シャイニング・ブレイブ 第16章 最後のジム戦 -Fly high!!-(中編) Side 3 アカツキの指示に、ラシールは四枚の翼を力強く打ち振った。 ひゅっ……!! 空気を切るような音が空から降り注ぐと同時に、ラシールの周囲の空気が掻き混ぜられ、複雑な気流が瞬時に出来上がる。 気圧の差が生まれ、掻き混ぜられた空気が刃となってチルタリスに収束する。 エアカッターは、空気の刃を飛ばして相手を攻撃する技。 空気の刃ゆえ目には見えず、普通のポケモンには避けづらいという特性を持つが、 ジムリーダーのポケモン相手に、そう容易く当てることはできなかった。 「チルタリス、空気の流れを読んで、サッと避わしてごらん」 ツバサが事も無げに言うと、チルタリスは自分目がけて突き進んでくる強烈な気流を読み、言われたとおり、サッと避けてみせた。 ほんの数十センチ浮かび上がっただけだが、十秒経っても何の変化も起こらない。 本当に避けてしまったようである。 「それなら……」 相手の土俵で戦っている以上、簡単に勝たせてくれないのは承知の上。 アカツキは別段焦るでもなく、次の技を指示した。 「近づいてヘドロ爆弾!! スピードならこっちの方が上だっ!!」 「さて、それはどうかな……?」 妥当な指示に、不敵な笑みを口元に浮かべるツバサ。 ラシールは持ち前の素早さを存分に活かし、滑らかな動きで宙を滑り、チルタリスに迫る!! 「……って、すげえ速いし!!」 残像すら刻んでいるように見えるラシールの動きに、アカツキは目を丸くした。 自分のポケモンのことなのに、どうして分かっていないのかと、第三者が居合わせたならそんな言葉を発していただろう。 ポケモンたちと離れていた数日間、彼らが努力を重ねてきたことは想像がついていたが、まさかここまでとは思わなかった。 驚くと同時に、やっぱりオレのポケモンはすごいという喜びが湧き上がる。 「でも、これなら……!!」 素早ささえ上回ってしまえば、後は煮るなり焼くなりできる。 接近してから攻撃してしまえば、避ける暇さえ与えない。 緩やかな円を描きながら迫るラシールを眺めながらも、チルタリスの表情に焦りや驚きといった類の感情は見受けられなかった。 なにやら策があるらしいが、そんなものはラシールの圧倒的な素早さの前には何の意味も為さない。 「エンゼルソング!!」 ラシールに対抗すべくツバサが指示を出すと、チルタリスはゴスペルさながらの圧倒的な歌唱力を誇る声音で、 優しくも切なく、それでいて暖かな歌を歌い始めた。 「……エンゼル、ソング? 聞いたことない技だなあ……」 一体何をするつもりなのかと思ったが、ラシールは三秒と経たずにチルタリスに攻撃を仕掛けられる。 今、歌い出したところで、遅いに決まっている。 その効果が発動する前に攻撃を浴びせてしまえばその技をつぶせる。 だが、エンゼルソングはそんな生温い技ではなかった。 チルタリスの歌声が周囲に響き渡った瞬間、ラシールの動きが止まった。 「えっ!?」 これにはアカツキも驚きを禁じ得なかった。 歌声を聴いただけで、動きが止まるなどと誰が予想できるだろう。 まさか、あの歌声に気圧されたとでも言うのか……? いや、違う。 ラシールは四枚の翼をまったく動かすことなく、その場に縫い止められてしまったのだ。 揚力や推進力を作り出すこともできないのに、一ミリも落下しない。 重力さえ無視してしまうかのような光景に、アカツキは呆然と立ち尽くすしかなかった。 いかに素早さが高かろうと、動けない状態であれば回避率などゼロになる。 素早い相手に対抗する術を、ツバサはちゃんと持ち合わせていたのだ。 驚くアカツキを尻目に、ツバサは淡々とチルタリスに指示を出した。 「チルタリス、一気に決めようか。流星群!!」 またしても聞き慣れない技だ。 エンゼルソングは相手の神経系に直接働きかけることで一時的に動きを封じ、神秘的な歌の力で相手をその場に固定することができる技。 ツバサのチルタリスだけが使えるオリジナルだが、効果が強力すぎる分、体力も相応に消費する。 そして、流星群は…… きらっ。 チルタリスが翼を振ってラシールを指し示すと、空が一瞬輝いたように見えた。 直後、チルタリスの真上に光の珠が複数現れ、ラシール目がけて一斉に降り注いだ!! まるで、流星の群れ……流星群のように。 流星群は、星の煌きのような神秘的な力を凝縮した珠を降らせて攻撃するドラゴンタイプの大技だ。 自身の内側から力のエッセンスを抽出するため、使った後は一時的に攻撃能力がガクンと落ちてしまうが、威力はとても高い。 後々のことをほとんど考えずにバトルを進めても問題ない形式においては、普段よりも気兼ねなく使える技なのだ。 エンゼルソング同様、流星群もまた一般的にはほとんど知られていない技ゆえ、 初手においてアカツキが対抗措置を見出せなかったのは仕方のないことだった。 だが、 「やるっきゃねえ!!」 身動きの取れないラシール目がけて降り注ぐ光の珠を睨みつけながら、アカツキはグッと拳を握りしめた。 上手く行くかどうかは賭けだが、何もしなければ流星群をまともに食らってしまう。 光の筋を棚引かせながら降り注ぐ光の珠は、恐ろしい威力を秘めているに違いない。 そうでもなければ、一気に決めようなどと口走るはずがない。 「ラシール!!」 アカツキは身動きが取れずに困惑しているラシールに言葉をかけた。 動けない状態で何ができるのかと言われればそれまでだが、何もしないわけにはいかない。 「――だっ!!」 ずごぉぉんっ!! 指示が口から飛び出した瞬間、光の珠は一つとして外れることなく、ラシールを直撃した!! 爆音と共に、ラシールに激突した光の珠が砕け散り、虚空に光の粉を舞い散らせながら消える。 地上にも衝撃が降り注ぎ、技の威力がどれほど高いのか、まざまざと見せ付けられるような格好だ。 「…………!!」 アカツキは爆発によって生じた大量の煙に覆われて見えなくなってしまったラシールの姿をじっと見上げるしかなかった。 果たして、間に合ったのか……? 指示だってまともに聞き取れたかどうか分からない。 それでも、ラシールなら自分の言いたいことを理解してくれるはずだ。 恐らく、煙の中でラシールは…… 「何かしようとしてたみたいだけど、無駄だよ。 エンゼルソングの呪縛から逃れて、流星群を避けた挑戦者はいないんだから」 アカツキがラシールの無事を信じる中、ツバサはチルタリスの実力を信頼しきっているらしく、自信を見せ付けた。 もっとも、動けないのだから避けようがない。 増してや、流星群はチルタリスが得意とするドラゴンタイプの大技。 威力を最大限に高めることができるのだから、耐性を持たないポケモンがまともに食らえば、戦闘不能は免れない。 エンゼルソングと流星群の必殺コンボは体力の消費が激しく、そう何度も続けて使えるものではないが、普通の相手になら一発で十分だ。 入れ替えバトルに、出し惜しみは厳禁。 しかし…… 「……あれ?」 煙が風に流され、徐々に晴れていく。 やがて流星群が起こした煙が晴れた時、そこには何事もなかったようにラシールが得意気な表情で羽ばたいているではないか。 その姿を認めた瞬間、ツバサは自身でも分かるほどにヒステリックな声を上げていた。 「……って、なんでピンピンしてんだ!? アァ!?」 自信をもって送り出した必殺コンボを食らって、どうして得意気な表情などしていられるのだ? ダメージなどまるで受けていないみたいにピンピンしているではないか。 ……と、ツバサはラシールが戦闘不能を免れた理由に気づいた。 「……!! そうか、キミが使ったトリックが分かったぞ!? それは……!!」 「ラシール!! 電光石火からヘドロ爆弾!! ぶっ放せ〜っ!!」 今さら気づいても遅いと言わんばかりに、アカツキもラシール同様、得意気な笑みを浮かべながら指示を出した。 「シシっ!!」 ラシールは待ってましたと言わんばかりに嘶くと、四枚の翼を羽ばたかせ、中空のチルタリス目がけて宙を駆けた。 チルタリスもまたツバサと同様に、必殺の一撃をノーダメージで凌いでのけた相手に驚きを覚えていたが、 今が戦いの途中であると思い返し、すぐさま上昇した。 しかし、動き始めた時間の差は速度の差となって、目に見える形で現れた。 ラシールは瞬く間にチルタリスの上を取り、一気に急降下する。 急制動からの爆発的な発進……そんな非常識な飛翔を可能とするのは、時間差で四枚の翼を動かしているからだ。 「チルタリス、守る!!」 ラシールに代表されるクロバットの特徴を思い返しながら、ツバサはチルタリスに防御を指示した。 上を取られた以上、その勢いを止めることはできない。 かといって、迎え撃つには流星群の反動が痛い。攻撃力が低下した状態では、どう考えても打ち負けるのが関の山。 それなら、反動が消えるまでは防御でやり過ごすしかない。 ツバサの考えを指示から読み取り、チルタリスは眼前に淡いブルーの壁を生み出した。 あらゆる攻撃を防ぐことができる技、『守る』。 絶対的な防御力を一時手に入れられる代わりに、何度も続けて使うことができないというリスクを負う。 エネルギーの消耗が大きく、一度消耗した分を取り戻さなければ、仮に使用したとしても成功率が低くなってしまうのだ。 それでも、防御で凌げば勝機はある。 得意とする土俵でいきなり負けるわけにはいかない……ツバサとてジムリーダーだ。 いきなり負けるなど冗談ではないとさえ考えている。 ラシールは急降下しながら口を開き、ヘドロ爆弾を発射――その直後に飛び上がってさらに高度を得る。 空中戦において重要なのは、自身のスピードと、相手より『上』を取るということ。 急上昇と急降下では、同じスピードでも勢いは急降下の方が上となる。急上昇では、重力加速度を受けて勢いを殺すことになるからだ。 ラシールはアカツキから指示を受けなくても、それを身体で覚えていた。 空を飛べるポケモンが生まれつき持っているもの……遺伝子に刻まれた、先祖代々の処世術とでも呼べばいいだろうか。 ラシールのヘドロ爆弾はチルタリスが生み出した壁に激突し、周囲に毒の飛沫を撒き散らして消えた。 その一部がフィールドにべちゃべちゃと耳ざわりな音を立てて降り注ぐ。 アカツキもツバサも、毒々しい紫と黒が混じったヘドロ爆弾の破片を浴びるのは嫌だった。 降り注ぐ破片から逃れながら、アカツキはラシールに再度、指示を出した。 「もう一発ヘドロ爆弾!!」 一度は『守る』で防げても、二度目はない。 連続で使えば使うほど、成功率が劇的に低下していくのだ。 どういうわけか、ツバサはチルタリスに攻撃をさせようとしていない…… ジムリーダーらしからぬ消極的な態度に、アカツキは今が最大のチャンスだと気づいた。 さすがに、流星群が副作用として攻撃能力を低下させるとは知らなかったが、 エンゼルソングから流星群のコンボを使ってこないところを見れば、何らかの理由で攻撃できないと判断するのは容易だった。 ラシールは滑らかな動きで宙を滑り、チルタリスの背後を取った。 『守る』で攻撃を防いでいる間、動くことはできない。その隙に、無防備な背後を取っていたのだ。 「チルタリス、後ろ後ろ!!」 ツバサがギョッとして叫ぶも、遅かった。 高度を味方につけたラシールの動きに、チルタリスがついていけるはずもない。 振り返ったチルタリスに、ラシールがヘドロ爆弾を放つ!! 避ける暇もはおろか、綿雲の翼でガードする間もなく、ヘドロ爆弾がチルタリスを直撃!! 「チルっ……!!」 爆弾が破裂した勢いをまともに受け、チルタリスは短い悲鳴を上げて地面に墜落した。 「トドメのエアスラッシュ!!」 アカツキはチルタリスを指差し、ラシールにフィニッシュを指示した。 高度も、勢いも、今はすべてが自分の味方。 強気に打って出れば、相手の方からボロを出すのだ。 ラシールは翼を激しく打ち振った。 モーションこそエアカッターと変わらないが、これから放つのはエアスラッシュ。 エアカッターが広い攻撃範囲を有しているのとは対照的に、エアスラッシュは攻撃範囲を可能な限り狭めることで威力を束ねるのだ。 シャッ!! 蛇が相手を威嚇するような声音は、空気が掻き混ぜられて気圧の差が生まれた音だ。 見えない気流の刃が、チルタリス目がけて猛烈な勢いで降り注ぐ!! 「チルタリス、まも……」 ずどんっ!! ツバサが慌てて指示を出すが、間に合わなかった。 ラシールの渾身の一撃が、チルタリスを真上から打ち据える!! 無防備な状態で強烈な攻撃を喰らい、さすがのチルタリスも持ち堪えられなかった。 お世辞にも体力に優れているとは言えないが、エンゼルソングから流星群のコンボのために攻撃的に育てすぎたのが仇となった。 「…………」 チルタリスは綿雲の翼をだらりと広げきったまま、地面に頭を垂れ、ピクリとも動かない。 高い威力の攻撃を立て続けに喰らい、戦闘不能になってしまったのだ。 「……驚いた。チルタリスが倒されるとは……」 ツバサはチルタリスがぐったり倒れているのを見て呆然と立ち尽くしていたが、やがて深いため息をついた。 まさか、黒星スタートとは思いもしなかった。 しかし、これくらいの相手でなければ楽しみ甲斐がないというもの。 驚きつつも、ツバサはアカツキの実力を認め、喜びに血が湧き立つのを感じずにはいられなかった。 「戻れ、チルタリス」 ツバサはチルタリスをモンスターボールに戻した。 審判はいないが、誰が見たって戦闘不能だ。ここは潔く戻しておくべき。 ツバサが無表情でチルタリスのボールを眺めているのを見て、アカツキは心の中でガッツポーズを取っていた。 「よっしゃ!! これで、あと一体倒せばオレの勝ちだっ!!」 先に一勝できたのは、大きなアドバンテージだ。 ツバサにも心理的な圧力を与えられただろう。 いくらジムリーダーでも、後がない状態で冷静なままでいられるはずがない。 「ラシール、強くなってんだなあ……すげえや」 アカツキは得意気な笑顔で飛んでくるラシールに向かって、手を伸ばした。 「キシシシっ……!! シシっ」 ラシールはタカのように器用にアカツキの手の甲に留まった。 ……脚がないのにどうやって留まるのか、という野暮な質問はナシである。 「ラシール、よくガンバってくれたよな。サンキュー。これで勝利に近づいたぜ」 「シシシっ」 アカツキが労いの言葉をかけると、ラシールはこれくらい当然と言わんばかりに嘶き、翼を広げてみせた。 元々、ダークポケモンだった頃から攻撃的な能力の持ち主だったのだ。 心を取り戻し、ネイトを助けようと努力を重ねた今、並のクロバットでは歯が立たないほどに成長していた。 「シシっ、キシシシっ」 ラシールは四枚の翼を別々に動かしながら、アカツキに今までみんなで頑張ってきたことを話した。 「そっか、そうなんだ……みんな、ホントにガンバってたんだな」 「シシっ」 「うん、よく分かったよ。 それじゃあラシール、疲れただろうからゆっくり休んでてくれ。後は他のみんなに任せて」 「シシっ……」 心がじんわり暖まるのを感じながら、アカツキはラシールに労いの言葉をかけてモンスターボールに戻した。 入れ替えルールでは、勝敗にかかわらずポケモンを入れ替えなければならない。 ジムリーダーのポケモンにノーダメージで勝てたのは、大きなアドバンテージになるだろう。 「…………」 このまま行けば勝てる…… 並々ならぬ自信を抱いているアカツキに、ツバサが声をかけてきた。 「なかなかやるねえ。 まさか、あんな手でエンゼルコンボを防がれるとは思わなかったが……サラさんが気にかけるだけのことはあるってことだ」 チルタリスが倒され、出鼻を挫かれる形になったが、特に慌てるでもなく、淡々と構えている。 「『守る』で流星群のダメージを受けない……確かに、動かなくても使えるのは『守る』だけだからね」 「今分かっても遅いと思うけど?」 「まあ、そりゃあそうだね」 ツバサは、ラシールがノーダメージで勝利を収めたトリックを見抜いていた。 彼の言うとおり、ラシールは動けないなりに『守る』を使い、流星群の壊滅的な打撃から身を守ったのだ。 アカツキの指示は半ばで流星群の轟音にかき消されたが、気持ちが通じ合っていれば、そこで彼がどんな指示を出すのかは予想できていた。 こればかりはアカツキにとっても賭けだったが、成功すると信じていた。 攻撃は動かなければできないが、『守る』だけなら動かなくても発動できる。 ツバサは『エンゼルソングで相手の動きを封じてから流星群』という必殺コンボに絶対の自信を持っていたため、気づくことができなかった。 アカツキが冷静さを失うか、それとも何もできないままか……と思っていたが、そんなに甘くはなかった。 サラが気にかけるだけのトレーナーだ、それくらいのことはしてのけるのだろう。 「でもね……」 ツバサは不敵な笑みを口の端に浮かべ、ギラリと目を輝かせた。 「キミの快進撃もここまでだ。行けぃ、ボーマンダァァァァッ!!」 チルタリスのボールを腰に戻し、次のポケモンが入ったモンスターボールを頭上に投げ放つ。 口を開いたボールから閃光が迸り、ボーマンダが飛び出した!! 赤い翼で宙に浮かぶでもなく、地面を踏みしめながら、窮屈そうに身体を動かしている。 「ボーマンダ……!? いきなりこいつが出てくるんだ……」 鋭い眼光と、チルタリスなど枯れ木を思わせるような立派な体躯。 アカツキはツバサが二番手にボーマンダを出してくるとは思っていなかった。 さっき見た時「こいつは最後だ」と思っていただけに、肩透かしを食わされたような気分だ。 ボーマンダは切り札だが、ここで出してそうとは思わせなくするつもりか……すでに、戦いは始まっている。 脚に生えた爪は、鉄さえ易々と引き裂きそうなほど鋭利に見える。 後がなくなったがゆえに、ツバサも本腰を入れてきたということだろう。 「さ、キミのポケモンを出すんだ。 どんなポケモンが来ようと、ボーマンダの敵じゃあないんだけどな」 手招きなどしながら、余裕たっぷりの口調で言ってくる。 「…………」 アカツキは悠然と佇むボーマンダを睨みつけ、誰を出すべきか思案した。 もっとも、ドラップかライオットしか考えられないのだか。 空中戦を主体とするなら、ライオットを出すべきだが、ボーマンダが地上に降り立っているところを見ると、地上での戦いも卒なくこなせるのだろう。 だとすると、防御力の高いドラップで粘りの戦いを繰り広げるのも悪くない。 アカツキがなかなか次のポケモンを決められずにいたのは、ボーマンダが強そうだと思ったから、だけではない。 「チルタリスみたいに、ヘンな技使ってきたらどうしよう」 先ほどは間一髪のところで『守る』が発動したから良かったものの、 ツバサのチルタリスはエンゼルソングや流星群といった意味不明な技を使ってくる。 もしかしたら、このボーマンダもそういった意味不明で危険な技を隠し持っているかもしれないのだ。 そう考えると、ここでライオットを出しておいた方が安全ではないか……と思えてくる。 空なら、逃げ場はいくらでもある。 改めてこのバトルフィールドを見渡すと、何とちっぽけなことか。 地上では逃げ場が少ない。空と比べれば圧倒的に少なすぎる。狙い撃ちされるのがオチだ。 「…………」 ここはやはり、ライオットを出すべきだろう。 考えが何度かめぐったところで、アカツキは結論を出した。 ライオットでは弱点を突かれてしまう恐れがあるが、それでも相手の弱点を突けるのだから、一概に悪い状況とも言えない。 「よし、ライオットで……」 モンスターボールに手を伸ばした途端、隣のボールがカタカタと音を立てて小さく揺れた。 「ん? これってドラップの……」 ライオットのボールに触れた手を、隣に移す。 小さく伝わってくる振動は、ドラップのお願いのようなものだと思った。 「ドラップ、もしかして……」 ボールをそっと手に取ると、揺れが収まった。 アカツキの手の温もりに触れて、安心したかのようだ。 「…………」 ボールという壁に阻まれて、互いに表情は見えない。 それでも、アカツキはこのタイミングでドラップがボールを揺らした理由をすぐに察した。 「ドラップ、キミはここで戦いたいって言うんだろ? ……分かった。それじゃあキミに決めるよ。ドラップ、出番だっ!!」 ここで戦わずして、いつ戦うのか。 ドラップは自らの意思でバトルを願い出たのだ。 彼の気持ちは痛いほど理解できるから、アカツキはドラップを二番手に出した。 ボールを頭上に掲げると、中からドラップが飛び出してきた。 「ごぉぉっ!!」 眼光鋭いボーマンダの威圧感に負けじと声を張り上げ、両腕のハサミをガチャガチャと鳴らして睨み返す。 「お? ドラップのヤツ、やる気だなあ……」 いつになくやる気の炎を燃やしているドラップの背中を見やり、アカツキは感嘆のため息をついた。 自ら願い出るだけのことはある。 ボーマンダはドラゴンタイプ……氷の牙を決めれば、大ダメージを与えられるはずだ。 素早さの差は、気にしていても始まらない。 ドラップにしかできない無茶な戦い方だってあるのだ。 劣っている部分は、戦い方次第でいくらでも挽回できる。それがポケモンバトルなのだから。 ドラップとボーマンダ。 二大怪獣がフィールドを挟んで睨み合う。 普通のドラピオンよりも大型の相手を見やり、ツバサは口笛を吹いた。 「へえ、よく育てられてるドラピオンだ。 でも、スピードの差は如何ともしがたいね」 ドラップが普通のドラピオンとは格が違うと、肌で感じているのだろう。 軽口を叩いてのける割に、表情は真剣なものになっていた。 「まあ、いいや。 どんな力を秘めてるか分かんないし、今回は僕が先手を取らせてもらうよ。 ボーマンダ、飛び上がれ」 ツバサの指示に、ボーマンダはフワリと宙に舞い上がった。 百キロ以上はあろうかという重量級の体躯が、音もなく舞い上がる。 空から攻撃してこようという気が満々だが、それは分かりきっていた。 ドラップに代表されるドラピオンが、近接戦を得意としていると分かっていれば、当然、相手は安全圏から攻撃を仕掛けようとするだろう。 「じゃあ、行くよ……」 ツバサは優雅に空を舞うボーマンダを振り仰ぎ、指示を出した。 「ボーマンダ、火炎放射!!」 ボーマンダはトレーナーの指示を受け、口を大きく開いた。 首を後ろにそらして大きく息を吸い込むと、思い切り叩きつけるように炎を吐き出した。 本家炎タイプが繰り出す火炎放射と比べると威力は劣るが、それでも並大抵のポケモンなら倒せてしまうだけの力はあるだろう。 弱点でないとはいえ、まともに食らったら痛い。 アカツキは空から降ってくる炎を冷静に見上げ、ドラップに指示を出した。 「ギリギリまで引き付けてからクロスポイズン!! 無理に避けなくていいからなっ!!」 ドラップのスピードでは、無理な回避は厳禁だ。 避けようとすれば無防備になるし、ツバサがそんな醜態を見逃すはずもない。 ならば、攻撃技で相殺するのが一番だ。 何度も同じことをしたところで無意味と相手が判断すれば、接近戦に持ち込もうとするだろう。 それがアカツキの狙いだった。 ドラップは降り注いでくる炎を睨みつけながら、両腕のハサミに毒素を溜め込んでいた。やがてハサミが毒々しい紫に染まり―― 「そんなの分かりきってるんだよ!! ボーマンダ、横に回り込んでドラゴンクロー!!」 刹那、ツバサの哄笑が響く。 無理に避けようとしないことは、お見通しだったらしい。 指示を受けたボーマンダは炎を取り止め、ドラップの横に回り込みながら急降下を始めた。 ぼっ……!! 鋭い爪が生え揃った前脚に、炎のような赤いオーラが宿る。 空気との摩擦でオーラを棚引かせながら急降下するボーマンダは、まるで大気圏を突入した隕石のようだった。 だが、眼前に迫った火炎放射を無視するわけにはいかない。 ドラップは炎の奔流をギリギリまで引きつけたところで、渾身のクロスポイズンを繰り出した。 じゃっ……!! 空気が激しく振動する音と共に、紫の筋がドラップの眼前で斜めに交差する。 クロスポイズンの威力を物語る毒素の残滓だ。 真正面から激突する火炎放射とクロスポイズン。 単純な威力では火炎放射の方が上だが、使い慣れている分、クロスポイズンに分があった。 火炎放射は交差する毒撃によって強引に引きちぎられ、ドラップにはほんの一部しか届かなかった。 目には目を、攻撃には攻撃を。 威力の高い技で相殺はできたものの、さすがにノーダメージというわけにはいかない。 それでも、無理な回避を試みて失敗するよりも、圧倒的に被害が少ない。 とはいえ、ボーマンダがドラップの死角から攻撃を仕掛けようと迫っているのだ。安心はできない。 ツバサがどこまで網を張っているのか分からない以上、一瞬たりとも気を緩めることはできない。 「ドラップ、横だ!! 今からじゃ避けられないから、アイアンテール!!」 アカツキはボーマンダを指差しながらドラップに指示を出した。 ドラップが指の動きを追いかけてくれるなどとは露ほども思っていないが、その仕草はクセのようなものだった。 火炎放射を凌いだのも束の間、次の一撃が本番だ。 ドラゴンクローの威力の高さは嫌というほど知っている。 ボーマンダほど攻撃力の高そうなポケモンが放てば、いくらドラップでも大ダメージは免れない。 ドラップはゆっくりと真横に振り向きながら、尻尾をピンと立てた。 ――今頃こっちに気付いたか、ノロマめ…… そう言いたげな眼差しを向けながら、ボーマンダが赤いオーラを棚引かせる鋭い爪を振りかざす!! その直前、ドラップはアイアンテールを地面に向けて発動させた。 一時的に鋼鉄の硬度を得た尻尾で地面を殴りつけ、その反動で身体を持ち上げる。 ボーマンダは眼前からドラップの身体が消えたことに驚いたが、一度放った攻撃は取りやめない。 渾身のドラゴンクローは虚しく虚空を袈裟懸けに薙ぎ払うのみ。 「……!? そういう使い方もするんだ。やるね」 ツバサはドラップの器用さに驚きつつも、動揺は見せなかった。 まともに食らえばそれでよし、食らわなければ……すでに手は打っている。 ドラップが先ほどまでいた場所にボーマンダが突っ込んだ瞬間、アカツキはドラップに指示を出した。 ボーマンダの上を取った今なら、確実に攻撃を決められる。 チャンスは一瞬……!! 「ドラップ、クロスポイズンでボーマンダを捕まえて、氷の牙をぶちかませっ!!」 ドラップも、相手が自分よりも素早いことを察し、アカツキの指示に的確に応えた。 「……!?」 ボーマンダは視界に影が差したことでドラップに上を取られたことを察したが、 翼を生やした竜という身体的な構造からして、真上への攻撃手段には乏しかった。 「…………」 ツバサは淡々とした態度を崩さず、ドラップがボーマンダに攻撃を繰り出すのを眺めていた。 これも、筋書き通り。 勘の鋭いアカツキに悟られぬよう、ポーカーフェイスを気取るのも意外と大変なのだ。 ツバサが策を進める中、ドラップはクロスポイズンでボーマンダの無防備な背中を攻撃し、 腕の先端のハサミで作った輪っかで、ボーマンダの首根っこをつかんだ。 「ぐぉっ!?」 首が後ろに持っていかれるような感覚に、ボーマンダは気管をふさがれそうになったが、とっさに突進力を殺すことで、辛うじて免れた。 だが、それだけの時間で十分だった。ドラップが氷の牙を突き立てるには。 「ごぉっ!!」 ドラップが口を大きく開く。 口の端に生えた鋭い牙が、蒼白い輝きに包まれる。 触れたものを凍てつかせる氷の力を宿した牙で、ボーマンダの首筋に噛み付く!! 「ごぉぉぉっ!? ぐぉぉっ!!」 首筋から全身に瞬時に伝わる激痛と冷気に、ボーマンダは悲鳴を上げた。 ドラゴン・飛行タイプのボーマンダにとって、氷タイプの技は最大の弱点。食らえば大ダメージは免れないのだ。 「よし、効いてる!!」 ボーマンダが悲鳴を上げて暴れているのを見て、これなら勝てるとアカツキは確信した。 ツバサが何も対抗策を打ち出してこないことを怪訝に思いつつも、 このまま攻め続ければどんなことを考えていたところで無駄になるという想いもあった。 ドラップは顎に力を込めて、ボーマンダを離すまいと牙を突き立て続ける。 やがて地面に着地したドラップに引きずられるように、ボーマンダが横転する。 空を飛んでいる状態なら手を出せないが、手の届く場所にいる今なら、料理し放題だ。 攻めて、攻めて、攻めまくるのだ。 「ドラップ、そのままクロスポイズンを連発して一気に倒すんだ!!」 反撃の隙を与えてはならない。 アカツキの鬼気迫る指示を受け、ドラップはクロスポイズンを放とうと、両腕のハサミに毒素を溜め込み始めた。 ドラップの特性は『スナイパー』。 攻撃で相手の急所を捉えた時、より大きなダメージを与えることができるという特性だ。 クロスポイズンに代表される『急所を捉えやすい攻撃』と相性がいい。 しかし、そこで手をこまねいているジムリーダーではない。 「ボーマンダ、最終奥義を!! すべてを破壊する紅の輝き、今こそ迸れ!! ドラグーンレイ!!」 ここぞとばかりに、ツバサが声を荒げて指示を飛ばす。 「さいしゅう、おうぎ……? なんかヤバそうじゃん……!!」 なにやら難しい言葉を延々と綴りながら飛ばした指示に、アカツキは不吉な予感に背筋を震わせた。 ツバサの声に活力を与えられたように、ボーマンダからすさまじい気迫が放たれるのを感じ取ったのだ。 「ドラップ、早くクロスポイズン!! 威力落としてもいいから!!」 アカツキは慌てて指示を出した。 「……!?」 これにはドラップも釣られて、慌ててしまった。 威力を完全に高めるには、ハサミが紫に染まるほどの毒素を溜め込まなければならないのだが、 いきなり威力落としてもいいから……と言われても困るのが正直なところだった。 ボーマンダは首筋に氷の牙を突き立てられたままでも、構うことなく翼を広げた。 最終奥義…… その言葉がトレーナーの口から飛び出したのは、本当に久しぶりのことだ。 だから、今こそ秘められた力を解放しなければならない。 勝利を、敬愛するトレーナーに捧げるために。 「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」 ボーマンダは激痛と身体を冷やしていく冷気を振り払うように、 ありったけの声を振り絞って叫び、体内の力を真っ赤な翼に集約し、解き放った!! ドラップが慌ててクロスポイズンを放って阻止しようとしたが、一瞬ボーマンダの方が早かった。 ボーマンダが翼を振りかざした瞬間、フィールドを烈風が駆け抜けた!! 「うわっ!!」 突然の烈風に、アカツキは尻餅をついた。 立ち上がろうとするが、フィールドはすさまじい風が荒れ狂い、とてもではないが立ち上がれるような状況ではなかった。 ツバサはうつ伏せに這いつくばったまま、身動きが取れずにいた。 技を指示したトレーナーでさえそんな状態に陥るほどだ。ボーマンダが放った攻撃の威力たるや、すさまじいものだろう。 案の定、すさまじいことになっていた。 最初の烈風でドラップを弾き飛ばしたボーマンダは宙に舞い上がり、狂ったように激しく翼を打ち振っていた。 その度にフィールドにすさまじい風が降り注ぎ、地面を陥没させたり、ドラップを弾き飛ばしたりといった現象が発生する。 「な、なんなんだ、これ……?」 重量級のドラップでさえ、堪えることができず、ボーマンダが巻き起こした嵐に翻弄されている。 アカツキはドラップに檄を飛ばすことさえ忘れ、呆然とこの状況を見つめているしかなかった。 轟音、衝撃…… 一体何が起こっているのか、見当もつかない。 ドラップは嵐に翻弄された後、横転した。 頭をがくりと垂れ、ピクリとも動かなくなる。 ボーマンダの強烈な攻撃(?)を受けて、戦闘不能になってしまったのだ。 「まるで、何もかもぶっ壊そうとしてるみたいじゃないか……」 見えない力が降り注ぐ度、フィールドに破壊の爪痕がくっきりと刻まれる。 ボーマンダはフィールドを破壊しようとしているようだ。 「戻れ、ドラップ!!」 こんな状態でドラップを外に出しておくわけにはいかない。 技一つで形勢を逆転されてしまったが、今さら悔やんでも結果が変わるわけでもないのだから、詮無いことだ。 アカツキはドラップをモンスターボールに戻し、労いの言葉をかけた。 「ドラップ、よくガンバってくれたよな。 大丈夫、キミの頑張りは無駄にはしない。絶対にさ」 今の技さえ放たれなければ、確実に勝っていた。 そこまで相手を追い込んでいたのだから、恥じることなど何もない。 負けを恥じるだけならば、相手を追い込んだプロセスさえ否定することになる。そんなのは嫌だった。 プロセスにだって価値はあるのだ。 叩きつぶすべき相手が見当たらなくなって、ボーマンダは羽ばたくのをやめた。 ……かと思いきや、その身体がぐらりと傾いで、そのまま地面に墜落した。 無数のひび割れによって荒れ果ててしまったフィールドに、ボーマンダは身を横たえた。 力を使い果たしたのか、そのまま動かなくなる。 「……さすがに、あの状態で使ったのはキツかったか。戻れ、ボーマンダ」 ツバサはボーマンダに戦う力が残っていないことを悟り、モンスターボールに戻した。 暴虐な嵐はいつの間にか止み、荒れ果てたフィールドだけが残った。 「…………今の、一体……」 アカツキはボーマンダが横たわっていた場所を眺め、思案をめぐらせた。 ボーマンダが放ったあの技は、一体何なのだろう……? 分からない技ほど、不気味なものはない。 ドラップの氷の牙によるダメージが大きかったとはいえ、残った力を使い果たしてまでドラップを戦闘不能に追いやったのだ。 威力から見てもすさまじかった。 一体、どんな技だったのか…… アカツキが考え込んでいると、ツバサがため息混じりに答えてくれた。 ボーマンダが倒れた以上、隠しておく必要もないと思ったのだろう。 「ドラグーンレイ。ドラゴンタイプの超必殺技さ。 力を翼に収束し、破壊の嵐を吹かせる……もっとも、反動によるダメージが恐ろしく大きいから、普段は絶対に使わせないんだけどね」 「そんな技があるんだ……」 アカツキは思わず息を呑んだ。 ツバサのポケモンは尋常ではない効果を発揮する技を覚えさせている。 チルタリスはエンゼルソングと流星群。ボーマンダはドラグーンレイ。 並大抵の威力ではない技を、最後のポケモンも隠し持っているのだろうか……? そう考えると、どうにも安心できない。 「今回は引き分けとしよう。 キミのドラピオンと、僕のボーマンダはほぼ同時に戦闘不能になった」 「…………」 引き分けとなると、一勝一引き分けになる。 単純に勝敗だけを考えるなら、三体目で負けさえしなければ……引き分け以上に持ち込めれば勝てるという算段だ。 そこのところの計算はどうなっているのかと思い、アカツキは口を開いた。 「じゃあ、次のポケモンでオレが負けたら?」 「おや、意外だねえ。 やる前から負けた時のことを考えるのかい?」 「ちが〜う!! そんなんじゃな〜い!!」 ツバサが言質を取ったと言わんばかりに意地悪な言葉を返すと、アカツキは眉を十字十分の形に吊り上げて唾を撒き散らしながら叫んだ。 「引き分けがあるんだったら、次はどうなるんだろうって思っただけだっ!! もちろん、最後のポケモンで勝てば文句なくバッジもらえるんだろ!?」 「まあ、そりゃあそうだよ」 そんなに目くじらを立てなくても…… ツバサは大仰に肩などすくめてみせたが、アカツキの目には入らなかった。 「キミは最後のポケモンで引き分け以上に持ち込めれば、一勝二引き分けで勝ちが決まる。 本当はそんな中途半端なルールじゃいけないんだろうけど、引き分けも勝敗の結果として認められる以上、無下には扱えないよ」 思っている通りの答えが返ってきた。 入れ替え形式のバトルでは、ポケモンが同時に戦闘不能になった場合の取り扱いについて定めておかなければならないのだ。 引き分けも判定基準に含まれているなら、最後の一体で負けさえしなければいい。 もっとも、やるからには勝利を目指すに決まっている。 「まあ、そういうワケだからさ。決着つけようか」 ツバサは口元に不敵な笑みを浮かべ、最後のポケモンが入ったモンスターボールを手に取った。 「最後の大勝負ってワケか、望むところだぜ」 アカツキも、同じようにライオットのボールを手に取った。 他に出すポケモンは考えられない。 砂漠の苛酷な環境で生きてきたライオットが、他のポケモンに後れを取るなどということはありえない。 「それじゃあ僕のポケモンをお見せしよう。行くんだ、カイリュー!!」 「それならオレはライオットだ!! 行けっ!!」 ツバサがボールを頭上に投げ放つと、負けじとアカツキも声を張り上げ、ボールを真上に放り投げた。 競うように空へ投げ上げられたボールは同時に口を開き、中からそれぞれのポケモンが飛び出してきた。 アカツキの側にはライオット。ツバサの側には…… 「ぐりゅぅっ♪」 なんだか緊張感のなさそうな鳴き声を上げるポケモン。 「……こ、これがカイリュー? 実物見るのは初めてだけど……なんか、カワイイ……」 アカツキはツバサの眼前に舞い降りたポケモン――カイリューを見やり、小さくつぶやいた。 ドラゴンポケモン・カイリュー。 ミニリュウの最終進化形で、海の化身とも呼ばれている屈強なドラゴンポケモンだ。 全身が淡い橙色で、ボーマンダよりもふっくらとした体格を有している。 攻撃が得意そうには見えないが、つぶらな瞳に柔らかな雰囲気というファンシーな外見からは想像もつかないほどの力を持っているのだ。 「カイリューは僕の切り札。 ボーマンダもそうだったんだけどね……どっちを先に出そうか迷ったくらいだ」 ツバサはつぶやくと、カイリューの背中を優しく撫でた。 「ぐりゅぅぅんっ♪」 気を良くしたのか、カイリューはバトルの前だというのにニコニコと微笑んだ。 ツバサとは本当に心が通い合っているらしい……同じようにポケモンと心を通わせるアカツキには分かった。 「こいつ、カワイイけどヤバイ相手かも……」 ライオットが、じっとカイリューに視線を注いでいるのを見やり、再確認する。 ボーマンダと比べてスマートさに欠ける体格と柔和な雰囲気を前面に押し出しているとはいえ、ジムリーダーが最後に出してくるポケモンだ。 切り札と称するからには、ボーマンダと双璧を為すほどの力を秘めているのだろう。 「空、飛べんのかなあ……飛ぶんだろうけど」 アカツキはカイリューの背中に生えている翼を凝視した。 鮮やかに生い茂った木の葉を思わせる、深い緑の膜を持つ一対の翼。 お世辞にも、ボーマンダ並みはあろうかという体格を支えて空を飛べるとは思えないのだが……恐らくはちゃんと飛べるのだろう。 ライオットほど素早く空を翔けることができるとは思えないが、油断は禁物だ。 ツバサは一頻りカイリューの身体を撫で回すと、 「それじゃ、始めようね。カイリュー、行ってくれ」 「ぐりゅぅっ!!」 満面の笑みで送り出され、カイリューはやる気を漲らせて一歩前に出た。 先ほどまでのニコニコ笑顔はどこへやら、真剣な面持ちで、眼差しを尖らせる。 もっとも、睨まれたところで愛くるしい顔立ちが災いして『コワイ』とは思えなかったのだが。 「先手はキミに譲るよ。 十二歳でそこまでやるトレーナーは久しぶりだからね。今までの健闘を称えて、先手を譲るよ」 「…………」 ツバサは尤もらしい言葉で、アカツキに先手を譲った。 何か企んでいるのがバレバレだったが、ここはありがたくいただいておこう。 「…………砂嵐さえ使えりゃ、どうにでもなる」 ライオットは強烈な砂嵐が使える。 フィールドがこれだけ荒れ果ててしまえば、砂嵐だって簡単に発生させられるはずだ。 身軽な動きでカイリューに迫り、ドラゴンクローや竜の息吹で決めればいい。 アカツキが特に指示を出したわけではないが、ライオットは翼を広げ、そっと浮かび上がった。 タイミングを計って、指示を出す。 「ライオット、カイリューに近づいてドラゴンクローだ!!」 最後のバッジへの、最後の関門。 アカツキはカイリューを倒すべく、ライオットと共に最後の戦いに挑んだ。 To Be Continued...