シャイニング・ブレイブ 第13章 黄昏とともに -Fang of malice-(前編) Side 1 ――アカツキが故郷を旅立って41日目。 その日、アカツキたちは三度レイクタウンへと戻ってきた。 最初はフォレスタウンから、二度目はアイシアタウンから。そして三度目となる今回は、ディザースシティから。 さすがに三度目ともなると「やっと戻ってきた〜」とか「なんだか懐かしいな〜」という言葉は出てこない。 その代わり、 「ふー、やっぱ砂漠を越えた後にゃ新鮮な景色だな」 西のゲートをくぐって町に入るなり、カナタが感嘆のため息など漏らしながらつぶやくと、 「そうね……やっぱり、砂漠なんて普通に歩くものじゃないわね」 すかさずアズサが合いの手を打つ。 そこのところは双子だけあって、息はピタリと合っている。 「でもさ〜」 押し黙っているトウヤをチラリと横目で見やりながら、アカツキが口を開く。 「もうあんなトコ通んないんだから、いいんじゃねーの?」 「まあ、そりゃそうだな」 自分の半分も生きていない男の子の至極まっとうな一言に、カナタは何度も繰り返し頷いた。 ネイゼル地方西部のディザースシティは砂漠のど真ん中にあり、レイクタウンから向かうには砂漠を横断しなければならない。 途中に給水所やポケモンセンターが多めに設けられているとはいえ、砂漠越えは旅人に身体的、精神的な負担を強いるものに変わりはない。 とはいえ、アカツキの言うとおり、彼の旅では砂漠を通る予定はもうないのだから、特に気にすることでもないのだろう。 ディザースジムのジム戦で負けてしまったとはいえ、ジムリーダー・ヴァイスがアカツキの実力を認めてくれたため、 リーグバッジをゲットすることができた。 それに、ネイゼルリーグのチャンピオン・サラからも、貴重な戦力を拝借することができた。 当分はディザースシティに行くこともないだろう。 砂漠を越えた後には、この町のポケモンセンターでゆっくりと休息を取るべきである。 「それで、次の目的地はウィンシティなんだよね?」 「うん」 ミライが周囲の景色を懐かしむように眺めながら言うと、アカツキは即座に頷き返した。 ネイゼルカップ出場に必要なバッジは四つ。そのうち三つをゲットしたのだから、残りは一つ。 最後は、レイクタウンの南に位置するウィンシティのウィンジムだ。 もうここまで来たと言うべきか、それともまだ残っていると言うべきか。 そこのところは、その時その時によって違うものかもしれない。 「そういや、ウィンジムのジムリーダーって、強いんだろうな……兄ちゃんが負けちまったって言ってたし……」 アカツキは右手に見えてきたネイゼルスタジアムに目を向けながら、胸中でつぶやいた。 セントラルレイクの中央に鎮座する壮麗なスタジアムで、年に一度のバトルの祭典・ネイゼルカップが開催される。 トレーナーとして戦いの大舞台に臨むためにも、ここはウィンジムで勝利し、最後のリーグバッジをゲットしなければならない。 しかし、自分よりも数段強いトレーナーである兄アラタでさえ、ウィンジムのジムリーダーに敗北を喫したという事実が重くのしかかっている。 いつものアカツキなら「そんなの関係ないさ♪」と軽く笑い飛ばすところだろうが、 ジム戦を三度経験してきて、ジムリーダーの底知れぬ強さを垣間見た今は、そんな生半可な気持ちは抱けそうにない。 だからといって挑戦する前からあきらめていては、ネイゼルカップの出場など到底無理な話。 兄が負けたからといって、自分まで負けるとは限らないのだ。 ネイゼルスタジアムの壮麗な外観が放つ威圧感に、気持ちが少しブルーになってしまっただけだろう…… アカツキは気を取り直し、ポケモンセンターを目指した。 毎度のことだが、自宅には帰らない。 リーグバッジを四つ集め終わるまでは帰らないという決め事をしているのだ。 それはアカツキなりのケジメのつけ方であり、決意の印でもある。 ネイゼルカップでアラタと戦う以上は、生半可な気持ちでは太刀打ちできない。 自分が十二年間暮らしてきた家は、とても居心地が良くて、辛いことがあっても優しく包み込んでくれる。 その居心地の良さに甘えてしまいそうだから、他の街から戻ってきても、ポケモンセンターで寝泊りすることにしたのだ。 「でも、あと一つなんだ。あと一つで、兄ちゃんと同じ場所に立てるっ!! よ〜し、ガンバんなきゃ!!」 アラタがウィンジムで負けたのは、調子が悪かったからだろう。 そうでなければ、普通に戦って負けることなどありえない。 アカツキにとってアラタは自慢の兄だ。 ポケモンマスターになるのなら、いずれは乗り越えていかなければならない高い壁でもある。 相手が同じ血を分けた兄だからこそ、負けたくないという気持ちも強くなる。 気合を入れ直し、十字路を左折する。 右折するとネイゼルスタジアムにたどり着けるが、今はまだ用がない。 ネイゼルカップで戦うトレーナーとして門をくぐると決めているアカツキが、そちらへ足を向ける道理はなかった。 のどかな町並みを東西に貫くショッピングモールに入ると、少しは賑わいが出てきた。 「やっぱり、静かな町ね。こういうところは、嫌いじゃないわ……」 アズサが道の両脇に建ち並ぶ店の佇まいに目を向けると、今度はカナタが頷き返した。 「ま、そうだな。トウヤもそう思うだろ?」 「ん……? うん、まあな」 先ほどから何やら一人で考え事に耽っていたトウヤも話に巻き込む。 そのせいか、ずいぶんとたどたどしい口調だった。 アカツキとミライは、何かあったのかなと思い、顔を見合わせた。 ディザースシティを出てからというもの、トウヤの口数は極端に少なくなっていた。 カナタやアカツキと比べればそれほど多いものではなかったが、それでも無言ということはなかった。 「ロータスのことであれこれ考えてんのかな?」 アカツキは、トウヤがサラから拝借したメタグロス――ロータスのことを考えているのかと思ったが、それを直接訊ねることはしなかった。 彼にだって考えに耽ることはあるだろうし、茶々を入れて雷を落とされるのも嫌だった。 どうすべきかと、改めて思案していると、カナタがバンバンとトウヤの肩を叩きながら笑った。 「ソフィアの連中のこと考えてんだろ。 でもまあ、襲ってきたってロータスで返り討ちにしてやりゃいいじゃねえか。 だからよ、そんな深刻に考えることねえって。 仏頂面のおまえなんぞ見たって、おかずの足しにもなりゃしないんだからさ」 「あんさん、よくもまあそこまでズケズケ言いはるなあ……」 無遠慮な物言いに、トウヤもさすがに呆然としていたが、カナタはむしろ褒め言葉だと言わんばかりに口の端を吊り上げた。 「それが俺の性分でね」 「ええ趣味しとるわ。ホンマ、アズサはんが苦労しはったワケや」 「まったくね……」 他人をからかう趣味を持っているとは、本当に困った人だ。 だが、それもまたカナタの強みだろうと、トウヤは素直に思った。 アカツキが大人になったら彼のようになるのか……そう思うと、さすがに笑えなかったが。 アズサはどうやら、双子の弟のこの性格に損をさせられたことが多いらしく、彼に尖った視線を向けていた。 「…………」 「…………」 アカツキとミライは、一体どうなるのだろうと思いながら、彼らのやり取りに耳を傾けていた。 子供が割って入っていいような話ではなさそうだ。 「でもま、あんさんの言うとおりやな。 今さら考えとったってどうにもならせえへんけど……分かっとるんやけどな、嫌な予感がするんや。 虫の知らせ……っちゅーんか? そんな感じや」 やがて、トウヤは深々とため息をついた。 普段の彼なら、年下のアカツキやミライに弱いところなど見せはしないが、ため息を隠そうともしないのだから、かなり深刻に考えていたのだろう。 「トウヤ……」 まさか、そこまで考えていたとは…… アカツキはトウヤが真剣に考えをめぐらせていたのを知って、なんだか無性に恥ずかしくなった。 ここしばらくはソフィア団の襲撃もなく、どこか気持ちが浮付いていたのかもしれない。 本当は、ネイゼルカップのことよりも、ドラップを奪い取ろうとしている連中のことを考えなければならないのだろうが…… 確かにカナタの言うとおり、サラからロータスを拝借したのだ。 こちらから打って出ることができないとはいえ、それほど恐れる必要もないかもしれない。 「分かってるって言ってたけど……」 虫の知らせ、というヤツだろう。 トウヤが不安を拭いきれない最大の原因は。 理論や計算で割り切れるようなシロモノではないからこそ、処理に困るものなのだ。 アカツキとミライが表情を曇らせたことに気づき、トウヤは頭を振った。 「こんなシケた話、ここでオシマイや。 襲ってくる時にゃ襲ってくるんやし、今さらウジウジウジウジ考えとったって仕方あらへんな」 演技だとしても、彼が普段どおりの口調でしゃべったものだから、アカツキとミライはホッとした。 ソフィア団がダークポケモンを持ち出してまで何をしようとしているのかは知らないが、アカツキたちがやるべきことはただ一つ。 彼らが血眼になって捜しているドラップを守りぬくこと。それだけだ。 「さ、ポケモンセンターでゆっくり休むで? 明日からは、ウィンシティ行かなあかんのやからな」 「もちろん!!」 おどけるような笑顔で言うトウヤに、アカツキも笑みを浮かべて言葉を返した。 どちらにしても、明日はウィンシティに向けて出発するのだ。 今日はポケモンセンターでゆっくりと休み、砂漠越えで消耗した体力を取り戻さなければならない。 いざという時に体力が尽きて動けなくなってしまったら、それこそ本末転倒。休める時に休む……それが鉄則だ。 それからは他愛ない話をしながら、緩やかなカーブを描くショッピングモールの道を歩いていく。 町に入って十分ほど経ったところで、ポケモンセンターにたどり着いた。 ロビーは相変わらず閑散としていたが、その方が人の目を気にせずに済んでいい。 アカツキはカウンターの向こう側で何やら忙しげに働いているジョーイに駆け寄り、声をかけた。 「ジョーイさん。今晩、泊まりたいんだけど」 「あら、アカツキ君じゃないの。久しぶりってほど久しぶりじゃないけど、少し見ない間に背が伸びたね」 ジョーイは仕事の途中だったが、抱えていたカルテの束を机に置いて、アカツキを笑顔で出迎えてくれた。 利用者と触れ合うこともまた、仕事の一環なのだ。 増してや、何年も世話をしている相手なら、なおのこと。 「そう? オレじゃよく分かんないけど……」 アカツキは「背が伸びたね」と言われても、ピンと来なかった。 別に視線が以前よりも高くなったとは思っていないし、身長が伸びたとしても、何かしらと比べるものがなければ分かるはずもない。 アカツキが何やら真剣に考えているのを見て、ジョーイは笑みを深めた。 まだまだ子供ね……と言いたげだったが、すぐ仕事に復帰した。 「泊まりたいんだよね?」 「うん。男が三人、女が二人なんだけど……」 「ども〜」 「あら……」 アカツキにつき従うようにカウンターにやってきたトウヤたちを見て、ジョーイは目を細めた。 いつの間にか、友達(?)が増えているではないか。 元々、アカツキは誰とも気怖じすることなく接する男の子だったが、ついにターゲットを大人にまで広げたのだろうか。 もちろん、そんなのは冗談だと知りつつも、ジョーイは微笑ましい気持ちでいた。 「調べるから、ちょっと待っててね」 アカツキ一人なら多少待たせてもいいだろうが、一緒に旅をしている人がいる以上は、そうもいかない。 大急ぎでパソコンを操作し、客室の使用状況を調べる。 特に男と女の二部屋という条件は出されていなかったが、それくらいは聞くまでもない。気配りもまた、仕事の上では大切なことだ。 ロビーが閑散としているのなら、何も部屋など調べなくてもいいのだろうが、 見晴らしのいいところが残っているかどうかは、調べてみなければ分からない。 それから程なく調べ終え、ルームキーを発行した。 「二階の廊下の突き当たりにある部屋を二つ取りました。ごゆっくりどうぞ」 「うん、ありがとう、ジョーイさん」 ルームキーを受け取り、アカツキはトウヤたちを連れて部屋へ向かおうとしたが、その背にジョーイの言葉が。 「あ、そうだ、アカツキ君」 「? なに?」 彼女がそう口火を切った時、決まって何かあるのだ。 アカツキは足を止めて振り返った。その先には、職業病とは違う笑顔があった。 「一昨日なんだけど、アラタ君が帰ってきたわよ」 「え? 兄ちゃんが!?」 彼女の言葉に、アカツキの目の色が変わった。 自慢の兄を、誰よりも尊敬しているからだ。 「ええ。家で寝泊りしてるけど、時々キサラギ博士の研究所に行ってるみたいよ。 何でも、旅先でゲットしたポケモンの様子を見に行くんだって言っていたわ」 「キョウコ姉ちゃんの家に行ってんだ……」 旅に出てからは一度しか会っていない兄。 今、彼はどんなポケモンをゲットしているのだろう? 一度芽生えた好奇心は、連鎖反応でガンガン大きくなり、歯止めが効かなくなる。 「よし、キョウコ姉ちゃんの家に行こう!!」 久しぶりに兄と話をしたい。 「トウヤ。オレ、キョウコ姉ちゃんの家に行ってくる!! 部屋の場所は分かるから、先行っといて。それじゃ!!」 宣言するが早いか、アカツキはルームキーを押し付けるようにしてトウヤに手渡すと、疾風のごとき速さでポケモンセンターを飛び出した。 「相変わらず決断が早いな……」 呆れているのか感心しているのか、どちらとも取れるような口調で、カナタがポツリとつぶやく。 自動ドアが閉まり、アカツキの背中が見えなくなった。 四天王がついているのだから、ソフィア団もそうそう手出しはできないだろう。 町の規模としては小さいし、何か騒ぎがあればすぐに伝わる。 今日くらいは、アカツキの好きにさせてやろう。 そう思い、誰も文句は挟まなかった。 Side 2 アカツキは緩やかな坂道を登り、S字カーブの道を走りぬけ、キサラギ博士の研究所にたどり着いた。 兄ちゃんに会える……!! そんな期待に胸を弾ませ、研究所の戸を軽く叩く。 キサラギ博士といくら親しい間柄とはいえ、勝手に敷地に入るのは良くないだろう。 「わざわざそんなことしなくてもいいのに……」 ……と、困ったように笑いながら言われても、毎回断りを入れてから敷地に繰り出している。 勝って知ったる何とかという言葉があるが、親しき仲にも礼儀ありを地で行っているのだ。 十数秒待ったところで、戸が開き、キサラギ博士が顔を覗かせた。 「あら、アカツキちゃん。戻ってたのね」 「おばさん、久しぶり!!」 「うん。相変わらず元気ね。良かったわ」 相変わらずの白衣姿だが、彼女は滅多に研究所を離れることがない。 敷地に放されたポケモンの世話もしているのだから、そうそう離れられるものではないのだ。 彼女はアカツキが元気にしていると悟ると、笑みを深めた。 以前、研究所の敷地内でヨウヤ率いるダークポケモンの襲撃を受け、彼女もアカツキが置かれている状況を察しているのだ。 だからこそ、元気にしていると分かって、ホッとしている。 「あのさ、おばさん……」 「分かってる。アラタちゃんに会いたいんでしょ? キョウコも一緒だけど、ナンダカンダ悪びれても、やっぱりアラタちゃんのこと、好きみたいなのよね。 ……あら、話しすぎちゃったね。 二人は水場にいるわよ。行ってらっしゃい」 「うん、ありがと!!」 アラタがどこにいるのかが分かれば、じっとしてはいられない。 キサラギ博士が手を振って見送る中、アカツキは柵を飛び越えて、敷地に入った。 敷地には相変わらず長閑な光景が広がっていた。 ミルタンクが寝転がっていたり、木の枝に留まった鳥ポケモンが羽根を綺麗にしていたり。 以前、いろいろと騒ぎがあって、敷地のポケモンもビクビクしているのではないかと思ったが、そういった後遺症はなさそうだ。 「みんな元気そうだな……良かった」 あれから今まで、一度もここには足を運んでいなかったが、心配が現実にならなかっただけまだマシだった。 ホッとしたのも束の間、前方から爽やかな風が吹きつけてきて、アカツキの気分は晴れ渡る空のように清々しくなった。 「ん〜、気持ちイイ〜!!」 なだらかな下り坂を一気に下り、前方に広がる林の脇にある水場を目指す。 水場には多くのポケモンが集まるが、もしかしたらアラタとキョウコはポケモンの世話でもしているのかもしれない。 「兄ちゃん、元気にしてっかなあ……?」 元気にしていないという方が考えられなかったが、それでもやはり気にしてしまうのは、相手が実の兄だからだろう。 水場は多くのポケモンで埋め尽くされていたが、その合間に見慣れた姿を認め、アカツキは足を速めた。 雲ひとつない空は早くも朱色に染まりかかっていた。 明日まではそんなに時間が残っていないのだろうが、話したいことはたくさんある。 何から話そうか…… そう思いながら走っているうち、アラタが気づいて手を振ってきた。 「兄ちゃん!!」 アカツキはパッと表情を輝かせ、手を振り返した。 すぐに距離が詰まり、彼の前で急停止。 近くにいたポケモンたちは、アカツキの勢いに驚いて水中に逃げ出してしまったが、そんなことなど気にしなかった。 「あら、ジャリガキ。元気そうね〜」 声をかけようとした矢先、キョウコが意地悪な笑みなど浮かべながら先に話しかけてきた。 特に悪気もなさそうだし、これが彼女のスキンシップなのだ。 キョウコの言葉を軽く避わし、アカツキは笑顔をアラタに向けた。 「もちろんだよ。兄ちゃん、久しぶり!!」 「おう、元気そうだな」 それだけでお互い、元気に過ごしていたというのが分かる。 兄弟の間では、多くの言葉など要らないといったところか。 「感謝祭のバトル、見たぜ。 こいつのラチェ相手に、なかなかいいバトルしてたじゃねえか。あれからさらに腕上げたんだな。驚いたよ」 「ありがと。でも、負けちゃった」 「まあ、ラチェの攻撃力はデタラメだからな……しょうがねえさ」 「ふふん。当然ね。ジャリガキに負けるほど、あたしは落ちぶれちゃいないのよ」 やはり、アラタは感謝祭のバトルを観てくれていたのだ。 当日はウィンシティに出かけていたとかで、テレビで観戦していたが、アカツキとキョウコのバトルは手に汗握るほど興奮した。 トウヤとカイトが組んだバトルも観たが、そちらも見ごたえ十分だった。 そこまでやるようになったかと、素直に賞賛したほどだ。 とはいえ、キョウコのポケモンに勝つためにはさらなる精進が必要だろう。 アラタの言うとおり、ラチェの攻撃力はデタラメに高いのだ。 自信たっぷりに言うキョウコだが、アラタと同じように、ウカウカしてはいられなかった。 このまま怠けていたら、いくらポケモンが強かろうが、それ以上にアカツキがトレーナーとしての実力を身につけてしまうだろう。 今度は、以前ほど簡単には勝てないだろう……それが彼女の本音だった。 「で、どうしたんだ? すげー勢いで走ってきて」 「うん、兄ちゃんといろいろ話したくなってさ。ジョーイさんから聞いて、すっ飛んできたんだ」 「おいおい、オレは何も逃げ隠れしねえんだから、そんなに慌てなくてもいいだろ」 アカツキが息を整えながら笑顔で言うと、アラタは困った顔で肩をすくめた。 同じ町にいるのだから、急がなくても会える。 だが、アカツキはアラタに会いたいと思ったから、ここまで突っ走ってきたのだ。それを悪く言うことはできない。 「でもまあ、おまえも少したくましくなったモンだよな。 旅に出るまでは、ホントに旅なんてやってけるのかって思ってたけど、取り越し苦労だったんだよな」 「当然っ♪」 アラタの言葉に、アカツキは胸を張って頷いた。 あまりに単調だったものだから、キョウコは眉を上下させながら言い募った。 「調子に乗ってんじゃないわよ。あんたなんて、いつでもケチョンケチョンに伸せるんだから」 「次に勝つのはオレなんだから!!」 「言うようになったわね〜。んじゃ、試してみましょうか?」 モンスターボールを手に取り、不敵な笑みを口元に覗かせる。 見せ付けるようにボールを突きつけ、挑発するが…… 「今日はパス」 アカツキはあっさりと挑発を見抜いた。 「ここでやったら、他のポケモンたちに迷惑かけるだろうし…… それに、今日はゆっくり休んで、明日からウィンシティ目指すんだ。 最後のバッジだから、気合入る!!」 「へえ……あんたもついに三つバッジをゲットしたんだ。やるようになったわね」 挑発を容易く見抜かれても動じることなく、キョウコは笑みを深めた。 「だったら、ネイゼルカップで潰したげるわ。その方があんたもスッキリするでしょ?」 「おいおい、それはねえって」 さすがに聞き捨てならないと思ってか、アラタが割って入ってきた。 彼女の口の悪さはいつものことだからと、彼もまた笑みを浮かべていた。 「だって、アカツキはオレとバトルするってことになってんだぜ? その前に負けるなんてありえねえよ」 「あら、それはどうかしら。 あんたとバトルして勝った後、あたしに散々にやられるってパターンも考えられるじゃない?」 「うわ、サラリととんでもねえこと言いやがるな、おまえ」 これにはアラタも閉口した。 スクールを主席で卒業しただけあって、キョウコの頭の回転はとても速いのだ。 挑発さえ容易く切り返し、相手を沈黙させる。 その頭脳を別のところに回せばいいのに……周囲は彼女の勝気な性格に頭を痛めていたりするが、そんなことはお構いナシだ。 苦笑するアラタを余所に、キョウコはさらに言い募る。 「この前みたく余裕残ってる状態で勝つってのも興醒めなのよ。 だから、死ぬ気で努力してもらわないと……」 「もちろん!!」 死ぬ気で努力したってあたしには勝てないわよ。 彼女は暗にそう言っていたのだが、残念ながらアカツキには額面どおりに受け止められた。 グッと握りしめた拳を眼前に突き出して、勝気な彼女に負けじと声を弾ませた。 「オレの夢は、ポケモンマスターになることなんだから。 キョウコ姉ちゃんも、アラタ兄ちゃんも追い越さなきゃ話になんないだろ?」 「言うようになったな、こいつ〜」 強気なセリフを口にするアカツキの頭を軽く小突きながらも、 アラタは楽しみだと思っていることがありありと見て取れるような笑みを浮かべていた。 やはり、リーグバッジを三つもゲットするまでに成長したのだと思うと、今後が楽しみで仕方ない。 「それはいいんだけどさ……」 アカツキは改めて水場を見渡した。 先ほどはアカツキが駆けてきた勢いに驚いて水の中に逃げてしまったポケモンも、見慣れた顔だと分かると、すぐに戻ってきた。 いずれも水辺に住むポケモンで、アラタとキョウコのポケモンは一体も見当たらない。 ポケモンに休息でも与えているのかと思ったが、そうでもないらしい。 気になって、訊ねてみた。 「こんなトコで何やってたの?」 「敷地の巡回よ。 なんでも、最近になって変なヤツが出入りし始めたとかでね。 ……悪質なポケモンハンターだったりしたら大変だから、見回ってるの。 あ、こいつは付き添いね。あたし一人でも十分なんだけど、どういうわけか一緒に行くって言い張って」 「そうなんだ……」 「おい……」 アカツキはキョウコの答えに納得していたが、すんなりと納得するものだから、アラタは心の底からツッコミを入れてやろうかと思った。 とはいえ、事実なのだからムキになって否定するのもまずいだろう。 彼女なら一人で対応できるのだろうが、万が一ということもありうるのだ。 「ポケモンハンターねえ……この辺りじゃ、滅多に見かけないって言うけど?」 「だからこそ心配なのよ」 アカツキが訝しげに首を傾げながら言うが、キョウコがすかさず黙らせる。 ポケモンハンターとは、ポケモンを捕らえることを生業とする職業だ。 基本的に、ポケモンハンターは違法な職業である。 モンスターボールによるゲット、あるいは譲渡。それ以外の方法によるゲットは違法と定められているのだ。 また、ポケモンを必要以上に痛めつけ、劣悪な環境に置いた状態で買い手を待つような悪質なハンターもいるそうだ。 ネイゼル地方には野生のポケモンが多く棲息しているが、ポケモンリーグや警察の取締りがとても厳しく、 お世辞にもポケモンハンターが活動しやすい環境ではない。 しかし、数日前から研究所の敷地に不審な人物が出入りしている痕跡が見つかったため、 キョウコはアラタを伴って敷地の巡回を行っているとか。 「大変なんだ……」 「そうでもないわ。アニーを放してあるし、何かあったら騒いで教えてくれるもの」 「ふーん……」 「まあ、敷地にはポケモンもたくさんいるし、結構団結力強いから、その気になりゃ誰が相手だって返り討ちにできるだろ」 「まあね」 キョウコが自信たっぷりに頷くのには理由があった。 研究所の敷地に住んでいるポケモンは、キサラギ博士に恩を感じているらしく、何か困ったことがあると力になってくれる。 彼女がポケモンに愛を注ぎ、慈しんできたからこそ、彼らからの信頼を得ているのだ。 だから、キョウコが自信げに頷くのは当然のことと言えたのだが…… 「さて、それはどうかな?」 突然、違う声が割って入ってきた。 「……?」 アカツキたちが一斉に振り向くと、水場を背に佇む青年の姿があった。 先ほどまでは間違いなくそこにはいなかった。 いつ、近くにやってきていたのか……キョウコはともかく、アカツキやアラタにも気配は感じさせなかった。 柔和な笑みを浮かべる青年の年頃は二十代半ばといったところか。大人びた物腰の割には、あどけない笑顔が子供っぽさを演出している。 茶髪をオールバックにし、喪服を思わせる黒いスーツをビシッと着こなしている。 それなりに美形で、気の良いお兄さんに見えないこともない。 腰にモンスターボールを差しているあたり、ポケモントレーナーだろうか。 「あんた、誰?」 惜しげもなく笑みを浮かべている青年に、キョウコが問いかける。 その表情はどこか硬かった。 いつからそこに立っていたのか分からないような相手だ。 不審人物にしては、周囲のポケモンが反応しないのもおかしい。 「もしかして、ここ何日か敷地に入ってきてるのって、あんたなの?」 「……一応、イエスと答えるべきだろうね」 キョウコの言葉に、青年は事も無げに頷いた。 ポケモンたちが警戒心を見せていないのは怪しいが、相手が認めている以上は、詮無いこと。 「おばさんの知り合い……ってワケでもなさそうだな」 「顔見知り、ではあるよ」 アラタが強張った表情で話しかけるが、青年の笑みは崩れない。 どこか余裕ぶった態度の裏に、底知れない何かを感じるのは気のせいか? アカツキは嫌な予感を覚えていた。 「なんか、どっかで見たような……」 どことなく、青年の顔に見覚えがあった。 誰かに似ているような気がするのだが、どうにも思い出せない。 アカツキが眉根を寄せて、じっと青年の顔を凝視していると、視線が合った。 「何が目的なの? マミーの許可は取ってる?」 「いや、許可は取っていないが……単刀直入に言おうかな」 アカツキと目を合わせたまま、青年は虫をも殺さぬ笑顔で爽やかに言い放った。 「アカツキ、君に預けたドラピオンを返してもらいに来た。そう言えば、分かってもらえると思うけど」 『なっ……!!』 笑顔とセリフのギャップに、アカツキたちは揃いも揃って絶句した。 そして同時に悟る。 目の前に佇む青年が、ソフィア団の回し者である……と。 「そんなに驚くことかな? ここしばらくは残り少ない時間だから、有意義に過ごさせてあげたんだけどね」 アカツキたちが驚くのを尻目に、青年は淡々と言ってのけた。 「その分だと、別れの挨拶を済ませたというわけでもなさそうだ。 まあ、僕にはそんな都合、どうでもいいんだけど……」 「あんた、一体何者だ?」 その言葉が終わる前に、アラタはアカツキの前に立ちはだかり、腕を広げて彼をかばった。 兄として、弟のポケモンを守るのは当たり前なことだ。 「初対面だったね。 でも、君たちのことはヨウヤから聞いている。 彼のダークポケモン相手に一歩も引かなかった勇将(ツワモノ)だったと聞いているよ。 レイクタウンのアラタ、そしてキサラギ博士の愛娘キョウコ」 「調査済みってワケか……」 「そりゃあ、相手のことはちゃんと調べるさ。 敵地に乗り込むには、それ相応の準備が要る……それだけだ」 「…………」 悪びれることもなく、余裕さえ漂わせる青年に、アカツキたちはいきなり気圧されていた。 余裕の裏に潜む底知れぬ威圧感は何だ……? ヨウヤのようにダークポケモンを持っているからこそ、一人でいわば『敵地』に乗り込んできたのか。 それとも…… 探るような眼差しを向けるアカツキに、青年は言った。 「ああ、自己紹介がまだだったね。 僕はシンラ。ソフィア団の総責任者だと言えば、分かってもらえると思う」 「なっ……!!」 「ソフィア団の親玉!?」 さすがに、これには再び絶句。 まさか、ソフィア団の親玉が単身乗り込んでくるとは、誰が想像できただろう。 ヨウヤやソウタの上司が、よもやこのような物腰穏やかな青年だとも思わなかったが、アカツキは彼の言葉を疑いはしなかった。 ソフィア団の頂点に君臨する者だからこそ、これほどの威圧感を放てるのだ。 「ドラップを奪いに来たのかよ……冗談じゃねえ!! ドラップはおまえらの道具じゃない!! オレの大事な仲間だ!!」 アカツキはアラタの手を払いのけ、青年――ソフィア団総帥シンラに詰め寄った。 眉を吊り上げ、肩を怒らせ、敵対心をむき出しにしている。 大事な仲間を奪おうとする輩が目の前にいるのだから、とても友好的な態度は見せられない。 そうやって怒りを持ち出さなければ、シンラの雰囲気に負けてしまいそうで怖かったのだ。 体格は細身で、お世辞にも武術に優れているようには見えない。 その気になれば、アカツキでも簡単に倒せそうに思えるが、彼の雰囲気がそれを許さなかった。 「ソフィア団の親玉がこんなトコまで来るとはな……なるほど、下見ってのはそういうことか」 「ジムのある街からは、必ずここに戻ってくる……このジャリガキのこと調べてれば、それくらいは分かるってワケね。 ううん、そうならなかったとしても、必ずここに来るように仕向けるためでもあったんでしょ。ここに出入りしてるのは」 「その通り。察しがいいね」 アラタとキョウコの言葉を、シンラは肯定してみせた。 アカツキがレイクタウン出身であることはすでに調べがついているし、アラタの弟であることも分かっているだろう。 それなら、ここに来るように仕向ければいい。 そう思っていくつか策を弄したのだが、その必要もなかった。 アカツキが、自らここへ足を運んだからだ。 単身乗り込んでくるからには、何かしらの罠を張っているのだろう。 アラタとキョウコは、アカツキのドラップを奪いに来たと宣言したシンラがどんな罠を張っているのか探ろうとしたが、 伏兵らしきものはどこにも見当たらなかった。 さすがに、簡単に見えるものなら罠にもならないだろうが。 「話はまとまったかな? それじゃあ、早速返してもらうとしようか……」 シンラは笑みを深め、腰に差したモンスターボールを手に取った。 左右に三つずつ。合計六体のポケモンを持っている。 ポケモンバトルで雌雄を決そうとしているのが分かったが、アカツキたちにはその方が都合が良かった。 バトルで騒ぎを起こせば、キサラギ博士は必ず気づき、警察に連絡するだろう。 それに、シンラのポケモンが強いとしても、アカツキとアラタ、キョウコの三人を相手にしては苦戦を免れない。 何も、ここで無理に勝たなくてもいいのだ。 時間さえ稼げれば…… アカツキたちは口に出さずとも、今自分たちが何をすべきなのか理解していたが、シンラの方が一枚も二枚も上手だった。 何の策も弄さずに敵地に乗り込むような命知らずではない。 「時間さえ稼げれば、トウヤやカナタ兄ちゃんたちがやってきてくれる。それまで持ち堪えればいい……」 アカツキの想いを切り裂くように、突如爆音が轟いた。 立て続けに轟く爆音に思わず顔を向けてみれば、街中で派手に煙が上がっているではないか。 それも、一箇所や二箇所ではない。 「そういうことかよ……!!」 アラタは毒づいた。 ……と同時に、アカツキとキョウコもシンラの策に気づいた。 街中で同時多発的に騒ぎを起こすことで、自分の行動をカムフラージュするのだ。 なるほど、上手い方法である。 アカツキが四天王を味方につけていることは、当然分かっている。 ならば、四天王が街中の騒ぎへ向かうように仕向ければ、その間はノーマークとなる。 隙を作り出してしまえば、後はどうにでもなる。 単純な陽動だが、同時多発的に起こすことで、相手の気を逸らしやすくしたのだ。 「さて、宴の始まりだ。出ておいで、グリューニル、ラグリア、ローウェン」 シンラはモンスターボールを三つ、軽く頭上に投げ放った。 騒ぎが起きた以上、ノンビリしていては四天王が鎮圧してしまうだろう。 そうなる前に、ケリをつける……自信はあった。 その拠り所となるのが、ボールから飛び出した三体のポケモンだった。 「ラージ……」 「キェッ!!」 「キシャーッ!!」 シンラの左に佇むのは、立派な体躯のラグラージ。レイクタウンの救い主と言われるポケモンだ。 彼を見守るように、真上で翼を広げて浮かんでいるのはプテラ。恐竜時代に生息していたと言われる、獰猛なポケモン。 彼の右を固めるのは、頭に炎を燃やしたサルのようなポケモン……ゴウカザル。 いずれも強豪として知られるポケモンであり、それこそ底知れない威圧感を放っていた。 「こ、こいつら……」 「手強いわね……」 アラタとキョウコは、シンラが出したたった三体のポケモンにも気圧されていたが、アカツキは奮起してポケモンを総動員した。 「……そんなの関係あるもんか!! みんな、出てこいっ!!」 投げ放たれたモンスターボールから、次々にポケモンが飛び出してくる。 ネイト、リータ、ドラップ、ラシール、アリウス。 アカツキの気持ちを理解しているのか、ポケモンたちはドラップを守るように前面に展開し、シンラのポケモンを睨みつけている。 「ブイブイっ!!」 特に、ネイトは強い敵対心を剥き出しにしていた。 ドラップに対してアカツキに負けず劣らず、思い入れが強いからだ。 フォレスの森で実際に戦ったからこそ、ドラップの強さも知っているし、 一緒に過ごしてきたからこそ、ドラップが見た目とは裏腹に心優しい性格であることも知っている。 だから、何がなんでも奪わせるわけにはいかない。 立て続けに爆音が轟く中、アラタとキョウコも戦う決意を固めた。 いくら相手が強くとも、手持ちのポケモンを総動員すれば、時間稼ぎくらいにはなるだろう。 「アッシュ、ジオライト、ジェス!! おまえたちの出番だ!!」 「ラチェ、ケレス、キリア!! やるわよ!!」 アカツキが戦うつもりでいるのだから、自分たちが何もしないわけにはいかない。 彼に今まであれこれと押し付けてきたのだ。 ここらで少しは活躍しなければ、立つ瀬がないというもの。 あまり大人数では戦いにくいという配慮から、アラタとキョウコは三体ずつポケモンを出した。 アラタのポケモンは、言わずと知れたヘラクロスのアッシュ、スターミーのジオライト、そしてガブリアスのジェス。 一方、キョウコはデタラメな破壊力のラチェ、ミルタンクのケレス、シャワーズのキリアだ。 いずれも強く育てられてはいるが、シンラのポケモンほどの威圧感は放てない。 数の上では十一対三と圧倒的に有利ではあるが、予断を許さない状況なのは間違いない。 数の差を目の当たりにしても、シンラの顔から余裕の笑みが消えていないからだ。 「なかなかよく育てられているポケモンだと思うけど、僕のポケモンには勝てないよ」 「そんなことない!!」 安っぽい挑発だ。 分かってはいるものの、アカツキは声を荒げずにはいられなかった。 人のポケモンを力ずくで奪っていくことだけでも許しがたいのに、レイクタウンの救い主であるラグラージ…… レイクタウンの住人にとっては神聖な存在であるラグラージで悪いことをしようなんて、とても許せるものではなかった。 もちろん、口に出したところでのらりくらりはぐらかすのだろうが。 「話をしている時間が惜しいね。それじゃあ、はじめようか」 「おう、言われなくったってやってやるぜ!!」 「あんたの鼻っ柱、へし折ってやるわ!!」 「ドラップは絶対に渡さないっ!!」 三人は口々に叫ぶと、それぞれのポケモンに指示を出す。 ポケモンたちが一斉に、シンラのポケモンに技を繰り出した。 キサラギ博士の研究所でのバトルが始まった。 To Be Continued...