シャイニング・ブレイブ 第17章 忘れられた森へ -Unforgettable Days-(前編) Side 1 ――アカツキが故郷を旅立って48日目。 アカツキたちはその日、陽が山脈の稜線から顔を覗かせないうちにウィンシティを発ち、レイクタウンへと向かった。 往路とは違い、三人がそれぞれ空を飛べるポケモンを所持していたため、 それぞれのポケモンの背に乗って、空からサウスロードをなぞっていく形になった。 アカツキはライオットの背中の上で、視線をじっと前方に据えていた。 横ではなにやらトウヤとカイトが話をしているようだが、口の動きが分かるだけで、風の音にかき消され、話の内容までは聞き取れなかった。 もっとも、今のアカツキはネイトを助けることしか考えられなかったのだから、内容を聞き取れたとしても、話の輪に加わろうとはしないだろう。 「…………」 いよいよ、今日だ。 昨晩は寝付くまでに時間がかかったが、それなりに眠れたため、眠気はない。 一昨日から強行軍だったが、疲れも特に残ってはいない。 それどころか、気力体力共に漲っているような気さえしてくるほどだ。 今日、ネイトを奪還する…… シンラの手によってダークポケモンにさせられ、奪い去られてしまった大切な仲間……そして大切な家族。 ポケモンリーグとフォース団がタッグを組んで、ソフィア団を解体させるために大がかりな掃討作戦が実行されるのが今日。 アカツキたちは、彼らの作戦に乗っかって、ネイトを取り戻すのだ。 ただそれだけのことだが、シンラのポケモンやソフィア団が擁しているダークポケモンの力は強大なだけに、 そう簡単にはネイトを取り戻すことはできないだろう。 それでも、自分たちがやるべきことだと、アカツキは臆することなくソフィア団に敵対心を燃やしていた。 すべてを切り裂かんばかりに吹き付けてくる風に目を細めながら、アカツキはとある人物の顔を脳裏に思い浮かべていた。 ディザースシティを長々と離れられないチャンピオン・サラの代わりにレイクタウンに赴いたと思われる、フォース団の頭領ハツネ。 彼女は飄々とした人物だ。 正しいと思うことなら、相手が傷ついていようと平気で言ってのける。 そのくせ、頭の回転はとても早く、スクールを主席で卒業したキョウコですら容易く手玉に取ってみせる。 非合法組織を数年間も存続させるほどの頭脳と人望が、彼女にはある。 そして、ポケモントレーナーとしての確かな実力も。 アカツキは彼女から、ネイゼルカップに出場できるだけの実力があれば、 ネイトを助けるために掃討作戦に参加しても良いと言われ、ウィンシティを訪れた。 最後のリーグバッジも何とかゲットし、晴れてネイゼルカップ出場資格を満たすことができた。 これなら、ハツネとて無下には扱わないはずだ。 末席であろうと、ネイトを助けるために行動を起こすことができる…… まだそうと決まったわけでもないのに、アカツキは自分たちでネイトを助けに行けると素直に喜んでいた。 カイトとトウヤが話していたのは、アカツキが妙に張り切っているからどこか心配……という内容だった。 心配されている当人が蚊帳の外というのも皮肉な話だが、サウスロードの先にセントラルレイクと、 湖に寄り添うレイクタウンが見えてきた頃には、三人とも考えを切り替えていた。 ハツネが集合場所として指定してきたのは、キサラギ博士の研究所。時刻は十時ちょうど。 いつの間にやら東の空から昇った太陽が草原を照らし出し、そよ風が優しく吹き抜けていく。 「ハツネさんだって、今のオレなら認めてくれる。 ……自身を持つんだ、オレ。オレたちじゃなきゃ、ネイトは助けられないんだから」 アカツキは近づいてくる街並みを見やりながら、グッと拳を握りしめた。 皮肉なことに、ネイトを奪われてからというもの、アカツキは以前よりも強くなった。 いつも傍にいるのが当たり前だと思っていた相手がいない……そんな絶望的な状況をバネに、苦難を乗り越えてきたからだ。 大切な仲間たちと共に、これからも一緒に歩いていきたい。 だからこそ、今日はネイトを絶対に助け出す。他の誰でもない、自分たちの手で。 「さて、いよいよやな」 ロータスを傍に寄せ、トウヤが声をかけてきた。 アカツキは振り向くと小さく頷いた。 「うん。オレたちの手で、ネイトを取り戻すんだ。そうじゃなきゃ、今までガンバってきた意味もなくなっちまう」 すべては、ネイトを取り戻すため。 仲間と離れ、一人で頑張ってきたのも、ネイトを取り戻すという目的があったからこそだ。 並々ならぬ決意を抱いているのは、アカツキだけではない。 彼の仲間たちもまた、モンスターボールの中で、そう遠くないうちに訪れる決戦の時を静かに待っている。 その先に広がる、ネイトと過ごす日々に想いを馳せながら。 あっという間にレイクタウンの上空に差し掛かる。 サウスロードと町の境界であるサウスゲートを軽く飛び越えて、町中に入る。 今日、ネイゼル地方北東部に広がる『忘れられた森』でドタバタ騒ぎがあることなど、十人には予想もつかないのだろう。 いつも通りの時間が流れ、穏やかな雰囲気に満ちている。 それはまるで、アカツキに落ち着けと諭しているかのよう。 町の中南部にある小高い丘を、東西に町を貫くメインストリートを飛び越え、眼下にキサラギ博士の研究所と、研究所の敷地が広がる。 どうしてキサラギ博士の研究所が集合場所として指定されたのかと、アカツキはウィンシティを発つ前にトウヤに訊ねた。 彼の言うところによれば、ハツネはキサラギ博士の知り合いらしく、 あまり人の多い場所で大っぴらなことをするわけにはいかないという理由があるらしい。 どこにソフィア団が紛れ込んでいるかも分からない以上、最終段階に達した作戦にわずかな綻びでも作りたくはないのだろう。 ともあれ、アカツキたちはキサラギ博士の研究所にたどり着いた。 正確な集合場所は研究所の敷地の中央付近に位置する水場だ。 敷地に入ったところでライオットの背から降り、自分たちの足で向かう。 敷地には多くのポケモンが住んでいるため、彼らの生活を脅かさないような配慮が必要なのだ。 見知らぬポケモンが空を飛んでいるとなると、のんきなミルタンクたちでさえ落ち着いて草を食めない。 「…………」 今すぐ全力で走っていきたい衝動に刈られながらも、アカツキはトウヤとカイトに歩調を合わせた。 熱くなるのはいいが、我を失って突っ走っていったら、それこそ相手の思う壺だと、カイトに釘を刺されていたからだ。 自分のことを誰よりも理解しているであろう親友の助言だけに、さすがにこればかりは無視するわけにもいかなかった。 集合時間まではあと三十分近くあるが、すでに水場には役者が揃っていた。 サラの代理であるハツネ、四天王のカナタ、アズサ、チナツ。アカツキの兄アラタと、キョウコ。 ミライはポケモントレーナーではないから、作戦に参加しないということで、ここにはいないらしい。 それと、見知らぬ青年が一人。 アカツキは水場に佇むその青年に訝しげな視線を向けつつも、トウヤとカイトの二人と共に、ゆっくりと歩いていく。 ハツネの前で足を止める前に、アカツキは青年の全身を舐め回すように見やった。 年の頃は二十代半ばといったところか。 細身で長身、顔立ちもそれなりにハンサムだ。鼻筋も高く、漂う知的な雰囲気を際立てるように、シャープなデザインの眼鏡をかけている。 一点の染みも見当たらない白衣に身を包み、穏やかな表情でじっとアカツキを見つめ返す。 今日のためにサラが派遣してくれた研究者か何かだろう……そんなことを思いながら、ハツネの前で足を止める。 「時間には早いけど、役者は揃ったね」 まだ時間になっていないのだから、話をするのは面倒くさい……なんとなくそんな風に物語っているが、誰も彼女に反論しなかった。 するだけ無駄だと分かっているのか、カナタとアズサはシラけた表情でソッポを向いていた。 ハツネはアカツキに目をやり、微笑んだ。 「トウヤから聞いたよ。ネイゼルカップ出場の資格を手にしたんだって?」 「うん。連れてってくれるよな?」 「ああ、もちろんさ」 本当に連れていってもらえるかどうか心配で思わず訊ねてしまったが、杞憂に過ぎなかった。 どうやら、彼女は一度交わした約束を容易く反故にするような女性ではなかったらしい。 アカツキがホッと胸を撫で下ろすと、アラタとキョウコがニコニコ笑顔で歩み寄ってきた。 「やったな、アカツキ。おまえの手でネイトを助けられるじゃん」 「まあ、あんたにしちゃ上出来よ。 でも、ここで満足してちゃダメ。 ネイトを助けるって決めたんだったら、最後まで突っ走ってもらわなきゃね」 二人して、アカツキが作戦に参加できると知って、喜びを隠しきれない様子だ。 ネイトは彼の大切な家族。 できるなら、彼自身の手で助け出してほしいと願っているのだから。 「兄ちゃん、オレたち今までガンバってきたけど、今日は絶対にネイトを助け出す!!」 「おう、その意気だ!!」 アカツキの力強い言葉に、アラタは笑みを深めて頷いた。 やはり、自慢の弟は明るい笑顔がよく似合う。 笑顔は以前のように戻っても、ネイトがいなければすべてを完璧に元通りにすることはできない。 今日はなんとしてもネイトを助け出す。 ネイト自身のためにも、そして誰よりも明るく陽気でかしましい大切な弟のためにも。 「ところで、ハツネさん。気になってたんだけど……」 グッと拳を握りしめて宣言するのも程々に、アカツキはハツネの傍らに控えている青年に顔を向けた。 「この人、誰?」 恐らくは、ソフィア団掃討作戦の関係者なのだろうが…… 青年の物静かな眼差しに、疑念が消えない。 なぜだか分からないが、哀れまれているように感じてしまうからだ。 背筋がゾクゾクする。つい先ほどまで落ち着いていた気持ちが、ざわめき出す。 「そうよそうよ。その人誰よ? だいたい、役者が来たら教えるなんてさ〜、二度説明するのが面倒だからって、そんな言い訳苦しんじゃないの?」 ここぞとばかりに、キョウコがスパイスを塗した皮肉をハツネにぶつけた。 今まで軽くあしらわれ続けて、相当頭に来ていたのだろう。 特に表情などには出していなかったが、それだけ腹に据えかねていたということだ。 あからさまに子ども扱いされ、何を言っても簡単に切り返されてしまう。 勝気で強気、自尊心の強いキョウコには耐え難い屈辱の日々だったに違いない。 もっとも、周囲からすれば背伸びする彼女が可愛く、微笑ましい光景だろうが。 ハツネはキョウコに目をやることもなく、淡々と切り返した。 「別に、あんたに紹介したくてこいつをわざわざ呼び寄せたワケじゃないよ」 「なっ……!!」 事も無げに言われ、キョウコは鼻白んだ。 それでも、すぐ後ろでアラタがクスクスと小声で笑っていることに気づくとさっと振り返り、夜叉のごとき表情で睨みつけた。 苦笑いするアラタと、無言で睨みつけるキョウコ。 そんな二人のやり取りは放っておいて、ハツネは続けた。 「アカツキ、あんたに会わせたくて連れてきたんだよ。サラから頼まれて……ね」 「オレに……? サラさんから、どうして?」 これにはアカツキも驚いた。 目を大きく見開き、淡々とした表情の青年を見やる。 「……さあ? あいつが何を考えてるのかなんて、あたしの知ったこっちゃないわ。 あいつの名代としてここに来てるけど、あたしだってソフィアの連中をぶっ飛ばしてやりたいってだけさ」 「…………」 ハツネにも、サラの真意はつかめなかった。 彼女が何を考えて、この青年をアカツキに会わせようとしていたのか……もっとも、言われたとおりにするだけのこと。 彼女が何を考えようが、そんなものは知ったことではない。 「前置きはええねんけど、そこの旦那、一体何者なん?」 トウヤはアラタとキョウコにチラリと視線を向けると、眼差しを尖らせて青年に向き直った。 物腰は穏やかで、一見すると人当たりもそれなりに良さそうだが……どこか油断ならないものがある。 カナタたち四天王は青年が何者なのか知っているらしく、淡々と構えていた。 特に何も言わず、反応を示さない。 「…………」 そんな彼らの様子がなんとなく不気味で、アカツキは目を細めた。 青年はじっとアカツキを見やったまま、身動ぎ一つしない。 ハツネは困ったものだと言わんばかりに一同を見渡すと、ため息混じりに話し始めた。 「こいつの名前はボルグ。 ちょっと前まで、ソフィア団の顧問研究員をしてたヤツだよ」 ソフィア団の顧問研究員という言葉に、アカツキたちは揃って目を剥き、一斉に喚き立てた。 「ええっ!? ソフィア団の研究者!?」(アカツキ) 「なんとまあ……」(トウヤ) 「ちょっと、なんでそんなヤツがここにいんのよ!!」(キョウコ) 「なに考えてんだ、あんたは!?」(アラタ) 驚くアカツキとトウヤ。 アラタとキョウコは眉を吊り上げ、ハツネに詰め寄った。 どうせそうなると最初から分かっていたらしく、ハツネは特に驚いた様子も見せなかった。 蜂の巣を突付いたような騒ぎに、大仰に肩などすくめながら言った。 「言っただろ。サラが必要だと言ってたから連れてきた。 それに、紹介だけのために連れてきたためじゃないよ? そうだね、こう言えば分かってもらえるかな……? シンラのバカがネイトってヤツを捕まえたモンスターボール……それを作ったのがこのボルグだって言えば分かるだろ」 『なっ……!!』 さすがにこれには、五人とも何も言い返せなかった。 シンラがネイトを捕獲したモンスターボール……紫と黒のまだら模様が刻まれ、不気味な雰囲気を漂わせていた。 普通のポケモンを、一瞬にしてダークポケモンに変えてしまうという、恐ろしい力を秘めたボールを作ったのが、目の前にいる青年だとは…… アカツキは心がグラグラ揺れているのを感じ、開け放った口を閉ざすことさえ忘れていた。 「ネイトを奪ったあのボールを作ったのが……あんたなのか……?」 呆然と、青年――ボルグに問いかける。 ボルグは表情を崩すこともなく、無表情で頷いた。 「そうだ。シンラ君に頼まれて作った」 「…………」 曰く、ネイゼル地方にやってきたところにシンラから助力を乞われ、ダークポケモンの研究をしていたらしい。 その成果物として、ポケモンをダークポケモンに変えてしまうボール――クローズドボールを作成するに至ったという。 誰が訊ねたわけでもないのに、ボルグは自身の過去も暴露した。 遠く離れたオーレ地方で、ダークポケモンを量産して世界を支配しようと企んだ組織・シャドー。 以前、彼はシャドーに所属し、ダークポケモンの研究を行っていたが、 とある青年と少女の活躍によってシャドーが壊滅すると、組織に見切りをつけて独り身の研究者として各地を渡り歩いていたのだと言う。 シンラに目をつけられたのは、ダークポケモンに関する膨大な知識や、ダークポケモンを生産する技術を知っていたから。 彼自身、シンラが何をしようと構わなかったし、研究さえできればそれで良かった。 ソフィア団にいた時のことまで、律儀に説明してくれた。 言われたことをやって、義理も果たしたと、ソフィア団を抜けたのだそうだ。 「…………そんなことがあったんだ……」 彼の話を聞き終えて、アカツキは深々とため息をついた。 ボルグもまた、ここ数年は波乱含みの人生を送ってきたらしい。もっとも、そんなことはどうでも良かったが。 「シャドーでダークポケモンの研究をしてたのが、あんただったんだ……」 「…………」 キョウコがやっとの思いで搾り出した言葉にも、ボルグは眉一つ動かさない。 アカツキたちは、かつてヨウヤがダークポケモンを率いて襲撃した事件の後、キサラギ博士からダークポケモンの謂れを聞いていたのだが…… まさか、遠い地方でダークポケモンの研究を行い、世界支配に手を貸していた研究者が、今回の事件にまで関わっていたとは夢にも思わなかった。 それでも、現実は現実として、全員がちゃんと受け止めていた。 「…………」 アカツキは目を伏せ、拳をグッと握りしめた。 爪が皮膚に食い込んで、痛みが走る。 ボルグがシンラに手を貸さなければ……ネイトがダークポケモンになることも、奪われることもなかった。 ドラップだって、実験素材として捕らえられることもなかっただろう。 どうして、大切なパートナーであるポケモンをそんな風に改造できるのだろう……? 分からないことだらけだ。 どうして、サラがボルグをアカツキに引き合わせようと考えたのか…… 考えたところで、答えが出るはずもない。 この場にいない彼女に、答えを聞くことさえできない。 ハツネも先手を取って『分からない』と言ってきたし。 「だけど、ネイトはダークポケモンになっちまったんだ……」 今は、もしも○○だったら……という仮定の話を持ち出したところで何の意味も為さない。起こった事実を変えることはできない。 それなら…… アカツキは顔を上げ、ボルグに訊ねたいことがあって口を開こうとして―― 「あんたが……あんたが余計なことしなけりゃ、ネイトがダークポケモンになることはなかったんだッ!!」 その時、アラタが声を荒げてボルグに飛びかかった。 しかし、伸ばした手は彼の襟首をつかむ直前に、虚空に縫いとめられた。 とっさにカナタが出したネイティオのサイコキネシスで、動きを封じられてしまったのだ。 激情に駆られたアラタを止めるのは、アカツキでさえ不可能なことなのだ。 カッとなると何をしでかすか分からないという意味ではアカツキと大差ないが、 カナタはもしかしたらこうなるかもしれないと思い、ネイティオをボールから出す準備だけはしていた。 「ちくしょう……!! 離せよ、カナタの兄貴っ!! こいつがすべて悪いんだ!! ダークポケモンなんかの研究しやがったから!!」 アラタは怒りが収まるどころか、どうして止めるのだと言わんばかりに、さらに頭に血が昇っていた。 自身でも何を言っているのか分かっていないのかもしれない。 怒りの矛先を、ボルグからカナタに向けていることにさえ気づいていないのだろう。 「……確かにそうよね。 この人がシンラとかいうヤツに手を貸さなかったら、こんなことにはならなかったんだもの。 無罪放免ってワケには、行かないわよね……?」 アラタが怒り狂うのももっともだと、キョウコはチクリと針で突き刺すような口調で言葉を突きつけた。 ダークポケモンの話を聞いていただけに、ボルグに対する怒りは根深いのだろう。 「…………」 アラタがいきり立ち、キョウコが遠回しに『吊るせ』と言っているのも分かるし、 アカツキ自身、もう少し落ち着いていなかったら、きっと兄と同じことをしていただろう。 しかし…… 今ここで、ボルグを責めたところで何も変わらない。 変に達観してしまったせいか、彼をどうこうしようなどとは思わなかった。 皮肉なことに、ネイトを奪われて誰よりも傷ついているはずのアカツキが、誰よりも落ち着いていた。 「アカツキ……」 じっとその場に佇んでいるアカツキを見やり、トウヤは声をかけた。 もしかしたら、あまりの怒りで呆然としているのかもしれない……そう思ったが、それは彼の単なる思い込みでしかなかった。 「…………ボルグって言ったっけ。一つ、聞いていいか?」 「……なんだ?」 アカツキは静かな声音で、ボルグに問いかけた。 「あんたの作ったボールでダークポケモンになったポケモンは……元に戻せるの?」 ボルグは小さく目を閉じ、投げかけられた男の子の言葉を噛みしめていた。 ダークポケモンという禁忌に手を出したことに罪悪感はないし、 ダークポケモンに変えてしまう力を持つボールを作り出したことも、悪いとは思っていない。 結局のところ、そのボールを使った人間が善悪を分かつ……それがボルグの持論だった。 どんなに切れ味の鋭い包丁があっても、使う者がいなければその切れ味を発揮することは難しい……そういった理屈なのだ。 アカツキの言葉に、周囲は水を打ったように静まり返った。 「アカツキ、おまえ……」 どうしてボルグを締め上げないのか……? そう訊ねたかったが、アカツキのまっすぐな目を見ていると、そんな気が失せてくる。 アラタは、怒りに我を失っていた自身を恥じるしかなかった。アカツキの方が、ある意味よっぽど大人なのだと思い知らされる。 彼がここでこれ以上の行動には出ないと思い、カナタはネイティオにサイコキネシスを解除させた。 アラタは自由を取り戻すと、すぐさまアカツキの傍に駆け寄った。 ここでボルグをどうにかしても解決しないのは間違いないだろう。 それなら、変なマネをしないように見張るのがいい。 静まり返り、周囲が答えを求めるようにボルグに視線を向ける中、問いを投げかけられた当人は、淡々としていた。 罪悪感も何もないのだから、取り乱すなんてことはない。 「ないこともない……が、簡単には戻せない。 ヨウヤのクロバットをリライブしたそうだな?」 「リライブ……? うーん、よく分かんないけど、元には戻したよ」 聞き慣れない単語に首を傾げつつも、アカツキは小さく頷いた。 話の流れからすると、ダークポケモンを普通のポケモンに戻すことを『リライブ』と言うらしいが…… アカツキだけでなく、四天王やハツネまで、リライブという単語には頭を捻っていた。 眉根を寄せて思案顔になる一同を見渡し、ボルグは小さくため息をついた。 ダークポケモンの話を知っているなら、リライブという基礎的な単語ももちろん知っていると思っていたのだが、無理な期待をしていたらしい。 もっとも、ボルグ以外は全員研究者ではないのだから、ダークポケモンにまつわる単語を知らなかったとしても不思議はない。 不意にそんな単純なことに気づいて、苦笑する。 「ともあれ……」 場の雰囲気に似つかわしくない笑みを潜め、苦笑した事実を踏み消すように咳払いをして、続けた。 「リライブとは、ダークポケモンを普通のポケモンに戻すことを言う。 その方法はいくつか存在するが、おまえがクロバットをリライブしたのは、ポケモンレンジャーが自身の気持ちを直に伝えるためのキャプチャ。 心に働きかけるものでアプローチしたからこそ、心にかけられた錠を解き、扉を開いて元のクロバットに戻すことができたのだろう。 しかし、私が作ったクローズドボールは、キャプチャディスクからの波動を受け付けない力を放っている。 厳密には、キャプチャディスクの信号周波数を打ち消す特殊な周波数の電波を常に周囲に展開しているため、 どんなに気持ちを込めようと文字通り門前払いを食う形となる。 よって、クローズドボールでダークポケモンになったポケモンを、キャプチャでリライブすることはできない」 「…………? んー、なんか難しいんだけど……」 論理的に淡々と言葉を並べられ、アカツキはいよいよ理解不能の領域に突入しようとしていた。 リライブという言葉の意味は分かった。 どうやら、ネイトはキャプチャでも元に戻すことができないらしい。 そうすると、どうやってネイトを元に戻せばいいのだろうか……? シンラの手から奪還するだけでは、普通のブイゼルには戻らないようだが…… 「つまり……」 子供四人衆の中では最も頭の回転が早いキョウコが、いち早くボルグの言葉を理解した。 「他に戻す方法がある……そう言いたいんでしょ?」 「そうだ。さすがは秀才と謳われるキサラギ・アツコ女史の愛娘だけのことはある」 「お世辞として受け取っておくわ」 元に戻せないことはない……だがキャプチャでは戻せない。 他に元に戻せる方法があるということだ。 キョウコはボルグの賛辞を鼻で笑い飛ばし、さらなる言葉を突きつけた。 「で、他に戻す方法は? 取り戻すだけじゃ、ダメっぽいし……」 「そうなんだよね。せっかく取り戻しても、元に戻れなかったら意味がない」 同意するカイトもまた、神妙な面持ちで唸っている。 みんな、元気なネイトと遊びたいと思っているのだ。だからこそ、こんなに真剣に悩んでくれる。 持つべきものは家族や友達だ……アカツキが人知れずそう思っていると、 「リライブホールならどうかしら、ボルグ・スペンサー博士?」 「えっ!?」 背後から聴こえてきた声に、子供四人衆が慌てて振り返る。 「チャオ〜」 振り返った先には、無邪気な笑顔を浮かべて、招き猫のような仕草をするキサラギ博士が立っていた。 一体いつの間に背後に立っていたのか……アカツキやアラタでさえ、まったく気づかなかった。 「お、おばさん、一体いつの間に……?」 「マジで気づかなかったぞ……」 子供たちが目を見開いて驚いている間に、キサラギ博士はニコニコ笑顔をそのままに、言葉を継ぎ足した。 「お久しぶりね〜、ボルグ博士。 二年前に学会でお会いして以来だったかしら? あの時は理論を完璧にする手伝いをしてもらってありがとう。おかげさまでどうにか形にできたわ」 「キサラギ女史も、壮健そうで何より。 貴女のことだ、最初からこの話に加わるつもりでいたのでは?」 「ええ。ダークポケモンが関わるとなると、やはりあの人の出番かと思って」 「ふむ……」 「あなたからしたら、ダークポケモンの心を開かせることなんてどうでもいいのかもしれないけれど。 それでも、心理錠をいかに安全に確実に解するかというのは研究者としての命題と言ってもいいもの」 二人の間でしか通じない会話に、あっという間に突入する。 カナタたちでさえ、顔を見合わせて首を傾げる有様だ。 研究者同士の会話というのは、常人が立ち入ることを許さない高次の世界を作り出すものらしい。 「えっと……」 予期せぬ乱入者に、いきなりかき乱されてしまっている。 何を言っているのかまるで分からないが、だからこそ話が思い切り脱線していることが理解できる。 「おばさん、リライブホールって?」 アカツキはボルグの言葉が終わったタイミングを見計らい、キサラギ博士に言葉を突きつけた。 普段はとても優しい人だが、話の腰を折られると不機嫌になることがあるらしい。 もっとも、不機嫌になったところで、包丁を振り回したり垂直に切り立った崖を駆け上がったりするといった怖い人間になるわけでもないのだが。 キサラギ博士は笑みを湛えたまま、アカツキの問いに答えた。 それをこれから話すつもりでいたらしく、特に機嫌を悪くした様子もない。 「リライブホールっていうのはね、ダークポケモンを普通のポケモンに戻す方法として確立されたモノを言うの。 ポケモンの心をリラックスさせるための特殊な力場を再現してね、その中心にダークポケモンを配置するのよ。 それから、止まった心に流れを生み出すために、周囲にポケモンを配置するんだけど、何が一番効果的かって言ったら、ポケモンバトルにおける相性なのよね。 相手に対して自分が優位な立場にいるってことが分かれば、自ずと余裕も出てくるし、それだけ心に安らかな気持ちを生み出すこともできるわけ。 同じようなことを周囲のポケモンにもさせることで、心の流れができて、ダークポケモンの閉ざされた心の鍵を開かせることができるの。 そうしてダークポケモンを普通のポケモンに戻すんだけど、リライブホールが確立されるまでは危険が伴って大変だったそうなのよ〜。 たとえばコレクト係数が一定値を超えると心に負担をかけて、リバースっていう危険な状態に陥ることがあって…… ダークポケモンの力――ダークオーラが逆流して、ポケモン自身を傷つけてしまう結果にもなりかねないのよ」 『…………』 アカツキの問いに答えていたのは最初の方だけで、最後はすっかり研究者としての理論に成り果ててしまっている。 一度火がつくとなかなか止まらない気質は、確実に娘に遺伝しているようである。 しかし、ある程度のことは分かったので、それ以上は言葉をかけないようにした。 一つ言うと、関係ないことまで含めて十倍ほど返ってきそうだ。 「リライブホールって言うのがあれば、ネイトを戻すことができるわけね」 「ああ、そうらしいな」 「でも、それってどこにあるんだろう?」 「…………」 アカツキたちは顔を見合わせた。 ネイトを元に戻せる方法がある……それが分かっただけでも収穫と言えるが、リライブホールなるものはどこにあるのかというのが問題になる。 方法はあっても、それがどこにあるのか分からなければ、手も打てないだろう。 子供たちが真剣な面持ちで語り合っているのを見て、キサラギ博士が言った。 「海を隔てた南に、ホウエンっていう島の地方があるんだけどね。 そこのミナモシティって街の研究所に、私の知り合いがいるの。その人がリライブホールの発案者で、一応、話だけはつけておいたのよ。 ネイトちゃんを取り戻せたら、リライブホールのお世話になるから、準備をよろしく……ってね」 「うわ、話早っ……」 「さすがはマミー!! 娘として鼻が高いわっ!!」 事も無げに言うものだから、アラタは仰天した。 対照的に、キョウコは母親の行動の早さに瞳をキラキラ輝かせている。 娘として、全世界に自慢できる母親だと再確認したのだろう。 まあ、それはともかく…… 「でも、ネイトを戻せる方法があるって分かったんだから、それだけで大丈夫だ。 よ〜し、やる気になってきた〜っ!!」 アカツキは左右の拳を握りしめ、人目もはばからず大声で叫んだ。 ホウエン地方という地名だけは聞いたことがある。 ネイゼル地方の南に位置するカントー地方から船に乗り、南方のオレンジ諸島を越えた先にある、この国の南端に位置する地方だ。 本島と呼ばれる最も大きな島を中心に、周囲にいくつかの小島が集まっている地方だとか。 火山と砂漠、森、湖が一つの島に同居しているらしく、自然界の縮図とさえ言われている。 ネイゼル地方からだとかなり遠いが、ネイトを元に戻せる術がそこにあるのなら、贅沢も言っていられない。 何がなんでもネイトを奪還し、リライブホールなるモノでダークポケモンという鎖から解き放ってやらなければ。 「…………」 すっかりやる気になっているアカツキに冷めた視線を向けると、ボルグはハツネに向き直った。 「……私の役目はここで終わりだな。それでは失礼させてもらうよ」 「……まあ、いいけど。 あたしはあんたをあいつに引き合わせろと言われてるだけだからね。どこへでもお好きにどうぞご自由に消えちゃってください」 「では、言葉に甘えさせてもらおうか……」 騒がしい場所は苦手だ。 ダークポケモンの研究もそれなりにまとまったし、次は別の研究テーマを求めてこの地方を彷徨うのもいいだろう。 ボルグはハツネのきついお見送りの言葉を背に、その場を去ろうとしたが、彼の背にアカツキの言葉がぶつかる。 「ボルグ……って言ったっけ?」 「そうだが」 足を止め、訝しげな表情で振り返ってくるボルグ。 ネイトを元に戻せるということで、子供たちはすっかりはしゃいでいるが、アカツキとボルグの間に流れる微妙な空気に、沈黙を強いられる。 敵対心を燃やしているわけでもなければ、お友達になりましょうという雰囲気でもない。 そのどちらでもないから、不気味だった。 アカツキは真剣な面持ちで、ボルグに言った。 「オレ、あんたのしたことは許せない。 どんな理由があったって、ダークポケモンなんて作っちゃダメなんだ。 あんたが変なボール作んなけりゃ、ネイトがダークポケモンになっちまうことはなかったから、ホントに恨んでも恨みきれないくらいだけどさ」 「…………」 「だけど、ネイトがダークポケモンになっちまって、ホントに追い詰められて、分かったこともあるんだ。 あんたのおかげでオレも、オレのポケモンも強くなれた。 そのことにだけはありがとうって言いたい」 「…………別に、感謝される謂れはない」 アカツキの言葉に、ボルグは無表情で頭を振った。 やったことを考えれば、感謝されるはずもあるまい。 ボルグとて、悪いことをしたとは思っていないが、恨み言を並べられても仕方がないという認識はあるつもりだ。 それなのに、目の前の男の子はどうして、そんなことを言い出せるのか。 不思議でたまらなかったが、彼のまっすぐな瞳を見ていると、なるほど……と頷ける部分が確かにあった。 悲しい出来事をちゃんと認めた上で、それでも前を向いて望んだ未来を目指そうとする真摯な姿勢。 十二歳にしては大したものだ……と思いつつも、その程度のことに心を動かされたりはしない。 「……言いたいことはそれだけのようだな。それでは、私は去ろう」 ボルグは一方的に言い放つと、町の方角へと歩き出した。 白衣の裾が、吹きつける風になびく。 彼の背中はどこか淋しげに見えたが、それを口にしたところで彼は認めまい。 誰も言葉をかけることなく、ボルグはやがて小高くなった敷地の向こうへと去っていった。 「なんか、すっげえ無愛想なヤツだな〜」 「ムカつくわね。 人のポケモンをダークポケモンにするボールを開発しといて、なんなのよ、あの態度は……」 アラタとキョウコは、口々にボルグの態度を批判した。 ダークポケモンが何であるか、研究をしていたのなら誰よりも理解しているはずだ。 それなのに、どうしてモノを扱うように、ダークポケモンを作り出すボールを発明したのか。 悲しいことだが、人よりも優れた知識をそういったことに悪用する輩もいるということだろう。 素晴らしい研究者を母に持つキョウコからしたら、ボルグのような悪徳研究者は許しがたいのかもしれない。 肩を怒らせ、眉を吊り上げる娘に、キサラギ博士はニッコリ微笑みかけた。 「キョウコ、そんなにいきり立っちゃダメよ? あの人、あれでも結構気さくなんだから」 「どこが?」 「う〜ん、分からなかった? 普段はもっと無愛想なのよ。それがアカツキちゃんには結構いろんなこと話したみたいだし。 ……キョウコには分からないのかしらねぇ。 まあ、あの人のこと知らないから、しょうがないわね」 「…………まあ、いいんだけど」 研究論とは百八十度異なり、チグハグな会話。 まるで噛み合わない内容に、キョウコは深々とため息をついた。 これ以上話したところで、議論が噛み合うはずもない。 残念ながら、母親の天然ボケな一面にはついていけないのだ。 気持ちを落ち着けたキョウコに、アカツキはサラリと言ってのけた。 「でもさ、過ぎたことを言っても始まんないよ。 ネイトがダークポケモンになっちまったのは確かだし……でも、だったらオレたちの手で元に戻さなきゃな」 「……そうだな。今はやるべきことを一番に考えなきゃ」 カイトがすかさず頷く。 ボルグのしたことを考えれば許せない気持ちはあるが、だからといって彼をどうこうしたところでしょうがない。 それよりは、今やるべきことを考えるべきだ。 ソフィア団の掃討作戦に加わって、組織の解体を促すことなどではない。 シンラに捕らえられたネイトを救い出すこと。 それが今、やるべきことなのだ。 「まあ、話はまとまったみたいだし、そろそろ行こうかね。 手筈も整ったから、忘れられた森に直行だ」 ボルグをアカツキに引き合わせたし、そろそろ現地に向かわなければならない。 ポケモンリーグ及びフォース団の先遣隊がすでに行動を開始しているだろうし、 あらかじめ立てておいたタイムテーブル通りに動くことが作戦成功の必須条件だ。 「いよいよだ……」 ボルグのことさえ忘れてしまうほど、アカツキは緊張を強いられた。 気のせいか、周囲の雰囲気も引き締まっている。 ポケモンリーグとフォース団が手を組んでいる以上、ソフィア団の掃討作戦が失敗することはないだろうが、 だからこそネイトの奪還に失敗するわけにはいかない。 アカツキは同時に遂行される別の作戦を気にしないことにした。 今日は、ネイトを助け出すことだけを考えなければならない。ソフィア団の解体など二の次だ。 「…………いよいよね。緊張してきたわ」 「うん……」 キョウコもカイトも、失敗が許されない作戦だと理解しているのだろう……武者震いなどしてみせた。 カナタたちまで笑みを潜め、真剣な面持ちを見せている中、アラタは肩の力を抜いてリラックスしていた。 こういう時ほど、冷静に振る舞わなければならない。 身体は炎のように熱しても、頭は氷のように冷めたままでなければならない。そうれなければ、まともに物事など考えられないからだ。 瞬時の判断が求められる局面では、誰か一人でも冷静さを保っていなければならないもの。 どうやら、アラタはその役を自ら買って出てくれたようである。 兄が気楽な様子を見せていることに気づきつつも、アカツキはハツネに目をやった。 彼女はどうだろうか……? シンラのことは前々から知っているようだが、彼をどうにかすることに抵抗があるのではないか……? ふてぶてしいとも思える態度の裏に、何かガラスのように繊細な気持ちを隠してはいないか……? なんとなくそんな気がしたが、アカツキの想像とは裏腹に、ハツネは無表情だった。 ただ、少し淋しげな視線で青空を仰いでいた。 「……今のうちに、聞いとこうかな……?」 ここを発てば、彼女もソフィア団を掃討することだけを考えるだろう。 気持ちをすんなり切り替えられるような性格でなければ、組織の頂点に立つ者として、多くの部下を従えることなどできまい。 アカツキはかねてから気になっていたことを訊ねようと決めた。 緊張に凝り固まった雰囲気の中、アカツキは思い切って口を開いた。 「なあ、ハツネさん。聞きたいことがあるんだけど……」 「うん? なんだい?」 もしかしたら「そんなの後、後」と一蹴されるのではないかと思ったが、少しくらいならいいと表情が物語っている。 彼女の承諾を受けて、アカツキは言葉を続けた。 「シンラってヤツ、ダークポケモンを使って何をしようとしてるんだ? ボルグって人にあんなボール作らせてさ…… ソフィア団がネイゼル地方の支配を企んでるってのは分かってるんだけど……その割には、出てくるの遅くない? ホントだったら、もっと早く出てきてドラップを奪うことだってできたはずだよ。 そうする方が成功する可能性高いし……」 自分の半分も生きていないような男の子の言葉に、ハツネは訝しげに眉根を寄せた。 鋭い……と言いたそうだったが、それは彼女に限ったことではなかった。 「そういえば、そうよね……」 「あいつのポケモン、あんな強いのに……なんでダークポケモンなんて使うんだか」 キョウコとアラタも、眉間にシワなど寄せながら唸っている。 「準備を整えたかったからじゃないか? フォース団なんて敵もいるし、ポケモンリーグだって味方にはならないんだから。 準備に抜かりなくってことで時間をかけただけだと思うけどなあ……」 カイトも推論を述べるが、どこか弱々しい口調が説得力を欠いていた。 普通に考えれば、確かにその通りなのかもしれない。 石橋を叩いて渡るくらいの慎重さがなければ、ここまで策を進めることはできなかっただろう。 しかし、四天王三人は答えを求めるようにハツネに視線を注いでいた。 ――本当に? そう言いたげだったが、彼女は素知らぬ顔で問いを投げ返した。 「なんでそう思うんだい? カイトとかいう坊やの言葉の方が正しいと思うけどね」 「う〜ん、なんて言うんだろ……?」 あっさりとはぐらかされ、アカツキは困ったように首を傾げ、頬を掻いた。 自身の発言に、特に根拠なんてなかったから、切り返されると困ってしまう。 ただ……釈然としない何かがあった。 喉に痞えた魚の小骨のような、何か。 アカツキはしばらく「う〜ん」と唸ると、思いつく限りの言葉を発した。 「なんてゆ〜か、違うって感じがするんだ。根拠なんてないけどさ。 あの人なら、ダークポケモンに頼らなくても何だってできそうだから。 ハツネさんと同じかそれ以上か知らないけど、すごく強いポケモン持ってるし……」 「さあね。あいつが何を考えてるのかなんて、あたしにとってはどうでもいいことだよ。 叩きつぶしてやりたいってだけだから」 「でも、ヨウヤがドラップのこと素材って言ってたから、何か実験でもしてたんじゃないのかなあ?」 「あっ!!」 「そっか……」 アカツキの言葉に、アラタたちはハッとした。 そうだ…… 以前、ヨウヤというソフィア団のエージェントが襲ってきた時、彼が自慢げに言っていたのを思い出す。 ドラップのことを、実験のための素材と称したのを。 ポケモンは大切な存在であって、実験素材などではないと、アカツキたちは揃って怒りを露わにしたものだが…… そう。 ソフィア団はドラップに何らかの素質を見出し、彼を素材として何らかの実験をしていたはずなのだ。 結局、それが何なのかは分からずじまいだ。 いつの間にか、そんなことは気にもならなくなっていたが…… アカツキの言葉で、意識の片隅から浮上してきた。 ソフィア団と敵対しているハツネなら、シンラが何をしようとしているのか、知っているかもしれない。 確証はないものの、なんとなくそんな気がしてならなかったのだ。 だから、あえて訊ねてみた。 「…………」 ハツネはじっとアカツキを見ていた。 アカツキも、負けじと見つめ返す。 よく分からないが、ここで目を逸らしたら教えてくれないような気がする。 互いに見つめ合うこと一分弱、根負けしたのはハツネの方だった。 「鋭いね。さすがはサラが任せるだけのことはある」 「サラさんのことはどうでもいいよ。 知ってることがあるんだったら教えてくれ。 ちゃんと相手のこと知ってなきゃ……どう戦えばいいかも分からないじゃんか」 ハツネたちの敵は、シンラを含めたソフィア団という組織。 だが、アカツキたちの敵はシンラなのだ。 敵を知り、己を知れば百戦危うからず……などという言葉もあるくらいだし、相手のことを少しでも知っておきたい。 その中に、もしかしたら突破口が隠れているかもしれないのだ。 アカツキが強い調子で発した言葉に、ハツネは笑みを深めた。 「ああ、知ってるよ。 たぶん、あんたも知ることになるだろうから、先に話しておくのも悪くないだろ。 シンラのバカが何しようとしてるのか……さ」 「じゃあ……」 「ああ、教えてやるよ。 シンラのバカはね、復讐をしようとしてるのさ」 「ふく、しゅう……?」 耳慣れない単語。 否定的な意味しかもたらさない不吉な響きの言葉に、アカツキのみならず、カナタたちまで凍りついた。 To Be Continued...