思っていなかったニドキングは驚愕の表情で蹈鞴を踏んだが、 百キロ以上はあろうかという巨体が倒れることはなかった。 推進力の反動を利用して、ネイトがさっと飛び退いたところに、アリウスのスピードスターがクリーンヒット。 一発一発の威力は低くとも、連続で食らえば侮れないダメージになる。 腕を盾のようにかざして、次々と放たれる星型の光線を防ぐニドキング。 立て続けの攻撃に防戦一方のニドキングだが、アカツキはネイトとアリウスの攻撃が決まったことで気分が浮付いていた。 肝心なことを見逃していた。 ニドキングの壁のような巨体に隠れたアーマルドが、いつの間にかフィールドから姿を消していたことに気づいたのは、それから程なくのことだった。 「げ、やべ……」 アカツキは顔を引きつらせた。 これは自分の失態だが、だからといっていつまでも失態を悔やんでいても仕方がない。 荒野のようにただ広がるばかりのフィールドには、アーマルドの巨体を隠す障害物はない……地面の下に潜んでいるのだ。 穴を掘る技で、ネイトのアクアジェットや水鉄砲を直接食らわない場所に移動した。 そして不意を突いて攻撃してくるのだろう。 足並みが乱れたところで、ここぞとばかりにニドキングも反撃に出てくる……ヴァイスの作戦はそんなところだろう。 それを見越した上で、アカツキはネイトとアリウスに指示を出した。 「アリウス、高速移動でニドキングを撹乱するんだ!! んでもって、ネイトは雨乞い!!」 今は、見えている相手をどうにかするしかない。 見えない相手に意識を集中しすぎてもまた、本末転倒だ。 アカツキの指示に、アリウスは高速移動でニドキングの周囲を忙しなく動き回り、相手の意識を釘付けにする。 「ニドキング、ンなヤツさっさと振り払っちまえよ!! アァ!?」 ヴァイスが目障りなものでもさっさと振り払えと言わんばかりの口調で言うが、ニドキングはアリウスのスピードについていけない。 毒突きを繰り出すも、アリウスを捉えることができずにいた。 「いつアーマルドが出てきてもおかしくないし……それに、なに考えてんだ、あの人?」 ネイトが雨乞いを発動させ、乾ききりひび割れた地面に恵みの雨が降り注ぎ始めたのを視界に認めつつも、 アカツキはヴァイスが何を考えているのか読み取ろうと必死だった。 ニドキングに指示を出すくらいなら、先にアーマルドに指示を出した方が効率的だ。 見えない場所から攻撃するのだから、避けられる確率など高が知れている。 アーマルドを地面の下に残したまま、ニドキングでアリウスの相手をしているのだ……きっと、何か策があるのだろう。 アカツキはある程度警戒しつつも、ネイトがフリーになったタイミングを見計らって、指示を出した。 「アクアジェット!! アリウスは後ろに回り込んでダブルアタック!!」 いつどこでアーマルドが出てくるか分からないが、二体がかりで攻撃すれば、少なくともどちらかの攻撃がニドキングに当たるはずだ。 ある意味賭けに近い作戦だったが、ネイトとアリウスは迅速に行動した。 アクアジェットで突っ込むのと、アリウスが実の手よりも器用な二本の尻尾の手を叩きつけるのはほぼ同時だった。 前後からの挟み撃ちに避ける術がなく、ニドキングはアクアジェットとダブルアタックをまともに食らった。 ――しかし、その瞬間、ヴァイスの口元が緩んだ。 「かかったな、坊主!! カウンターで痛み恨み妬み辛み倍返しだぜっ!! アァ!?」 「なっ……!!」 まさか、受身的な戦術を持ち出してくるとは予想もしていなかった。 ニドキングは見た目から察するとおり、有り余る攻撃力を存分に発揮する戦い方が得意だ。 まさか、カウンターで攻撃を返してくるなど……アーマルドに指示を出さなかった時点で疑うべきだったのだろうが、 経験の浅いアカツキにそこまでの洞察力を求めるのは酷というものだろう。 アカツキが驚いていると、ニドキングの身体が燃えるような赤い光に包まれ、受けたダメージをネイトとアリウスに倍にして返した。 すさまじい衝撃を受け、二体は地面に叩きつけられた。 「ネイト、アリウス!! しっかりしろ!!」 アカツキは悲鳴のような声で激を飛ばすが、言われるまでもないと、ネイトとアリウスはさっと立ち上がった。 ヴァイスの作戦は、アーマルドを地面の下に隠すことで、標的をニドキングに絞り、 集中砲火を仕掛けてきた相手にカウンターをお見舞いすることだったのだ。 物理攻撃を仕掛けてくる相手にしか効果のない戦術だが、言い換えれば、物理攻撃主体の組み合わせに対しては凶悪なまでの威力を発揮する。 もちろん、アーマルドを地面の下に隠しておいたのは、それだけが目的ではない。 アカツキはハッと気づいて指示を出そうとしたが、ヴァイスの方が早かった。 「気づきやがったなァ? だが、遅いぜっ!! アーマルド、ストーンエッジ!!」 指示が響くが早いか、アリウスの足元からすさまじい勢いで地面が盛り上がり、真下から鋭く尖った無数の岩が噴出した!! 為す術もなく宙に投げ出され、アリウスは苦悶の表情を浮かべていた。 「アリウス!!」 アカツキは喉がカラカラに渇いていくのを感じた。 なんなんだ、今の技は……? ストーンエッジなど、聞いたこともない。 ポケモンの技としてポケモンリーグから認定を受けている技だが、岩タイプでも最強クラスの技ゆえ、使いこなせるポケモンが多くないのだ。 アカツキが知らないのも無理のないことだったが、アリウスが大きなダメージを受けたことだけは疑いようもなかった。 ストーンエッジは直訳すると、刃のごとく尖った石。その名のごとく、鋭く尖った岩を噴出させて相手に大ダメージを与える岩タイプの技だ。 弱点を突かれなくても、技の威力がとても高いため、相手に与えるダメージはかなり大きい。 アリウスは苦悶の表情で痛みに耐えるばかりで、とてもではないが攻撃になど回せない。 それどころか、受け身が取れるかどうかさえ疑わしい。 「こ、こうなったら……」 ニドキングにばかり気を取られていた自分のミスだ。 アーマルドは地面の下からでも攻撃する手段を持っている。 モタモタしていては、ネイトも同じようにストーンエッジの餌食になってしまう。 そうなる前に、せめてニドキングだけでも倒さなければならない。 焦りを強引に踏み消しながら、アカツキはネイトに指示を出した。 「ネイト、アクアジェットから水鉄砲!! ニドキングを倒しちまえ!!」 目に見えない相手への対処より、見える相手をどうにかする方が先決。 ネイトは視界の隅にアリウスの姿を挟みつつも、ニドキングに向けてアクアジェットを発動した。 瞬く間に距離を詰めて強烈な体当たりを食らわすが、ニドキングはその場に踏みとどまり、毒突きを繰り出してきた。 ヴァイスの指示は受けていないが、必要だと思えば自分で考えて戦う……それが真の意味で強いと呼べるポケモンの条件だ。 トレーナーがついているポケモンは、トレーナーの指示を受けて初めて行動を起こす。 ネイトの頭の中には、少なくともそんな先入観があった。 そのせいで、毒素を込めたニドキングの攻撃を避けることができなかった。 「ブイッ……!?」 アクアジェットを食らわしたまでは良かったが、水鉄砲で追い討ちをかけるまでのわずかな時間を逆に利用され、手痛い一撃を腹に食らってしまう。 腹に激痛を覚えつつも、このまま吹き飛ばされれば追い討ちされることはない。 アカツキもネイトもそう思っていたが、ニドキングの膂力は生半可なものではなかった。 攻撃のインパクトが生み出す力をも強引にねじ伏せ、ネイトをそのまま地面に叩きつける!! 「ネイト……ネイトっ!!」 弱点でないとはいえ、まともに攻撃を食らったのは痛い。 アカツキは必死になって叫んだが、ニドキングの腕と地面に挟まれたネイトはそこから動くことができなかった。 ジタバタもがくが、受けたダメージが大きかったせいか、力強さを欠いている。 降りしきる雨の水音が、虚しく響く。 だが、これならまだアリウスが着地さえしていれば…… アカツキはアリウスを見やったが、いつの間に地面から這い出していたのか、アリウスはアーマルドに抑えられて身動きが取れずにいた。 「……そ、そんなアホな!!」 これには愕然とするしかなかった。 ヴァイスは最初から、ネイトとアリウスを分断するつもりでいたのだろう。単純な能力だけで言えば、ヴァイスのポケモンの方が上である。 コンビネーションを封じ、一対一の構図を作り上げてしまえば、あとは煮るなり焼くなり好きにできる。 不良な見た目とは裏腹に、腹の底に蛇でも飼っているような戦略である。 「ネイト、アリウス……!!」 どうしたらいいのか分からず、アカツキは呆然と立ち尽くした。 パワーでは到底敵う相手ではない。かといって、抑えられている状態ではスピードを発揮できない。 このままいたぶられて負けるのが関の山だろう。 アカツキが呆然と、やり場のない気持ちを持て余しているのを見やり、ヴァイスが不敵に微笑んだ。 「坊主、さっきの勢いはどうした? アァ? 手も足も出ねえって分かったら、尻尾巻いて逃げんのかコラァ!!」 「ンなことあるか!!」 アカツキはとっさに言い返したが、迫力に欠けているのは言うまでもなかった。 良くも悪くも、嘘をつくのが苦手な男の子である。 思っていることを素直に顔に出してしまうのだ。 しかし…… 「でも、どうしたら……あーもう、どうすりゃいいんだよ!!」 焦れば焦るほど、糸は絡みつくばかり。 こんな時に冷静でいられるトレーナーなど多くないのだろうが、それにしてもアカツキはカッカしすぎだった。 ネイトもアリウスも完全に抑えられている。 入れ替えのできないバトルでは、自力で脱け出してもらうしか術はないのだが…… ネイトもアリウスも大きなダメージを受けている。 雨乞いで威力の上がったアクアジェットや、アリウスの得意技であるダブルアタックを受けて、ニドキングは息を切らしていた。 対して、アーマルドは無傷。 ニドキングだけでも倒してしまえれば、後はどうにでもなるのだろうが…… そんな単純なことさえ、今は果てしなく遠く見えて仕方ない。 「…………」 負けたからすべてが終わるという逼迫した状況ではないものの、やはり負けるのはいい気分がしないものだ。 どうにかならないものかと、アカツキは押し黙ったまま、必死に考えをめぐらせた。 絶体絶命というわけでもないのだ。 必死になって考えれば、一つや二つくらいは策が浮かぶはず。 しかし、窮鼠猫を噛むという言葉もある。 ヴァイスは悠長に構えていたりはしなかった。 「ニドキング、そのまま持ち上げてメガホーンでフィニッシュだぜっ!! アーマルドはシザークロスからギガインパクト!!」 二体のポケモンに指示を出した技は、トップクラスの威力を誇るものばかり。 攻撃的なポケモンによく似合う構成である。 「……今しかねえ!!」 ニドキングがジタバタもがいているネイトの胸倉を掴んで持ち上げたタイミングしか、反撃は残されていない。 一か八かの賭けだが、ポケモンバトルはいつでも首の皮一枚の勝利だった。楽なバトルなど一度もない。 これくらいのピンチなど、何度だって切り抜けてきたのだ。 あきらめるのはまだ早い。 アカツキは爪が皮膚に食い込んで痛むのも気にせず、ありったけの声を振り絞ってネイトとアリウスに指示を出した。 「ネイト、アクアジェットから水鉄砲!! アリウスはダブルアタックで上に逃げるんだ!!」 「んんっ!?」 策をめぐらせるだけの時間を与えたつもりはなかったが、さすがにあの程度であきらめるほどヤワではなかったらしい。 ヴァイスは訝しげに眉をひそめ、成り行きを見守ることにした。 ネイトは毒突きで大きなダメージを受け、身体に毒が回った状態でありながらも、アカツキの指示に目を大きく見開いた。 「ブイっ……!!」 渾身の力を振り絞り、アクアジェットをゼロ距離で発動させる。 ニドキングが攻撃する寸前にアクアジェットを炸裂させると、 相手にぶつかった反動を利用して距離を取り、さらに水鉄砲で追い討ちをかける!! 「ンだとぉ!? てめぇ、どこにそんな力隠してやがった!?」 手負いのポケモンとは思えないキレのある動きに、ヴァイスの顔が引きつる。 ……が、驚きはそれだけでは済まなかった。 アーマルドも、攻撃に移ろうとアリウスを解放した一瞬に隙を見せてしまった。 発動しようとしたシザークロスは、虫タイプの技。爪や鎌を交差させて相手に大きなダメージを与える技だが、 交差させるがゆえに、わずかではあるが準備時間が必要となる。 アリウスにとっては、わずかな準備時間でも回避行動に移るのには十分すぎた。 尻尾の先端の手に力を込めて、思い切り地面を殴りつけると、反動で宙に浮かび上がる!! 直後、アーマルドのシザークロスが、先ほどまでアリウスがいた場所を薙ぎ払った!! まともに食らっていたら危なかっただろう。 だが、これでギガインパクトへ繋ぐコンボは失敗に終わった。追い討ちをかけられることはない。 雨乞いで強化された水タイプの技を立て続けに食らい、ニドキングは苦悶の表情で後ずさりした。 ここまで攻撃が重なると、さすがに苦しいのだろう。 しかし、それだけで終わりはしない。 ネイトは毒突きで大きなダメージを受けており、地面に降り立つと一瞬、体勢を崩しかけた。 ニドキングに反撃されることを考え、アカツキはアリウスの技を繋ぎに入れた。 「アリウス、悪巧みからスピードスター!!」 空中にいる今なら、アーマルドの攻撃を受ける心配はない。 アカツキの指示を受け、アリウスは悪巧みで特殊攻撃力を上昇させ、間髪入れずスピードスターを発射!! 普段よりも威力が大幅に高まったスピードスターがニドキングに迫る!! 「……!!」 背後から聴こえる風の唸りに、ネイトはアリウスの技が迫っていることを察し、さっと飛び退いた。 それから一秒と経たずに、アリウスのスピードスターがニドキングに次々と決まる。 集中攻撃を受けて、さらに仰け反る。 「よし……」 窮地は脱したが、相手が倒れていない以上は油断できない。 このまま勢いに乗って勝利をもぎ取るのだ。 アカツキはバトルの行方に光明が差したのを感じ取り、自然と表情が明るくなっていた。 ニドキングに大きなダメージを与えられたのは間違いない。 戦闘不能までは遠いかもしれないが、今のうちにアーマルドにも攻撃を加えておこう。 アリウスが着地した瞬間に狙われては、ひとたまりもない。 「ネイト、アーマルドにアクアジェット!!」 アクアジェットを放たせたのは、ニドキングから攻撃を受けないようにするためでもある。 毒の回った身体では、そう長くは戦えないだろう。 だからこそ、今のうちに全力で相手を攻撃するしかない。 アカツキでさえ分かることを、毒に苦しむネイト自身が理解していないはずもない。 「ブ〜イっ!!」 ネイトは「これがオレの戦い方だ、しっかり見とけ」と言わんばかりに声を上げると、 飛び散る水しぶきと共にアーマルドにアクアジェットを仕掛ける!! とはいえ、ここでむざむざとやられるヴァイスでもない。 「いつまで戦えるかな!? アーマルド、ロックバースト!!」 ストーンエッジではネイトの動きに追いつけまい。 それなら、広範囲に岩を噴き上げるロックバーストで決めるしかない。 アーマルドはヴァイスの指示に迅速に応え、地面に岩の力を送り込み、広範囲に岩と土砂を派手に噴き上げた!! ネイトは時々噴き上がる岩を食らいながらも、ズレた軌道を根性で修正しながらアーマルドに迫る。 幸い、アリウスにはロックバーストが当たらなかったため、保険としてアリウスにも攻撃させた。 「アリウスはアイアンテール!! ネイトを援護するんだっ!!」 真正面からはネイトがアクアジェットを、真上からはアリウスがアイアンテールを仕掛けようとしている。 ロックバーストが思うような効果を上げなかったことにヴァイスはひどく驚いたものの、すぐに次なる一手を打ってきた。 「アーマルド、気合で踏みとどまれっ!! ストーンエッジ!!」 ストーンエッジは強力な技だが、攻撃範囲はそれほど広くない。 ネイトかアリウスのどちらかだけが攻撃対象だろう……アカツキはそう読んで、特に回避を指示しなかった。 ここで攻撃を止めてしまったら、ニドキングとアーマルドの合流を許しかねない。 そうなると、ロックバーストと岩なだれの挟撃を食らうだけである。 多少のリスクは覚悟の上で攻撃を仕掛けなければ、このジムリーダーには勝てない。 だが、ヴァイスの意図はアカツキの想像を遥かに上回る過酷さを秘めていた。 まずはネイトのアクアジェットがアーマルドの無防備な腹に決まり、続いてアリウスのアイアンテールが二発連続で決まった。 尻尾が二本あるため、アイアンテールなど尻尾を使った技は二度当たるのだ。 その分一発の威力が落ちるものの、弱点となる攻撃を立て続けに食らうダメージは計り知れない。 「よし、これでアーマルドにも大きなダメージを与えられた……!! このまま攻撃を続ければ……」 アカツキの思惑はあっさりと瓦解した。 アーマルドはヴァイスの指示通り、気合でその場に踏みとどまると、伸び縮みする前脚の爪を地面に押し当てて、ストーンエッジを発動した。 攻撃範囲は…… ずがぁぁぁぁんっ!! 轟音と共に、鋭く尖った大小さまざまな大きさの岩が土砂と共に噴き上がる!! 「げ……マジかよ!?」 アーマルドの捨て身の攻撃に、アカツキは思わず顔を引きつらせた。 というのも、ストーンエッジの攻撃範囲はアーマルドを中心とした狭い範囲。 ちょうど、人が三、四人手を繋いで輪を作ったくらいだったのだが、アリウスとネイトを巻き込むことができる範囲だった。 しかし、アーマルド自身も攻撃範囲内にいたため、自身で強烈な攻撃を食らうことになる。 岩が身体を強打し、ネイトとアリウスはあっという間に宙に投げ出されてしまった。 軽量級のポケモンは、相手の攻撃で容易く宙に投げ出されてしまうのだ。 「ネイト、アリウス、気張れっ!!」 どこまで保つかは分からないが、二体とも負けん気の強さはピカイチだ。 負けたくないという気持ちがあれば、限界を突き破ってでも戦い続けようとするだろう。 そんな負けん気の強さに、アカツキは賭けるしかなかった。 ……と、ニドキングが駆け出す。 宙に投げ出され、着地までの間は無防備となる二体を待ち受けて、攻撃を加えるためだ。 しかし、弱点の技を立て続けに受けてダメージが大きかったのか、アーマルドは自身の攻撃で倒れてしまった。 「なんで、そこまでして……」 アーマルドが倒れる間際に見せた、ホッとした表情。 アカツキはヴァイスがこのバトルに賭ける意気込みを目の当たりにして、言葉を失ってしまった。 ネイトとアリウスに指示を出すことさえ忘れてしまうほどに、衝撃的だったからだ。 ポケモンバトルに勝つためとはいえ、強烈な技で自身をも巻き込んでしまうなど、アカツキには到底考えられない話だった。 確かに勝ちたいとは思うが、仲間の犠牲の上で得た勝利に価値など見出せないと思っていたから、 ヴァイスの勝利への執念のようなものに衝撃を受けずにはいられなかった。 「坊主、ボーっとしてる暇がてめえにあんのかよ!! ニドキング、ストーンエッジ!!」 「……!!」 ハッと我に返ったアカツキが見たのは、ヴァイスのこれ以上ない真剣な表情。 やる気のなさそうな不良崩れはどこへやら、荒野のフィールドを挟んで対峙しているのは、れっきとしたジムリーダーだ。 今までの誰よりもすさまじい気迫を漲らせた、凄腕のトレーナーだ。 「ネイト、水鉄砲!!」 アカツキは慌ててネイトに指示を出したが、ニドキングが行動を起こす方が早かった。 ニドキングは予想外に俊敏な動きでアリウスの真下をキープすると、ストーンエッジを発動させた!! 本家岩タイプのアーマルドには劣るものの、それでも威力はすさまじかった。 落下途中の無防備なところに、真下から突き上げてくる岩と土砂の連打を浴び、アリウスはあさっての方角に弾き飛ばされてしまった。 「アリウス!!」 アリウスは地面に叩きつけられると、そのままぐったりと横たわったまま動かなかった。 ストーンエッジを三発も食らい、さすがに戦うだけの体力は残されていなかった。 「戻れ、アリウス!!」 アカツキはアリウスが戦えないことを察すると、すぐにモンスターボールに戻した。 直後、ネイトの水鉄砲がニドキングの顔面を直撃!! アリウスの仇と言わんばかりの猛烈な水流に、さすがのニドキングも怯んだ。 不安定な体勢で放ったが、なんとか命中した。 それに、水鉄砲の勢いは落下途中の不安定さを軽減し、ネイトは辛うじて着地に成功した。 ただ、毒突きにストーンエッジと、威力の高い技を食らい、身体は毒に冒されている。 この状態ではそう長々とは戦えないだろう。 フィールドには、今も雨が降りしきっている。 ネイトの特性『すいすい』を利用すれば、あるいはニドキングを戦闘不能に追い込んで、勝利することも可能だろうが…… 「ネイトも疲れてるな……こりゃやべえ」 悠長には構えていられない。 防御などする暇があったら、その手数さえ攻撃にすべて回さなければ、先にネイトが参ってしまうだろう。 ネイトは息を切らし、足元もどこか覚束ない。 ヴァイスは倒れたアーマルドをモンスターボールに戻さなかったが、まだ戦えると判断したからか……? だとすると、ただでさえ厳しい状況がさらに悪化することになる。 懸念材料が一つ増えたと思いきや、ここでヴァイスがアーマルドをモンスターボールに戻した。 「よくやった、アーマルド。 おまえのガッツ、チョー最高だったぜ。あとはニドキングに任せとけ」 ヴァイスはモンスターボールに戻ったアーマルドに労いの言葉をかけると、ニコッと微笑みかけた。 先ほど見せた鬼神のような迫力はどこへやら、今の彼はポケモンを労わる優しい青年だった。 しかし、すぐに表情が真剣なものへと変わった。 アーマルドを最初に戻していたら、ニドキングに指示を出すことができず、アリウスを戦闘不能にできなかっただろう。 だからこそ、ヴァイスは先にニドキングに指示を出し、その後でアーマルドをモンスターボールに戻したのだ。 ジムリーダーとしては的確な判断だったと言えるだろう。 「この人……なんかすげえ」 アカツキは呆気に取られたように、ヴァイスをじっと見ていた。 荒ぶる鬼神のごとき迫力を漂わせていたかと思いきや、自身のポケモンを労わる優しさを見せた。 なんだかやる気のなさそうな人だなあとは思ったものの、さすがはジムリーダーといったところか。 「でも……ここで負けられない!!」 相手がどれだけ強くとも、ここで負けるわけにはいかないのだ。 アカツキは弱気になりつつあった気持ちに鞭打って、拳をグッと握りしめた。汗に塗れた拳の生暖かさに、気持ちが冴え渡る。 ネイトもアリウスもここまで全力で戦い抜いてきたのだ。アリウスは戦闘不能になってしまったが、まだネイトがフィールドに立っている。 戦いが終わっていない以上、トレーナーが先に負けを認めるのは言語道断である。 「ニドキングだって結構疲れてんだ。アリウスが頑張ってくれたのを、無駄になんかさせられないっ!!」 もし、アリウスの代わりに他のポケモンを出していたら……きっと、ここまではたどり着けなかっただろう。 いや、岩タイプの技を弱点とせず、素早い動きが可能なアリウスだったからこそ、アーマルドを自滅に導くことができたのだ。 そう考えると、なおさらここで負けたくない……負けられないという想いが募る。 アカツキが真剣で一途な目をフィールドに向けているのを認め、ヴァイスは眉を上下させた。 「ほォ……なかなかいい顔するじゃねーか。 こうでなくちゃ、ジム戦は楽しめねぇ……」 勢いづいたかと思いきや、二体のポケモンを抑えられた途端に呆然と立ち尽くす……だが、思っていた通りだった。 ヴァイスはこれでも人を見る目に長けているという自負があった。 しばらく前にアカツキと同じくレイクタウンから来た少年とバトルしたが、彼と通じ合うものがあるようで、 互いに追い込まれながらも、これからの展開が非常に楽しみだ。 「…………」 相手がどう動くか見ていては、間に合わない。 アカツキは次の攻撃にすべてを賭けるつもりでいた。 ネイトに指示を出そうとした矢先、機先を制するようにヴァイスが言葉をかけてきた。 「坊主、なかなかやるじゃねーか。 挑戦者はそう来なくちゃな……だが、勝つのはオレ様だ!! おまえたちのすべてをオレ様たちにぶつけてみろ!! アァ!?」 どうやら、相手も次の攻防をラストにするつもりでいるようだ。 ニドキングもまた、弱点となる水タイプの技を立て続けに食らい、大きなダメージを受けているのだ。 「よーし……」 次の一手で勝敗が決まる。 もちろん、負けるつもりなどこれっぽっちもないが、どうせ雌雄を決するなら、勝利にしろ敗北にしろ、悔いが残らないようにしたい。 アカツキは胸にわだかまる気持ちを振り払い、ネイトに指示を出した。 「アクアジェット!!」 「ブイっ……!!」 アカツキの指示に、ネイトはピンと背筋を伸ばすと、派手な水しぶきを上げながらニドキングに突進した。 ニドキングがあまり素早くないポケモンと言っても、避けられたらそこで終わりだ。 しかし、ネイトはアカツキと自身の『負けたくない』という気持ちを背負い、限界ギリギリのフルパワーで攻撃を仕掛ける。 対するニドキングは…… 「ニドキング、しっぺ返し!!」 ネイトがニドキングの間合いに飛び込むタイミングを計算し、ヴァイスが指示を出す。 相手の一手は、しっぺ返し。 相手の攻撃を先に食らって発動すると、食らった攻撃の衝撃の一部を加えて反撃するという悪タイプの技だ。 この技を指示したということは…… 「アクアジェットに耐えるつもりなんだ……」 ニドキングなら耐え切れると信じているということか。 ポケモンへの確たる信頼がなければ、相手が最後の一撃を食らわそうとしている時に、後攻となる技を指示したりはしないだろう。 「でも、ポケモンを信じるっつー気持ちだったら、オレだって負けてねえ!!」 握り拳にさらに力を込める。 ネイトと過ごしてきた数年間は伊達じゃない。 あっという間に友達になり、親友になり、家族になったのだ。そんな自分たちの快進撃を止められるヤツなんていない。 アカツキはネイトの最後の一撃の威力を信じていた。 雨乞いによって降りしきる雨が空気中の水分を増やし、水タイプの威力を上昇させる。 その上、ネイトは特性を発動している。 速攻可能なアクアジェットの威力も、さらに磨きがかかっているのだ。 いくらニドキングでも、この一撃には耐えられまい。 ニドキングが、ネイトを受け入れるように腕を広げる。 相手の一撃を受けてから反撃するが、反撃に適した態勢でいることが絶対条件だ。 それにはまず、相手を懐に誘い込み、攻撃を受けた直後に拘束すること。 ニドキングはヴァイスの考えているとおりに動いた。 そして、ネイトの渾身のアクアジェットがニドキングの腹に決まる!! 「ごぉっ!? ぐぐぅぅ……」 ニドキングは強烈な突進と水しぶきを受けて倒れそうになったが、丸太のような尻尾を地面に叩きつけることで難を逃れ、体勢を立て直す。 「げっ、やべえ!! ネイト、逃げろ!!」 ニドキングを倒せると思っていたアカツキにはショッキングだった。 慌ててネイトに指示を出したが、遅かった。 懐深くに飛び込んだがゆえに、離脱までに時間もかかる。 ニドキングの腕がネイトを地面に這いつくばらせ、もう片方の腕で渾身のしっぺ返しを食らわす!! ごっ!! 二本の腕が振り下ろされ、ネイトの身体が小さく震える。 「ネイトっ!!」 無防備な背中に、強烈なしっぺ返しが決まったのだ。 アカツキの声はもはや悲鳴そのものだったが、ネイトは地面にうつ伏せに倒れたまま、ピクリとも動かなかった。 ただでさえ体力が残り少なかったのだ。強烈な反撃を食らったとあっては、戦闘不能は免れない。 フィールドに降りしきっていた雨が突然止んだ。 ネイトが戦闘不能になったことで、雨乞いの効果が切れたからだ。 「……負け、だよな?」 いくら叫んでみたところで、ネイトがむくっと起き上がってきたりはしない。それくらいは、アカツキにだって分かっている。 自身でも不思議に思うことだが、案外素直に負けというのも受け入れられるものだ。 フォレスジムで一度負けたからだろうか? そんなことを思いながら、ネイトをモンスターボールに戻そうとした矢先、ニドキングの身体が傾いだ。 「えっ……?」 負けて、もう一度出直そうと思っていただけに、アカツキは目の前の光景に面食らった。 ニドキングは自身の体重を支えきれなくなったように、仰向けに倒れると、そのままピクリとも動かなくなった。 ネイトと同じように、ニドキングもまた反撃によって力を使い果たし、戦闘不能に陥ったのだ。 「ふん……」 二体のポケモンがフィールドの中央付近で揃って倒れているのを見て、ヴァイスは荒い鼻息を漏らした。 どこか不機嫌なように見えるが、それは彼の彫りの深い顔立ちがそう見せているだけだろう。 「ニドキング、戻りな!! よ〜く頑張りやがったな、オイ!!」 ヴァイスは呆然と立ち尽くすアカツキを尻目に、ニドキングをモンスターボールに戻しながら、乱暴ながらも心のこもった労いの言葉をかけた。 「……ね、ネイトも戻ってて」 アカツキは今まで戦っていた相手がフィールドからいなくなったことで我に返り、ネイトをモンスターボールに戻した。 「よく頑張ったな……でも、勝てなかった。 ごめんな、ネイトもアリウスもよく頑張ってくれたのに……」 先に戦闘不能になったのは、ネイトだ。 審判が不在で戦闘不能を宣言せずとも、その時点でアカツキの負けだったのだ。 負けたことは悔しいが、だからといって悔しがるだけでは何も変わらない。 ネイトとアリウスの努力を無駄にしてしまったことは悔やまれるが、次はそうならないように頑張ればいい。 それだけのことだと、前向きなアカツキは率直に思うことができた。 「あー、負けた負けた……」 負けたからといって、夢が潰えるわけでも、先へ進む道が閉ざされてしまうわけでもない。 ただ、ちょっとだけ悔しくて回り道をしなければならなくなるだけ。 アカツキはネイトのモンスターボールを腰に戻すと、思い切り背伸びして、深呼吸した。 一方、ヴァイスはジムリーダーとしての務めを果たしたと満足していた。 挑戦者のポケモンを叩き伏せ、リーグバッジを守るのがジムリーダーの役目の一つだ。 相手により一層の奮起を期待するためにも、相手が誰であろうと手加減などしない。 だが、今回のバトルはなかなかに楽しめた。 気がつけば、ジム中に響き渡るような声で笑い立てていた。 「坊主、おまえ、なかなかやるじゃねーか。 最後まであきらめなかったそのド根性、気に入った!!」 「へ?」 突然笑い始めたヴァイスに、アカツキは呆然としたが、 「おまえのポケモンを信じる気持ち、なかなか熱くて粋だったじゃねーか。アァ? ま、オレ様には敵わねえがな。あっははははは!!」 言いたいことを存分に並び立て、ヴァイスはズボンのポケットから何やら小さな塊を取り出した。 「確かにおまえの負けだがな、このバトル。なかなか楽しめたぜ。 そこで、オレ様から一つプレゼントをしてやるぜ。ほれ、受け取りなっ!!」 「え……ええっ!? ちょっと待……」 アカツキが慌てふためくのを余所に、ヴァイスはポケットから取り出した物を放り投げた。 雨にぬかるんだフィールドを容易く飛び越え、放物線を描きながら飛んできた小さな何かを、アカツキは慌てて受け取った。 びちゃり、と音を立てて足元の水たまりが弾けることなど気にならないくらいだ。 手のひらに着地したものに目を落とし、アカツキは驚きのあまり大声を上げた。 「……って、ええっ!? これ、バッジじゃん!!」 フィールドはおろか、逆三角形の空間が広がるジム内に幾重にもこだまする声。 ヴァイスはしてやったりと言わんばかりの笑みを浮かべていた。 ……というのも、アカツキの手のひらで燦然と輝いているのは、見紛うはずもない、ポケモンリーグ公認のリーグバッジだったからだ。 砂粒や石を寄せ集めた、六角形に似た形の土色のバッジ。 ディザースジムを制したトレーナーに与えられる、サンドバッジだ。 アカツキはすぐに視線をヴァイスに戻すと、幾許かの戸惑いと共に、思っていることを素直に言葉にした。 「オレ、ジム戦に勝ってないっての!! それなのに、バッジをもらうわけにはいかないって!!」 リーグバッジは、ポケモンジムを制した証として、ジムリーダーから授与されるべきものだ。 アカツキのみならず、一般的にポケモントレーナーにはそういった認識がある。 だから、勝ったわけでもないのにリーグバッジをもらうわけにはいかないと思うのは、謙虚というわけではない。 いっそ突き返してやろうかと、バッジを握りしめた手を大きく振りかぶりかけた時だ。 ヴァイスはやれやれと言いたそうに、わざとらしいため息をついた。 「あのなァ……おまえ、何か勘違いしてね?」 「勘違いって?」 言葉が終わるが早いか、フィールドを縦断してくる。 水たまりがピチャリと音を立て、水を飛び跳ねさせることなど気にすることもなく。 やがてアカツキの前で足を止めたヴァイスは、得意気な笑みを口元に覗かせながら、こんなことを言った。 「まァ、フツーはそういう風に思うモンなんだけどな。 リーグバッジっつーのはな、ホントはジムリーダーがそのトレーナーを認めた証ってヤツなんだぜ。 一般的に、それがイコール、ジム戦の勝利だって思われてるだけでな。 ホントの趣旨っつーのは、相手を認め、こいつにならバッジをあげてもいいって思うヤツにあげるモンなのさ。分かったか、アァ?」 曰く、リーグバッジを渡すか渡さないかを決めるのは、ジムリーダーの裁量とのことで、ポケモンリーグもとやかく口出しできないことらしい。 もちろん、あまりにレベルが低くてお話にもならないような相手に渡すのは言語道断だが、 全力を尽くし、ジムリーダーのポケモンを戦闘不能寸前にまで追い込むほどの健闘を見せれば、 ジムリーダーによっては挑戦者の力量やポケモンへの信頼などを認めることもある。 ジム戦の結果如何に関わらず、相手を認めた上でリーグバッジを渡すことなら何の問題もない。 「…………」 ジム戦では勝てなかった。 アイシアジムでは、先に相手のラプラスが戦闘不能になったから勝利となったが、今回は逆だった。 それでもリーグバッジを放り投げ、与えてくれたのは、ヴァイスがアカツキのトレーナーとしての実力を認めたからだ。 「…………」 アカツキは天井からの照明を照り受けて輝くサンドバッジを凝視した。 「ホントにオレがもらっちまっていいんだ……」 やはり、ジム戦で勝利すればリーグバッジがもらえるという固定観念を捨てきれず、戸惑いも拭いきれない。 ただ、それでもヴァイスが自分の実力を認めた上でリーグバッジを渡してくれたという気持ちだけは大事にしたい。 彼の気持ちを大事にするということは、他でもない。 「オレ様の気が変わらねえうちに、さっさともらっとけ。 どうせ、いつまでもそうやってられるヒマなんてねえんだからよ」 「それじゃあ……いただきます」 「おう、子供は素直なのが一番だ」 「でも……」 「ん?」 アカツキは顔を上げると、ヴァイスに言葉を突きつけた。 固定観念が深く根付いている以上、完全に納得できるものではないが、その代わりに自分の気持ちも大事にしてもらいたい。 「オレ、このバッジをもらってもいいくらいに強くなる!! だから、今度もう一度勝負してくれ!!」 それは、本心だった。 どうせゲットするのなら、勝利の喜びと二重にゲットしたいものだ。 今回はこういう形になってしまったが、その代わり、いつになるかは分からないがもう一度戦ってほしい。 次こそ、本当の勝利を手にできるように。 アカツキの真剣な表情と気迫に、ヴァイスの顔から笑みが消えた。 「こいつ、なかなかイイこと言うじゃねーか」 判断力もどこか甘い子供だと思っていたが、そうでもなかったらしい。 なかなかにホネがあり、将来、どんなトレーナーになるのか楽しみだと思えるくらいだ。 「次に戦って負けちゃったら、その時はこのバッジを返すから。 でも、ジムリーダーの使ってくる手だって分かったし、次はオレたちが絶対に勝つけどさ」 「ふん、吠えてな。次は絶対に泣かしてやるよ」 「じゃ、そういうわけでいただきます」 「おう」 三つ目のバッジ……勝利して手にしたものではないが、ジムリーダーが認めてくれたことに変わりはない。 それなら、彼の認めてくれた気持ちに恥じないようなトレーナーにならなければならない。 ジムリーダーを受け取ったアカツキの義務だ。 ネイゼルカップに出場し、兄アラタと戦うという約束があるのだ。嫌でも強くならなければならないではないか。 結局、荷物が一つ増えた形になるが、その程度のことをアカツキが気にするはずもない。 アカツキはリュックからバッジケースを取り出すと、サンドバッジを内部のクッションに留めた。 これで三つ…… ネイゼルカップ出場に王手をかけた。 もちろん、これからの方が大変なのは言うまでもないが、今までの努力が報われてうれしいのは当然だ。 「さて……」 ジム戦も終わったことだし、そろそろポケモンセンターに戻って、ネイトとアリウスを回復させなければならないだろう。 気持ちを切り替えたところで、ヴァイスが思いもよらない言葉をかけてきた。 「そんじゃ、ネイゼル支部でも行くか。ついてこいよ」 「え?」 「え、じゃねーよ。アァ?」 ポケモンセンターに戻るのに、どうしてポケモンリーグ・ネイゼル支部に行かなければならないのか。 ポケモンの回復を優先するアカツキには信じがたい申し出だったが、ヴァイスは事も無げに続けた。 「近いうちにレイクタウンのアカツキってガキがこのジムに来るだろうから、 その時はジム戦の後にネイゼル支部に連れて来いって指示受けてんだよ」 どうやら、ネイゼル地方チャンピオンのサラから直々に命令を受けているらしい。 「サラって人は、トウヤが今会ってる人だよな……?」 アカツキは、今頃サラという人物と会っているであろうトウヤの顔を脳裏に浮かべた。 「……ってワケだ。 サラはおまえと会って話がしたいらしい。もちろん、断らねえよな、アァ?」 「うん!! チャンピオンと会えるんだろ? だったら行く行くっ!!」 トウヤが『この人には敵わない』と言うほどの人物だ。 それに、ネイゼル地方のチャンピオンは、アカツキにとって憧れの人物でもある。 四天王をはじめ、ポケモンリーグの最上位を占めるトレーナーはメディアへの露出が極端に少ない。 一月前までレイクタウンでのんびり過ごしていたアカツキでも、 四天王がネイゼルカップの来賓席にゆったり腰かける姿しか見たことがないくらいなのだ。 ちなみに、それはアズサとカナタではない四天王だった。 それに、アカツキはドラップのトレーナーだ。 一連の出来事の中心にいる以上は、いつかは会うことになるのだろうし、どうせならさっさと会って話をしてみたい。 カナタとアズサを護衛としてつけてくれたことなど、ドラップを守るために力を貸してくれていることに礼を言いたいと思っていたところだ。 アカツキがすっかり乗り気になっているのを見て、ヴァイスは満面の笑みを浮かべた。 子供って単純だな……と思っていることさえ、アカツキには分からなかった。 To Be Continued...