シャイニング・ブレイブ 第18章 決着、そして…… -Holding as your own-(2) Side 4 「相変わらず、キミは無茶するね。 もうちょっと遅れてたら、ホントに八つ裂きになってたよ? 興味がないとは言わないけれど、人間の刺し身なんて美味しくないんだろうね。 まあ、どっちにしてもぼくは遠慮させてほしいところだから」 「…………」 お茶目な口調で言ってのけるが、なんとなく本気かも……と思える迫力を前に、アカツキは呆然と立ち尽くすしかなかった。 サラはアカツキの傍までやってくると、メタグロスの太い脚をそっと撫でて労った。 「お疲れさま、メタグロス。 ダークレイヴを食らって痛かったかもしれないけど、よく頑張ってくれたね。少し休んでてね」 「ごぉぉぉ……」 メタグロスはうれしそうに(?)嘶くと、脚を折りたたんで宙に浮かび、サラの頭上に陣取った。 突然現れたメタグロスと、そのトレーナーと思しき女性。 敵として相見えていたソウタはともかく、初対面のカイトには何がなんだか分からなかった。 アカツキとはただならぬ仲なのだろう…… もちろん変な意味ではないが、少なくとも知り合い以上の付き合いをしているのだということはすぐに知れた。 戦いの流れは完全に止まってしまっている。 合流するなら今しかないと思い、カイトはソウタに視線を送った。 突然の乱入者に驚きつつも、強い敵意を浮かべた瞳でサラを見やっている。 どうやら、今さらアカツキやカイトをどうこうするつもりはないらしい。 カイトはすかさず駆け出すと、アカツキとサラに合流した。 「アカツキ。その人、誰?」 合流するなり、アカツキに訊ねる。 「ああ、この人は……」 アカツキは答えようとしたが、サラに手で制された。 「今はそんなことをしてる場合じゃないよ。 まだ、戦いは終わってないんだから」 言葉と共に、顎でヨウヤをしゃくった。 二人が視線を向けると、ヨウヤは血走った目でアカツキを睨みつけてきた。狂ったように笑ったかと思えば、今度は一体何だと言うのか。 ただ分かっているのは、彼がまだ戦いを終わらせるつもりがないということだ。 ドラピオンを駆って、アカツキをコテンパンにするまではあきらめないということか。 「あいつ、まだやる気かよ……」 アカツキはヨウヤを睨み返し、小さく舌打ちした。 聞くまでもないことだが、彼はまだまだやる気だった。 キサラギ博士の研究所で初めて顔を合わせた時もそうだったが、感情の起伏が異常に激しい。 特に逆上した時には、近づくのも躊躇われるほど危険な雰囲気を撒き散らす。 アカツキたちにすぐ仕掛けてくる気がないと悟ってか、ソウタがさっとヨウヤと合流する。 「ヨウヤ、すべてのポケモンを使ってこいつらを食い止めるぞ」 やる気を残しているのは彼もまた同じだったが、ヨウヤよりはまともな判断力を保っていた。 元々、気性の激しい同僚と違って、冷静沈着な性格がウリなのだ。 サラが加わってしまったら、アカツキたちを止めるのは困難だろう。 しかし、自分たちの任務は、ここで侵入者を排除すること。 困難だからという理由で、尻尾を巻いて逃げるわけにも、はいどうぞと通すわけにもいかない。 全力で戦い、一分でも、一秒でも、アカツキたちが最深部に到達するのを遅らせる。 そう思ってかけた言葉だったのだが…… 「アァ? 今、なん言った(なんつった)……?」 ヨウヤは血走った眼差しをそのままに、ユラリと振り向いてきた。 口元は引きつっているのに、血走った眼差しには底知れない淀みと、淀みから産まれる狂気が満ちあふれていた。 「…………」 こんなヨウヤは見たことがない。 ソウタは背筋を震わせたが、ここで怯んでいる場合ではない。 「俺たちの任務を忘れたのか。俺たちの任務は……」 鋭いナイフに似た狂気に負けぬよう、語気を強めて詰め寄ったが、ヨウヤはソウタを睨みつけたまま、おもむろに手を突き出してきた。 「…………!? なっ……!!」 何をするつもりなのかと思い、ソウタは反応が遅れた。 突き出された手が蛇のような勢いで伸びたかと思うと、ソウタの首筋をつかみ、ぐいぐいと締め上げ始めたのだ。 「な、なにやってんだあいつ!?」 「まともじゃねえよな……?」 まさか、味方を手にかけるとは思わず、アカツキとカイトは驚愕に目を見開いたが、 サラはヨウヤが普通の少年でないことを知っているせいか、冷静に構えていた。 彼女が取り乱さないところを見る分に、それほど切羽詰まった状況ではないのだろうが…… どう考えても尋常な光景ではない。 「よ、ヨウヤ……おまえ、一体何を……」 強い力で気管を圧迫され、ソウタは苦痛の面持ちで、息も絶え絶えに言葉を口にした。 息苦しさに、ヨウヤの手を振り払うことさえできない有様だった。 ソウタの方が体格的に恵まれていても、狂気に染まったヨウヤの腕力には抗えなかったのだ。 「何度も言わせるなよ……僕に命令などするなッ!! おまえみたいにいつだって冷静だなんて気取ってるヤツは大嫌いなんだよッ!! ドラピオン、やれっ!!」 ヨウヤは唾を飛ばしながらドラピオンに指示を出すと、ソウタを突き飛ばした。 「ぐ、グラム!!」 ソウタは少し離れたところに尻餅を突きながらも、すかさずグラムを呼び寄せた。 トレーナーの窮地に、グラムは翼を広げて飛び立つと、ドラピオンの頭上を易々と越えた。 直後、ドラピオンがハサミから黒の衝撃波をソウタ目がけて解き放った。 ダークポケモンにとっては敵も味方もない。 ヨウヤに言わせれば、トレーナーの命令に従うだけの『武器』。 武器は使い手によって、時に味方を危める凶器にもなりうるのだ。 「な、なにやってんだよ!? 味方だろ……?」 ヨウヤは本気でソウタを殺すつもりでいるらしい。 単純に、気に入らないというだけの理由で。 まさか、そこまで病んでいるとは思わなかったが、さすがにこればかりは見過ごせなかった。 アカツキとカイトはモンスターボールを手に、ドラピオンを止めようとポケモンを出そうとしたが…… 「なんでここで手を出すの? 好都合じゃない」 「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!? 敵だからって、殺したいほど恨んでるワケじゃないんだ!!」 サラの平坦な声音が、アカツキの神経を逆撫でした。 アカツキは眉を吊り上げると、窮地を救われた恩義も忘れて彼女に噛み付いた。 「ほっとけないよ!! ライオット、火炎放射であの攻撃を止めるんだ!!」 力いっぱい叫ぶと、モンスターボールを投げ放った!! 人一人の命がかかっているかもしれないという状況を悟ってか、ライオットはモンスターボールから飛び出すなり、宙を滑らかに滑る。 ソウタ目がけて突き進む黒い衝撃波目がけて、紅蓮の炎を吐き出す!! 同時に、グラムがエアスラッシュを放つ!! トレーナーを助けるなら、ここでライオットの攻撃に相乗りした方が早いと判断したらしい。 火炎放射とエアスラッシュが黒い衝撃波の先端に突き刺さり、大爆発!! とりあえず、威力を完全に殺すことには成功したのだが、 「アカツキッ!! おまえには関係のない話だろう!? どうして僕の邪魔をするんだ!! 子供のクセに!! 子供は子供らしくおとなしくしてればいいんだ、クズがっ!!」 ヨウヤが怒りの矛先を向けてきた。 これ幸いと、ソウタは飛来してきたグラムの脚をつかむとその場を離脱した。 ここに留まっていては危険と判断し、奥へと待避する。 「あ、逃げるのか!?」 せっかく助けてやったのに、いきなり逃げ出すとは思わなかった。 アカツキは小さくなっていくソウタに言葉をぶつけたが、すぐにそれどころではないと悟る。 ヨウヤの怒りが、完全に自分に向けられていたからだ。 「どいつもこいつもッ!! どうして僕の邪魔ばかりするんだッ!! クズのクセに……僕に楯突くなんて生意気なんだよッ!! おまえらみんな、ここでぶっ殺してやるッ!!」 こうなっては、止めることはできまい。 だから、サラは仲間同士で潰し合うのを傍観しようと思っていたのだ。 それなのに、アカツキが余計な手出しなどするから……こんなややこしい状況になる。 ヨウヤのような『何をするか分からないヤツ』が暴走し始めると、どうなるか想像もつかなくなるのに。 もっとも、負けるつもりなどこれっぽっちもないから、サラは平然としていられた。 キャリアの長さが、こういったヤバイ局面では強みになるものなのだ。 「ドラピオン、やれっ!!」 喚き立てるような声音で指示を出され、ドラピオンがハサミに黒い力を収束させ、衝撃波として解き放つ!! 「ライオット、ここであいつを止めるぜ!! 竜の波動!!」 何も悪いことなどしていないのに、どうしてむき出しの怒りをぶつけられなければならないのか。 理不尽なヨウヤの言い分に反論したい気持ちをグッと押さえ込み、アカツキはライオットに指示を出した。 ここでどうにかしてドラピオンを黙らせない限り、ヨウヤは調子に乗って暴走しまくるだろう。 そうなったら、この洞窟が崩されてしまうかもしれない。 今のヨウヤは、自分が死んででも相手を地獄に引きずり込むような考えをしているのだ。 さすがに、生き埋めだけは勘弁してもらいたいものである。 ライオットは迸る黒い衝撃波を睨みつけると、大きく口を開いて竜の波動を放った!! 青い炎を思わせる波動が、正面から黒い衝撃波と激突!! 威力は相手に分があるためか、半分以上は相殺できたものの、残った衝撃波がライオットに迫る!! 「真上から竜の息吹だっ!!」 すかさず次の指示を出すと、ライオットは衝撃波から身を避わし、ドラピオンの真上へ回り込もうと宙を駆ける。 「よし、ゼレイド!! オレたちも加勢するぜっ!! エナジーボール!!」 ダークポケモンと化したドラピオンを止めるのを、ライオットにだけ任せておくわけにはいかない。 すかさずカイトが加勢に加わろうとしたが、 「カイト、手ぇ出すな!! こいつはオレが倒すんだ!! ポケモンが『武器』なんかじゃないってことを証明するんだ!! だから、手を出すなっ!!」 「あ……おう」 アカツキの凄んだ声に圧され、すぐさまゼレイドへの指示を取り下げた。 代わりに、すぐ傍に来るように指示を出す。 「…………なんか、すげえ迫力……」 アカツキの横顔には、言い知れない迫力が宿っていた。 本当に、心の底からそう思っているのだろうと、突きつけられるように。 ポケモンは『武器』なんかじゃない。 ここでドラピオンを倒し、ヨウヤに敗北の二文字を突きつけることで、自分の言い分を突き通そうと言うのだ。 「……やっぱり、強いね」 「……かもね」 アカツキのまっすぐ過ぎる姿勢に呆れているのか、感心しているのか。 どちらとも取れる声音でサラが言うと、カイトは小さく頷いた。 安全な廻り道をすればいいのに、どうして危険な正面突破を選ぶのか……たぶん、兄アラタの影響なのだろうと結論付ける。 二人は本当に仲の良い兄弟だ。 時々、主義主張が真正面からぶつかって大喧嘩になることもあるが、それは互いに譲れないものがあるから。 損をすると分かっていても自分の想いを突き通そうとする兄の背中を見て育ってきたからだろう。 アカツキが、まっすぐな気性をしているのは。 世間ではそういった性格は好まれないのかもしれない。 もし、アカツキがこのまま大人になったら、陰口を叩かれたり、後ろ指を指されたりするのかもしれない。 だけど、カイトにはそんな親友のまっすぐな気性を嘲うことなどできなかった。 「そんなアカツキだから、オレは親友やって良かったって思えるんだもんな……」 今回は、トコトンまでやらせてやろう。 危うく死にかけたことも、水に流して。 それに…… なぜだか分からないが、無責任にも『アカツキなら本当にやっちゃうんじゃないか?』などという期待も抱いている始末だ。 そんな自分に、とやかく口出しする権利はないのかもしれない。 「まあ、危なくなったら助ければいいよね。 ああいった年頃のぼくも、相当無茶やってきたからなあ……まあ、アカツキはまだカワイイ方だけど」 「そうなんだ……」 サラが思わず漏らした一言に相槌を打ち―― ふと、弾かれたようにカイトは彼女を見やった。 「そういえば、あんた誰?」 名前も聞いていなかった。 アカツキがバトルに終始している今なら、答えてくれるだろうか。 「ぼくはサラ。ぼくって言ってるけど、見た目どおり女だから」 サラはあっさりと答えてくれた。 先ほどのようにはぐらかされるのかと思っていただけに、肩透かしを食らわされた気分だった。 カイトとサラが背後でそんなやり取りをしていることなど構わず、アカツキはライオットとドラピオンの動きにのみ視線を向けていた。 ライオットは滑らかな動きでドラピオンの真上に回り込むと、口を大きく開いて竜の息吹を放つ!! 当たれば相手を麻痺させることがあるため、アカツキはドラピオンへのダメージよりも、むしろ状態異常の付加に期待していた。 いくらダークポケモンでも、身体が満足に動かなければ戦えまい。 しかし、相手はソフィア団のエージェントとして数年間暗躍してきた強者。怒り狂っていると言っても、そう易々と攻撃を通させはしなかった。 「ドラピオン、ダークストーム!!」 ヨウヤの指示が飛び、ドラピオンは身体をブルブルと震わせた。 頭部から、蛇腹状の関節からハサミまで。 全身が激しく震えたかと思えば、ドラピオンの身体を余すことなく包み込む黒いオーラが激しく渦を巻き始め、 誰の目にも映る色をまとってライオット目がけて突き進んでいく!! まさに、闇の嵐という呼び名が似合う技だった。 「ライオット、逃げろっ!!」 ドラピオンを中心に攻撃する技なら、近くにいる方が危険だ。 アカツキの指示に、ライオットは竜の息吹を取り止め、さっとその場を飛び退いた。 直後、黒い嵐がライオットのいた場所を貫き、天井に突き刺さる!! 轟音と共に、大小の岩が破片となって降り注いでくる。 大きいものでは人の身体ほどもあろうという破片すら、黒い嵐は易々と打ち砕いた。 「うっひゃー、危ねえ……」 少し離れたところにライオットが舞い降りたのを見て、アカツキはホッと胸を撫で下ろした。 あれをまともに食らっていたら、体力が満タンの状態でも、一撃で倒されていたかもしれない。 竜の息吹も、容易く吹き散らされてしまった。 遠距離攻撃ではダークレイヴに防がれ、近距離での戦いを挑んでもダークストームで迎え撃たれる。 いずれの技も発動が早く、一撃を加えてから離脱するだけの余裕は……恐らく、ない。 相手に一撃を与えることも、逆に一撃を食らうこともない状態ではあったが、アカツキは焦りを募らせていた。 じわりっ、と頬を一筋の冷や汗が流れ落ちていく。 「なんか、マジでヤバイな……」 カイトとサラはこの場をアカツキに任せるつもりでいるらしく、静かに見守っている。 自分からやると言った手前、アドバイスをくれなどとは口が裂けても言えないが。 とはいえ、ここは何とか自分の力だけで突破口を切り開くしかない。 それが、自分の主張を押し通すということなのだから。 「でも、ここで負けてられねえんだ。 ネイトを、助けなきゃいけないんだから!!」 どことなく弱気になっている気持ちに気づいて、アカツキは胸中で活を入れた。 ヨウヤがダークポケモンと化したドラップの奥さんで戦いを挑んできたのは、アカツキたちにプレッシャーをかけるつもりなのかと思っていたが、 どうやらそうでもないらしい。 ダークレイヴ、ダークストームと、威力が高く、それでいて発動の早い技を使いこなしてくる。 仮にダークポケモンでなかったとしても、手強い相手であることに変わりはあるまい。 だけど、どんな相手にだって、付け入る隙はある。 じっとドラピオンを睨みつけ、アカツキは相手の隙を窺う。 だが、ヨウヤは考える時間は与えないと言わんばかりに、ドラピオンに指示を出した。 「ドラピオン、ダークハーフ!!」 「…………?」 ダークレイヴとも、ダークストームとも違う技。 てっきりダークレイヴで攻撃を仕掛けてくると思っていただけに、アカツキは訝しげに眉を潜めた。 それでも、ダークと名のつく技は危険なのだ。 速攻可能な技なのか、それとも…… ドラピオンが何らかの行動を起こしてからライオットに指示を出しても間に合うと踏んで、アカツキはじっとその挙動に目を光らせ―― 直後、ドラピオンの身体から無数の赤い光が立ち昇った。 「…………? なんだ、あれ……?」 洞窟を不気味に照らし出す深紅の光。 アカツキはそのまぶしさに目を細めた。 光はユラユラと陽炎のように一点に定まらず、揺れ続けている。 しかし、突如として光は槍に形を変えると、周囲に無差別に降り注いできた!! 「うわっ!!」 「うおっと!!」 これにはライオットのみならず、アカツキやカイトまで待避しなければならないほどだった。 ちなみに、サラは頭上に陣取るメタグロスがサイコキネシスで光を一点に収束し、明後日の方角に放射して難を逃れている。 「そっか、範囲攻撃できる技なんだ……」 降り注ぐ光から身を避わしながら、アカツキは小さく舌打ちした。 ダークレイヴは直線上でしか攻撃できず、ダークストームはドラピオンの周囲にしか攻撃できない。 そこで、広範囲攻撃を仕掛けてきたのだ。 赤い槍と化した光は降り注ぐと、地面に激突して派手な音と共に土塊を舞い上げる!! ライオットは広範囲攻撃を避わそうと翼を広げて舞い上がったが、一筋の光が翼をかすめ、バランスを崩して墜落してしまった。 そこへ追い討ちをかけるように、複数の光が突き刺さる!! 「ライオットっ!!」 ダークと名のつく技の威力は折り紙つきだ。 ドラップとラシールがすでに倒されてしまっている。ここでライオットを倒されるわけにはいかない。 リータとアリウスだけでは、今後の戦いを乗り切ることはできまい。 なんとしても、最低限のダメージを受けるに留めなければ…… こんな技まで隠し持っているとなると、それこそ迂闊に攻撃を仕掛けることはできないところだが、降り注いだ光はドラピオンにも突き刺さった。 「えっ……?」 範囲攻撃ゆえ、放った本人も巻き込んでしまうのだ。 一瞬、これを利用できないかと思ったが、あまりに危険すぎると察して、脳裏に浮かんだ考えを打ち捨てる。 「でも、待ってたってこの技で攻撃されるだけだ……危険でも、思い切って飛び込んでみないと……」 待っていても、ダークハーフで攻撃されてしまうだけ。 こうなったら、危険を承知の上で飛び込んでいくしかない。 動きはこちらの方が早い。撹乱しながら戦うことはできるはずだ。 突き刺さった光が粉々に砕けて消えたところで、アカツキはライオットに指示を出した。 「ライオット、ドラピオンの周りを飛び回れ!!」 ダーク技のダメージは侮れないはずだが、ライオットなら一撃くらいは耐えられるはずだ。 アカツキの指示に、ライオットは思いのほか滑らかな動きで翼を広げ、飛び立った。 大きなダメージを受けている様子はないが、額面どおりに受け取るわけにもいかない。 と、そこへサラがボソリとつぶやいてきた。 「ダークハーフは、互いの体力を半減させてしまう技なんだ。 何度も使われると、それだけで互いの体力が尽きてしまう。そうなる前に決着をつけないと……」 「そんな技だったんだ……」 アカツキは口に出す代わり、胸中でつぶやいた。 なるほど、道理で『ハーフ』などという名前がついているわけだ。 ダークハーフは、相手に直接ダメージを与える技ではない。 広範囲の無差別攻撃により、場に出ているポケモンの体力を強制的に半分削り取ってしまう恐ろしい技だ。 ダークハーフによって一度奪われた体力は、『光合成』や『眠る』を使っても取り戻しにくく、 長期戦を得意とするポケモンは特に不利な状況で戦うことを余儀なくされる。 「この状態でライオットがダメージを受けたらヤバイな……どうにかしないと!!」 体力を半分も奪われた状態では、他のダーク技を一発受けるだけで戦闘不能になってしまうかもしれない。 思い切って飛び込まなければならないと知りつつも、慎重になってしまいそうだ。 タイミングを計り、ドラピオンに攻撃を仕掛けるしかない。 ダークストームを食らわないよう、少し離れたところを飛び回るライオット。 ヨウヤは血走った目で、ハエでも見るようにライオットを眺めながら指示を出した。 「何をしたって無駄だッ!! ドラピオン、ダークストームからダークエンド!!」 ドラピオンは三百六十度、左右に自在に動く頭部でライオットの動きを追いながら、ダークストームを発動させた。 ドラピオンの周囲が、黒い嵐に覆われる。 「…………」 直後、黒い嵐の中から衝撃波が飛び出してきた!! 「ライオット、避けろ!!」 狙いすましたような角度で飛んできた衝撃波だったが、 ライオットは翼をわずかに折りたたむと空気抵抗を受け、飛行ルートを変えることで、間一髪のところで避わした。 しかし、安心するのはまだ早い。 次々と、黒い嵐を突き破って衝撃波が飛び出してくる。 ドラピオンは視界を遮る嵐越しにもライオットの気配を感じているらしく、狙いはかなり正確だった。 ライオットは変則的な飛び方で、次々と飛来する衝撃波から身を避わしていたが、いつまでも幸運が続くとは限らない。 「どうにかしなきゃ……!!」 アカツキは奥歯を強く噛みしめた。 このままでは、ライオットの方が先に体力が尽きてしまうだろう。 攻撃は最大の防御とはよく言ったもの。 攻撃し続ける方が、必死に逃げ回るよりも費やす労力が低くて済むからだ。 黒い嵐は内側から飛び出してくる衝撃波を受けても勢いを弱めることなく、ドラピオンを守る盾と化している。 二つの技を同時に繰り出すという、並外れた芸当を披露するドラピオンの方も体力消費は相当激しいはずだが、 相手が疲れ果てるのを待っていられるほど、楽観的な状況にないのは確かだ。 「近づいたって、ダークストームに触れたらヤバイし……かといって、いつまでも待ってらんないし…… あーっ、どうすりゃいいんだっ!!」 こんなところで立ち止まっている場合じゃない。 早くネイトを助け出さなければならないのに。 焦りがさらなる焦りを呼び、瞬く間にアカツキの胸中は火の車と化した。 どうにかしなければ……という気持ちが瞬く間に膨れ上がり、ライオットにまで焦りが伝わってしまう。 それでも、ライオットはトレーナーに比べて冷静だった。 砂漠の厳しい環境を生き抜いてきた強靭な心身は、そう容易く揺り動かされるものではないのだろう。 今は焦りに心を飲み込まれていても、いつかは……そう遠くないうちに、勝利へと繋がる逆転の一手をつかむはずだ。 付き合いは一番浅くとも、ライオットはアカツキをトレーナーとして認め、強く信頼していた。 だから、慌てず騒がず。 「…………ヤバイんじゃねえ?」 ライオットが冷静に衝撃波を避けまくっている状態とは裏腹に、カイトもアカツキに触発されて動揺を隠せなかった。 普段は冷静な彼も、アカツキに打つ手がないことが分かっているからだろう。 「いいや、違うよ。 まだ、打つ手は残っている。あの子が、それに気づけばいいのだけど……相手の最大の武器は、同時に最大の弱点になりうるってことにね」 子供二人が浮き足立っているのを、サラは冷静に観察していた。 彼女がその気になれば、ドラピオンを叩き伏せることなど容易い。 ギリギリの状況になるまで、手出しは控えよう。 正直なところ、この程度の相手に勝てないようでは、ネイトを助け出すことは夢のまた夢。 何しろ、ネイトを駆るのはヨウヤなどとは比べ物にならない実力の持ち主なのだ。 これ以上被害が大きくならないうちに勝利してくれるのが一番なのだが……まあ、無理なら無理で、強引に突破口を開いてやろう。 良く言えば寛大な、悪く言えば傲慢な態度で、サラは戦いをじっと見守っていた。 奥ではハツネがシンラと激しい戦いを繰り広げているだろう。ソウタが奥に引っ込んで行ったが、二人の戦いに手など出せまい。 当面の敵は、シンラのみ…… ダークポケモンは確かに厄介な相手だが、無力化する手ならいくつか打ってある。 ただ、切り札をいきなり見せたりしたら、有難味も価値もなくなってしまうもの。 ギリギリまで……そう、手遅れになる寸前に出せばこそ、最大限の効力を発揮するのだ。 サラが背後で思案をめぐらせている間にも、戦いは進んでいる。 ドラピオンが黒い嵐の中から衝撃波を放ち、ライオットがそれを避ける。 進展のない戦い。 このままではジリ貧が確定するところだが、アカツキは一連のやり取りを見ている中で、不意に気づいた。 「ん……あれって……?」 ダークストームを維持しながら、ダークレイヴによる攻撃を繰り出すドラピオン。 しかし、さすがに二つの技を同時に使うというのはいささか無茶の度合いが過ぎているようで、 単発でダークストームを繰り出した時と比べると、勢いは明らかに劣っている。 どうして今さらになって気づいたのか……アカツキ自身、不思議でたまらなかった。 それでも黒い嵐に触れれば大きなダメージを受けることになるだろうし、 強引に打ち破ろうとすれば、ダークレイヴによる攻撃を避けられなくなってしまう。 ならば、どうすれば良いか……? 答えはすでに視界に映し出されている。 何もしないままでは先に進めないのなら、覚悟を決めて突っ切ってやるしかない。 アカツキは腹を括り、ライオットに指示を出した。 「天井まで飛び上がれ!! キミなら突破口を見つけられるはずだっ!!」 「はっ、何をするつもりか知らないが、無駄だ無駄ッ!!」 アカツキの指示を耳に挟み、ヨウヤは嘲笑を響かせた。 ドラピオンが放つ衝撃波が壁に突き刺さって轟く轟音にも負けない嘲笑は異様なものだったが、誰もそんなことなど気にしていなかった。 ヨウヤは、ドラピオンが巻き起こす黒い嵐が邪魔で、アカツキが今どんな表情をしているのか見えなかった。 いや、仮に見えていたとしても、見ようとはしなかっただろう。 相手を叩きのめすこと以外に興味を示さないような精神状態である。 ライオットは飛び立つと、アカツキに言われた通り、天井スレスレの位置まで高度を上げた。 「ダークレイヴで蹴散らせッ!!」 何をするつもりかは知らないが、破れかぶれもいいところだ。 具体的な指示を出せないのがその証拠。 ヨウヤはそう高を括ってドラピオンに指示を出していたが、この時すでに、勝負が決していたと言っても過言ではない。 「……ごぉっ!?」 ライオットは見つけたのだ。 先ほどよりもダークストームの勢いが弱い分、天井まで届かなくなっている。 そもそも、攻撃のためではなく、遠距離攻撃に対する防御壁として展開したのだから、 不必要に勢いを強めてしまうと、肝心の攻撃手段――ダークレイヴの威力が弱まってしまう。 そこまで意識的に調整しているのかは分からないが、今がチャンスだ。 ――なるほど…… ライオットはアカツキが意図するところを瞬時に察し、天井スレスレの高度を維持したまま、ドラピオンの真上へ向かって宙を翔けた。 そこへ、ドラピオンがダークレイヴを放ち、妨害を仕掛けてきた。 黒い嵐を突き抜けてきた衝撃波が、音もなくライオットに迫る。 「…………何をしようとしてるんだ?」 具体的な指示を出されないままドラピオンに近づくライオットを見て、カイトは首を傾げた。 ポケモンは基本的に、トレーナーの指示を受けて戦うものだ。 そんなのは常識だと言われてしまえばミもフタもないが、中にはトレーナーの意図するところを悟り、指示を受けずとも戦えるポケモンもいる。 そういった強いポケモンと出会ったことのないカイトだけに、首を傾げてしまうのも当然と言えた。 対照的に、サラはアカツキたちが何をしようとしているのか、すぐに察した。 「なるほどね。上手いこと考えたね……」 ドラピオンに攻撃するには、黒い嵐を消し去らなければならない。 そうしようとして近づけば、ダークレイヴを食らってしまう。 そんな状態から逆転する切り札を、アカツキたちはすでに見つけていたのだ。 やはり、こんなところで終わるようなヤワなトレーナーではなかった。 この分なら、すぐに決着をつけるだろう。 サラの予想は、瞬く間に確信へと変わっていった。 目に見えない後押しをうけるまでもなく、ライオットはダークレイヴを掻い潜り、ドラピオンの真上に回り込んだ。 「よし、今だっ!!」 ダークストームが影響を及ぼさない場所からなら、確実に攻撃を当てられる。 それに…… 「なっ……!! 真上だとッ!? ドラピオン、ダーク……」 ヨウヤも、ドラピオンの真上にライオットが姿を現したのを見て、アカツキが何を考えているのか、今になって察した。 冷静さを失った状態で練り上げた戦術は、思いもよらないところに大きな穴が空いているものだ。 とっさにドラピオンに攻撃を指示したが、すでにライオットが攻撃態勢に入っていた。 口を大きく開き、竜の波動を放つ!! ドラピオンは身体の構造上、真上への攻撃は難しい。 ハサミから放つダークレイヴでは、ライオットを倒せない。 ヨウヤは防御壁として展開していたダークストームを解除し、攻撃用のダークストームを指示したが、遅かった。 真上から降り注ぐ竜の波動が、ダークストームを内側から突き破り、ドラピオンを蹂躙する!! 逃げ場のない状態で攻撃をまともに食らい、ドラピオンは大きく仰け反った。 いくら心がなくとも、身体は素直な反応を示していたのだ。 「おお、な〜るほど……」 強烈な竜の波動によって、内側から崩壊した黒い嵐。 上手いこと考えたモンだ……カイトはアカツキがライオットに具体的な指示を出さなかった理由を知った。 もし、具体的な指示を出していたら、ヨウヤに手の内をさらすことになってしまう。 そうなれば、ダークストームの使い方を変えられてしまう恐れがある。 ゆえにこそ、アカツキはポケモンとの意思疎通を完璧に図れるという自身の長所を最大限に活かし、ライオットに細かな指示を出さなかった。 もっとも、それは賭けに近い作戦だったが。 カイトから賞賛の眼差しを向けられても、アカツキは意に介することなく、驚愕に血走った目を大きく見開くヨウヤを睨みつけたままだった。 バトルの流れが変わっても、終わったわけではないのだ。 ここでヨウヤに完全な敗北を突きつけない限り、終わらない。 だから、アカツキは手を緩めなかった。 「ライオット、今だ!! 思いっきり近づいて、ドラゴンクローをお見舞いしてやれっ!!」 反撃を受けない状態でなら、ダークレイヴなど恐れることはない。 ライオットは竜の波動を取り止めると、すぐさま急降下。 仰け反り状態から立ち直ったばかりのドラピオンの頭部に、赤いオーラを宿した前脚の爪を炸裂させた!! 「…………っ!!」 声にならない悲鳴を上げて、ドラピオンはその場に横転した。 ドラゴンクローの勢いは凄まじかったらしく、竜の波動のダメージと相まって、持ち堪えることができなかったようだ。 「…………」 勢いは今や、完全にアカツキに向いている。 アカツキはドラピオンがゆっくりと起き上がろうとしているのを見て、ライオットに最後の指示を出した。 次の一撃で、勝負を決める。 勝利を以って、ポケモンが『武器』であるというヨウヤの捻じ曲がった主張を打ち砕く!! 「ライオット、竜の波動でトドメだっ!!」 アカツキの指示に、ライオットは大きく息を吸い込むと、ありったけの力を込めて竜の波動を放った!! 至近距離から放たれた攻撃を避けられるはずもなく、ドラピオンは為す術なく青い炎に飲み込まれた。 「たぶん、これで終わる……!!」 アカツキは青い炎に包まれたドラピオンを見やり、ライオットに離れるよう指示を出した。 手負いの獣ほど危険とはよく言うが、ダークポケモンでもそれは同じ。 それでも、ダークポケモンの方が普通のポケモンより危険度は圧倒的に高い。 確実に倒さなければならないところだが、ドラピオンはダークハーフによって、ライオット共々自身の体力まで半減させた。 そこから竜の波動、ドラゴンクロー、さらに竜の波動……ドラゴンタイプの大技を立て続けに食らえば、戦闘不能は免れまい。 有利な状態をひっくり返され、一転、絶体絶命の窮地へ。 「あああああああああああああああああああああああああああああっ!!」 ヨウヤは頭を抱え、絶叫した。 「なんで僕がこんなガキに負けるんだッ!? ありえないありえないありえない……!! こんなのありえないッ!!」 身を焼かれたように悶え、裏返った声で、絶叫する。 青い炎が消えた跡には、ぐったり横たわるドラピオンだけが残された。 普通のポケモンより強い状態と言っても、戦う体力を残していなければ、戦闘不能であることに変わりはない。 自分には負ける道理などないのだと、ヨウヤは目の前に広がる現実を受け入れられずにいた。 地団駄を踏み、肩を怒らせ、血走った目をそのままに、アカツキを睨み返す。 「こうなったら……こうなったら……!!」 ドラピオンはアテにならない。 いや…… ――所詮『武器』なのだから、壊れてしまえば他のもので代用すればいい―― 長年にわたって培われた意識の根底は、冷静さを失っても消えるものではないらしく、 ヨウヤはドラピオンのモンスターボールを足元に叩きつけ、足をおもむろに振り上げた。 「……ッ!! あいつ、また……!!」 アカツキはヨウヤが何をするつもりなのか理解し、声を荒げた。 「てめえっ!! また暴走させるつもりなのかよッ!!」 ラシールの時と同じだ。 逃げる時間を稼ぐため、ポケモンを捨て石にしたのだ。 モンスターボールという拠り所を失ったダークポケモンは、本能のままに暴走する兵器と化す。 ヨウヤはまた、同じことをしようというのだ。 これ以上、ポケモンを過酷な目に遭わせるわけには行かない。 アカツキは彼の暴挙を止めるべく駆け出したが、ヨウヤが足を振り下ろす方が圧倒的に早い。 しかし、ヨウヤの暴挙はそこで終わった。 ずごぉぉぉんっ!! 突然、何の前触れもなく地面が噴き上がり、ヨウヤは吹き飛ばされた。 彼が踏み砕こうとしていたモンスターボールは宙に舞い上がり、放物線を描いてアカツキのすぐ傍に落ちた。 「…………!!」 アカツキは突然の出来事に驚いて足を止めたが、爪先に軽く触れたモンスターボールを見て、今何をすべきなのか悟った。 「く……」 ヨウヤが小さく呻きながら起き上がる。 アカツキがモンスターボールを拾い上げるのを見て、絶叫した。 「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」 このガキは、自分のやろうとしていること……そのことごとくを奪おうとしている。 自身の心根が捻じ曲がっていることにすら気づいていない彼は、自分以外の価値観を受け入れられなかった。 立ち上がろうとするもバランスを崩して転倒し、不様に這いながらアカツキに向かってくる。 言うまでもなく、あまりに不様で遅すぎる。 プライドの高いヨウヤとは思えない行動だったが、それだけ追い詰められていたということだろう。 だが、地面を突き破って一体のハガネールが現れたことで、ヨウヤはそれ以上前に進むことができなかった。 「う、あ……」 圧倒的な存在感を放つハガネール。 鉄でできた蛇のような身体つきと、厳しさを体現した厳つい表情で睨みつけられ、指一本動かせない。 ヨウヤが完全に居竦まれるのを待つまでもなく、アカツキはモンスターボールを拾い上げると、 「戻れ、ドラップの奥さん!!」 捕獲光線を発射し、傷つき倒れたドラピオン――ドラップの奥さんを戻した。 これで……ヨウヤとの戦いも終わりだ。 「ふう……」 これ以上、ドラップの奥さんを傷つけずに済む。 アカツキは心なしか重くなったモンスターボールを眺め、小さくため息をついた。 「アカツキ!!」 この場での戦いが終わったと理解したカイトが、駆け寄ってくる。 「おまえ、無茶しすぎなんだよっ!!」 駆け寄るなり、アカツキの頭に拳骨を一発食らわせた。 「いってーっ!! なにすんだよ!!」 いきなり拳骨を振り下ろされる理由はないと、アカツキは思わず涙目になりながらも、声を荒げて反論した。 しかし、カイトは一歩も引かず、むしろさらに凄みを利かせながら言葉を返した。 「なにすんだよ、ぢゃないっ!! サラさんが助けてくれなかったら、おまえマジで八つ裂きにされてたんだぞ!? おまえが何を考えてたのかなんて分かんないし、今さら理解しようとも思わねえけど、オレや他のヤツの気持ちも考えろっ!! おまえが八つ裂きになんてされたら、おまえのポケモンたちはど〜なるんだ!!」 「う……」 ポケモンを引き合いに出され、アカツキはそれ以上言い返せなかった。 ヒートアップしていた頭に水を吹っかけられて、トーンダウン。 「…………」 もし、アカツキの身に何かあったら、ポケモンたちはどうなるのか…… 他の誰かが面倒を見てくれるとしても、きっと、今まで通り元気に過ごすことはできないだろう。 戦っていた時は特にそんなことを考えもしなかったが、今になって、カイトの言葉が重くのしかかってくる。 「オレ、とんでもないことしてたんだ……」 改めて理解し、アカツキはその場にへたり込んでしまった。 寒いわけでもないのに、全身が震える。背筋を、悪寒のような何かがさっと這い上がっていく。 心の芯まで冷えたような、嫌な感覚。 もし、サラが助けてくれなかったら……考えてみると、とんでもなく恐ろしいことになっていた。 ――無茶なことするね。 サラが何てことない口調で投げかけてきた言葉が、胸に痛い。 彼女が助けてくれなかったら、本当に死んでいただろう。 後に残されるポケモンたちのことなど、考えることもなく。 「ネイトたちを残して死ぬなんて、そんなの嫌だ……」 アカツキは本心から、そう思った。 毎度毎度、危機的状況で誰かが助けてくれるとは限らないのだ。死んでしまっては何にもならない。 まさか、十二歳でそんな哲学的なことを考えさせられるとは夢にも思わなかったが、これもまた自分の意思で選んだ道。 だから、後悔に襲われても、あの時したことを否定しようとは思わない。 「そうだよなあ……無茶、しすぎたよな。ゴメン、カイト。心配かけて……」 アカツキは顔を上げると、カイトに詫びた。 きっと、ハラハラしながら、この戦いを見守っていたのだ。 きつく言われていたとはいえ、本当はアカツキと肩を並べて戦いたかったはずだ。それでも手を出さずにいてくれた。 本当に、親友というのはかけがえのないものだと思い知らされる。 「まったく……」 カイトは困ったような笑みをアカツキに向け、深々とため息をついた。 今後もこんな無茶が続くかもしれないと思うと気が滅入りそうだが、だからこそ自分がストッパーとして監視していかなければならない。 重荷に思う反面、次はどうアカツキを止めようかと思案するのが楽しいのだということに気づいて、苦笑する。 「でもまあ、よく頑張ったよ」 そこへ、サラがやってきた。 本気でアカツキの健闘を讃えてくれているらしく、笑顔で拍手などしながら。 「サラさん……」 いつまでもへたり込んだままでいるのも格好がつかない。 アカツキはさっと立ち上がり、彼女に顔を向けた。 よく頑張ったよ……その言葉どおり、彼女の顔には笑みが浮かんでいる。 彼女が手を下せば、こんなに長引くことはなかっただろうが、それでもずっと待っていてくれたのだ。 「助けてくれてありがとう。 ホントに、こいつの言うとおりだった……サラさんが助けてくれなかったら、マジでネイトたち残して死んじまってたかもしれない」 アカツキはペコリと頭を下げた。 言うなれば、彼女は命の恩人だ。とてもとても頭の上がる相手ではない。 だが、サラはニコッと微笑むと、 「それだけ分かってるなら、次はそうならないように気をつけるだけだよ。 さて……ハガネール、お疲れさま。戻ってていいよ」 アカツキに言葉をかけ、ヨウヤを威圧しているハガネールをモンスターボールに戻した。 「……って、あのハガネール、サラさんの?」 突然現れたハガネール。 一体誰のポケモンかと思っていたが、サラの手持ちだったのだ。 「そうだよ。こんなこともあろうかと、地面の下に潜ませておいたんだ。 ダークポケモンは暴走すると、止めるのがとても大変だからね」 「…………」 事も無げに言ってのける彼女に、アカツキもカイトも揃って絶句。 こんなこともあろうかと、などと控えめな言い方をしてくれるが、一体どこまで考えて行動しているのだろう。 少なくとも、アカツキやカイトには予想のつかないところまで……数手先までは確実に読み、その上で行動しているとしか思えない。 これが経験の差というものかと、アカツキは開いた口が塞がらなかった。 まあ、彼女に救われたことは事実だ。 ここでダークポケモンが暴走したら、どうなるか分かったものではない。 あらかじめ考えておいてくれたとはいえ、やはりネイゼルリーグのチャンピオンという肩書きは伊達ではない。 「……あ、そういえばあいつは?」 アカツキはふと、ヨウヤがどうなったのか気になった。 サラのハガネールが威圧してくれていたようだが…… 彼が倒れていると思われる方角に目を向けた。 「……あっ」 ヨウヤはいかにもマンガ調のポーズで突っ伏していた。 何もそんなところでウケを狙わなくてもいいのに……と、なぜかそんなことを思ったが、見る限り、特に命に別状はなさそうだった。 「あいつ、気を失ってるのか?」 「そうみたいだね。ハガネールには、直接攻撃するなと言っておいたから。 大方、ハガネールの迫力にやられて、失神しちゃったんじゃないかな?」 カイトの問いに、サラは「さあ……」と言わんばかりに大仰に肩をすくめた。 ……が、彼女の言うとおりだった。 ヨウヤは追い込まれていたところにハガネールのただならぬ威圧を受け、失神してしまったのだ。 ポケモンを『武器』と呼んで道具扱いするトレーナーの末路などそんなものなのかと、アカツキはやりきれない気持ちになったが、 「あれ、サラさん。どうしたんだ?」 サラがおもむろにヨウヤへ向かって歩いていくものだから、声をかけた。 サラはしかし立ち止まらず、振り返りもせず、淡々と言葉を返してきた。 「目を覚まさないうちに、ダークポケモンを没収するよ。 普通のポケモンだけなら、彼も無茶はしないだろうし……それに、ダークポケモンはちゃんと元に戻してあげなきゃいけないから」 「そっか……」 今のうちに、一体でも多くのダークポケモンをソフィア団から取り返そうというのだろう。 それなら…… 「カイト。オレたちも手伝おう。あいつ、気を失ったフリしてるかもしれないし」 「そうだな。そうしよう」 アカツキはカイトを伴って、サラの後を追った。 お世辞にも、ヨウヤは身体能力に優れているようには見えないが、何を考えているか分からないのは恐ろしいところだ。 途中でサラと合流し、三人でヨウヤの傍にたどり着くが、彼は完全に気を失っていた。 特に心配する必要もなかったようだ。 「さて……と」 サラはその場にしゃがみ込むと、ヨウヤからモンスターボールを取り上げた。 ダークポケモンと普通のポケモンを区別するためか、モンスターボールには黒い×印が刻印されている。 ドラップの奥さんのボールにも同じ印があったことから、それがダークポケモンのモンスターボールで間違いないだろう。 「四つか。最後の一つは……」 サラは最後の一つも取り上げようとしたが、手に取ったところで、×印がないことに気づいた。 「ダークポケモンじゃないみたいだね」 「……あいつに、ダークポケモンじゃないポケモンがいるんだ。信じられないな」 ダークポケモンではないポケモンは、ヨウヤにとって何だというのか。 カイトはゆっくりと頭を振った。 ポケモンが『武器』だと言うなら、ダークポケモンも普通のポケモンも、彼にとっては変わらないような気がする。 そう思うのはアカツキも同じだったが、ダークポケモンではないポケモンに心当たりがあった。 「キリンリキ。 ほら、おばさんの研究所でオレたちの前に現れた時、キリンリキを使ってた。 あいつだけは、ダークポケモンじゃなかった」 「……あ、ああ。あのキリンリキか」 アカツキの言葉に、カイトは何か思いついたようにポンと手を打った。 確かに、あの時のキリンリキはダークポケモンとは違う雰囲気だった。 「サラさん、そのキリンリキも取り上げるのか?」 「ダークポケモンじゃないなら、それは止めておくよ。 もしかしたら……彼にとっては大切な存在かもしれないし」 サラは手にしたモンスターボールを、そっとヨウヤの腰に戻した。 ダークポケモンでないのなら、取り上げる理由はない。 いくらネイゼルリーグのチャンピオンでも、他人のポケモンを取り上げることは許されない。 権力とは、何をしてもいいということではないのだから。 「さて……と」 ダークポケモンが入った四つのボールをヨウヤから取り上げ、サラはアカツキに向き直った。 「アカツキ。キミが今持っている、ドラピオンのボールも、ぼくに渡してもらえるかな?」 「え……あ、うん」 アカツキは言葉をかけられ、一瞬意味が分からなかったが、手にしたボールをサラに手渡した。 ドラップの奥さんが休んでいるボールだ。 普通のドラピオンに戻すには、リライブホールとかいうモノに頼らなければならないらしい。 サラなら、確実にやってくれるだろう。 ヨウヤからダークポケモンを回収できたところで、アカツキは改めてサラに訊ねた。 「そういえば、気になったんだけど…… サラさん、途中で兄ちゃんとキョウコ姉ちゃんを見なかった?」 「アラタとキョウコのこと? ぼくはみんなとは違うところから入ってきたからね。 彼らの姿は見ていないけれど……そういえば手前の方で何か騒がしかったね。 まあ、ぼくが手出しすることじゃないと思ったから、すぐここに来たんだけど。 それがどうかした?」 「あ、いや……」 なんだか、とんでもない人に助けられたような気がする。 アカツキは肩を力なく震わせながら、苦笑いするしかなかった。 別の出入り口が本当にあるのかはともかく、彼女がもしアラタたちの方に向かっていたら、ドラップの奥さんに八つ裂きにされていたのだ。 これはもう、笑うしかない。 心なしか青ざめた顔で、引きつった笑みを浮かべているアカツキを余所に、カイトは突っ伏したままピクリとも動かないヨウヤを見やった。 ポケモンは『武器』だ、とのたまっていたが、末路は呆気ないものだった。 「ねえ、サラさん。 こいつ、どうなるんだ? ほっとくのか?」 ソフィア団のエージェントとして各地で暗躍していたのなら、逮捕は免れないだろう。 しかし、逮捕したところで彼の何が変わるわけでもない。 なんとなく気になって、カイトは思い切ってサラに訊ねてみたのだが、間を置かずに言葉を突き返された。 「矯正施設に送るよ。 どうやら、昔辛いことがあったらしくてね……こんな歪んだ性格になったのも、過去の辛い経験が起因していると思うんだ。 だから、カウンセリングを受けさせる。 できるならもう一度、今度は普通のトレーナーとして頑張ってほしいと思うけれど……」 どうやら、彼女はソフィア団の団員及びエージェントの処遇を決めてあるらしい。 ヨウヤのしてきたことは許されるものではないが、 だからといって彼がポケモンを『武器』だと思うようになった原因を取り除かない限り、どうにもならない。 だから、事情聴取の後に矯正施設に送るつもりだと、アカツキとカイトに打ち明けた。 アカツキは気を取り直し、突っ伏したままのヨウヤを見下ろした。 彼にはずいぶんと苦渋を舐めさせられた。 ポケモンを『武器』だと平然と言ってのけるヤツだけに、とても仲良くできるとは思えないが、 「そっか……こいつも、普通のトレーナーに戻れるといいな」 素直に、そう思った。 ダークポケモンを手足のごとく操るヨウヤなのに、どうしてそんな風に思ったのかは分からない。 ただ、サラの言うように、普通のトレーナーとして頑張ることができるのなら、今までしてきたことの償いも込めて、是非そうしてほしいと思った。 「さて……」 サラはヨウヤから取り上げたモンスターボールを懐に仕舞うと、アカツキに目をやった。 「こんなところで立ち止まっているヒマはないよ。 ハツネが頑張ってくれてるはずだけど、彼女でもルカリオとネイトが同時に出てきたら苦戦は免れない。 さあ、先に進むよ。キミの手で、ネイトを助け出さなきゃ」 「おう、言われるまでもないぜ!!」 ソウタ&ヨウヤとの戦いも終わったことだし、早く先へ進まなければ。 ヨウヤの身柄は後続のポケモンリーグ役員が確保することになっているそうで、放っておいても問題はないとのことだ。 「ライオット、お疲れ!! ゆっくり休んでてくれ」 アカツキはライオットをモンスターボールに戻すと、洞窟の奥へと視線を据えて、全力で駆け出した。 「あっ!! おい、待てよ!!」 恐ろしいスタートダッシュを見せるアカツキに驚愕しつつ、カイトも彼の後を追った。 ゼレイドは無言・無表情だったが、どこか楽しげな足取りでカイトについていく。 「やれやれ……」 デコボコな組み合わせだが、だからこそ互いに足りないものを補い合えるのだろう。 友達というのも、なかなかいいものだ。 前途洋々たる若人たちのハツラツとした姿を見て、サラは満足げに微笑むと、すぐさま二人の後を追いかけた。 To Be continued...