シャイニング・ブレイブ 第18章 決着、そして…… -Holding as your own-(1) Side 1 ――アカツキが故郷を旅立って48日目。 ルカリオが封印されていた神殿跡へと一直線に続く通路では、激しい戦いが繰り広げられていた。 「負けるな、アッシュ!! メガホーンから辻斬り!!」 「アニー、負けてられないわよ!! フレアドライブでガンガン蹴散らしちゃいなさい!!」 競うように、アラタとキョウコの指示が次々と飛ぶ。 トレーナー同士が負けたくないと思っているように、 ポケモンたちもまた、肩を並べて戦う相手(パートナー)に負けじと激しい攻撃を繰り出す。 激しい炎に身を包んだアニーが敵陣に強烈な体当たりを浴びせたかと思えば、 相手が立ち直る暇も与えずにメガホーンから辻斬りの連携技で深く食い込んでいく。 アラタとキョウコは一歩も引かず、倒しても倒しても湧いてくるソフィア団の構成員が繰り出してくるポケモンと戦っていた。 数では敵に分があるが、通路の狭さが災いして、一度に多くのポケモンで畳み掛けるように攻めてこられないのが救いだろうか。 しかし、アニーとアッシュの猛攻を受けても、分厚く築かれた敵陣を打ち崩すには至らない。 時々、敵の攻撃が当たったりするが、まともに統制が取れていないがために、同士討ちも頻発している。 そのせいで敵の士気はガタ落ちし、戦いの場であることを忘れたかのように口げんかが勃発、 さらに士気が低下する……という悪循環に陥る有様である。 元々、構成員たちよりもアラタとキョウコの方が実力的には上なので、この分なら他のポケモンに頼らずとも何とかなりそうだった。 「アニー!! 日本晴れから飛び跳ねる、そしてソーラービーム!!」 「アッシュ、地震で相手をガタガタにしちまえっ!!」 ここぞとばかりに指示を飛ばすキョウコに呼応するように、アラタも指示を出す。 アニーが日本晴れを発動させると、天井から強烈な光が照り付け、周囲に汗ばむような熱気が立ち込めた。 続いて自慢の脚力を活かして天井ギリギリの位置まで跳び上がると、そのタイミングを狙ってアッシュが地震を繰り出す!! ごぅんっ!! 通路に衝撃音が幾重にも轟く。 刹那、強烈な揺れが周囲に伝わり、敵のポケモンの隊列が崩れ、構成員たちも浮き足立った。 今まで範囲攻撃を使用してこなかったから……と高を括っていたらしい。 そこにアニーのソーラービームが突き刺さる!! 防御はおろか、対抗手段さえ繰り出せなかった敵陣に、穴が空いた。 ソーラービームで数体のポケモンが戦闘不能となるが、空いた穴を埋めるように次のポケモンが後ろから出てくる。 「まだまだいるってか? ケッ、上等だぜっ!! かかってこいやぁ!!」 アラタは声を荒げ、敵を挑発した。 浮き足立ち、平静さを失っている敵は挑発に易々と引っかかり、攻撃目標をアッシュに集中させる。 だが、それもまたアラタの作戦のうちだった。 「踏みつけ!! 大文字!! フレアドライブ!!」 キョウコの指示が響いたかと思うと、アッシュに殺到した敵の一団にアニーが急降下して攻撃を仕掛ける。 先陣を切った敵のポケモンは、分厚い鉄板すら簡単にへこませるほどの強度を持つ蹄で思い切り踏みつけられ、その場につんのめった。 後続は突然のことに対応しきれず、瞬く間に将棋倒しになる。 そこへ、アニーが大文字とフレアドライブを立て続けに放ち、一気に蹴散らす。 アラタはアニーが確実に相手を蹴散らせるよう、敢えて囮を引き受けたのだ。 「フン、あんたにしちゃ上出来じゃない!! この調子で頑張って盾になってもらうわよ!!」 「ケッ、冗談じゃねえ!! 今回はたまたまそうなっただけだっつーの!! 次はアニーを盾にしてやるよ!!」 「言ったわね〜っ!?」 「何度だって言ってやるよ、頭でっかち性悪女!!」 「きーっ!!」 こちらも、戦闘中とは思えないような口汚い罵り合いを繰り広げていたが、ポケモンたちは手を緩めない。 尋常でないトレーナーの闘志を受けて、敵を殲滅せんと次々と強力な技を放っている。 互いに相手を悪く言っても、心の中ではトレーナーとしての実力を認めているし、ある意味尊敬さえ抱いている。 口で悪く言うのは、負けたくないという気持ちが尊敬よりも強かったからに過ぎない。 アラタとキョウコは、悪口を言い合っているとは思えない絶妙なコンビネーションでポケモンを駆り、敵のポケモンを次々と戦闘不能に陥れていく。 しかし、劣勢に立たされるにつれ、敵もそのことを認識し始めて、段々と団結力を取り戻していく。 「ゴルバット、エアカッター!!」 「ゴルダック、水の波動!!」 敵のゴルバットとゴルダックが、アッシュとアニーの弱点となる技を放つ。 さすがにこれをまともに食らうつもりはないが、さらに敵が援護射撃をしてくるものだから、 二体とも直撃は避けられたものの部分的に攻撃を食らってしまった。 「ちっ、やるじゃない……!!」 「さすがに、ナメてかかれる相手じゃねぇなあ……」 まさかここで敵が息を吹き返してくるとは思わず、二人とも焦りは隠しきれなかった。 だけど、一歩もここを引くわけにはいかない。 先へ進んだアカツキとカイトの邪魔をさせるわけにはいかないのだ。 予期せぬ激しい攻撃に、思わず怯んだアッシュとアニー。 勢いは敵にある。 ここで攻撃を畳み掛けられると、他のポケモンも総動員しなければならなくなるところだが、不意に敵の攻撃が止んだ。 「……?」 「どういうこと?」 ただ攻撃を取り止めたというだけではないだろう。 アラタもキョウコも、訝しげに敵陣を見やる。何らかの策がある……素人判断でもそれくらいは見て取れる。 何をするつもりかと思って注意深く眺めていると、敵陣が左右に割れて、一直線に道ができた。 「まさか、ここをお通りくださいなんて言うんじゃないだろうな……?」 アラタが疑念を浮かべていると、道の先から一人の少女が歩いてきた。どうやら、彼女のために攻撃を取り止め、道を作ったらしい。 赤いショートカットの髪と、人形のように整った顔立ちが特徴の少女である。 年の頃は、恐らくアラタと同じくらいだろうが、顔立ちから年下にも見えてくる。 黒いセーターと黒いズボン。 髪の毛の鮮やかな赤と相まって、本当に愛くるしく見えてくる少女だが、彼女は口の端に不気味な笑みを浮かべていた。 敵が揃って彼女に視線を注いでいるのは、彼女ならこの状況を打破できるという期待が大きい。 「やあ♪ 遅くなっちゃったけど、アルデリアちゃんが参上ですよ〜♪」 少女は敵陣の先頭に立つと、爪先で小さくステップを刻みながら名乗りを上げた。 「…………」 「…………」 戦いの緊迫感はどこへやら。 少女――アルデリアはニコニコ笑顔だった。 これにはアラタもキョウコも面食らったが、睨みつける眼差しの鋭さは一片も欠けたりしなかった。 このタイミングで登場するとなると、恐らく周囲の取り巻き連中よりは格上なのだろう。 油断はできない…… アッシュとアニーも、手出しを控えているほどだ。 「この人たちじゃ、まともに相手できないみたいだから、僕がお相手してあげるね。 みんなはダークポケモンの製造プラントに行ってね。あそこに四天王がいっぱいいるから、倒したら大手柄だよ♪ 昇格のチャンス♪ 特別ボーナスの支給♪ も〜、狙うっきゃない♪」 「……!! 昇格……」 「特別、ボーナス……!?」 いかにも凡俗な連中が食いつきやすい話題を口にして、アルデリアは瞬く間にガタ落ちだった士気を向上させた。 「こ、こいつ……」 「ヤバイわね……」 アラタのつぶやきに、キョウコは恐る恐るといった様子で首肯した。 特に飾り立てているとも思えない言葉。 それだけで、明らかに年上の取り巻きたちにやる気を取り戻させたのだ。 本人が口にしたわけではないが、目の前の少女……恐らくはソフィア団の幹部クラスだろう。 「じゃ、そういうわけで行ってらっしゃ〜い」 『おおおおおおおおおおおおっ!!』 アルデリアの後押しを受け、取り巻き連中は我先にと通路を引き返していった。 「…………ダークポケモンの製造プラントにはカナタさんとトウヤがいるわ。 いくらなんでも、挟み撃ちを食らうときついわね……」 キョウコが苦虫を噛み潰したような渋面で言った。 「こいつ、そこまで読んでやがる……」 アラタも、表情を険しくした。 ダークポケモンの製造プラントがソフィア団にとって大事なのは分かるが、ここで応援部隊として送りつけるようなマネをするとは思わなかった。 すぐにでも製造プラントに向かった連中を追いかけたいところだが、それも簡単ではないだろう。 思った以上に頭がキレて、ポケモンバトルの実力もあるのだろう。 アラタとキョウコが鋭い目つきで睨みつけていても、アルデリアは笑みを崩さず、爪先でのステップも止めない。 自分のペースを保ち続ける……マイペースという、ポケモンバトルにおいて重要な要素を見せ付けているかのようだ。 「じゃ、そういうわけで僕がキミたちの相手をすることになったから。 フィル、リア、出番だよ〜♪」 たたたんっ。 急に激しいステップを刻んだかと思うと、アルデリアは腰のモンスターボールを二つ投げ放った。 彼女の頭上で交差したボールは口を開き、中からアブソルとライチュウが飛び出してきた。 「ラ〜イっ……」 「グルルル……」 耳に青いリボンをつけたライチュウ――フィルと、細工の細かな銀色の首飾りをつけたアブソル――リア。 二体ともやる気満々でアッシュとアニーを睨みつけている。 バトルになれば、リボンや首飾りなど邪魔になるに決まっているのに、それを承知で身につけているのだろう。 鋭い眼差しが、二体の力量をアラタとキョウコに突きつける。 「なかなか強そうだな」 「ええ。これは、さっきの連中よりもヤバイわ」 二体のポケモンを一人で繰り出すなど、普通にやろうと思ってできることではない。 二体のコンビネーションが合っていなければ、たちまち撃破されてしまうからだ。 「それじゃあ、始めようよ。 ここでキミたちを倒したら、すぐにシンラ兄ちゃんのところに行かなきゃね」 「させねえよ。あいつの邪魔はさせねえ」 「当然ね。ここで負けるほど、あたしたちは弱くないの」 アルデリアの軽口を、軽く笑い飛ばす二人。 表情こそ真剣に引き締まっていても、軽口を返すだけの余裕は残っているらしい。 「じゃ、先手は僕からだね」 たっ、たたたっ、たたんっ。 ステップを刻みながら、アルデリアが戦いの続きを告げた。 「リア、剣の舞!! フィルは10万ボルトで牽制!!」 「アニー、フレアドライブ!!」 「アッシュ、守る!!」 トレーナーの指示が飛び交い、ポケモンたちがそれぞれの指示に従って動き始める。 リアが戦意を昂らせ、攻撃力を上昇させる舞を披露すると、フィルはその前に立ちはだかって強烈な電撃を撃ち出してきた!! 能力上昇の時間を稼ぐため、アニーの相手を務めるつもりだろう。 だが、そうは問屋が卸さない。 アッシュがアニーの前に躍り出ると、眼前に淡いブルーの壁を生み出した。 フィルの電撃はアッシュの壁に激突すると、周囲に静電気を飛び散らせながら砕け散った。 攻撃が不発となって驚くフィルに、アッシュの陰から飛び出したアニーが迫る!! フレアドライブは、炎の捨て身タックルと称される技。 絶大な威力を発揮する代わり、相手に与えたダメージの幾分かを反動として受けてしまうリスクがある。 それでも、ここはそんなリスクに構っていられる状況ではない。 すぐにでも二体のポケモンを倒し、トウヤたちの加勢に向かわなければならないのだ。 しかし、一人で残っただけあって、アルデリアは一筋縄で攻略できる相手ではなかった。 にぃっ…… アルデリアは笑みを深めると、フィルに指示を出した。 「守っちゃって」 フィルはトレーナーの指示を受け、とっさに絶対防御の壁を生み出した。 アニーを迎撃すると見せて、勢いを削げなかった時のことも考えておいたのだろう。 激しい炎を身にまとってフィルを吹き飛ばそうとしたアニーは、壁に阻まれ、そこから先には進めなかった。 「アッシュ、メガホーン!! 二度は守れないぜっ!!」 いきなり防御に切り替わり、驚愕するキョウコに代わって、アラタが攻撃を指示する。 『守る』は立て続けに使用すると成功率が低下する技。ここで一か八かの再防御はしない……と読んで、アッシュをけしかけた。 だが、その時すでにリアは剣の舞によって攻撃力を上昇させていた。 「リア、サイコカッター!!」 アルデリアの指示に、リアは大きく跳躍すると、鎌の形をした角を激しく打ち振った!! びゅんっ!! 振りかざされた角はピンクと紫が入り混じったような不気味な光を帯びると、強烈な衝撃波を無数に撃ち出した!! サイコカッターはエスパータイプの技で、威力を落とすことで広範囲に攻撃を仕掛けられる。 落ちた分の威力を補うため、剣の舞で攻撃力を上昇させたのだろう。 フィルを盾代わりにすることで、能力アップの時間を安全に稼いだのだ。 アラタとキョウコも似たようなことを考えていたが、相手の方が一枚上手だったようだ。 広範囲に降り注ぐサイコカッターを避けるのは至難の技。アニーとアッシュはまともに食らうしかなかった。 「フィル、気合パンチでお馬さんを攻撃っ♪」 サイコカッターに気を取られているアニーを指差し、アルデリアがフィルに追い討ちをかけるよう指示を出す。 「させないわよ……!!」 剣の舞からのサイコカッターというコンボには恐れ入ったが、その程度で怯むアニーではない。 その気になった女の子は何よりも強くなるということを、見せてやる。 グッと拳を握りしめ、キョウコはありったけの声を振り絞ってアニーに指示を出した。 フィルが気合パンチに必要な集中力をチャージしながら迫ってくるのを、睨みつけながら。 「アニー、ブレイズサークル!!」 とっておきの秘奥義(ワザ)だ。 アニーはトレーナーの指示に応え、降り注ぐサイコカッターに打たれながらも怯むことなく炎を全身にまとった。 フレアドライブの予備動作の一つだが、それを利用して、まったく別の技を生み出したのだ。 その名は、ブレイズサークル。 炎をまとったアニーは、前脚を振り上げると、虚空を掻きむしるように激しく動かし、そのまま地面に叩きつける!! 直後、炎の波が周囲に広がっていく!! 「うわっ!?」 これにはアルデリアも驚きを隠しきれなかったが、今さらフィルの攻撃を取り止めるのは無理だ。 リアのサイコカッターは広範囲に攻撃するゆえ、フィルにも何発か命中している。 それだけのリスクを冒している以上、ここで立ち止まることは考えられなかった。 フィルは広がる炎の波をまともにかぶりながらも、気合パンチの発動に必要な集中力を維持しつつ、アニーに迫る。 並大抵の精神力では、そこまですることはできないだろう。 言い換えれば、それが可能となるほどに、フィルとアルデリアの力量が高いということだ。 「そっちは任せとくとして……」 フィルはアニーに任せればいい。 それよりも、今は…… アラタはサイコカッターを撃ち尽くして後方に着地したリアに狙いを定めた。 剣の舞で攻撃力が上昇した状態で、広範囲に攻撃を仕掛けられるリアは厄介だ。放っておいたら、被害が大きくなるばかり。 今ならフィルで守ってやることもできないだろう。最大のチャンスだ。 「アッシュ、あのアブソルにメガホーン!! 一気に突っ込んでぶっ倒せ!!」 ここでフィルがリアを守ろうとすれば、アニーが背後から攻撃するだろう。 アラタの指示に、アッシュは羽根を広げて、リア目がけて一直線に飛んでいく。 アッシュをはじめととするヘラクロスは、羽根を背中に折りたたんでいる。 普段は使うこともないが、いざという時には羽根を広げて、短時間だけ飛ぶことができるのだ。 フィルは炎の波を強引に突き破り、アニーの眼前に肉薄するが、その時すでにキョウコは迎撃態勢を取っていた。 一瞬も怯まなかったのは意外だったが、勢いはわずかながら削がれていた。 実力伯仲の敵ゆえ、ほんのわずかな差が勝敗の明暗を分かつこともある。 「アニー、フレアドライブ!! 気合パンチなんて吹っ飛ばすのよっ!!」 「負けないでフィル!! 気合・パ〜ンチ!!」 キョウコとアルデリアの指示が同時に飛ぶ。 フィルは集中力を極限まで高め、前脚の先端に力を集中させた。 アニーもまた全身に炎をまとい、向かい来る敵目がけて猛烈な勢いで突進する!! アルデリアはアニーとフィルのやり取りに気を取られているのかと思いきや、そうでもなかった。 「リアはカマイタチ!!」 ちゃっかりリアにも指示を出して、アッシュを迎え撃つ。 二体のポケモンを同時に駆るというのは、思った以上に神経を遣うのだ。 リアが力を凝縮した角を振るうのと、フィルの気合パンチと、アニーのフレアドライブが真っ向から激突したのはほぼ同時だった。 ごぅんっ!! 衝撃が周囲に迸り、空気の振動が爆音となって幾重にも反響する。 勢いは互角。 瞬発力に優れていると言っても、駆け出して間もなくの状態では、アニーも自慢の脚力を完全に発揮するのは難しい。 かといって、炎の波をかぶって勢いをわずかに落としたフィルに、アニーを倒すだけの勢いはない。 威力の高い二つの技の激突で、アニーとフィルは衝撃と共に生じた反発力によって大きく吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。 「アニー、しっかり!!」 「フィル、負けちゃダメだよっ!! 立つのっ!!」 キョウコとアルデリアが、それぞれのポケモンに檄を飛ばす。 こんな時にでも、アルデリアは爪先でステップを踏んでいる。 キョウコとアラタが侮れない相手だと分かって、さすがに笑みなど浮かべてはいないが、それでもまだ余裕が残っているような印象を受ける。 しかし、アッシュとリアの戦いはまだまだ継続中。 アルデリアは気を緩めることなく、ゆっくり立ち上がろうとしているフィルを視界の片隅に残し、リアに目を向けた。 リアが発射したカマイタチは、巨大な半月状の衝撃波。 まともに食らったら、アッシュでも大ダメージは避けられないが、そこのところは直線上の飛び道具ということで、難なく避わせる。 「けっ、芸がないな!! アッシュ、一気に決めてやれ!!」 アッシュの脇を、カマイタチが轟音を伴って通り過ぎていく。 アラタは直線軌道の技を鼻で笑い―― 「笑いごとじゃないっての!!」 直後、キョウコの悲鳴が響く。 というのも、カマイタチはよろよろと立ち上がろうとしているアニー目がけて突き進んでいるからだ。 「はぁ? 何変な勘違いしてん……だぁっ!?」 わずかに遅れて、アラタもそのことに気づいた。 声が途中から裏返り、驚愕に瞳を大きく見開く。 何と言うことはない。 アルデリアはアッシュがカマイタチを避けるのを承知の上で、攻撃範囲にアニーが入るよう指示していたに過ぎない。 もっとも、そんな細かな内容まで指示されなくとも、聡明なリアはトレーナーの考えを的確に読み取って攻撃する。 まさか、アニーを標的にしていたとは思わなかったが、 「こっちはこっちでなんとかするから!! あんたはあの性悪アブソルを倒しなさい!! いいわねっ!?」 「お、おう。任せとけ!!」 アッシュを向かわせようかと思ったが、そんなことをしたらリアのサイコカッターが背後から襲いかかる。 メガホーンは威力が非常に高く、なおかつリアの弱点である虫タイプの技だ。クリーンヒットすれば、確実に倒せる。 アッシュの攻撃力の高さも相まって、メガホーンの威力は破壊的なものだ。 「アニー、火炎放射で相殺!!」 「リア、つばめ返しでお客様はお帰りよ〜っ♪」 ここでカマイタチを食らえば、フィルにアドバンテージを与えてしまう。それだけはなんとしても避けなくてはならない。 アニーは立ち上がりながら、火炎放射を放った。 剣の舞で威力の上がったカマイタチを相殺できるかは賭けだったが、心配は要らなかった。 「アッシュ、全力でぶっ放せ!!」 アッシュがいよいよスピードを上げて、リアに迫る。 リアは肩幅に脚を広げると、駆け出した。 つばめ返しは恐るべきスピードで攻撃を仕掛ける、飛行タイプの技だ。 アッシュの最大の弱点となり、なおかつ回避は極めて難しいという特性まで備えている。 リアは壁に脚をかけると、三角跳びの要領で天井や床を蹴りつけ、ジグザグな軌道でアッシュに迫る!! 狭い場所を最大限に利用したつばめ返しだ。 これにはアッシュも驚いてその場に着地してしまった。 そこへ、斜め上からリアがつばめ返しを繰り出す!! がすっ!! 強烈な一撃を受け、アッシュが地面を這いつくばる。 「アッシュ!! ちっ……!!」 さすがに一撃では倒されないが、何度も食らっては確実に倒される。 アッシュはさっと立ち上がると、離れたところで落ち着いているリアを睨み付けた。 これ見よがしに、リアの首飾りがシャラリと音を立てて小さく揺れる。 「さすがに、一発じゃ倒されてくれないよねぇ……手強いなあ」 アルデリアは小さくため息をつきながら悪態をついた。 だが、それはアラタとキョウコにとっても同じことだった。 今まで戦っていた連中とは明らかに違う。 じかにポケモンを戦わせて、それが嫌というほどよく分かる。 少しして、フィルも立ち上がる。 アッシュ対リア。アニー対フィル。 一対一の構図が二組、出来上がる。 ポケモンたちを挟み、トレーナーたちがきつい眼差しで睨み合う。 余計な時間をかけられない…… それもまた、アラタやキョウコのみならず、アルデリアにとっても同じことだった。 睨み合いは数十秒続いたが、張り詰めた沈黙を破ったのはアルデリア。 「それじゃ、さっさと決めるよ♪ フィルは放電!! リアはブラックビート!! みんな巻き込んじゃえっ!!」 「アッシュ、メガホーン!! 今度こそぶちかませーっ!!」 「アニーはフレアドライブ!! なにがなんでも、そこのライチュウを倒すのよ!!」 負けじと、アラタとキョウコの指示が飛ぶ。 互いのポケモンは体力を消耗し、通路での戦いは佳境を迎えようとしていた。 Side 2 場所は変わって、ダークポケモンの製造プラントでも戦いは繰り広げられていた。 カナタとトウヤはローウェン率いるダークポケモンの集団と、 後から追いついてきたアズサとカナタが通路から押し寄せてくるソフィア団構成員と、それぞれ役割分担を決めて戦っていた。 心強い援軍が駆けつけた時には、これで勝負も決まりかと思ったものの、まさか挟み撃ちに遭うとは思わなかった。 はじめからこの場にいたソフィア団構成員と彼らのポケモンはそこらで伸びているが、屈強なダークポケモンたちはそうもいかない。 ローウェンがポケモンとは思えない適切な統率を見せ、カナタとトウヤの二人を相手にしても一進一退の戦いを繰り広げているのだ。 後方は心配要らないだろうが、そもそも他人の心配をしていられるほどの余裕もない。 カナタはネイティオとチャーレムでダークポケモンたちに猛攻を仕掛けている。 一方、トウヤは彼をサポートする役割を自ら担っている。 サラから借りたロータスの力なら、強引に突き進んでも問題なさそうだが、さすがに他人のポケモンに特攻などさせられない。 その代わり、 「ロータス、マグネティックフィールド!! あいつらの動きを封じるんや!!」 トウヤの指示に、ロータスが体内を巡る磁気と地磁気を反発させる。 周囲に磁界の力場が展開し、分子レベルで地中の鉄分が結合する。 見た目には何の変化も起きていないが、徐々に、しかし確実に……やがて突如として変化が訪れる。 それが、ロータスのマグネティックフィールドがもたらす絶大な効果なのだ。 そして、効果が発現する。 ずごぉぉんっ!! 地中から鋼鉄の柱が何本も突き出し、ダークポケモンたちを上下に分断する。 「キィィッ!?」 まさか足元からこれほどの攻撃を仕掛けてくるとは思わず、ローウェンが目を剥いた。 ダークポケモンは普通のポケモンと比べて屈強だが、それは指示する者がいればこそ。ローウェンを先に倒してしまえば、刺激しない限りダークポケモンを無力化することができる。 カナタの作戦は最初からそうすることだった。 ゆえに―― 「ネイティオ、サイコキネシス!! チャーレムは気合パンチでローウェンを倒せ!!」 ローウェンの指示が途切れた瞬間が最大の好機!! カナタはネイティオとチャーレムに指示を出した。 指示を受けた二体はすぐさまローウェンに狙いを定める。 ネイティオがサイコキネシスでローウェンの動きを封じると、チャーレムの眼前に引きずり出す。 ダークポケモンたちの攻撃は続くが、狙いが甘く、避けるまでもなく当たらない。 チャーレムは眼前に引きずり出されたローウェンに渾身の気合パンチを放つ!! ごっ!! 確かな手ごたえ。 その瞬間、ネイティオはサイコキネシスを解除、指示を受けていないが広範囲にサイコウェーブで攻撃を仕掛ける。 ローウェンは大きく吹き飛ばされ、プラントの中央にある巨大な筒に背中から叩きつけられた。 その勢いはすさまじく、強化ガラスの筒は瞬く間にひびが入り、崩壊してしまったほどだ。 指示が途切れ、ダークポケモンたちの動きが止まる。 心を持たないゆえに、指示を受けるまでは一切動かない。 かつてヨウヤがクロバット(今のラシール)を暴走させた時は、拠り所であるモンスターボールを破壊することで暴走状態に至らしめた。 だが、目の前のダークポケモンたちは、最初から拠り所がないため、暴走する危険は少ないのだ。 ボルグがダークポケモンの研究過程で発見したものだが、それが今は、ソフィア団にとって仇となっている。 「よし、このまま畳み掛けるぞ!! チャーレム、囲みを飛び越えてローウェンを倒せ!!」 「ロータス、もいっちょマグネティックフィールドや!!」 ダークポケモンたちの動きが止まった今なら、確実にローウェンを倒せる。 ローウェンを倒せば、それ以上は戦う必要もなくなるのだ。 多少の無茶は承知で、ここは一気に相手を無力化する。 だが、ローウェンはポケモンとはいえ、そこまで簡単にカナタたちの勢いを持続させるようなことはしなかった。 「ウキィーッ!!」 けたたましい鳴き声が響いたかと思うと、上空に炎の塊が現れた。 それは炎をまとったローウェンだった。 「……!? まさか!!」 カナタはローウェンが何をするつもりなのか悟り、蒼ざめた。 「ネイティオ、サイコキネシスであいつを止めろ!!」 ロータスはマグネティックフィールドのために力を使っている状態。アテにするわけにもいかない。 ネイティオはサイコウェーブを取り止め、 天井を蹴ってダークポケモンたちの真っ只中にダイビングするローウェンに狙いを定めてサイコキネシスを発動させようとするが、わずかに遅かった。 轟音が響き渡り、ローウェンはダークポケモンたちに飛び込んだ。 周囲に炎が広がり、ダークポケモンたちがざわめき出す。 「まずったな……チャーレム、ダークポケモンたちに冷凍パンチ!! 片っ端から氷漬けにしろ!!」 最悪の事態になっているかもしれない。 カナタは可能な限り相手を無力化するための指示を飛ばした。 元々、この場にいるダークポケモンには拠り所となるものはない。 ヨウヤが採った、モンスターボールの破壊による暴走は起こらないが、 ローウェンはフレアドライブをダークポケモンたちに炸裂させることで、彼らの本能に著しい警鐘を打ち鳴らしたのだ。 不必要な刺激は、安定していた本能に揺らぎを与える。 擬似的な暴走状態を作り出すことも可能となるのだ。 ローウェンは、自身が倒れればダークポケモンたちが無力化されると悟り、そうなる前に手を打ったのだろう。 恐らく、それもまたシンラの差し金。 必要な指示はすべて与え、準備も整えている。 チャーレムはダークポケモンたちが放つ雰囲気が凶暴なものに変わっていくのを感じ、直ちに冷凍パンチを繰り出す。 立て続けに氷の拳が飛び、周囲に氷の飛礫が乱れ飛ぶ。 しかし、ダークポケモンたちは瞬く間に暴走を始め、敵味方の区別なく、周囲に動くものを見かけると、それに対して攻撃を仕掛けていく。 心を閉ざされた彼らにとって、敵も味方も関係ないのだ。 あっという間に、ダークポケモン製造プラントは修羅場と化した。 無差別に繰り出される攻撃に、チャーレムは集中力を断たれ、瞬く間に袋叩きに遭って倒れてしまった。 「戻れ、チャーレム!! 次はおまえだ、ドータクン!!」 カナタはすぐさまチャーレムをモンスターボールに戻すと、続いてドータクンを繰り出した。 大昔、雨乞いの儀式に用いられた銅鐸を模した格好のポケモンで、カナタの手持ちの中では最もタフで頼りになる。 見た目からして重いのに、ドータクンは特性『浮遊』のおかげで、ユラユラと浮かんでいられた。 「ジャイロボール!!」 カナタの指示が飛ぶと、ドータクンは激しく身体を回転させ、ダークポケモンたちに突っ込んでいく。 ジャイロボールは相手との素早さの差が大きいほど威力を増す技だが、 自分より相手が速くなければ威力を発揮しないというデメリットも秘めている。 しかし、ドータクンの素早さは絶望的に低い。ジャイロボールは素早さの低さを逆手に取った、強力な攻撃手段なのだ。 ドータクンがダークポケモンたちに体当たりを次々と食らわしていく間に、ロータスがマグネティックフィールドの二発目を発動させる。 またしても地中から鋼鉄の柱を打ち出し、地上に残ったダークポケモンたちを別の場所へと隔離する。 最初のマグネティックフィールドで分断されたダークポケモンたちは、ローウェンのフレアドライブによる暴走を起こさず、おとなしくしていた。 だが、二発目ではそうもいかない。 上昇する足場の上で、残ったダークポケモン同士が激しい戦いを繰り広げているのだ。 それでも、相手の数を減らすことを考えるなら、有益な手段と認めなくてはならない。 ドータクンは地上に残ったダークポケモンたちを撹乱し、相手の手数を削り取っている。 二発のマグネティックフィールドによって、倒さねばならないダークポケモンの数は確実に減っている。 一時はどうなるかと思ったが、この分ならなんとかなるかもしれない。 最悪の事態になるかと思いきや、何とか持ち直した。 今なら…… 「ロータス、バレットパンチからコメットパンチ!! ドータクンを援護するんや!!」 「ごぉっ!!」 トウヤの指示に、ロータスは待ってましたと言わんばかりに声を上げると、ものすごい勢いでダークポケモンたちに突っ込んでいく。 ドータクンより体格に恵まれたロータスのパワーは、それこそ非常識にも程があった。 速攻可能なバレットパンチで敵陣に殴り込みをかけたかと思うと、 四本の脚で次々とコメットパンチ(キック?)を繰り出し、ダークポケモンの攻撃をつぶしながら叩き伏せていく。 「…………」 強いとは聞いていたが、まさかここまでやるとは思っていなかった。 トウヤは場の状況を弁えずに呆然と立ち尽くしていたが、ロータスは彼の指示を受けずとも、 スーパーコンピューターよりも優秀と言われる頭脳をフルに回転させ、自立的に攻撃を続けている。 ドータクンとロータスで次々と相手の手数を減らしていくが、それでもダークポケモンが放つ黒い攻撃は広範囲に及び、 仲間を巻き添えにしながら二体にダメージを与えていく。 マグネティックフィールドの足場で隔離されたダークポケモンを刺激しないように戦うのは思ったよりも面倒だった。 足場にダークポケモンを近づかせないのはもちろん、攻撃で吹き飛ばした時にぶつけないように気を配らなければならない。 だが、そうしなければ足場の上のダークポケモンたちも暴走し、地上に降りてくるだろう。 そうなると後々面倒なことになりかねない。 頭上からはネイティオのサイコウェーブ、地上からはドータクンのジャイロボールとロータスのコメットパンチ(キック?)。 徐々にではあるが、カナタたちは勢いを取り戻しつつあった。 背後ではアズサとチナツがソフィア団の構成員を相手に立ち回っているが、そちらの方は程なく決着がつくという状況。 「これなら、サラが来る前に決着つけられるか……?」 ダークポケモンの攻撃は強力だが、広範囲に撹乱しつつ、一体ずつ確実に倒していけば被害は減らせる。 サラの手を煩わせずに済むという安堵が、カナタにわずかばかりの隙を生み出した。 ジャイロボールでダークポケモンたちを翻弄するドータクンが、彼らから少し離れたところで急制動をかけ、方向転換をしようとした時だ。 ずごっ!! 轟音と共に、地面から火の球が飛び出し、ドータクンに真下から襲いかかる!! 「げっ!? な、なんだ!?」 瞬く間に炎に包まれるドータクン。 カナタのみならず、トウヤまで驚きを隠しきれなかった。 ドータクンは『浮遊』を特性として備えているため、弱点となるのは炎タイプの技のみ。 防御的に恵まれているが、それでも弱点を食らったら痛いに決まっている。 ドータクンの姿は、炎に包まれているせいか、普段よりも大きく見えたのだが…… 「……!?」 カナタはドータクンから自分に敵意が向けられているのを感じ取り、何が起こったのか察した。 「ローウェンか……!! 戦闘不能になってなかったのか!!」 小さく舌打ちしながら、ドータクンに指示を出す。 「ドータクン、ジャイロボールで振り払え!!」 「ロータスは構わずダークポケモンの相手をするんや!!」 ここでダークポケモンへの攻撃の手を緩めるわけにはいかない。 トウヤの指示に従い、ロータスはダークポケモンへの攻撃を続行した。 一体何が起こったのか……? 単純なことだった。 ローウェンはフレアドライブで捨て鉢な行動を取ったかと思いきや、穴を掘る技で地中に潜り、奇襲の機会を窺っていたのだ。 てっきり捨て身の特攻かと思っていたが、さすがにそこまで甘くはなかったか。 地面にもぐってしまえば、ダークポケモンの攻撃を気にする必要もない。 なるほど、上手い考え方だ。 シンラの差し金なのか、それともローウェンが自身で考えて行動した結果か…… どちらにせよ、ローウェンがダークポケモン以上の脅威であることに変わりはない。 ドータクンは至近距離から火炎放射を浴び続け、ジャイロボールどころではない。 どうにかして振り払いたいところだが、ドータクンには自由に動かせる手足がない。 身体を激しく打ち振るが、ローウェンも振り落とされまいと必死にしがみついている。 いくらロータスが強くとも、一体でダークポケモンを叩き伏せるのは骨だろう。 どうにかして、ローウェンを倒さなければならないが……何しろ、放っておいたら何をしでかすか分かったものではない。 「こうなったら、背に腹は代えられないな……!!」 細かなことにこだわって、大局を見失ってはならない。 指揮官としての考えに立ち、カナタは頭上に浮かんでいるネイティオを振り仰ぎ、指示を出した。 「ネイティオ、ドータクンごとローウェンにサイコキネシス!! 徹底的に壁に叩きつけてローウェンを倒せ!!」 ドータクンにはサイコキネシスのダメージはほとんど行かない。 エスパー・鋼タイプであるため、エスパータイプの技のダメージは大幅にカットされるのだ。 対照的に、炎・格闘タイプのローウェンにとって、サイコキネシスのダメージは大きい。 すでに一度食らっているため、二度目は受けたくないところだろう。 ネイティオはカナタの指示に応え、すぐにドータクンとローウェンにサイコキネシスを発動させた。 密着状態のため、二体同時に技をかけることができる。 普段ならこんな無茶なことはやらせないところだが、場合が場合だけにやむを得ない処置だ。 サイコキネシスによって動きを封じられ、ローウェンは炎を吐けなくなったが、ドータクンの身を焦がす炎はなかなか弱まらない。 ネイティオはドータクンごとローウェンを手近な壁に叩きつけると、天井、床と、繰り返し叩きつける。 もちろん、ローウェンが先に激突するよう、場所を考えながら。 先にローウェンを倒してしまわなければ、ダークポケモンに何度でも命令を出してしまうだろう。 だが、命令を出しても無駄になる状況を作り出すこともまた、方法の一つではある。 「ロータス、マグネティックフィールド!!」 ある程度ダークポケモンの攻撃が緩んだのを見計らい、トウヤはロータスに三度、マグネティックフィールドを指示した。 敵の攻撃が来ないことで精神的な安心感ができたらしく、ロータスは今までよりも素早く技を発動できた。 磁気の反発により分子レベルで結合した鉄分が、虚空に檻として現れる!! 瞬く間に地上に残ったダークポケモンは鋼鉄の檻に閉じ込められ、身動きが取れなくなった。 何を隠そう、これが本当のマグネティックフィールドの使い方なのだ。 足場を作り上げて相手を隔離するだけでなく、相手の動きを封じること…… マグネティックフィールドの真価は、分子レベルからの鉄分結合によりあらゆる形状の物質を生成することができるというものだ。 ……とはいえ、それで安心するわけにもいかない。 ダークポケモンたちは爪や牙を檻の鉄柵に突き立て、外に出ようともがいている。 中にはすさまじい威力を誇る黒い技を発動するポケモンもおり、すぐさま次の手を打たなければならない。 「ロータス、ロックカットから電磁浮遊!! そしたら思念の頭突きや!! 一気に決めたれっ!!」 カナタがローウェンをどうにかしている間に、こちらはこちらでできることをやらなければならない。 ロータスがトウヤの指示に応えて素早さを大幅に上昇し、磁気反発で天井近くまで一気に跳び上がるのと時を同じくして。 「加勢するわ」 「右に同じ」 ソフィア団の構成員と彼らのポケモンを残さず叩き伏せたアズサとチナツが加勢してくれた。 「ほな、別のグループ頼むわ」 「了解。任せておいて」 ロータスはマグネティックフィールドで三つの檻を作り出しており、左右の檻を二人に任せることにした。 トウヤがチラリと背後を振り返ると、ソフィア団の構成員と彼らのポケモンが揃ってうつ伏せに倒れていた。 周囲には破壊の爪痕が生々しく残っており、アズサとチナツが手加減などせず、徹底的に叩き潰したことが窺い知れる。 「おぉ、怖……」 女を怒らせるとこうなるのかと、人知れず背筋を震わせる。 思わず鳥肌も立ってしまったが、トウヤは場違いな想像を脳裏に膨らませていた。 「サラも怒ったら、あんな風になるんやろか……? 南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……」 本気で笑えない想像に、胸中でお経を何度も繰り返すしかない。 トレーナーが変な想像を膨らませている間に、ロータスは天井付近から一気に中央の檻目がけて急降下!! 思念を頭部に集中させ、普通の頭突きよりも遥かに高い威力を生み出す思念の頭突き。 体重五百キロを優に超えるロータスの、隕石のような強烈な一撃が、中央の檻を粉砕する!! その中にいたダークポケモンはたまらず倒れ伏し、戦う力を失くしておとなしくなった。 ダークポケモン製造プラントでの戦いも、佳境に突入していた。 Side 3 アカツキ&カイト、ソウタ&ヨウヤのマルチバトルは、最初から白熱していた。 「ラシール、エアカッターでまとめて攻撃だ!!」 「ゼレイドはオーダイルにマジカルリーフ!!」 アカツキとカイトの指示に、それぞれのポケモンが攻撃を繰り出す。 ラシールは広範囲に攻撃できるエアカッターで、ゼレイドは確実に相手に当たるマジカルリーフで。 当面の強敵はオーダイルよりも、ヨウヤが駆るドラピオン――ドラップの奥さんだ。 ダークポケモンと化し、どれほど強くなっているのかも分からない。 その上、普通のポケモンにとってはタイプの相性など関係なく効果抜群となる危険な技を使うのだ。 オーダイルを無視して、ドラップの奥さん(以降、ドラピオンと表記)を総攻撃するのも危険だ。 ある程度はオーダイルの足を止めつつ、合間を見てドラピオンにも攻撃しなければならない。 「…………」 「…………」 アカツキとカイトは互いに顔を見合わせ、小さく頷き合った。 ほんの一秒も視線を交わさなくても、何をすればいいのかが手に取るように分かる。 こういった重要な局面ほど、親友冥利に尽きるというものだ。 カイトがゼレイドを駆って、オーダイルの足を止めつつフォローしてくれる。 これなら、安心してドラピオンの相手に専念できる。 しかし、相手はソフィア団きってのエージェント。そう簡単に攻撃を通しはしない。 「オーダイル、岩砕きから冷凍ビーム!!」 「ドラピオン、おまえの力をガキどもに見せつけてやれ!! ダークレイヴ!!」 すかさずソウタとヨウヤの指示が飛ぶ。 オーダイルは前脚を地面に叩きつけて細かな岩の破片を宙に巻き上げ、 冷凍ビームで岩の破片を凍てつかせると、地面につなぎとめることで即席の盾を作り出す。 続いてドラピオンが空中で羽ばたいているラシールを睨みつけ、黒い衝撃波を放つ!! ドラップを一撃で倒してしまうほどの威力を秘めた技だ。まともに食らうわけにはいかない。 「ラシール、避けてエアスラッシュ!!」 ラシールのスピードなら、ドラピオンが次の攻撃を放つよりも先に当てられる。 アカツキの指示に、ラシールは四枚の翼を互い違いに羽ばたかせ、瞬間的に速度を上昇させた。 あっという間にドラピオンの頭上を飛び越えて背後に回ると、エアカッターを一点に収束させることで威力を倍加したエアスラッシュを放った!! ドラピオンは種族的に動きがあまり素早くない。 背後を取ってしまえば、攻撃される前に一太刀浴びせることも十分可能。 「ふっ、甘いねっ!! ドラピオン、ダークレイヴで返り討ちだ!!」 アカツキの想いとは裏腹に、ヨウヤはくだらないと言わんばかりに鼻で笑い飛ばす。 直後、ドラピオンの頭部だけがくるりと回転し、その瞳にラシールを映した。 「ええっ!? そんなこともできるのか!?」 アカツキは驚きのあまり、声を大にして叫んでしまった。 ……というのも、ドラピオンが頭部だけを回転させられるという身体的な特徴を備えていることを知らなかったのだ。 ドラップを今までポケモンバトルに何度投入してきたか……だが、実際にそういった特徴を知らなければ、どうしようもない。 アカツキが驚いている間に、ドラピオンは腕のハサミに黒い力を凝縮させ、衝撃波を放った!! ラシールのエアスラッシュと黒い衝撃波――ダークレイヴが激突!! だが、威力の差は歴然だった。 エアスラッシュは容易く吹き散らされ、黒い衝撃波がラシール目がけて虚空を迸る!! 「ラシール、避けてヘドロ爆弾!!」 攻撃力では、ドラピオンに分がある。 ダークポケモンになったことで磨きがかかっただろうが、黒い技の威力は小手先の努力で覆せないほどのものだ。 ここは、手数で勝負しなければならない。 ラシールは黒い衝撃波を容易く避けると、飛び回りながらヘドロ爆弾を発射!! 毒素を凝縮した爆弾はドラピオンに炸裂し、猛毒を周囲に撒き散らす。 「へえ、あの時よりは強くなったようだな…… だけど、その程度で僕に勝てるなんて思わないでほしいね」 爆弾の衝撃を受け、身をよじるドラピオン。 ヨウヤはしかし、余裕の笑みを崩さなかった。 ドラピオンはヘドロ爆弾の衝撃でたじろいだが、すぐに立ち直る。 見た目が隆々しいだけあって、防御力はとても高いのだ。並大抵の攻撃では、たとえ弱点の地面タイプであっても戦闘不能には程遠い。 増してや、弱点でないのなら戦闘不能など夢のまた夢。 ダークポケモンになったことであらゆる能力が強化され、特にこれといった欠点のないポケモンである。 アカツキとヨウヤが熾烈な戦いを繰り広げているすぐ傍では、カイトとソウタが激しい攻防を展開していた。 オーダイルは力任せに攻撃してくるが、防御力の低いゼレイドは相手の攻撃を食らわないよう、回避を中心に立ち回っている。 ゼレイドに代表されるロズレイドは、素早さや特殊攻撃力に優れる反面、物理防御に関してはダントツに低いのだ。 弱点でないにしろ、パワーファイトが得意なオーダイルの物理攻撃を一発受けるだけでも危ない。 回りくどくて嫌になるが、ゼレイドが戦闘不能になれば、ラシールはドラピオンとオーダイルの相手をしなければならなくなる。 そう考えれば、オーダイルを引きつけておくのも悪い役目ではない。 もちろん、隙を見て倒すつもりでいるが。 オーダイルは接近戦が得意なポケモンではあるが、どういうわけか遠距離攻撃を多用している。 もちろん、遠距離攻撃となると物理攻撃ではなくなるが、 ほとんど初期の立ち位置から動いていないのは、ゼレイドのタイプを警戒しているからだろう。 近づけばゼレイドのリーフストームの餌食にしてやる……というカイトの考えを読んでいるのかは分からない。 ……が、少なくとも弱点を食らう可能性が劇的に上昇するということは考えているのだろう。 だが、それはそれでマジカルリーフを使えば、途中で防がれない限りは確実に命中する。 それこそ回りくどいやり方だが、強攻策に打って出れば、相手が何をしてくるかも分からない。 可能な限り危険を避けつつ、隙を見て相手に攻撃を仕掛ける。 当面はそうやって戦うことになるだろう。 「ちょこまかとよく避けるな。オーダイル、冷凍ビーム!!」 距離を取った戦いに業を煮やしたのか、ソウタが声を荒げてオーダイルに指示を出す。 オーダイルは口を大きく開き、冷凍ビームを発射!! しかし、直線軌道の冷凍ビームは容易くゼレイドに見切られる。さっと横に飛び退くだけで、虚空を貫いて虚しく消えた。 「マジカルリーフ!!」 冷凍ビームで防ごうとしたら、その時はリーフストームでその防御ごと突き破ってやる。 カイトは胸中でつぶやきながら、ゼレイドに指示を出した。 マジカルリーフは囮…… 本命は、絶大な威力を誇るリーフストームだ。 使用後は著しく草タイプの威力が低下するデメリットはあるが、 その一撃で相手を仕留めるだけの自信があれば、そんなデメリットを気にする必要もない。 ゼレイドがブーケの腕を振るうと、いかにも頼りなげな葉っぱが二枚、撃ち出された。 風にそよぎ、今にも地面に落ちてしまいそうな葉っぱは、しかし不思議な力を受けてオーダイル目がけて速度を上げて虚空を突き進む!! 迫る二枚の葉っぱを見やり、ソウタは鼻で笑った。 「まともに食らうと思うか!? 冷凍ビーム!!」 かかった……!! ソウタの指示に応え、オーダイルが冷凍ビームを発射したのを見て、カイトは次の一撃で相手を倒せると確信した。 「ゼレイド、リーフストームをぶっ放せ!!」 冷凍ビームを放った直後なら、さらに別の技で重ねてガードすることはできまい。 カイトの指示に、ゼレイドがブーケの腕を前に突き出し、すさまじい葉っぱの嵐を放とうと身構える。 最大威力を発揮するためには、一秒弱のチャージが必要となるが、それくらいなら攻撃範囲の広さでカバーできる。 だが、最大威力で放つ直前、ソウタはオーダイルにさらなる指示を出した。 「その氷を投げつけろ!!」 「……!?」 一体、何をするつもりだ……? 怪訝な表情で眉根を寄せるカイトを余所に、オーダイルは最初の冷凍ビームで凍らせた岩の飛礫を手に取ると、腕代わりの前脚を大きく振りかぶった。 まさか、リーフストームの中央部を縫って、ゼレイドに手痛い一撃を食らわせてくる気か……? カイトは一瞬迷ったが、ここでリーフストームを中断すれば、オーダイルを倒すのは難しくなる。 マジカルリーフが囮だと見破られている(であろう)以上、同じ手は二度通用しない。 ソフィア団のエージェントが手強いのは、ヨウヤで実証済みだった。 手痛い一撃は食らうかもしれないが、ここは確実に相手を倒せる方を選ぼう。 しかし、ソフィア団のエージェントはそんな思考が通じるほど、生温い相手ではない。 オーダイルがターゲットとして選んだのは、ドラピオンと交戦中のラシールだった。 「……!? アカツキ、ヤバイ!!」 オーダイルの腕の動きから、標的がゼレイドでないことを悟り、カイトが慌てて声を上げる。 「……!?」 鋭い警告にアカツキは驚いたが、次の瞬間、オーダイルは手にした氷の飛礫をラシール目がけて放り投げた!! ドラピオンの相手に夢中になっているラシールが、すさまじい勢いで飛んでくる氷の飛礫を避けられるはずもなく―― 「ラシール、避けろ!!」 ごっ!! アカツキの指示が飛んだのと、氷の飛礫がラシールを背後から直撃したのはほぼ同時だった。 直後、ゼレイドがリーフストームを発動させる。 大量の木の葉が勢いよく渦を巻きながらオーダイルに向かう!! この状態では回避も防御もできないだろうが、ソウタはそれを承知の上で、ラシールを道連れにすることを選んだのだ。 どんな状況でも冷静に対処する……時に、常人には考えも及ばないような策も手がけるのかもしれない。 リーフストームはオーダイルを直撃し、ソウタの背後の壁にオーダイルの巨体を易々と叩きつけてもなお収まらない。 しかし…… 「ラシール!!」 氷の飛礫は、ラシールに大きなダメージを与えた。 しかも、無防備な背後から攻撃されたのだから、普通の攻撃よりもダメージは大きいはずだ。 タイプ的に、弱点となる氷…… 「あははははっ!! いいザマだねえっ!! ドラピオン、一気に片付けてしまえ!! ダークストーム!!」 地面に墜落したラシールを笑いながら見やり、ヨウヤはドラピオンに指示を出した。 ドラピオンが黒く染まったハサミと共に腕をぐるぐると回転させると、黒い渦が生まれた。 「…………!!」 声にならない声を上げ、ドラピオンは黒い渦をラシール目がけて撃ち出した!! ダークストームという、ダークポケモンが使う攻撃技だ。 威力は非常に高く、攻撃範囲も優れている。 ラシールはすぐさま翼を広げて飛び上がろうとするが、ダークストームから逃れることはできなかった。 真正面から吹き付けてくる闇の旋風(かぜ)が、悲鳴を上げることも許さずにラシールを背後の壁に叩きつける!! 「ラシールっ!!」 アカツキはラシールの名を叫んだが、壁から地面に落ちたラシールは力なくぐったりしていた。 「くっ……」 さすがに、ダークポケモンの強烈な技を受けてただで済むはずもない。 もしかしたら、戦う力をゴッソリ奪われてしまっているかもしれないのだ。 「フン……やっぱりポケモンは『武器』なのさ。 壊れた『武器』に価値なんてない!! クズはクズらしくぶっ壊れてろ!! ドラピオン、トドメのダークレイヴ!!」 ヨウヤはポケモンを『武器』と揶揄し、壊れた『武器』……戦えなくなったポケモンには価値などないと豪語した。 その傲慢な態度には、一片の恥らいも躊躇いも見られなかった。 「てめえっ……!!」 アカツキは爪が食い込むほどきつく拳を握りしめると、ヨウヤを睨みつけた。 ポケモンは大切な家族と呼ぶべき存在だ。 それを『武器』などと呼び、戦えなくなったポケモンを『クズ』呼ばわりして蔑む。 トレーナーとしてまともな性根とは思えないが、以前に会った時から彼はそうだった。 そんな相手に、何がなんでも負けるわけにはいかない。 ネイトとドラップの奥さんを助けなければならないという使命感ももちろんあるが、 それ以上に、アカツキは人としてヨウヤの言い分や傲慢な態度を認めるわけにはいかなかった。 ポケモンは人と対等の関係であるべきだ。 少なくとも…… アカツキはネイトと、対等の関係で、同じ時間を過ごしてきたのだ。 相手の言い分を跳ね除けるには、ポケモンバトルで堂々と勝利すること。 それ以外は考えられなかったが、 「このままじゃ、ラシールが……!!」 ぐったりと地面に横たわっているラシールは、ドラピオンが黒い衝撃波を撃ち出そうとしている時もピクリとも動かない。 ここでモンスターボールに戻すのが一番だ、というのは分かっている。 戦える状態であろうとなかろうと、今のラシールではダークレイヴを避けることなど不可能だ。 だが、変なところで意識が固執しているらしく、アカツキはモンスターボールを手につかむことよりも、ただ駆け出していた。 ラシールの傍に立ち、両手を広げて立ち塞がる。黒い衝撃波から、ラシールを守るように。 ドラピオンに――その向こうで勝利の笑みを浮かべるヨウヤを睨みつける。 「おい、こら!! モンスターボールに戻すのが一番早いだろうが!! 何考えてんだ、アカツキ!?」 オーダイルをリーフストームで倒したカイトが、ギョッとしながら声を荒げる。 アカツキなら多少の無茶はやるだろうと思っていたが、いくらなんでも今回は度が過ぎている。 ダークポケモンが放つ黒い技は、普通のポケモンにさえ多大なダメージを与えるのだ。 普通のヤツより鍛えていると言っても、生身の人間が食らえばどうなるか分かったものではない。 それなのに…… アカツキの目には、一点の曇りも、恐れも不安もない。 こうすることが最善なのだと確信したかのような、強い光が宿っている。 「…………気に入らない」 黒い衝撃波が地面を抉りながら突き進んでいくのを見やりながら、ヨウヤは勝利の笑みを崩した。 絶体絶命の状況にもかかわらず、どうしてあの小生意気なガキは凛とした表情を浮かべていられるのだろう。 足がすくんだり、震えたりすることもなく、これがオレの生き様だと言わんばかりの眼差しを向けてくるのだろう。 「気に入らない、気に入らないッ……!!」 ポケモンは『武器』だ。 相手を叩き伏せることで、自分はその『武器』を扱いこなせる者として絶対的な強さを持っているのだと再認識する。 敗者は敗者らしく、不様に泣き喚くか、自身の無力さや不甲斐なさを噛みしめて呆然と立ち尽くしていればいい。 それなのに…… どうして、食らいつくように、不機嫌になる強気な態度を取るのだろう。 捻じ曲がった性格のヨウヤにとって、今のこの状況は不可解極まりないものだった。 勝利者は自分であり、強さを持っていると認識した。 それなのに、満たされない。 ……原因は他でもない。敗者として地べたに這いつくばるのがお似合いな相手が、毅然とした態度を崩していないからだ。 こんな経験は初めてだっただけに、正面から受け入れることができなかった。 「おまえなんか消えてしまえッ!! バラバラに砕けて、死んじまえっ!!」 彼にとって理不尽な現実を突きつけられ、ヨウヤは絶叫した。額に青筋を浮かべ、瞳は驚愕と怒りと焦りに大きく見開かれて。 「…………」 アカツキは尋常ではない威力の黒い衝撃波を前にしても、不思議と恐怖を感じなかった。 まともに食らえば、ヨウヤの言うようにバラバラになってしまうかもしれない。 痛いなんてものを遥かに超越して、痛みを感じる暇もないのかもしれない。 それなのに、不安も何も感じないのはなぜか? 凪の海のように、ただ静かに、淡々とした胸中。 どうしてそう思えるのかと言ったら…… 「ラシールは『武器』なんかじゃないって思ってるからだ。 オレは、ポケモンをそんな風に思ったことはないから。だから……」 確たる信念が息づいているからだ。 何者にも決して屈さない、鋼のごとき確たる信念。ヨウヤには逆立ちしても手に入れられないモノだ。 黒い衝撃波が迫る。 視界の中で、黒が大きく膨れ上がっていく。 洞窟の景色も、ドラピオンも、ヨウヤも、迫る衝撃波の黒に飲み込まれていく。 それでも、アカツキの心は微塵も揺るがなかった。 「…………!?」 そんなトレーナーの姿勢が影響を与えたのか、ラシールはゆっくりと顔を上げた。 戦えなくなったわけではなかった。 もちろん、ダメージは大きいから、今まで通りの機敏な動きができるかは疑わしいが。 「シシッ……?」 ピンと伸びた小さな背中。 お世辞にも頼りになるとは思えないような小柄な男の子。 しかし、ラシールにとって彼は居場所を与えてくれた大切な存在だった。 ダークポケモンだった頃の記憶はないが、気がついた時には、昔から一緒だったかのように気軽に接してくれる仲間がいた。 ラシールにとっては、それだけで良かった。 ダークポケモンとして心を閉ざされていた影響か、過去の記憶が一切合切吹き飛んで、いつどこで生まれたのかも分からない。 それでも、アカツキと彼の仲間たちと過ごした時間はとても楽しく、カラッポな心に暖かく降り積もっていた。 地面を抉りながら迫る黒い衝撃波。 ポケモンに比べて脆弱な肉体しか持たぬ人間がまともに食らったらどうなるかまでは知らないが、考えるヒマなどない。 ラシールは全身の力を振りしぼり、翼を広げて飛び上がると、手負いとは思えない俊敏な動きでアカツキに横から体当たりを食らわした。 「……ぐっ……!! ラシール!?」 突然真横に突き飛ばされ、アカツキは少し離れたところで尻餅をついてしまった。 だが、その時に見たのは、必死な形相をしたラシールだった。 彼が何をするつもりなのか、すぐに分かった。 分かったから、驚いた。 身を挺して守ろうと思ったポケモンに、逆に守られたのだ……と。 直後、黒い衝撃波がラシールを吹き飛ばし、ものすごい勢いで壁に叩きつけた!! 「ラシール!! ラシールっ!!」 アカツキはすぐさま立ち上がると、壁際でピクリとも動かないラシールに駆け寄った。 「ラシール……」 心なしか冷たいその身体を抱き上げ、小さくその名を囁きかける。 「シシッ……」 ラシールはうっすらと目を開くと、小さく笑ってみせた。いつものように、屈託のない笑み。 黒い衝撃波によって刻まれたのか、全身傷だらけだった。 痛くてたまらないはずなのに、どうして笑っていられるのだろう……? 「…………ごめん。 ……ありがとう、ラシール。ゆっくり休んでて」 アカツキはラシールの笑みが意味するところを悟り、一度謝って――それからありがとうと言った。 「シシッ……」 ラシールは満足したように笑みを深めると、そっと目を閉じた。 力を使い果たして、戦闘不能になってしまったのだ。 尋常ではない威力の黒い衝撃波を二発も受ければ、耐久力に優れているとは言えないラシールでは持ち堪えられなかった。 アカツキはラシールをモンスターボールに戻すと、ゆっくりと立ち上がった。 「…………」 そして、目を見開いたままのヨウヤを睨みつける。 カイトとソウタは呆然と立ち尽くしていた。 何が起こったのか理解しつつも、どう対応すればいいのか分からないといった表情だった。 カイトはゼレイドにドラピオンを攻撃するように指示を出すこともなく、 ソウタは仰向けに倒れて目を回しているオーダイルをモンスターボールに戻すこともなく。 そこだけ、時間が止まっているかのようだった。 アカツキは周囲の状況などお構いなしに、ヨウヤを睨みつけ、口を開いた。 目を見開きすぎて充血したか、心なしか目がウサギさんのように赤くなったヨウヤは、開いた口が塞がらないといった様子だった。 「ポケモンは『武器』なんかじゃない!! 『武器』が人を助けるもんか!!」 ありったけの想いを、ポケモンを『武器』としか思わない相手に叩きつける。 「ポケモンだって、楽しいことを楽しいって思って笑うし、悲しいことを悲しいって思って泣くんだよ!! 『武器』が泣いたり笑ったりするのかよ!! ダークポケモンしか使わないおまえに、ポケモンの何が分かるってんだ!!」 正確には、最後の一節は間違っている。 ヨウヤの手持ちには一体だけ、ダークポケモンではないポケモンがいる。 だが、彼の捻じ曲がった人格を考えれば、あながち間違いとも言えないのだろう。 「ぐっ……」 ヨウヤは眦を吊り上げた。 子供のクセに、どこまで口が達者なのか…… そう思いつつも、面と向かって言葉を返せない自分に気付く。 別に、相手の言い分を認めているわけではない。 ただ、妙な迫力があって、言い返せないだけだった。 ヨウヤが煮え切らない態度を見せているのとは裏腹に、ドラピオンは淡々と構えていた。 心に鍵をかけられ、どんな言葉をかけられても、何とも感じないからだ。 心は時に強さに、またある時には弱さにもなりうるもの。 こういった時に揺り動かされないのは、ある意味で強さと言えるのかもしれない。 まあ、そういった議論はともかく―― 「ポケモンは大事な『仲間』だっ!! おまえのように、ポケモンを『武器』だなんて呼ぶヤツに、トレーナーなんかやる資格はないんだ!!」 アカツキはさらに言い募る。 新聞紙を口の中に詰め込まれたように口ごもるヨウヤだったが、 子供に好き放題言われていることにプチリ、と頭の中のヒューズが飛んだらしく、突如として声高に言い返した。 「おまえのような何も知らないガキに何が分かるッ!? 僕がどんな境遇で生きてきたかも知らないクセに、くだらない言葉を口にするなッ!! おまえのようなバカは僕の前から消えてしまえ!! ドラピオン、あいつを八つ裂きにしろッ!! ダークレイヴ、ダークレイヴ、ダークレイヴッ!!!!」 途中で声が裏返っていることにも気づかず、アカツキを目の敵にしていた。 敗者のクセに強がって、言いたいことを言いやがって…… ヨウヤは普段の捻じ曲がった性格とは打って変わって、激情に身も心も任せているような状態だった。 ドラピオンはヨウヤの指示を受け、淡々と黒い衝撃波を放ってきた。 トレーナーがどんなに取り乱していようと気にしていないのは、悲しいかな。ダークポケモンの特性である。 「バカが……!!」 完全に激昂しているヨウヤを快く思わないのは、味方であるソウタも同じだった。 「総帥から言われたことを何と心得る……!!」 このままだと、ヨウヤは本気でアカツキを八つ裂きにしかねない。 普段は偏屈なクセにプライドが高いが、扱いさえ慣れてしまえば、まあ悪いヤツではない。 だが、一旦火がつくと、なかなか収まらないという困ったところもあるのだ。 この分だと、本気でアカツキを殺すまで止まらないだろう。 シンラからは、侵入者をそこで確実に止めろとは言われているが、侵入者の命まで取れとは言われていない。 必要なことは必ず織り交ぜて指示を出されるのだ。 それに、いくら非合法組織の総帥と言っても、 人命を奪うようなやり方は絶対に許さないことを組織のトッププライオリティとして高々と掲げている。 ヨウヤの余計な暴走で失敗した作戦は数知れず。 このままだと、余分に一件、追加されることになりそうだ。 敵に塩を送るのは癪だが、組織の意に沿わぬ味方の暴走を放っておくわけにはいかない。 ソウタは素早い動きが得意なポケモンをモンスターボールから出そうとしたが、 「ゼレイド、割って入って『守る』だっ!!」 カイトの指示が一足先にゼレイドに届く。 ゼレイドはリーフストームを放った反動で、草タイプの技の威力が著しく落ちているが、防御に関してはペナルティのない状態。 間に合うかは賭けだが、何もしないまま、アカツキが黒い衝撃波にやられるのを、手をこまねいて見ているわけにもいかない。 カイトの指示を受け、ゼレイドがさっと駆け出す。 本当に間に合うかは微妙なところだが、『守る』で発生する壁に衝撃波の一部でも食い込んでくれれば、軌道が逸れて助かるかもしれない。 そういったことまで考えた上で、一か八かの賭けに打って出た。 「…………オレは絶対に負けない。こんなヤツに……ポケモンを大切な存在だって思えないようなヤツには……」 アカツキはその場に踏みとどまったまま、拳をきつく握りしめた。 爪が皮膚に食い込み、血が手のひらを伝って地面に小さな染みを作っていくことさえ気にせず、不様に取り乱すヨウヤを睨みつけていた。 自分とは異なる価値観を絶対に受け入れず、他者を排除することでしか自分の価値観を見出せない…… アカツキから見たヨウヤは、非常に傲慢で不安定な人物だった。 心の底から信じられるもの、気持ちを許せる存在がいないのだ。 だから、自分の強さを誇示することでしか、この世の中とのつながりを維持できない。 ポケモンを『武器』呼ばわりするからには、それ相応の理由があるのかもしれない。 それでも、彼のしていることは許されない。 哀れみはあるが、かわいそうだとか、安っぽい同情はなかった。 視界に膨れ上がっていく黒い衝撃波を前に、アカツキは一歩も引かず、じっと立っている。 ヨウヤが奇声を上げ、身を捩り――いよいよ、気が狂ったように振る舞い始めた。 他人を信用せず、自分の尺度でしか世の中を見つめられないからこそ、 彼は自分とは違う価値観を突きつけられ、すべてを失ったような気持ちになってしまったのだ。 「…………」 そんな相手に何を思うこともなく。 アカツキは何を考えるでもなく、淡々と構えていた。 避けようと思えば簡単だ。 ラシールはモンスターボールに戻ったし、飛び退いたところで誰かに当たるわけでもない。 それでも、ここで引くわけにはいかない。 ヨウヤには負けないと決めたからには。 「グラム、ゴッドバード!!」 直後、ソウタの指示と共に、彼の手からモンスターボールが放たれた。 空中で口を開いたボールからは、エアームド――グラムが飛び出した。 グラムは飛行タイプ最強の技・ゴッドバードを発動し、ドラピオンが放った黒い衝撃波目がけて突っ込んでいく!! 「えっ……?」 てっきり邪魔をされるとばかり思っていたカイトは、グラムの動きを見て驚いた。 弾かれたように振り向くが、ソウタは険しい表情をヨウヤに向けていた。 侵入者を排除するためとはいえ、上司の命令を違反するような行為は見逃せない。 ソフィア団の中でも要注意というレッテルを貼られているヨウヤなら、なおのこと。 ゼレイドとグラムが、敵味方の区別を越えてアカツキを守ろうと動くが、 黒い衝撃波の動きは思いのほか速く、ギリギリのところで間に合いそうにない。 アカツキとの距離が縮まりすぎて、縦しんばグラムがゴッドバードで衝撃波を蹴散らせたとしても、余波でアカツキまで傷つけてしまう。 ゼレイドの方も、近すぎては『守る』に弾かれた衝撃波のカケラが当たってしまう恐れがある。 「ダメだ、やべえっ……」 間に合わない。 絶望的な状況に、カイトは一歩も動かない親友と共に過ごしてきた日々が壊れていくのを感じずにはいられなかった。 それでも…… アカツキは平然と立っていた。 恐れも不安もなく、ヨウヤを睨み付けたまま。 「オレは負けない……!!」 とは思うものの、ポケモンの技を生身の人間が受けたらどうなるかくらいは分かっている。 無傷では済まないのは間違いないが、どこまで身体を壊されてしまうのか分からない。 ここで逃げたとしても恥ではないだろうが、残念ながら、アカツキの辞書に『ここぞという時に逃げる』の表記はない。 どんなことになろうと、逃げることは絶対にしない。 ここで逃げたら、ネイトを助けることなど夢のまた夢になってしまいそうな……そんな気がして。 黒い衝撃波が、地面を抉りながら迫ってくる。 あと三メートル、二メートル……今から避けたのではとても間に合わない。 なにやらカイトとソウタがポケモンを使って助けに来てくれるようだが、間に合わないだろう。 黒い衝撃波がアカツキを蹂躙しようとした瞬間。 奇跡としか言いようのない出来事が起こった。 アカツキの眼前に青く巨大な何かが現れたかと思うと、その拳が黒い衝撃波を粉々に打ち砕いたのだ。 「えっ……?」 まさに奇跡。 ギリギリのタイミングで、救いの手が差し伸べられたのだ。 ここまで都合のいい状況は、作ろうと思って作り出せるシロモノではない。 「…………? ロータス?」 目の前に現れたのはメタグロスだった。 ドラピオンは何度も衝撃波を放つが、アカツキの眼前に立ちはだかったメタグロスは事も無げにコメットパンチで衝撃波を砕いていく。 それこそ、やろうと思って容易くできる芸当ではない。 ダークポケモンが放つ黒い技の威力は、普通のポケモンが放つ最強クラスの技をも上回るのだ。 それをコメットパンチ一発で粉砕するなど、まさに神業。 アカツキはてっきり、ロータスがやってきてくれたのかと思ったが、すぐに違うことに気づいた。 水色を濃くしたような色彩と、鉄の質感を持つその身体は確かにメタグロスのものだ。 しかし、放つ雰囲気はロータスのものとは明らかに異なっている。 やがて、ドラピオンはヨウヤの指示が途切れたことで衝撃波を放つのを止めた。 一安心と思ったのか、メタグロスがゆっくりと振り返ってくる。 「ごごぉぉぉ……」 大丈夫かと、金切り声とも思えるような鳴き声で訊いてくる。 「あ、ああ……ロータスじゃないんだよな?」 アカツキは戸惑いながらも小さく頷いた。 やはり、ロータスとは違う。 だとしたら、一体誰のメタグロスなのか……? 突如乱入してきたメタグロスに、ゼレイドとグラムは動きを止めた。 グラムは目標物を見失ったため急制動をかけたが、勢い余ってアカツキの頭上を飛び越え、少し離れた場所に降り立った。 ……と、出し抜けに穏やかな声が響き渡った。 「ぼくのメタグロスだよ、アカツキ」 「……!? サラさん!?」 アカツキがハッとして振り返ると、ネイゼルリーグのチャンピオン・サラが人懐っこい笑みを浮かべながらゆっくり歩いてくるのが見えた。 To Be Continued...