シャイニング・ブレイブ 第15章 心、ひとつに…… -Be as one-(中編) Side 3 「いやっほ〜っ♪ 空飛ぶのって、気持ちいいな〜っ!!」 「…………」 歓声を上げるアカツキを、トウヤはジト目で見やった。 ロータスは二人を乗せても顔色一つ変えることなく――否、元々表情の変化に乏しいポケモンだったが――、 脚を折りたたんだ状態でレイクタウンを飛び出した。 吹き付けてくるそよ風が気持ちいいのか、それとも空を飛ぶという未知の体験に心が高揚したのか…… まず間違いなく両方だろうが、アカツキはロータスに乗っているということすら忘れて、無邪気にはしゃいでいた。 少年二人が乗ると、さすがに手狭に感じられるが、それすら構うことなく、身を乗り出す。 「おい、止めーや。落ちたらどうするんや」 恐れなどまったく感じていないアカツキの腕を引っ張り、落ちないように繋ぎ止める。 「えーっ、大丈夫だって。いやー、すっげ〜」 トウヤの忠告が耳に入っていないらしく、アカツキは感嘆の声を上げていた。 「…………」 馬耳東風とはこのことか。 こうなったら、一度高速で飛行する物体から落ちて怪我でもしなければ分からないだろう。 何を言っても無駄だと思い、トウヤは嘆息した。 普通に暮らしていれば、空を飛ぶという経験はないだろう。 増してや、ポケモンの背中に乗って空を飛ぶなど、滅多にない経験だ。 アカツキが浮かれるのも分かるが、これからやろうとすることを考えれば、普通は緊張して動けなくなりそうなものだが…… 「ま、こいつにそういうの期待するだけ無駄なんやろうけど」 元来、陽気な男の子である。 変に根詰めて、緊張の鎖で雁字搦めにならないように騒いでいるのだろう。 ……少なくとも、その表情を見る限り、本気で感動しているようにしか思えなかったが。 「ネイトにも、空を飛んでる気持ちよさを味わわせてやりたいな。 よ〜し、フライゴン、ゲットだ〜っ!! 行け行けロータス〜っ♪」 「……ネイト、か」 調子が狂うようなオンチな歌に思わず肩をコケさせながらも、トウヤは彼がここまでやる気になっている理由を改めて理解した。 すべては、ネイトを助け出すためなのだ。 心に鍵をかけられた状態……ダークポケモンに、ネイトが望んでなったわけではない。 シンラが投げたボールはドラップを狙っていた。 ネイトはドラップを守るため、自らの意志で間に割って入り、ボールに入ってしまった。 健全なポケモンを、ダークポケモンに作り変えてしまうという、身の毛が弥立つような恐ろしい力を秘めたボールに。 笑いもせず、泣きもせず、怒りもしない。 そんな状態がネイトにとって幸せであるはずがない。 だから、アカツキはネイトを助けたいと思っている。仲間として……いや、家族として。 陽気に振る舞う裏側に、並々ならぬ強い決意が宿っている。 燃え滾る溶岩の流れよりも熱く、超合金よりも固く揺るぎのない決意だ。 「……そやな。おまえはネイトを助けるために、今までガンバっとったんやもんな」 トウヤは小さく息をついた。 落ちるところまで落ちながらも、こうやって立ち直ったのは、ネイトを助けたいという気持ちが強くあったからだ。 何と言うことはない。 今までと何も変わりはしない。いつも通りのアカツキに戻っただけだ。 しかし…… いつも通りに戻っても、以前にはない強さと、ポケモンたちとの確かな絆がある。 たった数日でも、ここまで立ち直ることができたのだ。 本気になれば、どんなことだってできるに違いない。 トウヤが感慨深げにあれこれ考えているのを余所に、アカツキは景色の移りゆく様に目を奪われていた。 あっという間にレイクタウンを飛び出したかと思えば、ウエストロードを西へ向かって驀進。 振り返って背後を見やると、町の景色が少しずつ遠のいていく。 対照的に、前方では草原の先に大量の砂で埋め尽くされた砂漠がその版図を広げつつあった。 さほど時間をかけずに、足元に広がる大地は草原から砂漠へと取って代わられ、視線を前方に戻すと、陽炎が立ち昇っていた。 照りつける日差しは春だというのに真夏の炎天下並みに強く、衣服からはみ出した皮膚をじりじりとあぶり出すかのよう。 一度この道を往復しているとはいえ、砂漠の暑さはかなり強烈だ。 その頃よりも日差しが強く思えたが、ロータスが速度を出して飛んでいるおかげで、吹き付ける風が日差しの暑さを和らげてくれた。 途中の給水所に立ち寄ることなく、フライゴンと出会った場所に程近いポケモンセンターを目指す。 確か、レイクタウンを発った日にたどり着いたポケモンセンターだったから、それほど遠くないはずだ。 トウヤはしばらく黙っていたが、照りつける強烈な日差しに参ったのか、ポツリつぶやくように口を開いた。 「なあ、アカツキ」 「なに?」 アカツキは元気な口調で返すと、肩越しに振り向いた。 額が少し汗ばんでいるようだが、浮かべた笑顔には一点の曇りもない。 恨めしいことに、今の空と同じだ。 だが、そう考えれば考えるほど、いやに日差しが暑く感じられてくる。 気分転換も兼ねて、思い切って訊ねてみた。 「フライゴンゆうポケモンのこと、どんくらい知っとるん? 戦うんやから、相手のこと分かっとらへんと、大変やで?」 戦う相手のことを少しでも理解しているのかという問いかけだったが、アカツキは躊躇うことなく言い切った。 「ドラゴンタイプと地面タイプを持ってるってことくらい。 あとは力が強いのとそれなりに素早いってトコ」 概ね基本的な特徴は理解しているようだが、問題は…… 「で、使える技とかは?」 「砂嵐しか知らない。 オレが会ったフライゴンは、砂嵐だけでノクタスたちをふっ飛ばしちまったんだから」 「なるほどな……」 これまた間を置かずにすんなり返してきた。 ポケモンの大まかな特徴は捉えていても、実際に戦うことになった場合、 使ってくると思われる技を知っているのといないのとでは雲泥の差だ。 アカツキもそこは理解しているのだろうが、トウヤに言わせれば詰めが甘い。 「でもさ、オレ、そこまで調べてるヒマなかったよ。 みんなのために強くならなきゃって、そんなことばっかり考えて道場で鍛えまくってたからなあ……」 「……ま、それもそやな」 どこか言い訳じみて聴こえるアカツキの言葉も、一理ある。 みんなに顔向けできる自分になるために、一生懸命頑張っていたのだ。その合間にフライゴンのことを調べる時間などなかっただろう。 それに、本当にゲットするかどうかも分からないポケモンのことを調べろというのはあまりに酷だろう。 そう考えると、詰めが甘いのも致し方ないか。 ……と、そうこうしているうちにいくつかの給水所を通り過ぎ、 レイクタウンから来たトレーナーやブリーダーが初日に寝泊りするポケモンセンターの前にたどり着いた。 「ロータス、ここで下ろして」 「ごぉぉん……」 アカツキが言うと、ロータスは緩やかにスピードを落とし、ゆっくりと地面に降り立った。 自身の身体を巡る磁力と地磁気の反発度合いを微妙にコントロールすることで、スピードを落としたり、急な方向転換をも可能とするのだ。 「よっと……」 アカツキはロータスの背中から飛び降りると、額の汗をさっと拭った。 手の甲に砂のような感触があったが、砂漠なのだから砂が肌に付着していても不思議はない。 続いてトウヤが飛び降り、ロータスの顔をそっと撫でた。 「熱くて大変やったろうけど、少し休んどくれ」 ここまで全力ですっ飛んできただけあって、ロータスも疲れているだろう。 無骨な顔立ちゆえ、疲れを表情に出しにくいのだが、だからこそ逆に気を遣わなければならない。 サラから借りたポケモンでなくても、トウヤはポケモンの体調管理に人一倍厳しいのだ。 いざという時に自慢の怪力を振るえなくなったら、それこそ申し訳ない。 トウヤがロータスのボールを腰に戻すのを待って、アカツキは声をかけた。 「ロータス、大丈夫げ?」 「ああ。さすがはサラの旦那はんのポケモンやな。 普通のメタグロスやったら、もっと疲れるところなんやろうけどな……」 トウヤは苦笑混じりに言葉を返してきた。 今まで各地を旅してきてメタグロスという種族のポケモンを何体も見てきたが、 レイクタウンから数十キロ離れたこの場所まで全速力で飛んできたら、かなり疲れるはずだ。 しかし、ロータスは疲れていると言っても、それほどでもなさそうだった。 さすがに、サラのメタグロスやロータスは別格と言ったところか。 ポケモンは人間と比べると圧倒的にタフなのだから、それほど心配しなくてもいいだろう。 問題は…… 「そっか……トウヤも疲れてない?」 「俺? 俺やったら大丈夫や。これでも、おまえがいない間はポケモンたちと一緒にトレーニングしとったからな」 少し心配げな口調で言われ、トウヤは鼻で笑い飛ばした。 年下の男の子に心配されるほどヤワなつもりはないし、これでも各地を旅してきて、体力には自信があるのだ。 もっとも、単純な身体能力ならアカツキには勝てそうにないが。 「そっか、それならいいんだけど」 砂漠の炎天下にやられているのではないかと心配に思ったが、杞憂に過ぎなかったようだ。 アカツキは胸に手を宛てて、ホッと一息ついたが、 「そんな無駄口叩くヒマがあるんやったら、さっさとフライゴンと会ったゆう場所行くで。 時間は無駄にできへん」 「うん、分かってる」 無駄話をしているヒマはないというトウヤの厳しい言葉に頷く。 「えっと、確かこっちだったかな……?」 記憶を頼りに方角を定め、歩き出す。 数歩遅れてトウヤがついてくる。 堆く積み上げられた砂山は以前と形が少し変わったような気がするが、大まかなデフォルメ自体は、変化らしい変化が見られなかった。 目の細かな砂に足を取られそうになりながらも、一歩ずつ砂漠を進んでいく。 ポケモンセンターが背後に遠のいていくが、そんなことに構ってはいられなかった。 なにしろ、日差しが強く照り付けてくるからだ。 ロータスの背中に乗っていれば、それなりに風を感じて気持ちいいのだろうが、風がなくなると、突き刺さるような日差しが痛い。 「んー、あの時は夕方だったからなあ。 そんなに暑くもなかったんだけど……やっぱ、昼は違うよな」 アカツキは時折額の汗を拭いながらも、足を止めなかった。 暑いことは暑いが、道場でタツキや彼のポケモンと打ち合っている時と比べればどうということはない。 「でも、昼はノクタスとか出てこないって話らしいし。 フライゴンのヤツ、どこにいるのかなあ……?」 アカツキは見渡す限りの砂漠に視線を這わせながら、フライゴンの姿を探した。 フライゴンは砂漠の精霊と呼ばれるポケモンであり、常に砂嵐をまといながら移動していると言う。 砂嵐が見つかれば、そこにフライゴンがいる可能性が高いのだが…… 残念ながら、目に付くのは砂漠の殺風景な景色と、蒼く広がる晴天ばかり。 時々、砂山の向こうにサンドやサンドパンの姿が見え隠れするが、アカツキの目的はフライゴンただ一体。 ノクタスの群れを容易く打ち倒したその力を、何としても手にするのだ。 「フライゴンのヤツ、あの時オレに言ったんだから……」 フライゴンに助けられた時のことを思い出す。 ポケモンの言葉は理解できなくても、相手が何を言いたいのかは手に取るように理解できる。 だから、フライゴンの嘶きに込められた趣旨は読み取れていた。 ……もう少し強くなったらバトルしてやる。 フライゴンは確かにアカツキにそう言っていた。 ウソや冗談が述べられるような雰囲気ではなかったし、気紛れで助けてくれただけだとしても、その言葉を疑う理由はなかった。 だから、アカツキはここまでやってきたのだ。 フライゴンがその約束を覚えてくれているなら、きっと姿を現してくれると信じて。 砂漠のポケモンセンターを離れて歩き出すこと約一時間。 レイクタウンのポケモンセンターから持ち出した水も半分以上減ったが、砂漠は晴天の下、照りつける日差しばかりが強くなっていく。 延々と歩き続けるわけにはいかないが、本当に危ないと思った時にはロータスの背中に乗ってポケモンセンターまで戻ればいい。 少しくらい無理をしなければ、求めるものは手に入らない。 傷つくことを恐れていては、いつまでも強くなれないのと同じ理屈である。 「しっかし……ホンマ、暑いなあ……」 「うん。でも、これくらいでヘコたれちゃいられないさ」 「ん、まあな」 トウヤは思わず弱音を吐いたが、アカツキは気にするでもなく、ただひたすらに歩を進めていた。 もうすでにフライゴンと出会った場所にたどり着いているはずなのだが、フライゴンはおろか、兆候と思しき砂嵐も見当たらない。 やがてアカツキは足を止め、周囲を見渡した。 砂、砂、砂…… 形や大きさこそ違えど、目に入るのは数多の砂の山。 「フライゴンのヤツ、別の場所に行っちまったのかなあ……?」 目を細め、遠くを眺めてみても、見えるものに変化はない。 そもそも、ネイゼル地方西部の砂漠地帯はとても広く、地方の面積の約十パーセントを占めているのだ。 目に見える範囲などその一部分に過ぎず、当然それ以外の場所の方が圧倒的に広い。 増してや、フライゴンは砂漠を転々と移動することで知られているポケモンなのだ。 一箇所に留まっているようなことはほとんどない。 広い砂漠のどこから来て、どこへ行くのか……そんな移ろいゆく生き様が、ロマンの対象として認識されていた時代もあったそうだ。 「お〜い、フライゴ〜ン!! いるんだったら返事してくれよ〜!! オレ、約束どおり少し強くなって戻ってきたぜ。お〜い!!」 「……約束どおり……? どういうこっちゃ?」 アカツキが声を大きくして叫んだが、トウヤには意味が分からなかった。 確か、フライゴンに会ったと言っていたが……何か約束をしたのだろうか? ポケモンと心を通わせられるアカツキなら、約束したとしても不思議ではないのだが。 「ん〜、この辺にはいないのかな〜?」 呼吸を整え、アカツキは再度殺風景な砂漠を見渡した。 もしかしたら、フライゴンは砂の中に身を潜めているのかも……なんて思ったが、動きらしい動きは見られない。 「おらへんな……」 生暖かく乾いた風が吹くたび、砂漠を構成する砂が巻き上げられ、何処かへと持ち去られてゆく。 時折、砂が目に入りそうになるため気をつけなければならない。 そう長居していられるような場所でもないだろうから、捜すなら早いうちに見つけなければならない。 「しゃあない。 ロータスの背中に乗って、空から捜そか。その方が効率もええやろ」 言うなり、トウヤはロータスのボールを手に取った。 作戦決行は明後日。 フライゴンをゲットし、なおかつウィンジムでのジム戦もこなさなければならないのだ。 実行する前から強行軍になることは分かっていたが、だからこそここで少しでも時間を節約しておかなければならない。 ポケモンの体力はポケモンセンターで手軽に回復させられるが、人間の方はそうもいかない。 十分な休息と睡眠が必要なのだ。 最低限、ウィンジムをクリアしなければならないのだから、見つからないなら見つからないで、早々に見切りをつけるのも重要である。 トウヤは暗に『見切りをつけるなら早くしろ』と言ったが、アカツキは違う意味に受け取ったらしい。 「もうちょっとだけ!! もうちょっとだけここで捜す!!」 「あ、あのなあ……」 どうやら、この場所にこだわっているようである。 初対面の場所だから、それも分からなくもないのだが、相手は何も初恋の相手だったり、生き別れの兄弟とかいうモノではないのだ。 住処を転々としているなら、いつまでもここに留まっていても仕方がない。 トウヤはロータスをボールから出すと、無理やりにでもアカツキをその背に乗せようと手を伸ばした。 何をこだわっているのかなど知る気もないが、一時の想いに流されて大切なことを見失ってはいけない。 ネイトを助けるのはアカツキであり、明後日までに彼がネイゼルカップに出場できるだけの実力をつけたことを証明しなければならないのだ。 だから、首に縄をかけてでも、今晩中にはウィンシティに到着させる。 しかし、ある意味トウヤの思いやりを、偶然は容易く水泡に帰した。 「ん……?」 アカツキは視界の隅に、砂の激しい動きを認め、視線を向けた。 「どないしたん?」 どこか意味ありげなつぶやきを耳に留め、トウヤはアカツキの腕を取る寸前だった手を止め、彼と同じ方を向いた。 「あれは……」 太陽の位置から察するに、方角は南西。 先ほどまではただただ砂漠が広がっていた方角に、砂をまとった竜巻が発生していた。 大量の砂を空に巻き上げ、渦を巻いて佇む竜巻は、まさに砂嵐そのものだった。 空がこんなにも晴れているのに、砂漠のほんの一部分で砂嵐が発生することなどほとんどない。 「もしかして、ビンゴか?」 まさか、本当にフライゴンが姿を現したのか……? トウヤは訝しげに目を細めたが、 「やった、出てきたっ!!」 アカツキは砂嵐の中にフライゴンがいると確信したのか、ロータスの背中に飛び乗り、砂嵐の傍まで運んでくれるように頼んだ。 「あ、おい待たんか!!」 ロータスがアカツキの言葉に従って脚を折りたたみ、浮遊を始めたものだから、トウヤは置いていかれまいと慌てて飛び乗った。 もちろん、ロータスがトウヤを砂漠に置いてきぼりにするようなマネをするはずもなく、 彼が乗ったのを確認してから、南西に発生した砂嵐へ向かって飛び出した。 突然発生した砂嵐はその場からほとんど動くことなく、悠然と佇んでいた。 まるで、アカツキの到来を待ち侘びていたかのように。 「まさかな……?」 そんな都合のいいことがあるはずがない。 そう否定する反面、もしかしたら……という期待に似た淡い想いが湧き上がる。 アカツキは渦巻く砂嵐をじっと見やり、真剣な表情を浮かべていた。 ロータスの背中に飛び乗るまで、明るく振舞っていたことがウソだったかのようだ。 しかし、それもフライゴンの力量を肌で感じ取っていたからこそ。 「…………」 もう少しで砂漠に置いてきぼりを食らうところだった。 本当なら声を荒げて叱りつけるところだが、今は何も言わないことにした。 アカツキにとって、今日から明後日まで……場合によってはそれから数日間かかるかもしれないが、その間はとても大切な期間なのだ。 怒るなら後でまとめて大噴火と行けばいい。 今は、アカツキの邪魔だけはしないようにしよう。 もちろん、無謀な行動を取ろうとした時には、鉄槌を下すが。 だんまりを決め込むトウヤの気持ちを知ってか知らずか、アカツキは次第に近づく砂嵐をじっと見据えていた。 「あれはフライゴンだ。絶対、そうだ……」 周囲がスッキリ晴れ渡っていて、砂煙に覆われてもいない砂嵐があるものか。 そんな理屈はともかく、アカツキは砂嵐の中心に何かがいることを察していた。 「オレたちなら絶対にゲットできる。 そうじゃなきゃ、姿なんて現しちゃくれないもんな」 フライゴンなら、アカツキが砂漠にやってきたことを察しているはずだ。 だからこそ、砂嵐という形で姿を現してくれた。 彼が思った通りだった。 近づくと、砂嵐は内側からの強烈な力を受けて一瞬で弾け飛び、霧散した。 地上から約五メートルの高さに浮いているポケモンだけがその場に残る。 「フライゴンや……ホンマにおったんか」 トウヤは姿を現したフライゴンに見入っていた。 長い冬を越え、柔らかな春の陽光を浴びて芽吹いた新緑を思わせる鮮やかな緑の身体と、翼を縁取る赤。 精霊と呼ぶに相応しく、凛然としていながらも神々しさを漂わせる雰囲気。 しかし、ドラゴンポケモンだけあって体格は立派だった。 ボーマンダやカイリューといった大型のドラゴンポケモンと比べるのは酷だが、引き締まった体格には力強さがにじみ出ていた。 砂が入り込まないよう、目を保護している赤い粘膜を通じ、フライゴンはアカツキをじっと見つめていた。 優しさと強さを秘めたその眼差しに、トウヤはすっかり魅入られていた。 フライゴンは滅多に人前に姿を現さないと言われているだけに、何もかもが文字通り別格だった。 「やっぱ、あの時のフライゴンだ……間違いない」 野生のポケモンは特に、見た目で個体を識別するのは難しいのだが、 アカツキには目の前のフライゴンが、かつて自分たちを助けてくれたフライゴンであると確信していた。 「ロータス、止まって」 アカツキが言うと、ロータスは緩やかにスピードを落とし、フライゴンの手前十メートルの地点で止まった。 フライゴンに視線を向けたまま呆然としているトウヤを残し、アカツキはロータスの背から飛び降りた。 「フライゴン、オレのこと待っててくれたんだな」 モンスターボールを手に、フライゴンに話しかける。 知能の高いポケモンは、人の言葉を理解することができるというが、 その他のポケモンも言葉や仕草の中に隠れた人の感情や意識を感じ取ることができる。 だが、アカツキの言葉はフライゴンの心に届いていた。 「ごぉぉぉ……」 フライゴンは大きく頷き、アカツキの傍に舞い降りた。 音もなく翼を動かし、さっと着地する。直前まで羽ばたいていたと言うのに、着地した時、周囲の砂は一粒として舞い上がってはいなかった。 細かなところまで気を遣っているのかは不明だが、その繊細さが逆に『能ある鷹は爪を隠す』という言葉を体現している。 改めて、アカツキはフライゴンの強さを感じ取った。 舐めてかかれるような相手ではないし、自分のポケモンを総動員してもゲットできるかどうか…… だが、それでもやらなければならないのだ。 そのために、ここまでやってきたのだから。 できるか、できないか、ではない。 やるか、やらないか、である。 「約束どおり、あの時よりは少しは強くなって戻ってきたぜ。バトル、してくれるよな?」 手にしたボールを見せ付けるように掲げると、フライゴンは小さく頷いた。 一度接したことがあるからこそ、滞りなく意思疎通を図れる。 ちゃんと待っていてくれたことに感謝しつつ、アカツキはニコッと微笑んだ。 このフライゴンは妙に人懐っこいような気がする。 あの時より少しは強くなった自分を待ってくれていたフライゴン。 彼(あるいは彼女)の気持ちに報いるためにも、ここで必ずゲットする。 アカツキが決意を新たにしたのを察したのか、フライゴンは翼を広げて舞い上がると、再び十メートルほどの距離を開けた。 「ごぉぉぉっ!!」 ――わたしの力を手に入れたいなら、全力でかかって来い。 鋭い眼差しでアカツキを睨みつけ、フライゴンが大きく嘶く。 静かな砂漠の夜。 なにやら大騒ぎしているのが気になって向かった現場で、 この男の子と別の女の子がノクタスの群れに襲われているのを見て、気紛れで助けたのだが…… フライゴンにとって、アカツキは今までに見たことのないタイプの人間だった。 人前に姿を現さなくとも、自然現象の砂嵐に紛れて砂漠を飛び回り、数え切れないほどの人間を見てきた。 欲望を胸に世界を彷徨う者。 愛する者のために現在を切り拓く者。 だが、アカツキは今まで見てきた人間とは違う何かがあった。 気紛れで助けたつもりだったが、なぜか手を貸したくなった。 なにやら事情があるのだろうとは察していたが、 自分の力を使いこなせるだけの力量がない相手に手を貸したところで無意味だと思って、強くなったら……という条件をつけた。 あれから十数日が経過したが、再び砂漠に足を踏み入れた男の子の存在に気づき、フライゴンは彼を誘うべく砂嵐を起こした。 ネイゼル地方西部に広がるこの砂漠は、フライゴンの生まれ育った場所にして、庭であり、心を落ち着かせてくれる揺りかごでもある。 捜している相手がどこにいても、すぐにその居場所を察知できるのだ。 さて…… 再び姿を見せた男の子は、以前にも増して強い決意を抱いているように思える。 少なくとも、ノクタスの群れを相手に苦戦していた時よりも強くなっているのだろう。 気紛れから始まった因縁だが、それもなかなかどうして悪くない。 フライゴンが去来する想いに心を重ねている間、アカツキは誰で戦いを挑むか考えをめぐらせていた。 「ドラップじゃ狙い撃ちされるからダメだよな……」 砂に足を取られることを考えれば、動きが素早くないドラップは除外。 アイアンテールによる跳躍も、その衝撃が砂のクッションに吸収されて不発に終わる。 だとすれば、残り三体……リータ、アリウス、ラシールの中から選ぶしかない。 砂漠という慣れない場所で戦うからには、砂に足を取られることを考慮しなければならない。 普通に考えれば、その心配のないラシールが一番だろう。 毒タイプの技は、地面タイプを持つフライゴンには効果が薄いが、その他のタイプの技ならある程度の効果が期待できる。 素早さも優れているし、打たれ弱い面はヒット・アンド・アウェイで補えばいい。 だが、アカツキが手にしているのはリータのボールだった。 「…………」 じっと、ボールに視線を落とす。 「オレ、リータのこと傷つけちまったモンな……」 そうするつもりがなかったとはいえ、石を投げて追い返してしまった。 仲直りしたとはいえ、今もアカツキの心に楔のごとく打ちつけられている事実。 「でも、もう二度とそんなことしない。 オレ、リータだけじゃなくてみんなのこと、ちゃんと信じるから。 だから、一緒に戦おう!! リータ、頼んだぜ!!」 なんとかして、彼女に報いたい。 アカツキには、このバトルをリータで乗り切ることこそが彼女に報いることなのだと思えてならなかった。 自己都合だと言われてしまえばどうしようもなかったが、頭上に投げ放ったボールから飛び出したリータは、元気よく嘶いた。 「ベイっ!!」 目の前には、立派な体格のドラゴンポケモン。 明らかに格の違う相手であるが、リータは恐れることなく、フライゴンの目を見据えていた。 リータもまた、アカツキと共に頑張っていきたいと思っているのだ。 ここで、自分の決意を示す。 そんな意気込みで、リータは戦う気満々だった。 フライゴンから比べれば小さな身体でも、その背中から立ち昇る気迫は並々ならぬ決意の象徴。 「……よし、ガンバれる!!」 これなら、なんとかなりそうだ。 アカツキはグッと拳を握りしめ、中空でホバリングしているフライゴンに視線を移した。 いつでもかかって来いと言わんばかりに、赤い粘膜を通してこちらに向けられる視線は鋭かった。 「よし……行くぜフライゴン!! オレたちの力、見せてやるっ!!」 バトルの幕が切って落とされた頃になって、トウヤはやっと我に返った。 「…………始まるんか……」 ずいぶんと長い間、フライゴンに魅入られていたらしい。 ちょっと情けなかったと思いながらも、仕方がないと割り切ってみる。 フライゴンは砂漠の精霊とさえ呼ばれているポケモンである。神秘的な雰囲気を前にすれば、誰もが魅入られてしまう…… 言い訳じみて仕方ないが、今はそんなことをしている場合ではない。 「気張れや、アカツキ。おまえならできるんやから……!!」 どん底から這い上がった底力をここで見せてやれ。 トウヤは心の中で、アカツキにエールを贈った。 Side 4 「リータ、日本晴れだ!!」 アカツキの指示が、バトル開始の合図だった。 フライゴンが翼を広げてさらに高く舞い上がると同時に、リータが日本晴れを発動させる。 ただでさえ強い日差しが、この一帯に限ってさらに強くなる。 「わっ……」 背後でトウヤが小さく呻いたが、そんなことにまで構ってはいられなかった。 リータの能力を最大限に発揮するには、日差しが強い状態が一番なのだ。 もし、フライゴンが炎タイプの技を使えたら危険だが、今のリータなら大丈夫。アカツキは確信していた。 日差しが強い状態なら、光合成での体力回復量も大きく、大きなダメージでも即座に回復できる。 無限に使用できるわけではないが、実質的に体力が増えるのと同じ効果がある。これは大きなアドバンテージになる。 リータが日本晴れを発動する間に、フライゴンは滑らかな動きで宙を滑り、リータの横に回り込んできた。 中空から一気に急降下を仕掛けてくる。 「接近戦だったら……」 即座に身体をフライゴンに向けるリータ。 フライゴンの脚には鋭い爪が何本も生えている。あれで引っかかれたりしたら、かなり痛いだろう。 「リータ、葉っぱカッター!!」 まずは、フライゴンに接近を許さないことだ。 リータは接近戦よりも、距離を空けた戦いを得意としている。 能力的に防御に傾いているところからしても、近づかれて連続攻撃を食らうと大変だ。 アカツキの指示に、リータは頭上の葉っぱを打ち振って、葉っぱカッターを撃ち出した。 高速回転しながら一直線にフライゴンに向かって飛んでいく葉っぱカッターだったが、そう簡単に食らってくれるはずもない。 フライゴンは身体の向きを変えるだけで容易く葉っぱカッターを避け、リータに迫る。 刹那、その脚に炎が宿った。 否――それは炎ではなく、竜の力を具現化したオーラだった。 「げ、ドラゴンクローが来る!!」 ドラゴンクローの威力の高さは、アカツキもよく知っている。 ドラゴンポケモンが得意とする技で、威力が高い。 また、ドラゴンタイプの特徴として、鋼タイプのポケモン以外には相性によるダメージ軽減がないため、相手を選ばずにダメージを期待できるのだ。 ゆえに、そんな技をまともに食らうわけにはいかない。 かといって、砂漠という条件は厳しい。 ここは可能な限り、派手に立ち回らないようにしなければならない。 砂に足を取られて動けなくなったら最後、狙い撃ちされてしまうのだ。 ダメージは覚悟の上で、身動きの取れない状況を作り出さないようにしなければならない。 フライゴンの攻撃力の高さは脅威だが、それでも今はリータに耐えてもらうしかない。 親指の関節がボキリと鳴るほど強く拳を握りしめ、アカツキはリータに指示を出した。 「リータ、リフレクター!!」 ドラゴンクローは物理攻撃。 ゆえに、リフレクターでダメージを軽減できる。 軽減するだけであって、ダメージは食らってしまうが、まともに食らうよりはずっとマシである。 それに…… 「食らった直後なら、反撃できる!!」 過信できないとはいえ、光合成による担保もあるのだ。 ここは細かいことを気にせず、大胆に攻めていこう。 バトルを長引かせれば、フライゴンにこちらの手を読まれてしまう。 読みきられてしまうのが早いか、それともゲットするのが早いか。 赤いオーラを立ち昇らせる爪を振りかざしながら急降下するフライゴン。 棚引く余韻でさえ、竜の力のすさまじさを物語っているが、リータは脚を広げてその場に踏ん張ると、リフレクターを発動させた。 眼前に生み出された半透明のオレンジの壁が、ドラゴンクローのダメージをどこまで軽減できるかが勝負だ。 リータはリフレクターを維持しつつ、急降下してくるフライゴンを睨みつけ―― 刹那、強烈な一撃がリータに襲いかかった!! ばりんっ…… ガラスが割れる小さな音と共に、リフレクターは容易く破壊され、破片が虚空に溶けてゆく。 壁を壊すために威力を落としてしまったが、それでも赤いオーラをまとった鋭い爪がリータを薙ぎ払う!! 「ベイっ……!!」 必死に踏ん張るも、真正面から襲いかかってくる力は暴虐だった。 リータはあっさりと吹き飛ばされ、二メートルほど離れた場所に叩きつけられる。 「リータ、ガンバれっ!!」 アカツキの檄が飛ぶ。 リータは素早く立ち上がったが、フライゴンはすでに上空に飛び退いていた。 蝶のように舞い、蜂のように刺す。 攻撃した後、反撃を受けないように距離を置くのは、バトルの常套手段。 ダメージを受けても、その場に踏ん張って反撃できると踏んでいただけに、フライゴンの予想以上の攻撃力はアカツキを驚かせた。 「やべえ……まさかこんな強いなんて……」 奥歯を噛みしめ、立ち上がったリータの背中を見やる。 リフレクターでダメージを軽減していなかったら、一撃で倒されていたかもしれない。 そう思わせるだけの威力はあった。 「これじゃあ、反撃なんてできやしない……どうしたら……」 反撃にこだわらず、葉っぱカッターでガンガン攻めていこうかと思ったが、それでは砂嵐の餌食になる。 あれを発動されたら、勝ち目はなくなってしまう。 ノクタスの群れを一瞬で退場させるほどの威力を持つ技だ、ベイリーフ一体を倒すなど造作もないだろう。 「こうなったら……」 バトルが始まってまだ二、三分しか経過していないが、アカツキは確実に追い込まれていた。 フライゴンの予想以上の攻撃力に、悠長に構えてなどいられなくなった。 「リータ、光合成!!」 まずは体力を回復させてから、次の手を考えよう。 しかし、アカツキの考えはフライゴンにキッチリ読まれていた。 反撃を避けるため空に舞い上がったフライゴンが、口を大きく開く。 リータが降り注ぐ日差しを存分に浴びて体力回復を図っている間に、フライゴンは口から鮮やかな緑のブレスを吐き出した!! 「今度は竜の息吹か……!! まともに食らったら麻痺させられちまうんだよな……?」 フライゴンが放ったのは竜の息吹。 ドラゴンタイプの技で、ブレスに含まれる力が相手の神経系を一時的に狂わせ、麻痺の状態異常を与えることがあるのだ。 威力はそれほど高くないが、むしろ追加効果の麻痺の方が恐ろしい。 「リータ、神秘の守りで麻痺を防ぐんだ!!」 無理に避けようとしない方がいい。 アカツキの指示に、光合成で体力の回復を行ったリータは即座に周囲に淡い青のベールを生み出した。 神秘の守りという技で、一定時間、麻痺や毒、眠り、火傷、氷漬けといった状態異常にかからなくする効果を持つ。 竜の息吹で麻痺してしまったら、何もできないまま弄られてしまう。 神秘の守りを発動させた直後、竜の息吹がリータの周囲に降り注ぐ!! ブレスの衝撃で砂が容易く巻き上げられ、掻き混ぜられて周囲に飛び散る。 見た限り、威力はそれほどでもない。 リータならちゃんと耐えられるはずだ。 竜の息吹が巻き上げた砂で視界不良になりつつあったが、アカツキは構うことなく指示を出した。 「ソーラービーム!!」 視界を遮る砂のせいか、少しくぐもって聴こえてきたトレーナーの指示。 しかし、リータはその声音から彼の考えを読み取り、すぐさま日差しの吸収に入った。 ソーラービームは、太陽光のエネルギーを充填し、極大のビームとして放つ草タイプの大技である。 本来ならフルパワーでの発動までかなり時間がかかるのだが、日本晴れによって日差しを強くした状態であれば、チャージの時間を短縮できる。 さすがに一瞬では無理だが、一秒……長くとも二秒あれば、ソーラービームに相応しい威力で放つことができる。 「ベイっ!!」 リータの力強い嘶きが聴こえた直後、フライゴンが吐き出した竜の息吹が真っ二つに切り裂かれた!! 先端から根元――フライゴン目がけて放射された強烈なビームが、竜の息吹を切り裂いてゆく!! 「……!?」 これほどの大技を使ってくるとは思っていなかったのか、フライゴンはギョッとした表情を浮かべた。 とっさに竜の息吹を取り止め、慌てて羽ばたいて空へ逃げようとするが、驚愕はその反応速度をわずかに削いでいた。 まともに食らうことはなかったものの、翼の端をソーラービームが掠める!! 「よし……!!」 バランスを崩したフライゴンが砂漠に墜落するのを見て、アカツキは「これならいける」と素直に思った。 ソーラービームほどの大技を食らえば、いくらフライゴンでも大ダメージは免れない。 何発か当てれば、倒せるはずだ。 このまま一気にソーラービームを連発して、砂嵐を発動させる暇も与えずに倒すしかない。 仮に体力が追いつかなくなったら、不完全であっても光合成で補完すればいい。 頭の中の作戦を瞬時に切り替え、アカツキはさらに指示を出した。 「ソーラービーム、連発だ〜っ!!」 竜の息吹が止まったことで、周囲に立ち込めていた砂は地面に落ち、視界がクリーンになる。 リータは全身に太陽光を吸収し、体勢を立て直して飛び立とうとしているフライゴン目がけてソーラービームを発射!! 普通に考えれば避けられないタイミングだったのだが、このフライゴンは、普通のフライゴンとは一線を画していた。 フライゴンの目が妖しく輝く。 「ん……?」 何か嫌な予感がしたが、この状態でフライゴンが攻撃を仕掛けてくるとも思えない。 アカツキは胸に芽生えた予感を振り払い―― ごぅんっ!! そんな音が周囲に轟いたのはその直後だった。 フライゴンの眼前の地面が盛り上がったかと思えば、吹き上がった大量の砂がフライゴンを守るように壁と化した。 ソーラービームは突如としてそびえた壁に激突し、大爆発を引き起こす。 フライゴンに直撃はしなかったようだが、余波でも食らえばダメージにはなるはずだ。 アカツキもリータも、意味不明な防御技(?)を意に介さなかった。 次のチャージを始めたリータの視界に、不意に影が差す。 「……!?」 見上げた先に、フライゴンがいた。 「げ、いつの間に……!?」 ソーラービームが砂の壁に突き刺さって数秒と経っていないというのに、一体いつの間にそこまで移動したというのか。 これにはアカツキも驚くしかなかったが、とにかく今はソーラービームを連発するしかない。 リータはソーラービームを放つも、フライゴンは滑らかな動きで易々と強力な一撃から身を避わした。 「……大地の力か。あのフライゴン、よく育っとるなあ」 少し離れたところでロータスと共にバトルを見守っているトウヤは、フライゴンがソーラービームを防いだ手段に心当たりがあった。 大地の力、という技がある。 名前の通り地面タイプで、大地の力を凝縮させ、任意の地点(発動者であるポケモンの周囲に限定されるらしい)から噴出させるという大技だ。 フライゴンは大地の力によってソーラービームを相殺し、発生した爆風を利用して一気に跳躍したのだろう。 そうでなければ、説明がつかない。 「リータ、怯むな!! 撃って撃って撃ちまくれ〜っ!!」 緩やかな円弧を描きながら飛翔するフライゴンを指差し、アカツキはリータにソーラービーム連発を指示した。 言われたとおり、リータはソーラービームを次々と放つが、フライゴンに軌道を読みきられ、一度として当たらない。 ソーラービームは草タイプの大技ゆえ、体力の消耗が激しい。 その上、日本晴れによってチャージ時間を縮めていることで、負担が増す。 十発程度ソーラービームを撃ったところで、リータは疲労からその場にへたり込んでしまった。 「あっ!! リータ、光合成!!」 アカツキは慌てて体力回復を指示したが、フライゴンはその時を待っていた。 相手の体力が尽きるのを待ってから攻撃するとは、ずいぶんと狡猾だが、それも自然界で生きてきたからこそ身につけた知恵なのだろう。 フライゴンは激しく翼を打ち振り、砂嵐を巻き起こした!! ノクタスの群れをあっという間に蹴散らした、奥義のような技だ。 フライゴンを中心に、半径百メートル圏内は地面から噴き上がる砂の壁によって覆われ、逃げ場など完全になくなってしまった。 「うわ、あの時よりすげえ……」 ノクタスたちを蹴散らしてくれた時は、とても力強いと思えたが、敵として戦っている今は、そんな悠長な考えは抱けない。 規模から言えば、あの時とは比べ物にならない。 いよいよ、フライゴンも本気を出してきたということか。 砂嵐が視界を奪い、吹き付けてくる風に混じって砂が身体をパチパチと叩いてくる。 「くぅ……」 砂が目に入らないように気を遣わなければならないほど、強烈だった。 とはいえ、フライゴン自身は目を覆っている赤い粘膜のおかげで、砂が目に入ることはない。 なんだか一方的に自分たちだけ損をさせられているような気分だが、その通りだった。 砂嵐は地面、岩、鋼タイプ以外のポケモンの体力を少しずつすり減らしていく効果を持つ。 また、フライゴンは持っていないが、特性『砂隠れ』を持つポケモンは、砂嵐に乗じて姿を晦まし、回避率を上昇することができる。 砂嵐まで使ってきたからには、ソーラービームを連発して、さっさと倒すしかない。 幸い、砂の壁は真上には展開されておらず、降り注ぐ日差しの量は先ほどと変わっていない。 ここで体力を回復して、ソーラービームを連発するしか手はなさそうだ。 「リータ、光合成!!」 改めて指示を出すと、リータは素早く太陽光を吸収し、体力に変換した。 だが、そんな無防備な姿を見逃すフライゴンではない。 「ごぉぉぉんっ!!」 行くぞ、と宣言するように声を上げ、フライゴンは口から真っ赤な炎を吐き出した。 「火炎放射まで使うのか!? ウソだろぉ!?」 これにはさすがにアカツキもギョッとした。 まさか、火炎放射まで使うとは予想もしていなかったからだ。 日本晴れの効果で威力を増した炎の奔流が、リータに迫る!! 「ソーラービームで蹴散らせ!!」 それでも、こちらに向かってくるだけならソーラービームで蹴散らせる。 光合成で体力を回復したリータが火炎放射に向かってソーラービームを発射しようとした矢先、フライゴンが大声で嘶いた。 刹那、リータの周囲に別の砂嵐が発生した!! 「なっ……!! リータ!!」 砂嵐で囲まれた舞台の中に、別の砂嵐を発生させるとは……アカツキは声がカラカラに乾いていたことにさえ気づかなかった。 それだけ、心理的に余裕がなかったのだ。 フライゴンが本気を出したことで、精神的に追い詰められている。 アカツキが驚くのを余所に、リータは小さな砂の竜巻に周囲を囲まれて、取り乱してしまっていた。 おかげでせっかくチャージしたソーラービームも発動前に霧散してしまった。 信頼するトレーナーの姿が見えなくなって、不安に陥っているのだ。 「ベイ……」 どうしたらいいんだろう……? 周囲に発生した小さな砂嵐を突き破るのは難しくないのだろうが、飛び出した途端、フライゴンの攻撃が待ち受けているかもしれないのだ。 指示がない以上、迂闊に動くわけにはいかない……リータはそう判断した。 こんな状態ではあるが、幸い、日差しは真上から燦々と降り注いでいる。 もう一度、言われたとおりソーラービームを放てばいい。 そう思って再びチャージを始めるが、フライゴンは砂嵐だけで攻撃を終わらせるほど甘くなかった。 リータの周囲に発生した砂嵐は、あくまでも彼女の足を止めるためのもの。 飛び出してきたなら、狙い撃ちにしてやるつもりでいたが、その必要もなさそうだ。 「……一体何するつもりなんだ……あっ!? やべえ!!」 アカツキはリータを取り囲む砂の壁に火炎放射が迫っているのを見て、驚愕した。 フライゴンが何をするつもりなのか、読めたからだ。 「リータ、外に飛び出せ!! 早くっ!!」 慌てて外に出るように指示を出したが、遅かった。 火炎放射が砂の壁に触れた途端、威力などないに等しかった砂の壁が炎の竜巻へと変化した!! 砂嵐の風が炎の勢いを強め、赤々と熱された砂の壁が、炎と共に渦を巻いてリータを襲う!! 「ベイっ……!!」 砂嵐と火炎放射を組み合わせた恐るべきコンボに、リータはその場から動けなかった。 襲いかかる炎と、熱を帯びた砂。 熱くて、痛くて、ダメージと共に動こうとする気力さえ奪っていくようだ。 「や、やべえ……このままじゃ……!!」 アカツキは燃え盛る炎の竜巻を見やり、奥歯を強く噛みしめた。 このままでは、いくらリータでも長くは保たない。 一刻も早く炎の竜巻から脱出してもらわないことには話にならないが、フライゴンがそれを黙って見逃してくれるとも思えない。 ……ともあれ、まずは炎の竜巻の脅威から逃れることだ。 「やっぱ、リータじゃ無理なのか……? 今からでも……」 轟々と音を立てて激しく逆巻く竜巻を見つめながら、アカツキはラシールのモンスターボールを左手に取った。 リータでは荷が重かったかもしれない。 どうでもいいことをこだわったせいで、リータが窮地に立たされてしまった。 体面なんて捨てて、実を取るべきだったのか。 アカツキはリータを戻そうと、彼女のボールを右手に握りしめ―― ふと、気づく。 「違う……!! オレはリータでフライゴンをゲットしようって思ったんだ……!! リータがまだ戦えなくなったって決まったわけじゃないのに、オレが勝手に戻しちゃダメなんだ……!!」 彼女と共にこれから先も頑張っていくという決意を込めて、選んだのだ。 それなのに、中途半端なところで戻してしまっていいのか……? このまま黙って見ていていいはずがないと分かっていても、どうしても考えてしまう。 自分の弱さを言い訳にして逃げたりしないと誓ったはずなのに、迷ってしまう。 「…………」 炎の竜巻は、空気を取り込んでより激しく燃え盛る。 天をも穿たんとする勢いに圧倒されるが、それがフライゴンの本気なのだ。 「…………」 自分が指示を出さなければ、リータはいつまでも炎の竜巻の中に居続けるだろう。 自分で考えて戦えないというわけではない。 トレーナーを信じるからこそ、その指示を受けるまで、どんな場所でもじっと耐え続ける。 それが、アカツキの知るリータだった。 「……ホントに、ここでオレがしっかりしなきゃ!!」 一度履き違えた『自分がしっかりする』ということの意味。 こんな時だからこそ、バトルで窮地に追い込まれている時だからこそ、自分がしっかりしなければならない。 アカツキはじっと炎の竜巻の中で耐えているリータを見やり、息を大きく吸い込んだ。 「リータ、キミならできるっ!! ソーラービームで壁なんて突き破れ!!」 炎の竜巻から逃げることができないのなら、力で捻じ切るしかない。 一見、無鉄砲としか思えないような指示。 しかし、アカツキのはちきれんばかりの大声は渦を巻く竜巻をも突き破ってリータの耳に届いた。 「ベイっ……!!」 熱砂が、身体を抉るように渦を巻く。 悲痛にさえ聴こえるアカツキの言葉は、しかしリータをこれ以上ないほど勇気付けた。 ――キミならできるっ!! 都合がいいにも程がある言い方だが、落ちるところまで落ちて這い上がってきたという気迫が滲んでいた。 ……アカツキはちゃんと謝ってくれた。 リータにとってはそれだけで十分だった。 それに、ネイトを助け出すというのに、いきなり負けるわけにはいかない。 このトレーナーに自分が頑張ってきたところを見せたい……リータは身体を突き刺す痛みを核に集中力を高め、真上からの日差しを吸収した。 アカツキは、リータたちが数日間、アラタやキョウコ、トウヤのポケモンと混じって特訓していたことを知らない。 リータたちが知らないアカツキがいるように、アカツキが知らないリータたちもいる。 今まで頑張ってきた成果を見せたい。 それが、敢えて自分たちから離れ、一人で頑張ってきたトレーナーに報いることだ。 「ベーーーーーーーーーーーーーーーーーーイッ!!」 リータはソーラービームのエネルギーチャージを終えると、裂帛の叫びと共に前方へと放った。 何の迷いもなく、フライゴンが真正面にいないかもしれないなどという考えもなく。 だが、迷いがないからこそ、放ったソーラービームは今までで最高の威力を秘めていた。 ソーラービームは炎の竜巻に突き刺さると、易々と大穴を穿ち、外へと突き抜けた。 「……!?」 フライゴンは驚愕に目を見開き、自身目がけて突き進んでくる攻撃を見やった。 てっきり、炎の竜巻に巻かれて倒れているとばかり思っていたので、 お世辞にも大きくて立派とは言えないあの体格の中にこれだけの力を宿していたことが信じられなかった。 フライゴンの驚愕を余所に、炎の竜巻はソーラービームの力によって強引に捻じ切られ、四散した。 「うわっ……」 リータなら炎の竜巻くらいどうにかできると思っていたが、こればかりはアカツキの驚きも一入だった。 アカツキが心身を鍛えるために道場に入り浸っていたのと同じように、リータたちもまた、強くなるために努力を重ねてきた。 今の一撃は、努力が形となって現れたものだ。 リータは身体中を焦がしながらも、闘志をみなぎらせた瞳をフライゴンに向けたまま、ソーラービームを放っていた。 今までの彼女に、これほどの気迫はなかった。 普段なら可愛いと言われるような愛くるしい顔つきに似合わぬ、鬼や夜叉ですら退散するかもしれない気迫。 アカツキが呆然とする傍で、リータが放ったソーラービームは、フライゴンに直撃した!! 避けようと思えば避けられたのだろうが、フライゴンは回避しなかった。 強大な力が一箇所に収束し、着弾点を中心に大爆発を引き起こす!! 爆発の余韻で強烈な風が巻き起こり、周囲の砂を巻き上げて激しく荒れ狂う。 「くっ……」 アカツキは腕で視界を覆った。 パチパチと音を立てて、風に乗った砂が身体を叩く。 痛みはなかったが、衝撃が強かった。 ソーラービームを放った直後のリータが、この爆風を受けて転んだりしていないだろうか……? 炎の竜巻で大きなダメージを受けたのは間違いないから、もしかしたら倒れているかもしれない。 今すぐ抱き上げたい衝動に刈られながらも、ここで腕を退かして目を開けるわけにはいかなかった。 どちらにしても、この風が収まるまでは事態は膠着する。 それからでなければ動き出せない。 「でも、あれだけの一撃を食らったんだ……いくらフライゴンでも……」 砂が身体を叩く音が、時の流れを感じさせる。 固くつぶった視界は真っ暗で、音と感触でしか時間の流れを推し測れない。 風が止むまで、アカツキはあれこれと考えをめぐらせていた。 今までに見たことのない威力のソーラービームだ。 以前のリータなら、あんな威力は出せなかっただろう。 恐らくは特性『新緑』が発動したため、威力が引き上げられたのだろう。 元々の威力が高ければ、引き上げられる度合いもまた違ってくる。 だが、それだけではないように感じられた。 誰が教えてくれるわけでもないけれど、なんとなく分かった。 彼女を傷つけてから今日、謝るまでの数日間……きっと、リータたちも頑張っていたのだ。 彼女らが頑張ることと言えば、実戦で通じるように強くなることだろう。 「そっか、ガンバってたの、オレだけじゃないんだもんな……」 誰が何をしてきたのかなんて敢えて聞かなかったが、数日間何もせずにただ漫然と過ごしていたということもないだろう。 ……少なくとも、アラタやキョウコはじっとしているのが嫌いな性質(タチ)だ。 リータたちが触発されたとしても不思議はない。 「リータも、ガンバってきたんだもんな……」 その成果を、ここで出してくれたのだろう。 考えが至るのと時を同じくして、風が止み、砂が身体を叩かなくなった。 アカツキは恐る恐る腕を退けて、目を開いた。 まず、見渡す限りの砂漠の景色が入ってきた。 先ほどまではフライゴンが巨大な砂の壁を作り出し、 バトルフィールド(そんなものはないが、似たようなものだ)を取り囲んでいたが、キレイサッパリ消失している。 一体どうして……? そう思ったが、理由はすぐに分かった。 砂の上で、フライゴンがぐったりと横たわっていたからだ。 新緑が発動した状態のソーラービームをまともに受けて、一発で倒されてしまったのだろう。 「フライゴンが倒れてる……リータは!?」 フライゴン以上に、ドラゴンクローや炎の竜巻を食らったリータの方がダメージは大きいはず。 アカツキは慌ててリータの姿を探し―― 「リータっ!!」 それほど離れていない場所で彼女がうつ伏せに倒れているのを認め、すぐに駆け寄った。 周囲には黒く焼け焦げた砂が円を描いている。 炎の竜巻によって焼けた砂が円状の軌道を刻んだのだろう。 そんなことは二の次だった。 「リータ、しっかりするんだ……!!」 アカツキは傍で屈み込むと、彼女の身体をそっと抱き上げた。 心なしか、少し軽い…… 中身が抜け落ちてしまったような不自然な軽さ。 それはアカツキが道場通いで今まで以上に腕力を増強したからなのだが、 今の彼にはリータが力を使い果たしたからこその軽さだとしか思えなかった。 「こんなになっちゃって……でも、やっぱすごいよ、リータ」 リータの顔に、度重なるダメージを受けたという苦痛はなかった。 むしろ、精一杯戦い抜いたと物語るような笑みが浮かんでいた。 あたしだって、頑張ればこれくらいできるんだから…… 言葉にするなら、そんなところだろうか。 ともあれ、リータは力を使いきって戦闘不能になってしまった。フライゴンが倒れたのかさえ確認しないままに。 「よく、ガンバってくれたよな。 オレも、キミに負けないようにガンバるよ。ゆっくり休んでてくれよな……」 アカツキはリータに微笑みかけ、彼女の身体を撫でた。 全身にこびり付く煤をそっと振り払う。 ポケモンはおよそ外見で性別を判断するのが難しいが、リータは女の子だ。汚れたままではかわいそうだろう。 ある程度煤を払ってから、モンスターボールに戻す。 それが、精一杯戦い抜いてくれた彼女に対するせめてもの労いだった。 「……リータはガンバってくれた。オレだって!!」 アカツキはリータのボールを腰に戻すと、代わりに空のモンスターボールをつかんだ。 ゆっくり立ち上がり、うつ伏せに倒れているフライゴンに狙いを定める。 ソーラービームで受けたダメージがよほど大きかったのか、フライゴンはピクリとも動かない。 基本的に、バトルでポケモンが死ぬことはない。 相手の命を奪わないよう、無意識に制限(リミッター)をかけているからだ。 規則的に胸の辺りが上下しているところから見て、問題はなさそうである。 「よし、それなら……行っけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」 アカツキは腕を大きく振りかぶり、渾身の力を込めてモンスターボールを投げ放った。 緩やかな横回転をまといながらも、ボールはフライゴン目がけて一直線に突き進んでいく。 ボールが届く直前、フライゴンがゆっくりと首をもたげ、アカツキをチラリと見やる。 「……!? まさか、まだ戦えるだけの力残してんのか……!?」 特に睨まれているわけでもないのに、アカツキはギョッとした。 ……いや、むしろフライゴンの表情は晴れやかなものだった。 ここまでやるようになったかと、感心しているように。 そして、ボールはフライゴンの額に命中し、口を開いた。 フライゴンは赤い光線と化して、ボールの中に引きずり込まれる。 その姿が砂漠から消えた直後、ボールは音もなく砂の大地に落ちて、小刻みに震え始めた。 バトルでダメージを与えても、モンスターボールの中で抵抗するためだ。 モンスターボールの力を振り払って外に飛び出すか、あるいは抵抗をあきらめておとなしくなるか…… 手に汗握る場面に、アカツキはボールに視線を据えたまま、ごくりと唾を飲み下した。 周囲の砂をわずかに退かしながら震えるボール。 バトルには直接手を出さなかったトウヤでさえ、固唾を呑んで見守っている。 「…………ゲットできたらええねんけど……」 ここでボールから飛び出してきたら、またバトルでダメージを与えなければならない。 自分たちと一緒に特訓をしてきたのだから、リータがあれほどのソーラービームを放てたとしても驚きはしないが…… 問題は、アカツキが次のポケモンを出すかどうかである。 素直な性格の割には、どういうわけか偏屈な一面もある。 頑固と言うか、何と言うか…… リータで戦うことにこだわりを見せたところからしても、次のポケモンを出してまでフライゴンをゲットしようとは思わないのだろう。 相手が一体なのに、こちらが何体も使うわけにはいかない。 正々堂々、一対一(サシ)での勝負。 それでゲットできなければ、自分たちの力が足りなかったことだと、潔くあきらめてしまうのだろう。 「まあ、それがこいつらしいっちゅーことなんやけど……」 トウヤはふっと息をついた。 素直さゆえの潔さ。 ネイトがいなくなってしまって、そんな素直さにも翳りが差すのではないかと心配したが、杞憂に過ぎなかったようだ。 アカツキはちゃんと、いつものアカツキに戻っている。 今になって心配することでもないのに、どうして心配してしまうのか……? やはり、彼に入れ込んでしまったからだろう。 「ホンマ、俺らしくあらへん……ま、えっか」 これもまた、アカツキの魅力なのだ。 ……ならば、ここでぜひフライゴンをゲットしてもらいたい。 リータが最後に見せたソーラービームは、アカツキと彼女の心が一つになったからこそ放てた一撃なのだ。 トウヤが背後でしみじみとそんなことを思っているとは露知らず、 アカツキは爪が食い込むほどきつく拳を握りしめながらボールの震えが止まるのを待っていた。 十秒、二十秒……三十秒が過ぎても、フライゴンはまだボールの中で抵抗していた。 いい加減あきらめてくれたらいいのにと思うが、フライゴンはゲットされまいと必死なのだ。 だが、やがてボールの震えが止まった。 フライゴンが抵抗をあきらめ、アカツキの仲間になった瞬間だった。 それから数秒、アカツキはボールをじっと眺めていた。 本当にフライゴンが抵抗をあきらめたのか……? あきらめたと見せて、近づいた途端、飛び出してくるのではないか……? ありもしない妄想を膨らませたが、何はともあれ実際にボールを手に取ってみなければ分からないことと、頭を振った。 ゆっくりとボールに歩み寄り、拾い上げる。 フライゴンは、ドッキリカメラのごとく不意を突いて飛び出してはこなかった。 「やった……ゲット、できたぁ!!」 そこまで来てやっと、アカツキはフライゴンをゲットできたという喜びをあらわにした。 中途半端なところで喜んだら、一生懸命頑張ってくれたリータに失礼だという想いがあったからだろう。 「オレたちでも、フライゴンをゲットできたんだ」 手にしたボールの中には、六体目の仲間がいる。 戦う相手としてではなく、仲間として接したいという気持ちはあったが、今ここで出すわけにはいかない。 疲れ果て、ボールの中で休んでいるのだ。 「フライゴン、これからよろしく」 フライゴンが眠っている様子が、ボールを透けて見えてくるようで、アカツキはニコッと微笑んだ。 ポケモンセンターでリータと一緒にジョーイに預け、体力を回復してもらってから、いろんなことを話そう。 愛しい気持ちでボールを眺めていると、トウヤがロータスの背に乗ってやってきた。 「やりおったな、アカツキ。おまえならできるって信じとったで」 「ありがとう、トウヤ。 でも、オレは何にもしてないよ。リータが本当によくガンバってくれたから、ゲットできたんだ」 満面の笑みをトウヤに返しつつも、アカツキは頭を振った。 自分は何もしていない。 トレーナーとして指示を出しただけであって、実際に身体を傷めてまで戦ってくれたのはリータなのだ。 彼女の努力なしに、フライゴンはゲットできなかった。 アカツキらしい考えに、トウヤは笑みを深めたが、言うべきところはちゃんと口にした。 「そやな。 せやけど、おまえがリータのこと強く信じとったから、リータやて実力のすべてを出し切れたんや。 おまえはちゃんと、トレーナーとしての役割を果たしてたんやで。 おまえが一人で頑張ってたように、リータたちやて頑張っとったんや」 「そうかな……? でも、リータたちがガンバってたことは分かったよ。そうじゃなきゃ、あんなソーラービームは撃てないよ」 アカツキはトウヤの言葉を真正面から受け止めたが、それでもリータの頑張りの方が上だと主張した。 自分にできることをしてきただけなのだから、と。 「ん……? 驚かへんのか?」 トウヤは、アカツキが驚かなかったのを見て、怪訝そうに眉根を寄せた。 てっきり、驚くとばかり思っていたのだが…… 「なんとなく分かったからさ。 オレがみんなのトコに行くまで、みんなが何もしなかったなんて考えられなかったし、 リータたちなら、たぶんバトルの特訓でもしてたんじゃないかなって思ったんだ」 「お見通しってワケやな……まいったわ、ホンマ」 これにはお手上げだ。 独りぼっちで頑張っているとばかり思っていたが、アカツキはいつでも仲間たちのことを想っていたのだ。 本当は、一人ではなく、みんなで頑張りたかったはずだ。 だが、自分がしっかりしなければならないと、真にそう想ったからこそ、一人で頑張る道を選んだ。 会いに行きたい気持ちを押し殺しながら、道場で汗を流していたアカツキの気持ちを、トウヤは少しだけ理解した。 本当に、芯の強い男の子だ。 あと十年経ったら、どんな男になっているだろう……? そんなことを想像せずにはいられないほど、今のアカツキは輝いて見えたが、感傷に浸るのは後でいい。 「早う(はよう)乗れや。ポケモンセンターまで連れてったるさかい」 「うん、お願い!!」 アカツキは頷くと、フライゴンのボールを手にしたまま、ロータスの背に飛び乗った。 トウヤの指示に、ロータスがポケモンセンター目指して飛び出した。 To Be Continued...